”新しい未来をともに”最先端のがん治療を追求するがん治療専門クリニック ”新しい未来をともに”最先端のがん治療を追求するがん治療専門クリニック

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悪性黒色腫(メラノーマ)は、皮膚の色素細胞であるメラノサイトががん化した皮膚がんで、悪性度が高いことで知られています。

日本人では足の裏や手のひら、爪など日光の当たりにくい部位にできる末端黒子型が約40%を占め、ほくろと見分けがつきにくいため発見が遅れることがあります。初期にはほくろやしみとよく似た見た目で、進行するとリンパ節や他の臓器へ転移します。

早期に切除できれば治癒が十分に望める一方、日本人に多いタイプでは免疫療法が効きにくいことが課題となります。

本ページでは、悪性黒色腫の特徴や原因、症状、診断(ダーモスコピー・病理検査)、そして治療の選択肢についてわかりやすく解説します。治療を検討されている方やご家族が、いまの状況に合う選択肢を整理し、納得のいく方針を考えるための一助となれば幸いです。

  • 日本人では足の裏や手のひらにできる末端黒子型が約40%を占める
  • ほくろやしみと見分けがつきにくく、発見が遅れやすい
  • 早期切除で治癒が望める一方、日本人に多いタイプは免疫療法が効きにくい

悪性黒色腫(メラノーマ)とは

悪性黒色腫は、皮膚がんのなかでも特に悪性度が高いがんで、メラノーマとも呼ばれます。

皮膚にはメラニン色素をつくる「メラノサイト(色素細胞)」があり、これががん化したものが悪性黒色腫です。ほくろやしみと見た目が似ているため、初期には見分けがつきにくいことが特徴です。

日本人の悪性黒色腫には、欧米と異なる大きな特徴があります。

欧米では日光の当たる部位にできるタイプが多いのに対し、日本人では足の裏や手のひら、爪といった日光が当たりにくい部位にできる「末端黒子型(アクラル型)」が多くを占めます。

日本人の大規模データでは、末端黒子型が約40%を占めると報告されています。そのため、「足の裏のほくろ」として見過ごされ、発見が遅れることも少なくありません。

進行するとリンパ節や他の臓器へ転移しやすく、皮膚がんのなかでも予後が厳しいがんです。一方で、早期に発見して切除できれば治癒が十分に望めます。

悪性黒色腫(メラノーマ)の原因

悪性黒色腫は、メラノサイトに遺伝子の異常が積み重なって発生しますが、根本の引き金は完全には解明されていません。最もよく知られた危険因子は紫外線です。ただし、日本人に多い足の裏や手のひらのタイプは日光が当たらない部位であり、紫外線だけでは説明がつきません。

分子のレベルでは、増殖のアクセルを踏み込む「BRAF」の変異が代表的です。

ただしその頻度には人種差・タイプ差が大きく、欧米では約半数に見られるのに対し、日本人では低いことが分かっています。日本人のデータでは、BRAF変異率は全体で約30%と報告されています。

もうひとつ重要なのが、がん細胞の暴走を食い止める「ブレーキ役」の、がん抑制遺伝子「p53(TP53)」です。p53はDNAに傷がついた細胞を修復させ、修復できないものは自然死(アポトーシス)へと導きます。これが壊れると、傷ついた細胞が排除されずに生き残ってしまいます。悪性黒色腫では、このp53変異が20~30%に認められると報告されています。

つまり増殖のアクセルが踏み込まれるだけでなく、ブレーキまで故障してしまう場合があり、それが治療の難しさにつながっています。

悪性黒色腫(メラノーマ)の診断

「ほくろとの見分け」から「確定診断」まで

悪性黒色腫の初期症状は、ほくろやしみとよく似ています。見分け方として、左右非対称、輪郭がギザギザして不明瞭、色むらがある、直径6mm超、大きさや色が変化してくる、といったサインが知られています。足の裏のほくろでこうした変化が見られる場合は注意が必要です。

疑わしい病変には、まず皮膚に拡大鏡を当てて色素のパターンを観察する「ダーモスコピー」を行います。悪性が疑われれば、病変を切除して顕微鏡で調べる病理検査で確定診断とします。診断後は、リンパ節転移を調べるセンチネルリンパ節生検や、全身を調べるCT・PET-CT・脳MRI検査で広がりを評価します。

ステージ(病期)の確定

ステージは、がんの厚さや潰瘍の有無(T)、リンパ節転移(N)、遠隔転移(M)を組み合わせて0期~Ⅳ期に分類されます。がんの厚さは予後と直結し、薄いうちに見つかるほど治癒が望めます。

悪性黒色腫(メラノーマ)の一般的な治療法

早期でがんが皮膚にとどまっていれば、手術による切除が治療の中心です。周囲を含めて十分な範囲を切除し、必要に応じてリンパ節郭清を行います。早期であれば切除で治癒が望めます。

問題は、進行して転移をきたした場合です。

かつて悪性黒色腫は抗がん剤が効きにくい難治がんの代表でしたが、近年2種類の薬が治療を大きく変えました。免疫の力でがんを攻撃する「免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ、イピリムマブ)」と、BRAF変異がある場合に使える「分子標的薬(BRAF阻害薬+MEK阻害薬)」です。現在の進行期治療は、この二本柱で組み立てられます。

悪性黒色腫(メラノーマ)における保険診療の限界

治療は進歩したものの、日本人の悪性黒色腫には保険診療で越えにくい壁があります。

日本人では免疫療法が効きにくいタイプが多い

最大の課題は免疫療法が使いにくい点です。

免疫チェックポイント阻害薬の効果はタイプによって大きく異なります。免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブを投与した場合、日本人患者様の5年生存率は、表在拡大型66.7%に対し、末端黒子型14.3%、粘膜型16.7%にとどまりました。つまり、日本人の主流を占める末端黒子型タイプでは、免疫療法の恩恵が届きにくいのです。

BRAF阻害薬が使える患者様が少ない

BRAF阻害薬は、BRAF変異がある患者様にしか効きません。

前述のとおり日本人のBRAF変異率は約30%と低く、投与可能な患者様は一部にとどまります。欧米では半数が使えるこの薬を、日本人の多くは選択肢にできません。

免疫療法を受けられない・続けられない場合がある

免疫療法やBRAF阻害剤が適応できても、全員が受けられるわけではありません。

自己免疫疾患のある方、全身状態が低下した方、高齢の方では使いにくく、始めても重い免疫関連の副作用で中止せざるを得ないことや、効果が出ず増悪してしまうこともあります。

手術後の高い再発率

早期に切除できても、悪性黒色腫は再発しうる疾患です。特にリンパ節転移があるステージⅢでは、手術単独の場合、5年で約40~90%が再発すると報告されています。

再発予防に術後補助療法(免疫療法やBRAF阻害薬)が行われますが、それでも3年で約半数が再発するため再発を防ぎきれないのが実情です。再発・転移をきたした際、日本人に多いタイプでは、前述のとおり保険診療で選べる有効な手立てが限られてしまいます。

化学療法に伴う「きつい」副作用

免疫療法や分子標的薬が効かなくなると従来の抗がん剤が使われることがあり、吐き気、強い倦怠感、食欲不振、脱毛、骨髄抑制による感染症リスクなどが起こりえます。身体的・精神的な負担から治療の継続が難しくなり、生活の質(QOL)が損なわれるリスクがあります。

悪性黒色腫(メラノーマ)で重要な治療の考え方

日本人の悪性黒色腫は、免疫療法が効きにくいタイプが多く、BRAF阻害薬が使える患者様も少なく、再発のリスクも残るという固有の課題を抱えています。がん中央クリニックグループでは、こうした課題に対して、標準治療とは作用の仕方が異なる治療を選択肢としてご提案しています。

分子レベルの異常にアプローチする「核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)」

がんの発生や進行に関わる分子レベルの異常へ直接働きかける「核酸医薬」は、世界的に研究と臨床応用が進んでいます。

当グループでは治療選択肢として、「アプタマー」「miRNA mimic」「RNA干渉(siRNA)」といった核酸医薬を組み合わせた治療を提供しております。がんは、ひとつの遺伝子異常だけで進むわけではありません。増殖を促す遺伝子、細胞死を妨げる遺伝子、転移や免疫逃避を助ける遺伝子など、複数の異常が絡み合って進行します。核酸医薬は、それぞれの異常に対応する分子を設計し、多角的に攻められる点に特徴があります。

アプタマー核酸医薬は、がん細胞に特有の異常なタンパク質にピンポイントで結合し、その働きをブロックすることで、がんの増殖抑制や死滅を狙う治療薬です。悪性黒色腫では、浸潤や転移に関わるHeparanase、増殖を支えるNucleolin、がん細胞の表面に現れるMUC1、免疫の攻撃を妨げるPD-L1などを標的とします。

miRNA mimic核酸医薬は、がん化によって失われた「体が本来持っているがんを抑制する力」を補い、がんの成長を止め、自然な細胞死(アポトーシス)を促す治療薬です。がんを抑える働きを持つ分子を、外部から補充します。

ここで、先に触れたp53が関わってきます。例えば、当グループで使用できるmiR-34aは、本来p53によって制御される、その下流のブレーキ分子で、p53が働かなくなると失われます。これを外部から補うことで、壊れたブレーキの代わりを果たします。

RNA干渉(siRNA)核酸医薬は、がんの増殖や生存を支える遺伝子の設計図(mRNA)を分解して、その遺伝子がタンパク質を作れないようにする治療薬です。

当グループでは各々の患者様の状態にあわせて、様々な種類のRNA干渉核酸医薬を適切に組み合わせて治療できます。

このように、当グループの核酸医薬は、アプタマー・miRNA mimic・siRNAという3つの異なる仕組みを組み合わせ、増殖・生存・転移といった複数の経路を同時に攻めることを狙います。がん中央クリニックグループでは、がん種ごとに標的となる分子を指定して核酸医薬を設計し、患者様一人ひとりの状態に合わせた治療をご提案しています。

光でがんを狙い撃つ「がん光免疫療法」

がん光免疫療法は、光に反応する薬(光感受性物質)を点滴で投与し、そこに特定の波長のレーザー光を当ててがん細胞を破壊する治療です。光線力学的療法(PDT)の一種で、日本でも一部のがんでは1990年代から保険診療として用いられてきました。

仕組みは大きく2つあります。ひとつは「狙い撃ち」です。光感受性物質はがん細胞に集まる性質があり、そこへレーザーを当てると薬が反応してがん細胞を内側から傷つけます。使うレーザーは手をかざしても熱くない弱い光で、重要なのは熱ではなく薬を反応させる「波長」です。

もうひとつは「免疫の活性化」です。壊れたがん細胞から出る目印を免疫細胞が取り込むことで、離れた場所にある転移巣への攻撃力も高まると期待されます。

悪性黒色腫は皮膚やその近くにできるがんであり、体の外からレーザー光を届けやすい位置にあります。皮膚にとどまる病変や、皮下・リンパ節など経皮的にアプローチできる病変では、光を照射して治療できる可能性があります。

がんの位置や広がりを踏まえて、適応となるかを個別に判断します。体への負担が少なく、年齢やステージを問わず日帰りの通院で受けられること、正常な組織への影響が少なく治療後の副作用が少ないことも特徴です。

免疫の「盾」を外す「ハイブリッド免疫療法」

ハイブリッド免疫療法は、がん細胞が免疫の攻撃から逃れるために使う「盾」、すなわち免疫ブロックタンパク質「PD-L1」を標的とする治療です。

悪性黒色腫の標準治療では、すでに免疫チェックポイント阻害薬が中心的に使われています。そのため、この治療が意味を持つのは、標準の免疫療法の恩恵を受けられない患者様です。前述のとおり、日本人に多い末端黒子型では免疫療法が効きにくく、また副作用や全身状態のために受けられない方、中止せざるを得なかった方、効果が出ず増悪してしまった方もいます。こうした患者様でも、当グループのハイブリッド免疫療法を受けていただけます。

ハイブリッド免疫療法は、PD-L1を内側と外側の両方から無力化します。まず、がん細胞の表面に出ているPD-L1に結合し、免疫の攻撃を妨げる「盾」を取り払います。さらに、がん細胞の中に入り込んで、これから作られるPD-L1の設計図(mRNA)を分解し、新たな「盾」が生まれるのを防ぎます。攻撃を逃れる術を失ったがん細胞を、患者様ご自身の免疫細胞が敵として認識し、攻撃できるようになるという仕組みです。

当グループの診療・治療をおすすめする患者様

当グループで実施可能な治療法は、ほとんどの患者様にご検討いただけます。以下では、どのような患者様に効果が期待できるのかを解説します。ご自身の状況に照らし合わせてご検討ください。

治療方法がない、標準治療では治療困難な患者様へ

悪性黒色腫では、日本人に多いタイプで免疫療法が効きにくいこと、BRAF阻害薬が使える患者様が限られること、免疫療法を受けられない事情があることなどから、保険診療の選択肢が行き詰まることがあります。特に、標準的な治療を使い切って次の手立てが見つからない患者様は少なくありません。

そうした場合でも、核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法なら、標準治療とは異なるアプローチで治療を提供できます。これらは目立った副作用が起こりにくく体への負担が少ないため、「体力がないため抗がん剤はできません」などと説明された方にも、1つの治療の選択肢となり得ます。また、まだ体力があるのに選択肢がなくなり、緩和治療を勧められている方にとっても、新たな選択肢として検討いただけます。

なお、がん光免疫療法はレーザー光を届けられる位置にがんがあるか、ハイブリッド免疫療法は標準の免疫療法を受けられているかどうかで適応が変わります。ご自身の状況を踏まえて、個別に判断いたします。

保険診療(標準治療)との併用で相乗効果が期待

核酸医薬、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法は、標準治療と併用でき、相乗効果が期待できます。標準治療がすでに存在するタンパク質やシグナルに作用するのに対し、核酸医薬はそれらが作られる前の遺伝子レベルに作用します。がん光免疫療法は光でがん細胞を局所的に破壊しつつ免疫の活性化も促し、ハイブリッド免疫療法は標準の免疫療法とは異なる仕組みでPD-L1を叩きます。それぞれ攻撃するポイントや仕組みが異なるため、標準治療と組み合わせることでより高い効果が期待できると考えています。

このように、悪性黒色腫の完治を目指すには、複数の治療法を組み合わせることが重要と考えています。標準治療を受けている患者様にとっても、これらの併用は選択肢のひとつとして検討可能です。

再発を抑制・防止するために手術前後の患者様

早期に切除できても、悪性黒色腫は再発しうる疾患です。特にがんが分厚い場合やリンパ節転移がある場合、術後補助療法を行っても再発する患者様は残ります。また、免疫療法やBRAF阻害薬には副作用や適応の制約があり、すべての方が術後補助療法を受けられるわけではありません。

こうした背景から、手術前後に核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法を併用することは、再発リスクを下げるひとつの選択肢として検討いただけます。

副作用が不安な患者様

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法は、目立った副作用が起こりにくい治療です。化学療法で起きやすい嘔気、食欲不振、倦怠感、脱毛、貧血、命に関わる副作用などはほとんど起こりません。免疫チェックポイント阻害薬で問題となる重い免疫関連の副作用も起こりにくい治療です。核酸医薬の副作用としては一時的な微熱、頭痛、アレルギー反応(0.3%以下)などが、がん光免疫療法では治療後しばらく直射日光を避ける必要がある光線過敏や照射部位の反応が、ハイブリッド免疫療法では治療部位の反応などが見られることがあります。

いずれも自然と改善する副作用が大半で、治療の継続に支障をきたすことはありません。「体力面や仕事面で副作用の不安がある」「標準治療を続けながら副作用をできるかぎり抑えたい」という方にも受けていただける治療です。

悪性黒色腫(メラノーマ)の完治を目指して、保険診療と患者様に合った治療を組み合わせる

悪性黒色腫は、日本人に多いタイプでは免疫療法が効きにくく、BRAF阻害薬も使いにくいという壁が立ちはだかる疾患です。しかし、早期に発見し、適切に治療を行えば完治を目指せる疾患でもあります。

発症要因にBRAFやp53といった遺伝子異常があるため、保険診療と核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、がん光免疫療法、ハイブリッド免疫療法などを組み合わせる集学的治療が有効な選択肢となります。保険診療だけではカバーしきれない場合でも、これらの治療によって腫瘍縮小効果や再発抑制効果が期待できます。

がん中央クリニックグループでは、こうした「アプタマー核酸医薬」や「miR-34a mimic 核酸医薬」をはじめ、患者様1人ひとりに合ったがん治療をご提案いたします。悪性黒色腫(メラノーマ)の患者様は、どのような状況の場合でも是非お気軽にご相談ください。

腎臓がんは、腎臓の細胞ががん化した病気です。一般に成人の「腎臓がん」で中心となるのが、尿をつくる腎実質から発生する腎細胞がんです。

厚生労働省の全国がん登録によると、2023年に「腎盂を除く腎」の悪性腫瘍と診断された人は21,171例、2024年には同部位のがんで4,860人が死亡しています。ただし、これらは発生部位による統計であり、病理組織型として腎細胞がんだけを集計した数字ではありません。腎臓がんの多くを腎細胞がんが占めるため、腎細胞がんの規模を理解する際の参考となるデータです。

腎細胞がんは、初期にはほとんど自覚症状がないことがあります。小さい段階で見つかるものは、健康診断の腹部超音波検査や、ほかの病気を調べるために受けたCTなどで偶然発見されるケースも少なくありません。

腎臓に腫瘍が見つかったからといって、すべての患者さんがすぐ腎臓を1つ摘出するわけではありません。腫瘍が小さければ腎臓の一部だけを切除する腎部分切除術を検討できることがあり、患者さんの年齢や持病、腫瘍の状態によっては、画像検査を続けながら変化を見る監視療法が選択肢になる場合もあります。

反対に、腎静脈や下大静脈へがんが広がっている場合や、肺、骨、肝臓などへ転移している場合には、治療の考え方が大きく変わります。転移性腎細胞がんでは、ステージだけではなく、淡明細胞型(たんめいさいぼうがた)などの組織型、IMDCリスク分類、転移の部位や広がり、症状、これまで使用した薬などを確認しながら薬物療法を選びます。

腎細胞がんの治療を理解するときには、次の5つを順番に整理すると、自分がどの治療分岐にいるのか分かりやすくなります。

腎細胞がんの治療を理解する5つのポイント
① 腎細胞がんなのか、腎盂がんなのか
② 腫瘍の大きさとステージはどうか
③ 腎機能をどこまで残せるかを含め、腎部分切除・腎摘除・監視療法・局所療法のどれが適するか
④ 淡明細胞型か、それ以外の組織型か
⑤ 転移例ではIMDCリスク、転移の部位・量、症状、これまで使用した薬はどうか

この記事では、腎臓がんの中でも成人に多い腎細胞がんを中心に、初期症状、原因、検査、ステージから、腎部分切除、腎摘除、監視療法、術後補助療法、転移性腎細胞がんの薬物療法、生存率まで解説します。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん)について」国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」

腎臓がん(腎細胞がん)とは

腎臓は、背中側の腰より少し高い位置に左右1つずつある臓器です。血液をろ過して余分な水分や老廃物を尿として排出するほか、体内の水分や電解質のバランス、血圧の調節などにも関わっています。

腎臓の中で血液をろ過して尿をつくる部分を腎実質といいます。この腎実質の細胞ががん化したものが腎細胞がんです。

国立がん研究センターでは、腎臓の細胞から発生する悪性腫瘍のうち、腎実質から発生するものを腎細胞がんとしています。一般に成人の腎臓がんについて説明するときは、この腎細胞がんが中心になります。

腎臓は尿をつくり、腎盂へ集めている

腎臓でつくられた尿は、腎臓の中にある腎盂(じんう)という部分へ集まり、尿管を通って膀胱へ運ばれます。つまり、同じ腎臓の中でも、尿をつくる「腎実質」と、尿が集まる「腎盂」では役割も組織も異なります。

この違いは、がんになったときに特に重要です。腎実質から発生する腎細胞がんと、腎盂から発生する腎盂がんでは、がんの性質も治療方法も異なるためです。

腎臓が2つあることと「腎機能を残すこと」は別に考える

人には通常、左右2つの腎臓があります。片方の腎臓を摘出しても、もう一方の腎機能が十分保たれていれば生活できる場合が多いため、腎細胞がんでは腫瘍の大きさや位置によって腎臓を1つ摘出する手術を行うことがあります。

ただしこれは「もう1つ腎臓があるから、腎機能は気にしなくてよい」という意味ではありません。小さな腎細胞がんでは、可能であれば腫瘍のある部分だけを切除して正常な腎組織を残す腎部分切除術が検討されます。

もともとの腎機能、反対側の腎臓の状態、糖尿病や高血圧など将来の腎機能に影響する要因も含めて、どの程度腎臓を残せるかを考えることが重要です。腎細胞がんの手術では「がんを取り切れるか」と「腎機能をどこまで残せるか」の両方が治療選択の重要なポイントになります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん)について」国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」

腎細胞がんと腎盂がんの違い

「腎臓にがんがある」と聞くと、すべて同じ腎臓がんのように感じるかもしれません。しかし、腎臓のどの部分から発生したかによって、がんの種類も治療方法も異なります。

特に区別したいのが、前章でも触れた腎細胞がん腎盂がんです。

腎細胞がんは腎実質から発生する

腎細胞がんは、血液をろ過して尿をつくる腎実質の細胞から発生します。治療では、腫瘍が腎臓内にとどまっている場合には手術が中心になります。小さな腫瘍では腎部分切除術、腫瘍が大きい場合や位置などの問題で部分切除が難しい場合には根治的腎摘除術を検討します。

転移した場合には、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などを使用した全身薬物療法が中心になります。

腎盂がんの多くは膀胱がんと同じ尿路上皮がん

腎盂は、腎臓でつくられた尿が集まる場所です。腎盂から尿管、膀胱、尿道の一部まで続く尿路の内側は尿路上皮(にょうろじょうひ)という粘膜で覆われています。この尿路上皮から発生するがんが尿路上皮がんで、腎盂・尿管がんのほとんどを占めています。

膀胱がんの多くも尿路上皮がんです。そのため腎盂がんは、腎細胞がんよりも膀胱がんや尿管がんに近い性質を持つがんとして治療されます。腎盂がんでは腎臓だけでなく尿管も含めて切除する腎尿管全摘除術などが行われるため、腎細胞がんの根治的腎摘除術とは手術範囲も異なります。

「腎臓にがんがある」だけでは治療方法は決まらない

画像検査で「腎臓に腫瘍がある」と言われた場合には、腎実質の腫瘍なのか、腎盂から発生した腫瘍なのかを区別することが重要です。

腎細胞がんと腎盂がんは、同じ腎臓付近にできるがんでも別の病気として治療します。 この記事では、ここから先は主に腎実質から発生する腎細胞がんについて解説します。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん)について」国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」

腎細胞がんの種類

腎細胞がんと診断されても、すべてのがんが同じ性質を持っているわけではありません。

病理検査では、がん細胞の形や構造などから組織型を調べます。国立がん研究センターでは、腎細胞がんは14種類の組織型に分類され、その中で最も多い淡明細胞型(たんめいさいぼうがた)腎細胞がんが全体の7~8割を占めると説明しています。

主な組織型 特徴
淡明細胞型 腎細胞がんの7~8割を占める最も多い組織型。現在の薬物療法に関する臨床試験の多くもこの組織型を中心に行われている
乳頭状 淡明細胞型とは異なる組織型で、進行例では治療薬の選び方が異なる場合がある
嫌色素性 比較的まれな組織型。淡明細胞型と生物学的な性質が異なる
その他 頻度の低いさまざまな組織型があり、種類によって治療の考え方が異なることがある

なぜ組織型を確認する必要があるのか

腎臓内にとどまっていて手術で切除できる場合には、どの組織型でもまず手術が治療の中心になることがあります。

組織型の違いが特に重要になるのは、根治切除が難しい場合や転移した場合です。現在の免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を組み合わせる治療の多くは、主として淡明細胞型腎細胞がんを対象とした臨床試験によって有効性が確認されてきました。

非淡明細胞型でも薬物療法を行いますが、淡明細胞型の治療成績をそのまま当てはめられるとは限りません。乳頭状、嫌色素性(けんしきそせい)などの組織型によって、使用する薬や臨床試験を含めた治療方針を個別に考える場合があります。

進行・転移性腎細胞がんの治療説明を受ける際には「自分の腎細胞がんは何型なのか」を確認することが治療を理解する第一歩になります。

組織型とGrade(病理学的な悪性度)は別の情報

病理検査では、組織型とは別に、がん細胞の形態から悪性度を評価するGrade(グレード)が示されることがあります。WHO/ISUPグレーディングは4段階で、グレードが高いほど一般に悪性度が高いと評価されます。

このグレーディングは主に淡明細胞型と乳頭状腎細胞がんに用いられますが、嫌色素性腎細胞がんには通常、WHO/ISUPグレーディングを適用しません。そのため「腎細胞がんならすべてグレード1~4で評価する」という意味ではありません。

グレードは、後に説明する術後補助療法などで再発リスクを考える材料の1つになります。なお、KEYNOTE-564試験で用いられたグレードはFuhrman分類であり、現在一般に用いられるWHO/ISUPグレーディングとは分類法が異なります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」European Association of Urology「EAU Guidelines on Renal Cell Carcinoma|Epidemiology, Aetiology and Pathology」

腎細胞がんの原因・リスク

腎細胞がんになった患者さんのすべてで「これが原因だった」と1つの要因を特定できるわけではありません。発症リスクとの関係が知られているものには、喫煙、肥満、長期間の透析などがあります。高血圧についても腎細胞がんとの関連が報告されています。

喫煙

喫煙は腎細胞がんの危険因子の1つです。たばこに含まれるさまざまな発がん性物質は肺だけに影響するものではなく、体内に取り込まれた後、血液を介して全身へ運ばれます。

腎細胞がんだけを完全に防ぐ特別な方法は確立していませんが、禁煙は腎細胞がんを含む複数のがんや、心血管疾患などを予防するうえでも重要です。

肥満・高血圧との関係

肥満も腎細胞がんの危険因子として知られています。また、高血圧についても腎細胞がん発症との関連が報告されています。ただし、高血圧がある人の多くが腎細胞がんになるという意味ではありません。

肥満や高血圧は腎機能そのものにも影響するため、腎細胞がんの治療後まで含めて体重や血圧を管理することには意味があります。

長期透析と腎細胞がんの関係

国立がん研究センターでは、長期間にわたって腎透析を受けていることも腎細胞がんの危険因子としています。ここでいうのは「健康診断で少し腎機能が低かった」という状態と同じ意味ではありません。

長期透析を受けている患者さんでは腎臓に後天性嚢胞性腎疾患などの変化が生じることがあり、腎細胞がんが発生するリスクについて注意する必要があります。

遺伝性の腎細胞がんもある

腎細胞がんの一部には、遺伝性の腫瘍症候群が関係しています。代表的なのがフォン・ヒッペル・リンドウ病(VHL病)です。VHL病では、腎細胞がんだけでなく、体の複数の臓器に腫瘍が発生することがあります。

遺伝性腎細胞がんはVHL病だけではありません。若い年齢で発症した、左右両方の腎臓に腫瘍がある、腎臓内に複数の腫瘍がある、血縁者にも腎細胞がんなどがみられるといった場合には、遺伝性の可能性を考えて専門的な評価を行うことがあります。

遺伝子に関係する病気が疑われる場合でも、家族へ自己判断で検査を勧めるのではなく、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けながら検討します。

一般の人を対象とした腎細胞がん検診は定められていない

日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんのように、国の指針として腎細胞がんを対象としたがん検診は定められていません。

健康診断や人間ドックの腹部超音波検査などで偶然腎腫瘍が見つかることはありますが、これは国の指針に基づく腎細胞がん検診とは異なります。健診を毎年受けていることだけで、腎細胞がんがないと保証されるわけではありません。血尿や腰・脇腹の痛みなど気になる症状があれば、健診を待たず医療機関へ相談しましょう。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 予防・検診」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

腎臓がんの初期症状

腎細胞がんは、初期の段階ではほとんど自覚症状がないことがあります。

国立がん研究センターでは、小さいうちに発見される腎細胞がんの多くは、健康診断やほかの病気を調べるために受けた検査などで偶然見つかると説明しています。そのため「症状がないから腎臓がんではない」と判断することはできません。

初期は無症状のことが多く、血尿が出る場合もある

腎細胞がんは腎臓の奥に発生するため、腫瘍が小さい段階では尿の流れや周囲の臓器へほとんど影響せず、症状が現れないことがあります。腹部超音波検査で腎臓にしこりを指摘されたり、別の病気やけがでCTを受けた際に偶然腎腫瘍が見つかったりするケースがあります。

「偶然見つかった」ということは病気が軽いことを保証するわけではありませんが、症状が出る前の比較的小さな段階で発見されるきっかけになることがあります。

腎細胞がんが大きくなると、尿に血が混じる血尿がみられることがあります。血尿には目で見て赤いと分かる肉眼的血尿だけでなく、見た目は通常の尿でも尿検査で血液が確認される場合があります。

血尿は腎細胞がんだけで起こる症状ではありません。膀胱がん、腎盂・尿管がん、尿路結石、尿路感染症などさまざまな原因があります。原因の分からない血尿がみられた場合には、どこから出血しているのかを泌尿器科で調べる必要があります。

腰・背中・脇腹の痛みや腹部のしこり

腎細胞がんが大きくなると、背中や腰、脇腹の痛みが現れたり、腹部にしこりを触れたりすることがあります。

血尿、側腹部の痛み、腹部腫瘤は腎細胞がんで古くから知られている症状ですが、初期からこの3つがそろって現れるわけではありません。これらの症状が出ていない段階でも腎細胞がんは存在し得るため、症状の有無だけから進行度を判断することはできません。

進行すると全身症状や転移先の症状が出ることがある

腎細胞がんが進行すると、食欲低下、発熱、倦怠感、体重減少など、がんのある場所とは直接結びつきにくい全身症状がみられることがあります。腎細胞がんでは、がんに伴う全身の反応によって血液検査値などが変化することもあります。

こうした症状はいずれも腎細胞がんだけに起こるものではありませんが、原因の分からない症状が続く場合には医療機関で原因を調べる必要があります。

腎臓そのものにはほとんど症状がなく、転移した場所の症状をきっかけに腎細胞がんが見つかることもあります。たとえば肺へ転移すると咳や血痰、胸の痛みなど、骨へ転移すると骨の痛みや骨折、脳へ転移すると頭痛や運動麻痺などがみられる場合があります。

国立がん研究センターでも、肺、骨、肝臓、脳などに転移したがんが先に発見され、詳しい検査から腎細胞がんが見つかることがあると説明しています。

血尿や原因の分からない腰・脇腹の症状は泌尿器科へ

腎臓、腎盂、尿管、膀胱など尿路の病気を専門的に診療するのは泌尿器科です。肉眼的血尿が出た、尿潜血を繰り返し指摘された、原因の分からない腰・脇腹の痛みが続く、画像検査で腎臓の腫瘍を指摘されたといった場合には、泌尿器科で詳しく調べます。

症状だけから腎細胞がんかどうかを判断することはできないため、「血尿がある=腎臓がん」と考える必要もありません。必要な検査を受けて原因を確かめることが大切です。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん)について」

腎臓がんの検査と診断

腎細胞がんは、腹部超音波検査やCTで偶然見つかることがあります。

腎臓に腫瘍が確認された場合には、造影CTを中心に、腫瘍の大きさや位置、周囲への広がり、リンパ節・遠隔臓器への転移などを確認します。CTを行うことが難しい場合や、CTだけでは判断しにくい場合にはMRIを使用することがあります。

超音波・造影CT・MRIで腫瘍と広がりを確認する

腹部超音波検査では、体の外から超音波を当てて腎臓の形や腫瘍の有無などを確認します。放射線被ばくがなく、健康診断や人間ドックなどでも行われるため、症状のない腎腫瘍が偶然見つかるきっかけになることがあります。

ただし、超音波だけで腎細胞がんかどうかや、病気の広がりまで確定するわけではありません。腎腫瘍が疑われた場合にはCTなどでさらに詳しく調べます。

造影CTが診断の中心

腎細胞がんが疑われたときに重要なのが造影CTです。

造影剤を静脈から投与し、時間を変えて撮影することで、腎腫瘍にどのように血液が流れているのかを確認します。腎細胞がんの中には血流が豊富なものがあり、造影のされ方は腫瘍の性質を判断する重要な情報になります。

CTでは腫瘍の大きさだけでなく、腎臓の外へ広がっていないか、腎静脈や下大静脈へ進展していないか、リンパ節転移がないかなども確認します。

肺は腎細胞がんが転移することのある臓器なので、胸部CTを行って肺転移の有無を調べることもあります。腎機能や造影剤へのアレルギーなどによってCTで使用する造影剤を使いにくい場合や、CTや超音波だけでは判断が難しい場合にはMRIを検討します。MRIは、腫瘍と周囲の組織との関係や血管内への進展などを詳しく評価する際にも役立ちます。

どの画像検査を使うかは一律ではなく、腎機能、腫瘍の位置、疑われる病気などによって決まります。

血液検査で腎機能などを確認する|特定の腫瘍マーカーは無い

腎細胞がんの診断では、血液検査も行います。特に重要なのが、クレアチニンなどから腎機能を確認することです。腎部分切除にするのか腎摘除にするのか、造影剤を使用できるか、今後の治療を安全に行えるかを考えるうえでも腎機能は重要です。

また、貧血、炎症反応、肝機能、カルシウムなどの血液検査値も、全身状態や進行した腎細胞がんの評価に使われることがあります。

胃がんや膵臓がんなどでは、病状によって特定の腫瘍マーカーを測定することがあります。一方、国立がん研究センターでは、腎細胞がんには現在、診断や治療効果判定に使用できる特定の腫瘍マーカーはないと説明しています。そのため「血液の腫瘍マーカーが正常だったから腎細胞がんではない」と判断することはできません。

腎細胞がんでは、画像検査を中心に診断し、必要に応じて病理検査を組み合わせます。

転移を調べる検査は病状に応じて追加する

腎細胞がんでは、すべての患者さんが最初から骨シンチグラフィや脳MRIなど、考えられるすべての検査を受けるわけではありません。骨の痛みや血液検査の異常などから骨転移が疑われる場合には骨を調べる検査を追加し、頭痛や神経症状などから脳転移が疑われる場合には脳の画像検査を行うなど、病状に応じて検査を選びます。

PET検査も、腎細胞がんの初回診断で全員に行う検査ではなく、ほかの画像検査だけでは再発や転移を判断しにくい場合などに補助的に使用されることがあります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 検査」

腎腫瘍は必ず生検するとは限らない

多くのがんでは「まず組織を採取して、病理検査でがんと確定してから治療する」という流れをイメージするかもしれません。

腎腫瘍では、必ずしもすべての患者さんに手術前の生検を行うわけではありません。造影CTなどの画像所見から腎細胞がんが強く疑われ、手術による切除が適切と判断される場合には、腎腫瘍の針生検を行わずに手術へ進み、切除した組織を病理検査して最終診断することがあります。

一方、小さな腎腫瘍では良性腫瘍が含まれることもあり、監視療法や手術以外の局所療法を検討する患者さんでは、生検によって腫瘍の性質を確認する意味が大きくなる場合があります。

画像診断から手術へ進むことがある理由

腎細胞がんでは、造影CTなどの画像から腫瘍の性質をある程度推定できます。画像所見から腎細胞がんの可能性が高く、腫瘍の大きさや位置などから手術が必要と考えられる場合には、手術前の針生検によって治療方針が変わらないことがあります。その場合には、先に手術で腫瘍を切除し、摘出した組織全体を病理検査して、腎細胞がんかどうか、どの組織型か、悪性度や広がりはどうかを確定します。

「生検をしていない=がんかどうか分からないまま適当に手術している」という意味ではありません。画像所見と治療方針を踏まえて、生検を行うことで得られる情報が治療選択にどの程度影響するかを考えて判断します。

小径腎腫瘍には良性腫瘍も含まれる

腎臓に小さな腫瘍が見つかった場合、そのすべてが腎細胞がんとは限りません。良性の腎腫瘍もあるため、特に小さな腫瘍では「すぐ切除するのか」「生検をして性質を確かめるのか」「定期的に画像を撮影して変化を見るのか」という判断が必要になります。

2026年版の日本泌尿器科学会ガイドラインでは、小径腎腫瘍に対する針生検について、良性・悪性の鑑別や治療方法の決定などを目的として行うことが検討されています。

生検を検討する意味が大きい場合

腎腫瘍生検は、画像検査だけでは良性か悪性か判断しにくい場合や、生検結果によって治療方針が変わる可能性がある場合に検討します。たとえば、小さな腎腫瘍について手術ではなく監視療法を検討している場合や、凍結療法など腫瘍を体内に残したまま局所的に治療する方法を考えている場合には、事前に組織型を確認する意義が大きくなることがあります。

また、ほかの臓器のがんを治療したことがある患者さんで、腎臓の腫瘍が新しく発生した腎細胞がんなのか、別のがんからの転移なのかを区別する必要がある場合などにも、生検を検討することがあります。

生検をすれば100%診断できるわけではない

腎腫瘍生検では、画像を確認しながら体の外から細い針を腫瘍へ刺して組織を採取します。採取した部分から腫瘍の組織型などを調べることができますが、腫瘍が小さい、採取できた組織量が少ないなどの理由で、十分な診断ができない場合もあります。

生検には出血などの合併症の可能性もあります。そのため「腎腫瘍が見つかったら念のため全員生検する」のではなく、生検結果によって今後の治療が変わる可能性があるかを考えて行うことが重要です。監視療法については、後の「小径腎腫瘍では「すぐ手術しない」監視療法もある」の章で詳しく解説します。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 検査」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

腎臓がんのステージ分類

腎細胞がんのステージは、原発巣の大きさや周囲への広がりを示すTカテゴリー、領域リンパ節への転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせて決めます。

腎細胞がんではⅠ期~Ⅳ期に分けられますが、Tカテゴリーは腫瘍の大きさだけで決まるわけではありません。特に腎細胞がんでは、腫瘍が腎静脈や下大静脈へ伸びているかどうかがTカテゴリーや手術方法に大きく関わります。

Tカテゴリー 主な状態
T1a 直径4cm以下で腎臓内にとどまっている
T1b 4cmを超え7cm以下で腎臓内にとどまっている
T2a 7cmを超え10cm以下で腎臓内にとどまっている
T2b 10cmを超えるが腎臓内にとどまっている
T3a 腎静脈やその枝へ広がる、腎盂・腎杯へ及ぶ、または腎周囲脂肪や腎洞脂肪へ広がっているが、ゲロタ筋膜を越えていない
T3b 横隔膜より下の下大静脈内へ進展している
T3c 横隔膜より上の下大静脈内へ進展している、または下大静脈壁へ浸潤している
T4 ゲロタ筋膜を越えて周囲へ広がっている。同じ側の副腎へ連続して広がる場合も含む

ゲロタ筋膜とは、腎臓とその周囲の脂肪組織などを包んでいる膜です。

ステージⅠ|T1でリンパ節・遠隔転移がない

ステージⅠは、腫瘍が7cm以下で腎臓内にとどまり、領域リンパ節転移や遠隔転移がない状態です。特に4cm以下のT1aでは、腫瘍の位置などの条件が合えば、正常な腎組織をできるだけ残す腎部分切除術が検討されます。

