直腸がんは、大腸のうち肛門に近い「直腸」に発生するがんです。大腸がんは結腸がんと直腸がんを合わせた総称であるため、直腸がんも大腸がんの一種です。しかし、直腸は狭い骨盤の中にあり、肛門や膀胱、生殖器、排尿・性機能に関係する神経などと近接しているため、結腸がんとは手術方法や治療後の生活への影響が異なります。
特に治療では、がんを十分に取り切れるかだけでなく、肛門を残せるか、人工肛門が必要になるか、排便・排尿・性機能をどの程度保てるかまで考える必要があります。進行度やがんの位置によっては、手術だけでなく手術前の放射線治療や薬物療法を検討する場合もあります。
直腸がんは早期ではほとんど症状がないことがありますが、進行すると血便、便が細くなる、便秘や下痢を繰り返す、便が残っている感じがするといった症状が現れることがあります。症状だけで直腸がんの有無やステージを判断することはできないため、異常が続く場合には大腸内視鏡検査などによる確認が重要です。
この記事では、直腸がんと大腸がん・結腸がんの違い、初期症状、原因、検査、ステージから、内視鏡治療、手術、肛門温存、人工肛門、術前治療、薬物療法、治療後の後遺症、生存率まで、2026年時点の情報をもとに解説します。
参考:国立がん研究センター「大腸がん(結腸がん・直腸がん)」
直腸がんとは

大腸は小腸に続く消化管の最後の部分で、長さは約1.5~2mあります。大腸は大きく「結腸」と「直腸」に分けられ、結腸は盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸から構成され、その先に直腸、肛門が続きます。
直腸はさらに直腸S状部、上部直腸、下部直腸に分けられます。同じ直腸がんでも、がんが上部にあるのか、肛門に近い下部にあるのかによって、手術方法や肛門温存の可能性、側方リンパ節郭清の必要性などが変わります。
直腸がんの多くは、直腸の内側を覆う粘膜の腺細胞から発生する「腺がん」です。良性の腺腫が徐々にがん化する場合と、正常に見える粘膜から直接がんが発生する場合があります。
直腸は便をためて排便につなげる役割がある
直腸には、結腸から送られてきた便を一時的にため、便がたまることで便意を感じて排便につなげる役割があります。この機能は、直腸がんの手術後の生活を考えるうえで重要です。
直腸を大きく切除すると、便をためる能力が小さくなるため、肛門を温存できた場合でも排便回数が増えたり、急な便意が起きたり、短時間に何度もトイレへ行ったりすることがあります。
そのため直腸がんでは、「肛門を残せるか」だけでなく、「残した後にどの程度の排便機能を期待できるか」まで考えて治療を選択することが重要です。
参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター「大腸がん 療養」
直腸がんと大腸がん・結腸がんの違い
「直腸がんと大腸がんは別の病気なのか」と疑問に感じる人もいますが、直腸がんは大腸がんの一種です。大腸がんという大きな分類の中に「直腸がん」と「結腸がん」があります。
したがって、直腸がんと大腸がんは対立する病名ではありません。「大腸がんのうち、直腸に発生したものが直腸がん」と考えると分かりやすいでしょう。
一方、結腸がんと直腸がんでは、発生する場所の違いによって治療上の重要な違いがあります。
| 比較項目 | 直腸がん | 結腸がん |
|---|---|---|
| 発生部位 | 大腸の肛門側にある直腸 | 盲腸~S状結腸 |
| 周囲の構造 | 狭い骨盤内にあり、肛門・膀胱・前立腺・子宮・自律神経などに近い | 腹腔内に位置する部分が多い |
| 主な手術 | 前方切除術、直腸切断術、括約筋間直腸切除術など | 右半結腸切除、横行結腸切除、左半結腸切除、S状結腸切除など |
| 肛門温存 | がんの位置によって重要な治療課題になる | 通常は肛門そのものを切除する問題は生じない |
| 人工肛門 | 一時的または永久的な人工肛門が必要になる場合がある | 腸閉塞など状況によって必要になることはあるが、直腸がんほど中心的な問題ではない |
| 術前治療・放射線 | 局所進行例では術前治療が検討されることがある | 放射線治療の役割は限定的 |
直腸がんでは「局所で再発させないこと」が特に重要
直腸は狭い骨盤の中にあるため、周囲の臓器や神経との距離が近く、十分な切除範囲を確保することが結腸より難しい場合があります。また、下部直腸には骨盤の側方へ向かうリンパ流があるため、側方リンパ節への転移も重要な問題になります。
このため日本の直腸がん手術では、直腸周囲の脂肪組織を適切な層で切除する手術や、一定の下部直腸がんで側方リンパ節郭清を行うことが、局所再発を抑えるための重要な治療戦略になっています。
大腸がん全体の位置づけや、結腸がん・直腸がんの関係、検診などについては大腸がんの記事で詳しく解説しています。
参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」
直腸がんの初期症状
直腸がんは、早期の段階では自覚症状がほとんどないことがあります。便潜血検査で異常を指摘されたことをきっかけに大腸内視鏡検査を受け、症状がない段階で発見される人もいます。
一方、直腸は肛門に近く便が通過・貯留する場所であるため、がんが大きくなると血便や排便の変化が現れやすくなります。
血便・便に血が付く
直腸がんでよくみられる症状の1つが血便です。便そのものに血液が混ざる場合だけでなく、便の表面に赤い血液が付いたり、トイレットペーパーに血が付いたりすることがあります。
肛門に近い場所から出血するため比較的赤い血液として見えることがありますが、血液の色だけで出血源を判断することはできません。
「痔だと思っていたら直腸がんだった」という場合もあるため、血便を痔と自己判断して長期間放置しないことが重要です。特に、これまでなかった血便が繰り返す場合や、便通の変化、貧血などを伴う場合には大腸内視鏡検査を検討します。
便が細くなる・便秘や下痢を繰り返す
直腸の内腔が腫瘍によって狭くなると、便が通りにくくなり、以前より便が細く感じられることがあります。また、便秘と下痢を繰り返したり、排便回数が増えたりすることもあります。
