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甲状腺がんは、のどぼとけのすぐ下にある甲状腺に発生するがんです。

厚生労働省の全国がん登録によると、2023年に甲状腺がんと診断された人は16,505例で、男性4,445例、女性12,060例でした。また、2024年には甲状腺がんで男性597人、女性1,290人の計1,887人が死亡しています。罹患者は女性に多い一方、ほかのがんと比べて罹患者数に対する死亡者数が少ないことも甲状腺がんの特徴です。

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは、多くの場合ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲の臓器への浸潤が問題にならない超低リスクの乳頭がんでは、診断後すぐに手術をせず、超音波検査を続けながら変化を確認する積極的経過観察が選択肢になります。

ただし、「甲状腺がんはおとなしいがん」と一括りにすることはできません。濾胞がんは肺や骨へ血行性転移することがあり、髄様がんではRET遺伝子が治療や遺伝性の評価に関係します。さらに、未分化がんは甲状腺がんの1~2%程度とまれですが、非常に速く進行するため、診断後すぐに遺伝子検査を含めた治療方針を検討する必要があります。

甲状腺がんの治療を理解するときは、組織型、乳頭がんのリスク分類、手術範囲、放射性ヨウ素治療の適応、再発・転移時の遺伝子変化という順番で整理すると、自分がどの治療分岐にいるのか分かりやすくなります。

甲状腺がんの治療を理解する5つのポイント
① 乳頭がん・濾胞がん・低分化がん・髄様がん・未分化がんのどれか
② 乳頭がんなら超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクのどこに当てはまるか
③ 積極的経過観察・葉切除・全摘のどれが適するか
④ 放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法が必要か
⑤ 再発・転移時には放射性ヨウ素が効く状態か、RET・BRAF・NTRKなど治療につながる遺伝子変化があるか

この記事では、甲状腺がんの初期症状、原因、検査、ステージから、積極的経過観察、手術、放射性ヨウ素内用療法、再発・転移時の薬物療法、髄様がん・未分化がんの治療、生存率まで詳しく解説します。

参考:厚生労働省「全国がん登録 罹患数・率 報告 2023」、国立がん研究センター「がんの統計2026」、国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんとは

甲状腺の参考イラスト

甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にあり、気管を前から取り囲むように位置する小さな臓器です。蝶が羽を広げたような形をしており、左右の「葉」と、それらをつなぐ「峡部」からできています。

甲状腺では、トリヨードサイロニン(T3)やサイロキシン(T4)などの甲状腺ホルモンがつくられています。これらは体のエネルギー代謝や成長などに関係するホルモンです。また、甲状腺の傍濾胞細胞(ぼうろほうさいぼう)からは、血液中のカルシウム濃度の調節に関係するカルシトニンが分泌されます。

甲状腺に発生する悪性腫瘍が甲状腺がんです。甲状腺がんの多くは甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞から発生しますが、髄様がんはカルシトニンをつくる傍濾胞細胞から発生するため、同じ甲状腺がんでも性質や治療方法が異なります。

甲状腺のしこりがすべて「がん」というわけではない

超音波検査や健康診断などで甲状腺にしこりが見つかることがあります。このような甲状腺内のしこりを甲状腺結節と呼びますが、結節のすべてが甲状腺がんではありません。

良性の腺腫や腺腫様甲状腺腫、嚢胞などもあるため、超音波検査で大きさや形、内部の状態などを確認し、必要に応じて穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)を行います。

甲状腺がんは「しこりがあるかどうか」だけでは診断できません。反対に、小さながんでは触ってもしこりが分からず、超音波検査などで初めて見つかることもあります。

甲状腺がんは種類によって性質が大きく違う

甲状腺がんについて「比較的予後がよいがん」と説明されることがあります。これは最も多い乳頭がんや濾胞がんの多くに当てはまる特徴ですが、すべての甲状腺がんに当てはまるわけではありません。

乳頭がんの多くはゆっくり進行するのに対し、未分化がんでは短期間で周囲の気管や食道などへ広がることがあります。髄様がんでは、乳頭がんや濾胞がんとは異なる細胞から発生し、RET遺伝子の評価が治療方針や遺伝性の判断に関係します。

甲状腺がんでは「甲状腺がんである」という診断だけでは治療は決まりません。まず組織型を確認することが、その後の治療を理解する出発点になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの種類

甲状腺がんは、顕微鏡で見たがん細胞の特徴や、どの細胞から発生したかによって複数の組織型に分けられます。

代表的なのは乳頭がん、濾胞がん、低分化がん、髄様がん、未分化がんです。このうち乳頭がんと濾胞がんは、正常な甲状腺細胞の性質を比較的保っていることから「分化がん」と呼ばれます。

組織型 主な特徴
乳頭がん 甲状腺がんの約90%。多くはゆっくり進行し、頸部リンパ節へ転移することがある
濾胞がん 約5%。肺や骨などへ血液の流れを介して転移することがある。細胞診だけでは良性との区別が難しい場合がある
低分化がん 1%未満。乳頭・濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移のリスクも高い
髄様がん 約1~2%。カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生し、RET遺伝子が関係する場合がある
未分化がん 約1~2%。非常に進行が速く、気管・食道など周囲の組織へ浸潤しやすい

乳頭がんは最も多く、多くはゆっくり進行する

乳頭がんは甲状腺がんの約90%を占めます。頸部リンパ節へ転移することがありますが、多くの場合は比較的ゆっくり進行します。

リンパ節転移が見つかったからといって、ほかのがんと同じように直ちに予後が大きく悪化するとは限りません。甲状腺乳頭がんでは、年齢や腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移の大きさ、遠隔転移などを合わせてリスクを評価します。

特に超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず積極的経過観察を行うという、ほかの多くのがんとは異なる選択肢があります。

濾胞がんは肺や骨へ転移することがある

濾胞がんは甲状腺がんの約5%を占めます。乳頭がんがリンパ節へ転移しやすいのに対し、濾胞がんは血管へ入り込み、肺や骨などへ血行性転移することがあります。

また、濾胞がんでは、良性の濾胞腺腫との区別が診断上の大きな特徴になります。穿刺吸引細胞診で採取した細胞だけでは良性・悪性を確定できない場合があり、手術で腫瘍を摘出したあとに被膜や血管への浸潤を確認して初めて濾胞がんと診断されることがあります。

