卵巣がんは、早期の段階では自覚症状がほとんどないことが多く、おなかの張りや食欲の低下、頻尿、便秘などをきっかけに検査を受け、初めて見つかることがあります。進行すると腹水がたまり、おなかが大きくなることもあります。こうした症状は胃腸の不調や加齢による変化などでも起こるため、症状だけから卵巣がんを見分けるのが難しいことも、早期発見を難しくしている理由の1つです。
国立がん研究センターの最新統計では、日本で2023年に卵巣がんと診断された人は12,926人、2024年に卵巣がんで亡くなった人は5,116人でした。この数字は「卵巣」の統計であり、卵管がんや原発性腹膜がんをすべて合計した患者数ではありません。
実際の診療では「卵巣がん」だけを単独で考えないことが増えています。卵巣がん、卵管がん、原発性腹膜がんは発生する場所こそ異なりますが、特に上皮性の漿液性がんでは細胞の性質や広がり方、ステージ分類、治療の考え方に多くの共通点があります。国立がん研究センターも2026年3月に患者向け情報を更新し、ページ名を「卵巣がん・卵管がん」から「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん」へ変更しました。
ただし、同じ卵巣がんでも、がん細胞の種類(組織型)や、遺伝子検査などで分かるがんの特徴によって治療が変わることがあります。近年は、こうした違いに応じて維持療法や分子標的薬を選ぶ治療も増えています。
この記事では、最も頻度が高く、卵管がん・腹膜がんと共通した診療体系で扱われる上皮性卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを中心に、原因や症状、検査、ステージ、手術、抗がん剤、維持療法、再発治療、遺伝子検査、生存率まで解説します。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」、国立がん研究センター「がん統計 卵巣」
目次
- 1 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんとは|なぜ3つをまとめて扱うのか
- 2 卵巣がんの種類
- 3 上皮性卵巣がんの組織型|漿液性・明細胞・類内膜・粘液性の違い
- 4 卵巣がんの原因・リスク・検診
- 5 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの初期症状
- 6 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの検査と診断
- 7 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんのステージ|3つは共通の進行期分類で考える
- 8 治療の全体像
- 9 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの手術
- 10 術前化学療法とインターバル腫瘍減量術
- 11 初回薬物療法|TC療法を中心に治療する
- 12 初回治療で確認するBRCA・HRD|遺伝学的検査と腫瘍検査の違い
- 13 維持療法|手術と抗がん剤が終わった後も治療を続けることがある
- 14 再発した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療
- 15 放射線治療・腹水・腸閉塞・緩和ケア/支持療法
- 16 治療後の生活|妊孕性・更年期症状・リンパ浮腫・薬物療法の副作用
- 17 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの生存率・予後
- 18 再発・経過観察|CA125が上がっただけで治療開始とは限らない
- 19 治療を選ぶときに確認したいこと
- 20 まとめ|病名だけでなく「組織型・ステージ・手術結果・遺伝子情報」を確認する
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんとは|なぜ3つをまとめて扱うのか

卵巣は、子宮の左右に1つずつある親指ほどの大きさの臓器です。卵子を育てて排卵するだけでなく、エストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンを分泌する働きがあります。
卵巣の近くから子宮に向かって伸びている細い管が卵管です。卵管の卵巣側の先端は「卵管采」と呼ばれる漏斗状の構造になっており、排卵された卵子を取り込み、子宮側へ運びます。
腹膜は、胃や腸などとは違って1つの塊になった臓器ではありません。おなかの内壁や、胃・腸などの臓器の表面を広く覆っている薄い膜です。腹膜自体は男女ともに存在します。
この位置関係を知っておくと、卵巣がんが腹膜へ広がりやすい理由も理解しやすくなります。卵巣や卵管は腹腔の中にあり、その周囲には腹膜、大網、小腸、大腸、横隔膜、脾臓などがあります。そのため、がん細胞が卵巣や卵管の表面から腹腔内にこぼれるように広がると、腹膜や大網などに複数の病変をつくる「腹膜播種」が起こることがあります。
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの違い
卵巣がんは卵巣に発生する悪性腫瘍、卵管がんは卵管から発生する悪性腫瘍です。
原発性腹膜がんは、腹膜から発生したと考えられるがんです。腹膜に卵巣がん・卵管がんとよく似た漿液性がんが広がっている一方、卵巣や卵管には原発巣といえる腫瘍が認められない、あるいは病変がごく限られている場合などに腹膜がんとして診断されます。国立がん研究センターは、卵管がんはほとんどが上皮性(じょうひせい)で、腹膜がんでは卵巣・卵管と同様の性質を持つ漿液性(しょうえきせい)がんがみられると説明しています。
診断書に「卵巣がん」と書かれているか「卵管がん」と書かれているかだけで、まったく別の治療になるとは限りません。反対に、同じ「卵巣がん」という病名でも、組織型が異なれば病気の性質や治療上の判断が違ってきます。
発生場所が違っても治療を共通して考える理由
3疾患をまとめて扱う大きな理由は、特に高異型度(こういけいど)漿液性がんで生物学的な共通性が大きいからです。
かつて「卵巣がん」と考えられていた高異型度漿液性がんの中には、実際には卵管の先端付近から発生したものが少なくないことが分かってきました。卵管采にできる漿液性卵管上皮内癌(STIC)が高異型度漿液性がんの前駆病変となる場合があることも知られています。すべての高異型度漿液性がんが卵管から始まると断定できるわけではありませんが、「卵巣・卵管・腹膜を完全に別々の病気として考える」という従来の見方は変化しています。
こうした病態の共通性から、現在は3疾患で共通の進行期分類を用い、手術による腫瘍減量、プラチナ製剤を中心とした薬物療法、BRCAやHRDに応じた維持療法などを組み合わせて治療します。
腹膜がん・腹膜播種・腹膜中皮腫は別のもの
名前が似ていますが、「原発性腹膜がん」と「腹膜播種」は同じ意味ではありません。
原発性腹膜がんは、腹膜そのものから発生したと考えられるがんです。これに対し腹膜播種は、卵巣がんや胃がん、大腸がんなど、別の場所から発生したがん細胞が腹膜へ散らばって広がった状態を指します。
さらに「悪性腹膜中皮腫」も別の病気です。腹膜中皮腫は腹膜を覆う中皮細胞から発生する腫瘍であり、上皮性卵巣がんなどと共通して扱われる原発性腹膜がんとは、腫瘍の成り立ちも治療体系も異なります。国立がん研究センターも2026年更新の患者向け情報で、この3者を明確に区別しています。
「腹膜にがんがある」と説明された場合には、腹膜そのものから発生した原発性腹膜がんなのか、別のがんからの腹膜播種なのかを確認することが、その後の病状理解の第一歩になります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」、NCI「Ovarian, Fallopian Tube, & Primary Peritoneal Cancers Screening (PDQ)」
卵巣がんの種類
「卵巣がん」とひとまとめに呼ばれることがありますが、卵巣には性質の異なるさまざまな細胞があるため、卵巣にできる悪性腫瘍も1種類ではありません。
大きく分けると、卵巣の表面などを構成する上皮系の細胞から発生する上皮性卵巣がん、卵子のもとになる細胞から発生する悪性胚細胞腫瘍(あくせいはいさいぼうしゅよう)、ホルモン産生などに関係する細胞から発生する性索間質性腫瘍(せいさくかんしつせいしゅよう)があります。
そして、この記事で中心的に扱う上皮性卵巣がんをさらに詳しく分けると、漿液性(しょうえきせい)がん、明細胞(めいさいぼう)がん、類内膜(るいないまく)がん、粘液性(ねんえきせい)がんなどの組織型があります。
「上皮性・胚細胞性・性索間質性」は卵巣の悪性腫瘍を大きく分けたグループで、「漿液性・明細胞・類内膜・粘液性」は上皮性卵巣がんをさらに細かく分けた組織型と考えると分かりやすいでしょう。
| 大きな分類 | 主な種類・組織型 | 特徴 |
|---|---|---|
| 上皮性卵巣がん | 漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなど | 卵巣の悪性腫瘍の中で最も多く、本記事で主に扱う |
| 悪性胚細胞腫瘍 | 未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、未熟奇形腫など | 若年者にもみられ、上皮性卵巣がんとは治療や妊孕性温存の考え方が異なる |
| 性索間質性腫瘍 | 顆粒膜細胞腫など | ホルモンを産生する腫瘍を含み、上皮性卵巣がんとは性質や治療体系が異なる |
この3つは発生する細胞だけでなく、発症しやすい年代、病気の広がり方、抗がん剤の種類、妊孕性温存の考え方なども異なります。
日本婦人科腫瘍学会の『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』でも、上皮性の卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと、悪性胚細胞腫瘍、性索間質性腫瘍は別々の章で扱われています。
この記事では、卵巣がんの中で最も多く、卵管がん・原発性腹膜がんと共通する部分が多い上皮性卵巣がんを中心に解説します。
上皮性卵巣がん
上皮性卵巣がんは、卵巣の悪性腫瘍の中で最も多いグループです。
「上皮性卵巣がん」という1種類のがんがあるわけではなく、病理検査によって、さらに漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなどの組織型に分けられます。
この組織型の違いは単なる名前の違いではありません。たとえば、高異型度漿液性がんではBRCA1・BRCA2やHRDが治療選択に関わることがあり、明細胞がんでは2026年からPIK3CA遺伝子変異が再発時の治療選択につながるようになっています。
上皮性卵巣がんと診断された場合には、「卵巣がんだった」という情報だけでなく、何という組織型なのかまで確認することが重要です。
悪性胚細胞腫瘍
胚細胞腫瘍は、卵子のもとになる胚細胞から発生する腫瘍です。
悪性のものには、未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、未熟奇形腫などがあります。上皮性卵巣がんに比べて若い年代で発症することが多く、治療に使う抗がん剤や妊孕性温存の考え方も異なります。
悪性胚細胞腫瘍について、この記事で後述する「上皮性卵巣がんのステージ別治療」や「BRCA・HRDに基づく維持療法」がそのまま当てはまるわけではありません。
性索間質性腫瘍
性索間質性腫瘍は、卵巣でホルモン産生などに関係する性索・間質系の細胞から発生する腫瘍です。
代表的なものに顆粒膜細胞腫などがあります。女性ホルモンを産生する腫瘍もあるため、不正出血などをきっかけに見つかることがあります。
性索間質性腫瘍も、上皮性卵巣がんとは病気の性質や治療法が異なります。そのため、本記事では概要にとどめ、これ以降の治療については主に上皮性卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを対象として説明します。
境界悪性腫瘍は「卵巣がん」ではない
卵巣腫瘍には、良性腫瘍と悪性腫瘍のほかに境界悪性腫瘍(きょうかいせくせいしゅよう)というグループがあります。
名前に「悪性」と入っているため卵巣がんの一種だと思われることがありますが、一般的な浸潤性の卵巣がんとは病理学的な性質や治療方針が異なります。
境界悪性腫瘍は、良性腫瘍と悪性腫瘍の中間的な特徴を持つ腫瘍で、典型的な卵巣がんに比べると若い年代でもみられます。病期や年齢、妊娠希望などによっては、子宮や反対側の卵巣を残す手術を検討できる場合があります。