ただし便の太さや便秘だけで直腸がんを判断することはできません。食生活、過敏性腸症候群、薬剤など多くの原因で便通は変化するため、以前とは明らかに違う状態が続くかどうかが受診を考える目安になります。
残便感・便が出切らない感じ
直腸は便をためる場所でもあるため、腫瘍によって刺激されると、実際には便がほとんど残っていなくても「まだ便が残っている」「排便してもすっきりしない」と感じる場合があります。
また、何度もトイレへ行きたくなるものの少量しか便が出ない、便意が頻繁に起こるといった症状がみられることもあります。
貧血・だるさ・体重減少
腫瘍から少量の出血が長期間続くと、鉄欠乏性貧血を起こすことがあります。息切れ、動悸、疲れやすさなどから血液検査を受け、貧血の原因を調べる過程で大腸がんが発見される場合があります。
進行すると食欲低下や体重減少がみられることもありますが、これらは直腸がんだけに特有の症状ではありません。
「直腸がんの症状チェック」だけでは診断できない
血便、便が細い、便秘、残便感などは直腸がんで起こり得る症状ですが、これらがあるからといって必ず直腸がんというわけではありません。また、すべての項目に当てはまらなければ直腸がんではない、という意味でもありません。
直腸がんは無症状でも発見されるため、症状チェックは診断の代わりにはなりません。症状がある場合には検診を待たず、医療機関で原因を確認することが重要です。
腸閉塞が起きたらステージ4なのか
がんによって直腸が大きく狭くなると、便やガスが通過できなくなる「腸閉塞」が起こることがあります。腹部の張り、強い腹痛、吐き気・嘔吐、便やガスが出なくなるなどが主な症状です。
腸閉塞は進行した直腸がんで起こりやすい症状の1つですが、腸閉塞があることだけでステージ4と決まるわけではありません。
ステージは、腫瘍が腸壁のどこまで入り込んでいるか、リンパ節転移があるか、肝臓・肺などへの遠隔転移があるかによって決まります。局所の腫瘍が大きく腸閉塞を起こしていても、遠隔転移がなければステージ4ではない場合があります。
便やガスが出ない状態に強い腹痛や嘔吐を伴う場合には緊急の処置が必要になることがあるため、速やかに医療機関を受診する必要があります。
参考:国立がん研究センター「大腸がん」、国立がん研究センター「大腸がん検診について」
直腸がんの原因とリスク
直腸がんの発症原因を一人ひとりについて特定することは通常できません。直腸がんを含む大腸がんでは、生活習慣、年齢、家族歴、遺伝性疾患、炎症性腸疾患など複数の要因が発症リスクと関係します。
年齢・家族歴
大腸がんは40歳代以降から増加し、年齢とともに発症する人が多くなります。また、血縁者に大腸がんになった人がいる場合には、発症リスクが高くなることが知られています。
ただし、家族に大腸がんがいることだけで遺伝性大腸がんと判断されるわけではありません。多くの大腸がんは遺伝性腫瘍ではありませんが、発症年齢や家族歴によっては遺伝性疾患を疑って詳しい評価を行います。
喫煙・飲酒・肥満などとの関連
国立がん研究センターでは、大腸がんの発生リスクを高める要因として喫煙、飲酒、肥満などを挙げています。また、赤肉や加工肉の摂取との関係についても研究されています。
一方で、特定の食品だけが直腸がんの直接的な原因になるわけではありません。がん予防では禁煙、節度ある飲酒、適度な運動、適正体重、バランスのよい食事といった生活習慣全体を整えることが重要です。
大腸ポリープから発生する場合
大腸がんの一部は、良性腫瘍である腺腫が徐々に大きくなり、遺伝子異常が蓄積してがん化する過程を経て発生します。
一方、明らかな腺腫を経ずに正常に見える粘膜から直接発生するがんもあります。そのため、「過去にポリープがなかったから直腸がんにはならない」とは限りません。
リンチ症候群・家族性大腸腺腫症
遺伝性大腸がんの代表として、リンチ症候群と家族性大腸腺腫症があります。
家族性大腸腺腫症では大腸に多数の腺腫が発生し、放置すると大腸がんを発症する可能性が非常に高くなります。リンチ症候群では大腸がんのほか、子宮体がん、胃がん、卵巣がんなど複数のがんの発症リスクが高くなります。
若年で大腸がんを発症した場合や、近い血縁者に関連するがんが多い場合などには、遺伝学的検査や遺伝カウンセリングを検討することがあります。
潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患
潰瘍性大腸炎などによって大腸粘膜の炎症が長期間続くと、大腸がんの発症リスクが高くなることがあります。この場合、一般的な腺腫から発生する大腸がんとは発がん過程が異なることがあり、病歴に応じた定期的な内視鏡検査が必要です。
直腸がんの検査と診断
血便や便通異常、便潜血検査の陽性などから直腸がんが疑われた場合には、まず直腸や大腸に腫瘍があるかを確認し、組織を採取してがんかどうかを確定します。その後、CTやMRIなどを使って、がんの広がりと転移の有無を調べます。
直腸がんでは、単に「がんがあるか」だけではなく、肛門からの距離、直腸壁のどこまで入り込んでいるか、周囲の臓器やリンパ節との位置関係が手術方法や術前治療の判断に直結します。
直腸指診
直腸指診は、医師が肛門から指を挿入し、直腸内にしこりや異常がないかを確認する検査です。肛門に比較的近い腫瘍であれば、位置、硬さ、周囲との動きなどを直接確認できることがあります。
ただし、指が届かない位置にある腫瘍もあるため、直腸指診だけで直腸がんを否定することはできません。
大腸内視鏡検査と生検
大腸内視鏡検査では、肛門から内視鏡を挿入し、大腸の内側を直接観察します。腫瘍の位置、大きさ、形状などを確認するとともに、疑わしい部分から組織を採取して病理検査を行います。
病理検査によってがん細胞が確認されることで、直腸がんの確定診断につながります。
直腸にがんが見つかった場合でも、結腸側に別のがんやポリープが存在する可能性があるため、可能であれば大腸全体を確認します。
CTでリンパ節・肝臓・肺への転移を調べる
CTでは、直腸周囲や遠くのリンパ節、肝臓、肺などへの転移がないかを調べます。大腸がんは肝臓や肺へ転移することが比較的多いため、治療前の全身評価が重要です。