低分化がんは分化がんより悪性度が高い

低分化がんは1%未満とまれですが、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移を起こしやすい傾向があります。

分化がんと未分化がんの中間的な性質を持つと考えると理解しやすく、治療では手術を中心に、病状によって放射性ヨウ素内用療法などを組み合わせます。

髄様がんではRET遺伝子が重要になる

髄様がんは、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。

RET遺伝子の生殖細胞系列の変化が原因となる遺伝性髄様がんがあり、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の一部として発症することもあります。このため髄様がんと診断された場合には、RET遺伝学的検査が治療と家族への影響を考えるうえで重要です。

未分化がんはほかの甲状腺がんとは進行速度が大きく異なる

未分化がんは甲状腺がんの約1~2%ですが、悪性度が高く、短期間で大きくなることがあります。反回神経、気管、食道などへ浸潤したり、肺などへ遠隔転移したりする可能性があるため、診断後は治療可能性を速やかに評価します。

同じ甲状腺がんという名称でも、乳頭がんの低リスク例と未分化がんでは治療を開始する緊急性も治療方法も全く異なります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」

甲状腺がんの原因・リスク

甲状腺がんになった患者さんの多くで、「これが原因だった」と1つの要因を特定することはできません。国立がん研究センターでも、甲状腺がんの発生要因ははっきり分かっていないとしています。

放射線被ばくが関係する場合がある

甲状腺がんの一部では、過去の放射線被ばくが発症リスクに関係します。このため診察では、放射線を扱う仕事の経験や、過去に首周辺などへ放射線治療を受けたことがあるかを確認する場合があります。

一方、甲状腺がんになったという事実だけから「以前受けたCT検査が原因だった」などと個人の原因を特定することはできません。必要な診断目的で行われる画像検査と、発がんリスクについては分けて考える必要があります。

家族歴や遺伝が関係する場合もある

血縁者に甲状腺がんになった人がいる場合は、甲状腺がんの発症リスクが高くなると考えられています。

特に遺伝との関係が強いのが髄様がんです。RET遺伝子の生殖細胞系列変異がある場合には、本人が遺伝性髄様がんやMEN2である可能性があり、血縁者も同じ遺伝子変化を持っている可能性があります。

遺伝学的検査は家族にも影響する情報を扱うため、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けながら検討します。

甲状腺がんの一般向け検診は国の指針に定められていない

日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんなどについて国の指針に基づくがん検診がありますが、甲状腺がんについては、現在、国の指針として定められた一般住民向けのがん検診はありません。

超音波検査の精度が高くなったことで、症状を起こさず生涯問題にならない可能性のある非常に小さな甲状腺がんまで見つかることがあります。小さながんをできるだけ多く発見することが、必ずしも死亡を減らすことにつながるとは限らないためです。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでも、家族歴や甲状腺がんに関連する遺伝性症候群、小児期の頸部被ばく歴など、特段の発症リスクがない無症状の成人に対して、超音波検査による甲状腺がん検診を行わないことが推奨されています。

首のしこりや声のかすれなど気になる症状がある場合や、医療機関で甲状腺の異常を指摘された場合には、検診の対象かどうかとは別に必要な診察や検査を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 予防・検診」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がんの初期症状

甲状腺がんは、初期には自覚症状がないことが多いがんです。症状があっても、首のしこり以外には特に異常を感じない場合があります。

首のしこり・腫れがきっかけになることがある

甲状腺は首の前側にあるため、甲状腺に腫瘍ができると首のしこりや腫れとして気付く場合があります。健康診断やほかの目的で行った頸部超音波検査、CTなどから偶然見つかることもあります。

しこりがあるからといって、すぐ甲状腺がんと決まるわけではありません。良性の甲状腺結節も多いため、超音波検査などで詳しく調べます。

声のかすれや飲み込みにくさが出る場合がある

甲状腺のすぐ後ろには、声帯を動かす反回神経が通っています。がんが反回神経へ及ぶと、声がかすれる嗄声が現れることがあります。

さらに病気が周囲へ広がると、のどの違和感や痛み、飲み込みにくさ、誤嚥などがみられる場合があります。

声のかすれには声帯炎など多くの原因があり、嗄声があるから甲状腺がんという意味ではありません。ただし、原因の分からない声のかすれが続く場合には耳鼻咽喉科などで確認することが大切です。

進行すると呼吸困難や血痰などが出ることもある

甲状腺がんが気管などへ広がると、呼吸しにくさや血痰などが現れることがあります。特に未分化がんでは短期間に腫瘍が大きくなり、気道へ影響する可能性があります。

首の腫れが急速に大きくなる、呼吸が苦しい、飲み込みが急に悪くなるといった症状がある場合には、速やかな医療機関への相談が必要です。

甲状腺の異常は何科を受診するのか

首のしこりや声のかすれがある場合には、耳鼻咽喉科、頭頸部外科、内分泌外科、甲状腺外科などが診療を行います。地域や医療機関によって診療科の名称は異なります。

健康診断などで甲状腺の結節を指摘された場合には、甲状腺疾患を診療している医療機関へ相談するとよいでしょう。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの検査と診断

甲状腺がんが疑われる場合には、問診や触診、超音波検査、血液検査、穿刺吸引細胞診などを組み合わせて診断します。がんと診断された後は、CTやMRIなどを用いて周囲への浸潤やリンパ節・遠隔臓器への転移を確認します。

超音波検査で腫瘍の大きさや性質を確認する

甲状腺の診断で中心となる画像検査が超音波(エコー)検査です。

超音波検査では、腫瘍の大きさ、形、内部の状態、石灰化の有無、境界の状態などを確認します。頸部リンパ節が腫れていないかも同時に調べることができます。

超音波で甲状腺結節が見つかっても、すべてに穿刺吸引細胞診を行うわけではありません。大きさと超音波所見から悪性の可能性を評価し、細胞診によって治療方針が変わるかを考えて検査を選びます。

