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「ステージ4の大腸がんです。」

診察室でそう告げられた瞬間、多くの患者さんやご家族は「もう治療法はないのではないか」「余命はどれくらいなのだろう」と強い不安を感じます。

大腸がんのステージ4とは、大腸から離れた臓器やリンパ節へがんが転移した状態を意味します。そのため「末期がん」と説明されることもあり、治療を諦めなければならない病気という印象を持たれがちです。しかし、現在の大腸がん治療は以前とは大きく変わっています。

抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の進歩に加え、転移した病変を切除する外科治療も発達し、ステージ4であっても根治を目指せる患者さんが存在する数少ないがんの一つになっています。

肝臓や肺への転移が限られている場合には、薬物療法で腫瘍を縮小させた後に切除を行い、長期間再発なく生活している患者さんもいます。診断時には手術が難しいと判断されても、治療への反応によって状況が変わることもあり「ステージ4だから手術はできない」と最初から決まっているわけではないのです。

一方で、すべての患者さんが同じ治療を受けるわけでもありません。近年では、転移の部位や数だけでなく、RAS遺伝子やBRAF遺伝子の変異、MSI(マイクロサテライト不安定性)の有無、HER2の発現なども調べたうえで、一人ひとりに適した治療法を選択します。「大腸がんステージ4」という診断名は同じでも、実際の治療内容や期待できる治療効果は患者さんによって大きく異なります。

生存率や余命についても、インターネット上にはさまざまな数字が掲載されていますが、それだけで将来を決めつけることはできません。新しい薬剤が次々と登場し、10年前の統計では現在の治療成績を十分に反映できなくなっているためです。

この記事では、大腸がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、治療の流れ、生存率や余命、完治の可能性、最新治療、標準治療以外の選択肢まで、現在の医学的根拠に基づいて詳しく解説します。

診断されたばかりの方はもちろん、治療中で今後の選択肢について知りたい方、ご家族として情報を整理したい方にも、治療を考えるための判断材料となる記事を目指しています。

  • 大腸がんステージ4でも肝転移や肺転移を含めて切除できる一部の患者では根治を目指せる
  • 切除できない場合は遺伝子・免疫の特徴に応じた薬物療法が中心
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は18.3%だが、経過には大きな幅がある

大腸がんステージ4とは

大腸がんのステージは、がんがどこまで広がっているかを表す指標です。

早期のステージⅠではがんは腸の壁の浅い部分にとどまっていますが、病気が進行すると腸の外側へ広がり、周囲のリンパ節へ転移するようになります。そして「大腸から離れた臓器や遠隔リンパ節へ転移した状態がステージ4」です。

医学的にはTNM分類によって決定され、「M(遠隔転移)」が認められた場合はステージ4に分類されます。

ここで重要なのは「ステージ4=全身へ無数に転移している状態」とは限らないということです。例えば、肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんも、肝臓・肺・腹膜へ複数の転移が広がっている患者さんも、同じステージ4に分類されます。しかし、実際の治療方針や予後は大きく異なります。

近年の大腸がん診療では「ステージ4」という分類だけではなく、転移した臓器、転移の個数、腫瘍の大きさ、手術で切除できるか、遺伝子変異の有無、全身状態(Performance Status)などを総合的に評価し、一人ひとりに適した治療方針を決定します。

大腸がんの主な転移先

大腸がんで最も多い転移先は「肝臓」です。大腸から流れ出る血液は門脈を通って肝臓へ集まるため、がん細胞も肝臓へ運ばれやすくなります。実際、大腸がんステージ4患者さんの多くで肝転移が認められます。

次に多いのが「肺転移」です。直腸がんでは骨盤内の静脈を経由して肺へ転移することが多く、結腸がんとはやや異なる転移パターンを示します。そのほかにも、腹膜播種、遠隔リンパ節転移、骨転移、脳転移などがみられることがあります。

転移先によって異なる症状

転移した場所によって症状も異なります。肝転移では初期にはほとんど症状がありませんが、病気が進行すると倦怠感や黄疸が現れることがあります。肺転移では咳や息切れがみられることもありますが、健康診断やCT検査で偶然見つかるケースも少なくありません。腹膜播種では腹水がたまり、お腹の張りや食欲低下、腸閉塞などが問題になることがあります。

このように、大腸がんステージ4といっても転移した部位によって症状や治療方法は大きく変わります。

大腸がんはステージ4でも根治を目指せる

他の多くのがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術が難しくなることが少なくありません。

しかし、大腸がんでは肝転移や肺転移が限られた範囲にとどまっている場合には、転移巣も含めて切除できる可能性があります。さらに近年では、最初は切除できないと判断された患者さんでも、薬物療法への反応などを踏まえ、選択された患者では『コンバージョン手術』が検討されます。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「ステージ4=延命治療だけ」という考え方ではなく、「根治を目指せる可能性があるかどうか」を最初に評価することが、近年の大腸がん診療では非常に重要になっています。

大腸がんステージ4でも治療を行う理由

大腸がんステージ4の治療では「がんを完全になくすこと」だけが目標になるわけではありません。病気の進行を抑えながら生活の質を維持すること、つらい症状を改善すること、そして患者さんによっては根治を目指すことまで、病状に応じて複数の目標を持ちながら治療を進めていきます。

他のがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術による根治が難しくなることも少なくありません。一方、大腸がんでは肝臓や肺への転移が限られている場合、転移巣も含めて切除することで長期生存や根治を期待できる患者さんがいます。診断直後から「治療の目的は延命だけ」と決めつけることはできません。

現在の診療では、まず薬物療法で病気をコントロールし、その治療効果を慎重に評価しながら、手術を含めた次の治療へつなげられるかを検討していく流れが一般的になっています。

根治を目指せる可能性の見極め

大腸がんステージ4と診断された患者さんの中には、診断時には切除が難しいと判断されるケースも少なくありません。しかし、その判断が治療開始後も変わらないとも限りません。

近年は抗がん剤や分子標的薬の進歩によって、切除不能と考えられていた肝転移や肺転移が大きく縮小し、手術が可能になる例が増えています。このような治療戦略は「コンバージョン治療(Conversion Therapy)」と呼ばれ、大腸がんでは特に重要な考え方の一つです。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。転移の数や部位、全身状態などを総合的に判断する必要がありますが、「現在は手術できない」という診断が、そのまま将来まで変わらないとは限らないことは知っておくべきでしょう。

だからこそ、大腸がんステージ4では治療開始時だけではなく、薬物療法の途中でも画像検査を繰り返し行い、切除の可能性が生まれていないかを定期的に評価することが重要になります。

生活の質を保つことも治療の大切な目的

すべての患者さんが根治を目指せるわけではありません。転移が広範囲に及んでいる場合や、切除が難しい部位へ病変が広がっている場合には、病気と付き合いながら長く生活していくことが現実的な目標になります。

大腸がんでは、腸が狭くなることで便が通りにくくなったり、腸閉塞を起こしたりすることがあります。また、出血による貧血や腹膜播種による腹水などが日常生活へ影響することもあります。こうした症状を改善し、食事や睡眠、外出など、これまでの生活をできるだけ維持できるよう支援することも、ステージ4治療の重要な役割です。

場合によっては、人工肛門(ストーマ)の造設や腸閉塞を防ぐための手術、内視鏡によるステント留置などを行い、まず生活しやすい状態を整えてから薬物療法を開始することもあります。このような治療は「根治を諦めたから行う治療」ではありません。患者さんがその後の治療を安全に続けるためにも、大切な意味を持っています。

治療の目標は経過とともに変わることがある

大腸がんステージ4の治療では、診断された時点で最終的な治療方針が決まるわけではありません。薬物療法が予想以上によく効けば、当初は難しいと考えられていた手術が可能になることがあります。逆に、副作用や病気の進行によって治療内容を見直した方がよい場面もあります。

近年の診療現場では「最初に決めた治療を最後まで続ける」という考え方ではなく、その時々の病状や治療効果を評価しながら、最も適した選択肢へ切り替えていくことが基本になります。この柔軟な治療戦略こそが、大腸がんステージ4診療の特徴です。

治療開始時には延命を主な目的としていた患者さんが、その後コンバージョン手術を目指せるようになることもありますし、根治を目指していた患者さんが、生活の質を優先した治療へ切り替えることもあります。大切なのは「ステージ4だからこうする」と一律に考えるのではなく、現在の病状と治療への反応を踏まえながら、その時点で最善と考えられる選択を積み重ねていくことです。

治療方針を決める検査 ― 「切除できるか」と「どの薬が合うか」を同時に見極める

大腸がんステージ4の検査には、診断を確定するだけでなく、その後の治療方針を組み立てる役割があります。最初に確認するのは、原発巣と転移巣をすべて切除できる可能性があるかどうかです。同時に、がん細胞の遺伝子や免疫に関わる特徴を調べ、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のうち、どの治療が適しているかを判断します。

日常生活をどの程度送れているか、肝臓や腎臓が薬物療法に耐えられる状態か、食事や栄養を維持できているかも含めて評価するため、同じステージ4でも検査後に提示される治療は一人ひとり異なります。

画像検査は転移の有無だけでなく「切除できる配置か」を確認

CT検査

胸部・腹部・骨盤部の造影CTは、肝臓や肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの転移を確認する基本的な検査です。肝転移が見つかった場合には、個数や大きさだけでなく、肝臓の左右どちらに分布しているか、重要な血管へどの程度近いか、切除後に十分な肝臓を残せるかまで確認します。

MRI検査

CTだけでは小さな病変の評価が難しい場合や、肝切除を具体的に検討する段階では、造影MRIを追加して転移の範囲をより詳しく調べることがあります。

直腸がんでは骨盤MRIの役割も大きく、原発巣が骨盤内の周囲組織へどこまで広がっているか、肛門を残せる可能性があるか、放射線治療を組み合わせる必要があるかを評価します。

PET-CT

PET-CTはすべての患者さんに必須の検査ではありませんが、通常の画像検査だけでは判断しにくい病変がある場合や、肝転移・肺転移を切除する前にほかの遠隔転移がないことを確認したい場合に検討されます。検査の目的は転移を数えることではなく、局所治療によってすべての病変を制御できる余地があるかを見極めることにあります。

大腸内視鏡検査

大腸内視鏡検査では原発巣の位置や大きさを確認し、採取した組織によって大腸がんであることを病理学的に確定します。腸管が狭くなって内視鏡を奥まで通せない場合には、画像検査も組み合わせながら別の病変がないかを確認します。

便がほとんど通らない、出血が続いている、腸閉塞が近いと判断される場合は、薬物療法の内容を決める前に、ステント留置や人工肛門造設、原発巣切除などの対応が必要になることもあります。

RAS・BRAF・MSI/MMRの結果が薬剤選択を変える

切除不能な大腸がんでは、病理組織を用いてRAS遺伝子、BRAF遺伝子、MSIまたはMMRの状態を調べます。

RAS遺伝子

RAS遺伝子に変異があるがんでは、セツキシマブやパニツムマブといった抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくいため、別の分子標的薬を組み合わせた治療を検討します。RAS野生型であれば抗EGFR抗体薬の候補になりますが、原発巣が右側結腸にあるか、左側結腸から直腸にあるかによっても期待される効果が異なり、腫瘍の発生部位まで含めて一次治療を選びます。

BRAF V600E変異

BRAF V600E変異は、病気が進行しやすい性質を示す予後因子であると同時に、BRAFを標的とした治療へつながる情報でもあります。2025年以降は、BRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、エンコラフェニブとセツキシマブを含む治療を一次治療から用いる選択肢も加わり、診断時にBRAFの状態を把握する意味がさらに大きくなっています。

MSI-H/dMMR

MSI-HまたはdMMRと判定された大腸がんでは、DNAの複製ミスを修復する機能が低下しており、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。このタイプでは、従来の抗がん剤よりも免疫療法を先に検討する場合があるため、治療開始前の検査結果が初回治療そのものを変えます。

MSI-H/dMMRはリンチ症候群を疑う手がかりにもなり、発症年齢や家族歴などによっては、遺伝カウンセリングや追加の遺伝学的検査が提案されます。

HER2やKRAS G12Cなど、二次治療以降につながる検査もある

標準的な検査で治療方針が固まった後も、病状や治療歴に応じて追加のバイオマーカー検査を行うことがあります。

HER2の遺伝子増幅やタンパク質の過剰発現が確認された大腸がんでは、HER2を標的とする薬剤が治療候補になります。KRAS G12C変異陽性例では、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が選択肢となり、極めてまれではあるもののNTRK融合遺伝子などが見つかれば、がんが発生した臓器を問わず使える分子標的薬へつながる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査

遺伝子変異を一つずつ調べるのではなく、複数の遺伝子をまとめて解析するがん遺伝子パネル検査が検討されることもあります。検査を受ければ必ず新しい薬が見つかるわけではありませんが、標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、治験や適応可能な薬剤を探す手がかりになります。

組織の量が不足している場合や再生検が難しい場合には、血液中の腫瘍由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが利用できることもありますが、血液検査で異常が検出されなかったからといって、腫瘍に遺伝子変異がないとは断定できません。

治療を安全に続けられるかも検査で確認

薬物療法を選ぶ際には、腫瘍の情報だけでなく、患者さんの体が治療に耐えられる状態かを確認します。

血液検査/腫瘍マーカー検査

血液検査では白血球や血小板、貧血の程度に加え、肝機能や腎機能、電解質、栄養状態を評価します。CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーは、それだけで治療効果を判定できるものではありませんが、治療前の値を基準として、その後の変化を画像検査とともに追う際に役立ちます。

イリノテカンを含む治療が候補になる場合には、UGT1A1遺伝子多型を調べることがあります。特定の型を持つ患者さんでは、重い白血球減少や下痢が起こりやすいため、開始時の投与量や治療中の観察方法を調整する判断材料になります。

パフォーマンスステータス(PS)評価

日常生活をどの程度自立して送れているかを示すPerformance Status、体重減少や筋肉量、心臓や肺の持病なども治療強度を決めるうえで欠かせません。医学的には使用できる薬であっても、現在の体力や臓器機能によっては、薬剤や投与量を変えた方が安全に長く治療を続けられることがあります。

治療中も定期的に検査を行う

検査結果は一度確認して終わりではありません。診断時には切除不能だった肝転移や肺転移が薬物療法で縮小し、手術や局所治療の対象へ変わることがあるため、治療中も定期的に画像を撮影して切除可能性を見直します。原発巣と転移巣の位置関係、遺伝子検査の結果、薬物療法への反応を、消化器内科、外科、放射線科、病理診断科などが共有して検討することで、手術へ切り替える時期を逃しにくくなります。

大腸がんステージ4の検査は、単に病状の悪さを確認するために行うものではありません。根治を目指せる余地があるのか、最初にどの薬を選ぶべきか、治療をどの程度の強さで始められるかを明らかにし、その後の選択肢をできるだけ多く残すために行われます。

参考:大腸癌治療ガイドライン|JSCCR 大腸癌研究会

大腸がんステージ4の治療全体像

大腸がんステージ4の治療方針を決める際、最初の分岐になるのは、原発巣と遠隔転移巣をすべて切除できるかどうかです。

肝臓や肺に転移があっても、病変の数や位置が限られ、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、転移巣を含めた切除によって根治を目指せる可能性があります。遠隔転移が見つかった時点で一律に薬物療法へ進むのではなく、まず外科的に病変を取り切れる余地がないかを検討する点は、大腸がんステージ4の大きな特徴です。

切除可能な場合は手術が検討される

切除可能と判断された場合には、大腸の原発巣と肝転移や肺転移の手術が検討されます。すべてを一度に切除する方法もあれば、患者さんの体力や手術範囲を考慮し、複数回に分けて行う方法もあります。肝臓に多数の病変がある場合でも、切除する順番を工夫したり、残す予定の肝臓をあらかじめ大きくしたりすることで手術を目指せることがあります。

手術の可否は単に転移の個数だけで決まるものではなく、血管との位置関係、切除後に残る臓器の量、原発巣の状態、ほかの臓器への転移の有無まで含めて判断されます。

切除できなくても薬物療法によって手術を目指せる場合がある

診断時には切除不能であっても、薬物療法によって腫瘍を十分に縮小させれば、手術へ移行できる可能性があります。これがコンバージョン治療です。肝転移が重要な血管へ近接している、多数の病変が肝臓の両側に広がっているといった理由で手術が難しい場合でも、抗がん剤と分子標的薬によって病変が縮小すれば、切除可能という判断へ変わることがあります。

コンバージョン治療では、腫瘍を小さくすること自体が最終目的ではありません。薬物療法が効いている間に、すべての病変を取り切れる時期が来ていないかを定期的に確認する必要があります。治療を長く続け過ぎると、薬剤による肝障害や全身状態の低下によって、かえって手術が難しくなることもあります。画像上の変化を腫瘍内科だけで判断するのではなく、大腸外科や肝胆膵外科、呼吸器外科などの専門医が早い段階から評価へ加わることが、手術へ切り替える機会を逃さないために重要です。

切除不能例ではバイオマーカーに応じた薬物療法が中心

遠隔転移が広範囲に及び、すべてを切除することが難しい場合には、薬物療法によって病気の進行を抑えることが治療の中心になります。FOLFOXやCAPOX、FOLFIRIなどの抗がん剤治療を土台として、RASやBRAF、MSI/MMRの検査結果、原発巣が右側結腸にあるか左側結腸から直腸にあるか、患者さんの体力や臓器機能を踏まえて、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせます。

薬物療法は一つの治療を最後まで続けるものではありません。一定期間ごとにCTやMRIで効果を確認し、病気が抑えられていれば継続し、進行が確認された場合には作用の異なる薬剤へ切り替えます。

副作用が強いときには投与量を調整したり、原因となる薬だけを一時的に休薬したりしながら、治療効果と生活への負担のバランスを取ります。一次治療の時点から二次治療以降を見据え、将来使える薬剤を残しながら順番を考えることも、長期的な病勢コントロールにつながります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス

原発巣による症状が強い場合は、腸の状態を整える治療を優先

遠隔転移が切除できない状態でも、大腸の原発巣が腸閉塞や出血、穿孔を起こしている場合には、原発巣への対応が必要です。便やガスが通らないほど腸管が狭くなっていれば、内視鏡で金属製ステントを留置して通過を確保したり、人工肛門を造設して便の流れを変えたりします。出血が続いて重い貧血を起こしている場合や、腸に穴が開く危険が高い場合には、原発巣の切除を検討することもあります。

これらの処置は、遠隔転移を治すために行うものではありませんが、食事や排便ができる状態を取り戻し、その後の薬物療法を安全に始めるために欠かせないことがあります。一方、原発巣による症状がなく、遠隔転移を切除できない場合には、予防的に大腸を切除するより、全身治療を優先することが一般的です。大きな手術によって薬物療法の開始が遅れたり、術後合併症で体力が落ちたりする可能性もあるため、原発巣切除によって得られる利益を慎重に見極めます。

直腸がんでは放射線治療を組み合わせる場面もある

結腸がんと直腸がんでは、局所治療の考え方が一部異なります。直腸は骨盤の深い位置にあり、膀胱や生殖器、肛門に近いため、腫瘍が周囲へ広がると痛みや出血、排便障害を起こしやすくなります。こうした症状を抑える目的や、骨盤内の病変を小さくして切除可能性を高める目的で、放射線治療や化学放射線療法を組み合わせることがあります。

肝転移や肺転移に対しても、手術だけが局所治療ではありません。病変の大きさや位置、患者さんの体力によっては、ラジオ波焼灼療法や定位放射線治療などが検討されます。どの方法が適しているかは病変ごとに異なり、薬物療法との順番まで含めて治療計画を組み立てます。

大腸がんステージ4の治療は、手術か薬物療法かを一度だけ選んで終わるものではありません。切除可能性を繰り返し評価し、病気の広がりや薬物療法への反応が変われば、治療の目標と方法も見直します。切除不能から根治手術を目指す方向へ進む患者さんもいれば、症状を抑えながら薬物療法を長く続けることを目標とする患者さんもいます。最初の方針に固執せず、その時点で得られている検査結果をもとに治療を組み替えていくことが、ステージ4の診療を支える基本的な考え方です。

参考:ESMO Clinical Practice Guideline「Metastatic Colorectal Cancer」

抗がん剤治療 ― FOLFOX・CAPOX・FOLFIRIはどう使い分けるのか

大腸がんステージ4の薬物療法では、一種類の抗がん剤だけを投与するのではなく、作用の異なる複数の薬を組み合わせる治療が基本になります。中心になるのは、5-FUまたはカペシタビンといったフッ化ピリミジン系薬剤に、オキサリプラチンまたはイリノテカンを組み合わせる方法です。治療効果を高めるため、バイオマーカーの結果に応じて分子標的薬を追加することも多く、抗がん剤は薬物療法全体の土台として使われています。

どの組み合わせを選ぶかは、単純に「最も強い治療はどれか」で決まるものではありません。転移巣を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えながら生活を維持したいのかによって、必要な治療強度は変わります。手足のしびれや腎機能低下、下痢を起こしやすい持病、過去に受けた抗がん剤、通院方法や仕事の都合も薬剤選択へ影響します。大腸がんの抗がん剤治療では、腫瘍への効果と治療後の生活を切り離さずに考える必要があります。

FOLFOXとCAPOXはオキサリプラチンを使う代表的な治療

FOLFOX(フォルフォックス)

FOLFOXは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを組み合わせる治療です。国内ではmFOLFOX6と呼ばれる方法が広く使われており、一般的には2週間を一つの周期として投与します。

点滴当日だけで終わるわけではなく、携帯型ポンプを使って5-FUを約46時間かけて持続投与するため、多くの施設では中心静脈ポートを留置します。ポンプを装着したまま自宅で過ごす時間が生じますが、通院日と体調の波を把握できれば、仕事を続けながら治療を受けることも可能です。

CAPOX(カポックス)/XELOX(ゼロックス)

CAPOXは、オキサリプラチンの点滴と、カペシタビンという内服薬を組み合わせます。XELOXと呼ばれることもあり、一般的には3週間を一つの周期として、治療初日にオキサリプラチンを投与し、その後一定期間カペシタビンを服用します。

持続点滴用のポンプを必要としない点は生活上の利点ですが、毎日の服薬管理が必要であり、食事や水分を十分に取れない患者さん、腎機能が低下している患者さんでは別の治療が適することもあります。FOLFOXより簡単な治療、あるいは弱い治療という意味ではなく、同じオキサリプラチン系治療を異なる方法で行う選択肢と考える方が正確です。

オキサリプラチンの副作用について

オキサリプラチンで特徴的なのが、冷たい物へ触れた際に起こるしびれや痛みです。投与後しばらくは、冷たい飲み物で喉が締め付けられるように感じたり、冷蔵庫の物へ触れた手が強くしびれたりすることがあります。

治療を重ねると、温度に関係なく手足のしびれが残り、ボタンを留める、文字を書く、箸を使うといった動作へ影響する場合もあります。末梢神経障害は累積投与量とともに悪化しやすいため、症状が強くなる前にオキサリプラチンを休薬し、ほかの薬だけで治療を続ける判断も行われます。

参考:オキサリプラチン 添付文書|医薬品医療機器総合機構

FOLFIRI(フォルフィリ)ではイリノテカンを組み合わせる

FOLFIRIは、5-FUとレボホリナートにイリノテカンを加えた治療で、FOLFOXと同じく2週間ごとに行う方法が一般的です。

FOLFOXとFOLFIRIはいずれも転移性大腸がんに対する主要な治療であり、一方がすべての患者さんに優れているわけではありません。治療歴がない段階からFOLFIRIを選ぶ場合もあれば、最初にFOLFOXやCAPOXを使用し、病気が進行した後にオキサリプラチンからイリノテカンへ切り替える場合もあります。反対に、FOLFIRIから治療を開始し、二次治療でオキサリプラチン系へ変更する流れもあります。

イリノテカンの副作用

イリノテカンでは下痢と骨髄抑制が問題になりやすく、下痢は投与直後に現れるタイプと、数日後から続くタイプに分かれます。遅れて起こる下痢を放置すると脱水や腎機能低下につながるため、排便回数が急に増えた場合や、水分を取れない状態が続く場合には早い対応が必要です。白血球、とくに好中球が低下すると感染症の危険が高まり、発熱を伴う場合には緊急の診察が必要になることがあります。

イリノテカンの分解にはUGT1A1という酵素が関わっており、特定の遺伝子型を持つ患者さんでは重い好中球減少や下痢が起こりやすいことが分かっています。治療前にUGT1A1遺伝子多型を調べ、その結果や年齢、肝機能を踏まえて開始量を調整することがあります。検査で特定の型が見つかってもイリノテカンを必ず使えないわけではなく、副作用を避けるために投与方法を慎重に決めるための情報として利用されます。

腫瘍を大きく縮小させたい場合にはFOLFOXIRI(フォルフォキシリ)が検討

FOLFOXIRIは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカンを組み合わせる治療です。通常は分子標的薬のベバシズマブと併用し、診断時には切除できなかった肝転移などを縮小させ、手術へつなげたい場合に検討されます。FOLFOXやFOLFIRIより多くの薬を同時に使うため、高い腫瘍縮小効果が期待できる反面、好中球減少、下痢、口内炎、末梢神経障害などの負担も大きくなります。

体力が保たれ、主要な臓器機能に問題がなく、強い治療を行う医学的な理由がある患者さんが主な対象です。高齢であることだけを理由に一律に除外されるわけではありませんが、持病や日常生活の状態を含めて慎重に適応を判断します。薬剤の数が多いほど良い治療ということではなく、治療強度を上げることで得られる利益が、副作用による不利益を上回るかを見極めなければなりません。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

副作用に合わせた減量や休薬は治療の失敗ではない

5-FUやカペシタビンでは、口内炎、下痢、食欲低下、骨髄抑制などが起こることがあります。カペシタビンでは、手のひらや足の裏に赤み、痛み、ひび割れが現れる手足症候群にも注意が必要です。初期の段階で保湿や摩擦の回避、休薬などの対応を行えば重症化を防ぎやすいため、日常動作へ影響が出るまで我慢する必要はありません。

抗がん剤の量を減らしたり、投与日を延期したりすると「治療効果がなくなるのではないか」と心配する患者さんもいます。しかし、副作用によって体力を大きく失い、治療を続けられなくなる方が、その後の選択肢を狭めることがあります。

安全に継続できる量は患者さんごとに異なり、減量や休薬は治療を長く続けるための調整です。発熱、強い下痢、食事や水分を取れない状態、急速に悪化するしびれなどがあれば、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡する必要があります。

参考:重篤副作用疾患別対応マニュアル 手足症候群|厚生労働省

同じ薬を最後まで続けるとは限らない

抗がん剤治療中は、一定の間隔でCT検査や腫瘍マーカー、全身状態を確認し、効果と副作用の両方を評価します。腫瘍が縮小して手術可能になれば、薬物療法を続けるのではなく、外科治療へ切り替える時期を検討します。切除を目的としない場合でも、治療効果が保たれている一方でオキサリプラチンによるしびれが蓄積してきたときには、オキサリプラチンだけを外し、フッ化ピリミジン系薬剤と分子標的薬を残す維持療法へ移行することがあります。

病気が進行した場合には、それまで使用していなかった作用機序の薬へ切り替えます。オキサリプラチン系から始めた患者さんではイリノテカン系を、イリノテカン系から始めた患者さんではオキサリプラチン系を次に使うことが基本的な考え方の一つです。後の治療ではトリフルリジン・チピラシルなど別の抗がん剤が候補となることもあり、最初の治療だけで全経過が決まるわけではありません。

大腸がんステージ4の抗がん剤治療では、強い薬を限界まで続けることより、効果が得られる治療を安全につなぎ、必要な時期に手術や次の薬へ移れる状態を保つことが大切です。使用する抗がん剤の骨格が同じでも、組み合わせる分子標的薬はRASやBRAFの遺伝子変異、原発巣の左右によって変わります。

分子標的薬 ― 遺伝子変異と原発巣の位置によって使う薬が変わる

大腸がんに使われる分子標的薬には、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬、がん細胞の増殖に関わる受容体を遮断する薬、特定の遺伝子変異を直接狙う薬があります。いずれも抗がん剤とは異なる仕組みで作用しますが、単独で使用するとは限りません。一次治療ではFOLFOXやCAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどを土台に分子標的薬を組み合わせ、病気が進行した後は、それまでの治療歴と遺伝子検査の結果を見ながら作用の異なる薬へ切り替えていきます。

薬剤選択には、腫瘍の広がりだけでなくRAS、BRAF、HER2、KRAS G12Cなどの状態が関わります。抗EGFR抗体薬では原発巣が大腸の右側にあるか左側にあるかも治療効果へ影響するため、遺伝子変異がないという結果だけで薬が決まるわけではありません。どの分子標的薬を使うかは、腫瘍を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えたいのか、副作用をどこまで許容できるのかまで含めて判断されます。

ベバシズマブは、腫瘍へ栄養を送る血管が作られるのを抑える

ベバシズマブは、血管内皮増殖因子であるVEGFの働きを抑える抗体薬です。がんは増殖するために周囲へ新しい血管を作り、酸素や栄養を取り込もうとします。ベバシズマブはこの血管新生を妨げることで、抗がん剤の効果を補います。RAS遺伝子の変異の有無にかかわらず使用を検討でき、原発巣が右側にある大腸がんや、抗EGFR抗体薬の対象にならない患者さんにも広く用いられています。

一次治療ではFOLFOX、CAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどと組み合わせます。病気が進行した後もVEGF経路を抑える治療を続ける考え方があり、ベバシズマブを別の抗がん剤と組み合わせて継続するほか、FOLFIRIへラムシルマブまたはアフリベルセプトを加える治療が候補になります。どの薬を選ぶかは、一次治療で使用した薬剤、副作用、病気の進行速度、肝臓や腎臓の状態などを踏まえて決めます。

参考:大腸癌治療ガイドライン医師用 2026年版|大腸癌研究会

ベバシズマブの副作用

抗VEGF薬では、高血圧、たんぱく尿、出血、血栓症などに注意が必要です。まれではあるものの、消化管穿孔や傷の治りにくさが問題になることもあります。手術を予定している患者さんでは、薬の投与と手術の間隔を適切に空けなければなりません。コンバージョン治療によって肝切除や肺切除を目指す場合には、腫瘍の縮小だけでなく、最後にベバシズマブを投与した時期まで含めて手術日程を組みます。

抗EGFR抗体薬は、RAS野生型の左側大腸がんで特に重要

セツキシマブとパニツムマブは、がん細胞の表面にあるEGFRへ結合し、増殖の信号を遮断する抗体薬です。効果を期待するには、少なくともRAS遺伝子が野生型、すなわち治療効果を妨げる変異が確認されていないことが前提になります。RAS変異がある腫瘍では、EGFRを遮断してもその下流で増殖の信号が流れ続けるため、これらの薬を使っても十分な効果は期待できません。

RAS野生型でも、原発巣の位置によって薬剤の選び方が変わります。下行結腸、S状結腸、直腸などの左側大腸がんでは、一次治療として抗EGFR抗体薬を抗がん剤へ加える治療が有力な選択肢です。

日本で行われたPARADIGM試験では、RAS野生型の左側大腸がんに対するmFOLFOX6との併用で、パニツムマブ群の全生存期間中央値は37.9か月、ベバシズマブ群は34.3か月でした。5年生存割合も32%対21%となり、左側原発では抗EGFR抗体薬を最初から用いる意義が示されています。

参考:世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認|国立がん研究センター

盲腸、上行結腸、横行結腸などの右側大腸がんでは、抗EGFR抗体薬による生存利益が左側ほど一貫していません。一次治療ではベバシズマブを組み合わせることが多いものの、肝転移を大きく縮小して手術へつなげたいなど、腫瘍縮小を強く求める状況では抗EGFR抗体薬が検討されることもあります。左右差だけで機械的に決めるのではなく、切除可能性や病気の勢いも含めた判断が必要です。

抗EGFR抗体薬の副作用

抗EGFR抗体薬で多い副作用は、顔や胸、背中に現れるにきびのような発疹、皮膚の乾燥、爪の周囲の炎症、低マグネシウム血症です。皮膚症状が悪化してから対応するより、治療開始時から保湿剤や日焼け止めを使用し、必要に応じて抗菌薬を併用する方が重症化を防ぎやすくなります。発疹が出たことだけを理由に薬が効いていると判断することはできませんが、皮膚障害を早く管理できれば治療を継続しやすくなります。

BRAF V600E変異には、BRAFとEGFRを同時に抑える治療を行う

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、進行が速く、従来の抗がん剤だけでは治療が難しい傾向があります。BRAFだけを阻害すると、がん細胞がEGFR経路を使って増殖の信号を再び活性化させるため、BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる必要があります。化学療法後に病気が進行した患者さんには、エンコラフェニブとセツキシマブの併用が標準的な選択肢として用いられてきました。

2025年11月には、日本でもBRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、一次治療からエンコラフェニブ、セツキシマブ、FOLFOXを組み合わせる治療が承認されました。根拠となったBREAKWATER試験では、奏効率が従来治療の40.0%に対して60.9%、無増悪生存期間中央値は7.1か月に対して12.8か月でした。BRAF V600E変異は予後不良因子として知られていますが、診断時に変異を確認することで、初回治療からその性質を直接狙う選択肢を持てるようになっています。

参考:BRAF阻害剤「ビラフトビ®カプセル」の結腸・直腸がんに対する併用療法の一部変更承認を取得

この治療では、抗EGFR抗体薬による皮膚症状に加え、下痢、悪心、倦怠感、肝機能異常などが現れることがあります。複数の薬剤を組み合わせるため、副作用がどの薬に由来するのかを見極め、休薬や減量を調整しながら続けます。

KRAS変異があっても、G12C型では標的治療を選べるようになった

長い間、RAS変異陽性の大腸がんは抗EGFR抗体薬が効きにくく、遺伝子変異を直接狙う治療もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという特定の型に対する阻害薬が開発され、治療の考え方が変わっています。KRAS G12Cは大腸がん全体では少数ですが、該当する患者さんにとっては治療選択を左右する情報です。

日本では2025年、フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなどを含む治療後に増悪したKRAS G12C変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。KRAS G12C阻害薬だけではEGFR経路が再活性化して効果が弱まりやすいため、パニツムマブを同時に用いて二つの経路を抑えます。

参考:ソトラシブとパニツムマブ併用療法の国内承認|武田薬品工業

「RAS変異があるから分子標的治療はない」という説明は、すべての患者さんには当てはまらなくなっています。ただし、対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られ、ほかの変異型へ同じ治療を用いることはできません。

HER2陽性大腸がんでも治療の選択肢が広がっている

一部の大腸がんでは、HER2遺伝子の増幅やHER2タンパク質の強い発現が認められます。HER2陽性はRAS野生型の腫瘍に多く、抗EGFR抗体薬への抵抗性に関わることもあります。頻度は高くありませんが、標準治療後の次の選択肢を考えるうえで、HER2検査の意味は大きくなっています。

2026年3月には、トラスツズマブ デルクステカンがHER2陽性の進行・再発固形がんへ適応拡大され、標準的な治療が困難となった大腸がんも、承認された検査でHER2遺伝子増幅が確認されるなど所定の条件を満たせば治療候補になり得ます。

参考:PMDA「エンハーツ適正使用ガイド」

この薬はHER2を目印に抗がん剤成分を腫瘍細胞へ届ける抗体薬物複合体です。肺に炎症を起こす間質性肺疾患が重症化することがあるため、咳や息切れ、発熱が現れた場合には速やかな評価が必要です。HER2の判定方法やこれまでの治療歴によって適応が異なるため、検査結果を専門医が確認したうえで使用を判断します。

分子標的薬は検査結果だけで決まるわけではない

同じRAS野生型でも、原発巣が左右どちらにあるか、腫瘍をどの程度縮小させたいか、手術を予定しているかによって、抗EGFR抗体薬と抗VEGF薬のどちらを選ぶかは変わります。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2陽性では専用の治療が候補になりますが、治療を行う時期や、すでに受けた薬との関係まで確認しなければなりません。分子標的薬は「遺伝子に合う薬を一つ選べば終わり」という治療ではなく、抗がん剤との組み合わせや治療の順番まで含めて設計する医療です。

治療中に新たな遺伝子変異が現れ、以前効いていた薬へ抵抗性を持つこともあります。病気が進行した際には、保存してある組織を調べ直したり、再生検やリキッドバイオプシーを行ったりすることで、次の治療につながる変化が見つかる場合があります。初回の検査結果だけを固定的に見るのではなく、病気の変化に合わせて治療標的を再評価する視点も必要です。

分子標的薬によって大腸がんの薬物療法は細分化され、従来なら選択肢が限られていた遺伝子変異にも専用の治療が加わっています。さらに、MSI-HまたはdMMRの大腸がんでは、がん細胞を直接狙う分子標的薬とは異なり、患者さん自身の免疫を利用する治療が中心になることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬

免疫チェックポイント阻害薬は、ステージ4大腸がんの患者さん全員に使用する治療ではありません。

主な対象になるのは、MSI-HまたはdMMRと呼ばれる特徴を持つ大腸がんです。切除不能な進行・再発大腸がんのうち、このタイプが占める割合は約4%と決して高くありませんが、該当する場合には、従来の抗がん剤ではなく免疫療法を最初の治療から選べることがあります。数としては少なくても、検査結果によって治療の組み立てが大きく変わるため、MSI/MMR検査はステージ4大腸がんで欠かせない検査の一つです。

MSI-H・dMMRとはどのような状態か

細胞が増えるときにはDNAが複製されますが、その過程では小さなコピーの間違いが生じます。正常な細胞には、その間違いを見つけて修復する仕組みがあります。修復機能がうまく働かなくなった状態がdMMRであり、その結果として特定のDNA配列に多くの異常が蓄積した状態がMSI-Hです。検査方法や見ている対象は異なるものの、治療選択では互いに近い意味を持つ指標として扱われています。

DNAの異常が多く蓄積したがん細胞は、免疫から見つけられやすい特徴を持ちます。しかし、がん細胞は免疫へブレーキをかけ、攻撃を逃れる仕組みも備えています。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキを解除することで、患者さん自身の免疫細胞が再びがんを攻撃できる状態へ導く薬です。がん細胞を直接壊す抗がん剤とは、治療の仕組みそのものが異なります。

ペムブロリズマブ単剤と、ニボルマブ・イピリムマブ併用が主な選択肢

MSI-HまたはdMMRの切除不能進行・再発大腸がんでは、ペムブロリズマブを単独で使用する治療が、一次治療から選択肢になります。

KEYNOTE-177試験では、ペムブロリズマブを使用した患者の無増悪生存期間中央値は16.5か月で、抗がん剤を中心とした標準治療群の8.2か月を上回りました。5年時点の全生存率も、ペムブロリズマブ群で55%、標準治療群で44%と報告されています。これは臨床試験に参加したMSI-H/dMMR患者全体の結果であり、個人の余命を示す数字ではありませんが、免疫療法の効果が長く続く患者がいることを示しています。

参考:Diaz LA Jr, et al. KEYNOTE-177:5年以上の追跡解析

もう一つの選択肢が、ニボルマブとイピリムマブを組み合わせる治療です。ニボルマブとイピリムマブは、免疫にかかる別々のブレーキを解除する薬であり、二つを併用することで、より幅広く免疫反応を引き出すことを目指します。

CheckMate 8HW試験では、未治療のMSI-H/dMMR転移性大腸がんに対し、併用療法が抗がん剤を中心とした治療より病気の進行を長く抑える結果を示しました。日本でも2025年8月に適応が拡大され、一次治療から検討できるようになっています。

参考:オプジーボ・ヤーボイ併用療法の国内適応拡大|小野薬品工業

単剤と併用療法のどちらが適しているかは、病気の進行速度だけでなく、年齢、持病、自己免疫疾患の有無、副作用への対応力なども含めて判断します。二つの薬を組み合わせれば誰にでも有利になるわけではなく、免疫が過剰に働く副作用も増える可能性があるため、期待できる効果と体への負担を比べながら選ぶ必要があります。治療歴によっては、ニボルマブ単剤が候補になる場合もあります。

MSI-H・dMMRでも、すべての患者に効くわけではない

免疫療法が長く効く患者さんがいる一方で、治療開始後も腫瘍が縮小せず、早い段階で別の治療へ切り替えなければならないこともあります。MSI-HまたはdMMRであれば必ず効果が得られるわけではなく、定期的なCT検査や血液検査、症状の変化を通じて治療効果を確認します。十分な効果が得られない場合には、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤、RASやBRAFの状態に応じた分子標的薬へ移ることになります。

大腸がんの大部分を占めるMSSまたはpMMRでは、免疫チェックポイント阻害薬を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、一般的な標準治療にはなっていません。免疫療法という名称だけを見て、「抗がん剤より新しいから自分にも適している」と判断することはできません。MSI/MMR検査の結果を確認し、その治療が自分の大腸がんに合う医学的な根拠があるかを見極める必要があります。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用

免疫チェックポイント阻害薬では、抗がん剤でよくみられる強い吐き気や脱毛、白血球減少が比較的少ない一方、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃する免疫関連有害事象が起こることがあります。甲状腺や副腎の機能低下、大腸炎、肝炎、肺炎、皮膚障害、1型糖尿病など、影響を受ける臓器は一つに限られません。投与中だけでなく、治療を終えた後に症状が現れる場合もあります。

強いだるさが続く、下痢の回数が急に増える、咳や息切れが出る、皮膚や白目が黄色くなる、異常に喉が渇いて尿の回数が増えるといった変化は、免疫関連有害事象のサインかもしれません。一般的な体調不良に見える症状もあるため、次の診察日まで様子を見るのではなく、治療施設へ連絡して評価を受けることが大切です。早い段階で発見できれば、休薬やステロイド治療などによって重症化を防げる可能性があります。

免疫チェックポイント阻害薬は、対象となる患者さんが限られる一方、効果が長く続けば大腸がんステージ4の経過を大きく変え得る治療です。MSI-H/dMMRかどうかを治療開始前に確認し、単剤と併用療法の違い、副作用への備えまで理解したうえで選択する必要があります。