遠隔転移がある場合でも、転移の数や場所によっては原発巣と転移巣の両方を切除し、根治を目指せる場合があります。そのため、単純に「転移がある=手術できない」とは限りません。
MRIで直腸周囲への広がりを詳しく確認する
MRIは直腸がんの局所進展を評価するうえで重要な検査です。直腸壁の外側へどこまで広がっているか、周囲の組織や臓器との距離、リンパ節の状態などを詳しく調べます。
特に局所進行直腸がんでは、手術だけで十分な切除範囲を確保できるのか、術前治療を行った方がよいのかを判断する材料になります。
CEA・CA19-9などの腫瘍マーカー
大腸がんではCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーを血液検査で測定することがあります。
ただし、直腸がんがあっても数値が正常な場合があり、良性疾患などで高くなる場合もあります。腫瘍マーカーだけで直腸がんを診断することはできません。
診断時の値と治療後の推移を比較することで、治療効果や再発を確認する補助的な指標として利用します。
直腸がんのステージ
直腸がんのステージは、原発巣が腸壁のどこまで深く入り込んでいるかを示すT分類、領域リンパ節への転移を示すN分類、肝臓・肺などへの遠隔転移を示すM分類を組み合わせて決めます。
大きく分けると、ステージⅡまでは領域リンパ節転移がなく、ステージⅢでは領域リンパ節転移があり、ステージⅣでは遠隔転移がある状態です。
| ステージ | 主な状態 |
|---|---|
| 0期 | がんが粘膜内にとどまっている |
| Ⅰ期 | がんが粘膜下層または固有筋層まで広がっているが、リンパ節転移・遠隔転移はない |
| Ⅱ期 | がんが固有筋層を越えて広がっているが、領域リンパ節転移・遠隔転移はない |
| Ⅲ期 | 領域リンパ節への転移があるが、遠隔転移はない |
| Ⅳ期 | 肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの遠隔転移がある |
実際にはⅡ期・Ⅲ期・Ⅳ期はさらに細かく分類されます。治療を決めるときにはステージだけでなく、がんの位置や切除可能性、リンパ節の状態、年齢、全身状態なども合わせて判断します。
ステージ2・3でも症状だけでは区別できない
「ステージ2なら症状が軽い」「ステージ3なら強い症状が出る」とは限りません。
ステージⅡはリンパ節転移がない状態、ステージⅢは領域リンパ節転移がある状態という違いがありますが、リンパ節転移そのものが自覚症状を起こすとは限りません。
そのため、ステージⅡでも腫瘍が腸を狭くしていれば血便や腸閉塞など強い症状が出ることがあります。一方、ステージⅢでも症状がほとんどないまま発見されることがあります。
症状の強さとステージは必ずしも一致しません。正確なステージはCTやMRI、手術後の病理検査などを組み合わせて判断します。
直腸がんの治療方針
直腸がんの治療では、ステージ、がんの深さ、リンパ節転移、遠隔転移、肛門からの距離、周囲臓器への広がりなどを確認し、根治を目指せるかどうかを判断します。
早期でリンパ節転移の可能性が低い場合には内視鏡治療や局所切除が可能ですが、より深く浸潤している場合には直腸と周囲のリンパ節を切除する手術が必要になります。局所進行例では術前治療を検討する場合があり、遠隔転移がある場合には薬物療法や転移巣への局所治療を含めた治療計画を立てます。
| 病状 | 主な治療の考え方 |
|---|---|
| 早期がん | 条件を満たせば内視鏡治療や局所切除を検討 |
| 切除可能Ⅰ~Ⅲ期 | 手術を中心に、病理結果などから術後薬物療法を検討 |
| 局所再発リスクが高い直腸がん | 手術に加え、症例に応じて術前治療を検討 |
| 遠隔転移あり | 薬物療法を中心に、原発巣・転移巣が切除可能であれば手術も検討 |
直腸がんでは、治療前の段階で「肛門を残せる可能性」「一時的または永久的な人工肛門の可能性」「排便機能への影響」まで確認しておくことが重要です。
早期直腸がんの内視鏡治療・局所切除
直腸がんが粘膜内または粘膜下層の浅い部分にとどまり、リンパ節転移の可能性が極めて低いと判断できる場合には、腸管を大きく切除せずに治療できる可能性があります。
治療方法には大腸内視鏡を用いた内視鏡治療と、肛門から病変へ到達して切除する局所切除があります。
内視鏡治療
内視鏡治療では、病変の大きさや形に応じてEMR(内視鏡的粘膜切除術)やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)などを行います。
内視鏡治療のメリットは、おなかを切らずに治療でき、大腸や肛門の機能をほぼそのまま残せることです。一方、内視鏡で見える腫瘍を取り除くだけでは、リンパ節に潜んでいる可能性のあるがん細胞までは治療できません。
そのため、治療後に切除した組織を詳しく調べます。
病理結果によって追加手術が必要になる場合
内視鏡でがんを完全に切除できたように見えても、病理検査によってリンパ節転移のリスクが高いと判断された場合には、追加で直腸切除とリンパ節郭清を検討します。
判断材料には、がんが粘膜下層へどの程度深く入り込んでいるか、脈管侵襲があるか、組織学的な悪性度、切除断端などがあります。
つまり「内視鏡で取れた=必ず治療終了」ではありません。病理結果を確認して初めて、追加治療が必要かどうかを判断できます。
経肛門的局所切除
肛門に近い早期直腸がんでは、肛門から器具を挿入して病変とその周囲を切除する方法を選択できる場合があります。
局所切除は直腸全体を切除しないため体への負担や排便機能への影響を抑えられますが、リンパ節郭清はできません。そのためリンパ節転移リスクが低い病変であることが重要です。
切除後の病理結果によって高リスク所見が見つかった場合には、根治を目的として追加手術を検討します。
参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、Metter K, et al.「Endoscopic Treatment of T1 Colorectal Cancer」
直腸がんの手術
内視鏡治療や局所切除ではリンパ節転移のリスクを十分に抑えられない直腸がんでは、がんがある直腸と周囲のリンパ節を切除する手術を行います。
