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口腔がんは、舌や歯ぐき、頬の内側など、口の中の粘膜に発生するがんの総称です。初期には強い痛みが出ないこともあり、治りにくい口内炎や小さなしこりがきっかけで見つかる場合があります。

厚生労働省の全国がん登録によると、2023年に日本で新たに診断された「口腔・咽頭がん」は23,771例で、そのうち舌がんは5,318例でした。また、2024年の人口動態統計では「口唇・口腔及び咽頭の悪性新生物」による死亡数は8,580人でした。これらは口腔がんだけの数字ではなく、咽頭がんなどを含む集計です。罹患数と死亡数では対象年も異なるため、両者を割って口腔がんの致死率や個人の予後を求めることはできません。

口の中の異変がすべてがんを意味するわけではありませんが、長く続く症状を放置しないことが大切です。この記事では、口腔がんの初期症状と口内炎との違い、原因、検査、ステージ、標準的な治療、生存率、治療後の生活まで、患者さんとご家族に必要な情報を整理します。

参考:厚生労働省「2023年全国がん登録 罹患数・率報告」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 患者数」、厚生労働省「令和6年 人口動態統計(確定数)」

口腔がんとは

口腔がんの発生した部位ごとの名称の違い

口腔がんは、口の中にある粘膜などから発生する悪性腫瘍です。口腔は食べ物を噛んだり飲み込んだりするだけでなく、味を感じ、言葉を発するためにも重要な部位であるため、病気そのものや治療が日常生活に影響する場合があります。

口腔がんには発生部位によっていくつかの種類があり、診断・治療の方針も一律ではありません。まずは口腔のどこにがんができるのか、似た名称のがんとどのように区別されるのかを確認しましょう。

口腔がんが発生する部位と種類

口腔がんは、舌、上下の歯肉、頬の内側の粘膜、舌の下の口腔底、上あごの硬い部分である硬口蓋などに発生します。唇の粘膜などに発生する口唇がんも関連する疾患として扱われますが、統計や分類によって集計範囲が異なるため、数値を比較するときには確認が必要です。

発生部位 部位の説明
舌(舌可動部) 口の中で動かせる舌の前方部分。ここに発生するがんは舌がんと呼ばれる
歯肉 上あご・下あごの歯ぐき
頬粘膜 頬の内側を覆う粘膜
口腔底 舌の下から下あご側へ続く口の底の部分
硬口蓋 上あごの天井の前方にある硬い部分

口腔がんでは、粘膜の表面を覆う扁平上皮という細胞から生じる扁平上皮がんが約9割を占めます。ただし、唾液腺由来の腫瘍など異なる性質のがんもあり、その場合には必要な検査や治療が変わります。

口腔がんと舌がん・咽頭がんの違い

舌がんは口腔がんの一種ですが、一般に口腔に属する舌の前方約3分の2(舌可動部)に生じたがんを指します。これに対して、舌の後方約3分の1に当たる舌根に生じたがんは、口腔がんではなく中咽頭がんに分類されます。

また、上あごの天井にある硬口蓋は口腔に含まれますが、その奥にある柔らかい軟口蓋は中咽頭の一部です。中咽頭がんではヒトパピローマウイルス(HPV)との関連が重要になる場合がありますが、その特徴を口腔がん全体に当てはめることはできません。

参考:国立がん研究センター がん情報サービス「口腔がん」、同「舌がんについて」、同「中咽頭がんについて」

口腔がんの初期症状と口内炎との違い

口腔がんでは、口の粘膜の変化やしこりが初期のサインになることがあります。初期には痛みが少なく、口内炎や歯ぐきの病気と区別しにくい場合もあるため、症状の種類だけでなく、治るまでの経過にも注意が必要です。

ただし、症状を見ただけでがんかどうかを確定することはできません。気になる病変が続く場合は、専門の医療機関で診察を受けることが大切です。

口腔がんの初期症状にはどのようなものがある?

口腔がんでみられる症状には、なかなか治らないただれや潰瘍、赤色や白色に変化した粘膜、触ると硬いしこり、局所の腫れなどがあります。舌がんでは舌の縁に病変ができることがあり、歯肉がんでは歯のぐらつきや入れ歯の不具合がきっかけになる場合もあります。

これらの症状があっても、多くはがん以外の原因で起こります。一方、痛みがないからがんではないとは判断できず、病変の広がりによっては出血、しびれ、口の開けにくさ、話しにくさ、飲み込みにくさなどが現れることもあります。

口腔がんと口内炎の違い・見分け方

一般的なアフタ性口内炎は小さな潰瘍として現れ、痛みを伴いながら比較的短期間で改善することが多い病変です。一方、口腔がんでは病変が治らずに続いたり、硬さを伴ったり、徐々に広がったりすることがありますが、初期の外見が似ている場合もあります。

白い斑点や赤い粘膜の変化も、がんだけに特有のものではありません。口内炎、感染症、外傷、白板症などさまざまな状態でみられるため、色や痛みの有無だけで自己診断しないことが重要です。

口腔がんが疑われる症状と受診の目安

口内炎のような病変が2週間以上治らない場合は、歯科口腔外科や耳鼻咽喉科などで相談する目安になります。また、しこりが急に大きくなる、出血が続く、歯ぐきが著しく腫れる、口が開きにくい、首にしこりがあるなどの変化があれば、2週間を待たずに受診してください。

症状が軽くても、同じ場所に異常が繰り返し現れる場合は、その経過を医師や歯科医師に伝えると診断の助けになります。入れ歯や歯の接触による傷が疑われる場合も、原因を調整するだけでなく、改善するかどうかの確認が必要です。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの原因・症状について」、国立がん研究センター がん情報サービス「口腔がん」

口腔がんの原因とリスク

口腔がんは、細胞に遺伝子の変化が積み重なることで発生すると考えられていますが、個々の患者さんについて原因を一つに特定できるとは限りません。喫煙や飲酒など発症リスクとの関連が確認されている要因を知ることは、予防や早期受診を考えるうえで役立ちます。

一方、リスク要因がない人にも口腔がんは起こります。生活習慣や年齢だけで病気の有無を判断することはできません。

喫煙・飲酒と口腔がんの関係

喫煙は口腔がんの重要な危険因子です。たばこの煙に含まれる発がん性物質に口の粘膜が繰り返しさらされることが関連すると考えられており、喫煙歴が長い人や喫煙量が多い人では、発症リスクが高くなる傾向があります。

飲酒も口腔がんのリスクと関連しており、特に多量飲酒と喫煙が重なるとリスクがさらに高まることが知られています。これは飲酒や喫煙をしている人が必ず発症するという意味ではありませんが、禁煙や飲酒量の見直しには予防上の意義があります。

口腔がんになりやすい人の特徴

国内の口腔がんは中高年で診断されることが多く、男性に多い傾向が報告されています。ただし、若い人や女性、喫煙・飲酒の習慣がない人にも発症するため、特定の年代や生活習慣だけを対象に注意を促すのは適切ではありません。

「なりやすい人」の特徴は、あくまで集団を対象とした統計的な傾向です。自分が当てはまるかどうかよりも、口の中の変化が続いていないか、必要な診察を受けているかを重視してください。

口腔内の慢性的な刺激や粘膜の変化

歯の鋭い部分や合わない義歯による慢性的な刺激、口腔衛生の悪化なども口腔がんとの関連が検討されています。ただし、喫煙や飲酒と比べると因果関係やリスクの大きさについて十分に確立していない点があり、「入れ歯が当たると必ずがんになる」といった説明は正確ではありません。

また、白板症や紅板症などの一部の粘膜病変は、将来がんが生じる可能性がある口腔潜在的悪性疾患として、専門的な評価や経過観察が必要になる場合があります。白板症と診断されてもすべてががんになるわけではありませんが、病変の特徴によっては生検や治療が検討されます。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの原因・症状について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がんについて」

口腔がんの検査と診断方法

口腔がんが疑われる場合、まず口の中や首の状態を診察し、必要に応じて組織を採取して調べます。がんと診断された後は、周囲への広がりやリンパ節・他の臓器への転移の有無を確認し、病期と治療方針を決めていきます。

検査の目的は、がんかどうかを確かめることと、がんがどこまで広がっているかを調べることに分かれます。すべての患者さんが同じ検査を受けるわけではなく、症状や診察結果に応じて組み合わせが選ばれます。

口腔がんが疑われる場合は何科を受診する?

口の中に治りにくい病変がある場合は、歯科口腔外科、耳鼻咽喉科、頭頸部外科などに相談できます。普段通っている歯科で異常を指摘され、口腔がんを専門的に診療する医療機関へ紹介されることもあります。

病変の場所や大きさ、全身状態などによって適切な診療科が異なる場合があるため、初めから特定の診療科を選べなくても問題ありません。受診時には、症状が始まった時期、痛みや出血の変化、入れ歯や歯科治療の経過などを伝えると役立ちます。

口腔がんの検査・診断の流れ

視診では口腔粘膜の色、潰瘍や腫れの状態を確認し、触診では病変の硬さや首のリンパ節の腫れを調べます。がんが疑われる場合には、病変の一部を採取する生検(組織検査)を行い、顕微鏡で細胞の性質を調べることが確定診断につながります。

がんの広がりを評価するには、CTやMRIなどの画像検査が用いられます。CTは顎骨などの骨や首のリンパ節を含む広がりの評価に、MRIは舌や口腔底など軟らかい組織への浸潤の評価に役立ち、必要に応じて超音波検査やPET検査などが追加されます。

喫煙や飲酒の影響などによって、食道やほかの頭頸部にも別のがんができることがあるため、状況に応じて内視鏡検査などが検討される場合もあります。血液検査だけで口腔がんの有無を確定できるわけではなく、病理検査と画像検査などの結果を総合して診断します。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの検査・診断について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 検査」

口腔がんのステージ(病期)分類

口腔がんのステージは、がんの大きさや周囲への広がり、首のリンパ節への転移、離れた臓器への転移などを基に判断されます。病期は治療方法を選ぶ重要な情報ですが、同じステージでも発生部位や病理所見、体の状態によって治療方針は変わります。

口腔がんでは一般に、ステージ0からステージIVまでに分類し、進行した病期をさらにIVA・IVB・IVCなどに分けて扱います。病期分類の版や診断された時期によって細部の基準が異なることがあるため、実際の診断については主治医から説明された分類を確認することが大切です。

口腔がんのステージを決めるTNM分類とは

TNM分類のTは原発腫瘍、Nは所属リンパ節、Mは遠隔転移の状態を表します。口腔がんのT分類では腫瘍の大きさだけでなく、粘膜表面から深い組織へどの程度入り込んでいるかを示す浸潤の深さ(DOI)も重要です。

首のリンパ節への転移がある場合は、転移の大きさや数、位置、リンパ節の外へがんが広がっているかなども評価されます。遠隔転移とは、肺などの離れた臓器にがんが広がった状態を指し、口腔内や首のリンパ節の広がりとは区別されます。

ステージ0・1・2の口腔がん

ステージ0は、がん細胞が粘膜上皮内にとどまり、深い組織への浸潤が認められない状態です。ステージI・IIは、一般にリンパ節転移や遠隔転移が確認されない比較的早い病期ですが、腫瘍の大きさや浸潤の深さなどによって分類されます。

ステージI・IIでは、がんを取り除いて治癒を目指す手術が中心的な治療となる場合が多くあります。一方、ステージ0では病変の性質や広がりなどに応じて、切除や経過観察が検討されます。いずれの病期でも、切除範囲や頸部リンパ節への対応は病変の特徴によって異なるため、ステージが早いという理由だけで治療内容を一律には決められません。

ステージ3・4の口腔がん

ステージIIIには、原発腫瘍が大きい、あるいは深く浸潤している場合や、限られた範囲の頸部リンパ節転移がある場合などが含まれます。ステージIVA・IVBでは、周囲の組織や頸部リンパ節への広がりがさらに進んでいても、遠隔転移が認められない場合があります。

ステージIVCは、肺などの離れた臓器への遠隔転移が確認された状態です。このため、ステージIVだからといって、必ず遠隔転移があるわけではありません。手術で切除できるかどうかや、患者さんの全身状態などによって、治療の目的と選択肢は異なります。

なお、後述の生存率の章では、全国がん登録による「口腔・咽頭がん」の進展度別データを主に紹介し、口腔がん単独のステージ別データを国内研究の参考値として掲載しています。全国がん登録の進展度とTNMステージは分類が異なるため、数値を直接対応させて読むことはできません。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの検査・診断について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 検査」

口腔がんの治療方法

口腔がんの多くを占める扁平上皮がんでは、切除が可能な場合、手術が治療の中心となります。がんを取り除くことに加え、食べる・飲み込む・話す機能をどの程度保てるかも重要であり、病気の広がりと治療後の生活を考慮して方針を決めます。

早期の病変では手術だけで治療を終えることがありますが、進行した病変では頸部リンパ節への対応や再建手術、術後の放射線治療・薬物療法が必要になる場合があります。治療の組み合わせはステージだけで自動的に決まるのではなく、画像検査、手術で得られた病理結果、全身状態、患者さんの希望などを踏まえて検討します。

口腔がんの手術療法

手術では、がんのある部分と必要な範囲の周囲組織を切除します。舌や頬の粘膜などに限られた小さな病変であれば、切除範囲が比較的小さく済むこともありますが、深い組織や顎骨まで広がっている場合には、舌の一部や顎骨などを含む広い切除が必要になります。

治療方針を考えるうえで重要なのが、首のリンパ節への対応です。口腔がんは頸部リンパ節に転移することがあり、転移が確認されれば頸部郭清術によってリンパ節を取り除くことが検討されます。画像検査で転移が見つからなくても、腫瘍が深く入り込んでいるなど潜在的な転移のリスクが高いと判断された場合は、予防的な頸部郭清術などが選ばれることがあります。

広い切除によって口腔内に大きな欠損ができる場合には、腕や太ももなどから採取した皮膚・組織、必要に応じて骨などを移植する再建手術を行います。再建は口の形だけでなく、食事や発音の機能回復を目指すものですが、元の状態に完全に戻るとは限りません。そのため、手術前から歯科、リハビリテーション、栄養管理の担当者と協力して準備することが大切です。

口腔がんの放射線治療・化学放射線療法

放射線治療は、手術後に残っている可能性のあるがん細胞を抑え、再発の危険を減らす目的などで用いられます。手術が難しい場合には、病状や体の状態に応じて、放射線治療を中心に根治を目指すこともあります。また、早期の舌がんなど一部の病変では、専門施設で組織内照射(小線源治療)が検討されることがあります。

手術後に追加治療が必要かどうかは、切除した組織の病理検査が大きな判断材料になります。例えば、切除した端までがんが及んでいる「切除断端陽性」や、転移したリンパ節の外側までがんが広がっている「節外進展」などは、再発リスクを考えるうえで重要な所見です。こうした高リスク所見がある場合は、シスプラチンなどを併用する術後化学放射線療法が検討されます。一方、病期やその他の所見によっては放射線治療のみが選択され、すべての患者さんに抗がん薬を併用するわけではありません。

放射線治療中には、強い口内炎や飲み込みにくさ、味覚の変化などが起こることがあります。治療後も口腔乾燥、虫歯の増加、顎骨への障害などに注意が必要になるため、治療前からの歯科受診や口腔ケア、栄養・嚥下の支援を組み合わせて進めます。

口腔がんの薬物療法

薬物療法には、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などがあります。例えばシスプラチンは化学放射線療法で使われ、切除できない再発・遠隔転移性の頭頸部扁平上皮がんでは、ペムブロリズマブやニボルマブなどを含む治療が検討されることがあります。ただし、同じ頭頸部がんでも薬剤ごとに承認された対象や使う時期が異なります。

再発・遠隔転移に対する薬剤の選択では、それまでにプラチナ製剤などを使用したか、がん細胞や周囲の免疫細胞におけるPD-L1の発現状況、腎機能や合併症などを確認します。薬剤名だけで治療の優劣が決まるわけではなく、がんを抑える効果と副作用の両方を比較することが必要です。

また、2026年2月19日には、ペムブロリズマブについて「局所進行頭頸部癌における術前・術後補助療法」が国内で追加承認されました。承認の根拠となったKEYNOTE-689試験では、手術可能なIII期・IVA期の局所進行頭頸部扁平上皮がん患者さんが対象となり、口腔がんも含まれています。

ただし、すべての口腔がん患者さんに適用される治療ではなく、病期、病理組織型、PD-L1の発現状況(CPS)、全身状態などを踏まえて適応を判断します。手術前後に免疫チェックポイント阻害薬を組み込むかどうかは、期待できる効果と副作用、ほかの標準治療の選択肢も含めて検討されます。

薬物療法では、抗がん薬による骨髄抑制・腎機能障害・吐き気などのほか、免疫チェックポイント阻害薬による肺、腸、内分泌臓器などの炎症にも注意が必要です。治療中に新しい症状が出た場合には自己判断せず、担当医療チームへ相談します。

病期や手術後の所見で治療はどう変わる?

口腔がんでは、同じステージでも治療の組み合わせが異なります。次の表は代表的な判断の方向性を整理したもので、個々の患者さんに適用する治療を決める表ではありません。

病状・検査結果 治療方針の考え方
比較的早期で切除可能 原発巣の手術が中心。リンパ節転移のリスクに応じて頸部への対応も検討する
局所進行だが切除可能 広い切除・頸部郭清・再建を組み合わせ、必要に応じて手術前後の薬物療法や術後放射線治療を検討する
術後に再発リスクの高い所見 病理結果に応じて術後放射線治療や化学放射線療法を検討する
切除不能な局所進行がん(遠隔転移なし) 放射線治療や化学放射線療法などによって、根治を目指せるか検討する。病変の広がりや全身状態によって方針は異なる
遠隔転移がある、または局所治療が難しい再発がん 薬物療法を中心に、必要に応じて放射線治療や緩和ケアを組み合わせ、がんの制御と症状の軽減を目指す

患者さんにとっては、「なぜその治療を勧められたのか」「術後の追加治療はどの結果で決まるのか」「食事や発音にどのような影響が考えられるのか」を確認することが重要です。手術や薬物療法の詳しい適応は診断時期にも左右されるため、最新の国内承認情報を踏まえて主治医と相談しましょう。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの治療について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 治療」、厚生労働省「ペムブロリズマブの最適使用推進ガイドライン改正通知」(2026年2月19日)、PMDA「キイトルーダ点滴静注100mg 医療用医薬品情報」

口腔がんの生存率と予後

口腔がんの生存率は、診断時のがんの広がりや治療内容などによって変わります。ただし、統計を読むときは、口腔がん単独のデータなのか、咽頭がんも含むデータなのかに加え、病期の分類方法や生存率の指標にも注意が必要です。

ここでは、対象数の多い全国がん登録の「口腔・咽頭がん」5年純生存率を主データとして紹介し、口腔がん単独のステージ別生存率を報告した国内研究を参考として補います。両者は同じ患者集団を比べたものではないため、数値の違いにも説明を加えます。

全国がん登録でみる口腔・咽頭がんの5年生存率

厚生労働省が2026年に公表した「2018年全国がん登録5年生存率報告」では、2018年に診断された15歳以上の口腔・咽頭がん患者について、進展度別の5年純生存率が示されています。対象は口唇・口腔・咽頭のがんを含むICD-10のC00~C14であり、口腔がん単独の生存率ではありません。

この統計の「限局」はがんが原発部位にとどまる状態、「領域」は近くの組織やリンパ節に広がった状態、「遠隔」は離れた臓器などへの転移がある状態を指します。進展度によって5年純生存率には差がみられますが、この区分は前章で解説したTNMステージⅠ~Ⅳとは異なります。

進展度 5年純生存率 集計対象数
限局 80.7% 8,638例
領域 53.3% 11,255例
遠隔 13.0% 976例
進展度不明 35.0% 1,908例
全体 60.4% 22,777例

出典:厚生労働省「2018年全国がん登録5年生存率報告」表4。2018年診断例、15歳以上、男女計、口腔・咽頭がん(C00~C14)。「全体」には進展度不明の症例を含む。

「5年純生存率」は、一般人口の死亡状況などを考慮して、がんによる生存への影響を推定する統計指標です。全国規模で集計された数値として重要ですが、口腔がんだけでなく咽頭がんなども含むため、口腔がんの各ステージにそのまま当てはめることはできません。

口腔がんのステージ別5年生存率(国内研究の参考値)

口腔がん単独のステージ別の成績としては、大阪医科薬科大学の研究が参考になります。2024年に公表された研究では、1999年9月~2023年3月に同施設で診療した口腔がん患者543例を対象に、ステージⅠ~Ⅳの5年疾患特異的生存率が報告されています。

疾患特異的生存率は、対象のがんによる死亡に着目した指標です。全国がん登録で使われる「純生存率」とは推定方法が異なるため、両者の割合を直接比較することはできません。

ステージ 5年疾患特異的生存率
Ⅰ期 91.5%
Ⅱ期 81.2%
Ⅲ期 62.1%
Ⅳ期 48.5%

出典:野呂恵起ほか「当科における口腔癌の治療成績―24年間の検討―」『耳鼻咽喉科臨床 補冊』2024年、165巻、1~6頁。論文DOI。公開抄録に記載された研究数値に基づき独自に整理。研究全体の対象は543例で、各ステージの症例数や病期分類の版は公開抄録では確認できていない。

研究全体の5年疾患特異的生存率は71.8%と報告されています。ただし、これは単一施設で約24年間に診療された患者の成績であり、543例がそれぞれのステージに含まれるわけではありません。日本全国の口腔がん患者にそのまま当てはまる数値ではなく、病期別の参考値として捉える必要があります。

「遠隔」13.0%と「ステージⅣ」48.5%の差はなぜ?

二つの表で最も大きな違いに見えるのが、全国がん登録の「遠隔13.0%」と、大学研究の「ステージⅣ48.5%」です。しかし「遠隔」と「ステージⅣ」は同じ患者集団を指していません。 全国がん登録の「遠隔」は離れた臓器などへの転移がある症例を指しますが、口腔がんのステージⅣには、遠隔転移がなくても周囲の組織や頸部リンパ節に大きく広がったIVA・IVB期が含まれます。遠隔転移がある場合はIVC期に分類されます。

さらに、全国がん登録は口腔・咽頭がんを含む2018年診断例の「5年純生存率」であるのに対し、大学研究は口腔がん単独の1999~2023年の診療症例に基づく「5年疾患特異的生存率」です。対象施設、症例の構成、診断・治療時期、算出指標が異なるうえ、大学研究の公開抄録ではステージⅣの内訳(IVA・IVB・IVCの症例数)を確認できません。そのため、数値の差を特定の一つの理由だけで説明したり、片方の数値がもう片方より正確だと判断したりすることはできません。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの検査・診断について」、厚生労働省「2018年全国がん登録5年生存率報告」、野呂恵起ほか(2024年、上記論文)

ステージ以外で口腔がんの予後に関わる要素

口腔がんでは、同じステージでも予後が同じとは限りません。がんの浸潤の深さ、頸部リンパ節への転移の有無、転移したリンパ節の外への広がりなどは、治療方針や再発リスクを考えるうえで重要です。

手術を受けた場合は、切除した組織の端にがんが残っていないかといった病理所見も参考になります。発生部位、年齢や全身状態、治療への反応なども一人ひとり異なるため、生存率の表だけから治療の効果や今後の経過を予測することはできません。

生存率の見方と個人の経過

5年生存率は、一定の条件に当てはまる患者集団の生存状況を統計的に示すものです。個々の患者さんがあと何年生きられるかを示す数字ではありません。とくにステージⅣでは、切除できる局所進行がんと遠隔転移があるがんで、治療の目的や見通しが大きく異なります。

また、生存率は過去の患者さんの診断・治療状況に基づくため、現在の治療環境をそのまま表すとは限りません。ご自身の見通しを知りたい場合は、ステージだけでなく画像検査や病理結果、全身状態を踏まえ、担当医と治療の目的や期待できる効果について相談することが大切です。

口腔がんの再発と転移

口腔がんの治療後には、がんが再び見つかることがあります。再発した場所が口腔内なのか、頸部リンパ節なのか、離れた臓器なのかによって、必要な検査と治療方法が変わります。

再発を心配して症状だけを探すのではなく、定期的な診察を続けながら、気になる変化があれば予約日を待たずに相談することが大切です。再発が見つかっても、場所や広がりによっては治癒を目指した治療が検討できる場合があります。

口腔がんの再発・転移が起こる部位

口腔がんの再発には、もともとがんがあった舌・歯肉などの付近に再び発生する「局所再発」と、首のリンパ節に病変が現れる「領域再発」があります。これらとは別に、肺などの離れた臓器にがんが見つかる「遠隔転移」もあります。

例えば、治療後に口の中の潰瘍やしこりが治らない、以前と違う痛みが続く、首に新しいしこりを触れるといった変化があれば、治療を受けた医療機関へ相談しましょう。ただし、こうした症状は感染や治療後の変化でも起こるため、症状だけで再発と決めつけることはできません。

また、口腔がんの治療後には、口腔がんとは別に咽頭・食道・肺などで新しいがんが見つかることもあります。新たに生じた別のがんは「重複がん」と呼ばれ、口腔がんの転移とは区別して検査・診断します。

再発を早期に確認するための経過観察

治療後の診察では、口腔内の粘膜や手術した部分、首のリンパ節などを確認し、必要に応じて画像検査や生検を行います。治療方法によっては、再発の有無だけでなく、飲み込みや発音、口腔乾燥、歯や顎骨の状態もあわせて評価します。

国立がん研究センターは口腔がん治療後の経過観察について、最初の1年間は1~2か月ごとを一つの目安とし、その後は状態に応じて受診間隔を広げながら、長期的に確認することを案内しています。実際の受診間隔は再発リスクや治療内容で異なるため、自己判断で定期診察を中断しないことが重要です。

再発した場合の検査と治療

再発が疑われるときは、診察に加えてCT・MRIなどの画像検査や、必要に応じて組織を採取する生検を行い、病変の位置と広がりを確認します。また、初回治療の手術範囲や、以前に放射線を当てた場所・線量、現在の全身状態などを調べ、追加の治療が可能かを検討します。

口腔内や頸部の一部に限られた再発で、再び切除できる場合は、手術によって治癒を目指すことがあります。切除できない場合や、以前の治療内容によっては放射線治療を検討することもありますが、再照射には強い副作用の危険があるため慎重な判断が必要です。遠隔転移がある場合などには、免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法が治療の中心となることがあります。

再発後の治療では、がんを抑える可能性だけでなく、食事や会話を続けられるか、痛みや呼吸・嚥下の症状をどう軽減するかも重要です。緩和ケアは治療をやめるときだけのものではなく、がんに対する治療と並行して利用できます。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの療養について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 治療」、米国国立がん研究所(NCI)「Lip and Oral Cavity Cancer Treatment(PDQ)」

口腔がんの治療後の生活と後遺症

口腔がんの治療では、がんの治療成績と同じように、その後の日常生活を見据えることが重要です。口の中は食べる、飲み込む、話す、味わうなど多くの機能を担っており、手術の範囲や放射線治療の有無によって、治療後に必要となる支援が異なります。

後遺症の程度には個人差があり、治療後に時間をかけて改善する症状もあれば、長期的な対応が必要になる症状もあります。治療前から医師、歯科医師、看護師、言語聴覚士、管理栄養士などと相談し、生活機能を保つための計画を立てることが大切です。