画像検査だけでは良性・境界悪性・悪性を完全に判別できないこともあり、手術中の迅速病理診断や、手術後の最終病理診断によって正式な診断が決まることがあります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
上皮性卵巣がんの組織型|漿液性・明細胞・類内膜・粘液性の違い
上皮性卵巣がんは、病理検査によってさらに複数の組織型に分けられます。
代表的なものが、漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんです。漿液性(しょうえきせい)がんはさらに、高異型度(こういけいど)漿液性がんと低異型度(ていいけいど)漿液性がんに分けられます。
ここまでの分類を整理すると、次のようになります。
├ 上皮性卵巣がん
│ ├ 漿液性がん
│ │ ├ 高異型度漿液性がん
│ │ └ 低異型度漿液性がん
│ ├ 明細胞がん
│ ├ 類内膜がん
│ └ 粘液性がん
├ 悪性胚細胞腫瘍
└ 性索間質性腫瘍
このように「上皮性」は大きな分類で、「漿液性・明細胞・類内膜・粘液性」はその中にある組織型です。
組織型は単なる病理診断上の名称ではありません。がんの広がり方、抗がん剤への反応、関係しやすい遺伝子異常、再発時に検討できる治療などにも関係します。
| 組織型 | 主な特徴 |
|---|---|
| 高異型度漿液性がん | 代表的な組織型。腹腔内へ広がりやすく、BRCA1/2やHRDなどDNA修復機構との関係が深い |
| 低異型度漿液性がん | 高異型度漿液性がんとは発生過程や生物学的性質が異なり、比較的ゆっくり進行する傾向がある |
| 明細胞がん | 子宮内膜症との関連が知られる。2026年からPIK3CA遺伝子変異が一部の再発治療の選択につながっている |
| 類内膜がん | 子宮内膜症との関連があり、一部ではMMR異常やリンチ症候群との関連が問題になる |
| 粘液性がん | ほかの上皮性卵巣がんとは生物学的性質が異なり、病理診断では消化管など他臓器からの転移との区別も重要になる |
高異型度漿液性がん
高異型度漿液性がんは、上皮性卵巣がんを代表する組織型で、卵管がんや原発性腹膜がんでも多くみられます。腹腔内へ広がりやすく、診断された時点ですでにⅢ期やⅣ期となっていることもあります。
さらに高異型度漿液性がんはBRCA1・BRCA2やDNAの相同組換え修復機構との関係が深いことが知られています。そのため、後述するBRCA検査やHRD検査の結果が、PARP阻害薬などの維持療法を考えるうえで重要になります。
また、以前は卵巣から発生すると考えられていた高異型度漿液性がんの一部が、実際には卵管の先端にある卵管采付近から発生していることも分かってきました。
こうした背景もあり、現在では卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんを共通した治療体系で扱うようになっています。
低異型度漿液性がん
「漿液性がん」という名前は同じでも、高異型度(こういけいど)漿液性がんと低異型度(ていいけいど)漿液性がんは、単に悪性度の強さだけが違うわけではありません。発生の仕組みや遺伝子異常の特徴などにも違いがあり、生物学的には異なる性質を持つがんとして考えられています。
低異型度漿液性がんは、高異型度漿液性がんより比較的ゆっくり進行することが多い一方、一般的な抗がん剤への反応性にも違いがあります。
病理結果で「漿液性がん」と説明された場合には、可能であれば高異型度なのか低異型度なのかまで確認すると、その後の治療説明を理解しやすくなります。
明細胞がん
明細胞がんは、日本の卵巣がん診療で特に重要な組織型の1つです。子宮内膜症との関連が知られており、高異型度漿液性がんとは発生の背景や分子生物学的な特徴が異なります。また、組織型の違いが実際の治療選択にもつながるようになっています。
2026年3月には、PI3Kα阻害薬リソバリシブが「がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌」に対して日本で承認されました。
明細胞がんであることを確認する意味は「どの種類の卵巣がんなのか」を知ることだけではありません。再発時には、PIK3CA遺伝子変異があるかどうかによって選択できる治療が変わる場合があります。
類内膜がん
類内膜がんも上皮性卵巣がんの組織型の1つで、子宮内膜症との関連が知られています。
一部の類内膜がんでは、DNAのミスマッチ修復機能に関わるMMRの異常や、遺伝性腫瘍であるリンチ症候群との関連が問題になります。そのため、病理結果や本人・家族のがん歴などによっては、MSI/MMR検査や遺伝学的検査を検討することがあります。
「類内膜」という名前から子宮体がんと同じ病気だと思われることがありますが、類内膜がんは病理学的に似た形態を示す組織型の名称です。卵巣に発生した類内膜がんと、子宮内膜から発生した子宮体がんは、発生部位も含めて診断します。
粘液性がん
粘液性がんも上皮性卵巣がんの組織型の1つです。ただし、漿液性がんや明細胞がんとは生物学的な特徴が異なります。
卵巣に粘液性の腫瘍が見つかった場合には、卵巣から発生した原発性粘液性がんなのか、それとも大腸、虫垂、胃など他の臓器から卵巣へ転移したがんなのかを区別することが重要になる場合があります。そのため、病理所見だけでなく、画像検査や消化管の検査などを組み合わせて原発部位を確認することがあります。
卵管がん・原発性腹膜がんでは漿液性がんが中心
ここまでの組織型分類は主に上皮性卵巣がんについて説明しましたが、卵管がん・原発性腹膜がんも無関係ではありません。
卵管がんのほとんどは上皮性で、その中でも高異型度漿液性がんが中心です。原発性腹膜がんでも、卵巣・卵管の高異型度漿液性がんと非常によく似た性質を持つがんが多くみられます。
この記事ではここから先、特に断りがない限り、上皮性卵巣がん・上皮性卵管がん・原発性腹膜がんを中心に、共通する検査・ステージ・治療について解説します。
組織型・グレードが治療や予後に関係する理由
卵巣がんでは「ステージが同じなら全員が同じ治療になる」というわけではありません。同じⅢ期だったとしても、高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんでは生物学的な特徴が異なります。
さらに、高異型度漿液性がんではBRCAやHRD、明細胞がんではPIK3CA、類内膜がんではMSI/MMRなど、組織型によって確認する意味の大きい分子情報も変わってきます。
診断時には「卵巣がん」「ステージⅢ」といった大きな病名だけでなく「何という組織型なのか」「異型度・グレードはどうか」まで確認しておくことが、その後の治療を理解するうえで役立ちます。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
卵巣がんの原因・リスク・検診
卵巣がんの多くでは「この出来事が原因だった」と1つに特定することはできません。
一方で、発症リスクと関係することが分かっている遺伝的要因や病態があります。特に現在の卵巣がん診療では、BRCA1・BRCA2などの遺伝情報は「なぜがんになったのか」を考えるだけでなく、実際の治療薬の選択にも関係するため、診断後にも重要な意味を持ちます。
BRCA1・BRCA2と遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)
BRCA1とBRCA2は、傷ついたDNAの修復などに関わるがん抑制遺伝子です。生まれつきBRCA1またはBRCA2に病的バリアント(病気の原因となりえる遺伝子変異)があると、乳がんや卵巣がんなどを発症するリスクが高くなる「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)」となります。
日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の2024年版診療ガイドラインでは、BRCA1病的バリアント保持者が80歳までに卵巣がんを発症する累積リスクは44%、BRCA2では17%とされています。これは「病的バリアントがあれば必ず発症する」という数字ではなく、一般集団より発症確率が大きく上昇することを示すものです。
反対に「卵巣がんになった人の大部分がHBOC」というわけでもありません。ただ、日本人の卵巣がん患者634例を調べた研究では、BRCA1/2病的バリアントが93例、14.7%に認められています。また、BRCA1/2病的バリアントを持つ卵巣がん患者の35~40%には明らかな家族歴がなかったとの報告もあります。したがって「家族に乳がんや卵巣がんがいないから、自分はBRCAとは関係ない」とは言い切れません。
現在のJOHBOCガイドラインでは、すべての卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がん患者にBRCA遺伝学的検査を提案することが推奨されています。後述するように、その結果は本人の遺伝的リスクを調べるだけでなく、PARP阻害薬などの治療選択にも関係します。
リンチ症候群など遺伝性腫瘍との関係
遺伝性卵巣がんはBRCA1・BRCA2だけではありません。
大腸がんや子宮体がんとの関連で知られる「リンチ症候群」でも、卵巣がんの発症リスクが高くなります。リンチ症候群は主にMLH1、MSH2、MSH6、PMS2などDNAミスマッチ修復に関係する遺伝子の病的バリアントによって起こります。
日本婦人科腫瘍学会の2025年の見解では、卵巣がん全体のおよそ2%がリンチ症候群とされ、特に類内膜がんなど一部の組織型では関連が強くなる可能性が示されています。どの遺伝子に変化があるかによっても卵巣がんリスクは異なります。
若くして大腸がんや子宮体がんになった近親者がいる、多重がんの家族歴があるといった場合には、BRCAだけでなくほかの遺伝性腫瘍についても確認する意味があります。
子宮内膜症など組織型によって異なるリスク
子宮内膜症も卵巣がんとの関連が報告されています。ただし「子宮内膜症があると将来卵巣がんになる」という意味ではありません。
卵巣がん全体で一様に関係するのではなく、関連は特に明細胞がんと類内膜がんで強いことが知られています。
この点も、卵巣がんを1種類の病気として扱えない理由の1つです。BRCAと高異型度漿液性がん、子宮内膜症と明細胞・類内膜がんなど、組織型によって発生背景が異なります。
一般の人を対象とした卵巣がん検診は確立していない
乳がんのマンモグラフィや子宮頸がんの細胞診のような、国の指針に基づく卵巣がん検診は現在の日本にはありません。国立がん研究センターの2026年3月更新情報でも、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて、国の指針として定められたがん検診はないとされています。
婦人科超音波検査やCA125を定期的に調べれば、一般の人の卵巣がん死亡を確実に減らせるという検診法も現在のところ確立していません。CA125は卵巣がんで上昇することがありますが、良性疾患などでも変動し、がんかどうかをCA125だけで判断することはできません。
したがって「卵巣がん検診を受けていないから見つからなかった」という病気ではありません。現在は有効性が確立した一般集団向け検診そのものがないため、気になる症状が続く場合には「次の検診を待つ」のではなく婦人科で評価を受けることが大切です。
BRCA病的バリアントがある場合のリスク低減卵管卵巣摘出術
BRCA1またはBRCA2の病的バリアントがあり、卵巣がん・卵管がんの発症リスクが高い場合には、がんを発症する前に両側の卵管と卵巣を摘出する「リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)」を検討することがあります。
JOHBOCの2024年版ガイドラインでは、BRCA1/2病的バリアント保持者に対するRRSOを条件付きで推奨しています。卵巣がん・卵管がんの発症リスクを低下させる重要な方法である一方、妊孕性を失うことや、閉経前に行えば卵巣機能を失うことによる身体への影響もあるため、年齢、遺伝子の種類、妊娠・出産の希望などを踏まえて判断します。
RRSOを受けても原発性腹膜がんのリスクはゼロにはならない
卵巣と卵管を摘出した後でも、原発性腹膜がんのリスクが完全にゼロになるわけではありません。
JOHBOCの2024年版ガイドラインでは、BRCA1/2病的バリアント保持者がRRSOを受けた後にも、原発性腹膜がんが発生するリスクが1~4.9%程度あるとされています。RRSO時の卵管にSTICが認められた場合などでは、その後の腹膜がんリスクが高くなることも報告されています。
そのため「卵巣も卵管も取ったのに、なぜ腹膜がんになるのか」という状況は医学的に矛盾していません。RRSOは発症リスクを大きく減らすための手術であって、腹膜を含む関連がんを100%防ぐ手術ではないことを理解しておく必要があります。
