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肝臓がんは、肝臓そのものから発生する原発性肝がんの総称です。日本ではその90%以上を肝細胞がんが占めており、一般に「肝臓がん」といった場合は肝細胞がんを指すことが多くあります。

肝細胞がんには、ほかのがんとは異なる特徴があります。

治療方法を決めるとき、がんの大きさや個数、血管への広がり、転移の有無だけを見ればよいわけではありません。肝細胞がんはB型・C型肝炎、アルコール関連肝障害、肝硬変、MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)など、もともと傷んだ肝臓に発生することが多いため、「がんをどこまで治療できるか」と同時に「治療後も肝臓がどこまで働けるか」を考える必要があります。

そのため、同じ大きさ・同じ個数の肝細胞がんでも、肝機能が十分保たれている人と肝硬変が進んでいる人では、選択される治療が異なることがあります。

この記事では、一般に「肝臓がん」と呼ばれることの多い肝細胞がんを中心に、原因、検診・定期検査、症状、診断、ステージ、肝予備能、肝切除、ラジオ波焼灼療法(RFA)、TACE、肝移植、薬物療法、生存率、再発まで解説します。

  • 肝細胞がんの治療は、ステージだけでなく肝機能も合わせて決める
  • 肝細胞がんは背景に慢性肝疾患があることが多く、治療後も再発と肝機能低下の両方に注意する
  • 進行・再発しても治療法は一つではなく、その時点の病状と肝機能から次の選択肢を考える

肝臓がんとは何か

肝臓に見つかるがんが、すべて同じ「肝臓がん」という病気なのではありません。

肝臓の細胞から発生したのか、肝臓内の胆管から発生したのか、別の臓器から転移してきたのかによって、診断名も治療方法も異なります。

この記事で主に扱うのは「肝細胞がん」

肝細胞がんは、肝臓の大部分を構成している肝細胞から発生するがんです。

国立がん研究センターでは、日本で発生する肝臓がんの90%以上が肝細胞がんであるとしています。そのため、一般的には「肝臓がん」という言葉が肝細胞がんの意味で使われることも多くあります。

肝細胞がんの特徴は、がんだけが単独で発生するというより、慢性的な肝障害を抱えた肝臓に発生することが多いことです。

B型肝炎やC型肝炎、アルコール関連肝障害、肝硬変などに加え、現在では肥満や糖尿病などの代謝異常と関係するMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患、旧NAFLD)や、MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎、旧NASH)も肝細胞がんの背景として考えます。

こうした背景肝疾患があるため、肝細胞がんでは「がんを取り除けるか」だけでなく、治療によって残った肝臓が十分に働けるかまで評価しなければなりません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)について|国立がん研究センター がん情報サービス

「肝内胆管がん」は肝細胞がんとは別のがん

肝臓の中を通る胆管の細胞から発生するものを肝内胆管がんと呼びます。

肝臓の中にできるため広い意味では原発性肝がんに含まれますが、肝細胞がんとは発生する細胞が異なり、ステージ分類や薬物療法など治療の考え方も異なります。

そのため、本記事でこれ以降に説明するRFA、TACE、肝移植、肝細胞がんの薬物療法、ステージ別生存率などは、特に断りがない限り肝細胞がんを対象とした内容です。

「肝臓に転移したがん」は肝細胞がんではない

大腸がん、胃がん、膵臓がん、肺がん、乳がんなどが肝臓へ転移することがあります。これを転移性肝がん(肝転移)と呼びます。

たとえば大腸がんが肝臓へ転移した場合、肝臓に腫瘍があっても肝細胞がんではありません。「大腸がんの肝転移」として、大腸がんに基づいた治療を考えます。

「肝臓にがんがある」と「肝臓からがんが発生した」は同じ意味ではないため、診断を受けたときには、原発性の肝細胞がんなのか、肝内胆管がんなのか、ほかのがんからの肝転移なのかを確認することが治療を理解する最初の段階になります。

肝細胞がんでは「がんの進行度」と「肝予備能」の両方を見る

肝細胞がんの治療では、腫瘍の状態と肝臓そのものの状態を分けて評価します。

腫瘍については、大きさや個数、門脈・肝静脈などの血管へがんが入り込んでいないか、リンパ節やほかの臓器へ転移していないかを確認します。

肝臓については、アルブミンやビリルビン、血液凝固能、腹水などから、残っている肝機能である肝予備能を評価します。Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類や、ALBI grade(アルブミン・ビリルビン・グレードまたはアルビグレード)などが、そのために使われる指標です。

この2つを分けて考える理由は、がんだけを強く治療して肝機能が大きく低下すると、その後の治療を続けられなくなる可能性があるためです。

たとえば小さな肝細胞がんでも肝硬変が進んでいれば、肝切除が適さない場合があります。反対に、腫瘍がある程度大きくても、肝機能が保たれ、十分な肝臓を残せると判断されれば切除を検討できる場合があります。

肝細胞がんでは「どの治療が最も強いか」ではなく「がんを抑えながら、その後の治療に必要な肝機能をどこまで残せるか」という視点が治療選択に関わります。

進行した肝細胞がんでもステージだけで治療は決まらない

肝細胞がんが血管へ広がっている場合や、肝臓以外へ転移している場合には、薬物療法が治療の中心になることがあります。

一方で、現在の肝細胞がんには複数の免疫療法や分子標的薬があり、薬物療法によって腫瘍が大きく縮小した場合には、肝切除や局所治療が可能にならないか再評価することもあります。

また、同じ進行した肝細胞がんでも、肝機能が低下すると使用できる治療が限られる場合があります。

ステージ4という言葉だけから「もう手術は絶対にできない」「使える治療は一つしかない」と判断することはできません。病変の広がり、血管侵襲、肝外転移、肝機能、これまでの治療などを確認して方針を考えます。

肝臓がんステージ4の病状や治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

肝臓がんの原因とリスク

肝細胞がんの多くは、長い期間にわたって炎症や線維化が続いた肝臓を背景に発生します。

代表的なのがB型・C型肝炎ウイルスの持続感染ですが、アルコール関連肝障害、肥満や糖尿病などに関連する脂肪性肝疾患も発症リスクに関係します。「お酒をたくさん飲む人だけがなるがん」「肝炎ウイルスに感染していなければ心配ない」と考えることはできません。

B型肝炎・C型肝炎は肝細胞がんの主要な原因

B型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)が長期間体内に存在すると、肝臓で炎症と肝細胞の再生が繰り返されます。その過程で遺伝子の変化が蓄積し、肝細胞がんが発生しやすくなると考えられています。

ただし、肝炎ウイルスに感染していても自覚症状がないことがあります。「肝臓が痛くない」「体調に問題がない」という理由だけでは、慢性肝炎や肝線維化がないとは判断できません。

現在はB型・C型肝炎に対する抗ウイルス治療が大きく進歩しています。

B型肝炎ではウイルスの増殖を抑える治療、C型肝炎ではウイルス排除を目指す治療が行われます。肝炎ウイルス感染が分かった場合には、肝細胞がんの検査だけでなく、肝炎そのものを適切に治療することも肝臓を守るために必要です。

なお、C型肝炎ウイルスを排除できた場合でも、すでに高度な肝線維化や肝硬変がある人では肝細胞がんのリスクがなくなるわけではありません。治療後も肝臓の状態に応じた定期検査を続けます。

参考:B型肝炎治療ガイドライン 第5版(2026年6月)|日本肝臓学会
参考:C型肝炎治療ガイドライン 第8.4版(2025年4月)|日本肝臓学会

MASLD・MASHなどの脂肪性肝疾患

これまで「NAFLD」「NASH」と呼ばれてきた脂肪性肝疾患は、現在、国際的な病名変更を受け、MASLD(マッスルディー)MASH(マッシュ)という名称が使われています。

MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)は、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの心代謝系リスクと関連する脂肪性肝疾患です。

脂肪肝がある人すべてが肝細胞がんになるわけではありません。しかし、肝臓の炎症や線維化が進み、肝硬変へ至ると肝細胞がんのリスクも高くなります。健康診断で「脂肪肝」と指摘された場合には、体重だけを見るのではなく、糖尿病などの代謝異常や肝線維化が進んでいないかを確認することが重要です。

また現在は飲酒の有無だけで「アルコール性」「非アルコール性」と単純に二分する考え方ではありません。代謝異常と飲酒量の両方を踏まえて、MASLD、MetALD、アルコール関連肝疾患(ALD)などに分類します。

参考:脂肪性肝疾患の診断基準に関して|日本肝臓学会

アルコールによる慢性的な肝障害

長期間にわたるアルコール摂取によって肝臓の炎症や線維化が続くと、アルコール関連肝疾患から肝硬変へ進行し、肝細胞がんのリスクが高くなることがあります。

ただし「何年間飲んだら肝臓がんになる」「この量までなら絶対に安全」と一律に決められるものではありません。実際の影響は、飲酒量だけでなく、性別、体格、代謝異常、肝炎ウイルス感染の有無、すでに生じている肝障害などによっても変わります。

肝機能異常を指摘されている場合には、自分の感覚で飲酒量の多い・少ないを判断するのではなく、現在の肝臓の状態を確認したうえで飲酒について相談します。

肥満や糖尿病も肝細胞がんのリスクと関連する

国立がん研究センターでは、肝細胞がんの危険因子として、肝炎ウイルス感染やアルコール摂取のほか、肥満、脂肪肝、糖尿病、喫煙などを挙げています。特に糖尿病や肥満はMASLDとも関係するため、肝臓だけの問題として切り離すのではなく、血糖、体重、脂質、血圧なども含めて管理します。

危険因子があることと「肝細胞がんがあること」は同じではありません。脂肪肝や糖尿病があるだけで過度に心配する必要はありませんが、慢性肝炎や肝硬変、肝線維化などによって肝細胞がんの発症リスクが高いと判断された場合には、定期的な画像検査につなげることが早期発見に役立ちます。

肝臓がんの検診はある?定期検査・サーベイランス

胃がんや大腸がんなどには、一定の年齢になった人を対象とする国のがん検診があります。

しかし、肝細胞がんには、現在、健康な一般人口を一律に対象とする国の対策型がん検診はありません。

その代わり、肝細胞がんが発生するリスクの高い人をあらかじめ把握し、腹部超音波検査などを定期的に行う「サーベイランス」が重要になります。

慢性肝炎や肝硬変がある人では3~6カ月ごとの検査が推奨

国立がん研究センターでは、B型・C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎や肝硬変がある人、また肝炎ウイルスを伴わない肝硬変がある人には、3~6カ月間隔で腹部超音波検査などの定期検査を受けることを勧めています。

一般に、腹部超音波検査とAFP、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを組み合わせ、異常が疑われた場合には造影CTやMRIなどで詳しく調べます。

これは「健康な人全員が半年ごとに腹部エコーを受けた方がよい」という意味ではありません。肝細胞がんでは、発症リスクが高い人を特定し、その人に必要な頻度で検査を続けることが重要です。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

肝炎ウイルス検査を受けたことがなければ一度確認する

B型・C型肝炎ウイルスは、感染していても長期間症状が出ない場合があります。そのため、自分が感染していることを知らないまま慢性肝炎が進行することがあります。

国立がん研究センターは、肝炎ウイルス感染を早期に知るため、これまで検査を受けたことがない人には一度は肝炎ウイルス検査を受けることを勧めています。検査は自治体の肝炎ウイルス検診や医療機関などで受けられる場合があります。

検査で陽性になったからといって、肝細胞がんがあるという意味ではありません。肝炎ウイルス感染の有無を知り、必要であれば抗ウイルス治療や肝細胞がんの定期検査につなげるための検査です。

症状がある場合は「検診」を待たずに受診する

肝細胞がんは早い段階では症状がほとんどないことがあります。

一方で、黄疸、腹部の張りや痛み、著しい倦怠感、むくみなどが現れている場合には、定期検診の時期を待つのではなく医療機関を受診します。

健康診断で肝機能異常や脂肪肝を繰り返し指摘されている場合も「症状がないから大丈夫」と放置せず、自分に慢性肝疾患や肝線維化がないかを確認することが、その後の検査方針を決めるうえで役立ちます。

肝臓がんの初期症状

肝細胞がんは、早い段階では自覚症状がほとんどないことがあります。

肝臓には大きな予備能力があり、一部にがんができてもすぐに肝機能全体が低下するとは限りません。国立がん研究センターも、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、炎症やがんがあっても初期には自覚症状がほとんどないと説明しています。

肝細胞がんが発覚するのは、B型・C型慢性肝炎や肝硬変の定期検査、健康診断で見つかった肝機能異常の精密検査、腹部超音波検査などをきっかけとして、症状がない段階で見つかることが少なくありません。

初期には「肝臓がん特有の症状」がほとんどない

小さな肝細胞がんでは、痛みや食欲低下などがまったくない場合があります。

症状が出る場合も、だるさ、食欲低下、体重減少、腹部の違和感といった、肝細胞がんだけに特有とはいえないものが中心です。

「右のお腹が痛くないから肝臓は大丈夫」とは判断できません。症状がない時期に定期検査を受ける意味が大きいのは、この病気の特徴によるものです。

前章で説明したB型・C型慢性肝炎や肝硬変などの高リスク者では、症状が現れるのを待つのではなく、決められた間隔で腹部超音波検査などを受けます。

進行すると腹部の張りや痛みが出ることがある

腫瘍が大きくなると、右上腹部の圧迫感、張り、しこり、痛みなどが現れることがあります。

食欲低下や体重減少が目立ってくることもありますが、こうした症状だけから肝細胞がんのステージを判断することはできません。大きな腫瘍でも症状が乏しい人がいるためです。

肺や骨などへ転移した場合には、咳や息切れ、背中や腰の痛みなど、転移した臓器に応じた症状が現れることもあります。

黄疸や腹水は「がんだけ」が原因とは限らない

肝細胞がんの患者さんでは、背景に慢性肝炎や肝硬変があることが少なくありません。

肝機能が低下すると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、お腹に水がたまる腹水、足のむくみ、皮膚のかゆみ、強い倦怠感などが現れることがあります。

さらに肝機能が低下すると、肝臓で処理できない物質が体内に蓄積し、意識がぼんやりする肝性脳症を起こすこともあります。

こうした症状は、腫瘍そのものが大きくなった結果だけではなく、もともとの肝硬変や肝不全が進行して生じる場合があります。

肝細胞がんでは「がんがどこまで進んでいるか」と「肝臓がどこまで機能しているか」は別々に評価する必要があります。

突然の強い腹痛は腫瘍破裂の可能性もある

頻度は高くありませんが、肝細胞がんが破裂して腹腔内に出血することがあります。

急激な強い腹痛、冷や汗、ふらつき、血圧低下などを伴う場合には緊急の治療が必要になることがあります。こうした症状がある場合は定期受診を待たず、速やかに医療機関を受診してください。

肝臓がんの検査と診断

肝細胞がんが疑われた場合には、腹部超音波、造影CT、MRI、血液検査などを組み合わせて診断します。

胃がんや大腸がんとの大きな違いは、肝細胞がんでは必ずしも全員に腫瘍の生検を行うわけではないことです。慢性肝疾患などの背景があり、造影CTやMRIで肝細胞がんに特徴的な画像所見が確認できる場合には、画像から診断できることがあります。

検査ではがんの有無だけでなく、腫瘍の個数や大きさ、血管への広がり、肝外転移、治療に耐えられる肝機能が残っているかまで確認します。

腹部超音波検査|肝臓に腫瘤がないかを調べる

腹部超音波検査は、体の外から超音波を当てて肝臓内部を観察する検査です。

腫瘍の大きさや個数、血管との位置関係、肝臓の形、腹水の有無などを確認できます。放射線被ばくがなく、繰り返し行いやすいため、慢性肝炎や肝硬変がある人の定期検査にも用いられます。

ただし、病変の位置や体格などによっては十分に観察できないことがあります。超音波で腫瘍が疑われた場合や、腫瘍マーカーが上昇した場合には、造影CTやMRIによる詳しい検査へ進みます。

造影CT・MRI|肝細胞がんに特徴的な血流を確認する

肝細胞がんの診断では、造影剤を使ったCTやMRIが重要な役割を持ちます。

肝細胞がんでは、腫瘍が成長するにつれて血流の入り方が正常な肝臓とは変わることがあります。典型的な肝細胞がんでは、造影CTなどで動脈から血液が入る時期に強く造影され、その後の時相で周囲の肝臓より造影効果が低くなる特徴的なパターンがみられます。

MRIでは、肝細胞に取り込まれる造影剤を使ったEOB-MRIなどが用いられることがあります。CTだけでは判断しにくい小さな病変を詳しく評価する際にも役立ちます。

どちらか一つが常に優れているというわけではなく、腎機能、造影剤を使用できるか、病変の位置や大きさなどを考えて検査を選択します。

AFP・PIVKA-IIは診断を補助する腫瘍マーカー

血液検査では、肝細胞がんの腫瘍マーカーとしてAFP、PIVKA-II、AFP-L3分画などを測定します。

数値が高い場合には肝細胞がんを疑う材料になりますが、腫瘍マーカーだけで診断することはできません。

肝細胞がんがあってもAFPやPIVKA-IIが上昇しないことがあります。反対に、肝炎や肝硬変など、がん以外の影響で数値が変化することもあります。

「AFPが正常だから肝臓がんではない」「PIVKA-IIが高いから肝臓がんで確定」という読み方はせず、超音波、CT、MRIなどの画像所見と合わせて判断します。

肝細胞がんでは全員に生検をするわけではない

がんの診断というと、腫瘍の組織を採取して顕微鏡で確認する「生検」が必要だと思う人もいるかもしれません。

肝細胞がんでは、慢性肝疾患などの背景があり、造影CTやMRIで肝細胞がんに特徴的な血流パターンが確認できる場合、画像所見から診断できることがあります。このような場合は、生検を行わずに治療方針を決めることもあります。

生検が検討されるのは、画像だけでは肝細胞がんかどうか判断しにくい場合や、ほかの種類の腫瘍との区別が必要な場合などです。皮膚から針を刺して腫瘍の一部を採取し、病理検査で細胞の特徴を調べます。

生検には出血などのリスクもあるため、すべての患者さんに一律に行う検査ではありません。画像所見や背景にある肝疾患を踏まえ、生検の結果によって診断や治療方針が変わる可能性があるかを考えて実施を判断します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

診断と同時に「肝予備能」を調べる

肝細胞がんが確認された後は、腫瘍だけを詳しく調べても治療方法を決められません。

血液検査ではアルブミン、ビリルビン、血液凝固能などを調べ、腹水や肝性脳症の有無も確認します。これらを組み合わせたChild-Pugh(チャイルド・ピュー)分類は、肝予備能を評価する代表的な方法です。アルブミンとビリルビンから計算するALBI grade(アルビグレード)も肝機能評価に使われています。

同じ3cmの肝細胞がんでも、十分な肝機能が残っている人と肝硬変が進んでいる人では、安全に行える治療が変わります。

肝切除を考える場合には「腫瘍を切除できるか」だけでなく、手術後に十分な肝臓を残せるかまで評価します。薬物療法を考える場面でも肝予備能は治療選択に関係します。

肝硬変がある場合は食道・胃静脈瘤を調べることもある

肝硬変が進むと、肝臓へ流れ込む血液の圧力が上昇し、食道や胃に静脈瘤ができることがあります。治療内容によっては静脈瘤からの出血リスクが問題になるため、上部消化管内視鏡検査で静脈瘤の有無や状態を確認することがあります。

特に進行肝細胞がんの薬物療法では、出血リスクが治療薬の選択にも関係します。この点は薬物療法の章で詳しく解説します。

検査によって、腫瘍の個数・大きさ・血管侵襲・転移と、現在の肝予備能が把握できると、次に治療方針を決めるためのステージを評価します。

肝臓がんのステージ分類

肝細胞がんのステージは、がんが肝臓の中でどの程度広がっているか、血管へ入り込んでいるか、リンパ節や肝臓以外の臓器へ転移しているかなどから判定します。

日本では、主に次の2つの病期分類が使われています。

  • 日本肝癌研究会の「原発性肝癌取扱い規約」による分類
  • 国際的に用いられるUICCのTNM分類

国立がん研究センターも両方の分類を患者向けに紹介しており、どちらの分類を使ったかによって、同じ「ステージ4」という表記でも病状の定義が異なることがあると説明しています。

本記事では、日本国内で肝細胞がんを理解する際に使われている日本肝癌研究会の分類をもとに、ステージ1~4の違いを説明します。

参考:肝がんの検査・診断について|国立がん研究センター

日本肝癌研究会分類では「個数・2cm・脈管侵襲」の3項目を見る

日本肝癌研究会の分類では、まず肝臓内にある腫瘍について、次の3項目を確認します。

  • 腫瘍が1個に限られている
  • 腫瘍の大きさが2cm以下である
  • 門脈・肝静脈・胆管などの脈管へがんが広がっていない

いくつ満たしているかによってT1~T4に分かれます。

T分類 3項目のうち満たす数
T1 3項目すべて
T2 2項目
T3 1項目
T4 0項目

肝細胞がんのT分類は、腫瘍径だけでは決まりません。

たとえば、2cm以下の小さながんでも、複数ある場合や脈管侵襲がある場合にはT1にはなりません。反対に、2cmを超えていても単発で脈管侵襲がなければ、3条件のうち2つを満たすためT2になります。

ステージ1~4はT・リンパ節転移・遠隔転移から決まる

T分類に、リンパ節転移と遠隔転移の有無を加えて最終的なステージを決めます。

日本肝癌研究会分類では、次のようにステージ1~4Bへ分類されます。

ステージ 日本肝癌研究会分類での状態
ステージ1 T1で、リンパ節転移・遠隔転移がない
ステージ2 T2で、リンパ節転移・遠隔転移がない
ステージ3 T3で、リンパ節転移・遠隔転移がない
ステージ4A T4でリンパ節転移・遠隔転移がない場合、またはリンパ節転移があるが遠隔転移はない場合
ステージ4B 肝臓以外への遠隔転移がある

この分類を見ると、ステージ4=必ず遠隔転移がある状態「ではない」ことが分かります。

ステージ4Aには、遠隔転移がなくても肝臓内の腫瘍の状態からT4となるケースや、リンパ節転移があるケースが含まれます。

肺、骨、副腎など肝臓から離れた臓器へ転移している場合はステージ4Bです。

ステージ4Aでも遠隔転移がない場合

「ステージ4」と聞くと、がんが肝臓以外へ転移した状態をイメージする人もいるかもしれません。

しかし、日本肝癌研究会分類では、そうとは限りません。

腫瘍が複数あり、2cmを超え、脈管侵襲も認められるなど、T分類の3条件を一つも満たさなければT4になります。リンパ節転移・遠隔転移がなくても、この場合はステージ4Aです。

リンパ節転移が認められ、遠隔転移がない場合もステージ4Aに分類されます。

ステージ4Bは、肝臓以外の臓器への遠隔転移が確認された状態です。

同じ「ステージ4」でも4Aと4Bでは病変の広がり方が違うため、ステージという数字だけで治療内容や今後の見通しを判断することはできません。

UICC分類ではステージの決め方が異なる

肝細胞がんには、国際的に使用されるUICCのTNM分類もあります。

UICC分類でも、原発腫瘍を示すT、所属リンパ節転移を示すN、遠隔転移を示すMからステージを決めますが、T分類の基準は日本肝癌研究会分類と同じではありません。

参考:UICC「TNM Classification of Malignant Tumours」

国立がん研究センターの一般向け肝がん情報でも、日本肝癌研究会分類とUICC分類を別々に掲載しています。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

診断書や紹介状に「ステージ2」「ステージ4」と書かれている場合には、どの病期分類によるステージなのかを確認すると、病状をより正確に理解できます。

なお、UICCはTNM分類第9版を2025年に公表し、2026年1月からの使用を推奨しています。ただし、国内のがん登録や患者向け資料では現在もUICC第8版に基づく表記が用いられているものがあり、使用する版は診断年や施設、登録の用途によって異なります。

本記事では、肝細胞がんの病期そのものを理解するため、日本肝癌研究会の分類を中心に説明しました。一方、後述するステージ別生存率は、国立がん研究センターの院内がん登録による統計を使用しており、登録時のUICC TNM分類に基づいています。分類方法が異なるため、両者のステージを完全に同じものとして比較することはできません。

ステージと肝機能は別の評価

肝細胞がんでは、ステージが分かれば治療法が自動的に決まるわけではありません。

治療選択には、がんの広がりと同じくらい肝予備能が関係します。

肝細胞がんの多くは慢性肝炎や肝硬変を背景に発生します。腫瘍そのものが早期でも、肝機能が大きく低下していれば肝切除が難しい場合があります。腫瘍が進行していても、肝機能が十分に保たれていれば薬物療法など複数の治療を検討できます。

国立がん研究センターでは、肝障害度やChild-Pugh分類に加え、近年はアルブミンとビリルビンから評価するALBI gradeも肝機能評価に用いられると説明しています。肝細胞がんの治療方針を理解するときには「ステージはいくつか」だけでなく、「肝機能はどの程度残っているか」を確認する必要があります。

肝予備能とは|Child-Pugh分類について

肝細胞がんでは、がんのステージと同時に肝予備能を確認します。

肝予備能とは、現在の肝臓にどの程度の機能が残っているかを示す考え方です。

肝細胞がんは、慢性肝炎や肝硬変などを背景に発生することが多く、がんができる前から肝機能が低下している患者さんもいます。同じ大きさ・個数の肝細胞がんでも、肝予備能が十分に保たれているかどうかによって、安全に行える治療が変わります。

肝予備能を評価する代表的な方法の一つがChild-Pugh(チャイルド・ピュー)分類です。

Child-Pugh分類では5つの項目を点数化

Child-Pugh分類では、血液検査で分かるアルブミン、ビリルビン、プロトロンビン時間に加えて、腹水と肝性脳症の状態を評価します。

評価項目 1点 2点 3点
アルブミン(g/dL) 3.5超 2.8~3.5 2.8未満
ビリルビン(mg/dL) 2.0未満 2.0~3.0 3.0超
腹水 なし 軽度・コントロール可能 中等度・コントロール困難
肝性脳症 なし 1~2度 3~4度
プロトロンビン時間(%) 70超 40~70 40未満

5項目の点数を合計し、5~6点をChild-Pugh A、7~9点をB、10~15点をCと判定します。

Child-Pugh分類 合計点 肝機能の状態
A 5~6点 比較的保たれている
B 7~9点 中等度に低下している
C 10~15点 大きく低下している

A・B・Cは肝細胞がんのステージを表しているわけではありません。

ステージは「がんがどこまで広がっているか」、Child-Pugh分類は「肝臓にどの程度の機能が残っているか」を見る指標です。この2つを分けて理解すると、肝細胞がんの治療方針が分かりやすくなります。

同じステージでもChild-Pugh分類によって治療が変わる

Child-Pugh分類は、肝細胞がんの治療方針を決める際にも使われます。肝予備能が低下するほど、安全に行える治療が限られるためです。実際の治療選択では、Child-Pugh分類だけでなく、腫瘍の個数や大きさ、脈管侵襲、肝外転移なども合わせて判断します。

薬物療法でも肝予備能は重要です。多くの全身薬物療法は肝機能が比較的保たれた患者さんを中心に有効性と安全性が確認されているため、どの薬を使用できるかを考える際にも現在の肝機能を確認します。

Child-Pugh Aでも全員が同じ肝機能ではない

Child-Pugh分類は分かりやすい指標ですが、同じAやBの中にも肝機能の違いがあります。

評価項目には腹水や肝性脳症のように医師の判断を含む項目もあり、点数の境界付近では肝機能の細かな差を十分に表せない場合があります。

肝細胞がんでは、より細かく肝予備能を評価するためにALBI grade(アルビグレード)も使われています。

ALBIスコアは、血液検査のアルブミンとビリルビンから算出する指標です。通常はgrade 1~3に分けられ、現在はgrade 2を2aと2bに分けたmodified ALBI(mALBI)gradeも用いられています。

Child-Pugh分類を置き換えるものというより、治療を選ぶ場面で肝機能をより詳しく把握するための指標の一つと考えるとよいでしょう。

参考:肝予備能評価スコア計算サイト(mALBIグレード追加)のご案内|日本肝臓学会

肝機能は治療の途中でも変化する

肝予備能は、診断された時点で一度評価すれば終わりではありません。肝切除やTACEなどの治療によって肝臓に負担がかかることもあれば、肝硬変そのものが進行して肝機能が低下することもあります。

特にTACEを繰り返す場面では、腫瘍への効果だけでなく、治療後の肝機能がどこまで保たれているかを確認する必要があります。肝予備能が低下すると、それまで候補だった薬物療法や局所治療を行いにくくなる場合があるためです。

次の章では、Child-Pugh分類などで確認した肝予備能と、腫瘍の個数・大きさ・広がりを踏まえて、肝切除、RFA、TACEなどをどのように選ぶのかを解説します。

肝細胞がんの治療

肝細胞がんの治療には、肝切除、ラジオ波焼灼療法(RFA)、肝動脈化学塞栓療法(TACE)、放射線治療、肝移植、薬物療法などがあります。

治療方法を決める際に見るのはステージだけではありません。腫瘍の個数や大きさ、脈管侵襲、肝臓以外への転移に加えて、Child-Pugh分類などで評価した肝予備能を確認します。

肝細胞がんでは、慢性肝炎や肝硬変によってもともとの肝機能が低下していることがあります。がんを十分に治療できる方法であっても、治療後に肝機能を保てないと判断されれば別の方法を選ぶことがあります。

国立がん研究センターでは、Child-Pugh分類AまたはBで、がんが肝臓内にとどまっている場合には、肝切除、RFA、TACEが中心になるとしています。遠隔転移がある場合には薬物療法、Child-Pugh分類Cでは条件によって肝移植が検討されます。

治療 主に検討される状況
肝切除 肝機能が保たれ、がんを切除した後も十分な肝臓を残せる場合
RFA 一般にChild-Pugh AまたはBで、3cm以下・3個以下の場合
TACE 切除やRFAが難しい多発肝細胞がんなど
放射線治療 手術やRFAなどが難しい局所病変、骨転移の痛みや脳転移への治療にも
薬物療法 切除・RFA・TACEなどの局所治療が適さない進行肝細胞がんなど
肝移植 肝機能が大きく低下していても、腫瘍が一定の基準内にある場合

この表は治療選択の大まかな位置づけです。同じ3cmの腫瘍でも、肝臓のどこにあるか、周囲の血管や胆管との位置関係、肝硬変の程度によって選択は変わります。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン 2025年版|日本肝臓学会

肝切除

肝切除は、肝細胞がんとその周囲の肝組織を手術で取り除く治療です。

国立がん研究センターでは、多くの場合、がんが肝臓内にとどまり、腫瘍が3個以下であれば肝切除を検討すると説明しています。腫瘍の大きさそのものに明確な上限はなく、大きな肝細胞がんでも安全に切除できると判断されれば手術の対象になることがあります。

手術前には、腫瘍の位置や数だけでなく、切除後にどの程度の肝臓を残せるかを調べます。

  • 腫瘍が肝臓のどこにあるか
  • 門脈・肝静脈・胆管などへ広がっているか
  • どの範囲の肝臓を切除する必要があるか
  • 切除後の肝臓で十分な機能を保てるか

腫瘍を技術的に切除できても、残る肝臓が少なすぎれば術後肝不全の危険があります。腹水があるなど肝予備能が大きく低下している場合には、肝切除以外の治療が選ばれることがあります。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ラジオ波焼灼療法(RFA)

ラジオ波焼灼療法(RFA)は、腹部の皮膚から腫瘍へ針を刺し、針の先端から発生させた熱によってがん細胞を焼灼する治療です。

国立がん研究センターでは、穿刺局所療法は一般にChild-Pugh分類AまたはBで、腫瘍が3cm以下かつ3個以下の場合に行われるとしています。現在、肝細胞がんの穿刺局所療法として中心となるのがRFAです。開腹手術を行わずに局所的な根治を目指せるため、肝切除より体への負担を抑えられる場合があります。

「3cm以下・3個以下」であれば必ずRFAを選ぶわけではありません。腫瘍が太い血管の近くにあると熱が逃げて十分に焼灼できないことがあり、胆管や消化管に近い場合には周囲組織への熱損傷にも注意が必要です。

肝切除とRFAのどちらも可能な小さな肝細胞がんでは、腫瘍の位置、肝機能、手術による負担、再発した際に残しておきたい治療選択肢などを比べながら決めます。

RFA後には発熱や腹痛がみられることがあり、出血、腸管損傷、肝機能障害などが起こることもあります。

肝動脈化学塞栓療法(TACE)

TACEは、足の付け根や腕などの動脈からカテーテルを入れ、肝動脈を通して腫瘍の近くまで進める治療です。

抗がん薬を腫瘍へ送り込んだ後、腫瘍へ血液を送る動脈を塞ぐことで、薬の作用と血流を減らす作用の両方を利用してがんを治療します。

国立がん研究センターでは、Child-Pugh分類AまたはBで、肝切除やRFAが難しい患者のうち、腫瘍が1~3個で3cmを超えている場合、もしくは腫瘍の大きさにかかわらず4個以上ある場合にTACEが行われるとしています。

肝臓内に複数の腫瘍がある場合でも治療できることがTACEの特徴です。腫瘍が広い範囲に分布している場合には、複数回に分けて治療することがあります。

TACEは効きにくくなった後も繰り返せばよいわけではない

TACEは繰り返して行うことができますが、治療のたびに正常な肝組織にも負担がかかります。

十分な効果が得られない状態でTACEを続けると、腫瘍が進行するだけでなく、薬物療法など次の治療を受けるために必要な肝機能が低下する可能性があります。

国立がん研究センターでは、治療方法の変更を検討する状況として「TACEを2回行っても十分な効果が得られない、または肝臓内に新しい病変が現れた時」「脈管侵襲や遠隔転移が現れた時」「腫瘍マーカーが持続的に上昇している時」のような例を挙げています。

これは「2回行ったら必ずTACEを中止する」という意味ではありません。画像で確認した治療効果、腫瘍の増え方、肝予備能などを見ながら、同じ治療を続ける利益があるかを判断します。TACEでがんを十分に抑えにくいと判断された場合には、肝機能が保たれている段階で薬物療法へ切り替えることも検討します。

肝細胞がんでは、目の前にある腫瘍だけを治療するのではなく、次の治療を受けられる肝機能を残すことまで含めて治療の順序を考える必要があります。

また、肝動脈を利用する治療にはTACE以外に肝動注化学療法もあります。病変の広がりや脈管侵襲などによっては、カテーテルから肝動脈へ抗がん薬を投与する肝動注化学療法が検討される場合があります。

放射線治療|手術やRFAが難しい場合の局所治療

放射線治療は、体の外から放射線を照射し、がん細胞を傷害する局所治療です。

肝細胞がんでは、肝切除やRFAなどが治療の中心になりますが、手術や穿刺局所療法を行うことが難しい局所病変では、放射線治療を検討することがあります。門脈などの脈管内へがんが広がっている場合に用いられることもあります。

治療を選ぶ際には、腫瘍の大きさや位置、個数、周囲の消化管や正常肝との位置関係、肝予備能などを確認します。

小さな病変では体幹部定位放射線治療(SBRT)を検討する

体幹部定位放射線治療(SBRT)は、さまざまな方向から腫瘍へ放射線を集中して照射する方法です。正常な肝臓や周囲の臓器への照射をできるだけ抑えながら、腫瘍へ高い線量を照射します。

日本放射線腫瘍学会では、肝臓へのSBRTについて、5cm以下の原発性肝がんなどに対して根治を目指して行う治療と説明しています。

肝細胞がんが小さくても、腫瘍の位置によってはRFAの針を安全に刺しにくいことがあります。手術が難しい、RFAなどの局所療法を実施しにくい、あるいは十分な効果を得にくいと判断される場合に、放射線治療が選択肢となります。

ただし、腫瘍の大きさだけでSBRTが適しているかを判断するわけではありません。肝機能や照射できる正常肝の量、胃や十二指腸など周囲臓器との距離も含めて放射線腫瘍医が治療可能かを判断します。

参考:放射線治療Q&A 上腹部(膵、肝など)への放射線治療について|日本放射線腫瘍学会

大きな肝細胞がんでは陽子線・重粒子線治療を検討

肝細胞がんでは、陽子線や重粒子線を使った粒子線治療が選択肢になる場合もあります。

粒子線は、X線とは異なる性質を利用して腫瘍へ放射線を集中させ、周囲の正常組織への線量を抑えることを目指す治療です。

2026年8月時点では、長径4cm以上の肝細胞がんで、手術による根治的な治療が困難な場合、陽子線治療・重粒子線治療が保険適用の対象となっています。

すべての肝細胞がんに粒子線治療が適しているわけではありません。腫瘍の大きさや位置、肝機能、これまでに受けた治療などから適応を判断します。粒子線治療を行える医療機関も限られているため、候補になるか知りたい場合には担当医や放射線腫瘍医へ確認します。

参考:粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)の保険適用となる疾患|日本放射線腫瘍学会

骨転移の痛みや脳転移にも放射線治療を使う

放射線治療の目的は、肝臓にある腫瘍を局所的に治療することだけではありません。

肝細胞がんが骨へ転移して痛みがある場合には、痛みを軽減する目的で放射線治療を行うことがあります。脳転移に対しても放射線治療が検討されます。

この場合は、肝臓内の腫瘍に対して根治を目指して行うSBRTや粒子線治療とは目的が異なります。転移によって生じている症状や、転移部位、全身のがんの状態を踏まえて治療方針を決めます。

肝細胞がんの放射線治療は、腫瘍の大きさだけで一律に選択するものではありません。なぜ肝切除やRFAなどが難しいのか、放射線治療では何を目指すのかを確認したうえで、ほかの局所治療や薬物療法と比較して検討します。

肝細胞がんの肝移植|ミラノ基準と5-5-500基準

肝移植は、病気のある肝臓を取り出し、ドナーから提供された肝臓に置き換える治療です。肝細胞がんでは、がんだけでなく、背景にある肝硬変や重度の肝機能低下も同時に治療できる点が大きな特徴です。

肝切除やRFAでは、がんを治療しても傷んだ肝臓そのものは残ります。肝移植では肝臓全体を置き換えるため、肝機能が大きく低下している患者さんでも根治を目指せる場合があります。

ただし、Child-Pugh Cであれば誰でも肝移植を受けられるわけではありません。がんがどこまで広がっているか、脈管侵襲や肝外転移がないか、全身状態、移植手術に耐えられるかなどを含めて適応を判断します。

参考:肝移植の適応 基準|日本肝臓学会

肝細胞がんでは「がんの広がり」が移植適応に関係する

肝移植後にがんが再発する危険を抑えるには、肝細胞がんが一定の範囲にとどまっていることが必要です。

日本では、肝細胞がんの肝移植を検討する際にミラノ基準5-5-500基準が用いられています。

基準 主な条件
ミラノ基準 脈管侵襲・肝外転移がなく、単発なら5cm以下、複数なら3個以下かつ各3cm以下
5-5-500基準 脈管侵襲・肝外転移がなく、腫瘍径5cm以下、腫瘍数5個以下、AFP 500ng/mL以下

5-5-500基準では、腫瘍の大きさと個数だけでなく、肝細胞がんの腫瘍マーカーであるAFPも評価に含まれます。

ミラノ基準を超えていても、5-5-500基準を満たす場合には肝移植を検討できる可能性があります。

5-5-500基準によって移植を検討できる範囲が広がった

従来、肝細胞がんの肝移植ではミラノ基準が広く使われてきました。

日本では2019年に脳死肝移植の基準へ5-5-500基準が導入され、2020年4月からは生体肝移植についても同様の基準が保険適用となっています。

日本肝臓学会では、ミラノ基準内、またはミラノ基準を外れていても腫瘍径5cm以下・5個以下・AFP 500ng/mL以下であれば、他の条件を含めて肝移植の適応を検討するとしています。

「ミラノ基準を超えたから肝移植はできない」と一律に判断するのではなく、5-5-500基準まで含めて評価することが現在の国内診療では重要です。

参考:肝細胞癌に対する生体肝移植の保険適応の改訂について|日本肝臓学会
参考:肝細胞癌の脳死肝移植に関する適応基準と選択基準の改訂について|日本肝臓学会

日本では生体肝移植と脳死肝移植が行われている

肝移植には、主に生体肝移植脳死肝移植があります。

生体肝移植では、健康なドナーから肝臓の一部を提供してもらい、患者さんへ移植します。日本では近親者などから提供を受ける生体肝移植が行われてきました。

脳死肝移植では、脳死となったドナーから提供された肝臓を移植します。脳死肝移植には登録基準や優先順位があり、希望すればすぐに移植を受けられるわけではありません。

生体肝移植の場合にも、患者さんだけでなくドナーとなる人の安全性を評価する必要があります。移植が必要と考えられる場合には、移植施設で患者さんとドナー候補の双方を詳しく調べます。

肝移植は「肝機能が悪くなってから考える治療」とは限らない

肝移植の適応は、Child-Pugh分類の数字だけで決めるものではありません。

日本肝臓学会では、生体肝移植について、非代償性肝硬変と判断される場合にはChild-Pughスコアが10点に達していなくても適応となる可能性があり、最終的な判断は移植施設で行うとしています。

移植を検討する可能性がある患者さんでは、肝機能がさらに悪化してから相談するのではなく、がんの状態と肝機能の両方を見ながら移植施設への紹介時期を考えます。

肝細胞がんの肝移植では、現在の肝機能だけでなく、腫瘍が移植適応の範囲内にあるうちに評価できるかも重要になります。

切除不能な肝細胞がんの薬物療法

肝切除、RFA、TACEなどで十分な治療が難しい肝細胞がんでは、全身に作用する薬物療法を検討します。

薬物療法を行えるかどうかは、がんの広がりだけでは決まりません。肝細胞がんの薬物療法に関する臨床試験は、主に肝機能が保たれた患者さんを対象に行われているため、Child-Pugh分類などで現在の肝予備能を確認します。全身状態、脈管侵襲、肝外転移、これまでに受けたTACEなどの治療歴も判断材料になります。

2026年現在、一次治療には免疫チェックポイント阻害薬を含む複数の併用療法があります。「進行肝細胞がんならこの薬」と一つに決まるのではなく、副作用や持病、出血リスクなどを比べながら選択します。

一次治療では免疫療法を含む複数の選択肢がある

切除不能な肝細胞がんの一次治療では、代表的な選択肢として次の併用療法があります。

治療 治療の特徴
アテゾリズマブ+ベバシズマブ 免疫チェックポイント阻害薬と、血管新生を抑える薬を組み合わせる
デュルバルマブ+トレメリムマブ 作用する免疫の仕組みが異なる2種類の免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる
ニボルマブ+イピリムマブ 2種類の免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる。2025年6月に国内で切除不能肝細胞がんへの適応が承認された

どの治療が適しているかは、単純な新旧だけでは比較できません。

このほか、局所療法が適さない切除不能肝細胞がんでは、デュルバルマブ単剤も国内で承認されています。免疫療法の併用による利益と副作用、患者さんの全身状態などを踏まえ、単剤療法を検討する場合があります。

アテゾリズマブ+ベバシズマブでは出血リスクを確認

アテゾリズマブは、PD-L1という免疫のブレーキに関わる分子を標的とする免疫チェックポイント阻害薬です。ベバシズマブは、腫瘍が新しい血管をつくる働きに関わるVEGFを標的とします。

肝硬変がある患者さんでは、食道や胃に静脈瘤ができていることがあります。ベバシズマブには出血に注意が必要なため、治療前に食道・胃静脈瘤や出血リスクを評価することがあります。

前の検査章で上部消化管内視鏡について触れたのは、このように薬物療法の選択にも関係するためです。

アテゾリズマブ+ベバシズマブは2020年に国内で切除不能肝細胞がんへの適応が承認されています。

参考:中外製薬「テセントリクおよびアバスチン、切除不能な肝細胞がんに対する承認」
参考:PMDA「テセントリク(アテゾリズマブ)」

デュルバルマブ+トレメリムマブは2種類の免疫療法を組み合わせる

デュルバルマブはPD-L1、トレメリムマブはCTLA-4という異なる免疫チェックポイントを標的とします。

肝細胞がんでは、トレメリムマブを初回に投与し、デュルバルマブを継続する治療方法が用いられます。この治療は「STRIDE」と呼ばれることがあります。

ベバシズマブを含まないため、治療選択ではアテゾリズマブ+ベバシズマブとは異なる特徴を持ちます。ただし、免疫チェックポイント阻害薬による肝障害、肺障害、内分泌障害などの免疫関連有害事象には注意が必要です。

自己免疫疾患がある場合など、免疫チェックポイント阻害薬を使用しにくい患者さんもいるため、持病やこれまでの治療歴を確認して選択します。

参考:PMDA「イミフィンジ(デュルバルマブ)」
参考:PMDA「イジュド(トレメリムマブ)」

ニボルマブ+イピリムマブが2025年から一次治療候補に加わった

ニボルマブ+イピリムマブも、異なる免疫チェックポイントを標的とする2剤を組み合わせる治療です。

国内では2025年6月24日、切除不能な肝細胞がんに対する効能・効果が追加承認されました。

承認の根拠となったCheckMate-9DW試験では、全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がん患者を対象に、ニボルマブ+イピリムマブとレンバチニブまたはソラフェニブが比較されました。ニボルマブ+イピリムマブ群では全生存期間の改善が示されています。

参考:PMDA「オプジーボ(ニボルマブ)」
参考:小野薬品工業「オプジーボとヤーボイの併用療法による『切除不能な肝細胞癌』に対する国内承認」2025年6月24日

3つの併用療法から単純に「最も強い薬」を選ぶわけではない

3つの併用療法には、それぞれ異なる特徴があります。

アテゾリズマブ+ベバシズマブでは、食道・胃静脈瘤を含む出血リスクを確認します。免疫チェックポイント阻害薬同士を組み合わせる治療では、免疫が自分の臓器を攻撃する免疫関連有害事象に注意します。

治療選択では、肝予備能、全身状態、自己免疫疾患などの持病、出血リスク、これまでの治療、副作用が起きた場合に対応できるかといった点を確認します。

これら3つを直接比較して「すべての患者さんにこの治療が最も優れている」と決めるものではありません。

免疫療法を使いにくい場合は分子標的薬を検討する

免疫チェックポイント阻害薬を使用しにくい場合には、レンバチニブやソラフェニブなどの分子標的薬を一次治療として検討することがあります。

これらは内服薬で、がんの増殖や腫瘍へ血液を送る血管の形成などに関係する分子を標的とします。

分子標的薬にも高血圧、手足症候群、食欲低下、倦怠感、下痢などさまざまな副作用があります。免疫療法が使えないから負担の軽い治療になる、という意味ではありません。

現在の肝機能と全身状態を確認しながら、必要に応じて休薬や減量を行います。

二次治療以降は「これまで何を使ったか」で変わる

一次治療で病状が進行した場合や、副作用によって治療を続けられない場合には、次の薬物療法を検討します。

肝細胞がんでは、レゴラフェニブ、カボザンチニブ、ラムシルマブなどがあります。薬剤ごとに前治療歴などの適応条件が異なり、ラムシルマブは血清AFP値400ng/mL以上で、がん化学療法後に増悪した切除不能肝細胞がんが対象です。

どの薬を選べるかは、一次治療で使用した薬、以前の治療への反応、AFPの値、肝予備能、全身状態などによって変わります。

特に現在は一次治療で免疫療法を含む併用療法を使う患者さんが増えているため、「二次治療だからこの薬」と治療の順番だけで決めるのではなく、それまでの治療歴から次の選択肢を考える必要があります。

参考:PMDA「最適使用推進ガイドライン(医薬品)」

薬物療法で大きく縮小した場合は局所治療を再検討することもある

切除不能肝細胞がんに対する薬物療法では、多くの場合、がんの進行を抑えながら肝機能と生活をできるだけ保つことを目指します。

ただし、「薬物療法を始めたら、その後は薬だけを続ける」と決まっているわけではありません。治療によって腫瘍が大きく縮小し、脈管侵襲や肝内病変の状態が変化した場合には、肝切除やRFAなどの局所治療が可能にならないか再評価することがあります。

治療開始時に切除不能だったという事実だけで、その後の選択肢まで固定されるわけではありません。画像検査と肝予備能を繰り返し確認し、その時点で可能な治療を検討します。

肝臓がんステージ4の薬物療法や、遠隔転移がある場合の治療については以下の記事でも詳しく解説しています。

肝細胞がん治療の副作用と生活への影響

肝細胞がんの治療では、肝切除、RFA、TACE、放射線治療、薬物療法など、それぞれ異なる副作用や合併症、治療による体への影響が起こることがあります。

肝細胞がんで特に意識したいのは、治療そのものによる副作用と、肝機能が低下して生じる症状が似ていることがある点です。

食欲低下、倦怠感、腹部の張り、むくみなどは、治療後に一時的に起こることもあれば、肝硬変や肝機能低下が関係していることもあります。「治療を受けた後だから仕方がない」と自己判断せず、症状が続く場合や強くなる場合には医療者へ伝えることが、その後の治療を続けるためにも必要です。

治療法によって起こりやすい副作用は異なる

代表的な治療と、治療後に注意する症状を整理すると次のようになります。

治療 主な副作用・合併症
肝切除 胆汁漏、出血、肝不全など
RFA 発熱、腹痛、出血、肝機能障害、周囲臓器の損傷など
TACE 発熱、吐き気、腹痛、食欲不振、肝機能障害など
放射線治療 倦怠感、食欲低下、吐き気、肝機能への影響など。照射する部位・範囲・線量によって異なる
分子標的薬 高血圧、食欲低下、下痢、手足症候群など。薬剤によって異なる
免疫チェックポイント阻害薬 肝障害、肺障害、腸炎、甲状腺などの内分泌障害を含む免疫関連有害事象

どの副作用が起こりやすいかは、治療法だけでなく、治療前の肝機能や全身状態によっても変わります。

肝切除後は「肝臓がどこまで回復しているか」を確認する

肝切除後には、創部の痛みや体力低下に加えて、出血、胆汁漏、肝不全などの合併症が起こることがあります。

肝臓には再生能力がありますが、肝硬変などで傷んだ肝臓では、正常な肝臓と同じように回復できるとは限りません。手術後に黄疸が強くなる、腹水が増える、意識がぼんやりするといった症状がある場合には、肝機能が低下していないかを確認します。

退院後はすぐに以前と同じ活動量へ戻すのではなく、体力の回復に合わせて少しずつ活動量を増やします。国立がん研究センターでは、手術後約1カ月は無理を避け、散歩などから徐々に運動量を増やすよう案内しています。

RFA・TACEでは治療後の発熱や腹痛がみられることがある

RFAでは、腫瘍を熱で焼灼した影響から発熱や腹痛が起こることがあります。出血、肝機能障害、周囲の腸管などへの熱損傷にも注意します。TACEでは、治療後に発熱、吐き気、腹痛、食欲低下などが出ることがあります。

数日で改善する症状もありますが、肝細胞がんでは「治療後だから発熱や食欲低下は当然」と考え続けないことが重要です。食事や水分を十分に取れない、腹痛が強くなる、黄疸が現れるなどの変化があれば、肝機能低下や合併症が起きていないかを確認する必要があります。

TACEを繰り返している場合には、腫瘍への効果だけでなく、治療前後で肝予備能が低下していないかも確認します。前章で説明したように、肝機能を大きく低下させると、その後に行える薬物療法などが限られる可能性があります。