食事・飲み込み・発音への影響

舌や口腔底、顎などを切除した場合、食べ物を口の中で動かしにくい、うまく噛めない、飲み込む際にむせる、言葉が発音しにくいといった変化が起こることがあります。こうした影響は切除した部位や範囲、再建方法、残っている組織の働きなどによって異なります。

嚥下機能の評価を受け、必要に応じて食べ物の形状を調整したり、飲み込む訓練を行ったりすることで、安全に食事を続ける方法を探します。また、言語聴覚士による発音訓練、歯科補綴装置の利用、栄養補助などが役立つ場合もあり、回復の目標は患者さんの状態に応じて設定されます。

治療直後に十分な食事がとれない場合には、経管栄養などで栄養を補うこともあります。こうした対応が必要になっても必ずしも一生続くわけではなく、回復状況に応じて食事の方法を調整していきます。

治療後の口腔ケアと生活上の注意点

放射線治療を受けた後は、唾液の分泌が減って口が乾きやすくなったり、味覚の変化や粘膜の炎症が続いたりすることがあります。口腔乾燥は食事や会話だけでなく虫歯のリスクにも影響するため、保湿や口腔清掃、歯科での継続的な管理が重要です。

また、顎骨に放射線が照射された場合には、まれに顎骨の障害が問題になることがあります。抜歯などの処置が必要になったときは、放射線治療歴を歯科医師に伝え、主治医と連携して対応することが大切です。

治療後の体重減少や食べづらさが長く続く場合には、食事内容の工夫だけで解決しようとせず、栄養サポートや嚥下リハビリテーションを相談してください。こうした支援は治療後の生活の質を保つための医療の一部であり、がん治療と切り離して考える必要はありません。

参考:国立がん研究センター「口腔がんの療養について」、国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 治療」

口腔がんの予防と早期発見

口腔がんを完全に防ぐ方法はありませんが、発症リスクに関係する生活習慣を見直すことは予防につながります。また、口の中は自分で変化に気づける場合がある部位のため、普段と異なる状態を長く放置しないことも大切です。

ただし、セルフチェックだけで口腔がんを発見できるとは限りません。見えにくい部位に病変ができることもあるため、気になる症状がある場合は専門家の診察を受けてください。

口腔がんのリスクを減らす生活習慣

口腔がんのリスクを減らすためには、禁煙し、飲酒量を控えることが重要です。喫煙や多量飲酒は口腔がんだけでなく、咽頭や食道など別の部位のがんにも関連するため、こうした生活習慣の見直しは全身の健康にとっても意味があります。

歯や義歯が粘膜に繰り返し当たる場合や、口腔内の清掃が難しい場合には、歯科で状態を確認し、必要な治療や調整を受けましょう。口腔ケアは虫歯や歯周病を防ぎ、治療前後の口腔環境を整えるうえでも大切ですが、それだけで口腔がんの発症を確実に防げるわけではありません。

口の中のセルフチェックと定期的な診察

鏡で舌の表面と左右の縁、頬の内側、上下の歯ぐき、舌の下などをときどき確認し、治りにくいただれ、赤色や白色の変化、しこりがないかに注意する方法があります。見えにくい場所もあるため、異常が見つからなくても、痛みや違和感が長く続く場合は診察を受けてください。

日本では、舌がんについて国の指針に基づくがん検診は定められていません。セルフチェックや通常の歯科診察は、異変に気づき専門診療につなげるきっかけになりますが、死亡率を下げる効果が確立した集団検診と同じものとして説明することはできません。

参考:国立がん研究センター がん情報サービス「舌がん 予防・検診」、国立がん研究センター「口腔がんの原因・症状について」

口腔がんの治療方針に迷ったときは

口腔がんの治療には、病気の進行を抑えるだけでなく、食事や会話など大切にしたい生活をどのように守るかという課題もあります。治療を決めるときには、医学的な効果や合併症について理解するとともに、患者さん自身が何を重視したいかを医療チームに伝えることが重要です。

診断直後は情報が多く、すぐに判断するのが難しい場合もあります。疑問点を整理して主治医に確認し、必要に応じて別の専門医の意見を聞くことも、納得して治療を選ぶための方法の一つです。

治療を選択する際に確認しておきたいこと

主治医には、現在の病期とその根拠、治療の目的、推奨される標準治療、考えられる代替案を確認しましょう。手術を予定している場合は、切除する部位や範囲、再建の方法、頸部リンパ節への対応などを聞いておくと、治療後の生活を具体的に考えやすくなります。

また、飲み込みや発音への影響、治療後の食事方法、仕事への復帰、治療期間、副作用への対応なども重要な相談事項です。治療の利点だけでなく限界や予想される負担について説明を受け、不明な点を残したまま選択しないようにすることが大切です。

セカンドオピニオンや専門医療機関への相談

セカンドオピニオンは、現在の主治医による診断や治療方針を踏まえて、別の医師の意見を聞くための制度です。通常は病理診断の結果や画像資料、これまでの治療歴などを持参して相談し、治療の選択肢や各方法の特徴について理解を深めます。

口腔がんでは治療後の機能が生活に深く関わるため、必要に応じて頭頸部外科、歯科口腔外科、放射線治療科、形成外科などが協力して診療する施設の意見を聞くことにも意味があります。ただし、セカンドオピニオンを受けるために必要な治療を無断で中断せず、受診の時期も含めて主治医と相談してください。

医療機関や相談先の探し方に困ったときは、全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」を利用できます。当グループの相談窓口については無料電話相談・個別医療相談をご覧ください。

参考:国立がん研究センター がん情報サービス「がん相談支援センター」、国立がん研究センター がん情報サービス「口腔がん」

まとめ

口腔がんは舌や歯肉、頬粘膜などに発生するがんで、初期には強い痛みがない場合もあります。治りにくい口内炎や粘膜の色の変化、しこりなどに気づいたときは、がんと決めつける必要はありませんが、放置せず歯科口腔外科や耳鼻咽喉科などに相談しましょう。

治療では、がんの進行度や発生部位、全身状態などに応じて手術を中心とした標準治療が検討されます。生存率は病状を理解する参考になりますが、口腔がん以外を含む統計も多く、数値だけで自分の余命や治療効果を判断することはできません。

また、口腔がんの治療は食事や発音などの機能にも関わるため、治療前から生活への影響を確認することが大切です。検査結果や治療方針に疑問がある場合は主治医に相談し、必要に応じて専門医療機関やセカンドオピニオンを活用しながら、ご自身が納得できる選択につなげてください。

結腸がんは、大腸のうち盲腸からS状結腸までの「結腸」に発生するがんです。大腸がんは結腸がんと直腸がんを合わせた総称で、2023年に日本で新たに結腸がんと診断された人は102,436人でした。

結腸は右下腹部の盲腸から始まり、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸へと長く続いています。そのため、同じ結腸がんでもどの場所にがんができるかによって、現れやすい症状や手術で切除する範囲が異なります。

たとえば、盲腸や上行結腸など右側にできたがんでは、便がまだ液状に近いため腸が狭くなっても症状が出にくく、貧血や倦怠感をきっかけに発見されることがあります。一方、下行結腸やS状結腸など左側では便が固形になるため、便秘、腹痛、腹部膨満、腸閉塞など通過障害による症状が現れやすくなります。

治療では、早期でリンパ節転移の可能性が低ければ内視鏡治療を行える場合があります。より深く浸潤している場合には、がんがある結腸だけでなく、がんが広がる可能性のあるリンパ節を含めて切除します。さらに、ステージⅡの一部やステージⅢでは、手術後の再発リスクに応じて術後補助化学療法を検討します。

この記事では、結腸がんと大腸がん・直腸がんの違い、右側・左側で異なる症状、検査、ステージ、部位別の手術、腸閉塞が起きた場合の対応、Stage II・IIIの術後補助化学療法、生存率まで解説します。

参考:厚生労働省「令和5年 全国がん登録 罹患数・率 報告」、国立がん研究センター「大腸がん」

結腸がんとは

大腸の分類と名称を解説したイラスト

大腸は、小腸から続く消化管の最後の部分で、長さは約1.5~2mあります。大きく「結腸」と「直腸」に分けられ、このうち結腸には盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸が含まれます。

食べ物の消化によってできた内容物は、小腸から盲腸へ入り、結腸を通過する間に水分が吸収されて徐々に便の形になります。そのため、結腸のどこにがんができるかによって、便の状態や腸管の太さが異なり、症状の現れ方にも違いが生じます。

結腸がんの多くは、結腸の内側を覆う粘膜の腺細胞から発生する「腺がん」です。良性の腺腫性ポリープが少しずつがん化して発生する場合と、正常に見える粘膜から直接がんが発生する場合があります。

右側結腸と左側結腸

結腸は、診療や研究の場面で「右側結腸」と「左側結腸」に分けて考えることがあります。

国立がん研究センターの大腸がんファクトシートでは、盲腸から横行結腸までを右側結腸、下行結腸からS状結腸までを左側結腸と分類しています。

分類 主な部位 特徴
右側結腸 盲腸・上行結腸・横行結腸 便が液状に近く、腫瘍が大きくなっても通過障害が起こりにくいことがある
左側結腸 下行結腸・S状結腸 便が固形になり、腫瘍による狭窄で便通障害や腸閉塞が起こりやすい

右側・左側という区分は症状だけでなく、進行・再発した大腸がんの薬物療法を考える際にも参考になります。ただし、薬物療法の詳細は結腸がん単独ではなく大腸がん全体に共通するため、この記事では後ほど概要にとどめます。

参考:国立がん研究センター「大腸がんファクトシート2024」、国立がん研究センター「大腸がんについて」

結腸がんと大腸がん・直腸がんの違い

「結腸がんと大腸がんは違う病気なのか」と疑問に感じる人もいますが、結腸がんは大腸がんの一種です。

大腸がんという大きな分類の中に、結腸がんと直腸がんがあります。

盲腸からS状結腸までに発生したものが結腸がん、その先の直腸に発生したものが直腸がんです。

比較項目 結腸がん 直腸がん
発生部位 盲腸~S状結腸 結腸より肛門側の直腸
症状の特徴 部位によって貧血、腹痛、便通障害、腸閉塞などの現れ方が異なる 血便、残便感、便が細いなど肛門に近い部位ならではの症状がみられることがある
手術 発生部位と血管・リンパ流に応じて結腸とリンパ節を切除する 骨盤内で直腸を切除し、肛門温存や人工肛門、機能温存も重要になる
放射線・術前治療 根治治療として放射線を使用する場面は限定的 局所進行例では術前化学放射線療法などを検討する場合がある

結腸がんでは、肛門を残せるかどうかよりも、がんがどの結腸にあり、どの血管・リンパ節まで含めて切除すれば根治性を確保できるかが手術上の大きな判断になります。

大腸がん全体の検診・共通する検査や治療については大腸がんの記事、肛門温存や人工肛門、直腸がん特有の術前治療については直腸がんの記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」

結腸がんはできる場所によって症状が違う

結腸は右下腹部から始まり、おなかの中を大きく回って左下腹部へ続く長い臓器です。同じ結腸がんでも、右側と左側では腸の中を通る便の状態や腸管の太さが異なるため、現れやすい症状にも違いがあります。

右側結腸がんでは貧血などで見つかることがある

盲腸、上行結腸、横行結腸など右側の結腸では、腸の内容物はまだ水分を多く含み、液状に近い状態です。また、腸管の内腔も比較的広いため、腫瘍がある程度大きくなっても便の通り道が完全には塞がれず、通過障害による症状が目立たないことがあります。

そのため、進行していても便秘や腸閉塞が目立たず、腫瘍からの少量の出血が続くことで鉄欠乏性貧血となり、疲れやすさ、息切れ、動悸などをきっかけに見つかる場合があります。さらに進行すると、右下腹部の痛みや腹部のしこりとして気付くこともあります。

右側結腸がんは、進行していても腹部症状が目立たない場合がある点に注意が必要です。

左側結腸がんでは便通障害や腸閉塞が起こりやすい

下行結腸やS状結腸では、水分が吸収されて便が固形に近づいています。そのため腫瘍によって腸管が狭くなると、便が通過しにくくなり、便秘、下痢、排便回数の変化、腹痛、腹部膨満などが現れやすくなります。

狭窄が強くなると、便やガスが通過できなくなり、腸閉塞を起こすことがあります。腸閉塞では強い腹痛、おなかの張り、吐き気・嘔吐、便やガスが出ないなどの症状が現れます。

S状結腸など肛門に比較的近い場所では、血便として気付きやすい場合もあります。

症状だけでがんの場所やステージは判断できない

右側では貧血、左側では便通障害が比較的現れやすいという傾向はありますが、すべての患者がこの通りになるわけではありません。右側結腸がんでも腸閉塞を起こすことがありますし、左側結腸がんでも自覚症状がないまま検診で発見されることがあります。

また、症状の強さとステージも必ずしも一致しません。局所の腫瘍が腸管を強く狭めて腸閉塞を起こしていても、リンパ節や遠隔臓器へ転移していなければステージ4ではありません。反対に、肝臓や肺へ転移していても結腸そのものによる症状が軽い場合があります。

参考:国立がん研究センター中央病院「大腸がんの症状について」、国立がん研究センター「大腸がんファクトシート2024」

結腸がんの初期症状

結腸がんは、早期の段階ではほとんど自覚症状がありません。便潜血検査で陽性になったことをきっかけに大腸内視鏡検査を受け、症状がない段階で発見されることもあります。一方、腫瘍が大きくなったり、出血や狭窄が起きたりすると、血便、便通の変化、腹痛、貧血などが現れます。

血便

結腸がんでは、腫瘍の表面から出血し、便に血液が混ざることがあります。

S状結腸など肛門に近い場所では赤い血として気付く場合がありますが、右側結腸からの出血では便と混ざり、肉眼では分かりにくいこともあります。血便は痔など良性の病気でも起こりますが、自己判断だけで大腸がんを否定することはできません。

便秘・下痢など便通の変化

腫瘍によって腸が狭くなると、便秘、下痢、排便回数の変化などが起こる場合があります。特に左側結腸では便が固形になっているため、狭窄による影響が出やすくなります。

ただし、便秘や下痢は食生活、薬、過敏性腸症候群などでも起こります。以前にはなかった便通の変化が長く続く場合には、原因を確認することが重要です。

腹痛・腹部膨満

便やガスの流れが悪くなると、腹痛やおなかの張りが起こることがあります。腸がほとんど塞がると腸閉塞となり、強い腹痛、嘔吐、排便や排ガスの停止などが起こる場合があります。このような症状がある場合には緊急処置が必要になることもあるため、速やかに医療機関を受診します。

貧血・倦怠感

腫瘍から少量の出血が長期間続くと、鉄欠乏性貧血を起こすことがあります。特に右側結腸がんでは、便に混ざった血液が肉眼で分かりにくく、疲れやすい、息切れがする、顔色が悪いといった貧血症状から発見されることがあります。

体重減少・食欲低下

進行した結腸がんでは、食欲低下や体重減少がみられることがあります。

ただし、これらは結腸がんだけに特有の症状ではありません。体重減少だけで大腸がんかどうかを判断することはできないため、ほかの症状や検査結果と合わせて原因を調べます。

参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター中央病院「大腸がんの症状について」

結腸がんの原因とリスク

結腸がんについて、一人ひとりの発症原因を特定することは通常できません。年齢、生活習慣、家族歴、遺伝性疾患、炎症性腸疾患など複数の要因が大腸がんの発症リスクに関係すると考えられています。

年齢・家族歴

大腸がんは年齢とともに発症する人が増えます。また、血縁者に大腸がんになった人がいる場合には、家族歴がない人と比べて発症リスクが高くなることが知られています。

ただし、家族に大腸がんになった人がいるからといって、すべてが遺伝性大腸がんというわけではありません。

飲酒・喫煙・肥満など

大腸がんでは、飲酒、喫煙、肥満などとの関連が知られています。赤肉や加工肉を多く摂取する食生活との関連も研究されていますが、特定の食品だけが結腸がんの直接的な原因になるわけではありません。

禁煙、節度ある飲酒、適度な運動、適正体重、偏りの少ない食事を続けることが、がん予防を含む健康管理の基本になります。

リンチ症候群・家族性大腸腺腫症

遺伝性大腸がんの代表として、リンチ症候群と家族性大腸腺腫症があります。リンチ症候群では大腸がんだけでなく、子宮体がん、胃がん、卵巣がんなど複数のがんの発症リスクが高くなります。家族性大腸腺腫症では大腸に多数の腺腫が発生し、そのまま経過すると大腸がんを発症する危険性が高くなります。

若年で結腸がんを発症した場合や、血縁者に関連するがんが多い場合などには、遺伝性腫瘍について詳しく調べることがあります。

潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患

潰瘍性大腸炎などによって大腸粘膜の炎症が長期間続く場合には、大腸がんの発症リスクが高くなることがあります。病歴や炎症の範囲に応じ、通常の大腸がん検診とは別に定期的な大腸内視鏡検査が必要になる場合があります。

大腸がん全体の原因・予防・検診については、大腸がんの記事でも詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 予防・検診」

結腸がんの検査と診断

結腸がんが疑われた場合には、大腸内視鏡検査で病変を確認し、組織を採取してがんかどうかを確定します。結腸がんと診断された後は、CTなどを使ってリンパ節や肝臓、肺、腹膜などへの広がりを調べ、ステージと治療方針を決めます。

大腸内視鏡検査と生検

大腸内視鏡検査では、肛門から内視鏡を挿入し、結腸を含む大腸の内側を直接観察します。病変の位置、大きさ、形、表面の状態を確認し、必要に応じて組織を採取して病理検査を行います。

病理検査でがん細胞が確認されることで、結腸がんの確定診断につながります。早期の小さな病変では、検査と同時に内視鏡治療によって病変全体を切除できる場合もあります。

CTでリンパ節・肝臓・肺などへの広がりを調べる

結腸がんと診断された後は、CTを使って腫瘍周囲のリンパ節や肝臓、肺、腹膜などへの転移を調べます。

大腸がんは肝臓や肺へ転移することが比較的多いため、治療前には原発巣だけではなく全身の状態を確認することが重要です。遠隔転移が見つかっても、転移巣の場所や数によっては原発巣と転移巣を両方切除し、根治を目指せる場合があります。

CEA・CA19-9などの腫瘍マーカー

血液検査ではCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーを測定することがあります。ただし、結腸がんがあっても正常値のことがあり、良性疾患や喫煙などでも上昇することがあります。そのため、腫瘍マーカーだけで結腸がんの有無を診断することはできません。

診断時の値と、その後の治療中・経過観察中の推移を比較する補助的な指標として利用します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 検査」

結腸がんのステージ

結腸がんのステージは、がんが腸の壁のどこまで入り込んでいるかを示すT分類、領域リンパ節への転移を示すN分類、肝臓や肺などへの遠隔転移を示すM分類を組み合わせて決めます。

ステージ 主な状態
0期 がんが粘膜内にとどまっている
Ⅰ期 がんが粘膜下層または固有筋層まで広がっているが、リンパ節転移・遠隔転移はない
Ⅱ期 がんが固有筋層を越えて広がっているが、領域リンパ節転移・遠隔転移はない
Ⅲ期 領域リンパ節への転移があるが、遠隔転移はない
Ⅳ期 肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの遠隔転移がある

実際にはⅡ期、Ⅲ期、Ⅳ期はさらに細かく分類されます。

ステージ2と3の違いはリンパ節転移の有無

ステージⅡでは、がんが結腸の壁を越えて外側へ広がっていても、領域リンパ節への転移は確認されていません。

ステージⅡは、ⅡA・ⅡB・ⅡCとさらに分けられ、周囲の臓器まで広がるT4では、同じステージⅡの中でも再発リスクが高くなるため、手術後の治療を考える際に重要になります。

一方、ステージⅢでは領域リンパ節への転移があります。ステージⅢだから必ずステージⅡより原発巣が深く広がっているという意味ではありません。原発巣が比較的浅くても、リンパ節転移があればステージⅢになる場合があります。

ステージ2でも再発リスクが高い場合がある

ステージⅡではリンパ節転移がないため、一般には手術だけで治療が終了することが多くなります。

ただし、T4、腸閉塞や穿孔を伴う場合、病理学的に再発リスクを高める所見がある場合などには、手術後の再発リスクを考えて術後補助化学療法を検討することがあります。

高リスク所見は術後治療を考えるための判断材料ですが、1つの所見だけで治療が自動的に決まるわけではありません。再発リスク、術後補助化学療法によって期待できる利益、副作用、年齢や持病などを合わせて判断します。

ステージ4でも切除できるかどうかで治療が変わる

ステージⅣでは遠隔転移がありますが、すべての患者が同じ状態ではありません。

肝臓や肺に少数の転移があり、原発巣と転移巣をすべて安全に切除できる場合には、手術によって根治を目指せる可能性があります。一方、複数臓器に多数の転移があるなど、すべてを切除することが難しい場合には薬物療法が中心になります。

ステージ4の切除可能性、最新の薬物療法、バイオマーカー、生存率・余命については、大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

結腸がん治療の全体像

結腸がんの治療では、がんの深さ、リンパ節転移、遠隔転移、がんができた部位、年齢や全身状態などを確認し、内視鏡治療、手術、薬物療法などを組み合わせます。

病状 主な治療の考え方
0期~一部のⅠ期 リンパ節転移の可能性が低く、完全切除できると判断されれば内視鏡治療
内視鏡治療では根治が難しいⅠ期・Ⅱ期 リンパ節郭清を伴う結腸切除。Ⅱ期では再発リスクに応じて術後補助化学療法を検討する場合がある
Ⅲ期 手術+術後補助化学療法が基本
Ⅳ期 原発巣と転移巣を切除できるか評価し、切除可能なら手術、切除困難なら薬物療法を中心に治療

直腸がんと異なり、結腸がんでは術前放射線治療が治療の中心になることは通常ありません。

一方、左側結腸がんなどで腸閉塞を起こしている場合には、通常の待機手術とは異なり、まず腸閉塞を解除する処置が必要になることがあります。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

早期結腸がんの内視鏡治療

がんが粘膜内または粘膜下層の浅い部分にとどまり、リンパ節転移の可能性が極めて低いと判断される場合には、腸管を切除せず内視鏡だけで治療できることがあります。

内視鏡治療には、ポリペクトミー、EMR、ESDなどがあります。ただし、内視鏡治療ではリンパ節を一緒に切除することはできません。病変を切除した後の病理検査で、リンパ節転移のリスクが十分低いかを確認することが重要です。

内視鏡で取れた後に追加手術が必要になることがある

「内視鏡で全部取ったと言われたのに、その後に手術を勧められた」という場合があります。これは必ずしも、内視鏡治療に失敗したことを意味しません。

内視鏡治療では病変そのものを切除できますが、周囲のリンパ節を一緒に切除することはできません。そのため、切除した組織を病理検査で詳しく調べ、リンパ節へ転移している可能性がどの程度あるかを評価します。

T1大腸がんでは、リンパ管・血管への侵襲、低分化などの組織学的特徴、高度の簇出などが、リンパ節転移リスクと関連することが知られています。

粘膜下層への深い浸潤も追加手術を考える際の判断材料として用いられてきましたが、近年の研究では、ほかの高リスク所見を伴わず深い粘膜下層浸潤だけが認められる場合には、リンパ節転移リスクは比較的低い可能性が示されています。

「簇出(ぞくしゅつ)」とは、がんが周囲へ広がっていく先端部分で、がん細胞が1個ずつ、またはごく小さな集まりとなって周囲の組織へ入り込んでいる所見です。簇出が多い場合には、リンパ節転移の可能性を考える材料の1つになります。

病理検査でこうした所見が確認された場合には、リンパ節転移の可能性と、年齢・持病・手術による負担などを比較し、結腸と周囲のリンパ節を切除する追加手術を検討します。病理所見の1項目だけを切り離して判断するのではなく、複数の情報を合わせて治療方針を決めることが重要です。

大腸がん全体の内視鏡治療の考え方については、大腸がんの記事でも詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、Metter K, et al.「Endoscopic Treatment of T1 Colorectal Cancer」、Zlobec I, et al.「Tumour budding and its clinical implications in gastrointestinal cancers」

結腸がんの手術

内視鏡治療だけでは根治が難しい結腸がんでは、がんがある結腸と、その周囲のリンパ節を切除する手術を行います。

結腸には部位ごとに異なる血管が流れており、リンパ節はそれらの血管に沿って存在します。そのため、結腸がんでは腫瘍だけを部分的に切り取るのではなく、がんが広がる可能性があるリンパ流と血管を考えて、必要な範囲の腸管とリンパ節をまとめて切除します。

国立がん研究センターでは、がんのある場所から口側・肛門側へそれぞれ10cm程度の距離をとって腸管を切除することを基本的な考え方として説明しています。ただし、実際の切除範囲は腫瘍の位置、血管走行、リンパ節郭清範囲などによって決まります。

回盲部切除術

盲腸や回盲部周辺にがんがある場合には、回腸の末端部分と盲腸、上行結腸の一部などを切除する回盲部切除術を行うことがあります。切除後は小腸と残った結腸をつなぎ直します。

腫瘍の位置やリンパ節郭清の必要範囲によっては、より広い右半結腸切除術を選択する場合もあります。

結腸右半切除術

上行結腸など右側結腸にがんがある場合に行われる代表的な手術です。盲腸、上行結腸と横行結腸の一部などを、関連する血管・リンパ節とともに切除し、小腸と残った横行結腸などをつなぎます。

右側結腸は小腸から流れてきた内容物の水分を吸収する部位ですが、一部を切除しても残った腸管が働くため、多くの場合は時間とともに排便状態が安定していきます。

横行結腸切除術

横行結腸にがんがある場合には、がんを含む横行結腸と周囲のリンパ節を切除します。横行結腸は右側・左側それぞれの血管支配が関係する位置にあるため、がんの場所によって切除範囲が変わることがあります。

腫瘍が右寄りであれば右半結腸切除、左寄りであれば左半結腸切除に近い範囲を切除する場合もあり、すべての横行結腸がんで同じ術式になるわけではありません。

結腸左半切除術

下行結腸や横行結腸の左側などにがんがある場合には、左側の結腸と関連するリンパ節を切除する結腸左半切除術を行うことがあります。切除後は残った横行結腸とS状結腸などをつなぎます。

どこまで結腸を切除するかは、腫瘍そのものの位置だけでなく、リンパ節郭清に必要な血管の範囲も考えて決定します。

S状結腸切除術

S状結腸がんでは、がんを含むS状結腸と周囲のリンパ節を切除し、残った下行結腸と直腸側の腸管をつなぎます。

S状結腸は便が固形になり、腸管も比較的狭いため、腫瘍によって狭窄すると便秘、腹痛、腸閉塞などが起きやすい部位です。そのため、S状結腸がんでは腫瘍そのものの切除だけでなく、治療前に腸閉塞を起こしていないかを確認することも重要です。

リンパ節郭清とは

リンパ節郭清は、がんが転移している可能性のあるリンパ節を、周囲の脂肪組織などと一緒に切除することです。

結腸には部位ごとに血管とリンパの流れがあり、手術ではがんの位置や深さ、画像検査でリンパ節転移が疑われるかなどを踏まえて、切除する腸管とリンパ節の範囲を決めます。

手術後には切除したリンパ節を病理検査で詳しく調べます。画像検査では転移がないように見えていても、顕微鏡で初めて小さな転移が確認されることがあります。その結果によって、手術前に予想していたステージと手術後の病理学的ステージが変わる場合があります。