手術・放射線治療・局所治療

大腸がんステージ4がほかの多くのがんと異なる点の一つは、肝臓や肺へ転移していても、原発巣と転移巣をすべて取り除けると判断された一部の患者さんでは、手術による根治を目指せることです。

ただし、転移があるだけで手術の対象になるわけではありません。転移の場所や数、重要な血管との位置関係、手術後に十分な肝臓や肺の機能を残せるか、ほかの臓器に制御できない病変がないかを詳しく確認し、体力や持病も含めて判断します。

手術が可能かどうかは、最初の検査だけで確定するとも限りません。診断時には切除できなかった病変が、抗がん剤や分子標的薬によって縮小し、後から手術の対象へ変わることがあります。反対に、画像上は小さな転移でも、位置によっては安全に切除するのが難しい場合があります。転移の個数だけではなく、すべての病変を取り切れるかどうかが治療方針を分けます。

肝転移では切除後に十分な肝臓を残せるか確認

大腸がんが最も転移しやすい臓器は肝臓です。肝転移の手術では、転移巣を取り除くことに加え、手術後も肝臓が十分に機能できる量を残す必要があります。病変が肝臓の左右に複数あっても、すぐに手術不能と決まるわけではなく、切除する順番を工夫したり、薬物療法で腫瘍を縮小させたりすることで、手術を目指せる場合があります。

原発巣と肝転移を同時に切除することもあれば、体への負担を考えて複数回に分けることもあります。大腸の手術を先に行う方法、肝転移を先に治療する方法のどちらが適しているかは、原発巣による腸閉塞や出血の有無、肝転移の広がり、薬物療法を急ぐ必要性などによって変わります。大腸外科だけでなく、肝胆膵外科や腫瘍内科も交えて計画を立てる必要があるのは、このように複数の治療順序が考えられるためです。

肝転移をすべて切除できれば、長期生存や治癒を期待できる患者さんもいますが、手術後の再発は決して珍しくありません。画像上の病変を取り切れたことと、体内にがん細胞が一つも残っていないことは同じではないためです。手術後も定期的なCT検査や血液検査を続け、病状によっては薬物療法を組み合わせます。

参考:大腸癌肝転移データベース委員会|大腸癌研究会

肺転移でも病変が限られていれば手術を検討できる

肺転移では、転移巣を切除しても呼吸機能を十分に保てること、ほかの病変が制御されていること、手術に耐えられる全身状態であることなどを確認します。

肺に複数の転移があっても切除を検討できる場合がありますが、取り除く範囲が広くなれば、残る肺の機能への影響も大きくなります。病変の数だけでなく、左右どちらの肺にあるのか、肺の奥か表面に近いか、過去に肺の手術を受けているかまで含めた評価が必要です。

肝転移と肺転移の両方があっても、すべての病変を安全に治療できると判断された患者さんでは、薬物療法と複数回の手術を組み合わせることがあります。ただし、手術による利益が期待できるのは選択された患者さんに限られます。「転移を切除できる」という情報だけで手術を急ぐのではなく、全身の病気がどの程度制御されているかを確認してから判断します。

手術が難しい場合には病変だけを狙う治療が候補になる

病変の場所や体力の問題で手術が難しい場合には、転移巣へ針を刺して熱で焼くラジオ波焼灼療法やマイクロ波凝固療法、放射線を病変へ集中させる定位放射線治療などが検討されます。小さく数の限られた肝転移や肺転移が主な対象で、手術の代わりに行う場合もあれば、切除と組み合わせてすべての病変を治療する場合もあります。

これらの局所治療は、体を大きく切開せずに行える可能性がある一方、どの病変にも手術と同じ効果を期待できるわけではありません。腫瘍の大きさや位置によって治療できる範囲が限られ、処置した場所に再びがんが現れることもあります。手術が可能な患者さんでは、切除が優先されることが多く、局所治療は外科手術が難しい理由や病変の特徴を踏まえて選ばれます。

放射線治療は、直腸がんが骨盤内で周囲へ広がっている場合や、骨転移による痛み、脳転移による症状を抑える場面でも使われます。結腸がんでは放射線治療が中心になることは多くありませんが、病変の場所を限定して治療できるため、薬物療法だけでは改善しにくい症状を和らげる役割があります。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

腹膜播種では手術の対象を慎重に選ぶ

腹膜播種は、お腹の内側を覆う腹膜へがん細胞が散らばった状態です。病変が広く分布している場合には、すべてを切除することが難しく、薬物療法が治療の中心になります。一方、腹膜以外に転移がなく、播種の範囲が限られ、目に見える病変を取り切れると判断された患者さんでは、専門施設で減量手術が検討されることがあります。

腹膜の病変を切除した後、お腹の中へ温めた抗がん剤を流すHIPECという治療を目にすることもありますが、すべての腹膜播種に行う標準治療ではありません。手術そのものの負担が大きく、HIPECを追加する利益が明確でない場合もあるため、実施経験のある専門施設で適応を慎重に判断する必要があります。自由診療として紹介されることもありますが、「腹膜へ直接薬を入れるから全身の抗がん剤より効く」と単純に考えることはできません。

参考:ASCO Guideline「Treatment of Metastatic Colorectal Cancer」

原発巣による腸閉塞や出血には症状を改善する治療を行う

遠隔転移をすべて切除できない場合でも、大腸の原発巣が便の通り道を塞いだり、出血や穿孔を起こしたりしているときには、原発巣への処置が必要です。内視鏡で金属製のステントを入れて腸を広げる方法、人工肛門を造って便の流れを変える方法、問題となっている腸を切除する方法などから、緊急性と患者さんの体力に合うものを選びます。

これらは遠隔転移を根治する治療ではありませんが、腸閉塞や感染を防ぎ、食事や排便を安定させたうえで薬物療法へ進むために行われます。原発巣による症状がない場合には、予防目的で大腸を切除するよりも、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。大きな手術を受けることで治療開始が遅れたり、術後の体力低下によって薬物療法を受けにくくなったりする可能性があるためです。

大腸がんステージ4に対する手術や局所治療は、転移があるから行えない治療でも、希望すれば誰でも受けられる治療でもありません。病変をすべて制御できる見込みと、治療後に保てる臓器機能、手術による負担を比較しながら判断します。完全に切除できた場合でも再発の可能性は残るため、手術後の経過観察と必要に応じた薬物療法まで含めて一つの治療計画として考える必要があります。

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けながら日常生活を支える医療

緩和ケアという言葉から、抗がん剤などの治療を終えた後に受ける医療を想像する人は少なくありません。しかし、緩和ケアは終末期だけのものではなく、がんと診断された時点から、手術や薬物療法と並行して受けることができます。痛みや吐き気といった身体症状だけでなく、将来への不安、仕事や治療費、家族との関係など、病気によって生じるさまざまな負担を和らげることが目的です。

抗がん剤の副作用を抑える制吐薬や下痢止め、栄養管理、ストーマケアなども含め、治療を無理なく続けるための医療全体を支持療法と呼びます。

大腸がんステージ4では、病気そのものによる症状と治療による副作用が重なり、日常生活へ影響することがあります。転移巣があっても体調が安定している時期には、仕事や外出を続けながら通院治療を受けられる患者さんもいますが、腸の狭窄による排便の変化、腹膜播種による腹部の張り、薬物療法による下痢やしびれが生活を制限する場合もあります。症状が悪化してから対処するより、軽いうちに医療者へ伝えた方が治療内容を調整しやすく、重症化を防げることもあります。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

腸閉塞を疑う症状は早めの連絡が必要

大腸の原発巣や腹膜播種によって腸が狭くなると、便やガスが流れにくくなり、腸閉塞を起こすことがあります。便秘だけでなく、お腹の張りや波のある腹痛、吐き気、嘔吐、ガスが出ないといった症状が重なっている場合には、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡してください。完全に腸が詰まっている状態で自己判断によって下剤を増やすと、症状が悪化する可能性もあります。

腸が狭くなっている患者さんでは、食物繊維の多い食品を積極的に取ることが、かえって便の通過を妨げる場合があります。一般的な便秘対策としては食物繊維が勧められますが、大腸がんによる狭窄がある場合は事情が異なります。

食事内容や下剤の使い方は病変の位置や狭窄の程度によって変わるため、担当医や看護師、管理栄養士の指示に合わせる必要があります。ステント留置や人工肛門造設によって便の通り道を確保した方が安全と判断されることもあり、症状を落ち着かせることで薬物療法へ進みやすくなる場合があります。

人工肛門は治療を続けるために必要になることがある

人工肛門は、腸の一部をお腹の表面へ出し、便の出口を新たに作る処置です。ストーマとも呼ばれ、一時的に造設して後から閉鎖する場合と、その後も継続して使用する場合があります。直腸がんで肛門を残せない場合だけでなく、ステージ4大腸がんで腸閉塞を避け、早く薬物療法を始める目的で造設されることもあります。人工肛門を勧められたからといって、治療の手段がなくなったという意味ではありません。

ストーマを造設した後は、お腹へ装具を貼り、袋の中へ便をためて処理します。排便の時刻を完全に調整することは難しいものの、装具には防臭対策が施されており、状態が安定すれば仕事や旅行、入浴、無理のない運動も可能です。便漏れや皮膚のかぶれを防ぐには、体形や便の状態に合った装具を選び、正しい交換方法を身に付ける必要があります。皮膚・排泄ケア認定看護師などの支援を受けながら慣れていくことで、日常生活の負担を減らせます。

参考:大腸がん Q&A|国立がん研究センター がん情報サービス

食事は「がんに効くもの」より、体力を保てるものを優先

特定の食品や食事療法だけでステージ4大腸がんを治せるという科学的な根拠はありません。食事で重視したいのは、治療を続けるためのエネルギーやタンパク質、水分を確保し、急激な体重減少や筋力低下を防ぐことです。食欲が落ちている時期には、栄養バランスを完璧に整えようとして無理に一人前を食べるより、食べられるものを少量ずつ複数回に分けた方が負担を抑えられます。

下痢が続いているときは脱水に注意し、水分と塩分を補いながら、冷たい飲み物や脂肪の多い食品など、症状を悪化させるものを一時的に控えることがあります。口内炎や味覚の変化があれば、柔らかい料理や刺激の少ない味付けに変えることで食べやすくなることもあります。

口から十分な栄養を取れない場合には栄養補助食品を利用し、病状によっては経管栄養や点滴からの栄養補給を検討します。食べられないことを本人の努力不足と考える必要はなく、病気や治療による症状として早めに相談することが大切です。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや副作用は我慢せず、治療内容を調整

がんによる痛みには、一般的な鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの強さや原因に合わせた薬を使用します。医療用麻薬は終末期だけの薬ではなく、がんによる痛みを抑えて睡眠や食事、外出をしやすくするために使われます。医師の指示どおりに使用する限り、依存を過度に心配して痛みを我慢する必要はありません。痛む場所や時間帯、薬を飲んだ後にどれくらい改善したかを記録しておくと、薬の種類や量を調整しやすくなります。

薬物療法による吐き気、下痢、手足のしびれ、皮膚症状、強い倦怠感も、治療を続けるために対処すべき症状です。副作用を伝えると薬を中止されるのではないかと心配する人もいますが、早めに申告することで、予防薬の追加、投与量の調整、一時的な休薬などを行いやすくなります。限界まで我慢して体力を失うより、生活への影響が小さい段階で調整した方が、その後の治療選択肢を保ちやすくなります。

心配事や生活上の問題も相談対象

ステージ4と診断された後は、病気や治療のことだけでなく、仕事を続けられるか、医療費をどう負担するか、家族へどのように伝えるかといった問題も生じます。こうした悩みは治療と切り離されたものではありません。眠れない状態や強い不安が続けば食欲や体力にも影響し、通院や服薬が負担になることがあります。

病院では、担当医や看護師に加え、緩和ケアチーム、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーなどが支援に関わります。がん相談支援センターでは、治療中の生活、仕事、経済的な制度、在宅療養などについて、患者さん本人だけでなく家族も無料で相談できます。

緩和ケアは外来や入院中だけでなく、訪問診療や訪問看護を整えることで自宅でも受けられるため、通院が難しくなってから初めて考えるのではなく、早い段階から希望する生活について相談しておくこともできます。

大腸がんステージ4の治療では、腫瘍を小さくすることと同じように、食事や排便、睡眠、移動といった日常生活を保つことが重要です。つらさを我慢せず、症状がいつからどのように現れ、生活のどこへ影響しているかを伝えることで、治療と生活の両方を支える方法を検討しやすくなります。

参考:がん相談支援センターとは|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんステージ4の生存率 ― 5年・10年の数字の受け止め方

大腸がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が最初に知りたいのは「治療によってどれくらい長く生きられるのか」ということでしょう。生存率はその疑問を考えるための重要な資料ですが、一つの数字だけで個人の将来を予測できるものではありません。

大腸がんでは、肝臓や肺の転移をすべて切除できる患者さんと、複数の臓器へ病気が広がっている患者さんが同じステージ4に含まれるため、実際の経過には大きな幅があります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、大腸がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。ネット・サバイバルとは、ほかの病気による死亡の影響をできるだけ除き、大腸がんが生命へ与える影響を推計した生存率です。

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI 92.3% 79.2%
ステージII 85.5% 70.7%
ステージIII 75.5%  61.6%
ステージIV 18.3% 11.6%

※5年生存率は2014~2015年診断例、10年生存率は2012年診断例を対象とした院内がん登録の集計です。異なる時期に診断された別の患者集団であり、18.3%から11.6%へ同じ集団の生存率が低下したことを示す表ではありません。また長期の統計ほど新しい薬物療法や手術技術の影響が十分に反映されていない可能性があります。
参考:国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

表を見ると、ステージⅠからⅢまでは5年後にも多くの患者さんが生存している一方、遠隔転移を伴うステージⅣでは数字が大きく低下しています。

ただし、ステージ4の5年ネット・サバイバルが18.3%だからといって、診断された患者さんの余命が一律に決まるわけではありません。この数字には、転移を切除できた患者さん、薬物療法だけを受けた患者さん、体力の低下によって積極的な治療が難しかった患者さんなど、病状の異なる人がすべて含まれています。

結腸がんと直腸がんでも集計結果に違いがある

大腸がんは、結腸がんと直腸がんを合わせた呼び方です。2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルを見ると、ステージⅣの結腸がんは15.8%、直腸がんは23.1%でした。数値には差がありますが、この結果だけから「直腸がんの方が治りやすい」と判断することはできません。患者さんの年齢、転移の場所、手術を受けた割合、治療内容など、集計対象となった患者背景が異なるためです。

自分の病状を考える際には、大腸がん全体の数字よりも、原発巣が結腸と直腸のどちらにあるのか、どこへ転移しているのか、転移巣を切除できる可能性があるのかを確認する方が、治療方針の理解につながります。

参考:大腸がん 患者数(がん統計)|国立がん研究センター

転移をすべて切除できる場合、全体統計より良好な経過を期待できる

大腸がんステージ4の生存率を大きく左右するのが、原発巣と転移巣をすべて取り除けるかどうかです。肝臓や肺への転移が限られ、手術によって病変を完全に切除できる患者さんでは、ステージ4全体の18.3%という数字より良好な長期成績が報告されています。一部では10年以上再発なく経過し、治癒に近い状態へ至る患者さんもいます。

ただし、手術を受けた患者さんの生存率は、最初から病変の数や位置、体力などの条件が良く、切除可能と判断された人だけを集めた結果です。ステージ4全体の統計と単純に比較し「手術をすれば誰でも生存率が上がる」と受け取ることはできません。手術による利益が期待できるかは、病変をすべて制御できる見込み、残せる肝臓や肺の機能、ほかの臓器への転移の有無を確認したうえで判断します。

診断時には切除不能でも、抗がん剤や分子標的薬によって転移巣が縮小し、後から手術できる状態へ変わることがあります。治療中も定期的に画像検査を行うのは、薬が効いているかを調べるだけでなく、根治を目指す治療へ切り替えられる時期が来ていないかを確かめる意味もあります。

病気が広がっている範囲と治療を続けられる体力も経過へ影響する

同じステージ4でも、肝臓だけに転移している状態と、肝臓、肺、腹膜など複数の場所へ病気が広がっている状態では、治療の難しさが異なります。腹膜播種によって腸閉塞や腹水が起きている場合には、食事や栄養を維持しにくくなり、薬物療法を予定どおり続けられないこともあります。肝転移が広範囲に及び肝機能へ影響している場合にも、使用できる薬や投与量が限られる可能性があります。

日常生活をどの程度自分で送れているかを示すPerformance Statusや、体重、筋肉量、肝臓・腎臓の機能も治療選択に関わります。体力が保たれていれば、一次治療の後に二次治療、三次治療へ進みやすく、病気を長くコントロールできる可能性が高まります。年齢だけで治療の可否が決まるわけではなく、現在の生活状態や持病を含めて、治療による利益と負担を評価します。

遺伝子や免疫の特徴によって治療成績が変わる

大腸がんの一部には、MSI-HまたはdMMRという特徴があり、免疫チェックポイント阻害薬が長期間効く患者さんがいます。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2などが確認された場合にも、それぞれを標的とする薬が治療候補になることがあります。これらの患者さんは大腸がん全体の中では少数ですが、従来は選択肢が限られていた病状にも専用の治療が加わり始めています。

一方で、標的となる遺伝子変異が見つからなくても、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤と分子標的薬を順番に使用しながら、何年にもわたって病気をコントロールできる患者さんもいます。バイオマーカーだけで経過が決まるわけではなく、治療への反応、副作用を管理できるか、次の治療へ移れるかといった要素も重なって生存期間が変わります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

5年生存率が18.3%という数字は、5年後に18.3%の人だけが生きられると個人へ宣告するものではありません。過去の一定期間に診断された患者集団をまとめた結果であり、現在利用できるすべての治療や、これから登場する薬の効果まで反映しているわけではないからです。また、ステージ4と診断された時点で病変を切除できる人と、広範な転移を伴う人の数字も一緒に集計されています。

生存率は病気の厳しさを理解するために欠かせない情報ですが、自分の経過を考えるには、転移を切除できるか、病気がどこまで広がっているか、どの薬を使えるか、現在の体力を保てているかを併せて見る必要があります。統計を軽視するのでも、数字だけで将来を決めつけるのでもなく、自分がどの患者群に近いのかを主治医へ確認することが現実的です。

大腸がんステージ4の余命 ― 治療別の生存期間中央値の見方

大腸がんステージ4と診断された患者さんやご家族にとって、「あとどれくらい生きられるのか」は避けて通れない疑問です。インターネットでは「余命○年」と断定する情報も見られますが、実際の診療で使われるのは、個人の余命ではなく、臨床試験に参加した患者集団の『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』です。

大腸がんステージ4の経過は、転移を切除できるか、どの薬を使用できるか、治療開始時の体力が保たれているかによって大きく変わります。まずは、代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値を見てみましょう。

主な臨床試験で報告された全生存期間中央値

臨床試験 主な対象・治療段階 治療内容 全生存期間中央値(OS)
TRIBE試験 切除不能例の一次治療 FOLFOXIRI+ベバシズマブ 29.8か月
PARADIGM試験 RAS野生型・左側原発の一次治療 mFOLFOX6+パニツムマブ 37.9か月
KEYNOTE-177試験 MSI-H/dMMRの一次治療 ペムブロリズマブ 77.5か月
SUNLIGHT試験 標準治療後に病気が進行した患者 トリフルリジン・チピラシル+ベバシズマブ 10.8か月

※それぞれ対象患者、治療を始めた時期、遺伝子や免疫の特徴が異なるため、数値を横並びにして治療の優劣を判断することはできません。いずれも原則として、臨床試験の治療を始めた時点から数えた全生存期間であり、大腸がんと診断されてからの余命を示す数字ではありません。

表を見ると、一次治療の臨床試験では全生存期間中央値が約30~38か月に達する患者集団がある一方、MSI-H/dMMRという特徴を持つ患者では、ペムブロリズマブによる中央値が77.5か月、約6年半まで延びています。

反対に、複数の標準治療をすでに受けた患者を対象とするSUNLIGHT試験では10.8か月でした。この数字が短いのは治療そのものが劣っているからではなく、すでに複数の治療を受け、病気が進行した段階から計測されているためです。

参考:TRIBE試験|FOLFOXIRI+ベバシズマブとFOLFIRI+ベバシズマブの比較
参考:PARADIGM試験. JAMA. 2023.
参考:KEYNOTE-177試験 5年追跡解析. Annals of Oncology.
参考:SUNLIGHT試験. New England Journal of Medicine. 2023.

全生存期間中央値は「平均余命」ではありません

全生存期間中央値が29.8か月だった場合、29.8か月で全員が亡くなるわけではありません。治療を受けた患者を生存期間の短い順に並べたとき、中央に位置した人の期間を表しています。半数はそれより短い一方、残る半数は29.8か月を超えて生存していたことになります。

中央値が使われるのは、少数の長期生存者がいる場合でも、患者集団のおおまかな傾向を示しやすいためです。平均値は5年、10年と長く生存した患者の影響を強く受けますが、中央値はその影響を比較的受けにくくなります。それでも、中央値は個人の未来を予測する数字ではなく、同じ条件で治療を受けた患者集団を理解するための指標にすぎません。

もう一つ見落としやすいのが、数字を数え始める時点です。

PARADIGM試験やKEYNOTE-177試験の全生存期間は、原則として試験治療を開始した時点から計測されています。再発する前の治療期間や、別の薬を受けていた期間まで含めた「診断からの総生存期間」ではありません。SUNLIGHT試験の10.8か月も、複数の治療を終えた後にこの治療を始めてからの中央値であり、ステージ4と診断されてから10.8か月という意味ではありません。

同じステージ4でも数字が大きく違うのは、対象となる患者が異なるため

TRIBE試験のFOLFOXIRIは複数の抗がん剤を同時に使う強度の高い治療であり、治療に耐えられる体力と臓器機能を持つ患者が主な対象でした。すべての患者さんへ同じ治療を行えるわけではありません。

PARADIGM試験の37.9か月という数字も、大腸がんステージ4全体を示すものではありません。RAS遺伝子に治療を妨げる変異がなく、原発巣が左側にある患者に限った結果です。抗EGFR抗体薬の効果が期待しやすい条件を満たした患者集団であるため、ほかのタイプの大腸がんへそのまま当てはめることはできません。

KEYNOTE-177試験の77.5か月は、免疫療法が効きやすいMSI-H/dMMRという少数の大腸がんを対象とした結果です。非常に長い中央値ではありますが、ステージ4大腸がんの大部分を占めるMSS/pMMRの患者には、同じ結果を期待できません。数字を見る際には、治療名だけでなく、自分がその試験の対象条件に近いかを確認する必要があります。

転移を切除できる患者は当てはまらない

表に挙げた試験の多くは、原発巣と遠隔転移をすべて切除することが難しく、薬物療法を中心に治療する患者を対象としています。肝転移や肺転移が限られ、すべての病変を手術で取り除ける患者では、治療の目標も期待できる経過も異なります。

薬物療法で腫瘍が縮小し、後から根治切除へ移行できた場合にも、診断時の切除不能例だけを集めた中央値で将来を考えることはできません。前章で紹介したPARADIGM試験でも、左側大腸がんのパニツムマブ群では18.3%の患者がR0切除に進んでいます。薬物療法を続けることだけでなく、治療中に手術可能な状態へ変わっていないかを確認する意味がここにあります。

一方、複数の臓器へ病気が広がっている場合や、腸閉塞、腹水、肝機能低下などによって体力が大きく落ちている場合には、臨床試験の結果より厳しい経過になることもあります。多くの臨床試験では、一定の体力と臓器機能を保ち、決められた治療を受けられる患者が対象となるためです。

自分の余命を考えるときは「どの数字に近いか」を確認

主治医へ余命を尋ねても、明確な年数を答えられないことがあります。それは説明を避けているからではなく、診断時点では治療への反応や、その後に手術へ進めるか、二次治療以降を受けられるかまで分からないためです。

数字について相談するときは「これは診断時からの数字ですか、それとも現在の治療を始めてからの数字ですか」「自分はどの臨床試験の患者に近いですか」「肝転移や肺転移を切除できる可能性はありますか」と確認すると、統計と自分の病状を結び付けやすくなります。治療を始めた後は、画像上の縮小率、腫瘍マーカーの推移、食事や日常生活を維持できているかといった情報が加わり、見通しも少しずつ具体的になります。

大腸がんステージ4の余命は、ひとつの平均値で表すことができません。切除不能例の一次治療では2年半から3年以上の中央値が報告され、特定のタイプではさらに長い経過が示される一方、治療歴や全身状態によっては短くなることもあります。数字を曖昧にする必要はありませんが、どの患者集団から得られた数字なのかを理解せず、自分の余命として受け取ることも避ける必要があります。

大腸がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

大腸がんステージ4は遠隔転移を伴う状態ですが、肝臓や肺などの転移を原発巣とともにすべて取り除ける一部の患者さんでは、根治を目指した治療が可能です。大腸がんステージ4全体の完治率を示す統一された数字はありませんが、特に切除可能な肝転移では、治療後10年以上にわたって再発せず、医学的にも治癒に近いと考えられる患者さんが実際に存在します。

ただし、これはステージ4の患者さん全体に当てはまる話ではありません。長期生存に関する多くのデータは、転移が限られ、すべての病変を安全に切除できると判断された患者さんを対象にしています。複数の臓器へ病気が広がっている場合や、切除しても十分な肝臓・肺の機能を残せない場合には、薬物療法による病勢コントロールが治療の中心になります。

転移を切除できた場合、どの程度の長期生存が報告されているか

根治を目指した治療の成績は、転移した臓器や病変の広がりによって異なります。以下の数値はいずれも、手術を受けられる条件を満たした患者さんの結果であり、ステージ4全体の生存率とは直接比較できません。

病状・治療 報告されている主な長期成績 数字を見る際の注意点
切除可能な肝転移の手術 5年生存率 25~40% 原発巣と肝転移を切除できると選択された患者が対象
肝転移切除後の長期追跡 実測10年生存率 約17~24%
観察上の治癒率 約17~20%
過去の単施設・選択症例を中心とした後ろ向き研究
肺転移切除後 メタ解析で5年生存率 54.1% 手術を受けた高度選択例の集計で、手術自体の利益には不確実性も残る
切除不能から薬物療法後に切除可能となった肝転移 当初から切除可能だった患者に近い5年成績が報告される場合がある 薬物療法がよく効き、完全切除へ進めた患者に限られる

米国国立がん研究所(NCI)のPDQでは、切除可能な肝転移を断端陰性で切除できた患者の5年生存率を25~40%とし、選択された転移切除例では5年治癒率が20%を超えると説明しています。ここでいう断端陰性とは、切除した組織の端を顕微鏡で調べてもがん細胞が確認されない状態です。日本では一般に「R0切除」と呼ばれ、根治を目指すうえで欠かせない条件になります。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

肝転移の手術後、10年以上再発しないケースもある

大腸がん肝転移を切除した612人を10年以上追跡した研究では、102人が実際に10年以上生存していました。割合にすると約16.7%です。10年生存者のうち99人は最終確認時にも病気がなく、10年を超えてから大腸がんで亡くなった患者は1人だけでした。研究者らは、この結果から「肝転移切除後に10年生存した患者は、実質的に治癒したと考えられる」と結論付けています。

別の長期追跡研究でも、肝転移切除後の実測10年生存率は24%、観察上の治癒率は20%と報告されました。これらの数字は、大腸がんステージ4でも完治に近い経過をたどる患者さんがいることを具体的に示しています。ただし、肝転移切除を受けた患者さんの中でも、がんの広がりや遺伝子の特徴、リンパ節転移、肝臓以外の病変などによって治療成績には大きな差があります。

参考:Tomlinson JS, et al. *Actual 10-year survival after resection of colorectal liver metastases defines cure.* Journal of Clinical Oncology. 2007.
参考:Viganò L, et al. *Actual 10-year survival after hepatic resection of colorectal liver metastases: what factors preclude cure?* Surgery. 2018.

R0切除ができても、再発の可能性は残る

画像に映る病変をすべて切除できても、体内に顕微鏡では確認できないほど小さながん細胞が残っている可能性があります。肝転移切除後の臨床試験では、5年時点で再発せずに生存していた患者の割合は約27~34%でした。言い換えると、多くの患者さんが手術後に何らかの再発を経験しており、R0切除がそのまま完治を保証するわけではありません。

再発した場合でも、病変が肝臓や肺の限られた範囲にとどまっていれば、再び切除できることがあります。手術、薬物療法、焼灼療法などを組み合わせながら再発を繰り返し治療し、その結果として長期生存へつながる患者さんもいます。最初の手術だけで治療が完結するとは限らず、再発後の治療まで含めて長期的に病気と向き合うことになります。

肺転移の切除でも長期生存例があるが、数字の解釈には注意が必要

大腸がん肺転移の手術に関する115研究、1万3,294人をまとめたメタ解析では、切除後の5年生存率は54.1%でした。病変が一つで2cm未満、胸部リンパ節転移がない、肺以外の転移歴がないといった患者さんでは、比較的良好な成績が報告されています。

一方、この分野の研究の多くは、手術を受けた患者さんの経過を後から調べたものです。病変が少なく、体力も保たれた患者さんが手術群へ選ばれているため、54.1%という数字を「手術をすれば半数以上が治る」と解釈することはできません。肺転移切除が生存期間をどこまで延ばすのかについては、質の高い比較試験が十分ではなく、手術の適応は慎重に判断されます。

参考:Gkikas A, et al. Preoperative prognostic factors for 5-year survival following pulmonary metastasectomy from colorectal cancer.* European Journal of Cardio-Thoracic Surgery. 2023.

最初は切除不能でも、後から根治手術へ進めることがある

肝転移が多い、重要な血管へ近い、切除後に残る肝臓が少ないといった理由で、診断時には手術できないと判断されることがあります。その後、抗がん剤や分子標的薬によって病変が縮小し、すべて切除できる状態へ変われば、コンバージョン手術を検討します。NCIは、このように薬物療法後に切除可能となった肝転移患者では、当初から切除可能だった患者に近い5年生存率が得られる場合があると説明しています。

ただし、腫瘍が縮小しただけで手術へ進めるわけではありません。画像上見えなくなった病変が本当に消失したとは限らず、肝臓の奥に微小ながんが残っている可能性もあります。薬物療法を続けることで肝機能が低下し、手術の負担が増すこともあるため、治療開始時から外科医が画像を確認し、手術へ切り替える時期を見極めることが大切です。

薬物療法だけで病変が消えた場合は「完治」と言えるのか

抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬によって、画像上すべての病変が消える『完全奏効』が得られる患者さんもいます。ただし、完全奏効は「検査で確認できるがんがなくなった状態」であり、体内からがん細胞が完全に消えたことを証明するものではありません。治療を中止できるか、どの程度の期間再発がなければ治癒と考えられるかについても、すべての患者さんへ共通する基準はありません。

MSI-H/dMMR大腸がんでは免疫療法が長く効く患者さんがいますが、これも長期の病勢コントロールと完治を同じ意味で捉えることはできません。病変が見えなくなった後も、定期的な画像検査や血液検査を続け、再発の有無を確認していきます。

大腸がんステージ4で完治を目指せる可能性が最も高いのは、原発巣と遠隔転移をすべてR0切除できる患者さんです。なかでも肝転移切除後には、10年以上病気のない状態を保ち、治癒したと考えられる患者さんが一定数存在します。その一方で、手術後の再発は多く、肺転移切除の成績には患者選択の影響も含まれています。「手術できるかどうか」だけではなく、すべての病変を取り切れるのか、手術後も十分な臓器機能を保てるのか、再発した際に次の治療を行えるのかまで含めた評価が必要です。

標準治療以外の選択肢 ― 治験・遺伝子パネル検査・自由診療

現在受けている薬が効かなくなったと言われても、それだけで大腸がんの治療がすべて終わるわけではありません。

大腸がんステージ4では、作用の異なる薬を順番に使う治療が一般的であり、一次治療の後には二次治療、三次治療、さらにその後の治療が残っている場合があります。最初の薬が効かなくなった時点で自由診療を探すのではなく、まず承認された標準治療の中に未使用の薬がないか、病変を局所治療できる余地がないか、遺伝子や免疫の検査結果から新たな候補が見つからないかを整理します。

医療でいう標準治療は「一般的で古い治療」ではありません。臨床試験によって効果と安全性が確認され、その時点で多くの患者さんに勧められる最良の治療です。「最新治療」という名称だけで標準治療より高い効果が期待できるわけではなく、新しい治療が標準治療になるには、従来の方法を上回る利益を臨床試験で示す必要があります。

参考:標準治療と診療ガイドライン|国立がん研究センター がん情報サービス

薬が効かなくなった理由と、病気の進み方を確認

画像検査で腫瘍が大きくなった場合でも、全身の病変が一斉に進行しているとは限りません。多くの病変は抑えられているものの、肝臓や肺の一部だけが大きくなっている場合には、その病変へ手術や放射線治療、焼灼療法などを行い、全身治療を継続できることがあります。反対に、複数の臓器で新しい病変が増えていれば、作用の異なる薬へ切り替える判断が中心になります。

病気の進行ではなく、副作用によって現在の治療を続けられない場合もあります。このときは、投与量を減らす、原因となる薬だけを外す、別の薬へ変更するといった調整が可能です。「今の治療を中止すること」と「治療そのものを諦めること」は同じではありません。治療効果が乏しいのか、体が薬に耐えられないのかによって、次に選ぶ方法は変わります。

RAS、BRAF、MSI/MMR、HER2、KRAS G12Cなどの検査が十分に行われていない場合や、診断時から時間がたち、病気の性質が変化している可能性がある場合には、保存されている組織の再検査や新たな生検、血液を使った検査が提案されることもあります。すでに標準治療として使える薬が見つかることもあれば、治験を探す手がかりになる場合もあります。

「治験」は効果と安全性を確かめている研究段階の治療

治験は、承認前の薬や新しい治療の組み合わせについて、効果と安全性を確認する臨床試験です。「標準治療がなくなった人だけの最後の手段」とは限らず、一次治療や二次治療の段階から参加できる試験もあります。大腸がんでは、新しい分子標的薬、免疫療法、抗体薬物複合体、既存薬の新しい組み合わせなどが研究されています。

参加できるかどうかは、遺伝子変異、これまで受けた治療、転移の状態、年齢、全身状態、肝臓や腎臓の機能などの条件で決まります。希望する薬の治験が見つかっても、条件に合わなければ参加できません。比較試験では治療群が無作為に決められることもあり、必ず新薬を受けられるとは限らないため、試験の目的と治療内容を理解したうえで参加を判断します。

国内のがん臨床試験は、国立がん研究センターの検索サービスから調べることができます。ただし、掲載情報が更新される前に募集が終了している場合や、実施施設が表示されていない試験もあります。自分で見つけた試験へ直接申し込むのではなく、試験情報を主治医へ見せ、病状や検査結果が参加条件に合うかを確認する進め方が現実的です。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

治験には全身状態や臓器機能の基準が設けられることが多いため、治療選択肢がほとんどなくなり、体力が大きく低下してから探し始めると参加が難しくなる場合があります。現在の治療が効きにくくなった段階で、次の標準治療と並行して治験の可能性を確認しておくと、選択肢を比較する時間を取りやすくなります。

がん遺伝子パネル検査で多数の遺伝子をまとめて調べることがある

がん遺伝子パネル検査は、一度に100以上の遺伝子を調べ、治療につながる遺伝子変化がないかを探す検査です。大腸がんで最初から調べるRASやBRAF、MSI/MMRなどの検査とは役割が異なり、標準治療がない、または終了した・終了が見込まれる進行がんなど、一定の条件を満たす場合に保険診療で検討されます。結果は複数の専門家による会議で評価され、使用できる薬や参加可能な治験がないかを確認します。

参考:がんゲノム医療 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

検査を受ければ、自分に合う薬が必ず見つかるわけではありません。国立がん研究センターのC-CATが公表した2022年6月30日までの集計では、検査を受けた患者さんの44.5%に新しい治療候補が提示された一方、その治療が比較的早期に実施された割合は9.4%でした。候補となる薬が国内で承認されていない、治験の参加条件に合わない、実施施設へ通えないといった理由で、結果が治療へ結び付かないこともあります。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT)

多数の遺伝子を調べる過程で、現在の大腸がんの治療とは別に、生まれつきがんになりやすい体質が示唆されることもあります。本人だけでなく血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを検査前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

先進医療や患者申出療養は、自由に未承認薬を使える制度ではない

「先進医療」という名称から、標準治療より進んだ優れた治療を想像する人もいますが、制度上は将来の保険適用に向けて評価されている医療技術です。対象となる治療や実施施設はあらかじめ定められており、患者さんが希望し、医師が必要性と合理性を認めた場合に実施されます。先進医療に当たる部分の費用は全額自己負担となり、通常の診察や検査など保険診療と共通する部分には保険が適用されます。

参考:先進医療の概要について|厚生労働省

患者申出療養は、国内で承認されていない薬や適応外の治療について、患者さんの希望をきっかけに臨床研究として実施する制度です。一定の安全性や有効性が確認され、将来の保険適用を目指せる治療が対象となり、専門家による審査を受けます。希望した治療を必ず受けられる制度ではなく、申請や検討に時間がかかることもあり、保険適用外の薬や研究に必要な費用は自己負担となる可能性があります。

参考:厚生労働省 患者申出療養制度

これらの制度を利用できるか知りたい場合は、治療を受けたい施設へ直接連絡するより、まず主治医やがん相談支援センターへ相談し、対象となる治療の科学的根拠、実施施設、費用、申請に必要な期間を確認します。

自由診療は「保険外だから効果が高い」という意味ではない

自由診療とは、公的医療保険を使わず、原則として費用を患者さんが負担する診療です。海外では承認されているものの日本では未承認の薬を使用する治療から、免疫細胞療法、がんワクチン、サプリメントや食事療法まで、内容は大きく異なります。自由診療という区分そのものは、その治療の有効性や安全性を保証するものではありません。

検討する際には、その治療を受けた患者数、比較対象を置いた臨床試験の有無、腫瘍が縮小した割合だけでなく生存期間が延びたか、重い副作用がどれくらい起きたかを確認します。「学会で発表した」「大学と共同研究している」「症例報告がある」という説明だけでは、標準治療を上回る効果が証明されたことにはなりません。治療費についても、薬剤費だけでなく検査、診察、副作用が起きた際の対応、交通・宿泊、治療を継続した場合の総額まで確認しておく必要があります。

標準治療を中断して自由診療だけへ切り替える場合は、特に慎重な判断が求められます。効果が確立していない治療を受けている間に病気が進行し、後から標準治療へ戻ろうとしても、体力や臓器機能の低下によって受けられなくなる可能性があるためです。健康食品やサプリメントであっても、抗がん剤の作用を弱めたり、予期しない副作用を起こしたりすることがあるため、使用前に治療担当医や薬剤師へ内容を伝える必要があります。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

次の選択肢は、順番を付けて確認

現在の治療が効かなくなったときには、まず未使用の標準治療と局所治療の可能性を確認し、必要ならバイオマーカーの再評価を行います。そのうえで、参加できる治験やがん遺伝子パネル検査を検討し、患者申出療養や自由診療は、科学的根拠と費用を十分に確認してから判断します。複数の選択肢がある場合には、セカンドオピニオンを利用し、標準治療を続けた場合と新しい治療を選んだ場合の利益と不利益を比較する方法もあります。

標準治療で期待した効果が得られなかった経験は、患者さんやご家族にとって大きな落胆につながります。しかし、そこで焦って「最も新しい」「最も高額な」治療を選ぶ必要はありません。病気の状態、残されている標準治療、治験の条件、検査結果、生活で大切にしたいことを整理し、その時点で根拠と現実性のある選択肢を比較することが、次の治療へ進むための出発点になります。

大腸がんステージ4の最新治療

大腸がんの「最新治療」には、すでに日本で承認され、条件を満たせば保険診療で受けられる治療と、治験によって有効性や安全性を確かめている研究段階の治療が混在しています。新しい薬が次々と報道されると、標準治療より優れた方法がすぐに受けられるように感じるかもしれませんが、研究段階の治療は効果が確立しているわけではなく、参加できる患者さんにも細かな条件があります。

執筆時点での大きな変化は、以前は専用の薬がなかった遺伝子変異に対する治療が増え、複数の標準治療を受けた後にも選べる薬が広がっていることです。一方、免疫療法が効きにくいタイプへの新しい治療や、血液検査によって再発や薬剤耐性を早く見つける方法については、まだ研究が続いています。

治療・技術 2026年7月時点の位置付け 主に関係する患者さん
BRAF V600Eを標的とする治療 国内承認済み。一次治療から選択可能 BRAF V600E変異陽性
KRAS G12Cを標的とする治療 国内承認済み。標準的な薬物療法後に検討 KRAS G12C変異陽性
HER2を標的とするADC 条件を満たせば国内で使用可能 HER2陽性で標準治療が難しくなった患者
フルキンチニブ 国内承認済み。複数の治療後に検討 バイオマーカーを問わず、一定の治療歴がある患者
ctDNAによる血液検査 遺伝子変異の検索には実用化。微小残存病変に基づく治療変更は研究段階 組織採取が難しい患者、手術後の再発リスクを詳しく調べる患者
MSS/pMMRに対する新しい免疫療法 治験段階 一般的な免疫療法が効きにくいタイプ

BRAF V600E変異では、最初の治療から遺伝子変異を狙えるようになった

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、病気の進行が比較的速く、従来の抗がん剤だけでは十分な効果を得にくいタイプとして知られてきました。以前は、一次治療の後に病気が進行してからBRAF阻害薬を使用するのが一般的でしたが、2025年11月、日本でもエンコラフェニブ、セツキシマブ、mFOLFOX6を組み合わせる治療が一次治療から使用できるようになりました。

承認の根拠となったBREAKWATER試験では、腫瘍が一定以上縮小した患者の割合が新しい併用療法で60.9%、従来治療で40.0%でした。病気が進行せずに過ごせた期間の中央値も12.8か月対7.1か月となり、診断時からBRAF V600E変異を直接狙う意義が示されています。誰にでも使える治療ではありませんが、予後が厳しいと考えられていたタイプに、最初から専用の治療を選べるようになったことは大きな変化です。

参考:「BRAF V600E変異陽性結腸・直腸がんに対する一次治療の国内承認」小野薬品工業

KRAS変異の一部にも専用の治療が加わっている

RAS遺伝子に変異がある大腸がんでは抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくく、長い間、変異そのものを狙う薬もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという型については、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が開発されています。

日本では2025年、標準的な抗がん剤治療後に病気が進行したKRAS G12C変異陽性の大腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られますが、「RAS変異があれば専用の分子標的薬は使えない」という状況は少しずつ変わっています。

参考:「KRAS G12C変異陽性結腸・直腸がんに対するソトラシブ・パニツムマブ併用療法の国内承認」武田薬品工業

HER2陽性大腸がんでは、抗体薬物複合体が治療候補になる

一部の大腸がんでは、がん細胞にHER2というタンパク質や遺伝子の異常が認められます。HER2を標的とする治療には複数の選択肢がありますが、2026年3月には抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカンが、一定のHER2陽性条件を満たす進行・再発固形がんへ適応拡大されました。

抗体薬物複合体は、がん細胞の目印へ結合する抗体に抗がん剤成分をつなぎ、標的となる細胞へ薬を届ける仕組みです。大腸がんでも、HER2遺伝子増幅や強いHER2発現が確認され、標準的な治療が難しくなった場合には候補となることがあります。ただし、HER2がわずかに発現しているだけで使用できるわけではなく、承認された検査で条件を満たしているかを確認しなければなりません。重い間質性肺疾患を起こす可能性もあるため、治療中に新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には早急な評価が必要です。

参考:「エンハーツのHER2陽性進行・再発固形がんへの国内適応拡大」第一三共

複数の標準治療後にも、経口薬の選択肢が増えている

遺伝子変異に対応する薬だけでなく、バイオマーカーを問わず検討できる後方治療も増えています。フルキンチニブは、がんが新しい血管を作る際に使うVEGF受容体の働きを抑える飲み薬で、日本では2024年に承認されました。フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカン、分子標的薬など、複数の標準治療を受けた後に病気が進行した患者が主な対象です。

参考:「フリュザクラの国内発売」武田薬品工業

国際共同第Ⅲ相試験のFRESCO-2では、フルキンチニブを開始してからの全生存期間中央値が7.4か月、プラセボ群では4.8か月でした。これはステージ4と診断されてから7.4か月という意味ではなく、複数の治療を受けた後に試験治療を始めた時点からの数字です。腫瘍を大きく縮小させることより、病気の進行を遅らせる役割を持つ薬であり、高血圧、強い疲労感、手足症候群などに注意しながら使用します。

参考:Dasari A, et al. FRESCO-2. The Lancet.

ctDNA検査は、治療標的を探す目的では実用化が進んでいる

がん細胞から血液中へ流れ出したDNAを調べる検査を、ctDNA検査またはリキッドバイオプシーと呼びます。腫瘍組織を採取するのが難しい場合や、病気が治療によって性質を変えた可能性がある場合に、血液からRASやBRAFなどの遺伝子変異を調べる目的で使われることがあります。

採血だけで繰り返し調べられることは大きな利点ですが、血液中へ十分な腫瘍DNAが出ていないと、実際には変異があっても検出されない場合があります。結果が陰性でも必要に応じて組織検査を追加するのは、この偽陰性を避けるためです。

参考:「ctDNA検査に関する推奨」ESMO

手術後の血液中にctDNAが残っているかを調べ、画像に映らない微小な病変や再発リスクを推定する研究も進んでいます。

肝転移や肺転移を根治目的で切除した後に、ctDNAの結果をもとに抗がん剤を強くする、減らす、早く再開するといった治療戦略が検討されていますが、2026年7月時点では、ctDNAだけを根拠に治療方針を決めることは一般的な標準診療にはなっていません。CT検査や腫瘍マーカーに代わる検査ではなく、既存の検査へ情報を加える技術として研究が続いています。

参考:ctDNA applications and integration in colorectal cancer: an NCI Colon and Rectal–Anal Task Forces whitepaper

免疫療法が効きにくいタイプへの研究も続いている

免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示しやすいのは、MSI-HまたはdMMRという特徴を持つ少数の大腸がんです。大腸がんの多くを占めるMSSまたはpMMRでは、免疫療法を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、この壁を越えることが研究上の大きな課題になっています。

研究では、免疫療法へ抗がん剤や血管新生阻害薬を組み合わせる方法、一つの薬で免疫と血管新生の両方へ作用する二重特異性抗体、免疫細胞をがん細胞へ近づける抗体などが検討されています。RAS経路をより広く抑える次世代薬や、HER2以外の目印へ抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も治験段階にあります。研究が行われていることと、効果が確立していることは同じではなく、MSS/pMMRの患者さんへ一般診療として勧められる新しい免疫療法はまだ限られています。

最新治療を調べるときは「承認済みか、治験段階か」を確認

最新治療という言葉だけでは、その治療を実際に受けられるかどうかは分かりません。日本で承認され保険診療として使える薬なのか、海外だけで承認されているのか、治験で効果を検証している段階なのかによって、利用条件や費用、予測できる副作用は大きく異なります。自分が対象になるかを判断するには、遺伝子検査の結果だけでなく、これまで受けた治療、病気の広がり、全身状態、治験を実施している施設へ通えるかまで確認する必要があります。

大腸がんの最新治療は、すべての患者さんへ同じ新薬を追加する方向ではなく、がん細胞の特徴を細かく分け、それぞれに合う治療を選ぶ方向へ進んでいます。以前は予後が厳しいと考えられていたBRAF V600E変異や、専用薬がなかったKRAS G12C変異にも治療が加わり、標準治療後の選択肢も広がりました。その一方で、研究段階の治療を過度に期待せず、現在利用できる標準治療を逃さないことも同じくらい重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 大腸がんステージ4でも手術を受けられますか?

