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27肝臓がんがステージ4と診断されると、「もう治療はできないのではないか」「余命はどのくらいなのか」「完治する可能性はないのか」と不安になる方は少なくありません。

本記事で主軸とするUICC TNM分類では、肝細胞がんのステージ4は、領域リンパ節へ転移しているか、肺や骨など離れた臓器へ転移している状態です。領域リンパ節転移があり、遠隔転移がない場合はステージ4A、遠隔転移がある場合はステージ4Bに分類されます。

ステージ4は早期の肝臓がんより治療が難しくなりますが、ステージ4と診断されたことだけを理由に、すべての治療ができなくなるわけではありません。肝機能と全身状態が保たれていれば、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法を検討できます。肝臓内の病変や転移による症状に対して、カテーテル治療や放射線治療などを組み合わせる場合もあります。

肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能がどの程度残っているかが治療選択を大きく左右します。リンパ節転移や遠隔転移が限られていても、肝硬変や肝不全によって肝予備能が低下していれば、治療の負担で肝機能がさらに悪化する可能性があります。そのため、ステージ番号だけで治療の可否や今後の見通しを判断することはできません。

この記事では、肝臓がんステージ4Aと4Bの違い、治療を受けられる条件、完治を目指せる可能性、生存率や余命の数字の受け止め方、薬物療法や局所治療の選び方を順番に解説します。

  • 肝細胞がんステージ4でも、肝機能や全身状態に応じて治療を検討できる
  • 根治を目指せる可能性は、病変の範囲や肝予備能、治療反応で変わる
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は4.4% ※2014~2015年診断例

肝臓がんステージ4とは

肝細胞がんのステージは、原発腫瘍の状態、領域リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて決めます。本記事では、国立がん研究センターの院内がん登録との対応を考慮し、UICC TNM分類に基づいてステージ4A・4Bを説明します。UICC第9版は2026年1月からの使用が推奨されていますが、2026年7月時点の国内院内がん登録実務資料は第8版準拠です。生存率についても過去の版による登録症例が含まれるため、該当箇所で分類時期の違いを補足します。

UICC分類では、肝臓内で腫瘍が高度に進行していても、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければステージ3Bです。肝臓内の腫瘍数が多い、腫瘍が大きい、主要な血管へがんが広がっているという理由だけで、必ずしもステージ4になるわけではありません。

本記事で扱うのは「肝細胞がん」

肝臓から発生する原発性肝がんには、主に肝細胞から発生する肝細胞がんと、肝臓内の胆管から発生する肝内胆管がんがあります。

さらに、大腸がん、胃がん、膵がん、乳がんなどが肝臓へ転移したものは、転移性肝がんと呼ばれます。転移性肝がんは、肝臓から発生した肝細胞がんではなく、もともと発生した臓器のがんとして治療します。たとえば、大腸がんの肝転移であれば、大腸がんの病期分類と治療基準に沿って方針を決めます。

同じように「肝臓にがんがある」「肝臓がんのステージ4」と説明されても、病名によってステージの決め方や治療法は異なります。病理診断書や診療情報提供書で、肝細胞がん、肝内胆管がん、転移性肝がんのどれに該当するのかを最初に確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝細胞がんのステージを決めるT・N・Mとは

UICC TNM分類では、原発腫瘍の状態を「T」、領域リンパ節への転移を「N」、遠隔転移を「M」で表し、三つを組み合わせて最終的なステージを決めます。

「T」はTumour(チューモア/トゥモール)の頭文字で、肝臓内にある腫瘍の個数や大きさ、血管への広がり、隣接する臓器への浸潤などを示します。「N」はNode(ノード)の頭文字で、肝臓の周囲にある領域リンパ節への転移の有無を表します。「M」はMetastasis(メタスタシス)の頭文字で、肺や骨など肝臓から離れた部位への転移の有無を表します。

T1~T4は原発腫瘍の進み具合を表す分類であり、ステージ1~4と同じ意味ではありません。たとえば「T4」と判定されても、それだけでステージ4になるわけではなく、NとMを組み合わせて最終的なステージを判断します。

T分類 UICC分類における原発腫瘍の状態
T1a 腫瘍が一つで、最大径が2cm以下
T1b 腫瘍が一つで、最大径が2cmを超え、血管への侵襲がない
T2 2cmを超える単発腫瘍で血管侵襲がある、または複数の腫瘍があるものの、いずれも5cm以下
T3 複数の腫瘍があり、そのうち少なくとも一つが5cmを超える
T4 門脈・肝静脈の主要な枝へ進展している、胆のう以外の隣接臓器へ直接浸潤している、または肝臓表面の腹膜を破っている

T4は肝臓内で高度に進行した状態ですが、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければ、UICC分類ではステージ3Bです。ステージ4Aとなるのは、T分類にかかわらず領域リンパ節転移がある場合です。

遠隔転移が確認されると、T分類やリンパ節転移の有無にかかわらずステージ4Bとなります。

UICCステージ分類 T・N・Mの組み合わせ 病状の概要
ステージ3B T4・N0・M0 肝臓内では高度に進行しているが、領域リンパ節転移と遠隔転移はない
ステージ4A すべてのT・N1・M0 領域リンパ節転移があるが、遠隔転移はない
ステージ4B すべてのT・すべてのN・M1 肺や骨などへの遠隔転移がある

診察でステージの説明を受ける際には、「4Aです」「4Bです」という病期名だけでなく、T・N・Mがそれぞれどのように判定されているかを確認すると、肝臓内の進行、リンパ節転移、遠隔転移を分けて理解できます。

参考:UICC TNM分類|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:NCI「Primary Liver Cancer Treatment」

日本肝癌研究会の分類ではステージ4Aの範囲が異なる

日本国内では、UICC分類とは別に、日本肝癌研究会が定めた病期分類も使用されています。日本肝癌研究会分類では、腫瘍が一つだけであること、最大径が2cm以下であること、脈管侵襲がないことの3項目によってT分類を判定します。

この3項目を一つも満たさないT4であれば、リンパ節転移と遠隔転移がなくてもステージ4Aになります。そのため、同じT4・N0・M0の患者さんでも、日本肝癌研究会分類ではステージ4A、UICC分類ではステージ3Bと判定される場合があります。

分類によってステージ番号が異なっても、病気そのものが変わるわけではありません。本記事ではUICC分類を基準にステージ4A・4Bを説明し、日本肝癌研究会分類との違いが判断に関係する箇所で補足します。診断時には、どちらの分類によるステージなのかを確認することが必要です。

ステージ4と末期は同じ意味ではない

ステージ4は、がんがどこまで広がっているかを表す病期です。一般に「末期」や「終末期」という言葉は、がんや肝不全が進行して治療による病状改善を期待しにくくなり、生命予後が短くなっている時期を指して使われます。両者は同じ意味ではありません。

肝機能と全身状態が保たれていれば、ステージ4でも全身薬物療法を受けられる場合があります。治療によってがんが縮小したり、進行しない状態を長く保てたりする患者さんもいます。

その一方で、肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく肝硬変や肝不全も経過に影響します。画像上のがんがそれほど大きくなくても、腹水、黄疸、肝性脳症などがあり、肝予備能が大きく低下していれば、積極的な薬物療法を安全に受けにくいことがあります。

「ステージ4だから末期である」「ステージ4だから治療できない」と判断するのではなく、リンパ節転移や遠隔転移の状態と、肝機能・全身状態を分けて評価する必要があります。

ステージだけで治療方針を決められない理由

肝細胞がんでは、がんがどこまで広がっているかに加えて、正常な肝臓がどの程度働けるかが治療の安全性を左右します。

肝細胞がんになった患者さんの中には、慢性肝炎、肝硬変、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患など、がんが発生する前から肝臓の病気を抱えている方がいます。がんを治療するときには正常な肝組織にも一定の負担がかかるため、肝機能が低下しているほど、治療後に肝不全を起こす危険性が高くなります。

治療方針を決めるときには、領域リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、Child-Pugh分類などで評価する肝予備能、日常生活を送れる全身状態を総合して評価します。

同じステージ4Aでも、肝臓内の病変が限られ、肝機能が保たれている患者さんと、主要な門脈へ進展し、腹水や黄疸がある患者さんでは、選べる治療や見通しが異なります。ステージ4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と複数の臓器へ広がっている場合、薬物療法を安全に継続できる場合と肝機能が大きく低下している場合では、同じように判断できません。

ステージは治療を考える重要な情報ですが、ステージだけで治療の可否や余命が決まるわけではありません。自分の状態を理解するには、T・N・Mの内容とともに、肝予備能や全身状態についても説明を受けることが必要です。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんのステージ4Aと4Bの違い

UICC分類では、ステージ4Aは領域リンパ節転移があるものの遠隔転移はない状態、ステージ4Bは肺や骨などへの遠隔転移がある状態です。両者の違いは、がんが肝臓周囲のリンパ節までにとどまっているか、肝臓から離れた臓器まで広がっているかにあります。

ただし、ステージ4Aと4Bは、肝臓内の腫瘍の大きさや数を直接表す分類ではありません。4Aでも肝臓内の病変が比較的限られている場合と、肝臓全体に多数の腫瘍がある場合があります。4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と、複数の臓器に転移している場合では、病状や治療の難しさが異なります。

ステージ4Aではリンパ節転移を含めて治療を考える

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節にがんが広がっているため、肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、病気全体を十分に抑えられない可能性があります。そのため、肝機能と全身状態が保たれていれば、全身薬物療法を中心に治療を検討します。

遠隔転移は確認されていないため、肝臓内の病変やリンパ節転移が限られ、薬物療法によって十分に縮小した場合には、放射線治療や手術などの局所治療を追加できる可能性があります。ただし、どの患者さんに局所治療を加えると長期生存や根治につながるかについて、すべての状況に共通する基準が確立しているわけではありません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心になる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療するのではなく、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

ただし、遠隔転移があるからといって、局所治療を行わないわけではありません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。薬物療法で全身の病変を抑えながら、一部の病変だけが増大した場合に、その部位へ局所治療を追加することもあります。

4Aか4Bかだけでは治療の見通しは決まらない

一般には遠隔転移のある4Bの方が病気の広がりは大きいと考えられますが、4Aなら必ず経過がよいとは限りません。4Aでも、肝臓内の腫瘍量が多い、主要な門脈へがんが広がっている、肝機能が低下しているといった場合には、治療が難しくなることがあります。

反対に、4Bでも遠隔転移が限られ、肝臓内の病変が安定し、肝機能と全身状態が保たれていれば、薬物療法によって長期間病気を抑えられる場合があります。実際の治療方針や見通しを考える際には、4A・4Bという病期名に加えて、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移部位、肝予備能、日常生活を送れる体力を確認する必要があります。

診察では、リンパ節転移と遠隔転移がそれぞれどこにあるのか、肝臓内の病変が肝機能へどの程度影響しているのか、現在の治療で何を目指すのかを確認すると、病状と治療方針を整理しやすくなります。

肝臓がんステージ4で現れる症状

肝細胞がんは、進行するまで目立った症状が現れないことがあります。肝臓は、正常に働く部分が残っていれば機能を補いやすいため、ステージ4であっても、検査を受けるまで大きな異変を感じなかった患者さんもいます。

一方、肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍による症状だけでなく、もともとの肝硬変や肝機能低下による症状、遠隔転移した部位に応じた症状が現れることがあります。症状の強さだけからステージ4Aと4Bを区別したり、がんの広がりを判断したりすることはできません。病期はCTやMRIなどの画像検査を基に判定します。

肝臓内のがんによる痛みや圧迫感

肝臓内の腫瘍が大きくなると、右上腹部やみぞおちの圧迫感、張り、鈍い痛みなどが現れることがあります。肝臓の内部には痛みを感じる神経が多くありませんが、腫瘍によって肝臓を覆う膜が引き伸ばされたり、周囲の組織が圧迫されたりすると痛みを感じます。

肝臓が腫大すると、腹部にしこりを触れる、少量の食事で満腹になる、食欲が低下するといった変化が起こることもあります。

ただし、腹痛や食欲低下だけで、がんが進行したとは判断できません。腹水、胆管の閉塞、感染症、便秘、治療の副作用などでも似た症状が起こります。新しい症状が現れた場合や、これまでの痛みが急に強くなった場合には、画像検査や血液検査で原因を確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)について|国立がん研究センター がん情報サービス

黄疸・腹水・むくみは肝機能低下のサイン

肝細胞がんの患者さんには、慢性肝炎や肝硬変を伴っている方が少なくありません。肝臓の働きが低下すると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、おなかに水がたまる腹水、足のむくみ、皮膚のかゆみ、強い倦怠感などが現れることがあります。

腹水が増えると、おなかが張って食事を取りにくくなったり、横になると息苦しくなったりします。むくみが強くなると、靴が履きにくい、短期間で体重が増える、歩くと足が重いといった生活上の変化も生じます。

黄疸や腹水は、必ずしも腫瘍が急に大きくなったことだけを意味しません。肝硬変の悪化、門脈へのがんの進展、胆管の閉塞、感染症、脱水、薬の影響などが関係している場合があります。

肝臓がんでは、画像上の腫瘍が大きく変化していなくても、肝機能が低下することがあります。腹囲や体重が短期間で増えた、尿量が減った、皮膚や白目が黄色くなった、食事が取れなくなった場合には、次の定期受診を待たずに治療施設へ相談します。

意識や性格の変化は肝性脳症の可能性

肝機能が大きく低下すると、本来は肝臓で処理される物質が体内にたまり、脳の働きへ影響することがあります。これを肝性脳症と呼びます。

初期には、昼夜が逆転する、計算や会話に時間がかかる、注意力が落ちる、普段と性格が違って見えるなど、はっきりしない変化として現れることがあります。進行すると、手が羽ばたくように震える、場所や日時が分からなくなる、呼びかけへの反応が鈍くなる、意識を失うといった状態になる場合があります。

肝性脳症は、便秘、感染症、脱水、消化管出血、薬の影響などをきっかけに悪化することがあります。本人が変化に気付きにくいため、家族が「受け答えが遅い」「いつもと様子が違う」と感じたときには、早めに医療機関へ連絡します。

参考:肝硬変診療ガイドライン|日本消化器病学会

ステージ4Bでは転移した部位に応じた症状が現れる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎、脳などへの遠隔転移が確認されます。ただし、遠隔転移があっても、病変が小さい段階では自覚症状がないことがあります。

肺転移では、病変の数や大きさによって、長引く咳、息切れ、胸の痛み、血の混じった痰などが現れる場合があります。呼吸器の症状は感染症や心臓病でも起こるため、症状だけから肺転移と判断することはできません。

骨転移では、同じ場所に続く痛み、体を動かしたときに強くなる痛み、夜間も治まらない痛みなどがみられます。骨が弱くなると、転倒などの大きな衝撃がなくても骨折することがあります。

背骨への転移によって脊髄や神経が圧迫されると、手足のしびれ、筋力低下、歩きにくさ、排尿・排便の異常が起こる可能性があります。神経障害が進むと回復しにくくなるため、足に力が入らない、歩けない、尿が出にくいといった変化があれば、速やかな評価が必要です。

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、言葉が出にくい、片側の手足を動かしにくい、意識がぼんやりするといった症状が現れる場合があります。

これらの症状がないからといって、遠隔転移がないとは限りません。遠隔転移の有無や広がりは、胸部CTや症状に応じたMRIなどの画像検査で確認します。

すぐに医療機関へ連絡したい症状

肝臓がんの患者さんに現れる症状の中には、肝不全、消化管出血、感染症、脊髄圧迫など、早急な対応が必要な状態を示すものがあります。

吐血、黒い便、急な意識の変化、呼びかけへの反応低下、突然の強い息苦しさ、けいれん、手足の麻痺、立てない・歩けないほどの背中や腰の痛みがある場合には、速やかに医療機関へ連絡します。

発熱、強い腹痛、急に増えた腹水、尿量の減少、食事や水分をほとんど取れない状態も、感染症や肝機能悪化が関係している可能性があります。

症状が出たときに判断に迷わないよう、夜間や休日を含めてどのような変化があれば連絡するのか、治療を始める前に医療機関の連絡先とあわせて確認しておくことが大切です。

治療方針を決めるために行う検査

肝臓がんステージ4の検査には、肝細胞がんの診断を確かめるだけでなく、リンパ節転移や遠隔転移を調べて病期を判定し、どの治療を安全に受けられるかを判断する役割があります。

本記事で基準とするUICC第8版では、領域リンパ節転移の有無がステージ4A、遠隔転移の有無がステージ4Bの判定に関わります。ただし、病期が分かるだけでは治療方針を決められません。肝臓が治療に耐えられる機能を残しているか、日常生活を送れる体力があるかについても、あわせて評価します。

造影CT・MRIでがんの広がりを調べる

肝細胞がんが疑われる場合には、造影剤を使用したCT検査やMRI検査を行います。これらの検査では、肝臓内の腫瘍の個数・大きさ・分布、門脈や肝静脈への脈管侵襲、周囲の臓器への広がりなどを確認します。

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも動脈から多くの血液が流れ込むという特徴があります。造影剤を注入した直後と、時間が経過した後の画像を比較することで、肝細胞がんに特徴的な血流の変化を調べます。

ステージ4が疑われる場合には、肝臓だけでなく胸部なども含めて撮影し、領域リンパ節や肺などへの転移がないかを確認します。領域リンパ節転移があり遠隔転移がなければUICCステージ4A、肺や骨などへの遠隔転移があればステージ4Bです。骨の痛みや神経症状がある場合には、症状に応じて骨や脳の画像検査が追加されることがあります。

造影CTやMRIは、ステージを決めるためだけの検査ではありません。肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲の範囲、症状の原因となっている病変を確認することで、全身薬物療法にカテーテル治療や放射線治療を組み合わせられるかを検討します。

AFP・PIVKA-IIは診断と経過観察の補助に使う

肝細胞がんでは、血液検査でAFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを測定します。

腫瘍マーカーは、診断の補助や治療後の経過観察に使われます。肝細胞がんがあっても数値が上がらない場合があり、慢性肝炎や肝硬変など、がん以外の理由で高くなる場合もあります。腫瘍マーカーの値だけで肝細胞がんの有無やステージを判断することはできません。

治療後に数値が低下すれば、治療が効いている可能性を示す材料になりますが、数値が変わらなくても画像上は腫瘍が縮小している場合があります。反対に、画像の変化に先立って腫瘍マーカーが上昇することもあります。一回の測定値だけを見るのではなく、過去からの推移と画像検査、肝機能、症状を組み合わせて判断します。

血液検査で肝予備能を評価

肝予備能とは、肝臓が本来の働きをどの程度保っているかを示す考え方です。肝細胞がんでは、同じステージ4でも肝予備能によって受けられる治療や副作用の危険が異なります。

肝予備能の評価には、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類や肝障害度などが用いられます。Child-Pugh分類では、血液中のアルブミン、総ビリルビン、プロトロンビン時間に加え、腹水と肝性脳症の状態を点数化し、合計点によってA・B・Cに分類します。

Child-Pugh Aは肝機能が比較的保たれている状態、Bは中等度に低下している状態、Cは高度に低下している状態です。ただし、同じ分類内でも肝機能には幅があります。Child-Pugh Aでも、腹水の既往や血小板減少などがあり、治療に注意を要する場合があります。

薬物療法やカテーテル治療を受けた後に肝機能が低下し、Child-Pugh分類が変わることもあります。肝細胞がんの治療では、目の前の腫瘍を抑えるだけでなく、次の治療を受けられる肝機能をできるだけ残すという視点も欠かせません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

腎機能・血球数・感染症も治療前に確認

血液検査では、肝機能だけでなく、腎機能、白血球・赤血球・血小板の数、血液凝固、電解質、炎症反応なども確認します。血小板が少ない場合や血液が固まりにくい場合には、カテーテル治療や生検など、出血を伴う可能性のある処置を行いにくくなることがあります。腎機能が低下していれば、造影剤の使用や薬物療法の選択、投与量にも影響します。

免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を始める前には、治療前の検査値を記録し、治療後の変化と比較できるようにします。B型・C型肝炎ウイルスの感染状態も確認し、必要に応じて肝炎の治療や再活性化への対策を行います。

内視鏡検査で食道・胃静脈瘤を調べる

肝硬変が進むと、肝臓へ流れ込む門脈の圧力が高くなり、食道や胃に静脈瘤ができることがあります。静脈瘤が破れると大量出血につながる可能性があるため、薬物療法を始める前に上部消化管内視鏡検査を行い、食道・胃静脈瘤の有無や出血の危険性を調べる場合があります。とくに出血リスクへ影響する薬を使用するときは、治療前の確認が治療選択に関わります。

出血の危険が高い静脈瘤が見つかった場合には、内視鏡治療などを先に行ったり、出血への影響が異なる薬物療法を検討したりします。薬の効果だけでなく、現在抱えている合併症を踏まえて安全性を判断します。

パフォーマンスステータスで全身状態を確認

パフォーマンスステータスは、患者さんが日常生活をどの程度自分で送れているかを0から4で表す指標です。

0は発症前と同じように活動できる状態、1は激しい活動には制限があるものの、歩行や軽い仕事を行える状態です。2では身の回りのことはできても仕事は難しくなり、3では日中の半分以上をベッドや椅子で過ごします。4は身の回りのことができず、ほぼ寝たきりの状態です。

肝細胞がんの主要な薬物療法の臨床試験は、肝機能が比較的保たれ、パフォーマンスステータスが良好な患者さんを中心に行われています。全身状態が大きく低下している場合には、臨床試験と同じ効果を期待しにくく、副作用によって生活機能がさらに低下する可能性もあります。

年齢だけで治療の可否を決めるのではなく、食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるか、日中をどのように過ごしているかを含めて判断します。

参考:パフォーマンスステータス|国立がん研究センター がん情報サービス

組織検査を行わずに診断する場合がある

肝細胞がんは、慢性肝炎や肝硬変などのある患者さんに特徴的な画像所見が確認された場合、病変の組織を採取する生検を行わずに診断することがあります。一方、画像だけでは良性・悪性の区別が難しい場合や、肝内胆管がん、転移性肝がんなど、肝細胞がん以外の病気が疑われる場合には、生検を検討します。診断によって使用する薬や治療方針が変わるためです。

肝生検には、出血や、がん細胞が針の通り道へ広がる危険などがあります。そのため、すべての患者さんへ一律に行うものではありません。組織を調べることで治療方針が変わるか、安全に採取できるかを考えて判断します。

肝臓がんステージ4でも治療はできる?

肝臓がんがステージ4でも、肝機能と全身状態が保たれていれば、治療を受けられる可能性があります。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、一般には全身へ作用する薬物療法を軸に治療を検討します。ただし、同じステージでも、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移の範囲、肝予備能によって選べる治療は異なります。

「ステージ4に使用できる薬がある」ことと「現在の患者さんがその治療を安全に受けられる」ことは同じではありません。治療を始められるか、どの程度の強さで行うかは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能と日常生活を送れる体力を踏まえて判断します。

ステージ4Aでは全身薬物療法を軸に治療を検討

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節へがんが広がっています。肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、リンパ節にある病変を含めて病気全体を十分に制御できない可能性があるため、全身薬物療法を軸に治療を検討します。

ただし、ステージ4Aでも病状は一様ではありません。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、腫瘍が多発し、門脈や肝静脈への脈管侵襲を伴っている場合もあります。肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療などを検討することがあります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が大きく縮小し、一定期間進行しない状態を保てた場合には、手術や放射線治療などの局所治療を追加できるか再検討することもあります。ただし、このような治療が長期生存や根治につながる患者さんの条件は、まだ十分に統一されていません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心

肺や骨などへの遠隔転移があるステージ4Bでは、血液を通じて全身に作用する薬物療法が治療の中心です。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療して、病気全体を制御することは難しくなります。

現在の肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む治療や分子標的薬が、切除不能な進行肝細胞がんに対する全身薬物療法として使用されています。主に肝機能と全身状態が保たれている患者さんが対象となります。

遠隔転移があっても、局所治療を行わないとは限りません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。

薬物療法によって全身の病変が安定している一方、一つの転移や肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、その病変へ局所治療を追加できるか検討することがあります。ただし、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、症状や臓器障害を防ぐものなのかを分けて考える必要があります。

参考:肝細胞がんの全身薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

Child-Pugh Aでは標準的な薬物療法を検討しやすい

Child-Pugh Aは、肝機能が比較的保たれている状態です。日常生活を送れる全身状態も保たれていれば、ステージ4でも標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。

ただし、Child-Pugh Aであれば、すべての薬を同じように使用できるわけではありません。食道・胃静脈瘤からの出血リスク、高血圧、腎機能や心機能、自己免疫疾患、臓器移植歴などによって、選びにくい治療があります。

同じChild-Pugh Aでも、合計点が5点のA5と6点のA6では肝予備能に差があります。アルブミン値、血小板数、腹水の既往なども確認し、治療を続けられる肝機能がどの程度残っているかを判断します。

Child-Pugh Bでは利益と肝機能悪化の危険を慎重に比べる

Child-Pugh Bは、肝機能が中等度に低下している状態です。患者さんの状態によっては薬物療法や局所治療を検討できる場合がありますが、主要な薬物療法の臨床試験は、主にChild-Pugh Aの患者さんを対象に行われています。そのためChild-Pugh Bでは、臨床試験と同じ効果や安全性を期待できるとは限りません。治療によって腫瘍を抑えられても、肝機能の悪化によって治療を続けられなくなる可能性があります。

Child-Pugh Bの中でも、7点に近い患者さんと9点に近い患者さんでは状態が異なります。腹水を薬で調整できているか、黄疸や肝性脳症がないか、食事を取れているか、日常生活をどの程度送れているかを確認します。治療を行う場合には、薬剤や投与量、投与間隔、休薬基準を個別に決め、血液検査や症状を通常より短い間隔で確認することがあります。

Child-Pugh Cでは積極的な抗がん治療が難しくなる

Child-Pugh Cは、肝機能が高度に低下している状態です。腹水、黄疸、肝性脳症などを伴っていることもあり、薬物療法やカテーテル治療の負担によって肝不全が進む危険が高くなります。

ステージ4では領域リンパ節転移または遠隔転移があるため、通常は肝移植の適応にはなりません。Child-Pugh Cでは、がんを積極的に攻撃する治療よりも、腹水、黄疸、肝性脳症、痛み、食欲低下などへの対応を優先する場合があります。

これは治療を何も行わないという意味ではありません。腹水を減らす治療、肝性脳症や感染症への対応、痛みや息苦しさを和らげる薬、栄養管理、リハビリテーション、在宅医療など、症状と生活を支える医療は続けられます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス

合併症を整えてから抗がん治療を始める場合がある

診断時に腹水、感染症、消化管出血、脱水、肝性脳症などがある場合には、すぐに薬物療法を始めるよりも、まず体の状態を整えることがあります。

たとえば、食道・胃静脈瘤から出血する危険が高ければ、内視鏡治療などを先に行う場合があります。感染症や脱水を治療し、腹水を調整して食事を取れる状態まで回復させることで、薬物療法を安全に受けられる可能性が高まることもあります。

抗がん治療の開始が数日から数週間遅れると、不安を感じるかもしれません。しかし、重い合併症を抱えたまま治療を始めると、治療を早期に中止しなければならなくなる可能性があります。先に体調を整えることが、その後の治療機会を守ることにつながる場合があります。

抗がん治療が難しくても受けられる医療はある

肝機能や全身状態によって積極的な抗がん治療を行いにくい場合でも、受けられる医療がなくなるわけではありません。

痛み、腹水、むくみ、黄疸、かゆみ、息苦しさ、食欲低下、不眠、不安などを和らげる緩和ケアや支持療法は、病期や抗がん治療の有無にかかわらず受けられます。緩和ケアは終末期だけに行うものではなく、診断時から薬物療法などと並行して利用できます。

治療を検討するときには、「使用できる薬があるか」だけでなく、その治療で病気をどの程度抑えられる可能性があるか、肝機能や日常生活を保てるか、治療による負担が利益を上回らないかを確認します。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4は完治できる?

肝臓がんがステージ4まで進行すると、一般に、手術や局所治療だけで体内にあるすべてのがんを取り除くことは難しくなります。多くの場合は、がんの進行を抑えながら肝機能と日常生活をできるだけ長く保つことが治療の主な目標になります。局所にとどまる肝細胞がんでは手術や焼灼療法などによる根治を目指せますが、リンパ節転移や遠隔転移を伴う場合は、全身の病変を考慮した治療が必要です。

ただし「ステージ4では完治する可能性がまったくない」と一律に断定することもできません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、限られた病変を手術や放射線治療などで治療できる状態へ変化する場合があります。しかし、このような経過はすべての患者さんに期待できるものではなく、ステージ4の標準的な治療結果として保証されるものでもありません。

ステージ4Aではすべての病変を治療できるかを検討

UICCステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、リンパ節に病変が残れば根治にはつながりません。根治を目指す可能性を検討するには、肝臓内の病変とリンパ節転移の両方を治療できるかを考える必要があります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が十分に縮小し、新しい病変が現れず、すべての活動性病変を局所的に治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか再検討することがあります。

一方、リンパ節転移が限られていても、肝臓内に多数の腫瘍がある、主要な門脈や肝静脈へがんが進展している、切除後に十分な肝臓を残せないといった場合には、根治を目指す治療は難しくなります。ステージ4Aという病期名だけではなく、肝臓内とリンパ節にある病変をすべて治療できるか、治療後も肝機能を保てるかが判断の分かれ目になります。

ステージ4Bでは局所治療だけによる根治は難しい

ステージ4Bでは、肺や骨など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、画像には映らない小さながん細胞がほかの場所に存在する可能性があるため、転移した病変だけを切除すれば完治できるとは限りません。転移性肝細胞がんは、一般に手術だけですべて取り除くことが難しく、全身薬物療法を含む治療が必要になります。

薬物療法によって肝臓内と肝臓外の病変を長期間抑えられる患者さんもいます。遠隔転移が限られ、薬物療法によって病変が消失または十分に制御され、残った病変をすべて局所治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか検討することがあります。

ただし、遠隔転移が縮小したことだけで根治を期待できるわけではありません。治療後に再び病変が現れる可能性もあるため、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、病気をより長く抑えるものなのか、症状を和らげるものなのかを確認する必要があります。

薬物療法後に根治を目指すコンバージョン治療

最初は切除できないと判断されたがんが、薬物療法などによって縮小し、手術や焼灼療法などによる根治を目指せる状態へ変化することを、一般にコンバージョン治療と呼びます。

肝細胞がんでも、免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法がよく効き、局所治療を再検討できる状態になる患者さんがいます。しかし、画像上で腫瘍が小さくなったという理由だけで、コンバージョン治療を行えるわけではありません。

肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を治療できること、治療していない場所に新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝機能と全身状態が手術などに耐えられることが必要です。一定期間にわたって病気が制御されているかも判断材料になります。

コンバージョン治療を行う患者さんの選び方や、薬物療法から局所治療へ切り替える時期については、すべての医療機関に共通する基準が確立しているわけではありません。肝臓内科、肝胆膵外科、放射線科などが画像と肝機能を確認し、治療によって得られる利益と負担を検討します。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

治療後の画像検査で、確認できる腫瘍がすべて消えた状態を「完全奏効」と呼びます。

完全奏効は治療がよく効いたことを示す結果ですが、体内にがん細胞が一つも残っていないことを証明するものではありません。CTやMRIでは確認できない小さな病変が残り、時間がたってから再び大きくなる可能性があるためです。

画像上で病変が消失した後も、薬物療法を継続したり、定期的にCTやMRI、腫瘍マーカーを確認したりする場合があります。「画像から消えた」「完全奏効になった」「治療を終了できる」「完治した」は、それぞれ同じ意味ではありません。

治療効果の説明を受けた際には、現在は画像で病変が確認できない状態なのか、薬物療法を続ける必要があるのか、治療終了を検討できるのか、どのような方法で再発を確認するのかを尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

長期間病気を抑えることも治療の成果になる

ステージ4では、病変を完全に消すことだけが治療の成果ではありません。画像上でがんが残っていても、大きくならない状態が続き、肝機能、食事、歩行、仕事や家事などの日常生活を保てていれば、治療によって病気を制御できていると考えられます。

腫瘍をさらに小さくするために強い治療を続けても、副作用や肝機能低下によって生活が損なわれたり、次の治療を受けられなくなったりする場合があります。一方、腫瘍が残っていても、現在の治療で進行を抑えられ、負担を調整できていれば、同じ治療を続ける意味があります。

根治を目指せる可能性があるのか、長期的な病勢の安定を目指すのか、症状を和らげることを優先するのかは、病変の広がり、治療への反応、肝予備能、全身状態によって変わります。治療の目的を主治医と共有し、効果だけでなく肝機能と生活への影響も含めて判断することが大切です。

肝臓がんステージ4の治療方針

肝臓がんステージ4の治療方針は、4A・4Bという病期名だけでは決まりません。肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移のうち、どの病変が病気の進行や症状に強く影響しているかを確認し、肝予備能と全身状態を踏まえて治療を組み立てます。

肝細胞がんでは、腫瘍を小さくすることだけを優先すると、治療によって肝機能が低下し、その後の薬物療法を受けられなくなることがあります。そのため、現在の病変を抑える効果だけでなく、治療後に肝機能を保てるか、効果が不十分だった場合に次の治療へ進めるかまで考えて方針を決めます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4Aでは肝臓内とリンパ節の病変をまとめて考える

ステージ4Aでも肝臓内の状態は患者さんごとに異なります。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、多数の腫瘍や脈管侵襲を伴い、肝機能へ強く影響している場合もあります。

肝臓内の一部の病変が大きくなり、血管や胆管を圧迫している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療を検討することがあります。リンパ節転移が限られ、薬物療法によって病変が十分に縮小した場合には、局所治療を追加できるか再評価することもあります。

一方、肝臓全体に腫瘍が広がっている状態で広範囲のカテーテル治療を行うと、正常な肝組織にも負担がかかります。局所治療を行えるかだけではなく、その治療によって薬物療法を続けるための肝機能を失わないかを確認する必要があります。

ステージ4Bでは全身薬物療法を中心に病気全体を抑える

ステージ4Bでは肝臓以外にも病変があるため、原則として全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の腫瘍だけをTACEや放射線治療で小さくしても、肺や骨などにある病変には十分な効果を期待できないためです。

ただし、全身薬物療法だけですべての問題に対応できるわけではありません。骨転移による強い痛みや骨折の危険、背骨の転移による脊髄圧迫、脳転移による神経症状などがある場合には、放射線治療や手術を加えることがあります。

この場合の局所治療は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことを目的とするものではありません。痛みや麻痺を防ぐ、歩行を保つ、出血や臓器障害を避けるなど、生活への影響を抑える目的でも行われます。

薬物療法によって大部分の病変を抑えられているものの、一部の転移や肝臓内の病変だけが増大している場合には、その部位へ局所治療を追加することがあります。局所治療を加えることで現在の薬物療法を継続できる可能性があるか、別の薬物療法へ変更した方がよいかを比較して判断します。

脈管侵襲がある場合は部位と広がりを確認

門脈や肝静脈などの血管内へがんが入り込んでいる状態を「脈管侵襲」と呼びます。脈管侵襲があると、肝臓内でがんが広がりやすくなるだけでなく、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能が低下する可能性があります。

治療への影響は、脈管侵襲があるかどうかだけでは判断できません。肝臓の末梢にある細い血管へ限られているのか、門脈本幹や主要な枝まで及んでいるのかによって、病状の緊急性や選べる治療が異なります。

門脈本幹などが腫瘍によって狭くなると、腹水や食道・胃静脈瘤が悪化し、肝機能低下が進む場合があります。このような状態では、全身薬物療法を基本としながら、病変の位置や肝予備能に応じて放射線治療や肝動注化学療法などを検討することがあります。

局所治療によって血流を保てる可能性がある一方、治療する肝臓の範囲が広いと、正常な肝組織を傷つける危険もあります。脈管侵襲を治療できるかだけではなく、治療後も肝臓が機能を保てるかを確認します。

肝予備能によって治療の内容と強さが変わる

肝臓がんでは、画像上の病変が同じでも、肝予備能によって受けられる治療が異なります。

肝機能が比較的保たれたChild-Pugh Aでは、標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。必要に応じて局所治療を組み合わせる場合もありますが、治療後の肝機能低下を見越して治療範囲や順番を決めます。

Child-Pugh Bでは、がんを抑える利益と、治療によって肝機能が悪化する危険を慎重に比較します。同じBでも状態には幅があるため、腹水や黄疸、肝性脳症、食事量、日常生活の状態などを確認し、薬の選択や投与量を個別に調整します。

Child-Pugh Cでは、積極的な抗がん治療の負担が利益を上回ることが多くなります。腹水、黄疸、肝性脳症、痛みなどを和らげ、食事や睡眠、在宅生活を支える治療を優先する場合があります。

治療の順番は肝機能と次の選択肢を考えて決める

ステージ4の治療では、一つの治療を限界まで続けてから、次の治療を考えるとは限りません。治療を始める段階から、現在の治療が効かなかった場合や、副作用で続けられなかった場合に、どの治療へ移れるかを考えておきます。

たとえば、TACEによって肝臓内の腫瘍を一時的に小さくできても、肝機能が大きく低下すれば、その後の全身薬物療法を受けられなくなる可能性があります。反対に、肝予備能が保たれている段階で薬物療法へ移ることで、より長く病気を抑えられる場合があります。

薬物療法を先に行い、肝臓内と肝臓外の病変が縮小した後に、残った病変へ放射線治療やカテーテル治療、手術などを追加することもあります。最初に選んだ治療方針を固定するのではなく、画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状を確認しながら組み替えていきます。

治療を提案された際には「なぜこの治療を最初に行うのか」「この治療でどの病変を抑えようとしているのか」「効果が不十分な場合には何を選べるのか」「治療によって肝機能が低下する危険はどの程度か」を確認すると、治療全体の見通しを理解しやすくなります。

全身薬物療法

全身薬物療法は、血液を通じて肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移へ薬を届ける治療です。ステージ4A・4Bでは、手術やカテーテル治療などの局所治療だけで病気全体を制御することが難しいため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法を治療の軸として検討します。

現在の肝細胞がんでは、免疫の働きを利用する免疫チェックポイント阻害薬、その作用を組み合わせた併用療法、がんの増殖や血管新生に関わる分子を抑える分子標的薬などが使われています。

ただし、どの治療が適しているかは、ステージ4Aか4Bかだけでは決まりません。静脈瘤や出血の危険、自己免疫疾患、心臓・腎臓の状態、脈管侵襲、腫瘍を早く縮小させる必要性、通院方法などを踏まえて選びます。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

初回の薬物療法は効果だけでなく安全に続けられるかで選ぶ

これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が主要な候補になります。一方、免疫療法を使用しにくい患者さんでは、分子標的薬などを検討します。

主な治療には、次のようなものがあります。

主な治療 治療選択で特に確認すること
アテゾリズマブ+ベバシズマブ 食道・胃静脈瘤、出血、高血圧、蛋白尿
デュルバルマブ+トレメリムマブ 自己免疫疾患、免疫関連副作用へ対応できるか
ニボルマブ+イピリムマブ 免疫関連副作用のリスク、肝機能・全身状態
デュルバルマブ単独 併用療法の負担を避けたい事情があるか
レンバチニブ・ソラフェニブなど 免疫療法を選びにくい理由、高血圧や手足症候群など

これらの治療に単純な優劣があるわけではありません。治療効果だけでなく、出血リスク、自己免疫疾患、心臓や腎臓の状態、通院間隔、予想される副作用を基に選びます。

治療を選ぶ際には、臨床試験で報告された腫瘍縮小率や生存期間だけを単純に比較することはできません。試験ごとに対象患者の肝機能、全身状態、脈管侵襲や肝外転移の割合、比較した治療が異なるためです。

腫瘍によって血管や胆管が圧迫され、短期間で肝機能が悪化する危険がある場合には、腫瘍を縮小させる可能性を重視することがあります。病状が比較的安定している場合には、重い副作用の危険、通院間隔、仕事や家庭生活への影響も含め、長く続けやすい治療かを考えます。

アテゾリズマブとベバシズマブの併用

アテゾリズマブは免疫チェックポイント阻害薬で、免疫細胞ががんを攻撃する働きを促します。ベバシズマブは、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬です。異なる作用を組み合わせ、肝臓内と肝臓外の病変を全身的に治療します。

治療選択で特に問題になるのが出血の危険です。肝硬変によって食道や胃に静脈瘤がある患者さんでは、ベバシズマブの作用によって出血の危険が高まる可能性があります。そのため、治療前に上部消化管内視鏡検査を行い、出血しやすい静脈瘤があれば先に治療することがあります。

治療中は、高血圧、蛋白尿、出血、血栓症、傷の治りにくさなどにも注意します。血圧が十分に管理されていない場合、最近大きな手術を受けた場合、現在も出血が続いている場合には、別の治療を選ぶことがあります。

アテゾリズマブによる免疫関連副作用も起こり得るため、肝機能の悪化、息苦しさ、下痢、強い倦怠感などが現れたときには、肝細胞がんの進行や肝硬変だけでなく、薬による臓器障害も含めて評価します。

参考:テセントリク(一般名:アテゾリズマブ)適正使用ガイド|PMDA
参考:アバスチン(一般名:ベバシズマブ)適正使用ガイド|PMDA

デュルバルマブとトレメリムマブの併用

デュルバルマブとトレメリムマブは、異なる免疫チェックポイントを標的とし、免疫によるがんへの攻撃を促す治療です。ベバシズマブを含まないため、出血の危険などから抗VEGF薬を使用しにくい患者さんで候補になることがあります。

一方、免疫の働きが強くなることで、正常な臓器に炎症が起こる免疫関連副作用に注意が必要です。肝炎、間質性肺疾患、腸炎、皮膚障害のほか、甲状腺、下垂体、副腎などの内分泌器官に障害が起こることがあります。

肝細胞がんの患者さんでは、治療前から肝機能の数値が高いこともあるため、治療中に数値が悪化した際には原因を分けて考える必要があります。腫瘍の進行、肝硬変の悪化、感染症、薬による免疫関連肝障害のどれが影響しているかを調べ、休薬や治療を判断します。

参考:イミフィンジ(一般名:デュルバルマブ)医薬品情報|PMDA

ニボルマブとイピリムマブの併用

ニボルマブとイピリムマブも、異なる免疫チェックポイントを標的とする治療です。国内の切除不能肝細胞がんに対する用法では、最初の一定期間は二つの薬を併用し、その後はニボルマブを継続します。

二剤で免疫を活性化するため、肝炎、間質性肺疾患、腸炎、内分泌障害、皮膚障害など、複数の臓器に免疫関連副作用が現れる可能性があります。重い副作用は、投与直後だけでなく、治療を開始してからしばらく経過した後や、投与を終了した後に起こることもあります。

自己免疫疾患がある患者さんや、過去に重い免疫関連副作用を経験した患者さんでは、治療による利益と悪化の危険を慎重に比較します。咳、息苦しさ、下痢、発熱、強いだるさ、意識の変化などがあれば、次の受診日を待たずに治療施設へ連絡します。

参考:オプジーボ(一般名:ニボルマブ)医薬品情報|PMDA
参考:ヤーボイ(一般名:イピリムマブ)医薬品情報|PMDA

デュルバルマブ単独が候補になる場合

患者さんの年齢、合併症、全身状態、副作用リスクなどから併用療法を選びにくい場合には、デュルバルマブ単独療法が候補になることがあります。単剤であっても免疫関連副作用は起こり得るため、単純に「負担の軽い治療」と考えることはできません。

また、併用療法と同じ効果を期待できるとは限りません。治療によって期待できる利益と、副作用によって肝機能や生活が損なわれる危険を比べて選びます。

「年齢が高いから単剤にする」と単純に決めるのではなく、自分で歩けるか、食事を取れているか、持病が安定しているか、異変が起きた際に早く受診できるかなども判断材料になります。

免疫療法を使用しにくい場合には分子標的薬を検討

活動性の自己免疫疾患がある場合や、臓器移植後で拒絶反応が懸念される場合などには、免疫チェックポイント阻害薬を使用しにくいことがあります。その際には、レンバチニブやソラフェニブなどの分子標的薬を検討します。

分子標的薬は、がん細胞の増殖や腫瘍へ血液を送る血管の形成に関係する複数の酵素を抑える内服薬です。点滴治療ではないため自宅で服用できますが、治療の負担が小さいとは限りません。

高血圧、手足の皮膚症状、下痢、食欲低下、倦怠感、蛋白尿などによって、仕事、歩行、食事、睡眠に影響が出ることがあります。副作用が強くなってから中止するのではなく、早い段階で休薬や減量を行い、治療を続けられる状態へ調整することが大切です。

自宅では血圧、体重、食事量、排便回数、手足の痛みなどを記録すると、診察時に薬の量を調整しやすくなります。

最初の治療後は中止した理由と肝機能を基に次の薬を選ぶ

最初の薬物療法でがんが進行した場合や、副作用によって治療を継続できなくなった場合には、別の全身薬物療法を検討します。

次の治療の候補には、ソラフェニブ、レンバチニブ、レゴラフェニブ、カボザンチニブ、ラムシルマブなどがあります。ラムシルマブは、血清AFP値などの条件を満たす患者さんが対象となります。

薬が承認されていることと、現在の患者さんが安全に使用できることは同じではありません。前の治療でがんが進行したのか、治療は効いていたものの副作用で中止したのかによって、次の選択は異なります。

免疫療法による副作用が続いている状態で、別の免疫療法を始めることは難しい場合があります。高血圧、下痢、食欲低下などが回復していなければ、分子標的薬をすぐに開始できないこともあります。

画像上では次の治療が必要でも、肝機能が大きく低下していれば、その治療による利益を得にくくなります。次の薬を選べるかどうかを左右するのは、薬の種類だけでなく、前の治療後も肝予備能と全身状態を保てているかです。

画像上の変化だけで治療を変更しない場合がある

薬物療法の効果は、CTやMRIによる画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状などを組み合わせて判断します。

画像上で一部の病変がわずかに大きくなっても、ほかの病変が縮小し、肝機能や全身状態が保たれている場合には、すぐに治療を変更しないことがあります。反対に、腫瘍の大きさがほとんど変わっていなくても、黄疸や腹水が悪化し、安全に治療を続けられない場合には中止や変更が必要です。

一つの病変だけが増大している場合には、その部位への放射線治療などを加え、現在の薬物療法を続けられるか検討することもあります。病変全体が薬に反応しなくなっている場合には、別の薬物療法へ切り替える方が適切なことがあります。

治療を変更する際には、がんが進行したためなのか、副作用や肝機能低下によって継続できないためなのかを確認します。この違いによって、その後に選べる薬や治療の目的が変わります。

薬物療法を提案されたときに確認したいこと

薬物療法には複数の選択肢がありますが、すべての患者さんに共通する一つの最良の治療があるわけではありません。

診察では、なぜその治療が第一候補なのか、自分の場合にはどの病変への効果を期待しているのかを確認します。候補にならなかった治療についても、出血リスク、自己免疫疾患、肝機能など、選ばなかった理由を聞いておくと判断しやすくなります。

さらに、どの副作用が起きたら連絡するのか、どの程度の肝機能低下で休薬や中止を考えるのか、効果が得られなかった場合に次の治療が残っているのかも確認します。

薬の名前だけでなく、治療によって何を目指すのか、どのような状態まで続けるのか、生活への負担をどう調整するのかまで共有することが、納得できる治療選択につながります。

TACE・肝動注化学療法などのカテーテル治療

カテーテル治療は、足の付け根や手首などの動脈から細い管を入れ、肝細胞がんへ血液を送る肝動脈まで進めて行う治療です。代表的な方法として、肝動脈化学塞栓療法(TACE)や肝動注化学療法があります。

どちらも肝臓内の病変へ集中的に作用させる治療ですが、ステージ4A・4Bの病気全体を、カテーテル治療だけで制御できるわけではありません。UICC分類の4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法が治療の軸になります。

そのうえで、肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合や、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている一方、肝臓内の一部だけが増大している場合に、カテーテル治療を追加できるか検討します。

TACEは腫瘍への血流を減らして治療する

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも肝動脈から多くの血液を受け取っています。TACEでは、カテーテルを腫瘍の近くまで進め、細胞障害性抗がん薬と造影剤を注入した後、血管を塞ぐ物質を投与します。

腫瘍へ抗がん薬を集中的に届けるとともに、栄養や酸素を運ぶ血流を減らして、がん細胞を傷害する治療です。抗がん薬を使用せず、塞栓物質によって血流を減らす方法は肝動脈塞栓療法(TAE)と呼ばれます。

TACEは一般に、肝機能がある程度保たれ、手術やラジオ波焼灼療法の対象にならない複数の肝細胞がんに用いられます。国立がん研究センターでは、Child-Pugh分類AまたはBで、3cmを超える1~3個の腫瘍、または大きさにかかわらず4個以上の腫瘍があり、手術や穿刺局所療法が難しい場合などを主な対象として説明しています。

ただし、これは主に、がんが肝臓内にとどまっている患者さんに対する治療選択の考え方です。腫瘍が多いという理由だけでUICCステージ4になるわけではなく、このTACEの適応基準を、そのままステージ4Aの定義として扱うことはできません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4AでTACEを行う目的

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけをTACEで治療しても、リンパ節にある病変には十分な効果を期待できません。そのため、全身薬物療法を軸に病気全体を治療することが基本になります。

一方、肝臓内の一部の腫瘍が急速に増大し、正常な肝組織や血管、胆管を圧迫している場合には、肝臓内の腫瘍量を減らす目的でTACEを追加することがあります。薬物療法によってリンパ節転移を含む病変全体が安定しているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合も検討の対象になり得ます。

この場合、TACEの目的は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことではありません。肝機能の悪化を防ぐ、症状の原因となる病変を小さくする、現在の薬物療法をより長く続けられる状態をつくるなど、どの利益を目指すのかを明確にします。

肝臓内の病変が広範囲に及んでいる場合には、すべてを塞栓しようとすると正常な肝組織への負担も大きくなります。治療できる病変があるかだけではなく、TACE後も肝予備能を保ち、全身薬物療法を継続できるかを考える必要があります。

ステージ4Bでは肝外転移の状態も踏まえて判断

ステージ4Bでは肺や骨などへの遠隔転移があるため、全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の病変だけをTACEで小さくしても、肝臓外の病変へは直接作用しません。

それでも、遠隔転移が薬物療法によって安定している一方、肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、TACEを追加できるか検討することがあります。肝臓内の病変が痛み、胆管閉塞、肝機能低下などの原因となっている場合も、局所的な制御に意味がある可能性があります。

ただし、肝外転移のある患者さんへTACEを追加することは、すべての患者さんに共通する一律の標準治療ではありません。TACEを行うことで全身薬物療法を続けやすくなるのか、それとも薬物療法そのものを変更した方が病気全体を抑えられるのかを比較して判断します。

肝機能低下や広範囲の病変がある場合は慎重に判断

TACEでは腫瘍へ向かう動脈を塞ぐため、治療した範囲にある正常な肝組織にも一定の負担がかかります。治療範囲が広いほど、肝機能が悪化する危険も高くなります。

肝臓の両側に細かな腫瘍が多数広がっている場合や、正常に働く肝組織が少なくなっている場合には、広範囲の塞栓によって肝不全が進む可能性があります。黄疸や治療で調整しにくい腹水がある場合、肝予備能が大きく低下している場合にも、TACEの負担が利益を上回ることがあります。

門脈の主要な部分へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液がすでに減っていることがあります。その状態で肝動脈も広く塞ぐと、肝組織への血流がさらに低下する可能性があるため、脈管侵襲の位置と範囲を確認し、放射線治療、肝動注化学療法、全身薬物療法などと比較します。

「カテーテルを入れられるか」だけで適応を判断するのではなく、どの範囲を塞栓するのか、治療後に肝機能がどこまで低下する可能性があるのか、次の治療へ進める状態を保てるのかを確認します。

効果が不十分なTACEを繰り返さないことも大切

TACEは、一度の治療で肝臓内のすべての病変を制御できるとは限らず、複数回行われることがあります。しかし、回数を重ねるたびに正常な肝組織にも負担がかかります。

国立がん研究センターは、TACEを2回行っても効果が不十分である、または肝臓内に新しいがんが現れた場合、脈管侵襲や遠隔転移が生じた場合、腫瘍マーカーが持続的に上昇する場合などには、治療法の変更を勧められることがあると説明しています。これは機械的な回数制限ではありませんが、同じ治療を続ける利益があるかを見直す目安になります。

TACE後の画像検査では、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分が残っているかを確認します。治療した病変が十分に壊死しているか、新しい病変が増えているか、治療前の肝機能まで回復しているかを踏まえ、再びTACEを行うか、薬物療法を開始・変更するかを判断します。

腫瘍を一時的に小さくできても、その代わりに肝機能を大きく損なえば、その後に受けられる治療が限られます。TACEを繰り返すこと自体を目標にせず、病気全体を長く抑えるうえでどの時点で治療を切り替えるべきかを考えます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

肝動注化学療法が検討される場合

肝動注化学療法は、肝動脈へカテーテルを留置するなどして、肝臓内のがんへ細胞障害性抗がん薬を集中的に投与する治療です。TACEとは異なり、腫瘍へ向かう血管を塞がずに薬を注入する方法があります。

肝臓内の病変が病状を強く左右している進行肝細胞がんや、門脈への高度な脈管侵襲を伴う場合などに、国内の一部の医療機関で行われています。ただし、使用する薬剤、投与方法、カテーテルやリザーバーの管理方法には複数の方式があり、全身薬物療法との優先順位や併用方法が、すべての施設で統一されているわけではありません。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝動注化学療法だけでは肝臓外の病変を十分に治療できない可能性があります。肝動注を提案された場合には、全身薬物療法ではなく肝動注を選ぶ理由、肝外病変をどの治療で管理するのか、期待している効果が腫瘍縮小・肝機能維持・症状改善のどれなのかを確認します。