腹腔鏡手術・ロボット支援手術

結腸がんの手術には、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術などがあります。

腹腔鏡手術では腹部に数カ所の小さな穴を開け、カメラと器具を使って手術します。傷が小さく、術後の回復という面で利点があります。ロボット支援手術も結腸がんに用いられるようになっていますが、「ロボット手術なら必ず根治性が高い」と考えるものではありません。

がんの部位や進行度、過去の手術歴、患者の体格、施設や術者の経験などを踏まえ、安全かつ十分な切除ができる方法を選びます。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

結腸がんで腸閉塞が起きた場合の治療

結腸がんが大きくなり腸管を強く狭めると、便やガスが通らなくなる「閉塞性結腸がん」の状態になることがあります。特に便が固形になっている左側結腸では、右側と比べて通過障害が問題になりやすくなります。

腸閉塞が起きると、腹痛、腹部膨満、吐き気・嘔吐、便やガスが出ないなどの症状が現れます。そのまま放置すると腸管が破れる穿孔や感染などにつながる可能性があるため、通常の結腸がんより緊急性の高い対応が必要になる場合があります。

緊急手術が必要になる場合

腸管が破れている、腹膜炎を起こしている、腸への血流が悪くなっているなどの場合には、緊急手術が必要になることがあります。緊急手術では患者の全身状態や腸管の状態によって、がんを切除して腸をつなぎ直す場合もあれば、安全性を優先して人工肛門を造る場合もあります。

結腸がんで人工肛門になる可能性はありますが、直腸がんのように肛門そのものを切除することが理由とは限りません。腸閉塞や穿孔などの緊急状態で、安全に便を排出できる経路を確保する目的で造る場合があります。

大腸ステントで閉塞を解除してから手術する場合

腸管が狭くなっていても穿孔などの緊急状態がなく、適切と判断される場合には、内視鏡を使って金属製の大腸ステントを狭窄部へ留置し、便やガスが通るようにする方法があります。

根治手術の前にステントで閉塞を解除し、全身状態や腸管の状態を整えてから予定手術を行う方法を「BTS(ブリッジ・トゥ・サージェリー)」と呼びます。

左側の閉塞性結腸がんを対象とした研究では、ステントを用いて閉塞を解除してから予定手術を行う方法が、緊急手術に代わる選択肢の1つとして検討されています。日本の多施設研究でも、ステントを用いた群では緊急手術群と比較して術後合併症が少なく、腫瘍学的な治療成績には明確な差が認められなかったと報告されています。

一方、ステント留置には腸管穿孔、ステントの移動、再閉塞などの合併症が起こる可能性があります。また、閉塞している場所や程度によって技術的な難しさも異なるため、すべての閉塞性結腸がんに行う治療ではありません。

緊急手術を行うか、ステントで閉塞を解除してから予定手術を行うかは、穿孔の有無、閉塞部位、患者の全身状態、根治切除できる可能性、施設や術者の経験などを踏まえて判断します。

人工肛門を造ってから根治手術を行う場合

ステント留置が難しい場合や安全性に問題がある場合には、まず人工肛門を造って便を別の経路へ流し、腸閉塞を解除することがあります。

全身状態や腸管の状態が改善した後、改めてがんを切除する手術を行う場合があります。

バイパス手術を行う場合

がんを安全に切除できない場合や、全身状態などから大きな切除手術が難しい場合には、閉塞している部分を迂回するように腸管をつなぐバイパス手術を行うことがあります。

目的はがんそのものを完全に取り除くことではなく、便が通る経路を確保して腸閉塞症状を改善することです。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、Comparison of survival and perioperative outcome of the colonic stent and the transanal decompression tube placement and emergency surgery for left-sided obstructive colorectal cancer: The CODOMO study、Colonic Stenting as a Bridge to Surgery Versus Emergency Resection in Obstructive Colon Cancer: A Systematic Review of Surgical Outcomes

ステージ2結腸がんの術後補助化学療法

ステージⅡ結腸がんでは、領域リンパ節への転移はありません。そのため、手術でがんを完全に切除できた場合に、すべての患者へ術後補助化学療法を行うわけではありません。

米国国立がん研究所(NCI)のPDQでも、Stage II結腸がんに対する術後補助化学療法の利益はStage IIIほど明確ではなく、再発リスクなどを踏まえて治療を検討する必要があるとされています。

再発高リスクと判断する主な所見

再発リスクを考える際には、手術後の病理検査や、診断・手術時の状況を確認します。

T4、腸閉塞や穿孔、十分な数のリンパ節を検索できていない場合、低分化などの病理学的特徴は、再発リスクを考える際の重要な判断材料になります。脈管侵襲や神経周囲浸潤など、そのほかの病理所見も合わせて評価します。

ただし、こうした所見が1つあるだけで、すべての患者に術後補助化学療法を行うわけではありません。再発リスクの程度、薬物療法によって期待できる利益、年齢や持病、副作用、本人の希望などを踏まえて治療を決めます。

MSI・MMRも治療判断に関係する

ステージⅡ結腸がんでは、MSI・MMRの結果も術後治療を考えるための重要な情報になります。

NCIがまとめている研究では、MSI-HighのStage II大腸がんはMSSと比べて予後が良好な傾向があり、MSIを持つ腫瘍ではフッ化ピリミジン系薬剤による術後補助化学療法の明確な利益が確認されなかったデータがあります。

そのため、Stage IIでは「高リスク因子があるか」だけではなく、MSI・MMRの結果、再発リスク、患者の状態などを合わせて術後治療を考えることが重要です。

抗がん剤を行う場合の期間

再発高リスクのStage II結腸がんでオキサリプラチンを含む術後補助化学療法を選択する場合には、CAPOXやFOLFOXなどの治療法と治療期間を検討します。

高リスクStage IIを対象に3カ月と6カ月の治療を比較した研究では、治療法によって結果が異なり、CAPOXでは3カ月治療が選択肢となる一方、FOLFOXでは6カ月治療の方が再発を抑える効果が高い可能性が示されています。

一方、オキサリプラチンは投与期間が長くなるほど末梢神経障害が問題になりやすくなります。そのため、再発を防ぐ効果と、しびれなどが日常生活へ与える影響の両方を比較して治療内容と期間を決めます。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、National Cancer Institute「Genetics of Colorectal Cancer (PDQ®)」、Rebuzzi SE, et al.「Adjuvant Chemotherapy for Stage II Colon Cancer」

ステージ3結腸がんの術後補助化学療法

ステージⅢでは領域リンパ節への転移が確認されています。手術によって目に見えるがんとリンパ節をすべて切除できても、画像検査や病理検査では確認できない微小ながん細胞が体内に残っている可能性があります。

そのため、根治手術後には、体の状態や臓器機能などに問題がなければ、再発リスクを下げる目的で術後補助化学療法を行うことが一般的です。

CAPOXとFOLFOX

ステージⅢ結腸がんで代表的な術後補助化学療法がCAPOXとFOLFOXです。

CAPOXは内服薬のカペシタビンと点滴薬のオキサリプラチンを組み合わせる治療です。FOLFOXは5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを点滴で組み合わせます。

どちらもオキサリプラチンを使用するため、手足のしびれなどの末梢神経障害が重要な副作用になります。一方、カペシタビンでは手足症候群や下痢などが問題になることがあり、FOLFOXでは持続点滴のため携帯型ポンプなどを使用する場合があります。

治療法は、再発リスク、腎機能などの臓器機能、年齢、副作用、通院方法、本人の希望などを踏まえて選択します。

3カ月と6カ月の治療期間がある理由

オキサリプラチンを含む術後補助化学療法では、治療期間が長くなるほど末梢神経障害が問題になりやすくなります。そのため、再発を防ぐ効果を大きく損なわずに治療期間を短縮できるかを検討したのがIDEA collaborationです。

NCIのPDQでは、IDEAに参加したステージⅢ結腸がん12,834人の解析について、患者全体では3カ月治療が6カ月治療に劣らないことは統計学的に証明されなかったと整理しています。一方、使用する治療法やT・N分類による再発リスクによって結果には違いがみられました。

再発低リスクではCAPOX 3カ月が選択肢になる

ステージⅢ結腸がんでは、T分類とN分類を組み合わせて再発リスクを考えます。

一般にT1~T3かつN1は再発低リスク、T4またはN2は再発高リスクとして、術後補助化学療法の期間を考える際の目安に用いられます。

IDEAの解析では、T1~T3かつN1の再発低リスク群では、3カ月治療が6カ月治療に対して非劣性でした。また、使用する治療法別では、CAPOXは3カ月治療が6カ月治療に対して非劣性だった一方、FOLFOXでは6カ月治療の方が良好な無病生存期間を示しました。

一方、T4またはN2の再発高リスク群では、3カ月より6カ月治療の方が良好な結果でした。そのため、単に「ステージⅢだから6カ月」「低リスクだから必ず3カ月」と決めるのではなく、CAPOXかFOLFOXかという治療法と、T・N分類による再発リスクの両方を確認して治療期間を決めます。

末梢神経障害と治療継続の判断

オキサリプラチンでは、手足のしびれ、感覚の低下、冷たいものに触れたときの痛みや刺激感などの末梢神経障害が起こることがあります。

NCIがまとめているIDEAの結果では、Grade 2以上の神経毒性は6カ月治療と比べて3カ月治療で大幅に少なくなっていました。

そのため、治療期間は「長ければ長いほど良い」と考えるものではありません。再発を防ぐ効果と、しびれが仕事、着替え、食事、歩行などへ与える影響を比較し、必要に応じて減量、休薬、オキサリプラチンの中止などを検討します。

MSI・MMRも治療判断の参考になる

ステージⅢでもMSI・MMRは、がんの性質や遺伝性腫瘍の可能性などを考えるための重要な情報です。

MSI-High・dMMRではフッ化ピリミジン系薬剤だけを使用した術後治療の効果について、過去の研究で十分な利益が確認されなかったデータがあります。一方、ステージⅢ結腸がんではオキサリプラチンを含む術後補助化学療法が標準的に用いられています。

そのため、MSI-HighまたはdMMRという結果だけを理由に、Stage IIIの術後補助化学療法を一律に省略するものではありません。T・N分類による再発リスク、患者の全身状態、臓器機能、副作用リスクなども含めて治療方針を検討します。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、National Cancer Institute「Genetics of Colorectal Cancer (PDQ®)」

進行・再発結腸がんの治療

結腸がんが肝臓や肺などへ転移している場合や、手術後に再発した場合には、まず病変をすべて切除できる可能性があるかを評価します。

肝転移・肺転移でも切除を目指せる場合がある

ステージⅣでも、原発巣と肝転移・肺転移などをすべて安全に切除できる場合には、手術によって根治を目指せる可能性があります。

最初は切除が難しくても、薬物療法で腫瘍が縮小し、その後に手術可能となる場合もあります。そのため「遠隔転移がある=手術はできない」と一律に決まるわけではありません。

切除できない場合は薬物療法が中心

すべての転移を切除することが難しい場合には、抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などを使った薬物療法が治療の中心になります。

進行・再発大腸がんでは、KRAS、BRAF、HER2、MSI・MMRなどのバイオマーカーによって治療選択肢が異なります。さらに、進行・再発大腸がんでは原発巣が右側か左側かも、一部の薬物療法を選ぶ際の判断材料になります。

ただし、ここから先は結腸がん固有というより転移性大腸がん全体の治療になります。具体的な薬剤の使い分け、バイオマーカー検査、治療成績、余命については、大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、国立がん研究センター「大腸がん 検査」

結腸がん手術の副作用・手術後の生活

結腸がんの手術では大腸の一部を切除しますが、多くの場合、残った腸管が働くことで徐々に排便状態は安定していきます。

ただし、手術直後から以前とまったく同じ状態になるわけではなく、排便回数や便の硬さが変化したり、手術に伴う合併症が起きたりする可能性があります。

排便回数・便の性状の変化

手術後しばらくは、便が軟らかくなったり、排便回数が増えたり、反対に便秘になったりすることがあります。特に右側結腸を広く切除した場合には、手術直後に便が軟らかくなる人もいます。多くの場合、残った腸管が徐々に適応して排便状態は安定しますが、回復までの期間には個人差があります。

縫合不全

結腸を切除した後には、残った腸管同士をつなぎ合わせます。このつなぎ目から腸内容が漏れる合併症を縫合不全と呼びます。発熱、腹痛などが起こり、感染が強い場合にはドレナージや再手術、人工肛門の造設などが必要になることがあります。

腸閉塞・癒着

手術後には、おなかの中で腸管や周囲の組織がくっつく「癒着」が起こり、後になって腸閉塞の原因になることがあります。強い腹痛、おなかの張り、嘔吐、便やガスが出ないなどの症状がある場合には医療機関へ相談する必要があります。

食事は段階的に通常へ戻していく

手術直後は腸の動きを確認しながら食事を再開し、徐々に通常の食事へ戻していきます。退院後も基本的には特定の食品を一生禁止する必要はありません。ただし、術後早期には一度に大量に食べたり、消化しにくいものを多く摂取したりすると腹部症状が出ることがあるため、体調をみながら調整します。

国立がん研究センターでは、手術後1カ月程度は消化しにくい食品を大量に摂ることによる腸閉塞にも注意するよう説明しています。

仕事・外出への復帰

仕事へ戻れる時期は、手術方法、仕事内容、年齢、体力、術後合併症の有無などによって異なります。デスクワークと重量物を扱う仕事では必要な回復期間も違います。「退院できること」と「以前と同じ仕事量へ戻れること」は別なので、退院後の体力や排便状態をみながら段階的に活動量を増やします。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 療養」、国立がん研究センター「大腸がん Q&A」

結腸がんの再発と治療後の経過観察

結腸がんを手術で完全に切除できても、その後に再発する可能性があります。再発リスクはステージ、リンパ節転移、がんの深さ、病理学的特徴などによって異なります。

肝臓・肺などへの再発に注意する

大腸がんは、肝臓や肺へ転移・再発することが比較的多いがんです。このため手術後は、血液検査や腫瘍マーカーだけでなく、CTなどを使って再発がないか確認します。また、大腸内視鏡によって、大腸の別の場所に新しいがんやポリープができていないかを確認することも重要です。

治療後は定期的な検査を続ける

大腸がんでは、治療後3年程度までに再発することが比較的多いため、この時期は特に定期的な検査が重要です。ステージなどに応じて、診察、血液検査、CEA、CT、大腸内視鏡などを組み合わせ、一般に5年間程度を目安として経過観察を続けます。

再発しても手術できる場合がある

再発が確認されても、肝臓や肺などの病変が限られており、すべて安全に切除できる場合には、再び手術によって根治を目指せる可能性があります。一方、切除できない場合には薬物療法を中心に治療します。そのため「再発した=治療できない」「再発した=余命が決まった」と考える必要はありません。

再発した場所、数、切除可能性、バイオマーカー、薬物療法への反応などから、その時点での治療方針を改めて判断します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 療養」

結腸がんのステージ別生存率

結腸がんの予後は、診断された段階でがんがどこまで広がっているかによって大きく異なります。

国立がん研究センターの院内がん登録2014~2015年診断例では、結腸がんの5年ネット・サバイバルは次のようになっています。

ステージ 対象数 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 19,958例 92.1%
Ⅱ期 19,431例 85.7%
Ⅲ期 17,094例 76.2%
Ⅳ期 8,437例 15.8%

全ステージを合わせた結腸がんの5年ネット・サバイバルは70.7%です。

ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ取り除き、「結腸がんだけが死因になる状況」を仮定して計算した生存率です。

Ⅰ~Ⅲ期では根治を目指せる患者が多い

Ⅰ期ではリンパ節転移がなく、がんが比較的浅い範囲にとどまっているため、内視鏡治療や手術によって根治を目指しやすく、5年ネット・サバイバルは92.1%です。

Ⅱ期ではがんが結腸壁の外へ広がっていますが、領域リンパ節への転移はなく、85.7%です。

Ⅲ期では領域リンパ節への転移があるため再発リスクが高くなりますが、遠隔転移はありません。手術に術後補助化学療法を組み合わせることで根治を目指す治療が行われ、5年ネット・サバイバルは76.2%です。

ステージ4で生存率が大きく低下する理由

ステージⅣでは肝臓、肺、腹膜などへ遠隔転移があるため、原発巣だけを切除しても体内のがんをすべて取り除けない場合が多くなります。そのためⅠ~Ⅲ期と比べ、5年ネット・サバイバルは15.8%まで低下します。

ただし、15.8%という数字を、2026年現在ステージ4と診断された個人の将来へそのまま当てはめることはできません。

この統計は2014~2015年診断例のデータであり、その後、大腸がんでは分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、バイオマーカーに応じた治療などが大きく進歩しています。

さらに、同じステージⅣでも、切除可能な肝転移が少数だけある患者と、多数の臓器へ転移している患者では予後が大きく異なります。生存率は集団の統計であり、個人の余命そのものを示す数字ではありません。

ステージ4の現在の治療成績や余命については、大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 結腸がん」

結腸がんの治療で判断が分かれる場面

結腸がんにはステージごとの標準的な治療がありますが、実際の治療はステージだけで自動的に決まるわけではありません。病理検査の結果、再発リスク、年齢、持病、術後の生活、副作用などによって、同じステージでも治療方針が異なることがあります。

内視鏡治療後に追加手術をするか

早期結腸がんでは、内視鏡で病変を取り切れた後に、追加手術をするかどうかが重要な分岐点になることがあります。

追加手術の目的は、内視鏡で見えるがんをもう一度取ることではなく、リンパ節に微小ながん細胞が広がっている可能性に対応することです。病理所見から予測されるリンパ節転移リスクと、手術そのものによる負担を比較して判断します。

ステージ2で術後化学療法をするか

ステージⅡでは原則として手術が中心ですが、T4、腸閉塞、穿孔など再発高リスクを示す可能性のある所見がある場合には術後補助化学療法を検討します。ただし、高リスク因子の有無だけではなく、MSI・MMR、年齢、全身状態、副作用などを含めて判断します。

「抗がん剤をしない=治療が不十分」「抗がん剤をする=必ず再発を防げる」という単純な関係ではありません。

ステージ3で3カ月と6カ月をどう選ぶか

Stage IIIでは術後補助化学療法が基本ですが、治療期間について複数の選択肢があります。再発低リスクでCAPOXを選択する場合には3カ月治療が有力な選択肢になります。一方、再発リスクが高い場合やFOLFOXを用いる場合には、6カ月を含めてより長い治療を検討します。

治療期間を決める際には、再発抑制効果だけでなく、オキサリプラチンによる末梢神経障害が仕事や日常生活へ与える影響も考える必要があります。

腸閉塞時にステント・手術をどう選ぶか

閉塞性結腸がんでは、そのまま緊急手術をする方法、大腸ステントで閉塞を解除してから予定手術をする方法、人工肛門を先につくる方法などがあります。

どの方法が適しているかは、穿孔の有無、閉塞部位、患者の全身状態、根治切除できる可能性、施設の経験などによって異なります。「ステントなら必ず人工肛門を避けられる」「緊急手術なら必ず人工肛門になる」というものではありません。

高齢・持病がある場合

結腸がんの治療を年齢だけで決めることはできません。

高齢でも全身状態が良ければ標準的な手術や術後治療を受けられる場合があります。一方、心臓・肺・腎臓などの持病、日常生活の自立度、認知機能などによっては、治療の負担を考慮して内容を調整することがあります。

治療によって得られる再発抑制効果と、副作用や生活機能低下の可能性を比較して判断することが重要です。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、National Cancer Institute「Genetics of Colorectal Cancer (PDQ®)」、Rebuzzi SE, et al.「Adjuvant Chemotherapy for Stage II Colon Cancer」、Colonic Stenting as a Bridge to Surgery Versus Emergency Resection in Obstructive Colon Cancer: A Systematic Review of Surgical Outcomes

結腸がんの治療を選ぶときに確認したいこと

結腸がんの治療では、単に「ステージはいくつか」だけでなく、がんができた場所、切除範囲、病理結果、再発リスクまで理解しておくと治療方針を判断しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
結腸のどこにがんがあるか 右半結腸切除、S状結腸切除など手術方法や症状の現れ方に関係する
がんはどこまで深く広がっているか 内視鏡治療でよいか、リンパ節郭清を伴う手術が必要かを判断する
リンパ節転移があるか ステージⅡとⅢを分け、術後補助化学療法の必要性に大きく関係する
腸閉塞や穿孔があるか 緊急手術、ステント、人工肛門など治療手順が変わる場合がある
ステージ2なら再発高リスク所見があるか 術後補助化学療法を行うかを考える判断材料になる
MSI・MMRの結果 特にステージⅡ・Ⅲの術後治療や遺伝性腫瘍の評価に関係する
ステージ3ならどの薬を何カ月使うか 再発リスクと末梢神経障害などの副作用を比較してCAPOX・FOLFOXや治療期間を考える
遠隔転移がある場合にすべて切除できるか ステージ4でも根治手術を目指せるか、薬物療法を中心にするかを決める
治療後の生活へどのような影響があるか 排便、食事、仕事、副作用などを含めて治療を比較できる

まとめ

結腸がんは大腸がんの一種で、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸に発生するがんです。

結腸は長い臓器であるため、どこにがんができるかによって症状の現れ方が異なります。右側結腸では便が液状に近く、がんが進行しても通過障害が起こりにくいため、貧血や倦怠感などから見つかる場合があります。一方、左側結腸では便が固形になり、便秘、腹痛、腹部膨満、腸閉塞などの症状が現れやすくなります。

早期でリンパ節転移リスクが低ければ内視鏡治療を行える場合がありますが、より深く浸潤している場合には、がんがある結腸と周囲のリンパ節を切除します。回盲部切除、右半結腸切除、横行結腸切除、左半結腸切除、S状結腸切除など、がんの部位によって手術方法が変わるのが結腸がんの特徴です。

また、結腸がんでは腸閉塞が治療に大きく影響する場合があります。閉塞があるときには緊急手術だけでなく、大腸ステントや人工肛門によって先に閉塞を解除し、その後に根治手術を行う方法もあります。

結腸がんの治療を考える際には、ステージだけでなく、どの場所にがんがあるのか、どこまで切除するのか、リンパ節転移があるのか、術後治療が必要なのかを確認することが重要です。

大腸がん全体の検診や共通する治療については大腸がんの記事、直腸がん特有の肛門温存・人工肛門・術前治療については直腸がんの記事、遠隔転移がある場合の薬物療法・バイオマーカー・余命については大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。

直腸がんは、大腸のうち肛門に近い「直腸」に発生するがんです。大腸がんは結腸がんと直腸がんを合わせた総称であるため、直腸がんも大腸がんの一種です。しかし、直腸は狭い骨盤の中にあり、肛門や膀胱、生殖器、排尿・性機能に関係する神経などと近接しているため、結腸がんとは手術方法や治療後の生活への影響が異なります。

特に治療では、がんを十分に取り切れるかだけでなく、肛門を残せるか、人工肛門が必要になるか、排便・排尿・性機能をどの程度保てるかまで考える必要があります。進行度やがんの位置によっては、手術だけでなく手術前の放射線治療や薬物療法を検討する場合もあります。

直腸がんは早期ではほとんど症状がないことがありますが、進行すると血便、便が細くなる、便秘や下痢を繰り返す、便が残っている感じがするといった症状が現れることがあります。症状だけで直腸がんの有無やステージを判断することはできないため、異常が続く場合には大腸内視鏡検査などによる確認が重要です。

この記事では、直腸がんと大腸がん・結腸がんの違い、初期症状、原因、検査、ステージから、内視鏡治療、手術、肛門温存、人工肛門、術前治療、薬物療法、治療後の後遺症、生存率まで、2026年時点の情報をもとに解説します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん(結腸がん・直腸がん)」

直腸がんとは

大腸の構造と直腸の位置を示すイラスト

大腸は小腸に続く消化管の最後の部分で、長さは約1.5~2mあります。大腸は大きく「結腸」と「直腸」に分けられ、結腸は盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸から構成され、その先に直腸、肛門が続きます。

直腸はさらに直腸S状部、上部直腸、下部直腸に分けられます。同じ直腸がんでも、がんが上部にあるのか、肛門に近い下部にあるのかによって、手術方法や肛門温存の可能性、側方リンパ節郭清の必要性などが変わります。

直腸がんの多くは、直腸の内側を覆う粘膜の腺細胞から発生する「腺がん」です。良性の腺腫が徐々にがん化する場合と、正常に見える粘膜から直接がんが発生する場合があります。

直腸は便をためて排便につなげる役割がある

直腸には、結腸から送られてきた便を一時的にため、便がたまることで便意を感じて排便につなげる役割があります。この機能は、直腸がんの手術後の生活を考えるうえで重要です。

直腸を大きく切除すると、便をためる能力が小さくなるため、肛門を温存できた場合でも排便回数が増えたり、急な便意が起きたり、短時間に何度もトイレへ行ったりすることがあります。

そのため直腸がんでは、「肛門を残せるか」だけでなく、「残した後にどの程度の排便機能を期待できるか」まで考えて治療を選択することが重要です。

参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター「大腸がん 療養」

直腸がんと大腸がん・結腸がんの違い

「直腸がんと大腸がんは別の病気なのか」と疑問に感じる人もいますが、直腸がんは大腸がんの一種です。大腸がんという大きな分類の中に「直腸がん」と「結腸がん」があります。

したがって、直腸がんと大腸がんは対立する病名ではありません。「大腸がんのうち、直腸に発生したものが直腸がん」と考えると分かりやすいでしょう。

一方、結腸がんと直腸がんでは、発生する場所の違いによって治療上の重要な違いがあります。

比較項目 直腸がん 結腸がん
発生部位 大腸の肛門側にある直腸 盲腸~S状結腸
周囲の構造 狭い骨盤内にあり、肛門・膀胱・前立腺・子宮・自律神経などに近い 腹腔内に位置する部分が多い
主な手術 前方切除術、直腸切断術、括約筋間直腸切除術など 右半結腸切除、横行結腸切除、左半結腸切除、S状結腸切除など
肛門温存 がんの位置によって重要な治療課題になる 通常は肛門そのものを切除する問題は生じない
人工肛門 一時的または永久的な人工肛門が必要になる場合がある 腸閉塞など状況によって必要になることはあるが、直腸がんほど中心的な問題ではない
術前治療・放射線 局所進行例では術前治療が検討されることがある 放射線治療の役割は限定的

直腸がんでは「局所で再発させないこと」が特に重要

直腸は狭い骨盤の中にあるため、周囲の臓器や神経との距離が近く、十分な切除範囲を確保することが結腸より難しい場合があります。また、下部直腸には骨盤の側方へ向かうリンパ流があるため、側方リンパ節への転移も重要な問題になります。

このため日本の直腸がん手術では、直腸周囲の脂肪組織を適切な層で切除する手術や、一定の下部直腸がんで側方リンパ節郭清を行うことが、局所再発を抑えるための重要な治療戦略になっています。

大腸がん全体の位置づけや、結腸がん・直腸がんの関係、検診などについては大腸がんの記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がんについて」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」

直腸がんの初期症状

直腸がんは、早期の段階では自覚症状がほとんどないことがあります。便潜血検査で異常を指摘されたことをきっかけに大腸内視鏡検査を受け、症状がない段階で発見される人もいます。

