膵臓がんは依然として予後不良ながんの一つであり、再発・転移症例に対する治療選択肢も限られています。
現在、進行膵癌に対する標準治療としては、
- FOLFIRINOX療法
- Gemcitabine(ゲムシタビン:ジェムザール)
+nab-Paclitaxel(ナブパクリタキセル:アブラキサン)(GnP療法)
の2つが中心となっています。
しかし、GnP療法で十分な効果が得られなかった症例に対して、その後FOLFIRINOXへ変更した際に著明な治療効果が得られるケースは決して多くありません。
今回当院では、腹膜播種再発を認めた膵臓がん患者様に対し、FOLFIRINOX療法と核酸医薬を併用した結果、腫瘍マーカーCA19-9の正常化を認めた症例を経験しました。
※本症例は単一症例であり、同様の効果を保証するものではありません。
症例概要
患者様は膵臓がんに対して膵頭十二指腸切除術を受けられました。
術後補助療法としてTS-1が開始されましたが、アレルギー反応のため継続困難となりました。
その後、腹膜播種再発を認め、2026年1月からGemcitabine(ゲムシタビン:ジェムザール)+nab-Paclitaxel(ナブパクリタキセル:アブラキサン)(GnP療法)が約3か月施行されましたが、十分な治療効果は認められませんでした。
2026年4月16日よりFOLFIRINOX療法へ変更となりました。
2回目の投与は4月30日に予定されていましたが、ヘモグロビン値7.0 g/dLまで低下したため延期となり、5月7日に2回目の投与が施行されました。
その後、2026年5月18日より当院にて核酸医薬治療を併用開始しました。
なお、本症例は標準治療を病院で行っている症例であり、前治療中のすべての検査データを取得できているわけではありません。本報告は当院で把握・評価できた臨床情報をもとに考察しています。
実施した治療
標準治療
FOLFIRINOX療法
核酸医薬
- Nucleolinアプタマー
- MUC1アプタマー
- Heparanaseアプタマー
- KRAS siRNA
- miR-34a mimic
治療経過
2026年5月18日、CA19-9が154.6 U/mLの状態で当院の核酸医薬治療(点滴)を開始し、その後のCA19-9の推移は以下の通りです。※腫瘍マーカーは、いずれも点滴実施前に測定した値です。
| 点滴(治療)実施日 | CA19-9(U/mL) |
|---|---|
| 2026年5月18日 | 154.6 |
| 2026年6月8日 | 86.2 |
| 2026年6月22日 | 31.6 (正常値) |
短期間でのCA19-9の急速な正常化を確認
CA19-9は約5週間で154.6 U/mLから31.6 U/mLまで低下し、核酸医薬の点滴を始めて3回目のデータで正常範囲まで改善しました。
膵臓がんにおいてCA19-9の低下は比較的よく認められますが、正常化まで到達する症例は決して多くありません。
また、本症例ではGnP療法で十分な効果が得られなかった後に、このような改善が得られたことが特徴的でした。
なぜ本症例が興味深いのか
GnP療法で十分な効果が得られなかった場合、その後FOLFIRINOX療法へ変更しても高い奏効率が得られるとは限りません。YasuiらはGnP不応後のmFOLFIRINOXについて30例を対象とした後ろ向き研究を行い、奏効率(ORR)は0%と報告しています。
論文名:Safety and efficacy of mFOLFIRINOX as a second-line treatment for patients with metastatic pancreatic cancer after failure of gemcitabine plus nab-paclitaxel
著者:Yasui et al.
掲載誌:Journal of Gastrointestinal Oncology(2020)
また、Takahashiらは53例を対象とした後ろ向き研究において、奏効率(ORR)は3.8%(PR 2例)と報告しています。
論文名:Efficacy and safety of mFOLFIRINOX as second-line chemotherapy in patients with metastatic pancreatic cancer who failed gemcitabine plus nab-paclitaxel
著者:Takahashi et al.
掲載誌:Investigational New Drugs(2018)
一般的にはもう少し高い奏効率を報告した研究もありますが、これらの報告からも分かるように、GnP療法で十分な効果が得られなかった患者様において、FOLFIRINOXのみで著明な治療効果を得ることは決して一般的な経過ではありません。
そのため、本症例で認められたCA19-9正常化は非常に興味深い経過と考えられます。
また、FOLFIRINOXを十分な回数投与できていない段階からCA19-9が急速に改善している点にも注目しています。
考察
膵臓がんでは薬剤耐性だけでなく、強い線維化(デスモプラジア)や腫瘍間質による薬剤浸透性の低下も治療抵抗性の重要な要因と考えられています。
また、そのような腫瘍微小環境の影響から、免疫細胞療法を含め様々な治療法において十分な効果が得られにくい場合が多く、自由診療においても治療戦略の構築が難しいがんの一つと考えられます。
本症例は腹膜播種再発症例でした。腹膜播種は一般に血流が乏しく、薬剤到達性の観点からも治療抵抗性を示しやすい病態と考えられています。
そのような状況下でCA19-9正常化が得られたことは興味深く、腫瘍細胞そのものへの作用だけでなく、腫瘍微小環境への影響も検討する価値があると考えられます。
本症例では、
- Nucleolinアプタマー
- MUC1アプタマー
- Heparanaseアプタマー
- KRAS siRNA
- miR-34a mimic
をFOLFIRINOX療法と併用しました。
アプタマーは抗体医薬と比較して分子量が小さいという特徴があります。そのため、腫瘍組織への到達性や抗がん剤との併用効果にも期待し、本症例では治療に用いることとしました。
MUC1は膵癌において浸潤・転移・抗癌剤耐性との関連が報告されている分子です。さらに近年の前臨床研究では、MUC1を抑制することでGemcitabineだけでなくFOLFIRINOXに対する感受性が向上することも報告されています。
論文名:MUC1 promotes glycolysis through inhibiting BRCA1 expression in pancreatic cancer
著者:Fu X et al.
掲載誌:Chinese Journal of Natural Medicines(2020)
また、膵癌で問題となる薬剤浸透性の改善に何らかの影響を与えた可能性も否定できません。
さらにKRAS siRNAは膵癌の主要ドライバー変異であるKRASを標的としており、miR-34aは腫瘍抑制性miRNAとして知られています。
また、Heparanaseは腹膜播種形成との関連が報告されている分子であり、本症例ではHeparanaseを標的としたアプタマーも併用しました。病勢コントロールへの寄与については、今後さらに検討が必要であると考えています。
本症例ではFOLFIRINOX療法開始後に核酸医薬を追加併用しており、それぞれの治療がどの程度寄与したかを明確に区別することはできません。また、FOLFIRINOX開始直前の腫瘍マーカー値が得られていないため、FOLFIRINOX単独での初期反応を評価することも困難です。
もちろん単一症例であるため因果関係を証明することはできません。
しかし、GnP療法で十分な効果が得られなかった腹膜播種再発症例において、FOLFIRINOX療法と核酸医薬併用後にCA19-9正常化を認めた事実は、今後さらに検討する価値のある知見であると考えています。
まとめ
本症例では、GnP療法で十分な効果が得られなかった腹膜播種再発を伴う膵臓がん患者様に対し、FOLFIRINOX療法と核酸医薬を併用した結果、CA19-9の正常化を認めました。
GnP不応後のFOLFIRINOX療法は一般的に高い奏効率が期待できる治療とは言えず、過去の後ろ向き研究でも限定的な治療効果が報告されています。
そのような背景の中で得られた本症例の経過は興味深く、核酸医薬による腫瘍微小環境や薬剤感受性への影響について、今後さらに症例を蓄積し検討していく価値があると考えています。