直腸は狭い骨盤の奥深くにあり、その周囲には膀胱、生殖器、排尿・性機能を調節する自律神経があります。そのため、結腸がんと比べて解剖学的に難しい手術になることがあります。
直腸がん手術の基本となるTME・TSME
直腸がんの手術では、直腸だけを切除するのではなく、その周囲にある脂肪組織やリンパ節を含む「直腸間膜」を適切な層で切除することが重要です。
直腸間膜を肛門側まで広く切除する方法をTME(全直腸間膜切除術)、腫瘍の位置に応じて必要な範囲の直腸間膜を切除する考え方をTSME(腫瘍特異的直腸間膜切除術)と呼びます。
NCIの直腸がんPDQでも、中部・下部直腸がんではTMEを含む適切な直腸間膜切除が直腸切除の基本となり、上部直腸がんでは腫瘍より肛門側へ必要な直腸間膜を確保して切除する考え方が示されています。
直腸間膜にはリンパ節や血管が含まれているため、がんがある部分だけを小さく切除するのではなく、がんが広がる可能性のある組織を適切な範囲でまとめて取り除くことで、骨盤内での局所再発を抑えることを目指します。
前方切除術・低位前方切除術
がんを十分な範囲で切除したうえで肛門括約筋を残せる場合には、直腸を切除した後に結腸と残った直腸や肛門側の腸管をつなぎ直します。
腹膜反転部より上で腸管をつなぐ方法を高位前方切除術、腹膜反転部より下でつなぐ方法を低位前方切除術と呼びます。
特に低位前方切除術では吻合部が肛門に近くなり、縫合不全のリスクが高くなるため、便が吻合部を通らないよう一時的な人工肛門を造る場合があります。
括約筋間直腸切除術
肛門に近い下部直腸がんでも、がんを安全に取り切れると判断でき、一定の肛門機能を残せると予測される場合には、括約筋間直腸切除術によって肛門を温存できる場合があります。
この手術では内肛門括約筋の一部または全部を切除し、外肛門括約筋などを残して排便機能を維持します。
ただし、肛門を残せることと、治療後に正常な排便機能が保たれることは同じではありません。便失禁や頻回便などによって生活への影響が大きくなる場合もあるため、治療前に予測される排便機能まで確認することが重要です。
直腸切断術
がんが肛門や括約筋に非常に近く、十分な切除範囲を確保するためには肛門も含めて切除する必要がある場合には、直腸切断術を行います。
直腸と肛門を切除した後は、便を排出するため腹部に永久的な人工肛門を造ります。
人工肛門になることを理由に手術へ強い抵抗を感じる人もいますが、無理に肛門を残してがんを取り切れなくなることや、肛門機能が著しく低下して重い便失禁が続くことを避けるという意味もあります。
側方リンパ節郭清
下部直腸がんでは、直腸周囲のリンパ節だけでなく、骨盤の側方にあるリンパ節へ転移することがあります。そのため日本では、局所進行した下部直腸がんに対して、直腸間膜の切除に加えて側方リンパ節郭清を行う治療が発展してきました。
日本で行われたJCOG0212試験では、側方リンパ節が明らかに腫大していないステージ II・IIIの下部直腸がんにおいても、直腸間膜切除のみの群と比べ、側方リンパ節郭清を追加した群で局所再発が少ない結果が示されています。
一方、欧米では術前の放射線治療や化学放射線療法を組み合わせる治療体系が発達しており、側方リンパ節への対応は日本と同じではありません。現在は、MRIなどで側方リンパ節の状態を評価し、術前治療の有無や腫瘍の位置・進行度などを踏まえて治療方法を検討します。
側方リンパ節の周囲には排尿・性機能に関係する自律神経や重要な血管があるため、局所再発を抑えることと、術後の機能をできるだけ保つことの両方を考えて手術を計画します。
腹腔鏡手術・ロボット支援手術
直腸がんでは、開腹手術のほか腹腔鏡手術やロボット支援手術が行われています。
腹腔鏡手術は傷が小さく、術後の痛みや回復という面で利点があります。一方、狭い骨盤内での操作には高度な技術が必要です。
ロボット支援手術では関節を持つ器具を使って骨盤内を操作でき、直腸がん手術で利用される機会が増えています。国立がん研究センターでは、排尿・性機能への影響が少なくなるという報告がある一方、長期的な治療成績については引き続き評価が必要としています。
どの方法が適しているかは、がんの位置・進行度、体格、過去の手術、施設や術者の経験などを踏まえて判断します。
参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」、「The feasibility of laparoscopic TSME preserving the left colic artery and superior rectal artery for upper rectal cancer」、Uemura M, et al.「Surgical Procedure of Lateral Lymph Node Dissection for Advanced Lower Rectal Cancer」
直腸がんでは人工肛門になる?肛門を残せる条件
直腸がんと診断されたとき、多くの人が気になるのが「人工肛門になるのか」という問題です。
直腸がんになったからといって、すべての人が永久人工肛門になるわけではありません。肛門を残せるかどうかは、がんと肛門括約筋との距離、がんの深さ、周囲への広がり、十分な切除範囲を確保できるか、治療後に肛門機能を維持できるかなどから判断します。
肛門を残せるかは「距離」だけでは決まらない
以前は肛門に近い直腸がんでは肛門ごと切除することが多くありましたが、手術技術の進歩によって、かなり肛門に近い病変でも肛門温存が可能になる場合があります。
一方で、がんが括約筋へ入り込んでいる場合や、安全な切除断端を確保できない場合には肛門温存が適切ではありません。
また、解剖学的には肛門を残せても、治療後に高度な便失禁が予想される場合には、生活の質を考慮して永久人工肛門を選択することがあります。
一時的な人工肛門と永久人工肛門は別のもの
低位前方切除術などで肛門を残した場合でも、一時的な人工肛門を造ることがあります。
肛門に近いところで腸をつなぐと縫合不全が起こった際の影響が大きいため、便を一時的に別の出口から排出し、吻合部を休ませることが目的です。吻合部が十分に治癒したことを確認できれば、その後に人工肛門を閉鎖できる場合があります。
