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前立腺がんは、日本の男性で特に多いがんです。国立がん研究センターの最新がん統計では、2023年の男性のがん罹患数で前立腺がんが1位となっており、生涯で前立腺がんと診断される確率は11.2%、およそ9人に1人とされています。2024年には前立腺がんで13,670人が死亡しており、患者数が多いだけでなく、進行した場合には生命に関わる病気でもあります。

前立腺がんで「ステージ4」と診断されると、「もう治らないのではないか」「ホルモン療法はいずれ効かなくなるのか」「骨転移があると余命はどのくらいなのか」と不安になる人も少なくありません。しかし、前立腺がんのステージ4には病状の異なる患者さんが含まれるため、病期名だけで治療方法やその後の見通しを一律に判断することはできません。

前立腺がんのステージ4には、骨盤内のリンパ節に転移していても、骨や肺など離れた場所への転移はない状態と、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへ遠隔転移している状態があります。前者はN1・M0、後者はM1と分類されます。同じステージ4でも、この違いによって治療の目的や選択肢は変わります。

遠隔転移があるM1の前立腺がんでは、まず男性ホルモンの働きを抑える治療が重要になります。男性ホルモンを十分に抑える治療が効いている段階を「去勢感受性」、男性ホルモンを十分に低下させても病気が進行する段階を「去勢抵抗性」と呼び、治療の選び方も変わります。ここでいう「去勢」は精巣を摘出する手術だけを指す言葉ではなく、薬によってテストステロンを十分に低下させた状態も含めて使われる医学用語です。

現在は、男性ホルモンを抑える治療を土台として、ホルモンの働きをさらに強く抑える薬、ドセタキセルなどの抗がん剤、遺伝子の特徴に応じた分子標的薬、骨転移への治療など複数の選択肢があります。2025年には、前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的とするルテチウム177を用いた治療も国内で承認され、一定の条件を満たす患者さんでは新たな選択肢となっています。

この記事では、前立腺がんステージ4とはどのような状態なのか、症状や検査、骨転移の意味から、ホルモン療法、抗がん剤、放射線治療、遺伝子検査、去勢抵抗性となった後の治療、PSMA標的治療、生存率・余命、完治の可能性まで順番に解説します。治療法の名前だけを並べるのではなく、なぜその治療を行うのか、どの段階で選ぶのか、何を基準に次の治療へ進むのかが分かるように説明します。

参考:国立がん研究センター「最新がん統計」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「プルヴィクト静注 医療用医薬品情報」

前立腺がんステージ4とは

前立腺がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、所属リンパ節への転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせたTNM分類によって判断します。

前立腺がんでは、所属リンパ節転移があるN1・M0と、遠隔転移があるM1のどちらもステージ4に含まれることが大きな特徴です。「前立腺がんのステージ4=必ず骨や肝臓などへ遠隔転移している」と考えるのは正確ではありません。ステージ4と説明された場合には、まずN1・M0なのかM1なのかを確認することが、その後の治療を理解する第一歩になります。

所属リンパ節転移のみのN1・M0でもステージ4になる

Nカテゴリーは、前立腺からリンパ液が流れる骨盤内の所属リンパ節に転移があるかを示します。N1は所属リンパ節に転移がある状態ですが、M0であれば骨、肺、肝臓、遠隔リンパ節などへの遠隔転移は確認されていません。前立腺がんの病期分類では、このN1・M0もステージ4に分類されます。そのため同じステージ4でも、骨や臓器への遠隔転移があるM1とは治療の目的や局所治療の位置づけが同じではありません。

遠隔転移のないN1・M0では、内分泌療法を軸としながら、前立腺や骨盤内への放射線治療などを組み合わせるかを病状に応じて検討することがあります。一方、M1では全身に広がったがんを治療する必要があるため、全身薬物療法の重要性がさらに高くなります。

遠隔転移があるM1はM1a・M1b・M1cに分けられる

M1は前立腺から離れた場所への遠隔転移がある状態で、転移先によってM1a、M1b、M1cに分類されます。M1aは所属リンパ節より遠いリンパ節への転移、M1bは骨転移、M1cはリンパ節や骨以外の臓器などへの転移がある状態です。

分類 転移の状態
N1・M0 骨盤内の所属リンパ節に転移があるが、遠隔転移はない
M1a 所属リンパ節より遠いリンパ節に転移がある
M1b 骨転移がある
M1c リンパ節や骨以外の肺・肝臓などへ転移がある

M1a、M1b、M1cは単に転移先の名前を分けているだけではありません。どこへどの程度転移しているかは症状、必要な支持療法、治療後の経過にも関係するため、患者さん自身も「ステージ4」とだけ聞くのではなく、どの分類に当てはまるのかを確認しておく意味があります。

前立腺がんでは骨転移が多い

前立腺がんは、進行するとリンパ節や骨へ転移しやすいことが知られています。特に骨転移はステージ4前立腺がんで重要で、腰椎、胸椎、骨盤、肋骨などに病変がみられ、痛みや骨折、神経圧迫などの原因になることがあります。

ただし、骨転移が見つかったからといって、直ちに寝たきりになる、あるいは短期間で生命に関わるという意味ではありません。骨転移の数や広がり、症状、内臓転移の有無、薬物療法への反応などによって経過には大きな違いがあります。

また、前立腺がんの骨転移は、画像検査で多数の病変が確認されても内分泌療法によって大きく改善することがあります。その一方で、脊椎に転移して神経を圧迫する場合などには早急な治療が必要になるため、転移の有無だけではなく場所と症状を確認することが重要です。

同じステージ4でも治療経過は大きく異なる

前立腺がんステージ4には、所属リンパ節転移だけの患者さん、骨に1~数個の転移がある患者さん、多数の骨転移がある患者さん、肺や肝臓などにも転移している患者さんが含まれます。さらに、診断時から遠隔転移がある場合と、手術や放射線治療後に再発して転移が見つかった場合でも、その後の治療を考える条件は異なります。

治療開始後も病状は固定されたものではありません。男性ホルモンを抑える治療が効いている「去勢感受性」の段階から、十分に男性ホルモンを低下させても病気が進行する「去勢抵抗性」の段階へ移行することがあり、その時点で薬の選び方も変わります。

したがって、前立腺がんステージ4では、病期だけを見るのではなく、遠隔転移の有無、転移部位と量、ホルモン療法への感受性、これまでに使用した治療、全身状態を組み合わせて現在の病状を理解することが大切です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4でみられる症状

前立腺がんは、早い段階では症状がないことが多く、PSA検査をきっかけに見つかることがあります。進行すると、前立腺そのものによる排尿症状に加え、骨転移やリンパ節転移、肺・肝臓などの遠隔転移による症状が現れることがあります。

ただし、症状の強さだけからステージや余命を判断することはできません。多発骨転移があっても診断時には痛みが少ない患者さんがいる一方、限られた骨転移でも神経に近い場所に病変があるため強い症状が出ることがあります。

尿が出にくい・頻尿・血尿などの排尿症状

前立腺は膀胱のすぐ下にあり、尿道を取り囲むように存在しています。がんが大きくなったり周囲へ広がったりすると、尿の通り道が圧迫され、尿が出にくい、尿の勢いが弱い、排尿に時間がかかる、排尿回数が増えるなどの症状が現れることがあります。

進行すると血尿や排尿時の痛みがみられることもあります。ただし、こうした症状は前立腺肥大症など良性の病気でも起こるため、排尿症状があることだけで前立腺がんの進行度を判断することはできません。

がんによって尿道の閉塞が強くなり、急に尿が出なくなる尿閉が起こる場合には、カテーテルなどで尿の通り道を確保する処置が必要になることがあります。がんを抑える治療と同時に、現在困っている排尿症状へ対応することもステージ4の治療の一部です。

骨転移では腰痛・背中の痛みなどが現れることがある

前立腺がんが骨へ転移すると、腰、背中、骨盤、肋骨などに痛みが出ることがあります。痛みは持続する場合もあれば、体を動かしたときに強く感じる場合もあり、転移があっても症状がほとんどないこともあります。

骨転移による痛みには、前立腺がんそのものを抑える全身薬物療法に加えて、鎮痛薬や放射線治療などを組み合わせます。病状によっては骨折を防ぐための治療や、骨の状態を維持するための薬について検討することもあります。

腰痛や背中の痛みは一般的な整形外科疾患でも起こる症状ですが、前立腺がんで骨転移が確認されている患者さんでは、新しく出現した痛みや急に強くなった痛みを放置しないことが重要です。

脊椎転移による麻痺や排尿・排便障害は早急な評価が必要

骨転移が脊椎に起こると、腫瘍や骨折によって脊髄や神経が圧迫されることがあります。強い背中の痛みに加え、足のしびれ、力が入りにくい、歩きにくいといった症状が出る場合があります。

さらに進行すると、足が動かしにくくなるだけでなく、尿や便をうまく出せないなどの排尿・排便障害が起こることがあります。脊髄圧迫による神経障害は治療開始が遅れると回復しにくくなる場合があるため、このような症状が急に現れたときには次回の定期受診まで待たず、医療機関へ連絡して評価を受ける必要があります。

この場合には薬物療法だけではなく、放射線治療や手術などを含めた緊急の対応を検討します。ステージ4前立腺がんでは「がんを長期的に抑える治療」と「現在起きている合併症へすぐ対応する治療」の両方が必要になることがあります。

リンパ節・肺・肝臓への転移でも症状は異なる

リンパ節転移が大きくなると、骨盤内や腹部のリンパや血液の流れに影響し、足のむくみなどがみられることもあります。肺転移は小さいうちは症状がないこともありますが、病変の状態によって咳や息苦しさが現れることがあります。

肝転移がある場合には、病変の広がりによって倦怠感、食欲低下、肝機能の異常などがみられることがあります。ただし、転移している臓器だけで病気の重さを決めることはできず、転移量、増大速度、ほかの病変、治療への反応を合わせて評価します。

前立腺がんは同じステージ4でも経過に幅があるため、「痛みがないから軽い」「症状が増えたから直ちに余命が短い」とは判断できません。症状の変化があれば、PSA、画像検査、血液検査、全身状態などを合わせて現在の病勢を確認することが重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がんについて」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

ステージ4と診断された後に確認する検査

前立腺がんステージ4では、単に「転移があるか」を確認するだけでは十分ではありません。どこにどの程度の病変があるのか、がんの悪性度はどうか、薬物療法を安全に行える体の状態か、今後の治療選択につながる遺伝子情報があるかなどを確認し、治療の組み立てに反映します。

前立腺がんではPSAが重要な指標になりますが、PSA値だけで病気の広がりや治療効果をすべて判断することはできません。病理診断、画像検査、血液検査、症状などを組み合わせ、治療開始後も同じ項目を繰り返し評価します。

PSAは重要な指標だが、数値だけで病状を決めない

PSAは前立腺から分泌されるタンパク質で、前立腺がんの診断や治療後の経過観察に広く用いられています。転移性前立腺がんでも、治療開始後にPSAが大きく低下することは治療反応を考える重要な材料になります。

一方、PSAが高いから必ず転移量が多い、低いから病気が軽いと単純に判断できるわけではありません。一部にはPSAをあまり産生しない性質の前立腺がんもあり、治療中もPSAだけでなく画像や症状を確認する必要があります。

内分泌療法中には、男性ホルモンが十分に低下しているかを確認するためテストステロン値を測定することがあります。後に説明する去勢抵抗性前立腺がんでは、十分にテストステロンが低い状態であるにもかかわらず病気が進行しているかどうかが治療判断に関係します。

CT・MRI・骨シンチグラフィなどで転移の範囲を確認する

CTでは、骨盤内や腹部のリンパ節、肺、肝臓などへの転移を確認します。MRIは前立腺周囲への広がりやリンパ節の評価などに使用され、脊椎転移による神経圧迫が疑われる場合には脊髄を詳しく確認するためにも重要です。

前立腺がんでは骨転移が多いため、骨シンチグラフィを用いて全身の骨に病変がないか調べることがあります。骨の痛みがある場所だけを見るのではなく、自覚症状のない骨転移がないかも含めて評価します。

転移性前立腺がんでは、病変の数や分布を把握することが治療選択にも関係します。特に、転移量が少ない患者さんと多数の骨転移や内臓転移がある患者さんでは、全身治療に加えて前立腺への放射線治療などを検討する考え方が異なることがあります。

病理診断ではグリソンスコア・グレードグループも確認する

前立腺がんの診断では、前立腺生検などで採取した組織を顕微鏡で調べ、がんの有無だけでなく悪性度を評価します。前立腺がんではGleason score(グリソンスコア)が広く用いられ、現在はそれを整理したGrade Group(グレードグループ)も病状を理解する指標です。

Gleason scoreは主に6~10で表され、数字が高いほど正常な前立腺組織から形が離れ、増殖・進展しやすい性質を持つと考えられます。Grade Groupは1~5に分類され、Grade Group 5はGleason score 9~10に相当します。

同じステージ4でも、腫瘍の悪性度や増殖速度は同じではありません。転移の場所や量と合わせて病理学的な性質を確認することで、その患者さんの病気がどのように進みやすいかを考える材料になります。

遺伝子検査は将来の治療選択を考えて検討する

進行前立腺がんでは、BRCA1・BRCA2をはじめとするDNA修復に関係する遺伝子の変化が治療選択に関係する場合があります。特に去勢抵抗性となった後には、検査結果によってPARP阻害薬などの分子標的治療につながる患者さんがいます。

遺伝子検査には、腫瘍に生じた変化を調べる検査と、生まれつき持っている生殖細胞系列の遺伝子変化を調べる検査があります。後者で病的バリアント(病気の原因に関わると考えられる遺伝子の変化)が見つかった場合には、患者さん本人の治療だけでなく血縁者のがんリスクにも関係することがあるため、遺伝カウンセリングを含めた説明が必要です。

また、数十~数百の遺伝子をまとめて調べるがん遺伝子パネル検査は、個別の遺伝子検査とは目的や保険診療で行う時期が異なります。どの検査をいつ行うかは病状やこれまでの治療によって変わるため、遺伝子検査については後の章で詳しく整理します。

PSMA-PETはPSMA標的治療の適応判定にも使われる

PSMAは前立腺がん細胞の表面に多く発現することがあるタンパク質です。PSMAに結合する放射性医薬品を使ったPET検査では、PSMAを発現する病変を画像として確認することができます。

2025年には、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんを対象としたルテチウム177-PSMA標的治療が国内で承認され、その適応を判断するための診断用放射性医薬品も承認されました。この場合、PSMA-PETは単に転移を探すだけではなく、PSMAを標的とする治療を行える患者さんかどうかを判断する検査という役割を持ちます。

ただし、ステージ4と診断された患者さん全員が最初からこの治療を受けるわけではありません。PSMA標的治療は去勢抵抗性となった後の治療歴など一定の条件を満たす患者さんで検討するため、初回診断時の一般的な画像検査と治療適応を調べるPSMA-PETを混同しないことが大切です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 検査」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「治療用放射性医薬品の適応判定を目的として承認された診断用放射性医薬品の情報」

前立腺がんステージ4の治療全体像

前立腺がんステージ4の治療を理解するときは、「ステージ4にはどの薬を使うか」という一つの問いだけでは不十分です。まず遠隔転移がないN1・M0なのか、遠隔転移のあるM1なのかを確認し、M1であれば現在も男性ホルモンを抑える治療に反応している去勢感受性なのか、十分に男性ホルモンを低下させても進行する去勢抵抗性なのかを整理します。

特にM1の前立腺がんでは、治療開始時の転移性去勢感受性前立腺がんと、その後に移行することがある転移性去勢抵抗性前立腺がんでは治療選択が大きく異なります。この時間軸を理解すると、なぜ同じ患者さんでも数年の間に薬が変更・追加されるのかを理解しやすくなります。

現在の状態 治療の主な考え方
N1・M0 遠隔転移はないため、内分泌療法を軸に前立腺・骨盤への放射線治療などを病状に応じて検討する
転移性去勢感受性前立腺がん ADTを治療の土台とし、ARSIやドセタキセル、患者さんによっては3剤併用などで治療を強化する
転移量が限られている一部の患者 全身薬物療法に加え、前立腺への放射線治療など局所治療の追加を検討する場合がある
転移性去勢抵抗性前立腺がん これまで使用した薬、転移部位、症状、遺伝子情報などをもとにARSI、抗がん剤、分子標的薬などを選ぶ
骨転移による痛み・骨折リスクがある 全身治療と並行して鎮痛薬、放射線治療、骨関連イベントへの対策などを行う
治療につながる遺伝子変化がある BRCAなどの遺伝子情報とこれまでの治療歴を確認し、オラパリブなどバイオマーカーに基づく治療や、現在の国内適応に応じたPARP阻害薬併用療法を検討する
前立腺特異的膜抗原陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性 これまでの治療歴など条件を満たす場合に、前立腺特異的膜抗原を標的とするルテチウム177による治療を検討する

転移性前立腺がんではADTが治療の土台になる

前立腺がんの多くは、テストステロンなどのアンドロゲンを利用して増殖します。そのため、遠隔転移がある前立腺がんでは、精巣からのテストステロン産生を大きく低下させるアンドロゲン遮断療法(ADT)が治療の土台になります。

ADTにはLH-RHアゴニストやLH-RHアンタゴニストなどを用いる方法があります。転移性去勢感受性前立腺がんでは、ADT単独と比較して、アンドロゲン受容体シグナル阻害薬やドセタキセルを組み合わせることで生存期間の改善が確認された臨床試験があり、治療を安全に受けられる患者さんでは早い段階から併用療法を検討します。

ただし、転移の量や症状、持病、全身状態によって適切な治療は異なります。治療薬を追加する利益と、副作用や生活への負担を担当医と一緒に確認することが重要です。

これは、以前のように「まずホルモン療法単独を行い、効かなくなってから次の薬を追加する」という考え方だけではなくなったことを意味します。診断時の転移量、年齢、全身状態、心血管疾患などの持病、副作用、本人が重視する生活などを踏まえ、最初からどこまで治療を強化するかを考えます。

去勢感受性から去勢抵抗性へ移行すると治療選択が変わる

ADTによってテストステロンを十分に低下させると、多くの前立腺がんではPSAが低下し、転移病変も縮小・安定します。このように男性ホルモンを抑える治療が効いている段階を「去勢感受性」と呼びます。

しかし、治療を続けているうちに、テストステロンが十分低い状態でもPSAが上昇したり、画像上の病変が増えたり、新しい症状が現れたりすることがあります。この状態が去勢抵抗性前立腺がんであり、去勢抵抗性になったことは「すべての治療が効かなくなった」という意味ではありません。

去勢抵抗性となった後にも、ARSI、ドセタキセルやカバジタキセルなどの抗がん剤、遺伝子変異に応じたPARP阻害薬、骨転移を対象とするラジウム223、条件を満たす患者さんへのPSMA標的治療など複数の治療があります。何を次に使うかは、それまでの治療歴によって大きく変わるため、前立腺がんステージ4では「今の薬」だけでなく、その後の治療順序まで意識して治療計画を立てることが重要です。

骨転移や排尿障害への治療も全身薬物療法と並行して行う

ステージ4前立腺がんでは、がんを抑える治療と症状を和らげる治療を分けて考える必要はありません。骨転移による痛みがあれば鎮痛薬や放射線治療を行い、骨折や脊髄圧迫の危険があればその予防や緊急治療を検討します。

排尿困難や尿閉がある場合にも、内分泌療法が効くまで我慢するのではなく、カテーテルなどによって尿の通り道を確保することがあります。症状を適切に治療することで睡眠、活動量、食事などを保ち、結果として長期間のがん治療を続けやすくなる場合があります。

また、ADTそのものによって骨密度が低下し、骨粗鬆症や骨折リスクが高まることがあります。前立腺がんでは「がんの骨転移」と「ホルモン療法による骨量低下」の両方を考える必要があり、この点は後の骨転移と副作用の章で詳しく説明します。

緩和ケア・支持療法は抗がん治療と同時に受けられる

緩和ケアは、治療ができなくなった後だけに行う医療ではありません。骨の痛み、排尿症状、疲労、不眠、不安、ホルモン療法によるほてりや性機能低下などに対応し、日常生活を維持するために診断時から薬物療法と並行して受けることができます。

前立腺がんはステージ4でも長期間治療を続ける患者さんがいるため、治療による生活への影響を管理することが特に重要です。がんを小さくすることだけでなく、骨や筋肉、代謝、心血管系、性生活などへの影響も確認しながら、病気を抑えることと生活を維持することの両方を目標として治療を続けます。

ここまでが前立腺がんステージ4の治療全体の骨格です。次の章では、転移があってもホルモン療法が効いている「転移性去勢感受性前立腺がん」の一次治療について、ADTにどの薬を追加するのか、現在なぜ治療強化が行われるのかを具体的に説明します。

参考:前立腺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Darolutamide Extends Survival for Some People with Metastatic Prostate Cancer|NCI、プルヴィクト静注 医療用医薬品情報|PMDA

転移性去勢感受性前立腺がんの一次治療

ここから説明する一次薬物療法は、主に骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへの遠隔転移を有するM1の前立腺がんを対象とします。前立腺がんでは遠隔転移のないN1・M0もステージ4に含まれますが、N1・M0では治療目標や前立腺・骨盤への局所治療の位置づけが異なるため、M1と同じ治療経路で一律に考えることはできません。

M1の前立腺がんでも、診断時には男性ホルモンを抑える治療によく反応する患者さんが多く、この状態を転移性去勢感受性前立腺がんと呼びます。治療の土台になるのはアンドロゲン遮断療法(ADT)ですが、現在はADTにARSIと呼ばれる内分泌療法薬やドセタキセルを早期から組み合わせる治療が重要になっています。一方、重い持病や全身状態などにより併用が難しい場合には、ADTを中心とした治療を検討することもあります。

どの患者さんにも同じ組み合わせが適しているわけではありません。転移の量、診断時から転移していたのか再発後に転移したのか、年齢、全身状態、心血管疾患などの持病、肝機能、併用薬、副作用への耐えやすさなどを確認し、最初からどの程度治療を強化するかを決めます。

ADTで男性ホルモンを低下させることが治療の土台になる

前立腺がんの多くは、テストステロンなどのアンドロゲンから増殖を促す刺激を受けています。そのため、精巣から分泌されるテストステロンを大きく低下させるADTによって、前立腺の原発巣だけでなく骨やリンパ節などの転移巣も同時に治療します。

薬物によるADTでは、LH-RHアゴニストやLH-RHアンタゴニストなどを使用します。LH-RHアゴニストでは治療開始直後に一時的にテストステロンが上昇するフレアアップが起こることがあり、骨転移や尿路閉塞などの病状によっては治療開始方法を慎重に考える必要があります。

精巣を摘出する外科的去勢によってテストステロンを低下させる方法も治療効果の原理は同じですが、現在は薬による治療が広く行われています。ADTを開始するとPSAが大きく低下したり、骨転移による痛みが改善したりする患者さんもいますが、ADT単独で転移性前立腺がんを完全に治すことは一般に困難です。

現在はADT単独よりARSIを早期から加える治療が重要になっている

以前は、転移性前立腺がんにまずADTを行い、効かなくなった段階で別の内分泌療法や抗がん剤へ進む方法が一般的でした。しかし現在は、去勢感受性の段階からアンドロゲン受容体シグナルをより強く抑える新規アンドロゲン受容体シグナル阻害薬(ARSI)などを追加することで、治療を強化する考え方が定着しています。

国内で転移性前立腺がんに使用されるARSIには、エンザルタミドやアパルタミドなどがあります。アビラテロンは、内分泌療法未治療でハイリスクの予後因子を持つ前立腺がんなどに使用され、プレドニゾロンを併用します。ダロルタミドは、国内では遠隔転移を有する前立腺がんに対しドセタキセルとの併用で使用する適応となっています。

これらはすべて「男性ホルモンに関係する薬」ですが、作用の仕方や副作用は同じではありません。したがって、単純にどのARSIが最も強いかを比較するのではなく、患者さんの病状や持病、その後の治療まで考えて選ぶ必要があります。

ARSIの選択では副作用や持病、併用薬も確認する

アビラテロンは、体内でアンドロゲンをつくる酵素を阻害する薬です。高血圧、低カリウム血症、浮腫、肝機能障害などに注意が必要で、プレドニゾロンを併用するため、糖尿病などがある患者さんでは血糖への影響も確認します。

エンザルタミドやアパルタミドは、アンドロゲン受容体からのシグナルを抑える薬です。倦怠感、転倒、骨折、高血圧などに注意し、アパルタミドでは皮疹が問題になることもあります。また、アパルタミドでは、頻度は不明ですが間質性肺疾患、重い皮膚障害、白血球・好中球減少などの重大な副作用も報告されています。新たな咳や息切れ、発熱、皮膚の異常などが現れた場合は、速やかに治療中の医療機関へ連絡することが大切です。薬物相互作用にも注意が必要なため、ほかの医療機関で処方された薬を含め、服用中の薬を医師や薬剤師へ伝えてください。

薬剤ごとの特徴だけではなく、仕事や日常生活も治療選択に関係します。強い疲労やふらつきが仕事へ影響しやすい患者さん、心血管疾患や糖尿病がある患者さん、多くの薬を服用している患者さんなどでは、効果だけでなく副作用と生活への影響を比較しながら治療を選びます。

ADTだけで開始する患者さんもいる

治療強化が重要になったからといって、すべての患者さんにARSIや抗がん剤を追加できるわけではありません。全身状態が大きく低下している場合、重い併存疾患がある場合、薬物相互作用や副作用のリスクが高い場合などには、ADTを中心に治療することがあります。

高齢であることだけを理由に治療強化を断念するわけではなく、逆に若いことだけを理由に強い治療を選ぶわけでもありません。年齢そのものより、日常生活をどの程度維持できているか、臓器機能や持病、副作用に耐えられる状態かを確認して治療強度を決めます。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「イクスタンジ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「アーリーダ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ザイティガ錠 医療用医薬品情報」

ドセタキセルと3剤併用療法は誰に使うのか

転移性去勢感受性前立腺がんでは、ADTとARSIによる内分泌療法だけでなく、細胞障害性抗がん薬のドセタキセルを早い段階から組み合わせることがあります。さらに現在は、ADT、ドセタキセル、ARSIの3種類を組み合わせる治療も選択肢となっています。

抗がん剤を早期から使うと聞くと「それだけ病状が悪いということなのか」と感じるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。まだホルモン療法が効く段階から異なる作用の治療を組み合わせ、長期的に病気を抑えることを目的として行います。

ドセタキセルは去勢抵抗性になる前から使う場合がある

ドセタキセルは、細胞分裂に必要な微小管へ作用してがん細胞の増殖を抑える抗がん剤です。以前は主に去勢抵抗性前立腺がんで使用されていましたが、現在は転移性去勢感受性前立腺がんでもADTと組み合わせて使用することがあります。

特に、診断時から多数の転移がある患者さんなどでは、早期にドセタキセルを加える治療が検討されます。一方、化学療法による負担もあるため、転移があるすべての患者さんへ機械的に使用するわけではありません。

臨床試験では「転移量が多いか少ないか」を一定の基準で分けることがあります。代表的なCHAARTED基準では、内臓転移がある場合、または骨転移が4個以上あり、そのうち少なくとも1個が脊椎・骨盤以外にある場合をhigh-volume(ハイボリューム:高腫瘍量)としています。ただし、この分類だけで実際の治療を自動的に決めるわけではなく、診断時期、症状、全身状態なども含めて判断します。

ドセタキセルでは骨髄抑制や感染症などに注意する

ドセタキセルでは、好中球などの血球が減少し、感染症にかかりやすくなる骨髄抑制が重要な副作用です。発熱性好中球減少症を起こすこともあるため、治療後に高熱が出た場合には次回受診まで待たず、医療機関へ連絡する必要があります。

そのほか、倦怠感、食欲低下、脱毛、末梢神経障害、爪の変化、浮腫などがみられることがあります。副作用が強ければ投与量や治療間隔を調整することもあり、「決められた量を最後まで減らさず続けること」自体が治療目的ではありません。

仕事を続けている患者さんでは、投与後どの時期に体調が悪くなりやすいか、感染症に注意する期間はいつかなどを把握しておくと生活予定を立てやすくなります。高齢者でも使用できる場合はありますが、治療前に骨髄機能、肝機能、全身状態などを評価します。

ADT+ドセタキセル+ダロルタミドの3剤併用という選択肢がある

現在、日本では遠隔転移を有する前立腺がんに対して、ADTを継続しながらドセタキセルとダロルタミドを組み合わせる3剤併用療法が選択肢となっています。ダロルタミドの国内添付文書でも、遠隔転移を有する前立腺がんではドセタキセルとの併用で使用することが定められています。

この治療の根拠となったARASENS試験では、新たにADTを開始した転移性ホルモン感受性前立腺がん患者さんを対象として、ADT+ドセタキセルにダロルタミドを追加する治療が比較されました。3種類の治療を最初から組み合わせることで治療効果を高める考え方ですが、その分、患者さんが化学療法を安全に受けられる状態であることが前提になります。

「3剤使う方が2剤より新しいからよい」という選び方ではありません。ドセタキセルを行える全身状態か、転移量がどの程度か、診断時から転移があったのか、持病や本人の希望などを考えたうえで選択します。

治療強化では今後使える薬まで考える

転移性前立腺がんでは治療が数年にわたることもあり、最初の治療だけを見て判断すると、その後の選択肢を理解しにくくなります。去勢感受性の段階でARSIやドセタキセルを使用すると、去勢抵抗性となった後には「すでにどの薬を使ったか」が次の治療を決める重要な情報になります。

したがって、一次治療を選ぶ際には「この治療は現在のがんを抑えるためにどの程度期待できるか」に加えて、「効かなくなった場合に何を使うのか」「今ここで使用することで後の治療はどう変わるのか」まで担当医へ確認すると、長期的な治療計画を理解しやすくなります。

参考:PMDA「ニュベクオ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ニュベクオ錠 審査報告書」

ステージ4でも前立腺への放射線治療を行うことはある?

前立腺がんが骨などへ遠隔転移している場合、「すでに全身へ広がっているなら前立腺そのものを治療する意味はないのでは」と考えるかもしれません。確かにM1前立腺がんの治療では全身薬物療法が中心ですが、転移量が限られている一部の患者さんでは、ADTなどの全身治療に加えて前立腺原発巣へ放射線治療を行うことがあります。

ただし、ステージ4なら全員に前立腺へ放射線を当てればよいわけではありません。転移量が多い患者さんと少ない患者さんでは、原発巣への放射線治療から期待できる利益が同じではないためです。

転移量が少ない患者では前立腺への放射線治療を検討することがある

転移性去勢感受性前立腺がんを対象としたSTAMPEDE試験では、診断時の転移量が少ない患者さんの一部で、全身治療に前立腺への放射線治療を追加することで全生存期間が改善しました。一方、転移量が多い患者さんを含めた試験全体では、全生存期間の改善は確認されませんでした。

したがって、遠隔転移のあるすべての患者さんに前立腺原発巣への放射線治療が必要という意味ではありません。転移量だけでなく、全身治療の内容や排尿症状、治療による負担を考えて判断します。

ここでいう「転移量が少ない」は、単に転移が1個なら対象、2個なら対象外という意味ではありません。臨床試験ごとの定義や転移部位、内臓転移の有無などを確認し、患者さんごとに判断します。

前立腺への放射線治療を行う場合でも、ADTやARSIなどの全身薬物療法をやめるわけではありません。全身のがんを薬物療法で治療しながら、原発巣にも治療を加えるという位置づけです。

前立腺への放射線治療は排尿症状のコントロールにも関係する

前立腺原発巣が大きくなると、尿道や膀胱周囲へ影響して排尿困難や血尿などの症状が出ることがあります。病状によっては、放射線治療を局所症状の改善・予防という観点から検討することもあります。

一方、放射線治療には頻尿、排尿時の違和感、直腸症状、倦怠感などの副作用が起こることがあります。遠隔転移を持つ患者さんでは、全身治療の予定や現在の症状、治療に通う負担まで考えて追加する意味があるかを判断します。

少数転移への定位放射線治療は全身治療の代わりではない

近年は、転移が少数に限られている「オリゴ転移」の患者さんに対し、個々の転移病変へ定位放射線治療などの局所治療を行う研究が進んでいます。ただし、画像で見える転移をすべて治療すれば全身薬物療法が不要になるという治療が確立しているわけではありません。

前立腺がんは画像で確認できる病変以外にも微小ながん細胞が存在する可能性があります。そのため、遠隔転移がある場合には全身治療を基本とし、そのうえで特定の病変へ局所治療を加える利益が期待できるかを検討します。

参考:STAMPEDE試験(原発巣への放射線治療、CC BY 4.0)|UCL Discovery、前立腺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

骨転移がある場合の治療

前立腺がんでは骨転移が多く、ステージ4の患者さんにとって骨の状態を管理することは治療の大きな柱になります。ただし、骨転移があるからといっても、治療の基本はADTやARSIなどによって全身の前立腺がんを抑えることです。

そのうえで、痛み、骨折、脊髄圧迫など現在起きている問題や、将来起こり得る骨関連合併症を防ぐための治療を組み合わせます。

骨転移そのものも全身薬物療法によって治療する

去勢感受性前立腺がんであれば、ADTやARSIなどが骨転移にも作用します。治療がよく効けばPSAが低下し、骨の痛みが軽減する患者さんもいます。

したがって、骨転移が見つかったからといって、すべての骨病変を一つずつ手術や放射線で治療するわけではありません。全身薬物療法を行いながら、特に症状や骨折・神経障害の危険が高い場所へ局所治療を追加します。

痛みのある骨転移には放射線治療が有効な場合がある

骨転移によって腰や背中、骨盤などに強い痛みがある場合には、鎮痛薬だけでなく外部放射線治療を行うことがあります。放射線治療は転移病変へ局所的に照射し、痛みを軽減する目的で広く使われています。

骨が大きく破壊され、骨折する危険が高い場合には整形外科的な固定術などを検討することもあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、実際に骨折してからでは生活への影響が大きくなるため、画像所見と痛みの程度を合わせて評価します。

脊椎転移で足の麻痺、しびれ、排尿・排便障害が出た場合には脊髄圧迫の可能性があります。この場合は通常の定期受診を待つのではなく、放射線治療や手術などを含めて速やかに対応する必要があります。

骨修飾薬は「骨転移があるから全員同じように使う」薬ではない

前立腺がんではデノスマブやゾレドロン酸などの骨修飾薬を使用することがありますが、使用目的を分けて考える必要があります。骨転移による骨折などの骨関連事象を防ぐ目的と、ADTによる骨密度低下・骨粗鬆症を予防する目的では、対象となる患者さんや投与方法が同じではありません。

特に骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんでは、骨関連事象を減らす目的で骨修飾薬を検討します。一方、去勢感受性の段階で骨転移があるという理由だけから、すべての患者さんへ同じ目的で投与するわけではありません。

デノスマブやビスホスホネート製剤では、顎骨壊死などに注意が必要です。治療前に歯科診察や口腔内の状態を確認し、抜歯などが必要な場合には治療時期について医科と歯科で相談することがあります。

ラジウム223は骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんで使う治療

ラジウム223は、カルシウムに似た性質を持つ放射性医薬品で、骨転移部位へ集積してアルファ線を放出する治療です。国内での効能は骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんであり、去勢感受性の段階の骨転移へ通常使用する治療ではありません。

また、国内添付文書では内臓転移がある前立腺がんでの有効性・安全性は確立していないとされています。そのため「骨転移があれば使える放射線の薬」と単純に考えることはできず、現在が去勢抵抗性なのか、内臓転移がないか、これまでどの治療を受けてきたかなどを確認して使用を判断します。

ラジウム223では骨髄抑制などに注意が必要です。また、化学療法未治療で、症状がない、または症状が軽い骨転移を有する去勢抵抗性前立腺がんでは、ラジウム223とアビラテロン+プレドニゾロンの併用は推奨されていません。この患者集団を対象とした臨床試験で、ラジウム223を加えた群では死亡率と骨折の発現率が高い傾向が認められたためです。ラジウム223を使用する場合には、現在受けている薬物療法との組み合わせも確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「ゾーフィゴ静注 医療用医薬品情報」

ホルモン療法の副作用と生活への影響

前立腺がんステージ4では、ADTを数カ月ではなく長期間継続する患者さんも少なくありません。そのため、ホルモン療法によってがんを抑えられているかだけでなく、治療を続けることで体や生活にどのような影響が起きるかを確認することも重要です。

副作用は治療開始直後だけに起こるものではありません。ほてりなど比較的早い時期から現れる症状もあれば、筋肉量低下、骨密度低下、代謝への影響など長期間治療を続ける中で問題になりやすい変化もあります。

ほてり・発汗・性機能の変化が起こることがある

テストステロンが低下すると、突然体が熱くなるホットフラッシュ、ほてり、発汗などが現れることがあります。夜間に繰り返す場合には睡眠に影響し、日中の疲労につながる患者さんもいます。

また、性欲低下や勃起障害などの性機能障害が起こりやすくなります。こうした変化は生命に直接関わる副作用ではありませんが、本人やパートナーの生活の質へ大きく影響することがあるため、相談しにくいからといって我慢する必要はありません。

治療薬によっては乳房が大きくなる女性化乳房や乳頭の痛みなどがみられる場合もあります。症状が生活上の負担になっている場合には、治療内容を確認しながら対処方法を相談します。

筋肉量が減り、脂肪が増えやすくなる

ADTによってテストステロンが低下すると、筋肉量が減少し、体脂肪が増えやすくなることがあります。体重だけを見ると大きく変わっていなくても、筋肉が減って脂肪が増えている場合があります。

筋力が落ちると、階段を上る、長く歩く、荷物を持つといった日常動作が以前よりつらくなることがあります。高齢者では転倒やフレイルにもつながるため、治療を開始してから活動量を極端に落とさないことが重要です。

病状や骨転移の場所によって安全にできる運動は異なりますが、可能であれば有酸素運動や筋力トレーニングを生活に取り入れます。骨転移がある患者さんでは、無理な負荷によって骨折しないよう主治医やリハビリテーションスタッフと相談して運動内容を調整します。

骨密度低下・骨粗鬆症・骨折にも注意する

ADTを長期間行うと骨密度が低下し、骨粗鬆症や骨折のリスクが高くなります。ここで注意したいのは、前立腺がんの骨転移とADTによる骨粗鬆症は別の問題だということです。

骨転移がなくてもADTによって骨量が低下することがあるため、治療期間、年齢、過去の骨折、骨密度などを確認し、必要に応じて骨粗鬆症への対策を行います。カルシウムやビタミンD、運動、薬物療法などを患者さんの状態に応じて検討します。

一方、骨転移がある患者さんでは、がんによる骨の障害と治療による骨量低下の両方を考える必要があります。骨折リスクの評価では「骨転移があるか」だけでなく、どの骨にどのような病変があるのかを確認します。

糖尿病・脂質異常症・心血管疾患なども長期的に確認する

男性ホルモンを長期間低下させる治療は、体重増加、血糖や脂質代謝の変化などと関連します。もともと糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患などがある患者さんでは、前立腺がん治療と並行してこれらの病気を管理することが重要です。

アビラテロンでは高血圧、低カリウム血症、浮腫などに注意が必要であるなど、ADTへ追加する薬によっても確認項目が変わります。前立腺がんの薬だけを見るのではなく、内科で処方されている薬や血圧、血糖、体重なども含めて治療を管理します。

長期間治療する場合には、「PSAが下がっているから副作用は我慢する」という考え方ではなく、がんを抑えながら生活機能を保てるよう対策を行うことが重要です。

体調がよくても自己判断でホルモン療法を中止しない

ADTやARSIによってPSAが低下し、画像上の転移が小さくなっても、それだけで体内から前立腺がんが完全になくなったとは判断できません。治療によってがんが抑えられているからこそ良好な状態が続いている可能性があります。

副作用が強い場合には、薬の変更、休薬、支持療法などを検討できる場合がありますが、自己判断で薬を減らしたり中止したりすると病気が再び進行する可能性があります。生活上つらい副作用がある場合には、治療そのものを諦める前に担当医へ具体的に伝え、改善できる方法がないかを相談します。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

去勢抵抗性前立腺がんとは

ADTやARSIなどの治療を開始すると、多くの転移性前立腺がんではPSAが低下し、転移病変も縮小または安定します。しかし、治療を長く続ける中で、十分にテストステロンが低下した状態でも前立腺がんが再び進行することがあります。この状態を去勢抵抗性前立腺がんと呼びます。

「ホルモン療法が効かなくなった」と説明されることもありますが、男性ホルモンとの関係が完全になくなったという意味ではありません。また、去勢抵抗性になったからといって治療選択肢がなくなるわけでもなく、現在は複数の薬剤や放射性医薬品、遺伝子情報を利用した治療があります。

テストステロンが十分低い状態でも病気が進むと去勢抵抗性を考える

去勢抵抗性かどうかを判断するときには、ADTによってテストステロンが去勢レベルまで十分低下していることを前提として、PSAの上昇や画像上の病変の増大、新しい転移の出現などを確認します。

PSAが1回上昇しただけで直ちに去勢抵抗性と決めるわけではありません。測定値の推移、画像検査、症状、テストステロン値などを合わせて病状を評価し、本当に現在の治療で病気が進行しているのかを確認します。

また、PSAの上昇と画像上の進行が常に同じ時期に起こるとは限りません。PSAの変化が小さくても画像上で病変が進行する場合もあるため、治療中は血液検査だけに頼らないことが重要です。

去勢抵抗性になってもADTは基本的に継続する

「ADTを行っているのに進行したのであれば、ADTをやめても同じではないか」と考えるかもしれません。しかし、去勢抵抗性になった前立腺がんでもアンドロゲン受容体経路が病気の進行に関係していることがあります。

そのため、一般にはテストステロンを低い状態に保つADTを継続したうえで、別の治療を追加・変更します。去勢抵抗性となった後の薬も、「ADTの代わりに使う」というより、去勢状態を維持しながら次の治療を組み合わせるという考え方が基本です。

去勢抵抗性になった時点で、これまで使った薬を整理する

現在は去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルを使用するため、去勢抵抗性となった患者さんの治療歴は人によって大きく異なります。ADTだけで治療してきた患者さんと、すでにアパルタミドやエンザルタミド、ドセタキセルなどを使用した患者さんでは、次の治療候補も同じではありません。

去勢抵抗性になった段階では、これまで使用したARSI、ドセタキセルの使用歴と効果、副作用、骨転移や内臓転移の有無、BRCAなどの遺伝子情報、PSMAの発現などを整理します。この情報をもとに、抗がん剤、分子標的薬、ラジウム223、PSMA標的治療などをどの順番で使用するかを検討します。

特に、作用が似たARSIから別のARSIへ変更しても十分な効果が得られにくい場合があるため、「次も同じ種類の飲み薬を使えばよい」と単純には決められません。治療歴と病気の性質を踏まえて、作用の異なる薬へ切り替えることも重要になります。

去勢抵抗性=末期、治療終了ではない

去勢抵抗性という言葉から、「もうホルモン療法が効かないので治療は終わり」と受け取る患者さんもいます。しかし、現在の転移性去勢抵抗性前立腺がんには、ARSI、ドセタキセル、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223、ルテチウム177-PSMA標的治療など複数の選択肢があります。

どの治療を選べるかは、これまでの治療、転移部位、全身状態、遺伝子検査、PSMA検査などによって変わります。したがって、去勢抵抗性への移行は「治療がなくなる時点」ではなく、治療の選び方を組み直す時点と考える方が実際の診療に近い理解です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

転移性去勢抵抗性前立腺がんの治療

転移性前立腺がんにADTなどを続けていても、十分にテストステロンが低下した状態でPSAが上昇したり、画像上の病変が増大したりすることがあります。このような転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、これまでに使用した薬、転移している場所、症状、遺伝子検査の結果などを確認し、次の治療を選びます。

現在は去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルを使用する患者さんが増えているため、「去勢抵抗性になったら最初にこの薬を使う」という一つの順番ですべての患者さんを説明することはできません。ADTだけで治療してきた患者さんと、すでにARSIやドセタキセルまで使用した患者さんでは、その後に残っている治療選択肢が異なるためです。

ARSIはこれまでの使用歴を確認して選ぶ

去勢抵抗性前立腺がんでは、アビラテロンやエンザルタミドなどのARSIが治療選択肢になります。ただし、去勢感受性の段階ですでにARSIを使用している場合には、その薬に対して病気が進行したという情報を踏まえて次の治療を考える必要があります。

同じARSIの中でも薬ごとに作用の仕方は完全に同じではありませんが、アンドロゲン受容体経路を標的とするという共通点があります。そのため、あるARSIで明らかに病気が進行した後に、別のARSIへ変更すれば必ず同じ程度の効果が得られるとは限りません。

治療歴によっては、作用機序の異なる抗がん剤やPARP阻害薬、放射性医薬品などへ切り替える方が適している場合があります。薬の名前だけでなく、「これまで何にどの程度反応し、どの治療で進行したのか」を整理することが、去勢抵抗性になった後の治療選択では重要です。

ドセタキセルをまだ使用していない場合は抗がん剤を検討する

ドセタキセルは、転移性去勢抵抗性前立腺がんでも重要な抗がん剤です。去勢感受性の段階でまだドセタキセルを使用していない患者さんでは、全身状態やそれまでの治療歴を踏まえて使用を検討します。

抗がん剤を使用するかどうかは、PSA値だけで決めるわけではありません。骨や内臓への転移の広がり、症状の進行速度、骨髄機能、肝機能、感染症リスク、日常生活をどの程度保てているかなどを確認します。

ドセタキセルでは好中球減少や発熱性好中球減少症、倦怠感、脱毛、末梢神経障害などに注意が必要です。副作用のリスクと病気を抑える利益を比較しながら、投与量や治療間隔を調整して継続します。

ドセタキセル後にはカバジタキセルが選択肢になる

カバジタキセルは、ドセタキセルと同じタキサン系に分類される抗がん剤ですが、ドセタキセルによる治療後に進行した去勢抵抗性前立腺がんでも効果が期待できる薬です。国内添付文書では前立腺がんを効能とし、外科的または内科的去勢を行って進行・再発した患者さんが対象で、化学療法を受けていない前立腺がんでの有効性・安全性は確立していないとされています。

特に、ドセタキセルとARSIの両方をすでに使用して病気が進行した患者さんでは、別のARSIへ変更するのか、カバジタキセルなど作用の異なる治療へ進むのかが重要な判断になります。病気の進行速度が速い場合や内臓転移がある場合には、細胞障害性抗がん剤を選択する意味が大きくなることもあります。

カバジタキセルでは強い好中球減少や発熱性好中球減少症などの骨髄抑制に特に注意します。感染症につながる可能性があるため、治療前の血液検査だけでなく、投与後に発熱した場合の連絡方法についても確認しておく必要があります。

治療歴・転移部位・遺伝子情報によって別の治療も加わる

転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、ARSIや抗がん剤以外にも複数の治療があります。BRCA1・BRCA2などの遺伝子変異がある場合にはオラパリブなどのPARP阻害薬が治療選択に関係し、骨転移の状態によってはラジウム223を検討することがあります。

さらに、PSMAを発現する病変が確認され、これまでの治療歴など国内の適応条件を満たす場合には、ルテチウム177を使ったPSMA標的治療も選択肢になります。2026年時点ではPARP阻害薬の国内適応も変化しているため、「遺伝子変異がある患者さんだけがPARP阻害薬の対象」と一括りにすることも正確ではありません。

このように去勢抵抗性となった後の治療は、単純な一本道ではありません。これまで使った治療、治療への反応、副作用、骨・内臓転移、遺伝子情報、PSMAの発現、全身状態を組み合わせて、その時点で利益が期待できる治療を選びます。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「ジェブタナ点滴静注60mg 医療用医薬品情報」

BRCAなどの遺伝子検査で治療が変わることがある

前立腺がんでは、病期、転移量、ホルモン療法への反応だけでなく、BRCA1・BRCA2などの遺伝子情報が治療選択に関係する患者さんがいます。特に転移性去勢抵抗性前立腺がんでは、遺伝子検査の結果によってオラパリブなどの治療につながる場合があります。

一方、2026年現在のPARP阻害薬には、BRCA遺伝子変異が適応条件となるオラパリブと、効能・効果そのものにはBRCAなどDNA修復に関係する遺伝子変異の有無が条件として付いていないタラゾパリブ+エンザルタミドがあります。そのため「PARP阻害薬は遺伝子変異が見つかった患者さんだけが対象になる」と一括りに考えることはできません。遺伝子情報だけでなく、それまでに受けた治療も確認して治療を選びます。

遺伝子検査には、がん細胞に生じた変化を調べる検査と、生まれつき持っている遺伝子変化を調べる検査があります。さらに、多数の遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査もあり、それぞれ調べる目的や治療との関係、保険診療で実施する時期が異なります。