放射線治療では照射する範囲によって体への影響が異なる

放射線治療は腫瘍へ放射線を集中させる局所治療ですが、腫瘍の周囲にある正常な肝臓や臓器にも一定量の放射線が当たることがあります。

治療による体への影響は、照射する位置や範囲、放射線の量、治療前の肝機能などによって異なります。治療中から終了後しばらくの間には、倦怠感や食欲低下、吐き気などがみられることがあります。

肝細胞がんでは、治療前から慢性肝炎や肝硬変によって肝機能が低下している患者さんもいます。放射線治療を行う際には、腫瘍へ必要な線量を照射しながら、正常な肝臓へ照射される範囲をできるだけ抑えるよう治療計画を立てます。

体幹部定位放射線治療(SBRT)や粒子線治療では、腫瘍へ放射線を集中させ、周囲の正常組織への照射を抑えることを目指します。ただし、こうした治療でも体への影響がなくなるわけではありません。

治療中や治療後に食欲低下や強い倦怠感が続く、黄疸や腹部の張りが現れるなどの変化があれば、「放射線治療後だから」と自己判断せず、治療を受けている医療機関へ相談します。

薬物療法では薬ごとに注意する症状が異なる

切除不能肝細胞がんで使われる薬には、免疫チェックポイント阻害薬、血管新生を抑える薬、分子標的薬などがあります。

アテゾリズマブ+ベバシズマブでは、ベバシズマブによる出血、高血圧、蛋白尿などに注意します。特に肝硬変がある人では食道・胃静脈瘤を伴うことがあるため、出血リスクを評価してから治療を始めることがあります。

デュルバルマブ+トレメリムマブやニボルマブ+イピリムマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、免疫反応が強く働くことで正常な臓器に炎症が起こる免疫関連有害事象に注意します。肝臓、肺、腸、甲状腺など影響を受ける臓器はさまざまです。

肝細胞がんではもともと肝機能異常がある患者さんもいるため、血液検査の変化ががんや肝硬変によるものなのか、免疫療法による肝障害なのかを医療者が判断します。症状の程度によっては免疫療法を休薬・中止し、ステロイドなどによる治療が必要になることがあります。

レンバチニブやソラフェニブなどの分子標的薬では、高血圧、食欲低下、下痢、倦怠感、手足症候群などが治療継続の負担になる場合があります。

副作用が強いときは、予定どおりの量を無理に続けることが目的ではありません。休薬や減量などを行いながら、治療を継続できる状態を整えます。

食欲低下や倦怠感を「副作用」と決めつけない

肝細胞がんの治療中には、食欲がない、疲れやすい、体重が減るといった変化が起こることがあります。こうした症状は薬物療法やTACEの影響でも生じますが、肝機能低下や腹水、がんの進行が原因になっていることもあります。

症状だけから原因を区別することは難しいため、いつから症状が始まったか、治療後に強くなったか、食事量や体重がどの程度変化したかを診察時に伝えると、原因を考える手がかりになります。

黄疸が強くなった、腹水や足のむくみが増えた、意識がぼんやりするといった変化は、肝機能低下のサインである可能性があります。次の定期受診まで様子を見るのではなく、治療を受けている医療機関へ相談します。

食事・飲酒・運動は肝臓の状態に合わせて考える

肝細胞がんだからといって、すべての患者さんに同じ食事制限が必要になるわけではありません。国立がん研究センターでは、基本的には栄養バランスを意識した食事を勧めています。慢性肝疾患がある場合には飲酒を避け、腹水やむくみがある場合には塩分を控えるなど、肝臓の状態に応じた調整が必要になります。

食欲が落ちている人が自己判断で厳しい食事制限をすると、必要なエネルギーや栄養を十分に取れなくなることもあります。何をどこまで制限するかは、肝機能や腹水の状態を踏まえて医師や管理栄養士などに確認します。

運動についても、手術直後と薬物療法を続けながら生活している時期では適切な強度が違います。体力と肝機能が安定していれば、散歩などから日常の活動量を戻していきます。

緩和ケア・支持療法はがん治療と並行して行う

緩和ケアや支持療法は、治療法がなくなった後だけに行うものではありません。

肝細胞がんでは、がんそのものによる痛みだけでなく、腹水、むくみ、食欲低下、倦怠感、かゆみなど、肝機能低下に伴う症状も生活へ影響します。こうした症状への治療や栄養管理、心理・社会面の支援は、肝切除、TACE、薬物療法などと並行して行います。

治療中に早めに相談したい症状

治療中に症状が出たとき、「これくらいなら次の診察まで待ってよいのか」と迷うことがあります。

特に、次のような変化がある場合には早めに医療機関へ連絡してください。

  • 吐血や黒い便など、消化管出血を疑う症状
  • 息苦しさや新しく続く咳
  • 強い腹痛や急激な腹部の張り
  • 黄疸が強くなる
  • 腹水や足のむくみが急に増える
  • 意識がぼんやりする、会話がかみ合わない
  • 食事や水分をほとんど取れない状態が続く

実際にどの症状で連絡すべきかは、受けている治療によって異なります。薬物療法を始める際には、よく起こる副作用だけでなく、「どの症状が出たら次の受診を待たずに連絡するのか」まで確認しておくと判断しやすくなります。

肝細胞がんの治療では、腫瘍を抑えることと同時に、肝機能と体力を保って次の治療につなげることも治療計画の一部です。

次の章では、肝細胞がんのステージ別生存率について、5年・10年ネット・サバイバルの違いと、その数字を個人の余命として受け取らないための見方を解説します。

肝細胞がんのステージ別生存率

肝細胞がんの予後を調べると「5年生存率」「10年生存率」という数字を目にすることがあります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、原発性肝がんのうち、本記事で主に扱っている肝細胞がんについてステージ別のネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 63.0% 36.3%
ステージ2 45.2% 21.6%
ステージ3 16.0% 7.1%
ステージ4 4.4% 1.9%

ここで示している5年値と10年値は、同じ患者さんを5年から10年まで追跡した数字ではありません。

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された患者、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された患者を対象とした別々の集計です。

「ステージ1では5年時点の63.0%が、そのまま10年後に36.3%まで低下した」という読み方はできません。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルは個人の余命を示す数字ではない

ネット・サバイバルとは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計学的に調整し、がんだけが死因となる状況を仮定して推計した生存率です。肝細胞がんでは、この考え方が特に重要です。

患者さんの中には、肝硬変、慢性肝炎、糖尿病など、がん以外にも健康状態へ影響する病気を持つ人がいます。すべての死亡をそのまま数える実測生存率では、肝細胞がんそのものによる影響と、ほかの病気による影響が混ざります。

国立がん研究センターでは、2014~2015年の5年生存率と2010年以降の10年生存率から、国際的にも使われているネット・サバイバルを採用しています。

たとえば「ステージ1の5年ネット・サバイバルが63.0%だから、自分が5年後に生きている確率が63.0%」という意味ではありません。年齢、肝予備能、肝硬変の程度、腫瘍の個数や位置、受けた治療、治療後の肝機能などが異なる多くの患者さんをまとめた集団の統計です。

この生存率はUICC TNM分類によるステージの集計

前のステージ章では、日本国内で使われている日本肝癌研究会の分類を中心に説明しました。

ここで掲載しているステージ別生存率は、国立がん研究センターの院内がん登録におけるUICC TNM分類の総合ステージを用いた統計です。

日本肝癌研究会分類とUICC TNM分類では、T分類やステージの決め方が同じではありません。

前章の「日本肝癌研究会分類のステージ1~4」と、この表の「UICC TNM分類のステージ1~4」を完全に同じ病状として置き換えて比較することはできません。

肝細胞がんでは複数の病期分類が使われるため、生存率を見る際にもどの分類に基づく数字なのかを確認する必要があります。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター がん情報サービス

肝細胞がんではステージだけで予後を判断しにくい

肝細胞がんの見通しに関係するのは、がんのステージだけではありません。同じステージでも、Child-Pugh分類やALBI gradeでみた肝予備能が異なれば、選択できる治療やその後の経過も変わります。

肝切除やRFAでがんを局所的に治療できても、背景に慢性肝障害が残っていれば、新たな肝細胞がんが発生することがあります。逆に、進行した肝細胞がんでも、肝機能が保たれていれば複数の薬物療法を検討できます。

ステージと肝予備能の両方を見るという考え方は、治療選択だけでなく予後を理解する際にも必要です。

過去の生存率には現在の薬物療法が十分に反映されていない

5年ネット・サバイバルの対象は2014~2015年、10年値は2012年に診断された患者さんです。

現在の切除不能肝細胞がんでは、アテゾリズマブ+ベバシズマブ、デュルバルマブ+トレメリムマブ、ニボルマブ+イピリムマブなど、当時は使われていなかった治療が選択できるようになっています。

過去の患者集団から算出された生存率には、2026年現在の治療環境がすべて反映されているわけではありません。

特にステージ4の4.4%という5年ネット・サバイバルを、現在ステージ4と診断された患者さんの将来をそのまま示す数字として受け取ることはできません。

肝臓がんステージ4の病状や治療、生存率の考え方については、以下の記事でも詳しく解説しています。

肝細胞がんの再発と経過観察

肝細胞がんは、肝切除やRFAなどで治療した後も再発に注意が必要ながんです。国立がん研究センターでは、肝切除後に初めて再発した場合、その90%以上が肝臓内での再発と説明しています。

肝臓内に再びがんが見つかる理由は一つではありません。最初の肝細胞がんからがん細胞が肝臓内の別の場所へ広がる場合もあれば、慢性肝炎や肝硬変などが残っている肝臓から、新しい肝細胞がんが発生する場合もあります。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓内の再発には「肝内転移」と新しい発がんがある

最初にできた肝細胞がんからがん細胞が肝臓内へ広がり、別の場所で増えるものを「肝内転移」と考えます。

肝細胞がんでは、治療によって最初の腫瘍を取り除いても、背景にある慢性肝炎や肝硬変などの肝疾患が残ることがあります。その肝臓の別の肝細胞から新たながんが発生することもあり、これを「多中心性発癌」と呼びます。

肝切除後に別の場所へ肝細胞がんが見つかったからといって、すべてが最初のがんから広がったものとは限りません。この特徴があるため、肝細胞がんでは「治療した場所だけ」を見て経過観察するのではなく、残った肝臓全体を長期的に確認します。

治療後は3~6カ月ごとを目安に定期検査を行う

国立がん研究センターでは、肝細胞がん治療後は再発や新たな肝細胞がんに注意し、3~6カ月ごとに定期検査を行うとしています。

検査では、肝機能やAFP、PIVKA-IIなどを確認する血液検査に加え、病状に応じて腹部超音波、造影CT、MRIなどの画像検査を組み合わせます。腫瘍マーカーだけで再発の有無を判断することはできません。治療前から腫瘍マーカーが上昇しない患者さんもいるため、画像検査と合わせて経過を確認します。

経過観察で見るのは再発だけではありません。肝切除やTACEなどの治療後に肝機能がどの程度保たれているか、慢性肝疾患が進行していないかも、その後の治療選択に関係します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

再発した場合も、現在の肝機能とがんの状態から治療を選び直す

肝細胞がんが再発した場合には「一度手術をしたから次は薬物療法」というように治療順序が固定されているわけではありません。再発した腫瘍の個数や大きさ、脈管侵襲、肝外転移に加え、現在の肝予備能を評価します。

肝臓内に限局し、肝機能が保たれている場合には、再切除やRFAなどの局所治療を検討できることがあります。病変が多発していればTACE、脈管侵襲や肝外転移などがあれば薬物療法を含めて治療方針を考えます。

国立がん研究センターも、肝切除や局所療法後に再発した場合は、残っている肝臓の量と肝機能を確認し、初回治療と同じように切除、RFA、塞栓療法、薬物療法などを検討すると説明しています。

治療時点のステージだけではなく、再発した時点でどの治療を安全に行えるかを改めて評価することになります。

B型・C型肝炎がある場合は肝炎の治療も続ける

B型・C型肝炎を背景に肝細胞がんが発生した場合、がんの治療だけで通院が終わるわけではありません。ウイルス性肝炎そのものを適切に治療することは、残った肝臓の炎症を抑え、肝機能を保つことにつながります。

国立がん研究センターでは、ウイルス性肝炎が原因となった肝細胞がんでは、手術やRFAなどの治療後に抗ウイルス療法を行うことで、再発を抑えられる可能性があるとしています。C型肝炎でウイルスを排除できた場合でも、すでに肝線維化や肝硬変が進んでいる患者さんでは肝細胞がんのリスクがなくなるわけではありません。定期検査を続ける必要があります。

参考:C型肝炎治療ガイドライン 第8.4版|日本肝臓学会

再発の有無だけでなく「次の治療を受けられる肝臓か」を見ていく

肝細胞がんの経過観察では、画像上に新しい腫瘍がないかを確認することに意識が向きやすくなります。

長期的には、肝機能をどの程度保てているかも重要です。再発しても、肝予備能が十分に残っていれば再切除やRFA、TACE、薬物療法など複数の治療を検討できます。肝機能が大きく低下すると、腫瘍に対して有効な治療があっても実施が難しくなる場合があります。

肝細胞がんの治療後は、再発を早く見つけることと、次の治療につなげられる肝機能を保つことの両方を考えて経過をみていきます。

肝細胞がんの治療が効きにくくなったら

肝細胞がんでは、治療を続けているうちに十分な効果が得られなくなったり、副作用や肝機能の低下によって同じ治療を続けにくくなったりすることがあります。

このような場合でも、「現在の治療が効かなくなった=もう治療法がない」とは限りません。

肝細胞がんには肝切除、RFA、TACE、薬物療法など複数の治療があり、病状の変化によって治療の位置づけも変わります。次の治療を考える際には、がんがどのように変化したのかと、現在の肝機能がどこまで保たれているのかを改めて確認します。

まず現在の治療を続ける意味があるかを見直す

治療変更を考える場面では、画像検査で腫瘍が大きくなったかどうかだけを見るわけではありません。

新しい病変が増えている、脈管侵襲や肝外転移が現れた、腫瘍マーカーが上昇しているといった変化に加え、治療によって肝予備能が低下していないかも確認します。

特にTACEでは、十分な効果が得られない状態で繰り返すと、次の薬物療法に必要な肝機能を失う可能性があります。

治療を続けるか切り替えるかを考えるときは、以下の点を整理します。

  • 現在の治療で腫瘍を抑えられているか
  • 新しい病変や脈管侵襲、肝外転移が生じていないか
  • Child-Pugh分類やALBI gradeなどでみた肝予備能が保たれているか
  • 副作用による生活への負担が大きくなっていないか

次の薬物療法だけでなく、局所治療を再検討できることもある

薬物療法を受けている患者さんで病状が変化したとき、「次はどの薬を使うのか」に意識が向きやすくなります。

実際には、治療によって腫瘍が大きく縮小し、以前は難しかった肝切除やRFAなどを検討できる状態になることもあります。逆に、TACEで十分な効果を得にくくなった場合には、肝機能が保たれているうちに全身薬物療法へ移ることがあります。

肝細胞がんでは治療法を一方向に進めるだけではなく、その時点の腫瘍の状態と肝予備能から、局所治療と全身治療を改めて検討することがあります。

標準治療は新しい治療が登場するたびに更新される

標準治療とは、現在得られている科学的根拠をもとに、多くの患者さんに推奨される治療です。「標準」という言葉から、昔から行われている治療をイメージするかもしれませんが、新しい治療でも臨床試験で効果と安全性が確認されれば標準治療に加わります。

肝細胞がんでも、近年は免疫チェックポイント阻害薬を含む治療が次々と導入され、治療の選択肢が変化しています。

現在の治療で十分な効果が得られなくなったときには、まず現在の標準治療の中に、まだ受けていない治療があるかを確認します。

条件が合えば臨床試験を検討できる

標準治療を受けた後や、病状によって適した標準治療が限られる場合には、臨床試験への参加を検討できることがあります。

臨床試験は、効果が確立した「特別な治療」を受ける制度ではありません。新しい薬や治療法について、効果と安全性を確認し、将来の標準治療になり得るかを調べる研究です。

参加できるかどうかは、肝細胞がんの状態、これまでに受けた治療、肝機能、全身状態など、それぞれの試験で定められた条件によって決まります。

臨床試験を提案された場合には、現在受けられる標準治療と何が違うのか、期待される効果についてどこまで分かっているのか、副作用や通院の負担はどの程度かを確認してから判断します。

参考:研究段階の医療(臨床試験、治験など)について|国立がん研究センター がん情報サービス

治療方針に迷ったときはセカンドオピニオンも利用できる

「提示された治療以外に選択肢はないのか」「TACEを続けるべきか薬物療法へ移るべきか」「別の治療施設でも意見を聞きたい」と感じる場合には、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の病院から転院するための制度ではありません。診断や治療方針について別の医師から意見を聞き、治療を選ぶための情報を増やす方法です。

相談するときには、これまでの画像検査、病理・診断情報、受けた治療、現在の肝機能などの資料が必要になります。

肝細胞がんでは治療の選択肢だけでなく、治療を行える肝予備能が残っているかが判断に影響します。セカンドオピニオンを希望する場合には、治療開始や変更をどの程度待てる状況なのかも担当医に確認しておくとよいでしょう。

治療が効きにくくなったときに考えるのは、「次に使える薬があるか」だけではありません。現在の治療を続ける利益、残っている肝機能、局所治療を再検討できる可能性、次の標準治療を整理したうえで、その時点で適した方針を考えます。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

納得できる治療を選択するために、診察で確認したいこと

肝細胞がんの治療について説明を受けると、Child-Pugh分類、RFA、TACE、免疫チェックポイント阻害薬など、多くの専門用語が一度に出てきます。

すべての治療法や薬剤名を覚える必要はありません。まず確認したいのは「自分は現在どのような状態で、なぜこの治療が提案されているのか」です。

診察では、次のような情報を整理すると治療方針を理解しやすくなります。

  • 正式な診断名は肝細胞がんなのか
  • ステージはいくつで、どの病期分類を使っているのか
  • 腫瘍の個数・大きさ、脈管侵襲、肝外転移はどうなっているのか
  • Child-Pugh分類やALBI gradeでみた肝予備能はどの程度なのか
  • 今回の治療では何を目指しているのか

「ステージ3です」「手術は難しいです」といった結論だけではなく、その判断につながった病状まで確認すると治療の選択肢を比較しやすくなります。

提案された治療の「目的」は何か

同じ肝細胞がんでも、治療によって目指すものは異なります。肝切除やRFAでがんを根治できる可能性を目指す場合もあれば、TACEで肝臓内の腫瘍を抑える場合、薬物療法で進行を抑える場合もあります。

治療を決める前には、この治療で何を目指しているのか、なぜ自分にはこの治療が勧められているのか、ほかに選択肢はあるのか、期待できる効果と主な副作用・合併症は何か、治療によって肝予備能へどの程度影響する可能性があるのか、などを確認しておくとよいでしょう。

治療を始めるときに「次に切り替える条件」も確認

肝細胞がんでは、一つの治療をいつまでも続けるとは限りません。TACEで十分な効果が得られなくなれば薬物療法への変更を検討することがあります。薬物療法でも、がんの進行や副作用によって別の治療へ変更する場合があります。

治療開始時には「どのような状態になったら、この治療を続けず次の治療を考えるのか」まで確認しておくと、病状が変化したときに治療方針を理解しやすくなります。

画像検査で何を見るのか、腫瘍マーカーをどう評価するのか、Child-Pugh分類やALBI gradeが変化した場合に治療へどのような影響があるのかも確認しておきましょう。

治療によって生活がどう変わるのか

治療方針を考える際には、効果や副作用だけでなく、生活への影響も確認します。

手術であれば入院期間や退院後の回復、TACEであれば治療後の発熱や食欲低下、薬物療法であれば通院頻度や副作用への対応など、治療によって負担の種類が異なります。

仕事や家事、介護などを続けながら治療を受ける場合には、診察の段階で生活上の事情を医療者に伝えておくことも治療計画を考える材料になります。

副作用が起きた場合にどこへ連絡するのか、夜間や休日はどのように対応するのかまで確認しておくと、治療開始後に迷いにくくなります。

分からないことが残ったまま治療を決める必要はない

説明を一度聞いただけで、治療内容をすべて理解するのは簡単ではありません。

分からなかった言葉や気になる点をメモして、次の診察で確認しても構いません。治療開始をどの程度急ぐ必要があるのか、考える時間を取れる病状なのかも担当医に確認できます。別の医師の意見を聞きたい場合には、セカンドオピニオンを利用する方法もあります。

治療の説明を整理したい場合や、生活・仕事・医療費などを含めて相談したい場合には、全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」も利用できます。

参考:がん相談支援センターとは|国立がん研究センター がん情報サービス

診断名やステージだけで治療の可能性を決めつけない

肝細胞がんでは、同じステージでも腫瘍の状態や肝予備能によって提案される治療が異なります。

治療後に病状が変化すれば、以前は難しかった治療を再検討できることもあれば、肝機能の変化によって治療方針を変更することもあります。

この記事で紹介したステージや生存率、治療法は、自分の治療を決めるための答えそのものではありません。

診察では「今の病状はどうなっているのか」「今回の治療を選ぶ理由は何か」「効果が得られなかった場合には次に何を考えるのか」まで確認し、自分の病状に沿って治療方針を考えていくことが必要です。

胃がんは、日本で現在も多く診断されているがんの一つです。2023年には104,864例が新たに診断され、2024年には37,867人が胃がんで亡くなっています。

胃がんは、早い段階では自覚症状がないことがあります。みぞおちの痛み、胃もたれ、食欲低下、胸やけなどが現れる場合もありますが、胃炎や胃潰瘍などでも起こる症状であり、症状の有無や強さだけから胃がんの進行度を判断することはできません。

一方、早い段階で発見され、リンパ節転移の可能性が低い条件を満たせば、胃を切除せず内視鏡で病変を取り除ける場合があります。胃の壁の深くまでがんが入り込んでいる場合やリンパ節転移の可能性がある場合には、胃切除とリンパ節郭清を行い、病期によっては手術前後の薬物療法を組み合わせます。

切除不能・再発胃がんでは、現在はHER2、PD-L1、MSI/MMR、CLDN18.2などを調べ、その結果を薬物療法の選択につなげます。日本胃癌学会は2025年3月に「胃癌治療ガイドライン第7版」を刊行し、2026年には患者向けガイドライン、同年7月には「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き第3版」を公開しています。

この記事では、胃がんの原因や症状だけでなく、胃がん検診と受診の違い、内視鏡・病理検査、ステージ、ESD、手術、2026年時点の薬物療法、治療後の食事や体重減少、生存率まで、治療を判断する流れに沿って解説します。

  • 胃がん検診・胃内視鏡による早期発見が治療の選択肢を広げる
  • 胃がんの治療はステージだけでなく、病理結果やバイオマーカーをもとに選ぶ
  • 治療後は再発だけでなく「食べられること」と栄養・体重を長期的にみていく

胃がんとは何か

胃がんは、胃の内側を覆う粘膜の細胞から発生する悪性腫瘍です。

胃の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜(しょうまく)などの層で構成されています。胃がんは粘膜から発生し、進行すると胃壁の外側へ向かって深く入り込みます。

胃がんでは、病変の横幅だけではなく、胃壁のどの深さまでがんが達しているかが治療を考えるうえで大きな意味を持ちます。

「早期胃がん」はステージ1と同じ意味ではない

胃がんでは、がんの浸潤が粘膜または粘膜下層までにとどまっているものを「早期胃がん」と呼びます。リンパ節転移があるかどうかとは別に、胃壁への深さによって定義される言葉です。

そのため「早期胃がん=必ず内視鏡で治療できる」「早期胃がん=必ずステージ1」という意味ではありません。

内視鏡治療を行えるかどうかは、がんの深さだけでなく、大きさ、組織型、潰瘍の有無などからリンパ節転移の可能性を評価して判断します。内視鏡治療では十分な根治性が得られないと考えられる場合には、早期胃がんでも胃切除とリンパ節郭清を検討します。

反対に、がんが固有筋層より深く入り込んだものは「進行胃がん」と呼ばれます。ここでいう「進行胃がん」も、そのままステージ4を意味する言葉ではありません。遠隔転移がなく、手術によって根治を目指せる進行胃がんもあります。

胃がんでは「深さ・リンパ節・遠隔転移」を分けて考える

胃がんの治療を理解するときは、「早期か進行か」だけでは十分ではありません。

がんが胃壁のどこまで深く広がっているか、周囲のリンパ節へ転移しているか、肝臓・肺・腹膜など離れた場所へ転移しているかを調べ、その組み合わせからステージを判断します。

たとえば、胃壁の比較的浅い部分にある病変でも、リンパ節転移の可能性が高ければ内視鏡治療だけでは不十分です。一方、胃壁の深い層へ進んでいても遠隔転移がなければ、胃切除とリンパ節郭清、さらに薬物療法を組み合わせて根治を目指すことがあります。

この違いが、胃がんで「胃カメラだけで取れる人」「胃を切除する人」「薬物療法を中心に行う人」が分かれる理由です。

胃がんの多くは腺がん

胃がんの大部分は、胃の粘膜にある腺組織から発生する腺がんです。

病理検査では、がん細胞の形や腺管のつくり方などから分化型・未分化型などに分類します。この組織型は、内視鏡治療が可能か判断するときにも関係します。

また、胃がんの中には、胃の表面に明瞭なしこりをつくらず、胃壁の中を広く浸潤して胃を硬く厚くするスキルス胃がん(4型胃がん)があります。

スキルス胃がんは一般的な胃がんとは広がり方や診断上の難しさが異なり、腹膜播種の評価なども治療方針に大きく関係するため、以下の記事で詳しく解説しています。

胃がんは治療後の「食べること」まで考えて治療を選ぶ

胃がんでは、がんを取り除けるかどうかだけでなく、治療後の生活も治療法を理解するうえで欠かせません。

胃には、食べ物を一時的にため、少しずつ十二指腸へ送り出す働きがあります。胃の一部または全部を切除すると、一度に食べられる量が減り、食後の動悸や冷や汗、腹痛などを伴うダンピング症候群、体重減少、貧血などが問題になることがあります。

そのため手術では「どの範囲まで切ればがんを適切に取り除けるか」と同時に、どの部分の胃を残せるのか、術後にどのような食生活になるのかも確認します。

進行・再発胃がんでも同様です。薬によってがんを小さくすることだけでなく、胃の通り道を保って食事を取れる状態を維持すること、出血や腹水などの症状を抑えることも治療の一部になります。

胃がんステージ4の腹膜播種や食事が通らなくなった場合の治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

次の章では、胃がんの発症と強く関係するピロリ菌を中心に、喫煙、食生活、遺伝的背景などの原因・リスクについて解説します。

胃がんの原因とリスク

胃がんは、一つの原因だけで発症する病気ではありません。年齢や生活習慣など複数の要因が関係しますが、日本の胃がんで特に深く関係しているのがヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染です。

国立がん研究センターでは、胃がんの主な発生要因としてピロリ菌感染と喫煙を挙げ、食塩や高塩分食品の摂取も胃がんのリスクを高めるとしています。

ただし、これらは「当てはまれば胃がんになる」「当てはまらなければ胃がんにならない」というものではありません。胃がんになった理由を一つに決めることはできず、生活習慣だけを原因として考える必要もありません。

参考:胃がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

ピロリ菌は胃の粘膜に長期間炎症を起こす

ピロリ菌は胃の粘膜に感染する細菌です。感染が続くと慢性的な胃炎が起こり、胃粘膜の萎縮などを経て、胃がんが発生しやすい環境につながることがあります。

ピロリ菌に感染している人すべてが胃がんになるわけではありませんが、感染している人では胃がんになる可能性が高くなることが分かっています。

ピロリ菌感染の有無は、血液や呼気、便、胃内視鏡検査時の検体などを使って調べます。どの検査が適しているかは、除菌歴や服用している薬などによっても変わるため、医療機関で判断します。

感染が確認された場合には、抗菌薬などを使った除菌治療を行うことがあります。

ピロリ菌を除菌しても胃がんの可能性がゼロになるわけではない

ピロリ菌を除菌すると、胃がんが発生するリスクを下げられることが分かっています。国立がん研究センターも、ピロリ菌除菌によって胃がんの発生リスクが低下するとしています。

一方、除菌に成功したからといって、その後の胃がんリスクが完全になくなるわけではありません。

ピロリ菌に長期間感染していた人では、除菌した時点ですでに胃粘膜の萎縮などが進んでいる場合があります。そのため、過去にピロリ菌を除菌した人も「もう胃がんにはならない」と考えるのではなく、その後の胃の状態に応じて内視鏡検査などを受けることが必要です。

ピロリ菌検査は「胃がんがあるかどうか」を直接調べる検査ではありません。ピロリ菌が陽性だから胃がんという意味ではなく、陰性だから現在の胃がんを否定できるわけでもありません。

喫煙や塩分の多い食生活も胃がんリスクに関係する

喫煙も胃がんの発生リスクを高める要因です。禁煙は胃がんだけでなく、肺がんをはじめとするさまざまながんや心血管疾患のリスクを下げることにもつながります。

また、食塩や塩分の多い食品を多く取る食生活も、胃がんの発生リスクと関係しています。国立がん研究センターでは、胃がん予防の観点からも高塩分食品の取りすぎを控えることを勧めています。

「これを食べれば胃がんを防げる」という特定の食品があるわけではありません。塩分の取りすぎを避け、野菜や果物を含めたバランスのよい食生活を続けることを考えます。

リスクがある人ほど「症状が出るまで待つ」ことは避ける

ピロリ菌感染歴がある、除菌治療を受けたことがある、喫煙歴があるといった場合でも、自覚症状から胃がんの有無を判断することはできません。

早期胃がんでは症状がないこともあります。反対に、胃もたれやみぞおちの痛みがあっても、原因が胃炎や胃潰瘍であることもあります。

つまり「症状があるかどうか」と「胃がんのリスク」は分けて考える必要があります。症状のない人には一定の年齢から胃がん検診があり、症状がある人には検診ではなく医療機関で原因を調べる検査が必要です。

胃がん検診と症状がある場合の受診

胃がん検診は、胃に症状のない人を対象として、胃がんによる死亡を減らすことを目的に行うものです。

国が推奨する胃がん検診は、原則として50歳以上の男女を対象に2年に1回です。検査方法は、胃部X線検査(バリウム検査)または胃内視鏡検査(胃カメラ)のいずれかです。

項目 国が推奨する胃がん検診
対象 50歳以上の男女
受診間隔 2年に1回
検査方法 胃部X線検査または胃内視鏡検査

なお、胃部X線検査については、当分の間、自治体によって40歳以上を対象に年1回実施することも認められています。自治体によって実施方法が異なる場合があるため、実際の受診条件は住んでいる地域の案内を確認します。

胃部X線検査と胃内視鏡検査はどちらを受ければよい?

国が推奨する胃がん検診では、胃部X線検査または胃内視鏡検査のどちらか一方を選んで受診します。「両方を受けた方が確実」という考え方ではなく、受診できる検査、体の状態、検査への希望などを踏まえて選びます。

胃部X線検査では、発泡剤で胃を膨らませ、バリウムを飲んでX線撮影を行い、胃の形や粘膜の変化から異常を探します。内視鏡を挿入する必要がない一方、検査中には体の向きを何度も変える必要があり、バリウムによる便秘などが起こることもあります。

胃内視鏡検査では、口または鼻から内視鏡を挿入し、胃の粘膜を直接観察します。検査中に胃がんが疑われる病変が見つかった場合には、その部分から組織を採取して病理検査につなげられることが特徴です。

どちらを選ぶか迷う場合は「胃カメラの挿入への抵抗が強い」「バリウム検査を受けにくい身体的な事情がある」など、自分が受けにくい検査がないかも含めて、検診を実施する医療機関に相談するとよいでしょう。

なお、胃部X線検査と胃内視鏡検査を毎年交互に受ければ胃がんをより確実に防げる、というものではありません。国立がん研究センターは、偽陽性や検査に伴う偶発症などの不利益を増やす可能性があるため、2つの検査を毎年交互に受けることは推奨していません。

参考:胃がん検診について|国立がん研究センター がん情報サービス

「要精密検査」は胃がんが確定したという意味ではない

胃がん検診で「要精密検査」と判定されても、その時点で胃がんと診断されたわけではありません。

胃部X線検査などで詳しく調べる必要のある変化が見つかったという意味です。精密検査では主に胃内視鏡検査を行い、必要に応じて組織を採取して胃がんかどうかを確認します。

反対に、検診を受けて異常なしだった場合も、その後に症状が出たのに「次の検診まで待てばよい」と考えるものではありません。

胃の症状がある場合は、胃がん検診を待たずに受診する

胃がん検診は、症状のない人を対象とした検査です。

みぞおちの痛みや不快感、胃もたれ、食欲低下など気になる症状がある場合には、「50歳になっていないから」「今年は検診の年ではないから」と待たず、医療機関を受診します。国立がん研究センターも、気になる症状がある場合には胃がん検診を待たずに医療機関を受診するよう案内しています。

食事が通りにくい、繰り返し嘔吐する、黒い便が出る、理由のはっきりしない体重減少があるといった変化も、検診ではなく診療として原因を調べる必要があります。

年齢や症状によっては胃がん以外の病気が原因であることも多いため、「症状がある=胃がん」と考える必要はありません。症状の原因を胃内視鏡検査などで確かめることが目的です。

ピロリ菌検査やABC検査は胃がん検診そのものではない

血液検査でピロリ菌抗体やペプシノゲンを調べ「胃がんリスク検査」「ABC検査」などとして行われている検査があります。これらは胃がんになりやすい背景を評価するために利用されることがありますが、胃に現在がんがあるかを直接見つける検査ではありません。

国立がん研究センターでは、ペプシノゲン検査、ピロリ菌抗体検査、両者を組み合わせたABC検査について、胃がん死亡を減らす科学的根拠が現時点では十分ではないとして、国が行う対策型胃がん検診としては推奨していません。

したがって「ABC検査が低リスクだったから胃カメラは必要ない」「ピロリ菌陰性だったから胃がん検診を受けなくてもよい」と判断するものではありません。

一方、ピロリ菌に感染しているかを知り、必要に応じて除菌治療を受けることは胃がん予防を考えるうえで別の意味があります。胃がんのリスク評価と、胃がんを早期に発見するための検診は分けて考える必要があります。

胃がんの初期症状

胃がんは、早い段階では自覚症状がほとんどないことがあります。検診や、胃炎・胃潰瘍など別の病気を調べるために受けた胃内視鏡検査をきっかけに、症状のない胃がんが見つかることもあります。

一方、胃がんが進行していても症状が目立たない場合があります。そのため「胃が痛くないから胃がんではない」「症状が軽いから早期だろう」と判断することはできません。

反対に、強い胃痛や胃もたれがあっても、原因が胃炎、胃潰瘍、逆流性食道炎などであることもあります。症状だけから胃がんかどうかを見分けることはできないため、気になる変化がある場合は必要に応じて胃内視鏡検査で胃の粘膜を確認します。

胃痛・胃もたれ・胸やけ

胃がんでみられる症状には、みぞおちの痛みや不快感、胃もたれ、胸やけ、吐き気、食欲低下などがあります。ただし、これらは胃がんに特有の症状ではありません。日常的な胃腸の不調でも起こるため「胃もたれがあるから胃がん」と考える必要はありません。

一方で、胃薬を飲みながら長期間様子を見続けることにも注意が必要です。これまでなかった胃の症状が続く、以前とは症状の出方が変わった、食欲低下など別の変化も伴う場合には、原因を確認するために医療機関を受診します。

前章で説明したように、症状がある人は胃がん検診を受ける時期まで待つのではなく、診療として内科や消化器内科などを受診します。

貧血・黒色便

胃がんの表面から出血すると、血液が胃酸などの影響を受けて黒くなり、黒色便として現れることがあります。

出血量が少ない場合には便の変化に気付かず、少しずつ貧血が進むこともあります。すると、以前より疲れやすい、階段で息切れする、動悸がする、立ちくらみがするといった症状がきっかけになる場合があります。

ただし、黒色便や貧血の原因も胃がんだけではありません。胃潰瘍や十二指腸潰瘍など消化管からの出血でも起こるため、原因を調べる必要があります。明らかな黒色便が出た場合や、吐血した場合には、単なる胃もたれとして様子を見ず医療機関へ相談します。

少量で満腹になる・食べ物がつかえる・吐き気・嘔吐

胃がんの場所や広がり方によっては、食べ物の通り道が狭くなることがあります。胃の出口に近い幽門付近が狭くなると、食べ物が十二指腸へ流れにくくなり、少し食べただけでお腹がいっぱいになる、食後の膨満感が強い、吐き気や嘔吐を繰り返すといった症状が現れることがあります。

胃の入り口に近い噴門部や胃食道接合部付近では、食事がつかえる、飲み込みにくいと感じる場合があります。

こうした症状があると食事量が減り、体重低下や体力低下につながることがあります。そのため、単に「食欲が落ちた」と考えるだけでなく、食べたいのに食べ物が通らないのか、少量ですぐ満腹になるのか、吐いてしまうのかを医師へ伝えると、症状の原因を整理しやすくなります。

食欲低下・体重減少

胃がんでは、食欲低下や食事の通りにくさなどによって摂取量が減り、体重が減少することがあります。

ただし、「何kg減ったら胃がん」という基準があるわけではありません。意図的に食事制限や運動をしていないのに体重が落ち続けている場合には、その原因を調べます。

とくに食欲低下、早期満腹感、嘔吐、貧血などを伴っている場合には、体重だけを見るのではなく、胃内視鏡検査などを含めて消化管の状態を確認する意味があります。

腹水や腹部膨満

胃がんが腹膜へ広がる腹膜播種が起こると、腹水がたまってお腹が張る、食事を少し取っただけで苦しくなる、腸の動きや通過が悪くなるといった症状が現れる場合があります。

腹膜播種は胃がんの遠隔転移の一つで、ステージ4に分類されます。ただし、お腹が張る症状だけで腹膜播種と判断することはできません。CT検査や、病状によっては審査腹腔鏡などを用いて確認します。

腹膜播種がある場合の治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

スキルス胃がんでは内視鏡で変化を捉えにくいことがある

胃がんの中でもスキルス胃がんは、胃の表面に明瞭なしこりをつくるよりも、胃壁の中を広く浸潤していく特徴があります。そのため、胃の粘膜表面に目立った変化が現れにくく、一般的な胃がんよりも早い段階で診断することが難しい場合があります。

胃壁が硬くなって広がりにくくなると、少し食べただけで満腹になる、食欲が低下する、体重が減少するといった変化がきっかけになることがあります。ただし、これらの症状だけでスキルス胃がんを診断することはできません。

スキルス胃がんの症状や検査、腹膜播種との関係については、以下の記事で詳しく解説しています。

症状から「早期か進行か」を自己判断しない

胃がんでは、早期でも胃の不快感などがみられる人がいる一方、進行していてもほとんど症状がない人がいます。受診するかどうかを「痛みが強いか」「日常生活に耐えられるか」だけで決めるのは適切ではありません。

胃の不調が続く、黒い便が出た、食べ物がつかえる、食事量が明らかに減った、理由の分からない体重減少や貧血があるなど、これまでとは異なる変化があれば、検診を待たず医療機関へ相談します。

胃がんかどうかを確定するには、症状ではなく胃内視鏡検査で病変を確認し、疑わしい部分から組織を採取して行う病理検査が必要です。

胃がんの検査と診断

胃がんが疑われた場合、最初からステージを調べる検査をすべて行うわけではありません。

まず胃内視鏡検査で病変を確認し、疑わしい部分から組織を採取して、胃がんかどうかを病理検査で確定します。胃がんと診断された後にCTなどでリンパ節や他の臓器への広がりを調べ、その結果からステージと治療方針を考えます。国立がん研究センターも、胃がんの検査を「がんかどうかを確定する検査」と「進行度を診断して治療方針を決める検査」に分けて説明しています。

切除不能・進行・再発胃がんでは、ここにHER2、PD-L1、CLDN18.2、MSIなどのバイオマーカー検査が加わり、検査結果によって使用する薬が変わります。

参考:胃がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

胃内視鏡検査で病変の場所や広がりを確認

胃がんの診断で中心となるのが胃内視鏡検査、いわゆる胃カメラです。

口または鼻から内視鏡を入れて胃の粘膜を直接観察し、病変の場所、形、大きさ、広がりなどを確認します。病変の深さをより詳しく評価する必要がある場合には、超音波内視鏡検査を追加することもあります。

検診で胃部X線検査を受けて「要精密検査」となった場合にも、胃内視鏡検査で実際の胃粘膜を確認します。

ただし、内視鏡で「胃がんらしい病変」が見つかっただけでは、通常は胃がんの確定診断にはなりません。疑わしい部分から組織を採取し、病理検査へ進みます。

胃がんの確定診断には生検・病理検査が必要

胃内視鏡検査で胃がんが疑われた場合には、病変の一部を小さく採取する生検を行います。

採取した組織を顕微鏡で調べ、がん細胞があるかどうかを確認します。胃がんであることが確認された場合には、腺がんなどの組織型や、分化型・未分化型といった性質も評価します。国立がん研究センターでも、生検した組織から「がんがあるか」「どのような種類のがんか」を病理診断するとしています。

この病理結果は「胃がんかどうか」を確定するためだけのものではありません。

早期胃がんでは、病変の深さ、大きさ、組織型、潰瘍の有無などが内視鏡治療の適応を考える材料になります。また、内視鏡治療や手術で病変全体を切除した後には、切除標本を詳しく調べることで、生検だけでは分からなかった実際の浸潤の深さ、脈管侵襲、リンパ節転移などが明らかになることがあります。

そのため、治療前の生検結果と、ESDや手術後の最終病理結果は役割が異なります。

CT検査ではリンパ節や他の臓器への広がりを調べる

胃がんと診断された後は、胃の中だけを見て治療方法を決めることはできません。造影CT検査などを行い、周囲のリンパ節への転移、肝臓や肺などへの遠隔転移、胃に隣接する膵臓や肝臓などへの浸潤がないかを確認します。この結果は、内視鏡治療や手術によって根治を目指せる病状なのか、薬物療法を中心に考える病状なのかを判断する材料になります。

MRIやPETが追加されることもありますが、すべての胃がん患者に一律に行う検査ではありません。国立がん研究センターでは、PETはリンパ節や他臓器への転移、再発の有無が通常のCTだけでははっきりしない場合などに行うことがあるとしています。

腹膜播種が疑われる場合は審査腹腔鏡を行うことがある

胃がんで治療方針を決めるときに特に注意するのが腹膜播種(ふくまくはしゅ)です。腹膜播種とは、胃の表面からこぼれ落ちたがん細胞がお腹の中に広がり、腹膜に転移した状態です。腹膜播種があると遠隔転移のあるステージ4に分類され、通常の根治手術とは治療方針が変わります。

しかし、小さな腹膜播種はCTだけでは確認できないことがあります。

腹膜播種の可能性が高い進行胃がんでは、全身麻酔のもとで腹腔鏡を入れて腹腔内を直接観察する審査腹腔鏡を行うことがあります。腹水や疑わしい病変を採取するほか、腹腔内を生理食塩水で洗浄し、その液にがん細胞が含まれていないかを調べる腹腔洗浄細胞診を行う場合もあります。

日本胃癌学会では、腹膜播種の可能性が比較的高い進行胃がんについて、治療方針を決めるための審査腹腔鏡を推奨してきました。とくに4型胃がんや大型3型胃がんなどでは、画像検査では分からない腹膜播種を確認する意味があります。

つまり審査腹腔鏡は「胃がんを診断するために全員が受ける検査」ではなく、CT上では手術できそうに見えても、腹膜播種の可能性を確認してから治療方針を決めたい場合に検討する検査です。

参考:胃癌治療ガイドライン第7版|日本胃癌学会

切除不能・進行・再発胃がんではバイオマーカー検査が治療選択につながる

胃がんが手術で取り切ることが難しい場合や再発した場合には、病理組織を使って「どの薬が効く可能性があるか」につながるバイオマーカーを調べます。

2026年現在、日本胃癌学会は切除不能進行・再発胃がんについてバイオマーカー検査の手引きを公開しており、国立がん研究センターも一次薬物療法を始める前にHER2、PD-L1、CLDN18.2、MSIを調べ、その結果から薬剤を選択することを示しています。

参考:切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き 第3版|日本胃癌学会

検査 何を調べるか 主な治療との関係
HER2 HER2タンパク質の発現や遺伝子増幅 トラスツズマブなどHER2を標的とする治療の選択に関係する
PD-L1 がん細胞や免疫細胞におけるPD-L1発現をCPSなどで評価 免疫チェックポイント阻害薬を含む治療を選ぶ際の判断材料になる
CLDN18.2 がん細胞にCLDN18.2がどの程度発現しているか HER2陰性・CLDN18.2陽性ではゾルベツキシマブを含む治療の選択に関係する
MSI/MMR DNAの傷を修復する機能に異常があるか MSI-Highなどでは免疫療法の選択を考えるうえで重要な情報になる

これらは単なる「追加検査」ではありません。

たとえばHER2陽性か陰性かによって一次治療の内容が変わり、HER2陰性でもCLDN18.2の発現やPD-L1、MSIなどによって治療候補が変わります。日本胃癌学会は2024年にCLDN18.2陽性・HER2陰性胃がんに対するゾルベツキシマブの一次治療について公式コメントを出しており、HER2陽性胃がんについても2025年にペムブロリズマブ+トラスツズマブ+化学療法の一次治療、2026年にはT-DXdの二次治療について新たなコメントを公表しています。

参考:胃癌治療ガイドライン第7版 < 速報 >|日本胃癌学会

具体的な薬の組み合わせや治療順序については、後の「胃がんの薬物療法」で詳しく解説します。

がん遺伝子パネル検査を検討する場合もある

標準的な治療で確認するHER2やPD-L1などとは別に、がん細胞に起きている多数の遺伝子変化を一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」が検討される場合があります。

ただし、進行胃がんと診断された人全員が最初から受ける検査ではありません。まず、現在の胃がん治療に直接結び付くHER2、PD-L1、CLDN18.2、MSIなどの検査結果を確認し、それに基づいて標準的な治療を考えます。

がん遺伝子パネル検査は、標準治療後の選択肢や治験などを検討するときに役立つ可能性がありますが、治療につながる遺伝子変化が必ず見つかるわけではありません。

検査結果は「胃がんかどうか」だけでなく「次に何をするか」まで確認

胃がんの検査結果を説明されたときは「がんでした」「ステージは○です」だけでは治療方針の全体像が分からないことがあります。

内視鏡治療を検討している場合には、病変の深さや組織型からなぜ内視鏡で取り切れると考えるのか。手術を予定している場合には、CTでリンパ節や遠隔転移をどう評価しているのか。進行・再発胃がんで薬物療法を行う場合には、HER2、PD-L1、CLDN18.2、MSIなど、治療選択に必要な検査がそろっているのかを確認します。

検査結果を「異常あり・なし」で終わらせず、その結果によって治療がどう変わるのかまで理解しておくと、その後の治療説明を整理しやすくなります。

次の章では、こうした検査結果をT・N・Mに当てはめ、胃がんのステージ1~4をどのように判断するのかを解説します。

胃がんのステージ分類|TNM分類とは

胃がんのステージは、単に「がんが何cmあるか」で決まるものではありません。

胃壁のどの深さまでがんが入り込んでいるかを示すT、胃の周囲にあるリンパ節への転移を示すN、胃から離れた場所への転移を示すMを組み合わせて、ステージ1~4を判断します。国立がん研究センターでも、胃がんの病期をⅠ期~Ⅳ期として、このTNM分類に基づいて評価しています。

分類 確認すること 治療との関係
T 胃壁のどの深さまでがんが入り込んでいるか 内視鏡治療が可能か、胃切除が必要かなどの判断に関係する
N 領域リンパ節へどの程度転移しているか 手術時のリンパ節郭清や術後治療などに関係する
M 胃から離れた臓器やリンパ節、腹膜などへの転移 根治手術を中心にするか、薬物療法を中心にするかの判断に大きく関係する

T分類|胃壁のどこまでがんが深く入り込んでいるか

胃の壁は内側から、粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜というように層状になっています。

胃がんは胃の内側にある粘膜から発生し、進行すると外側へ向かって入り込んでいきます。この胃壁への浸潤の深さを表すのがT分類です。

T分類 主な深達度
T1 粘膜または粘膜下層まで
T2 固有筋層まで
T3 漿膜下層まで
T4a 胃の表面を覆う漿膜まで達している
T4b 周囲の臓器へ直接入り込んでいる

T1のうち、粘膜にとどまるものをT1a、粘膜下層まで達したものをT1bと分けて考えます。

胃がんでは、T1に相当する粘膜または粘膜下層までの胃がんを「早期胃がん」と呼び、それより深く入り込んだものを「進行胃がん」と呼びます。

ただし、早期胃がんだから内視鏡治療ができるとは限りません。リンパ節転移の可能性を含め、深さ、大きさ、組織型、潰瘍の有無などを評価して治療法を決めます。

N分類|リンパ節転移は「ある・ない」だけではなく個数も評価

胃の周囲には多くのリンパ節があり、胃がんはリンパ管を通ってこれらのリンパ節へ転移することがあります。胃がんのN分類では、手術後の病理診断では転移している領域リンパ節の個数によって、N0、N1、N2、N3などに分類します。

日本胃癌学会の公開されている分類では、N0は領域リンパ節転移なし、N1は1~2個、N2は3~6個、N3aは7~15個、N3bは16個以上の転移として分類されています。

リンパ節転移があるから、ただちに遠隔転移という意味ではありません。胃の周囲にある領域リンパ節への転移であれば、胃切除とリンパ節郭清を行い、根治を目指せる場合があります。

その一方で、転移しているリンパ節が多いほど病期は進み、手術後の再発を抑えるための薬物療法を考える際にも重要な情報になります。

参考:胃癌治療ガイドライン|日本胃癌学会

M分類|胃から離れた場所への転移を確認

M分類では、胃から離れた臓器やリンパ節などへの遠隔転移があるかを確認します。胃がんでは、肝臓、肺、骨などへの転移だけでなく、腹膜へがん細胞が広がる腹膜播種も治療方針を大きく変える所見です。また、日本胃癌学会の分類では、腹腔洗浄細胞診でがん細胞が確認されるCY1もM1として扱われます。

このため、CTで明らかな肝転移や肺転移がなくても、審査腹腔鏡で腹膜播種が見つかったり、腹腔洗浄細胞診が陽性になったりすると、治療方針が変わることがあります。

腹膜播種の診断や治療法については以下の記事でも詳しく解説しています。

胃がんのステージ分類

胃がんのステージはT・N・Mを組み合わせて決まるため、「T2ならステージ2」というように深さだけから決めることはできません。

同じT2でもリンパ節転移の程度によってステージが変わり、同じような大きさの胃がんでも遠隔転移があるかどうかによって治療の目的は大きく異なります。国立がん研究センターでも、胃がんではTNMの組み合わせからⅠ~Ⅳ期を決定しています。