穿刺吸引細胞診で細胞を調べる

穿刺吸引細胞診は、超音波画像を確認しながら細い針を甲状腺のしこりへ刺し、細胞を採取して顕微鏡で調べる検査です。

乳頭がんでは特徴的な細胞所見から診断できることがあります。髄様がんなどほかの組織型が疑われる場合にも、病理所見と血液検査などを合わせて判断します。

ただし、細胞診を行えばすべての甲状腺腫瘍を良性か悪性か100%区別できるわけではありません。

濾胞性腫瘍は細胞診だけで良性・悪性を決められないことがある

甲状腺の診断で患者さんが特に理解しにくいのが、濾胞腺腫と濾胞がんの区別です。

濾胞がんの診断では、腫瘍を包む被膜をがん細胞が越えている「被膜浸潤」や、血管の中へがん細胞が入り込んでいる「血管浸潤」などが重要になります。

穿刺吸引細胞診では腫瘍の一部の細胞しか採取できないため、被膜や血管との関係を十分に評価できません。このため、細胞診で「濾胞性腫瘍」などと診断され、良性か悪性か確定していなくても、腫瘍の状態から手術を勧められることがあります。

手術で腫瘍を摘出し、全体を病理検査した結果、初めて濾胞がんと確定する場合があります。「細胞診でがんと確定していないのに手術をする」という説明には、このような甲状腺腫瘍特有の事情があります。

血液検査では甲状腺機能や腫瘍マーカーを確認する

血液検査ではTSH、FT4などを測定し、甲状腺機能を確認します。

サイログロブリンは甲状腺からつくられるタンパク質で、良性疾患でも高くなるため、サイログロブリン値だけで甲状腺がんを診断することはできません。甲状腺を全摘した後では、再発の有無を確認するための指標として利用されます。

髄様がんではカルシトニンやCEAが診断や治療後の経過観察に使われます。腫瘍マーカーは画像検査などと組み合わせて判断するもので、値だけからがんの有無や進行を確定するものではありません。

CT・MRIなどで周囲への広がりや転移を調べる

甲状腺がんと診断された場合には、CTやMRIなどを使用して、気管、食道、反回神経周辺への広がり、頸部リンパ節転移などを確認します。

病状によって胸部CTなどで肺転移を調べたり、シンチグラフィやPETなどを追加したりすることもあります。すべての患者さんが同じ検査を受けるわけではなく、組織型や進行度によって必要な検査を選択します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がんのステージとリスク分類

甲状腺がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、頸部などのリンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせたTNM分類をもとにステージを決めます。

ただし、甲状腺がんはほかのがんと比べてステージ分類が少し特殊です。乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、診断時の年齢もステージ分類に関係します。

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは55歳がステージ分類の区切りになる

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、55歳未満と55歳以上でステージの分け方が異なります。

55歳未満では、遠隔転移がなければTカテゴリーやリンパ節転移の状態にかかわらずステージⅠ、遠隔転移があればステージⅡになります。55歳未満にはステージⅢ・Ⅳはありません。

55歳以上では、腫瘍の大きさ、甲状腺外への広がり、リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて、より細かくステージを分類します。

この年齢による違いは、若い患者さんではリンパ節転移などがあっても甲状腺分化がんによる死亡リスクが比較的低いという特徴が反映されたものです。

髄様がんと未分化がんは分化がんとは分類方法が違う

髄様がんでは年齢による区分を使わず、T・N・Mの組み合わせからステージを決めます。

未分化がんは診断された時点ですべてステージⅣに分類され、甲状腺内にとどまるⅣA、周囲へ広がるⅣB、遠隔転移があるⅣCに分けます。

このため、「甲状腺がんのステージⅣ」という情報だけで予後や治療を比較することはできません。乳頭がんのステージⅣと未分化がんのステージⅣでは、病気の性質も治療方法も大きく異なります。

乳頭がんではステージとは別にリスク分類を使う

乳頭がんでは、ステージだけでなく、腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移、遠隔転移などから超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクに分類します。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは、T1aN0M0、つまり1cm以下で臨床的なリンパ節転移や遠隔転移がない乳頭がんを「超低リスク」としています。T1bN0M0は低リスクで、それ以外のうち高リスクの条件に当てはまらないものが中リスクになります。

高リスクには、4cmを超える腫瘍、甲状腺外への明らかな浸潤、大きなリンパ節転移や節外浸潤、遠隔転移などが含まれます。年齢も予後を考える重要な要素です。

ステージは主に病気の広がりや生命予後を表す分類で、乳頭がんのリスク分類は手術範囲や積極的経過観察、術後治療などを考えるための重要な判断材料になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がん治療の全体像

甲状腺がんの治療は、ステージだけでは決まりません。組織型、乳頭がんのリスク分類、年齢、周囲への浸潤、リンパ節・遠隔転移、患者さんの全身状態などを確認して治療を組み立てます。

特に乳頭がんでは、低リスクの微小がんを積極的経過観察する場合から、甲状腺全摘、リンパ節郭清、放射性ヨウ素内用療法まで、病状によって治療の負担が大きく異なります。

病状・組織型 治療の主な考え方
超低リスク乳頭がん 積極的経過観察を中心に検討し、希望や病状によって手術も選択する
低~中リスク乳頭がん 葉切除を中心に、腫瘍やリンパ節の状態などから切除範囲を決める
高リスク乳頭がん 全摘を中心に検討し、病理結果などからRAIやTSH抑制療法を組み合わせる
濾胞がん 手術で診断・治療し、病理結果や遠隔転移の有無に応じて追加手術やRAIを検討する
髄様がん RET遺伝学的検査などを行い、手術を中心に治療する。進行例では分子標的薬も検討する
未分化がん 迅速に広がりと遺伝子変化を評価し、手術・薬物療法・放射線治療を組み合わせる

甲状腺がんでは、より大きな手術や多くの治療を行えば必ず治療成績がよくなるとは限りません。低リスク乳頭がんでは治療による利益と、反回神経麻痺や副甲状腺機能低下、甲状腺ホルモン補充などの負担を比較する必要があります。

反対に、未分化がんなど治療を急ぐ必要がある組織型では、低リスク乳頭がんと同じ感覚で経過を見ることはできません。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

小さな乳頭がんでは「すぐ手術しない」積極的経過観察もある

甲状腺にがんが見つかると、「小さいうちにすぐ手術した方が安全なのでは」と考えるかもしれません。しかし、超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず定期的な超音波検査を行う積極的経過観察が標準的な選択肢になっています。

2024年版の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは、転移や浸潤の徴候がない超低リスク乳頭がんについて、十分な説明を受けたうえで患者さんが希望する場合には、適切な診療体制のもとで積極的経過観察を行うことが推奨されています。