治療のために入院が必要か、通院の頻度はどの程度か、留置したカテーテルやリザーバーをどのように管理するかも、生活への負担を判断する材料になります。

TACE・肝動注化学療法の副作用と生活への影響

TACE後には、塞栓した腫瘍や周囲の組織で炎症が起こり、発熱、右上腹部痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。これらは塞栓後症候群と呼ばれることがあります。国立がん研究センターも、TACE後の副作用として、発熱、吐き気、腹痛、食欲不振、肝機能障害などを挙げています。

治療範囲が広いほど症状が強くなりやすく、肝機能の数値が一時的に悪化することもあります。治療後の数日間は食事量が減ったり、仕事や家事を続けにくくなったりするため、退院後の生活や復職時期を事前に確認しておきます。

肝動注化学療法では、使用する薬剤によって、吐き気、食欲低下、倦怠感、血球減少、肝機能障害などが起こることがあります。カテーテルの詰まりや位置のずれ、感染など、投与経路に関係する問題にも注意が必要です。

多くの症状は鎮痛薬、吐き気止め、解熱薬、点滴などで対応しますが、高熱が続く、腹痛が急に強くなる、黄疸や腹水が増える、尿量が減る、意識がぼんやりするといった場合には、感染症や肝不全などを除外する必要があります。

退院後にどの程度の発熱まで自宅で様子を見られるのか、食事・入浴・運動・仕事をいつから再開できるのか、どの症状があれば夜間や休日でも連絡するのかを、治療前に確認しておくことが大切です。

手術・局所療法・放射線治療が検討される場合

ステージ4の肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍だけでなく、領域リンパ節転移または遠隔転移も含めて治療する必要があります。そのため、手術、ラジオ波焼灼療法、放射線治療など、一つの場所を対象とする局所治療だけで病気全体を制御することは一般に困難です。

しかし、局所治療がまったく行われないわけではありません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、残ったすべての病変を治療できる可能性が生じた場合には、根治を目指して手術などを検討することがあります。痛み、出血、骨折、神経障害、血管や胆管の閉塞を防ぐために、症状の原因となる病変へ放射線治療などを行う場合もあります。

同じ局所治療でも、根治を目指すのか、病気を長く抑えるのか、症状や臓器障害を防ぐのかによって位置付けが異なります。治療を受ける際には、どの病変を対象にし、何を目的としているのかを確認する必要があります。

ステージ4では最初から手術を行うことは難しい場合が多い

肝切除は、肝臓内の腫瘍とその周囲の肝組織を取り除く治療です。一般には、がんが肝臓内にとどまり、切除後も十分な量と機能を持つ肝臓を残せる場合に検討されます。

国立がん研究センターは、肝切除は多くの場合、肝臓内の腫瘍が3個以下で、肝機能が保たれている患者さんに行われると説明しています。腫瘍が大きい場合や脈管侵襲がある場合でも切除できることはありますが、腹水がある場合には術後肝不全の危険が高く、通常は別の治療が検討されます。

ただし、これらは主に肝臓内に病変がとどまっている場合の考え方です。UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、体内にほかの病変が残る可能性があります。

技術的に肝切除が可能であっても、それだけで手術が適切とは限りません。肝臓内と肝臓外にある活動性病変をすべて治療できるか、手術後に新しい病変が短期間で現れる可能性が高くないか、薬物療法を続ける方が病気全体を制御しやすくないかを比較します。

薬物療法後に手術を再検討する場合

最初は切除不能と判断された肝細胞がんでも、薬物療法によって肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移が大きく縮小し、手術を含む局所治療を検討できる状態へ変化することがあります。

ただし、画像上で腫瘍が小さくなったことだけでは、手術の適応にはなりません。肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を切除または別の局所治療で制御できること、新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝予備能と全身状態が手術に耐えられることが必要です。

薬物療法を始めてすぐに腫瘍が縮小した場合でも、一定期間にわたって病気を制御できるかを確認してから手術を判断することがあります。短期間で新しい転移が現れる場合には、目に見える病変だけを切除しても再び進行する可能性が高いためです。

薬物療法後に局所治療を加えることは、肝細胞癌診療ガイドライン2025年版でも検討課題として扱われていますが、どの患者さんに行えば長期的な利益が得られるかは、すべての状況で確立しているわけではありません。

そのため、手術を再検討するときには、肝臓内科、肝胆膵外科、放射線科などが画像、肝機能、薬物療法への反応を確認し、手術の利益と再発・肝不全の危険を総合して判断します。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

ラジオ波焼灼療法は小さく限られた病変が対象

ラジオ波焼灼療法(RFA)は、皮膚から肝臓内の腫瘍へ針を刺し、熱によってがん細胞を死滅させる治療です。

標準的には、肝機能が比較的保たれ、肝臓内にある腫瘍が3cm以下かつ3個以下の場合などが主な対象です。腫瘍の数が多い場合や、肝臓内に広く分布している場合には、すべての病変へ安全に針を刺して治療することが難しくなります。そのため、ステージ4の患者さんへ最初からRFAだけを行い、病気全体の根治を目指すことは一般的ではありません。

一方、薬物療法によって多くの病変が消失または安定し、肝臓内に小さな活動性病変だけが残った場合には、その病変へRFAを追加できるか検討することがあります。ほかの病変が薬物療法で抑えられているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合にも、現在の薬物療法を継続するための局所治療として検討されることがあります。

腫瘍が大きな血管や胆管、腸管、横隔膜などに近い場合には、周囲の臓器を傷つける危険や、腫瘍全体へ十分な熱を加えられない可能性があります。大きさと個数だけでなく、位置や周囲の臓器との関係も適応を左右します。

肝臓内の病変や脈管侵襲へ放射線治療を行う場合

肝細胞がんに対する放射線治療は、すべての患者さんへ一律に行う標準治療ではありません。ただし、手術や穿刺局所療法が難しい病変、門脈や肝静脈などの脈管内へ進展した病変に対して、X線による放射線治療が行われることがあります。

門脈内の腫瘍が大きくなると、正常な肝臓へ流れる血液が減り、腹水や肝機能低下が進む可能性があります。放射線治療によって脈管内の腫瘍を小さくし、血流の悪化を抑えることが治療目的になる場合があります。

領域リンパ節転移が限られているステージ4Aや、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている患者さんでは、増大しているリンパ節や肝臓内の病変へ放射線を照射できるか検討することもあります。

ただし、放射線を当てる正常な肝組織の範囲が広いと、治療後に肝機能が悪化する可能性があります。病変へ十分な線量を照射できるかだけでなく、正常な肝臓をどの程度温存できるか、もともとの肝予備能で治療に耐えられるかを確認します。

薬物療法と放射線治療を同時期に行う場合には、副作用が重なる可能性もあります。薬を継続するのか、一時的に休薬するのか、放射線治療後にいつ再開するのかについても事前に確認します。

骨転移への放射線治療は痛みや骨折を防ぐために行う

骨転移への放射線治療は、体内の肝細胞がんをすべてなくすためではなく、痛みを和らげ、骨折や神経障害を防ぐことを主な目的として行います。肝細胞がんの骨転移による痛みに対する放射線治療は、国立がん研究センターでも勧められる治療として説明されています。

骨転移による痛みは、同じ場所に持続する、夜間にも治まらない、立つ・歩くなど体重をかけたときに強くなるといった特徴を示すことがあります。鎮痛薬だけで我慢するのではなく、骨がどの程度弱くなっているかを画像検査で確認します。

背骨への転移によって脊髄が圧迫されると、足のしびれ、筋力低下、歩行困難、排尿・排便障害などが現れることがあります。神経障害が進んでからでは回復しにくい場合があるため、症状があれば緊急性を判断し、放射線治療や手術などを早く行う必要があります。

放射線治療後も、骨折の危険が高い部位では、安静の程度、装具の使用、整形外科的な固定手術などを検討することがあります。痛みが軽くなっただけで、骨の強度がすぐに元へ戻るとは限らないためです。

脳転移では神経症状を守るために局所治療を検討

脳転移では、病変の数、大きさ、位置、脳以外の病変の状態、全身状態などを踏まえて放射線治療や手術を検討します。肝細胞がんの脳転移に対する放射線治療も、一般に勧められる治療として位置付けられています。

頭痛、吐き気、けいれん、言葉の出にくさ、片側の手足の動かしにくさなどがある場合には、脳転移そのものだけでなく、病変の周囲に生じたむくみが症状へ影響していることがあります。必要に応じて脳のむくみを抑える治療を先に行い、その後に局所治療を検討します。

脳転移への治療は、神経症状を改善し、会話、歩行、食事などの日常生活をできるだけ保つことが主な目的です。神経症状が現れた場合には、予定された診察日まで待たずに治療施設へ連絡します。

陽子線・重粒子線治療は病気全体を見て適応を判断

陽子線治療や重粒子線治療は、病変の深さに合わせて放射線量を集中させやすく、正常な肝臓や周囲の臓器へ当たる線量を抑えながら治療できる可能性があります。

国立がん研究センターは、大きく手術が難しい肝細胞がんで陽子線・重粒子線治療を受けられる場合がある一方、実施できる施設は限られていると説明しています。肝細胞癌診療ガイドライン2025年版でも、体幹部定位放射線治療と粒子線治療の適応が検討項目に含まれています。

ただし、正常組織へ放射線が当たる範囲を減らせることと、ステージ4の病気全体を治療できることは別の問題です。肝臓外に制御されていない転移が複数ある場合には、肝臓内の一つの病変へ粒子線治療を行っても、病気全体の進行を抑えられない可能性があります。

粒子線治療を検討するときには、通常のX線治療ではなく粒子線を選ぶ理由、治療する病変以外をどのように管理するのか、全身薬物療法を中断する必要があるのか、治療後も肝機能を保てるかを確認します。

局所治療を提案されたときは目的を確認する

ステージ4で行う局所治療には、根治を目指す治療、病気の進行を遅らせる治療、症状や臓器障害を防ぐ治療が含まれます。同じ手術や放射線治療でも、患者さんによって目的は異なります。

治療前には、どの病変を治療するのか、その病変を治療することで何が改善すると考えられているのか、治療しない病変は薬物療法でどのように管理するのかを確認します。局所治療によって薬物療法を長く続けられる可能性があるのか、反対に治療の負担で肝機能が低下する危険があるのかも判断材料です。

「局所治療を受けられる」という説明を、そのまま「完治を目指せる」と受け取らず、治療の目的と期待できる効果、再び進行する可能性まで含めて理解することが大切です。

治療の副作用と生活への影響

肝臓がんステージ4の治療中に体調が変化した場合、その原因が薬の副作用とは限りません。がんの進行、肝硬変や肝不全の悪化、感染症、脱水などでも、倦怠感、食欲低下、下痢、むくみ、肝機能検査値の悪化といった似た変化が起こります。

症状だけから原因を決めつけると、副作用への対応が遅れたり、反対に効果のある治療を必要以上に中止したりする可能性があります。症状が現れた時期、治療との時間的な関係、血液検査や画像検査の結果を組み合わせ、治療の継続、休薬、減量、支持療法の追加などを判断します。

副作用が現れる時期は治療によって異なる

副作用は、治療を受けた直後だけに現れるものではありません。

点滴中や投与直後には、発熱、悪寒、発疹、息苦しさ、血圧の変化などが起こることがあります。点滴中に違和感があれば、終了するまで我慢せず、その場で医療者へ伝える必要があります。

分子標的薬では、治療開始後の比較的早い時期から、血圧上昇、下痢、食欲低下、倦怠感、手足の皮膚症状などが現れることがあります。軽い症状でも服用を続けるうちに悪化し、歩行や食事、仕事に影響する場合があるため、次の診察まで様子を見るのではなく、早い段階で相談します。

免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連副作用は、治療開始から数週間から数カ月後に現れることがあり、治療を終了した後に発症する場合もあります。点滴を終えて時間がたっているからといって、治療との関係を否定することはできません。別の医療機関を受診するときにも、免疫チェックポイント阻害薬を使用している、または過去に使用していたことを伝えます。

TACE後には、治療直後から数日程度に発熱、腹痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。多くは治療した腫瘍や周囲の組織に炎症が起こることで生じますが、症状が長引く場合や一度軽くなってから悪化した場合には、感染症、胆管障害、肝膿瘍、肝不全なども考えて評価します。

参考:最適使用推進ガイドライン|PMDA
参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

副作用と肝機能悪化を症状だけで見分けることは難しい

強い倦怠感、食欲低下、吐き気、むくみ、腹部の張りなどは、薬の副作用でも肝機能の悪化でも起こります。肝機能検査値が悪化した場合も、薬による肝障害、がんの進行、胆管の閉塞、感染症、肝硬変の悪化など、複数の原因が考えられます。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中にASTやALTが上昇した場合には、免疫関連肝障害の可能性があります。一方、ビリルビンの上昇、アルブミンの低下、腹水や肝性脳症の出現は、肝予備能が低下していることを示す場合があります。原因によって必要な治療が異なるため、血液検査、画像検査、症状の経過を基に判断します。

治療前にはなかった黄疸、腹水、むくみが現れた場合や、尿量が減った場合、会話の反応が遅くなった場合には、単なる薬のだるさとして様子を見ないことが大切です。

治療後の検査値が一時的に悪化しても、その後に回復する場合はあります。しかし、次の治療へ進む際には、症状が軽くなったかだけでなく、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、腎機能などが十分に回復しているかを確認します。

仕事は治療後の体調の周期を見て調整

治療中も仕事や家事を続けられる患者さんはいますが、治療を受けた日だけでなく、その後の数日間に体調が低下することがあります。

点滴後に倦怠感が強くなる場合や、TACE後に発熱や食欲低下が続く場合には、通院日だけ休むのでは足りないことがあります。実際に症状が出やすい曜日や期間を確認し、勤務日、会議、外出予定などを調整します。

分子標的薬による手足の痛みがあると、立ち仕事、長時間の歩行、パソコン操作、細かい手作業が難しくなることがあります。下痢が続く場合には、通勤や長時間の会議が負担になります。体調が低下してから退職や長期休職を決めるのではなく、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討する方法があります。

副作用の現れ方が分からない治療開始前に、これまでと同じ働き方を維持できるとも、仕事を続けられないとも断定できません。最初の数回の治療で体調の周期を確認し、必要に応じて医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センター、勤務先の産業医などへ相談します。

食事量と体重の低下を放置しない

治療中は、吐き気、下痢、口内炎、味覚の変化、腹水による腹部の張りなどによって、食事量が減ることがあります。

数日間ほとんど食べられない状態が続くと、体重だけでなく筋肉量も減少します。筋力が落ちると、歩行や身の回りの動作が難しくなり、薬の副作用にも耐えにくくなる可能性があります。

腹水やむくみがある患者さんでは塩分の調整が必要になる場合がありますが、食欲が低下している状態で一律に厳しい食事制限を行うと、必要なエネルギーやたんぱく質まで不足することがあります。現在は腹水の管理を優先するのか、体重と筋肉を保つことを優先するのかを、主治医や管理栄養士へ確認します。

体重については、減少だけでなく短期間の増加にも注意が必要です。食事量が少ないのに体重や腹囲が増えている場合には、腹水やむくみが関係している可能性があります。毎日または決められた頻度で、同じ時間帯と条件で測ると変化を把握しやすくなります。

下痢や嘔吐が続いて水分を取れない場合には、脱水によって腎機能や肝機能が悪化する可能性があります。便の回数、嘔吐の回数、水分摂取量、尿量を伝え、点滴、症状を抑える薬、休薬などが必要か判断してもらいます。

外出は副作用が起こりやすい時期を避けて計画する

治療中も体調が安定していれば、買い物、散歩、旅行などの外出が一律に禁止されるわけではありません。ただし、下痢、強い倦怠感、手足の痛み、腹水、息切れなどがあると、長時間の移動が負担になります。

外出を計画するときは、点滴やTACEの後に体調が低下しやすい時期を避け、途中で休める場所やトイレを確認します。内服薬の時間、緊急時に連絡する医療機関、旅行先で受診が必要になった場合の対応も考えておきます。

骨転移があり骨折の危険を指摘されている場合には、痛みが軽くても長時間の歩行や重い荷物を持つことを控える必要があることがあります。体力を保つための適度な活動は大切ですが、運動量は骨の状態、肝機能、貧血、腹水などに合わせて決めます。

眠れない・昼夜が逆転する場合は原因を確認する

治療中の不眠は、痛み、かゆみ、腹部の張り、下痢などの身体症状だけでなく、治療への不安や生活リズムの変化によって起こることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺、副腎、下垂体などの機能障害でも、強い倦怠感、動悸、頭痛、気分の変化、睡眠の異常が現れる場合があります。単なる疲れや不安と決めつけず、ほかの症状や血液検査とあわせて確認します。

一方、昼間に眠り続けて夜に起きている、会話の反応が遅い、普段と性格が違うといった変化は、肝性脳症の初期症状である可能性があります。本人が気付きにくいため、家族から見た変化も医療者へ伝えます。

睡眠不足が続くと、食欲、体力、気分、服薬管理にも影響します。我慢して市販の睡眠薬や健康食品を追加するのではなく、原因を確認したうえで治療を受けます。

自宅では症状の時期と変化を記録する

診察時には「体調が悪かった」という説明だけでなく、どの症状が、いつから、どの程度続いたかを伝えると、治療との関係を判断しやすくなります。

治療日を基準に、体温、血圧、体重、食事量、便の回数、尿量、痛み、息苦しさ、皮膚症状などを記録します。すべてを細かく記録する必要はありませんが、自分が受けている治療で特に注意する項目を医療者へ確認しておくとよいでしょう。

高血圧や蛋白尿に注意が必要な治療では、自宅で測った血圧や尿の変化が判断材料になります。分子標的薬を服用している場合には、手足の赤みや痛み、下痢の回数、食事量を記録します。腹水がある場合には、体重と腹囲、尿量の変化が役立ちます。

症状が起こったときに写真を撮る方法もあります。発疹、手足の皮膚症状、むくみなどは、受診時には軽くなっている場合があるためです。

休薬や減量は治療の失敗ではない

副作用が現れた場合には、治療法に応じて、一時的な休薬、投与量の減量、投与間隔の調整、副作用を抑える薬の追加などを行います。免疫関連副作用では、治療を休止して副腎皮質ステロイドなどによる治療が必要になる場合もあります。

決められた量を無理に続けることが、必ずしも最も良い治療とは限りません。重い副作用によって肝機能や全身状態を損なうと、現在の治療を続けられないだけでなく、次の治療を受ける機会も失う可能性があります。

反対に、症状が怖いからと自己判断で薬の量を減らしたり、中止したりすると、十分な効果を得られないことがあります。症状が現れた時期と程度を伝え、どの程度で休薬するのか、いつ再開するのかを医療者と相談します。

副作用を完全にゼロにすることだけを目指すのではなく、肝機能と生活を保ちながら、治療による利益を得られる状態へ調整することが重要です。

予定された受診日を待たずに連絡したい症状

副作用の中には、対応が遅れると重症化し、治療の継続だけでなく生命に影響するものがあります。

新しく現れた息苦しさや空せき、胸の痛み、強いまたは持続する下痢、血便、激しい腹痛、繰り返す嘔吐、急に強くなった倦怠感、意識や性格の変化がある場合には、早めに治療施設へ連絡します。

吐血、黒い便、血の混じった痰、止まりにくい出血、突然の強い頭痛、けいれん、片側の手足の動かしにくさなどは、緊急性の高い症状です。

黄疸や腹水が急に悪化した、尿量が減った、水分を取れない、発熱や悪寒が続く場合も、肝機能悪化、脱水、感染症などが関係している可能性があります。

どの症状で夜間や休日にも連絡するのか、発熱は何度を基準にするのか、連絡がつかない場合にどの医療機関を受診するのかは、治療開始時に確認しておきます。副作用の種類や重症度は治療によって異なるため、一般的な情報だけで判断せず、自分が受けている治療に合わせた連絡基準を把握することが大切です。

治療効果はどのように判断する?

肝臓がんステージ4の治療効果は、腫瘍の直径が小さくなったかだけでは判断できません。造影CTやMRIで病変の大きさと広がりを確認し、腫瘍内の血流、腫瘍マーカー、肝機能、症状、日常生活の状態を組み合わせて評価します。

画像上では腫瘍が縮小していても、肝機能が大きく低下して治療を続けられなければ、十分な利益が得られているとはいえません。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能と日常生活を保てていれば、現在の治療を継続する意味があります。

評価の目的は、治療が効いているかを確認するだけではありません。現在の治療を続けるのか、一部の病変へ局所治療を加えるのか、別の薬物療法へ変更するのかを決めるために行います。

CT・MRIで病変全体の変化を確認

薬物療法やカテーテル治療を始めた後は、造影CTやMRIを定期的に行います。検査の時期は治療法、病気の進行速度、肝機能、症状などによって異なります。

画像検査では、肝臓内の腫瘍が縮小または増大しているかだけでなく、新しい病変が現れていないかを確認します。門脈や肝静脈への脈管侵襲、領域リンパ節、肺や骨などの転移についても、治療前の画像と比較します。

肝細胞がんのステージ4Aでは、肝臓内の病変と領域リンパ節転移の両方を評価します。肝臓内の腫瘍が縮小していても、リンパ節転移が増大していれば、病気全体が十分に抑えられているとは判断できません。ステージ4Bでも、特定の転移だけを見るのではなく、肝臓内と肝臓外にある病変をまとめて評価します。肺転移が縮小していても、肝臓内に新しい病変が現れた場合には、治療方針の見直しが必要になることがあります。

腹水の増加、胆管の閉塞、正常な肝組織の減少なども確認します。腫瘍径の変化が小さくても、血管や胆管の圧迫が進み、肝機能へ影響している場合には早めの対応が必要です。体調が急に悪化した場合には、予定された検査日を待たずに画像検査を行うことがあります。黄疸、腹水、強い痛み、息苦しさ、神経症状などが現れた場合には、検査予定にかかわらず治療施設へ相談します。

肝細胞がんでは腫瘍内の血流も評価

一般的ながんの画像評価では、腫瘍の直径の変化を基に判定するRECIST(レシスト)が用いられます。

一方、肝細胞がんでは、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分を評価するmRECIST(モディファイド レシスト)が使われることがあります。肝細胞がんは血流が豊富な腫瘍であり、治療によって腫瘍細胞が傷害されると、腫瘍全体の大きさがすぐに変わらなくても、造影される部分が減る場合があるためです。

TACE後には、治療した腫瘍が残って見えても、内部の造影効果が消失していれば、腫瘍の多くが壊死している可能性があります。分子標的薬などでも、腫瘍径より先に内部の血流が低下することがあります。反対に、腫瘍全体の大きさがあまり変わっていなくても、造影される部分が増えている場合には、活動性のあるがん細胞が増えている可能性があります。

RECISTとmRECISTのどちらを重視するかは、治療法や評価の目的によって異なります。検査結果を聞く際には、「腫瘍の直径はどう変化したか」だけでなく、「造影される活動性のある部分は減っているか」を確認すると、治療効果を理解しやすくなります。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン|日本肝臓学会

完全奏効・部分奏効・安定・進行の意味

画像検査による治療効果は、一般に「完全奏効(CR)」「部分奏効(PR)」「安定(SD)」「進行(PD)」の四つに分けて評価されます。

これらは、治療が効いたかどうかを共通の基準で表すための判定です。ただし、判定に使う基準によって、腫瘍全体の大きさを見るのか、造影される活動性のある部分を見るのかが異なります。

RECIST 1.1では、主に測定対象とした腫瘍の直径の変化を評価します。一方、肝細胞がんで用いられるmRECISTでは、動脈相で造影される、生きた腫瘍と考えられる部分を測定します。そのため、同じ画像でもRECISTとmRECISTで判定が異なる場合があります。

完全奏効(CR)

完全奏効は、画像上で治療対象となる病変が確認できなくなった状態です。

RECIST 1.1では、測定対象としたすべての病変が消失した場合に完全奏効と判定します。mRECISTでは、肝細胞がんの大きさそのものが残っていても、すべての対象病変で動脈相の造影効果が消失していれば、完全奏効と判定されることがあります。

ただし、完全奏効は、画像で活動性のある病変を確認できないという判定です。治療を終了できるかどうかは、リンパ節や遠隔転移を含むほかの病変、肝機能、再発の危険なども踏まえて決めます。

部分奏効(PR)

部分奏効は、病変が一定以上縮小したものの、完全には消失していない状態です。

RECIST 1.1では、測定対象とした腫瘍の直径の合計が、治療前と比べて30%以上減少した場合が基本的な判定基準です。mRECISTでは、動脈相で造影される活動性のある腫瘍部分の直径の合計が、治療前より30%以上減少した場合に部分奏効と判定します。

部分奏効は治療による縮小効果が確認された状態ですが、病変は残っています。効果が続いているか、新しい病変が現れていないかを定期的に確認しながら治療を継続します。

安定(SD)

安定は、完全奏効や部分奏効と判定できるほど縮小していない一方、進行と判定されるほど増大していない状態です。

「安定」は「治療が効いていない」という意味ではありません。ステージ4では、腫瘍を大きく縮小できなくても、増大や新しい転移の出現を抑え、肝機能と日常生活を保てていれば、治療による利益が得られている可能性があります。

とくに、治療前には短期間で病変が増大していた患者さんで、その進行が止まっている場合には、安定を維持すること自体に意味があります。副作用を調整でき、肝機能も保たれていれば、同じ治療を続けることがあります。

進行(PD)

進行は、病変が基準以上に増大した場合や、新しい病変が現れた場合に判定されます。

RECIST 1.1では、治療開始後に記録された最も小さい腫瘍径の合計と比べて20%以上増大し、さらに絶対値で5mm以上増えている場合などが基準です。新しい病変が確認された場合も、原則として進行と判定されます。mRECISTでは、造影される活動性のある腫瘍部分が、治療開始後の最小値と比べて20%以上増加した場合などに進行と判定します。

肝臓内の腫瘍が縮小していても、新しいリンパ節転移や遠隔転移が現れれば、病気全体として進行と判断されることがあります。反対に、一つの病変だけが増大し、ほかの病変が抑えられている場合には、増大した病変へ局所治療を加えて、現在の薬物療法を継続できるか検討することがあります。

奏効率と病勢コントロール率の違い

臨床試験では、「奏効率」や「病勢コントロール率」という言葉が使われます。

奏効率は、完全奏効と部分奏効になった患者さんの割合です。腫瘍が明確に縮小した患者さんがどの程度いたかを示します。病勢コントロール率は、完全奏効、部分奏効、安定を合わせた割合です。腫瘍が縮小した患者さんだけでなく、進行を抑えられた患者さんも含まれます。

奏効率が高い治療が、すべての患者さんにとって最も良い治療とは限りません。生存期間、副作用、肝機能への影響、効果が続いた期間などもあわせて比較する必要があります。

画像上の判定だけで治療方針を決めるわけではない

完全奏効や部分奏効であっても、強い副作用や肝機能低下があれば、休薬や治療変更が必要になることがあります。反対に、安定であっても、肝機能と生活を保ちながら病気の進行を抑えられていれば、同じ治療を続ける意味があります。

進行と判定された場合も、すべての病変が増大しているのか、一部の病変だけが増大しているのかによって、その後の対応は異なります。別の全身薬物療法へ変更する場合もあれば、増大した病変へ局所治療を追加する場合もあります。

画像検査の説明を受ける際には、完全奏効・部分奏効・安定・進行のどれに該当するかだけでなく、RECISTとmRECISTのどちらで評価したのか、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどう変化したのかを確認することが大切です。

参考:RECIST 1.1、Lencioni R, Llovet JM. Modified RECIST Assessment for Hepatocellular Carcinoma.

AFP・PIVKA-IIは一回の数値ではなく推移を見る

肝細胞がんでは、AFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを治療後の経過観察に用います。

治療前に高かった腫瘍マーカーが継続して低下していれば、治療が効いている可能性を示す材料になります。数値が繰り返し上昇している場合には、肝臓内の腫瘍の増大や、新しいリンパ節転移・遠隔転移がないかを画像で確認します。

腫瘍マーカーが正常のまま進行する肝細胞がんもあります。慢性肝炎、肝硬変、ビタミンKの状態など、がん以外の影響によって数値が変化する場合もあります。また、薬物療法を始めた直後などに、一時的な変動が起こることもあります。一回の上昇だけで治療が効いていないと判断せず、過去からの推移、画像検査、肝機能、症状を組み合わせます。

腫瘍マーカーが低下していても、画像上で新しい病変が現れていれば、病気全体が抑えられているとはいえません。反対に、数値が十分に低下していなくても、画像上の病変が縮小または安定している場合には、現在の治療を続けることがあります。

参考:腫瘍マーカー検査とは|国立がん研究センター がん情報サービス

肝機能を保てているかも治療効果に含めて考える

肝細胞がんでは、腫瘍を抑える効果と、正常な肝臓へ与える負担を同時に評価する必要があります。

血液検査では、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間などを確認します。腹水、黄疸、むくみ、肝性脳症が新たに現れていないかも、肝予備能の変化を判断する材料です。

画像上は腫瘍が縮小していても、腹水が増え、食事が取れず、Child-Pugh分類が悪化している場合には、同じ治療をそのまま続けることが難しくなります。治療の一時休止、投与量の調整、治療法の変更などを検討します。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能も安定していれば、治療による利益が得られていると判断して継続することがあります。

肝機能の悪化が必ずしも治療の副作用とは限りません。腫瘍による門脈や胆管の圧迫、感染症、脱水、肝硬変の進行などが関係している場合もあります。原因によって必要な対応が異なるため、血液検査と画像検査から判断します。

症状と日常生活の変化も評価

検査上の変化だけでなく、治療前と比べて患者さんがどのように生活できているかも確認します。

治療前にあった腹痛や息苦しさが軽くなった、食事量が増えた、夜に眠れるようになった、歩ける距離が伸びたといった変化は、治療によって病状が改善している可能性を示します。画像上では腫瘍が縮小していても、強い倦怠感、下痢、食欲低下、手足の痛みなどによって一日の多くを横になって過ごすようになった場合には、治療による利益と負担を見直します。

診察では、食事量、体重、歩行、仕事や家事、睡眠、外出への影響を具体的に伝えます。「つらい」「だるい」だけでなく、何ができなくなったのかを伝えると、休薬、減量、支持療法の追加などを判断しやすくなります。

症状が改善しない原因が、がんの進行なのか、副作用なのか、肝機能低下なのかを分けて考えることも必要です。検査結果が安定していても生活への負担が大きい場合には、薬の量や治療間隔を調整することがあります。

検査結果の説明で確認したいこと

治療効果の説明を受ける際には、腫瘍が小さくなったかだけでなく、肝臓内、リンパ節、遠隔転移のそれぞれがどう変化したかを確認します。

造影される活動性のある腫瘍部分が減っているか、新しい病変が現れていないか、肝機能は治療前と比べて保たれているかも重要です。

さらに、現在の治療を続ける利益は何か、増大している病変へ局所治療を加える余地があるか、どのような変化があれば次の治療へ移るのかを聞いておくと、その後の見通しを持ちやすくなります。

検査結果を「効いた」「効かなかった」の二つだけで捉えず、病気全体の制御、肝機能、症状、生活への影響を含めて理解することが、次の治療を判断するうえで大切です。

肝臓がんステージ4の生存率

肝臓がんステージ4の生存率を調べるときは、肝臓に発生するがん全体ではなく、肝細胞がんを対象とした病期別統計を確認する必要があります。

生存率には、診断から5年後の状況を示す5年生存率だけでなく、10年後の状況を示す10年生存率もあります。肝細胞がんは、がんそのものに加えて、背景にある肝硬変や慢性肝炎、治療後の再発なども長期的な経過へ影響するため、5年と10年の両方を見ることには意味があります。

ただし、現在公表されている5年と10年の数値は、同じ患者さんを5年後と10年後まで追跡して比較したものではありません。診断年、対象施設、患者集団が異なる別々の統計です。この違いを理解したうえで見る必要があります。

肝細胞がんのステージ別生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計」では、全国のがん診療連携拠点病院などから集めたデータを基に、肝細胞がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。

現在公表されている2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルと、2012年診断例の10年ネット・サバイバルは、次のとおりです。

病期 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 63.0% 36.3%
ステージ2 45.2% 21.6%
ステージ3 16.0% 7.1%
ステージ4 4.4% 1.9%

5年の数値と10年の数値は、診断年も対象患者も異なる別々の集計です。4.4%だった同じ患者集団が、その後10年目に1.9%まで低下したことを示す表ではありません。

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された患者さんを診断から5年間、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された別の患者さんを診断から10年間観察して算出しています。

したがって、表の横方向に数字を比較して「5年から10年の間に何%低下した」と計算することはできません。それぞれ、異なる年代の患者集団における5年後と10年後の傾向を示す数字として受け止めます。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルとは何を表す数字?

ネット・サバイバルは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、肝細胞がんだけが死亡原因になると仮定した場合の生存率を推計した指標です。

実際に診断された患者さんのうち何%が生存していたかを示す「実測生存率」とは異なります。高齢の患者さんが多いがんでは、心臓病、脳血管疾患、ほかの病気などによる死亡も起こるため、がんそのものによる影響を比較する目的でネット・サバイバルが用いられます。

たとえば、ステージ4の10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、2012年にステージ4と登録された患者さんのうち、実際に1.9%だけが10年後に生存していたという単純な意味ではありません。ほかの死因の影響を調整して算出された統計上の推計値です。

生存率を見るときには、実測生存率、相対生存率、ネット・サバイバルのどの指標が使われているかを確認する必要があります。異なる方法で計算された数字をそのまま比較することはできません。

現在のステージ4とは完全には一致しない

本記事では、現在の国立がん研究センターの一般向け情報に合わせ、UICC第8版を主な病期分類として説明しています。

一方、表の5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例を対象としています。院内がん登録でUICC第8版が使用されるようになったのは2018年診断例からです。

そのため、表に掲載したステージ4は、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんだけを集めた数字ではありません。以前の病期分類に基づいて登録された患者さんの統計です。

病期分類の版が異なるからといって、生存率の数字に意味がないわけではありません。進行した肝細胞がん全体の長期的な傾向を知るための参考にはなります。ただし、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんへ、4.4%や1.9%をそのまま個人の見通しとして当てはめることはできません。

参考:院内がん登録症例集計|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4A・4Bの生存率について

国立がん研究センターの院内がん登録生存率集計では、肝細胞がんの病期別生存率はステージ1~4まで公表されています。しかし、現在のUICC第8版に基づいて、ステージ4Aと4Bを分けた全国規模の5年・10年ネット・サバイバルは公表されていません。

したがって「UICC分類のステージ4Aの5年生存率は何%」「ステージ4Bの10年生存率は何%」という全国共通の数字を示すことはできません。病院や研究論文から4A・4B別の治療成績が報告されることはありますが、使用された病期分類、対象患者、肝機能、治療内容、診断された年代などが異なります。

日本肝癌研究会の第21回全国原発性肝癌追跡調査には、第16回から第21回までに新規登録された2000~2011年の症例を統合して算出した累積生存率が掲載されていますが、手術を受けられるほど病変の範囲、肝機能、全身状態などの条件が良かった患者さんだけを対象とした、強く選択された集団の数字となっているので注意が必要です。

公表値には現在の薬物療法が十分に反映されていない

5年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2014~2015年、10年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2012年に診断されています。その後、進行肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法など、当時は一般診療で使用されていなかった治療が導入されました。

現在使用されている薬物療法による長期的な治療成績は、この表へ十分には反映されていません。現在の治療によって、表の集計当時より長く病気を抑えられる患者さんがいる可能性があります。一方、新しい治療が増えたからといって、すべての患者さんが公表値より良好な経過をたどるとは限りません。主要な薬物療法は、肝機能と全身状態が比較的保たれている患者さんを中心に検討されます。

肝予備能が大きく低下している場合には、承認された薬があっても安全に使用できないことがあります。治療の進歩が見通しへどの程度影響するかは、現在の肝機能、病変の広がり、全身状態、治療への反応によって異なります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

ステージ4の5年ネット・サバイバルが4.4%、10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、現在ステージ4と診断された患者さん一人ひとりの生存可能性が、それぞれ正確に4.4%、1.9%であることを意味しません。

これらの統計には、肝機能が保たれていた患者さんと大きく低下していた患者さん、薬物療法を受けられた患者さんと受けられなかった患者さん、病変が限られていた患者さんと複数の臓器へ広がっていた患者さんが含まれています。また、診断時点から計算した統計であるため、すでに治療を受け、一定期間病気を抑えられている患者さんの、その時点から先の見通しとは異なります。

個人の見通しを考える際には、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、栄養状態、治療への反応などを確認します。治療後も肝機能と全身状態を保ち、次の治療へ進めるかどうかも、その後の見通しを左右します。

生存率は、肝細胞がんの病期による全体的な傾向を理解するための統計です。自分の余命を決める数字としてではなく、現在の病状と治療によって見通しがどのように変わる可能性があるかを、主治医へ確認するための参考情報として受け止める必要があります。

肝臓がんステージ4の余命はどのくらい?

肝臓がんステージ4と診断されても、余命を病期だけから一律に示すことはできません。

同じステージ4でも、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、治療への反応によって経過は異なります。肝細胞がんでは、がんの進行だけでなく、肝硬変や肝不全が生命へ影響することもあります。

前章で示した5年・10年ネット・サバイバルは、多数の患者さんを集計した長期的な統計です。一方、薬物療法の臨床試験では「全生存期間中央値」という指標が治療成績を示すために使われます。どちらも個人の余命を直接示す数字ではないため、意味を分けて理解する必要があります。

全生存期間中央値は余命の期限を示す数字ではない

全生存期間は、治療の開始や臨床試験への登録など、あらかじめ定められた時点から患者さんが生存していた期間を表します。

全生存期間中央値とは、対象となった患者さんの半数が生存していた時点です。たとえば、全生存期間中央値が16カ月だった場合、すべての患者さんが16カ月前後で亡くなったという意味ではありません。16カ月より前に亡くなった患者さんがいる一方、16カ月を超えて生存した患者さんもいます。治療が長く効き、数年以上生存する患者さんが含まれることもあります。

臨床試験の全生存期間は、通常、がんと診断された日ではなく、試験へ登録・無作為化された日などから計算されます。そのため、臨床試験で報告された中央値を「診断からの余命」として使用することはできません。

参考:Median overall survival|米国国立がん研究所(NCI)

一次治療の臨床試験では1年以上の中央値が報告されている

進行した切除不能肝細胞がんに対する一次薬物療法の臨床試験では、全生存期間中央値が1年を超える治療成績が報告されています。

HIMALAYA試験では、これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がん患者を対象に、デュルバルマブとトレメリムマブの併用療法とソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、デュルバルマブとトレメリムマブの併用群で16.4カ月、ソラフェニブ群で13.8カ月でした。

参考:最適使用推進ガイドライン(肝細胞癌)|PMDA

CheckMate 9DW試験では、全身薬物療法を受けたことのない切除不能肝細胞がん患者を対象に、ニボルマブとイピリムマブの併用療法と、レンバチニブまたはソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、ニボルマブとイピリムマブの併用群で23.7カ月、レンバチニブまたはソラフェニブ群で20.6カ月でした。

参考:Yau T, et al. Nivolumab plus ipilimumab versus lenvatinib or sorafenib as first-line treatment for unresectable hepatocellular carcinoma(CheckMate 9DW)

これらの結果は、切除不能肝細胞がんでも、薬物療法によって長期間生存する患者さんがいることを示しています。ただし、二つの試験は、患者背景、比較した治療、登録条件、観察期間が異なります。16.4カ月と23.7カ月を単純に比較して、数字が長い方の治療がすべての患者さんに優れていると判断することはできません。

臨床試験の数字はステージ4だけの成績ではない

HIMALAYA試験とCheckMate 9DW試験は、いずれも切除不能肝細胞がんを対象とした試験ですが、UICC分類のステージ4の患者さんだけを集めた試験ではありません。

切除不能となる理由には、リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍の数や位置、脈管侵襲、肝機能なども含まれます。そのため、試験で報告された全生存期間中央値を、そのまま「ステージ4の平均余命」と表現することはできません。また、主要な臨床試験では、肝機能が比較的保たれ、日常生活を自立して送れる患者さんが中心となっています。

CheckMate 9DW試験では、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア5または6で、ECOG(イーコグ)パフォーマンスステータス0または1の患者さんが主な対象でした。強い黄疸、調整しにくい腹水、繰り返す肝性脳症などがある患者さんへ、同じ中央値を当てはめることはできません。

臨床試験の数字を見る際には、自分の病期だけでなく、肝機能、全身状態、過去の治療歴が試験参加者とどの程度近いかを確認する必要があります。

肝臓内の病変が肝機能へ与える影響も確認する

ステージ4A・4Bの違いだけでは、病気の進行速度や見通しを十分に説明できません。

肝臓内の腫瘍量が多い場合や、主要な門脈・肝静脈へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能低下が進みやすくなることがあります。胆管が腫瘍によって塞がれれば黄疸が強くなり、食事や薬物療法の継続へ影響する場合もあります。これらはUICC分類におけるステージ4Aの定義ではありませんが、ステージとは別に見通しを左右する重要な要因です。

肝臓外の病変が比較的安定していても、肝臓内の腫瘍によって肝不全が進めば、抗がん治療を続けにくくなります。反対に、肝機能が保たれ、リンパ節転移や遠隔転移を薬物療法で長く抑えられていれば、ステージ4でも治療を継続できる場合があります。

見通しを考える際には、4A・4Bという病期名だけでなく、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどの程度進行し、治療によってどこまで制御されているかを確認します。

全身状態と栄養状態も治療を続けられるかに関わる

食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるかといった全身状態も、治療の効果と安全性に関係します。食欲低下や筋肉量の減少が続くと、感染症、転倒、寝たきりなどの危険が高まり、薬の副作用にも耐えにくくなることがあります。

ただし、全身状態が低下している原因が、すべてがんそのものとは限りません。痛み、腹水、下痢、吐き気、感染症、脱水などが原因であれば、それらを治療することで食事や活動量が改善し、抗がん治療を再開できる場合があります。

年齢だけで余命や治療の可否を判断することはできません。同じ年齢でも、肝機能、持病、栄養状態、日常生活の自立度には差があります。

治療を始めた後の反応によって見通しは変わる

診断時の検査だけで、その後の経過を正確に予測することは困難です。実際の見通しは、治療を始めた後の反応によって変化します。腫瘍が縮小する、造影される活動性部分が減る、AFPやPIVKA-IIが低下する、肝機能が安定するといった変化が続けば、診断時に想定されたよりも長く病気を抑えられる可能性があります。

画像上で大きな縮小がなくても、病勢安定が長く続き、肝機能と生活を保てていれば、治療による利益が得られていると考えられます。反対に、最初の治療中に複数の新しい転移が現れる、脈管侵襲が急速に広がる、肝機能や全身状態が低下するといった場合には、治療方針と見通しを見直します。

余命についての説明は、診断時に一度示されたら変わらないものではありません。治療効果、肝機能、症状の変化に応じて更新される見通しです。

次の治療へ進める状態を保てるかも見通しに影響する

進行肝細胞がんでは複数の薬物療法を選べますが、すべての患者さんがすべての薬を順番に使用できるわけではありません。

最初の治療後も肝機能と全身状態を保てていれば、別の薬物療法へ進める可能性があります。がんが進行する前に肝機能が大きく低下すれば、未使用の薬が残っていても安全に投与できないことがあります。そのため、現在の治療で最大限の腫瘍縮小を目指すことだけが、長く治療を続けるための方法とは限りません。

副作用が強い場合に早めに休薬や減量を行う、効果が乏しいTACEを繰り返さない、局所治療の範囲を必要な部分へ絞るなど、肝予備能を守ることも長期的な治療計画に含まれます。

現在の治療が効かなくなった場合に、次にどの治療を検討できるのか、その治療を受けるためにどの程度の肝機能を保つ必要があるのかを確認しておくことが大切です。

医師から余命を伝えられたときに確認したいこと

医師から「余命は数カ月程度」などと説明された場合には、その期間を確定した期限として受け取るのではなく、何を根拠に示された見通しなのかを確認します。

がんの進行が主な理由なのか、肝不全が強く影響しているのかによって、今後行える治療や症状への対応が異なります。その見通しが、抗がん治療を受ける場合を想定したものか、治療が難しい場合を想定したものかも確認します。

医師へは、次のような点を尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

  • がんの進行と肝機能低下のどちらが強く影響しているか
  • 示された期間にはどの程度の幅があるか
  • 治療が順調な場合と悪化した場合で見通しはどう変わるか
  • 感染症、脱水、腹水など改善できる問題が残っていないか
  • 現在受けられる抗がん治療や局所治療があるか
  • 今後起こる可能性のある症状と、連絡すべき変化は何か
  • 通院が難しくなった場合に利用できる在宅医療や緩和ケアはあるか

余命を尋ねることは、治療を諦めることではありません。治療の希望、仕事、家族との予定、療養場所、受けたい医療を考えるために必要な情報です。

統計上の生存率や臨床試験の中央値だけから、自分で余命を決めつけることはできません。現在の画像、肝機能、全身状態、治療への反応を把握している主治医と、病状の変化に応じて見通しを確認することが大切です。

肝機能が低下した場合の治療と緩和ケア

肝臓がんステージ4では、がんの進行、もともとの肝硬変、治療の影響などによって肝機能が低下することがあります。肝機能が低下すると、黄疸、腹水、むくみ、肝性脳症などが現れ、これまでの抗がん治療を続けにくくなる場合があります。

しかし、肝機能の悪化が直ちに治療の限界を意味するわけではありません。胆管閉塞、感染症、脱水、消化管出血、薬による肝障害など、治療によって改善できる原因が隠れていることがあります。血液検査や画像検査を行い、原因を確認してから治療方針を判断します。

腹水・黄疸などには原因に応じて対応する

腹水やむくみには、塩分摂取を調整しながら利尿薬を使用します。薬で十分に改善しない場合には、腹水穿刺や腹水濾過濃縮再静注法(CART)を検討することがあります。

利尿薬を強くしすぎると、脱水や腎機能低下を起こす可能性があります。体重、尿量、血圧、腎機能などを確認しながら調整します。腹水に加えて発熱や腹痛がある場合には、感染症の可能性があるため早めの受診が必要です。

黄疸は、肝臓全体の機能低下だけでなく、腫瘍によって胆管が塞がれることでも起こります。胆管閉塞が原因であれば、内視鏡などで胆汁の通り道を確保することで、黄疸が改善する場合があります。一方、肝臓全体の機能低下が原因の場合には、胆管の処置だけでは改善しません。

肝性脳症や静脈瘤出血には早い対応が必要

肝性脳症では、意識がもうろうとする前に、昼夜逆転、反応の遅れ、書字や計算の間違い、性格の変化などが現れることがあります。

治療では、腸内で有害物質が作られたり吸収されたりするのを抑える薬を使用します。便秘、脱水、感染症、消化管出血などが悪化のきっかけになっている場合には、その原因にも対応します。

また、肝硬変や門脈侵襲によって食道・胃静脈瘤ができ、破裂すると大量出血を起こす可能性があります。吐血や黒い便がある場合には、夜間や休日でも緊急受診が必要です。

参考:肝硬変診療ガイドライン|日本消化器病学会

肝機能が低下したときは抗がん治療の利益と負担を見直す

感染症、脱水、胆管閉塞、薬の副作用などが原因であれば、いったん抗がん治療を休み、原因を治療してから再開できる場合があります。一方、がんの進行や肝硬変によって肝機能の回復が難しい場合には、抗がん治療による利益よりも、肝不全や副作用の危険が大きくなることがあります。

治療を続けるかどうかは、検査値だけでは決まりません。肝機能低下の原因を改善できるか、治療によってがんを抑えられる可能性があるか、食事や歩行などの日常生活を保てているかを踏まえて判断します。

抗がん治療を休む、または終了することになっても、医療そのものが終わるわけではありません。腹水、痛み、吐き気、かゆみ、不眠などを和らげる治療は続けられます。

緩和ケアは抗がん治療と並行して受けられる

緩和ケアは、抗がん治療ができなくなった後だけに始めるものではありません。薬物療法やカテーテル治療を受けている時期から利用できます。

痛みや息苦しさ、腹部の張り、吐き気、食欲低下、不眠などの身体症状だけでなく、病気や家族、仕事、経済面への不安も相談できます。症状を早く整えることで、食事や睡眠を保ち、抗がん治療を続けやすくなる場合もあります。

通院が難しくなった場合には、訪問診療や訪問看護を利用し、自宅で症状の管理や薬の調整を受ける方法があります。自宅療養を選んでも、必要に応じて病院での処置や入院治療を受けることは可能です。治療の継続が難しい場合も、どの症状を改善できるか、緩和ケアや在宅医療をいつから利用できるかを主治医と相談することが大切です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4の最新治療と臨床試験

肝細胞がんの薬物療法は、この数年で免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が増え、治療の選択肢が広がっています。

国内で承認されている主な治療は「全身薬物療法」の章で説明したため、ここでは同じ薬を繰り返し紹介せず、現在研究されている治療と臨床試験を判断する際の注意点を解説します。

「最新治療」という言葉には、国内ですでに承認されている治療、臨床試験で効果を調べている治療、研究結果は発表されたものの承認されていない治療が混在しています。新しいという理由だけで、現在受けられる標準治療とは限りません。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

全身薬物療法と局所治療を組み合わせる研究

肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法と、TACEや放射線治療などの局所治療を組み合わせる研究が行われています。

薬物療法で病気全体を抑えながら、肝臓内で進行しやすい病変を局所的に治療することが主な目的です。ただし、どの患者さんに、どの順番で組み合わせれば長期的な利益が得られるかは、病状によって異なります。

LEAP-012試験では、レンバチニブとペムブロリズマブをTACEへ追加する治療が検討されました。無増悪生存期間中央値は併用群で14.6カ月、TACEのみの対照群で10.0カ月となり、病気の進行を遅らせる効果が示されましたが、その後の解析では、全生存期間について統計学的に有意な改善は確認されませんでした。重い副作用も併用群で多くみられており、進行を遅らせる効果だけでなく、生存期間、肝機能への負担、副作用を含めて評価する必要があります。

また、LEAP-012試験の対象は、遠隔転移がなく、TACEを行える肝細胞がんで、肝機能がChild-Pugh A、全身状態が比較的良好な患者さんです。UICC分類のステージ4を対象とした試験ではなく、ステージ4A・4Bの標準治療としてそのまま当てはめることはできません。

参考:LEAP-012試験|PubMed

薬を使う順番には未確立の部分が残っている

一次治療に使える併用療法は増えましたが、最初の治療が効かなくなった後に、どの薬を選ぶと最も効果的かは、十分に確立していない部分があります。

これまで二次治療の根拠となってきた臨床試験には、ソラフェニブを使用した後の患者さんを対象としたものが多くあります。一方、現在広く使われる免疫療法を含む併用療法後の治療順序については、実際の診療データや新しい臨床試験の結果を蓄積している段階です。

次の治療を選ぶときには、承認されている薬の一覧だけでなく、前の治療を効果不十分で変更するのか、副作用で中止したのか、肝機能と全身状態がどこまで保たれているかを確認します。新しい薬が発表されても、現在の治療で病気を抑えられている場合には、すぐに変更せず、将来の選択肢として残すこともあります。

臨床試験の探し方

臨床試験には、標準治療を受けた後の患者さんを対象とするものだけでなく、一次治療同士を比較する試験や、標準治療へ新しい薬を追加する試験、局所治療との組み合わせを調べる試験などがあります。

参加条件は、ステージだけでなく、肝機能、パフォーマンスステータス、脈管侵襲や肝外転移の状態、過去に使用した薬、感染症、自己免疫疾患などが細かく定められています。

国立がん研究センターの「がんの臨床試験を探す」では、がんの種類や薬の名前、地域などから国内の臨床試験を検索できます。ただし、掲載後に募集状況が変わっている可能性があるため、検索結果だけで参加できるとは判断せず、試験情報を主治医へ示して確認します。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

厚生労働省の臨床研究等提出・公開システム(jRCT)でも国内の臨床研究を検索できます。研究名や対象疾患だけでなく、現在の募集状況、実施施設、主な参加条件を確認します。

参考:臨床研究等提出・公開システム(jRCT)|厚生労働省

研究段階の治療と承認済み治療を区別する

学会や報道で良好な結果が発表されても、直ちに一般診療で受けられるとは限りません。

臨床試験で効果が示された後も、承認申請、PMDAによる審査、厚生労働大臣の承認などを経る必要があります。海外で承認された治療でも、日本では未承認または適応外となっている場合があります。

治療情報を見るときには、国内で承認されているのか、承認申請中なのか、臨床試験の段階なのかを分けて確認します。

自由診療で「最新の免疫療法」と説明される治療も、国内で承認された免疫チェックポイント阻害薬や、適切に管理された臨床試験と同じとは限りません。比較試験で効果が確認されているか、重い副作用へ対応できる体制があるか、標準治療を受ける機会を失わないかを確認する必要があります。

肝臓がんステージ4でよくある質問

治療はいつまで続きますか?

全身薬物療法は、あらかじめ終了回数が決まっているとは限りません。がんを抑えられ、副作用や肝機能への影響が許容できる間は継続することがあります。

画像上で病気が進行した場合、肝機能が悪化した場合、副作用を調整しても続けられない場合には、休薬、減量、別の治療への変更を検討します。治療開始時に、どのような結果なら継続し、どの変化があれば変更するのかを確認しておくことが大切です。

治療には入院が必要ですか?