受けられる場合があります。肝臓や肺への転移があっても、大腸の原発巣と転移巣をすべて切除でき、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、根治を目指した手術が検討されます。診断時には切除できなくても、薬物療法で腫瘍が縮小した後に手術へ進めることもあります。

手術の可否は、転移の個数だけでは決まりません。病変の位置、重要な血管との関係、肝臓や肺に残せる機能、ほかの臓器への転移、患者さんの体力まで含めて判断します。手術の可能性がある場合は、大腸外科だけでなく肝胆膵外科や呼吸器外科など、転移先の手術を専門とする医師にも評価してもらうことが重要です。

Q2. 肝転移や肺転移があっても完治できますか?

一部の患者さんでは、原発巣と転移巣を完全に切除し、長期間再発しない状態を目指せます。大腸がんでは、選択された肝転移や肺転移の患者さんに対して、手術が根治の可能性を持つ治療になります。

ただし、手術を受ければ必ず完治するわけではありません。画像で確認できる病変をすべて切除しても、体内に微小ながん細胞が残っている可能性があり、手術後に再発する患者さんもいます。再発した病変が再び切除できる場合もあるため、手術後も定期的な画像検査と血液検査を続けます。

Q3. ステージ4と診断されたら、必ず人工肛門になりますか?

必ず人工肛門になるわけではありません。人工肛門が必要になるのは、主に腫瘍によって便の通り道が塞がれている場合、腸に穴が開く危険がある場合、直腸がんの手術で肛門を残すことが難しい場合などです。腸閉塞を避け、早く薬物療法へ進む目的で一時的な人工肛門を造ることもあります。

人工肛門には、一時的に造設して後から閉鎖できるものと、継続して使用するものがあります。装具の扱いに慣れ、状態が安定すれば、仕事、旅行、入浴、無理のない運動も可能です。食事にも原則として一律の禁止はありませんが、便の状態や腸の狭窄に合わせた調整が必要になる場合があります。

Q4. 食事で大腸がんを小さくできますか?

特定の食品や食事療法だけで、ステージ4大腸がんを縮小させたり治したりできるという信頼できる根拠はありません。標準治療の代わりに極端な糖質制限や断食、健康食品だけへ頼ると、体重や筋肉量が低下し、予定していた治療を受けにくくなるおそれがあります。

治療中の食事で優先したいのは、十分なエネルギー、水分、タンパク質を確保し、体力を保つことです。食欲がないときは少量を複数回に分け、食べられる食品を利用します。ただし、腸が狭くなっている場合には、一般には健康的とされる食物繊維の多い食品が腸閉塞の原因になることもあります。病変の状態に応じて、担当医や管理栄養士へ具体的な食事内容を確認してください。

Q5. 治療を受けながら仕事を続けられますか?

病状と仕事内容によりますが、外来で薬物療法を受けながら仕事を続けている患者さんもいます。治療日と副作用が強く出やすい日を把握し、在宅勤務、時差出勤、勤務時間の短縮などを利用することで、退職せずに治療を続けられる場合があります。

診断直後に仕事を辞めるかどうかを決める必要はありません。治療を始めてから体調の波を確認し、必要な配慮を勤務先と相談する方法もあります。病院のがん相談支援センターや医療ソーシャルワーカーでは、休職制度、傷病手当金、職場への伝え方などについて相談できます。2026年度からは、事業主による治療と仕事の両立支援が努力義務として位置付けられています。

Q6. お酒は飲んでもよいのでしょうか?

大腸がんになったからといって、すべての患者さんが必ず禁酒しなければならないわけではありません。ただし、抗がん剤による吐き気や下痢、脱水、肝機能障害がある時期には、飲酒によって症状が悪化する可能性があります。手術前後や治療直後も、飲酒を控えるよう指示されることがあります。

飲酒できる量は、治療内容、肝臓の状態、服用している薬によって異なります。以前と同じ量を飲んでよいとは限らないため、治療中は担当医や薬剤師へ確認してください。下痢が続いている場合には、アルコールが腸を刺激して症状を強めることもあります。

Q7. 運動や旅行をしても大丈夫ですか?

体調が安定し、主治医から制限を受けていなければ、散歩や軽い筋力運動などを続けることは可能です。無理のない運動は筋力や体力の維持に役立ち、治療中の生活を保ちやすくします。ただし、骨転移がある場合、手術直後、貧血や発熱がある場合には、運動内容を調整しなければなりません。

旅行も一律に禁止されるものではありませんが、治療日程、副作用が出やすい時期、緊急時の受診先を確認してから計画します。人工肛門があっても旅行は可能です。装具を多めに持参し、長距離移動では脱水や血栓を防ぐため、可能な範囲で水分補給と体を動かす時間を確保します。

Q8. セカンドオピニオンはどの時点で受けるべきですか?

治療方針の説明を受けたものの、肝転移や肺転移を切除できる可能性について確認したい場合、複数の治療選択肢が提示されて迷っている場合、治験を含めた次の治療を知りたい場合には、セカンドオピニオンが役立ちます。大腸がんステージ4では、転移巣の切除可能性やコンバージョン治療の判断に複数分野の専門性が必要になるため、専門施設の意見を聞く意味があります。

セカンドオピニオンは、転院を前提とした診察ではありません。現在の検査画像や病理結果を別の専門医に見てもらい、診断や治療方針について意見を聞く制度です。治療開始前だけでなく、薬が効かなくなり次の方針を考える時点も利用しやすいタイミングです。ただし、治療を急ぐ病状では時間的な制約があるため、いつまでに決める必要があるかを主治医へ確認しておきます。

Q9. 大腸がんは家族へ遺伝しますか?

大腸がんの多くは、親から子へ直接遺伝する病気ではありません。一方、ごく一部にはリンチ症候群や家族性大腸腺腫症など、生まれつき大腸がんになりやすい体質が関係するものがあります。若い年齢で発症した場合、血縁者に大腸がんや子宮体がんなどの患者さんが複数いる場合、複数のがんを経験している場合には、遺伝性腫瘍の評価が提案されることがあります。

治療選択のために調べるRASやBRAFなどの遺伝子変異は、多くの場合、がん細胞の中だけに生じた変化であり、そのまま家族へ遺伝するものではありません。MSI-H/dMMRが見つかった場合にはリンチ症候群が隠れている可能性もあるため、必要に応じて遺伝カウンセリングや血液を使った遺伝学的検査を行います。

Q10. 標準治療が効かなくなったら、もう治療法はありませんか?

現在の薬が効かなくなっても、作用の異なる標準治療へ切り替えられる場合があります。特定の病変だけが進行しているなら、手術や放射線治療を追加して、全身治療を続ける方法も検討されます。バイオマーカーを再評価し、BRAF V600E、KRAS G12C、HER2などに対応する治療が候補になることもあります。

標準治療の選択肢が少なくなった段階では、治験やがん遺伝子パネル検査も検討できます。ただし、自由診療を含む「最新治療」が標準治療より優れているとは限りません。現在残されている保険診療、治験の参加条件、期待できる効果と副作用を整理したうえで、次の選択肢を比較することが大切です。

大腸がんステージ4と向き合うために ― 納得できる治療を選ぶための考え方

大腸がんステージ4は、原発巣から離れた臓器や腹膜、遠隔リンパ節などへがんが広がった状態であり、決して治療が容易な病期ではありません。しかし、ステージ4という診断だけで治療の目的や将来が一つに決まるわけでもありません。

大腸がんステージ4の治療を考えるとき、最初に確認したいのは「一番強い薬は何か」ではなく、「すべての病変を切除できる可能性があるか」という点です。肝転移や肺転移を切除できるかどうかは、単純な個数だけでは判断できません。初回の診断だけで「生涯手術できない」と決まるものではない一方、腫瘍が小さくなっただけで必ず手術できるわけでもなく、完全に取り切れる見込みがあるかを慎重に判断する必要があります。

生存率や全生存期間中央値は、病気の厳しさや治療の進歩を理解するうえで欠かせない情報です。しかし、それらは一定の条件を満たした患者集団の結果であり、個人の余命をそのまま示すものではありません。数字を見ないようにする必要はありませんが「自分はその統計のどの患者群に近いのか」「数字は診断時から数えたものか、特定の治療を始めてから数えたものか」を確認しなければ、実際以上に悲観したり、反対に過度な期待を抱いたりすることがあります。

治療方針に迷いがある場合、セカンドオピニオンを利用することもできます。別の専門医へ相談することは、現在の担当医を否定する行為ではありません。今の方針が妥当であることを確認し、納得して治療へ進むためにも利用できます。ただし、腸閉塞や出血など急いで対応しなければならない病状では、意見を聞くために治療開始を長く遅らせないよう、相談できる期限を主治医へ確認しておく必要があります。

大腸がんステージ4は、根治を目指せる患者さんと、病気を長くコントロールすることを目標とする患者さんが同じ病期の中に含まれています。治療開始時の方針が途中で変わることもあり、一度の選択ですべてが決まるわけではありません。切除可能性を繰り返し評価し、遺伝子や免疫の特徴に合った薬を選び、副作用や生活への影響を調整しながら、その時点で現実的な選択を積み重ねていくことが大切です。

「胃がんのステージ4です。」

医師からその言葉を告げられた瞬間「もう治療はできないのではないか」「余命はあとどれくらいなのだろう」「家族には何と伝えればいいのか」と頭が真っ白になった方も多いのではないでしょうか。

インターネットで「胃がん ステージ4」と検索すると「末期がん」「余命」「腹膜播種」「治らない」といった不安をあおるような言葉が並び、さらに気持ちが落ち込んでしまうことも少なくありません。しかし、現在の胃がん診療は以前とは大きく変わっています。

かつて、ステージ4胃がんの治療は、抗がん剤による延命治療が中心であり、治療の選択肢は限られていました。しかし近年は、HER2陽性胃がんに対する分子標的薬や、免疫チェックポイント阻害薬、さらにCLDN18.2を標的とした新しい治療薬の登場によって、患者さん一人ひとりのがんの特徴に合わせた治療が行われるようになっています。

ステージ4と一口に言っても、その病状は決して同じではありません。腹膜播種が中心の人もいれば、肝臓だけに転移している人もいます。HER2陽性の人もいれば、MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が見つかる人もいます。転移の部位や数、がん細胞の性質、全身状態によって選択できる治療は大きく異なり、その後の経過も一人ひとり違います。

さらに近年では、薬物療法によって腫瘍が大きく縮小した患者に対し、根治切除を目指す「コンバージョン手術(Conversion Surgery)」が行われるケースも増えてきました。以前は「手術はできない」と考えられていた患者でも、治療の経過によって新たな選択肢が生まれることがあります。

もちろん、ステージ4胃がんは依然として治療が難しい病気であることに変わりはありません。しかし「何もできない病気」ではなくなっていることも、現在の医学が示している事実です。

この記事では、胃がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、生存率や余命の考え方、現在受けられる標準治療、分子標的薬や免疫療法、最新治療、完治の可能性、さらに保険診療以外の選択肢まで、現在の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

診断直後に知っておきたい基本的な知識だけでなく、これから治療方針を考えるうえで判断材料となる情報も、できるだけ分かりやすくまとめました。この記事が、不安の中で情報を探している患者さんやご家族にとって、現状を冷静に理解し、納得できる治療を選択するための一助になれば幸いです。

  • 胃がんステージ4は遠くの臓器や腹膜などへがんが転移している状態
  • 胃がんステージ4の5年生存率は約6.2%(国立がん研究センター 2015年5年生存率)
  • 進行胃がんの治療成績は新しい薬剤の登場によって少しずつ改善している

胃がんステージ4とは

胃がんステージ4とは、胃の壁を越えて広がったがんが、遠くの臓器や腹膜などへ転移している状態を指します。一般的には「最も進行した胃がん」「末期胃がん」と説明されることもありますが、実際の診療では「ステージ4」という言葉だけで病状や予後を判断することはありません。

現在の胃がん治療では、どこへ転移しているのか、転移はどの程度広がっているのか、そしてがん細胞がどのような特徴を持っているのかまで詳しく調べたうえで、一人ひとりに合わせた治療方針が決められます。同じステージ4という診断であっても、治療内容や期待できる効果、生存期間は患者さんによって大きく異なります。

TNM分類

胃がんの進行度は、国際的に用いられているTNM分類によって決定されます。Tは胃壁への深達度や周囲臓器への浸潤、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を表しており、この三つを組み合わせて病期(ステージ)が決まります。このうち、ステージ4へ分類される最大の理由は「M」、つまり遠隔転移です。

胃から離れた臓器へ転移している場合だけでなく、腹膜へがん細胞が散らばる「腹膜播種」も遠隔転移として扱われます。そのため、肝臓や肺などに転移がなくても、腹膜播種が確認されればステージ4と診断されます。

参考:胃癌治療ガイドライン|一般社団法人 日本胃癌学会

胃がんステージ4でも病状は一人ひとり大きく異なる

肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜全体へがん細胞が広がり腹水がたまっている患者さんでは、同じステージ4であっても病気の性質や治療方針は大きく異なります。転移の部位だけではなく、HER2陽性やMSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)、CLDN18.2陽性など、がん細胞が持つ特徴によって使用できる薬剤も変わります。

そのため「ステージ4だから○○という治療を行う」という考え方ではなく、「その患者さんの胃がんには、どのような特徴があるのか」を詳しく調べたうえで治療方針を決定します。「ステージ4」という診断は治療のスタートラインであり、その後どのような治療を選択できるかは、これから行う詳しい検査によって決まっていくのです。

胃がんステージ4で最も多い「腹膜播種」とは

胃がんステージ4を理解するうえで、最も重要なキーワードの一つが『腹膜播種(ふくまくはしゅ)』です。

肺がんや大腸がんでは肝臓や肺への転移が中心になることが多い一方、胃がんでは腹膜播種が非常に高い頻度でみられます。実際、ステージ4胃がんの患者さんでは、腹膜播種が治療方針や予後に大きく影響するケースが少なくありません。

腹膜とは

腹膜とは、お腹の中にある胃や腸、肝臓などの臓器を包んでいる薄い膜です。胃がんが胃の壁を深く越えて進行すると、一部のがん細胞が胃の外へこぼれ落ち、腹腔内を漂うようになります。そして腹膜へ付着・増殖し、小さながんが無数に広がっていく状態が腹膜播種です。

血液やリンパ液の流れに乗って転移する肝転移や肺転移とは異なり、腹膜播種は「お腹の中にがん細胞が散らばる」という特徴的な広がり方をします。そのため、CT検査でははっきり確認できないほど小さな病変が多数存在していることも珍しくありません。

腹膜播種で現れる症状

腹膜播種が始まったばかりの段階では、自覚症状がほとんどないこともあります。しかし、病変が増えてくると、お腹全体にさまざまな症状が現れるようになります。

腹水

代表的なのが、腹水です。腹膜へ広がったがん細胞が炎症を引き起こすことで、お腹の中へ水分がたまりやすくなります。腹水が増えると、お腹が張るような感覚や圧迫感が強くなり、食事を少し食べただけでもすぐ満腹になることがあります。さらに腹水が大量になると、横になるだけで息苦しさを感じたり、歩くことが難しくなったりすることもあります。

腸閉塞(イレウス)

もう一つ注意したい症状が『腸閉塞(イレウス)』です。腹膜播種が腸の表面へ広がると、腸の動きが悪くなったり、一部が狭くなったりすることがあります。すると、食べたものや消化液が正常に流れなくなり、腹痛や吐き気、嘔吐、便やガスが出にくくなるといった症状が現れます。

イレウスは緊急の対応が必要になることもあるため「お腹の張りが急に強くなった」「何度も吐いてしまう」「数日間便が出ない」といった症状がある場合には、早めに主治医へ相談することが重要です。

その他の症状

腹膜播種では、このほかにも体重減少、食欲低下、全身のだるさなどが少しずつ進行することがあります。これらは胃がんそのものによる症状だけではなく、腹膜播種によって食事量や栄養状態が悪化することも大きく関係しています。

腹膜播種があると治療はできないのか

以前は、腹膜播種が見つかった時点で手術は難しく、治療の選択肢も限られていました。しかし近年の診療では、その考え方も変わりつつあります。

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法によって腹膜播種が縮小し、症状を長期間コントロールできる患者さんも増えています。薬物療法が非常によく効き、腹膜播種が画像上あるいは腹腔鏡検査でほとんど確認できなくなった一部の患者さんでは、コンバージョン手術が検討されることもあります。

もちろん、これはすべての患者さんに適応される治療ではありません。腹膜播種の広がり方や薬物療法への反応、全身状態などを慎重に評価したうえで判断されます。それでも「腹膜播種があるから何もできない」という時代ではなくなってきたことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つといえるでしょう。

参考:胃がん|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4でも治療を行う理由

胃がんステージ4は遠隔転移を伴う進行した状態であり、早期胃がんのように手術だけで治癒を目指せるケースは多くありません。しかし「ステージ4だから治療をしない」という考え方は基本的にありません。

その理由は、薬物療法を中心とした治療によって、病気の進行を抑え、症状を改善し、生活の質を維持できる可能性があるからです。患者さんによっては腫瘍が大きく縮小し、新たな治療の選択肢が生まれることもあります。ステージ4胃がんの治療は「治療をするか、しないか」ではなく「どのような目的で治療を行うのか」を考えることが重要になります。

胃がんステージ4の治療目的

ステージ4胃がんに対する治療の最も大きな目的は、がんの増殖をできるだけ抑えながら、生存期間の延長を目指すことです。

現在の薬物療法は、単に腫瘍を小さくするだけではありません。がんの進行を遅らせることで、食事や会話、仕事、趣味など、これまでの生活をできるだけ長く維持できるよう支援することも重要な役割になっています。

実際、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が使用できる患者さんでは、以前より長期間にわたって病気をコントロールできるケースも増えてきました。すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありませんが、治療を開始することで病気の勢いを抑えられる可能性がある以上「ステージ4だから何もできない」と考える必要はありません。

食べられる状態を維持する

胃がんでは「食べられること」を守ることも重要な治療目的になります。

胃がんは、食べ物の通り道そのものにできるがんです。そのため、病気が進行すると腫瘍が胃の出口や食道とのつなぎ目を狭くし、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腹膜播種によって腹水が増えたり、腸の動きが悪くなったりすると、食欲低下や吐き気、早期満腹感などが強く現れることもあります。

食事量が減れば、体重だけでなく筋肉量も減少し、全身状態が悪化します。すると、予定していた抗がん剤を十分な量で続けられなくなったり、新しい治療を受けられなくなったりする可能性もあります。「食べられる状態を維持すること」は、生活の質だけではなく、その後の治療を続けるためにも重要なのです。

胃がんステージ4では、薬物療法だけではなく栄養管理や支持療法も治療の重要な柱になります。

出血や通過障害などの症状を改善する

胃がんが進行すると、腫瘍から出血したり、胃の出口が狭くなったりすることがあります。慢性的な出血では貧血が進行し、強い倦怠感や息切れの原因になります。一方、胃の出口が狭くなると、食べ物が十二指腸へ流れにくくなり、食後の吐き気や嘔吐が続くことがあります。

このような症状に対しては、薬物療法だけではなく、患者さんの状態に応じて内視鏡によるステント留置、胃空腸バイパス術、止血処置、放射線治療などを組み合わせることがあります。これらは胃がんそのものを根治する治療ではありませんが、「食べられるようになる」「出血を止める」「痛みを和らげる」といった症状改善を目的とした重要な治療です。

症状が改善することで体力が回復し、その後の薬物療法を継続できるようになるケースも少なくありません。

薬物療法がよく効けば、新たな治療選択肢が生まれることも

以前は、ステージ4胃がんでは手術はほとんど行われませんでした。しかし現在では、薬物療法によって腫瘍や転移巣が大きく縮小し、遠隔転移が十分にコントロールされた患者さんに対して「コンバージョン手術」が検討されることがあります。

これは最初から手術を予定する治療ではなく、薬物療法の効果を慎重に評価した結果「根治切除が可能」と判断された場合に選択される治療です。もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「最初は手術できない状態だった患者さんに、新しい選択肢が生まれる可能性がある」という点は、現在の胃がん治療を理解するうえで重要な変化といえるでしょう。

次の章では、こうした治療方針を決定するために行われる検査について詳しく解説します。現在の胃がん診療では、転移の有無だけではなく、HER2やCLDN18.2、MSI、PD-L1などのバイオマーカー検査が治療選択に大きく関わるため、それぞれの検査がどのような意味を持つのかを理解しておくことが重要です。

胃がんステージ4と診断された後に行われる検査

胃がんステージ4と診断された後、治療はすぐに始まるわけではありません。まず行われるのは、「どの治療が最も効果を期待できるのか」を判断するための詳しい検査です。

以前の胃がん治療では、転移の有無や患者さんの体力を中心に治療方針が決められていました。しかし現在は、がん細胞そのものの特徴まで詳しく調べ、一人ひとりに合った薬剤を選択する時代へ変わっています。そのため、診断後に行われる検査には「病気がどこまで広がっているか」を確認する検査と、「どの薬が使えるか」を調べる検査という二つの役割があります。

転移の広がりを正確に把握する画像検査

治療方針を決めるうえで最初に重要になるのが、がんがどこまで広がっているのかを正確に確認することです。

CT検査では、胃の周囲だけでなく、肝臓や肺、リンパ節などへの転移を評価します。胃がんは肝転移やリンパ節転移を起こしやすいだけでなく、腹膜播種を伴うことも多いため、お腹全体の状態を丁寧に確認することが欠かせません。

必要に応じてPET-CTが追加されることもありますが、胃がんではすべての病変がPET-CTで描出されるわけではありません。特に腹膜播種や小さな転移巣では検出が難しいこともあるため、CTや内視鏡検査の結果と合わせて総合的に判断されます。

画像検査だけでは判断が難しい場合には、腹腔鏡検査を行うことがあります。腹部に小さな穴を開けてカメラを挿入し、腹膜を直接観察する検査です。CTでは確認できなかった小さな腹膜播種や腹水中のがん細胞が見つかることもあり、治療方針を決めるうえで重要な情報になります。

がん細胞の特徴を調べる病理検査

胃がん治療で近年特に重要になっているのが、病理検査です。内視鏡検査などで採取した組織を詳しく調べることで、胃がんの種類だけでなく、分子標的薬や免疫療法が使用できる可能性も評価します。

HER2検査

代表的なのはHER2検査です。HER2というタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、トラスツズマブなどHER2を標的とした治療が第一選択になることがあります。胃がん全体では約15~20%前後がHER2陽性とされており、治療方針を左右する重要な検査の一つです。

MSI検査

MSI検査も重要です。MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が確認された胃がんでは、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。頻度は高くありませんが、治療戦略が大きく変わる可能性があるため、現代では標準的に調べられることが増えています。

PD-L1検査

免疫療法を検討する際にはPD-L1検査も行われます。胃がんではPD-L1の発現をCPS(Combined Positive Score)という指標で評価します。この結果はニボルマブやペムブロリズマブなどを使用する際の重要な判断材料になります。

CLDN18.2検査

2024年からはCLDN18.2(クローディン18.2)の検査も注目されています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を含む治療が新たな選択肢となりました。これまで使える薬剤が限られていた患者さんでも、検査結果によって治療の幅が広がる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査が勧められることもある

標準治療が終了した後や、次の治療を検討する段階では、がん遺伝子パネル検査が提案されることがあります。これは一度に数百種類の遺伝子異常を調べ、治験や適応となる薬剤がないかを探す検査です。すべての患者さんが対象になるわけではありませんが、従来の検査では分からなかった遺伝子異常が見つかり、新しい治療へつながる可能性もあります。

この検査だけで治療法が決まるわけではありません。しかし、標準治療の選択肢が少なくなった段階では、今後の方針を考えるための重要な情報になることがあります。

ここまで紹介したように、現在の胃がん診療では「胃がん」という診断だけで治療を決めることはほとんどありません。転移の広がりに加え、HER2、MSI、PD-L1、CLDN18.2など複数の情報を組み合わせることで、一人ひとりに適した治療法を選択しています。

参考:ゲノム医療について|厚生労働省

胃がんステージ4の治療全体像

胃がんステージ4と診断されると「抗がん剤しか方法はないのでしょうか」と質問されることがよくあります。薬物療法はステージ4胃がんの中心となる治療です。しかし、一つの治療だけで経過をみることはほとんどありません。

胃がんは、病気の進行によって起こる症状が患者さんごとに大きく異なります。食事が通りにくくなる人もいれば、腹膜播種による腹水が問題になる人もいます。肝転移が中心の人もいれば、リンパ節転移だけで比較的全身状態が保たれている人もいます。

胃がんステージ4の治療は「どの薬を使うか」だけで決まるものではありません。薬物療法を軸にしながら、必要に応じて手術や放射線治療、内視鏡治療、栄養管理、緩和ケアを組み合わせ、一人ひとりの病状に合わせて治療計画を組み立てていきます。

薬物療法が治療の中心

ステージ4胃がんでは、全身へ広がったがん細胞を一度に治療する必要があります。手術で胃を切除しても、腹膜や肝臓、リンパ節などへ転移した病変まですべて取り除くことは難しいため、まずは全身へ作用する薬物療法が治療の中心になります。

薬物療法といっても、現在は単純に抗がん剤を使用するだけではありません。HER2陽性であれば分子標的薬を組み合わせることがありますし、PD-L1の発現状況やMSI-Hであるかどうかによって免疫チェックポイント阻害薬が加わることもあります。さらにCLDN18.2陽性では、新たな分子標的薬を使用できるようになり、治療の組み合わせは以前よりも複雑になっています。

同じステージ4胃がんでも、検査結果によって第一選択となる治療が変わるため、「誰もが同じ抗がん剤を使う」という時代ではなくなっています。

治療は段階的に組み立てられる

薬物療法は、一度開始したら最後まで同じ薬を使い続けるわけではありません。治療を始めた後は、CT検査や血液検査を定期的に行い、腫瘍が縮小しているのか、変化がないのか、それとも大きくなっているのかを確認します。

十分な効果が得られている間は同じ治療を継続し、病気が進行した場合や副作用が強くなった場合には、次の治療へ切り替えることになります。これを二次治療、三次治療と呼びます。

近年は使用できる薬剤が増えたことで、一つの治療だけで終わるのではなく、複数の治療を順番に受けながら病気をコントロールしていく考え方が一般的になっています。治療開始時だけでなく「次にどの治療を選択するか」まで見据えて計画を立てることも、現在の胃がん診療では重要になっています。

薬物療法以外の治療を優先することもある

すべての患者さんが、診断直後から抗がん剤を開始できるとは限りません。例えば、胃の出口が狭くなり、水分さえ十分に飲めない状態では、まず食事が通るようにする治療を優先することがあります。腫瘍から出血が続いている場合には止血処置が必要になることがありますし、腹水によって呼吸が苦しい場合には腹水を抜く処置を行うこともあります。

病状によっては胃空腸バイパス術やステント留置術が選択されることもあり、これらによって食事が可能になった後に薬物療法を開始するケースも少なくありません。胃がんでは、病気そのものだけではなく、病気によって生じる症状を改善することも治療の重要な役割になります。

治療目標が途中で変わる場合も

治療を始めた時点では「病気の進行を抑えながら生活を維持すること」が目標になる患者さんがほとんどです。一方で、薬物療法が予想以上によく効き、転移巣が大きく縮小した場合には、当初は考えられなかった選択肢が見えてくることがあります。

代表的なのが、コンバージョン手術です。最初は切除できないと判断された胃がんでも、薬物療法によって根治切除が可能と判断されれば、手術を検討できる場合があります。逆に、治療を続ける中で体力の低下や副作用が問題となり、治療内容を調整した方がよい場面もあります。

治療の目標は最初から最後まで変わらないものではなく、病気の変化や生活の状況に合わせて見直されていきます。診断直後の時点で将来を決めつける必要はありません。治療に対する反応を一つひとつ確認しながら、その時点で最も適した選択を積み重ねていくことが、胃がんステージ4の診療では何よりも大切になります。

次の章では、ステージ4胃がん治療の中心となる抗がん剤について、どのような薬剤が使用されるのか、どのような患者さんに選択されるのか、副作用への対策も含めて詳しく解説します。

参考:胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4の抗がん剤治療

胃がんステージ4の治療では、薬物療法が中心になります。その中でも、最も基本となるのが抗がん剤治療です。胃がん治療の標準的な抗がん剤は一つではありません。年齢や体力、転移の広がり、HER2やPD-L1、CLDN18.2などの検査結果を踏まえて治療内容が決められます。現在は、複数の薬剤を組み合わせた治療を基本とし、必要に応じて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を追加する方法が標準治療になっています。

一次治療ではフッ化ピリミジン系とプラチナ製剤の併用が基本

薬物療法の中心となるのは、フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ製剤を組み合わせた化学療法です。具体的には、S-1とオキサリプラチンを組み合わせたSOX療法や、カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせたCapeOX療法、5-FUとオキサリプラチンを併用するFOLFOX療法などが広く用いられています。これらの治療は、がん細胞のDNA合成や細胞分裂を妨げることで増殖を抑えることを目的としています。

どの治療法が選択されるかは、患者さんの年齢や腎機能、通院頻度、内服薬を継続できるかどうかなども考慮して決定されます。S-1は内服薬であるため自宅で服用できますが、食事が十分に取れない患者さんでは点滴中心の治療が選択されることもあります。一方、オキサリプラチンは比較的高い治療効果が期待できる反面、手足のしびれが長期間残ることがあるため、副作用の程度を確認しながら投与量を調整していきます。

参考:胃癌治療ガイドライン|日本胃癌学会

HER2陽性では分子標的薬を併用する

HER2陽性胃がんでは、抗がん剤だけではなく、HER2を標的とした分子標的薬を併用することが標準治療になります。代表的なのがトラスツズマブ(ハーセプチン)です。

ToGA試験では、HER2陽性進行胃がんに対して抗がん剤へトラスツズマブを追加することで、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、HER2検査は現在の胃がん診療で欠かせない検査の一つとなっています。

さらに近年では、HER2陽性胃がんに対する抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)も使用できるようになり、HER2陽性患者の治療選択肢は大きく広がっています。同じ抗がん剤治療でも、HER2の結果によって組み合わせる薬剤は大きく変わります。

参考:Herceptin の主要な試験(ToGA)でHER2陽性胃がんにおいて有意な延命効果が認められる
参考:抗悪性腫瘍剤 「エンハーツ®」の日本におけるHER2陽性胃がんの二次治療に係る添付文書改訂のお知らせ

抗がん剤だけで治療する患者は以前より少なくなっている

胃がん治療は、この数年で大きく変化しました。以前は抗がん剤単独が標準だった患者さんでも、現在では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を併用するケースが増えています。例えばPD-L1 CPSが一定以上の患者さんでは、ニボルマブを追加することが標準治療になっています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を組み合わせた治療も選択肢になります。

現在の抗がん剤治療は「抗がん剤だけで戦う治療」ではなく「抗がん剤を土台として複数の薬剤を組み合わせる治療」へ変わっています。

副作用が管理しやすくなっている

抗がん剤に対して「吐き気がひどい」「何も食べられなくなる」「髪がすべて抜ける」といったイメージを持っている人も多いでしょう。確かに副作用は避けて通れませんが、副作用を予防する薬剤や支持療法が大きく進歩しています。

吐き気には複数の制吐薬を組み合わせて使用し、白血球減少にはG-CSF製剤を使用することがあります。下痢や口内炎、末梢神経障害についても早い段階から対策を行い、必要に応じて休薬や減量を行いながら治療を継続していきます。

副作用が出ること自体は珍しくありませんが、「我慢しながら治療を続ける」のではなく「副作用を管理しながら治療を続ける」という考え方が現在の標準になっています。気になる症状があれば早めに医療スタッフへ伝えることで、重症化を防ぎやすくなります。

抗がん剤は「効かなくなるまで続ける」わけではない

「一度始めた抗がん剤は、一生続けるのでしょうか」と質問されることがあります。実際にはそのようなことはありません。治療中は定期的にCT検査や血液検査を行い、腫瘍が縮小しているか、副作用が強くなっていないかを確認します。十分な効果が得られている間は治療を継続しますが、病気が進行した場合や副作用によって生活への影響が大きくなった場合には、薬剤の変更や休薬を検討します。

近年は二次治療、三次治療まで見据えて治療を組み立てることが一般的になっています。最初の抗がん剤が効かなくなったからといって、そこで治療が終わるとは限りません。病状やこれまでの治療経過に応じて、新しい薬剤や分子標的薬、免疫療法へ切り替えられる可能性もあります。抗がん剤治療は、一つの薬剤だけで完結するものではなく、その後の治療へつなげていくための重要な第一歩でもあります。

分子標的薬 ― 胃がんの特徴に合わせて治療を選ぶ時代へ

胃がんの薬物療法は、長い間「抗がん剤」が中心でした。しかし近年は、がん細胞が持つ特定の分子や遺伝子異常を標的とした『分子標的薬』が次々に登場し、治療の考え方は大きく変わっています。

分子標的薬は、すべての胃がん患者さんが使用できるわけではありません。HER2やCLDN18.2など、がん細胞に特定の特徴が確認された場合に使用される薬剤であり、事前に行う病理検査やバイオマーカー検査が治療方針を決める重要な鍵になります。そのため「どのタイプの胃がんなのか」を見極めたうえで治療を組み立てることが基本になっています。

HER2陽性胃がんでは分子標的薬が第一選択

最も広く使用されている分子標的薬が、HER2を標的とした治療です。HER2は、がん細胞の増殖に関わるタンパク質の一つで、このタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、通常よりも増殖する力が強くなることがあります。HER2陽性は進行胃がん全体の約15~20%に認められるとされており、診断時にはHER2検査を行うことが標準となっています。

HER2陽性と判定された場合には、抗がん剤にトラスツズマブ(ハーセプチン)を組み合わせた治療が第一選択になります。トラスツズマブはHER2へ選択的に結合し、がん細胞の増殖を抑えるだけでなく、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくする働きもあります。

トラスツズマブが効かなくなった場合でも治療が終わるわけではありません。近年は『トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)』という抗体薬物複合体(ADC)が使用できるようになりました。ADCは、HER2を目印にして抗がん剤をがん細胞へ直接届ける仕組みを持つ薬剤です。

DESTINY-Gastric01試験では、これまで治療を受けたHER2陽性進行胃がん患者に対して、高い奏効率と生存期間の延長が報告されました。従来であれば治療選択肢が限られていた患者さんにも、新たな治療の可能性が広がっています。

参考:胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター

CLDN18.2陽性胃がんでは新しい標準治療が始まっている

近年、胃がん領域で最も大きな話題の一つとなっているのが『CLDN18.2(クローディン18.2)』です。CLDN18.2は胃粘膜に存在するタンパク質ですが、一部の胃がんではがん細胞の表面に強く発現しています。このタンパク質を標的とする薬剤が「ゾルベツキシマブ(ビロイ)」です。

SPOTLIGHT試験では、CLDN18.2陽性・HER2陰性進行胃がんに対し、標準的な化学療法へゾルベツキシマブを追加することで、無増悪生存期間と全生存期間の改善が確認されました。これを受け、日本でも新たな治療選択肢として使用できるようになっています。

CLDN18.2はすべての胃がんで陽性になるわけではないため、使用には専用の検査が必要です。しかし、検査結果によっては治療成績の向上が期待できることから、今後ますます重要性が高まると考えられています。

参考:クローディン18.2陽性HER2陰性進行胃がんに対するゾルベツキシマブ+化学療法+ニボルマブ併用療法が有効な可能性|国立がん研究センター

血管新生を抑える分子標的薬も使用されている

胃がんは、成長するために新しい血管を作りながら栄養を取り込んでいます。この血管新生を抑える目的で使用されるのが『ラムシルマブ(サイラムザ)』です。ラムシルマブはVEGFR2という受容体を標的とし、腫瘍へ新しい血管が作られるのを抑えることで、がんの増殖を遅らせます。