BRCA1・BRCA2の変異はPARP阻害薬の治療選択に関係する

BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。これらの遺伝子に病的な変化があるがん細胞ではDNA修復機能が低下しており、その弱点を利用する治療としてPARP阻害薬が使用されます。

国内では、BRCA遺伝子変異陽性で遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対してオラパリブが承認されています。使用には承認された検査でBRCA遺伝子変異が確認されていることが必要です。オラパリブ単剤とアビラテロン+プレドニゾロンとの併用では対象となる治療歴などの条件が異なるため、BRCA遺伝子変異があることだけで使用方法が決まるわけではありません。

オラパリブでは貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制に注意が必要です。PARP阻害薬は遺伝子変異が見つかれば副作用なく使用できる薬ではないため、治療前と治療中に血液検査などを行いながら継続できるか判断します。

BRCA変異には腫瘍だけの変化と生まれつきの変化がある

前立腺がんでBRCA遺伝子変異が見つかった場合、その変異ががん細胞だけに生じた体細胞変異なのか、生まれつき体の細胞に存在する生殖細胞系列の病的バリアント(病気の原因に関わると考えられる遺伝子の変化)なのかを考える必要があります。

生殖細胞系列のBRCA1・BRCA2病的バリアントは、患者さん本人の前立腺がん治療だけでなく、乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどを含む遺伝性腫瘍のリスクや血縁者にも関係する可能性があります。そのため、生殖細胞系列の変化が疑われたり確認されたりした場合には、遺伝カウンセリングを含めて情報の意味を整理することがあります。

一方、治療薬の適応判定では腫瘍組織や血液を用いた検査など複数の方法があります。検査ごとに「何を調べているのか」「治療薬を選ぶ検査なのか」「遺伝性の可能性まで分かる検査なのか」を確認しておくことが大切です。

2026年にはタラゾパリブ+エンザルタミドの国内適応が拡大した

PARP阻害薬については、2026年に国内の治療環境が変わっています。タラゾパリブは2024年に国内で使用できるようになったPARP阻害薬ですが、2026年3月の効能変更によって、現在は遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対し、エンザルタミドと併用して使用する適応となっています。

現行の国内添付文書では、前立腺がんに対する効能・効果そのものにBRCAやHRR遺伝子変異陽性という条件は付いていません。この点は、BRCA遺伝子変異陽性が適応条件となっているオラパリブとは異なります。

したがって、2026年時点では「PARP阻害薬はBRCA変異が見つかった患者さんしか使えない」とするのは不正確です。一方、患者さんの遺伝子背景によって期待できる治療効果が異なる可能性や、これまで使用したARSIなども治療選択に関係するため、単に新しい薬という理由で選ぶものでもありません。

タラゾパリブでは貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が重要な副作用で、腎機能によって開始用量の調整が必要になる場合があります。治療開始前と治療中の血液検査を行い、副作用によって休薬や減量を行いながら治療します。

MSI-Highなど別のバイオマーカーが治療につながることもある

前立腺がんでも、ごく一部の患者さんではMSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)などの特徴が確認され、国内の適応条件を満たす場合に免疫チェックポイント阻害薬が治療候補になることがあります。これは前立腺がん患者さん全体に免疫療法が有効という意味ではなく、特定のバイオマーカーを持つ患者さんに限って検討する治療です。

治療標的となる遺伝子変化やバイオマーカーを幅広く探す目的で、がん遺伝子パネル検査を検討することもあります。ただし、保険診療で行うがん遺伝子パネル検査には実施時期などの条件があり、進行前立腺がんと診断された時点で全員が同じ検査を受けるわけではありません。

前立腺がんでは治療期間が長くなることも多いため、遺伝子検査を「すべての標準治療がなくなってから初めて考える検査」と決めつけず、将来どの治療につながる可能性があるかを担当医と確認しておく意味があります。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」、PMDA「リムパーザ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「ターゼナカプセル 医療用医薬品情報」

177Lu-PSMA標的治療とは

2025年、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対して、ルテチウム177を用いる放射性リガンド療法「ルテチウム177-PSMA標的治療」が国内で承認されました。使用される薬剤はルテチウムビピボチドテトラキセタン(商品名:プルヴィクト)です。

この治療は、体の外から転移巣へ放射線を照射する通常の外部放射線治療とは仕組みが異なります。PSMAという前立腺がん細胞の表面に多く発現するタンパク質を目印として薬をがん細胞へ届け、体内から放射線を照射してがん細胞を攻撃します。

治療前にPSMA-PETでPSMA陽性かを確認する

プルヴィクトは、転移性去勢抵抗性前立腺がんであれば誰でも使用できる薬ではありません。治療前に専用のPSMA-PET検査を行い、治療標的となるPSMAを十分に発現している病変があることを確認する必要があります。

PSMA-PETでは、PSMAへ結合するガリウム68標識薬を投与し、がん病変にどの程度集積するかをPET画像で確認します。2025年にはプルヴィクトとともに、治療対象を選ぶための診断用放射性医薬品も国内で承認されています。

PSMA-PETで前立腺がんらしい病変が見えることと、プルヴィクトの適応になることは同じ意味ではありません。この治療では、専用検査によってPSMA陽性であることに加え、病期やこれまでの治療歴なども確認して対象患者を選びます。

2026年時点では化学療法を受けていない患者さんも対象になる場合がある

プルヴィクトの対象について、「抗がん剤をすべて使い切った後だけに行う治療」と理解するのも現在では正確ではありません。国内の患者向け適正使用資料では、PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がんのうち、1種類のARSIを使用し、化学療法をまだ受けていない患者さん、またはARSIと化学療法の両方をすでに受けた患者さんが対象として示されています。

去勢抵抗性になる前の転移性去勢感受性前立腺がんの段階でARSIや化学療法を使用していた患者さんも、その治療歴を含めて適応を判断します。そのため、「去勢抵抗性になってから何を使ったか」だけでなく、診断時から現在までの治療歴全体を確認することが必要です。

この適応の広がりによって、ドセタキセルなどの化学療法をまだ行っていない患者さんでもプルヴィクトが候補になる場合があります。ただし、国内添付文書では、タキサン系抗がん剤の適応となる患者さんについて、その抗がん剤による治療の実施も慎重に検討して適応を判断することが求められています。

全身状態、病気の進行速度、ほかに使用できる薬、骨髄機能や腎機能なども踏まえ、どの治療を優先するかを個別に検討します。化学療法未治療であることだけを理由に、プルヴィクトを優先するという意味ではありません。

6週間ごとに投与し、体の中から放射線を届ける

プルヴィクトは静脈から投与し、PSMAへ結合した薬剤から放出される放射線によってがん細胞を攻撃します。国内の患者向け資料では、通常6週間ごとに計6回投与し、全体の治療期間は約8カ月と説明されています。

投与後には体内に放射性物質が残るため、通常の抗がん剤とは異なる放射線管理が必要です。投与当日や退院後には、家族や周囲の人への放射線被ばくを減らすための生活上の注意があり、医療機関から具体的な説明を受けます。

放射性医薬品を使用する治療ですが、外から全身へ放射線を当てるわけではありません。PSMAを発現する前立腺がん細胞へ薬を届けることで、病変へ放射線を集中させることを目的とした治療です。

骨髄抑制や腎機能障害などの副作用に注意する

プルヴィクトでは、貧血、血小板減少、白血球・好中球減少などの骨髄抑制が起こることがあります。前立腺がんでは骨転移が多く、すでに骨髄機能が低下している患者さんもいるため、治療前と治療中に血液検査を行い、安全に次の投与を行えるか確認します。

腎機能障害にも注意が必要です。薬剤の一部は腎臓を介して排泄されるため、もともと腎機能が低下している場合には治療前から状態を確認し、治療中も経過をみます。

そのほか、口の渇き、吐き気、食欲低下、倦怠感などがみられることがあります。副作用によっては投与を延期したり減量したりするため、決められた6回を何があっても予定どおり行うことが目的ではありません。

「最新治療だから今までの治療より優れている」と単純には考えない

177Lu-PSMA標的治療は、これまでとは異なる仕組みで前立腺がんを治療できる重要な選択肢です。ただし、すべての前立腺がんに有効な治療ではなく、PSMA陽性かどうか、これまでのARSIや抗がん剤の使用歴、病気の進行速度、骨髄機能、腎機能などによって適応が決まります。

転移性去勢抵抗性前立腺がんには、ドセタキセルやカバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223などほかの治療もあります。したがって、プルヴィクトを「最後に残された治療」と決めつけることも、「新しいから最初に選ぶべき治療」と考えることも適切ではありません。

現在の治療がどこまで効いているのか、次に使える治療が何種類あるのか、その中でPSMA標的治療をどの段階に置くのかを担当医と確認することが重要です。このように治療選択肢が増えていることも、前立腺がんステージ4の生存率や余命を過去の統計だけで判断できない理由の一つです。

参考:PMDA「プルヴィクト静注 医療用医薬品情報」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4の生存率

前立腺がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「5年後にどのくらいの人が生存しているのか」は気になる情報の1つです。前立腺がんのステージ4には、遠隔転移のないN1・M0から、骨や肺、肝臓などへ遠隔転移したM1まで幅広い病状が含まれ、内分泌療法が長期間有効な患者さんもいます。

そのため「前立腺がんステージ4の生存率」という集団の数字を、骨転移や内臓転移がある患者さん個人の予後へそのまま当てはめることはできません。生存率を見る際には、自分がN1・M0なのかM1なのか、M1であれば転移部位や転移量がどの程度なのかも合わせて考える必要があります。

ステージ4の5年ネット・サバイバルは60.1%

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に前立腺がんと診断された患者さんの病期別生存率が公開されています。ステージ4の5年実測生存率は51.1%、他の病気による死亡の影響をできるだけ除いて算出した5年ネット・サバイバルは60.1%でした。

診断後の期間ごとのネット・サバイバルを見ると、1年93.2%、2年83.9%、3年74.9%、4年66.7%、5年60.1%となっています。

診断からの期間 ステージ4のネット・サバイバル
1年 93.2%
2年 83.9%
3年 74.9%
4年 66.7%
5年 60.1%

この結果から、前立腺がんではステージ4であっても、診断から5年以上生存する患者さんが少なくないことが分かります。一方、5年ネット・サバイバル60.1%を「自分が5年後に生存している確率は60.1%」と考えることも適切ではありません。

ステージ4の中にN1・M0とM1が含まれていることに注意する

前立腺がんの生存率を解釈するときに特に注意したいのが、ステージ4という分類の幅です。前立腺がんでは、骨や臓器への遠隔転移がなく、骨盤内の所属リンパ節にだけ転移しているN1・M0もステージ4に分類されます。

一方、M1には遠隔リンパ節転移、骨転移、肺や肝臓などへの転移が含まれます。同じM1であっても、少数の骨転移だけがある患者さんと、多数の骨転移や肝転移を伴う患者さんでは、その後の経過は同じではありません。

したがって、院内がん登録の「ステージ4」という集団には病状の異なる患者さんが含まれており、5年ネット・サバイバル60.1%を「骨転移のある前立腺がんの5年生存率」と読み替えることはできません。生存率を見るときには、自分がN1・M0なのかM1なのか、M1であればどこにどの程度転移しているのかを確認する必要があります。

2014~2015年診断例は現在の治療環境を十分に反映していない

もう1つ注意したいのが、生存率の対象となった時期です。この統計は2014~2015年に診断された患者さんのデータであり、その後の前立腺がん治療の変化を十分には反映していません。

現在は、転移性去勢感受性の段階からARSIを追加する治療や、患者さんによってはADT、ARSI、ドセタキセルによる3剤併用を行うようになっています。去勢抵抗性となった後にも、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223に加え、2025年には国内でルテチウム177-PSMA標的治療が承認されるなど、治療選択肢は増えています。

そのため、この60.1%は前立腺がんステージ4の長期的な傾向を理解するためには重要ですが、2026年に新たに治療を開始する患者さんの治療成績をそのまま示した数字ではありません。現在の治療を受ける患者さんの見通しを考えるには、病状と治療内容を踏まえた臨床試験のデータも合わせて考える必要があります。

他ステージの生存率や治療法については、以下の記事で詳しく紹介しています。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 前立腺がん」、国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4の余命はどのくらい?

前立腺がんステージ4と診断されたとき、「実際にはあと何年くらい生きられるのか」と考える患者さんや家族は少なくありません。しかし、前立腺がんステージ4の平均余命を一律に「○年」と示すことはできません。

前立腺がんでは、N1・M0と遠隔転移のあるM1で病状が異なるだけでなく、M1になってからも、男性ホルモンを抑える治療が効いている去勢感受性の時期と、去勢抵抗性へ移行した後では治療成績が大きく異なります。さらに、転移量や転移先、治療への反応、使える後治療によっても生存期間には大きな幅があります。

転移性去勢感受性では数年以上の経過をたどる患者さんも多い

現在の転移性去勢感受性前立腺がんでは、ADTだけではなくARSIなどを早期から追加することで長期的な治療成績が改善しています。代表的なTITAN試験では、転移性去勢感受性前立腺がんに対して、ADTにアパルタミドを追加する治療が評価されました。

米国国立がん研究所(NCI)の独自解説では、試験開始から約2年後に生存していた患者の割合はアパルタミド併用群で約82%、比較群で約74%と紹介されています。これは対象となった患者集団と追跡時点での結果であり、現在ステージ4と診断されたすべての患者さんの余命や生存率を示すものではありません。

このように、転移性去勢感受性前立腺がんでは薬物療法によって生存期間の延長が期待できます。ただし、同じ病期でも転移量や病気の性質、薬への反応は異なるため、臨床試験の数字を個人の見通しへそのまま当てはめないことが大切です。

3剤併用でも4年時点で生存している患者さんが多く報告されている

ADT+ドセタキセルにダロルタミドを追加したARASENS試験でも、転移性ホルモン感受性前立腺がんにおける生存期間の改善が示されています。NCIの独自解説では、試験開始から4年後に生存していた患者さんは、ダロルタミドを加えた3剤併用群で約63%、ADT+ドセタキセル群で約50%と報告されています。

臨床試験・対象 主な全生存期間データ
TITAN試験
転移性去勢感受性
約2年後の生存割合:アパルタミド+ADT群で約82%、比較群で約74%
ARASENS試験
転移性ホルモン感受性
4年後の生存割合:約63%(ダロルタミド+ADT+ドセタキセル群)、約50%(比較群)

これらの数字は、「前立腺がんステージ4なら4~5年生きられる」という意味ではありません。臨床試験には治療を受けられる一定の全身状態を持つ患者さんが参加しており、治療内容や患者背景も異なります。

一方で、遠隔転移のある前立腺がんでも、現在の治療では数年以上にわたり病気をコントロールできる患者さんが実際に存在することを理解する参考にはなります。

去勢抵抗性になった後の生存期間も治療段階によって大きく異なる

転移性去勢抵抗性前立腺がんへ移行した後も、「平均余命は○カ月」と一つの数字で示すことはできません。去勢抵抗性になった直後で使用できる薬が多く残っている患者さんと、複数の治療をすでに行った患者さんでは、臨床試験の対象も治療成績も異なるためです。

たとえば、ドセタキセル治療後に進行した去勢抵抗性前立腺がんの患者さんを対象とした臨床試験では、カバジタキセル群の全生存期間中央値が15.1カ月、比較対象のミトキサントロン群が12.7カ月でした。NCIの独自解説で確認できる結果ですが、この数字は特定の治療歴を持つ患者集団に対する治療開始後の中央値です。「去勢抵抗性前立腺がんになった時点からの余命」を表すものではありません。

同様に、PSMA陽性で既治療の転移性去勢抵抗性前立腺がんを対象としたVISION試験では、ルテチウム177-PSMA標的治療を加えた群の全生存期間中央値は15.3カ月、比較群は11.3カ月でした。この試験も特定の治療歴とPSMA陽性という条件を満たした患者さんのデータであり、ステージ4前立腺がん全体の余命を示した数字ではありません。

余命は転移量・転移先・治療への反応によって大きく変わる

同じ遠隔転移のある前立腺がんでも、少数の骨転移だけがある患者さんと、多数の骨転移や肝転移を伴う患者さんでは経過が異なります。一般に病気の広がりだけでなく、全身状態、がんの悪性度、治療開始後のPSA低下、去勢抵抗性へ移行するまでの期間なども見通しに関係します。

特に治療開始後の反応は重要な情報です。診断時には同じように見える患者さんでも、治療によってPSAが非常に低い値まで下がり、その状態が長期間続く場合と、短期間で再上昇する場合では、その後の経過が異なる可能性があります。

また、BRCAなど治療につながる遺伝子変化があるか、去勢抵抗性になった後に抗がん剤、PARP阻害薬、ラジウム223、PSMA標的治療などを使用できるかによっても、その後の治療期間は変わります。現在の前立腺がんでは治療選択肢が複数あるため、診断時の病期だけからその後の生存期間を予測することには限界があります。

治療が効いている患者さんでは診断時の「余命」を固定して考えない

たとえば診断から3年が経過し、治療によってPSAが低く保たれ、画像でも病気が安定している患者さんに対して、診断時の統計から「あと○年」と単純に差し引いて考えることはできません。すでに3年間治療へ反応しながら生存しているという新しい情報が加わっているためです。

余命について知りたい場合には、「平均すると何年ですか」と聞くだけではなく、現在の転移量や治療反応を踏まえて「今の状態ではどの程度の期間を想定して治療を考えているのか」「病状が順調な場合と進行が速い場合ではどの程度幅があるのか」と担当医へ尋ねる方法があります。統計的な中央値と、現在の患者さん自身の病状を分けて説明してもらうことで、仕事や家族との時間、今後の生活について考えやすくなります。

参考:More Treatment Options Emerging for Some Men with Metastatic Prostate Cancer(TITAN試験)|NCI、Darolutamide Extends Survival for Some People with Metastatic Prostate Cancer(ARASENS試験)|NCI、Prostate Cancer Treatment(PDQ)(カバジタキセル)|NCI、PSMA Radiopharmaceutical Effective against Prostate Cancer(VISION試験)|NCI

前立腺がんステージ4は完治できるのか

「ステージ4でも完治する可能性はありますか」という問いに対する答えは、前立腺がんではN1・M0とM1を分けて考える必要があります。前立腺がんのステージ4には遠隔転移のない患者さんも含まれるため、「ステージ4はすべて完治できない」と説明することは正確ではありません。

一方、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへの遠隔転移があるM1前立腺がんでは、現在の標準治療で体内のがん細胞を完全に取り除き、将来的にも再発しない状態を得ることは一般に難しいと考えられています。ただし、完治が難しいことと、短期間しか生きられないことは同じ意味ではありません。

N1・M0では長期的な病勢制御や根治を目指す治療を検討する

所属リンパ節に転移があっても、骨や臓器などへの遠隔転移がないN1・M0では、内分泌療法だけでなく前立腺や骨盤への放射線治療を組み合わせるなど、長期的な病勢制御を目指した治療を行います。患者さんの年齢や病状によって治療内容は異なりますが、M1の遠隔転移性前立腺がんと同じように「根治を目指せない状態」と一律に扱うものではありません。

このため、ステージ4と告げられた時点で「もう治すための治療はできない」と判断するのではなく、まず遠隔転移があるのかを確認することが重要です。N1・M0なのかM1なのかによって治療目標そのものが異なる場合があります。

M1では一般に根治は難しいが、長期間病気を抑えられることがある

遠隔転移があるM1前立腺がんでは、ADT、ARSI、抗がん剤などによって前立腺原発巣と転移巣を全身的に治療します。治療によってPSAが測定できないほど低くなったり、画像上の病変が大きく縮小したりする患者さんもいますが、これは必ずしも体内から前立腺がん細胞が完全になくなったことを意味しません。

治療を中止すると再び病気が増殖する可能性があるため、治療がよく効いている患者さんでもADTなどを長期間継続することが一般的です。一方、現在の薬物療法によって数年以上病気を抑え、日常生活を維持している患者さんも少なくありません。

前の章で示したように、転移性去勢感受性前立腺がんの臨床試験では4年以上生存している患者さんが多く、ステージ4の公的統計でも5年ネット・サバイバルは60.1%です。「完治が難しい」と「長期生存できない」は別の話として理解する必要があります。

少数転移への局所治療を行っても「完治した」とは限らない

転移量が少ない患者さんでは、薬物療法に加えて前立腺原発巣への放射線治療を行うことがあります。また、少数の転移病変へ定位放射線治療などを行う研究も進んでいます。

しかし、画像で確認できる転移をすべて治療できたからといって、検査では見えない微小ながん細胞まで完全になくなったことを証明できるわけではありません。そのため、遠隔転移のある患者さんに局所治療を追加することと、「転移をすべて消せば完治できる」という考え方は分ける必要があります。

治療の目的は患者さんによって異なり、病気の進行を長期間抑えること、症状を防ぐこと、生活を維持すること、次の治療までの期間を延ばすことなども重要な目標です。治療を提案された際には、その治療が根治を目指しているのか、長期的な病勢制御を目指しているのかを確認すると、治療の意味を理解しやすくなります。

PSAが低くなっても自己判断で「治った」と判断しない

前立腺がんではPSAが治療効果を見る重要な指標であり、ADTやARSIがよく効くと非常に低い値まで下がることがあります。PSAが測定限界近くまで低下することは良好な治療反応を示す重要な情報ですが、それだけで前立腺がんが完全に消失したとは判断できません。

治療中にはPSAだけでなく、画像検査、症状、テストステロン値などを組み合わせて病状を評価します。PSAが低い状態が続いている場合にも、処方されている薬を自己判断で中止せず、どの程度治療を続ける予定なのかを担当医へ確認することが重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

前立腺がんステージ4の治療を選ぶときに確認したいこと

前立腺がんステージ4では、診断時に使用する薬だけを理解しても、その後の治療全体を把握することはできません。遠隔転移の有無、転移量、現在が去勢感受性なのか去勢抵抗性なのか、これまでに使用した治療、遺伝子検査などを順番に整理することで、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

以下の表は、国立がん研究センターの患者向け解説と、PMDAが公開している国内承認情報などを参照して、この記事の編集上の判断として作成した確認項目です。公的機関が同じ形式のチェックリストを推奨しているという意味ではなく、担当医との相談で確認したい論点を整理したものです。

確認したいこと 確認する意味
遠隔転移はあるか N1・M0とM1では治療目的や局所治療の位置づけが異なる
どこにどの程度転移しているか 骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などの転移部位や量は治療選択や見通しに関係する
現在は去勢感受性か去勢抵抗性か 同じ転移性前立腺がんでも治療の選択肢が大きく異なる
治療をどこまで強化するか 内分泌療法薬やドセタキセルを組み合わせるかを転移量や全身状態から判断する
前立腺への放射線治療を行う意味があるか 転移量が限られている一部の患者では全身治療への追加を検討することがある
骨転移への対策は十分か 痛み、骨折、脊髄圧迫への治療と、ホルモン療法による骨量低下の両方を確認する
これまでにどの薬を使用したか 去勢抵抗性になった後の薬の順番は過去の治療歴によって変わる
BRCAなどの遺伝子検査を行ったか 遺伝子情報によってPARP阻害薬などが治療選択に関係する場合がある
がん遺伝子パネル検査を行う時期か 個別の遺伝子検査とは目的や保険診療での実施条件が異なる
ルテチウム177標的治療の候補になるか 去勢抵抗性となった後、専用検査と治療歴などの条件を満たせば検討できる場合がある
ホルモン療法の副作用対策は十分か 骨、筋肉、血糖、脂質、心血管系などへの長期的な影響を確認する
現在の治療目的は何か 根治、長期的な病勢制御、症状軽減、次の治療への移行など治療の目的を確認する

前立腺がんステージ4では治療選択肢が多いため、「もっと新しい薬はないか」と探すだけでは治療全体を理解しにくい場合があります。セカンドオピニオンを受ける際にも、現在の治療選択が適切か、治療強化の程度は妥当か、遺伝子検査が必要か、今後去勢抵抗性となった場合にどの治療が残っているかなど、具体的な疑問を整理して相談すると比較しやすくなります。

特に長期間治療を続ける前立腺がんでは、がんを抑える効果だけでなく、骨や筋肉、代謝、仕事、日常生活への負担を含めて治療を考える必要があります。現在の治療が何を目的としており、次にどのような選択肢があるのかを理解することが、治療を続けるうえで重要です。

参考:国立がん研究センター「前立腺がん 治療」

まとめ|ステージ4でも現在の病状によって治療や余命は大きく変わる

前立腺がんステージ4には、骨盤内の所属リンパ節転移だけがあるN1・M0と、骨、遠隔リンパ節、肺、肝臓などへ遠隔転移したM1の両方が含まれます。そのため「ステージ4」と診断されたことだけでは治療方法も余命も決まりません。

遠隔転移がある場合にはADTが治療の土台となり、去勢感受性の段階からARSIやドセタキセルなどを組み合わせて治療を強化します。患者さんによっては3剤併用や前立腺への放射線治療を検討し、骨転移による痛みや骨折、脊髄圧迫などに対しても全身治療と並行して対応します。

治療を続けて去勢抵抗性へ移行しても、それだけで治療が終了するわけではありません。これまでの治療歴に応じてARSI、ドセタキセル、カバジタキセル、PARP阻害薬、ラジウム223などを検討でき、2025年からは条件を満たす患者さんにルテチウム177-PSMA標的治療も国内で使用できるようになっています。

前立腺がんでは遺伝子情報も治療選択に関係します。BRCA1・BRCA2などの変化によってPARP阻害薬が治療候補になる場合があり、2026年にはタラゾパリブ+エンザルタミドの国内適応も変化しているため、過去の治療情報だけで現在の選択肢を判断しないことが重要です。

一方、遠隔転移のある前立腺がんでは一般に完治は難しく、治療がよく効いてPSAが非常に低くなっても、自己判断で治療を中止することはできません。ただし、完治が難しいことは短期間しか生きられないことを意味するものではなく、現在の治療では、遠隔転移があっても数年以上にわたり病気を抑えながら生活する患者さんもいます。

前立腺がんステージ4では、治療経過の中で去勢感受性から去勢抵抗性へ病状が変化し、それまでに受けた治療に応じて次の選択肢を考えていくことが特徴です。治療を考える際には、遠隔転移の有無と転移量、現在が去勢感受性か去勢抵抗性か、これまで使用した薬、遺伝子情報、現在の治療への反応、今後利用できる治療を一つずつ確認し、その時点に合った治療を選んでいくことが重要です。

膵臓がんは早い段階では症状が出にくく、発見された時点ですでに周囲の血管へ広がっていたり、肝臓や腹膜、肺などへ転移していたりすることがあるがんです。国立がん研究センターのがん統計によると、2023年に日本で膵臓がんと診断された人は47,540例でした。

2024年の確定した人口動態統計では、膵臓の悪性新生物で死亡した人は男性20,371人、女性20,864人の計41,235人でした。男女計では肺がん、大腸がんに次いで死亡数が多く、膵臓がんは現在も治療上の課題が大きいがんの1つです。

膵臓がんのステージ4とは、基本的に膵臓から離れた臓器や組織へ遠隔転移している状態です。肝臓や腹膜、肺などへの転移が代表的で、膵臓にある原発巣が小さくても遠隔転移があればステージ4に分類されます。

ステージ4と聞くと、「もう治療できないのではないか」「余命はどのくらいなのか」「抗がん剤をしても意味がないのではないか」「手術できる可能性はないのか」と考える人も少なくありません。しかし、ステージ4だから治療ができないという意味ではありません。遠隔転移がある場合は手術だけで体内のがんを取り切ることが難しいため、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

現在はゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法(GnP療法)やFOLFIRINOX系の治療などがあり、一次治療が効かなくなった場合にも、全身状態やそれまで使用した薬によって二次治療を検討できます。一部の患者さんではBRCA1・BRCA2、MSI-High、TMB-Highなどの検査結果によって治療選択が変わり、薬物療法が非常によく効いた場合には、当初は切除不能であっても手術や局所治療を再評価することがあります。

膵臓がんステージ4の治療を理解するときには、病期名だけで判断せず、次の5つを順番に確認すると現在の治療方針を理解しやすくなります。

膵臓がんステージ4で確認したい5つのポイント
① どこに、どの程度の遠隔転移があるのか
② 薬物療法を受けられる全身状態・臓器機能が保たれているか
③ 一次治療としてどの薬物療法が適しているか
④ BRCA1/2、MSI-High、TMB-Highなど治療につながる遺伝子・バイオマーカーがあるか
⑤ 治療によってがんが縮小した場合、手術や局所治療を再検討できる可能性があるか

この記事では、膵臓がんステージ4とはどのような状態なのか、症状、検査から、一次・二次治療、遺伝子検査、転移部位による違い、コンバージョン手術、生存率・余命、完治の可能性まで詳しく解説します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 患者数(がん統計)」、厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」、国立がん研究センター「がんの統計2026」、国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4とは

膵臓がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、リンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせて判断します。ステージ4を理解するときに特に重要なのがMカテゴリーで、M1、つまり膵臓から離れた臓器や組織へ遠隔転移している場合にステージ4となります。

ステージ4は遠隔転移がある状態

膵臓がんで遠隔転移が起こる場所としては、肝臓、腹膜、肺、遠隔リンパ節などがあり、骨などへ転移することもあります。ステージ4は原発巣の大きさだけで決まるものではなく、膵臓にある腫瘍がそれほど大きくなくても、肝臓などへの遠隔転移が確認されればステージ4です。

反対に、膵臓の原発巣が大きく、周囲の重要な血管へ広く接していて手術が難しい場合でも、遠隔転移がなければ「遠隔転移のあるステージ4」とは治療の考え方が異なります。手術できないという説明だけで判断せず、遠隔転移があるのかどうかを確認することが重要です。

ステージ4と「局所進行切除不能」は同じではない

膵臓がんでは、ステージだけでなく手術によってがんを切除できるかという観点から、「切除可能」「切除可能境界」「切除不能」に分けて治療を考えます。このうち患者さんが混同しやすいのが、遠隔転移を伴うステージ4と、遠隔転移のない切除不能局所進行膵がんです。

切除不能局所進行膵がんでは、肝臓や腹膜、肺などへの遠隔転移は確認されていないものの、原発巣が上腸間膜動脈や腹腔動脈など重要な血管へ大きく広がっているため、安全に取り切る手術が難しい状態などを指します。これに対してステージ4では、膵臓にある原発巣だけを切除しても別の場所に存在するがんが残るため、まず全身へ作用する薬物療法を行うことが基本です。

遠隔転移のない局所進行切除不能膵がんでは、薬物療法だけでなく化学放射線療法を検討することもあります。同じ「手術できない膵臓がん」であっても、膵臓周辺だけに病気が広がっているのか、遠隔転移があるのかによって治療方針は異なります。

ステージ4=末期とは限らず、病状にも大きな幅がある

インターネットでは「膵臓がんステージ4」と「膵臓がん末期」が同じ意味のように使われることがありますが、ステージ4はTNM分類などに基づく病期を表す医学的な分類です。「末期」は同じように明確な基準で定義された病期分類ではありません。

ステージ4でも、診断時に食事や身の回りのことを自分で行い、外来で薬物療法を受けられる患者さんがいます。薬物療法が長期間効く患者さんもいれば、早い段階で薬を変更する必要がある患者さんもおり、肝臓に多数の転移がある場合と肺に少数の転移だけがある場合でも病状は同じではありません。

したがって、「ステージ4だから末期で何もできない」と考えるのではなく、転移部位、転移量、症状、全身状態、治療への反応を時間とともに評価し、その時点に合った治療を選ぶことが重要です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4でみられる症状

膵臓がんは早期には症状が出にくい一方、進行すると原発巣による症状だけでなく、転移した場所や消化・栄養状態に関係する症状も現れます。ただし、症状の強さだけからステージや余命を判断することはできません。ステージ4でも症状が比較的少ない患者さんはおり、強い症状があっても原因に応じた治療によって改善できることがあります。

腹痛・背中の痛み、黄疸など原発巣による症状

膵臓は胃の後ろ側にある臓器で、がんが周囲の組織や神経へ広がると、みぞおち付近の腹痛や背中の痛みが現れることがあります。痛みは腰痛のように感じる場合もあり、鎮痛薬、医療用麻薬、放射線治療、腹腔神経叢ブロックなどを病状に応じて組み合わせます。

特に膵頭部にできたがんでは、すぐ近くを通る胆管が圧迫・閉塞され、胆汁が流れにくくなることがあります。血液中のビリルビンが増えると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、濃い褐色の尿、白っぽい便、皮膚の強いかゆみなどが現れます。

胆汁の流れが悪い状態に感染が加わると胆管炎を起こし、高熱などが出ることがあります。黄疸が強い場合には、そのまま抗がん剤治療を始めるのではなく、胆道ステントなどで胆汁の流れを改善してから薬物療法へ進むことがあります。

食欲低下・体重減少には消化吸収の低下も関係する

進行した膵臓がんでは、食欲低下や体重減少、体力低下がみられますが、原因は食事量の減少だけではありません。膵臓から分泌される消化酵素が不足し、脂肪などを十分に消化できなくなる膵外分泌機能不全や、がんによる代謝変化が関係することもあります。

便が脂っぽい、便が浮く、食べているのに体重が減るといった場合には、膵酵素補充療法などを検討します。栄養状態や筋肉量の低下は抗がん剤治療を継続できるかにも関係するため、「がんだから仕方がない」と考えず、消化吸収、吐き気、痛み、血糖など改善できる原因がないかを確認します。

腹膜播種・肝転移・肺転移・骨転移でも症状は異なる

腹膜播種が進むと腹水がたまり、おなかの張り、食欲低下、少量食べただけで満腹になる感じ、息苦しさなどが現れることがあります。腸の動きや通過へ影響すると、吐き気、嘔吐、腹痛、腸閉塞などにつながるため、全身薬物療法と並行して腹水や消化管閉塞への対応が必要です。

肝転移や肺転移は、病変が小さい段階では症状がほとんどないこともあります。肝転移が増えると食欲低下や倦怠感、肝機能低下などがみられ、肺転移の状態によっては咳や息苦しさが現れます。

骨転移では、転移した骨の痛み、骨折、脊椎転移による神経圧迫などに注意します。痛みのある骨転移には放射線治療などを行うことがあり、急な足の麻痺や排尿・排便障害がある場合には速やかな評価が必要です。

症状が強くなったことだけで余命は判断できない

「食べられなくなった」「腹水が出てきた」「痛みが強くなった」といった変化から、あとどのくらい生きられるのかを知りたいと考える患者さんや家族は少なくありません。しかし、こうした症状にはがんそのものの進行だけでなく、胆管閉塞、感染、脱水、薬の副作用、消化吸収の低下など、治療できる原因が含まれていることがあります。

症状だけから余命を推測することはできません。画像検査、血液検査、全身状態、がんの進行速度、治療への反応などを組み合わせ、その時点の病状を評価する必要があります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センター「膵臓がんについて」

ステージ4と診断された後に確認する検査

膵臓がんステージ4では、がんの存在を確認するだけでなく、どの治療を安全に行えるか、遺伝子やバイオマーカーの情報から別の治療選択肢が見つかるかまで考えて検査します。CTやMRIで転移の範囲を確認し、可能な限り組織を採取して病理診断を行うほか、血液検査では肝機能、腎機能、黄疸、骨髄機能、栄養状態などを評価します。

CT・MRIなどで転移の場所と広がりを確認する

造影CTは、膵臓がんの原発巣と転移の広がりを評価する中心的な検査です。膵臓にある腫瘍の大きさだけでなく、周囲の動脈・静脈との関係、肝転移、リンパ節転移、腹膜播種、肺転移などを確認します。

CTだけでは判断しにくい病変ではMRIを追加し、病状によってはPETや腹腔鏡などを検討することがあります。同じステージ4でも、どこにどれだけ転移しているかは、その後の治療や症状への対応を考える重要な情報です。

薬物療法の前には可能な限り病理診断を行う

画像上は膵臓がんが強く疑われる場合でも、切除不能例で薬物療法を行う際には、可能な限り細胞や組織を採取して病理診断を確定します。代表的な方法が超音波内視鏡下穿刺吸引・生検で、胃や十二指腸から膵臓を近い位置で確認しながら組織を採取します。

病理診断を行う理由は、膵臓由来のがんであることを確認するだけではありません。膵臓には通常の膵管腺がん以外にも、神経内分泌腫瘍など治療方法が異なる腫瘍があり、近年では採取した組織を遺伝子検査に利用することもあります。

CA19-9と全身状態・臓器機能を合わせて評価する

膵臓がんではCA19-9などの腫瘍マーカーを測定します。治療前に高かった患者さんで値が低下すれば治療効果を考える材料になり、反対に上昇した場合には病気が進行していないか確認するきっかけになります。

ただし、CA19-9だけで抗がん剤が効いているか、がんが進行しているかを決めることはできません。胆管閉塞や胆管炎でも高くなることがあり、体質的にCA19-9が上昇しにくい人もいるため、CT、症状、体重、全身状態などを合わせて評価します。

治療選択では年齢だけでなく、日常生活をどの程度自分で行えるかを示すPerformance Status(PS)、肝機能、腎機能、骨髄機能、栄養状態なども確認します。黄疸が強い場合には胆管閉塞を改善してから薬物療法を開始するなど、治療を安全に続けられる状態を整えることも重要です。

遺伝子検査は種類によって行う時期が異なる

現在の膵臓がん治療では、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2など、治療選択へ直接つながる検査を比較的早い段階から検討することがあります。プラチナ製剤を含む一次治療や、その後のオラパリブ維持療法を考える際に関係するためです。

一方、数十~数百の遺伝子をまとめて調べる保険診療のがん遺伝子パネル検査は、原則として標準治療がない場合や、標準治療の終了が見込まれる固形がんなどが対象です。標準治療実施前から誰でも保険診療で受けられる検査ではないため、BRCAなどの個別検査と、包括的ながん遺伝子パネル検査では目的と実施時期が異なることを理解しておく必要があります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 検査」、国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」

膵臓がんステージ4の治療全体像

膵臓がんステージ4では遠隔転移があるため、原発巣だけを切除しても体内のがんをすべて治療することはできず、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。ただし、抗がん剤だけを行えばよいわけではなく、黄疸、痛み、消化管閉塞、栄養低下などへの支持療法を同時に行うことが、生活を保ち治療を続けるうえで重要です。

治療の組み立て方は患者さんの全身状態やこれまでの治療、遺伝子情報によって異なります。大まかな考え方を整理すると以下のようになります。

病状・条件 治療の主な考え方
全身状態が保たれている GnP療法やFOLFIRINOX系などの多剤併用化学療法を中心に検討する
多剤併用療法の負担が大きい 全身状態、臓器機能、年齢、併存疾患などを踏まえて治療強度を調整する
一次治療後に進行・継続困難 それまで使用した薬と全身状態を踏まえて二次治療を検討する
生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある プラチナ製剤を含む治療や、条件を満たした場合のオラパリブ維持療法を検討する
MSI-High・TMB-Highなど 国内の適応条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬などを検討する
黄疸・痛み・消化管閉塞・栄養低下などがある ステント、鎮痛治療、放射線治療、栄養療法などを薬物療法と並行して行う
薬物療法が非常によく効いた一部の患者 病状によって専門施設で手術可能性を改めて評価することがある

ステージ4では、画像で確認できる転移以外にも微小ながん細胞が体内に存在する可能性を考え、原発巣と転移巣を含めた全身を治療します。一次治療だけを見るのではなく、進行した場合に二次治療へどうつなぐか、治療中にどのような支持療法を組み合わせるかまで含めて計画します。

また、緩和ケアは抗がん剤をやめた患者さんだけが受ける治療ではありません。痛み、吐き気、黄疸、食事、不眠、不安などへの対応は、診断時からがん治療と並行して行うことができ、治療を安全に継続することにもつながります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4の一次化学療法

膵臓がんステージ4では、遠隔転移を含めて全身のがんを抑えるため、薬物療法が治療の中心になります。診断後に最初に行う薬物療法を一次治療と呼びます。全身状態が良好で多剤併用療法を受けられる患者さんには、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル(GnP)療法やFOLFIRINOX系の治療が代表的な選択肢となります。これらの治療の有効性は進行膵臓がんを対象とした臨床試験でも確認されていますが、どちらが適しているかは全身状態、臓器機能、副作用、治療歴などを考慮して判断します。

参考:膵臓がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Pancreatic Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

GnP療法とFOLFIRINOX療法の特徴

GnP療法は、ゲムシタビンとナブパクリタキセルを組み合わせる治療です。主な副作用には白血球・好中球減少、感染症、貧血、血小板減少、末梢神経障害、脱毛、食欲低下、倦怠感などがあり、特に手足のしびれなどの末梢神経障害が強くなった場合には休薬や減量を検討します。

FOLFIRINOX療法は、オキサリプラチン、イリノテカン、フルオロウラシル、レボホリナートを組み合わせる多剤併用療法です。骨髄抑制、発熱性好中球減少症、下痢、吐き気、倦怠感、末梢神経障害などに注意が必要で、日本では投与方法を調整したmodified FOLFIRINOXが使用されることもあります。

5-FUを長時間持続して投与するため、携帯型注入ポンプなどを使って約2日間投与を続ける方法が一般的です。治療効果だけでなく、通院方法、副作用、日常生活との両立なども考えて治療を選びます。

JCOG1611ではmFOLFIRINOXとS-IROXのGnPに対する優越性は示されなかった

日本国内45施設で行われたJCOG1611では、遠隔転移または再発膵臓がん527人を対象に、GnP療法、mFOLFIRINOX療法、S-IROX療法が直接比較されました。対象となったのは20~75歳、ECOG Performance Status 0または1など一定の条件を満たした患者さんであり、ステージ4膵臓がん患者全体をそのまま代表する試験ではありません。

最終追跡では、mFOLFIRINOXとS-IROXのいずれもGnPに対する全生存期間の優越性を示しませんでした。この結果からFOLFIRINOXに意味がないと判断することも、GnPがすべての患者さんで最も優れていると判断することもできず、GnPは現在も主要な一次治療の一つとして位置づけられています。

具体的な全生存期間中央値については、後の「余命」の章で臨床試験の数字として改めて示します。一次治療を選ぶ場面では、生存期間の数字だけではなく、副作用、臓器機能、患者さんの生活状況、その後の治療へどうつなぐかまで含めて判断することが重要です。

参考:JCOG1611(GENERATE試験)研究結果・登録情報|厚生労働省 jRCT

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2ではプラチナ製剤を含む治療も意識する

FOLFIRINOXに含まれるオキサリプラチンはプラチナ製剤の一種です。生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある膵臓がんでは、DNA修復機能の特徴からプラチナ製剤への感受性が高い可能性があり、一次治療を考える際の重要な情報になります。

また、一定期間プラチナ製剤を含む治療を行って病気が進行していない患者さんでは、その後にオラパリブによる維持療法が選択肢になります。このため、生殖細胞系列BRCAの検査は治療がなくなってから初めて考えるものではなく、一次治療とその後の治療計画を考える段階から確認する意味があります。

高齢でも年齢だけで治療を決めない

「80歳だから抗がん剤はできない」「若ければ必ず強い多剤併用療法を使う」といった決め方はしません。高齢者でも全身状態、併存疾患、肝腎機能、栄養状態などを評価し、多剤併用療法が可能か、治療強度を抑えた方がよいかを判断します。

多剤併用療法の負担が大きいと考えられる場合には、ゲムシタビン単独療法やS-1単独療法などを検討することがあります。反対に、高齢であっても日常生活を自立して送り臓器機能が保たれている患者さんでは、多剤併用療法を検討できるため、年齢だけではなく安全に治療を続けられるかを確認します。

NALIRIFOXは国内では一次治療として適応外

海外では、ナノリポソーム型イリノテカン、オキサリプラチン、フルオロウラシル、レボホリナートを組み合わせるNALIRIFOX療法が、未治療の転移性膵臓がんに対する治療選択肢として使われています。一方、日本国内の保険診療で使用できる薬剤の適応は海外と同じとは限りません。

ナノリポソーム型イリノテカンについては、国内の最新の電子添文で効能・効果と治療歴に関する注意事項を確認する必要があります。2026年4月改訂の国内電子添文では、がん化学療法後に増悪した治癒切除不能な膵がんが対象で、一次治療における有効性・安全性は確立していないとされています。

参考:Pancreatic Cancer Treatment(PDQ)|NCI(NALIRIFOXを含む海外の臨床試験)、PMDA「オニバイド点滴静注43mg 医療用医薬品情報」

一次治療が効かなくなった場合の二次治療

一次治療を始めても、すべての患者さんで同じ期間効果が続くわけではありません。画像検査で腫瘍の増大や新しい転移が確認されることもあれば、がんそのものは抑えられていても副作用のため同じ治療を続けられなくなることがあります。

一次治療が終了したことと、膵臓がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。全身状態が保たれていれば、それまで使用した薬や副作用を踏まえて二次治療を検討します。

二次治療は一次治療で使用した薬をもとに考える

ゲムシタビンを含む治療後にはフルオロウラシル関連の治療を、フルオロウラシルを含む治療後にはゲムシタビン関連の治療を検討することが基本になります。ただし、一次治療で出た副作用、末梢神経障害、肝腎機能、骨髄機能、全身状態などによって実際の選択は変わります。

一次治療 二次治療の主な考え方
GnPなどゲムシタビン関連レジメン 5-FU+レボホリナート+ナノリポソーム型イリノテカンなど、フルオロウラシル関連レジメンを検討する
FOLFIRINOXなどフルオロウラシル関連レジメン ゲムシタビンを含むレジメンを検討する

ゲムシタビン関連治療後ではナノリポソーム型イリノテカンなどを検討する

ゲムシタビンを含む治療後にがんが進行した場合には、ナノリポソーム型イリノテカン+フルオロウラシル(5-FU)+レボホリナートが二次治療の選択肢になります。これは、ゲムシタビンを用いた治療歴がある進行膵臓がんを対象とする臨床試験で、治療効果が検討された組み合わせです。国内で使用する際は、オニバイドの電子添文に定められた適応や注意事項を確認し、全身状態と副作用を考慮して判断します。

主な副作用には好中球減少、下痢、食欲低下、倦怠感、吐き気などがあります。特に強い下痢が続く場合には脱水などにつながる可能性もあるため、症状を我慢せず早めに医療者へ伝えることが重要です。

FOLFIRINOXなどフルオロウラシル関連レジメンを一次治療で使用した場合には、二次治療としてGnPなどゲムシタビン関連の治療を検討します。オキサリプラチンによる末梢神経障害がすでに強い場合などは、その後の治療でも神経障害を悪化させないよう注意して治療を組み立てます。

参考:Pancreatic Cancer Treatment(PDQ)|NCI(二次治療)、PMDA「オニバイド点滴静注43mg 医療用医薬品情報」

副作用による変更と病気の進行による変更は意味が違う

抗がん剤を変更する理由は、がんが進行した場合だけではありません。CTではがんが縮小または安定していても、末梢神経障害、骨髄抑制、食欲低下、下痢などが強くなれば、休薬、減量、一部薬剤の中止、別の薬への変更などを検討します。

そのため、「薬が変わった=がんに効かなかった」とは限りません。治療変更を提案された場合には、病気が進行したためなのか、副作用を軽減して治療を続けるためなのかを確認すると、その治療の意味を理解しやすくなります。

二次治療後にも全身状態が保たれ、使用できる薬が残っている場合には三次治療以降を検討しますが、すべての患者さんに共通する固定された順番があるわけではありません。これまで使用した薬、治療効果、副作用、遺伝子情報、臨床試験の参加可能性などを踏まえ、抗がん剤を続ける利益より負担が大きい場合には症状緩和を中心とする選択も含めて考えます。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、PMDA「オニバイド点滴静注43mg 医療用医薬品情報」

BRCAなどの遺伝子検査で治療が変わることがある

現在の膵臓がん治療では、病気の広がりや全身状態だけでなく、がんや患者さんが持つ遺伝子の特徴によって治療選択が変わる場合があります。該当する患者さんは一部ですが、対象となれば一般的な細胞障害性抗がん剤とは異なる治療へつながる可能性があるため、どの検査をどの時期に行うのかを理解しておくことが重要です。

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2は治療と遺伝の両方に関係する

BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。生まれつき病的バリアントを持つ場合には、膵臓がんだけでなく乳がん、卵巣がん、前立腺がんなどの発症リスクとも関係します。

国立がん研究センターでは、膵臓がん患者さんの約5%にBRCA遺伝子変異がみられると説明しています。BRCA1・BRCA2に病的バリアントがあるがんではプラチナ製剤への感受性が高い可能性があり、一次治療を考える材料になります。

生殖細胞系列の病的バリアントが確認された場合、その情報は血縁者にも関係する可能性があります。結果によっては遺伝カウンセリングを受け、家族へどのように伝えるか、血縁者が検査を受ける意味があるかなどを相談します。

オラパリブ維持療法は生殖細胞系列BRCAが対象

生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがある治癒切除不能膵臓がんでは、プラチナ製剤を含む一次化学療法後に病気が進行していないなど一定の条件を満たした場合、PARP阻害薬オラパリブによる維持療法が選択肢になります。