一方、直腸は肛門に近く便が通過・貯留する場所であるため、がんが大きくなると血便や排便の変化が現れやすくなります。

血便・便に血が付く

直腸がんでよくみられる症状の1つが血便です。便そのものに血液が混ざる場合だけでなく、便の表面に赤い血液が付いたり、トイレットペーパーに血が付いたりすることがあります。

肛門に近い場所から出血するため比較的赤い血液として見えることがありますが、血液の色だけで出血源を判断することはできません。

「痔だと思っていたら直腸がんだった」という場合もあるため、血便を痔と自己判断して長期間放置しないことが重要です。特に、これまでなかった血便が繰り返す場合や、便通の変化、貧血などを伴う場合には大腸内視鏡検査を検討します。

便が細くなる・便秘や下痢を繰り返す

直腸の内腔が腫瘍によって狭くなると、便が通りにくくなり、以前より便が細く感じられることがあります。また、便秘と下痢を繰り返したり、排便回数が増えたりすることもあります。

ただし便の太さや便秘だけで直腸がんを判断することはできません。食生活、過敏性腸症候群、薬剤など多くの原因で便通は変化するため、以前とは明らかに違う状態が続くかどうかが受診を考える目安になります。

残便感・便が出切らない感じ

直腸は便をためる場所でもあるため、腫瘍によって刺激されると、実際には便がほとんど残っていなくても「まだ便が残っている」「排便してもすっきりしない」と感じる場合があります。

また、何度もトイレへ行きたくなるものの少量しか便が出ない、便意が頻繁に起こるといった症状がみられることもあります。

貧血・だるさ・体重減少

腫瘍から少量の出血が長期間続くと、鉄欠乏性貧血を起こすことがあります。息切れ、動悸、疲れやすさなどから血液検査を受け、貧血の原因を調べる過程で大腸がんが発見される場合があります。

進行すると食欲低下や体重減少がみられることもありますが、これらは直腸がんだけに特有の症状ではありません。

「直腸がんの症状チェック」だけでは診断できない

血便、便が細い、便秘、残便感などは直腸がんで起こり得る症状ですが、これらがあるからといって必ず直腸がんというわけではありません。また、すべての項目に当てはまらなければ直腸がんではない、という意味でもありません。

直腸がんは無症状でも発見されるため、症状チェックは診断の代わりにはなりません。症状がある場合には検診を待たず、医療機関で原因を確認することが重要です。

腸閉塞が起きたらステージ4なのか

がんによって直腸が大きく狭くなると、便やガスが通過できなくなる「腸閉塞」が起こることがあります。腹部の張り、強い腹痛、吐き気・嘔吐、便やガスが出なくなるなどが主な症状です。

腸閉塞は進行した直腸がんで起こりやすい症状の1つですが、腸閉塞があることだけでステージ4と決まるわけではありません。

ステージは、腫瘍が腸壁のどこまで入り込んでいるか、リンパ節転移があるか、肝臓・肺などへの遠隔転移があるかによって決まります。局所の腫瘍が大きく腸閉塞を起こしていても、遠隔転移がなければステージ4ではない場合があります。

便やガスが出ない状態に強い腹痛や嘔吐を伴う場合には緊急の処置が必要になることがあるため、速やかに医療機関を受診する必要があります。

参考:国立がん研究センター「大腸がん」、国立がん研究センター「大腸がん検診について」

直腸がんの原因とリスク

直腸がんの発症原因を一人ひとりについて特定することは通常できません。直腸がんを含む大腸がんでは、生活習慣、年齢、家族歴、遺伝性疾患、炎症性腸疾患など複数の要因が発症リスクと関係します。

年齢・家族歴

大腸がんは40歳代以降から増加し、年齢とともに発症する人が多くなります。また、血縁者に大腸がんになった人がいる場合には、発症リスクが高くなることが知られています。

ただし、家族に大腸がんがいることだけで遺伝性大腸がんと判断されるわけではありません。多くの大腸がんは遺伝性腫瘍ではありませんが、発症年齢や家族歴によっては遺伝性疾患を疑って詳しい評価を行います。

喫煙・飲酒・肥満などとの関連

国立がん研究センターでは、大腸がんの発生リスクを高める要因として喫煙、飲酒、肥満などを挙げています。また、赤肉や加工肉の摂取との関係についても研究されています。

一方で、特定の食品だけが直腸がんの直接的な原因になるわけではありません。がん予防では禁煙、節度ある飲酒、適度な運動、適正体重、バランスのよい食事といった生活習慣全体を整えることが重要です。

大腸ポリープから発生する場合

大腸がんの一部は、良性腫瘍である腺腫が徐々に大きくなり、遺伝子異常が蓄積してがん化する過程を経て発生します。

一方、明らかな腺腫を経ずに正常に見える粘膜から直接発生するがんもあります。そのため、「過去にポリープがなかったから直腸がんにはならない」とは限りません。

リンチ症候群・家族性大腸腺腫症

遺伝性大腸がんの代表として、リンチ症候群と家族性大腸腺腫症があります。

家族性大腸腺腫症では大腸に多数の腺腫が発生し、放置すると大腸がんを発症する可能性が非常に高くなります。リンチ症候群では大腸がんのほか、子宮体がん、胃がん、卵巣がんなど複数のがんの発症リスクが高くなります。

若年で大腸がんを発症した場合や、近い血縁者に関連するがんが多い場合などには、遺伝学的検査や遺伝カウンセリングを検討することがあります。

潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患

潰瘍性大腸炎などによって大腸粘膜の炎症が長期間続くと、大腸がんの発症リスクが高くなることがあります。この場合、一般的な腺腫から発生する大腸がんとは発がん過程が異なることがあり、病歴に応じた定期的な内視鏡検査が必要です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 予防・検診」

直腸がんの検査と診断

血便や便通異常、便潜血検査の陽性などから直腸がんが疑われた場合には、まず直腸や大腸に腫瘍があるかを確認し、組織を採取してがんかどうかを確定します。その後、CTやMRIなどを使って、がんの広がりと転移の有無を調べます。

直腸がんでは、単に「がんがあるか」だけではなく、肛門からの距離、直腸壁のどこまで入り込んでいるか、周囲の臓器やリンパ節との位置関係が手術方法や術前治療の判断に直結します。

直腸指診

直腸指診は、医師が肛門から指を挿入し、直腸内にしこりや異常がないかを確認する検査です。肛門に比較的近い腫瘍であれば、位置、硬さ、周囲との動きなどを直接確認できることがあります。

ただし、指が届かない位置にある腫瘍もあるため、直腸指診だけで直腸がんを否定することはできません。

大腸内視鏡検査と生検

大腸内視鏡検査では、肛門から内視鏡を挿入し、大腸の内側を直接観察します。腫瘍の位置、大きさ、形状などを確認するとともに、疑わしい部分から組織を採取して病理検査を行います。

病理検査によってがん細胞が確認されることで、直腸がんの確定診断につながります。

直腸にがんが見つかった場合でも、結腸側に別のがんやポリープが存在する可能性があるため、可能であれば大腸全体を確認します。

CTでリンパ節・肝臓・肺への転移を調べる

CTでは、直腸周囲や遠くのリンパ節、肝臓、肺などへの転移がないかを調べます。大腸がんは肝臓や肺へ転移することが比較的多いため、治療前の全身評価が重要です。

遠隔転移がある場合でも、転移の数や場所によっては原発巣と転移巣の両方を切除し、根治を目指せる場合があります。そのため、単純に「転移がある=手術できない」とは限りません。

MRIで直腸周囲への広がりを詳しく確認する

MRIは直腸がんの局所進展を評価するうえで重要な検査です。直腸壁の外側へどこまで広がっているか、周囲の組織や臓器との距離、リンパ節の状態などを詳しく調べます。

特に局所進行直腸がんでは、手術だけで十分な切除範囲を確保できるのか、術前治療を行った方がよいのかを判断する材料になります。

CEA・CA19-9などの腫瘍マーカー

大腸がんではCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーを血液検査で測定することがあります。

ただし、直腸がんがあっても数値が正常な場合があり、良性疾患などで高くなる場合もあります。腫瘍マーカーだけで直腸がんを診断することはできません。

診断時の値と治療後の推移を比較することで、治療効果や再発を確認する補助的な指標として利用します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 検査」

直腸がんのステージ

直腸がんのステージは、原発巣が腸壁のどこまで深く入り込んでいるかを示すT分類、領域リンパ節への転移を示すN分類、肝臓・肺などへの遠隔転移を示すM分類を組み合わせて決めます。

大きく分けると、ステージⅡまでは領域リンパ節転移がなく、ステージⅢでは領域リンパ節転移があり、ステージⅣでは遠隔転移がある状態です。

ステージ 主な状態
0期 がんが粘膜内にとどまっている
Ⅰ期 がんが粘膜下層または固有筋層まで広がっているが、リンパ節転移・遠隔転移はない
Ⅱ期 がんが固有筋層を越えて広がっているが、領域リンパ節転移・遠隔転移はない
Ⅲ期 領域リンパ節への転移があるが、遠隔転移はない
Ⅳ期 肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの遠隔転移がある

実際にはⅡ期・Ⅲ期・Ⅳ期はさらに細かく分類されます。治療を決めるときにはステージだけでなく、がんの位置や切除可能性、リンパ節の状態、年齢、全身状態なども合わせて判断します。

ステージ2・3でも症状だけでは区別できない

「ステージ2なら症状が軽い」「ステージ3なら強い症状が出る」とは限りません。

ステージⅡはリンパ節転移がない状態、ステージⅢは領域リンパ節転移がある状態という違いがありますが、リンパ節転移そのものが自覚症状を起こすとは限りません。

そのため、ステージⅡでも腫瘍が腸を狭くしていれば血便や腸閉塞など強い症状が出ることがあります。一方、ステージⅢでも症状がほとんどないまま発見されることがあります。

症状の強さとステージは必ずしも一致しません。正確なステージはCTやMRI、手術後の病理検査などを組み合わせて判断します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

直腸がんの治療方針

直腸がんの治療では、ステージ、がんの深さ、リンパ節転移、遠隔転移、肛門からの距離、周囲臓器への広がりなどを確認し、根治を目指せるかどうかを判断します。

早期でリンパ節転移の可能性が低い場合には内視鏡治療や局所切除が可能ですが、より深く浸潤している場合には直腸と周囲のリンパ節を切除する手術が必要になります。局所進行例では術前治療を検討する場合があり、遠隔転移がある場合には薬物療法や転移巣への局所治療を含めた治療計画を立てます。

病状 主な治療の考え方
早期がん 条件を満たせば内視鏡治療や局所切除を検討
切除可能Ⅰ~Ⅲ期 手術を中心に、病理結果などから術後薬物療法を検討
局所再発リスクが高い直腸がん 手術に加え、症例に応じて術前治療を検討
遠隔転移あり 薬物療法を中心に、原発巣・転移巣が切除可能であれば手術も検討

直腸がんでは、治療前の段階で「肛門を残せる可能性」「一時的または永久的な人工肛門の可能性」「排便機能への影響」まで確認しておくことが重要です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

早期直腸がんの内視鏡治療・局所切除

直腸がんが粘膜内または粘膜下層の浅い部分にとどまり、リンパ節転移の可能性が極めて低いと判断できる場合には、腸管を大きく切除せずに治療できる可能性があります。

治療方法には大腸内視鏡を用いた内視鏡治療と、肛門から病変へ到達して切除する局所切除があります。

内視鏡治療

内視鏡治療では、病変の大きさや形に応じてEMR(内視鏡的粘膜切除術)やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)などを行います。

内視鏡治療のメリットは、おなかを切らずに治療でき、大腸や肛門の機能をほぼそのまま残せることです。一方、内視鏡で見える腫瘍を取り除くだけでは、リンパ節に潜んでいる可能性のあるがん細胞までは治療できません。

そのため、治療後に切除した組織を詳しく調べます。

病理結果によって追加手術が必要になる場合

内視鏡でがんを完全に切除できたように見えても、病理検査によってリンパ節転移のリスクが高いと判断された場合には、追加で直腸切除とリンパ節郭清を検討します。

判断材料には、がんが粘膜下層へどの程度深く入り込んでいるか、脈管侵襲があるか、組織学的な悪性度、切除断端などがあります。

つまり「内視鏡で取れた=必ず治療終了」ではありません。病理結果を確認して初めて、追加治療が必要かどうかを判断できます。

経肛門的局所切除

肛門に近い早期直腸がんでは、肛門から器具を挿入して病変とその周囲を切除する方法を選択できる場合があります。

局所切除は直腸全体を切除しないため体への負担や排便機能への影響を抑えられますが、リンパ節郭清はできません。そのためリンパ節転移リスクが低い病変であることが重要です。

切除後の病理結果によって高リスク所見が見つかった場合には、根治を目的として追加手術を検討します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、Metter K, et al.「Endoscopic Treatment of T1 Colorectal Cancer」

直腸がんの手術

内視鏡治療や局所切除ではリンパ節転移のリスクを十分に抑えられない直腸がんでは、がんがある直腸と周囲のリンパ節を切除する手術を行います。

直腸は狭い骨盤の奥深くにあり、その周囲には膀胱、生殖器、排尿・性機能を調節する自律神経があります。そのため、結腸がんと比べて解剖学的に難しい手術になることがあります。

直腸がん手術の基本となるTME・TSME

直腸がんの手術では、直腸だけを切除するのではなく、その周囲にある脂肪組織やリンパ節を含む「直腸間膜」を適切な層で切除することが重要です。

直腸間膜を肛門側まで広く切除する方法をTME(全直腸間膜切除術)、腫瘍の位置に応じて必要な範囲の直腸間膜を切除する考え方をTSME(腫瘍特異的直腸間膜切除術)と呼びます。

NCIの直腸がんPDQでも、中部・下部直腸がんではTMEを含む適切な直腸間膜切除が直腸切除の基本となり、上部直腸がんでは腫瘍より肛門側へ必要な直腸間膜を確保して切除する考え方が示されています。

直腸間膜にはリンパ節や血管が含まれているため、がんがある部分だけを小さく切除するのではなく、がんが広がる可能性のある組織を適切な範囲でまとめて取り除くことで、骨盤内での局所再発を抑えることを目指します。

前方切除術・低位前方切除術

がんを十分な範囲で切除したうえで肛門括約筋を残せる場合には、直腸を切除した後に結腸と残った直腸や肛門側の腸管をつなぎ直します。

腹膜反転部より上で腸管をつなぐ方法を高位前方切除術、腹膜反転部より下でつなぐ方法を低位前方切除術と呼びます。

特に低位前方切除術では吻合部が肛門に近くなり、縫合不全のリスクが高くなるため、便が吻合部を通らないよう一時的な人工肛門を造る場合があります。

括約筋間直腸切除術

肛門に近い下部直腸がんでも、がんを安全に取り切れると判断でき、一定の肛門機能を残せると予測される場合には、括約筋間直腸切除術によって肛門を温存できる場合があります。

この手術では内肛門括約筋の一部または全部を切除し、外肛門括約筋などを残して排便機能を維持します。

ただし、肛門を残せることと、治療後に正常な排便機能が保たれることは同じではありません。便失禁や頻回便などによって生活への影響が大きくなる場合もあるため、治療前に予測される排便機能まで確認することが重要です。

直腸切断術

がんが肛門や括約筋に非常に近く、十分な切除範囲を確保するためには肛門も含めて切除する必要がある場合には、直腸切断術を行います。

直腸と肛門を切除した後は、便を排出するため腹部に永久的な人工肛門を造ります。

人工肛門になることを理由に手術へ強い抵抗を感じる人もいますが、無理に肛門を残してがんを取り切れなくなることや、肛門機能が著しく低下して重い便失禁が続くことを避けるという意味もあります。

側方リンパ節郭清

下部直腸がんでは、直腸周囲のリンパ節だけでなく、骨盤の側方にあるリンパ節へ転移することがあります。そのため日本では、局所進行した下部直腸がんに対して、直腸間膜の切除に加えて側方リンパ節郭清を行う治療が発展してきました。

日本で行われたJCOG0212試験では、側方リンパ節が明らかに腫大していないステージ II・IIIの下部直腸がんにおいても、直腸間膜切除のみの群と比べ、側方リンパ節郭清を追加した群で局所再発が少ない結果が示されています。

一方、欧米では術前の放射線治療や化学放射線療法を組み合わせる治療体系が発達しており、側方リンパ節への対応は日本と同じではありません。現在は、MRIなどで側方リンパ節の状態を評価し、術前治療の有無や腫瘍の位置・進行度などを踏まえて治療方法を検討します。

側方リンパ節の周囲には排尿・性機能に関係する自律神経や重要な血管があるため、局所再発を抑えることと、術後の機能をできるだけ保つことの両方を考えて手術を計画します。

腹腔鏡手術・ロボット支援手術

直腸がんでは、開腹手術のほか腹腔鏡手術やロボット支援手術が行われています。

腹腔鏡手術は傷が小さく、術後の痛みや回復という面で利点があります。一方、狭い骨盤内での操作には高度な技術が必要です。

ロボット支援手術では関節を持つ器具を使って骨盤内を操作でき、直腸がん手術で利用される機会が増えています。国立がん研究センターでは、排尿・性機能への影響が少なくなるという報告がある一方、長期的な治療成績については引き続き評価が必要としています。

どの方法が適しているかは、がんの位置・進行度、体格、過去の手術、施設や術者の経験などを踏まえて判断します。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」、「The feasibility of laparoscopic TSME preserving the left colic artery and superior rectal artery for upper rectal cancer」、Uemura M, et al.「Surgical Procedure of Lateral Lymph Node Dissection for Advanced Lower Rectal Cancer」

直腸がんでは人工肛門になる?肛門を残せる条件

直腸がんと診断されたとき、多くの人が気になるのが「人工肛門になるのか」という問題です。

直腸がんになったからといって、すべての人が永久人工肛門になるわけではありません。肛門を残せるかどうかは、がんと肛門括約筋との距離、がんの深さ、周囲への広がり、十分な切除範囲を確保できるか、治療後に肛門機能を維持できるかなどから判断します。

肛門を残せるかは「距離」だけでは決まらない

以前は肛門に近い直腸がんでは肛門ごと切除することが多くありましたが、手術技術の進歩によって、かなり肛門に近い病変でも肛門温存が可能になる場合があります。

一方で、がんが括約筋へ入り込んでいる場合や、安全な切除断端を確保できない場合には肛門温存が適切ではありません。

また、解剖学的には肛門を残せても、治療後に高度な便失禁が予想される場合には、生活の質を考慮して永久人工肛門を選択することがあります。

一時的な人工肛門と永久人工肛門は別のもの

低位前方切除術などで肛門を残した場合でも、一時的な人工肛門を造ることがあります。

肛門に近いところで腸をつなぐと縫合不全が起こった際の影響が大きいため、便を一時的に別の出口から排出し、吻合部を休ませることが目的です。吻合部が十分に治癒したことを確認できれば、その後に人工肛門を閉鎖できる場合があります。

一方、直腸切断術で肛門自体を切除した場合には永久人工肛門となります。

この2つは目的も期間も異なるため、手術前には「人工肛門になる可能性がある」とだけ聞くのではなく、一時的なのか永久的なのかを確認することが重要です。

人工肛門になった後の生活

人工肛門では、腹部へ出した腸の出口に専用の装具を取り付けて便を受けます。装具やケア方法は大きく進歩しており、状態が安定すれば仕事、外出、入浴、旅行などを行える人も多くいます。

手術前から皮膚・排泄ケア認定看護師などと相談し、人工肛門を造る位置や装具の使い方について準備しておくことで、退院後の生活へ移行しやすくなります。

人工肛門を避けることだけを治療目標にするのではなく、がんを安全に取り切れること、治療後にどのような排便機能が残るのか、自分の生活ではどちらを受け入れやすいかまで含めて検討することが大切です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

局所進行直腸がんの術前治療

局所進行直腸がんでは、最初から手術を行うだけでなく、手術前に放射線治療や薬物療法を行う場合があります。目的は、骨盤内での局所再発を抑えること、腫瘍を縮小して安全な切除につなげること、画像では確認できない微小な転移へ早い段階から全身治療を行うことなどです。

直腸がんの術前治療は、腫瘍の位置、MRIで確認した周囲への広がりやリンパ節の状態、予定する手術、側方リンパ節への対応などによって選択します。また、日本と欧米では側方リンパ節郭清や術前放射線治療の位置づけが異なるため、海外の治療体系をそのまますべての日本人患者へ当てはめるものではありません。

術前化学放射線療法とは

術前化学放射線療法は、放射線治療と抗がん剤を組み合わせ、手術前に直腸がんを治療する方法です。

骨盤内の腫瘍やリンパ節へ放射線を照射しながら、フッ化ピリミジン系薬剤などを併用します。腫瘍を縮小させ、局所再発のリスクを下げることなどが目的です。

NCIの直腸がんPDQでも、ステージ II・IIIを含む局所進行直腸がんでは、術前化学放射線療法や短期放射線療法などが治療選択肢として示されています。

TNTとは

TNT(トータル・ネオアジュバント療法)は、放射線治療だけでなく、従来は手術後に行うことも多かった全身薬物療法まで手術前に行う治療戦略です。

手術前に全身治療を行うことで、微小転移への治療を早期に開始できることや、手術後よりも予定した薬物療法を完遂しやすくなることが期待されます。また、治療への反応が非常に良好な患者では、直腸を切除しない臓器温存治療へつながる可能性があります。

海外ではRAPIDO、PRODIGE 23、OPRAなどの臨床試験を背景としてTNTの位置づけが広がっています。一方、日本では手術や側方リンパ節郭清を含む治療体系が欧米と異なり、TNTをどの患者に組み合わせるのが適切かについて国内での検証も続いています。

国立がん研究センター東病院では、2026年4月時点で、下部直腸がんに対するTNTとWatch and Waitの有効性・安全性を検証するJCOG2010を追跡・解析中の臨床研究として掲載しています。

Watch and Waitは「がんが治ったから何もしない」という治療ではない

術前治療後に、直腸指診、内視鏡、MRIなどで明らかながんが確認できなくなる「臨床的完全奏効(cCR)」が得られる患者がいます。

このような患者の一部で、すぐに直腸切除を行わず、非常に厳密な経過観察を続ける方法がNOM(非手術管理)、いわゆるWatch and Wait(積極的経過観察)です。

NCIの直腸がんPDQでは、術前治療後に臨床的完全奏効が得られた患者について、直ちに手術を行う代わりに、厳密なサーベイランスのもとでWatch and Waitを検討することが治療選択肢として示されています。

ただし、臨床的完全奏効は、切除した組織を顕微鏡で確認して「がん細胞が完全にない」と証明した状態ではありません。経過観察中に直腸内で腫瘍が再び確認されることがあるため、直腸指診、内視鏡、MRIなどを繰り返し行い、再増大を早期に発見できる体制が不可欠です。

また、日本ではTNTとWatch and Waitを組み合わせた治療について臨床試験による検証が続いています。そのため、「術前治療でがんが見えなくなった=誰でも手術を省略できる」という意味ではありません。治療経験と厳密な経過観察体制を持つ専門施設で、治療効果、再増大時に救済手術を行える可能性、本人の希望などを踏まえて判断する必要があります。

参考:National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」、国立がん研究センター東病院「研究について」、Hashimoto T, et al.「Total neoadjuvant therapy followed by a watch-and-wait strategy for patients with rectal cancer (TOWARd): protocol for single-arm phase II/III confirmatory trial (JCOG2010)」

手術後の薬物療法と進行・再発直腸がんの治療

直腸がんを手術した後は、病理検査によって実際のがんの深さ、リンパ節転移、脈管侵襲などを確認し、再発リスクに応じて術後補助化学療法を検討します。

一方、手術で取り切ることが難しい進行がんや再発がんでは、薬物療法が治療の中心になります。

術後補助化学療法を行う場合

手術を先に行ったステージⅢ直腸がんなどでは、手術後の再発リスクを下げる目的で術後補助化学療法を検討します。フッ化ピリミジン系薬剤や、オキサリプラチンを組み合わせた治療などが候補になります。

ただし直腸がんでは、手術前に化学放射線療法やTNTなどを行ったかどうかによって手術後に必要となる薬物療法の考え方が変わります。術前にどの薬をどの程度使用したか、手術後の病理結果、再発リスク、年齢、臓器機能、副作用などを踏まえて、その後の治療を判断します。

同じステージⅢであっても、すべての患者が同じ薬を同じ期間使用するわけではありません。

切除不能・再発では薬物療法が中心になる

肝臓や肺などへ多数の転移があり、すべてを安全に切除できない場合には薬物療法が中心になります。

大腸がんの薬物療法では、フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなどの抗がん剤と、血管新生を抑える薬やEGFRを標的とする薬、免疫チェックポイント阻害薬などを、がんの特徴に合わせて組み合わせます。

近年は、どの遺伝子異常を持っているかによって治療選択が大きく異なるようになっています。

RAS・BRAF・MSIなどのバイオマーカー

2026年現在、切除不能・再発大腸がんでは、MSI・MMR、RAS、BRAF、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーと、それまでに受けた治療によって薬物療法の選択肢が変わります。免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬など、特定の分子学的特徴を持つがんを対象とした治療も増えています。

進行・再発直腸がんでは「どの抗がん剤を使うか」だけでなく「自分のがんにはどの分子学的特徴があるか」が治療選択に直結する時代になっています。

肝転移・肺転移があっても手術を目指せる場合がある

ステージⅣであっても、原発巣と肝転移・肺転移などをすべて安全に切除できる場合には、手術によって根治を目指せる可能性があります。最初は切除が難しいと判断された転移でも、薬物療法によって腫瘍が縮小した結果、手術可能になる場合があります。

このためステージⅣでは「転移があるから手術をしない」と一律に決めるのではなく、原発巣と転移巣それぞれの位置・数・大きさ、薬物療法への反応などから治療方針を検討します。

ステージ4大腸がんの治療やバイオマーカー、薬物療法については、大腸がんステージ4の記事で詳しく解説しています。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、国立がん研究センター「大腸がん 検査」、National Cancer Institute「Rectal Cancer Treatment (PDQ®)」

直腸がん治療の副作用・後遺症

直腸がんの治療では、がんを取り除くことと同時に、治療後の排便・排尿・性機能をどの程度維持できるかが重要です。

特に直腸切除後には、結腸がん手術では目立ちにくい排便障害が生じることがあります。治療を選ぶ段階から、起こり得る後遺症と対処法について確認しておくことが大切です。

低位前方切除後の排便障害

直腸を切除して肛門を残した場合、便をためる直腸の容量が小さくなるため、排便習慣が大きく変化する場合があります。

排便回数が増える、短時間に何度も便が出る、急に強い便意が起こる、便やガスを我慢しにくい、便失禁が起きるなどの症状をまとめて低位前方切除症候群と呼ぶことがあります。

手術後しばらくして改善する人も多い一方、症状が長期間続く人もいます。食事の調整、整腸薬や止瀉薬などの薬物療法、排便方法の工夫、骨盤底筋トレーニングなどを組み合わせて対応します。

縫合不全

直腸切除後に腸管をつなぎ合わせた部分から腸内容が漏れる合併症を縫合不全と呼びます。直腸がんでは吻合部が肛門に近くなるほど縫合不全の影響が大きくなります。発熱や腹痛が起こり、重症の場合には腹膜炎を生じることがあります。

感染が強い場合には、再手術や人工肛門の造設が必要になることもあります。このリスクを減らすため、低い位置で吻合する場合にはあらかじめ一時的人工肛門を造ることがあります。

