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腎盂がんは腎臓の中で尿が集まる「腎盂」に、尿管がんは腎盂から膀胱へ尿を運ぶ「尿管」にできるがんです。発生する場所は異なりますが、どちらも多くは尿路の内側を覆う尿路上皮から発生するため、診断や治療ではまとめて「腎盂・尿管がん」として扱われます。

腎盂は腎臓の一部にあるため、腎盂がんを「腎臓がんの一種」と考える人もいるかもしれません。しかし、一般に腎臓がんと呼ばれる腎細胞がんとは、発生する細胞も治療方法も異なります。むしろ同じ尿路上皮から発生する膀胱がんとの関連が強く、治療後に膀胱内へ再発することも少なくありません。

2019年に日本で腎盂・尿管がんと診断された人は8,823人です。初期にはほとんど症状がないこともありますが、血尿や水腎症をきっかけに発見されることがあります。治療では、がんの深さを示すステージだけでなく、悪性度、腫瘍の大きさや数、腎機能などを確認し、腎臓を残す治療ができるのか、腎臓と尿管をまとめて摘出する必要があるのかを判断します。

この記事では、腎盂がん・尿管がんの原因や初期症状、検査、ステージから、手術、薬物療法、再発、生存率、余命の考え方まで、2026年時点の情報をもとに解説します。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 患者数(がん統計)」

腎盂がん・尿管がんとは

腎臓では血液をろ過して尿がつくられます。つくられた尿はいったん腎臓の中にある腎盂へ集まり、そこから左右それぞれの尿管を通って膀胱へ送られます。腎盂と尿管を合わせて「上部尿路」と呼ぶため、腎盂がん・尿管がんは「上部尿路がん」あるいは「上部尿路上皮がん」と呼ばれることもあります。

腎盂から尿管、膀胱、尿道の一部までの内側は「尿路上皮」という同じ種類の粘膜で覆われています。腎盂・尿管がんの90%以上は、この尿路上皮から生じる尿路上皮がんです。そのため、腎盂がんと尿管がんは基本的な性質や治療方針が共通しています。

腎臓がんとは発生する場所も治療方法も異なる

腎盂は腎臓の中にありますが、腎盂がんと一般的な腎臓がんは別の病気です。一般に「腎臓がん」と呼ばれるのは、尿をつくる腎実質から発生する腎細胞がんです。

一方、腎盂がんは尿が集まる腎盂の尿路上皮から発生します。この違いによって、手術の方法や使用する薬も大きく異なります。

病名 主な発生部位・細胞 治療の特徴
腎細胞がん 腎実質の細胞 手術、免疫療法、分子標的薬など
腎盂・尿管がん 腎盂・尿管の尿路上皮 腎尿管全摘除術、腎温存手術、尿路上皮がんに対する薬物療法など
膀胱がん 膀胱の尿路上皮 内視鏡手術、膀胱全摘除術、膀胱内注入療法、薬物療法など

腎細胞がんの特徴や症状、治療法などについては、以下の記事で詳しく解説しています。

膀胱がんの種類や原因・リスク、治療法や生存率などについては、以下の記事で解説しています。

膀胱がんとは同じ尿路上皮がんの仲間

腎盂・尿管がんと膀胱がんは、どちらも尿路上皮から発生します。このため、腎盂・尿管がんより前に膀胱がんが見つかっている場合や、両方が同時に見つかる場合があります。また、腎盂・尿管がんを治療した後に膀胱へ新たながんが生じることもあります。

この「尿路全体に多発・再発しやすい」という性質は、腎盂・尿管がんを理解するうえで重要です。原発巣を手術で取り切った後も膀胱鏡などによる長期的な経過観察が必要になる理由の1つでもあります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」、日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」

腎盂がん・尿管がんの原因とリスク

腎盂がん・尿管がんがなぜ発生するのかを個人単位で特定することは通常できません。ただし、発症しやすさと関連するいくつかの危険因子が分かっています。

代表的なのが喫煙です。たばこの煙に含まれる発がん物質は体内に取り込まれた後、尿中へ排泄されるため、尿路上皮が長期間発がん物質にさらされることになります。喫煙は膀胱がんと同様に、腎盂・尿管がんでも重要な危険因子です。

染料や顔料などに関連する職業で使用されていたベンジジン、ナフタレンなどの化学物質への長期間の曝露も発症リスクと関連します。ただし、危険因子がある人が必ず発症するわけではなく、これらに心当たりがない人でも腎盂・尿管がんになることがあります。

リンチ症候群と腎盂・尿管がん

一部の腎盂・尿管がんには、遺伝性腫瘍である「リンチ症候群」が関係します。リンチ症候群はDNAの修復に関係する遺伝子の生まれつきの変化によって、大腸がんや子宮体がんなど複数のがんを発症しやすくなる遺伝性疾患です。腎盂・尿管がんも関連するがんの1つです。

比較的若い年齢で発症した場合や、本人または血縁者にリンチ症候群と関連するがんが複数みられる場合などには、遺伝学的な評価が検討されることがあります。ただし、家族にがんが多いことだけでリンチ症候群と判断することはできません。必要性がある場合には遺伝カウンセリングを含めて検討します。

腎盂がん・尿管がんを対象にした一般的ながん検診はない

日本では、腎盂がん・尿管がんを対象とした対策型がん検診は定められていません。そのため、血尿などの症状や健康診断での尿潜血、ほかの病気を調べる画像検査などをきっかけに発見されることがあります。

特定の検診で早期発見を目指すというより、血尿などの異常があった場合に放置せず、必要な精密検査へつなげることが重要です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 予防・検診」

腎盂がん・尿管がんの初期症状

腎盂がん・尿管がんは、初期の段階では自覚症状がほとんどない場合があります。健康診断や別の病気を調べる画像検査で偶然発見されたり、尿の流れが妨げられて水腎症になったことから見つかったりすることもあります。

血尿は注意したい代表的な症状

腫瘍から出血すると、尿に血液が混ざることがあります。目で見て尿が赤色やピンク色になっている状態を肉眼的血尿といい、見た目では分からないものの尿検査で血液が確認される状態を顕微鏡的血尿といいます。

血尿が一度出た後に自然に止まり、その後しばらく正常な尿へ戻る場合もあります。しかし、「血尿が止まったから問題ない」とは判断できません。腎盂・尿管がんや膀胱がんでは、出血したり止まったりを繰り返すことがあります。

もちろん血尿の原因はがんだけではなく、尿路結石、膀胱炎、前立腺疾患などさまざまです。原因を見分けるためにも、肉眼的血尿がみられた場合は泌尿器科での評価が重要です。

水腎症によって見つかることもある

尿管が腫瘍によって狭くなったり塞がったりすると、腎臓から膀胱へ尿が流れにくくなり、腎盂に尿がたまる「水腎症」が起こることがあります。

水腎症が続くと、患側の腎機能が低下することがあります。ただし左右に腎臓があるため、片側の腎機能が低下しても、もう一方が補って症状がほとんど出ない場合もあります。このため、血液検査だけでは片側の異常に気付きにくいケースもあります。

腰・背中・脇腹の痛みが起こる場合もある

腫瘍による尿管の閉塞や血液の塊によって尿の流れが妨げられると、腰、背中、脇腹に痛みを感じることがあります。尿管結石と似た強い痛みが出たり、痛みが強くなったり弱くなったりすることもあります。

症状だけで腎盂・尿管がんと診断することはできませんが、血尿や原因不明の水腎症、持続する腰背部痛などがある場合には、どの段階で精密検査が必要なのかを泌尿器科で確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」

腎盂がん・尿管がんの検査と診断

腎盂・尿管がんが疑われた場合には、尿検査だけで診断を確定するのではなく、画像検査や内視鏡検査などを組み合わせて、腫瘍の位置、広がり、悪性度、膀胱がんの有無などを確認します。これらの情報は「がんがあるか」を判断するだけでなく、腎臓を残せる可能性があるのか、腎尿管全摘除術が必要なのかを決める材料にもなります。

尿検査・尿細胞診

尿検査では血液が混ざっていないかを確認します。尿細胞診では尿中に排出された細胞を調べ、がん細胞がないかを評価します。

尿細胞診で高悪性度のがん細胞が検出されれば重要な手がかりになりますが、腎盂・尿管がんがあっても尿細胞診が陰性になることがあります。そのため、陰性だったことだけで腎盂・尿管がんを完全に否定することはできません。

腹部超音波検査

超音波検査では、腎盂に腫瘍がないか、水腎症が起きていないかなどを調べます。体への負担が比較的少なく、血尿や尿路異常を調べる初期の検査として利用されます。

一方、小さな尿管腫瘍などは超音波だけでは評価が難しいため、疑いが残る場合にはCTなどへ進みます。

膀胱鏡検査

膀胱鏡は尿道から細い内視鏡を入れ、膀胱の内部を直接観察する検査です。

「腎盂や尿管の病気なのになぜ膀胱を見るのか」と疑問を感じるかもしれませんが、血尿の原因としては膀胱がんの方が頻度が高く、さらに腎盂・尿管がんと膀胱がんが併存することもあります。そのため、膀胱に腫瘍がないかを確認する意味があります。

CTウログラフィー

腎盂・尿管がんの診断では、造影剤を使用したCTウログラフィーが重要な画像検査です。腎盂から尿管までの形状や腫瘍、尿路の閉塞、周囲への浸潤、リンパ節転移などを評価します。

造影剤を使用できるかどうかは腎機能やアレルギーなどによって判断されます。造影CTが難しい場合には、MRIなど別の検査方法を検討することがあります。

尿管鏡検査と生検

必要に応じて、細い内視鏡を尿道、膀胱、尿管へ進めて腎盂や尿管の内部を直接観察する尿管鏡検査を行います。腫瘍の位置や形を確認し、組織を採取して病理検査を行うこともできます。

特に腎温存手術を考える場合には、腫瘍が低悪性度なのか高悪性度なのかを判断することが治療選択に直結します。

ただし、尿管鏡で採取できる組織は小さいため、手術後の病理診断と悪性度や深さが一致しない場合があります。画像、尿細胞診、生検などを総合して判断する必要があります。

転移の有無も確認する

腎盂・尿管がんと診断された後は、周囲への浸潤、リンパ節、肺、肝臓、骨などへの転移がないかを必要に応じて画像検査で調べます。

治療方針は、腫瘍が腎盂・尿管内にとどまっていて手術による根治を目指せる状態なのか、リンパ節や離れた臓器まで広がり全身治療が必要な状態なのかによって大きく変わります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 検査」、日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」

腎盂がん・尿管がんの悪性度とリスク分類

腎盂・尿管がんでは、ステージだけでなく「低リスクか、高リスクか」という評価が治療選択に大きく関係します。特に、腎臓を残す腎温存手術を選べる可能性があるかどうかを判断するうえで重要です。

尿路上皮がんの異型度は、一般に低異型度と高異型度に分類されます。低異型度の腫瘍は比較的ゆっくり進行する傾向がありますが、高異型度では浸潤や転移のリスクが高くなります。

さらに腫瘍の数、大きさ、尿細胞診、生検、画像上の浸潤、水腎症などを合わせてリスクを評価します。

評価 主な考え方 治療への影響
低リスク 単発で小さく、生検・尿細胞診で高異型度を示さず、画像上明らかな浸潤がないなど 腎温存手術を検討しやすい
高リスク 多発、2cm以上、高異型度、水腎症、画像上の浸潤などのリスク因子がある 腎尿管全摘除術を中心に検討する

なお、こうしたリスク分類は複数の所見を組み合わせて判断するもので、各因子の予測精度が完全に確立しているわけではありません。また、高リスクなら必ず腎臓を摘出するとも限りません。片方しか腎臓がない場合や、もともとの腎機能が低い場合などには、がんを制御することと腎機能を残すことの両方を考え、腎温存治療を検討する場合があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」、日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」

腎盂がん・尿管がんのステージ

腎盂・尿管がんのステージは、原発腫瘍がどこまで深く入り込んでいるかを示すT分類、領域リンパ節への転移を示すN分類、遠隔転移を示すM分類を組み合わせて決めます。

特に重要なのは、腫瘍の見た目の大きさだけではなく、尿路上皮の下へどの程度深く浸潤しているかです。

ステージ 主な状態
0a期 乳頭状のがんが粘膜内にとどまり、浸潤していない
0is期 上皮内がん
Ⅰ期 上皮の下の結合組織まで浸潤している
Ⅱ期 筋層まで浸潤している
Ⅲ期 筋層を越え、腎盂周囲・尿管周囲の脂肪組織や腎実質まで及んでいる
Ⅳ期 隣接臓器への高度な浸潤、領域リンパ節転移、または遠隔転移がある

Ⅳ期は「遠隔転移がある状態」だけを意味するわけではありません。領域リンパ節へ転移している場合や、隣接臓器まで高度に浸潤している場合にもⅣ期に分類されます。そのため、同じステージ4でも病気の広がりや治療方針、予後は大きく異なります。

また、画像検査で判断する治療前のステージと、手術で摘出した組織を詳しく調べた後の病理学的ステージが一致しないこともあります。術後の病理結果によって、追加の薬物療法が必要かどうかを再評価する場合があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんの治療方針

腎盂がん・尿管がんの治療では、単純にステージだけを見て手術や薬を決めるわけではありません。がんの深さや悪性度、腫瘍の数・大きさ、リンパ節や遠隔転移、左右の腎機能、年齢、全身状態などを総合して判断します。

大きく分けると、転移のない腎盂・尿管がんでは手術による根治を目指し、切除不能または遠隔転移のあるがんでは全身薬物療法が治療の中心となります。

病状 主な治療の考え方
低リスク・限局性 内視鏡治療や尿管部分切除など、腎臓を残す治療を検討
高リスク・切除可能 腎尿管全摘除術を中心に検討
術後再発リスクが高い 病理結果や腎機能などに応じて術後薬物療法を検討
切除不能・遠隔転移あり 抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬、化学療法などによる全身治療

治療法が複数考えられる場合には、「どの治療が最も強力か」だけではなく、治療によって失われる腎機能、将来使用できる薬、再発した場合の次の治療まで含めて考える必要があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」、日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」

腎盂がん・尿管がんの手術

転移がなく手術で根治を目指せる腎盂・尿管がんでは、手術が治療の中心となります。標準的な手術は腎尿管全摘除術ですが、すべての患者に同じ手術が必要なわけではありません。

標準的な手術は腎尿管全摘除術

高リスクの腎盂・尿管がんでは、がんがある側の腎臓と尿管を一続きに摘出する「腎尿管全摘除術」が基本となります。さらに、尿管が膀胱につながる部分の膀胱壁も一緒に切除します。

尿管がんであっても、腫瘍がある部分の尿管だけを取ればよいとは限りません。尿路上皮がんには尿路内に多発する性質があり、残した腎盂や尿管にがんが生じる可能性があるためです。

なぜ膀胱の一部まで切除するのか

尿管の最下部は膀胱壁の中へ入り込んで開口しています。この部分を残すと、残存した尿路上皮から再発する可能性があります。そのため腎尿管全摘除術では、腎臓と尿管だけでなく、尿管口を含む膀胱壁の一部も切除するのが基本です。

膀胱全体を摘出する手術ではないため、通常は治療後も自分の膀胱から排尿できます。

腎臓を残す「腎温存手術」が選択できる場合

低リスクと判断できる腫瘍では、腎臓と尿管をすべて摘出するのではなく、腎機能を残す治療を検討できます。

尿管鏡を用いて腫瘍を切除・蒸散する内視鏡治療や、腫瘍が存在する部分だけ尿管を切除して正常な尿管を再建する尿管部分切除術などがあります。

腎温存の大きな利点は、腎機能を維持しやすいことです。一方で、残した腎盂・尿管に局所再発する可能性があるため、治療後には尿管鏡や画像検査を含めた慎重な経過観察が必要になります。

高リスクであっても、片方しか腎臓がない人や慢性腎臓病が進んでいる人では、腎尿管全摘除術によって腎機能が大きく低下する可能性があります。このような場合には、がんの再発リスクとのバランスを考えながら腎温存治療を検討することがあります。

リンパ節郭清を行う場合

高リスクの腎盂・尿管がんなどでは、腎尿管全摘除術とともに周囲のリンパ節を切除するリンパ節郭清を行うことがあります。

リンパ節を病理検査することで転移の有無をより正確に評価でき、術後治療を決める材料になります。ただし、どの範囲まで郭清するかは腫瘍の位置や病状などによって異なります。

腹腔鏡手術・ロボット支援手術

腎尿管全摘除術には、開腹手術のほか腹腔鏡手術やロボット支援手術が用いられることがあります。

傷の大きさや術後の回復には違いがありますが、「ロボット手術だからがんが治りやすい」と単純に判断するものではありません。腫瘍の進行度や位置、手術方法、施設や術者の経験などを踏まえて術式を選択します。

腎臓が1つになった後の生活

片側の腎臓を摘出しても、反対側の腎臓が十分に機能していれば、多くの場合は日常生活を続けることができます。

ただし、もともとの腎機能、高血圧、糖尿病などによっては、術後に慢性腎臓病が進むことがあります。また、腎機能が低下すると、再発した場合に使用できる薬物療法にも影響する可能性があります。

そのため手術前には、がんを取り切れるかどうかだけではなく「手術後にどの程度の腎機能が残ると予測されるのか」を確認することも重要です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」、日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」

手術前・手術後の薬物療法

腎盂・尿管がんでは、手術だけで治療を終える場合もあれば、再発リスクを下げる目的で手術の前後に全身薬物療法を組み合わせる場合もあります。

ここで重要なのが腎尿管全摘除術と腎機能の関係です。腎臓を1つ摘出すると腎機能が低下し、腎機能への負担が大きいシスプラチンを手術後に使いにくくなる場合があります。

術前化学療法を検討する理由

手術前に化学療法を行う利点の1つは、両方の腎臓が残っている段階でシスプラチンを使用できる可能性が高いことです。また、画像では確認できない微小ながん細胞を早い段階から全身治療できる可能性もあります。

一方、腎盂・尿管がんに対する術前化学療法は、術後補助化学療法ほど確立したエビデンスがあるわけではありません。日本泌尿器科学会の2023年版ガイドラインでも、大規模な前向きランダム化試験によって有用性が確立された段階ではないとされています。

画像上浸潤性が強く疑われる場合などに検討されることがありますが、すべての患者が手術前に抗がん剤を受けるわけではありません。

再発リスクが高い場合の術後化学療法

手術後の病理検査によって、がんが筋層まで達するpT2以上であることや、リンパ節転移があることなどが分かった場合には、再発リスクを下げる目的でプラチナ製剤を含む術後化学療法を検討します。

腎盂・尿管がんを対象とした第III相POUT試験では、腎尿管全摘除術後の高リスク患者にゲムシタビン+プラチナ製剤を投与した群で、経過観察群より無病生存期間が改善しました。日本泌尿器科学会の2023年版ガイドラインでも、高リスク非転移性上部尿路上皮がんに対する術後プラチナベース化学療法は強く推奨されています。

ただし、腎尿管全摘除術後には腎機能が低下し、シスプラチンを使用できない場合があります。術前の時点から術後の腎機能を予測し、薬物療法をどの時期に行うのが適切かを考える必要があります。

術後のニボルマブ

再発リスクの高い尿路上皮がんでは、免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブによる術後補助療法も国内で承認されています。

ただし、この治療については腎盂・尿管がんでは注意して解釈する必要があります。承認の根拠となったCheckMate 274試験全体では無病生存期間の改善が認められましたが、腎盂がん・尿管がんだけを取り出したサブグループでは効果が明確ではありませんでした。

PMDAの添付文書でも、尿路上皮がんの原発部位によって有効性が異なる可能性を踏まえ、腎盂・尿管がんでは術前治療歴なども考慮して慎重に患者を選択するよう注意されています。

そのため、「再発リスクが高いから自動的にニボルマブを使用する」という治療ではありません。病理結果、術前化学療法の有無、シスプラチンを使用できるかなどを確認したうえで選択します。

参考:日本泌尿器科学会「腎盂・尿管癌診療ガイドライン2023年版」、POUT試験、PMDA「オプジーボ 医療用医薬品情報」

切除不能・転移性の腎盂がん・尿管がんに対する薬物療法

がんが周囲へ大きく広がって手術で取り切れない場合や、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移がある場合には、全身へ作用する薬物療法が治療の中心になります。

腎盂・尿管がんは膀胱がんと同じ尿路上皮がんであるため、進行例では「腎盂がん専用」「尿管がん専用」の薬を使うのではなく、進行尿路上皮がんに対する治療を行います。

2024年以降、国内でも一次治療の選択肢が大きく変化しています。

エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ

エンホルツマブ ベドチンは、尿路上皮がん細胞に多く発現するNectin-4を標的として抗がん成分を届ける抗体薬物複合体です。ペムブロリズマブは、免疫ががんを攻撃する力を回復させる免疫チェックポイント阻害薬です。

日本では2024年9月に、根治切除不能な尿路上皮がんに対する一次治療として、エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ併用療法が承認されました。

承認の根拠となった国際共同第III相EV-302試験では、未治療の局所進行・転移性尿路上皮がんに対し、従来のプラチナ製剤+ゲムシタビンと比較して全生存期間と無増悪生存期間が改善しました。

2.5年追跡時の更新解析では、全生存期間中央値はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ群33.8カ月、化学療法群15.9カ月でした。ただし、この試験は腎盂・尿管がんだけを対象とした試験ではなく、膀胱原発を含む尿路上皮がん全体の結果です。

ニボルマブ+ゲムシタビン+シスプラチン

2024年12月には、根治切除不能な尿路上皮がんに対して、ニボルマブとゲムシタビン+シスプラチンを併用し、その後ニボルマブを継続する治療も国内承認されました。

この治療ではシスプラチンを使用するため、腎機能などからシスプラチンを使用できることが前提となります。

プラチナ製剤を中心とした化学療法とアベルマブ維持療法

ゲムシタビン+シスプラチンなどのプラチナ製剤を含む化学療法も、患者の病状や既往治療などによって現在も選択肢となります。

一次化学療法によってがんが縮小、または進行せずに保たれている場合には、免疫チェックポイント阻害薬アベルマブへ切り替えて治療を継続する「維持療法」を行うことがあります。

アベルマブは化学療法が効かなくなってから使うのではなく、プラチナ製剤を含む一次化学療法で病気が進行していない段階から治療効果を維持する目的で使用する点が特徴です。

プラチナ製剤を使用できない場合

高齢であることだけで治療方法が決まるわけではありませんが、腎機能、聴力、末梢神経障害、心機能、全身状態などによってシスプラチンが適さない場合があります。

シスプラチンが難しい場合にはカルボプラチンを用いた治療を検討することがあります。また、プラチナ製剤そのものを選択できない根治切除不能尿路上皮がんに対しては、一定の条件でペムブロリズマブ単独療法も国内承認されています。

現在はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブを含め選択肢が増えているため、単に「シスプラチンを使えるか」だけでなく、糖尿病、皮膚疾患、末梢神経障害、自己免疫疾患なども確認して治療を選びます。

治療が効かなくなった場合

進行尿路上皮がんでは、一次治療後も病状とそれまでに使用した薬によって次の治療を検討できます。

2024年12月には、FGFR3遺伝子変異または融合遺伝子を有する、がん化学療法後に増悪した根治切除不能な尿路上皮がんに対して、FGFR阻害薬エルダフィチニブが国内承認され、2025年7月に発売されました。そのため進行例では、病状によってFGFR3などの遺伝子異常を調べることが、その後の治療選択につながる場合があります。

一方、最初の治療としてエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブを使用する患者が増えたことで、その後の治療順序も以前とは変わっています。二次治療以降は、これまでに使用した薬、治療効果、副作用、腎機能、遺伝子異常などを踏まえて個別に決めます。

なお、国内添付文書では、PD-1/PD-L1阻害薬による治療が可能な場合には、これらの治療を優先するよう定められています。

放射線治療が選択される場合

腎盂・尿管がんでは、放射線治療だけで根治を目指すことは一般的ではありません。一方、骨転移による痛みや局所進行による症状を和らげる目的などで放射線治療を行うことがあります。

進行がんの治療では、がんを縮小・抑制する全身治療と、痛みや出血などの症状を軽減する治療を組み合わせながら、生活の質を維持することも重要です。

参考:PMDA「最適使用推進ガイドライン」、MSD「根治切除不能な尿路上皮癌に対する承認情報」、小野薬品工業「根治切除不能な尿路上皮癌に対するニボルマブ承認情報」、EV-302試験 2.5年追跡解析、Johnson & Johnson「エルダフィチニブ国内発売情報」

腎盂がん・尿管がんは再発しやすい?治療後の経過観察

腎盂・尿管がんでは、手術で原発巣を取り切ることができても、その後の経過観察が非常に重要です。特に注意が必要なのが膀胱内再発です。

尿路上皮がんは尿路のさまざまな場所に多発しやすく、腎盂・尿管がんの治療後に膀胱へがんが発生することがあります。

手術後2年以内に2~5割で膀胱内再発

国立がん研究センターが2026年に公表したJCOG1403試験の解説では、腎尿管全摘除術後2年以内に膀胱内再発が起こる割合は約20~50%とされています。

そのため、腎臓と尿管を摘出したからといって、その後の検査が不要になるわけではありません。膀胱鏡、尿細胞診、CTなどを病状や再発リスクに合わせて行います。腎温存治療を行った場合には、膀胱だけでなく残した腎盂や尿管の再発にも注意が必要です。尿管鏡検査やCTウログラフィーなどを組み合わせて長期的に確認します。

2026年に報告された膀胱内再発予防

2026年には、日本のJCOG1403第III相試験から、腎尿管全摘除術後の膀胱内再発を予防する新しい重要な結果が報告されました。この試験では、臨床病期0期~Ⅲ期の上部尿路がんに対する腎尿管全摘除術後に、経過観察を行う群と、手術後24時間以内に抗がん薬ピラルビシンを1回膀胱内へ注入する群を比較しました。

その結果、3年無再発生存割合は経過観察群47.0%に対し、ピラルビシン膀注群60.0%で、ピラルビシン投与によって再発リスクが低下しました。ハザード比は0.67でした。一方、3年全生存割合は88.4%と89.3%で大きな差は確認されていません。

この結果から、術直後の単回ピラルビシン膀胱内注入は、腎尿管全摘除術後の膀胱内再発予防に有効であることが示されました。

ただし、これは2026年に公表された新しいエビデンスです。今後の国内ガイドライン改訂や保険診療上の位置づけ、各施設での導入状況については、実際に治療を受ける時点で確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」、国立がん研究センター「上部尿路がん術後の膀胱内再発予防にピラルビシン膀注療法が有効であることを証明」

治療の副作用と手術後の生活

腎盂がん・尿管がんでは、手術による体への負担だけでなく、腎機能の変化や薬物療法の副作用も治療継続に影響します。副作用は薬の種類によって異なり、同じ治療でも現れ方には個人差があります。

副作用を「我慢するもの」と考えるのではなく、早い段階で医療者へ伝え、休薬や減量、支持療法などによって治療を安全に続けられるか判断することが大切です。

腎尿管全摘除術後の生活

手術後しばらくは傷の痛み、食欲低下、体力低下などがみられることがあります。回復の速度は年齢、手術方法、手術前の体力などによって異なります。

反対側の腎臓が正常に働いていれば、腎臓が1つになった後も通常の日常生活を送れる人が多くいます。食事についても「腎臓を1つ取ったから必ず厳しい腎臓食が必要」というわけではありません。

一方、腎機能が低下している場合や高血圧、糖尿病などがある場合には、塩分や血圧の管理などが重要になります。脱水や腎臓へ負担をかける薬にも注意が必要になる場合があるため、自己判断で過度な食事制限をするのではなく、術後の腎機能に合わせて調整します。

プラチナ製剤を含む化学療法の副作用

ゲムシタビン+シスプラチンなどでは、白血球・好中球・血小板の減少、貧血、吐き気、食欲低下、だるさなどが起こることがあります。

特にシスプラチンでは腎機能障害、聴力障害、末梢神経障害などにも注意します。腎盂・尿管がんでは手術によってすでに腎機能が低下している患者もいるため、治療前後の腎機能確認が重要です。

骨髄抑制が強い時期には感染症のリスクが高くなるため、発熱がある場合には早めの連絡が必要です。仕事や外出についても、血球数や体調をみながら調整します。

エンホルツマブ ベドチンの副作用

エンホルツマブ ベドチンでは、皮膚障害、末梢神経障害、高血糖などが重要な副作用です。発疹が急速に広がる、水疱ができる、粘膜に異常が出るなどの場合には、重い皮膚障害の可能性があるため速やかな対応が必要です。

末梢神経障害では、手足のしびれ、感覚の変化、細かい作業のしにくさ、歩きにくさなどが現れることがあります。症状が強くなると回復に時間がかかることもあるため、軽いうちから医師へ伝えることが重要です。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用

ペムブロリズマブ、ニボルマブ、アベルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、免疫反応が正常な臓器へ及ぶことで副作用が起こることがあります。