点滴や内服による薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。一方、TACE、肝動注化学療法、手術などでは入院が必要です。

薬物療法でも、初回投与時、肝機能が不安定な場合、重い副作用や出血、感染症、肝性脳症などがある場合には入院を提案されることがあります。

仕事を続けながら治療できますか?

肝機能と全身状態が保たれ、副作用を調整できれば、仕事を続けながら治療を受けられる場合があります。

ただし、点滴後の倦怠感、下痢、手足の痛み、TACE後の発熱などによって、治療後の数日間に仕事が難しくなることがあります。治療前に退職を決めるのではなく、体調が変化する周期を確認し、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討します。

参考:がんと仕事|国立がん研究センター がん情報サービス

食事や飲酒で注意することはありますか?

ステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食品があるわけではありません。腹水やむくみがある場合には塩分の調整が必要になることがありますが、食欲や体重が低下している状態で厳しい食事制限を行うと、栄養や筋肉が不足する可能性があります。

現在の肝機能、腹水、腎機能、糖尿病などに合わせ、主治医や管理栄養士へ確認します。

肝細胞がんや肝硬変がある状態では、アルコールが残された肝機能へ負担をかける可能性があります。とくにアルコール性肝障害が背景にある場合には禁酒が基本です。「少量なら安全」と自己判断せず、主治医の指示に従います。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

健康食品やサプリメントが、肝臓がんを縮小させたり、標準治療の代わりになったりすることは証明されていません。

成分によっては肝障害を起こしたり、治療薬の効果や副作用へ影響したりする可能性があります。使用を希望する場合は、商品名だけでなく、成分と一日の摂取量が分かる容器や資料を医師・薬剤師へ見せて確認します。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

腹水が増えたらどうすればよいですか?

腹囲や体重が短期間で増えた、食事が取れないほどおなかが張る、横になると息苦しいといった場合には、腹水が増えている可能性があります。

利尿薬を自己判断で増減すると、脱水や腎機能低下を起こす危険があります。体重、尿量、むくみの変化を医療者へ伝え、薬の調整や腹水穿刺が必要か判断してもらいます。

発熱、腹痛、意識の変化を伴う場合には、腹水の感染や肝機能の急激な悪化も考えられるため、早めの受診が必要です。

どのような症状ならすぐ病院へ連絡すべきですか?

吐血や黒い便、急な意識の変化、けいれん、片側の手足の麻痺、強い息苦しさは、緊急性の高い症状です。

発熱を伴う腹痛、急速に増える腹水、黄疸の悪化、尿量の減少、強い下痢や嘔吐で水分を取れない場合も、予定された診察日まで待たずに相談します。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中または治療後に、空せき、息切れ、持続する下痢、強い倦怠感などが現れた場合は、軽く見えても免疫関連副作用の可能性があります。

具体的な体温や症状の連絡基準は治療によって異なるため、治療開始時に夜間・休日の連絡先とあわせて確認しておきます。

納得できる治療を選ぶための考え方

肝臓がんステージ4の治療は、病期だけでなく、肝機能、全身状態、これまでの治療、本人が大切にしたい生活によって変わります。「最も新しい治療」や「最も強い治療」を探すだけでなく、現在の治療が何を目指しているのかを確認することが出発点です。

主治医には、この治療で期待できる効果、治療を続ける条件、変更を考えるタイミング、次に残されている選択肢を尋ねてみましょう。腫瘍を縮小させることだけでなく、進行を抑えながら肝機能や日常生活を保つことも、治療の大切な目的になります。

説明を聞いても判断に迷う場合や、ほかの治療法がないか確認したい場合には、セカンドオピニオンを利用する方法があります。別の治療を見つけるためだけでなく、現在の方針に納得して治療を続けるためにも役立ちます。

まずは次の診察で「今の治療の目的は何か」「どの結果になれば治療を続けるのか」「効かなくなった場合に次の選択肢はあるか」の三つを確認してみてください。病状や希望は治療中にも変わるため、その都度話し合いながら、自分が納得できる選択を重ねていくことが大切です。

近年、がん治療や腫瘍の画像診断の分野では、ICG、IR783、IR780といった近赤外線の色素(近赤外線色素)が注目されています。

先日、当グループに「IR780よりIR783のほうが数字が大きいので、より新しく強い治療だと思ってIR783を選びました」とおっしゃる患者様がいらっしゃいました。

しかし、これらの数字は”強さ”を表すものではなく、それぞれ異なる特徴と目的を持った色素です。

本ページでは、ICG・IR783・IR780の違いと、それぞれの特徴について、できるだけわかりやすくご説明します。あわせて、当グループが取り組んでいるHEMIN含有IR780を用いた治療についてもご紹介します。

  • ICG・IR783・IR780は、数字の大小が”強さ”を表すものではなく、それぞれ目的の異なる色素です。
  • 大きな違いは「活性酸素を産生する力」と「がん細胞のどこに集まるか」にあります。
  • 当グループではIR780にHEMIN(ヘミン)を含有させ、低酸素環境にも対応する治療アプローチに取り組んでいます。

ICG・IR783・IR780とは

ICG(インドシアニングリーン)

ICGは、古くから医療で使われてきた近赤外線色素です。肝機能検査や血流の評価、手術中の蛍光ナビゲーションなどに広く使われており、安全性や臨床での使用実績が豊富であることが大きな特徴です。一方で、体内では比較的早く分解・排泄され、主に肝臓に集まりやすい傾向があります。がん細胞への選択性やミトコンドリアへの集まりやすさは、限定的とされています。

IR783

IR783は、ICGよりも腫瘍に集まりやすいとされる近赤外線色素で、主に腫瘍の画像化(イメージング)の分野で研究されています。一部のがん細胞で多くみられる有機アニオントランスポーター(OATP)を介して取り込まれることが報告されており、正常な組織よりもがんに集まりやすいことが期待されています。比較的扱いやすい色素ですが、光を当てたときの活性酸素の産生や発熱の働きは、IR780ほど強くないと考えられています。

IR780

IR780は、IR783と同じ系統の近赤外線色素ですが、より脂に溶けやすく(疎水性が高く)、細胞膜やミトコンドリアに集まりやすいことが特徴です。そのため光を当てたときに強い活性酸素の産生や発熱を起こしやすく、光線力学療法(PDT)や光温熱療法(PTT)、さらに超音波を組み合わせる音響力学療法(SDT)との相性が期待されています。特にミトコンドリアを標的とすることで、がん細胞への障害をより強く引き起こし、死滅につなげられる可能性が研究されています。

3つの色素の大きな違い

似ているように見える3つの色素ですが、大きな違いとして「活性酸素を産生する力」「がん細胞のどこに集まるか」があります。

ICGは、IR780やIR783と比べて活性酸素を産生する力が低いとする報告があり、条件によっては大きな差がみられたという研究もあります。IR780とIR783はいずれもICGより高い活性酸素の産生が期待されますが、集まる場所の違いによって効果に差が出る可能性があると考えられています。

特にIR780は、細胞のエネルギーを作るミトコンドリアに集まりやすいことが報告されており、その結果として、より強い細胞への障害につながる可能性が期待されています。

このように、ICG・IR783・IR780は「数字が大きいほど優れている」という関係ではなく、それぞれ目的や特徴が異なります。ICGは安全性と実績、IR783は腫瘍への集まりやすさと画像化の性能、IR780は治療効果とミトコンドリアを標的とする性質に、それぞれ特徴があると考えられています。

HEMIN含有IR780による新しいアプローチ

当グループでは、IR780にHEMIN(ヘミン)を含有させることで、より強いROS(活性酸素)の産生や、酸素の少ない環境(低酸素環境)への対応を目指した、多機能な治療アプローチに取り組んでいます。

HEMINには、酸素の少ない腫瘍の環境をやわらげ、活性酸素の産生を後押しする働きが報告されています。これにより、光線力学療法(PDT)の効果を高めることや、がん細胞の死滅につながる複数の仕組みを組み合わせることが期待されています。

また当グループでは、超音波を用いる音響力学療法(SDT)にもこの考え方を応用しています。超音波は光よりも体の深い部分まで届きやすいため、光が届きにくい体の深い部分のがんに対する選択肢としても、取り組みが進められています。

まとめ:数字ではなく、集まる場所と目的で選ぶ

ICG・IR783・IR780は「数字が大きいほど優れている」という関係ではなく、それぞれ異なる特徴を持つ近赤外線色素です。ICGは安全性と実績、IR783は腫瘍への集まりやすさと画像化の性能、IR780は治療効果とミトコンドリアを標的とする性質に特徴があると考えられています。

さらに近年は、HEMINを含有させたIR780によって、光線力学療法(PDT)だけでなく音響力学療法(SDT)への応用も期待されており、これまでの光による治療では難しかった深部の腫瘍への取り組みも進められています。

ただし、すべてのがんに行えるわけではありません。脳腫瘍のように薬剤が届きにくいがん種や、骨転移の部分のように薬剤が届きにくい部位では、効果が限定的になる可能性があります。腫瘍の種類・部位・深さによって適した方法は異なるため、標準治療との組み合わせや局所治療の限界もふまえて、慎重に検討していく必要があります。

がん中央クリニックグループでは、こうした治療が患者様の病状に合うかどうかを、標準治療の状況もふまえて検討し、適した選択肢をご提案します。ご関心のある方は一度ご相談ください。

本ページで紹介するHEMIN含有IR780を用いた治療は、公的医療保険が適用されない自由診療であり、国内で医薬品としての承認を受けていない未承認の治療を含みます。治療内容・費用・想定される副作用やリスクについては、診察時に十分にご説明します。効果には個人差があり、すべての方に同様の結果を保証するものではありません。

乳がんは、日本で年間10万人を超える人が新たに診断されているがんです。国立がん研究センターの統計によると、2023年には乳がんと診断された人が10万3,424人、そのうち女性は10万2,592人でした。また、2024年には1万6,005人が乳がんによって亡くなっています。女性にとって罹患する機会が多く、決して珍しい病気ではありません。

乳がんステージ4と診断されると「もう治療できないのではないか」「どのくらい生きられるのか」「完治する可能性はあるのか」と、不安を感じる人は少なくありません。ステージ4は、乳房やその周囲のリンパ節だけでなく、骨、肺、肝臓、脳など離れた場所へがんが広がった状態です。一般に根治は難しく、薬物療法によって病気の進行を抑えながら、症状を和らげ、できるだけ長く日常生活を保つことが治療の中心になります。

乳がん全体の5年相対生存率は92.3%ですが、この数字には早期に発見された患者さんが多く含まれています。遠隔転移のあるステージ4に限ると、2014~2015年に診断された患者さんの5年生存率は39.8%でした。ただし、39.8%という数字をそのまま個人の余命と考えることはできません。

乳がんステージ4には、骨だけに転移している人、肝臓や肺など複数の臓器へ転移している人、初めて乳がんと診断された時点で転移が見つかった人、過去の治療後に再発した人が含まれます。さらに、ホルモン受容体陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといったサブタイプによって、使用できる薬や治療成績も大きく異なります。

近年は、内分泌療法や抗HER2薬に加え、分子標的薬、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などの選択肢が増えています。一般には薬物療法によって病気の進行を抑え、症状を和らげながら生活を維持することが治療の中心ですが、サブタイプや転移部位に合った治療によって、長期間病気をコントロールできる患者さんもいます。

この記事では、乳がんステージ4とはどのような状態なのかを整理したうえで、サブタイプ別の薬物療法、骨・肺・肝臓・脳への転移に対する治療、生存率や余命の受け止め方、完治の可能性について解説します。統計の数字だけで将来を決めつけず、自分の病状に合った治療を考えるための参考にしてください。

参考:がん種別統計情報 乳房|国立がん研究センター がん情報サービス

  • 乳がんステージ4では、サブタイプに合った薬物療法が治療の中心
  • 骨、肺、肝臓、脳など、転移した部位によって症状と治療が異なる
  • 乳がんステージ4の5年生存率は39.8%(国立がん研究センター 2014~2015年診断例)

乳がんステージ4とは

乳がんステージ4とは、がん細胞が乳房や周囲のリンパ節を越え、骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器へ転移している状態です。医学的には「遠隔転移がある乳がん」とされ、乳房内の腫瘍の大きさや腋窩リンパ節転移の数にかかわらず、遠隔転移が確認されればステージ4に分類されます。

転移先にできた腫瘍は、転移した臓器そのもののがんではありません。たとえば、乳がんが骨へ転移した場合も「骨がん」ではなく、乳がん細胞による骨転移として扱います。そのため、治療を選ぶ際には、転移した臓器だけでなく、乳がんのホルモン受容体やHER2などの性質を確認する必要があります。

初めて診断された時点で転移がある場合と、治療後に再発する場合

乳がんステージ4には、最初に乳がんと診断された時点ですでに遠隔転移が見つかっている場合と、早期または局所進行乳がんの治療後に遠隔転移が見つかる場合があります。

前者は「初発ステージ4乳がん」、後者は「遠隔再発乳がん」や「転移再発乳がん」と呼ばれます。どちらも遠隔転移を伴う乳がんですが、これまで受けた治療や病気の経過が異なるため、治療の組み立ても同じではありません。

初発ステージ4では、これまで乳がんに対する薬物療法を受けていないことが多く、現在のサブタイプや転移の広がりを確認して、最初の治療を選びます。一方、再発乳がんでは、過去に使用した抗がん剤、内分泌療法、抗HER2薬、手術や放射線治療の内容が、次の治療選択に影響します。

再発までの期間も重要です。治療終了から長い期間がたって再発した場合と、治療中または治療終了後の早い段階で再発した場合とでは、同じ薬を再び使用できる可能性や、薬への抵抗性の考え方が異なります。

なお、早期乳がんとして治療を受けた後に遠隔転移が見つかっても、最初に診断された病期そのものを書き換えるというより、診療上は「再発・転移乳がん」として現在の病状を評価します。再発時には、転移部位、過去の治療歴、現在のサブタイプを改めて確認し、新たな治療方針を決めます。

乳がんが転移しやすい主な部位

乳がんの遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などにみられます。転移した場所によって現れやすい症状や緊急性が異なるため、「転移があるか」だけでなく、どこに、どの程度広がっているのかを確認することが大切です。

骨転移

骨転移は乳がんで比較的よくみられる転移の一つです。背中、腰、骨盤、肋骨、腕や脚などに持続する痛みが現れることがあります。骨が弱くなると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。

脊椎への転移によって神経が圧迫されると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。こうした症状は脊髄圧迫の可能性があるため、次の診察日を待たずに医療機関へ連絡する必要があります。

骨転移があっても、すぐに生命へ影響するとは限りません。薬物療法、骨を保護する薬、放射線治療などによって、痛みや骨折リスクを抑えながら長期間生活できる患者さんもいます。

肺・胸膜転移

肺転移では、病変が小さいうちは症状がないこともあります。病気が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れる場合があります。

肺を覆う胸膜へ転移して胸水がたまると、肺が十分に広がりにくくなり、息苦しさが強くなることがあります。症状がある場合には、薬物療法だけでなく、胸水を抜く処置や、胸水が再びたまりにくくする治療を検討します。

肝転移

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には自覚症状がみられないことがあります。病変が増えると、右上腹部の違和感、食欲低下、強い倦怠感、黄疸、腹水などが現れる場合があります。

肝機能が急速に低下している場合には、臓器の機能を守るため、腫瘍を早く縮小させる治療が必要になることがあります。治療の選択では、サブタイプだけでなく、肝機能や全身状態も重視されます。

脳転移

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉が出にくい、物が二重に見える、性格や意識状態の変化などが現れることがあります。

症状の出方は病変の場所によって異なります。新しい神経症状が現れた場合には、脳MRIなどで確認し、必要に応じて手術、定位放射線治療、全脳照射、薬物療法を組み合わせます。

皮膚や遠隔リンパ節への転移

乳房や胸壁の皮膚に、硬いしこり、赤み、潰瘍、出血、浸出液などが現れることがあります。鎖骨周囲や首、胸の内部、腹部など、乳房から離れたリンパ節へ転移する場合もあります。

皮膚病変は痛みや出血だけでなく、臭いや衣服の汚れによって外出や人との交流へ影響することがあります。薬物療法に加え、放射線治療や創傷ケアによって症状の軽減を目指します。

治療の順序

同じステージ4でも、病気の進み方には大きな幅があります。骨に限られた転移がゆっくり進行している患者さんと、肝臓や肺の機能が短期間で悪化している患者さんでは、治療の緊急性が異なります。

治療方針を決める際には、転移している臓器と病変の数、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓、肺、骨髄などの機能、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、過去に受けた治療とその効果、現在の日常生活と体力、本人が治療で優先したいことを総合して確認します。

とくに、肝臓や肺など生命維持に関わる臓器の機能が急速に悪化している場合には、一般的な治療の順序よりも、腫瘍を早く縮小させることを優先する場合があります。反対に、病気の進行が比較的緩やかで症状も少なければ、副作用を抑えながら長く続けられる治療を選択しやすくなります。

原発巣と転移巣のサブタイプ

乳がんでは、最初に乳房から採取したがん細胞と、後から見つかった転移巣とで、ホルモン受容体やHER2の検査結果が異なることがあります。

たとえば、以前はホルモン受容体陽性だった乳がんが、再発時には陰性となる場合や、HER2の評価が変わる場合があります。過去の病理結果だけで治療を決めると、現在の病気に合わない薬を選んでしまう可能性があるためです。

安全に採取できる転移巣があれば、再び組織を採取して現在のサブタイプを確認することがあります。再生検が難しい場合には、以前の病理結果、画像検査、病気の経過、血液を使った遺伝子検査などを組み合わせて判断します。転移性乳がんでは診断時の評価と治療方針を患者さんと共有して決めることが重視されています。

乳がんステージ4は、遠隔転移があるという共通点はあっても、転移部位、サブタイプ、過去の治療、病気の進行速度によって状態が大きく異なります。そのため、ステージ4という名称だけで治療内容や余命を判断することはできません。

乳がんステージ4でも治療を行う理由

乳がんステージ4は、一般に手術だけで病気をすべて取り除くことが難しい状態です。それでも治療を行うのは、がんの進行を抑えることで、生存期間を延ばし、痛みや息苦しさなどの症状を軽減しながら、日常生活をできるだけ長く保てる可能性があるためです。

治療の中心となるのは、乳房だけでなく全身のがん細胞へ作用する薬物療法です。ホルモン受容体やHER2などの性質に応じて、内分泌療法、分子標的薬、抗HER2薬、抗がん剤、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などを選びます。治療の効果が弱くなった場合には、病状やそれまでの治療歴を確認し、作用の異なる薬へ切り替えることがあります。

治療の中心は病気の進行をできるだけ長く抑えること

ステージ4では、画像で確認できる病変が複数の臓器に存在していることがあります。乳房や一つの転移巣だけを手術で取り除いても、ほかの場所に残っているがん細胞へは十分に対応できません。そのため、まずは全身に作用する薬物療法によって、病変全体を抑えることが基本になります。

治療によって腫瘍が小さくなる場合もあれば、大きさはあまり変わらなくても、一定期間進行せずに保たれる場合もあります。ステージ4の治療では、腫瘍を完全に消すことだけが効果ではありません。病気が広がる速度を遅らせ、臓器の機能を守りながら、次の治療へつなげることにも大きな意味があります。

乳がんでは、最初に使用した薬が効かなくなっても、別の仕組みを持つ薬へ変更できることがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんやHER2陽性乳がんでは、複数の治療を順番に使いながら、長期に病気をコントロールできる患者さんもいます。ただし、どの薬がどの程度効くかには個人差があり、サブタイプ、転移部位、過去の治療、全身状態によって治療の見通しは異なります。

症状を和らげ臓器の機能を守る

治療の目的は、生存期間を延ばすことだけではありません。骨転移による痛みや骨折、肺・胸膜転移による息苦しさ、肝転移による倦怠感や黄疸、脳転移による頭痛や麻痺などを抑えることも重要です。

たとえば、骨転移に対する放射線治療は、病変を完全に取り除くためではなく、痛みを軽くし、骨折や脊髄圧迫の危険を減らす目的で行われることがあります。胸水がたまって呼吸が苦しい場合には、胸水を抜く処置によって症状の改善を目指します。脳転移では、病変の数や大きさに応じて、手術や定位放射線治療、全脳照射などを組み合わせます。

このような治療は、がん全体を治すものではなくても、食事、睡眠、移動、仕事などの日常生活を保つうえで重要です。症状が強くなってから対応するより、軽い段階で医療者へ伝えた方が、重症化を防ぎやすい場合があります。

目標は日常生活を保ちながら治療を続けること

乳がんステージ4の治療は、数か月ではなく、年単位で続くことがあります。そのため、腫瘍を抑える効果だけでなく、副作用や通院頻度が生活へ与える影響も考えなければなりません。

効果が高い治療でも、強い倦怠感、下痢、白血球減少、しびれなどによって日常生活が大きく制限される場合があります。反対に、腫瘍を急速に縮小させる必要がない状況では、副作用が比較的少なく、長く続けやすい治療が選ばれることもあります。

治療方針を決める際には、次のような希望も医師へ伝えることが大切です。

  • 仕事や育児をできるだけ続けたい
  • 通院回数を減らしたい
  • 脱毛やしびれの影響を抑えたい
  • 痛みや息苦しさを優先して改善したい
  • 腫瘍を早く小さくする治療を希望したい

医学的に使用できる治療が複数ある場合には、治療効果だけでなく、患者さんが何を大切にしたいかも選択に影響します。転移性乳がんの診療では、医療者が一方的に治療を決めるのではなく、効果、副作用、通院方法、生活上の希望について話し合いながら方針を決めることが重視されています。

参考:患者さんのための乳がん診療ガイドライン|一般社団法人日本乳癌学会

手術や放射線治療を追加する場合

乳がんステージ4では薬物療法が中心ですが、手術や放射線治療を行わないわけではありません。乳房の腫瘍による出血、痛み、潰瘍、感染などがある場合には、症状を抑えるために手術や放射線治療を検討することがあります。

転移が一つまたは少数に限られている場合には、転移巣へ手術や定位放射線治療を行うこともあります。このような状態はオリゴ転移と呼ばれることがありますが、局所治療によってすべての患者さんが完治できるとは確立されていません。サブタイプ、病変の数や位置、ほかの部位への広がり、薬物療法への反応などを確認し、選択された患者さんで検討されます。

診断時から乳房の腫瘍と遠隔転移がある患者さんに対して、乳房の手術を先に行えば生存期間が延びるとは限りません。原発巣による強い症状がなければ、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。乳房の手術を行うかどうかは、症状、薬物療法の効果、転移の状態を踏まえて個別に判断します。

緩和ケアや支持療法も治療の一部

緩和ケアは、抗がん治療を終了した後だけに受ける医療ではありません。乳がんと診断された時点から、薬物療法や放射線治療と並行して受けることができます。国立がん研究センターも、乳がんでは診断時から心身のつらさを和らげる緩和ケアや支持療法を利用できると説明しています。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや吐き気、しびれ、食欲低下などへの対応だけでなく、不安、不眠、仕事、治療費、家族との関係も相談の対象です。副作用を我慢して体力を失うと、予定していた治療を続けられなくなることがあります。早い段階から症状を伝え、薬の量や治療間隔を調整することは、治療を長く続けるためにも重要です。

乳がんステージ4の治療では、がんを小さくすること、生存期間を延ばすこと、症状を和らげること、日常生活を守ることを同時に考えます。どれを優先するかは、病状によっても患者さんの希望によっても変わります。一度決めた目標が固定されるわけではなく、治療効果や体調の変化に応じて見直していきます。

乳がんステージ4の治療方針を決める検査

乳がんステージ4の検査では、単に「転移があるか」を確認するだけではありません。治療方針を決めるためには、主に次の3点を明らかにする必要があります。

1つ目は、がんがどの臓器へ、どの程度広がっているか。2つ目は、現在のがん細胞がホルモン受容体やHER2など、どのような性質を持っているか。3つ目は、肝臓や腎臓、骨髄などが治療に耐えられる状態かという点です。

乳がんでは、同じステージ4でもサブタイプや遺伝子の特徴によって使用できる薬が大きく変わります。そのため、画像検査だけでなく病理検査やバイオマーカー検査の結果が治療選択の中心になります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

画像検査の目的

乳がんの遠隔転移を調べる際には、造影CT検査が基本的な画像検査の一つになります。胸部や腹部などを撮影し、肺、胸膜、肝臓、リンパ節、骨などに病変がないかを確認します。

骨の痛みがある場合や骨転移が疑われる場合には、骨シンチグラフィー、CT、MRI、PET-CTなどを使用します。脊椎転移による脊髄圧迫が疑われるときにはMRIが重要です。足に力が入りにくい、急に歩きにくくなった、排尿や排便が難しくなったといった症状がある場合は、画像検査を急ぐ必要があります。

脳転移が疑われる場合には、造影MRIを行います。新しく現れた頭痛、けいれん、手足の麻痺、言葉の出にくさ、視覚の異常などが検査のきっかけになります。脳転移の症状がない患者さん全員へ、同じ頻度で脳MRIを行うわけではありません。サブタイプ、病状、症状などを踏まえて必要性を判断します。

PET-CTは全身の病変を確認するのに役立つことがありますが、すべての患者さんに必ず必要な検査ではありません。CTやMRIだけでは病変の性質を判断しにくい場合や、局所治療を検討するために全身の病変を詳しく確認したい場合など、検査の目的に応じて選択されます。

血液検査で分かること

血液検査では、白血球、赤血球、血小板などの血球数に加え、肝機能、腎機能、カルシウム値などを確認します。これらの数値は、病気が臓器へ与えている影響を調べるだけでなく、どの薬をどの程度の量で使用できるかを判断する材料になります。

たとえば、肝転移によって肝機能が低下している場合には、薬の種類や投与量を調整しなければならないことがあります。骨髄への転移や過去の治療の影響で血球数が低下していれば、治療を開始する前に原因を確認し、必要に応じて治療内容を変更します。

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。治療中に数値が低下すれば効果を考える参考になり、上昇が続けば病状の変化を疑う材料になります。ただし、腫瘍マーカーだけで治療効果や病気の進行を判断することはできません。がんが進行していても数値が上がらない患者さんがいる一方、がん以外の理由で上昇することもあるため、画像検査、症状、診察結果と併せて判断する必要があります。

転移巣の再生検でがんの性質を確認

過去に乳がんの手術を受け、その後に骨や肝臓、肺などの病変が見つかった場合には、可能であれば転移巣の一部を採取して病理検査を行います。これを再生検といいます。

再生検には、見つかった病変が本当に乳がんの転移なのかを確かめる意味があります。乳がんの治療後に別の臓器へ腫瘍が見つかっても、必ずしもすべてが乳がんの転移とは限らないためです。

もう一つの重要な目的は、現在のホルモン受容体とHER2の状態を調べ直すことです。乳がんは治療や時間の経過によって性質が変化することがあり、原発巣と転移巣で検査結果が一致しない場合があり、過去の病理結果だけをもとに治療すると、現在のがんに合わない薬を選んでしまう可能性があります。そのため、安全に組織を採取できる病変があれば、転移巣の再生検が検討されます。

ただし、脳や肺の奥深くなど、組織を採取する危険性が高い病変に無理な生検を行うわけではありません。骨転移では、組織の処理方法によって検査結果へ影響が出ることもあります。生検によって得られる情報と、出血や痛みなどの負担を比較して判断します。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

ホルモン受容体とHER2が治療の分かれ道

乳がんでは、採取した組織を使って、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2などを調べます。この結果によって、治療は大きく分かれます。

検査項目 検査で分かること 主な治療上の意味
ER・PgR 女性ホルモンの影響を受けて増殖するか 陽性なら内分泌療法が治療の中心になる
HER2 がん細胞がHER2をどの程度持つか 陽性なら抗HER2療法を検討する
Ki-67 細胞が増殖している程度 増殖の速さを考える参考にする
HER2の低発現 HER2陽性ではないものの、
少量のHER2が確認されるか
条件により一部の抗体薬物複合体の対象になる
PD-L1 免疫療法が効く可能性を判断する目印 主にトリプルネガティブ乳がんで治療選択に使う

ERまたはPgRのどちらかが陽性であれば、ホルモン受容体陽性乳がんとして内分泌療法を検討します。HER2陽性であれば、HER2を標的とする薬が治療の中心になります。ER、PgR、HER2がいずれも陰性の場合は、トリプルネガティブ乳がんに分類されます。

Ki-67は、がん細胞がどの程度活発に増殖しているかを示す参考値です。ただし、測定方法や評価のばらつきがあり、すべての患者さんに共通する明確な境界値があるわけではありません。Ki-67だけで抗がん剤の必要性や病気の進行速度を決めるのではなく、サブタイプ、転移部位、症状などと併せて判断します。

参考:ESMO「Clinical Practice Guidelines: Breast Cancer」

HER2検査

HER2検査では、まず免疫染色と呼ばれる方法で、がん細胞の表面にHER2タンパクがどの程度あるかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+で判断がつかない場合には、HER2遺伝子の増加を確認する追加検査を行います。

従来は、抗HER2療法を使える「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に大きく分けていました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、少量のHER2が確認されるHER2-lowやHER2-ultralowという評価が、一部の抗体薬物複合体を使用できるかどうかの判断に関係します。

ただし、HER2-lowは、ホルモン受容体陽性やトリプルネガティブと同じ意味での独立した病気の分類とは限りません。HER2の発現量を治療選択へ結び付けるための考え方であり、検査時期や採取した組織によって評価が変わることもあります。過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ書かれている場合には、IHCの具体的な点数を確認することがあります。

遺伝子やバイオマーカー検査

ステージ4乳がんでは、ホルモン受容体とHER2以外の検査結果が、二次治療以降の薬剤選択に関わることがあります。ただし、すべての検査を診断時に一度に行うわけではありません。サブタイプ、これまで受けた治療、病気が進行した時期に合わせて追加します。

検査する主な項目 主に関係する乳がん 治療上の意味
BRCA1・BRCA2 HER2陰性乳がんなど PARP阻害薬の候補になるかを判断する
PIK3CA・AKT1・PTEN HR陽性・HER2陰性 PI3K/AKT経路を標的とする治療の候補を判断する
ESR1 HR陽性・HER2陰性 内分泌療法への耐性と、次の内分泌治療を考える
PD-L1 トリプルネガティブ 免疫チェックポイント阻害薬の対象を判断する
NTRK融合遺伝子など サブタイプを問わず一部の患者 がん種を越えた分子標的薬の候補になる場合がある

BRCA1・BRCA2の検査には、がん細胞だけに起きた変化を調べる検査と、生まれつき持っている変化を血液などから調べる遺伝学的検査があります。生まれつきの病的な変化が見つかった場合には、本人の治療選択だけでなく、血縁者の乳がんや卵巣がんなどのリスクにも関係する可能性があります。そのため、検査前後に遺伝カウンセリングを提案されることがあります。

ESR1やPIK3CAなどの検査は、同じホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの中から、特定の治療が適する患者さんを見つける目的で行います。検査結果が陽性でも、すぐにその薬を使用するとは限りません。過去の治療内容、病気の進行状況、日本での承認条件などを確認して治療の順番を決めます。

参考:National Cancer Institute「BRCA Gene Changes: Cancer Risk and Genetic Testing」

血液を使った遺伝子検査(リキッドバイオプシー)

遺伝子変化を調べる方法には、転移巣から採取した組織を使う方法のほか、血液中へ流れ出したがん由来のDNAを調べる方法があります。後者はリキッドバイオプシーctDNA検査と呼ばれます。

採血だけで行えるため、転移巣の組織を採取しにくい場合や、治療中に新しく生じた遺伝子変化を調べたい場合に役立つことがあります。ESR1やPIK3CAなど、治療標的となる変化を探す目的で使用される場合があります。

一方、血液中へ十分ながん由来DNAが出ていない患者さんでは、実際には遺伝子変化があっても検出できないことがあります。血液検査で「変異なし」と判定されても、がん細胞に変異が存在しないと断定はできません。治療選択に重要な検査が陰性だった場合には、保存されている組織や新たに採取した組織で調べ直すことがあります。

がん遺伝子パネル検査の役割

がん遺伝子パネル検査は、多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる変化がないかを探す検査です。ER、PgR、HER2など、乳がんの治療開始前に行う基本的な検査とは役割が異なります。

標準治療の選択肢が少なくなった場合や、希少な遺伝子変化に対応する薬や治験を探す場合に検討されます。ただし、検査を受けても、治療へ直接つながる遺伝子変化が必ず見つかるわけではありません。候補となる薬が見つかっても、日本では未承認であったり、治験の参加条件に合わなかったりすることがあります。

そのため、検査を受ける前に、結果が出るまでの期間、自己負担、治療へつながる可能性、遺伝性腫瘍に関する情報が見つかる可能性について説明を受けます。

治療前に心臓や全身状態も確認

検査はがんの性質を調べるためだけに行うものではありません。治療による負担に体が耐えられるかを確認することも必要です。

抗HER2薬など、心臓の機能へ影響する可能性のある薬を使用する場合には、心臓超音波検査などで心機能を確認します。抗がん剤では血球数、肝機能、腎機能を確認し、骨を保護する薬を使用する場合には腎機能や歯の状態も確認します。

また、閉経前か閉経後かによって、ホルモン受容体陽性乳がんで使用する内分泌療法の組み合わせが変わります。閉経前の患者さんでは、卵巣からの女性ホルモン分泌を抑える治療が必要になることがあります。

治療方針を決める際には、検査結果だけでなく、年齢、持病、過去の副作用、現在の日常生活、本人の希望も含めて判断します。検査で使用可能と分かった薬が、必ずしもその患者さんにとって最初に選ぶべき治療とは限らないためです。

検査結果は定期的な見直しを行う

ステージ4乳がんの検査は、治療を始める前に一度行って終わりではありません。治療中は画像検査、血液検査、症状の変化を定期的に確認し、薬が効いているか、副作用が許容できる範囲かを評価します。

病変が大きくなった場合には、全身で進行しているのか、一部の病変だけが進行しているのかを確認します。一部だけが進行していれば、その病変へ放射線治療などを行い、現在の薬物療法を継続できることもあります。全身で進行していれば、バイオマーカーの再評価や次の薬への変更を検討します。

治療方針の説明を受ける際には、次の点を確認すると、検査結果と治療の関係を理解しやすくなります。

  • 現在のER、PgR、HER2の結果はどうなっているか
  • 過去の原発巣と転移巣で結果が変わっていないか
  • HER2のIHCスコアはいくつか
  • 今後必要になる遺伝子検査はあるか
  • 検査結果によって、どの薬が候補になるのか
  • 画像検査で最も注意すべき転移はどこか
  • 治療効果を何で、どの時期に判定するのか

検査結果を一つずつ理解する目的は、専門用語を覚えることではありません。自分の乳がんがどの治療に反応する可能性があり、現在の病状では何を優先すべきかを判断するためにあります。

乳がんステージ4の治療全体像

乳がんステージ4では薬物療法が治療の中心になります。手術や放射線治療も行われますが、主な役割は特定の病変による症状を軽くすることや、少数の転移を局所的に抑えることです。国立がん研究センターも、骨や肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法を原則とし、症状や臓器への影響に応じて転移部位への治療を追加すると説明しています。

治療は、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、転移した臓器、病気の進行速度、過去に使用した薬、現在の体力をもとに組み立てます。最初からすべての薬を同時に使用するのではなく、一つの治療で効果が得られ、副作用も許容できる間は継続し、効果が弱くなった場合や負担が大きくなった場合に次の治療へ変更するのが基本です。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

サブタイプ別の治療組み立て

乳がんステージ4の薬物療法は、大きく分けると次のように組み立てます。

乳がんの主なタイプ 治療の中心 治療選択で確認する主な点
ホルモン受容体陽性・HER2陰性 内分泌療法+分子標的薬 閉経前後、過去の内分泌療法、ESR1・PIK3CAなど
HER2陽性 抗HER2薬+抗がん剤など 過去に使った抗HER2薬、脳転移、心機能
トリプルネガティブ 抗がん剤、免疫療法、ADCなど PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤
HER2-low/ultralow 条件によりADC ホルモン受容体、HER2の発現量、治療歴

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がん

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、肝臓や肺などの機能が急速に悪化していなければ、内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が中心です。ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の増殖を長く抑えられる可能性があり、抗がん剤よりも生活への影響を抑えながら継続できる患者さんもいます。

HER2陽性乳がん

HER2陽性乳がんでは、HER2を狙う薬を抗がん剤などと組み合わせます。複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体があり、過去に使った治療や脳転移の有無を確認しながら、順番に使用します。HER2を標的とする薬の登場によって、HER2陽性転移性乳がんの治療は大きく変化してきました。

トリプルネガティブ乳がん

トリプルネガティブ乳がんでは、内分泌療法や通常の抗HER2療法は使用できません。抗がん剤が基本となりますが、PD-L1の条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されます。BRCA1/2の病的な変化があればPARP阻害薬、一定の治療後には抗体薬物複合体が候補になることもあります。

HER2-low/HER2-ultralow

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性には該当しないものの、がん細胞にわずかなHER2発現が確認される状態です。独立したサブタイプとして一律に治療を決めるのではなく、ホルモン受容体の状態やそれまでの治療歴と合わせて、一部の抗体薬物複合体を使えるかどうかを判断します。

参考:National Cancer Institute「Treatment of Breast Cancer by Stage」

病気の進行が速い場合

薬物療法を選ぶ際には、サブタイプだけでなく、治療をどれほど急ぐ必要があるかも重要です。

骨だけに限られた転移がゆっくり進み、自覚症状が少ない場合には、副作用を抑えながら長く継続できる治療を選びやすくなります。一方、肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が短期間で悪化している場合には、腫瘍を早く小さくできる可能性のある治療を優先します。

このように転移によって重要な臓器の機能が急速に損なわれる危険がある状態は「内臓クリーゼ」と呼ばれることがあります。単に肝臓や肺へ転移があるだけではなく、臓器機能が実際に悪化し、早急な対応が必要な状態を指します。

ホルモン受容体陽性乳がんであっても、内分泌療法の効果を待つ余裕がない場合には、抗がん剤など、より速い縮小効果を期待する治療を選ぶことがあります。治療の強さはステージだけで決めるのではなく、病気の進行速度と臓器の状態から判断します。転移性乳がんの抗がん剤治療では、病気の進行速度、持病、患者さんの希望などが治療選択に影響し、急速な進行や臓器機能への危険がある場合には併用療法が検討されることがあります。

閉経による治療方針の変化

ホルモン受容体陽性乳がんでは、閉経前か閉経後かによって治療の組み立てが異なります。

閉経後は、主に副腎や脂肪組織などで作られる女性ホルモンを抑える治療を選びます。閉経前は卵巣から多くの女性ホルモンが分泌されているため、内分泌療法や分子標的薬の効果を得るには、注射薬などで卵巣機能を抑える治療を組み合わせる必要があります。

閉経前の患者さんでも、卵巣機能を抑えたうえで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法や分子標的薬を使用できる場合があります。月経が止まっていても、抗がん剤や年齢の影響による一時的な変化の可能性があるため、年齢や血液検査などをもとに閉経状態を確認します。

薬の変更について

ステージ4乳がんでは、現在の治療が効いているかを、症状、血液検査、画像検査などから定期的に確認します。腫瘍が縮小していなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、治療効果が得られていると判断することがあります。

治療を変更する主な理由は、病変が明らかに増えた場合、新しい転移が現れた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、または副作用によって治療を続ける利益より負担が大きくなった場合です。

腫瘍マーカーが上昇しただけで、直ちに薬を変更するとは限りません。測定値には変動があり、がん以外の影響を受けることもあるためです。画像検査や症状が安定している場合には、数値の推移を見ながら次の検査まで治療を続けることもあります。

反対に、画像上の変化が小さくても、痛みや息苦しさが強くなり、生活が大きく制限されている場合には、治療内容を見直す必要があります。検査結果だけでなく、患者さんが実際に感じている症状や生活への影響も治療効果を判断する材料です。

一部の病変だけが進行した場合

薬物療法によって大部分の病変が抑えられていても、一つまたは少数の病変だけが大きくなる場合があります。これを「オリゴプログレッション」と呼ぶことがあります。

たとえば、全身の病変は安定しているものの、骨や脳の一部だけが進行した場合には、その病変へ放射線治療や手術を行い、現在の薬物療法を継続できることがあります。効果が続いている薬をすぐにすべて変更せず、進行した場所だけを局所的に治療する考え方です。

ただし、複数の臓器で病変が増えている場合には、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

手術の目的

診断時から遠隔転移がある初発ステージ4乳がんでは、乳房の腫瘍を手術しても、すでに全身へ広がったがん細胞をすべて取り除くことはできません。そのため、乳房に強い症状がなければ、まず薬物療法を行うことが一般的です。

乳房の腫瘍によって出血、痛み、感染、潰瘍、強い臭いなどが生じている場合には、生活の負担を軽減する目的で手術や放射線治療を検討します。また、薬物療法によって全身の病変が長期間安定し、転移がごく限られている患者さんでは、乳房や転移巣への局所治療について個別に検討されることもあります。

一方、症状のない初発ステージ4乳がんに対し、乳房の手術を早期に加えても、薬物療法だけの場合と比べて全生存期間が延びなかった臨床試験があります。乳房の病変自体は抑えやすくなりましたが、手術をすべての患者さんへ行う根拠にはなっていません。

参考:To Operate or Not in De Novo Stage IV Breast Cancer: Is That Still a Question? | ACS

放射線治療の目的

放射線治療は、骨転移の痛み、骨折や脊髄圧迫の危険、脳転移、乳房や胸壁からの出血などを抑える目的で行われます。

全身へ作用する薬物療法とは異なり、放射線治療は照射した範囲の病変を局所的に抑える治療です。全身の病気を一度に治療することはできませんが、痛みや神経症状を改善し、歩行や睡眠などの日常生活を保つために重要な役割があります。骨、肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法が原則ですが、症状や全身状態への影響がある場合には、転移した臓器への治療が併用されます。

緩和ケア・支持療法は薬物療法と同時に行う

薬物療法を続けるためには、吐き気、下痢、白血球減少、しびれ、関節痛などの副作用を適切に管理する必要があります。副作用が強い場合には、予防薬や治療薬を追加するほか、投与量を減らす、治療間隔を延ばす、原因となる薬だけを休むといった調整を行います。

薬の量を減らすことは、治療を諦めることではありません。限界まで副作用を我慢して体力を失うよりも、生活を維持できる量へ調整し、治療を継続する方が適している場合があります。

緩和ケアや支持療法は終末期だけの医療ではなく、がんと診断された時点から薬物療法などと並行して受けられます。体の症状だけでなく、不安、仕事、家族、経済的な問題も相談の対象です。

乳がんステージ4の治療は、「最も新しい薬」や「最も強い薬」を一度選べば終わるものではありません。サブタイプ、臓器の状態、過去の治療、副作用、生活上の希望を確認し、その時点で利益が期待できる治療を選び直していきます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの治療

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは、がん細胞がエストロゲンなどの女性ホルモンを利用して増殖するタイプです。ステージ4であっても、肝臓や肺の機能が急速に悪化している状態でなければ、最初から抗がん剤を使うのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬を組み合わせる治療が中心になります。

内分泌療法は、抗がん剤のように細胞を直接攻撃するのではなく、女性ホルモンの作用を抑えることで乳がんの増殖を遅らせる治療です。効果が得られれば、外来で治療を続けながら仕事や家事を維持できる患者さんもいます。ただし、副作用がない治療ではなく、ほてり、関節痛、倦怠感などが生活へ影響することもあります。

内分泌療法で使用する薬

内分泌療法は、女性ホルモンの作られ方や、がん細胞がホルモンを受け取る仕組みに作用します。

内分泌療法の種類 主な働き 主に注意すること
アロマターゼ阻害薬 閉経後に体内で作られるエストロゲンを減らす 関節痛、骨密度低下、ほてり
選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD) がん細胞のエストロゲン受容体を減らす 注射部位の痛み、吐き気、倦怠感など
選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM) エストロゲンが受容体へ結合するのを妨げる 血栓症、ほてりなど
卵巣機能抑制療法 閉経前の卵巣からのホルモン分泌を抑える 更年期症状、骨密度低下

どの薬を選ぶかは、閉経前か閉経後か、過去に受けた内分泌療法、治療終了から再発までの期間によって変わります。閉経前や閉経期の患者さんでは、卵巣機能を抑える注射などを組み合わせたうえで、内分泌療法を行うことがあります。

CDK4/6阻害薬との組み合わせ

CDK4/6阻害薬は、がん細胞が分裂するときに使う仕組みを抑える分子標的薬です。内分泌療法だけで治療する場合と比べ、病気が進行するまでの期間や生存期間を延ばす効果が示されており、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がんにおける基本的な治療の一つとなっています。国内では、パルボシクリブやアベマシクリブなどが内分泌療法と組み合わせて使用されます。

CDK4/6阻害薬はいずれも内服薬ですが、副作用の現れ方は同じではありません。白血球、とくに好中球が減少しやすい薬もあれば、下痢が起こりやすい薬もあります。肝機能異常、倦怠感、食欲低下などがみられることもあるため、定期的な血液検査が必要です。

発熱や悪寒がある場合には、好中球減少による感染症の可能性があります。下痢が続く場合も、脱水によって体力を失う前に連絡することが大切です。薬の量を減らしたり、一時的に休薬したりしても、治療の失敗を意味するわけではありません。副作用を抑え、効果のある治療を長く続けるための調整です。

閉経前の治療について

閉経前の患者さんは卵巣からエストロゲンが分泌されているため、アロマターゼ阻害薬などを単独で使用しても十分な効果が得られません。卵巣機能を抑える注射や、卵巣を手術で摘出する方法を組み合わせることで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法を受けられる場合があります。

卵巣機能を抑えると、ほてり、発汗、気分の変化、膣の乾燥、骨密度低下など、急な更年期症状が現れることがあります。若い患者さんでは、治療が仕事、性生活、将来の妊娠への希望に与える影響も大きいため、症状だけでなく生活上の悩みも医療者へ相談することが重要です。

病状が急速に悪化している場合

ホルモン受容体陽性であっても、すべての患者さんに内分泌療法を優先するわけではありません。肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が急速に悪化している場合には、内分泌療法の効果を待つ時間がないことがあります。

このように、転移によって重要な臓器の機能が差し迫って損なわれる状態では、腫瘍を早く縮小させる目的で、抗がん剤や抗体薬物複合体などを検討します。単に肝臓や肺へ転移しているという理由だけで抗がん剤が必要になるのではなく、臓器機能がどの程度悪化しているかが判断の基準になります。

内分泌療法が効かなくなる理由

内分泌療法によって病気を抑えられていても、時間の経過とともに、がん細胞が薬の影響を受けにくくなることがあります。これを内分泌療法への耐性と呼びます。

耐性が生じる仕組みの一つが、ESR1という遺伝子の変化です。ESR1はエストロゲン受容体に関係する遺伝子で、変異が生じると、女性ホルモンが少ない環境でもがん細胞が増殖しやすくなることがあります。このほか、PIK3CA、AKT1、PTENなどの変化が、治療選択へ関係する場合があります。

検査結果 治療上の主な意味
ESR1変異 別の仕組みで受容体へ作用する内分泌療法を検討する
PIK3CA変異 PI3K経路を標的とする薬が候補になる場合がある
AKT1変異・PTEN異常 AKT経路を標的とする薬が候補になる場合がある
BRCA1/2病的バリアント PARP阻害薬が候補になる場合がある
HER2-low/ultralow 治療歴などの条件によりADCが候補になる

検査結果が陽性でも、直ちに対応する薬を使用するとは限りません。これまで受けた治療、症状、転移部位、日本で承認されている使用条件を確認して、治療の順番を決めます。

ESR1変異に対する新しい治療法

従来は、画像検査で病気の進行を確認してから次の内分泌療法へ変更するのが一般的でした。しかし、血液中のがん由来DNAを定期的に調べることで、画像上は病気が進行していない段階からESR1変異を検出できる場合があります。

2026年には国内でも、アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬による一次治療を一定期間受け、ctDNA検査でESR1変異が確認された患者さんに対し、画像上の進行前にアロマターゼ阻害薬から経口SERDのカミゼストラントへ切り替え、CDK4/6阻害薬を継続する治療が承認されています。対象条件は細かく定められており、すべてのホルモン受容体陽性乳がんに行う検査や治療ではありません。

この治療は、腫瘍が大きくなってから薬を変更するだけでなく、耐性の兆候を血液検査で見つけ、早い段階で治療を調整する考え方を示しています。ただし、ctDNA検査が陰性でもESR1変異が絶対にないとは断定できず、検査の時期や病変量によって結果が変わることがあります。

参考:PMDA「カミゼストラント(エトカマ錠)適正使用ガイド」

病気が進行した場合

最初の内分泌療法とCDK4/6阻害薬で病気が進行した場合でも、臓器機能が安定していれば、別の内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が候補になります。

ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果や、過去に使用した薬を確認し、作用の異なる内分泌療法へ切り替えます。遺伝子変化に対応する薬がない場合でも、mTORという経路を抑える薬を内分泌療法へ組み合わせる方法などがあります。NCIも、ホルモン受容体陽性乳がんに対し、CDK4/6阻害薬、PI3K経路を標的とする薬、mTOR阻害薬などを内分泌療法と組み合わせる治療を示しています。

内分泌療法を変更しても短期間で進行を繰り返す場合、肝臓や肺などの機能に影響が出ている場合、内分泌療法の効果を期待しにくいと判断された場合には、抗がん剤や抗体薬物複合体へ切り替えます。

生活への影響も確認

内分泌療法は、抗がん剤より負担が軽い治療として説明されることがありますが、関節痛、ほてり、倦怠感、不眠、気分の落ち込み、膣の乾燥などが毎日続けば、仕事や外出、性生活へ影響します。CDK4/6阻害薬による下痢や血球減少も、生活の予定を立てにくくする原因になります。

症状が軽く見えても、長期間我慢すれば治療継続が難しくなることがあります。服薬時間の調整、鎮痛薬や下痢止めの使用、運動、休薬や減量などによって負担を減らせる場合があるため、診察では検査数値だけでなく、日常生活で困っていることも具体的に伝えます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法を一つ使って終わるのではなく、CDK4/6阻害薬や遺伝子変化に対応する薬を組み合わせながら、複数の治療を順番に使用します。抗がん剤へ切り替える時期も一律ではなく、内分泌療法への反応、転移した臓器、病気の進行速度、生活への負担を合わせて判断します。

HER2陽性乳がんの治療

HER2陽性乳がんは、がん細胞の表面にHER2というタンパク質が多く発現し、その働きを利用して増殖するタイプです。以前は進行が比較的速い乳がんと考えられていましたが、HER2を狙う薬が複数登場したことで、治療を順番に使用しながら長期間病気を抑えられる患者さんも増えています。

ステージ4では、抗HER2薬を治療の中心とし、抗がん剤や内分泌療法を組み合わせます。どの薬から始めるかは、過去に受けた抗HER2療法、治療終了から再発までの期間、脳転移の有無、心臓や肺の状態などによって変わります。

抗HER2薬の種類

HER2陽性乳がんに使われる薬は、同じHER2を標的としていても、作用の仕組みが異なります。

治療の種類 主な働き 主に注意すること
抗HER2抗体薬 がん細胞表面のHER2へ結合し、増殖の信号を抑える 心機能低下、点滴・注射時の反応
抗体薬物複合体(ADC) HER2を目印として、抗がん剤成分をがん細胞へ届ける 間質性肺疾患、吐き気、骨髄抑制など
HER2チロシンキナーゼ阻害薬 がん細胞内部のHER2の信号を抑える 下痢、肝機能障害、薬の飲み合わせなど
抗がん剤との併用 抗HER2薬と異なる仕組みでがん細胞を攻撃する 脱毛、白血球減少、しびれ、手足症候群など

治療名を覚えることよりも、現在使用している薬がどの種類で、どの副作用へ注意すべきかを把握することが大切です。

参考:ESMO Living Guideline「HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

HER2陽性乳がんの一次治療

これまで進行・再発乳がんに対する抗HER2療法を受けていない患者さんでは、一般にトラスツズマブとペルツズマブという2種類の抗HER2抗体薬へ、タキサン系抗がん剤を組み合わせる治療が検討されます。HER2の異なる部分へ作用する2剤を併用し、抗がん剤とともに腫瘍を抑える治療です。

ただし、術前・術後治療で同じ薬を使用していた患者さんや、治療終了後の早い時期に再発した患者さんでは、別の治療から始めることがあります。一次治療は「ステージ4で最初に使う薬」という意味であり、過去の乳がん治療を含めて初めて使う薬とは限りません。

抗がん剤は、腫瘍の縮小と副作用の状態を見ながら、一定期間後に中止する場合があります。その後も効果が続いていれば、抗HER2薬を維持療法として継続します。抗がん剤を外すことは治療の終了ではなく、しびれや白血球減少などの負担を抑えながら、HER2を標的とする治療を続けるための調整です。

トラスツズマブとペルツズマブには、それぞれを点滴する方法のほか、両剤を一つにまとめた皮下注射製剤もあります。皮下注射製剤は抗体の働きが異なる治療ではなく、投与方法を簡略化したものです。通院時の投与時間や患者さんの希望、施設の体制を踏まえて選択します。