一般的な治療の全体像を理解するためには、次のように捉えると分かりやすくなります。

ステージ 病状の大まかな捉え方 治療を考えるときの中心
ステージ1 比較的浅い胃がんや、リンパ節への広がりが限られている胃がん 条件を満たせば内視鏡治療、それ以外では手術による根治を目指す
ステージ2 胃壁への浸潤やリンパ節転移が進んでいるものの、根治切除を目指せる場合がある 手術を中心に、病状に応じて周術期・術後の薬物療法を組み合わせる
ステージ3 胃壁への深い浸潤や、より広いリンパ節転移を伴うことがある 手術だけでなく、手術前後の薬物療法を含めた治療計画が重要になる
ステージ4 遠隔転移や腹膜播種などを伴う場合を含む、根治切除が難しい病状が中心 薬物療法を中心に、症状や病変に応じて手術・放射線・支持療法などを組み合わせる

なお、胃がんでは治療前の臨床ステージと、手術後の病理ステージで分類方法が異なるため、この表は治療の全体像を理解するための大まかな整理です。実際のステージはT・N・Mを組み合わせて判定します。

胃がんステージ4については、腹膜播種、肝転移、治療目標、薬物療法などを以下の記事で詳しく解説しています。

治療前の「臨床ステージ」と手術後の「病理ステージ」

胃がんでは、同じ患者さんでも治療前と手術後でステージが変わることがあります。

治療前には、胃内視鏡、生検、CT、必要に応じて審査腹腔鏡などの結果から、がんの広がりを推定します。これが臨床分類(cTNM・cStage)です。治療方法を決めるときに使います。

一方、手術を行った場合には、切除した胃やリンパ節を病理検査で詳しく調べます。実際に胃壁のどこまでがんが達していたか、何個のリンパ節に転移していたかが分かり、病理分類(pTNM・pStage)が決まります。

たとえば手術前のCTではリンパ節転移がないと考えられていても、手術後の病理検査で小さなリンパ節転移が見つかれば、病理ステージが変わることがあります。

この病理ステージは、手術後に再発を抑えるための薬物療法が必要かどうかを判断する材料にもなります。

「早期胃がん」と「ステージ1」は同じ意味ではない

ここは胃がんを理解するときに混同しやすいところです。

「早期胃がん」は、胃壁への深さで定義する言葉です。粘膜または粘膜下層までにとどまるT1を早期胃がんと呼びます。

一方「ステージ」は深さだけでなくリンパ節転移や遠隔転移まで含めて判断します。

そのため「粘膜内にある=ステージ0」という考え方にはなりません。また、「早期胃がんだから必ずステージ1」「早期胃がんだから必ずESD」という意味でもありません。

胃がんの治療を理解するときは、「早期か進行か」では胃壁への深さを確認し、「ステージ」では深さ・リンパ節・遠隔転移を組み合わせて確認する、と分けて考えると整理しやすくなります。

胃がんの内視鏡治療

早期胃がんの中には、開腹手術や腹腔鏡手術で胃を切除せず、胃カメラを使って病変を取り除けるものがあります。

代表的な方法が、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)内視鏡的粘膜切除術(EMR)です。

ただし、「早期胃がんだから内視鏡で取れる」というわけではありません。内視鏡治療では胃の周囲にあるリンパ節を一緒に切除できないため、リンパ節転移の可能性が極めて低く、内視鏡で病変を適切に切除できると判断される胃がんが主な対象になります。

そのため治療前には、がんが胃壁のどの深さまで入り込んでいるか、病変の大きさ、組織型、潰瘍の有無などを確認します。国立がん研究センターでも、こうした条件からリンパ節転移の可能性を評価し、内視鏡治療の適応を判断しています。

ESDとEMRはどのように違うのか

EMRは、病変の下に薬液を注入して浮かせ、スネアと呼ばれる輪状のワイヤーをかけて切除する方法です。比較的小さな病変に用いられます。

一方、ESDでは病変の周囲を切開し、専用の高周波ナイフを使って粘膜下層を剥がしながら病変を切除します。EMRよりも技術的には複雑ですが、より大きな病変でも一つの塊として切除しやすいことが特徴です。国立がん研究センターでは、EMRは主に2cm以下で潰瘍のない病変、ESDはより大きな病変や条件によって潰瘍を伴う病変にも行われると説明しています。

胃がんでは、治療後に切除した病変全体を病理検査で詳しく調べる必要があります。そのため、病変を分割せず一括して切除できることには、治療だけでなく、その後の根治性を正確に評価するという意味もあります。

参考:内視鏡治療|国立がん研究センター がん情報サービス

内視鏡治療ができるかは「がんの深さ」だけでは決まらない

内視鏡治療の主な対象となるのは、胃の粘膜にとどまる早期胃がんのうち、リンパ節転移の可能性が極めて低いと考えられる病変です。

しかし、同じ粘膜内がんでもすべてがESDの対象になるわけではありません。

胃がんでは、分化型か未分化型か、病変がどの程度の大きさか、潰瘍を伴っているかによってリンパ節転移の可能性が変わります。そのため、内視鏡治療の適応はこれらを組み合わせて判断します。日本胃癌学会のガイドラインでも、深達度、組織型、腫瘍径、潰瘍所見などをもとに内視鏡的切除の適応を定めています。

「胃カメラで見える範囲なら取れる」という意味ではありません。胃の表面に見えている病変を切除できても、リンパ節へ転移している可能性が無視できなければ、胃とリンパ節を切除する手術の方が根治性を確保しやすくなります。

ESD後は「全部取れたか」だけでなくeCuraを判定

ESDを受けた後には、切除した組織を病理検査で詳しく調べます。

ここで確認するのは、目に見える胃がんを取り切れたかどうかだけではありません。実際のがんの深さ、病変の大きさ、組織型、切除した端にがんが残っていないか、リンパ管や血管の中にがん細胞が入り込んでいないかなどを確認します。

これらの結果から判定するのが、内視鏡的根治度(eCura)です。

日本胃癌学会では、ESD・EMR後の根治性を大きくeCuraA、eCuraB、eCuraCに分類し、その結果によって経過観察でよいのか、追加治療を検討するのかを決めています。

判定 大まかな意味 その後の考え方
eCuraA 内視鏡治療によって十分な根治性が得られたと判断される 定期的な胃内視鏡検査で経過をみる
eCuraB 粘膜下層へわずかに浸潤していても、一定の条件からリンパ節転移の危険性が低いと判断される 内視鏡検査に加え、画像検査なども含めて経過をみる
eCuraC eCuraA・Bの条件を満たさず、局所にがんが残っている可能性やリンパ節転移の可能性を考える必要がある C-1とC-2の内容に応じて再ESDや追加手術などを検討する

このため、ESD後に医師から「がんは取れました」と説明された場合でも、病理結果が出た後にeCuraがどの判定だったのかまで確認することが、その後の治療を理解するうえで役立ちます。

参考:胃癌治療ガイドライン|日本胃癌学会

eCuraCになったら必ず同じ対応をするわけではない

eCuraCは、さらにeCuraC-1eCuraC-2に分けて考えます。

eCuraC-1は、主に病変を分割して切除した場合や、病変の横方向の切除断端にがんが残っている場合など、局所に病変が残る可能性が問題となるものです。この場合には、病変の状態によって再度ESDを行う、追加の外科切除を行う、慎重に経過観察するなど複数の対応が検討されます。

一方、eCuraC-2では、がんが想定より深く入り込んでいた、リンパ管や血管への侵襲が確認されたなど、リンパ節転移の可能性を無視できない条件が含まれます。この場合、胃の中の病変をESDで取り切れていたとしても、ESDではリンパ節を切除できていません。そのため、日本胃癌学会の公開ガイドラインでは、eCuraC-2に対して胃切除とリンパ節郭清を行う追加外科切除を原則的な標準治療としています。

つまり、追加手術を勧められたからといって「ESDに失敗した」という意味ではありません。ESDで切除した病変を詳しく調べた結果、胃の外にあるリンパ節にも治療が必要な可能性が分かったために、治療方針が変わったと考える方が実際の流れに近くなります。

追加手術を行うかは病理結果と手術の負担を合わせて考える

eCuraC-2では追加の胃切除が標準ですが、実際の治療では年齢、心臓や肺などの持病、体力、胃切除によって予想される生活への影響なども確認します。

高齢で重い併存症があるなど、胃切除そのものの危険性が高い場合には、リンパ節転移の可能性と手術による利益・負担について説明を受けたうえで、その後の方針を検討することがあります。日本胃癌学会も、外科切除を選択しない場合にはリンパ節転移や再発の危険性を十分説明したうえで判断する必要があるとしています。

したがって、ESD後に追加手術を提案された場合には「なぜ追加手術が必要なのか」だけでなく、深達度、脈管侵襲、断端など、どの病理結果がeCuraの判定に影響したのかを確認すると判断しやすくなります。

ESDで根治できても、その後の胃がんリスクはなくならない

eCuraAやeCuraBと判定され、最初の胃がんについて十分な根治性が得られた場合でも、その後の胃に新しい胃がんができる可能性は残ります。そのため、治療後も定期的な胃内視鏡検査を続けます。

日本胃癌学会の公開ガイドラインでは、eCuraAでは年1回程度の内視鏡検査、eCuraBでは年1~2回程度の内視鏡検査に加え、腹部超音波やCTなどを用いた経過観察を示しています。また、ピロリ菌感染が確認された場合には除菌を推奨しています。

ただし、ピロリ菌を除菌しても新しい胃がんの可能性が完全になくなるわけではありません。ESDで胃を残せることは大きな利点ですが、その分、残った胃を長期的に観察していく必要があります。

内視鏡治療にも出血や穿孔などの合併症がある

ESD・EMRは胃を切除する手術より体への負担を抑えられる治療ですが、合併症がないわけではありません。

代表的なのは、治療した部分からの出血と、胃壁に穴が開く穿孔です。国立がん研究センターも、内視鏡治療後の出血・穿孔によって吐血、下血、腹痛などが起こる場合があるとしています。

入院中だけでなく退院後に出血する場合もあるため、退院後に黒い便が続く、吐血する、強い腹痛があるなど、医療機関から説明された症状が現れた場合には連絡します。

内視鏡治療と手術の違いは「胃を残せるか」だけではない

ESDには胃を切除せずに治療できるという大きな利点があります。治療後の食事量や栄養への影響も、胃切除と比べて小さく抑えられます。

一方、ESDで治療できるのは、リンパ節転移の可能性が極めて低いと判断できる胃がんです。

リンパ節転移の可能性がある胃がんでは「胃を残せるからESDの方が体に優しい」という理由だけで治療を選ぶことはできません。胃切除には胃を失う負担がありますが、胃とともにリンパ節を切除し、がんを取り除くことを目的とする治療だからです。

胃がんの手術

胃がんが内視鏡治療では十分に治療できず、遠隔転移がなく手術によってがんを取り切れると判断された場合には、胃切除を中心とした外科治療を行います。

胃がんの手術は、見えている腫瘍だけを切り取る治療ではありません。がんのある胃を適切な範囲で切除するとともに、転移している可能性のある胃周囲のリンパ節を取り除き、その後に食べ物が通るよう消化管をつなぎ直します。

胃がんの手術を理解するときには「胃をどこまで切るか」「リンパ節をどこまで取るか」「切った後をどのようにつなぐか」の3点を分けて考えると分かりやすくなります。国立がん研究センターでも、胃切除、リンパ節郭清、消化管再建を胃がん手術の基本的な構成として説明しています。

胃をどこまで切るかは、がんの場所と広がりで決まる

胃を少しでも多く残せれば、術後の食事への影響を小さくできる可能性があります。しかし「胃を残すこと」だけを優先して、がんを十分な範囲で切除できなければ根治性が損なわれます。

胃切除の範囲は、がんが胃のどこにあるか、どの程度広がっているか、必要な切除断端を確保できるかなどから決めます。

代表的な術式には、幽門側胃(ゆうもんそくい)切除術胃全摘術噴門側胃(ふんもんそくい)切除術幽門保存胃切除術などがあります。国立がん研究センターも、がんの部位と進行度によって胃の切除範囲を決めるとしています。

主な術式 どのような手術か 術後に意識したいこと
幽門側胃切除術 主に胃の中央~出口側にあるがんに対し、胃の出口側を切除する 胃は一部残るが、食事量の低下やダンピングなどが起こることがある
胃全摘術 胃をすべて切除し、食道と小腸などをつなぐ 一度に食べられる量が大きく減り、体重減少やビタミンB12欠乏などへの長期的な対応が必要になる
噴門側胃切除術 主に胃の入口側にある早期胃がんなどで、胃の上部を切除して下部を残す 胃を残せる一方、再建法によっては逆流などが問題になることがある
幽門保存胃切除術 条件を満たす胃体部の早期胃がんで、胃の出口である幽門を残す 食べ物を十二指腸へ送り出す機能をできるだけ保つことを目指す

幽門側胃切除では胃の出口側を切除

幽門側胃切除術は、胃がん手術でよく行われる術式の一つです。胃の中央から出口側にあるがんなどに対して、がんを含む胃の下側を切除し、残った胃と十二指腸または小腸をつなぎます。

胃の一部が残るため、胃全摘と比べれば食べ物を一時的にためる機能を残せます。ただし、胃の容量は小さくなり、幽門を切除するため、食べ物が小腸へ速く流れ込むことがあります。その結果、食後に動悸、冷や汗、腹痛などが起こるダンピング症候群や、食事量低下、体重減少などがみられることがあります。

したがって「胃が残ったから食事は以前と同じ」と考えるのではなく、残った胃の大きさや再建方法に合わせて、少量ずつ食べる生活へ慣れていく必要があります。

胃全摘は「胃を全部取る必要がある病状」で選択

胃全摘術では胃をすべて切除します。胃の上部を含めて広い範囲にがんがある場合や、部分的な切除では必要な切除範囲を確保できない場合などに行います。

胃を残せないことは生活への負担につながりますが「全摘より部分切除の方がよい」と一律には考えられません。がんを十分な範囲で切除するために全摘が必要な病状であれば、胃を無理に残すことで再発の危険を高めることは避ける必要があります。

胃全摘後は食べ物をためる胃がなくなるため、食道と小腸をつないで新しい通り道を作ります。一般的にはRoux-en-Y法(ルーワイまたはルーエンワイ法)などによる再建が行われます。

術後は一度に食べられる量が減り、体重が落ちやすくなります。また、胃から分泌される内因子がなくなるため、時間がたつとビタミンB12欠乏が起こります。ビタミンB12は体内に一定量蓄えられているため、欠乏による貧血は手術直後ではなく数年後に現れることもあります。国立がん研究センターでも、胃全摘後はB12の吸収に必要な内因子がなくなるため、定期的な血液検査と必要に応じた補充治療が必要になると説明しています。

参考:胃がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

胃上部の早期胃がんでは噴門側胃切除を検討

胃の入口である噴門に近い上部に早期胃がんがある場合、胃全摘ではなく、胃の上部だけを切除して下部を残す噴門側胃切除術を検討できることがあります。

胃を一部残せるため、胃全摘と比べて栄養や体重への影響を抑えられる可能性があります。

ただし、食道と胃の境界には胃内容物が逆流しにくくする仕組みがあります。この部分を切除するため、再建方法によっては逆流性食道炎が問題になることがあります。

噴門側胃切除後には、食道と残胃を直接つなぐ方法のほか、小腸を介してつなぐ方法など複数の再建方法があります。どの方法を採用するかは、残せる胃の範囲や施設の方針などによって異なります。

早期胃がんでは胃の機能を残す手術を選べることもある

内視鏡治療の対象にはならないものの、胃がんが早期で場所などの条件を満たす場合には、胃の機能をできるだけ残す手術を検討することがあります。代表的なのが幽門保存胃切除術です。

通常の幽門側胃切除では胃の出口である幽門を切除しますが、幽門保存胃切除では幽門を残すことで、食べ物が小腸へ急速に流れ込むことを抑え、術後の生活への影響を小さくすることを目指します。

ただし、胃を残せることだけで手術方法を選ぶわけではありません。がんの位置やリンパ節転移の可能性などから、必要な根治性を確保できる患者さんが対象です。

胃と一緒にリンパ節を切除する「リンパ節郭清」

胃がんの手術がESDと大きく異なるのは、胃だけでなく、転移している可能性のある周囲のリンパ節を取り除けることです。

胃の周囲にはリンパ管とリンパ節が多数あり、胃がんは胃壁からリンパ管へ入り、周囲のリンパ節へ広がることがあります。画像検査でリンパ節転移が見えなくても、小さな転移が存在する可能性があります。そのため胃切除と同時に、病状に応じた範囲のリンパ節郭清を行います。

国立がん研究センターでは、胃のすぐ近くから少し離れた領域までのリンパ節を切除するD2リンパ節郭清が標準的に行われ、早期胃がんでリンパ節転移の可能性が低い場合にはD1またはD1+など、範囲を縮小した郭清を行うと説明しています。

リンパ節郭清には、すでに存在する小さな転移を取り除く意味だけでなく、切除したリンパ節を病理検査して、実際に何個のリンパ節へ転移していたのかを確認する役割もあります。この結果によって手術後の病理ステージが決まり、術後補助化学療法が必要かどうかの判断にもつながります。

参考:胃がん手術(外科治療)|国立がん研究センター がん情報サービス

胃を切った後は「再建」で食べ物の通り道を作り直す

胃を切除した後は、そのままでは食べ物が腸まで届かないため、残った胃、食道、十二指腸、小腸などをつなぎ直します。これを消化管再建と呼びます。

幽門側胃切除後では、残胃と十二指腸をつなぐBillroth I法(ビルロート1法)、残胃と小腸をつなぐBillroth II法やRoux-en-Y法などがあります。

胃全摘後では、食道と小腸をつなぐRoux-en-Y法などが用いられます。噴門側胃切除後にも複数の再建方法があります。日本胃癌学会のガイドラインでも、胃の切除範囲に応じて複数の再建法が示されています。

患者さんにとっては再建法の名前だけを覚える必要はありませんが「手術後に食べ物がどの経路を通るようになるのか」を説明してもらうと、食後の症状や生活の変化を理解しやすくなります。

開腹・腹腔鏡・ロボット支援手術の選び方

胃がんの手術には、お腹を大きく切開する開腹手術のほか、小さな穴からカメラや手術器具を入れて行う腹腔鏡下手術、手術支援ロボットを使う方法があります。腹腔鏡下手術やロボット支援手術では創が小さくなるなどの利点がありますが、すべての胃がんで同じように選べるわけではありません。

国立がん研究センターは2026年現在、腹腔鏡下手術やロボット支援手術を推奨できるかは胃がんの進行度などによって異なり、十分な経験を持つ医師や施設で行う必要があるとしています。

したがって「ロボットだから最先端で治りやすい」「腹腔鏡だから必ず体に優しい」という理由だけで術式を決めるものではありません。自分のステージや必要な切除・リンパ節郭清を安全に行える方法の中から、術者や施設の経験も含めて選択します。

胃がん手術の合併症

胃がん手術では、切除した消化管をつないだ部分から内容物が漏れる縫合不全や、手術操作によって膵臓から膵液が漏れる膵液漏などが起こることがあります。国立がん研究センターも、これらを胃がん手術の代表的な合併症として挙げています。

縫合不全が起こると、発熱や腹痛が現れ、重い場合には腹膜炎を起こすことがあります。膵液漏でも腹腔内の感染や膿瘍につながる場合があります。

手術を受けるかどうかを判断するときには、年齢だけではなく、心臓・肺・腎臓などの機能、栄養状態、歩行などの体力も含めて手術に耐えられるかを評価します。

特に高齢者では「高齢だから手術できない」「高齢でも必ず手術した方がよい」と年齢だけで決めるのではなく、手術によって得られる利益と、術後に生活機能がどの程度低下する可能性があるかを合わせて検討します。

胃切除後は食べ方そのものを変える必要がある

胃切除後の生活で大きく変わるのが食事です。胃の一部または全部を切除すると、以前と同じ量を一度に食べることが難しくなります。最初から元の食事量に戻そうとすると、腹痛や膨満感、ダンピング症候群などにつながることがあります。

国立がん研究センターでは、胃切除後の食事について「少量ずつ」「何回かに分けて」「よくかんで」「ゆっくり食べる」ことを基本とし、新しい胃腸の状態に慣れるまで数カ月~1年ほどかかることもあるとしています。

体重も手術前とまったく同じ状態に戻るとは限りません。重要なのは、体重の数字だけを見るのではなく、食事量が少しずつ増えているか、歩けるか、仕事や家事を続けられる体力があるか、貧血や栄養不足が起きていないかを確認することです。

胃全摘後ではビタミンB12、胃全摘や幽門側胃切除後では鉄欠乏性貧血などにも注意し、定期的な血液検査を受けます。

ダンピング症候群、体重減少、貧血、食事の取り方などについては、後の「胃がん治療後の副作用と生活」の章で詳しく解説します。

手術を受けたら治療がすべて終わるとは限らない

胃がんを手術で目に見える範囲すべて切除できても、それだけで再発の可能性がなくなるわけではありません。

手術後には、切除した胃とリンパ節を病理検査し、実際の深達度、リンパ節転移の数などから病理ステージを決めます。その結果、再発する可能性が一定以上あると判断された場合には、画像には映らない微小ながん細胞を抑える目的で「術後補助化学療法」を行います。

さらに2026年現在は、切除可能な局所進行胃がんについて、手術後だけに薬物療法を行う方法だけでなく、手術前から治療を始め、手術後も続ける「周術期治療」が選択肢になる病状もあります。

手術の説明を受けるときには「どこまで胃を切るのか」だけでなく、手術前に薬物療法を行う可能性があるのか、手術後にはどのような治療を予定しているのかまで確認しておく必要があります。

切除可能胃がんの薬物療法

胃がんでは、手術で目に見えるがんをすべて切除できても、検査では確認できないほど小さながん細胞が体内に残り、後になって再発することがあります。そこで、再発する可能性が一定以上ある胃がんでは、手術だけで治療を終えるのではなく、薬物療法を組み合わせます。

日本ではこれまで、根治切除を行った後に病理結果を確認し、ステージ2・3であれば術後補助化学療法を行う治療が中心でした。2026年にはこれに加えて、根治切除可能な局所進行胃がんの一部で、手術前から薬物療法を開始し、手術後も続ける「周術期治療」が新たな選択肢になっています。

そのため現在の切除可能胃がんでは「手術できるかどうか」だけでなく、最初に手術するのか、手術前から薬物療法を始めるのかまで治療開始前に検討する病状があります。

手術後の病理ステージ2・3では術後補助化学療法を行う

手術を先に行った場合には、切除した胃とリンパ節を病理検査で詳しく調べます。

画像検査では分からなかった実際のがんの深さやリンパ節転移の数が明らかになり、病理ステージが決まります。その結果、病理ステージ2または3と判断された場合には、手術後の再発を減らす目的で術後補助化学療法を行うことが推奨されています。

これは、手術でがんを取り切れなかったという意味ではありません。

手術では肉眼や画像で確認できる病変を切除できても、ごく少数のがん細胞が血液やリンパ液を介して体内に残っている可能性までは否定できません。術後補助化学療法は、そうした目に見えない微小ながん細胞による再発を減らすための治療です。日本胃癌学会も、術後補助化学療法を治癒切除後の微小遺残腫瘍による再発予防を目的とした治療と位置づけています。

ステージ2ではS-1、ステージ3では併用療法を含めて検討

術後補助化学療法は、すべての患者さんに同じ薬を使用するわけではありません。

これまで日本では、病理ステージ2胃がんに対するS-1(エスワン)の1年間投与が標準的な治療として確立してきました。S-1は飲み薬の抗がん薬で、胃切除後の再発を減らす目的で使用します。

病理ステージ3では再発リスクがより高いため、S-1単独だけではなく、複数の抗がん薬を組み合わせる治療が重視されます。代表的な選択肢には、S-1+ドセタキセル療法や、カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせるCapeOX療法などがあります。日本胃癌学会では、pStage3について併用療法を推奨し、S-1+ドセタキセルとCapeOXなどのオキサリプラチン併用療法の間で、どちらが一律に優れているとは結論できないとしています。

そのため、ステージだけで薬を機械的に決めるのではなく、手術後の回復状態、年齢、腎機能、食事量、体重、持病なども含めて治療を選びます。

胃切除後は、それまでと同じ量の食事を取れず、体重が減少する患者さんも少なくありません。術後補助化学療法は再発を減らすための治療ですが、薬を予定どおり開始・継続できるだけの栄養状態や体力があるかも治療計画に関係します。

術後補助化学療法は「強い治療ほどよい」わけではない

ステージ3で併用療法が選択肢になるからといって、すべての患者さんができるだけ多くの薬を使った方がよいわけではありません。

S-1では食欲低下、下痢、口内炎、骨髄抑制などがみられることがあり、ドセタキセルでは白血球減少や脱毛など、オキサリプラチンでは手足のしびれや冷たいものに触れたときの違和感などが問題になることがあります。

とくに胃切除直後は、がんになる前とは食事量や体重が変化しています。そのため、再発予防として期待できる利益と、治療によって食事や体力の回復を妨げる可能性の両方を見ながら、薬剤や投与量を調整します。

国立がん研究センターでも、術後の体の状態や進行度に応じて単剤または併用療法を選び、単剤では1年間、併用療法では薬剤に応じて6カ月または1年間の治療を行うと説明しています。

2026年からは手術前後に治療する「周術期D-FLOT療法」が選択肢に

2026年、切除可能胃がんの治療に大きな変化がありました。

日本胃癌学会は2026年6月、MATTERHORN試験の結果を受けて、根治切除可能な胃癌・胃食道接合部腺癌に対する周術期デュルバルマブ+FLOT療法(D-FLOT)と、その後のデュルバルマブ単剤療法を推奨する速報コメントを公表しました。

参考:MATTERHORN 試験の概要ならびに根治切除可能な胃癌および胃食道接合部腺癌に対する周術期 デュルバルマブ+フルオロウラシル、レボホリナート、オキサリプラチン、ドセタキセル(FLOT)療法に関する日本胃癌学会ガイドライン委員会のコメント

FLOTは、フルオロウラシル、レボホリナート、オキサリプラチン、ドセタキセルを組み合わせる化学療法です。ここへ、PD-L1を標的とする免疫チェックポイント阻害薬のデュルバルマブを加えます。

MATTERHORN試験では、根治切除可能な胃癌・胃食道接合部腺癌のうち、AJCC第8版で臨床病期2~4A、全身状態が良好で周術期FLOTと根治手術が可能と判断された患者が対象になりました。なお、MATTERHORN試験でいう「臨床病期4A」はAJCC第8版による分類であり、腹膜播種や他臓器への遠隔転移を伴うM1症例とは異なります。この試験では遠隔転移のある患者は対象になっていません。

周術期治療では「手術の前と後」の両方で薬物療法を行う

D-FLOT療法では、まず手術前にデュルバルマブとFLOTによる治療を行います。その後に根治手術を行い、手術後にもデュルバルマブとFLOTを投与し、さらにデュルバルマブ単剤による治療を続けます。

PMDAの2026年7月時点の添付文書では、胃癌の術前・術後補助療法として、デュルバルマブをFLOTの4剤と併用して術前・術後に投与し、その後デュルバルマブ単剤を追加する用法が規定されています。

この治療の考え方は、従来の「まず手術を行い、病理結果を見てから抗がん薬を始める」という流れとは異なります。

手術前から全身治療を行うことで、画像に映らない微小ながん細胞へ早い段階から治療を開始できるほか、原発巣やリンパ節のがんを縮小させてから手術へ進める可能性があります。

一方で、治療開始時点ではまだ手術後の病理結果が分かりません。そのため、画像による臨床ステージをもとに治療を選ぶことになり、実際の病理ステージより治療を強く行う可能性や、反対に画像では確認できない腹膜転移などを見落とす可能性も考慮します。日本胃癌学会も、周術期治療を選択する際には術前画像診断の限界と、過剰治療・過小治療の可能性に留意するよう指摘しています。

MATTERHORN試験では再発・進行などのイベントと全生存期間の両方が改善した

MATTERHORN試験では、FLOTだけを行った場合と比べて、デュルバルマブを加えたD-FLOT療法で、再発・進行・死亡などを含むイベントが起こるまでの期間であるEFSが改善しました。

2年EFSはD-FLOT群67.4%、FLOT群58.5%で、病理学的完全奏効(pCR)も19.2%対7.2%とD-FLOT群で高くなりました。その後の最終解析では全生存期間についても改善が確認され、3年全生存率はD-FLOT群68.6%、FLOT群61.9%でした。

ただし、この数字を「D-FLOTを受ければ自分の3年生存率は68.6%」と個人の予後へそのまま当てはめることはできません。試験参加者全体の比較結果であり、実際の予後は臨床病期、病理結果、年齢、全身状態などによって異なります。

D-FLOTは切除できる胃がん全員に行う治療ではない

周術期D-FLOTが承認されたからといって、手術できる胃がん患者さん全員がこの治療を受けるわけではありません。

日本胃癌学会は、臨床病期だけでなく、全身状態、年齢、併存疾患、FLOTに耐えられるか、手術前後の治療を完遂できるかなどを総合して適応を判断する必要があるとしています。

とくにFLOTは4種類の抗がん薬を組み合わせる治療です。MATTERHORN試験の日本人サブグループでは、重度の好中球減少などの骨髄抑制が全体集団より多くみられました。ただし、日本人解析は86例という比較的小さな集団であり、その数字の解釈には注意が必要です。

デュルバルマブを使用するため、通常の抗がん薬による副作用に加えて、肺、腸、肝臓、甲状腺などに炎症が起こる免疫関連有害事象にも注意します。PMDAの添付文書では、間質性肺疾患、大腸炎・下痢、肝機能障害、内分泌障害などについて、重症度に応じた休薬・中止が定められています。

「手術先行」と「周術期治療」のどちらを選ぶか

2026年現在、根治切除可能な局所進行胃がんでは、周術期D-FLOTが加わったことで、治療開始前に検討する内容が増えています。

治療の流れ 特徴
手術先行→術後補助化学療法 まず根治手術を行い、切除標本から正確な病理ステージを確認したうえで、ステージ2・3などに術後補助化学療法を行う
周術期D-FLOT 臨床的に根治切除可能な局所進行胃がんに対し、手術前からD-FLOTを開始し、手術後も治療を継続する

どちらかがすべての患者さんに優れているという単純な関係ではありません。

日本胃癌学会は、周術期D-FLOTを新たな標準治療の一つになり得る治療として推奨する一方、従来から日本で行われてきた手術先行後、病理ステージに応じて術後補助化学療法を行う治療戦略とのバランスを考えて選択する必要があるとしています。

治療開始前には、現在の臨床ステージはどの程度か、腹膜播種を疑う所見はないか、手術前から治療する利点はどの程度あるか、FLOTを受けられる体力・臓器機能があるかなどを確認します。

スキルス胃がんでは「術前治療をすれば必ずよい」とは限らない

スキルス胃がんや4型胃がんでは腹膜播種が画像で見つかりにくいことがあるため、治療開始前の病期評価が特に重要です。

前の検査章で説明したように、CT上では遠隔転移がないように見えても、審査腹腔鏡によって腹膜播種や腹腔洗浄細胞診陽性が判明することがあります。

また「局所進行胃がんに周術期治療が導入された」という情報だけから、すべてのスキルス胃がんに同じ術前治療が適していると考えることもできません。病型、腹膜播種の有無、切除可能性などを確認して治療を考えます。

切除可能胃がんでは「手術だけ」の説明で終わらないことが増えている

胃がんの治療説明を受けるときは「どの範囲まで胃を切るのか」だけでなく、その手術が治療全体のどこに位置するのかまで確認すると理解しやすくなります。

手術を先に行う場合には、手術後の病理結果によって術後補助化学療法が必要になる可能性があります。一方、臨床的に局所進行胃がんと判断された場合には、手術前からD-FLOTを行う周術期治療が候補になることがあります。

そのため治療開始前に「なぜ手術を先に行うのか、あるいはなぜ手術前から薬物療法を行うのか」を確認することが、現在の胃がん治療を理解するうえで役立ちます。

切除不能・進行・再発胃がんの薬物療法

遠隔転移や腹膜播種があり手術で取り切ることが難しい胃がんや、手術後に再発した胃がんでは、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

現在は、すべての患者さんに同じ抗がん薬を使うのではありません。治療を始める前にHER2、PD-L1、CLDN18.2、MSI/MMRなどを調べ、胃がんの性質に合った治療を選びます。

進行・再発胃がんでは「どの薬を使うのか」だけでなく、治療選択に必要なバイオマーカー検査が揃っているかを確認することが治療の出発点になります。日本胃癌学会も2026年7月に「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き 第3版」を公開しています。

参考:切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き 第3版|日本胃癌学会

HER2陽性ではHER2を標的とする治療を組み合わせる

HER2陽性の切除不能・進行・再発胃がんでは、抗がん薬にHER2を標的とするトラスツズマブを組み合わせる治療が一次治療の軸になります。

さらに、HER2陽性でPD-L1をCPS(複合陽性スコア)で評価して1以上の場合には、化学療法+トラスツズマブにペムブロリズマブを加える治療が一次治療の選択肢になります。治療開始前にHER2とPD-L1の両方を確認します。

またトラスツズマブを含む一次治療後に病状が進行したHER2陽性胃がんでは、2026年現在、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)が重要な二次治療の一つになっています。日本胃癌学会は2026年3月、HER2陽性胃がんの二次治療におけるT-DXdについて最新コメントを公表しています。

抗HER2療法後にはHER2発現が低下し、陽性から陰性へ変化することがあります。そのため、可能であれば一次治療で病状が進行した時点で再生検を行い、HER2を再評価したうえで二次治療を選択することが望ましいとされています。

HER2陰性ではCLDN18.2・PD-L1・MSIなどから治療を選ぶ

HER2陰性胃がんでは、CLDN18.2、PD-L1、MSI/MMRなどの結果が一次治療の選択に関係します。

CLDN18.2陽性であれば、CLDN18.2を標的とするゾルベツキシマブと抗がん薬を組み合わせる治療が候補になります。

一方、PD-L1の発現やMSI/MMRなどを踏まえ、ニボルマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬と抗がん薬を組み合わせる治療を選ぶ場合があります。

2026年にはHER2陰性の切除不能・進行・再発胃がんに対するチスレリズマブ+化学療法も国内の一次治療に加わりました。日本胃癌学会も2026年7月にこの治療について最新コメントを公開しています。

複数のバイオマーカーが治療候補に当てはまることもあるため、検査結果だけで機械的に薬が一つに決まるわけではありません。全身状態、これまでの治療、副作用の特徴なども含めて治療を選びます。

二次治療以降は、それまでに使った薬を踏まえて選ぶ

一次治療を続けても胃がんが進行した場合には、治療内容を見直します。

HER2陽性で条件を満たす場合には前述したT-DXdが候補となり、それ以外ではラムシルマブ+パクリタキセルなどが代表的な二次治療です。全身状態や、それまでに生じた副作用によっては別の薬を選ぶこともあります。

進行・再発胃がんでは、一つの薬を使い続けるのではなく、効果と副作用を確認しながら、病状が進行したときに次の治療へ切り替えていきます。

「次は何次治療か」だけでなく、これまでにHER2標的治療、免疫療法、CLDN18.2を標的とする治療のどれを受けたのかが、その後の治療選択に関係します。

薬を選ぶことと同時に「食べられる状態」を保つ

胃がんでは、薬物療法の効果だけを見て治療を続けられるか判断することはできません。

腹膜播種によって腹水が増える、胃の出口が狭くなって食事が通らない、吐いてしまう、体重が大きく減るといった状態になると、栄養状態や体力が低下し、薬物療法を続けること自体が難しくなる場合があります。食事の通過障害がある場合には、薬物療法だけでなく、消化管ステントやバイパス手術などを検討することもあります。

進行胃がんでは、がんを小さくすることだけでなく、食べられる状態や日常生活をできるだけ保ちながら治療を続けることも治療方針を考えるうえで欠かせません。

胃がん治療の副作用と治療後の生活

胃がんの治療では、手術によって胃の大きさや食べ物の通り道が変わることに加え、薬物療法による吐き気、しびれ、倦怠感などが生活に影響することがあります。

特に胃がんでは、治療前から食欲が落ちていたり、手術後に一度に食べられる量が減っていたりすることがあります。そのため、副作用を考えるときは症状の有無だけでなく、食事量や体重を保てているか、仕事や家事を続けられているか、治療を続ける体力が保てているかまで確認します。国立がん研究センターも、胃切除後は体重減少、貧血、骨粗しょう症などが起こることがあり、食事の取り方や栄養状態への注意が必要としています。

胃切除後は「以前と同じ量を食べる」ことを目標にしない

胃の一部または全部を切除すると、食べ物を一時的にためる容量が小さくなり、少量で満腹になりやすくなります。

手術直後から以前と同じ量を食べようとするのではなく、一度の食事量を減らし、回数を増やしながら新しい消化管の状態に慣れていきます。国立がん研究センターでも、胃切除後に一度に食べられる量が減った場合には、食事回数を増やし、少量ずつ時間をかけて食べることを勧めています。

体重が手術前より減ることも珍しくありません。

ただし、体重が減っていることだけを見るのではなく、減少が続いていないか、必要な食事や水分を取れているか、歩く・外出する・仕事をするといった活動が維持できているかを確認します。

食べてもすぐに吐いてしまう、食事量がさらに減っている、体重が急速に落ちている場合には「胃を切ったから仕方がない」と考えず、通過障害や治療の副作用など別の原因がないかを調べます。

ダンピング症候群は食後すぐに起こるものだけではない

胃切除後には、食べ物が小腸へ急速に流れ込むことでダンピング症候群が起こることがあります。

食後比較的早い時間に、動悸、発汗、腹痛、下痢、めまいなどが起こるものを早期ダンピング症候群と呼びます。

一方、食後しばらくしてから血糖値が下がりすぎ、脱力感、冷や汗、震えなどが現れる後期ダンピング症候群もあります。国立がん研究センターでは、糖質を一度に多く取ると急速な血糖上昇とインスリン分泌のあとに低血糖を起こすことがあると説明しています。

食後に体調が悪くなる場合には「食事が合わなかった」とだけ考えず、食べた内容と症状が現れた時間を記録しておくと原因を整理しやすくなります。

胃全摘後は数年たってからビタミンB12不足が起こることがある

胃切除後には、鉄の吸収が低下して鉄欠乏性貧血が起こることがあります。特に胃全摘後では、ビタミンB12の吸収に必要な「内因子」が分泌されなくなるため、ビタミンB12欠乏による貧血にも注意します。

ビタミンB12は体内に一定量蓄えられているため、手術直後ではなく、数年たってから不足が明らかになる場合があります。そのため、体調が良くても定期的な血液検査を続け、必要に応じて鉄やビタミンB12を補います。

また、胃切除後にはカルシウムの吸収低下などによって骨が弱くなることもあるため、長期的には貧血だけでなく骨の状態にも注意します。

抗がん薬では「食べられないこと」と「しびれ」が治療継続に影響する

胃がんの薬物療法では、吐き気、食欲低下、下痢、口内炎、骨髄抑制などが起こることがあります。

胃切除後や進行胃がんでは、もともと食事量が少ない患者さんもいるため、吐き気や口内炎が重なると短期間でも体重や体力が落ちることがあります。副作用そのものだけでなく「昨日まで食べられていた量を食べられなくなった」という変化も医療者へ伝えます。国立がん研究センターも、通院治療では仕事や家事などへの影響を含め、副作用が出やすい時期や対処法、病院へ連絡する基準を治療前に確認するよう案内しています。

CapeOXやFLOTなどで使用されるオキサリプラチンでは、手足や口の周囲のしびれなどの末梢神経症状が問題になることがあります。冷たい飲み物や物に触れたときの違和感だけでなく、治療を重ねるうちに、箸を使いにくい、ボタンを留めにくい、歩くと足裏の感覚がおかしいといった症状が続く場合があります。

日常動作に影響し始めている場合には、我慢して次回まで治療を続けるのではなく、投与量や治療スケジュールを調整する必要がないか相談します。

ゾルベツキシマブでは吐き気・嘔吐への対策が特に重要

CLDN18.2陽性胃がんで使用するゾルベツキシマブでは、悪心・嘔吐が起こりやすいことが特徴です。

PMDAの患者向医薬品ガイドでも、吐き気や嘔吐が高頻度に現れるため、投与前に制吐薬を使用する場合があると説明されています。

胃がん患者さんでは、吐き気が続いて食べられなくなること自体が体力低下につながります。

「吐いてはいないから大丈夫」と考えるのではなく、吐き気のために食事量や水分量が減っている場合も医療者へ伝えます。治療前から制吐薬を使用したり、症状に応じて支持療法を調整したりしながら、食事を取れる状態を保つことが治療継続につながります。

T-DXdでは新しい咳や息切れを放置しない

HER2陽性胃がんで使用するトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)では、間質性肺疾患が重大な副作用の一つです。PMDAも現在、間質性肺疾患について専用の患者向け資材を公開しています。

治療中に新しく咳が出る、息切れする、呼吸が苦しい、発熱するといった症状が現れた場合には、「風邪かもしれない」と次の診察まで待たず、治療を受けている医療機関へ連絡します。

T-DXdでは骨髄抑制などにも注意しますが、間質性肺疾患は早い段階で気付き、治療を中止して評価・治療する必要がある副作用です。

免疫チェックポイント阻害薬ではいつもと違う症状を伝える

ニボルマブ、ペムブロリズマブ、チスレリズマブ、デュルバルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、通常の抗がん薬とは異なり、免疫機能が自分の臓器を攻撃することで副作用が起こることがあります。

肺、腸、肝臓、甲状腺などさまざまな臓器に影響する可能性があり、咳や息切れ、長引く下痢、強い倦怠感など、症状の現れ方も一つではありません。ペムブロリズマブについても、PMDAは胃がんを含む適応のもとで最新の添付文書や適正使用情報を公開しています。

免疫療法の副作用は、一般的な抗がん薬のように単純に「薬を少し減らして続ける」対応とは異なります。症状の重さによって休薬や中止を行い、必要に応じてステロイドなどで免疫反応を抑える治療を行います。

点滴を受けた直後に問題がなくても後から症状が出ることがあるため、治療中にこれまでとは違う体調変化があれば、免疫療法を受けていることを医療者へ伝えます。

副作用を我慢して予定どおり治療することが目的ではない

薬物療法では、副作用や体調に応じて休薬、投与間隔の変更、投与量の調整、薬の変更を行うことがあります。予定していた薬を一度も変更せず続けること自体が治療の目的ではありません。

とくに胃がんでは、食事量と体重が低下すると治療を続ける体力にも影響します。副作用によって食べられない、歩けない、仕事や家事ができない状態が続いているのであれば、その負担も治療方針を見直す材料になります。

治療を始める前に、よく起こる副作用だけでなく「どの症状が出たら次の診察を待たずに病院へ連絡するのか」まで確認しておくと、治療中の判断がしやすくなります。国立がん研究センターも、薬物療法開始前に病院へ連絡する基準を医療者へ確認しておくことを勧めています。

次の章では、胃がんのステージ別生存率について、5年・10年ネット・サバイバルの違いと、数字を個人の余命として受け取らないための見方を解説します。

胃がんのステージ別生存率

胃がんの予後を調べると「5年生存率」「10年生存率」という数字を目にします。

国立がん研究センターの院内がん登録では、胃がんについてステージ別のネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 92.8% 79.1%
ステージ2 67.2% 52.0%
ステージ3 41.3% 29.3%
ステージ4 6.3% 3.9%

5年値は2014~2015年に診断された患者、10年値は2012年に診断された患者を対象とした別々の集計です。

したがって「ステージ2では5年時点の67.2%から10年時点で52.0%まで下がる」というように、同じ患者集団を5年から10年まで追跡した数字として比較することはできません。

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルは個人の余命を示す数字ではない

ネット・サバイバルは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計学的に取り除き、胃がんだけが死因になると仮定した場合の生存状況を推定する指標です。

国立がん研究センターでは、2014~2015年診断例の5年生存率から国際的にも使用されているネット・サバイバルを採用しています。

たとえば「ステージ3の5年ネット・サバイバルが41.3%だから、自分が5年後に生きている確率も41.3%」という意味ではありません。

年齢、全身状態、胃がんの広がり方、手術で取り切れたかどうか、治療への反応などが異なる多くの患者をまとめた集団の統計として受け取ります。

5年と10年では診断された年代も異なる

生存率を見るときには「何年生存したか」だけでなく、いつ診断された患者の数字なのかも確認する必要があります。

今回の5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例です。

その後、進行胃がんでは免疫チェックポイント阻害薬、HER2を標的とする治療、CLDN18.2を標的とするゾルベツキシマブなどが導入され、2026年には切除可能な局所進行胃がんに対する周術期治療も新たな選択肢となっています。

そのため、これらの生存率には現在の治療環境がすべて反映されているわけではありません。特にステージ4の数字を、2026年現在治療を始める患者さんの将来をそのまま予測する値として扱うことはできません。

ステージ4の6.3%を「余命5年以内」と読むことはできない

ステージ4胃がんの5年ネット・サバイバルは6.3%ですが、これは「ステージ4と診断されたら余命が5年以内」という意味ではありません。生存率と余命は異なる指標です。

ステージ4胃がんには、腹膜播種が中心の人、肝臓へ転移している人、複数臓器へ転移している人など、さまざまな病状が含まれます。HER2、PD-L1、CLDN18.2、MSI/MMRなどによって使用できる薬も異なります。

同じステージ4でも、病状の進み方や薬物療法への反応は一人ひとり異なります。

胃がんステージ4の治療や生存率の考え方については、以下の記事で詳しく解説しています。

生存率を見るときは「自分の治療後に何を確認するか」へつなげる

ステージ別生存率から分かるのは、病期が進むほど再発や胃がんによる死亡の影響が大きくなるという集団としての傾向です。

一方、手術によって根治を目指した患者さんでは、その後の見通しを考えるうえで、ステージだけでなく、胃壁への深達度、リンパ節転移の程度、手術後の病理結果、術後補助化学療法を行ったかなども関係します。

生存率の数字だけを見て将来を判断するよりも、自分の場合はどの病理所見から再発リスクを考え、どのような治療と経過観察が必要なのかを確認する方が、その後の判断につながります。

胃がん治療後の経過観察と再発

胃がんの治療後は、体の回復状態を確認しながら、再発や新たな胃がんがないかをみるために定期的に通院します。

ただし、どの患者さんも同じ検査を同じ間隔で受けるわけではありません。内視鏡治療を受けたのか、胃切除を受けたのか、術後補助化学療法を行ったのかによって、確認する内容や検査間隔は変わります。国立がん研究センターでも、経過観察の頻度はステージや治療法によって異なるとしています。

内視鏡治療後は残った胃を定期的に確認

ESDなどの内視鏡治療で胃がんを取り除いた場合、胃そのものは残っています。そのため、治療した場所に再発がないかだけでなく、残っている胃の別の場所に新しい胃がんができていないかを胃内視鏡検査で確認します。

経過観察の方法はESD後の病理結果によって異なりますが、国立がん研究センターでは年1~2回程度の胃内視鏡検査を基本とし、必要に応じてCTなどを追加するとしています。

前に説明したeCuraの判定が、その後どのように経過を見るかにも関係します。

胃切除後は少なくとも5年間を目安に通院

胃切除後は、再発の有無だけを確認するわけではありません。食事量や体重が回復しているか、貧血やビタミン不足が起きていないか、ダンピング症候群などの術後症状が生活に影響していないかも確認します。

国立がん研究センターでは、胃がん手術後は状況に応じて定期的に診察や検査を受け、少なくとも手術後5年間は通院が必要としています。

経過観察では、診察や血液検査、CT、胃が残っている場合の胃内視鏡検査などを、ステージや再発リスクに応じて組み合わせます。

術後補助化学療法を受けた場合には、治療後もCTなどで定期的に状態を確認します。国立がん研究センターでは、術後補助化学療法後は半年ごとにCTなどで確認することが示されています。

検査を頻繁に受ければ必ず予後がよくなるわけではない

治療後は「できるだけ頻繁にCTやPETを受けた方が、再発を早く見つけられて安心なのでは」と考えることがあります。

しかし、日本胃癌学会では、胃切除後に計画的なフォローアップを行うことで生存期間が延びるという十分な科学的根拠はまだ確立していないとしています。一方で、再発や残胃にできる新たながんを確認するために、CT、腫瘍マーカー、胃内視鏡検査などが利用されています。

「検査は多いほどよい」という考え方ではなく、自分のステージや治療内容に応じた検査を受けることが基本です。

また、定期検査の予定が先でも、新しく食事が通りにくくなった、理由の分からない体重減少が続く、腹部の張りや痛みが強くなったなど、これまでとは違う症状が出た場合には次回の受診まで待たずに相談します。

再発は胃の近くだけに起こるとは限らない

再発とは、治療によって見えなくなった胃がんが、その後再び見つかることです。

胃を切除した場所やその周辺だけではなく、リンパ節、肝臓、肺などへの転移や、腹膜へ広がる腹膜播種として見つかることもあります。国立がん研究センターでは、胃がんの主な再発・転移として、血行性転移、リンパ行性転移、腹膜播種を挙げています。

胃を全摘している場合でも「胃がないから胃がんは再発しない」という意味ではありません。手術前から体内に存在していた微小ながん細胞が、時間がたって別の場所で増えることで再発することがあります。

再発した場合の治療の決め方

胃がんが再発した場合には、再発した場所、病変の広がり、現在の全身状態、これまでに受けた治療とその効果などから次の治療を考えます。再発胃がんでは薬物療法が中心になることが一般的です。

また、前の薬物療法章で説明したように、進行・再発胃がんではHER2、PD-L1、CLDN18.2、MSI/MMRなどが治療選択に関係します。最初に診断されたときの「ステージ2だった」「HER2陽性だった」といった情報だけで、その後の治療がすべて決まるわけではありません。

再発時には、それまでにどの薬を使ったのか、現在使える治療標的があるのか、食事や体力をどの程度保てているのかまで確認して治療方針を決めます。

腹膜播種や通過障害では症状への治療も同時に考える

再発胃がんでは、がんを抑える薬物療法だけでは解決できない問題が生じることがあります。

腹膜播種によって腹水が増えれば、お腹の張りや食欲低下が強くなることがあります。胃や腸の通り道が狭くなれば、食べたいのに食べられない、嘔吐を繰り返すといった状態になることもあります。このような場合には、薬物療法と並行して、腹水への対応、消化管ステント、バイパス手術、栄養管理などを検討します。

再発後の治療では、画像上の腫瘍を小さくすることだけでなく、食べられること、痛みを抑えること、日常生活を続けられる状態を保つことも治療目標になります。

胃がん治療が効きにくくなったときに確認したいこと

切除不能・再発胃がんでは、一つの薬がずっと効き続けるとは限りません。治療を続けても病変が大きくなった場合や、副作用によって同じ治療を続けることが難しくなった場合には、次の治療を検討します。

このとき「最初の治療が効かなくなった=標準治療ではもうできることがない」という意味ではありません。胃がんには複数の薬物療法があり、それまでに使用した薬、HER2などのバイオマーカー、現在の全身状態を確認しながら次の治療へ進みます。

それまでに受けた治療と検査結果の整理

次の治療を考えるときは「新しい薬がないか」を探す前に、これまでの治療内容を整理します。一次治療で何を使用したのか、どのくらいの期間効果が続いたのか、どのような副作用があったのかによって、その後に選べる薬は変わります。