肺炎、大腸炎・下痢、肝機能障害、甲状腺や下垂体などの内分泌障害、腎障害、皮膚障害など、影響する臓器はさまざまです。投与直後だけでなく、治療開始から時間が経ってから現れる場合や、治療終了後に症状が出る場合もあります。

息切れ、長引く咳、強い下痢、極端なだるさ、発熱など、普段と違う症状が続く場合には自己判断せず治療施設へ連絡します。

仕事・食事・外出・睡眠への影響

治療中も仕事や外出を続けられる人はいますが、治療スケジュールや副作用の出る時期に合わせて生活を調整する必要があります。

化学療法では投与後数日間に吐き気やだるさが強くなったり、その後に血球数が低下したりすることがあります。エンホルツマブ ベドチンでは皮膚症状や末梢神経障害、免疫療法ではいつ出るか予測しにくい副作用にも注意が必要です。

食欲が低下する場合には、「がんに良い食品」を探して特定の食品へ偏るより、治療を続けるために必要なエネルギーやたんぱく質を確保することを優先します。睡眠が妨げられるほど痛みや不安が続く場合にも、症状そのものへの治療や支持療法を相談できます。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」、PMDA「パドセブ 一般の方向け医薬品情報」、PMDA「オプジーボ 医療用医薬品情報」

腎盂がん・尿管がんのステージ別生存率

腎盂がん・尿管がんと診断されたとき、「治る可能性はどのくらいあるのか」「あとどのくらい生きられるのか」と考える人は少なくありません。

腎盂がん・尿管がんの予後は、診断された時点でがんがどこまで広がっているかによって大きく変わります。腎盂や尿管の周囲にとどまっていて手術による根治を目指せる段階と、リンパ節や離れた臓器まで広がっている段階では、治療の目的や選択できる治療法が異なるためです。

国立がん研究センターが公表している院内がん登録2014~2015年診断例では、腎盂・尿管がんのステージ別5年ネット・サバイバルは次のようになっています。

ステージ 5年ネット・サバイバル 主な病状
Ⅰ期 77.7% がんが上皮の下の結合組織までにとどまり、リンパ節・遠隔転移がない
Ⅱ期 66.2% がんが筋層まで広がっているが、リンパ節・遠隔転移はない
Ⅲ期 51.8% 筋層を越え、腎盂・尿管周囲の組織や腎実質まで広がっているが、リンパ節・遠隔転移はない
Ⅳ期 12.1% 隣接臓器への高度な浸潤、領域リンパ節転移、または遠隔転移がある

この数値は「そのステージの人が5年間しか生きられない」という意味ではありません。ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ除いて、そのがんによる生命への影響をみるための統計指標です。

たとえばⅠ期の77.7%は、「Ⅰ期と診断された個人が77.7%の確率で5年以上生きる」と正確に予測できる数字ではありません。過去に同じステージで診断された多数の患者を集計した結果であり、年齢、腎機能、がんの悪性度、治療内容などは患者ごとに異なります。

また、この統計は2014~2015年に診断された患者の5年間の経過を集計したものです。その後、免疫チェックポイント阻害薬や抗体薬物複合体など進行尿路上皮がんの治療は大きく変化しています。そのため、特に進行した腎盂・尿管がんでは、過去の5年生存率が現在の治療成績をそのまま表しているとは限りません。

ステージ4になると生存率が大きく低下する理由

Ⅰ期からⅢ期では、5年ネット・サバイバルが77.7%、66.2%、51.8%と段階的に低下しています。一方、Ⅳ期では12.1%となり、Ⅲ期から大きく数字が下がっています。

この差が生じる大きな理由は、Ⅲ期までは基本的に領域リンパ節転移や遠隔転移がなく、手術でがんを取り切って根治を目指せる患者が多いのに対し、Ⅳ期にはリンパ節転移や遠隔転移を伴う患者が含まれるためです。

腎盂・尿管がんのステージ分類では、T1~T3であっても領域リンパ節への転移が確認されればⅣ期となります。また、原発巣の大きさや深さにかかわらず、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移があればⅣ期です。隣接する臓器まで広く浸潤するT4もⅣ期に分類されます。

遠隔転移がある場合、画像で確認できる病変だけを手術で切除しても、全身に存在する可能性のあるがん細胞をすべて取り除くことは困難です。そのため、薬物療法によってがんを縮小・抑制しながら長期間コントロールすることが治療の中心になります。

ただし、「ステージ4=すべて同じ状態」ではありません。領域リンパ節転移のみの場合と、複数の臓器に遠隔転移がある場合では病状が大きく異なります。転移している臓器の種類や数、腫瘍量、腎機能、全身状態、薬物療法への反応によっても予後は変わります。

また、12.1%という5年ネット・サバイバルは、新しい薬物療法が現在ほど利用されていなかった時期に診断された患者を含む統計です。現在ステージ4と診断された人について、この数字だけから治療効果や将来の経過を判断することは適切ではありません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率最新集計値」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 患者数(がん統計)」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんの余命

腎盂がん・尿管がんと診断された人や家族にとって、「あとどのくらい生きられるのか」は非常に気になる問題です。特にステージ4や再発と説明された場合、「余命は何カ月なのか」と明確な数字を知りたいと考える人も少なくありません。

しかし、腎盂がん・尿管がんには、ステージごとに一律に決められた「余命」はありません。医学研究で示されるのは、多数の患者を集めたときの「全生存期間中央値」などであり、個人の残された時間を示す数字ではないためです。

それでも、過去の研究や現在の臨床試験から、進行・転移性腎盂・尿管がんの経過を考える参考となる数値はいくつか分かっています。

研究・解析 対象 全生存期間中央値
転移性上部尿路上皮がんの解析 プラチナ製剤を中心とした化学療法を受けた転移性腎盂・尿管がん 17.0カ月
JAVELIN Bladder 100 一次化学療法で進行しなかった局所進行・転移性尿路上皮がんに対するアベルマブ維持療法 21.4カ月(維持療法開始時から)
EV-302/KEYNOTE-A39 2.5年追跡解析 未治療の局所進行・転移性尿路上皮がんに対するエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ 33.8カ月

これらはそれぞれ対象患者や生存期間を数え始める時点が異なるため、17.0カ月、21.4カ月、33.8カ月という数字をそのまま比較することはできません。一方、EV-302試験では同じ試験内で、エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ群の全生存期間中央値33.8カ月に対し、化学療法群は15.9カ月であり、新しい一次治療による生存期間の延長が示されています。

これらの数字を見ると、以前の化学療法を中心とした時代に比べ、新しい治療によって進行尿路上皮がんの生存期間が延びていることが分かります。

ただし、「33.8カ月=現在のステージ4腎盂がんの余命」と考えることはできません。

EV-302試験は腎盂・尿管がんだけを対象としたものではなく、膀胱がんなども含む局所進行・転移性尿路上皮がん全体の試験です。また、臨床試験には一定の条件を満たした患者が参加しているため、実際の診療を受けるすべての患者に同じ数字が当てはまるわけではありません。

「生存期間中央値」は余命を表す数字ではない

全生存期間中央値33.8カ月という数字は、「治療を受けた患者が平均33.8カ月生きた」という意味でも、「33.8カ月後に亡くなる」という意味でもありません。

中央値とは、研究に参加した患者を生存期間の長さで並べたとき、ちょうど半数の患者が生存している境目となる時点です。その時点より前に亡くなる人もいれば、それより何年も長く生存する人もいます。

また、JAVELIN Bladder 100の21.4カ月は、プラチナ製剤を含む一次化学療法を4~6サイクル受け、その時点でがんが進行していなかった患者がアベルマブ維持療法を開始してから測定した数字です。診断時や一次治療開始時から数えた生存期間ではありません。

研究ごとに「どの時点から生存期間を数えているのか」「どのような患者が対象なのか」が異なるため、数字だけを横並びにして余命を比較することはできません。

同じステージ4でも余命が大きく異なる理由

同じステージ4であっても、その後の経過には大きな個人差があります。たとえば、領域リンパ節への転移だけが確認されている人と、肺や肝臓、骨など複数の臓器へ転移している人では病気の広がりが異なります。転移している臓器の数や腫瘍量も予後に関係します。

さらに、腎盂・尿管がんでは腎機能も重要です。腎尿管全摘除術を受けている場合などには腎機能が低下し、使用できる薬や投与量に影響することがあります。

一方で、現在はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ、プラチナ製剤を含む化学療法、アベルマブ維持療法、FGFR3遺伝子異常がある場合のエルダフィチニブなど、病状やこれまでの治療に応じて複数の選択肢を検討できるようになっています。

そのため余命を考えるうえでは、ステージだけではなく、少なくとも次のような情報を組み合わせて判断する必要があります。

病気の広がり:リンパ節転移だけなのか、遠隔転移があるのか、転移している臓器や数はどうか

現在の治療効果:画像検査で腫瘍が縮小しているのか、安定しているのか、進行しているのか

腎機能と全身状態:使用できる薬に制限がないか、治療を継続できる体力があるか

これまでに使用した治療:次に使用できる薬物療法が残っているか

がんの特徴:FGFR3など、治療選択につながる遺伝子異常がないか

治療開始時に説明された余命も変わる可能性がある

主治医から予後について「半年程度」「1年程度」などの説明を受けることがあります。しかし、こうした数字もその時点の病状や過去の統計から推測した見通しであり、未来を正確に予測したものではありません。

治療がよく効いて病変が長期間小さく保たれれば、当初予測された期間を大きく超えて生活できる場合があります。一方で、治療が効かない、重要な臓器の機能が低下する、感染症などの合併症が起こると、予測より早く状態が変化することもあります。

そのため予後を知りたい場合には、「一般的なステージ4の統計」を尋ねるだけではなく、「現在の自分の病状と治療への反応を踏まえると、どの程度の見通しと考えているのか」を主治医に確認する方が実際の状況を理解しやすくなります。

また、余命の説明は一度聞いて終わりではありません。画像検査の結果や治療変更のタイミングなどで病状は変化するため、必要に応じてその時点の見通しを確認していくことが大切です。

過去の統計から明確な数字を知ることは、病気を理解するうえで役立ちます。一方で、新しい治療によって進行尿路上皮がんの治療成績は変化しており、過去の生存期間中央値や5年生存率だけから、現在治療を受けている個人の余命を決めることはできません。

参考:転移性上部尿路上皮がんと転移性膀胱がんの化学療法成績を比較した解析、JAVELIN Bladder 100試験、EV-302/KEYNOTE-A39試験 2.5年追跡解析

標準治療だけでは判断できない場合

腎盂がん・尿管がんには標準的な治療方針がありますが、実際には患者ごとに判断が難しくなる場面があります。

代表的なのが、腎尿管全摘除術を行えばがんを十分に取り除ける可能性が高い一方で、手術後の腎機能が大きく低下すると予測される場合です。特に片方しか腎臓がない人や慢性腎臓病がある人では、がんを取り切ることと腎機能を残すことのどちらを優先するかを慎重に検討する必要があります。

低リスク腫瘍であれば腎温存治療を選びやすくなりますが、腎温存治療では残した尿路に再発する可能性があり、その後も内視鏡検査などを繰り返す必要があります。反対に腎尿管全摘除術では局所制御を優先できる一方、腎機能低下によってその後使用できる薬物療法が制限される可能性があります。

高齢者でも年齢だけを理由に治療を決めるのではなく、日常生活の自立度、心肺機能、腎機能、持病などから治療負担に耐えられるかを確認します。

また、進行・再発例では2024年以降に治療選択肢が増えたため、過去に何を使ったかによって次に選べる治療が変わります。FGFR3遺伝子異常のように遺伝子検査によって治療候補が増える場合もあります。

そのため標準治療を知ることは重要ですが「なぜ自分にはその治療が選ばれているのか」を理解することが治療選択では重要です。

腎盂がん・尿管がんの治療を選ぶときに確認したいこと

腎盂がん・尿管がんの治療では、病名とステージだけでは治療方針を決めきれません。主治医から治療の説明を受ける際には、次のような点を整理すると、なぜその治療が提案されているのかを理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
腎細胞がんではなく尿路上皮がんなのか 同じ腎臓周辺のがんでも、腎細胞がんと腎盂がんでは手術・薬物療法が異なる
現在のステージはどこまでか 局所治療で根治を目指せるのか、全身治療が必要なのかを判断する基礎になる
低リスクか高リスクか 腎温存治療を選べる可能性や腎尿管全摘除術の必要性に関係する
腎臓を残せる可能性はあるか 腎機能を残す利益と局所再発リスクを比較する必要がある
手術後の腎機能はどの程度と予測されるか 術後の生活だけでなく、その後使用できる薬物療法にも影響する
手術前後の薬物療法が必要か 再発リスク、病理結果、腎機能、術前治療歴によって必要性が変わる
膀胱にもがんがないか 同じ尿路上皮から発生するため、膀胱がんを併発・再発する可能性がある
再発した場合に次の治療があるか 現在の治療だけでなく、薬物療法の順序や遺伝子検査まで含めて長期的に考えられる

治療法が複数提示され、それぞれにメリットとデメリットがある場合には、主治医から説明を受けたうえでセカンドオピニオンを利用する方法もあります。特に腎温存か腎尿管全摘除術か、周術期薬物療法を行うか、進行がんの治療をどの順番で行うかなどは、その後の生活や治療選択にも関わるため、納得できるまで確認することが大切です。

まとめ

腎盂がんと尿管がんは発生する場所は異なりますが、どちらも多くは尿路上皮から発生するため、まとめて「腎盂・尿管がん」として治療します。同じ腎臓周辺にできる腎細胞がんとは性質も治療方法も異なり、むしろ同じ尿路上皮から発生する膀胱がんと密接な関係があります。

初期には自覚症状がない場合もありますが、代表的な症状の1つが血尿です。血尿が一度だけで止まっても腎盂・尿管がんを否定できないため、原因を確認することが重要です。

治療では、ステージだけでなく、腫瘍の大きさ・数・悪性度・浸潤の有無などから低リスクか高リスクかを判断します。低リスクであれば腎臓を残す治療を検討できる一方、高リスクでは腎臓と尿管をまとめて摘出する腎尿管全摘除術が治療の中心です。

一方、切除不能・転移性の腎盂・尿管がんでは薬物療法が中心となります。2024年以降はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブやニボルマブを含む新しい一次治療が国内で承認され、FGFR3遺伝子異常を持つ一部の患者にはエルダフィチニブという治療選択肢も加わっています。

手術後には膀胱内再発が起こりやすいため、原発巣を取り切った後も長期的な経過観察が必要です。2026年には、腎尿管全摘除術直後のピラルビシン膀胱内注入によって再発リスクを下げられることを示した日本の第III相試験結果も報告されました。

治療を考えるときには、「がんを取り切れるか」だけでなく、「どの程度の腎機能を残せるか」「再発した場合にどの治療が使えるか」まで含めて考えることが重要です。現在提案されている治療の目的や、ほかに選択肢があるのか分からない場合には、主治医へ確認したうえで、必要に応じてセカンドオピニオンなども活用しながら治療方針を検討しましょう。

腎細胞がんの特徴や治療法、症状・リスク・ステージ別生存率などは、以下の記事で解説しています。

膀胱がんの治療法や、腎盂がん・尿管がんとの違いが気になる方は、以下の記事も参考にしてみて下さい。

前立腺がんは、日本の男性で特に多いがんです。国立がん研究センターの最新がん統計では、2023年の男性のがん罹患数で前立腺がんが1位となっており、生涯で前立腺がんと診断される確率は11.2%、およそ9人に1人とされています。2024年には前立腺がんで13,670人が死亡しており、患者数が多いだけでなく、進行した場合には生命に関わる病気でもあります。

前立腺がんで「ステージ4」と診断されると、「もう治らないのではないか」「ホルモン療法はいずれ効かなくなるのか」「骨転移があると余命はどのくらいなのか」と不安になる人も少なくありません。しかし、前立腺がんのステージ4には病状の異なる患者さんが含まれるため、病期名だけで治療方法やその後の見通しを一律に判断することはできません。

前立腺がんのステージ4には、骨盤内のリンパ節に転移していても、骨や肺など離れた場所への転移はない状態と、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへ遠隔転移している状態があります。前者はN1・M0、後者はM1と分類されます。同じステージ4でも、この違いによって治療の目的や選択肢は変わります。

遠隔転移があるM1の前立腺がんでは、まず男性ホルモンの働きを抑える治療が重要になります。男性ホルモンを十分に抑える治療が効いている段階を「去勢感受性」、男性ホルモンを十分に低下させても病気が進行する段階を「去勢抵抗性」と呼び、治療の選び方も変わります。ここでいう「去勢」は精巣を摘出する手術だけを指す言葉ではなく、薬によってテストステロンを十分に低下させた状態も含めて使われる医学用語です。

現在は、男性ホルモンを抑える治療を土台として、ホルモンの働きをさらに強く抑える薬、ドセタキセルなどの抗がん剤、遺伝子の特徴に応じた分子標的薬、骨転移への治療など複数の選択肢があります。2025年には、前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的とするルテチウム177を用いた治療も国内で承認され、一定の条件を満たす患者さんでは新たな選択肢となっています。

この記事では、前立腺がんステージ4とはどのような状態なのか、症状や検査、骨転移の意味から、ホルモン療法、抗がん剤、放射線治療、遺伝子検査、去勢抵抗性となった後の治療、PSMA標的治療、生存率・余命、完治の可能性まで順番に解説します。治療法の名前だけを並べるのではなく、なぜその治療を行うのか、どの段階で選ぶのか、何を基準に次の治療へ進むのかが分かるように説明します。

参考:国立がん研究センター「最新がん統計」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「プルヴィクト静注 医療用医薬品情報」

前立腺がんステージ4とは

前立腺がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、所属リンパ節への転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせたTNM分類によって判断します。

前立腺がんでは、所属リンパ節転移があるN1・M0と、遠隔転移があるM1のどちらもステージ4に含まれることが大きな特徴です。「前立腺がんのステージ4=必ず骨や肝臓などへ遠隔転移している」と考えるのは正確ではありません。ステージ4と説明された場合には、まずN1・M0なのかM1なのかを確認することが、その後の治療を理解する第一歩になります。

所属リンパ節転移のみのN1・M0でもステージ4になる

Nカテゴリーは、前立腺からリンパ液が流れる骨盤内の所属リンパ節に転移があるかを示します。N1は所属リンパ節に転移がある状態ですが、M0であれば骨、肺、肝臓、遠隔リンパ節などへの遠隔転移は確認されていません。前立腺がんの病期分類では、このN1・M0もステージ4に分類されます。そのため同じステージ4でも、骨や臓器への遠隔転移があるM1とは治療の目的や局所治療の位置づけが同じではありません。

遠隔転移のないN1・M0では、内分泌療法を軸としながら、前立腺や骨盤内への放射線治療などを組み合わせるかを病状に応じて検討することがあります。一方、M1では全身に広がったがんを治療する必要があるため、全身薬物療法の重要性がさらに高くなります。

遠隔転移があるM1はM1a・M1b・M1cに分けられる

M1は前立腺から離れた場所への遠隔転移がある状態で、転移先によってM1a、M1b、M1cに分類されます。M1aは所属リンパ節より遠いリンパ節への転移、M1bは骨転移、M1cはリンパ節や骨以外の臓器などへの転移がある状態です。

分類 転移の状態
N1・M0 骨盤内の所属リンパ節に転移があるが、遠隔転移はない
M1a 所属リンパ節より遠いリンパ節に転移がある
M1b 骨転移がある
M1c リンパ節や骨以外の肺・肝臓などへ転移がある

M1a、M1b、M1cは単に転移先の名前を分けているだけではありません。どこへどの程度転移しているかは症状、必要な支持療法、治療後の経過にも関係するため、患者さん自身も「ステージ4」とだけ聞くのではなく、どの分類に当てはまるのかを確認しておく意味があります。

前立腺がんでは骨転移が多い

前立腺がんは、進行するとリンパ節や骨へ転移しやすいことが知られています。特に骨転移はステージ4前立腺がんで重要で、腰椎、胸椎、骨盤、肋骨などに病変がみられ、痛みや骨折、神経圧迫などの原因になることがあります。

ただし、骨転移が見つかったからといって、直ちに寝たきりになる、あるいは短期間で生命に関わるという意味ではありません。骨転移の数や広がり、症状、内臓転移の有無、薬物療法への反応などによって経過には大きな違いがあります。

また、前立腺がんの骨転移は、画像検査で多数の病変が確認されても内分泌療法によって大きく改善することがあります。その一方で、脊椎に転移して神経を圧迫する場合などには早急な治療が必要になるため、転移の有無だけではなく場所と症状を確認することが重要です。

同じステージ4でも治療経過は大きく異なる

前立腺がんステージ4には、所属リンパ節転移だけの患者さん、骨に1~数個の転移がある患者さん、多数の骨転移がある患者さん、肺や肝臓などにも転移している患者さんが含まれます。さらに、診断時から遠隔転移がある場合と、手術や放射線治療後に再発して転移が見つかった場合でも、その後の治療を考える条件は異なります。

治療開始後も病状は固定されたものではありません。男性ホルモンを抑える治療が効いている「去勢感受性」の段階から、十分に男性ホルモンを低下させても病気が進行する「去勢抵抗性」の段階へ移行することがあり、その時点で薬の選び方も変わります。

したがって、前立腺がんステージ4では、病期だけを見るのではなく、遠隔転移の有無、転移部位と量、ホルモン療法への感受性、これまでに使用した治療、全身状態を組み合わせて現在の病状を理解することが大切です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」

前立腺がんステージ4でみられる症状

前立腺がんは、早い段階では症状がないことが多く、PSA検査をきっかけに見つかることがあります。進行すると、前立腺そのものによる排尿症状に加え、骨転移やリンパ節転移、肺・肝臓などの遠隔転移による症状が現れることがあります。

ただし、症状の強さだけからステージや余命を判断することはできません。多発骨転移があっても診断時には痛みが少ない患者さんがいる一方、限られた骨転移でも神経に近い場所に病変があるため強い症状が出ることがあります。

尿が出にくい・頻尿・血尿などの排尿症状

前立腺は膀胱のすぐ下にあり、尿道を取り囲むように存在しています。がんが大きくなったり周囲へ広がったりすると、尿の通り道が圧迫され、尿が出にくい、尿の勢いが弱い、排尿に時間がかかる、排尿回数が増えるなどの症状が現れることがあります。

進行すると血尿や排尿時の痛みがみられることもあります。ただし、こうした症状は前立腺肥大症など良性の病気でも起こるため、排尿症状があることだけで前立腺がんの進行度を判断することはできません。

がんによって尿道の閉塞が強くなり、急に尿が出なくなる尿閉が起こる場合には、カテーテルなどで尿の通り道を確保する処置が必要になることがあります。がんを抑える治療と同時に、現在困っている排尿症状へ対応することもステージ4の治療の一部です。

骨転移では腰痛・背中の痛みなどが現れることがある

前立腺がんが骨へ転移すると、腰、背中、骨盤、肋骨などに痛みが出ることがあります。痛みは持続する場合もあれば、体を動かしたときに強く感じる場合もあり、転移があっても症状がほとんどないこともあります。

骨転移による痛みには、前立腺がんそのものを抑える全身薬物療法に加えて、鎮痛薬や放射線治療などを組み合わせます。病状によっては骨折を防ぐための治療や、骨の状態を維持するための薬について検討することもあります。

腰痛や背中の痛みは一般的な整形外科疾患でも起こる症状ですが、前立腺がんで骨転移が確認されている患者さんでは、新しく出現した痛みや急に強くなった痛みを放置しないことが重要です。

脊椎転移による麻痺や排尿・排便障害は早急な評価が必要

骨転移が脊椎に起こると、腫瘍や骨折によって脊髄や神経が圧迫されることがあります。強い背中の痛みに加え、足のしびれ、力が入りにくい、歩きにくいといった症状が出る場合があります。

さらに進行すると、足が動かしにくくなるだけでなく、尿や便をうまく出せないなどの排尿・排便障害が起こることがあります。脊髄圧迫による神経障害は治療開始が遅れると回復しにくくなる場合があるため、このような症状が急に現れたときには次回の定期受診まで待たず、医療機関へ連絡して評価を受ける必要があります。

この場合には薬物療法だけではなく、放射線治療や手術などを含めた緊急の対応を検討します。ステージ4前立腺がんでは「がんを長期的に抑える治療」と「現在起きている合併症へすぐ対応する治療」の両方が必要になることがあります。

リンパ節・肺・肝臓への転移でも症状は異なる

リンパ節転移が大きくなると、骨盤内や腹部のリンパや血液の流れに影響し、足のむくみなどがみられることもあります。肺転移は小さいうちは症状がないこともありますが、病変の状態によって咳や息苦しさが現れることがあります。

肝転移がある場合には、病変の広がりによって倦怠感、食欲低下、肝機能の異常などがみられることがあります。ただし、転移している臓器だけで病気の重さを決めることはできず、転移量、増大速度、ほかの病変、治療への反応を合わせて評価します。

前立腺がんは同じステージ4でも経過に幅があるため、「痛みがないから軽い」「症状が増えたから直ちに余命が短い」とは判断できません。症状の変化があれば、PSA、画像検査、血液検査、全身状態などを合わせて現在の病勢を確認することが重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がんについて」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

ステージ4と診断された後に確認する検査

前立腺がんステージ4では、単に「転移があるか」を確認するだけでは十分ではありません。どこにどの程度の病変があるのか、がんの悪性度はどうか、薬物療法を安全に行える体の状態か、今後の治療選択につながる遺伝子情報があるかなどを確認し、治療の組み立てに反映します。

前立腺がんではPSAが重要な指標になりますが、PSA値だけで病気の広がりや治療効果をすべて判断することはできません。病理診断、画像検査、血液検査、症状などを組み合わせ、治療開始後も同じ項目を繰り返し評価します。

PSAは重要な指標だが、数値だけで病状を決めない

PSAは前立腺から分泌されるタンパク質で、前立腺がんの診断や治療後の経過観察に広く用いられています。転移性前立腺がんでも、治療開始後にPSAが大きく低下することは治療反応を考える重要な材料になります。

一方、PSAが高いから必ず転移量が多い、低いから病気が軽いと単純に判断できるわけではありません。一部にはPSAをあまり産生しない性質の前立腺がんもあり、治療中もPSAだけでなく画像や症状を確認する必要があります。

内分泌療法中には、男性ホルモンが十分に低下しているかを確認するためテストステロン値を測定することがあります。後に説明する去勢抵抗性前立腺がんでは、十分にテストステロンが低い状態であるにもかかわらず病気が進行しているかどうかが治療判断に関係します。

CT・MRI・骨シンチグラフィなどで転移の範囲を確認する

CTでは、骨盤内や腹部のリンパ節、肺、肝臓などへの転移を確認します。MRIは前立腺周囲への広がりやリンパ節の評価などに使用され、脊椎転移による神経圧迫が疑われる場合には脊髄を詳しく確認するためにも重要です。

前立腺がんでは骨転移が多いため、骨シンチグラフィを用いて全身の骨に病変がないか調べることがあります。骨の痛みがある場所だけを見るのではなく、自覚症状のない骨転移がないかも含めて評価します。

転移性前立腺がんでは、病変の数や分布を把握することが治療選択にも関係します。特に、転移量が少ない患者さんと多数の骨転移や内臓転移がある患者さんでは、全身治療に加えて前立腺への放射線治療などを検討する考え方が異なることがあります。

病理診断ではグリソンスコア・グレードグループも確認する

前立腺がんの診断では、前立腺生検などで採取した組織を顕微鏡で調べ、がんの有無だけでなく悪性度を評価します。前立腺がんではGleason score(グリソンスコア)が広く用いられ、現在はそれを整理したGrade Group(グレードグループ)も病状を理解する指標です。

Gleason scoreは主に6~10で表され、数字が高いほど正常な前立腺組織から形が離れ、増殖・進展しやすい性質を持つと考えられます。Grade Groupは1~5に分類され、Grade Group 5はGleason score 9~10に相当します。

同じステージ4でも、腫瘍の悪性度や増殖速度は同じではありません。転移の場所や量と合わせて病理学的な性質を確認することで、その患者さんの病気がどのように進みやすいかを考える材料になります。

遺伝子検査は将来の治療選択を考えて検討する

進行前立腺がんでは、BRCA1・BRCA2をはじめとするDNA修復に関係する遺伝子の変化が治療選択に関係する場合があります。特に去勢抵抗性となった後には、検査結果によってPARP阻害薬などの分子標的治療につながる患者さんがいます。

遺伝子検査には、腫瘍に生じた変化を調べる検査と、生まれつき持っている生殖細胞系列の遺伝子変化を調べる検査があります。後者で病的バリアント(病気の原因に関わると考えられる遺伝子の変化)が見つかった場合には、患者さん本人の治療だけでなく血縁者のがんリスクにも関係することがあるため、遺伝カウンセリングを含めた説明が必要です。