一方、小さな腎腫瘍では、年齢や持病、腫瘍の状態などによって監視療法や凍結療法などが選択肢になる場合もあります。

ステージⅡ|7cmを超えていても腎臓内にとどまっている

ステージⅡは、腫瘍が7cmを超えているものの、腎臓内にとどまり、リンパ節転移や遠隔転移がない状態です。腫瘍が大きくなるほど、正常な腎組織を残しながら安全に切除することが難しくなるため、根治的腎摘除術を選択するケースが増えます。

ただし、腎部分切除が可能かどうかは大きさだけで決まるわけではありません。腫瘍が腎臓の表面側にあるのか、腎門部や主要な血管、尿路に近いのかなどによって手術の難しさは変わります。

ステージⅢ|静脈への進展や領域リンパ節転移を含む

ステージⅢには、T3で遠隔転移がない場合のほか、T1~T3で領域リンパ節へ転移している場合などが含まれます。

腎細胞がんでは、腫瘍が腎静脈から下大静脈の中へ連続して伸びることがあり、これを静脈内腫瘍塞栓(じょうみゃくないしゅようそくせん)と呼びます。「塞栓」という言葉から遠隔転移を想像するかもしれませんが、原発巣から静脈内へ連続して腫瘍が伸びている状態であり、それだけで遠隔転移を意味するものではありません。

下大静脈まで腫瘍が伸びていても、遠隔転移がなく切除可能と判断されれば、根治を目指した手術が検討されることがあります。ただし、腫瘍塞栓がどの高さまで伸びているかによって手術の規模は大きく異なります。T3bやT3cでは、腎臓の摘出とともに静脈内の腫瘍を取り除く高度な手術が必要になる場合があります。

ステージⅣ|遠隔転移がなくても該当する場合がある

肺、骨、肝臓、脳などへ遠隔転移があるM1は、TやNカテゴリーに関係なくステージⅣです。ただし、ステージⅣだからといって必ず遠隔転移があるとは限りません。遠隔転移がなくても、原発巣がゲロタ筋膜を越えて周囲へ広がったT4ではステージⅣに分類されます。

根治切除が難しい場合や遠隔転移がある場合には薬物療法が治療の中心になりますが、病状によっては腎摘除術や転移巣への手術、放射線治療などを組み合わせることもあります。

ステージ 大まかな状態
Ⅰ期 T1、リンパ節・遠隔転移なし
Ⅱ期 T2、リンパ節・遠隔転移なし
Ⅲ期 T3で遠隔転移がない場合、またはT1~T3で領域リンパ節転移がある場合
Ⅳ期 T4、または遠隔転移がある場合

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」

腎細胞がん治療の全体像

腎細胞がんの治療は、ステージだけで機械的に決めるわけではありません。限局した腎細胞がんでは手術が治療の中心になりますが、腫瘍の大きさや位置、反対側の腎臓の状態、もともとの腎機能などによって、腎臓の一部だけを切除するのか、片側の腎臓を摘出するのかを判断します。

小さな腎腫瘍では、患者さんによって監視療法や凍結療法なども候補になります。転移や根治切除不能の状態では、淡明細胞型かそれ以外の組織型か、IMDCリスク分類、転移の部位や量、症状などを確認しながら全身薬物療法を選択します。

病状 治療の主な考え方
小径腎腫瘍・主にcT1a 腎部分切除を中心に検討し、年齢・持病・腫瘍の状態などによって監視療法や局所療法も候補になる
cT1b~T2の限局がん 腫瘍の位置・大きさ・腎機能などから腎部分切除または根治的腎摘除を検討する
T3~T4などの局所進行 手術可能性、静脈内腫瘍塞栓、周囲への広がりなどを評価して治療を組み立てる
手術後の再発リスクが高い場合 病理結果などから条件を満たす場合には術後補助薬物療法を検討する
根治切除不能・転移性 組織型、IMDCリスク、転移部位・症状などを踏まえて全身薬物療法を選ぶ
選択された転移例 原発巣の腎摘除や転移巣の手術・放射線治療などを組み合わせる場合がある

同じ4cmの腎腫瘍でも、腎臓の外側に突出していて部分切除しやすい腫瘍と、腎臓の中心部にあり太い血管や尿路に近い腫瘍では手術の難しさが異なります。また、反対側の腎機能が低下している、腎臓が1つしかない、糖尿病や高血圧などがあり将来の腎機能低下が懸念されるといった場合には、正常な腎組織をできるだけ残すことがより重要になります。

腎細胞がんでは、がんを十分に制御できる治療を選ぶことに加え、治療後の腎機能をどこまで維持できるかも考えながら治療方針を決めます。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

小径腎腫瘍では「すぐ手術しない」監視療法もある

腎臓に小さな腫瘍が見つかると、「がんならできるだけ早く手術した方がよいのでは」と考えるかもしれません。しかし、小径腎腫瘍では、患者さんの年齢や持病、腫瘍の大きさや画像上の特徴などによって、すぐに手術せず定期的な検査を続けるActive Surveillance(積極的監視療法)を選択する場合があります。

2026年版の日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン」でも、小径腎腫瘍と診断された患者さんに対する治療選択肢の1つとして、積極的監視療法が位置づけられています。

積極的監視療法は「放置」ではなく、必要なら治療へ切り替える

積極的監視療法では、治療を行わずそのままにしておくのではなく、CT、MRI、超音波検査などを定期的に行い、腫瘍の大きさや増大の速さ、画像上の性質に変化がないかを確認します。その後、腫瘍が大きくなる、増大の仕方が変わるなど治療を優先した方がよいと判断されれば、腎部分切除や凍結療法などへ切り替えることがあります。

つまり、監視療法は「治療しないことを決める方法」ではなく、定期的に病状を確認しながら、必要になった段階で治療へ移ることも含めた治療戦略です。

なぜ小さな腎腫瘍をすぐ手術しないことがあるのか

小径腎腫瘍には腎細胞がんだけでなく良性腫瘍も含まれます。また、悪性であっても長期間ゆっくり増大する腫瘍があります。一方、手術には出血、尿漏れ、麻酔に伴う合併症、腎機能低下などの負担があります。特に高齢者や心臓、肺などに持病がある患者さんでは、腎腫瘍が将来健康へ与える影響と、手術そのものによる負担を比較して治療を考える必要があります。

このため、小径腎腫瘍では「がんの可能性があるからすぐ切除する」と一律に考えるのではなく、腫瘍の性質と患者さんの健康状態を合わせて判断します。監視療法は、高齢者や重い持病がある患者さんで特に検討されやすい方法ですが、一定の年齢以上の患者さんだけに限られるわけではありません。

腫瘍径、腫瘍の位置、画像上の特徴、生検を行った場合の病理結果、腎機能、患者さん自身の希望などを踏まえて判断します。反対に、高齢であっても腫瘍の増大が速いなど、積極的な治療を行う利益が大きいと判断されれば、手術や局所療法を勧められる場合があります。

積極的監視療法と待機療法は目的が異なる

監視療法と似た言葉にWatchful Waiting(待機療法)がありますが、考え方は同じではありません。

Active Surveillance(積極的監視療法)では定期的な画像検査を行い、腫瘍の変化によっては将来、根治を目指した手術や局所療法へ切り替えることを想定しています。一方、Watchful Waiting(待機療法)は、重い持病やほかの病気によって余命への影響が大きいなど、腎腫瘍そのものに根治治療を行う利益が小さいと考えられる場合に、症状が問題になったときの対応を中心として経過を見る考え方です。

日本語ではどちらも「経過観察」「様子を見る」と説明されることがあります。担当医から経過を見る方針を提案された場合には、今後も定期的に腫瘍を評価して必要なら治療へ切り替える方針なのか、それとも将来的な根治治療を前提としない方針なのかを確認しておくと、治療の目的を理解しやすくなります。

監視療法を始めても、その後ずっと手術を受けないと決まるわけではありません。定期検査で腫瘍が大きくなる、増大の仕方が変わる、画像所見から治療を優先した方がよいと判断される、患者さん自身が治療を希望するといった場合には、改めて治療を検討します。監視療法を選ぶ際には、どのくらいの間隔で画像検査を行うのか、どのような変化があれば治療へ切り替えるのかを、あらかじめ担当医と確認しておくことが重要です。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」European Association of Urology「EAU Guidelines on Renal Cell Carcinoma」

腎部分切除術

腎部分切除術は、腫瘍のある腎臓をすべて摘出するのではなく、腫瘍とその周囲の必要な部分だけを切除し、残りの腎臓を温存する手術です。特にT1の腎細胞がんでは重要な治療選択肢となり、4cm以下のT1aでは、技術的に可能であれば腎部分切除術が検討されます。

なぜ腎臓を一部残すのか

腎細胞がんの手術では、がんを適切に切除することが第一の目的です。そのうえで正常な腎組織をできるだけ残すことができれば、治療後の腎機能を保ちやすくなります。片方の腎臓を摘出しても、反対側の腎臓が十分に機能していれば生活できる患者さんは多くいます。ただし、年齢を重ねる中で高血圧や糖尿病などによって腎機能が低下する可能性もあります。

特にもともとの腎機能が低い場合、反対側の腎臓にも病気がある場合、腎臓が1つしかない場合などでは、正常な腎組織を残すことの意味が大きくなります。

同じ4cmでも部分切除の難しさは違う

腎部分切除が可能かどうかは腫瘍径だけでは決まりません。たとえば、腎臓の外側へ突出している腫瘍は比較的切除しやすいことがあります。一方、腎臓の中央部に深く入り込んでいる、腎動脈や腎静脈に近い、尿が集まる腎盂や腎杯に接しているといった場合には、部分切除の難易度が高くなります。

T1aだから必ず部分切除できるわけでも、T1bだから必ず腎臓をすべて摘出するわけでもありません。腫瘍の大きさや位置、複雑さ、正常な腎組織をどの程度残せるかなどを画像で評価して術式を決めます。

ロボット支援手術・腹腔鏡手術・開腹手術がある

腎部分切除術には、ロボット支援手術、腹腔鏡手術、開腹手術があります。現在は小さな腎腫瘍を中心にロボット支援腎部分切除術が行われることもあります。

ただし、ロボット支援手術であれば必ず部分切除できるわけではなく、開腹手術より常に優れているという意味でもありません。腫瘍の大きさや位置、過去の手術歴、施設や術者の経験などを踏まえて方法を選択します。

手術では一時的に腎臓への血流を止めることがある

腎臓には多くの血液が流れているため、腎部分切除の際には腎動脈などを一時的に遮断して、出血を抑えながら腫瘍を切除することがあります。腫瘍を取り除いた後には血管や尿路を処置し、切除した部分を縫合します。腎臓への血流を長時間遮断すると腎機能へ影響する可能性があるため、腫瘍の状態に応じて手術方法を調整します。

出血・尿漏れなどの合併症がある

腎部分切除術では、術後に切除した部分から出血することがあります。また、腎臓の中には尿を集める腎杯や腎盂があるため、切除部が尿路とつながった場合には尿漏れが起こることがあります。感染、血栓、腎機能低下などの合併症が起こる可能性もあります。

腎臓をすべて摘出しないから簡単な手術というわけではなく、正常な腎組織を残しながら腫瘍を確実に切除するため、技術的に複雑になる場合があります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

根治的腎摘除術

根治的腎摘除術は、腫瘍のある側の腎臓を摘出する手術です。腫瘍が大きい場合や、腎臓の中心部にあって部分切除が難しい場合、周囲へ進展している場合など、腎部分切除では安全かつ十分な切除が難しいと判断されたときに検討します。

腫瘍の大きさだけで腎摘除を決めるわけではない

根治的腎摘除術を選択するかどうかは、腫瘍径だけでは決まりません。腫瘍の位置、腎臓内での広がり、周囲の血管との関係、反対側の腎機能、患者さんの全身状態などを合わせて判断します。

比較的大きな腫瘍でも部分切除を検討できる患者さんがいる一方、小さくても腎臓の中心部にあり、主要血管などと複雑に接しているため腎摘除の方が適切と判断される場合があります。

副腎やリンパ節を全員切除するわけではない

腎臓の上には副腎という別の臓器があります。以前は根治的腎摘除の際に同じ側の副腎も切除することがありましたが、現在は、副腎への浸潤や転移が疑われなければ、すべての患者さんで副腎を一緒に切除するわけではありません。CTやMRIでの所見、腫瘍の位置、手術中の状態などから副腎切除が必要かを判断します。根治的腎摘除術を行う患者さん全員に、広範囲のリンパ節郭清を行うわけではありません。

画像検査や手術中の所見で転移が疑われるリンパ節がある場合などには切除を検討しますが、リンパ節転移が疑われない患者さんに対して一律に広範囲の郭清を行うものではありません。

腎静脈・下大静脈へ進展している場合は腫瘍塞栓も切除する

T3の腎細胞がんでは、腫瘍が腎静脈や下大静脈の中へ連続して伸びることがあります。この場合には、腎臓の摘出とともに静脈内の腫瘍を取り除く静脈内腫瘍塞栓摘除術を行うことがあります。

特に腫瘍塞栓が下大静脈の上方まで伸びている場合には通常の腎摘除よりも大がかりな手術になります。腫瘍塞栓の高さや血管壁への浸潤などによっては、複数の診療科が協力して手術を行うこともあります。遠隔転移がなく、腫瘍を切除できると判断されれば、静脈内腫瘍塞栓があることだけを理由に根治手術ができないと決まるわけではありません。

腎臓が1つになった後も腎機能を確認する

片方の腎臓を摘出しても、残った腎臓が十分に機能していれば、多くの場合は透析を必要とせず生活できます。ただし、手術前より腎機能の予備力は少なくなるため、退院後も血液検査などで腎機能を確認します。高血圧や糖尿病がある場合には、残った腎臓への負担を抑えるためにも適切な管理が重要です。

腎臓が1つになったからといって、水分を大量に飲む、たんぱく質を厳しく制限するといった対応を自己判断で始める必要はありません。実際の腎機能や持病に応じて、食事や生活上の注意を担当医に確認します。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」European Association of Urology「EAU Guidelines on Renal Cell Carcinoma」

小径腎腫瘍の凍結療法など手術以外の局所治療

腎細胞がんを根治する局所治療として中心となるのは手術ですが、小径腎腫瘍では、患者さんの年齢や持病、腫瘍の状態などによって手術以外の局所療法を検討することがあります。

2026年版の日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン」でも、小径腎腫瘍に対する治療選択肢の1つとして、手術以外の局所療法が取り上げられています。日本で行われる方法の1つが凍結療法です。

凍結療法とは|どのような場合に検討するのか

凍結療法では、CTなどの画像で腫瘍の位置を確認しながら、体の外から腎腫瘍へ専用の針を刺します。針の先端付近を非常に低い温度にして腫瘍を凍結し、がん細胞を死滅させることを目的とします。

大きな切開をせずに治療できるため、手術による負担が大きい患者さんなどで検討されることがあります。凍結療法は、小さな腎腫瘍で、高齢である、重い持病があるなど手術による負担をできるだけ避けたい患者さんで検討されることがあります。

ただし、体への負担が少ないから手術より優れた治療という意味ではありません。腫瘍の大きさや位置によっては凍結療法が難しいことがあり、長期的ながん制御については腎部分切除術の方が多くの治療実績があります。手術を安全に受けられる患者さんでは、腎部分切除術と凍結療法のそれぞれの利点や限界を比較して治療を選択します。

局所療法の前後では生検と画像検査が重要

腎部分切除や腎摘除では、手術で取り出した腫瘍を病理検査できます。一方、凍結療法では腫瘍そのものを丸ごと摘出しません。そのため、治療する腫瘍がどのような性質を持っているのかを確認する目的で、治療前に腎腫瘍生検を行う意味が大きくなります。凍結療法を行った後にも、CTやMRIなどで治療した部分を定期的に確認します。

腫瘍を外科的に取り出す治療ではないため、治療部分に腫瘍が残っていないか、その後再び増大していないかを画像で評価する必要があります。残存や再発が疑われた場合には、再度の局所療法や手術などを検討します。

ラジオ波焼灼術や定位放射線治療が検討される場合もある

小径腎腫瘍に対する手術以外の局所療法には、腫瘍に熱を加えるラジオ波焼灼術などがあります。また、海外のガイドラインでは、手術を受けることが難しい患者さんに対する定位放射線治療が選択肢になる場合もあります。ただし、これらの治療が腎部分切除術や凍結療法と同じ位置づけで広く行われているわけではありません。

手術をしない治療があるという理由だけで方法を選ぶのではなく、自分の腫瘍でその治療が適しているのか、どの程度の治療成績が確認されているのか、治療後にどのような経過観察が必要なのかまで確認して選ぶことが大切です。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」European Association of Urology「EAU Guidelines on Renal Cell Carcinoma」

手術後の再発予防

腎細胞がんを手術で完全に切除できた場合でも、すべての患者さんで再発の可能性がなくなるわけではありません。画像検査で確認できるがんを取り切っていても、検査では捉えられない微小ながん細胞が体内に残っている可能性があるためです。

特に、腫瘍が腎臓の外へ広がっていた場合や、リンパ節転移があった場合などでは、手術後の再発リスクが高くなります。こうした再発リスクの高い患者さんでは、手術後にペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)による術後補助療法を検討することがあります。

誰にでも術後の薬物療法を行うわけではない

日本でペムブロリズマブは「腎細胞癌における術後補助療法」として承認されています。ただし、腎細胞がんを手術した患者さん全員に投与する治療ではありません。

承認の根拠となった国際第Ⅲ相KEYNOTE-564試験では、腎摘除術または腎部分切除術を受けた再発リスクの高い淡明細胞型腎細胞がんの患者さんが対象になりました。

KEYNOTE-564で対象となった再発高リスク例

具体的には、pT2でグレード4または肉腫様変化がある場合、pT3~pT4、リンパ節転移がある場合などが含まれています。

また、M1 NED(遠隔転移があったが手術で取りきった状態)として、腎摘除時または腎摘除から1年以内に、孤立した軟部組織転移を原発巣とともに完全切除できた患者さんも対象となりました。KEYNOTE-564では既存の骨転移や脳転移はこのM1 NED集団の対象外でした。

KEYNOTE-564で対象となった主な状態 内容
pT2 Grade 4または肉腫様変化があり、N0・M0
pT3 Gradeを問わず、N0・M0
pT4 Gradeを問わず、N0・M0
リンパ節転移あり TカテゴリーやGradeを問わずN1、M0
M1 NED 腎摘除時または腎摘除から1年以内に、孤立した軟部組織転移を原発巣とともに完全切除し、NEDとなった状態

実際に術後補助療法を行うかどうかは、手術後の病理結果、組織型、再発リスク、全身状態、副作用の可能性などを踏まえて判断します。

ペムブロリズマブを使う目的と投与期間

術後補助療法の目的は、画像で見えているがんを小さくすることではありません。手術後に体内へ残っている可能性のある微小ながん細胞を抑え、将来の再発リスクを下げることが目的です。

KEYNOTE-564試験では、ペムブロリズマブによる術後補助療法によって、プラセボと比較して無病生存期間の改善が確認されました。その後の長期追跡では全生存期間についても改善が示され、2024年に報告された解析では、ペムブロリズマブ群で死亡リスクがプラセボ群より38%低下しました。

ただし、この数字を「ペムブロリズマブを使えば死亡する可能性が38%なくなる」という意味で捉えることはできません。臨床試験の2群を一定期間比較した相対的なリスクの差を示したものです。

KEYNOTE-564と現在の国内投与方法

KEYNOTE-564試験では、ペムブロリズマブ200mgを3週間ごとに最大17サイクル、約1年間投与しました。現在の国内用法では、200mgを3週間間隔または400mgを6週間間隔で投与し、腎細胞がんの術後補助療法における投与期間は最大12カ月です。

ペムブロリズマブは免疫チェックポイント阻害薬で、がん細胞を直接攻撃する抗がん剤とは作用の仕組みが異なります。がんによって抑え込まれている免疫反応を再び働きやすくすることで、がん細胞への免疫反応を高めます。一方で、免疫が正常な臓器まで攻撃する免疫関連有害事象が起こることがあります。甲状腺機能異常、肺炎、大腸炎、肝障害、腎障害、副腎機能低下、1型糖尿病など、影響する臓器はさまざまです。

手術後には画像上がんがない状態で治療を受けるため、再発予防によって得られる利益と、治療を行うことによる副作用の可能性を比較して決める必要があります。

手術後の再発リスクが低い患者さんでは、薬物療法を追加せず、定期的なCTなどで経過を確認することが基本となります。再発リスクが比較的高い場合でも、ペムブロリズマブを必ず使用しなければならないわけではありません。持病や自己免疫疾患、臓器機能、患者さんが副作用をどのように考えるかなどによって、経過観察を選択することもあります。

術後補助療法について説明を受けた場合には、自分がどの病理所見によって再発高リスクと判断されているのか、治療によって期待できる利益と副作用にはどのようなものがあるのかを確認すると、治療を選ぶ理由を理解しやすくなります。

ベルズチファン+ペムブロリズマブは国内申請中

2026年8月21日、HIF-2α阻害薬ベルズチファンとペムブロリズマブの併用療法について、腎摘除術後の腎細胞がんに対する術後補助療法として国内で承認申請が行われました。根拠となったLITESPARK-022試験では、再発リスクが中~高度または高度の淡明細胞型腎細胞がん、あるいはM1 NEDの患者さんが対象となっています。

ただし、2026年9月時点では国内で承認申請中であり、腎細胞がんの術後補助療法として承認されている治療として扱うことはできません。現時点では、ペムブロリズマブ単剤による術後補助療法と区別して考える必要があります。

参考:MSD「キイトルーダ 腎細胞癌に対する術後補助療法としての承認を取得」MSD「KEYNOTE-564試験 長期追跡結果」MSD Connect「KEYNOTE-564試験」米国国立がん研究所「KEYNOTE-564試験」MSD Connect「キイトルーダの用法及び用量」MSD「ベルズチファンとペムブロリズマブ併用療法の国内承認申請」

転移性腎細胞がんの治療

腎細胞がんが肺、骨、肝臓、脳などへ転移している場合や、原発巣を完全に切除することが難しい場合には、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

ただし「ステージ4なら全員同じ薬を使う」というものではありません。腎細胞がんでは、組織型、IMDCリスク分類、転移の場所や量、症状の有無、腫瘍が増える速さ、全身状態、臓器機能などを合わせて治療を選びます。以前に術後ペムブロリズマブを受けたかどうかなど、これまでの治療歴も重要です。

まず淡明細胞型か、それ以外かを確認する

現在の転移性腎細胞がんに対する主要な薬物療法は、最も多い淡明細胞型腎細胞がんを中心に開発されてきました。免疫チェックポイント阻害薬どうしの併用療法や、免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬を組み合わせる治療の多くも、主に淡明細胞型を対象とした大規模臨床試験によって有効性が確認されています。

乳頭状、嫌色素性などの非淡明細胞型でも薬物療法は行いますが、淡明細胞型と全く同じ根拠で治療薬を選べるわけではありません。非淡明細胞型については後の章で分けて説明します。

転移の数や症状も治療選択に関係する

同じ転移性腎細胞がんでも、肺に小さな転移が1つだけある患者さんと、複数の臓器へ短期間で広がって症状が出ている患者さんでは治療の考え方が異なります。転移が限られていて進行が非常に緩やかな場合には、すぐ全身薬物療法を開始せず経過を見ることが適切なケースもあります。

反対に、腫瘍による症状が強い場合や短期間で増大している場合には、腫瘍を早く縮小させることを重視して治療を選ぶことがあります。転移巣が少数で局所治療によってすべて制御できると考えられる場合には、薬物療法だけでなく手術や放射線治療を検討することもあります。

一次治療は、その後の二次治療にも影響する

転移性腎細胞がんでは、最初に行う薬物療法を一次治療と呼びます。一次治療後にがんが進行した場合には二次治療、その後さらに進行すれば三次治療以降を検討します。

現在は一次治療から複数の薬を併用することが多いため、次の治療を選ぶときには「まだ使っていない薬は何か」だけでなく、以前の治療でどの種類の薬を使ったのか、どの程度効果が続いたのか、どのような副作用が出たのかを考える必要があります。転移性腎細胞がんでは最初の治療だけを見るのではなく、その後の治療まで含めた長期的な治療計画を考えることが重要です。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

IMDCリスク分類

転移性腎細胞がんでは、ステージとは別にIMDCリスク分類が使われます。IMDCはInternational Metastatic Renal Cell Carcinoma Database Consortiumの略で、転移性腎細胞がんの予後を予測するためにつくられた分類です。

6つの項目を確認し、該当する項目の数によってFavorable、Intermediate、Poorの3群に分けます。日本語では低リスク、中リスク、高リスクなどと表現されることもあります。

IMDCの6項目 該当する条件
診断から全身薬物療法開始までの期間 1年未満
全身状態(KPS) 80%未満
ヘモグロビン 基準値より低い
補正カルシウム 基準値より高い
好中球数 基準値より高い
血小板数 基準値より高い

6項目のうち該当するものが0個ならFavorable(低リスク)、1~2個ならIntermediate(中リスク)、3個以上ならPoor(高リスク)に分類します。

IMDCはステージとは別の分類

ステージⅣは、がんがどこまで広がっているかをTNM分類によって表したものです。一方、IMDCは、血液検査や全身状態、診断から治療開始までの期間などを使って、転移性腎細胞がんの経過を予測するための分類です。そのため、同じステージⅣでもIMDCが低リスクの患者さんもいれば、中リスクや高リスクの患者さんもいます。

IMDCは薬物療法を選ぶときにも使われる

IMDCはもともと、分子標的薬による治療を受けた患者さんの予後を予測するためにつくられた分類です。その後、免疫チェックポイント阻害薬が治療の中心になった現在でも、一次治療を選ぶ際の重要な判断材料として使われています。

特にニボルマブ+イピリムマブ療法の根拠となったCheckMate 214試験では、主要な有効性評価がIMDCの中リスク/高リスク群を中心に行われました。このため、同併用療法を考える際にはIMDCリスク分類が重要になります。

ただし、IMDCだけを見て治療薬が自動的に決まるわけではありません。腫瘍量、転移部位、症状、年齢、持病、臓器機能、副作用の許容度、患者さんの希望なども合わせて治療を選びます。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

淡明細胞型の一次薬物療法

根治切除不能または転移性の淡明細胞型腎細胞がんでは、現在、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が一次治療の中心となっています。2026年版の日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン」でも、進行淡明細胞型腎細胞がんの一次治療として、免疫チェックポイント阻害薬を含むレジメンを使用することが強く推奨されています。

国内で使用されている主な併用療法には、免疫チェックポイント阻害薬2剤を組み合わせる治療と、免疫チェックポイント阻害薬に分子標的薬を組み合わせる治療があります。

免疫チェックポイント阻害薬2剤を組み合わせる治療

ニボルマブ+イピリムマブ

ニボルマブ(商品名:オプジーボ)とイピリムマブ(商品名:ヤーボイ)は、どちらも免疫チェックポイント阻害薬ですが、作用する場所が異なります。ニボルマブはPD-1、イピリムマブはCTLA-4という免疫を抑える仕組みを阻害し、異なる方向からがんに対する免疫反応を高めます。

この併用療法は、CheckMate 214試験によって進行腎細胞がんに対する有効性が示され、特にIMDC中リスク/高リスク群の患者さんで重要な一次治療となっています。最初の一定期間は2剤を併用し、その後はニボルマブ単剤を継続する方法が基本です。

分子標的薬を同時に使わない点は後述するICI+TKI療法との大きな違いですが、免疫関連有害事象が起こることがあり、複数の臓器に強い炎症が生じた場合にはステロイドなどによる治療が必要になります。

免疫チェックポイント阻害薬+TKI(チロシンキナーゼ阻害薬)

ペムブロリズマブ+アキシチニブ

ペムブロリズマブはPD-1を標的とする免疫チェックポイント阻害薬、アキシチニブ(商品名:インライタ)はVEGFRを標的とするチロシンキナーゼ阻害薬です。がんに対する免疫反応を高める治療と、がんが血管をつくって増殖する仕組みを抑える治療を組み合わせます。

国内でも根治切除不能または転移性の腎細胞がんに対する治療として承認されています。免疫関連有害事象に加えて、アキシチニブによる高血圧、下痢、手足の症状、肝機能異常などにも注意します。

アベルマブ+アキシチニブ

アベルマブ(商品名:バベンチオ)はPD-L1を標的とする免疫チェックポイント阻害薬です。アキシチニブと組み合わせて使用します。この治療は、未治療の進行腎細胞がんを対象としたJAVELIN Renal 101試験をもとに開発され、日本では根治切除不能または転移性腎細胞がんに対する治療として承認されています。

JAVELIN Renal 101試験では、スニチニブ(商品名:スーテント)と比較して無増悪生存期間(PFS)や奏効率(ORR)で有効性が示され、長期追跡でも効果の持続が確認されました。一方、全生存期間(OS)中央値はアベルマブ+アキシチニブ群で数値上長かったものの、統計学的に有意な優越性には達していません。

2026年版日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン」の資料では、このOSに関するエビデンスの違いから、アベルマブ+アキシチニブを他のICI併用療法と同様に扱うかについては議論が必要とされています。なお、進行淡明細胞型腎細胞がんの一次治療としてICIを含む治療計画を使用すること自体は、同ガイドラインで強く推奨されています。

ニボルマブ+カボザンチニブ

ニボルマブと、チロシンキナーゼ阻害薬であるカボザンチニブ(商品名:カボメティクス)を組み合わせる治療です。CheckMate 9ER試験で未治療の進行または転移性腎細胞がんに対する有効性が示され、国内でも併用療法として承認されています。

カボザンチニブでは高血圧、下痢、手足症候群、口内炎、肝機能異常などがみられることがあり、ニボルマブによる免疫関連有害事象と合わせて管理します。

ペムブロリズマブ+レンバチニブ

ペムブロリズマブと、複数のチロシンキナーゼを阻害するレンバチニブ(商品名:レンビマ)を組み合わせます。国際第Ⅲ相CLEAR試験でスニチニブと比較して無増悪生存期間などの改善が示され、国内でも根治切除不能または転移性腎細胞がんに対する併用療法として承認されています。

レンバチニブでは高血圧、下痢、食欲低下、蛋白尿、手足症候群などが起こることがあります。治療効果を維持しながら副作用を抑えるため、症状によって休薬や減量を行うこともあります。

どの併用療法を選ぶか

現在の主要な併用療法は、それぞれ別の臨床試験で従来治療と比較されています。ニボルマブ+イピリムマブとペムブロリズマブ+レンバチニブを直接比較したような試験があるわけではないため、異なる試験の奏効率や無増悪生存期間だけを並べて「この治療が最も優れている」と判断することはできません。

治療を選ぶ際には、IMDCリスクだけでなく、腫瘍を早く縮小させる必要があるか、長期間の効果を期待するか、高血圧や心血管疾患などの持病があるか、免疫関連有害事象のリスクはどうか、内服薬を継続できるかなどを考えます。免疫チェックポイント阻害薬+TKIでは点滴治療と毎日の内服を組み合わせるのに対し、ニボルマブ+イピリムマブは治療開始時に免疫チェックポイント阻害薬2剤を使用するなど、通院や服薬の方法も異なります。

治療成績の数字だけではなく、自分の病状と生活の中で治療を継続できるかという視点も重要です。

分子標的薬単独を検討する場合もある

免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が現在の中心ですが、すべての患者さんが免疫療法を受けられるわけではありません。免疫チェックポイント阻害薬によって悪化する可能性のある自己免疫疾患がある、臓器移植後である、全身状態や持病などから併用療法の負担が大きいといった場合には、分子標的薬単独を検討することがあります。

どの患者さんで単剤治療を選ぶかは病状によって異なるため、「併用療法を受けない=治療効果が期待できない」という意味ではありません。

参考:日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」小野薬品工業「オプジーボとカボメティクス併用療法 国内承認」MSD・エーザイ「レンビマとキイトルーダ併用療法 国内承認」

一次治療後に進行した場合の薬物療法

一次治療によって腎細胞がんが縮小したり、長期間大きくならない状態を保てたりしても、その後再び進行することがあります。この場合には二次治療以降を検討しますが、現在の腎細胞がん治療では、一次治療でどの薬を使ったかによって次の選択肢が変わります。

以前は分子標的薬単独から別の分子標的薬へ切り替える流れが中心でしたが、現在は一次治療で免疫チェックポイント阻害薬+TKI、あるいは免疫チェックポイント阻害薬2剤を使用する患者さんが増えています。

一次治療後は治療歴を踏まえて次の薬を選ぶ

たとえば一次治療で免疫チェックポイント阻害薬とVEGFR-TKIを併用した場合、進行後には別のチロシンキナーゼ阻害薬などを検討します。カボザンチニブ、アキシチニブなどの分子標的薬や、患者さんによってはレンバチニブとエベロリムスの併用などが候補になります。どの順番が最適かは、最初の治療内容、治療効果が続いた期間、副作用、腎機能や肝機能、転移部位などによって異なります。

特に術後補助療法としてペムブロリズマブを使用した後に再発した患者さんでは、再発した時期も重要です。ペムブロリズマブ投与中や終了から短期間で再発した場合と、治療終了後長期間たってから再発した場合では、次の免疫療法をどのように考えるかが異なります。

ベルズチファンという新しい選択肢

2025年6月24日、日本でベルズチファン(商品名:ウェリレグ)が、「がん化学療法後に増悪した根治切除不能又は転移性の腎細胞癌」に対して承認されました。同年8月18日から販売されています。

ベルズチファンは、低酸素誘導因子2α(HIF-2α)を阻害する内服薬です。淡明細胞型腎細胞がんではVHL遺伝子に関わる経路の異常によってHIF-2αが過剰に働き、腫瘍の血管形成や増殖に関係する遺伝子が活性化することがあります。ベルズチファンはこのHIF-2αの働きを抑えることで抗腫瘍効果を示し、従来の免疫チェックポイント阻害薬やVEGFR-TKIとは異なる仕組みで作用します。

国内適応とLITESPARK-005の対象

日本で承認されている効能・効果は「がん化学療法後に増悪した根治切除不能又は転移性の腎細胞癌」です。一方、承認の根拠となった国際第Ⅲ相LITESPARK-005試験では、PD-1またはPD-L1阻害薬とVEGFR-TKIの両方による治療歴がある根治切除不能または転移性の淡明細胞型腎細胞がんの患者さんが対象となりました。

つまり、添付文書上の効能・効果の文章だけを見るのではなく、どのような患者さんを対象とした試験で有効性と安全性が確認された薬なのかを踏まえて使用を判断する必要があります。LITESPARK-005試験では、ベルズチファンはエベロリムスと比較して無増悪生存期間を有意に改善しました。

貧血・低酸素症に注意する

ベルズチファンで特に注意したい副作用が貧血と低酸素症です。LITESPARK-005試験では貧血が多くみられたほか、血液中の酸素が不足する低酸素症も報告されています。息切れ、強いだるさ、動悸、めまいなどの症状が出た場合には、治療中のがんによる症状と自己判断せず、血液検査や酸素飽和度などを確認する必要があります。副作用の程度によっては休薬や減量、酸素投与などが必要になる場合があります。

ベルズチファン+レンバチニブは2026年9月時点では国内申請中

2026年3月27日、がん化学療法後に増悪した根治切除不能または転移性腎細胞がんに対して、レンバチニブとベルズチファンを組み合わせる治療の国内追加申請が行われました。この併用療法は、すでに日本で承認されているベルズチファン単剤とは別の治療です。

2026年9月時点ではベルズチファン+レンバチニブは国内で申請段階であり、承認済みの標準治療ではありません。 腎細胞がんでは新しい薬や組み合わせの開発が続いているため、二次治療以降を検討するときには、以前の治療歴とともに、その時点で国内承認されている治療を確認することが重要です。

参考:MSD「ウェリレグ 国内製造販売承認を取得」MSD「ウェリレグ 新発売のお知らせ」MSD・エーザイ「レンビマとウェリレグ併用療法 国内追加申請」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

非淡明細胞型腎細胞がんの治療

腎細胞がんの7~8割を占める淡明細胞型以外の組織型は、まとめて非淡明細胞型腎細胞がんと呼ばれることがあります。代表的なものには、乳頭状腎細胞がんや嫌色素性腎細胞がんなどがあります。

腎臓内にとどまり手術で切除できる場合には、非淡明細胞型でも手術が治療の中心です。一方、根治切除不能または転移性になった場合には、淡明細胞型と同じ治療成績をそのまま当てはめることはできません。

淡明細胞型を対象とした臨床試験が多い

現在の転移性腎細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用など複数の一次治療があります。しかし、これらの治療を確立した大規模な臨床試験の多くは、主として淡明細胞型腎細胞がんを対象に行われてきました。

非淡明細胞型は腎細胞がん全体に占める割合が少ないうえ、乳頭状、嫌色素性など性質の異なる複数の病気が含まれます。そのため、非淡明細胞型全体を1つの病気として「この薬が最もよい」と決めることが難しく、組織型ごとの情報を確認しながら治療を選びます。

乳頭状腎細胞がんでは組織型を踏まえて薬を選ぶ

乳頭状腎細胞がんは、非淡明細胞型の中では比較的多い組織型です。進行・転移性では分子標的薬などを使用し、病状によって免疫チェックポイント阻害薬を含む治療や臨床試験を検討することもあります。

海外では乳頭状腎細胞がんを対象としてカボザンチニブなどの治療成績も検討されており、淡明細胞型とは別のエビデンスをもとに治療を考える必要があります。

嫌色素性腎細胞がんなどはさらにデータが限られる

嫌色素性腎細胞がんをはじめとするまれな組織型では、大規模な比較試験のデータがさらに少なくなります。非淡明細胞型と診断された場合には「腎細胞がんだから淡明細胞型と同じ治療」と考えるのではなく、具体的な組織型を確認することが大切です。

標準的な治療だけでなく、その組織型を対象とする臨床試験への参加が選択肢になる場合もあります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

転移があっても手術や放射線治療を行うことがある

腎細胞がんで遠隔転移が見つかると、「もう手術はできない」と考えるかもしれません。しかし、転移がある患者さんの一部では、腎臓の原発巣を摘出したり、転移巣を手術や放射線治療で治療したりすることがあります。

一方で、転移があるからといって原発巣の腎臓を必ず摘出するわけでもありません。現在は薬物療法の選択肢が増えているため、先に全身薬物療法を行った方がよい患者さんもいます。

転移性でも原発巣の腎摘除を検討する場合がある

転移性腎細胞がんで原発巣の腎臓を摘出することを細胞減量腎摘除術と呼びます。以前は転移性腎細胞がんでも原発巣を先に摘出することが広く行われていましたが、薬物療法が進歩した現在は、すべての患者さんに一律に行う治療ではありません。

原発巣による出血や痛みなどの症状、全身状態、IMDCリスク、転移の量や部位、がんの進行速度、薬物療法への反応などを考えて手術の時期や必要性を判断します。転移量が多く病気の進行が速い患者さんでは、腎摘除を先に行うことで薬物療法の開始が遅れることが不利益になる場合もあります。

転移巣が少ない場合には局所治療を検討することがある

転移が肺などの限られた場所に少数だけ存在し、手術や放射線治療によってすべての転移巣を治療できると考えられる場合には、転移巣への局所療法を検討することがあります。

2026年版の日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン」でも、局所療法によって転移巣全体を制御できる場合には、転移巣に対する局所療法が治療選択肢として弱く推奨されています。

ただし、どの患者さんでも転移巣を切除すれば長期生存できると証明されているわけではありません。転移の数、発生した時期、部位、原発巣の状態、薬物療法の効果などを踏まえて患者さんを選択します。