積極的経過観察は「がんを放置する」方法ではない

積極的経過観察では、定期的に超音波検査を行い、腫瘍が大きくなっていないか、新たなリンパ節転移が出ていないか、気管や反回神経との位置関係に変化がないかなどを確認します。

日本内分泌外科学会の低リスク微小乳頭がんに関する提言では、年1~2回を目安に、病状や施設方針に応じて定期的な超音波検査を続ける方法などが示されています。実際の検査間隔は患者さんの状態や施設によって調整されます。

経過観察中に腫瘍が増大したりリンパ節転移が出現したりした場合には、手術へ切り替えることができます。

1cm以下なら誰でも積極的経過観察できるわけではない

積極的経過観察の中心となるのは、1cm以下の乳頭がんで、臨床的なリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲臓器への明らかな浸潤がない超低リスク例です。

同じ1cm以下でも、腫瘍が気管や反回神経に接しており、少し増大すると重要な臓器へ影響する可能性がある場合や、リンパ節転移が疑われる場合などには、積極的経過観察より手術が適すると判断されることがあります。

つまり「1cm以下=手術不要」ではなく、腫瘍の大きさだけでなく場所や広がりまで見て、将来進行した場合にも安全に手術へ切り替えられるかを考えます。

若ければ手術、高齢なら経過観察と単純に決まるわけではない

微小乳頭がんは若い患者さんほど経過観察中に増大する割合が高いことが報告されていますが、若年であることだけを理由に直ちに手術しなければならないわけではありません。

年齢、腫瘍の位置、妊娠の予定、定期的な通院が可能か、手術に対する本人の希望などを含めて選びます。

反対に、高齢者でも腫瘍の状態から手術が必要と判断される場合があります。積極的経過観察は「手術できない人だけが選ぶ方法」ではなく、適切に選択された低リスク乳頭がんに対する治療戦略です。

参考:日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」、日本内分泌外科学会「成人の甲状腺低リスク微小乳頭癌cT1aN0M0に対する積極的経過観察の適応と方法」、国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺がんの手術|葉切除か全摘か

甲状腺がんの手術には、がんのある側を中心に切除する葉切除と、甲状腺をすべて摘出する全摘があります。

どちらを選ぶかは「全摘の方ががんを多く取れるから安全」という単純な考え方では決まりません。再発リスクと、手術後に起こり得る合併症や生涯のホルモン補充などを比較して決めます。

甲状腺葉切除

葉切除では、がんがある側の甲状腺を切除します。反対側の甲状腺を残せるため、残った甲状腺が十分なホルモンをつくれば、術後に甲状腺ホルモン薬を継続する必要がない場合があります。

2024年版の国内ガイドラインでは、低リスク・中リスクの乳頭がんでは葉切除が推奨される基本的な手術方法です。

全摘に比べて副甲状腺機能低下などの合併症リスクを抑えられる利点がありますが、残した甲状腺にも将来腫瘍が見つかる可能性があります。また、術後病理で予想以上に再発リスクが高いことが判明した場合には、残った甲状腺を追加切除することがあります。

甲状腺全摘

甲状腺全摘では左右の甲状腺をすべて摘出します。高リスク乳頭がん、両側に病変がある場合、遠隔転移がある場合などで検討します。

全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、術後のサイログロブリンを再発の指標として利用しやすくなり、放射性ヨウ素内用療法も行いやすくなります。

一方、甲状腺ホルモンを自分で十分につくれなくなるため、全摘後は原則として甲状腺ホルモン薬を継続して内服します。また、副甲状腺機能低下のリスクも葉切除より高くなります。

リンパ節郭清を行う場合

甲状腺乳頭がんは頸部リンパ節へ転移しやすいがんです。画像検査などでリンパ節転移が確認されている場合には、甲状腺の切除とともに転移したリンパ節周囲をまとめて切除するリンパ節郭清を行います。

リンパ節転移が明らかでない場合にどこまで予防的に郭清するかは、腫瘍の状態や手術範囲などによって判断します。

気管や反回神経へ浸潤している場合

がんが気管、食道、反回神経などへ広がっている場合には、甲状腺だけを切除して終わらないことがあります。

反回神経への浸潤では、がんを取り切るために神経の切除が必要になる場合があり、声への影響を考えて神経再建などを検討することもあります。気管へ浸潤している場合には、浸潤の深さに応じた気管の切除を検討します。

どこまで切除するかは、根治性だけでなく、声、呼吸、嚥下など治療後の機能も考えて判断します。

手術後の合併症|声のかすれ・低カルシウム血症・術後出血

甲状腺のすぐ近くには反回神経があるため、手術後に声がかすれることがあります。一時的な麻痺で回復する場合もあれば、神経を切除する必要があった場合などでは長期間症状が残ることがあります。

甲状腺の裏側には通常4つの副甲状腺があり、血液中のカルシウムを調節しています。全摘などで副甲状腺の働きが低下すると、血液中のカルシウムが低くなり、口の周りや手足のしびれ、筋肉のけいれんなどが起こる場合があります。必要に応じてカルシウムや活性型ビタミンD製剤を使用します。一時的な低下で回復する患者さんもいれば、長期的な補充が必要になる患者さんもいます。

甲状腺手術後には、まれに手術部位からの出血によって首が急に腫れることがあります。血腫や周囲の腫れによって気道へ影響すると緊急対応が必要になるため、術後に首の腫れが急速に強くなる、圧迫感がある、呼吸しにくい、唾液を飲み込みにくいといった症状がみられた場合には、すぐ医療者へ伝える必要があります。

甲状腺ホルモン補充とTSH抑制療法は目的が少し違う

全摘後には体内で甲状腺ホルモンを十分につくれないため、甲状腺ホルモン薬を服用します。これは不足するホルモンを補うための治療です。

これとは別に、再発や転移のリスクが高い乳頭がん・濾胞がんでは、通常よりTSHを低い状態に保つTSH抑制療法を行うことがあります。

TSHは正常な甲状腺を刺激するだけでなく、分化がんの細胞を刺激する作用もあるためです。

ただし、TSHを強く抑えすぎると、動悸や不整脈、骨量低下などにつながる可能性があります。再発リスク、年齢、心疾患、骨粗しょう症のリスクなどを踏まえて抑制の強さを調整します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