一次治療終了後の二次治療では、パクリタキセルとラムシルマブを組み合わせた治療が広く行われています。RAINBOW試験では、この併用療法がパクリタキセル単独と比べて生存期間を延長することが示され、現在も世界各国のガイドラインで推奨されています。

参考:治療歴のある進行胃癌または食道胃接合部腺癌患者におけるRamucirumab+paclitaxel-療法 vs. プラセボ+paclitaxel療法:第III相二重盲検無作為化比較試験(RAINBOW)

分子標的薬は「使える人」が決まっている

分子標的薬は非常に高い治療効果が期待できる一方で、「胃がんなら誰でも使える薬」ではありません。HER2陽性でなければトラスツズマブやエンハーツは使用できませんし、CLDN18.2が確認されなければゾルベツキシマブの適応にはなりません。

逆に言えば、これらの検査を行わなければ、本来受けられる治療を見逃してしまう可能性もあります。だからこそ、進行胃がんでは診断時にHER2、PD-L1、MSI、CLDN18.2などのバイオマーカー検査を十分に行うことが重要となります。

免疫チェックポイント阻害薬 ― 免疫の力でがんと闘う新しい治療

胃がん治療は分子標的薬の登場だけでなく「免疫チェックポイント阻害薬」によっても大きく変わりました。これまでの抗がん剤は、がん細胞そのものを攻撃することが目的でした。一方、免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身が持つ免疫の働きを回復させ、免疫細胞ががんを攻撃しやすい状態を作る治療です。この仕組みが従来の抗がん剤とは大きく異なるため、効果の現れ方や副作用にも違いがあります。

免疫療法は「誰にでもよく効く治療」ではありません。効果が期待できる患者さんと、そうでない患者さんがいることが分かっており、治療を始める前にはいくつかの検査結果を参考にして適応を判断します。

一次治療から免疫療法を併用するケース

進行胃がんでは、HER2陰性の患者さんを中心に、抗がん剤へ免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる治療が標準となっています。代表的な薬剤が 『ニボルマブ(オプジーボ)』です。

国際共同第Ⅲ相試験である「CheckMate 649試験」では、HER2陰性進行胃がん・食道胃接合部がん患者を対象に、化学療法へニボルマブを追加した群で、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、日本でも条件を満たす患者さんでは、一次治療からニボルマブを併用することが推奨されています。

以前は「抗がん剤が効かなくなってから検討する治療」という位置付けでしたが、現在では診断直後から使用されることも珍しくありません。

参考:切除不能進行・再発胃/食道胃接合部/食道腺癌の1次治療におけるNivolumab+化学療法と化学療法を比較した国際共同無作為化オープンラベル比較第III相試験(CheckMate 649試験)

PD-L1検査は治療方針を決める重要な材料

免疫療法を検討する際に重要になる検査が『PD-L1検査』です。胃がんでは、PD-L1の発現を「CPS(Combined Positive Score)」という方法で評価します。この数値が高い患者さんでは、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待しやすいことが知られています。

ただし、「PD-L1が低いから免疫療法はまったく効かない」という意味ではありません。PD-L1はあくまでも判断材料の一つであり、年齢や全身状態、転移の状況、ほかのバイオマーカーなども総合的に考慮したうえで治療方針が決められます。検査結果だけで治療が決まるわけではありませんが、今では欠かせない情報の一つになっています。

MSI-H胃がんでは高い治療効果が期待できる

免疫療法との関係で忘れてはならないのが『MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)』です。MSI-Hとは、がん細胞に多くの遺伝子異常が蓄積した状態を指します。このタイプの胃がんでは免疫細胞が異常を認識しやすくなるため、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。

胃がん全体から見るとMSI-Hは多くありませんが、該当する患者さんでは治療方針そのものが変わる可能性があります。そのため、進行胃がんではMSI検査も重要な検査として位置付けられています。

抗がん剤とは異なる副作用

免疫療法は副作用が少ない治療というイメージを持たれることがあります。実際には吐き気や脱毛などは抗がん剤より少ない傾向がありますが、免疫療法には『免疫関連有害事象(irAE)』と呼ばれる特有の副作用があります。これは、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃してしまうことで起こる副作用です。

皮膚の発疹やかゆみ、甲状腺機能異常、肺炎、大腸炎、肝機能障害、副腎機能低下など、さまざまな臓器に影響する可能性があります。多くは早期に発見して適切な治療を行えば改善しますが、「少し息苦しい」「下痢が続く」「強いだるさがある」といった症状を軽く考えず、早めに主治医へ相談することが重要です。

免疫療法は長く効果が続く場合もある

免疫チェックポイント阻害薬の特徴の一つが、効果が現れた患者さんでは長期間病気をコントロールできることがある点です。

もちろん、すべての患者さんに同じ結果が得られるわけではありません。治療を開始しても十分な効果が得られない場合もありますし、途中で病気が進行することもあります。一方で、免疫療法がよく効いた患者さんでは、病気を長期間抑えながら日常生活を維持している例も報告されています。こうした治療成績が積み重ねられたことで、免疫チェックポイント阻害薬は現在の進行胃がん治療に欠かせない選択肢となりました。

抗がん剤、分子標的薬、免疫療法は、それぞれ役割が異なります。胃がん診療ではそれらを単独で考えるのではなく、患者さんの病状やバイオマーカーに応じて最適な組み合わせを選択することが標準になっています。

手術・放射線治療・内視鏡治療

胃がんステージ4では薬物療法が治療の中心になりますが、それだけで対応できるとは限りません。

胃は食べ物を一時的にため、十二指腸へ送り出す役割を担っています。そのため、がんが大きくなると食べ物の通り道が狭くなり、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腫瘍から出血が続けば貧血が進行し、腹膜播種が広がれば腹水や腸閉塞などの症状が現れることもあります。こうした症状が強くなると、薬物療法を始めたくても体力が追いつかず、予定どおり治療を進められないことがあります。

胃がんステージ4では「がんを小さくする治療」と並行して、「食べられる状態を維持する治療」や「症状を和らげる治療」も重要になります。

胃を切除する手術が検討されるケース

ステージ4胃がんでは、診断時から胃を切除する手術を行うケースは多くありません。遠隔転移がある状態では、胃だけを切除しても体内に残った転移巣まで取り除くことはできないためです。しかし、例外があります。薬物療法によって原発巣と転移巣が大きく縮小し、画像検査などで根治切除が可能と判断された場合には、「コンバージョン手術」が検討されることがあります。

この手術は、最初から予定されているものではありません。薬物療法にどの程度反応したかを慎重に評価したうえで、「切除することによって長期的な病勢コントロールが期待できる」と判断された患者さんに限って行われます。適応となる患者さんは多くありませんが、胃がん治療の進歩によって、以前は手術が不可能と考えられていた症例でも新たな選択肢が生まれるようになっています。

食事が通らないときは、食べられる状態を取り戻す治療を優先

胃がんでは、腫瘍が胃の出口や食道との境目を狭くし、食事や水分が十分に通らなくなることがあります。食べられない状態が続けば、体重や筋力は急速に低下し、抗がん剤を続けることも難しくなります。こうした場合には、内視鏡で金属製のステントを留置して通り道を広げたり、胃と小腸をつないで食べ物の流れを確保する「胃空腸バイパス術」を行ったりすることがあります。

これらの治療は胃がんを根治するものではありませんが、栄養状態を改善し、その後の薬物療法へつなげるという重要な役割を担っています。「まず食べられるようにする」という判断が、結果的に治療全体の継続につながることも少なくありません。

放射線治療の目的

胃がんでは、放射線治療が第一選択になることは多くありません。一方で、腫瘍からの出血が続いている場合や、骨転移による強い痛みがある場合には、放射線治療が大きな効果を発揮することがあります。

特に出血性胃がんでは、輸血を繰り返さなければならないほど貧血が進行することもあります。そのような状況では放射線によって出血を抑えられる場合があり、患者さんの負担軽減につながります。また、骨転移による痛みや神経の圧迫症状に対しても、放射線治療は生活の質を維持するための重要な治療法として位置付けられています。

薬物療法だけでは改善しにくい症状に対して局所治療を組み合わせることで、日常生活を送りやすい状態を維持できることも少なくありません。

参考:経口摂取不良の切除不能胃癌に対する治療戦略|消化器癌治療の広場

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けるために欠かせない医療

「緩和ケア」と聞くと、「もう治療ができなくなった人が受ける医療」というイメージを持つ人は少なくありません。しかし、その考え方は既に大きく変わっています。緩和ケアは終末期だけに行われるものではなく、診断された早い段階から標準治療と並行して取り入れることが推奨されています。

緩和ケアの大きな役割は、がんによる痛みや吐き気、食欲低下、精神的な不安を和らげながら、抗がん剤や免疫療法を無理なく続けられるよう支えることです。治療そのものと対立するものではなく、治療を支える医療と考える方が実際の診療に近いでしょう。

緩和ケアの考え方

胃がんステージ4では、がんそのものよりも、病気によって起こる症状が日常生活へ大きな影響を及ぼすことがあります。例えば、腫瘍によって食べ物が通りにくくなれば十分な栄養を取ることができず、腹膜播種が進行すれば腹水による腹部膨満感や食欲低下が現れます。こうした症状が続くと体力や筋力は急速に低下し、本来受けられるはずだった薬物療法を続けられなくなることもあります。そのため、症状を我慢しながら治療を続けるのではなく、症状を積極的に改善しながら治療を継続するという考え方が基本になっています。

栄養管理

胃がんでは栄養管理が治療成績を左右することも珍しくありません。胃は食べ物を一時的にため、消化を助ける重要な臓器であるため、病気が進行すると少量しか食べられなくなったり、食後すぐに満腹感を覚えたりすることがあります。さらに腹膜播種や腹水が加わると、胃が十分に広がらず、以前と同じ量の食事を摂ることが難しくなります。

このような状態では、一度に多く食べようとするよりも、一日の食事回数を増やして少量ずつ栄養を補う方が体への負担は少なくなります。必要に応じて栄養補助食品や経腸栄養、点滴による栄養補給を組み合わせることもあり、管理栄養士が食事内容を調整しながら治療を支えるケースも増えています。

腹水への対応

腹膜播種を伴う患者さんでは、腹水への対応も重要になります。腹水が増えると、お腹の張りだけでなく呼吸のしづらさや食欲低下、歩行時の疲れやすさなど、日常生活のさまざまな場面へ影響が及びます。薬物療法によって腹水が減少することもありますが、症状が強い場合には腹水穿刺によって水分を排出し、苦痛を軽減する処置が行われることもあります。

腹水は「抜けば終わり」というものではなく、栄養状態や腎機能とのバランスを考えながら対応する必要があるため、病状に応じた個別の判断が欠かせません。

痛みのコントロール

痛みのコントロールも緩和ケアの重要な役割です。がんによる痛みは我慢するものではなく、適切に治療することで生活の質を大きく改善できる症状です。現在はアセトアミノフェンなどの鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの程度に応じてさまざまな薬剤が使用されています。医療用麻薬に対して不安を抱く患者さんもいますが、医師の管理のもとで適切に使用すれば、依存を過度に心配する必要はありません。痛みを抑えることで睡眠や食事が改善し、その結果として体力を維持しやすくなることも少なくありません。

精神的な負担のケア

胃がんステージ4では、身体的な症状だけでなく、将来への不安や家族への心配など精神的な負担も大きくなります。こうした悩みに対しても、医師だけではなく看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー、公認心理師など、多職種が連携して支援を行います。

治療を続けるかどうかという大きな判断だけではなく、「今食べられない」「夜眠れない」「家族へどう伝えればよいか」といった日常の困りごとについて相談できることも、緩和ケアの大切な役割です。

緩和ケアは自分らしい生活を続けられるように支える医療

緩和ケアは、治療を諦めるための医療ではありません。治療によって得られる効果を最大限に引き出し、患者さんが自分らしい生活をできるだけ長く続けられるよう支える医療です。胃がんステージ4では、薬物療法と同じくらい重要な柱として考えられており、症状を我慢せず早い段階から医療スタッフへ相談することが、結果として治療の継続や生活の質の向上につながります。

胃がんステージ4の生存率

胃がんは、早期に発見されれば手術だけで根治できる可能性が高いがんです。一方、遠隔転移を伴うステージ4では治療の目的が大きく変わるため、生存率にも大きな差が生じます。

国立がん研究センターの院内がん登録の長期予後データでは、ステージごとの5年・10年生存率は次のように報告されています。

病期 5年生存率 10年生存率
ステージI 約82.0% 約64.6%
ステージII 約59.7% 約44.0%
ステージIII 約37.5% 約25.2%
ステージIV 約6.2% 約3.4%

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス

この表からも分かるように、胃がんはステージⅢまでは一定数の患者さんで長期生存が期待できますが、遠隔転移を伴うステージⅣになると生存率は大きく低下します。ただし、この数字だけで「ステージ4なら必ず5年以内に亡くなる」という意味ではありません。

この統計には10年以上前に診断された患者さんも含まれており、現在では標準となっているHER2標的治療や免疫チェックポイント阻害薬、CLDN18.2を標的とした治療などの効果は十分に反映されていません。現在診断される患者さんでは、これらの新しい治療によって長期間病気をコントロールできるケースも少しずつ増えています。

同じステージ4でも病状には幅がある

「ステージ4」という診断名は同じでも、病状には大きな幅があります。肝臓へ小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜播種が広範囲に広がり腹水を伴っている患者さんでは、病気の進行速度も治療方針も異なります。同じステージ4でも、分子標的薬や免疫療法が高い効果を示す患者さんでは、これまでより長期間病勢をコントロールできることがあります。

「ステージ4の5年生存率は約6%」という数字は、あくまでも多くの患者さんを平均した結果であり、個々の患者さんの予後を示すものではありません。

ネット・サバイバルデータ

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI 約92.8% 約79.1%
ステージII 約66.6% 約52.0%
ステージIII 約41.4% 約29.3%
ステージIV 約6.7% 約3.9%

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス

国立がん研究センターが公表している「ネット・サバイバル」でも、遠隔転移を伴う胃がんは、限局がんや領域リンパ節転移に比べて生存率が低いことが示されています。ネット・サバイバルとは、胃がん以外の死亡要因を統計学的に補正し「胃がんだけが原因だった場合の生存率」を推計した指標です。

このデータでも、遠隔転移例の5年生存率は10%未満と報告されており、ステージ4が依然として治療の難しい病期であることが分かります。

生存率を左右するのは「ステージ」だけではない

現在の胃がん診療では、ステージよりも細かい情報が治療成績へ影響することが少なくありません。

HER2陽性ではトラスツズマブを含む治療が選択できますし、治療経過によってはトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)という新しい薬剤も使用できます。MSI-Hでは免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあり、CLDN18.2陽性ではゾルベツキシマブ(ビロイ)が新たな選択肢になります。

腹膜播種が主体なのか、肝転移が主体なのかによっても経過は異なります。腹膜播種では腹水や腸閉塞による栄養状態の悪化が問題になりやすい一方、肝転移が限局している患者さんでは薬物療法が奏効し、長期間病勢をコントロールできるケースもあります。

このように、生存率を決める要素は「ステージ4」という一つの診断名だけではありません。

生存率は現在の医学水準を示す数字

統計を見ると不安になるのは当然です。しかし、生存率は過去の患者さんの集計結果であり、「あなたがあと何年生きられるか」を示す数字ではありません。治療開始後すぐに病気が進行する患者さんもいれば、複数の薬物療法を受けながら5年以上仕事や日常生活を続けている患者さんもいます。近年は新しい薬剤の承認が相次いでおり、診断された時点では存在しなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

生存率は現実を知るための大切な指標ですが、それだけで将来を決めつける必要はありません。現在受けられる治療を正しく理解し、自分の病状に合った選択肢を一つずつ検討していくことが、これからの治療を考えるうえで何より重要になります。

胃がんステージ4の余命 ― 平均余命や中央値の考え方

胃がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族が気になるのが「余命」です。

しかし、医学では「余命○年」と一律に表現することはほとんどありません。実際の臨床では『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』という指標が用いられます。これは臨床試験に参加した患者さんのうち、半数が生存していた期間を示すものであり、一人ひとりの余命を予測する数字ではありません。

近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって治療成績が改善しており、どの治療を受けられるかによって全生存期間にも違いがみられるようになっています。

まずは、現在の胃がん治療を代表する主要な臨床試験の結果を見てみましょう。

主な臨床試験で報告されている全生存期間中央値

臨床試験 主な対象 治療内容 全生存期間(OS中央値)
従来の標準化学療法※1 HER2陰性など 化学療法 約10~12か月
ToGA試験 HER2陽性 トラスツズマブ+化学療法 13.8か月
CheckMate 649試験 HER2陰性・PD-L1 CPS≥5 ニボルマブ+化学療法 14.4か月
ATTRACTION-4試験 HER2陰性(アジア) ニボルマブ+化学療法  約17.5か月※2
SPOTLIGHT試験 CLDN18.2陽性・HER2陰性 ゾルベツキシマブ+化学療法 18.2か月

※1 従来の標準化学療法は複数の臨床試験を参考にした概ねの目安です。
※2 ATTRACTION-4試験では無増悪生存期間(PFS)は有意に延長しましたが、全生存期間(OS)は統計学的な有意差を示しませんでした。試験ごとに対象患者や治療条件が異なるため、数値を単純に比較することはできません。

この表を見ると、進行胃がんの治療成績は新しい薬剤の登場によって少しずつ改善していることが分かります。

もちろん「18.2か月だから最も優れた治療」という意味ではありません。

SPOTLIGHT試験はCLDN18.2陽性患者だけを対象としていますし、ToGA試験はHER2陽性患者、CheckMate 649試験はPD-L1の発現状況を考慮した患者集団を対象としています。つまり、それぞれ『対象となる患者さんが異なるため、数字だけを横並びに比較することはできない』のです。

重要なのは、自分の胃がんがどのタイプに当てはまり、どの治療を受けられる可能性があるかを知ることです。

「全生存期間中央値」の意味

全生存期間中央値という言葉は「その期間しか生きられない」と誤解されることがあります。

例えばOS中央値が14.4か月と報告されている場合、それは14.4か月で全員が亡くなるという意味ではありません。実際には、それより短期間で病気が進行する患者さんもいれば、2年、3年、5年以上治療を続けながら生活している患者さんも含まれています。

中央値とは、患者さんを生存期間の短い順に並べたとき、ちょうど真ん中の患者さんが生存していた期間を表す統計学上の指標です。そのため、個人の余命を判断する数字として使うことはできません。

余命を左右するのは治療だけではない

同じ薬剤を使用していても、患者さんによって経過が異なるのは珍しいことではありません。年齢や持病、体力だけでなく、腹膜播種の有無、腹水の量、食事が十分に取れているかどうか、治療開始時の全身状態(Performance Status)など、多くの要素が予後へ影響します。

胃がんでは栄養状態が特に重要です。食事量が減って体重や筋肉量が大きく低下すると、予定していた治療を十分な量で継続できなくなることがあります。一方、症状を早期からコントロールし、栄養状態を維持できれば、二次治療や三次治療まで進める可能性が高まり、その結果として生存期間が延びることも期待できます。

余命は「がんの大きさ」だけでは決まりません。病気とどのように付き合いながら治療を続けられるかも、大きな要素になります。

新しい治療によって長期生存例も増え始めている

近年は、従来であれば難しいと考えられていた長期生存例も国内外から報告されています。

HER2陽性胃がんで分子標的薬が長期間奏効した症例、免疫チェックポイント阻害薬によって病勢を数年間コントロールできた症例、薬物療法によって転移巣が大きく縮小し、コンバージョン手術へ進んだ症例など、その内容はさまざまです。

もちろん、これらはすべての患者さんに当てはまるものではありません。しかし、「ステージ4だから余命は○か月」と断定できない理由も、このような症例が少しずつ増えていることにあります。新しい薬剤は現在も開発が続いており、診断された時点では利用できなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

余命は「未来を決める数字」ではなく「治療を考えるための目安」

余命の数字は、これからの生活や治療について考えるための参考になります。一方で、その数字だけで将来を決めつける必要はありません。現在の胃がん治療は、HER2やCLDN18.2などの分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、さらに今後実用化が期待される新しい治療によって、少しずつ治療成績が改善しています。

大切なのは「平均は何か月か」という一点だけを見ることではなく、自分の胃がんにはどの治療が適しているのか、今後どのような選択肢が残されているのかを主治医と確認しながら、一つずつ治療を積み重ねていくことです。

次の章では、「胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか」という疑問について、コンバージョン手術や長期生存例、現在の医学的な考え方をもとに詳しく解説します。

胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

「ステージ4でも完治することはありますか。」

これは、生存率や余命と並んで、患者さんやご家族から最も多く寄せられる質問の一つです。結論から言えば『胃がんステージ4が完治する可能性はゼロではありません。』しかし、早期胃がんのように手術だけで根治が期待できる病気とは異なり、その可能性は決して高くありません。一方で「ステージ4=絶対に完治しない」と断言することも、現在の医学では正確ではなくなっています。

近年は薬物療法の進歩によって、転移巣が画像上ほとんど確認できないほど縮小したり、切除不能と考えられていた胃がんが手術可能になったりする症例が報告されるようになりました。

まずは「完治」という言葉が医学的にどのような意味を持つのかを理解しておくことが大切です。

「完治」と「治癒」は意味が異なる

一般的には「がんがなくなれば完治」と考えられることが多いでしょう。しかし、医学では「画像検査でがんが見えなくなったこと」と「再発する可能性がほとんどなくなったこと」は区別して考えます。

例えば、抗がん剤や免疫療法によってCT検査で腫瘍が見えなくなったとしても、体内には画像では確認できないごく少数のがん細胞が残っている可能性があります。

そのため、医療現場では「完全奏効(Complete Response:CR)」という表現を用いることはあっても、「完治」と断言することはほとんどありません。特にステージ4胃がんでは、一度遠隔転移が確認されている以上、治療後も慎重な経過観察が必要になります。

コンバージョン手術によって長期生存が期待できるケース

現在、胃がんステージ4で最も「治癒」に近づける可能性がある治療として注目されているのが『コンバージョン手術(Conversion Surgery)』です。これは、診断時には切除できないと判断された胃がんに対して薬物療法を行い、その結果、原発巣や転移巣が大きく縮小して根治切除(R0切除)が可能になった場合に手術を行う治療戦略です。

例えば、肝転移が少数に限られている症例や、リンパ節転移が薬物療法によって著しく縮小した症例では、胃と転移巣を切除することで長期間再発なく経過する患者さんも報告されています。

もちろん、この治療を受けられる患者さんは限られています。腹膜播種が広範囲に広がっている場合や、複数の臓器へ転移している場合には適応が難しいことも少なくありません。さらに、R0切除が達成できても再発リスクは残ることは忘れてはならない事実です。それでも「ステージ4だから最初から手術は不可能」と考えられていた時代と比べると、治療の可能性は確実に広がっています。

腹膜播種でも手術を目指せるケース

胃がんステージ4では、腹膜播種を伴う患者さんが少なくありません。以前は、腹膜播種が確認された時点で根治手術はほぼ不可能と考えられていました。しかし近年では、薬物療法によって腹膜播種が著しく縮小し、腹腔鏡検査でも活動性がほとんど認められなくなった患者さんに対して、コンバージョン手術が行われるケースも報告されています。

実際には非常に慎重な判断が必要であり、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも、「腹膜播種がある=治療は緩和ケアだけ」という時代ではなくなったことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つです。

長期生存例の特徴

国内外から報告されている長期生存例を見ると、いくつか共通する特徴があります。

一つは、薬物療法が非常によく効いたことです。HER2陽性胃がんではトラスツズマブを含む治療によって長期間病勢をコントロールできた症例が報告されていますし、近年では免疫チェックポイント阻害薬やトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)が著効した症例も報告されています。

もう一つは、「R0切除」が達成できた症例です。R0切除とは、画像上だけではなく、病理学的にもがんを完全に切除できた状態を指します。コンバージョン手術後にR0切除が達成された患者さんでは、5年以上再発なく経過している症例も報告されており、長期生存を期待できる重要な因子と考えられています。

もちろん、これらは一部の患者さんで得られた結果であり、すべての患者さんへ当てはまるものではありません。

「完治」を目標にするか「長く病気をコントロールするか」はケースバイケース

現在の胃がんステージ4治療では、「完治だけ」を唯一の目標にしているわけではありません。病気をできるだけ長くコントロールしながら、自分らしい生活を続けることを重視する患者さんも多くいます。実際、分子標的薬や免疫療法によって数年間仕事や家庭生活を続けながら治療を受けている患者さんもいます。一方で、薬物療法への反応が非常によく、コンバージョン手術を目指せる患者さんもいます。

どちらが正しいということではなく、病気の状態や患者さん自身が大切にしたいことによって、治療の目標は変わります。「ステージ4だから何もできない」という考え方ではなく、「今の病状ならどこまで治療を目指せるのか」を一人ひとり検討することが重要になっています。

標準治療以外の選択肢 ― 自由診療・治験・先進的な治療について

胃がんステージ4の治療を続けていると「標準治療が効かなくなったら、もう方法はないのでしょうか」という不安を抱く患者さんは少なくありません。インターネットで情報を調べると「最新治療」「自由診療」「海外では新しい治療が受けられる」といった情報が数多く見つかりますが、その内容は玉石混交であり、科学的根拠が十分に示されていないものも含まれています。

まず知っておきたいのは「標準治療が終了したからといって、直ちに治療の選択肢がなくなるわけではない」ということです。胃がんでは二次治療、三次治療まで見据えて治療計画が立てられることが一般的になっており、新しい薬剤への切り替えや、バイオマーカーの再評価、治験への参加など、病状によって検討できる選択肢が残されている場合があります。自由診療を考える前に、現在の医学的根拠に基づいて利用できる治療を整理することが大切です。

治験は新しい治療を受けられる可能性の一つ

治験という言葉に「ほかに治療法がなくなった人だけが参加するもの」という印象を持っている方もいるかもしれません。しかし実際には、新しい薬剤や治療法の有効性・安全性を検証するため、さまざまな段階の患者さんを対象に実施されています。

胃がん領域では、HER2を標的とした新しい抗体薬物複合体(ADC)、CLDN18.2やFGFR2bを標的とする薬剤、二重特異性抗体、新しい免疫療法など、多くの治験が国内外で進められています。標準治療では十分な効果が得られなかった患者さんにとって、新しい治療へアクセスできる可能性があることは治験の大きな意義です。

治験は研究の一環であり、必ず高い効果が得られることを保証するものではありません。期待した結果が得られない可能性や、予測されていない副作用が現れる可能性もあります。参加する際には治療内容だけでなく、期待できる利益と考えられるリスクについて十分な説明を受け、自分自身が納得したうえで判断することが重要です。

参考:胃がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療を検討するときに重要なこと

自由診療には、公的医療保険が適用されない治療が含まれます。なかには海外では承認されている薬剤を国内で自費診療として使用するケースや、自由診療だからこそ受けられる検査や治療を提供している医療機関もあります。一方で「がんが消える」「標準治療より優れている」といった表現で十分な科学的根拠が示されていない治療が紹介されていることもあり、慎重な判断が必要です。

自由診療というだけで効果が高いわけではありませんし、標準治療より優れていることが証明されているわけでもありません。治療を検討する際には「どのような臨床試験で効果が確認されているのか」「医学論文として公表されているのか」「国内外のガイドラインでどのように位置付けられているのか」を確認することが欠かせません。

費用面についても十分に理解しておく必要があります。自由診療では数十万円で済むものもあれば、治療を継続することで数百万円以上の費用がかかる場合もあります。期待できる効果と経済的負担の両方を踏まえ、家族や主治医とも相談しながら検討することが大切です。

腹膜播種に対する新しい治療の研究が進められている

胃がんステージ4で特に課題となる腹膜播種については、現在も新しい治療法の研究が続けられています。

代表的なものの一つが、腹腔内へ抗がん剤を投与する『腹腔内化学療法』です。点滴による全身化学療法では届きにくい腹膜播種へ直接薬剤を届けることを目的とした治療で、国内外の臨床研究が進められています。ただし、現時点ではすべての患者さんに対する標準治療ではなく、実施できる施設や適応となる患者さんは限られています。

このほかにも、温熱療法を組み合わせた治療や、新しいドラッグデリバリーシステムを利用した治療法などが研究されていますが、多くはまだ検証段階です。「新しい治療だから優れている」と考えるのではなく、どの程度の医学的根拠があるのかを確認したうえで判断することが重要です。

参考:大腸癌腹膜播種に対する腹腔内化学療法におけるドラッグデリバリーシステムの工夫|KAKEN

標準治療を土台に考えることが後悔の少ない治療選択に繋がる

新しい治療へ期待を持つことは決して悪いことではありません。しかし、標準治療には長年の臨床試験によって有効性と安全性が確認され、多くの患者さんで利益が証明されてきたという大きな強みがあります。日本や欧米のガイドラインでも、まずは標準治療を基本とし、そのうえで治験や新しい治療の可能性を検討することが推奨されています。

標準治療が思うような結果につながらなかった場合でも、次の薬剤への変更や治験への参加、新しい分子標的薬の適応確認など、検討できる選択肢が残されていることは少なくありません。「標準治療か自由診療か」という二者択一で考えるのではなく、その時点で利用できる医学的根拠のある治療を一つずつ整理し、自分に合った選択肢を見極めていくことが、納得できる治療につながります。

胃がんステージ4の最新治療 ― 今後期待されている新しい治療法

胃がんの治療は、この10年ほどで大きく進歩しました。以前は、進行胃がんに対する治療といえば抗がん剤が中心で、一つの薬剤が効かなくなると選択肢は限られていました。しかし治療の進歩によって、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が標準治療として定着し、患者さんのがん細胞の特徴に応じて治療を選択する時代へ変わっています。

現在も新しい分子標的薬や抗体薬物複合体(ADC)、免疫療法などの研究が世界中で進められており、数年前には存在しなかった治療が次々と実用化されています。こうした新しい治療法は、すべての患者さんがすぐに受けられるわけではありません。しかし「標準治療が終われば治療法はなくなる」という時代ではなくなってきていることは、胃がん診療における大きな変化といえるでしょう。

抗体薬物複合体(ADC)は胃がん治療を大きく変えつつある

近年、最も注目されている治療の一つが『抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate:ADC)』です。

ADCは、分子標的薬の「狙った細胞へ結合する力」と、抗がん剤の「がん細胞を攻撃する力」を組み合わせた薬剤です。標的となるタンパク質を持つがん細胞へ選択的に薬剤を届けることで、正常な細胞への影響をできるだけ抑えながら高い治療効果を目指します。

胃がんでは、HER2陽性患者を対象とした「トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)」が代表例です。DESTINY-Gastric01試験では、従来治療後のHER2陽性進行胃がんにおいて高い奏効率と生存期間の延長が報告されました。

現在はHER2以外にも、新たな標的分子に対するADCの開発が進んでおり、今後さらに治療の幅が広がることが期待されています。

分子標的薬は「HER2だけ」の時代ではなくなった

胃がんの分子標的治療は、HER2を中心に発展してきました。しかし近年は、それ以外の分子を標的とする薬剤も相次いで登場しています。その代表が『CLDN18.2』です。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)が標準治療へ加わり、SPOTLIGHT試験では全生存期間の延長が報告されました。

さらに現在は『FGFR2b』を標的とするベムマリツズマブ(Bemarituzumab)の国際共同試験も進められています。FGFR2bは一部の胃がんで高発現しており、この分子を標的とした治療によって生存期間のさらなる改善が期待されています。

今後はHER2だけでなく、CLDN18.2やFGFR2bなど複数のバイオマーカーを評価し、それぞれに適した薬剤を選択する流れがさらに進むと考えられます。

免疫療法も新しい組み合わせが研究されている

免疫チェックポイント阻害薬は、すでに一次治療の標準となっていますが、研究は現在も続いています。

PD-1阻害薬と新しい免疫調節薬を組み合わせる治療や、分子標的薬との併用療法など、多くの国際共同試験が進行しています。HER2陽性胃がんでは、抗HER2療法と免疫療法を組み合わせることで治療効果をさらに高められる可能性も報告されており、今後の結果が注目されています。

免疫療法は「単独で使う治療」から、「他の治療と組み合わせて効果を高める治療」へ発展しつつあります。

がんゲノム医療によって新しい治療へつながる可能性もある

標準治療が終了した患者さんでは『がん遺伝子パネル検査』が提案されることがあります。この検査では数百種類の遺伝子異常を一度に調べることができ、特定の遺伝子変異が見つかった場合には、治験や適応となる分子標的薬を検討できることがあります。

現時点では、胃がん患者さん全員が新しい治療へ結び付くわけではありません。それでも、従来であれば治療選択肢が限られていた患者さんに対して、新たな可能性を見つける手段として期待されています。がんゲノム医療は「現在使える薬を探す検査」であると同時に、「これから受けられる可能性のある治療」を探す検査でもあります。

最新治療は根拠を確認することが重要

新しい治療法が次々と報道されると「最新治療の方が標準治療より優れているのではないか」と感じる方もいるでしょう。しかし、医学では「新しい治療」であることと「効果が証明されている治療」であることは同じではありません。

現在の標準治療になっている薬剤も、長い年月をかけた臨床試験によって有効性と安全性が確認されたからこそ、多くの患者さんへ使用されるようになりました。これから登場する新しい薬剤も同じです。有望な結果が報告されていても、さらに大規模な臨床試験で有効性が確認されなければ標準治療にはなりません。

最新治療を検討する際は「新しい治療だから受けたい」と考えるのではなく、その治療がどの段階まで研究され、どのような患者さんを対象としているのかを確認することが重要です。

胃がん治療は今も進歩を続けています。数年前には存在しなかった薬剤が現在では標準治療となり、現在研究段階にある薬剤が数年後には新たな選択肢になっている可能性もあります。新しい情報を正しく理解し、標準治療と最新治療の位置付けを整理しながら治療方針を考えることが、納得のいく選択につながるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 胃がんステージ4でも手術を受けられることはありますか?

あります。

一般的には、遠隔転移を伴うステージ4では薬物療法が治療の中心になりますが、薬物療法によって腫瘍や転移巣が大きく縮小し、根治切除(R0切除)が可能と判断された場合には「コンバージョン手術」が検討されることがあります。ただし、適応となる患者さんは限られており、すべてのステージ4胃がんで手術ができるわけではありません。

Q2. 胃がんステージ4でも仕事を続けることはできますか?

病状や治療内容によって異なりますが、仕事を続けながら治療を受けている患者さんも少なくありません。最近の抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬は外来で受けられるものも多く、副作用をコントロールしながら通院治療を続けられるケースが増えています。

一方で、体力や栄養状態によっては勤務時間の調整や休職が必要になることもあります。無理を続けるよりも、主治医や勤務先と相談しながら働き方を見直すことが、長く治療を続けるためには重要です。

Q3. 食事で気を付けることはありますか?

特別な「胃がんに効く食事」はありません。大切なのは十分な栄養を維持することです。

胃がんステージ4では、一度に多く食べることが難しくなる場合があります。そのようなときは、一日3食にこだわらず、少量ずつ回数を分けて食べるほうが負担を減らせることがあります。食欲低下や体重減少が続く場合には早めに主治医や管理栄養士へ相談しましょう。

Q4. セカンドオピニオンを受ける意味はありますか?

あります。特にステージ4では、HER2、CLDN18.2、MSI、PD-L1などの検査結果によって治療方針が変わることがあります。また、治験を実施している施設や、コンバージョン手術を積極的に検討している医療機関など、病院によって対応が異なることもあります。

現在の治療に納得したうえで前向きに治療を受けるためにも、セカンドオピニオンは有効な選択肢の一つです。

Q5. 標準治療が終わったら、もう治療法はないのでしょうか?

必ずしもそうではありません。二次治療、三次治療へ進める場合もありますし、HER2陽性やCLDN18.2陽性などでは、新しい薬剤が使用できる可能性もあります。さらに治験への参加やがん遺伝子パネル検査によって、新たな治療選択肢が見つかることもあります。

標準治療が終了したからといって、すべての治療が終わるとは限りません。

Q6. 禁煙や禁酒をすると治療効果は変わりますか?

喫煙は手術後の回復を遅らせるだけでなく、抗がん剤治療中の合併症や肺炎などのリスクを高めることが知られています。また過度の飲酒は肝機能へ影響し、治療の継続が難しくなる場合もあります。

禁煙や節酒だけで胃がんが治るわけではありませんが、治療を安全に続けるためにも生活習慣を見直すことは大切です。

Q7. 胃がんステージ4でも旅行や外出はできますか?