承認の根拠となったPOLO試験では、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2に病的バリアントがあり、遠隔転移を有する膵腺がんで、プラチナ製剤を含む一次化学療法を16週間以上受け、その間に病気の進行が確認されなかった患者さんが対象となりました。無増悪生存期間中央値はオラパリブ群7.4カ月、プラセボ群3.8カ月で、病気が進行するまでの期間は延長しました。

ただし、この結果を「オラパリブで寿命が同じだけ延びた」と読み替えることはできません。POLO試験の最終解析では、全生存期間中央値はオラパリブ群19.0カ月、プラセボ群19.2カ月で、全生存期間の統計学的に有意な延長は示されませんでした。

オラパリブはBRCA変異が見つかれば最初から使用する薬でもありません。プラチナ製剤を含む一次治療で病勢がコントロールされている患者さんに対する維持療法という位置づけです。

参考:Walker EJ, Ko AH. Maintenance Treatment for Metastatic Pancreatic Cancer: Balancing Therapeutic Intensity with Tolerable Toxicity. Cancers. 2023;15(14):3657(CC BY 4.0)

MSI-High・TMB-Highでは免疫チェックポイント阻害薬が候補になる場合がある

膵臓がんの一部ではMSI-HighやTMB-Highという特徴がみられます。MSI-Highは1%未満、TMB-Highは1~2%程度とされ、頻度は高くありません。

国内の適応条件を満たす場合には、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブなどを検討できることがあります。ただし、膵臓がん患者さん全員に免疫チェックポイント阻害薬が有効という意味ではなく、バイオマーカーや治療歴などによって対象が限られます。

インターネット上では「免疫力を高める」といったさまざまな自由診療の免疫療法も紹介されていますが、標準診療として行われる免疫チェックポイント阻害薬とは同じものではありません。どの検査結果を根拠に、国内で承認されたどの治療を行うのかを確認することが重要です。

がん遺伝子パネル検査ではまれな治療標的が見つかることもある

がん遺伝子パネル検査は、数十~数百の遺伝子をまとめて調べ、治療につながる遺伝子変化や臨床試験の候補を探す検査です。保険診療では標準治療がない場合や終了が見込まれる場合などが主な対象となるため、個別のコンパニオン診断と同じ時期に行うとは限りません。

膵臓がんでは、NTRK融合遺伝子やRET融合遺伝子はそれぞれ1%未満、BRAF V600E遺伝子変異は1~3%程度とされ、該当する場合には臓器横断的な分子標的治療につながることがあります。さらに2026年には、ALK融合遺伝子陽性の進行・再発固形癌に対してアレクチニブの臓器横断的な適応も国内で追加されました。

ただし、遺伝子変化が見つかれば必ず対応する薬を使用できるわけではありません。適応条件、これまでの治療歴、全身状態、薬へのアクセスなどによって治療へつながらないこともあるため、検査結果はがんゲノム医療を行う医療機関で専門的に評価します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、PMDA「リムパーザ錠 医療用医薬品情報」、PMDA「キイトルーダ点滴静注100mg 医療用医薬品情報」、PMDA「アレセンサカプセル150mg 医療用医薬品情報」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」、Pancreatic Cancer Treatment(PDQ)|NCI(POLO試験:オラパリブ維持療法)

肝転移・腹膜播種・肺転移では何が違うのか

膵臓がんステージ4では、遠隔転移の場所によって症状や必要な支持療法が異なります。ただし、転移先だけで使用する全身薬物療法を決めるわけではありません。基本は原発巣と転移巣を同時に治療する全身薬物療法であり、そのうえで転移先による症状や合併症へ対応します。

肝転移では全身薬物療法が基本になる

肝臓は膵臓がんが遠隔転移する代表的な臓器です。肝転移が少数であっても、通常は肝臓の病変だけを先に切除するのではなく、画像では確認できない微小転移も考えて全身薬物療法から治療を始めます。

肝転移が増えると肝機能低下、食欲低下、倦怠感などが問題になることがありますが、小さな肝転移が少数だけなら症状がほとんどないこともあります。転移の有無だけでなく、数、大きさ、ほかの臓器への転移、肝機能、治療への反応などを合わせて評価します。

腹膜播種では腹水や腸閉塞への対応が重要になる

腹膜播種は、がん細胞が腹腔内へ広がり、腹膜表面に多数の小さな病変をつくる状態です。治療の中心は全身薬物療法ですが、腹水、腹部膨満、食欲低下、吐き気、腸閉塞などが起こりやすいため、症状への対応も重要になります。

腹水が多ければ排液などを行い、腸の通りが悪くなれば消化管の通過を保つ治療や栄養管理を検討します。腹膜播種は小さな病変が散らばるためCTだけではすべてを明瞭に確認できないこともあり、画像所見、腹水、症状などを合わせて判断します。

肺転移・骨転移では症状に応じた局所治療も組み合わせる

肺転移は小さな病変が少数だけの場合には咳や息苦しさがないこともあります。比較的ゆっくり経過する患者さんも報告されていますが、「肺転移なら予後がよい」と一律に判断できるわけではなく、原発巣やほかの転移、増大速度、治療への反応を合わせて評価します。

骨転移では痛み、骨折、脊髄や神経の圧迫が問題になります。鎮痛薬や放射線治療などを組み合わせ、急な麻痺、感覚低下、排尿・排便障害がみられる場合には脊髄圧迫の可能性があるため速やかな評価が必要です。

転移部位だけでなく全身として病気がどう動いているかを見る

抗がん剤開始後には、原発巣と各転移巣が同じように縮小しているのか、一部だけ増大しているのか、新しい転移が出ていないかを確認します。画像だけでなく、痛み、食事量、体重、全身状態、肝機能なども治療判断の材料です。

ステージ4では転移した場所を別々の病気として考えるのではなく、全身の病勢と、その中で生活を妨げている症状を同時に評価することが重要です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4でも手術できることはあるか

膵臓がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「抗がん剤が効けば後から手術できるのではないか」という疑問は大きいものです。当初は切除不能だった膵臓がんに薬物療法などが非常によく効き、その後に手術を検討することはあり、このような手術は一般にコンバージョン手術と呼ばれます。

ただし、遠隔転移のあるステージ4膵臓がんでは、コンバージョン手術がすべての患者さんに確立された標準的な治療の流れになっているわけではありません。

遠隔転移がある場合は最初から手術を優先しない

遠隔転移がある状態で膵臓の原発巣だけを切除しても、肝臓や腹膜、肺などに存在するがんは残ります。また、膵臓がんの手術は体への負担が大きく、術後しばらく薬物療法を行えない期間が生じることもあります。

このため、遠隔転移のある膵臓がんでは、まず全身薬物療法によって体全体の病気を抑えることが基本です。局所進行切除不能膵臓がんと、遠隔転移を伴うステージ4では、コンバージョン手術の位置づけも同じではありません。

手術の再評価では転移を含めて病気全体を見る

薬物療法で膵臓の原発巣が小さくなっただけでは、手術可能とは判断できません。遠隔転移が画像上消失または十分に制御されているか、新しい転移が出ていないか、CA19-9がどう変化しているか、一定期間病勢が安定しているか、大きな手術に耐えられる全身状態が保たれているかなどを総合的に評価します。

画像検査で転移が見えなくなっても、微小ながん細胞が完全になくなったと証明できるわけではありません。「CTで転移が消えた=完治したので手術すればよい」という単純な判断ではないことを理解しておく必要があります。

遠隔転移例に対するコンバージョン手術の有効性は確立していない

遠隔転移がなく、血管への浸潤によって切除不能とされた局所進行膵臓がんでは、治療後の手術について国内でも研究や臨床経験が蓄積されています。一方、診断時から肝転移、肺転移、腹膜播種などの遠隔転移があった患者さんでは、集学的治療後に手術を行った報告はあるものの、有効性はまだ確立していません。

手術を受けた患者さんは、抗がん剤が非常によく効いた、転移が限られていた、新しい転移が長期間出なかった、手術に耐えられる全身状態が保たれていたなど、非常に選択された集団です。こうした選択バイアスがあるため、手術を受けたこと自体が長期生存の原因だったのかを観察研究だけから完全に分けることはできません。

手術を再評価する場合は専門施設での検討も選択肢

薬物療法が長期間よく効き、遠隔転移が消失または十分に制御されている場合には、手術の可能性について改めて検討することがあります。その判断では治療期間、腫瘍マーカー、転移の状態、切除範囲、術後に薬物療法を続けられるかなど、多くの要素を確認します。

自分が候補になり得るのか知りたい場合には、担当医と相談したうえで、膵臓がんの手術と薬物療法を多く扱う施設でセカンドオピニオンを受けることも選択肢です。手術を受けること自体を目標にするのではなく、現時点で手術による利益が期待できる病状なのか、全身薬物療法を続ける方が適切なのかを評価してもらうことが重要です。

参考:膵臓がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Pancreatic Cancer Treatment(PDQ)|NCI

放射線治療や局所治療を行う場合

膵臓がんステージ4では遠隔転移があるため、治療の中心は全身に作用する薬物療法です。ただし、原発巣や転移巣によって痛みなどの症状が出ている場合には、症状を和らげる目的で放射線治療を行うことがあります。

原発巣や骨転移の痛みを和らげるために使うことがある

膵臓がんが周囲の神経や組織へ広がると、腹部や背中に強い痛みが出ることがあります。薬物療法で全身の病気を治療しながら、症状の原因となっている場所へ放射線を当て、痛みを軽減することがあります。

骨転移でも、痛みを和らげる目的で放射線治療を行います。特に脊椎転移で足のしびれや麻痺、排尿・排便障害が急に出た場合には神経圧迫の可能性があるため、定期受診まで待たず医療機関へ相談する必要があります。

局所治療は通常、全身薬物療法の代わりにはならない

少数の転移に対して定位放射線治療などの局所治療を検討することもありますが、転移巣だけを治療すれば通常の全身薬物療法が不要になるという方法が確立しているわけではありません。ステージ4では、画像で見える病変以外にも微小ながん細胞が存在する可能性を考えるためです。

薬物療法が長期間よく効き、病変がごく限られた状態になった患者さんでは局所治療を改めて検討することがありますが、患者さんを慎重に選んで行う治療です。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

黄疸・痛み・食べられない・腹水への治療も重要

膵臓がんステージ4では、がんそのものを治療すると同時に、黄疸、痛み、食事が通らない、体重減少、腹水など生活を妨げている症状を治療することが重要です。こうした支持療法は抗がん剤をやめた後だけに行うものではなく、黄疸や痛み、栄養状態を改善することで薬物療法を安全に開始・継続できることもあります。

黄疸や消化管閉塞にはステントなどを検討する

膵頭部のがんなどで胆管が狭くなると黄疸が起こり、胆管炎を併発すれば高熱や全身状態の悪化につながります。黄疸が強い場合には胆道ドレナージを行い、内視鏡を使って胆管の狭窄部へステントを入れて胆汁の通り道を確保する方法が広く行われています。

内視鏡による処置が難しい場合には、皮膚から胆管へ管を入れる方法や超音波内視鏡を利用した方法を検討します。ステントは詰まりや位置のずれによって交換や再処置が必要になることもあります。

がんが十二指腸などを圧迫して食べ物が通りにくくなった場合には、十二指腸ステントや胃空腸バイパス手術などを検討します。全身状態、今後の治療期間、閉塞部位などによって方法を選びます。

痛みは我慢せず早い段階から治療する

痛みの治療には、アセトアミノフェンなどの鎮痛薬からオピオイド鎮痛薬まで、痛みの程度に応じた薬を使用します。医療用麻薬は「最後の段階だけに使う薬」ではなく、がんの痛みに対して必要な量を適切に使用する薬です。

薬だけでは十分に抑えられない場合には腹腔神経叢などへの神経ブロックを検討し、原発巣や骨転移による痛みに放射線治療を組み合わせることもあります。痛みを我慢して睡眠、食事、活動量が低下すると治療を続ける体力にも影響するため、早めに伝えることが重要です。

体重減少では消化吸収障害と悪液質を分けて考える

膵臓がんで膵管がふさがったり膵臓の働きが低下したりすると、消化酵素が十分に腸へ届かず、食べたものをうまく吸収できないことがあります。便が脂っぽい、便が浮く、下痢が続く、食べているのに体重が減る場合には、膵酵素製剤などを検討します。

進行がんでは、がんによる代謝変化によって筋肉や脂肪が減るがん悪液質も起こります。悪液質では単純に食事量を増やすだけでは体重や筋肉量が十分戻らないことがあり、吐き気、痛み、消化吸収、栄養、運動機能など複数の面から対応します。

自己流で糖質や脂質を極端に制限すると体重や筋肉量の低下を進めることがあります。食事量が落ちている場合には、主治医や管理栄養士と相談しながら食べやすい量や回数、必要な補助食品などを調整します。

腹水や血糖値の変化にも対応する

腹膜播種などで腹水が増えると、おなかの張り、食欲低下、動きにくさ、息苦しさなどが起こります。薬物療法で腹膜播種が縮小すれば腹水が減ることもありますが、症状が強い場合には腹水を排液するなどの処置を検討します。

膵臓はインスリンを分泌する臓器でもあり、膵臓がんによって新たに糖尿病を発症したり、以前からある糖尿病が悪化したりすることがあります。抗がん剤治療中は食事量や体重も変化するため、血糖値を確認しながら糖尿病治療も調整します。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センター「痛み」、国立がん研究センター「がんと食事」

膵臓がんステージ4の生存率

膵臓がんステージ4では、薬物療法や支持療法を行いながら病気を抑えて生活を維持することを目指します。そのうえで、多くの患者さんや家族が気になるのが、「ステージ4ではどのくらいの人が長く生存しているのか」という点です。生存率は病気全体の傾向を理解する重要なデータですが、過去の多数の患者さんを集計した数字であり、個人の余命をそのまま示すものではありません。

ステージ4の5年ネット・サバイバルは1.6%

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に膵臓がんと診断された患者さんについて病期別生存率が公開されています。ステージ4では3,434例が集計対象となり、5年後の実測生存率は1.5%、5年ネット・サバイバルは1.6%でした。

ネット・サバイバルは、ほかの病気などによる死亡の影響をできるだけ除いて、がんによる生存状況を推計する方法です。診断から1年、2年、3年、5年時点の数字を見ると、長期生存が多くはない一方で、数年以上生存する患者さんも実際の集団データに含まれていることが分かります。

診断からの期間 ステージ4のネット・サバイバル
1年 22.8%
2年 7.3%
3年 3.4%
5年 1.6%

5年1.6%を個人の確率として読み替えない

同じステージ4でも、肝臓に多数の転移がある場合と肺に少数の転移だけがある場合では病状が異なります。全身状態、栄養状態、がんの進行速度、遺伝子の特徴、一次治療への反応、二次治療以降へ進めるかどうかによっても経過は変わるため、5年ネット・サバイバル1.6%を「自分が5年後に生きている確率」としてそのまま当てはめることはできません。

反対に、「1.6%だから5年以上の生存はほぼ不可能」と断定することも適切ではありません。3年、5年と生存した患者さんが実際に含まれていることは事実ですが、長期生存がステージ4膵臓がんの一般的な経過という意味でもないため、厳しい集団統計と個人差の両方を理解する必要があります。

2014~2015年診断例であることにも注意する

この生存率は2014~2015年に診断された患者さんのデータです。その後、GnP療法やFOLFIRINOX系治療、二次治療、BRCAに対する維持療法、がんゲノム医療など治療環境は変化しています。

したがって、この統計はステージ4膵臓がんの厳しさを理解する重要な資料ではあるものの、2026年に治療を始める患者さんの治療成績をそのまま示す数字ではありません。では、現在の治療を受けられる患者さんではどの程度の期間が報告されているのか、次の章で臨床試験の全生存期間中央値を使って説明します。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 膵臓がん」

膵臓がんステージ4の余命はどのくらい?

膵臓がんステージ4と診断された患者さんや家族にとって、「実際にはあと何カ月、何年くらい生きられるのか」は避けて通れない疑問です。ただし、現在の公的統計に「膵臓がんステージ4の平均余命は○カ月」と一律に示せる数字があるわけではありません。

治療を受けた患者さんの見通しを考える際には、臨床試験で報告される全生存期間中央値が1つの参考になります。全身状態が比較的良好で標準的な一次治療を受けられる患者集団では、おおむね1年前後から1年数カ月という中央値が報告されていますが、これは個人の余命を示す数字ではありません。

JCOG1611では全生存期間中央値12.5~15.3カ月

日本国内45施設で行われたJCOG1611では、遠隔転移または再発膵臓がん527人を対象としてGnP療法、mFOLFIRINOX療法、S-IROX療法が比較されました。余命について調べている患者さんにとって具体的な数字は重要な情報であるため、この章では各群の全生存期間中央値を明示します。

一次治療 全生存期間中央値
GnP療法 15.3カ月
mFOLFIRINOX療法 12.5カ月
S-IROX療法 13.2カ月

JCOG1611に参加したのは20~75歳でECOG Performance Status 0~1など一定の条件を満たした患者さんです。また、診断時から遠隔転移がある患者さんだけではなく、手術後などに再発した患者さんも含まれているため、「膵臓がんステージ4の余命は12.5~15.3カ月」と読み替えることはできません。

全生存期間中央値は平均余命ではない

全生存期間中央値は、臨床試験に参加した患者さんを生存期間の順に見たとき、半数の患者さんが生存している時点です。たとえばGnP療法の15.3カ月は、患者さん全員の余命を平均すると15.3カ月だったという意味でも、治療開始から15.3カ月たつと急に状態が悪くなるという意味でもありません。

半数の患者さんは15.3カ月より前に亡くなり、残りの半数は15.3カ月を超えて生存していたという分布の中央を示します。その中には中央値を大きく超えて生存する患者さんも含まれているため、生存期間中央値は治療成績を比較する指標であって、個人の余命を予測する時計ではありません。

公的生存率と臨床試験の数字が違って見える理由

前章の院内がん登録ではステージ4の1年ネット・サバイバルは22.8%でしたが、JCOG1611ではGnP療法の全生存期間中央値が15.3カ月です。この違いは矛盾ではなく、対象集団と時代が異なることによって生じます。

院内がん登録は2014~2015年にステージ4と診断された幅広い患者さんを含みます。一方、JCOG1611は比較的新しい時期に、年齢や全身状態などの試験参加条件を満たして多剤併用化学療法を受けられる患者さんを対象としており、再発例も含まれます。このため、両者を直接比較して「最近の治療で生存率が何倍になった」と判断することはできません。

同じステージ4でも余命には大きな幅がある

肝臓に多数の転移があり短期間で増大している患者さんと、肺に少数の転移がありゆっくり経過している患者さんでは、同じステージ4でも病気の動きは異なります。全身状態、栄養状態、黄疸や感染症、がんの分子学的特徴、一次治療への反応、二次治療へ進めるかどうかも生存期間に関係します。

治療開始から1年が経過し、画像検査でも病気が安定し、食事や日常生活を維持できている患者さんに対して、「中央値が15.3カ月だからあと3.3カ月」と計算することはできません。治療への反応やその後の経過という新しい情報が加わるため、患者さんの見通しは時間とともに更新されます。

余命について担当医へ尋ねる際には、「数週間なのか、数カ月なのか、1年以上を考えられる状態なのか」「最も可能性が高い経過だけでなく、短い場合と長い場合の幅も知りたい」と相談すると、生活や仕事、家族との時間を考えるための具体的な説明を受けやすくなります。

参考:厚生労働省 jRCT「JCOG1611 最終追跡結果・試験登録情報」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 膵臓がん」

膵臓がんステージ4は完治できるのか

膵臓がんステージ4について、「完治する可能性はありますか」という質問に対しては、期待だけを強調することも、最初から可能性を完全に否定することも適切ではありません。遠隔転移があるため、診断時から手術でがんをすべて取り切れる早期膵臓がんに比べて、完治は非常に難しい状態です。

薬物療法だけで完全に治すことは一般に難しい

薬物療法によって画像上がんが大きく縮小したり、腫瘍マーカーが正常範囲まで低下したりする患者さんはいます。しかし、画像で見えなくなったことと体内のがん細胞が完全になくなったことは同じではなく、画像検査では確認できない微小ながん細胞が残っている可能性があります。

そのため、画像上「完全奏効」と判断された場合でも、その後に再発することがあります。薬物療法が非常によく効いた場合には、治療をどの程度続けるか、維持療法へ切り替えるか、手術を再評価するかなどを個別に検討します。

長期間病気を抑えられる患者さんや手術を再評価できる患者さんもいる

ステージ4膵臓がんの治療成績は厳しいものですが、すべての患者さんが同じ経過をたどるわけではありません。一次治療が長期間効く患者さんや、二次治療以降へつなぎながら病気をコントロールできる患者さんもおり、特定の遺伝子異常を持つ患者さんでは別の治療選択肢が加わることがあります。

薬物療法が非常によく効き、遠隔転移が消失または長期間制御され、原発巣も切除可能と判断された一部の患者さんではコンバージョン手術を検討します。コンバージョン手術後に長期生存した患者さんの報告はありますが、遠隔転移を伴うステージ4膵臓がんで、手術そのものが生存期間を延ばすことはまだ確立していません。

体験談の「完治」をそのまま自分へ当てはめない

インターネットやSNSでは「ステージ4膵臓がんから完治した」という患者さんの体験談を目にすることがあります。そのような情報を見る場合には、最初の診断時に本当に遠隔転移が確認されていたのか、局所進行切除不能だったのか、どの治療をどのくらい受けたのか、その後どのくらい再発していないのかを確認する必要があります。

1人の患者さんに起きた経過が、同じ治療を受けたすべての患者さんで再現されるわけではありません。完治できるかという問いだけでなく、現在の治療ががんの縮小、進行抑制、症状緩和、次の治療への移行、手術可能性の再評価のどれを目指しているのかを担当医に確認すると、治療の意味を理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」

膵臓がんステージ4の治療を選ぶときに確認したいこと

膵臓がんステージ4では、「何という抗がん剤を使うか」だけで治療が決まるわけではありません。転移の場所や量、全身状態、黄疸や栄養状態、一次治療で使う薬、遺伝子検査、その後の二次治療などを順番に確認すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

以下は、国立がん研究センターの公開情報や国内の薬事情報をもとに、患者さんが治療方針を整理するために編集上まとめた確認項目です。公的な資料に同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

確認したいこと 確認する意味
遠隔転移はどこにあるか 肝転移、腹膜播種、肺転移などによって症状や必要な支持療法が異なる
本当にステージ4なのか 遠隔転移のあるステージ4と、遠隔転移のない局所進行切除不能膵がんでは治療方針が異なる
病理診断は確定しているか 通常の膵管腺がんと神経内分泌腫瘍などでは治療が異なる
現在の全身状態・臓器機能はどうか GnPやFOLFIRINOXなどの治療強度を決める判断材料になる
一次治療として何を勧められているか 効果だけでなく、副作用、通院方法、その後の二次治療まで考える
黄疸や胆管炎への処置が必要か 胆道ステントなどで状態を整えてから抗がん剤を開始することがある
生殖細胞系列BRCA1・BRCA2を確認したか プラチナ製剤や、条件を満たした場合のオラパリブ維持療法に関係する
MSI-High・TMB-Highなどは確認したか ごく一部では免疫チェックポイント阻害薬の対象になることがある
がん遺伝子パネル検査を行う時期か 保険診療では標準治療がない場合や終了が見込まれる場合などが主な対象になる
一次治療後の次の治療は何か 最初の薬だけでなく二次治療へどうつなぐかを確認する
痛み・食事・体重減少への治療は十分か 支持療法は生活の質だけでなく治療を続ける体力にも関係する
手術を再評価する可能性はあるか 薬物療法が非常によく効いた一部の患者では専門施設で再評価することがある
現在の治療目的は何か 腫瘍縮小、進行抑制、症状緩和、次の治療への移行など、何を目指しているのかを確認する

セカンドオピニオンを検討する場合にも、「もっと強い治療がないか」だけを尋ねるのではなく、現在の一次治療の選択が適切か、必要な遺伝子検査が行われているか、支持療法に改善できる部分はないか、手術を再評価できる条件を満たしているかなど、具体的な疑問を整理して相談すると治療方針を比較しやすくなります。

参考:国立がん研究センター「膵臓がん 治療」、国立がん研究センターC-CAT「検査を受けたいときは」

まとめ|ステージ4という病期だけで余命や治療方法は決まらない

膵臓がんステージ4は、膵臓から離れた肝臓、腹膜、肺などへ遠隔転移している状態です。早期の膵臓がんと比べて根治は難しく、2014~2015年診断例の院内がん登録では5年ネット・サバイバル1.6%という厳しい治療成績が報告されていますが、これは2026年に治療を始める患者さん個人の余命を示す数字ではありません。

治療の中心は全身薬物療法で、GnP療法やFOLFIRINOX系などから全身状態や臓器機能に合った一次治療を選びます。一次治療が効かなくなった場合にも、全身状態が保たれていれば二次治療を検討でき、生殖細胞系列BRCA1・BRCA2、MSI-High、TMB-Highなどの特徴によって別の治療選択肢が加わる患者さんもいます。

一方、薬物療法だけでステージ4膵臓がんを完全に治すことは一般には難しく、コンバージョン手術もすべての患者さんが受けられる治療ではありません。治療の可能性を過大評価せず、同時に「ステージ4だから何もできない」と決めつけず、現在の病状と治療への反応を見ながらその後の選択肢を考える必要があります。

黄疸、痛み、食事が取れない、体重が減る、腹水がたまるといった症状にも、胆道・消化管ステント、鎮痛治療、神経ブロック、放射線治療、栄養療法など複数の対応方法があります。支持療法や緩和ケアは抗がん剤をやめた後だけの治療ではなく、診断時から薬物療法と並行して受けることができます。

膵臓がんステージ4の治療を考える際には、過去の生存率や「余命○カ月」という数字だけを見るのではなく、現在どこに転移があり、どの治療を受けられる状態なのか、その治療にどの程度反応しているのか、次にどの選択肢が残っているのかを一つずつ確認することが大切です。

肝臓がんがステージ4と診断されると、「もう治療はできないのではないか」「余命はどのくらいなのか」「完治する可能性はないのか」と不安になる方は少なくありません。

本記事で主軸とするUICC TNM分類では、肝細胞がんのステージ4は、領域リンパ節へ転移しているか、肺や骨など離れた臓器へ転移している状態です。領域リンパ節転移があり、遠隔転移がない場合はステージ4A、遠隔転移がある場合はステージ4Bに分類されます。

ステージ4は早期の肝臓がんより治療が難しくなりますが、ステージ4と診断されたことだけを理由に、すべての治療ができなくなるわけではありません。肝機能と全身状態が保たれていれば、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法を検討できます。肝臓内の病変や転移による症状に対して、カテーテル治療や放射線治療などを組み合わせる場合もあります。

肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能がどの程度残っているかが治療選択を大きく左右します。リンパ節転移や遠隔転移が限られていても、肝硬変や肝不全によって肝予備能が低下していれば、治療の負担で肝機能がさらに悪化する可能性があります。そのため、ステージ番号だけで治療の可否や今後の見通しを判断することはできません。

この記事では、肝臓がんステージ4Aと4Bの違い、治療を受けられる条件、完治を目指せる可能性、生存率や余命の数字の受け止め方、薬物療法や局所治療の選び方を順番に解説します。

  • 肝細胞がんステージ4でも、肝機能や全身状態に応じて治療を検討できる
  • 根治を目指せる可能性は、病変の範囲や肝予備能、治療反応で変わる
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は4.4% ※2014~2015年診断例

肝臓がんステージ4とは

肝細胞がんのステージは、原発腫瘍の状態、領域リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて決めます。本記事では、国立がん研究センターの一般向け情報と院内がん登録との対応を考慮し、UICC TNM分類第8版を基準としてステージ4A・4Bを説明します。UICC第9版は2026年1月からの使用が推奨されていますが、肝細胞がんのステージ4A・4BのT・N・Mの組み合わせは第9版でも同じです。生存率の集計には過去の版で登録された症例が含まれるため、該当箇所で分類時期の違いを補足します。

UICC分類では、肝臓内で腫瘍が高度に進行していても、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければステージ3Bです。肝臓内の腫瘍数が多い、腫瘍が大きい、主要な血管へがんが広がっているという理由だけで、必ずしもステージ4になるわけではありません。

本記事で扱うのは「肝細胞がん」

肝臓から発生する原発性肝がんには、主に肝細胞から発生する肝細胞がんと、肝臓内の胆管から発生する肝内胆管がんがあります。

さらに、大腸がん、胃がん、膵がん、乳がんなどが肝臓へ転移したものは、転移性肝がんと呼ばれます。転移性肝がんは、肝臓から発生した肝細胞がんではなく、もともと発生した臓器のがんとして治療します。たとえば、大腸がんの肝転移であれば、大腸がんの病期分類と治療基準に沿って方針を決めます。

同じように「肝臓にがんがある」「肝臓がんのステージ4」と説明されても、病名によってステージの決め方や治療法は異なります。病理診断書や診療情報提供書で、肝細胞がん、肝内胆管がん、転移性肝がんのどれに該当するのかを最初に確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝細胞がんのステージを決めるT・N・Mとは

UICC TNM分類では、原発腫瘍の状態を「T」、領域リンパ節への転移を「N」、遠隔転移を「M」で表し、三つを組み合わせて最終的なステージを決めます。

「T」はTumour(チューモア/トゥモール)の頭文字で、肝臓内にある腫瘍の個数や大きさ、血管への広がり、隣接する臓器への浸潤などを示します。「N」はNode(ノード)の頭文字で、肝臓の周囲にある領域リンパ節への転移の有無を表します。「M」はMetastasis(メタスタシス)の頭文字で、肺や骨など肝臓から離れた部位への転移の有無を表します。

T1~T4は原発腫瘍の進み具合を表す分類であり、ステージ1~4と同じ意味ではありません。たとえば「T4」と判定されても、それだけでステージ4になるわけではなく、NとMを組み合わせて最終的なステージを判断します。

T分類 UICC分類における原発腫瘍の状態
T1a 腫瘍が一つで、最大径が2cm以下
T1b 腫瘍が一つで、最大径が2cmを超え、血管への侵襲がない
T2 2cmを超える単発腫瘍で血管侵襲がある、または複数の腫瘍があるものの、いずれも5cm以下
T3 複数の腫瘍があり、そのうち少なくとも一つが5cmを超える
T4 門脈・肝静脈の主要な枝へ進展している、胆のう以外の隣接臓器へ直接浸潤している、または肝臓表面の腹膜を破っている

T4は肝臓内で高度に進行した状態ですが、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければ、UICC分類ではステージ3Bです。ステージ4Aとなるのは、T分類にかかわらず領域リンパ節転移がある場合です。

遠隔転移が確認されると、T分類やリンパ節転移の有無にかかわらずステージ4Bとなります。

UICCステージ分類 T・N・Mの組み合わせ 病状の概要
ステージ3B T4・N0・M0 肝臓内では高度に進行しているが、領域リンパ節転移と遠隔転移はない
ステージ4A すべてのT・N1・M0 領域リンパ節転移があるが、遠隔転移はない
ステージ4B すべてのT・すべてのN・M1 肺や骨などへの遠隔転移がある

診察でステージの説明を受ける際には、「4Aです」「4Bです」という病期名だけでなく、T・N・Mがそれぞれどのように判定されているかを確認すると、肝臓内の進行、リンパ節転移、遠隔転移を分けて理解できます。

参考:NHS England「Liver(TNM第8版)」、NHS England「Liver(TNM第9版)」

日本肝癌研究会の分類ではステージ4Aの範囲が異なる

日本国内では、UICC分類とは別に、日本肝癌研究会が定めた病期分類も使用されています。日本肝癌研究会分類では、腫瘍が一つだけであること、最大径が2cm以下であること、脈管侵襲がないことの3項目によってT分類を判定します。

この3項目を一つも満たさないT4であれば、リンパ節転移と遠隔転移がなくてもステージ4Aになります。そのため、同じT4・N0・M0の患者さんでも、日本肝癌研究会分類ではステージ4A、UICC分類ではステージ3Bと判定される場合があります。

分類によってステージ番号が異なっても、病気そのものが変わるわけではありません。本記事ではUICC分類を基準にステージ4A・4Bを説明し、日本肝癌研究会分類との違いが判断に関係する箇所で補足します。診断時には、どちらの分類によるステージなのかを確認することが必要です。

ステージ4と末期は同じ意味ではない

ステージ4は、がんがどこまで広がっているかを表す病期です。一般に「末期」や「終末期」という言葉は、がんや肝不全が進行して治療による病状改善を期待しにくくなり、生命予後が短くなっている時期を指して使われます。両者は同じ意味ではありません。

肝機能と全身状態が保たれていれば、ステージ4でも全身薬物療法を受けられる場合があります。治療によってがんが縮小したり、進行しない状態を長く保てたりする患者さんもいます。

その一方で、肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく肝硬変や肝不全も経過に影響します。画像上のがんがそれほど大きくなくても、腹水、黄疸、肝性脳症などがあり、肝予備能が大きく低下していれば、積極的な薬物療法を安全に受けにくいことがあります。

「ステージ4だから末期である」「ステージ4だから治療できない」と判断するのではなく、リンパ節転移や遠隔転移の状態と、肝機能・全身状態を分けて評価する必要があります。

ステージだけで治療方針を決められない理由

肝細胞がんでは、がんがどこまで広がっているかに加えて、正常な肝臓がどの程度働けるかが治療の安全性を左右します。

肝細胞がんになった患者さんの中には、慢性肝炎、肝硬変、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患など、がんが発生する前から肝臓の病気を抱えている方がいます。がんを治療するときには正常な肝組織にも一定の負担がかかるため、肝機能が低下しているほど、治療後に肝不全を起こす危険性が高くなります。

治療方針を決めるときには、領域リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、Child-Pugh分類などで評価する肝予備能、日常生活を送れる全身状態を総合して評価します。

同じステージ4Aでも、肝臓内の病変が限られ、肝機能が保たれている患者さんと、主要な門脈へ進展し、腹水や黄疸がある患者さんでは、選べる治療や見通しが異なります。ステージ4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と複数の臓器へ広がっている場合、薬物療法を安全に継続できる場合と肝機能が大きく低下している場合では、同じように判断できません。

ステージは治療を考える重要な情報ですが、ステージだけで治療の可否や余命が決まるわけではありません。自分の状態を理解するには、T・N・Mの内容とともに、肝予備能や全身状態についても説明を受けることが必要です。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんのステージ4Aと4Bの違い

UICC分類では、ステージ4Aは領域リンパ節転移があるものの遠隔転移はない状態、ステージ4Bは肺や骨などへの遠隔転移がある状態です。両者の違いは、がんが肝臓周囲のリンパ節までにとどまっているか、肝臓から離れた臓器まで広がっているかにあります。

ただし、ステージ4Aと4Bは、肝臓内の腫瘍の大きさや数を直接表す分類ではありません。4Aでも肝臓内の病変が比較的限られている場合と、肝臓全体に多数の腫瘍がある場合があります。4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と、複数の臓器に転移している場合では、病状や治療の難しさが異なります。

ステージ4Aではリンパ節転移を含めて治療を考える

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節にがんが広がっているため、肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、病気全体を十分に抑えられない可能性があります。そのため、肝機能と全身状態が保たれていれば、全身薬物療法を中心に治療を検討します。

遠隔転移は確認されていないため、肝臓内の病変やリンパ節転移が限られ、薬物療法によって十分に縮小した場合には、放射線治療や手術などの局所治療を追加できる可能性があります。ただし、どの患者さんに局所治療を加えると長期生存や根治につながるかについて、すべての状況に共通する基準が確立しているわけではありません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心になる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療するのではなく、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

ただし、遠隔転移があるからといって、局所治療を行わないわけではありません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。薬物療法で全身の病変を抑えながら、一部の病変だけが増大した場合に、その部位へ局所治療を追加することもあります。

4Aか4Bかだけでは治療の見通しは決まらない

一般には遠隔転移のある4Bの方が病気の広がりは大きいと考えられますが、4Aなら必ず経過がよいとは限りません。4Aでも、肝臓内の腫瘍量が多い、主要な門脈へがんが広がっている、肝機能が低下しているといった場合には、治療が難しくなることがあります。

反対に、4Bでも遠隔転移が限られ、肝臓内の病変が安定し、肝機能と全身状態が保たれていれば、薬物療法によって長期間病気を抑えられる場合があります。実際の治療方針や見通しを考える際には、4A・4Bという病期名に加えて、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移部位、肝予備能、日常生活を送れる体力を確認する必要があります。

診察では、リンパ節転移と遠隔転移がそれぞれどこにあるのか、肝臓内の病変が肝機能へどの程度影響しているのか、現在の治療で何を目指すのかを確認すると、病状と治療方針を整理しやすくなります。

肝臓がんステージ4で現れる症状

肝細胞がんは、進行するまで目立った症状が現れないことがあります。肝臓は、正常に働く部分が残っていれば機能を補いやすいため、ステージ4であっても、検査を受けるまで大きな異変を感じなかった患者さんもいます。

一方、肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍による症状だけでなく、もともとの肝硬変や肝機能低下による症状、遠隔転移した部位に応じた症状が現れることがあります。症状の強さだけからステージ4Aと4Bを区別したり、がんの広がりを判断したりすることはできません。病期はCTやMRIなどの画像検査を基に判定します。

肝臓内のがんによる痛みや圧迫感

肝臓内の腫瘍が大きくなると、右上腹部やみぞおちの圧迫感、張り、鈍い痛みなどが現れることがあります。肝臓の内部には痛みを感じる神経が多くありませんが、腫瘍によって肝臓を覆う膜が引き伸ばされたり、周囲の組織が圧迫されたりすると痛みを感じます。

肝臓が腫大すると、腹部にしこりを触れる、少量の食事で満腹になる、食欲が低下するといった変化が起こることもあります。

ただし、腹痛や食欲低下だけで、がんが進行したとは判断できません。腹水、胆管の閉塞、感染症、便秘、治療の副作用などでも似た症状が起こります。新しい症状が現れた場合や、これまでの痛みが急に強くなった場合には、画像検査や血液検査で原因を確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)について|国立がん研究センター がん情報サービス

黄疸・腹水・むくみは肝機能低下のサイン

肝細胞がんの患者さんには、慢性肝炎や肝硬変を伴っている方が少なくありません。肝臓の働きが低下すると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、おなかに水がたまる腹水、足のむくみ、皮膚のかゆみ、強い倦怠感などが現れることがあります。

腹水が増えると、おなかが張って食事を取りにくくなったり、横になると息苦しくなったりします。むくみが強くなると、靴が履きにくい、短期間で体重が増える、歩くと足が重いといった生活上の変化も生じます。

黄疸や腹水は、必ずしも腫瘍が急に大きくなったことだけを意味しません。肝硬変の悪化、門脈へのがんの進展、胆管の閉塞、感染症、脱水、薬の影響などが関係している場合があります。

肝臓がんでは、画像上の腫瘍が大きく変化していなくても、肝機能が低下することがあります。腹囲や体重が短期間で増えた、尿量が減った、皮膚や白目が黄色くなった、食事が取れなくなった場合には、次の定期受診を待たずに治療施設へ相談します。

意識や性格の変化は肝性脳症の可能性

肝機能が大きく低下すると、本来は肝臓で処理される物質が体内にたまり、脳の働きへ影響することがあります。これを肝性脳症と呼びます。

初期には、昼夜が逆転する、計算や会話に時間がかかる、注意力が落ちる、普段と性格が違って見えるなど、はっきりしない変化として現れることがあります。進行すると、手が羽ばたくように震える、場所や日時が分からなくなる、呼びかけへの反応が鈍くなる、意識を失うといった状態になる場合があります。

肝性脳症は、便秘、感染症、脱水、消化管出血、薬の影響などをきっかけに悪化することがあります。本人が変化に気付きにくいため、家族が「受け答えが遅い」「いつもと様子が違う」と感じたときには、早めに医療機関へ連絡します。

参考:Symptoms & Causes of Cirrhosis|米国国立糖尿病・消化器病・腎疾病研究所(NIDDK)、Treatment for Cirrhosis|NIDDK

ステージ4Bでは転移した部位に応じた症状が現れる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎、脳などへの遠隔転移が確認されます。ただし、遠隔転移があっても、病変が小さい段階では自覚症状がないことがあります。

肺転移では、病変の数や大きさによって、長引く咳、息切れ、胸の痛み、血の混じった痰などが現れる場合があります。呼吸器の症状は感染症や心臓病でも起こるため、症状だけから肺転移と判断することはできません。

骨転移では、同じ場所に続く痛み、体を動かしたときに強くなる痛み、夜間も治まらない痛みなどがみられます。骨が弱くなると、転倒などの大きな衝撃がなくても骨折することがあります。

背骨への転移によって脊髄や神経が圧迫されると、手足のしびれ、筋力低下、歩きにくさ、排尿・排便の異常が起こる可能性があります。神経障害が進むと回復しにくくなるため、足に力が入らない、歩けない、尿が出にくいといった変化があれば、速やかな評価が必要です。

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、言葉が出にくい、片側の手足を動かしにくい、意識がぼんやりするといった症状が現れる場合があります。

これらの症状がないからといって、遠隔転移がないとは限りません。遠隔転移の有無や広がりは、胸部CTや症状に応じたMRIなどの画像検査で確認します。

すぐに医療機関へ連絡したい症状

肝臓がんの患者さんに現れる症状の中には、肝不全、消化管出血、感染症、脊髄圧迫など、早急な対応が必要な状態を示すものがあります。

吐血、黒い便、急な意識の変化、呼びかけへの反応低下、突然の強い息苦しさ、けいれん、手足の麻痺、立てない・歩けないほどの背中や腰の痛みがある場合には、速やかに医療機関へ連絡します。

発熱、強い腹痛、急に増えた腹水、尿量の減少、食事や水分をほとんど取れない状態も、感染症や肝機能悪化が関係している可能性があります。

症状が出たときに判断に迷わないよう、夜間や休日を含めてどのような変化があれば連絡するのか、治療を始める前に医療機関の連絡先とあわせて確認しておくことが大切です。

治療方針を決めるために行う検査

肝臓がんステージ4の検査には、肝細胞がんの診断を確かめるだけでなく、リンパ節転移や遠隔転移を調べて病期を判定し、どの治療を安全に受けられるかを判断する役割があります。

本記事で基準とするUICC第8版では、領域リンパ節転移の有無がステージ4A、遠隔転移の有無がステージ4Bの判定に関わります。ただし、病期が分かるだけでは治療方針を決められません。肝臓が治療に耐えられる機能を残しているか、日常生活を送れる体力があるかについても、あわせて評価します。

造影CT・MRIでがんの広がりを調べる

肝細胞がんが疑われる場合には、造影剤を使用したCT検査やMRI検査を行います。これらの検査では、肝臓内の腫瘍の個数・大きさ・分布、門脈や肝静脈への脈管侵襲、周囲の臓器への広がりなどを確認します。

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも動脈から多くの血液が流れ込むという特徴があります。造影剤を注入した直後と、時間が経過した後の画像を比較することで、肝細胞がんに特徴的な血流の変化を調べます。

ステージ4が疑われる場合には、肝臓だけでなく胸部なども含めて撮影し、領域リンパ節や肺などへの転移がないかを確認します。領域リンパ節転移があり遠隔転移がなければUICCステージ4A、肺や骨などへの遠隔転移があればステージ4Bです。骨の痛みや神経症状がある場合には、症状に応じて骨や脳の画像検査が追加されることがあります。

造影CTやMRIは、ステージを決めるためだけの検査ではありません。肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲の範囲、症状の原因となっている病変を確認することで、全身薬物療法にカテーテル治療や放射線治療を組み合わせられるかを検討します。

AFP・PIVKA-IIは診断と経過観察の補助に使う

肝細胞がんでは、血液検査でAFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを測定します。

腫瘍マーカーは、診断の補助や治療後の経過観察に使われます。肝細胞がんがあっても数値が上がらない場合があり、慢性肝炎や肝硬変など、がん以外の理由で高くなる場合もあります。腫瘍マーカーの値だけで肝細胞がんの有無やステージを判断することはできません。

治療後に数値が低下すれば、治療が効いている可能性を示す材料になりますが、数値が変わらなくても画像上は腫瘍が縮小している場合があります。反対に、画像の変化に先立って腫瘍マーカーが上昇することもあります。一回の測定値だけを見るのではなく、過去からの推移と画像検査、肝機能、症状を組み合わせて判断します。

血液検査で肝予備能を評価

肝予備能とは、肝臓が本来の働きをどの程度保っているかを示す考え方です。肝細胞がんでは、同じステージ4でも肝予備能によって受けられる治療や副作用の危険が異なります。

肝予備能の評価には、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類や肝障害度などが用いられます。Child-Pugh分類では、血液中のアルブミン、総ビリルビン、プロトロンビン時間に加え、腹水と肝性脳症の状態を点数化し、合計点によってA・B・Cに分類します。

Child-Pugh Aは肝機能が比較的保たれている状態、Bは中等度に低下している状態、Cは高度に低下している状態です。ただし、同じ分類内でも肝機能には幅があります。Child-Pugh Aでも、腹水の既往や血小板減少などがあり、治療に注意を要する場合があります。

薬物療法やカテーテル治療を受けた後に肝機能が低下し、Child-Pugh分類が変わることもあります。肝細胞がんの治療では、目の前の腫瘍を抑えるだけでなく、次の治療を受けられる肝機能をできるだけ残すという視点も欠かせません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

腎機能・血球数・感染症も治療前に確認

血液検査では、肝機能だけでなく、腎機能、白血球・赤血球・血小板の数、血液凝固、電解質、炎症反応なども確認します。血小板が少ない場合や血液が固まりにくい場合には、カテーテル治療や生検など、出血を伴う可能性のある処置を行いにくくなることがあります。腎機能が低下していれば、造影剤の使用や薬物療法の選択、投与量にも影響します。

免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を始める前には、治療前の検査値を記録し、治療後の変化と比較できるようにします。B型・C型肝炎ウイルスの感染状態も確認し、必要に応じて肝炎の治療や再活性化への対策を行います。

内視鏡検査で食道・胃静脈瘤を調べる

肝硬変が進むと、肝臓へ流れ込む門脈の圧力が高くなり、食道や胃に静脈瘤ができることがあります。静脈瘤が破れると大量出血につながる可能性があるため、薬物療法を始める前に上部消化管内視鏡検査を行い、食道・胃静脈瘤の有無や出血の危険性を調べる場合があります。とくに出血リスクへ影響する薬を使用するときは、治療前の確認が治療選択に関わります。

出血の危険が高い静脈瘤が見つかった場合には、内視鏡治療などを先に行ったり、出血への影響が異なる薬物療法を検討したりします。薬の効果だけでなく、現在抱えている合併症を踏まえて安全性を判断します。

パフォーマンスステータスで全身状態を確認

パフォーマンスステータスは、患者さんが日常生活をどの程度自分で送れているかを0から4で表す指標です。

0は発症前と同じように活動できる状態、1は激しい活動には制限があるものの、歩行や軽い仕事を行える状態です。2では身の回りのことはできても仕事は難しくなり、3では日中の半分以上をベッドや椅子で過ごします。4は身の回りのことができず、ほぼ寝たきりの状態です。

肝細胞がんの主要な薬物療法の臨床試験は、肝機能が比較的保たれ、パフォーマンスステータスが良好な患者さんを中心に行われています。全身状態が大きく低下している場合には、臨床試験と同じ効果を期待しにくく、副作用によって生活機能がさらに低下する可能性もあります。

年齢だけで治療の可否を決めるのではなく、食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるか、日中をどのように過ごしているかを含めて判断します。

参考:パフォーマンスステータス|国立がん研究センター がん情報サービス

組織検査を行わずに診断する場合がある

肝細胞がんは、慢性肝炎や肝硬変などのある患者さんに特徴的な画像所見が確認された場合、病変の組織を採取する生検を行わずに診断することがあります。一方、画像だけでは良性・悪性の区別が難しい場合や、肝内胆管がん、転移性肝がんなど、肝細胞がん以外の病気が疑われる場合には、生検を検討します。診断によって使用する薬や治療方針が変わるためです。

肝生検には、出血や、がん細胞が針の通り道へ広がる危険などがあります。そのため、すべての患者さんへ一律に行うものではありません。組織を調べることで治療方針が変わるか、安全に採取できるかを考えて判断します。

肝臓がんステージ4でも治療はできる?