また、数十~数百の遺伝子をまとめて調べるがん遺伝子パネル検査は、個別の遺伝子検査とは目的や保険診療で行う時期が異なります。どの検査をいつ行うかは病状やこれまでの治療によって変わるため、遺伝子検査については後の章で詳しく整理します。

PSMA-PETはPSMA標的治療の適応判定にも使われる

PSMAは前立腺がん細胞の表面に多く発現することがあるタンパク質です。PSMAに結合する放射性医薬品を使ったPET検査では、PSMAを発現する病変を画像として確認することができます。

2025年には、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんを対象としたルテチウム177-PSMA標的治療が国内で承認され、その適応を判断するための診断用放射性医薬品も承認されました。この場合、PSMA-PETは単に転移を探すだけではなく、PSMAを標的とする治療を行える患者さんかどうかを判断する検査という役割を持ちます。

ただし、ステージ4と診断された患者さん全員が最初からこの治療を受けるわけではありません。PSMA標的治療は去勢抵抗性となった後の治療歴など一定の条件を満たす患者さんで検討するため、初回診断時の一般的な画像検査と治療適応を調べるPSMA-PETを混同しないことが大切です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 検査」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「治療用放射性医薬品の適応判定を目的として承認された診断用放射性医薬品の情報」

前立腺がんステージ4の治療全体像

前立腺がんステージ4の治療を理解するときは、「ステージ4にはどの薬を使うか」という一つの問いだけでは不十分です。まず遠隔転移がないN1・M0なのか、遠隔転移のあるM1なのかを確認し、M1であれば現在も男性ホルモンを抑える治療に反応している去勢感受性なのか、十分に男性ホルモンを低下させても進行する去勢抵抗性なのかを整理します。

特にM1の前立腺がんでは、治療開始時の転移性去勢感受性前立腺がんと、その後に移行することがある転移性去勢抵抗性前立腺がんでは治療選択が大きく異なります。この時間軸を理解すると、なぜ同じ患者さんでも数年の間に薬が変更・追加されるのかを理解しやすくなります。

現在の状態 治療の主な考え方
N1・M0 遠隔転移はないため、内分泌療法を軸に前立腺・骨盤への放射線治療などを病状に応じて検討する
転移性去勢感受性前立腺がん ADTを治療の土台とし、ARSIやドセタキセル、患者さんによっては3剤併用などで治療を強化する
転移量が限られている一部の患者 全身薬物療法に加え、前立腺への放射線治療など局所治療の追加を検討する場合がある
転移性去勢抵抗性前立腺がん これまで使用した薬、転移部位、症状、遺伝子情報などをもとにARSI、抗がん剤、分子標的薬などを選ぶ
骨転移による痛み・骨折リスクがある 全身治療と並行して鎮痛薬、放射線治療、骨関連イベントへの対策などを行う
治療につながる遺伝子変化がある BRCAなどの遺伝子情報とこれまでの治療歴を確認し、オラパリブなどバイオマーカーに基づく治療や、現在の国内適応に応じたPARP阻害薬併用療法を検討する
PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性 これまでの治療歴など条件を満たす場合にルテチウム177-PSMA標的治療を検討する

転移性前立腺がんではADTが治療の土台になる

前立腺がんの多くは、テストステロンなどのアンドロゲンを利用して増殖します。そのため、遠隔転移がある前立腺がんでは、精巣からのテストステロン産生を大きく低下させるアンドロゲン遮断療法(ADT)が治療の土台になります。

ADTにはLH-RHアゴニストやLH-RHアンタゴニストなどを用いる方法があり、現在は単に男性ホルモンを下げるだけでなく、アンドロゲン受容体の働きを強く抑えるARSIや抗がん剤を早い段階から組み合わせる治療が広く検討されています。日本泌尿器科学会の前立腺癌診療ガイドライン2023年版でも、転移性去勢感受性前立腺がんに対し、一次ホルモン療法へARSIやドセタキセルを併用する治療が重要な選択肢として扱われています。

これは、以前のように「まずホルモン療法単独を行い、効かなくなってから次の薬を追加する」という考え方だけではなくなったことを意味します。診断時の転移量、年齢、全身状態、心血管疾患などの持病、副作用、本人が重視する生活などを踏まえ、最初からどこまで治療を強化するかを考えます。

去勢感受性から去勢抵抗性へ移行すると治療選択が変わる

ADTによってテストステロンを十分に低下させると、多くの前立腺がんではPSAが低下し、転移病変も縮小・安定します。このように男性ホルモンを抑える治療が効いている段階を「去勢感受性」と呼びます。

しかし、治療を続けているうちに、テストステロンが十分低い状態でもPSAが上昇したり、画像上の病変が増えたり、新しい症状が現れたりすることがあります。この状態が去勢抵抗性前立腺がんであり、去勢抵抗性になったことは「すべての治療が効かなくなった」という意味ではありません。

去勢抵抗性となった後にも、ARSI、ドセタキセルやカバジタキセルなどの抗がん剤、遺伝子変異に応じたPARP阻害薬、骨転移を対象とするラジウム223、条件を満たす患者さんへのPSMA標的治療など複数の治療があります。何を次に使うかは、それまでの治療歴によって大きく変わるため、前立腺がんステージ4では「今の薬」だけでなく、その後の治療順序まで意識して治療計画を立てることが重要です。

骨転移や排尿障害への治療も全身薬物療法と並行して行う

ステージ4前立腺がんでは、がんを抑える治療と症状を和らげる治療を分けて考える必要はありません。骨転移による痛みがあれば鎮痛薬や放射線治療を行い、骨折や脊髄圧迫の危険があればその予防や緊急治療を検討します。

排尿困難や尿閉がある場合にも、内分泌療法が効くまで我慢するのではなく、カテーテルなどによって尿の通り道を確保することがあります。症状を適切に治療することで睡眠、活動量、食事などを保ち、結果として長期間のがん治療を続けやすくなる場合があります。

また、ADTそのものによって骨密度が低下し、骨粗鬆症や骨折リスクが高まることがあります。前立腺がんでは「がんの骨転移」と「ホルモン療法による骨量低下」の両方を考える必要があり、この点は後の骨転移と副作用の章で詳しく説明します。

緩和ケア・支持療法は抗がん治療と同時に受けられる

緩和ケアは、治療ができなくなった後だけに行う医療ではありません。骨の痛み、排尿症状、疲労、不眠、不安、ホルモン療法によるほてりや性機能低下などに対応し、日常生活を維持するために診断時から薬物療法と並行して受けることができます。

前立腺がんはステージ4でも長期間治療を続ける患者さんがいるため、治療による生活への影響を管理することが特に重要です。がんを小さくすることだけでなく、骨や筋肉、代謝、心血管系、性生活などへの影響も確認しながら、病気を抑えることと生活を維持することの両方を目標として治療を続けます。

ここまでが前立腺がんステージ4の治療全体の骨格です。次の章では、転移があってもホルモン療法が効いている「転移性去勢感受性前立腺がん」の一次治療について、ADTにどの薬を追加するのか、現在なぜ治療強化が行われるのかを具体的に説明します。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版 2025年アップデート案内」、PMDA「プルヴィクト静注 医療用医薬品情報」

転移性去勢感受性前立腺がんの一次治療

ここから説明する一次薬物療法は、主に骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへの遠隔転移を有するM1の前立腺がんを対象とします。前立腺がんでは遠隔転移のないN1・M0もステージ4に含まれますが、N1・M0では治療目標や前立腺・骨盤への局所治療の位置づけが異なるため、M1と同じ治療経路で一律に考えることはできません。

M1の前立腺がんでも、診断時には男性ホルモンを抑える治療によく反応する患者さんが多く、この状態を転移性去勢感受性前立腺がんと呼びます。治療の土台になるのはアンドロゲン遮断療法(ADT)ですが、現在はADTだけで治療を開始するのではなく、ARSIと呼ばれる新しい内分泌療法薬やドセタキセルを早期から組み合わせる治療が重要になっています。

どの患者さんにも同じ組み合わせが適しているわけではありません。転移の量、診断時から転移していたのか再発後に転移したのか、年齢、全身状態、心血管疾患などの持病、肝機能、併用薬、副作用への耐えやすさなどを確認し、最初からどの程度治療を強化するかを決めます。

ADTで男性ホルモンを低下させることが治療の土台になる

前立腺がんの多くは、テストステロンなどのアンドロゲンから増殖を促す刺激を受けています。そのため、精巣から分泌されるテストステロンを大きく低下させるADTによって、前立腺の原発巣だけでなく骨やリンパ節などの転移巣も同時に治療します。

薬物によるADTでは、LH-RHアゴニストやLH-RHアンタゴニストなどを使用します。LH-RHアゴニストでは治療開始直後に一時的にテストステロンが上昇するフレアアップが起こることがあり、骨転移や尿路閉塞などの病状によっては治療開始方法を慎重に考える必要があります。

精巣を摘出する外科的去勢によってテストステロンを低下させる方法も治療効果の原理は同じですが、現在は薬による治療が広く行われています。ADTを開始するとPSAが大きく低下したり、骨転移による痛みが改善したりする患者さんもいますが、ADT単独で転移性前立腺がんを完全に治すことは一般に困難です。

現在はADT単独よりARSIを早期から加える治療が重要になっている

以前は、転移性前立腺がんにまずADTを行い、効かなくなった段階で別の内分泌療法や抗がん剤へ進む方法が一般的でした。しかし現在は、去勢感受性の段階からアンドロゲン受容体シグナルをより強く抑える新規アンドロゲン受容体シグナル阻害薬(ARSI)などを追加することで、治療を強化する考え方が定着しています。

国内で転移性前立腺がんに使用されるARSIには、エンザルタミドやアパルタミドなどがあります。アビラテロンは、内分泌療法未治療でハイリスクの予後因子を持つ前立腺がんなどに使用され、プレドニゾロンを併用します。ダロルタミドは、国内では遠隔転移を有する前立腺がんに対しドセタキセルとの併用で使用する適応となっています。

これらはすべて「男性ホルモンに関係する薬」ですが、作用の仕方や副作用は同じではありません。したがって、単純にどのARSIが最も強いかを比較するのではなく、患者さんの病状や持病、その後の治療まで考えて選ぶ必要があります。

ARSIの選択では副作用や持病、併用薬も確認する

アビラテロンは、体内でアンドロゲンをつくる酵素を阻害する薬です。高血圧、低カリウム血症、浮腫、肝機能障害などに注意が必要で、プレドニゾロンを併用するため、糖尿病などがある患者さんでは血糖への影響も確認します。

エンザルタミドやアパルタミドは、アンドロゲン受容体からのシグナルを抑える薬です。倦怠感、転倒、骨折、高血圧などに注意し、アパルタミドでは皮疹が問題になることもあります。また、薬物相互作用があるため、もともと服用している薬を含めた確認が必要です。

薬剤ごとの特徴だけではなく、仕事や日常生活も治療選択に関係します。強い疲労やふらつきが仕事へ影響しやすい患者さん、心血管疾患や糖尿病がある患者さん、多くの薬を服用している患者さんなどでは、効果だけでなく副作用と生活への影響を比較しながら治療を選びます。

ADTだけで開始する患者さんもいる

治療強化が重要になったからといって、すべての患者さんにARSIや抗がん剤を追加できるわけではありません。全身状態が大きく低下している場合、重い併存疾患がある場合、薬物相互作用や副作用のリスクが高い場合などには、ADTを中心に治療することがあります。

高齢であることだけを理由に治療強化を断念するわけではなく、逆に若いことだけを理由に強い治療を選ぶわけでもありません。年齢そのものより、日常生活をどの程度維持できているか、臓器機能や持病、副作用に耐えられる状態かを確認して治療強度を決めます。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版 2025年アップデート案内」、PMDA「イクスタンジ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「アーリーダ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ザイティガ錠 医療用医薬品情報」

ドセタキセルと3剤併用療法は誰に使うのか

転移性去勢感受性前立腺がんでは、ADTとARSIによる内分泌療法だけでなく、細胞障害性抗がん薬のドセタキセルを早い段階から組み合わせることがあります。さらに現在は、ADT、ドセタキセル、ARSIの3種類を組み合わせる治療も選択肢となっています。

抗がん剤を早期から使うと聞くと「それだけ病状が悪いということなのか」と感じるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。まだホルモン療法が効く段階から異なる作用の治療を組み合わせ、長期的に病気を抑えることを目的として行います。

ドセタキセルは去勢抵抗性になる前から使う場合がある

ドセタキセルは、細胞分裂に必要な微小管へ作用してがん細胞の増殖を抑える抗がん剤です。以前は主に去勢抵抗性前立腺がんで使用されていましたが、現在は転移性去勢感受性前立腺がんでもADTと組み合わせて使用することがあります。

特に、診断時から多数の転移がある患者さんなどでは、早期にドセタキセルを加える治療が検討されます。一方、化学療法による負担もあるため、転移があるすべての患者さんへ機械的に使用するわけではありません。

臨床試験では「転移量が多いか少ないか」を一定の基準で分けることがあります。代表的なCHAARTED基準では、内臓転移がある場合、または骨転移が4個以上あり、そのうち少なくとも1個が脊椎・骨盤以外にある場合をhigh-volume(ハイボリューム:高腫瘍量)としています。ただし、この分類だけで実際の治療を自動的に決めるわけではなく、診断時期、症状、全身状態なども含めて判断します。

ドセタキセルでは骨髄抑制や感染症などに注意する

ドセタキセルでは、好中球などの血球が減少し、感染症にかかりやすくなる骨髄抑制が重要な副作用です。発熱性好中球減少症を起こすこともあるため、治療後に高熱が出た場合には次回受診まで待たず、医療機関へ連絡する必要があります。

そのほか、倦怠感、食欲低下、脱毛、末梢神経障害、爪の変化、浮腫などがみられることがあります。副作用が強ければ投与量や治療間隔を調整することもあり、「決められた量を最後まで減らさず続けること」自体が治療目的ではありません。

仕事を続けている患者さんでは、投与後どの時期に体調が悪くなりやすいか、感染症に注意する期間はいつかなどを把握しておくと生活予定を立てやすくなります。高齢者でも使用できる場合はありますが、治療前に骨髄機能、肝機能、全身状態などを評価します。

ADT+ドセタキセル+ダロルタミドの3剤併用という選択肢がある

現在、日本では遠隔転移を有する前立腺がんに対して、ADTを継続しながらドセタキセルとダロルタミドを組み合わせる3剤併用療法が選択肢となっています。ダロルタミドの国内添付文書でも、遠隔転移を有する前立腺がんではドセタキセルとの併用で使用することが定められています。

この治療の根拠となったARASENS試験では、新たにADTを開始した転移性ホルモン感受性前立腺がん患者さんを対象として、ADT+ドセタキセルにダロルタミドを追加する治療が比較されました。3種類の治療を最初から組み合わせることで治療効果を高める考え方ですが、その分、患者さんが化学療法を安全に受けられる状態であることが前提になります。

「3剤使う方が2剤より新しいからよい」という選び方ではありません。ドセタキセルを行える全身状態か、転移量がどの程度か、診断時から転移があったのか、持病や本人の希望などを考えたうえで選択します。

治療強化では今後使える薬まで考える

転移性前立腺がんでは治療が数年にわたることもあり、最初の治療だけを見て判断すると、その後の選択肢を理解しにくくなります。去勢感受性の段階でARSIやドセタキセルを使用すると、去勢抵抗性となった後には「すでにどの薬を使ったか」が次の治療を決める重要な情報になります。

したがって、一次治療を選ぶ際には「この治療は現在のがんを抑えるためにどの程度期待できるか」に加えて、「効かなくなった場合に何を使うのか」「今ここで使用することで後の治療はどう変わるのか」まで担当医へ確認すると、長期的な治療計画を理解しやすくなります。

参考:日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、PMDA「ニュベクオ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ニュベクオ錠 審査報告書」

ステージ4でも前立腺への放射線治療を行うことはある?

前立腺がんが骨などへ遠隔転移している場合、「すでに全身へ広がっているなら前立腺そのものを治療する意味はないのでは」と考えるかもしれません。確かにM1前立腺がんの治療では全身薬物療法が中心ですが、転移量が限られている一部の患者さんでは、ADTなどの全身治療に加えて前立腺原発巣へ放射線治療を行うことがあります。

ただし、ステージ4なら全員に前立腺へ放射線を当てればよいわけではありません。転移量が多い患者さんと少ない患者さんでは、原発巣への放射線治療から期待できる利益が同じではないためです。

転移量が少ない患者では前立腺への放射線治療を検討することがある

転移性去勢感受性前立腺がんを対象とした臨床試験では、転移量が少ない患者さんの一部で、全身治療に前立腺への放射線治療を追加することによる利益が示されています。このため、国内ガイドラインでも転移性去勢感受性前立腺がんに対する前立腺局所照射が検討されています。

ここでいう「転移量が少ない」は、単に転移が1個なら対象、2個なら対象外という意味ではありません。臨床試験ごとの定義や転移部位、内臓転移の有無などを確認し、患者さんごとに判断します。

前立腺への放射線治療を行う場合でも、ADTやARSIなどの全身薬物療法をやめるわけではありません。全身のがんを薬物療法で治療しながら、原発巣にも治療を加えるという位置づけです。

前立腺への放射線治療は排尿症状のコントロールにも関係する

前立腺原発巣が大きくなると、尿道や膀胱周囲へ影響して排尿困難や血尿などの症状が出ることがあります。病状によっては、放射線治療を局所症状の改善・予防という観点から検討することもあります。

一方、放射線治療には頻尿、排尿時の違和感、直腸症状、倦怠感などの副作用が起こることがあります。遠隔転移を持つ患者さんでは、全身治療の予定や現在の症状、治療に通う負担まで考えて追加する意味があるかを判断します。

少数転移への定位放射線治療は全身治療の代わりではない

近年は、転移が少数に限られている「オリゴ転移」の患者さんに対し、個々の転移病変へ定位放射線治療などの局所治療を行う研究が進んでいます。ただし、画像で見える転移をすべて治療すれば全身薬物療法が不要になるという治療が確立しているわけではありません。

前立腺がんは画像で確認できる病変以外にも微小ながん細胞が存在する可能性があります。そのため、遠隔転移がある場合には全身治療を基本とし、そのうえで特定の病変へ局所治療を加える利益が期待できるかを検討します。

参考:日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

骨転移がある場合の治療

前立腺がんでは骨転移が多く、ステージ4の患者さんにとって骨の状態を管理することは治療の大きな柱になります。ただし、骨転移があるからといっても、治療の基本はADTやARSIなどによって全身の前立腺がんを抑えることです。

そのうえで、痛み、骨折、脊髄圧迫など現在起きている問題や、将来起こり得る骨関連合併症を防ぐための治療を組み合わせます。

骨転移そのものも全身薬物療法によって治療する

去勢感受性前立腺がんであれば、ADTやARSIなどが骨転移にも作用します。治療がよく効けばPSAが低下し、骨の痛みが軽減する患者さんもいます。

したがって、骨転移が見つかったからといって、すべての骨病変を一つずつ手術や放射線で治療するわけではありません。全身薬物療法を行いながら、特に症状や骨折・神経障害の危険が高い場所へ局所治療を追加します。

痛みのある骨転移には放射線治療が有効な場合がある

骨転移によって腰や背中、骨盤などに強い痛みがある場合には、鎮痛薬だけでなく外部放射線治療を行うことがあります。放射線治療は転移病変へ局所的に照射し、痛みを軽減する目的で広く使われています。

骨が大きく破壊され、骨折する危険が高い場合には整形外科的な固定術などを検討することもあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、実際に骨折してからでは生活への影響が大きくなるため、画像所見と痛みの程度を合わせて評価します。

脊椎転移で足の麻痺、しびれ、排尿・排便障害が出た場合には脊髄圧迫の可能性があります。この場合は通常の定期受診を待つのではなく、放射線治療や手術などを含めて速やかに対応する必要があります。

骨修飾薬は「骨転移があるから全員同じように使う」薬ではない

前立腺がんではデノスマブやゾレドロン酸などの骨修飾薬を使用することがありますが、使用目的を分けて考える必要があります。骨転移による骨折などの骨関連事象を防ぐ目的と、ADTによる骨密度低下・骨粗鬆症を予防する目的では、対象となる患者さんや投与方法が同じではありません。

特に骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんでは、骨関連事象を減らす目的で骨修飾薬を検討します。一方、去勢感受性の段階で骨転移があるという理由だけから、すべての患者さんへ同じ目的で投与するわけではありません。

デノスマブやビスホスホネート製剤では、顎骨壊死などに注意が必要です。治療前に歯科診察や口腔内の状態を確認し、抜歯などが必要な場合には治療時期について医科と歯科で相談することがあります。

ラジウム223は骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんで使う治療

ラジウム223は、カルシウムに似た性質を持つ放射性医薬品で、骨転移部位へ集積してアルファ線を放出する治療です。国内での効能は骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんであり、去勢感受性の段階の骨転移へ通常使用する治療ではありません。

また、国内添付文書では内臓転移がある前立腺がんでの有効性・安全性は確立していないとされています。そのため「骨転移があれば使える放射線の薬」と単純に考えることはできず、現在が去勢抵抗性なのか、内臓転移がないか、これまでどの治療を受けてきたかなどを確認して使用を判断します。

ラジウム223では骨髄抑制などに注意が必要です。また、化学療法未治療で、症状がない、または症状が軽い骨転移を有する去勢抵抗性前立腺がんでは、ラジウム223とアビラテロン+プレドニゾロンの併用は推奨されていません。この患者集団を対象とした臨床試験で、ラジウム223を加えた群では死亡率と骨折の発現率が高い傾向が認められたためです。ラジウム223を使用する場合には、現在受けている薬物療法との組み合わせも確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「ゾーフィゴ静注 医療用医薬品情報」

ホルモン療法の副作用と生活への影響

前立腺がんステージ4では、ADTを数カ月ではなく長期間継続する患者さんも少なくありません。そのため、ホルモン療法によってがんを抑えられているかだけでなく、治療を続けることで体や生活にどのような影響が起きるかを確認することも重要です。

副作用は治療開始直後だけに起こるものではありません。ほてりなど比較的早い時期から現れる症状もあれば、筋肉量低下、骨密度低下、代謝への影響など長期間治療を続ける中で問題になりやすい変化もあります。

ほてり・発汗・性機能の変化が起こることがある

テストステロンが低下すると、突然体が熱くなるホットフラッシュ、ほてり、発汗などが現れることがあります。夜間に繰り返す場合には睡眠に影響し、日中の疲労につながる患者さんもいます。

また、性欲低下や勃起障害などの性機能障害が起こりやすくなります。こうした変化は生命に直接関わる副作用ではありませんが、本人やパートナーの生活の質へ大きく影響することがあるため、相談しにくいからといって我慢する必要はありません。

治療薬によっては乳房が大きくなる女性化乳房や乳頭の痛みなどがみられる場合もあります。症状が生活上の負担になっている場合には、治療内容を確認しながら対処方法を相談します。

筋肉量が減り、脂肪が増えやすくなる

ADTによってテストステロンが低下すると、筋肉量が減少し、体脂肪が増えやすくなることがあります。体重だけを見ると大きく変わっていなくても、筋肉が減って脂肪が増えている場合があります。

筋力が落ちると、階段を上る、長く歩く、荷物を持つといった日常動作が以前よりつらくなることがあります。高齢者では転倒やフレイルにもつながるため、治療を開始してから活動量を極端に落とさないことが重要です。

病状や骨転移の場所によって安全にできる運動は異なりますが、可能であれば有酸素運動や筋力トレーニングを生活に取り入れます。骨転移がある患者さんでは、無理な負荷によって骨折しないよう主治医やリハビリテーションスタッフと相談して運動内容を調整します。

骨密度低下・骨粗鬆症・骨折にも注意する

ADTを長期間行うと骨密度が低下し、骨粗鬆症や骨折のリスクが高くなります。ここで注意したいのは、前立腺がんの骨転移とADTによる骨粗鬆症は別の問題だということです。

骨転移がなくてもADTによって骨量が低下することがあるため、治療期間、年齢、過去の骨折、骨密度などを確認し、必要に応じて骨粗鬆症への対策を行います。カルシウムやビタミンD、運動、薬物療法などを患者さんの状態に応じて検討します。

一方、骨転移がある患者さんでは、がんによる骨の障害と治療による骨量低下の両方を考える必要があります。骨折リスクの評価では「骨転移があるか」だけでなく、どの骨にどのような病変があるのかを確認します。

糖尿病・脂質異常症・心血管疾患なども長期的に確認する

男性ホルモンを長期間低下させる治療は、体重増加、血糖や脂質代謝の変化などと関連します。もともと糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患などがある患者さんでは、前立腺がん治療と並行してこれらの病気を管理することが重要です。

アビラテロンでは高血圧、低カリウム血症、浮腫などに注意が必要であるなど、ADTへ追加する薬によっても確認項目が変わります。前立腺がんの薬だけを見るのではなく、内科で処方されている薬や血圧、血糖、体重なども含めて治療を管理します。

長期間治療する場合には、「PSAが下がっているから副作用は我慢する」という考え方ではなく、がんを抑えながら生活機能を保てるよう対策を行うことが重要です。

体調がよくても自己判断でホルモン療法を中止しない

ADTやARSIによってPSAが低下し、画像上の転移が小さくなっても、それだけで体内から前立腺がんが完全になくなったとは判断できません。治療によってがんが抑えられているからこそ良好な状態が続いている可能性があります。

副作用が強い場合には、薬の変更、休薬、支持療法などを検討できる場合がありますが、自己判断で薬を減らしたり中止したりすると病気が再び進行する可能性があります。生活上つらい副作用がある場合には、治療そのものを諦める前に担当医へ具体的に伝え、改善できる方法がないかを相談します。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」

去勢抵抗性前立腺がんとは

ADTやARSIなどの治療を開始すると、多くの転移性前立腺がんではPSAが低下し、転移病変も縮小または安定します。しかし、治療を長く続ける中で、十分にテストステロンが低下した状態でも前立腺がんが再び進行することがあります。この状態を去勢抵抗性前立腺がんと呼びます。

「ホルモン療法が効かなくなった」と説明されることもありますが、男性ホルモンとの関係が完全になくなったという意味ではありません。また、去勢抵抗性になったからといって治療選択肢がなくなるわけでもなく、現在は複数の薬剤や放射性医薬品、遺伝子情報を利用した治療があります。

テストステロンが十分低い状態でも病気が進むと去勢抵抗性を考える

去勢抵抗性かどうかを判断するときには、ADTによってテストステロンが去勢レベルまで十分低下していることを前提として、PSAの上昇や画像上の病変の増大、新しい転移の出現などを確認します。

PSAが1回上昇しただけで直ちに去勢抵抗性と決めるわけではありません。測定値の推移、画像検査、症状、テストステロン値などを合わせて病状を評価し、本当に現在の治療で病気が進行しているのかを確認します。

また、PSAの上昇と画像上の進行が常に同じ時期に起こるとは限りません。PSAの変化が小さくても画像上で病変が進行する場合もあるため、治療中は血液検査だけに頼らないことが重要です。

去勢抵抗性になってもADTは基本的に継続する

「ADTを行っているのに進行したのであれば、ADTをやめても同じではないか」と考えるかもしれません。しかし、去勢抵抗性になった前立腺がんでもアンドロゲン受容体経路が病気の進行に関係していることがあります。

そのため、一般にはテストステロンを低い状態に保つADTを継続したうえで、別の治療を追加・変更します。去勢抵抗性となった後の薬も、「ADTの代わりに使う」というより、去勢状態を維持しながら次の治療を組み合わせるという考え方が基本です。

去勢抵抗性になった時点で、これまで使った薬を整理する

現在は去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルを使用するため、去勢抵抗性となった患者さんの治療歴は人によって大きく異なります。ADTだけで治療してきた患者さんと、すでにアパルタミドやエンザルタミド、ドセタキセルなどを使用した患者さんでは、次の治療候補も同じではありません。

去勢抵抗性になった段階では、これまで使用したARSI、ドセタキセルの使用歴と効果、副作用、骨転移や内臓転移の有無、BRCAなどの遺伝子情報、PSMAの発現などを整理します。この情報をもとに、抗がん剤、分子標的薬、ラジウム223、PSMA標的治療などをどの順番で使用するかを検討します。

特に、作用が似たARSIから別のARSIへ変更しても十分な効果が得られにくい場合があるため、「次も同じ種類の飲み薬を使えばよい」と単純には決められません。治療歴と病気の性質を踏まえて、作用の異なる薬へ切り替えることも重要になります。

去勢抵抗性=末期、治療終了ではない

去勢抵抗性という言葉から、「もうホルモン療法が効かないので治療は終わり」と受け取る患者さんもいます。しかし、現在の転移性去勢抵抗性前立腺がんには、ARSI、ドセタキセル、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223、ルテチウム177-PSMA標的治療など複数の選択肢があります。