また、HER2陽性胃がんでは、治療を受ける過程でHER2の状態が変化する場合があります。次の治療によってHER2の再確認が意味を持つ場合には、再生検などを検討します。

2026年7月に日本胃癌学会が更新した「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き 第3版」でも、HER2、PD-L1、CLDN18.2、MSI/MMRなどを治療選択につなげる考え方が示されています。

治療変更時には「次に使える薬は何か」だけでなく「その薬を選ぶために追加で確認する検査はあるか」まで聞いておくと、その後の方針を理解しやすくなります。

「標準治療」の意味

標準治療とは、臨床試験などによって効果と安全性が確認され、現時点で多くの患者さんに推奨される治療です。胃がんでも、免疫チェックポイント阻害薬、HER2を標的とする治療、CLDN18.2を標的とする治療など、新しい薬の有効性が確認されるたびに標準治療そのものが更新されています。

そのため「標準治療か最新治療か」という二択で考えるものではありません。新しく登場した治療でも、有効性と安全性が確認されれば標準治療の一部になります。治療が効きにくくなったときには、現在の診療ガイドラインの中にまだ受けていない治療が残っていないかを確認します。

臨床試験が選択肢になることもある

病状やこれまでの治療歴によっては、臨床試験や治験への参加を検討できる場合があります。

臨床試験は「効果が確立した特別な治療」を受ける制度ではありません。新しい薬や治療方法について、現在の標準治療と比べてどの程度の効果と安全性があるのかを調べる研究です。現在使われている標準治療も、過去の臨床試験によって効果と安全性が確認されてきました。

参加できるかどうかは、胃がんの状態、これまでに受けた治療、臓器機能、全身状態など、それぞれの試験で定められた条件によって決まります。臨床試験を提案された場合には、どのような治療を評価する試験なのか、現在受けられる標準治療と何が違うのか、期待される効果だけでなく分かっている副作用や通院負担まで確認します。

迷ったときはセカンドオピニオンも利用できる

「ほかに治療方法はないのか」「提示された治療を選んでよいのか」と迷う場合には、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の病院からすぐに転院するための制度ではありません。検査結果や治療方針について別の医師から意見を聞き、現在提示されている治療を理解したり、ほかの選択肢があるか確認したりするために利用します。

進行・再発胃がんでは治療選択肢が増えているため、HER2やCLDN18.2などの検査結果、これまでに使った薬、現在提案されている治療を整理して相談すると、意見を聞きやすくなります。

ただし、病状によっては治療開始を長く待てない場合があります。セカンドオピニオンを希望するときには、どの程度まで治療開始を待てるのかも担当医へ確認します。

今困っている症状も治療方針に関係する

進行胃がんでは、薬の候補が残っているかどうかだけで治療を決めるわけではありません。

腹水が増えて食事が取れない、通過障害によって嘔吐を繰り返す、体重や筋力が大きく落ちているといった場合には、薬物療法と並行して症状への治療や栄養管理が必要になります。

治療によって期待できる効果と、その治療を受けながらどのような生活を送れるのかを一緒に考えます。

胃がんは病状だけでなく、治療後の生活まで考えて治療を選ぶ

胃がんは、早い段階で見つかれば胃を切除せず内視鏡で治療できる場合がある一方、胃壁への深い浸潤やリンパ節転移があれば手術や薬物療法が必要になります。進行・再発胃がんでは、HER2やCLDN18.2などの検査結果も治療選択に関係します。

胃がんと診断されたときは「ステージはいくつか」だけではなく、がんが胃壁のどこまで達しているのか、リンパ節や他の臓器への広がりはあるのか、どの治療によって根治を目指せるのかを順番に確認することが治療の理解につながります。

また、胃がんでは治療後の食事や体重の変化も無視できません。胃を切除すれば、一度に食べられる量が減ったり、ダンピング症候群や貧血などが起こったりすることがあります。進行胃がんでも、薬物療法の効果だけでなく、食事を取れる状態や体力をどこまで保てるかが治療を続けるうえで関係します。

治療について迷ったときは、提示された治療の名前だけを比較するのではなく「この治療は何を目指しているのか」「ほかにどのような選択肢があるのか」「治療後の生活はどう変わるのか」まで確認してみてください。

腹膜播種の治療や完治の可能性について詳しく知りたい場合は、以下の記事で解説しています。

スキルス胃がんの特徴や検査、治療については、以下の記事も参考にしてください。

胃がんは、病気だけではなく生活そのものへの影響も小さくありません。胃がんの治療では「治療を受けるかどうか」だけではなく「どう生活を続けていくか」も含めて考えていくことが大切になります。

乳がんは、日本人女性で最も多く診断されているがんです。2023年には女性102,592人が乳がんと診断され、生涯で乳がんと診断される確率は11.8%、およそ8人に1人と推計されています。

「乳がん」という一つの病名だけで治療内容や再発リスクは判断できません。乳房の中にとどまる非浸潤がんなのか、周囲へ広がる浸潤がんなのか、リンパ節やほかの臓器へ転移しているのかに加え、ER・PgRなどのホルモン受容体、HER2、遺伝子・バイオマーカーの結果によって治療は大きく変わります。

現代医学では、手術で取り除く範囲だけを考えるのではなく「手術前に薬物療法を行うべきか」「再発を防ぐためにどの薬を追加するか」「長期間の治療と仕事や育児をどう両立するか」まで含めて治療計画を立てます。

さらに乳がんの薬物療法はこの数年で大きく変化しています。HER2陽性乳がんだけでなく、これまでHER2陰性とされていたHER2低発現・超低発現乳がんにも治療選択が広がり、HR陽性乳がんではCDK4/6阻害薬や新しい内分泌療法、AKT経路を標的とする薬などが使われるようになっています。

この記事では、乳がんの症状や原因だけでなく、検診と受診の違い、病理・遺伝子検査、ステージと再発リスク、サブタイプごとの治療、治療が仕事・妊娠・外見・日常生活へ与える影響まで、2026年時点の診療に沿って整理します。

参考:最新がん統計|国立がん研究センター がん統計

  • 乳がんの治療はステージ+がんの性質で決める
  • 2026年は遺伝子・バイオマーカーに応じた治療選択がさらに拡大
  • 生存率・再発リスクだけでなく、治療後の生活まで考える

乳がんとは何か

乳がんは、乳房にある乳腺の組織から発生する悪性腫瘍です。乳腺は、母乳をつくる小葉と、母乳を乳頭まで運ぶ乳管から構成され、乳がんの多くは乳管から発生します。一部は小葉などから発生します。

乳がんでは、しこりの大きさだけを見るのではなく、「どこまで広がっているか」と「どのような性質のがんか」の両方を調べることが治療選択につながります。

たとえば同じ2cmの乳がんでも、ホルモン受容体陽性・HER2陰性なのか、HER2陽性なのか、トリプルネガティブ乳がんなのかによって、手術前後に使用する薬や治療期間が変わることがあります。

非浸潤がんと浸潤がんでは転移の考え方が異なる

病理検査では、まずがん細胞が乳管や小葉の中にとどまっている非浸潤がんと、その外へ広がっている浸潤がんを区別します。

分類 状態 治療を考えるうえでの意味
非浸潤がん がん細胞が乳管や小葉の内部にとどまり、周囲の組織へ入り込んでいない 原則として遠隔転移を起こす段階ではなく、乳房内の病変を適切に治療することが中心
浸潤がん がん細胞が乳管や小葉の外へ出て周囲の組織へ広がっている リンパ液や血液を介してリンパ節やほかの臓器へ転移する可能性があり、再発予防を含む全身治療を検討する

国立がん研究センターでは、非浸潤がんを乳管内または小葉内にとどまるがん、浸潤がんを乳管や小葉を越えて周囲へ広がったがんと説明しています。

非浸潤がんは一般にステージ0に分類されます。一方、浸潤がんでは腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遠隔転移などからステージを判断し、さらに病理学的な性質を組み合わせて治療を決めます。

参考:乳がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんはホルモン受容体とHER2によって治療が大きく変わる

浸潤性乳がんでは、病理検査でER(エストロゲン受容体)、PgR(プロゲステロン受容体)、HER2などを調べます。

これらは単に乳がんを分類するための項目ではなく、どの薬が治療候補になるかを判断するための情報です。

主なタイプ 特徴 治療選択の例
HR陽性・HER2陰性 ERやPgRなどのホルモン受容体が陽性で、HER2は陽性ではない 内分泌療法を基本に、再発リスクや治療段階によってCDK4/6阻害薬、化学療法、その他の標的治療などを検討
HER2陽性 HER2タンパク質の過剰発現やHER2遺伝子増幅がある 化学療法とHER2標的治療を、病期や治療前後の反応に応じて組み合わせる
トリプルネガティブ乳がん ER、PgR、HER2のいずれも治療標的として陽性ではない 化学療法を中心に、病期やPD-L1などによって免疫療法、BRCA1/2などによってPARP阻害薬などを検討

HER2陽性乳がんについては、以下の記事で検査方法や抗HER2治療を詳しく解説しています。

トリプルネガティブ乳がんについては、以下の記事で早期・進行期の治療を詳しく解説しています。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

HER2陰性の中にもHER2低発現・超低発現がある

現在は、HER2を単純に「陽性」と「陰性」だけに分けて考えない場面もあります。

HER2陽性の基準を満たさない乳がんの中には、HER2タンパク質が少量発現しているHER2低発現(HER2-low)や、さらに発現量が少ないHER2超低発現(HER2-ultralow)があります。

日本乳癌学会は2025年9月、ホルモン受容体陽性かつHER2低発現またはHER2超低発現乳がんに対するトラスツズマブ デルクステカンの適応拡大について公式ステートメントを発出しています。

参考:HER2低発現・超低発現に関するステートメント|日本乳癌学会

HER2低発現・超低発現は、HR陽性・HER2陽性・トリプルネガティブと並ぶ新しい「分子サブタイプ」と考えるよりも、進行・再発乳がんなどでADC(抗体薬物複合体)の適応を判断するためのHER2発現分類として理解すると分かりやすいでしょう。

このため、過去に「HER2陰性」と説明されていても、進行・再発時には以前の病理標本や新たに採取した組織を見直し、HER2の発現程度が次の治療選択に関係する場合があります。

乳がんの原因とリスク

乳がんは「この原因があったから発症した」と一つに決められる病気ではありません。女性ホルモンの影響、遺伝的な体質、生活習慣など、複数の要因が発症リスクに関係します。

リスク要因を持つ人が必ず乳がんになるわけではなく、目立ったリスク要因がない人にも乳がんは発生します。そのため、発症後に食生活や出産歴などから原因を探し、自分を責める必要はありません。

女性ホルモンに関連する要因

乳腺は、エストロゲンなどの女性ホルモンの影響を受ける組織です。

初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、初産年齢が高い、授乳経験がないことなどは、乳がんの発症リスクと関連すると考えられています。また、エストロゲンを含む経口避妊薬の使用や、閉経後の長期間のホルモン補充療法もリスクに関係します。

これらの多くは、本人が乳がん予防のために自由に変えられるものではありません。「出産しなかったから」「授乳期間が短かったから」と、個人の選択を発症原因として捉えるべきではありません。

飲酒、閉経後の肥満、運動不足

生活習慣では、飲酒、閉経後の肥満、運動不足などと乳がんとの関連が知られています。

とくに閉経後は、脂肪組織でもエストロゲンがつくられるため、体重増加が乳がんリスクに関係すると考えられています。

乳がんを確実に防げる生活習慣はありませんが、飲酒を控える、適正体重を保つ、無理のない範囲で身体活動を続けることは、乳がんを含む生活習慣病の予防にもつながります。

参考:乳がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)

乳がんの一部には、生まれつき持っている遺伝子の変化が発症に関係するものがあります。代表的なのが、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントによる遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)です。

BRCA1/2の病的バリアントを持っていると、乳がんや卵巣がんなどを発症するリスクが高くなります。ただし、病的バリアントを持つすべての人が必ず乳がんを発症するわけではありません。

遺伝学的検査を検討するきっかけには、次のようなものがあります。

  • 若い年齢で乳がんを発症した
  • 両側乳がんや複数の原発性乳がんを発症した
  • トリプルネガティブ乳がんと診断された
  • 本人または血縁者に卵巣がん、膵がん、男性乳がんなどがある
  • 血縁者にBRCA1/2病的バリアントが確認されている
  • PARP阻害薬など、治療薬を選ぶために検査結果が必要になる

家族に乳がん患者が多いことは検査を考える材料の一つですが、家族歴が目立たなければHBOCではない、と判断することはできません。

BRCA1/2の検査結果は、自分の治療だけでなく、反対側の乳房や卵巣などの将来のがんリスク、血縁者にも関係する情報です。検査を受ける場合は、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、結果が分かった後にどのような選択肢があるのかまで確認します。

参考:乳癌患者に対するBRCA遺伝学的検査|遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!

リスクが低そうでも検診は必要

乳がんのリスク要因は「検診を受ける人と受けなくてよい人」を分けるためのものではありません。

家族に乳がん患者がいない、出産・授乳経験がある、運動をしているといった場合でも乳がんになることがあります。

一方、BRCA1/2病的バリアントなどによって乳がんの発症リスクが非常に高いことが分かっている人では、一般的な乳がん検診とは異なる方法や間隔で経過をみる場合があります。

一般的な乳がん検診と、症状がある場合の受診を混同しないことが必要です。

乳がん検診と症状がある場合の受診

乳がんを早期に見つける方法を考えるときは、「症状のない人が受ける検診」と「症状がある人が受ける診療」を分けることが大切です。

日本の対策型乳がん検診では、40歳以上の女性に2年に1回のマンモグラフィが基本です。

状況 取るべき行動
症状がない40歳以上の女性 原則として2年に1回、マンモグラフィによる乳がん検診を受ける
検診で「要精密検査」となった 症状がなくても精密検査を受ける
しこりや乳頭分泌などの症状がある 次回の検診を待たず、乳腺外科などの医療機関を受診する
遺伝的に高リスクと判断されている 一般検診とは別に、専門医から提示された検査方法・間隔に従う

参考:乳がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

症状がある場合は検診を待たない

乳がん検診は、基本的に症状のない人を対象としています。

以前にはなかったしこり、乳房の皮膚のひきつれ、乳頭の変化、血液が混じるような乳頭分泌などがある場合は「もうすぐ会社の健診があるから」「今年は自治体検診の年だから」と待つのではなく、医療機関を受診します。

40歳未満でも同じです。乳がん検診の対象年齢に達していないことは、症状があるときに受診しなくてよいという意味ではありません。

受診後は、年齢や症状に応じてマンモグラフィ、超音波検査などを行い、必要であれば組織検査へ進みます。

「要精密検査」は乳がん確定という意味ではない

マンモグラフィ検診で要精密検査となっても、その時点で乳がんと診断されたわけではありません。

乳腺の重なり、良性のしこり、石灰化などによって精密検査が必要になることもあります。反対に、症状がなくても精密検査を受けた結果、早期の乳がんが見つかることがあります。

「怖いから結果を確認したくない」と受診を先延ばしにすると、検診を受けた意味が薄れてしまいます。要精密検査の通知を受けた場合は、乳腺を専門とする医療機関で確認します。

高濃度乳房だから全員に超音波検診を追加するわけではない

マンモグラフィでは、脂肪は黒く、乳腺と乳がんは白く写ります。乳腺の割合が多い高濃度乳房(デンスブレスト)では、白い乳腺の中に病変が隠れ、マンモグラフィで見つけにくいことがあります。

診療として超音波検査を行うと、マンモグラフィでは分かりにくい病変の評価に役立つことがあります。

ただし、高濃度乳房であることだけを理由に、症状のないすべての人へマンモグラフィと超音波の両方を定期検診として行うことが、現在の対策型乳がん検診の標準になっているわけではありません。

現在の対策型検診ではマンモグラフィが基本です。症状、マンモグラフィの所見、乳がんリスクなどに応じて、診療では超音波検査を追加します。

日頃から自分の乳房の状態を知っておく

ブレスト・アウェアネスとは、決められた方法で毎月自己検診を行い、しこりを探し続けることではありません。日頃から自分の乳房の状態を知り、着替えや入浴などの際に以前との違いへ気づけるようにする生活習慣です。

国立がん研究センターでは、次の4点を示しています。

  • 自分の乳房の状態を知る
  • 乳房の変化に気を付ける
  • 変化に気付いたら速やかに医師へ相談する
  • 40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける

毎日不安になりながら乳房を触り続ける必要はありません。「普段の自分と何か違う」と感じたときに、その変化を放置せず受診につなげることがブレスト・アウェアネスの目的です。

次の章では、乳房のしこり、皮膚や乳頭の変化など、乳がんでみられる症状と受診の目安を詳しく解説します。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんの初期症状

乳がんで最も気づきやすい症状は乳房のしこりですが、すべての乳がんでしこりを触れるわけではありません。乳房の皮膚や乳頭の変化、乳頭からの分泌物などをきっかけに見つかることもあります。

また、乳がんの早期には自覚症状がないこともあります。そのため、「症状がないから乳がんではない」と判断するのではなく、症状がないときは定期検診、変化に気づいたときは医療機関での診察と使い分けます。

乳房のしこり

乳がんでは、乳房に以前はなかったしこりや硬さを感じることがあります。

しこりがあるからといって乳がんとは限りません。乳腺症や線維腺腫などの良性疾患でもしこりは生じます。国立がん研究センターによると、乳腺症では月経前にしこりや痛みが強くなり、月経後に軽くなることがあり、線維腺腫では触ると動きやすいしこりとして感じることがあります。

ただし、触った感覚だけで良性と悪性を区別することはできません。

  • 以前にはなかったしこりや硬さに気づいた
  • 片側だけに新しい変化がある
  • 同じ場所の硬さが続いている
  • 脇の下にも腫れやしこりを感じる

このような場合は、次回の乳がん検診を待たずに乳腺外科などを受診します。

参考:乳がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

乳房の皮膚のくぼみ・ひきつれ

乳がんが周囲の組織へ影響すると、乳房の皮膚が内側へ引っ張られ、えくぼのようなくぼみやひきつれとして見えることがあります。左右の乳房の形が以前と比べて非対称になる場合もあります。

着替えや入浴の際には、しこりを探すことだけに集中するのではなく、片側だけ皮膚がへこんでいないか、乳房の形が以前と変わっていないか、腕を上げたときに一部だけ皮膚が引きつれていないか、といった見た目の変化にも目を向けます。

体重変化や加齢などでも乳房の形は変わるため、左右差があること自体が乳がんを意味するわけではありません。「以前の自分と比べて新しく生じた変化か」が受診を考える手掛かりになります。

乳頭や乳輪の変化

乳がんでは、乳頭や乳輪のただれ、乳頭の形の変化などがみられることがあります。湿疹のように見える変化は皮膚炎などでも起こりますが、片側の乳頭・乳輪だけに変化が続く場合は乳腺外科で確認します。

また、以前は出ていた乳頭が新しく引き込まれるようになった場合なども、病変によって乳房内部の組織が引っ張られていないか調べることがあります。

乳頭からの分泌物

授乳中ではないのに乳頭から分泌物が出る場合も、乳腺疾患を調べるきっかけになります。乳がんでも乳頭分泌がみられることがあります。

とくに片側の乳房からだけ出る、一つの乳管から繰り返し出る、血液が混じるような色をしている、しこりや乳頭の変化を伴っている、といった場合は原因を確認するために受診します。

乳頭分泌がある場合には、診察や画像検査に加え、必要に応じて分泌物に含まれる細胞を調べることがあります。

脇の下のしこりや腫れ

乳房のリンパ液は、主に脇の下にある腋窩リンパ節へ流れます。乳がんがリンパ節へ広がると、脇の下のリンパ節が腫れて触れる場合があります。

ただし、リンパ節は感染症や炎症などでも腫れるため、脇にしこりがあるだけで乳がんの転移とは判断できません。

乳房の変化とともに脇のしこりがある場合や、原因が分からない腫れが続く場合は、乳房とリンパ節をあわせて超音波検査などで評価します。超音波検査は、乳房のしこりだけでなく、脇の下など周囲のリンパ節を確認するためにも用いられます。

痛みがないから乳がんではないとは限らない

「がんなら痛いはず」と考える人もいますが、乳がんの代表的な症状はしこりや皮膚・乳頭の変化であり、痛みの有無だけで乳がんを判断することはできません。反対に、乳房の痛みには月経に伴う乳腺の変化など、乳がん以外の原因もあります。

痛いか痛くないかではなく、新しいしこりや皮膚・乳頭の変化を伴っていないか、片側の同じ場所に変化が続いていないかを確認します。

乳房以外の症状から見つかることもある

乳がんが進行し、ほかの臓器へ転移している場合は、乳房以外の症状が現れることがあります。

たとえば骨、肺、肝臓などは乳がんが転移することがある臓器です。ただし、腰痛、咳、倦怠感などは日常的にも起こる症状であり、それだけで乳がんの転移と判断することはできません。

すでに乳がんの治療を受けたことがある人で、これまでになかった症状が続く場合は、次の定期診察まで待つべきか担当医へ確認します。

転移・再発乳がんの症状や現在の治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージ4乳がんについては、以下の記事も参考にしてください。

症状に気づいたら「次の検診まで待つ」のではなく受診する

乳房に変化があったとき、「痛くないから様子を見る」「40歳未満だから乳がんではない」「去年の検診が正常だったから大丈夫」と自己判断することは避けます。

乳がん検診は症状のない人を対象としたものです。症状がある場合は検診ではなく、乳腺外科などの医療機関を受診し、診察と必要な画像検査を受けます。国立がん研究センターも、気になる症状がある場合には乳腺科・乳腺外科などを受診するよう案内しています。

一方で、しこりや乳頭分泌があっても良性疾患であることはあります。症状だけで悪性・良性を決めるのではなく、マンモグラフィや超音波検査、必要に応じた病理検査で確認することが、次の判断につながります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんの検査と診断

乳がんが疑われた場合は、マンモグラフィや超音波検査で病変の位置・形を確認し、必要に応じて針生検などで組織を採取して診断を確定します。画像だけで乳がんと断定することはできません。

乳がんでは、がんがあるかどうかを確認するだけでなく、診断後にER・PgR、HER2、組織学的グレードなど「どのような性質の乳がんなのか」を調べます。この結果が、手術前後の薬物療法や進行・再発時の治療選択につながります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

マンモグラフィと超音波検査は得意な病変が異なる

マンモグラフィは乳房専用のX線検査です。乳房を圧迫して撮影し、しこりだけでなく、乳がんに伴ってみられることがある微細な石灰化を確認できます。

一方、超音波検査では、乳房のしこりの形や内部の状態、大きさ、脇の下のリンパ節などを確認します。被ばくがなく、高濃度乳房ではマンモグラフィで分かりにくい病変の評価に役立つ場合があります。

検査 主に確認すること
マンモグラフィ しこり、乳房構造の乱れ、微細な石灰化、病変の広がり
超音波検査 しこりの形・大きさ・内部の性状、周囲のリンパ節

検診ではマンモグラフィが基本ですが、症状がある人の診療では、年齢や乳房の状態、マンモグラフィの所見などをもとに必要な検査を組み合わせます。

乳房MRIは病変の広がりを詳しく調べる

乳房MRIは、磁気と造影剤などを使って乳房内を詳しく調べる検査です。

すでに乳がんと診断された人では、マンモグラフィや超音波検査だけでは分かりにくい病変の広がりや、乳房内にほかの病変がないかを確認するため、手術前などに行うことがあります。

たとえば、乳房温存手術が可能か検討するとき、病変が乳房内のどこまで広がっているか確認するとき、複数の病変が疑われるとき、術前薬物療法の前後で病変を評価するとき等に利用します。

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントを持つなど、遺伝的に乳がんリスクが高い人では、一般的な乳がん検診とは別に、造影乳房MRIを用いたサーベイランスが検討されます。

乳房MRIも、画像だけでがんを確定する検査ではありません。新しい病変が見つかった場合には、必要に応じて超音波検査などで位置を確認し、組織を採取します。

乳がんの確定診断には病理検査が必要

画像検査で乳がんが疑われた場合は、病変から組織を採取し、顕微鏡で調べる病理検査を行います。乳がんかどうかを確定するだけでなく、がん細胞が乳管や小葉の中にとどまる非浸潤がんなのか、周囲の組織まで広がった浸潤がんなのかも病理検査で判断します。

合わせて、どのような組織型の乳がんなのかを確認し、浸潤がんではER・PgRなどのホルモン受容体やHER2の状態も調べます。これらは単なる診断項目ではなく、内分泌療法やHER2標的治療など、手術前後にどの治療を組み合わせるかを決める材料になります。

そのため、手術前に薬物療法を行う可能性がある場合は、治療を始める前の生検で乳がんの性質を十分に評価しておく必要があります。

病理検査では「がんの性質」と治療標的を確認する

乳がんの病理結果には多くの項目が記載されます。すべての用語を覚える必要はありませんが、「この結果が治療にどう関係するのか」を知っておくと治療方針を理解しやすくなります。

検査・病理所見 主な意味
ER・PgR ホルモン受容体。内分泌療法による効果を期待できるか判断する
HER2 HER2タンパク質の発現や遺伝子増幅を調べ、HER2を標的とする治療の適応を判断する
Ki-67 がん細胞がどの程度増殖しているかを考える材料の一つ
組織学的グレード がん細胞の形や増殖の特徴から悪性度を評価し、再発リスクを考える材料とする

これらの結果と、腫瘍径、リンパ節転移、年齢、閉経状況などを組み合わせて、手術だけでよいのか、手術前後に薬物療法を追加するのかを判断します。

進行・再発時には追加のバイオマーカー検査を行うことがある

ER・PgRやHER2は多くの乳がんで早い段階から確認しますが、すべての遺伝子・バイオマーカー検査を、初回診断時に全員へ行うわけではありません。

とくに進行・再発乳がんでは、サブタイプやこれまでの治療内容に応じて、追加の検査結果が次の薬を選ぶ材料になります。

検査 主に治療へ関係する場面
BRCA1/2 生殖細胞系列病的バリアントがある場合、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の評価やPARP阻害薬などの治療選択に関係する
ESR1 主にHR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんで、内分泌療法後の治療選択を考える材料になる
PIK3CA/AKT1/PTEN HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんなどで、AKT経路を標的とする治療の適応判断に用いる
PD-L1 主に転移・再発トリプルネガティブ乳がんで、免疫療法の適応を考える材料になる
HER2低発現・超低発現 HER2陽性ではない進行・再発乳がんで、ADCの適応判断に関係する場合がある

検査によっては、以前採取した乳がん組織を使用できる場合と、新たな生検や血液検査を検討する場合があります。

転移・再発した乳がんでは、原発巣と転移巣でER・PgRやHER2などの性質が変化していることもあるため、治療方針が変わる可能性がある場合には転移巣を生検して再評価することがあります。

BRCA1/2検査は通常の腫瘍遺伝子検査とは意味が異なる

生殖細胞系列BRCA1/2検査では、血液などを使い、生まれつき持っている病的バリアントがないかを調べます。

結果は乳がんの薬を選ぶだけでなく、反対側の乳房や卵巣などの将来のがんリスク、家族にも関係する情報となります。国立がん研究センターも、BRCA1/2の遺伝子変化が分かった場合には、治療薬やリスク低減手術などの選択に関係すると説明しています。

そのため、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、「検査結果が陽性だった場合に自分と家族へ何が変わるのか」を理解したうえで検査を受けます。

CT・PET/CT・骨シンチグラフィは転移の評価に用いる

乳がんと診断された後は、病期や症状などに応じてCT、PET/CT、骨シンチグラフィなどを使い、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移を調べることがあります。

これらの検査を、早期乳がんと診断されたすべての人へ一律に行うわけではありません。腫瘍の大きさ、リンパ節転移の可能性、症状などを踏まえて、治療方針を決めるために必要な検査を選びます。

転移が確認された場合はステージ4となりますが、治療は転移の有無だけで決まりません。HR・HER2、遺伝子・バイオマーカー、転移している臓器、症状などによって薬物療法や局所治療を組み合わせます。

検査結果を聞くときに確認したいこと

病理結果には多くの情報が記載されるため、数値をすべて覚える必要はありません。診察では、次の内容を確認すると治療とのつながりを整理しやすくなります。

  • 非浸潤がんと浸潤がんのどちらか
  • ER・PgRは陽性か陰性か
  • HER2はどのように判定されているか
  • 組織学的グレードやKi-67は再発リスクを考えるうえでどう評価されているか
  • 手術前に薬物療法を行う理由があるか
  • BRCA1/2など追加で必要な検査があるか
  • 進行・再発した場合、現在の病理標本で必要なバイオマーカーを確認できるか

検査結果がそろった後は、腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遠隔転移からステージを判断します。さらに病理学的な性質や再発リスクを組み合わせることで、手術の方法や手術前後に必要な薬物療法を決めていきます。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんのステージ分類

乳がんのステージ(病期)は、がんが現在どこまで広がっているかを表します。単に「しこりが何cmあるか」だけで決まるものではなく、乳房内での広がり、リンパ節転移、骨・肺・肝臓・脳などへの遠隔転移を組み合わせて判断します。

乳がんではステージ0からステージ4まであり、その基本となるのがTNM分類です。Tは原発腫瘍、Nは所属リンパ節、Mは遠隔転移の状態を表します。

分類 何を表すか 主に確認すること
T 原発腫瘍 浸潤がんの大きさ、胸壁や乳房の皮膚への広がり
N 所属リンパ節 腋窩、内胸、鎖骨周囲などのリンパ節へどこまで広がっているか
M 遠隔転移 骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器への転移があるか

T分類は腫瘍の大きさだけではなく、胸壁・皮膚への広がりも表す

T分類では、乳房に発生した原発腫瘍の状態を評価します。

非浸潤がんはTisと表されます。浸潤がんでは、最大径が2cm以下ならT1、2cmを超えて5cm以下ならT2、5cmを超える場合はT3に分類されます。T1はさらに大きさによって細かく分類されます。

一方、T4は「非常に大きな乳がん」という意味ではありません。腫瘍が胸壁へ広がっている場合や、乳房の皮膚に潰瘍、むくみ、衛星皮膚結節などを生じている場合は、腫瘍径にかかわらずT4に分類されます。乳房の広い範囲に発赤や浮腫を生じる炎症性乳がんもT4に含まれます。

そのため「しこりが小さいから必ず早期」とは限りません。乳がんの広がり方まで含めてT分類を判断します。

T分類 大まかな状態
Tis 非浸潤がん
T1 浸潤がんの最大径が2cm以下
T2 2cmを超え、5cm以下
T3 5cmを超える
T4 大きさにかかわらず胸壁や皮膚へ広がっている。炎症性乳がんも含む

N分類ではリンパ節転移の場所と広がりを確認する

乳房から流れるリンパ液は、主に脇の下にある腋窩リンパ節へ向かいます。そのため、乳がんでは腋窩リンパ節が代表的な転移先となりますが、胸骨の近くにある内胸リンパ節や、鎖骨の上下にあるリンパ節へ広がる場合もあります。

N分類では「リンパ節転移があるか、ないか」だけではなく、どのリンパ節へ、どの程度広がっているかを評価します。

N0は所属リンパ節転移を認めない状態です。N1では主に同じ側の腋窩リンパ節への比較的限られた転移、N2ではより多くの腋窩リンパ節や内胸リンパ節への広がり、N3では鎖骨下・鎖骨上リンパ節を含むさらに広い所属リンパ節への転移などが該当します。

N分類は、画像や診察で判断する場合と、手術で採取したリンパ節を顕微鏡で調べる場合で、さらに細かな基準が設けられています。

乳がん手術では、センチネルリンパ節生検などによって、最初にがん細胞が流れ着く可能性が高いリンパ節を調べることがあります。画像でリンパ節転移が明らかでなくても、病理検査で微小な転移が見つかる場合があるため、手術後にN分類が確定または変更されることがあります。

M1なら腫瘍の大きさにかかわらずステージ4になる

M分類では、乳房や所属リンパ節から離れた場所へ転移しているかを確認します。

遠隔転移が確認されない場合はM0、骨、肺、肝臓、脳などに遠隔転移が確認された場合はM1です。M1であれば、乳房の腫瘍が小さくても、リンパ節転移がなくてもステージ4に分類されます。

このため、ステージ4は「乳房のしこりが非常に大きくなった状態」という意味ではありません。乳がんが乳房から離れた場所へ広がっているかどうかによって決まります。

TNMの組み合わせによってステージ0~4が決まる

T・N・Mをそれぞれ評価した後、その組み合わせからステージを決めます。

たとえば、乳房内の小さな腫瘍でリンパ節転移がなければ早期のステージになります。一方、腫瘍そのものは小さくてもリンパ節転移が広がっていればステージは上がります。また、遠隔転移が確認されればT・Nにかかわらずステージ4です。

国立がん研究センターが示す解剖学的な病期分類を大まかに整理すると、次のようになります。

ステージ 大まかな状態
ステージ0 がん細胞が乳管などの内部にとどまる非浸潤がん
ステージ1 主に小さな浸潤がんで、リンパ節への広がりがない、または非常に限られている段階
ステージ2 腫瘍がやや大きい、または腋窩リンパ節などへ限られた転移がある段階
ステージ3 胸壁・皮膚へ広がっている、または所属リンパ節への転移が広範囲に及ぶ局所進行乳がん
ステージ4 骨、肺、肝臓、脳などへの遠隔転移がある

ステージ2は2A・2B、ステージ3は3A・3B・3Cなどにさらに分かれます。細かな分類ではTとNの組み合わせを用いるため「腫瘍が3cmだからステージ2」のように腫瘍径だけから判断することはできません。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療前のステージと手術後のステージが異なることがある

乳がんでは、ステージを「いつ評価したか」も確認する必要があります。

治療を始める前に、診察、マンモグラフィ、超音波、MRI、CTなどから評価したものを臨床病期といいます。TNMではcT、cNなどと表すことがあります。

手術を行った場合は、切除した乳房の組織やリンパ節を顕微鏡で詳しく調べます。その結果を反映したものが病理病期で、pT、pNなどと表されます。臨床的にはリンパ節転移がないと考えられていても、センチネルリンパ節生検で転移が見つかるなど、手術前後で評価が変わることがあります。臨床TNMは治療前、病理TNMは手術で得られた情報を加えて評価する分類です。

一方、HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんなどでは、手術前に薬物療法を行うことがあります。この場合は、治療前の病変の広がりと、治療後の手術標本にどの程度がんが残っているかを分けて評価します。

手術前の治療によって画像上のしこりが消えたり、手術標本で浸潤がんが確認されなくなったりしても、「もともと乳がんではなかった」という意味ではありません。治療前にどこまで病変が広がっていたかと、治療にどの程度反応したかは、それぞれ別の情報としてその後の治療を考える材料になります。

ステージだけでは治療法は決まらない

ステージは治療方針を決める基本情報ですが、同じステージの患者さんが同じ治療を受けるわけではありません。

乳がんでは、ER・PgR、HER2などの病理結果、閉経状況、年齢や全身状態なども治療選択に関係します。たとえば同じステージ2でも、HR陽性・HER2陰性乳がん、HER2陽性乳がん、トリプルネガティブ乳がんでは、手術前後に行う薬物療法が異なることがあります。

したがって、自分の病状を確認するときは「ステージはいくつか」だけでなく、TNMがそれぞれどう評価されているのか、乳がんがどのような性質なのかまで確認すると、その後の治療方針を理解しやすくなります。

参考:乳癌取扱い規約 第19版・乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がん治療の全体像

乳がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法があります。これらは単独で選ぶのではなく、乳房やリンパ節にある病変を治療する局所治療と、体の中に存在する可能性があるがん細胞へ作用する全身治療を、病状に応じて組み合わせます。

手術と放射線治療は主に局所治療にあたり、乳房や周囲のリンパ節にあるがんを取り除いたり、局所での再発を防いだりする役割があります。一方、内分泌療法、細胞障害性抗がん薬、HER2標的治療、免疫療法などの薬物療法は全身に作用し、手術後の再発を減らす目的や、進行・再発した乳がんを抑える目的で使用します。

遠隔転移のない乳がんでは、手術によって病変を取り除くことが治療の大きな柱になります。ただし、現在の乳がん治療は「診断されたらまず手術」と決まっているわけではありません。HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がん、腫瘍が大きい場合などでは、手術より先に薬物療法を行い、その反応を確認してから手術することがあります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ0|乳房内の病変を治療することが中心

ステージ0の代表的な病変である非浸潤性乳管がん(DCIS)は、がん細胞が乳管の内部にとどまっている状態です。そのため、浸潤がんのように全身の微小転移を想定して抗がん薬を行うのではなく、乳房内にある病変を適切に治療することが中心になります。

病変の大きさや乳房内での広がりを確認し、乳房部分切除術または乳房全切除術を選びます。乳房部分切除術を行った場合は、原則として残った乳房への放射線治療を組み合わせ、乳房内で再発する可能性を下げます。ホルモン受容体陽性で乳房部分切除術を受けた場合には、再発を減らす目的で術後の内分泌療法を検討することがあります。

一方、通常のDCISに対して、浸潤性乳がんと同じような細胞障害性抗がん薬やHER2標的治療を一律に行うわけではありません。ステージ0と浸潤性乳がんでは、薬物療法の考え方を分けて理解する必要があります。

ステージ1~2|手術を軸に、必要な全身治療を組み合わせる

ステージ1~2では、多くの場合、根治を目指して手術を行います。ただし、治療の順番は乳がんの大きさだけで決まるわけではありません。

比較的小さく、そのまま切除できる乳がんでは、手術を先に行い、切除した乳房やリンパ節の病理結果を確認したうえで術後治療を決めることがあります。術後には、ER・PgR、HER2、リンパ節転移、腫瘍径、組織学的グレードなどをもとに、内分泌療法、化学療法、HER2標的治療などを必要に応じて追加します。

一方、手術可能な乳がんであっても、最初に薬物療法を行うことがあります。これを術前薬物療法といいます。

術前薬物療法には、腫瘍を小さくして手術しやすくするだけでなく、実際にその乳がんへ薬がどの程度効いているかを手術前に確認できるという意味があります。とくにHER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんでは、手術時にがんが残っているかどうかが、その後の薬物療法を選ぶ材料になることがあります。

「手術できるのに、なぜ先に薬を使うのか」という疑問に対しては、単に乳房を温存しやすくするためだけではなく、治療への反応を確認し、その結果を術後治療へつなげるためという理由もあります。

ステージ3|薬物療法を先行し、手術・放射線治療へつなげることが多い

ステージ3は、所属リンパ節への転移が広範囲に及んでいる、乳房の皮膚や胸壁へ広がっているなどの局所進行乳がんを含みます。

この段階でも遠隔転移がなければ、病状によっては根治を目指した治療を行います。ただし、最初から手術するのではなく、薬物療法を先に行って乳房やリンパ節の病変を縮小させ、その後に手術と放射線治療を組み合わせることが多くなります。

どの薬を術前に使用するかは、HR陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといった乳がんの性質によって異なります。また、薬物療法後に手術標本を調べ、乳房やリンパ節にどの程度がんが残っているかを確認します。その結果によって、手術後に使用する薬を追加・変更する場合があります。

ステージ3だから全員が同じ順番で治療するわけではありません。腫瘍とリンパ節の広がり、サブタイプ、治療への反応などを見ながら、手術・放射線治療・薬物療法を組み合わせます。

ステージ4|薬物療法を中心に病状を長くコントロールする

ステージ4では、骨、肺、肝臓、脳などへの遠隔転移が確認されています。この場合、乳房だけを手術しても体のほかの場所にある乳がんを同時に治療することはできないため、基本となるのは全身へ作用する薬物療法です。

治療薬は、HR、HER2などの病理結果に加え、これまでに受けた治療、転移している臓器、症状、遺伝子・バイオマーカー検査などをもとに選びます。

ステージ4では、すべてのがんを手術で取り除くことだけを目標にするのではなく、薬物療法によってがんの進行を抑えながら、症状を軽減し、できるだけ生活を維持することが治療の大きな目的になります。

ただし、手術や放射線治療を行わないという意味ではありません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合は、その部位への放射線治療や手術などを組み合わせることがあります。

ステージ4乳がんについては、以下の記事で治療の考え方や予後を詳しく解説しています。

同じステージでも治療の順番が異なる理由

乳がんでは、ステージが同じでも治療の順番が異なることがあります。

たとえば、同じステージ2でも、HR陽性・HER2陰性乳がんでは手術を先に行い、その病理結果をもとに術後の薬物療法を決めることがあります。一方、HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんでは、病変の大きさやリンパ節転移などによって、薬物療法を先に行うことがあります。

ここで治療方針を分けているのは、単純な「進行している・していない」という違いではありません。その乳がんにどの薬が効く可能性が高いのか、術前治療への反応を術後治療の判断に利用できるのか、乳房をどの程度切除する必要があるのかなどを合わせて考えています。

治療説明を受ける際には「手術をするか」だけでなく、なぜ手術が先なのか、あるいはなぜ薬物療法を先に行うのかを確認すると、治療全体の流れを理解しやすくなります。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんの手術

遠隔転移のない乳がんでは、手術によって乳房内のがんを取り除くことが治療の中心になります。主な術式は、がんを含む乳房の一部を切除する乳房部分切除術(乳房温存手術)と、乳房全体を切除する乳房全切除術です。

どちらを選ぶかは、単に「しこりが何cmあるか」だけでは決まりません。病変が乳房内のどこまで広がっているか、複数の病変が離れた場所にないか、切除後に十分な乳房を残せるか、術後に放射線治療を受けられるか、遺伝的な乳がんリスク、本人が乳房の温存と再建をどのように考えているかなどを踏まえて判断します。

乳房部分切除術は「しこりだけを取る手術」ではない

乳房部分切除術では、がんだけをくり抜くのではなく、周囲の乳腺組織を含めて切除します。手術後には切除した組織の端である「切除断端」を病理検査で確認し、がん細胞が切除面まで及んでいないかを調べます。

十分に切除できていれば、原則として残った乳房へ放射線治療を行います。乳房部分切除術と術後放射線治療を組み合わせることで、乳房内で再発する可能性を下げます。適切な患者さんに乳房部分切除術と術後放射線治療を組み合わせた場合、乳房全切除術と比べて生存率に明らかな差はないことが示されています。

そのため「乳房を全部取った方が必ず治りやすい」とは限りません。反対に、乳房を残すことだけを優先すればよいわけでもありません。がんを十分に切除でき、その後に必要な放射線治療まで行えることが、乳房温存療法を成立させる前提になります。

乳房を温存できるかは、腫瘍径だけでは決まらない

乳房部分切除術を検討するときは、腫瘍そのものの大きさだけでなく、乳房全体との大きさのバランスや病変の広がりを確認します。

腫瘍径そのものはそれほど大きくなくても、乳管内に病変や石灰化が広く分布している場合や、乳房内の離れた場所に複数の病変がある場合は、部分切除では十分な切除が難しくなることがあります。反対に、診断時には部分切除が難しい大きさでも、術前薬物療法によって病変が縮小し、温存手術を検討できるようになる場合があります。

したがって「2cmだから温存できる」「3cmを超えたから全切除」といった一つの数値だけで術式を決めることはできません。MRIやマンモグラフィ、超音波検査などで乳房内の病変範囲を確認し、実際にどこまで切除する必要があるかを考えます。

乳房全切除術が適している場合

乳房全切除術では、乳腺を広い範囲で切除します。乳がんが乳房内に広く分布している場合や、離れた場所に複数の病変がある場合など、部分切除ではがんを十分に取り除くことが難しいと考えられるときに選択されます。

また、医学的には乳房温存手術が可能でも、本人が再手術の可能性や術後放射線治療、乳房の形の変化などを考えたうえで全切除を希望する場合があります。逆に、全切除が検討される病状でも、術前薬物療法への反応などによって術式を再検討できることがあります。

ここで比較したいのは「小さい手術と大きい手術のどちらがよいか」ではありません。がんを取り切れる可能性、その後に必要な放射線治療、整容性、再建の希望などを含めて、自分にとってどの方法が適しているかを考えます。

センチネルリンパ節生検で腋窩リンパ節への転移を調べる

乳がんの手術では、乳房だけでなく脇の下にある腋窩リンパ節をどこまで手術するかも決めます。

乳房から流れ出たがん細胞が最初に到達すると考えられるリンパ節をセンチネルリンパ節といいます。診察や画像検査で明らかな腋窩リンパ節転移がない場合などには、手術中にこのリンパ節を採取してがん細胞がないか調べるセンチネルリンパ節生検が行われます。

センチネルリンパ節に転移がなければ、腋窩リンパ節を広く切除する必要性を減らすことができます。これは単に手術を小さくするためではなく、腋窩リンパ節郭清に伴う腕のむくみや感覚障害、肩の動かしにくさなどの負担をできるだけ避けながら、必要な治療を行うためです。

リンパ節転移が見つかっても、必ず腋窩郭清を行うわけではない

以前は、センチネルリンパ節に転移が見つかれば、その先の腋窩リンパ節を広く切除する腋窩リンパ節郭清へ進むことが一般的でした。しかし現在は、センチネルリンパ節への転移の程度、乳房の術式、術後に行う放射線治療や薬物療法などによっては、追加の腋窩郭清を省略できる場合があります。日本乳癌学会も、センチネルリンパ節生検と腋窩リンパ節郭清を別の手術として患者向けに説明しています。

したがって「リンパ節転移あり=脇のリンパ節をすべて取る」と考える必要はありません。

一方、診断時から腋窩リンパ節への転移が明らかな場合や、転移の広がりによっては腋窩リンパ節郭清が必要になります。術前薬物療法を行った患者では、治療前のリンパ節の状態と治療後の反応も踏まえて、どのようなリンパ節手術を行うか判断します。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

切除断端にがんが残っている場合は追加手術を検討

乳房部分切除術では、切除した組織の断端を病理検査で確認します。

断端にがん細胞が認められた場合は、乳房内に病変が残っている可能性を考え、追加切除を検討します。残っていると考えられる範囲によっては部分的な追加切除で乳房を温存できることがありますが、病変が広い場合には乳房全切除術へ変更することもあります。

術前の画像で病変範囲を詳しく調べるのは、最初の手術で適切な範囲を切除し、できるだけ再手術を避けるためでもあります。

乳房再建は全切除を決めた後で考えるものとは限らない

乳房全切除術を行う場合には、乳房再建を希望するかどうかも手術計画に関係します。

乳房再建には、自分の腹部や背中などの組織を用いる方法と、人工物を用いる方法があります。また、乳がん手術と同時に行う一次再建と、乳がん治療後に時期を改めて行う二次再建があります。

どの方法が適しているかは、乳房の切除範囲だけでなく、術後放射線治療の必要性、体格、持病、希望する乳房の形、手術回数や回復に使える時間などによって変わります。そのため再建を希望する可能性がある場合は、乳房全切除術を終えてから初めて相談するのではなく、乳がん手術の術式を決める段階から乳腺外科と形成外科に相談すると治療全体を考えやすくなります。

BRCA1/2病的バリアントがある場合は手術の選択にも関係する

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントが確認されている場合は、今回発生した乳がんだけでなく、将来同じ乳房や反対側の乳房に新たな乳がんが発生するリスクも含めて手術方法を検討することがあります。国立がん研究センターも、手術前にBRCA遺伝子の病的な変化が分かっている場合には手術の選択肢が変わることがあると説明しています。

ただし、BRCA1/2病的バリアントが見つかったからといって、一つの術式が自動的に決まるわけではありません。年齢、今回の乳がんの広がり、今後の発症リスク、再建の希望などを踏まえて選択します。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

手術方法を決めるときは「何を残したいか」も相談する

乳がん手術では、医学的に可能な術式が一つとは限りません。

乳房をできるだけ残したい人もいれば、再手術や乳房内再発への不安を減らしたい人、放射線治療の通院負担を考えたい人、再建を含めて外見を整えたい人もいます。仕事への復帰時期や育児・介護など、治療後の生活も選択に関係します。

診察では「温存できますか」だけではなく、なぜその術式が勧められているのか、温存した場合と全切除した場合でその後の治療がどう変わるのか、リンパ節をどこまで手術する予定なのか、再建を希望する場合はいつ相談するのかまで確認すると、手術後の生活を含めて判断しやすくなります。

参考:乳癌治療に関連する説明動画|日本乳癌学会

乳がんの放射線治療

乳がんの放射線治療は、高エネルギーの放射線を乳房や胸壁、周囲のリンパ節などへ照射し、その場所に残っている可能性がある微小ながん細胞を減らすために行います。

手術で目に見える病変を取り除いても、顕微鏡でなければ分からないほど小さながん細胞が周囲に残っている可能性があります。そのため放射線治療は、手術で取り切れなかった大きな病変を補う治療というより、手術した乳房や胸壁、周囲のリンパ節で再発する可能性を下げるための局所治療として位置づけられます。

必要性は、乳房部分切除術を受けたのか乳房全切除術を受けたの

か、リンパ節転移がどの程度あったのか、腫瘍がどこまで広がっていたのかなどによって変わります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

乳房部分切除術後は原則として放射線治療を行う

乳房部分切除術では、がんを含む乳房の一部を切除しますが、乳腺そのものは残ります。その残った乳房内で再発する可能性を下げるため、乳房部分切除術後は原則として温存した乳房へ放射線治療を行います。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでも、ステージ1~2の浸潤性乳がんだけでなく、非浸潤性乳管がん(DCIS)に対して乳房温存手術を行った場合も、全乳房照射が標準治療とされています。術前薬物療法によって病理学的完全奏効が得られた場合でも、乳房温存手術後の全乳房照射は標準治療です。

これは「手術でがんが取れなかったから放射線を追加する」という意味ではありません。乳房温存療法は、適切な部分切除と術後放射線治療を組み合わせて成立する治療です。

年齢や病理所見などから乳房内再発の可能性が非常に低い一部の患者では、放射線治療を省略できるか検討される場合がありますが、誰でも省略できるわけではありません。通院の負担だけを理由に自己判断で外すのではなく、照射を行わなかった場合に乳房内再発の可能性がどの程度変わるのかを確認して判断します。

放射線治療は「5~6週間通う治療」とは限らない

乳房への放射線治療は、1回にすべての線量を照射するのではなく、複数回に分けて行います。この1回ごとの照射を「分割」といいます。

従来は、1回の線量を小さくして25回前後に分け、4~5週間ほどかけて照射する方法が広く用いられてきました。一方、現在は1回あたりの線量をやや増やして、全体の治療期間を約3週間に短縮する寡分割照射(かぶんかつしょうしゃ)が標準的な選択肢になっています。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでは、乳房温存術後の全乳房照射について、寡分割照射を従来の分割照射と同等の治療として推奨しています。日本人患者を対象としたJCOG0906試験でも、寡分割照射の安全性が確認されています。

そのため「放射線治療を受ける=平日に1カ月以上毎日通院する」と決まっているわけではありません。実際の回数や期間は、照射する範囲、リンパ節への照射の有無、施設で採用している方法などによって決まります。

仕事や育児、介護などで連日の通院が難しい場合は、治療を諦める前に、予定している照射回数と期間を確認しておくとよいでしょう。

参考:The Japanese breast cancer society clinical practice guidelines for radiation treatment of breast cancer, 2022 edition|日本乳癌学会