放射性ヨウ素内用療法|どんな患者に行うのか

甲状腺は、甲状腺ホルモンをつくるために血液中のヨウ素を取り込む性質があります。乳頭がんや濾胞がんの細胞にも、この性質がある程度残っていることがあります。

この特徴を利用した治療が放射性ヨウ素内用療法(RAI)です。

放射線を出すヨウ素131(I-131)をカプセルとして服用し、甲状腺由来の細胞へ取り込ませることで、体の内側から放射線を当てます。

アブレーション・補助療法・治療は目的が異なる

国立がん研究センターでは、放射性ヨウ素内用療法を目的によって「アブレーション」「補助療法」「治療」に分けています。

目的 考え方
アブレーション 全摘後にわずかに残った正常甲状腺組織を除去し、その後の経過観察をしやすくするなどの目的で行う
補助療法 画像では確認できなくても残っている可能性のある微小ながん細胞を治療し、再発リスクを下げる目的で行う
治療 残存がんや肺・骨などの遠隔転移に対して治療目的で行う

全摘した患者さん全員がRAIを受けるわけではない

甲状腺を全摘したからといって、すべての患者さんが放射性ヨウ素内用療法を受けるわけではありません。

再発リスク、術後の病理結果、サイログロブリン、画像所見などを確認して、RAIによる利益が期待できる患者さんを選びます。低リスクの患者さんでは、全摘後でもRAIを行わず経過観察する場合があります。

また、RAIは主として乳頭がん・濾胞がんなどの分化がんで使用する治療です。髄様がんはヨウ素を取り込む濾胞細胞から発生するがんではないため、同じ考え方でRAIを使用する治療ではありません。

治療前にはTSHを上げ、ヨウ素を制限する

I-131をがん細胞へ十分取り込ませるには、TSHを高くして甲状腺由来の細胞がヨウ素を取り込みやすい状態にする必要があります。

一般的には治療前に甲状腺ホルモン薬を中止・変更する方法などを用います。治療目的によっては、甲状腺ホルモン薬を続けながら遺伝子組換えヒトTSHを使用する方法を検討することもあります。

また、治療前にはヨウ素を含む食品や薬剤を一定期間制限します。国立がん研究センターでは一般的な方法として、I-131投与の2週間前からヨウ素を多く含む食事などを制限すると説明しています。

海藻類だけでなく、ヨウ素を含む造影剤や医薬品が治療へ影響する場合もあるため、具体的な制限方法は治療施設の指示に従います。

治療量によって外来または専用病室への入院が必要になる

比較的少ない量を使用するアブレーションは、一定の条件を満たせば外来で行える場合があります。

より多いI-131を使用する補助療法や転移に対する治療では、周囲の人への放射線被ばくを抑えるため、放射線治療病室と呼ばれる専用の病室へ数日間入院することがあります。

治療後しばらくは尿、唾液などから放射性ヨウ素が排出されるため、家族との距離など生活上の注意について説明を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

再発・転移した乳頭がん・濾胞がんの治療

乳頭がんや濾胞がんが再発・転移した場合にも、すぐ同じ薬物療法を開始するわけではありません。

再発した場所、病変の数、増大速度、症状、放射性ヨウ素を取り込むか、手術や放射線による局所治療が可能かなどを確認して治療を選びます。

頸部の再発では再手術を検討する場合がある

甲状腺がんは、甲状腺を切除した場所の周辺や頸部リンパ節などに再発することがあります。

切除可能で、手術による利益が期待できる場合には再手術を検討します。反回神経、気管、食道などへの影響や、以前の手術による癒着なども考えて治療方法を決めます。

小さく変化の少ない病変では、すぐ再手術を行わず経過を確認する場合もあります。

放射性ヨウ素を取り込む転移にはRAIを検討する

乳頭がんや濾胞がんの肺・骨などへの転移がI-131を取り込む場合には、放射性ヨウ素内用療法によって治療できることがあります。

治療後に腫瘍が縮小しているなど効果が確認できれば、一定の間隔を空けてRAIを繰り返す場合があります。

放射性ヨウ素が効かない「RAI不応」という状態がある

分化がんであっても、すべての再発・転移がヨウ素を取り込むわけではありません。

病変が放射性ヨウ素を取り込まない、取り込んでいても治療後に病気が進行するなど、RAIによる十分な効果が期待できない状態を放射性ヨウ素不応(RAI不応)と呼びます。

RAI不応となった病変に、効果が期待できないまま放射性ヨウ素治療を繰り返せばよいわけではありません。病気の進行速度、症状、局所治療の可能性、遺伝子変化などを確認し、薬物療法へ切り替える時期を考えます。

RAI不応でも、すぐ分子標的薬を開始するとは限らない

RAI不応の再発・転移があっても、病変が非常に小さく、何年もほとんど増大せず症状もない場合には、画像検査で経過を見ることがあります。

分子標的薬は長期間使用することが多く、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、手足症候群などの副作用もあります。

このため、薬が使える状態であることと、「今すぐ薬を始めるべき状態」であることは同じではありません。腫瘍の増大速度、症状、重要臓器への影響などを確認して開始時期を判断します。

RAI不応・進行例では分子標的薬を使う

手術やRAIによる治療が難しく、進行している分化がんでは分子標的薬を検討します。

レンバチニブ・ソラフェニブなど

レンバチニブ(商品名:レンビマ)やソラフェニブ(商品名:ネクサバール)は、がんが血管をつくって増殖する仕組みなどを抑えるマルチキナーゼ阻害薬です。病状やこれまでの治療歴に応じて使用します。レンバチニブやソラフェニブによる治療が難しい場合には、BRAF、RET、NTRKなどの遺伝子変化に応じた治療を検討する場合があります。

これらの薬は腫瘍を小さくしたり進行を遅らせたりすることが期待できますが、長期的な副作用管理が必要になります。

RET・BRAF・NTRKなど遺伝子変化に応じて薬を選べる場合がある

現在の再発・転移性甲状腺がんでは、遺伝子情報が治療選択に直接つながる場合があります。

国立がん研究センターでは、RAIが適さない再発・転移分化がんで、BRAF V600E、RET遺伝子変化・融合遺伝子、NTRK融合遺伝子などを調べることが勧められていると説明しています。

RET融合遺伝子

RET融合遺伝子が確認された甲状腺がんでは、RETを選択的に阻害する薬を検討できる場合があります。セルペルカチニブなどがこの種類の薬です。

NTRK融合遺伝子

NTRK融合遺伝子がある場合には、NTRK阻害薬が治療候補になります。NTRK融合は頻度が高い遺伝子変化ではありませんが、見つかれば治療につながる可能性があります。