どの治療を選べるかは、これまでの治療、転移部位、全身状態、遺伝子検査、PSMA検査などによって変わります。したがって、去勢抵抗性への移行は「治療がなくなる時点」ではなく、治療の選び方を組み直す時点と考える方が実際の診療に近い理解です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版 2025年アップデート案内」

転移性去勢抵抗性前立腺がんの治療

転移性前立腺がんにADTなどを続けていても、十分にテストステロンが低下した状態でPSAが上昇したり、画像上の病変が増大したりすることがあります。このような転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、これまでに使用した薬、転移している場所、症状、遺伝子検査の結果などを確認し、次の治療を選びます。

現在は去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルを使用する患者さんが増えているため、「去勢抵抗性になったら最初にこの薬を使う」という一つの順番ですべての患者さんを説明することはできません。ADTだけで治療してきた患者さんと、すでにARSIやドセタキセルまで使用した患者さんでは、その後に残っている治療選択肢が異なるためです。

ARSIはこれまでの使用歴を確認して選ぶ

去勢抵抗性前立腺がんでは、アビラテロンやエンザルタミドなどのARSIが治療選択肢になります。ただし、去勢感受性の段階ですでにARSIを使用している場合には、その薬に対して病気が進行したという情報を踏まえて次の治療を考える必要があります。

同じARSIの中でも薬ごとに作用の仕方は完全に同じではありませんが、アンドロゲン受容体経路を標的とするという共通点があります。そのため、あるARSIで明らかに病気が進行した後に、別のARSIへ変更すれば必ず同じ程度の効果が得られるとは限りません。

治療歴によっては、作用機序の異なる抗がん剤やPARP阻害薬、放射性医薬品などへ切り替える方が適している場合があります。薬の名前だけでなく、「これまで何にどの程度反応し、どの治療で進行したのか」を整理することが、去勢抵抗性になった後の治療選択では重要です。

ドセタキセルをまだ使用していない場合は抗がん剤を検討する

ドセタキセルは、転移性去勢抵抗性前立腺がんでも重要な抗がん剤です。去勢感受性の段階でまだドセタキセルを使用していない患者さんでは、全身状態やそれまでの治療歴を踏まえて使用を検討します。

抗がん剤を使用するかどうかは、PSA値だけで決めるわけではありません。骨や内臓への転移の広がり、症状の進行速度、骨髄機能、肝機能、感染症リスク、日常生活をどの程度保てているかなどを確認します。

ドセタキセルでは好中球減少や発熱性好中球減少症、倦怠感、脱毛、末梢神経障害などに注意が必要です。副作用のリスクと病気を抑える利益を比較しながら、投与量や治療間隔を調整して継続します。

ドセタキセル後にはカバジタキセルが選択肢になる

カバジタキセルは、ドセタキセルと同じタキサン系に分類される抗がん剤ですが、ドセタキセルによる治療後に進行した去勢抵抗性前立腺がんでも効果が期待できる薬です。国内添付文書では前立腺がんを効能とし、外科的または内科的去勢を行って進行・再発した患者さんが対象で、化学療法を受けていない前立腺がんでの有効性・安全性は確立していないとされています。

特に、ドセタキセルとARSIの両方をすでに使用して病気が進行した患者さんでは、別のARSIへ変更するのか、カバジタキセルなど作用の異なる治療へ進むのかが重要な判断になります。病気の進行速度が速い場合や内臓転移がある場合には、細胞障害性抗がん剤を選択する意味が大きくなることもあります。

カバジタキセルでは強い好中球減少や発熱性好中球減少症などの骨髄抑制に特に注意します。感染症につながる可能性があるため、治療前の血液検査だけでなく、投与後に発熱した場合の連絡方法についても確認しておく必要があります。

治療歴・転移部位・遺伝子情報によって別の治療も加わる

転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、ARSIや抗がん剤以外にも複数の治療があります。BRCA1・BRCA2などの遺伝子変異がある場合にはオラパリブなどのPARP阻害薬が治療選択に関係し、骨転移の状態によってはラジウム223を検討することがあります。

さらに、PSMAを発現する病変が確認され、これまでの治療歴など国内の適応条件を満たす場合には、ルテチウム177を使ったPSMA標的治療も選択肢になります。2026年時点ではPARP阻害薬の国内適応も変化しているため、「遺伝子変異がある患者さんだけがPARP阻害薬の対象」と一括りにすることも正確ではありません。

このように去勢抵抗性となった後の治療は、単純な一本道ではありません。これまで使った治療、治療への反応、副作用、骨・内臓転移、遺伝子情報、PSMAの発現、全身状態を組み合わせて、その時点で利益が期待できる治療を選びます。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」、PMDA「ジェブタナ点滴静注60mg 医療用医薬品情報」

BRCAなどの遺伝子検査で治療が変わることがある

前立腺がんでは、病期、転移量、ホルモン療法への反応だけでなく、BRCA1・BRCA2などの遺伝子情報が治療選択に関係する患者さんがいます。特に転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、遺伝子検査の結果によってオラパリブなどの治療につながる場合があります。

一方、2026年現在のPARP阻害薬には、BRCA遺伝子変異が適応条件となるオラパリブと、効能・効果そのものにはBRCAなどDNA修復に関係する遺伝子変異の有無が条件として付いていないタラゾパリブ+エンザルタミドがあります。そのため「PARP阻害薬は遺伝子変異が見つかった患者さんだけが対象になる」と一括りに考えることはできません。遺伝子情報だけでなく、それまでに受けた治療も確認して治療を選びます。

遺伝子検査には、がん細胞に生じた変化を調べる検査と、生まれつき持っている遺伝子変化を調べる検査があります。さらに、多数の遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査もあり、それぞれ調べる目的や治療との関係、保険診療で実施する時期が異なります。

BRCA1・BRCA2の変異はPARP阻害薬の治療選択に関係する

BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。これらの遺伝子に病的な変化があるがん細胞ではDNA修復機能が低下しており、その弱点を利用する治療としてPARP阻害薬が使用されます。

国内では、BRCA遺伝子変異陽性で遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対してオラパリブが承認されています。使用には承認された検査でBRCA遺伝子変異が確認されていることが必要です。オラパリブ単剤とアビラテロン+プレドニゾロンとの併用では対象となる治療歴などの条件が異なるため、BRCA遺伝子変異があることだけで使用方法が決まるわけではありません。

オラパリブでは貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制に注意が必要です。PARP阻害薬は遺伝子変異が見つかれば副作用なく使用できる薬ではないため、治療前と治療中に血液検査などを行いながら継続できるか判断します。

BRCA変異には腫瘍だけの変化と生まれつきの変化がある

前立腺がんでBRCA遺伝子変異が見つかった場合、その変異ががん細胞だけに生じた体細胞変異なのか、生まれつき体の細胞に存在する生殖細胞系列の病的バリアント(病気の原因に関わると考えられる遺伝子の変化)なのかを考える必要があります。

生殖細胞系列のBRCA1・BRCA2病的バリアントは、患者さん本人の前立腺がん治療だけでなく、乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどを含む遺伝性腫瘍のリスクや血縁者にも関係する可能性があります。そのため、生殖細胞系列の変化が疑われたり確認されたりした場合には、遺伝カウンセリングを含めて情報の意味を整理することがあります。

一方、治療薬の適応判定では腫瘍組織や血液を用いた検査など複数の方法があります。検査ごとに「何を調べているのか」「治療薬を選ぶ検査なのか」「遺伝性の可能性まで分かる検査なのか」を確認しておくことが大切です。

2026年にはタラゾパリブ+エンザルタミドの国内適応が拡大した

PARP阻害薬については、2026年に国内の治療環境が変わっています。タラゾパリブは2024年に国内で使用できるようになったPARP阻害薬ですが、2026年3月の効能変更によって、現在は遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対し、エンザルタミドと併用して使用する適応となっています。

現行の国内添付文書では、前立腺がんに対する効能・効果そのものにBRCAやHRR遺伝子変異陽性という条件は付いていません。この点は、BRCA遺伝子変異陽性が適応条件となっているオラパリブとは異なります。

したがって、2026年時点では「PARP阻害薬はBRCA変異が見つかった患者さんしか使えない」とするのは不正確です。一方、患者さんの遺伝子背景によって期待できる治療効果が異なる可能性や、これまで使用したARSIなども治療選択に関係するため、単に新しい薬という理由で選ぶものでもありません。

タラゾパリブでは貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が重要な副作用で、腎機能によって開始用量の調整が必要になる場合があります。治療開始前と治療中の血液検査を行い、副作用によって休薬や減量を行いながら治療します。

MSI-Highなど別のバイオマーカーが治療につながることもある

前立腺がんでも、ごく一部の患者さんではMSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)などの特徴が確認され、国内の適応条件を満たす場合に免疫チェックポイント阻害薬が治療候補になることがあります。これは前立腺がん患者さん全体に免疫療法が有効という意味ではなく、特定のバイオマーカーを持つ患者さんに限って検討する治療です。

治療標的となる遺伝子変化やバイオマーカーを幅広く探す目的で、がん遺伝子パネル検査を検討することもあります。ただし、保険診療で行うがん遺伝子パネル検査には実施時期などの条件があり、進行前立腺がんと診断された時点で全員が同じ検査を受けるわけではありません。

前立腺がんでは治療期間が長くなることも多いため、遺伝子検査を「すべての標準治療がなくなってから初めて考える検査」と決めつけず、将来どの治療につながる可能性があるかを担当医と確認しておく意味があります。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「リムパーザ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ターゼナカプセル 医療用医薬品情報」

177Lu-PSMA標的治療とは

2025年、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対して、ルテチウム177を用いる放射性リガンド療法「ルテチウム177-PSMA標的治療」が国内で承認されました。使用される薬剤はルテチウムビピボチドテトラキセタン(商品名:プルヴィクト)です。

この治療は、体の外から転移巣へ放射線を照射する通常の外部放射線治療とは仕組みが異なります。PSMAという前立腺がん細胞の表面に多く発現するタンパク質を目印として薬をがん細胞へ届け、体内から放射線を照射してがん細胞を攻撃します。

治療前にPSMA-PETでPSMA陽性かを確認する

プルヴィクトは、転移性去勢抵抗性前立腺がんであれば誰でも使用できる薬ではありません。治療前に専用のPSMA-PET検査を行い、治療標的となるPSMAを十分に発現している病変があることを確認する必要があります。

PSMA-PETでは、PSMAへ結合するガリウム68標識薬を投与し、がん病変にどの程度集積するかをPET画像で確認します。2025年にはプルヴィクトとともに、治療対象を選ぶための診断用放射性医薬品も国内で承認されています。

PSMA-PETで前立腺がんらしい病変が見えることと、プルヴィクトの適応になることは同じ意味ではありません。この治療では、専用検査によってPSMA陽性であることに加え、病期やこれまでの治療歴なども確認して対象患者を選びます。

2026年時点では化学療法を受けていない患者さんも対象になる場合がある

プルヴィクトの対象について、「抗がん剤をすべて使い切った後だけに行う治療」と理解するのも現在では正確ではありません。国内の患者向け適正使用資料では、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんのうち、1種類のARSIを使用し、化学療法をまだ受けていない患者さん、またはARSIと化学療法の両方をすでに受けた患者さんが対象として示されています。

去勢抵抗性になる前の転移性去勢感受性前立腺がんの段階でARSIや化学療法を使用していた患者さんも、その治療歴を含めて適応を判断します。そのため、「去勢抵抗性になってから何を使ったか」だけでなく、診断時から現在までの治療歴全体を確認することが必要です。

この適応の広がりによって、ドセタキセルなどの化学療法をまだ行っていない患者さんでもプルヴィクトが候補になる場合があります。ただし、全身状態、病気の進行速度、ほかに使用できる薬、骨髄機能や腎機能なども踏まえ、化学療法とPSMA標的治療のどちらを先に行うかを個別に判断します。

6週間ごとに投与し、体の中から放射線を届ける

プルヴィクトは静脈から投与し、PSMAへ結合した薬剤から放出される放射線によってがん細胞を攻撃します。国内の患者向け資料では、通常6週間ごとに計6回投与し、全体の治療期間は約8カ月と説明されています。

投与後には体内に放射性物質が残るため、通常の抗がん剤とは異なる放射線管理が必要です。投与当日や退院後には、家族や周囲の人への放射線被ばくを減らすための生活上の注意があり、医療機関から具体的な説明を受けます。

放射性医薬品を使用する治療ですが、外から全身へ放射線を当てるわけではありません。PSMAを発現する前立腺がん細胞へ薬を届けることで、病変へ放射線を集中させることを目的とした治療です。

骨髄抑制や腎機能障害などの副作用に注意する

プルヴィクトでは、貧血、血小板減少、白血球・好中球減少などの骨髄抑制が起こることがあります。前立腺がんでは骨転移が多く、すでに骨髄機能が低下している患者さんもいるため、治療前と治療中に血液検査を行い、安全に次の投与を行えるか確認します。

腎機能障害にも注意が必要です。薬剤の一部は腎臓を介して排泄されるため、もともと腎機能が低下している場合には治療前から状態を確認し、治療中も経過をみます。

そのほか、口の渇き、吐き気、食欲低下、倦怠感などがみられることがあります。副作用によっては投与を延期したり減量したりするため、決められた6回を何があっても予定どおり行うことが目的ではありません。

「最新治療だから今までの治療より優れている」と単純には考えない

177Lu-PSMA標的治療は、これまでとは異なる仕組みで前立腺がんを治療できる重要な選択肢です。ただし、すべての前立腺がんに有効な治療ではなく、PSMA陽性かどうか、これまでのARSIや抗がん剤の使用歴、病気の進行速度、骨髄機能、腎機能などによって適応が決まります。

転移性去勢抵抗性前立腺がんには、ドセタキセルやカバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223などほかの治療もあります。したがって、プルヴィクトを「最後に残された治療」と決めつけることも、「新しいから最初に選ぶべき治療」と考えることも適切ではありません。

現在の治療がどこまで効いているのか、次に使える治療が何種類あるのか、その中でPSMA標的治療をどの段階に置くのかを担当医と確認することが重要です。このように治療選択肢が増えていることも、前立腺がんステージ4の生存率や余命を過去の統計だけで判断できない理由の一つです。

参考:PMDA「プルヴィクト静注 医療用医薬品情報」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4の生存率

前立腺がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「5年後にどのくらいの人が生存しているのか」は気になる情報の1つです。前立腺がんのステージ4には、遠隔転移のないN1・M0から、骨や肺、肝臓などへ遠隔転移したM1まで幅広い病状が含まれ、内分泌療法が長期間有効な患者さんもいます。

そのため「前立腺がんステージ4の生存率」という集団の数字を、骨転移や内臓転移がある患者さん個人の予後へそのまま当てはめることはできません。生存率を見る際には、自分がN1・M0なのかM1なのか、M1であれば転移部位や転移量がどの程度なのかも合わせて考える必要があります。

ステージ4の5年ネット・サバイバルは60.1%

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に前立腺がんと診断された患者さんの病期別生存率が公開されています。ステージ4の5年実測生存率は51.1%、他の病気による死亡の影響をできるだけ除いて算出した5年ネット・サバイバルは60.1%でした。

診断後の期間ごとのネット・サバイバルを見ると、1年93.2%、2年83.9%、3年74.9%、4年66.7%、5年60.1%となっています。

診断からの期間 ステージ4のネット・サバイバル
1年 93.2%
2年 83.9%
3年 74.9%
4年 66.7%
5年 60.1%

この結果から、前立腺がんではステージ4であっても、診断から5年以上生存する患者さんが少なくないことが分かります。一方、5年ネット・サバイバル60.1%を「自分が5年後に生存している確率は60.1%」と考えることも適切ではありません。

ステージ4の中にN1・M0とM1が含まれていることに注意する

前立腺がんの生存率を解釈するときに特に注意したいのが、ステージ4という分類の幅です。前立腺がんでは、骨や臓器への遠隔転移がなく、骨盤内の所属リンパ節にだけ転移しているN1・M0もステージ4に分類されます。

一方、M1には遠隔リンパ節転移、骨転移、肺や肝臓などへの転移が含まれます。同じM1であっても、少数の骨転移だけがある患者さんと、多数の骨転移や肝転移を伴う患者さんでは、その後の経過は同じではありません。

したがって、院内がん登録の「ステージ4」という集団には病状の異なる患者さんが含まれており、5年ネット・サバイバル60.1%を「骨転移のある前立腺がんの5年生存率」と読み替えることはできません。生存率を見るときには、自分がN1・M0なのかM1なのか、M1であればどこにどの程度転移しているのかを確認する必要があります。

2014~2015年診断例は現在の治療環境を十分に反映していない

もう1つ注意したいのが、生存率の対象となった時期です。この統計は2014~2015年に診断された患者さんのデータであり、その後の前立腺がん治療の変化を十分には反映していません。

現在は、転移性去勢感受性の段階からARSIを追加する治療や、患者さんによってはADT、ARSI、ドセタキセルによる3剤併用を行うようになっています。去勢抵抗性となった後にも、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223に加え、2025年には国内でルテチウム177-PSMA標的治療が承認されるなど、治療選択肢は増えています。

そのため、この60.1%は前立腺がんステージ4の長期的な傾向を理解するためには重要ですが、2026年に新たに治療を開始する患者さんの治療成績をそのまま示した数字ではありません。現在の治療を受ける患者さんの見通しを考えるには、病状と治療内容を踏まえた臨床試験のデータも合わせて考える必要があります。

他ステージの生存率や治療法については、以下の記事で詳しく紹介しています。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 前立腺がん」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4の余命はどのくらい?

前立腺がんステージ4と診断されたとき、「実際にはあと何年くらい生きられるのか」と考える患者さんや家族は少なくありません。しかし、前立腺がんステージ4の平均余命を一律に「○年」と示すことはできません。

前立腺がんでは、N1・M0と遠隔転移のあるM1で病状が異なるだけでなく、M1になってからも、男性ホルモンを抑える治療が効いている去勢感受性の時期と、去勢抵抗性へ移行した後では治療成績が大きく異なります。さらに、転移量や転移先、治療への反応、使える後治療によっても生存期間には大きな幅があります。

転移性去勢感受性では数年以上の経過をたどる患者さんも多い

現在の転移性去勢感受性前立腺がんでは、ADTだけではなくARSIなどを早期から追加することで長期的な治療成績が改善しています。代表的なTITAN試験では、転移性去勢感受性前立腺がん1,052人を対象として、ADT+アパルタミドとADTを中心とした治療が比較されました。

最終解析では、中央値44カ月の追跡時点で、アパルタミド+ADT群の全生存期間中央値はまだ到達しておらず、比較群では52.2カ月でした。アパルタミド追加によって死亡リスクが低下しており、この結果からも、現在の転移性去勢感受性前立腺がんでは「余命は数カ月」と一律に考える病気ではないことが分かります。

日本人51人を対象としたTITAN試験のサブグループ解析でも、中央値46カ月の追跡時点で両群とも全生存期間中央値には到達していませんでした。ただし、日本人だけの解析は患者数が少ないため、この結果だけから日本人患者全体の平均余命を決めることはできません。

3剤併用でも4年時点で生存している患者さんが多く報告されている

ADT+ドセタキセルにダロルタミドを追加したARASENS試験でも、転移性ホルモン感受性前立腺がんの長期生存が示されています。4年全生存率はダロルタミドを加えた3剤併用群で62.7%、ADT+ドセタキセル群で50.4%でした。

臨床試験・対象 主な全生存期間データ
TITAN試験
転移性去勢感受性
アパルタミド+ADT群では最終解析時点でも全生存期間中央値に未到達。比較群は52.2カ月
ARASENS試験
転移性ホルモン感受性
4年全生存率62.7%(ダロルタミド+ADT+ドセタキセル)

これらの数字は、「前立腺がんステージ4なら4~5年生きられる」という意味ではありません。臨床試験には治療を受けられる一定の全身状態を持つ患者さんが参加しており、治療内容や患者背景も異なります。

一方で、遠隔転移のある前立腺がんでも、現在の治療では数年以上にわたり病気をコントロールできる患者さんが実際に存在することを理解する参考にはなります。

去勢抵抗性になった後の生存期間も治療段階によって大きく異なる

転移性去勢抵抗性前立腺がんへ移行した後も、「平均余命は○カ月」と一つの数字で示すことはできません。去勢抵抗性になった直後で使用できる薬が多く残っている患者さんと、複数の治療をすでに行った患者さんでは、臨床試験の対象も治療成績も異なるためです。

たとえば、ARSIとドセタキセルを使用した後に進行した患者さんを対象としたCARD試験では、カバジタキセル群の全生存期間中央値は13.6カ月でした。一方、ARSIを変更した群では11.0カ月でした。この数字は、すでに複数の治療を受けた特定の患者集団の治療開始後の中央値であり、「去勢抵抗性前立腺がんになったら余命13.6カ月」という意味ではありません。

同様に、PSMA陽性で既治療の転移性去勢抵抗性前立腺がんを対象としたVISION試験では、ルテチウム177-PSMA標的治療を加えた群の全生存期間中央値は15.3カ月、比較群は11.3カ月でした。この試験も特定の治療歴とPSMA陽性という条件を満たした患者さんのデータであり、ステージ4前立腺がん全体の余命を示した数字ではありません。

余命は転移量・転移先・治療への反応によって大きく変わる

同じ遠隔転移のある前立腺がんでも、少数の骨転移だけがある患者さんと、多数の骨転移や肝転移を伴う患者さんでは経過が異なります。一般に病気の広がりだけでなく、全身状態、がんの悪性度、治療開始後のPSA低下、去勢抵抗性へ移行するまでの期間なども見通しに関係します。

特に治療開始後の反応は重要な情報です。診断時には同じように見える患者さんでも、治療によってPSAが非常に低い値まで下がり、その状態が長期間続く場合と、短期間で再上昇する場合では、その後の経過が異なる可能性があります。

また、BRCAなど治療につながる遺伝子変化があるか、去勢抵抗性になった後に抗がん剤、PARP阻害薬、ラジウム223、PSMA標的治療などを使用できるかによっても、その後の治療期間は変わります。現在の前立腺がんでは治療選択肢が複数あるため、診断時の病期だけからその後の生存期間を予測することには限界があります。

治療が効いている患者さんでは診断時の「余命」を固定して考えない

たとえば診断から3年が経過し、治療によってPSAが低く保たれ、画像でも病気が安定している患者さんに対して、診断時の統計から「あと○年」と単純に差し引いて考えることはできません。すでに3年間治療へ反応しながら生存しているという新しい情報が加わっているためです。

余命について知りたい場合には、「平均すると何年ですか」と聞くだけではなく、現在の転移量や治療反応を踏まえて「今の状態ではどの程度の期間を想定して治療を考えているのか」「病状が順調な場合と進行が速い場合ではどの程度幅があるのか」と担当医へ尋ねる方法があります。統計的な中央値と、現在の患者さん自身の病状を分けて説明してもらうことで、仕事や家族との時間、今後の生活について考えやすくなります。

参考:Chi KN, et al.「TITAN試験 最終生存解析」、日本人サブグループにおけるTITAN試験最終解析、Smith MR, et al.「ARASENS試験」、de Wit R, et al.「CARD試験」、Sartor O, et al.「VISION試験」

前立腺がんステージ4は完治できるのか

「ステージ4でも完治する可能性はありますか」という問いに対する答えは、前立腺がんではN1・M0とM1を分けて考える必要があります。前立腺がんのステージ4には遠隔転移のない患者さんも含まれるため、「ステージ4はすべて完治できない」と説明することは正確ではありません。

一方、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへの遠隔転移があるM1前立腺がんでは、現在の標準治療で体内のがん細胞を完全に取り除き、将来的にも再発しない状態を得ることは一般に難しいと考えられています。ただし、完治が難しいことと、短期間しか生きられないことは同じ意味ではありません。

N1・M0では長期的な病勢制御や根治を目指す治療を検討する

所属リンパ節に転移があっても、骨や臓器などへの遠隔転移がないN1・M0では、内分泌療法だけでなく前立腺や骨盤への放射線治療を組み合わせるなど、長期的な病勢制御を目指した治療を行います。患者さんの年齢や病状によって治療内容は異なりますが、M1の遠隔転移性前立腺がんと同じように「根治を目指せない状態」と一律に扱うものではありません。

このため、ステージ4と告げられた時点で「もう治すための治療はできない」と判断するのではなく、まず遠隔転移があるのかを確認することが重要です。N1・M0なのかM1なのかによって治療目標そのものが異なる場合があります。

M1では一般に根治は難しいが、長期間病気を抑えられることがある

遠隔転移があるM1前立腺がんでは、ADT、ARSI、抗がん剤などによって前立腺原発巣と転移巣を全身的に治療します。治療によってPSAが測定できないほど低くなったり、画像上の病変が大きく縮小したりする患者さんもいますが、これは必ずしも体内から前立腺がん細胞が完全になくなったことを意味しません。

治療を中止すると再び病気が増殖する可能性があるため、治療がよく効いている患者さんでもADTなどを長期間継続することが一般的です。一方、現在の薬物療法によって数年以上病気を抑え、日常生活を維持している患者さんも少なくありません。

前の章で示したように、転移性去勢感受性前立腺がんの臨床試験では4年以上生存している患者さんが多く、ステージ4の公的統計でも5年ネット・サバイバルは60.1%です。「完治が難しい」と「長期生存できない」は別の話として理解する必要があります。

少数転移への局所治療を行っても「完治した」とは限らない

転移量が少ない患者さんでは、薬物療法に加えて前立腺原発巣への放射線治療を行うことがあります。また、少数の転移病変へ定位放射線治療などを行う研究も進んでいます。

しかし、画像で確認できる転移をすべて治療できたからといって、検査では見えない微小ながん細胞まで完全になくなったことを証明できるわけではありません。そのため、遠隔転移のある患者さんに局所治療を追加することと、「転移をすべて消せば完治できる」という考え方は分ける必要があります。

治療の目的は患者さんによって異なり、病気の進行を長期間抑えること、症状を防ぐこと、生活を維持すること、次の治療までの期間を延ばすことなども重要な目標です。治療を提案された際には、その治療が根治を目指しているのか、長期的な病勢制御を目指しているのかを確認すると、治療の意味を理解しやすくなります。

PSAが低くなっても自己判断で「治った」と判断しない

前立腺がんではPSAが治療効果を見る重要な指標であり、ADTやARSIがよく効くと非常に低い値まで下がることがあります。PSAが測定限界近くまで低下することは良好な治療反応を示す重要な情報ですが、それだけで前立腺がんが完全に消失したとは判断できません。

治療中にはPSAだけでなく、画像検査、症状、テストステロン値などを組み合わせて病状を評価します。PSAが低い状態が続いている場合にも、処方されている薬を自己判断で中止せず、どの程度治療を続ける予定なのかを担当医へ確認することが重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」

前立腺がんステージ4の治療を選ぶときに確認したいこと

前立腺がんステージ4では、診断時に使用する薬だけを理解しても、その後の治療全体を把握することはできません。遠隔転移の有無、転移量、現在が去勢感受性なのか去勢抵抗性なのか、これまでに使用した治療、遺伝子検査などを順番に整理することで、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

以下は、日本泌尿器科学会のガイドライン、国立がん研究センター、国内承認情報などをもとに、患者さんが治療方針を整理するためにまとめた確認項目です。公式ガイドラインに同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

確認したいこと 確認する意味
遠隔転移はあるか N1・M0とM1では治療目的や局所治療の位置づけが異なる
どこにどの程度転移しているか 骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などの転移部位や量は治療選択や見通しに関係する
現在は去勢感受性か去勢抵抗性か 同じ転移性前立腺がんでも治療の選択肢が大きく異なる
治療をどこまで強化するか 内分泌療法薬やドセタキセルを組み合わせるかを転移量や全身状態から判断する
前立腺への放射線治療を行う意味があるか 転移量が限られている一部の患者では全身治療への追加を検討することがある
骨転移への対策は十分か 痛み、骨折、脊髄圧迫への治療と、ホルモン療法による骨量低下の両方を確認する
これまでにどの薬を使用したか 去勢抵抗性になった後の薬の順番は過去の治療歴によって変わる
BRCAなどの遺伝子検査を行ったか 遺伝子情報によってPARP阻害薬などが治療選択に関係する場合がある
がん遺伝子パネル検査を行う時期か 個別の遺伝子検査とは目的や保険診療での実施条件が異なる
ルテチウム177標的治療の候補になるか 去勢抵抗性となった後、専用検査と治療歴などの条件を満たせば検討できる場合がある
ホルモン療法の副作用対策は十分か 骨、筋肉、血糖、脂質、心血管系などへの長期的な影響を確認する
現在の治療目的は何か 根治、長期的な病勢制御、症状軽減、次の治療への移行など治療の目的を確認する

前立腺がんステージ4では治療選択肢が多いため、「もっと新しい薬はないか」と探すだけでは治療全体を理解しにくい場合があります。セカンドオピニオンを受ける際にも、現在の治療選択が適切か、治療強化の程度は妥当か、遺伝子検査が必要か、今後去勢抵抗性となった場合にどの治療が残っているかなど、具体的な疑問を整理して相談すると比較しやすくなります。