排尿障害

直腸の周囲には膀胱や尿道の機能を調節する自律神経があります。手術によって神経が影響を受けると、尿意を感じにくい、尿が出にくい、排尿しても残っている感じがするといった症状が起こる場合があります。時間とともに改善する場合もありますが、必要に応じて薬物療法や一時的な自己導尿などを行います。

がんが神経へ広がっていない場合には、根治性を損なわない範囲で自律神経を温存する手術を行います。

性機能障害

骨盤内の自律神経は性機能にも関係しています。男性では勃起障害や射精障害、女性では腟の潤滑や性交に関する問題などが起こる場合があります。

性機能については患者側から相談しにくいこともありますが、治療後の生活に重要な問題です。妊娠・出産の希望がある場合も含め、治療前から医師へ相談しておくことが重要です。

放射線治療の副作用

骨盤へ放射線を照射すると、治療中に下痢、排便回数増加、腹痛、肛門周囲の皮膚炎、排尿時の違和感などが起こる場合があります。治療終了後に徐々に改善する症状が多い一方、時間が経ってから腸管や膀胱の障害などが生じる可能性もあります。

術前治療の目的と期待できる効果だけでなく、手術後の排便機能を含めて治療による長期的な影響を確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 療養」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」

直腸がんは再発しやすい?治療後の経過観察

直腸がんを手術で取り切ることができても、その後に再発する可能性があります。再発には、骨盤内など手術した場所の近くに再びがんが現れる「局所再発」と、肝臓・肺など離れた臓器に現れる「遠隔再発」があります。

再発リスクはステージ、リンパ節転移、病理学的な悪性度などによって異なります。

局所再発

直腸がんでは骨盤内での局所再発が重要です。局所再発すると、骨盤内の神経や臓器へ影響し、痛み、排尿・排便障害などを起こす場合があります。

一方、局所再発でも病変の位置や広がりによっては再手術による切除を検討できる場合があります。切除が難しい場合には、放射線治療、薬物療法などを組み合わせます。

肝転移・肺転移

大腸がんは肝臓や肺へ転移することが比較的多いがんです。再発時に肝臓や肺に病変が見つかっても、数や位置によっては切除を行い、長期的な制御や根治を目指せる可能性があります。

そのため、再発が確認された時点で「治療できない」と決まるわけではありません。手術、薬物療法、放射線治療などの選択肢を改めて評価します。

手術後は定期的な検査を続ける

国立がん研究センターでは、大腸がん手術後はステージなどに応じて血液検査、CT、大腸内視鏡などによる定期的な経過観察を行い、5年間程度を目安に検査を続けるとしています。治療後3年程度は再発に注意が必要な時期であるため、比較的短い間隔で検査を行います。

再発の早期発見だけでなく、新たな大腸がんやポリープができていないかを確認する意味でも大腸内視鏡検査は重要です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 療養」

直腸がんのステージ別生存率

直腸がんの予後は、診断された段階でがんがどこまで広がっているかによって大きく異なります。国立がん研究センターが公表している院内がん登録2014~2015年診断例では、直腸がんの5年ネット・サバイバルは次のようになっています。

ステージ 対象数 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 10,270例 92.7%
Ⅱ期 8,458例 85.0%
Ⅲ期 11,025例 74.4%
Ⅳ期 5,193例 23.1%

ネット・サバイバルは、ほかの病気などによる死亡の影響を統計的に除き「直腸がんだけが死因となる状況」を仮定して算出した生存率です。

たとえばⅠ期の92.7%は、現在Ⅰ期と診断された特定の患者が「92.7%の確率で5年以上生きる」という個人予測ではありません。過去に同じステージで診断された多数の患者を集計した数字です。

ステージが進むほど生存率が低くなる理由

Ⅰ期ではがんが比較的浅い範囲にとどまり、リンパ節転移・遠隔転移がありません。そのため内視鏡治療や手術によって根治を目指しやすく、5年ネット・サバイバルは92.7%です。

Ⅱ期ではがんが直腸壁の外へ広がるため再発リスクは上がりますが、リンパ節転移はなく、85.0%となっています。

Ⅲ期では領域リンパ節転移があるため再発リスクが高くなりますが、遠隔転移はありません。手術に加え、病状に応じて術前治療や術後補助化学療法などを組み合わせ、再発リスクを下げることを目指します。

ステージ4で生存率が大きく低下する理由

ステージⅣでは肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへがんが転移しています。原発巣だけを切除しても、離れた場所に存在するがん細胞をすべて取り除くことができないため、Ⅰ~Ⅲ期と比べて根治が難しくなります。その結果、5年ネット・サバイバルは23.1%まで低下します。

ただし、23.1%という数字を、現在ステージ4と診断された人の将来へそのまま当てはめることはできません。

この統計は2014~2015年に診断された患者のデータです。その後、大腸がんではRAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーに応じた治療が増え、薬物療法は大きく変化しています。

さらに、肝転移や肺転移があっても完全切除できる患者と、複数臓器に多数の転移がある患者では予後が大きく異なります。同じステージ4でも病状は一様ではありません。

参考:国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」

直腸がんの余命

直腸がんと診断された人にとって「あとどのくらい生きられるのか」は非常に気になる問題です。特にステージ4や再発と説明された場合には、「余命は何カ月なのか」と具体的な数字を知りたいと考える人も少なくありません。しかし、直腸がんにはステージごとに一律に決まった「余命」はありません。

ステージⅣであっても、肝臓や肺の転移を完全に切除できる人と、複数臓器に多数の転移がある人では治療の目的も見通しも異なります。また、がんの遺伝子異常、薬物療法への反応、全身状態などによっても経過は大きく変わります。

過去の統計ではステージ4の5年ネット・サバイバルは23.1%

日本の院内がん登録2014~2015年診断例では、ステージⅣ直腸がんの5年ネット・サバイバルは23.1%でした。一方、この数字は「ステージ4の余命が5年」という意味でも、「約4人に1人しか5年生きられない」と個人にそのまま当てはめられる数字でもありません。

治療方法はこの統計の診断時期から大きく変化しているため、現在の患者の見通しを考える場合には現在使用できる治療も踏まえる必要があります。

現在の進行大腸がんでは3年以上の生存期間中央値が示された患者群もある

現在の切除不能・転移性大腸がんでは、がんの分子学的特徴によって治療成績も異なります。

日本を中心に実施されたPARADIGM試験では、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側にある切除不能転移性大腸がん患者について、パニツムマブ+mFOLFOX6による一次治療の全生存期間中央値は37.9カ月でした。比較されたベバシズマブ+mFOLFOX6では34.3カ月でした。

ただし、この試験は直腸がんだけを対象としたものではなく、RAS遺伝子野生型の切除不能進行・再発大腸がんを対象とした試験です。そのため「ステージ4直腸がんの余命は37.9カ月」と読み替えることはできません。

全生存期間中央値とは、研究に参加した患者の半数が生存している境目となる時点です。平均余命でも、個人が亡くなる時期を予測する数字でもありません。

遺伝子の特徴によって治療効果は大きく異なる

2026年現在では、MSI-Highまたはミスマッチ修復機能欠損、BRAF V600E、HER2、KRAS G12Cなど、がんの特徴に応じた治療が増えています。特にMSI-Highまたはミスマッチ修復機能欠損を持つ転移性大腸がんでは、免疫チェックポイント阻害薬によって長期間病勢を抑えられる患者がいます。

このため、進行直腸がんの見通しを考える際にはステージだけでなく、どの臓器にどの程度転移しているか、すべて切除できる可能性があるか、がんのバイオマーカーは何か、現在の治療が効いているかを確認する必要があります。

余命について主治医へ尋ねる場合には「一般的なステージ4の数字」だけでなく「現在の自分の病状と治療効果を踏まえると、どの程度の見通しと考えているのか」を確認する方が実際の状況を理解しやすくなります。

参考:国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」、国立がん研究センター「世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認」

直腸がんの治療で判断が分かれる場面

直腸がんでは標準的な治療方針があっても、患者ごとに複数の治療選択肢が考えられる場合があります。特に肛門温存、術前治療、人工肛門などは、がんを治すことと治療後の生活の両方に大きく関係します。

肛門を残すことと根治性をどう考えるか

「できるだけ人工肛門を避けたい」という希望は自然なものです。現在は手術技術の進歩によって、以前であれば永久人工肛門が必要だったような肛門に近い直腸がんでも、肛門を温存できる場合があります。

しかし、肛門温存を最優先するあまり十分な切除範囲を確保できなければ、局所再発のリスクにつながります。また、肛門を残せても高度な排便障害が残れば、必ずしも人工肛門より生活しやすいとは限りません。

治療前には「肛門を残せるか」だけでなく、肛門を残した場合にどの程度の排便機能が期待できるのかまで確認することが重要です。

術前治療を行うか

局所進行直腸がんでは、手術だけを行うのか、術前に化学放射線療法や全身薬物療法を組み合わせるのかという判断があります。

欧米と日本では標準的な手術・リンパ節治療の考え方に違いがあり、国内でも施設や症例によって治療戦略が異なる場合があります。そのため術前治療を提案された場合には「何を目的として行うのか」「行わない場合と比べて何が変わるのか」「その後はどの手術を予定しているのか」を確認すると理解しやすくなります。

高齢・持病がある場合

直腸がんの治療方法を年齢だけで決めることはできません。高齢でも全身状態が良好であれば根治手術を行える場合があります。一方、心臓・肺・腎臓などの持病や日常生活の自立度によっては、大きな手術による負担を避けた方がよい場合もあります。

根治性だけでなく、治療後にどの程度生活機能を維持できるかを含めて判断します。

ステージ4でも手術を検討する場合

ステージ4でも、肝転移や肺転移を含めてすべての病変を取り切れる場合には、手術によって根治を目指せることがあります。また、最初は切除不能でも薬物療法で腫瘍が縮小し、その後に切除可能となる場合があります。

一方、すべての転移を切除できない場合には、原発巣を切除することが必ずしも生存期間の延長につながるとは限りません。出血、腸閉塞など原発巣による症状があるかも含めて治療方針を考えます。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」

直腸がんの治療を選ぶときに確認したいこと

直腸がんでは、同じステージであってもがんの位置や肛門との距離、周囲への広がりによって治療方法が変わります。治療の説明を受ける際には、手術の名称だけではなく、なぜその治療が自分に必要なのかを確認することが大切です。

確認したいこと 確認する意味
直腸のどの位置にがんがあるか 肛門からの距離によって術式や肛門温存の可能性が変わる
がんはどこまで深く広がっているか 内視鏡治療、局所切除、直腸切除、術前治療などの判断につながる
肛門を温存できるか 永久人工肛門の可能性だけでなく、温存後の排便機能まで考える必要がある
一時的人工肛門が必要か 肛門温存手術でも吻合部を守るため一時的人工肛門を造る場合がある
側方リンパ節郭清が必要か 下部直腸がんの局所再発リスクや手術範囲に関係する
術前治療を行う理由は何か 局所再発予防、腫瘍縮小、遠隔転移対策など目的によって治療内容が異なる
排便・排尿・性機能にどのような影響が予想されるか 治療後の仕事、外出、食事、性生活など日常生活に直接関係する
進行・再発した場合にバイオマーカー検査が必要か RAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどによって薬物療法の選択肢が変わる

手術方法や術前治療について複数の選択肢があり判断に迷う場合には、直腸がんを多く治療している医療機関でセカンドオピニオンを受ける方法もあります。

特に「肛門温存が可能か」「永久人工肛門を避けられるか」という問題では、単に別の医師なら肛門を残せるかを確認するだけでなく、根治性や治療後の排便機能を含めて比較することが重要です。

まとめ

直腸がんは大腸がんの一種ですが、結腸がんと単に発生部位が違うだけの病気ではありません。直腸は狭い骨盤内にあり、肛門、膀胱、生殖器、自律神経などと近いため、手術方法や人工肛門、排便・排尿・性機能への影響を含めた治療判断が必要になります。

早期では自覚症状がほとんどない場合がありますが、進行すると血便、便が細くなる、便秘や下痢、残便感などが現れることがあります。こうした症状は痔や良性疾患でも起こるため症状だけで判断することはできませんが、異常が続く場合には大腸内視鏡検査などで原因を確認することが重要です。

早期でリンパ節転移リスクが低ければ内視鏡治療や局所切除を行える場合があります。一方、より深く浸潤している場合には、TME・TSMEを基本とした直腸切除やリンパ節郭清を行い、下部直腸がんでは側方リンパ節郭清を検討する場合があります。

肛門に近い直腸がんでも肛門温存が可能なケースは増えていますが、「肛門を残すこと」と「がんを安全に取り切ること」「良好な排便機能を保つこと」は別々に考える必要があります。永久人工肛門、一時的人工肛門、肛門温存それぞれの意味を理解して治療を選ぶことが大切です。

局所進行直腸がんでは、症例によって術前化学放射線療法やTNTなどが検討されます。また、進行・再発した場合には、2026年現在、RAS、BRAF、MSI・MMR、HER2、KRAS G12Cなどのバイオマーカーに応じて薬物療法を選択する重要性がさらに高まっています。

治療方法が複数提示された場合には、現在のステージだけでなく、がんの位置、肛門温存の可能性、人工肛門の必要性、術後の排便・排尿・性機能、再発した場合の治療まで確認し、自分が治療後にどのような生活を送りたいのかも含めて主治医と相談しましょう。

大腸がんの全体の治療法や検査・ステージ別生存率・薬物療法の詳細については、大腸がんの記事で解説していますので、そちらも参考にしてみて下さい。

腎盂がんは腎臓の中で尿が集まる「腎盂」に、尿管がんは腎盂から膀胱へ尿を運ぶ「尿管」にできるがんです。発生する場所は異なりますが、どちらも多くは尿路の内側を覆う尿路上皮から発生するため、診断や治療ではまとめて「腎盂・尿管がん」として扱われます。

腎盂は腎臓の一部にあるため、腎盂がんを「腎臓がんの一種」と考える人もいるかもしれません。しかし、一般に腎臓がんと呼ばれる腎細胞がんとは、発生する細胞も治療方法も異なります。むしろ同じ尿路上皮から発生する膀胱がんとの関連が強く、治療後に膀胱内へ再発することも少なくありません。

日本では、1年間に約9,000人が腎盂・尿管がんと診断されています。初期にはほとんど症状がないこともありますが、血尿や水腎症をきっかけに発見されることがあります。治療では、がんの深さを示すステージだけでなく、悪性度、腫瘍の大きさや数、腎機能などを確認し、腎臓を残す治療ができるのか、腎臓と尿管をまとめて摘出する必要があるのかを判断します。

この記事では、腎盂がん・尿管がんの原因や初期症状、検査、ステージから、手術、薬物療法、再発、生存率、余命の考え方まで、2026年時点の情報をもとに解説します。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 患者数(がん統計)」

腎盂がん・尿管がんとは

腎臓では血液をろ過して尿がつくられます。つくられた尿はいったん腎臓の中にある腎盂へ集まり、そこから左右それぞれの尿管を通って膀胱へ送られます。腎盂と尿管を合わせて「上部尿路」と呼ぶため、腎盂がん・尿管がんは「上部尿路がん」あるいは「上部尿路上皮がん」と呼ばれることもあります。

腎盂から尿管、膀胱、尿道の一部までの内側は「尿路上皮」という同じ種類の粘膜で覆われています。腎盂・尿管がんの90%以上は、この尿路上皮から生じる尿路上皮がんです。そのため、腎盂がんと尿管がんは基本的な性質や治療方針が共通しています。

腎臓がんとは発生する場所も治療方法も異なる

腎盂は腎臓の中にありますが、腎盂がんと一般的な腎臓がんは別の病気です。一般に「腎臓がん」と呼ばれるのは、尿をつくる腎実質から発生する腎細胞がんです。

一方、腎盂がんは尿が集まる腎盂の尿路上皮から発生します。この違いによって、手術の方法や使用する薬も大きく異なります。

病名 主な発生部位・細胞 治療の特徴
腎細胞がん 腎実質の細胞 手術、免疫療法、分子標的薬など
腎盂・尿管がん 腎盂・尿管の尿路上皮 腎尿管全摘除術、腎温存手術、尿路上皮がんに対する薬物療法など
膀胱がん 膀胱の尿路上皮 内視鏡手術、膀胱全摘除術、膀胱内注入療法、薬物療法など

腎細胞がんの特徴や症状、治療法などについては、以下の記事で詳しく解説しています。

膀胱がんの種類や原因・リスク、治療法や生存率などについては、以下の記事で解説しています。

膀胱がんとは同じ尿路上皮がんの仲間

腎盂・尿管がんと膀胱がんは、どちらも尿路上皮から発生します。このため、腎盂・尿管がんより前に膀胱がんが見つかっている場合や、両方が同時に見つかる場合があります。また、腎盂・尿管がんを治療した後に膀胱へ新たながんが生じることもあります。

この「尿路全体に多発・再発しやすい」という性質は、腎盂・尿管がんを理解するうえで重要です。原発巣を手術で取り切った後も膀胱鏡などによる長期的な経過観察が必要になる理由の1つでもあります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」

腎盂がん・尿管がんの原因とリスク

腎盂がん・尿管がんがなぜ発生するのかを個人単位で特定することは通常できません。ただし、発症しやすさと関連するいくつかの危険因子が分かっています。

代表的なのが喫煙です。たばこの煙に含まれる発がん物質は体内に取り込まれた後、尿中へ排泄されるため、尿路上皮が長期間発がん物質にさらされることになります。喫煙は膀胱がんと同様に、腎盂・尿管がんでも重要な危険因子です。

染料や顔料などの製造に関連する職業では、ベンジジンやナフチルアミンなど、一部の芳香族アミンへの長期間の曝露が、尿路上皮がんの発症リスクと関連することが知られています。ただし、こうした危険因子がある人が必ず発症するわけではなく、心当たりがない人でも腎盂・尿管がんになることがあります。

リンチ症候群と腎盂・尿管がん

一部の腎盂・尿管がんには、遺伝性腫瘍である「リンチ症候群」が関係します。リンチ症候群はDNAの修復に関係する遺伝子の生まれつきの変化によって、大腸がんや子宮体がんなど複数のがんを発症しやすくなる遺伝性疾患です。腎盂・尿管がんも関連するがんの1つです。

比較的若い年齢で発症した場合や、本人または血縁者にリンチ症候群と関連するがんが複数みられる場合などには、遺伝学的な評価が検討されることがあります。ただし、家族にがんが多いことだけでリンチ症候群と判断することはできません。必要性がある場合には遺伝カウンセリングを含めて検討します。

腎盂がん・尿管がんを対象にした一般的ながん検診はない

日本では、腎盂がん・尿管がんを対象とした対策型がん検診は定められていません。そのため、血尿などの症状や健康診断での尿潜血、ほかの病気を調べる画像検査などをきっかけに発見されることがあります。

特定の検診で早期発見を目指すというより、血尿などの異常があった場合に放置せず、必要な精密検査へつなげることが重要です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 予防・検診」

腎盂がん・尿管がんの初期症状

腎盂がん・尿管がんは、初期の段階では自覚症状がほとんどない場合があります。健康診断や別の病気を調べる画像検査で偶然発見されたり、尿の流れが妨げられて水腎症になったことから見つかったりすることもあります。

血尿は注意したい代表的な症状

腫瘍から出血すると、尿に血液が混ざることがあります。目で見て尿が赤色やピンク色になっている状態を肉眼的血尿といい、見た目では分からないものの尿検査で血液が確認される状態を顕微鏡的血尿といいます。

血尿が一度出た後に自然に止まり、その後しばらく正常な尿へ戻る場合もあります。しかし、「血尿が止まったから問題ない」とは判断できません。腎盂・尿管がんや膀胱がんでは、出血したり止まったりを繰り返すことがあります。

もちろん血尿の原因はがんだけではなく、尿路結石、膀胱炎、前立腺疾患などさまざまです。原因を見分けるためにも、肉眼的血尿がみられた場合は泌尿器科での評価が重要です。

水腎症によって見つかることもある

尿管が腫瘍によって狭くなったり塞がったりすると、腎臓から膀胱へ尿が流れにくくなり、腎盂に尿がたまる「水腎症」が起こることがあります。

水腎症が続くと、患側の腎機能が低下することがあります。ただし左右に腎臓があるため、片側の腎機能が低下しても、もう一方が補って症状がほとんど出ない場合もあります。このため、血液検査だけでは片側の異常に気付きにくいケースもあります。

腰・背中・脇腹の痛みが起こる場合もある

腫瘍による尿管の閉塞や血液の塊によって尿の流れが妨げられると、腰、背中、脇腹に痛みを感じることがあります。尿管結石と似た強い痛みが出たり、痛みが強くなったり弱くなったりすることもあります。

症状だけで腎盂・尿管がんと診断することはできませんが、血尿や原因不明の水腎症、持続する腰背部痛などがある場合には、どの段階で精密検査が必要なのかを泌尿器科で確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がんについて」

腎盂がん・尿管がんの検査と診断

腎盂・尿管がんが疑われた場合には、尿検査だけで診断を確定するのではなく、画像検査や内視鏡検査などを組み合わせて、腫瘍の位置、広がり、悪性度、膀胱がんの有無などを確認します。これらの情報は「がんがあるか」を判断するだけでなく、腎臓を残せる可能性があるのか、腎尿管全摘除術が必要なのかを決める材料にもなります。

尿検査・尿細胞診

尿検査では血液が混ざっていないかを確認します。尿細胞診では尿中に排出された細胞を調べ、がん細胞がないかを評価します。

尿細胞診で高悪性度のがん細胞が検出されれば重要な手がかりになりますが、腎盂・尿管がんがあっても尿細胞診が陰性になることがあります。そのため、陰性だったことだけで腎盂・尿管がんを完全に否定することはできません。

腹部超音波検査

超音波検査では、腎盂に腫瘍がないか、水腎症が起きていないかなどを調べます。体への負担が比較的少なく、血尿や尿路異常を調べる初期の検査として利用されます。

一方、小さな尿管腫瘍などは超音波だけでは評価が難しいため、疑いが残る場合にはCTなどへ進みます。

膀胱鏡検査

膀胱鏡は尿道から細い内視鏡を入れ、膀胱の内部を直接観察する検査です。

「腎盂や尿管の病気なのになぜ膀胱を見るのか」と疑問を感じるかもしれませんが、血尿の原因としては膀胱がんの方が頻度が高く、さらに腎盂・尿管がんと膀胱がんが併存することもあります。そのため、膀胱に腫瘍がないかを確認する意味があります。

CTウログラフィー

腎盂・尿管がんの診断では、造影剤を使用したCTウログラフィーが重要な画像検査です。腎盂から尿管までの形状や腫瘍、尿路の閉塞、周囲への浸潤、リンパ節転移などを評価します。

造影剤を使用できるかどうかは腎機能やアレルギーなどによって判断されます。造影CTが難しい場合には、MRIなど別の検査方法を検討することがあります。

尿管鏡検査と生検

必要に応じて、細い内視鏡を尿道、膀胱、尿管へ進めて腎盂や尿管の内部を直接観察する尿管鏡検査を行います。腫瘍の位置や形を確認し、組織を採取して病理検査を行うこともできます。

特に腎温存手術を考える場合には、腫瘍が低悪性度なのか高悪性度なのかを判断することが治療選択に直結します。

ただし、尿管鏡で採取できる組織は小さいため、手術後の病理診断と悪性度や深さが一致しない場合があります。画像、尿細胞診、生検などを総合して判断する必要があります。

転移の有無も確認する

腎盂・尿管がんと診断された後は、周囲への浸潤、リンパ節、肺、肝臓、骨などへの転移がないかを必要に応じて画像検査で調べます。

治療方針は、腫瘍が腎盂・尿管内にとどまっていて手術による根治を目指せる状態なのか、リンパ節や離れた臓器まで広がり全身治療が必要な状態なのかによって大きく変わります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 検査」

腎盂がん・尿管がんの悪性度とリスク分類

腎盂・尿管がんでは、ステージだけでなく「低リスクか、高リスクか」という評価が治療選択に大きく関係します。特に、腎臓を残す腎温存手術を選べる可能性があるかどうかを判断するうえで重要です。

尿路上皮がんの異型度は、一般に低異型度と高異型度に分類されます。低異型度の腫瘍は比較的ゆっくり進行する傾向がありますが、高異型度では浸潤や転移のリスクが高くなります。

さらに腫瘍の数、大きさ、尿細胞診、生検、画像上の浸潤、水腎症などを合わせてリスクを評価します。

評価 主な考え方 治療への影響
低リスク 単発で小さく、生検・尿細胞診で高異型度を示さず、画像上明らかな浸潤がないなど 腎温存手術を検討しやすい
高リスク 多発、2cm以上、高異型度、水腎症、画像上の浸潤などのリスク因子がある 腎尿管全摘除術を中心に検討する

なお、こうしたリスク分類は複数の所見を組み合わせて判断するもので、各因子の予測精度が完全に確立しているわけではありません。また、高リスクなら必ず腎臓を摘出するとも限りません。片方しか腎臓がない場合や、もともとの腎機能が低い場合などには、がんを制御することと腎機能を残すことの両方を考え、腎温存治療を検討する場合があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんのステージ

腎盂・尿管がんのステージは、原発腫瘍がどこまで深く入り込んでいるかを示すT分類、領域リンパ節への転移を示すN分類、遠隔転移を示すM分類を組み合わせて決めます。

特に重要なのは、腫瘍の見た目の大きさだけではなく、尿路上皮の下へどの程度深く浸潤しているかです。

ステージ 主な状態
0a期 乳頭状のがんが粘膜内にとどまり、浸潤していない
0is期 上皮内がん
Ⅰ期 上皮の下の結合組織まで浸潤している
Ⅱ期 筋層まで浸潤している
Ⅲ期 筋層を越え、腎盂周囲・尿管周囲の脂肪組織や腎実質まで及んでいる
Ⅳ期 隣接臓器への高度な浸潤、領域リンパ節転移、または遠隔転移がある

Ⅳ期は「遠隔転移がある状態」だけを意味するわけではありません。領域リンパ節へ転移している場合や、隣接臓器まで高度に浸潤している場合にもⅣ期に分類されます。そのため、同じステージ4でも病気の広がりや治療方針、予後は大きく異なります。

また、画像検査で判断する治療前のステージと、手術で摘出した組織を詳しく調べた後の病理学的ステージが一致しないこともあります。術後の病理結果によって、追加の薬物療法が必要かどうかを再評価する場合があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんの治療方針

腎盂がん・尿管がんの治療では、単純にステージだけを見て手術や薬を決めるわけではありません。がんの深さや悪性度、腫瘍の数・大きさ、リンパ節や遠隔転移、左右の腎機能、年齢、全身状態などを総合して判断します。

大きく分けると、転移のない腎盂・尿管がんでは手術による根治を目指し、切除不能または遠隔転移のあるがんでは全身薬物療法が治療の中心となります。

病状 主な治療の考え方
低リスク・限局性 内視鏡治療や尿管部分切除など、腎臓を残す治療を検討
高リスク・切除可能 腎尿管全摘除術を中心に検討
術後再発リスクが高い 病理結果や腎機能などに応じて術後薬物療法を検討
切除不能・遠隔転移あり 抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬、化学療法などによる全身治療