BRAF V600Eなど

BRAF V600E遺伝子変化は甲状腺がんの一部で認められます。組織型や病状によって、BRAFやその下流の経路を標的とする治療を検討できる場合があります。

また、がん細胞に多数の遺伝子変化が蓄積しているTMB-highなどの条件を満たした場合には、免疫チェックポイント阻害薬が選択肢になることがあります。

「腫瘍の遺伝子検査」と「遺伝するかを調べる検査」は同じではない

RET、BRAF、NTRKなどを調べる検査の中には、がん細胞だけに生じた遺伝子変化を調べ、使用できる薬を探すための検査があります。

一方、髄様がんで行うRET遺伝学的検査のように、生まれつき持っている遺伝子変化を調べ、遺伝性腫瘍かどうかを確認する検査もあります。

「遺伝子検査を受ける=自分のがんが子どもへ遺伝するか調べる」という意味ではありません。何を目的とした検査なのかを確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺髄様がんの治療|RET遺伝子との関係

甲状腺髄様がんは、甲状腺がん全体の約1~2%を占めるまれながんです。

乳頭がんや濾胞がんとは異なり、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。そのため、放射性ヨウ素を利用した治療を乳頭がん・濾胞がんと同じように行う病気ではありません。

髄様がんでは治療前にRET遺伝学的検査を検討する

髄様がんでは、RET遺伝子の生殖細胞系列変異による遺伝性髄様がんが含まれます。

現在の国立がん研究センターの患者向け情報でも、髄様がんと診断された場合には、治療方針を検討するためRET遺伝学的検査を受け、遺伝性かどうか確認することが勧められています。

遺伝性であればMEN2の可能性があり、甲状腺以外に褐色細胞腫などを発症することがあります。

褐色細胞腫がある場合は甲状腺手術の順番にも影響する

MEN2などが疑われる遺伝性髄様がんでは、褐色細胞腫の有無を確認します。

褐色細胞腫は大量のカテコールアミンを分泌し、手術などをきっかけに血圧が大きく上昇する危険があるため、治療が必要な褐色細胞腫がある場合には、原則として先に褐色細胞腫を治療してから甲状腺の手術を行います。

遺伝性髄様がんでは甲状腺全摘が基本となります。遺伝性でない場合には、がんが片側に限られるのか両側にあるのかなどを確認し、葉切除または全摘を検討します。

カルシトニンとCEAを治療後の経過観察に使う

髄様がんはカルシトニンをつくる細胞から発生するため、血液中のカルシトニンが重要な腫瘍マーカーになります。CEAも経過観察に利用します。

手術後もカルシトニンが高い場合や、いったん低下した値が再び上昇してくる場合には、残存・再発の可能性を考えて画像検査などを行います。

進行例ではRET阻害薬などを検討する

手術で根治することが難しい進行・再発髄様がんでは、分子標的薬を検討します。

RET遺伝子変異が確認され、薬物療法が必要な場合には、RETを選択的に阻害するセルペルカチニブが重要な選択肢になります。一方、RET遺伝子変異を認めない場合などには、バンデタニブによる治療を検討します。

遺伝子検査の結果だけで薬を使うわけではなく、病変の増大速度、症状、手術など局所治療の可能性を合わせて治療開始を判断します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」、国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺未分化がん・低分化がんの治療

甲状腺未分化がんと低分化がんは、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高い組織型です。ただし、低分化がんと未分化がんでも進行速度や治療方法は同じではありません。

低分化がんは手術を中心に追加治療を検討する

低分化がんは、乳頭がん・濾胞がんと未分化がんの中間的な性質を持つがんです。分化がんより再発・遠隔転移のリスクが高いため、切除可能であれば甲状腺全摘などの手術を中心に治療します。

病理結果や病気の広がりなどを踏まえて、放射性ヨウ素内用療法などを追加する場合があります。ただし、低分化がんでは分化の程度によってヨウ素を取り込む能力が低下している場合もあり、RAIの効果は患者さんによって異なります。

再発・進行した場合には、遺伝子変化や病状に応じて分子標的薬などを検討します。

未分化がんはすべてステージⅣに分類される

未分化がんは非常に進行が速いため、診断時点ですべてステージⅣとして扱います。

甲状腺内にとどまっているⅣA期では、必要に応じて遺伝子検査を行い、切除可能であれば甲状腺全摘を検討します。術後には放射線治療や薬物療法を追加する場合があります。

周囲の組織へ広がったⅣB期や遠隔転移のあるⅣC期では、手術可能性だけでなく、治療につながる遺伝子変化があるかを早い段階で調べます。

未分化がんでは遺伝子検査を早い段階で行う意味が大きい

未分化がんの一部にはBRAF V600Eなど、分子標的治療につながる遺伝子変化があります。

2024年版の国内ガイドラインでは、未分化がんでBRAF V600E変異が一定割合にみられることが示されており、BRAF阻害薬とMEK阻害薬を組み合わせた治療などが検討されます。

国立がん研究センターの2026年更新版でも、ⅣB・ⅣC期では遺伝子検査で治療対象となる変化を確認し、該当する場合には薬物療法を行い、腫瘍が縮小して切除可能になれば手術を検討する流れが示されています。

つまり、最初に「手術できない」と判断された未分化がんでも、薬物療法への反応によって治療方針が変わる患者さんがいます。

気道への影響や全身状態も同時に対応する

未分化がんでは気管へ急速に広がり、呼吸へ影響することがあります。そのため、がんを縮小させる治療だけでなく、気道を安全に保てるかという評価も重要です。

放射線治療、薬物療法、手術などを組み合わせるとともに、痛み、呼吸困難、嚥下障害などへの支持療法・緩和ケアも診断時から並行して行います。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

甲状腺がん治療の副作用と治療後の生活

甲状腺がんでは、長期間にわたって経過観察や甲状腺ホルモン薬の服用を続ける患者さんが多くいます。また、放射性ヨウ素内用療法や分子標的薬などを受ける場合には、それぞれ異なる副作用への対応が必要です。