ホルモン受容体が陽性の場合

HER2陽性乳がんの中にも、ホルモン受容体陽性の患者さんがいます。この場合は、抗HER2療法に加え、内分泌療法を利用できる可能性があります。

腫瘍を早く縮小させる必要がある時期には、抗HER2薬と抗がん剤を組み合わせる治療が中心です。抗がん剤を終了した後の維持療法として、抗HER2薬と内分泌療法を続けることがあります。

病気の進行が緩やかで抗がん剤による負担を避けたい患者さんでは、抗HER2薬と内分泌療法を組み合わせる方法が検討される場合もあります。ただし、肝臓や肺の機能が急速に悪化している場合には、縮小効果を優先するため、抗がん剤を含む治療が必要です。

HER2陽性乳がんの二次治療

一次治療後に病気が進行した場合には、トラスツズマブ デルクステカンという抗体薬物複合体が重要な治療候補になります。HER2へ結合する抗体に抗がん剤成分をつなぎ、がん細胞へ薬を届ける仕組みを持っています。

2026年7月時点の国内電子添文では、化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がんが対象とされ、トラスツズマブとタキサン系抗がん剤の治療歴がない患者に対する有効性と安全性は確立していないと記載されています。そのため、国内では過去の治療歴を確認したうえで使用します。

この薬では、吐き気、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や赤血球の減少などがみられます。なかでも特に注意が必要なのが間質性肺疾患です。初期には、乾いた咳、息切れ、発熱、酸素飽和度の低下などが現れます。症状が軽くても、次の診察日まで様子を見るのではなく、速やかに治療施設へ連絡する必要があります。

国内電子添文では、治療開始前に胸部CTと問診を行い、治療中も症状や画像を確認することが求められています。間質性肺疾患は重症化すると命に関わるため、早い段階で薬を中止し、必要な治療を開始することが重要です。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)点滴静注用100mg 電子添文」

トラスツズマブ デルクステカン後の治療候補

トラスツズマブ デルクステカンの効果が弱くなった場合にも、過去の治療歴や脳転移の有無に応じて、別の抗HER2療法を検討します。

2026年には日本でも、ツカチニブ、トラスツズマブ、カペシタビンを組み合わせる治療が使用できるようになりました。ツカチニブはHER2の細胞内の働きを抑える内服薬で、国内では「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がん」が適応です。単独では使用せず、トラスツズマブとカペシタビンを併用します。

ツカチニブを含む治療は、脳転移のある患者さんでも候補になります。脳転移を手術や放射線治療で局所的に抑える必要があるかを確認しながら、脳以外の病変を含めた全身治療を組み立てます。

副作用としては、下痢、肝機能障害、カペシタビンによる手足症候群などへ注意が必要です。ツカチニブにはほかの薬の血中濃度へ影響する作用もあるため、処方薬だけでなく、市販薬や健康食品を含めて医師や薬剤師へ伝えます。国内では2026年4月に販売が開始された新しい選択肢であり、使用する順序はそれまでの治療と病状から個別に判断します。

参考:PMDA「ツカイザ錠(一般名:ツカチニブ エタノール付加物)50mg/150mg 適正使用ガイド」

このほか、トラスツズマブ エムタンシンと呼ばれる別の抗体薬物複合体や、抗HER2薬とほかの抗がん剤を組み合わせる方法などがあります。トラスツズマブ デルクステカンを使用できない場合や、副作用、過去の治療歴によっては、より早い段階で候補になることもあります。ESMOのガイドラインでも、トラスツズマブ デルクステカンを使用できない場合には、トラスツズマブ エムタンシンを二次治療の選択肢としています。

参考:ESMO Living Guideline「HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

脳転移がある場合

HER2陽性乳がんでは、治療経過中に脳転移が問題となることがあります。脳転移が見つかったからといって、全身の薬物療法をすべて中止するとは限りません。

頭痛、麻痺、けいれんなどの症状がある場合や、大きな病変によって脳が圧迫されている場合には、手術や定位放射線治療などの局所治療を優先します。脳以外の病変が現在の薬で抑えられていれば、脳転移だけを局所治療し、同じ全身治療を続けることもあります。ESMOも、局所治療が必要な活動性脳転移では手術や放射線治療を検討し、脳以外で進行していなければ現在の全身治療を続ける考え方を示しています。

脳転移が複数ある場合や、局所治療後にも病変が進行する場合には、脳内の病変にも効果を期待できる抗HER2療法を選びます。トラスツズマブ デルクステカンやツカチニブを含む治療などが候補になりますが、病変の大きさ、症状、過去の放射線治療、脳以外の病状を含めて判断します。

脳転移の詳しい治療については、後の「脳転移・肝転移・肺転移への治療」の章で解説します。

抗HER2療法では心機能を確認

トラスツズマブやペルツズマブなどの抗HER2薬は、心臓が血液を送り出す機能を低下させることがあります。そのため、治療前と治療中に心臓超音波検査などを行い、左室駆出率と呼ばれる心機能の指標を確認します。

心機能が低下しても自覚症状がない場合があります。動いたときの息切れ、むくみ、急な体重増加、横になると息苦しいといった症状があれば、心不全の可能性もあるため医療者へ伝えます。

心機能が低下した場合には、抗HER2薬を一時的に休み、循環器内科と連携して治療を行うことがあります。数値が回復すれば再開できる場合もあり、心機能の変化だけで抗HER2療法を永久に中止するとは限りません。

副作用の調整について

HER2陽性乳がんでは、抗HER2療法を長期間続けることがあります。そのため、腫瘍の縮小効果だけでなく、毎日の生活へ与える負担も考える必要があります。

点滴日の吐き気や倦怠感、下痢、しびれ、脱毛、皮膚症状などが仕事や家事へ影響することがあります。薬によっては、抗がん剤だけを終了して抗HER2薬を継続したり、投与量を減らしたり、治療間隔を調整したりできます。

副作用を医師へ伝えることは、治療を中止するためではありません。症状が軽いうちに対応することで、効果のある治療を継続しやすくなります。診察では、検査結果だけでなく、食事、睡眠、仕事、外出がどの程度できているかも伝えることが大切です。

一次治療の選択肢は今後変わる可能性がある

HER2陽性乳がんの治療は変化が速く、一次治療や二次治療の位置付けが今後変わる可能性があります。

トラスツズマブ デルクステカンとペルツズマブを組み合わせ、HER2陽性の進行・転移性乳がんへ一次治療から使用する方法も開発されています。日本では2025年10月に適応追加の申請が行われましたが、2026年7月時点の国内電子添文には、一次治療としての適応は記載されていません。したがって、海外の承認情報や臨床試験の結果だけを見て、日本でもすでに保険診療として受けられると判断しないことが重要です。

参考:第一三共「トラスツズマブ デルクステカン+ペルツズマブの国内一部変更承認申請」

HER2陽性乳がんでは、最初の抗HER2療法が効かなくなっても、抗体薬物複合体や内服のHER2阻害薬など、異なる仕組みを持つ治療へ進める可能性があります。過去に使った薬、脳転移、心臓や肺の状態、副作用を確認しながら、抗HER2療法を途切れさせずに次の治療を組み立てていくことが基本です。

HER2-low/HER2-ultralow乳がんの治療

乳がんは長く、HER2を多く発現する「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に分けて治療されてきました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、がん細胞の表面に少量のHER2が確認される患者さんに対し、HER2を目印とする抗体薬物複合体を使用できる場合があります。

この治療選択に使われる分類が「HER2-low(HER2低発現)」と「HER2-ultralow(HER2超低発現)」です。HER2陽性乳がんとは使用する薬の順序や治療の考え方が異なり、ホルモン受容体の状態や過去の治療歴を含めて適応を判断します。

HER2の検査結果

HER2は、乳がん組織を免疫染色するIHC検査で、がん細胞の表面にタンパク質がどの程度発現しているかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+の場合にはISH検査を追加してHER2遺伝子の増幅を確認します。

HER2検査の結果 一般的な分類  治療上の主な意味
IHC 3+  HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 2+かつISH陽性 HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性 HER2-low 条件を満たせば抗HER2抗体薬物複合体が候補になる
IHC 0のうち、ごく弱い不完全な膜染色がある HER2-ultralow ホルモン受容体陽性などの条件を満たせば治療候補になる
IHC 0で膜染色が確認されない HER2発現なし HER2-low/ultralowを対象とする治療の対象にはならない

参考:HER2病理診断ガイドライン|一般社団法人日本乳癌学会

HER2-lowは、IHC 1+またはIHC 2+かつISH陰性と定義されます。HER2-ultralowはIHC 0に分類される中でも、腫瘍細胞の一部にごく弱い膜染色が確認される状態です。日本の電子添文では、HER2-ultralowについて「腫瘍細胞の10%以下に、かすかな、またはかろうじて認識できる不完全な膜染色がある状態」とされています。

HER2-lowはHER2陽性乳がんと同じ病気ではない

HER2-lowやHER2-ultralowという言葉から、「HER2陽性乳がんの軽いタイプ」と考える人もいるかもしれません。しかし、これらは従来のHER2陽性乳がんとは異なります。

HER2陽性乳がんでは、HER2ががん細胞の増殖を強く促すため、トラスツズマブやペルツズマブなど、HER2の働きを抑える治療が中心になります。一方、HER2-lowやHER2-ultralowでは、HER2そのものが病気を大きく動かしているとは限りません。

この分類は、HER2をがん細胞へ薬を届けるための「目印」として利用できるかを判断する意味が強いものです。そのため、HER2-lowやHER2-ultralowを独立した乳がんのサブタイプとして治療するのではなく、ホルモン受容体陽性かトリプルネガティブかという従来の分類を保ったまま、追加の治療候補を検討します。ESMOもHER2-lowを、従来のサブタイプ分類とは別に、抗体薬物複合体の効果を予測するための治療上の指標として位置付けています。

参考:ESMO「Definition, Diagnosis and Management of HER2-low Breast Cancer」

HER2を目印に抗がん剤成分を届ける

HER2-low/ultralow乳がんで使われる代表的な薬が、トラスツズマブ デルクステカンです。この薬は、HER2へ結合する抗体と、強い抗がん剤成分を一つにつないだ抗体薬物複合体です。

抗体部分がHER2を持つがん細胞へ結合すると、薬が細胞内へ取り込まれ、内部で抗がん剤成分が放出されます。HER2の発現量がHER2陽性乳がんほど多くなくても、わずかなHER2を目印として薬を届けられることが、この治療の特徴です。

通常の抗HER2抗体薬とは役割が異なり、HER2の信号を抑えることだけが目的ではありません。抗がん剤成分を腫瘍へ運ぶ仕組みを持つため、吐き気、骨髄抑制、脱毛など、抗がん剤に近い副作用もみられます。

参考:PMDA「エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)適正使用ガイド」

エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)の適応拡大

日本では2025年8月、ホルモン受容体陽性かつHER2-lowまたはHER2-ultralowの手術不能・再発乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンの適応が拡大されました。

承認の根拠となった試験は、転移・再発乳がんに対する内分泌療法を受けた後、抗がん剤への移行が適切と判断された患者さんを対象としています。対象となったのは、主に次のような患者さんです。

  • 内分泌療法を複数受けた後に病気が進行した
  • 内分泌療法とCDK4/6阻害薬を開始して早い段階で進行した
  • 進行・再発乳がんに対する細胞障害性抗がん剤をまだ受けていない
  • ホルモン受容体陽性で、HER2-lowまたはHER2-ultralowが確認されている

これまでは、内分泌療法の効果が乏しくなった後、カペシタビンやタキサン系薬などの抗がん剤へ進むのが一般的でした。現在は条件を満たす患者さんでは、通常の抗がん剤を始める前に、トラスツズマブ デルクステカンを選べる可能性があります。

ただし、内分泌療法が効かなくなったすべての患者さんへ、直ちにこの薬を使用するわけではありません。ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどに応じた内分泌療法や分子標的薬がまだ候補になる場合もあります。病気の進行速度、転移部位、副作用、これまでの治療を比較して順番を決めます。

臨床試験の結果

適応拡大の根拠となったDESTINY-Breast06試験では、内分泌療法歴があり、進行・再発乳がんに対する抗がん剤治療歴のない、ホルモン受容体陽性のHER2-low/ultralow乳がんが対象となりました。

HER2-lowの患者さんでは、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、トラスツズマブ デルクステカン群で13.2か月、医師が選択した抗がん剤群で8.1か月でした。HER2-ultralowの患者さんでは、それぞれ13.2か月と8.3か月でした。

ただし、これらの中央値は個人の効果が続く期間を予測する数字ではありません。また、HER2-ultralowはHER2-lowより対象人数が少なく、結果の不確実性が比較的大きい点にも注意が必要です。HER2-ultralowであれば誰にでも同じ効果が得られるという意味ではなく、ホルモン受容体、治療歴、臓器機能などを含めた適応判断が必要です。

抗がん剤治療後のHER2-low乳がんでも候補になる

HER2-low乳がんでは、すでに進行・再発乳がんに対する抗がん剤を受けた患者さんにも、トラスツズマブ デルクステカンが使用されます。この適応には、ホルモン受容体陽性乳がんだけでなく、ホルモン受容体陰性のトリプルネガティブ乳がんの一部も含まれます。

DESTINY-Breast04試験では、1~2種類の抗がん剤治療を受けたHER2-lowの転移性乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンが従来の抗がん剤より病気が進行するまでの期間と全生存期間を延長しました。ホルモン受容体陽性集団の無増悪生存期間中央値は10.1か月に対し5.4か月、ホルモン受容体陰性例を含む全体では9.9か月に対し5.1か月でした。

一方、HER2-ultralowについては、2026年7月時点の国内適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としています。トリプルネガティブ乳がんでIHC 0のHER2-ultralowが確認されても、それだけを理由に同じ適応で使用できるわけではありません。

検査結果を確認し直す意味

過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ記載されていても、実際にはIHC 1+やIHC 2+かつISH陰性で、HER2-lowに該当している可能性があります。また、IHC 0であっても、ごく弱い膜染色があればHER2-ultralowと評価される場合があります。

そのため、治療候補を検討するときには、単に陽性・陰性だけではなく、次の点を確認します。

  • HER2のIHCスコアはいくつだったか
  • IHC 2+の場合、ISH検査は陽性か陰性か
  • IHC 0の場合、膜染色が全くなかったのか
  • 原発巣と転移巣のどちらを検査したのか
  • 検査を行った時期はいつか

HER2の発現量は、原発巣と転移巣、治療前と治療後で変わることがあります。また、IHC 0と1+の境界は非常にわずかであり、標本の状態や判定によって結果が異なる可能性があります。治療選択へ影響する場合には、保存されている標本の再評価や、可能であれば転移巣の再生検が検討されます。

日本の適正使用ガイドでも、HER2-low/ultralowは、十分な経験を持つ病理医または検査施設で、承認された検査方法によって確認することが求められています。

トラスツズマブ デルクステカンの副作用

間質性肺疾患

トラスツズマブ デルクステカンで最も注意すべき副作用の一つが、間質性肺疾患です。肺の組織に炎症が起こり、重症化すると呼吸不全や死亡につながる可能性があります。

初期に現れやすい症状は、新しく始まった乾いた咳、階段や歩行時の息切れ、発熱、息苦しさ、酸素飽和度の低下などがあり、風邪や体力低下に似た症状であっても自己判断で次の診察まで待たず、治療施設へ連絡する必要があります。

症状のない軽度の肺障害であっても、原則として薬を中断します。症状を伴う場合には投与を中止し、必要に応じてステロイド治療を行います。早く見つけるほど重症化を防ぎやすいため、患者さん本人だけでなく家族も初期症状を知っておくことが大切です。

その他の副作用

トラスツズマブ デルクステカンでは、吐き気、嘔吐、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や好中球の減少、貧血などがみられます。DESTINY-Breast06試験では、吐き気、疲労、脱毛、好中球減少などが比較的多く報告されました。

通常は3週間に1回の点滴で、初回は90分かけて投与します。問題がなければ、2回目以降は30分まで短縮できる場合があります。吐き気は点滴当日だけでなく、数日続くことがあります。予防的な吐き気止めを使い、食事を少量ずつ分けるなどの対応を行います。倦怠感が強い日を把握しておくと、仕事や外出の予定を調整しやすくなります。

白血球減少時の発熱や悪寒、貧血による息切れや動悸がある場合には、早めの連絡が必要です。副作用が強いときには、休薬や減量によって治療を続けられる場合があります。

HER2-low/ultralow分類の意義

HER2-lowやHER2-ultralowが見つかったからといって、乳がんそのものが軽い、あるいは重いと判断できるわけではありません。また、HER2陽性乳がんへ変化したという意味でもありません。

この分類の意義は、これまでHER2陰性として扱われていた患者さんの中から、HER2を目印とする抗体薬物複合体の効果が期待できる人を見つけられるようになったことです。

ホルモン受容体陽性乳がんでは、内分泌療法や分子標的薬をどこまで使用したか、抗がん剤へ進む時期かどうかを確認します。トリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤なども含めて治療の順番を考えます。

病理報告書に「HER2陰性」と書かれている場合でも、IHCの具体的な点数を確認することで、新たな治療候補が見つかることがあります。治療変更を考える段階では、過去の検査結果をもう一度確認し、必要に応じて病理標本の再評価について主治医へ相談することが大切です。

トリプルネガティブ乳がんの治療

トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも治療標的にならない乳がんです。ホルモン受容体陽性乳がんに使う内分泌療法や、HER2陽性乳がんに使う一般的な抗HER2療法は効果を期待できないため、抗がん剤を基本として治療を組み立てます。

ただし、トリプルネガティブ乳がんだから全員が同じ薬を受けるわけではありません。PD-L1の発現、生まれつき持っているBRCA1/2遺伝子の病的な変化、HER2のわずかな発現、過去に使用した抗がん剤などを確認することで、免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できる場合があります。治療を始める前に必要な検査を済ませておくことが、選択肢を狭めないために欠かせません。

参考:ESMO Living Guideline「Triple-negative Breast Cancer」

PD-L1検査

手術不能または再発したトリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1検査が最初の治療を選ぶうえで大きな意味を持ちます。日本では、PD-L1の発現を示すCPSが10以上で、転移・再発乳がんに対する全身薬物療法をまだ受けていない患者さんに対し、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブと抗がん剤の併用が検討されます。

併用する抗がん剤には、パクリタキセル、nab-パクリタキセル、ゲムシタビンとカルボプラチンなどがあり、過去の治療歴や副作用、病状に応じて選びます。

承認の根拠となったKEYNOTE-355試験では、CPSが10以上の患者さんにおいて、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、ペムブロリズマブと抗がん剤を併用した群で9.7か月、抗がん剤だけの群で5.6か月でした。この数字は個人に効果が続く期間を示すものではありませんが、PD-L1の条件を満たす患者さんでは、抗がん剤へ免疫療法を加える意義が示されています。

参考:KEYNOTE-355試験 トリプルネガティブ乳癌 | MSD Connect

PD-L1検査では、がん細胞だけでなく周囲の免疫細胞に現れているPD-L1も含めてCPSを計算します。CPSが10未満であれば、転移性トリプルネガティブ乳がんに対するペムブロリズマブと抗がん剤の併用対象にはなりません。また、過去の早期乳がん治療でペムブロリズマブを使用していた場合は、治療終了から再発までの期間なども考慮する必要があります。

免疫療法の注意点

ペムブロリズマブは、免疫細胞にかかっているブレーキを解除し、がん細胞を攻撃しやすくする薬です。そのため、白血球減少や脱毛といった併用抗がん剤の副作用に加え、活性化した免疫が正常な臓器を攻撃する「免疫関連副作用」が起こることがあります。

たとえば、甲状腺や副腎の機能が低下すると、強い倦怠感や食欲低下、寒がり、めまいなどが現れます。肺に炎症が起きれば、咳や息切れ、発熱がみられ、腸に炎症が起きると下痢や腹痛が続くことがあります。肝機能障害や、急激に血糖値が上がる1型糖尿病が起こる可能性もあります。

症状が治療直後に現れるとは限らず、数週間から数か月たってから、あるいはペムブロリズマブを中止した後に出ることもあります。風邪や疲労に見える変化でも、免疫療法を受けていることを伝えたうえで治療施設へ相談する必要があります。副作用が疑われる場合には、投与を休み、免疫反応を抑えるステロイドなどを使用します。早く対処できれば回復する場合がありますが、我慢して重症化すると治療の継続だけでなく臓器機能にも影響します。

参考:PMDA「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)電子添文」

PD-L1陰性の場合

PD-L1の条件を満たさない場合や、免疫療法を使用しにくい持病がある場合には、抗がん剤が治療の中心です。乳がんの治療では、病状を早く抑える必要がある場合を除き、複数の抗がん剤を一度に使用するよりも、一剤ずつ使用して効果と副作用のバランスを取ることが多くなります。

選択される薬には、タキサン系薬、カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、ビノレルビンなどがあります。プラチナ製剤を使用することもあり、病気が急速に進んでいる場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンなど複数の薬を組み合わせて、腫瘍の縮小を優先することがあります。

どの薬を選ぶかは、以前の術前・術後治療で何を使用したか、その治療から再発までどれくらいの期間が空いているかによって変わります。過去のパクリタキセルで強いしびれが残っていれば、再び末梢神経障害を起こしやすい薬を避けることがあります。内服薬を希望していても、食事が取れない、下痢が続いている、肝機能が大きく低下しているといった状態では、別の治療が適する場合があります。

抗がん剤を選ぶ際には、腫瘍がどれほど縮む可能性があるかだけでなく、脱毛、しびれ、下痢、口内炎、血球減少などが仕事や食事、外出へどの程度影響するかも確認します。治療効果が同程度と考えられる薬が複数ある場合には、通院回数や投与方法を含め、生活に合わせて選択できます。

BRCA1/BRCA2遺伝子の病的な変化

トリプルネガティブ乳がんの患者さんでは、生まれつき持っているBRCA1またはBRCA2遺伝子の病的な変化が見つかることがあります。BRCA1/BRCA2は、傷ついたDNAを修復する働きに関係する遺伝子です。この働きが低下しているがん細胞に対しては、別のDNA修復経路を妨げるPARP阻害薬が効果を示す場合があります。

日本では、がん化学療法歴があり、生殖細胞系列のBRCA遺伝子変異が確認されたHER2陰性の手術不能・再発乳がんに対し、オラパリブやタラゾパリブが治療候補になります。ホルモン受容体の有無を問わないため、条件を満たすトリプルネガティブ乳がんにも使用できます。

オラパリブ・タラゾパリブの副作用

どちらも内服薬ですが、負担が軽い治療とは限りません。とくに貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が起こりやすく、強い倦怠感や息切れが貧血のサインになることがあります。定期的に血液検査を行い、必要に応じて休薬や減量を行います。

BRCA1/2の遺伝学的検査は、使用できる薬を調べるだけの検査ではありません。生まれつきの病的な変化が確認された場合、本人の卵巣がんなどのリスクや、子ども、きょうだい、親など血縁者の健康管理にも関係する可能性があります。検査を受ける前後には、結果をどこまで知りたいか、家族へどのように伝えるかも含めて、遺伝カウンセリングを受けることがあります。

参考:PMDA「リムパーザ(一般名:オラパリブ)電子添文」
参考:PMDA「ターゼナ(一般名:タラゾパリブ)電子添文」

抗体薬物複合体

サシツズマブ ゴビテカンは、TROP-2というがん細胞の表面にあるタンパク質を目印として、抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体です。日本では、化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能・再発乳がんに使用できます。

この薬は21日間を一つのサイクルとして、1日目と8日目に点滴します。毎週通院する週と休薬する週が生じるため、仕事や家族の予定を調整する際には、投与日だけでなく副作用が出やすい時期も確認しておく必要があります。

サシツズマブ ゴビテカンの副作用

特に注意する副作用は、好中球減少と下痢です。好中球が大きく減った状態で発熱すると、重い感染症につながる可能性があります。38度前後の発熱や悪寒、強いだるさがあれば、解熱薬だけで様子を見ずに治療施設へ連絡します。下痢が続けば、水分や電解質が失われ、脱水や腎機能低下を起こすことがあります。

回数が増えた段階で下痢止めの使用方法を確認し、水分を取れない、尿が少ない、立ちくらみがするといった変化があれば早めの受診が必要です。脱毛や吐き気、倦怠感も比較的みられ、生活への負担に応じて休薬や減量を行います。

参考:PMDA「トロデルビ(一般名:サシツズマブ ゴビテカン)電子添文」

HER2-lowの治療候補

トリプルネガティブ乳がんの中にも、HER2検査がIHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性となるHER2-lowの患者さんがいます。化学療法歴などの条件を満たせば、トラスツズマブ デルクステカンが治療候補になる場合があります。

この治療はHER2陽性乳がんだけのものではなく、少量のHER2を抗がん剤成分の届け先として利用します。ただし、HER2-lowであれば必ずサシツズマブ ゴビテカンより先に使用するという決まりではありません。過去の治療、腫瘍の進行速度、脳転移、肺の状態、予想される副作用などを比較して順番を決めます。

トラスツズマブ デルクステカンでは間質性肺疾患が治療判断に大きく関わります。新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には、風邪だと自己判断せず治療施設へ連絡します。もともと肺に病気がある患者さんや、過去に薬剤性肺障害を起こした患者さんでは、使用の可否をより慎重に検討します。

一方、HER2-ultralowについては、2026年7月時点の国内適応は主にホルモン受容体陽性乳がんを対象としており、トリプルネガティブ乳がんでごく弱いHER2発現があるだけでは、同じ条件で使用できるとは限りません。病理報告書の「HER2陰性」という記載だけで判断せず、IHCスコアと現在の国内適応を確認する必要があります。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)電子添文」

治療の順番は一つに固定されていない

トリプルネガティブ乳がんでは、ホルモン受容体陽性乳がんのように、内分泌療法を何段階も順番に使用することはできません。一方で、PD-L1陽性であれば免疫療法、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬、HER2-lowであれば特定の抗体薬物複合体というように、検査結果によって治療の道筋が分かれます。

最初の治療が効かなくなったときには、病気が全身で進行しているのか、一部の転移だけが進行しているのかを確認します。脳や骨の一部だけが進行している場合には、放射線治療などを追加し、全身では効果が続いている薬を維持できることもあります。複数の臓器で進行していれば、未使用の抗がん剤、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などへ切り替えます。

治療効果を追求するだけでなく、その治療を受けることで食事や睡眠、仕事、外出をどの程度保てるかも判断材料です。副作用が強い治療を短期間だけ続けるより、減量しながら長く続ける方が適する場合もあります。検査で使用可能と分かった薬をすべて使うのではなく、現在の病状に対して利益が見込める順番を考えることが、ステージ4の治療では求められます。

乳がんステージ4の抗がん剤治療

乳がんステージ4では、サブタイプや病状に応じて抗がん剤を使用します。トリプルネガティブ乳がんでは治療の中心となり、HER2陽性乳がんでは抗HER2薬と組み合わせます。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでも、内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなった場合や、肝臓・肺などの機能を守るために腫瘍を早く縮小させる必要がある場合には、抗がん剤が候補になります。

抗がん剤を始めることは、治療の選択肢がほとんど残っていないという意味ではありません。ステージ4乳がんでは、効果と副作用を確認しながら、作用の異なる薬を順番に使用します。現在の薬が効きにくくなった場合にも、未使用の抗がん剤、抗体薬物複合体、分子標的薬などへ進めることがあります。

なお、トラスツズマブ デルクステカンやサシツズマブ ゴビテカンなどの抗体薬物複合体も、がん細胞へ抗がん剤成分を届ける治療です。ただし、使用条件や特有の副作用が異なるため、本章の一覧には含めず、各サブタイプの章で解説しています。

乳がんステージ4で使われる主な抗がん剤

薬剤・薬剤群 主に検討される場面 投与上の主な特徴 注意したい副作用と生活への影響
 タキサン系薬(パクリタキセル、ドセタキセル、nab-パクリタキセル) トリプルネガティブ乳がん、抗HER2薬との併用、腫瘍の縮小を早く得たい場合など 点滴で使用し、毎週または数週間ごとなど治療法によって間隔が異なる 手足のしびれ、白血球減少、脱毛など。しびれが進むと、箸を使う、ボタンを留める、歩くといった動作へ影響する。ドセタキセルでは浮腫にも注意する
カペシタビン 通院点滴の負担を抑えたい場合、複数の治療後、ほかの薬との併用など 自宅で服用する内服薬。服用期間と休薬期間を繰り返す 手足症候群、下痢、口内炎、骨髄抑制など。手足の痛みや皮膚の亀裂により、家事や歩行が難しくなることがある
エリブリン タキサン系薬やアントラサイクリン系薬などの治療後を含む進行・再発乳がん 一定の間隔で点滴し、休薬期間を設ける 好中球減少、倦怠感、脱毛、食欲低下、しびれなど。発熱時には感染症を疑って早めに連絡する
ビノレルビン・ゲムシタビン 過去の治療歴や残っている副作用に応じて選択 単剤で使う場合と、ほかの薬と組み合わせる場合がある 白血球減少、貧血、倦怠感、吐き気など。投与日や休薬期間は治療法によって異なる
アントラサイクリン系薬(ドキソルビシン、エピルビシンなど) 過去に使用していない場合や、再使用による利益が期待できる場合 点滴で使用し、生涯に投与できる総量を考慮する 骨髄抑制、吐き気、脱毛、心機能低下など。過去の投与量と心臓の状態を確認する必要がある
プラチナ製剤(カルボプラチンなど) トリプルネガティブ乳がん、免疫療法との併用、腫瘍の縮小を優先する場合など ほかの抗がん剤と組み合わせることがある 血球減少、吐き気、腎機能への影響など。併用薬によって副作用の出方や強さが変わる

表は代表的な特徴をまとめたものであり、実際の投与方法や副作用は、薬の組み合わせ、投与量、患者さんの臓器機能によって変わります。タキサン系薬では末梢神経障害、カペシタビンでは日常生活を制限する手足症候群、ドセタキセルでは骨髄抑制や浮腫、エリブリンでは血球減少などが治療継続の判断に関わります。

病状が安定している場合

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、病気の進行が比較的緩やかで、臓器機能も保たれている場合、一種類の薬を使用する単剤治療が選ばれることが多くあります。

複数の抗がん剤を組み合わせると、腫瘍が縮小する割合や縮小までの速さが高まる場合があります。一方で、副作用も強くなりやすく、単剤を順番に使用する場合より生存期間が明確に延びるとは限りません。そのため、併用療法は、病気が短期間で進行している場合や、肝臓・肺などの機能が差し迫って悪化し、腫瘍を早く小さくする必要がある場合を中心に検討します。

たとえば、肝臓に転移があるという理由だけで、必ず複数の抗がん剤を使用するわけではありません。黄疸や肝機能低下が急速に進んでいるのか、画像上は転移があっても臓器機能が安定しているのかによって、必要な治療の強さは異なります。

抗がん剤の選び方

抗がん剤を選ぶ際には、乳がんのサブタイプだけでなく、術前・術後治療を含めて過去にどの薬を使ったかを確認します。同じ薬でも、治療終了から長い期間が空いていれば再使用できる場合がありますが、治療中や終了直後に再発した場合には、別の作用を持つ薬が優先されることがあります。

以前の治療によるしびれが残っていれば、タキサン系薬を追加すると手の細かな作業や歩行がさらに難しくなる可能性があります。アントラサイクリン系薬を過去に使用していれば、それまでの総投与量と心機能を確認します。腎機能が低下している場合や、骨髄の回復が遅い場合にも、使用できる薬や投与量が限られることがあります。治療法は、病気の進行速度、持病、過去の副作用、本人の希望を含めて選択します。

内服薬であるカペシタビンは、通院点滴の時間を減らせる利点がありますが、副作用が軽いとは限りません。自宅で服用するため、決められた服用期間を管理し、症状が強くなったときには自分で休薬の必要性を判断せず、治療施設へ連絡することが大切です。カペシタビンの電子添文では、手足症候群が日常生活を制限する程度に応じて評価され、症状に合わせた休薬や減量が定められています。

参考:PMDA「カペシタビン錠 電子添文」

副作用への対処について

抗がん剤の副作用は、点滴や服薬をした当日にすべて現れるわけではありません。吐き気やだるさが数日後に強くなることもあれば、白血球は治療後しばらくしてから減少します。しびれや倦怠感は、治療を重ねるうちに少しずつ蓄積する場合があります。

仕事や家事を続ける場合には、治療日だけでなく、何日目に体調が悪くなり、いつ頃回復するのかを記録すると予定を立てやすくなります。診察では医師に「しびれがあります」と伝えるだけでなく、箸を落とすようになった、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が弱く階段が怖いなど、困っている動作を具体的に説明すると、減量や薬剤変更の必要性を判断しやすくなります。

脱毛、爪の変化、皮膚の乾燥なども、命に直接関わる副作用ではないからと我慢する必要はありません。外出や仕事、人との交流へ影響している場合には、ウィッグ、帽子、爪や皮膚のケアなど、治療前から対策を相談できます。

特に注意すべき兆候

好中球が減少している時期の発熱は、重い感染症の兆候である可能性があります。治療施設から示された体温の基準を超えた場合や、悪寒を伴う場合には、市販の解熱薬だけで様子を見ずに連絡します。

下痢や嘔吐が続き、水分を取れない、尿が極端に少ない、立ち上がるとふらつくといった状態では、脱水や腎機能低下が進んでいる可能性があります。口内炎によって食事が取れない場合や、手足症候群によって歩行が難しくなった場合も、服薬を続けながら次の外来を待つのではなく、休薬が必要かを確認します。

新しい息切れ、むくみ、短期間での体重増加がある場合には、貧血だけでなく、心機能低下や体液貯留が関係していることもあります。特にアントラサイクリン系薬やドセタキセルなどを使用している場合は、症状を早めに伝える必要があります。

減量や休薬は治療の失敗ではない

抗がん剤は、最初に決めた量を変えずに続けることだけが正しい治療ではありません。副作用が強ければ、投与量を減らす、一時的に休む、投与間隔を延ばす、別の薬へ変更するといった調整を行います。

減量によって腫瘍への効果がなくなるとは一概にいえません。副作用を我慢して食事や睡眠が保てなくなり、体力や臓器機能が低下すれば、現在の治療だけでなく、その後の治療も受けにくくなります。治療効果と日常生活の両方を確認し、継続できる量へ調整することが、長期にわたるステージ4乳がんの治療では重要です。

画像検査で腫瘍が完全に消えていなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、現在の治療を続ける意味があります。反対に、腫瘍が縮小していても、副作用によってほとんど食事が取れない、外出できない、転倒するほど足の感覚が低下している場合には、治療の利益と負担を見直さなければなりません。

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、薬の強さだけでなく、何を目的として使うのか、どの副作用なら受け入れられるのか、生活をどの程度維持できるのかを考えます。候補となる薬を比較しながら、その時点の病状と本人の希望に合う治療を選び、必要に応じて量や投与方法を調整していきます。

乳がんの骨転移に対する治療

骨は、乳がんが遠隔転移しやすい部位の一つです。乳がんが骨へ転移した場合も、骨から発生した「骨がん」へ変わったわけではなく、乳がん細胞が骨の中で増殖している状態です。そのため、治療の基本は乳がんのサブタイプに応じた内分泌療法、抗HER2療法、抗がん剤などの全身薬物療法になります。そのうえで、痛みや骨折、神経の圧迫を防ぐために、骨修飾薬、放射線治療、手術などを組み合わせます。

骨転移が見つかっても、直ちに歩けなくなったり、すぐに命へ関わったりするとは限りません。一方で、病変の位置や骨の壊れ方によっては、骨折や脊髄圧迫などを突然起こすことがあります。痛みが軽い段階でも画像を確認し、どの骨にどの程度の負担がかかっているのかを評価することが大切です。

骨転移による痛み

骨転移による痛みは、背中、腰、骨盤、肋骨、腕、脚などに現れます。初期には体を動かしたときだけ痛む場合がありますが、進行すると安静時や夜間にも痛みが続き、睡眠や歩行へ影響することがあります。これまでなかった場所に痛みが続く場合や、鎮痛薬を使っても強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せずに伝える必要があります。

痛みの強さと画像上の病変の大きさが必ず一致するわけではありません。小さな病変でも体重のかかる大腿骨や脊椎にあれば生活への影響が大きくなり、広い骨転移があっても痛みが少ないこともあります。治療を考える際には、画像だけでなく、歩行、寝返り、着替え、階段の上り下りなど、具体的にどの動作が難しくなっているかを確認します。

骨折する前に手術が必要になることも

骨転移によって骨の強度が低下すると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、骨折後に手術を行うよりも、骨折する危険が高い段階で金属製の器具などを使って補強した方が、歩行能力を保ちやすい場合があります。

痛みがあるからといって、運動をすべて中止する必要があるとは限りません。ただし、骨折リスクが高い場所へ自己判断で強い負荷をかけるのは危険です。整形外科やリハビリテーション科が画像を確認し、体重をかけてよい範囲や、杖・歩行器の必要性、安全に行える運動を判断します。

薬物療法でがんを抑えることと、骨を物理的に補強することは役割が異なります。抗がん治療が効く可能性があっても、骨折の危険が差し迫っていれば、手術や放射線治療を先に行うことがあります。

足の脱力や排尿障害は脊髄圧迫の可能性

脊椎の転移が大きくなったり、転移によって背骨がつぶれたりすると、脊髄や神経が圧迫されることがあります。脊髄圧迫では、背中や腰の痛みに続いて、脚のしびれ、力の入りにくさ、歩行の不安定さ、感覚の低下などが現れ、進行すると排尿や排便を自分で調節できなくなる場合があります。

こうした神経症状は、数日待って次の外来で相談するものではありません。圧迫が長く続くほど、治療後も麻痺や排尿障害が残る可能性があるため、突然歩きにくくなった、両脚に力が入らない、股の周囲の感覚がおかしい、尿が出にくいといった変化があれば、速やかに治療施設へ連絡します。

検査では緊急にMRIなどを行い、ステロイド薬、手術、放射線治療を組み合わせます。どの治療を優先するかは、圧迫の原因、背骨の安定性、神経症状の進み方、全身の病状によって異なります。

骨修飾薬の併用について

骨転移がある患者さんでは、がん細胞によって骨が壊される働きを抑える骨修飾薬が使われます。代表的な薬には、皮下注射で投与するデノスマブと、点滴で投与するゾレドロン酸があります。これらの薬は、乳がんそのものを全身から消す薬ではなく、病的骨折、脊髄圧迫、骨病変への放射線治療や手術が必要になる事態を減らす目的で、乳がんへの薬物療法と併用します。

骨修飾薬の副作用

デノスマブでは、血液中のカルシウムが低下することがあります。PMDAの電子添文では、投与前と投与後にカルシウムなどを確認し、原則としてカルシウムとビタミンDを補充しながら使用することが求められています。手足や口の周囲のしびれ、筋肉のけいれん、強い倦怠感などが現れた場合には、低カルシウム血症の可能性もあるため、医療者へ連絡します。特に腎機能が大きく低下している患者さんでは、慎重な管理が必要です。

ゾレドロン酸では、投与前後の腎機能の確認が欠かせません。腎機能が低下している場合には投与量を調整し、治療中に悪化した場合には休薬などを検討します。点滴後に発熱、筋肉痛、関節痛など、インフルエンザに似た症状が一時的に現れることもあります。

参考:PMDA「ランマーク(一般名:デノスマブ)電子添文」
参考:PMDA「ゾレドロン酸点滴静注 電子添文」

骨修飾薬を始める前には歯科受診を行う

デノスマブやゾレドロン酸では、まれではあるものの、あごの骨が壊死したり感染を起こしたりする薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎が問題になることがあります。特に、むし歯や歯周病がある状態で抜歯などの処置を受けると、発症リスクが高まります。PMDAでは、治療開始前に必要な歯科治療を済ませ、治療中も定期的な歯科受診と口腔ケアを続けることを勧めています。

骨修飾薬を使っている間に歯科治療が必要になった場合も、自己判断で薬を中止したり、乳がんの担当医へ伝えずに抜歯を受けたりしてはいけません。歯科医師には骨転移の治療薬を使用していることを伝え、乳腺科と歯科で処置の時期や方法を相談します。

歯やあごの痛み、歯茎の腫れ、歯のぐらつき、抜歯した場所が治りにくい、歯茎から膿や骨のような硬いものが出るといった変化は、顎骨壊死・骨髄炎の兆候となることがあります。放置せず、早い段階で歯科医師と治療担当医へ相談します。

参考:PMDA「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」

放射線治療が有効な場合

痛みのある骨転移には、放射線治療が有効な場合があります。放射線を病変へ当てることで腫瘍を局所的に抑え、痛みを軽減します。照射回数は一律ではなく、1回で終える方法と、数回から複数回に分ける方法があります。病変の位置、骨折リスク、過去の照射歴、全身状態、通院の負担などから決めます。NCIは、骨転移による痛みに対し、1回照射でも複数回照射と同程度の鎮痛効果が得られる場合があると紹介しています。

放射線治療を受けても、痛みがその日のうちに消えるとは限りません。効果が現れるまでに時間がかかることがあるため、鎮痛薬を併用します。照射直後に一時的に痛みが強くなる場合もあり、事前に対応方法を確認しておく必要があります。

定位放射線治療のように病変へ高い線量を集中させる方法が検討されることもありますが、すべての骨転移へ適するわけではありません。脊髄との距離、骨の安定性、病変数、これまでの放射線治療などを評価して選びます。

参考:National Cancer Institute「Radiation for Controlling Pain from Bone Metastases」

高カルシウム血症に注意

骨が広い範囲で壊されると、骨の中のカルシウムが血液中へ流れ出し、高カルシウム血症を起こすことがあります。初期には口が渇く、尿の量が増える、便秘になる、食欲が落ちる、吐き気がするといった変化がみられます。進行すると、強い眠気、意識の混乱、脱水、腎機能低下などを起こし、緊急の治療が必要になります。

体調不良や抗がん剤の副作用と区別しにくい症状ですが、水分を取れないほどの吐き気、急に反応が鈍くなった、会話がかみ合わないといった変化がある場合は、早急に受診します。治療では点滴による補液を行い、病状に応じて骨吸収を抑える薬などを使用します。

痛みを我慢せず、生活を保てる治療を組み合わせる

骨転移の治療では、画像上の病変を小さくすることだけでなく、痛みを抑え、歩行や睡眠を保ち、骨折や麻痺を防ぐことが重要です。鎮痛薬を使用することは、病気が最終段階に入ったという意味ではありません。痛みを抑えることで体を動かしやすくなり、筋力や食欲を保ちやすくなる場合があります。

痛み止めを使っても夜に眠れない、動くたびに鋭い痛みがある、急に歩きにくくなったといった変化は、薬の量を増やすだけでなく、骨折や神経圧迫が起きていないかを確認するきっかけになります。乳腺科だけでなく、放射線治療科、整形外科、歯科、緩和ケア、リハビリテーション科が連携することで、抗がん治療と日常生活の両方を支えます。

骨転移がある患者さん全員に、同じ行動制限が必要なわけではありません。安全な範囲で体を動かすことは、筋力や移動能力を保つうえで役立ちます。どこまで体重をかけてよいか、避けるべき動作があるかを画像に基づいて確認し、過度に安静にすることも、危険な負荷をかけることも避けます。

脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療

乳がんステージ4では、転移した臓器によって現れやすい症状や治療の緊急性が異なります。ただし、脳や肝臓、肺に転移が見つかったからといって、その臓器への手術や放射線治療だけで治療を完結させるわけではありません。基本となるのは、乳がんのサブタイプに合った全身薬物療法です。そのうえで、症状を早く改善する必要がある場合や、限られた病変だけが進行している場合に、手術、放射線治療、胸水を抜く処置などを組み合わせます。

脳転移の治療

乳がんが脳へ転移すると、頭痛、吐き気、けいれん、手足の脱力やしびれ、歩きにくさ、言葉の出にくさ、視界の変化などが現れることがあります。本人より先に家族が、反応が鈍くなった、性格が変わった、会話がかみ合わないといった変化に気付く場合もあります。脳転移の症状は病変ができた場所によって異なり、小さな病変では自覚症状がないこともあります。診断には、脳の細かな病変や周囲のむくみを確認しやすい造影MRIが主に用いられます。

突然けいれんを起こした、片側の手足に力が入らない、言葉を話せない、意識が朦朧とするといった変化は、次回の診察まで待つ症状ではありません。脳転移だけでなく、脳出血や脳梗塞など別の病気の可能性もあるため、速やかな医療機関への連絡や救急受診が必要です。

局所治療

症状のある脳転移では、全身薬物療法だけに頼らず、手術や放射線治療などの局所治療を行うことが推奨されています。大きな病変が脳を圧迫している場合や、組織を採取して診断を確かめる必要がある場合には、手術が検討されます。病変が小さく、数や位置が治療に適していれば、病変へ放射線を集中させる定位放射線治療が候補になります。複数の病変が広い範囲にある場合には、脳全体へ放射線を当てる全脳照射を検討することもあります。

定位放射線治療は、周囲の正常な脳への照射を抑えやすい一方、治療していない場所に新しい転移が現れる可能性があるため、治療後も定期的な脳MRIが必要です。全脳照射では広い範囲を治療できますが、治療後の記憶力や集中力への影響も考慮しなければなりません。病変の数だけで機械的に治療法を決めるのではなく、大きさ、位置、症状、全身の病状、今後予定している薬物療法を踏まえて判断します。

支持療法

脳転移の周囲にむくみが生じている場合には、ステロイド薬によって頭痛や神経症状を和らげることがあります。けいれんを起こした患者さんには、再発を防ぐための抗けいれん薬を使用します。これらは脳転移そのものを消す治療ではなく、局所治療や薬物療法へ安全につなげるための支持療法です。

薬物療法

HER2陽性乳がんなどでは、脳内の病変にも効果が期待される薬物療法が増えています。ただし、頭痛や麻痺などの症状がある場合には、薬の効果を待つより局所治療を優先することがあります。脳以外の病変が現在の薬で抑えられ、脳の一部だけが進行した場合には、脳転移を手術や放射線治療で抑えたうえで、同じ全身薬物療法を継続する選択肢もあります。

参考:ASCO・SNO・ASTRO「Treatment for Brain Metastases Guideline」

肝転移の治療

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には症状が現れないことがあります。病変が広がると、食欲低下、強い倦怠感、右上腹部の違和感、腹部の張り、黄疸などがみられる場合があります。乳がんの肝転移によって黄疸や腹部の腫れが起こる可能性は、NCIの患者向け情報でも示されています。

治療方針を決める際には、CTなどで病変の数と広がりを確認するだけでなく、ビリルビン、AST、ALT、アルブミンなどの血液検査から、肝臓がどの程度機能を保っているかを評価します。画像上は肝転移が多くても肝機能が安定している患者さんがいる一方、短期間で肝機能が悪化し、早急な治療が必要になる場合もあります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

全身薬物療法

肝転移に対しても、サブタイプに合った全身薬物療法が治療の中心です。ホルモン受容体陽性乳がんで肝転移があっても、臓器機能が保たれ、病気の進行が緩やかであれば、内分泌療法と分子標的薬を選べる場合があります。一方、黄疸が進む、食事が急に取れなくなる、肝機能が短期間で低下するといった状態では、腫瘍をより早く縮小できる可能性のある抗がん剤や抗体薬物複合体を優先することがあります。

局所治療

肝臓の病変が一つまたは少数に限られている場合には、手術、焼灼療法、定位放射線治療などの局所治療を専門施設で検討することもあります。ただし、乳がんの肝転移では、画像に見える病変だけを治療しても、体内の別の場所に微小ながん細胞が存在する可能性があります。局所治療を行えば誰でも完治できるわけではなく、全身薬物療法に代わる一般的な治療でもありません。病変が限られているか、ほかの転移が長く安定しているか、局所治療によってどのような利益を期待できるかを、多職種で慎重に判断します。

肺転移/胸膜転移の治療

肺転移は、小さいうちは症状がなく、定期的な画像検査で見つかることがあります。病変が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れます。肺を覆う胸膜へがんが広がり、肺の周囲に胸水がたまると、肺が十分に広がらなくなり、呼吸が苦しくなることがあります。

ただし、治療中に息苦しくなったからといって、必ずしも肺転移が進行したとは限りません。胸水のほか、肺炎、肺血栓塞栓症、貧血、心不全、放射線や薬による肺炎など、複数の原因が考えられます。特に、トラスツズマブ デルクステカンや免疫チェックポイント阻害薬など、肺障害を起こす可能性のある治療を受けている場合には、がんの進行と副作用を区別する必要があります。

急に息苦しくなった、安静にしていても呼吸がつらい、胸の痛みや発熱を伴う、意識が遠のくように感じるといった場合には、次回の外来まで待たずに医療機関へ連絡します。息苦しさの原因によって治療法が大きく異なるため、CT、胸部X線、血液検査、酸素飽和度などを確認します。

肺や胸膜の転移に対しても、乳がんのサブタイプに応じた薬物療法が基本です。薬が効いて病変が小さくなれば、咳や息苦しさ、胸水が改善する可能性があります。一部の病変が気管支を圧迫している場合や、限られた肺転移だけが進行している場合には、放射線治療や手術などを個別に検討することもあります。

胸水が多い場合

胸水によって肺が圧迫されている場合には、細い針や管を胸へ入れて水を抜く胸腔穿刺を行います。胸水を抜くことで肺が広がりやすくなり、短期間で息苦しさが改善することがあります。採取した胸水を調べ、乳がん細胞が含まれているか、感染など別の原因がないかを確認する意味もあります。

胸水を一度抜いても、短期間で再びたまることがあります。繰り返し胸腔穿刺が必要になる場合には、胸の中へ細い管を留置して自宅などで定期的に排液する方法や、肺と胸壁の間を癒着させ、胸水がたまる空間を減らす胸膜癒着術を検討します。どの方法が適しているかは、肺が排液後に十分広がるか、胸水がたまる速さ、通院の負担、全身状態などによって変わります。

胸水を抜く治療は、乳がんそのものを全身から減らす治療ではありません。しかし、呼吸を楽にし、食事や睡眠、歩行を改善することで、次の薬物療法を受けやすくする役割があります。症状を和らげる処置と抗がん治療を対立するものとして考えず、必要に応じて同時に行います。

一部の病変だけが進行した場合

全身薬物療法によって大部分の病変が抑えられているにもかかわらず、脳、肝臓、肺などの一部だけが大きくなることがあります。このような場合には、進行した病変へ手術や放射線治療を行い、全身では効果が続いている薬を維持できる可能性があります。

反対に、複数の臓器で病変が増え、症状や臓器機能も悪化している場合には、局所治療だけでは全身の進行を抑えられません。サブタイプや遺伝子検査の結果を改めて確認し、作用の異なる薬物療法へ切り替えることが中心になります。

脳、肝臓、肺への転移は、転移があるという事実だけで治療法や見通しが決まるものではありません。症状の有無、臓器機能、病変の数と位置、脳以外・肝臓以外の病変が抑えられているかを確認し、全身薬物療法と局所治療の役割を分けて考える必要があります。

緩和ケア・支持療法

乳がんステージ4の治療では、がんを抑える薬物療法と同時に、痛みや息苦しさ、吐き気、倦怠感、不安などを和らげる緩和ケア・支持療法を行います。緩和ケアは、抗がん治療をやめた後にだけ受ける医療ではありません。国立がん研究センターは、がんと診断された時点から、治療と並行して受けられるものと説明しています。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

支持療法は、抗がん剤による吐き気や白血球減少、下痢、しびれなどを予防・軽減し、治療を安全に続けるための医療です。緩和ケアはさらに広く、がんそのものによる症状、気持ちのつらさ、仕事や家族の問題、療養場所への不安なども支援の対象とします。両者は明確に切り分けられるものではなく、患者さんができるだけ普段に近い生活を続けられるよう支えるという点で重なっています。

ASCOのガイドラインも、進行がんの患者さんに対し、通常のがん治療と専門的な緩和ケアを並行して提供することを推奨しています。とくに、痛みや息苦しさなどの症状が十分に抑えられていない場合、治療方針への迷いが強い場合、家族を含めた心理的・社会的な負担が大きい場合には、早い段階から緩和ケアチームへ相談する意義があります。

参考:ASCO「Palliative Care for Patients With Cancer: Guideline Update」

痛みのケア

乳がんステージ4では、骨転移、乳房や胸壁の病変、神経の圧迫などによって痛みが生じることがあります。手術や抗がん剤による神経障害、関節痛など、治療が原因となる痛みもあります。痛みが続くと睡眠や食欲が低下し、歩くことや通院も難しくなるため、痛みを取る治療は生活を楽にするだけでなく、抗がん治療を続ける体力を保つことにもつながります。

痛みの治療では、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬であるオピオイド鎮痛薬などを、痛みの強さや原因に応じて使用します。一定時間ごとに使う薬で普段の痛みを抑え、急に強くなる痛みに対しては頓服薬を併用することがあります。骨転移による局所的な痛みには、鎮痛薬だけでなく放射線治療が有効な場合もあります。

医療用麻薬を使うと依存症になるのではないか、薬を早く使うと後で効かなくなるのではないかと心配する患者さんもいます。しかし、がんによる痛みに対して医師の指示に沿って適切に使用する場合、依存への不安から必要な鎮痛を避ける必要はありません。むしろ、痛みを限界まで我慢すると、体力を消耗し、睡眠や食事、治療への意欲にも影響します。

鎮痛薬を使用しても夜に眠れない、予定より早く痛みが戻る、頓服薬を使う回数が増えた場合には、薬の量や種類を見直します。痛みを数字だけで伝えるのが難しいときは、「寝返りができない」「階段を上れない」「痛くて食事に集中できない」など、生活で困っている動作を伝えると治療調整につながります。