乳房全切除術を受けても放射線治療が必要になることがある

乳房をすべて切除すれば、すべての人が放射線治療を受けなくてよいわけではありません。

乳房全切除術後でも、リンパ節転移が多い場合や、腫瘍が胸壁・皮膚まで広がっていた場合などでは、胸壁や周囲のリンパ節に再発する可能性を下げるため、乳房切除後放射線療法(PMRT)を行います。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでは、腋窩リンパ節転移が4個以上ある場合にはPMRTが標準治療とされています。また、1~3個のリンパ節転移がある場合にも、ほかの再発リスクを踏まえてPMRTを検討します。リンパ節転移がなくても、T3~4の大きな腫瘍や切除断端にがんが及んでいる場合などには照射を検討することがあります。

つまり、全切除術と部分切除術の違いだけで放射線治療の有無を決めるのではありません。手術前の病変の広がりと、手術後に分かった病理結果が判断に関係します。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳房だけでなくリンパ節まで照射する場合がある

乳がんの放射線治療では、乳房または胸壁だけではなく、鎖骨の上や胸骨の内側などのリンパ節領域を照射することがあります。これを領域リンパ節照射といいます。

どこまで照射するかは、リンパ節転移の個数や場所、腫瘍の位置、手術でどこまでリンパ節を切除したかなどから判断します。

たとえば腋窩リンパ節転移が多い場合は、乳房または胸壁に加えて鎖骨上リンパ節などを照射することで、その領域で再発する可能性を下げます。一方、リンパ節転移がない早期乳がんで、全員に広範囲のリンパ節照射を行うわけではありません。

照射範囲を広げれば治療できる範囲も増えますが、肺や心臓など周囲の正常組織へ放射線が当たる範囲も変わります。そのため、再発を減らせる利益と正常組織への影響を比較して照射範囲を決めます。

手術した場所へ追加照射する「ブースト照射」を行うことがある

乳房部分切除術後では、乳房全体への照射に加え、もともと腫瘍があった部分へ放射線を追加するブースト照射を行う場合があります。

乳房内で再発する場合、もともとがんがあった周辺に生じることがあるため、年齢や病理所見などから局所再発のリスクが高いと考えられる場合には、その部分へ線量を追加します。

一方、追加照射を行うと治療回数が増えたり、乳房の硬さや形への影響が強くなったりする可能性もあります。すべての人が同じ回数の照射を受けるのではなく、再発リスクと治療後の乳房への影響を踏まえて決めます。

薬物療法と放射線治療の順番も治療計画の一部

手術後に化学療法と放射線治療の両方が必要な場合は、一般に化学療法を先に行い、その後に放射線治療へ進みます。日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでも、術後化学療法が必要な場合には化学療法を終了してから放射線治療を行うことが示されています。

一方、内分泌療法は放射線治療と同じ時期に行うことが可能とされています。HER2標的治療についても放射線治療と並行して行うことがありますが、とくに左乳房への照射では心臓への線量を抑えることも考慮されます。

このため、手術後に複数の治療を勧められた場合は、それぞれを別々に考えるのではなく「どの治療から始まり、放射線治療はいつ行い、薬物療法はいつまで続くのか」という全体の予定を確認すると、仕事や家庭生活の調整もしやすくなります。

放射線治療による皮膚症状や乳房の変化

乳房への放射線治療では、照射期間中から終了後にかけて、皮膚が赤くなる、ひりひりする、かゆくなるなど、日焼けに似た皮膚症状がみられることがあります。治療後には、乳房が腫れたり、時間がたって少し硬くなったり、形が変化したりする場合もあります。

照射する範囲によっては、まれに肺炎や心臓への影響などが問題になることもあります。とくに左乳房では心臓が乳房の近くにあるため、現在は治療計画を立てる段階で心臓や肺に当たる放射線量をできるだけ抑えるよう調整します。

副作用については、皮膚症状の名前を覚えるだけではなく、治療中に仕事を続けられるのか、衣服が皮膚に当たって痛くならないか、治療終了後にどのくらいで症状が落ち着くのかなど、日常生活への影響まで確認しておくことが役立ちます。

転移した乳がんでも症状を軽減するために放射線治療を使う

放射線治療は、手術後の再発予防だけに使う治療ではありません。

乳がんが骨へ転移して痛みがある場合には、転移部位への放射線治療によって痛みを和らげることができます。脳転移では、転移の数、大きさ、場所などによって定位放射線治療や全脳照射などを検討します。

この場合の目的は、乳房周囲の再発予防とは異なります。痛みや神経症状を軽減し、骨折や神経障害などによって生活が大きく損なわれるのを防ぐことが治療の目的になります。

転移・再発乳がんの治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

放射線治療の有無や照射範囲は、「部分切除か全切除か」だけでは決まりません。診察では、どこへ照射する予定なのか、照射によってどの再発を減らそうとしているのか、何回・何週間の治療になるのかを確認すると、自分に放射線治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

乳がんの薬物療法

乳がんの薬物療法は「乳がんにはこの抗がん薬を使う」という一つの治療ではありません。ER・PgRなどのホルモン受容体とHER2の結果を基本に、早期乳がんなのか、手術前後の治療なのか、手術不能・再発乳がんなのかによって使用する薬が変わります。

進行・再発した場合には、これまでに受けた治療に加えてESR1、PIK3CA/AKT1/PTEN、BRCA1/2、PD-L1、HER2の発現程度などが次の治療選択に関係することもあります。

薬物療法を理解するときは薬剤名だけを見るのではなく「自分の乳がんは何を標的にできるのか」「今の治療は再発予防なのか、進行した乳がんを抑える治療なのか」「次の薬を決めるために追加検査が必要か」という順序で考えると整理しやすくなります。

HR陽性・HER2陰性乳がん|内分泌療法を軸に治療を組み立てる

ERやPgRが陽性のHR陽性乳がんでは、女性ホルモンであるエストロゲンの働きを抑える内分泌療法が治療の中心になります。

早期乳がんでは、手術後にタモキシフェンアロマターゼ阻害薬などを用いて、体内に残っている可能性がある乳がん細胞の増殖を長期間抑えます。閉経前か閉経後かによって選択する薬が異なり、閉経前では卵巣機能抑制を組み合わせる場合もあります。

ただし、HR陽性だから「ホルモン療法だけ」と決まるわけではありません。腫瘍径、リンパ節転移、病理学的な性質などから再発リスクが高いと考えられる場合には化学療法を追加することがあり、HR陽性・HER2陰性で再発高リスクの早期乳がんでは、内分泌療法にCDK4/6阻害薬のアベマシクリブを追加する術後治療も国内で承認されています。

一方、手術不能・再発のHR陽性・HER2陰性乳がんでは、すぐに細胞障害性抗がん薬へ進むのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬などを組み合わせて病勢を抑える治療が行われます。治療が効かなくなったときには「内分泌療法がもうすべて効かない」と考えるのではなく、乳がん細胞に新たな治療標的が生じていないかを調べることが次の選択につながります。

ESR1変異は内分泌療法を選び直す材料になる

ESR1は、エストロゲン受容体に関係する遺伝子です。HR陽性乳がんでは内分泌療法を続ける過程でESR1遺伝子変異が確認されることがあり、その結果が次の内分泌療法の選択に関係するようになっています。

2025年には、内分泌療法後に増悪したESR1遺伝子変異陽性のHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、経口SERDであるイムルネストラントが国内承認されました。

さらに2026年6月には、内分泌療法中にESR1遺伝子変異が確認され、まだ疾患進行が認められていないHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、カミゼストラントが国内承認されています。承認された用法ではCDK4/6阻害薬と併用します。

これは、画像上で明らかにがんが大きくなってから治療を変更するだけではなく、治療中の遺伝子変化を調べ、その結果によって内分泌療法を見直すという考え方が実際の治療に入ってきたことを意味します。

PIK3CA・AKT1・PTEN変異があればAKT阻害薬が候補になる

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんでは、PI3K/AKT経路に関係する遺伝子を調べることがあります。

国内では、内分泌療法後に増悪したPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、AKT阻害薬のカピバセルチブがフルベストラントとの併用で承認されています。

この治療は、HR陽性乳がんの全員に行うものではありません。内分泌療法後の病状と遺伝子検査の結果を組み合わせ、「現在の乳がんにAKT経路を標的とする理由があるか」を確認して選びます。

BRCA1/2病的バリアントはPARP阻害薬の選択にも関係する

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の評価だけでなく、乳がん治療にも関係します。

BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性乳がんでは、治療段階に応じてPARP阻害薬が候補になります。国内ではオラパリブに、化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんだけでなく、BRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性で再発高リスクの乳がんに対する術後薬物療法の適応があります。またタラゾパリブにも、化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんの適応があります。

このためBRCA1/2検査は、「遺伝する乳がんかを知る検査」という意味だけで捉えず、治療薬の選択に必要になる場面があることも理解しておく必要があります。

HER2陽性乳がん|HER2標的治療を手術前後で使い分ける

HER2陽性乳がんでは、HER2を標的とする薬を化学療法などと組み合わせることが治療の柱になります。

早期乳がんでも、腫瘍の大きさやリンパ節転移などによっては手術を先に行うのではなく、トラスツズマブやペルツズマブなどのHER2標的治療と化学療法を手術前に行います。術前治療には、腫瘍を縮小させるだけでなく、HER2標的治療へどの程度反応する乳がんなのかを手術標本で確認する意味があります。

この「手術後に何が残っていたか」が、その後の治療に直接つながります。術前にトラスツズマブとタキサン系薬剤による治療を受けても乳房やリンパ節に浸潤がんが残り、病理学的完全奏効が得られなかったHER2陽性乳がんでは、術後治療としてADCであるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)を使用できます。

手術不能・再発HER2陽性乳がんでは、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)などを含む複数のHER2標的治療が使われます。さらに2026年には、化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能・再発乳がんに対して、HER2チロシンキナーゼ阻害薬のツカチニブが国内承認されました。承認された治療ではトラスツズマブとカペシタビンを併用します。

HER2陽性乳がんの治療順序については、以下の記事でも詳しく解説しています。

トリプルネガティブ乳がん|早期と転移・再発で免疫療法の条件が異なる

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、ER・PgRが陰性で、HER2陽性でもない乳がんです。HR陽性乳がんのような内分泌療法や、HER2陽性乳がんに対するHER2標的治療を基本としないため、化学療法が治療の重要な土台になります。

ただし、現在のTNBC治療を「化学療法だけ」と説明することもできません。

再発リスクが高い早期TNBCでは、手術前に化学療法と免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブを併用し、手術後もペムブロリズマブを継続する治療があります。ここでは「PD-L1陽性であること」は適応条件になっていません。一方、手術不能または再発TNBCに対してペムブロリズマブと化学療法を使用する場合には、PD-L1の発現が治療選択に関係します。

「TNBCではPD-L1陽性なら免疫療法、陰性なら使わない」と一括して覚えると、早期乳がんの治療を誤解します。早期高リスクTNBCの周術期治療と、転移・再発TNBCの治療では、PD-L1の意味が異なります。

また、BRCA1/2病的バリアントが確認されればPARP阻害薬が治療候補になることがあり、治療歴のある手術不能・再発TNBCではADCのサシツズマブ ゴビテカンなども選択肢になります。サシツズマブ ゴビテカンは国内で、化学療法歴のあるHR陰性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんに承認されています。

トリプルネガティブ乳がんについては、以下の記事でも詳しく解説しています。

ADCは乳がん治療で重要な薬剤群になっている

近年の乳がん薬物療法で治療選択を大きく広げているのが、抗体薬物複合体(ADC:Antibody-Drug Conjugate)です。

ADCは、がん細胞の表面にある特定のタンパク質を認識する抗体と、細胞を傷害する薬剤を組み合わせた治療薬です。抗体によって標的となる細胞へ近づき、抗がん作用を持つ薬剤を届ける仕組みを利用します。

HER2陽性乳がんではT-DM1やトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)が使われていますが、ADCはすでに「HER2陽性乳がんだけの治療」ではありません。

日本乳癌学会は2025年9月、HR陽性かつHER2低発現またはHER2超低発現乳がんに対するT-DXdの適応拡大について公式ステートメントを公表しています。これにより、HER2陽性の基準を満たさない乳がんでも、HER2がどの程度発現しているかを確認する意味が大きくなっています。

また、TROP-2を標的とするADCも治療に入っています。ダトポタマブ デルクステカンは、アントラサイクリン系またはタキサン系薬剤による治療歴があるHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに国内承認されています。

サシツズマブ ゴビテカンについても、当初のHR陰性・HER2陰性乳がんに加え、2026年3月には化学療法歴のあるHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんへ国内適応が拡大されています。

このため、進行・再発乳がんでは「最初にHR陽性、HER2陰性と言われた」という情報だけで将来の治療候補が決まるわけではありません。治療歴や病理結果を確認し、HER2低発現・超低発現、遺伝子変異なども含めて次の薬を検討します。

新しい薬が増えても、細胞障害性抗がん薬の役割はなくなっていない

分子標的薬、免疫療法、ADCなどが増えていますが、アンスラサイクリン系、タキサン系、プラチナ製剤などの細胞障害性抗がん薬は現在も乳がん治療の重要な部分を占めます。

HER2陽性乳がんではHER2標的薬と化学療法を組み合わせ、TNBCでは周術期治療の土台として化学療法を使用します。HR陽性・HER2陰性乳がんでも、早期乳がんで再発リスクが高く化学療法による上乗せ効果が期待できる場合や、進行・再発例で内分泌療法だけでは病勢を抑えにくい場合などには化学療法を検討します。乳がんの薬物療法を新しい薬と従来の抗がん薬に分けて考えるのではなく、病状に応じてそれぞれの役割を組み合わせます。

進行・再発したときは「次の薬」だけでなく「次に何を調べるか」を確認する

乳がんの薬物療法は、最初に決めたサブタイプだけを頼りに同じ系統の薬を順番に使う治療ではなくなっています。

HR陽性・HER2陰性乳がんで内分泌療法が効かなくなった場合にはESR1やPIK3CA/AKT1/PTEN、BRCA1/2などが治療選択に関係する可能性があります。HER2陽性ではこれまでに使用したHER2標的薬と治療への反応が次の薬を決める材料になります。TNBCでは治療段階によってPD-L1やBRCA1/2などの情報が必要になる場合があります。HER2陽性ではない乳がんでも、HER2低発現・超低発現がADCの適応判断に関係します。

そのため治療を変更する場面では、単に「次はどの抗がん薬ですか」と聞くだけでなく、現在の病理結果や過去の検体で、次の治療に必要なバイオマーカーを確認できているかを相談することが、治療の選択肢を整理する助けになります。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの予後を調べると、「5年生存率」「10年生存率」という数字を目にすることがあります。ただし、生存率は個人の余命を示す数字ではありません。同じステージでも、乳がんの性質、年齢、全身状態、治療への反応などは一人ひとり異なるため、統計上の数字をそのまま自分に当てはめることはできません。

国立がん研究センターの院内がん登録では、ステージ別の5年・10年ネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された女性乳がん患者、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された女性乳がん患者を対象とした別々の集計です。そのため、たとえば「ステージ2では5年時点の94.6%から10年時点で85.4%へ低下した」というように、同じ患者集団を5年から10年まで追跡した数字として比較することはできません。

一方で、10年生存率をあわせて見ることには意味があります。乳がんでは、診断から5年を超えても長期的な治療や経過観察が必要になる場合があり、国立がん研究センターも、乳がんでは病期によって5年以降も長期的なフォローアップが必要になることを10年生存率集計から指摘しています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルとは

ネット・サバイバルは、がん以外の死亡による影響を統計学的に調整し「乳がんだけが死因となる状況」を仮定して推計した指標です。

「ステージ3の10年ネット・サバイバルが63.8%だから、自分が10年後に生きている確率も63.8%」という意味ではありません。多くの患者をまとめて乳がんによる生存への影響を評価した集団の統計として読みます。

5年と10年では診断された年代が異なる

生存率を見るときは、何年後の数字かだけでなく、患者がいつ診断されたのかも確認する必要があります。

今回掲載している5年値は2014~2015年診断例、10年値は2012年診断例です。現在の乳がん治療では、その後にCDK4/6阻害薬、免疫療法、ADC、新しいHER2標的治療や内分泌療法などが導入され、治療選択肢が増えています。

したがって、これらの数字は現在治療を受ける患者の将来をそのまま予測するものではありません。とくにステージ4や再発乳がんでは、統計の対象となった時期以降に薬物療法が大きく変化しています。

10年生存率を見る意味は「5年たてば再発しない」とは限らないことにある

乳がんでは、早期に治療を受けた後も再発の可能性が長期間続くタイプがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんでは、診断から年月が経過した後に再発する晩期再発がみられることがあります。

そのため、乳がんでは「5年間再発しなかったから、その後は再発しない」と一律には考えません。内分泌療法を何年間続けるのか、治療終了後にどのように経過をみるのかも、乳がんの性質や再発リスクを踏まえて決めます。

この点でも、乳がんの記事では5年生存率だけでなく10年生存率まで示しておく方が、長期的な経過を理解しやすくなります。

生存率だけでは自分の再発リスクは分からない

ステージ別の5年・10年生存率を見ても、「自分自身がどのくらい再発しやすいのか」までは分かりません。

根治を目指して治療した乳がんでは、ステージだけではなく、腫瘍径、リンパ節転移、HR・HER2、組織学的グレード、術前薬物療法後の残存病変などを組み合わせて再発リスクを考えます。HR陽性・HER2陰性の一部では、多遺伝子アッセイが治療選択の判断材料になることもあります。

乳がんの再発リスクは何から判断するのか

ステージ別生存率は、多くの患者さんをまとめて追跡した集団の統計です。一方、手術などによって根治を目指した治療を受けた後に、「自分の乳がんがどの程度再発しやすいのか」を考えるときには、ステージだけではなく、手術や病理検査から分かった複数の情報を組み合わせます。

乳がんでは、腫瘍が大きいほど、またリンパ節への転移が多いほど再発リスクを高く考える傾向があります。しかし、同じ大きさ、同じリンパ節転移の患者さんでも、その後の経過が同じになるわけではありません。組織学的グレード、ER・PgR、HER2、Ki-67など、がんそのものの性質も再発リスクや術後治療の選択に関係します。国立がん研究センターでも、病理学的グレードが高いほど転移・再発の可能性が高くなり、Ki-67は増殖能をみる指標の一つであると説明しています。

そのため「ステージ2だから再発率は何%」と一つの数字で考えるのではなく、病変の広がりと乳がんの性質を合わせて評価することが基本になります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

手術後の病理結果は、術後治療を決める材料になる

手術を先に行った乳がんでは、切除した乳房とリンパ節を詳しく調べることで、画像検査だけでは分からなかった情報が得られます。

実際の浸潤がんの大きさ、リンパ節転移の有無や広がり、組織学的グレード、ER・PgR、HER2などを確認し、手術だけで治療を終えられるのか、再発を減らすために薬物療法を追加する必要があるのかを判断します。乳がんの薬物療法は、ステージだけではなく再発リスクに応じて術前・術後に行われます。

ここでいう再発リスクは、将来を正確に予言するためのものではありません。「治療を追加した場合に得られる利益が、その負担に見合うか」を考えるための情報です。

術前薬物療法を受けた場合は「どの程度がんが残ったか」も見る

HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんなどでは、手術前に薬物療法を行うことがあります。この場合には、治療前のステージや病理所見だけでなく、薬物療法を行った後の手術標本もその後の治療を考える材料になります。

画像上でしこりが小さくなったかだけを見るのではなく、切除した乳房やリンパ節に浸潤がんが残っているかを病理検査で確認します。術前薬物療法には、腫瘍を小さくするだけでなく、実際にその薬がどの程度効いたかを確認し、その反応を術後薬物療法の選択に利用する目的があります。

そのため、術前治療を受けた患者さんでは「手術前に何cmだったか」だけでなく、治療後の手術標本にどの程度の病変が残っていたかも確認する必要があります。

前の薬物療法章で解説したように、HER2陽性乳がんでは術前治療後の残存病変によって術後HER2標的治療を変えることがあり、トリプルネガティブ乳がんでも術前治療とその後の病理結果を踏まえて術後治療を考えます。再発リスクの評価が、そのまま次の治療選択につながる場面の一つです。

HR陽性・HER2陰性では多遺伝子アッセイを使うことがある

HR陽性・HER2陰性の早期乳がんでは、腫瘍径やリンパ節転移、グレードなどを見ても「内分泌療法に加えて化学療法を行う利益がどの程度あるのか」を判断しにくい場合があります。

そのようなときに検討されるのが、乳がん組織にある複数の遺伝子の発現を調べる多遺伝子アッセイです。

国内では、HR陽性・HER2陰性の早期浸潤性乳がんで、リンパ節転移陰性、微小転移、またはリンパ節転移が1~3個の場合を対象として、腫瘍組織の21遺伝子のRNA発現から遠隔再発リスクを評価し、化学療法を行うかどうかの判断に利用する乳癌悪性度判定検査が保険診療に位置づけられています。

この検査は、乳がん患者全員に行うものではありません。また、「高リスクと出たから必ず再発する」「低リスクだから絶対に再発しない」と判定する検査でもありません。

病理所見だけでは化学療法を追加する利益が判断しにくい患者さんで、化学療法を行うことで得られる可能性のある利益と、副作用や生活への負担を比較するための材料として使います。

乳がんのタイプによって再発しやすい時期も異なる

再発リスクは、診断から時間がたてば全員同じように低くなるわけではありません。

ER陽性乳がんでは、内分泌療法を5年間受けた患者でも、その後長期間にわたって遠隔再発がみられることが大規模解析で示されています。腫瘍径やリンパ節転移は、こうした長期的な再発リスクとも関係します。

このため、HR陽性乳がんでは「5年再発しなかったから、その後はもう考えなくてよい」とは限りません。内分泌療法を何年間続けるかについても、再発リスクと長期治療による負担を踏まえて判断します。

一方、トリプルネガティブ乳がんでは、過去の患者集団を調べた研究で、再発リスクが診断後の比較的早い時期に高く、その後低下していく特徴が報告されています。

ただし、こうした傾向は集団としてみた再発パターンです。「HR陽性なら遅く再発する」「TNBCなら数年以内に再発する」と個人の経過を決めつけることはできません。また、現在はそれぞれのサブタイプで術前・術後治療が進歩しているため、古い患者集団の再発率を現在の患者さんへそのまま当てはめることもできません。

再発リスクを調べる目的は、必要な治療を選ぶこと

再発リスクについて説明を受けると、「私は何%の確率で再発しますか」という数字に意識が向きやすくなります。しかし、臨床で再発リスクを評価する主な目的は、将来を一つの確率で言い当てることではありません。

再発リスクが低ければ、効果の上乗せが小さい治療を避けられる可能性があります。反対に再発リスクが高ければ、化学療法、内分泌療法、HER2標的治療などを適切に組み合わせ、治療後に残っている可能性がある微小ながん細胞を抑えることを考えます。

そのため自分の再発リスクを確認するときは、単に「高いですか、低いですか」と聞くだけではなく、どの病理所見からそのように判断しているのか、その評価によって術後治療がどう変わるのかまで確認すると理解しやすくなります。

再発した場合には、初回治療時のサブタイプやステージだけで治療を決めるのではなく、再発した場所、現在のHR・HER2などの性質、これまでに使用した薬、追加のバイオマーカー検査などを踏まえて次の治療を選びます。転移・再発乳がんの治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

乳がん治療後の経過観察と再発・転移

乳がんの初期治療が終わった後も、体調や乳房の状態、治療による長期的な影響を確認するために定期的な経過観察を続けます。

経過観察の目的は、毎回できるだけ多くの検査を行って再発を探すことではありません。診察で新しい症状がないかを確認し、残っている乳房や反対側の乳房に新たな病変がないかをみながら、必要な検査を選びます。

国立がん研究センターでは、初期治療後3年間は3~6カ月ごと、4~5年目は6~12カ月ごと、5年目以降は年1回程度の問診・診察が勧められています。乳房部分切除後では、手術した乳房と反対側の乳房について年1回程度のマンモグラフィが推奨されています。

一方、症状がなく経過が順調な患者さんに対して、再発を早く見つけるためだけにCT、PET、腫瘍マーカーなどを頻回に行うことが、その後の生存期間を延ばすとは確認されていません。必要な検査は、もともとの病状や治療内容、新しく生じた症状などに応じて追加します。

参考:乳がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

治療後の症状をすべて「再発かもしれない」と考える必要はない

乳がん治療後には、手術した側の胸や腕の違和感、内分泌療法による関節痛、治療後の疲労など、再発以外の原因による症状も起こります。そのため、体調が変わるたびに再発と結び付ける必要はありません。

ただし、これまでになかった症状が続く場合や、徐々に強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せず担当医へ相談します。

骨転移では持続する骨の痛み、肺転移では咳や息切れ、脳転移では頭痛や神経症状などが現れることがありますが、これらは乳がん以外の病気でも起こる症状です。症状だけで再発と判断せず、必要に応じて画像検査などで原因を確認します。

「何日続いたら再発を疑う」と自分で線を引くよりも、普段とは違う症状が続いている、生活に支障が出るほど強くなっている、といった変化を担当医へ伝える方が実際的です。

局所・領域再発と遠隔再発では治療の考え方が異なる

乳がんの再発は、大きく局所・領域再発遠隔再発に分けて考えます。

局所・領域再発は、手術した乳房、胸壁、周囲の皮膚、所属リンパ節などに再び乳がんが現れる状態です。一方、遠隔再発は、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器に乳がんが転移して見つかる状態です。

この区別が必要なのは、治療の目的が異なるためです。

局所・領域再発だけで遠隔転移が認められず、病変を切除できる場合には、再び治癒を目指して手術を行うことがあります。乳房温存手術を受けた乳房内に再発した場合は、通常、乳房全切除術を検討します。以前に放射線治療を行っていない場所であれば、手術後の放射線治療を組み合わせる場合もあります。

一方、骨や肺などへの遠隔再発では、体の一部だけを手術しても全身に存在する可能性のある乳がんを治療できないため、薬物療法が治療の中心になります。痛みのある骨転移や脳転移などに対しては、症状を改善したり合併症を防いだりするために放射線治療や手術を組み合わせることがあります。

再発したときは、最初の乳がんの情報だけで治療を決めない

再発時の治療を考えるときには、最初に乳がんと診断されたときのER・PgR、HER2などの結果や、それまでに使用した薬を確認します。

ただし、初回診断時の情報だけでその後のすべての治療を決めるわけではありません。

再発部位から安全に組織を採取でき、それによって治療方針が変わる可能性がある場合には、再発した病変の病理検査を検討します。進行・再発乳がんでは、HER2の再検査が治療選択に関係する場面もあり、日本乳癌学会でもHER2低発現乳がんに対するHER2再検査について情報を示しています。

さらにHR陽性・HER2陰性乳がんではESR1やPIK3CA/AKT1/PTEN、トリプルネガティブ乳がんではPD-L1、乳がんのタイプによってはBRCA1/2など、追加のバイオマーカー検査が次の治療選択に関係する場合があります。

前の薬物療法章で解説したように、2026年現在は治療標的となる情報が増えているため、「10年前にHR陽性・HER2陰性と言われたから、その情報だけで治療する」とは限りません。

遠隔再発では「一つの薬で治し切る」以外の治療目標も考える

遠隔再発乳がんでは、多くの場合、薬物療法を変更しながら長期的に病状をコントロールすることを考えます。治療の効果が得られ、副作用が許容できる間は同じ治療を続け、病状が進行した場合や副作用の負担が大きくなった場合には、次の治療へ変更します。

このときの治療目標は「画像上のがんを小さくすること」だけではありません。進行をできるだけ長く抑えること、痛みや息苦しさなどの症状を軽くすること、臓器の働きを守ること、治療を受けながら仕事や家での生活を続けられる状態を保つことも治療の一部です。

治療を変更するか迷う場面では、画像の変化だけでなく、現在困っている症状、これまでの副作用、通院の負担、次の治療で期待できることを一緒に整理します。

腫瘍マーカーだけで再発の有無を判断しない

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。再発・転移した後には、治療効果をみるための参考情報として使われる場合があります。ただし、腫瘍マーカーが正常だから再発がないと断定できるわけではなく、反対に数値が上昇しただけで再発と確定することもできません。

症状、診察、画像検査、必要に応じた病理検査などと合わせて判断するため「腫瘍マーカーが少し上がった=再発した」と一つの数値だけで結論を出さないことが大切です。

再発後も、治療以外の生活を含めて方針を考える

再発と説明された直後は、「次の薬は何か」「あとどのくらい生きられるのか」ということだけに意識が向きやすくなります。しかし、長期間治療を続ける可能性がある乳がんでは、仕事、育児、介護、通院時間、食事、睡眠、外見の変化なども治療方針に影響します。

治療効果が期待できる薬でも、副作用によって日常生活をほとんど維持できなければ、支持療法を追加したり、休薬やスケジュールを調整したりする必要が出てくることがあります。

次の章では、乳がん治療で起こりやすい副作用を、単なる症状の一覧ではなく、仕事、家事、食事、睡眠、妊娠・妊孕性、外見など日常生活への影響と合わせて解説します。

乳がん治療の副作用と生活への影響

乳がん治療の副作用は、使用する薬や手術・放射線治療の内容によって異なります。同じ薬を使っても症状の出方には差があり「副作用があるか、ないか」だけでは治療の負担を十分に表せません。実際の生活では、食事が取れるか、眠れるか、通勤できるか、指先を使う仕事を続けられるか、子どもの世話ができるかといったことが治療継続に大きく関係します。

乳がんでは数カ月で終わる治療だけでなく、内分泌療法のように長期間続ける治療もあります。副作用を我慢し続けるのではなく、治療効果を保ちながら日常生活への影響を減らせる方法を医療者と調整していくことが必要です。

化学療法では「治療日のつらさ」だけでなく数日後の変化も考える

細胞障害性抗がん薬では、吐き気、食欲低下、倦怠感、脱毛、骨髄抑制などが起こることがあります。症状は点滴を受けた当日だけに現れるとは限らず、数日後に疲労や食欲低下が強くなることもあります。

白血球、とくに好中球が減少すると感染症を起こしやすくなります。治療中に発熱した場合は、市販の解熱薬だけで様子を見るのではなく、あらかじめ治療施設から示された体温や症状の基準に従って連絡します。

乳がんでよく使用されるタキサン系薬剤では、手足のしびれや感覚低下などの末梢神経障害が問題になることがあります。ボタンを留めにくい、箸を使いにくい、文字を書きにくい、歩くと足裏の感覚がおかしいといった変化は、日常生活や仕事に直接影響します。

アンスラサイクリン系薬剤では心機能への影響にも配慮します。治療前後に心臓の検査を行うことがあり、息切れやむくみなど、それまでなかった症状が現れた場合には確認が必要です。乳がんでは薬剤ごとに特徴の異なる副作用があるため、国立がん研究センターも薬の種類や患者の状態に応じて治療を選択するとしています。

内分泌療法は長く続けるからこそ生活への影響を調整する

HR陽性乳がんでは、内分泌療法を長期間続けることがあります。抗がん薬のような強い吐き気や脱毛が起こりにくいため「負担の軽い治療」と思われることがありますが、毎日の生活に影響する症状が長く続くことがあります。

タモキシフェンでは、ほてりや発汗などの更年期に似た症状が現れることがあります。また、血栓症などにも注意が必要です。

アロマターゼ阻害薬では、関節痛やこわばりによって朝起きたときや歩き始めに動きにくさを感じることがあります。骨密度が低下する可能性もあるため、治療期間や年齢、骨折リスクなどに応じて骨の状態を確認します。

「命に関わる副作用ではないから」と症状を我慢し続けると、服薬を続けること自体が難しくなる場合があります。痛みやほてり、睡眠への影響が強い場合には、症状への治療や薬剤の変更を含めて相談します。

CDK4/6阻害薬は薬によって副作用の特徴が異なる

HR陽性・HER2陰性乳がんで使用されるCDK4/6阻害薬では、好中球減少、下痢、肝機能障害などが問題になることがありますが、どの副作用が起こりやすいかは薬剤によって異なります。

そのため「CDK4/6阻害薬の副作用」と一括して考えるより、自分が使っている薬では血液検査で何を確認するのか、下痢が起きた場合はどの段階で連絡するのかを知っておく方が実際の治療には役立ちます。

内服薬の場合、自宅で治療が続くため、点滴の日だけ医療者が状態を確認する治療とは異なります。食事が取れない、下痢が続く、強い疲労で仕事や家事が難しくなるといった変化も診察時に伝えます。

HER2標的治療では心機能と薬剤ごとの副作用を確認する

トラスツズマブなどのHER2標的治療では、心機能への影響を確認しながら治療を続けることがあります。自覚症状がない段階で変化を捉えるため、治療前や治療中に心エコーなどを行うことがあります。

一方、同じHER2標的治療でも、ADCでは別の副作用にも注意が必要です。

トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、エンハーツ)では、間質性肺疾患が重大な副作用として知られています。PMDAも患者向けの間質性肺疾患に関する安全性情報を用意し、現在も適正使用のための注意喚起を行っています。

治療中に新しく乾いた咳が出る、息切れがする、呼吸しづらい、発熱するといった症状があれば、「風邪だろう」と次回の診察まで待たず、治療を受けている医療機関へ連絡します。間質性肺疾患は早い段階で評価し、必要に応じて治療を中断することが重要な副作用です。

参考:各医薬品添付文書・患者向医薬品ガイド|医薬品医療機器総合機構(PMDA)

カピバセルチブでは下痢・高血糖・皮膚症状にも注意する

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんで使用されるカピバセルチブでは、下痢、高血糖、皮疹などが問題になることがあります。PMDAも患者向け情報として、高血糖、重度の下痢、多形紅斑などについて特に注意すべき副作用として案内しています。

高血糖は、必ずしも自分ではすぐに分かるとは限りません。そのため血液検査を行いながら治療し、強い喉の渇き、多尿、著しい倦怠感など普段と異なる症状がある場合には相談します。

下痢についても「薬を飲んでいるから仕方がない」と我慢するのではなく、回数が増えたり水分が取れなくなったりした場合には早めの対応が必要です。

PARP阻害薬では貧血などが生活に影響することがある

BRCA1/2病的バリアントなどをもとに使用するPARP阻害薬では、貧血をはじめとする血球減少や、吐き気、疲労などが問題になることがあります。貧血が進むと、階段で息切れする、立ち仕事がつらい、これまでと同じ時間働けないといった形で生活に現れることがあります。

血液検査の数値だけを見るのではなく「今までできていたことがどの程度できなくなったか」を医療者へ伝えると、治療の負担を評価しやすくなります。

免疫療法では通常の抗がん薬とは異なる副作用が起こる

トリプルネガティブ乳がんなどで使用する免疫チェックポイント阻害薬では、免疫機能が過剰に働くことで、自分の臓器に炎症が起こる免疫関連有害事象があります。

肺、腸、肝臓、甲状腺などの内分泌臓器をはじめ、さまざまな臓器に症状が現れる可能性があります。発症する時期も一定ではないため「点滴直後に何もなかったから大丈夫」とは限りません。

新しい息切れや咳、長引く下痢、強い倦怠感など、普段とは違う症状が現れた場合には、免疫療法を受けていることを医療者へ伝えます。乳がんでもTNBCに免疫チェックポイント阻害薬が用いられる場合があります。

治療による閉経症状や性生活への影響も相談してよい

乳がん治療では、卵巣機能の低下や内分泌療法によって、ほてり、発汗、気分の変化、腟の乾燥などが現れることがあります。

腟の乾燥や粘膜の萎縮によって性交時に痛みが出ることもあります。国立がん研究センターも、化学療法や内分泌療法によって女性ホルモンの働きが抑えられ、腟の乾燥や性交痛が生じることがあると説明しています。

こうした症状は治療効果とは直接関係しないため、診察で話題にしにくいかもしれません。しかし、長期間の内分泌療法では性生活やパートナーとの関係もQOLの一部です。相談できる対処法があるため、困っている場合は乳腺科や婦人科などへ伝えます。

参考:乳がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

将来妊娠を希望する場合は治療を始める前に相談する

化学療法などは卵巣機能に影響し、妊娠するための力である妊孕性が低下したり失われたりする場合があります。影響の程度は、年齢や使用する薬、治療内容などによって異なります。

将来、子どもをもちたいという希望がある場合には、できるだけ治療開始前に担当医へ伝えます。必要に応じて生殖医療の専門医と相談し、未受精卵子や胚などの凍結保存を検討することがあります。国立がん研究センターも、妊孕性温存を考える場合は主治医へ相談し、生殖医療専門医と連携して検討するよう案内しています。

乳がん治療後に妊娠・出産を希望する場合も、薬によって妊娠を避ける必要がある期間が異なります。治療を自己判断で中止せず、再発リスクや治療期間を含めて担当医と相談します。日本乳癌学会も2026年6月に「乳がん治療後に妊娠・出産をお考えのかたへ」という患者向け説明動画を追加しています。

参考:乳癌治療に関連する説明動画|一般社団法人 日本乳癌学会

脱毛や乳房の変化は「見た目だけの問題」ではない

化学療法による脱毛、手術による乳房の形の変化、放射線治療後の皮膚や乳房の変化は、外見だけの問題として片付けられません。仕事で人と会うことへの抵抗、子どもから病気について聞かれる不安、更衣室や温泉を避けるようになることなど、社会生活にも影響します。

ウィッグ、帽子、乳房補整具、再建などを利用するかどうかに正解はありません。「できるだけ以前と同じ見た目にしたい」という希望も、「特に補整は必要ない」という希望も、治療後の生活を考えるための情報です。

休薬や減量は「治療に失敗した」という意味ではない

薬物療法では、副作用の程度によって治療を一時的に休む、投与量を調整する、投与間隔を変更する、別の薬へ変更するといった対応を行うことがあります。なお、副作用への対応は薬によって異なり、免疫チェックポイント阻害薬では通常、投与量を段階的に減らすのではなく、重症度に応じて休薬・中止し、必要に応じて副腎皮質ステロイドなどで治療します。

治療計画どおりの量を一度も変更せず続けること自体が目的ではありません。副作用によって食事や水分が取れない、歩けない、眠れない状態になれば、そのまま治療を続けることが適切とは限りません。

とくに長期治療では、治療効果だけでなく、その治療を続けながらどのような生活ができているかも定期的に確認します。2026年版乳癌診療ガイドラインにもQOLの章が新設されており、治療では科学的根拠だけでなく患者の希望や益と害のバランスを踏まえることが示されています。

治療中に新しい症状が出たときは、「この程度なら我慢するべきか」と一人で判断するのではなく、次回の診察まで待ってよい症状なのか、当日連絡すべき症状なのかを治療開始時に確認しておくと安心です。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんの緩和ケア・支持療法|治療と生活を続けるための支え

緩和ケアという言葉から「治療ができなくなったときに受けるもの」「終末期のための医療」と考える人もいるかもしれません。しかし、緩和ケアはがんが進行してから始めるものではありません。

乳がんと診断されたときから、痛みや吐き気などの身体的なつらさ、不安や落ち込み、仕事や家庭への影響などに対応し、がん治療を続けながら生活の質を保つために利用できます。国立がん研究センターも、緩和ケアを診断時からがん治療と並行して受けることができるものとしています。

支持療法は、がんそのものによる症状だけでなく、手術・放射線治療・薬物療法による副作用や後遺症を予防したり軽減したりするための治療やケアです。そのため、早期乳がんで再発予防の治療を受けている人にも、転移・再発乳がんの治療を続けている人にも関係します。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みは「がんが進んだから仕方がない」と我慢しない

乳がんでは、手術後の傷や肩周囲の痛み、薬物療法による関節痛など、治療そのものによって痛みが生じることがあります。転移・再発乳がんでは、骨転移などが原因で痛みが続く場合もあります。

痛みの原因によって対処法は異なります。鎮痛薬を調整するだけでなく、骨転移による強い痛みに対しては放射線治療を行うことがあり、骨折の危険が高い場合には整形外科的な治療を検討することもあります。乳がんの骨転移では、痛みや骨折のリスクを減らす目的で薬物療法を追加する場合もあります。

強い痛みに対して医療用麻薬を使用することもありますが「医療用麻薬を使う=終末期」という意味ではありません。痛みを十分に抑えることで、眠る、食べる、歩く、仕事や家事を行うといった日常生活を保ちやすくすることが治療の目的です。

「痛みはあるが何とか我慢できる」という段階でも、睡眠や動作に影響し始めているのであれば相談する意味があります。

腕のむくみや動かしにくさには早めに対応する

乳がんの手術後には、肩や腕を動かしにくくなったり、手術した側の腕にリンパ浮腫が起こったりすることがあります。

とくに腋窩リンパ節郭清を受けた場合や、リンパ節領域へ放射線治療を行った場合にはリンパ浮腫が起こる可能性があります。リンパ浮腫は手術直後だけではなく、何年もたってから現れることもあります。

腕が重く感じる、左右で太さが違う、指輪や袖がきつくなったと感じる場合には、むくみが強くなってから相談するのではなく、早い段階で担当医や看護師へ伝えます。

すでにリンパ浮腫がある場合には、状態に応じて弾性着衣による圧迫、運動、スキンケアなどを組み合わせます。自己流の強いマッサージを始めるのではなく、専門的な評価を受けたうえで方法を確認します。国立がん研究センターも、リンパ浮腫への圧迫や運動について医療者へ相談するよう案内しています。

参考:リンパ浮腫Q&A|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさや強い倦怠感は原因を確認してから対処する

転移・再発乳がんでは、肺や胸膜への病変などによって息苦しさが現れることがあります。一方、治療中の息切れは、貧血、感染症、心機能への影響、薬剤性の間質性肺疾患などでも起こります。「がんが進んだから息苦しい」と決めつけず、まず原因を確認します。

前章で説明したように、T-DXdなど間質性肺疾患に注意が必要な薬を使用している場合、新しい咳や息切れは早めの評価が必要です。HER2標的治療やアンスラサイクリン系薬剤を使用している場合には心機能の評価が必要になることもあります。

強い倦怠感についても、がんそのものだけでなく、貧血、感染症、内分泌機能の変化、睡眠不足、痛み、気分の落ち込みなど複数の原因が重なることがあります。症状だけを我慢するより、原因を分けて考えることで対処できる場合があります。

食欲低下や体重減少は「食べる努力」だけで解決しない

化学療法による吐き気、口内炎、味覚の変化、便秘や下痢などがあると、治療中の食事量が減ることがあります。進行乳がんでは、がんそのものや治療の影響によって食欲が低下し、体重や筋力が落ちることもあります。

このようなときに「栄養を取らなければ」と無理に食事量だけを増やそうとしても、かえって食事が負担になることがあります。

まず、吐き気や痛み、便秘、口腔内の問題など食べにくくなっている原因がないか確認します。必要に応じて制吐薬などを調整し、管理栄養士と相談しながら、一度に食べる量を減らす、食べやすい時間帯を利用するなど、その時点で取りやすい方法を考えます。

体重だけでなく、歩ける距離が短くなった、階段がつらくなった、家事を続けられなくなったといった筋力や活動量の変化も治療を続けるうえで参考になります。

不安や落ち込みも治療の対象になる

乳がんと診断されたときには、「治るのか」「再発するのではないか」「家族にどう話せばよいのか」など、多くの不安が生じます。

治療が終わった後にも、診察や検査の前になると再発への不安が強くなることがあります。転移・再発を告げられた場合には、これからの生活や家族のことを考えて眠れなくなったり、何も考えられなくなったりすることもあります。こうした反応をすべて自分だけで処理する必要はありません。

緩和ケアでは身体症状だけでなく、心理的・社会的なつらさも対象になります。担当医や看護師だけでなく、心理職、ソーシャルワーカー、緩和ケアチームなどと相談することができます。国立がん研究センターも、緩和ケアは体の痛みだけでなく、診断時から生じる不安や落ち込みなどの心のつらさを含めて支援するものとしています。

仕事やお金の問題も医療と切り離さなくてよい

乳がんでは、外来で長期間治療を続けながら働く人もいます。しかし、化学療法の日程、術後の回復期間、放射線治療への通院、長期に続く内分泌療法の副作用などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることがあります。

病気になった直後に「もう仕事は続けられない」と退職を決める必要はありません。まず治療期間や通院頻度、体調が変化しやすい時期を確認し、短時間勤務、休職、業務内容の調整などを利用できないか検討します。

医療費や生活費が不安な場合も、担当医だけで解決しようとする必要はありません。社会福祉士などを通じて、利用できる制度や職場との調整について相談できます。がん相談支援センターでは、治療や副作用だけでなく、仕事、お金、家族との関係などについても無料で相談できます。自分が通院している病院以外の相談支援センターを利用することも可能です。

参考:「がん相談支援センター」とは|国立がん研究センター がん情報サービス

転移による症状には、薬物療法以外の治療も組み合わせる

転移・再発乳がんでは全身に作用する薬物療法が治療の中心ですが、症状の原因となっている転移部位へ局所治療を追加することで、生活を保ちやすくなることがあります。

たとえば骨転移による痛みには鎮痛薬や放射線治療を行い、骨折の危険が高ければ整形外科的な治療を検討します。脳転移では、病変の数や場所などに応じて放射線治療や手術を行うことがあります。

ここで局所治療を行う目的は、必ずしもすべての転移をなくすことだけではありません。痛みを抑える、歩ける状態を保つ、神経症状を防ぐなど、日常生活への影響を小さくすることも治療目的になります。

緩和ケアを相談する時期に「早すぎる」はない

痛みが非常に強くなってから、治療を中止してからでなければ緩和ケアを利用できないわけではありません。

痛みで眠りにくい、治療の副作用で食事が取れない、再発への不安が頭から離れない、家族へどう説明すればよいか分からない、仕事や医療費について困っているといった段階でも相談できます。緩和ケアは、がん治療と並行して受けることができます。

通院が難しくなった場合には、地域の医療機関や訪問診療などと連携して、自宅で症状の治療やケアを続けられる場合があります。全国のがん診療連携拠点病院では、外来・入院のいずれでも緩和ケアを利用でき、必要に応じて地域と連携する体制があります。

治療を続けるかどうかだけではなく、治療を受けながらどのような状態で生活したいのかを医療者へ伝えることも、乳がん治療を考えるための情報になります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がん治療が効きにくくなったときに確認したいこと

乳がんでは、最初に選んだ治療をずっと続けられるとは限りません。進行・再発乳がんでは、薬が効いている間は治療を続け、病状が進行した場合や副作用の負担が大きくなった場合には、次の治療へ切り替えていきます。

このとき「標準治療が効かなかったから、もう標準治療ではできることがない」とは限りません。乳がんでは、サブタイプやこれまでに使用した薬によって複数の治療選択肢があり、さらに再検査によって次の治療につながる標的が見つかる場合があります。

そのため治療を変更する場面では、新しい薬を探すことだけに意識を向けるのではなく、現在までに何を調べ、どの治療を使い、次の選択に必要な情報がそろっているかを整理することが先になります。

「標準治療」は古い治療という意味ではない

標準治療とは、科学的根拠に基づいて有効性と安全性が検討され、現時点で多くの患者さんに勧められる治療です。国立がん研究センターも、標準治療を「現在利用できる最良の治療であることが示され、多くの患者に行うことが推奨される治療」と説明しています。

「標準」という言葉から、平均的な治療、昔から変わっていない治療という印象を持つかもしれません。しかし、乳がんでは新しい薬の効果と安全性が臨床試験で確認されると、その薬を含む治療が新しい標準治療になることがあります。

実際、乳がんではCDK4/6阻害薬、ADC、免疫チェックポイント阻害薬、新しい内分泌療法などが治療体系に加わってきました。そのため、「標準治療か最新治療か」という二択で考えるのではなく、現在の自分の病状に対して、医学的根拠のある治療として何が推奨されているかを確認します。

治療を変更するときは、次の薬に必要な検査が済んでいるか確認する

前の薬物療法の章で説明したように、2026年現在の乳がん治療では、最初に調べたER・PgR・HER2だけで、その後の治療がすべて決まるわけではありません。

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんでは、治療経過によってESR1やPIK3CA/AKT1/PTENなどの結果が次の薬を選ぶ材料になります。生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬の適応に関係する場合があります。以前は「HER2陰性」と判断されていた乳がんでも、HER2低発現・超低発現の評価がADCの選択に関係するようになっています。

治療変更の説明を受けるときは「次はどの薬を使いますか」だけではなく、過去の病理標本で必要な検査ができているのか、新しい組織を採取する意味があるのか、血液を使った検査で確認できる情報があるのかまで聞いておくと、治療候補を整理しやすくなります。

再発した病変をもう一度調べることが治療につながる場合がある

再発した乳がんでは、最初に診断されたときの病理結果と、再発した病変の性質が完全に同じとは限りません。

安全に組織を採取でき、結果によって治療方針が変わる可能性がある場合には、再発部位を生検してER・PgR・HER2などを再評価することがあります。

これは「最初の診断が間違っていた」という意味ではありません。治療を受ける過程で、がん細胞の中で治療に反応しやすい細胞と反応しにくい細胞の割合が変わるなど、再発時には治療標的となる情報が変化している可能性があるためです。

とくに現在は、HER2の発現程度や遺伝子変異によって使用できる薬が変わるため、以前の検査結果だけで次の治療候補を狭めないことが重要になっています。

転移・再発乳がんにおける治療順序については、以下の記事で詳しく解説しています。

臨床試験は「最後の手段」ではない

標準治療以外の選択肢として、臨床試験治験への参加を提案されることがあります。

臨床試験は、効果や安全性がまだ十分に確立していない新しい治療を評価し、将来の標準治療をつくるために行われる研究です。現在行われている標準治療も、過去の臨床試験の積み重ねによって確立されてきました。

臨床試験を「すべての標準治療がなくなった後に受ける特別な治療」と考える必要はありません。病状や治療歴によっては、治療の途中で臨床試験への参加を提案される場合があります。

一方、新しい治療だから標準治療より優れていると決まっているわけでもありません。臨床試験は、その新しい治療が本当に有効なのか、安全に使用できるのかを確認するために行われます。標準治療と新しい治療を比較する試験では、どちらの治療を受けるかを自分で選べない場合もあります。

参加を検討するときは、何を明らかにするための試験なのか、自分が受ける可能性のある治療は何か、これまでにどの程度の効果と副作用が分かっているのか、通院や検査の回数、費用負担などを説明文書で確認します。

「新しい治療」「先進医療」「自由診療」の意味

インターネットで乳がん治療を調べていると、「最新治療」「先進医療」「自由診療」「免疫療法」などさまざまな表現が見つかります。

しかし、これらをまとめて「標準治療より進んだ治療」と捉えることはできません。国立がん研究センターも、新しい治療が標準治療より優れているかどうかは臨床試験の結果が出るまで分からないと説明しています。

先進医療は、公的な制度のもとで安全性や有効性などを評価する医療であり、一般に「先進的に見える治療」を指す言葉ではありません。また、自由診療は公的医療保険を使わずに受ける診療の仕組みを指すため、自由診療で提供されていること自体が治療効果の高さを示すわけでもありません。

保険診療以外の治療を検討するときは「新しいかどうか」ではなく、どの患者を対象に、どの研究で、何と比較して、どの程度の効果と副作用が確認されているのかを見る必要があります。とくに「標準治療では治らない」「抗がん薬は必要ない」「この治療なら副作用なくがんを消せる」など、標準治療を一律に否定しながら特定の治療だけを勧める説明には慎重な確認が必要です。