骨転移や脳転移では放射線治療を行うことがある

腎細胞がんでは、骨や脳へ転移することがあります。骨転移によって痛みがある場合には、放射線治療によって痛みを和らげたり、腫瘍の進行を抑えたりすることがあります。

骨が弱くなって骨折の危険が高い場合や、脊椎への転移で脊髄が圧迫される危険がある場合には、整形外科的な治療を含めて検討します。脳転移では、転移巣の数や大きさ、位置などに応じて定位放射線治療や手術などを検討することがあります。

腎細胞がんの原発巣そのものに放射線治療を行うことは手術ほど一般的ではありませんが、転移巣の制御や症状の緩和では重要な役割があります。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」

VHL病など遺伝性腎細胞がん

腎細胞がんの多くは遺伝性ではありませんが、一部には生まれつき持っている遺伝子の変化が発症に関係する遺伝性腎がん症候群があります。代表的なものがフォン・ヒッペル・リンドウ病(VHL病)です。ただし、遺伝性腎細胞がんにはVHL病以外の病気もあります。

VHL病では複数の臓器に腫瘍ができることがある

VHL病はVHL遺伝子の変化によって発症する遺伝性の病気です。腎細胞がんのほか、中枢神経系の血管芽腫、網膜血管腫、褐色細胞腫・パラガングリオーマ、膵神経内分泌腫瘍など、複数の臓器に腫瘍が発生することがあります。

腎臓では左右両方に腫瘍ができたり、1つの腎臓に複数の腫瘍が発生したりすることがあります。そのため、腫瘍を治療するたびに腎臓を大きく切除すると、生涯を通じた腎機能に影響する可能性があります。

遺伝性を疑う特徴と遺伝カウンセリング

腎細胞がんになったからといって、全員が遺伝学的検査を受けるわけではありません。比較的若い年齢で発症した、左右両方の腎臓に腫瘍がある、同じ腎臓に複数の腫瘍がある、血縁者にも腎細胞がんや関連する腫瘍がみられるなどの場合には、遺伝性腎がん症候群の可能性について詳しく調べることがあります。

遺伝性腎がん症候群にはVHL病以外にも複数の種類があり、原因となる遺伝子や発生しやすい腫瘍が異なります。遺伝学的検査の結果は、患者さん本人だけでなく血縁者にも関係する可能性があります。そのため、検査を受けるかどうかを考える際には、検査で何が分かるのか、結果が自分や家族の健康管理にどう影響するのかを理解しておくことが大切です。国立がん研究センターでも、遺伝性疾患が気になる場合には遺伝医学の専門家がいる施設で遺伝カウンセリングを受けることを勧めています。

VHL病関連腫瘍ではベルズチファンを検討できる場合がある

2025年6月、日本でベルズチファン(商品名:ウェリレグ)がVHL病関連腫瘍に対して承認されました。VHL病では腫瘍が多発し、生涯に何度も手術が必要になることがあります。ベルズチファンはHIF-2αを阻害する内服薬で、VHL病に対する国内初の全身薬物療法です。

ただし、VHL病と診断された患者さん全員がすぐベルズチファンを使用するわけではありません。腫瘍の種類、大きさ、症状、手術が必要な時期などを考えて治療を選びます。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 予防・検診」MSD「ウェリレグ 国内製造販売承認を取得」

腎細胞がん治療の副作用と治療後の生活

腎細胞がんの治療では、手術、免疫チェックポイント阻害薬、チロシンキナーゼ阻害薬、ベルズチファンなど、治療方法によって注意する副作用が大きく異なります。副作用が起こった場合でも、すぐに治療を完全に中止するとは限りません。休薬、薬の減量、副作用に対する治療などを行いながら継続できる場合があります。

腎摘除後は残った腎臓の機能を確認する

片方の腎臓を摘出した後でも、残った腎臓が十分に働いていれば、多くの患者さんは透析を受けずに生活できます。一方、もともと腎機能が低下している患者さんや、高血圧、糖尿病などがある患者さんでは、手術後の腎機能を継続して確認することが重要です。

血液検査でクレアチニンやeGFRなどを確認し、血圧や糖尿病を適切に管理します。市販薬やサプリメントの中にも腎機能へ影響するものがあるため、腎機能が低下している場合には自己判断で使用せず医師や薬剤師に相談します。

分子標的薬では高血圧・下痢・手足症候群などに注意する

アキシチニブ、カボザンチニブ、レンバチニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬では、高血圧、下痢、食欲低下、口内炎、疲労、蛋白尿などが起こることがあります。手のひらや足の裏に赤み、腫れ、痛みなどが出る手足症候群が問題になる場合もあります。

高血圧は自覚症状がないまま進むこともあるため、治療中には家庭で血圧を測るよう勧められることがあります。副作用を我慢して薬を飲み続けるより、早い段階で相談して休薬や減量を行った方が長く治療を続けられる場合があります。

免疫チェックポイント阻害薬では症状が出る臓器が多岐にわたる

ニボルマブ、ペムブロリズマブ、アベルマブ、イピリムマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、免疫が正常な臓器まで攻撃する免疫関連有害事象が起こることがあります。肺炎、大腸炎、肝障害、甲状腺機能異常、副腎機能低下、下垂体機能低下、腎障害、皮膚障害、1型糖尿病など、症状が出る臓器はさまざまです。

治療中の発熱、息苦しさ、強い下痢、急な倦怠感などを「がんだから仕方がない」と考えず、普段と異なる症状があれば医療機関へ伝えることが重要です。治療終了後しばらくしてから免疫関連有害事象が現れる場合もあります。

ベルズチファンでは貧血・低酸素症を確認する

ベルズチファンでは、貧血と低酸素症が特に重要な副作用です。治療中には血液検査でヘモグロビン値を確認し、必要に応じて酸素飽和度も測定します。息切れ、動悸、めまい、強い疲労感などがある場合には、がんの進行による症状なのか副作用なのかを含めて評価します。

仕事や日常生活は治療方法に合わせて調整する

腎部分切除や腎摘除の後は、体力が戻るまで無理な運動や重い物を持つ作業を控える必要があります。仕事へ戻る時期は、手術方法、仕事内容、術後経過などによって異なります。

薬物療法では治療を数カ月から数年続けることもあるため「副作用をゼロにする」ことだけではなく、仕事、食事、睡眠、外出などの日常生活と治療を両立できる程度に副作用を管理することも大切です。

特定の食品を食べれば腎細胞がんが治るという根拠はなく、厳しい食事制限を自己判断で始める必要もありません。ただし、腎機能、高血圧、糖尿病などによって食事上の注意が必要な場合には、病状に合わせて医師や管理栄養士と相談します。

緩和ケア・支持療法はがん治療と並行して受けられる

緩和ケアは、抗がん治療ができなくなった段階だけに行う医療ではありません。腎細胞がんと診断された時点から、痛み、息苦しさ、だるさ、不眠、不安などのつらさに対する支援を受けることができます。転移性腎細胞がんでも薬物療法と緩和ケアを並行して受けることができます。副作用やがんによる症状を適切に抑えることは、生活の質を保つだけでなく、治療を継続するうえでも重要です。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」MSD「ウェリレグ 国内製造販売承認を取得」

腎細胞がんの再発と経過観察

腎細胞がんを手術で切除した後も、再発がないかを確認するために定期的な経過観察を行います。検査の頻度や内容は全員同じではなく、手術時のステージ、病理結果、再発リスク、治療方法、腎機能などによって異なります。

CTなどで再発・転移を確認する

治療後は、CT、MRI、超音波検査などを病状に応じて行います。血液検査では腎機能や全身状態なども確認します。手術後の再発リスクが高い患者さんでは、再発リスクが低い患者さんよりも画像検査を詳しく行うことがあります。

検査間隔は「腎細胞がんなら○カ月に1回」と一律ではないため、自分の場合はいつまで、どの程度の間隔で検査を続ける予定なのかを担当医に確認しておくとよいでしょう。

肺・骨・リンパ節などに再発することがある

腎細胞がんでは肺、骨、リンパ節、肝臓、脳などへ転移することがあります。

再発した場合も、すぐに全身薬物療法だけを行うとは限りません。再発が1カ所や少数に限られている場合には、手術や放射線治療などの局所療法を検討できることがあります。反対に複数の臓器へ再発している場合には、組織型やIMDCリスク、以前の治療歴などを踏まえて全身薬物療法を選びます。

長期間たってから再発する場合もある

腎細胞がんには、手術から長い期間が経過した後に再発することがあります。国立がん研究センターでは、治療後10年以上経過してから再発することもあると説明しています。

定期通院が終了した後も健康管理を続け、原因の分からない症状が続く場合には、過去に腎細胞がんの治療を受けたことを医療機関へ伝えることが大切です。

定期検査まで症状を我慢する必要はない

経過観察中に血尿、長く続く咳、骨の痛み、原因の分からない体重減少、頭痛や神経症状などが現れた場合には、次回の定期検査まで待つ必要はありません。これらの症状があっても再発とは限りませんが、必要に応じて予定より早く検査を行います。

参考:国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 療養」

腎臓がんのステージ別生存率・予後

腎細胞がんの予後は、診断時のステージによって大きく異なります。ただし、生存率を見る際には、どの病気を集計した数字なのかを確認する必要があります。

国立がん研究センターの全国がん登録で使われている「腎・尿路(膀胱除く)」という統計区分には、腎細胞がんだけでなく腎盂・尿管などのがんも含まれるため、この数字をそのまま「腎細胞がんの生存率」とすることはできません。

腎がんの病期別5年ネット・サバイバル

国立がん研究センターの院内がん登録では、「腎がん(腎癌)」について2014~2015年診断例の5年生存率が公開されています。

病期 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 94.9%
Ⅱ期 87.9%
Ⅲ期 76.5%
Ⅳ期 18.7%

ネット・サバイバルは、がん以外の死因による影響をできるだけ取り除き「がんだけが死亡に影響すると仮定した場合」の生存率を推計する方法です。

Ⅰ期では5年ネット・サバイバルが90%を超える一方、Ⅳ期では大きく低下しています。これは、腎臓内に限局している段階では手術によって根治を目指しやすいのに対し、遠隔転移がある場合には全身のがんを長期間制御する必要があるためです。

全国がん登録の最新統計は「腎・尿路(膀胱除く)」

国立がん研究センターでは、2026年7月に全国がん登録による生存率データを2018年診断例へ更新しています。ただし、そこで掲載される統計区分は「腎・尿路(膀胱除く)」です。

腎細胞がんだけを対象とする数字ではないため、本記事では腎細胞がんのステージ別生存率とはしていません。同じ理由から、「腎・尿路(膀胱除く)」全体の生存率と、腎細胞がんの患者さん個人の予後を直接結びつけないことが重要です。

現在の転移性腎細胞がん治療は生存率集計後も進歩している

上の病期別データは2014~2015年に診断された患者さんの治療成績です。その後、ニボルマブ+イピリムマブ、ペムブロリズマブ+アキシチニブ、ニボルマブ+カボザンチニブ、ペムブロリズマブ+レンバチニブなどの免疫療法を含む併用療法が導入され、2025年にはベルズチファンも国内承認されました。特にⅣ期については、過去の生存率だけを見て現在治療を受ける患者さんの経過を決めつけることはできません。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

同じステージでも、年齢、全身状態、組織型、転移の部位や量、IMDCリスク、薬物療法への反応などによって経過は異なります。たとえばステージⅣでも、少数の転移だけを局所治療できる患者さんと、短期間に複数臓器へ進行する患者さんでは状況が違います。

5年生存率が18.7%だから「5年後に自分が生きている確率が18.7%」とそのまま読み替えるものではありません。集団の治療成績を理解するための統計として受け止め、個人の見通しについては現在の病状や治療への反応を踏まえて担当医と確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 腎がん」国立がん研究センター「腎・尿路(膀胱除く)」国立がん研究センター「がん種別統計情報」

腎細胞がんの治療を選ぶときに確認したいこと

腎細胞がんでは、腫瘍の大きさだけでなく、腫瘍の位置、腎機能、組織型、再発リスク、転移の状態、これまでに使用した薬などによって治療が分かれます。治療方針の説明を受ける際には、次のような点を整理すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
腎細胞がんか腎盂がんか 発生する組織が異なり、手術や薬物療法の考え方も異なる
腫瘍の大きさと位置 部分切除の可否や手術の難易度、監視療法・局所療法の適応に関係する
臨床ステージ 手術で根治を目指せるか、全身薬物療法が必要かを考える基本になる
腎静脈・下大静脈への進展 Tカテゴリーや手術の規模に大きく影響する
反対側を含めた腎機能 腎部分切除によって腎機能を温存する必要性を考える材料になる
腎腫瘍生検が必要か 監視療法や局所療法を含め、生検結果によって治療方針が変わるかを確認する
監視療法が選べるか 小径腎腫瘍では、患者の状態によってすぐ治療しない選択肢もある
病理組織型 淡明細胞型と非淡明細胞型では、特に進行例の薬物療法の根拠が異なる
術後の再発リスク 術後ペムブロリズマブを検討するか、経過観察とするかに関係する
転移の数・部位・症状 全身薬物療法だけでなく、転移巣への手術や放射線治療を検討できるかに関係する
IMDCリスク分類 転移性腎細胞がんの予後や一次薬物療法を考える重要な指標になる
これまでに使用した薬 二次治療以降ではPD-1/PD-L1阻害薬、VEGFR-TKIなどの治療歴が次の薬の選択に関係する
遺伝性を疑う特徴があるか 若年発症、両側、多発、家族歴などがある場合には遺伝カウンセリングを検討することがある

この表は診療ガイドラインなどをもとに、患者さんが治療方針を理解するために整理したものです。公式ガイドラインに同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

すべてを一度に確認する必要はありませんが、「なぜ腎臓を全部取るのか」「なぜ手術をせず経過を見るのか」「なぜこの薬の組み合わせを使うのか」と疑問に感じたときには、その判断に関係する項目を担当医に確認すると治療方針を理解しやすくなります。

参考:日本泌尿器科学会「腎癌診療ガイドライン2026年版 補遺」国立がん研究センター「腎臓がん(腎細胞がん) 治療」

まとめ

腎臓がんの中心となる腎細胞がんは、初期には症状がほとんどなく、健康診断やほかの病気で受けた画像検査から偶然見つかることがあります。血尿、脇腹の痛みなどが現れる場合もありますが、症状の有無だけで病気の進行度を判断することはできません。

小さな腎腫瘍が見つかった場合には、腎臓を1つ摘出する手術だけが選択肢ではありません。腫瘍の大きさや位置、腎機能などによって腎部分切除術を検討し、高齢や持病などの条件によっては監視療法や凍結療法を選ぶ場合もあります。腎細胞がんでは、がんを適切に治療するとともに、将来の腎機能をどこまで残せるかを考えることが重要です。

手術後も再発リスクが高い患者さんではペムブロリズマブによる術後補助療法を検討します。転移性腎細胞がんでは、淡明細胞型か非淡明細胞型か、IMDCリスク、転移の部位や量、症状などを確認し、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を組み合わせた治療を選びます。一次治療後に進行した場合には、それまでに使用した薬も次の治療を決める重要な情報になります。

治療薬は現在も増えており、2025年には新しい作用機序を持つベルズチファンが国内承認されました。一方、臨床試験で良好な結果が出ていても国内ではまだ申請段階の治療もあります。新しい治療について知った場合には、自分の病状に適しているかだけでなく、現在日本で承認されている治療なのかも確認する必要があります。

腎細胞がんでは、同じステージでも治療方法や病気の経過は一人ひとり異なります。治療を選ぶ際には、ステージだけを見るのではなく、腫瘍の位置、腎機能、組織型、再発リスク、IMDCリスク、転移の状態、これまでの治療歴まで含めて、自分にその治療が勧められている理由を確認することが大切です。

肝内胆管がんは、肝臓の中を走る胆管の細胞から発生するがんで、原発性肝がんの10~20%を占めます。肝細胞がんとは性質も治療法も異なる疾患です。初期にはほとんど症状が出ませんが、進行すると腹痛、体重減少、食欲不振、倦怠感、発熱などが現れ、胆管が詰まると黄疸が出ることもあります。手術で取りきれても再発率が50~60%と高く、難治性のがんとして知られています。

本ページでは、肝内胆管がんの特徴や原因、症状、診断(画像検査・病理検査)、そして治療の選択肢についてわかりやすく解説します。治療を検討されている方やご家族が、いまの状況に合う選択肢を整理し、納得のいく方針を考えるための一助となれば幸いです。

  • 原発性肝がんの10~20%を占め、肝細胞がんとは別の疾患
  • 早期には症状が出にくく、発見が遅れやすい
  • 手術後の再発率が50~60%と高い難治性のがん

肝内胆管がんとは

肝臓にできるがんは、大きく2つに分けられます。

肝臓の細胞そのものから生じる「肝細胞がん」と、肝臓の中を走る胆管から生じる「肝内胆管がん」です。同じ「原発性の肝臓のがん」でありながら、この2つは性質も治療法も異なります。

胆管は、肝臓で作られた胆汁を十二指腸へ送り届ける管です。この胆管の細胞ががん化したものが胆管がんです。そのうち肝臓の内部にある胆管から発生したものを、肝内胆管がんと呼びます。

肝内胆管がんは、原発性肝がんのなかで肝細胞がんに次いで多く、原発性肝がんの10~20%を占めると報告されています。また、世界的に増加傾向にあることも知られています。

このがんの大きな特徴は、難治性であることです。早期には症状が出にくく発見が遅れがちなうえ、手術で取りきれても再発しやすい性質を持ちます。肝内胆管がんは、手術後の再発率が50~60%と高く、5年生存率は約30%にとどまると報告されており、数ある固形がんの中でも、治療の難しいがんと考えられています。

肝内胆管がんの原因

肝内胆管がんは、胆管の細胞に遺伝子の異常が積み重なって発生します。

代表的な遺伝子変異は、増殖のアクセルを踏み込む「KRAS」の変異、細胞の性質を制御する「IDH1」の変異、増殖の信号を送る「FGFR2」の異常などです。

そして、その中で重要な役割を果たす遺伝子の1つが、がん細胞の暴走を食い止める「ブレーキ役」であるがん抑制遺伝子「p53(TP53)」です。p53はDNAに傷がついた細胞を修復させ、修復できないものは自然死(アポトーシス)へと導きます。p53が壊れると、傷ついた細胞が排除されずに生き残ってしまいます。

肝内胆管がんでは、このp53変異が高い割合で起こります。TP53変異は特にアジア人では38%と、非アジア人(6%)より高頻度であることが報告されています。さらに、KRASとTP53の両方に変異を持つ患者様は、そうでない患者様に比べてがんがかなり増悪しやすいと報告されています。両方とも変異がない患者様は平均で18ヶ月増悪しないのに対して、両方とも変異がある患者様は1.4ヶ月で増悪してしまうと言われています。

つまりがんのアクセルが踏み込まれているだけでなく、ブレーキまで故障してしまう場合があり、それが治療の難しさに繋がっています。

肝内胆管がんの診断

「(無)症状」から「確定診断」まで

肝内胆管がんは、初期にはほとんど症状が出ません。進行してくると、腹痛、体重減少、食欲不振、倦怠感、発熱などが現れます。胆管が詰まると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、皮膚のかゆみ、白っぽい便などのサインが出ることもあります。ただ、これらの症状が出た時点では、すでに進行していることが少なくありません。

異常が疑われた場合、まず腹部超音波検査やCT検査、MRI検査といった画像検査で腫瘍の位置や広がりを調べます。血液検査では、腫瘍マーカーであるCA19-9やCEAの値も参考にされます。確定診断のためには、針を刺してがん組織の一部を採取する生検を行い、顕微鏡で調べる病理検査でがんの種類を確認します。

肝細胞がんとの見分けが重要になる点も、このがんの診断の特徴です。2つのがんで治療方針がまったく異なるため、画像所見と病理所見を組み合わせて慎重に診断します。

ステージ(病期)の確定

肝内胆管がんのステージは、腫瘍の大きさや数、血管への広がり(T)、リンパ節転移(N)、他の臓器への遠隔転移(M)を組み合わせて、Ⅰ期~Ⅳ期に分類されます。診断時にすでに進行した状態で見つかることも多く、病期が予後を大きく左右します。

肝内胆管がんの一般的な治療法

肝内胆管がんの治療法は、がんを取りきれるかどうかで大きく変わります。

がんが肝臓の一部にとどまり、切除可能と判断された場合は、手術(肝切除)が唯一の根治を目指せる治療です。手術ではがんのある部分を含めて肝臓を切除します。ただし、肝内胆管がんは診断時にすでに進行していることが多く、手術ができるのは全体の一部にとどまります。

手術ができない場合や、再発・転移をきたした場合は、薬物療法が治療の中心になります。

長らくゲムシタビンとシスプラチンという2種類の抗がん剤の組み合わせが標準でしたが、近年はこれに免疫チェックポイント阻害薬であるデュルバルマブを加える治療が標準となりました。また、FGFR2やIDH1といった特定の遺伝子異常を持つ場合には、それを狙う分子標的薬が使えることもあります。放射線療法が、症状の緩和や局所のコントロールを目的として用いられることもあります。

肝内胆管がんにおける保険診療の限界

肝内胆管がんは、治療の選択肢が広がってきたとはいえ、保険診療にはいくつもの壁があります。

手術ができる患者様が限られる

最大の問題は、根治を目指せる手術の対象となる患者様が限られていることです。前述のとおり、早期には症状が出にくいため、診断された時点ですでに進行しており、手術ができないことも少なくありません。

手術後の高い再発率

手術で切除できたとしても、肝内胆管がんは再発しやすい疾患です。根治切除を行っても、再発率は50~60%程度あると報告されています。手術という最大の手立てを尽くしてもなお、半分以上の患者様は再発のリスクが残るということです。

薬物療法の効果が限定的

手術ができない場合の薬物療法も、その効果は十分とはいえません。免疫チェックポイント阻害薬を加えた現在の標準治療をもってしても、進行例では効果が長続きしないことが多いのが実情です。

実際、免疫療法を含む標準治療を受けた進行例でも、無増悪生存期間の中央値は7.8か月にとどまるという報告があります。さらに、TP53変異を持つ患者様では、この免疫療法を含む治療が効果を発揮しにくいことも分かってきています。

化学療法に伴う「きつい」副作用

抗がん剤では、吐き気、強い倦怠感、食欲不振、脱毛、骨髄抑制による感染症リスクなどが起こりえます。肝臓の機能が低下している患者様では、使える薬の量や種類が制限されることもあります。長期にわたる治療のなかで、身体的・精神的な負担から治療の継続が難しくなり、生活の質(QOL)が損なわれるリスクがあります。

肝内胆管がんで重要な新しい治療の考え方

ここまで述べたように、肝内胆管がんは手術ができる患者様が限られ、再発しやすく、薬物療法の効果も限定的という、数々の課題を抱えています。がん中央クリニックグループでは、こうした課題に対して、標準治療とは作用の仕方が異なる治療を選択肢としてご提案しています。

分子レベルの異常にアプローチする「核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)」

がんの発生や進行に関わる分子レベルの異常へ直接働きかける「核酸医薬」は、世界的に研究と臨床応用が進んでいます。当グループでは治療選択肢として、「アプタマー」「miR-34a mimic」といった核酸医薬を取り入れた治療を提供しております。

アプタマー核酸医薬」は、がん細胞に特有の異常なタンパク質にピンポイントで結合し、その働きをブロックすることで、がんの増殖抑制や死滅を狙う治療薬です。一方で「miR-34a mimic核酸医薬」は、がん化によって失われてしまった「体が本来持っているがんを抑制する力」を補い、がんの成長を止め、自然な細胞死(アポトーシス)を促す治療薬です。

肝内胆管がんでは、p53の変異がアジア人で38%と特に多いです。miR-34a mimicは、miR-34aと同じ働きをする分子を外部から補充することで、p53というブレーキが壊れた細胞に対しても、その先の経路から直接ブレーキをかけ直すことを狙います。故障したブレーキの側から攻めるという発想です。

がん中央クリニックグループでは、がん種ごとに標的となる遺伝子を指定して核酸医薬を設計し、患者様一人ひとりの状態に合わせた治療をご提案しています。複数の核酸医薬を組み合わせて使い分けられる点も、特徴のひとつです。

免疫の「盾」を外す「ハイブリッド免疫療法」

ハイブリッド免疫療法は、がん細胞が免疫の攻撃から逃れるために使う「盾」、すなわち免疫ブロックタンパク質「PD-L1」を標的とする治療です。

肝内胆管がんの治療では、標準治療にて免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体)が使われています。しかし副作用の問題や患者様の体の状態などにより使用されない場合があります。

当グループのハイブリッド免疫療法は、このPD-L1を内側と外側の両方から無力化する、標準の抗PD-L1抗体とは異なるアプローチをとります。

まず、がん細胞の表面に出ているPD-L1に結合し、免疫の攻撃を妨げる「盾」を取り払います。さらに、がん細胞の中に入り込んで、これから作られるPD-L1の設計図(mRNA)を分解し、新たな「盾」が生まれるのを防ぎます。表面の盾を外すだけでなく、盾そのものがつくられるのを元から抑えることで、攻撃を逃れる術を失ったがん細胞を、患者様ご自身の免疫細胞が敵として認識し、攻撃できるようになるという仕組みです。

光でがんを狙い撃つ「がん光免疫療法」

がん光免疫療法は、光に反応する薬(光感受性物質)を点滴で投与し、そこに特定の波長のレーザー光を当ててがん細胞を破壊する治療です。光線力学的療法(PDT)の一種で、日本でも一部のがんでは1990年代から保険診療として用いられてきました。

仕組みは大きく2つあります。ひとつは「狙い撃ち」です。光感受性物質はがん細胞に集まる性質があり、そこへレーザーを当てると薬が反応してがん細胞を内側から傷つけます。使うレーザーは手をかざしても熱くない弱い光で、重要なのは熱ではなく薬を反応させる「波長」です。薬が集まっていない正常細胞は、光が当たっても反応しません。

もうひとつは「免疫の活性化」です。壊れたがん細胞から出る目印を免疫細胞が取り込むことで、離れた場所にある転移巣への攻撃力も高まると期待されます。

肝内胆管がんでこの治療を検討する際に重要なのが、がんのできた場所です。レーザー光を病巣に届ける必要があるため、光を照射できる位置にあるがんが対象になります。

肝内胆管がんは発生部位に幅があり、体表から光を届けられる場合には、選択肢となり得ます。がんの位置や広がりを踏まえて、適応となるかを個別に判断します。

当グループの診療・治療をおすすめする患者様

当グループで実施可能な治療法は、ほとんどの患者様にご検討いただけます。以下では、どのような患者様に効果が期待できるのかを解説します。ご自身の状況に照らし合わせてご検討ください。

治療方法がない、標準治療では治療困難な患者様へ

肝内胆管がんでは、手術ができない、薬物療法の効果が乏しいなどの理由から、保険診療の選択肢が行き詰まることがあります。特に、標準的な治療を使い切って次の手立てが見つからない患者様は少なくありません。

そうした場合でも、核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、ハイブリッド免疫療法、がん光免疫療法は、標準治療とは異なるアプローチで治療を提供できます。これらは目立った副作用が起こりにくく体への負担が少ないため、「体力がないため抗がん剤はできません」などと説明された方にも、1つの治療の選択肢となり得ます。

また、まだ体力があるのに選択肢がなくなり、緩和治療を勧められている方にとっても、新たな選択肢として検討いただけます。

なお、がん光免疫療法については、レーザー光を届けられる位置にがんがあるかどうかで適応が変わります。がんのできた場所や広がりを踏まえて、個別に判断いたします。

保険診療(標準治療)との併用で相乗効果が期待

核酸医薬、ハイブリッド免疫療法、がん光免疫療法は、化学療法や標準の免疫療法と併用でき、相乗効果が期待できます。

化学療法や分子標的薬がすでに存在するタンパク質やシグナルに作用するのに対し、核酸医薬はそれらが作られる前の遺伝子レベルに作用します。ハイブリッド免疫療法は、標準の抗PD-L1抗体とは異なる仕組みでPD-L1を攻撃します。がん光免疫療法は、光でがん細胞を局所的に破壊しつつ、免疫の活性化も促します。それぞれ攻撃するポイントや仕組みが異なるため、標準治療と組み合わせることでより高い効果が期待できると考えています。

このように、肝内胆管がんの完治を目指すには、複数の治療法を組み合わせることが重要と考えています。標準治療を受けている患者様にとっても、これらの併用は選択肢のひとつとして検討可能です。

再発を抑制・防止するために手術前後の患者様

前述のとおり、肝内胆管がんは手術で取りきれても半数以上が再発する疾患です。また抗がん剤には副作用があるため、肝機能に不安のある患者様や体力に不安のある高齢の患者様には、術後の抗がん剤治療が難しいこともあります。

こうした背景から、手術前後に核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、ハイブリッド免疫療法、がん光免疫療法を併用することは、再発リスクを下げるひとつの選択肢として検討いただけます。

副作用が不安な患者様

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、ハイブリッド免疫療法、がん光免疫療法は、目立った副作用が起こりにくい治療です。化学療法で起きやすい嘔気、食欲不振、倦怠感、脱毛、貧血、命に関わる副作用などはほとんど起こりません。核酸医薬の副作用としては、一時的な微熱、頭痛、アレルギー反応(0.3%以下)などが挙げられます。ハイブリッド免疫療法では治療部位の反応などが、がん光免疫療法では治療後しばらく直射日光を避ける必要がある光線過敏や、照射部位の反応などが見られることがあります。

解熱鎮痛剤など薬物を使う場合もありますが、自然と改善する副作用が大半で、治療の継続に支障をきたすことはありません。「体力面や仕事面で副作用の不安がある」「標準治療を続けながら副作用をできるかぎり抑えたい」という方にも受けていただける治療です。

肝内胆管がんの完治を目指して、保険診療と患者様に合った治療を組み合わせる

肝内胆管がんは、手術ができる患者様が限られ、再発しやすいという壁が立ちはだかる難治性の疾患です。しかし、適切に治療を行えば完治を目指せる疾患でもあります。

発症要因にp53をはじめとする遺伝子異常があるため、保険診療と核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、ハイブリッド免疫療法、がん光免疫療法などを組み合わせる集学的治療が有効な選択肢となります。保険診療だけではカバーしきれない場合でも、これらの治療によって腫瘍縮小効果や再発抑制効果が期待できます。

がん中央クリニックグループでは、こうした「アプタマー核酸医薬」「miR-34a mimic 核酸医薬」や「がん光免疫療法」をはじめ、患者様1人ひとりに合ったがん治療をご提案いたします。肝内胆管がんの患者様は、どのような状況の場合でも是非お気軽にご相談ください。

膀胱がんは、尿をためる膀胱にできるがんです。代表的な症状は血尿で、痛みを伴わず、赤や茶色の尿が出たあとにいったん元の色へ戻ることもあります。「一度だけだったから大丈夫」と思っている間に、検査が遅れてしまうケースも考えられます。

国立がん研究センターの最新統計では、日本で2023年に膀胱がんと診断された人は23,970人、2024年に膀胱がんで亡くなった人は9,725人でした。男性の罹患数は17,901人、女性は6,069人で、男性に多くみられるがんです。

膀胱がんの治療を理解するとき、「ステージはいくつか」だけを見ても十分ではありません。

膀胱の内側にとどまっているのか、壁の筋肉まで入り込んでいるのかによって治療が大きく変わります。筋層まで達していない筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)でも、再発・進展の危険性が低いものから、BCG膀胱内注入療法や膀胱全摘除術まで検討するものまで幅があります。

治療を考える流れは、大きく次のように整理できます。

膀胱がんの治療を理解する5つのポイント
① 何という組織型のがんなのか
② 筋層まで浸潤しているか
③ 筋層非浸潤性なら、異型度・CIS・リスク分類・2nd TURBT・BCG治療歴はどうか
④ 筋層浸潤性なら、根治手術や膀胱温存が可能か、シスプラチンを使える状態か
⑤ 切除不能・転移性なら、これまで使用した薬やFGFR3などの分子情報はどうか

特に膀胱がんでは「ステージ0だから軽い」「TURBTで腫瘍を取ったから治療終了」「膀胱を残せる治療なら体への負担も小さい」とは限りません。

2024~2026年には薬物療法にも大きな変化があり、筋層非浸潤性、筋層浸潤性、転移性のそれぞれで治療選択肢が増えています。2026年には、2回目のTURBTで腫瘍が残っていなかった一部の高異型度T1膀胱がんについて、BCGを追加せず慎重に経過を見る方法を支持する国内第Ⅲ相試験の結果も公表されました。

この記事では、血尿などの症状から検査、TURBT、深達度、ステージ、BCG治療、膀胱全摘、尿路変向、膀胱温存、薬物療法、遺伝子検査、生存率まで、「自分は今どの治療分岐にいるのか」が分かるように解説します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がんについて」国立がん研究センター「がん統計 膀胱」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン 2025年アップデート」

膀胱がんとは|尿をためる膀胱の内側から発生する

膀胱は骨盤の中にある袋状の臓器で、腎臓でつくられた尿を一時的にためる働きがあります。

腎臓でできた尿は腎盂→尿管→膀胱→尿道という経路を通り、体の外へ排出されます。この尿の通り道を「尿路」と呼びます。

腎盂・尿管・膀胱から尿道の一部まで、尿路の内側の多くは尿路上皮という粘膜で覆われています。

膀胱がんの90%以上は、この尿路上皮から発生する尿路上皮がんです。

同じ尿路上皮から腎盂・尿管にもがんができる

尿路上皮は膀胱だけにあるわけではありません。腎臓でつくられた尿が集まる腎盂や、腎盂と膀胱をつなぐ尿管も尿路上皮で覆われています。

腎盂や尿管から発生した尿路上皮がんは、一般に腎盂・尿管がんとして扱います。

「尿路上皮がん」という病理診断名が同じでも、発生した場所によって手術方法や治療の組み立ては異なります。

また、尿路の内側が連続した上皮で覆われていることから、膀胱がんの治療後に腎盂・尿管へ尿路上皮がんが発生したり、腎盂・尿管がんの治療後に膀胱内へがんが発生したりすることがあります。

治療後に長期間の経過観察が必要になる理由の1つです。

膀胱の壁には「筋層」がある

膀胱の壁は、内側から大まかに粘膜上皮、上皮下結合組織、筋層という構造になっています。筋層の外側には脂肪組織があります。

膀胱がんでは、この筋層までがんが達しているかどうかが治療の大きな境目になります。

筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)
がんが筋層まで達していない
筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)
がんが筋層まで入り込んでいる

同じ「膀胱がん」でも、この2つでは治療が大きく違います。

NMIBCでは、尿道から内視鏡を入れて腫瘍を切除するTURBTを中心に、再発・進展リスクに応じて膀胱内注入療法などを追加します。

MIBCでは、膀胱全摘除術や周術期薬物療法、条件を満たす場合には膀胱温存を目的とした化学放射線療法などを検討します。

膀胱がんの診断後は、「ステージ」だけでなく「筋層まで入っているか」を確認すると、その後の治療説明が理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膀胱がんについて」国立がん研究センター「膀胱がん 治療」

膀胱がんの種類|90%以上は尿路上皮がん

膀胱に発生するがんは1種類ではありません。

どの細胞から発生したかによって、尿路上皮がん、扁平上皮がん、腺がん、小細胞がんなどに分けられます。

主な種類 特徴
尿路上皮がん 膀胱がんの90%以上を占める。膀胱の内側を覆う尿路上皮から発生する
扁平上皮がん 尿路上皮がんとは異なる細胞からなる。慢性的な刺激や炎症などとの関連が問題になることがある
腺がん 腺組織に似た構造を持つ比較的まれな膀胱がん
小細胞がんなど 頻度は低いが、一般的な尿路上皮がんとは性質や治療方法が異なることがある

この記事では、膀胱がんの大部分を占め、現在の標準的な膀胱がん治療の中心となる尿路上皮がんについて主に解説します。

同じ尿路上皮がんでも「異型度」や特殊な組織学的特徴がある

尿路上皮がんと診断されても、すべてが同じ性質ではありません。

病理検査では、がん細胞の形や並び方が正常な細胞からどの程度かけ離れているかを評価し、主に低異型度(Low grade)と高異型度(High grade)に分けます。高異型度のがんは、低異型度に比べて筋層へ進展する危険性などをより強く考える必要があります。

通常とは異なる組織学的な特徴を持つ尿路上皮がんもあり、種類によっては早い段階から膀胱全摘を含む積極的な治療を検討する材料になります。

病理結果では「尿路上皮がんか」「どこまで深く入り込んでいるか」「低異型度か高異型度か」「特殊な組織学的特徴がないか」を合わせて確認する必要があります。

後述する筋層非浸潤性膀胱がんのリスク分類でも、この「異型度」が大きな判断材料になります。

参考:国立がん研究センター「膀胱がんについて」国立がん研究センター「膀胱がん 治療」

膀胱がんの原因・リスク|喫煙との関係が特に強い

膀胱がんになった人のすべてで、「これが原因だった」と1つの理由を特定できるわけではありません。

発症リスクとの関係が最もよく知られているのが喫煙です。

このほか、特定の化学物質への職業性曝露、過去に受けた一部の抗がん剤治療や骨盤への放射線治療などが関係する場合があります。

喫煙した煙がなぜ膀胱がんにつながるのか

たばこと聞くと、肺や喉への影響を最初に思い浮かべる人が多いかもしれません。

喫煙による発がん物質は肺だけにとどまるわけではなく、体内に吸収されて血液中へ入り、腎臓でろ過されます。尿に排出された物質は膀胱にたまり、膀胱の内側を覆う尿路上皮に接触します。

この過程で尿路上皮のDNAが傷つくことが、膀胱がん発生につながると考えられています。

喫煙は膀胱がんの代表的な予防可能なリスク因子です。

国立がん研究センターも膀胱がん予防のため禁煙を勧めており、禁煙してからの期間が長くなるほど、喫煙を続けた場合と比べて発症リスクが低くなることが分かっています。

すでに膀胱がんと診断された人も、「今さら禁煙しても意味がない」と考える必要はありません。禁煙について医師へ相談することができます。

染料・塗料などに関わる一部の化学物質

膀胱がんは、職業上の化学物質への曝露との関係が古くから知られてきたがんでもあります。

特に芳香族アミンと呼ばれる物質が問題となり、染料、顔料、ゴム、塗料、石油製品などに関係する職業で、過去に特定の化学物質へ長期間曝露していた人ではリスクが高くなることが報告されています。

現在は規制されている物質も多く、こうした職業に就いている、または過去に就いていたからといって膀胱がんになるわけではありません。

診察時に職業歴を聞かれた場合には、過去に扱っていた物質や仕事内容を伝えることが診断の参考になる場合があります。

年齢が上がるほど多く、男性に多い

膀胱がんは年齢が上がるにつれて多くなります。日本の2023年罹患統計では、男性17,901例に対して女性6,069例で、男性の方が多く診断されています。

男女差には喫煙や職業性曝露など複数の要因が関係していると考えられており、「男性だから発症する」「女性なら発症しにくい」と個人のリスクを判断できるわけではありません。女性でも血尿などの症状があれば膀胱がんを含めた評価が必要です。

シクロホスファミドなど過去の治療が関係することがある

ほかの病気の治療歴が、将来の膀胱がんリスクに関係することもあります。

抗がん剤などとして使われるシクロホスファミドやイホスファミドへの曝露は、膀胱がんの発症リスク上昇との関連が知られています。

過去に骨盤へ放射線治療を受けた人でも、その後の膀胱がんリスクが高くなることが報告されています。

こうした治療を受けた人の多くが膀胱がんになるという意味ではありません。何年も前に受けた治療であっても、血尿などが出た際には過去の治療歴を医師へ伝えておくとよいでしょう。