一方、直腸切断術で肛門自体を切除した場合には永久人工肛門となります。
この2つは目的も期間も異なるため、手術前には「人工肛門になる可能性がある」とだけ聞くのではなく、一時的なのか永久的なのかを確認することが重要です。
人工肛門になった後の生活
人工肛門では、腹部へ出した腸の出口に専用の装具を取り付けて便を受けます。装具やケア方法は大きく進歩しており、状態が安定すれば仕事、外出、入浴、旅行などを行える人も多くいます。
手術前から皮膚・排泄ケア認定看護師などと相談し、人工肛門を造る位置や装具の使い方について準備しておくことで、退院後の生活へ移行しやすくなります。
人工肛門を避けることだけを治療目標にするのではなく、がんを安全に取り切れること、治療後にどのような排便機能が残るのか、自分の生活ではどちらを受け入れやすいかまで含めて検討することが大切です。
局所進行直腸がんの術前治療
局所進行直腸がんでは、最初から手術を行うだけでなく、手術前に放射線治療や薬物療法を行う場合があります。目的は、骨盤内での局所再発を抑えること、腫瘍を縮小して安全な切除につなげること、画像では確認できない微小な転移へ早い段階から全身治療を行うことなどです。
直腸がんの術前治療は、腫瘍の位置、MRIで確認した周囲への広がりやリンパ節の状態、予定する手術、側方リンパ節への対応などによって選択します。また、日本と欧米では側方リンパ節郭清や術前放射線治療の位置づけが異なるため、海外の治療体系をそのまますべての日本人患者へ当てはめるものではありません。
術前化学放射線療法とは
術前化学放射線療法は、放射線治療と抗がん剤を組み合わせ、手術前に直腸がんを治療する方法です。
骨盤内の腫瘍やリンパ節へ放射線を照射しながら、フッ化ピリミジン系薬剤などを併用します。腫瘍を縮小させ、局所再発のリスクを下げることなどが目的です。
NCIの直腸がんPDQでも、ステージ II・IIIを含む局所進行直腸がんでは、術前化学放射線療法や短期放射線療法などが治療選択肢として示されています。
TNTとは
TNT(トータル・ネオアジュバント療法)は、放射線治療だけでなく、従来は手術後に行うことも多かった全身薬物療法まで手術前に行う治療戦略です。
手術前に全身治療を行うことで、微小転移への治療を早期に開始できることや、手術後よりも予定した薬物療法を完遂しやすくなることが期待されます。また、治療への反応が非常に良好な患者では、直腸を切除しない臓器温存治療へつながる可能性があります。
海外ではRAPIDO、PRODIGE 23、OPRAなどの臨床試験を背景としてTNTの位置づけが広がっています。一方、日本では手術や側方リンパ節郭清を含む治療体系が欧米と異なり、TNTをどの患者に組み合わせるのが適切かについて国内での検証も続いています。
国立がん研究センター東病院では、2026年4月時点で、下部直腸がんに対するTNTとWatch and Waitの有効性・安全性を検証するJCOG2010を追跡・解析中の臨床研究として掲載しています。
Watch and Waitは「がんが治ったから何もしない」という治療ではない
術前治療後に、直腸指診、内視鏡、MRIなどで明らかながんが確認できなくなる「臨床的完全奏効(cCR)」が得られる患者がいます。
このような患者の一部で、すぐに直腸切除を行わず、非常に厳密な経過観察を続ける方法がNOM(非手術管理)、いわゆるWatch and Wait(積極的経過観察)です。
NCIの直腸がんPDQでは、術前治療後に臨床的完全奏効が得られた患者について、直ちに手術を行う代わりに、厳密なサーベイランスのもとでWatch and Waitを検討することが治療選択肢として示されています。
ただし、臨床的完全奏効は、切除した組織を顕微鏡で確認して「がん細胞が完全にない」と証明した状態ではありません。経過観察中に直腸内で腫瘍が再び確認されることがあるため、直腸指診、内視鏡、MRIなどを繰り返し行い、再増大を早期に発見できる体制が不可欠です。
また、日本ではTNTとWatch and Waitを組み合わせた治療について臨床試験による検証が続いています。そのため、「術前治療でがんが見えなくなった=誰でも手術を省略できる」という意味ではありません。治療経験と厳密な経過観察体制を持つ専門施設で、治療効果、再増大時に救済手術を行える可能性、本人の希望などを踏まえて判断する必要があります。
参考:National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」、国立がん研究センター東病院「研究について」、Hashimoto T, et al.「Total neoadjuvant therapy followed by a watch-and-wait strategy for patients with rectal cancer (TOWARd): protocol for single-arm phase II/III confirmatory trial (JCOG2010)」
手術後の薬物療法と進行・再発直腸がんの治療
直腸がんを手術した後は、病理検査によって実際のがんの深さ、リンパ節転移、脈管侵襲などを確認し、再発リスクに応じて術後補助化学療法を検討します。
一方、手術で取り切ることが難しい進行がんや再発がんでは、薬物療法が治療の中心になります。
術後補助化学療法を行う場合
手術を先に行ったステージⅢ直腸がんなどでは、手術後の再発リスクを下げる目的で術後補助化学療法を検討します。フッ化ピリミジン系薬剤や、オキサリプラチンを組み合わせた治療などが候補になります。
ただし直腸がんでは、手術前に化学放射線療法やTNTなどを行ったかどうかによって手術後に必要となる薬物療法の考え方が変わります。術前にどの薬をどの程度使用したか、手術後の病理結果、再発リスク、年齢、臓器機能、副作用などを踏まえて、その後の治療を判断します。
同じステージⅢであっても、すべての患者が同じ薬を同じ期間使用するわけではありません。
切除不能・再発では薬物療法が中心になる