特に長期間治療を続ける前立腺がんでは、がんを抑える効果だけでなく、骨や筋肉、代謝、仕事、日常生活への負担を含めて治療を考える必要があります。現在の治療が何を目的としており、次にどのような選択肢があるのかを理解することが、治療を続けるうえで重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、日本泌尿器科学会「前立腺癌診療ガイドライン2023年版」

まとめ|ステージ4でも現在の病状によって治療や余命は大きく変わる

前立腺がんステージ4には、骨盤内の所属リンパ節転移だけがあるN1・M0と、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへ遠隔転移したM1の両方が含まれます。そのため「ステージ4」と診断されたことだけでは治療方法も余命も決まりません。

遠隔転移がある場合にはADTが治療の土台となり、去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルなどを組み合わせて治療を強化します。患者さんによっては3剤併用や前立腺への放射線治療を検討し、骨転移による痛みや骨折、脊髄圧迫などに対しても全身治療と並行して対応します。

治療を続けて去勢抵抗性へ移行しても、それだけで治療が終了するわけではありません。これまでの治療歴に応じてARSI、ドセタキセル、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223などを検討でき、2025年からは条件を満たす患者さんにルテチウム177-PSMA標的治療も国内で使用できるようになっています。

前立腺がんでは遺伝子情報も治療選択に関係します。BRCA1・BRCA2などの変化によってPARP阻害薬が治療候補になる場合があり、2026年にはタラゾパリブ+エンザルタミドの国内適応も変化しているため、過去の治療情報だけで現在の選択肢を判断しないことが重要です。

一方、遠隔転移のある前立腺がんでは一般に完治は難しく、治療がよく効いてPSAが非常に低くなっても、自己判断で治療を中止することはできません。ただし、完治が難しいことは短期間しか生きられないことを意味するものではなく、現在の治療では、遠隔転移があっても数年以上にわたり病気を抑えながら生活する患者さんもいます。

前立腺がんステージ4では、治療経過の中で去勢感受性から去勢抵抗性へ病状が変化し、それまでに受けた治療に応じて次の選択肢を考えていくことが特徴です。治療を考える際には、遠隔転移の有無と転移量、現在が去勢感受性か去勢抵抗性か、これまで使用した薬、遺伝子情報、現在の治療への反応、今後利用できる治療を一つずつ確認し、その時点に合った治療を選んでいくことが重要です。

膵臓がんは早い段階では症状が出にくく、発見された時点ですでに周囲の血管へ広がっていたり、肝臓や腹膜、肺などへ転移していたりすることがあるがんです。国立がん研究センターのがん統計によると、2023年に日本で膵臓がんと診断された人は47,540例でした。

2024年の確定した人口動態統計では、膵臓の悪性新生物で死亡した人は男性20,371人、女性20,864人の計41,235人でした。男女計では肺がん、大腸がんに次いで死亡数が多く、膵臓がんは現在も治療上の課題が大きいがんの1つです。

膵臓がんのステージ4とは、基本的に膵臓から離れた臓器や組織へ遠隔転移している状態です。肝臓や腹膜、肺などへの転移が代表的で、膵臓にある原発巣が小さくても遠隔転移があればステージ4に分類されます。

ステージ4と聞くと、「もう治療できないのではないか」「余命はどのくらいなのか」「抗がん剤をしても意味がないのではないか」「手術できる可能性はないのか」と考える人も少なくありません。しかし、ステージ4だから治療ができないという意味ではありません。遠隔転移がある場合は手術だけで体内のがんを取り切ることが難しいため、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

現在はゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法(GnP療法)やFOLFIRINOX系の治療などがあり、一次治療が効かなくなった場合にも、全身状態やそれまで使用した薬によって二次治療を検討できます。一部の患者さんではBRCA1・BRCA2、MSI-High、TMB-Highなどの検査結果によって治療選択が変わり、薬物療法が非常によく効いた場合には、当初は切除不能であっても手術や局所治療を再評価することがあります。

膵臓がんステージ4の治療を理解するときには、病期名だけで判断せず、次の5つを順番に確認すると現在の治療方針を理解しやすくなります。

膵臓がんステージ4で確認したい5つのポイント
① どこに、どの程度の遠隔転移があるのか
② 薬物療法を受けられる全身状態・臓器機能が保たれているか
③ 一次治療としてどの薬物療法が適しているか
④ BRCA1/2、MSI-High、TMB-Highなど治療につながる遺伝子・バイオマーカーがあるか
⑤ 治療によってがんが縮小した場合、手術や局所治療を再検討できる可能性があるか

この記事では、膵臓がんステージ4とはどのような状態なのか、症状、検査から、一次・二次治療、遺伝子検査、転移部位による違い、コンバージョン手術、生存率・余命、完治の可能性まで詳しく解説します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 患者数(がん統計)」、厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」、国立がん研究センター「がんの統計2026」、国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4とは

膵臓がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、リンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせて判断します。ステージ4を理解するときに特に重要なのがMカテゴリーで、M1、つまり膵臓から離れた臓器や組織へ遠隔転移している場合にステージ4となります。

ステージ4は遠隔転移がある状態

膵臓がんで遠隔転移が起こる場所としては、肝臓、腹膜、肺、遠隔リンパ節などがあり、骨などへ転移することもあります。ステージ4は原発巣の大きさだけで決まるものではなく、膵臓にある腫瘍がそれほど大きくなくても、肝臓などへの遠隔転移が確認されればステージ4です。

反対に、膵臓の原発巣が大きく、周囲の重要な血管へ広く接していて手術が難しい場合でも、遠隔転移がなければ「遠隔転移のあるステージ4」とは治療の考え方が異なります。手術できないという説明だけで判断せず、遠隔転移があるのかどうかを確認することが重要です。

ステージ4と「局所進行切除不能」は同じではない

膵臓がんでは、ステージだけでなく手術によってがんを切除できるかという観点から、「切除可能」「切除可能境界」「切除不能」に分けて治療を考えます。このうち患者さんが混同しやすいのが、遠隔転移を伴うステージ4と、遠隔転移のない切除不能局所進行膵がんです。

切除不能局所進行膵がんでは、肝臓や腹膜、肺などへの遠隔転移は確認されていないものの、原発巣が上腸間膜動脈や腹腔動脈など重要な血管へ大きく広がっているため、安全に取り切る手術が難しい状態などを指します。これに対してステージ4では、膵臓にある原発巣だけを切除しても別の場所に存在するがんが残るため、まず全身へ作用する薬物療法を行うことが基本です。

遠隔転移のない局所進行切除不能膵がんでは、薬物療法だけでなく化学放射線療法を検討することもあります。同じ「手術できない膵臓がん」であっても、膵臓周辺だけに病気が広がっているのか、遠隔転移があるのかによって治療方針は異なります。

ステージ4=末期とは限らず、病状にも大きな幅がある

インターネットでは「膵臓がんステージ4」と「膵臓がん末期」が同じ意味のように使われることがありますが、ステージ4はTNM分類などに基づく病期を表す医学的な分類です。「末期」は同じように明確な基準で定義された病期分類ではありません。

ステージ4でも、診断時に食事や身の回りのことを自分で行い、外来で薬物療法を受けられる患者さんがいます。薬物療法が長期間効く患者さんもいれば、早い段階で薬を変更する必要がある患者さんもおり、肝臓に多数の転移がある場合と肺に少数の転移だけがある場合でも病状は同じではありません。

したがって、「ステージ4だから末期で何もできない」と考えるのではなく、転移部位、転移量、症状、全身状態、治療への反応を時間とともに評価し、その時点に合った治療を選ぶことが重要です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本肝胆膵外科学会「膵臓がん」

膵臓がんステージ4でみられる症状

膵臓がんは早期には症状が出にくい一方、進行すると原発巣による症状だけでなく、転移した場所や消化・栄養状態に関係する症状も現れます。ただし、症状の強さだけからステージや余命を判断することはできません。ステージ4でも症状が比較的少ない患者さんはおり、強い症状があっても原因に応じた治療によって改善できることがあります。

腹痛・背中の痛み、黄疸など原発巣による症状

膵臓は胃の後ろ側にある臓器で、がんが周囲の組織や神経へ広がると、みぞおち付近の腹痛や背中の痛みが現れることがあります。痛みは腰痛のように感じる場合もあり、鎮痛薬、医療用麻薬、放射線治療、腹腔神経叢ブロックなどを病状に応じて組み合わせます。

特に膵頭部にできたがんでは、すぐ近くを通る胆管が圧迫・閉塞され、胆汁が流れにくくなることがあります。血液中のビリルビンが増えると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、濃い褐色の尿、白っぽい便、皮膚の強いかゆみなどが現れます。

胆汁の流れが悪い状態に感染が加わると胆管炎を起こし、高熱などが出ることがあります。黄疸が強い場合には、そのまま抗がん剤治療を始めるのではなく、胆道ステントなどで胆汁の流れを改善してから薬物療法へ進むことがあります。

食欲低下・体重減少には消化吸収の低下も関係する

進行した膵臓がんでは、食欲低下や体重減少、体力低下がみられますが、原因は食事量の減少だけではありません。膵臓から分泌される消化酵素が不足し、脂肪などを十分に消化できなくなる膵外分泌機能不全や、がんによる代謝変化が関係することもあります。

便が脂っぽい、便が浮く、食べているのに体重が減るといった場合には、膵酵素補充療法などを検討します。栄養状態や筋肉量の低下は抗がん剤治療を継続できるかにも関係するため、「がんだから仕方がない」と考えず、消化吸収、吐き気、痛み、血糖など改善できる原因がないかを確認します。

腹膜播種・肝転移・肺転移・骨転移でも症状は異なる

腹膜播種が進むと腹水がたまり、おなかの張り、食欲低下、少量食べただけで満腹になる感じ、息苦しさなどが現れることがあります。腸の動きや通過へ影響すると、吐き気、嘔吐、腹痛、腸閉塞などにつながるため、全身薬物療法と並行して腹水や消化管閉塞への対応が必要です。

肝転移や肺転移は、病変が小さい段階では症状がほとんどないこともあります。肝転移が増えると食欲低下や倦怠感、肝機能低下などがみられ、肺転移の状態によっては咳や息苦しさが現れます。

骨転移では、転移した骨の痛み、骨折、脊椎転移による神経圧迫などに注意します。痛みのある骨転移には放射線治療などを行うことがあり、急な足の麻痺や排尿・排便障害がある場合には速やかな評価が必要です。

症状が強くなったことだけで余命は判断できない

「食べられなくなった」「腹水が出てきた」「痛みが強くなった」といった変化から、あとどのくらい生きられるのかを知りたいと考える患者さんや家族は少なくありません。しかし、こうした症状にはがんそのものの進行だけでなく、胆管閉塞、感染、脱水、薬の副作用、消化吸収の低下など、治療できる原因が含まれていることがあります。

症状だけから余命を推測することはできません。画像検査、血液検査、全身状態、がんの進行速度、治療への反応などを組み合わせ、その時点の病状を評価する必要があります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センター「膵臓がんについて」

ステージ4と診断された後に確認する検査

膵臓がんステージ4では、がんの存在を確認するだけでなく、どの治療を安全に行えるか、遺伝子やバイオマーカーの情報から別の治療選択肢が見つかるかまで考えて検査します。CTやMRIで転移の範囲を確認し、可能な限り組織を採取して病理診断を行うほか、血液検査では肝機能、腎機能、黄疸、骨髄機能、栄養状態などを評価します。

CT・MRIなどで転移の場所と広がりを確認する

造影CTは、膵臓がんの原発巣と転移の広がりを評価する中心的な検査です。膵臓にある腫瘍の大きさだけでなく、周囲の動脈・静脈との関係、肝転移、リンパ節転移、腹膜播種、肺転移などを確認します。

CTだけでは判断しにくい病変ではMRIを追加し、病状によってはPETや腹腔鏡などを検討することがあります。同じステージ4でも、どこにどれだけ転移しているかは、その後の治療や症状への対応を考える重要な情報です。

薬物療法の前には可能な限り病理診断を行う

画像上は膵臓がんが強く疑われる場合でも、切除不能例で薬物療法を行う際には、可能な限り細胞や組織を採取して病理診断を確定します。代表的な方法が超音波内視鏡下穿刺吸引・生検で、胃や十二指腸から膵臓を近い位置で確認しながら組織を採取します。

病理診断を行う理由は、膵臓由来のがんであることを確認するだけではありません。膵臓には通常の膵管腺がん以外にも、神経内分泌腫瘍など治療方法が異なる腫瘍があり、近年では採取した組織を遺伝子検査に利用することもあります。

CA19-9と全身状態・臓器機能を合わせて評価する

膵臓がんではCA19-9などの腫瘍マーカーを測定します。治療前に高かった患者さんで値が低下すれば治療効果を考える材料になり、反対に上昇した場合には病気が進行していないか確認するきっかけになります。

ただし、CA19-9だけで抗がん剤が効いているか、がんが進行しているかを決めることはできません。胆管閉塞や胆管炎でも高くなることがあり、体質的にCA19-9が上昇しにくい人もいるため、CT、症状、体重、全身状態などを合わせて評価します。

治療選択では年齢だけでなく、日常生活をどの程度自分で行えるかを示すPerformance Status(PS)、肝機能、腎機能、骨髄機能、栄養状態なども確認します。黄疸が強い場合には胆管閉塞を改善してから薬物療法を開始するなど、治療を安全に続けられる状態を整えることも重要です。

遺伝子検査は種類によって行う時期が異なる

現在の膵臓がん治療では、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2など、治療選択へ直接つながる検査を比較的早い段階から検討することがあります。プラチナ製剤を含む一次治療や、その後のオラパリブ維持療法を考える際に関係するためです。

一方、数十~数百の遺伝子をまとめて調べる保険診療のがん遺伝子パネル検査は、原則として標準治療がない場合や、標準治療の終了が見込まれる固形がんなどが対象です。標準治療実施前から誰でも保険診療で受けられる検査ではないため、BRCAなどの個別検査と、包括的ながん遺伝子パネル検査では目的と実施時期が異なることを理解しておく必要があります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 検査」、国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」

膵臓がんステージ4の治療全体像

膵臓がんステージ4では遠隔転移があるため、原発巣だけを切除しても体内のがんをすべて治療することはできず、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。ただし、抗がん剤だけを行えばよいわけではなく、黄疸、痛み、消化管閉塞、栄養低下などへの支持療法を同時に行うことが、生活を保ち治療を続けるうえで重要です。

治療の組み立て方は患者さんの全身状態やこれまでの治療、遺伝子情報によって異なります。大まかな考え方を整理すると以下のようになります。

病状・条件 治療の主な考え方
全身状態が保たれている GnP療法やFOLFIRINOX系などの多剤併用化学療法を中心に検討する
多剤併用療法の負担が大きい 全身状態、臓器機能、年齢、併存疾患などを踏まえて治療強度を調整する
一次治療後に進行・継続困難 それまで使用した薬と全身状態を踏まえて二次治療を検討する
生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある プラチナ製剤を含む治療や、条件を満たした場合のオラパリブ維持療法を検討する
MSI-High・TMB-Highなど 国内の適応条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬などを検討する
黄疸・痛み・消化管閉塞・栄養低下などがある ステント、鎮痛治療、放射線治療、栄養療法などを薬物療法と並行して行う
薬物療法が非常によく効いた一部の患者 病状によって専門施設で手術可能性を改めて評価することがある

ステージ4では、画像で確認できる転移以外にも微小ながん細胞が体内に存在する可能性を考え、原発巣と転移巣を含めた全身を治療します。一次治療だけを見るのではなく、進行した場合に二次治療へどうつなぐか、治療中にどのような支持療法を組み合わせるかまで含めて計画します。

また、緩和ケアは抗がん剤をやめた患者さんだけが受ける治療ではありません。痛み、吐き気、黄疸、食事、不眠、不安などへの対応は、診断時からがん治療と並行して行うことができ、治療を安全に継続することにもつながります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本肝胆膵外科学会「膵臓がん」

膵臓がんステージ4の一次化学療法

膵臓がんステージ4では、遠隔転移を含めて全身のがんを抑えるため、薬物療法が治療の中心になります。診断後に最初に行う薬物療法を一次治療と呼び、2025年版「膵癌診療ガイドライン」では、遠隔転移のある膵臓がんに対する一次化学療法としてGnP療法とFOLFIRINOX療法がいずれも強く推奨されています。

GnP療法とFOLFIRINOX療法の特徴

GnP療法は、ゲムシタビンとナブパクリタキセルを組み合わせる治療です。主な副作用には白血球・好中球減少、感染症、貧血、血小板減少、末梢神経障害、脱毛、食欲低下、倦怠感などがあり、特に手足のしびれなどの末梢神経障害が強くなった場合には休薬や減量を検討します。

FOLFIRINOX療法は、オキサリプラチン、イリノテカン、フルオロウラシル、レボホリナートを組み合わせる多剤併用療法です。骨髄抑制、発熱性好中球減少症、下痢、吐き気、倦怠感、末梢神経障害などに注意が必要で、日本では投与方法を調整したmodified FOLFIRINOXが使用されることもあります。

5-FUを長時間持続して投与するため、携帯型注入ポンプなどを使って約2日間投与を続ける方法が一般的です。治療効果だけでなく、通院方法、副作用、日常生活との両立なども考えて治療を選びます。

JCOG1611ではmFOLFIRINOXとS-IROXのGnPに対する優越性は示されなかった

日本国内45施設で行われたJCOG1611では、遠隔転移または再発膵臓がん527人を対象に、GnP療法、mFOLFIRINOX療法、S-IROX療法が直接比較されました。対象となったのは20~75歳、ECOG Performance Status 0または1など一定の条件を満たした患者さんであり、ステージ4膵臓がん患者全体をそのまま代表する試験ではありません。

最終追跡では、mFOLFIRINOXとS-IROXのいずれもGnPに対する全生存期間の優越性を示しませんでした。この結果からFOLFIRINOXに意味がないと判断することも、GnPがすべての患者さんで最も優れていると判断することもできず、GnPは現在も主要な一次治療の一つとして位置づけられています。

具体的な全生存期間中央値については、後の「余命」の章で臨床試験の数字として改めて示します。一次治療を選ぶ場面では、生存期間の数字だけではなく、副作用、臓器機能、患者さんの生活状況、その後の治療へどうつなぐかまで含めて判断することが重要です。

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2ではプラチナ製剤を含む治療も意識する

FOLFIRINOXに含まれるオキサリプラチンはプラチナ製剤の一種です。生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある膵臓がんでは、DNA修復機能の特徴からプラチナ製剤への感受性が高い可能性があり、一次治療を考える際の重要な情報になります。

また、一定期間プラチナ製剤を含む治療を行って病気が進行していない患者さんでは、その後にオラパリブによる維持療法が選択肢になります。このため、生殖細胞系列BRCAの検査は治療がなくなってから初めて考えるものではなく、一次治療とその後の治療計画を考える段階から確認する意味があります。

高齢でも年齢だけで治療を決めない

「80歳だから抗がん剤はできない」「若ければ必ず強い多剤併用療法を使う」といった決め方はしません。高齢者でも全身状態、併存疾患、肝腎機能、栄養状態などを評価し、多剤併用療法が可能か、治療強度を抑えた方がよいかを判断します。

多剤併用療法の負担が大きいと考えられる場合には、ゲムシタビン単独療法やS-1単独療法などを検討することがあります。反対に、高齢であっても日常生活を自立して送り臓器機能が保たれている患者さんでは、多剤併用療法を検討できるため、年齢だけではなく安全に治療を続けられるかを確認します。

NALIRIFOXは国内では一次治療として適応外

海外では、ナノリポソーム型イリノテカン、オキサリプラチン、5-FU、レボホリナートを組み合わせるNALIRIFOX療法が一次治療として使用されています。2025年版の国内ガイドライン作成資料でも検討されていますが、日本では2026年9月時点で膵臓がんの一次治療として適応外です。

国内のナノリポソーム型イリノテカンの効能・効果は「がん化学療法後に増悪した治癒切除不能な膵癌」であり、現行電子添文にも一次治療における有効性・安全性は確立していないと記載されています。海外の治療情報を見た際には、日本でも同じ条件で通常診療として受けられる治療なのかを確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版 作成資料(薬物療法グループ)」、日本臨床腫瘍研究グループ「JCOG1611臨床研究結果」、PMDA「オニバイド点滴静注43mg 医療用医薬品情報」

一次治療が効かなくなった場合の二次治療

一次治療を始めても、すべての患者さんで同じ期間効果が続くわけではありません。画像検査で腫瘍の増大や新しい転移が確認されることもあれば、がんそのものは抑えられていても副作用のため同じ治療を続けられなくなることがあります。

一次治療が終了したことと、膵臓がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。全身状態が保たれていれば、それまで使用した薬や副作用を踏まえて二次治療を検討します。

二次治療は一次治療で使用した薬をもとに考える

ゲムシタビンを含む治療後にはフルオロウラシル関連の治療を、フルオロウラシルを含む治療後にはゲムシタビン関連の治療を検討することが基本になります。ただし、一次治療で出た副作用、末梢神経障害、肝腎機能、骨髄機能、全身状態などによって実際の選択は変わります。

一次治療 二次治療の主な考え方
GnPなどゲムシタビン関連レジメン 5-FU+レボホリナート+ナノリポソーム型イリノテカンなど、フルオロウラシル関連レジメンを検討する
FOLFIRINOXなどフルオロウラシル関連レジメン ゲムシタビンを含むレジメンを検討する

ゲムシタビン関連治療後ではナノリポソーム型イリノテカンなどを検討する

ゲムシタビンを含む治療後にがんが進行した場合の代表的な二次治療が、ナノリポソーム型イリノテカン+5-FU+レボホリナートです。2025年版ガイドラインでは、ゲムシタビン関連レジメン後の二次治療としてこの併用療法が強く推奨されています。

主な副作用には好中球減少、下痢、食欲低下、倦怠感、吐き気などがあります。特に強い下痢が続く場合には脱水などにつながる可能性もあるため、症状を我慢せず早めに医療者へ伝えることが重要です。

FOLFIRINOXなどフルオロウラシル関連レジメンを一次治療で使用した場合には、二次治療としてGnPなどゲムシタビン関連の治療を検討します。オキサリプラチンによる末梢神経障害がすでに強い場合などは、その後の治療でも神経障害を悪化させないよう注意して治療を組み立てます。

副作用による変更と病気の進行による変更は意味が違う

抗がん剤を変更する理由は、がんが進行した場合だけではありません。CTではがんが縮小または安定していても、末梢神経障害、骨髄抑制、食欲低下、下痢などが強くなれば、休薬、減量、一部薬剤の中止、別の薬への変更などを検討します。

そのため、「薬が変わった=がんに効かなかった」とは限りません。治療変更を提案された場合には、病気が進行したためなのか、副作用を軽減して治療を続けるためなのかを確認すると、その治療の意味を理解しやすくなります。

二次治療後にも全身状態が保たれ、使用できる薬が残っている場合には三次治療以降を検討しますが、すべての患者さんに共通する固定された順番があるわけではありません。これまで使用した薬、治療効果、副作用、遺伝子情報、臨床試験の参加可能性などを踏まえ、抗がん剤を続ける利益より負担が大きい場合には症状緩和を中心とする選択も含めて考えます。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版 作成資料(薬物療法グループ)」、PMDA「オニバイド点滴静注43mg 医療用医薬品情報」

BRCAなどの遺伝子検査で治療が変わることがある

現在の膵臓がん治療では、病気の広がりや全身状態だけでなく、がんや患者さんが持つ遺伝子の特徴によって治療選択が変わる場合があります。該当する患者さんは一部ですが、対象となれば一般的な細胞障害性抗がん剤とは異なる治療へつながる可能性があるため、どの検査をどの時期に行うのかを理解しておくことが重要です。

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2は治療と遺伝の両方に関係する

BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。生まれつき病的バリアントを持つ場合には、膵臓がんだけでなく乳がん、卵巣がん、前立腺がんなどの発症リスクとも関係します。

国立がん研究センターでは、膵臓がん患者さんの約5%にBRCA遺伝子変異がみられると説明しています。BRCA1・BRCA2に病的バリアントがあるがんではプラチナ製剤への感受性が高い可能性があり、一次治療を考える材料になります。

生殖細胞系列の病的バリアントが確認された場合、その情報は血縁者にも関係する可能性があります。結果によっては遺伝カウンセリングを受け、家族へどのように伝えるか、血縁者が検査を受ける意味があるかなどを相談します。

オラパリブ維持療法は生殖細胞系列BRCAが対象

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある治癒切除不能膵臓がんでは、プラチナ製剤を含む一次化学療法後に病気が進行していないなど一定の条件を満たした場合、PARP阻害薬オラパリブによる維持療法が選択肢になります。

承認の根拠となったPOLO試験では、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがあり、遠隔転移を有する膵腺がんで、プラチナ製剤を含む一次化学療法を16週間以上受け、その間に病気の進行が確認されなかった患者さんが対象となりました。無増悪生存期間中央値はオラパリブ群7.4カ月、プラセボ群3.8カ月で、病気が進行するまでの期間は延長しました。

ただし、この結果を「オラパリブで寿命が同じだけ延びた」と読み替えることはできません。POLO試験の最終解析では、全生存期間中央値はオラパリブ群19.0カ月、プラセボ群19.2カ月で、全生存期間の統計学的に有意な延長は示されませんでした。

オラパリブはBRCA変異が見つかれば最初から使用する薬でもありません。プラチナ製剤を含む一次治療で病勢がコントロールされている患者さんに対する維持療法という位置づけです。

MSI-High・TMB-Highでは免疫チェックポイント阻害薬が候補になる場合がある

膵臓がんの一部ではMSI-HighやTMB-Highという特徴がみられます。MSI-Highは1%未満、TMB-Highは1~2%程度とされ、頻度は高くありません。

国内の適応条件を満たす場合には、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブなどを検討できることがあります。ただし、膵臓がん患者さん全員に免疫チェックポイント阻害薬が有効という意味ではなく、バイオマーカーや治療歴などによって対象が限られます。

インターネット上では「免疫力を高める」といったさまざまな自由診療の免疫療法も紹介されていますが、標準診療として行われる免疫チェックポイント阻害薬とは同じものではありません。どの検査結果を根拠に、国内で承認されたどの治療を行うのかを確認することが重要です。

がん遺伝子パネル検査ではまれな治療標的が見つかることもある

がん遺伝子パネル検査は、数十~数百の遺伝子をまとめて調べ、治療につながる遺伝子変化や臨床試験の候補を探す検査です。保険診療では標準治療がない場合や終了が見込まれる場合などが主な対象となるため、個別のコンパニオン診断と同じ時期に行うとは限りません。

膵臓がんでは、NTRK融合遺伝子やRET融合遺伝子はそれぞれ1%未満、BRAF V600E遺伝子変異は1~3%程度とされ、該当する場合には臓器横断的な分子標的治療につながることがあります。さらに2026年には、ALK融合遺伝子陽性の進行・再発固形癌に対してアレクチニブの臓器横断的な適応も国内で追加されました。

ただし、遺伝子変化が見つかれば必ず対応する薬を使用できるわけではありません。適応条件、これまでの治療歴、全身状態、薬へのアクセスなどによって治療へつながらないこともあるため、検査結果はがんゲノム医療を行う医療機関で専門的に評価します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、PMDA「リムパーザ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「キイトルーダ点滴静注100mg 医療用医薬品情報」、PMDA「アレセンサカプセル150mg 医療用医薬品情報」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」、PubMed「POLO試験 全生存期間最終解析」

肝転移・腹膜播種・肺転移では何が違うのか

膵臓がんステージ4では、遠隔転移の場所によって症状や必要な支持療法が異なります。ただし、転移先だけで使用する全身薬物療法を決めるわけではありません。基本は原発巣と転移巣を同時に治療する全身薬物療法であり、そのうえで転移先による症状や合併症へ対応します。

肝転移では全身薬物療法が基本になる

肝臓は膵臓がんが遠隔転移する代表的な臓器です。肝転移が少数であっても、通常は肝臓の病変だけを先に切除するのではなく、画像では確認できない微小転移も考えて全身薬物療法から治療を始めます。

肝転移が増えると肝機能低下、食欲低下、倦怠感などが問題になることがありますが、小さな肝転移が少数だけなら症状がほとんどないこともあります。転移の有無だけでなく、数、大きさ、ほかの臓器への転移、肝機能、治療への反応などを合わせて評価します。

腹膜播種では腹水や腸閉塞への対応が重要になる

腹膜播種は、がん細胞が腹腔内へ広がり、腹膜表面に多数の小さな病変をつくる状態です。治療の中心は全身薬物療法ですが、腹水、腹部膨満、食欲低下、吐き気、腸閉塞などが起こりやすいため、症状への対応も重要になります。

腹水が多ければ排液などを行い、腸の通りが悪くなれば消化管の通過を保つ治療や栄養管理を検討します。腹膜播種は小さな病変が散らばるためCTだけではすべてを明瞭に確認できないこともあり、画像所見、腹水、症状などを合わせて判断します。