手術後の声や飲み込みへの影響

甲状腺手術後には、反回神経への影響によって声がかすれることがあります。神経麻痺が一時的な場合には時間とともに改善することがありますが、長く続く場合には耳鼻咽喉科で声帯の状態を確認し、音声治療や手術などを検討することがあります。

首のつっぱり感や飲み込みにくさを感じる患者さんもいます。術後経過に問題がなければ、医療者の指示に従って首を動かす運動などを取り入れることで改善を図る場合があります。

低カルシウム血症ではしびれなどに注意する

全摘などで副甲状腺機能が低下すると、血液中のカルシウムが低くなります。

口の周囲や指先のしびれ、筋肉のけいれんなどがみられる場合には、血液検査でカルシウムを確認します。必要に応じてカルシウム製剤や活性型ビタミンD製剤を使用します。

一時的な低下なら回復後に薬をやめられる場合がありますが、長期間の補充が必要になることもあります。

甲状腺ホルモン薬は適切な量を続けることが重要

甲状腺全摘後には甲状腺ホルモン薬を継続して服用します。

薬の量が不足すると、疲れやすさ、むくみ、寒がりなど甲状腺機能低下症の症状が出る可能性があります。反対に量が多すぎれば、動悸、発汗、手の震えなどが出ることがあります。

TSH抑制療法を行う患者さんでは意図的にTSHを低く保つため、年齢や心臓・骨の状態も確認しながら薬の量を調整します。

放射性ヨウ素治療では唾液腺や味覚への影響がある

放射性ヨウ素は甲状腺由来の細胞だけでなく唾液腺などにも集まるため、唾液腺炎、口の乾燥、味覚の変化などが起こる場合があります。

治療量や回数によって影響は異なります。妊娠中・授乳中には放射性ヨウ素治療を行わず、治療後の妊娠時期についても医療機関の指示に従います。

将来の妊娠・出産を希望している場合には、治療前に妊孕性への影響も含めて確認しておくことが大切です。

分子標的薬では高血圧・蛋白尿・下痢などに注意する

レンバチニブなど血管新生を抑える分子標的薬では、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、疲労、手足症候群などが起こる場合があります。

血圧は症状がないまま上昇することがあるため、家庭で測定するよう指示されることがあります。副作用を我慢し続けるのではなく、必要に応じて休薬や減量を行うことで長期間治療を続けられる場合があります。

甲状腺がんが気管や食道などへ浸潤している場合には、血管新生を抑える薬による出血や瘻孔など重い合併症のリスクにも注意して治療を判断します。

仕事や日常生活は長期的な治療を前提に考える

乳頭がんや濾胞がんでは治療後も長期間の経過観察を続けるため、仕事や家庭生活と通院を両立することが重要になります。

手術後に体調が安定し、甲状腺ホルモン値が適切に調整されていれば、日常生活を大きく制限する必要がない患者さんも多くいます。

食事についても、放射性ヨウ素治療前の期間を除けば、「甲状腺がんだから海藻を一生食べてはいけない」といった一律の制限を行うものではありません。

緩和ケア・支持療法は治療と同時に受けられる

緩和ケアは、がんに対する治療がなくなった後だけに行うものではありません。

診断時から、痛み、呼吸や飲み込みのつらさ、不安、不眠などに対する支援を受けることができます。特に未分化がんや進行例では、がんを縮小させる治療と症状を和らげる治療を同時に進めることが重要です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」

甲状腺がんの再発と経過観察

甲状腺がんの治療後は、再発の有無や甲状腺ホルモンの状態などを確認するため、定期的な通院を続けます。

必要な検査は組織型、手術範囲、再発リスク、これまでの治療などによって異なります。

乳頭がん・濾胞がんは長期間たって再発することがある

国立がん研究センターでは、乳頭がんや濾胞がんは治療から10年あるいは20年たって再発する可能性があるため、長期的な経過観察が必要と説明しています。

早期の低リスクがんであっても、手術が終わればその後一切受診しなくてよいとは限りません。

一方、通院頻度は病状によって異なります。高リスク患者さんと超低リスク患者さんが同じ頻度でCTを受け続けるわけではありません。

首の超音波検査で甲状腺やリンパ節を確認する

経過観察では、首の触診や超音波検査などによって、甲状腺を残している場合の残存甲状腺や頸部リンパ節などを確認します。

全摘後にも頸部リンパ節などへの再発を調べるため超音波検査を行います。

再発が疑われる場合や高リスク例では、CT、MRI、シンチグラフィなどを病状に応じて追加します。

全摘後の分化がんではサイログロブリンを確認する

サイログロブリンは正常な甲状腺細胞と分化型甲状腺がんの細胞からつくられます。

甲状腺を全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、その後サイログロブリンが上昇すれば残存・再発を考える手掛かりになります。

ただし、抗サイログロブリン抗体がある場合にはサイログロブリン測定値へ影響するため、抗体も合わせて確認します。

葉切除後は正常な甲状腺が残っているため、サイログロブリンの値だけで再発を判断することはできません。超音波検査などと組み合わせて評価します。

髄様がんではカルシトニン・CEAを確認する

髄様がんの治療後は、カルシトニンやCEAの値を継続的に確認します。

値が持続して高い、あるいは時間とともに上昇している場合には、残存がんや再発の可能性を考えて画像検査を行います。

検査値の絶対値だけでなく、どの程度の速さで変化しているかも病状を考える材料になります。

再発してもすぐ生命に関わるとは限らない

乳頭がんなどでは、頸部リンパ節に再発しても手術によって治療できる場合があります。小さく長期間変化しない病変では、治療による負担と比較して経過観察を選ぶ場合もあります。

「再発した」という言葉だけで病状を判断せず、再発した場所、数、増大速度、症状、放射性ヨウ素感受性などを確認して次の治療を考えます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」、国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」

甲状腺がんのステージ別生存率と予後

甲状腺がんの予後を理解するときに最も注意したいのが、乳頭がん・濾胞がんと、髄様がん、未分化がんを別々に扱い、同じ「甲状腺がん」としてまとめないことです。

組織型によって病気の進行速度が大きく異なるため、「甲状腺がん全体」の生存率だけでは個々の患者さんの病状を十分に表せません。

なお、以下に示す2014~2015年診断例の病期別生存率はいずれも、当時の院内がん登録で使用されていたUICC TNM分類第7版に基づいています。現在使用されている第8版では、乳頭がん・濾胞がん・低分化がんの年齢区分が45歳から55歳へ変更されるなど病期分類が異なるため、以下のⅠ~Ⅳ期を現在のステージ分類へそのまま対応させて解釈することはできません。