肝臓や肺などへ多数の転移があり、すべてを安全に切除できない場合には薬物療法が中心になります。
大腸がんの薬物療法では、フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなどの抗がん剤と、血管新生を抑える薬やEGFRを標的とする薬、免疫チェックポイント阻害薬などを、がんの特徴に合わせて組み合わせます。
近年は、どの遺伝子異常を持っているかによって治療選択が大きく異なるようになっています。
RAS・BRAF・MSIなどのバイオマーカー
2026年現在、切除不能・再発大腸がんでは、MSI・MMR、RAS、BRAF、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーと、それまでに受けた治療によって薬物療法の選択肢が変わります。免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬など、特定の分子学的特徴を持つがんを対象とした治療も増えています。
進行・再発直腸がんでは「どの抗がん剤を使うか」だけでなく「自分のがんにはどの分子学的特徴があるか」が治療選択に直結する時代になっています。
肝転移・肺転移があっても手術を目指せる場合がある
ステージⅣであっても、原発巣と肝転移・肺転移などをすべて安全に切除できる場合には、手術によって根治を目指せる可能性があります。最初は切除が難しいと判断された転移でも、薬物療法によって腫瘍が縮小した結果、手術可能になる場合があります。
このためステージⅣでは「転移があるから手術をしない」と一律に決めるのではなく、原発巣と転移巣それぞれの位置・数・大きさ、薬物療法への反応などから治療方針を検討します。
ステージ4大腸がんの治療やバイオマーカー、薬物療法については、大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。
参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、国立がん研究センター「大腸がん 検査」、National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」
直腸がん治療の副作用・後遺症
直腸がんの治療では、がんを取り除くことと同時に、治療後の排便・排尿・性機能をどの程度維持できるかが重要です。
特に直腸切除後には、結腸がん手術では目立ちにくい排便障害が生じることがあります。治療を選ぶ段階から、起こり得る後遺症と対処法について確認しておくことが大切です。
低位前方切除後の排便障害
直腸を切除して肛門を残した場合、便をためる直腸の容量が小さくなるため、排便習慣が大きく変化する場合があります。
排便回数が増える、短時間に何度も便が出る、急に強い便意が起こる、便やガスを我慢しにくい、便失禁が起きるなどの症状をまとめて低位前方切除症候群と呼ぶことがあります。
手術後しばらくして改善する人も多い一方、症状が長期間続く人もいます。食事の調整、整腸薬や止瀉薬などの薬物療法、排便方法の工夫、骨盤底筋トレーニングなどを組み合わせて対応します。
縫合不全
直腸切除後に腸管をつなぎ合わせた部分から腸内容が漏れる合併症を縫合不全と呼びます。直腸がんでは吻合部が肛門に近くなるほど縫合不全の影響が大きくなります。発熱や腹痛が起こり、重症の場合には腹膜炎を生じることがあります。
感染が強い場合には、再手術や人工肛門の造設が必要になることもあります。このリスクを減らすため、低い位置で吻合する場合にはあらかじめ一時的人工肛門を造ることがあります。
排尿障害
直腸の周囲には膀胱や尿道の機能を調節する自律神経があります。手術によって神経が影響を受けると、尿意を感じにくい、尿が出にくい、排尿しても残っている感じがするといった症状が起こる場合があります。時間とともに改善する場合もありますが、必要に応じて薬物療法や一時的な自己導尿などを行います。
がんが神経へ広がっていない場合には、根治性を損なわない範囲で自律神経を温存する手術を行います。
性機能障害
骨盤内の自律神経は性機能にも関係しています。男性では勃起障害や射精障害、女性では腟の潤滑や性交に関する問題などが起こる場合があります。
性機能については患者側から相談しにくいこともありますが、治療後の生活に重要な問題です。妊娠・出産の希望がある場合も含め、治療前から医師へ相談しておくことが重要です。
放射線治療の副作用
骨盤へ放射線を照射すると、治療中に下痢、排便回数増加、腹痛、肛門周囲の皮膚炎、排尿時の違和感などが起こる場合があります。治療終了後に徐々に改善する症状が多い一方、時間が経ってから腸管や膀胱の障害などが生じる可能性もあります。
術前治療の目的と期待できる効果だけでなく、手術後の排便機能を含めて治療による長期的な影響を確認することが大切です。
参考:国立がん研究センター「大腸がん 療養」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」
直腸がんは再発しやすい?治療後の経過観察
直腸がんを手術で取り切ることができても、その後に再発する可能性があります。再発には、骨盤内など手術した場所の近くに再びがんが現れる「局所再発」と、肝臓・肺など離れた臓器に現れる「遠隔再発」があります。
再発リスクはステージ、リンパ節転移、病理学的な悪性度などによって異なります。
局所再発
直腸がんでは骨盤内での局所再発が重要です。局所再発すると、骨盤内の神経や臓器へ影響し、痛み、排尿・排便障害などを起こす場合があります。
一方、局所再発でも病変の位置や広がりによっては再手術による切除を検討できる場合があります。切除が難しい場合には、放射線治療、薬物療法などを組み合わせます。
肝転移・肺転移
大腸がんは肝臓や肺へ転移することが比較的多いがんです。再発時に肝臓や肺に病変が見つかっても、数や位置によっては切除を行い、長期的な制御や根治を目指せる可能性があります。
そのため、再発が確認された時点で「治療できない」と決まるわけではありません。手術、薬物療法、放射線治療などの選択肢を改めて評価します。
手術後は定期的な検査を続ける