肝臓がんがステージ4でも、肝機能と全身状態が保たれていれば、治療を受けられる可能性があります。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、一般には全身へ作用する薬物療法を軸に治療を検討します。ただし、同じステージでも、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移の範囲、肝予備能によって選べる治療は異なります。

「ステージ4に使用できる薬がある」ことと「現在の患者さんがその治療を安全に受けられる」ことは同じではありません。治療を始められるか、どの程度の強さで行うかは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能と日常生活を送れる体力を踏まえて判断します。

ステージ4Aでは全身薬物療法を軸に治療を検討

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節へがんが広がっています。肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、リンパ節にある病変を含めて病気全体を十分に制御できない可能性があるため、全身薬物療法を軸に治療を検討します。

ただし、ステージ4Aでも病状は一様ではありません。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、腫瘍が多発し、門脈や肝静脈への脈管侵襲を伴っている場合もあります。肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療などを検討することがあります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が大きく縮小し、一定期間進行しない状態を保てた場合には、手術や放射線治療などの局所治療を追加できるか再検討することもあります。ただし、このような治療が長期生存や根治につながる患者さんの条件は、まだ十分に統一されていません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心

肺や骨などへの遠隔転移があるステージ4Bでは、血液を通じて全身に作用する薬物療法が治療の中心です。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療して、病気全体を制御することは難しくなります。

現在の肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む治療や分子標的薬が、切除不能な進行肝細胞がんに対する全身薬物療法として使用されています。主に肝機能と全身状態が保たれている患者さんが対象となります。

遠隔転移があっても、局所治療を行わないとは限りません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。

薬物療法によって全身の病変が安定している一方、一つの転移や肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、その病変へ局所治療を追加できるか検討することがあります。ただし、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、症状や臓器障害を防ぐものなのかを分けて考える必要があります。

参考:肝細胞がんの全身薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

Child-Pugh Aでは標準的な薬物療法を検討しやすい

Child-Pugh Aは、肝機能が比較的保たれている状態です。日常生活を送れる全身状態も保たれていれば、ステージ4でも標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。

ただし、Child-Pugh Aであれば、すべての薬を同じように使用できるわけではありません。食道・胃静脈瘤からの出血リスク、高血圧、腎機能や心機能、自己免疫疾患、臓器移植歴などによって、選びにくい治療があります。

同じChild-Pugh Aでも、合計点が5点のA5と6点のA6では肝予備能に差があります。アルブミン値、血小板数、腹水の既往なども確認し、治療を続けられる肝機能がどの程度残っているかを判断します。

Child-Pugh Bでは利益と肝機能悪化の危険を慎重に比べる

Child-Pugh Bは、肝機能が中等度に低下している状態です。患者さんの状態によっては薬物療法や局所治療を検討できる場合がありますが、主要な薬物療法の臨床試験は、主にChild-Pugh Aの患者さんを対象に行われています。そのためChild-Pugh Bでは、臨床試験と同じ効果や安全性を期待できるとは限りません。治療によって腫瘍を抑えられても、肝機能の悪化によって治療を続けられなくなる可能性があります。

Child-Pugh Bの中でも、7点に近い患者さんと9点に近い患者さんでは状態が異なります。腹水を薬で調整できているか、黄疸や肝性脳症がないか、食事を取れているか、日常生活をどの程度送れているかを確認します。治療を行う場合には、薬剤や投与量、投与間隔、休薬基準を個別に決め、血液検査や症状を通常より短い間隔で確認することがあります。

Child-Pugh Cでは積極的な抗がん治療が難しくなる

Child-Pugh Cは、肝機能が高度に低下している状態です。腹水、黄疸、肝性脳症などを伴っていることもあり、薬物療法やカテーテル治療の負担によって肝不全が進む危険が高くなります。

ステージ4では領域リンパ節転移または遠隔転移があるため、通常は肝移植の適応にはなりません。Child-Pugh Cでは、がんを積極的に攻撃する治療よりも、腹水、黄疸、肝性脳症、痛み、食欲低下などへの対応を優先する場合があります。

これは治療を何も行わないという意味ではありません。腹水を減らす治療、肝性脳症や感染症への対応、痛みや息苦しさを和らげる薬、栄養管理、リハビリテーション、在宅医療など、症状と生活を支える医療は続けられます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス

合併症を整えてから抗がん治療を始める場合がある

診断時に腹水、感染症、消化管出血、脱水、肝性脳症などがある場合には、すぐに薬物療法を始めるよりも、まず体の状態を整えることがあります。

たとえば、食道・胃静脈瘤から出血する危険が高ければ、内視鏡治療などを先に行う場合があります。感染症や脱水を治療し、腹水を調整して食事を取れる状態まで回復させることで、薬物療法を安全に受けられる可能性が高まることもあります。

抗がん治療の開始が数日から数週間遅れると、不安を感じるかもしれません。しかし、重い合併症を抱えたまま治療を始めると、治療を早期に中止しなければならなくなる可能性があります。先に体調を整えることが、その後の治療機会を守ることにつながる場合があります。

抗がん治療が難しくても受けられる医療はある

肝機能や全身状態によって積極的な抗がん治療を行いにくい場合でも、受けられる医療がなくなるわけではありません。

痛み、腹水、むくみ、黄疸、かゆみ、息苦しさ、食欲低下、不眠、不安などを和らげる緩和ケアや支持療法は、病期や抗がん治療の有無にかかわらず受けられます。緩和ケアは終末期だけに行うものではなく、診断時から薬物療法などと並行して利用できます。

治療を検討するときには、「使用できる薬があるか」だけでなく、その治療で病気をどの程度抑えられる可能性があるか、肝機能や日常生活を保てるか、治療による負担が利益を上回らないかを確認します。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4は完治できる?

肝臓がんがステージ4まで進行すると、一般に、手術や局所治療だけで体内にあるすべてのがんを取り除くことは難しくなります。多くの場合は、がんの進行を抑えながら肝機能と日常生活をできるだけ長く保つことが治療の主な目標になります。局所にとどまる肝細胞がんでは手術や焼灼療法などによる根治を目指せますが、リンパ節転移や遠隔転移を伴う場合は、全身の病変を考慮した治療が必要です。

ただし「ステージ4では完治する可能性がまったくない」と一律に断定することもできません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、限られた病変を手術や放射線治療などで治療できる状態へ変化する場合があります。しかし、このような経過はすべての患者さんに期待できるものではなく、ステージ4の標準的な治療結果として保証されるものでもありません。

ステージ4Aではすべての病変を治療できるかを検討

UICCステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、リンパ節に病変が残れば根治にはつながりません。根治を目指す可能性を検討するには、肝臓内の病変とリンパ節転移の両方を治療できるかを考える必要があります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が十分に縮小し、新しい病変が現れず、すべての活動性病変を局所的に治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか再検討することがあります。

一方、リンパ節転移が限られていても、肝臓内に多数の腫瘍がある、主要な門脈や肝静脈へがんが進展している、切除後に十分な肝臓を残せないといった場合には、根治を目指す治療は難しくなります。ステージ4Aという病期名だけではなく、肝臓内とリンパ節にある病変をすべて治療できるか、治療後も肝機能を保てるかが判断の分かれ目になります。

ステージ4Bでは局所治療だけによる根治は難しい

ステージ4Bでは、肺や骨など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、画像には映らない小さながん細胞がほかの場所に存在する可能性があるため、転移した病変だけを切除すれば完治できるとは限りません。転移性肝細胞がんは、一般に手術だけですべて取り除くことが難しく、全身薬物療法を含む治療が必要になります。

薬物療法によって肝臓内と肝臓外の病変を長期間抑えられる患者さんもいます。遠隔転移が限られ、薬物療法によって病変が消失または十分に制御され、残った病変をすべて局所治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか検討することがあります。

ただし、遠隔転移が縮小したことだけで根治を期待できるわけではありません。治療後に再び病変が現れる可能性もあるため、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、病気をより長く抑えるものなのか、症状を和らげるものなのかを確認する必要があります。

薬物療法後に根治を目指すコンバージョン治療

最初は切除できないと判断されたがんが、薬物療法などによって縮小し、手術や焼灼療法などによる根治を目指せる状態へ変化することを、一般にコンバージョン治療と呼びます。

肝細胞がんでも、免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法がよく効き、局所治療を再検討できる状態になる患者さんがいます。しかし、画像上で腫瘍が小さくなったという理由だけで、コンバージョン治療を行えるわけではありません。

肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を治療できること、治療していない場所に新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝機能と全身状態が手術などに耐えられることが必要です。一定期間にわたって病気が制御されているかも判断材料になります。

コンバージョン治療を行う患者さんの選び方や、薬物療法から局所治療へ切り替える時期については、すべての医療機関に共通する基準が確立しているわけではありません。肝臓内科、肝胆膵外科、放射線科などが画像と肝機能を確認し、治療によって得られる利益と負担を検討します。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

治療後の画像検査で、確認できる腫瘍がすべて消えた状態を「完全奏効」と呼びます。

完全奏効は治療がよく効いたことを示す結果ですが、体内にがん細胞が一つも残っていないことを証明するものではありません。CTやMRIでは確認できない小さな病変が残り、時間がたってから再び大きくなる可能性があるためです。

画像上で病変が消失した後も、薬物療法を継続したり、定期的にCTやMRI、腫瘍マーカーを確認したりする場合があります。「画像から消えた」「完全奏効になった」「治療を終了できる」「完治した」は、それぞれ同じ意味ではありません。

治療効果の説明を受けた際には、現在は画像で病変が確認できない状態なのか、薬物療法を続ける必要があるのか、治療終了を検討できるのか、どのような方法で再発を確認するのかを尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

長期間病気を抑えることも治療の成果になる

ステージ4では、病変を完全に消すことだけが治療の成果ではありません。画像上でがんが残っていても、大きくならない状態が続き、肝機能、食事、歩行、仕事や家事などの日常生活を保てていれば、治療によって病気を制御できていると考えられます。

腫瘍をさらに小さくするために強い治療を続けても、副作用や肝機能低下によって生活が損なわれたり、次の治療を受けられなくなったりする場合があります。一方、腫瘍が残っていても、現在の治療で進行を抑えられ、負担を調整できていれば、同じ治療を続ける意味があります。

根治を目指せる可能性があるのか、長期的な病勢の安定を目指すのか、症状を和らげることを優先するのかは、病変の広がり、治療への反応、肝予備能、全身状態によって変わります。治療の目的を主治医と共有し、効果だけでなく肝機能と生活への影響も含めて判断することが大切です。

肝臓がんステージ4の治療方針

肝臓がんステージ4の治療方針は、4A・4Bという病期名だけでは決まりません。肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移のうち、どの病変が病気の進行や症状に強く影響しているかを確認し、肝予備能と全身状態を踏まえて治療を組み立てます。

肝細胞がんでは、腫瘍を小さくすることだけを優先すると、治療によって肝機能が低下し、その後の薬物療法を受けられなくなることがあります。そのため、現在の病変を抑える効果だけでなく、治療後に肝機能を保てるか、効果が不十分だった場合に次の治療へ進めるかまで考えて方針を決めます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4Aでは肝臓内とリンパ節の病変をまとめて考える

ステージ4Aでも肝臓内の状態は患者さんごとに異なります。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、多数の腫瘍や脈管侵襲を伴い、肝機能へ強く影響している場合もあります。

肝臓内の一部の病変が大きくなり、血管や胆管を圧迫している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療を検討することがあります。リンパ節転移が限られ、薬物療法によって病変が十分に縮小した場合には、局所治療を追加できるか再評価することもあります。

一方、肝臓全体に腫瘍が広がっている状態で広範囲のカテーテル治療を行うと、正常な肝組織にも負担がかかります。局所治療を行えるかだけではなく、その治療によって薬物療法を続けるための肝機能を失わないかを確認する必要があります。

ステージ4Bでは全身薬物療法を中心に病気全体を抑える

ステージ4Bでは肝臓以外にも病変があるため、原則として全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の腫瘍だけをTACEや放射線治療で小さくしても、肺や骨などにある病変には十分な効果を期待できないためです。

ただし、全身薬物療法だけですべての問題に対応できるわけではありません。骨転移による強い痛みや骨折の危険、背骨の転移による脊髄圧迫、脳転移による神経症状などがある場合には、放射線治療や手術を加えることがあります。

この場合の局所治療は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことを目的とするものではありません。痛みや麻痺を防ぐ、歩行を保つ、出血や臓器障害を避けるなど、生活への影響を抑える目的でも行われます。

薬物療法によって大部分の病変を抑えられているものの、一部の転移や肝臓内の病変だけが増大している場合には、その部位へ局所治療を追加することがあります。局所治療を加えることで現在の薬物療法を継続できる可能性があるか、別の薬物療法へ変更した方がよいかを比較して判断します。

脈管侵襲がある場合は部位と広がりを確認

門脈や肝静脈などの血管内へがんが入り込んでいる状態を「脈管侵襲」と呼びます。脈管侵襲があると、肝臓内でがんが広がりやすくなるだけでなく、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能が低下する可能性があります。

治療への影響は、脈管侵襲があるかどうかだけでは判断できません。肝臓の末梢にある細い血管へ限られているのか、門脈本幹や主要な枝まで及んでいるのかによって、病状の緊急性や選べる治療が異なります。

門脈本幹などが腫瘍によって狭くなると、腹水や食道・胃静脈瘤が悪化し、肝機能低下が進む場合があります。このような状態では、全身薬物療法を基本としながら、病変の位置や肝予備能に応じて放射線治療や肝動注化学療法などを検討することがあります。

局所治療によって血流を保てる可能性がある一方、治療する肝臓の範囲が広いと、正常な肝組織を傷つける危険もあります。脈管侵襲を治療できるかだけではなく、治療後も肝臓が機能を保てるかを確認します。

肝予備能によって治療の内容と強さが変わる

肝臓がんでは、画像上の病変が同じでも、肝予備能によって受けられる治療が異なります。

肝機能が比較的保たれたChild-Pugh Aでは、標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。必要に応じて局所治療を組み合わせる場合もありますが、治療後の肝機能低下を見越して治療範囲や順番を決めます。

Child-Pugh Bでは、がんを抑える利益と、治療によって肝機能が悪化する危険を慎重に比較します。同じBでも状態には幅があるため、腹水や黄疸、肝性脳症、食事量、日常生活の状態などを確認し、薬の選択や投与量を個別に調整します。

Child-Pugh Cでは、積極的な抗がん治療の負担が利益を上回ることが多くなります。腹水、黄疸、肝性脳症、痛みなどを和らげ、食事や睡眠、在宅生活を支える治療を優先する場合があります。

治療の順番は肝機能と次の選択肢を考えて決める

ステージ4の治療では、一つの治療を限界まで続けてから、次の治療を考えるとは限りません。治療を始める段階から、現在の治療が効かなかった場合や、副作用で続けられなかった場合に、どの治療へ移れるかを考えておきます。

たとえば、TACEによって肝臓内の腫瘍を一時的に小さくできても、肝機能が大きく低下すれば、その後の全身薬物療法を受けられなくなる可能性があります。反対に、肝予備能が保たれている段階で薬物療法へ移ることで、より長く病気を抑えられる場合があります。

薬物療法を先に行い、肝臓内と肝臓外の病変が縮小した後に、残った病変へ放射線治療やカテーテル治療、手術などを追加することもあります。最初に選んだ治療方針を固定するのではなく、画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状を確認しながら組み替えていきます。

治療を提案された際には「なぜこの治療を最初に行うのか」「この治療でどの病変を抑えようとしているのか」「効果が不十分な場合には何を選べるのか」「治療によって肝機能が低下する危険はどの程度か」を確認すると、治療全体の見通しを理解しやすくなります。

全身薬物療法

全身薬物療法は、血液を通じて肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移へ薬を届ける治療です。ステージ4A・4Bでは、手術やカテーテル治療などの局所治療だけで病気全体を制御することが難しいため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法を治療の軸として検討します。

現在の肝細胞がんでは、免疫の働きを利用する免疫チェックポイント阻害薬、その作用を組み合わせた併用療法、がんの増殖や血管新生に関わる分子を抑える分子標的薬などが使われています。

ただし、どの治療が適しているかは、ステージ4Aか4Bかだけでは決まりません。静脈瘤や出血の危険、自己免疫疾患、心臓・腎臓の状態、脈管侵襲、腫瘍を早く縮小させる必要性、通院方法などを踏まえて選びます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Primary Liver Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

初回の薬物療法は効果だけでなく安全に続けられるかで選ぶ

これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が主要な候補になります。一方、免疫療法を使用しにくい患者さんでは、分子標的薬などを検討します。

主な治療には、次のようなものがあります。

主な治療 治療選択で特に確認すること
アテゾリズマブ+ベバシズマブ 食道・胃静脈瘤、出血、高血圧、蛋白尿
デュルバルマブ+トレメリムマブ 自己免疫疾患、免疫関連副作用へ対応できるか
ニボルマブ+イピリムマブ 免疫関連副作用のリスク、肝機能・全身状態
デュルバルマブ単独 併用療法の負担を避けたい事情があるか
レンバチニブ・ソラフェニブなど 免疫療法を選びにくい理由、高血圧や手足症候群など

これらの治療に単純な優劣があるわけではありません。治療効果だけでなく、出血リスク、自己免疫疾患、心臓や腎臓の状態、通院間隔、予想される副作用を基に選びます。

治療を選ぶ際には、臨床試験で報告された腫瘍縮小率や生存期間だけを単純に比較することはできません。試験ごとに対象患者の肝機能、全身状態、脈管侵襲や肝外転移の割合、比較した治療が異なるためです。

腫瘍によって血管や胆管が圧迫され、短期間で肝機能が悪化する危険がある場合には、腫瘍を縮小させる可能性を重視することがあります。病状が比較的安定している場合には、重い副作用の危険、通院間隔、仕事や家庭生活への影響も含め、長く続けやすい治療かを考えます。

アテゾリズマブとベバシズマブの併用

アテゾリズマブは免疫チェックポイント阻害薬で、免疫細胞ががんを攻撃する働きを促します。ベバシズマブは、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬です。異なる作用を組み合わせ、肝臓内と肝臓外の病変を全身的に治療します。

治療選択で特に問題になるのが出血の危険です。肝硬変によって食道や胃に静脈瘤がある患者さんでは、ベバシズマブの作用によって出血の危険が高まる可能性があります。そのため、治療前に上部消化管内視鏡検査を行い、出血しやすい静脈瘤があれば先に治療することがあります。

治療中は、高血圧、蛋白尿、出血、血栓症、傷の治りにくさなどにも注意します。血圧が十分に管理されていない場合、最近大きな手術を受けた場合、現在も出血が続いている場合には、別の治療を選ぶことがあります。

アテゾリズマブによる免疫関連副作用も起こり得るため、肝機能の悪化、息苦しさ、下痢、強い倦怠感などが現れたときには、肝細胞がんの進行や肝硬変だけでなく、薬による臓器障害も含めて評価します。

参考:テセントリク(一般名:アテゾリズマブ)医療用医薬品情報|PMDA、アバスチン(一般名:ベバシズマブ)医療用医薬品情報|PMDA

デュルバルマブとトレメリムマブの併用

デュルバルマブとトレメリムマブは、異なる免疫チェックポイントを標的とし、免疫によるがんへの攻撃を促す治療です。ベバシズマブを含まないため、出血の危険などから抗VEGF薬を使用しにくい患者さんで候補になることがあります。

一方、免疫の働きが強くなることで、正常な臓器に炎症が起こる免疫関連副作用に注意が必要です。肝炎、間質性肺疾患、腸炎、皮膚障害のほか、甲状腺、下垂体、副腎などの内分泌器官に障害が起こることがあります。

肝細胞がんの患者さんでは、治療前から肝機能の数値が高いこともあるため、治療中に数値が悪化した際には原因を分けて考える必要があります。腫瘍の進行、肝硬変の悪化、感染症、薬による免疫関連肝障害のどれが影響しているかを調べ、休薬や治療を判断します。

参考:イミフィンジ(一般名:デュルバルマブ)医薬品情報|PMDA

ニボルマブとイピリムマブの併用

ニボルマブとイピリムマブも、異なる免疫チェックポイントを標的とする治療です。国内の切除不能肝細胞がんに対する用法では、最初の一定期間は二つの薬を併用し、その後はニボルマブを継続します。

二剤で免疫を活性化するため、肝炎、間質性肺疾患、腸炎、内分泌障害、皮膚障害など、複数の臓器に免疫関連副作用が現れる可能性があります。重い副作用は、投与直後だけでなく、治療を開始してからしばらく経過した後や、投与を終了した後に起こることもあります。

自己免疫疾患がある患者さんや、過去に重い免疫関連副作用を経験した患者さんでは、治療による利益と悪化の危険を慎重に比較します。咳、息苦しさ、下痢、発熱、強いだるさ、意識の変化などがあれば、次の受診日を待たずに治療施設へ連絡します。

参考:オプジーボ(一般名:ニボルマブ)医薬品情報|PMDA、ヤーボイ(一般名:イピリムマブ)医薬品情報|PMDA

デュルバルマブ単独が候補になる場合

患者さんの年齢、合併症、全身状態、副作用リスクなどから併用療法を選びにくい場合には、デュルバルマブ単独療法が候補になることがあります。単剤であっても免疫関連副作用は起こり得るため、単純に「負担の軽い治療」と考えることはできません。

また、併用療法と同じ効果を期待できるとは限りません。治療によって期待できる利益と、副作用によって肝機能や生活が損なわれる危険を比べて選びます。

「年齢が高いから単剤にする」と単純に決めるのではなく、自分で歩けるか、食事を取れているか、持病が安定しているか、異変が起きた際に早く受診できるかなども判断材料になります。

免疫療法を使用しにくい場合には分子標的薬を検討

活動性の自己免疫疾患がある場合や、臓器移植後で拒絶反応が懸念される場合などには、免疫チェックポイント阻害薬を使用しにくいことがあります。その際には、レンバチニブやソラフェニブなどの分子標的薬を検討します。

分子標的薬は、がん細胞の増殖や腫瘍へ血液を送る血管の形成に関係する複数の酵素を抑える内服薬です。点滴治療ではないため自宅で服用できますが、治療の負担が小さいとは限りません。

高血圧、手足の皮膚症状、下痢、食欲低下、倦怠感、蛋白尿などによって、仕事、歩行、食事、睡眠に影響が出ることがあります。副作用が強くなってから中止するのではなく、早い段階で休薬や減量を行い、治療を続けられる状態へ調整することが大切です。

自宅では血圧、体重、食事量、排便回数、手足の痛みなどを記録すると、診察時に薬の量を調整しやすくなります。

最初の治療後は中止した理由と肝機能を基に次の薬を選ぶ

最初の薬物療法でがんが進行した場合や、副作用によって治療を継続できなくなった場合には、別の全身薬物療法を検討します。

次の治療の候補には、ソラフェニブ、レンバチニブ、レゴラフェニブ、カボザンチニブ、ラムシルマブなどがあります。ラムシルマブは、血清AFP値などの条件を満たす患者さんが対象となります。

薬が承認されていることと、現在の患者さんが安全に使用できることは同じではありません。前の治療でがんが進行したのか、治療は効いていたものの副作用で中止したのかによって、次の選択は異なります。

免疫療法による副作用が続いている状態で、別の免疫療法を始めることは難しい場合があります。高血圧、下痢、食欲低下などが回復していなければ、分子標的薬をすぐに開始できないこともあります。

画像上では次の治療が必要でも、肝機能が大きく低下していれば、その治療による利益を得にくくなります。次の薬を選べるかどうかを左右するのは、薬の種類だけでなく、前の治療後も肝予備能と全身状態を保てているかです。

画像上の変化だけで治療を変更しない場合がある

薬物療法の効果は、CTやMRIによる画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状などを組み合わせて判断します。

画像上で一部の病変がわずかに大きくなっても、ほかの病変が縮小し、肝機能や全身状態が保たれている場合には、すぐに治療を変更しないことがあります。反対に、腫瘍の大きさがほとんど変わっていなくても、黄疸や腹水が悪化し、安全に治療を続けられない場合には中止や変更が必要です。

一つの病変だけが増大している場合には、その部位への放射線治療などを加え、現在の薬物療法を続けられるか検討することもあります。病変全体が薬に反応しなくなっている場合には、別の薬物療法へ切り替える方が適切なことがあります。

治療を変更する際には、がんが進行したためなのか、副作用や肝機能低下によって継続できないためなのかを確認します。この違いによって、その後に選べる薬や治療の目的が変わります。

薬物療法を提案されたときに確認したいこと

薬物療法には複数の選択肢がありますが、すべての患者さんに共通する一つの最良の治療があるわけではありません。

診察では、なぜその治療が第一候補なのか、自分の場合にはどの病変への効果を期待しているのかを確認します。候補にならなかった治療についても、出血リスク、自己免疫疾患、肝機能など、選ばなかった理由を聞いておくと判断しやすくなります。

さらに、どの副作用が起きたら連絡するのか、どの程度の肝機能低下で休薬や中止を考えるのか、効果が得られなかった場合に次の治療が残っているのかも確認します。

薬の名前だけでなく、治療によって何を目指すのか、どのような状態まで続けるのか、生活への負担をどう調整するのかまで共有することが、納得できる治療選択につながります。

TACE・肝動注化学療法などのカテーテル治療

カテーテル治療は、足の付け根や手首などの動脈から細い管を入れ、肝細胞がんへ血液を送る肝動脈まで進めて行う治療です。代表的な方法として、肝動脈化学塞栓療法(TACE)や肝動注化学療法があります。

どちらも肝臓内の病変へ集中的に作用させる治療ですが、ステージ4A・4Bの病気全体を、カテーテル治療だけで制御できるわけではありません。UICC分類の4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法が治療の軸になります。

そのうえで、肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合や、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている一方、肝臓内の一部だけが増大している場合に、カテーテル治療を追加できるか検討します。

TACEは腫瘍への血流を減らして治療する

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも肝動脈から多くの血液を受け取っています。TACEでは、カテーテルを腫瘍の近くまで進め、細胞障害性抗がん薬と造影剤を注入した後、血管を塞ぐ物質を投与します。

腫瘍へ抗がん薬を集中的に届けるとともに、栄養や酸素を運ぶ血流を減らして、がん細胞を傷害する治療です。抗がん薬を使用せず、塞栓物質によって血流を減らす方法は肝動脈塞栓療法(TAE)と呼ばれます。

TACEは一般に、肝機能がある程度保たれ、手術やラジオ波焼灼療法の対象にならない複数の肝細胞がんに用いられます。国立がん研究センターでは、Child-Pugh分類AまたはBで、3cmを超える1~3個の腫瘍、または大きさにかかわらず4個以上の腫瘍があり、手術や穿刺局所療法が難しい場合などを主な対象として説明しています。

ただし、これは主に、がんが肝臓内にとどまっている患者さんに対する治療選択の考え方です。腫瘍が多いという理由だけでUICCステージ4になるわけではなく、このTACEの適応基準を、そのままステージ4Aの定義として扱うことはできません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4AでTACEを行う目的

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけをTACEで治療しても、リンパ節にある病変には十分な効果を期待できません。そのため、全身薬物療法を軸に病気全体を治療することが基本になります。

一方、肝臓内の一部の腫瘍が急速に増大し、正常な肝組織や血管、胆管を圧迫している場合には、肝臓内の腫瘍量を減らす目的でTACEを追加することがあります。薬物療法によってリンパ節転移を含む病変全体が安定しているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合も検討の対象になり得ます。

この場合、TACEの目的は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことではありません。肝機能の悪化を防ぐ、症状の原因となる病変を小さくする、現在の薬物療法をより長く続けられる状態をつくるなど、どの利益を目指すのかを明確にします。

肝臓内の病変が広範囲に及んでいる場合には、すべてを塞栓しようとすると正常な肝組織への負担も大きくなります。治療できる病変があるかだけではなく、TACE後も肝予備能を保ち、全身薬物療法を継続できるかを考える必要があります。

ステージ4Bでは肝外転移の状態も踏まえて判断

ステージ4Bでは肺や骨などへの遠隔転移があるため、全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の病変だけをTACEで小さくしても、肝臓外の病変へは直接作用しません。

それでも、遠隔転移が薬物療法によって安定している一方、肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、TACEを追加できるか検討することがあります。肝臓内の病変が痛み、胆管閉塞、肝機能低下などの原因となっている場合も、局所的な制御に意味がある可能性があります。

ただし、肝外転移のある患者さんへTACEを追加することは、すべての患者さんに共通する一律の標準治療ではありません。TACEを行うことで全身薬物療法を続けやすくなるのか、それとも薬物療法そのものを変更した方が病気全体を抑えられるのかを比較して判断します。

肝機能低下や広範囲の病変がある場合は慎重に判断

TACEでは腫瘍へ向かう動脈を塞ぐため、治療した範囲にある正常な肝組織にも一定の負担がかかります。治療範囲が広いほど、肝機能が悪化する危険も高くなります。

肝臓の両側に細かな腫瘍が多数広がっている場合や、正常に働く肝組織が少なくなっている場合には、広範囲の塞栓によって肝不全が進む可能性があります。黄疸や治療で調整しにくい腹水がある場合、肝予備能が大きく低下している場合にも、TACEの負担が利益を上回ることがあります。

門脈の主要な部分へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液がすでに減っていることがあります。その状態で肝動脈も広く塞ぐと、肝組織への血流がさらに低下する可能性があるため、脈管侵襲の位置と範囲を確認し、放射線治療、肝動注化学療法、全身薬物療法などと比較します。

「カテーテルを入れられるか」だけで適応を判断するのではなく、どの範囲を塞栓するのか、治療後に肝機能がどこまで低下する可能性があるのか、次の治療へ進める状態を保てるのかを確認します。

効果が不十分なTACEを繰り返さないことも大切

TACEは、一度の治療で肝臓内のすべての病変を制御できるとは限らず、複数回行われることがあります。しかし、回数を重ねるたびに正常な肝組織にも負担がかかります。

国立がん研究センターは、TACEを2回行っても効果が不十分である、または肝臓内に新しいがんが現れた場合、脈管侵襲や遠隔転移が生じた場合、腫瘍マーカーが持続的に上昇する場合などには、治療法の変更を勧められることがあると説明しています。これは機械的な回数制限ではありませんが、同じ治療を続ける利益があるかを見直す目安になります。

TACE後の画像検査では、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分が残っているかを確認します。治療した病変が十分に壊死しているか、新しい病変が増えているか、治療前の肝機能まで回復しているかを踏まえ、再びTACEを行うか、薬物療法を開始・変更するかを判断します。

腫瘍を一時的に小さくできても、その代わりに肝機能を大きく損なえば、その後に受けられる治療が限られます。TACEを繰り返すこと自体を目標にせず、病気全体を長く抑えるうえでどの時点で治療を切り替えるべきかを考えます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

肝動注化学療法が検討される場合

肝動注化学療法は、肝動脈へカテーテルを留置するなどして、肝臓内のがんへ細胞障害性抗がん薬を集中的に投与する治療です。TACEとは異なり、腫瘍へ向かう血管を塞がずに薬を注入する方法があります。

肝臓内の病変が病状を強く左右している進行肝細胞がんや、門脈への高度な脈管侵襲を伴う場合などに、国内の一部の医療機関で行われています。ただし、使用する薬剤、投与方法、カテーテルやリザーバーの管理方法には複数の方式があり、全身薬物療法との優先順位や併用方法が、すべての施設で統一されているわけではありません。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝動注化学療法だけでは肝臓外の病変を十分に治療できない可能性があります。肝動注を提案された場合には、全身薬物療法ではなく肝動注を選ぶ理由、肝外病変をどの治療で管理するのか、期待している効果が腫瘍縮小・肝機能維持・症状改善のどれなのかを確認します。

治療のために入院が必要か、通院の頻度はどの程度か、留置したカテーテルやリザーバーをどのように管理するかも、生活への負担を判断する材料になります。

TACE・肝動注化学療法の副作用と生活への影響

TACE後には、塞栓した腫瘍や周囲の組織で炎症が起こり、発熱、右上腹部痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。これらは塞栓後症候群と呼ばれることがあります。国立がん研究センターも、TACE後の副作用として、発熱、吐き気、腹痛、食欲不振、肝機能障害などを挙げています。

治療範囲が広いほど症状が強くなりやすく、肝機能の数値が一時的に悪化することもあります。治療後の数日間は食事量が減ったり、仕事や家事を続けにくくなったりするため、退院後の生活や復職時期を事前に確認しておきます。

肝動注化学療法では、使用する薬剤によって、吐き気、食欲低下、倦怠感、血球減少、肝機能障害などが起こることがあります。カテーテルの詰まりや位置のずれ、感染など、投与経路に関係する問題にも注意が必要です。

多くの症状は鎮痛薬、吐き気止め、解熱薬、点滴などで対応しますが、高熱が続く、腹痛が急に強くなる、黄疸や腹水が増える、尿量が減る、意識がぼんやりするといった場合には、感染症や肝不全などを除外する必要があります。

退院後にどの程度の発熱まで自宅で様子を見られるのか、食事・入浴・運動・仕事をいつから再開できるのか、どの症状があれば夜間や休日でも連絡するのかを、治療前に確認しておくことが大切です。

手術・局所療法・放射線治療が検討される場合

ステージ4の肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍だけでなく、領域リンパ節転移または遠隔転移も含めて治療する必要があります。そのため、手術、ラジオ波焼灼療法、放射線治療など、一つの場所を対象とする局所治療だけで病気全体を制御することは一般に困難です。

しかし、局所治療がまったく行われないわけではありません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、残ったすべての病変を治療できる可能性が生じた場合には、根治を目指して手術などを検討することがあります。痛み、出血、骨折、神経障害、血管や胆管の閉塞を防ぐために、症状の原因となる病変へ放射線治療などを行う場合もあります。

同じ局所治療でも、根治を目指すのか、病気を長く抑えるのか、症状や臓器障害を防ぐのかによって位置付けが異なります。治療を受ける際には、どの病変を対象にし、何を目的としているのかを確認する必要があります。

ステージ4では最初から手術を行うことは難しい場合が多い

肝切除は、肝臓内の腫瘍とその周囲の肝組織を取り除く治療です。一般には、がんが肝臓内にとどまり、切除後も十分な量と機能を持つ肝臓を残せる場合に検討されます。

国立がん研究センターは、肝切除は多くの場合、肝臓内の腫瘍が3個以下で、肝機能が保たれている患者さんに行われると説明しています。腫瘍が大きい場合や脈管侵襲がある場合でも切除できることはありますが、腹水がある場合には術後肝不全の危険が高く、通常は別の治療が検討されます。

ただし、これらは主に肝臓内に病変がとどまっている場合の考え方です。UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、体内にほかの病変が残る可能性があります。

技術的に肝切除が可能であっても、それだけで手術が適切とは限りません。肝臓内と肝臓外にある活動性病変をすべて治療できるか、手術後に新しい病変が短期間で現れる可能性が高くないか、薬物療法を続ける方が病気全体を制御しやすくないかを比較します。

薬物療法後に手術を再検討する場合

最初は切除不能と判断された肝細胞がんでも、薬物療法によって肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移が大きく縮小し、手術を含む局所治療を検討できる状態へ変化することがあります。

ただし、画像上で腫瘍が小さくなったことだけでは、手術の適応にはなりません。肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を切除または別の局所治療で制御できること、新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝予備能と全身状態が手術に耐えられることが必要です。

薬物療法を始めてすぐに腫瘍が縮小した場合でも、一定期間にわたって病気を制御できるかを確認してから手術を判断することがあります。短期間で新しい転移が現れる場合には、目に見える病変だけを切除しても再び進行する可能性が高いためです。

薬物療法後に手術や放射線治療などの局所治療を追加することは、一部の患者さんで検討されます。ただし、最初から領域リンパ節転移や遠隔転移があったステージ4の肝細胞がんで、どの患者さんに追加すれば生存期間が延びるかについては、十分に確立していません。画像上の縮小だけで判断せず、肝臓内と肝臓外の病勢、肝予備能、手術の負担、薬物療法の継続可能性を総合して判断します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Primary Liver Cancer Treatment(PDQ)|NCI

ラジオ波焼灼療法は小さく限られた病変が対象

ラジオ波焼灼療法(RFA)は、皮膚から肝臓内の腫瘍へ針を刺し、熱によってがん細胞を死滅させる治療です。

標準的には、肝機能が比較的保たれ、肝臓内にある腫瘍が3cm以下かつ3個以下の場合などが主な対象です。腫瘍の数が多い場合や、肝臓内に広く分布している場合には、すべての病変へ安全に針を刺して治療することが難しくなります。そのため、ステージ4の患者さんへ最初からRFAだけを行い、病気全体の根治を目指すことは一般的ではありません。

一方、薬物療法によって多くの病変が消失または安定し、肝臓内に小さな活動性病変だけが残った場合には、その病変へRFAを追加できるか検討することがあります。ほかの病変が薬物療法で抑えられているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合にも、現在の薬物療法を継続するための局所治療として検討されることがあります。

腫瘍が大きな血管や胆管、腸管、横隔膜などに近い場合には、周囲の臓器を傷つける危険や、腫瘍全体へ十分な熱を加えられない可能性があります。大きさと個数だけでなく、位置や周囲の臓器との関係も適応を左右します。

肝臓内の病変や脈管侵襲へ放射線治療を行う場合

肝細胞がんに対する放射線治療は、すべての患者さんへ一律に行う標準治療ではありません。ただし、手術や穿刺局所療法が難しい病変、門脈や肝静脈などの脈管内へ進展した病変に対して、X線による放射線治療が行われることがあります。

門脈内の腫瘍が大きくなると、正常な肝臓へ流れる血液が減り、腹水や肝機能低下が進む可能性があります。放射線治療によって脈管内の腫瘍を小さくし、血流の悪化を抑えることが治療目的になる場合があります。

領域リンパ節転移が限られているステージ4Aや、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている患者さんでは、増大しているリンパ節や肝臓内の病変へ放射線を照射できるか検討することもあります。

ただし、放射線を当てる正常な肝組織の範囲が広いと、治療後に肝機能が悪化する可能性があります。病変へ十分な線量を照射できるかだけでなく、正常な肝臓をどの程度温存できるか、もともとの肝予備能で治療に耐えられるかを確認します。

薬物療法と放射線治療を同時期に行う場合には、副作用が重なる可能性もあります。薬を継続するのか、一時的に休薬するのか、放射線治療後にいつ再開するのかについても事前に確認します。

骨転移への放射線治療は痛みや骨折を防ぐために行う

骨転移への放射線治療は、体内の肝細胞がんをすべてなくすためではなく、痛みを和らげ、骨折や神経障害を防ぐことを主な目的として行います。肝細胞がんの骨転移による痛みに対する放射線治療は、国立がん研究センターでも勧められる治療として説明されています。

骨転移による痛みは、同じ場所に持続する、夜間にも治まらない、立つ・歩くなど体重をかけたときに強くなるといった特徴を示すことがあります。鎮痛薬だけで我慢するのではなく、骨がどの程度弱くなっているかを画像検査で確認します。

背骨への転移によって脊髄が圧迫されると、足のしびれ、筋力低下、歩行困難、排尿・排便障害などが現れることがあります。神経障害が進んでからでは回復しにくい場合があるため、症状があれば緊急性を判断し、放射線治療や手術などを早く行う必要があります。

放射線治療後も、骨折の危険が高い部位では、安静の程度、装具の使用、整形外科的な固定手術などを検討することがあります。痛みが軽くなっただけで、骨の強度がすぐに元へ戻るとは限らないためです。

脳転移では神経症状を守るために局所治療を検討

脳転移では、病変の数、大きさ、位置、脳以外の病変の状態、全身状態などを踏まえて放射線治療や手術を検討します。肝細胞がんの脳転移に対する放射線治療も、一般に勧められる治療として位置付けられています。

頭痛、吐き気、けいれん、言葉の出にくさ、片側の手足の動かしにくさなどがある場合には、脳転移そのものだけでなく、病変の周囲に生じたむくみが症状へ影響していることがあります。必要に応じて脳のむくみを抑える治療を先に行い、その後に局所治療を検討します。

脳転移への治療は、神経症状を改善し、会話、歩行、食事などの日常生活をできるだけ保つことが主な目的です。神経症状が現れた場合には、予定された診察日まで待たずに治療施設へ連絡します。

陽子線・重粒子線治療は病気全体を見て適応を判断

陽子線治療や重粒子線治療は、病変の深さに合わせて放射線量を集中させやすく、正常な肝臓や周囲の臓器へ当たる線量を抑えながら治療できる可能性があります。

国立がん研究センターは、大きく手術が難しい肝細胞がんで陽子線・重粒子線治療を受けられる場合がある一方、実施できる施設は限られていると説明しています。実際の適応は、病変の位置と範囲、肝予備能、リンパ節転移や遠隔転移の状態などを踏まえて個別に判断します。

ただし、正常組織へ放射線が当たる範囲を減らせることと、ステージ4の病気全体を治療できることは別の問題です。肝臓外に制御されていない転移が複数ある場合には、肝臓内の一つの病変へ粒子線治療を行っても、病気全体の進行を抑えられない可能性があります。

粒子線治療を検討するときには、通常のX線治療ではなく粒子線を選ぶ理由、治療する病変以外をどのように管理するのか、全身薬物療法を中断する必要があるのか、治療後も肝機能を保てるかを確認します。

局所治療を提案されたときは目的を確認する

ステージ4で行う局所治療には、根治を目指す治療、病気の進行を遅らせる治療、症状や臓器障害を防ぐ治療が含まれます。同じ手術や放射線治療でも、患者さんによって目的は異なります。

治療前には、どの病変を治療するのか、その病変を治療することで何が改善すると考えられているのか、治療しない病変は薬物療法でどのように管理するのかを確認します。局所治療によって薬物療法を長く続けられる可能性があるのか、反対に治療の負担で肝機能が低下する危険があるのかも判断材料です。

「局所治療を受けられる」という説明を、そのまま「完治を目指せる」と受け取らず、治療の目的と期待できる効果、再び進行する可能性まで含めて理解することが大切です。

治療の副作用と生活への影響

肝臓がんステージ4の治療中に体調が変化した場合、その原因が薬の副作用とは限りません。がんの進行、肝硬変や肝不全の悪化、感染症、脱水などでも、倦怠感、食欲低下、下痢、むくみ、肝機能検査値の悪化といった似た変化が起こります。

症状だけから原因を決めつけると、副作用への対応が遅れたり、反対に効果のある治療を必要以上に中止したりする可能性があります。症状が現れた時期、治療との時間的な関係、血液検査や画像検査の結果を組み合わせ、治療の継続、休薬、減量、支持療法の追加などを判断します。

副作用が現れる時期は治療によって異なる

副作用は、治療を受けた直後だけに現れるものではありません。

点滴中や投与直後には、発熱、悪寒、発疹、息苦しさ、血圧の変化などが起こることがあります。点滴中に違和感があれば、終了するまで我慢せず、その場で医療者へ伝える必要があります。

分子標的薬では、治療開始後の比較的早い時期から、血圧上昇、下痢、食欲低下、倦怠感、手足の皮膚症状などが現れることがあります。軽い症状でも服用を続けるうちに悪化し、歩行や食事、仕事に影響する場合があるため、次の診察まで様子を見るのではなく、早い段階で相談します。

免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連副作用は、治療開始から数週間から数カ月後に現れることがあり、治療を終了した後に発症する場合もあります。点滴を終えて時間がたっているからといって、治療との関係を否定することはできません。別の医療機関を受診するときにも、免疫チェックポイント阻害薬を使用している、または過去に使用していたことを伝えます。

TACE後には、治療直後から数日程度に発熱、腹痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。多くは治療した腫瘍や周囲の組織に炎症が起こることで生じますが、症状が長引く場合や一度軽くなってから悪化した場合には、感染症、胆管障害、肝膿瘍、肝不全なども考えて評価します。

参考:最適使用推進ガイドラインの案内|PMDA、肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

副作用と肝機能悪化を症状だけで見分けることは難しい

強い倦怠感、食欲低下、吐き気、むくみ、腹部の張りなどは、薬の副作用でも肝機能の悪化でも起こります。肝機能検査値が悪化した場合も、薬による肝障害、がんの進行、胆管の閉塞、感染症、肝硬変の悪化など、複数の原因が考えられます。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中にASTやALTが上昇した場合には、免疫関連肝障害の可能性があります。一方、ビリルビンの上昇、アルブミンの低下、腹水や肝性脳症の出現は、肝予備能が低下していることを示す場合があります。原因によって必要な治療が異なるため、血液検査、画像検査、症状の経過を基に判断します。

治療前にはなかった黄疸、腹水、むくみが現れた場合や、尿量が減った場合、会話の反応が遅くなった場合には、単なる薬のだるさとして様子を見ないことが大切です。

治療後の検査値が一時的に悪化しても、その後に回復する場合はあります。しかし、次の治療へ進む際には、症状が軽くなったかだけでなく、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、腎機能などが十分に回復しているかを確認します。

仕事は治療後の体調の周期を見て調整

治療中も仕事や家事を続けられる患者さんはいますが、治療を受けた日だけでなく、その後の数日間に体調が低下することがあります。

点滴後に倦怠感が強くなる場合や、TACE後に発熱や食欲低下が続く場合には、通院日だけ休むのでは足りないことがあります。実際に症状が出やすい曜日や期間を確認し、勤務日、会議、外出予定などを調整します。

分子標的薬による手足の痛みがあると、立ち仕事、長時間の歩行、パソコン操作、細かい手作業が難しくなることがあります。下痢が続く場合には、通勤や長時間の会議が負担になります。体調が低下してから退職や長期休職を決めるのではなく、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討する方法があります。

副作用の現れ方が分からない治療開始前に、これまでと同じ働き方を維持できるとも、仕事を続けられないとも断定できません。最初の数回の治療で体調の周期を確認し、必要に応じて医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センター、勤務先の産業医などへ相談します。

食事量と体重の低下を放置しない

治療中は、吐き気、下痢、口内炎、味覚の変化、腹水による腹部の張りなどによって、食事量が減ることがあります。

数日間ほとんど食べられない状態が続くと、体重だけでなく筋肉量も減少します。筋力が落ちると、歩行や身の回りの動作が難しくなり、薬の副作用にも耐えにくくなる可能性があります。

腹水やむくみがある患者さんでは塩分の調整が必要になる場合がありますが、食欲が低下している状態で一律に厳しい食事制限を行うと、必要なエネルギーやたんぱく質まで不足することがあります。現在は腹水の管理を優先するのか、体重と筋肉を保つことを優先するのかを、主治医や管理栄養士へ確認します。

体重については、減少だけでなく短期間の増加にも注意が必要です。食事量が少ないのに体重や腹囲が増えている場合には、腹水やむくみが関係している可能性があります。毎日または決められた頻度で、同じ時間帯と条件で測ると変化を把握しやすくなります。

下痢や嘔吐が続いて水分を取れない場合には、脱水によって腎機能や肝機能が悪化する可能性があります。便の回数、嘔吐の回数、水分摂取量、尿量を伝え、点滴、症状を抑える薬、休薬などが必要か判断してもらいます。

外出は副作用が起こりやすい時期を避けて計画する

治療中も体調が安定していれば、買い物、散歩、旅行などの外出が一律に禁止されるわけではありません。ただし、下痢、強い倦怠感、手足の痛み、腹水、息切れなどがあると、長時間の移動が負担になります。

外出を計画するときは、点滴やTACEの後に体調が低下しやすい時期を避け、途中で休める場所やトイレを確認します。内服薬の時間、緊急時に連絡する医療機関、旅行先で受診が必要になった場合の対応も考えておきます。

骨転移があり骨折の危険を指摘されている場合には、痛みが軽くても長時間の歩行や重い荷物を持つことを控える必要があることがあります。体力を保つための適度な活動は大切ですが、運動量は骨の状態、肝機能、貧血、腹水などに合わせて決めます。

眠れない・昼夜が逆転する場合は原因を確認する

治療中の不眠は、痛み、かゆみ、腹部の張り、下痢などの身体症状だけでなく、治療への不安や生活リズムの変化によって起こることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺、副腎、下垂体などの機能障害でも、強い倦怠感、動悸、頭痛、気分の変化、睡眠の異常が現れる場合があります。単なる疲れや不安と決めつけず、ほかの症状や血液検査とあわせて確認します。

一方、昼間に眠り続けて夜に起きている、会話の反応が遅い、普段と性格が違うといった変化は、肝性脳症の初期症状である可能性があります。本人が気付きにくいため、家族から見た変化も医療者へ伝えます。

睡眠不足が続くと、食欲、体力、気分、服薬管理にも影響します。我慢して市販の睡眠薬や健康食品を追加するのではなく、原因を確認したうえで治療を受けます。

自宅では症状の時期と変化を記録する

診察時には「体調が悪かった」という説明だけでなく、どの症状が、いつから、どの程度続いたかを伝えると、治療との関係を判断しやすくなります。

治療日を基準に、体温、血圧、体重、食事量、便の回数、尿量、痛み、息苦しさ、皮膚症状などを記録します。すべてを細かく記録する必要はありませんが、自分が受けている治療で特に注意する項目を医療者へ確認しておくとよいでしょう。

高血圧や蛋白尿に注意が必要な治療では、自宅で測った血圧や尿の変化が判断材料になります。分子標的薬を服用している場合には、手足の赤みや痛み、下痢の回数、食事量を記録します。腹水がある場合には、体重と腹囲、尿量の変化が役立ちます。

症状が起こったときに写真を撮る方法もあります。発疹、手足の皮膚症状、むくみなどは、受診時には軽くなっている場合があるためです。

休薬や減量は治療の失敗ではない

副作用が現れた場合には、治療法に応じて、一時的な休薬、投与量の減量、投与間隔の調整、副作用を抑える薬の追加などを行います。免疫関連副作用では、治療を休止して副腎皮質ステロイドなどによる治療が必要になる場合もあります。

決められた量を無理に続けることが、必ずしも最も良い治療とは限りません。重い副作用によって肝機能や全身状態を損なうと、現在の治療を続けられないだけでなく、次の治療を受ける機会も失う可能性があります。

反対に、症状が怖いからと自己判断で薬の量を減らしたり、中止したりすると、十分な効果を得られないことがあります。症状が現れた時期と程度を伝え、どの程度で休薬するのか、いつ再開するのかを医療者と相談します。

副作用を完全にゼロにすることだけを目指すのではなく、肝機能と生活を保ちながら、治療による利益を得られる状態へ調整することが重要です。

予定された受診日を待たずに連絡したい症状

副作用の中には、対応が遅れると重症化し、治療の継続だけでなく生命に影響するものがあります。

新しく現れた息苦しさや空せき、胸の痛み、強いまたは持続する下痢、血便、激しい腹痛、繰り返す嘔吐、急に強くなった倦怠感、意識や性格の変化がある場合には、早めに治療施設へ連絡します。

吐血、黒い便、血の混じった痰、止まりにくい出血、突然の強い頭痛、けいれん、片側の手足の動かしにくさなどは、緊急性の高い症状です。

黄疸や腹水が急に悪化した、尿量が減った、水分を取れない、発熱や悪寒が続く場合も、肝機能悪化、脱水、感染症などが関係している可能性があります。

どの症状で夜間や休日にも連絡するのか、発熱は何度を基準にするのか、連絡がつかない場合にどの医療機関を受診するのかは、治療開始時に確認しておきます。副作用の種類や重症度は治療によって異なるため、一般的な情報だけで判断せず、自分が受けている治療に合わせた連絡基準を把握することが大切です。

治療効果はどのように判断する?