参考:JOHBOC 2024年版ガイドライン、JSGO Lynch見解2025、NLM「Endometriosis and cancer: a systematic review and meta-analysis」
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの初期症状
卵巣がんの難しさの1つは「特徴的な初期症状」が乏しいことです。国立がん研究センターは、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは初期の段階でほとんど自覚症状がなく、見つかったときには進行していることも多いとしています。
一方「症状がまったくない病気」という意味でもありません。がんが大きくなったり腹腔内へ広がったりすると、おなかの張りや食事量の変化、排尿・排便の変化などが現れます。
おなかの張り・腹部膨満
卵巣がんで比較的注意したい症状の1つが、腹部膨満感です。
「体重はあまり変わっていないのにウエストがきつくなった」「以前よりおなかが張る」「下腹部が膨らんでいる感じがする」といった変化から受診につながることがあります。腫瘍そのものが大きくなる場合もあれば、腹水が増えることで腹囲が大きくなる場合もあります。
もちろん、腹部膨満は便秘や胃腸疾患などでも起こります。症状の存在だけで卵巣がんを疑うのではなく、これまでにはなかった張りが続く、徐々に強くなる、ほかの症状も伴うといった変化があれば婦人科で相談するという考え方が現実的です。
食欲低下・すぐ満腹になる
「以前と同じ量を食べられなくなった」「少し食べただけですぐ満腹になる」という変化がみられることもあります。
腫瘍や腹水によって腹腔内が圧迫されることなどが関係します。国立がん研究センターは食欲低下を症状の1つとして挙げ、米国国立がん研究所(NCI)も「食べにくい・すぐ満腹になる」ことを卵巣・卵管・腹膜がんでみられる症状として挙げています。
胃の病気だけだと思って消化器科を受診した後、画像検査で卵巣や腹膜の異常が見つかることもあり得ます。症状だけで発生臓器を判断するのが難しい病気だということです。
頻尿・便秘・下腹部の圧迫感
卵巣は膀胱や直腸に近いため、腫瘍が大きくなると周囲の臓器を圧迫することがあります。
膀胱が圧迫されればトイレが近くなることがあり、直腸側への圧迫などによって便秘が起こることもあります。下腹部の圧迫感、腹痛、骨盤内の違和感などを感じる場合もあります。
頻尿も便秘も日常的によくある症状なので、単独では卵巣がん特有の症状とはいえません。しかし、これまでなかった症状が続き、おなかの張りや食欲の変化なども重なっている場合には、婦人科疾患を含めて調べる理由になります。
腹水がたまるとおなかが大きくなる
進行した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、腹水がたまることがあります。
がんが腹膜へ広がると腹膜の機能やリンパの流れなどに影響し、腹腔内に液体が蓄積します。腹水が増えると、おなかが前へ張り出す、体重が増える、食事が取りにくい、息苦しいといった問題につながることがあります。
腹水があるから直ちにステージⅣというわけではありません。腹水の量だけでステージが決まるわけではなく、がんがどこまで広がっているか、腹水中にがん細胞があるかなどを含めて評価します。
症状が続く場合は婦人科を受診する
卵巣がんの症状には、便秘、腹部膨満、食欲低下、頻尿など「よくある体調不良」に見えるものが多く含まれています。
「おなかが張ったら卵巣がん」と考える必要はありません。一方で、症状が自然に改善せず続いている、徐々に悪化している、複数の症状が同時に出てきた場合には、婦人科で超音波検査などを受ける理由になります。NCIも、こうした症状が悪化する、あるいは自然に消えない場合には医療機関へ相談するよう案内しています。
特に閉経後に新しく腹部膨満や骨盤内の違和感などが出てきた場合には、「年齢のせい」「胃腸が弱くなっただけ」と自己判断し続けず、一度評価を受けることが大切です。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの検査と診断
卵巣がんが疑われた場合、最初から1つの検査だけで診断するわけではありません。
内診や超音波検査で卵巣・骨盤内を確認し、CTやMRIで腫瘍の性状や広がりを調べ、CA125などの腫瘍マーカーも参考にします。しかし最終的に「がんなのか」「何という組織型なのか」を確定するには、病変の組織を顕微鏡で調べる病理検査が必要です。
内診・経腟超音波検査
婦人科では、まず腹部の触診や内診などを行い、子宮や卵巣の大きさ、腫瘤の有無などを確認します。
経腟超音波検査では、細い超音波プローブを腟内へ入れ、子宮や卵巣を体の近くから観察します。卵巣腫瘍の大きさ、内部が液体なのか充実性なのか、形状、周囲の臓器との位置関係などを調べることができます。
超音波で「腫瘍がある」ことが分かっても、それだけで良性・境界悪性・悪性を100%判定できるわけではありません。画像所見、年齢、腫瘍マーカーなどを組み合わせて悪性の可能性を評価し、必要な検査や手術を考えます。
CT・MRIで腫瘍と腹膜播種・転移を評価する
CTは、卵巣だけでなく腹部から胸部まで広い範囲を調べるのに向いています。リンパ節転移、腹膜播種、肝臓や肺などへの遠隔転移が疑われないかを確認し、治療計画を立てるためにも使われます。
MRIは特に骨盤内の構造を詳しく見ることができ、腫瘍内部の性状や、子宮・膀胱・直腸など周囲臓器との位置関係などを評価するために行われます。
画像検査は「がんらしいか」「どこまで広がっていそうか」を判断するために非常に重要ですが、最終的な組織型を決める検査ではありません。
CA125などの腫瘍マーカー
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、血液検査でCA125などの腫瘍マーカーを測定することがあります。
CA125が高ければ卵巣がんが確定するわけではありません。反対に、CA125が正常だから卵巣がんではないとも言い切れません。国立がん研究センターも、腫瘍マーカーだけではがんの診断や進行・転移の判断はできず、画像検査や病理検査などと組み合わせて評価するとしています。
診断後には、治療によって値がどのように変化しているかをみることで治療効果を判断する材料になったり、治療後の経過観察で参考にしたりすることもあります。その場合もCA125だけで再発の有無や治療開始を決めるわけではありません。
病理検査で良性・境界悪性・悪性と組織型を確定する
がんかどうかを最終的に判断するには病理検査が必要です。
手術などで採取した組織を顕微鏡で詳しく調べ、良性なのか、境界悪性なのか、悪性なのかを確認します。悪性であれば、漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんなどの組織型も判定します。
手術中に「悪性の可能性が高いか」を判断し、その場で手術範囲を決める必要があるときには術中迅速病理診断を行うことがあります。ただし迅速診断は時間や採取できる組織量に制約があり、手術後に時間をかけて行う最終病理診断と結果が異なる場合もあります。
最終的な病理結果が出るまでには一定の時間がかかるため、手術直後には「卵巣がんの可能性が高い」と説明され、その後の病理結果で正式な組織型や治療方針が決まることがあります。
「がんが疑われても手術まで確定診断できない」ことがある理由
胃がんや大腸がんでは、内視鏡で病変の一部を採取して手術前に病理診断をつけられることが一般的です。
卵巣がんでは事情が異なります。卵巣や卵管は腹腔の奥深い場所にあり、皮膚の上から簡単に組織を採取できる臓器ではありません。さらに、状況によっては腫瘍へ針を刺すことで内容物が腹腔内へ漏れることなども考慮しなければなりません。
画像検査などで卵巣がんが疑われ、最初から切除可能と考えられる場合には、手術で腫瘍を摘出し、その組織を病理検査することで確定診断と治療を同時に進めることがあります。国立がん研究センターも、卵巣・卵管は組織採取が容易ではないため、手術によって病変を採取して診断する場合があると説明しています。
つまり「手術前なのに、まだ100%がんとは確定していない」という状態があり得るのが卵巣腫瘍の特徴です。
最初から手術が難しい場合は診査腹腔鏡・針生検を行うことがある
画像検査の段階で腹膜播種が広範囲にあり、最初の手術で腫瘍を十分に取り除くことが難しいと予想される場合には、いきなり大きな腫瘍減量手術を行わないことがあります。
診査腹腔鏡で腹腔内を観察して組織を採取したり、CTなどで位置を確認しながら針生検を行ったりして、まず病理診断をつけます。そのうえで抗がん剤による術前化学療法を行い、腫瘍を小さくしてから手術する「NAC+IDS」という治療を検討します。
最初に「生検をして抗がん剤から始めます」と説明されたとしても、それだけで「もう手術ができない末期がん」という意味ではありません。後から手術を組み込むことを前提にした治療戦略である場合があります。
この点は治療選択を理解するうえで非常に大きいため、後の「術前化学療法とインターバル腫瘍減量術」の章で詳しく説明します。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 検査」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんのステージ|3つは共通の進行期分類で考える
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、がんの広がりをⅠ期からⅣ期までの進行期で表します。
治療を考えるうえでステージは重要ですが、ほかのがんの感覚だけで判断すると誤解しやすい部分があります。特に覚えておきたいのが、腹膜播種があるからといって、必ずしもステージⅣではないという点です。
現在の進行期分類の大きな区分は次のようになります。
| ステージ | 主ながんの広がり |
|---|---|
| Ⅰ期 | 卵巣または卵管内に限局している |
| Ⅱ期 | 骨盤内の臓器などへ広がっている、または原発性腹膜がん |
| Ⅲ期 | 骨盤外の腹膜播種や後腹膜リンパ節転移がある |
| Ⅳ期 | 胸水中のがん細胞や腹腔外転移、肝・脾などの実質転移がある |
Ⅰ期|卵巣または卵管に限局
Ⅰ期は、がんが卵巣または卵管にとどまっている段階です。
同じⅠ期でも状態によってⅠA、ⅠB、ⅠCに分かれます。ⅠA期は片側の卵巣または卵管に限局し、卵巣の被膜が破れておらず、表面にもがんがなく、腹水や腹腔洗浄細胞診にもがん細胞が認められない状態です。ⅠB期は同じ条件で両側の卵巣または卵管に病変がある場合です。
ⅠC期では病変自体は卵巣・卵管にとどまっていますが、手術中に被膜が破れたⅠC1期、手術前から被膜が破れていたり表面に腫瘍があったりするⅠC2期、腹水または腹腔洗浄細胞診でがん細胞が確認されるⅠC3期に分けられます。
したがって「卵巣の中だけにあった」という説明を受けても、ⅠAなのかⅠCなのかによって術後薬物療法の必要性などが変わることがあります。
Ⅱ期|骨盤内へ広がる
Ⅱ期では、がんが卵巣・卵管から骨盤内へ広がっています。
ⅡA期は子宮や反対側の卵巣・卵管などへ広がった場合、ⅡB期は直腸、膀胱、腟など、それ以外の骨盤内臓器へ広がった場合です。原発性腹膜がんもⅡ期以上の分類の中で扱われます。
「隣の臓器に広がった」という言葉から、すぐに遠隔転移を想像する人もいますが、骨盤内への進展はⅡ期に含まれます。
Ⅲ期|腹膜播種や後腹膜リンパ節転移
Ⅲ期では、骨盤の外側まで腹膜播種が広がっている場合や、後腹膜リンパ節へ転移している場合などが含まれます。
ⅢA1期は後腹膜リンパ節転移のみ、ⅢA2期は顕微鏡で確認できる骨盤外腹膜転移、ⅢB期は最大径2cm以下の骨盤外腹膜転移、ⅢC期は2cmを超える骨盤外腹膜転移がある場合です。
卵巣がんではⅢ期であっても、手術と薬物療法を組み合わせた治療が積極的に検討されます。「Ⅲ期=手術はしない」とは限りません。むしろ進行卵巣がんでは、腹腔内に見えている腫瘍をどこまで減らせるかが、その後の経過に関係するためです。治療編では、最初に手術するPDSと、抗がん剤後に手術するNAC+IDSの違いを詳しく解説します。
Ⅳ期|腹腔外などへの遠隔転移
Ⅳ期は、腹腔内の腹膜播種とは異なる遠隔転移がある段階です。
ⅣA期は胸水の中からがん細胞が確認された場合です。単に胸水があるだけではなく、胸水細胞診で悪性細胞が認められることが分類上のポイントです。
ⅣB期には、肝臓や脾臓の「実質」、つまり臓器の内部への転移、鼠径リンパ節など腹腔外のリンパ節転移、そのほか腹腔外臓器への転移などが含まれます。
肝臓については特に混乱しやすく、肝臓の表面に腹膜播種として病変がある場合はⅢC期に含まれますが、肝臓の内部へ転移している場合はⅣB期です。