国立がん研究センターでは、大腸がん手術後はステージなどに応じて血液検査、CT、大腸内視鏡などによる定期的な経過観察を行い、5年間程度を目安に検査を続けるとしています。治療後3年程度は再発に注意が必要な時期であるため、比較的短い間隔で検査を行います。
再発の早期発見だけでなく、新たな大腸がんやポリープができていないかを確認する意味でも大腸内視鏡検査は重要です。
直腸がんのステージ別生存率
直腸がんの予後は、診断された段階でがんがどこまで広がっているかによって大きく異なります。国立がん研究センターが公表している院内がん登録2014~2015年診断例では、直腸がんの5年ネット・サバイバルは次のようになっています。
| ステージ | 対象数 | 5年ネット・サバイバル |
|---|---|---|
| Ⅰ期 | 10,270例 | 92.7% |
| Ⅱ期 | 8,458例 | 85.0% |
| Ⅲ期 | 11,025例 | 74.4% |
| Ⅳ期 | 5,193例 | 23.1% |
ネット・サバイバルは、ほかの病気などによる死亡の影響を統計的に除き「直腸がんだけが死因となる状況」を仮定して算出した生存率です。
たとえばⅠ期の92.7%は、現在Ⅰ期と診断された特定の患者が「92.7%の確率で5年以上生きる」という個人予測ではありません。過去に同じステージで診断された多数の患者を集計した数字です。
ステージが進むほど生存率が低くなる理由
Ⅰ期ではがんが比較的浅い範囲にとどまり、リンパ節転移・遠隔転移がありません。そのため内視鏡治療や手術によって根治を目指しやすく、5年ネット・サバイバルは92.7%です。
Ⅱ期ではがんが直腸壁の外へ広がるため再発リスクは上がりますが、リンパ節転移はなく、85.0%となっています。
Ⅲ期では領域リンパ節転移があるため再発リスクが高くなりますが、遠隔転移はありません。手術に加え、病状に応じて術前治療や術後補助化学療法などを組み合わせ、再発リスクを下げることを目指します。
ステージ4で生存率が大きく低下する理由
ステージⅣでは肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへがんが転移しています。原発巣だけを切除しても、離れた場所に存在するがん細胞をすべて取り除くことができないため、Ⅰ~Ⅲ期と比べて根治が難しくなります。その結果、5年ネット・サバイバルは23.1%まで低下します。
ただし、23.1%という数字を、現在ステージ4と診断された人の将来へそのまま当てはめることはできません。
この統計は2014~2015年に診断された患者のデータです。その後、大腸がんではRAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーに応じた治療が増え、薬物療法は大きく変化しています。
さらに、肝転移や肺転移があっても完全切除できる患者と、複数臓器に多数の転移がある患者では予後が大きく異なります。同じステージ4でも病状は一様ではありません。
参考:国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」
直腸がんの余命
直腸がんと診断された人にとって「あとどのくらい生きられるのか」は非常に気になる問題です。特にステージ4や再発と説明された場合には、「余命は何カ月なのか」と具体的な数字を知りたいと考える人も少なくありません。しかし、直腸がんにはステージごとに一律に決まった「余命」はありません。
ステージⅣであっても、肝臓や肺の転移を完全に切除できる人と、複数臓器に多数の転移がある人では治療の目的も見通しも異なります。また、がんの遺伝子異常、薬物療法への反応、全身状態などによっても経過は大きく変わります。
過去の統計ではステージ4の5年ネット・サバイバルは23.1%
日本の院内がん登録2014~2015年診断例では、ステージⅣ直腸がんの5年ネット・サバイバルは23.1%でした。一方、この数字は「ステージ4の余命が5年」という意味でも、「約4人に1人しか5年生きられない」と個人にそのまま当てはめられる数字でもありません。
治療方法はこの統計の診断時期から大きく変化しているため、現在の患者の見通しを考える場合には現在使用できる治療も踏まえる必要があります。
現在の進行大腸がんでは3年以上の生存期間中央値が示された患者群もある
現在の切除不能・転移性大腸がんでは、がんの分子学的特徴によって治療成績も異なります。
日本を中心に実施されたPARADIGM試験では、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側にある切除不能転移性大腸がん患者について、パニツムマブ+mFOLFOX6による一次治療の全生存期間中央値は37.9カ月でした。比較されたベバシズマブ+mFOLFOX6では34.3カ月でした。
ただし、この試験は直腸がんだけを対象としたものではなく、RAS遺伝子野生型の切除不能進行・再発大腸がんを対象とした試験です。そのため「ステージ4直腸がんの余命は37.9カ月」と読み替えることはできません。
全生存期間中央値とは、研究に参加した患者の半数が生存している境目となる時点です。平均余命でも、個人が亡くなる時期を予測する数字でもありません。
遺伝子の特徴によって治療効果は大きく異なる
2026年現在では、MSI-Highまたはミスマッチ修復機能欠損、BRAF V600E、HER2、KRAS G12Cなど、がんの特徴に応じた治療が増えています。特にMSI-Highまたはミスマッチ修復機能欠損を持つ転移性大腸がんでは、免疫チェックポイント阻害薬によって長期間病勢を抑えられる患者がいます。
このため、進行直腸がんの見通しを考える際にはステージだけでなく、どの臓器にどの程度転移しているか、すべて切除できる可能性があるか、がんのバイオマーカーは何か、現在の治療が効いているかを確認する必要があります。
余命について主治医へ尋ねる場合には「一般的なステージ4の数字」だけでなく「現在の自分の病状と治療効果を踏まえると、どの程度の見通しと考えているのか」を確認する方が実際の状況を理解しやすくなります。