肝臓がんステージ4の治療効果は、腫瘍の直径が小さくなったかだけでは判断できません。造影CTやMRIで病変の大きさと広がりを確認し、腫瘍内の血流、腫瘍マーカー、肝機能、症状、日常生活の状態を組み合わせて評価します。

画像上では腫瘍が縮小していても、肝機能が大きく低下して治療を続けられなければ、十分な利益が得られているとはいえません。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能と日常生活を保てていれば、現在の治療を継続する意味があります。

評価の目的は、治療が効いているかを確認するだけではありません。現在の治療を続けるのか、一部の病変へ局所治療を加えるのか、別の薬物療法へ変更するのかを決めるために行います。

CT・MRIで病変全体の変化を確認

薬物療法やカテーテル治療を始めた後は、造影CTやMRIを定期的に行います。検査の時期は治療法、病気の進行速度、肝機能、症状などによって異なります。

画像検査では、肝臓内の腫瘍が縮小または増大しているかだけでなく、新しい病変が現れていないかを確認します。門脈や肝静脈への脈管侵襲、領域リンパ節、肺や骨などの転移についても、治療前の画像と比較します。

肝細胞がんのステージ4Aでは、肝臓内の病変と領域リンパ節転移の両方を評価します。肝臓内の腫瘍が縮小していても、リンパ節転移が増大していれば、病気全体が十分に抑えられているとは判断できません。ステージ4Bでも、特定の転移だけを見るのではなく、肝臓内と肝臓外にある病変をまとめて評価します。肺転移が縮小していても、肝臓内に新しい病変が現れた場合には、治療方針の見直しが必要になることがあります。

腹水の増加、胆管の閉塞、正常な肝組織の減少なども確認します。腫瘍径の変化が小さくても、血管や胆管の圧迫が進み、肝機能へ影響している場合には早めの対応が必要です。体調が急に悪化した場合には、予定された検査日を待たずに画像検査を行うことがあります。黄疸、腹水、強い痛み、息苦しさ、神経症状などが現れた場合には、検査予定にかかわらず治療施設へ相談します。

肝細胞がんでは腫瘍内の血流も評価

一般的ながんの画像評価では、腫瘍の直径の変化を基に判定するRECIST(レシスト)が用いられます。

一方、肝細胞がんでは、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分を評価するmRECIST(モディファイド レシスト)が使われることがあります。肝細胞がんは血流が豊富な腫瘍であり、治療によって腫瘍細胞が傷害されると、腫瘍全体の大きさがすぐに変わらなくても、造影される部分が減る場合があるためです。

TACE後には、治療した腫瘍が残って見えても、内部の造影効果が消失していれば、腫瘍の多くが壊死している可能性があります。分子標的薬などでも、腫瘍径より先に内部の血流が低下することがあります。反対に、腫瘍全体の大きさがあまり変わっていなくても、造影される部分が増えている場合には、活動性のあるがん細胞が増えている可能性があります。

RECISTとmRECISTのどちらを重視するかは、治療法や評価の目的によって異なります。検査結果を聞く際には、「腫瘍の直径はどう変化したか」だけでなく、「造影される活動性のある部分は減っているか」を確認すると、治療効果を理解しやすくなります。

参考:Tsurusaki M, et al. Radiological Assessment and Therapeutic Evaluation in Hepatocellular Carcinoma. Cancers. 2025;17(1):101(CC BY 4.0)

完全奏効・部分奏効・安定・進行の意味

画像検査による治療効果は、一般に「完全奏効(CR)」「部分奏効(PR)」「安定(SD)」「進行(PD)」の四つに分けて評価されます。

これらは、治療が効いたかどうかを共通の基準で表すための判定です。ただし、判定に使う基準によって、腫瘍全体の大きさを見るのか、造影される活動性のある部分を見るのかが異なります。

RECIST 1.1では、主に測定対象とした腫瘍の直径の変化を評価します。一方、肝細胞がんで用いられるmRECISTでは、動脈相で造影される、生きた腫瘍と考えられる部分を測定します。そのため、同じ画像でもRECISTとmRECISTで判定が異なる場合があります。

完全奏効(CR)

完全奏効は、画像上で治療対象となる病変が確認できなくなった状態です。

RECIST 1.1では、測定対象としたすべての病変が消失した場合に完全奏効と判定します。mRECISTでは、肝細胞がんの大きさそのものが残っていても、すべての対象病変で動脈相の造影効果が消失していれば、完全奏効と判定されることがあります。

ただし、完全奏効は、画像で活動性のある病変を確認できないという判定です。治療を終了できるかどうかは、リンパ節や遠隔転移を含むほかの病変、肝機能、再発の危険なども踏まえて決めます。

部分奏効(PR)

部分奏効は、病変が一定以上縮小したものの、完全には消失していない状態です。

RECIST 1.1では、測定対象とした腫瘍の直径の合計が、治療前と比べて30%以上減少した場合が基本的な判定基準です。mRECISTでは、動脈相で造影される活動性のある腫瘍部分の直径の合計が、治療前より30%以上減少した場合に部分奏効と判定します。

部分奏効は治療による縮小効果が確認された状態ですが、病変は残っています。効果が続いているか、新しい病変が現れていないかを定期的に確認しながら治療を継続します。

安定(SD)

安定は、完全奏効や部分奏効と判定できるほど縮小していない一方、進行と判定されるほど増大していない状態です。

「安定」は「治療が効いていない」という意味ではありません。ステージ4では、腫瘍を大きく縮小できなくても、増大や新しい転移の出現を抑え、肝機能と日常生活を保てていれば、治療による利益が得られている可能性があります。

とくに、治療前には短期間で病変が増大していた患者さんで、その進行が止まっている場合には、安定を維持すること自体に意味があります。副作用を調整でき、肝機能も保たれていれば、同じ治療を続けることがあります。

進行(PD)

進行は、病変が基準以上に増大した場合や、新しい病変が現れた場合に判定されます。

RECIST 1.1では、治療開始後に記録された最も小さい腫瘍径の合計と比べて20%以上増大し、さらに絶対値で5mm以上増えている場合などが基準です。新しい病変が確認された場合も、原則として進行と判定されます。mRECISTでは、造影される活動性のある腫瘍部分が、治療開始後の最小値と比べて20%以上増加した場合などに進行と判定します。

肝臓内の腫瘍が縮小していても、新しいリンパ節転移や遠隔転移が現れれば、病気全体として進行と判断されることがあります。反対に、一つの病変だけが増大し、ほかの病変が抑えられている場合には、増大した病変へ局所治療を加えて、現在の薬物療法を継続できるか検討することがあります。

奏効率と病勢コントロール率の違い

臨床試験では、「奏効率」や「病勢コントロール率」という言葉が使われます。

奏効率は、完全奏効と部分奏効になった患者さんの割合です。腫瘍が明確に縮小した患者さんがどの程度いたかを示します。病勢コントロール率は、完全奏効、部分奏効、安定を合わせた割合です。腫瘍が縮小した患者さんだけでなく、進行を抑えられた患者さんも含まれます。

奏効率が高い治療が、すべての患者さんにとって最も良い治療とは限りません。生存期間、副作用、肝機能への影響、効果が続いた期間などもあわせて比較する必要があります。

画像上の判定だけで治療方針を決めるわけではない

完全奏効や部分奏効であっても、強い副作用や肝機能低下があれば、休薬や治療変更が必要になることがあります。反対に、安定であっても、肝機能と生活を保ちながら病気の進行を抑えられていれば、同じ治療を続ける意味があります。

進行と判定された場合も、すべての病変が増大しているのか、一部の病変だけが増大しているのかによって、その後の対応は異なります。別の全身薬物療法へ変更する場合もあれば、増大した病変へ局所治療を追加する場合もあります。

画像検査の説明を受ける際には、完全奏効・部分奏効・安定・進行のどれに該当するかだけでなく、RECISTとmRECISTのどちらで評価したのか、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどう変化したのかを確認することが大切です。

参考:Tsurusaki M, et al. Radiological Assessment and Therapeutic Evaluation in Hepatocellular Carcinoma: Differentiation and Treatment Response with Japanese Guidelines. Cancers. 2025;17(1):101(CC BY 4.0)

AFP・PIVKA-IIは一回の数値ではなく推移を見る

肝細胞がんでは、AFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを治療後の経過観察に用います。

治療前に高かった腫瘍マーカーが継続して低下していれば、治療が効いている可能性を示す材料になります。数値が繰り返し上昇している場合には、肝臓内の腫瘍の増大や、新しいリンパ節転移・遠隔転移がないかを画像で確認します。

腫瘍マーカーが正常のまま進行する肝細胞がんもあります。慢性肝炎、肝硬変、ビタミンKの状態など、がん以外の影響によって数値が変化する場合もあります。また、薬物療法を始めた直後などに、一時的な変動が起こることもあります。一回の上昇だけで治療が効いていないと判断せず、過去からの推移、画像検査、肝機能、症状を組み合わせます。

腫瘍マーカーが低下していても、画像上で新しい病変が現れていれば、病気全体が抑えられているとはいえません。反対に、数値が十分に低下していなくても、画像上の病変が縮小または安定している場合には、現在の治療を続けることがあります。

参考:腫瘍マーカー検査とは|国立がん研究センター がん情報サービス

肝機能を保てているかも治療効果に含めて考える

肝細胞がんでは、腫瘍を抑える効果と、正常な肝臓へ与える負担を同時に評価する必要があります。

血液検査では、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間などを確認します。腹水、黄疸、むくみ、肝性脳症が新たに現れていないかも、肝予備能の変化を判断する材料です。

画像上は腫瘍が縮小していても、腹水が増え、食事が取れず、Child-Pugh分類が悪化している場合には、同じ治療をそのまま続けることが難しくなります。治療の一時休止、投与量の調整、治療法の変更などを検討します。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能も安定していれば、治療による利益が得られていると判断して継続することがあります。

肝機能の悪化が必ずしも治療の副作用とは限りません。腫瘍による門脈や胆管の圧迫、感染症、脱水、肝硬変の進行などが関係している場合もあります。原因によって必要な対応が異なるため、血液検査と画像検査から判断します。

症状と日常生活の変化も評価

検査上の変化だけでなく、治療前と比べて患者さんがどのように生活できているかも確認します。

治療前にあった腹痛や息苦しさが軽くなった、食事量が増えた、夜に眠れるようになった、歩ける距離が伸びたといった変化は、治療によって病状が改善している可能性を示します。画像上では腫瘍が縮小していても、強い倦怠感、下痢、食欲低下、手足の痛みなどによって一日の多くを横になって過ごすようになった場合には、治療による利益と負担を見直します。

診察では、食事量、体重、歩行、仕事や家事、睡眠、外出への影響を具体的に伝えます。「つらい」「だるい」だけでなく、何ができなくなったのかを伝えると、休薬、減量、支持療法の追加などを判断しやすくなります。

症状が改善しない原因が、がんの進行なのか、副作用なのか、肝機能低下なのかを分けて考えることも必要です。検査結果が安定していても生活への負担が大きい場合には、薬の量や治療間隔を調整することがあります。

検査結果の説明で確認したいこと

治療効果の説明を受ける際には、腫瘍が小さくなったかだけでなく、肝臓内、リンパ節、遠隔転移のそれぞれがどう変化したかを確認します。

造影される活動性のある腫瘍部分が減っているか、新しい病変が現れていないか、肝機能は治療前と比べて保たれているかも重要です。

さらに、現在の治療を続ける利益は何か、増大している病変へ局所治療を加える余地があるか、どのような変化があれば次の治療へ移るのかを聞いておくと、その後の見通しを持ちやすくなります。

検査結果を「効いた」「効かなかった」の二つだけで捉えず、病気全体の制御、肝機能、症状、生活への影響を含めて理解することが、次の治療を判断するうえで大切です。

肝臓がんステージ4の生存率

肝臓がんステージ4の生存率を調べるときは、肝臓に発生するがん全体ではなく、肝細胞がんを対象とした病期別統計を確認する必要があります。

生存率には、診断から5年後の状況を示す5年生存率だけでなく、10年後の状況を示す10年生存率もあります。肝細胞がんは、がんそのものに加えて、背景にある肝硬変や慢性肝炎、治療後の再発なども長期的な経過へ影響するため、5年と10年の両方を見ることには意味があります。

ただし、現在公表されている5年と10年の数値は、同じ患者さんを5年後と10年後まで追跡して比較したものではありません。診断年、対象施設、患者集団が異なる別々の統計です。この違いを理解したうえで見る必要があります。

肝細胞がんのステージ別生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計」では、全国のがん診療連携拠点病院などから集めたデータを基に、肝細胞がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。

現在公表されている2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルと、2012年診断例の10年ネット・サバイバルは、次のとおりです。

病期 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 63.0% 36.3%
ステージ2 45.2% 21.6%
ステージ3 16.0% 7.1%
ステージ4 4.4% 1.9%

5年の数値と10年の数値は、診断年も対象患者も異なる別々の集計です。4.4%だった同じ患者集団が、その後10年目に1.9%まで低下したことを示す表ではありません。

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された患者さんを診断から5年間、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された別の患者さんを診断から10年間観察して算出しています。

したがって、表の横方向に数字を比較して「5年から10年の間に何%低下した」と計算することはできません。それぞれ、異なる年代の患者集団における5年後と10年後の傾向を示す数字として受け止めます。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルとは何を表す数字?

ネット・サバイバルは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、肝細胞がんだけが死亡原因になると仮定した場合の生存率を推計した指標です。

実際に診断された患者さんのうち何%が生存していたかを示す「実測生存率」とは異なります。高齢の患者さんが多いがんでは、心臓病、脳血管疾患、ほかの病気などによる死亡も起こるため、がんそのものによる影響を比較する目的でネット・サバイバルが用いられます。

たとえば、ステージ4の10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、2012年にステージ4と登録された患者さんのうち、実際に1.9%だけが10年後に生存していたという単純な意味ではありません。ほかの死因の影響を調整して算出された統計上の推計値です。

生存率を見るときには、実測生存率、相対生存率、ネット・サバイバルのどの指標が使われているかを確認する必要があります。異なる方法で計算された数字をそのまま比較することはできません。

現在のステージ4とは完全には一致しない

本記事では、現在の国立がん研究センターの一般向け情報に合わせ、UICC第8版を主な病期分類として説明しています。

一方、表の5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例を対象としています。院内がん登録でUICC第8版が使用されるようになったのは2018年診断例からです。

そのため、表に掲載したステージ4は、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんだけを集めた数字ではありません。以前の病期分類に基づいて登録された患者さんの統計です。

病期分類の版が異なるからといって、生存率の数字に意味がないわけではありません。進行した肝細胞がん全体の長期的な傾向を知るための参考にはなります。ただし、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんへ、4.4%や1.9%をそのまま個人の見通しとして当てはめることはできません。

参考:院内がん登録症例集計|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4A・4Bの生存率について

国立がん研究センターの院内がん登録生存率集計では、肝細胞がんの病期別生存率はステージ1~4まで公表されています。しかし、現在のUICC第8版に基づいて、ステージ4Aと4Bを分けた全国規模の5年・10年ネット・サバイバルは公表されていません。

したがって「UICC分類のステージ4Aの5年生存率は何%」「ステージ4Bの10年生存率は何%」という全国共通の数字を示すことはできません。病院や研究論文から4A・4B別の治療成績が報告されることはありますが、使用された病期分類、対象患者、肝機能、治療内容、診断された年代などが異なります。

公表値には現在の薬物療法が十分に反映されていない

5年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2014~2015年、10年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2012年に診断されています。その後、進行肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法など、当時は一般診療で使用されていなかった治療が導入されました。

現在使用されている薬物療法による長期的な治療成績は、この表へ十分には反映されていません。現在の治療によって、表の集計当時より長く病気を抑えられる患者さんがいる可能性があります。一方、新しい治療が増えたからといって、すべての患者さんが公表値より良好な経過をたどるとは限りません。主要な薬物療法は、肝機能と全身状態が比較的保たれている患者さんを中心に検討されます。

肝予備能が大きく低下している場合には、承認された薬があっても安全に使用できないことがあります。治療の進歩が見通しへどの程度影響するかは、現在の肝機能、病変の広がり、全身状態、治療への反応によって異なります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

ステージ4の5年ネット・サバイバルが4.4%、10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、現在ステージ4と診断された患者さん一人ひとりの生存可能性が、それぞれ正確に4.4%、1.9%であることを意味しません。

これらの統計には、肝機能が保たれていた患者さんと大きく低下していた患者さん、薬物療法を受けられた患者さんと受けられなかった患者さん、病変が限られていた患者さんと複数の臓器へ広がっていた患者さんが含まれています。また、診断時点から計算した統計であるため、すでに治療を受け、一定期間病気を抑えられている患者さんの、その時点から先の見通しとは異なります。

個人の見通しを考える際には、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、栄養状態、治療への反応などを確認します。治療後も肝機能と全身状態を保ち、次の治療へ進めるかどうかも、その後の見通しを左右します。

生存率は、肝細胞がんの病期による全体的な傾向を理解するための統計です。自分の余命を決める数字としてではなく、現在の病状と治療によって見通しがどのように変わる可能性があるかを、主治医へ確認するための参考情報として受け止める必要があります。

肝臓がんステージ4の余命はどのくらい?

肝臓がんステージ4と診断されても、余命を病期だけから一律に示すことはできません。

同じステージ4でも、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、治療への反応によって経過は異なります。肝細胞がんでは、がんの進行だけでなく、肝硬変や肝不全が生命へ影響することもあります。

前章で示した5年・10年ネット・サバイバルは、多数の患者さんを集計した長期的な統計です。一方、薬物療法の臨床試験では「全生存期間中央値」という指標が治療成績を示すために使われます。どちらも個人の余命を直接示す数字ではないため、意味を分けて理解する必要があります。

全生存期間中央値は余命の期限を示す数字ではない

全生存期間は、治療の開始や臨床試験への登録など、あらかじめ定められた時点から患者さんが生存していた期間を表します。

全生存期間中央値とは、対象となった患者さんの半数が生存していた時点です。たとえば、全生存期間中央値が16カ月だった場合、すべての患者さんが16カ月前後で亡くなったという意味ではありません。16カ月より前に亡くなった患者さんがいる一方、16カ月を超えて生存した患者さんもいます。治療が長く効き、数年以上生存する患者さんが含まれることもあります。

臨床試験の全生存期間は、通常、がんと診断された日ではなく、試験へ登録・無作為化された日などから計算されます。そのため、臨床試験で報告された中央値を「診断からの余命」として使用することはできません。

参考:Median overall survival|米国国立がん研究所(NCI)

一次治療の臨床試験では1年以上の中央値が報告されている

進行した切除不能肝細胞がんに対する一次薬物療法の臨床試験では、全生存期間中央値が1年を超える治療成績が報告されています。

HIMALAYA試験では、これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がん患者を対象に、デュルバルマブとトレメリムマブの併用療法とソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、デュルバルマブとトレメリムマブの併用群で16.4カ月、ソラフェニブ群で13.8カ月でした。

参考:Primary Liver Cancer Treatment(PDQ)|NCI(HIMALAYA試験、16.43カ月対13.77カ月)

CheckMate 9DW試験では、全身薬物療法を受けたことのない切除不能肝細胞がん患者を対象に、ニボルマブとイピリムマブの併用療法と、レンバチニブまたはソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、ニボルマブとイピリムマブの併用群で23.7カ月、レンバチニブまたはソラフェニブ群で20.6カ月でした。

参考:FDA「ニボルマブ+イピリムマブの切除不能・転移性肝細胞がんに対する承認情報(CheckMate 9DW試験)」、厚生労働省「切除不能な肝細胞癌に対するニボルマブの最適使用推進ガイドラインに係る通知(2025年6月24日)」

これらの結果は、切除不能肝細胞がんでも、薬物療法によって長期間生存する患者さんがいることを示しています。ただし、二つの試験は、患者背景、比較した治療、登録条件、観察期間が異なります。16.4カ月と23.7カ月を単純に比較して、数字が長い方の治療がすべての患者さんに優れていると判断することはできません。

臨床試験の数字はステージ4だけの成績ではない

HIMALAYA試験とCheckMate 9DW試験は、いずれも切除不能肝細胞がんを対象とした試験ですが、UICC分類のステージ4の患者さんだけを集めた試験ではありません。

切除不能となる理由には、リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍の数や位置、脈管侵襲、肝機能なども含まれます。そのため、試験で報告された全生存期間中央値を、そのまま「ステージ4の平均余命」と表現することはできません。また、主要な臨床試験では、肝機能が比較的保たれ、日常生活を自立して送れる患者さんが中心となっています。

CheckMate 9DW試験では、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア5または6で、ECOG(イーコグ)パフォーマンスステータス0または1の患者さんが主な対象でした。強い黄疸、調整しにくい腹水、繰り返す肝性脳症などがある患者さんへ、同じ中央値を当てはめることはできません。

臨床試験の数字を見る際には、自分の病期だけでなく、肝機能、全身状態、過去の治療歴が試験参加者とどの程度近いかを確認する必要があります。

肝臓内の病変が肝機能へ与える影響も確認する

ステージ4A・4Bの違いだけでは、病気の進行速度や見通しを十分に説明できません。

肝臓内の腫瘍量が多い場合や、主要な門脈・肝静脈へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能低下が進みやすくなることがあります。胆管が腫瘍によって塞がれれば黄疸が強くなり、食事や薬物療法の継続へ影響する場合もあります。これらはUICC分類におけるステージ4Aの定義ではありませんが、ステージとは別に見通しを左右する重要な要因です。

肝臓外の病変が比較的安定していても、肝臓内の腫瘍によって肝不全が進めば、抗がん治療を続けにくくなります。反対に、肝機能が保たれ、リンパ節転移や遠隔転移を薬物療法で長く抑えられていれば、ステージ4でも治療を継続できる場合があります。

見通しを考える際には、4A・4Bという病期名だけでなく、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどの程度進行し、治療によってどこまで制御されているかを確認します。

全身状態と栄養状態も治療を続けられるかに関わる

食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるかといった全身状態も、治療の効果と安全性に関係します。食欲低下や筋肉量の減少が続くと、感染症、転倒、寝たきりなどの危険が高まり、薬の副作用にも耐えにくくなることがあります。

ただし、全身状態が低下している原因が、すべてがんそのものとは限りません。痛み、腹水、下痢、吐き気、感染症、脱水などが原因であれば、それらを治療することで食事や活動量が改善し、抗がん治療を再開できる場合があります。

年齢だけで余命や治療の可否を判断することはできません。同じ年齢でも、肝機能、持病、栄養状態、日常生活の自立度には差があります。

治療を始めた後の反応によって見通しは変わる

診断時の検査だけで、その後の経過を正確に予測することは困難です。実際の見通しは、治療を始めた後の反応によって変化します。腫瘍が縮小する、造影される活動性部分が減る、AFPやPIVKA-IIが低下する、肝機能が安定するといった変化が続けば、診断時に想定されたよりも長く病気を抑えられる可能性があります。

画像上で大きな縮小がなくても、病勢安定が長く続き、肝機能と生活を保てていれば、治療による利益が得られていると考えられます。反対に、最初の治療中に複数の新しい転移が現れる、脈管侵襲が急速に広がる、肝機能や全身状態が低下するといった場合には、治療方針と見通しを見直します。

余命についての説明は、診断時に一度示されたら変わらないものではありません。治療効果、肝機能、症状の変化に応じて更新される見通しです。

次の治療へ進める状態を保てるかも見通しに影響する

進行肝細胞がんでは複数の薬物療法を選べますが、すべての患者さんがすべての薬を順番に使用できるわけではありません。

最初の治療後も肝機能と全身状態を保てていれば、別の薬物療法へ進める可能性があります。がんが進行する前に肝機能が大きく低下すれば、未使用の薬が残っていても安全に投与できないことがあります。そのため、現在の治療で最大限の腫瘍縮小を目指すことだけが、長く治療を続けるための方法とは限りません。

副作用が強い場合に早めに休薬や減量を行う、効果が乏しいTACEを繰り返さない、局所治療の範囲を必要な部分へ絞るなど、肝予備能を守ることも長期的な治療計画に含まれます。

現在の治療が効かなくなった場合に、次にどの治療を検討できるのか、その治療を受けるためにどの程度の肝機能を保つ必要があるのかを確認しておくことが大切です。

医師から余命を伝えられたときに確認したいこと

医師から「余命は数カ月程度」などと説明された場合には、その期間を確定した期限として受け取るのではなく、何を根拠に示された見通しなのかを確認します。

がんの進行が主な理由なのか、肝不全が強く影響しているのかによって、今後行える治療や症状への対応が異なります。その見通しが、抗がん治療を受ける場合を想定したものか、治療が難しい場合を想定したものかも確認します。

医師へは、次のような点を尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

  • がんの進行と肝機能低下のどちらが強く影響しているか
  • 示された期間にはどの程度の幅があるか
  • 治療が順調な場合と悪化した場合で見通しはどう変わるか
  • 感染症、脱水、腹水など改善できる問題が残っていないか
  • 現在受けられる抗がん治療や局所治療があるか
  • 今後起こる可能性のある症状と、連絡すべき変化は何か
  • 通院が難しくなった場合に利用できる在宅医療や緩和ケアはあるか

余命を尋ねることは、治療を諦めることではありません。治療の希望、仕事、家族との予定、療養場所、受けたい医療を考えるために必要な情報です。

統計上の生存率や臨床試験の中央値だけから、自分で余命を決めつけることはできません。現在の画像、肝機能、全身状態、治療への反応を把握している主治医と、病状の変化に応じて見通しを確認することが大切です。

肝機能が低下した場合の治療と緩和ケア

肝臓がんステージ4では、がんの進行、もともとの肝硬変、治療の影響などによって肝機能が低下することがあります。肝機能が低下すると、黄疸、腹水、むくみ、肝性脳症などが現れ、これまでの抗がん治療を続けにくくなる場合があります。

しかし、肝機能の悪化が直ちに治療の限界を意味するわけではありません。胆管閉塞、感染症、脱水、消化管出血、薬による肝障害など、治療によって改善できる原因が隠れていることがあります。血液検査や画像検査を行い、原因を確認してから治療方針を判断します。

腹水・黄疸などには原因に応じて対応する

腹水やむくみには、塩分摂取を調整しながら利尿薬を使用します。薬で十分に改善しない場合には、腹水穿刺や腹水濾過濃縮再静注法(CART)を検討することがあります。

利尿薬を強くしすぎると、脱水や腎機能低下を起こす可能性があります。体重、尿量、血圧、腎機能などを確認しながら調整します。腹水に加えて発熱や腹痛がある場合には、感染症の可能性があるため早めの受診が必要です。

黄疸は、肝臓全体の機能低下だけでなく、腫瘍によって胆管が塞がれることでも起こります。胆管閉塞が原因であれば、内視鏡などで胆汁の通り道を確保することで、黄疸が改善する場合があります。一方、肝臓全体の機能低下が原因の場合には、胆管の処置だけでは改善しません。

肝性脳症や静脈瘤出血には早い対応が必要

肝性脳症では、意識がもうろうとする前に、昼夜逆転、反応の遅れ、書字や計算の間違い、性格の変化などが現れることがあります。

治療では、腸内で有害物質が作られたり吸収されたりするのを抑える薬を使用します。便秘、脱水、感染症、消化管出血などが悪化のきっかけになっている場合には、その原因にも対応します。

また、肝硬変や門脈侵襲によって食道・胃静脈瘤ができ、破裂すると大量出血を起こす可能性があります。吐血や黒い便がある場合には、夜間や休日でも緊急受診が必要です。

参考:Treatment for Cirrhosis|NIDDK(肝性脳症、食道・胃静脈瘤、腹水の治療)

肝機能が低下したときは抗がん治療の利益と負担を見直す

感染症、脱水、胆管閉塞、薬の副作用などが原因であれば、いったん抗がん治療を休み、原因を治療してから再開できる場合があります。一方、がんの進行や肝硬変によって肝機能の回復が難しい場合には、抗がん治療による利益よりも、肝不全や副作用の危険が大きくなることがあります。

治療を続けるかどうかは、検査値だけでは決まりません。肝機能低下の原因を改善できるか、治療によってがんを抑えられる可能性があるか、食事や歩行などの日常生活を保てているかを踏まえて判断します。

抗がん治療を休む、または終了することになっても、医療そのものが終わるわけではありません。腹水、痛み、吐き気、かゆみ、不眠などを和らげる治療は続けられます。

緩和ケアは抗がん治療と並行して受けられる

緩和ケアは、抗がん治療ができなくなった後だけに始めるものではありません。薬物療法やカテーテル治療を受けている時期から利用できます。

痛みや息苦しさ、腹部の張り、吐き気、食欲低下、不眠などの身体症状だけでなく、病気や家族、仕事、経済面への不安も相談できます。症状を早く整えることで、食事や睡眠を保ち、抗がん治療を続けやすくなる場合もあります。

通院が難しくなった場合には、訪問診療や訪問看護を利用し、自宅で症状の管理や薬の調整を受ける方法があります。自宅療養を選んでも、必要に応じて病院での処置や入院治療を受けることは可能です。治療の継続が難しい場合も、どの症状を改善できるか、緩和ケアや在宅医療をいつから利用できるかを主治医と相談することが大切です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4の最新治療と臨床試験

肝細胞がんの薬物療法は、この数年で免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が増え、治療の選択肢が広がっています。

国内で承認されている主な治療は「全身薬物療法」の章で説明したため、ここでは同じ薬を繰り返し紹介せず、現在研究されている治療と臨床試験を判断する際の注意点を解説します。

「最新治療」という言葉には、国内ですでに承認されている治療、臨床試験で効果を調べている治療、研究結果は発表されたものの承認されていない治療が混在しています。新しいという理由だけで、現在受けられる標準治療とは限りません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Primary Liver Cancer Treatment(PDQ)|NCI

全身薬物療法と局所治療を組み合わせる研究

肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法と、TACEや放射線治療などの局所治療を組み合わせる研究が行われています。

こうした治療は、肝臓内の病変を局所的に抑える効果と、薬物療法による全身的な効果を組み合わせることを目的としています。ただし、腫瘍の進行を遅らせる効果が確認されても、それだけで生存期間の延長や根治につながるとは限りません。

LEAP-012試験では、TACEにレンバチニブとペムブロリズマブを加える治療と、TACEにプラセボを加える治療が比較されました。無増悪生存期間中央値は併用群14.6カ月、対照群10.0カ月で、病気の進行を遅らせる効果が示されました。

一方、全生存期間については、2025年10月29日に実施企業のMerckとエーザイが、中間解析で統計学的に有意な改善が確認されず、その後の解析で所定の有意水準に達する可能性も低いと判断したため、試験を終了する方針を発表しました。2026年9月更新のClinicalTrials.govでは、試験の状態が「Terminated(中止)」とされています。無増悪生存期間が延びたことを、そのまま「全生存期間を延ばす効果が証明された」と受け取ることはできません。

また、LEAP-012試験の対象は、遠隔転移がなく、TACEを行える肝細胞がんで、肝機能がChild-Pugh A、全身状態が比較的良好な患者さんです。UICC分類のステージ4を対象とした試験ではなく、ステージ4A・4Bの標準治療として、そのまま当てはめることはできません。

参考:NCI「TACE併用療法に関する臨床試験の解説」、エーザイ・Merck「LEAP-012試験の全生存期間解析結果と試験終了方針(2025年10月29日)」、ClinicalTrials.gov「LEAP-012試験(NCT04246177)」

薬を使う順番には未確立の部分が残っている

一次治療に使える併用療法は増えましたが、最初の治療が効かなくなった後に、どの薬を選ぶと最も効果的かは、十分に確立していない部分があります。

これまで二次治療の根拠となってきた臨床試験には、ソラフェニブを使用した後の患者さんを対象としたものが多くあります。一方、現在広く使われる免疫療法を含む併用療法後の治療順序については、実際の診療データや新しい臨床試験の結果を蓄積している段階です。

次の治療を選ぶときには、承認されている薬の一覧だけでなく、前の治療を効果不十分で変更するのか、副作用で中止したのか、肝機能と全身状態がどこまで保たれているかを確認します。新しい薬が発表されても、現在の治療で病気を抑えられている場合には、すぐに変更せず、将来の選択肢として残すこともあります。

臨床試験の探し方

臨床試験には、標準治療を受けた後の患者さんを対象とするものだけでなく、一次治療同士を比較する試験や、標準治療へ新しい薬を追加する試験、局所治療との組み合わせを調べる試験などがあります。

参加条件は、ステージだけでなく、肝機能、パフォーマンスステータス、脈管侵襲や肝外転移の状態、過去に使用した薬、感染症、自己免疫疾患などが細かく定められています。

国立がん研究センターの「がんの臨床試験を探す」では、がんの種類や薬の名前、地域などから国内の臨床試験を検索できます。ただし、掲載後に募集状況が変わっている可能性があるため、検索結果だけで参加できるとは判断せず、試験情報を主治医へ示して確認します。

厚生労働省の臨床研究等提出・公開システム(jRCT)でも国内の臨床研究を検索できます。研究名や対象疾患だけでなく、現在の募集状況、実施施設、主な参加条件を確認します。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス、臨床研究等提出・公開システム(jRCT)|厚生労働省

研究段階の治療と承認済み治療を区別する

学会や報道で良好な結果が発表されても、直ちに一般診療で受けられるとは限りません。

臨床試験で効果が示された後も、承認申請、PMDAによる審査、厚生労働大臣の承認などを経る必要があります。海外で承認された治療でも、日本では未承認または適応外となっている場合があります。

治療情報を見るときには、国内で承認されているのか、承認申請中なのか、臨床試験の段階なのかを分けて確認します。

自由診療で「最新の免疫療法」と説明される治療も、国内で承認された免疫チェックポイント阻害薬や、適切に管理された臨床試験と同じとは限りません。比較試験で効果が確認されているか、重い副作用へ対応できる体制があるか、標準治療を受ける機会を失わないかを確認する必要があります。

肝臓がんステージ4でよくある質問

治療はいつまで続きますか?

全身薬物療法は、あらかじめ終了回数が決まっているとは限りません。がんを抑えられ、副作用や肝機能への影響が許容できる間は継続することがあります。

画像上で病気が進行した場合、肝機能が悪化した場合、副作用を調整しても続けられない場合には、休薬、減量、別の治療への変更を検討します。治療開始時に、どのような結果なら継続し、どの変化があれば変更するのかを確認しておくことが大切です。

治療には入院が必要ですか?

点滴や内服による薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。一方、TACE、肝動注化学療法、手術などでは入院が必要です。

薬物療法でも、初回投与時、肝機能が不安定な場合、重い副作用や出血、感染症、肝性脳症などがある場合には入院を提案されることがあります。

仕事を続けながら治療できますか?

肝機能と全身状態が保たれ、副作用を調整できれば、仕事を続けながら治療を受けられる場合があります。

ただし、点滴後の倦怠感、下痢、手足の痛み、TACE後の発熱などによって、治療後の数日間に仕事が難しくなることがあります。治療前に退職を決めるのではなく、体調が変化する周期を確認し、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討します。

参考:がんと仕事|国立がん研究センター がん情報サービス

食事や飲酒で注意することはありますか?

ステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食品があるわけではありません。腹水やむくみがある場合には塩分の調整が必要になることがありますが、食欲や体重が低下している状態で厳しい食事制限を行うと、栄養や筋肉が不足する可能性があります。

現在の肝機能、腹水、腎機能、糖尿病などに合わせ、主治医や管理栄養士へ確認します。

肝細胞がんや肝硬変がある状態では、アルコールが残された肝機能へ負担をかける可能性があります。とくにアルコール性肝障害が背景にある場合には禁酒が基本です。「少量なら安全」と自己判断せず、主治医の指示に従います。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

健康食品やサプリメントが、肝臓がんを縮小させたり、標準治療の代わりになったりすることは証明されていません。

成分によっては肝障害を起こしたり、治療薬の効果や副作用へ影響したりする可能性があります。使用を希望する場合は、商品名だけでなく、成分と一日の摂取量が分かる容器や資料を医師・薬剤師へ見せて確認します。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

腹水が増えたらどうすればよいですか?

腹囲や体重が短期間で増えた、食事が取れないほどおなかが張る、横になると息苦しいといった場合には、腹水が増えている可能性があります。

利尿薬を自己判断で増減すると、脱水や腎機能低下を起こす危険があります。体重、尿量、むくみの変化を医療者へ伝え、薬の調整や腹水穿刺が必要か判断してもらいます。

発熱、腹痛、意識の変化を伴う場合には、腹水の感染や肝機能の急激な悪化も考えられるため、早めの受診が必要です。

どのような症状ならすぐ病院へ連絡すべきですか?

吐血や黒い便、急な意識の変化、けいれん、片側の手足の麻痺、強い息苦しさは、緊急性の高い症状です。

発熱を伴う腹痛、急速に増える腹水、黄疸の悪化、尿量の減少、強い下痢や嘔吐で水分を取れない場合も、予定された診察日まで待たずに相談します。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中または治療後に、空せき、息切れ、持続する下痢、強い倦怠感などが現れた場合は、軽く見えても免疫関連副作用の可能性があります。

具体的な体温や症状の連絡基準は治療によって異なるため、治療開始時に夜間・休日の連絡先とあわせて確認しておきます。

納得できる治療を選ぶための考え方

肝臓がんステージ4の治療は、病期だけでなく、肝機能、全身状態、これまでの治療、本人が大切にしたい生活によって変わります。「最も新しい治療」や「最も強い治療」を探すだけでなく、現在の治療が何を目指しているのかを確認することが出発点です。

主治医には、この治療で期待できる効果、治療を続ける条件、変更を考えるタイミング、次に残されている選択肢を尋ねてみましょう。腫瘍を縮小させることだけでなく、進行を抑えながら肝機能や日常生活を保つことも、治療の大切な目的になります。

説明を聞いても判断に迷う場合や、ほかの治療法がないか確認したい場合には、セカンドオピニオンを利用する方法があります。別の治療を見つけるためだけでなく、現在の方針に納得して治療を続けるためにも役立ちます。

まずは次の診察で「今の治療の目的は何か」「どの結果になれば治療を続けるのか」「効かなくなった場合に次の選択肢はあるか」の三つを確認してみてください。病状や希望は治療中にも変わるため、その都度話し合いながら、自分が納得できる選択を重ねていくことが大切です。

近年、がん治療や腫瘍の画像診断の分野では、ICG、IR783、IR780といった近赤外線の色素(近赤外線色素)が注目されています。

先日、当グループに「IR780よりIR783のほうが数字が大きいので、より新しく強い治療だと思ってIR783を選びました」とおっしゃる患者様がいらっしゃいました。

しかし、これらの数字は”強さ”を表すものではなく、それぞれ異なる特徴と目的を持った色素です。

本ページでは、ICG・IR783・IR780の違いと、それぞれの特徴について、できるだけわかりやすくご説明します。あわせて、当グループが取り組んでいるHEMIN含有IR780を用いた治療についてもご紹介します。

  • ICG・IR783・IR780は、数字の大小が”強さ”を表すものではなく、それぞれ目的の異なる色素です。
  • 大きな違いは「活性酸素を産生する力」と「がん細胞のどこに集まるか」にあります。
  • 当グループではIR780にHEMIN(ヘミン)を含有させ、低酸素環境にも対応する治療アプローチに取り組んでいます。

ICG・IR783・IR780とは

ICG(インドシアニングリーン)

ICGは、古くから医療で使われてきた近赤外線色素です。肝機能検査や血流の評価、手術中の蛍光ナビゲーションなどに広く使われており、安全性や臨床での使用実績が豊富であることが大きな特徴です。一方で、体内では比較的早く分解・排泄され、主に肝臓に集まりやすい傾向があります。がん細胞への選択性やミトコンドリアへの集まりやすさは、限定的とされています。

IR783

IR783は、ICGよりも腫瘍に集まりやすいとされる近赤外線色素で、主に腫瘍の画像化(イメージング)の分野で研究されています。一部のがん細胞で多くみられる有機アニオントランスポーター(OATP)を介して取り込まれることが報告されており、正常な組織よりもがんに集まりやすいことが期待されています。比較的扱いやすい色素ですが、光を当てたときの活性酸素の産生や発熱の働きは、IR780ほど強くないと考えられています。

IR780

IR780は、IR783と同じ系統の近赤外線色素ですが、より脂に溶けやすく(疎水性が高く)、細胞膜やミトコンドリアに集まりやすいことが特徴です。そのため光を当てたときに強い活性酸素の産生や発熱を起こしやすく、光線力学療法(PDT)や光温熱療法(PTT)、さらに超音波を組み合わせる音響力学療法(SDT)との相性が期待されています。特にミトコンドリアを標的とすることで、がん細胞への障害をより強く引き起こし、死滅につなげられる可能性が研究されています。

3つの色素の大きな違い

似ているように見える3つの色素ですが、大きな違いとして「活性酸素を産生する力」と「がん細胞のどこに集まるか」があります。

ICGは、IR780やIR783と比べて活性酸素を産生する力が低いとする報告があり、条件によっては大きな差がみられたという研究もあります。IR780とIR783はいずれもICGより高い活性酸素の産生が期待されますが、集まる場所の違いによって効果に差が出る可能性があると考えられています。

特にIR780は、細胞のエネルギーを作るミトコンドリアに集まりやすいことが報告されており、その結果として、より強い細胞への障害につながる可能性が期待されています。

このように、ICG・IR783・IR780は「数字が大きいほど優れている」という関係ではなく、それぞれ目的や特徴が異なります。ICGは安全性と実績、IR783は腫瘍への集まりやすさと画像化の性能、IR780は治療効果とミトコンドリアを標的とする性質に、それぞれ特徴があると考えられています。

HEMIN含有IR780による新しいアプローチ

当グループでは、IR780にHEMIN(ヘミン)を含有させることで、より強いROS(活性酸素)の産生や、酸素の少ない環境(低酸素環境)への対応を目指した、多機能な治療アプローチに取り組んでいます。

HEMINには、酸素の少ない腫瘍の環境をやわらげ、活性酸素の産生を後押しする働きが報告されています。これにより、光線力学療法(PDT)の効果を高めることや、がん細胞の死滅につながる複数の仕組みを組み合わせることが期待されています。

また当グループでは、超音波を用いる音響力学療法(SDT)にもこの考え方を応用しています。超音波は光よりも体の深い部分まで届きやすいため、光が届きにくい体の深い部分のがんに対する選択肢としても、取り組みが進められています。

まとめ:数字ではなく、集まる場所と目的で選ぶ

ICG・IR783・IR780は「数字が大きいほど優れている」という関係ではなく、それぞれ異なる特徴を持つ近赤外線色素です。ICGは安全性と実績、IR783は腫瘍への集まりやすさと画像化の性能、IR780は治療効果とミトコンドリアを標的とする性質に特徴があると考えられています。

さらに近年は、HEMINを含有させたIR780によって、光線力学療法(PDT)だけでなく音響力学療法(SDT)への応用も期待されており、これまでの光による治療では難しかった深部の腫瘍への取り組みも進められています。

ただし、すべてのがんに行えるわけではありません。脳腫瘍のように薬剤が届きにくいがん種や、骨転移の部分のように薬剤が届きにくい部位では、効果が限定的になる可能性があります。腫瘍の種類・部位・深さによって適した方法は異なるため、標準治療との組み合わせや局所治療の限界もふまえて、慎重に検討していく必要があります。

がん中央クリニックグループでは、こうした治療が患者様の病状に合うかどうかを、標準治療の状況もふまえて検討し、適した選択肢をご提案します。ご関心のある方は一度ご相談ください。

本ページで紹介するHEMIN含有IR780を用いた治療は、公的医療保険が適用されない自由診療であり、国内で医薬品としての承認を受けていない未承認の治療を含みます。治療内容・費用・想定される副作用やリスクについては、診察時に十分にご説明します。効果には個人差があり、すべての方に同様の結果を保証するものではありません。

乳がんは、日本で年間10万人を超える人が新たに診断されているがんです。国立がん研究センターの統計によると、2023年には乳がんと診断された人が10万3,424人、そのうち女性は10万2,592人でした。また、2024年には1万6,005人が乳がんによって亡くなっています。女性にとって罹患する機会が多く、決して珍しい病気ではありません。

乳がんステージ4と診断されると「もう治療できないのではないか」「どのくらい生きられるのか」「完治する可能性はあるのか」と、不安を感じる人は少なくありません。ステージ4は、乳房やその周囲のリンパ節だけでなく、骨、肺、肝臓、脳など離れた場所へがんが広がった状態です。一般に根治は難しく、薬物療法によって病気の進行を抑えながら、症状を和らげ、できるだけ長く日常生活を保つことが治療の中心になります。

国立がん研究センターの全国がん登録によると、2018年に診断された女性乳がん全体の5年相対生存率は89.7%でした。この数字には早期に発見された患者さんが多く含まれています。一方、院内がん登録の2014~2015年診断例では、女性乳がんステージ4の5年純生存率(ネット・サバイバル)は39.8%でした。両者は診断年、対象集団、計算方法が異なるため直接比較できません。また、39.8%という数字は個人の余命を示すものではありません。

乳がんステージ4には、骨だけに転移している人、肝臓や肺など複数の臓器へ転移している人、初めて乳がんと診断された時点で転移が見つかった人、過去の治療後に再発した人が含まれます。さらに、ホルモン受容体陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといったサブタイプによって、使用できる薬や治療成績も大きく異なります。

近年は、内分泌療法や抗HER2薬に加え、分子標的薬、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などの選択肢が増えています。一般には薬物療法によって病気の進行を抑え、症状を和らげながら生活を維持することが治療の中心ですが、サブタイプや転移部位に合った治療によって、長期間病気をコントロールできる患者さんもいます。

この記事では、乳がんステージ4とはどのような状態なのかを整理したうえで、サブタイプ別の薬物療法、骨・肺・肝臓・脳への転移に対する治療、生存率や余命の受け止め方、完治の可能性について解説します。統計の数字だけで将来を決めつけず、自分の病状に合った治療を考えるための参考にしてください。

参考:がん種別統計情報 乳房|国立がん研究センター がん情報サービス

  • 乳がんステージ4では、サブタイプに合った薬物療法が治療の中心
  • 骨、肺、肝臓、脳など、転移した部位によって症状と治療が異なる
  • 乳がんステージ4の5年純生存率は39.8%(女性、2014~2015年診断例・国立がん研究センター院内がん登録)

乳がんステージ4とは

乳がんステージ4とは、がん細胞が乳房や周囲のリンパ節を越え、骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器へ転移している状態です。医学的には「遠隔転移がある乳がん」とされ、乳房内の腫瘍の大きさや腋窩リンパ節転移の数にかかわらず、遠隔転移が確認されればステージ4に分類されます。