病状が安定しており、主治医から制限を受けていなければ、旅行や外出を楽しんでいる患者さんもいます。ただし、抗がん剤投与直後や体調が不安定な時期は無理をせず、旅行先で医療機関を受診できるかどうかも事前に確認しておくと安心です。

生活をすべて我慢するのではなく、体調と相談しながら自分らしい時間を過ごすことも、治療を続けるうえで大切な要素になります。

胃がんステージ4でも自分に合った治療を選択することが大切

胃がんステージ4は、遠隔転移を伴う進行した状態であり、決して簡単に治療できる病気ではありません。しかし、現在は抗がん剤だけでなく、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの登場によって、治療の選択肢は以前より大きく広がっています。

さらに、HER2やCLDN18.2などのバイオマーカーに応じて治療を選択する個別化医療が進み、一部の患者さんではコンバージョン手術による長期生存も期待できるようになってきました。新しい薬剤や治療法の研究も世界中で続いており「ステージ4だから何もできない」という時代ではなくなっています。

一方で、インターネットにはさまざまな情報があふれており、すべてが科学的根拠に基づいているとは限りません。治療を選択するときは、生存率や余命といった数字だけを見るのではなく、自分の病状や遺伝子・バイオマーカーの特徴、生活で大切にしたいことなども含めて、主治医と十分に相談しながら判断することが重要です。

胃がんステージ4の治療は、一つの治療法だけで完結するものではありません。その時々の病状に合わせて最適な選択肢を積み重ねていくことが、長く病気と向き合うための第一歩になります。不安や疑問を一人で抱え込まず、必要に応じてセカンドオピニオンも活用しながら、自分にとって納得できる治療を選択していきましょう。

参考:
胃癌治療ガイドライン|一般社団法人 日本胃癌学会
胃がん|国立がん研究センター がん情報サービス
ゲノム医療について|厚生労働省
胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス
Herceptin の主要な試験(ToGA)でHER2陽性胃がんにおいて有意な延命効果が認められる
抗悪性腫瘍剤 「エンハーツ®」の日本におけるHER2陽性胃がんの二次治療に係る添付文書改訂のお知らせ
胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター
クローディン18.2陽性HER2陰性進行胃がんに対するゾルベツキシマブ+化学療法+ニボルマブ併用療法が有効な可能性|国立がん研究センター
治療歴のある進行胃癌または食道胃接合部腺癌患者におけるRamucirumab+paclitaxel-療法 vs. プラセボ+paclitaxel療法:第III相二重盲検無作為化比較試験(RAINBOW)
切除不能進行・再発胃/食道胃接合部/食道腺癌の1次治療におけるNivolumab+化学療法と化学療法を比較した国際共同無作為化オープンラベル比較第III相試験(CheckMate 649試験)
経口摂取不良の切除不能胃癌に対する治療戦略|消化器癌治療の広場
院内がん登録生存率集計結果閲覧システム|がん情報サービス
胃がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス
大腸癌腹膜播種に対する腹腔内化学療法におけるドラッグデリバリーシステムの工夫|KAKEN

大細胞神経内分泌癌(Large Cell Neuroendocrine Carcinoma/LCNEC)は、肺癌全体の約3%を占める希少ながんで、非小細胞肺癌に分類される組織型のひとつです。増殖スピードが速く悪性度が高いという小細胞肺癌に似た特徴があり、平均発症年齢は約65歳、喫煙歴のある男性に多い疾患です。初期には自覚症状が乏しく、進行すると長引く咳、血痰、息切れ、胸の痛み、声のかすれ、体重減少、全身の倦怠感などが現れます。

本ページでは、大細胞神経内分泌癌の特徴や原因、症状、診断(画像検査・病理検査・免疫染色)、そして治療の選択肢についてわかりやすく解説します。治療を検討されている方やご家族が、いまの状況に合う選択肢を整理し、納得のいく方針を考えるための一助となれば幸いです。

  • 肺癌全体の約3%を占める希少ながんで、悪性度が高く再発しやすい
  • TP53・RB1などの遺伝子異常が高頻度で見られる
  • 手術後も再発リスクが高く、複数の治療を組み合わせることが重要

大細胞神経内分泌癌(LCNEC)とは

大細胞神経内分泌癌は肺癌全体の約3%しかみられない希少腫瘍です。LCNECが発生する臓器は肺が最も多く、約半数を占めています。

LCNECが発生する臓器は肺が最も多く、次いで消化器(膵臓や大腸、小腸などの消化管など)に発生することが多いがんです。

大細胞神経内分泌癌は神経内分泌腫瘍の一種と考えられています。ちなみに、神経内分泌腫瘍は、神経内分泌細胞から発生する腫瘍で、悪性度に応じて、小細胞癌、大細胞神経内分泌癌、非定型カルチノイド、定型カルチノイドに分類されます。この中で、大細胞神経内分泌癌は、小細胞癌に近い性質を持つ悪性度が高く予後不良の神経内分泌腫瘍と考えられています。

肺癌は「非小細胞肺癌」と「小細胞肺癌」の2つに分けられ、大細胞神経内分泌癌は非小細胞肺癌に属します。しかし、増殖スピードが速く悪性度が極めて高いという、小細胞肺癌によく似た特徴があります。

また、平均発症年齢は約65歳で、喫煙歴(タバコ)との強い関連があります。

肺に発生する大細胞神経内分泌癌は、初期段階では自覚症状が乏しいのが一般的です。がんが進行するにつれ、長引く咳、血痰、息切れ、胸の痛み、声のかすれ、体重減少、全身の倦怠感などの症状が現れます。

大細胞神経内分泌癌(LCNEC)の原因

大細胞神経内分泌癌の発生メカニズムは完全には解明されていませんが、喫煙(タバコ)との関連が非常に強いことが分かっています。患者様の多くは高齢男性で、長年の喫煙量(本数×年数)に比例して発症リスクが高まるのが特徴です。

また、遺伝子異常も発症原因に深く関わっていると考えられています。例えば、細胞のがん化を抑える「TP53」や「RB1」といった遺伝子の異常が高頻度で見られます。さらにこの両方とも同時に遺伝子異常が見られる方は、約40%(10人中4人程度)と報告されています。

また、一部の患者様では「STK11」や「KEAP1」の変異も確認されています。

これらの異常が重なることで、がん細胞が過剰に増え続け、極めて進行の速いがんになると考えられています。

大細胞神経内分泌癌(LCNEC)の診断

大細胞神経内分泌癌の診断は、画像検査と詳細な病理組織学的検査を組み合わせて行います。

画像検査では、CT検査で肺の末梢(外側)に比較的大きな塊(腫瘤)として発見されることが多く、PET-CT検査や頭部MRI検査を用いて全身への転移状況を調べます。

また、診断の最大の鍵となるのが病理検査です。大細胞神経内分泌癌は「細胞が大きいこと」と「ホルモンを出す性質を持つこと」の2つの条件を病理医が確認する必要があります。

一般的には、口から気管支鏡という細いカメラを挿入して腫瘍の一部を採取して病理検査を行いますが、小さな組織片では特徴を捉えきれないことが多く、手術で切り取った部分を詳しく解析して初めて病名が確定することも珍しくありません。

最終的には、特殊な染料を使って特定のタンパク質の有無を調べる「免疫染色」を行い、神経内分泌の目印(CD56、クロモグラニンA、シナプトフィジンなど)が陽性所見であれば病理診断上、確定診断できます。

大細胞神経内分泌癌(LCNEC)の一般的な治療法

大細胞神経内分泌癌の治療方針は、がんがどれくらい進行しているか(ステージ)や、患者様の体力・体調に合わせて決められます。

この病気は症例数が少なく、「どの治療が本当に効果的か」を確かめるための大規模な研究データがまだ十分にそろっておらず様々な治験も行われている状況です。

そのため実際の治療では、比較的データが蓄積されている非小細胞肺癌や小細胞肺癌の治療実績を参考にしながら、患者様お一人おひとりに合わせて慎重に治療方針を組み立てていきます。

早期の場合(まだ広がっていない場合)

大細胞神経内分泌癌の治療では、手術が最も重要な役割を果たします。ただしこの病気は、他の非小細胞肺癌に比べて、たとえ早期に見つかっても手術後に再発しやすいという特徴があります。

そのため手術だけで終わらせず、術後に抗がん剤治療(術後補助化学療法)を組み合わせることが勧められています。主に使われるのは「プラチナ製剤(シスプラチンなど)+エトポシド」という抗がん剤の組み合わせです。このような術後補助化学療法を行うことで、生存率が約58%→約88%まで改善したという報告もあります。

進行している場合・再発した場合

手術で取りきれないほど進行している場合や、再発してしまった場合には、抗がん剤を中心とした治療が主体になります。最初に選ばれることが多いのは、小細胞肺癌に準じた治療内容(プラチナ製剤+エトポシドなど)ですが、非小細胞肺癌向けの治療法が取り入れられることもあります。また近年では、一部の患者様において免疫チェックポイント阻害薬による効果も期待され始めています。

放射線治療について

放射線治療は、がんがそれ以上広がらないように抑えたり、症状を和らげたりする目的で行われます。がんが1か所にとどまっていても手術が難しいという場合には、抗がん剤治療と組み合わせる「化学放射線療法」が検討されます。

また大細胞神経内分泌癌は脳に転移しやすいという特徴があるため、転移が見つかった際の治療や痛みの緩和は、生活の質を保つうえでとても大切になります。

大細胞神経内分泌癌(LCNEC)における保険診療の限界

大細胞神経内分泌癌の保険診療では、手術・化学療法・放射線療法などを組み合わせて治療を進めます。

ただしこの病気は悪性度が非常に高く、早期再発しやすいという特徴があるため、標準治療だけでは長期的に病状を安定させるのが難しいケースも少なくありません。

実施できる化学療法の限界

大細胞神経内分泌癌は、最初の抗がん剤治療である程度の効果が見込まれますが、小細胞肺癌と同じように早期に薬が効かなくなり、再び進行するリスクが高いがんです。再発後の二次治療において、有効性が証明されたお薬の選択肢が限られている点は大きな課題となっています。

化学療法に伴う「きつい」副作用

治療に用いられるプラチナ製剤などは、吐き気、嘔吐、食欲不振、全身の倦怠感に加え、骨髄抑制(白血球や血小板の減少)による感染症リスクを伴う場合があります。特に高齢者や合併症を持つ患者様の場合、副作用により治療を続けることが難しくなるとともに、普段の生活を楽しく送れなくなる可能性があるため注意が必要です。

保険診療ではカバーしきれない再発・進行のリスク

大細胞神経内分泌癌は、手術で完全に切除できたと思われる場合であっても、短期間で別の臓器へ転移(遠隔転移)しやすい傾向があります。手術後に術後補助化学療法を行わない場合には10人に4人が、行えたとしても10人に1割程度は再発してしまうと報告されています。

大細胞神経内分泌癌で重要な新しい治療の考え方

大細胞神経内分泌癌では、現時点で最も重要なのは、「遺伝子異常の有無を調べること」と「免疫療法の適応を評価すること」です。

特にTP53変異やRB1変異は比較的高頻度とされ、標的治療の候補となりえます。また、免疫チェックポイント阻害薬が有効となる可能性もあります。これらの治療を組み合わせることで、治療効果を高めることが期待できます。

分子レベルの異常にアプローチする「核酸医薬(アプタマー・siRNA ・miR-34a mimic)」

近年、がんの発症や進行に関わる分子レベルの異常に着目した核酸医薬が注目され、研究・臨床応用が進んでいます。当院では、根本的な原因に直接作用することが期待される「アプタマー」「RNA干渉を利用した核酸医薬(siRNA など)」「miR-34a mimic」といった核酸医薬を、新たな治療の選択肢として提供しています。

アプタマー核酸医薬は、がんに特有に発現している異常なタンパク質に結合し、その働きを抑えてがん細胞の増殖を抑制したり死滅させたりする治療薬です。一方、miR-34a mimic 核酸医薬は、がん化によって失われた体に本来備わる「がんを抑える力」を取り戻す治療薬で、がんの成長や増殖を止め、自然ながん細胞の死滅を促します。

がん中央クリニックグループでは、こうした分子レベルにアプローチする治療を提供しています。

欧米では、がんの部位ではなく遺伝子やタンパク質の異常に注目して治療法を決定する研究や臨床試験が行われています。日本では一部の遺伝子レベルの治療が保険適用となっているものの、国際的にはやや遅れをとっている状況です。がん中央クリニックグループでは、いち早く遺伝子レベルの異常に焦点をあてた診察・治療を導入しています。

「アプタマー核酸医薬」や「miR-34a mimic 核酸医薬」治療をオススメする患者様

アプタマー核酸医薬」や「miR-34a mimic 核酸医薬」は、大細胞神経内分泌癌のほとんどの患者様にお選びいただける治療法です。

以下では、どのような患者様に効果が期待できるのかを解説します。ご自身の状況に照らし合わせてご検討ください。

治療方法がない、標準治療では治療困難な患者様へ

大細胞神経内分泌癌では、病状や体力、副作用などの理由で、保険診療の標準治療だけでは選択肢が限られることがあります。そうした場合でも、がんに関わる分子レベルの異常に着目する核酸医薬は、標準治療とは異なるアプローチで治療を提供することが可能です。

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)は目立った副作用が現れにくく、「体力がないため抗がん剤はできません」などと説明された方でも、治療の提案が可能です。

さらに、まだ治療ができる体力があるにもかかわらず選択肢がなくなり、緩和を勧められている方にとっても、新たな治療の選択肢として検討いただけます。

がん中央クリニックグループでは、核酸医薬を含め、様々な治療を組み合わせながら患者様の状態や疾患に応じて、患者様一人ひとりに合わせたテーラーメイドによる治療を提案、提供しています。

保険診療(標準治療)との併用で相乗効果が期待

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)は、化学療法などの薬物療法や放射線療法と併用でき、相乗効果が期待できます。

なぜなら、化学療法はすでに増殖したがん細胞や産生されたたんぱく質に作用するのに対し、核酸医薬はがん細胞やたんぱく質が作られる前の段階に作用するからです。両者は攻撃するポイントが異なるため、組み合わせることでより高い効果が期待できます。

大細胞神経内分泌癌は肺癌の中でも悪性度が高いため、完治を目指すには複数の治療法を組み合わせることが重要です。標準治療(手術前後の抗がん剤治療を含む)を受けている患者様にも、核酸医薬の併用は選択肢となります。

再発を抑制、防止するため。手術前後のすべての患者様

大細胞神経内分泌癌は、手術を行っても再発しやすい疾患です。手術のみでは5年以内に約4割の患者様が再発するとされ、再発予防のために術後補助化学療法(抗がん剤治療)が勧められるケースがあります。

しかし、術後補助化学療法を実施しても再発する患者様は一定数おられます。また、抗がん剤には副作用があるため、体力に不安のある高齢の患者様や副作用が心配な患者様には実施が難しいこともあります。

こうした背景から、手術前後の患者様が核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)を併用することは、再発リスクを下げる一つの選択肢となります。

治療継続可能な副作用

核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)には目立った副作用が少ないことも特徴です。

特に、化学療法で起きやすい嘔気、食欲不振、倦怠感、脱毛、貧血、命に関わる副作用などはほとんど起こりません。副作用としては、一時的な微熱、頭痛、アレルギー反応などがあります。解熱鎮痛剤など薬物を使う場合もありますが、自然と改善する副作用が大半であり、治療を継続するのに支障をきたしません。

「体力面や仕事面で副作用の不安がある」「標準治療を続けながら副作用をできるかぎり抑えたい」といった方でも受けていただける治療となっております。

大細胞神経内分泌癌の完治を目指して保険診療と患者様に合った自由診療を組み合わせるのがおすすめ

大細胞神経内分泌癌は、適切に治療を行えば完治を目指せる疾患です。

発症要因の一つに遺伝子異常があるため、保険診療と核酸医薬(アプタマー・miR-34a mimic)、免疫チェックポイント阻害薬などを組み合わせる集学的治療が有効な選択肢となります。保険診療だけではカバーしきれない場合にも、これらの治療によって腫瘍縮小効果や再発抑制効果が期待できます。

がん中央クリニックグループでは、「アプタマー核酸医薬」や「miR-34a mimic 核酸医薬」をはじめ、患者様1人ひとりに合ったがんの自由診療を提案いたします。大細胞神経内分泌癌の患者様は、どのような状況の場合でも是非お気軽にご相談ください。

「ステージ4の肺がんです。」

医師からそう告げられた瞬間、頭の中が真っ白になったという人は少なくありません。「もう治療できないのではないか」「命はどれくらいなのか」「家族には何と伝えればいいのだろう」「仕事は続けられるのか」「本当に他に方法はないのか」診断直後はこのような疑問や不安が一度に押し寄せます。

インターネットで「肺がん ステージ4」と検索すると、「末期がん」「余命」「生存率」といった言葉が数多く並び、不安がさらに大きくなってしまうこともあります。しかし、現在の肺がん診療は、こうした情報だけでは語れないほど大きく変化しています。

肺がんステージ4と診断されると、以前は抗がん剤による延命治療が中心でした。しかし現在では、遺伝子異常に応じた分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、治療の選択肢は大きく広がっています。患者によっては病気を長期間コントロールしながら仕事や日常生活を続けている人もおり、「ステージ4=すぐに治療ができなくなる」という時代ではなくなりました。

同じステージ4という診断であっても、病気の広がり方や遺伝子変異の有無、全身状態などによって治療方針は大きく異なります。肺だけに病変がある人と、脳や骨へ転移している人では治療の考え方が違いますし、EGFR遺伝子変異がある人とない人でも、最初に選択される薬は変わります。「ステージ4」という言葉だけでは、その人の病状や将来を判断することはできません。

この記事では、肺がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、生存率や余命の考え方、現在受けられる標準治療、最新の薬物療法、完治の可能性、さらには標準治療以外の選択肢まで、現在の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

診断直後に知っておきたい基本的な知識だけでなく、治療を選択する際に判断材料となる情報もできる限り分かりやすくまとめています。この記事が、不安の中で情報を探している患者さんやご家族にとって、冷静に状況を整理し、今後の治療について考えるための一助となれば幸いです。

  • 肺がんのステージ4は肺以外の場所へがんが広がっている状態
  • 肺がんステージ4の5年生存率は約8.6%(国立がん研究センター 2015年5年生存率)
  • ステージ4の余命はどの治療を受けられるかによって大きく変わる

肺がんステージ4とは

肺がんのステージ4とは、一般的に「肺以外の場所へがんが広がっている状態」を指します。そのため、「最も進行した段階」「末期がん」という説明を目にすることもあります。しかし実際の診療では、ステージ4という一つの言葉だけで病状を判断することはありません。

現在の肺がんでは、どこへ、どの程度転移しているのか、そしてどのような性質を持つがんなのかによって、治療方法も予後も大きく変わるからです。

肺がんの進行度は、国際的に用いられているTNM分類によって決定されます。Tは肺の原発巣の大きさや周囲への広がり、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を表しており、この三つを組み合わせて病期(ステージ)が決定されます。

このうちステージ4に分類される最大の理由は「M」、つまり遠隔転移です。肺の外にがん細胞が広がると、たとえ肺の腫瘍自体がそれほど大きくなくてもステージ4になります。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

肺がんが転移しやすい部位

遠隔転移が起こりやすい部位としては、脳、骨、肝臓、副腎が代表的です。例えば脳へ転移した場合には頭痛や手足の麻痺、けいれんなどが現れることがありますし、骨へ転移すると腰痛や背部痛、骨折の原因になることもあります。ただし、転移が見つかったからといって必ず症状があるとは限りません。現在ではPET-CTやMRIなど画像診断の精度が向上したことで、自覚症状がない段階で転移が見つかる患者も少なくありません。

ⅣA期・ⅣB期

肺がんのステージ4は、さらにⅣA期とⅣB期に分類されます。

ⅣA期は、例えば片側の肺にできた肺がんが反対側の肺へ転移している場合や、胸水・心嚢水の中にがん細胞が確認された場合、あるいは一つの遠隔転移が認められる場合などが該当します。一方、ⅣB期では複数の臓器や複数箇所への遠隔転移が認められ、病気がより広く全身へ及んでいる状態です。

この分類は単なる数字の違いではありません。なぜなら、転移の数や広がりによって治療戦略が変わることがあるためです。

オリゴ転移

近年、特に注目されている考え方が『オリゴ転移(Oligometastasis)』です。これは転移がごく限られた数にとどまっている状態を指します。例えば肺に原発巣があり、脳へ一つだけ転移しているようなケースでは、肺の病変と転移巣の両方へ積極的な局所治療を行うことで、長期生存が期待できる患者もいることが分かってきました。一部では治癒を目指した集学的治療も検討されます。

EGFR遺伝子変異・ALK融合遺伝子

さらに重要なのが、肺がんは病気の広がりだけではなく、がん細胞の性質そのものも治療方針を左右するという点です。

例えばEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などが見つかった患者では、従来の抗がん剤ではなく分子標的薬が第一選択となることがあります。またPD-L1というタンパク質の発現状況によっては、免疫チェックポイント阻害薬を中心とした治療が選択される場合もあります。

そのため現在の肺がん診療では「ステージ4でした」という説明だけでは十分ではありません。実際にはその後、遺伝子検査や病理検査、画像検査などを組み合わせながら、「この患者に最も効果が期待できる治療は何か」を慎重に検討していきます。

ステージ以外の要素も含めて総合的に評価

ステージ4という診断は、確かに病気が進行していることを意味します。しかし、それだけで「治療ができない」「余命が短い」と決めつけることはできません。現在の肺がんは、転移の状況、遺伝子異常、全身状態など、多くの要素を総合的に評価して初めて治療方針が決まる病気になっています。

そのため診断直後は、ステージという一つの情報だけで将来を判断するのではなく、自分の肺がんがどのような特徴を持っているのかを正しく理解することが、その後の治療を考える第一歩になります。

ステージ4でも治療する理由

「ステージ4まで進行しているなら、もう治療をしても意味はないのではないか。」肺がんと診断された患者さんやご家族から、このような声を聞くことは少なくありません。実際「ステージ4=治療できない」「延命しかできない」というイメージを持っている人も多いでしょう。しかし、この考え方は必ずしも当てはまりません。

もちろん、ステージ4は肺の外へがんが広がっている状態であり、早期肺がんのように手術だけで完治を目指せるケースは多くありません。だからといって治療の目的が「何もできない」になるわけではありません。近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、病気を長期間コントロールできる患者が増えており、診療の考え方そのものが大きく変わっています。

その変化を理解するためには、まず肺がん治療の目的を知る必要があります。

肺がん治療の目的

早期肺がんでは、治療の第一目標は「がんを完全に取り除くこと」です。一方、ステージ4では病気が全身へ広がっているため、目に見える病変だけを切除しても、体内のどこかに残っているがん細胞まで取り除くことは困難です。そのため現在の治療では「すべてのがんをなくすこと」だけではなく、「病気をできるだけ長くコントロールしながら生活を維持すること」が重要な目標になります。

ここで誤解してはいけないのは「コントロールする」という言葉が「ただ延命するだけ」という意味ではないことです。

例えば、肺がんによる咳や息苦しさ、痛みなどの症状が改善すれば、これまで難しかった外出や仕事、趣味を再開できる患者もいます。分子標的薬がよく効いた患者では、腫瘍が大きく縮小し、普段と変わらない生活を数年間続けられることもあります。治療の目的は寿命を延ばすことだけではなく「その時間をどのように過ごせるか」を守ることにもあるのです。

こうした考え方が広がった最大の理由は、肺がん治療そのものが大きく進歩したことにあります。

肺がん治療の進歩

かつてステージ4肺がんの薬物療法は、細胞障害性抗がん剤が中心でした。抗がん剤によって腫瘍が縮小する患者もいましたが、効果が続く期間には限りがあり、副作用とのバランスも大きな課題でした。

その後、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子など、肺がんの増殖に深く関わる遺伝子異常が次々と明らかになり、それぞれを標的とする分子標的薬が開発されました。さらに、患者自身の免疫機能を利用してがんを攻撃する免疫チェックポイント阻害薬も登場し、治療成績は以前と比べて大きく改善しています。

同じステージ4でもEGFR遺伝子変異が見つかった患者では、分子標的薬が第一選択となることが一般的です。一方で、遺伝子変異がなくPD-L1の発現が高い患者では、免疫チェックポイント阻害薬が中心になる場合があります。さらに、これらに当てはまらない患者では、抗がん剤と免疫療法を組み合わせた治療が検討されます。このように現在は「どの薬を使うか」ではなく、「その患者の肺がんにはどの治療が最も適しているか」を考える時代になっています。

抗がん剤以外の選択肢が増えている

ステージ4だからといって全身治療だけが行われるわけではありません。

例えば脳へ一つだけ転移している場合には、定位放射線治療によって転移巣を治療しながら、肺の原発巣に対して薬物療法を続けることがあります。骨転移による強い痛みがある場合には、その部位へ放射線を照射して症状を和らげることもあります。さらに、転移がごく限られているオリゴ転移では、肺の病変と転移巣の双方へ局所治療を組み合わせることで、長期生存が期待できる患者も報告されています。

もちろん、すべての患者が同じように治療へ反応するわけではありません。治療効果には個人差がありますし、副作用との兼ね合いから薬剤を変更することもあります。しかし、以前のように「抗がん剤が効かなくなったら終わり」という時代ではなくなりました。新しい薬剤への切り替えや、遺伝子異常に応じた治療、局所治療との組み合わせなど、状況に応じて次の選択肢を検討できる場面が増えています。

一人ひとりの肺がんに合わせた個別化医療が標準

ステージ4と診断された時点で最も重要なのは「治療できるかどうか」を心配することではありません。

まずは自分の肺がんがどのような特徴を持ち、どのような治療が選択できるのかを正確に知ることです。そのために必要なのが、診断直後に行われる詳しい検査です。肺がんでは、病気の広がりを調べるだけでなく、遺伝子異常や免疫の状態まで詳しく調べることで、最初に選ぶべき治療が決まります。

現在の肺がん診療は「ステージ4だから同じ治療を受ける」という時代ではありません。一人ひとりの肺がんの性質を詳しく調べ、その結果に合わせて治療を選択する個別化医療が標準となっています。そして、その出発点となるのが、次に紹介する各種検査です。

各種検査

肺がんステージ4と診断されると、多くの患者は「すぐに抗がん剤が始まるのだろう」と考えます。しかし、実際にはそのような流れになることはほとんどありません。診断がついた後、まず行われるのは「どの薬を使うか」を決めるための詳しい検査です。

これは現在の肺がん治療が「肺がん」という一つの病気を治療する時代から「その人の肺がんの特徴に合わせて治療を選ぶ時代」へ変わったためです。同じステージ4であっても、遺伝子異常の有無や免疫の状態によって、最初に選択される治療が全く異なることがあります。現在では治療を急ぐよりも先に、病気を正確に分析することが非常に重要になっています。

病理検査

最初に行われるのは、肺がんであることを確定する病理検査です。

気管支鏡検査やCTガイド下生検などによって採取した組織を顕微鏡で調べ、がん細胞の種類を確認します。肺がんには大きく非小細胞肺がんと小細胞肺がんがあり、この違いだけでも治療方針は大きく変わります。さらに非小細胞肺がんの中でも、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなど組織型によって使用できる薬剤が異なるため、病理診断はすべての治療の出発点になります。

遺伝子検査

病理診断が終わると、次に重要になるのが遺伝子検査です。

近年の肺がん診療では「どこに転移しているか」と同じくらい、「どのような遺伝子異常を持っているか」が重要視されています。特に非小細胞肺がんでは、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF V600E変異、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子、HER2変異、KRAS G12C変異など、治療薬が存在する遺伝子異常が次々と見つかっています。

もしこれらの遺伝子異常が確認されれば、従来の抗がん剤よりも分子標的薬が第一選択となることが少なくありません。分子標的薬は、がん細胞が増殖する原因となっている分子を狙って作用するため、高い奏効率が期待できる場合があります。そのため現在では、遺伝子検査の結果を待ってから治療を開始することが標準的な流れになっています。

さらに現在では、一つずつ遺伝子を調べるだけではなく『次世代シークエンサー(NGS)』を用いたマルチプレックス遺伝子検査も広く普及しています。一度の検査で複数の遺伝子異常を同時に調べられるため、患者への負担を抑えながら、より多くの治療選択肢を検討できるようになりました。

参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

PD-L1検査

遺伝子検査と並んで重要なのが、PD-L1検査です。

PD-L1は、がん細胞の表面に発現するタンパク質の一つで、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測するための重要な指標です。PD-L1の発現割合が高い患者では、免疫チェックポイント阻害薬を単独で使用することが検討される場合があります。一方、発現が低い場合でも、抗がん剤との併用によって効果が期待できるケースもあるため、この結果だけで治療法が決まるわけではありません。それでも、現在の肺がん診療では欠かすことのできない検査になっています。

CT・PET-CT・MRI検査

病気の広がりを正確に把握するための画像検査も重要です。

胸部から腹部までのCT検査では、肺の病変だけでなく、リンパ節や肝臓、副腎などへの転移の有無を確認します。さらにPET-CTでは、全身のがん細胞が活発に活動している部位を一度に調べられるため、CTだけでは分かりにくい転移を発見できることがあります。

また、肺がんでは脳転移が比較的多いため、症状がなくても頭部MRIを行うことが一般的です。脳転移はCTでは小さな病変を見逃すこともあるため、より精度の高いMRIが推奨されています。脳転移の有無は、薬物療法だけでなく放射線治療の必要性を判断するうえでも重要な情報になります。

骨転移が疑われる場合には、PET-CTのほか、病状によって骨シンチグラフィやMRIを追加することもあります。骨転移は痛みや骨折の原因になるだけでなく、治療方針にも影響するため、必要に応じて詳しく評価されます。

全身状態を評価

さらに見落とされがちですが、患者自身の全身状態を評価することも、治療選択では非常に重要です。

肺がん診療では『Performance Status(PS)』という指標を用いて、日常生活をどの程度自分で送れているかを評価します。同じステージ4であっても、仕事や家事を問題なく行えている患者と、ほとんどベッド上で生活している患者では、体へかけられる治療の強さが異なります。治療方針は画像や検査結果だけでなく、患者の体力や生活状況も含めて決定されます。

早く治療を始めるよりも大切なこと

ここまで多くの検査を行うと「治療開始が遅れてしまうのではないか」と心配になる人もいるでしょう。しかし、検査を省略して早く治療を始めることよりも、病気の性質を正確に把握し、その患者に最も適した治療を選ぶことの方が重要だと考えられています。

例えば、EGFR遺伝子変異がある患者へ抗がん剤を先に開始してしまうと、本来第一選択となる分子標的薬を最初から使えなくなる場合があります。反対に、PD-L1の発現が高い患者では、免疫チェックポイント阻害薬を中心とした治療が高い効果を示すこともあります。つまり「早く治療を始めること」が最優先ではありません。「最初から最適な治療を選ぶこと」が、その後の治療成績を大きく左右するのです。

こうして病理診断、遺伝子検査、PD-L1検査、画像検査、全身状態の評価までが終わると、初めて治療方針を具体的に検討する段階へ進みます。同じステージ4という診断でも、その結果によって選択される治療は大きく異なります。

肺がんステージ4の治療全体像

肺がんステージ4の治療は、一つの方法だけで完結することはほとんどありません。現在の診療では、薬物療法を中心に据えながら、必要に応じて放射線治療や手術、緩和ケアなどを組み合わせて病気をコントロールしていきます。どの治療を選択するかは、前章で説明した遺伝子検査やPD-L1検査、画像検査などの結果を踏まえて決定されます。

治療法は大きく分けると「全身へ作用する治療」と「特定の病変を治療する局所治療」の二つに分けられます。

全身治療

全身へ作用する治療の中心となるのが薬物療法です。

現在の肺がん診療では、遺伝子異常が確認された患者には分子標的薬、免疫療法の効果が期待できる患者には免疫チェックポイント阻害薬、それ以外の患者には細胞障害性抗がん剤や免疫療法との併用療法など、病気の特徴に合わせて治療が選択されます。近年は新しい薬剤が次々と登場しており、以前と比べて選択肢は大きく広がっています。

局所治療

放射線治療や手術は局所治療に分類されます。

ステージ4というと「全身に病気が広がっているから局所治療は意味がない」と思われることがありますが、実際にはそうではありません。脳転移による神経症状を改善したり、骨転移による痛みを和らげたりするために放射線治療が行われることがありますし、転移が限られている患者では原発巣や転移巣に対して局所治療を組み合わせることで、より長期の病勢コントロールが期待できる場合もあります。

緩和ケア

肺がん治療では緩和ケアも欠かすことができません。緩和ケアというと終末期医療をイメージする人が少なくありませんが、現在では診断された早い段階から取り入れることが推奨されています。痛みや息苦しさ、不安、不眠などを軽減しながら治療を継続できるよう支援することも、肺がん治療の重要な役割の一つです。

それぞれの治療で期待できる効果は異なる

このように現在の肺がんステージ4では、一つの治療法だけで病気に対応することはほとんどありません。薬物療法を軸としながら、放射線治療や局所治療、緩和ケアを適切なタイミングで組み合わせることで、一人ひとりの病状に合わせた治療が行われています。

それぞれの治療には、期待できる効果や適応となる患者、副作用が異なります。ここからは現在の肺がん診療で中心となっている各治療法について、それぞれの特徴や選択される理由を詳しく見ていきましょう。

分子標的薬 ― 肺がん治療を大きく変えた新しい治療

肺がんステージ4と診断された患者の中には「分子標的薬が使えるかもしれません」と説明を受ける人がいます。しかし、初めて耳にする言葉だけに「普通の抗がん剤とは何が違うのか」「自分にも使える薬なのか」と疑問を持つ人は少なくありません。

現在の肺がん診療において、分子標的薬は最も大きな進歩の一つといわれています。その理由は、従来の抗がん剤とは治療の考え方そのものが異なるからです。これまでの抗がん剤は、細胞分裂が活発ながん細胞を攻撃することで腫瘍を小さくする治療でした。しかし、正常な細胞にも影響が及ぶため、脱毛や吐き気、白血球減少などの副作用が起こりやすいという課題がありました。

一方、分子標的薬は、がん細胞だけが持つ特定の遺伝子異常やタンパク質の異常を狙って作用します。いわば、がん細胞が増殖するための「スイッチ」をピンポイントで遮断する治療です。そのため、適応となる患者では高い治療効果が期待できるだけでなく、従来の抗がん剤とは異なる副作用の現れ方をすることも特徴です。

ドライバー遺伝子変異

すべての肺がん患者が分子標的薬を使用できるわけではありません。

この治療が効果を発揮するのは、ドライバー遺伝子変異と呼ばれる特定の遺伝子異常が確認された場合です。診断時に遺伝子検査を行い、どのような遺伝子異常が存在するのかを詳しく調べたうえで、適応となる薬剤を選択することが現代の標準的な診療となっています。

EGFR遺伝子変異

最もよく知られているのがEGFR遺伝子変異です。

日本人の肺腺がんでは比較的頻度が高く、特に喫煙歴の少ない患者や女性に多くみられることが知られています。EGFR遺伝子変異が見つかった場合には、オシメルチニブ(タグリッソ)をはじめとしたEGFR阻害薬が第一選択となることが多く、腫瘍が大きく縮小したり、症状が改善したりする患者も少なくありません。

ALK融合遺伝子

一方で、ALK融合遺伝子が確認された患者では、アレクチニブやロルラチニブなどALK阻害薬が選択されます。ALK陽性肺がんは患者数としては多くありませんが、薬剤がよく効く患者では長期間病状をコントロールできることもあり、肺がん治療を大きく変えた分子標的薬の代表例の一つです。

その他の遺伝子

さらに現在では、ROS1融合遺伝子、BRAF V600E変異、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子、HER2変異、KRAS G12C変異など、治療薬が存在する遺伝子異常が次々と見つかっています。以前であれば一括して「肺がん」と治療されていた患者も、遺伝子異常ごとに異なる薬剤を選択する時代になりました。

こうした変化によって「肺がん」という一つの病気は、実際には複数の異なる病気の集まりとして考えられるようになっています。

参考:バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査|日本肺癌学会

分子標的薬の課題

分子標的薬にも課題があります。最も大きな課題が耐性です。治療開始当初は高い効果が得られていても、時間の経過とともにがん細胞が薬剤へ適応し、効きにくくなることがあります。これを耐性獲得と呼びます。

しかし、耐性が生じたからといって、すぐに治療手段がなくなるわけではありません。例えばEGFR遺伝子変異では、耐性が生じた原因を再び遺伝子検査で調べ、新たな遺伝子異常が確認されれば、それに対応した薬剤への変更を検討することがあります。また、薬剤を変更したり、抗がん剤や免疫療法へ切り替えたりしながら病気をコントロールしていくことも珍しくありません。

近年では、治療開始時だけでなく、病気が進行したタイミングでも再度遺伝子検査を行うことが増えています。これは、肺がん細胞が治療によって性質を変化させることがあるためです。現在では血液を用いて遺伝子異常を調べるリキッドバイオプシーも実用化されており、患者への負担を抑えながら耐性の原因を調べられる場面も増えています。

分子標的薬の副作用

副作用についても、従来の抗がん剤とは特徴が異なります。

脱毛や強い吐き気は比較的少ない一方で、皮膚の発疹、爪の異常、下痢、肝機能障害、間質性肺炎など、それぞれの薬剤に特有の副作用があります。特に間質性肺炎は頻度は高くないものの重症化することがあるため、息切れや咳が悪化した場合には早めに医療機関へ相談することが重要です。

分子標的薬は、自宅で内服を続けられる薬剤が多く、治療を受けながら仕事や日常生活を維持している患者も少なくありません。しかし、「飲み薬だから軽い治療」というわけではなく、定期的な画像検査や血液検査を行いながら、効果と副作用の両方を確認していく必要があります。

遺伝子異常がない場合は別の治療が必要

現在の肺がん診療では、分子標的薬によって長期間病気をコントロールできる患者が増えています。その一方で、この治療は遺伝子異常がある患者だけが対象です。遺伝子異常が見つからなかった患者では、別の治療戦略が必要になります。

その代表となるのが、患者自身の免疫の力を利用してがんを攻撃する免疫チェックポイント阻害薬です。次の章では、現在の肺がん治療でもう一つの柱となっている免疫療法について詳しく解説します。

免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)

肺がん治療について調べていると「免疫療法」という言葉を目にする機会が増えています。しかし、免疫療法という名称だけでは、「体の免疫力を高める治療なのだろうか」「サプリメントのようなものなのだろうか」とイメージしにくい人もいるでしょう。

現在、肺がんの標準治療として行われている免疫療法は、免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる薬剤を用いた治療です。これは健康食品や民間療法で使われる「免疫療法」とは全く異なるもので、多くの臨床試験によって有効性が確認され、日本や海外の診療ガイドラインでも標準治療として位置付けられています。

免疫の仕組み

この治療を理解するためには、まず私たちの免疫の仕組みを知る必要があります。本来、人の体では免疫細胞が毎日異常な細胞を見つけて排除しています。がん細胞も例外ではなく、発生した直後の小さながん細胞は免疫によって消えていると考えられています。

しかし、がん細胞は生き残るために巧妙な仕組みを身につけています。その一つが、免疫細胞へ「自分は攻撃しなくてよい細胞です」という信号を送り、攻撃を避ける仕組みです。この信号に関わる代表的な分子がPD-1とPD-L1です。

免疫チェックポイント阻害薬は、この信号を遮断することで、免疫細胞が再びがん細胞を認識し、攻撃できる状態をつくり出します。つまり、薬そのものががん細胞を直接攻撃するのではなく、患者自身が本来持っている免疫機能を回復させる治療と考えると理解しやすいでしょう。

肺がんで使用される免疫チェックポイント阻害薬

肺がんで使用される代表的な免疫チェックポイント阻害薬には、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)、ニボルマブ(オプジーボ)、アテゾリズマブ(テセントリク)、デュルバルマブ(イミフィンジ)などがあります。

薬剤ごとに適応は異なりますが、現在では進行・再発非小細胞肺がんの治療に広く使用されており、患者の状態によっては最初から免疫療法を中心とした治療が選択されることもあります。

参考:肺がん治療に使用される薬剤一覧|日本肺癌学会

PD-L1検査の重要性

治療方針を決める際に重要になるのが、前章でも触れたPD-L1検査です。PD-L1は、がん細胞の表面に発現するタンパク質で、その発現割合が高い患者では免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示す可能性があります。そのため診断時には病理検体を用いてPD-L1発現率を測定し、その結果を参考に治療方針を決定します。

ただし、PD-L1の数値だけですべてが決まるわけではありません。

例えばPD-L1が50%以上であれば免疫チェックポイント阻害薬単独療法が選択されることがありますが、患者の全身状態や病気の進行速度によっては抗がん剤との併用療法が適している場合もあります。また、PD-L1の発現率が低くても、免疫療法と抗がん剤を組み合わせることで十分な治療効果が期待できる患者もいます。

「PD-L1が高いから免疫療法」「低いから使えない」という単純な判断ではなく、さまざまな情報を総合して治療法を決定しています。

効果が長期間持続

免疫療法が肺がん診療を大きく変えた理由は、効果が長期間持続する患者がいることです。

従来の抗がん剤では、一度効果があっても時間とともに病気が進行することが少なくありませんでした。一方、免疫チェックポイント阻害薬では、治療開始後に腫瘍が縮小し、その状態が数年間維持される患者も報告されています。すべての患者に同じような効果が現れるわけではありませんが、この「長期生存」という新しい可能性は、肺がん治療に大きな変化をもたらしました。

免疫療法の注意点

免疫療法には特有の注意点もあります。抗がん剤のような脱毛や強い吐き気は比較的少ないものの、免疫が活性化し過ぎることで、自分自身の正常な臓器を攻撃してしまう『免疫関連有害事象(irAE)』が起こることがあります。

例えば、甲状腺機能異常、間質性肺炎、大腸炎、肝機能障害、副腎機能低下、1型糖尿病などが知られています。頻度は決して高くありませんが、重症化すると治療の中止や入院が必要になることもあるため、早期発見と早期対応が非常に重要です。特に肺がん患者では、間質性肺炎に注意が必要です。

息苦しさや空咳、発熱などは肺がんそのものでも起こり得る症状ですが、免疫関連有害事象による肺炎が原因である場合もあります。放置すると重症化することがあるため、「少し様子を見よう」と自己判断せず、気になる症状があれば早めに主治医へ相談することが勧められます。

参考:免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象対策マニュアル|厚生労働省

効果があるか早めに分かる

また免疫療法は「効果があるかないか」が比較的早い段階で分かる治療でもあります。

画像検査で腫瘍が縮小していれば治療を継続しますが、病気が進行している場合には別の薬剤へ切り替えることもあります。さらに、治療開始直後に一時的に腫瘍が大きく見える『偽増悪(Pseudoprogression)』という特殊な現象が起こることもあるため、画像だけではなく症状や全身状態も含めて慎重に治療効果を判断します。

すべての患者が対象になるわけではない

免疫チェックポイント阻害薬は、現在の肺がん治療を支える重要な柱の一つです。しかし、すべての患者が対象になるわけではなく、また万能な治療でもありません。遺伝子異常の有無やPD-L1発現率、病気の進行速度などを総合的に評価し、その患者に最も適した形で使用することが重要になります。

そして、分子標的薬も免疫療法も適応にならない患者、あるいはこれらの治療後に病気が進行した患者では、現在でも細胞障害性抗がん剤が重要な役割を担っています。次の章では、現在の肺がん診療における抗がん剤治療の位置付けと、以前とは大きく変わった副作用対策について詳しく解説します。

抗がん剤治療 ― 現在でも肺がん治療を支える重要な選択肢

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、肺がん治療は大きく進歩しました。そのため、「今はもう抗がん剤の時代ではない」と考える人もいるかもしれませんが、そのようなことはありません。

現在でも抗がん剤は、進行肺がんに対する標準治療の重要な柱であり、多くの患者が治療を受けています。特に、分子標的薬の対象となる遺伝子異常が見つからない患者や、免疫療法だけでは十分な効果が期待できない患者では、抗がん剤が治療の中心になります。また、分子標的薬や免疫療法の効果が弱まった後に、次の治療として抗がん剤が選択されることも少なくありません。

肺がんで使用される抗がん剤

「抗がん剤」と一言でいっても、現在では一種類の薬を使うことはほとんどありません。

肺がんでは、複数の薬剤を組み合わせて治療効果を高める方法が標準となっています。代表的なのはプラチナ製剤を中心とした治療で、シスプラチンやカルボプラチンに、ペメトレキセド、パクリタキセル、ドセタキセルなどを組み合わせる方法が広く行われています。

参考:肺がん治療に使用される薬剤一覧|日本肺癌学会

肺がんの組織型で異なる

使用する薬剤は、肺がんの組織型によっても異なります。

例えば、非小細胞肺がんの中でも腺がんではペメトレキセドが使用されることが多い一方、扁平上皮がんでは別の薬剤が選択されることがあります。小細胞肺がんではさらに治療法が異なり、エトポシドやイリノテカンなどを組み合わせた治療が標準となっています。「肺がんだからこの抗がん剤」という考え方ではなく、組織型やこれまでの治療歴、全身状態などを踏まえて薬剤を選択することが一般的です。

抗がん剤単独の治療は少ない

近年は、抗がん剤単独で治療を行う場面も以前より少なくなっています。

例えば、免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤を組み合わせることで、それぞれ単独で使用するよりも高い治療効果が期待できる患者がいます。このような併用療法は現在の進行非小細胞肺がんでは標準的な選択肢の一つとなっており、「抗がん剤だけを続ける」という治療から、「他の治療と組み合わせる」という治療へ変化しています。

抗がん剤の副作用と支持療法について

もちろん抗がん剤には副作用があります。多くの人が最初に思い浮かべるのは、脱毛や吐き気でしょう。確かに以前は、副作用が強く、治療そのものが大きな負担になることもありました。しかし現在では、副作用を予防・軽減するための支持療法が大きく進歩しています。

例えば吐き気については、高性能な制吐薬をあらかじめ使用することで、以前より強い症状が出にくくなっています。白血球が減少し感染症のリスクが高くなる場合には、G-CSF製剤を使用して骨髄機能をサポートすることもあります。貧血や食欲低下、便秘、口内炎などについても、それぞれ症状に応じた治療が行われます。

現在は「副作用を我慢しながら治療を続ける」という考え方ではなく、「副作用をコントロールしながら治療を継続する」という考え方が基本になっています。それでも、副作用が全くなくなるわけではありません。

抗がん剤は正常な細胞にも影響するため、倦怠感や味覚の変化、末梢神経障害、爪の変化など、治療を続ける中で日常生活へ影響する症状が現れることがあります。副作用の種類や程度は薬剤によって異なるため、治療開始前にはどのような症状が起こり得るのかを確認し、体調の変化があれば早めに医療スタッフへ伝えることが重要です。