同じ「肝臓にも病変があります」という説明でも、病変が表面なのか実質内なのかで意味が異なります。
腹膜播種があるからといって必ずステージ4ではない
卵巣がんで特に多い誤解が「腹膜播種=ステージⅣ」というものです。
大腸がんや胃がんなどでは腹膜播種を遠隔転移として扱うため、その知識から卵巣がんも同じだと思いやすいのですが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは分類が異なります。
骨盤外に腹膜播種があっても、基本的にはⅢ期の範囲です。最大径2cmを超える腹膜播種でもⅢC期に分類されます。肝臓や脾臓の表面への播種もⅢC期です。Ⅳ期となるのは、胸水細胞診陽性や肝・脾の実質転移、腹腔外への転移などです。
「腹膜にたくさん広がっていると説明されたから、ステージ4だ」と自己判断することはできません。担当医から正式な進行期を確認する必要があります。
原発性腹膜がんはⅠ期には分類されない
原発性腹膜がんでは、がんそのものが腹膜に発生しているため「卵巣または卵管の中だけにとどまっている」というⅠ期の状態がありません。
現在の分類では、原発性腹膜がんはⅡ期またはⅢ期以降の枠組みで扱われます。国立がん研究センターの進行期分類でも、Ⅰ期は卵巣・卵管に限局する病態とされ、Ⅱ期には原発性腹膜がんが含まれています。
そのため「腹膜がんはⅠ期がない=診断された時点ですべて末期」という意味ではありません。そもそも発生臓器が違うため、Ⅰ期という分類が設定されていないということです。
正確な進行期が手術後に決まることが多い理由
CTやMRIでは、手術前にも「おそらくⅠ期」「Ⅲ期が疑われる」といった広がりを予測できます。
しかし、小さな腹膜播種やリンパ節の微小転移、腹水中のがん細胞など、画像だけでは分からない情報があります。卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術時の腹腔内所見や、切除した臓器・組織の病理検査が正確な進行期を決めるうえで大きな役割を持ちます。
そのため、手術前に聞いていたステージと手術後の最終ステージが変わることもあります。
そして卵巣がんでは、このステージだけで次の治療が決まるわけではありません。どの組織型なのか、手術で目に見える腫瘍をどこまで取り除けそうなのか、最初から手術を行う方がよいのか、先に抗がん剤を使う方がよいのかという判断が、ここからの治療選択では大きくなります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本産科婦人科学会/日本病理学会編 卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1版補訂版
治療の全体像
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療では、手術と薬物療法を組み合わせることが基本です。ただし、すべての患者さんが「手術をしてから抗がん剤」という同じ順番で治療するわけではありません。
早期と考えられる場合には、まず手術を行って腫瘍を切除すると同時に、腹腔内の状態や病理検査から正確なステージを確認します。その結果、再発リスクが高いと判断されれば術後に薬物療法を行います。
Ⅲ期・Ⅳ期などの進行例では、最初の手術で目に見える腫瘍をどこまで取り除けるかが治療方針を決める大きな判断材料になります。国立がん研究センターも、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは手術後に残ったがんが小さいほど予後が良いとしており、可能であれば肉眼的に確認できる腫瘍をできるだけ残さないことを目指します。
「手術ができるか、できないか」という二択ではなく、今すぐ手術した方が十分な腫瘍減量を期待できるのか、それとも先に抗がん剤を使った方が安全かつ十分な手術につなげやすいのかを考えることが重要になります。
早期では進行期決定手術+必要に応じて薬物療法
画像検査でⅠ期などの早期が疑われる場合でも、CTやMRIだけでは本当に卵巣・卵管内に限局しているかを完全には判断できません。小さな腹膜病変やリンパ節転移、腹水・腹腔洗浄液中のがん細胞などは、手術や病理検査を行って初めて分かる場合があります。
そこで、腫瘍を切除すると同時に腹腔内を確認し、必要な組織を採取して正確な進行期を決める「進行期決定手術」を行います。
手術後は、確定したステージ、組織型、異型度、被膜破綻の有無などを踏まえて術後化学療法の必要性を判断します。Ⅰ期であっても全員が経過観察になるわけではありませんが、逆に、適切な進行期決定手術が行われ、再発リスクが低いと判断された一部の患者さんでは、術後化学療法を省略できる場合があります。
進行例ではPDSかNAC+IDSかを考える
進行した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、大きく分けて2つの治療経路があります。
| 治療の流れ | 主な考え方 |
|---|---|
| PDSから始める | 最初に一次的腫瘍減量術(PDS)を行い、できるだけ腫瘍を切除した後に薬物療法を行う |
| NAC+IDS | 最初の手術で十分な切除が難しいと予想される場合などに、術前化学療法(NAC)を行い、その後にインターバル腫瘍減量術(IDS)を行う |
どちらを選ぶかはステージだけでは決まりません。画像で確認できる腹膜播種の範囲、上腹部を含む病変の広がり、手術で肉眼的完全切除を目指せる可能性、手術による身体的負担、年齢や臓器機能などを総合して判断します。
NAC+IDSは「手術を諦めた治療」ではなく、手術を治療計画の後半へ移す戦略です。この違いを知っておくと、「なぜ自分は最初に手術をしないのか」という疑問を整理しやすくなります。
ステージⅢ・Ⅳでも手術を行うことがある
ほかのがんでは遠隔転移があると、原発巣を切除する手術が治療の中心ではなくなることがあります。そのため、「ステージⅢやⅣなら手術はできない」と考える人もいるかもしれません。
しかし、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは事情が異なります。Ⅲ期では腹膜播種が広がっている場合でも腫瘍減量手術が治療の中心となり、Ⅳ期でも病変の分布や全身状態などによって手術を組み込むことがあります。
これは、原発巣である卵巣だけを取ればよいからではありません。腹腔内に存在する腫瘍全体をどこまで減らせるかが治療上大きな意味を持つためです。
「切除不能」という言葉を他のがんと同じ意味で考えない
進行卵巣がんで「今は全部取り切るのが難しい」と説明された場合、その意味を確認しておきましょう。
「現時点でPDSを行っても十分な腫瘍減量が期待しにくい」という意味であれば、NACによって腫瘍を縮小させた後にIDSを行う可能性があります。つまり、「今すぐ完全な手術をするのが難しい」と「今後も手術を行わない」は同じではありません。
最初にPDSを行う予定なのか、それともNACから始めるのか。
その判断になった理由は「病変の広がり」なのか「体への負担」なのか。
NACから始める場合、どの時点でIDSが可能かを再評価する予定なのか。
手術を行う場合、目標は肉眼的完全切除なのか。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの手術
卵巣がんの手術は、単に「がんができた卵巣を取る手術」ではありません。
早期が疑われる場合には正確なステージを決める役割があり、進行例では腹膜などに広がった腫瘍を可能な限り減らす役割があります。そのため、病変の広がりによって手術範囲は大きく異なります。
進行期決定開腹手術とは
卵巣がん・卵管がんでは、手術前の画像検査だけでは正確なステージを決められないことがあります。早期と考えられる場合にも腹腔内を詳しく確認し、必要な組織を採取する進行期決定手術を行います。
一般的には両側の卵巣・卵管、子宮、大網などを切除し、腹水または腹腔洗浄液の細胞診、腹膜の観察や生検、必要に応じたリンパ節の評価などを行います。
「画像ではⅠ期だったのに、手術後にステージが変わった」ということがあるのは、この手術によって画像では分からなかった小さな病変が見つかることがあるためです。
一次的腫瘍減量術(PDS)とは
進行例で、初回治療としてできるだけ多くの腫瘍を取り除く手術を一次的腫瘍減量術(Primary Debulking Surgery:PDS)といいます。
卵巣がんの手術では、かつて「残存腫瘍を1cm未満にする」といった基準も用いられてきましたが、現在は可能であれば、手術終了時に肉眼で確認できる腫瘍を残さない状態を目標にします。
国立がん研究センターも、手術後に残ったがんが小さいほど予後が良いと説明しています。ただし、腫瘍を減らすためにどこまでも手術範囲を広げればよいわけではありません。完全切除を目指すメリットと、長時間手術や臓器切除による合併症、術後の回復、抗がん剤開始への影響などを合わせて判断する必要があります。
卵巣・卵管・子宮・大網などを切除する理由
標準的な手術では、両側の卵巣・卵管だけでなく、子宮や大網も切除することがあります。
大網は胃から垂れ下がる脂肪組織を含んだ膜状の組織で、卵巣がんが転移・播種しやすい場所の1つです。肉眼的な病変がはっきりしない場合でも、進行期の判定や病変の除去を目的として切除対象になります。
こうした手術範囲は、「卵巣に腫瘍があるのになぜ子宮や大網まで取るのか」と疑問を感じやすい部分です。卵巣がんの手術は原発巣だけを切除するのではなく、腹腔内の病変を評価し、再発につながる可能性のある腫瘍をできるだけ減らすという目的を持っています。
腹膜播種がある場合は周囲臓器の切除が必要になることもある
進行卵巣がんでは、腹膜、大網、腸管、横隔膜周辺などに病変が広がることがあります。がんが周囲臓器へ付着・浸潤しており、その部分を残すと肉眼的腫瘍が残ってしまう場合には、病変のある腹膜や周囲臓器の一部を合わせて切除することがあります。
たとえば腸管に病変が広がっていれば、腸の一部を切除してつなぎ直す手術が必要になる場合があります。病変の位置によっては、より広範囲な腹膜切除などが必要になることもあります。
すべての患者さんがこのような拡大手術を受けるわけではありません。実際の手術範囲は病変の分布や切除可能性、体力、合併症の危険性などによって大きく変わります。
手術前には「卵巣と子宮を取ります」という説明だけでなく、腸などの追加切除が必要になる可能性があるのか、その場合に生活へどのような影響があるのかも確認しておくと、術後の状況を想定しやすくなります。
リンパ節郭清は全員に同じように行うわけではない
卵巣がんではリンパ節にも転移することがありますが、「卵巣がんなら全員が骨盤・傍大動脈リンパ節を広範囲に郭清する」という考え方ではありません。
特に進行卵巣がんについては、腹腔内の肉眼的腫瘍を完全切除でき、手術前・手術中にリンパ節の腫大が認められない患者さんを対象としたLION試験で、骨盤・傍大動脈リンパ節を系統的に郭清しても全生存期間や無増悪生存期間の改善は認められず、重い術後合併症は増加しました。
この結果からも、リンパ節郭清は「多く取るほど良い」と単純には考えません。一方、画像や手術中の所見で転移が疑われるリンパ節がある場合や、正確な進行期評価が必要な状況などでは、リンパ節の切除・生検を行うことがあります。どの患者さんにもLION試験の結果をそのまま当てはめられるわけではない点にも注意が必要です。
上皮性卵巣がんで妊孕性温存手術を検討できる条件
通常の上皮性卵巣がんの手術では、両側の卵巣・卵管や子宮を切除するため、手術後に自分の卵子で妊娠することはできなくなります。
ただし、若く妊娠を希望しており、がんがごく早期に限られているなど一定の条件を満たす場合には、がんのない側の卵巣と卵管、子宮を残す妊孕性温存手術を検討できることがあります。
国立がん研究センターの2026年更新情報では、上皮性卵巣がん・卵管がんについて、漿液性がんまたは類内膜がんのⅠA期・ⅠC1期、あるいは明細胞がんのⅠA期などが検討可能な条件として示されています。さらに、十分な進行期評価、病変の切除、長期間の厳重な経過観察、本人の十分な理解なども必要です。
妊娠を希望している場合は、卵巣・子宮を切除した後では元に戻せないため、治療開始前に希望を伝えることが大切です。
なお、この条件は主に上皮性卵巣がんについてのものです。若年者に多い悪性胚細胞腫瘍などでは妊孕性温存の考え方が異なるため、前述した組織型の確認が重要になります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』、Harter P, et al. A Randomized Trial of Lymphadenectomy in Patients with Advanced Ovarian Neoplasms. N Engl J Med. 2019.