セカンドオピニオンは「病院を変えること」ではない

治療方針を提示されたものの、ほかの選択肢がないか確認したい場合には、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の主治医から別の病院へ転院することではありません。現在の診断や検査結果、提示されている治療方針について、別の医師から意見を聞き、その後の治療を考えるための制度です。国立がん研究センターも、がん診療連携拠点病院ではセカンドオピニオンを受けるための支援体制が整備されていると説明しています。

乳がんでは、乳房温存と全切除のどちらを選ぶか、術前薬物療法を行うか、再発後にどの順序で薬を使うかなど、複数の選択肢について判断する場面があります。

「主治医を信用していないから受けるもの」と考える必要はありません。治療を開始する前に別の専門医の意見を聞くことで、現在提案されている治療の理由に納得できる場合もあります。ただし、治療開始を急ぐ必要がある病状では、セカンドオピニオンによってどの程度まで治療を待てるのかも主治医へ確認します。

治療について迷ったときに確認したいこと

乳がんの治療選択肢が増えるほど「もっと新しい薬があるのではないか」「今の治療を選んで後悔しないか」と迷う場面も増えます。そのようなときは、治療の名前だけを比較するよりも、現在の治療で何を目指しているのかを確認します。

手術前なら、腫瘍を縮小させることなのか、術後治療の判断に反応を見ることなのか。手術後なら、再発する可能性をどの程度下げるための治療なのか。転移・再発乳がんなら、病状をどの程度コントロールできる可能性があり、その代わりにどのような副作用や通院負担があるのかを整理します。

そのうえで、自分にとって仕事を続けること、育児や家族との時間を保つこと、脱毛などの外見変化をできるだけ抑えること、治療効果をできるだけ優先することなど、何を大きく損ないたくないのかを医療者へ伝えます。

治療の選択は「医学的に最も強い治療」を探す作業ではありません。医学的な利益と負担を理解したうえで、自分が何を期待し、どこまでの負担なら受け入れられるのかを含めて決めていきます。

治療内容やセカンドオピニオン、臨床試験についてどこへ相談すればよいか分からない場合には、がん相談支援センターを利用できます。がん相談支援センターでは、治療、セカンドオピニオン、臨床試験・先進医療、生活上の問題などについて相談できます。

まとめ|治療だけでなく、これからの生活も一緒に考える

乳がんと診断されると「治るのか」「乳房を残せるのか」「再発しないだろうか」といった病気への不安だけでなく、仕事を続けられるのか、家族にどこまで頼るのか、外見が変わることをどう受け止めるのかなど、生活についても多くの迷いが生じます。

すべてを一度に決める必要はありません。治療を選ぶときには、効果や副作用だけでなく「できるだけ仕事を続けたい」「子どもとの時間を保ちたい」「将来妊娠したい」「乳房を残したい」「通院の負担を抑えたい」といった希望も医療者へ伝えてください。

治療が始まった後に、体調や考え方が変わることもあります。副作用が想像以上につらかったとき、仕事との両立が難しくなったとき、再発への不安が強くなったときには、その時点で治療や支援の方法を相談できます。

乳がんと向き合う時間のすべてを、病気のためだけに使う必要はありません。医療者や家族、相談支援サービスなどの力を借りながら、自分がこれからも続けたい生活や大切にしたい時間をできるだけ保てる方法を考えていきましょう。

肺がんは、気管支や肺胞などの細胞から発生するがんです。2023年に国内で新たに肺がんと診断された人は12万3,989例、2024年に肺がんで死亡した人は7万5,569人でした。

2018年に診断された15歳以上の肺がん患者における5年生存率は39.6%と報告されています。ただし、この数字は非小細胞肺がんと小細胞肺がん、すべてのステージを合わせた全国統計であり、個人の治りやすさや余命を示すものではありません。

肺がんは、早期には症状がほとんど現れないことがあります。咳、痰、血痰、息切れ、胸の痛みなどがきっかけで見つかる場合もありますが、症状の強さと進行度は必ずしも一致しません。肺の奥にできた小さながんでは症状が出ない一方、気管支の近くにできたがんでは、比較的早い段階から咳や血痰が現れることがあります。

肺がんの治療を決めるうえでは、ステージだけでなく、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか、腺がんや扁平上皮がんなどの病理型、がん細胞の遺伝子異常、PD-L1発現、呼吸機能、全身状態を確認します。同じステージでも、これらの結果によって選ばれる治療が異なります。

この記事では、肺がんの種類、原因とリスク、検診、症状、検査、ステージに加え、非小細胞肺がんと小細胞肺がんの治療の違いを解説します。遺伝子・バイオマーカー検査、手術、放射線治療、薬物療法、治療の副作用、ステージ別の生存率についても、検査結果を治療選択へどうつなげるかという視点から整理します。

参考:肺|国立がん研究センター がん統計
参考:2018年全国がん登録5年生存率報告|厚生労働省

  • 肺がんは、非小細胞肺がんと小細胞肺がんで治療方針が大きく異なる
  • 早期には症状がないことがあり、症状の強さだけでは進行度を判断できない
  • 治療はステージ、病理型、遺伝子異常、PD-L1、呼吸機能などから決める

肺がんとは何か

肺がんは、気管支や肺胞などの細胞ががん化し、制御されずに増殖する病気です。がんが大きくなると、気管支を狭くしたり、正常な肺組織を圧迫したりして、咳、血痰、息切れ、肺炎などを引き起こすことがあります。

さらに進行すると、胸膜や胸壁、縦隔など肺の周囲へ広がるほか、リンパ液や血液の流れに乗って、脳、骨、肝臓、副腎などへ転移する場合があります。

肺がんは、顕微鏡で確認したがん細胞の形や性質によって、非小細胞肺がん小細胞肺がんに大きく分けられます。この区別は名称の違いだけではなく、進行の速さ、転移のしやすさ、手術の適応、薬物療法や放射線治療への反応が異なるため、治療方針を決める出発点になります。

参考:肺がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

非小細胞肺がん

非小細胞肺がんは肺がん全体の約80〜85%を占め、主に腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどに分けられます。

腺がんは肺の奥にある肺野に発生しやすく、非喫煙者にもみられます。小さいうちは咳などの症状が出にくく、検診やほかの病気の検査で偶然見つかる場合があります。EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子など、治療対象となる遺伝子異常が見つかることがあるため、進行例では遺伝子検査が特に重要です。

扁平上皮がんは、肺の入り口に近い太い気管支に発生することがあり、喫煙との関連が強い病理型です。気管支が狭くなることで、咳、血痰、息切れ、同じ場所に繰り返す肺炎などが現れる場合があります。

非小細胞肺がんの治療は、切除可能な早期・局所進行例では手術を中心に考え、必要に応じて手術前後の薬物療法を組み合わせます。切除できないステージ3では化学放射線療法など、ステージ4・再発では遺伝子異常やPD-L1発現などに応じた薬物療法が中心になります。

肺がんステージ4の病状、遺伝子検査、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

小細胞肺がん

小細胞肺がんは非小細胞肺がんより頻度は低いものの、増殖が速く、早い段階からリンパ節やほかの臓器へ広がりやすいという特徴があります。喫煙との関連が強く、診断時にすでに胸部の広い範囲や遠隔臓器へ病変が及んでいる場合もあります。

治療方針を決める際はTNM分類によるステージに加え、病変が一つの放射線照射範囲に収まる限局型と、それを超えて広がっている進展型という分類が広く使われます。

ごく早期でリンパ節転移がない一部の患者さんでは手術を検討しますが、多くの限局型では薬物療法と胸部放射線治療を組み合わせます。進展型では、プラチナ製剤とエトポシドへ免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる薬物療法が主な選択肢です。

小細胞肺がんは薬物療法や放射線治療によって大きく縮小することがある一方、再発しやすい性質もあります。限局型・進展型の治療、再発時の治療、放射線治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

非小細胞肺がんと小細胞肺がんでは、標準となる治療の組み立てが異なります。診断を受けた際には、「肺がんです」という説明だけでなく、病理型、ステージ、手術の可否、治療選択に必要な遺伝子・バイオマーカー検査について確認することが大切です。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

肺がんの原因とリスク

肺がんは、一つの原因だけで発症する病気ではありません。年齢を重ねる中で細胞の遺伝子に変化が蓄積し、喫煙、受動喫煙、職業上の有害物質への曝露、慢性の肺疾患などが重なって発症すると考えられています。

肺がんの最も重要な危険因子は喫煙です。喫煙本数が多いほど、また喫煙を続けた期間が長いほど、肺がんの発症リスクは高くなります。国立がん研究センターによると、喫煙者は非喫煙者と比べ、男性で4.4倍、女性で2.8倍、肺がんになりやすいとされています。

ただし、肺がんは喫煙者だけが発症する病気ではありません。たばこを吸ったことがない人にも肺がんは発生し、とくに肺腺がんでは非喫煙者の患者さんもみられます。喫煙歴がないことだけを理由に、長引く咳や血痰などの症状を放置しないことが大切です。

参考:肺がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

受動喫煙や職業・環境による曝露

周囲のたばこの煙を吸い込む受動喫煙も、肺がんの発症リスクを高めます。国立がん研究センターでは、受動喫煙によって肺がんのリスクが2~3割程度高くなるとしています。

そのほか、アスベスト、シリカ、ディーゼル排気、金属や化学物質などへ仕事を通じて長期間さらされた場合にも、肺がんのリスクが高くなることがあります。屋外・屋内の大気汚染も、肺がんの危険因子の一つです。

過去に建設、解体、造船、断熱材の施工、鉱業、金属加工などに従事していた場合は、喫煙歴だけでなく、どのような粉じんや化学物質を扱っていたかも医師へ伝えます。喫煙とほかの有害物質への曝露が重なると、リスクがさらに高まる可能性があります。

慢性の肺疾患や家族歴

慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、肺結核などの肺疾患がある人では、肺がんの発症リスクが高くなることが報告されています。もともと咳や息切れがあると、肺がんによる変化に気付きにくいこともあるため、症状の悪化や画像の変化を定期的に確認します。

肺がんになった血縁者がいることも、リスクを考える材料の一つです。ただし、家族歴には遺伝的な体質だけでなく、喫煙や受動喫煙など共通する生活環境が影響している場合もあります。家族に肺がん患者がいるからといって、必ず発症するわけではありません。

危険因子がある人すべてが肺がんになるわけではなく、明らかな危険因子がない人にも発症します。肺がんと診断された理由を一つに決めつけたり、喫煙歴だけを理由に本人を責めたりすることは適切ではありません。

禁煙は肺がん予防と治療の両方に関係する

肺がんを予防するうえで最も有効な行動は、たばこを吸わないことと、現在吸っている場合に禁煙することです。禁煙を始めた後もリスクがすぐに非喫煙者と同じになるわけではありませんが、喫煙を続ける場合と比べて徐々に低下します。

すでに肺がんと診断された後でも、禁煙には意味があります。治療中の呼吸器合併症を減らし、手術後の回復や呼吸機能を保つためにも、できるだけ早く禁煙を始めます。自力での禁煙が難しい場合は、禁煙外来などの支援を利用できます。

参考:Lung Cancer Prevention|米国国立がん研究所
参考:Lung Cancer|国際がん研究機関

肺がん検診と症状がある場合の受診

肺がんは早期には自覚症状がないことがあるため、症状のない人が定期的に検診を受けることには意味があります。一方、すでに咳や血痰などの症状がある人は、がん検診ではなく、医療機関で診断を目的とした検査を受ける必要があります。

40歳以上は年1回の肺がん検診が推奨

日本の対策型肺がん検診は、症状のない40歳以上の男女を対象に、年1回行われます。基本的な検査は問診と胸部X線検査です。

50歳以上で、現在または過去の喫煙指数が600以上の人には、胸部X線検査に加えて喀痰細胞診(かくたんさいぼうしん)を行います。喫煙指数は、次のように計算します。

喫煙指数=1日に吸うたばこの本数×喫煙した年数

例:1日20本を30年間吸った場合は、20×30=600となる。

検診結果が「要精密検査」となった場合は、症状がなくても必ず精密検査を受けます。もう一度胸部X線検査を受けて異常がなければよい、というものではありません。必要に応じて胸部CTなどで確認します。

参考:肺がん検診について|国立がん研究センター がん情報サービス

症状がある場合は検診を待たない

血痰、長引く咳、胸の痛み、声のかれ、息切れなどがある場合は、次の検診を待たずに呼吸器内科などを受診してください。がん検診は、原則として症状のない人から肺がんの可能性がある人を見つけるためのものです。

胸部X線検査で異常なしと判定されても、肺がんを完全に否定できるわけではありません。症状が続く場合や、過去の画像と比べて変化が疑われる場合には、診察を受け、胸部CTなどが必要かを相談します。

低線量CT検診は全国一律の検診ではない

低線量CTは、通常の診断用CTより放射線量を抑えて肺を撮影する検査で、重喫煙者の肺がんを早期に発見する方法として検討されています。

2026年度から、重喫煙者を対象とした低線量CT肺がん検診の実証事業が、一部の地域で行われています。ただし、現時点で全国すべての自治体に導入された対策型検診ではありません。対象条件や実施地域は限られているため、住んでいる自治体や医療機関へ確認します。

低線量CTは胸部X線より小さな結節を発見しやすい一方、がんではない影が見つかって追加検査が必要になることや、経過観察が長く続くこともあります。検査を受ける際は、利益だけでなく、偽陽性、過剰診断、放射線被曝などの不利益についても説明を受けます。

参考:低線量CT肺がん検診|日本肺癌学会

肺がんの主な症状と受診の目安

肺がんは、早期には症状がないことも多く、検診やほかの病気の画像検査で偶然見つかる場合があります。一方、がんができた場所によっては、比較的小さい段階から咳や血痰などが現れます。

肺がんの主な症状は、咳、痰、血痰、胸の痛み、動いたときの息苦しさ、動悸、発熱、声のかれなどです。ただし、これらは肺炎、気管支炎、COPDなどでも起こるため、症状だけで肺がんかどうかを判断することはできません。

国立がん研究センターでは、原因が分からない咳や痰が2週間以上続く場合、血痰が出た場合、発熱が5日以上続く場合には、早めに医療機関を受診するよう案内しています。

参考:肺がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

がんができた場所によって症状は異なる

太い気管支の近くにがんができると、気道が刺激されたり狭くなったりするため、咳、痰、血痰、喘鳴などが現れやすくなります。気管支がふさがれると、その先の肺に空気が入りにくくなり、同じ場所に肺炎を繰り返すこともあります。

一方、肺の奥にある肺野にできたがんは、ある程度大きくなるまで症状が出ないことがあります。肺を包む胸膜や胸壁まで広がると胸の痛みが現れ、胸水がたまると息苦しさが強くなる場合があります。

症状が軽いことは、がんが早期であることを意味しません。反対に、咳や胸の痛みがあるからといって、必ず進行肺がんであるとも限りません。症状の程度ではなく、画像検査や病理検査によって病状を確認します。

胸部の周囲へ広がったときに現れる症状

肺がんや胸部リンパ節の病変が周囲の神経、気管、食道、血管などを圧迫すると、次のような症状が現れることがあります。

  • 声のかれ:声帯を動かす神経が影響を受けた場合
  • 飲み込みにくさ:食道が圧迫された場合
  • 強い息苦しさ:気管や太い気管支が狭くなった場合
  • 顔、首、腕の腫れ:上半身から心臓へ戻る血液の流れが妨げられた場合
  • 肩から腕にかけての痛みやしびれ:肺の上部にあるがんが神経へ広がった場合

とくに、顔や首、片側または両側の腕が急に腫れる、首や胸の表面の血管が浮き出る、頭が重い、息苦しいといった症状は、上大静脈症候群の可能性があります。病変によって太い静脈の流れが妨げられていることがあるため、早急な診察が必要です。

転移した場所によって肺以外の症状も現れる

肺がんは、脳、骨、肝臓、副腎などへ転移することがあります。最初に現れる症状が咳や息切れではなく、転移した臓器による症状である場合もあります。

脳転移では、頭痛、吐き気、ふらつき、物が二重に見える、けいれん、片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい、性格や行動が変化するなどの症状が現れることがあります。

骨転移では、背中、腰、肩、肋骨などの痛みが続くことがあります。骨が弱くなると、軽い動作や転倒で骨折することもあります。脊椎への転移が脊髄を圧迫すると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。

肝転移では、初期には症状がないこともありますが、病変が広がると、食欲低下、強いだるさ、腹部の張り、黄疸などが現れることがあります。

ステージ4肺がんの転移部位、治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

予約日を待たずに相談・受診する症状

次の症状がある場合は、通常の診察予約日まで様子を見ず、治療中の医療機関や救急医療機関へ連絡してください。症状が強い場合や急激に悪化している場合は、救急車の要請を検討します。

  • まとまった量の血を吐く、血痰が止まらない
  • 急に強い息苦しさが現れた、会話が難しいほど呼吸が苦しい
  • 顔、首、腕が急に腫れた
  • 新たにけいれんが起きた、意識がぼんやりする
  • 片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい
  • 足の脱力や歩行困難に、排尿・排便の異常を伴う
  • 発熱とともに咳や息苦しさが急に悪化した
  • 薬物療法中に、新しい空せきや息切れが現れた

薬物療法中の空せきや息切れは、感染症、肺がんの進行、肺血栓塞栓症などに加え、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などによる薬剤性肺障害の可能性があります。軽い症状でも、治療を受けている医療機関へ連絡し、薬を継続してよいか確認します。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:免疫療法 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

以前からある症状の「変化」も受診の手がかりになる

喫煙歴がある人やCOPDのある人では、以前から咳や痰、息切れが続いていることがあります。その場合は、症状があるかないかだけでなく、次のような変化を確認します。

  • 咳の回数や強さが増えた
  • 痰の色や量が変わった、血が混じった
  • 同じ場所の肺炎を繰り返している
  • これまでできていた歩行や階段昇降で息切れするようになった
  • 声のかれや胸の痛みが続く
  • 食欲や体重が理由なく低下している

症状が続く場合は、自分で肺がんと決めつける必要はありませんが、「喫煙のせい」「年齢のせい」「風邪が長引いているだけ」と判断して放置しないことが大切です。診察では、症状が始まった時期、悪化しているか、血痰や発熱を伴うか、生活のどの動作で息苦しくなるかを具体的に伝えます。

肺がんの検査と診断

肺がんが疑われたときの検査には、異常を見つける検査、肺がんかどうかを確定する検査、がんの広がりを調べる検査、治療を安全に受けられるか確認する検査があります。

それぞれ目的が異なるため、胸部CTで影が見つかっただけでは、肺がんの種類やステージ、適した治療まで確定したことにはなりません。

検査の目的 主な検査 確認すること
病変の検出 胸部X線、胸部CT 肺に結節や腫瘤、胸水などがあるか
確定診断 気管支鏡、生検、胸水細胞診など がんかどうか、非小細胞肺がんか小細胞肺がんか、病理型は何か
病期診断 胸腹部造影CT、FDG-PET/CT、脳MRI、リンパ節生検など リンパ節や脳、骨、肝臓、副腎などへ広がっていないか
治療可能性の評価 呼吸機能、心機能、血液検査、全身状態の評価 手術や薬物療法、放射線治療を安全に受けられるか

胸部X線と胸部CTで病変の位置や性状を調べる

咳や血痰などの症状がある場合や、検診で異常を指摘された場合は、胸部X線検査や胸部CT検査を行います。

胸部X線では、肺に大きな影がないかを広く確認できますが、心臓や骨と重なる場所、小さな病変、すりガラス状の病変などは分かりにくいことがあります。胸部X線で肺がんが疑われる場合や、症状が続く場合には、胸部CTで詳しく確認します。

CTでは、病変の大きさ、形、内部の状態、気管支や血管との位置関係、胸膜への広がり、胸水、リンパ節の腫れなどを確認できます。

ただし、画像だけで肺がんと確定することはできません。感染症、炎症、良性腫瘍などでも肺がんに似た影が現れるためです。小さな結節では、形や大きさ、以前の画像からの変化、喫煙歴などを考慮し、すぐに生検を行わずCTで経過を確認する場合もあります。

CEA、CYFRA、SCC、ProGRP、NSEなどの腫瘍マーカーを測定することもありますが、腫瘍マーカーだけで肺がんの有無を確定したり、正常値だから肺がんではないと判断したりすることはできません。診断後の治療効果や経過を確認する補助として用いることがあります。

組織や細胞を採取して肺がんを確定する

肺がんの確定診断には、病変から採取した組織や細胞を顕微鏡で調べる病理・細胞診断が必要です。

病理検査では、肺がんであるかどうかに加え、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか、腺がんや扁平上皮がんなどのどの病理型に当たるかを確認します。治療方針を決めるためには、遺伝子検査やPD-L1検査に使用できる量の検体を確保することも重要です。

組織や細胞を採取する方法は、病変の位置や大きさ、リンパ節の状態、体への負担などから選びます。

気管支鏡検査

気管支鏡検査では、鼻または口から細い内視鏡を入れ、気管支の内側を観察しながら、がんが疑われる部分の組織や細胞を採取します。

太い気管支の近くにある病変だけでなく、超音波やナビゲーションを併用することで、肺の末梢にある病変から組織を採取できる場合もあります。

検査後には、一時的な発熱や血痰がみられることがあります。まれに出血、肺炎、肺から空気が漏れる気胸などが起こる可能性があるため、検査後に息苦しさや胸痛、出血の増加がある場合は医療機関へ連絡します。

CTガイド下生検

肺の外側に近く、気管支鏡では届きにくい病変では、CTで位置を確認しながら、胸の外側から針を刺して組織を採取する経皮的針生検を行うことがあります。

病変から直接組織を採取できる一方、気胸や肺からの出血が起こる可能性があります。肺気腫が強い場合や、病変が重要な血管に近い場合などは、ほかの検査方法を検討することがあります。

EBUS-TBNAによるリンパ節検査

肺門や縦隔のリンパ節が腫れている場合は、超音波気管支鏡ガイド下針生検であるEBUS-TBNAを行うことがあります。

気管支鏡の先端に付いた超音波でリンパ節の位置を確認し、気管支の壁を通して針を刺して細胞や組織を採取します。肺がんの確定診断だけでなく、リンパ節転移の有無を調べてステージを決める目的でも行われます。

胸水細胞診や胸腔鏡検査

肺の周囲に胸水がたまっている場合は、針を刺して胸水を採取し、がん細胞が含まれていないか調べます。胸水から十分な情報が得られない場合には、胸腔鏡で胸膜や肺、リンパ節などの組織を採取することがあります。

最初の検査で診断がつかない場合でも、直ちに肺がんではないと判断することはできません。病変の場所によっては組織を採取しにくいため、別の方法による再検査や、手術による生検を検討する場合があります。

参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

胸腹部造影CT、PET/CT、脳MRIで広がりを調べる

肺がんと診断された後は、TNM分類に基づいてステージを決めます。病期診断では、肺の病変だけでなく、胸部リンパ節や離れた臓器への転移を調べます。

胸腹部造影CTでは、肺や胸部リンパ節に加え、肝臓、副腎などへの転移を確認します。造影剤アレルギーや腎機能の低下がある場合は、検査方法を調整することがあります。

FDG-PET/CTでは、糖に似た薬剤が集まる場所を画像化し、胸部リンパ節や骨、ほかの臓器への転移が疑われる部分を調べます。ただし、炎症や感染症にも薬剤が集まることがあり、反対に小さな病変や一部の肺がんでは集まりにくいこともあります。

そのため、PET/CTでリンパ節に強い集積があることと、病理検査でリンパ節転移が証明されたことは同じではありません。

リンパ節転移の有無によって手術や根治的放射線治療の方針が変わる場合は、必要に応じてEBUS-TBNAや経食道的超音波内視鏡検査、外科的なリンパ節生検などで確認します。

脳MRIでは、脳転移の有無を調べます。小さな脳転移は症状がないこともあるため、頭痛や麻痺がない場合でも、病期や病理型に応じて検査を行います。PET/CTだけでは脳転移を十分に評価できないため、脳はMRIなどで別に確認します。

骨の痛みがある場合やPET/CTを行えない場合などには、骨シンチグラフィや骨のMRIなどを追加することがあります。

ステージ4と診断された場合でも、転移している臓器、病変の数、症状の有無によって治療の目的や選択肢は異なります。

参考:肺癌の診断|肺癌診療ガイドライン2025年版

治療を安全に受けられるか評価する

肺がんの治療方針は、がんを切除できるかどうかだけでなく、治療後に呼吸や日常生活をどこまで保てるかを含めて決めます。

手術を検討する場合は、呼吸機能検査で肺活量や1秒量などを測定し、必要に応じて肺を切除した後に残る呼吸機能を予測します。COPDや間質性肺疾患がある場合は、手術や放射線治療、薬物療法による肺への影響も考慮します。

心電図などによる循環機能の評価、血液検査による腎機能・肝機能・血球数の確認も行います。シスプラチンなどの薬物療法は腎機能や聴力、全身状態によって使用しにくいことがあり、検査結果に応じて薬の種類や投与方法を検討します。

また、パフォーマンスステータスと呼ばれる指標を用いて、歩行、身の回りの動作、仕事や家事などをどの程度行えるかを評価します。年齢だけで治療の可否を決めるのではなく、呼吸機能、臓器機能、持病、認知機能、栄養状態、本人の希望などを組み合わせて判断します。

検査結果の説明で確認したいこと

肺がんの検査結果は、「肺がんだった」「ステージ3だった」という結論だけでなく、その根拠を確認することが治療選択につながります。

  • 非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか
  • 腺がんや扁平上皮がんなど、病理型は何か
  • ステージを決めた病変やリンパ節はどこか
  • リンパ節転移は画像上の疑いか、組織検査で確認されているか
  • 脳MRIやPET/CTなど、追加の病期診断が必要か
  • 遺伝子・PD-L1検査に使える検体が確保されているか
  • 手術後に予測される呼吸機能はどの程度か

非小細胞肺がんでは、病理診断と病期診断に加え、治療薬を選ぶための遺伝子・バイオマーカー検査が必要です。次の章で、検査する遺伝子と治療との関係を詳しく解説します。

参考:非小細胞肺癌の外科治療|肺癌診療ガイドライン2025年版

肺がんのステージ分類|TNM分類第9版

肺がんのステージは、がんの大きさだけではなく、周囲の臓器への広がり、リンパ節転移、離れた臓器への転移を組み合わせて決めます。

日本では2025年1月から、肺癌取扱い規約第9版に基づくTNM分類が使用されています。TNMは、次の3つの要素を表します。

要素 意味 主に確認すること
T 原発腫瘍 腫瘍の大きさ、気管支・胸膜・胸壁・縦隔などへの広がり、同じ肺内の別病変
N 所属リンパ節 肺内、肺門、縦隔、鎖骨上などのリンパ節へ転移しているか
M 遠隔転移 反対側の肺、胸膜、脳、骨、肝臓、副腎などへ広がっているか

T・N・Mの組み合わせによって、ステージ0からステージ4までに分類します。正確なステージは組み合わせが細かいため、腫瘍の大きさだけを見て判断することはできません。

参考:肺癌の分類・TNM病期分類|肺癌診療ガイドライン2025年版

Tは原発腫瘍の大きさと周囲への広がりを表す

T分類は、肺にある原発腫瘍の状態を表します。

小さながんは、最大充実成分径などに応じてT1a、T1b、T1cに分けられます。腫瘍が大きくなる場合のほか、胸膜、胸壁、心膜、横隔膜、縦隔、気管などへ広がっている場合や、同じ肺葉内・別の肺葉内に別の腫瘍結節がある場合にもT分類が上がることがあります。

画像に写る病変全体の大きさと、ステージ判定に使用される充実成分の大きさが異なる場合もあります。とくに、すりガラス状の部分を含む肺腺がんでは、CT画像のどの部分を測定した数値かを確認する必要があります。

Nはリンパ節転移の場所と広がりを表す

N分類は、肺がんの周囲にある所属リンパ節への転移を表します。

  • N0:所属リンパ節転移がない
  • N1:がんと同じ側の肺内、気管支周囲、肺門リンパ節などへの転移
  • N2:がんと同じ側の縦隔リンパ節、または気管分岐部下リンパ節への転移
  • N3:反対側の縦隔・肺門リンパ節、または鎖骨上窩などのリンパ節への転移

TNM分類第9版では、N2がさらに次の2つに分けられました。

  • N2a:縦隔リンパ節のうち、単一のリンパ節領域への転移
  • N2b:複数の縦隔リンパ節領域への転移

縦隔リンパ節転移が一つの領域だけにある場合と、複数の領域に広がっている場合では、病状や治療の組み立てが異なる可能性があるためです。

CTやPET/CTでリンパ節が腫れている、または薬剤が集まっているだけでは、必ずしも転移が確定したとはいえません。リンパ節転移の有無によって手術や根治的放射線治療の方針が変わる場合には、EBUS-TBNAなどで組織を採取して確認することがあります。

Mは胸部以外を含む遠隔転移を表す

M分類は、肺がんが離れた場所へ転移しているかを表します。

  • M0:遠隔転移がない
  • M1a:反対側の肺の腫瘍、胸膜・心膜の結節、がん細胞を含む胸水・心嚢水など
  • M1b:胸部以外の一つの臓器に、単発の遠隔転移がある
  • M1c1:胸部以外の一つの臓器に、複数の遠隔転移がある
  • M1c2:胸部以外の複数の臓器に遠隔転移がある

たとえば、脳に一つだけ転移がある場合と、脳や骨、肝臓など複数の臓器に転移がある場合は、いずれもステージ4に含まれますが、検討できる治療や見通しは同じではありません。

限られた数の遠隔転移では、全身薬物療法に加え、手術や定位放射線治療などの局所治療を組み合わせる場合もあります。ステージ4は「治療法が一つしかない状態」ではなく、病理型、遺伝子異常、PD-L1、転移部位と病変数、症状、全身状態によって治療を組み立てます。

ステージ4肺がんの分類、転移部位、薬物療法、局所治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージ0から4はどのような状態か

TNMの組み合わせは細かく分かれますが、ステージごとの大まかな捉え方は次のとおりです。

ステージ 大まかな状態
ステージ0 がん細胞が上皮内にとどまり、周囲へ浸潤していない上皮内がん
ステージ1 主に肺の中にとどまり、リンパ節転移が認められない段階
ステージ2 腫瘍が大きい、周囲へ広がっている、肺門リンパ節などへ転移している段階。一部のT1・N2a症例を含む
ステージ3 縦隔リンパ節や鎖骨上リンパ節、胸部の重要な臓器などへ広がった局所進行段階
ステージ4 反対側の肺、胸膜・心膜、脳、骨、肝臓、副腎などへ遠隔転移している段階

この表は病状の概要を理解するためのものであり、表だけから手術の可否や治療法を決めることはできません。

たとえばステージ2でも、縦隔リンパ節への転移を伴う場合があります。ステージ3には、手術を組み合わせられる可能性がある病状から、手術が難しく化学放射線療法を中心に考える病状まで含まれます。

臨床病期と病理病期は異なることがある

治療前のCT、PET/CT、脳MRI、生検などから判断するステージを臨床病期といいます。

手術を行った場合は、切除した肺やリンパ節を詳しく調べ、実際の腫瘍の広がりを確認します。この結果から決めるステージが病理病期です。

画像検査では転移がないように見えても、手術後の病理検査で小さなリンパ節転移が見つかることがあります。反対に、画像では転移が疑われても、病理検査ではがん細胞が確認されない場合もあります。

そのため、手術前に説明されたステージと、手術後に確定するステージが変わることがあります。術後に薬物療法が必要かどうかは、病理病期、腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遺伝子異常などを踏まえて判断します。

小細胞肺がんでは限局型と進展型も用いる

小細胞肺がんにもTNM分類を用いますが、治療方針を考える際には、限局型と進展型という区分も広く使われます。

  • 限局型:病変が片側の胸部を中心に存在し、許容できる一つの放射線照射範囲に収まる状態
  • 進展型:病変が限局型の範囲を超えて広がっている状態

限局型と進展型は、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応する分類ではありません。胸部放射線治療を安全に行える範囲かどうかも含めて判断します。

小細胞肺がんの限局型・進展型の治療や再発時の選択肢については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージだけで治療は決まらない

肺がんの治療方針を決めるには、ステージに加えて、次の情報が必要です。

  • 非小細胞肺がんか小細胞肺がんか
  • 腺がん、扁平上皮がんなどの病理型
  • 病変を完全に切除できる可能性
  • 呼吸機能や心機能、全身状態
  • EGFR、ALKなどのドライバー遺伝子異常
  • PD-L1発現
  • 転移の場所、数、症状

次の章では、非小細胞肺がんと小細胞肺がんを分け、ステージごとの標準的な治療方針を解説します。

参考:肺癌取扱い規約第9版発刊のお知らせ|日本肺癌学会
参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

非小細胞肺がんのステージ別治療

非小細胞肺がんの治療は、ステージだけでなく、病変を完全に切除できるか、手術後に十分な呼吸機能を保てるか、リンパ節転移の範囲、遺伝子異常、PD-L1発現、全身状態などから決めます。

同じステージ3でも、手術を含む集学的治療を検討できる場合と、切除不能として化学放射線療法を行う場合があります。とくに縦隔リンパ節転移を伴う症例では、呼吸器外科、呼吸器内科、放射線治療科、病理診断科などによる検討が必要です。

病状 治療の中心 治療前に確認すること
ステージ1 手術。手術が難しい場合は定位放射線治療など 腫瘍の大きさ・位置、呼吸機能、手術後に残る肺機能
ステージ2~切除可能なステージ3 手術と周術期薬物療法 リンパ節転移、病理型、EGFR・ALK、PD-L1、術前治療の適応
切除不能ステージ3 化学放射線療法と、その後の薬物療法 放射線の照射範囲、全身状態、肺疾患、EGFR遺伝子変異
ステージ4・再発 分子標的薬、免疫療法、細胞障害性抗がん薬など 遺伝子異常、PD-L1、病理型、転移部位、全身状態

参考:肺がん 非小細胞肺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ1は手術による完全切除を目指す

ステージ1の非小細胞肺がんでは、手術に耐えられる呼吸機能と全身状態があれば、がんを完全に取り除く手術が治療の中心です。

標準的な手術では、がんがある肺葉を切除する肺葉切除と、周囲のリンパ節を切除または採取するリンパ節郭清を行います。ただし、小型で肺の末梢にある一部のがんでは、肺葉の一部分を解剖学的に切除する区域切除を選べる場合があります。

区域切除は、単に体への負担が小さい手術というだけではありません。腫瘍の大きさ、すりガラス成分と充実成分の割合、病変の位置、十分な切除断端を確保できるかなどを確認して選択します。

呼吸機能の低下、重い心疾患、間質性肺疾患などによって手術が難しい場合には、定位放射線治療を検討します。定位放射線治療は、小さな肺がんへ多方向から放射線を集中させ、根治を目指す治療です。

医学的には手術が可能であっても、本人が手術を希望しない場合に放射線治療を選ぶことがあります。ただし、手術と放射線治療では病理診断の確実性、リンパ節評価、局所再発の評価方法などが異なるため、それぞれの利益と不利益を確認します。

ステージ2・切除可能なステージ3では手術前後の薬物療法を組み合わせる

ステージ2や一部のステージ3では、画像に写る病変を手術で切除できても、目に見えない微小ながん細胞が体内に残っている可能性があります。そのため、手術だけでなく、再発リスクを下げるための薬物療法を組み合わせます。

治療には、手術後に行う術後補助療法と、手術前から行う術前・周術期療法があります。

プラチナ製剤を含む術後補助化学療法

完全切除されたステージ2~3では、シスプラチンなどのプラチナ製剤を含む術後補助化学療法を検討します。

術後補助化学療法は、画像で確認できるがんを治療するのではなく、再発の原因となる可能性がある微小ながん細胞を減らすことが目的です。手術後の病理病期、リンパ節転移、全身状態、腎機能、聴力などを踏まえて、期待できる再発予防効果と副作用を比較します。

一部の早期肺腺がんでは、病理病期や腫瘍径などの条件に応じて、テガフール・ウラシル配合剤を使用することがあります。

EGFR変異陽性では術後オシメルチニブを検討する

完全切除後の非小細胞肺がんで、EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異が確認された場合は、病理病期などの条件を満たせば、術後にオシメルチニブを内服する治療を検討します。

オシメルチニブは細胞障害性抗がん薬の代わりとして一律に選ぶ治療ではありません。病期によっては、まずプラチナ製剤を含む術後補助化学療法を行い、その後にオシメルチニブを使用します。

治療期間が長くなるため、発疹、下痢、爪の炎症、間質性肺疾患、心機能への影響などを確認しながら継続します。

ALK陽性では術後アレクチニブを検討する

ALK融合遺伝子陽性の完全切除例では、病理病期などの条件を満たす場合に、術後アレクチニブを検討します。

EGFRやALKの検査はステージ4の薬を選ぶためだけの検査ではありません。現在は、手術後の再発予防治療にも関係するため、切除可能な段階でも治療前または手術後に検査します。

条件を満たす場合は免疫療法を手術前後に行う

ステージ2から一部のステージ3では、プラチナ製剤を含む抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬を手術前に併用する治療や、手術前後に免疫療法を行う周術期治療を検討する場合があります。治療薬によって、術前のみ行うか、術後も継続するかが異なります。

また、完全切除と術後補助化学療法の後に、PD-L1発現などの条件を踏まえて、アテゾリズマブなどによる術後免疫療法を検討する場合もあります。

免疫療法が適しているかは、病期やPD-L1だけでは決まりません。EGFRやALKなどの遺伝子異常、自己免疫疾患、間質性肺疾患、臓器移植歴、手術までの予定なども確認します。

手術前の治療には、病変を縮小させ、体内の微小ながん細胞を早い段階から治療できる可能性があります。一方、治療中に病状が進行する、副作用によって手術が延期されるなどの可能性もあります。

術前治療を提案された場合は、何回治療した後に手術を行う予定か、どのような変化があれば手術方針を見直すのかを確認します。

ステージ3は手術で切除できるかを多職種で判断する

ステージ3には、腫瘍が周囲の臓器へ広がった状態、縦隔リンパ節へ転移した状態、鎖骨上リンパ節へ転移した状態など、さまざまな病状が含まれます。

一部では、術前薬物療法や化学放射線療法と手術を組み合わせることがあります。一方、複数領域の縦隔リンパ節転移や広い範囲への浸潤などがある場合は、手術ですべてを取り切ることが難しくなります。

「ステージ3だから手術できる」「ステージ3だから手術できない」と一律に判断することはできません。

手術の可能性を考える場合は、画像だけでなく、EBUS-TBNAなどによるリンパ節の病理診断、必要となる肺の切除範囲、術後に予測される呼吸機能を確認します。治療方針は、呼吸器外科医だけでなく、呼吸器内科医や放射線治療医を含むチームで検討します。

切除不能ステージ3では同時化学放射線療法を行う

切除不能の局所進行非小細胞肺がんで、全身状態が良く薬物療法を受けられる場合は、プラチナ製剤を含む薬物療法と胸部放射線治療を同じ時期に行う同時化学放射線療法が標準的な選択肢です。

放射線治療と薬物療法を同時に行うことで治療効果が高まる一方、食道炎、肺炎、血球減少、食欲低下などの副作用も強くなる可能性があります。

年齢だけで同時治療の可否を決めるのではなく、全身状態、照射範囲、呼吸機能、腎機能、肺疾患などから判断します。同時治療が難しい場合は、薬物療法と放射線治療を順番に行う方法や、放射線治療単独を検討します。

化学放射線療法後のデュルバルマブ

同時化学放射線療法によって病状が制御され、重い肺障害などがない場合は、免疫チェックポイント阻害薬のデュルバルマブによる地固め療法を検討します。

地固め療法は、化学放射線療法で小さくなった病変だけを治療するのではなく、その後の再発や進行を抑えることが目的です。治療中は、咳、息切れ、発熱など、放射線肺臓炎や免疫関連の肺障害を疑う症状に注意します。

EGFR変異陽性では化学放射線療法後のオシメルチニブを検討する

切除不能ステージ3で、EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異があり、化学放射線療法後に病状が進行していない場合は、オシメルチニブによる維持療法を検討します。

そのため、EGFR検査はステージ4だけでなく、切除不能ステージ3の治療後の選択にも関係します。化学放射線療法を開始する段階で、遺伝子検査の結果を確認できるよう検体を確保しておくことが望まれます。

参考:ステージ3非小細胞肺がんの治療|肺癌診療ガイドライン2025年版

ステージ4・再発では遺伝子異常を確認して薬物療法を選ぶ

ステージ4・再発非小細胞肺がんでは、薬物療法が治療の中心です。ただし、すべての患者さんに同じ抗がん剤を使用するわけではありません。

EGFR、ALK、ROS1、BRAF V600E、MET exon14スキッピング、RET、KRAS G12C、HER2、NTRKなど、治療対象となるドライバー遺伝子異常が確認された場合は、原則として対応する分子標的薬を検討します。

対象となるドライバー遺伝子異常が確認されない場合は、PD-L1発現、腺がんか扁平上皮がんか、全身状態などに応じて、免疫チェックポイント阻害薬の単独療法、細胞障害性抗がん薬との併用療法などを選びます。

PD-L1が50%以上であっても必ず免疫療法単独になるとは限らず、症状の強さや腫瘍量、病理型などから抗がん剤との併用を選ぶ場合があります。反対にPD-L1が低い場合でも、抗がん剤との併用によって免疫療法を使用できる場合があります。

転移が脳や副腎など限られた場所に少数だけ存在する場合には、全身薬物療法に加え、手術や定位放射線治療などの局所治療を組み合わせることがあります。

ステージ4の遺伝子別治療、脳・骨転移への治療、薬が効かなくなった場合の選択、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

治療方針の説明で確認したいこと

  • 現在の病変は手術ですべて切除できると考えられているか
  • 手術前または手術後の薬物療法は、何を目的に行うのか
  • EGFR、ALK、PD-L1など、周術期治療に必要な検査が行われているか
  • 治療を先に行うことで、手術が延期・中止になる可能性はあるか
  • ステージ3の場合、手術を含む治療と化学放射線療法のどちらが提案されているか
  • 切除不能ステージ3では、化学放射線療法後にどの薬を使用する予定か
  • ステージ4では、遺伝子検査の結果を待ってから治療を開始できるか

非小細胞肺がんでは、病期だけでなく遺伝子・バイオマーカーの結果が、手術前後、切除不能ステージ3、ステージ4のすべてで治療選択に関係します。次の章では、検査する遺伝子と治療薬との関係を整理します。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

小細胞肺がんの限局型・進展型治療

小細胞肺がんは、増殖が速く、早い段階からリンパ節やほかの臓器へ広がりやすい一方、薬物療法や放射線治療が効きやすいという特徴があります。

治療方針を決めるときはTNM分類によるステージに加え、胸部放射線治療を行える範囲かどうかを基準に、限局型と進展型へ分けます。

病型 病変の範囲 治療の中心
限局型 主に片側の胸部を中心とし、許容できる一つの放射線照射範囲に収まる状態 薬物療法と胸部放射線治療。ごく早期の一部では手術
進展型 限局型の範囲を超え、反対側の肺、胸水、脳、骨、肝臓などへ広がっている状態 免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法

限局型と進展型は、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応するものではありません。胸部の病変がどこまで広がっているか、放射線を安全に照射できる範囲か、胸水や遠隔転移があるかなどから判断します。

参考:小細胞肺癌の治療方針|肺癌診療ガイドライン2025年版

ごく早期の限局型では手術を検討する

小細胞肺がんで手術の対象になる患者さんは多くありません。ただし、TNM分類第9版で臨床ステージ1~2Aに当たり、リンパ節転移がないN0の症例では、手術を含む治療を検討します。

手術を行う場合は、肺葉切除とリンパ節郭清が基本です。小細胞肺がんは画像に写らない微小な転移が残っている可能性があるため、完全切除できても手術だけで治療を終了せず、プラチナ製剤とエトポシドなどによる術後薬物療法を行います。

画像上はN0に見えても縦隔リンパ節転移が隠れている場合があります。手術を検討するときは、PET/CTや脳MRIに加え、必要に応じてEBUS-TBNAなどで縦隔リンパ節を調べます。

呼吸機能や持病などの医学的理由で手術が難しい早期N0例では、定位放射線治療と薬物療法を組み合わせる方法を検討する場合があります。

多くの限局型では同時化学放射線療法を行う

手術の対象にならない限局型小細胞肺がんで、全身状態が保たれている場合は、薬物療法と胸部放射線治療を同じ時期に行う同時化学放射線療法が治療の中心です。

薬物療法には、シスプラチンまたはカルボプラチンなどのプラチナ製剤とエトポシドを組み合わせます。放射線治療は、可能な場合には薬物療法の早い時期から開始します。

放射線の照射方法には、1日2回照射する加速過分割照射と、1日1回照射する通常分割照射があります。治療施設の体制、照射範囲、通院の可否、年齢や全身状態などを踏まえて選択します。

同時治療は、薬物療法と放射線治療を別々の時期に行う方法より高い治療効果を期待できる一方、次のような副作用が重なる可能性があります。

  • 白血球や好中球の減少による感染症
  • 食道炎による飲み込みにくさや胸の痛み
  • 吐き気、食欲低下、体重減少
  • 放射線肺臓炎による咳、発熱、息切れ
  • 腎機能低下や聴力への影響

食事や水分を取れない、発熱がある、新しい空せきや息切れが現れた場合は、治療予定日まで待たずに医療機関へ連絡します。

化学放射線療法後はデュルバルマブを検討する

同時化学放射線療法を終えた後、病状が進行しておらず、全身状態が良好な限局型小細胞肺がんでは、免疫チェックポイント阻害薬のデュルバルマブによる地固め療法を検討します。

地固め療法の目的は、化学放射線療法で確認できる病変が小さくなった後に、再発や進行をできるだけ長く抑えることです。2025年版肺癌診療ガイドラインでは、PS 0~1の患者さんに対する標準的な選択肢とされています。

デュルバルマブは通常4週間ごとに投与し、病状の進行や継続できない副作用がなければ、最大2年間行います。

免疫療法では、肺、腸、肝臓、甲状腺などに免疫による炎症が起こることがあります。とくに化学放射線療法後は、放射線肺臓炎と免疫療法による肺障害の区別が難しい場合があります。新しい咳、発熱、息切れがあるときは、自己判断で治療を続けずに相談します。

参考:限局型小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

進展型では薬物療法が治療の中心になる

進展型小細胞肺がんでは、胸部だけに治療を行っても、ほかの場所にあるがん細胞を十分に治療できません。そのため、全身へ作用する薬物療法が中心になります。

全身状態が良好な場合の一次治療では、次のいずれかを使用することが一般的です。

  • カルボプラチン+エトポシド+アテゾリズマブ
  • シスプラチンまたはカルボプラチン+エトポシド+デュルバルマブ

プラチナ製剤とエトポシドを通常4サイクル行い、病状の進行がなければ、アテゾリズマブまたはデュルバルマブの単独投与を維持療法として継続します。

小細胞肺がんの一次治療では、非小細胞肺がんのようにPD-L1の数値が一定以上であることを免疫療法の必須条件にはしません。年齢だけで治療の可否を判断することはありませんが、全身状態、腎機能、骨髄機能、感染症、間質性肺疾患などによっては、免疫療法を使用しない方法や、薬の種類・投与量を調整した方法を選びます。

病気によって全身状態が悪化している場合には、薬物療法で病変が縮小することで生活動作が改善する可能性があります。一方、臓器機能が大きく低下している場合には、治療による感染症や治療関連死の危険が高くなるため、利益と負担を慎重に比較します。

胸部や転移部位への放射線治療を追加する場合がある

進展型でも、薬物療法によって全身の病状がよく抑えられ、胸部に病変が残っている場合は、患者さんの状態に応じて胸部放射線治療を検討することがあります。

脳転移、骨転移、気道の狭窄などによって症状がある場合は、病変の縮小や症状の軽減を目的として放射線治療を行います。脳転移では、転移の数、大きさ、場所、症状、全身の病状に応じて、全脳照射や定位放射線治療などを検討します。

参考:進展型小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

予防的全脳照射は利益と負担を比較する

小細胞肺がんは、初回治療で胸部の病変がよく縮小しても、その後に脳転移が起こることがあります。画像で脳転移が確認されていない段階に脳全体へ放射線を照射する治療を、予防的全脳照射といいます。

限局型で初回治療後に完全寛解が得られた場合には、脳転移の危険を下げる目的で予防的全脳照射を検討します。

一方、頭痛、吐き気、脱毛、倦怠感などの早期副作用に加え、時間がたってから記憶力や認知機能へ影響する可能性があります。年齢、もともとの認知機能、治療効果、定期的な脳MRIを受けられるかなどを踏まえ、利益と負担を比較します。

進展型では、日本の診療ガイドライン上、薬物療法後の予防的全脳照射は原則として推奨されていません。脳MRIを定期的に行い、脳転移を早期に発見して治療する方針が選ばれます。

再発時は再発までの期間と全身状態から薬を選ぶ

小細胞肺がんは初回治療によって大きく縮小しても、再発することがあります。再発時の治療は、初回治療がどの程度効いたか、治療終了から再発までの期間、以前の副作用、全身状態などから選びます。

初回治療終了から比較的長い期間がたって再発した場合は、以前に使用したプラチナ製剤を含む治療をもう一度行う場合があります。治療中に進行した場合や、治療終了後早期に再発した場合は、異なる薬を検討します。

再発時に用いられる薬には、アムルビシン、ノギテカン、イリノテカンなどがあります。どの薬を選ぶかは、再発までの期間、血球減少、腎機能、これまでの治療歴などによって異なります。

再発小細胞肺がんに対するタルラタマブ

がん化学療法後に病状が増悪した小細胞肺がんでは、全身状態などの条件を満たす場合にタルラタマブを検討します。

タルラタマブは、小細胞肺がんの細胞に発現するDLL3と、免疫を担うT細胞のCD3の両方に結合し、T細胞をがん細胞へ誘導する二重特異性抗体です。

投与後にはサイトカイン放出症候群が起こることがあります。発熱、低血圧、頻脈、息苦しさ、低酸素状態などが主な症状です。また、意識の変化、言葉が出にくい、手の震え、けいれんなどを伴う神経系の副作用が起こる場合があります。

とくに治療初期は院内での観察や、治療施設の近くでの待機などが必要になることがあります。通院方法や家族の付き添いを含め、投与後の観察体制を治療前に確認します。

参考:再発小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

小細胞肺がんでは遺伝子検査の役割が異なる

非小細胞肺がんでは、多数のドライバー遺伝子異常を調べ、結果に対応する分子標的薬を選びます。

一方、小細胞肺がんでは、現時点でEGFRやALKなどの遺伝子異常を日常診療で幅広く検査し、一次治療の薬を選ぶ方法は確立していません。限局型・進展型、全身状態、初回治療への反応、再発までの期間が、治療選択の主な判断材料になります。

小細胞肺がんの症状、検査、限局型・進展型の治療、再発時の治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

肺がんの遺伝子・バイオマーカー検査

非小細胞肺がんでは、がん細胞の遺伝子異常やPD-L1発現によって、効果を期待できる薬が異なります。そのため、薬物療法を検討する場合は、病理型やステージを調べるだけでなく、治療選択に関係する遺伝子・バイオマーカーを治療開始前に確認することが重要です。