転移先にできた腫瘍は、転移した臓器そのもののがんではありません。たとえば、乳がんが骨へ転移した場合も「骨がん」ではなく、乳がん細胞による骨転移として扱います。そのため、治療を選ぶ際には、転移した臓器だけでなく、乳がんのホルモン受容体やHER2などの性質を確認する必要があります。

初めて診断された時点で転移がある場合と、治療後に再発する場合

乳がんステージ4には、最初に乳がんと診断された時点ですでに遠隔転移が見つかっている場合と、早期または局所進行乳がんの治療後に遠隔転移が見つかる場合があります。

前者は「初発ステージ4乳がん」、後者は「遠隔再発乳がん」や「転移再発乳がん」と呼ばれます。どちらも遠隔転移を伴う乳がんですが、これまで受けた治療や病気の経過が異なるため、治療の組み立ても同じではありません。

初発ステージ4では、これまで乳がんに対する薬物療法を受けていないことが多く、現在のサブタイプや転移の広がりを確認して、最初の治療を選びます。一方、再発乳がんでは、過去に使用した抗がん剤、内分泌療法、抗HER2薬、手術や放射線治療の内容が、次の治療選択に影響します。

再発までの期間も重要です。治療終了から長い期間がたって再発した場合と、治療中または治療終了後の早い段階で再発した場合とでは、同じ薬を再び使用できる可能性や、薬への抵抗性の考え方が異なります。

なお、早期乳がんとして治療を受けた後に遠隔転移が見つかっても、最初に診断された病期そのものを書き換えるというより、診療上は「再発・転移乳がん」として現在の病状を評価します。再発時には、転移部位、過去の治療歴、現在のサブタイプを改めて確認し、新たな治療方針を決めます。

乳がんが転移しやすい主な部位

乳がんの遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などにみられます。転移した場所によって現れやすい症状や緊急性が異なるため、「転移があるか」だけでなく、どこに、どの程度広がっているのかを確認することが大切です。

骨転移

骨転移は乳がんで比較的よくみられる転移の一つです。背中、腰、骨盤、肋骨、腕や脚などに持続する痛みが現れることがあります。骨が弱くなると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。

脊椎への転移によって神経が圧迫されると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。こうした症状は脊髄圧迫の可能性があるため、次の診察日を待たずに医療機関へ連絡する必要があります。

骨転移があっても、すぐに生命へ影響するとは限りません。薬物療法、骨を保護する薬、放射線治療などによって、痛みや骨折リスクを抑えながら長期間生活できる患者さんもいます。

肺・胸膜転移

肺転移では、病変が小さいうちは症状がないこともあります。病気が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れる場合があります。

肺を覆う胸膜へ転移して胸水がたまると、肺が十分に広がりにくくなり、息苦しさが強くなることがあります。症状がある場合には、薬物療法だけでなく、胸水を抜く処置や、胸水が再びたまりにくくする治療を検討します。

肝転移

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には自覚症状がみられないことがあります。病変が増えると、右上腹部の違和感、食欲低下、強い倦怠感、黄疸、腹水などが現れる場合があります。

肝機能が急速に低下している場合には、臓器の機能を守るため、腫瘍を早く縮小させる治療が必要になることがあります。治療の選択では、サブタイプだけでなく、肝機能や全身状態も重視されます。

脳転移

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉が出にくい、物が二重に見える、性格や意識状態の変化などが現れることがあります。

症状の出方は病変の場所によって異なります。新しい神経症状が現れた場合には、脳MRIなどで確認し、必要に応じて手術、定位放射線治療、全脳照射、薬物療法を組み合わせます。

皮膚や遠隔リンパ節への転移

乳房や胸壁の皮膚に、硬いしこり、赤み、潰瘍、出血、浸出液などが現れることがあります。鎖骨周囲や首、胸の内部、腹部など、乳房から離れたリンパ節へ転移する場合もあります。

皮膚病変は痛みや出血だけでなく、臭いや衣服の汚れによって外出や人との交流へ影響することがあります。薬物療法に加え、放射線治療や創傷ケアによって症状の軽減を目指します。

治療の順序

同じステージ4でも、病気の進み方には大きな幅があります。骨に限られた転移がゆっくり進行している患者さんと、肝臓や肺の機能が短期間で悪化している患者さんでは、治療の緊急性が異なります。

治療方針を決める際には、転移している臓器と病変の数、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓、肺、骨髄などの機能、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、過去に受けた治療とその効果、現在の日常生活と体力、本人が治療で優先したいことを総合して確認します。

とくに、肝臓や肺など生命維持に関わる臓器の機能が急速に悪化している場合には、一般的な治療の順序よりも、腫瘍を早く縮小させることを優先する場合があります。反対に、病気の進行が比較的緩やかで症状も少なければ、副作用を抑えながら長く続けられる治療を選択しやすくなります。

原発巣と転移巣のサブタイプ

乳がんでは、最初に乳房から採取したがん細胞と、後から見つかった転移巣とで、ホルモン受容体やHER2の検査結果が異なることがあります。

たとえば、以前はホルモン受容体陽性だった乳がんが、再発時には陰性となる場合や、HER2の評価が変わる場合があります。過去の病理結果だけで治療を決めると、現在の病気に合わない薬を選んでしまう可能性があるためです。

安全に採取できる転移巣があれば、再び組織を採取して現在のサブタイプを確認することがあります。再生検が難しい場合には、以前の病理結果、画像検査、病気の経過、血液を使った遺伝子検査などを組み合わせて判断します。転移性乳がんでは診断時の評価と治療方針を患者さんと共有して決めることが重視されています。

乳がんステージ4は、遠隔転移があるという共通点はあっても、転移部位、サブタイプ、過去の治療、病気の進行速度によって状態が大きく異なります。そのため、ステージ4という名称だけで治療内容や余命を判断することはできません。

乳がんステージ4でも治療を行う理由

乳がんステージ4は、一般に手術だけで病気をすべて取り除くことが難しい状態です。それでも治療を行うのは、がんの進行を抑えることで、生存期間を延ばし、痛みや息苦しさなどの症状を軽減しながら、日常生活をできるだけ長く保てる可能性があるためです。

治療の中心となるのは、乳房だけでなく全身のがん細胞へ作用する薬物療法です。ホルモン受容体やHER2などの性質に応じて、内分泌療法、分子標的薬、抗HER2薬、抗がん剤、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などを選びます。治療の効果が弱くなった場合には、病状やそれまでの治療歴を確認し、作用の異なる薬へ切り替えることがあります。

治療の中心は病気の進行をできるだけ長く抑えること

ステージ4では、画像で確認できる病変が複数の臓器に存在していることがあります。乳房や一つの転移巣だけを手術で取り除いても、ほかの場所に残っているがん細胞へは十分に対応できません。そのため、まずは全身に作用する薬物療法によって、病変全体を抑えることが基本になります。

治療によって腫瘍が小さくなる場合もあれば、大きさはあまり変わらなくても、一定期間進行せずに保たれる場合もあります。ステージ4の治療では、腫瘍を完全に消すことだけが効果ではありません。病気が広がる速度を遅らせ、臓器の機能を守りながら、次の治療へつなげることにも大きな意味があります。

乳がんでは、最初に使用した薬が効かなくなっても、別の仕組みを持つ薬へ変更できることがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんやHER2陽性乳がんでは、複数の治療を順番に使いながら、長期に病気をコントロールできる患者さんもいます。ただし、どの薬がどの程度効くかには個人差があり、サブタイプ、転移部位、過去の治療、全身状態によって治療の見通しは異なります。

症状を和らげ臓器の機能を守る

治療の目的は、生存期間を延ばすことだけではありません。骨転移による痛みや骨折、肺・胸膜転移による息苦しさ、肝転移による倦怠感や黄疸、脳転移による頭痛や麻痺などを抑えることも重要です。

たとえば、骨転移に対する放射線治療は、病変を完全に取り除くためではなく、痛みを軽くし、骨折や脊髄圧迫の危険を減らす目的で行われることがあります。胸水がたまって呼吸が苦しい場合には、胸水を抜く処置によって症状の改善を目指します。脳転移では、病変の数や大きさに応じて、手術や定位放射線治療、全脳照射などを組み合わせます。

このような治療は、がん全体を治すものではなくても、食事、睡眠、移動、仕事などの日常生活を保つうえで重要です。症状が強くなってから対応するより、軽い段階で医療者へ伝えた方が、重症化を防ぎやすい場合があります。

目標は日常生活を保ちながら治療を続けること

乳がんステージ4の治療は、数か月ではなく、年単位で続くことがあります。そのため、腫瘍を抑える効果だけでなく、副作用や通院頻度が生活へ与える影響も考えなければなりません。

効果が高い治療でも、強い倦怠感、下痢、白血球減少、しびれなどによって日常生活が大きく制限される場合があります。反対に、腫瘍を急速に縮小させる必要がない状況では、副作用が比較的少なく、長く続けやすい治療が選ばれることもあります。

治療方針を決める際には、次のような希望も医師へ伝えることが大切です。

  • 仕事や育児をできるだけ続けたい
  • 通院回数を減らしたい
  • 脱毛やしびれの影響を抑えたい
  • 痛みや息苦しさを優先して改善したい
  • 腫瘍を早く小さくする治療を希望したい

医学的に使用できる治療が複数ある場合には、治療効果だけでなく、患者さんが何を大切にしたいかも選択に影響します。転移性乳がんの診療では、医療者が一方的に治療を決めるのではなく、効果、副作用、通院方法、生活上の希望について話し合いながら方針を決めることが重視されています。

参考:国立がん研究センター「乳がん 治療」、NCI「Metastatic Breast Cancer」

手術や放射線治療を追加する場合

乳がんステージ4では薬物療法が中心ですが、手術や放射線治療を行わないわけではありません。乳房の腫瘍による出血、痛み、潰瘍、感染などがある場合には、症状を抑えるために手術や放射線治療を検討することがあります。

転移が一つまたは少数に限られている場合には、転移巣へ手術や定位放射線治療を行うこともあります。このような状態はオリゴ転移と呼ばれることがありますが、局所治療によってすべての患者さんが完治できるとは確立されていません。サブタイプ、病変の数や位置、ほかの部位への広がり、薬物療法への反応などを確認し、選択された患者さんで検討されます。

診断時から乳房の腫瘍と遠隔転移がある患者さんに対して、乳房の手術を先に行えば生存期間が延びるとは限りません。原発巣による強い症状がなければ、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。乳房の手術を行うかどうかは、症状、薬物療法の効果、転移の状態を踏まえて個別に判断します。

緩和ケアや支持療法も治療の一部

緩和ケアは、抗がん治療を終了した後だけに受ける医療ではありません。乳がんと診断された時点から、薬物療法や放射線治療と並行して受けることができます。国立がん研究センターも、乳がんでは診断時から心身のつらさを和らげる緩和ケアや支持療法を利用できると説明しています。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや吐き気、しびれ、食欲低下などへの対応だけでなく、不安、不眠、仕事、治療費、家族との関係も相談の対象です。副作用を我慢して体力を失うと、予定していた治療を続けられなくなることがあります。早い段階から症状を伝え、薬の量や治療間隔を調整することは、治療を長く続けるためにも重要です。

乳がんステージ4の治療では、がんを小さくすること、生存期間を延ばすこと、症状を和らげること、日常生活を守ることを同時に考えます。どれを優先するかは、病状によっても患者さんの希望によっても変わります。一度決めた目標が固定されるわけではなく、治療効果や体調の変化に応じて見直していきます。

乳がんステージ4の治療方針を決める検査

乳がんステージ4の検査では、単に「転移があるか」を確認するだけではありません。治療方針を決めるためには、主に次の3点を明らかにする必要があります。

1つ目は、がんがどの臓器へ、どの程度広がっているか。2つ目は、現在のがん細胞がホルモン受容体やHER2など、どのような性質を持っているか。3つ目は、肝臓や腎臓、骨髄などが治療に耐えられる状態かという点です。

乳がんでは、同じステージ4でもサブタイプや遺伝子の特徴によって使用できる薬が大きく変わります。そのため、画像検査だけでなく病理検査やバイオマーカー検査の結果が治療選択の中心になります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

画像検査の目的

乳がんの遠隔転移を調べる際には、造影CT検査が基本的な画像検査の一つになります。胸部や腹部などを撮影し、肺、胸膜、肝臓、リンパ節、骨などに病変がないかを確認します。

骨の痛みがある場合や骨転移が疑われる場合には、骨シンチグラフィー、CT、MRI、PET-CTなどを使用します。脊椎転移による脊髄圧迫が疑われるときにはMRIが重要です。足に力が入りにくい、急に歩きにくくなった、排尿や排便が難しくなったといった症状がある場合は、画像検査を急ぐ必要があります。

脳転移が疑われる場合には、造影MRIを行います。新しく現れた頭痛、けいれん、手足の麻痺、言葉の出にくさ、視覚の異常などが検査のきっかけになります。脳転移の症状がない患者さん全員へ、同じ頻度で脳MRIを行うわけではありません。サブタイプ、病状、症状などを踏まえて必要性を判断します。

PET-CTは全身の病変を確認するのに役立つことがありますが、すべての患者さんに必ず必要な検査ではありません。CTやMRIだけでは病変の性質を判断しにくい場合や、局所治療を検討するために全身の病変を詳しく確認したい場合など、検査の目的に応じて選択されます。

血液検査で分かること

血液検査では、白血球、赤血球、血小板などの血球数に加え、肝機能、腎機能、カルシウム値などを確認します。これらの数値は、病気が臓器へ与えている影響を調べるだけでなく、どの薬をどの程度の量で使用できるかを判断する材料になります。

たとえば、肝転移によって肝機能が低下している場合には、薬の種類や投与量を調整しなければならないことがあります。骨髄への転移や過去の治療の影響で血球数が低下していれば、治療を開始する前に原因を確認し、必要に応じて治療内容を変更します。

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。治療中に数値が低下すれば効果を考える参考になり、上昇が続けば病状の変化を疑う材料になります。ただし、腫瘍マーカーだけで治療効果や病気の進行を判断することはできません。がんが進行していても数値が上がらない患者さんがいる一方、がん以外の理由で上昇することもあるため、画像検査、症状、診察結果と併せて判断する必要があります。

転移巣の再生検でがんの性質を確認

過去に乳がんの手術を受け、その後に骨や肝臓、肺などの病変が見つかった場合には、可能であれば転移巣の一部を採取して病理検査を行います。これを再生検といいます。

再生検には、見つかった病変が本当に乳がんの転移なのかを確かめる意味があります。乳がんの治療後に別の臓器へ腫瘍が見つかっても、必ずしもすべてが乳がんの転移とは限らないためです。

もう一つの重要な目的は、現在のホルモン受容体とHER2の状態を調べ直すことです。乳がんは治療や時間の経過によって性質が変化することがあり、原発巣と転移巣で検査結果が一致しない場合があり、過去の病理結果だけをもとに治療すると、現在のがんに合わない薬を選んでしまう可能性があります。そのため、安全に組織を採取できる病変があれば、転移巣の再生検が検討されます。

ただし、脳や肺の奥深くなど、組織を採取する危険性が高い病変に無理な生検を行うわけではありません。骨転移では、組織の処理方法によって検査結果へ影響が出ることもあります。生検によって得られる情報と、出血や痛みなどの負担を比較して判断します。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

ホルモン受容体とHER2が治療の分かれ道

乳がんでは、採取した組織を使って、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2などを調べます。この結果によって、治療は大きく分かれます。

検査項目 検査で分かること 主な治療上の意味
ER・PgR 女性ホルモンの影響を受けて増殖するか 陽性なら内分泌療法が治療の中心になる
HER2 がん細胞がHER2をどの程度持つか 陽性なら抗HER2療法を検討する
Ki-67 細胞が増殖している程度 増殖の速さを考える参考にする
HER2の低発現 HER2陽性ではないものの、
少量のHER2が確認されるか
条件により一部の抗体薬物複合体の対象になる
PD-L1 免疫療法が効く可能性を判断する目印 主にトリプルネガティブ乳がんで治療選択に使う

ERまたはPgRのどちらかが陽性であれば、ホルモン受容体陽性乳がんとして内分泌療法を検討します。HER2陽性であれば、HER2を標的とする薬が治療の中心になります。ER、PgR、HER2がいずれも陰性の場合は、トリプルネガティブ乳がんに分類されます。

Ki-67は、細胞分裂をしているがん細胞の割合を示し、増殖の活発さを考える際の参考になります。ただし、Ki-67の値だけで治療の必要性や病気の進行速度を判断するものではありません。ホルモン受容体、HER2、転移部位、症状、過去の治療歴などと併せて総合的に評価します。

参考:NCI「Tests for Breast Cancer Biomarkers」

HER2検査

HER2検査では、まず免疫染色と呼ばれる方法で、がん細胞の表面にHER2タンパクがどの程度あるかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+で判断がつかない場合には、HER2遺伝子の増加を確認する追加検査を行います。

従来は、抗HER2療法を使える「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に大きく分けていました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、少量のHER2が確認されるHER2-lowやHER2-ultralowという評価が、一部の抗体薬物複合体を使用できるかどうかの判断に関係します。

ただし、HER2-lowは、ホルモン受容体陽性やトリプルネガティブと同じ意味での独立した病気の分類とは限りません。HER2の発現量を治療選択へ結び付けるための考え方であり、検査時期や採取した組織によって評価が変わることもあります。過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ書かれている場合には、IHCの具体的な点数を確認することがあります。

遺伝子やバイオマーカー検査

ステージ4乳がんでは、ホルモン受容体とHER2以外の検査結果が、二次治療以降の薬剤選択に関わることがあります。ただし、すべての検査を診断時に一度に行うわけではありません。サブタイプ、これまで受けた治療、病気が進行した時期に合わせて追加します。

検査する主な項目 主に関係する乳がん 治療上の意味
BRCA1・BRCA2 HER2陰性乳がんなど PARP阻害薬の候補になるかを判断する
PIK3CA・AKT1・PTEN HR陽性・HER2陰性 PI3K/AKT経路を標的とする治療の候補を判断する
ESR1 HR陽性・HER2陰性 内分泌療法への耐性と、次の内分泌治療を考える
PD-L1 トリプルネガティブ 免疫チェックポイント阻害薬の対象を判断する
NTRK融合遺伝子など サブタイプを問わず一部の患者 がん種を越えた分子標的薬の候補になる場合がある

BRCA1・BRCA2の検査には、がん細胞だけに起きた変化を調べる検査と、生まれつき持っている変化を血液などから調べる遺伝学的検査があります。生まれつきの病的な変化が見つかった場合には、本人の治療選択だけでなく、血縁者の乳がんや卵巣がんなどのリスクにも関係する可能性があります。そのため、検査前後に遺伝カウンセリングを提案されることがあります。

ESR1やPIK3CAなどの検査は、同じホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの中から、特定の治療が適する患者さんを見つける目的で行います。検査結果が陽性でも、すぐにその薬を使用するとは限りません。過去の治療内容、病気の進行状況、日本での承認条件などを確認して治療の順番を決めます。

参考:National Cancer Institute「BRCA Gene Changes: Cancer Risk and Genetic Testing」

血液を使った遺伝子検査(リキッドバイオプシー)

遺伝子変化を調べる方法には、転移巣から採取した組織を使う方法のほか、血液中へ流れ出したがん由来のDNAを調べる方法があります。後者はリキッドバイオプシーやctDNA検査と呼ばれます。

採血だけで行えるため、転移巣の組織を採取しにくい場合や、治療中に新しく生じた遺伝子変化を調べたい場合に役立つことがあります。ESR1やPIK3CAなど、治療標的となる変化を探す目的で使用される場合があります。

一方、血液中へ十分ながん由来DNAが出ていない患者さんでは、実際には遺伝子変化があっても検出できないことがあります。血液検査で「変異なし」と判定されても、がん細胞に変異が存在しないと断定はできません。治療選択に重要な検査が陰性だった場合には、保存されている組織や新たに採取した組織で調べ直すことがあります。

がん遺伝子パネル検査の役割

がん遺伝子パネル検査は、多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる変化がないかを探す検査です。ER、PgR、HER2など、乳がんの治療開始前に行う基本的な検査とは役割が異なります。

標準治療の選択肢が少なくなった場合や、希少な遺伝子変化に対応する薬や治験を探す場合に検討されます。ただし、検査を受けても、治療へ直接つながる遺伝子変化が必ず見つかるわけではありません。候補となる薬が見つかっても、日本では未承認であったり、治験の参加条件に合わなかったりすることがあります。

そのため、検査を受ける前に、結果が出るまでの期間、自己負担、治療へつながる可能性、遺伝性腫瘍に関する情報が見つかる可能性について説明を受けます。

治療前に心臓や全身状態も確認

検査はがんの性質を調べるためだけに行うものではありません。治療による負担に体が耐えられるかを確認することも必要です。

抗HER2薬など、心臓の機能へ影響する可能性のある薬を使用する場合には、心臓超音波検査などで心機能を確認します。抗がん剤では血球数、肝機能、腎機能を確認し、骨を保護する薬を使用する場合には腎機能や歯の状態も確認します。

また、閉経前か閉経後かによって、ホルモン受容体陽性乳がんで使用する内分泌療法の組み合わせが変わります。閉経前の患者さんでは、卵巣からの女性ホルモン分泌を抑える治療が必要になることがあります。

治療方針を決める際には、検査結果だけでなく、年齢、持病、過去の副作用、現在の日常生活、本人の希望も含めて判断します。検査で使用可能と分かった薬が、必ずしもその患者さんにとって最初に選ぶべき治療とは限らないためです。

検査結果は定期的な見直しを行う

ステージ4乳がんの検査は、治療を始める前に一度行って終わりではありません。治療中は画像検査、血液検査、症状の変化を定期的に確認し、薬が効いているか、副作用が許容できる範囲かを評価します。

病変が大きくなった場合には、全身で進行しているのか、一部の病変だけが進行しているのかを確認します。一部だけが進行していれば、その病変へ放射線治療などを行い、現在の薬物療法を継続できることもあります。全身で進行していれば、バイオマーカーの再評価や次の薬への変更を検討します。

治療方針の説明を受ける際には、次の点を確認すると、検査結果と治療の関係を理解しやすくなります。

  • 現在のER、PgR、HER2の結果はどうなっているか
  • 過去の原発巣と転移巣で結果が変わっていないか
  • HER2のIHCスコアはいくつか
  • 今後必要になる遺伝子検査はあるか
  • 検査結果によって、どの薬が候補になるのか
  • 画像検査で最も注意すべき転移はどこか
  • 治療効果を何で、どの時期に判定するのか

検査結果を一つずつ理解する目的は、専門用語を覚えることではありません。自分の乳がんがどの治療に反応する可能性があり、現在の病状では何を優先すべきかを判断するためにあります。

乳がんステージ4の治療全体像

乳がんステージ4では薬物療法が治療の中心になります。手術や放射線治療も行われますが、主な役割は特定の病変による症状を軽くすることや、少数の転移を局所的に抑えることです。国立がん研究センターも、骨や肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法を原則とし、症状や臓器への影響に応じて転移部位への治療を追加すると説明しています。

治療は、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、転移した臓器、病気の進行速度、過去に使用した薬、現在の体力をもとに組み立てます。最初からすべての薬を同時に使用するのではなく、一つの治療で効果が得られ、副作用も許容できる間は継続し、効果が弱くなった場合や負担が大きくなった場合に次の治療へ変更するのが基本です。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

サブタイプ別の治療組み立て

乳がんステージ4の薬物療法は、大きく分けると次のように組み立てます。

乳がんの主なタイプ 治療の中心 治療選択で確認する主な点
ホルモン受容体陽性・HER2陰性 内分泌療法+分子標的薬 閉経前後、過去の内分泌療法、ESR1・PIK3CAなど
HER2陽性 抗HER2薬+抗がん剤など 過去に使った抗HER2薬、脳転移、心機能
トリプルネガティブ 抗がん剤、免疫療法、ADCなど PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤
HER2-low/ultralow 条件によりADC ホルモン受容体、HER2の発現量、治療歴

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がん

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、肝臓や肺などの機能が急速に悪化していなければ、内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が中心です。ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の増殖を長く抑えられる可能性があり、抗がん剤よりも生活への影響を抑えながら継続できる患者さんもいます。

HER2陽性乳がん

HER2陽性乳がんでは、HER2を狙う薬を抗がん剤などと組み合わせます。複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体があり、過去に使った治療や脳転移の有無を確認しながら、順番に使用します。HER2を標的とする薬の登場によって、HER2陽性転移性乳がんの治療は大きく変化してきました。

トリプルネガティブ乳がん

トリプルネガティブ乳がんでは、内分泌療法や通常の抗HER2療法は使用できません。抗がん剤が基本となりますが、PD-L1の条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されます。BRCA1/2の病的な変化があればPARP阻害薬、一定の治療後には抗体薬物複合体が候補になることもあります。

HER2-low/HER2-ultralow

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性には該当しないものの、がん細胞にわずかなHER2発現が確認される状態です。独立したサブタイプとして一律に治療を決めるのではなく、ホルモン受容体の状態やそれまでの治療歴と合わせて、一部の抗体薬物複合体を使えるかどうかを判断します。

参考:National Cancer Institute「Treatment of Breast Cancer by Stage」

病気の進行が速い場合

薬物療法を選ぶ際には、サブタイプだけでなく、治療をどれほど急ぐ必要があるかも重要です。

骨だけに限られた転移がゆっくり進み、自覚症状が少ない場合には、副作用を抑えながら長く継続できる治療を選びやすくなります。一方、肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が短期間で悪化している場合には、腫瘍を早く小さくできる可能性のある治療を優先します。

このように転移によって重要な臓器の機能が急速に損なわれる危険がある状態は「内臓クリーゼ」と呼ばれることがあります。単に肝臓や肺へ転移があるだけではなく、臓器機能が実際に悪化し、早急な対応が必要な状態を指します。

ホルモン受容体陽性乳がんであっても、内分泌療法の効果を待つ余裕がない場合には、抗がん剤など、より速い縮小効果を期待する治療を選ぶことがあります。治療の強さはステージだけで決めるのではなく、病気の進行速度と臓器の状態から判断します。転移性乳がんの抗がん剤治療では、病気の進行速度、持病、患者さんの希望などが治療選択に影響し、急速な進行や臓器機能への危険がある場合には併用療法が検討されることがあります。

閉経による治療方針の変化

ホルモン受容体陽性乳がんでは、閉経前か閉経後かによって治療の組み立てが異なります。

閉経後は、主に副腎や脂肪組織などで作られる女性ホルモンを抑える治療を選びます。閉経前は卵巣から多くの女性ホルモンが分泌されているため、内分泌療法や分子標的薬の効果を得るには、注射薬などで卵巣機能を抑える治療を組み合わせる必要があります。

閉経前の患者さんでも、卵巣機能を抑えたうえで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法や分子標的薬を使用できる場合があります。月経が止まっていても、抗がん剤や年齢の影響による一時的な変化の可能性があるため、年齢や血液検査などをもとに閉経状態を確認します。

薬の変更について

ステージ4乳がんでは、現在の治療が効いているかを、症状、血液検査、画像検査などから定期的に確認します。腫瘍が縮小していなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、治療効果が得られていると判断することがあります。

治療を変更する主な理由は、病変が明らかに増えた場合、新しい転移が現れた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、または副作用によって治療を続ける利益より負担が大きくなった場合です。

腫瘍マーカーが上昇しただけで、直ちに薬を変更するとは限りません。測定値には変動があり、がん以外の影響を受けることもあるためです。画像検査や症状が安定している場合には、数値の推移を見ながら次の検査まで治療を続けることもあります。

反対に、画像上の変化が小さくても、痛みや息苦しさが強くなり、生活が大きく制限されている場合には、治療内容を見直す必要があります。検査結果だけでなく、患者さんが実際に感じている症状や生活への影響も治療効果を判断する材料です。

一部の病変だけが進行した場合

薬物療法によって大部分の病変が抑えられていても、一つまたは少数の病変だけが大きくなる場合があります。これを「オリゴプログレッション」と呼ぶことがあります。

たとえば、全身の病変は安定しているものの、骨や脳の一部だけが進行した場合には、その病変へ放射線治療や手術を行い、現在の薬物療法を継続できることがあります。効果が続いている薬をすぐにすべて変更せず、進行した場所だけを局所的に治療する考え方です。

ただし、複数の臓器で病変が増えている場合には、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

手術の目的

診断時から遠隔転移がある初発ステージ4乳がんでは、乳房の腫瘍を手術しても、すでに全身へ広がったがん細胞をすべて取り除くことはできません。そのため、乳房に強い症状がなければ、まず薬物療法を行うことが一般的です。

乳房の腫瘍によって出血、痛み、感染、潰瘍、強い臭いなどが生じている場合には、生活の負担を軽減する目的で手術や放射線治療を検討します。また、薬物療法によって全身の病変が長期間安定し、転移がごく限られている患者さんでは、乳房や転移巣への局所治療について個別に検討されることもあります。

一方、症状のない初発ステージ4乳がんに対し、乳房の手術を早期に加えても、薬物療法だけの場合と比べて全生存期間が延びなかった臨床試験があります。乳房の病変自体は抑えやすくなりましたが、手術をすべての患者さんへ行う根拠にはなっていません。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)|Surgical Treatment for Metastatic Breast Cancer(E2108試験)」

放射線治療の目的

放射線治療は、骨転移の痛み、骨折や脊髄圧迫の危険、脳転移、乳房や胸壁からの出血などを抑える目的で行われます。

全身へ作用する薬物療法とは異なり、放射線治療は照射した範囲の病変を局所的に抑える治療です。全身の病気を一度に治療することはできませんが、痛みや神経症状を改善し、歩行や睡眠などの日常生活を保つために重要な役割があります。骨、肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法が原則ですが、症状や全身状態への影響がある場合には、転移した臓器への治療が併用されます。

緩和ケア・支持療法は薬物療法と同時に行う

薬物療法を続けるためには、吐き気、下痢、白血球減少、しびれ、関節痛などの副作用を適切に管理する必要があります。副作用が強い場合には、予防薬や治療薬を追加するほか、投与量を減らす、治療間隔を延ばす、原因となる薬だけを休むといった調整を行います。

薬の量を減らすことは、治療を諦めることではありません。限界まで副作用を我慢して体力を失うよりも、生活を維持できる量へ調整し、治療を継続する方が適している場合があります。

緩和ケアや支持療法は終末期だけの医療ではなく、がんと診断された時点から薬物療法などと並行して受けられます。体の症状だけでなく、不安、仕事、家族、経済的な問題も相談の対象です。

乳がんステージ4の治療は、「最も新しい薬」や「最も強い薬」を一度選べば終わるものではありません。サブタイプ、臓器の状態、過去の治療、副作用、生活上の希望を確認し、その時点で利益が期待できる治療を選び直していきます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの治療

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは、がん細胞がエストロゲンなどの女性ホルモンを利用して増殖するタイプです。ステージ4であっても、肝臓や肺の機能が急速に悪化している状態でなければ、最初から抗がん剤を使うのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬を組み合わせる治療が中心になります。

内分泌療法は、抗がん剤のように細胞を直接攻撃するのではなく、女性ホルモンの作用を抑えることで乳がんの増殖を遅らせる治療です。効果が得られれば、外来で治療を続けながら仕事や家事を維持できる患者さんもいます。ただし、副作用がない治療ではなく、ほてり、関節痛、倦怠感などが生活へ影響することもあります。

内分泌療法で使用する薬

内分泌療法は、女性ホルモンの作られ方や、がん細胞がホルモンを受け取る仕組みに作用します。

内分泌療法の種類 主な働き 主に注意すること
アロマターゼ阻害薬 閉経後に体内で作られるエストロゲンを減らす 関節痛、骨密度低下、ほてり
選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD) がん細胞のエストロゲン受容体を減らす 注射部位の痛み、吐き気、倦怠感など
選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM) エストロゲンが受容体へ結合するのを妨げる 血栓症、ほてりなど
卵巣機能抑制療法 閉経前の卵巣からのホルモン分泌を抑える 更年期症状、骨密度低下

どの薬を選ぶかは、閉経前か閉経後か、過去に受けた内分泌療法、治療終了から再発までの期間によって変わります。閉経前や閉経期の患者さんでは、卵巣機能を抑える注射などを組み合わせたうえで、内分泌療法を行うことがあります。

CDK4/6阻害薬との組み合わせ

CDK4/6阻害薬は、がん細胞が分裂するときに使う仕組みを抑える分子標的薬です。内分泌療法だけで治療する場合と比べ、病気が進行するまでの期間や生存期間を延ばす効果が示されており、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がんにおける基本的な治療の一つとなっています。国内では、パルボシクリブやアベマシクリブなどが内分泌療法と組み合わせて使用されます。

CDK4/6阻害薬はいずれも内服薬ですが、副作用の現れ方は同じではありません。白血球、とくに好中球が減少しやすい薬もあれば、下痢が起こりやすい薬もあります。肝機能異常、倦怠感、食欲低下などがみられることもあるため、定期的な血液検査が必要です。

発熱や悪寒がある場合には、好中球減少による感染症の可能性があります。下痢が続く場合も、脱水によって体力を失う前に連絡することが大切です。薬の量を減らしたり、一時的に休薬したりしても、治療の失敗を意味するわけではありません。副作用を抑え、効果のある治療を長く続けるための調整です。

閉経前の治療について

閉経前の患者さんは卵巣からエストロゲンが分泌されているため、アロマターゼ阻害薬などを単独で使用しても十分な効果が得られません。卵巣機能を抑える注射や、卵巣を手術で摘出する方法を組み合わせることで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法を受けられる場合があります。

卵巣機能を抑えると、ほてり、発汗、気分の変化、膣の乾燥、骨密度低下など、急な更年期症状が現れることがあります。若い患者さんでは、治療が仕事、性生活、将来の妊娠への希望に与える影響も大きいため、症状だけでなく生活上の悩みも医療者へ相談することが重要です。

病状が急速に悪化している場合

ホルモン受容体陽性であっても、すべての患者さんに内分泌療法を優先するわけではありません。肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が急速に悪化している場合には、内分泌療法の効果を待つ時間がないことがあります。

このように、転移によって重要な臓器の機能が差し迫って損なわれる状態では、腫瘍を早く縮小させる目的で、抗がん剤や抗体薬物複合体などを検討します。単に肝臓や肺へ転移しているという理由だけで抗がん剤が必要になるのではなく、臓器機能がどの程度悪化しているかが判断の基準になります。

内分泌療法が効かなくなる理由

内分泌療法によって病気を抑えられていても、時間の経過とともに、がん細胞が薬の影響を受けにくくなることがあります。これを内分泌療法への耐性と呼びます。

耐性が生じる仕組みの一つが、ESR1という遺伝子の変化です。ESR1はエストロゲン受容体に関係する遺伝子で、変異が生じると、女性ホルモンが少ない環境でもがん細胞が増殖しやすくなることがあります。このほか、PIK3CA、AKT1、PTENなどの変化が、治療選択へ関係する場合があります。

検査結果 治療上の主な意味
ESR1変異 別の仕組みで受容体へ作用する内分泌療法を検討する
PIK3CA変異 PI3K経路を標的とする薬が候補になる場合がある
AKT1変異・PTEN異常 AKT経路を標的とする薬が候補になる場合がある
BRCA1/2病的バリアント PARP阻害薬が候補になる場合がある
HER2-low/ultralow 治療歴などの条件によりADCが候補になる

検査結果が陽性でも、直ちに対応する薬を使用するとは限りません。これまで受けた治療、症状、転移部位、日本で承認されている使用条件を確認して、治療の順番を決めます。

ESR1変異に対する新しい治療法

従来は、画像検査で病気の進行を確認してから次の内分泌療法へ変更するのが一般的でした。しかし、血液中のがん由来DNAを定期的に調べることで、画像上は病気が進行していない段階からESR1変異を検出できる場合があります。

2026年には国内でも、アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬による一次治療を一定期間受け、ctDNA検査でESR1変異が確認された患者さんに対し、画像上の進行前にアロマターゼ阻害薬から経口SERDのカミゼストラントへ切り替え、CDK4/6阻害薬を継続する治療が承認されています。対象条件は細かく定められており、すべてのホルモン受容体陽性乳がんに行う検査や治療ではありません。

この治療は、腫瘍が大きくなってから薬を変更するだけでなく、耐性の兆候を血液検査で見つけ、早い段階で治療を調整する考え方を示しています。ただし、ctDNA検査が陰性でもESR1変異が絶対にないとは断定できず、検査の時期や病変量によって結果が変わることがあります。

参考:PMDA「カミゼストラント(エトカマ錠)適正使用ガイド」

病気が進行した場合

最初の内分泌療法とCDK4/6阻害薬で病気が進行した場合でも、臓器機能が安定していれば、別の内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が候補になります。

ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果や、過去に使用した薬を確認し、作用の異なる内分泌療法へ切り替えます。遺伝子変化に対応する薬がない場合でも、mTORという経路を抑える薬を内分泌療法へ組み合わせる方法などがあります。NCIも、ホルモン受容体陽性乳がんに対し、CDK4/6阻害薬、PI3K経路を標的とする薬、mTOR阻害薬などを内分泌療法と組み合わせる治療を示しています。

内分泌療法を変更しても短期間で進行を繰り返す場合、肝臓や肺などの機能に影響が出ている場合、内分泌療法の効果を期待しにくいと判断された場合には、抗がん剤や抗体薬物複合体へ切り替えます。

化学療法後の抗体薬物複合体も選択肢になる

内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなり、進行・再発乳がんに対する化学療法を受けた後には、抗体薬物複合体(ADC)も候補になります。ダトポタマブ デルクステカン(ダトロウェイ)は、化学療法歴のあるホルモン受容体陽性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんに国内で承認されている治療です。TROPION-Breast01試験では、無増悪生存期間中央値がダトロウェイ群6.9か月、医師選択の化学療法群4.9か月でした。ただし、これまで受けた化学療法の種類や回数などを踏まえて使用を判断します。

この薬はTROP-2を目印に抗がん剤成分を届ける薬で、口内炎、吐き気、眼の異常、間質性肺疾患などに注意が必要です。ホルモン受容体陽性・HER2陰性であれば、化学療法を受ける前から一律に使用するという意味ではありません。

参考:PMDA「ダトロウェイ 電子添文|効能・効果、TROPION-Breast01試験」

生活への影響も確認

内分泌療法は、抗がん剤より負担が軽い治療として説明されることがありますが、関節痛、ほてり、倦怠感、不眠、気分の落ち込み、膣の乾燥などが毎日続けば、仕事や外出、性生活へ影響します。CDK4/6阻害薬による下痢や血球減少も、生活の予定を立てにくくする原因になります。

症状が軽く見えても、長期間我慢すれば治療継続が難しくなることがあります。服薬時間の調整、鎮痛薬や下痢止めの使用、運動、休薬や減量などによって負担を減らせる場合があるため、診察では検査数値だけでなく、日常生活で困っていることも具体的に伝えます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法を一つ使って終わるのではなく、CDK4/6阻害薬や遺伝子変化に対応する薬を組み合わせながら、複数の治療を順番に使用します。抗がん剤へ切り替える時期も一律ではなく、内分泌療法への反応、転移した臓器、病気の進行速度、生活への負担を合わせて判断します。

HER2陽性乳がんの治療

HER2陽性乳がんは、がん細胞の表面にHER2というタンパク質が多く発現し、その働きを利用して増殖するタイプです。以前は進行が比較的速い乳がんと考えられていましたが、HER2を狙う薬が複数登場したことで、治療を順番に使用しながら長期間病気を抑えられる患者さんも増えています。

ステージ4では、抗HER2薬を治療の中心とし、抗がん剤や内分泌療法を組み合わせます。どの薬から始めるかは、過去に受けた抗HER2療法、治療終了から再発までの期間、脳転移の有無、心臓や肺の状態などによって変わります。

抗HER2薬の種類

HER2陽性乳がんに使われる薬は、同じHER2を標的としていても、作用の仕組みが異なります。

治療の種類 主な働き 主に注意すること
抗HER2抗体薬 がん細胞表面のHER2へ結合し、増殖の信号を抑える 心機能低下、点滴・注射時の反応
抗体薬物複合体(ADC) HER2を目印として、抗がん剤成分をがん細胞へ届ける 間質性肺疾患、吐き気、骨髄抑制など
HER2チロシンキナーゼ阻害薬 がん細胞内部のHER2の信号を抑える 下痢、肝機能障害、薬の飲み合わせなど
抗がん剤との併用 抗HER2薬と異なる仕組みでがん細胞を攻撃する 脱毛、白血球減少、しびれ、手足症候群など

治療名を覚えることよりも、現在使用している薬がどの種類で、どの副作用へ注意すべきかを把握することが大切です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

HER2陽性乳がんの一次治療

進行・再発乳がんに対する抗HER2療法をまだ受けていないHER2陽性の患者さんでは、トラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン系抗がん剤(THP療法)が従来から使用されてきました。さらに、2026年9月16日にはトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)+ペルツズマブの併用療法が国内で承認され、一次治療から選択できるようになりました。

承認の根拠となったDESTINY-Breast09試験では、進行・再発乳がんに対するHER2標的療法を含む化学療法歴のない患者さんなどを対象に、無増悪生存期間中央値がエンハーツ+ペルツズマブ群40.7か月、従来のTHP療法群26.9か月でした。これは病気が進行するまでの期間に関する試験結果であり、個人の余命を表すものではありません。エンハーツでは間質性肺疾患などの重大な副作用もあるため、治療歴、肺の状態、心機能、通院や副作用の負担を比較して選びます。

ただし、術前・術後治療で抗HER2薬を使用した患者さんや、治療終了から短期間で再発した患者さんでは、一次治療の選択が異なることがあります。DESTINY-Breast09試験でも、術前・術後のHER2標的療法が終了してから進行または転移が見つかるまでの期間などに参加条件が設けられました。「一次治療」とは進行・再発乳がんに対して最初に行う治療であり、早期乳がんの段階で受けた薬物療法歴を無視して決めるものではありません。

従来のTHP療法では、タキサン系抗がん剤を腫瘍の縮小と副作用の状態を見ながら一定期間後に中止し、トラスツズマブとペルツズマブによる維持療法へ移る場合があります。この説明はTHP療法の治療経過に関するもので、エンハーツ+ペルツズマブの投与方法と同一ではありません。薬を減らすことは治療を終了するという意味ではなく、効果と副作用のバランスを考えた調整です。

トラスツズマブとペルツズマブには、それぞれを点滴する方法のほか、両剤を一つにまとめた皮下注射製剤もあります。皮下注射製剤は抗体の働きが異なる治療ではなく、投与方法を簡略化したものです。通院時の投与時間や患者さんの希望、施設の体制を踏まえて選択します。
参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|2026年9月改訂・DESTINY-Breast09試験」

ホルモン受容体が陽性の場合

HER2陽性乳がんの中にも、ホルモン受容体陽性の患者さんがいます。この場合は、抗HER2療法に加え、内分泌療法を利用できる可能性があります。

腫瘍を早く縮小させる必要がある時期には、抗HER2薬と抗がん剤成分を含む治療が中心です。トラスツズマブ・ペルツズマブとタキサン系抗がん剤を組み合わせる治療では、タキサン系薬を終了した後の維持療法として、抗HER2薬と内分泌療法を続けることがあります。

病気の進行が緩やかで抗がん剤による負担を避けたい患者さんでは、抗HER2薬と内分泌療法を組み合わせる方法が検討される場合もあります。ただし、肝臓や肺の機能が急速に悪化している場合には、縮小効果を優先するため、抗がん剤を含む治療が必要です。

HER2陽性乳がんの二次治療以降

一次治療後に病気が進行した場合には、以前どの抗HER2薬を使用したかに応じて次の薬を選びます。従来のTHP療法後などでは、トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)の単剤療法が重要な候補になります。一方、一次治療ですでにエンハーツ+ペルツズマブを使用した患者さんでは、同じ薬を自動的に二次治療でも使うのではなく、作用の異なる抗HER2薬や抗がん剤などを病状に応じて検討します。

2026年9月改訂の国内電子添文では、エンハーツはHER2陽性の手術不能または再発乳がんに対し、ペルツズマブとの併用療法として使用でき、化学療法歴のある患者さんでは単剤投与も可能とされています。したがって「エンハーツは必ず二次治療で初めて使う薬」とは限りません。どちらの方法が適するかは、前治療歴と国内の適応条件を確認して判断します。

この薬では、吐き気、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や赤血球の減少などがみられます。なかでも特に注意が必要なのが間質性肺疾患です。初期には、乾いた咳、息切れ、発熱、酸素飽和度の低下などが現れます。症状が軽くても、次の診察日まで様子を見るのではなく、速やかに治療施設へ連絡する必要があります。

国内電子添文では、治療開始前に胸部CTと問診を行い、治療中も症状や画像を確認することが求められています。間質性肺疾患は重症化すると命に関わるため、早い段階で薬を中止し、必要な治療を開始することが重要です。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)点滴静注用100mg 電子添文」

トラスツズマブ デルクステカン後の治療候補

トラスツズマブ デルクステカンの効果が弱くなった場合にも、過去の治療歴や脳転移の有無に応じて、別の抗HER2療法を検討します。

2026年には日本でも、ツカチニブ、トラスツズマブ、カペシタビンを組み合わせる治療が使用できるようになりました。ツカチニブはHER2の細胞内の働きを抑える内服薬で、国内では「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がん」が適応です。単独では使用せず、トラスツズマブとカペシタビンを併用します。

ツカチニブを含む治療は、脳転移のある患者さんでも候補になります。脳転移を手術や放射線治療で局所的に抑える必要があるかを確認しながら、脳以外の病変を含めた全身治療を組み立てます。

副作用としては、下痢、肝機能障害、カペシタビンによる手足症候群などへ注意が必要です。ツカチニブにはほかの薬の血中濃度へ影響する作用もあるため、処方薬だけでなく、市販薬や健康食品を含めて医師や薬剤師へ伝えます。国内では2026年4月に販売が開始された新しい選択肢であり、使用する順序はそれまでの治療と病状から個別に判断します。

参考:PMDA「ツカイザ錠(一般名:ツカチニブ エタノール付加物)50mg/150mg 適正使用ガイド」

このほか、トラスツズマブ エムタンシンなどの抗体薬物複合体や、抗HER2薬と抗がん剤を組み合わせる治療が検討される場合もあります。使用できる薬や治療の順序は、これまでに受けた薬物療法、その効果と副作用、脳転移の有無などによって変わります。特定の薬をすべての患者さんに同じ順番で使用するわけではなく、国内での承認条件と現在の病状を確認して判断します。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

脳転移がある場合

HER2陽性乳がんでは、治療経過中に脳転移が問題となることがあります。脳転移が見つかったからといって、全身の薬物療法をすべて中止するとは限りません。

頭痛、麻痺、けいれんなどの症状がある場合や、脳の病変が周囲の組織を圧迫している場合には、手術や放射線治療によって早期に症状を改善する必要があることがあります。一方、脳以外の病変が薬物療法で抑えられている場合は、脳への局所治療と全身薬物療法の継続・変更を組み合わせて検討します。どの方法を選ぶかは、脳転移の大きさ、数、症状、これまでの治療歴などに応じて決めます。

脳転移が複数ある場合や、局所治療後にも病変が進行する場合には、脳内の病変にも効果を期待できる抗HER2療法を選びます。トラスツズマブ デルクステカンやツカチニブを含む治療などが候補になりますが、病変の大きさ、症状、過去の放射線治療、脳以外の病状を含めて判断します。

脳転移の詳しい治療については、後の「脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療」の章で解説します。

抗HER2療法では心機能を確認

トラスツズマブやペルツズマブなどの抗HER2薬は、心臓が血液を送り出す機能を低下させることがあります。そのため、治療前と治療中に心臓超音波検査などを行い、左室駆出率と呼ばれる心機能の指標を確認します。

心機能が低下しても自覚症状がない場合があります。動いたときの息切れ、むくみ、急な体重増加、横になると息苦しいといった症状があれば、心不全の可能性もあるため医療者へ伝えます。

心機能が低下した場合には、抗HER2薬を一時的に休み、循環器内科と連携して治療を行うことがあります。数値が回復すれば再開できる場合もあり、心機能の変化だけで抗HER2療法を永久に中止するとは限りません。

副作用の調整について

HER2陽性乳がんでは、抗HER2療法を長期間続けることがあります。そのため、腫瘍の縮小効果だけでなく、毎日の生活へ与える負担も考える必要があります。

点滴日の吐き気や倦怠感、下痢、しびれ、脱毛、皮膚症状などが仕事や家事へ影響することがあります。薬によっては、抗がん剤だけを終了して抗HER2薬を継続したり、投与量を減らしたり、治療間隔を調整したりできます。

副作用を医師へ伝えることは、治療を中止するためではありません。症状が軽いうちに対応することで、効果のある治療を継続しやすくなります。診察では、検査結果だけでなく、食事、睡眠、仕事、外出がどの程度できているかも伝えることが大切です。