抗がん剤はいつまで続けるのか

また「抗がん剤はいつまで続けるのですか」という質問もよく聞かれます。

これには一律の答えはありません。

画像検査で治療効果を確認しながら、病気がコントロールされ、副作用も許容できる範囲であれば治療を継続します。一方で、病気が進行した場合や副作用が強くなった場合には、別の薬剤へ変更したり、免疫療法や分子標的薬など他の治療へ切り替えたりすることもあります。現在の抗がん剤治療は「決められた回数だけ行う治療」ではなく、その時々の病状や体調に応じて柔軟に調整していく治療です。

患者の病状に応じて最適な組み合わせを選択する

抗がん剤は分子標的薬や免疫療法に取って代わられた存在ではありません。それぞれの治療には役割があり、患者の病状に応じて最適な組み合わせを考えながら治療が進められています。

そして、薬物療法だけでは十分な効果が得られない場面では、放射線治療や手術が重要な役割を果たすことがあります。特に脳転移や骨転移、オリゴ転移では局所治療を組み合わせることで、症状の改善や病状の長期コントロールが期待できる場合があります。次の章では、ステージ4肺がんにおける放射線治療と手術の役割について詳しく解説します。

放射線治療・手術 ― ステージ4での局所治療の重要性

「肺がんがステージ4まで進行しているなら、手術や放射線治療はもう受けられない」そのように考えている人も少なくありません。実際、がんが全身へ広がっている以上、肺だけを治療しても意味がないと思うのは自然なことです。しかし、この考え方も変わりつつあります。

確かにステージ4では、薬物療法が治療の中心になります。分子標的薬や免疫療法、抗がん剤によって全身に存在する可能性があるがん細胞へ働きかけることが基本です。一方で、それだけでは十分ではない場面があります。

転移部位の症状改善

例えば、脳転移によって手足の麻痺や言葉が出にくいといった症状が現れている場合、薬物療法だけでは改善まで時間がかかることがあります。そのようなときには、脳転移に対して放射線治療を行うことで、症状を早く改善できる可能性があります。

骨転移も同様です。肺がんは骨へ転移しやすいがんの一つで、背骨や骨盤、肋骨などへ転移すると、強い痛みや骨折の原因になることがあります。骨転移による痛みは生活の質を大きく低下させますが、放射線治療によって痛みが軽減する患者は少なくありません。また、脊椎への転移で神経が圧迫されている場合には、麻痺などを防ぐために早期の放射線治療が重要になることもあります。

このように放射線治療は「がんを治すためだけの治療」ではありません。症状を改善し、合併症を予防し、その後の薬物療法を継続しやすくすることも大切な役割です。だからこそ診断直後から放射線治療医が治療方針の検討に加わることも珍しくありません。

放射線の照射技術の進歩

近年は放射線を照射する技術も大きく進歩しています。

以前は広い範囲へ放射線を照射することが一般的でしたが、現在では定位放射線治療(Stereotactic Body Radiation Therapy:SBRT)や定位放射線照射(SRS)によって、小さな病変へ高線量の放射線を正確に集中させられるようになりました。

特に脳転移では、病変が限られている場合にガンマナイフやサイバーナイフなどを用いた定位放射線治療が選択されることがあります。正常な脳への影響をできるだけ抑えながら病変を治療できるため、従来よりも治療後の生活への影響を軽減できる可能性があります。

参考:放射線治療 | 公益社団法人 日本放射線技術学会

オリゴ転移

肺がんでは近年「オリゴ転移」という考え方が重要になっています。オリゴ転移とは、遠隔転移があっても病変の数が限られている状態を指します。例えば肺に原発巣があり、脳へ一つだけ転移している場合や、副腎へ単発の転移がある場合などがこれに該当することがあります。

こうした患者では、薬物療法だけではなく、肺の原発巣や転移巣へ放射線治療や手術を追加することで、病気をより長期間コントロールできる可能性があることが報告されています。そのため以前のように「ステージ4だから局所治療は意味がない」と一律に判断されることは少なくなりました。

肺がんステージ4で手術が検討されるケース

では、手術はどのような場合に検討されるのでしょうか。一般的に、肺がんステージ4で最初から手術が選択されることは多くありません。しかし、薬物療法によって腫瘍が十分小さくなり、病変が限られた部位だけに残っている場合には、原発巣や転移巣を切除することが検討されることがあります。

例えば、副腎や脳へ単発転移がある患者では、薬物療法で全身の病状をコントロールしたうえで局所治療を追加し、長期生存につながった例も報告されています。もちろん、すべての患者が対象になるわけではありませんが、局所治療が治療戦略の一部として組み込まれるケースは以前より確実に増えています。

放射線治療や手術は、薬物療法と競合するものではありません。薬物療法で全身の病気を抑え、局所治療で症状の原因となる病変や限られた転移巣へ対応することで、より長い病勢コントロールを目指すことができる場合があります。

治療を続けることだけが目的ではない

忘れてはならないのが、治療を続けることだけが目的ではないという点です。

肺がんステージ4では、症状を軽減し、呼吸を楽にし、痛みを和らげ、これまでどおりの生活をできるだけ長く続けられるようにすることも、治療の大切な目標です。その意味で放射線治療や局所治療は、生存期間を延ばすためだけではなく、生活の質を守るためにも重要な役割を担っています。

こうして肺がんステージ4では、薬物療法と局所治療を組み合わせながら病気と向き合っていきます。その一方で、治療そのものによる負担や、がんによる症状をできるだけ軽くしながら生活を支える医療も欠かすことができません。次の章では「緩和ケアは終末期医療ではない」という現在の考え方も含め、肺がん治療を支える支持療法について詳しく解説します。

緩和ケア・支持療法 ― 「治療を続けるための医療」という考え方

「緩和ケア=終末期医療」というイメージは今でも根強く残っています。しかし、この考え方は大きく変わっています。緩和ケアは治療をあきらめた患者のためだけに行われる医療ではありません。

現在では、肺がんと診断された早い段階から標準治療と並行して行うことが推奨されています。その目的は、がんそのものを治療することではなく、病気や治療によって生じるさまざまな症状を軽減し、できるだけ普段の生活を維持できるよう支えることにあります。

病気による症状と治療の副作用を軽減

肺がんステージ4では、病気そのものによる症状と、治療による副作用の両方へ向き合わなければなりません。腫瘍が気管支を圧迫すると咳や息苦しさが続くことがあります。胸膜へがんが広がれば胸水がたまり、少し歩いただけでも息切れを感じるようになることがあります。骨転移では痛みが強くなり、睡眠や歩行に影響することもあります。

治療による副作用も生活へ少なからず影響します。抗がん剤による倦怠感や食欲低下、免疫療法による内分泌障害、分子標的薬による皮膚障害や下痢などは、命に直接関わらない症状であっても、日常生活の質を大きく低下させることがあります。支持療法は、こうした症状をできるだけ軽減しながら治療を継続できるよう支える医療です。

痛み

例えば、痛みに対しては、原因や程度に応じてアセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、医療用麻薬などを組み合わせながらコントロールします。「医療用麻薬」と聞くと依存を心配する人もいますが、がん性疼痛に対して適切に使用する場合、医療者の管理のもとで安全に使用できる薬剤です。痛みを我慢し続けることは体力や食欲を奪い、その後の治療継続にも影響するため、現在では早めに痛みをコントロールすることが勧められています。

呼吸苦

呼吸苦への対応も、肺がんでは重要な課題です。息苦しさの原因は一つではありません。腫瘍による気道狭窄、胸水、肺炎、間質性肺炎、貧血などさまざまな原因が考えられます。そのため、まずは原因を確認したうえで、胸水を排液したり、放射線治療を行ったり、必要に応じて酸素療法や薬物療法を組み合わせながら症状を軽減していきます。

食欲低下・体重減少

食欲低下や体重減少も、多くの患者が経験する症状です。肺がんでは、がんそのものの影響や治療による副作用によって十分な食事が摂れなくなることがあります。栄養状態が悪化すると筋力や体力が低下し、予定していた治療を継続できなくなることもあります。そのため現在では、医師だけではなく管理栄養士も加わり、一人ひとりの状態に合わせた栄養管理を行う施設が増えています。

精神的な負担

肺がんでは精神的な負担も決して小さくありません。診断された直後の不安だけではなく、画像検査の結果を待つ時間や、画像で病状が変化していないか確認するたびに緊張する人もいます。仕事や家族の将来への心配から眠れなくなったり、気分の落ち込みが続いたりすることも珍しくありません。こうした心の負担に対応することも、緩和ケアの大切な役割です。

専門的緩和ケア

現在では、緩和ケア医、がん看護専門看護師、公認心理師、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフなど、多職種が協力しながら患者と家族を支える体制が整えられています。身体だけではなく、仕事や経済的な問題、介護サービスの利用、在宅療養の準備などについて相談できることも少なくありません。

実際、早い段階から緩和ケアを導入した患者では、生活の質が改善するだけでなく、結果として治療を継続しやすくなり、生存期間にも良い影響を与えたという報告があります。そのため国内外の診療ガイドラインでも、進行肺がんでは診断早期から緩和ケアを併用することが推奨されています。

緩和ケアは生活を支えるための土台となる医療

緩和ケアは「治療を終えた人のための医療」ではありません。標準治療を受けながら、できるだけ痛みや苦しさを少なくし、自分らしい生活を維持するための医療です。分子標的薬や免疫療法、抗がん剤、放射線治療と並行して行われるからこそ、本来の力を発揮します。

肺がんステージ4では、病気そのものだけでなく「どのように生活を続けていくか」も治療の重要なテーマになります。緩和ケアや支持療法は、その生活を支えるための土台となる医療と考えると理解しやすいでしょう。

ここまで、現在行われている治療法について見てきました。では実際に肺がんステージ4と診断された場合、どのくらいの治療成績が期待できるのでしょうか。次の章では、多くの患者が最も気になる「生存率」について、統計の見方や近年の治療進歩も踏まえながら詳しく解説します。

肺がんステージ4の生存率

国立がん研究センターが公表している院内がん登録生存率集計では、肺がんの病期(ステージ)ごとの5年ネット・サバイバルと10年ネット・サバイバルが公表されています。

ネット・サバイバルとは、肺がん以外の病気による死亡の影響をできるだけ除き「肺がんそのものが生命に与えた影響」を評価した生存率です。異なる年齢層や集団を比較しやすいことから、現在では国際的にも広く用いられています。

肺がん全体の病期別ネット・サバイバルは、おおよそ次のような結果となっています。

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI期 約81.9% 約63.9%
ステージII期 約51.7% 約30.9%
ステージIII期 約29.3% 約14.8%
ステージIV期 約8.6% 約2.5%

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター がん情報サービス

※国立がん研究センター「院内がん登録10年生存率集計報告書」をもとに作成。対象年や集計条件によって数値は変動します。

この数字だけを見ると「ステージ4では5年以上生きられる人はほとんどいない」と感じるかもしれませんが、この表だけで自分の将来を判断することはできません。なぜなら、この数字はあくまでも過去に治療を受けた多くの患者をまとめた統計であり、一人ひとりの病状や治療内容までは反映されていないからです。

さらに、この統計には現在の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が十分普及する以前の患者も含まれています。近年は治療の進歩によって長期生存する患者が増えており、「現在受けられる治療」と「過去の統計」は分けて考える必要があります。

同じステージ4でも生存率が大きく異なる理由

現在の肺がん診療では「ステージ4」という病期だけで予後を予測することはできません。実際には、がんの性質や患者さん自身の状態によって、生存率は大きく変化します。最も大きな要因の一つがドライバー遺伝子変異です。

ドライバー遺伝子変異

EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子などが見つかった患者では、それぞれに対応した分子標的薬を使用できます。これらの薬剤は従来の抗がん剤では得られなかった高い奏効率を示し、病気を数年間コントロールできる患者も珍しくありません。そのため「どの遺伝子異常を持つ肺がんなのか」が生存率を左右する重要な要素になっています。

転移先の部位

転移の部位も予後へ大きく影響します。例えば脳転移が見つかった場合でも、病変が限られていれば定位放射線治療や分子標的薬によって長期間コントロールできることがあります。骨転移も適切な薬物療法や放射線治療を組み合わせることで、症状を抑えながら生活を維持できる患者が少なくありません。

一方で、肝転移は一般的に予後不良因子の一つと考えられており、複数の臓器へ広範囲に転移している場合は治療が難しくなる傾向があります。ただし、これも個人差が大きく「肝転移があるから必ず短期間で進行する」という意味ではありません。

転移の数

転移の数も重要です。近年ではオリゴ転移という概念が広まり、転移がごく限られている患者では、薬物療法に加えて放射線治療や手術などの局所治療を組み合わせることで、長期に病気をコントロールできる可能性があることが分かってきました。

パフォーマンスステータス

また『Performance Status(PS)』も重要な予後因子です。

日常生活を問題なく送れている患者は積極的な治療を受けやすく、新しい薬剤への切り替えもしやすくなります。一方で、体力が大きく低下している場合には治療の選択肢が限られることもあるため、同じステージ4でも経過に違いが生じます。

その他の要因

さらに年齢や喫煙歴、肺がんの組織型なども予後へ影響します。

特に女性や非喫煙者ではEGFR遺伝子変異が見つかる割合が比較的高く、その結果として分子標的薬による治療効果が期待できるケースもあります。このように、生存率は一つの要素だけで決まるものではなく、さまざまな条件が重なり合って決まります。

肺がんステージ4でも5年以上生きる人はいるのか

結論から言えば、います。もちろん、その割合は決して高くありません。しかし「ステージ4だから5年以上生きられない」というわけではありません。

日本肺癌学会で報告された長期生存例の解析では、5年以上生存した患者にはいくつかの共通した特徴がみられました。

例えば、治療標的となる遺伝子異常があること、転移する臓器や病変の数が限られていること、肝転移を伴わないこと、Performance Statusが良好で積極的な治療を継続できたことなどが、長期生存と関連していました。

もちろん、これらの条件に当てはまれば必ず長く生きられるという意味ではありません。また、条件に当てはまらなくても治療がよく効き、長期間病気をコントロールできる患者もいます。重要なのは「ステージ4」という病期だけでは将来を予測できなくなっているという事実です。

参考:原発性肺癌切除後10年以上長期生存例の予後因子に関する検討

生存率は「未来を予測する数字」ではない

インターネットには「肺がんステージ4の5年生存率は○%」という数字だけが紹介されている記事も少なくありません。しかし、生存率とは同じような病状だった多くの患者をまとめて集計した結果です。

そこには、自分がこれから受ける最新の治療、自分の遺伝子異常、自分の体力、治療への反応といった個別の情報は含まれていません。生存率は将来を断定する数字ではなく「同じ病気を持つ患者全体では、このような傾向がある」という参考資料として受け止めることが大切です。

近年では新しい分子標的薬や免疫療法、抗体薬物複合体(ADC)などが次々と登場し、治療成績は少しずつ改善しています。統計は重要な情報ですが、それだけで希望や選択肢まで決めてしまう必要はありません。

では、多くの患者が生存率と並んで気になる「余命」はどのように考えればよいのでしょうか。次の章では、余命という言葉の意味や、医師がどのような情報をもとに経過を判断しているのかについて詳しく解説します。

肺がんステージ4の余命 ― 最新治療によってどこまで変わったか

肺がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族が気になるのが「余命」です。あと何年くらい生きられるのか、インターネットには余命1年と書いてあった、自分も同じ経過になるのか、こうした不安を抱くのは自然なことです。しかし「肺がんステージ4の余命は○年です」と一律に説明することはできません。その理由は、どの治療を受けられるかによって生存期間が大きく変わる時代になったからです。

以前は進行肺がんに対する治療の中心は細胞障害性抗がん剤であり、治療の選択肢も限られていました。しかし現在では、遺伝子異常の有無やPD-L1発現率に応じて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を使用できる患者が増え、生存期間は大きく改善しています。

その違いを理解するために、代表的な臨床試験で報告された全生存期間(Overall Survival:OS)の中央値を見てみましょう。

治療法 対象患者 全生存期間中央値(OS)
オシメルチニブ
(FLAURA試験)
EGFR遺伝子変異陽性 38.6か月
ペムブロリズマブ
(KEYNOTE-024試験)
PD-L1発現率50%以上 26.3か月
免疫療法+化学療法
(KEYNOTE-189など)
ドライバー遺伝子変異陰性の一部 約22か月前後※

参考:New England Journal of Medicine
参考:Updated Analysis of KEYNOTE-024

※試験デザインや対象患者によって結果は異なります。

この表から分かるように、現在では「肺がんステージ4だから余命は1年前後」という時代ではありません。

もちろん、これらは臨床試験の結果であり、条件を満たした患者を対象としています。そのため、すべての患者さんに当てはまる数字ではありませんが、「治療によって生存期間が大きく変わる」という現在の肺がん診療を理解する上で重要なデータです。

「中央値」は平均余命ではない

ここで注意したいのが「全生存期間中央値」という言葉です。例えば、オシメルチニブの38.6か月という数字は「38.6か月で亡くなる」という意味ではありません。中央値とは、多くの患者さんを生存期間の短い順に並べたとき、ちょうど真ん中に位置する患者さんの生存期間です。

実際には、数か月で病気が進行する患者さんもいれば、5年以上病気をコントロールしながら生活している患者さんもいます。つまり中央値は、一人ひとりの余命ではなく「その治療を受けた患者集団全体の傾向」を示した統計です。

なぜ同じステージ4でこれほど余命に差が生まれるのか

その理由は、肺がんが一つの病気ではなくなったからです。現在では、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子など、さまざまな遺伝子異常が見つかっています。これらの異常が確認された患者では、それぞれに対応した分子標的薬を使用できます。一方で、遺伝子異常が見つからなくても、PD-L1発現率が高ければ免疫チェックポイント阻害薬が第一選択となる場合があります。

つまり現在は「肺がんステージ4」という診断名よりも、「どのタイプの肺がんなのか」がその後の経過を左右する重要な要素になっています。

同じステージ4でも実際の経過は大きく異なる

例えば、60代でEGFR遺伝子変異が見つかり、全身状態も良好な患者さんでは、分子標的薬によって長期間病気をコントロールできることがあります。治療を受けながら仕事や家庭生活を続けている患者さんも少なくありません。

一方で、病気の進行が速く、複数の臓器へ転移している患者さんでは、病状の変化も早くなることがあります。また、高齢で体力が低下している場合には、積極的な薬物療法が難しくなることもあります。このように「ステージ4」という同じ診断名でも、余命は患者さんごとに大きく異なります。

余命を調べるときに知っておきたいこと

インターネットには「肺がんステージ4の余命は○か月」と断定的に書かれた記事も少なくありません。しかし、その数字の多くは、治療法や遺伝子異常を区別せず多くの患者さんをまとめて集計した統計です。現在では、分子標的薬や免疫療法の登場によって、こうした数字だけでは実際の経過を説明できなくなっています。

そのため「余命○年」という数字を見るときには、そのデータがいつ集計されたものなのか、どのような患者さんを対象としているのかまで確認することが大切です。

余命は「治療の可能性」を考えるための参考情報

余命は多くの患者さんにとって避けて通れないテーマです。しかし、余命という数字だけに目を向けるのではなく「自分にはどの治療が使えるのか」を確認することの方が重要です。

新しい分子標的薬が使える可能性はあるのか。免疫療法の対象になるのか。次の治療へ切り替えられる選択肢は残されているのか。こうした情報によって、その後の経過は大きく変わる可能性があります。余命は未来を決める数字ではなく、治療方針を考える上での一つの参考情報として受け止めることが大切です。

次の章では、「肺がんステージ4でも完治する可能性はあるのか」という、多くの患者さんが最後に抱く疑問について、現在の医学的な考え方と最新の治療成績を踏まえながら詳しく解説します。

肺がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

肺がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が知りたいのは「治療法があるか」だけではありません。本当に知りたいのは「完治する人はいるのか」「長く生きられる人はどのような人なのか」「治癒に近い状態とは具体的に何を指すのか」という点でしょう。

まず前提として、肺がんステージ4の「完治率」を明確な数字として示すことは困難です。ステージ4は遠隔転移を伴う状態であり、画像上すべての病変が消えたように見えても、微小ながん細胞が体内に残っている可能性を完全には否定できません。そのため、医療現場ではステージ4肺がんに対して「完治」という言葉を慎重に使います。一般的には、完治率を何%と示すよりも、完全奏効、無増悪生存期間、全生存期間、長期生存例といった指標で治療成績を評価します。

「完治が難しい=長期生存ができない」では無い

「完治が難しい」と「長期生存が期待できない」は同じ意味ではありません。実際、IV期非小細胞肺がん66例を対象にした東京歯科大学市川総合病院の報告では、5年以上生存した患者が8例確認されています。

参考:5年以上生存したIV期非小細胞肺癌症例の検討

この研究では、長期生存例にEGFR遺伝子変異陽性、N0またはN1、遠隔転移臓器が1つである症例が多く、75歳未満、N0またはN1、肝転移がないことが長期生存に関連する独立した因子として示されています。これは「この条件なら必ず治る」という意味ではありませんが、ステージ4であっても病気の性質や転移の広がりによって経過が大きく変わることを示す重要なデータです。

分子標的薬の長期生存データ

分子標的薬の登場によって、長期生存の可能性はさらに広がっています。EGFR遺伝子変異陽性の進行非小細胞肺がんを対象にしたFLAURA試験では、オシメルチニブを一次治療として使用した群の全生存期間中央値は38.6か月で、従来のEGFR-TKI群の31.8か月を上回りました。これは「完治率」ではありませんが、ステージ4でも3年以上の中央値が報告される時代になったことを示しています。

参考:New England Journal of Medicine

免疫チェックポイント阻害薬の長期生存データ

免疫チェックポイント阻害薬でも、長期生存を示すデータがあります。PD-L1発現率50%以上の転移性非小細胞肺がんを対象にしたKEYNOTE-024試験の5年追跡では、ペムブロリズマブ群の5年全生存率は31.9%、化学療法群は16.3%と報告されています。全員に効く治療ではありませんが、免疫療法がよく効く患者では、ステージ4でも5年を超えて生存する可能性が現実的に示されています。

参考:Updated Analysis of KEYNOTE-024

ALK阻害薬の長期生存データ

また、ALK融合遺伝子陽性肺がんでは、ロルラチニブなどの新しいALK阻害薬によって、無増悪生存期間が大きく延長したデータも報告されています。2024年に報じられた第3相試験では、ロルラチニブ群で5年時点に病勢進行なく生存していた患者が60%、クリゾチニブ群では8%とされました。これは全生存率ではなく「無増悪生存」のデータですが、特定の遺伝子異常を持つ肺がんでは、ステージ4であっても長期間病気を抑えられる患者がいることを示しています。

参考:ローブレナ®、CROWN試験でALK 陽性の進行肺がん患者の多くが疾患の進行なく5年以上の生存を確認

「治癒に近い状態」とは

では「治癒に近い状態」とは何を指すのでしょうか。医学的には明確な単一定義があるわけではありませんが、一般には、画像検査で病変が確認できない状態が長期間続く、治療後に再増悪なく生活できている、または限られた転移に対して薬物療法と局所治療を組み合わせ、長期間無病状態に近い経過をたどるような場合を指して使われることがあります。

特にオリゴ転移では、薬物療法に加えて原発巣や転移巣へ定位放射線治療や手術を行うことで、通常の全身治療だけでは得にくい長期コントロールを目指せるケースがあります。

病変が消えた=完治ではない

ここで注意したいのは「病変が消えた」「長く効いている」「5年以上生存している」という状態と「再発の可能性が完全になくなった」という意味での完治は同じではないという点です。

肺がんステージ4では、どれだけ治療がよく効いても、定期的な画像検査や血液検査を続けながら慎重に経過を見る必要があります。治療をやめられるか、どのタイミングで変更するか、どこまで局所治療を加えるかは、病状や治療反応によって個別に判断されます。

肺がんステージ4でも長生きできる可能性はある

この章で最も伝えたいことは「完治するかどうか」を二択で考えないことです。肺がんステージ4では、完治率を明確に示すことは難しい一方で、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、局所治療の組み合わせによって、5年以上生存する患者や、長期間病気を抑えながら生活する患者が実際に存在します。大切なのは、自分の肺がんに治療標的があるのか、免疫療法が期待できる状態なのか、転移が限られているのか、局所治療を組み合わせる余地があるのかを確認することです。

「完治できますか」という問いに対して、簡単に「できます」とは言えません。しかし「長く生きる可能性はありますか」「治癒に近い状態を目指せる場合はありますか」という問いであれば、条件によっては十分に検討できる時代になっています。

保険診療以外の選択肢 ― 自由診療や先進医療について

肺がんステージ4と診断され、標準治療について調べていくと、多くの患者さんが次に目にするのが「自由診療」や「先進医療」、「最新治療」といった言葉です。

「標準治療以外にも治療法はありますか。」
「海外ではもっと新しい薬が使われているのでしょうか。」
「自由診療なら治る可能性が高くなるのでしょうか。」

こうした疑問を持つことは自然なことです。しかし、インターネット上には科学的根拠が十分ではない情報も少なくありません。治療の選択肢を広げるためにも、まずは「保険診療」「先進医療」「自由診療」「臨床試験」がそれぞれ何を意味するのかを理解しておくことが重要です。

標準治療とは

現在、日本で肺がんステージ4に対して標準治療として行われているのは、これまで紹介してきた分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、抗がん剤、放射線治療などです。これらは国内外の大規模な臨床試験で有効性と安全性が確認され、日本肺癌学会やNCCN、ESMOなどの診療ガイドラインでも推奨されています。

一方、標準治療だけが唯一の選択肢というわけではありません。

例えば、新しい薬剤を評価する『治験(臨床試験)』があります。

治験(臨床試験)とは

治験とは、新しい薬剤や新しい治療方法が本当に有効で安全なのかを確認するために実施される臨床研究です。現在も肺がん領域では、次世代の分子標的薬、新しい免疫療法、抗体薬物複合体(ADC)、二重特異性抗体など、多くの治験が国内外で行われています。

標準治療が終了した患者さんや、現在使用できる薬剤が限られてきた患者さんにとっては、治験への参加が新たな選択肢になる場合があります。

もちろん、治験には参加条件があります。

治験の参加条件

遺伝子異常の種類、これまで受けた治療、全身状態、臓器機能など細かな基準が設定されており、希望すれば誰でも参加できるわけではありません。また、有効性を検証する段階の治療であるため、期待した効果が得られない可能性や未知の副作用が生じる可能性もあります。

それでも、現在標準治療となっている多くの薬剤も、過去には治験を経て実用化されてきました。特に肺がんは新薬開発が活発な分野であり、大学病院やがん診療連携拠点病院では継続的に新しい治験が行われています。

参考:研究段階の医療(臨床試験、治験など)基礎知識|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療とは

「自由診療」という言葉は非常に幅広い意味で使われています。自由診療とは、公的医療保険を使用せず、患者さんが治療費を全額自己負担する医療です。しかし「自由診療=最新治療」という意味ではありません。

実際には、自由診療の中には科学的根拠が十分に蓄積されている治療もあれば、有効性が十分に検証されていない治療も含まれています。そのため「保険適用ではないから最先端」「高額だから効果が高い」と考えることは適切ではありません。

例えば近年では、樹状細胞ワクチン療法、活性化リンパ球療法、がんペプチドワクチンなど、免疫細胞を利用した自由診療を提供する医療機関もあります。これらの治療については、研究が進められているものもありますが、現時点では肺がんステージ4に対する標準治療として推奨できる十分なエビデンスは確立されていません。国内外の主要な診療ガイドラインでも、標準治療と同等の位置付けにはなっていないのが現状です。

先進医療とは

また「先進医療」という言葉も誤解されやすい言葉です。先進医療とは、厚生労働省が定めた制度の一つであり、有効性や安全性を評価しながら保険診療との併用を認める医療技術を指します。一般に「最先端医療」と混同されることがありますが、自由診療とは制度上の位置付けが異なります。

現在、肺がんステージ4で検討される治療では、「先進医療」よりも、保険診療として承認された新薬や治験の方が現実的な選択肢となるケースが多くみられます。

参考:先進医療の概要について|厚生労働省

自由診療を検討する価値

では、自由診療を検討する価値はないのでしょうか。そのように一概には言えません。

標準治療が終了した後、新たな治療を希望する患者さんにとっては、自由診療が一つの選択肢になることもあります。ただし、その際には「この治療によってどの程度の効果が期待できるのか」「どのような論文や臨床試験があるのか」「副作用や費用はどの程度なのか」を十分に確認することが重要です。

特に数百万円単位の費用が必要となる治療では「最新だから」「海外で行われているから」という理由だけで判断するのではなく、客観的な医学的根拠を確認したうえで検討することが勧められます。

根拠のある治療の選択肢を増やすことが重要

近年は新しい治療法が次々と登場しています。その一方で、「新しい治療」と「効果が証明された治療」は必ずしも同じではありません。本当に患者さんに利益をもたらす治療かどうかは、大規模な臨床試験によって初めて評価されます。そのため、保険診療以外の選択肢を検討する場合も、標準治療を担当している主治医と十分に相談しながら判断することが大切です。

肺がんステージ4では、「選択肢を増やすこと」と「根拠のある治療を選ぶこと」の両方が重要になります。焦って決断するのではなく、それぞれの治療のメリットと限界を理解したうえで、自分にとって納得できる治療を選択していくことが望まれます。

最新治療の現状 ― 肺がん治療はどこまで進歩するのか

肺がん治療は、この20年で最も大きく進歩したがん治療の一つといわれています。

かつては進行肺がんに対する治療といえば抗がん剤が中心であり、選択できる薬剤も限られていました。しかし現在では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって治療成績は大きく改善し、これまで長期生存が難しいと考えられていた患者でも、数年間にわたって病気をコントロールできるケースが珍しくなくなっています。

そして現在も、新しい治療法の開発は世界中で続いています。新聞やインターネットでは「画期的新薬」「夢の新治療」といった見出しを目にすることがありますが、実際には研究段階のものから、すでに保険診療で使用できるものまで、その位置付けはさまざまです。最新治療を理解するには「すでに実用化されている治療」と「これから実用化が期待されている治療」を分けて考えることが重要です。

すでに標準治療へ組み込まれ始めている新しい薬

近年、肺がん治療で特に注目されているのが『抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate:ADC)』です。

抗体薬物複合体(ADC)とは

ADCは「抗体」と「抗がん剤」を組み合わせた薬剤です。

通常の抗がん剤は全身へ広く作用しますが、ADCはがん細胞の表面にある特定の分子を目印にして薬剤を運ぶため、より効率的にがん細胞を攻撃できる可能性があります。

トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)

近年ではHER2遺伝子変異陽性肺がんに対する『トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)』が承認され、HER2異常を持つ患者の新たな治療選択肢となりました。これまで治療が難しかった患者に対しても効果が期待されており、肺がん領域でもADCは急速に存在感を高めています。

参考:抗悪性腫瘍剤「エンハーツ®」の日本におけるHER2遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに係る一部変更承認取得のお知らせ

パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd)

さらに現在は、TROP2やHER3を標的としたADCの開発も進められています。例えばHER3を標的としたパトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd)は、EGFR阻害薬が効かなくなった患者を対象とした臨床試験が進められており、新しい治療選択肢として期待されています。

第一三共株式会社によると、EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに係る承認申請については自主的取り下げがされましたが、ホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳がん患者を対象とした第3相臨床試験が開始されており、日本を含むアジア、欧州、北米および南米において、約1000名の患者を登録する予定となっているようです。

参考:パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd/U3-1402)の米国におけるEGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに係る承認申請の自主的取り下げについて
参考:パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd/U3-1402)のホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳がん患者を対象とした第3相臨床試験の開始について

「治療標的がない肺がん」を減らす研究も進んでいる

以前は、EGFRやALKなどの遺伝子異常が見つからない肺がんでは、治療の選択肢が限られていました。しかし近年は、KRAS G12C変異、MET exon14 skipping変異、RET融合遺伝子、NTRK融合遺伝子など、新たな治療標的が次々に見つかっています。

つまり「遺伝子異常がない肺がん」が減っているのではなく、「これまで見つけられなかった遺伝子異常を検出できるようになった」と考える方が正確です。そのため現在では、一度の検査で数十種類以上の遺伝子異常を同時に調べる『がん遺伝子パネル検査(NGS)』が広く利用されるようになりました。

今後さらに新しい標的薬が承認されれば、「使える薬がない」と考えられていた患者にも、新しい治療選択肢が生まれる可能性があります。

リキッドバイオプシーは治療を変える可能性がある

肺がん治療では、リキッドバイオプシーも急速に普及し始めています。従来は、遺伝子異常を調べるためには肺や転移巣から組織を採取する必要がありました。しかし、病変の場所によっては生検が難しいこともあり、患者さんへの負担も少なくありませんでした。

リキッドバイオプシーでは、採血によって血液中に流れている腫瘍由来DNA(ctDNA)を解析し、遺伝子異常を調べます。

もちろん、すべての遺伝子異常を血液だけで検出できるわけではありませんが、組織生検が難しい患者や、分子標的薬が効かなくなった原因を調べる場面では、すでに実臨床でも重要な役割を担っています。今後さらに解析技術が進歩すれば、再発をより早く発見したり、薬剤耐性を早期に把握したりできる可能性も期待されています。

参考:リキッドバイオプシー活用でがんの克服目指す|国立がん研究センター

免疫療法も次の世代へ進んでいる

免疫チェックポイント阻害薬は、現在の肺がん治療を支える重要な柱となりました。しかし研究はそれで終わりではありません。現在は、PD-1やPD-L1だけではなく、TIGITやLAG-3など、別の免疫チェックポイント分子を標的とした薬剤の開発が進められています。

また、一種類の免疫療法だけではなく、複数の免疫療法を組み合わせたり、ADCや分子標的薬と組み合わせたりすることで、より高い治療効果を目指す研究も行われています。「免疫療法が効かなかったら終わり」ではなく、その次の治療戦略が次々と開発されていることも、現在の肺がん研究の特徴です。

AIやゲノム医療も治療選択を支えている

最新治療というと新薬に目が向きがちですが、診断技術も急速に進歩しています。AIを活用した画像診断支援では、CT画像から小さな肺結節を検出したり、病変の性質を評価したりする研究が進んでいます。

また、ゲノム医療の発展によって、一人ひとりの遺伝子異常や薬剤耐性を詳しく解析し、その患者に最も適した治療を選択する「個別化医療」も急速に進歩しています。将来的には、AIとゲノム解析を組み合わせることで、現在よりさらに精度の高い治療選択が可能になると期待されています。

「最新治療」という言葉だけで判断しないことが大切

ここまで見ると「最新治療なら標準治療より優れている」と感じる人もいるかもしれません。しかし、そう単純ではありません。現在研究が進められている治療の中には、将来標準治療になる可能性があるものもありますが、途中で十分な効果が確認できず開発が中止される薬剤もあります。

新しい治療という理由だけで選択するのではなく、臨床試験でどの段階まで有効性が確認されているのか、日本で承認されているのか、自分の肺がんに適応があるのか、を確認することが重要です。

肺がん治療は今もなお進歩を続けています。数年前には存在しなかった薬剤が標準治療となり、これまで治療が難しかった患者に新しい選択肢をもたらしています。だからこそ、治療を続ける中で新しい薬剤や治験の情報を定期的に確認し、その時点で利用できる選択肢を主治医と相談しながら考えていくことが、これからの肺がん診療ではますます重要になるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 肺がんステージ4でも仕事を続けることはできますか?

可能です。

実際に、仕事を続けながら外来で治療を受けている患者さんは少なくありません。特に分子標的薬は内服治療が中心であり、体調が安定していれば普段どおりの生活を送れるケースもあります。また、免疫チェックポイント阻害薬も数週間ごとの通院で治療を継続できるため、働きながら治療を受けている患者さんもいます。

一方で、抗がん剤では治療直後に倦怠感や食欲低下が強く出ることがあり、仕事内容によっては勤務時間の調整や休職が必要になる場合もあります。大切なのは「仕事を続けるか辞めるか」を診断直後に決めてしまわないことです。現在は治療法によって生活への影響が大きく異なるため、まずは治療を開始し、副作用や体調の変化を見ながら働き方を調整するという考え方が一般的になっています。

Q2. 肺がんステージ4でも旅行はできますか?

体調が安定していれば旅行そのものは禁止されていません。治療の合間を利用して旅行を楽しんでいる患者さんもいます。ただし、旅行を計画する際には、次回の治療日程や血液検査の予定を確認し、主治医へ相談しておくことが大切です。また免疫療法中や抗がん剤治療中は感染症へ注意が必要になることもあります。

飛行機を利用する場合は、呼吸機能が低下している患者さんや在宅酸素療法を受けている患者さんでは事前の手続きが必要になることもあります。「安全に旅行するには何に注意すればよいか」という視点で考えることが重要です。

Q3. 食事だけで肺がんステージ4は改善しますか?

現在の医学では、特定の食品や食事療法だけで肺がんステージ4が改善することを示した信頼できる科学的根拠はありません。インターネットでは「○○を食べればがんが消える」「糖質制限で治る」といった情報も見られますが、これらを標準治療の代わりに行うことは推奨されません。

一方で、十分な栄養を維持することは非常に重要です。体重減少や筋力低下は治療継続にも影響するため、食べられるものを無理なく摂取し、必要に応じて管理栄養士の支援を受けることが勧められます。

Q4. サプリメントや健康食品は飲んでもよいのでしょうか?

一概に「飲んではいけない」というわけではありません。しかし、一部のサプリメントは抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の効果へ影響を与える可能性が指摘されています。

また「がんに効く」と宣伝されている健康食品の多くは、十分な臨床試験によって有効性が証明されているわけではありません。新しいサプリメントや健康食品を始める前には、必ず主治医や薬剤師へ相談することが勧められます。

Q5. 禁煙することで治療効果は変わりますか?

はい。肺がんステージ4であっても、禁煙することには大きな意味があります。「もう肺がんになったのだから、今さら禁煙しても意味はない」と思われる方もいますが、そのようなことはありません。

喫煙を続けると、肺や気管支の炎症が続き、肺炎などの合併症が起こりやすくなるほか、手術や放射線治療、薬物療法を予定どおり継続できなくなる可能性があります。診断後に禁煙した患者では、生存期間の延長や治療成績の改善が期待できることも報告されています。

禁煙によって肺がんそのものが治るわけではありませんが、治療を受けやすい体を維持し、治療効果を最大限に引き出すための重要な取り組みと考えられています。禁煙が難しい場合は、一人で抱え込まず主治医や禁煙外来へ相談するとよいでしょう。

Q6. セカンドオピニオンは受けた方がよいのでしょうか?

治療方針に疑問や不安がある場合には、有効な選択肢の一つです。セカンドオピニオンを受けたからといって、必ず転院しなければならないわけではありません。特に肺がんでは、遺伝子パネル検査の適応、治験への参加可能性、新しい薬剤の使用経験など、医療機関によって対応できる内容が異なることがあります。

現在の治療方針を確認する目的でも利用できるため、不安がある場合は遠慮せず相談してみるとよいでしょう。

Q7. 肺がんステージ4は家族へ遺伝しますか?

肺がんの多くは遺伝性ではありません。喫煙や加齢、環境要因など、さまざまな要因が重なって発症すると考えられています。一方で、ごく一部には遺伝性腫瘍症候群との関連が疑われるケースもありますが、肺がん全体から見ると非常にまれです。

治療で調べるEGFR遺伝子変異などは「がん細胞に生じた変化」であり、通常は家族へ遺伝するものではありません。家族内に肺がん患者がいるからといって、必ず同じ病気になるわけではありませんが、喫煙を避けることや定期的な健康診断を受けることは予防の観点から重要です。

Q8. 肺がんステージ4では、どの病院を選べばよいのでしょうか?

最も確実なのは「肺がん診療の経験が豊富で、多職種による診療体制が整っている医療機関」を選ぶことです。がん遺伝子パネル検査、放射線治療、呼吸器外科、呼吸器内科、病理診断、緩和ケアなどが連携している施設では、一人の医師だけではなく、複数の専門家が治療方針を検討するカンファレンスが行われることも少なくありません。

治験へ参加できる可能性や、新しい治療薬へのアクセスという点でも、がん診療連携拠点病院や大学病院が選択肢になることがあります。現在通院している病院だけで判断せず、必要に応じてセカンドオピニオンを活用しながら、自分が納得できる医療機関を選ぶことが大切です。

Q9. 肺がんステージ4でも希望を持ってよいのでしょうか?