乳頭がん・濾胞がんの5年ネット・サバイバル

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に診断された「甲状腺乳頭濾胞がん」の5年ネット・サバイバルが公開されています。

ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ取り除き「がんだけが死亡に影響すると仮定した場合」の生存率を推計する方法です。

病期 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 98.1%
Ⅱ期 98.6%
Ⅲ期 99.3%
Ⅳ期 89.5%

全体の5年ネット・サバイバルは96.4%です。

この表ではⅢ期がⅡ期より数値上高くなっていますが、「Ⅲ期の方がⅡ期より予後がよい」という意味ではありません。病期ごとの患者背景や対象数なども異なるため、数値の小さな差を単純な病期順の優劣として読むのは適切ではありません。

髄様がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺髄様がんでは、全体の5年ネット・サバイバルは93.2%でした。

ステージⅠ期は93.4%、ステージⅣ期は85.1%と報告されています。Ⅱ期・Ⅲ期は集計対象数が30例未満だったため、個別の5年生存率は表示されていません。

髄様がんは乳頭がん・濾胞がんより症例数が少ないため、統計値の不確実性も大きくなります。

未分化がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺未分化がんでは、ステージⅣ期の5年ネット・サバイバルは6.1%でした。

乳頭がん・濾胞がんと未分化がんでは予後に非常に大きな差があることが分かります。

ただし、この生存率は2014~2015年に診断された患者さんの治療成績です。その後、遺伝子検査やBRAFなどを標的とする分子標的治療が進歩しており、特に治療可能な遺伝子変化を持つ進行例については、過去の集団統計を現在の患者さんの予後へそのまま当てはめることはできません。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

同じ乳頭がんでも、微小な超低リスクがんと、周囲の臓器へ浸潤し遠隔転移がある高リスクがんでは経過が異なります。

年齢、組織型、腫瘍の大きさ、リンパ節・遠隔転移、手術で切除できた範囲、放射性ヨウ素への反応、遺伝子変化などによって個人の予後は変わります。

生存率は過去に同じ分類に含まれた多くの患者さんを集計した数字であり、「自分が5年後に生きている確率」をそのまま示すものではありません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺乳頭濾胞がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺髄様がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺未分化がん」

甲状腺がんの治療を選ぶときに確認したいこと

甲状腺がんでは、同じ「甲状腺がん」という診断でも治療方法が大きく異なります。

特に乳頭がんでは、何もせず放置するのか手術するのかという二択ではなく、積極的経過観察、葉切除、全摘、リンパ節郭清、RAI、TSH抑制療法などを、病気のリスクに合わせて選びます。

治療説明を受ける際には、次の項目を整理すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
組織型は何か 乳頭・濾胞・髄様・未分化などで治療そのものが異なる
腫瘍は何cmか 乳頭がんのリスク分類や積極的経過観察、手術範囲に関係する
リンパ節・遠隔転移はあるか リスク分類、ステージ、手術範囲や追加治療に関係する
気管・食道・反回神経への浸潤はあるか 積極的経過観察の可否や手術方法に大きく影響する
乳頭がんのリスク分類は何か 超低・低・中・高リスクによって積極的経過観察、葉切除、全摘などの考え方が変わる
積極的経過観察の対象になるか 超低リスク乳頭がんでは手術を急がない選択肢がある
葉切除と全摘のどちらを勧められているか 再発リスクだけでなく、ホルモン補充や副甲状腺機能低下など治療後の負担も異なる
RAIを行う目的は何か アブレーション、再発予防の補助療法、残存・転移がんの治療では目的が異なる
TSH抑制が必要か 再発リスクと心臓・骨への影響を考えて抑制の程度を決める
再発・転移巣は放射性ヨウ素を取り込むか RAIを続けるか、局所治療や薬物療法へ切り替えるかに関係する
RET・BRAF・NTRKなどを調べる必要があるか 再発・進行例では遺伝子変化に対応した薬を選べる場合がある
髄様がんならRET遺伝学的検査を受けたか 手術方法、褐色細胞腫の評価、家族への影響に関係する
治療の目的は何か 根治、再発予防、病気の長期制御、症状緩和では治療によって期待するものが異なる

この表はガイドラインなどをもとに、患者さんが治療方針を理解しやすいよう整理したものです。公式ガイドラインに同じ形式のチェックリストが掲載されているわけではありません。

甲状腺がんでは、治療法の名前だけを聞くより、「なぜ自分は経過観察でよいのか」「なぜ葉切除ではなく全摘なのか」「なぜRAIが必要なのか」「なぜ今は薬を始めないのか」といった理由を確認することが、治療を理解するうえで役立ちます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、日本内分泌外科学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版」

まとめ|甲状腺がんは種類・リスク・治療目的を分けて考える

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは比較的ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節・遠隔転移や明らかな浸潤のない超低リスク乳頭がんでは、診断後すぐ手術せず、定期的な超音波検査を続ける積極的経過観察が標準的な選択肢になります。「がんだから早く取るほどよい」と一律に考えるのではなく、手術による利益と負担を比較することが重要です。

手術が必要な場合も、すべての患者さんが甲状腺を全摘するわけではありません。低~中リスク乳頭がんでは葉切除、高リスク例では全摘を中心に検討し、リンパ節転移や周囲への浸潤などによって手術範囲を調整します。全摘後や再発リスクが高い分化がんでは、放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法を追加する場合があります。

再発・転移した乳頭がんや濾胞がんでは、放射性ヨウ素が効く状態かどうかが大きな治療分岐になります。RAI不応となった進行例では分子標的薬を使用し、RET、BRAF、NTRKなどの遺伝子変化が確認されれば、それに対応した薬を選べる場合があります。

髄様がんではRET遺伝学的検査が治療や遺伝性の評価に重要で、未分化がんでは速やかなステージ評価と遺伝子検査を行い、薬物療法、手術、放射線治療を組み合わせます。甲状腺がんは「比較的予後がよい」という一言では説明できず、組織型によって治療も経過も大きく異なります。

治療方針を考える際には、甲状腺がんという診断名だけを見るのではなく、どの組織型なのか、乳頭がんならどのリスク群なのか、どこまで広がっているのか、治療の目的は何かを順番に確認すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。