治療法が複数考えられる場合には、「どの治療が最も強力か」だけではなく、治療によって失われる腎機能、将来使用できる薬、再発した場合の次の治療まで含めて考える必要があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんの手術

転移がなく手術で根治を目指せる腎盂・尿管がんでは、手術が治療の中心となります。標準的な手術は腎尿管全摘除術ですが、すべての患者に同じ手術が必要なわけではありません。

標準的な手術は腎尿管全摘除術

高リスクの腎盂・尿管がんでは、がんがある側の腎臓と尿管を一続きに摘出する「腎尿管全摘除術」が基本となります。さらに、尿管が膀胱につながる部分の膀胱壁も一緒に切除します。

尿管がんであっても、腫瘍がある部分の尿管だけを取ればよいとは限りません。尿路上皮がんには尿路内に多発する性質があり、残した腎盂や尿管にがんが生じる可能性があるためです。

なぜ膀胱の一部まで切除するのか

尿管の最下部は膀胱壁の中へ入り込んで開口しています。この部分を残すと、残存した尿路上皮から再発する可能性があります。そのため腎尿管全摘除術では、腎臓と尿管だけでなく、尿管口を含む膀胱壁の一部も切除するのが基本です。

膀胱全体を摘出する手術ではないため、通常は治療後も自分の膀胱から排尿できます。

腎臓を残す「腎温存手術」が選択できる場合

低リスクと判断できる腫瘍では、腎臓と尿管をすべて摘出するのではなく、腎機能を残す治療を検討できます。

尿管鏡を用いて腫瘍を切除・蒸散する内視鏡治療や、腫瘍が存在する部分だけ尿管を切除して正常な尿管を再建する尿管部分切除術などがあります。

腎温存の大きな利点は、腎機能を維持しやすいことです。一方で、残した腎盂・尿管に局所再発する可能性があるため、治療後には尿管鏡や画像検査を含めた慎重な経過観察が必要になります。

高リスクであっても、片方しか腎臓がない人や慢性腎臓病が進んでいる人では、腎尿管全摘除術によって腎機能が大きく低下する可能性があります。このような場合には、がんの再発リスクとのバランスを考えながら腎温存治療を検討することがあります。

リンパ節郭清を行う場合

高リスクの腎盂・尿管がんなどでは、腎尿管全摘除術とともに周囲のリンパ節を切除するリンパ節郭清を行うことがあります。

リンパ節を病理検査することで転移の有無をより正確に評価でき、術後治療を決める材料になります。ただし、どの範囲まで郭清するかは腫瘍の位置や病状などによって異なります。

腹腔鏡手術・ロボット支援手術

腎尿管全摘除術には、開腹手術のほか腹腔鏡手術やロボット支援手術が用いられることがあります。

傷の大きさや術後の回復には違いがありますが、「ロボット手術だからがんが治りやすい」と単純に判断するものではありません。腫瘍の進行度や位置、手術方法、施設や術者の経験などを踏まえて術式を選択します。

腎臓が1つになった後の生活

片側の腎臓を摘出しても、反対側の腎臓が十分に機能していれば、多くの場合は日常生活を続けることができます。

ただし、もともとの腎機能、高血圧、糖尿病などによっては、術後に慢性腎臓病が進むことがあります。また、腎機能が低下すると、再発した場合に使用できる薬物療法にも影響する可能性があります。

そのため手術前には、がんを取り切れるかどうかだけではなく「手術後にどの程度の腎機能が残ると予測されるのか」を確認することも重要です。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」

手術前・手術後の薬物療法

腎盂・尿管がんでは、手術だけで治療を終える場合もあれば、再発リスクを下げる目的で手術の前後に全身薬物療法を組み合わせる場合もあります。

ここで重要なのが腎尿管全摘除術と腎機能の関係です。腎臓を1つ摘出すると腎機能が低下し、腎機能への負担が大きいシスプラチンを手術後に使いにくくなる場合があります。

術前化学療法を検討する理由

手術前に化学療法を行う利点の1つは、両方の腎臓が残っている段階でシスプラチンを使用できる可能性が高いことです。また、画像では確認できない微小ながん細胞を早い段階から全身治療できる可能性もあります。

一方、術前化学療法は、手術前にがんを小さくしたり、手術後の再発リスクを下げたりすることを目的として検討されます。ただし、薬物療法による副作用や手術の時期への影響なども考慮する必要があります。腫瘍の進行度や悪性度、腎機能、全身状態、手術の見通しなどを総合し、術前化学療法によって期待できる利益と負担を比較して判断します。

画像上浸潤性が強く疑われる場合などに検討されることがありますが、すべての患者が手術前に抗がん剤を受けるわけではありません。

再発リスクが高い場合の術後化学療法

手術後の病理検査によって、がんが筋層まで達するpT2以上であることや、リンパ節転移があることなどが分かった場合には、再発リスクを下げる目的でプラチナ製剤を含む術後化学療法を検討します。

術後補助化学療法は、手術でがんを取り除いた後に残っている可能性のある微小ながん細胞に対処し、再発のリスクを下げることを目的として行います。再発リスクが高い場合には、ゲムシタビンとシスプラチンなど、プラチナ製剤を含む化学療法が治療選択肢となります。ただし、実際に治療を行うかどうかや使用する薬は、術後の病理結果、術前治療の有無、腎機能、全身状態などを踏まえて個別に判断します。

ただし、腎尿管全摘除術後には腎機能が低下し、シスプラチンを使用できない場合があります。術前の時点から術後の腎機能を予測し、薬物療法をどの時期に行うのが適切かを考える必要があります。

術後のニボルマブ

再発リスクの高い尿路上皮がんでは、免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブによる術後補助療法も国内で承認されています。

ただし、この治療については腎盂・尿管がんでは注意して解釈する必要があります。承認の根拠となったCheckMate 274試験全体では無病生存期間の改善が認められましたが、腎盂がん・尿管がんだけを取り出したサブグループでは効果が明確ではありませんでした。

PMDAの添付文書でも、尿路上皮がんの原発部位によって有効性が異なる可能性を踏まえ、腎盂・尿管がんでは術前治療歴なども考慮して慎重に患者を選択するよう注意されています。

そのため、「再発リスクが高いから自動的にニボルマブを使用する」という治療ではありません。病理結果、術前化学療法の有無、シスプラチンを使用できるかなどを確認したうえで選択します。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」、PMDA「オプジーボ 医療用医薬品情報」

切除不能・転移性の腎盂がん・尿管がんに対する薬物療法

がんが周囲へ大きく広がって手術で取り切れない場合や、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移がある場合には、全身へ作用する薬物療法が治療の中心になります。

腎盂・尿管がんは膀胱がんと同じ尿路上皮がんであるため、進行例では「腎盂がん専用」「尿管がん専用」の薬を使うのではなく、進行尿路上皮がんに対する治療を行います。

2024年以降、国内でも一次治療の選択肢が大きく変化しています。

エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ

エンホルツマブ ベドチンは、尿路上皮がん細胞に多く発現するNectin-4を標的として抗がん成分を届ける抗体薬物複合体です。ペムブロリズマブは、免疫ががんを攻撃する力を回復させる免疫チェックポイント阻害薬です。

日本では2024年9月に、根治切除不能な尿路上皮がんに対する一次治療として、エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ併用療法が承認されました。

承認の根拠となった国際共同第III相EV-302試験では、未治療の局所進行・転移性尿路上皮がんに対し、従来のプラチナ製剤+ゲムシタビンと比較して全生存期間と無増悪生存期間が改善しました。

2.5年追跡時の更新解析では、全生存期間中央値はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ群33.8カ月、化学療法群15.9カ月でした。ただし、この試験は腎盂・尿管がんだけを対象とした試験ではなく、膀胱原発を含む尿路上皮がん全体の結果です。

ニボルマブ+ゲムシタビン+シスプラチン

2024年12月には、根治切除不能な尿路上皮がんに対して、ニボルマブとゲムシタビン+シスプラチンを併用し、その後ニボルマブを継続する治療も国内承認されました。

この治療ではシスプラチンを使用するため、腎機能などからシスプラチンを使用できることが前提となります。

プラチナ製剤を中心とした化学療法とアベルマブ維持療法

ゲムシタビン+シスプラチンなどのプラチナ製剤を含む化学療法も、患者の病状や既往治療などによって現在も選択肢となります。

一次化学療法によってがんが縮小、または進行せずに保たれている場合には、免疫チェックポイント阻害薬アベルマブへ切り替えて治療を継続する「維持療法」を行うことがあります。

アベルマブは化学療法が効かなくなってから使うのではなく、プラチナ製剤を含む一次化学療法で病気が進行していない段階から治療効果を維持する目的で使用する点が特徴です。

プラチナ製剤を使用できない場合

高齢であることだけで治療方法が決まるわけではありませんが、腎機能、聴力、末梢神経障害、心機能、全身状態などによってシスプラチンが適さない場合があります。

シスプラチンが難しい場合にはカルボプラチンを用いた治療を検討することがあります。また、プラチナ製剤そのものを選択できない根治切除不能尿路上皮がんに対しては、一定の条件でペムブロリズマブ単独療法も国内承認されています。

現在はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブを含め選択肢が増えているため、単に「シスプラチンを使えるか」だけでなく、糖尿病、皮膚疾患、末梢神経障害、自己免疫疾患なども確認して治療を選びます。

治療が効かなくなった場合

進行尿路上皮がんでは、一次治療後も病状とそれまでに使用した薬によって次の治療を検討できます。

2024年12月には、FGFR3遺伝子変異または融合遺伝子を有する、がん化学療法後に増悪した根治切除不能な尿路上皮がんに対して、FGFR阻害薬エルダフィチニブが国内承認され、2025年7月に発売されました。そのため進行例では、病状によってFGFR3などの遺伝子異常を調べることが、その後の治療選択につながる場合があります。

一方、最初の治療としてエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブを使用する患者が増えたことで、その後の治療順序も以前とは変わっています。二次治療以降は、これまでに使用した薬、治療効果、副作用、腎機能、遺伝子異常などを踏まえて個別に決めます。

なお、エルダフィチニブ(バルバーサ)の国内添付文書では、PD-1/PD-L1阻害薬による治療が可能な場合には、これらの治療を優先するよう注意されています。そのため、エルダフィチニブを使用するかどうかは、これまでの免疫療法歴や使用できるほかの治療法などを踏まえて判断します。

放射線治療が選択される場合

腎盂・尿管がんでは、放射線治療だけで根治を目指すことは一般的ではありません。一方、骨転移による痛みや局所進行による症状を和らげる目的などで放射線治療を行うことがあります。

進行がんの治療では、がんを縮小・抑制する全身治療と、痛みや出血などの症状を軽減する治療を組み合わせながら、生活の質を維持することも重要です。

参考:PMDA「最適使用推進ガイドライン」、MSD「根治切除不能な尿路上皮癌に対する承認情報」、小野薬品工業「根治切除不能な尿路上皮癌に対するニボルマブ承認情報」、EV-302試験 2.5年追跡解析、Johnson & Johnson「エルダフィチニブ国内発売情報」

腎盂がん・尿管がんは再発しやすい?治療後の経過観察

腎盂・尿管がんでは、手術で原発巣を取り切ることができても、その後の経過観察が非常に重要です。特に注意が必要なのが膀胱内再発です。

尿路上皮がんは尿路のさまざまな場所に多発しやすく、腎盂・尿管がんの治療後に膀胱へがんが発生することがあります。

手術後2年以内に2~5割で膀胱内再発

国立がん研究センターが2026年に公表したJCOG1403試験の解説では、腎尿管全摘除術後2年以内に膀胱内再発が起こる割合は約20~50%とされています。

そのため、腎臓と尿管を摘出したからといって、その後の検査が不要になるわけではありません。膀胱鏡、尿細胞診、CTなどを病状や再発リスクに合わせて行います。腎温存治療を行った場合には、膀胱だけでなく残した腎盂や尿管の再発にも注意が必要です。尿管鏡検査やCTウログラフィーなどを組み合わせて長期的に確認します。

2026年に報告された膀胱内再発予防

2026年には、日本のJCOG1403第III相試験から、腎尿管全摘除術後の膀胱内再発を予防する新しい重要な結果が報告されました。この試験では、臨床病期0期~Ⅲ期の上部尿路がんに対する腎尿管全摘除術後に、経過観察を行う群と、手術後24時間以内に抗がん薬ピラルビシンを1回膀胱内へ注入する群を比較しました。

その結果、3年無再発生存割合は経過観察群47.0%に対し、ピラルビシン膀注群60.0%で、ピラルビシン投与によって再発リスクが低下しました。ハザード比は0.67でした。一方、3年全生存割合は88.4%と89.3%で大きな差は確認されていません。

この結果から、術直後の単回ピラルビシン膀胱内注入は、腎尿管全摘除術後の膀胱内再発予防に有効であることが示されました。

ただし、これは2026年に公表された新しいエビデンスです。今後の国内ガイドライン改訂や保険診療上の位置づけ、各施設での導入状況については、実際に治療を受ける時点で確認する必要があります。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」、国立がん研究センター「上部尿路がん術後の膀胱内再発予防にピラルビシン膀注療法が有効であることを証明」

治療の副作用と手術後の生活

腎盂がん・尿管がんでは、手術による体への負担だけでなく、腎機能の変化や薬物療法の副作用も治療継続に影響します。副作用は薬の種類によって異なり、同じ治療でも現れ方には個人差があります。

副作用を「我慢するもの」と考えるのではなく、早い段階で医療者へ伝え、休薬や減量、支持療法などによって治療を安全に続けられるか判断することが大切です。

腎尿管全摘除術後の生活

手術後しばらくは傷の痛み、食欲低下、体力低下などがみられることがあります。回復の速度は年齢、手術方法、手術前の体力などによって異なります。

反対側の腎臓が正常に働いていれば、腎臓が1つになった後も通常の日常生活を送れる人が多くいます。食事についても「腎臓を1つ取ったから必ず厳しい腎臓食が必要」というわけではありません。

一方、腎機能が低下している場合や高血圧、糖尿病などがある場合には、塩分や血圧の管理などが重要になります。脱水や腎臓へ負担をかける薬にも注意が必要になる場合があるため、自己判断で過度な食事制限をするのではなく、術後の腎機能に合わせて調整します。

プラチナ製剤を含む化学療法の副作用

ゲムシタビン+シスプラチンなどでは、白血球・好中球・血小板の減少、貧血、吐き気、食欲低下、だるさなどが起こることがあります。

特にシスプラチンでは腎機能障害、聴力障害、末梢神経障害などにも注意します。腎盂・尿管がんでは手術によってすでに腎機能が低下している患者もいるため、治療前後の腎機能確認が重要です。

骨髄抑制が強い時期には感染症のリスクが高くなるため、発熱がある場合には早めの連絡が必要です。仕事や外出についても、血球数や体調をみながら調整します。

エンホルツマブ ベドチンの副作用

エンホルツマブ ベドチンでは、皮膚障害、末梢神経障害、高血糖などが重要な副作用です。発疹が急速に広がる、水疱ができる、粘膜に異常が出るなどの場合には、重い皮膚障害の可能性があるため速やかな対応が必要です。

末梢神経障害では、手足のしびれ、感覚の変化、細かい作業のしにくさ、歩きにくさなどが現れることがあります。症状が強くなると回復に時間がかかることもあるため、軽いうちから医師へ伝えることが重要です。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用

ペムブロリズマブ、ニボルマブ、アベルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、免疫反応が正常な臓器へ及ぶことで副作用が起こることがあります。

肺炎、大腸炎・下痢、肝機能障害、甲状腺や下垂体などの内分泌障害、腎障害、皮膚障害など、影響する臓器はさまざまです。投与直後だけでなく、治療開始から時間が経ってから現れる場合や、治療終了後に症状が出る場合もあります。

息切れ、長引く咳、強い下痢、極端なだるさ、発熱など、普段と違う症状が続く場合には自己判断せず治療施設へ連絡します。

仕事・食事・外出・睡眠への影響

治療中も仕事や外出を続けられる人はいますが、治療スケジュールや副作用の出る時期に合わせて生活を調整する必要があります。

化学療法では投与後数日間に吐き気やだるさが強くなったり、その後に血球数が低下したりすることがあります。エンホルツマブ ベドチンでは皮膚症状や末梢神経障害、免疫療法ではいつ出るか予測しにくい副作用にも注意が必要です。

食欲が低下する場合には、「がんに良い食品」を探して特定の食品へ偏るより、治療を続けるために必要なエネルギーやたんぱく質を確保することを優先します。睡眠が妨げられるほど痛みや不安が続く場合にも、症状そのものへの治療や支持療法を相談できます。

参考:国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 療養」、PMDA「パドセブ 一般の方向け医薬品情報」、PMDA「オプジーボ 医療用医薬品情報」

腎盂がん・尿管がんのステージ別生存率

腎盂がん・尿管がんと診断されたとき、「治る可能性はどのくらいあるのか」「あとどのくらい生きられるのか」と考える人は少なくありません。

腎盂がん・尿管がんの予後は、診断された時点でがんがどこまで広がっているかによって大きく変わります。腎盂や尿管の周囲にとどまっていて手術による根治を目指せる段階と、リンパ節や離れた臓器まで広がっている段階では、治療の目的や選択できる治療法が異なるためです。

国立がん研究センターが公表している院内がん登録2014~2015年診断例では、腎盂・尿管がんのステージ別5年ネット・サバイバルは次のようになっています。

ステージ 5年ネット・サバイバル 主な病状
Ⅰ期 77.7% がんが上皮の下の結合組織までにとどまり、リンパ節・遠隔転移がない
Ⅱ期 66.2% がんが筋層まで広がっているが、リンパ節・遠隔転移はない
Ⅲ期 51.8% 筋層を越え、腎盂・尿管周囲の組織や腎実質まで広がっているが、リンパ節・遠隔転移はない
Ⅳ期 12.1% 隣接臓器への高度な浸潤、領域リンパ節転移、または遠隔転移がある

この数値は「そのステージの人が5年間しか生きられない」という意味ではありません。ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ除いて、そのがんによる生命への影響をみるための統計指標です。

たとえばⅠ期の77.7%は、「Ⅰ期と診断された個人が77.7%の確率で5年以上生きる」と正確に予測できる数字ではありません。過去に同じステージで診断された多数の患者を集計した結果であり、年齢、腎機能、がんの悪性度、治療内容などは患者ごとに異なります。

また、この統計は2014~2015年に診断された患者の5年間の経過を集計したものです。その後、免疫チェックポイント阻害薬や抗体薬物複合体など進行尿路上皮がんの治療は大きく変化しています。そのため、特に進行した腎盂・尿管がんでは、過去の5年生存率が現在の治療成績をそのまま表しているとは限りません。

ステージ4になると生存率が大きく低下する理由

Ⅰ期からⅢ期では、5年ネット・サバイバルが77.7%、66.2%、51.8%と段階的に低下しています。一方、Ⅳ期では12.1%となり、Ⅲ期から大きく数字が下がっています。

この差が生じる大きな理由は、Ⅲ期までは基本的に領域リンパ節転移や遠隔転移がなく、手術でがんを取り切って根治を目指せる患者が多いのに対し、Ⅳ期にはリンパ節転移や遠隔転移を伴う患者が含まれるためです。

腎盂・尿管がんのステージ分類では、T1~T3であっても領域リンパ節への転移が確認されればⅣ期となります。また、原発巣の大きさや深さにかかわらず、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移があればⅣ期です。隣接する臓器まで広く浸潤するT4もⅣ期に分類されます。

遠隔転移がある場合、画像で確認できる病変だけを手術で切除しても、全身に存在する可能性のあるがん細胞をすべて取り除くことは困難です。そのため、薬物療法によってがんを縮小・抑制しながら長期間コントロールすることが治療の中心になります。

ただし、「ステージ4=すべて同じ状態」ではありません。領域リンパ節転移のみの場合と、複数の臓器に遠隔転移がある場合では病状が大きく異なります。転移している臓器の種類や数、腫瘍量、腎機能、全身状態、薬物療法への反応によっても予後は変わります。

また、12.1%という5年ネット・サバイバルは、新しい薬物療法が現在ほど利用されていなかった時期に診断された患者を含む統計です。現在ステージ4と診断された人について、この数字だけから治療効果や将来の経過を判断することは適切ではありません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率最新集計値」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 患者数(がん統計)」、国立がん研究センター「腎盂・尿管がん 治療」

腎盂がん・尿管がんの余命

腎盂がん・尿管がんと診断された人や家族にとって、「あとどのくらい生きられるのか」は非常に気になる問題です。特にステージ4や再発と説明された場合、「余命は何カ月なのか」と明確な数字を知りたいと考える人も少なくありません。

しかし、腎盂がん・尿管がんには、ステージごとに一律に決められた「余命」はありません。医学研究で示されるのは、多数の患者を集めたときの「全生存期間中央値」などであり、個人の残された時間を示す数字ではないためです。

それでも、過去の研究や現在の臨床試験から、進行・転移性腎盂・尿管がんの経過を考える参考となる数値はいくつか分かっています。

研究・解析 対象 全生存期間中央値
転移性上部尿路上皮がんの解析 プラチナ製剤を中心とした化学療法を受けた転移性腎盂・尿管がん 17.0カ月
JAVELIN Bladder 100 一次化学療法で進行しなかった局所進行・転移性尿路上皮がんに対するアベルマブ維持療法 21.4カ月(維持療法開始時から)
EV-302/KEYNOTE-A39 2.5年追跡解析 未治療の局所進行・転移性尿路上皮がんに対するエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ 33.8カ月

これらはそれぞれ対象患者や生存期間を数え始める時点が異なるため、17.0カ月、21.4カ月、33.8カ月という数字をそのまま比較することはできません。一方、EV-302試験では同じ試験内で、エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ群の全生存期間中央値33.8カ月に対し、化学療法群は15.9カ月であり、新しい一次治療による生存期間の延長が示されています。

これらの数字を見ると、以前の化学療法を中心とした時代に比べ、新しい治療によって進行尿路上皮がんの生存期間が延びていることが分かります。

ただし、「33.8カ月=現在のステージ4腎盂がんの余命」と考えることはできません。

EV-302試験は腎盂・尿管がんだけを対象としたものではなく、膀胱がんなども含む局所進行・転移性尿路上皮がん全体の試験です。また、臨床試験には一定の条件を満たした患者が参加しているため、実際の診療を受けるすべての患者に同じ数字が当てはまるわけではありません。

「生存期間中央値」は余命を表す数字ではない

全生存期間中央値33.8カ月という数字は、「治療を受けた患者が平均33.8カ月生きた」という意味でも、「33.8カ月後に亡くなる」という意味でもありません。

中央値とは、研究に参加した患者を生存期間の長さで並べたとき、ちょうど半数の患者が生存している境目となる時点です。その時点より前に亡くなる人もいれば、それより何年も長く生存する人もいます。

また、JAVELIN Bladder 100の21.4カ月は、プラチナ製剤を含む一次化学療法を4~6サイクル受け、その時点でがんが進行していなかった患者がアベルマブ維持療法を開始してから測定した数字です。診断時や一次治療開始時から数えた生存期間ではありません。

研究ごとに「どの時点から生存期間を数えているのか」「どのような患者が対象なのか」が異なるため、数字だけを横並びにして余命を比較することはできません。

同じステージ4でも余命が大きく異なる理由

同じステージ4であっても、その後の経過には大きな個人差があります。たとえば、領域リンパ節への転移だけが確認されている人と、肺や肝臓、骨など複数の臓器へ転移している人では病気の広がりが異なります。転移している臓器の数や腫瘍量も予後に関係します。

さらに、腎盂・尿管がんでは腎機能も重要です。腎尿管全摘除術を受けている場合などには腎機能が低下し、使用できる薬や投与量に影響することがあります。

一方で、現在はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブ、プラチナ製剤を含む化学療法、アベルマブ維持療法、FGFR3遺伝子異常がある場合のエルダフィチニブなど、病状やこれまでの治療に応じて複数の選択肢を検討できるようになっています。

そのため余命を考えるうえでは、ステージだけではなく、少なくとも次のような情報を組み合わせて判断する必要があります。

病気の広がり:リンパ節転移だけなのか、遠隔転移があるのか、転移している臓器や数はどうか

現在の治療効果:画像検査で腫瘍が縮小しているのか、安定しているのか、進行しているのか

腎機能と全身状態:使用できる薬に制限がないか、治療を継続できる体力があるか

これまでに使用した治療:次に使用できる薬物療法が残っているか

がんの特徴:FGFR3など、治療選択につながる遺伝子異常がないか

治療開始時に説明された余命も変わる可能性がある

主治医から予後について「半年程度」「1年程度」などの説明を受けることがあります。しかし、こうした数字もその時点の病状や過去の統計から推測した見通しであり、未来を正確に予測したものではありません。

治療がよく効いて病変が長期間小さく保たれれば、当初予測された期間を大きく超えて生活できる場合があります。一方で、治療が効かない、重要な臓器の機能が低下する、感染症などの合併症が起こると、予測より早く状態が変化することもあります。

そのため予後を知りたい場合には、「一般的なステージ4の統計」を尋ねるだけではなく、「現在の自分の病状と治療への反応を踏まえると、どの程度の見通しと考えているのか」を主治医に確認する方が実際の状況を理解しやすくなります。

また、余命の説明は一度聞いて終わりではありません。画像検査の結果や治療変更のタイミングなどで病状は変化するため、必要に応じてその時点の見通しを確認していくことが大切です。

過去の統計から明確な数字を知ることは、病気を理解するうえで役立ちます。一方で、新しい治療によって進行尿路上皮がんの治療成績は変化しており、過去の生存期間中央値や5年生存率だけから、現在治療を受けている個人の余命を決めることはできません。

参考:転移性上部尿路上皮がんと転移性膀胱がんの化学療法成績を比較した解析、FDA「アベルマブ維持療法の承認情報(JAVELIN Bladder 100試験)」、EV-302/KEYNOTE-A39試験 2.5年追跡解析

標準治療だけでは判断できない場合

腎盂がん・尿管がんには標準的な治療方針がありますが、実際には患者ごとに判断が難しくなる場面があります。

代表的なのが、腎尿管全摘除術を行えばがんを十分に取り除ける可能性が高い一方で、手術後の腎機能が大きく低下すると予測される場合です。特に片方しか腎臓がない人や慢性腎臓病がある人では、がんを取り切ることと腎機能を残すことのどちらを優先するかを慎重に検討する必要があります。

低リスク腫瘍であれば腎温存治療を選びやすくなりますが、腎温存治療では残した尿路に再発する可能性があり、その後も内視鏡検査などを繰り返す必要があります。反対に腎尿管全摘除術では局所制御を優先できる一方、腎機能低下によってその後使用できる薬物療法が制限される可能性があります。

高齢者でも年齢だけを理由に治療を決めるのではなく、日常生活の自立度、心肺機能、腎機能、持病などから治療負担に耐えられるかを確認します。

また、進行・再発例では2024年以降に治療選択肢が増えたため、過去に何を使ったかによって次に選べる治療が変わります。FGFR3遺伝子異常のように遺伝子検査によって治療候補が増える場合もあります。