一次治療に新たに承認された併用療法がある

HER2陽性の進行・再発乳がんでは、2026年9月16日にエンハーツ+ペルツズマブの一次治療への適応追加が国内承認されました。現在の国内電子添文には、ペルツズマブとの併用療法と、化学療法歴のある患者さんへの単剤療法が区別して記載されています。

この併用療法は、すべてのHER2陽性乳がん患者さんに従来の治療より優先されるという意味ではありません。特に間質性肺疾患をはじめとする副作用、術前・術後の治療歴、心臓や肺の機能、治療を受ける患者さんの希望などを評価し、従来のTHP療法と比較して選びます。また、HER2陽性の進行・再発乳がんへの適応と、早期乳がんの術前・術後に使用する適応は同じではありません。

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|効能・効果、用法・用量、DESTINY-Breast09試験」

HER2陽性乳がんでは、最初の抗HER2療法が効かなくなっても、抗体薬物複合体や内服のHER2阻害薬など、異なる仕組みを持つ治療へ進める可能性があります。過去に使った薬、脳転移、心臓や肺の状態、副作用を確認しながら、抗HER2療法を途切れさせずに次の治療を組み立てていくことが基本です。

HER2-low/HER2-ultralow乳がんの治療

乳がんは長く、HER2を多く発現する「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に分けて治療されてきました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、がん細胞の表面に少量のHER2が確認される患者さんに対し、HER2を目印とする抗体薬物複合体を使用できる場合があります。

この治療選択に使われる分類が「HER2-low(HER2低発現)」と「HER2-ultralow(HER2超低発現)」です。HER2陽性乳がんとは使用する薬の順序や治療の考え方が異なり、ホルモン受容体の状態や過去の治療歴を含めて適応を判断します。

HER2の検査結果

HER2は、乳がん組織を免疫染色するIHC検査で、がん細胞の表面にタンパク質がどの程度発現しているかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+の場合にはISH検査を追加してHER2遺伝子の増幅を確認します。

HER2検査の結果 一般的な分類  治療上の主な意味
IHC 3+  HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 2+かつISH陽性 HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性 HER2-low 条件を満たせば抗HER2抗体薬物複合体が候補になる
IHC 0のうち、ごく弱い不完全な膜染色がある HER2-ultralow ホルモン受容体陽性などの条件を満たせば治療候補になる
IHC 0で膜染色が確認されない HER2発現なし HER2-low/ultralowを対象とする治療の対象にはならない

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|HER2低発現・超低発現の定義と適応条件」

HER2-lowは、IHC 1+またはIHC 2+かつISH陰性と定義されます。HER2-ultralowはIHC 0に分類される中でも、腫瘍細胞の一部にごく弱い膜染色が確認される状態です。日本の電子添文では、HER2-ultralowについて「腫瘍細胞の10%以下に、かすかな、またはかろうじて認識できる不完全な膜染色がある状態」とされています。

HER2-lowはHER2陽性乳がんと同じ病気ではない

HER2-lowやHER2-ultralowという言葉から、「HER2陽性乳がんの軽いタイプ」と考える人もいるかもしれません。しかし、これらは従来のHER2陽性乳がんとは異なります。

HER2陽性乳がんでは、HER2ががん細胞の増殖を強く促すため、トラスツズマブやペルツズマブなど、HER2の働きを抑える治療が中心になります。一方、HER2-lowやHER2-ultralowでは、HER2そのものが病気を大きく動かしているとは限りません。

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性乳がんとは区別されます。HER2の発現量が比較的少ない場合でも、HER2を目印に抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体が、病状や過去の治療歴によって候補になることがあります。治療を考える際には、HER2の検査結果だけでなく、ホルモン受容体が陽性かどうかや、これまでの治療内容も引き続き重要です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

HER2を目印に抗がん剤成分を届ける

HER2-low/ultralow乳がんで使われる代表的な薬が、トラスツズマブ デルクステカンです。この薬は、HER2へ結合する抗体と、強い抗がん剤成分を一つにつないだ抗体薬物複合体です。

抗体部分がHER2を持つがん細胞へ結合すると、薬が細胞内へ取り込まれ、内部で抗がん剤成分が放出されます。HER2の発現量がHER2陽性乳がんほど多くなくても、わずかなHER2を目印として薬を届けられることが、この治療の特徴です。

通常の抗HER2抗体薬とは役割が異なり、HER2の信号を抑えることだけが目的ではありません。抗がん剤成分を腫瘍へ運ぶ仕組みを持つため、吐き気、骨髄抑制、脱毛など、抗がん剤に近い副作用もみられます。

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|HER2-low/ultralowの適応と投与上の注意」

エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)の適応拡大

日本では2025年8月、ホルモン受容体陽性かつHER2-lowまたはHER2-ultralowの手術不能・再発乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンの適応が拡大されました。

承認の根拠となった試験は、転移・再発乳がんに対する内分泌療法を受けた後、抗がん剤への移行が適切と判断された患者さんを対象としています。対象となったのは、主に次のような患者さんです。

  • 内分泌療法を複数受けた後に病気が進行した
  • 内分泌療法とCDK4/6阻害薬を開始して早い段階で進行した
  • 進行・再発乳がんに対する細胞障害性抗がん剤をまだ受けていない
  • ホルモン受容体陽性で、HER2-lowまたはHER2-ultralowが確認されている

これまでは、内分泌療法の効果が乏しくなった後、カペシタビンやタキサン系薬などの抗がん剤へ進むのが一般的でした。現在は条件を満たす患者さんでは、通常の抗がん剤を始める前に、トラスツズマブ デルクステカンを選べる可能性があります。

ただし、内分泌療法が効かなくなったすべての患者さんへ、直ちにこの薬を使用するわけではありません。ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどに応じた内分泌療法や分子標的薬がまだ候補になる場合もあります。病気の進行速度、転移部位、副作用、これまでの治療を比較して順番を決めます。

臨床試験の結果

適応拡大の根拠となったDESTINY-Breast06試験では、内分泌療法歴があり、進行・再発乳がんに対する抗がん剤治療歴のない、ホルモン受容体陽性のHER2-low/ultralow乳がんが対象となりました。

HER2-lowの患者さんでは、無増悪生存期間中央値がトラスツズマブ デルクステカン群13.2か月、医師が選択した抗がん剤群8.1か月でした。HER2-ultralowの患者さんでは、それぞれ13.2か月と8.3か月でした。これらは無増悪生存期間の指標であり、全生存期間や個人の余命を表すものではありません。

ただし、これらの中央値は個人の効果が続く期間を予測する数字ではありません。また、HER2-ultralowはHER2-lowより対象人数が少なく、結果の不確実性が比較的大きい点にも注意が必要です。HER2-ultralowであれば誰にでも同じ効果が得られるという意味ではなく、ホルモン受容体、治療歴、臓器機能などを含めた適応判断が必要です。

抗がん剤治療後のHER2-low乳がんでも候補になる

HER2-low乳がんでは、すでに進行・再発乳がんに対する抗がん剤を受けた患者さんにも、トラスツズマブ デルクステカンが使用されます。この適応には、ホルモン受容体陽性乳がんだけでなく、ホルモン受容体陰性のトリプルネガティブ乳がんの一部も含まれます。

DESTINY-Breast04試験では、1~2種類の抗がん剤治療を受けたHER2-lowの転移性乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンが従来の抗がん剤より病気が進行するまでの期間と全生存期間を延長しました。ホルモン受容体陽性集団の無増悪生存期間中央値は10.1か月に対し5.4か月、ホルモン受容体陰性例を含む全体では9.9か月に対し5.1か月でした。

一方、2026年10月時点の国内電子添文では、HER2-ultralowに対する適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としています。トリプルネガティブ乳がんでIHC 0のHER2-ultralowが確認されても、それだけを理由に同じ適応で使用できるわけではありません。

検査結果を確認し直す意味

過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ記載されていても、実際にはIHC 1+やIHC 2+かつISH陰性で、HER2-lowに該当している可能性があります。また、IHC 0であっても、ごく弱い膜染色があればHER2-ultralowと評価される場合があります。

そのため、治療候補を検討するときには、単に陽性・陰性だけではなく、次の点を確認します。

  • HER2のIHCスコアはいくつだったか
  • IHC 2+の場合、ISH検査は陽性か陰性か
  • IHC 0の場合、膜染色が全くなかったのか
  • 原発巣と転移巣のどちらを検査したのか
  • 検査を行った時期はいつか

HER2の発現量は、原発巣と転移巣、治療前と治療後で変わることがあります。また、IHC 0と1+の境界は非常にわずかであり、標本の状態や判定によって結果が異なる可能性があります。治療選択へ影響する場合には、保存されている標本の再評価や、可能であれば転移巣の再生検が検討されます。

日本の適正使用ガイドでも、HER2-low/ultralowは、十分な経験を持つ病理医または検査施設で、承認された検査方法によって確認することが求められています。

トラスツズマブ デルクステカンの副作用

間質性肺疾患

トラスツズマブ デルクステカンで最も注意すべき副作用の一つが、間質性肺疾患です。肺の組織に炎症が起こり、重症化すると呼吸不全や死亡につながる可能性があります。

初期に現れやすい症状は、新しく始まった乾いた咳、階段や歩行時の息切れ、発熱、息苦しさ、酸素飽和度の低下などがあり、風邪や体力低下に似た症状であっても自己判断で次の診察まで待たず、治療施設へ連絡する必要があります。

症状のない軽度の肺障害であっても、原則として薬を中断します。症状を伴う場合には投与を中止し、必要に応じてステロイド治療を行います。早く見つけるほど重症化を防ぎやすいため、患者さん本人だけでなく家族も初期症状を知っておくことが大切です。

その他の副作用

トラスツズマブ デルクステカンでは、吐き気、嘔吐、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や好中球の減少、貧血などがみられます。DESTINY-Breast06試験では、吐き気、疲労、脱毛、好中球減少などが比較的多く報告されました。

通常は3週間に1回の点滴で、初回は90分かけて投与します。問題がなければ、2回目以降は30分まで短縮できる場合があります。吐き気は点滴当日だけでなく、数日続くことがあります。予防的な吐き気止めを使い、食事を少量ずつ分けるなどの対応を行います。倦怠感が強い日を把握しておくと、仕事や外出の予定を調整しやすくなります。

白血球減少時の発熱や悪寒、貧血による息切れや動悸がある場合には、早めの連絡が必要です。副作用が強いときには、休薬や減量によって治療を続けられる場合があります。

HER2-low/ultralow分類の意義

HER2-lowやHER2-ultralowが見つかったからといって、乳がんそのものが軽い、あるいは重いと判断できるわけではありません。また、HER2陽性乳がんへ変化したという意味でもありません。

この分類の意義は、これまでHER2陰性として扱われていた患者さんの中から、HER2を目印とする抗体薬物複合体の効果が期待できる人を見つけられるようになったことです。

ホルモン受容体陽性乳がんでは、内分泌療法や分子標的薬をどこまで使用したか、抗がん剤へ進む時期かどうかを確認します。トリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤なども含めて治療の順番を考えます。

病理報告書に「HER2陰性」と書かれている場合でも、IHCの具体的な点数を確認することで、新たな治療候補が見つかることがあります。治療変更を考える段階では、過去の検査結果をもう一度確認し、必要に応じて病理標本の再評価について主治医へ相談することが大切です。

トリプルネガティブ乳がんの治療

トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも通常の内分泌療法や抗HER2抗体療法の標的にならない乳がんです。抗がん剤や、適応を満たす場合の免疫チェックポイント阻害薬、抗体薬物複合体などを組み合わせて治療を組み立てます。2026年9月には、免疫療法が適さない一部の患者さんに対する新たな一次治療も国内で承認されました。

ただし、トリプルネガティブ乳がんだから全員が同じ薬を受けるわけではありません。PD-L1の発現、生まれつき持っているBRCA1/2遺伝子の病的な変化、HER2のわずかな発現、過去に使用した抗がん剤などを確認することで、免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できる場合があります。治療を始める前に必要な検査を済ませておくことが、選択肢を狭めないために欠かせません。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」

PD-L1検査

手術不能または再発したトリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1検査が最初の治療を選ぶうえで大きな意味を持ちます。日本では、PD-L1の発現を示すCPSが10以上で、転移・再発乳がんに対する全身薬物療法をまだ受けていない患者さんに対し、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブと抗がん剤の併用が検討されます。

併用する抗がん剤には、パクリタキセル、nab-パクリタキセル、ゲムシタビンとカルボプラチンなどがあり、過去の治療歴や副作用、病状に応じて選びます。

承認の根拠となったKEYNOTE-355試験では、CPSが10以上の患者さんにおいて、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、ペムブロリズマブと抗がん剤を併用した群で9.7か月、抗がん剤だけの群で5.6か月でした。この数字は個人に効果が続く期間を示すものではありませんが、PD-L1の条件を満たす患者さんでは、抗がん剤へ免疫療法を加える意義が示されています。

参考:NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」、ClinicalTrials.gov「KEYNOTE-355試験」

PD-L1検査では、がん細胞だけでなく周囲の免疫細胞に現れているPD-L1も含めてCPSを計算します。CPSが10未満であれば、転移性トリプルネガティブ乳がんに対するペムブロリズマブと抗がん剤の併用対象にはなりません。また、過去の早期乳がん治療でペムブロリズマブを使用していた場合は、治療終了から再発までの期間なども考慮する必要があります。

免疫療法の注意点

ペムブロリズマブは、免疫細胞にかかっているブレーキを解除し、がん細胞を攻撃しやすくする薬です。そのため、白血球減少や脱毛といった併用抗がん剤の副作用に加え、活性化した免疫が正常な臓器を攻撃する「免疫関連副作用」が起こることがあります。

たとえば、甲状腺や副腎の機能が低下すると、強い倦怠感や食欲低下、寒がり、めまいなどが現れます。肺に炎症が起きれば、咳や息切れ、発熱がみられ、腸に炎症が起きると下痢や腹痛が続くことがあります。肝機能障害や、急激に血糖値が上がる1型糖尿病が起こる可能性もあります。

症状が治療直後に現れるとは限らず、数週間から数か月たってから、あるいはペムブロリズマブを中止した後に出ることもあります。風邪や疲労に見える変化でも、免疫療法を受けていることを伝えたうえで治療施設へ相談する必要があります。副作用が疑われる場合には、投与を休み、免疫反応を抑えるステロイドなどを使用します。早く対処できれば回復する場合がありますが、我慢して重症化すると治療の継続だけでなく臓器機能にも影響します。

参考:PMDA「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)電子添文」

PD-L1陰性の場合

PD-L1の条件を満たさない場合や、免疫療法を使用しにくい持病がある場合には、抗がん剤のほか、適応を満たせば2026年9月に国内承認された抗体薬物複合体も一次治療の候補になります。どの薬が使えるかは、免疫療法の適否、これまで受けた薬物療法、がんの進行速度を踏まえて決めます。通常の抗がん剤を使用する場合は、病状を早く抑える必要がある場合を除き、複数の抗がん剤を一度に使用するよりも、一剤ずつ使用して効果と副作用のバランスを取ることが多くなります。

選択される薬には、タキサン系薬、カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、ビノレルビンなどがあります。プラチナ製剤を使用することもあり、病気が急速に進んでいる場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンなど複数の薬を組み合わせて、腫瘍の縮小を優先することがあります。

どの薬を選ぶかは、以前の術前・術後治療で何を使用したか、その治療から再発までどれくらいの期間が空いているかによって変わります。過去のパクリタキセルで強いしびれが残っていれば、再び末梢神経障害を起こしやすい薬を避けることがあります。内服薬を希望していても、食事が取れない、下痢が続いている、肝機能が大きく低下しているといった状態では、別の治療が適する場合があります。

抗がん剤を選ぶ際には、腫瘍がどれほど縮む可能性があるかだけでなく、脱毛、しびれ、下痢、口内炎、血球減少などが仕事や食事、外出へどの程度影響するかも確認します。治療効果が同程度と考えられる薬が複数ある場合には、通院回数や投与方法を含め、生活に合わせて選択できます。

免疫療法が適さない場合の一次治療:ダトロウェイ

2026年9月16日、ダトポタマブ デルクステカン(ダトロウェイ)が、ホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能または再発乳がんに対して国内で適応追加承認されました。TROP-2というタンパク質を目印に抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体(ADC)です。

承認の根拠となったTROPION-Breast02試験は、転移・再発乳がんに対する化学療法歴がなく、PD-1/PD-L1阻害薬による治療に適さないトリプルネガティブ乳がんを対象としました。PD-L1の発現条件を満たさない患者さんのほか、早期乳がん治療で免疫療法を受けたなどの理由で免疫療法が適さない一部の患者さんも含まれました。

試験では、無増悪生存期間中央値はダトロウェイ群10.8か月、医師が選択した抗がん剤群5.6か月、全生存期間中央値はそれぞれ23.7か月、18.7か月でした。これらの数値は試験集団の結果であり、個々の患者さんの生存期間を予測するものではありません。

ダトロウェイでは、口内炎、吐き気、ドライアイや角膜障害、間質性肺疾患などに注意が必要です。特に新たな咳や息切れ、発熱、見え方の異常が出た場合には、速やかに治療施設へ相談します。なお、すべてのトリプルネガティブ乳がん患者さんが最初からこの薬を使用するわけではなく、免疫療法の適否や過去の治療歴を確認したうえで選択します。

参考:PMDA「ダトロウェイ 電子添文|2026年9月改訂・TROPION-Breast02試験」、厚生労働省 臨床研究情報ポータル「TROPION-Breast02試験」

BRCA1/BRCA2遺伝子の病的な変化

トリプルネガティブ乳がんの患者さんでは、生まれつき持っているBRCA1またはBRCA2遺伝子の病的な変化が見つかることがあります。BRCA1/BRCA2は、傷ついたDNAを修復する働きに関係する遺伝子です。この働きが低下しているがん細胞に対しては、別のDNA修復経路を妨げるPARP阻害薬が効果を示す場合があります。

日本では、がん化学療法歴があり、生殖細胞系列のBRCA遺伝子変異が確認されたHER2陰性の手術不能・再発乳がんに対し、オラパリブやタラゾパリブが治療候補になります。ホルモン受容体の有無を問わないため、条件を満たすトリプルネガティブ乳がんにも使用できます。

オラパリブ・タラゾパリブの副作用

どちらも内服薬ですが、負担が軽い治療とは限りません。とくに貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が起こりやすく、強い倦怠感や息切れが貧血のサインになることがあります。定期的に血液検査を行い、必要に応じて休薬や減量を行います。

BRCA1/2の遺伝学的検査は、使用できる薬を調べるだけの検査ではありません。生まれつきの病的な変化が確認された場合、本人の卵巣がんなどのリスクや、子ども、きょうだい、親など血縁者の健康管理にも関係する可能性があります。検査を受ける前後には、結果をどこまで知りたいか、家族へどのように伝えるかも含めて、遺伝カウンセリングを受けることがあります。

参考:PMDA「リムパーザ(一般名:オラパリブ)電子添文」
参考:PMDA「ターゼナ(一般名:タラゾパリブ)電子添文」

抗体薬物複合体

サシツズマブ ゴビテカンは、TROP-2というがん細胞の表面にあるタンパク質を目印として、抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体です。日本では、化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能・再発乳がんに使用できます。

この薬は21日間を一つのサイクルとして、1日目と8日目に点滴します。毎週通院する週と休薬する週が生じるため、仕事や家族の予定を調整する際には、投与日だけでなく副作用が出やすい時期も確認しておく必要があります。

サシツズマブ ゴビテカンの副作用

特に注意する副作用は、好中球減少と下痢です。好中球が大きく減った状態で発熱すると、重い感染症につながる可能性があります。38度前後の発熱や悪寒、強いだるさがあれば、解熱薬だけで様子を見ずに治療施設へ連絡します。下痢が続けば、水分や電解質が失われ、脱水や腎機能低下を起こすことがあります。

回数が増えた段階で下痢止めの使用方法を確認し、水分を取れない、尿が少ない、立ちくらみがするといった変化があれば早めの受診が必要です。脱毛や吐き気、倦怠感も比較的みられ、生活への負担に応じて休薬や減量を行います。

参考:PMDA「トロデルビ(一般名:サシツズマブ ゴビテカン)電子添文」

HER2-lowの治療候補

トリプルネガティブ乳がんの中にも、HER2検査がIHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性となるHER2-lowの患者さんがいます。化学療法歴などの条件を満たせば、トラスツズマブ デルクステカンが治療候補になる場合があります。

この治療はHER2陽性乳がんだけのものではなく、少量のHER2を抗がん剤成分の届け先として利用します。ただし、HER2-lowであれば必ずサシツズマブ ゴビテカンより先に使用するという決まりではありません。過去の治療、腫瘍の進行速度、脳転移、肺の状態、予想される副作用などを比較して順番を決めます。

トラスツズマブ デルクステカンでは間質性肺疾患が治療判断に大きく関わります。新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には、風邪だと自己判断せず治療施設へ連絡します。もともと肺に病気がある患者さんや、過去に薬剤性肺障害を起こした患者さんでは、使用の可否をより慎重に検討します。

一方、2026年10月時点の国内電子添文では、HER2-ultralowの適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としており、トリプルネガティブ乳がんでごく弱いHER2発現があるだけでは、同じ条件で使用できるとは限りません。病理報告書の「HER2陰性」という記載だけで判断せず、IHCスコアと現在の国内適応を確認する必要があります。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)電子添文」

治療の順番は一つに固定されていない

トリプルネガティブ乳がんでは、ホルモン受容体陽性乳がんのように、内分泌療法を何段階も順番に使用することはできません。一方で、PD-L1高発現なら免疫療法、免疫療法が適さず初回の薬物療法を選ぶ場合にはダトロウェイなど、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬、HER2-lowで治療歴などの条件を満たせばトラスツズマブ デルクステカンというように、検査結果と治療歴によって道筋が分かれます。すべての薬を同時に使用するわけではありません。

最初の治療が効かなくなったときには、病気が全身で進行しているのか、一部の転移だけが進行しているのかを確認します。脳や骨の一部だけが進行している場合には、放射線治療などを追加し、全身では効果が続いている薬を維持できることもあります。複数の臓器で進行していれば、未使用の抗がん剤、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などへ切り替えます。

治療効果を追求するだけでなく、その治療を受けることで食事や睡眠、仕事、外出をどの程度保てるかも判断材料です。副作用が強い治療を短期間だけ続けるより、減量しながら長く続ける方が適する場合もあります。検査で使用可能と分かった薬をすべて使うのではなく、現在の病状に対して利益が見込める順番を考えることが、ステージ4の治療では求められます。

乳がんステージ4の抗がん剤治療

乳がんステージ4では、サブタイプや病状に応じて抗がん剤を使用します。トリプルネガティブ乳がんでは治療の中心となり、HER2陽性乳がんでは抗HER2薬と組み合わせます。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでも、内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなった場合や、肝臓・肺などの機能を守るために腫瘍を早く縮小させる必要がある場合には、抗がん剤が候補になります。

抗がん剤を始めることは、治療の選択肢がほとんど残っていないという意味ではありません。ステージ4乳がんでは、効果と副作用を確認しながら、作用の異なる薬を順番に使用します。現在の薬が効きにくくなった場合にも、未使用の抗がん剤、抗体薬物複合体、分子標的薬などへ進めることがあります。

なお、トラスツズマブ デルクステカン、ダトポタマブ デルクステカン、サシツズマブ ゴビテカンなどの抗体薬物複合体も、がん細胞へ抗がん剤成分を届ける治療です。ただし、使用条件や特有の副作用が異なるため、本章の一覧には含めず、各サブタイプの章で解説しています。

乳がんステージ4で使われる主な抗がん剤

薬剤・薬剤群 主に検討される場面 投与上の主な特徴 注意したい副作用と生活への影響
 タキサン系薬(パクリタキセル、ドセタキセル、nab-パクリタキセル) トリプルネガティブ乳がん、抗HER2薬との併用、腫瘍の縮小を早く得たい場合など 点滴で使用し、毎週または数週間ごとなど治療法によって間隔が異なる 手足のしびれ、白血球減少、脱毛など。しびれが進むと、箸を使う、ボタンを留める、歩くといった動作へ影響する。ドセタキセルでは浮腫にも注意する
カペシタビン 通院点滴の負担を抑えたい場合、複数の治療後、ほかの薬との併用など 自宅で服用する内服薬。服用期間と休薬期間を繰り返す 手足症候群、下痢、口内炎、骨髄抑制など。手足の痛みや皮膚の亀裂により、家事や歩行が難しくなることがある
エリブリン タキサン系薬やアントラサイクリン系薬などの治療後を含む進行・再発乳がん 一定の間隔で点滴し、休薬期間を設ける 好中球減少、倦怠感、脱毛、食欲低下、しびれなど。発熱時には感染症を疑って早めに連絡する
ビノレルビン・ゲムシタビン 過去の治療歴や残っている副作用に応じて選択 単剤で使う場合と、ほかの薬と組み合わせる場合がある 白血球減少、貧血、倦怠感、吐き気など。投与日や休薬期間は治療法によって異なる
アントラサイクリン系薬(ドキソルビシン、エピルビシンなど) 過去に使用していない場合や、再使用による利益が期待できる場合 点滴で使用し、生涯に投与できる総量を考慮する 骨髄抑制、吐き気、脱毛、心機能低下など。過去の投与量と心臓の状態を確認する必要がある
プラチナ製剤(カルボプラチンなど) トリプルネガティブ乳がん、免疫療法との併用、腫瘍の縮小を優先する場合など ほかの抗がん剤と組み合わせることがある 血球減少、吐き気、腎機能への影響など。併用薬によって副作用の出方や強さが変わる

表は代表的な特徴をまとめたものであり、実際の投与方法や副作用は、薬の組み合わせ、投与量、患者さんの臓器機能によって変わります。タキサン系薬では末梢神経障害、カペシタビンでは日常生活を制限する手足症候群、ドセタキセルでは骨髄抑制や浮腫、エリブリンでは血球減少などが治療継続の判断に関わります。

病状が安定している場合

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、病気の進行が比較的緩やかで、臓器機能も保たれている場合、一種類の薬を使用する単剤治療が選ばれることが多くあります。

複数の抗がん剤を組み合わせると、腫瘍が縮小する割合や縮小までの速さが高まる場合があります。一方で、副作用も強くなりやすく、単剤を順番に使用する場合より生存期間が明確に延びるとは限りません。そのため、併用療法は、病気が短期間で進行している場合や、肝臓・肺などの機能が差し迫って悪化し、腫瘍を早く小さくする必要がある場合を中心に検討します。

たとえば、肝臓に転移があるという理由だけで、必ず複数の抗がん剤を使用するわけではありません。黄疸や肝機能低下が急速に進んでいるのか、画像上は転移があっても臓器機能が安定しているのかによって、必要な治療の強さは異なります。

抗がん剤の選び方

抗がん剤を選ぶ際には、乳がんのサブタイプだけでなく、術前・術後治療を含めて過去にどの薬を使ったかを確認します。同じ薬でも、治療終了から長い期間が空いていれば再使用できる場合がありますが、治療中や終了直後に再発した場合には、別の作用を持つ薬が優先されることがあります。

以前の治療によるしびれが残っていれば、タキサン系薬を追加すると手の細かな作業や歩行がさらに難しくなる可能性があります。アントラサイクリン系薬を過去に使用していれば、それまでの総投与量と心機能を確認します。腎機能が低下している場合や、骨髄の回復が遅い場合にも、使用できる薬や投与量が限られることがあります。治療法は、病気の進行速度、持病、過去の副作用、本人の希望を含めて選択します。

内服薬であるカペシタビンは、通院点滴の時間を減らせる利点がありますが、副作用が軽いとは限りません。自宅で服用するため、決められた服用期間を管理し、症状が強くなったときには自分で休薬の必要性を判断せず、治療施設へ連絡することが大切です。カペシタビンの電子添文では、手足症候群が日常生活を制限する程度に応じて評価され、症状に合わせた休薬や減量が定められています。

参考:PMDA「カペシタビン錠 電子添文」

副作用への対処について

抗がん剤の副作用は、点滴や服薬をした当日にすべて現れるわけではありません。吐き気やだるさが数日後に強くなることもあれば、白血球は治療後しばらくしてから減少します。しびれや倦怠感は、治療を重ねるうちに少しずつ蓄積する場合があります。

仕事や家事を続ける場合には、治療日だけでなく、何日目に体調が悪くなり、いつ頃回復するのかを記録すると予定を立てやすくなります。診察では医師に「しびれがあります」と伝えるだけでなく、箸を落とすようになった、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が弱く階段が怖いなど、困っている動作を具体的に説明すると、減量や薬剤変更の必要性を判断しやすくなります。

脱毛、爪の変化、皮膚の乾燥なども、命に直接関わる副作用ではないからと我慢する必要はありません。外出や仕事、人との交流へ影響している場合には、ウィッグ、帽子、爪や皮膚のケアなど、治療前から対策を相談できます。

特に注意すべき兆候

好中球が減少している時期の発熱は、重い感染症の兆候である可能性があります。治療施設から示された体温の基準を超えた場合や、悪寒を伴う場合には、市販の解熱薬だけで様子を見ずに連絡します。

下痢や嘔吐が続き、水分を取れない、尿が極端に少ない、立ち上がるとふらつくといった状態では、脱水や腎機能低下が進んでいる可能性があります。口内炎によって食事が取れない場合や、手足症候群によって歩行が難しくなった場合も、服薬を続けながら次の外来を待つのではなく、休薬が必要かを確認します。

新しい息切れ、むくみ、短期間での体重増加がある場合には、貧血だけでなく、心機能低下や体液貯留が関係していることもあります。特にアントラサイクリン系薬やドセタキセルなどを使用している場合は、症状を早めに伝える必要があります。

減量や休薬は治療の失敗ではない

抗がん剤は、最初に決めた量を変えずに続けることだけが正しい治療ではありません。副作用が強ければ、投与量を減らす、一時的に休む、投与間隔を延ばす、別の薬へ変更するといった調整を行います。

減量によって腫瘍への効果がなくなるとは一概にいえません。副作用を我慢して食事や睡眠が保てなくなり、体力や臓器機能が低下すれば、現在の治療だけでなく、その後の治療も受けにくくなります。治療効果と日常生活の両方を確認し、継続できる量へ調整することが、長期にわたるステージ4乳がんの治療では重要です。

画像検査で腫瘍が完全に消えていなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、現在の治療を続ける意味があります。反対に、腫瘍が縮小していても、副作用によってほとんど食事が取れない、外出できない、転倒するほど足の感覚が低下している場合には、治療の利益と負担を見直さなければなりません。

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、薬の強さだけでなく、何を目的として使うのか、どの副作用なら受け入れられるのか、生活をどの程度維持できるのかを考えます。候補となる薬を比較しながら、その時点の病状と本人の希望に合う治療を選び、必要に応じて量や投与方法を調整していきます。

乳がんの骨転移に対する治療

骨は、乳がんが遠隔転移しやすい部位の一つです。乳がんが骨へ転移した場合も、骨から発生した「骨がん」へ変わったわけではなく、乳がん細胞が骨の中で増殖している状態です。そのため、治療の基本は乳がんのサブタイプに応じた内分泌療法、抗HER2療法、抗がん剤などの全身薬物療法になります。そのうえで、痛みや骨折、神経の圧迫を防ぐために、骨修飾薬、放射線治療、手術などを組み合わせます。

骨転移が見つかっても、直ちに歩けなくなったり、すぐに命へ関わったりするとは限りません。一方で、病変の位置や骨の壊れ方によっては、骨折や脊髄圧迫などを突然起こすことがあります。痛みが軽い段階でも画像を確認し、どの骨にどの程度の負担がかかっているのかを評価することが大切です。

骨転移による痛み

骨転移による痛みは、背中、腰、骨盤、肋骨、腕、脚などに現れます。初期には体を動かしたときだけ痛む場合がありますが、進行すると安静時や夜間にも痛みが続き、睡眠や歩行へ影響することがあります。これまでなかった場所に痛みが続く場合や、鎮痛薬を使っても強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せずに伝える必要があります。

痛みの強さと画像上の病変の大きさが必ず一致するわけではありません。小さな病変でも体重のかかる大腿骨や脊椎にあれば生活への影響が大きくなり、広い骨転移があっても痛みが少ないこともあります。治療を考える際には、画像だけでなく、歩行、寝返り、着替え、階段の上り下りなど、具体的にどの動作が難しくなっているかを確認します。

骨折する前に手術が必要になることも

骨転移によって骨の強度が低下すると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、骨折後に手術を行うよりも、骨折する危険が高い段階で金属製の器具などを使って補強した方が、歩行能力を保ちやすい場合があります。

痛みがあるからといって、運動をすべて中止する必要があるとは限りません。ただし、骨折リスクが高い場所へ自己判断で強い負荷をかけるのは危険です。整形外科やリハビリテーション科が画像を確認し、体重をかけてよい範囲や、杖・歩行器の必要性、安全に行える運動を判断します。

薬物療法でがんを抑えることと、骨を物理的に補強することは役割が異なります。抗がん治療が効く可能性があっても、骨折の危険が差し迫っていれば、手術や放射線治療を先に行うことがあります。

足の脱力や排尿障害は脊髄圧迫の可能性

脊椎の転移が大きくなったり、転移によって背骨がつぶれたりすると、脊髄や神経が圧迫されることがあります。脊髄圧迫では、背中や腰の痛みに続いて、脚のしびれ、力の入りにくさ、歩行の不安定さ、感覚の低下などが現れ、進行すると排尿や排便を自分で調節できなくなる場合があります。

こうした神経症状は、数日待って次の外来で相談するものではありません。圧迫が長く続くほど、治療後も麻痺や排尿障害が残る可能性があるため、突然歩きにくくなった、両脚に力が入らない、股の周囲の感覚がおかしい、尿が出にくいといった変化があれば、速やかに治療施設へ連絡します。

検査では緊急にMRIなどを行い、ステロイド薬、手術、放射線治療を組み合わせます。どの治療を優先するかは、圧迫の原因、背骨の安定性、神経症状の進み方、全身の病状によって異なります。

骨修飾薬の併用について

骨転移がある患者さんでは、がん細胞によって骨が壊される働きを抑える骨修飾薬が使われます。代表的な薬には、皮下注射で投与するデノスマブと、点滴で投与するゾレドロン酸があります。これらの薬は、乳がんそのものを全身から消す薬ではなく、病的骨折、脊髄圧迫、骨病変への放射線治療や手術が必要になる事態を減らす目的で、乳がんへの薬物療法と併用します。

骨修飾薬の副作用

デノスマブでは、血液中のカルシウムが低下することがあります。PMDAの電子添文では、投与前と投与後にカルシウムなどを確認し、原則としてカルシウムとビタミンDを補充しながら使用することが求められています。手足や口の周囲のしびれ、筋肉のけいれん、強い倦怠感などが現れた場合には、低カルシウム血症の可能性もあるため、医療者へ連絡します。特に腎機能が大きく低下している患者さんでは、慎重な管理が必要です。

ゾレドロン酸では、投与前後の腎機能の確認が欠かせません。腎機能が低下している場合には投与量を調整し、治療中に悪化した場合には休薬などを検討します。点滴後に発熱、筋肉痛、関節痛など、インフルエンザに似た症状が一時的に現れることもあります。

参考:PMDA「ランマーク(一般名:デノスマブ)電子添文」
参考:PMDA「ゾレドロン酸点滴静注 電子添文」

骨修飾薬を始める前には歯科受診を行う

デノスマブやゾレドロン酸では、まれではあるものの、あごの骨が壊死したり感染を起こしたりする薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎が問題になることがあります。特に、むし歯や歯周病がある状態で抜歯などの処置を受けると、発症リスクが高まります。PMDAでは、治療開始前に必要な歯科治療を済ませ、治療中も定期的な歯科受診と口腔ケアを続けることを勧めています。

骨修飾薬を使っている間に歯科治療が必要になった場合も、自己判断で薬を中止したり、乳がんの担当医へ伝えずに抜歯を受けたりしてはいけません。歯科医師には骨転移の治療薬を使用していることを伝え、乳腺科と歯科で処置の時期や方法を相談します。

歯やあごの痛み、歯茎の腫れ、歯のぐらつき、抜歯した場所が治りにくい、歯茎から膿や骨のような硬いものが出るといった変化は、顎骨壊死・骨髄炎の兆候となることがあります。放置せず、早い段階で歯科医師と治療担当医へ相談します。

参考:PMDA「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」

放射線治療が有効な場合

痛みのある骨転移には、放射線治療が有効な場合があります。放射線を病変へ当てることで腫瘍を局所的に抑え、痛みを軽減します。照射回数は一律ではなく、1回で終える方法と、数回から複数回に分ける方法があります。病変の位置、骨折リスク、過去の照射歴、全身状態、通院の負担などから決めます。NCIは、骨転移による痛みに対し、1回照射でも複数回照射と同程度の鎮痛効果が得られる場合があると紹介しています。

放射線治療を受けても、痛みがその日のうちに消えるとは限りません。効果が現れるまでに時間がかかることがあるため、鎮痛薬を併用します。照射直後に一時的に痛みが強くなる場合もあり、事前に対応方法を確認しておく必要があります。

定位放射線治療のように病変へ高い線量を集中させる方法が検討されることもありますが、すべての骨転移へ適するわけではありません。脊髄との距離、骨の安定性、病変数、これまでの放射線治療などを評価して選びます。

参考:National Cancer Institute「Radiation for Controlling Pain from Bone Metastases」

高カルシウム血症に注意

骨が広い範囲で壊されると、骨の中のカルシウムが血液中へ流れ出し、高カルシウム血症を起こすことがあります。初期には口が渇く、尿の量が増える、便秘になる、食欲が落ちる、吐き気がするといった変化がみられます。進行すると、強い眠気、意識の混乱、脱水、腎機能低下などを起こし、緊急の治療が必要になります。

体調不良や抗がん剤の副作用と区別しにくい症状ですが、水分を取れないほどの吐き気、急に反応が鈍くなった、会話がかみ合わないといった変化がある場合は、早急に受診します。治療では点滴による補液を行い、病状に応じて骨吸収を抑える薬などを使用します。

痛みを我慢せず、生活を保てる治療を組み合わせる

骨転移の治療では、画像上の病変を小さくすることだけでなく、痛みを抑え、歩行や睡眠を保ち、骨折や麻痺を防ぐことが重要です。鎮痛薬を使用することは、病気が最終段階に入ったという意味ではありません。痛みを抑えることで体を動かしやすくなり、筋力や食欲を保ちやすくなる場合があります。

痛み止めを使っても夜に眠れない、動くたびに鋭い痛みがある、急に歩きにくくなったといった変化は、薬の量を増やすだけでなく、骨折や神経圧迫が起きていないかを確認するきっかけになります。乳腺科だけでなく、放射線治療科、整形外科、歯科、緩和ケア、リハビリテーション科が連携することで、抗がん治療と日常生活の両方を支えます。

骨転移がある患者さん全員に、同じ行動制限が必要なわけではありません。安全な範囲で体を動かすことは、筋力や移動能力を保つうえで役立ちます。どこまで体重をかけてよいか、避けるべき動作があるかを画像に基づいて確認し、過度に安静にすることも、危険な負荷をかけることも避けます。

脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療

乳がんステージ4では、転移した臓器によって現れやすい症状や治療の緊急性が異なります。ただし、脳や肝臓、肺に転移が見つかったからといって、その臓器への手術や放射線治療だけで治療を完結させるわけではありません。基本となるのは、乳がんのサブタイプに合った全身薬物療法です。そのうえで、症状を早く改善する必要がある場合や、限られた病変だけが進行している場合に、手術、放射線治療、胸水を抜く処置などを組み合わせます。

脳転移の治療

乳がんが脳へ転移すると、頭痛、吐き気、けいれん、手足の脱力やしびれ、歩きにくさ、言葉の出にくさ、視界の変化などが現れることがあります。本人より先に家族が、反応が鈍くなった、性格が変わった、会話がかみ合わないといった変化に気付く場合もあります。脳転移の症状は病変ができた場所によって異なり、小さな病変では自覚症状がないこともあります。診断には、脳の細かな病変や周囲のむくみを確認しやすい造影MRIが主に用いられます。

突然けいれんを起こした、片側の手足に力が入らない、言葉を話せない、意識が朦朧とするといった変化は、次回の診察まで待つ症状ではありません。脳転移だけでなく、脳出血や脳梗塞など別の病気の可能性もあるため、速やかな医療機関への連絡や救急受診が必要です。

局所治療

脳転移によって神経症状が生じている場合は、病変の数や大きさ、位置、全身の病状などを確認し、手術や放射線治療を検討します。大きな病変が周囲を圧迫している場合には手術が選択肢となり、病変の位置や大きさによっては、放射線を集中的に照射する定位放射線治療が候補になります。広い範囲に病変がある場合には、全脳照射が検討されることもあります。

放射線治療には病変の進行を抑えたり症状を軽減したりする役割がありますが、正常な脳組織への影響にも注意が必要です。治療後も新たな転移が現れる可能性があるため、定期的な画像検査を続けます。局所治療と全身薬物療法の組み合わせは、脳以外の転移の状態も踏まえて判断します。

支持療法

脳転移の周囲にむくみが生じている場合には、ステロイド薬によって頭痛や神経症状を和らげることがあります。けいれんを起こした患者さんには、再発を防ぐための抗けいれん薬を使用します。これらは脳転移そのものを消す治療ではなく、局所治療や薬物療法へ安全につなげるための支持療法です。

薬物療法

HER2陽性乳がんでは、脳転移を有する患者さんにも使用が検討される薬物療法があります。ただし、頭痛や麻痺などの症状が強い場合には、薬の効果を待つだけでなく、手術や放射線治療の必要性を早急に判断します。脳以外の転移が抑えられている場合でも、全身薬物療法を続けるか切り替えるかは、脳転移の治療後の経過や副作用、これまでの治療歴を踏まえて決めます。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

肝転移の治療

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には症状が現れないことがあります。病変が広がると、食欲低下、強い倦怠感、右上腹部の違和感、腹部の張り、黄疸などがみられる場合があります。乳がんの肝転移によって黄疸や腹部の腫れが起こる可能性は、NCIの患者向け情報でも示されています。

治療方針を決める際には、CTなどで病変の数と広がりを確認するだけでなく、ビリルビン、AST、ALT、アルブミンなどの血液検査から、肝臓がどの程度機能を保っているかを評価します。画像上は肝転移が多くても肝機能が安定している患者さんがいる一方、短期間で肝機能が悪化し、早急な治療が必要になる場合もあります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

全身薬物療法

肝転移に対しても、サブタイプに合った全身薬物療法が治療の中心です。ホルモン受容体陽性乳がんで肝転移があっても、臓器機能が保たれ、病気の進行が緩やかであれば、内分泌療法と分子標的薬を選べる場合があります。一方、黄疸が進む、食事が急に取れなくなる、肝機能が短期間で低下するといった状態では、腫瘍をより早く縮小できる可能性のある抗がん剤や抗体薬物複合体を優先することがあります。

局所治療

肝臓の病変が一つまたは少数に限られている場合には、手術、焼灼療法、定位放射線治療などの局所治療を専門施設で検討することもあります。ただし、乳がんの肝転移では、画像に見える病変だけを治療しても、体内の別の場所に微小ながん細胞が存在する可能性があります。局所治療を行えば誰でも完治できるわけではなく、全身薬物療法に代わる一般的な治療でもありません。病変が限られているか、ほかの転移が長く安定しているか、局所治療によってどのような利益を期待できるかを、多職種で慎重に判断します。

肺転移/胸膜転移の治療

肺転移は、小さいうちは症状がなく、定期的な画像検査で見つかることがあります。病変が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れます。肺を覆う胸膜へがんが広がり、肺の周囲に胸水がたまると、肺が十分に広がらなくなり、呼吸が苦しくなることがあります。

ただし、治療中に息苦しくなったからといって、必ずしも肺転移が進行したとは限りません。胸水のほか、肺炎、肺血栓塞栓症、貧血、心不全、放射線や薬による肺炎など、複数の原因が考えられます。特に、トラスツズマブ デルクステカンや免疫チェックポイント阻害薬など、肺障害を起こす可能性のある治療を受けている場合には、がんの進行と副作用を区別する必要があります。

急に息苦しくなった、安静にしていても呼吸がつらい、胸の痛みや発熱を伴う、意識が遠のくように感じるといった場合には、次回の外来まで待たずに医療機関へ連絡します。息苦しさの原因によって治療法が大きく異なるため、CT、胸部X線、血液検査、酸素飽和度などを確認します。

肺や胸膜の転移に対しても、乳がんのサブタイプに応じた薬物療法が基本です。薬が効いて病変が小さくなれば、咳や息苦しさ、胸水が改善する可能性があります。一部の病変が気管支を圧迫している場合や、限られた肺転移だけが進行している場合には、放射線治療や手術などを個別に検討することもあります。

胸水が多い場合

胸水によって肺が圧迫されている場合には、細い針や管を胸へ入れて水を抜く胸腔穿刺を行います。胸水を抜くことで肺が広がりやすくなり、短期間で息苦しさが改善することがあります。採取した胸水を調べ、乳がん細胞が含まれているか、感染など別の原因がないかを確認する意味もあります。

胸水を一度抜いても、短期間で再びたまることがあります。繰り返し胸腔穿刺が必要になる場合には、胸の中へ細い管を留置して自宅などで定期的に排液する方法や、肺と胸壁の間を癒着させ、胸水がたまる空間を減らす胸膜癒着術を検討します。どの方法が適しているかは、肺が排液後に十分広がるか、胸水がたまる速さ、通院の負担、全身状態などによって変わります。

胸水を抜く治療は、乳がんそのものを全身から減らす治療ではありません。しかし、呼吸を楽にし、食事や睡眠、歩行を改善することで、次の薬物療法を受けやすくする役割があります。症状を和らげる処置と抗がん治療を対立するものとして考えず、必要に応じて同時に行います。

一部の病変だけが進行した場合

全身薬物療法によって大部分の病変が抑えられているにもかかわらず、脳、肝臓、肺などの一部だけが大きくなることがあります。このような場合には、進行した病変へ手術や放射線治療を行い、全身では効果が続いている薬を維持できる可能性があります。

反対に、複数の臓器で病変が増え、症状や臓器機能も悪化している場合には、局所治療だけでは全身の進行を抑えられません。サブタイプや遺伝子検査の結果を改めて確認し、作用の異なる薬物療法へ切り替えることが中心になります。

脳、肝臓、肺への転移は、転移があるという事実だけで治療法や見通しが決まるものではありません。症状の有無、臓器機能、病変の数と位置、脳以外・肝臓以外の病変が抑えられているかを確認し、全身薬物療法と局所治療の役割を分けて考える必要があります。

緩和ケア・支持療法

乳がんステージ4の治療では、がんを抑える薬物療法と同時に、痛みや息苦しさ、吐き気、倦怠感、不安などを和らげる緩和ケア・支持療法を行います。緩和ケアは、抗がん治療をやめた後にだけ受ける医療ではありません。国立がん研究センターは、がんと診断された時点から、治療と並行して受けられるものと説明しています。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

支持療法は、抗がん剤による吐き気や白血球減少、下痢、しびれなどを予防・軽減し、治療を安全に続けるための医療です。緩和ケアはさらに広く、がんそのものによる症状、気持ちのつらさ、仕事や家族の問題、療養場所への不安なども支援の対象とします。両者は明確に切り分けられるものではなく、患者さんができるだけ普段に近い生活を続けられるよう支えるという点で重なっています。

緩和ケアは、薬物療法などの抗がん治療と並行して利用できます。痛みや息苦しさ、吐き気、不眠などの身体症状だけでなく、不安、治療方針への迷い、仕事や家族の問題も相談の対象です。必要な支援は患者さんごとに異なるため、症状や生活への負担を早めに主治医や看護師へ伝え、緩和ケアチームなどへの相談を検討します。

参考:NCI「Palliative Care in Cancer」

痛みのケア

乳がんステージ4では、骨転移、乳房や胸壁の病変、神経の圧迫などによって痛みが生じることがあります。手術や抗がん剤による神経障害、関節痛など、治療が原因となる痛みもあります。痛みが続くと睡眠や食欲が低下し、歩くことや通院も難しくなるため、痛みを取る治療は生活を楽にするだけでなく、抗がん治療を続ける体力を保つことにもつながります。

痛みの治療では、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬であるオピオイド鎮痛薬などを、痛みの強さや原因に応じて使用します。一定時間ごとに使う薬で普段の痛みを抑え、急に強くなる痛みに対しては頓服薬を併用することがあります。骨転移による局所的な痛みには、鎮痛薬だけでなく放射線治療が有効な場合もあります。

医療用麻薬を使うと依存症になるのではないか、薬を早く使うと後で効かなくなるのではないかと心配する患者さんもいます。しかし、がんによる痛みに対して医師の指示に沿って適切に使用する場合、依存への不安から必要な鎮痛を避ける必要はありません。むしろ、痛みを限界まで我慢すると、体力を消耗し、睡眠や食事、治療への意欲にも影響します。