慢性的な刺激や炎症は主に特殊な膀胱がんとの関連がある

長期間の尿道カテーテル留置や、海外の一部地域でみられる寄生虫感染など、膀胱に慢性的な炎症や刺激が加わる状態も膀胱がんと関連することがあります。

こうした要因は、一般的な尿路上皮がんより扁平上皮がんなど特定のタイプとの関連が知られています。

通常の膀胱炎を何度か経験しただけで、膀胱がんになると考える必要はありません。

一般の人を対象とした膀胱がん検診は行われていない

現在の日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんのように、国の指針として定められた膀胱がん検診はありません。

健康診断で尿潜血を調べる場合はありますが、尿潜血検査は膀胱がん専用の検診ではありません。

血尿は膀胱炎、尿路結石、前立腺の病気、腎臓の病気などでも起こります。反対に、膀胱がんでも検査をした時点で血尿が確認されないことがあります。

「毎年健康診断を受けているから膀胱がんも大丈夫」とは限らないため、目で見て分かる血尿などの症状が出た場合は、次の健診を待たず泌尿器科で相談しましょう。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 予防・検診」米国国立がん研究所(NCI)「Bladder Cancer Causes and Risk Factors」

膀胱がんの初期症状|痛みのない血尿を見逃さない

膀胱がんで最もよく知られている症状が血尿です。特に注意したいのが、排尿時の痛みなどを伴わず、突然尿が赤くなる無症候性肉眼的血尿です。

血尿以外には、頻尿、排尿時の痛み、急に強い尿意を感じる尿意切迫感など、膀胱炎とよく似た症状がみられることもあります。

痛みのない血尿が代表的な症状

膀胱がんによる血尿では、「トイレに行ったら尿が赤かった」「茶色っぽい尿が出た」「血の塊が混ざっていた」といった変化がみられることがあります。

痛みがないことは、膀胱がんを否定する材料にはなりません。むしろ国立がん研究センターは、膀胱がんの血尿では痛みなどを伴わないことが特徴と説明しています。

血尿が見つかったときには、膀胱がんだけでなく、尿路結石、膀胱炎、腎盂・尿管がんなどさまざまな原因を考えて検査します。

一度血尿が消えても「治った」とは限らない

膀胱がんを疑ううえで知っておきたい特徴が、血尿が毎回続くとは限らないことです。一度赤い尿が出ても、次の排尿では普通の黄色に戻り、その後しばらく血尿が出ないことがあります。症状が消えると、「一時的に傷がついただけだろう」「疲れていたせいかもしれない」と受診を見送ってしまうことがあります。

目で確認できる血尿が一度でも出た場合、血尿が止まったことだけを理由に膀胱がんを否定することはできません。特に原因の分からない肉眼的血尿では、泌尿器科で原因を調べることが大切です。

健康診断で「尿潜血」を指摘されて見つかることもある

血尿には、目で見て分かる肉眼的血尿だけでなく、見た目は普通でも検査によって血液が確認される顕微鏡的血尿があります。健康診断などの尿検査で「尿潜血陽性」と指摘され、その後の精密検査につながることもあります。

尿潜血陽性の原因は膀胱がんだけではありません。腎臓の病気、尿路結石、尿路感染症などさまざまな原因があります。年齢、喫煙歴、血尿の程度などを含めて、泌尿器科で追加検査が必要かを判断します。

頻尿・排尿痛など膀胱炎に似た症状が出ることもある

膀胱がんでは、頻尿、排尿時痛、尿が残っている感じ、尿意切迫感などが現れることがあります。これらは膀胱炎でもよく起こる症状なので、症状だけから両者を見分けることはできません。

特に上皮内がん(CIS)では、尿路上皮の表面に平らに病変が広がるため、血尿だけでなく頻尿や排尿痛などの刺激症状がみられることがあります。

「膀胱炎だと思って治療を受けたものの症状がなかなか改善しない」といった場合には、ほかの原因がないか確認する必要があります。

進行すると尿が出にくい・腰や背中が痛むこともある

腫瘍が大きくなったり、尿管から膀胱へ尿が流れ込む部分を塞いだりすると、尿が流れにくくなることがあります。腎臓から膀胱へ尿を送れなくなり水腎症が起こると、脇腹、腰、背中などに痛みを感じる場合があります。

がんの進行によって尿が出にくくなったり、足がむくんだりするケースもあります。これらは膀胱がんだけに起こる症状ではありませんが、原因を確認するための検査が必要です。

血尿が出たら泌尿器科へ

目で見て分かる血尿や、尿検査で繰り返し血尿を指摘された場合の専門診療科は泌尿器科です。膀胱だけでなく、腎臓、腎盂、尿管、尿道、男性では前立腺など、尿の通り道全体を調べることができます。

特に、痛みのない赤い尿が出た、血尿が一度出た後に消えた、血の塊が混じった、膀胱炎のような症状が治療しても続く、尿潜血を繰り返し指摘されているといった場合には、自己判断だけで経過を見続けず受診を検討しましょう。

参考:国立がん研究センター「膀胱がんについて」

膀胱がんの検査と診断|TURBTで「がんの深さ」まで調べる

膀胱がんが疑われた場合には、尿検査、超音波検査、膀胱鏡検査などを組み合わせて調べます。膀胱内に腫瘍が確認された後には、尿道から内視鏡を入れて腫瘍を切除するTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)を行い、採取した組織を病理検査します。

膀胱がんでは、このTURBTが単なる「腫瘍を取る治療」ではありません。何というがんなのか、筋層まで達しているのか、異型度は高いのかを確認し、その後の治療方針を決める重要な検査でもあります。

尿検査・尿細胞診

最初に行われる検査の1つが尿検査です。尿中に血液が混ざっていないかを調べる尿潜血検査のほか、尿の中にがん細胞が出ていないかを顕微鏡で確認する尿細胞診を行うことがあります。

尿細胞診は、特に高異型度の尿路上皮がんやCISなどを見つける手掛かりになります。ただ、尿細胞診が陰性だから膀胱がんではない、と判断することはできません。がんがあっても尿中に十分ながん細胞が出ていないことがあり、低異型度の腫瘍では尿細胞診で見つかりにくい場合もあります。

尿検査だけで診断を確定せず、膀胱鏡や画像検査などと組み合わせて評価します。

腹部超音波検査

超音波検査では、膀胱の内部に腫瘤がないか、腎臓に水腎症などの変化がないかを確認できます。体の外から検査でき、放射線被ばくもありません。

ある程度の大きさの膀胱腫瘍が見つかることがありますが、小さな腫瘍や平坦なCISなどは超音波だけでは分からない場合があります。

膀胱鏡検査で膀胱の内側を直接見る

膀胱がんの診断で重要な検査が膀胱鏡検査です。尿道から細い内視鏡を膀胱まで入れ、膀胱の内側を直接観察します。腫瘍がある場所、数、大きさ、形などを確認できます。

乳頭状に盛り上がる腫瘍は比較的確認しやすいのに対し、CISは粘膜上に平らに広がるため、通常の観察だけでは分かりにくいことがあります。必要に応じて、通常光では見つけにくい病変を確認しやすくする光力学診断(PDD)などをTURBTの際に併用することがあります。

CT・MRIで周囲への広がりや転移を調べる

CTでは、膀胱周囲への広がり、リンパ節、肺や肝臓などへの転移がないかを調べます。血尿の原因を調べる段階では、膀胱だけでなく腎盂・尿管など上部尿路の異常も確認する目的で画像検査を行うことがあります。

MRIは膀胱壁の構造や周囲組織との関係などを詳しく評価するのに役立ち、筋層浸潤の可能性を判断する材料になります。画像検査で深達度を予測することはできますが、最終的な深さを決めるにはTURBTで採取した組織の病理診断が重要です。

TURBTは「確定診断」と「初回治療」を兼ねる

TURBT(タービー)は、Transurethral Resection of Bladder Tumorの略で、日本語では経尿道的膀胱腫瘍切除術といいます。

全身麻酔または腰椎麻酔を行い、尿道から電気メスなどが付いた内視鏡を膀胱内へ入れて腫瘍を切除します。おなかを切り開いて膀胱へ到達する手術ではありません。

切除した組織を病理検査することで、本当にがんなのか、尿路上皮がんなのか、低異型度か高異型度か、上皮下結合組織まで入り込んでいるか、筋層まで浸潤しているか、特殊な組織学的特徴がないか、などを確認します。

筋層非浸潤性で完全に切除できる病変なら、TURBT自体が治療の大きな部分を担います。筋層まで浸潤していると分かれば、TURBTだけで根治を目指すのではなく、膀胱全摘や周術期薬物療法など次の治療へ進みます。

なぜ2回目のTURBTを行うことがあるのか

初回TURBTで腫瘍を切除しても、病理結果によってはもう一度TURBTを行います。これを2nd TURBT(2回目のTURBT)と呼びます。

特にT1・高異型度の場合などでは、初回手術だけでは腫瘍が残っている可能性や、実際にはより深く筋層まで浸潤している可能性を確認する意味があります。初回の標本に十分な筋層が含まれていなければ、「筋層までがんが入っていない」と正確に判断できないこともあります。

2nd TURBTは「念のためもう一度削るだけ」の手術ではありません。腫瘍が残っているか、より深いがんではないかを確認し、その後にBCGなどの追加治療が必要かを考える材料になります。

2026年には、この2nd TURBTの結果が治療選択にさらに大きな意味を持つことを示す国内臨床試験の結果が公表されています。詳しくは後のTURBTの章で解説します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 検査」国立がん研究センター「膀胱がん 治療」

膀胱がんの深達度|最も大きな分かれ目は「筋層まで入っているか」

膀胱がんの病理結果では、Ta、Tis、T1、T2といった記号が使われます。これは、がんが膀胱の壁へどのくらい深く入り込んでいるかを示すTカテゴリーです。

一般のがんでは「ステージⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」の方がなじみがあるかもしれませんが、膀胱がんの治療を理解するには、先にこのTカテゴリーを知っておくと分かりやすくなります。

Tカテゴリー がんの深さ・広がり 大きな分類
Ta 乳頭状に発育しているが、上皮下へ浸潤していない 筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)
Tis 上皮内がん(CIS)。粘膜上皮内に平らに広がる
T1 上皮下結合組織まで浸潤しているが、筋層には達していない
T2 筋層まで浸潤している。T2aは筋層の内側、T2bは外側まで及ぶ 筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)
T3 筋層を越えて膀胱周囲の脂肪組織まで広がっている
T4a 前立腺間質、精のう、子宮、腟など隣接臓器へ直接広がっている
T4b 骨盤壁または腹壁まで広がっている

Ta|乳頭状に発育しているが深く入り込んでいない

Taは、膀胱の内側に向かって乳頭状に盛り上がるように発育しているものの、上皮下結合組織へ浸潤していない状態です。低異型度で、単発、初発、小さいなどの条件がそろえば低リスクに分類されることがあります。

Taであっても、高異型度、多発、再発などの特徴があれば治療方針は変わります。

Tis|上皮内がん(CIS)

Tisは上皮内がん(Carcinoma in situ:CIS)です。乳頭状に盛り上がるのではなく、膀胱の粘膜表面に平らに広がる高異型度の病変です。

深く浸潤していないのでステージでは0isですが「ステージ0だから危険性の低いがん」という意味ではありません。CISは筋層浸潤へ進展する危険性を考える必要があり、BCG膀胱内注入療法などの対象になります。また、平坦で見つけにくいため、尿細胞診やPDD、必要に応じた生検などが診断に役立ちます。

T1|「浸潤がん」でも筋層非浸潤性に分類される

T1では、がんが粘膜上皮を越えて上皮下結合組織まで浸潤しています。

ここで用語が少し分かりにくくなります。T1は確かに「浸潤しているがん」ですが、膀胱の筋層にはまだ到達していません。そのため、分類上は筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)に含まれます。

T1=浸潤していないではありません。
T1=筋層までは浸潤していないという意味です。

T1、特に高異型度T1では、筋層へ進展するリスクを考えて2nd TURBTやBCG、症例によっては膀胱全摘を検討します。

T2以降|筋層浸潤性膀胱がん

T2になると、がんが膀胱壁の筋層まで到達しています。ここから筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)に分類されます。

T3では筋層を越えて膀胱の外側にある脂肪組織へ、T4aでは隣接臓器へ広がります。T4bはさらに骨盤壁・腹壁まで進展した状態です。

TURBTで目に見える腫瘍を削るだけでは、膀胱壁の深いところに入り込んだがんを十分に治療できません。

転移がないMIBCでは、膀胱全摘除術と周術期薬物療法を中心に治療を考えます。条件を満たす一部の患者さんでは、TURBT・化学療法・放射線治療を組み合わせて膀胱を残す治療も検討できます。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン 2025年アップデート」

膀胱がんのステージ|ステージ0でも治療が軽いとは限らない

膀胱がんのステージは、原発巣の深さを示すTカテゴリー、リンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせて決まります。

0a、0is、Ⅰ、Ⅱ、ⅢA、ⅢB、ⅣA、ⅣBに分類されます。

ステージ 主な状態
0a Ta。乳頭状に発育するが、上皮下へ浸潤していない
0is Tis。上皮内がん(CIS)
Ⅰ期 T1。上皮下結合組織まで浸潤しているが筋層には達しておらず、リンパ節・遠隔転移がない
Ⅱ期 T2。筋層へ浸潤しているが、リンパ節・遠隔転移がない
Ⅲ期 膀胱周囲脂肪組織・一部の隣接臓器まで広がる場合や、骨盤内などの所属リンパ節へ転移している場合
ⅣA期 骨盤壁・腹壁まで広がっている、または骨盤外のリンパ節へ転移している場合など
ⅣB期 肺、肝臓、骨など、リンパ節以外の遠隔臓器へ転移している

ステージ0a|Taの乳頭状腫瘍

ステージ0aはTaに相当します。膀胱の内側に乳頭状の腫瘍が発育しているものの、上皮下へは浸潤していません。

低異型度で小さく、初発・単発などの条件がそろえば、TURBTを中心とした比較的負担の小さい治療で経過を見ることがあります。

同じ0aでも高異型度や多発、再発などがあれば、追加治療や厳密な経過観察が必要になります。

ステージ0is|CISは「0期だから安全」ではない

ステージ0isは上皮内がん(CIS)です。表面の上皮内にとどまっているため「0期」と分類されますが、CISは高異型度で、筋層浸潤へ進展する危険性を考える必要があります。

膀胱がんでは、ステージの数字が小さいことと、再発・進展リスクが低いことが必ずしも同じではありません。この点が、一般的な「ステージが早ければ治療も軽い」というイメージだけでは膀胱がんを理解しにくい理由です。

ステージⅠ|T1でも高リスクになることがある

ステージⅠは、がんが上皮下結合組織へ浸潤しているものの、筋層には到達していないT1です。リンパ節や遠隔転移はありません。

T1はNMIBCに分類されますが、特に高異型度の場合は筋層浸潤へ進展するリスクが問題になります。2nd TURBT、BCG膀胱内注入療法などを行い、さらにリスクが高いと判断されれば、筋層へ浸潤する前の段階でも膀胱全摘除術を検討することがあります。

「ステージⅠなのになぜ膀胱を全部取る話が出るのか」という疑問は、このリスク分類を理解すると分かりやすくなります。

ステージⅡ|筋層まで浸潤している

ステージⅡはT2で、がんが膀胱壁の筋層まで入り込んだ状態です。遠隔転移やリンパ節転移はありませんが、ここから治療の考え方は大きく変わります。

TURBTと膀胱内注入療法を中心とするNMIBCとは異なり、根治を目指す場合には膀胱全摘除術や周術期薬物療法を検討します。選択された患者さんでは、膀胱を残す化学放射線療法も候補になります。

ステージⅢ|膀胱の外や所属リンパ節へ広がる

Ⅲ期には、がんが膀胱周囲の脂肪組織や一部の隣接臓器まで広がった状態のほか、骨盤内などの所属リンパ節へ転移した状態も含まれます。

つまり、ステージは「膀胱壁のどこまで深く入ったか」だけでは決まりません。Tカテゴリーでは筋層まで達していないT1であっても、所属リンパ節転移があればステージⅠではなくなります。

「NMIBC/MIBC」は主に原発巣の深さを表す分類、「ステージ」はリンパ節や遠隔転移も含めた病気全体の広がりを表す分類と考えると整理しやすいでしょう。

ステージⅣ|骨盤壁・腹壁または遠隔転移

T4bで骨盤壁・腹壁まで広がっている場合や、骨盤外のリンパ節への転移がある場合はⅣA期に分類されます。肺、肝臓、骨などリンパ節以外の遠隔臓器へ転移している場合はⅣB期です。

こうした根治切除が難しい、または転移のある尿路上皮がんでは、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

現在はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブなどが登場し、数年前とは一次治療の考え方も変化しています。後半の薬物療法の章で詳しく説明します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」

筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)のリスク分類|同じ早期でも治療が違う

Ta・Tis・T1の筋層非浸潤性膀胱がんでは、ステージだけを見て治療を決めません。病変の数、大きさ、初発か再発か、Tカテゴリー、異型度、CISの有無などを組み合わせて、低リスク、中リスク、高リスク、超高リスクに分類します。

このリスク分類が、TURBT後に膀胱内へ抗がん剤を入れるのか、BCGを使うのか、2nd TURBTが必要なのか、膀胱全摘まで検討するのかを考える重要な材料になります。

リスク分類 主な条件
低リスク 単発・初発・3cm未満・Ta・低異型度・CISなしをすべて満たす
中リスク 低リスクにも高リスクにも該当しないもの
高リスク T1、高異型度、CIS(併発CISを含む)のいずれかがある
超高リスク 高リスクの中でも、T1高異型度にCIS、多発・再発・3cm以上、特殊な組織学的特徴や脈管侵襲などが加わる場合、またはBCG後も高異型度腫瘍が残存・早期再発する場合など

低リスク|「Taだった」だけでは低リスクにならない

低リスクに分類されるには、単発、初発、3cm未満、Ta、低異型度、CISなしという条件をすべて満たす必要があります。

Taだから自動的に低リスクになるわけではありません。たとえばTa・低異型度でも、複数の腫瘍がある、何度も再発している、大きな腫瘍であるといった場合には、中リスクなど別の分類になります。

低リスクではTURBT後の抗がん剤膀胱内注入などを検討し、その後も膀胱鏡で再発がないか確認していきます。

中リスク|低リスクでも高リスクでもない幅広いグループ

中リスクは、低リスクの条件をすべて満たさないものの、T1、高異型度、CISなど高リスクに該当する特徴もないグループです。かなり幅のある分類なので、病変の数、再発歴などによって治療の強さも変わります。

抗がん剤の膀胱内注入や、一部ではBCG膀胱内注入療法を検討します。

高リスク|T1・高異型度・CISのいずれかがある

高リスクには、T1、高異型度、CISのいずれかを含むものが該当します。ここで「ステージ」と「リスク分類の違い」がよく分かります。

CISはステージ0isですが高リスクです。T1はステージⅠですが高リスクに入ります。

膀胱がんでは「0期・Ⅰ期=治療の軽い早期がん」と一括りにできません。

高リスクNMIBCでは、2nd TURBT、BCG膀胱内注入療法などを組み合わせて、膀胱内再発だけでなく筋層浸潤へ進むことも防ぐ必要があります。

2026年8月には、高リスクNMIBCに対するBCG+デュルバルマブも国内承認されましたが、高リスクなら全員がこの併用療法を受けるという意味ではありません。詳しい対象や従来のBCG療法との関係は治療編で整理します。

超高リスク|筋層へ進む前に膀胱全摘を検討することがある

高リスク群の中でも、さらに進展リスクが高い特徴を持つものが超高リスクです。

代表的には、T1高異型度に、CISを伴う、腫瘍が多発している、再発例である、3cm以上である、通常とは異なる組織学的特徴がある、リンパ管や静脈への侵襲がある、といった条件が加わる場合があります。

BCGを行っても高異型度腫瘍が消えない場合や、BCG治療後早期に高リスクの病変が再発した場合も問題になります。この段階では、まだ筋層非浸潤性であっても根治的膀胱全摘除術を検討することがあります。

「筋層まで達していないのに、なぜ膀胱を全部取るのか」と感じるかもしれません。理由は、筋層浸潤や転移が起こってから手術するより、進展する危険性が非常に高い段階で根治を目指す方が適切と判断される患者さんがいるためです。

全摘の必要性はT1という情報だけでは決まりません。CIS、腫瘍数、大きさ、再発歴、2nd TURBTの結果、組織学的特徴、BCGへの反応などを合わせて判断します。

「再発しやすい」と「筋層まで進みやすい」は同じ意味ではない

膀胱がんでは「再発」という言葉をよく使います。

ここで区別したいのが、膀胱内にもう一度腫瘍ができる再発と、筋層浸潤性へ病気が進む進展です。

膀胱内に低異型度のTa腫瘍が繰り返しできる患者さんもいます。再発を何度も経験していても、すぐ生命に関わる進行がんになるとは限りません。

反対に、高異型度T1やCISなどでは、単に膀胱内へ再発するだけでなく、筋層浸潤や転移へ進む危険性をより強く考える必要があります。

再発リスク
治療した後に膀胱内へ再び腫瘍ができる可能性
進展リスク
筋層浸潤性膀胱がんなど、より深く進行した状態へ移行する可能性

「再発率が高い」という説明だけで病気の危険性を判断せず、自分の場合は再発が問題なのか、それとも筋層浸潤へ進展する危険性も高いのかを担当医に確認すると、BCGや膀胱全摘を勧められる理由が理解しやすくなります。

同じ高異型度T1でも2nd TURBTの結果で治療が変わる可能性がある

高異型度T1は高リスクNMIBCですが、同じ診断名でも全員の状態が同じではありません。

初回TURBT後に2nd TURBTを行った結果、まだ腫瘍が残っているのか、それとも病理学的に腫瘍が認められないT0なのかという違いも、その後の治療判断に関係します。

2026年に公表された国内第Ⅲ相試験JCOG1019では、High-grade T1と診断された後、2nd TURBTで腫瘍が残っていないことが確認された一部の患者さんでは、BCGを追加せず慎重に経過観察する方法がBCG療法に劣らないことが示されました。

これは「高異型度T1ならBCGは不要」という結果ではありません。対象となったのは、2nd TURBTまで行い、病理学的に腫瘍が残っていないことが確認された厳選された患者さんです。この研究によって、2nd TURBTは残存がんを確認するだけでなく、その後の追加治療をどこまで行う必要があるのかを考える情報として、さらに重要になりました。

JCOG1019については、後の「TURBT」の章で対象患者と結果を詳しく解説します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」国立がん研究センター「完全切除後のT1膀胱がんに対して無治療経過観察が標準治療の一つとなることを証明」

膀胱がん治療の全体像

膀胱がんでは、診断された時点で「手術」「抗がん剤」「放射線治療」のどれか1つを選ぶわけではありません。まずTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)で腫瘍を切除し、病理検査によってがんの深さや異型度などを確認したうえで、その後の治療を決めます。

治療方針を大きく分けるのは、がんが膀胱壁の筋層まで達しているかどうかです。

Ta・Tis・T1の筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)では、できるだけ膀胱を残しながら、膀胱内での再発や筋層浸潤への進展を防ぐ治療を考えます。T2以降の筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)では、膀胱全摘除術と薬物療法を組み合わせる治療が中心になり、条件を満たす一部の患者さんでは膀胱温存療法も検討します。遠隔転移がある場合や根治的な手術が難しい場合には、全身に作用する薬物療法が治療の中心です。

病状 治療の主な考え方
低・中リスクNMIBC TURBTを行い、リスクに応じて抗がん剤の膀胱内注入療法などを追加する
高リスクNMIBC 2nd TURBTやBCG膀胱内注入療法などを行い、再発・進展リスクを下げる。2026年からは一部でBCG+デュルバルマブも選択肢となった
超高リスクNMIBC BCGなどを検討する一方、筋層浸潤が起こる前の根治的膀胱全摘除術を検討する場合がある
MIBC 膀胱全摘除術と周術期薬物療法が中心。条件を満たせばTURBT・薬物療法・放射線治療による膀胱温存も検討する
根治切除不能・転移性 全身薬物療法を中心に治療し、これまでの治療歴やFGFR3などの分子情報も踏まえて次の治療を考える

この表は治療の大まかな流れを整理したものです。実際には、同じT1でも低異型度か高異型度か、CISを伴うか、2nd TURBTで腫瘍が残っていたか、過去にBCGを受けているかなどによって治療方針は変わります。

膀胱がんでは、TURBT後に出た病理結果が「治療の終了」を意味するのではなく、その後どの治療経路へ進むかを決める出発点になります。

NMIBCでは膀胱を残せる患者さんが多い反面、膀胱内で再発を繰り返すことがあります。高リスクでは、再発だけでなく筋層浸潤性膀胱がんへ進展する可能性も考えなければなりません。

MIBCでは、膀胱の中に見えている腫瘍をTURBTで切除するだけでは、筋層内に入り込んだがんを十分に治療できません。膀胱全摘除術、手術前後の薬物療法、膀胱温存療法についてあらためて検討します。

根治切除不能・転移性膀胱がんの薬物療法は近年大きく変化しています。以前はシスプラチンを使用できるかどうかが治療選択の大きな分岐でしたが、現在はエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブの併用なども一次治療に加わり、「シスプラチン適格かどうか」だけでは治療方針を説明できなくなっています。

この後は、まずNMIBCの治療から詳しく見ていきます。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン 2025年アップデート」

TURBT|尿道から腫瘍を切除し、その後の治療方針を決める

TURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)は、膀胱がんの診断と初回治療で中心となる内視鏡手術です。

尿道から膀胱内へ内視鏡を入れ、先端についた電気メスなどを使って腫瘍を切除します。通常は全身麻酔または腰椎麻酔を行うため、手術中に強い痛みを感じながら腫瘍を削る治療ではありません。

おなかを切らずに行える手術ですが、TURBTの目的は目に見える腫瘍を取り除くことだけではありません。切除した組織から、尿路上皮がんなのか、異型度は高いのか、上皮下結合組織や筋層まで浸潤しているのかを調べ、その後の治療を決めます。

筋層非浸潤性ならTURBTで腫瘍を取り切れることもある

Taなどの筋層非浸潤性膀胱がんでは、TURBTによって肉眼的な腫瘍をすべて切除できる場合があります。

低リスクであれば、TURBT後に抗がん剤を膀胱内へ注入し、その後は膀胱鏡などで経過を見ることがあります。中リスクでは再発リスクに応じて追加の膀胱内注入療法などを検討します。T1・高異型度など一定の病理所見がある場合には、2nd TURBTを行います。

「TURBTで全部取れた」と説明された場合でも、病理結果を確認するまでは、その手術だけで治療が終了するかは分かりません。高異型度、T1、CISなどが確認されれば、肉眼的に腫瘍がなくなっていても、再発や進展を防ぐ追加治療が必要になることがあります。

筋層まで浸潤していた場合は次の治療へ進む

TURBTで採取した組織からT2以上、つまり筋層浸潤性膀胱がんと診断された場合には、通常、TURBTだけで根治を目指すことはできません。

内視鏡から見える腫瘍を削ることはできても、膀胱壁の筋層内に入り込んだがん細胞や、その外側へ広がっている可能性のある病変まで十分に取り除けないためです。

転移のないMIBCでは、膀胱全摘除術と周術期薬物療法を中心に考えます。患者さんの病状や希望によっては、最大限のTURBTに薬物療法と放射線治療を組み合わせた膀胱温存療法を検討することもあります。

2nd TURBTを行う理由

T1や高異型度の腫瘍などでは、初回TURBTの後にもう一度TURBTを行うことがあります。

2回目を行う理由の1つは、初回の切除部位に腫瘍が残っていないかを確認するためです。初回のTURBTでT1と診断されていても、2nd TURBTでさらに深い部分を調べたところ、実際には筋層まで浸潤していたと分かる場合もあります。初回の病理標本に十分な筋層が含まれていなければ、筋層浸潤の有無そのものを正確に評価できないこともあります。

国立がん研究センターは、T1・高異型度の場合や、Ta・高異型度で初回TURBTに筋層が採取されていない場合には、もう一度TURBTを行うことが推奨されていると説明しています。

2nd TURBTは、単に切り残しを確認するためだけの手術ではありません。その時点で腫瘍が残っているかどうかが、BCGなどの追加治療をどこまで行うかという判断にも関係します。

高異型度T1でも2nd TURBT後T0の一部では経過観察が選択肢になる

2026年に公表されたJCOG1019は、2nd TURBTの意味を考えるうえで重要な国内第Ⅲ相試験です。

対象となったのは、初回TURBTでHigh-grade T1と診断され、2nd TURBTを行った結果、病理学的に腫瘍が残っていないことが確認された患者さんです。試験では、この条件を満たした263人がBCG膀胱内注入療法を受ける群と、追加治療を行わず慎重に経過を見る群に分けられました。

5年時点の無再発生存割合はBCG群81.8%、経過観察群86.5%で、経過観察がBCG療法に対して劣らないことが統計学的に示されました。5年全生存割合もBCG群91.7%、経過観察群92.0%でした。経過観察群では、BCGに伴う血尿、頻尿、尿路痛などの副作用も少ない傾向がみられました。

この結果から、High-grade T1でも、2nd TURBTで腫瘍が残っていないことが確認された一部の患者さんでは、BCGを追加せず慎重に経過観察する方法が標準治療の1つになり得ることが示されました。

対象条件には注意が必要です。

JCOG1019は「T1ならBCGを行わなくてもよい」と示した試験ではありません。初回TURBTでHigh-grade T1と診断され、2nd TURBTでも腫瘍が確認されず、尿細胞診などを含む試験の条件を満たした患者さんについて検証した結果です。

また、2026年に公表された新しいエビデンスであり、日本泌尿器科学会の2025年5月アップデートより後の情報です。既存の高リスクNMIBC治療全体を一律に置き換えるものではなく、2nd TURBT後の状態まで確認して治療を個別化する新たな判断材料として捉える必要があります。

TURBT後の血尿・排尿痛

TURBT後には、切除した部分から出血して血尿が出ることがあります。手術後は尿道カテーテルを留置し、出血が多い場合には膀胱内を洗浄することもあります。

膀胱の深い部分まで切除した際には、まれに膀胱壁に穴が開く膀胱穿孔が起こることがあります。国立がん研究センターでは、多くの場合はカテーテルを一定期間留置することで改善するとしています。

カテーテルを抜いた後に頻尿や排尿時の違和感が出ることもあります。退院後に血尿が急に強くなる、血の塊で尿が出にくい、発熱や強い痛みがあるなど、病院から説明された注意症状がみられた場合には医療機関へ連絡します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」国立がん研究センター「完全切除後のT1膀胱がんに対して無治療経過観察が標準治療の一つとなることを証明」

膀胱内注入療法|抗がん剤・BCGを膀胱の中へ入れる

筋層非浸潤性膀胱がんでは、TURBT後に薬を膀胱内へ直接入れる膀胱内注入療法を行うことがあります。

全身へ抗がん剤を点滴する治療とは異なり、尿道からカテーテルを入れ、薬剤を膀胱の中へ注入します。TURBTで腫瘍を切除した後に残っている可能性のある微小ながん細胞を治療し、膀胱内再発や筋層浸潤への進展を防ぐことが目的です。

使用する薬には、細胞障害性抗がん薬とBCGがあります。どちらを使うかは、NMIBCのリスク分類やCISの有無などによって判断します。

低・中リスクでは抗がん剤を膀胱内へ注入することがある

低リスクまたは中リスクの一部では、TURBT後に細胞障害性抗がん薬を膀胱内へ注入します。

薬を膀胱内へ直接投与することで、膀胱粘膜に残っている可能性のあるがん細胞へ作用させ、再発を減らすことを目指します。全身へ薬を投与する化学療法とは投与方法も副作用の出方も異なります。

注入する回数や時期は再発リスクによって変わります。低リスクと中リスクでも治療内容が同じとは限りません。

BCG膀胱内注入療法とは

高リスクNMIBCやCISで重要な治療がBCG膀胱内注入療法です。

BCGは結核予防ワクチンにも使われるウシ型弱毒結核菌です。「膀胱がんなのに、なぜ結核の菌を入れるのか」と疑問を感じるかもしれません。

BCGを膀胱内へ注入すると、膀胱粘膜で免疫反応が起こり、その免疫の働きを利用してがん細胞を攻撃します。一般的な細胞障害性抗がん薬のように、薬そのものが直接がん細胞を傷害する治療とは仕組みが異なります。

国立がん研究センターでは、中リスクの一部、高リスク、超高リスクの一部にBCG膀胱内注入療法を行うことがあると説明しています。CISでもTURBT後にBCGを行います。

BCG導入療法と維持療法

BCG治療には、治療開始時に一定回数投与する導入療法と、その効果を保つ目的でその後も一定期間投与する維持療法があります。

国立がん研究センターでは、標準的にはTURBT後に6~8回行う導入療法と、その後1~3年間継続する維持療法があり、患者さんのリスクなどによって回数や時期を判断するとしています。

高リスクだからといって、すべての患者さんが同じ回数を最後まで受けられるわけではありません。副作用、年齢、体の状態、再発リスクなどを見ながら投与量やスケジュールを調整することがあります。

また、前述したJCOG1019の結果によって、High-grade T1でも2nd TURBT後に腫瘍が残っていない一部の患者さんでは、BCGを追加せず慎重に経過観察するという選択肢も示されています。

BCGでは頻尿・排尿痛・血尿・発熱が起こることがある

BCGは高リスクNMIBCの再発・進展を抑えるために重要な治療ですが、抗がん剤の膀胱内注入より副作用が出やすい治療でもあります。

よくみられるのは頻尿、排尿時の痛み、血尿、発熱などです。治療当日から数日間、膀胱炎に似た症状が出ることがあります。

症状が強ければ、次の注入を延期したり、投与回数や量を調整したりする場合があります。「標準的にはこの回数だから」と無理に予定どおり続けるのではなく、副作用と治療効果のバランスを見ながら判断します。

まれですが、BCG感染や間質性肺炎、膀胱が萎縮してためられる尿量が減るなど、重い副作用が起こることもあります。

国立がん研究センターでは、発熱に加えて咳や呼吸困難がある場合、39℃以上の発熱がある場合、38℃以上の発熱が2日以上続く場合には、すぐ病院へ連絡するよう案内しています。

高リスクNMIBCではBCG+デュルバルマブが2026年に承認

2026年8月24日、免疫チェックポイント阻害薬デュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)が、BCGとの併用で「高リスク筋層非浸潤性膀胱癌」に対して国内承認されました。

これまでBCGは膀胱内だけへ投与する治療でしたが、デュルバルマブは点滴で全身へ投与するPD-L1阻害薬です。BCGによって膀胱内で起こす免疫反応に、免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる新しい治療方法になります。

承認の根拠となった国際第Ⅲ相POTOMAC試験では、TURBTを受けたBCG未治療の高リスクNMIBC患者が対象となりました。デュルバルマブ+BCG導入・維持療法とBCG導入・維持療法を比較した結果、デュルバルマブを加えた群では高リスク病変の再発、進行または死亡のリスクが32%低下しました。

国内で承認された用法では、BCGとの併用でデュルバルマブを4週間間隔で最大13回点滴します。

高リスクNMIBCに新しい選択肢が加わりましたが、「高リスクと診断されたら全員がBCG+デュルバルマブになる」という意味ではありません。

POTOMAC試験はBCG未治療の高リスクNMIBCを対象とした試験です。T1でも2nd TURBT後T0となった患者、すでにBCG治療を受けた患者、膀胱全摘を優先して検討すべき超高リスク患者などでは、治療を同じように考えることはできません。

デュルバルマブを加えると、BCGによる膀胱症状だけでなく、免疫チェックポイント阻害薬特有の副作用にも注意する必要があります。免疫の働きが過剰になることで、肺、肝臓、甲状腺、腸、皮膚などさまざまな臓器に炎症が起こることがあるため、治療中に新しい症状が出た場合には担当医へ伝えることが重要です。

2026年に承認されたばかりの治療であるため、従来のBCG単独療法との使い分けについては、患者さんの病理結果、再発・進展リスク、2nd TURBTの結果、全身状態などを踏まえて判断します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」アストラゼネカ「イミフィンジ、日本初かつ唯一の高リスク筋層非浸潤性膀胱癌における免疫併用療法として承認を取得」PMDA「最適使用推進ガイドライン(医薬品)」

BCG後に残存・再発した高リスクNMIBCの治療

BCG膀胱内注入療法を行っても、CISなどの高異型度病変が消えなかったり、一度消えた後に再発したりすることがあります。

この場合に重要なのは、「もう一度BCGを使えばよいのか」「膀胱全摘を行うべきなのか」「膀胱を残す別の治療を検討できるのか」を見極めることです。

BCG後の再発をすべて同じように扱うわけではありません。BCGをどの程度受けたのか、治療終了からどのくらいの期間で再発したのか、CISなのか乳頭状腫瘍なのか、T1なのか、筋層浸潤が起きていないかなどによって治療方針が変わります。

BCG不応性とは

BCG治療後にも高異型度の病変が残っている、または比較的早い時期に再発した患者さんの中には、BCG-unresponsive(BCG不応性)と呼ばれる状態に該当する人がいます。

これは「BCGを1回受けて効かなかった」という意味ではありません。十分なBCG治療を受けたうえで、高異型度NMIBCが一定の条件・期間内に残存または再発した患者さんを対象とする医学的な定義です。

BCGが効きにくい状態で同じ治療を何度も繰り返すと、その間に筋層浸潤や転移へ進展する機会を与えてしまう可能性があります。

そのため、BCG後の高リスク病変では「膀胱を残せる治療があるか」だけでなく、膀胱を残そうとすることで根治の機会を失わないかまで考える必要があります。

根治的膀胱全摘を検討する理由

BCG不応性の高リスクNMIBCでは、筋層までがんが達していない段階であっても、根治的膀胱全摘除術が重要な治療候補になります。

「まだ筋層非浸潤性なのに膀胱を取るのは早すぎる」と感じる人もいるでしょう。

高異型度T1やCISがBCG治療後も残存・再発する場合には、その後に筋層浸潤性膀胱がんへ進む危険性があります。筋層浸潤や転移が起きてから膀胱全摘を行うより、膀胱内にとどまっている段階で手術を行った方が根治を期待しやすい患者さんがいることが、早期全摘を検討する理由です。

膀胱全摘は大きな手術であり、術後には尿路変向が必要です。年齢や持病などから手術による負担が大きい場合もあり、すべての患者さんが同じ選択をするわけではありません。

この問題は「膀胱を残したいか、残したくないか」だけでは決められず、現在の進展リスクと手術による負担の両方を比較して考えます。

膀胱全摘が難しい・希望しない場合の治療をどう考えるか

BCG後に高リスクNMIBCが残存・再発していても、高齢や持病などから膀胱全摘が難しい場合があります。手術の説明を受けたうえで、本人が膀胱温存を強く希望する場合もあります。

こうした患者さんでは、病変の状態やそれまでの治療歴に応じて膀胱温存を目指す治療を検討します。

2026年には、日本でもBCG治療後の特定のCISを対象としてナドファラゲン フィラデノベクが承認されました。

選択肢が増えたことは重要ですが、膀胱温存治療を選べば膀胱全摘と同じ根治性が保証されるという意味ではありません。治療後も膀胱鏡、尿細胞診、必要に応じた生検などで厳密に病変を確認し、再発・進展した場合には改めて全摘を含む治療を検討する必要があります。