肺転移・骨転移では症状に応じた局所治療も組み合わせる

肺転移は小さな病変が少数だけの場合には咳や息苦しさがないこともあります。比較的ゆっくり経過する患者さんも報告されていますが、「肺転移なら予後がよい」と一律に判断できるわけではなく、原発巣やほかの転移、増大速度、治療への反応を合わせて評価します。

骨転移では痛み、骨折、脊髄や神経の圧迫が問題になります。鎮痛薬や放射線治療などを組み合わせ、急な麻痺、感覚低下、排尿・排便障害がみられる場合には脊髄圧迫の可能性があるため速やかな評価が必要です。

転移部位だけでなく全身として病気がどう動いているかを見る

抗がん剤開始後には、原発巣と各転移巣が同じように縮小しているのか、一部だけ増大しているのか、新しい転移が出ていないかを確認します。画像だけでなく、痛み、食事量、体重、全身状態、肝機能なども治療判断の材料です。

ステージ4では転移した場所を別々の病気として考えるのではなく、全身の病勢と、その中で生活を妨げている症状を同時に評価することが重要です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版」

膵臓がんステージ4でも手術できることはあるか

膵臓がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「抗がん剤が効けば後から手術できるのではないか」という疑問は大きいものです。当初は切除不能だった膵臓がんに薬物療法などが非常によく効き、その後に手術を検討することはあり、このような手術は一般にコンバージョン手術と呼ばれます。

ただし、遠隔転移のあるステージ4膵臓がんでは、コンバージョン手術がすべての患者さんに確立された標準的な治療の流れになっているわけではありません。

遠隔転移がある場合は最初から手術を優先しない

遠隔転移がある状態で膵臓の原発巣だけを切除しても、肝臓や腹膜、肺などに存在するがんは残ります。また、膵臓がんの手術は体への負担が大きく、術後しばらく薬物療法を行えない期間が生じることもあります。

このため、遠隔転移のある膵臓がんでは、まず全身薬物療法によって体全体の病気を抑えることが基本です。局所進行切除不能膵臓がんと、遠隔転移を伴うステージ4では、コンバージョン手術の位置づけも同じではありません。

手術の再評価では転移を含めて病気全体を見る

薬物療法で膵臓の原発巣が小さくなっただけでは、手術可能とは判断できません。遠隔転移が画像上消失または十分に制御されているか、新しい転移が出ていないか、CA19-9がどう変化しているか、一定期間病勢が安定しているか、大きな手術に耐えられる全身状態が保たれているかなどを総合的に評価します。

画像検査で転移が見えなくなっても、微小ながん細胞が完全になくなったと証明できるわけではありません。「CTで転移が消えた=完治したので手術すればよい」という単純な判断ではないことを理解しておく必要があります。

遠隔転移例に対するコンバージョン手術の有効性は確立していない

遠隔転移がなく、血管への浸潤によって切除不能とされた局所進行膵臓がんでは、治療後の手術について国内でも研究や臨床経験が蓄積されています。一方、診断時から肝転移、肺転移、腹膜播種などの遠隔転移があった患者さんでは、集学的治療後に手術を行った報告はあるものの、有効性はまだ確立していません。

手術を受けた患者さんは、抗がん剤が非常によく効いた、転移が限られていた、新しい転移が長期間出なかった、手術に耐えられる全身状態が保たれていたなど、非常に選択された集団です。こうした選択バイアスがあるため、手術を受けたこと自体が長期生存の原因だったのかを観察研究だけから完全に分けることはできません。

手術を再評価する場合は専門施設での検討も選択肢

薬物療法が長期間よく効き、遠隔転移が消失または十分に制御されている場合には、手術の可能性について改めて検討することがあります。その判断では治療期間、腫瘍マーカー、転移の状態、切除範囲、術後に薬物療法を続けられるかなど、多くの要素を確認します。

自分が候補になり得るのか知りたい場合には、担当医と相談したうえで、膵臓がんの手術と薬物療法を多く扱う施設でセカンドオピニオンを受けることも選択肢です。手術を受けること自体を目標にするのではなく、現時点で手術による利益が期待できる病状なのか、全身薬物療法を続ける方が適切なのかを評価してもらうことが重要です。

参考:日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版改訂のポイント―外科的治療法と補助療法―」

放射線治療や局所治療を行う場合

膵臓がんステージ4では遠隔転移があるため、治療の中心は全身に作用する薬物療法です。ただし、原発巣や転移巣によって痛みなどの症状が出ている場合には、症状を和らげる目的で放射線治療を行うことがあります。

原発巣や骨転移の痛みを和らげるために使うことがある

膵臓がんが周囲の神経や組織へ広がると、腹部や背中に強い痛みが出ることがあります。薬物療法で全身の病気を治療しながら、症状の原因となっている場所へ放射線を当て、痛みを軽減することがあります。

骨転移でも、痛みを和らげる目的で放射線治療を行います。特に脊椎転移で足のしびれや麻痺、排尿・排便障害が急に出た場合には神経圧迫の可能性があるため、定期受診まで待たず医療機関へ相談する必要があります。

局所治療は通常、全身薬物療法の代わりにはならない

少数の転移に対して定位放射線治療などの局所治療を検討することもありますが、転移巣だけを治療すれば通常の全身薬物療法が不要になるという方法が確立しているわけではありません。ステージ4では、画像で見える病変以外にも微小ながん細胞が存在する可能性を考えるためです。

薬物療法が長期間よく効き、病変がごく限られた状態になった患者さんでは局所治療を改めて検討することがありますが、患者さんを慎重に選んで行う治療です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版」

黄疸・痛み・食べられない・腹水への治療も重要

膵臓がんステージ4では、がんそのものを治療すると同時に、黄疸、痛み、食事が通らない、体重減少、腹水など生活を妨げている症状を治療することが重要です。こうした支持療法は抗がん剤をやめた後だけに行うものではなく、黄疸や痛み、栄養状態を改善することで薬物療法を安全に開始・継続できることもあります。

黄疸や消化管閉塞にはステントなどを検討する

膵頭部のがんなどで胆管が狭くなると黄疸が起こり、胆管炎を併発すれば高熱や全身状態の悪化につながります。黄疸が強い場合には胆道ドレナージを行い、内視鏡を使って胆管の狭窄部へステントを入れて胆汁の通り道を確保する方法が広く行われています。

内視鏡による処置が難しい場合には、皮膚から胆管へ管を入れる方法や超音波内視鏡を利用した方法を検討します。ステントは詰まりや位置のずれによって交換や再処置が必要になることもあります。

がんが十二指腸などを圧迫して食べ物が通りにくくなった場合には、十二指腸ステントや胃空腸バイパス手術などを検討します。全身状態、今後の治療期間、閉塞部位などによって方法を選びます。

痛みは我慢せず早い段階から治療する

痛みの治療には、アセトアミノフェンなどの鎮痛薬からオピオイド鎮痛薬まで、痛みの程度に応じた薬を使用します。医療用麻薬は「最後の段階だけに使う薬」ではなく、がんの痛みに対して必要な量を適切に使用する薬です。

薬だけでは十分に抑えられない場合には腹腔神経叢などへの神経ブロックを検討し、原発巣や骨転移による痛みに放射線治療を組み合わせることもあります。痛みを我慢して睡眠、食事、活動量が低下すると治療を続ける体力にも影響するため、早めに伝えることが重要です。

体重減少では消化吸収障害と悪液質を分けて考える

膵臓がんで膵管がふさがったり膵臓の働きが低下したりすると、消化酵素が十分に腸へ届かず、食べたものをうまく吸収できないことがあります。便が脂っぽい、便が浮く、下痢が続く、食べているのに体重が減る場合には、膵酵素製剤などを検討します。

進行がんでは、がんによる代謝変化によって筋肉や脂肪が減るがん悪液質も起こります。悪液質では単純に食事量を増やすだけでは体重や筋肉量が十分戻らないことがあり、吐き気、痛み、消化吸収、栄養、運動機能など複数の面から対応します。

自己流で糖質や脂質を極端に制限すると体重や筋肉量の低下を進めることがあります。食事量が落ちている場合には、主治医や管理栄養士と相談しながら食べやすい量や回数、必要な補助食品などを調整します。

腹水や血糖値の変化にも対応する

腹膜播種などで腹水が増えると、おなかの張り、食欲低下、動きにくさ、息苦しさなどが起こります。薬物療法で腹膜播種が縮小すれば腹水が減ることもありますが、症状が強い場合には腹水を排液するなどの処置を検討します。

膵臓はインスリンを分泌する臓器でもあり、膵臓がんによって新たに糖尿病を発症したり、以前からある糖尿病が悪化したりすることがあります。抗がん剤治療中は食事量や体重も変化するため、血糖値を確認しながら糖尿病治療も調整します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センター「痛み」、国立がん研究センター「がんと食事」

膵臓がんステージ4の生存率

膵臓がんステージ4では、薬物療法や支持療法を行いながら病気を抑えて生活を維持することを目指します。そのうえで、多くの患者さんや家族が気になるのが、「ステージ4ではどのくらいの人が長く生存しているのか」という点です。生存率は病気全体の傾向を理解する重要なデータですが、過去の多数の患者さんを集計した数字であり、個人の余命をそのまま示すものではありません。

ステージ4の5年ネット・サバイバルは1.6%

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に膵臓がんと診断された患者さんについて病期別生存率が公開されています。ステージ4では3,434例が集計対象となり、5年後の実測生存率は1.5%、5年ネット・サバイバルは1.6%でした。

ネット・サバイバルは、ほかの病気などによる死亡の影響をできるだけ除いて、がんによる生存状況を推計する方法です。診断から1年、2年、3年、5年時点の数字を見ると、長期生存が多くはない一方で、数年以上生存する患者さんも実際の集団データに含まれていることが分かります。

診断からの期間 ステージ4のネット・サバイバル
1年 22.8%
2年 7.3%
3年 3.4%
5年 1.6%

5年1.6%を個人の確率として読み替えない

同じステージ4でも、肝臓に多数の転移がある場合と肺に少数の転移だけがある場合では病状が異なります。全身状態、栄養状態、がんの進行速度、遺伝子の特徴、一次治療への反応、二次治療以降へ進めるかどうかによっても経過は変わるため、5年ネット・サバイバル1.6%を「自分が5年後に生きている確率」としてそのまま当てはめることはできません。

反対に、「1.6%だから5年以上の生存はほぼ不可能」と断定することも適切ではありません。3年、5年と生存した患者さんが実際に含まれていることは事実ですが、長期生存がステージ4膵臓がんの一般的な経過という意味でもないため、厳しい集団統計と個人差の両方を理解する必要があります。

2014~2015年診断例であることにも注意する

この生存率は2014~2015年に診断された患者さんのデータです。その後、GnP療法やFOLFIRINOX系治療、二次治療、BRCAに対する維持療法、がんゲノム医療など治療環境は変化しています。

したがって、この統計はステージ4膵臓がんの厳しさを理解する重要な資料ではあるものの、2026年に治療を始める患者さんの治療成績をそのまま示す数字ではありません。では、現在の治療を受けられる患者さんではどの程度の期間が報告されているのか、次の章で臨床試験の全生存期間中央値を使って説明します。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 膵臓がん」

膵臓がんステージ4の余命はどのくらい?

膵臓がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「実際にはあと何カ月、何年くらい生きられるのか」は避けて通れない疑問です。ただし、現在の公的統計に「膵臓がんステージ4の平均余命は○カ月」と一律に示せる数字があるわけではありません。

治療を受けた患者さんの見通しを考える際には、臨床試験で報告される全生存期間中央値が1つの参考になります。全身状態が比較的良好で標準的な一次治療を受けられる患者集団では、おおむね1年前後から1年数カ月という中央値が報告されていますが、これは個人の余命を示す数字ではありません。

JCOG1611では全生存期間中央値12.5~15.3カ月

日本国内45施設で行われたJCOG1611では、遠隔転移または再発膵臓がん527人を対象としてGnP療法、mFOLFIRINOX療法、S-IROX療法が比較されました。余命について調べている患者さんにとって具体的な数字は重要な情報であるため、この章では各群の全生存期間中央値を明示します。

一次治療 全生存期間中央値
GnP療法 15.3カ月
mFOLFIRINOX療法 12.5カ月
S-IROX療法 13.2カ月

JCOG1611に参加したのは20~75歳でECOG Performance Status 0~1など一定の条件を満たした患者さんです。また、診断時から遠隔転移がある患者さんだけではなく、手術後などに再発した患者さんも含まれているため、「膵臓がんステージ4の余命は12.5~15.3カ月」と読み替えることはできません。

全生存期間中央値は平均余命ではない

全生存期間中央値は、臨床試験に参加した患者さんを生存期間の順に見たとき、半数の患者さんが生存している時点です。たとえばGnP療法の15.3カ月は、患者さん全員の余命を平均すると15.3カ月だったという意味でも、治療開始から15.3カ月たつと急に状態が悪くなるという意味でもありません。

半数の患者さんは15.3カ月より前に亡くなり、残りの半数は15.3カ月を超えて生存していたという分布の中央を示します。その中には中央値を大きく超えて生存する患者さんも含まれているため、生存期間中央値は治療成績を比較する指標であって、個人の余命を予測する時計ではありません。

公的生存率と臨床試験の数字が違って見える理由

前章の院内がん登録ではステージ4の1年ネット・サバイバルは22.8%でしたが、JCOG1611ではGnP療法の全生存期間中央値が15.3カ月です。この違いは矛盾ではなく、対象集団と時代が異なることによって生じます。

院内がん登録は2014~2015年にステージ4と診断された幅広い患者さんを含みます。一方、JCOG1611は比較的新しい時期に、年齢や全身状態などの試験参加条件を満たして多剤併用化学療法を受けられる患者さんを対象としており、再発例も含まれます。このため、両者を直接比較して「最近の治療で生存率が何倍になった」と判断することはできません。

同じステージ4でも余命には大きな幅がある

肝臓に多数の転移があり短期間で増大している患者さんと、肺に少数の転移がありゆっくり経過している患者さんでは、同じステージ4でも病気の動きは異なります。全身状態、栄養状態、黄疸や感染症、がんの分子学的特徴、一次治療への反応、二次治療へ進めるかどうかも生存期間に関係します。

治療開始から1年が経過し、画像検査でも病気が安定し、食事や日常生活を維持できている患者さんに対して、「中央値が15.3カ月だからあと3.3カ月」と計算することはできません。治療への反応やその後の経過という新しい情報が加わるため、患者さんの見通しは時間とともに更新されます。

余命について担当医へ尋ねる際には、「数週間なのか、数カ月なのか、1年以上を考えられる状態なのか」「最も可能性が高い経過だけでなく、短い場合と長い場合の幅も知りたい」と相談すると、生活や仕事、家族との時間を考えるための具体的な説明を受けやすくなります。

参考:日本臨床腫瘍研究グループ「JCOG1611 臨床研究結果」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 膵臓がん」

膵臓がんステージ4は完治できるのか

膵臓がんステージ4について、「完治する可能性はありますか」という質問に対しては、期待だけを強調することも、最初から可能性を完全に否定することも適切ではありません。遠隔転移があるため、診断時から手術でがんをすべて取り切れる早期膵臓がんに比べて、完治は非常に難しい状態です。

薬物療法だけで完全に治すことは一般に難しい

薬物療法によって画像上がんが大きく縮小したり、腫瘍マーカーが正常範囲まで低下したりする患者さんはいます。しかし、画像で見えなくなったことと体内のがん細胞が完全になくなったことは同じではなく、画像検査では確認できない微小ながん細胞が残っている可能性があります。

そのため、画像上「完全奏効」と判断された場合でも、その後に再発することがあります。薬物療法が非常によく効いた場合には、治療をどの程度続けるか、維持療法へ切り替えるか、手術を再評価するかなどを個別に検討します。

長期間病気を抑えられる患者さんや手術を再評価できる患者さんもいる

ステージ4膵臓がんの治療成績は厳しいものですが、すべての患者さんが同じ経過をたどるわけではありません。一次治療が長期間効く患者さんや、二次治療以降へつなぎながら病気をコントロールできる患者さんもおり、特定の遺伝子異常を持つ患者さんでは別の治療選択肢が加わることがあります。

薬物療法が非常によく効き、遠隔転移が消失または長期間制御され、原発巣も切除可能と判断された一部の患者さんではコンバージョン手術を検討します。コンバージョン手術後に長期生存した患者さんの報告はありますが、遠隔転移を伴うステージ4膵臓がんで、手術そのものが生存期間を延ばすことはまだ確立していません。

体験談の「完治」をそのまま自分へ当てはめない

インターネットやSNSでは「ステージ4膵臓がんから完治した」という患者さんの体験談を目にすることがあります。そのような情報を見る場合には、最初の診断時に本当に遠隔転移が確認されていたのか、局所進行切除不能だったのか、どの治療をどのくらい受けたのか、その後どのくらい再発していないのかを確認する必要があります。

1人の患者さんに起きた経過が、同じ治療を受けたすべての患者さんで再現されるわけではありません。完治できるかという問いだけでなく、現在の治療ががんの縮小、進行抑制、症状緩和、次の治療への移行、手術可能性の再評価のどれを目指しているのかを担当医に確認すると、治療の意味を理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版」

膵臓がんステージ4の治療を選ぶときに確認したいこと

膵臓がんステージ4では、「何という抗がん剤を使うか」だけで治療が決まるわけではありません。転移の場所や量、全身状態、黄疸や栄養状態、一次治療で使う薬、遺伝子検査、その後の二次治療などを順番に確認すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

以下は、国内ガイドラインや国立がん研究センターの情報をもとに、患者さんが治療方針を整理するために編集上まとめた確認項目です。公式ガイドラインに同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

確認したいこと 確認する意味
遠隔転移はどこにあるか 肝転移、腹膜播種、肺転移などによって症状や必要な支持療法が異なる
本当にステージ4なのか 遠隔転移のあるステージ4と、遠隔転移のない局所進行切除不能膵がんでは治療方針が異なる
病理診断は確定しているか 通常の膵管腺がんと神経内分泌腫瘍などでは治療が異なる
現在の全身状態・臓器機能はどうか GnPやFOLFIRINOXなどの治療強度を決める判断材料になる
一次治療として何を勧められているか 効果だけでなく、副作用、通院方法、その後の二次治療まで考える
黄疸や胆管炎への処置が必要か 胆道ステントなどで状態を整えてから抗がん剤を開始することがある
生殖細胞系列BRCA1・BRCA2を確認したか プラチナ製剤や、条件を満たした場合のオラパリブ維持療法に関係する
MSI-High・TMB-Highなどは確認したか ごく一部では免疫チェックポイント阻害薬の対象になることがある
がん遺伝子パネル検査を行う時期か 保険診療では標準治療がない場合や終了が見込まれる場合などが主な対象になる
一次治療後の次の治療は何か 最初の薬だけでなく二次治療へどうつなぐかを確認する
痛み・食事・体重減少への治療は十分か 支持療法は生活の質だけでなく治療を続ける体力にも関係する
手術を再評価する可能性はあるか 薬物療法が非常によく効いた一部の患者では専門施設で再評価することがある
現在の治療目的は何か 腫瘍縮小、進行抑制、症状緩和、次の治療への移行など、何を目指しているのかを確認する

セカンドオピニオンを検討する場合にも、「もっと強い治療がないか」だけを尋ねるのではなく、現在の一次治療の選択が適切か、必要な遺伝子検査が行われているか、支持療法に改善できる部分はないか、手術を再評価できる条件を満たしているかなど、具体的な疑問を整理して相談すると治療方針を比較しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」、日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2025年版」

まとめ|ステージ4という病期だけで余命や治療方法は決まらない

膵臓がんステージ4は、膵臓から離れた肝臓、腹膜、肺などへ遠隔転移している状態です。早期の膵臓がんと比べて根治は難しく、2014~2015年診断例の院内がん登録では5年ネット・サバイバル1.6%という厳しい治療成績が報告されていますが、これは2026年に治療を始める患者さん個人の余命を示す数字ではありません。

治療の中心は全身薬物療法で、GnP療法やFOLFIRINOX系などから全身状態や臓器機能に合った一次治療を選びます。一次治療が効かなくなった場合にも、全身状態が保たれていれば二次治療を検討でき、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2、MSI-High、TMB-Highなどの特徴によって別の治療選択肢が加わる患者さんもいます。

一方、薬物療法だけでステージ4膵臓がんを完全に治すことは一般には難しく、コンバージョン手術もすべての患者さんが受けられる治療ではありません。治療の可能性を過大評価せず、同時に「ステージ4だから何もできない」と決めつけず、現在の病状と治療への反応を見ながらその後の選択肢を考える必要があります。

黄疸、痛み、食事が取れない、体重が減る、腹水がたまるといった症状にも、胆道・消化管ステント、鎮痛治療、神経ブロック、放射線治療、栄養療法など複数の対応方法があります。支持療法や緩和ケアは抗がん剤をやめた後だけの治療ではなく、診断時から薬物療法と並行して受けることができます。

膵臓がんステージ4の治療を考える際には、過去の生存率や「余命○カ月」という数字だけを見るのではなく、現在どこに転移があり、どの治療を受けられる状態なのか、その治療にどの程度反応しているのか、次にどの選択肢が残っているのかを一つずつ確認することが大切です。

甲状腺がんは、のどぼとけのすぐ下にある甲状腺に発生するがんです。

厚生労働省の全国がん登録によると、2023年に甲状腺がんと診断された人は16,505例で、男性4,445例、女性12,060例でした。また、2024年には甲状腺がんで男性597人、女性1,290人の計1,887人が死亡しています。罹患者は女性に多い一方、ほかのがんと比べて罹患者数に対する死亡者数が少ないことも甲状腺がんの特徴です。

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは、多くの場合ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲の臓器への浸潤が問題にならない超低リスクの乳頭がんでは、診断後すぐに手術をせず、超音波検査を続けながら変化を確認する積極的経過観察が選択肢になります。

ただし、「甲状腺がんはおとなしいがん」と一括りにすることはできません。濾胞がんは肺や骨へ血行性転移することがあり、髄様がんではRET遺伝子が治療や遺伝性の評価に関係します。さらに、未分化がんは甲状腺がんの1~2%程度とまれですが、非常に速く進行するため、診断後すぐに遺伝子検査を含めた治療方針を検討する必要があります。

甲状腺がんの治療を理解するときは、組織型、乳頭がんのリスク分類、手術範囲、放射性ヨウ素治療の適応、再発・転移時の遺伝子変化という順番で整理すると、自分がどの治療分岐にいるのか分かりやすくなります。

甲状腺がんの治療を理解する5つのポイント
① 乳頭がん・濾胞がん・低分化がん・髄様がん・未分化がんのどれか
② 乳頭がんなら超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクのどこに当てはまるか
③ 積極的経過観察・葉切除・全摘のどれが適するか
④ 放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法が必要か
⑤ 再発・転移時には放射性ヨウ素が効く状態か、RET・BRAF・NTRKなど治療につながる遺伝子変化があるか

この記事では、甲状腺がんの初期症状、原因、検査、ステージから、積極的経過観察、手術、放射性ヨウ素内用療法、再発・転移時の薬物療法、髄様がん・未分化がんの治療、生存率まで詳しく解説します。

参考:厚生労働省「全国がん登録 罹患数・率 報告 2023」、国立がん研究センター「がんの統計2026」、国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんとは

甲状腺の参考イラスト

甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にあり、気管を前から取り囲むように位置する小さな臓器です。蝶が羽を広げたような形をしており、左右の「葉」と、それらをつなぐ「峡部」からできています。

甲状腺では、トリヨードサイロニン(T3)やサイロキシン(T4)などの甲状腺ホルモンがつくられています。これらは体のエネルギー代謝や成長などに関係するホルモンです。また、甲状腺の傍濾胞細胞(ぼうろほうさいぼう)からは、血液中のカルシウム濃度の調節に関係するカルシトニンが分泌されます。

甲状腺に発生する悪性腫瘍が甲状腺がんです。甲状腺がんの多くは甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞から発生しますが、髄様がんはカルシトニンをつくる傍濾胞細胞から発生するため、同じ甲状腺がんでも性質や治療方法が異なります。

甲状腺のしこりがすべて「がん」というわけではない

超音波検査や健康診断などで甲状腺にしこりが見つかることがあります。このような甲状腺内のしこりを甲状腺結節と呼びますが、結節のすべてが甲状腺がんではありません。

良性の腺腫や腺腫様甲状腺腫、嚢胞などもあるため、超音波検査で大きさや形、内部の状態などを確認し、必要に応じて穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)を行います。

甲状腺がんは「しこりがあるかどうか」だけでは診断できません。反対に、小さながんでは触ってもしこりが分からず、超音波検査などで初めて見つかることもあります。

甲状腺がんは種類によって性質が大きく違う

甲状腺がんについて「比較的予後がよいがん」と説明されることがあります。これは最も多い乳頭がんや濾胞がんの多くに当てはまる特徴ですが、すべての甲状腺がんに当てはまるわけではありません。

乳頭がんの多くはゆっくり進行するのに対し、未分化がんでは短期間で周囲の気管や食道などへ広がることがあります。髄様がんでは、乳頭がんや濾胞がんとは異なる細胞から発生し、RET遺伝子の評価が治療方針や遺伝性の判断に関係します。

甲状腺がんでは「甲状腺がんである」という診断だけでは治療は決まりません。まず組織型を確認することが、その後の治療を理解する出発点になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの種類

甲状腺がんは、顕微鏡で見たがん細胞の特徴や、どの細胞から発生したかによって複数の組織型に分けられます。

代表的なのは乳頭がん、濾胞がん、低分化がん、髄様がん、未分化がんです。このうち乳頭がんと濾胞がんは、正常な甲状腺細胞の性質を比較的保っていることから「分化がん」と呼ばれます。

組織型 主な特徴
乳頭がん 甲状腺がんの約90%。多くはゆっくり進行し、頸部リンパ節へ転移することがある
濾胞がん 約5%。肺や骨などへ血液の流れを介して転移することがある。細胞診だけでは良性との区別が難しい場合がある
低分化がん 1%未満。乳頭・濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移のリスクも高い
髄様がん 約1~2%。カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生し、RET遺伝子が関係する場合がある
未分化がん 約1~2%。非常に進行が速く、気管・食道など周囲の組織へ浸潤しやすい

乳頭がんは最も多く、多くはゆっくり進行する

乳頭がんは甲状腺がんの約90%を占めます。頸部リンパ節へ転移することがありますが、多くの場合は比較的ゆっくり進行します。

リンパ節転移が見つかったからといって、ほかのがんと同じように直ちに予後が大きく悪化するとは限りません。甲状腺乳頭がんでは、年齢や腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移の大きさ、遠隔転移などを合わせてリスクを評価します。

特に超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず積極的経過観察を行うという、ほかの多くのがんとは異なる選択肢があります。

濾胞がんは肺や骨へ転移することがある

濾胞がんは甲状腺がんの約5%を占めます。乳頭がんがリンパ節へ転移しやすいのに対し、濾胞がんは血管へ入り込み、肺や骨などへ血行性転移することがあります。

また、濾胞がんでは、良性の濾胞腺腫との区別が診断上の大きな特徴になります。穿刺吸引細胞診で採取した細胞だけでは良性・悪性を確定できない場合があり、手術で腫瘍を摘出したあとに被膜や血管への浸潤を確認して初めて濾胞がんと診断されることがあります。

低分化がんは分化がんより悪性度が高い

低分化がんは1%未満とまれですが、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移を起こしやすい傾向があります。

分化がんと未分化がんの中間的な性質を持つと考えると理解しやすく、治療では手術を中心に、病状によって放射性ヨウ素内用療法などを組み合わせます。

髄様がんではRET遺伝子が重要になる

髄様がんは、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。

RET遺伝子の生殖細胞系列の変化が原因となる遺伝性髄様がんがあり、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の一部として発症することもあります。このため髄様がんと診断された場合には、RET遺伝学的検査が治療と家族への影響を考えるうえで重要です。

未分化がんはほかの甲状腺がんとは進行速度が大きく異なる

未分化がんは甲状腺がんの約1~2%ですが、悪性度が高く、短期間で大きくなることがあります。反回神経、気管、食道などへ浸潤したり、肺などへ遠隔転移したりする可能性があるため、診断後は治療可能性を速やかに評価します。

同じ甲状腺がんという名称でも、乳頭がんの低リスク例と未分化がんでは治療を開始する緊急性も治療方法も全く異なります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」

甲状腺がんの原因・リスク

甲状腺がんになった患者さんの多くで、「これが原因だった」と1つの要因を特定することはできません。国立がん研究センターでも、甲状腺がんの発生要因ははっきり分かっていないとしています。

放射線被ばくが関係する場合がある

甲状腺がんの一部では、過去の放射線被ばくが発症リスクに関係します。このため診察では、放射線を扱う仕事の経験や、過去に首周辺などへ放射線治療を受けたことがあるかを確認する場合があります。