「希望を持ってください」という言葉だけでは、不安を抱えている患者さんの助けにはならないかもしれません。一方で「ステージ4だから何もできない」という考え方も、現在の医学とは一致しません。

本記事で紹介してきたように、肺がん治療はこの十数年で大きく進歩しました。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬によって、長期間病気をコントロールしながら生活している患者さんも増えています。さらに、新しい薬剤や新しい治療法の研究も世界中で続けられています。

もちろん、治療効果には個人差があります。しかし「ステージ4」という診断だけで将来を決めつける必要はありません。まずは自分の肺がんの特徴を正しく知り、現在受けられる治療や今後の選択肢について主治医と十分に話し合うことが、納得できる治療への第一歩になります。

肺がんステージ4と向き合うために大切なこと

肺がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族は「もう治療法はないのではないか」「余命はどれくらいなのか」と大きな不安を抱えます。しかし、本記事で見てきたように、現在の肺がん治療は大きく進歩しています。

分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、放射線治療、支持療法などを組み合わせることで、病気を長期間コントロールしながら生活を続けている患者さんも少なくありません。ステージ4という診断だけで将来が決まる時代ではなくなり、一人ひとりの遺伝子異常や全身状態、治療への反応に応じて、治療方針を柔軟に組み立てる時代へ変わっています。

一方で、現在受けている標準治療が期待したような効果を示さないこともあります。分子標的薬では耐性が生じることがありますし、免疫チェックポイント阻害薬や抗がん剤も、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。しかし、それは「そこで治療が終わる」という意味ではありません。

現在の肺がん診療では、薬剤耐性が確認された場合には別の薬剤への切り替えを検討し、新たな遺伝子異常が見つかれば、それに対応した分子標的薬が選択できる場合もあります。病状によっては局所治療を追加したり、治験への参加を検討したりすることも選択肢になります。現在の治療だけで将来を判断するのではなく「次にどのような選択肢があるのか」という視点を持つことが大切です。

疑問や不安があれば一人で抱え込まず、主治医へ相談し、必要に応じてセカンドオピニオンを利用することも検討しましょう。現在の治療方針を確認するだけでも、新しい選択肢が見つかったり、今の治療に安心して取り組めたりすることがあります。

肺がんステージ4は決して簡単ながんではありません。しかし、「何もできない病気」でもありません。現在は、患者さん一人ひとりの病状に合わせて治療を組み合わせ、病気をコントロールしながら生活の質を維持することを目指せる時代になっています。そして医学は今も進歩を続けており、新しい薬剤や治療法が次々と実用化されています。

この記事が、肺がんステージ4という診断と向き合う患者さんやご家族にとって、病気を正しく理解し、数ある情報の中から自分に合った治療を考えるための一助となれば幸いです。

参考:
肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会
肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス
バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査|日本肺癌学会
肺がん治療に使用される薬剤一覧|日本肺癌学会
免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象対策マニュアル|厚生労働省
放射線治療 | 公益社団法人 日本放射線技術学会
院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター がん情報サービス
原発性肺癌切除後10年以上長期生存例の予後因子に関する検討
New England Journal of Medicine
Updated Analysis of KEYNOTE-024
5年以上生存したIV期非小細胞肺癌症例の検討
ローブレナ®、CROWN試験でALK 陽性の進行肺がん患者の多くが疾患の進行なく5年以上の生存を確認
研究段階の医療(臨床試験、治験など)基礎知識|国立がん研究センター がん情報サービス
先進医療の概要について|厚生労働省
抗悪性腫瘍剤「エンハーツ®」の日本におけるHER2遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに係る一部変更承認取得のお知らせ
パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd/U3-1402)の米国におけるEGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに係る承認申請の自主的取り下げについて
パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd/U3-1402)のホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳がん患者を対象とした第3相臨床試験の開始について
リキッドバイオプシー活用でがんの克服目指す|国立がん研究センター
肺がん|国立がん研究センター がん情報サービス
肺癌診療ガイドライン|特定非営利活動法人 日本肺癌学会
たばことがん|国立がん研究センター がん情報サービス

前立腺がんは、日本で最も多く診断される男性のがんの一つです。高齢化の進行に加え、PSA(前立腺特異抗原)検査が広く行われるようになったことで、これまで症状が現れるまで見つからなかったような早期の前立腺がんも診断される機会が増えています。国立がん研究センターのがん統計では、男性の部位別罹患数で上位を占めるがんとなっており、今後も患者数は増加すると考えられています。

前立腺がんは「がん」という言葉から一般的にイメージされる病気とは少し性質が異なります。前立腺がんの中には、数年から十数年かけてゆっくり進行するものもあれば、比較的短期間で転移し、積極的な治療が必要になるものもあります。同じ前立腺がんという診断であっても、その性質は一様ではありません。

そのため「前立腺がんと診断されたらすぐに手術を受けなければならない」とは限りません。病気の進行度や悪性度によっては、あえて治療を急がず慎重に経過を観察する「監視療法」が標準的な選択肢になることもあります。この考え方は、他の多くのがんとは大きく異なる特徴です。

診断後には「PSAが高いと言われたが、本当にがんなのか」「手術と放射線治療では何が違うのか」「尿漏れや性機能への影響は避けられないのか」「高齢でも治療を受けるべきなのか」といった疑問を抱く人も少なくありません。治療法が複数存在するからこそ、どれを選ぶべきか迷いやすい病気でもあります。

この記事では、前立腺がんとはどのような病気なのかという基本的な知識から、PSA検査の意味、診断までの流れ、リスク分類、監視療法、手術、放射線治療、ホルモン療法、薬物療法、副作用、再発、予後まで、現在の標準的な診療に沿って詳しく解説します。治療法の特徴だけでなく、それぞれの治療によって生活がどのように変わる可能性があるのかという点にも触れながら、納得できる治療を選択するための判断材料をお伝えします。

参考:最新がん統計|国立がん研究センター

  • 男性の罹患者数1位のがん(国立がん研究センター 2023年統計)
  • 限局がんの5年相対生存率はほぼ100%(全国がん罹患データ 2016年~2023年)
  • 50歳頃から少しずつ増え始め、60代以降になると患者数が大きく増加

前立腺がんとは

前立腺がんを理解するためには、まず前立腺という臓器がどのような役割を担っているのかを知ることが大切です。

前立腺とは

前立腺は男性だけに存在する臓器で、膀胱のすぐ下に位置し、尿道をドーナツ状に取り囲むような形をしています。大きさは若い頃にはクルミほどですが、加齢とともに少しずつ大きくなる傾向があります。前立腺の主な役割は前立腺液を分泌することです。前立腺液は精液の一部を構成し、精子が活動しやすい環境を保つ働きを担っています。

この位置関係が、前立腺の病気に特徴的な症状を生みます。前立腺は尿道を囲んでいるため、前立腺が大きくなると尿道が圧迫され、尿が出にくくなったり、排尿に時間がかかったり、夜間に何度もトイレへ起きるようになったりします。ただし、こうした症状が現れたからといって、必ずしも前立腺がんとは限りません。実際には加齢によって起こる前立腺肥大症でも同じような症状がみられることが多く、症状だけで両者を区別することはできません。

前立腺がんとは

前立腺がんは、前立腺の中にある腺細胞が何らかの原因で異常な増殖を始めることで発生します。病理学的には約95%以上が「腺癌」に分類され、通常は前立腺の外側(末梢帯)から発生することが多いとされています。この部位は尿道から少し離れているため、初期の前立腺がんでは尿道への影響が少なく、自覚症状がほとんど現れません。そのため、多くの患者は症状ではなくPSA検査の異常をきっかけに診断されています。

前立腺がんが進行すると前立腺の外へ広がり、精嚢や膀胱、骨盤内の組織へ浸潤することがあります。さらにリンパ管や血液の流れを通じてリンパ節や骨へ転移することもあります。前立腺がんが骨転移を起こしやすいことはよく知られており、進行例では腰や骨盤、背骨などの痛みがきっかけで発見されることもあります。

参考:前立腺癌診療ガイドライン|日本泌尿器科学会

前立腺がんは「骨へ転移しやすいがん」という特徴だけが注目されがちですが、それだけで病気を理解することはできません。実際には、同じ前立腺がんという診断でも、何年もほとんど大きさが変わらないものもあれば、比較的短期間で進行するものもあります。その違いは、病理検査で評価される悪性度や遺伝子異常、病変の広がりなど、さまざまな要素によって決まります。

近年では前立腺がんを一つの病気として考えるのではなく、「進行速度や悪性度が異なる複数の病気の集まり」と捉える考え方が一般的になっています。そのため診断後にまず行われるのは、「前立腺がんであるかどうか」を確認することだけではありません。そのがんがどの程度進行しているのか、どれくらいの速さで進行する可能性があるのか、積極的な治療が必要なのか、それとも経過を見ながら生活できるタイプなのかを慎重に評価することが、現在の前立腺がん診療の出発点になっています。

前立腺がんの原因とリスク

前立腺がんと診断されると、「なぜ自分が前立腺がんになったのだろう」と考える人は少なくありません。長年の食生活が悪かったのではないか、仕事のストレスが原因だったのではないか、あるいは過去の生活習慣に問題があったのではないかと、自分なりに理由を探そうとする人もいます。

しかし現在の医学でも「前立腺がんはこれが原因で発症する」と断定できるものは見つかっていません。

加齢

発症にはいくつもの要因が重なり合っていると考えられており、その中でも最も大きく関係しているのが加齢です。前立腺がんは50歳頃から少しずつ増え始め、60代以降になると患者数が大きく増加します。日本でも高齢化が進むにつれて患者数は年々増加しており、現在では男性で最も多く診断されるがんの一つとなっています。

加齢によって前立腺の細胞では少しずつ遺伝子異常が蓄積していきます。ほとんどの異常は体の修復機能によって処理されますが、一部は修復されずに残り、その積み重ねによって正常な細胞ががん細胞へ変化していくと考えられています。そのため、前立腺がんは「年齢を重ねること自体が最大のリスク因子」と説明されることもあります。

男性ホルモンの影響

もう一つ、前立腺という臓器ならではの特徴として重要なのが男性ホルモンとの関係です。

前立腺はアンドロゲンと呼ばれる男性ホルモンの影響を受けながら発達し、その機能を維持しています。前立腺がんの細胞も多くの場合、この男性ホルモンを利用して増殖します。そのため進行した前立腺がんでは、男性ホルモンの働きを抑えるホルモン療法が標準治療として行われています。

ただし、ここで誤解してはいけないのは、「男性ホルモンが多い人ほど前立腺がんになりやすい」という単純な関係ではないということです。血液中の男性ホルモン濃度と前立腺がん発症率には一貫した関連が示されておらず、男性ホルモンだけで発症を説明することはできません。現在では、ホルモン環境だけでなく、細胞側がどのようにホルモンへ反応するのかという仕組みまで含めて研究が進められています。

遺伝的要因

家族歴も無視できない要素です。父親や兄弟に前立腺がんになった人がいる場合には、一般より発症リスクが高くなることが知られています。特に複数の近親者が若い年齢で前立腺がんを発症している場合には、遺伝的な背景が関与している可能性も考えられます。

近年ではBRCA2をはじめとする遺伝子異常が、前立腺がんの発症や悪性度と関係することも明らかになってきました。BRCA遺伝子というと乳がんや卵巣がんを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、男性では前立腺がんとの関連も重要視されています。

食生活の欧米化

生活習慣については現在も研究が続いています。

欧米では以前から、動物性脂肪の多い食事や肥満との関連が指摘されてきました。日本でも食生活の欧米化とともに前立腺がん患者が増加していることから、その影響を考える研究は数多く行われています。ただし、特定の食品を食べたから前立腺がんになる、あるいは特定の食品を食べれば予防できるという明確な証拠はありません。健康的な食生活は全身の健康維持には重要ですが、それだけで前立腺がんを完全に防げるわけではないというのが現在の考え方です。

性行為や自慰行為に関する医学的根拠について

インターネットでは「性行為の回数が多いと前立腺がんになる」「自慰行為が原因になる」といった情報を目にすることがあります。しかし、これらを裏付ける信頼性の高い医学的根拠はありません。

反対に、射精頻度と前立腺がんリスクとの関係を調べた研究では、一定の傾向が示唆されたものもありますが、結果は一貫しておらず、現在の診療ガイドラインでも発症リスクとして扱われてはいません。日常生活の一つひとつを前立腺がんの原因と結びつけて考える必要はないでしょう。

さまざまな要素が積み重なり発症する

このように前立腺がんは、一つの原因によって発症する病気ではありません。年齢、遺伝的背景、ホルモン環境、生活習慣など、さまざまな要素が長い年月をかけて積み重なり、その結果として発症すると考えられています。そのため「原因を取り除けば予防できる病気」というより、「リスクを理解し、早期発見につなげることが重要な病気」と捉える方が実際の診療に近いと言えます。

前立腺がんは発症後の治療だけでなく、PSA検査による早期発見にも大きな意味があります。ただし、PSAが高いからといって必ず前立腺がんとは限りません。次の章では、多くの人が最初に耳にすることになるPSA検査について、その意味と見方を詳しく解説します。

参考:前立腺がん|国立がん研究センター がん情報サービス

初期症状・進行するとどうなる?

前立腺がんは「症状が出てから病院へ行けば大丈夫」と考えていると見つけるタイミングを逃しやすいがんです。多くのがんでは、ある程度進行すると痛みや出血、しこりなどの自覚症状が現れます。しかし前立腺がんは、かなり早い段階ではほとんど症状がありません。そのため、患者自身が体の異変に気付いて受診するというよりも、健康診断や人間ドックで受けたPSA検査の異常をきっかけに発見されるケースが非常に多くなっています。

なぜ症状が出にくいのか

「がんなのに症状がない」という話を聞くと、不思議に感じる人もいるかもしれません。その理由は、前立腺がんが発生しやすい場所にあります。前立腺は、尿道を取り囲むように存在する臓器ですが、前立腺がんの多くは尿道から少し離れた「末梢帯(まっしょうたい)」と呼ばれる部分から発生します。この段階では尿道への影響がほとんどないため、病変がある程度大きくなるまで排尿症状は現れません。実際には数センチの病変が存在していても、自覚症状がまったくないまま過ごしている患者も珍しくありません。

一方で、前立腺肥大症は尿道を圧迫しやすい「移行帯(いこうたい)」から大きくなる病気です。そのため、尿が出にくい、夜中に何度もトイレへ起きる、排尿後も残尿感があるといった症状は、前立腺肥大症の方がむしろ起こりやすいと言えます。年齢を重ねた男性では、この二つの病気が同時に存在することも珍しくないため「排尿しにくいから前立腺がんだ」「症状がないから前立腺がんではない」と症状だけで判断することはできません。

前立腺がんが進行すると出てくる症状

病気が進行してくると、少しずつ症状が現れることがあります。前立腺の中で病変が大きくなると尿道が圧迫され、尿の勢いが弱くなる、排尿に時間がかかる、何度もトイレへ行きたくなるといった変化がみられるようになります。ただし、これらの症状だけでは前立腺肥大症との区別は難しく、症状の強さとがんの進行度が必ずしも一致するわけでもありません。反対に、かなり進行した前立腺がんであっても排尿症状が軽いまま経過することがあります。

さらに病変が前立腺の外へ広がると、血尿や血精液症が現れることがあります。血精液症とは、精液に血液が混じる状態です。見た目の変化に驚いて受診する患者もいますが、この症状も前立腺炎など良性疾患で起こることがあるため、それだけで前立腺がんと決めつけることはできません。ただし、これまでになかった症状が続く場合には、一度泌尿器科で評価を受けることが勧められます。

転移したことによる症状

前立腺がんで最も注意しなければならないのは、転移によって初めて病気が見つかるケースです。前立腺がんは骨へ転移しやすいことが知られており、腰や骨盤、背中の痛みをきっかけに検査を受けた結果、前立腺がんが見つかることがあります。この場合、痛みの原因は加齢による腰痛ではなく、骨へ転移したがんである可能性があります。もちろん腰痛の多くは筋肉や背骨の変化によるものであり、腰が痛いから前立腺がんというわけではありません。しかし、痛みが長く続く、夜間にも痛みで目が覚める、痛み止めが効きにくいといった場合には、詳しい検査が必要になることがあります。

骨転移がさらに進行すると、骨折しやすくなったり、背骨へ転移した病変が脊髄を圧迫したりすることがあります。脊髄圧迫が起こると、足のしびれや筋力低下、排尿・排便障害などが急速に現れることがあり、緊急の対応が必要になります。このような状態まで進行する患者は決して多くありませんが、前立腺がんが進行すると起こり得る合併症として知っておくことは大切です。

症状が出た時には既に進行しているケースも

前立腺がんは「症状がない病気」と説明されることがありますが、正確には「初期には症状が出にくい病気」です。そして症状が現れたときには、すでに病気がある程度進行している場合もあります。したがって、現在の前立腺がん診療では、症状だけに頼るのではなく、PSA検査を組み合わせながら早い段階で異常を見つけることが重視されています。

ただし、PSA値が高かったとしても、それだけで前立腺がんと診断されるわけではありません。前立腺肥大症や前立腺炎でもPSAは上昇しますし、逆にPSAがそれほど高くなくても前立腺がんが見つかることがあります。PSAは非常に優れた検査ですが「がんの有無を決める検査」ではなく、「詳しい検査が必要かどうかを判断するための検査」と理解することが重要です。次の章では、そのPSA検査について、基準値の考え方や数値の見方、検査結果をどのように解釈するのかを詳しく解説します。

参考:前立腺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

PSA検査とは?

前立腺がんについて調べ始めた人の多くが、最初に耳にするのが「PSA」という言葉です。健康診断で「PSAが高いので泌尿器科を受診してください」と書かれていた、あるいは人間ドックで数値の異常を指摘されたことをきっかけに、不安になってインターネットで調べ始めたという人も少なくありません。

実際、現在の前立腺がん診療はPSA検査から始まることがほとんどです。しかし「PSAが高い=前立腺がん」というわけではありません。この点を正しく理解しておくことが、その後の診断や治療を落ち着いて受けるための第一歩になります。

PSAとは

PSAとは「Prostate Specific Antigen(前立腺特異抗原)」の略で、前立腺の細胞から作られるタンパク質です。本来は前立腺液の成分として分泌され、精液を液状に保つ働きを担っています。健康な人でも血液中にはわずかな量しか存在しませんが、前立腺に何らかの変化が起こると血液中へ漏れ出す量が増え、PSA値が上昇します。

ただし、PSAは前立腺がんだけに反応する物質ではありません。前立腺がんでは確かにPSAが高くなることが多いものの、それ以外の病気でも上昇します。代表的なのが前立腺肥大症と前立腺炎です。前立腺肥大症では前立腺そのものが大きくなるため、PSAを産生する細胞の量も増え、結果として血液中のPSA値が高くなることがあります。また、前立腺炎では炎症によって前立腺の組織が傷つき、一時的に多くのPSAが血液中へ流れ出ることがあります。

つまり、PSAは「前立腺に何か起きている可能性」を示す指標であって、「前立腺がんを確定する検査」ではありません。

PSAの数値の目安

従来、日本ではPSA4.0ng/mL以上を一つの目安として精密検査が勧められることが多くありました。しかし現在では、この数字だけで判断することは少なくなっています。

例えば健康診断でPSAが4.5ng/mLだったとします。この数値だけを見ると不安になるかもしれませんが、その人が必ず前立腺がんというわけではありません。実際には前立腺肥大症だけだったというケースもありますし、炎症が落ち着くと正常値へ戻ることもあります。反対に、PSAがそれほど高くなくても前立腺がんが見つかる患者もいます。PSAは非常に感度の高い検査ですが、万能な検査ではないのです。

前立腺の大きさは年齢によって変化します。加齢とともに前立腺肥大症を合併する人も増えるため、高齢者ではPSAがやや高くても良性疾患であることが珍しくありません。そのため現在の診療では、年齢別基準値も参考にしながら総合的に判断することが一般的になっています。例えば60代と80代では、同じPSA値であっても評価の仕方が異なることがあります。

参考:前立腺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

数値が急上昇している場合は要注意

近年は、単純に一回のPSA値だけを見るのではなく「どのように変化しているのか」も重視されています。

以前は正常範囲だった人が、数年間で急速にPSA値を上昇させている場合には注意が必要です。この変化の速度をPSA Velocityと呼びます。また、前立腺が大きい人ではPSAも高くなりやすいため、前立腺体積との比率を評価するPSA Densityという考え方も診療で利用されています。さらに、血液中に存在するPSAのうち、遊離型PSA(free PSA)の割合を調べることで、良性疾患なのか前立腺がんなのかを推測する材料として用いられることもあります。

参考:EAU Guidelines on Prostate Cancer

PSA検査の数値だけで診断されることは無い

このように現在の前立腺がん診療では、「PSAが〇だからがん」という単純な判断は行われません。年齢、前立腺の大きさ、MRI所見、直腸診の結果、家族歴なども合わせて評価し、「本当に生検が必要なのか」を慎重に判断しています。

健康診断でPSA高値を指摘されたからといって、必要以上に悲観する必要はありません。反対に「少し高いだけだから大丈夫だろう」と自己判断で放置することも勧められません。PSA検査は、がんを診断するためのゴールではなく「次にどの検査へ進むべきか」を考えるためのスタート地点だからです。

近年ではMRIの性能が大きく向上したことにより、PSA高値だからすぐに生検を行うという流れも変わりつつあります。まずMRIで病変の有無を詳しく調べ、その結果を踏まえて生検が本当に必要かどうかを判断する施設も増えています。前立腺がん診療はこの十数年で大きく変化しており、PSAという一つの数値だけで治療方針を決める時代ではなくなっています。

PSA検査は非常に優れた検査ですが、それだけで前立腺がんを診断することはできません。だからこそ、PSA異常を指摘された後にはMRIや前立腺生検などを組み合わせながら、本当にがんなのか、どの程度の悪性度なのかを一つずつ確認していく必要があります。次の章では、その診断の流れと、現在の前立腺がん診療で行われている検査について詳しく解説します。

前立腺がんの検査と診断

PSA検査で異常を指摘されると、多くの人は「次はすぐに生検を受けるのだろう」と考えます。しかし現在の前立腺がん診療では、そのような流れになるとは限りません。MRIをはじめとする画像診断の進歩によって、診断までの考え方はこの十数年で大きく変わりました。現在は「PSAが高いから生検をする」のではなく、「本当に生検が必要なのか」を画像やさまざまな情報から慎重に判断する時代になっています。

診察ではまず、PSA値だけではなく、その数値がどのように変化してきたのかを確認します。過去の健康診断結果があれば、それまでの推移も重要な判断材料になります。さらに年齢、家族歴、前立腺肥大症の有無、排尿症状、服用中の薬なども含めて総合的に評価されます。PSAは前立腺がんだけでなく、前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇するため、血液検査だけで診断を確定することはできません。

その次に行われることが多いのがMRI検査です。

MRI検査(マルチパラメトリックMRI)

以前はPSA高値であれば、そのまま前立腺生検へ進むことも少なくありませんでした。しかし現在では、まずMRIで前立腺内部を詳しく観察し、本当に前立腺がんが疑われる病変が存在するのかを確認する施設が増えています。

前立腺MRIでは通常のMRIよりも詳しく評価するため、多方向から撮影した画像や拡散強調画像などを組み合わせた『マルチパラメトリックMRI(mpMRI)』が広く用いられています。この検査では病変の位置だけでなく、大きさや周囲への広がりもある程度評価できるため、生検が必要かどうかを判断するうえで重要な役割を担っています。

MRI画像は単純に「異常がある」「異常がない」と判断されるわけではありません。

現在は『PI-RADS(Prostate Imaging Reporting and Data System)』という国際的な評価基準が用いられており、病変が前立腺がんらしいかどうかを5段階で評価します。PI-RADS1や2では臨床的に重要ながんの可能性は低いと考えられ、反対にPI-RADS4や5では悪性腫瘍の可能性が高くなります。ただしPI-RADS3は判断が難しい領域であり、PSA値や年齢、家族歴なども合わせて生検の必要性が検討されます。

参考:前立腺癌診療ガイドライン|日本泌尿器科学会

生検

MRIで前立腺がんが疑われる病変が見つかった場合や、MRIで明らかな異常がなくてもPSA値などから前立腺がんが強く疑われる場合には、生検が行われます。前立腺生検とは、専用の針を使って前立腺から組織を採取し、顕微鏡で詳しく調べる検査です。前立腺がんは病理診断によって初めて確定されるため、生検は診断に欠かせない検査と言えます。

生検にはいくつかの方法があります。

経直腸生検・経会陰生検

以前は超音波を見ながら肛門から針を挿入する経直腸生検(けいちょくちょうしき)が一般的でした。しかしこの方法では腸内細菌による感染症のリスクが避けられません。そのため近年は、会陰部から針を挿入する経会陰生検(けいかいいんしき)を採用する施設が増えています。経会陰生検は感染症のリスクを大きく減らせることから、日本でも標準的な方法になりつつあります。

さらに診断精度を高める方法として普及しているのが、MRI-US Fusion生検です。

MRI-US Fusion生検

これはMRIで見つかった病変の位置と超音波画像を重ね合わせながら組織を採取する方法で、従来の無作為生検よりも臨床的に重要な前立腺がんを見つけやすいことが報告されています。以前は前立腺全体から一定本数の組織を採取する「系統的生検(ランダム生検)」が中心でしたが、現在ではMRIで疑わしい病変を狙って採取する標的生検(ターゲット生検)と系統的生検を組み合わせる方法が広く行われています。

グリーソンスコアとグレードグループ

採取した組織は病理医によって詳しく観察されます。ここで重要になるのがGleason分類(グリーソンスコア)とISUP Grade Group(グレードグループ)です。

Gleason分類(グリーソンスコア)

Gleason分類は、前立腺がん細胞が正常な前立腺組織からどの程度形を変えているかを評価する方法で、現在でも前立腺がん診療の基本となっています。例えばGleason Score 3+3=6であれば比較的悪性度が低く、4+4=8や4+5=9などになると悪性度が高い前立腺がんと考えられます。

ISUP Grade Group(グレードグループ)

ただし現在の診療では、Gleason ScoreだけではなくISUP Grade Groupも併せて使用されます。Grade Groupは1から5までの5段階で悪性度を分類する方法で、患者にも理解しやすい評価法として国際的に広く用いられています。病理診断書にこの二つが併記されていることも珍しくありません。

参考:前立腺がん|国立がん研究センター東病院

前立腺がんと診断された後には、「がんがある」という事実だけで治療方針が決まるわけではありません。病変が前立腺内に限局しているのか、それともリンパ節や骨へ広がっているのかを調べる必要があります。そのためCTや骨シンチグラフィ、あるいは病状によってはPSMA PET検査などが追加されることがあります。

PSMA PET検査

近年特に注目されているのがPSMA PETです。PSMAとは前立腺特異膜抗原のことで、前立腺がん細胞に多く発現するタンパク質です。この性質を利用したPET検査では、従来の画像検査では見つけにくかった小さなリンパ節転移や遠隔転移を検出できる可能性があります。日本でも適応は限られますが、診療へ導入される施設が少しずつ増えています。

こうして画像診断、病理診断、転移検索まで終了して初めて、治療方針を検討する段階へ進みます。

がんがあるかだけでなく、その性質まで調べる

前立腺がん診療では「がんがあるかどうか」を調べること以上に、「どのような性質のがんなのか」を見極めることが重要です。ゆっくり進行する前立腺がんであれば監視療法という選択肢もありますし、悪性度が高ければ積極的な治療が必要になります。同じ前立腺がんという診断名でも、診断後に行われる詳細な評価によって、その後の治療方針は大きく変わります。

一つの検査だけで結論を出すことはありません。PSA、MRI、生検、病理診断、画像検査。それぞれの結果を積み重ねながら「どのようながんなのか」を丁寧に明らかにしていくことが、適切な治療選択につながっています。

リスク分類とステージ分類

前立腺がんと診断されると、多くの人は「私はステージⅠですか、それともステージⅢですか」と病期を気にします。確かにステージ分類は重要な情報ですが、前立腺がんではステージだけを見ても治療方針は決まりません。これは他の多くのがんとは異なる大きな特徴です。

例えば胃がんや大腸がんでは、病変がどこまで広がっているかによって手術や薬物療法の方針が比較的明確に決まります。しかし前立腺がんでは、同じように前立腺内へ限局している病変であっても、すぐに治療した方がよい患者と、しばらく経過観察できる患者が存在します。その違いを判断するために用いられるのが「リスク分類」です。

ステージ分類(TNM分類)

前立腺がんのステージ分類は、他のがんと同じようにTNM分類を基に決定されます。Tは前立腺内での病変の広がり、Nは骨盤内リンパ節への転移、Mは骨や肺など遠隔臓器への転移を表しています。例えば病変が前立腺の中にとどまっていればT1またはT2、前立腺の外へ広がるとT3、膀胱や直腸など周囲臓器へ浸潤するとT4に分類されます。さらにリンパ節転移があればN1、遠隔転移が確認されればM1となり、これらを組み合わせて最終的な病期が決定されます。

ただし、この分類だけでは病気の勢いまでは分かりません。前立腺内に限局したT2の病変でも、悪性度が低く何年もほとんど変化しないものがある一方で、短期間で進行する性質を持つものもあります。同じような広がりで見つかった前立腺がんでも、その後の経過が大きく異なるのはこのためです。

そこで現在の診療では、病気の広がりだけではなく「どの程度進行しやすい前立腺がんなのか」を評価するリスク分類が治療方針の中心になります。

参考:前立腺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

リスク分類

最も広く用いられているのは、PSA値、Gleason Score(またはISUP Grade Group)、そしてT分類の三つを組み合わせて評価する方法です。例えばPSAが低く、病理診断でも悪性度が低く、病変が前立腺内に限局していれば低リスク群と判断されます。一方でPSAが高値であったり、Grade Groupが高かったり、前立腺外への浸潤が疑われたりする場合には、中間リスクあるいは高リスク群へ分類されます。

このリスク分類が重要になる理由は、治療の考え方が大きく変わるからです。低リスク群では、必ずしもすぐ治療を始める必要はありません。定期的にPSA検査やMRI、生検を行いながら病気の変化を慎重に見守る「監視療法」が標準治療の一つになります。一方、高リスク群では病気が進行する可能性が高いため、手術や放射線治療、ホルモン療法などを組み合わせた積極的な治療が検討されます。

前立腺がんでは「がんがある」という事実だけでは治療は決まりません。「そのがんがどのような性質を持っているのか」を評価して初めて、適切な治療方針が見えてきます。近年は、この考え方をさらに細かく分類する指標も使われています。代表的なのがD’Amico分類やNCCNリスク分類です。

D’Amico分類・NCCNリスク分類

どちらもPSA値、病理学的悪性度、病変の広がりを組み合わせて再発リスクや進行リスクを評価する方法で、日本を含め世界中の診療ガイドラインで広く採用されています。NCCN分類では低リスク、中間リスク、高リスクだけでなく、超高リスクや転移性前立腺がんまで含めた詳細な分類が用いられ、手術や放射線治療、ホルモン療法の選択にも大きく関わっています。

患者が診断書や紹介状を見ると、PSA値、Grade Group、Gleason Score、T2a、N0、M0など、多くの専門用語が並んでいることがあります。初めて見る人にとっては複雑に感じられるかもしれませんが、それぞれが別々の情報を示しているわけではありません。それらを組み合わせることで、「どれくらい治療を急ぐ必要があるのか」「どの治療法が適しているのか」「再発リスクはどの程度なのか」を総合的に判断しているのです。

参考:NCCN腫瘍学臨床診療ガイドライン 2019年第4版

前立腺がんはステージ分類とリスク分類を組み合わせて評価する

前立腺がんでは、ステージ分類は病気の広がりを知るための重要な指標ですが、それだけで病気の全体像を理解することはできません。診療の現場では、リスク分類というもう一つの物差しを重ね合わせながら、一人ひとりに合った治療方針が検討されています。そのため「ステージが低いから安心」「ステージが高いから必ず悪い結果になる」と単純に考えることはできません。病気の広がりと悪性度、その両方を理解することが、前立腺がんという病気を正しく知る第一歩になります。

ここまでの検査によって病気の性質が明らかになると、いよいよ治療方針を考える段階へ進みます。ただし前立腺がんでは、診断された全員がすぐに治療を始めるわけではありません。他の多くのがんにはあまり見られない「監視療法」という選択肢が存在することも、この病気を特徴づける大きなポイントです。次の章では、現在の前立腺がん診療でどのような考え方に基づいて治療が選択されているのか、その全体像を詳しく解説します。

前立腺がん治療の全体像

前立腺がんと診断されると、多くの人は「できるだけ早く手術を受けた方がよいのではないか」と考えます。一般的ながんでは、診断がつけばできるだけ早く病変を取り除くことが基本になります。そのため「しばらく様子を見ましょう」と説明されると、「治療が遅れてしまうのではないか」「本当に大丈夫なのか」と不安を感じる人も少なくありません。

しかし、前立腺がんではこの考え方が必ずしも当てはまりません。

今すぐ治療が必要なのか

前立腺がんには非常にゆっくり進行するものがあり、高齢の患者では、前立腺がんそのものよりも他の病気が寿命へ影響することもあります。また、前立腺がんの治療には尿失禁や性機能障害など、生活の質に関わる副作用が伴う可能性があります。そのため現在の診療では「がんだから治療する」という単純な考え方ではなく、「その患者にとって本当に今治療が必要なのか」という視点から治療方針を決めるようになっています。

治療方針を検討する際には、病気の広がりだけではなく、PSA値やGleason Score、ISUP Grade Groupによる悪性度、年齢、持病、体力、そして患者自身がどのような生活を望んでいるかまで含めて総合的に評価されます。例えば同じ低リスク前立腺がんであっても、50代と80代では治療に期待するものが異なりますし、仕事を続けている人と介護が必要な人とでは、優先すべきことも変わってきます。

前立腺がん治療の種類

現在の前立腺がん診療で選択される主な治療法には、監視療法、手術療法、放射線治療、ホルモン療法、薬物療法があります。それぞれ適応となる病状や目的が異なり、どの治療にもメリットと注意点があります。そのため「一番優れた治療法」があるというよりは、「現在の病状に最も適した治療法」を選択するという考え方が基本になります。

監視療法

診断されたばかりの比較的悪性度が低い前立腺がんでは、監視療法が選択されることがあります。これは治療を行わないという意味ではなく、PSA検査やMRI、必要に応じて再度の生検を行いながら病気の変化を注意深く見守り、進行の兆候が現れた時点で根治治療へ切り替える方法です。現在では低リスク前立腺がんに対する標準的な選択肢の一つとして国内外の診療ガイドラインでも位置付けられており、「放置」とは全く異なる考え方です。

参考:前立腺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

手術療法・放射線治療

病変が前立腺内に限局し、根治が期待できる患者では、手術療法または放射線治療が治療の中心になります。手術では前立腺そのものを摘出し、放射線治療では前立腺へ高線量の放射線を照射してがん細胞を死滅させます。どちらも高い治療成績が期待できますが、副作用や治療後の生活への影響には違いがあるため、患者の年齢や合併症、希望も考慮しながら選択されます。

ホルモン療法

病気が前立腺の外へ広がっている場合や、リンパ節転移・遠隔転移を伴う場合には、ホルモン療法が重要な役割を担います。前立腺がんは男性ホルモンの影響を受けて増殖する性質を持つため、その働きを抑えることで病気の進行をコントロールできます。さらに近年では、ホルモン療法だけでなく、新しいホルモン薬や抗がん剤、分子標的治療薬などを組み合わせることで、生存期間の延長や生活の質の維持が期待できる患者も増えています。

病気の性質と患者自身の状況を合わせて治療法を考える

このように治療法が多岐にわたるのは、前立腺がんの進行速度や悪性度が患者ごとに大きく異なるためです。同じ「前立腺がん」という診断名であっても、すぐに治療を始める人もいれば、何年も監視療法を続ける人もいます。初回治療で手術を選択する人もいれば、放射線治療を選ぶ人もいます。進行した状態で見つかった患者では、薬物療法を中心に病気を長期間コントロールしていくこともあります。

こうした違いがあるからこそ、前立腺がんでは「他の患者と同じ治療を受ければ安心」という考え方は適切ではありません。診断名だけで治療法を決めるのではなく、病気の性質と患者自身の状況を合わせて考えることが、現在の標準的な診療になっています。

その中でも、前立腺がんを他のがんと最も大きく区別しているのが監視療法という考え方です。「がんを治療しない」という選択に不安を感じる人は少なくありませんが、一定の条件を満たした患者では、監視療法は根拠に基づいた治療戦略として確立されています。次の章では、この監視療法とはどのような治療なのか、なぜ「様子を見る」ことが標準治療になり得るのかを詳しく解説します。

監視療法(Active Surveillance)

前立腺がんと診断されたとき「今は治療せずに経過を見ましょう」と説明されることがあります。がんと診断された直後であれば、多くの人は驚くでしょう。「本当に何もしなくて大丈夫なのか」「治療を遅らせることで手遅れになるのではないか」と、不安を感じるのは当然です。

しかし、前立腺がん診療における監視療法は「治療を先延ばしにする方法」でも「様子を見るだけの消極的な対応」でもありません。一定の条件を満たした患者に対して、科学的な根拠に基づいて選択される標準治療の一つです。この考え方が生まれた背景には、前立腺がんという病気の特徴があります。

前立腺がんの特徴とは

前立腺がんには、短期間で進行する悪性度の高いものがある一方で、何年たってもほとんど大きさが変わらないものも存在します。特にPSA値が低く、病変が前立腺内に限局し、Gleason ScoreやISUP Grade Groupでも低悪性度と評価された前立腺がんでは、診断直後に治療を行わなくても、すぐに命へ影響する可能性は高くないことが、多くの研究で示されてきました。

一方、手術や放射線治療には、高い治療効果が期待できる反面、尿失禁や勃起機能障害、排尿・排便機能への影響など、生活の質に関わる副作用が起こる可能性があります。もちろん副作用の程度には個人差がありますが、「がんがあるからすぐ治療する」という考え方だけでは、結果として必要のない治療まで行ってしまう患者がいることも分かってきました。

こうした背景から生まれたのが監視療法です。

参考:EAU Guidelines on Prostate Cancer

監視療法とは

監視療法では、定期的にPSA検査を行い、数値の変化を確認します。さらにMRIによる画像評価や、一定期間ごとの前立腺生検を組み合わせながら、病気が進行していないかを継続的に観察します。もし悪性度の上昇や病変の拡大など、「今は治療した方がよい」と判断される変化が認められた場合には、その時点で手術や放射線治療へ移行します。つまり監視療法は、「治療しない」のではなく「治療を始める最適な時期を見極める」ための治療戦略なのです。

この点は、一般的な経過観察とは大きく異なります。

経過観察という言葉から「特に何もせず様子を見る」という印象を持つ人もいるかもしれません。しかし監視療法では、決められたスケジュールに沿って検査を繰り返し、病状を継続的に評価します。診断時よりもPSAが急速に上昇していないか、MRIで新たな病変が現れていないか、生検で悪性度が高くなっていないかなど、複数の情報を組み合わせながら慎重に判断していきます。そのため、患者自身も「治療を受けていない」のではなく、「病気を積極的に管理している」という意識を持つことが大切です。

もちろん、監視療法がすべての患者に適しているわけではありません。

積極的な治療を行うケース

悪性度が高い前立腺がんや、病変が前立腺の外へ広がっている前立腺がんでは、早い段階から積極的な治療が勧められます。また、医学的には監視療法の適応であっても「体の中にがんがある状態では落ち着かない」と強い不安を感じる患者もいます。そのような場合には、患者本人の希望も含めて治療方針を検討することになります。

反対に、治療による副作用をできるだけ避けたいと考える患者にとっては、監視療法が生活の質を維持しながら病気と向き合う有効な選択肢になることがあります。特に高齢の患者では、前立腺がんよりも他の病気が健康へ大きく影響することも少なくありません。したがって「病気だけを見る」のではなく、「その人の人生全体を見る」という視点が、監視療法では非常に重要になります。

治療へ切り替えるべきタイミングを見極める

監視療法を選択した患者の中には「本当にこのままでよいのだろうか」と、検査のたびに不安を感じる人もいます。PSAが少し上がるだけで再発や進行を心配することもあるでしょう。しかしPSAは一時的な変動を示すこともあり、一回の数値だけで治療方針が変わるわけではありません。だからこそ、PSAだけではなくMRIや病理所見も含めて総合的に判断し、治療へ切り替えるべきタイミングを慎重に見極めています。

前立腺がんは「早く治療すればよい」という単純な病気ではありません。病気の性質によっては、すぐに治療することよりも、適切な時期まで慎重に見守ることが患者にとって最善となる場合があります。監視療法は、その考え方を形にした治療法です。そして現在では「治療を遅らせる方法」ではなく、「必要な患者には根治の機会を保ちながら、不必要な治療を避けるための標準治療」として位置付けられています。

次の章では、監視療法ではなく積極的な治療が必要と判断された場合に行われる手術療法について詳しく解説します。現在ではロボット支援手術が広く普及していますが、どのような患者に適しているのか、開腹手術との違いや治療後の生活への影響も含めて見ていきます。

手術療法

前立腺がんが前立腺内に限局しており、根治が期待できると判断された場合には、手術療法が有力な選択肢になります。患者からは「がんを取り切ることができる治療」として認識されることも多く、実際に前立腺そのものを摘出することで根治を目指す治療です。一方で、前立腺は排尿や性機能に関わる神経や筋肉に囲まれた場所に存在するため、単純に臓器を取り除けば終わる手術ではありません。現在の前立腺がん手術では、がんを確実に切除することと、その後の生活の質をできるだけ保つことの両立が重要なテーマになっています。

前立腺全摘除術

標準的な術式は前立腺全摘除術です。前立腺に加え、精嚢も一緒に摘出し、その後、膀胱と尿道をつなぎ直します。病状によっては骨盤内リンパ節郭清を追加し、リンパ節への転移がないかを確認するとともに、転移が認められたリンパ節を切除することもあります。病変の広がりや悪性度によって手術範囲は変わるため、すべての患者が同じ手術内容になるわけではありません。

ロボット支援下前立腺全摘除術(ダヴィンチ手術)

現在、日本で最も多く行われているのはロボット支援下前立腺全摘除術です。一般には「ダヴィンチ手術」と呼ばれることもありますが、正式にはロボットが手術を行うわけではなく、術者が操作するロボット支援システムを用いた手術です。高倍率の立体画像を見ながら精密に操作できることが特徴で、狭い骨盤内でも細かな操作が可能になりました。その結果、出血量の減少や術後回復の早さなど、多くの施設で良好な成績が報告されています。

ただし「ロボット手術だから必ず良い結果になる」という理解は正確ではありません。手術成績は病気の進行度だけでなく、術者の経験や施設の体制にも左右されます。

ロボット支援手術は非常に優れた技術ですが、それだけで治療成績が決まるわけではありません。開腹手術や腹腔鏡手術にも長年の実績があり、患者の状態によっては適した方法が異なる場合もあります。そのため現在の診療では「ロボットかどうか」だけではなく、その施設がどのような経験を積み重ねているのかも重要な判断材料になります。