2026年承認のナドファラゲン フィラデノベク

2026年5月8日、ナドファラゲン フィラデノベク(商品名:エドスチラドリン膀胱内注入液)が国内承認されました。

日本で承認された対象は、「BCG膀胱内注入療法後に残存・再発した上皮内癌を有する高リスク筋層非浸潤性膀胱癌」で、BCG膀胱内注入療法の再導入の適応とならない患者です。

この条件は重要です。

「BCGが効かなかったNMIBCなら誰でも使える薬」という適応ではありません。国内承認ではCISを有することが条件に含まれています。

ナドファラゲン フィラデノベクは、遺伝子を運ぶための非増殖型アデノウイルスベクターを利用して、膀胱の細胞にインターフェロンα2bをつくらせ、抗腫瘍効果を引き起こすことを狙う治療です。膀胱内へ直接投与します。

厚生労働省は2026年7月に最適使用推進ガイドラインを公表しており、臨床試験では主にBCG-unresponsiveの定義を満たす患者で使用経験があることから、それ以外の患者へ使用する場合には臨床上の必要性を慎重に検討するよう求めています。

治療中は尿細胞診や膀胱鏡を行い、高異型度病変の再発がないかを確認します。

「遺伝子治療=膀胱全摘より優れた治療」という意味ではない

ナドファラゲン フィラデノベクは、日本のBCG治療後高リスクNMIBCに新しい膀胱温存の可能性を加えた治療です。

「遺伝子治療」という新しい言葉から、従来の膀胱全摘より進んだ治療であり、手術の代わりとして全員が選ぶべきだと受け取るのは適切ではありません。

膀胱全摘は、BCG不応性など進展リスクの高いNMIBCに対して根治を目指す重要な治療です。ナドファラゲン フィラデノベクは、国内承認条件に該当し、BCGの再導入が適切ではない患者さんで膀胱温存を目指す新たな選択肢になります。

どちらが適切かを考える際には、病変がCISだけなのかT1なども伴うのか、BCGをいつどの程度受けたのか、筋層浸潤の兆候がないか、膀胱全摘を安全に受けられるか、膀胱を残すことをどの程度希望するかなどを確認します。

BCG後の治療では「膀胱を残せる薬があるか」だけでなく「今の段階で膀胱を残すことが医学的に許容できるか」を確認することが重要です。

参考:厚生労働省「承認された再生医療等製品について」PMDA「エドスチラドリン膀胱内注入液 承認審査情報」厚生労働省「ナドファラゲン フィラデノベク製剤に係る最適使用推進ガイドライン」

筋層浸潤性膀胱がんの手術|根治的膀胱全摘除術

TURBTの病理検査で、がんが膀胱壁の筋層まで入り込んだ筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)と診断された場合、遠隔転移がなければ根治を目指した治療を検討します。その中心となるのが、膀胱そのものを摘出する根治的膀胱全摘除術です。

国立がん研究センターでは、転移のない筋層浸潤性膀胱がんに対する標準治療を膀胱全摘除術としています。現在は手術だけで治療を完結させるとは限らず、再発リスクを下げるために手術前後の薬物療法を組み合わせることも重要になっています。

なぜTURBTだけでは筋層浸潤性膀胱がんを治療できないのか

TURBTでは尿道から内視鏡を入れ、膀胱の内側にある腫瘍を切除します。筋層非浸潤性膀胱がんであれば、TURBTで目に見える腫瘍を取り除いたうえで、再発・進展リスクに応じて膀胱内注入療法や経過観察へ進むことができます。

MIBCでは、がん細胞が膀胱壁の筋肉の中まで入り込んでいます。T3では膀胱周囲の脂肪組織、T4aでは前立腺間質や精のう、子宮、腟など周囲の臓器まで広がっている場合もあり、膀胱の内側から見える腫瘍をTURBTで削るだけでは、こうした病変を十分に切除できません。

「TURBTで腫瘍を取ったのに、なぜ膀胱まで摘出するのか」と疑問に感じる人もいますが、MIBCでは膀胱の内側に見える腫瘍だけではなく、筋層を含めてがんが存在する可能性のある範囲を切除する必要があります。根治的膀胱全摘除術は、そのために行われる手術です。

膀胱とともに骨盤内のリンパ節なども切除する

根治的膀胱全摘除術では、膀胱だけを単独で摘出するのではなく、がんが転移する可能性のある骨盤内リンパ節も切除します。EAU(欧州泌尿器科学会)の2026年ガイドラインでも、所属リンパ節郭清は根治的膀胱全摘除術の一部として行うことが推奨されています。

標準的な手術では、男性は膀胱とともに前立腺、精のう、尿管の一部などを切除し、尿道再発のリスクが高ければ尿道も切除することがあります。女性では従来、膀胱、子宮、腟の一部、尿管の一部、尿道などを含めて切除する手術が行われてきました。

ただし、すべての患者さんで同じ範囲を切除するわけではありません。EAUガイドラインでは、がんが温存する臓器や組織へ及んでいないことを確認したうえで、適切に選択された患者さんでは性機能や生殖機能に関係する臓器・神経を温存する方法も選択肢としています。

性機能・妊孕性への影響は手術前に確認する

膀胱全摘除術では生殖器官を同時に切除することがあるため、排尿方法だけではなく性機能や妊孕性にも影響する可能性があります。

男性では前立腺や精のうを摘出すると、手術前と同じような射精はできなくなります。勃起に関係する神経が影響を受ければ、勃起機能が低下することもあります。がんの位置や広がりなどの条件を満たせば神経などを温存できる場合がありますが、がんを安全に切除できることが前提です。

女性でも、子宮や卵巣、腟などの切除範囲によって妊孕性や性生活への影響が異なります。EAUガイドラインでは、適切に選択された女性では子宮・卵巣・腟などを温存する手術も検討できるとしています。

将来子どもを持つことを希望している場合には、手術だけでなく薬物療法によって妊孕性が低下する可能性もあるため、治療開始前に相談することが重要です。国立がん研究センターも、膀胱がんの治療が妊孕性に影響する可能性があることから、希望がある場合には治療開始前に担当医へ相談するよう案内しています。

開腹手術とロボット支援手術

膀胱全摘除術には、腹部を切開して行う開腹手術と、腹部に複数の小さな穴を開けて手術支援ロボットを操作するロボット支援膀胱全摘除術があります。

EAUの2026年ガイドラインでは、ロボット支援手術と開腹手術を比較した複数の無作為化試験をまとめた結果、90日以内の合併症、切除断端、一定期間の再発・生存、生活の質には大きな差が示されていません。ロボット支援手術では出血量が少ない傾向がある反面、手術時間は長くなる傾向があります。

ロボット支援手術だから必ず治療成績がよく、開腹手術だから劣るという関係ではありません。EAUガイドラインでも、手術方法そのものだけではなく、執刀医や医療機関の経験が治療結果に関係する重要な要素とされています。

年齢だけで膀胱全摘ができるかを決めるわけではない

膀胱がんは高齢者にも多いため、「80歳だから膀胱全摘はできないのでは」と心配する人もいます。

膀胱全摘除術は尿路変向術も同時に行う大きな手術なので、手術を安全に受けられるか慎重な評価が必要です。ただし、判断基準は年齢だけではありません。

EAUの2026年ガイドラインでは、暦年齢よりもフレイル(加齢などによって心身の予備能力が低下した状態)の方が重要であり、80歳を超えていても膀胱全摘除術が選択肢になるとしています。心臓・肺・腎臓などの機能、持病、栄養状態、日常生活の自立度、認知機能などを含めて、手術に耐えられる状態かを評価します。

高齢でも体の状態が保たれていれば手術を受けられる場合がある一方、年齢が若くても重い持病などによって手術の負担が大きくなる場合があります。手術を検討するときには、「何歳か」だけではなく、現在の全身状態とがんの進行度を合わせて判断します。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Disease Management」

尿路変向術|膀胱を摘出した後、尿をどう出すのか

膀胱は尿をつくる臓器ではなく、腎臓でつくられた尿を一時的にためる臓器です。膀胱を摘出した後も腎臓では尿がつくられ続けるため、新しく尿を体外へ出す経路をつくらなければなりません。この手術を尿路変向術といいます。

日本で主に行われている方法には、尿管皮膚ろう、回腸導管、自排尿型新膀胱があります。国立がん研究センターでは、国内で最も多く行われているのは回腸導管としています。

どの方法にも利点と負担があり、医学的に1つの方法がすべての患者さんに最も優れているわけではありません。がんの位置、尿道を残せるか、腎機能や腸の状態、持病、認知機能、生活状況、本人の希望などを踏まえて選択します。

尿路変向 尿の出し方 生活上の主な特徴
尿管皮膚ろう 尿管を腹壁へ直接つなぎ、ストーマから尿を排出する 腸を使わないため手術を比較的簡略化できる。状態によっては尿管ステントなどの管理が必要になる
回腸導管 小腸の一部を尿の通り道として使い、腹部のストーマから採尿袋へ尿を排出する 国内で最も多く行われている。尿は常にストーマへ流れるため、ストーマ装具を使用して管理する
自排尿型新膀胱 腸から尿をためる袋をつくって尿道につなぎ、尿道から排尿する 腹部のストーマを必要としないが、正常な膀胱と同じ排尿機能ではない。排尿訓練や自己導尿が必要になる場合がある

ストーマを造設した場合は排尿管理の方法が変わる

尿管皮膚ろうや回腸導管では、腹部につくった尿の出口である尿路ストーマから尿を排出します。もともとの膀胱のように尿をためてから自分の意思で排尿する仕組みではないため、採尿袋などのストーマ装具を使用します。

手術後には、装具の交換、尿の捨て方、ストーマ周囲の皮膚の観察、入浴時の管理などを練習します。自宅へ戻った後も必要に応じて、皮膚・排泄ケア認定看護師などからストーマ管理について支援を受けることができます。

ストーマがあること自体で外出や日常生活ができなくなるわけではありませんが、手術前とは尿の管理方法が変わります。膀胱全摘を受ける前には、「膀胱を取るかどうか」だけでなく、その後どのような排尿方法になるのかまで説明を受けておくことが大切です。

新膀胱は「元の膀胱と同じ状態に戻す手術」ではない

自排尿型新膀胱では、小腸などの一部を使って尿をためる袋をつくり、尿道につなぎます。腹部に尿路ストーマを造らず、尿道から排尿できることが大きな特徴です。

ただし、腸からつくった新膀胱には、もともとの膀胱と同じように尿がたまったことを感じる機能や、自ら収縮して尿を押し出す機能がありません。腹圧を利用して尿を出す方法を身につけ、一定の時間ごとに排尿する必要があります。

国立がん研究センターでは、新膀胱では4時間おきの排尿を1つの目安としており、水分摂取量や発汗量によって実際の排尿間隔は変わるとしています。特に手術後しばらくは夜間の尿漏れがみられることがあり、自力で十分に尿を出せない場合には、細い管を尿道から入れて尿を排出する自己導尿が必要になることもあります。

尿道にがんがある場合や尿道再発のリスクが問題になる場合には、新膀胱を選択できないことがあります。EAUガイドラインでは、重い腎機能・肝機能障害なども自排尿型新膀胱を含む禁制型尿路変向を選択する際の重要な条件としています。

尿路変向は術後の生活まで考えて選ぶ

尿路変向術では、ストーマがないことだけを理由に新膀胱が優れているとはいえません。新膀胱では尿道から排尿できる反面、排尿訓練、尿漏れへの対応、場合によっては自己導尿などの自己管理が必要になります。

尿管皮膚ろうは腸を使用しないため、手術を簡略化しやすい方法です。EAUガイドラインでは、フレイルのある患者さんなどでは尿管皮膚ろうが選択されることがあるとしています。回腸導管は長く使用されてきた確立した方法で、日本でも最も多く行われていますが、ストーマ装具による管理が必要です。

尿路変向は手術後も長期間付き合っていく排尿方法です。EAUガイドラインでは、尿路変向を選択するときに持病、心肺機能や認知機能、本人の希望、社会的な支援状況などを考慮する必要があるとしています。どの方法なら自分の生活の中で管理を続けやすいかを、手術前に医師や看護師と具体的に確認しておくことが重要です。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Disease Management」

筋層浸潤性膀胱がんの周術期薬物療法

転移のない筋層浸潤性膀胱がんでは、膀胱全摘除術の前後に薬物療法を組み合わせることがあります。手術前に行う治療を術前補助療法(ネオアジュバント療法)、手術後に行う治療を術後補助療法(アジュバント療法)と呼びます。

画像検査で遠隔転移が見つかっていなくても、検査では確認できないほど小さながん細胞がすでに膀胱の外へ広がっている可能性があります。周術期薬物療法には、こうした微小ながん細胞まで含めて治療し、手術後の再発リスクを下げる目的があります。

なぜ手術前に薬物療法を行うのか

シスプラチンを含む術前化学療法は、MIBCで長く用いられてきた治療です。EAUの2026年ガイドラインでは、シスプラチンを使用できるT2~T4aなどのMIBCに対して、シスプラチンを含む併用療法を術前に行うことを推奨しています。

術前治療を行う理由の1つは、膀胱の外にすでに存在している可能性のある微小ながん細胞へ、早い段階から全身治療を行えることです。また、膀胱全摘除術後には腎機能が低下する場合があるため、手術前の方がシスプラチンを使用しやすい患者さんもいます。

手術前に薬物療法を行った後は膀胱全摘除術へ進み、摘出した組織を病理検査することで、がんがどの程度治療に反応したかも確認できます。

シスプラチンを使えるかどうかを確認する

MIBCの周術期治療では、シスプラチンを安全に使用できる状態かが重要な判断材料になります。

シスプラチンは腎機能への影響があるため、腎機能が低下している場合には使用が難しくなることがあります。聴力障害、末梢神経障害、全身状態なども考慮して判断します。

「高齢だからシスプラチンを使えない」と年齢だけで決まるわけではありません。現在の腎機能や持病、日常生活をどの程度自立して送れているかなどを確認したうえで治療可能かを判断します。

シスプラチンを使用できない患者さんに対して、シスプラチンを単純にカルボプラチンへ置き換えれば同じ術前治療になるわけでもありません。EAUの2026年ガイドラインでは、シスプラチン不適格のMIBCに対してカルボプラチンを含む併用化学療法を術前治療として使用しないことを推奨しています。

GC療法・dose-dense MVAC療法

シスプラチンを使った代表的な術前化学療法の1つが、ゲムシタビンとシスプラチンを組み合わせるGC療法です。

別の選択肢として、メトトレキサート、ビンブラスチン、ドキソルビシン、シスプラチンを組み合わせ、投与間隔を短縮したdose-dense MVAC療法(dd-MVAC療法)があります。

GC療法とdd-MVAC療法を比較したVESPER試験では、術前治療を受けた患者さんの5年時点の解析で、dd-MVAC群の無増悪生存期間と全生存期間が良好でした。一方、強い倦怠感や消化器症状などはdd-MVACで多くみられています。

どちらを選ぶかは、治療効果だけでなく全身状態や副作用への耐えやすさなども踏まえて判断します。治療名だけを見るのではなく、自分にその治療が選ばれた理由を担当医へ確認することが大切です。

デュルバルマブ+GC療法→膀胱全摘→デュルバルマブ

MIBCの周術期治療には、免疫チェックポイント阻害薬を手術前後に組み込む方法も加わっています。

2025年9月19日、PD-L1阻害薬デュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)が「膀胱癌における術前・術後補助療法」として日本で承認されました。

承認の根拠となった国際第Ⅲ相NIAGARA試験では、切除可能なMIBC患者さんを対象に、手術前のGC療法だけを行う治療と、GC療法にデュルバルマブを加え、膀胱全摘後もデュルバルマブを投与する治療が比較されました。

デュルバルマブを組み込んだ群では、病勢進行、再発、膀胱全摘を受けられなかったこと、死亡を合わせたイベントのリスクが32%低下し、死亡リスクも25%低下しました。2年時点の無イベント生存割合はデュルバルマブ群67.8%、対照群59.8%、2年全生存割合は82.2%と75.2%でした。

国内で承認された用法では、術前にGC療法とデュルバルマブを3週間間隔で最大4回投与し、膀胱全摘除術後にはデュルバルマブ単剤を4週間間隔で最大8回投与します。

これによって、シスプラチンを使用できるMIBCでは、従来の「術前化学療法を行ってから手術する」という方法に加え、手術前から免疫チェックポイント阻害薬を組み込み、膀胱全摘後も治療を続ける周術期治療が国内でも承認済みの選択肢になっています。

術後補助ニボルマブを検討する場合

免疫チェックポイント阻害薬では、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)も尿路上皮がんの術後補助療法として国内承認されています。

2022年3月に承認されたもので、根治切除後にも再発リスクが高い筋層浸潤性尿路上皮がんの患者さんが対象です。承認の根拠となった国際第Ⅲ相CheckMate 274試験では、術後ニボルマブによる無病生存期間の改善が示されました。

デュルバルマブによる周術期治療とニボルマブによる術後補助療法は、どちらも免疫チェックポイント阻害薬を使用しますが、同じ治療ではありません。デュルバルマブは手術前からGC療法と併用し、膀胱全摘後も継続する治療として承認されています。ニボルマブは、根治切除を受けた後に再発リスクなどを踏まえて検討する術後補助療法です。

デュルバルマブを術前・術後に使用した患者さんが、その後さらに全員ニボルマブを使用するという治療経路ではありません。手術前にどの治療を受けたか、手術後の病理結果、再発リスクなどによって治療方針を判断します。

術前治療と術後治療は全員同じ組み合わせではない

MIBCの周術期治療では、手術前に薬物療法を行い、膀胱全摘後には必ず別の薬を追加するという固定された順番があるわけではありません。

シスプラチンを使用できるか、免疫チェックポイント阻害薬を使用できるか、術前に何を投与したか、膀胱全摘後の病理検査でどの程度のがんが残っていたかなどによって治療計画は変わります。

新しい治療が増えたことで選択肢は広がっていますが、「薬を多く組み合わせるほど治療効果が高い」と単純に考えるものではありません。臨床試験で有効性と安全性が確認された治療の組み合わせと順番に沿って、自分の病状に適した治療を選ぶ必要があります。

EV+ペムブロリズマブの周術期療法は日本で適応追加申請されている

抗体薬物複合体のエンホルツマブ ベドチン(EV、商品名:パドセブ)と、PD-1阻害薬ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)を手術前後に使用する治療も開発が進んでいます。

シスプラチン不適格MIBCを対象とした国際第Ⅲ相EV-303/KEYNOTE-905試験では、周術期EV+ペムブロリズマブによって、手術単独と比較して再発・病勢進行・死亡のリスクと死亡リスクが低下しました。EAUの2026年ガイドラインでは、この結果を受け、シスプラチン不適格MIBCに対する周術期EV+ペムブロリズマブを推奨しています。

ただし、海外のガイドライン上の位置づけと日本国内の承認状況は分けて考える必要があります。

日本では、シスプラチン不適格MIBCに対する周術期EV+ペムブロリズマブについて2026年1月30日に適応追加申請が行われました。さらに、シスプラチンを使用できるMIBCについても、EV-304/KEYNOTE-B15試験の結果に基づき2026年5月14日に国内で適応追加申請されています。

2026年9月7日時点では、この記事では国内承認済みの標準治療とは区別し、承認申請された治療として扱います。これは、同日時点までに確認できたアステラス製薬、PMDAなどの国内公表情報に基づく判断です。

なお、切除不能・転移性尿路上皮がんに対するEV+ペムブロリズマブはすでに国内承認されていますが、MIBCの手術前後に使用する周術期治療とは適応が異なります。

参考:European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Disease Management」アストラゼネカ「イミフィンジ、日本初の膀胱がんにおける術前・術後補助療法の免疫療法薬として承認取得」PMDA「最適使用推進ガイドライン(医薬品)」小野薬品工業「オプジーボ 尿路上皮癌における術後補助療法 国内承認」アステラス製薬「シスプラチン不適応MIBCに対するパドセブ+キイトルーダ 国内適応追加申請」アステラス製薬「シスプラチン適応MIBCに対するパドセブ+キイトルーダ 国内適応追加申請」

膀胱を残す治療|TURBT+化学放射線療法による膀胱温存

転移のない筋層浸潤性膀胱がんの標準治療は膀胱全摘除術ですが、すべての患者さんが膀胱を摘出するわけではありません。

高齢や持病などによって大きな手術を受けることが難しい場合や、患者さんが膀胱を残すことを希望している場合には、TURBT、薬物療法、放射線治療を組み合わせて根治と膀胱温存を目指す治療を検討することがあります。

代表的なのがTrimodality Therapy(TMT:三者併用療法)です。EAUの2026年ガイドラインでは、適切な患者さんでは根治的膀胱全摘除術とTMTの両方を根治治療の選択肢として説明することを推奨しています。

TMTは「TURBTだけで膀胱を残す治療」ではない

TMTでは、まずTURBTによって目に見える膀胱内の腫瘍をできるだけ切除します。その後、膀胱へ放射線を照射しながら、放射線の効果を高める薬物療法を併用します。

筋層浸潤性膀胱がんに対して内視鏡で腫瘍だけを削り、そのまま膀胱を残して経過を見る治療ではありません。TURBT、放射線治療、薬物療法を組み合わせることで、がんの根治と膀胱機能の温存を目指します。

膀胱を摘出しないという点だけを見ると手術より簡単な治療に感じるかもしれませんが、一定期間に複数の治療を組み合わせ、その後も長期間の経過観察を続ける必要があります。

誰でも膀胱温存を選べるわけではない

TMTで良好な治療成績を得るためには、患者さんと腫瘍の選択が重要です。

EAUの2026年ガイドラインでは、単発のcT2~T3a腫瘍、広範囲または多発するCISがないこと、水腎症がないか片側に限られていること、治療前の膀胱機能が良好であることなどを、TMTに適した患者さんの特徴として挙げています。TURBTで目に見える腫瘍をできるだけ切除できることも重要です。

これらは、1つ条件から外れたら必ずTMTを受けられないという単純な基準ではありません。病期、腫瘍の大きさや数、CISの有無、水腎症、TURBTの結果、膀胱機能、全身状態などを総合的に確認します。

EAUガイドラインでは、MIBCの治療開始前に多職種で検討し、膀胱全摘と膀胱温存の両方が可能な患者さんには、それぞれについて説明して意思決定を行うことを推奨しています。

放射線治療だけでなく薬物療法を組み合わせる

根治を目指すTMTでは、放射線治療だけを行うのではなく、放射線の効果を高める薬物療法を同時に行う化学放射線療法が基本になります。

EAUの2026年ガイドラインでは、シスプラチンのほか、5-FU+マイトマイシンC、ゲムシタビンなどが放射線治療と組み合わせる薬物療法として挙げられています。化学療法を併用した放射線治療は、放射線治療単独よりも膀胱温存治療として有効であることが示されています。

MIBCの周術期薬物療法ではシスプラチンを使用できるかが重要ですが、シスプラチンを使用できないことだけを理由にTMTそのものが不可能になるとは限りません。腎機能などに応じて、5-FU+マイトマイシンCや低用量ゲムシタビンなどを使用できる場合があります。

治療中には頻尿、排尿痛、下痢、疲労感などがみられることがあります。治療終了後にも膀胱容量の低下や排尿機能の変化などが残る場合があるため、膀胱を摘出しないことと、治療による負担が小さいことは同じではありません。

膀胱を残せても経過観察は続く

TMTでは治療後も膀胱そのものが体内に残ります。自分の膀胱から排尿できる可能性を残せる一方、膀胱内に再びがんが発生する可能性も考え続けなければなりません。

EAUの2026年ガイドラインでは、TMT後には膀胱内再発だけでなく、上部尿路、尿道、リンパ節、遠隔臓器への再発や治療による晩期合併症を確認するため、厳密な経過観察が必要としています。

膀胱鏡については、最初の2年間は3カ月ごと、その後5年までは6カ月ごと、それ以降は年1回という専門家コンセンサスが示されています。尿細胞診や胸部・腹部・骨盤部のCTまたはMRIなども組み合わせて経過を確認します。

膀胱を温存できたから治療が完全に終了するわけではなく、長期間にわたって膀胱鏡などの検査を受け続けることがTMTの一部と考える必要があります。

再発した場合には救済膀胱全摘が必要になることがある

TMT後に膀胱内へ再発しても、すべての患者さんが直ちに膀胱全摘となるわけではありません。筋層非浸潤性の病変として再発した場合には、病変の性質に応じてTURBTや膀胱内注入療法などを検討できることがあります。

筋層浸潤性膀胱がんとして再発した場合や、局所のがんを膀胱温存治療で十分に制御できない場合には、救済膀胱全摘除術を検討します。EAUガイドラインでも、TMT後に筋層浸潤性の膀胱内再発がみられた場合には、手術が可能であれば速やかに救済膀胱全摘を検討することが示されています。

膀胱温存療法は、膀胱全摘より負担の軽い治療を選ぶという意味ではありません。TURBT、薬物療法、放射線治療を組み合わせ、治療後にも厳密な経過観察を続けることで膀胱を残しながら根治を目指す治療です。

膀胱全摘とTMTの両方が可能な場合には、がんの治療成績だけでなく、現在の膀胱機能、尿路変向後の生活、化学放射線療法を受けるための通院、治療後の定期的な膀胱鏡検査、再発時に救済膀胱全摘が必要になる可能性なども理解したうえで選択します。こうした治療後の生活や本人が何を優先するかまで含めて意思決定することは、EAUガイドラインでも重視されています。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Disease Management」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Follow-up and Surveillance」

転移・根治切除不能尿路上皮がんの薬物療法

膀胱がんが遠隔臓器へ転移している場合や、周囲へ大きく広がって根治的な手術が難しい場合には、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

この段階の薬物療法では、膀胱に発生したがんだけでなく、腎盂・尿管・尿道などに発生した尿路上皮がんも含めた「根治切除不能な尿路上皮がん」を対象として臨床試験や薬剤承認が行われていることが多く、膀胱原発の尿路上皮がんにも同じ治療体系が用いられます。

以前は、まず「シスプラチンを使えるか」を判断し、使用できればGC療法など、使用できなければカルボプラチンを含む治療などを選ぶ流れが中心でした。現在も腎機能や全身状態を確認してシスプラチンやプラチナ製剤を使用できるか判断することは重要ですが、2024年以降、新しい一次治療が相次いで国内承認されたことで、シスプラチン適格・不適格だけを最初の分岐として治療を決める時代ではなくなっています。

日本泌尿器科学会が2025年5月に更新した治療フローでは、エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ、ニボルマブ+GC療法、プラチナ製剤を含む化学療法+アベルマブ維持療法などが一次治療の選択肢として示されています。

EV+ペムブロリズマブ|現在の一次治療で重要な選択肢

エンホルツマブ ベドチン(EV、商品名:パドセブ)+ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)は、根治切除不能な尿路上皮がんに対する一次治療として、2024年9月24日に日本で承認されました。

EVは、尿路上皮がん細胞などに発現するNectin-4(ネクチン4)というタンパク質を標的とする抗体薬物複合体(ADC)です。抗体に細胞障害性薬剤をつなぎ、Nectin-4を目印としてがん細胞へ薬剤を届けます。ペムブロリズマブはPD-1という免疫チェックポイントを阻害し、免疫細胞ががんを攻撃する力を保つ薬です。

承認の根拠となった国際第Ⅲ相EV-302/KEYNOTE-A39試験では、未治療の局所進行・転移性尿路上皮がん患者を対象として、EV+ペムブロリズマブとプラチナ製剤を含む化学療法が比較されました。

全生存期間の中央値はEV+ペムブロリズマブ群31.5カ月、化学療法群16.1カ月で、死亡リスクは53%低下しました。無増悪生存期間の中央値も12.5カ月と6.3カ月で、病勢進行または死亡のリスクが55%低下しています。

この結果によって、進行尿路上皮がんの一次治療は大きく変わりました。日本泌尿器科学会の2025年アップデートでも、シスプラチンを使用できる患者だけでなく、シスプラチンを使用できないもののプラチナ製剤による治療が可能な患者についても、EV+ペムブロリズマブが一次治療の選択肢として示されています。

ニボルマブ+GC療法|シスプラチンを使える場合の選択肢

シスプラチンを使用できる患者さんでは、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)+ゲムシタビン+シスプラチン(GC療法)も一次治療の選択肢です。

2024年12月27日、ニボルマブはシスプラチンおよびゲムシタビンとの併用で「根治切除不能な尿路上皮癌」に対する国内承認を取得しました。

承認の根拠となったCheckMate 901試験では、未治療でシスプラチンを使用できる切除不能・転移性尿路上皮がん患者を対象として、ニボルマブ+GC療法とGC療法単独が比較され、全生存期間と無増悪生存期間の改善が示されました。

国内で承認された治療では、ニボルマブとGC療法を一定期間併用した後、ニボルマブ単剤へ移行します。

この治療はシスプラチンを含むため、腎機能、聴力、末梢神経障害、全身状態などを確認し、シスプラチンを安全に使用できるかを判断する必要があります。

プラチナ製剤による化学療法後にアベルマブ維持療法を行う場合

従来から用いられているGC療法や、シスプラチンを使用できない患者さんに対するゲムシタビン+カルボプラチン療法(GCarbo療法)も、現在の治療選択肢として残っています。

この場合、プラチナ製剤を含む一次化学療法を4~6サイクル行い、がんが進行していなければアベルマブ(商品名:バベンチオ)による維持療法へ移行する方法があります。

アベルマブはPD-L1を標的とする免疫チェックポイント阻害薬です。根治切除不能な尿路上皮がんに対する化学療法後の維持療法として2021年に国内承認されています。

ここでいう維持療法は、化学療法が効かなくなったため別の薬へ変更する「二次治療」とは異なります。一次化学療法で病勢進行が認められていない段階で、得られた効果をできるだけ長く維持するために治療を切り替えるという考え方です。

EV+ペムブロリズマブやニボルマブ+GC療法を受けた患者さんが、その後全員アベルマブ維持療法へ進むわけではありません。アベルマブ維持療法は、プラチナ製剤による一次化学療法を受け、病勢が進行していない患者さんを対象とする治療です。

シスプラチンもプラチナ製剤も使いにくい場合

腎機能や全身状態などによってシスプラチンを使用できない場合でも、カルボプラチンを使用できればGCarbo療法などを検討できます。

さらに全身状態が低下しているなどの理由でプラチナ製剤そのものを使用することが難しい場合には、ペムブロリズマブ単独、ゲムシタビン単独、タキサン系薬剤などを検討する場合があります。

日本泌尿器科学会の2025年治療フローでも、プラチナ製剤不適格患者ではこうした選択肢が示されています。

同じ「ステージ4」「転移あり」であっても、腎機能や全身状態、これまで受けた治療によって使える薬は異なります。現在の病状だけではなく、これまで何を使ったかが次の治療を決める重要な情報になります。

病気が進行した後の治療は「これまで何を使ったか」で変わる

一次治療後に病気が進行した場合には、一次治療で使用した薬と同じ系統を単純に繰り返すのではなく、治療歴を確認して別の作用を持つ薬を検討します。

日本泌尿器科学会の2025年治療フローでは、EV+ペムブロリズマブ後にはプラチナ製剤を含む化学療法や、FGFR3遺伝子異常がある場合のエルダフィチニブが選択肢として示されています。ニボルマブ+GC療法後や、プラチナ製剤+アベルマブ維持療法後には、EV単剤やエルダフィチニブなどが候補になります。

治療の順番はすべての患者さんで同じではありません。がんがどの治療に反応したか、副作用がどの程度残っているか、腎機能や全身状態がどう変化したか、FGFR3遺伝子異常があるかなどを確認しながら次の治療を選びます。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン 2019年版増補版 2025年5月アップデート」アステラス製薬「パドセブ+キイトルーダ 根治切除不能な尿路上皮癌の一次治療として国内承認」小野薬品工業「オプジーボ+シスプラチン+ゲムシタビン 根治切除不能な尿路上皮癌で国内承認」PMDA「バベンチオ点滴静注200mg」

FGFR3などの遺伝子検査|再発・転移時に治療が変わる場合がある

がんの治療では、どの臓器から発生したかだけでなく、がん細胞が持っている遺伝子の特徴によって薬を選べる場合があります。

進行した尿路上皮がんで現在特に重要なのが、FGFR3遺伝子変異・融合遺伝子です。

2024年12月27日、日本でFGFR阻害薬エルダフィチニブ(商品名:バルバーサ)が承認されたことで、FGFR3遺伝子異常の有無が実際の治療選択に直接つながるようになりました。

FGFR3遺伝子異常があるとエルダフィチニブを検討できる場合がある

FGFRは、細胞の増殖や生存などに関係するシグナルを伝えるタンパク質です。尿路上皮がんの一部ではFGFR3遺伝子に変異や融合が起こり、FGFRを介したシグナルががん細胞の増殖に関与しています。

エルダフィチニブはFGFRを阻害する内服薬です。

日本で承認されている効能・効果は、「がん化学療法後に増悪したFGFR3遺伝子変異又は融合遺伝子を有する根治切除不能な尿路上皮癌」です。

2024年12月27日に承認され、2025年7月16日に薬価収載・発売されました。日本で尿路上皮がんに対して承認された初めてのFGFR阻害薬です。

承認の根拠となった国際第Ⅲ相THOR試験では、FGFR遺伝子異常があり、PD-1/PD-L1阻害薬を含む治療後に病勢が進行した患者さんにおいて、エルダフィチニブは化学療法と比較して死亡リスクを36%低下させました。

重要なのは、FGFR3遺伝子異常が見つかったからといって、診断直後からエルダフィチニブを使用するわけではないことです。国内承認では、がん化学療法後に増悪した根治切除不能な尿路上皮がんが対象となっています。

エルダフィチニブを使うにはFGFR3遺伝子を調べる

エルダフィチニブは、FGFR3遺伝子異常がある患者さんだけを対象とする治療です。そのため、治療前にがん細胞のFGFR3遺伝子変異または融合遺伝子を調べます。

エルダフィチニブの適応判定には、therascreen FGFR遺伝子変異・融合遺伝子検出キット RGQ「キアゲン」がコンパニオン診断薬として用いられます。この検査では、尿路上皮がんの組織からFGFR3遺伝子の特定の変異や融合遺伝子を調べます。

コンパニオン診断薬とは、その薬の効果が期待できる患者さんを選ぶために、薬の使用と組み合わせて用いられる検査です。

進行尿路上皮がんでは、治療を何段階も進めた後にFGFR3検査を初めて考えるのではなく、今後エルダフィチニブが候補になる可能性も踏まえ、どの段階で検査しておくかを担当医と確認しておくとよいでしょう。

Nectin-4を標的とするEVでもNectin-4検査は必須ではない

エンホルツマブ ベドチン(EV)は、Nectin-4を標的とする抗体薬物複合体です。

この説明を聞くと、「HER2治療のように、Nectin-4陽性かどうかを検査してから使うのでは」と考えるかもしれません。

しかし、尿路上皮がんにEVを使用する際、Nectin-4の発現陽性を確認することは国内承認上の必須条件ではありません。

国内のパドセブの効能・効果には、Nectin-4発現による患者選択は設定されていません。FGFR3遺伝子異常を確認して使用するエルダフィチニブとは、この点が異なります。

「標的となる分子がある薬」と「その分子を検査して陽性患者だけに使用する薬」は、必ずしも同じではありません。

がん遺伝子パネル検査を検討する場合

FGFR3のように特定の薬の適応を判断するために特定の遺伝子を調べる検査とは別に、多数の遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査(がんゲノムプロファイリング検査)があります。

保険診療でがん遺伝子パネル検査を受けるには条件があり、標準治療がない、または標準治療の終了が見込まれる固形がんなどが対象となります。実際に検査できるかは、病状や全身状態などを踏まえて判断されます。

検査によって治療につながる可能性のある遺伝子異常や、参加できる治験・臨床試験が見つかる場合があります。一方、遺伝子異常が見つかっても、その異常に対して国内で使用できる薬が存在するとは限りません。

国立がん研究センターのがんゲノム情報管理センターでは、がん遺伝子パネル検査の結果に基づいて新たな治療選択肢が提示される人はおよそ半数で、提示された治療が比較的早期に実施された人は10%程度と説明しています。

そのため、「がん遺伝子パネル検査を受ければ自分専用の薬が必ず見つかる」と考えるのではなく、標準治療との関係や検査を行うタイミングを確認したうえで検討します。

参考:ジョンソン・エンド・ジョンソン「尿路上皮がん治療薬 バルバーサ発売のお知らせ」キアゲン「therascreen FGFR RGQ RT-PCR Kit」アステラス製薬「パドセブ 根治切除不能な尿路上皮癌に対する一次治療の国内承認」国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター「検査を受けたいときは」国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター「がん遺伝子パネル検査とは」

膀胱がん治療の副作用と治療後の生活

膀胱がんでは、TURBT、BCG膀胱内注入療法、膀胱全摘除術、放射線治療、細胞障害性抗がん薬、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬、FGFR阻害薬など、病状によって異なる治療を使用します。

副作用も治療によって大きく異なります。治療開始前には「どんな副作用があるか」だけではなく、いつ起こりやすいのか、どの症状が出たら病院へ連絡するのか、仕事や食事などの日常生活をどう調整するのかまで確認しておくことが重要です。

プラチナ製剤を含む化学療法では体調の波を考えて生活を調整する

GC療法などの細胞障害性抗がん薬では、吐き気、食欲低下、倦怠感、骨髄抑制による白血球・血小板・赤血球の減少などが起こることがあります。シスプラチンでは腎機能障害、聴力障害、末梢神経障害などにも注意します。

副作用の出方には個人差がありますが、投与後の一定期間に体調が落ち、その後次の治療までに回復するという周期がみられることがあります。

仕事を続ける場合には、治療日だけ休めばよいとは限りません。自分の場合に投与後何日目ごろが最もつらくなりやすいのかが分かってきたら、その時期に重要な仕事や長時間の外出を減らすなど、治療周期に合わせて予定を調整する方法があります。

食事が十分に取れない、嘔吐が続く、水分が取れない、発熱があるといった場合には、次の診察日まで我慢せず医療機関へ連絡します。

参考:国立がん研究センター「薬物療法」国立がん研究センター「免疫療法 もっと詳しく」

EVでは皮膚症状・しびれ・高血糖などに注意する

エンホルツマブ ベドチン(EV)では、皮膚障害、末梢神経障害、高血糖、血球減少、下痢などが起こることがあります。間質性肺疾患などの重い副作用にも注意が必要です。

末梢神経障害では、手足のしびれや感覚の低下が少しずつ強くなることがあります。箸やボタンを扱いにくくなる、物を落としやすくなる、歩くときに足元が分かりにくいといった変化は、日常生活や仕事にも影響します。

症状が強くなってから伝えるのではなく、軽い段階から担当医へ伝えることが重要です。副作用の程度によって、休薬や減量などを検討する場合があります。

皮疹も軽いものだけとは限りません。急速に広がる皮疹、水ぶくれ、皮膚の痛み、口や目など粘膜の異常を伴う場合には、早めの対応が必要です。

参考:PMDA「パドセブ 一般の方向け医薬品情報」

免疫チェックポイント阻害薬の副作用は治療中だけとは限らない

ペムブロリズマブ、ニボルマブ、デュルバルマブ、アベルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬は、免疫ががんを攻撃する力を保つことで治療効果を発揮します。