参考:痛み|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさ

乳がんステージ4で息苦しさが生じる原因は、肺・胸膜転移や胸水だけではありません。肺炎、貧血、心不全、血栓、薬剤による肺障害、不安などが関係することもあります。原因によって必要な治療が異なるため、酸素飽和度、血液検査、胸部画像などを確認します。

胸水が多い場合には水を抜く処置、貧血が強い場合にはその原因への治療、肺炎には抗菌薬、心不全には循環器系の治療を行います。薬剤性肺障害が疑われる場合には、原因薬を休止し、必要に応じてステロイド薬を使用します。病気そのものを短期間で改善することが難しい場合でも、姿勢の調整、室内の風、酸素療法、薬物療法などによって呼吸のつらさを軽減できることがあります。

新しく始まった息切れが急速に悪化している、安静にしていても苦しい、胸痛や発熱を伴う、会話を続けられないといった場合には、次回の外来まで待たずに治療施設へ連絡します。呼吸困難は、がんの進行だけでなく、感染症や血栓など緊急性の高い状態でも起こるためです。

倦怠感

倦怠感は、眠っても回復しないだるさ、集中力の低下、何もする気が起きない感覚などとして現れます。がんそのものだけでなく、貧血、痛み、不眠、感染症、脱水、栄養状態の悪化、電解質異常、気分の落ち込みなど、複数の原因が重なっていることがあります。

原因が見つかれば、貧血や感染症の治療、鎮痛薬の調整、不眠や不安への対応などによって改善できる可能性があります。抗がん剤の投与後に一定の周期で強くなる場合には、治療量や投与間隔の調整も検討します。

倦怠感があるときに、すべての活動を中止して長時間寝て過ごすと、筋力が低下し、さらに動きにくくなることがあります。骨折や転倒の危険がなく、体調が許す範囲では、短時間の歩行やストレッチなどが倦怠感の軽減に役立つ場合があります。活動できる時間帯に必要な用事をまとめ、つらい時間帯には休むなど、体力を配分する考え方も有効です。

参考:倦怠感(だるさ)|国立がん研究センター がん情報サービス

食欲低下

食欲低下は、抗がん剤による吐き気や味覚変化、口内炎、便秘、痛み、気分の落ち込みなどによって起こります。肝転移や腹水、高カルシウム血症、感染症が原因となることもあるため、食べられない状態が続くときには、単に栄養指導を受けるだけでなく原因を調べます。

食欲が少ないときは、決められた時間に通常量を食べることへこだわらず、体調のよい時間に少量ずつ取る方法があります。においで吐き気が強くなる場合には冷たい食品を選ぶ、口内炎があれば刺激の少ない柔らかい食品にするなど、症状に合わせて工夫します。管理栄養士へ相談すると、現在の症状や治療内容に合った食事方法を検討できます。

一方、がん悪液質が進むと、食事量を増やすだけでは体重や筋肉量を十分に回復できないことがあります。本人が食べられないことを責めたり、家族が無理に食べさせようとしたりすると、食事の時間そのものが負担になる場合があります。何をどの程度食べられるかだけでなく、吐き気や痛み、便秘を減らし、食べられる時間をつくることが大切です。

参考:食欲がない・食欲不振|国立がん研究センター がん情報サービス

吐き気や便秘

抗がん剤による吐き気は、症状が出てから対処するだけでなく、治療前から吐き気止めを使用して予防します。薬の種類や過去の吐き気の程度によっては、点滴後の数日間も予防薬を続けます。水分も取れない状態が続く場合には、脱水や腎機能低下につながるため、次回の診察を待たずに連絡します。

便秘は、オピオイド鎮痛薬、吐き気止め、活動量の低下、食事や水分量の減少などによって起こります。がん治療中の便秘は生活習慣だけで改善しにくく、慢性化することもあるため、予防的に下剤を使用する場合があります。腹部の張りや吐き気を伴う便秘では、腸閉塞などが隠れている可能性もあり、自己判断で下剤だけを増やさないことが大切です。

参考:便秘|国立がん研究センター がん情報サービス

不安や気分の落ち込み

ステージ4と告げられた後には、死への恐怖、治療が効かなくなる不安、家族や仕事への心配などが繰り返し現れることがあります。検査結果を待つ時期や治療を変更する時期に、不眠や動悸、食欲低下が強くなる人もいます。

不安や落ち込みは、本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。担当医や看護師、心理士、精神科・心療内科などへ相談し、カウンセリングや薬物療法を受けることができます。眠れない状態が続く、何をしても楽しめない、自分を責め続けるといった状態は、早めに相談する理由になります。

緩和ケアでは患者さん本人だけでなく、家族も支援の対象です。介護を担う家族が疲れ切っている場合や、本人へどのように病状を伝えればよいか迷っている場合にも、緩和ケアチームやがん相談支援センターへ相談できます。

仕事や経済的な問題

治療が長期化すると、通院日の確保、休職、収入の減少、医療費などが負担になります。体調が比較的安定していても、治療スケジュールが仕事と合わず、退職を考える患者さんもいます。

治療を始める前や変更する際には、点滴に必要な時間だけでなく、何日目に副作用が出やすいか、通院頻度を変更できるかを確認します。医療ソーシャルワーカーやがん相談支援センターでは、高額療養費制度、傷病手当金、障害年金、介護保険、就労支援などについて相談できます。制度を利用することは治療を諦めることではなく、治療と生活を両立するための支援です。

リハビリテーションはがんと診断された直後から受けられる

がんのリハビリテーションは、手術後だけに行うものではありません。骨転移がある場合の安全な歩き方、筋力低下の予防、むくみへの対応、しびれによる転倒予防、呼吸を楽にする姿勢など、ステージ4でも多くの役割があります。

骨折の危険がある場所に強い負荷をかけることは避けなければなりませんが、必要以上に安静にすると筋力が低下し、入浴やトイレ、外出などが難しくなります。画像を確認したうえで、理学療法士や作業療法士と安全な活動範囲を決めます。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

療養場所は選びなおせる

緩和ケアは、抗がん治療を受けている外来、入院中の一般病棟、緩和ケア外来、緩和ケア病棟、自宅などで受けられます。自宅療養では、訪問診療や訪問看護を利用し、痛みや呼吸症状の管理、薬の調整などを受けることができます。

緩和ケア病棟へ相談したからといって、直ちに抗がん治療を中止し、入院しなければならないわけではありません。将来体調が変化した場合に備えて、利用できる施設や条件を早めに確認しておくこともできます。また、一度決めた療養場所を変えてはいけないわけでもありません。自宅で過ごしていても症状の管理が難しくなれば入院し、症状が落ち着けば再び退院できる場合があります。

緩和ケア・支持療法の目的

ステージ4乳がんでは、治療の効果と体への負担が時間とともに変化します。そのため、治療を続けられるかどうかだけでなく、患者さんが何を大切にしているかを繰り返し確認します。

できるだけ長く仕事を続けたい、強い眠気が出る治療は避けたい、自宅で家族と過ごす時間を優先したいなど、希望は人によって異なります。体調や家庭の状況が変われば、以前と考えが変わることもあります。こうした希望を家族や医療者と共有しておくことは、治療を諦めるためではなく、本人の価値観に合った治療を選ぶための準備です。

緩和ケア・支持療法の目的は、苦痛を完全になくすことだけではありません。症状を少しでも軽くし、食事、睡眠、移動、仕事、家族との時間を保ちながら、必要な抗がん治療を続けられる状態をつくることにあります。痛みや不安を我慢するほど治療に前向きであるということではありません。現在困っていることを早めに伝え、薬物療法、リハビリテーション、心理・社会的支援を組み合わせることが、ステージ4乳がんと長く付き合うための治療の一部です。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの生存率は、診断された時点のステージによって大きく異なります。一般にステージが早いほど、手術や放射線治療によって局所のがんを取り除ける可能性が高くなります。一方、ステージ4では乳房から離れた臓器にもがん細胞が広がっているため、薬物療法によって全身の病気を長く抑えることが治療の中心です。

ただし、生存率は多くの患者さんをまとめて計算した統計であり、一人ひとりの余命や治療効果を示すものではありません。数字を見る際には、対象となった患者さんの診断年、生存率の計算方法、診断時のステージを基準にしているのかを確認する必要があります。

乳がんのステージ別5年・10年純生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの院内がん登録では、女性乳がんについて、UICC TNM分類によるステージ別の5年純生存率と10年純生存率が公表されています。

診断時のステージ 5年純生存率 10年純生存率
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

※5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象とした別々の集計です。同じ患者集団の5年後と10年後を比較した数値ではありません。

ここで使われている純生存率(ネット・サバイバル)とは、乳がん以外の死因による影響を統計的に除き「乳がんだけが死因になると仮定した場合の生存率」を推計したものです。国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年の5年生存率集計から、従来の相対生存率に代わって純生存率(ネット・サバイバル)が採用されています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター

同じ患者集団の追跡結果ではない

表を見ると、ステージ4の生存率が5年時点の39.8%から10年時点の17.0%へ低下しているように見えます。しかし、この二つは同じ患者集団を10年間追跡した結果ではありません。

5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象としています。診断年だけでなく、対象となった施設や患者構成も異なるため「5年後に生存していた39.8%の患者さんのうち、10年後には17.0%になった」と解釈することはできません。

ステージが進むにつれて生存率が低くなる背景には、治療の目的の違いがあります。乳房や近くのリンパ節に病変が限られている段階では、手術や放射線治療によって根治を目指せる可能性があります。一方、遠隔転移のあるステージ4では、画像に見えないがん細胞も含めて全身を治療する必要があり、病気を長期間抑えることが治療の中心になります。

ステージ4の39.8%は「5年しか生きられない」という意味ではない

5年純生存率39.8%とは、ステージ4と診断された患者さん一人ひとりに「5年間生きられる確率が39.8%ある」と伝える数字ではありません。年齢や患者背景の異なる大人数のデータをまとめ、統計的に算出した集団の指標です。

また、5年は生存率を集計するための区切りにすぎません。5年が過ぎた直後に病状が急に悪化するわけではなく、薬物療法を変更しながら10年以上生活する患者さんも含まれています。反対に、診断後の早い段階で臓器機能が悪化する患者さんもいるため、中央値や生存率だけでは個人の経過を予測できません。

NCIも、生存率は大きな患者集団から算出されたものであり、個々の患者さんに何が起こるかを正確に予測することはできないと説明しています。乳がんの見通しは、ステージだけでなく、サブタイプ、年齢、全身状態、転移部位、過去の治療、治療への反応などによって変わります。

現在の患者さんへそのまま当てはめることはできない

ステージ4の10年純生存率17.0%は、2012年に診断された患者さんのデータです。国立がん研究センターも、2012年は院内がん登録を開始して間もない時期で登録精度に課題があり、現在とはがん治療の状況も変化しているため、数値の解釈には注意が必要だとしています。

参考:院内がん登録 2012年10年生存率集計|国立がん研究センター

2012年以降、ホルモン受容体陽性乳がんではCDK4/6阻害薬などの分子標的薬が広く使われるようになりました。HER2陽性乳がんでは複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体が登場し、トリプルネガティブ乳がんでも免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などを使用できる患者さんがいます。

これらの治療を受ける現在の患者さんの長期経過は、2012年診断例を基にした10年生存率には十分反映されていません。ただし、治療が進歩しているからといって、現在のステージ4の10年生存率を推測して別の数字へ置き換えることもできません。17.0%は過去の公的な実績として示し、現在の個人の見通しとは区別して受け止める必要があります。

統計は診断時のステージが基準

院内がん登録のステージ別生存率は、乳がんと診断された時点のステージを基準にしています。

最初はステージ1~3と診断され、手術や術後治療を受けた後に遠隔再発した患者さんは、原則として最初に診断されたステージで登録されます。ステージ4の39.8%や17.0%は、最初から骨や肺、肝臓などへの遠隔転移が見つかった「初発ステージ4」の患者さんが主な対象であり、遠隔再発したすべての患者さんの経過を表しているわけではありません。

初発ステージ4と遠隔再発では、それまでに使用した薬や治療への耐性、再発までの期間などが異なります。遠隔再発後の生存期間を扱う研究では、再発した日から期間を計算することもあるため、診断日から計算したステージ4の生存率とは出発点が異なります。

ステージ4の中でも見通しには大きな差がある

ステージ4乳がんの見通しを考えるうえでは、ホルモン受容体やHER2によるサブタイプが大きく関係します。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法と分子標的薬によって長期間病気を抑えられることがあります。HER2陽性乳がんでは、複数の抗HER2療法を順番に使用できるようになっています。

トリプルネガティブ乳がんは進行が速い場合がありますが、PD-L1、BRCA1/2、HER2-lowなどの検査結果によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できることがあります。

転移部位も見通しに影響します。骨だけに転移がある場合と、肝臓や肺の機能が急速に低下している場合では、治療の緊急性が異なります。ただし、肝転移や肺転移があるだけで、直ちに短い余命を意味するわけではありません。臓器機能が保たれ、薬物療法がよく効いていれば、長期間安定する可能性があります。

診断時には経過を正確に予測できなくても、治療後に腫瘍がどの程度縮小したか、症状や臓器機能が安定しているかを確認することで、その時点から先の見通しを評価し直せます。

生存率ではなく、現在の病状と次の選択肢を確認

主治医へ見通しを尋ねる際には「5年生存率が39.8%なら、自分はどちらに入るのか」と質問しても、明確な答えを出すのは困難です。統計上の生存側と死亡側を、診断時に分けることはできないためです。

今後の生活や治療を考えるためには、現在の治療が効いているか、肝臓や肺などの機能は保たれているか、病気の進行は速いか、次に使える薬があるかを確認する方が具体的です。症状が安定し、次の治療選択肢も残っている場合と、臓器機能が急速に悪化している場合では、同じステージ4でも医師から説明される見通しは異なります。

乳がんステージ4の5年純生存率39.8%、10年純生存率17.0%は、病気全体の傾向を理解するための公的なデータです。しかし、これらは過去の異なる患者集団から算出された数字であり、個人の余命を示すものではありません。サブタイプ、転移部位、臓器機能、治療への反応を確認しながら、その時点での見通しを医療者と共有することが必要です。

乳がんステージ4の余命

乳がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんが知りたいのは「実際には何か月、何年くらい生きられる可能性があるのか」という具体的な数字です。

前章で示した5年純生存率や10年純生存率は、ステージ4乳がん全体の傾向を知るうえで役立ちます。一方、臨床試験では、特定のサブタイプや治療歴を持つ患者さんを対象として、治療開始後の全生存期間中央値が報告されています。

これらの数値は、現在の治療を受けた患者さんがどの程度の期間生存したかを知るための参考になります。ただし、対象患者や治療を始めた段階が試験ごとに異なるため、そのまま個人の余命として受け取ることはできません。

代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値

乳がんステージ4の治療成績を示した代表的な第Ⅲ相試験では、次のような全生存期間中央値が報告されています。

乳がんのタイプ・主な対象 臨床試験・治療段階 試験で行われた治療 全生存期間中央値
ホルモン受容体陽性・HER2陰性。進行乳がんに対する全身治療を受けていない閉経後患者 MONALEESA-2・一次治療 リボシクリブ+レトロゾール 63.9か月
HER2陽性。転移性乳がんに対する抗HER2療法や抗がん剤を受けていない患者 CLEOPATRA・一次治療 ペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル 57.1か月
トリプルネガティブ、PD-L1 CPS 10以上。進行・再発乳がんに対する全身治療を受けていない患者 KEYNOTE-355・一次治療 ペムブロリズマブ+抗がん剤 23.0か月
HER2-low。転移性乳がんに対して1~2種類の抗がん剤治療歴がある患者 DESTINY-Breast04・二次治療以降 トラスツズマブ デルクステカン  23.4か月

参考:Hortobagyi GN, et al.「Overall Survival with Ribociclib plus Letrozole in Advanced Breast Cancer」
参考:Swain SM, et al.「Pertuzumab, Trastuzumab, and Docetaxel for HER2-Positive Metastatic Breast Cancer: End-of-Study Results from CLEOPATRA」
参考:Cortés J, et al.「Pembrolizumab plus Chemotherapy in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」
参考:Modi S, et al.「Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Low Advanced Breast Cancer」

これらは治療を受けた患者さんの実際の経過を表す数値ですが、乳がんステージ4のタイプ別平均余命を示した表ではありません。

全生存期間中央値の意味

全生存期間中央値とは、対象患者の半数が生存していた期間です。NCIは、診断日または治療開始日から、対象集団の半数が生存している期間と定義しています。

たとえば、全生存期間中央値が23か月だった場合、すべての患者さんが23か月前後で亡くなったわけではありません。約半数は23か月より短い期間で亡くなり、残りの半数はそれより長く生存しています。中には、中央値を大きく超えて数年間治療を継続した患者さんも含まれます。

中央値は「治療を受けた人の典型的な経過を一つの数字で表すための統計」です。患者さん一人ひとりに与えられた期限ではありません。

表の数字をサブタイプ別の余命として比較することはできない

表だけを見ると、ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは63.9か月、HER2陽性乳がんは57.1か月、トリプルネガティブ乳がんは23.0か月と読み取れます。しかし、これらの数字を並べて、サブタイプごとの余命を直接比較することはできません。

MONALEESA-2、CLEOPATRA、KEYNOTE-355は、主に進行・転移性乳がんに対する一次治療の試験です。一方、DESTINY-Breast04は、転移性乳がんに対してすでに1~2種類の抗がん剤を受けた患者さんを対象としています。

DESTINY-Breast04に参加した患者さんは、試験開始前にも転移性乳がんとして治療を受けています。そのため、23.4か月は「ステージ4と診断されてからの全期間」ではなく、試験治療を開始してからの生存期間です。

また、試験ごとに閉経状態、PD-L1、HER2の発現、過去の治療、脳転移の状態、全身状態、肝臓や腎臓などの機能に関する参加条件が設けられています。臨床試験へ参加できる患者さんは、一定の体力と臓器機能を保っている場合が多いため、表の数値がステージ4乳がん患者全体をそのまま表しているわけでもありません。

数値は試験の追跡期間によって変わる

全生存期間中央値は、試験開始時から固定された数字ではありません。追跡期間が延び、死亡した患者さんの数が増えると、中央値が更新されることがあります。

DESTINY-Breast04では、主要解析時の全生存期間中央値は23.4か月でしたが、その後の長期追跡では22.9か月と報告されています。これは治療効果が後から悪化したという意味ではなく、追跡期間が延びてデータが成熟したことで、中央値の推定値が変化したものです。

臨床試験の数字を参考にする場合には、どの解析時点の数値なのかを確認する必要があります。本章の表では、治療効果が最初に明確に示された主要解析または最終解析の代表値を掲載しています。

診断された日からの余命ではない

臨床試験の全生存期間は、多くの場合、患者さんが試験へ登録され、治療群へ割り付けられた時点から計算されます。最初に乳がんと診断された日や、遠隔転移が見つかった日から数えた期間とは限りません。

初発時からステージ4だった患者さんと、早期乳がんの治療から数年後に遠隔再発した患者さんでは、試験治療を開始するまでの経過が異なります。さらに、二次治療や三次治療の試験では、すでに転移性乳がんとして一定期間治療を受けた患者さんが対象です。

したがって、表の23か月や64か月を「ステージ4になってから生きられる期間」と解釈することはできません。全生存期間中央値は、その試験の対象条件と計測開始時点を合わせて読む必要があります。

治療への反応によって見通しは更新される

診断直後には、その乳がんが薬へどの程度反応するか分からないため、医師が説明できる見通しにも幅があります。治療後に腫瘍が縮小し、症状や臓器機能が安定していれば、診断時よりも長い経過を期待できる可能性があります。画像上で腫瘍が消えていなくても、大きくならずに安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

最初の治療が効かなかった場合でも、直ちに余命が短いと決まるわけではありません。ホルモン受容体、HER2、PD-L1、BRCA1/2などを確認し、作用の異なる薬へ変更することで、再び病気を抑えられることがあります。

一方、複数の薬を使用しても短期間で進行し、臓器機能の低下によって次の治療を安全に受けにくくなった場合には、医師からより厳しい見通しが説明されることがあります。余命の予測は診断時に一度決められるものではなく、治療への反応と体の状態に応じて繰り返し見直されます。

余命は数字ではなく幅を確認する

今後の仕事、家族との時間、財産や療養場所について考えるために、見通しを知りたい患者さんもいます。その場合は「あと何年ですか」と一つの数字だけを求めるより、現在の病状が数か月単位で変化する可能性が高いのか、年単位で安定する可能性があるのかを尋ねる方が、現実的な説明を受けやすくなります。

現在の治療が効いた場合と効かなかった場合の違い、次に使用できる薬が何種類あるか、今後特に注意すべき臓器や症状について確認することも、生活を考える助けになります。

すべての患者さんが詳細な予測を知りたいとは限りません。数字を知ることで準備しやすくなる人がいる一方、強い不安につながる人もいます。どの程度まで知りたいのか、家族にも同じ内容を伝えてよいのかを、あらかじめ医療者へ伝えることができます。

見通しが厳しくても受けられる医療はある

有効性を期待できる抗がん治療が少なくなった場合でも、痛み、息苦しさ、吐き気、不眠、不安などを軽減する治療は続けられます。胸水を抜く処置、骨転移への放射線治療、鎮痛薬の調整、訪問診療や訪問看護などによって、生活の負担を軽くできる場合があります。

新しい抗がん剤を使わないことと、治療を何もしないことは同じではありません。抗がん治療の負担が利益を上回る段階では、症状を抑え、食事や睡眠、家族との時間を保つことが医療の中心になります。

表の数字は、現在の治療によってどのような経過が報告されているかを知る参考にはなりますが、個人の期限ではありません。現在の病気の進行速度、治療への反応、臓器機能、次に使える治療を確認しながら、自分自身の見通しを主治医と共有することが大切です。

乳がんステージ4が完治する可能性

乳がんステージ4では、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器にもがんが広がっています。そのため、一般には手術によってすべてのがんを取り除き、治療を終了することを目指す病期ではありません。乳がんのサブタイプに合った薬物療法を続け、病気の進行を抑えながら、症状や臓器機能、日常生活を保つことが治療の中心です。

ただし、「ステージ4では絶対に病変が消えない」という意味ではありません。治療によって画像上の病変がすべて見えなくなり、その状態が長期間続く患者さんもいます。ここでは、画像上の完全奏効と医学的な完治を区別して考える必要があります。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

乳がん治療では、検査で確認できる病変がすべて消えた状態を「完全奏効」または「完全寛解」と呼びます。NCIは完全奏効を、治療によってがんの徴候がすべて消失した状態と定義していますが、同時に、それが必ずしも治癒を意味するわけではないと説明しています。

用語 主な意味
完全奏効・完全寛解 画像検査などで確認できる病変が消えた状態
部分奏効 病変が一定以上縮小した状態
安定 病変が明らかに縮小してはいないものの、大きくもなっていない状態
NED 検査で病気の存在を確認できない状態
完治・治癒 治療後にがんが再び現れる可能性が十分低く、病気が治ったと判断される状態

完全奏効やNEDは、現在の検査でがんを確認できないことを表しています。一方、完治は、将来も再発しないと判断できる状態を意味します。ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えても、一般には完全奏効や長期寛解と表現し、すぐに完治とは判断しません。

参考:ESMO「Clinical Practice Guideline:Metastatic Breast Cancer」

画像で病変が消えても再発する可能性があるのはなぜか

CTやMRI、PETなどの画像検査には、確認できる病変の大きさに限界があります。治療によって大きな病変が消えても、画像では捉えられない少数のがん細胞が体内に残っている可能性があります。

薬物療法によって多くのがん細胞が死滅しても、一部の細胞が活動を弱めた状態で残り、時間がたってから再び増殖することがあります。治療に反応しやすい細胞が減る一方で、薬の影響を受けにくい細胞が残る場合もあります。

血液検査や腫瘍マーカーが正常になった場合も同様です。腫瘍マーカーは病気の動きを判断する補助にはなりますが、正常値だからといって、がん細胞が体内に一つも存在しないことを証明する検査ではありません。そのため、画像で病変が見えなくなっても、定期的な診察や検査を続け、必要に応じて薬物療法を継続します。

長期間病気が見えない状態を保つケース

転移性乳がんで完全奏効が得られ、その状態が何年も続く患者さんは実際に報告されています。とくに、薬物療法への反応が良好なHER2陽性乳がんでは、トラスツズマブを含む治療によって数年間の長期寛解を得た患者群が報告されています。

参考:PubMed「Long-term Tumor Remission Under Trastuzumab Treatment for HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

過去の完全奏効例を集めた研究でも、転移性乳がんに対する治療後、長期間再発を認めなかった患者さんが一部含まれていました。

参考:PubMed「Characterisation of Complete Responders to Combination Chemotherapy for Metastatic Breast Cancer」

ただし、このような患者さんは転移性乳がん全体の中では限られており、どの患者さんが長期寛解を得られるかを治療前に正確に予測することはできません。また、長期間病変が現れなかった症例報告があることと、一般的な治療で完治を期待できることは分けて考える必要があります。

長期的に病気を抑えやすい条件としては、薬物療法への反応が深く長く続いていること、転移している臓器や病変数が少ないこと、臓器機能と全身状態が保たれていることなどが考えられます。しかし、これらの条件がそろっていても、治癒を保証するものではありません。

局所治療を検討するケース

転移が一つまたは少数の臓器や病変に限られている状態は、オリゴ転移と呼ばれます。病変がごく限られている患者さんでは、全身薬物療法に加えて、転移巣への手術や定位放射線治療などを行い、長期的な病気の制御を目指すことがあります。

乳がんのオリゴ転移に対する局所治療では、長期生存や長期間の病勢制御を得た報告があります。とくに、ホルモン受容体陽性で、最初の乳がん治療から転移までの期間が長く、病変数が少ない患者さんでは、良好な経過を示した研究があります。

参考:PubMed「Navigating Breast Cancer Oligometastasis and Oligoprogression」
参考:PubMed「Long-term Disease Control and Survival After SABR for Oligometastatic Breast Cancer」

一方、これまでの研究には後ろ向き研究や小規模試験が多く、局所治療を受けたから長く生存したのか、もともと進行が緩やかな患者さんが選ばれていたため長く生存したのかを区別しにくいという問題があります。近年のレビューでも、乳がんのオリゴ転移に対する手術や定位放射線治療について、良好な報告がある一方、すべての患者さんへの有効性を支持しない試験もあり、結論は確立していないとされています。

現在も、乳がんのオリゴ転移に対して、サブタイプ別の薬物療法へ転移巣治療を加えることが予後を改善するかを検証する臨床試験が行われています。

参考:PubMed「Randomized Controlled Trial of Metastasis-directed Therapy for Oligometastatic Breast Cancer」

したがって、転移が少なければ手術や放射線治療で必ず完治できるわけではありません。局所治療を行う場合には、転移の数や場所だけでなく、サブタイプ、薬物療法への反応、ほかに見えない病変が存在する可能性、治療による負担を含めて判断します。

画像上の病変が消えても治療は続く

ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えた場合でも、現在の薬物療法が病気を抑えている可能性があるため、すぐに治療を終了するとは限りません。

たとえば、HER2陽性乳がんでは、抗がん剤を一定期間で終了しても、トラスツズマブなどの抗HER2療法を維持療法として続けることがあります。ホルモン受容体陽性乳がんでも、病変が見えなくなった後に内分泌療法や分子標的薬を続ける場合があります。

治療を中止できるかどうかについて、すべての患者さんへ当てはめられる明確な基準はありません。完全奏効後に薬を中止しても長期間再発しない患者さんがいる一方、中止後に病気が再び現れる可能性もあります。HER2陽性転移性乳がんの完全寛解後に、抗HER2療法をどれくらい継続すべきかについても、医学的に確立した答えはありません。

治療を続ける利益だけでなく、心機能低下、間質性肺疾患、血球減少、下痢、倦怠感などの副作用や、通院による生活負担も考慮します。病変が見えない状態が長期間続いている場合には、治療の継続、減量、休薬について個別に話し合うことがありますが、自己判断で薬を中止することは避けなければなりません。

がんを完全に消すことだけが治療の成功ではない

ステージ4乳がんでは、完全奏効だけが治療成功の基準ではありません。画像上で病変が残っていても、大きさが変わらず、症状や臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

がんを完全に消すことだけを目標にすると、より強い治療を続けることで副作用が増え、食事や睡眠、仕事、外出が難しくなることがあります。長期間病気を抑える治療では、腫瘍の縮小だけでなく、治療を続けられる体力と生活を保つことも重要です。

現在の薬で病変が小さくならなくても、進行せず安定している場合には、すぐに別の薬へ変更する必要はありません。反対に、画像上では縮小していても、副作用によって生活が大きく制限されている場合には、投与量や治療内容を見直します。

「完治できますか」と尋ねるときに確認したいこと

主治医へ完治の可能性を尋ねる際には、単に「治りますか」と質問するだけでなく、現在の治療で何を目指しているのかを確認すると、より具体的な説明を受けやすくなります。

画像上の病変がすべて消える可能性があるのか、病気を長期間安定させることを目指しているのか、病変が限られていて局所治療を追加する意味があるのかを確認します。完全奏効が得られた場合には、薬をどの程度続けるのか、どのような検査で再発を確認するのかも治療計画に関わります。

乳がんステージ4では、一般に治癒を前提とするのではなく、薬物療法を続けながら病気を長期間抑えることを目指します。一方で、治療によって画像上の病変が消え、長期寛解を保つ患者さんがいることも事実です。

ただし、完全奏効や長期寛解は、将来も再発しないことを保証するものではありません。「完治できるか、できないか」の二択だけで考えるのではなく、現在の治療で病変がどこまで抑えられているか、その状態をどの程度維持できているか、生活を保ちながら治療を続けられるかを確認することが大切です。

標準治療で効果が乏しくなった場合

乳がんステージ4では、一つの治療を続けているうちに、薬の効果が弱くなることがあります。しかし、現在の薬で病気が進行したことと、乳がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。

ホルモン受容体、HER2、PD-L1、遺伝子変化、これまでに使用した薬を見直すと、作用の異なる標準治療が残っている場合があります。進行した病変の再検査や、がん遺伝子パネル検査によって、新たな治療候補や臨床試験が見つかることもあります。まず病気がどこで、どの程度進行しているのかを確認し、受けられる治療を整理することが基本です。

全身の治療を変更する必要があるか確認

腫瘍マーカーが上昇しただけでは、直ちに現在の薬を中止するとは限りません。腫瘍マーカーは病気の動きを確認する補助的な指標であり、数値の変動だけで治療効果を判断できないためです。

治療変更を考える際には、CTやMRIなどの画像検査、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓や肺を含む臓器機能を確認します。複数の臓器で病変が増えていれば、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

一方、大部分の病変は抑えられているものの、骨や脳などの一部だけが進行している場合には、進行した病変へ放射線治療や手術を行い、全身では効果が続いている薬を維持できることがあります。すべての進行が、直ちに薬の全面変更を意味するわけではありません。治療の変更は、病変の増え方と臓器への影響を見て判断します。

ホルモン受容体やHER2を調べ直す

乳がんは、治療を受ける中で性質が変化することがあります。また、最初に採取した乳房の腫瘍と、後に進行した転移巣で、ホルモン受容体やHER2の結果が一致しない場合もあります。

安全に組織を採取できる病変があれば、再生検を行い、現在のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2などを確認することがあります。HER2陽性への変化やHER2-lowへの該当が確認されれば、以前は候補にならなかった抗HER2薬や抗体薬物複合体を検討できる可能性があります。ホルモン受容体の状態も、その後の内分泌療法を選ぶ材料になります。乳がんのバイオマーカー検査は、治療方針を決めるために行われます。

ただし、再生検には出血や痛みなどの負担があり、脳や骨など、組織を安全に採取しにくい場所もあります。検査結果が変わっても治療方針に影響しないと考えられる場合には、無理に生検を行わないこともあります。

組織の採取が難しい場合には、血液中のがん由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが選択肢になることがあります。血液検査であれば体への負担を抑えられますが、がん由来DNAが十分に血液へ流れていない場合には、実際に存在する遺伝子変化を検出できないことがあります。陰性という結果だけで、対象となる変化が絶対にないとは判断できません。

未使用の標準治療が残っていないかを整理

「標準治療が効かなくなった」という表現は、一つの薬が効かなくなった場合と、ガイドラインで推奨される複数の治療をすでに受けた場合の両方に使われることがあります。次の治療を考える際には、これまで使った薬を時系列で整理し、まだ使用していない標準治療がないかを確認します。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果に応じ、作用の異なる内分泌療法や分子標的薬を選べる場合があります。内分泌療法の効果を期待しにくくなった後も、抗がん剤やHER2-low/ultralowを対象とする抗体薬物複合体が候補になります。

HER2陽性乳がんでは、一つの抗HER2薬で進行しても、異なる仕組みを持つ抗体薬物複合体やHER2阻害薬などへ進める可能性があります。トリプルネガティブ乳がんでも、PD-L1、BRCA1/2、HER2-low、過去の抗がん剤治療によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などの候補が変わります。転移性乳がんでは、サブタイプや過去の治療に応じて、複数の薬物療法を順番に使用します。

同じ系統の薬を使用したことがあっても、別の作用機序を持つ薬まで無効とは限りません。一方、理論上は使用可能でも、間質性肺疾患、心機能低下、強いしびれ、骨髄抑制などが残っていれば、安全性の面から選びにくい治療もあります。病気に効果が期待できるかだけでなく、現在の体がその治療を受けられる状態かを確認します。

がん遺伝子パネル検査で治療候補を探す

乳がんで推奨される標準治療が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査を検討することがあります。この検査では、がん組織や血液を使って多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験がないかを探します。

日本の保険診療では、標準治療がない固形がんや、標準治療が終了した、または終了が見込まれる局所進行・転移性の固形がんで、新たな薬物療法を希望する患者さんなどが主な対象です。検査結果は、がんゲノム医療に関わる複数の専門家によるエキスパートパネルで検討され、使用可能な薬や臨床試験の情報が担当医へ返されます。

がん遺伝子パネル検査を受けても、必ず新しい治療が見つかるわけではありません。治療に関係する遺伝子変化が見つからない場合や、変化が見つかっても国内で使用できる薬がない場合があります。対応する臨床試験があっても、実施施設、過去の治療、全身状態などの参加条件を満たせないことがあります。

また、検査によって、乳がんの治療選択とは別に、生まれつきがんを発症しやすい遺伝子の変化が疑われることがあります。その結果は血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを事前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

検査結果が出るまでには一定の時間がかかります。体調や臓器機能が急速に悪化してから検査を始めると、結果が出た時点で新しい治療や臨床試験を受けにくくなっていることもあります。標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、検査を行う時期について主治医へ相談しておくことが大切です。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター

臨床試験や治験も治療選択肢の一つ

臨床試験では、まだ標準治療として確立していない新しい薬や、既存薬の新たな組み合わせについて、効果と安全性を調べます。治験は、臨床試験のうち、薬や医療機器の承認を得ることを目的として行われる試験です。現在の標準治療も、過去の臨床試験によって効果と安全性が確認され、確立されてきました。

臨床試験は、効果が保証された特別な治療ではありません。期待した効果が得られない可能性や、これまで知られていない副作用が起こる可能性があります。参加には、乳がんのサブタイプ、使用した薬、遺伝子検査の結果、臓器機能、全身状態など、試験ごとに定められた条件があります。希望しても必ず参加できるわけではなく、実施している医療機関への通院が必要になる場合もあります。

臨床試験への参加を考える場合には、試験の目的、期待される利益、分かっている副作用、追加で必要になる検査や通院、費用、参加しなかった場合の標準治療を確認します。参加への同意後でも、本人の意思で中止できます。

標準治療が終了してから初めて探すのではなく、次の治療を検討する段階で、該当する試験がないか担当医へ尋ねる方法もあります。国内で実施されている乳がんの臨床試験は、国立がん研究センターのがん情報サービスから検索できます。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

臨床試験と自由診療は区別して考える

標準治療で効果が乏しくなると「最先端治療」「個別化治療」「副作用の少ない治療」などを掲げる自由診療に関心を持つことがあります。しかし、新しいという言葉が、標準治療より効果が高いことを意味するわけではありません。

臨床試験は、倫理審査や法律に基づき、治療の効果と安全性を科学的に評価する仕組みです。一方、自由診療の中には、乳がんに対する有効性が十分に証明されていない治療も含まれます。自由診療では治療費だけでなく、診察、検査、入院、副作用への対応も全額自己負担になる場合があります。

自由診療を検討するときには、どの臨床試験でどの程度の効果が示されたのか、乳がん患者を対象とした比較試験があるのか、治療によって寿命や生活の質が改善した根拠があるのかを確認します。「標準治療ではないから効果がない」と一律に決めつけるのではなく、研究段階の医療として適切に評価されているかを見分けることが必要です。

セカンドオピニオンで治療方針を確認

治療選択肢が少なくなったと説明された場合や、がん遺伝子パネル検査・臨床試験を検討したい場合には、乳がん薬物療法やがんゲノム医療を専門とする医師からセカンドオピニオンを受ける方法があります。

セカンドオピニオンは、現在の主治医を変更するための制度ではなく、診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、自分が納得して治療を選ぶための仕組みです。別の標準治療や臨床試験が見つかることもありますが、現在の治療が妥当だと確認されることもあります。

相談時には、病理報告書、画像検査、これまで使用した薬とその効果、副作用、遺伝子検査の結果などが必要です。特に、薬の名称だけでなく、いつからいつまで使用し、なぜ中止したのかが分かる治療経過は、次の選択肢を判断する重要な資料になります。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

抗がん治療を続けるかは利益と負担を比べて判断

新しい薬が存在しても、その治療を受けることが常に最善とは限りません。腫瘍を縮小できる可能性が低い一方で、強い倦怠感、感染症、下痢、しびれなどによって、食事や睡眠、家族との時間が大きく損なわれる場合があります。治療を続けるかどうかは、薬が残っているかだけでなく、期待できる効果、その効果が現れるまでの時間、副作用、現在の臓器機能、本人が大切にしたい生活を含めて判断します。

抗がん治療による利益が乏しくなった場合でも、痛みや息苦しさを抑える薬、骨や脳転移への放射線治療、胸水を抜く処置、緩和ケア、訪問診療などは続けられます。抗がん剤を使わない選択は、医療を何も受けないという意味ではありません。

標準治療で効果が乏しくなったときには、すぐに「治療法がない」と結論づけるのではなく、病理とバイオマーカー、未使用の標準治療、がん遺伝子パネル検査、臨床試験を順番に確認します。そのうえで、治療によって得られる利益と生活への負担を比較し、現在の自分に合う選択を考えることが大切です。

乳がんステージ4の治療選択肢は増えている

乳がんステージ4の治療では、サブタイプや過去の治療歴に応じて、複数の薬を順番に使用します。近年は新しい薬が承認されただけでなく、従来は治療対象にならなかった患者さんにも選択肢が広がっています。

たとえば、以前はHER2陰性とまとめられていた乳がんの中でも、HER2-lowやHER2-ultralowに該当すれば、抗体薬物複合体を検討できる場合があります。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの遺伝子変化を調べ、内分泌療法が効きにくくなった仕組みに応じて薬を選べるようになっています。HER2陽性乳がんでは、脳転移への効果も検討された薬が国内で使用できるようになりました。

また、がん細胞の表面にあるHER2やTROP-2を目印として抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も増えています。通常の抗がん剤とは異なる効果を期待できる一方、間質性肺疾患、骨髄抑制、下痢、口内炎など、薬ごとに注意すべき副作用があります。新しい薬だから副作用が少ないとは限りません。

新薬が承認されても、すぐに治療を変更するとは限らない

現在の治療で病気を抑えられ、副作用も許容できている場合には、新薬が登場したという理由だけで治療を変更する必要はありません。効果のある薬を早く中止すると、その治療によって病気を抑えられる期間を十分に生かせない可能性があります。ステージ4乳がんでは、現在の治療効果を保ちながら、次に使える薬を残しておくことも治療計画の一部です。

画像検査で病変の増大が確認された場合や、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって現在の治療を続けにくくなった場合には、次の選択肢を検討します。その際は、新薬の名称だけでなく、現在のホルモン受容体やHER2の状態、遺伝子変化、これまでに使用した薬を改めて確認します。

初回診断時の病理検査から長い期間が経過している場合や、病理報告書に「HER2陰性」としか記載されていない場合には、保存されている組織の再評価や、転移巣の再生検によって新しい治療対象に該当すると分かることもあります。

遺伝子検査や臨床試験も治療候補を探す方法

標準治療の選択肢が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査によって、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験を探すことがあります。ただし、遺伝子変化が見つかっても、対応する薬が国内で承認されているとは限りません。臨床試験があっても、過去の治療、臓器機能、全身状態などの参加条件を満たせない場合があります。

血液中のがん由来DNAを調べるctDNA検査も、治療選択に利用され始めています。一部のホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、画像上の進行が起こる前にESR1遺伝子変異を確認し、内分泌療法を変更できる場合があります。ただし、ctDNA検査が画像検査や組織検査に置き換わるわけではなく、現在のところ利用できる対象や治療条件は限られています。

「最新の治療」と「自分に適した治療」は同じではない

臨床試験で高い効果が報告された薬でも、対象となった患者さんのサブタイプや治療歴が自分と異なれば、同じ効果を期待できるとは限りません。海外で承認された薬が、日本でも同じ条件で保険診療として使用できるとは限らない点にも注意が必要です。

最新治療を検討するときには、国内で承認されているか、自分のサブタイプや治療歴が適応条件に合っているか、現在の治療よりどのような利益を期待できるかを確認します。副作用、点滴や服薬の負担、通院回数、次に残る治療まで含めて判断することが必要です。

転移・再発乳がんで新たに使用できるようになった薬、治療選択に必要な検査、抗体薬物複合体、ctDNA、臨床試験・治験については、以下の記事で詳しく解説しています。

新しい治療が見つからない場合や、現在の治療を続けるべきか判断しにくい場合には、これまでの病理検査、使用した薬、治療効果、副作用を整理したうえで、主治医や乳がんを専門とする医師へ相談します。

乳がんステージ4でよくある質問

乳がんステージ4では、治療法だけでなく、治療がいつまで続くのか、入院が必要なのか、仕事や食事をどうすればよいのかといった疑問も生じます。実際の対応は、使用する薬、転移している臓器、症状、全身状態によって異なります。ここでは、患者さんや家族から寄せられることの多い疑問について解説します。

乳がんステージ4の治療はいつまで続きますか?

ステージ4の薬物療法には「必ず○回で終了する」という共通の治療期間はありません。現在の薬で病気を抑えられ、副作用による負担が許容できる間は、同じ治療を継続することがあります。

画像検査で病変が増えた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって治療を続けにくくなった場合には、減量、休薬、薬の変更を検討します。抗がん剤を一定期間で終了した後も、内分泌療法や抗HER2薬などを維持療法として続ける場合があります。

転移性乳がんでは、病気を長期間抑えることが治療目標の一つです。一つの薬が効かなくなっても、サブタイプや治療歴に応じて別の薬へ変更できることがあります。治療期間は最初に一度決めるのではなく、効果と負担を確認しながら見直されます。

参考:乳がんの治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療には入院が必要ですか?

乳がんステージ4の薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。内服薬は自宅で服用し、点滴や注射も決められた日に通院して受ける方法が一般的です。

ただし、すべての治療を外来で受けられるわけではありません。強い痛みや呼吸困難がある場合、感染症や重い副作用が疑われる場合、肝機能などの臓器機能が急速に悪化している場合には、入院して検査や治療を行うことがあります。

骨折や脊髄圧迫、症状のある脳転移、胸水による強い息苦しさなどに対して、手術、放射線治療、胸水を抜く処置が必要なときも、入院を検討します。入院の有無はステージ4という病期だけで決まるものではありません。治療方法、症状、安全に通院できるか、自宅で副作用へ対応できるかを踏まえて判断します。

参考:薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

仕事を続けながら治療できますか?

治療と仕事を両立している患者さんはいます。通院日や副作用が現れやすい時期を考慮し、勤務時間、仕事内容、在宅勤務、休暇の取り方を調整することで、仕事を継続できる場合があります。

一方、点滴後の倦怠感、下痢、吐き気、しびれ、集中力の低下などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることもあります。体調が安定している日とつらい日の差があるため、治療開始前から復帰時期や勤務量を固定しすぎず、実際の経過を見て調整する方が現実的です。

国立がん研究センターは、がんと診断された直後に仕事を辞めることを急がず、治療内容や体調の見通しを確認したうえで働き方を考えるよう案内しています。がん診療連携拠点病院などのがん相談支援センターでは、就労形態にかかわらず、治療と仕事の両立について相談できます。

参考:がんと仕事:働き方を考える|国立がん研究センター がん情報サービス

食べてはいけないものはありますか?

乳がんステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食べ物はありません。医師から特別な指示がなければ、エネルギーやタンパク質などが不足しないよう、無理のない範囲でバランスよく食べることが基本です。

吐き気や味覚の変化、口内炎があるときには、栄養バランスだけを優先して無理に食べる必要はありません。食べられるものを少量ずつ取り、症状に応じて温度、硬さ、味付けを変えます。体重の減少が続く場合には、主治医や管理栄養士へ相談します。

食事内容だけで乳がんを治したり、進行を止めたりする方法は確立していません。極端な糖質制限や特定の食品だけを取る食事療法は、体力や栄養状態を低下させ、薬物療法を続けにくくする可能性があります。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

サプリメントや健康食品の中には、治療薬の効果や副作用に影響するものがあります。食品として販売されていても、薬との相互作用がないとは限りません。

「免疫力を上げる」「がんを小さくする」などと宣伝されていても、サプリメントや健康食品が標準治療の代わりになることは証明されていません。特定の成分を大量に取ることで、肝機能障害や出血などが起きたり、薬の血中濃度が変化したりする可能性もあります。

利用したいものがある場合は、商品名だけでなく、成分や摂取量が分かる容器や資料を医師、看護師、薬剤師へ見せて確認します。すでに使用している場合も、医療者に伝えずに続けたり、急に中止したりせず、治療との影響を確認してください。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

運動してもよいですか?

体調が安定していれば、歩行や軽い体操など、無理のない範囲で体を動かすことは、筋力や日常生活動作を保つ助けになります。がんのリハビリテーションは、診断後の早い時期から、治療中や緩和ケアを受ける時期まで検討できます。

ただし、骨転移がある場合には、病変の場所や骨折の危険性によって避けるべき動作があります。脳転移によるふらつき、強い貧血、息切れ、感染症などがある場合も、自己判断で運動量を増やすべきではありません。

運動を始める前に、歩いてよい距離、持ってよい重さ、避けるべき姿勢について、主治医やリハビリテーションの担当者へ確認します。運動中に痛み、息苦しさ、めまい、動悸が現れた場合は中止し、医療機関へ相談してください。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

どのような症状が出たら早めに病院へ連絡すべきですか?