検査結果は、ステージ4・再発肺がんの一次治療だけに使うものではありません。EGFRやALKなどは、手術後の再発予防治療や、切除不能ステージ3の化学放射線療法後の治療選択にも関係します。

ドライバー遺伝子異常とは

ドライバー遺伝子異常とは、がん細胞の増殖を促す原因となっている遺伝子の変化です。対応する分子標的薬がある場合は、その遺伝子異常を狙った治療を検討できます。

肺がんで調べるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などの多くは、がん細胞に後天的に生じた体細胞変異です。喫煙、受動喫煙、アスベストなどの発症リスクとは性質が異なり、検査で遺伝子異常が見つかったからといって、本人が生まれつきその変化を持っている、または家族へ遺伝するという意味ではありません。

また、ドライバー遺伝子異常は、たばこを吸ったことがない人にも見つかります。非喫煙者だから遺伝子検査が不要ということではなく、反対に喫煙歴があるから遺伝子異常がないとも限りません。

非小細胞肺がんで調べる主な遺伝子とPD-L1

2025年版肺癌診療ガイドラインでは、薬物療法を検討する非小細胞肺がんに対して、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2の遺伝子検査とPD-L1検査を行うことが強く推奨されています。

検査項目 確認する主な異常 治療との関係
EGFR エクソン19欠失、L858R、エクソン20挿入など 異常の種類と病期に応じてEGFR阻害薬を検討。術後治療や切除不能ステージ3の治療にも関係する
ALK ALK融合遺伝子 ALK阻害薬を検討。条件を満たす完全切除例では術後治療にも関係する
ROS1 ROS1融合遺伝子 ROS1阻害薬を検討
BRAF 主にBRAF V600E変異 BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用を検討
MET METエクソン14スキッピング MET阻害薬を検討
RET RET融合遺伝子 RET阻害薬を検討
KRAS 主にKRAS G12C変異 治療歴などの条件に応じてKRAS G12C阻害薬を検討
HER2 HER2遺伝子変異 治療歴などの条件に応じて抗HER2薬を検討
NTRK NTRK融合遺伝子 がんの発生臓器を問わず、条件を満たす場合にTRK阻害薬を検討
PD-L1 がん細胞などに発現するPD-L1タンパク質の割合 免疫チェックポイント阻害薬を単独または抗がん剤と併用する際の判断材料

PD-L1は遺伝子異常ではなく、がん組織を免疫染色して調べるタンパク質です。一般に、腫瘍細胞のうちPD-L1が発現している割合をTPSとして示します。

治療方針を検討するときは、PD-L1 TPSを50%以上、1~49%、1%未満などに分けます。ただし、PD-L1が高ければ必ず免疫療法が効く、低ければ使用できないという検査ではありません。

ドライバー遺伝子異常の有無、腺がんか扁平上皮がんか、病変の広がり、自己免疫疾患や間質性肺疾患、全身状態なども含めて、免疫療法単独または細胞障害性抗がん薬との併用を検討します。

参考:分子診断|肺癌診療ガイドライン2025年版

遺伝子は一つずつではなく同時に調べる

肺がんの遺伝子検査では、EGFRが陰性だったら次にALK、その次にROS1というように、一つずつ順番に調べる方法もあります。しかし、検査のたびに組織を使用すると、途中で検体が不足する可能性があります。

ALK、ROS1、BRAF V600E、METエクソン14スキッピング、RET、KRAS G12C、HER2などは、それぞれ見つかる頻度が高くありません。一つずつ検査すると、すべての結果がそろうまで時間がかかり、頻度の低い遺伝子異常を調べる前に組織がなくなることもあります。

そのため日本肺癌学会は、検査項目に優先順位をつけず、複数の遺伝子を同時に調べることを強く推奨しています。複数の遺伝子を一度に解析する検査を、マルチプレックス遺伝子検査またはマルチ遺伝子検査と呼びます。

PD-L1検査も、遺伝子検査とは方法が異なりますが、薬物療法を決める段階で遺伝子検査と並行して行います。

治療を急ぐ必要がある場合でも、検査結果を待たずに免疫療法を始めると、後からドライバー遺伝子異常が見つかった際の治療順序や副作用管理へ影響することがあります。

病状が許す場合は、必要な遺伝子・PD-L1の結果がいつそろうかを確認し、結果を踏まえて一次治療を決めます。

参考:肺癌バイオマーカー各種検査の手引き|日本肺癌学会

腺がん以外でも遺伝子異常が見つかることがある

治療対象となるドライバー遺伝子異常は肺腺がんで見つかることが多いものの、扁平上皮がんや肉腫様がんなど、腺がん以外の非小細胞肺がんに見つかる場合もあります。

とくにMETエクソン14スキッピングは、肺扁平上皮がんや肉腫様がんでも確認されることがあります。病理型だけを理由に検査対象を狭めず、薬物療法を検討する非小細胞肺がんでは、必要な分子診断が行われているか確認します。

組織や胸水を使って検査する

遺伝子検査には、気管支鏡検査、CTガイド下生検、手術などで採取したがん組織を使用します。胸水に十分ながん細胞が含まれている場合は、胸水から作製した検体を使用できることもあります。

一つの検体から、病理診断、免疫染色、PD-L1検査、複数の遺伝子検査を行うため、採取できた組織を計画的に使用する必要があります。

検体に含まれるがん細胞が少ない、組織が古い、保存状態が適していないなどの理由で、検査が成立しない場合もあります。「陰性」と「検査不能」は意味が異なります。

検査不能の場合や、必要な遺伝子の一部しか調べられていない場合は、次の対応を検討します。

  • 残っている組織で別の検査を行えるか確認する
  • 胸水など、ほかの検体を利用できないか確認する
  • 安全性を検討したうえで再生検を行う
  • 血液を用いた遺伝子検査を行う

血液中に流れるがん由来のDNAを調べる方法は、リキッドバイオプシーと呼ばれます。組織を採取しにくい場合や、治療後に新たな遺伝子変化を調べる場合などに利用されます。

ただし、血液中へ放出されるがん由来DNAの量が少ないと、実際には遺伝子異常があっても検出されないことがあります。血液検査で異常が見つからなかった場合に、組織検査での確認を検討することがあります。

参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

治療が効かなくなったときに再検査する場合がある

分子標的薬を使用している間に、がん細胞へ新たな遺伝子変化が生じ、薬が効きにくくなることがあります。これを薬剤耐性といいます。

病状が進行したときは、進行した場所、以前の検査結果、使用してきた薬などに応じて、組織の再生検や血液を使った遺伝子検査を検討します。

再検査の目的は、最初の検査が間違っていたかを確認することだけではありません。治療後に新しく生じた耐性の仕組みを調べ、次に使える薬や臨床試験がないか検討するために行います。

MSI・TMBを調べる場合もある

肺がんでは頻度が高くありませんが、MSI-HighやTMB-Highが確認された固形がんに対し、一定の条件で免疫チェックポイント阻害薬を検討できる場合があります。

MSIやTMBは、PD-L1とは異なるバイオマーカーです。検査結果だけで治療が決まるわけではなく、肺がんに対する標準治療、これまでの治療歴、国内の承認条件、全身状態などを確認します。

初回のマルチ遺伝子検査とがん遺伝子パネル検査は目的が異なる

肺がんの薬物療法を選ぶ際に早い段階で行うマルチ遺伝子検査は、現在の標準治療に直結するEGFR、ALK、ROS1などを調べることが主な目的です。

これに対し、がん遺伝子パネル検査では、がん組織または血液を使い、数十から数百の遺伝子を一度に解析します。標準治療では使われていない薬や臨床試験を含め、新たな治療の手掛かりを探すために行います。

保険診療によるがん遺伝子パネル検査は、原則として、標準治療がない、または標準治療の終了が見込まれる固形がんなど、一定の条件を満たす場合が対象です。また、検査を受けても、実際に使用できる薬や参加できる臨床試験が見つからない場合があります。

参考:がん遺伝子パネル検査とは|国立がん研究センター C-CAT

検査結果の説明で確認したいこと

  • どの遺伝子とバイオマーカーを調べたか
  • 検査項目の一部だけでなく、必要な項目がすべて測定できたか
  • 結果は陰性なのか、検体不足などによる検査不能なのか
  • 見つかった遺伝子異常に対応する国内承認薬があるか
  • その薬は一次治療から使うのか、前の治療後に使うのか
  • PD-L1の数値と、免疫療法の選択へどう影響するか
  • 病状が進行した場合に再検査が必要か
  • がん遺伝子パネル検査や臨床試験を検討する時期はいつか

ステージ4肺がんでの遺伝子別治療、分子標的薬が効かなくなった場合の治療、脳転移への効果については、以下の記事で詳しく解説しています。

肺がんのステージ別生存率

肺がんの予後は、診断された時点のステージだけでなく、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらかによって大きく異なります。

非小細胞肺がんでは、早期で完全切除できる場合には根治を目指しやすい一方、遠隔転移がある場合は薬物療法を中心に病状の長期的な制御を目指します。小細胞肺がんは薬物療法や放射線治療が効きやすい反面、増殖が速く、早い段階から再発・転移しやすい性質があります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に診断された患者さんについて、次の5年ネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 非小細胞肺がん
5年ネット・サバイバル
小細胞肺がん
5年ネット・サバイバル
ステージ1 82.2% 43.2%
ステージ2 52.6% 28.5%
ステージ3 30.4% 17.5%
ステージ4 9.0% 2.2%

ネット・サバイバルとは、肺がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、肺がんだけが死亡原因になると仮定して算出した生存率です。死因を問わず、実際に生存していた人の割合を示す実測生存率とは異なります。

たとえば、非小細胞肺がんのステージ1における実測生存率は74.6%ですが、ネット・サバイバルは82.2%です。高齢者が多い肺がんでは、心臓病や脳血管疾患など、肺がん以外の死因による影響もあるため、使用する指標によって数値が変わります。

異なる指標で算出された数値を、同じ生存率として比較することはできません。

参考:非小細胞肺がん5年生存率|院内がん登録生存率集計結果閲覧システム
参考:小細胞肺がん5年生存率|院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

肺がん全体の39.6%とは対象と計算方法が異なる

記事冒頭で紹介した肺がん全体の5年生存率39.6%は、2018年に診断された全国の肺がん患者さんを対象にした数値です。非小細胞肺がんと小細胞肺がん、すべてのステージが含まれています。

一方、表の数値は、全国のがん診療連携拠点病院などで2014~2015年に診断された患者さんを、非小細胞肺がんと小細胞肺がん、ステージ別に分けた5年ネット・サバイバルです。

対象となる診断年、医療機関、患者集団、計算方法が異なるため、肺がん全体の39.6%と表の数値を直接比較することはできません。

現在のステージ分類とは完全には一致しない

表の患者さんは2014~2015年に診断されており、当時使用されていたTNM分類に基づいてステージが登録されています。

一方、現在は2025年1月からTNM分類第9版が使用されています。第9版では、縦隔リンパ節転移を単一領域と複数領域に分けるなど、ステージの組み合わせが一部変更されました。

そのため、表に掲載したステージ1~4と、現在のTNM分類第9版で診断された患者さんの病状は、完全に同じ集団ではありません。病期別の大まかな傾向を知る資料として使用し、現在のステージを表の数値へそのまま当てはめないことが大切です。

参考:最新がん統計|国立がん研究センター がん統計

公表値には現在の治療が十分反映されていない

2014~2015年の診断後、肺がんの薬物療法は大きく変化しました。

非小細胞肺がんでは、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2、NTRKなどに対応する分子標的薬が増えています。免疫チェックポイント阻害薬も、ステージ4・再発だけでなく、手術前後や切除不能ステージ3の治療に用いられるようになりました。

小細胞肺がんでも、進展型に対するPD-L1阻害薬、限局型の化学放射線療法後のデュルバルマブ、再発時のタルラタマブなど、表の集計当時には一般診療で使用されていなかった治療が加わっています。

現在使用されている分子標的薬や免疫療法による長期的な治療成績は、この表へ十分に反映されていません。

ただし、新しい薬が増えたからといって、すべての患者さんが表より良好な経過をたどると断定することもできません。遺伝子異常、PD-L1、治療への反応、全身状態などによって、得られる効果は異なります。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

ステージが同じでも見通しは一人ひとり異なる

生存率は、同じ病理型・ステージの多数の患者さんを集計した統計であり、個人の余命を示す数字ではありません。

非小細胞肺がんのステージ1でも、腫瘍の大きさ、病理型、肺の切除範囲、手術を受けられるかによって経過は異なります。ステージ3には、手術を組み合わせられる可能性がある病状から、切除不能として化学放射線療法を行う病状まで含まれます。

ステージ4では、さらに病状の幅が大きくなります。転移が一つの臓器に限られている場合と、脳、骨、肝臓など複数の臓器へ広がっている場合では、検討できる治療や見通しが異なります。

遺伝子異常に対応する分子標的薬があるか、PD-L1発現、脳転移の有無、呼吸機能、治療前の全身状態、薬物療法への反応なども経過へ影響します。

ステージ4肺がんの分類、完治を目指せる可能性、治療、生存率の受け止め方については、以下の記事で詳しく解説しています。

小細胞肺がんは限局型・進展型も含めて考える

小細胞肺がんの表はTNM分類のステージ別に集計されていますが、実際の治療選択では限局型と進展型という区分も用います。

限局型か進展型かは、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応するものではありません。胸部の病変を一つの許容できる放射線照射範囲へ収められるかなども含めて判断します。

そのため、小細胞肺がんの見通しを確認するときは、ステージだけでなく、限局型と進展型のどちらか、化学放射線療法を行えるか、初回治療へどの程度反応したか、治療終了から再発までどの程度の期間があったかを確認します。

小細胞肺がんの限局型・進展型治療、再発時の治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

生存率を治療の価値や余命へ置き換えない

生存率が高いステージでも再発の可能性がなくなるわけではなく、生存率が低いステージでも治療を受ける意味がないわけではありません。

進行肺がんでは、病変を完全に消すことが難しい場合でも、薬物療法や放射線治療によって進行を抑え、咳や痛みを軽減し、食事、歩行、仕事などを長く保てる場合があります。

自分の見通しを確認するときは、表の数字だけではなく、次の点について説明を受けます。

    • 肺がんの病理型と現在のステージ
  • 病変を完全に切除または根治的に照射できるか
  • 治療対象となる遺伝子異常やPD-L1発現があるか
  • 転移している臓器と病変の数
  • 現在の治療がどの程度効いているか
  • 呼吸機能や全身状態を保てているか
  • 今後どのような変化があれば治療を変更するか

次の章では、手術後の息切れ、薬物療法や放射線治療の副作用など、治療が日常生活へ与える影響と、医療機関へ連絡すべき症状を解説します。

肺がん治療の副作用と生活への影響

肺がん治療の副作用は、手術、放射線治療、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬で異なります。同じ治療を受けても、症状の種類や強さ、現れる時期には個人差があります。

副作用を評価するときは、検査値だけでなく、食事や水分を取れるか、歩行や入浴を続けられるか、眠れているか、仕事や家事にどの程度支障があるかを確認します。

症状を早い段階で伝えることで、支持療法、休薬、投与日の延期、薬の変更などによって、安全に治療を続けられる場合があります。

手術後は息切れや胸の痛みが続くことがある

肺の手術後は、肺を切除したことや胸部の傷の影響により、歩行や階段昇降で息切れしやすくなることがあります。咳や深呼吸をしたときに胸が痛む、話をすると咳が出る、疲れやすいといった症状が続く場合もあります。

手術直後に痛みを避けて呼吸が浅くなり、痰を十分に出せない状態が続くと、無気肺や肺炎につながることがあります。鎮痛薬を適切に使用しながら、深呼吸、排痰、歩行などを段階的に行います。

退院後は、無理のない範囲で散歩などの軽い運動から始めます。速く歩く、坂道を上る、重い物を持つといった動作は、平地歩行より息切れしやすいため、休憩を入れながら少しずつ活動量を増やします。

肺葉切除や片肺全摘など、肺を切除した範囲が大きい場合は、手術前と同じ活動量へ戻りにくいことがあります。COPDや間質性肺疾患などがある場合は、もともとの肺機能も術後の生活へ影響します。

仕事へ戻る時期は、傷の大きさだけでなく、次の内容から判断します。

  • 歩行や階段昇降でどの程度息切れするか
  • 胸の痛みによって動作が制限されていないか
  • 仕事で重量物を扱うか、高所作業や長距離運転があるか
  • 通勤中に休憩や酸素療法が必要か
  • 術後薬物療法を行う予定があるか

急に息苦しくなった、高熱や膿のような痰が出る、片脚だけが腫れる、胸の痛みが急に強くなった場合は、肺炎、気胸、血栓症などの可能性があるため、医療機関へ連絡します。

細胞障害性抗がん薬では感染症や食事量の低下に注意する

細胞障害性抗がん薬では、骨髄抑制、吐き気、食欲低下、口内炎、便秘、下痢、脱毛、だるさ、しびれなどが起こることがあります。使用する薬の組み合わせによって、現れやすい副作用は異なります。

白血球・好中球の減少

白血球や好中球が減ると、感染症にかかりやすくなります。血液検査を受けるまで自覚症状がない場合もありますが、発熱、悪寒、咳、痰、排尿時の痛みなどが感染症の手掛かりになります。

38℃以上、または治療施設から指定された体温以上の発熱がある場合は、解熱剤だけで様子を見ず、夜間・休日を含めて指定された連絡先へ相談します。

感染を完全に防ぐことはできませんが、手洗い、口腔ケア、食事前後の衛生管理を行い、好中球が少ない時期には人混みや感染症患者との接触をできる範囲で避けます。

吐き気・食欲低下・体重減少

シスプラチンなどを含む治療では、吐き気や嘔吐が問題になることがあります。現在は予防的に複数の制吐薬を使用しますが、治療当日だけでなく、数日後に吐き気が強くなる場合もあります。

食事を一度に取れないときは、少量を複数回に分け、においが少なく食べやすい物を選びます。食事内容を完璧に整えることより、水分と最低限のエネルギーを確保することを優先する時期もあります。

水分を取れない、尿量が減った、短期間で体重が低下した、処方された吐き気止めを使用しても嘔吐が続く場合は、点滴や薬の調整が必要になることがあります。

薬ごとに異なる臓器への影響

プラチナ製剤のうち、シスプラチンでは腎機能低下、聴力低下、強い吐き気などに注意します。治療前後に点滴を行い、水分を確保して腎臓への負担を減らす場合があります。

カルボプラチンでは、腎臓への負担がシスプラチンより少ない傾向がある一方、血小板などの血球減少が問題になることがあります。

パクリタキセルなどでは、手足のしびれや筋肉痛、関節痛が現れる場合があります。箸を使いにくい、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が鈍い、つまずくといった変化があれば、生活への影響が大きくなる前に伝えます。

薬によっては腎機能、聴力、末梢神経への影響が治療後も残ることがあります。血液検査が許容範囲であっても、日常動作に支障が出ている場合は治療量の調整を相談します。

分子標的薬では薬ごとに異なる副作用が現れる

分子標的薬は、対応する遺伝子異常を持つがん細胞へ作用しますが、標的となる分子は正常な細胞にも存在するため、副作用が起こります。

EGFR阻害薬では、顔や胸、背中などの発疹、皮膚の乾燥、爪の周囲の炎症、下痢、口内炎などがみられます。発疹は見た目だけの問題ではなく、人に会うことが負担になる、指先の痛みで家事や仕事が難しくなるなど、生活へ影響することがあります。

ALK、ROS1、MET、RETなどを標的とする薬では、薬によって、むくみ、肝機能障害、便秘、下痢、視覚の変化、脈拍低下、高血圧などが起こる場合があります。HER2を標的とする薬では、血球減少や吐き気、肺障害などにも注意します。

分子標的薬は内服薬が多いものの、副作用が軽い治療という意味ではありません。治療開始後は血液検査、心電図、心臓超音波検査などを、薬の特徴に応じて行います。

発疹や下痢などが強い場合は、症状を抑える薬を使用するほか、休薬や減量を検討します。飲み忘れた分をまとめて服用したり、自己判断で服用回数を変更したりしないでください。

薬剤性肺障害では新しい空せきや息切れが手掛かりになる

細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬のいずれでも、肺に炎症が起こる薬剤性肺障害や間質性肺炎が生じることがあります。

肺がんそのもの、細菌・ウイルス性肺炎、心不全、肺血栓塞栓症、放射線肺臓炎でも似た症状が現れるため、自分で原因を判断することはできません。

次の症状が新しく現れた場合は、軽い段階でも治療施設へ連絡します。

  • 痰を伴わない空せき
  • 以前は問題なかった歩行や階段での息切れ
  • 安静にしていても息苦しい
  • 原因の分からない発熱
  • 血液中の酸素飽和度が普段より低い

薬剤性肺障害が疑われる場合は、原因と考えられる薬を中止し、胸部CT、血液検査、酸素状態などを確認します。重症度によっては入院し、副腎皮質ステロイドなどによる治療を行います。

「肺がんがあるから咳や息切れは仕方がない」と考え、次の診察まで待たないことが重要です。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス

免疫チェックポイント阻害薬では免疫関連副作用に注意する

免疫チェックポイント阻害薬では、活性化された免疫が正常な臓器を攻撃し、肺、腸、肝臓、皮膚、甲状腺、下垂体、副腎、膵臓、心臓、神経、筋肉などに炎症が起こることがあります。

症状が現れる臓器や時期を予測することは難しく、治療開始直後だけでなく、治療を長く続けた後や、治療終了後に現れる場合もあります。

次のような変化がある場合は、治療との関係がなさそうに見えても医療機関へ伝えます。

  • 新しい咳、息切れ、胸の痛み
  • 下痢、排便回数の増加、腹痛、血便
  • 皮膚や白目が黄色い、尿の色が濃い
  • 強いだるさ、食欲低下、頭痛、めまい
  • 異常な喉の渇き、尿量の増加、急な体重変化
  • 動悸、脈の乱れ、胸部の圧迫感
  • 手足に力が入らない、歩きにくい、物が二重に見える
  • 意識がぼんやりする、言動が普段と異なる

免疫チェックポイント阻害薬の副作用への対応は、細胞障害性抗がん薬とは異なります。

細胞障害性抗がん薬や一部の分子標的薬では減量する場合がありますが、免疫チェックポイント阻害薬では通常、投与量を段階的に減らす方法は取りません。重症度に応じて休薬または中止し、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬などを使用します。

ほかの医療機関や救急外来を受診するときも、現在または過去に免疫チェックポイント阻害薬を使用していたことを伝えます。

参考:免疫療法 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

放射線治療では食道炎と放射線肺臓炎が生活へ影響する

胸部放射線治療では、照射範囲に食道が含まれると、治療開始から数週間後に飲み込みにくさや胸の痛みが現れることがあります。

熱い物、辛い物、硬い物が刺激になる場合は、冷ましたスープ、やわらかい麺、豆腐、ゼリーなど、飲み込みやすい食品を選びます。水分も飲めない、体重が急に減った、痛みで食事を取れない場合は、鎮痛薬、粘膜保護薬、補液、栄養支援などを検討します。

放射線肺臓炎は、照射中よりも治療終了後の数週間から数カ月後に現れる場合があります。空せき、発熱、息切れなどが主な症状です。

薬物療法を併用または継続している場合は、放射線肺臓炎と薬剤性肺障害の区別が難しいことがあります。症状が現れた時期、照射した範囲、CT画像、使用薬などから判断します。

副作用による休薬や減量は治療の失敗ではない

肺がんの薬物療法は、予定された量を一度も変更せずに続けることだけが目標ではありません。

副作用によって呼吸機能や臓器機能が低下すると、その後に必要な治療を受けられなくなる可能性があります。症状や検査結果に応じて、投与を延期する、薬を減量する、原因となる薬だけを中止する、治療法を変更するといった対応を行います。

分子標的薬では、副作用を抑えながら長く治療を続けるために減量する場合があります。免疫チェックポイント阻害薬では、前述のとおり、通常は減量ではなく休薬・中止で対応します。

治療を調整するときは、次の内容を確認します。

  • 今回の調整は、どの副作用や検査異常が理由か
  • 休薬後に同じ薬を再開できる可能性があるか
  • 減量によって期待される効果と副作用はどう変わるか
  • 中止した場合に、次に選べる治療があるか
  • 症状が改善するまで自宅で何を記録すればよいか

仕事や家事は治療日に合わせて調整する

薬物療法の副作用は、投与直後だけでなく、数日後に強くなる場合があります。治療前に「投与後何日目に吐き気や血球減少が起こりやすいか」を確認すると、仕事や家事の予定を組みやすくなります。

点滴治療では、診察や採血を含めて長時間の通院が必要になる場合があります。胸部放射線治療では、平日の通院が数週間続くことがあります。内服の分子標的薬では通院回数が少なくても、毎日の服薬管理と副作用の観察が必要です。

息切れやだるさがあるときは、すべてを治療前と同じように行おうとせず、活動を小分けにします。調理や入浴の前に休む、座ってできる作業へ変える、移動時にエレベーターを使うなど、消費する体力を調整します。

車の運転については、眠気、視覚障害、めまい、手足のしびれ、鎮痛薬の使用などがある場合に制限が必要なことがあります。使用薬ごとの注意事項を医師や薬剤師へ確認します。

呼吸リハビリと栄養管理で治療を続ける力を保つ

肺がんや治療によって息切れがあると、動くことを避け、筋力が低下し、さらに息切れしやすくなる悪循環が起こることがあります。

病状が安定している場合は、医師や理学療法士の指導のもと、歩行、下肢の筋力訓練、呼吸法などを行います。運動量は酸素状態や息切れを確認しながら調整し、急に強い運動を始めないようにします。

食欲低下や飲み込みにくさがある場合は、体重が大きく減る前に栄養士へ相談します。筋肉量の減少は、歩行能力や治療への耐えやすさにも影響します。

治療中は、次の内容を記録しておくと診察時に伝えやすくなります。

  • 体温と酸素飽和度
  • 咳、痰、息切れの変化
  • 食事量、水分量、体重
  • 下痢や排便回数
  • 発疹、むくみ、しびれ
  • 歩行、入浴、仕事などで困ったこと
  • 症状が治療後何日目に始まったか

副作用は、我慢できるかどうかだけで評価するものではありません。生活のどの動作ができなくなったかを具体的に伝えることが、治療の安全性と継続可能性を判断する材料になります。

参考:肺がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

肺がんの緩和ケア・支持療法

緩和ケアは、抗がん治療を終えた後だけに受ける医療ではありません。肺がんと診断された時点から、手術、放射線治療、薬物療法と並行して利用できます。

支持療法は、肺がんによる症状や、治療に伴う副作用・合併症を予防、軽減するための治療です。緩和ケアでは身体症状だけでなく、不安、仕事、家族関係、治療費、療養場所などの問題も扱います。

とくに進行・再発肺がんでは、息苦しさ、咳、痛み、食欲低下などが治療の継続や日常生活へ直接影響します。症状が強くなってから相談するのではなく、生活に支障が出始めた段階で原因を確認し、早めに対処することが大切です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさは原因によって対処法が異なる

肺がん患者さんの息苦しさには、さまざまな原因があります。

  • がんによる気管や気管支の狭窄
  • 胸水や心嚢水の貯留
  • 肺炎などの感染症
  • 肺血栓塞栓症
  • 貧血や心不全
  • 放射線肺臓炎や薬剤性肺障害
  • COPDや間質性肺疾患などの持病
  • 筋力や体力の低下
  • 不安や緊張による呼吸の乱れ

原因によって治療が異なるため、息苦しさがあるからといって、すぐに酸素吸入だけを行えばよいとは限りません。診察、酸素飽和度、胸部画像、血液検査などによって原因を確認します。

血液中の酸素が不足している場合は、酸素吸入を行います。ただし、酸素飽和度が保たれていても強い息苦しさを感じることがあります。その場合は、姿勢や呼吸法の調整、薬物療法などを組み合わせます。

息苦しさが強い場合には、症状を和らげる目的でモルヒネなどの医療用麻薬を少量から使用することがあります。医療用麻薬は痛みだけに使用する薬ではありません。医師が症状や全身状態を確認し、眠気、吐き気、便秘などへ対応しながら量を調整します。

胸水がたまった場合は排液や再貯留を防ぐ治療を検討する

肺を包む胸膜の間に水がたまる状態を胸水といいます。胸水が増えると肺が十分に広がらず、息苦しさ、咳、胸の圧迫感などが現れることがあります。

症状がある場合は、針やチューブを胸腔へ入れて胸水を抜く胸腔穿刺・胸腔ドレナージを行います。排液によって息苦しさがどの程度改善するかも、その後の治療を考える材料になります。

胸水を一度抜けば再びたまらないとは限りません。排液後にどの程度の期間で再貯留したか、肺が十分に広がるか、全身状態、今後の薬物療法などを踏まえて方針を決めます。胸水が繰り返したまる場合には、胸膜を癒着させて水がたまる空間を減らす胸膜癒着術や、留置カテーテルなどを検討することがあります。

気道が狭い場合は放射線治療や気管支鏡治療を検討する

肺がんが気管や太い気管支を狭くすると、強い息苦しさ、喘鳴、肺炎、血痰などが起こることがあります。

病変の位置や広がりに応じて、薬物療法や放射線治療で腫瘍を縮小させるほか、気管支鏡を使って病変を取り除く処置、レーザーなどによる焼灼、気道を広げるステント留置を検討する場合があります。

どの方法が適するかは、狭窄している場所、緊急性、肺の先に感染や無気肺があるか、今後の全身治療などから判断します。

息苦しさが急に悪化した、会話が難しい、横になると呼吸できないなどの場合は、通常の予約日を待たずに医療機関へ連絡します。

参考:肺癌の緩和ケア|肺癌診療ガイドライン2025年版

咳や痰は性質を確認して治療する

咳は、腫瘍による気道刺激、感染症、胸水、薬剤性肺障害、放射線肺臓炎、COPDなどによって起こります。

診察では、痰を伴うか、乾いた咳か、血が混じっているか、発熱や息切れを伴うかを確認します。咳が強い場合は、一般的な鎮咳薬に加え、コデインやモルヒネなどを使用する場合があります。痰が粘って出しにくい場合は、去痰薬、水分摂取、加湿、排痰法などを組み合わせます。

痰がたまると気道が狭くなり、肺炎の危険も高くなります。理学療法士や看護師から、痰を出しやすい姿勢や呼吸方法の指導を受けることがあります。

薬物療法中に新しい空せきや息切れが現れた場合は、単なる肺がんの症状と考えず、薬剤性肺障害の可能性を確認します。

喀血や血痰は量と呼吸への影響で緊急度を判断する

少量の血が痰に混じる血痰が繰り返す場合は、出血している場所や原因を調べます。

大量の血を吐く喀血では、出血そのものだけでなく、血液によって気道がふさがり、呼吸できなくなる危険があります。まとまった量の血が出る、出血が止まらない、息苦しさを伴う場合は、救急受診が必要です。

出血している場所に応じて、気管支鏡による止血、出血する血管を塞ぐ気管支動脈塞栓術、放射線治療などを検討します。

出血があるときは、服用している抗凝固薬や抗血小板薬についても医療者へ伝えます。自己判断で薬を中止せず、処方した医師を含めて対応を確認してください。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みは原因と生活への影響を伝える

肺がんでは、胸膜や胸壁への広がり、骨転移、手術後の神経痛などによって痛みが生じることがあります。

痛み止めは、痛みの強さや原因に応じて、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬、神経障害性疼痛に対する薬などを組み合わせます。

医療用麻薬を使うことは、病状が終末期であることを意味しません。強い痛みを抑え、睡眠、食事、歩行などを保つために、治療中から使用できます。

骨転移の痛みには、放射線治療が有効な場合があります。骨折や脊髄圧迫の危険がある場合は、整形外科的な固定術や骨を支える薬なども検討します。

診察では、「痛い」と伝えるだけでなく、次の点を説明すると治療を調整しやすくなります。

  • どこが、どのように痛むか
  • いつから始まり、何をすると強くなるか
  • 夜眠れるか、歩行や食事へ影響しているか
  • 痛み止めを飲んで、どの程度・何時間楽になるか
  • しびれ、脱力、排尿・排便障害を伴っていないか

食欲低下と体重減少は早めに対処する

肺がんや治療の影響により、食欲低下、味覚の変化、飲み込みにくさ、吐き気、息苦しさなどが重なり、食事量が減ることがあります。食事量が低下すると体重だけでなく筋肉も減り、歩行や呼吸に必要な力が低下します。息切れによって動かなくなり、さらに筋力が落ちる悪循環が起こることもあります。

呼吸が比較的楽な時間帯に食べる、一度の量を減らして回数を増やす、調理のにおいが少ない食品を選ぶなど、症状に合わせて工夫します。

放射線治療による食道炎や腫瘍による圧迫で飲み込みにくい場合は、食形態の調整だけでなく、痛み止め、粘膜保護薬、補液などが必要になることがあります。

短期間で体重が減った、食事や水分をほとんど取れない、むせが増えた場合は、医師、看護師、管理栄養士などへ相談します。

不安や気持ちの落ち込みも緩和ケアの対象になる

肺がんと診断された後は、病状、治療、副作用、家族、仕事、経済面など、さまざまな不安が生じます。息苦しさへの恐怖によって外出や入浴を避け、生活範囲が狭くなることもあります。

不安や抑うつは本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。症状、睡眠不足、薬の影響、先の見通しを理解できないことなどが重なっている場合があります。

担当医や看護師に相談するほか、必要に応じて心理職、精神科・心療内科、医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センターなどの支援を利用します。

家族も、介護や治療方針への迷い、仕事との両立などで負担を抱えることがあります。緩和ケアでは、患者さん本人だけでなく家族の相談にも対応します。

自宅で受けられる支援を早めに確認する

肺がんの治療中でも、訪問診療、訪問看護、在宅酸素療法、介護保険サービスなどを利用しながら自宅で生活できる場合があります。

在宅医療は、抗がん治療をやめた人だけが利用するものではありません。通院で薬物療法を受けながら、自宅で症状管理や生活支援を受けることもあります。

病状が急に変化してから準備を始めると、希望する療養環境を整える時間が不足することがあります。次の内容を早めに確認しておくと、本人と家族の負担を減らしやすくなります。

  • 夜間や休日に症状が悪化した場合の連絡先
  • 訪問診療や訪問看護を利用できるか
  • 酸素や医療用麻薬を自宅で管理する方法
  • 家族が行うケアと、医療者へ任せられること
  • 緊急時に入院できる病院があるか
  • 自宅、病院、緩和ケア病棟など、希望する療養場所

参考:在宅緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

緩和ケアを相談する目安

緩和ケアは、症状が非常に強くなるまで待つ必要はありません。次のような状況では、担当医や看護師へ相談しましょう。

  • 息苦しさ、咳、痛みなどで眠れない
  • 症状のために食事、入浴、外出が難しい
  • 治療を続けたいが、副作用や体力低下が不安
  • 治療の目的や今後の見通しを整理したい
  • 本人と家族で治療への考え方が異なる
  • 仕事、治療費、介護、子育てなどに困っている
  • 通院が負担になり、在宅医療について知りたい

緩和ケアを受けることは、がんに対する治療を諦めることではありません。症状と生活上の問題を軽減し、必要な治療を受け続けるための支援でもあります。

次の章では、標準治療で効果が不十分になった場合を含め、治療の利益と負担をどのように比較し、セカンドオピニオンや臨床試験を検討するかを解説します。

肺がんの治療を選ぶときに確認すること

肺がんの治療は、ステージだけで決まるものではありません。非小細胞肺がんか小細胞肺がんか、遺伝子・バイオマーカー、病変を切除できるか、呼吸機能、全身状態、持病などによって選択肢が変わります。

治療法を比較するときは、薬や治療の新しさだけでなく、何を目指す治療なのか、どの程度の利益が期待できるのか、生活へどのような負担が生じるのかを確認します。

治療の主な目的には、次のような違いがあります。

  • 手術や化学放射線療法によって根治を目指す
  • 手術後の再発リスクを下げる
  • 病変を縮小させ、手術や局所治療につなげる
  • 進行を抑えて生存期間を延ばす
  • 咳、息苦しさ、痛みなどの症状を軽減する

同じ薬物療法でも、再発予防を目的とする場合と、ステージ4・再発肺がんの進行を抑える場合では、治療効果の評価方法や治療期間が異なります。

治療を受ける場合と受けない場合を比較する

副作用が心配なときは、治療を受ける危険だけでなく、治療を行わない場合や開始を遅らせた場合に起こり得ることも確認します。

たとえば、術後薬物療法では、再発リスクをどの程度下げることが期待されるのか、治療を行わなかった場合と比べてどのような違いがあるのかを尋ねます。

切除不能ステージ3では、化学放射線療法を受けられる時期を逃すと根治を目指す治療が難しくなる可能性があります。一方、ステージ4では、遺伝子検査の結果を待ってから治療を決めた方がよい場合もあります。

治療を急ぐ必要があるか、検査結果やセカンドオピニオンを待つ時間があるかは、病状によって異なります。治療開始の期限を具体的に確認します。

次の薬を選ぶ前に検査結果を見直す

進行・再発非小細胞肺がんで治療効果が不十分になった場合は、未使用の承認薬が残っていないか、これまでに行った遺伝子検査が必要な項目を網羅しているかを確認します。

初回診断時にEGFRとALKだけを調べていた場合は、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2、NTRKなどが未検査の可能性があります。検体不足で検査できなかった項目がないかも確認します。

分子標的薬を使用した後に病状が進行した場合は、薬剤耐性に関係する新たな遺伝子変化を調べるため、組織の再生検や血液を用いたリキッドバイオプシーを検討することがあります。ただし、再検査を行えば必ず次の薬が見つかるわけではありません。検査の目的、組織採取の危険、結果が治療へ結び付く可能性について説明を受けます。

標準治療は効果を保証する治療ではない

標準治療とは、臨床試験などの結果から、現時点で有効性と安全性のバランスが優れていると判断され、広く推奨されている治療です。

「一般的な治療」「古い治療」という意味ではなく、新しい薬が標準治療へ組み込まれることもあります。一方、標準治療であっても、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。

標準治療で病状を抑えられなくなった場合も、直ちに受けられる医療がなくなるわけではありません。未使用の承認薬、局所治療、再検査、臨床試験、症状を軽減する緩和ケア・支持療法などを検討します。

臨床試験は効果が確立した治療ではない

臨床試験は、新しい薬や治療法の効果と安全性を調べ、将来の標準治療をつくるために行われる研究です。

参加条件には、肺がんの病理型、ステージ、遺伝子異常、これまでに使用した薬、臓器機能、全身状態などが定められています。条件を満たしているように見えても、詳しい検査の結果によって参加できない場合があります。

また、新しい治療を受けられる臨床試験だけではありません。標準治療と新しい治療を比較する試験では、無作為に治療群が割り付けられ、本人や担当医が治療法を選べない場合があります。

臨床試験を検討するときは、次の内容を確認します。

  • 試験の目的と現在の開発段階
  • 標準治療と比べて何を確認する試験か
  • 治療法を本人が選べるか、無作為割り付けがあるか
  • 予想される副作用と、まだ分かっていない危険は何か
  • 検査や通院の回数、入院の必要性
  • 治療費や検査費、交通費などの負担
  • 参加しない場合に選べる標準治療は何か
  • 途中で参加を中止した場合、その後に受けられる治療は何か

臨床試験への参加を断ったり、途中で参加を取りやめたりしたことを理由に、通常必要な医療を受けられなくなることはありません。

参考:肺がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療を検討するときは標準治療との関係を確認する

自由診療には、国内で肺がんに対する有効性と安全性が確立していない治療も含まれます。「先端的」「免疫を高める」「副作用が少ない」といった説明だけでは、治療効果を判断できません。

検討するときは、治療名を具体的に確認し、肺がんのどの病理型・ステージを対象とした臨床試験があるのか、標準治療と比較して生存期間や病状の進行を抑える効果が示されているのかを確認します。

また、自由診療を受けることで、標準治療や臨床試験を受ける時期が遅れないか、薬の相互作用や副作用によって後の治療へ影響しないかも確認します。

セカンドオピニオンは転院を決める場ではない

提案された治療に迷う場合や、ほかに選択肢がないか確認したい場合は、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の担当医から診療情報の提供を受け、別の医師の意見を聞く仕組みです。必ずしも転院を前提とするものではありません。別の医師の意見を聞いた後、現在の医療機関で治療を続けることもできます。

肺がんでは、次のような場面で利用を検討できます。

  • ステージ3で、手術と化学放射線療法のどちらを選ぶか迷っている
  • 肺の切除範囲や術後の呼吸機能について別の意見を聞きたい
  • 遺伝子検査が十分に行われているか確認したい
  • 希少な遺伝子異常が見つかり、治療経験のある施設へ相談したい
  • 治療変更を提案された理由や、残っている選択肢を確認したい
  • 臨床試験や再生検について専門施設の意見を聞きたい

病理標本や画像データが必要になる場合があるため、紹介状だけでなく、CT・MRI・PET/CTの画像、病理診断書、遺伝子・PD-L1検査の結果、これまでの治療歴などを準備します。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

がん相談支援センターも利用できる

がん診療連携拠点病院などに設置されたがん相談支援センターでは、治療、副作用、セカンドオピニオン、臨床試験、がんゲノム医療、緩和ケア、仕事や治療費などについて相談できます。

その病院へ通院していない人や家族も、無料で相談できる場合があります。相談員が特定の治療法を決定することはありませんが、情報を整理し、どこへ相談すればよいかを考える支援を受けられます。

参考:がん相談支援センターで相談できること|国立がん研究センター がん情報サービス

診察で確認したい質問

  • この治療は、何を目標に行うのか
  • 自分と近い病状では、どの程度の効果が期待されるか
  • 治療を受けない場合や開始を遅らせた場合、何が起こり得るか
  • ほかに標準治療として選べる方法があるか
  • 治療効果は、いつ、どの検査で評価するか
  • どのような変化があれば治療を変更するか
  • 現在の治療を変更する理由は、病状の進行、副作用、臓器機能の低下のうち、どれに当たるか
  • 追加の遺伝子検査や再生検は必要か
  • 臨床試験やセカンドオピニオンを検討する時間があるか
  • 治療によって仕事、家事、通院へどのような影響があるか

治療を選ぶときは、すべての情報を一度に理解する必要はありません。説明を受けた内容をメモし、分からない点を再度質問したり、家族や身近な人に同席してもらったりする方法があります。

治療の医学的な利益と危険に加え、本人が保ちたい生活や避けたい負担を医療者へ伝えることが、納得できる治療選択につながります。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

まとめ|治療とこれからの生活について

肺がんと診断されると「治るのか」「仕事を続けられるのか」「家族にどこまで頼ればよいのか」など、治療以外の不安も生じます。検査や治療の説明を一度ですべて理解し、自分だけで正解を決める必要はありません。

治療を選ぶときは、効果や副作用だけでなく、仕事、家事、通院、食事、趣味など、今後もできるだけ保ちたい生活を医療者へ伝えてください。「長く生きたい」「苦痛を減らしたい」「働き続けたい」「家で過ごす時間を大切にしたい」といった希望も、治療方針を考えるための大切な情報です。

分からないことがある場合は、現在の病状、治療の目的、生活に予想される影響、困ったときの連絡先を一つずつ確認します。治療中に希望や体調が変わったときは、その都度方針を話し合うことができます。

肺がんと向き合うことは、病気だけを中心に生活を組み立てることではありません。医療者や家族、相談支援サービスの力を借りながら、自分が大切にしたい時間をできるだけ保てる方法を探していきましょう。

大腸がんは、結腸または直腸の粘膜から発生するがんです。2023年に国内で新たに大腸がんと診断された人は15万4,039例で、男女を合わせた部位別の罹患数では最も多いがんとなっています。2024年の死亡数は5万4,416人で、決して珍しい病気ではありません。

大腸がんの5年相対生存率は71.4%(2009~2011年診断例)です。ただし、この数字はすべてのステージを合わせた統計であり、個人の治りやすさや余命を示すものではありません。がんが大腸の壁のどこまで入り込んでいるか、リンパ節やほかの臓器への転移があるかによって、選ばれる治療や見通しは大きく異なります。

大腸がんは、早期には自覚症状がほとんどないことがあります。進行すると、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感、腹痛、貧血などが現れますが、これらは痔やほかの腸の病気でも起こるため、症状だけで大腸がんかどうかを判断することはできません。また、症状が現れたからといって、必ずしも進行がんとは限りません。

症状がない40歳以上の人は、年1回の便潜血検査を受けることが推奨されています。一方、血便や排便習慣の変化などがある場合は、次の検診を待つのではなく、消化器内科などを受診して原因を調べることが大切です。

この記事では、大腸がんの症状、原因、検査、ステージ分類に加え、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療について解説します。結腸がんと直腸がんの治療の違い、治療選択に関わる遺伝子・バイオマーカー検査、ステージ別の生存率も取り上げ、検査結果をどのように治療判断へつなげるかを整理します。

参考:大腸[国立がん研究センター がん統計]

  • 大腸がんは男女計の罹患数が最も多く、早期には症状が乏しい
  • 血便などの症状があれば検診を待たず、医療機関を受診する
  • 治療はステージ、発生部位、遺伝子異常によって変わる

大腸がんとは何か

大腸がんは、大腸の粘膜に発生するがんで、発生した場所によって結腸がんと直腸がんに分けられます。大腸がんの多くは腺がんです。

大腸は、小腸から送られてきた内容物から水分を吸収し、便を形成して排出する臓器です。大腸に腫瘍ができると、粘膜から出血したり、便の通り道が狭くなったりするため、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感などが現れることがあります。ただし、早期には症状がほとんどない場合もあります。

大腸がんには、腺腫と呼ばれる良性のポリープが段階的にがん化するものと、正常に見える粘膜から直接発生するものがあります。ポリープがすべてがんになるわけではありませんが、内視鏡検査で腺腫を見つけて切除することは、将来の大腸がんを防ぐことにもつながります。

大腸の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層・漿膜などで構成されています。がんが粘膜または粘膜下層にとどまるものは早期がん、固有筋層より深く入り込んだものは進行がんと呼ばれます。

この深さは、内視鏡で切除できるか、リンパ節郭清を伴う手術が必要かを判断するうえで重要です。ただし、内視鏡切除後の追加手術は、深さだけでは決まりません。切除した組織の詳しい評価については、内視鏡治療の項目で解説します。

結腸がんと直腸がんでは、同じステージでも治療方法が異なることがあります。とくに直腸がんでは、がんと肛門との距離、周囲の臓器への広がりなどによって、肛門を温存できるか、手術前の治療が必要かを検討します。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの原因とリスク

大腸がんは、特定の食品や一つの生活習慣だけで発症する病気ではありません。年齢を重ねる中で細胞の遺伝子に変化が蓄積し、生活習慣、持病、家族歴などが重なって発生すると考えられています。

大腸がんとの関連が指摘されている主な要因には、喫煙、飲酒、肥満、運動不足があります。赤肉や加工肉の摂取量との関連も報告されていますが、これらを食べたことが直接の原因になるわけではありません。また、潰瘍性大腸炎やクローン病など、大腸に長期間炎症が続く病気がある人では、大腸がんのリスクが高くなることがあります。

一方、運動習慣を持つことは大腸がんの予防に役立つことがほぼ確実とされ、禁煙、飲酒を控えること、適正体重を保つこと、偏りの少ない食事を続けることも、発症リスクを下げるための基本になります。

ただし、生活習慣を整えていても大腸がんになる人はいます。反対に、危険因子がある人すべてが発症するわけでもありません。「不摂生をしたからがんになった」と自分を責めたり、生活習慣に問題がないから検査は不要だと考えたりしないことが大切です。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの遺伝的要因

大腸がん患者の約30%には、家族内での発症の集積または何らかの遺伝的素因があるとされています。ただし、家族に大腸がんの人がいることと、原因遺伝子が特定される遺伝性大腸がんであることは同じではありません。遺伝性大腸がんは、大腸がん全体の約5%とされています。

代表的な遺伝性大腸がんには、家族性大腸腺腫症(FAP)リンチ症候群があります。

家族性大腸腺腫症では、大腸に多数の腺腫性ポリープが発生します。典型的なFAPでは大腸がんを発症する危険性が非常に高いため、若い時期から定期的な内視鏡検査を受け、ポリープの数や状態に応じて手術の時期を検討します。

リンチ症候群では、FAPのように多数のポリープが目立たないことがありますが、大腸がんを比較的若い年齢で発症したり、複数回発症したりすることがあります。子宮内膜がんなど、大腸以外の関連するがんが家族内にみられることもあります。

次のような場合は、遺伝性大腸がんの可能性について主治医や遺伝診療部門へ相談するきっかけになります。

  • 若い年齢で大腸がんと診断された
  • 大腸がんを複数回発症した、または多数の大腸ポリープがある
  • 近親者に若年発症の大腸がんや、子宮内膜がんなどの関連がんが複数ある

遺伝性が疑われる場合は、年齢、本人と家族の病歴、ポリープの数、腫瘍組織の検査結果などを基に、遺伝学的検査を検討します。家族歴だけで診断することはできず、家族にがん患者がいない場合でも遺伝性大腸がんが見つかることがあります。

遺伝学的検査の結果は、本人の検査計画だけでなく、血縁者の健康管理にも関係します。検査で分かることと分からないこと、家族へ伝える範囲、心理的・社会的な影響について説明を受け、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用したうえで判断します。

参考:遺伝性大腸癌診療ガイドライン2024年版|大腸癌研究会

大腸がんの主な症状と見逃されやすさ

大腸がんは、早期には自覚症状がほとんどないことがあります。進行すると、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感、腹痛、腹部の張りなどが現れます。腫瘍から少量の出血が続くことで、貧血、息切れ、めまい、倦怠感をきっかけに見つかる場合もあります。

これらの症状は痔、過敏性腸症候群、感染性腸炎などでも起こるため、症状だけで大腸がんかどうかを見分けることはできません。とくに血便は痔と考えて受診を先延ばしにしやすい症状ですが、血の色や付き方だけで出血源を正確に判断することは困難です。痔がある人でも、大腸の病変が同時に存在する可能性があるため、自己判断で済ませないことが大切です。

がんができた場所によって症状の出方が異なる

盲腸や上行結腸など右側の大腸では、腸の内容物がまだ液状に近く、腫瘍が大きくなっても便の通過が妨げられにくい傾向があります。そのため、目立った便通異常がないまま出血が続き、鉄欠乏性貧血、疲れやすさ、息切れなどから発見されることがあります。腹部のしこりがきっかけになる場合もあります。

下行結腸やS状結腸など左側の大腸では、便が固形に近づいているため、腫瘍によって腸管が狭くなると、便秘と下痢を繰り返す、便が細くなる、腹部が張るといった変化が現れやすくなります。直腸がんでは、血便、粘液の混じった便、排便後も便が残っているように感じる残便感などがみられることがあります。

ただし、これはあくまで一般的な傾向です。右側の大腸がんでも血便や腹痛が起こることがあり、左側の大腸がんでも症状が乏しい場合があります。症状の種類だけから、がんの場所や進行度を判断することはできません。

症状がある場合は検診ではなく医療機関を受診する

血便、便の形や回数の変化、腹痛などがある人は、便潜血検査による検診を待つのではなく、消化器内科や胃腸科、肛門科などを受診してください。がん検診は、基本的に症状のない人から大腸がんの可能性がある人を見つけるためのものです。症状がある場合は、診断を目的とした検査が必要です。