術前化学療法とインターバル腫瘍減量術
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、診断されたらすぐに大きな手術を行うとは限りません。
進行したがんが腹腔内に広く分布しており、最初から手術をしても十分な腫瘍減量が難しいと予想される場合などには、先に抗がん剤を投与する術前化学療法(Neoadjuvant Chemotherapy:NAC)を行うことがあります。その後、治療効果を確認したうえで行う腫瘍減量手術がインターバル腫瘍減量術(Interval Debulking Surgery:IDS)です。
術前に完全切除が難しいと予想される場合
PDSを行うかNACから始めるかを考えるときには、「ステージⅢだからNAC」「ステージⅣだからNAC」と機械的に決めるわけではありません。
CTなどで病変の分布を確認し、最初から手術した場合に肉眼的完全切除を期待できるか、非常に大きな手術を必要としないか、患者さんがその手術に耐えられる状態かなどを検討します。
最初のPDSで大きな腫瘍が残ってしまう可能性が高い場合には、無理に手術を先行するより、NACで病変を縮小させてからIDSを行う方が適切と判断されることがあります。
逆に、進行例であっても最初から十分な腫瘍減量が期待でき、体の状態も手術に耐えられると判断されれば、PDSから開始することがあります。
診査腹腔鏡・生検で組織を確認する
手術を先に行う場合には、その手術で病理診断を確定できます。しかし、NACから始める場合には、抗がん剤を投与する前に「本当に卵巣・卵管・腹膜がんとして治療してよいのか」を確認する必要があります。
そのため、診査腹腔鏡で腹腔内を直接観察して組織を採取したり、CTで位置を確認しながら針生検を行ったりすることがあります。
診査腹腔鏡には病理診断のための組織を得るだけでなく、画像検査では判断しにくい腹膜播種の分布を実際に確認し、十分な腫瘍減量手術が可能かを評価する意味もあります。
NACで腫瘍を小さくしてからIDSを行う
NACでは、初回化学療法と同様にプラチナ製剤を中心とした治療を行います。一定期間治療した後、画像検査や腫瘍マーカー、全身状態などから効果を評価し、手術によって十分な腫瘍減量が期待できるようになればIDSを行います。
IDSの目的もPDSと同様に、可能な限り肉眼的腫瘍を減らすことです。その後は残りの薬物療法を行い、条件に応じて維持療法へ進みます。
手術 → 初回化学療法 → 必要に応じて維持療法
NAC+IDSの場合
病理診断 → 術前化学療法(NAC) → 効果判定 → インターバル腫瘍減量術(IDS) → 薬物療法 → 必要に応じて維持療法
「最初に抗がん剤=手術できない末期」とは限らない
患者さんにとって混乱しやすいのが、「手術より先に抗がん剤を行う」と説明されたときです。
最初に抗がん剤を行うことは、「今後も手術ができない」「治すことを諦めた」という意味ではありません。NAC+IDSという一連の治療計画として、最初から後の手術を想定していることがあります。
NACを提案された場合には「なぜPDSではなくNACなのか」だけでなく、「どのような状態になればIDSを行えるのか」「いつ手術可能性を再評価するのか」まで確認すると、自分の治療計画を理解しやすくなります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
初回薬物療法|TC療法を中心に治療する
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術だけで治療が終了する患者さんは限られています。特に進行例では、手術で肉眼的な腫瘍を取り除けたとしても、目に見えないがん細胞が残っている可能性があるため、薬物療法を組み合わせます。
また、NACから治療を始める患者さんでは、薬物療法そのものが手術へつなげるための重要な役割を持ちます。
パクリタキセル+カルボプラチン(TC療法)が基本
上皮性卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの初回化学療法では、パクリタキセル+カルボプラチンを組み合わせるTC療法が基本となります。
カルボプラチンはプラチナ製剤と呼ばれる抗がん剤で、がん細胞のDNAに作用して増殖を妨げます。パクリタキセルは細胞分裂に必要な微小管に作用する薬です。異なる仕組みを持つ2剤を組み合わせることで治療効果を高めます。
特に高異型度漿液性がんはプラチナ製剤を含む化学療法に反応しやすい性質がありますが、再発することも少なくないため、初回化学療法の効果だけでなく、その後の維持療法まで含めて治療計画を考えるようになっています。
TC療法では、白血球や血小板の減少、脱毛、吐き気などに加え、パクリタキセルによる手足のしびれが問題になることがあります。副作用の程度は患者さんによって異なり、治療を続けるうえでは「効いているか」だけでなく「生活への影響をどの程度許容できるか」も重要です。副作用については後の章で詳しく扱います。
TC療法が難しい場合の選択肢
TC療法が標準だからといって、すべての患者さんに同じ2剤を同じように投与できるわけではありません。
アレルギー反応、末梢神経障害、体力や臓器機能などの理由からTC療法が適さない場合には、ドセタキセル+カルボプラチン(DC療法)や、リポソーム化ドキソルビシン+カルボプラチン(PLD-C療法)などを検討します。複数の抗がん剤を組み合わせることが難しい場合には、カルボプラチン単剤が検討されることもあります。
「標準治療と違う薬になった=治療の質が下がった」とは限りません。なぜ変更するのか、治療効果と副作用のどちらを考慮した変更なのかを確認しましょう。
Ⅲ・Ⅳ期ではベバシズマブを併用することがある
進行期がⅢ期・Ⅳ期の場合には、TC療法などにベバシズマブを加えることがあります。
ベバシズマブは、がんが新しい血管をつくるために利用するVEGFという因子の働きを抑える分子標的薬です。細胞障害性抗がん剤とは作用の仕組みが異なり、初回化学療法に併用した後、そのまま維持療法として継続する場合があります。
ベバシズマブには高血圧、蛋白尿、血栓症、出血、創傷治癒への影響、まれではあるものの消化管穿孔など、通常の抗がん剤とは異なる副作用があります。病変の状態や手術時期、既往症などを踏まえて使用できるかを判断します。
Ⅰ期では組織型・病期によって術後化学療法を省略できる場合もある
「卵巣がんになったら必ず抗がん剤を受ける」とは限りません。
進行期決定手術によって早期であることが十分に確認され、組織型や異型度などから再発リスクが低いと判断される一部のⅠ期では、術後化学療法を行わず経過観察とする場合があります。
同じⅠ期でも、ⅠC期であったり、再発リスクの高い組織型・病理学的特徴があったりすれば、術後化学療法を検討します。
手術後には「ステージⅠだった」という情報だけでなく「ⅠA・ⅠCなどのどこに該当するのか」「組織型と異型度は何か」「なぜ抗がん剤を行う、または行わないのか」まで確認すると、これからの生活への影響を理解しやすくなります。
組織型によって薬物療法の効き方や選択が異なる
前半で説明した「組織型」は、病理診断だけで終わる情報ではありません。
高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんなどでは生物学的な性質が異なり、抗がん剤への反応にも違いがあります。ただし、組織型が違うから初回治療の抗がん剤を必ず別のものに変える、というほど単純ではありません。
初回治療ではTC療法を中心とした治療が広く用いられる一方、組織型の違いは再発時の治療選択でさらに大きな意味を持つようになっています。
その代表例が卵巣明細胞がんです。2026年にはPIK3CA遺伝子変異のある既治療卵巣明細胞がんに対する新しい分子標的薬が国内承認され、「病理で何型だったのか」が後の遺伝子検査と治療薬の選択につながるようになりました。
高齢者では年齢だけでなく体力・臓器機能をみて治療を調整する
高齢の患者さんでは、「この年齢なら抗がん剤は無理なのでは」と考えることがあります。しかし、年齢だけで治療の可否や薬の量を一律に決めることはできません。
同じ80歳でも、日常生活を自立して送っていて臓器機能が保たれている人と、複数の持病があり身体機能が大きく低下している人では、治療に耐えられる可能性が異なります。年齢に加えて全身状態、腎機能などの臓器機能、持病、栄養状態、日常生活動作などを評価し、必要に応じて薬剤や投与量を調整します。
反対に「若いから標準量を必ず投与できる」とも限りません。治療量は暦年齢だけではなく、その人の体の状態と副作用を見ながら調整します。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
初回治療で確認するBRCA・HRD|遺伝学的検査と腫瘍検査の違い
現在の卵巣がん治療では、病理検査で組織型を確認するだけでなく、BRCA1・BRCA2やHRDなど、がん細胞のDNA修復に関係する情報が治療選択に使われます。
特にⅢ期・Ⅳ期で初回治療が効いた後に維持療法を考える場合、BRCAやHRDの結果によって選択肢が変わることがあります。「再発してから遺伝子検査を考える」のではなく、初回治療の段階から必要な検査を考えておくことが重要です。
また、BRCA検査には「自分が生まれつき持っている遺伝子変化を調べる検査」と「がん組織の中にある変化を調べる検査」があり、意味は同じではありません。
| 検査・情報 | 主に何を調べるか | 主な意味 |
|---|---|---|
| 生殖細胞系列BRCA(gBRCA) | 血液などから、生まれつきBRCA1/2病的バリアントを持つか調べる | 治療薬の選択に加え、HBOCや血縁者への影響を考える材料になる |
| 腫瘍BRCA(tBRCA) | がん組織のBRCA1/2病的バリアントを調べる | PARP阻害薬などの治療選択に関係する。結果だけでは生まれつきの変化か、腫瘍だけの変化か区別できない場合がある |
| HRD | DNAの相同組換え修復機能が低下している特徴があるかを評価する | 主に初回治療後の維持療法を選択する材料になる |
BRCA1/2検査には「治療」と「遺伝」の両方の意味がある
BRCA1・BRCA2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子です。これらの遺伝子が正常に働かなくなると、DNAの修復がうまくできなくなり、がんの発生につながることがあります。
卵巣がんではBRCAの状態がPARP阻害薬による維持療法の選択に関係します。BRCA検査は「遺伝性の病気かどうかを知るためだけの検査」ではありません。
生殖細胞系列のBRCA1/2病的バリアントが確認された場合には、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)として本人の乳がんなどのリスクだけでなく、血縁者にも同じ病的バリアントが受け継がれている可能性を考える必要があります。
つまりBRCA検査は、今の卵巣がんにどの薬を使うかという情報と、本人・家族の将来のがんリスクに関する情報の両方を含む点が特徴です。
生殖細胞系列と腫瘍BRCAは同じではない
がん組織でBRCA病的バリアントが見つかっても、それが必ず生まれつき持っていたものとは限りません。
体のすべての細胞に存在する病的バリアントを生殖細胞系列(germline)の病的バリアント、がん細胞ができる過程で腫瘍の中だけに生じたものを体細胞(somatic)の病的バリアントといいます。
腫瘍組織を使ったHRD検査などからBRCA病的バリアントが見つかった場合、その結果だけでは「生まれつきなのか、がん細胞だけなのか」を区別できないことがあります。その場合には、必要に応じて血液などを用いた遺伝学的検査を行います。
BRCA陽性=必ず遺伝性、とは限らない。
BRCA陰性=必ずHRD陰性、ではない。
HRD陽性=必ずHBOC、ではない。
HRD検査は維持療法の選択に関係する
HRDはHomologous Recombination Deficiency(相同組換え修復欠損)の略で、DNAが大きく傷ついたときに修復する仕組みがうまく働いていない状態を指します。
BRCA1・BRCA2の異常はHRDを起こす代表的な原因ですが、HRDはBRCA以外の原因でも生じます。BRCAだけを調べることとHRDを評価することは同じではありません。
現在、進行卵巣がんで初回治療に効果が得られた場合には、このBRCA・HRDの状態を踏まえてPARP阻害薬やベバシズマブを含む維持療法を検討します。
HRD検査は「がんが遺伝するかどうか」を判定する検査ではなく、主として腫瘍のDNA修復機能の特徴を調べ、治療選択に役立てる検査です。
家族にも関係する結果では遺伝カウンセリングを考える
生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントが確認された場合、その結果は患者さん本人だけの問題ではなくなります。血縁者も同じ病的バリアントを持っている可能性があり、乳がんや卵巣がんなどの発症リスクを考えるきっかけになるためです。
検査結果を家族にどう伝えるか、誰が検査を受けるのかという問題には、心理的・家族関係上の負担も伴います。必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、検査の意味や血縁者への影響を整理しながら判断します。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてHRDの検査を実施する際の考え方」、日本婦人科腫瘍学会「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてBRCA1あるいはBRCA2の遺伝学的検査を実施する際の考え方」
維持療法|手術と抗がん剤が終わった後も治療を続けることがある
以前は、手術と抗がん剤が終わり、画像上がんが消えたり小さくなったりすれば、いったん治療を終了して経過観察に入ることが一般的でした。
現在の進行卵巣がんでは、初回治療が効いた後にその状態をできるだけ長く保ち、再発や病気の進行までの期間を延ばすことを目的として「維持療法」を行う場合があります。
したがって「抗がん剤が終わったのに、まだ薬を飲むのは治療が効かなかったから」という意味ではありません。むしろ、初回治療に反応したからこそ、その効果を維持するために行う治療です。
維持療法は何のために行うのか
卵巣がん、とりわけ進行した高異型度漿液性がんでは、初回のプラチナ製剤を含む治療によって腫瘍が大きく縮小しても、その後に再発することがあります。