乳がんステージ4の治療中は、予定された診察日を待たずに相談した方がよい症状があります。

急に強くなった息苦しさ、新しく現れた咳や発熱、意識や話し方の変化、けいれん、片側の手足の動かしにくさ、急激に悪化する痛みなどは、転移による症状や治療の副作用が関係している可能性があります。黄疸や腹部の張り、骨の強い痛みや骨折も、転移部位の状態を確認する必要があります。

嘔吐や下痢が続いて水分を取れない、強い倦怠感で起き上がれない、薬を服用できないといった変化も、脱水や感染症、臓器機能の低下につながる場合があります。

連絡すべき体温や症状の基準は治療薬によって異なります。治療開始時に、夜間や休日の連絡先、どのような症状ならすぐに連絡するのかを確認しておくことが大切です。

乳がんステージ4では、治療を生活へ合わせるだけでなく、生活を守るために治療内容を調整する視点も必要です。副作用や仕事、食事の悩みを我慢し続けるのではなく、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどへ相談することで、治療を続けやすくなる場合があります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

納得できる治療を選ぶために

乳がんステージ4では、同じサブタイプであっても、転移している臓器、病気の進行速度、これまでに受けた治療、臓器機能、副作用によって適した治療は異なります。新しい薬や効果の高い薬を選ぶことだけが、納得できる治療につながるわけではありません。

まず確認したいのは、現在の治療で何を目指しているかです。病変を早く縮小させる必要があるのか、進行を長く抑えることを優先するのか、症状を軽くして生活を保つことが中心なのかによって、選ぶ治療は変わります。

治療効果は、画像上の縮小だけでは判断できません。病変が残っていても大きくならず、痛みや息苦しさ、臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられていると考えられます。反対に、病変が縮小していても、副作用で食事や仕事、睡眠が大きく損なわれている場合には、減量や休薬、治療変更を検討することがあります。

新薬を検討するときは、自分のホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、過去の治療歴が適応条件に合っているかを確認します。現在の治療が効いている場合には、すぐに新薬へ変更せず、次の選択肢として残しておく考え方もあります。

治療方針には患者さん自身の希望も関わります。できるだけ長く仕事を続けたい、通院回数を減らしたい、多少の副作用があっても腫瘍の縮小を優先したいなど、大切にしたいことを医療者へ伝えることで、治療を選びやすくなります。

治療方針に迷う場合には、セカンドオピニオンを利用する方法もあります。現在の治療が妥当だと確認できることも、納得して治療を続けるための大切な判断材料です。

乳がんステージ4の治療では「最も新しい治療」ではなく、現在の病状に合っているか、期待できる効果と負担のバランスを受け入れられるかを考えることが重要です。病状や希望は治療中に変化するため、その都度主治医と治療目標を確認しながら、自分にとって納得できる選択を重ねていきましょう。

「ステージ4の大腸がんです。」

診察室でそう告げられた瞬間、多くの患者さんやご家族は「もう治療法はないのではないか」「余命はどれくらいなのだろう」と強い不安を感じます。

大腸がんのステージ4とは、大腸から離れた臓器やリンパ節へがんが転移した状態を意味します。そのため「末期がん」と説明されることもあり、治療を諦めなければならない病気という印象を持たれがちです。しかし、現在の大腸がん治療は以前とは大きく変わっています。

抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の進歩に加え、転移した病変を切除する外科治療も発達し、ステージ4であっても根治を目指せる患者さんが存在する数少ないがんの一つになっています。

肝臓や肺への転移が限られている場合には、薬物療法で腫瘍を縮小させた後に切除を行い、長期間再発なく生活している患者さんもいます。診断時には手術が難しいと判断されても、治療への反応によって状況が変わることもあり「ステージ4だから手術はできない」と最初から決まっているわけではないのです。

一方で、すべての患者さんが同じ治療を受けるわけでもありません。近年では、転移の部位や数だけでなく、RAS遺伝子やBRAF遺伝子の変異、MSI(マイクロサテライト不安定性)の有無、HER2の発現なども調べたうえで、一人ひとりに適した治療法を選択します。「大腸がんステージ4」という診断名は同じでも、実際の治療内容や期待できる治療効果は患者さんによって大きく異なります。

生存率や余命についても、インターネット上にはさまざまな数字が掲載されていますが、それだけで将来を決めつけることはできません。新しい薬剤が次々と登場し、10年前の統計では現在の治療成績を十分に反映できなくなっているためです。

この記事では、大腸がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、治療の流れ、生存率や余命、完治の可能性、最新治療、標準治療以外の選択肢まで、現在の医学的根拠に基づいて詳しく解説します。

診断されたばかりの方はもちろん、治療中で今後の選択肢について知りたい方、ご家族として情報を整理したい方にも、治療を考えるための判断材料となる記事を目指しています。

  • 大腸がんステージ4でも肝転移や肺転移を含めて切除できる一部の患者では根治を目指せる
  • 切除できない場合は遺伝子・免疫の特徴に応じた薬物療法が中心
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は18.3%だが、経過には大きな幅がある

大腸がんステージ4とは

大腸がんのステージは、がんがどこまで広がっているかを表す指標です。

早期のステージⅠではがんは腸の壁の浅い部分にとどまっていますが、病気が進行すると腸の外側へ広がり、周囲のリンパ節へ転移するようになります。そして「大腸から離れた臓器や遠隔リンパ節へ転移した状態がステージ4」です。

医学的にはTNM分類によって決定され、「M(遠隔転移)」が認められた場合はステージ4に分類されます。

ここで重要なのは「ステージ4=全身へ無数に転移している状態」とは限らないということです。例えば、肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんも、肝臓・肺・腹膜へ複数の転移が広がっている患者さんも、同じステージ4に分類されます。しかし、実際の治療方針や予後は大きく異なります。

近年の大腸がん診療では「ステージ4」という分類だけではなく、転移した臓器、転移の個数、腫瘍の大きさ、手術で切除できるか、遺伝子変異の有無、全身状態(Performance Status)などを総合的に評価し、一人ひとりに適した治療方針を決定します。

大腸がんの主な転移先

大腸がんで最も多い転移先は「肝臓」です。大腸から流れ出る血液は門脈を通って肝臓へ集まるため、がん細胞も肝臓へ運ばれやすくなります。実際、大腸がんステージ4患者さんの多くで肝転移が認められます。

次に多いのが「肺転移」です。直腸がんでは骨盤内の静脈を経由して肺へ転移することが多く、結腸がんとはやや異なる転移パターンを示します。そのほかにも、腹膜播種、遠隔リンパ節転移、骨転移、脳転移などがみられることがあります。

転移先によって異なる症状

転移した場所によって症状も異なります。肝転移では初期にはほとんど症状がありませんが、病気が進行すると倦怠感や黄疸が現れることがあります。肺転移では咳や息切れがみられることもありますが、健康診断やCT検査で偶然見つかるケースも少なくありません。腹膜播種では腹水がたまり、お腹の張りや食欲低下、腸閉塞などが問題になることがあります。

このように、大腸がんステージ4といっても転移した部位によって症状や治療方法は大きく変わります。

大腸がんはステージ4でも根治を目指せる

他の多くのがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術が難しくなることが少なくありません。

しかし、大腸がんでは肝転移や肺転移が限られた範囲にとどまっている場合には、転移巣も含めて切除できる可能性があります。さらに近年では、最初は切除できないと判断された患者さんでも、薬物療法への反応などを踏まえ、選択された患者では『コンバージョン手術』が検討されます。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「ステージ4=延命治療だけ」という考え方ではなく、「根治を目指せる可能性があるかどうか」を最初に評価することが、近年の大腸がん診療では非常に重要になっています。

大腸がんステージ4でも治療を行う理由

大腸がんステージ4の治療では「がんを完全になくすこと」だけが目標になるわけではありません。病気の進行を抑えながら生活の質を維持すること、つらい症状を改善すること、そして患者さんによっては根治を目指すことまで、病状に応じて複数の目標を持ちながら治療を進めていきます。

他のがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術による根治が難しくなることも少なくありません。一方、大腸がんでは肝臓や肺への転移が限られている場合、転移巣も含めて切除することで長期生存や根治を期待できる患者さんがいます。診断直後から「治療の目的は延命だけ」と決めつけることはできません。

現在の診療では、まず薬物療法で病気をコントロールし、その治療効果を慎重に評価しながら、手術を含めた次の治療へつなげられるかを検討していく流れが一般的になっています。

根治を目指せる可能性の見極め

大腸がんステージ4と診断された患者さんの中には、診断時には切除が難しいと判断されるケースも少なくありません。しかし、その判断が治療開始後も変わらないとも限りません。

近年は抗がん剤や分子標的薬の進歩によって、切除不能と考えられていた肝転移や肺転移が大きく縮小し、手術が可能になる例が増えています。このような治療戦略は「コンバージョン治療(Conversion Therapy)」と呼ばれ、大腸がんでは特に重要な考え方の一つです。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。転移の数や部位、全身状態などを総合的に判断する必要がありますが、「現在は手術できない」という診断が、そのまま将来まで変わらないとは限らないことは知っておくべきでしょう。

だからこそ、大腸がんステージ4では治療開始時だけではなく、薬物療法の途中でも画像検査を繰り返し行い、切除の可能性が生まれていないかを定期的に評価することが重要になります。

生活の質を保つことも治療の大切な目的

すべての患者さんが根治を目指せるわけではありません。転移が広範囲に及んでいる場合や、切除が難しい部位へ病変が広がっている場合には、病気と付き合いながら長く生活していくことが現実的な目標になります。

大腸がんでは、腸が狭くなることで便が通りにくくなったり、腸閉塞を起こしたりすることがあります。また、出血による貧血や腹膜播種による腹水などが日常生活へ影響することもあります。こうした症状を改善し、食事や睡眠、外出など、これまでの生活をできるだけ維持できるよう支援することも、ステージ4治療の重要な役割です。

場合によっては、人工肛門(ストーマ)の造設や腸閉塞を防ぐための手術、内視鏡によるステント留置などを行い、まず生活しやすい状態を整えてから薬物療法を開始することもあります。このような治療は「根治を諦めたから行う治療」ではありません。患者さんがその後の治療を安全に続けるためにも、大切な意味を持っています。

治療の目標は経過とともに変わることがある

大腸がんステージ4の治療では、診断された時点で最終的な治療方針が決まるわけではありません。薬物療法が予想以上によく効けば、当初は難しいと考えられていた手術が可能になることがあります。逆に、副作用や病気の進行によって治療内容を見直した方がよい場面もあります。

近年の診療現場では「最初に決めた治療を最後まで続ける」という考え方ではなく、その時々の病状や治療効果を評価しながら、最も適した選択肢へ切り替えていくことが基本になります。この柔軟な治療戦略こそが、大腸がんステージ4診療の特徴です。

治療開始時には延命を主な目的としていた患者さんが、その後コンバージョン手術を目指せるようになることもありますし、根治を目指していた患者さんが、生活の質を優先した治療へ切り替えることもあります。大切なのは「ステージ4だからこうする」と一律に考えるのではなく、現在の病状と治療への反応を踏まえながら、その時点で最善と考えられる選択を積み重ねていくことです。

治療方針を決める検査 ― 「切除できるか」と「どの薬が合うか」を同時に見極める

大腸がんステージ4の検査には、診断を確定するだけでなく、その後の治療方針を組み立てる役割があります。最初に確認するのは、原発巣と転移巣をすべて切除できる可能性があるかどうかです。同時に、がん細胞の遺伝子や免疫に関わる特徴を調べ、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のうち、どの治療が適しているかを判断します。

日常生活をどの程度送れているか、肝臓や腎臓が薬物療法に耐えられる状態か、食事や栄養を維持できているかも含めて評価するため、同じステージ4でも検査後に提示される治療は一人ひとり異なります。

画像検査は転移の有無だけでなく「切除できる配置か」を確認

CT検査

胸部・腹部・骨盤部の造影CTは、肝臓や肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの転移を確認する基本的な検査です。肝転移が見つかった場合には、個数や大きさだけでなく、肝臓の左右どちらに分布しているか、重要な血管へどの程度近いか、切除後に十分な肝臓を残せるかまで確認します。

MRI検査

CTだけでは小さな病変の評価が難しい場合や、肝切除を具体的に検討する段階では、造影MRIを追加して転移の範囲をより詳しく調べることがあります。

直腸がんでは骨盤MRIの役割も大きく、原発巣が骨盤内の周囲組織へどこまで広がっているか、肛門を残せる可能性があるか、放射線治療を組み合わせる必要があるかを評価します。

PET-CT

PET-CTはすべての患者さんに必須の検査ではありませんが、通常の画像検査だけでは判断しにくい病変がある場合や、肝転移・肺転移を切除する前にほかの遠隔転移がないことを確認したい場合に検討されます。検査の目的は転移を数えることではなく、局所治療によってすべての病変を制御できる余地があるかを見極めることにあります。

大腸内視鏡検査

大腸内視鏡検査では原発巣の位置や大きさを確認し、採取した組織によって大腸がんであることを病理学的に確定します。腸管が狭くなって内視鏡を奥まで通せない場合には、画像検査も組み合わせながら別の病変がないかを確認します。

便がほとんど通らない、出血が続いている、腸閉塞が近いと判断される場合は、薬物療法の内容を決める前に、ステント留置や人工肛門造設、原発巣切除などの対応が必要になることもあります。

RAS・BRAF・MSI/MMRの結果が薬剤選択を変える

切除不能な大腸がんでは、病理組織を用いてRAS遺伝子、BRAF遺伝子、MSIまたはMMRの状態を調べます。

RAS遺伝子

RAS遺伝子に変異があるがんでは、セツキシマブやパニツムマブといった抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくいため、別の分子標的薬を組み合わせた治療を検討します。RAS野生型であれば抗EGFR抗体薬の候補になりますが、原発巣が右側結腸にあるか、左側結腸から直腸にあるかによっても期待される効果が異なり、腫瘍の発生部位まで含めて一次治療を選びます。

BRAF V600E変異

BRAF V600E変異は、病気が進行しやすい性質を示す予後因子であると同時に、BRAFを標的とした治療へつながる情報でもあります。2025年以降は、BRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、エンコラフェニブとセツキシマブを含む治療を一次治療から用いる選択肢も加わり、診断時にBRAFの状態を把握する意味がさらに大きくなっています。

MSI-H/dMMR

MSI-HまたはdMMRと判定された大腸がんでは、DNAの複製ミスを修復する機能が低下しており、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。このタイプでは、従来の抗がん剤よりも免疫療法を先に検討する場合があるため、治療開始前の検査結果が初回治療そのものを変えます。

MSI-H/dMMRはリンチ症候群を疑う手がかりにもなり、発症年齢や家族歴などによっては、遺伝カウンセリングや追加の遺伝学的検査が提案されます。

HER2やKRAS G12Cなど、二次治療以降につながる検査もある

標準的な検査で治療方針が固まった後も、病状や治療歴に応じて追加のバイオマーカー検査を行うことがあります。

HER2の遺伝子増幅やタンパク質の過剰発現が確認された大腸がんでは、HER2を標的とする薬剤が治療候補になります。KRAS G12C変異陽性例では、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が選択肢となり、極めてまれではあるもののNTRK融合遺伝子などが見つかれば、がんが発生した臓器を問わず使える分子標的薬へつながる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査

遺伝子変異を一つずつ調べるのではなく、複数の遺伝子をまとめて解析するがん遺伝子パネル検査が検討されることもあります。検査を受ければ必ず新しい薬が見つかるわけではありませんが、標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、治験や適応可能な薬剤を探す手がかりになります。

組織の量が不足している場合や再生検が難しい場合には、血液中の腫瘍由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが利用できることもありますが、血液検査で異常が検出されなかったからといって、腫瘍に遺伝子変異がないとは断定できません。

治療を安全に続けられるかも検査で確認

薬物療法を選ぶ際には、腫瘍の情報だけでなく、患者さんの体が治療に耐えられる状態かを確認します。

血液検査/腫瘍マーカー検査

血液検査では白血球や血小板、貧血の程度に加え、肝機能や腎機能、電解質、栄養状態を評価します。CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーは、それだけで治療効果を判定できるものではありませんが、治療前の値を基準として、その後の変化を画像検査とともに追う際に役立ちます。

イリノテカンを含む治療が候補になる場合には、UGT1A1遺伝子多型を調べることがあります。特定の型を持つ患者さんでは、重い白血球減少や下痢が起こりやすいため、開始時の投与量や治療中の観察方法を調整する判断材料になります。

パフォーマンスステータス(PS)評価

日常生活をどの程度自立して送れているかを示すPerformance Status、体重減少や筋肉量、心臓や肺の持病なども治療強度を決めるうえで欠かせません。医学的には使用できる薬であっても、現在の体力や臓器機能によっては、薬剤や投与量を変えた方が安全に長く治療を続けられることがあります。

治療中も定期的に検査を行う

検査結果は一度確認して終わりではありません。診断時には切除不能だった肝転移や肺転移が薬物療法で縮小し、手術や局所治療の対象へ変わることがあるため、治療中も定期的に画像を撮影して切除可能性を見直します。原発巣と転移巣の位置関係、遺伝子検査の結果、薬物療法への反応を、消化器内科、外科、放射線科、病理診断科などが共有して検討することで、手術へ切り替える時期を逃しにくくなります。

大腸がんステージ4の検査は、単に病状の悪さを確認するために行うものではありません。根治を目指せる余地があるのか、最初にどの薬を選ぶべきか、治療をどの程度の強さで始められるかを明らかにし、その後の選択肢をできるだけ多く残すために行われます。

参考:大腸癌治療ガイドライン|JSCCR 大腸癌研究会

大腸がんステージ4の治療全体像

大腸がんステージ4の治療方針を決める際、最初の分岐になるのは、原発巣と遠隔転移巣をすべて切除できるかどうかです。

肝臓や肺に転移があっても、病変の数や位置が限られ、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、転移巣を含めた切除によって根治を目指せる可能性があります。遠隔転移が見つかった時点で一律に薬物療法へ進むのではなく、まず外科的に病変を取り切れる余地がないかを検討する点は、大腸がんステージ4の大きな特徴です。

切除可能な場合は手術が検討される

切除可能と判断された場合には、大腸の原発巣と肝転移や肺転移の手術が検討されます。すべてを一度に切除する方法もあれば、患者さんの体力や手術範囲を考慮し、複数回に分けて行う方法もあります。肝臓に多数の病変がある場合でも、切除する順番を工夫したり、残す予定の肝臓をあらかじめ大きくしたりすることで手術を目指せることがあります。

手術の可否は単に転移の個数だけで決まるものではなく、血管との位置関係、切除後に残る臓器の量、原発巣の状態、ほかの臓器への転移の有無まで含めて判断されます。

切除できなくても薬物療法によって手術を目指せる場合がある

診断時には切除不能であっても、薬物療法によって腫瘍を十分に縮小させれば、手術へ移行できる可能性があります。これがコンバージョン治療です。肝転移が重要な血管へ近接している、多数の病変が肝臓の両側に広がっているといった理由で手術が難しい場合でも、抗がん剤と分子標的薬によって病変が縮小すれば、切除可能という判断へ変わることがあります。

コンバージョン治療では、腫瘍を小さくすること自体が最終目的ではありません。薬物療法が効いている間に、すべての病変を取り切れる時期が来ていないかを定期的に確認する必要があります。治療を長く続け過ぎると、薬剤による肝障害や全身状態の低下によって、かえって手術が難しくなることもあります。画像上の変化を腫瘍内科だけで判断するのではなく、大腸外科や肝胆膵外科、呼吸器外科などの専門医が早い段階から評価へ加わることが、手術へ切り替える機会を逃さないために重要です。

切除不能例ではバイオマーカーに応じた薬物療法が中心

遠隔転移が広範囲に及び、すべてを切除することが難しい場合には、薬物療法によって病気の進行を抑えることが治療の中心になります。FOLFOXやCAPOX、FOLFIRIなどの抗がん剤治療を土台として、RASやBRAF、MSI/MMRの検査結果、原発巣が右側結腸にあるか左側結腸から直腸にあるか、患者さんの体力や臓器機能を踏まえて、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせます。

薬物療法は一つの治療を最後まで続けるものではありません。一定期間ごとにCTやMRIで効果を確認し、病気が抑えられていれば継続し、進行が確認された場合には作用の異なる薬剤へ切り替えます。

副作用が強いときには投与量を調整したり、原因となる薬だけを一時的に休薬したりしながら、治療効果と生活への負担のバランスを取ります。一次治療の時点から二次治療以降を見据え、将来使える薬剤を残しながら順番を考えることも、長期的な病勢コントロールにつながります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス

原発巣による症状が強い場合は、腸の状態を整える治療を優先

遠隔転移が切除できない状態でも、大腸の原発巣が腸閉塞や出血、穿孔を起こしている場合には、原発巣への対応が必要です。便やガスが通らないほど腸管が狭くなっていれば、内視鏡で金属製ステントを留置して通過を確保したり、人工肛門を造設して便の流れを変えたりします。出血が続いて重い貧血を起こしている場合や、腸に穴が開く危険が高い場合には、原発巣の切除を検討することもあります。

これらの処置は、遠隔転移を治すために行うものではありませんが、食事や排便ができる状態を取り戻し、その後の薬物療法を安全に始めるために欠かせないことがあります。一方、原発巣による症状がなく、遠隔転移を切除できない場合には、予防的に大腸を切除するより、全身治療を優先することが一般的です。大きな手術によって薬物療法の開始が遅れたり、術後合併症で体力が落ちたりする可能性もあるため、原発巣切除によって得られる利益を慎重に見極めます。

直腸がんでは放射線治療を組み合わせる場面もある

結腸がんと直腸がんでは、局所治療の考え方が一部異なります。直腸は骨盤の深い位置にあり、膀胱や生殖器、肛門に近いため、腫瘍が周囲へ広がると痛みや出血、排便障害を起こしやすくなります。こうした症状を抑える目的や、骨盤内の病変を小さくして切除可能性を高める目的で、放射線治療や化学放射線療法を組み合わせることがあります。

肝転移や肺転移に対しても、手術だけが局所治療ではありません。病変の大きさや位置、患者さんの体力によっては、ラジオ波焼灼療法や定位放射線治療などが検討されます。どの方法が適しているかは病変ごとに異なり、薬物療法との順番まで含めて治療計画を組み立てます。

大腸がんステージ4の治療は、手術か薬物療法かを一度だけ選んで終わるものではありません。切除可能性を繰り返し評価し、病気の広がりや薬物療法への反応が変われば、治療の目標と方法も見直します。切除不能から根治手術を目指す方向へ進む患者さんもいれば、症状を抑えながら薬物療法を長く続けることを目標とする患者さんもいます。最初の方針に固執せず、その時点で得られている検査結果をもとに治療を組み替えていくことが、ステージ4の診療を支える基本的な考え方です。

参考:ESMO Clinical Practice Guideline「Metastatic Colorectal Cancer」

抗がん剤治療 ― FOLFOX・CAPOX・FOLFIRIはどう使い分けるのか

大腸がんステージ4の薬物療法では、一種類の抗がん剤だけを投与するのではなく、作用の異なる複数の薬を組み合わせる治療が基本になります。中心になるのは、5-FUまたはカペシタビンといったフッ化ピリミジン系薬剤に、オキサリプラチンまたはイリノテカンを組み合わせる方法です。治療効果を高めるため、バイオマーカーの結果に応じて分子標的薬を追加することも多く、抗がん剤は薬物療法全体の土台として使われています。

どの組み合わせを選ぶかは、単純に「最も強い治療はどれか」で決まるものではありません。転移巣を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えながら生活を維持したいのかによって、必要な治療強度は変わります。手足のしびれや腎機能低下、下痢を起こしやすい持病、過去に受けた抗がん剤、通院方法や仕事の都合も薬剤選択へ影響します。大腸がんの抗がん剤治療では、腫瘍への効果と治療後の生活を切り離さずに考える必要があります。

FOLFOXとCAPOXはオキサリプラチンを使う代表的な治療

FOLFOX(フォルフォックス)

FOLFOXは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを組み合わせる治療です。国内ではmFOLFOX6と呼ばれる方法が広く使われており、一般的には2週間を一つの周期として投与します。

点滴当日だけで終わるわけではなく、携帯型ポンプを使って5-FUを約46時間かけて持続投与するため、多くの施設では中心静脈ポートを留置します。ポンプを装着したまま自宅で過ごす時間が生じますが、通院日と体調の波を把握できれば、仕事を続けながら治療を受けることも可能です。

CAPOX(カポックス)/XELOX(ゼロックス)

CAPOXは、オキサリプラチンの点滴と、カペシタビンという内服薬を組み合わせます。XELOXと呼ばれることもあり、一般的には3週間を一つの周期として、治療初日にオキサリプラチンを投与し、その後一定期間カペシタビンを服用します。

持続点滴用のポンプを必要としない点は生活上の利点ですが、毎日の服薬管理が必要であり、食事や水分を十分に取れない患者さん、腎機能が低下している患者さんでは別の治療が適することもあります。FOLFOXより簡単な治療、あるいは弱い治療という意味ではなく、同じオキサリプラチン系治療を異なる方法で行う選択肢と考える方が正確です。

オキサリプラチンの副作用について

オキサリプラチンで特徴的なのが、冷たい物へ触れた際に起こるしびれや痛みです。投与後しばらくは、冷たい飲み物で喉が締め付けられるように感じたり、冷蔵庫の物へ触れた手が強くしびれたりすることがあります。

治療を重ねると、温度に関係なく手足のしびれが残り、ボタンを留める、文字を書く、箸を使うといった動作へ影響する場合もあります。末梢神経障害は累積投与量とともに悪化しやすいため、症状が強くなる前にオキサリプラチンを休薬し、ほかの薬だけで治療を続ける判断も行われます。

参考:オキサリプラチン 添付文書|医薬品医療機器総合機構

FOLFIRI(フォルフィリ)ではイリノテカンを組み合わせる

FOLFIRIは、5-FUとレボホリナートにイリノテカンを加えた治療で、FOLFOXと同じく2週間ごとに行う方法が一般的です。

FOLFOXとFOLFIRIはいずれも転移性大腸がんに対する主要な治療であり、一方がすべての患者さんに優れているわけではありません。治療歴がない段階からFOLFIRIを選ぶ場合もあれば、最初にFOLFOXやCAPOXを使用し、病気が進行した後にオキサリプラチンからイリノテカンへ切り替える場合もあります。反対に、FOLFIRIから治療を開始し、二次治療でオキサリプラチン系へ変更する流れもあります。

イリノテカンの副作用

イリノテカンでは下痢と骨髄抑制が問題になりやすく、下痢は投与直後に現れるタイプと、数日後から続くタイプに分かれます。遅れて起こる下痢を放置すると脱水や腎機能低下につながるため、排便回数が急に増えた場合や、水分を取れない状態が続く場合には早い対応が必要です。白血球、とくに好中球が低下すると感染症の危険が高まり、発熱を伴う場合には緊急の診察が必要になることがあります。

イリノテカンの分解にはUGT1A1という酵素が関わっており、特定の遺伝子型を持つ患者さんでは重い好中球減少や下痢が起こりやすいことが分かっています。治療前にUGT1A1遺伝子多型を調べ、その結果や年齢、肝機能を踏まえて開始量を調整することがあります。検査で特定の型が見つかってもイリノテカンを必ず使えないわけではなく、副作用を避けるために投与方法を慎重に決めるための情報として利用されます。

腫瘍を大きく縮小させたい場合にはFOLFOXIRI(フォルフォキシリ)が検討

FOLFOXIRIは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカンを組み合わせる治療です。通常は分子標的薬のベバシズマブと併用し、診断時には切除できなかった肝転移などを縮小させ、手術へつなげたい場合に検討されます。FOLFOXやFOLFIRIより多くの薬を同時に使うため、高い腫瘍縮小効果が期待できる反面、好中球減少、下痢、口内炎、末梢神経障害などの負担も大きくなります。

体力が保たれ、主要な臓器機能に問題がなく、強い治療を行う医学的な理由がある患者さんが主な対象です。高齢であることだけを理由に一律に除外されるわけではありませんが、持病や日常生活の状態を含めて慎重に適応を判断します。薬剤の数が多いほど良い治療ということではなく、治療強度を上げることで得られる利益が、副作用による不利益を上回るかを見極めなければなりません。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

副作用に合わせた減量や休薬は治療の失敗ではない

5-FUやカペシタビンでは、口内炎、下痢、食欲低下、骨髄抑制などが起こることがあります。カペシタビンでは、手のひらや足の裏に赤み、痛み、ひび割れが現れる手足症候群にも注意が必要です。初期の段階で保湿や摩擦の回避、休薬などの対応を行えば重症化を防ぎやすいため、日常動作へ影響が出るまで我慢する必要はありません。

抗がん剤の量を減らしたり、投与日を延期したりすると「治療効果がなくなるのではないか」と心配する患者さんもいます。しかし、副作用によって体力を大きく失い、治療を続けられなくなる方が、その後の選択肢を狭めることがあります。

安全に継続できる量は患者さんごとに異なり、減量や休薬は治療を長く続けるための調整です。発熱、強い下痢、食事や水分を取れない状態、急速に悪化するしびれなどがあれば、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡する必要があります。

参考:重篤副作用疾患別対応マニュアル 手足症候群|厚生労働省

同じ薬を最後まで続けるとは限らない

抗がん剤治療中は、一定の間隔でCT検査や腫瘍マーカー、全身状態を確認し、効果と副作用の両方を評価します。腫瘍が縮小して手術可能になれば、薬物療法を続けるのではなく、外科治療へ切り替える時期を検討します。切除を目的としない場合でも、治療効果が保たれている一方でオキサリプラチンによるしびれが蓄積してきたときには、オキサリプラチンだけを外し、フッ化ピリミジン系薬剤と分子標的薬を残す維持療法へ移行することがあります。

病気が進行した場合には、それまで使用していなかった作用機序の薬へ切り替えます。オキサリプラチン系から始めた患者さんではイリノテカン系を、イリノテカン系から始めた患者さんではオキサリプラチン系を次に使うことが基本的な考え方の一つです。後の治療ではトリフルリジン・チピラシルなど別の抗がん剤が候補となることもあり、最初の治療だけで全経過が決まるわけではありません。

大腸がんステージ4の抗がん剤治療では、強い薬を限界まで続けることより、効果が得られる治療を安全につなぎ、必要な時期に手術や次の薬へ移れる状態を保つことが大切です。使用する抗がん剤の骨格が同じでも、組み合わせる分子標的薬はRASやBRAFの遺伝子変異、原発巣の左右によって変わります。

分子標的薬 ― 遺伝子変異と原発巣の位置によって使う薬が変わる

大腸がんに使われる分子標的薬には、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬、がん細胞の増殖に関わる受容体を遮断する薬、特定の遺伝子変異を直接狙う薬があります。いずれも抗がん剤とは異なる仕組みで作用しますが、単独で使用するとは限りません。一次治療ではFOLFOXやCAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどを土台に分子標的薬を組み合わせ、病気が進行した後は、それまでの治療歴と遺伝子検査の結果を見ながら作用の異なる薬へ切り替えていきます。

薬剤選択には、腫瘍の広がりだけでなくRAS、BRAF、HER2、KRAS G12Cなどの状態が関わります。抗EGFR抗体薬では原発巣が大腸の右側にあるか左側にあるかも治療効果へ影響するため、遺伝子変異がないという結果だけで薬が決まるわけではありません。どの分子標的薬を使うかは、腫瘍を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えたいのか、副作用をどこまで許容できるのかまで含めて判断されます。

ベバシズマブは、腫瘍へ栄養を送る血管が作られるのを抑える

ベバシズマブは、血管内皮増殖因子であるVEGFの働きを抑える抗体薬です。がんは増殖するために周囲へ新しい血管を作り、酸素や栄養を取り込もうとします。ベバシズマブはこの血管新生を妨げることで、抗がん剤の効果を補います。RAS遺伝子の変異の有無にかかわらず使用を検討でき、原発巣が右側にある大腸がんや、抗EGFR抗体薬の対象にならない患者さんにも広く用いられています。

一次治療ではFOLFOX、CAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどと組み合わせます。病気が進行した後もVEGF経路を抑える治療を続ける考え方があり、ベバシズマブを別の抗がん剤と組み合わせて継続するほか、FOLFIRIへラムシルマブまたはアフリベルセプトを加える治療が候補になります。どの薬を選ぶかは、一次治療で使用した薬剤、副作用、病気の進行速度、肝臓や腎臓の状態などを踏まえて決めます。

参考:大腸癌治療ガイドライン医師用 2026年版|大腸癌研究会

ベバシズマブの副作用

抗VEGF薬では、高血圧、たんぱく尿、出血、血栓症などに注意が必要です。まれではあるものの、消化管穿孔や傷の治りにくさが問題になることもあります。手術を予定している患者さんでは、薬の投与と手術の間隔を適切に空けなければなりません。コンバージョン治療によって肝切除や肺切除を目指す場合には、腫瘍の縮小だけでなく、最後にベバシズマブを投与した時期まで含めて手術日程を組みます。

抗EGFR抗体薬は、RAS野生型の左側大腸がんで特に重要

セツキシマブとパニツムマブは、がん細胞の表面にあるEGFRへ結合し、増殖の信号を遮断する抗体薬です。効果を期待するには、少なくともRAS遺伝子が野生型、すなわち治療効果を妨げる変異が確認されていないことが前提になります。RAS変異がある腫瘍では、EGFRを遮断してもその下流で増殖の信号が流れ続けるため、これらの薬を使っても十分な効果は期待できません。

RAS野生型でも、原発巣の位置によって薬剤の選び方が変わります。下行結腸、S状結腸、直腸などの左側大腸がんでは、一次治療として抗EGFR抗体薬を抗がん剤へ加える治療が有力な選択肢です。

日本で行われたPARADIGM試験では、RAS野生型の左側大腸がんに対するmFOLFOX6との併用で、パニツムマブ群の全生存期間中央値は37.9か月、ベバシズマブ群は34.3か月でした。5年生存割合も32%対21%となり、左側原発では抗EGFR抗体薬を最初から用いる意義が示されています。

参考:世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認|国立がん研究センター

盲腸、上行結腸、横行結腸などの右側大腸がんでは、抗EGFR抗体薬による生存利益が左側ほど一貫していません。一次治療ではベバシズマブを組み合わせることが多いものの、肝転移を大きく縮小して手術へつなげたいなど、腫瘍縮小を強く求める状況では抗EGFR抗体薬が検討されることもあります。左右差だけで機械的に決めるのではなく、切除可能性や病気の勢いも含めた判断が必要です。

抗EGFR抗体薬の副作用

抗EGFR抗体薬で多い副作用は、顔や胸、背中に現れるにきびのような発疹、皮膚の乾燥、爪の周囲の炎症、低マグネシウム血症です。皮膚症状が悪化してから対応するより、治療開始時から保湿剤や日焼け止めを使用し、必要に応じて抗菌薬を併用する方が重症化を防ぎやすくなります。発疹が出たことだけを理由に薬が効いていると判断することはできませんが、皮膚障害を早く管理できれば治療を継続しやすくなります。

BRAF V600E変異には、BRAFとEGFRを同時に抑える治療を行う

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、進行が速く、従来の抗がん剤だけでは治療が難しい傾向があります。BRAFだけを阻害すると、がん細胞がEGFR経路を使って増殖の信号を再び活性化させるため、BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる必要があります。化学療法後に病気が進行した患者さんには、エンコラフェニブとセツキシマブの併用が標準的な選択肢として用いられてきました。

2025年11月には、日本でもBRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、一次治療からエンコラフェニブ、セツキシマブ、FOLFOXを組み合わせる治療が承認されました。根拠となったBREAKWATER試験では、奏効率が従来治療の40.0%に対して60.9%、無増悪生存期間中央値は7.1か月に対して12.8か月でした。BRAF V600E変異は予後不良因子として知られていますが、診断時に変異を確認することで、初回治療からその性質を直接狙う選択肢を持てるようになっています。

参考:BRAF阻害剤「ビラフトビ®カプセル」の結腸・直腸がんに対する併用療法の一部変更承認を取得

この治療では、抗EGFR抗体薬による皮膚症状に加え、下痢、悪心、倦怠感、肝機能異常などが現れることがあります。複数の薬剤を組み合わせるため、副作用がどの薬に由来するのかを見極め、休薬や減量を調整しながら続けます。

KRAS変異があっても、G12C型では標的治療を選べるようになった

長い間、RAS変異陽性の大腸がんは抗EGFR抗体薬が効きにくく、遺伝子変異を直接狙う治療もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという特定の型に対する阻害薬が開発され、治療の考え方が変わっています。KRAS G12Cは大腸がん全体では少数ですが、該当する患者さんにとっては治療選択を左右する情報です。

日本では2025年、フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなどを含む治療後に増悪したKRAS G12C変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。KRAS G12C阻害薬だけではEGFR経路が再活性化して効果が弱まりやすいため、パニツムマブを同時に用いて二つの経路を抑えます。

参考:ソトラシブとパニツムマブ併用療法の国内承認|武田薬品工業

「RAS変異があるから分子標的治療はない」という説明は、すべての患者さんには当てはまらなくなっています。ただし、対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られ、ほかの変異型へ同じ治療を用いることはできません。

HER2陽性大腸がんでも治療の選択肢が広がっている

一部の大腸がんでは、HER2遺伝子の増幅やHER2タンパク質の強い発現が認められます。HER2陽性はRAS野生型の腫瘍に多く、抗EGFR抗体薬への抵抗性に関わることもあります。頻度は高くありませんが、標準治療後の次の選択肢を考えるうえで、HER2検査の意味は大きくなっています。

2026年3月には、トラスツズマブ デルクステカンがHER2陽性の進行・再発固形がんへ適応拡大され、標準的な治療が困難となった大腸がんも、承認された検査でHER2遺伝子増幅が確認されるなど所定の条件を満たせば治療候補になり得ます。

参考:PMDA「エンハーツ適正使用ガイド」

この薬はHER2を目印に抗がん剤成分を腫瘍細胞へ届ける抗体薬物複合体です。肺に炎症を起こす間質性肺疾患が重症化することがあるため、咳や息切れ、発熱が現れた場合には速やかな評価が必要です。HER2の判定方法やこれまでの治療歴によって適応が異なるため、検査結果を専門医が確認したうえで使用を判断します。

分子標的薬は検査結果だけで決まるわけではない

同じRAS野生型でも、原発巣が左右どちらにあるか、腫瘍をどの程度縮小させたいか、手術を予定しているかによって、抗EGFR抗体薬と抗VEGF薬のどちらを選ぶかは変わります。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2陽性では専用の治療が候補になりますが、治療を行う時期や、すでに受けた薬との関係まで確認しなければなりません。分子標的薬は「遺伝子に合う薬を一つ選べば終わり」という治療ではなく、抗がん剤との組み合わせや治療の順番まで含めて設計する医療です。

治療中に新たな遺伝子変異が現れ、以前効いていた薬へ抵抗性を持つこともあります。病気が進行した際には、保存してある組織を調べ直したり、再生検やリキッドバイオプシーを行ったりすることで、次の治療につながる変化が見つかる場合があります。初回の検査結果だけを固定的に見るのではなく、病気の変化に合わせて治療標的を再評価する視点も必要です。

分子標的薬によって大腸がんの薬物療法は細分化され、従来なら選択肢が限られていた遺伝子変異にも専用の治療が加わっています。さらに、MSI-HまたはdMMRの大腸がんでは、がん細胞を直接狙う分子標的薬とは異なり、患者さん自身の免疫を利用する治療が中心になることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬

免疫チェックポイント阻害薬は、ステージ4大腸がんの患者さん全員に使用する治療ではありません。

主な対象になるのは、MSI-HまたはdMMRと呼ばれる特徴を持つ大腸がんです。切除不能な進行・再発大腸がんのうち、このタイプが占める割合は約4%と決して高くありませんが、該当する場合には、従来の抗がん剤ではなく免疫療法を最初の治療から選べることがあります。数としては少なくても、検査結果によって治療の組み立てが大きく変わるため、MSI/MMR検査はステージ4大腸がんで欠かせない検査の一つです。

MSI-H・dMMRとはどのような状態か

細胞が増えるときにはDNAが複製されますが、その過程では小さなコピーの間違いが生じます。正常な細胞には、その間違いを見つけて修復する仕組みがあります。修復機能がうまく働かなくなった状態がdMMRであり、その結果として特定のDNA配列に多くの異常が蓄積した状態がMSI-Hです。検査方法や見ている対象は異なるものの、治療選択では互いに近い意味を持つ指標として扱われています。

DNAの異常が多く蓄積したがん細胞は、免疫から見つけられやすい特徴を持ちます。しかし、がん細胞は免疫へブレーキをかけ、攻撃を逃れる仕組みも備えています。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキを解除することで、患者さん自身の免疫細胞が再びがんを攻撃できる状態へ導く薬です。がん細胞を直接壊す抗がん剤とは、治療の仕組みそのものが異なります。

ペムブロリズマブ単剤と、ニボルマブ・イピリムマブ併用が主な選択肢

MSI-HまたはdMMRの切除不能進行・再発大腸がんでは、ペムブロリズマブを単独で使用する治療が、一次治療から選択肢になります。

KEYNOTE-177試験では、ペムブロリズマブを使用した患者の無増悪生存期間中央値は16.5か月で、抗がん剤を中心とした標準治療群の8.2か月を上回りました。5年時点の全生存率も、ペムブロリズマブ群で55%、標準治療群で44%と報告されています。これは臨床試験に参加したMSI-H/dMMR患者全体の結果であり、個人の余命を示す数字ではありませんが、免疫療法の効果が長く続く患者がいることを示しています。

参考:Diaz LA Jr, et al. KEYNOTE-177:5年以上の追跡解析

もう一つの選択肢が、ニボルマブとイピリムマブを組み合わせる治療です。ニボルマブとイピリムマブは、免疫にかかる別々のブレーキを解除する薬であり、二つを併用することで、より幅広く免疫反応を引き出すことを目指します。

CheckMate 8HW試験では、未治療のMSI-H/dMMR転移性大腸がんに対し、併用療法が抗がん剤を中心とした治療より病気の進行を長く抑える結果を示しました。日本でも2025年8月に適応が拡大され、一次治療から検討できるようになっています。

参考:オプジーボ・ヤーボイ併用療法の国内適応拡大|小野薬品工業

単剤と併用療法のどちらが適しているかは、病気の進行速度だけでなく、年齢、持病、自己免疫疾患の有無、副作用への対応力なども含めて判断します。二つの薬を組み合わせれば誰にでも有利になるわけではなく、免疫が過剰に働く副作用も増える可能性があるため、期待できる効果と体への負担を比べながら選ぶ必要があります。治療歴によっては、ニボルマブ単剤が候補になる場合もあります。

MSI-H・dMMRでも、すべての患者に効くわけではない

免疫療法が長く効く患者さんがいる一方で、治療開始後も腫瘍が縮小せず、早い段階で別の治療へ切り替えなければならないこともあります。MSI-HまたはdMMRであれば必ず効果が得られるわけではなく、定期的なCT検査や血液検査、症状の変化を通じて治療効果を確認します。十分な効果が得られない場合には、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤、RASやBRAFの状態に応じた分子標的薬へ移ることになります。

大腸がんの大部分を占めるMSSまたはpMMRでは、免疫チェックポイント阻害薬を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、一般的な標準治療にはなっていません。免疫療法という名称だけを見て、「抗がん剤より新しいから自分にも適している」と判断することはできません。MSI/MMR検査の結果を確認し、その治療が自分の大腸がんに合う医学的な根拠があるかを見極める必要があります。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用

免疫チェックポイント阻害薬では、抗がん剤でよくみられる強い吐き気や脱毛、白血球減少が比較的少ない一方、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃する免疫関連有害事象が起こることがあります。甲状腺や副腎の機能低下、大腸炎、肝炎、肺炎、皮膚障害、1型糖尿病など、影響を受ける臓器は一つに限られません。投与中だけでなく、治療を終えた後に症状が現れる場合もあります。

強いだるさが続く、下痢の回数が急に増える、咳や息切れが出る、皮膚や白目が黄色くなる、異常に喉が渇いて尿の回数が増えるといった変化は、免疫関連有害事象のサインかもしれません。一般的な体調不良に見える症状もあるため、次の診察日まで様子を見るのではなく、治療施設へ連絡して評価を受けることが大切です。早い段階で発見できれば、休薬やステロイド治療などによって重症化を防げる可能性があります。

免疫チェックポイント阻害薬は、対象となる患者さんが限られる一方、効果が長く続けば大腸がんステージ4の経過を大きく変え得る治療です。MSI-H/dMMRかどうかを治療開始前に確認し、単剤と併用療法の違い、副作用への備えまで理解したうえで選択する必要があります。

手術・放射線治療・局所治療

大腸がんステージ4がほかの多くのがんと異なる点の一つは、肝臓や肺へ転移していても、原発巣と転移巣をすべて取り除けると判断された一部の患者さんでは、手術による根治を目指せることです。

ただし、転移があるだけで手術の対象になるわけではありません。転移の場所や数、重要な血管との位置関係、手術後に十分な肝臓や肺の機能を残せるか、ほかの臓器に制御できない病変がないかを詳しく確認し、体力や持病も含めて判断します。

手術が可能かどうかは、最初の検査だけで確定するとも限りません。診断時には切除できなかった病変が、抗がん剤や分子標的薬によって縮小し、後から手術の対象へ変わることがあります。反対に、画像上は小さな転移でも、位置によっては安全に切除するのが難しい場合があります。転移の個数だけではなく、すべての病変を取り切れるかどうかが治療方針を分けます。

肝転移では切除後に十分な肝臓を残せるか確認

大腸がんが最も転移しやすい臓器は肝臓です。肝転移の手術では、転移巣を取り除くことに加え、手術後も肝臓が十分に機能できる量を残す必要があります。病変が肝臓の左右に複数あっても、すぐに手術不能と決まるわけではなく、切除する順番を工夫したり、薬物療法で腫瘍を縮小させたりすることで、手術を目指せる場合があります。

原発巣と肝転移を同時に切除することもあれば、体への負担を考えて複数回に分けることもあります。大腸の手術を先に行う方法、肝転移を先に治療する方法のどちらが適しているかは、原発巣による腸閉塞や出血の有無、肝転移の広がり、薬物療法を急ぐ必要性などによって変わります。大腸外科だけでなく、肝胆膵外科や腫瘍内科も交えて計画を立てる必要があるのは、このように複数の治療順序が考えられるためです。

肝転移をすべて切除できれば、長期生存や治癒を期待できる患者さんもいますが、手術後の再発は決して珍しくありません。画像上の病変を取り切れたことと、体内にがん細胞が一つも残っていないことは同じではないためです。手術後も定期的なCT検査や血液検査を続け、病状によっては薬物療法を組み合わせます。

参考:大腸癌肝転移データベース委員会|大腸癌研究会

肺転移でも病変が限られていれば手術を検討できる

肺転移では、転移巣を切除しても呼吸機能を十分に保てること、ほかの病変が制御されていること、手術に耐えられる全身状態であることなどを確認します。

肺に複数の転移があっても切除を検討できる場合がありますが、取り除く範囲が広くなれば、残る肺の機能への影響も大きくなります。病変の数だけでなく、左右どちらの肺にあるのか、肺の奥か表面に近いか、過去に肺の手術を受けているかまで含めた評価が必要です。

肝転移と肺転移の両方があっても、すべての病変を安全に治療できると判断された患者さんでは、薬物療法と複数回の手術を組み合わせることがあります。ただし、手術による利益が期待できるのは選択された患者さんに限られます。「転移を切除できる」という情報だけで手術を急ぐのではなく、全身の病気がどの程度制御されているかを確認してから判断します。

手術が難しい場合には病変だけを狙う治療が候補になる

病変の場所や体力の問題で手術が難しい場合には、転移巣へ針を刺して熱で焼くラジオ波焼灼療法やマイクロ波凝固療法、放射線を病変へ集中させる定位放射線治療などが検討されます。小さく数の限られた肝転移や肺転移が主な対象で、手術の代わりに行う場合もあれば、切除と組み合わせてすべての病変を治療する場合もあります。

これらの局所治療は、体を大きく切開せずに行える可能性がある一方、どの病変にも手術と同じ効果を期待できるわけではありません。腫瘍の大きさや位置によって治療できる範囲が限られ、処置した場所に再びがんが現れることもあります。手術が可能な患者さんでは、切除が優先されることが多く、局所治療は外科手術が難しい理由や病変の特徴を踏まえて選ばれます。

放射線治療は、直腸がんが骨盤内で周囲へ広がっている場合や、骨転移による痛み、脳転移による症状を抑える場面でも使われます。結腸がんでは放射線治療が中心になることは多くありませんが、病変の場所を限定して治療できるため、薬物療法だけでは改善しにくい症状を和らげる役割があります。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

腹膜播種では手術の対象を慎重に選ぶ

腹膜播種は、お腹の内側を覆う腹膜へがん細胞が散らばった状態です。病変が広く分布している場合には、すべてを切除することが難しく、薬物療法が治療の中心になります。一方、腹膜以外に転移がなく、播種の範囲が限られ、目に見える病変を取り切れると判断された患者さんでは、専門施設で減量手術が検討されることがあります。

腹膜の病変を切除した後、お腹の中へ温めた抗がん剤を流すHIPECという治療を目にすることもありますが、すべての腹膜播種に行う標準治療ではありません。手術そのものの負担が大きく、HIPECを追加する利益が明確でない場合もあるため、実施経験のある専門施設で適応を慎重に判断する必要があります。自由診療として紹介されることもありますが、「腹膜へ直接薬を入れるから全身の抗がん剤より効く」と単純に考えることはできません。

参考:ASCO Guideline「Treatment of Metastatic Colorectal Cancer」

原発巣による腸閉塞や出血には症状を改善する治療を行う

遠隔転移をすべて切除できない場合でも、大腸の原発巣が便の通り道を塞いだり、出血や穿孔を起こしたりしているときには、原発巣への処置が必要です。内視鏡で金属製のステントを入れて腸を広げる方法、人工肛門を造って便の流れを変える方法、問題となっている腸を切除する方法などから、緊急性と患者さんの体力に合うものを選びます。

これらは遠隔転移を根治する治療ではありませんが、腸閉塞や感染を防ぎ、食事や排便を安定させたうえで薬物療法へ進むために行われます。原発巣による症状がない場合には、予防目的で大腸を切除するよりも、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。大きな手術を受けることで治療開始が遅れたり、術後の体力低下によって薬物療法を受けにくくなったりする可能性があるためです。

大腸がんステージ4に対する手術や局所治療は、転移があるから行えない治療でも、希望すれば誰でも受けられる治療でもありません。病変をすべて制御できる見込みと、治療後に保てる臓器機能、手術による負担を比較しながら判断します。完全に切除できた場合でも再発の可能性は残るため、手術後の経過観察と必要に応じた薬物療法まで含めて一つの治療計画として考える必要があります。

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けながら日常生活を支える医療

緩和ケアという言葉から、抗がん剤などの治療を終えた後に受ける医療を想像する人は少なくありません。しかし、緩和ケアは終末期だけのものではなく、がんと診断された時点から、手術や薬物療法と並行して受けることができます。痛みや吐き気といった身体症状だけでなく、将来への不安、仕事や治療費、家族との関係など、病気によって生じるさまざまな負担を和らげることが目的です。

抗がん剤の副作用を抑える制吐薬や下痢止め、栄養管理、ストーマケアなども含め、治療を無理なく続けるための医療全体を支持療法と呼びます。

大腸がんステージ4では、病気そのものによる症状と治療による副作用が重なり、日常生活へ影響することがあります。転移巣があっても体調が安定している時期には、仕事や外出を続けながら通院治療を受けられる患者さんもいますが、腸の狭窄による排便の変化、腹膜播種による腹部の張り、薬物療法による下痢やしびれが生活を制限する場合もあります。症状が悪化してから対処するより、軽いうちに医療者へ伝えた方が治療内容を調整しやすく、重症化を防げることもあります。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

腸閉塞を疑う症状は早めの連絡が必要

大腸の原発巣や腹膜播種によって腸が狭くなると、便やガスが流れにくくなり、腸閉塞を起こすことがあります。便秘だけでなく、お腹の張りや波のある腹痛、吐き気、嘔吐、ガスが出ないといった症状が重なっている場合には、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡してください。完全に腸が詰まっている状態で自己判断によって下剤を増やすと、症状が悪化する可能性もあります。

腸が狭くなっている患者さんでは、食物繊維の多い食品を積極的に取ることが、かえって便の通過を妨げる場合があります。一般的な便秘対策としては食物繊維が勧められますが、大腸がんによる狭窄がある場合は事情が異なります。

食事内容や下剤の使い方は病変の位置や狭窄の程度によって変わるため、担当医や看護師、管理栄養士の指示に合わせる必要があります。ステント留置や人工肛門造設によって便の通り道を確保した方が安全と判断されることもあり、症状を落ち着かせることで薬物療法へ進みやすくなる場合があります。

人工肛門は治療を続けるために必要になることがある

人工肛門は、腸の一部をお腹の表面へ出し、便の出口を新たに作る処置です。ストーマとも呼ばれ、一時的に造設して後から閉鎖する場合と、その後も継続して使用する場合があります。直腸がんで肛門を残せない場合だけでなく、ステージ4大腸がんで腸閉塞を避け、早く薬物療法を始める目的で造設されることもあります。人工肛門を勧められたからといって、治療の手段がなくなったという意味ではありません。

ストーマを造設した後は、お腹へ装具を貼り、袋の中へ便をためて処理します。排便の時刻を完全に調整することは難しいものの、装具には防臭対策が施されており、状態が安定すれば仕事や旅行、入浴、無理のない運動も可能です。便漏れや皮膚のかぶれを防ぐには、体形や便の状態に合った装具を選び、正しい交換方法を身に付ける必要があります。皮膚・排泄ケア認定看護師などの支援を受けながら慣れていくことで、日常生活の負担を減らせます。

参考:大腸がん Q&A|国立がん研究センター がん情報サービス

食事は「がんに効くもの」より、体力を保てるものを優先

特定の食品や食事療法だけでステージ4大腸がんを治せるという科学的な根拠はありません。食事で重視したいのは、治療を続けるためのエネルギーやタンパク質、水分を確保し、急激な体重減少や筋力低下を防ぐことです。食欲が落ちている時期には、栄養バランスを完璧に整えようとして無理に一人前を食べるより、食べられるものを少量ずつ複数回に分けた方が負担を抑えられます。

下痢が続いているときは脱水に注意し、水分と塩分を補いながら、冷たい飲み物や脂肪の多い食品など、症状を悪化させるものを一時的に控えることがあります。口内炎や味覚の変化があれば、柔らかい料理や刺激の少ない味付けに変えることで食べやすくなることもあります。

口から十分な栄養を取れない場合には栄養補助食品を利用し、病状によっては経管栄養や点滴からの栄養補給を検討します。食べられないことを本人の努力不足と考える必要はなく、病気や治療による症状として早めに相談することが大切です。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや副作用は我慢せず、治療内容を調整

がんによる痛みには、一般的な鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの強さや原因に合わせた薬を使用します。医療用麻薬は終末期だけの薬ではなく、がんによる痛みを抑えて睡眠や食事、外出をしやすくするために使われます。医師の指示どおりに使用する限り、依存を過度に心配して痛みを我慢する必要はありません。痛む場所や時間帯、薬を飲んだ後にどれくらい改善したかを記録しておくと、薬の種類や量を調整しやすくなります。

薬物療法による吐き気、下痢、手足のしびれ、皮膚症状、強い倦怠感も、治療を続けるために対処すべき症状です。副作用を伝えると薬を中止されるのではないかと心配する人もいますが、早めに申告することで、予防薬の追加、投与量の調整、一時的な休薬などを行いやすくなります。限界まで我慢して体力を失うより、生活への影響が小さい段階で調整した方が、その後の治療選択肢を保ちやすくなります。

心配事や生活上の問題も相談対象

ステージ4と診断された後は、病気や治療のことだけでなく、仕事を続けられるか、医療費をどう負担するか、家族へどのように伝えるかといった問題も生じます。こうした悩みは治療と切り離されたものではありません。眠れない状態や強い不安が続けば食欲や体力にも影響し、通院や服薬が負担になることがあります。

病院では、担当医や看護師に加え、緩和ケアチーム、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーなどが支援に関わります。がん相談支援センターでは、治療中の生活、仕事、経済的な制度、在宅療養などについて、患者さん本人だけでなく家族も無料で相談できます。

緩和ケアは外来や入院中だけでなく、訪問診療や訪問看護を整えることで自宅でも受けられるため、通院が難しくなってから初めて考えるのではなく、早い段階から希望する生活について相談しておくこともできます。

大腸がんステージ4の治療では、腫瘍を小さくすることと同じように、食事や排便、睡眠、移動といった日常生活を保つことが重要です。つらさを我慢せず、症状がいつからどのように現れ、生活のどこへ影響しているかを伝えることで、治療と生活の両方を支える方法を検討しやすくなります。

参考:がん相談支援センターとは|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんステージ4の生存率 ― 5年・10年の数字の受け止め方

大腸がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が最初に知りたいのは「治療によってどれくらい長く生きられるのか」ということでしょう。生存率はその疑問を考えるための重要な資料ですが、一つの数字だけで個人の将来を予測できるものではありません。

大腸がんでは、肝臓や肺の転移をすべて切除できる患者さんと、複数の臓器へ病気が広がっている患者さんが同じステージ4に含まれるため、実際の経過には大きな幅があります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、大腸がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。ネット・サバイバルとは、ほかの病気による死亡の影響をできるだけ除き、大腸がんが生命へ与える影響を推計した生存率です。

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI 92.3% 79.2%
ステージII 85.5% 70.7%
ステージIII 75.5%  61.6%
ステージIV 18.3% 11.6%

※5年生存率は2014~2015年診断例、10年生存率は2012年診断例を対象とした院内がん登録の集計です。異なる時期に診断された別の患者集団であり、18.3%から11.6%へ同じ集団の生存率が低下したことを示す表ではありません。また長期の統計ほど新しい薬物療法や手術技術の影響が十分に反映されていない可能性があります。
参考:国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

表を見ると、ステージⅠからⅢまでは5年後にも多くの患者さんが生存している一方、遠隔転移を伴うステージⅣでは数字が大きく低下しています。

ただし、ステージ4の5年ネット・サバイバルが18.3%だからといって、診断された患者さんの余命が一律に決まるわけではありません。この数字には、転移を切除できた患者さん、薬物療法だけを受けた患者さん、体力の低下によって積極的な治療が難しかった患者さんなど、病状の異なる人がすべて含まれています。

結腸がんと直腸がんでも集計結果に違いがある

大腸がんは、結腸がんと直腸がんを合わせた呼び方です。2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルを見ると、ステージⅣの結腸がんは15.8%、直腸がんは23.1%でした。数値には差がありますが、この結果だけから「直腸がんの方が治りやすい」と判断することはできません。患者さんの年齢、転移の場所、手術を受けた割合、治療内容など、集計対象となった患者背景が異なるためです。

自分の病状を考える際には、大腸がん全体の数字よりも、原発巣が結腸と直腸のどちらにあるのか、どこへ転移しているのか、転移巣を切除できる可能性があるのかを確認する方が、治療方針の理解につながります。

参考:大腸がん 患者数(がん統計)|国立がん研究センター

転移をすべて切除できる場合、全体統計より良好な経過を期待できる

大腸がんステージ4の生存率を大きく左右するのが、原発巣と転移巣をすべて取り除けるかどうかです。肝臓や肺への転移が限られ、手術によって病変を完全に切除できる患者さんでは、ステージ4全体の18.3%という数字より良好な長期成績が報告されています。一部では10年以上再発なく経過し、治癒に近い状態へ至る患者さんもいます。

ただし、手術を受けた患者さんの生存率は、最初から病変の数や位置、体力などの条件が良く、切除可能と判断された人だけを集めた結果です。ステージ4全体の統計と単純に比較し「手術をすれば誰でも生存率が上がる」と受け取ることはできません。手術による利益が期待できるかは、病変をすべて制御できる見込み、残せる肝臓や肺の機能、ほかの臓器への転移の有無を確認したうえで判断します。

診断時には切除不能でも、抗がん剤や分子標的薬によって転移巣が縮小し、後から手術できる状態へ変わることがあります。治療中も定期的に画像検査を行うのは、薬が効いているかを調べるだけでなく、根治を目指す治療へ切り替えられる時期が来ていないかを確かめる意味もあります。

病気が広がっている範囲と治療を続けられる体力も経過へ影響する

同じステージ4でも、肝臓だけに転移している状態と、肝臓、肺、腹膜など複数の場所へ病気が広がっている状態では、治療の難しさが異なります。腹膜播種によって腸閉塞や腹水が起きている場合には、食事や栄養を維持しにくくなり、薬物療法を予定どおり続けられないこともあります。肝転移が広範囲に及び肝機能へ影響している場合にも、使用できる薬や投与量が限られる可能性があります。

日常生活をどの程度自分で送れているかを示すPerformance Statusや、体重、筋肉量、肝臓・腎臓の機能も治療選択に関わります。体力が保たれていれば、一次治療の後に二次治療、三次治療へ進みやすく、病気を長くコントロールできる可能性が高まります。年齢だけで治療の可否が決まるわけではなく、現在の生活状態や持病を含めて、治療による利益と負担を評価します。

遺伝子や免疫の特徴によって治療成績が変わる

大腸がんの一部には、MSI-HまたはdMMRという特徴があり、免疫チェックポイント阻害薬が長期間効く患者さんがいます。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2などが確認された場合にも、それぞれを標的とする薬が治療候補になることがあります。これらの患者さんは大腸がん全体の中では少数ですが、従来は選択肢が限られていた病状にも専用の治療が加わり始めています。

一方で、標的となる遺伝子変異が見つからなくても、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤と分子標的薬を順番に使用しながら、何年にもわたって病気をコントロールできる患者さんもいます。バイオマーカーだけで経過が決まるわけではなく、治療への反応、副作用を管理できるか、次の治療へ移れるかといった要素も重なって生存期間が変わります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

5年生存率が18.3%という数字は、5年後に18.3%の人だけが生きられると個人へ宣告するものではありません。過去の一定期間に診断された患者集団をまとめた結果であり、現在利用できるすべての治療や、これから登場する薬の効果まで反映しているわけではないからです。また、ステージ4と診断された時点で病変を切除できる人と、広範な転移を伴う人の数字も一緒に集計されています。

生存率は病気の厳しさを理解するために欠かせない情報ですが、自分の経過を考えるには、転移を切除できるか、病気がどこまで広がっているか、どの薬を使えるか、現在の体力を保てているかを併せて見る必要があります。統計を軽視するのでも、数字だけで将来を決めつけるのでもなく、自分がどの患者群に近いのかを主治医へ確認することが現実的です。

大腸がんステージ4の余命 ― 治療別の生存期間中央値の見方

大腸がんステージ4と診断された患者さんやご家族にとって、「あとどれくらい生きられるのか」は避けて通れない疑問です。インターネットでは「余命○年」と断定する情報も見られますが、実際の診療で使われるのは、個人の余命ではなく、臨床試験に参加した患者集団の『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』です。

大腸がんステージ4の経過は、転移を切除できるか、どの薬を使用できるか、治療開始時の体力が保たれているかによって大きく変わります。まずは、代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値を見てみましょう。

主な臨床試験で報告された全生存期間中央値

臨床試験 主な対象・治療段階 治療内容 全生存期間中央値(OS)
TRIBE試験 切除不能例の一次治療 FOLFOXIRI+ベバシズマブ 29.8か月
PARADIGM試験 RAS野生型・左側原発の一次治療 mFOLFOX6+パニツムマブ 37.9か月
KEYNOTE-177試験 MSI-H/dMMRの一次治療 ペムブロリズマブ 77.5か月
SUNLIGHT試験 標準治療後に病気が進行した患者 トリフルリジン・チピラシル+ベバシズマブ 10.8か月

※それぞれ対象患者、治療を始めた時期、遺伝子や免疫の特徴が異なるため、数値を横並びにして治療の優劣を判断することはできません。いずれも原則として、臨床試験の治療を始めた時点から数えた全生存期間であり、大腸がんと診断されてからの余命を示す数字ではありません。

表を見ると、一次治療の臨床試験では全生存期間中央値が約30~38か月に達する患者集団がある一方、MSI-H/dMMRという特徴を持つ患者では、ペムブロリズマブによる中央値が77.5か月、約6年半まで延びています。

反対に、複数の標準治療をすでに受けた患者を対象とするSUNLIGHT試験では10.8か月でした。この数字が短いのは治療そのものが劣っているからではなく、すでに複数の治療を受け、病気が進行した段階から計測されているためです。

参考:TRIBE試験|FOLFOXIRI+ベバシズマブとFOLFIRI+ベバシズマブの比較
参考:PARADIGM試験. JAMA. 2023.
参考:KEYNOTE-177試験 5年追跡解析. Annals of Oncology.
参考:SUNLIGHT試験. New England Journal of Medicine. 2023.