一方、甲状腺がんになったという事実だけから「以前受けたCT検査が原因だった」などと個人の原因を特定することはできません。必要な診断目的で行われる画像検査と、発がんリスクについては分けて考える必要があります。

家族歴や遺伝が関係する場合もある

血縁者に甲状腺がんになった人がいる場合は、甲状腺がんの発症リスクが高くなると考えられています。

特に遺伝との関係が強いのが髄様がんです。RET遺伝子の生殖細胞系列変異がある場合には、本人が遺伝性髄様がんやMEN2である可能性があり、血縁者も同じ遺伝子変化を持っている可能性があります。

遺伝学的検査は家族にも影響する情報を扱うため、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けながら検討します。

甲状腺がんの一般向け検診は国の指針に定められていない

日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんなどについて国の指針に基づくがん検診がありますが、甲状腺がんについては、現在、国の指針として定められた一般住民向けのがん検診はありません。

超音波検査の精度が高くなったことで、症状を起こさず生涯問題にならない可能性のある非常に小さな甲状腺がんまで見つかることがあります。小さながんをできるだけ多く発見することが、必ずしも死亡を減らすことにつながるとは限らないためです。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでも、家族歴や甲状腺がんに関連する遺伝性症候群、小児期の頸部被ばく歴など、特段の発症リスクがない無症状の成人に対して、超音波検査による甲状腺がん検診を行わないことが推奨されています。

首のしこりや声のかすれなど気になる症状がある場合や、医療機関で甲状腺の異常を指摘された場合には、検診の対象かどうかとは別に必要な診察や検査を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 予防・検診」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がんの初期症状

甲状腺がんは、初期には自覚症状がないことが多いがんです。症状があっても、首のしこり以外には特に異常を感じない場合があります。

首のしこり・腫れがきっかけになることがある

甲状腺は首の前側にあるため、甲状腺に腫瘍ができると首のしこりや腫れとして気付く場合があります。健康診断やほかの目的で行った頸部超音波検査、CTなどから偶然見つかることもあります。

しこりがあるからといって、すぐ甲状腺がんと決まるわけではありません。良性の甲状腺結節も多いため、超音波検査などで詳しく調べます。

声のかすれや飲み込みにくさが出る場合がある

甲状腺のすぐ後ろには、声帯を動かす反回神経が通っています。がんが反回神経へ及ぶと、声がかすれる嗄声が現れることがあります。

さらに病気が周囲へ広がると、のどの違和感や痛み、飲み込みにくさ、誤嚥などがみられる場合があります。

声のかすれには声帯炎など多くの原因があり、嗄声があるから甲状腺がんという意味ではありません。ただし、原因の分からない声のかすれが続く場合には耳鼻咽喉科などで確認することが大切です。

進行すると呼吸困難や血痰などが出ることもある

甲状腺がんが気管などへ広がると、呼吸しにくさや血痰などが現れることがあります。特に未分化がんでは短期間に腫瘍が大きくなり、気道へ影響する可能性があります。

首の腫れが急速に大きくなる、呼吸が苦しい、飲み込みが急に悪くなるといった症状がある場合には、速やかな医療機関への相談が必要です。

甲状腺の異常は何科を受診するのか

首のしこりや声のかすれがある場合には、耳鼻咽喉科、頭頸部外科、内分泌外科、甲状腺外科などが診療を行います。地域や医療機関によって診療科の名称は異なります。

健康診断などで甲状腺の結節を指摘された場合には、甲状腺疾患を診療している医療機関へ相談するとよいでしょう。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの検査と診断

甲状腺がんが疑われる場合には、問診や触診、超音波検査、血液検査、穿刺吸引細胞診などを組み合わせて診断します。がんと診断された後は、CTやMRIなどを用いて周囲への浸潤やリンパ節・遠隔臓器への転移を確認します。

超音波検査で腫瘍の大きさや性質を確認する

甲状腺の診断で中心となる画像検査が超音波(エコー)検査です。

超音波検査では、腫瘍の大きさ、形、内部の状態、石灰化の有無、境界の状態などを確認します。頸部リンパ節が腫れていないかも同時に調べることができます。

超音波で甲状腺結節が見つかっても、すべてに穿刺吸引細胞診を行うわけではありません。大きさと超音波所見から悪性の可能性を評価し、細胞診によって治療方針が変わるかを考えて検査を選びます。

穿刺吸引細胞診で細胞を調べる

穿刺吸引細胞診は、超音波画像を確認しながら細い針を甲状腺のしこりへ刺し、細胞を採取して顕微鏡で調べる検査です。

乳頭がんでは特徴的な細胞所見から診断できることがあります。髄様がんなどほかの組織型が疑われる場合にも、病理所見と血液検査などを合わせて判断します。

ただし、細胞診を行えばすべての甲状腺腫瘍を良性か悪性か100%区別できるわけではありません。

濾胞性腫瘍は細胞診だけで良性・悪性を決められないことがある

甲状腺の診断で患者さんが特に理解しにくいのが、濾胞腺腫と濾胞がんの区別です。

濾胞がんの診断では、腫瘍を包む被膜をがん細胞が越えている「被膜浸潤」や、血管の中へがん細胞が入り込んでいる「血管浸潤」などが重要になります。

穿刺吸引細胞診では腫瘍の一部の細胞しか採取できないため、被膜や血管との関係を十分に評価できません。このため、細胞診で「濾胞性腫瘍」などと診断され、良性か悪性か確定していなくても、腫瘍の状態から手術を勧められることがあります。

手術で腫瘍を摘出し、全体を病理検査した結果、初めて濾胞がんと確定する場合があります。「細胞診でがんと確定していないのに手術をする」という説明には、このような甲状腺腫瘍特有の事情があります。

血液検査では甲状腺機能や腫瘍マーカーを確認する

血液検査ではTSH、FT4などを測定し、甲状腺機能を確認します。

サイログロブリンは甲状腺からつくられるタンパク質で、良性疾患でも高くなるため、サイログロブリン値だけで甲状腺がんを診断することはできません。甲状腺を全摘した後では、再発の有無を確認するための指標として利用されます。

髄様がんではカルシトニンやCEAが診断や治療後の経過観察に使われます。腫瘍マーカーは画像検査などと組み合わせて判断するもので、値だけからがんの有無や進行を確定するものではありません。

CT・MRIなどで周囲への広がりや転移を調べる

甲状腺がんと診断された場合には、CTやMRIなどを使用して、気管、食道、反回神経周辺への広がり、頸部リンパ節転移などを確認します。

病状によって胸部CTなどで肺転移を調べたり、シンチグラフィやPETなどを追加したりすることもあります。すべての患者さんが同じ検査を受けるわけではなく、組織型や進行度によって必要な検査を選択します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がんのステージとリスク分類

甲状腺がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、頸部などのリンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせたTNM分類をもとにステージを決めます。

ただし、甲状腺がんはほかのがんと比べてステージ分類が少し特殊です。乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、診断時の年齢もステージ分類に関係します。

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは55歳がステージ分類の区切りになる

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、55歳未満と55歳以上でステージの分け方が異なります。

55歳未満では、遠隔転移がなければTカテゴリーやリンパ節転移の状態にかかわらずステージⅠ、遠隔転移があればステージⅡになります。55歳未満にはステージⅢ・Ⅳはありません。

55歳以上では、腫瘍の大きさ、甲状腺外への広がり、リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて、より細かくステージを分類します。

この年齢による違いは、若い患者さんではリンパ節転移などがあっても甲状腺分化がんによる死亡リスクが比較的低いという特徴が反映されたものです。

髄様がんと未分化がんは分化がんとは分類方法が違う

髄様がんでは年齢による区分を使わず、T・N・Mの組み合わせからステージを決めます。

未分化がんは診断された時点ですべてステージⅣに分類され、甲状腺内にとどまるⅣA、周囲へ広がるⅣB、遠隔転移があるⅣCに分けます。

このため、「甲状腺がんのステージⅣ」という情報だけで予後や治療を比較することはできません。乳頭がんのステージⅣと未分化がんのステージⅣでは、病気の性質も治療方法も大きく異なります。

乳頭がんではステージとは別にリスク分類を使う

乳頭がんでは、ステージだけでなく、腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移、遠隔転移などから超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクに分類します。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは、T1aN0M0、つまり1cm以下で臨床的なリンパ節転移や遠隔転移がない乳頭がんを「超低リスク」としています。T1bN0M0は低リスクで、それ以外のうち高リスクの条件に当てはまらないものが中リスクになります。

高リスクには、4cmを超える腫瘍、甲状腺外への明らかな浸潤、大きなリンパ節転移や節外浸潤、遠隔転移などが含まれます。年齢も予後を考える重要な要素です。

ステージは主に病気の広がりや生命予後を表す分類で、乳頭がんのリスク分類は手術範囲や積極的経過観察、術後治療などを考えるための重要な判断材料になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がん治療の全体像

甲状腺がんの治療は、ステージだけでは決まりません。組織型、乳頭がんのリスク分類、年齢、周囲への浸潤、リンパ節・遠隔転移、患者さんの全身状態などを確認して治療を組み立てます。

特に乳頭がんでは、低リスクの微小がんを積極的経過観察する場合から、甲状腺全摘、リンパ節郭清、放射性ヨウ素内用療法まで、病状によって治療の負担が大きく異なります。

病状・組織型 治療の主な考え方
超低リスク乳頭がん 積極的経過観察を中心に検討し、希望や病状によって手術も選択する
低~中リスク乳頭がん 葉切除を中心に、腫瘍やリンパ節の状態などから切除範囲を決める
高リスク乳頭がん 全摘を中心に検討し、病理結果などからRAIやTSH抑制療法を組み合わせる
濾胞がん 手術で診断・治療し、病理結果や遠隔転移の有無に応じて追加手術やRAIを検討する
髄様がん RET遺伝学的検査などを行い、手術を中心に治療する。進行例では分子標的薬も検討する
未分化がん 迅速に広がりと遺伝子変化を評価し、手術・薬物療法・放射線治療を組み合わせる

甲状腺がんでは、より大きな手術や多くの治療を行えば必ず治療成績がよくなるとは限りません。低リスク乳頭がんでは治療による利益と、反回神経麻痺や副甲状腺機能低下、甲状腺ホルモン補充などの負担を比較する必要があります。

反対に、未分化がんなど治療を急ぐ必要がある組織型では、低リスク乳頭がんと同じ感覚で経過を見ることはできません。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

小さな乳頭がんでは「すぐ手術しない」積極的経過観察もある

甲状腺にがんが見つかると、「小さいうちにすぐ手術した方が安全なのでは」と考えるかもしれません。しかし、超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず定期的な超音波検査を行う積極的経過観察が標準的な選択肢になっています。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは、転移や浸潤の徴候がない超低リスク乳頭がんについて、十分な説明を受けたうえで患者さんが希望する場合には、適切な診療体制のもとで積極的経過観察を行うことが推奨されています。

積極的経過観察は「がんを放置する」方法ではない

積極的経過観察では、定期的に超音波検査を行い、腫瘍が大きくなっていないか、新たなリンパ節転移が出ていないか、気管や反回神経との位置関係に変化がないかなどを確認します。

日本内分泌外科学会の低リスク微小乳頭がんに関する提言では、年1~2回を目安に、病状や施設方針に応じて定期的な超音波検査を続ける方法などが示されています。実際の検査間隔は患者さんの状態や施設によって調整されます。

経過観察中に腫瘍が増大したりリンパ節転移が出現したりした場合には、手術へ切り替えることができます。

1cm以下なら誰でも積極的経過観察できるわけではない

積極的経過観察の中心となるのは、1cm以下の乳頭がんで、臨床的なリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲臓器への明らかな浸潤がない超低リスク例です。

同じ1cm以下でも、腫瘍が気管や反回神経に接しており、少し増大すると重要な臓器へ影響する可能性がある場合や、リンパ節転移が疑われる場合などには、積極的経過観察より手術が適すると判断されることがあります。

つまり「1cm以下=手術不要」ではなく、腫瘍の大きさだけでなく場所や広がりまで見て、将来進行した場合にも安全に手術へ切り替えられるかを考えます。

若ければ手術、高齢なら経過観察と単純に決まるわけではない

微小乳頭がんは若い患者さんほど経過観察中に増大する割合が高いことが報告されていますが、若年であることだけを理由に直ちに手術しなければならないわけではありません。

年齢、腫瘍の位置、妊娠の予定、定期的な通院が可能か、手術に対する本人の希望などを含めて選びます。

反対に、高齢者でも腫瘍の状態から手術が必要と判断される場合があります。積極的経過観察は「手術できない人だけが選ぶ方法」ではなく、適切に選択された低リスク乳頭がんに対する治療戦略です。

参考:日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」、日本内分泌外科学会「成人の甲状腺低リスク微小乳頭癌cT1aN0M0に対する積極的経過観察の適応と方法」、国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺がんの手術|葉切除か全摘か

甲状腺がんの手術には、がんのある側を中心に切除する葉切除と、甲状腺をすべて摘出する全摘があります。

どちらを選ぶかは「全摘の方ががんを多く取れるから安全」という単純な考え方では決まりません。再発リスクと、手術後に起こり得る合併症や生涯のホルモン補充などを比較して決めます。

甲状腺葉切除

葉切除では、がんがある側の甲状腺を切除します。反対側の甲状腺を残せるため、残った甲状腺が十分なホルモンをつくれば、術後に甲状腺ホルモン薬を継続する必要がない場合があります。

2024年版の国内ガイドラインでは、低リスク・中リスクの乳頭がんでは葉切除が推奨される基本的な手術方法です。

全摘に比べて副甲状腺機能低下などの合併症リスクを抑えられる利点がありますが、残した甲状腺にも将来腫瘍が見つかる可能性があります。また、術後病理で予想以上に再発リスクが高いことが判明した場合には、残った甲状腺を追加切除することがあります。

甲状腺全摘

甲状腺全摘では左右の甲状腺をすべて摘出します。高リスク乳頭がん、両側に病変がある場合、遠隔転移がある場合などで検討します。

全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、術後のサイログロブリンを再発の指標として利用しやすくなり、放射性ヨウ素内用療法も行いやすくなります。

一方、甲状腺ホルモンを自分で十分につくれなくなるため、全摘後は原則として甲状腺ホルモン薬を継続して内服します。また、副甲状腺機能低下のリスクも葉切除より高くなります。

リンパ節郭清を行う場合

甲状腺乳頭がんは頸部リンパ節へ転移しやすいがんです。画像検査などでリンパ節転移が確認されている場合には、甲状腺の切除とともに転移したリンパ節周囲をまとめて切除するリンパ節郭清を行います。

リンパ節転移が明らかでない場合にどこまで予防的に郭清するかは、腫瘍の状態や手術範囲などによって判断します。

気管や反回神経へ浸潤している場合

がんが気管、食道、反回神経などへ広がっている場合には、甲状腺だけを切除して終わらないことがあります。

反回神経への浸潤では、がんを取り切るために神経の切除が必要になる場合があり、声への影響を考えて神経再建などを検討することもあります。気管へ浸潤している場合には、浸潤の深さに応じた気管の切除を検討します。

どこまで切除するかは、根治性だけでなく、声、呼吸、嚥下など治療後の機能も考えて判断します。

手術後の合併症|声のかすれ・低カルシウム血症・術後出血

甲状腺のすぐ近くには反回神経があるため、手術後に声がかすれることがあります。一時的な麻痺で回復する場合もあれば、神経を切除する必要があった場合などでは長期間症状が残ることがあります。

甲状腺の裏側には通常4つの副甲状腺があり、血液中のカルシウムを調節しています。全摘などで副甲状腺の働きが低下すると、血液中のカルシウムが低くなり、口の周りや手足のしびれ、筋肉のけいれんなどが起こる場合があります。必要に応じてカルシウムや活性型ビタミンD製剤を使用します。一時的な低下で回復する患者さんもいれば、長期的な補充が必要になる患者さんもいます。

甲状腺手術後には、まれに手術部位からの出血によって首が急に腫れることがあります。血腫や周囲の腫れによって気道へ影響すると緊急対応が必要になるため、術後に首の腫れが急速に強くなる、圧迫感がある、呼吸しにくい、唾液を飲み込みにくいといった症状がみられた場合には、すぐ医療者へ伝える必要があります。

甲状腺ホルモン補充とTSH抑制療法は目的が少し違う

全摘後には体内で甲状腺ホルモンを十分につくれないため、甲状腺ホルモン薬を服用します。これは不足するホルモンを補うための治療です。

これとは別に、再発や転移のリスクが高い乳頭がん・濾胞がんでは、通常よりTSHを低い状態に保つTSH抑制療法を行うことがあります。

TSHは正常な甲状腺を刺激するだけでなく、分化がんの細胞を刺激する作用もあるためです。

ただし、TSHを強く抑えすぎると、動悸や不整脈、骨量低下などにつながる可能性があります。再発リスク、年齢、心疾患、骨粗しょう症のリスクなどを踏まえて抑制の強さを調整します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

放射性ヨウ素内用療法|どんな患者に行うのか

甲状腺は、甲状腺ホルモンをつくるために血液中のヨウ素を取り込む性質があります。乳頭がんや濾胞がんの細胞にも、この性質がある程度残っていることがあります。

この特徴を利用した治療が放射性ヨウ素内用療法(RAI)です。

放射線を出すヨウ素131(I-131)をカプセルとして服用し、甲状腺由来の細胞へ取り込ませることで、体の内側から放射線を当てます。

アブレーション・補助療法・治療は目的が異なる

国立がん研究センターでは、放射性ヨウ素内用療法を目的によって「アブレーション」「補助療法」「治療」に分けています。

目的 考え方
アブレーション 全摘後にわずかに残った正常甲状腺組織を除去し、その後の経過観察をしやすくするなどの目的で行う
補助療法 画像では確認できなくても残っている可能性のある微小ながん細胞を治療し、再発リスクを下げる目的で行う
治療 残存がんや肺・骨などの遠隔転移に対して治療目的で行う

全摘した患者さん全員がRAIを受けるわけではない

甲状腺を全摘したからといって、すべての患者さんが放射性ヨウ素内用療法を受けるわけではありません。

再発リスク、術後の病理結果、サイログロブリン、画像所見などを確認して、RAIによる利益が期待できる患者さんを選びます。低リスクの患者さんでは、全摘後でもRAIを行わず経過観察する場合があります。

また、RAIは主として乳頭がん・濾胞がんなどの分化がんで使用する治療です。髄様がんはヨウ素を取り込む濾胞細胞から発生するがんではないため、同じ考え方でRAIを使用する治療ではありません。

治療前にはTSHを上げ、ヨウ素を制限する

I-131をがん細胞へ十分取り込ませるには、TSHを高くして甲状腺由来の細胞がヨウ素を取り込みやすい状態にする必要があります。

一般的には治療前に甲状腺ホルモン薬を中止・変更する方法などを用います。治療目的によっては、甲状腺ホルモン薬を続けながら遺伝子組換えヒトTSHを使用する方法を検討することもあります。

また、治療前にはヨウ素を含む食品や薬剤を一定期間制限します。国立がん研究センターでは一般的な方法として、I-131投与の2週間前からヨウ素を多く含む食事などを制限すると説明しています。

海藻類だけでなく、ヨウ素を含む造影剤や医薬品が治療へ影響する場合もあるため、具体的な制限方法は治療施設の指示に従います。

治療量によって外来または専用病室への入院が必要になる

比較的少ない量を使用するアブレーションは、一定の条件を満たせば外来で行える場合があります。

より多いI-131を使用する補助療法や転移に対する治療では、周囲の人への放射線被ばくを抑えるため、放射線治療病室と呼ばれる専用の病室へ数日間入院することがあります。

治療後しばらくは尿、唾液などから放射性ヨウ素が排出されるため、家族との距離など生活上の注意について説明を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

再発・転移した乳頭がん・濾胞がんの治療

乳頭がんや濾胞がんが再発・転移した場合にも、すぐ同じ薬物療法を開始するわけではありません。

再発した場所、病変の数、増大速度、症状、放射性ヨウ素を取り込むか、手術や放射線による局所治療が可能かなどを確認して治療を選びます。

頸部の再発では再手術を検討する場合がある

甲状腺がんは、甲状腺を切除した場所の周辺や頸部リンパ節などに再発することがあります。

切除可能で、手術による利益が期待できる場合には再手術を検討します。反回神経、気管、食道などへの影響や、以前の手術による癒着なども考えて治療方法を決めます。

小さく変化の少ない病変では、すぐ再手術を行わず経過を確認する場合もあります。

放射性ヨウ素を取り込む転移にはRAIを検討する

乳頭がんや濾胞がんの肺・骨などへの転移がI-131を取り込む場合には、放射性ヨウ素内用療法によって治療できることがあります。

治療後に腫瘍が縮小しているなど効果が確認できれば、一定の間隔を空けてRAIを繰り返す場合があります。

放射性ヨウ素が効かない「RAI不応」という状態がある

分化がんであっても、すべての再発・転移がヨウ素を取り込むわけではありません。

病変が放射性ヨウ素を取り込まない、取り込んでいても治療後に病気が進行するなど、RAIによる十分な効果が期待できない状態を放射性ヨウ素不応(RAI不応)と呼びます。

RAI不応となった病変に、効果が期待できないまま放射性ヨウ素治療を繰り返せばよいわけではありません。病気の進行速度、症状、局所治療の可能性、遺伝子変化などを確認し、薬物療法へ切り替える時期を考えます。

RAI不応でも、すぐ分子標的薬を開始するとは限らない

RAI不応の再発・転移があっても、病変が非常に小さく、何年もほとんど増大せず症状もない場合には、画像検査で経過を見ることがあります。

分子標的薬は長期間使用することが多く、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、手足症候群などの副作用もあります。

このため、薬が使える状態であることと、「今すぐ薬を始めるべき状態」であることは同じではありません。腫瘍の増大速度、症状、重要臓器への影響などを確認して開始時期を判断します。

RAI不応・進行例では分子標的薬を使う

手術やRAIによる治療が難しく、進行している分化がんでは分子標的薬を検討します。

レンバチニブ・ソラフェニブなど

レンバチニブ(商品名:レンビマ)やソラフェニブ(商品名:ネクサバール)は、がんが血管をつくって増殖する仕組みなどを抑えるマルチキナーゼ阻害薬です。病状やこれまでの治療歴に応じて使用します。レンバチニブやソラフェニブによる治療が難しい場合には、BRAF、RET、NTRKなどの遺伝子変化に応じた治療を検討する場合があります。

これらの薬は腫瘍を小さくしたり進行を遅らせたりすることが期待できますが、長期的な副作用管理が必要になります。

RET・BRAF・NTRKなど遺伝子変化に応じて薬を選べる場合がある

現在の再発・転移性甲状腺がんでは、遺伝子情報が治療選択に直接つながる場合があります。

国立がん研究センターでは、RAIが適さない再発・転移分化がんで、BRAF V600E、RET遺伝子変化・融合遺伝子、NTRK融合遺伝子などを調べることが勧められていると説明しています。

RET融合遺伝子

RET融合遺伝子が確認された甲状腺がんでは、RETを選択的に阻害する薬を検討できる場合があります。セルペルカチニブなどがこの種類の薬です。

NTRK融合遺伝子

NTRK融合遺伝子がある場合には、NTRK阻害薬が治療候補になります。NTRK融合は頻度が高い遺伝子変化ではありませんが、見つかれば治療につながる可能性があります。

BRAF V600Eなど

BRAF V600E遺伝子変化は甲状腺がんの一部で認められます。組織型や病状によって、BRAFやその下流の経路を標的とする治療を検討できる場合があります。

また、がん細胞に多数の遺伝子変化が蓄積しているTMB-highなどの条件を満たした場合には、免疫チェックポイント阻害薬が選択肢になることがあります。

「腫瘍の遺伝子検査」と「遺伝するかを調べる検査」は同じではない

RET、BRAF、NTRKなどを調べる検査の中には、がん細胞だけに生じた遺伝子変化を調べ、使用できる薬を探すための検査があります。

一方、髄様がんで行うRET遺伝学的検査のように、生まれつき持っている遺伝子変化を調べ、遺伝性腫瘍かどうかを確認する検査もあります。

「遺伝子検査を受ける=自分のがんが子どもへ遺伝するか調べる」という意味ではありません。何を目的とした検査なのかを確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺髄様がんの治療|RET遺伝子との関係

甲状腺髄様がんは、甲状腺がん全体の約1~2%を占めるまれながんです。

乳頭がんや濾胞がんとは異なり、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。そのため、放射性ヨウ素を利用した治療を乳頭がん・濾胞がんと同じように行う病気ではありません。

髄様がんでは治療前にRET遺伝学的検査を検討する

髄様がんでは、RET遺伝子の生殖細胞系列変異による遺伝性髄様がんが含まれます。

現在の国立がん研究センターの患者向け情報でも、髄様がんと診断された場合には、治療方針を検討するためRET遺伝学的検査を受け、遺伝性かどうか確認することが勧められています。

遺伝性であればMEN2の可能性があり、甲状腺以外に褐色細胞腫などを発症することがあります。

褐色細胞腫がある場合は甲状腺手術の順番にも影響する

MEN2などが疑われる遺伝性髄様がんでは、褐色細胞腫の有無を確認します。

褐色細胞腫は大量のカテコールアミンを分泌し、手術などをきっかけに血圧が大きく上昇する危険があるため、治療が必要な褐色細胞腫がある場合には、原則として先に褐色細胞腫を治療してから甲状腺の手術を行います。

遺伝性髄様がんでは甲状腺全摘が基本となります。遺伝性でない場合には、がんが片側に限られるのか両側にあるのかなどを確認し、葉切除または全摘を検討します。

カルシトニンとCEAを治療後の経過観察に使う

髄様がんはカルシトニンをつくる細胞から発生するため、血液中のカルシトニンが重要な腫瘍マーカーになります。CEAも経過観察に利用します。

手術後もカルシトニンが高い場合や、いったん低下した値が再び上昇してくる場合には、残存・再発の可能性を考えて画像検査などを行います。

進行例ではRET阻害薬などを検討する

手術で根治することが難しい進行・再発髄様がんでは、分子標的薬を検討します。

RET遺伝子変異が確認され、薬物療法が必要な場合には、RETを選択的に阻害するセルペルカチニブが重要な選択肢になります。一方、RET遺伝子変異を認めない場合などには、バンデタニブによる治療を検討します。

遺伝子検査の結果だけで薬を使うわけではなく、病変の増大速度、症状、手術など局所治療の可能性を合わせて治療開始を判断します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」、国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺未分化がん・低分化がんの治療

甲状腺未分化がんと低分化がんは、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高い組織型です。ただし、低分化がんと未分化がんでも進行速度や治療方法は同じではありません。

低分化がんは手術を中心に追加治療を検討する

低分化がんは、乳頭がん・濾胞がんと未分化がんの中間的な性質を持つがんです。分化がんより再発・遠隔転移のリスクが高いため、切除可能であれば甲状腺全摘などの手術を中心に治療します。

病理結果や病気の広がりなどを踏まえて、放射性ヨウ素内用療法などを追加する場合があります。ただし、低分化がんでは分化の程度によってヨウ素を取り込む能力が低下している場合もあり、RAIの効果は患者さんによって異なります。

再発・進行した場合には、遺伝子変化や病状に応じて分子標的薬などを検討します。

未分化がんはすべてステージⅣに分類される

未分化がんは非常に進行が速いため、診断時点ですべてステージⅣとして扱います。

甲状腺内にとどまっているⅣA期では、必要に応じて遺伝子検査を行い、切除可能であれば甲状腺全摘を検討します。術後には放射線治療や薬物療法を追加する場合があります。

周囲の組織へ広がったⅣB期や遠隔転移のあるⅣC期では、手術可能性だけでなく、治療につながる遺伝子変化があるかを早い段階で調べます。

未分化がんでは遺伝子検査を早い段階で行う意味が大きい

未分化がんの一部にはBRAF V600Eなど、分子標的治療につながる遺伝子変化があります。

2024年版の国内ガイドラインでは、未分化がんでBRAF V600E変異が一定割合にみられることが示されており、BRAF阻害薬とMEK阻害薬を組み合わせた治療などが検討されます。

国立がん研究センターの2026年更新版でも、ⅣB・ⅣC期では遺伝子検査で治療対象となる変化を確認し、該当する場合には薬物療法を行い、腫瘍が縮小して切除可能になれば手術を検討する流れが示されています。

つまり、最初に「手術できない」と判断された未分化がんでも、薬物療法への反応によって治療方針が変わる患者さんがいます。

気道への影響や全身状態も同時に対応する

未分化がんでは気管へ急速に広がり、呼吸へ影響することがあります。そのため、がんを縮小させる治療だけでなく、気道を安全に保てるかという評価も重要です。

放射線治療、薬物療法、手術などを組み合わせるとともに、痛み、呼吸困難、嚥下障害などへの支持療法・緩和ケアも診断時から並行して行います。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がん治療の副作用と治療後の生活