免疫が正常な臓器まで攻撃すると、肺炎、大腸炎、肝機能障害、甲状腺機能障害、副腎機能障害、腎炎、皮膚障害など、さまざまな免疫関連有害事象が起こることがあります。

国立がん研究センターでは、免疫チェックポイント阻害薬の副作用について、起こる時期や場所を予測することが難しいと説明しています。治療を終了した後に症状が現れることもあるため、治療中だけ注意すればよいわけではありません。

新しく咳や息切れが出た、下痢が続く、極端にだるい、食欲がない、動悸がする、急に体重が変化したなど、治療前にはなかった症状があれば、薬と関係がないと自己判断せず治療を受けている医療機関へ相談します。

参考:PMDA「キイトルーダ 一般の方向け医薬品情報」

エルダフィチニブでは目の症状と血清リン値を確認する

エルダフィチニブでは、高リン血症、目の障害、口内炎、下痢、爪や皮膚の変化、味覚異常などが起こることがあります。

PMDAの患者向医薬品ガイドでは、網膜剥離などの眼障害が起こる可能性があるため、治療中に定期的な眼科検査を行うこと、高リン血症を確認するため定期的に血液中のリン濃度を測定することが示されています。

見えにくい、物がゆがんで見える、視野に異常があるなどの症状を感じた場合には、次回受診まで様子を見るのではなく速やかに相談します。

口内炎や味覚の変化は、重症でなくても食事量の低下につながることがあります。体重減少や栄養状態の悪化が治療継続に影響することもあるため、食べにくさについても医療者へ伝えることが大切です。

参考:PMDA「バルバーサ錠3mg/4mg/5mg」

副作用が出たからといって必ず治療を中止するわけではない

薬物療法では、副作用が出た場合に投与を一時的に休む、薬の量を減らす、治療間隔を延ばす、副作用に対する治療を行うなどの方法があります。

治療計画どおりの量を一度も変更せず続けること自体が目的ではありません。治療効果を維持しながら安全に継続するために、体調に応じて治療を調整することがあります。

反対に、「副作用が怖いから」と自分で薬を中止したり、処方された量を減らしたりすることも避けます。症状が生活や仕事にどの程度影響しているかを医師や看護師、薬剤師に伝え、治療を続けるための方法を一緒に考えます。

緩和ケア・支持療法はがん治療と並行して受けられる

膀胱がんの治療では、がんそのものや治療によって生じるつらさを和らげる緩和ケア・支持療法も利用できます。緩和ケアは、治療の選択肢がなくなった後や終末期だけに受けるものではありません。がんと診断されたときから、手術や薬物療法、放射線治療などと並行して受けることができます。

対象になるのは痛みだけではありません。吐き気、食欲低下、倦怠感、息苦しさなどの身体的な症状に加えて、治療や将来への不安、仕事や家族に関する悩みなども相談できます。つらさの内容に応じて、担当医や看護師、薬剤師、緩和ケアチームなどが対応します。

また、進行した膀胱がんでは、膀胱からの出血や骨転移による痛みなどを和らげる目的で放射線治療を行うこともあります。これは根治を目指す膀胱温存療法の放射線治療とは目的が異なり、症状を軽くして日常生活を送りやすくするための治療です。

緩和ケアや支持療法を受けることは、がんに対する治療をやめるという意味ではありません。治療中だけでなく治療後も、痛みや体調の変化、生活上の困りごとがあれば、次の診察まで我慢せず医療者へ相談できます。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」国立がん研究センター「緩和ケア」

膀胱がんの再発と経過観察

膀胱がんでは、治療によって腫瘍が見えなくなった後も定期的な経過観察が重要です。

特に筋層非浸潤性膀胱がんは、治療後に膀胱内へ新たな腫瘍が現れることが比較的多く、最初の治療が終了した後も膀胱鏡などで再発を確認します。

一方、筋層浸潤性膀胱がんでは、膀胱全摘後に骨盤内、リンパ節、肺、肝臓、骨などへ再発する場合があります。残っている尿路上皮から、腎盂・尿管・尿道などに新たながんが見つかることもあります。

NMIBCでは再発リスクに応じて膀胱鏡の間隔が変わる

筋層非浸潤性膀胱がんでは、TURBT後に膀胱鏡検査を行って膀胱内に新しい腫瘍ができていないか確認します。高リスクでは尿細胞診や上部尿路の画像検査なども組み合わせます。

日本泌尿器科学会のガイドラインでは、低・中・高リスクのいずれでも、まずTURBT後3カ月前後に膀胱鏡で確認することが基本になっています。その後の検査間隔はリスク分類によって異なります。

EAUの現行ガイドラインでは、低リスクで3カ月後の膀胱鏡が陰性なら、その9カ月後、その後は年1回で5年間を目安としています。中リスクでは3カ月後、その後2年間は6カ月ごと、その後年1回で10年間が目安です。

高リスク・超高リスクでは、最初の2年間は3カ月ごと、その後5年までは6カ月ごと、それ以降は年1回の膀胱鏡・尿細胞診を行い、長期にわたる経過観察が推奨されています。

検査間隔は病理結果や過去の再発歴、BCG治療歴などによって調整されるため、全員が同じスケジュールになるわけではありません。

「5年再発しなかったら必ず検査終了」とは限らない

がんの経過観察では「5年」という期間をよく聞きますが、膀胱がんではリスクによって意味が異なります。

低リスクNMIBCでは、長期間再発がなければ膀胱鏡を終了したり、検査方法を変更したりすることを検討できる場合があります。

高リスク・超高リスクNMIBCでは、10年以上経過してから再発することもあります。EAUガイドラインでは、高リスク・超高リスクでは長期、原則として生涯にわたる膀胱鏡などの経過観察を推奨しています。

したがって、「ステージが早かったから数年間再発しなければもう膀胱がんは気にしなくてよい」と一律には考えられません。ステージだけではなく、異型度、CIS、再発歴などを含めたリスク分類によって経過観察の長さも変わります。

膀胱内に再発した場合は、もう一度病理結果から治療を考える

NMIBCが膀胱内に再発した場合には、再びTURBTを行い、腫瘍の深達度や異型度などを確認します。

以前と同じ低リスクの腫瘍として再発する場合もあれば、高異型度になっている、T1へ進んでいる、CISがみられるなど、以前とは異なる状態で見つかることもあります。

再発したという事実だけで同じ治療を繰り返すのではなく、今回の腫瘍がどのリスクに分類されるのかを改めて判断します。

BCGを受けたことがある場合には、BCG終了から再発までの期間や、それまでにどの程度BCGを受けたかも重要です。BCG後の高リスク再発では、前述したように膀胱全摘やナドファラゲン フィラデノベクなどを検討する場合があります。

膀胱全摘後は膀胱以外の再発や尿路変向の状態も確認する

膀胱全摘後には膀胱がないため、NMIBCのように膀胱鏡で膀胱内再発を確認する経過観察とは内容が異なります。

国立がん研究センターでは、膀胱全摘除術後には血液検査、CT、尿細胞診、超音波検査などを行い、病状や病理結果、手術前後の薬物療法などに応じて検査間隔を判断するとしています。

再発だけでなく、腎機能、尿管と腸管をつないだ部分の狭窄、尿路感染、尿路結石など、尿路変向に伴う長期的な問題についても確認が必要です。

回腸導管や新膀胱では腸を尿路として使用するため、時間が経過してから起こる代謝上の変化やビタミンB12不足などにも注意が必要になる場合があります。

定期検査まで待たず相談した方がよい症状もある

経過観察の予定が決まっていても、症状が出た場合に次の予約日まで待つ必要はありません。

NMIBC治療後に再び肉眼的血尿が出た場合や、膀胱温存治療後に排尿症状が急に変化した場合には、再発の有無を確認する必要があります。

膀胱全摘後や進行がん治療後でも、持続する痛み、息切れ、原因の分からない体重減少、強い倦怠感など、新しい症状が続く場合には担当医へ相談します。

これらの症状があれば必ず再発しているという意味ではありません。治療後には再発以外の原因でもさまざまな症状が起こりますが、自己判断だけで経過を見るのではなく、必要に応じて検査を受けることが大切です。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 療養」国立がん研究センター「膀胱がん 治療」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン2019年版 増補版」European Association of Urology「EAU Guidelines on Non-muscle-invasive Bladder Cancer|Follow-up」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer|Follow-up and Surveillance」

膀胱がんの生存率・予後

膀胱がんの予後は、ステージだけではなく、がんが筋層まで浸潤しているか、異型度、CISの有無、リンパ節や遠隔臓器への転移、治療への反応などによって大きく異なります。

国立がん研究センターの最新統計では、2018年に膀胱がんと診断された人の5年相対生存率は男女計66.6%です。男性は70.4%、女性は55.6%となっています。

相対生存率とは、がん以外の死因による影響をできるだけ除いて、がんと診断された人が一般人口と比べてどの程度生存しているかを示す指標です。個々の患者さんが「あと何年生きられるか」を予測する数字ではありません。

国立がん研究センターの統計では、2023年に国内で新たに膀胱がんと診断された人は23,970人、2024年の死亡数は9,725人です。生存率については2026年7月22日にデータが更新され、全国がん登録による2018年診断例が最新値として公表されています。

参考:国立がん研究センター「がん種別統計情報 膀胱」

ステージ別の5年生存率

国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム」では、膀胱がんのステージ別5年ネット・サバイバルが公表されています。

ネット・サバイバルとは、がん以外の原因による死亡の影響を統計的に取り除き、「がんのみが死因となる状況」を仮定して計算した生存率です。

ステージ 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 82.0%
Ⅱ期 53.9%
Ⅲ期 40.2%
Ⅳ期 18.3%

この病期別データは2014~2015年に診断された患者さんを対象としたもので、Ⅰ期9,102人、Ⅱ期2,823人、Ⅲ期1,268人、Ⅳ期1,115人が集計されています。

注意したいのは、先ほど示した66.6%という数字と、この表の数字では集計対象、診断年、生存率の計算方法が異なることです。66.6%は全国がん登録の2018年診断例による5年相対生存率で、表はがん診療連携拠点病院などの2014~2015年診断例による5年ネット・サバイバルです。同じ条件で算出された数字ではないため、直接比較するものではありません。

また、院内がん登録の病期別生存率集計は上皮内がんを対象としていないため、ステージ0aや0is(CIS)はこの表には含まれていません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 膀胱がん」国立がん研究センター「膀胱がん 患者数(がん統計)」

ステージが進むほど生存率が低下する理由

ステージⅠでは、がんは上皮下結合組織まで浸潤していても筋層には達していません。TURBTやBCG膀胱内注入療法などによって膀胱内の病変を治療できる患者さんが多く、必要に応じて早期の膀胱全摘も検討できます。

ステージⅡでは筋層までがんが浸潤しており、TURBTだけでは十分な根治治療になりません。膀胱全摘除術や周術期薬物療法、適切な患者さんでは化学放射線療法による膀胱温存治療が必要になります。

ステージⅢでは膀胱周囲の組織や周辺臓器、所属リンパ節などへ広がっているため、局所の治療だけでなく、体内に存在する可能性のある微小ながん細胞を考えた全身治療の重要性が高まります。

ステージⅣでは遠隔リンパ節や肺、肝臓、骨などへの転移を伴う場合があり、薬物療法が治療の中心になります。すべてのがんを手術などで取り除くことが難しくなるため、早いステージと比べると生存率は低くなります。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」

古い生存率が現在の治療成績をそのまま表すとは限らない

病期別の5年生存率を見るときには、診断された年代にも注意が必要です。

国立がん研究センターの院内がん登録生存率集計でも、表示される生存率は過去に診断された患者さんの結果であり、治療の進歩によって、現在治療を受ける患者さんにはそのまま当てはまらない可能性があると説明されています。

膀胱がんでは、病期別5年生存率の対象となった2014~2015年以降に治療体系が大きく変化しています。特に進行尿路上皮がんでは、ペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬、エンホルツマブ ベドチン、アベルマブ維持療法、EV+ペムブロリズマブ、ニボルマブ+GC療法、FGFR3遺伝子異常を対象とするエルダフィチニブなどが導入されました。

そのため、過去のステージⅣの数字だけを見て、現在治療を受ける患者さんの経過を決めつけることはできません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン2019年版 2025年アップデート内容」

NMIBCでは生存率だけでなく再発・進展を見る

筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)では、生命予後だけを見て病気の負担を判断しないことが大切です。

NMIBCでは膀胱を残したまま治療できる患者さんが多い一方、膀胱内に新しい腫瘍ができる再発を繰り返すことがあります。再発するたびに膀胱鏡やTURBTが必要になったり、高リスクではBCG膀胱内注入療法を受けたりするため、生存率が高くても長期間にわたって検査や治療を続ける患者さんがいます。

さらに高異型度T1やCISなどでは、再発だけではなく、筋層浸潤性膀胱がんへ進む進展が問題になります。そのためNMIBCの治療では、「何年生存する人が多いか」だけではなく、「膀胱内で再発しやすいか」「筋層浸潤へ進みやすいか」を別々に評価します。

2026年に公表されたJCOG1019でも、High-grade T1であっても2nd TURBTで腫瘍が残っていないことが確認された厳選された患者さんでは、BCGを追加せず経過観察する方法が標準治療の1つとなり得ることが示されました。反対に、2nd TURBTで腫瘍が残っている場合や、CIS、BCG後の高リスク再発などでは、追加治療や膀胱全摘を検討する必要があります。

「早期だから安心」「5年生存率が高いから治療は軽い」と単純に考えず、再発と進展のリスクまで確認することが膀胱がんでは重要です。

参考:日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン2019年版 2025年アップデート内容」国立がん研究センター「完全切除後のT1膀胱がんに対して無治療経過観察が標準治療の一つとなることを証明」

膀胱がんの治療を選ぶときに確認したいこと

膀胱がんでは、「ステージはいくつか」だけを聞いても治療方針を十分に理解できないことがあります。

特にNMIBCでは、同じステージ0やⅠでも異型度、CIS、再発リスク、2nd TURBTの結果、BCG治療歴によって治療が変わります。MIBCでは、膀胱全摘を安全に受けられるか、膀胱温存療法の対象になり得るか、シスプラチンを使用できるかが重要です。根治切除不能・転移性になれば、これまで使用した薬とFGFR3遺伝子異常の有無も次の治療に関係します。

治療方針の説明を受ける際には、次の点を確認すると、自分が現在どの治療分岐にいるのかを整理しやすくなります。

確認事項 確認する意味
組織型 尿路上皮がんか、扁平上皮がん・腺がん・小細胞神経内分泌がんなど別の組織型かによって治療方針が変わる場合がある
筋層まで浸潤しているか NMIBCとMIBCを分ける最も大きな治療分岐になる。T1は浸潤がんだが筋層には達していない
異型度・CIS・NMIBCのリスク分類 TURBT後の経過観察、膀胱内注入療法、BCG、膀胱全摘などを考える材料になる。ステージ0のCISでも高リスクになることがある
2nd TURBTの結果 腫瘍が残っているか、T0になっているかによって追加治療の考え方が変わる。High-grade T1でも2nd TURBT後T0の一部では慎重な経過観察が選択肢になる
BCGを受けたことがあるか BCG後の残存・再発では、治療回数や再発までの期間によってBCG再投与、膀胱全摘、ナドファラゲン フィラデノベクなどの適応判断が変わる
膀胱全摘が可能か MIBCや超高リスクNMIBCなどで根治を目指す治療選択に関係する。年齢だけでなく全身状態やフレイルなどを確認する
膀胱温存療法の対象になり得るか MIBCでも腫瘍の数・広がり、CIS、水腎症、膀胱機能などの条件によってTMTを検討できる場合がある
シスプラチンを使用できるか MIBCの周術期治療や進行尿路上皮がんの薬物療法を考える際の重要な条件になる。腎機能、聴力、末梢神経障害、全身状態などを評価する
これまで使用した薬 転移・根治切除不能尿路上皮がんでは、EV+ペムブロリズマブ、プラチナ製剤、免疫チェックポイント阻害薬などの治療歴によって次の治療候補が変わる
FGFR3遺伝子異常があるか がん化学療法後に増悪した根治切除不能尿路上皮がんでは、FGFR3遺伝子変異・融合遺伝子があればエルダフィチニブを検討できる場合がある
治療後の生活で何を優先したいか 膀胱全摘後の尿路変向や膀胱温存療法では、排尿管理、通院、仕事、自己管理など治療後の生活も異なるため、医学的に可能な選択肢の中で本人の希望を確認する

この表は、日本泌尿器科学会の診療ガイドライン、国立がん研究センターの患者向け情報、JCOG1019など、本記事で参照した情報をもとに、患者さんが治療方針を理解する際の確認事項として編集上整理したものです。公式ガイドラインにこのままのチェックリストが掲載されているわけではありません。

「ステージだけ聞いて終わり」にしない

膀胱がんでは、「ステージⅠだから早期」「ステージⅣだから薬物療法」という大きな理解だけでは、実際の治療選択を十分に説明できない場合があります。

たとえばステージⅠにあたるT1は筋層非浸潤性膀胱がんですが、高異型度やCISなどを伴えば進展リスクが高く、BCGや膀胱全摘まで検討する場合があります。反対にHigh-grade T1であっても、JCOG1019で検証された条件を満たし、2nd TURBTでT0となった一部の患者さんでは、BCGを追加せず慎重に経過観察する方法も選択肢になります。

MIBCでも、膀胱全摘が標準治療だからといって、すべての患者さんに同じ治療が行われるわけではありません。シスプラチンを使用できるか、デュルバルマブを含む周術期治療を行うか、TMTによる膀胱温存が可能かなどを検討します。

転移性尿路上皮がんでは治療選択肢がさらに増えており、現在は一次治療だけを見てもEV+ペムブロリズマブ、ニボルマブ+GC療法、プラチナ製剤による化学療法からアベルマブ維持療法へ進む方法などがあります。治療が進んだ後は、それまでの治療歴とFGFR3などの分子情報も重要になります。

自分の治療について説明を受けるときには、治療名だけでなく、「自分の病理結果のどの部分を根拠に、この治療が選ばれているのか」を確認すると、治療の目的と他の選択肢との違いを理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膀胱がん 治療」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン2019年版 2025年アップデート内容」国立がん研究センター「完全切除後のT1膀胱がんに対して無治療経過観察が標準治療の一つとなることを証明」European Association of Urology「EAU Guidelines on Muscle-invasive and Metastatic Bladder Cancer 2026|Disease Management」

まとめ|「ステージ」だけでなく筋層浸潤・異型度・再発リスクを見る

膀胱がんは、膀胱の内側を覆う尿路上皮から発生することが多いがんです。初期には痛みを伴わない血尿がみられることがあり、一度だけ血尿が出てその後消えた場合でも膀胱がんを否定することはできません。肉眼で分かる血尿が出た場合には、症状がなくなった後も泌尿器科で原因を確認することが大切です。

診断後の治療を大きく分けるのは、がんが膀胱壁の筋層まで入り込んでいるかどうかです。筋層非浸潤性膀胱がんではTURBTを中心に、異型度、CIS、再発・進展リスク、2nd TURBTの結果、BCG治療歴を踏まえて追加治療を考えます。ステージ0のCISでも高リスクになることがあり、反対にHigh-grade T1でも2nd TURBT後に腫瘍が残っていない一部の患者さんでは、追加BCGを行わず慎重に経過を見る選択肢が示されています。

筋層浸潤性膀胱がんでは膀胱全摘除術と周術期薬物療法が治療の中心ですが、適切な条件を満たせばTURBT、薬物療法、放射線治療を組み合わせた膀胱温存療法を検討できます。膀胱を摘出する場合には尿路変向が必要になり、回腸導管、新膀胱、尿管皮膚ろうでは術後の排尿管理や生活が異なります。

根治切除不能・転移性尿路上皮がんでも薬物療法は大きく進歩しています。EV+ペムブロリズマブなどが一次治療に加わり、病気が進行した後も治療歴やFGFR3遺伝子異常に応じて次の治療を選べる場合があります。新しい治療が増えているからこそ、「ステージはいくつか」だけでなく、自分のがんの組織型、深達度、異型度、治療歴、遺伝子情報まで確認することが重要です。

膀胱がんは、早期であっても再発を繰り返して長期間の経過観察が必要になることがあり、進行していても複数の治療選択肢を検討できるようになっています。治療を決めるときには、現在の病状で根治を目指せる治療は何か、膀胱を残せる可能性はあるか、治療によって生活がどう変わるかまで含めて担当医と確認していきましょう。

参考:国立がん研究センター「膀胱がんについて」国立がん研究センター「膀胱がん 検査」国立がん研究センター「膀胱がん 治療」国立がん研究センター「がん種別統計情報 膀胱」日本泌尿器科学会「膀胱癌診療ガイドライン2019年版 2025年アップデート内容」

卵巣がんは、早期の段階では自覚症状がほとんどないことが多く、おなかの張りや食欲の低下、頻尿、便秘などをきっかけに検査を受け、初めて見つかることがあります。進行すると腹水がたまり、おなかが大きくなることもあります。こうした症状は胃腸の不調や加齢による変化などでも起こるため、症状だけから卵巣がんを見分けるのが難しいことも、早期発見を難しくしている理由の1つです。

国立がん研究センターの最新統計では、日本で2023年に卵巣がんと診断された人は12,926人、2024年に卵巣がんで亡くなった人は5,116人でした。この数字は「卵巣」の統計であり、卵管がんや原発性腹膜がんをすべて合計した患者数ではありません。

実際の診療では「卵巣がん」だけを単独で考えないことが増えています。卵巣がん、卵管がん、原発性腹膜がんは発生する場所こそ異なりますが、特に上皮性の漿液性がんでは細胞の性質や広がり方、ステージ分類、治療の考え方に多くの共通点があります。国立がん研究センターも2026年3月に患者向け情報を更新し、ページ名を「卵巣がん・卵管がん」から「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん」へ変更しました。

ただし、同じ卵巣がんでも、がん細胞の種類(組織型)や、遺伝子検査などで分かるがんの特徴によって治療が変わることがあります。近年は、こうした違いに応じて維持療法や分子標的薬を選ぶ治療も増えています。

この記事では、最も頻度が高く、卵管がん・腹膜がんと共通した診療体系で扱われる上皮性卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを中心に、原因や症状、検査、ステージ、手術、抗がん剤、維持療法、再発治療、遺伝子検査、生存率まで解説します。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」国立がん研究センター「がん統計 卵巣」

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんとは|なぜ3つをまとめて扱うのか

卵巣は、子宮の左右に1つずつある親指ほどの大きさの臓器です。卵子を育てて排卵するだけでなく、エストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンを分泌する働きがあります。

卵巣の近くから子宮に向かって伸びている細い管が卵管です。卵管の卵巣側の先端は「卵管采」と呼ばれる漏斗状の構造になっており、排卵された卵子を取り込み、子宮側へ運びます。

腹膜は、胃や腸などとは違って1つの塊になった臓器ではありません。おなかの内壁や、胃・腸などの臓器の表面を広く覆っている薄い膜です。腹膜自体は男女ともに存在します。

この位置関係を知っておくと、卵巣がんが腹膜へ広がりやすい理由も理解しやすくなります。卵巣や卵管は腹腔の中にあり、その周囲には腹膜、大網、小腸、大腸、横隔膜、脾臓などがあります。そのため、がん細胞が卵巣や卵管の表面から腹腔内にこぼれるように広がると、腹膜や大網などに複数の病変をつくる「腹膜播種」が起こることがあります。

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの違い

卵巣がんは卵巣に発生する悪性腫瘍、卵管がんは卵管から発生する悪性腫瘍です。

原発性腹膜がんは、腹膜から発生したと考えられるがんです。腹膜に卵巣がん・卵管がんとよく似た漿液性がんが広がっている一方、卵巣や卵管には原発巣といえる腫瘍が認められない、あるいは病変がごく限られている場合などに腹膜がんとして診断されます。国立がん研究センターは、卵管がんはほとんどが上皮性(じょうひせい)で、腹膜がんでは卵巣・卵管と同様の性質を持つ漿液性(しょうえきせい)がんがみられると説明しています。

診断書に「卵巣がん」と書かれているか「卵管がん」と書かれているかだけで、まったく別の治療になるとは限りません。反対に、同じ「卵巣がん」という病名でも、組織型が異なれば病気の性質や治療上の判断が違ってきます。

発生場所が違っても治療を共通して考える理由

3疾患をまとめて扱う大きな理由は、特に高異型度(こういけいど)漿液性がんで生物学的な共通性が大きいからです。

かつて「卵巣がん」と考えられていた高異型度漿液性がんの中には、実際には卵管の先端付近から発生したものが少なくないことが分かってきました。卵管采にできる漿液性卵管上皮内癌(STIC)が高異型度漿液性がんの前駆病変となる場合があることも知られています。すべての高異型度漿液性がんが卵管から始まると断定できるわけではありませんが、「卵巣・卵管・腹膜を完全に別々の病気として考える」という従来の見方は変化しています。

こうした病態の共通性から、現在は3疾患で共通の進行期分類を用い、手術による腫瘍減量、プラチナ製剤を中心とした薬物療法、BRCAやHRDに応じた維持療法などを組み合わせて治療します。

腹膜がん・腹膜播種・腹膜中皮腫は別のもの

名前が似ていますが、「原発性腹膜がん」と「腹膜播種」は同じ意味ではありません。

原発性腹膜がんは、腹膜そのものから発生したと考えられるがんです。これに対し腹膜播種は、卵巣がんや胃がん、大腸がんなど、別の場所から発生したがん細胞が腹膜へ散らばって広がった状態を指します。

さらに「悪性腹膜中皮腫」も別の病気です。腹膜中皮腫は腹膜を覆う中皮細胞から発生する腫瘍であり、上皮性卵巣がんなどと共通して扱われる原発性腹膜がんとは、腫瘍の成り立ちも治療体系も異なります。国立がん研究センターも2026年更新の患者向け情報で、この3者を明確に区別しています。

「腹膜にがんがある」と説明された場合には、腹膜そのものから発生した原発性腹膜がんなのか、別のがんからの腹膜播種なのかを確認することが、その後の病状理解の第一歩になります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」NCI「Ovarian, Fallopian Tube, & Primary Peritoneal Cancers Screening (PDQ)」

卵巣がんの種類

「卵巣がん」とひとまとめに呼ばれることがありますが、卵巣には性質の異なるさまざまな細胞があるため、卵巣にできる悪性腫瘍も1種類ではありません。

大きく分けると、卵巣の表面などを構成する上皮系の細胞から発生する上皮性卵巣がん、卵子のもとになる細胞から発生する悪性胚細胞腫瘍(あくせいはいさいぼうしゅよう)、ホルモン産生などに関係する細胞から発生する性索間質性腫瘍(せいさくかんしつせいしゅよう)があります。

そして、この記事で中心的に扱う上皮性卵巣がんをさらに詳しく分けると、漿液性(しょうえきせい)がん、明細胞(めいさいぼう)がん、類内膜(るいないまく)がん、粘液性(ねんえきせい)がんなどの組織型があります。

「上皮性・胚細胞性・性索間質性」は卵巣の悪性腫瘍を大きく分けたグループで、「漿液性・明細胞・類内膜・粘液性」は上皮性卵巣がんをさらに細かく分けた組織型と考えると分かりやすいでしょう。

大きな分類 主な種類・組織型 特徴
上皮性卵巣がん 漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなど 卵巣の悪性腫瘍の中で最も多く、本記事で主に扱う
悪性胚細胞腫瘍 未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、未熟奇形腫など 若年者にもみられ、上皮性卵巣がんとは治療や妊孕性温存の考え方が異なる
性索間質性腫瘍 顆粒膜細胞腫など ホルモンを産生する腫瘍を含み、上皮性卵巣がんとは性質や治療体系が異なる

この3つは発生する細胞だけでなく、発症しやすい年代、病気の広がり方、抗がん剤の種類、妊孕性温存の考え方なども異なります。

日本婦人科腫瘍学会の『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』でも、上皮性の卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと、悪性胚細胞腫瘍、性索間質性腫瘍は別々の章で扱われています。

この記事では、卵巣がんの中で最も多く、卵管がん・原発性腹膜がんと共通する部分が多い上皮性卵巣がんを中心に解説します。

上皮性卵巣がん

上皮性卵巣がんは、卵巣の悪性腫瘍の中で最も多いグループです。

「上皮性卵巣がん」という1種類のがんがあるわけではなく、病理検査によって、さらに漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなどの組織型に分けられます。

この組織型の違いは単なる名前の違いではありません。たとえば、高異型度漿液性がんではBRCA1・BRCA2やHRDが治療選択に関わることがあり、明細胞がんでは2026年からPIK3CA遺伝子変異が再発時の治療選択につながるようになっています。

上皮性卵巣がんと診断された場合には、「卵巣がんだった」という情報だけでなく、何という組織型なのかまで確認することが重要です。

悪性胚細胞腫瘍

胚細胞腫瘍は、卵子のもとになる胚細胞から発生する腫瘍です。

悪性のものには、未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、未熟奇形腫などがあります。上皮性卵巣がんに比べて若い年代で発症することが多く、治療に使う抗がん剤や妊孕性温存の考え方も異なります。

悪性胚細胞腫瘍について、この記事で後述する「上皮性卵巣がんのステージ別治療」や「BRCA・HRDに基づく維持療法」がそのまま当てはまるわけではありません。

性索間質性腫瘍

性索間質性腫瘍は、卵巣でホルモン産生などに関係する性索・間質系の細胞から発生する腫瘍です。

代表的なものに顆粒膜細胞腫などがあります。女性ホルモンを産生する腫瘍もあるため、不正出血などをきっかけに見つかることがあります。

性索間質性腫瘍も、上皮性卵巣がんとは病気の性質や治療法が異なります。そのため、本記事では概要にとどめ、これ以降の治療については主に上皮性卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを対象として説明します。

境界悪性腫瘍は「卵巣がん」ではない

卵巣腫瘍には、良性腫瘍と悪性腫瘍のほかに境界悪性腫瘍(きょうかいせくせいしゅよう)というグループがあります。

名前に「悪性」と入っているため卵巣がんの一種だと思われることがありますが、一般的な浸潤性の卵巣がんとは病理学的な性質や治療方針が異なります。

境界悪性腫瘍は、良性腫瘍と悪性腫瘍の中間的な特徴を持つ腫瘍で、典型的な卵巣がんに比べると若い年代でもみられます。病期や年齢、妊娠希望などによっては、子宮や反対側の卵巣を残す手術を検討できる場合があります。

画像検査だけでは良性・境界悪性・悪性を完全に判別できないこともあり、手術中の迅速病理診断や、手術後の最終病理診断によって正式な診断が決まることがあります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

上皮性卵巣がんの組織型|漿液性・明細胞・類内膜・粘液性の違い

上皮性卵巣がんは、病理検査によってさらに複数の組織型に分けられます。

代表的なものが、漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんです。漿液性(しょうえきせい)がんはさらに、高異型度(こういけいど)漿液性がんと低異型度(ていいけいど)漿液性がんに分けられます。

ここまでの分類を整理すると、次のようになります。

卵巣の悪性腫瘍
上皮性卵巣がん
│ ├ 漿液性がん
│ │ ├ 高異型度漿液性がん
│ │ └ 低異型度漿液性がん
│ ├ 明細胞がん
│ ├ 類内膜がん
│ └ 粘液性がん
├ 悪性胚細胞腫瘍
└ 性索間質性腫瘍

このように「上皮性」は大きな分類で、「漿液性・明細胞・類内膜・粘液性」はその中にある組織型です。

組織型は単なる病理診断上の名称ではありません。がんの広がり方、抗がん剤への反応、関係しやすい遺伝子異常、再発時に検討できる治療などにも関係します。

組織型 主な特徴
高異型度漿液性がん 代表的な組織型。腹腔内へ広がりやすく、BRCA1/2やHRDなどDNA修復機構との関係が深い
低異型度漿液性がん 高異型度漿液性がんとは発生過程や生物学的性質が異なり、比較的ゆっくり進行する傾向がある
明細胞がん 子宮内膜症との関連が知られる。2026年からPIK3CA遺伝子変異が一部の再発治療の選択につながっている
類内膜がん 子宮内膜症との関連があり、一部ではMMR異常やリンチ症候群との関連が問題になる
粘液性がん ほかの上皮性卵巣がんとは生物学的性質が異なり、病理診断では消化管など他臓器からの転移との区別も重要になる

高異型度漿液性がん

高異型度漿液性がんは、上皮性卵巣がんを代表する組織型で、卵管がんや原発性腹膜がんでも多くみられます。腹腔内へ広がりやすく、診断された時点ですでにⅢ期やⅣ期となっていることもあります。

さらに高異型度漿液性がんはBRCA1・BRCA2やDNAの相同組換え修復機構との関係が深いことが知られています。そのため、後述するBRCA検査やHRD検査の結果が、PARP阻害薬などの維持療法を考えるうえで重要になります。

また、以前は卵巣から発生すると考えられていた高異型度漿液性がんの一部が、実際には卵管の先端にある卵管采付近から発生していることも分かってきました。

こうした背景もあり、現在では卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを共通した治療体系で扱うようになっています。

低異型度漿液性がん

「漿液性がん」という名前は同じでも、高異型度(こういけいど)漿液性がんと低異型度(ていいけいど)漿液性がんは、単に悪性度の強さだけが違うわけではありません。発生の仕組みや遺伝子異常の特徴などにも違いがあり、生物学的には異なる性質を持つがんとして考えられています。

低異型度漿液性がんは、高異型度漿液性がんより比較的ゆっくり進行することが多い一方、一般的な抗がん剤への反応性にも違いがあります。

病理結果で「漿液性がん」と説明された場合には、可能であれば高異型度なのか低異型度なのかまで確認すると、その後の治療説明を理解しやすくなります。

明細胞がん

明細胞がんは、日本の卵巣がん診療で特に重要な組織型の1つです。子宮内膜症との関連が知られており、高異型度漿液性がんとは発生の背景や分子生物学的な特徴が異なります。また、組織型の違いが実際の治療選択にもつながるようになっています。

2026年3月には、PI3Kα阻害薬リソバリシブが「がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌」に対して日本で承認されました。

明細胞がんであることを確認する意味は「どの種類の卵巣がんなのか」を知ることだけではありません。再発時には、PIK3CA遺伝子変異があるかどうかによって選択できる治療が変わる場合があります。

類内膜がん

類内膜がんも上皮性卵巣がんの組織型の1つで、子宮内膜症との関連が知られています。

一部の類内膜がんでは、DNAのミスマッチ修復機能に関わるMMRの異常や、遺伝性腫瘍であるリンチ症候群との関連が問題になります。そのため、病理結果や本人・家族のがん歴などによっては、MSI/MMR検査や遺伝学的検査を検討することがあります。

「類内膜」という名前から子宮体がんと同じ病気だと思われることがありますが、類内膜がんは病理学的に似た形態を示す組織型の名称です。卵巣に発生した類内膜がんと、子宮内膜から発生した子宮体がんは、発生部位も含めて診断します。

粘液性がん

粘液性がんも上皮性卵巣がんの組織型の1つです。ただし、漿液性がんや明細胞がんとは生物学的な特徴が異なります。

卵巣に粘液性の腫瘍が見つかった場合には、卵巣から発生した原発性粘液性がんなのか、それとも大腸、虫垂、胃など他の臓器から卵巣へ転移したがんなのかを区別することが重要になる場合があります。そのため、病理所見だけでなく、画像検査や消化管の検査などを組み合わせて原発部位を確認することがあります。

卵管がん・原発性腹膜がんでは漿液性がんが中心

ここまでの組織型分類は主に上皮性卵巣がんについて説明しましたが、卵管がん・原発性腹膜がんも無関係ではありません。

卵管がんのほとんどは上皮性で、その中でも高異型度漿液性がんが中心です。原発性腹膜がんでも、卵巣・卵管の高異型度漿液性がんと非常によく似た性質を持つがんが多くみられます。

この記事ではここから先、特に断りがない限り、上皮性卵巣がん・上皮性卵管がん・原発性腹膜がんを中心に、共通する検査・ステージ・治療について解説します。

組織型・グレードが治療や予後に関係する理由

卵巣がんでは「ステージが同じなら全員が同じ治療になる」というわけではありません。同じⅢ期だったとしても、高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんでは生物学的な特徴が異なります。

さらに、高異型度漿液性がんではBRCAやHRD、明細胞がんではPIK3CA、類内膜がんではMSI/MMRなど、組織型によって確認する意味の大きい分子情報も変わってきます。

診断時には「卵巣がん」「ステージⅢ」といった大きな病名だけでなく「何という組織型なのか」「異型度・グレードはどうか」まで確認しておくことが、その後の治療を理解するうえで役立ちます。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

卵巣がんの原因・リスク・検診

卵巣がんの多くでは「この出来事が原因だった」と1つに特定することはできません。

一方で、発症リスクと関係することが分かっている遺伝的要因や病態があります。特に現在の卵巣がん診療では、BRCA1・BRCA2などの遺伝情報は「なぜがんになったのか」を考えるだけでなく、実際の治療薬の選択にも関係するため、診断後にも重要な意味を持ちます。

BRCA1・BRCA2と遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)

BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAの修復などに関わるがん抑制遺伝子です。生まれつきBRCA1またはBRCA2に病的バリアント(病気の原因となりえる遺伝子変異)があると、乳がんや卵巣がんなどを発症するリスクが高くなる「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)」となります。

日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の2024年版診療ガイドラインでは、BRCA1病的バリアント保持者が80歳までに卵巣がんを発症する累積リスクは44%、BRCA2では17%とされています。これは「病的バリアントがあれば必ず発症する」という数字ではなく、一般集団より発症確率が大きく上昇することを示すものです。

反対に「卵巣がんになった人の大部分がHBOC」というわけでもありません。ただ、日本人の卵巣がん患者634例を調べた研究では、BRCA1/2病的バリアントが93例、14.7%に認められています。また、BRCA1/2病的バリアントを持つ卵巣がん患者の35~40%には明らかな家族歴がなかったとの報告もあります。したがって「家族に乳がんや卵巣がんがいないから、自分はBRCAとは関係ない」とは言い切れません。

現在のJOHBOCガイドラインでは、すべての卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がん患者にBRCA遺伝学的検査を提案することが推奨されています。後述するように、その結果は本人の遺伝的リスクを調べるだけでなく、PARP阻害薬などの治療選択にも関係します。

リンチ症候群など遺伝性腫瘍との関係

遺伝性卵巣がんはBRCA1・BRCA2だけではありません。

大腸がんや子宮体がんとの関連で知られる「リンチ症候群」でも、卵巣がんの発症リスクが高くなります。リンチ症候群は主にMLH1、MSH2、MSH6、PMS2などDNAミスマッチ修復に関係する遺伝子の病的バリアントによって起こります。

日本婦人科腫瘍学会の2025年の見解では、卵巣がん全体のおよそ2%がリンチ症候群とされ、特に類内膜がんなど一部の組織型では関連が強くなる可能性が示されています。どの遺伝子に変化があるかによっても卵巣がんリスクは異なります。

若くして大腸がんや子宮体がんになった近親者がいる、多重がんの家族歴があるといった場合には、BRCAだけでなくほかの遺伝性腫瘍についても確認する意味があります。

子宮内膜症など組織型によって異なるリスク

子宮内膜症も卵巣がんとの関連が報告されています。ただし「子宮内膜症があると将来卵巣がんになる」という意味ではありません。

卵巣がん全体で一様に関係するのではなく、関連は特に明細胞がんと類内膜がんで強いことが知られています。

この点も、卵巣がんを1種類の病気として扱えない理由の1つです。BRCAと高異型度漿液性がん、子宮内膜症と明細胞・類内膜がんなど、組織型によって発生背景が異なります。