維持療法は、目に見える腫瘍を大量に減らすことを主目的とした治療ではなく、治療によって得られた状態を長く維持し、がんが再び増えるまでの時間を延ばすことを目的とします。
国立がん研究センターは、Ⅲ期・Ⅳ期で初回手術と薬物療法を終え、がんが見つからない状態または縮小している場合に維持療法を行うと説明しています。
PARP阻害薬|オラパリブ・ニラパリブ
維持療法で重要な薬剤の1つがPARP阻害薬です。国内ではオラパリブやニラパリブが使用されています。
PARPはDNAの傷を修復する働きに関係する酵素です。PARPの働きを薬で妨げることで、DNA修復能力が低下しているがん細胞を増殖しにくくすることを狙います。
特にBRCA1/2に病的バリアントがある腫瘍では相同組換え修復がうまく働かないため、PARPをさらに阻害することが治療につながります。また、BRCA以外の理由でHRDとなっている腫瘍でも、維持療法の効果とHRDの状態が関係します。
ただし、PARP阻害薬は「BRCA・HRDの結果だけを見れば自動的に薬が決まる」ものではありません。使用できる薬や組み合わせは、初回治療の内容、ベバシズマブを使用したか、治療への反応、病期、薬の適応条件なども踏まえて決めます。
ベバシズマブ
Ⅲ期・Ⅳ期などで初回化学療法にベバシズマブを加えた場合には、化学療法が終了した後もベバシズマブを維持療法として継続することがあります。
また、HRDなどの条件によってはPARP阻害薬との組み合わせを検討する場合があります。
ベバシズマブは点滴、PARP阻害薬は内服薬であり、通院方法や日常生活への影響も異なります。維持療法は比較的長期間続くことがあるため、治療効果だけでなく、副作用や通院負担、仕事や家庭生活との両立も含めて考える必要があります。
BRCA・HRD結果によって維持療法の選択が変わる
現在の維持療法では、「初回治療が効いたか」だけでなく、BRCA1/2病的バリアントの有無やHRDの状態を確認する意味が大きくなっています。
このため、初回抗がん剤が終わってから慌てて検査を考えるより、治療途中から「維持療法を考えるときに必要なBRCA・HRDの結果がそろっているか」を確認しておくと、次の治療を検討しやすくなります。
初回治療にどの程度反応したか。
BRCA1/2病的バリアントがあるか。
HRD陽性か、それ以外か。
初回治療でベバシズマブを使用したか。
維持療法で期待する効果と、想定される副作用は何か。
維持療法をしない選択になる場合もある
維持療法が登場したからといって、卵巣がんの患者さん全員が何らかの薬を飲み続けなければならないわけではありません。
病期や再発リスク、初回治療の結果、BRCA・HRDの状態、これまで使用した薬、副作用や持病などによっては、維持療法を行わず経過観察とすることがあります。
また、薬を使える条件に該当していても、期待できる効果と副作用・生活への影響を比較して判断する場面があります。
維持療法を行わないことと、「治療を何もしていない」ことは同じではありません。経過観察も、定期的に病状を確認しながら必要な時点で次の治療へつなげる治療方針の1つです。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会「HRD検査を実施する際の考え方」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
再発した卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんは、初回治療によって画像上がんが認められない状態になっても、後に再発することがあります。
再発した場合には、「最初にステージⅢだったからこの治療」と初回のステージだけで考えるのではなく、現在どこに再発しているのか、前回の治療からどれくらい時間がたっているのか、これまでどの薬を使ったのか、どの薬が効いたのかをあらためて整理します。
さらに現在は、PIK3CAやFRα、MSI/MMRなどのバイオマーカーや、がん遺伝子パネル検査によって次の治療候補を探す場面もあり、初回治療以上に個人差が大きくなります。
再発では「最初のステージ」より現在の病状を見る
再発とは、一度治療によって見えなくなった、あるいは抑えられていたがんが再び確認されることです。腹膜に再発する場合もあれば、リンパ節やほかの臓器に病変が現れる場合もあります。
再発後は通常、「ステージⅢからステージⅣになった」というように最初からステージを付け直して治療を決めるわけではありません。
治療選択では、再発した場所と範囲、症状、手術で切除できる可能性、前回のプラチナ製剤から再発までの期間、過去のベバシズマブ・PARP阻害薬などの使用歴、組織型やバイオマーカー、全身状態などを見ます。
プラチナ製剤が再び効く可能性をどう考えるか
再発治療で大きな判断材料になるのが、カルボプラチンなどのプラチナ製剤をもう一度使うことで効果を期待できるかという点です。
一般に、最後のプラチナ製剤による治療から長い期間が経過して再発したほど、再びプラチナ製剤が効く可能性は高くなる傾向があります。反対に、プラチナ製剤による治療中または治療終了後早期に再発した場合には、同じ系統の薬が効きにくい可能性を考えます。
国立がん研究センターの患者向け情報では、再発まで6カ月以上の場合には複数の抗がん剤による治療を中心に検討し、6カ月未満の場合には初回とは異なる抗がん剤の単剤治療などを検討すると説明しています。
なお、2026年8月24日には、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)についても「白金系抗悪性腫瘍剤抵抗性の再発卵巣がん」への適応追加が薬事審議会で了承されました。記事執筆時の2026年9月3日時点では正式承認後の最終的な適応条件を確認する段階にあるため、実際の対象患者や併用療法については最新の添付文書を確認する必要があります。
プラチナ感受性再発とプラチナ抵抗性再発
従来、プラチナ製剤による治療終了から再発までの期間が6カ月以上であれば「プラチナ感受性再発」、6カ月未満であれば「プラチナ抵抗性再発」と整理する方法が広く使われてきました。
6カ月を超えた瞬間に薬が効くようになったり、6カ月未満ならまったく効かなくなったりするわけではありません。実際の治療では、前回のプラチナ製剤への反応、治療終了からの期間、これまでの治療歴、残っている副作用なども含めて判断します。
それでも、この6カ月という区分は患者さんが再発治療の大まかな考え方を理解するうえでは役立ちます。
プラチナ製剤を含む併用療法を再び検討しやすく、条件によって分子標的薬やその後の維持療法も考える。
再発まで6カ月未満の場合
プラチナ製剤が効きにくい可能性を考え、別の細胞障害性抗がん剤を中心に、必要に応じて分子標的薬などを組み合わせる。
PARP阻害薬・ベバシズマブ使用後では次の治療選択が変わる
現在の卵巣がん治療では、初回治療後からベバシズマブやPARP阻害薬を使用する患者さんが増えています。そのため、再発したときには「過去に何を使ったか」が以前より重要になっています。
同じプラチナ感受性再発でも、PARP阻害薬を使ったことがない患者さんと、PARP阻害薬の維持療法中に再発した患者さんでは、その後の治療を同じようには考えられません。ベバシズマブについても、未使用なのか、使用中または使用後に再発したのかによって検討する内容が変わります。
再発時には薬の名前だけでなく、「何次治療で使ったか」「どのくらい効いたか」「治療中に再発したのか、終了後に再発したのか」を治療歴として整理することが重要です。
再発でも選ばれた患者さんでは手術を検討する
再発したら必ず薬物療法だけになるわけではありません。病変が限られており、手術で肉眼的に完全切除できる可能性が高いなど、条件を満たす一部の患者さんでは再発腫瘍減量手術(二次的腫瘍減量術)を検討します。
再発手術については「手術をすれば必ず生存期間が延びる」と単純にはいえません。
DESKTOP III試験では、初回手術で完全切除できている、全身状態が良好、腹水が少ないなどの基準で選択されたプラチナ感受性の初回再発患者を対象に、手術+化学療法群で化学療法単独群より全生存期間の延長が示されました。一方、別のGOG-0213試験では、再発手術による全生存期間の延長は示されませんでした。
この違いからも、再発手術では「手術できるか」だけでなく、「肉眼的完全切除を期待できる患者さんを適切に選べるか」が重要と考えられます。
病変が広範囲に広がっている場合や完全切除が難しい場合には、手術による負担だけが大きくなる可能性があります。再発時に手術を提案された場合は、「なぜ自分が手術候補なのか」「完全切除できる可能性をどう評価しているのか」を確認するとよいでしょう。
PIK3CA|卵巣明細胞がんでは遺伝子変異が治療選択につながる
2026年、日本の卵巣がん治療で大きく変わった点の1つが、PIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞がんに対する治療です。
2026年3月23日、PI3Kα阻害薬リソバリシブ(商品名:ハイツエキシン)が、「がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌」を対象として国内承認されました。7月15日に薬価収載され、7月28日に発売されています。
使用にあたっては、腫瘍にPIK3CA遺伝子変異があることを確認する必要があります。PMDAが公表しているコンパニオン診断薬の一覧では、卵巣明細胞がんに対するリソバリシブの適応判定に「AmoyDx PIK3CA変異検出キット」が示されています。
これは、前半で説明した「卵巣がんは組織型まで知る必要がある」という話が、実際の治療に直接つながる例です。
高異型度漿液性がんを中心に発展してきたBRCA・HRD・PARP阻害薬とは別に、明細胞がんではPIK3CAという分子情報が治療選択につながるようになりました。
「卵巣がんだからPIK3CA検査を全員に行う」という意味ではなく、特に卵巣明細胞がんで、化学療法後に病勢が進行した場合に治療選択へつながる可能性がある検査です。
参考:PMDA「ハイツエキシン錠10mg 承認審査情報」、大鵬薬品工業「PI3Kα阻害剤 ハイツエキシン錠10mg 国内新発売のお知らせ」
FRα|今後の再発治療選択に関わる重要なバイオマーカー
FRα(葉酸受容体α)は、一部の卵巣がん細胞の表面に多く発現しているタンパク質です。特に再発卵巣がんで、FRαを標的とした治療につなげるためのバイオマーカーとして注目されています。
日本婦人科腫瘍学会は2026年7月1日、「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断として葉酸受容体αの検査を実施する際の考え方」を公表しました。2025年版ガイドライン発刊後にも、この領域の診療が更新されていることを示す動きです。
FRα陽性のプラチナ製剤抵抗性再発卵巣がんを対象とする薬として、FRαを標的に抗がん作用を持つ薬剤をがん細胞へ届ける抗体薬物複合体(ADC)ミルベツキシマブ ソラブタンシンがあります。
ただし国内での位置付けには注意が必要です。武田薬品工業は2026年1月30日に、日本でFRα陽性のプラチナ製剤抵抗性再発卵巣がんを対象として製造販売承認申請を行ったと公表し、2026年8月24日に厚生労働省の薬事審議会・医薬品第二部会で、FRα陽性の白金系抗悪性腫瘍剤抵抗性の再発卵巣がんに対するミルベツキシマブ ソラブタンシン(エラヒア)の承認が了承されました。
この記事を執筆した2026年9月3日時点では、正式な国内承認取得を確認できていないため、正式承認後に最新の添付文書や適応条件を確認する必要があります。
承認申請に加えて日本婦人科腫瘍学会がコンパニオン診断についての見解を公表していることから、FRαは今後の再発治療を考えるうえで注目度の高いバイオマーカーといえます。
参考:日本婦人科腫瘍学会「見解・指針」、武田薬品工業「葉酸受容体α陽性のプラチナ製剤抵抗性の再発卵巣がんに対するミルベツキシマブ ソラブタンシンの日本における製造販売承認申請について」
MSI/MMRやがん遺伝子パネル検査で治療候補を探すこともある
再発・進行した卵巣がんでは、BRCA、HRD、PIK3CA、FRα以外の分子情報が治療につながる場合もあります。
その1つがMSI(マイクロサテライト不安定性)・MMR(ミスマッチ修復)です。DNAの複製エラーを修復するMMR機能が低下すると、MSI-Highという特徴が生じることがあります。
MSI-Highを有する進行・再発の固形がんでは、標準的な治療が困難な場合など一定の適応条件のもとで、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブが治療候補となることがあります。これは「卵巣がん専用の薬」というより、がんの発生臓器を越えて特定のバイオマーカーをもとに治療する考え方です。
また、標準治療が終了した、あるいは終了が見込まれる段階などでは、がん遺伝子パネル検査(CGP:Comprehensive Genomic Profiling)を検討することがあります。
CGPでは多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる可能性がある遺伝子異常を探索します。ただし、異常が見つかっても必ず対応する薬があるとは限らず、薬が見つかってもそのがんでは保険適用外であったり、臨床試験への参加が必要だったりする場合があります。
がん遺伝子パネル検査は、BRCAやHRDなど標準治療を選ぶために必要な検査の代わりに最初から行う検査ではありません。標準治療に必要なコンパニオン診断と、治療候補を広く探すCGPは目的が異なります。
再発治療では、従来の「どの抗がん剤を次に使うか」という判断に加え、組織型、これまでの治療歴、プラチナ製剤への反応、手術可能性、そして治療につながるバイオマーカーがあるかを組み合わせて治療を考える時代になっています。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、国立がん研究センター「がんゲノム医療 もっと詳しく」、PMDA「ペムブロリズマブ 最適使用推進ガイドライン」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』、Harter P, et al. Randomized Trial of Cytoreductive Surgery for Relapsed Ovarian Cancer. N Engl J Med. 2021.、Coleman RL, et al. Secondary Surgical Cytoreduction for Recurrent Ovarian Cancer. N Engl J Med. 2019.