鎮痛薬を使用しても夜に眠れない、予定より早く痛みが戻る、頓服薬を使う回数が増えた場合には、薬の量や種類を見直します。痛みを数字だけで伝えるのが難しいときは、「寝返りができない」「階段を上れない」「痛くて食事に集中できない」など、生活で困っている動作を伝えると治療調整につながります。

参考:痛み|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさ

乳がんステージ4で息苦しさが生じる原因は、肺・胸膜転移や胸水だけではありません。肺炎、貧血、心不全、血栓、薬剤による肺障害、不安などが関係することもあります。原因によって必要な治療が異なるため、酸素飽和度、血液検査、胸部画像などを確認します。

胸水が多い場合には水を抜く処置、貧血が強い場合にはその原因への治療、肺炎には抗菌薬、心不全には循環器系の治療を行います。薬剤性肺障害が疑われる場合には、原因薬を休止し、必要に応じてステロイド薬を使用します。病気そのものを短期間で改善することが難しい場合でも、姿勢の調整、室内の風、酸素療法、薬物療法などによって呼吸のつらさを軽減できることがあります。

新しく始まった息切れが急速に悪化している、安静にしていても苦しい、胸痛や発熱を伴う、会話を続けられないといった場合には、次回の外来まで待たずに治療施設へ連絡します。呼吸困難は、がんの進行だけでなく、感染症や血栓など緊急性の高い状態でも起こるためです。

倦怠感

倦怠感は、眠っても回復しないだるさ、集中力の低下、何もする気が起きない感覚などとして現れます。がんそのものだけでなく、貧血、痛み、不眠、感染症、脱水、栄養状態の悪化、電解質異常、気分の落ち込みなど、複数の原因が重なっていることがあります。

原因が見つかれば、貧血や感染症の治療、鎮痛薬の調整、不眠や不安への対応などによって改善できる可能性があります。抗がん剤の投与後に一定の周期で強くなる場合には、治療量や投与間隔の調整も検討します。

倦怠感があるときに、すべての活動を中止して長時間寝て過ごすと、筋力が低下し、さらに動きにくくなることがあります。骨折や転倒の危険がなく、体調が許す範囲では、短時間の歩行やストレッチなどが倦怠感の軽減に役立つ場合があります。活動できる時間帯に必要な用事をまとめ、つらい時間帯には休むなど、体力を配分する考え方も有効です。

参考:倦怠感(だるさ)|国立がん研究センター がん情報サービス

食欲低下

食欲低下は、抗がん剤による吐き気や味覚変化、口内炎、便秘、痛み、気分の落ち込みなどによって起こります。肝転移や腹水、高カルシウム血症、感染症が原因となることもあるため、食べられない状態が続くときには、単に栄養指導を受けるだけでなく原因を調べます。

食欲が少ないときは、決められた時間に通常量を食べることへこだわらず、体調のよい時間に少量ずつ取る方法があります。においで吐き気が強くなる場合には冷たい食品を選ぶ、口内炎があれば刺激の少ない柔らかい食品にするなど、症状に合わせて工夫します。管理栄養士へ相談すると、現在の症状や治療内容に合った食事方法を検討できます。

一方、がん悪液質が進むと、食事量を増やすだけでは体重や筋肉量を十分に回復できないことがあります。本人が食べられないことを責めたり、家族が無理に食べさせようとしたりすると、食事の時間そのものが負担になる場合があります。何をどの程度食べられるかだけでなく、吐き気や痛み、便秘を減らし、食べられる時間をつくることが大切です。

参考:食欲がない・食欲不振|国立がん研究センター がん情報サービス

吐き気や便秘

抗がん剤による吐き気は、症状が出てから対処するだけでなく、治療前から吐き気止めを使用して予防します。薬の種類や過去の吐き気の程度によっては、点滴後の数日間も予防薬を続けます。水分も取れない状態が続く場合には、脱水や腎機能低下につながるため、次回の診察を待たずに連絡します。

便秘は、オピオイド鎮痛薬、吐き気止め、活動量の低下、食事や水分量の減少などによって起こります。がん治療中の便秘は生活習慣だけで改善しにくく、慢性化することもあるため、予防的に下剤を使用する場合があります。腹部の張りや吐き気を伴う便秘では、腸閉塞などが隠れている可能性もあり、自己判断で下剤だけを増やさないことが大切です。

参考:便秘|国立がん研究センター がん情報サービス

不安や気分の落ち込み

ステージ4と告げられた後には、死への恐怖、治療が効かなくなる不安、家族や仕事への心配などが繰り返し現れることがあります。検査結果を待つ時期や治療を変更する時期に、不眠や動悸、食欲低下が強くなる人もいます。

不安や落ち込みは、本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。担当医や看護師、心理士、精神科・心療内科などへ相談し、カウンセリングや薬物療法を受けることができます。眠れない状態が続く、何をしても楽しめない、自分を責め続けるといった状態は、早めに相談する理由になります。

緩和ケアでは患者さん本人だけでなく、家族も支援の対象です。介護を担う家族が疲れ切っている場合や、本人へどのように病状を伝えればよいか迷っている場合にも、緩和ケアチームやがん相談支援センターへ相談できます。

仕事や経済的な問題

治療が長期化すると、通院日の確保、休職、収入の減少、医療費などが負担になります。体調が比較的安定していても、治療スケジュールが仕事と合わず、退職を考える患者さんもいます。

治療を始める前や変更する際には、点滴に必要な時間だけでなく、何日目に副作用が出やすいか、通院頻度を変更できるかを確認します。医療ソーシャルワーカーやがん相談支援センターでは、高額療養費制度、傷病手当金、障害年金、介護保険、就労支援などについて相談できます。制度を利用することは治療を諦めることではなく、治療と生活を両立するための支援です。

リハビリテーションはがんと診断された直後から受けられる

がんのリハビリテーションは、手術後だけに行うものではありません。骨転移がある場合の安全な歩き方、筋力低下の予防、むくみへの対応、しびれによる転倒予防、呼吸を楽にする姿勢など、ステージ4でも多くの役割があります。

骨折の危険がある場所に強い負荷をかけることは避けなければなりませんが、必要以上に安静にすると筋力が低下し、入浴やトイレ、外出などが難しくなります。画像を確認したうえで、理学療法士や作業療法士と安全な活動範囲を決めます。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

療養場所は選びなおせる

緩和ケアは、抗がん治療を受けている外来、入院中の一般病棟、緩和ケア外来、緩和ケア病棟、自宅などで受けられます。自宅療養では、訪問診療や訪問看護を利用し、痛みや呼吸症状の管理、薬の調整などを受けることができます。

緩和ケア病棟へ相談したからといって、直ちに抗がん治療を中止し、入院しなければならないわけではありません。将来体調が変化した場合に備えて、利用できる施設や条件を早めに確認しておくこともできます。また、一度決めた療養場所を変えてはいけないわけでもありません。自宅で過ごしていても症状の管理が難しくなれば入院し、症状が落ち着けば再び退院できる場合があります。

緩和ケア・支持療法の目的

ステージ4乳がんでは、治療の効果と体への負担が時間とともに変化します。そのため、治療を続けられるかどうかだけでなく、患者さんが何を大切にしているかを繰り返し確認します。

できるだけ長く仕事を続けたい、強い眠気が出る治療は避けたい、自宅で家族と過ごす時間を優先したいなど、希望は人によって異なります。体調や家庭の状況が変われば、以前と考えが変わることもあります。こうした希望を家族や医療者と共有しておくことは、治療を諦めるためではなく、本人の価値観に合った治療を選ぶための準備です。

緩和ケア・支持療法の目的は、苦痛を完全になくすことだけではありません。症状を少しでも軽くし、食事、睡眠、移動、仕事、家族との時間を保ちながら、必要な抗がん治療を続けられる状態をつくることにあります。痛みや不安を我慢するほど治療に前向きであるということではありません。現在困っていることを早めに伝え、薬物療法、リハビリテーション、心理・社会的支援を組み合わせることが、ステージ4乳がんと長く付き合うための治療の一部です。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの生存率は、診断された時点のステージによって大きく異なります。一般にステージが早いほど、手術や放射線治療によって局所のがんを取り除ける可能性が高くなります。一方、ステージ4では乳房から離れた臓器にもがん細胞が広がっているため、薬物療法によって全身の病気を長く抑えることが治療の中心です。

ただし、生存率は多くの患者さんをまとめて計算した統計であり、一人ひとりの余命や治療効果を示すものではありません。数字を見る際には、対象となった患者さんの診断年、生存率の計算方法、診断時のステージを基準にしているのかを確認する必要があります。

乳がんのステージ別5年・10年純生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの院内がん登録では、女性乳がんについて、UICC TNM分類によるステージ別の5年純生存率と10年純生存率が公表されています。

診断時のステージ 5年純生存率 10年純生存率
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

※5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象とした別々の集計です。同じ患者集団の5年後と10年後を比較した数値ではありません。

ここで使われている純生存率(ネット・サバイバル)とは、乳がん以外の死因による影響を統計的に除き「乳がんだけが死因になると仮定した場合の生存率」を推計したものです。国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年の5年生存率集計から、従来の相対生存率に代わって純生存率(ネット・サバイバル)が採用されています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター

同じ患者集団の追跡結果ではない

表を見ると、ステージ4の生存率が5年時点の39.8%から10年時点の17.0%へ低下しているように見えます。しかし、この二つは同じ患者集団を10年間追跡した結果ではありません。

5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象としています。診断年だけでなく、対象となった施設や患者構成も異なるため「5年後に生存していた39.8%の患者さんのうち、10年後には17.0%になった」と解釈することはできません。

ステージが進むにつれて生存率が低くなる背景には、治療の目的の違いがあります。乳房や近くのリンパ節に病変が限られている段階では、手術や放射線治療によって根治を目指せる可能性があります。一方、遠隔転移のあるステージ4では、画像に見えないがん細胞も含めて全身を治療する必要があり、病気を長期間抑えることが治療の中心になります。

ステージ4の39.8%は「5年しか生きられない」という意味ではない

5年純生存率39.8%とは、ステージ4と診断された患者さん一人ひとりに「5年間生きられる確率が39.8%ある」と伝える数字ではありません。年齢や患者背景の異なる大人数のデータをまとめ、統計的に算出した集団の指標です。

また、5年は生存率を集計するための区切りにすぎません。5年が過ぎた直後に病状が急に悪化するわけではなく、薬物療法を変更しながら10年以上生活する患者さんも含まれています。反対に、診断後の早い段階で臓器機能が悪化する患者さんもいるため、中央値や生存率だけでは個人の経過を予測できません。

NCIも、生存率は大きな患者集団から算出されたものであり、個々の患者さんに何が起こるかを正確に予測することはできないと説明しています。乳がんの見通しは、ステージだけでなく、サブタイプ、年齢、全身状態、転移部位、過去の治療、治療への反応などによって変わります。

現在の患者さんへそのまま当てはめることはできない

ステージ4の10年純生存率17.0%は、2012年に診断された患者さんのデータです。国立がん研究センターも、2012年は院内がん登録を開始して間もない時期で登録精度に課題があり、現在とはがん治療の状況も変化しているため、数値の解釈には注意が必要だとしています。

参考:院内がん登録 2012年10年生存率集計|国立がん研究センター

2012年以降、ホルモン受容体陽性乳がんではCDK4/6阻害薬などの分子標的薬が広く使われるようになりました。HER2陽性乳がんでは複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体が登場し、トリプルネガティブ乳がんでも免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などを使用できる患者さんがいます。

これらの治療を受ける現在の患者さんの長期経過は、2012年診断例を基にした10年生存率には十分反映されていません。ただし、治療が進歩しているからといって、現在のステージ4の10年生存率を推測して別の数字へ置き換えることもできません。17.0%は過去の公的な実績として示し、現在の個人の見通しとは区別して受け止める必要があります。

統計は診断時のステージが基準

院内がん登録のステージ別生存率は、乳がんと診断された時点のステージを基準にしています。

最初はステージ1~3と診断され、手術や術後治療を受けた後に遠隔再発した患者さんは、原則として最初に診断されたステージで登録されます。ステージ4の39.8%や17.0%は、最初から骨や肺、肝臓などへの遠隔転移が見つかった「初発ステージ4」の患者さんが主な対象であり、遠隔再発したすべての患者さんの経過を表しているわけではありません。

初発ステージ4と遠隔再発では、それまでに使用した薬や治療への耐性、再発までの期間などが異なります。遠隔再発後の生存期間を扱う研究では、再発した日から期間を計算することもあるため、診断日から計算したステージ4の生存率とは出発点が異なります。

ステージ4の中でも見通しには大きな差がある

ステージ4乳がんの見通しを考えるうえでは、ホルモン受容体やHER2によるサブタイプが大きく関係します。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法と分子標的薬によって長期間病気を抑えられることがあります。HER2陽性乳がんでは、複数の抗HER2療法を順番に使用できるようになっています。

トリプルネガティブ乳がんは進行が速い場合がありますが、PD-L1、BRCA1/2、HER2-lowなどの検査結果によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できることがあります。

転移部位も見通しに影響します。骨だけに転移がある場合と、肝臓や肺の機能が急速に低下している場合では、治療の緊急性が異なります。ただし、肝転移や肺転移があるだけで、直ちに短い余命を意味するわけではありません。臓器機能が保たれ、薬物療法がよく効いていれば、長期間安定する可能性があります。

診断時には経過を正確に予測できなくても、治療後に腫瘍がどの程度縮小したか、症状や臓器機能が安定しているかを確認することで、その時点から先の見通しを評価し直せます。

生存率ではなく、現在の病状と次の選択肢を確認

主治医へ見通しを尋ねる際には「5年生存率が39.8%なら、自分はどちらに入るのか」と質問しても、明確な答えを出すのは困難です。統計上の生存側と死亡側を、診断時に分けることはできないためです。

今後の生活や治療を考えるためには、現在の治療が効いているか、肝臓や肺などの機能は保たれているか、病気の進行は速いか、次に使える薬があるかを確認する方が具体的です。症状が安定し、次の治療選択肢も残っている場合と、臓器機能が急速に悪化している場合では、同じステージ4でも医師から説明される見通しは異なります。

乳がんステージ4の5年純生存率39.8%、10年純生存率17.0%は、病気全体の傾向を理解するための公的なデータです。しかし、これらは過去の異なる患者集団から算出された数字であり、個人の余命を示すものではありません。サブタイプ、転移部位、臓器機能、治療への反応を確認しながら、その時点での見通しを医療者と共有することが必要です。

乳がんステージ4の余命

乳がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんが知りたいのは「実際には何か月、何年くらい生きられる可能性があるのか」という具体的な数字です。

前章で示した5年純生存率や10年純生存率は、ステージ4乳がん全体の傾向を知るうえで役立ちます。一方、臨床試験では、特定のサブタイプや治療歴を持つ患者さんを対象として、治療開始後の全生存期間中央値が報告されています。

これらの数値は、現在の治療を受けた患者さんがどの程度の期間生存したかを知るための参考になります。ただし、対象患者や治療を始めた段階が試験ごとに異なるため、そのまま個人の余命として受け取ることはできません。

代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値

乳がんステージ4の治療成績を示した代表的な第Ⅲ相試験では、次のような全生存期間中央値が報告されています。

乳がんのタイプ・主な対象 臨床試験・治療段階 試験で行われた治療 全生存期間中央値
ホルモン受容体陽性・HER2陰性。進行乳がんに対する全身治療を受けていない閉経後患者 MONALEESA-2・一次治療 リボシクリブ+レトロゾール 63.9か月
HER2陽性。転移性乳がんに対する抗HER2療法や抗がん剤を受けていない患者 CLEOPATRA・一次治療 ペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル 56.5か月
トリプルネガティブ、PD-L1高発現。進行・再発乳がんに対する全身薬物療法を受けていない患者 KEYNOTE-355・一次治療 ペムブロリズマブ+抗がん剤 23.0か月
HER2-low。転移性乳がんに対して1~2種類の抗がん剤治療歴がある患者 DESTINY-Breast04・二次治療以降 トラスツズマブ デルクステカン  23.4か月

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」、PMDA「エトカマ錠 電子添文(リボシクリブは本邦未承認との注記)」

なお、KEYNOTE-355試験のPD-L1高発現はCPSが10以上の患者さんを指します。また、MONALEESA-2試験で用いられたリボシクリブは、日本では未承認の薬剤です。表は海外を含む臨床試験の生存期間データを紹介するものであり、記載された薬のすべてが国内で使用可能という意味ではありません。

これらは治療を受けた患者さんの実際の経過を表す数値ですが、乳がんステージ4のタイプ別平均余命を示した表ではありません。

全生存期間中央値の意味

全生存期間中央値とは、対象患者の半数が生存していた期間です。NCIは、診断日または治療開始日から、対象集団の半数が生存している期間と定義しています。

たとえば、全生存期間中央値が23か月だった場合、すべての患者さんが23か月前後で亡くなったわけではありません。約半数は23か月より短い期間で亡くなり、残りの半数はそれより長く生存しています。中には、中央値を大きく超えて数年間治療を継続した患者さんも含まれます。

中央値は「治療を受けた人の典型的な経過を一つの数字で表すための統計」です。患者さん一人ひとりに与えられた期限ではありません。

表の数字をサブタイプ別の余命として比較することはできない

表だけを見ると、ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは63.9か月、HER2陽性乳がんは56.5か月、トリプルネガティブ乳がんは23.0か月と読み取れます。しかし、これらの数字を並べて、サブタイプごとの余命を直接比較することはできません。

MONALEESA-2、CLEOPATRA、KEYNOTE-355は、主に進行・転移性乳がんに対する一次治療の試験です。一方、DESTINY-Breast04は、転移性乳がんに対してすでに1~2種類の抗がん剤を受けた患者さんを対象としています。

DESTINY-Breast04に参加した患者さんは、試験開始前にも転移性乳がんとして治療を受けています。そのため、23.4か月は「ステージ4と診断されてからの全期間」ではなく、試験治療を開始してからの生存期間です。

また、試験ごとに閉経状態、PD-L1、HER2の発現、過去の治療、脳転移の状態、全身状態、肝臓や腎臓などの機能に関する参加条件が設けられています。臨床試験へ参加できる患者さんは、一定の体力と臓器機能を保っている場合が多いため、表の数値がステージ4乳がん患者全体をそのまま表しているわけでもありません。

数値は試験の追跡期間によって変わる

全生存期間中央値は、試験開始時から固定された数値ではありません。追跡期間が延びて新たな生存状況が確認されると、解析結果が更新されることがあります。同じ臨床試験でも、異なる時点で報告された中央値が一致しない場合があります。

例えばCLEOPATRA試験について、この章の表ではNCIが掲載する全生存期間中央値56.5か月を採用しています。臨床試験の結果を読む際には、試験名だけでなく、対象集団と解析時点を併せて確認することが重要です。

診断された日からの余命ではない

臨床試験の全生存期間は、多くの場合、患者さんが試験へ登録され、治療群へ割り付けられた時点から計算されます。最初に乳がんと診断された日や、遠隔転移が見つかった日から数えた期間とは限りません。

初発時からステージ4だった患者さんと、早期乳がんの治療から数年後に遠隔再発した患者さんでは、試験治療を開始するまでの経過が異なります。さらに、二次治療や三次治療の試験では、すでに転移性乳がんとして一定期間治療を受けた患者さんが対象です。

したがって、表の23か月や64か月を「ステージ4になってから生きられる期間」と解釈することはできません。全生存期間中央値は、その試験の対象条件と計測開始時点を合わせて読む必要があります。

治療への反応によって見通しは更新される

診断直後には、その乳がんが薬へどの程度反応するか分からないため、医師が説明できる見通しにも幅があります。治療後に腫瘍が縮小し、症状や臓器機能が安定していれば、診断時よりも長い経過を期待できる可能性があります。画像上で腫瘍が消えていなくても、大きくならずに安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

最初の治療が効かなかった場合でも、直ちに余命が短いと決まるわけではありません。ホルモン受容体、HER2、PD-L1、BRCA1/2などを確認し、作用の異なる薬へ変更することで、再び病気を抑えられることがあります。

一方、複数の薬を使用しても短期間で進行し、臓器機能の低下によって次の治療を安全に受けにくくなった場合には、医師からより厳しい見通しが説明されることがあります。余命の予測は診断時に一度決められるものではなく、治療への反応と体の状態に応じて繰り返し見直されます。

余命は数字ではなく幅を確認する

今後の仕事、家族との時間、財産や療養場所について考えるために、見通しを知りたい患者さんもいます。その場合は「あと何年ですか」と一つの数字だけを求めるより、現在の病状が数か月単位で変化する可能性が高いのか、年単位で安定する可能性があるのかを尋ねる方が、現実的な説明を受けやすくなります。

現在の治療が効いた場合と効かなかった場合の違い、次に使用できる薬が何種類あるか、今後特に注意すべき臓器や症状について確認することも、生活を考える助けになります。

すべての患者さんが詳細な予測を知りたいとは限りません。数字を知ることで準備しやすくなる人がいる一方、強い不安につながる人もいます。どの程度まで知りたいのか、家族にも同じ内容を伝えてよいのかを、あらかじめ医療者へ伝えることができます。

見通しが厳しくても受けられる医療はある

有効性を期待できる抗がん治療が少なくなった場合でも、痛み、息苦しさ、吐き気、不眠、不安などを軽減する治療は続けられます。胸水を抜く処置、骨転移への放射線治療、鎮痛薬の調整、訪問診療や訪問看護などによって、生活の負担を軽くできる場合があります。

新しい抗がん剤を使わないことと、治療を何もしないことは同じではありません。抗がん治療の負担が利益を上回る段階では、症状を抑え、食事や睡眠、家族との時間を保つことが医療の中心になります。

表の数字は、現在の治療によってどのような経過が報告されているかを知る参考にはなりますが、個人の期限ではありません。現在の病気の進行速度、治療への反応、臓器機能、次に使える治療を確認しながら、自分自身の見通しを主治医と共有することが大切です。

乳がんステージ4が完治する可能性

乳がんステージ4では、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器にもがんが広がっています。そのため、一般には手術によってすべてのがんを取り除き、治療を終了することを目指す病期ではありません。乳がんのサブタイプに合った薬物療法を続け、病気の進行を抑えながら、症状や臓器機能、日常生活を保つことが治療の中心です。

ただし、「ステージ4では絶対に病変が消えない」という意味ではありません。治療によって画像上の病変がすべて見えなくなり、その状態が長期間続く患者さんもいます。ここでは、画像上の完全奏効と医学的な完治を区別して考える必要があります。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

乳がん治療では、検査で確認できる病変がすべて消えた状態を「完全奏効」または「完全寛解」と呼びます。NCIは完全奏効を、治療によってがんの徴候がすべて消失した状態と定義していますが、同時に、それが必ずしも治癒を意味するわけではないと説明しています。

用語 主な意味
完全奏効・完全寛解 画像検査などで確認できる病変が消えた状態
部分奏効 病変が一定以上縮小した状態
安定 病変が明らかに縮小してはいないものの、大きくもなっていない状態
NED 検査で病気の存在を確認できない状態
完治・治癒 治療後にがんが再び現れる可能性が十分低く、病気が治ったと判断される状態

完全奏効やNEDは、現在の検査でがんを確認できないことを表しています。一方、完治は、将来も再発しないと判断できる状態を意味します。ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えても、一般には完全奏効や長期寛解と表現し、すぐに完治とは判断しません。

参考:NCI「Dictionary of Cancer Terms|Complete Response」、NCI「Metastatic Breast Cancer」

画像で病変が消えても再発する可能性があるのはなぜか

CTやMRI、PETなどの画像検査には、確認できる病変の大きさに限界があります。治療によって大きな病変が消えても、画像では捉えられない少数のがん細胞が体内に残っている可能性があります。

薬物療法によって多くのがん細胞が死滅しても、一部の細胞が活動を弱めた状態で残り、時間がたってから再び増殖することがあります。治療に反応しやすい細胞が減る一方で、薬の影響を受けにくい細胞が残る場合もあります。

血液検査や腫瘍マーカーが正常になった場合も同様です。腫瘍マーカーは病気の動きを判断する補助にはなりますが、正常値だからといって、がん細胞が体内に一つも存在しないことを証明する検査ではありません。そのため、画像で病変が見えなくなっても、定期的な診察や検査を続け、必要に応じて薬物療法を継続します。

長期間病気が見えない状態を保つケース

転移性乳がんでも、薬物療法によって病気が長期間にわたり抑えられ、年単位で生活を続けられる患者さんがいます。治療への反応が良好で、画像検査で病変を確認できなくなる場合もあります。ただし、検査でがんの徴候が見られなくなった「完全奏効」は、そのまま治癒を意味するものではありません。

長期的な経過には、乳がんのサブタイプ、転移した臓器、治療への反応、副作用や全身状態などが関係します。特定の患者さんがどれだけ長く病気を抑えられるかを、治療開始前に正確に予測することはできません。病変が見えなくなった場合にも、治療の継続と経過観察について主治医と話し合う必要があります。

参考:NCI「Metastatic Breast Cancer」、NCI「Dictionary of Cancer Terms: complete response」

局所治療を検討するケース

転移が一つまたは少数の病変に限られている状態は、オリゴ転移と呼ばれます。転移性乳がんの治療は全身に作用する薬物療法が基本ですが、病変の場所や症状によっては、手術や放射線治療などの局所治療を組み合わせることがあります。例えば、転移による痛みや神経の圧迫がある場合には、その症状を和らげる目的で局所治療を検討します。

転移巣が少ない患者さんに対し、すべての病変を対象とする手術や高精度の放射線治療を追加することで、生存期間が延びるかどうかは、現在も臨床試験で検証されています。転移の数が少ないことだけを理由に、局所治療で完治できると判断することはできません。

局所治療を考える際には、乳がんのサブタイプ、転移部位、過去の治療、薬物療法への反応、治療に伴う負担などを総合的に検討します。全身薬物療法を続ける利益と局所治療を追加する目的を、主治医と具体的に確認することが大切です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Adding Surgery and Radiation to the Usual Treatment for HER2-Positive Breast Cancer that had Already Spread at Diagnosis」

画像上の病変が消えても治療は続く

ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えた場合でも、現在の薬物療法が病気を抑えている可能性があるため、すぐに治療を終了するとは限りません。

たとえば、HER2陽性乳がんでは、抗がん剤を一定期間で終了しても、トラスツズマブなどの抗HER2療法を維持療法として続けることがあります。ホルモン受容体陽性乳がんでも、病変が見えなくなった後に内分泌療法や分子標的薬を続ける場合があります。

治療を中止できるかどうかについて、すべての患者さんへ当てはめられる明確な基準はありません。完全奏効後に薬を中止しても長期間再発しない患者さんがいる一方、中止後に病気が再び現れる可能性もあります。HER2陽性転移性乳がんの完全寛解後に、抗HER2療法をどれくらい継続すべきかについても、医学的に確立した答えはありません。

治療を続ける利益だけでなく、心機能低下、間質性肺疾患、血球減少、下痢、倦怠感などの副作用や、通院による生活負担も考慮します。病変が見えない状態が長期間続いている場合には、治療の継続、減量、休薬について個別に話し合うことがありますが、自己判断で薬を中止することは避けなければなりません。

がんを完全に消すことだけが治療の成功ではない

ステージ4乳がんでは、完全奏効だけが治療成功の基準ではありません。画像上で病変が残っていても、大きさが変わらず、症状や臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

がんを完全に消すことだけを目標にすると、より強い治療を続けることで副作用が増え、食事や睡眠、仕事、外出が難しくなることがあります。長期間病気を抑える治療では、腫瘍の縮小だけでなく、治療を続けられる体力と生活を保つことも重要です。

現在の薬で病変が小さくならなくても、進行せず安定している場合には、すぐに別の薬へ変更する必要はありません。反対に、画像上では縮小していても、副作用によって生活が大きく制限されている場合には、投与量や治療内容を見直します。

「完治できますか」と尋ねるときに確認したいこと

主治医へ完治の可能性を尋ねる際には、単に「治りますか」と質問するだけでなく、現在の治療で何を目指しているのかを確認すると、より具体的な説明を受けやすくなります。

画像上の病変がすべて消える可能性があるのか、病気を長期間安定させることを目指しているのか、病変が限られていて局所治療を追加する意味があるのかを確認します。完全奏効が得られた場合には、薬をどの程度続けるのか、どのような検査で再発を確認するのかも治療計画に関わります。

乳がんステージ4では、一般に治癒を前提とするのではなく、薬物療法を続けながら病気を長期間抑えることを目指します。一方で、治療によって画像上の病変が消え、長期寛解を保つ患者さんがいることも事実です。

ただし、完全奏効や長期寛解は、将来も再発しないことを保証するものではありません。「完治できるか、できないか」の二択だけで考えるのではなく、現在の治療で病変がどこまで抑えられているか、その状態をどの程度維持できているか、生活を保ちながら治療を続けられるかを確認することが大切です。

標準治療で効果が乏しくなった場合

乳がんステージ4では、一つの治療を続けているうちに、薬の効果が弱くなることがあります。しかし、現在の薬で病気が進行したことと、乳がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。

ホルモン受容体、HER2、PD-L1、遺伝子変化、これまでに使用した薬を見直すと、作用の異なる標準治療が残っている場合があります。進行した病変の再検査や、がん遺伝子パネル検査によって、新たな治療候補や臨床試験が見つかることもあります。まず病気がどこで、どの程度進行しているのかを確認し、受けられる治療を整理することが基本です。

全身の治療を変更する必要があるか確認

腫瘍マーカーが上昇しただけでは、直ちに現在の薬を中止するとは限りません。腫瘍マーカーは病気の動きを確認する補助的な指標であり、数値の変動だけで治療効果を判断できないためです。

治療変更を考える際には、CTやMRIなどの画像検査、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓や肺を含む臓器機能を確認します。複数の臓器で病変が増えていれば、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

一方、大部分の病変は抑えられているものの、骨や脳などの一部だけが進行している場合には、進行した病変へ放射線治療や手術を行い、全身では効果が続いている薬を維持できることがあります。すべての進行が、直ちに薬の全面変更を意味するわけではありません。治療の変更は、病変の増え方と臓器への影響を見て判断します。

ホルモン受容体やHER2を調べ直す

乳がんは、治療を受ける中で性質が変化することがあります。また、最初に採取した乳房の腫瘍と、後に進行した転移巣で、ホルモン受容体やHER2の結果が一致しない場合もあります。

安全に組織を採取できる病変があれば、再生検を行い、現在のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2などを確認することがあります。HER2陽性への変化やHER2-lowへの該当が確認されれば、以前は候補にならなかった抗HER2薬や抗体薬物複合体を検討できる可能性があります。ホルモン受容体の状態も、その後の内分泌療法を選ぶ材料になります。乳がんのバイオマーカー検査は、治療方針を決めるために行われます。

ただし、再生検には出血や痛みなどの負担があり、脳や骨など、組織を安全に採取しにくい場所もあります。検査結果が変わっても治療方針に影響しないと考えられる場合には、無理に生検を行わないこともあります。

組織の採取が難しい場合には、血液中のがん由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが選択肢になることがあります。血液検査であれば体への負担を抑えられますが、がん由来DNAが十分に血液へ流れていない場合には、実際に存在する遺伝子変化を検出できないことがあります。陰性という結果だけで、対象となる変化が絶対にないとは判断できません。

未使用の標準治療が残っていないかを整理

「標準治療が効かなくなった」という表現は、一つの薬が効かなくなった場合と、ガイドラインで推奨される複数の治療をすでに受けた場合の両方に使われることがあります。次の治療を考える際には、これまで使った薬を時系列で整理し、まだ使用していない標準治療がないかを確認します。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果に応じ、作用の異なる内分泌療法や分子標的薬を選べる場合があります。内分泌療法の効果を期待しにくくなった後も、抗がん剤やHER2-low/ultralowを対象とする抗体薬物複合体が候補になります。

HER2陽性乳がんでは、一つの抗HER2薬で進行しても、異なる仕組みを持つ抗体薬物複合体やHER2阻害薬などへ進める可能性があります。トリプルネガティブ乳がんでも、PD-L1、BRCA1/2、HER2-low、過去の抗がん剤治療によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などの候補が変わります。転移性乳がんでは、サブタイプや過去の治療に応じて、複数の薬物療法を順番に使用します。

同じ系統の薬を使用したことがあっても、別の作用機序を持つ薬まで無効とは限りません。一方、理論上は使用可能でも、間質性肺疾患、心機能低下、強いしびれ、骨髄抑制などが残っていれば、安全性の面から選びにくい治療もあります。病気に効果が期待できるかだけでなく、現在の体がその治療を受けられる状態かを確認します。

がん遺伝子パネル検査で治療候補を探す

乳がんで推奨される標準治療が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査を検討することがあります。この検査では、がん組織や血液を使って多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験がないかを探します。

日本の保険診療では、標準治療がない固形がんや、標準治療が終了した、または終了が見込まれる局所進行・転移性の固形がんで、新たな薬物療法を希望する患者さんなどが主な対象です。検査結果は、がんゲノム医療に関わる複数の専門家によるエキスパートパネルで検討され、使用可能な薬や臨床試験の情報が担当医へ返されます。

がん遺伝子パネル検査を受けても、必ず新しい治療が見つかるわけではありません。治療に関係する遺伝子変化が見つからない場合や、変化が見つかっても国内で使用できる薬がない場合があります。対応する臨床試験があっても、実施施設、過去の治療、全身状態などの参加条件を満たせないことがあります。

また、検査によって、乳がんの治療選択とは別に、生まれつきがんを発症しやすい遺伝子の変化が疑われることがあります。その結果は血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを事前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

検査結果が出るまでには一定の時間がかかります。体調や臓器機能が急速に悪化してから検査を始めると、結果が出た時点で新しい治療や臨床試験を受けにくくなっていることもあります。標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、検査を行う時期について主治医へ相談しておくことが大切です。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター

臨床試験や治験も治療選択肢の一つ

臨床試験では、まだ標準治療として確立していない新しい薬や、既存薬の新たな組み合わせについて、効果と安全性を調べます。治験は、臨床試験のうち、薬や医療機器の承認を得ることを目的として行われる試験です。現在の標準治療も、過去の臨床試験によって効果と安全性が確認され、確立されてきました。

臨床試験は、効果が保証された特別な治療ではありません。期待した効果が得られない可能性や、これまで知られていない副作用が起こる可能性があります。参加には、乳がんのサブタイプ、使用した薬、遺伝子検査の結果、臓器機能、全身状態など、試験ごとに定められた条件があります。希望しても必ず参加できるわけではなく、実施している医療機関への通院が必要になる場合もあります。

臨床試験への参加を考える場合には、試験の目的、期待される利益、分かっている副作用、追加で必要になる検査や通院、費用、参加しなかった場合の標準治療を確認します。参加への同意後でも、本人の意思で中止できます。

標準治療が終了してから初めて探すのではなく、次の治療を検討する段階で、該当する試験がないか担当医へ尋ねる方法もあります。国内で実施されている乳がんの臨床試験は、国立がん研究センターのがん情報サービスから検索できます。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

臨床試験と自由診療は区別して考える

標準治療で効果が乏しくなると「最先端治療」「個別化治療」「副作用の少ない治療」などを掲げる自由診療に関心を持つことがあります。しかし、新しいという言葉が、標準治療より効果が高いことを意味するわけではありません。

臨床試験は、倫理審査や法律に基づき、治療の効果と安全性を科学的に評価する仕組みです。一方、自由診療の中には、乳がんに対する有効性が十分に証明されていない治療も含まれます。自由診療では治療費だけでなく、診察、検査、入院、副作用への対応も全額自己負担になる場合があります。

自由診療を検討するときには、どの臨床試験でどの程度の効果が示されたのか、乳がん患者を対象とした比較試験があるのか、治療によって寿命や生活の質が改善した根拠があるのかを確認します。「標準治療ではないから効果がない」と一律に決めつけるのではなく、研究段階の医療として適切に評価されているかを見分けることが必要です。

セカンドオピニオンで治療方針を確認

治療選択肢が少なくなったと説明された場合や、がん遺伝子パネル検査・臨床試験を検討したい場合には、乳がん薬物療法やがんゲノム医療を専門とする医師からセカンドオピニオンを受ける方法があります。

セカンドオピニオンは、現在の主治医を変更するための制度ではなく、診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、自分が納得して治療を選ぶための仕組みです。別の標準治療や臨床試験が見つかることもありますが、現在の治療が妥当だと確認されることもあります。

相談時には、病理報告書、画像検査、これまで使用した薬とその効果、副作用、遺伝子検査の結果などが必要です。特に、薬の名称だけでなく、いつからいつまで使用し、なぜ中止したのかが分かる治療経過は、次の選択肢を判断する重要な資料になります。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

抗がん治療を続けるかは利益と負担を比べて判断

新しい薬が存在しても、その治療を受けることが常に最善とは限りません。腫瘍を縮小できる可能性が低い一方で、強い倦怠感、感染症、下痢、しびれなどによって、食事や睡眠、家族との時間が大きく損なわれる場合があります。治療を続けるかどうかは、薬が残っているかだけでなく、期待できる効果、その効果が現れるまでの時間、副作用、現在の臓器機能、本人が大切にしたい生活を含めて判断します。

抗がん治療による利益が乏しくなった場合でも、痛みや息苦しさを抑える薬、骨や脳転移への放射線治療、胸水を抜く処置、緩和ケア、訪問診療などは続けられます。抗がん剤を使わない選択は、医療を何も受けないという意味ではありません。

標準治療で効果が乏しくなったときには、すぐに「治療法がない」と結論づけるのではなく、病理とバイオマーカー、未使用の標準治療、がん遺伝子パネル検査、臨床試験を順番に確認します。そのうえで、治療によって得られる利益と生活への負担を比較し、現在の自分に合う選択を考えることが大切です。

乳がんステージ4の治療選択肢は増えている

乳がんステージ4の治療では、サブタイプや過去の治療歴に応じて、複数の薬を順番に使用します。近年は新しい薬が承認されただけでなく、従来は治療対象にならなかった患者さんにも選択肢が広がっています。

たとえば、以前はHER2陰性とまとめられていた乳がんの中でも、HER2-lowやHER2-ultralowに該当すれば、抗体薬物複合体を検討できる場合があります。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの遺伝子変化を調べ、内分泌療法が効きにくくなった仕組みに応じて薬を選べるようになっています。HER2陽性乳がんでは、脳転移への効果も検討された薬が国内で使用できるようになりました。

また、がん細胞の表面にあるHER2やTROP-2を目印として抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も増えています。2026年9月には、HER2陽性乳がんの一次治療にエンハーツ+ペルツズマブ、免疫療法が適さない一部のトリプルネガティブ乳がんの一次治療にダトロウェイという新たな国内承認の選択肢が加わりました。一方、間質性肺疾患、骨髄抑制、眼障害、口内炎など、薬ごとに注意すべき副作用があります。新しい薬だから副作用が少ないとは限りません。

新薬が承認されても、すぐに治療を変更するとは限らない

現在の治療で病気を抑えられ、副作用も許容できている場合には、新薬が登場したという理由だけで治療を変更する必要はありません。効果のある薬を早く中止すると、その治療によって病気を抑えられる期間を十分に生かせない可能性があります。ステージ4乳がんでは、現在の治療効果を保ちながら、次に使える薬を残しておくことも治療計画の一部です。

画像検査で病変の増大が確認された場合や、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって現在の治療を続けにくくなった場合には、次の選択肢を検討します。その際は、新薬の名称だけでなく、現在のホルモン受容体やHER2の状態、遺伝子変化、これまでに使用した薬を改めて確認します。

初回診断時の病理検査から長い期間が経過している場合や、病理報告書に「HER2陰性」としか記載されていない場合には、保存されている組織の再評価や、転移巣の再生検によって新しい治療対象に該当すると分かることもあります。

遺伝子検査や臨床試験も治療候補を探す方法

標準治療の選択肢が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査によって、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験を探すことがあります。ただし、遺伝子変化が見つかっても、対応する薬が国内で承認されているとは限りません。臨床試験があっても、過去の治療、臓器機能、全身状態などの参加条件を満たせない場合があります。

血液中のがん由来DNAを調べるctDNA検査も、治療選択に利用され始めています。一部のホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、画像上の進行が起こる前にESR1遺伝子変異を確認し、内分泌療法を変更できる場合があります。ただし、ctDNA検査が画像検査や組織検査に置き換わるわけではなく、現在のところ利用できる対象や治療条件は限られています。

「最新の治療」と「自分に適した治療」は同じではない

臨床試験で高い効果が報告された薬でも、対象となった患者さんのサブタイプや治療歴が自分と異なれば、同じ効果を期待できるとは限りません。海外で承認された薬が、日本でも同じ条件で保険診療として使用できるとは限らない点にも注意が必要です。

最新治療を検討するときには、国内で承認されているか、自分のサブタイプや治療歴が適応条件に合っているか、現在の治療よりどのような利益を期待できるかを確認します。副作用、点滴や服薬の負担、通院回数、次に残る治療まで含めて判断することが必要です。

転移・再発乳がんで新たに使用できるようになった薬、治療選択に必要な検査、抗体薬物複合体、ctDNA、臨床試験・治験については、以下の記事で詳しく解説しています。

新しい治療が見つからない場合や、現在の治療を続けるべきか判断しにくい場合には、これまでの病理検査、使用した薬、治療効果、副作用を整理したうえで、主治医や乳がんを専門とする医師へ相談します。

乳がんステージ4でよくある質問

乳がんステージ4では、治療法だけでなく、治療がいつまで続くのか、入院が必要なのか、仕事や食事をどうすればよいのかといった疑問も生じます。実際の対応は、使用する薬、転移している臓器、症状、全身状態によって異なります。ここでは、患者さんや家族から寄せられることの多い疑問について解説します。

乳がんステージ4の治療はいつまで続きますか?

ステージ4の薬物療法には「必ず○回で終了する」という共通の治療期間はありません。現在の薬で病気を抑えられ、副作用による負担が許容できる間は、同じ治療を継続することがあります。

画像検査で病変が増えた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって治療を続けにくくなった場合には、減量、休薬、薬の変更を検討します。抗がん剤を一定期間で終了した後も、内分泌療法や抗HER2薬などを維持療法として続ける場合があります。

転移性乳がんでは、病気を長期間抑えることが治療目標の一つです。一つの薬が効かなくなっても、サブタイプや治療歴に応じて別の薬へ変更できることがあります。治療期間は最初に一度決めるのではなく、効果と負担を確認しながら見直されます。

参考:乳がんの治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療には入院が必要ですか?

乳がんステージ4の薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。内服薬は自宅で服用し、点滴や注射も決められた日に通院して受ける方法が一般的です。

ただし、すべての治療を外来で受けられるわけではありません。強い痛みや呼吸困難がある場合、感染症や重い副作用が疑われる場合、肝機能などの臓器機能が急速に悪化している場合には、入院して検査や治療を行うことがあります。

骨折や脊髄圧迫、症状のある脳転移、胸水による強い息苦しさなどに対して、手術、放射線治療、胸水を抜く処置が必要なときも、入院を検討します。入院の有無はステージ4という病期だけで決まるものではありません。治療方法、症状、安全に通院できるか、自宅で副作用へ対応できるかを踏まえて判断します。

参考:薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

仕事を続けながら治療できますか?

治療と仕事を両立している患者さんはいます。通院日や副作用が現れやすい時期を考慮し、勤務時間、仕事内容、在宅勤務、休暇の取り方を調整することで、仕事を継続できる場合があります。

一方、点滴後の倦怠感、下痢、吐き気、しびれ、集中力の低下などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることもあります。体調が安定している日とつらい日の差があるため、治療開始前から復帰時期や勤務量を固定しすぎず、実際の経過を見て調整する方が現実的です。

国立がん研究センターは、がんと診断された直後に仕事を辞めることを急がず、治療内容や体調の見通しを確認したうえで働き方を考えるよう案内しています。がん診療連携拠点病院などのがん相談支援センターでは、就労形態にかかわらず、治療と仕事の両立について相談できます。

参考:がんと仕事:働き方を考える|国立がん研究センター がん情報サービス

食べてはいけないものはありますか?

乳がんステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食べ物はありません。医師から特別な指示がなければ、エネルギーやタンパク質などが不足しないよう、無理のない範囲でバランスよく食べることが基本です。

吐き気や味覚の変化、口内炎があるときには、栄養バランスだけを優先して無理に食べる必要はありません。食べられるものを少量ずつ取り、症状に応じて温度、硬さ、味付けを変えます。体重の減少が続く場合には、主治医や管理栄養士へ相談します。

食事内容だけで乳がんを治したり、進行を止めたりする方法は確立していません。極端な糖質制限や特定の食品だけを取る食事療法は、体力や栄養状態を低下させ、薬物療法を続けにくくする可能性があります。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

サプリメントや健康食品の中には、治療薬の効果や副作用に影響するものがあります。食品として販売されていても、薬との相互作用がないとは限りません。

「免疫力を上げる」「がんを小さくする」などと宣伝されていても、サプリメントや健康食品が標準治療の代わりになることは証明されていません。特定の成分を大量に取ることで、肝機能障害や出血などが起きたり、薬の血中濃度が変化したりする可能性もあります。

利用したいものがある場合は、商品名だけでなく、成分や摂取量が分かる容器や資料を医師、看護師、薬剤師へ見せて確認します。すでに使用している場合も、医療者に伝えずに続けたり、急に中止したりせず、治療との影響を確認してください。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

運動してもよいですか?

体調が安定していれば、歩行や軽い体操など、無理のない範囲で体を動かすことは、筋力や日常生活動作を保つ助けになります。がんのリハビリテーションは、診断後の早い時期から、治療中や緩和ケアを受ける時期まで検討できます。

ただし、骨転移がある場合には、病変の場所や骨折の危険性によって避けるべき動作があります。脳転移によるふらつき、強い貧血、息切れ、感染症などがある場合も、自己判断で運動量を増やすべきではありません。

運動を始める前に、歩いてよい距離、持ってよい重さ、避けるべき姿勢について、主治医やリハビリテーションの担当者へ確認します。運動中に痛み、息苦しさ、めまい、動悸が現れた場合は中止し、医療機関へ相談してください。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

どのような症状が出たら早めに病院へ連絡すべきですか?

乳がんステージ4の治療中は、予定された診察日を待たずに相談した方がよい症状があります。

急に強くなった息苦しさ、新しく現れた咳や発熱、意識や話し方の変化、けいれん、片側の手足の動かしにくさ、急激に悪化する痛みなどは、転移による症状や治療の副作用が関係している可能性があります。黄疸や腹部の張り、骨の強い痛みや骨折も、転移部位の状態を確認する必要があります。

嘔吐や下痢が続いて水分を取れない、強い倦怠感で起き上がれない、薬を服用できないといった変化も、脱水や感染症、臓器機能の低下につながる場合があります。

連絡すべき体温や症状の基準は治療薬によって異なります。治療開始時に、夜間や休日の連絡先、どのような症状ならすぐに連絡するのかを確認しておくことが大切です。

乳がんステージ4では、治療を生活へ合わせるだけでなく、生活を守るために治療内容を調整する視点も必要です。副作用や仕事、食事の悩みを我慢し続けるのではなく、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどへ相談することで、治療を続けやすくなる場合があります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

納得できる治療を選ぶために

乳がんステージ4では、同じサブタイプであっても、転移している臓器、病気の進行速度、これまでに受けた治療、臓器機能、副作用によって適した治療は異なります。新しい薬や効果の高い薬を選ぶことだけが、納得できる治療につながるわけではありません。

まず確認したいのは、現在の治療で何を目指しているかです。病変を早く縮小させる必要があるのか、進行を長く抑えることを優先するのか、症状を軽くして生活を保つことが中心なのかによって、選ぶ治療は変わります。

治療効果は、画像上の縮小だけでは判断できません。病変が残っていても大きくならず、痛みや息苦しさ、臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられていると考えられます。反対に、病変が縮小していても、副作用で食事や仕事、睡眠が大きく損なわれている場合には、減量や休薬、治療変更を検討することがあります。

新薬を検討するときは、自分のホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、過去の治療歴が適応条件に合っているかを確認します。現在の治療が効いている場合には、すぐに新薬へ変更せず、次の選択肢として残しておく考え方もあります。

治療方針には患者さん自身の希望も関わります。できるだけ長く仕事を続けたい、通院回数を減らしたい、多少の副作用があっても腫瘍の縮小を優先したいなど、大切にしたいことを医療者へ伝えることで、治療を選びやすくなります。

治療方針に迷う場合には、セカンドオピニオンを利用する方法もあります。現在の治療が妥当だと確認できることも、納得して治療を続けるための大切な判断材料です。

乳がんステージ4の治療では「最も新しい治療」ではなく、現在の病状に合っているか、期待できる効果と負担のバランスを受け入れられるかを考えることが重要です。病状や希望は治療中に変化するため、その都度主治医と治療目標を確認しながら、自分にとって納得できる選択を重ねていきましょう。