甲状腺がんでは、長期間にわたって経過観察や甲状腺ホルモン薬の服用を続ける患者さんが多くいます。また、放射性ヨウ素内用療法や分子標的薬などを受ける場合には、それぞれ異なる副作用への対応が必要です。

手術後の声や飲み込みへの影響

甲状腺手術後には、反回神経への影響によって声がかすれることがあります。神経麻痺が一時的な場合には時間とともに改善することがありますが、長く続く場合には耳鼻咽喉科で声帯の状態を確認し、音声治療や手術などを検討することがあります。

首のつっぱり感や飲み込みにくさを感じる患者さんもいます。術後経過に問題がなければ、医療者の指示に従って首を動かす運動などを取り入れることで改善を図る場合があります。

低カルシウム血症ではしびれなどに注意する

全摘などで副甲状腺機能が低下すると、血液中のカルシウムが低くなります。

口の周囲や指先のしびれ、筋肉のけいれんなどがみられる場合には、血液検査でカルシウムを確認します。必要に応じてカルシウム製剤や活性型ビタミンD製剤を使用します。

一時的な低下なら回復後に薬をやめられる場合がありますが、長期間の補充が必要になることもあります。

甲状腺ホルモン薬は適切な量を続けることが重要

甲状腺全摘後には甲状腺ホルモン薬を継続して服用します。

薬の量が不足すると、疲れやすさ、むくみ、寒がりなど甲状腺機能低下症の症状が出る可能性があります。反対に量が多すぎれば、動悸、発汗、手の震えなどが出ることがあります。

TSH抑制療法を行う患者さんでは意図的にTSHを低く保つため、年齢や心臓・骨の状態も確認しながら薬の量を調整します。

放射性ヨウ素治療では唾液腺や味覚への影響がある

放射性ヨウ素は甲状腺由来の細胞だけでなく唾液腺などにも集まるため、唾液腺炎、口の乾燥、味覚の変化などが起こる場合があります。

治療量や回数によって影響は異なります。妊娠中・授乳中には放射性ヨウ素治療を行わず、治療後の妊娠時期についても医療機関の指示に従います。

将来の妊娠・出産を希望している場合には、治療前に妊孕性への影響も含めて確認しておくことが大切です。

分子標的薬では高血圧・蛋白尿・下痢などに注意する

レンバチニブなど血管新生を抑える分子標的薬では、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、疲労、手足症候群などが起こる場合があります。

血圧は症状がないまま上昇することがあるため、家庭で測定するよう指示されることがあります。副作用を我慢し続けるのではなく、必要に応じて休薬や減量を行うことで長期間治療を続けられる場合があります。

甲状腺がんが気管や食道などへ浸潤している場合には、血管新生を抑える薬による出血や瘻孔など重い合併症のリスクにも注意して治療を判断します。

仕事や日常生活は長期的な治療を前提に考える

乳頭がんや濾胞がんでは治療後も長期間の経過観察を続けるため、仕事や家庭生活と通院を両立することが重要になります。

手術後に体調が安定し、甲状腺ホルモン値が適切に調整されていれば、日常生活を大きく制限する必要がない患者さんも多くいます。

食事についても、放射性ヨウ素治療前の期間を除けば、「甲状腺がんだから海藻を一生食べてはいけない」といった一律の制限を行うものではありません。

緩和ケア・支持療法は治療と同時に受けられる

緩和ケアは、がんに対する治療がなくなった後だけに行うものではありません。

診断時から、痛み、呼吸や飲み込みのつらさ、不安、不眠などに対する支援を受けることができます。特に未分化がんや進行例では、がんを縮小させる治療と症状を和らげる治療を同時に進めることが重要です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」

甲状腺がんの再発と経過観察

甲状腺がんの治療後は、再発の有無や甲状腺ホルモンの状態などを確認するため、定期的な通院を続けます。

必要な検査は組織型、手術範囲、再発リスク、これまでの治療などによって異なります。

乳頭がん・濾胞がんは長期間たって再発することがある

国立がん研究センターでは、乳頭がんや濾胞がんは治療から10年あるいは20年たって再発する可能性があるため、長期的な経過観察が必要と説明しています。

早期の低リスクがんであっても、手術が終わればその後一切受診しなくてよいとは限りません。

一方、通院頻度は病状によって異なります。高リスク患者さんと超低リスク患者さんが同じ頻度でCTを受け続けるわけではありません。

首の超音波検査で甲状腺やリンパ節を確認する

経過観察では、首の触診や超音波検査などによって、甲状腺を残している場合の残存甲状腺や頸部リンパ節などを確認します。

全摘後にも頸部リンパ節などへの再発を調べるため超音波検査を行います。

再発が疑われる場合や高リスク例では、CT、MRI、シンチグラフィなどを病状に応じて追加します。

全摘後の分化がんではサイログロブリンを確認する

サイログロブリンは正常な甲状腺細胞と分化型甲状腺がんの細胞からつくられます。

甲状腺を全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、その後サイログロブリンが上昇すれば残存・再発を考える手掛かりになります。

ただし、抗サイログロブリン抗体がある場合にはサイログロブリン測定値へ影響するため、抗体も合わせて確認します。

葉切除後は正常な甲状腺が残っているため、サイログロブリンの値だけで再発を判断することはできません。超音波検査などと組み合わせて評価します。

髄様がんではカルシトニン・CEAを確認する

髄様がんの治療後は、カルシトニンやCEAの値を継続的に確認します。

値が持続して高い、あるいは時間とともに上昇している場合には、残存がんや再発の可能性を考えて画像検査を行います。

検査値の絶対値だけでなく、どの程度の速さで変化しているかも病状を考える材料になります。

再発してもすぐ生命に関わるとは限らない

乳頭がんなどでは、頸部リンパ節に再発しても手術によって治療できる場合があります。小さく長期間変化しない病変では、治療による負担と比較して経過観察を選ぶ場合もあります。

「再発した」という言葉だけで病状を判断せず、再発した場所、数、増大速度、症状、放射性ヨウ素感受性などを確認して次の治療を考えます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」、国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」

甲状腺がんのステージ別生存率と予後

甲状腺がんの予後を理解するときに最も注意したいのが、乳頭がん・濾胞がんと、髄様がん、未分化がんを別々に扱い、同じ「甲状腺がん」としてまとめないことです。

組織型によって病気の進行速度が大きく異なるため、「甲状腺がん全体」の生存率だけでは個々の患者さんの病状を十分に表せません。

なお、以下に示す2014~2015年診断例の病期別生存率はいずれも、当時の院内がん登録で使用されていたUICC TNM分類第7版に基づいています。現在使用されている第8版では、乳頭がん・濾胞がん・低分化がんの年齢区分が45歳から55歳へ変更されるなど病期分類が異なるため、以下のⅠ~Ⅳ期を現在のステージ分類へそのまま対応させて解釈することはできません。

乳頭がん・濾胞がんの5年ネット・サバイバル

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に診断された「甲状腺乳頭濾胞がん」の5年ネット・サバイバルが公開されています。

ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ取り除き「がんだけが死亡に影響すると仮定した場合」の生存率を推計する方法です。

病期 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 98.1%
Ⅱ期 98.6%
Ⅲ期 99.3%
Ⅳ期 89.5%

全体の5年ネット・サバイバルは96.4%です。

この表ではⅢ期がⅡ期より数値上高くなっていますが、「Ⅲ期の方がⅡ期より予後がよい」という意味ではありません。病期ごとの患者背景や対象数なども異なるため、数値の小さな差を単純な病期順の優劣として読むのは適切ではありません。

髄様がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺髄様がんでは、全体の5年ネット・サバイバルは93.2%でした。

ステージⅠ期は93.4%、ステージⅣ期は85.1%と報告されています。Ⅱ期・Ⅲ期は集計対象数が30例未満だったため、個別の5年生存率は表示されていません。

髄様がんは乳頭がん・濾胞がんより症例数が少ないため、統計値の不確実性も大きくなります。

未分化がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺未分化がんでは、ステージⅣ期の5年ネット・サバイバルは6.1%でした。

乳頭がん・濾胞がんと未分化がんでは予後に非常に大きな差があることが分かります。

ただし、この生存率は2014~2015年に診断された患者さんの治療成績です。その後、遺伝子検査やBRAFなどを標的とする分子標的治療が進歩しており、特に治療可能な遺伝子変化を持つ進行例については、過去の集団統計を現在の患者さんの予後へそのまま当てはめることはできません。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

同じ乳頭がんでも、微小な超低リスクがんと、周囲の臓器へ浸潤し遠隔転移がある高リスクがんでは経過が異なります。

年齢、組織型、腫瘍の大きさ、リンパ節・遠隔転移、手術で切除できた範囲、放射性ヨウ素への反応、遺伝子変化などによって個人の予後は変わります。

生存率は過去に同じ分類に含まれた多くの患者さんを集計した数字であり、「自分が5年後に生きている確率」をそのまま示すものではありません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺乳頭濾胞がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺髄様がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺未分化がん」

甲状腺がんの治療を選ぶときに確認したいこと

甲状腺がんでは、同じ「甲状腺がん」という診断でも治療方法が大きく異なります。

特に乳頭がんでは、何もせず放置するのか手術するのかという二択ではなく、積極的経過観察、葉切除、全摘、リンパ節郭清、RAI、TSH抑制療法などを、病気のリスクに合わせて選びます。

治療説明を受ける際には、次の項目を整理すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
組織型は何か 乳頭・濾胞・髄様・未分化などで治療そのものが異なる
腫瘍は何cmか 乳頭がんのリスク分類や積極的経過観察、手術範囲に関係する
リンパ節・遠隔転移はあるか リスク分類、ステージ、手術範囲や追加治療に関係する
気管・食道・反回神経への浸潤はあるか 積極的経過観察の可否や手術方法に大きく影響する
乳頭がんのリスク分類は何か 超低・低・中・高リスクによって積極的経過観察、葉切除、全摘などの考え方が変わる
積極的経過観察の対象になるか 超低リスク乳頭がんでは手術を急がない選択肢がある
葉切除と全摘のどちらを勧められているか 再発リスクだけでなく、ホルモン補充や副甲状腺機能低下など治療後の負担も異なる
RAIを行う目的は何か アブレーション、再発予防の補助療法、残存・転移がんの治療では目的が異なる
TSH抑制が必要か 再発リスクと心臓・骨への影響を考えて抑制の程度を決める
再発・転移巣は放射性ヨウ素を取り込むか RAIを続けるか、局所治療や薬物療法へ切り替えるかに関係する
RET・BRAF・NTRKなどを調べる必要があるか 再発・進行例では遺伝子変化に対応した薬を選べる場合がある
髄様がんならRET遺伝学的検査を受けたか 手術方法、褐色細胞腫の評価、家族への影響に関係する
治療の目的は何か 根治、再発予防、病気の長期制御、症状緩和では治療によって期待するものが異なる

この表はガイドラインなどをもとに、患者さんが治療方針を理解しやすいよう整理したものです。公式ガイドラインに同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

甲状腺がんでは、治療法の名前だけを聞くより、「なぜ自分は経過観察でよいのか」「なぜ葉切除ではなく全摘なのか」「なぜRAIが必要なのか」「なぜ今は薬を始めないのか」といった理由を確認することが、治療を理解するうえで役立ちます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

まとめ|甲状腺がんは種類・リスク・治療目的を分けて考える

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは比較的ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節・遠隔転移や明らかな浸潤のない超低リスク乳頭がんでは、診断後すぐ手術せず、定期的な超音波検査を続ける積極的経過観察が標準的な選択肢になります。「がんだから早く取るほどよい」と一律に考えるのではなく、手術による利益と負担を比較することが重要です。

手術が必要な場合も、すべての患者さんが甲状腺を全摘するわけではありません。低~中リスク乳頭がんでは葉切除、高リスク例では全摘を中心に検討し、リンパ節転移や周囲への浸潤などによって手術範囲を調整します。全摘後や再発リスクが高い分化がんでは、放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法を追加する場合があります。

再発・転移した乳頭がんや濾胞がんでは、放射性ヨウ素が効く状態かどうかが大きな治療分岐になります。RAI不応となった進行例では分子標的薬を使用し、RET、BRAF、NTRKなどの遺伝子変化が確認されれば、それに対応した薬を選べる場合があります。

髄様がんではRET遺伝学的検査が治療や遺伝性の評価に重要で、未分化がんでは速やかなステージ評価と遺伝子検査を行い、薬物療法、手術、放射線治療を組み合わせます。甲状腺がんは「比較的予後がよい」という一言では説明できず、組織型によって治療も経過も大きく異なります。

治療方針を考える際には、甲状腺がんという診断名だけを見るのではなく、どの組織型なのか、乳頭がんならどのリスク群なのか、どこまで広がっているのか、治療の目的は何かを順番に確認すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

悪性黒色腫(メラノーマ)は、皮膚の色素細胞であるメラノサイトががん化した皮膚がんで、悪性度が高いことで知られています。

日本人では足の裏や手のひら、爪など日光の当たりにくい部位にできる末端黒子型が約40%を占め、ほくろと見分けがつきにくいため発見が遅れることがあります。初期にはほくろやしみとよく似た見た目で、進行するとリンパ節や他の臓器へ転移します。

早期に切除できれば治癒が十分に望める一方、日本人に多いタイプでは免疫療法が効きにくいことが課題となります。

本ページでは、悪性黒色腫の特徴や原因、症状、診断(ダーモスコピー・病理検査)、そして治療の選択肢についてわかりやすく解説します。治療を検討されている方やご家族が、いまの状況に合う選択肢を整理し、納得のいく方針を考えるための一助となれば幸いです。

  • 日本人では足の裏や手のひらにできる末端黒子型が約40%を占める
  • ほくろやしみと見分けがつきにくく、発見が遅れやすい
  • 早期切除で治癒が望める一方、日本人に多いタイプは免疫療法が効きにくい

悪性黒色腫(メラノーマ)とは

悪性黒色腫は、皮膚がんのなかでも特に悪性度が高いがんで、メラノーマとも呼ばれます。

皮膚にはメラニン色素をつくる「メラノサイト(色素細胞)」があり、これががん化したものが悪性黒色腫です。ほくろやしみと見た目が似ているため、初期には見分けがつきにくいことが特徴です。

日本人の悪性黒色腫には、欧米と異なる大きな特徴があります。

欧米では日光の当たる部位にできるタイプが多いのに対し、日本人では足の裏や手のひら、爪といった日光が当たりにくい部位にできる「末端黒子型(アクラル型)」が多くを占めます。

日本人の大規模データでは、末端黒子型が約40%を占めると報告されています。そのため、「足の裏のほくろ」として見過ごされ、発見が遅れることも少なくありません。

進行するとリンパ節や他の臓器へ転移しやすく、皮膚がんのなかでも予後が厳しいがんです。一方で、早期に発見して切除できれば治癒が十分に望めます。

悪性黒色腫(メラノーマ)の原因

悪性黒色腫は、メラノサイトに遺伝子の異常が積み重なって発生しますが、根本の引き金は完全には解明されていません。最もよく知られた危険因子は紫外線です。ただし、日本人に多い足の裏や手のひらのタイプは日光が当たらない部位であり、紫外線だけでは説明がつきません。

分子のレベルでは、増殖のアクセルを踏み込む「BRAF」の変異が代表的です。

ただしその頻度には人種差・タイプ差が大きく、欧米では約半数に見られるのに対し、日本人では低いことが分かっています。日本人のデータでは、BRAF変異率は全体で約30%と報告されています。

もうひとつ重要なのが、がん細胞の暴走を食い止める「ブレーキ役」の、がん抑制遺伝子「p53(TP53)」です。p53はDNAに傷がついた細胞を修復させ、修復できないものは自然死(アポトーシス)へと導きます。これが壊れると、傷ついた細胞が排除されずに生き残ってしまいます。悪性黒色腫では、このp53変異が20~30%に認められると報告されています。

つまり増殖のアクセルが踏み込まれるだけでなく、ブレーキまで故障してしまう場合があり、それが治療の難しさにつながっています。

悪性黒色腫(メラノーマ)の診断

「ほくろとの見分け」から「確定診断」まで

悪性黒色腫の初期症状は、ほくろやしみとよく似ています。見分け方として、左右非対称、輪郭がギザギザして不明瞭、色むらがある、直径6mm超、大きさや色が変化してくる、といったサインが知られています。足の裏のほくろでこうした変化が見られる場合は注意が必要です。

疑わしい病変には、まず皮膚に拡大鏡を当てて色素のパターンを観察する「ダーモスコピー」を行います。悪性が疑われれば、病変を切除して顕微鏡で調べる病理検査で確定診断とします。診断後は、リンパ節転移を調べるセンチネルリンパ節生検や、全身を調べるCT・PET-CT・脳MRI検査で広がりを評価します。

ステージ(病期)の確定

ステージは、がんの厚さや潰瘍の有無(T)、リンパ節転移(N)、遠隔転移(M)を組み合わせて0期~Ⅳ期に分類されます。がんの厚さは予後と直結し、薄いうちに見つかるほど治癒が望めます。

悪性黒色腫(メラノーマ)の一般的な治療法

早期でがんが皮膚にとどまっていれば、手術による切除が治療の中心です。周囲を含めて十分な範囲を切除し、必要に応じてリンパ節郭清を行います。早期であれば切除で治癒が望めます。

問題は、進行して転移をきたした場合です。

かつて悪性黒色腫は抗がん剤が効きにくい難治がんの代表でしたが、近年2種類の薬が治療を大きく変えました。免疫の力でがんを攻撃する「免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ、イピリムマブ)」と、BRAF変異がある場合に使える「分子標的薬(BRAF阻害薬+MEK阻害薬)」です。現在の進行期治療は、この二本柱で組み立てられます。

悪性黒色腫(メラノーマ)における保険診療の限界

治療は進歩したものの、日本人の悪性黒色腫には保険診療で越えにくい壁があります。

日本人では免疫療法が効きにくいタイプが多い

最大の課題は免疫療法が使いにくい点です。

免疫チェックポイント阻害薬の効果はタイプによって大きく異なります。免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブを投与した場合、日本人患者様の5年生存率は、表在拡大型66.7%に対し、末端黒子型14.3%、粘膜型16.7%にとどまりました。つまり、日本人の主流を占める末端黒子型タイプでは、免疫療法の恩恵が届きにくいのです。

BRAF阻害薬が使える患者様が少ない

BRAF阻害薬は、BRAF変異がある患者様にしか効きません。

前述のとおり日本人のBRAF変異率は約30%と低く、投与可能な患者様は一部にとどまります。欧米では半数が使えるこの薬を、日本人の多くは選択肢にできません。

免疫療法を受けられない・続けられない場合がある

免疫療法やBRAF阻害剤が適応できても、全員が受けられるわけではありません。

自己免疫疾患のある方、全身状態が低下した方、高齢の方では使いにくく、始めても重い免疫関連の副作用で中止せざるを得ないことや、効果が出ず増悪してしまうこともあります。

手術後の高い再発率

早期に切除できても、悪性黒色腫は再発しうる疾患です。特にリンパ節転移があるステージⅢでは、手術単独の場合、5年で約40~90%が再発すると報告されています。

再発予防に術後補助療法(免疫療法やBRAF阻害薬)が行われますが、それでも3年で約半数が再発するため再発を防ぎきれないのが実情です。再発・転移をきたした際、日本人に多いタイプでは、前述のとおり保険診療で選べる有効な手立てが限られてしまいます。

化学療法に伴う「きつい」副作用

免疫療法や分子標的薬が効かなくなると従来の抗がん剤が使われることがあり、吐き気、強い倦怠感、食欲不振、脱毛、骨髄抑制による感染症リスクなどが起こりえます。身体的・精神的な負担から治療の継続が難しくなり、生活の質(QOL)が損なわれるリスクがあります。

悪性黒色腫(メラノーマ)で重要な治療の考え方

日本人の悪性黒色腫は、免疫療法が効きにくいタイプが多く、BRAF阻害薬が使える患者様も少なく、再発のリスクも残るという固有の課題を抱えています。がん中央クリニックグループでは、こうした課題に対して、標準治療とは作用の仕方が異なる治療を選択肢としてご提案しています。

分子レベルの異常にアプローチする「核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)」

がんの発生や進行に関わる分子レベルの異常へ直接働きかける「核酸医薬」は、世界的に研究と臨床応用が進んでいます。

当グループでは治療選択肢として、「アプタマー」「miRNA mimic」「RNA干渉(siRNA)」といった核酸医薬を組み合わせた治療を提供しております。がんは、ひとつの遺伝子異常だけで進むわけではありません。増殖を促す遺伝子、細胞死を妨げる遺伝子、転移や免疫逃避を助ける遺伝子など、複数の異常が絡み合って進行します。核酸医薬は、それぞれの異常に対応する分子を設計し、多角的に攻められる点に特徴があります。

アプタマー核酸医薬は、がん細胞に特有の異常なタンパク質にピンポイントで結合し、その働きをブロックすることで、がんの増殖抑制や死滅を狙う治療薬です。悪性黒色腫では、浸潤や転移に関わるHeparanase、増殖を支えるNucleolin、がん細胞の表面に現れるMUC1、免疫の攻撃を妨げるPD-L1などを標的とします。

miRNA mimic核酸医薬は、がん化によって失われた「体が本来持っているがんを抑制する力」を補い、がんの成長を止め、自然な細胞死(アポトーシス)を促す治療薬です。がんを抑える働きを持つ分子を、外部から補充します。

ここで、先に触れたp53が関わってきます。例えば、当グループで使用できるmiR-34aは、本来p53によって制御される、その下流のブレーキ分子で、p53が働かなくなると失われます。これを外部から補うことで、壊れたブレーキの代わりを果たします。

RNA干渉(siRNA)核酸医薬は、がんの増殖や生存を支える遺伝子の設計図(mRNA)を分解して、その遺伝子がタンパク質を作れないようにする治療薬です。

当グループでは各々の患者様の状態にあわせて、様々な種類のRNA干渉核酸医薬を適切に組み合わせて治療できます。

このように、当グループの核酸医薬は、アプタマー・miRNA mimic・siRNAという3つの異なる仕組みを組み合わせ、増殖・生存・転移といった複数の経路を同時に攻めることを狙います。がん中央クリニックグループでは、がん種ごとに標的となる分子を指定して核酸医薬を設計し、患者様一人ひとりの状態に合わせた治療をご提案しています。

光でがんを狙い撃つ「がん光免疫療法」

がん光免疫療法は、光に反応する薬(光感受性物質)を点滴で投与し、そこに特定の波長のレーザー光を当ててがん細胞を破壊する治療です。光線力学的療法(PDT)の一種で、日本でも一部のがんでは1990年代から保険診療として用いられてきました。

仕組みは大きく2つあります。ひとつは「狙い撃ち」です。光感受性物質はがん細胞に集まる性質があり、そこへレーザーを当てると薬が反応してがん細胞を内側から傷つけます。使うレーザーは手をかざしても熱くない弱い光で、重要なのは熱ではなく薬を反応させる「波長」です。

もうひとつは「免疫の活性化」です。壊れたがん細胞から出る目印を免疫細胞が取り込むことで、離れた場所にある転移巣への攻撃力も高まると期待されます。

悪性黒色腫は皮膚やその近くにできるがんであり、体の外からレーザー光を届けやすい位置にあります。皮膚にとどまる病変や、皮下・リンパ節など経皮的にアプローチできる病変では、光を照射して治療できる可能性があります。

がんの位置や広がりを踏まえて、適応となるかを個別に判断します。体への負担が少なく、年齢やステージを問わず日帰りの通院で受けられること、正常な組織への影響が少なく治療後の副作用が少ないことも特徴です。

免疫の「盾」を外す「ハイブリッド免疫療法」

ハイブリッド免疫療法は、がん細胞が免疫の攻撃から逃れるために使う「盾」、すなわち免疫ブロックタンパク質「PD-L1」を標的とする治療です。

悪性黒色腫の標準治療では、すでに免疫チェックポイント阻害薬が中心的に使われています。そのため、この治療が意味を持つのは、標準の免疫療法の恩恵を受けられない患者様です。前述のとおり、日本人に多い末端黒子型では免疫療法が効きにくく、また副作用や全身状態のために受けられない方、中止せざるを得なかった方、効果が出ず増悪してしまった方もいます。こうした患者様でも、当グループのハイブリッド免疫療法を受けていただけます。

ハイブリッド免疫療法は、PD-L1を内側と外側の両方から無力化します。まず、がん細胞の表面に出ているPD-L1に結合し、免疫の攻撃を妨げる「盾」を取り払います。さらに、がん細胞の中に入り込んで、これから作られるPD-L1の設計図(mRNA)を分解し、新たな「盾」が生まれるのを防ぎます。攻撃を逃れる術を失ったがん細胞を、患者様ご自身の免疫細胞が敵として認識し、攻撃できるようになるという仕組みです。

当グループの診療・治療をおすすめする患者様

当グループで実施可能な治療法は、ほとんどの患者様にご検討いただけます。以下では、どのような患者様に効果が期待できるのかを解説します。ご自身の状況に照らし合わせてご検討ください。

治療方法がない、標準治療では治療困難な患者様へ

悪性黒色腫では、日本人に多いタイプで免疫療法が効きにくいこと、BRAF阻害薬が使える患者様が限られること、免疫療法を受けられない事情があることなどから、保険診療の選択肢が行き詰まることがあります。特に、標準的な治療を使い切って次の手立てが見つからない患者様は少なくありません。

そうした場合でも、核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法なら、標準治療とは異なるアプローチで治療を提供できます。これらは目立った副作用が起こりにくく体への負担が少ないため、「体力がないため抗がん剤はできません」などと説明された方にも、1つの治療の選択肢となり得ます。また、まだ体力があるのに選択肢がなくなり、緩和治療を勧められている方にとっても、新たな選択肢として検討いただけます。

なお、がん光免疫療法はレーザー光を届けられる位置にがんがあるか、ハイブリッド免疫療法は標準の免疫療法を受けられているかどうかで適応が変わります。ご自身の状況を踏まえて、個別に判断いたします。

保険診療(標準治療)との併用で相乗効果が期待

核酸医薬、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法は、標準治療と併用でき、相乗効果が期待できます。標準治療がすでに存在するタンパク質やシグナルに作用するのに対し、核酸医薬はそれらが作られる前の遺伝子レベルに作用します。がん光免疫療法は光でがん細胞を局所的に破壊しつつ免疫の活性化も促し、ハイブリッド免疫療法は標準の免疫療法とは異なる仕組みでPD-L1を叩きます。それぞれ攻撃するポイントや仕組みが異なるため、標準治療と組み合わせることでより高い効果が期待できると考えています。

このように、悪性黒色腫の完治を目指すには、複数の治療法を組み合わせることが重要と考えています。標準治療を受けている患者様にとっても、これらの併用は選択肢のひとつとして検討可能です。

再発を抑制・防止するために手術前後の患者様

早期に切除できても、悪性黒色腫は再発しうる疾患です。特にがんが分厚い場合やリンパ節転移がある場合、術後補助療法を行っても再発する患者様は残ります。また、免疫療法やBRAF阻害薬には副作用や適応の制約があり、すべての方が術後補助療法を受けられるわけではありません。

こうした背景から、手術前後に核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法を併用することは、再発リスクを下げるひとつの選択肢として検討いただけます。

副作用が不安な患者様

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法は、目立った副作用が起こりにくい治療です。化学療法で起きやすい嘔気、食欲不振、倦怠感、脱毛、貧血、命に関わる副作用などはほとんど起こりません。免疫チェックポイント阻害薬で問題となる重い免疫関連の副作用も起こりにくい治療です。核酸医薬の副作用としては一時的な微熱、頭痛、アレルギー反応(0.3%以下)などが、がん光免疫療法では治療後しばらく直射日光を避ける必要がある光線過敏や照射部位の反応が、ハイブリッド免疫療法では治療部位の反応などが見られることがあります。

いずれも自然と改善する副作用が大半で、治療の継続に支障をきたすことはありません。「体力面や仕事面で副作用の不安がある」「標準治療を続けながら副作用をできるかぎり抑えたい」という方にも受けていただける治療です。

悪性黒色腫(メラノーマ)の完治を目指して、保険診療と患者様に合った治療を組み合わせる

悪性黒色腫は、日本人に多いタイプでは免疫療法が効きにくく、BRAF阻害薬も使いにくいという壁が立ちはだかる疾患です。しかし、早期に発見し、適切に治療を行えば完治を目指せる疾患でもあります。

発症要因にBRAFやp53といった遺伝子異常があるため、保険診療と核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法などを組み合わせる集学的治療が有効な選択肢となります。保険診療だけではカバーしきれない場合でも、これらの治療によって腫瘍縮小効果や再発抑制効果が期待できます。

がん中央クリニックグループでは、こうした「アプタマー核酸医薬」や「miR-34a mimic 核酸医薬」をはじめ、患者様1人ひとりに合ったがん治療をご提案いたします。悪性黒色腫(メラノーマ)の患者様は、どのような状況の場合でも是非お気軽にご相談ください。