全生存期間中央値は「平均余命」ではありません

全生存期間中央値が29.8か月だった場合、29.8か月で全員が亡くなるわけではありません。治療を受けた患者を生存期間の短い順に並べたとき、中央に位置した人の期間を表しています。半数はそれより短い一方、残る半数は29.8か月を超えて生存していたことになります。

中央値が使われるのは、少数の長期生存者がいる場合でも、患者集団のおおまかな傾向を示しやすいためです。平均値は5年、10年と長く生存した患者の影響を強く受けますが、中央値はその影響を比較的受けにくくなります。それでも、中央値は個人の未来を予測する数字ではなく、同じ条件で治療を受けた患者集団を理解するための指標にすぎません。

もう一つ見落としやすいのが、数字を数え始める時点です。

PARADIGM試験やKEYNOTE-177試験の全生存期間は、原則として試験治療を開始した時点から計測されています。再発する前の治療期間や、別の薬を受けていた期間まで含めた「診断からの総生存期間」ではありません。SUNLIGHT試験の10.8か月も、複数の治療を終えた後にこの治療を始めてからの中央値であり、ステージ4と診断されてから10.8か月という意味ではありません。

同じステージ4でも数字が大きく違うのは、対象となる患者が異なるため

TRIBE試験のFOLFOXIRIは複数の抗がん剤を同時に使う強度の高い治療であり、治療に耐えられる体力と臓器機能を持つ患者が主な対象でした。すべての患者さんへ同じ治療を行えるわけではありません。

PARADIGM試験の37.9か月という数字も、大腸がんステージ4全体を示すものではありません。RAS遺伝子に治療を妨げる変異がなく、原発巣が左側にある患者に限った結果です。抗EGFR抗体薬の効果が期待しやすい条件を満たした患者集団であるため、ほかのタイプの大腸がんへそのまま当てはめることはできません。

KEYNOTE-177試験の77.5か月は、免疫療法が効きやすいMSI-H/dMMRという少数の大腸がんを対象とした結果です。非常に長い中央値ではありますが、ステージ4大腸がんの大部分を占めるMSS/pMMRの患者には、同じ結果を期待できません。数字を見る際には、治療名だけでなく、自分がその試験の対象条件に近いかを確認する必要があります。

転移を切除できる患者は当てはまらない

表に挙げた試験の多くは、原発巣と遠隔転移をすべて切除することが難しく、薬物療法を中心に治療する患者を対象としています。肝転移や肺転移が限られ、すべての病変を手術で取り除ける患者では、治療の目標も期待できる経過も異なります。

薬物療法で腫瘍が縮小し、後から根治切除へ移行できた場合にも、診断時の切除不能例だけを集めた中央値で将来を考えることはできません。前章で紹介したPARADIGM試験でも、左側大腸がんのパニツムマブ群では18.3%の患者がR0切除に進んでいます。薬物療法を続けることだけでなく、治療中に手術可能な状態へ変わっていないかを確認する意味がここにあります。

一方、複数の臓器へ病気が広がっている場合や、腸閉塞、腹水、肝機能低下などによって体力が大きく落ちている場合には、臨床試験の結果より厳しい経過になることもあります。多くの臨床試験では、一定の体力と臓器機能を保ち、決められた治療を受けられる患者が対象となるためです。

自分の余命を考えるときは「どの数字に近いか」を確認

主治医へ余命を尋ねても、明確な年数を答えられないことがあります。それは説明を避けているからではなく、診断時点では治療への反応や、その後に手術へ進めるか、二次治療以降を受けられるかまで分からないためです。

数字について相談するときは「これは診断時からの数字ですか、それとも現在の治療を始めてからの数字ですか」「自分はどの臨床試験の患者に近いですか」「肝転移や肺転移を切除できる可能性はありますか」と確認すると、統計と自分の病状を結び付けやすくなります。治療を始めた後は、画像上の縮小率、腫瘍マーカーの推移、食事や日常生活を維持できているかといった情報が加わり、見通しも少しずつ具体的になります。

大腸がんステージ4の余命は、ひとつの平均値で表すことができません。切除不能例の一次治療では2年半から3年以上の中央値が報告され、特定のタイプではさらに長い経過が示される一方、治療歴や全身状態によっては短くなることもあります。数字を曖昧にする必要はありませんが、どの患者集団から得られた数字なのかを理解せず、自分の余命として受け取ることも避ける必要があります。

大腸がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

大腸がんステージ4は遠隔転移を伴う状態ですが、肝臓や肺などの転移を原発巣とともにすべて取り除ける一部の患者さんでは、根治を目指した治療が可能です。大腸がんステージ4全体の完治率を示す統一された数字はありませんが、特に切除可能な肝転移では、治療後10年以上にわたって再発せず、医学的にも治癒に近いと考えられる患者さんが実際に存在します。

ただし、これはステージ4の患者さん全体に当てはまる話ではありません。長期生存に関する多くのデータは、転移が限られ、すべての病変を安全に切除できると判断された患者さんを対象にしています。複数の臓器へ病気が広がっている場合や、切除しても十分な肝臓・肺の機能を残せない場合には、薬物療法による病勢コントロールが治療の中心になります。

転移を切除できた場合、どの程度の長期生存が報告されているか

根治を目指した治療の成績は、転移した臓器や病変の広がりによって異なります。以下の数値はいずれも、手術を受けられる条件を満たした患者さんの結果であり、ステージ4全体の生存率とは直接比較できません。

病状・治療 報告されている主な長期成績 数字を見る際の注意点
切除可能な肝転移の手術 5年生存率 25~40% 原発巣と肝転移を切除できると選択された患者が対象
肝転移切除後の長期追跡 実測10年生存率 約17~24%
観察上の治癒率 約17~20%
過去の単施設・選択症例を中心とした後ろ向き研究
肺転移切除後 メタ解析で5年生存率 54.1% 手術を受けた高度選択例の集計で、手術自体の利益には不確実性も残る
切除不能から薬物療法後に切除可能となった肝転移 当初から切除可能だった患者に近い5年成績が報告される場合がある 薬物療法がよく効き、完全切除へ進めた患者に限られる

米国国立がん研究所(NCI)のPDQでは、切除可能な肝転移を断端陰性で切除できた患者の5年生存率を25~40%とし、選択された転移切除例では5年治癒率が20%を超えると説明しています。ここでいう断端陰性とは、切除した組織の端を顕微鏡で調べてもがん細胞が確認されない状態です。日本では一般に「R0切除」と呼ばれ、根治を目指すうえで欠かせない条件になります。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

肝転移の手術後、10年以上再発しないケースもある

大腸がん肝転移を切除した612人を10年以上追跡した研究では、102人が実際に10年以上生存していました。割合にすると約16.7%です。10年生存者のうち99人は最終確認時にも病気がなく、10年を超えてから大腸がんで亡くなった患者は1人だけでした。研究者らは、この結果から「肝転移切除後に10年生存した患者は、実質的に治癒したと考えられる」と結論付けています。

別の長期追跡研究でも、肝転移切除後の実測10年生存率は24%、観察上の治癒率は20%と報告されました。これらの数字は、大腸がんステージ4でも完治に近い経過をたどる患者さんがいることを具体的に示しています。ただし、肝転移切除を受けた患者さんの中でも、がんの広がりや遺伝子の特徴、リンパ節転移、肝臓以外の病変などによって治療成績には大きな差があります。

参考:Tomlinson JS, et al. *Actual 10-year survival after resection of colorectal liver metastases defines cure.* Journal of Clinical Oncology. 2007.
参考:Viganò L, et al. *Actual 10-year survival after hepatic resection of colorectal liver metastases: what factors preclude cure?* Surgery. 2018.

R0切除ができても、再発の可能性は残る

画像に映る病変をすべて切除できても、体内に顕微鏡では確認できないほど小さながん細胞が残っている可能性があります。肝転移切除後の臨床試験では、5年時点で再発せずに生存していた患者の割合は約27~34%でした。言い換えると、多くの患者さんが手術後に何らかの再発を経験しており、R0切除がそのまま完治を保証するわけではありません。

再発した場合でも、病変が肝臓や肺の限られた範囲にとどまっていれば、再び切除できることがあります。手術、薬物療法、焼灼療法などを組み合わせながら再発を繰り返し治療し、その結果として長期生存へつながる患者さんもいます。最初の手術だけで治療が完結するとは限らず、再発後の治療まで含めて長期的に病気と向き合うことになります。

肺転移の切除でも長期生存例があるが、数字の解釈には注意が必要

大腸がん肺転移の手術に関する115研究、1万3,294人をまとめたメタ解析では、切除後の5年生存率は54.1%でした。病変が一つで2cm未満、胸部リンパ節転移がない、肺以外の転移歴がないといった患者さんでは、比較的良好な成績が報告されています。

一方、この分野の研究の多くは、手術を受けた患者さんの経過を後から調べたものです。病変が少なく、体力も保たれた患者さんが手術群へ選ばれているため、54.1%という数字を「手術をすれば半数以上が治る」と解釈することはできません。肺転移切除が生存期間をどこまで延ばすのかについては、質の高い比較試験が十分ではなく、手術の適応は慎重に判断されます。

参考:Gkikas A, et al. Preoperative prognostic factors for 5-year survival following pulmonary metastasectomy from colorectal cancer.* European Journal of Cardio-Thoracic Surgery. 2023.

最初は切除不能でも、後から根治手術へ進めることがある

肝転移が多い、重要な血管へ近い、切除後に残る肝臓が少ないといった理由で、診断時には手術できないと判断されることがあります。その後、抗がん剤や分子標的薬によって病変が縮小し、すべて切除できる状態へ変われば、コンバージョン手術を検討します。NCIは、このように薬物療法後に切除可能となった肝転移患者では、当初から切除可能だった患者に近い5年生存率が得られる場合があると説明しています。

ただし、腫瘍が縮小しただけで手術へ進めるわけではありません。画像上見えなくなった病変が本当に消失したとは限らず、肝臓の奥に微小ながんが残っている可能性もあります。薬物療法を続けることで肝機能が低下し、手術の負担が増すこともあるため、治療開始時から外科医が画像を確認し、手術へ切り替える時期を見極めることが大切です。

薬物療法だけで病変が消えた場合は「完治」と言えるのか

抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬によって、画像上すべての病変が消える『完全奏効』が得られる患者さんもいます。ただし、完全奏効は「検査で確認できるがんがなくなった状態」であり、体内からがん細胞が完全に消えたことを証明するものではありません。治療を中止できるか、どの程度の期間再発がなければ治癒と考えられるかについても、すべての患者さんへ共通する基準はありません。

MSI-H/dMMR大腸がんでは免疫療法が長く効く患者さんがいますが、これも長期の病勢コントロールと完治を同じ意味で捉えることはできません。病変が見えなくなった後も、定期的な画像検査や血液検査を続け、再発の有無を確認していきます。

大腸がんステージ4で完治を目指せる可能性が最も高いのは、原発巣と遠隔転移をすべてR0切除できる患者さんです。なかでも肝転移切除後には、10年以上病気のない状態を保ち、治癒したと考えられる患者さんが一定数存在します。その一方で、手術後の再発は多く、肺転移切除の成績には患者選択の影響も含まれています。「手術できるかどうか」だけではなく、すべての病変を取り切れるのか、手術後も十分な臓器機能を保てるのか、再発した際に次の治療を行えるのかまで含めた評価が必要です。

標準治療以外の選択肢 ― 治験・遺伝子パネル検査・自由診療

現在受けている薬が効かなくなったと言われても、それだけで大腸がんの治療がすべて終わるわけではありません。

大腸がんステージ4では、作用の異なる薬を順番に使う治療が一般的であり、一次治療の後には二次治療、三次治療、さらにその後の治療が残っている場合があります。最初の薬が効かなくなった時点で自由診療を探すのではなく、まず承認された標準治療の中に未使用の薬がないか、病変を局所治療できる余地がないか、遺伝子や免疫の検査結果から新たな候補が見つからないかを整理します。

医療でいう標準治療は「一般的で古い治療」ではありません。臨床試験によって効果と安全性が確認され、その時点で多くの患者さんに勧められる最良の治療です。「最新治療」という名称だけで標準治療より高い効果が期待できるわけではなく、新しい治療が標準治療になるには、従来の方法を上回る利益を臨床試験で示す必要があります。

参考:標準治療と診療ガイドライン|国立がん研究センター がん情報サービス

薬が効かなくなった理由と、病気の進み方を確認

画像検査で腫瘍が大きくなった場合でも、全身の病変が一斉に進行しているとは限りません。多くの病変は抑えられているものの、肝臓や肺の一部だけが大きくなっている場合には、その病変へ手術や放射線治療、焼灼療法などを行い、全身治療を継続できることがあります。反対に、複数の臓器で新しい病変が増えていれば、作用の異なる薬へ切り替える判断が中心になります。

病気の進行ではなく、副作用によって現在の治療を続けられない場合もあります。このときは、投与量を減らす、原因となる薬だけを外す、別の薬へ変更するといった調整が可能です。「今の治療を中止すること」と「治療そのものを諦めること」は同じではありません。治療効果が乏しいのか、体が薬に耐えられないのかによって、次に選ぶ方法は変わります。

RAS、BRAF、MSI/MMR、HER2、KRAS G12Cなどの検査が十分に行われていない場合や、診断時から時間がたち、病気の性質が変化している可能性がある場合には、保存されている組織の再検査や新たな生検、血液を使った検査が提案されることもあります。すでに標準治療として使える薬が見つかることもあれば、治験を探す手がかりになる場合もあります。

「治験」は効果と安全性を確かめている研究段階の治療

治験は、承認前の薬や新しい治療の組み合わせについて、効果と安全性を確認する臨床試験です。「標準治療がなくなった人だけの最後の手段」とは限らず、一次治療や二次治療の段階から参加できる試験もあります。大腸がんでは、新しい分子標的薬、免疫療法、抗体薬物複合体、既存薬の新しい組み合わせなどが研究されています。

参加できるかどうかは、遺伝子変異、これまで受けた治療、転移の状態、年齢、全身状態、肝臓や腎臓の機能などの条件で決まります。希望する薬の治験が見つかっても、条件に合わなければ参加できません。比較試験では治療群が無作為に決められることもあり、必ず新薬を受けられるとは限らないため、試験の目的と治療内容を理解したうえで参加を判断します。

国内のがん臨床試験は、国立がん研究センターの検索サービスから調べることができます。ただし、掲載情報が更新される前に募集が終了している場合や、実施施設が表示されていない試験もあります。自分で見つけた試験へ直接申し込むのではなく、試験情報を主治医へ見せ、病状や検査結果が参加条件に合うかを確認する進め方が現実的です。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

治験には全身状態や臓器機能の基準が設けられることが多いため、治療選択肢がほとんどなくなり、体力が大きく低下してから探し始めると参加が難しくなる場合があります。現在の治療が効きにくくなった段階で、次の標準治療と並行して治験の可能性を確認しておくと、選択肢を比較する時間を取りやすくなります。

がん遺伝子パネル検査で多数の遺伝子をまとめて調べることがある

がん遺伝子パネル検査は、一度に100以上の遺伝子を調べ、治療につながる遺伝子変化がないかを探す検査です。大腸がんで最初から調べるRASやBRAF、MSI/MMRなどの検査とは役割が異なり、標準治療がない、または終了した・終了が見込まれる進行がんなど、一定の条件を満たす場合に保険診療で検討されます。結果は複数の専門家による会議で評価され、使用できる薬や参加可能な治験がないかを確認します。

参考:がんゲノム医療 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

検査を受ければ、自分に合う薬が必ず見つかるわけではありません。国立がん研究センターのC-CATが公表した2022年6月30日までの集計では、検査を受けた患者さんの44.5%に新しい治療候補が提示された一方、その治療が比較的早期に実施された割合は9.4%でした。候補となる薬が国内で承認されていない、治験の参加条件に合わない、実施施設へ通えないといった理由で、結果が治療へ結び付かないこともあります。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT)

多数の遺伝子を調べる過程で、現在の大腸がんの治療とは別に、生まれつきがんになりやすい体質が示唆されることもあります。本人だけでなく血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを検査前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

先進医療や患者申出療養は、自由に未承認薬を使える制度ではない

「先進医療」という名称から、標準治療より進んだ優れた治療を想像する人もいますが、制度上は将来の保険適用に向けて評価されている医療技術です。対象となる治療や実施施設はあらかじめ定められており、患者さんが希望し、医師が必要性と合理性を認めた場合に実施されます。先進医療に当たる部分の費用は全額自己負担となり、通常の診察や検査など保険診療と共通する部分には保険が適用されます。

参考:先進医療の概要について|厚生労働省

患者申出療養は、国内で承認されていない薬や適応外の治療について、患者さんの希望をきっかけに臨床研究として実施する制度です。一定の安全性や有効性が確認され、将来の保険適用を目指せる治療が対象となり、専門家による審査を受けます。希望した治療を必ず受けられる制度ではなく、申請や検討に時間がかかることもあり、保険適用外の薬や研究に必要な費用は自己負担となる可能性があります。

参考:厚生労働省 患者申出療養制度

これらの制度を利用できるか知りたい場合は、治療を受けたい施設へ直接連絡するより、まず主治医やがん相談支援センターへ相談し、対象となる治療の科学的根拠、実施施設、費用、申請に必要な期間を確認します。

自由診療は「保険外だから効果が高い」という意味ではない

自由診療とは、公的医療保険を使わず、原則として費用を患者さんが負担する診療です。海外では承認されているものの日本では未承認の薬を使用する治療から、免疫細胞療法、がんワクチン、サプリメントや食事療法まで、内容は大きく異なります。自由診療という区分そのものは、その治療の有効性や安全性を保証するものではありません。

検討する際には、その治療を受けた患者数、比較対象を置いた臨床試験の有無、腫瘍が縮小した割合だけでなく生存期間が延びたか、重い副作用がどれくらい起きたかを確認します。「学会で発表した」「大学と共同研究している」「症例報告がある」という説明だけでは、標準治療を上回る効果が証明されたことにはなりません。治療費についても、薬剤費だけでなく検査、診察、副作用が起きた際の対応、交通・宿泊、治療を継続した場合の総額まで確認しておく必要があります。

標準治療を中断して自由診療だけへ切り替える場合は、特に慎重な判断が求められます。効果が確立していない治療を受けている間に病気が進行し、後から標準治療へ戻ろうとしても、体力や臓器機能の低下によって受けられなくなる可能性があるためです。健康食品やサプリメントであっても、抗がん剤の作用を弱めたり、予期しない副作用を起こしたりすることがあるため、使用前に治療担当医や薬剤師へ内容を伝える必要があります。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

次の選択肢は、順番を付けて確認

現在の治療が効かなくなったときには、まず未使用の標準治療と局所治療の可能性を確認し、必要ならバイオマーカーの再評価を行います。そのうえで、参加できる治験やがん遺伝子パネル検査を検討し、患者申出療養や自由診療は、科学的根拠と費用を十分に確認してから判断します。複数の選択肢がある場合には、セカンドオピニオンを利用し、標準治療を続けた場合と新しい治療を選んだ場合の利益と不利益を比較する方法もあります。

標準治療で期待した効果が得られなかった経験は、患者さんやご家族にとって大きな落胆につながります。しかし、そこで焦って「最も新しい」「最も高額な」治療を選ぶ必要はありません。病気の状態、残されている標準治療、治験の条件、検査結果、生活で大切にしたいことを整理し、その時点で根拠と現実性のある選択肢を比較することが、次の治療へ進むための出発点になります。

大腸がんステージ4の最新治療

大腸がんの「最新治療」には、すでに日本で承認され、条件を満たせば保険診療で受けられる治療と、治験によって有効性や安全性を確かめている研究段階の治療が混在しています。新しい薬が次々と報道されると、標準治療より優れた方法がすぐに受けられるように感じるかもしれませんが、研究段階の治療は効果が確立しているわけではなく、参加できる患者さんにも細かな条件があります。

執筆時点での大きな変化は、以前は専用の薬がなかった遺伝子変異に対する治療が増え、複数の標準治療を受けた後にも選べる薬が広がっていることです。一方、免疫療法が効きにくいタイプへの新しい治療や、血液検査によって再発や薬剤耐性を早く見つける方法については、まだ研究が続いています。

治療・技術 2026年7月時点の位置付け 主に関係する患者さん
BRAF V600Eを標的とする治療 国内承認済み。一次治療から選択可能 BRAF V600E変異陽性
KRAS G12Cを標的とする治療 国内承認済み。標準的な薬物療法後に検討 KRAS G12C変異陽性
HER2を標的とするADC 条件を満たせば国内で使用可能 HER2陽性で標準治療が難しくなった患者
フルキンチニブ 国内承認済み。複数の治療後に検討 バイオマーカーを問わず、一定の治療歴がある患者
ctDNAによる血液検査 遺伝子変異の検索には実用化。微小残存病変に基づく治療変更は研究段階 組織採取が難しい患者、手術後の再発リスクを詳しく調べる患者
MSS/pMMRに対する新しい免疫療法 治験段階 一般的な免疫療法が効きにくいタイプ

BRAF V600E変異では、最初の治療から遺伝子変異を狙えるようになった

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、病気の進行が比較的速く、従来の抗がん剤だけでは十分な効果を得にくいタイプとして知られてきました。以前は、一次治療の後に病気が進行してからBRAF阻害薬を使用するのが一般的でしたが、2025年11月、日本でもエンコラフェニブ、セツキシマブ、mFOLFOX6を組み合わせる治療が一次治療から使用できるようになりました。

承認の根拠となったBREAKWATER試験では、腫瘍が一定以上縮小した患者の割合が新しい併用療法で60.9%、従来治療で40.0%でした。病気が進行せずに過ごせた期間の中央値も12.8か月対7.1か月となり、診断時からBRAF V600E変異を直接狙う意義が示されています。誰にでも使える治療ではありませんが、予後が厳しいと考えられていたタイプに、最初から専用の治療を選べるようになったことは大きな変化です。

参考:「BRAF V600E変異陽性結腸・直腸がんに対する一次治療の国内承認」小野薬品工業

KRAS変異の一部にも専用の治療が加わっている

RAS遺伝子に変異がある大腸がんでは抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくく、長い間、変異そのものを狙う薬もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという型については、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が開発されています。

日本では2025年、標準的な抗がん剤治療後に病気が進行したKRAS G12C変異陽性の大腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られますが、「RAS変異があれば専用の分子標的薬は使えない」という状況は少しずつ変わっています。

参考:「KRAS G12C変異陽性結腸・直腸がんに対するソトラシブ・パニツムマブ併用療法の国内承認」武田薬品工業

HER2陽性大腸がんでは、抗体薬物複合体が治療候補になる

一部の大腸がんでは、がん細胞にHER2というタンパク質や遺伝子の異常が認められます。HER2を標的とする治療には複数の選択肢がありますが、2026年3月には抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカンが、一定のHER2陽性条件を満たす進行・再発固形がんへ適応拡大されました。

抗体薬物複合体は、がん細胞の目印へ結合する抗体に抗がん剤成分をつなぎ、標的となる細胞へ薬を届ける仕組みです。大腸がんでも、HER2遺伝子増幅や強いHER2発現が確認され、標準的な治療が難しくなった場合には候補となることがあります。ただし、HER2がわずかに発現しているだけで使用できるわけではなく、承認された検査で条件を満たしているかを確認しなければなりません。重い間質性肺疾患を起こす可能性もあるため、治療中に新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には早急な評価が必要です。

参考:「エンハーツのHER2陽性進行・再発固形がんへの国内適応拡大」第一三共

複数の標準治療後にも、経口薬の選択肢が増えている

遺伝子変異に対応する薬だけでなく、バイオマーカーを問わず検討できる後方治療も増えています。フルキンチニブは、がんが新しい血管を作る際に使うVEGF受容体の働きを抑える飲み薬で、日本では2024年に承認されました。フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカン、分子標的薬など、複数の標準治療を受けた後に病気が進行した患者が主な対象です。

参考:「フリュザクラの国内発売」武田薬品工業

国際共同第Ⅲ相試験のFRESCO-2では、フルキンチニブを開始してからの全生存期間中央値が7.4か月、プラセボ群では4.8か月でした。これはステージ4と診断されてから7.4か月という意味ではなく、複数の治療を受けた後に試験治療を始めた時点からの数字です。腫瘍を大きく縮小させることより、病気の進行を遅らせる役割を持つ薬であり、高血圧、強い疲労感、手足症候群などに注意しながら使用します。

参考:Dasari A, et al. FRESCO-2. The Lancet.

ctDNA検査は、治療標的を探す目的では実用化が進んでいる

がん細胞から血液中へ流れ出したDNAを調べる検査を、ctDNA検査またはリキッドバイオプシーと呼びます。腫瘍組織を採取するのが難しい場合や、病気が治療によって性質を変えた可能性がある場合に、血液からRASやBRAFなどの遺伝子変異を調べる目的で使われることがあります。

採血だけで繰り返し調べられることは大きな利点ですが、血液中へ十分な腫瘍DNAが出ていないと、実際には変異があっても検出されない場合があります。結果が陰性でも必要に応じて組織検査を追加するのは、この偽陰性を避けるためです。

参考:「ctDNA検査に関する推奨」ESMO

手術後の血液中にctDNAが残っているかを調べ、画像に映らない微小な病変や再発リスクを推定する研究も進んでいます。

肝転移や肺転移を根治目的で切除した後に、ctDNAの結果をもとに抗がん剤を強くする、減らす、早く再開するといった治療戦略が検討されていますが、2026年7月時点では、ctDNAだけを根拠に治療方針を決めることは一般的な標準診療にはなっていません。CT検査や腫瘍マーカーに代わる検査ではなく、既存の検査へ情報を加える技術として研究が続いています。

参考:ctDNA applications and integration in colorectal cancer: an NCI Colon and Rectal–Anal Task Forces whitepaper

免疫療法が効きにくいタイプへの研究も続いている

免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示しやすいのは、MSI-HまたはdMMRという特徴を持つ少数の大腸がんです。大腸がんの多くを占めるMSSまたはpMMRでは、免疫療法を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、この壁を越えることが研究上の大きな課題になっています。

研究では、免疫療法へ抗がん剤や血管新生阻害薬を組み合わせる方法、一つの薬で免疫と血管新生の両方へ作用する二重特異性抗体、免疫細胞をがん細胞へ近づける抗体などが検討されています。RAS経路をより広く抑える次世代薬や、HER2以外の目印へ抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も治験段階にあります。研究が行われていることと、効果が確立していることは同じではなく、MSS/pMMRの患者さんへ一般診療として勧められる新しい免疫療法はまだ限られています。

最新治療を調べるときは「承認済みか、治験段階か」を確認

最新治療という言葉だけでは、その治療を実際に受けられるかどうかは分かりません。日本で承認され保険診療として使える薬なのか、海外だけで承認されているのか、治験で効果を検証している段階なのかによって、利用条件や費用、予測できる副作用は大きく異なります。自分が対象になるかを判断するには、遺伝子検査の結果だけでなく、これまで受けた治療、病気の広がり、全身状態、治験を実施している施設へ通えるかまで確認する必要があります。

大腸がんの最新治療は、すべての患者さんへ同じ新薬を追加する方向ではなく、がん細胞の特徴を細かく分け、それぞれに合う治療を選ぶ方向へ進んでいます。以前は予後が厳しいと考えられていたBRAF V600E変異や、専用薬がなかったKRAS G12C変異にも治療が加わり、標準治療後の選択肢も広がりました。その一方で、研究段階の治療を過度に期待せず、現在利用できる標準治療を逃さないことも同じくらい重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 大腸がんステージ4でも手術を受けられますか?

受けられる場合があります。肝臓や肺への転移があっても、大腸の原発巣と転移巣をすべて切除でき、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、根治を目指した手術が検討されます。診断時には切除できなくても、薬物療法で腫瘍が縮小した後に手術へ進めることもあります。

手術の可否は、転移の個数だけでは決まりません。病変の位置、重要な血管との関係、肝臓や肺に残せる機能、ほかの臓器への転移、患者さんの体力まで含めて判断します。手術の可能性がある場合は、大腸外科だけでなく肝胆膵外科や呼吸器外科など、転移先の手術を専門とする医師にも評価してもらうことが重要です。

Q2. 肝転移や肺転移があっても完治できますか?

一部の患者さんでは、原発巣と転移巣を完全に切除し、長期間再発しない状態を目指せます。大腸がんでは、選択された肝転移や肺転移の患者さんに対して、手術が根治の可能性を持つ治療になります。

ただし、手術を受ければ必ず完治するわけではありません。画像で確認できる病変をすべて切除しても、体内に微小ながん細胞が残っている可能性があり、手術後に再発する患者さんもいます。再発した病変が再び切除できる場合もあるため、手術後も定期的な画像検査と血液検査を続けます。

Q3. ステージ4と診断されたら、必ず人工肛門になりますか?

必ず人工肛門になるわけではありません。人工肛門が必要になるのは、主に腫瘍によって便の通り道が塞がれている場合、腸に穴が開く危険がある場合、直腸がんの手術で肛門を残すことが難しい場合などです。腸閉塞を避け、早く薬物療法へ進む目的で一時的な人工肛門を造ることもあります。

人工肛門には、一時的に造設して後から閉鎖できるものと、継続して使用するものがあります。装具の扱いに慣れ、状態が安定すれば、仕事、旅行、入浴、無理のない運動も可能です。食事にも原則として一律の禁止はありませんが、便の状態や腸の狭窄に合わせた調整が必要になる場合があります。

Q4. 食事で大腸がんを小さくできますか?

特定の食品や食事療法だけで、ステージ4大腸がんを縮小させたり治したりできるという信頼できる根拠はありません。標準治療の代わりに極端な糖質制限や断食、健康食品だけへ頼ると、体重や筋肉量が低下し、予定していた治療を受けにくくなるおそれがあります。

治療中の食事で優先したいのは、十分なエネルギー、水分、タンパク質を確保し、体力を保つことです。食欲がないときは少量を複数回に分け、食べられる食品を利用します。ただし、腸が狭くなっている場合には、一般には健康的とされる食物繊維の多い食品が腸閉塞の原因になることもあります。病変の状態に応じて、担当医や管理栄養士へ具体的な食事内容を確認してください。

Q5. 治療を受けながら仕事を続けられますか?

病状と仕事内容によりますが、外来で薬物療法を受けながら仕事を続けている患者さんもいます。治療日と副作用が強く出やすい日を把握し、在宅勤務、時差出勤、勤務時間の短縮などを利用することで、退職せずに治療を続けられる場合があります。

診断直後に仕事を辞めるかどうかを決める必要はありません。治療を始めてから体調の波を確認し、必要な配慮を勤務先と相談する方法もあります。病院のがん相談支援センターや医療ソーシャルワーカーでは、休職制度、傷病手当金、職場への伝え方などについて相談できます。2026年度からは、事業主による治療と仕事の両立支援が努力義務として位置付けられています。

Q6. お酒は飲んでもよいのでしょうか?

大腸がんになったからといって、すべての患者さんが必ず禁酒しなければならないわけではありません。ただし、抗がん剤による吐き気や下痢、脱水、肝機能障害がある時期には、飲酒によって症状が悪化する可能性があります。手術前後や治療直後も、飲酒を控えるよう指示されることがあります。

飲酒できる量は、治療内容、肝臓の状態、服用している薬によって異なります。以前と同じ量を飲んでよいとは限らないため、治療中は担当医や薬剤師へ確認してください。下痢が続いている場合には、アルコールが腸を刺激して症状を強めることもあります。

Q7. 運動や旅行をしても大丈夫ですか?

体調が安定し、主治医から制限を受けていなければ、散歩や軽い筋力運動などを続けることは可能です。無理のない運動は筋力や体力の維持に役立ち、治療中の生活を保ちやすくします。ただし、骨転移がある場合、手術直後、貧血や発熱がある場合には、運動内容を調整しなければなりません。

旅行も一律に禁止されるものではありませんが、治療日程、副作用が出やすい時期、緊急時の受診先を確認してから計画します。人工肛門があっても旅行は可能です。装具を多めに持参し、長距離移動では脱水や血栓を防ぐため、可能な範囲で水分補給と体を動かす時間を確保します。

Q8. セカンドオピニオンはどの時点で受けるべきですか?

治療方針の説明を受けたものの、肝転移や肺転移を切除できる可能性について確認したい場合、複数の治療選択肢が提示されて迷っている場合、治験を含めた次の治療を知りたい場合には、セカンドオピニオンが役立ちます。大腸がんステージ4では、転移巣の切除可能性やコンバージョン治療の判断に複数分野の専門性が必要になるため、専門施設の意見を聞く意味があります。

セカンドオピニオンは、転院を前提とした診察ではありません。現在の検査画像や病理結果を別の専門医に見てもらい、診断や治療方針について意見を聞く制度です。治療開始前だけでなく、薬が効かなくなり次の方針を考える時点も利用しやすいタイミングです。ただし、治療を急ぐ病状では時間的な制約があるため、いつまでに決める必要があるかを主治医へ確認しておきます。

Q9. 大腸がんは家族へ遺伝しますか?

大腸がんの多くは、親から子へ直接遺伝する病気ではありません。一方、ごく一部にはリンチ症候群や家族性大腸腺腫症など、生まれつき大腸がんになりやすい体質が関係するものがあります。若い年齢で発症した場合、血縁者に大腸がんや子宮体がんなどの患者さんが複数いる場合、複数のがんを経験している場合には、遺伝性腫瘍の評価が提案されることがあります。

治療選択のために調べるRASやBRAFなどの遺伝子変異は、多くの場合、がん細胞の中だけに生じた変化であり、そのまま家族へ遺伝するものではありません。MSI-H/dMMRが見つかった場合にはリンチ症候群が隠れている可能性もあるため、必要に応じて遺伝カウンセリングや血液を使った遺伝学的検査を行います。

Q10. 標準治療が効かなくなったら、もう治療法はありませんか?

現在の薬が効かなくなっても、作用の異なる標準治療へ切り替えられる場合があります。特定の病変だけが進行しているなら、手術や放射線治療を追加して、全身治療を続ける方法も検討されます。バイオマーカーを再評価し、BRAF V600E、KRAS G12C、HER2などに対応する治療が候補になることもあります。

標準治療の選択肢が少なくなった段階では、治験やがん遺伝子パネル検査も検討できます。ただし、自由診療を含む「最新治療」が標準治療より優れているとは限りません。現在残されている保険診療、治験の参加条件、期待できる効果と副作用を整理したうえで、次の選択肢を比較することが大切です。

大腸がんステージ4と向き合うために ― 納得できる治療を選ぶための考え方

大腸がんステージ4は、原発巣から離れた臓器や腹膜、遠隔リンパ節などへがんが広がった状態であり、決して治療が容易な病期ではありません。しかし、ステージ4という診断だけで治療の目的や将来が一つに決まるわけでもありません。

大腸がんステージ4の治療を考えるとき、最初に確認したいのは「一番強い薬は何か」ではなく、「すべての病変を切除できる可能性があるか」という点です。肝転移や肺転移を切除できるかどうかは、単純な個数だけでは判断できません。初回の診断だけで「生涯手術できない」と決まるものではない一方、腫瘍が小さくなっただけで必ず手術できるわけでもなく、完全に取り切れる見込みがあるかを慎重に判断する必要があります。

生存率や全生存期間中央値は、病気の厳しさや治療の進歩を理解するうえで欠かせない情報です。しかし、それらは一定の条件を満たした患者集団の結果であり、個人の余命をそのまま示すものではありません。数字を見ないようにする必要はありませんが「自分はその統計のどの患者群に近いのか」「数字は診断時から数えたものか、特定の治療を始めてから数えたものか」を確認しなければ、実際以上に悲観したり、反対に過度な期待を抱いたりすることがあります。

治療方針に迷いがある場合、セカンドオピニオンを利用することもできます。別の専門医へ相談することは、現在の担当医を否定する行為ではありません。今の方針が妥当であることを確認し、納得して治療へ進むためにも利用できます。ただし、腸閉塞や出血など急いで対応しなければならない病状では、意見を聞くために治療開始を長く遅らせないよう、相談できる期限を主治医へ確認しておく必要があります。

大腸がんステージ4は、根治を目指せる患者さんと、病気を長くコントロールすることを目標とする患者さんが同じ病期の中に含まれています。治療開始時の方針が途中で変わることもあり、一度の選択ですべてが決まるわけではありません。切除可能性を繰り返し評価し、遺伝子や免疫の特徴に合った薬を選び、副作用や生活への影響を調整しながら、その時点で現実的な選択を積み重ねていくことが大切です。

「胃がんのステージ4です。」

医師からその言葉を告げられた瞬間「もう治療はできないのではないか」「余命はあとどれくらいなのだろう」「家族には何と伝えればいいのか」と頭が真っ白になった方も多いのではないでしょうか。

インターネットで「胃がん ステージ4」と検索すると「末期がん」「余命」「腹膜播種」「治らない」といった不安をあおるような言葉が並び、さらに気持ちが落ち込んでしまうことも少なくありません。しかし、現在の胃がん診療は以前とは大きく変わっています。

かつて、ステージ4胃がんの治療は、抗がん剤による延命治療が中心であり、治療の選択肢は限られていました。しかし近年は、HER2陽性胃がんに対する分子標的薬や、免疫チェックポイント阻害薬、さらにCLDN18.2を標的とした新しい治療薬の登場によって、患者さん一人ひとりのがんの特徴に合わせた治療が行われるようになっています。

ステージ4と一口に言っても、その病状は決して同じではありません。腹膜播種が中心の人もいれば、肝臓だけに転移している人もいます。HER2陽性の人もいれば、MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が見つかる人もいます。転移の部位や数、がん細胞の性質、全身状態によって選択できる治療は大きく異なり、その後の経過も一人ひとり違います。

さらに近年では、薬物療法によって腫瘍が大きく縮小した患者に対し、根治切除を目指す「コンバージョン手術(Conversion Surgery)」が行われるケースも増えてきました。以前は「手術はできない」と考えられていた患者でも、治療の経過によって新たな選択肢が生まれることがあります。

もちろん、ステージ4胃がんは依然として治療が難しい病気であることに変わりはありません。しかし「何もできない病気」ではなくなっていることも、現在の医学が示している事実です。

この記事では、胃がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、生存率や余命の考え方、現在受けられる標準治療、分子標的薬や免疫療法、最新治療、完治の可能性、さらに保険診療以外の選択肢まで、現在の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

診断直後に知っておきたい基本的な知識だけでなく、これから治療方針を考えるうえで判断材料となる情報も、できるだけ分かりやすくまとめました。この記事が、不安の中で情報を探している患者さんやご家族にとって、現状を冷静に理解し、納得できる治療を選択するための一助になれば幸いです。

  • 胃がんステージ4は遠くの臓器や腹膜などへがんが転移している状態
  • 胃がんステージ4の5年生存率は約6.2%(国立がん研究センター 2015年5年生存率)
  • 進行胃がんの治療成績は新しい薬剤の登場によって少しずつ改善している

胃がんステージ4とは

胃がんステージ4とは、胃の壁を越えて広がったがんが、遠くの臓器や腹膜などへ転移している状態を指します。一般的には「最も進行した胃がん」「末期胃がん」と説明されることもありますが、実際の診療では「ステージ4」という言葉だけで病状や予後を判断することはありません。

現在の胃がん治療では、どこへ転移しているのか、転移はどの程度広がっているのか、そしてがん細胞がどのような特徴を持っているのかまで詳しく調べたうえで、一人ひとりに合わせた治療方針が決められます。同じステージ4という診断であっても、治療内容や期待できる効果、生存期間は患者さんによって大きく異なります。

TNM分類

胃がんの進行度は、国際的に用いられているTNM分類によって決定されます。Tは胃壁への深達度や周囲臓器への浸潤、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を表しており、この三つを組み合わせて病期(ステージ)が決まります。このうち、ステージ4へ分類される最大の理由は「M」、つまり遠隔転移です。

胃から離れた臓器へ転移している場合だけでなく、腹膜へがん細胞が散らばる「腹膜播種」も遠隔転移として扱われます。そのため、肝臓や肺などに転移がなくても、腹膜播種が確認されればステージ4と診断されます。

参考:胃癌治療ガイドライン|一般社団法人 日本胃癌学会

胃がんステージ4でも病状は一人ひとり大きく異なる

肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜全体へがん細胞が広がり腹水がたまっている患者さんでは、同じステージ4であっても病気の性質や治療方針は大きく異なります。転移の部位だけではなく、HER2陽性やMSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)、CLDN18.2陽性など、がん細胞が持つ特徴によって使用できる薬剤も変わります。

そのため「ステージ4だから○○という治療を行う」という考え方ではなく、「その患者さんの胃がんには、どのような特徴があるのか」を詳しく調べたうえで治療方針を決定します。「ステージ4」という診断は治療のスタートラインであり、その後どのような治療を選択できるかは、これから行う詳しい検査によって決まっていくのです。

胃がんステージ4で最も多い「腹膜播種」とは

胃がんステージ4を理解するうえで、最も重要なキーワードの一つが『腹膜播種(ふくまくはしゅ)』です。

肺がんや大腸がんでは肝臓や肺への転移が中心になることが多い一方、胃がんでは腹膜播種が非常に高い頻度でみられます。実際、ステージ4胃がんの患者さんでは、腹膜播種が治療方針や予後に大きく影響するケースが少なくありません。

腹膜とは

腹膜とは、お腹の中にある胃や腸、肝臓などの臓器を包んでいる薄い膜です。胃がんが胃の壁を深く越えて進行すると、一部のがん細胞が胃の外へこぼれ落ち、腹腔内を漂うようになります。そして腹膜へ付着・増殖し、小さながんが無数に広がっていく状態が腹膜播種です。

血液やリンパ液の流れに乗って転移する肝転移や肺転移とは異なり、腹膜播種は「お腹の中にがん細胞が散らばる」という特徴的な広がり方をします。そのため、CT検査でははっきり確認できないほど小さな病変が多数存在していることも珍しくありません。

腹膜播種で現れる症状

腹膜播種が始まったばかりの段階では、自覚症状がほとんどないこともあります。しかし、病変が増えてくると、お腹全体にさまざまな症状が現れるようになります。

腹水

代表的なのが、腹水です。腹膜へ広がったがん細胞が炎症を引き起こすことで、お腹の中へ水分がたまりやすくなります。腹水が増えると、お腹が張るような感覚や圧迫感が強くなり、食事を少し食べただけでもすぐ満腹になることがあります。さらに腹水が大量になると、横になるだけで息苦しさを感じたり、歩くことが難しくなったりすることもあります。

腸閉塞(イレウス)

もう一つ注意したい症状が『腸閉塞(イレウス)』です。腹膜播種が腸の表面へ広がると、腸の動きが悪くなったり、一部が狭くなったりすることがあります。すると、食べたものや消化液が正常に流れなくなり、腹痛や吐き気、嘔吐、便やガスが出にくくなるといった症状が現れます。

イレウスは緊急の対応が必要になることもあるため「お腹の張りが急に強くなった」「何度も吐いてしまう」「数日間便が出ない」といった症状がある場合には、早めに主治医へ相談することが重要です。

その他の症状

腹膜播種では、このほかにも体重減少、食欲低下、全身のだるさなどが少しずつ進行することがあります。これらは胃がんそのものによる症状だけではなく、腹膜播種によって食事量や栄養状態が悪化することも大きく関係しています。

腹膜播種があると治療はできないのか

以前は、腹膜播種が見つかった時点で手術は難しく、治療の選択肢も限られていました。しかし近年の診療では、その考え方も変わりつつあります。

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法によって腹膜播種が縮小し、症状を長期間コントロールできる患者さんも増えています。薬物療法が非常によく効き、腹膜播種が画像上あるいは腹腔鏡検査でほとんど確認できなくなった一部の患者さんでは、コンバージョン手術が検討されることもあります。

もちろん、これはすべての患者さんに適応される治療ではありません。腹膜播種の広がり方や薬物療法への反応、全身状態などを慎重に評価したうえで判断されます。それでも「腹膜播種があるから何もできない」という時代ではなくなってきたことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つといえるでしょう。

参考:胃がん|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4でも治療を行う理由

胃がんステージ4は遠隔転移を伴う進行した状態であり、早期胃がんのように手術だけで治癒を目指せるケースは多くありません。しかし「ステージ4だから治療をしない」という考え方は基本的にありません。

その理由は、薬物療法を中心とした治療によって、病気の進行を抑え、症状を改善し、生活の質を維持できる可能性があるからです。患者さんによっては腫瘍が大きく縮小し、新たな治療の選択肢が生まれることもあります。ステージ4胃がんの治療は「治療をするか、しないか」ではなく「どのような目的で治療を行うのか」を考えることが重要になります。

胃がんステージ4の治療目的

ステージ4胃がんに対する治療の最も大きな目的は、がんの増殖をできるだけ抑えながら、生存期間の延長を目指すことです。

現在の薬物療法は、単に腫瘍を小さくするだけではありません。がんの進行を遅らせることで、食事や会話、仕事、趣味など、これまでの生活をできるだけ長く維持できるよう支援することも重要な役割になっています。

実際、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が使用できる患者さんでは、以前より長期間にわたって病気をコントロールできるケースも増えてきました。すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありませんが、治療を開始することで病気の勢いを抑えられる可能性がある以上「ステージ4だから何もできない」と考える必要はありません。

食べられる状態を維持する

胃がんでは「食べられること」を守ることも重要な治療目的になります。

胃がんは、食べ物の通り道そのものにできるがんです。そのため、病気が進行すると腫瘍が胃の出口や食道とのつなぎ目を狭くし、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腹膜播種によって腹水が増えたり、腸の動きが悪くなったりすると、食欲低下や吐き気、早期満腹感などが強く現れることもあります。

食事量が減れば、体重だけでなく筋肉量も減少し、全身状態が悪化します。すると、予定していた抗がん剤を十分な量で続けられなくなったり、新しい治療を受けられなくなったりする可能性もあります。「食べられる状態を維持すること」は、生活の質だけではなく、その後の治療を続けるためにも重要なのです。

胃がんステージ4では、薬物療法だけではなく栄養管理や支持療法も治療の重要な柱になります。

出血や通過障害などの症状を改善する

胃がんが進行すると、腫瘍から出血したり、胃の出口が狭くなったりすることがあります。慢性的な出血では貧血が進行し、強い倦怠感や息切れの原因になります。一方、胃の出口が狭くなると、食べ物が十二指腸へ流れにくくなり、食後の吐き気や嘔吐が続くことがあります。

このような症状に対しては、薬物療法だけではなく、患者さんの状態に応じて内視鏡によるステント留置、胃空腸バイパス術、止血処置、放射線治療などを組み合わせることがあります。これらは胃がんそのものを根治する治療ではありませんが、「食べられるようになる」「出血を止める」「痛みを和らげる」といった症状改善を目的とした重要な治療です。

症状が改善することで体力が回復し、その後の薬物療法を継続できるようになるケースも少なくありません。

薬物療法がよく効けば、新たな治療選択肢が生まれることも

以前は、ステージ4胃がんでは手術はほとんど行われませんでした。しかし現在では、薬物療法によって腫瘍や転移巣が大きく縮小し、遠隔転移が十分にコントロールされた患者さんに対して「コンバージョン手術」が検討されることがあります。

これは最初から手術を予定する治療ではなく、薬物療法の効果を慎重に評価した結果「根治切除が可能」と判断された場合に選択される治療です。もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「最初は手術できない状態だった患者さんに、新しい選択肢が生まれる可能性がある」という点は、現在の胃がん治療を理解するうえで重要な変化といえるでしょう。

次の章では、こうした治療方針を決定するために行われる検査について詳しく解説します。現在の胃がん診療では、転移の有無だけではなく、HER2やCLDN18.2、MSI、PD-L1などのバイオマーカー検査が治療選択に大きく関わるため、それぞれの検査がどのような意味を持つのかを理解しておくことが重要です。

胃がんステージ4と診断された後に行われる検査

胃がんステージ4と診断された後、治療はすぐに始まるわけではありません。まず行われるのは、「どの治療が最も効果を期待できるのか」を判断するための詳しい検査です。

以前の胃がん治療では、転移の有無や患者さんの体力を中心に治療方針が決められていました。しかし現在は、がん細胞そのものの特徴まで詳しく調べ、一人ひとりに合った薬剤を選択する時代へ変わっています。そのため、診断後に行われる検査には「病気がどこまで広がっているか」を確認する検査と、「どの薬が使えるか」を調べる検査という二つの役割があります。

転移の広がりを正確に把握する画像検査

治療方針を決めるうえで最初に重要になるのが、がんがどこまで広がっているのかを正確に確認することです。

CT検査では、胃の周囲だけでなく、肝臓や肺、リンパ節などへの転移を評価します。胃がんは肝転移やリンパ節転移を起こしやすいだけでなく、腹膜播種を伴うことも多いため、お腹全体の状態を丁寧に確認することが欠かせません。