参考:手術支援ロボット「ダヴィンチ」徹底解剖|東京医科大学病院

術後の機能低下について

排尿機能の低下

手術を考えるうえで、多くの患者が気にするのが尿失禁です。

前立腺は尿をためる膀胱のすぐ下にあり、排尿をコントロールする筋肉や神経に近接しています。そのため前立腺を摘出すると、一時的に尿漏れが起こることがあります。術後しばらくは尿取りパッドが必要になる患者も少なくありません。しかし、多くの場合は骨盤底筋体操などのリハビリを続けることで徐々に改善し、日常生活に大きな支障がない程度まで回復する患者が多いとされています。ただし回復には個人差があり、高齢であることや手術前から排尿機能が低下していることなどが影響する場合もあります。

勃起機能への影響

もう一つ、多くの患者が不安を抱くのが勃起機能への影響です。

前立腺のすぐ外側には勃起に関わる神経が左右一対で走っています。病変がその神経から十分離れている場合には、神経を温存しながら手術を行えることがあります。これを神経温存術と呼びます。神経を温存することで勃起機能が保たれる可能性は高くなりますが、必ず元通りになるわけではありません。また、病変が神経の近くまで広がっている場合には、がんを確実に取り切ることを優先し、神経を切除せざるを得ないこともあります。ここでは「がんを取り切ること」と「機能を残すこと」のバランスが常に求められます。

そうした理由から、手術前には病変の位置や悪性度を詳しく評価し「どこまで神経を温存できる可能性があるのか」について十分な説明が行われます。患者によっては、多少機能が低下しても根治性を優先したいと考える人もいますし、できる限り生活の質を維持したいと希望する人もいます。どちらが正しいという話ではなく、患者自身が何を優先したいのかによって選択は変わります。

手術のメリット

手術には根治が期待できる他に、もう一つの大きな利点があります。それは、摘出した前立腺全体を詳しく病理検査できることです。生検では前立腺の一部しか調べられませんが、手術後には病変の広がりや悪性度、切除断端にがん細胞が残っていないかなどを詳細に評価できます。その結果によっては、術後に放射線治療や薬物療法を追加した方がよいと判断されることもあります。

しかしながら、手術がすべての患者に適しているわけではありません。高齢で持病が多い患者や、すでにリンパ節転移や遠隔転移が確認されている患者では、他の治療法が第一選択となることもあります。また、限局した前立腺がんであっても、放射線治療と手術はどちらも根治を目指せる治療であり、一方が絶対に優れているとは言えません。そのため現在では、泌尿器科医だけではなく、放射線腫瘍医なども交えて治療方針を検討する施設が増えています。

自分が何を優先するかを考えることが重要

前立腺がんの手術は「がんを取り除く治療」という一言では説明できません。根治性だけでなく、その後の排尿機能や性機能、仕事への復帰、日常生活まで見据えて治療を選択することが求められます。だからこそ手術を受けるかどうかはもちろん「どのような手術を受けるのか」「自分は何を優先したいのか」を十分に理解したうえで判断することが大切です。

手術と並んで、限局性前立腺がんに対する根治治療の柱となるのが放射線治療です。近年は照射技術が大きく進歩し、以前より正常組織への影響を抑えながら高い治療効果を期待できるようになっています。次の章では、IMRTやSBRT、小線源療法など、現在の前立腺がん放射線治療について詳しく解説します。

放射線治療

前立腺がんと診断され、根治を目指す治療について説明を受けると、多くの患者は「手術を受けるべきか、それとも放射線治療を選ぶべきか」という選択に直面します。がんを切除する手術はイメージしやすいのに対し、放射線治療については「照射するだけの治療」という程度の認識しか持っていない人も少なくありません。しかし現在の放射線治療は、前立腺がん治療の中心を担う根治療法の一つであり、限局性前立腺がんでは手術と同等の治療成績が期待できることが国内外の診療ガイドラインでも示されています。

参考:日本放射線腫瘍学会(JASTRO)

放射線治療の目的

放射線治療の目的は、前立腺の中に存在するがん細胞へ高い線量の放射線を照射し、細胞のDNAを損傷させて増殖できない状態にすることです。がん細胞は正常細胞より放射線による障害を修復する能力が低いため、照射を繰り返すことで徐々に死滅していきます。一方、周囲の正常組織には回復する力があるため、一度に大量の放射線を照射するのではなく、治療回数を分けながら正常組織への影響をできるだけ抑えるという考え方が基本になります。

IMRT(強度変調放射線治療)

近年の放射線治療は「正常組織を守りながら前立腺へ正確に照射する」という技術が大きく進歩しました。現在もっとも広く行われているのが『IMRT(強度変調放射線治療)』です。放射線の強さを細かく調整しながら複数の方向から照射することで、前立腺には十分な線量を届けつつ、膀胱や直腸への被ばくを減らすことができます。前立腺は膀胱と直腸に挟まれた非常に狭い場所に存在するため、この照射精度の向上は治療成績だけでなく、副作用の軽減にも大きく貢献しています。

SBRT(定位放射線治療)

さらに近年は『SBRT(定位放射線治療)』も普及しつつあります。SBRTでは一回あたりに高線量を照射することで、従来より少ない治療回数で治療を完了できます。患者にとって通院回数が少なく済むという利点がありますが、すべての前立腺がんに適応できるわけではありません。病変の広がりや前立腺の状態などを十分に評価したうえで適応が判断されます。

小線源療法(ブラキセラピー)

前立腺がん特有の放射線治療として、小線源療法(ブラキセラピー)も重要な選択肢です。これは体の外から放射線を照射するのではなく、前立腺の内部へ放射線を出す小さな線源を直接留置する方法です。線源が前立腺内から放射線を放出するため、周囲の正常組織への影響を比較的抑えながら高い線量を病変へ集中させることができます。悪性度が比較的低い限局性前立腺がんでは単独で行われることもありますし、病状によっては外照射と組み合わせて実施されることもあります。

粒子線治療(陽子線治療・重粒子線治療)

陽子線治療や重粒子線治療について耳にしたことがある人もいるでしょう。これらは粒子線治療と総称され、通常のX線とは異なる物理学的性質を利用して、病変へ集中的にエネルギーを届ける治療です。正常組織への被ばくをさらに抑えられる可能性がありますが、実施できる施設は限られており、すべての患者に必要となる治療ではありません。現時点では病状や施設の設備、保険適用の条件などを踏まえながら適応が検討されています。

手術と放射線治療のどちらが優れているのか

放射線治療を検討する患者が最も気にするのは、「手術と比べてどちらが優れているのか」という点かもしれません。しかし、この問いに単純な答えはありません。

限局性前立腺がんでは、手術と放射線治療はいずれも根治を目指せる治療法です。病気の状態によっては治療成績にも大きな差はないと考えられており、どちらが適しているかは年齢や合併症、病変の広がり、患者自身が何を重視するかによって変わります。例えば若年で全身状態が良好な患者では手術が選択されることもありますし、高齢の患者や手術による負担を避けたい患者では放射線治療が第一選択となることもあります。

副作用にも違いがあります。

放射線治療の副作用

放射線治療では、治療中あるいは治療後しばらくしてから頻尿や排尿時の違和感、排便時の出血、下痢などが現れることがあります。多くは時間の経過とともに改善しますが、まれに数年経ってから直腸や膀胱へ影響が現れる晩期有害事象が起こることもあります。また、勃起機能への影響は手術後より緩やかに現れる傾向がありますが、時間の経過とともに低下する患者も少なくありません。このことから「放射線治療なら性機能に影響しない」と考えるのは正確ではありません。

さらに、高リスク前立腺がんでは放射線治療単独ではなく、ホルモン療法を組み合わせることが標準治療になる場合があります。男性ホルモンを抑えることで放射線への感受性を高め、再発リスクを下げることが期待されているためです。病気の進行度によっては数か月から数年間ホルモン療法を併用することもあり、治療計画は病状に応じて大きく変わります。

技術の進歩によって安全性も治療効果も向上している

現在の放射線治療は「手術ができない患者のための治療」ではありません。限局性前立腺がんに対する根治療法として確立されており、多様な照射技術の進歩によって安全性も治療効果も向上しています。同時に、副作用や治療期間、ホルモン療法の併用など、事前に理解しておくべき点も少なくありません。手術と放射線治療を単純に比較するのではなく、自分の病状や生活、将来の希望を踏まえながら治療法を選択することが大切です。

前立腺がんでは、病気が前立腺の外へ広がった場合や、高リスク群に分類される場合には、放射線治療だけでなくホルモン療法が治療の中心になります。前立腺がんは男性ホルモンとの関わりが非常に深い病気であり、この特徴を利用した治療が現在の前立腺がん診療を大きく支えています。次の章では、前立腺がん治療の大きな柱であるホルモン療法について詳しく解説します。

ホルモン療法

前立腺がんの治療について調べていると、「ホルモン療法」という言葉を目にする機会が多くあります。しかし、初めて聞く人の中には「ホルモンを補充する治療なのか」「男性ホルモンが足りないから行う治療なのか」とイメージする人もいるかもしれません。実際にはその逆で、前立腺がんに対するホルモン療法とは、男性ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の増殖を抑制する治療です。

前立腺は正常な状態でも男性ホルモンの影響を受けながら機能している臓器です。そして前立腺がん細胞の多くも、男性ホルモンを栄養源のように利用して増殖します。この性質は1940年代から知られており、現在でも前立腺がん治療の根幹を支える考え方になっています。そのため病気が前立腺の外へ広がった患者や、高リスク前立腺がんで放射線治療を受ける患者では、ホルモン療法が重要な役割を担っています。

ホルモン療法の仕組み

ホルモン療法という名称から「薬でホルモンの量を少し調整するだけ」と考えられがちですが、実際には体内の男性ホルモンを大きく低下させる治療です。現在最も多く行われているのは、LH-RHアゴニストやLH-RHアンタゴニストと呼ばれる薬剤を定期的に投与し、精巣から男性ホルモンが分泌されるのを抑える方法です。数週間から数か月ごとに注射を行う治療が一般的で、外来通院で継続できることから、多くの患者に実施されています。

かつては精巣そのものを摘出して男性ホルモンを低下させる外科的去勢術が広く行われていました。現在では薬物療法が主流となっていますが、医学的にはどちらも男性ホルモンを抑えるという目的は同じです。外科的去勢術が必要になる患者は以前より少なくなりましたが、病状や治療方針によっては選択肢となることがあります。

ホルモン療法の効果

ホルモン療法を開始すると、多くの患者でPSA値は低下し、病変も縮小します。骨転移による痛みが軽くなる患者も少なくありません。そのため進行前立腺がんでは非常に効果的な治療ですが、とはいえ「治った」という意味ではないことも理解しておく必要があります。前立腺がん細胞は時間の経過とともに少しずつ変化し、男性ホルモンが少ない環境でも増殖できる細胞が現れることがあります。

この状態を『去勢抵抗性前立腺がん(CRPC:Castration-Resistant Prostate Cancer)』と呼びます。

「去勢抵抗性」という言葉だけを見ると、ホルモン療法が効かなくなったように感じるかもしれません。しかし実際には、男性ホルモンを抑える治療そのものを中止するわけではありません。現在の診療では、ホルモン療法を継続しながら、新しい作用機序を持つ薬剤を追加して病気をコントロールすることが基本になります。

この考え方を大きく変えたのが、新規アンドロゲン受容体標的薬(ARAT)の登場です。

新規アンドロゲン受容体標的薬(ARAT)

代表的な薬剤としては、アビラテロン、エンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミドなどがあります。これらは単純に男性ホルモンの量を減らすだけではなく、前立腺がん細胞が男性ホルモンの刺激を受け取る仕組みそのものを阻害することで、病気の進行を抑えます。多くの臨床試験で生存期間の延長や病状進行までの期間を延ばす効果が示されており、現在では転移性前立腺がんだけでなく、一部の高リスク患者にも使用されるようになっています。

このように薬剤が進歩したことで、ホルモン療法は「最後の治療」ではなくなりました。

以前は転移が見つかってから開始されることが多かったホルモン療法ですが、現在では病気の進行度によっては放射線治療と同時に開始されたり、初回治療からARATを組み合わせたりすることもあります。前立腺がん診療はここ十数年で大きく変化しており、男性ホルモンを抑えるだけの治療から、複数の薬剤を組み合わせながら長期間病気をコントロールする治療へと発展しています。

一方で、ホルモン療法には特有の副作用もあります。

ホルモン療法の副作用

男性ホルモンは筋肉や骨、代謝、精神状態などにも関わっているため、その働きを抑えることで体にはさまざまな変化が現れます。代表的なのは、ほてりや発汗を繰り返すホットフラッシュです。また、筋力の低下や体脂肪の増加、体重の変化を自覚する患者もいます。長期間治療を続けると骨密度が低下し、骨粗鬆症や骨折のリスクが高くなることもあるため、必要に応じて骨を保護する薬剤が併用されることもあります。

さらに、性欲の低下や勃起機能への影響、気分の落ち込み、疲れやすさなどを感じる患者もいます。これらは命に関わる副作用ではありませんが、日常生活の質に大きく影響することがあります。そのため現在の診療では、病気だけを診るのではなく、副作用によって生活がどのように変化しているのかも含めて継続的に評価することが重視されています。

状況によって他の治療を組み合わせる

ホルモン療法は前立腺がん治療の中心となる重要な治療法ですが、単独ですべての病状に対応できるわけではありません。病気の進行度や再発の状況によっては、抗がん剤や分子標的治療薬、放射性医薬品などを組み合わせることで、さらに治療効果が期待できる場合があります。前立腺がん治療は「一つの薬で治す」という時代から、「病状に応じて複数の治療を組み合わせながら長く病気をコントロールする」時代へと大きく変化しています。

次の章では、ホルモン療法だけでは十分な効果が得られない場合や、さらに病気が進行した場合に行われる薬物療法について詳しく解説します。

薬物療法

前立腺がんに対する薬物療法というと「抗がん剤を使う治療」を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、現在の前立腺がん診療では薬物療法の内容は大きく変化しています。以前はホルモン療法が効かなくなった段階で初めて抗がん剤を使用することが一般的でしたが、現在では病気の進行度や悪性度に応じて、ホルモン療法、新規ホルモン薬、抗がん剤、分子標的治療薬、さらには放射性医薬品まで組み合わせながら治療を行う時代になっています。

その背景にあるのは「前立腺がんは一つの薬だけで長期間コントロールできる病気ではない」という考え方です。病気の進行とともに、がん細胞の性質は少しずつ変化していきます。最初は男性ホルモンを抑えるだけで十分な効果が得られていても、時間が経つにつれて別の経路で増殖する細胞が現れることがあります。その変化に合わせて治療を切り替えたり、新しい薬剤を追加したりしながら病気を抑えていくことが、現在の前立腺がん薬物療法の基本的な考え方です。

参考:前立腺がん(薬物療法)|国立がん研究センター がん情報サービス

ドセタキセル

代表的な抗がん剤として長く中心的な役割を担ってきたのがドセタキセルです。ドセタキセルは細胞分裂を妨げることでがん細胞の増殖を抑える薬剤で、転移性前立腺がんや去勢抵抗性前立腺がんに対して広く使用されています。以前は病気がかなり進行してから使用されることが多い薬でしたが、近年では転移性ホルモン感受性前立腺がんに対して、ホルモン療法と早い段階から併用することで生存期間を延長できることが示され、治療戦略そのものが変わりました。

カバジタキセル

ドセタキセルによる治療で十分な効果が得られなくなった場合には、カバジタキセルが選択されることがあります。同じタキサン系抗がん剤ですが、ドセタキセル耐性となった前立腺がんにも効果が期待できることから、現在では重要な治療選択肢の一つになっています。

ホルモン薬

近年の前立腺がん診療を大きく変えたのは、抗がん剤よりもむしろ新しいホルモン薬の登場です。

前章で紹介したアビラテロンやエンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミドといったARATは、現在では薬物療法全体の中心的な存在になっています。これらは単純に男性ホルモンを減らすだけではなく、前立腺がん細胞がホルモンの刺激を利用する仕組みそのものを抑えるため、従来のホルモン療法だけでは十分に抑えられなかった病気にも効果が期待できます。その結果、転移が確認された時点からこれらの薬剤を併用することが標準治療として推奨される場面も増えています。

PARP阻害薬

さらに近年では、遺伝子異常に応じた治療も少しずつ広がっています。

前立腺がんの中には、DNA修復に関わるBRCA1やBRCA2などの遺伝子異常を持つ患者がいます。このような患者ではPARP阻害薬が有効となる場合があり、遺伝子検査の結果をもとに治療を選択する個別化医療が進みつつあります。前立腺がんは以前「高齢男性に多い比較的ゆっくり進行するがん」というイメージで語られることが多くありましたが、現在では病気の性質を遺伝子レベルで解析し、その結果に応じて治療法を選ぶ時代へ移行しています。

ルテチウムPSMA治療(放射性リガンド療法)

もう一つ注目されているのが、ルテチウム177(Lu-177)PSMA治療です。

前立腺がん細胞の表面にはPSMAというタンパク質が多く存在しています。Lu-177 PSMA治療では、このPSMAへ選択的に結合する薬剤へ放射性同位元素を結び付け、がん細胞へ集中的に放射線を届けます。従来の外照射とは異なり、体内から病変を狙う治療であり、すでに複数の治療を受けた進行前立腺がん患者に対して有効性が示されています。日本でも導入が進み始めており、今後さらに重要性が高まると考えられています。

参考:プルヴィクトによる放射性リガンド療法|ノバルティスファーマ

薬物療法の副作用

薬物療法というと、副作用を心配する人も多いでしょう。

抗がん剤では脱毛や白血球減少、感染症、しびれ、倦怠感などがみられることがありますが、すべての患者に同じ程度の副作用が現れるわけではありません。またARATでは高血圧や肝機能障害、疲労感など、それぞれの薬剤によって注意すべき副作用が異なります。現在では副作用を予防・軽減するための支持療法も進歩しており、以前より治療を継続しやすくなっています。

薬物療法を続けていると「いつまで治療が続くのか」という疑問を持つ患者も少なくありません。

これは病状によって異なります。一定期間で終了する治療もありますが、病気がコントロールされている間は薬を継続することもあります。また、ある薬が効かなくなった場合でも、それで治療が終わるわけではありません。前立腺がんでは次の治療選択肢へ切り替えながら病気を長期間コントロールできる患者も増えており、「一つの薬が効かなくなったら終わり」という時代ではなくなっています。

病気の状態や治療歴、副作用、遺伝子異常などを総合的に評価

現在の前立腺がん薬物療法は一種類の薬だけで病気を抑える治療ではありません。病気の状態や治療歴、副作用、遺伝子異常などを総合的に評価しながら、その時点で最も効果が期待できる治療を組み合わせていくことが基本になっています。その結果、転移性前立腺がんであっても長期間病気をコントロールしながら生活できる患者は以前より確実に増えています。

こうした治療は病気だけではなく、患者の日常生活にも少なからず影響を与えます。尿失禁や性機能障害だけでなく、ホルモン療法による体の変化や抗がん剤の副作用など、治療後の生活について不安を抱える患者は少なくありません。次の章では、前立腺がん治療が生活へどのような影響を及ぼすのか、身体面だけでなく仕事や家族との関わりも含めて詳しく解説します。

治療の副作用と生活への影響

前立腺がんの治療について考えるとき、多くの人は「治る可能性」に意識を向けます。それは当然のことです。手術を受けるべきなのか、放射線治療がよいのか、ホルモン療法はどれくらい続くのか。診断直後は病気そのものに目が向き、その先の生活まで具体的に想像する余裕はあまりありません。しかし、前立腺がんは比較的予後が良い患者も多く、治療後何十年と生活していく人も少なくありません。だからこそ現在の前立腺がん診療では、「がんを治すこと」と同じくらい、「治療後の生活をどう守るか」が重視されています。

手術による影響

治療法によって副作用は異なりますが、多くの患者が最も不安に感じるのは、排尿機能と性機能への影響でしょう。前立腺は膀胱と尿道の境界に位置し、排尿をコントロールする筋肉や神経に囲まれています。ゆえに、前立腺を摘出する手術では、どうしてもこれらの組織へ一定の影響が及びます。現在ではロボット支援手術の普及や手術技術の向上によって改善傾向にありますが、それでも術後しばらくは尿漏れを経験する患者が少なくありません。

尿失禁という言葉だけを見ると、常に尿が漏れ続ける状態を想像する人もいます。しかし実際には、くしゃみや咳をしたとき、重い物を持ち上げたとき、立ち上がった瞬間など、お腹に力が入った場面で少量の尿が漏れる「腹圧性尿失禁」が多くみられます。術後数週間から数か月は尿取りパッドを使用する患者も珍しくありませんが、多くは時間の経過とともに改善し、骨盤底筋体操などのリハビリを続けることで日常生活へ大きな支障がない程度まで回復します。ただし回復には個人差があり、高齢であることや術前から排尿機能が低下していることなどが影響する場合もあります。

もう一つ、患者が相談しづらい問題として勃起機能への影響があります。前立腺のすぐ外側には勃起に関わる神経が走っており、病変の位置によっては神経を温存しながら手術を行えることがあります。しかし、がんを確実に切除することを優先しなければならない場合には、神経を残せないこともあります。また神経を温存できたとしても、一時的に勃起機能が低下し、回復までに一年以上かかる患者もいます。現在では内服薬や陰圧式勃起補助具などを用いたリハビリも行われていますが、「手術を受ければ以前と全く同じ状態へ戻る」と考えることはできません。

放射線治療の影響

放射線治療では、手術とは異なる形で生活へ影響が現れます。治療中は頻尿や排尿時の違和感、排便時の出血や下痢などが起こることがあります。多くは治療終了後に改善しますが、数年経ってから膀胱や直腸に影響が現れる晩期有害事象がみられることもあります。また勃起機能についても、手術ほど急激ではないものの、時間の経過とともに低下する患者が少なくありません。放射線治療は「体への負担が少ない治療」というイメージを持たれることがありますが、副作用が全くない治療ではないことも理解しておく必要があります。

ホルモン療法による変化

ホルモン療法では、さらに別の変化が起こります。男性ホルモンは前立腺だけではなく、筋肉や骨、脂肪の代謝、精神状態などにも関わっています。そのためホルモン療法を続けると、ほてりや発汗を繰り返すホットフラッシュ、筋力の低下、疲れやすさ、体脂肪の増加、体重の変化などを自覚する患者がいます。長期間治療を続ける場合には骨粗鬆症のリスクも高くなるため、骨密度を定期的に確認したり、必要に応じて骨を保護する薬剤を使用したりすることもあります。

仕事や家庭生活への影響

こうした身体の変化は、仕事や家庭生活にも少なからず影響します。例えば、以前は一日中立ち仕事をしても平気だった人が疲れやすくなったり、筋力低下によって重い荷物を持つことが難しくなったりすることがあります。通勤や長距離の移動が負担になる人もいます。外見には大きな変化がないため周囲から理解されにくく、「治療は終わったのだから元気になったはず」と思われてしまうことに悩む患者も少なくありません。

精神的な負担

前立腺がんでは、精神的な負担も見過ごすことはできません。PSA値が少し変動するだけで「再発したのではないか」と不安になったり、定期検査が近づくたびに落ち着かなくなったりする患者は多くいます。これは特別な反応ではありません。治療が終わっても経過観察が長期間続く前立腺がんでは、多くの患者が同じような不安を抱えながら生活しています。だからこそ現在では、身体の治療だけでなく、心理的な支援や生活支援も前立腺がん診療の一部として考えられるようになっています。

本人以外への影響

また、前立腺がんは本人だけの病気ではありません。排尿や性機能の変化はパートナーとの関係にも影響することがありますし、家族が通院を支えたり、生活をサポートしたりする場面も少なくありません。そのため近年では、患者本人だけではなく、家族も含めて治療について理解を深めることの重要性が指摘されています。副作用についてあらかじめ正しい知識を持っておくことで、「予想していなかった」「こんなはずではなかった」という戸惑いを減らせることもあります。

前立腺がんは長期にわたって付き合っていく病気

前立腺がんは比較的長期にわたって付き合っていく患者が多い病気です。そのため現在の診療では、生存率だけではなく、どのような生活を送りながら病気と向き合っていけるのかという視点が欠かせません。治療法を選ぶときには、根治性だけでなく、その後の排尿機能や性機能、仕事や家庭生活への影響まで含めて考えることが、納得できる治療につながります。

次の章では、前立腺がんと診断された患者が最も気になる「どれくらい治る可能性があるのか」という疑問について、ステージ別の治療成績や予後を交えながら詳しく解説します。

前立腺がんのステージ別生存率と予後

前立腺がんと診断された患者が最も知りたいことの一つが「自分はどれくらい治る可能性があるのか」という点でしょう。診察室でも、「ステージⅠなら安心ですか」「転移があると治療は難しいのでしょうか」といった質問は少なくありません。前立腺がんは、他の多くのがんと比べて予後が良いがんとして知られています。しかし、この一言だけでは病気の実態を正しく伝えることはできません。

例えば、国立がん研究センターが公表している院内がん登録生存率集計では、前立腺がん全体の5年相対生存率は非常に高い水準にあります。また、がん情報サービスが公表している全国がん登録の進行度別生存率でも、前立腺内に限局した段階で発見された患者では非常に良好な治療成績が報告されています。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

この数字だけを見ると、「前立腺がんなら心配しなくてよい」と感じるかもしれません。しかし実際には、前立腺がんは病気の広がりだけでなく、悪性度によって将来の経過が大きく変わる病気です。そのため予後を考える際には、「ステージ」と「リスク分類」の両方を理解する必要があります。

ステージⅠ~Ⅱ期(限局がん)の生存率

病気が前立腺内に限局しているⅠ期からⅡ期では、多くの患者で根治を目指した治療が可能です。

前立腺がんのTNM分類では、病変が前立腺内にとどまっているT1・T2がこの段階に含まれます。さらにPSA値やGleason Scoreが低い低リスク群では、監視療法を選択した患者も含めて長期間病気をコントロールできることが多く、前立腺がんが直接生命予後へ影響する可能性は比較的低いと考えられています。

全国がん登録に基づく進行度別集計では『限局がんの5年相対生存率はほぼ100%』と報告されています。これは「すべての患者が治る」という意味ではありませんが、同年代の一般男性と比べても、生存率にほとんど差が認められないことを示しています。

参考:全国がん罹患データ(2016年~2023年)|国立がん研究センター がん統計

ステージⅢ期・Ⅳ期(領域がん・遠隔がん)の生存率

Ⅲ期になると、病変は前立腺の被膜を越えて周囲へ広がっています。具体的には精嚢への浸潤や前立腺外進展を伴う状態ですが、遠隔転移があるわけではありません。この段階でも手術や放射線治療による根治を目指すことは可能です。ただし再発リスクはⅠ〜Ⅱ期より高くなるため、放射線治療へホルモン療法を組み合わせたり、手術後に追加治療を行ったりすることがあります。

Ⅳ期では病気の状況がさらに変わります。骨盤内リンパ節への転移や骨・肺・肝臓などへの遠隔転移を認める状態であり、この段階では病気を完全に取り除くことが難しい患者も増えてきます。しかし、ここで前立腺がんは他のがんと少し異なる特徴があります。

一般に「転移=予後が非常に悪い」という印象を持たれがちですが、前立腺がんでは転移が見つかった後もホルモン療法やARAT、抗がん剤などによって長期間病状をコントロールできる患者が少なくありません。実際、この十数年で治療薬が大きく進歩したことにより、転移性前立腺がんの生存期間は以前より着実に延長しています。

進行度別生存率をみると、領域がんでも5年相対生存率は100%近い水準が維持されています。一方、遠隔転移がある遠隔がんでは5年相対生存率は約55%前後まで低下します。限局がんと比較すると大きな差がありますが、それでも他の固形がんの遠隔転移例と比べると比較的良好な治療成績であることが前立腺がんの特徴です。

参考:がん種別統計情報 前立腺|国立がん研究センター がん統計

ステージ分類の他に見るべきリスク評価

これらの数字は「前立腺がん」という病名だけで決まるものではありません。

例えば同じⅡ期でも、PSAが低くGrade Group1であれば非常にゆっくり進行することが期待されます。一方、Grade Group5でPSAも高値であれば、高リスク前立腺がんとして再発予防を考えた集学的治療が必要になる場合があります。つまり、前立腺がんでは「ステージⅡ」という情報だけでは将来を予測することはできず、PSA値、病理学的悪性度、画像所見を組み合わせたリスク評価が欠かせません。

近年はさらに、BRCA遺伝子異常などの遺伝学的背景や、PSMA PETなどによる画像診断も予後予測へ活用されるようになっています。同じ転移性前立腺がんであっても、病変の広がりや遺伝子異常の有無によって利用できる治療法が異なるため、「転移がある」という情報だけで将来を決めることはできなくなっています。

生存率よりも重要なこと

生存率という数字は、患者にとって大きな意味を持つ情報です。しかし、その数字は過去に治療を受けた多くの患者を集計した統計であり、一人ひとりの未来を示すものではありません。年齢や体力、持病、病理学的悪性度、治療への反応などによって経過は大きく異なります。

現在の前立腺がん診療では、「あと何年生きられるか」を考えるだけではなく、「その時間をどのような生活で過ごせるか」も同じくらい重要視されています。治療法が進歩したことで、前立腺がんと付き合いながら長期間生活する患者は確実に増えています。だからこそ予後を考えるときには、生存率という数字だけではなく、自分の病気がどのような性質を持ち、どのような治療が選択できるのかを理解することが大切です。

次の章では、前立腺がんが再発した場合にはどのような経過をたどるのか、PSA再発とは何を意味するのか、そして転移が見つかった場合にはどのような治療が行われるのかについて詳しく解説します。

前立腺がんの再発と転移

前立腺がんの治療を終えた患者が、その後最も気にすることの一つが「再発」です。手術や放射線治療によって前立腺内の病変を取り除いたとしても「もう完全に安心なのだろうか」「またがんが出てくることはないのだろうか」と不安を感じる人は少なくありません。しかし、前立腺がんでいう「再発」は、他のがんとは少し意味が異なります。

PSA再発

胃がんや大腸がんでは、画像検査で新たな病変が見つかった時点で再発と診断されることが一般的です。一方、前立腺がんでは画像検査で病変が見えなくても、まずPSA値の上昇によって再発が疑われることがあります。これは前立腺がんならではの特徴であり、現在の診療ではPSAの変化が再発を知る最も重要な手がかりになっています。

例えば前立腺全摘除術では、前立腺そのものを摘出するため、術後のPSA値は測定限界近くまで低下することが期待されます。その後、一定期間が経ってからPSAが再び上昇し始めると、体のどこかに前立腺がん細胞が残っている可能性が考えられます。この状態を『生化学的再発(Biochemical Recurrence:BCR)』と呼びます。

生化学的再発(BCR)とは

「再発」と聞くと、すぐに転移や進行を想像する人もいますが、生化学的再発はそれとは異なります。

この段階ではCTやMRI、骨シンチグラフィを行っても病変が見つからないことが少なくありません。つまり、PSAだけが先に上昇している状態です。前立腺がんは非常に少ないがん細胞でもPSAを産生するため、画像検査で確認できるより早い段階で異常を捉えられることがあります。このことは患者にとって不安の原因にもなりますが、反対に言えば、病気が大きくなる前に変化を察知できるという利点でもあります。

放射線治療後の再発

放射線治療後では、再発の判定方法が少し異なります。

前立腺を残したまま治療を行うため、PSAは手術後のようにゼロ近くまで下がるわけではありません。治療後しばらくかけて徐々に低下し、その後再び一定以上上昇した場合に生化学的再発が疑われます。また、放射線治療後には一時的にPSAが上昇する「PSAバウンス」と呼ばれる現象も知られており、この変化だけで再発と判断することはありません。PSAの推移を一定期間追いながら慎重に評価することが重要になります。

PSA上昇時の治療について

PSAが上昇したからといって、すぐに治療を始めるとは限りません。

現在の診療では、PSAがどの程度の速さで上昇しているのか、初回治療からどれくらい時間が経過しているのか、画像検査で病変が確認できるかなどを総合的に評価します。PSAがゆっくり上昇している患者と、短期間で急激に上昇している患者では、その後の経過や治療方針が異なるためです。

近年は画像診断も大きく進歩しています。従来はCTや骨シンチグラフィが転移検索の中心でしたが、現在ではPSMA PETによって、ごく小さなリンパ節転移や骨転移を発見できる可能性が高くなっています。特にPSAだけが上昇している患者では、従来の検査では分からなかった再発部位を特定できることがあり、治療方針の決定にも役立っています。

参考:前立腺がんの再発・転移 | NPO法人キャンサーネットジャパン

前立腺がんの転移先

再発した前立腺がんは、どこへ転移しやすいのでしょうか。

最も多いのは骨です。前立腺がんは背骨、骨盤、大腿骨、肋骨などへ転移しやすく、進行すると腰痛や背部痛、骨折などの原因になることがあります。ただし、腰痛があるから骨転移というわけではありません。加齢による腰痛の方がはるかに多く、画像検査によって初めて転移の有無が分かります。

リンパ節転移も前立腺がんでは比較的よくみられます。初めは骨盤内リンパ節に転移し、その後さらに広がることがあります。肺や肝臓へ転移する患者もいますが、骨転移ほど頻度は高くありません。

再発・転移時の治療法

再発や転移が確認された場合でも「治療法がなくなった」という意味ではありません。

再発部位が限られている場合には、放射線治療による局所治療が検討されることがあります。近年ではオリゴ転移という考え方が注目されており、転移が少数に限られている患者では、その病変だけを積極的に治療することで病状の進行を遅らせられる可能性が報告されています。

参考:オリゴ転移センター|慶應義塾大学病院

病気が広く再発している場合には、ホルモン療法が治療の中心になります。さらにARAT、抗がん剤、PARP阻害薬、Lu-177 PSMA療法などを病状に応じて組み合わせながら治療を進めていきます。前立腺がん治療はここ十数年で大きく進歩しており、転移が見つかった後でも長期間病状をコントロールしながら生活できる患者は以前より確実に増えています。

前立腺がんでは「再発しないこと」だけが治療目標ではありません。PSAが再び上昇しても、すぐに命へ影響するとは限りませんし、転移が見つかった後も病気と付き合いながら何年も日常生活を送る患者も少なくありません。そのため現在の診療では「PSAを完全にゼロへ戻すこと」だけではなく、「病気を長期間コントロールしながら生活の質を維持すること」も重要な目標になっています。

「再発したら終わり」ではない

再発という言葉は大きな不安を与えます。しかし、現在の前立腺がん診療では、再発は「治療の終わり」ではなく「次の治療を考える出発点」と捉えられています。PSAという優れた指標があるからこそ、病気の変化を早い段階で把握し、その時点で最も適した治療を選択できる時代になっています。

だからこそ、治療後も定期的なPSA測定や画像検査を継続することには大きな意味があります。前立腺がんは治療が終わったら終わりという病気ではなく、長い経過の中で病状を見守りながら、その時々に応じた治療を積み重ねていく病気でもあるのです。

標準治療の限界

前立腺がんの治療は、この二十年ほどで大きく進歩しました。PSA検査によって早期発見される患者が増え、手術や放射線治療の精度は向上し、ホルモン療法や新しい薬物療法も次々と登場しています。以前であれば治療が難しかった進行前立腺がんでも、長期間病状をコントロールできる患者は確実に増えました。

だからといって「標準治療を受ければ誰もが同じ結果になる」というわけではありません。医療でいう標準治療とは「最も新しい治療」という意味でも、「最も強力な治療」という意味でもありません。その時点で最も多くの科学的根拠があり、多くの患者に利益が期待できる治療を指します。

しかし、標準治療はあくまで集団としてのデータに基づいて作られた治療方針であり、目の前にいる一人の患者へ完全に当てはまることを保証するものではありません。このことは前立腺がんでは特に重要になります。

副作用や生活への影響は一人ひとり異なる

例えば、限局性前立腺がんでは手術も放射線治療も標準治療です。どちらも高い根治率が期待できる一方で、副作用の現れ方や、その後の生活への影響には違いがあります。尿失禁をできるだけ避けたいと考える人もいれば「一度取り切って安心したい」という思いを優先する人もいます。医学的にどちらも適切な選択肢であれば、「正解」は患者によって変わります。

監視療法も同様です。

現在では低リスク前立腺がんに対する標準治療として確立されていますが、「がんが体内にある状態では落ち着かない」と感じる患者もいます。その不安は決して間違いではありません。手術や放射線治療を急いだ結果、本来であれば避けられたかもしれない副作用と長く付き合うことになる患者もいます。標準治療は医学的な正解を示してくれますが「その人にとって納得できる選択」まで決めてくれるわけではないのです。

進行前立腺がんではさらに複雑になります。ホルモン療法、ARAT、抗がん剤、PARP阻害薬、Lu-177 PSMA療法など、利用できる治療法は以前より大幅に増えました。しかし、すべての患者に同じ順番で同じ薬を使用するわけではありません。年齢や持病、転移の部位、遺伝子異常の有無、これまで受けた治療など、多くの条件を踏まえながら治療を組み立てていきます。

治療効果には個人差がある

治療効果にも個人差があります。同じ薬を使用しても長期間効果が続く患者もいれば、比較的早い段階で病気が進行する患者もいます。現在でも、その違いを完全に予測することはできません。そのため前立腺がん診療では、治療を始めた後もPSA値や画像検査を定期的に確認しながら、「今の治療が十分な効果を発揮しているか」「次の治療へ切り替えるべき時期ではないか」を継続的に判断しています。

もう一つ忘れてはならないのが、治療には必ず負担が伴うということです。

手術では尿失禁や勃起機能への影響、放射線治療では排尿・排便障害、ホルモン療法では筋力低下や骨粗鬆症、薬物療法では倦怠感や感染症など、それぞれ異なる副作用があります。もちろん現在では副作用を軽減する方法も進歩していますが、「治療効果だけを得て、副作用は全く起こらない」という治療は存在しません。

だからこそ近年は、「どれだけ長く生きられるか」という指標だけではなく、「その時間をどのような状態で過ごせるか」という視点が重視されています。これをQOL(Quality of Life:生活の質)と呼びます。

例えば、仕事を続けたい人、旅行を楽しみたい人、介護を続けたい人、それぞれ大切にしたい生活は異なります。同じ前立腺がんでも、治療によって守りたいものは患者ごとに違います。そのため現在の診療では、生存率だけを追い求めるのではなく、「患者が何を大切にしたいのか」を治療選択の中心へ置く考え方が広がっています。

選択肢が多いということは迷いも生む

前立腺がんは、選択肢が非常に多いがんです。それは治療法が充実しているという意味では大きな利点ですが、同時に「どれを選べばよいのか分からない」という悩みも生みます。インターネットには「手術が一番」「放射線治療の方が優れている」「監視療法は危険だ」といったさまざまな意見がありますが、それらは誰か一人にとっての答えであって、すべての患者に当てはまるわけではありません。

標準治療には確かな根拠があります。しかし、その根拠をどのように自分の人生へ当てはめるかは、一人ひとり異なります。医学的なデータを理解し、自分の病状を知り、自分がこれからどのような生活を送りたいのかを考えたうえで治療を選択することが、前立腺がんでは何より重要になります。

だからこそ、治療法を比較するときには「どちらが優れているか」ではなく、「自分にはどちらが合っているのか」という視点を持つことが大切です。前立腺がんは、その問いに真正面から向き合うことが求められる病気でもあります。

納得できる治療を選択するために

前立腺がんは、日本で最も多く診断される男性のがんの一つです。しかし「前立腺がん」という一つの病名だけでは、病気の本当の姿を語ることはできません。

PSA検査で偶然見つかり、一生症状が出ないまま経過する可能性がある前立腺がんもあれば、比較的短期間で転移を起こし、積極的な治療が必要になる前立腺がんもあります。同じステージⅡという診断であっても、PSA値やGrade Group、年齢、持病によって治療方針は大きく変わります。よって現在の前立腺がん診療では、「前立腺がんだからこの治療」という考え方ではなく、「その人の前立腺がんはどのような性質を持っているのか」を一つずつ評価しながら治療を決めていくことが基本になっています。

前立腺がんほど「治療しない」という選択肢が医学的に認められているがんは多くありません。監視療法はその代表例です。がんが見つかればできるだけ早く治療するという考え方は、他の多くのがんでは間違いではありません。しかし前立腺がんでは、不必要な治療によって生活の質を損なうことを避けるという考え方も、同じくらい重要になっています。

他方で、積極的な治療が必要な患者では、手術、放射線治療、ホルモン療法、薬物療法などを組み合わせながら、病気の進行を抑え、長期間にわたって生活を維持することが目標になります。近年は新しい薬剤や画像診断技術の進歩によって、以前よりも多くの選択肢が利用できるようになりました。転移が見つかった患者であっても、病状をコントロールしながら仕事や日常生活を続けている人は決して珍しくありません。

治療法が増えたことは大きな前進ですが、その反面、「どれを選べばよいのか分からない」という新たな悩みも生まれています。インターネットにはさまざまな体験談や意見が掲載されていますが、前立腺がんでは他人の治療がそのまま自分に当てはまるとは限りません。年齢や病状、体力、仕事、家族構成、そして何を大切にして生活したいのかによって、最適な治療は変わります。

前立腺がんは、治療法を医師が一方的に決める時代ではなくなりました。現在では、医学的な根拠をもとに複数の選択肢が示され、その中から患者自身の価値観も踏まえて治療を決定する「共同意思決定(Shared Decision Making)」という考え方が重視されています。疑問や不安があれば遠慮せず医療者へ相談し、必要であればセカンドオピニオンを利用することも大切です。それは担当医を信頼していないからではなく、自分自身が十分に理解し、納得したうえで治療を受けるための前向きな手段です。

前立腺がんは、早期発見が期待でき、治療法も大きく進歩してきたがんです。そして、診断された後にも複数の選択肢があります。その選択肢の多さは、ときに迷いにつながることもありますが、それは同時に、一人ひとりの病状や人生に合わせた治療を選べる可能性が広がっているということでもあります。

病気だけを見るのではなく、その先にある生活まで見据えながら、自分にとって納得できる治療を選んでいくこと。それが現在の前立腺がん診療において、何より大切にされている考え方です。