そのため標準治療を知ることは重要ですが「なぜ自分にはその治療が選ばれているのか」を理解することが治療選択では重要です。

腎盂がん・尿管がんの治療を選ぶときに確認したいこと

腎盂がん・尿管がんの治療では、病名とステージだけでは治療方針を決めきれません。主治医から治療の説明を受ける際には、次のような点を整理すると、なぜその治療が提案されているのかを理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
腎細胞がんではなく尿路上皮がんなのか 同じ腎臓周辺のがんでも、腎細胞がんと腎盂がんでは手術・薬物療法が異なる
現在のステージはどこまでか 局所治療で根治を目指せるのか、全身治療が必要なのかを判断する基礎になる
低リスクか高リスクか 腎温存治療を選べる可能性や腎尿管全摘除術の必要性に関係する
腎臓を残せる可能性はあるか 腎機能を残す利益と局所再発リスクを比較する必要がある
手術後の腎機能はどの程度と予測されるか 術後の生活だけでなく、その後使用できる薬物療法にも影響する
手術前後の薬物療法が必要か 再発リスク、病理結果、腎機能、術前治療歴によって必要性が変わる
膀胱にもがんがないか 同じ尿路上皮から発生するため、膀胱がんを併発・再発する可能性がある
再発した場合に次の治療があるか 現在の治療だけでなく、薬物療法の順序や遺伝子検査まで含めて長期的に考えられる

治療法が複数提示され、それぞれにメリットとデメリットがある場合には、主治医から説明を受けたうえでセカンドオピニオンを利用する方法もあります。特に腎温存か腎尿管全摘除術か、周術期薬物療法を行うか、進行がんの治療をどの順番で行うかなどは、その後の生活や治療選択にも関わるため、納得できるまで確認することが大切です。

まとめ

腎盂がんと尿管がんは発生する場所は異なりますが、どちらも多くは尿路上皮から発生するため、まとめて「腎盂・尿管がん」として治療します。同じ腎臓周辺にできる腎細胞がんとは性質も治療方法も異なり、むしろ同じ尿路上皮から発生する膀胱がんと密接な関係があります。

初期には自覚症状がない場合もありますが、代表的な症状の1つが血尿です。血尿が一度だけで止まっても腎盂・尿管がんを否定できないため、原因を確認することが重要です。

治療では、ステージだけでなく、腫瘍の大きさ・数・悪性度・浸潤の有無などから低リスクか高リスクかを判断します。低リスクであれば腎臓を残す治療を検討できる一方、高リスクでは腎臓と尿管をまとめて摘出する腎尿管全摘除術が治療の中心です。

一方、切除不能・転移性の腎盂・尿管がんでは薬物療法が中心となります。2024年以降はエンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブやニボルマブを含む新しい一次治療が国内で承認され、FGFR3遺伝子異常を持つ一部の患者にはエルダフィチニブという治療選択肢も加わっています。

手術後には膀胱内再発が起こりやすいため、原発巣を取り切った後も長期的な経過観察が必要です。2026年には、腎尿管全摘除術直後のピラルビシン膀胱内注入によって再発リスクを下げられることを示した日本の第III相試験結果も報告されました。

治療を考えるときには、「がんを取り切れるか」だけでなく、「どの程度の腎機能を残せるか」「再発した場合にどの治療が使えるか」まで含めて考えることが重要です。現在提案されている治療の目的や、ほかに選択肢があるのか分からない場合には、主治医へ確認したうえで、必要に応じてセカンドオピニオンなども活用しながら治療方針を検討しましょう。

腎細胞がんの特徴や治療法、症状・リスク・ステージ別生存率などは、以下の記事で解説しています。

膀胱がんの治療法や、腎盂がん・尿管がんとの違いが気になる方は、以下の記事も参考にしてみて下さい。

甲状腺がんは、のどぼとけのすぐ下にある甲状腺に発生するがんです。

厚生労働省の全国がん登録によると、2023年に甲状腺がんと診断された人は16,505例で、男性4,445例、女性12,060例でした。また、2024年には甲状腺がんで男性597人、女性1,290人の計1,887人が死亡しています。甲状腺がんは女性で診断される例が多く、乳頭がん・濾胞がんの多くは比較的予後が良好です。ただし、年間の罹患数と死亡数は異なる患者集団を数えたものであり、その比率から個人の生存率を計算することはできません。予後は組織型によっても大きく異なります。

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは、多くの場合ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲の臓器への浸潤が問題にならない超低リスクの乳頭がんでは、診断後すぐに手術をせず、超音波検査を続けながら変化を確認する積極的経過観察が選択肢になります。

ただし、「甲状腺がんはおとなしいがん」と一括りにすることはできません。濾胞(ろほう)がんは肺や骨へ血行性転移することがあり、髄様(ずいよう)がんではRET遺伝子が治療や遺伝性の評価に関係します。さらに、未分化がんは甲状腺がんの1~2%程度とまれですが、非常に速く進行するため、診断後すぐに遺伝子検査を含めた治療方針を検討する必要があります。

甲状腺がんの治療を理解するときは、組織型、乳頭がんのリスク分類、手術範囲、放射性ヨウ素治療の適応、再発・転移時の遺伝子変化という順番で整理すると、自分がどの治療分岐にいるのか分かりやすくなります。

甲状腺がんの治療を理解する5つのポイント
① 乳頭がん・濾胞がん・低分化がん・髄様がん・未分化がんのどれか
② 乳頭がんなら超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクのどこに当てはまるか
③ 積極的経過観察・葉切除・全摘のどれが適するか
④ 放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法が必要か
⑤ 再発・転移時には放射性ヨウ素が効く状態か、RET・BRAF・NTRKなど治療につながる遺伝子変化があるか

この記事では、甲状腺がんの初期症状、原因、検査、ステージから、積極的経過観察、手術、放射性ヨウ素内用療法、再発・転移時の薬物療法、髄様がん・未分化がんの治療、生存率まで詳しく解説します。

参考:厚生労働省「全国がん登録 罹患数・率 報告 2023」、国立がん研究センター「がんの統計2026」、国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんとは

甲状腺の参考イラスト

甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にあり、気管を前から取り囲むように位置する小さな臓器です。蝶が羽を広げたような形をしており、左右の「葉」と、それらをつなぐ「峡部」からできています。

甲状腺では、トリヨードサイロニン(T3)やサイロキシン(T4)などの甲状腺ホルモンがつくられています。これらは体のエネルギー代謝や成長などに関係するホルモンです。また、甲状腺の傍濾胞細胞(ぼうろほうさいぼう)からは、血液中のカルシウム濃度の調節に関係するカルシトニンが分泌されます。

この甲状腺に発生する悪性腫瘍が甲状腺がんです。甲状腺がんの多くは甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞から発生しますが、髄様がんはカルシトニンをつくる傍濾胞細胞から発生するため、同じ甲状腺がんでも性質や治療方法が異なります。

甲状腺のしこりがすべて「がん」というわけではない

超音波検査や健康診断などで甲状腺にしこりが見つかることがあります。このような甲状腺内のしこりを甲状腺結節と呼びますが、結節のすべてが甲状腺がんではありません。

良性の腺腫や腺腫様甲状腺腫、嚢胞(のうほう)などもあるため、超音波検査で大きさや形、内部の状態などを確認し、必要に応じて穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)を行います。

甲状腺がんは「しこりがあるかどうか」だけでは診断できません。反対に、小さながんでは触ってもしこりが分からず、超音波検査などで初めて見つかることもあります。

甲状腺がんは種類によって性質が大きく違う

甲状腺がんについて「比較的予後がよいがん」と説明されることがあります。これは最も多い乳頭がんや濾胞がんの多くに当てはまる特徴ですが、すべての甲状腺がんに当てはまるわけではありません。

乳頭がんの多くはゆっくり進行するのに対し、未分化がんでは短期間で周囲の気管や食道などへ広がることがあります。髄様がんでは、乳頭がんや濾胞がんとは異なる細胞から発生し、RET遺伝子の評価が治療方針や遺伝性の判断に関係します。

甲状腺がんでは「甲状腺がんである」という診断だけでは治療は決まりません。まず組織型を確認することが、その後の治療を理解する出発点になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの種類

甲状腺がんは、顕微鏡で見たがん細胞の特徴や、どの細胞から発生したかによって複数の組織型に分けられます。

代表的なのは乳頭がん、濾胞がん、低分化がん、髄様がん、未分化がんです。このうち乳頭がんと濾胞がんは、正常な甲状腺細胞の性質を比較的保っていることから「分化がん」と呼ばれます。

組織型 主な特徴
乳頭がん 甲状腺がん全体の約90%。多くはゆっくり進行し、頸部リンパ節へ転移することがある
濾胞がん 約5%。肺や骨などへ血液の流れを介して転移することがある。細胞診だけでは良性との区別が難しい場合がある
低分化がん 1%未満。乳頭・濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移のリスクも高い
髄様がん 約1~2%。カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生し、RET遺伝子が関係する場合がある
未分化がん 約1~2%。非常に進行が速く、気管・食道など周囲の組織へ浸潤しやすい

乳頭がんは最も多く、多くはゆっくり進行する

乳頭がんは甲状腺がんの約90%を占めます。頸部リンパ節へ転移することがありますが、多くの場合は比較的ゆっくり進行します。

リンパ節転移が見つかったからといって、ほかのがんと同じように直ちに予後が大きく悪化するとは限りません。甲状腺乳頭がんでは、年齢や腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移の大きさ、遠隔転移などを合わせてリスクを評価します。

特に超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず積極的経過観察を行うという、ほかの多くのがんとは異なる選択肢があります。

濾胞がんは肺や骨へ転移することがある

濾胞がんは甲状腺がんの約5%を占めます。乳頭がんがリンパ節へ転移しやすいのに対し、濾胞がんは血管へ入り込み、肺や骨などへ血行性転移することがあります。

また、濾胞がんでは、良性の濾胞腺腫との区別が診断上の大きな特徴になります。穿刺吸引細胞診で採取した細胞だけでは良性・悪性を確定できない場合があり、手術で腫瘍を摘出したあとに被膜や血管への浸潤を確認して初めて濾胞がんと診断されることがあります。

低分化がんは分化がんより悪性度が高い

低分化がんは1%未満とまれですが、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高く、再発や遠隔転移を起こしやすい傾向があります。

分化がんと未分化がんの中間的な性質を持つと考えると理解しやすく、治療では手術を中心に、病状によって放射性ヨウ素内用療法などを組み合わせます。

髄様がんではRET遺伝子が重要になる

髄様がんは、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。

RET遺伝子の生殖細胞系列の変化が原因となる遺伝性髄様がんがあり、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の一部として発症することもあります。このため髄様がんと診断された場合には、RET遺伝学的検査が治療と家族への影響を考えるうえで重要です。

未分化がんはほかの甲状腺がんとは進行速度が大きく異なる

未分化がんは甲状腺がんの約1~2%ですが、悪性度が高く、短期間で大きくなることがあります。反回神経、気管、食道などへ浸潤したり、肺などへ遠隔転移したりする可能性があるため、診断後は治療可能性を速やかに評価します。

同じ甲状腺がんという名称でも、乳頭がんの低リスク例と未分化がんでは治療を開始する緊急性も治療方法も全く異なります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの原因・リスク

甲状腺がんになった患者さんの多くで、「これが原因だった」と1つの要因を特定することはできません。国立がん研究センターでも、甲状腺がんの発生要因ははっきり分かっていないとしています。

放射線被ばくが関係する場合がある

甲状腺がんの一部では、過去の放射線被ばくが発症リスクに関係します。このため診察では、放射線を扱う仕事の経験や、過去に首周辺などへ放射線治療を受けたことがあるかを確認する場合があります。

一方、甲状腺がんになったという事実だけから「以前受けたCT検査が原因だった」などと個人の原因を特定することはできません。必要な診断目的で行われる画像検査と、発がんリスクについては分けて考える必要があります。

家族歴や遺伝が関係する場合もある

血縁者に甲状腺がんになった人がいる場合は、甲状腺がんの発症リスクが高くなると考えられています。

特に遺伝との関係が強いのが髄様がんです。RET遺伝子の生殖細胞系列変異がある場合には、本人が遺伝性髄様がんやMEN2である可能性があり、血縁者も同じ遺伝子変化を持っている可能性があります。

遺伝学的検査は家族にも影響する情報を扱うため、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けながら検討します。

甲状腺がんの一般向け検診は国の指針に定められていない

日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんなどについて国の指針に基づくがん検診がありますが、甲状腺がんについては、現在、国の指針として定められた一般住民向けのがん検診はありません。

超音波検査の精度が高くなったことで、症状を起こさず生涯問題にならない可能性のある非常に小さな甲状腺がんまで見つかることがあります。小さながんをできるだけ多く発見することが、必ずしも死亡を減らすことにつながるとは限らないためです。

症状のない一般の人に甲状腺超音波検査を一律に行うと、生涯にわたって健康への影響がない可能性のある微小ながんまで見つかり、過剰診断や不要な治療につながるおそれがあります。一方、家族歴、小児期の頭頸部への放射線被ばく歴、首のしこりなどがある場合には、一般向け検診とは別に個別の診察・検査が必要になることがあります。

首のしこりや声のかすれなど気になる症状がある場合や、医療機関で甲状腺の異常を指摘された場合には、検診の対象かどうかとは別に必要な診察や検査を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 予防・検診」

甲状腺がんの初期症状

甲状腺がんは、初期には自覚症状がないことが多いがんです。症状があっても、首のしこり以外には特に異常を感じない場合があります。

首のしこり・腫れがきっかけになることがある

甲状腺は首の前側にあるため、甲状腺に腫瘍ができると首のしこりや腫れとして気付く場合があります。健康診断やほかの目的で行った頸部超音波検査、CTなどから偶然見つかることもあります。

しこりがあるからといって、すぐ甲状腺がんと決まるわけではありません。良性の甲状腺結節も多いため、超音波検査などで詳しく調べます。

声のかすれや飲み込みにくさが出る場合がある

甲状腺のすぐ後ろには、声帯を動かす反回神経が通っています。がんが反回神経へ及ぶと、声がかすれる嗄声が現れることがあります。さらに病気が周囲へ広がると、のどの違和感や痛み、飲み込みにくさ、誤嚥などがみられる場合があります。

声のかすれには声帯炎など多くの原因があり、嗄声があるから甲状腺がんという意味ではありません。ただし、原因の分からない声のかすれが続く場合には耳鼻咽喉科などで確認することが大切です。

進行すると呼吸困難や血痰などが出ることもある

甲状腺がんが気管などへ広がると、呼吸しにくさや血痰などが現れることがあります。特に未分化がんでは短期間に腫瘍が大きくなり、気道へ影響する可能性があります。

首の腫れが急速に大きくなる、呼吸が苦しい、飲み込みが急に悪くなるといった症状がある場合には、速やかな医療機関への相談が必要です。

甲状腺の異常は何科を受診するのか

首のしこりや声のかすれがある場合には、耳鼻咽喉科、頭頸部外科、内分泌外科、甲状腺外科などが診療を行います。地域や医療機関によって診療科の名称は異なります。

健康診断などで甲状腺の結節を指摘された場合には、甲状腺疾患を診療している医療機関へ相談するとよいでしょう。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」

甲状腺がんの検査と診断

甲状腺がんが疑われる場合には、問診や触診、超音波検査、血液検査、穿刺吸引細胞診などを組み合わせて診断します。がんと診断された後は、CTやMRIなどを用いて周囲への浸潤やリンパ節・遠隔臓器への転移を確認します。

超音波検査で腫瘍の大きさや性質を確認する

甲状腺の診断で中心となる画像検査が超音波(エコー)検査です。

超音波検査では、腫瘍の大きさ、形、内部の状態、石灰化の有無、境界の状態などを確認します。頸部リンパ節が腫れていないかも同時に調べることができます。

超音波で甲状腺結節が見つかっても、すべてに穿刺吸引細胞診を行うわけではありません。大きさと超音波所見から悪性の可能性を評価し、細胞診によって治療方針が変わるかを考えて検査を選びます。

穿刺吸引細胞診で細胞を調べる

穿刺吸引細胞診は、超音波画像を確認しながら細い針を甲状腺のしこりへ刺し、細胞を採取して顕微鏡で調べる検査です。

乳頭がんでは特徴的な細胞所見から診断できることがあります。髄様がんなどほかの組織型が疑われる場合にも、病理所見と血液検査などを合わせて判断します。

ただし、細胞診を行えばすべての甲状腺腫瘍を良性か悪性か100%区別できるわけではありません。

濾胞性腫瘍は細胞診だけで良性・悪性を決められないことがある

甲状腺の診断で患者さんが特に理解しにくいのが、濾胞腺腫と濾胞がんの区別です。

濾胞がんの診断では、腫瘍を包む被膜をがん細胞が越えている「被膜浸潤」や、血管の中へがん細胞が入り込んでいる「血管浸潤」などが重要になります。

穿刺吸引細胞診では腫瘍の一部の細胞しか採取できないため、被膜や血管との関係を十分に評価できません。このため、細胞診で「濾胞性腫瘍」などと診断され、良性か悪性か確定していなくても、腫瘍の状態から手術を勧められることがあります。

手術で腫瘍を摘出し、全体を病理検査した結果、初めて濾胞がんと確定する場合があります。「細胞診でがんと確定していないのに手術をする」という説明には、このような甲状腺腫瘍特有の事情があります。

血液検査では甲状腺機能や腫瘍マーカーを確認する

血液検査では甲状腺ホルモン(FT3・FT4)や甲状腺刺激ホルモン(TSH)などを測定し、甲状腺機能を確認します。

サイログロブリン(Tg)は甲状腺からつくられるタンパク質で、良性疾患でも高くなるため、サイログロブリン値だけで甲状腺がんを診断することはできません。甲状腺を全摘した後では、再発の有無を確認するための指標として利用されます。

髄様がんではカルシトニンやCEAが診断や治療後の経過観察に使われます。腫瘍マーカーは画像検査などと組み合わせて判断するもので、値だけからがんの有無や進行を確定するものではありません。

CT・MRIなどで周囲への広がりや転移を調べる

甲状腺がんと診断された場合には、CTやMRIなどを使用して、気管、食道、反回神経周辺への広がり、頸部リンパ節転移などを確認します。

病状によって胸部CTなどで肺転移を調べたり、シンチグラフィやPETなどを追加したりすることもあります。すべての患者さんが同じ検査を受けるわけではなく、組織型や進行度によって必要な検査を選択します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」

甲状腺がんのステージとリスク分類

甲状腺がんの進行度は、原発巣の広がりを示すTカテゴリー、頸部などのリンパ節転移を示すNカテゴリー、遠隔転移を示すMカテゴリーを組み合わせたTNM分類をもとにステージを決めます。

ただし、甲状腺がんはほかのがんと比べてステージ分類が少し特殊です。乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、診断時の年齢もステージ分類に関係します。

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは55歳がステージ分類の区切りになる

乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは、55歳未満と55歳以上でステージの分け方が異なります。

55歳未満では、遠隔転移がなければTカテゴリーやリンパ節転移の状態にかかわらずステージⅠ、遠隔転移があればステージⅡになります。55歳未満にはステージⅢ・Ⅳはありません。55歳以上では、腫瘍の大きさ、甲状腺外への広がり、リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて、より細かくステージを分類します。

この年齢による違いは、若い患者さんではリンパ節転移などがあっても甲状腺分化がんによる死亡リスクが比較的低いという特徴が反映されたものです。

髄様がんと未分化がんは分化がんとは分類方法が違う

髄様がんでは年齢による区分を使わず、T・N・Mの組み合わせからステージを決めます。

未分化がんは診断された時点ですべてステージⅣに分類され、甲状腺内にとどまるⅣA、周囲へ広がるⅣB、遠隔転移があるⅣCに分けます。

このため「甲状腺がんのステージⅣ」という情報だけで予後や治療を比較することはできません。乳頭がんのステージⅣと未分化がんのステージⅣでは、病気の性質も治療方法も大きく異なります。

乳頭がんではステージとは別にリスク分類を使う

乳頭がんでは、ステージだけでなく、腫瘍の大きさ、周囲への浸潤、リンパ節転移、遠隔転移などから超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクに分類します。

乳頭がんのリスク評価では、1cm以下で臨床的なリンパ節転移・遠隔転移がなく、重要な周囲臓器への浸潤も問題にならないcT1aN0M0を超低リスクとして扱います。1cmを超え2cm以下のcT1bN0M0は低リスクに相当し、その他の病変については甲状腺外への浸潤やリンパ節転移の状態などを踏まえて、中リスク・高リスクを判定します。

高リスクには、4cmを超える腫瘍、甲状腺外への明らかな浸潤、大きなリンパ節転移や節外浸潤、遠隔転移などが含まれます。年齢も予後を考える重要な要素です。

ステージは主に病気の広がりや生命予後を表す分類で、乳頭がんのリスク分類は手術範囲や積極的経過観察、術後治療などを考えるための重要な判断材料になります。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺がん治療の全体像

甲状腺がんの治療は、ステージだけでは決まりません。組織型、乳頭がんのリスク分類、年齢、周囲への浸潤、リンパ節・遠隔転移、患者さんの全身状態などを確認して治療を組み立てます。

特に乳頭がんでは、低リスクの微小がんを積極的経過観察する場合から、甲状腺全摘、リンパ節郭清、放射性ヨウ素内用療法まで、病状によって治療の負担が大きく異なります。

病状・組織型 治療の主な考え方
超低リスク乳頭がん 積極的経過観察を中心に検討し、希望や病状によって手術も選択する
低~中リスク乳頭がん 葉切除を中心に、腫瘍やリンパ節の状態などから切除範囲を決める
高リスク乳頭がん 全摘を中心に検討し、病理結果などからRAIやTSH抑制療法を組み合わせる
濾胞がん 手術で診断・治療し、病理結果や遠隔転移の有無に応じて追加手術やRAIを検討する
髄様がん RET遺伝学的検査などを行い、手術を中心に治療する。進行例では分子標的薬も検討する
未分化がん 迅速に広がりと遺伝子変化を評価し、手術・薬物療法・放射線治療を組み合わせる

甲状腺がんでは、より大きな手術や多くの治療を行えば必ず治療成績がよくなるとは限りません。低リスク乳頭がんでは治療による利益と、反回神経麻痺や副甲状腺機能低下、甲状腺ホルモン補充などの負担を比較する必要があります。

反対に、未分化がんなど治療を急ぐ必要がある組織型では、低リスク乳頭がんと同じ感覚で経過を見ることはできません。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

小さな乳頭がんでは「すぐ手術しない」積極的経過観察もある

甲状腺にがんが見つかると、「小さいうちにすぐ手術した方が安全なのでは」と考えるかもしれません。しかし、超低リスクの微小乳頭がんでは、手術を急がず定期的な超音波検査を行う積極的経過観察が標準的な選択肢になっています。

国立がん研究センターの患者向け解説でも、超低リスクの乳頭がんでは、手術を直ちに行わずに定期検査で確認する積極的経過観察が選択肢として示されています。ただし、患者さんが病気の特徴や手術へ切り替える条件を理解し、継続して検査を受けられることが重要です。

積極的経過観察は「がんを放置する」方法ではない

積極的経過観察では、定期的に超音波検査を行い、腫瘍が大きくなっていないか、新たなリンパ節転移が出ていないか、気管や反回神経との位置関係に変化がないかなどを確認します。

積極的経過観察は、専門の医療機関で定期的な超音波検査を継続する方法です。検査の間隔は、腫瘍の大きさや位置、これまでの変化、施設の方針などによって個別に決めます。

経過観察中に腫瘍が増大したりリンパ節転移が出現したりした場合には、手術へ切り替えることができます。

1cm以下なら誰でも積極的経過観察できるわけではない

積極的経過観察の中心となるのは、1cm以下の乳頭がんで、臨床的なリンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲臓器への明らかな浸潤がない超低リスク例です。

同じ1cm以下でも、腫瘍が気管や反回神経に接しており、少し増大すると重要な臓器へ影響する可能性がある場合や、リンパ節転移が疑われる場合などには、積極的経過観察より手術が適すると判断されることがあります。

つまり「1cm以下=手術不要」ではなく、腫瘍の大きさだけでなく場所や広がりまで見て、将来進行した場合にも安全に手術へ切り替えられるかを考えます。

若ければ手術、高齢なら経過観察と単純に決まるわけではない

微小乳頭がんは若い患者さんほど経過観察中に増大する割合が高いことが報告されていますが、若年であることだけを理由に直ちに手術しなければならないわけではありません。

年齢、腫瘍の位置、妊娠の予定、定期的な通院が可能か、手術に対する本人の希望などを含めて選びます。

反対に、高齢者でも腫瘍の状態から手術が必要と判断される場合があります。積極的経過観察は「手術できない人だけが選ぶ方法」ではなく、適切に選択された低リスク乳頭がんに対する治療戦略です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺がんの手術|葉切除か全摘か

甲状腺がんの手術には、がんのある側を中心に切除する葉切除と、甲状腺をすべて摘出する全摘があります。

どちらを選ぶかは「全摘の方ががんを多く取れるから安全」という単純な考え方では決まりません。再発リスクと、手術後に起こり得る合併症や生涯のホルモン補充などを比較して決めます。

甲状腺葉切除

葉切除では、がんがある側の甲状腺を切除します。反対側の甲状腺を残せるため、残った甲状腺が十分なホルモンをつくれば、術後に甲状腺ホルモン薬を継続する必要がない場合があります。

国立がん研究センターの2026年8月更新の患者向け解説でも、低リスク・中リスクの乳頭がんでは、葉切除が主な手術選択肢として示されています。ただし、年齢や全身状態、腫瘍の広がりによって切除範囲が変わることがあります。

全摘に比べて副甲状腺機能低下などの合併症リスクを抑えられる利点がありますが、残した甲状腺にも将来腫瘍が見つかる可能性があります。また、術後病理で予想以上に再発リスクが高いことが判明した場合には、残った甲状腺を追加切除することがあります。

甲状腺全摘

甲状腺全摘では左右の甲状腺をすべて摘出します。高リスク乳頭がん、両側に病変がある場合、遠隔転移がある場合などで検討します。

全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、術後のサイログロブリンを再発の指標として利用しやすくなり、放射性ヨウ素内用療法も行いやすくなります。

一方、甲状腺ホルモンを自分で十分につくれなくなるため、全摘後は原則として甲状腺ホルモン薬を継続して内服します。また、副甲状腺機能低下のリスクも葉切除より高くなります。

リンパ節郭清を行う場合

甲状腺乳頭がんは頸部リンパ節へ転移しやすいがんです。画像検査などでリンパ節転移が確認されている場合には、甲状腺の切除とともに転移したリンパ節周囲をまとめて切除するリンパ節郭清を行います。

リンパ節転移が明らかでない場合にどこまで予防的に郭清するかは、腫瘍の状態や手術範囲などによって判断します。

気管や反回神経へ浸潤している場合

がんが気管、食道、反回神経などへ広がっている場合には、甲状腺だけを切除して終わらないことがあります。

反回神経への浸潤では、がんを取り切るために神経の切除が必要になる場合があり、声への影響を考えて神経再建などを検討することもあります。気管へ浸潤している場合には、浸潤の深さに応じた気管の切除を検討します。

どこまで切除するかは、根治性だけでなく、声、呼吸、嚥下など治療後の機能も考えて判断します。

手術後の合併症|声のかすれ・低カルシウム血症・術後出血

甲状腺のすぐ近くには反回神経があるため、手術後に声がかすれることがあります。一時的な麻痺で回復する場合もあれば、神経を切除する必要があった場合などでは長期間症状が残ることがあります。