放射線治療・腹水・腸閉塞・緩和ケア/支持療法
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、手術と薬物療法が治療の中心です。しかし、進行や再発によって痛み、腹水、腸閉塞などが起こった場合には、「がんを小さくする治療」だけでなく、今ある症状を軽くして食事や睡眠、外出などの日常生活を保つための治療も重要になります。
こうした治療には放射線治療や腹水への処置、腸閉塞への対応、痛みの治療などが含まれます。これらは抗がん治療を諦めた後だけに行うものではありません。がんそのものへの治療と、症状を和らげる緩和ケア・支持療法を同時に進めることがあります。
放射線治療は初回治療の中心ではない
放射線治療は多くのがんで重要な治療法ですが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、通常、初回治療の中心にはなりません。
卵巣がんは腹膜や大網など腹腔内の広い範囲へ病変が広がることがあり、その範囲全体へ十分な量の放射線を照射しようとすると、腸管、肝臓、腎臓など正常な臓器も照射範囲に含まれてしまうためです。
国立がん研究センターも、十分な線量を安全に照射することが難しいことから、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんに対する最初の治療として放射線治療は推奨されていないと説明しています。
初回治療では「手術・抗がん剤・分子標的薬・維持療法」が大きな軸となり、放射線治療は別の役割で使われることが一般的です。
再発病変の痛みなどに放射線を使うことがある
初回治療の中心ではない一方、再発後に限られた場所の病変が症状を起こしている場合には、放射線治療が役立つことがあります。
たとえば骨やリンパ節などの病変によって強い痛みがある場合には、その場所へ放射線を照射することで痛みを軽減できることがあります。出血の原因となっている局所病変や、脳転移などに放射線治療を検討する場合もあります。
このように、再発卵巣がんで行う放射線治療では、体内すべてのがんを放射線で治療するのではなく、「今、生活を大きく妨げている特定の病変を局所的に治療する」という役割を持つことがあります。
薬物療法と放射線治療のどちらか一方だけを選ぶとは限らず、病変の場所や症状によって組み合わせることもあります。
腹水がたまった場合の対応
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんが腹膜へ広がると、腹腔内に腹水がたまることがあります。腹水が少ないうちは症状がほとんどない場合もありますが、量が増えるとおなかが張る、食事を少量しか食べられない、横になると苦しい、息切れがする、動きにくいといった問題が起こります。
腹水を伴う場合でも、まず可能であれば薬物療法によってがんそのものを抑えることを考えます。治療が効いて腹膜の病変が縮小すれば、腹水も減ることがあるためです。
腹水による苦痛が強い場合には、腹腔に針や管を入れて腹水を排出する腹水穿刺・腹水ドレナージを行うことがあります。患者さんの状態や腹水の性質によっては、利尿薬を使用したり、採取した腹水から細胞などを除いてタンパク成分を濃縮し、体内に戻す腹水濾過濃縮再静注法(CART)などを検討したりする場合もあります。
ただし、腹水を抜けばがんそのものが治るわけではありません。また、一度抜いても再びたまることがあります。
腹水治療では「何リットルたまっているか」だけでなく、食事ができるか、呼吸が苦しくないか、眠れるか、外出できるかといった生活への影響を見ながら、処置を行う時期を考えます。
悪性腸閉塞が起きた場合の治療
進行・再発した卵巣がんでは、腹膜播種によって腸が圧迫されたり、腸の動きが悪くなったりして、食べ物や消化液が腸を通れなくなる悪性腸閉塞が起こることがあります。
また、がんそのものではなく、過去の腹部手術によって生じた癒着が原因で腸閉塞が起こる場合もあります。「卵巣がんの治療後に腸閉塞になった=再発した」とは限りません。
腸閉塞では、腹部の張りや痛み、吐き気、嘔吐、食事が取れない、便やガスが出ないといった症状がみられます。
治療は原因、閉塞している場所、病変の広がり、全身状態、その後に予定している抗がん治療などによって異なります。食事をいったん止めて点滴を行ったり、胃や腸にたまった内容物を管で減圧したり、吐き気や消化液の分泌を抑える薬を使用したりします。状態によっては手術などの処置を検討することもあります。
すべての悪性腸閉塞で手術を行うわけではありません。広範囲の腹膜播種がある場合などには、大きな手術をしても食事が十分に取れる状態へ戻れない可能性もあるためです。
悪性腸閉塞では「処置が技術的にできるか」だけでなく、その処置によって症状や生活が実際にどの程度改善すると期待できるかまで考えて治療方法を選びます。
吐き気や嘔吐を伴う強い腹痛、おなかの急激な張りなどがある場合には、次の定期受診まで待たず医療機関へ連絡する必要があります。
緩和ケアは抗がん治療と並行して受ける
「緩和ケア」と聞くと、抗がん剤が効かなくなった後に受ける医療だと思う人もいるかもしれません。しかし、現在の緩和ケアはそのような位置付けではありません。国立がん研究センターは、緩和ケア・支持療法について、がんと診断された時から、がん治療とともに必要に応じて受けられるものと説明しています。
対象となるのは痛みだけではありません。吐き気、食欲低下、腹水、便秘、息苦しさ、不眠、しびれなどの身体症状に加え、不安や気分の落ち込み、仕事・家計・介護・家族関係などの問題も支援の対象になります。
卵巣がんでは治療が長期間にわたる場合があります。特に再発を繰り返した場合には、「がんをどこまで小さくできるか」と同じくらい、「治療を続けながらどのような生活を保てるか」が重要になります。
緩和ケアを受けることと、抗がん治療をやめることは同じではありません。抗がん剤、分子標的薬、放射線治療などと並行しながら、症状や生活上の負担を軽減するために利用できます。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
治療後の生活|妊孕性・更年期症状・リンパ浮腫・薬物療法の副作用
卵巣がんの治療では、治療効果だけでなく、その後の生活にどのような変化が起こるのかも考えておく必要があります。
手術によって卵巣機能を失うこと、リンパ節や腹腔内の手術に伴う合併症、抗がん剤によるしびれや脱毛、維持療法を長期間続けることなどは、仕事、食事、外出、睡眠、妊娠・出産、性生活などにも影響します。
副作用があるから治療をやめる、反対に治療のためならすべて我慢する、という二択ではありません。副作用を早い段階で把握し、必要に応じて支持療法、休薬、減量、薬剤変更などを行いながら治療を続けるという考え方が重要です。
手術後の更年期症状と卵巣欠落症状
閉経前に両側の卵巣を摘出すると、卵巣から分泌されていた女性ホルモンが急激に減少します。
自然な閉経を迎える前であっても、ほてり、発汗、動悸、不眠、気分の変化、腟の乾燥など、更年期障害に似た症状が現れることがあります。これを卵巣欠落症状と呼びます。
自然閉経では卵巣機能が徐々に低下していくのに対し、手術では短期間でホルモン環境が変化するため、症状を強く感じる人もいます。
また、女性ホルモンが低下した状態が長期間続くことは、骨密度の低下など将来の健康にも関係します。若い年齢で両側卵巣を摘出した場合には、手術直後の症状だけでなく長期的な健康管理も考える必要があります。
妊娠希望がある場合は治療前に相談する
両側の卵巣・卵管と子宮を摘出した後に、自分の卵子と子宮を使って妊娠することはできません。将来子どもを持ちたいという希望がある場合には、できるだけ治療を開始する前に担当医へ伝えることが重要です。
前述したように、上皮性卵巣がんでもⅠA期や一部のⅠC1期など、組織型・病期などの条件を満たす場合には、子宮と反対側の卵巣を残す妊孕性温存手術を検討できることがあります。
また、治療内容や時間的な余裕などによっては、生殖医療の専門医と相談し、卵子や胚(受精卵)の凍結保存などを検討することもあります。
妊孕性温存のためにがん治療を大きく遅らせることが適切とは限りません。がんの安全な治療を優先しながら、残せる選択肢があるかを婦人科腫瘍医と生殖医療の専門医の双方で検討します。
リンパ浮腫・腸閉塞など手術後の合併症
卵巣がんの手術後には、腸閉塞、リンパ嚢胞、リンパ浮腫などが起こることがあります。骨盤や腹部のリンパ節を切除した場合にはリンパ液の流れが変化し、脚、足の付け根、陰部、下腹部などにリンパ液がたまってむくむことがあります。
リンパ浮腫は手術直後だけに起こるものではありません。国立がん研究センターは、治療から数年たってから発症することもあると説明しています。
左右の脚の太さが違う、靴下の跡が以前より残る、脚が重い、足の付け根や下腹部がむくむといった変化は早期のサインになることがあります。リンパ浮腫は進行すると改善しにくくなるため、「少しむくんでいるだけ」と長期間放置せず相談することが大切です。
また、手術後は腸管の癒着によって、治療から時間がたってから腸閉塞が起こることもあります。吐き気や嘔吐を伴う腹痛、強い腹部膨満などが現れた場合には医療機関へ連絡します。
TC療法のしびれ・骨髄抑制・脱毛
TC療法では、パクリタキセルとカルボプラチンそれぞれの副作用を考える必要があります。代表的なものには、白血球や血小板の減少、貧血、吐き気、食欲低下、脱毛、手足のしびれなどがあります。
白血球、特に好中球が減る時期には感染症に注意が必要です。発熱など、あらかじめ医療機関から説明された注意症状がある場合には、「次の診察まで様子を見る」のではなく、病院から指示された方法で連絡します。
貧血が強くなれば、少し動いただけで息切れする、疲れやすい、仕事や家事を続けにくいといった影響が出ることがあります。血小板が大きく減った場合には出血しやすくなるため、血液検査を行いながら治療を続けます。
パクリタキセルで特に生活へ影響しやすい副作用が末梢神経障害による手足のしびれです。治療開始後数週間や複数回の投与後から出現することがあり、治療を終えた後に少しずつ改善する人がいる一方、数カ月から1年以上続く場合もあります。
「指先がジンジンする」という感覚だけではなく、ボタンを留めにくい、箸を使いにくい、パソコンのキーボードを打ちにくい、物を落とす、歩きにくい、つまずきやすいといった生活上の問題につながります。しびれでは「ある・ない」だけでなく、仕事や家事で何ができなくなってきたかを医療者へ伝えることが重要です。
症状が強くなれば、治療効果とのバランスを見ながら休薬、減量、薬剤変更などを検討することがあります。治療を継続するために我慢し続けることが必ずしも最善とは限りません。
脱毛もTC療法で起こりやすい副作用です。医学的な重症度だけを見れば生命に直接影響する副作用ではありませんが、外見の変化が仕事や人との交流、精神的負担に大きく影響する人もいます。ウィッグや帽子などを含むアピアランスケアについて、治療開始前から相談することもできます。
PARP阻害薬・ベバシズマブ治療中の生活
維持療法では治療期間が長くなることがあるため、「大きな副作用が一度起きるか」だけでなく、軽度から中等度の症状と長期間付き合えるかという視点が重要になります。
PARP阻害薬のオラパリブやニラパリブでは、貧血、白血球・好中球の減少、血小板減少、吐き気、倦怠感などが問題になることがあります。症状の確認と定期的な血液検査を行いながら治療します。
内服薬であるため、「点滴ではないから体への負担はほとんどない」というわけではありません。倦怠感や貧血が続けば、仕事中の集中力や外出、運動などに影響することがあります。