参考:国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」、国立がん研究センター「世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認」
直腸がんの治療で判断が分かれる場面
直腸がんでは標準的な治療方針があっても、患者ごとに複数の治療選択肢が考えられる場合があります。特に肛門温存、術前治療、人工肛門などは、がんを治すことと治療後の生活の両方に大きく関係します。
肛門を残すことと根治性をどう考えるか
「できるだけ人工肛門を避けたい」という希望は自然なものです。現在は手術技術の進歩によって、以前であれば永久人工肛門が必要だったような肛門に近い直腸がんでも、肛門を温存できる場合があります。
しかし、肛門温存を最優先するあまり十分な切除範囲を確保できなければ、局所再発のリスクにつながります。また、肛門を残せても高度な排便障害が残れば、必ずしも人工肛門より生活しやすいとは限りません。
治療前には「肛門を残せるか」だけでなく、肛門を残した場合にどの程度の排便機能が期待できるのかまで確認することが重要です。
術前治療を行うか
局所進行直腸がんでは、手術だけを行うのか、術前に化学放射線療法や全身薬物療法を組み合わせるのかという判断があります。
欧米と日本では標準的な手術・リンパ節治療の考え方に違いがあり、国内でも施設や症例によって治療戦略が異なる場合があります。そのため術前治療を提案された場合には「何を目的として行うのか」「行わない場合と比べて何が変わるのか」「その後はどの手術を予定しているのか」を確認すると理解しやすくなります。
高齢・持病がある場合
直腸がんの治療方法を年齢だけで決めることはできません。高齢でも全身状態が良好であれば根治手術を行える場合があります。一方、心臓・肺・腎臓などの持病や日常生活の自立度によっては、大きな手術による負担を避けた方がよい場合もあります。
根治性だけでなく、治療後にどの程度生活機能を維持できるかを含めて判断します。
ステージ4でも手術を検討する場合
ステージ4でも、肝転移や肺転移を含めてすべての病変を取り切れる場合には、手術によって根治を目指せることがあります。また、最初は切除不能でも薬物療法で腫瘍が縮小し、その後に切除可能となる場合があります。
一方、すべての転移を切除できない場合には、原発巣を切除することが必ずしも生存期間の延長につながるとは限りません。出血、腸閉塞など原発巣による症状があるかも含めて治療方針を考えます。
直腸がんの治療を選ぶときに確認したいこと
直腸がんでは、同じステージであってもがんの位置や肛門との距離、周囲への広がりによって治療方法が変わります。治療の説明を受ける際には、手術の名称だけではなく、なぜその治療が自分に必要なのかを確認することが大切です。
| 確認したいこと | 確認する意味 |
|---|---|
| 直腸のどの位置にがんがあるか | 肛門からの距離によって術式や肛門温存の可能性が変わる |
| がんはどこまで深く広がっているか | 内視鏡治療、局所切除、直腸切除、術前治療などの判断につながる |
| 肛門を温存できるか | 永久人工肛門の可能性だけでなく、温存後の排便機能まで考える必要がある |
| 一時的人工肛門が必要か | 肛門温存手術でも吻合部を守るため一時的人工肛門を造る場合がある |
| 側方リンパ節郭清が必要か | 下部直腸がんの局所再発リスクや手術範囲に関係する |
| 術前治療を行う理由は何か | 局所再発予防、腫瘍縮小、遠隔転移対策など目的によって治療内容が異なる |
| 排便・排尿・性機能にどのような影響が予想されるか | 治療後の仕事、外出、食事、性生活など日常生活に直接関係する |
| 進行・再発した場合にバイオマーカー検査が必要か | RAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどによって薬物療法の選択肢が変わる |
手術方法や術前治療について複数の選択肢があり判断に迷う場合には、直腸がんを多く治療している医療機関でセカンドオピニオンを受ける方法もあります。
特に「肛門温存が可能か」「永久人工肛門を避けられるか」という問題では、単に別の医師なら肛門を残せるかを確認するだけでなく、根治性や治療後の排便機能を含めて比較することが重要です。
まとめ
直腸がんは大腸がんの一種ですが、結腸がんと単に発生部位が違うだけの病気ではありません。直腸は狭い骨盤内にあり、肛門、膀胱、生殖器、自律神経などと近いため、手術方法や人工肛門、排便・排尿・性機能への影響を含めた治療判断が必要になります。
早期では自覚症状がほとんどない場合がありますが、進行すると血便、便が細くなる、便秘や下痢、残便感などが現れることがあります。こうした症状は痔や良性疾患でも起こるため症状だけで判断することはできませんが、異常が続く場合には大腸内視鏡検査などで原因を確認することが重要です。
早期でリンパ節転移リスクが低ければ内視鏡治療や局所切除を行える場合があります。一方、より深く浸潤している場合には、TME・TSMEを基本とした直腸切除やリンパ節郭清を行い、下部直腸がんでは側方リンパ節郭清を検討する場合があります。
肛門に近い直腸がんでも肛門温存が可能なケースは増えていますが、「肛門を残すこと」と「がんを安全に取り切ること」「良好な排便機能を保つこと」は別々に考える必要があります。永久人工肛門、一時的人工肛門、肛門温存それぞれの意味を理解して治療を選ぶことが大切です。
局所進行直腸がんでは、症例によって術前化学放射線療法やTNTなどが検討されます。また、進行・再発した場合には、2026年現在、RAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーに応じて薬物療法を選択する重要性がさらに高まっています。
治療方法が複数提示された場合には、現在のステージだけでなく、がんの位置、肛門温存の可能性、人工肛門の必要性、術後の排便・排尿・性機能、再発した場合の治療まで確認し、自分が治療後にどのような生活を送りたいのかも含めて主治医と相談しましょう。
大腸がんの全体の治療法や検査・ステージ別生存率・薬物療法の詳細については、大腸がんの記事で解説していますので、そちらも参考にしてみて下さい。