必要に応じてPET-CTが追加されることもありますが、胃がんではすべての病変がPET-CTで描出されるわけではありません。特に腹膜播種や小さな転移巣では検出が難しいこともあるため、CTや内視鏡検査の結果と合わせて総合的に判断されます。

画像検査だけでは判断が難しい場合には、腹腔鏡検査を行うことがあります。腹部に小さな穴を開けてカメラを挿入し、腹膜を直接観察する検査です。CTでは確認できなかった小さな腹膜播種や腹水中のがん細胞が見つかることもあり、治療方針を決めるうえで重要な情報になります。

がん細胞の特徴を調べる病理検査

胃がん治療で近年特に重要になっているのが、病理検査です。内視鏡検査などで採取した組織を詳しく調べることで、胃がんの種類だけでなく、分子標的薬や免疫療法が使用できる可能性も評価します。

HER2検査

代表的なのはHER2検査です。HER2というタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、トラスツズマブなどHER2を標的とした治療が第一選択になることがあります。胃がん全体では約15~20%前後がHER2陽性とされており、治療方針を左右する重要な検査の一つです。

MSI検査

MSI検査も重要です。MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が確認された胃がんでは、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。頻度は高くありませんが、治療戦略が大きく変わる可能性があるため、現代では標準的に調べられることが増えています。

PD-L1検査

免疫療法を検討する際にはPD-L1検査も行われます。胃がんではPD-L1の発現をCPS(Combined Positive Score)という指標で評価します。この結果はニボルマブやペムブロリズマブなどを使用する際の重要な判断材料になります。

CLDN18.2検査

2024年からはCLDN18.2(クローディン18.2)の検査も注目されています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を含む治療が新たな選択肢となりました。これまで使える薬剤が限られていた患者さんでも、検査結果によって治療の幅が広がる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査が勧められることもある

標準治療が終了した後や、次の治療を検討する段階では、がん遺伝子パネル検査が提案されることがあります。これは一度に数百種類の遺伝子異常を調べ、治験や適応となる薬剤がないかを探す検査です。すべての患者さんが対象になるわけではありませんが、従来の検査では分からなかった遺伝子異常が見つかり、新しい治療へつながる可能性もあります。

この検査だけで治療法が決まるわけではありません。しかし、標準治療の選択肢が少なくなった段階では、今後の方針を考えるための重要な情報になることがあります。

ここまで紹介したように、現在の胃がん診療では「胃がん」という診断だけで治療を決めることはほとんどありません。転移の広がりに加え、HER2、MSI、PD-L1、CLDN18.2など複数の情報を組み合わせることで、一人ひとりに適した治療法を選択しています。

参考:ゲノム医療について|厚生労働省

胃がんステージ4の治療全体像

胃がんステージ4と診断されると「抗がん剤しか方法はないのでしょうか」と質問されることがよくあります。薬物療法はステージ4胃がんの中心となる治療です。しかし、一つの治療だけで経過をみることはほとんどありません。

胃がんは、病気の進行によって起こる症状が患者さんごとに大きく異なります。食事が通りにくくなる人もいれば、腹膜播種による腹水が問題になる人もいます。肝転移が中心の人もいれば、リンパ節転移だけで比較的全身状態が保たれている人もいます。

胃がんステージ4の治療は「どの薬を使うか」だけで決まるものではありません。薬物療法を軸にしながら、必要に応じて手術や放射線治療、内視鏡治療、栄養管理、緩和ケアを組み合わせ、一人ひとりの病状に合わせて治療計画を組み立てていきます。

薬物療法が治療の中心

ステージ4胃がんでは、全身へ広がったがん細胞を一度に治療する必要があります。手術で胃を切除しても、腹膜や肝臓、リンパ節などへ転移した病変まですべて取り除くことは難しいため、まずは全身へ作用する薬物療法が治療の中心になります。

薬物療法といっても、現在は単純に抗がん剤を使用するだけではありません。HER2陽性であれば分子標的薬を組み合わせることがありますし、PD-L1の発現状況やMSI-Hであるかどうかによって免疫チェックポイント阻害薬が加わることもあります。さらにCLDN18.2陽性では、新たな分子標的薬を使用できるようになり、治療の組み合わせは以前よりも複雑になっています。

同じステージ4胃がんでも、検査結果によって第一選択となる治療が変わるため、「誰もが同じ抗がん剤を使う」という時代ではなくなっています。

治療は段階的に組み立てられる

薬物療法は、一度開始したら最後まで同じ薬を使い続けるわけではありません。治療を始めた後は、CT検査や血液検査を定期的に行い、腫瘍が縮小しているのか、変化がないのか、それとも大きくなっているのかを確認します。

十分な効果が得られている間は同じ治療を継続し、病気が進行した場合や副作用が強くなった場合には、次の治療へ切り替えることになります。これを二次治療、三次治療と呼びます。

近年は使用できる薬剤が増えたことで、一つの治療だけで終わるのではなく、複数の治療を順番に受けながら病気をコントロールしていく考え方が一般的になっています。治療開始時だけでなく「次にどの治療を選択するか」まで見据えて計画を立てることも、現在の胃がん診療では重要になっています。

薬物療法以外の治療を優先することもある

すべての患者さんが、診断直後から抗がん剤を開始できるとは限りません。例えば、胃の出口が狭くなり、水分さえ十分に飲めない状態では、まず食事が通るようにする治療を優先することがあります。腫瘍から出血が続いている場合には止血処置が必要になることがありますし、腹水によって呼吸が苦しい場合には腹水を抜く処置を行うこともあります。

病状によっては胃空腸バイパス術やステント留置術が選択されることもあり、これらによって食事が可能になった後に薬物療法を開始するケースも少なくありません。胃がんでは、病気そのものだけではなく、病気によって生じる症状を改善することも治療の重要な役割になります。

治療目標が途中で変わる場合も

治療を始めた時点では「病気の進行を抑えながら生活を維持すること」が目標になる患者さんがほとんどです。一方で、薬物療法が予想以上によく効き、転移巣が大きく縮小した場合には、当初は考えられなかった選択肢が見えてくることがあります。

代表的なのが、コンバージョン手術です。最初は切除できないと判断された胃がんでも、薬物療法によって根治切除が可能と判断されれば、手術を検討できる場合があります。逆に、治療を続ける中で体力の低下や副作用が問題となり、治療内容を調整した方がよい場面もあります。

治療の目標は最初から最後まで変わらないものではなく、病気の変化や生活の状況に合わせて見直されていきます。診断直後の時点で将来を決めつける必要はありません。治療に対する反応を一つひとつ確認しながら、その時点で最も適した選択を積み重ねていくことが、胃がんステージ4の診療では何よりも大切になります。

次の章では、ステージ4胃がん治療の中心となる抗がん剤について、どのような薬剤が使用されるのか、どのような患者さんに選択されるのか、副作用への対策も含めて詳しく解説します。

参考:胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4の抗がん剤治療

胃がんステージ4の治療では、薬物療法が中心になります。その中でも、最も基本となるのが抗がん剤治療です。胃がん治療の標準的な抗がん剤は一つではありません。年齢や体力、転移の広がり、HER2やPD-L1、CLDN18.2などの検査結果を踏まえて治療内容が決められます。現在は、複数の薬剤を組み合わせた治療を基本とし、必要に応じて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を追加する方法が標準治療になっています。

一次治療ではフッ化ピリミジン系とプラチナ製剤の併用が基本

薬物療法の中心となるのは、フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ製剤を組み合わせた化学療法です。具体的には、S-1とオキサリプラチンを組み合わせたSOX療法や、カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせたCapeOX療法、5-FUとオキサリプラチンを併用するFOLFOX療法などが広く用いられています。これらの治療は、がん細胞のDNA合成や細胞分裂を妨げることで増殖を抑えることを目的としています。

どの治療法が選択されるかは、患者さんの年齢や腎機能、通院頻度、内服薬を継続できるかどうかなども考慮して決定されます。S-1は内服薬であるため自宅で服用できますが、食事が十分に取れない患者さんでは点滴中心の治療が選択されることもあります。一方、オキサリプラチンは比較的高い治療効果が期待できる反面、手足のしびれが長期間残ることがあるため、副作用の程度を確認しながら投与量を調整していきます。

参考:胃癌治療ガイドライン|日本胃癌学会

HER2陽性では分子標的薬を併用する

HER2陽性胃がんでは、抗がん剤だけではなく、HER2を標的とした分子標的薬を併用することが標準治療になります。代表的なのがトラスツズマブ(ハーセプチン)です。

ToGA試験では、HER2陽性進行胃がんに対して抗がん剤へトラスツズマブを追加することで、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、HER2検査は現在の胃がん診療で欠かせない検査の一つとなっています。

さらに近年では、HER2陽性胃がんに対する抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)も使用できるようになり、HER2陽性患者の治療選択肢は大きく広がっています。同じ抗がん剤治療でも、HER2の結果によって組み合わせる薬剤は大きく変わります。

参考:Herceptin の主要な試験(ToGA)でHER2陽性胃がんにおいて有意な延命効果が認められる
参考:抗悪性腫瘍剤 「エンハーツ®」の日本におけるHER2陽性胃がんの二次治療に係る添付文書改訂のお知らせ

抗がん剤だけで治療する患者は以前より少なくなっている

胃がん治療は、この数年で大きく変化しました。以前は抗がん剤単独が標準だった患者さんでも、現在では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を併用するケースが増えています。例えばPD-L1 CPSが一定以上の患者さんでは、ニボルマブを追加することが標準治療になっています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を組み合わせた治療も選択肢になります。

現在の抗がん剤治療は「抗がん剤だけで戦う治療」ではなく「抗がん剤を土台として複数の薬剤を組み合わせる治療」へ変わっています。

副作用が管理しやすくなっている

抗がん剤に対して「吐き気がひどい」「何も食べられなくなる」「髪がすべて抜ける」といったイメージを持っている人も多いでしょう。確かに副作用は避けて通れませんが、副作用を予防する薬剤や支持療法が大きく進歩しています。

吐き気には複数の制吐薬を組み合わせて使用し、白血球減少にはG-CSF製剤を使用することがあります。下痢や口内炎、末梢神経障害についても早い段階から対策を行い、必要に応じて休薬や減量を行いながら治療を継続していきます。

副作用が出ること自体は珍しくありませんが、「我慢しながら治療を続ける」のではなく「副作用を管理しながら治療を続ける」という考え方が現在の標準になっています。気になる症状があれば早めに医療スタッフへ伝えることで、重症化を防ぎやすくなります。

抗がん剤は「効かなくなるまで続ける」わけではない

「一度始めた抗がん剤は、一生続けるのでしょうか」と質問されることがあります。実際にはそのようなことはありません。治療中は定期的にCT検査や血液検査を行い、腫瘍が縮小しているか、副作用が強くなっていないかを確認します。十分な効果が得られている間は治療を継続しますが、病気が進行した場合や副作用によって生活への影響が大きくなった場合には、薬剤の変更や休薬を検討します。

近年は二次治療、三次治療まで見据えて治療を組み立てることが一般的になっています。最初の抗がん剤が効かなくなったからといって、そこで治療が終わるとは限りません。病状やこれまでの治療経過に応じて、新しい薬剤や分子標的薬、免疫療法へ切り替えられる可能性もあります。抗がん剤治療は、一つの薬剤だけで完結するものではなく、その後の治療へつなげていくための重要な第一歩でもあります。

分子標的薬 ― 胃がんの特徴に合わせて治療を選ぶ時代へ

胃がんの薬物療法は、長い間「抗がん剤」が中心でした。しかし近年は、がん細胞が持つ特定の分子や遺伝子異常を標的とした『分子標的薬』が次々に登場し、治療の考え方は大きく変わっています。

分子標的薬は、すべての胃がん患者さんが使用できるわけではありません。HER2やCLDN18.2など、がん細胞に特定の特徴が確認された場合に使用される薬剤であり、事前に行う病理検査やバイオマーカー検査が治療方針を決める重要な鍵になります。そのため「どのタイプの胃がんなのか」を見極めたうえで治療を組み立てることが基本になっています。

HER2陽性胃がんでは分子標的薬が第一選択

最も広く使用されている分子標的薬が、HER2を標的とした治療です。HER2は、がん細胞の増殖に関わるタンパク質の一つで、このタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、通常よりも増殖する力が強くなることがあります。HER2陽性は進行胃がん全体の約15~20%に認められるとされており、診断時にはHER2検査を行うことが標準となっています。

HER2陽性と判定された場合には、抗がん剤にトラスツズマブ(ハーセプチン)を組み合わせた治療が第一選択になります。トラスツズマブはHER2へ選択的に結合し、がん細胞の増殖を抑えるだけでなく、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくする働きもあります。

トラスツズマブが効かなくなった場合でも治療が終わるわけではありません。近年は『トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)』という抗体薬物複合体(ADC)が使用できるようになりました。ADCは、HER2を目印にして抗がん剤をがん細胞へ直接届ける仕組みを持つ薬剤です。

DESTINY-Gastric01試験では、これまで治療を受けたHER2陽性進行胃がん患者に対して、高い奏効率と生存期間の延長が報告されました。従来であれば治療選択肢が限られていた患者さんにも、新たな治療の可能性が広がっています。

参考:胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター

CLDN18.2陽性胃がんでは新しい標準治療が始まっている

近年、胃がん領域で最も大きな話題の一つとなっているのが『CLDN18.2(クローディン18.2)』です。CLDN18.2は胃粘膜に存在するタンパク質ですが、一部の胃がんではがん細胞の表面に強く発現しています。このタンパク質を標的とする薬剤が「ゾルベツキシマブ(ビロイ)」です。

SPOTLIGHT試験では、CLDN18.2陽性・HER2陰性進行胃がんに対し、標準的な化学療法へゾルベツキシマブを追加することで、無増悪生存期間と全生存期間の改善が確認されました。これを受け、日本でも新たな治療選択肢として使用できるようになっています。

CLDN18.2はすべての胃がんで陽性になるわけではないため、使用には専用の検査が必要です。しかし、検査結果によっては治療成績の向上が期待できることから、今後ますます重要性が高まると考えられています。

参考:クローディン18.2陽性HER2陰性進行胃がんに対するゾルベツキシマブ+化学療法+ニボルマブ併用療法が有効な可能性|国立がん研究センター

血管新生を抑える分子標的薬も使用されている

胃がんは、成長するために新しい血管を作りながら栄養を取り込んでいます。この血管新生を抑える目的で使用されるのが『ラムシルマブ(サイラムザ)』です。ラムシルマブはVEGFR2という受容体を標的とし、腫瘍へ新しい血管が作られるのを抑えることで、がんの増殖を遅らせます。

一次治療終了後の二次治療では、パクリタキセルとラムシルマブを組み合わせた治療が広く行われています。RAINBOW試験では、この併用療法がパクリタキセル単独と比べて生存期間を延長することが示され、現在も世界各国のガイドラインで推奨されています。

参考:治療歴のある進行胃癌または食道胃接合部腺癌患者におけるRamucirumab+paclitaxel-療法 vs. プラセボ+paclitaxel療法:第III相二重盲検無作為化比較試験(RAINBOW)

分子標的薬は「使える人」が決まっている

分子標的薬は非常に高い治療効果が期待できる一方で、「胃がんなら誰でも使える薬」ではありません。HER2陽性でなければトラスツズマブやエンハーツは使用できませんし、CLDN18.2が確認されなければゾルベツキシマブの適応にはなりません。

逆に言えば、これらの検査を行わなければ、本来受けられる治療を見逃してしまう可能性もあります。だからこそ、進行胃がんでは診断時にHER2、PD-L1、MSI、CLDN18.2などのバイオマーカー検査を十分に行うことが重要となります。

免疫チェックポイント阻害薬 ― 免疫の力でがんと闘う新しい治療

胃がん治療は分子標的薬の登場だけでなく「免疫チェックポイント阻害薬」によっても大きく変わりました。これまでの抗がん剤は、がん細胞そのものを攻撃することが目的でした。一方、免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身が持つ免疫の働きを回復させ、免疫細胞ががんを攻撃しやすい状態を作る治療です。この仕組みが従来の抗がん剤とは大きく異なるため、効果の現れ方や副作用にも違いがあります。

免疫療法は「誰にでもよく効く治療」ではありません。効果が期待できる患者さんと、そうでない患者さんがいることが分かっており、治療を始める前にはいくつかの検査結果を参考にして適応を判断します。

一次治療から免疫療法を併用するケース

進行胃がんでは、HER2陰性の患者さんを中心に、抗がん剤へ免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる治療が標準となっています。代表的な薬剤が 『ニボルマブ(オプジーボ)』です。

国際共同第Ⅲ相試験である「CheckMate 649試験」では、HER2陰性進行胃がん・食道胃接合部がん患者を対象に、化学療法へニボルマブを追加した群で、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、日本でも条件を満たす患者さんでは、一次治療からニボルマブを併用することが推奨されています。

以前は「抗がん剤が効かなくなってから検討する治療」という位置付けでしたが、現在では診断直後から使用されることも珍しくありません。

参考:切除不能進行・再発胃/食道胃接合部/食道腺癌の1次治療におけるNivolumab+化学療法と化学療法を比較した国際共同無作為化オープンラベル比較第III相試験(CheckMate 649試験)

PD-L1検査は治療方針を決める重要な材料

免疫療法を検討する際に重要になる検査が『PD-L1検査』です。胃がんでは、PD-L1の発現を「CPS(Combined Positive Score)」という方法で評価します。この数値が高い患者さんでは、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待しやすいことが知られています。

ただし、「PD-L1が低いから免疫療法はまったく効かない」という意味ではありません。PD-L1はあくまでも判断材料の一つであり、年齢や全身状態、転移の状況、ほかのバイオマーカーなども総合的に考慮したうえで治療方針が決められます。検査結果だけで治療が決まるわけではありませんが、今では欠かせない情報の一つになっています。

MSI-H胃がんでは高い治療効果が期待できる

免疫療法との関係で忘れてはならないのが『MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)』です。MSI-Hとは、がん細胞に多くの遺伝子異常が蓄積した状態を指します。このタイプの胃がんでは免疫細胞が異常を認識しやすくなるため、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。

胃がん全体から見るとMSI-Hは多くありませんが、該当する患者さんでは治療方針そのものが変わる可能性があります。そのため、進行胃がんではMSI検査も重要な検査として位置付けられています。

抗がん剤とは異なる副作用

免疫療法は副作用が少ない治療というイメージを持たれることがあります。実際には吐き気や脱毛などは抗がん剤より少ない傾向がありますが、免疫療法には『免疫関連有害事象(irAE)』と呼ばれる特有の副作用があります。これは、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃してしまうことで起こる副作用です。

皮膚の発疹やかゆみ、甲状腺機能異常、肺炎、大腸炎、肝機能障害、副腎機能低下など、さまざまな臓器に影響する可能性があります。多くは早期に発見して適切な治療を行えば改善しますが、「少し息苦しい」「下痢が続く」「強いだるさがある」といった症状を軽く考えず、早めに主治医へ相談することが重要です。

免疫療法は長く効果が続く場合もある

免疫チェックポイント阻害薬の特徴の一つが、効果が現れた患者さんでは長期間病気をコントロールできることがある点です。

もちろん、すべての患者さんに同じ結果が得られるわけではありません。治療を開始しても十分な効果が得られない場合もありますし、途中で病気が進行することもあります。一方で、免疫療法がよく効いた患者さんでは、病気を長期間抑えながら日常生活を維持している例も報告されています。こうした治療成績が積み重ねられたことで、免疫チェックポイント阻害薬は現在の進行胃がん治療に欠かせない選択肢となりました。

抗がん剤、分子標的薬、免疫療法は、それぞれ役割が異なります。胃がん診療ではそれらを単独で考えるのではなく、患者さんの病状やバイオマーカーに応じて最適な組み合わせを選択することが標準になっています。

手術・放射線治療・内視鏡治療

胃がんステージ4では薬物療法が治療の中心になりますが、それだけで対応できるとは限りません。

胃は食べ物を一時的にため、十二指腸へ送り出す役割を担っています。そのため、がんが大きくなると食べ物の通り道が狭くなり、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腫瘍から出血が続けば貧血が進行し、腹膜播種が広がれば腹水や腸閉塞などの症状が現れることもあります。こうした症状が強くなると、薬物療法を始めたくても体力が追いつかず、予定どおり治療を進められないことがあります。

胃がんステージ4では「がんを小さくする治療」と並行して、「食べられる状態を維持する治療」や「症状を和らげる治療」も重要になります。

胃を切除する手術が検討されるケース

ステージ4胃がんでは、診断時から胃を切除する手術を行うケースは多くありません。遠隔転移がある状態では、胃だけを切除しても体内に残った転移巣まで取り除くことはできないためです。しかし、例外があります。薬物療法によって原発巣と転移巣が大きく縮小し、画像検査などで根治切除が可能と判断された場合には、「コンバージョン手術」が検討されることがあります。

この手術は、最初から予定されているものではありません。薬物療法にどの程度反応したかを慎重に評価したうえで、「切除することによって長期的な病勢コントロールが期待できる」と判断された患者さんに限って行われます。適応となる患者さんは多くありませんが、胃がん治療の進歩によって、以前は手術が不可能と考えられていた症例でも新たな選択肢が生まれるようになっています。

食事が通らないときは、食べられる状態を取り戻す治療を優先

胃がんでは、腫瘍が胃の出口や食道との境目を狭くし、食事や水分が十分に通らなくなることがあります。食べられない状態が続けば、体重や筋力は急速に低下し、抗がん剤を続けることも難しくなります。こうした場合には、内視鏡で金属製のステントを留置して通り道を広げたり、胃と小腸をつないで食べ物の流れを確保する「胃空腸バイパス術」を行ったりすることがあります。

これらの治療は胃がんを根治するものではありませんが、栄養状態を改善し、その後の薬物療法へつなげるという重要な役割を担っています。「まず食べられるようにする」という判断が、結果的に治療全体の継続につながることも少なくありません。

放射線治療の目的

胃がんでは、放射線治療が第一選択になることは多くありません。一方で、腫瘍からの出血が続いている場合や、骨転移による強い痛みがある場合には、放射線治療が大きな効果を発揮することがあります。

特に出血性胃がんでは、輸血を繰り返さなければならないほど貧血が進行することもあります。そのような状況では放射線によって出血を抑えられる場合があり、患者さんの負担軽減につながります。また、骨転移による痛みや神経の圧迫症状に対しても、放射線治療は生活の質を維持するための重要な治療法として位置付けられています。

薬物療法だけでは改善しにくい症状に対して局所治療を組み合わせることで、日常生活を送りやすい状態を維持できることも少なくありません。

参考:経口摂取不良の切除不能胃癌に対する治療戦略|消化器癌治療の広場

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けるために欠かせない医療

「緩和ケア」と聞くと、「もう治療ができなくなった人が受ける医療」というイメージを持つ人は少なくありません。しかし、その考え方は既に大きく変わっています。緩和ケアは終末期だけに行われるものではなく、診断された早い段階から標準治療と並行して取り入れることが推奨されています。

緩和ケアの大きな役割は、がんによる痛みや吐き気、食欲低下、精神的な不安を和らげながら、抗がん剤や免疫療法を無理なく続けられるよう支えることです。治療そのものと対立するものではなく、治療を支える医療と考える方が実際の診療に近いでしょう。

緩和ケアの考え方

胃がんステージ4では、がんそのものよりも、病気によって起こる症状が日常生活へ大きな影響を及ぼすことがあります。例えば、腫瘍によって食べ物が通りにくくなれば十分な栄養を取ることができず、腹膜播種が進行すれば腹水による腹部膨満感や食欲低下が現れます。こうした症状が続くと体力や筋力は急速に低下し、本来受けられるはずだった薬物療法を続けられなくなることもあります。そのため、症状を我慢しながら治療を続けるのではなく、症状を積極的に改善しながら治療を継続するという考え方が基本になっています。

栄養管理

胃がんでは栄養管理が治療成績を左右することも珍しくありません。胃は食べ物を一時的にため、消化を助ける重要な臓器であるため、病気が進行すると少量しか食べられなくなったり、食後すぐに満腹感を覚えたりすることがあります。さらに腹膜播種や腹水が加わると、胃が十分に広がらず、以前と同じ量の食事を摂ることが難しくなります。

このような状態では、一度に多く食べようとするよりも、一日の食事回数を増やして少量ずつ栄養を補う方が体への負担は少なくなります。必要に応じて栄養補助食品や経腸栄養、点滴による栄養補給を組み合わせることもあり、管理栄養士が食事内容を調整しながら治療を支えるケースも増えています。

腹水への対応

腹膜播種を伴う患者さんでは、腹水への対応も重要になります。腹水が増えると、お腹の張りだけでなく呼吸のしづらさや食欲低下、歩行時の疲れやすさなど、日常生活のさまざまな場面へ影響が及びます。薬物療法によって腹水が減少することもありますが、症状が強い場合には腹水穿刺によって水分を排出し、苦痛を軽減する処置が行われることもあります。

腹水は「抜けば終わり」というものではなく、栄養状態や腎機能とのバランスを考えながら対応する必要があるため、病状に応じた個別の判断が欠かせません。

痛みのコントロール

痛みのコントロールも緩和ケアの重要な役割です。がんによる痛みは我慢するものではなく、適切に治療することで生活の質を大きく改善できる症状です。現在はアセトアミノフェンなどの鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの程度に応じてさまざまな薬剤が使用されています。医療用麻薬に対して不安を抱く患者さんもいますが、医師の管理のもとで適切に使用すれば、依存を過度に心配する必要はありません。痛みを抑えることで睡眠や食事が改善し、その結果として体力を維持しやすくなることも少なくありません。

精神的な負担のケア

胃がんステージ4では、身体的な症状だけでなく、将来への不安や家族への心配など精神的な負担も大きくなります。こうした悩みに対しても、医師だけではなく看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー、公認心理師など、多職種が連携して支援を行います。

治療を続けるかどうかという大きな判断だけではなく、「今食べられない」「夜眠れない」「家族へどう伝えればよいか」といった日常の困りごとについて相談できることも、緩和ケアの大切な役割です。

緩和ケアは自分らしい生活を続けられるように支える医療

緩和ケアは、治療を諦めるための医療ではありません。治療によって得られる効果を最大限に引き出し、患者さんが自分らしい生活をできるだけ長く続けられるよう支える医療です。胃がんステージ4では、薬物療法と同じくらい重要な柱として考えられており、症状を我慢せず早い段階から医療スタッフへ相談することが、結果として治療の継続や生活の質の向上につながります。

胃がんステージ4の生存率

胃がんは、早期に発見されれば手術だけで根治できる可能性が高いがんです。一方、遠隔転移を伴うステージ4では治療の目的が大きく変わるため、生存率にも大きな差が生じます。

国立がん研究センターの院内がん登録の長期予後データでは、ステージごとの5年・10年生存率は次のように報告されています。

病期 5年生存率 10年生存率
ステージI 約82.0% 約64.6%
ステージII 約59.7% 約44.0%
ステージIII 約37.5% 約25.2%
ステージIV 約6.2% 約3.4%

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス

この表からも分かるように、胃がんはステージⅢまでは一定数の患者さんで長期生存が期待できますが、遠隔転移を伴うステージⅣになると生存率は大きく低下します。ただし、この数字だけで「ステージ4なら必ず5年以内に亡くなる」という意味ではありません。

この統計には10年以上前に診断された患者さんも含まれており、現在では標準となっているHER2標的治療や免疫チェックポイント阻害薬、CLDN18.2を標的とした治療などの効果は十分に反映されていません。現在診断される患者さんでは、これらの新しい治療によって長期間病気をコントロールできるケースも少しずつ増えています。

同じステージ4でも病状には幅がある

「ステージ4」という診断名は同じでも、病状には大きな幅があります。肝臓へ小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜播種が広範囲に広がり腹水を伴っている患者さんでは、病気の進行速度も治療方針も異なります。同じステージ4でも、分子標的薬や免疫療法が高い効果を示す患者さんでは、これまでより長期間病勢をコントロールできることがあります。

「ステージ4の5年生存率は約6%」という数字は、あくまでも多くの患者さんを平均した結果であり、個々の患者さんの予後を示すものではありません。

ネット・サバイバルデータ

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI 約92.8% 約79.1%
ステージII 約66.6% 約52.0%
ステージIII 約41.4% 約29.3%
ステージIV 約6.7% 約3.9%

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス

国立がん研究センターが公表している「ネット・サバイバル」でも、遠隔転移を伴う胃がんは、限局がんや領域リンパ節転移に比べて生存率が低いことが示されています。ネット・サバイバルとは、胃がん以外の死亡要因を統計学的に補正し「胃がんだけが原因だった場合の生存率」を推計した指標です。

このデータでも、遠隔転移例の5年生存率は10%未満と報告されており、ステージ4が依然として治療の難しい病期であることが分かります。

生存率を左右するのは「ステージ」だけではない

現在の胃がん診療では、ステージよりも細かい情報が治療成績へ影響することが少なくありません。

HER2陽性ではトラスツズマブを含む治療が選択できますし、治療経過によってはトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)という新しい薬剤も使用できます。MSI-Hでは免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあり、CLDN18.2陽性ではゾルベツキシマブ(ビロイ)が新たな選択肢になります。

腹膜播種が主体なのか、肝転移が主体なのかによっても経過は異なります。腹膜播種では腹水や腸閉塞による栄養状態の悪化が問題になりやすい一方、肝転移が限局している患者さんでは薬物療法が奏効し、長期間病勢をコントロールできるケースもあります。

このように、生存率を決める要素は「ステージ4」という一つの診断名だけではありません。

生存率は現在の医学水準を示す数字

統計を見ると不安になるのは当然です。しかし、生存率は過去の患者さんの集計結果であり、「あなたがあと何年生きられるか」を示す数字ではありません。治療開始後すぐに病気が進行する患者さんもいれば、複数の薬物療法を受けながら5年以上仕事や日常生活を続けている患者さんもいます。近年は新しい薬剤の承認が相次いでおり、診断された時点では存在しなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

生存率は現実を知るための大切な指標ですが、それだけで将来を決めつける必要はありません。現在受けられる治療を正しく理解し、自分の病状に合った選択肢を一つずつ検討していくことが、これからの治療を考えるうえで何より重要になります。

胃がんステージ4の余命 ― 平均余命や中央値の考え方

胃がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族が気になるのが「余命」です。

しかし、医学では「余命○年」と一律に表現することはほとんどありません。実際の臨床では『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』という指標が用いられます。これは臨床試験に参加した患者さんのうち、半数が生存していた期間を示すものであり、一人ひとりの余命を予測する数字ではありません。

近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって治療成績が改善しており、どの治療を受けられるかによって全生存期間にも違いがみられるようになっています。

まずは、現在の胃がん治療を代表する主要な臨床試験の結果を見てみましょう。

主な臨床試験で報告されている全生存期間中央値

臨床試験 主な対象 治療内容 全生存期間(OS中央値)
従来の標準化学療法※1 HER2陰性など 化学療法 約10~12か月
ToGA試験 HER2陽性 トラスツズマブ+化学療法 13.8か月
CheckMate 649試験 HER2陰性・PD-L1 CPS≥5 ニボルマブ+化学療法 14.4か月
ATTRACTION-4試験 HER2陰性(アジア) ニボルマブ+化学療法  約17.5か月※2
SPOTLIGHT試験 CLDN18.2陽性・HER2陰性 ゾルベツキシマブ+化学療法 18.2か月

※1 従来の標準化学療法は複数の臨床試験を参考にした概ねの目安です。
※2 ATTRACTION-4試験では無増悪生存期間(PFS)は有意に延長しましたが、全生存期間(OS)は統計学的な有意差を示しませんでした。試験ごとに対象患者や治療条件が異なるため、数値を単純に比較することはできません。

この表を見ると、進行胃がんの治療成績は新しい薬剤の登場によって少しずつ改善していることが分かります。

もちろん「18.2か月だから最も優れた治療」という意味ではありません。

SPOTLIGHT試験はCLDN18.2陽性患者だけを対象としていますし、ToGA試験はHER2陽性患者、CheckMate 649試験はPD-L1の発現状況を考慮した患者集団を対象としています。つまり、それぞれ『対象となる患者さんが異なるため、数字だけを横並びに比較することはできない』のです。

重要なのは、自分の胃がんがどのタイプに当てはまり、どの治療を受けられる可能性があるかを知ることです。

「全生存期間中央値」の意味

全生存期間中央値という言葉は「その期間しか生きられない」と誤解されることがあります。

例えばOS中央値が14.4か月と報告されている場合、それは14.4か月で全員が亡くなるという意味ではありません。実際には、それより短期間で病気が進行する患者さんもいれば、2年、3年、5年以上治療を続けながら生活している患者さんも含まれています。

中央値とは、患者さんを生存期間の短い順に並べたとき、ちょうど真ん中の患者さんが生存していた期間を表す統計学上の指標です。そのため、個人の余命を判断する数字として使うことはできません。

余命を左右するのは治療だけではない

同じ薬剤を使用していても、患者さんによって経過が異なるのは珍しいことではありません。年齢や持病、体力だけでなく、腹膜播種の有無、腹水の量、食事が十分に取れているかどうか、治療開始時の全身状態(Performance Status)など、多くの要素が予後へ影響します。

胃がんでは栄養状態が特に重要です。食事量が減って体重や筋肉量が大きく低下すると、予定していた治療を十分な量で継続できなくなることがあります。一方、症状を早期からコントロールし、栄養状態を維持できれば、二次治療や三次治療まで進める可能性が高まり、その結果として生存期間が延びることも期待できます。

余命は「がんの大きさ」だけでは決まりません。病気とどのように付き合いながら治療を続けられるかも、大きな要素になります。

新しい治療によって長期生存例も増え始めている

近年は、従来であれば難しいと考えられていた長期生存例も国内外から報告されています。

HER2陽性胃がんで分子標的薬が長期間奏効した症例、免疫チェックポイント阻害薬によって病勢を数年間コントロールできた症例、薬物療法によって転移巣が大きく縮小し、コンバージョン手術へ進んだ症例など、その内容はさまざまです。

もちろん、これらはすべての患者さんに当てはまるものではありません。しかし、「ステージ4だから余命は○か月」と断定できない理由も、このような症例が少しずつ増えていることにあります。新しい薬剤は現在も開発が続いており、診断された時点では利用できなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

余命は「未来を決める数字」ではなく「治療を考えるための目安」

余命の数字は、これからの生活や治療について考えるための参考になります。一方で、その数字だけで将来を決めつける必要はありません。現在の胃がん治療は、HER2やCLDN18.2などの分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、さらに今後実用化が期待される新しい治療によって、少しずつ治療成績が改善しています。

大切なのは「平均は何か月か」という一点だけを見ることではなく、自分の胃がんにはどの治療が適しているのか、今後どのような選択肢が残されているのかを主治医と確認しながら、一つずつ治療を積み重ねていくことです。

次の章では、「胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか」という疑問について、コンバージョン手術や長期生存例、現在の医学的な考え方をもとに詳しく解説します。

胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

「ステージ4でも完治することはありますか。」

これは、生存率や余命と並んで、患者さんやご家族から最も多く寄せられる質問の一つです。結論から言えば『胃がんステージ4が完治する可能性はゼロではありません。』しかし、早期胃がんのように手術だけで根治が期待できる病気とは異なり、その可能性は決して高くありません。一方で「ステージ4=絶対に完治しない」と断言することも、現在の医学では正確ではなくなっています。

近年は薬物療法の進歩によって、転移巣が画像上ほとんど確認できないほど縮小したり、切除不能と考えられていた胃がんが手術可能になったりする症例が報告されるようになりました。

まずは「完治」という言葉が医学的にどのような意味を持つのかを理解しておくことが大切です。

「完治」と「治癒」は意味が異なる

一般的には「がんがなくなれば完治」と考えられることが多いでしょう。しかし、医学では「画像検査でがんが見えなくなったこと」と「再発する可能性がほとんどなくなったこと」は区別して考えます。

例えば、抗がん剤や免疫療法によってCT検査で腫瘍が見えなくなったとしても、体内には画像では確認できないごく少数のがん細胞が残っている可能性があります。

そのため、医療現場では「完全奏効(Complete Response:CR)」という表現を用いることはあっても、「完治」と断言することはほとんどありません。特にステージ4胃がんでは、一度遠隔転移が確認されている以上、治療後も慎重な経過観察が必要になります。

コンバージョン手術によって長期生存が期待できるケース

現在、胃がんステージ4で最も「治癒」に近づける可能性がある治療として注目されているのが『コンバージョン手術(Conversion Surgery)』です。これは、診断時には切除できないと判断された胃がんに対して薬物療法を行い、その結果、原発巣や転移巣が大きく縮小して根治切除(R0切除)が可能になった場合に手術を行う治療戦略です。

例えば、肝転移が少数に限られている症例や、リンパ節転移が薬物療法によって著しく縮小した症例では、胃と転移巣を切除することで長期間再発なく経過する患者さんも報告されています。

もちろん、この治療を受けられる患者さんは限られています。腹膜播種が広範囲に広がっている場合や、複数の臓器へ転移している場合には適応が難しいことも少なくありません。さらに、R0切除が達成できても再発リスクは残ることは忘れてはならない事実です。それでも「ステージ4だから最初から手術は不可能」と考えられていた時代と比べると、治療の可能性は確実に広がっています。

腹膜播種でも手術を目指せるケース

胃がんステージ4では、腹膜播種を伴う患者さんが少なくありません。以前は、腹膜播種が確認された時点で根治手術はほぼ不可能と考えられていました。しかし近年では、薬物療法によって腹膜播種が著しく縮小し、腹腔鏡検査でも活動性がほとんど認められなくなった患者さんに対して、コンバージョン手術が行われるケースも報告されています。

実際には非常に慎重な判断が必要であり、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも、「腹膜播種がある=治療は緩和ケアだけ」という時代ではなくなったことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つです。

長期生存例の特徴

国内外から報告されている長期生存例を見ると、いくつか共通する特徴があります。

一つは、薬物療法が非常によく効いたことです。HER2陽性胃がんではトラスツズマブを含む治療によって長期間病勢をコントロールできた症例が報告されていますし、近年では免疫チェックポイント阻害薬やトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)が著効した症例も報告されています。

もう一つは、「R0切除」が達成できた症例です。R0切除とは、画像上だけではなく、病理学的にもがんを完全に切除できた状態を指します。コンバージョン手術後にR0切除が達成された患者さんでは、5年以上再発なく経過している症例も報告されており、長期生存を期待できる重要な因子と考えられています。

もちろん、これらは一部の患者さんで得られた結果であり、すべての患者さんへ当てはまるものではありません。

「完治」を目標にするか「長く病気をコントロールするか」はケースバイケース

現在の胃がんステージ4治療では、「完治だけ」を唯一の目標にしているわけではありません。病気をできるだけ長くコントロールしながら、自分らしい生活を続けることを重視する患者さんも多くいます。実際、分子標的薬や免疫療法によって数年間仕事や家庭生活を続けながら治療を受けている患者さんもいます。一方で、薬物療法への反応が非常によく、コンバージョン手術を目指せる患者さんもいます。

どちらが正しいということではなく、病気の状態や患者さん自身が大切にしたいことによって、治療の目標は変わります。「ステージ4だから何もできない」という考え方ではなく、「今の病状ならどこまで治療を目指せるのか」を一人ひとり検討することが重要になっています。

標準治療以外の選択肢 ― 自由診療・治験・先進的な治療について

胃がんステージ4の治療を続けていると「標準治療が効かなくなったら、もう方法はないのでしょうか」という不安を抱く患者さんは少なくありません。インターネットで情報を調べると「最新治療」「自由診療」「海外では新しい治療が受けられる」といった情報が数多く見つかりますが、その内容は玉石混交であり、科学的根拠が十分に示されていないものも含まれています。

まず知っておきたいのは「標準治療が終了したからといって、直ちに治療の選択肢がなくなるわけではない」ということです。胃がんでは二次治療、三次治療まで見据えて治療計画が立てられることが一般的になっており、新しい薬剤への切り替えや、バイオマーカーの再評価、治験への参加など、病状によって検討できる選択肢が残されている場合があります。自由診療を考える前に、現在の医学的根拠に基づいて利用できる治療を整理することが大切です。

治験は新しい治療を受けられる可能性の一つ

治験という言葉に「ほかに治療法がなくなった人だけが参加するもの」という印象を持っている方もいるかもしれません。しかし実際には、新しい薬剤や治療法の有効性・安全性を検証するため、さまざまな段階の患者さんを対象に実施されています。

胃がん領域では、HER2を標的とした新しい抗体薬物複合体(ADC)、CLDN18.2やFGFR2bを標的とする薬剤、二重特異性抗体、新しい免疫療法など、多くの治験が国内外で進められています。標準治療では十分な効果が得られなかった患者さんにとって、新しい治療へアクセスできる可能性があることは治験の大きな意義です。

治験は研究の一環であり、必ず高い効果が得られることを保証するものではありません。期待した結果が得られない可能性や、予測されていない副作用が現れる可能性もあります。参加する際には治療内容だけでなく、期待できる利益と考えられるリスクについて十分な説明を受け、自分自身が納得したうえで判断することが重要です。

参考:胃がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療を検討するときに重要なこと

自由診療には、公的医療保険が適用されない治療が含まれます。なかには海外では承認されている薬剤を国内で自費診療として使用するケースや、自由診療だからこそ受けられる検査や治療を提供している医療機関もあります。一方で「がんが消える」「標準治療より優れている」といった表現で十分な科学的根拠が示されていない治療が紹介されていることもあり、慎重な判断が必要です。

自由診療というだけで効果が高いわけではありませんし、標準治療より優れていることが証明されているわけでもありません。治療を検討する際には「どのような臨床試験で効果が確認されているのか」「医学論文として公表されているのか」「国内外のガイドラインでどのように位置付けられているのか」を確認することが欠かせません。

費用面についても十分に理解しておく必要があります。自由診療では数十万円で済むものもあれば、治療を継続することで数百万円以上の費用がかかる場合もあります。期待できる効果と経済的負担の両方を踏まえ、家族や主治医とも相談しながら検討することが大切です。

腹膜播種に対する新しい治療の研究が進められている

胃がんステージ4で特に課題となる腹膜播種については、現在も新しい治療法の研究が続けられています。

代表的なものの一つが、腹腔内へ抗がん剤を投与する『腹腔内化学療法』です。点滴による全身化学療法では届きにくい腹膜播種へ直接薬剤を届けることを目的とした治療で、国内外の臨床研究が進められています。ただし、現時点ではすべての患者さんに対する標準治療ではなく、実施できる施設や適応となる患者さんは限られています。

このほかにも、温熱療法を組み合わせた治療や、新しいドラッグデリバリーシステムを利用した治療法などが研究されていますが、多くはまだ検証段階です。「新しい治療だから優れている」と考えるのではなく、どの程度の医学的根拠があるのかを確認したうえで判断することが重要です。

参考:大腸癌腹膜播種に対する腹腔内化学療法におけるドラッグデリバリーシステムの工夫|KAKEN

標準治療を土台に考えることが後悔の少ない治療選択に繋がる

新しい治療へ期待を持つことは決して悪いことではありません。しかし、標準治療には長年の臨床試験によって有効性と安全性が確認され、多くの患者さんで利益が証明されてきたという大きな強みがあります。日本や欧米のガイドラインでも、まずは標準治療を基本とし、そのうえで治験や新しい治療の可能性を検討することが推奨されています。

標準治療が思うような結果につながらなかった場合でも、次の薬剤への変更や治験への参加、新しい分子標的薬の適応確認など、検討できる選択肢が残されていることは少なくありません。「標準治療か自由診療か」という二者択一で考えるのではなく、その時点で利用できる医学的根拠のある治療を一つずつ整理し、自分に合った選択肢を見極めていくことが、納得できる治療につながります。

胃がんステージ4の最新治療 ― 今後期待されている新しい治療法

胃がんの治療は、この10年ほどで大きく進歩しました。以前は、進行胃がんに対する治療といえば抗がん剤が中心で、一つの薬剤が効かなくなると選択肢は限られていました。しかし治療の進歩によって、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が標準治療として定着し、患者さんのがん細胞の特徴に応じて治療を選択する時代へ変わっています。

現在も新しい分子標的薬や抗体薬物複合体(ADC)、免疫療法などの研究が世界中で進められており、数年前には存在しなかった治療が次々と実用化されています。こうした新しい治療法は、すべての患者さんがすぐに受けられるわけではありません。しかし「標準治療が終われば治療法はなくなる」という時代ではなくなってきていることは、胃がん診療における大きな変化といえるでしょう。

抗体薬物複合体(ADC)は胃がん治療を大きく変えつつある

近年、最も注目されている治療の一つが『抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate:ADC)』です。

ADCは、分子標的薬の「狙った細胞へ結合する力」と、抗がん剤の「がん細胞を攻撃する力」を組み合わせた薬剤です。標的となるタンパク質を持つがん細胞へ選択的に薬剤を届けることで、正常な細胞への影響をできるだけ抑えながら高い治療効果を目指します。

胃がんでは、HER2陽性患者を対象とした「トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)」が代表例です。DESTINY-Gastric01試験では、従来治療後のHER2陽性進行胃がんにおいて高い奏効率と生存期間の延長が報告されました。

現在はHER2以外にも、新たな標的分子に対するADCの開発が進んでおり、今後さらに治療の幅が広がることが期待されています。

分子標的薬は「HER2だけ」の時代ではなくなった

胃がんの分子標的治療は、HER2を中心に発展してきました。しかし近年は、それ以外の分子を標的とする薬剤も相次いで登場しています。その代表が『CLDN18.2』です。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)が標準治療へ加わり、SPOTLIGHT試験では全生存期間の延長が報告されました。

さらに現在は『FGFR2b』を標的とするベムマリツズマブ(Bemarituzumab)の国際共同試験も進められています。FGFR2bは一部の胃がんで高発現しており、この分子を標的とした治療によって生存期間のさらなる改善が期待されています。

今後はHER2だけでなく、CLDN18.2やFGFR2bなど複数のバイオマーカーを評価し、それぞれに適した薬剤を選択する流れがさらに進むと考えられます。

免疫療法も新しい組み合わせが研究されている

免疫チェックポイント阻害薬は、すでに一次治療の標準となっていますが、研究は現在も続いています。

PD-1阻害薬と新しい免疫調節薬を組み合わせる治療や、分子標的薬との併用療法など、多くの国際共同試験が進行しています。HER2陽性胃がんでは、抗HER2療法と免疫療法を組み合わせることで治療効果をさらに高められる可能性も報告されており、今後の結果が注目されています。

免疫療法は「単独で使う治療」から、「他の治療と組み合わせて効果を高める治療」へ発展しつつあります。

がんゲノム医療によって新しい治療へつながる可能性もある

標準治療が終了した患者さんでは『がん遺伝子パネル検査』が提案されることがあります。この検査では数百種類の遺伝子異常を一度に調べることができ、特定の遺伝子変異が見つかった場合には、治験や適応となる分子標的薬を検討できることがあります。

現時点では、胃がん患者さん全員が新しい治療へ結び付くわけではありません。それでも、従来であれば治療選択肢が限られていた患者さんに対して、新たな可能性を見つける手段として期待されています。がんゲノム医療は「現在使える薬を探す検査」であると同時に、「これから受けられる可能性のある治療」を探す検査でもあります。

最新治療は根拠を確認することが重要

新しい治療法が次々と報道されると「最新治療の方が標準治療より優れているのではないか」と感じる方もいるでしょう。しかし、医学では「新しい治療」であることと「効果が証明されている治療」であることは同じではありません。

現在の標準治療になっている薬剤も、長い年月をかけた臨床試験によって有効性と安全性が確認されたからこそ、多くの患者さんへ使用されるようになりました。これから登場する新しい薬剤も同じです。有望な結果が報告されていても、さらに大規模な臨床試験で有効性が確認されなければ標準治療にはなりません。

最新治療を検討する際は「新しい治療だから受けたい」と考えるのではなく、その治療がどの段階まで研究され、どのような患者さんを対象としているのかを確認することが重要です。

胃がん治療は今も進歩を続けています。数年前には存在しなかった薬剤が現在では標準治療となり、現在研究段階にある薬剤が数年後には新たな選択肢になっている可能性もあります。新しい情報を正しく理解し、標準治療と最新治療の位置付けを整理しながら治療方針を考えることが、納得のいく選択につながるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 胃がんステージ4でも手術を受けられることはありますか?

あります。

一般的には、遠隔転移を伴うステージ4では薬物療法が治療の中心になりますが、薬物療法によって腫瘍や転移巣が大きく縮小し、根治切除(R0切除)が可能と判断された場合には「コンバージョン手術」が検討されることがあります。ただし、適応となる患者さんは限られており、すべてのステージ4胃がんで手術ができるわけではありません。

Q2. 胃がんステージ4でも仕事を続けることはできますか?

病状や治療内容によって異なりますが、仕事を続けながら治療を受けている患者さんも少なくありません。最近の抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬は外来で受けられるものも多く、副作用をコントロールしながら通院治療を続けられるケースが増えています。

一方で、体力や栄養状態によっては勤務時間の調整や休職が必要になることもあります。無理を続けるよりも、主治医や勤務先と相談しながら働き方を見直すことが、長く治療を続けるためには重要です。

Q3. 食事で気を付けることはありますか?

特別な「胃がんに効く食事」はありません。大切なのは十分な栄養を維持することです。

胃がんステージ4では、一度に多く食べることが難しくなる場合があります。そのようなときは、一日3食にこだわらず、少量ずつ回数を分けて食べるほうが負担を減らせることがあります。食欲低下や体重減少が続く場合には早めに主治医や管理栄養士へ相談しましょう。

Q4. セカンドオピニオンを受ける意味はありますか?

あります。特にステージ4では、HER2、CLDN18.2、MSI、PD-L1などの検査結果によって治療方針が変わることがあります。また、治験を実施している施設や、コンバージョン手術を積極的に検討している医療機関など、病院によって対応が異なることもあります。

現在の治療に納得したうえで前向きに治療を受けるためにも、セカンドオピニオンは有効な選択肢の一つです。

Q5. 標準治療が終わったら、もう治療法はないのでしょうか?

必ずしもそうではありません。二次治療、三次治療へ進める場合もありますし、HER2陽性やCLDN18.2陽性などでは、新しい薬剤が使用できる可能性もあります。さらに治験への参加やがん遺伝子パネル検査によって、新たな治療選択肢が見つかることもあります。

標準治療が終了したからといって、すべての治療が終わるとは限りません。

Q6. 禁煙や禁酒をすると治療効果は変わりますか?

喫煙は手術後の回復を遅らせるだけでなく、抗がん剤治療中の合併症や肺炎などのリスクを高めることが知られています。また過度の飲酒は肝機能へ影響し、治療の継続が難しくなる場合もあります。

禁煙や節酒だけで胃がんが治るわけではありませんが、治療を安全に続けるためにも生活習慣を見直すことは大切です。

Q7. 胃がんステージ4でも旅行や外出はできますか?

病状が安定しており、主治医から制限を受けていなければ、旅行や外出を楽しんでいる患者さんもいます。ただし、抗がん剤投与直後や体調が不安定な時期は無理をせず、旅行先で医療機関を受診できるかどうかも事前に確認しておくと安心です。

生活をすべて我慢するのではなく、体調と相談しながら自分らしい時間を過ごすことも、治療を続けるうえで大切な要素になります。

胃がんステージ4でも自分に合った治療を選択することが大切

胃がんステージ4は、遠隔転移を伴う進行した状態であり、決して簡単に治療できる病気ではありません。しかし、現在は抗がん剤だけでなく、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの登場によって、治療の選択肢は以前より大きく広がっています。

さらに、HER2やCLDN18.2などのバイオマーカーに応じて治療を選択する個別化医療が進み、一部の患者さんではコンバージョン手術による長期生存も期待できるようになってきました。新しい薬剤や治療法の研究も世界中で続いており「ステージ4だから何もできない」という時代ではなくなっています。

一方で、インターネットにはさまざまな情報があふれており、すべてが科学的根拠に基づいているとは限りません。治療を選択するときは、生存率や余命といった数字だけを見るのではなく、自分の病状や遺伝子・バイオマーカーの特徴、生活で大切にしたいことなども含めて、主治医と十分に相談しながら判断することが重要です。

胃がんステージ4の治療は、一つの治療法だけで完結するものではありません。その時々の病状に合わせて最適な選択肢を積み重ねていくことが、長く病気と向き合うための第一歩になります。不安や疑問を一人で抱え込まず、必要に応じてセカンドオピニオンも活用しながら、自分にとって納得できる治療を選択していきましょう。

参考:
胃癌治療ガイドライン|一般社団法人 日本胃癌学会
胃がん|国立がん研究センター がん情報サービス
ゲノム医療について|厚生労働省
胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス
Herceptin の主要な試験(ToGA)でHER2陽性胃がんにおいて有意な延命効果が認められる
抗悪性腫瘍剤 「エンハーツ®」の日本におけるHER2陽性胃がんの二次治療に係る添付文書改訂のお知らせ
胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター
クローディン18.2陽性HER2陰性進行胃がんに対するゾルベツキシマブ+化学療法+ニボルマブ併用療法が有効な可能性|国立がん研究センター
治療歴のある進行胃癌または食道胃接合部腺癌患者におけるRamucirumab+paclitaxel-療法 vs. プラセボ+paclitaxel療法:第III相二重盲検無作為化比較試験(RAINBOW)
切除不能進行・再発胃/食道胃接合部/食道腺癌の1次治療におけるNivolumab+化学療法と化学療法を比較した国際共同無作為化オープンラベル比較第III相試験(CheckMate 649試験)
経口摂取不良の切除不能胃癌に対する治療戦略|消化器癌治療の広場
院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス
胃がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス
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