甲状腺の裏側には通常4つの副甲状腺があり、血液中のカルシウムを調節しています。全摘などで副甲状腺の働きが低下すると、血液中のカルシウムが低くなり、口の周りや手足のしびれ、筋肉のけいれんなどが起こる場合があります。必要に応じてカルシウムや活性型ビタミンD製剤を使用します。一時的な低下で回復する患者さんもいれば、長期的な補充が必要になる患者さんもいます。

甲状腺手術後には、まれに手術部位からの出血によって首が急に腫れることがあります。血腫や周囲の腫れによって気道へ影響すると緊急対応が必要になるため、術後に首の腫れが急速に強くなる、圧迫感がある、呼吸しにくい、唾液を飲み込みにくいといった症状がみられた場合には、すぐ医療者へ伝える必要があります。

甲状腺ホルモン補充とTSH抑制療法は目的が少し違う

全摘後には体内で甲状腺ホルモンを十分につくれないため、甲状腺ホルモン薬を服用します。これは不足するホルモンを補うための治療です。

これとは別に、再発や転移のリスクが高い乳頭がん・濾胞がんでは、通常よりTSH(甲状腺刺激ホルモン)を低い状態に保つTSH抑制療法を行うことがあります。TSHは正常な甲状腺を刺激するだけでなく、分化がんの細胞を刺激する作用もあるためです。

ただし、TSHを強く抑えすぎると、動悸や不整脈、骨量低下などにつながる可能性があります。再発リスク、年齢、心疾患、骨粗しょう症のリスクなどを踏まえて抑制の強さを調整します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

放射性ヨウ素内用療法|どんな患者に行うのか

甲状腺は、甲状腺ホルモンをつくるために血液中のヨウ素を取り込む性質があります。乳頭がんや濾胞がんの細胞にも、この性質がある程度残っていることがあります。この特徴を利用した治療が放射性ヨウ素内用療法(RAI)です。

放射線を出すヨウ素131(I-131)をカプセルとして服用し、甲状腺由来の細胞へ取り込ませることで、体の内側から放射線を当てます。

アブレーション・補助療法・治療は目的が異なる

国立がん研究センターでは、放射性ヨウ素内用療法を目的によって「アブレーション」「補助療法」「治療」に分けています。

目的 考え方
アブレーション 全摘後にわずかに残った正常甲状腺組織を除去し、その後の経過観察をしやすくするなどの目的で行う
補助療法 画像では確認できなくても残っている可能性のある微小ながん細胞を治療し、再発リスクを下げる目的で行う
治療 残存がんや肺・骨などの遠隔転移に対して治療目的で行う

全摘した患者さん全員がRAIを受けるわけではない

甲状腺を全摘したからといって、すべての患者さんが放射性ヨウ素内用療法を受けるわけではありません。

再発リスク、術後の病理結果、サイログロブリン、画像所見などを確認して、RAIによる利益が期待できる患者さんを選びます。低リスクの患者さんでは、全摘後でもRAIを行わず経過観察する場合があります。

また、RAIは主として乳頭がん・濾胞がんなどの分化がんで使用する治療です。髄様がんはヨウ素を取り込む濾胞細胞から発生するがんではないため、同じ考え方でRAIを使用する治療ではありません。

治療前にはTSHを上げ、ヨウ素を制限する

I-131をがん細胞へ十分取り込ませるには、TSHを高くして甲状腺由来の細胞がヨウ素を取り込みやすい状態にする必要があります。

一般的には治療前に甲状腺ホルモン薬を中止・変更する方法などを用います。治療目的によっては、甲状腺ホルモン薬を続けながら遺伝子組換えヒトTSHを使用する方法を検討することもあります。

また、治療前にはヨウ素を含む食品や薬剤を一定期間制限します。国立がん研究センターでは一般的な方法として、I-131投与の2週間前からヨウ素を多く含む食事などを制限すると説明しています。海藻類だけでなく、ヨウ素を含む造影剤や医薬品が治療へ影響する場合もあるため、具体的な制限方法は治療施設の指示に従います。

治療量によって外来または専用病室への入院が必要になる

比較的少ない量を使用するアブレーションは、一定の条件を満たせば外来で行える場合があります。

より多いI-131を使用する補助療法や転移に対する治療では、周囲の人への放射線被ばくを抑えるため、放射線治療病室と呼ばれる専用の病室へ数日間入院することがあります。

治療後しばらくは尿、唾液などから放射性ヨウ素が排出されるため、家族との距離など生活上の注意について説明を受けます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

再発・転移した乳頭がん・濾胞がんの治療

乳頭がんや濾胞がんが再発・転移した場合にも、すぐ同じ薬物療法を開始するわけではありません。再発した場所、病変の数、増大速度、症状、放射性ヨウ素を取り込むか、手術や放射線による局所治療が可能かなどを確認して治療を選びます。

頸部の再発では再手術を検討する場合がある

甲状腺がんは、甲状腺を切除した場所の周辺や頸部リンパ節などに再発することがあります。切除可能で、手術による利益が期待できる場合には再手術を検討します。反回神経、気管、食道などへの影響や、以前の手術による癒着なども考えて治療方法を決めます。

小さく変化の少ない病変では、すぐ再手術を行わず経過を確認する場合もあります。

放射性ヨウ素を取り込む転移にはRAIを検討する

乳頭がんや濾胞がんの肺・骨などへの転移がI-131を取り込む場合には、放射性ヨウ素内用療法によって治療できることがあります。治療後に腫瘍が縮小しているなど効果が確認できれば、一定の間隔を空けてRAIを繰り返す場合があります。

放射性ヨウ素が効かない「RAI不応」という状態がある

分化がんであっても、すべての再発・転移がヨウ素を取り込むわけではありません。病変が放射性ヨウ素を取り込まない、取り込んでいても治療後に病気が進行するなど、RAIによる十分な効果が期待できない状態を放射性ヨウ素不応(RAI不応)と呼びます。

RAI不応となった病変に、効果が期待できないまま放射性ヨウ素治療を繰り返せばよいわけではありません。病気の進行速度、症状、局所治療の可能性、遺伝子変化などを確認し、薬物療法へ切り替える時期を考えます。

RAI不応でも、すぐ分子標的薬を開始するとは限らない

RAI不応の再発・転移があっても、病変が非常に小さく、何年もほとんど増大せず症状もない場合には、画像検査で経過を見ることがあります。分子標的薬は長期間使用することが多く、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、手足症候群などの副作用もあります。

このため、薬が使える状態であることと、「今すぐ薬を始めるべき状態」であることは同じではありません。腫瘍の増大速度、症状、重要臓器への影響などを確認して開始時期を判断します。

RAI不応・進行例では分子標的薬を使う

手術やRAIによる治療が難しく、進行している分化がんでは分子標的薬を検討します。

レンバチニブ・ソラフェニブなど

レンバチニブ(商品名:レンビマ)やソラフェニブ(商品名:ネクサバール)は、がんが血管をつくって増殖する仕組みなどを抑えるマルチキナーゼ阻害薬です。一方、RET・NTRK・BRAFなどの遺伝子変化が確認された場合には、その変化を標的とする薬が治療の早い段階から候補になる場合があります。

選択的分子標的薬は、必ずしもレンバチニブやソラフェニブを使用できなくなってから検討するものではありません。国内で承認された適応条件、病気の進行速度、過去の治療歴、副作用などを合わせて選びます。

これらの薬は腫瘍を小さくしたり進行を遅らせたりすることが期待できますが、長期的な副作用管理が必要になります。

RET・BRAF・NTRKなど遺伝子変化に応じて薬を選べる場合がある

現在の再発・転移性甲状腺がんでは、遺伝子情報が治療選択に直接つながる場合があります。

国立がん研究センターでは、RAIが適さない再発・転移分化がんで、BRAF V600E、RET遺伝子変化・融合遺伝子、NTRK融合遺伝子などを調べることが勧められていると説明しています。

RET融合遺伝子

RET融合遺伝子が確認された甲状腺がんでは、RETを選択的に阻害する薬を検討できる場合があります。セルペルカチニブなどがこの種類の薬です。

NTRK融合遺伝子

NTRK融合遺伝子がある場合には、NTRK阻害薬が治療候補になります。NTRK融合は頻度が高い遺伝子変化ではありませんが、見つかれば治療につながる可能性があります。

BRAF V600Eなど

BRAF V600E遺伝子変化は甲状腺がんの一部で認められます。組織型や病状によって、BRAFやその下流の経路を標的とする治療を検討できる場合があります。

また、がん細胞に多数の遺伝子変化が蓄積しているTMB-highなどの条件を満たした場合には、免疫チェックポイント阻害薬が選択肢になることがあります。

「腫瘍の遺伝子検査」と「遺伝するかを調べる検査」は同じではない

RET、BRAF、NTRKなどを調べる検査の中には、がん細胞だけに生じた遺伝子変化を調べ、使用できる薬を探すための検査があります。

一方、髄様がんで行うRET遺伝学的検査のように、生まれつき持っている遺伝子変化を調べ、遺伝性腫瘍かどうかを確認する検査もあります。

「遺伝子検査を受ける=自分のがんが子どもへ遺伝するか調べる」という意味ではありません。何を目的とした検査なのかを確認することが大切です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺髄様がんの治療|RET遺伝子との関係

甲状腺髄様がんは、甲状腺がん全体の約1~2%を占めるまれながんです。

乳頭がんや濾胞がんとは異なり、甲状腺ホルモンをつくる濾胞細胞ではなく、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞から発生します。そのため、放射性ヨウ素を利用した治療を乳頭がん・濾胞がんと同じように行う病気ではありません。

髄様がんでは治療前にRET遺伝学的検査を検討する

髄様がんでは、RET遺伝子の生殖細胞系列変異による遺伝性髄様がんが含まれます。現在の国立がん研究センターの患者向け情報でも、髄様がんと診断された場合には、治療方針を検討するためRET遺伝学的検査を受け、遺伝性かどうか確認することが勧められています。

遺伝性であればMEN2の可能性があり、甲状腺以外に褐色細胞腫などを発症することがあります。

褐色細胞腫がある場合は甲状腺手術の順番にも影響する

MEN2などが疑われる遺伝性髄様がんでは、褐色細胞腫の有無を確認します。褐色細胞腫は大量のカテコールアミンを分泌し、手術などをきっかけに血圧が大きく上昇する危険があるため、治療が必要な褐色細胞腫がある場合には、原則として先に褐色細胞腫を治療してから甲状腺の手術を行います。

遺伝性髄様がんでは甲状腺全摘が基本となります。遺伝性でない場合には、がんが片側に限られるのか両側にあるのかなどを確認し、葉切除または全摘を検討します。

カルシトニンとCEAを治療後の経過観察に使う

髄様がんはカルシトニンをつくる細胞から発生するため、血液中のカルシトニンが重要な腫瘍マーカーになります。CEAも経過観察に利用します。

手術後もカルシトニンが高い場合や、いったん低下した値が再び上昇してくる場合には、残存・再発の可能性を考えて画像検査などを行います。

進行例ではRET阻害薬などを検討する

手術で根治することが難しい進行・再発髄様がんでは、分子標的薬を検討します。

RET遺伝子変異が確認され、薬物療法が必要な場合には、RETを選択的に阻害するセルペルカチニブが重要な選択肢になります。一方、RET遺伝子変異を認めない場合などには、バンデタニブによる治療を検討します。

遺伝子検査の結果だけで薬を使うわけではなく、病変の増大速度、症状、手術など局所治療の可能性を合わせて治療開始を判断します。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がんについて」、国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺未分化がん・低分化がんの治療

甲状腺未分化がんと低分化がんは、乳頭がんや濾胞がんより悪性度が高い組織型です。ただし、低分化がんと未分化がんでも進行速度や治療方法は同じではありません。

低分化がんは手術を中心に追加治療を検討する

低分化がんは、乳頭がん・濾胞がんと未分化がんの中間的な性質を持つがんです。分化がんより再発・遠隔転移のリスクが高いため、切除可能であれば甲状腺全摘などの手術を中心に治療します。

病理結果や病気の広がりなどを踏まえて、放射性ヨウ素内用療法などを追加する場合があります。ただし、低分化がんでは分化の程度によってヨウ素を取り込む能力が低下している場合もあり、RAIの効果は患者さんによって異なります。

再発・進行した場合には、遺伝子変化や病状に応じて分子標的薬などを検討します。

未分化がんはすべてステージⅣに分類される

未分化がんは非常に進行が速いため、診断時点ですべてステージⅣとして扱います。

甲状腺内にとどまっているⅣA期では、必要に応じて遺伝子検査を行い、切除可能であれば甲状腺全摘を検討します。術後には放射線治療や薬物療法を追加する場合があります。

周囲の組織へ広がったⅣB期や遠隔転移のあるⅣC期では、手術可能性だけでなく、治療につながる遺伝子変化があるかを早い段階で調べます。

未分化がんでは遺伝子検査を早い段階で行う意味が大きい

未分化がんの一部にはBRAF V600Eなど、分子標的治療につながる遺伝子変化があります。

甲状腺未分化がんの一部にはBRAF V600E変異が認められ、変異が確認された場合にはBRAF阻害薬とMEK阻害薬を組み合わせた治療などが選択肢になります。遺伝子変化に対応した治療は、国内で承認されている効能・効果や患者さんの状態を確認したうえで検討します。

国立がん研究センターの2026年更新版でも、ⅣB・ⅣC期では遺伝子検査で治療対象となる変化を確認し、該当する場合には薬物療法を行い、腫瘍が縮小して切除可能になれば手術を検討する流れが示されています。

最初に「手術できない」と判断された未分化がんでも、薬物療法への反応によって治療方針が変わる患者さんがいます。

気道への影響や全身状態も同時に対応する

未分化がんでは気管へ急速に広がり、呼吸へ影響することがあります。がんを縮小させる治療だけでなく、気道を安全に保てるかという評価も重要です。放射線治療、薬物療法、手術などを組み合わせるとともに、痛み、呼吸困難、嚥下障害などへの支持療法・緩和ケアも診断時から並行して行います。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

甲状腺がん治療の副作用と治療後の生活

甲状腺がんでは、長期間にわたって経過観察や甲状腺ホルモン薬の服用を続ける患者さんが多くいます。また、放射性ヨウ素内用療法や分子標的薬などを受ける場合には、それぞれ異なる副作用への対応が必要です。

手術後の声や飲み込みへの影響

甲状腺手術後には、反回神経への影響によって声がかすれることがあります。神経麻痺が一時的な場合には時間とともに改善することがありますが、長く続く場合には耳鼻咽喉科で声帯の状態を確認し、音声治療や手術などを検討することがあります。

首のつっぱり感や飲み込みにくさを感じる患者さんもいます。術後経過に問題がなければ、医療者の指示に従って首を動かす運動などを取り入れることで改善を図る場合があります。

低カルシウム血症ではしびれなどに注意する

全摘などで副甲状腺機能が低下すると、血液中のカルシウムが低くなります。口の周囲や指先のしびれ、筋肉のけいれんなどがみられる場合には、血液検査でカルシウムを確認します。必要に応じてカルシウム製剤や活性型ビタミンD製剤を使用します。

一時的な低下なら回復後に薬をやめられる場合がありますが、長期間の補充が必要になることもあります。

甲状腺ホルモン薬は適切な量を続けることが重要

甲状腺全摘後には甲状腺ホルモン薬を継続して服用します。薬の量が不足すると、疲れやすさ、むくみ、寒がりなど甲状腺機能低下症の症状が出る可能性があります。反対に量が多すぎれば、動悸、発汗、手の震えなどが出ることがあります。

TSH抑制療法を行う患者さんでは意図的にTSHを低く保つため、年齢や心臓・骨の状態も確認しながら薬の量を調整します。

放射性ヨウ素治療では唾液腺や味覚への影響がある

放射性ヨウ素は甲状腺由来の細胞だけでなく唾液腺などにも集まるため、唾液腺炎、口の乾燥、味覚の変化などが起こる場合があります。治療量や回数によって影響は異なります。妊娠中・授乳中には放射性ヨウ素治療を行わず、治療後の妊娠時期についても医療機関の指示に従います。

将来の妊娠・出産を希望している場合には、治療前に妊孕性への影響も含めて確認しておくことが大切です。

分子標的薬では高血圧・蛋白尿・下痢などに注意する

レンバチニブなど血管新生を抑える分子標的薬では、高血圧、蛋白尿、下痢、食欲低下、疲労、手足症候群などが起こる場合があります。

血圧は症状がないまま上昇することがあるため、家庭で測定するよう指示されることがあります。副作用を我慢し続けるのではなく、必要に応じて休薬や減量を行うことで長期間治療を続けられる場合があります。

甲状腺がんが気管や食道などへ浸潤している場合には、血管新生を抑える薬による出血や瘻孔など重い合併症のリスクにも注意して治療を判断します。

仕事や日常生活は長期的な治療を前提に考える

乳頭がんや濾胞がんでは治療後も長期間の経過観察を続けるため、仕事や家庭生活と通院を両立することが重要になります。手術後に体調が安定し、甲状腺ホルモン値が適切に調整されていれば、日常生活を大きく制限する必要がない患者さんも多くいます。

食事についても、放射性ヨウ素治療前の期間を除けば、「甲状腺がんだから海藻を一生食べてはいけない」といった一律の制限を行うものではありません。

緩和ケア・支持療法は治療と同時に受けられる

緩和ケアは、がんに対する治療がなくなった後だけに行うものではありません。診断時から、痛み、呼吸や飲み込みのつらさ、不安、不眠などに対する支援を受けることができます。特に未分化がんや進行例では、がんを縮小させる治療と症状を和らげる治療を同時に進めることが重要です。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」、国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」

甲状腺がんの再発と経過観察

甲状腺がんの治療後は、再発の有無や甲状腺ホルモンの状態などを確認するため、定期的な通院を続けます。必要な検査は組織型、手術範囲、再発リスク、これまでの治療などによって異なります。

乳頭がん・濾胞がんは長期間たって再発することがある

国立がん研究センターでは、乳頭がんや濾胞がんは治療から10年あるいは20年たって再発する可能性があるため、長期的な経過観察が必要と説明しています。早期の低リスクがんであっても、手術が終わればその後一切受診しなくてよいとは限りません。

一方、通院頻度は病状によって異なります。高リスク患者さんと超低リスク患者さんが同じ頻度でCTを受け続けるわけではありません。

首の超音波検査で甲状腺やリンパ節を確認する

経過観察では、首の触診や超音波検査などによって、甲状腺を残している場合の残存甲状腺や頸部リンパ節などを確認します。全摘後にも頸部リンパ節などへの再発を調べるため超音波検査を行います。再発が疑われる場合や高リスク例では、CT、MRI、シンチグラフィなどを病状に応じて追加します。

全摘後の分化がんではサイログロブリンを確認する

サイログロブリンは正常な甲状腺細胞と分化型甲状腺がんの細胞からつくられます。甲状腺を全摘すると正常な甲状腺組織がほとんどなくなるため、その後サイログロブリンが上昇すれば残存・再発を考える手掛かりになります。ただし、抗サイログロブリン抗体がある場合にはサイログロブリン測定値へ影響するため、抗体も合わせて確認します。

葉切除後は正常な甲状腺が残っているため、サイログロブリンの値だけで再発を判断することはできません。超音波検査などと組み合わせて評価します。

髄様がんではカルシトニン・CEAを確認する

髄様がんの治療後は、カルシトニンやCEAの値を継続的に確認します。値が持続して高い、あるいは時間とともに上昇している場合には、残存がんや再発の可能性を考えて画像検査を行います。検査値の絶対値だけでなく、どの程度の速さで変化しているかも病状を考える材料になります。

再発してもすぐ生命に関わるとは限らない

乳頭がんなどでは、頸部リンパ節に再発しても手術によって治療できる場合があります。小さく長期間変化しない病変では、治療による負担と比較して経過観察を選ぶ場合もあります。

「再発した」という言葉だけで病状を判断せず、再発した場所、数、増大速度、症状、放射性ヨウ素感受性などを確認して次の治療を考えます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 療養」、国立がん研究センター「甲状腺がん 検査」

甲状腺がんのステージ別生存率と予後

甲状腺がんの予後を理解するときに最も注意したいのが、乳頭がん・濾胞がんと、髄様がん、未分化がんを別々に扱い、同じ「甲状腺がん」としてまとめないことです。

組織型によって病気の進行速度が大きく異なるため、「甲状腺がん全体」の生存率だけでは個々の患者さんの病状を十分に表せません。

なお、以下に示す2014~2015年診断例の病期別生存率はいずれも、当時の院内がん登録で使用されていたUICC TNM分類第7版に基づいています。現在使用されている第8版では、乳頭がん・濾胞がん・低分化がんの年齢区分が45歳から55歳へ変更されるなど病期分類が異なるため、以下のⅠ~Ⅳ期を現在のステージ分類へそのまま対応させて解釈することはできません。

乳頭がん・濾胞がんの5年ネット・サバイバル

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に診断された「甲状腺乳頭濾胞がん」の5年ネット・サバイバルが公開されています。

ネット・サバイバルとは、がん以外の死因による影響をできるだけ取り除き「がんだけが死亡に影響すると仮定した場合」の生存率を推計する方法です。

病期 5年ネット・サバイバル
Ⅰ期 98.1%
Ⅱ期 98.6%
Ⅲ期 99.3%
Ⅳ期 89.5%

全体の5年ネット・サバイバルは96.4%です。この表ではⅢ期がⅡ期より数値上高くなっていますが、「Ⅲ期の方がⅡ期より予後がよい」という意味ではありません。病期ごとの患者背景や対象数なども異なるため、数値の小さな差を単純な病期順の優劣として読むのは適切ではありません。

髄様がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺髄様がんでは、全体の5年ネット・サバイバルは93.2%でした。

ステージⅠ期は93.4%、ステージⅣ期は85.1%と報告されています。Ⅱ期・Ⅲ期は集計対象数が30例未満だったため、個別の5年生存率は表示されていません。

髄様がんは乳頭がん・濾胞がんより症例数が少ないため、統計値の不確実性も大きくなります。

未分化がんの5年ネット・サバイバル

2014~2015年診断例の甲状腺未分化がんでは、ステージⅣ期の5年ネット・サバイバルは6.1%でした。この数字は集計対象のⅣ期60例から推計されたもので、95%信頼区間は3.4~8.9%です。症例数が限られていることにも注意が必要です。

乳頭がん・濾胞がんと未分化がんでは予後に非常に大きな差があることが分かります。

ただし、この生存率は2014~2015年に診断された患者さんの治療成績です。その後、遺伝子検査やBRAFなどを標的とする分子標的治療が進歩しており、特に治療可能な遺伝子変化を持つ進行例については、過去の集団統計を現在の患者さんの予後へそのまま当てはめることはできません。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

同じ乳頭がんでも、微小な超低リスクがんと、周囲の臓器へ浸潤し遠隔転移がある高リスクがんでは経過が異なります。年齢、組織型、腫瘍の大きさ、リンパ節・遠隔転移、手術で切除できた範囲、放射性ヨウ素への反応、遺伝子変化などによって個人の予後は変わります。

生存率は過去に同じ分類に含まれた多くの患者さんを集計した数字であり、「自分が5年後に生きている確率」をそのまま示すものではありません。

参考:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺乳頭濾胞がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺髄様がん」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果 甲状腺未分化がん」

甲状腺がんの治療を選ぶときに確認したいこと

甲状腺がんでは、同じ「甲状腺がん」という診断でも治療方法が大きく異なります。

特に乳頭がんでは、何もせず放置するのか手術するのかという二択ではなく、積極的経過観察、葉切除、全摘、リンパ節郭清、RAI、TSH抑制療法などを、病気のリスクに合わせて選びます。

治療説明を受ける際には、次の項目を整理すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

確認したいこと 確認する意味
組織型は何か 乳頭・濾胞・髄様・未分化などで治療そのものが異なる
腫瘍は何cmか 乳頭がんのリスク分類や積極的経過観察、手術範囲に関係する
リンパ節・遠隔転移はあるか リスク分類、ステージ、手術範囲や追加治療に関係する
気管・食道・反回神経への浸潤はあるか 積極的経過観察の可否や手術方法に大きく影響する
乳頭がんのリスク分類は何か 超低・低・中・高リスクによって積極的経過観察、葉切除、全摘などの考え方が変わる
積極的経過観察の対象になるか 超低リスク乳頭がんでは手術を急がない選択肢がある
葉切除と全摘のどちらを勧められているか 再発リスクだけでなく、ホルモン補充や副甲状腺機能低下など治療後の負担も異なる
RAIを行う目的は何か アブレーション、再発予防の補助療法、残存・転移がんの治療では目的が異なる
TSH抑制が必要か 再発リスクと心臓・骨への影響を考えて抑制の程度を決める
再発・転移巣は放射性ヨウ素を取り込むか RAIを続けるか、局所治療や薬物療法へ切り替えるかに関係する
RET・BRAF・NTRKなどを調べる必要があるか 再発・進行例では遺伝子変化に対応した薬を選べる場合がある
髄様がんならRET遺伝学的検査を受けたか 手術方法、褐色細胞腫の評価、家族への影響に関係する
治療の目的は何か 根治、再発予防、病気の長期制御、症状緩和では治療によって期待するものが異なる

この表は国立がん研究センターの患者向け情報などを参照し、患者さんが治療方針を理解しやすいよう本記事で独自に整理したものです。公的機関が同じ形式のチェックリストを提示しているという意味ではありません。

甲状腺がんでは、治療法の名前だけを聞くより、「なぜ自分は経過観察でよいのか」「なぜ葉切除ではなく全摘なのか」「なぜRAIが必要なのか」「なぜ今は薬を始めないのか」といった理由を確認することが、治療を理解するうえで役立ちます。

参考:国立がん研究センター「甲状腺がん 治療」

まとめ|甲状腺がんは種類・リスク・治療目的を分けて考える

甲状腺がんの約90%を占める乳頭がんは比較的ゆっくり進行します。特に1cm以下でリンパ節・遠隔転移や明らかな浸潤のない超低リスク乳頭がんでは、診断後すぐ手術せず、定期的な超音波検査を続ける積極的経過観察が標準的な選択肢になります。「がんだから早く取るほどよい」と一律に考えるのではなく、手術による利益と負担を比較することが重要です。

手術が必要な場合も、すべての患者さんが甲状腺を全摘するわけではありません。低~中リスク乳頭がんでは葉切除、高リスク例では全摘を中心に検討し、リンパ節転移や周囲への浸潤などによって手術範囲を調整します。全摘後や再発リスクが高い分化がんでは、放射性ヨウ素内用療法やTSH抑制療法を追加する場合があります。

再発・転移した乳頭がんや濾胞がんでは、放射性ヨウ素が効く状態かどうかが大きな治療分岐になります。RAI不応となった進行例では分子標的薬を使用し、RET、BRAF、NTRKなどの遺伝子変化が確認されれば、それに対応した薬を選べる場合があります。

髄様がんではRET遺伝学的検査が治療や遺伝性の評価に重要で、未分化がんでは速やかなステージ評価と遺伝子検査を行い、薬物療法、手術、放射線治療を組み合わせます。甲状腺がんは「比較的予後がよい」という一言では説明できず、組織型によって治療も経過も大きく異なります。

治療方針を考える際には、甲状腺がんという診断名だけを見るのではなく、どの組織型なのか、乳頭がんならどのリスク群なのか、どこまで広がっているのか、治療の目的は何かを順番に確認すると、自分にその治療が勧められている理由を理解しやすくなります。