一般の人を対象とした卵巣がん検診は確立していない

乳がんのマンモグラフィや子宮頸がんの細胞診のような、国の指針に基づく卵巣がん検診は現在の日本にはありません。国立がん研究センターの2026年3月更新情報でも、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて、国の指針として定められたがん検診はないとされています。

婦人科超音波検査やCA125を定期的に調べれば、一般の人の卵巣がん死亡を確実に減らせるという検診法も現在のところ確立していません。CA125は卵巣がんで上昇することがありますが、良性疾患などでも変動し、がんかどうかをCA125だけで判断することはできません。

したがって「卵巣がん検診を受けていないから見つからなかった」という病気ではありません。現在は有効性が確立した一般集団向け検診そのものがないため、気になる症状が続く場合には「次の検診を待つ」のではなく婦人科で評価を受けることが大切です。

BRCA病的バリアントがある場合のリスク低減卵管卵巣摘出術

BRCA1またはBRCA2の病的バリアントがあり、卵巣がん・卵管がんの発症リスクが高い場合には、がんを発症する前に両側の卵管と卵巣を摘出する「リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)」を検討することがあります。

JOHBOCの2024年版ガイドラインでは、BRCA1/2病的バリアント保持者に対するRRSOを条件付きで推奨しています。卵巣がん・卵管がんの発症リスクを低下させる重要な方法である一方、妊孕性を失うことや、閉経前に行えば卵巣機能を失うことによる身体への影響もあるため、年齢、遺伝子の種類、妊娠・出産の希望などを踏まえて判断します。

RRSOを受けても原発性腹膜がんのリスクはゼロにはならない

卵巣と卵管を摘出した後でも、原発性腹膜がんのリスクが完全にゼロになるわけではありません。

JOHBOCの2024年版ガイドラインでは、BRCA1/2病的バリアント保持者がRRSOを受けた後にも、原発性腹膜がんが発生するリスクが1~4.9%程度あるとされています。RRSO時の卵管にSTICが認められた場合などでは、その後の腹膜がんリスクが高くなることも報告されています。

そのため「卵巣も卵管も取ったのに、なぜ腹膜がんになるのか」という状況は医学的に矛盾していません。RRSOは発症リスクを大きく減らすための手術であって、腹膜を含む関連がんを100%防ぐ手術ではないことを理解しておく必要があります。

参考:JOHBOC 2024年版ガイドラインJSGO Lynch見解2025NLM「Endometriosis and cancer: a systematic review and meta-analysis」

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの初期症状

卵巣がんの難しさの1つは「特徴的な初期症状」が乏しいことです。国立がん研究センターは、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは初期の段階でほとんど自覚症状がなく、見つかったときには進行していることも多いとしています。

一方「症状がまったくない病気」という意味でもありません。がんが大きくなったり腹腔内へ広がったりすると、おなかの張りや食事量の変化、排尿・排便の変化などが現れます。

おなかの張り・腹部膨満

卵巣がんで比較的注意したい症状の1つが、腹部膨満感です。

「体重はあまり変わっていないのにウエストがきつくなった」「以前よりおなかが張る」「下腹部が膨らんでいる感じがする」といった変化から受診につながることがあります。腫瘍そのものが大きくなる場合もあれば、腹水が増えることで腹囲が大きくなる場合もあります。

もちろん、腹部膨満は便秘や胃腸疾患などでも起こります。症状の存在だけで卵巣がんを疑うのではなく、これまでにはなかった張りが続く、徐々に強くなる、ほかの症状も伴うといった変化があれば婦人科で相談するという考え方が現実的です。

食欲低下・すぐ満腹になる

「以前と同じ量を食べられなくなった」「少し食べただけですぐ満腹になる」という変化がみられることもあります。

腫瘍や腹水によって腹腔内が圧迫されることなどが関係します。国立がん研究センターは食欲低下を症状の1つとして挙げ、米国国立がん研究所(NCI)も「食べにくい・すぐ満腹になる」ことを卵巣・卵管・腹膜がんでみられる症状として挙げています。

胃の病気だけだと思って消化器科を受診した後、画像検査で卵巣や腹膜の異常が見つかることもあり得ます。症状だけで発生臓器を判断するのが難しい病気だということです。

頻尿・便秘・下腹部の圧迫感

卵巣は膀胱や直腸に近いため、腫瘍が大きくなると周囲の臓器を圧迫することがあります。

膀胱が圧迫されればトイレが近くなることがあり、直腸側への圧迫などによって便秘が起こることもあります。下腹部の圧迫感、腹痛、骨盤内の違和感などを感じる場合もあります。

頻尿も便秘も日常的によくある症状なので、単独では卵巣がん特有の症状とはいえません。しかし、これまでなかった症状が続き、おなかの張りや食欲の変化なども重なっている場合には、婦人科疾患を含めて調べる理由になります。

腹水がたまるとおなかが大きくなる

進行した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、腹水がたまることがあります。

がんが腹膜へ広がると腹膜の機能やリンパの流れなどに影響し、腹腔内に液体が蓄積します。腹水が増えると、おなかが前へ張り出す、体重が増える、食事が取りにくい、息苦しいといった問題につながることがあります。

腹水があるから直ちにステージⅣというわけではありません。腹水の量だけでステージが決まるわけではなく、がんがどこまで広がっているか、腹水中にがん細胞があるかなどを含めて評価します。

症状が続く場合は婦人科を受診する

卵巣がんの症状には、便秘、腹部膨満、食欲低下、頻尿など「よくある体調不良」に見えるものが多く含まれています。

「おなかが張ったら卵巣がん」と考える必要はありません。一方で、症状が自然に改善せず続いている、徐々に悪化している、複数の症状が同時に出てきた場合には、婦人科で超音波検査などを受ける理由になります。NCIも、こうした症状が悪化する、あるいは自然に消えない場合には医療機関へ相談するよう案内しています。

特に閉経後に新しく腹部膨満や骨盤内の違和感などが出てきた場合には、「年齢のせい」「胃腸が弱くなっただけ」と自己判断し続けず、一度評価を受けることが大切です。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの検査と診断

卵巣がんが疑われた場合、最初から1つの検査だけで診断するわけではありません。

内診や超音波検査で卵巣・骨盤内を確認し、CTやMRIで腫瘍の性状や広がりを調べ、CA125などの腫瘍マーカーも参考にします。しかし最終的に「がんなのか」「何という組織型なのか」を確定するには、病変の組織を顕微鏡で調べる病理検査が必要です。

内診・経腟超音波検査

婦人科では、まず腹部の触診や内診などを行い、子宮や卵巣の大きさ、腫瘤の有無などを確認します。

経腟超音波検査では、細い超音波プローブを腟内へ入れ、子宮や卵巣を体の近くから観察します。卵巣腫瘍の大きさ、内部が液体なのか充実性なのか、形状、周囲の臓器との位置関係などを調べることができます。

超音波で「腫瘍がある」ことが分かっても、それだけで良性・境界悪性・悪性を100%判定できるわけではありません。画像所見、年齢、腫瘍マーカーなどを組み合わせて悪性の可能性を評価し、必要な検査や手術を考えます。

CT・MRIで腫瘍と腹膜播種・転移を評価する

CTは、卵巣だけでなく腹部から胸部まで広い範囲を調べるのに向いています。リンパ節転移、腹膜播種、肝臓や肺などへの遠隔転移が疑われないかを確認し、治療計画を立てるためにも使われます。

MRIは特に骨盤内の構造を詳しく見ることができ、腫瘍内部の性状や、子宮・膀胱・直腸など周囲臓器との位置関係などを評価するために行われます。

画像検査は「がんらしいか」「どこまで広がっていそうか」を判断するために非常に重要ですが、最終的な組織型を決める検査ではありません。

CA125などの腫瘍マーカー

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、血液検査でCA125などの腫瘍マーカーを測定することがあります。

CA125が高ければ卵巣がんが確定するわけではありません。反対に、CA125が正常だから卵巣がんではないとも言い切れません。国立がん研究センターも、腫瘍マーカーだけではがんの診断や進行・転移の判断はできず、画像検査や病理検査などと組み合わせて評価するとしています。

診断後には、治療によって値がどのように変化しているかをみることで治療効果を判断する材料になったり、治療後の経過観察で参考にしたりすることもあります。その場合もCA125だけで再発の有無や治療開始を決めるわけではありません。

病理検査で良性・境界悪性・悪性と組織型を確定する

がんかどうかを最終的に判断するには病理検査が必要です。

手術などで採取した組織を顕微鏡で詳しく調べ、良性なのか、境界悪性なのか、悪性なのかを確認します。悪性であれば、漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなどの組織型も判定します。

手術中に「悪性の可能性が高いか」を判断し、その場で手術範囲を決める必要があるときには術中迅速病理診断を行うことがあります。ただし迅速診断は時間や採取できる組織量に制約があり、手術後に時間をかけて行う最終病理診断と結果が異なる場合もあります。

最終的な病理結果が出るまでには一定の時間がかかるため、手術直後には「卵巣がんの可能性が高い」と説明され、その後の病理結果で正式な組織型や治療方針が決まることがあります。

「がんが疑われても手術まで確定診断できない」ことがある理由

胃がんや大腸がんでは、内視鏡で病変の一部を採取して手術前に病理診断をつけられることが一般的です。

卵巣がんでは事情が異なります。卵巣や卵管は腹腔の奥深い場所にあり、皮膚の上から簡単に組織を採取できる臓器ではありません。さらに、状況によっては腫瘍へ針を刺すことで内容物が腹腔内へ漏れることなども考慮しなければなりません。

画像検査などで卵巣がんが疑われ、最初から切除可能と考えられる場合には、手術で腫瘍を摘出し、その組織を病理検査することで確定診断と治療を同時に進めることがあります。国立がん研究センターも、卵巣・卵管は組織採取が容易ではないため、手術によって病変を採取して診断する場合があると説明しています。

つまり「手術前なのに、まだ100%がんとは確定していない」という状態があり得るのが卵巣腫瘍の特徴です。

最初から手術が難しい場合は診査腹腔鏡・針生検を行うことがある

画像検査の段階で腹膜播種が広範囲にあり、最初の手術で腫瘍を十分に取り除くことが難しいと予想される場合には、いきなり大きな腫瘍減量手術を行わないことがあります。

診査腹腔鏡で腹腔内を観察して組織を採取したり、CTなどで位置を確認しながら針生検を行ったりして、まず病理診断をつけます。そのうえで抗がん剤による術前化学療法を行い、腫瘍を小さくしてから手術する「NAC+IDS」という治療を検討します。

最初に「生検をして抗がん剤から始めます」と説明されたとしても、それだけで「もう手術ができない末期がん」という意味ではありません。後から手術を組み込むことを前提にした治療戦略である場合があります。

この点は治療選択を理解するうえで非常に大きいため、後の「術前化学療法とインターバル腫瘍減量術」の章で詳しく説明します。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 検査」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんのステージ|3つは共通の進行期分類で考える

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、がんの広がりをⅠ期からⅣ期までの進行期で表します。

治療を考えるうえでステージは重要ですが、ほかのがんの感覚だけで判断すると誤解しやすい部分があります。特に覚えておきたいのが、腹膜播種があるからといって、必ずしもステージⅣではないという点です。

現在の進行期分類の大きな区分は次のようになります。

ステージ 主ながんの広がり
Ⅰ期 卵巣または卵管内に限局している
Ⅱ期 骨盤内の臓器などへ広がっている、または原発性腹膜がん
Ⅲ期 骨盤外の腹膜播種や後腹膜リンパ節転移がある
Ⅳ期 胸水中のがん細胞や腹腔外転移、肝・脾などの実質転移がある

Ⅰ期|卵巣または卵管に限局

Ⅰ期は、がんが卵巣または卵管にとどまっている段階です。

同じⅠ期でも状態によってⅠA、ⅠB、ⅠCに分かれます。ⅠA期は片側の卵巣または卵管に限局し、卵巣の被膜が破れておらず、表面にもがんがなく、腹水や腹腔洗浄細胞診にもがん細胞が認められない状態です。ⅠB期は同じ条件で両側の卵巣または卵管に病変がある場合です。

ⅠC期では病変自体は卵巣・卵管にとどまっていますが、手術中に被膜が破れたⅠC1期、手術前から被膜が破れていたり表面に腫瘍があったりするⅠC2期、腹水または腹腔洗浄細胞診でがん細胞が確認されるⅠC3期に分けられます。

したがって「卵巣の中だけにあった」という説明を受けても、ⅠAなのかⅠCなのかによって術後薬物療法の必要性などが変わることがあります。

Ⅱ期|骨盤内へ広がる

Ⅱ期では、がんが卵巣・卵管から骨盤内へ広がっています。

ⅡA期は子宮や反対側の卵巣・卵管などへ広がった場合、ⅡB期は直腸、膀胱、腟など、それ以外の骨盤内臓器へ広がった場合です。原発性腹膜がんもⅡ期以上の分類の中で扱われます。

「隣の臓器に広がった」という言葉から、すぐに遠隔転移を想像する人もいますが、骨盤内への進展はⅡ期に含まれます。

Ⅲ期|腹膜播種や後腹膜リンパ節転移

Ⅲ期では、骨盤の外側まで腹膜播種が広がっている場合や、後腹膜リンパ節へ転移している場合などが含まれます。

ⅢA1期は後腹膜リンパ節転移のみ、ⅢA2期は顕微鏡で確認できる骨盤外腹膜転移、ⅢB期は最大径2cm以下の骨盤外腹膜転移、ⅢC期は2cmを超える骨盤外腹膜転移がある場合です。

卵巣がんではⅢ期であっても、手術と薬物療法を組み合わせた治療が積極的に検討されます。「Ⅲ期=手術はしない」とは限りません。むしろ進行卵巣がんでは、腹腔内に見えている腫瘍をどこまで減らせるかが、その後の経過に関係するためです。治療編では、最初に手術するPDSと、抗がん剤後に手術するNAC+IDSの違いを詳しく解説します。

Ⅳ期|腹腔外などへの遠隔転移

Ⅳ期は、腹腔内の腹膜播種とは異なる遠隔転移がある段階です。

ⅣA期は胸水の中からがん細胞が確認された場合です。単に胸水があるだけではなく、胸水細胞診で悪性細胞が認められることが分類上のポイントです。

ⅣB期には、肝臓や脾臓の「実質」、つまり臓器の内部への転移、鼠径リンパ節など腹腔外のリンパ節転移、そのほか腹腔外臓器への転移などが含まれます。

肝臓については特に混乱しやすく、肝臓の表面に腹膜播種として病変がある場合はⅢC期に含まれますが、肝臓の内部へ転移している場合はⅣB期です。

同じ「肝臓にも病変があります」という説明でも、病変が表面なのか実質内なのかで意味が異なります。

腹膜播種があるからといって必ずステージ4ではない

卵巣がんで特に多い誤解が「腹膜播種=ステージⅣ」というものです。

大腸がんや胃がんなどでは腹膜播種を遠隔転移として扱うため、その知識から卵巣がんも同じだと思いやすいのですが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは分類が異なります。

骨盤外に腹膜播種があっても、基本的にはⅢ期の範囲です。最大径2cmを超える腹膜播種でもⅢC期に分類されます。肝臓や脾臓の表面への播種もⅢC期です。Ⅳ期となるのは、胸水細胞診陽性や肝・脾の実質転移、腹腔外への転移などです。

「腹膜にたくさん広がっていると説明されたから、ステージ4だ」と自己判断することはできません。担当医から正式な進行期を確認する必要があります。

原発性腹膜がんはⅠ期には分類されない

原発性腹膜がんでは、がんそのものが腹膜に発生しているため「卵巣または卵管の中だけにとどまっている」というⅠ期の状態がありません。

現在の分類では、原発性腹膜がんはⅡ期またはⅢ期以降の枠組みで扱われます。国立がん研究センターの進行期分類でも、Ⅰ期は卵巣・卵管に限局する病態とされ、Ⅱ期には原発性腹膜がんが含まれています。

そのため「腹膜がんはⅠ期がない=診断された時点ですべて末期」という意味ではありません。そもそも発生臓器が違うため、Ⅰ期という分類が設定されていないということです。

正確な進行期が手術後に決まることが多い理由

CTやMRIでは、手術前にも「おそらくⅠ期」「Ⅲ期が疑われる」といった広がりを予測できます。

しかし、小さな腹膜播種やリンパ節の微小転移、腹水中のがん細胞など、画像だけでは分からない情報があります。卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術時の腹腔内所見や、切除した臓器・組織の病理検査が正確な進行期を決めるうえで大きな役割を持ちます。

そのため、手術前に聞いていたステージと手術後の最終ステージが変わることもあります。

そして卵巣がんでは、このステージだけで次の治療が決まるわけではありません。どの組織型なのか、手術で目に見える腫瘍をどこまで取り除けそうなのか、最初から手術を行う方がよいのか、先に抗がん剤を使う方がよいのかという判断が、ここからの治療選択では大きくなります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本産科婦人科学会/日本病理学会編 卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1版補訂版

治療の全体像

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療では、手術と薬物療法を組み合わせることが基本です。ただし、すべての患者さんが「手術をしてから抗がん剤」という同じ順番で治療するわけではありません。

早期と考えられる場合には、まず手術を行って腫瘍を切除すると同時に、腹腔内の状態や病理検査から正確なステージを確認します。その結果、再発リスクが高いと判断されれば術後に薬物療法を行います。

Ⅲ期・Ⅳ期などの進行例では、最初の手術で目に見える腫瘍をどこまで取り除けるかが治療方針を決める大きな判断材料になります。国立がん研究センターも、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは手術後に残ったがんが小さいほど予後が良いとしており、可能であれば肉眼的に確認できる腫瘍をできるだけ残さないことを目指します。

「手術ができるか、できないか」という二択ではなく、今すぐ手術した方が十分な腫瘍減量を期待できるのか、それとも先に抗がん剤を使った方が安全かつ十分な手術につなげやすいのかを考えることが重要になります。

早期では進行期決定手術+必要に応じて薬物療法

画像検査でⅠ期などの早期が疑われる場合でも、CTやMRIだけでは本当に卵巣・卵管内に限局しているかを完全には判断できません。小さな腹膜病変やリンパ節転移、腹水・腹腔洗浄液中のがん細胞などは、手術や病理検査を行って初めて分かる場合があります。

そこで、腫瘍を切除すると同時に腹腔内を確認し、必要な組織を採取して正確な進行期を決める「進行期決定手術」を行います。

手術後は、確定したステージ、組織型、異型度、被膜破綻の有無などを踏まえて術後化学療法の必要性を判断します。Ⅰ期であっても全員が経過観察になるわけではありませんが、逆に、適切な進行期決定手術が行われ、再発リスクが低いと判断された一部の患者さんでは、術後化学療法を省略できる場合があります。

進行例ではPDSかNAC+IDSかを考える

進行した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、大きく分けて2つの治療経路があります。

治療の流れ 主な考え方
PDSから始める 最初に一次的腫瘍減量術(PDS)を行い、できるだけ腫瘍を切除した後に薬物療法を行う
NAC+IDS 最初の手術で十分な切除が難しいと予想される場合などに、術前化学療法(NAC)を行い、その後にインターバル腫瘍減量術(IDS)を行う

どちらを選ぶかはステージだけでは決まりません。画像で確認できる腹膜播種の範囲、上腹部を含む病変の広がり、手術で肉眼的完全切除を目指せる可能性、手術による身体的負担、年齢や臓器機能などを総合して判断します。

NAC+IDSは「手術を諦めた治療」ではなく、手術を治療計画の後半へ移す戦略です。この違いを知っておくと、「なぜ自分は最初に手術をしないのか」という疑問を整理しやすくなります。

ステージⅢ・Ⅳでも手術を行うことがある

ほかのがんでは遠隔転移があると、原発巣を切除する手術が治療の中心ではなくなることがあります。そのため、「ステージⅢやⅣなら手術はできない」と考える人もいるかもしれません。

しかし、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは事情が異なります。Ⅲ期では腹膜播種が広がっている場合でも腫瘍減量手術が治療の中心となり、Ⅳ期でも病変の分布や全身状態などによって手術を組み込むことがあります。

これは、原発巣である卵巣だけを取ればよいからではありません。腹腔内に存在する腫瘍全体をどこまで減らせるかが治療上大きな意味を持つためです。

「切除不能」という言葉を他のがんと同じ意味で考えない

進行卵巣がんで「今は全部取り切るのが難しい」と説明された場合、その意味を確認しておきましょう。

「現時点でPDSを行っても十分な腫瘍減量が期待しにくい」という意味であれば、NACによって腫瘍を縮小させた後にIDSを行う可能性があります。つまり、「今すぐ完全な手術をするのが難しい」と「今後も手術を行わない」は同じではありません。

治療開始時に確認したいポイント
最初にPDSを行う予定なのか、それともNACから始めるのか。
その判断になった理由は「病変の広がり」なのか「体への負担」なのか。
NACから始める場合、どの時点でIDSが可能かを再評価する予定なのか。
手術を行う場合、目標は肉眼的完全切除なのか。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの手術

卵巣がんの手術は、単に「がんができた卵巣を取る手術」ではありません。

早期が疑われる場合には正確なステージを決める役割があり、進行例では腹膜などに広がった腫瘍を可能な限り減らす役割があります。そのため、病変の広がりによって手術範囲は大きく異なります。

進行期決定開腹手術とは

卵巣がん・卵管がんでは、手術前の画像検査だけでは正確なステージを決められないことがあります。早期と考えられる場合にも腹腔内を詳しく確認し、必要な組織を採取する進行期決定手術を行います。

一般的には両側の卵巣・卵管、子宮、大網などを切除し、腹水または腹腔洗浄液の細胞診、腹膜の観察や生検、必要に応じたリンパ節の評価などを行います。

「画像ではⅠ期だったのに、手術後にステージが変わった」ということがあるのは、この手術によって画像では分からなかった小さな病変が見つかることがあるためです。

一次的腫瘍減量術(PDS)とは

進行例で、初回治療としてできるだけ多くの腫瘍を取り除く手術を一次的腫瘍減量術(Primary Debulking Surgery:PDS)といいます。

卵巣がんの手術では、かつて「残存腫瘍を1cm未満にする」といった基準も用いられてきましたが、現在は可能であれば、手術終了時に肉眼で確認できる腫瘍を残さない状態を目標にします。

国立がん研究センターも、手術後に残ったがんが小さいほど予後が良いと説明しています。ただし、腫瘍を減らすためにどこまでも手術範囲を広げればよいわけではありません。完全切除を目指すメリットと、長時間手術や臓器切除による合併症、術後の回復、抗がん剤開始への影響などを合わせて判断する必要があります。

卵巣・卵管・子宮・大網などを切除する理由

標準的な手術では、両側の卵巣・卵管だけでなく、子宮や大網も切除することがあります。

大網は胃から垂れ下がる脂肪組織を含んだ膜状の組織で、卵巣がんが転移・播種しやすい場所の1つです。肉眼的な病変がはっきりしない場合でも、進行期の判定や病変の除去を目的として切除対象になります。

こうした手術範囲は、「卵巣に腫瘍があるのになぜ子宮や大網まで取るのか」と疑問を感じやすい部分です。卵巣がんの手術は原発巣だけを切除するのではなく、腹腔内の病変を評価し、再発につながる可能性のある腫瘍をできるだけ減らすという目的を持っています。

腹膜播種がある場合は周囲臓器の切除が必要になることもある

進行卵巣がんでは、腹膜、大網、腸管、横隔膜周辺などに病変が広がることがあります。がんが周囲臓器へ付着・浸潤しており、その部分を残すと肉眼的腫瘍が残ってしまう場合には、病変のある腹膜や周囲臓器の一部を合わせて切除することがあります。

たとえば腸管に病変が広がっていれば、腸の一部を切除してつなぎ直す手術が必要になる場合があります。病変の位置によっては、より広範囲な腹膜切除などが必要になることもあります。

すべての患者さんがこのような拡大手術を受けるわけではありません。実際の手術範囲は病変の分布や切除可能性、体力、合併症の危険性などによって大きく変わります。

手術前には「卵巣と子宮を取ります」という説明だけでなく、腸などの追加切除が必要になる可能性があるのか、その場合に生活へどのような影響があるのかも確認しておくと、術後の状況を想定しやすくなります。

リンパ節郭清は全員に同じように行うわけではない

卵巣がんではリンパ節にも転移することがありますが、「卵巣がんなら全員が骨盤・傍大動脈リンパ節を広範囲に郭清する」という考え方ではありません。

特に進行卵巣がんについては、腹腔内の肉眼的腫瘍を完全切除でき、手術前・手術中にリンパ節の腫大が認められない患者さんを対象としたLION試験で、骨盤・傍大動脈リンパ節を系統的に郭清しても全生存期間や無増悪生存期間の改善は認められず、重い術後合併症は増加しました。

この結果からも、リンパ節郭清は「多く取るほど良い」と単純には考えません。一方、画像や手術中の所見で転移が疑われるリンパ節がある場合や、正確な進行期評価が必要な状況などでは、リンパ節の切除・生検を行うことがあります。どの患者さんにもLION試験の結果をそのまま当てはめられるわけではない点にも注意が必要です。

上皮性卵巣がんで妊孕性温存手術を検討できる条件

通常の上皮性卵巣がんの手術では、両側の卵巣・卵管や子宮を切除するため、手術後に自分の卵子で妊娠することはできなくなります。

ただし、若く妊娠を希望しており、がんがごく早期に限られているなど一定の条件を満たす場合には、がんのない側の卵巣と卵管、子宮を残す妊孕性温存手術を検討できることがあります。

国立がん研究センターの2026年更新情報では、上皮性卵巣がん・卵管がんについて、漿液性がんまたは類内膜がんのⅠA期・ⅠC1期、あるいは明細胞がんのⅠA期などが検討可能な条件として示されています。さらに、十分な進行期評価、病変の切除、長期間の厳重な経過観察、本人の十分な理解なども必要です。

妊娠を希望している場合は、卵巣・子宮を切除した後では元に戻せないため、治療開始前に希望を伝えることが大切です。

なお、この条件は主に上皮性卵巣がんについてのものです。若年者に多い悪性胚細胞腫瘍などでは妊孕性温存の考え方が異なるため、前述した組織型の確認が重要になります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』Harter P, et al. A Randomized Trial of Lymphadenectomy in Patients with Advanced Ovarian Neoplasms. N Engl J Med. 2019.

術前化学療法とインターバル腫瘍減量術

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、診断されたらすぐに大きな手術を行うとは限りません。

進行したがんが腹腔内に広く分布しており、最初から手術をしても十分な腫瘍減量が難しいと予想される場合などには、先に抗がん剤を投与する術前化学療法(Neoadjuvant Chemotherapy:NAC)を行うことがあります。その後、治療効果を確認したうえで行う腫瘍減量手術がインターバル腫瘍減量術(Interval Debulking Surgery:IDS)です。

術前に完全切除が難しいと予想される場合

PDSを行うかNACから始めるかを考えるときには、「ステージⅢだからNAC」「ステージⅣだからNAC」と機械的に決めるわけではありません。

CTなどで病変の分布を確認し、最初から手術した場合に肉眼的完全切除を期待できるか、非常に大きな手術を必要としないか、患者さんがその手術に耐えられる状態かなどを検討します。

最初のPDSで大きな腫瘍が残ってしまう可能性が高い場合には、無理に手術を先行するより、NACで病変を縮小させてからIDSを行う方が適切と判断されることがあります。

逆に、進行例であっても最初から十分な腫瘍減量が期待でき、体の状態も手術に耐えられると判断されれば、PDSから開始することがあります。

診査腹腔鏡・生検で組織を確認する

手術を先に行う場合には、その手術で病理診断を確定できます。しかし、NACから始める場合には、抗がん剤を投与する前に「本当に卵巣・卵管・腹膜がんとして治療してよいのか」を確認する必要があります。

そのため、診査腹腔鏡で腹腔内を直接観察して組織を採取したり、CTで位置を確認しながら針生検を行ったりすることがあります。

診査腹腔鏡には病理診断のための組織を得るだけでなく、画像検査では判断しにくい腹膜播種の分布を実際に確認し、十分な腫瘍減量手術が可能かを評価する意味もあります。

NACで腫瘍を小さくしてからIDSを行う

NACでは、初回化学療法と同様にプラチナ製剤を中心とした治療を行います。一定期間治療した後、画像検査や腫瘍マーカー、全身状態などから効果を評価し、手術によって十分な腫瘍減量が期待できるようになればIDSを行います。

IDSの目的もPDSと同様に、可能な限り肉眼的腫瘍を減らすことです。その後は残りの薬物療法を行い、条件に応じて維持療法へ進みます。

PDSから始める場合
手術 → 初回化学療法 → 必要に応じて維持療法
NAC+IDSの場合
病理診断 → 術前化学療法(NAC) → 効果判定 → インターバル腫瘍減量術(IDS) → 薬物療法 → 必要に応じて維持療法

「最初に抗がん剤=手術できない末期」とは限らない

患者さんにとって混乱しやすいのが、「手術より先に抗がん剤を行う」と説明されたときです。

最初に抗がん剤を行うことは、「今後も手術ができない」「治すことを諦めた」という意味ではありません。NAC+IDSという一連の治療計画として、最初から後の手術を想定していることがあります。

NACを提案された場合には「なぜPDSではなくNACなのか」だけでなく、「どのような状態になればIDSを行えるのか」「いつ手術可能性を再評価するのか」まで確認すると、自分の治療計画を理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

初回薬物療法|TC療法を中心に治療する

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術だけで治療が終了する患者さんは限られています。特に進行例では、手術で肉眼的な腫瘍を取り除けたとしても、目に見えないがん細胞が残っている可能性があるため、薬物療法を組み合わせます。

また、NACから治療を始める患者さんでは、薬物療法そのものが手術へつなげるための重要な役割を持ちます。

パクリタキセル+カルボプラチン(TC療法)が基本

上皮性卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの初回化学療法では、パクリタキセル+カルボプラチンを組み合わせるTC療法が基本となります。

カルボプラチンはプラチナ製剤と呼ばれる抗がん剤で、がん細胞のDNAに作用して増殖を妨げます。パクリタキセルは細胞分裂に必要な微小管に作用する薬です。異なる仕組みを持つ2剤を組み合わせることで治療効果を高めます。

特に高異型度漿液性がんはプラチナ製剤を含む化学療法に反応しやすい性質がありますが、再発することも少なくないため、初回化学療法の効果だけでなく、その後の維持療法まで含めて治療計画を考えるようになっています。

TC療法では、白血球や血小板の減少、脱毛、吐き気などに加え、パクリタキセルによる手足のしびれが問題になることがあります。副作用の程度は患者さんによって異なり、治療を続けるうえでは「効いているか」だけでなく「生活への影響をどの程度許容できるか」も重要です。副作用については後の章で詳しく扱います。

TC療法が難しい場合の選択肢

TC療法が標準だからといって、すべての患者さんに同じ2剤を同じように投与できるわけではありません。

アレルギー反応、末梢神経障害、体力や臓器機能などの理由からTC療法が適さない場合には、ドセタキセル+カルボプラチン(DC療法)や、リポソーム化ドキソルビシン+カルボプラチン(PLD-C療法)などを検討します。複数の抗がん剤を組み合わせることが難しい場合には、カルボプラチン単剤が検討されることもあります。

「標準治療と違う薬になった=治療の質が下がった」とは限りません。なぜ変更するのか、治療効果と副作用のどちらを考慮した変更なのかを確認しましょう。

Ⅲ・Ⅳ期ではベバシズマブを併用することがある

進行期がⅢ期・Ⅳ期の場合には、TC療法などにベバシズマブを加えることがあります。

ベバシズマブは、がんが新しい血管をつくるために利用するVEGFという因子の働きを抑える分子標的薬です。細胞障害性抗がん剤とは作用の仕組みが異なり、初回化学療法に併用した後、そのまま維持療法として継続する場合があります。

ベバシズマブには高血圧、蛋白尿、血栓症、出血、創傷治癒への影響、まれではあるものの消化管穿孔など、通常の抗がん剤とは異なる副作用があります。病変の状態や手術時期、既往症などを踏まえて使用できるかを判断します。

Ⅰ期では組織型・病期によって術後化学療法を省略できる場合もある

「卵巣がんになったら必ず抗がん剤を受ける」とは限りません。

進行期決定手術によって早期であることが十分に確認され、組織型や異型度などから再発リスクが低いと判断される一部のⅠ期では、術後化学療法を行わず経過観察とする場合があります。

同じⅠ期でも、ⅠC期であったり、再発リスクの高い組織型・病理学的特徴があったりすれば、術後化学療法を検討します。

手術後には「ステージⅠだった」という情報だけでなく「ⅠA・ⅠCなどのどこに該当するのか」「組織型と異型度は何か」「なぜ抗がん剤を行う、または行わないのか」まで確認すると、これからの生活への影響を理解しやすくなります。

組織型によって薬物療法の効き方や選択が異なる

前半で説明した「組織型」は、病理診断だけで終わる情報ではありません。

高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんなどでは生物学的な性質が異なり、抗がん剤への反応にも違いがあります。ただし、組織型が違うから初回治療の抗がん剤を必ず別のものに変える、というほど単純ではありません。

初回治療ではTC療法を中心とした治療が広く用いられる一方、組織型の違いは再発時の治療選択でさらに大きな意味を持つようになっています。

その代表例が卵巣明細胞がんです。2026年にはPIK3CA遺伝子変異のある既治療卵巣明細胞がんに対する新しい分子標的薬が国内承認され、「病理で何型だったのか」が後の遺伝子検査と治療薬の選択につながるようになりました。

高齢者では年齢だけでなく体力・臓器機能をみて治療を調整する

高齢の患者さんでは、「この年齢なら抗がん剤は無理なのでは」と考えることがあります。しかし、年齢だけで治療の可否や薬の量を一律に決めることはできません。

同じ80歳でも、日常生活を自立して送っていて臓器機能が保たれている人と、複数の持病があり身体機能が大きく低下している人では、治療に耐えられる可能性が異なります。年齢に加えて全身状態、腎機能などの臓器機能、持病、栄養状態、日常生活動作などを評価し、必要に応じて薬剤や投与量を調整します。

反対に「若いから標準量を必ず投与できる」とも限りません。治療量は暦年齢だけではなく、その人の体の状態と副作用を見ながら調整します。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

初回治療で確認するBRCA・HRD|遺伝学的検査と腫瘍検査の違い

現在の卵巣がん治療では、病理検査で組織型を確認するだけでなく、BRCA1・BRCA2やHRDなど、がん細胞のDNA修復に関係する情報が治療選択に使われます。

特にⅢ期・Ⅳ期で初回治療が効いた後に維持療法を考える場合、BRCAやHRDの結果によって選択肢が変わることがあります。「再発してから遺伝子検査を考える」のではなく、初回治療の段階から必要な検査を考えておくことが重要です。

また、BRCA検査には「自分が生まれつき持っている遺伝子変化を調べる検査」と「がん組織の中にある変化を調べる検査」があり、意味は同じではありません。

検査・情報 主に何を調べるか 主な意味
生殖細胞系列BRCA(gBRCA) 血液などから、生まれつきBRCA1/2病的バリアントを持つか調べる 治療薬の選択に加え、HBOCや血縁者への影響を考える材料になる
腫瘍BRCA(tBRCA) がん組織のBRCA1/2病的バリアントを調べる PARP阻害薬などの治療選択に関係する。結果だけでは生まれつきの変化か、腫瘍だけの変化か区別できない場合がある
HRD DNAの相同組換え修復機能が低下している特徴があるかを評価する 主に初回治療後の維持療法を選択する材料になる

BRCA1/2検査には「治療」と「遺伝」の両方の意味がある

BRCA1・BRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。これらの遺伝子が正常に働かなくなると、DNAの修復がうまくできなくなり、がんの発生につながることがあります。

卵巣がんではBRCAの状態がPARP阻害薬による維持療法の選択に関係します。BRCA検査は「遺伝性の病気かどうかを知るためだけの検査」ではありません。

生殖細胞系列のBRCA1/2病的バリアントが確認された場合には、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)として本人の乳がんなどのリスクだけでなく、血縁者にも同じ病的バリアントが受け継がれている可能性を考える必要があります。

つまりBRCA検査は、今の卵巣がんにどの薬を使うかという情報と、本人・家族の将来のがんリスクに関する情報の両方を含む点が特徴です。

生殖細胞系列と腫瘍BRCAは同じではない

がん組織でBRCA病的バリアントが見つかっても、それが必ず生まれつき持っていたものとは限りません。

体のすべての細胞に存在する病的バリアントを生殖細胞系列(germline)の病的バリアント、がん細胞ができる過程で腫瘍の中だけに生じたものを体細胞(somatic)の病的バリアントといいます。

腫瘍組織を使ったHRD検査などからBRCA病的バリアントが見つかった場合、その結果だけでは「生まれつきなのか、がん細胞だけなのか」を区別できないことがあります。その場合には、必要に応じて血液などを用いた遺伝学的検査を行います。

混同しやすいポイント
BRCA陽性=必ず遺伝性、とは限らない。
BRCA陰性=必ずHRD陰性、ではない。
HRD陽性=必ずHBOC、ではない。

HRD検査は維持療法の選択に関係する

HRDはHomologous Recombination Deficiency(相同組換え修復欠損)の略で、DNAが大きく傷ついたときに修復する仕組みがうまく働いていない状態を指します。

BRCA1・BRCA2の異常はHRDを起こす代表的な原因ですが、HRDはBRCA以外の原因でも生じます。BRCAだけを調べることとHRDを評価することは同じではありません。

現在、進行卵巣がんで初回治療に効果が得られた場合には、このBRCA・HRDの状態を踏まえてPARP阻害薬やベバシズマブを含む維持療法を検討します。

HRD検査は「がんが遺伝するかどうか」を判定する検査ではなく、主として腫瘍のDNA修復機能の特徴を調べ、治療選択に役立てる検査です。

家族にも関係する結果では遺伝カウンセリングを考える

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントが確認された場合、その結果は患者さん本人だけの問題ではなくなります。血縁者も同じ病的バリアントを持っている可能性があり、乳がんや卵巣がんなどの発症リスクを考えるきっかけになるためです。

検査結果を家族にどう伝えるか、誰が検査を受けるのかという問題には、心理的・家族関係上の負担も伴います。必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、検査の意味や血縁者への影響を整理しながら判断します。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてHRDの検査を実施する際の考え方」日本婦人科腫瘍学会「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてBRCA1あるいはBRCA2の遺伝学的検査を実施する際の考え方」

維持療法|手術と抗がん剤が終わった後も治療を続けることがある

以前は、手術と抗がん剤が終わり、画像上がんが消えたり小さくなったりすれば、いったん治療を終了して経過観察に入ることが一般的でした。

現在の進行卵巣がんでは、初回治療が効いた後にその状態をできるだけ長く保ち、再発や病気の進行までの期間を延ばすことを目的として「維持療法」を行う場合があります。

したがって「抗がん剤が終わったのに、まだ薬を飲むのは治療が効かなかったから」という意味ではありません。むしろ、初回治療に反応したからこそ、その効果を維持するために行う治療です。

維持療法は何のために行うのか

卵巣がん、とりわけ進行した高異型度漿液性がんでは、初回のプラチナ製剤を含む治療によって腫瘍が大きく縮小しても、その後に再発することがあります。

維持療法は、目に見える腫瘍を大量に減らすことを主目的とした治療ではなく、治療によって得られた状態を長く維持し、がんが再び増えるまでの時間を延ばすことを目的とします。