一度の出血や一時的な便通異常が、必ず大腸がんを意味するわけではありません。しかし、血便を繰り返す、排便習慣の変化が続く、貧血を指摘された、原因不明の体重減少がある場合は、年齢にかかわらず受診を検討します。

また、強い腹痛や腹部の張りに加えて、便やガスが出ない、嘔吐を繰り返すといった症状がある場合は、腫瘍によって腸が塞がる腸閉塞の可能性があります。通常の外来日まで待たず、速やかに医療機関へ相談する必要があります。

症状がない40歳以上の人は、年1回の便潜血検査を受けることが推奨されています。一方、症状がある人は、便潜血検査が陰性であっても大腸がんを完全には否定できません。症状が続く場合は、検診結果だけで安心せず、診察を受けて必要な検査を相談してください。

参考:大腸がん検診について|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの検査と診断

大腸がんの検査には、がんの可能性がある人を見つける検査、がんかどうかを確定する検査、がんの広がりを調べる検査があります。すべての検査を一度に行うわけではなく、症状や便潜血検査の結果などに応じて順番を決めます。

血便や排便習慣の変化がある場合には、問診や診察に加えて、大腸内視鏡検査などを検討します。直腸に近い病変が疑われるときは、医師が肛門から指を入れて、直腸内のしこりや出血の有無を確認する直腸指診を行うこともあります。

便潜血検査

便潜血検査は、便に目では確認できない微量の血液が含まれていないかを調べる検査です。症状のない人を対象とした大腸がん検診では、通常、2日分の便を採取する方法が用いられます。

陽性になっても、必ず大腸がんがあるわけではありません。ポリープ、痔、炎症などによる出血でも陽性になることがあります。一方、大腸がんがあっても常に出血するとは限らないため、陰性であれば大腸がんを完全に否定できるわけでもありません。

2日分のうち1日だけでも陽性になった場合は、大腸内視鏡検査などの精密検査を受けます。「もう一度便潜血検査をして陰性なら様子を見る」という方法は、精密検査の代わりにはなりません。血便、腹痛、便が細くなる、便秘や下痢が続くなどの症状がある場合は、便潜血検査の結果だけで判断せず、医療機関を受診してください。

大腸内視鏡検査と病理診断

大腸内視鏡検査では、肛門から内視鏡を挿入し、直腸から盲腸までの大腸の内側を観察します。病変の位置、大きさ、形、表面の血管や構造などを確認し、必要に応じて拡大観察や画像強調観察を行います。

ポリープやがんが疑われる病変が見つかった場合には、病変の一部を採取する生検を行い、顕微鏡で調べる病理診断によって、がんかどうかを確定します。小さなポリープなどでは、検査と同時に病変全体を切除できる場合もあります。

内視鏡で病変が見つかっただけでは、最終的な治療方針は決まりません。病理検査では、がんの組織型や分化度などを確認します。内視鏡で病変全体を切除した場合には、切除断端、がんの深さ、リンパ管・静脈侵襲、簇出などを調べ、追加手術が必要かを判断します。

検査には下剤による前処置が必要で、まれに出血や腸に穴が開く穿孔が起こることがあります。病変による狭窄などで大腸全体を観察できない場合には、CTコロノグラフィなど別の検査を組み合わせることがあります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)検査|国立がん研究センター がん情報サービス

CT・MRIでがんの広がりを調べる

病理診断で大腸がんと確認された後は、主にCT検査を行い、がんが大腸の周囲へどこまで広がっているか、リンパ節、肝臓、肺、腹膜などに転移がないかを調べます。

直腸がんでは、骨盤内のMRI検査によって、直腸の壁の外への広がり、周囲のリンパ節、肛門や隣接する臓器との位置関係などを詳しく確認することがあります。これらの情報は、手術方法や術前治療の必要性を判断するために使われます。

PET検査は、すべての患者さんに必ず行う検査ではありません。CTやMRIだけでは転移や再発の判断が難しい場合などに検討されます。

血液検査や遺伝子検査も治療判断に用いる

血液検査では、貧血、肝機能、腎機能、栄養状態などを確認します。CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーも測定することがありますが、数値が正常でも大腸がんを否定することはできず、高値であっても大腸がんとは限りません。

腫瘍マーカーは、診断を確定する検査というより、治療前の基準値を確認し、治療効果や再発の可能性を画像検査などと合わせて評価するために使われます。

進行・再発大腸がんでは、治療薬を選ぶために、RAS、BRAF、MSI/MMR、HER2などを調べることがあります。どの検査をどの段階で行うかは、がんのステージや予定している治療によって異なります。具体的な検査結果と薬物療法との関係は、後の「大腸がんの遺伝子検査」で詳しく解説します。

大腸がんの診断では、内視鏡で病変を確認し、病理検査でがんかどうかを確定したうえで、画像検査によって広がりを評価します。それぞれの検査は目的が異なるため、一つの検査結果だけではなく、複数の結果を組み合わせてステージと治療方針を決めます。

大腸がんのステージ分類

大腸がんのステージは、がんが大腸の壁のどこまで入り込んでいるかを示す「T」、領域リンパ節転移を示す「N」、肝臓や肺などへの遠隔転移を示す「M」の組み合わせで決まります。

ステージ 主な状態 治療の基本的な考え方
ステージ0 がんが粘膜内にとどまる 内視鏡治療で取り切ることを目指す
ステージ1 がんが粘膜下層または固有筋層まで広がり、リンパ節転移はない 病変の深さや病理所見に応じて内視鏡治療または手術を行う
ステージ2 がんが固有筋層を越えて広がっているが、リンパ節転移はない 手術が中心。再発リスクが高い場合は術後補助化学療法を検討する
ステージ3 領域リンパ節への転移がある 手術と術後補助化学療法を組み合わせることが基本となる
ステージ4 肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの転移がある 転移巣を含めて切除できるかを評価し、手術や薬物療法などを組み合わせる

ステージは治療前の内視鏡検査や画像検査から判断しますが、手術を受けた場合は、切除した腸管やリンパ節の病理検査によって最終的なステージが確定します。そのため、手術前と手術後でステージが変わることもあります。

ステージ別の治療方針

ステージ0と一部のステージ1では、リンパ節転移の可能性が低く、病変を一括して切除できると判断された場合に内視鏡治療を行います。ただし、切除後の病理検査でリンパ節転移の危険が認められれば、追加手術を検討します。

ステージ1のうち内視鏡治療の対象にならない場合と、ステージ2・3では、がんがある腸管と周囲のリンパ節を切除する手術が中心です。ステージ3では、画像に写らない微小転移による再発を抑えるため、体の状態などを確認したうえで術後補助化学療法を行います。ステージ2でも、がんによる腸閉塞や穿孔、深い浸潤など、再発リスクが高い場合には術後補助化学療法を検討します。

ステージ4では、原発巣と肝転移・肺転移などをすべて切除できるかが、治療方針を決める大きな分岐点になります。完全切除が可能と判断されれば、ステージ4でも根治を目指して手術を検討します。切除が難しい場合は、遺伝子・バイオマーカー検査の結果や全身状態に応じた薬物療法が中心です。治療によって転移巣が縮小し、後から手術を検討できる場合もあります。

ステージ4の切除可能性、薬物療法、遺伝子検査、生存率や余命については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージだけで治療が自動的に決まるわけではありません。同じステージでも、結腸がんか直腸がんか、病変の位置、切除可能性、再発リスク、遺伝子変異、年齢や全身状態によって治療内容は変わります。診察時には、自分のステージだけでなく、「根治を目指す治療か」「術後治療が必要か」「治療によって何を防ぐのか」を確認することが大切です。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会

大腸がん治療の全体像

大腸がんの主な治療には、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療があります。がんの深さや広がり、切除できるかどうか、結腸がんと直腸がんのどちらかによって、これらを単独または組み合わせて行います。

内視鏡治療と手術は、がんを取り除くための治療です。薬物療法は、手術後の再発を防ぐ目的で行う場合と、切除できないがんの縮小や進行抑制を目的に行う場合があります。放射線治療は主に直腸がんの術前治療や、転移・再発による痛みや出血などの症状を和らげるために用いられます。

また、痛み、吐き気、下痢、しびれなどを軽減する緩和ケア・支持療法は、抗がん治療を終えた後だけでなく、治療中から利用できます。

以下では、それぞれの治療について、選ばれる条件、治療の目的、治療後の生活への影響を順番に解説します。

大腸がんの内視鏡治療

内視鏡治療は、肛門から挿入した内視鏡を使い、大腸の内側から病変を切除する方法です。開腹手術や腹腔鏡手術と比べて体への負担が少なく、腸管を切除せずに治療できる可能性があります。

ただし、内視鏡で病変を取り除けても、リンパ節にあるがんまでは治療できません。そのため、リンパ節転移の可能性が極めて低く、病変を一括して完全に切除できると判断された早期大腸がんが主な対象になります。

内視鏡治療の適応は深さと切除のしやすさから判断する

内視鏡治療は、がんが粘膜内にとどまる場合や、粘膜下層への浸潤が軽度と考えられる場合に検討します。一般的には、粘膜下層への浸潤が1,000μm未満で、リンパ節転移を疑う所見がなく、一括切除できる病変が対象です。

治療前には、通常の内視鏡観察に加え、拡大観察や画像強調観察などを用いて、病変の深さ、形、大きさ、位置を評価します。ただし、内視鏡による深さの診断には限界があるため、内視鏡治療だけで治療を終えられるかどうかは、切除した組織の病理検査を受けて最終的に判断します。

内視鏡治療には複数の方法がある

内視鏡治療の方法は、病変の形や大きさ、深さ、一括切除の必要性などに応じて選びます。

治療法 治療の特徴
ポリペクトミー 主に茎のある病変へ金属製の輪をかけて切除する方法
EMR 病変の下へ液体を注入して浮かせ、金属製の輪で切除する方法。水中で病変を切除するUEMRが選ばれることもある
ESD 粘膜下層を専用の器具ではがし、比較的大きな病変を一括切除する方法

大きな病変では、複数に分けて切除すると病理診断が難しくなり、局所再発の危険も高くなることがあります。そのため、正確な病理評価が必要な病変では、時間がかかってもESDによる一括切除を検討する場合があります。

切除後の病理検査で追加手術の必要性を判断する

内視鏡治療後は、切除した組織から、切除断端、がんの深さ、組織型、リンパ管・静脈への侵襲、簇出などを確認します。

がんが深部の切除断端まで達している垂直断端陽性の場合は、がんが残っている可能性があるため、外科手術の追加を検討します。また、次のいずれかが認められた場合も、リンパ節転移の危険を考え、リンパ節郭清を伴う腸切除を検討します。

  • 粘膜下層への浸潤が1,000μm以上ある
  • リンパ管または静脈への侵襲がある
  • 低分化腺がん、印環細胞がん、粘液がんなどの組織型である
  • 浸潤先進部の簇出がBD2またはBD3である

ただし、粘膜下層への浸潤が1,000μm以上という所見だけで、必ずリンパ節転移がある、あるいは全員に追加手術が必要と決まるわけではありません。ほかの病理所見、病変の位置、年齢、持病、手術による負担、本人の希望を踏まえて判断します。

病変を分割して切除した場合や、がんが水平方向の切除断端に達している場合は、切除した場所に病変が残る危険があります。この場合は、追加の内視鏡治療や早めの再検査を検討します。リンパ節郭清を伴う手術が必要かどうかとは、分けて考える必要があります。

出血や穿孔は治療後にも起こることがある

内視鏡治療の主な合併症は、出血と穿孔です。出血は治療直後だけでなく、帰宅後に起こる場合もあります。穿孔によって腸に穴が開くと、強い腹痛、発熱、腹部の張りなどが現れ、内視鏡による処置や手術が必要になることがあります。

治療後に血便が続く、腹痛が強くなる、発熱や吐き気がある場合は、次回の受診日を待たずに治療を受けた医療機関へ連絡してください。食事、飲酒、運動、入浴、仕事への復帰時期は、治療方法や切除した病変の大きさによって異なるため、退院・帰宅前に確認します。

内視鏡治療で一括切除され、切除断端にがんがない場合でも、別の場所に新たな腫瘍ができる可能性があるため、定期的な大腸内視鏡検査が必要です。分割切除や水平断端陽性の場合、または追加手術を行わず経過観察する場合は、内視鏡検査に加えて、CT検査や腫瘍マーカーなどを組み合わせることがあります。

参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版 Clinical Questions|大腸癌研究会

大腸がんの手術

内視鏡治療でがんを十分に切除できない場合や、リンパ節転移の可能性がある場合には手術を行います。手術では、がんがある部分だけでなく、周囲の腸管とリンパ節を切除し、がんを体内に残さないことを目指します。周囲の臓器へ直接広がっている場合は、完全切除が可能であれば、その臓器の一部を一緒に切除することもあります。

手術には、開腹手術、腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術があります。腹腔鏡下手術やロボット支援下手術は創が小さく、術後の痛みや回復の面で利点が期待できますが、すべての患者さんに適しているわけではありません。がんの位置と広がり、腸閉塞の有無、体格、過去の腹部手術、医療機関や術者の経験などを踏まえて選びます。

ロボット支援下手術は、直腸がんでは標準的な手術方法の選択肢の一つとなり、結腸がんでも行われています。ただし、ロボットを使うこと自体が治療成績の向上を保証するわけではありません。手術方法の新しさではなく、がんを安全に取り切れるかを優先して判断します。

結腸がんでは発生した場所に応じて腸管を切除する

結腸がんの手術では、がんがある場所に応じて、回盲部切除、結腸右半切除、横行結腸切除、結腸左半切除、S状結腸切除などを行います。がんとともに、転移する可能性のある周囲のリンパ節を切除する処置をリンパ節郭清と呼びます。

切除後は、残った腸管同士をつなぐことが一般的です。ただし、腸閉塞や腸管穿孔がある、全身状態が不安定である、腸管を安全につなげられないといった場合には、一時的または永久的な人工肛門を造ることがあります。切除できない腫瘍によって便が通らない場合は、腸の迂回路を造るバイパス手術を行うこともあります。

手術後は、一時的に便が軟らかくなる、排便回数が増える、便秘と下痢を繰り返すといった変化が起こることがあります。切除した範囲によって影響は異なりますが、食事の取り方や整腸薬などを調整しながら、徐々に生活のリズムを整えていきます。

直腸がんでは根治性と機能の温存を両方考える

直腸は骨盤の奥深くにあり、周囲には肛門括約筋、膀胱、生殖器、排尿や性機能に関係する神経があります。そのため直腸がんでは、がんを取り切ることに加え、肛門、排便、排尿、性機能をどこまで保てるかも治療選択の重要な要素になります。

早期で限られた病変では、肛門側から病変だけを切除する局所切除を検討することがあります。より深く広がったがんでは、がんのある直腸と周囲の直腸間膜を切除し、残った腸管をつなぐ前方切除術などを行います。

肛門に近いがんでも、十分な切除範囲を確保でき、術後の肛門機能を保てると判断されれば、低位前方切除術や括約筋間直腸切除術によって肛門を温存できる場合があります。一方、がんが肛門括約筋へ及んでいる場合などは、直腸と肛門を切除する直腸切断術を行い、永久的な人工肛門を造ります。

肛門を残せることと、手術前と同じように排便できることは同じではありません。直腸を大きく切除すると、便をためる機能が低下し、排便回数の増加、突然の便意、便失禁、短時間に何度も排便する症状などが現れることがあります。これらは低位前方切除後症候群(LARS)と呼ばれ、食事や薬の調整、骨盤底筋の訓練などが必要になる場合があります。

下部直腸がんでは、骨盤側壁のリンパ節へ転移することがあります。腫瘍の下端が腹膜反転部より肛門側にあり、筋層を越えて広がっているcT3以深の場合には、側方リンパ節郭清を検討します。ただし、郭清範囲が広くなると排尿機能や性機能へ影響する可能性があるため、MRIなどの画像所見と局所再発の危険を踏まえて判断します。

局所再発の危険が高い直腸がんでは、手術前に薬物療法や放射線治療を行うことがあります。薬物療法と放射線治療を手術前にまとめて行うTNTや、治療後にがんが確認できなくなった場合に手術を行わず経過を見る非手術管理も研究されていますが、国内ですべての患者さんに共通する標準治療ではありません。適応は専門医による慎重な評価が必要です。

人工肛門には一時的なものと永久的なものがある

人工肛門(ストーマ)は、腸管を腹部へ出して便の出口を造る方法です。直腸の低い位置で腸管をつないだ場合には、つなぎ目へ便が流れるのを一時的に避けるため、保護目的のストーマを造ることがあります。この場合は、つなぎ目が治った後にストーマを閉じられる可能性があります。

肛門を含めて切除した場合や、肛門を残しても排便機能を保つことが難しい場合には、永久的なストーマが必要になります。診察では、ストーマが必要になる可能性、一時的か永久的か、閉鎖できる場合はいつごろかを確認します。

ストーマがあっても、装具の扱いに慣れれば、仕事、外出、入浴、軽い運動、旅行などを続けることが可能です。一方、皮膚トラブル、装具からの漏れ、服装、性生活などに不安を感じることもあります。手術前から皮膚・排泄ケア認定看護師などへ相談し、ストーマの位置や術後の管理方法について説明を受けることが大切です。

手術後の合併症と生活への影響

手術後には、腸管をつないだ部分から内容物が漏れる縫合不全、創部や腹腔内の感染、腸閉塞、出血などが起こることがあります。縫合不全は、肛門に近い位置で腸管をつなぐ直腸がんの手術で起こりやすく、重い場合には再手術や人工肛門の造設が必要です。

退院後に、発熱、強くなる腹痛、腹部の張り、繰り返す嘔吐、便やガスが出ない、創部から膿や腸液が出るといった変化があれば、次回の診察を待たずに医療機関へ連絡します。

長期的には、排便回数の増加や便失禁だけでなく、排尿しにくい、尿が残る、勃起や射精が難しくなる、性交時に痛みがあるといった症状が現れることもあります。とくに直腸がんでは、治療前に予想される機能障害と対処法について説明を受ける必要があります。

手術方法を検討するときは、がんを取り切れる可能性だけでなく、切除する腸管とリンパ節の範囲、肛門温存の可否、人工肛門の可能性、術後に予想される排便・排尿・性機能への影響、仕事へ戻る時期まで確認すると、治療後の生活を具体的に考えやすくなります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版 Clinical Questions|大腸癌研究会

大腸がんの薬物療法

大腸がんの薬物療法には、手術後の再発を防ぐための術後補助化学療法と、切除できない進行・再発大腸がんを抑えるための治療があります。同じ薬を使用する場合でも、治療の目的や続ける期間、効果の確認方法は異なります。

使用する薬は、がん細胞の増殖を抑える細胞障害性抗がん薬、特定の分子を狙う分子標的薬、免疫の働きを利用する免疫チェックポイント阻害薬に分けられます。進行・再発大腸がんでは、がんの遺伝子やタンパク質を調べ、その結果に応じて治療を選ぶことが重要になっています。

手術後の再発を防ぐ術後補助化学療法

術後補助化学療法は、手術で確認できるがんをすべて切除した後に、体内に残っている可能性がある微小ながん細胞を抑え、再発の危険を下げるために行います。

主にステージ3が対象となり、ステージ2でも、がんが大腸の壁を深く越えている、腸閉塞や穿孔を伴っている、十分な数のリンパ節を調べられていないなど、再発リスクが高い場合に検討します。ただし、すべてのステージ2で薬物療法が必要になるわけではありません。

主な治療には、次のものがあります。

治療法 使用する主な薬と特徴
CAPOX 内服薬のカペシタビンと、点滴薬のオキサリプラチンを組み合わせる。通院で治療しやすい一方、手足症候群や末梢神経障害に注意する
FOLFOX 5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを組み合わせる。携帯型のポンプを使い、一定時間かけて5-FUを投与することがある
フッ化ピリミジン単独療法 カペシタビンなどを使用する。オキサリプラチンの併用が難しい場合に検討される

治療期間は、再発リスクと使用する薬を踏まえて、3カ月または6カ月を検討します。一般に、再発リスクが比較的低い場合は、CAPOXを3カ月行うことで、オキサリプラチンによる蓄積性の末梢神経障害を減らせる可能性があります。一方、再発リスクが高い場合やFOLFOXを選ぶ場合は、6カ月の治療を検討することがあります。

ただし、治療期間を短くすればよいとは限りません。再発リスクをどこまで下げられる可能性があるかと、しびれなどの副作用が将来の仕事や日常生活に残る危険を比較して決めます。

高齢であることだけを理由に治療を行えないわけではありませんが、体力、腎機能、持病、認知機能、服薬管理、家族の支援などを確認します。オキサリプラチンを使用せず、内服薬などによる治療を選ぶ場合もあります。

切除不能・再発大腸がんでは複数の薬を組み合わせる

遠隔転移や再発病変をすべて切除することが難しい場合は、薬物療法によってがんを縮小させ、進行を抑えることを目指します。治療によって病変が十分に縮小した場合は、肝転移や肺転移などを手術で切除できるか、あらためて検討することもあります。

治療の土台となる主な組み合わせには、次のものがあります。

  • FOLFOX:5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン
  • CAPOX:カペシタビン、オキサリプラチン
  • FOLFIRI:5-FU、レボホリナート、イリノテカン
  • FOLFOXIRI:5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカン

これらへ、ベバシズマブなどの血管新生を抑える薬や、セツキシマブ、パニツムマブなどの抗EGFR抗体薬を組み合わせます。

どの治療を選ぶかは、がんをできるだけ小さくして手術を目指すのか、長期間の病勢コントロールを目指すのか、症状を和らげることを優先するのかによって変わります。年齢だけでなく、全身状態、肝臓や腎臓などの機能、転移の場所、これまでの治療、副作用への不安も判断材料になります。

抗EGFR抗体薬は、基本的にRAS遺伝子に変異がない場合が対象です。さらに、原発巣が右側か左側かによって期待できる効果が異なるため、RAS野生型で左側に発生したがんでは、抗EGFR抗体薬を含む治療が検討されやすくなります。

MSI-HighまたはdMMRの大腸がんでは、一次治療から免疫チェックポイント阻害薬を検討します。ペムブロリズマブのほか、ニボルマブとイピリムマブを組み合わせる治療も選択肢です。

BRAF V600E変異がある切除不能大腸がんでは、従来の細胞障害性抗がん薬だけでなく、BRAF阻害薬のエンコラフェニブ、抗EGFR抗体薬のセツキシマブ、mFOLFOX6を組み合わせる一次治療が選択肢に加わっています。

参考:MSI-High/dMMR切除不能大腸がんに対する免疫療法|大腸癌研究会

一次治療の効果が低下した場合は、使用していない薬へ変更します。後方の治療では、トリフルリジン・チピラシルとベバシズマブの併用、レゴラフェニブ、フルキンチニブなどを、これまでに使用した薬と全身状態に応じて検討します。

一次治療、二次治療という言葉は、がんの重症度を表すものではなく、薬を使用する順番を表しています。副作用で治療を変更した場合も、次の治療が前の治療より弱いとは限りません。

ステージ4における転移巣の切除、薬物療法から手術へ切り替える判断、治療の見通しについては、以下の記事で詳しく解説しています。

遺伝子・バイオマーカー検査が薬の選択につながる

進行・再発大腸がんでは、がん組織や血液を使って遺伝子・バイオマーカーを調べます。検査は、がんになりやすい体質を調べる遺伝学的検査とは目的が異なり、主に現在のがんへ使用できる薬を選ぶために行います。

検査・異常 治療選択との主な関係
RAS 変異がある場合は、セツキシマブやパニツムマブなどの抗EGFR抗体薬による効果を期待しにくい
BRAF V600E BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬を含む治療の対象になる
MSI-High/dMMR 免疫チェックポイント阻害薬の効果を期待できる可能性がある。リンチ症候群を疑う手がかりにもなる
HER2陽性 抗HER2療法を検討する材料になる
KRAS G12C 治療歴がある場合、KRAS G12C阻害薬のソトラシブとパニツムマブの併用を検討できる
NTRK融合・RET融合 頻度は低いが、融合遺伝子を標的とする薬の対象になる可能性がある
TMB-High がん種を問わない免疫チェックポイント阻害薬の適応を検討する材料になる

これらを最初から一つずつ調べる場合もあれば、複数の遺伝子を同時に調べるがん遺伝子パネル検査を検討する場合もあります。パネル検査は、標準治療が終了した、または終了する見込みのある人などが主な対象ですが、検査を受けても治療につながる遺伝子異常が見つからないことがあります。

検査結果の説明を受ける際は、何を調べた検査なのか、結果によって現在の治療が変わるのか、将来の治療や臨床試験の候補になるのか、遺伝性の可能性を示す結果ではないかを確認します。

薬の効果と生活への負担を一緒に評価する

薬物療法は、決められた量を休まず続けることだけが目標ではありません。副作用が強い場合には、休薬、減量、薬の変更を行いながら、治療を続けられる状態を保つことも大切です。

治療中は、CTなどによる病変の変化、腫瘍マーカー、症状、体重、血液検査、副作用を組み合わせて効果と負担を評価します。がんが小さくなっていても、強い副作用によって食事や歩行、仕事が難しくなっている場合は、治療内容の調整が必要になることがあります。

診察では、治療の目的、使用する薬を選んだ理由、予定している期間、効果を確認する時期、どのような副作用で連絡すべきか、効果がなくなった場合の次の選択肢を確認します。

治療薬ごとの副作用と仕事・食事・外出への影響については、後の「治療の副作用と生活への影響」で詳しく解説します。

大腸がんの放射線治療

放射線治療は、がんへ放射線を照射し、がん細胞の増殖を抑える局所治療です。大腸がんの中でも、主に直腸がんの骨盤内再発を抑える治療や、進行・再発がんによる症状を和らげる治療として用いられます。

結腸がんでは、腸管が腹部の中で動きやすく、周囲に放射線の影響を受けやすい小腸などがあるため、放射線治療が初回治療の中心になることは多くありません。一方、直腸は骨盤内で位置が比較的固定されているため、病変の範囲を定めて照射しやすく、手術や薬物療法と組み合わせる場合があります。

直腸がんでは局所再発の危険を踏まえて術前治療を検討する

局所進行直腸がんでは、手術前に放射線治療と薬物療法を組み合わせる化学放射線療法を検討することがあります。がんを小さくして切除しやすくすることや、骨盤内での再発を減らすことが主な目的です。

ただし、国内では、切除可能な直腸がんのすべてに術前放射線治療を行うわけではありません。日本では、直腸間膜切除や必要に応じた側方リンパ節郭清を含む手術が治療の基本となっており、術前放射線治療は、がんが周囲へ広がっている、切除断端が近くなる可能性がある、局所再発の危険が高いといった場合に検討されます。

治療を選ぶ際には、骨盤MRIなどから、がんの深さ、リンパ節転移、直腸間膜筋膜との距離、肛門との位置関係を確認します。術前治療によってがんが縮小しても、必ず肛門を温存できるわけではなく、手術を行わずに済むことが保証されるわけでもありません。

薬物療法と放射線治療を手術前にまとめて行うTNTや、治療後にがんが確認できなくなった場合に手術を行わず経過観察する非手術管理も検討されています。ただし、国内では対象となる患者さんの選び方や長期的な安全性に未確立の部分があり、経験のある医療機関で慎重に判断する必要があります。

進行・再発がんでは症状を和らげる目的でも行う

進行・再発大腸がんでは、がんを完全に治すことではなく、症状を軽くして生活を保つ目的で放射線治療を行うことがあります。

対象となる主な症状には、次のようなものがあります。

  • 骨盤内の再発や直腸の腫瘍による痛み、出血、便通障害
  • 骨転移による痛みや骨折の危険
  • 脳転移による頭痛、吐き気、めまい、神経症状
  • 肺や気管支周囲の転移による出血や気道の狭窄

症状緩和を目的とする場合は、根治を目指す照射よりも短い期間で治療することがあります。効果が現れるまでの期間や、どの程度の症状改善が期待できるかは、照射する部位、病変の大きさ、全身状態によって異なります。

放射線治療を提案されたときは、根治、局所再発予防、がんの縮小、症状緩和のどれを目的としているのかを確認することが大切です。

放射線治療の副作用と生活への影響

放射線治療の副作用は、放射線を照射した範囲に現れやすく、治療中から直後に起こる早期の副作用と、数カ月から数年後に現れる晩期の副作用があります。

骨盤へ照射する場合は、治療が進むにつれて、下痢、腹痛、頻回の排便、肛門周囲の痛み、排尿時の痛み、皮膚炎、倦怠感などが現れることがあります。薬物療法を併用する場合は、食欲低下や血球減少などが加わることもあります。

下痢や頻回の排便が強くなると、通勤や外出が難しくなったり、夜間に何度もトイレへ行って睡眠が妨げられたりします。治療は平日に繰り返し通院して行うことが多いため、治療期間、通院回数、1回の所要時間を事前に確認し、仕事や家族の支援を調整しておくことも必要です。

治療終了後しばらくたってから、腸管や膀胱からの出血、潰瘍、腸閉塞、頻回の排便、まれに穿孔や瘻孔などが起こることがあります。血便が増える、強い腹痛が続く、便やガスが出ない、排尿時の痛みや血尿があるといった場合は、治療から時間がたっていても医療機関へ相談してください。

副作用の程度によっては、整腸薬や止瀉薬、皮膚の処置、食事内容の調整、治療の一時中断などを行います。症状を我慢して予定どおり照射を続けることが常に最善とは限らないため、生活への影響も含めて放射線治療科へ伝えることが大切です。

大腸がんの免疫療法は適応と治療根拠を確認する

免疫療法は、免疫の働きを利用してがんを攻撃する治療の総称です。ただし、「免疫療法」と呼ばれる治療が、すべて同じ仕組みや治療効果を持つわけではありません。

大腸がんで有効性が確認され、保険診療で使用されている免疫療法の中心は、免疫チェックポイント阻害薬です。主に、MSI-HighまたはdMMRと確認された切除不能・再発大腸がんが対象となり、ペムブロリズマブや、ニボルマブとイピリムマブの併用療法などを検討します。

ニボルマブとイピリムマブの併用療法は、2025年8月に、MSI-Highの治癒切除不能な進行・再発結腸・直腸がんに対して、一次治療から使用できるようになりました。ただし、併用療法では免疫に関係する副作用が増える可能性があるため、単独療法との使い分けは、全身状態、持病、副作用の危険などを踏まえて判断します。

また、標準治療後など一定の条件を満たすTMB-Highの固形がんでは、ペムブロリズマブを検討できる場合があります。どの治療を使用できるかは、検査結果だけでなく、これまでに受けた治療や国内で承認された適応条件によっても変わります。

一方、大腸がんの多くを占めるMSSまたはpMMRでは、現在の免疫チェックポイント阻害薬による十分な効果は確立していません。免疫療法を希望する場合は、まず自分のMSI/MMRやTMBの検査結果を確認する必要があります。

参考:MSI-High切除不能進行・再発大腸がんに対するニボルマブ+イピリムマブ併用療法|大腸癌研究会

自由診療の免疫療法とは区別して考える

自由診療では、がんワクチン、樹状細胞療法、活性化リンパ球療法などが「免疫療法」として紹介されることがあります。これらは、承認された免疫チェックポイント阻害薬とは、治療の仕組み、対象となる患者さん、効果を裏付ける臨床試験、費用負担が異なります。

自由診療であることだけを理由に治療を否定することはできませんが、大腸がんに対して有効性が確立した標準治療であるかのように受け取らないことが大切です。「免疫を高める」「副作用が少ない」「末期でも受けられる」といった説明だけでは、治療効果を判断できません。

治療を検討する際は、次の内容を確認します。

  • 国内で大腸がんに対して承認されている治療か
  • 自分のMSI/MMRやTMBなどの検査結果が適応条件を満たすか
  • 効果はどの段階の臨床試験で確認されているか
  • 標準治療と比較して、生存期間や進行抑制への利益が示されているか
  • 主な副作用と、重い副作用が起きた場合の対応体制はあるか
  • 費用の総額、治療期間、予定する投与回数はどの程度か
  • 受けることで標準治療の開始や継続へ影響しないか

免疫療法という名称ではなく、どの薬や治療法を、どの検査結果に基づいて、何を目標に行うのかを確認します。標準治療以外の選択肢を探している場合も、治療を開始する前に、薬物療法の残された選択肢、がん遺伝子パネル検査、参加可能な臨床試験について主治医やセカンドオピニオンで相談すると、比較したうえで判断しやすくなります。

参考:免疫チェックポイント阻害薬の最適使用推進ガイドライン|医薬品医療機器総合機構

治療の副作用と生活への影響

大腸がんの薬物療法では、使用する薬によって副作用の種類や現れる時期が異なります。同じ治療を受けても症状の強さには個人差があり、すべての副作用が現れるわけではありません。

副作用は、単に我慢できるかどうかだけでなく、食事を取れるか、眠れるか、仕事や家事を続けられるか、安全に外出できるかという生活面からも評価します。早い段階で症状を伝えることで、支持療法、休薬、減量、薬の変更などによって治療を続けられる場合があります。

オキサリプラチンではしびれと冷たい刺激に注意する

FOLFOXやCAPOXに含まれるオキサリプラチンでは、手足や口の周りのしびれ、感覚の低下などの末梢神経障害が起こることがあります。

投与後には、冷たい飲み物を口にしたときや冷たい物に触れたときに、手指や口の周りがしびれる、喉が締め付けられるように感じるなど、冷たい刺激によって誘発される症状が現れることがあります。投与後しばらくは、冷たい飲食物を避け、冷蔵庫内の物を触るときは手袋を使うなどの対策を取ります。

治療を重ねると、冷たさとは関係なくしびれが続くことがあります。箸を使いにくい、ボタンを留めにくい、文字を書きにくい、物を落とす、つまずきやすいといった変化があれば、日常生活への影響が大きくなる前に伝えてください。

しびれは治療を終了した後も残ることがあるため、強くなってからではなく、症状が現れた段階で治療量や期間を調整できるか相談することが大切です。

イリノテカンでは下痢と好中球減少が問題になる

FOLFIRIやFOLFOXIRIに含まれるイリノテカンでは、下痢と好中球減少が代表的な副作用です。

下痢は投与中や投与直後に起こる場合と、数日たってから起こる場合があります。水分を十分に取れないほど続くと、脱水、腎機能低下、体重減少などにつながり、通勤や外出、睡眠にも影響します。

排便回数、便の状態、腹痛、飲水量を記録し、処方された下痢止めの使用方法をあらかじめ確認しておきます。下痢が続く、血便を伴う、水分を取れない、強い腹痛や発熱がある場合は、自己判断で様子を見ずに医療機関へ連絡します。

好中球が減少すると感染症にかかりやすくなりますが、血液検査を受けるまで自覚症状がないこともあります。38℃以上の発熱、または医療機関から指定された体温以上の発熱、悪寒、強いだるさがある場合は、夜間や休日を含めた連絡方法に従って相談してください。

カペシタビンでは手足症候群や下痢が起こることがある

CAPOXなどで使用するカペシタビンは、内服する細胞障害性抗がん薬です。主な副作用には、下痢、口内炎、食欲低下、血球減少のほか、手足症候群があります。

手足症候群では、手のひらや足の裏に、赤み、腫れ、ヒリヒリする痛み、感覚の変化などが現れます。悪化すると、歩く、靴を履く、包丁を使う、パソコンを操作するといった日常動作が難しくなることがあります。

治療開始時から保湿を行い、熱い風呂、長時間の歩行、強い摩擦などを避けます。痛みや水ぶくれが現れた場合は、次の診察まで我慢せず、服用を続けてよいか医療機関へ確認してください。

内服薬は自宅で治療できる利点がありますが、飲み忘れた分をまとめて服用したり、副作用が強いまま自己判断で続けたりしないことが大切です。服用方法を間違えた場合や、薬を飲めない状態が続いた場合も、医師や薬剤師へ相談します。

抗EGFR抗体薬では皮膚と爪の症状が現れやすい

セツキシマブやパニツムマブなどの抗EGFR抗体薬では、顔や胸、背中などにニキビのような発疹が現れるざ瘡様皮疹、皮膚の乾燥、かゆみ、爪の周囲の炎症などが起こることがあります。

ざ瘡様皮疹は治療開始後の比較的早い時期に現れやすく、皮膚の乾燥や爪囲炎は治療を続ける中で目立つことがあります。見た目だけの問題ではなく、顔の症状によって人に会うことが負担になったり、指先の痛みで家事や仕事が難しくなったりする場合があります。

治療開始時から保湿剤や日焼け止めを使用し、必要に応じて抗菌薬や外用薬で予防・治療します。皮膚症状があるから薬が効いている、または症状がないから効いていないと、自分で判断することはできません。

抗EGFR抗体薬では、血液中のマグネシウムが低下することもあります。強い倦怠感、筋肉のけいれん、しびれ、動悸などがある場合は、血液検査の結果と合わせて確認します。

ベバシズマブでは血圧や出血、血栓などを確認する

ベバシズマブでは、高血圧、蛋白尿、出血、血栓、消化管穿孔、創傷治癒の遅れなどが起こることがあります。高血圧や蛋白尿は自覚症状がない場合もあるため、治療中は血圧測定や尿検査を行います。

突然の強い腹痛、胸の痛みや息苦しさ、片側の手足の腫れ、ろれつが回らない、片側の手足に力が入らないなどの症状がある場合は、消化管穿孔や血栓症などの可能性があるため、速やかな連絡・受診が必要です。

ベバシズマブは傷の治りに影響することがあります。手術、抜歯、内視鏡的な処置などを予定している場合は、薬を使用していることを担当医へ伝え、投与を休む期間を確認します。

免疫チェックポイント阻害薬では治療後の症状にも注意する

免疫チェックポイント阻害薬では、免疫が正常な臓器を攻撃することで、肺、腸、肝臓、皮膚、甲状腺などの内分泌器官、神経や筋肉などに炎症が起こることがあります。副作用が起こる場所や時期を正確に予測することは難しく、治療中だけでなく、治療終了後に現れる場合もあります。

次のような症状がある場合は、軽く見えても治療を受けている医療機関へ相談します。

  • 新しく現れた咳、息苦しさ、胸の痛み
  • 下痢、排便回数の増加、強い腹痛、血便
  • 皮膚や白目が黄色くなる、尿の色が濃くなる
  • 強いだるさ、頭痛、めまい、急な体重変化
  • 動悸、異常な喉の渇き、尿量の増加
  • 手足に力が入らない、歩きにくい、物が二重に見える

免疫に関係する副作用では、早期に治療を中断し、ステロイドなどによる治療を始める必要がある場合があります。ほかの医療機関を受診するときも、免疫チェックポイント阻害薬を使用している、または過去に使用していたことを伝えてください。

副作用による休薬や減量は治療の失敗ではない

薬物療法は、予定された量を一度も変更せずに続けることだけが目標ではありません。重い副作用によって体力や臓器機能が低下すると、その後の治療を受けられなくなる場合があります。

症状や血液検査の結果に応じて、投与を延期する、薬の量を減らす、原因となる薬だけを中止する、別の治療へ変更するといった調整を行います。副作用を抑えながら、必要な治療を安全に続けるための調整と考えることができます。

治療中は、次の内容を記録しておくと診察時に伝えやすくなります。

  • 症状が始まった日と、治療後何日目に強くなったか
  • 体温、排便回数、食事量、体重の変化
  • 仕事、家事、睡眠、歩行などで困ったこと
  • 処方された薬を使用して症状が改善したか

副作用がつらいときは、「まだ我慢できる」と考えるのではなく、生活のどの場面に支障が出ているかを具体的に伝えます。治療を継続する利益と負担を定期的に見直し、現在の病状と生活に合った治療量や治療間隔を相談することが大切です。

参考:免疫療法の副作用|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:患者向医薬品ガイド|医薬品医療機器総合機構

大腸がんのステージ別生存率

大腸がんの予後は、診断された時点のステージによって大きく異なります。がんが大腸の壁にとどまっている段階では根治を目指しやすい一方、リンパ節や離れた臓器へ広がるほど、治療後の再発や進行の可能性が高くなるためです。

国立がん研究センターの院内がん登録では、ステージ1〜4の大腸がんについて、5年・10年ネット・サバイバルが公表されています。ステージ0は同じ集計で独立した数値が公表されていないため、以下の表には含めていません。ステージ0はがんが粘膜内にとどまる段階で、内視鏡治療などによって完全に切除できれば、根治を目指せる場合が多いと考えられます。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 92.3% 79.2%
ステージ2 85.5% 70.7%
ステージ3 75.5% 61.6%
ステージ4 18.3% 11.6%

ネット・サバイバルとは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、がんだけが死亡原因になると仮定して算出した生存率です。実際に診断された患者さんのうち、何%がその時点で生存していたかを単純に示す実測生存率とは異なります。

表の5年と10年の数値は、同じ患者さんを5年後と10年後まで追跡して比較したものではありません。5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例を対象としており、診断年、対象施設、患者集団が異なる別々の統計です。

そのため、たとえばステージ4の数値が5年の18.3%から10年の11.6%へ低下したと単純に計算することはできません。それぞれ、異なる患者集団における5年後と10年後の傾向を示す数字として受け止める必要があります。

記事冒頭で紹介した71.4%は、2009~2011年診断例を対象に、すべてのステージを合わせて算出した5年相対生存率です。表の数値とは対象となる診断年、患者集団、計算方法が異なるため、直接比較することはできません。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージが同じでも見通しは一人ひとり異なる

生存率は、同じステージと診断された多くの患者さんの経過を集計した統計であり、個人の余命を示す数字ではありません。同じステージ2でも、がんが大腸の壁を越えた程度、腸閉塞や穿孔の有無、脈管侵襲などによって再発リスクは異なります。ステージ3でも、転移したリンパ節の数や場所、がんの深さによって見通しは同じではありません。

ステージ4では、さらに病状の幅が大きくなります。肝臓や肺への転移が限られ、原発巣と転移巣をすべて切除できる場合と、複数の臓器へ広がり切除が難しい場合では、期待できる治療効果が異なります。遺伝子・バイオマーカー、薬物療法への反応、年齢、全身状態、持病も見通しに影響します。

表の対象は2014~2015年に診断された患者さんです。その後に使用できるようになった薬物療法の治療成績は、この統計に十分反映されていません。一方で、新しい薬が増えたからといって、すべての患者さんの経過が表の数値より良くなると断定することもできません。

ステージ4の切除可能性、薬物療法、完治の可能性、生存率の受け止め方については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージが上がるほど再発の可能性も高くなる

大腸がんは、手術によって確認できるがんを取り切れても、画像に写らない微小ながん細胞が残り、後から再発することがあります。

国立がん研究センターでは、大腸がんの手術後の再発率について、ステージ1で約5%、ステージ2で約15%、ステージ3で約30%としています。ステージは再発リスクを考える重要な目安ですが、同じステージの中でも、病理検査の結果や術後補助化学療法の有無によって再発の可能性は異なります。

再発する場合、その85%以上は手術後3年以内、95%以上は5年以内に見つかるとされています。そのため、治療後は一般に5年間を目安として、血液検査、腫瘍マーカー、CT検査、大腸内視鏡検査などによる経過観察を受けます。

大腸がんが再発しやすい場所は、肝臓、肺、手術した場所の周辺、腹膜、リンパ節などです。経過観察中に、血便、便通の変化、長引く咳、息苦しさ、腹痛、背中や骨の痛み、原因不明の体重減少などが現れた場合は、定期検査の日まで待たずに医療機関へ相談します。

生存率だけで治療の価値を判断しない

生存率が高いステージでも再発の可能性がなくなるわけではなく、生存率が低いステージでも治療を受ける意味がないわけではありません。

ステージ4では、病変を完全に消すことが難しい場合でも、薬物療法によって進行を抑え、食事、排便、仕事や家事などの日常生活を長く保てることがあります。転移巣が縮小し、手術を検討できる状態へ変わる患者さんもいます。

自分の見通しを確認するときは、生存率の数字だけでなく、がんをすべて切除できるか、再発リスクはどの程度か、どの遺伝子・バイオマーカーがあるか、治療がどの程度効いているか、体力や臓器機能を保てているかについて説明を受けることが大切です。

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

標準治療で効果が得られないときの考え方

標準治療とは、単に広く行われている治療ではなく、臨床試験などの科学的根拠から、現時点で有効性と安全性のバランスが優れていると判断された治療です。ただし、標準治療であっても、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。

進行・再発大腸がんでは、薬物療法を続ける中でがんが再び大きくなる、副作用が強くなる、体力や臓器機能が低下して治療を続けにくくなることがあります。このような場合は、単に「治療が効かなかった」と考えるのではなく、治療を変更する理由を明確にすることが、その後の選択につながります。

効果が不十分になった場合は、これまでに使用していない承認薬が残っていないか、遺伝子・バイオマーカー検査の結果から選べる治療がないかを確認します。必要な検査がまだ行われていない場合や、以前の検査後に新たな治療選択肢が加わった場合には、検査結果をあらためて見直すこともあります。

標準治療として推奨される薬を一通り使用した場合は、がん遺伝子パネル検査や臨床試験が選択肢になることがあります。ただし、検査を受けても治療へ結び付く遺伝子異常が見つからない場合があり、臨床試験も参加条件を満たせば必ず治療を受けられるわけではありません。

治療方針に迷う場合は、別の医療機関でセカンドオピニオンを受ける方法もあります。セカンドオピニオンは転院を前提とするものではなく、現在の診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、選択肢を整理するために利用できます。

抗がん治療の選択肢が少なくなった場合でも、受けられる医療がなくなるわけではありません。痛み、吐き気、便通障害、食欲低下、不眠、不安などを軽減する緩和ケア・支持療法や、必要に応じた放射線治療、手術、ステント治療などによって、症状と生活への影響を抑えられる場合があります。

診察では、次の内容を確認すると、現在の状態と次の選択肢を整理しやすくなります。

  • 現在の治療を変更・終了する理由は、がんの進行、副作用、体力低下のどれか
  • 使用していない承認薬や、検査結果に対応する治療が残っているか
  • 手術や放射線治療など、薬物療法以外の治療を検討できる病変があるか
  • がん遺伝子パネル検査や臨床試験の対象になる可能性があるか
  • セカンドオピニオンを受けることで確認したい内容は何か
  • 症状と生活を保つために、今から利用できる緩和ケア・支持療法は何か

新しい治療や自由診療を検討する場合は、「新しい」「先端的」という表現だけで判断せず、標準治療と比べた効果と安全性がどこまで確認されているかを確認します。臨床試験で検証中の治療は、標準治療より優れていることが確定した治療ではありません。

参考:標準治療と診療ガイドライン|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの治療を選ぶときに確認すること

大腸がんの治療は、ステージや遺伝子・バイオマーカーの結果だけで決まるものではありません。治療によって何を目指すのか、期待できる利益はどの程度か、治療後の生活にどのような負担が生じるかを確認し、本人が重視することも含めて方針を決めます。

たとえば、手術にはがんを取り切って根治を目指す目的がありますが、合併症や排便機能への影響が生じる可能性があります。術後補助化学療法は再発の危険を下げるために行いますが、再発を完全に防ぐ治療ではなく、しびれなどが治療後も残る場合があります。

切除不能・再発大腸がんの薬物療法では、病変を小さくして手術を目指すこと、進行を遅らせること、症状を軽減することなど、病状によって治療の目的が異なります。同じ薬物療法でも、何を成果とするかによって、効果の評価方法や治療を続ける条件が変わります。

治療を受ける場合と受けない場合を比較する

治療を選ぶときは、副作用の危険だけでなく、治療を受けなかった場合や開始を遅らせた場合に起こり得ることも確認します。

たとえば、手術を受けなければ腸閉塞や出血が起こる可能性があるのか、術後補助化学療法を行わなければ再発リスクがどの程度変わるのか、薬物療法を休むことでがんが進行する可能性はどの程度あるのかを、現在の病状に即して説明してもらいます。

病状によっては、治療を急いで開始するよりも、追加検査の結果を待つ、体力や栄養状態を整える、複数の治療法を比較するといった時間を取れる場合があります。治療をいつまでに始める必要があるかも確認します。

主治医に次の内容を尋ねると、治療の利益と負担を整理しやすくなります。

  • この治療は、根治、再発予防、病気の進行抑制、症状緩和のどれを目指すのか
  • 自分と近い病状では、治療によってどの程度の利益が期待できるか
  • 起こりやすい副作用と、長期間残る可能性がある後遺症は何か
  • 治療を受けない場合や開始を遅らせた場合、どのような危険があるか
  • ほかに選べる治療や、治療を行わず経過を見る選択肢があるか
  • どのような検査結果や症状があれば、治療を変更・終了するのか

術後補助化学療法については「再発率が下がる」という説明だけでなく、自分の再発リスクが治療によって何%程度変わると見込まれるかを確認します。数字を示せない場合には、その治療を強く勧める理由となっている病理所見を尋ねます。

進行・再発大腸がんでは、腫瘍の縮小率や生存期間だけでなく、食事、排便、歩行、仕事、家事などをどこまで保てるかも治療を評価する材料です。画像上で病変が残っていても、進行を抑えながら日常生活を維持できていれば、治療による利益が得られていると考えられる場合があります。

家族と本人で重視することが異なる場合もあります。本人が仕事や育児の継続を優先したい、人工肛門を避けたい、通院回数を減らしたいと考えている場合は、その希望を早い段階で医療者へ伝えます。ただし、希望する治療が医学的に安全でない場合や、期待する効果が得られにくい場合もあるため、選べる範囲と理由について説明を受けます。

治療方針に迷う場合は、セカンドオピニオンを利用できます。セカンドオピニオンは転院を前提とするものではなく、診断や提案された治療について別の医師の意見を聞き、現在の方針を理解するためにも利用できます。

納得できる治療を選択するために

大腸がんは、早期には症状が乏しく、血便や便通異常が現れても痔や体調の変化と区別しにくい病気です。症状がない40歳以上の人は年1回の便潜血検査を受け、血便や排便習慣の変化などがある場合は、検診を待たずに医療機関を受診します。

大腸がんと診断された後は、ステージだけでなく、結腸がんと直腸がんのどちらか、病変を切除できるか、病理検査でどのような再発リスクが認められたか、治療選択に関係する遺伝子・バイオマーカーがあるかを確認します。

治療法には、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療があります。症状や治療の副作用を軽減する緩和ケア・支持療法は、病気が進行した後だけでなく、診断時や治療中から利用できます。治療を受けた後も、再発や新たな大腸病変、治療による合併症を確認するため、定期的な診察と検査が必要です。内視鏡治療後は主に大腸内視鏡検査、手術後は血液検査、CT検査、大腸内視鏡検査などを、ステージや治療内容に応じた間隔で受けます。

治療を選ぶときに確認したいのは、治療名の新しさや知名度ではありません。現在の病状で何を目指す治療なのか、その効果をどのように評価するのか、生活へどのような影響があるのか、効果が不十分だった場合に次の選択肢があるかを理解することが、納得できる判断につながります。

説明を受けても判断が難しい場合は、質問をメモして再度説明を求めたり、家族に同席してもらったり、がん相談支援センターやセカンドオピニオンを利用したりする方法があります。すぐに結論を出すことだけを優先せず、治療を開始する期限を確認したうえで、自分に必要な情報を整理しましょう。