国立がん研究センターは、Ⅲ期・Ⅳ期で初回手術と薬物療法を終え、がんが見つからない状態または縮小している場合に維持療法を行うと説明しています。

PARP阻害薬|オラパリブ・ニラパリブ

維持療法で重要な薬剤の1つがPARP阻害薬です。国内ではオラパリブやニラパリブが使用されています。

PARPはDNAの傷を修復する働きに関係する酵素です。PARPの働きを薬で妨げることで、DNA修復能力が低下しているがん細胞を増殖しにくくすることを狙います。

特にBRCA1/2に病的バリアントがある腫瘍では相同組換え修復がうまく働かないため、PARPをさらに阻害することが治療につながります。また、BRCA以外の理由でHRDとなっている腫瘍でも、維持療法の効果とHRDの状態が関係します。

ただし、PARP阻害薬は「BRCA・HRDの結果だけを見れば自動的に薬が決まる」ものではありません。使用できる薬や組み合わせは、初回治療の内容、ベバシズマブを使用したか、治療への反応、病期、薬の適応条件なども踏まえて決めます。

ベバシズマブ

Ⅲ期・Ⅳ期などで初回化学療法にベバシズマブを加えた場合には、化学療法が終了した後もベバシズマブを維持療法として継続することがあります。

また、HRDなどの条件によってはPARP阻害薬との組み合わせを検討する場合があります。

ベバシズマブは点滴、PARP阻害薬は内服薬であり、通院方法や日常生活への影響も異なります。維持療法は比較的長期間続くことがあるため、治療効果だけでなく、副作用や通院負担、仕事や家庭生活との両立も含めて考える必要があります。

BRCA・HRD結果によって維持療法の選択が変わる

現在の維持療法では、「初回治療が効いたか」だけでなく、BRCA1/2病的バリアントの有無やHRDの状態を確認する意味が大きくなっています。

このため、初回抗がん剤が終わってから慌てて検査を考えるより、治療途中から「維持療法を考えるときに必要なBRCA・HRDの結果がそろっているか」を確認しておくと、次の治療を検討しやすくなります。

維持療法を考えるときに確認したいこと
初回治療にどの程度反応したか。
BRCA1/2病的バリアントがあるか。
HRD陽性か、それ以外か。
初回治療でベバシズマブを使用したか。
維持療法で期待する効果と、想定される副作用は何か。

維持療法をしない選択になる場合もある

維持療法が登場したからといって、卵巣がんの患者さん全員が何らかの薬を飲み続けなければならないわけではありません。

病期や再発リスク、初回治療の結果、BRCA・HRDの状態、これまで使用した薬、副作用や持病などによっては、維持療法を行わず経過観察とすることがあります。

また、薬を使える条件に該当していても、期待できる効果と副作用・生活への影響を比較して判断する場面があります。

維持療法を行わないことと、「治療を何もしていない」ことは同じではありません。経過観察も、定期的に病状を確認しながら必要な時点で次の治療へつなげる治療方針の1つです。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会「HRD検査を実施する際の考え方」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

再発した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんは、初回治療によって画像上がんが認められない状態になっても、後に再発することがあります。

再発した場合には、「最初にステージⅢだったからこの治療」と初回のステージだけで考えるのではなく、現在どこに再発しているのか、前回の治療からどれくらい時間がたっているのか、これまでどの薬を使ったのか、どの薬が効いたのかをあらためて整理します。

さらに現在は、PIK3CAやFRα、MSI/MMRなどのバイオマーカーや、がん遺伝子パネル検査によって次の治療候補を探す場面もあり、初回治療以上に個人差が大きくなります。

再発では「最初のステージ」より現在の病状を見る

再発とは、一度治療によって見えなくなった、あるいは抑えられていたがんが再び確認されることです。腹膜に再発する場合もあれば、リンパ節やほかの臓器に病変が現れる場合もあります。

再発後は通常、「ステージⅢからステージⅣになった」というように最初からステージを付け直して治療を決めるわけではありません。

治療選択では、再発した場所と範囲、症状、手術で切除できる可能性、前回のプラチナ製剤から再発までの期間、過去のベバシズマブ・PARP阻害薬などの使用歴、組織型やバイオマーカー、全身状態などを見ます。

プラチナ製剤が再び効く可能性をどう考えるか

再発治療で大きな判断材料になるのが、カルボプラチンなどのプラチナ製剤をもう一度使うことで効果を期待できるかという点です。

一般に、最後のプラチナ製剤による治療から長い期間が経過して再発したほど、再びプラチナ製剤が効く可能性は高くなる傾向があります。反対に、プラチナ製剤による治療中または治療終了後早期に再発した場合には、同じ系統の薬が効きにくい可能性を考えます。

国立がん研究センターの患者向け情報では、再発まで6カ月以上の場合には複数の抗がん剤による治療を中心に検討し、6カ月未満の場合には初回とは異なる抗がん剤の単剤治療などを検討すると説明しています。

なお、2026年8月24日には、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)についても「白金系抗悪性腫瘍剤抵抗性の再発卵巣がん」への適応追加が薬事審議会で了承されました。記事執筆時の2026年9月3日時点では正式承認後の最終的な適応条件を確認する段階にあるため、実際の対象患者や併用療法については最新の添付文書を確認する必要があります。

プラチナ感受性再発とプラチナ抵抗性再発

従来、プラチナ製剤による治療終了から再発までの期間が6カ月以上であれば「プラチナ感受性再発」、6カ月未満であれば「プラチナ抵抗性再発」と整理する方法が広く使われてきました。

6カ月を超えた瞬間に薬が効くようになったり、6カ月未満ならまったく効かなくなったりするわけではありません。実際の治療では、前回のプラチナ製剤への反応、治療終了からの期間、これまでの治療歴、残っている副作用なども含めて判断します。

それでも、この6カ月という区分は患者さんが再発治療の大まかな考え方を理解するうえでは役立ちます。

再発まで6カ月以上の場合
プラチナ製剤を含む併用療法を再び検討しやすく、条件によって分子標的薬やその後の維持療法も考える。
再発まで6カ月未満の場合
プラチナ製剤が効きにくい可能性を考え、別の細胞障害性抗がん剤を中心に、必要に応じて分子標的薬などを組み合わせる。

PARP阻害薬・ベバシズマブ使用後では次の治療選択が変わる

現在の卵巣がん治療では、初回治療後からベバシズマブやPARP阻害薬を使用する患者さんが増えています。そのため、再発したときには「過去に何を使ったか」が以前より重要になっています。

同じプラチナ感受性再発でも、PARP阻害薬を使ったことがない患者さんと、PARP阻害薬の維持療法中に再発した患者さんでは、その後の治療を同じようには考えられません。ベバシズマブについても、未使用なのか、使用中または使用後に再発したのかによって検討する内容が変わります。

再発時には薬の名前だけでなく、「何次治療で使ったか」「どのくらい効いたか」「治療中に再発したのか、終了後に再発したのか」を治療歴として整理することが重要です。

再発でも選ばれた患者さんでは手術を検討する

再発したら必ず薬物療法だけになるわけではありません。病変が限られており、手術で肉眼的に完全切除できる可能性が高いなど、条件を満たす一部の患者さんでは再発腫瘍減量手術(二次的腫瘍減量術)を検討します。

再発手術については「手術をすれば必ず生存期間が延びる」と単純にはいえません。

DESKTOP III試験では、初回手術で完全切除できている、全身状態が良好、腹水が少ないなどの基準で選択されたプラチナ感受性の初回再発患者を対象に、手術+化学療法群で化学療法単独群より全生存期間の延長が示されました。一方、別のGOG-0213試験では、再発手術による全生存期間の延長は示されませんでした。

この違いからも、再発手術では「手術できるか」だけでなく、「肉眼的完全切除を期待できる患者さんを適切に選べるか」が重要と考えられます。

病変が広範囲に広がっている場合や完全切除が難しい場合には、手術による負担だけが大きくなる可能性があります。再発時に手術を提案された場合は、「なぜ自分が手術候補なのか」「完全切除できる可能性をどう評価しているのか」を確認するとよいでしょう。

PIK3CA|卵巣明細胞がんでは遺伝子変異が治療選択につながる

2026年、日本の卵巣がん治療で大きく変わった点の1つが、PIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞がんに対する治療です。

2026年3月23日、PI3Kα阻害薬リソバリシブ(商品名:ハイツエキシン)が、「がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌」を対象として国内承認されました。7月15日に薬価収載され、7月28日に発売されています。

使用にあたっては、腫瘍にPIK3CA遺伝子変異があることを確認する必要があります。PMDAが公表しているコンパニオン診断薬の一覧では、卵巣明細胞がんに対するリソバリシブの適応判定に「AmoyDx PIK3CA変異検出キット」が示されています。

これは、前半で説明した「卵巣がんは組織型まで知る必要がある」という話が、実際の治療に直接つながる例です。

高異型度漿液性がんを中心に発展してきたBRCA・HRD・PARP阻害薬とは別に、明細胞がんではPIK3CAという分子情報が治療選択につながるようになりました。

「卵巣がんだからPIK3CA検査を全員に行う」という意味ではなく、特に卵巣明細胞がんで、化学療法後に病勢が進行した場合に治療選択へつながる可能性がある検査です。

参考:PMDA「ハイツエキシン錠10mg 承認審査情報」大鵬薬品工業「PI3Kα阻害剤 ハイツエキシン錠10mg 国内新発売のお知らせ」

FRα|今後の再発治療選択に関わる重要なバイオマーカー

FRα(葉酸受容体α)は、一部の卵巣がん細胞の表面に多く発現しているタンパク質です。特に再発卵巣がんで、FRαを標的とした治療につなげるためのバイオマーカーとして注目されています。

日本婦人科腫瘍学会は2026年7月1日、「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断として葉酸受容体αの検査を実施する際の考え方」を公表しました。2025年版ガイドライン発刊後にも、この領域の診療が更新されていることを示す動きです。

FRα陽性のプラチナ製剤抵抗性再発卵巣がんを対象とする薬として、FRαを標的に抗がん作用を持つ薬剤をがん細胞へ届ける抗体薬物複合体(ADC)ミルベツキシマブ ソラブタンシンがあります。

ただし国内での位置付けには注意が必要です。武田薬品工業は2026年1月30日に、日本でFRα陽性のプラチナ製剤抵抗性再発卵巣がんを対象として製造販売承認申請を行ったと公表し、2026年8月24日に厚生労働省の薬事審議会・医薬品第二部会で、FRα陽性の白金系抗悪性腫瘍剤抵抗性の再発卵巣がんに対するミルベツキシマブ ソラブタンシン(エラヒア)の承認が了承されました。

この記事を執筆した2026年9月3日時点では、正式な国内承認取得を確認できていないため、正式承認後に最新の添付文書や適応条件を確認する必要があります。

承認申請に加えて日本婦人科腫瘍学会がコンパニオン診断についての見解を公表していることから、FRαは今後の再発治療を考えるうえで注目度の高いバイオマーカーといえます。

参考:日本婦人科腫瘍学会「見解・指針」武田薬品工業「葉酸受容体α陽性のプラチナ製剤抵抗性の再発卵巣がんに対するミルベツキシマブ ソラブタンシンの日本における製造販売承認申請について」

MSI/MMRやがん遺伝子パネル検査で治療候補を探すこともある

再発・進行した卵巣がんでは、BRCA、HRD、PIK3CA、FRα以外の分子情報が治療につながる場合もあります。

その1つがMSI(マイクロサテライト不安定性)・MMR(ミスマッチ修復)です。DNAの複製エラーを修復するMMR機能が低下すると、MSI-Highという特徴が生じることがあります。

MSI-Highを有する進行・再発の固形がんでは、標準的な治療が困難な場合など一定の適応条件のもとで、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブが治療候補となることがあります。これは「卵巣がん専用の薬」というより、がんの発生臓器を越えて特定のバイオマーカーをもとに治療する考え方です。

また、標準治療が終了した、あるいは終了が見込まれる段階などでは、がん遺伝子パネル検査(CGP:Comprehensive Genomic Profiling)を検討することがあります。

CGPでは多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる可能性がある遺伝子異常を探索します。ただし、異常が見つかっても必ず対応する薬があるとは限らず、薬が見つかってもそのがんでは保険適用外であったり、臨床試験への参加が必要だったりする場合があります。

がん遺伝子パネル検査は、BRCAやHRDなど標準治療を選ぶために必要な検査の代わりに最初から行う検査ではありません。標準治療に必要なコンパニオン診断と、治療候補を広く探すCGPは目的が異なります。

再発治療では、従来の「どの抗がん剤を次に使うか」という判断に加え、組織型、これまでの治療歴、プラチナ製剤への反応、手術可能性、そして治療につながるバイオマーカーがあるかを組み合わせて治療を考える時代になっています。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」国立がん研究センター「がんゲノム医療 もっと詳しく」PMDA「ペムブロリズマブ 最適使用推進ガイドライン」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』Harter P, et al. Randomized Trial of Cytoreductive Surgery for Relapsed Ovarian Cancer. N Engl J Med. 2021.Coleman RL, et al. Secondary Surgical Cytoreduction for Recurrent Ovarian Cancer. N Engl J Med. 2019.

放射線治療・腹水・腸閉塞・緩和ケア/支持療法

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術と薬物療法が治療の中心です。しかし、進行や再発によって痛み、腹水、腸閉塞などが起こった場合には、「がんを小さくする治療」だけでなく、今ある症状を軽くして食事や睡眠、外出などの日常生活を保つための治療も重要になります。

こうした治療には放射線治療や腹水への処置、腸閉塞への対応、痛みの治療などが含まれます。これらは抗がん治療を諦めた後だけに行うものではありません。がんそのものへの治療と、症状を和らげる緩和ケア・支持療法を同時に進めることがあります。

放射線治療は初回治療の中心ではない

放射線治療は多くのがんで重要な治療法ですが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、通常、初回治療の中心にはなりません。

卵巣がんは腹膜や大網など腹腔内の広い範囲へ病変が広がることがあり、その範囲全体へ十分な量の放射線を照射しようとすると、腸管、肝臓、腎臓など正常な臓器も照射範囲に含まれてしまうためです。

国立がん研究センターも、十分な線量を安全に照射することが難しいことから、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんに対する最初の治療として放射線治療は推奨されていないと説明しています。

初回治療では「手術・抗がん剤・分子標的薬・維持療法」が大きな軸となり、放射線治療は別の役割で使われることが一般的です。

再発病変の痛みなどに放射線を使うことがある

初回治療の中心ではない一方、再発後に限られた場所の病変が症状を起こしている場合には、放射線治療が役立つことがあります。

たとえば骨やリンパ節などの病変によって強い痛みがある場合には、その場所へ放射線を照射することで痛みを軽減できることがあります。出血の原因となっている局所病変や、脳転移などに放射線治療を検討する場合もあります。

このように、再発卵巣がんで行う放射線治療では、体内すべてのがんを放射線で治療するのではなく、「今、生活を大きく妨げている特定の病変を局所的に治療する」という役割を持つことがあります。

薬物療法と放射線治療のどちらか一方だけを選ぶとは限らず、病変の場所や症状によって組み合わせることもあります。

腹水がたまった場合の対応

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんが腹膜へ広がると、腹腔内に腹水がたまることがあります。腹水が少ないうちは症状がほとんどない場合もありますが、量が増えるとおなかが張る、食事を少量しか食べられない、横になると苦しい、息切れがする、動きにくいといった問題が起こります。

腹水を伴う場合でも、まず可能であれば薬物療法によってがんそのものを抑えることを考えます。治療が効いて腹膜の病変が縮小すれば、腹水も減ることがあるためです。

腹水による苦痛が強い場合には、腹腔に針や管を入れて腹水を排出する腹水穿刺・腹水ドレナージを行うことがあります。患者さんの状態や腹水の性質によっては、利尿薬を使用したり、採取した腹水から細胞などを除いてタンパク成分を濃縮し、体内に戻す腹水濾過濃縮再静注法(CART)などを検討したりする場合もあります。

ただし、腹水を抜けばがんそのものが治るわけではありません。また、一度抜いても再びたまることがあります。

腹水治療では「何リットルたまっているか」だけでなく、食事ができるか、呼吸が苦しくないか、眠れるか、外出できるかといった生活への影響を見ながら、処置を行う時期を考えます。

悪性腸閉塞が起きた場合の治療

進行・再発した卵巣がんでは、腹膜播種によって腸が圧迫されたり、腸の動きが悪くなったりして、食べ物や消化液が腸を通れなくなる悪性腸閉塞が起こることがあります。

また、がんそのものではなく、過去の腹部手術によって生じた癒着が原因で腸閉塞が起こる場合もあります。「卵巣がんの治療後に腸閉塞になった=再発した」とは限りません。

腸閉塞では、腹部の張りや痛み、吐き気、嘔吐、食事が取れない、便やガスが出ないといった症状がみられます。

治療は原因、閉塞している場所、病変の広がり、全身状態、その後に予定している抗がん治療などによって異なります。食事をいったん止めて点滴を行ったり、胃や腸にたまった内容物を管で減圧したり、吐き気や消化液の分泌を抑える薬を使用したりします。状態によっては手術などの処置を検討することもあります。

すべての悪性腸閉塞で手術を行うわけではありません。広範囲の腹膜播種がある場合などには、大きな手術をしても食事が十分に取れる状態へ戻れない可能性もあるためです。

悪性腸閉塞では「処置が技術的にできるか」だけでなく、その処置によって症状や生活が実際にどの程度改善すると期待できるかまで考えて治療方法を選びます。

吐き気や嘔吐を伴う強い腹痛、おなかの急激な張りなどがある場合には、次の定期受診まで待たず医療機関へ連絡する必要があります。

緩和ケアは抗がん治療と並行して受ける

「緩和ケア」と聞くと、抗がん剤が効かなくなった後に受ける医療だと思う人もいるかもしれません。しかし、現在の緩和ケアはそのような位置付けではありません。国立がん研究センターは、緩和ケア・支持療法について、がんと診断された時から、がん治療とともに必要に応じて受けられるものと説明しています。

対象となるのは痛みだけではありません。吐き気、食欲低下、腹水、便秘、息苦しさ、不眠、しびれなどの身体症状に加え、不安や気分の落ち込み、仕事・家計・介護・家族関係などの問題も支援の対象になります。

卵巣がんでは治療が長期間にわたる場合があります。特に再発を繰り返した場合には、「がんをどこまで小さくできるか」と同じくらい、「治療を続けながらどのような生活を保てるか」が重要になります。

緩和ケアを受けることと、抗がん治療をやめることは同じではありません。抗がん剤、分子標的薬、放射線治療などと並行しながら、症状や生活上の負担を軽減するために利用できます。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

治療後の生活|妊孕性・更年期症状・リンパ浮腫・薬物療法の副作用

卵巣がんの治療では、治療効果だけでなく、その後の生活にどのような変化が起こるのかも考えておく必要があります。

手術によって卵巣機能を失うこと、リンパ節や腹腔内の手術に伴う合併症、抗がん剤によるしびれや脱毛、維持療法を長期間続けることなどは、仕事、食事、外出、睡眠、妊娠・出産、性生活などにも影響します。

副作用があるから治療をやめる、反対に治療のためならすべて我慢する、という二択ではありません。副作用を早い段階で把握し、必要に応じて支持療法、休薬、減量、薬剤変更などを行いながら治療を続けるという考え方が重要です。

手術後の更年期症状と卵巣欠落症状

閉経前に両側の卵巣を摘出すると、卵巣から分泌されていた女性ホルモンが急激に減少します。

自然な閉経を迎える前であっても、ほてり、発汗、動悸、不眠、気分の変化、腟の乾燥など、更年期障害に似た症状が現れることがあります。これを卵巣欠落症状と呼びます。

自然閉経では卵巣機能が徐々に低下していくのに対し、手術では短期間でホルモン環境が変化するため、症状を強く感じる人もいます。

また、女性ホルモンが低下した状態が長期間続くことは、骨密度の低下など将来の健康にも関係します。若い年齢で両側卵巣を摘出した場合には、手術直後の症状だけでなく長期的な健康管理も考える必要があります。

妊娠希望がある場合は治療前に相談する

両側の卵巣・卵管と子宮を摘出した後に、自分の卵子と子宮を使って妊娠することはできません。将来子どもを持ちたいという希望がある場合には、できるだけ治療を開始する前に担当医へ伝えることが重要です。

前述したように、上皮性卵巣がんでもⅠA期や一部のⅠC1期など、組織型・病期などの条件を満たす場合には、子宮と反対側の卵巣を残す妊孕性温存手術を検討できることがあります。

また、治療内容や時間的な余裕などによっては、生殖医療の専門医と相談し、卵子や胚(受精卵)の凍結保存などを検討することもあります。

妊孕性温存のためにがん治療を大きく遅らせることが適切とは限りません。がんの安全な治療を優先しながら、残せる選択肢があるかを婦人科腫瘍医と生殖医療の専門医の双方で検討します。

リンパ浮腫・腸閉塞など手術後の合併症

卵巣がんの手術後には、腸閉塞、リンパ嚢胞、リンパ浮腫などが起こることがあります。骨盤や腹部のリンパ節を切除した場合にはリンパ液の流れが変化し、脚、足の付け根、陰部、下腹部などにリンパ液がたまってむくむことがあります。

リンパ浮腫は手術直後だけに起こるものではありません。国立がん研究センターは、治療から数年たってから発症することもあると説明しています。

左右の脚の太さが違う、靴下の跡が以前より残る、脚が重い、足の付け根や下腹部がむくむといった変化は早期のサインになることがあります。リンパ浮腫は進行すると改善しにくくなるため、「少しむくんでいるだけ」と長期間放置せず相談することが大切です。

また、手術後は腸管の癒着によって、治療から時間がたってから腸閉塞が起こることもあります。吐き気や嘔吐を伴う腹痛、強い腹部膨満などが現れた場合には医療機関へ連絡します。

TC療法のしびれ・骨髄抑制・脱毛

TC療法では、パクリタキセルとカルボプラチンそれぞれの副作用を考える必要があります。代表的なものには、白血球や血小板の減少、貧血、吐き気、食欲低下、脱毛、手足のしびれなどがあります。

白血球、特に好中球が減る時期には感染症に注意が必要です。発熱など、あらかじめ医療機関から説明された注意症状がある場合には、「次の診察まで様子を見る」のではなく、病院から指示された方法で連絡します。

貧血が強くなれば、少し動いただけで息切れする、疲れやすい、仕事や家事を続けにくいといった影響が出ることがあります。血小板が大きく減った場合には出血しやすくなるため、血液検査を行いながら治療を続けます。

パクリタキセルで特に生活へ影響しやすい副作用が末梢神経障害による手足のしびれです。治療開始後数週間や複数回の投与後から出現することがあり、治療を終えた後に少しずつ改善する人がいる一方、数カ月から1年以上続く場合もあります。

「指先がジンジンする」という感覚だけではなく、ボタンを留めにくい、箸を使いにくい、パソコンのキーボードを打ちにくい、物を落とす、歩きにくい、つまずきやすいといった生活上の問題につながります。しびれでは「ある・ない」だけでなく、仕事や家事で何ができなくなってきたかを医療者へ伝えることが重要です。

症状が強くなれば、治療効果とのバランスを見ながら休薬、減量、薬剤変更などを検討することがあります。治療を継続するために我慢し続けることが必ずしも最善とは限りません。

脱毛もTC療法で起こりやすい副作用です。医学的な重症度だけを見れば生命に直接影響する副作用ではありませんが、外見の変化が仕事や人との交流、精神的負担に大きく影響する人もいます。ウィッグや帽子などを含むアピアランスケアについて、治療開始前から相談することもできます。

PARP阻害薬・ベバシズマブ治療中の生活

維持療法では治療期間が長くなることがあるため、「大きな副作用が一度起きるか」だけでなく、軽度から中等度の症状と長期間付き合えるかという視点が重要になります。

PARP阻害薬のオラパリブやニラパリブでは、貧血、白血球・好中球の減少、血小板減少、吐き気、倦怠感などが問題になることがあります。症状の確認と定期的な血液検査を行いながら治療します。

内服薬であるため、「点滴ではないから体への負担はほとんどない」というわけではありません。倦怠感や貧血が続けば、仕事中の集中力や外出、運動などに影響することがあります。

ベバシズマブでは高血圧や蛋白尿などに注意が必要で、治療中には血圧測定や尿検査を行います。また、創傷治癒に影響することがあるため、手術との間隔も考慮する必要があります。

薬によって確認すべき副作用が異なるため、維持療法を始める際には「どの副作用が起きたら連絡すべきか」「どのくらいの頻度で血液・血圧・尿などを確認するか」を聞いておくと安心です。

HRTを検討できる場合

閉経前に両側の卵巣を摘出し、強い卵巣欠落症状がある場合などには、ホルモン補充療法(HRT)を検討することがあります。

「がんになったのだから女性ホルモンは絶対に使えない」と考える人もいるかもしれませんが、卵巣がんのすべてが女性ホルモンによって増殖するがんではありません。

2025年に公表された『ホルモン補充療法ガイドライン2025年度版』に関する解説では、卵巣がん治療後のHRTについて、適応のある女性ではHRTが推奨される一方、一部の組織型では抗エストロゲン療法が用いられることなどから個別の配慮が必要とされています。

つまり、「卵巣がんだからHRTは禁止」でも、「誰でも安全に使える」でもありません。

組織型、ステージ、これまでの治療、現在の症状、骨や心血管系への影響、本人の希望などを踏まえて判断します。ほてりや不眠、腟の乾燥などで生活への影響が大きい場合には、我慢するのではなく、HRTを含めた対策が可能か担当医へ相談する価値があります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」国立がん研究センター「妊孕性」国立がん研究センター「リンパ浮腫」国立がん研究センター「しびれQ&A」『産科と婦人科』「卵巣癌治療後のHRTは推奨されるか?」PMDA「リムパーザ錠 医薬品情報」PMDA「ゼジューラ錠 医薬品情報」

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの生存率・予後

がんと診断されたとき、「治る可能性はどのくらいあるのか」「あと何年生きられるのか」を知りたいと思うのは自然なことです。

ただし、生存率を見るときには「何年に診断された、どの患者集団の数字なのか」「卵巣がんだけなのか、卵管がんや腹膜がんも含むのか」「ステージ以外にどのような違いがあるのか」まで確認する必要があります。

国立がん研究センターが2026年7月22日に更新した全国がん登録の最新統計では、2018年に診断された卵巣がんの5年相対生存率は59.9%です。

これはすべてのステージを合わせた卵巣がんの数字であり、卵管がん・腹膜がんを合わせた数字ではありません。

卵巣がんのステージ別5年生存率

ステージⅠ~Ⅳ別の数字を確認する場合には、国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム」で、2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルが公開されています。

ステージ 対象数 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 4,686例 90.6%
Ⅱ期 905例 76.6%
Ⅲ期 2,860例 46.2%
Ⅳ期 1,270例 27.8%

出典:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 卵巣がん 2014~2015年5年生存率」

ここで使っている「ネット・サバイバル」は、がん以外の死因による影響を統計的に除き、「そのがんのみが死因となる状況」を仮定して算出する指標です。

なお、前述した2018年診断例の5年相対生存率59.9%と、上表の数字は集計した患者集団・診断年・生存率の計算方法が異なります。59.9%とステージ別の数字を足したり、単純に比較したりすることはできません。

卵管がん・腹膜がんへ卵巣がんの数字をそのまま当てはめない

この記事では卵巣がん・卵管がん・腹膜がんをまとめて解説していますが、生存率まで3疾患を同じ数字にすることは適切ではありません。

国立がん研究センターによると、日本で卵管がんと診断される人は年間約200例です。一方、原発性腹膜がんはまれで、正確な患者数の統計がありません。

公的ながん統計で十分な症例数を用いてステージ別生存率を示しやすいのは、主に卵巣がんです。

海外の研究や単一施設の研究から卵管がん・腹膜がんの生存率を示すことはできますが、診断年代、組織型、治療内容、ステージの割合などが異なる集団を比較すると、「卵巣がんより腹膜がんの方が何%悪い」といった誤解につながる可能性があります。

そのため本記事では、卵巣がんの公的な生存率を、卵管がん・腹膜がんの生存率としてそのまま置き換えない方針としています。

同じステージでも組織型・残存腫瘍・BRCA/HRDなどで経過は異なる

生存率はステージによって大きく変わりますが、同じステージであれば全員が同じ経過をたどるわけではありません。高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんなどでは生物学的な性質が異なります。

進行例では、手術後に肉眼的な腫瘍がどの程度残ったかも重要です。卵巣がんでは、手術後の残存腫瘍が小さいほど予後が良いことが知られており、現在は可能であれば肉眼的完全切除を目指して腫瘍減量手術を行います。

また、BRCA1/2やHRDなどの分子情報は、がんの性質だけでなくPARP阻害薬をはじめとした維持療法の選択にも関係します。明細胞がんでは、2026年からPIK3CA遺伝子変異がある一部の再発例に新たな分子標的治療が使えるようになりました。

同じ「ステージⅢ」という診断でも、組織型、手術での残存腫瘍、薬物療法への反応、BRCA・HRDなどの分子情報、年齢や全身状態によって、その後の経過は異なります。

BRCA陽性なら必ず予後が良い、HRD陰性なら必ず悪い、と個人の予後を単純に決めることもできません。これらは治療方針を考えるための重要な情報ではありますが、ステージや治療結果などと合わせて解釈します。

5年生存率は個人の余命ではない

5年生存率が27.8%と聞くと「自分が5年生きられる確率は27.8%」「5年以上は生きられない」と受け取ってしまうことがあります。しかし、そのような意味ではありません。

生存率は、過去に同じ病気と診断された多数の患者さんを集団として追跡した統計です。個人が何年生きられるのかを予測する数字ではありません。たとえば同じⅣ期でも、病変の場所や量、手術可能性、抗がん剤への反応、組織型、分子情報、体の状態などには大きな違いがあります。

「5年生存率が30%だから、自分には30%しか可能性がない」と個人の余命へ置き換えないことが大切です。自分自身の見通しについて知りたい場合には、一般的な統計だけではなく、現在の病状や治療への反応を把握している担当医から説明を受ける必要があります。

古い統計には現在の維持療法が十分反映されていない場合がある

生存率を見る際にもう1つ注意したいのが、統計には時間差があることです。5年生存率を算出するには、当然ながら診断から少なくとも5年間患者さんを追跡する必要があります。

上表のステージ別生存率は2014~2015年に診断された患者さんのデータです。その後、BRCA・HRDに基づくPARP阻害薬による初回維持療法、ベバシズマブとの治療戦略、再発手術の患者選択など、卵巣がん治療は変化してきました。2026年にはPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞がんに対するリソバリシブも国内承認されています。

全国がん登録による最新の5年相対生存率も2018年診断例であり、2026年現在の治療を受ける患者さんの成績そのものではありません。国立がん研究センターも、生存率は過去に診断された人のデータから算出されるため、治療法の進歩によって現在や今後の患者さんにそのまま当てはまらない可能性があると注意しています。

古い統計を無視する必要はありませんが、「現在の治療を受けたら必ずこの数字になる」と考えるのも適切ではありません。

参考:国立がん研究センター「がん統計 卵巣」国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 卵巣がん」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 患者数(がん統計)」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」

再発・経過観察|CA125が上がっただけで治療開始とは限らない

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療が終了した後も、定期的な経過観察を行います。経過観察の目的は再発を見つけることだけではありません。手術や薬物療法による後遺症・合併症を確認し、日常生活上の問題に対応することも含まれます。

「できるだけ頻繁にCTや腫瘍マーカーを調べれば、その分だけ長生きできる」と単純に考えることもできません。特に卵巣がんでは、CA125の数値だけが上昇したときに、すぐ治療を開始すべきかという問題が長く検討されてきました。

治療後1~2年、3~5年、その後の通院目安

国立がん研究センターは、卵巣がん・卵管がん・腹膜がん治療後の経過観察について、次の間隔を目安としています。

治療後1~2年目:1~3カ月ごと
治療後3~5年目:3~6カ月ごと
治療後6年目以降:1年ごと

実際の受診間隔は、ステージ、組織型、これまでの治療、再発リスク、維持療法を続けているかなどによって変わります。

維持療法中で定期的な採血が必要な場合などには、ここで示した経過観察の目安より頻繁に受診することもあります。

問診・内診・超音波・画像検査・CA125

国立がん研究センターでは、経過観察中の基本的な診察として問診、内診、超音波検査を挙げています。

必要に応じてCA125などの腫瘍マーカー、CT、MRI、PET-CTなどを追加します。

経過観察で大切なのは「検査項目をできるだけ増やすこと」ではなく、再発の可能性、以前の病変の場所、症状などに応じて必要な検査を組み合わせることです。

CA125もその中の1つであり、単独で再発を確定する検査ではありません。

CA125は再発を考える材料だが単独で判断しない

CA125は卵巣がん、特に漿液性がんなどで上昇することがあり、初回治療中の変化や治療後の経過を見るために利用されます。治療後に一度下がったCA125が再び上昇してくると、再発の可能性を考える材料になります。

しかし、CA125が上昇したことと、治療を今すぐ開始しなければならないことは同じではありません。CA125はがん以外の状態でも変動することがあります。また、再発した場所や組織型によっては、再発していてもCA125があまり上昇しない場合があります。

数値の推移だけではなく、症状、診察所見、画像検査などを合わせて評価します。

無症状でCA125だけが上昇した場合をどう考えるか

この問題については、CA125の上昇だけを根拠に早期に抗がん剤を開始する群と、症状や画像などで再発が明らかになってから治療する群を比較した大規模ランダム化試験「MRC OV05/EORTC 55955」があります。

この試験では、CA125上昇だけを根拠に早く抗がん剤治療を開始しても、全生存期間を延長する効果は確認されませんでした。そのため「CA125が基準値を超えたから明日から抗がん剤を始める」という判断にはなりません。

ただし、この試験結果を「CA125を測る意味がない」「症状が出るまで何もしない」と読み替えることにも注意が必要です。試験が行われた時代と現在では、PARP阻害薬、ベバシズマブ、再発手術の患者選択、バイオマーカーに基づく治療など、利用できる選択肢が変化しています。

また、CA125上昇をきっかけに画像検査を行ったところ、完全切除を期待できる限局した再発病変が見つかるといった状況もあり得ます。「CA125だけで抗がん剤を開始しない」ことと、「CA125の上昇を無視する」ことを区別して考える必要があります。

数値が上昇した場合には、その推移と現在の症状を確認し、必要に応じて画像検査などを行ったうえで次の治療が必要かを判断します。

新しい症状があれば次の定期検査まで待たない

定期検査の予定が3カ月後だからといって、それまで何があっても待つ必要はありません。

治療後に、以前にはなかった腹部膨満、おなかや骨盤の痛み、食欲低下、すぐに満腹になる、便秘、吐き気、息苦しさ、急激な腹囲増加などが続く場合には、予定されている次回受診より前でも医療機関へ相談することができます。

また、手術後の腸閉塞やリンパ浮腫など、再発ではない合併症が原因の可能性もあります。

「再発だったら怖いから次の検査まで待とう」と症状を我慢するのではなく、新しく出た症状や悪化している症状は、それ自体を受診理由として考えることが大切です。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』Rustin GJS, et al. Early versus delayed treatment of relapsed ovarian cancer (MRC OV05/EORTC 55955). Lancet. 2010.

治療を選ぶときに確認したいこと

卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、「ステージはいくつか」だけを確認しても、自分の治療方針を十分に理解できないことがあります。

診断直後、手術後、初回化学療法後、再発時では、確認すべき情報も変わります。

治療の説明を受ける際には、次のような項目を整理しておくと、「なぜ自分はこの治療なのか」が分かりやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
正確な原発部位 卵巣がん、卵管がん、原発性腹膜がんのどれと診断されているかを確認する
組織型・異型度/グレード 高異型度漿液性、低異型度漿液性、明細胞、類内膜、粘液性などによって性質や治療上の判断が異なる
FIGO進行期 Ⅰ~Ⅳ期だけでなく、ⅠC1・ⅢC・ⅣAなど細分類まで確認すると病状を理解しやすい
最初にPDSかNACか 最初に腫瘍減量手術をするのか、術前化学療法後にIDSを予定するのか、その理由を確認する
手術後の残存腫瘍 肉眼的完全切除だったのか、腫瘍が残ったのかは、その後の治療や予後を考える重要な情報になる
BRCA1/2 PARP阻害薬などの治療選択だけでなく、HBOCや血縁者への影響を考える情報にもなる
HRD 主に進行がんの初回治療後に、PARP阻害薬などの維持療法を検討する材料になる
維持療法の目的と期間 なぜオラパリブ、ニラパリブ、ベバシズマブなどを使うのか、期待できる効果と副作用を確認する
再発までの期間とプラチナ治療歴 再びプラチナ製剤を使うことで効果を期待できるかを考える重要な判断材料になる
過去のPARP阻害薬・ベバシズマブ使用歴 同じ「再発」でも、これまでどの維持療法を受けたかによって次の治療選択が変わる
PIK3CA 卵巣明細胞がんでは、化学療法後に増悪した場合、PIK3CA遺伝子変異がリソバリシブによる治療選択につながることがある
FRα・MSI/MMR・CGP 主に再発・進行時に、次の治療候補を探す目的で検討する。FRα標的薬などは国内の最新承認状況も確認する必要がある
妊孕性・更年期・生活への希望 妊娠希望、仕事、介護、しびれなど、治療後の生活で何を大切にしたいかも治療選択に関わる

すべてを患者さん自身が医学的に判断する必要はありません。

大切なのは「この治療が標準だから受ける」という説明だけで終わらせず、「自分のどの情報を根拠としてこの治療が選ばれたのか」を理解することです。

たとえばNACから始めるのであれば、なぜPDSではないのか。PARP阻害薬を使うのであれば、BRCA・HRDの結果とどのようにつながっているのか。再発時に以前とは違う薬を使うのであれば、前回の治療歴や再発までの期間がどのように影響したのかを確認できます。

治療法が複数あり、メリットと負担のどちらを優先するかによって選択が変わる場合には、別の婦人科腫瘍専門医から意見を聞くセカンドオピニオンを利用する方法もあります。

なお、この表はガイドラインに掲載された表を転載したものではなく、2025年版ガイドラインと2026年時点の治療体系をもとに、患者さんが診察時に確認しやすいよう治療判断に関わる情報を整理したものです。。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』

まとめ|病名だけでなく「組織型・ステージ・手術結果・遺伝子情報」を確認する

卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんは、発生する場所は異なりますが、特に上皮性・漿液性がんでは病気の性質や治療に多くの共通点があります。一方で、「3つをまとめて扱う=すべて同じがん」という意味ではありません。

治療を考えるうえでは、病名やステージだけでなく、何という組織型なのか、手術で腫瘍をどこまで取り除けたのか、BRCA・HRDなどの検査結果はどうかといった情報も重要です。再発した場合には、これまでに受けた治療や再発までの期間、新たに確認できるバイオマーカーなども次の治療選択に関わります。

また、治療効果だけでなく、副作用や妊孕性、更年期症状、仕事や日常生活への影響についても相談しながら治療を続けることができます。緩和ケアや支持療法も、抗がん治療が終わってから利用するものではありません。

生存率は病気の見通しを知る参考になりますが、個人の余命をそのまま示す数字ではありません。

病名やステージを知ることは治療を理解する出発点ですが、それだけが答えではありません。自分が今どの治療段階にいて、どの情報を根拠に治療が選ばれているのかを確認していくことが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療を理解する助けになります。

参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』