ベバシズマブでは高血圧や蛋白尿などに注意が必要で、治療中には血圧測定や尿検査を行います。また、創傷治癒に影響することがあるため、手術との間隔も考慮する必要があります。
薬によって確認すべき副作用が異なるため、維持療法を始める際には「どの副作用が起きたら連絡すべきか」「どのくらいの頻度で血液・血圧・尿などを確認するか」を聞いておくと安心です。
HRTを検討できる場合
閉経前に両側の卵巣を摘出し、強い卵巣欠落症状がある場合などには、ホルモン補充療法(HRT)を検討することがあります。
「がんになったのだから女性ホルモンは絶対に使えない」と考える人もいるかもしれませんが、卵巣がんのすべてが女性ホルモンによって増殖するがんではありません。
2025年に公表された『ホルモン補充療法ガイドライン2025年度版』に関する解説では、卵巣がん治療後のHRTについて、適応のある女性ではHRTが推奨される一方、一部の組織型では抗エストロゲン療法が用いられることなどから個別の配慮が必要とされています。
つまり、「卵巣がんだからHRTは禁止」でも、「誰でも安全に使える」でもありません。
組織型、ステージ、これまでの治療、現在の症状、骨や心血管系への影響、本人の希望などを踏まえて判断します。ほてりや不眠、腟の乾燥などで生活への影響が大きい場合には、我慢するのではなく、HRTを含めた対策が可能か担当医へ相談する価値があります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」、国立がん研究センター「妊孕性」、国立がん研究センター「リンパ浮腫」、国立がん研究センター「しびれQ&A」、『産科と婦人科』「卵巣癌治療後のHRTは推奨されるか?」、PMDA「リムパーザ錠 医薬品情報」、PMDA「ゼジューラ錠 医薬品情報」
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの生存率・予後
がんと診断されたとき、「治る可能性はどのくらいあるのか」「あと何年生きられるのか」を知りたいと思うのは自然なことです。
ただし、生存率を見るときには「何年に診断された、どの患者集団の数字なのか」「卵巣がんだけなのか、卵管がんや腹膜がんも含むのか」「ステージ以外にどのような違いがあるのか」まで確認する必要があります。
国立がん研究センターが2026年7月22日に更新した全国がん登録の最新統計では、2018年に診断された卵巣がんの5年相対生存率は59.9%です。
これはすべてのステージを合わせた卵巣がんの数字であり、卵管がん・腹膜がんを合わせた数字ではありません。
卵巣がんのステージ別5年生存率
ステージⅠ~Ⅳ別の数字を確認する場合には、国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム」で、2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルが公開されています。
| ステージ | 対象数 | 5年ネット・サバイバル |
|---|---|---|
| Ⅰ期 | 4,686例 | 90.6% |
| Ⅱ期 | 905例 | 76.6% |
| Ⅲ期 | 2,860例 | 46.2% |
| Ⅳ期 | 1,270例 | 27.8% |
出典:国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 卵巣がん 2014~2015年5年生存率」
ここで使っている「ネット・サバイバル」は、がん以外の死因による影響を統計的に除き、「そのがんのみが死因となる状況」を仮定して算出する指標です。
なお、前述した2018年診断例の5年相対生存率59.9%と、上表の数字は集計した患者集団・診断年・生存率の計算方法が異なります。59.9%とステージ別の数字を足したり、単純に比較したりすることはできません。
卵管がん・腹膜がんへ卵巣がんの数字をそのまま当てはめない
この記事では卵巣がん・卵管がん・腹膜がんをまとめて解説していますが、生存率まで3疾患を同じ数字にすることは適切ではありません。
国立がん研究センターによると、日本で卵管がんと診断される人は年間約200例です。一方、原発性腹膜がんはまれで、正確な患者数の統計がありません。
公的ながん統計で十分な症例数を用いてステージ別生存率を示しやすいのは、主に卵巣がんです。
海外の研究や単一施設の研究から卵管がん・腹膜がんの生存率を示すことはできますが、診断年代、組織型、治療内容、ステージの割合などが異なる集団を比較すると、「卵巣がんより腹膜がんの方が何%悪い」といった誤解につながる可能性があります。
そのため本記事では、卵巣がんの公的な生存率を、卵管がん・腹膜がんの生存率としてそのまま置き換えない方針としています。
同じステージでも組織型・残存腫瘍・BRCA/HRDなどで経過は異なる
生存率はステージによって大きく変わりますが、同じステージであれば全員が同じ経過をたどるわけではありません。高異型度漿液性がん、明細胞がん、低異型度漿液性がんなどでは生物学的な性質が異なります。
進行例では、手術後に肉眼的な腫瘍がどの程度残ったかも重要です。卵巣がんでは、手術後の残存腫瘍が小さいほど予後が良いことが知られており、現在は可能であれば肉眼的完全切除を目指して腫瘍減量手術を行います。
また、BRCA1/2やHRDなどの分子情報は、がんの性質だけでなくPARP阻害薬をはじめとした維持療法の選択にも関係します。明細胞がんでは、2026年からPIK3CA遺伝子変異がある一部の再発例に新たな分子標的治療が使えるようになりました。
同じ「ステージⅢ」という診断でも、組織型、手術での残存腫瘍、薬物療法への反応、BRCA・HRDなどの分子情報、年齢や全身状態によって、その後の経過は異なります。
BRCA陽性なら必ず予後が良い、HRD陰性なら必ず悪い、と個人の予後を単純に決めることもできません。これらは治療方針を考えるための重要な情報ではありますが、ステージや治療結果などと合わせて解釈します。
5年生存率は個人の余命ではない
5年生存率が27.8%と聞くと「自分が5年生きられる確率は27.8%」「5年以上は生きられない」と受け取ってしまうことがあります。しかし、そのような意味ではありません。
生存率は、過去に同じ病気と診断された多数の患者さんを集団として追跡した統計です。個人が何年生きられるのかを予測する数字ではありません。たとえば同じⅣ期でも、病変の場所や量、手術可能性、抗がん剤への反応、組織型、分子情報、体の状態などには大きな違いがあります。
「5年生存率が30%だから、自分には30%しか可能性がない」と個人の余命へ置き換えないことが大切です。自分自身の見通しについて知りたい場合には、一般的な統計だけではなく、現在の病状や治療への反応を把握している担当医から説明を受ける必要があります。
古い統計には現在の維持療法が十分反映されていない場合がある
生存率を見る際にもう1つ注意したいのが、統計には時間差があることです。5年生存率を算出するには、当然ながら診断から少なくとも5年間患者さんを追跡する必要があります。
上表のステージ別生存率は2014~2015年に診断された患者さんのデータです。その後、BRCA・HRDに基づくPARP阻害薬による初回維持療法、ベバシズマブとの治療戦略、再発手術の患者選択など、卵巣がん治療は変化してきました。2026年にはPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞がんに対するリソバリシブも国内承認されています。
全国がん登録による最新の5年相対生存率も2018年診断例であり、2026年現在の治療を受ける患者さんの成績そのものではありません。国立がん研究センターも、生存率は過去に診断された人のデータから算出されるため、治療法の進歩によって現在や今後の患者さんにそのまま当てはまらない可能性があると注意しています。
古い統計を無視する必要はありませんが、「現在の治療を受けたら必ずこの数字になる」と考えるのも適切ではありません。
参考:国立がん研究センター「がん統計 卵巣」、国立がん研究センター「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム 卵巣がん」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 患者数(がん統計)」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」
再発・経過観察|CA125が上がっただけで治療開始とは限らない
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療が終了した後も、定期的な経過観察を行います。経過観察の目的は再発を見つけることだけではありません。手術や薬物療法による後遺症・合併症を確認し、日常生活上の問題に対応することも含まれます。
「できるだけ頻繁にCTや腫瘍マーカーを調べれば、その分だけ長生きできる」と単純に考えることもできません。特に卵巣がんでは、CA125の数値だけが上昇したときに、すぐ治療を開始すべきかという問題が長く検討されてきました。
治療後1~2年、3~5年、その後の通院目安
国立がん研究センターは、卵巣がん・卵管がん・腹膜がん治療後の経過観察について、次の間隔を目安としています。
治療後3~5年目:3~6カ月ごと
治療後6年目以降:1年ごと
実際の受診間隔は、ステージ、組織型、これまでの治療、再発リスク、維持療法を続けているかなどによって変わります。
維持療法中で定期的な採血が必要な場合などには、ここで示した経過観察の目安より頻繁に受診することもあります。
問診・内診・超音波・画像検査・CA125
国立がん研究センターでは、経過観察中の基本的な診察として問診、内診、超音波検査を挙げています。
必要に応じてCA125などの腫瘍マーカー、CT、MRI、PET-CTなどを追加します。
経過観察で大切なのは「検査項目をできるだけ増やすこと」ではなく、再発の可能性、以前の病変の場所、症状などに応じて必要な検査を組み合わせることです。
CA125もその中の1つであり、単独で再発を確定する検査ではありません。
CA125は再発を考える材料だが単独で判断しない
CA125は卵巣がん、特に漿液性がんなどで上昇することがあり、初回治療中の変化や治療後の経過を見るために利用されます。治療後に一度下がったCA125が再び上昇してくると、再発の可能性を考える材料になります。
しかし、CA125が上昇したことと、治療を今すぐ開始しなければならないことは同じではありません。CA125はがん以外の状態でも変動することがあります。また、再発した場所や組織型によっては、再発していてもCA125があまり上昇しない場合があります。
数値の推移だけではなく、症状、診察所見、画像検査などを合わせて評価します。
無症状でCA125だけが上昇した場合をどう考えるか
この問題については、CA125の上昇だけを根拠に早期に抗がん剤を開始する群と、症状や画像などで再発が明らかになってから治療する群を比較した大規模ランダム化試験「MRC OV05/EORTC 55955」があります。
この試験では、CA125上昇だけを根拠に早く抗がん剤治療を開始しても、全生存期間を延長する効果は確認されませんでした。そのため「CA125が基準値を超えたから明日から抗がん剤を始める」という判断にはなりません。
ただし、この試験結果を「CA125を測る意味がない」「症状が出るまで何もしない」と読み替えることにも注意が必要です。試験が行われた時代と現在では、PARP阻害薬、ベバシズマブ、再発手術の患者選択、バイオマーカーに基づく治療など、利用できる選択肢が変化しています。
また、CA125上昇をきっかけに画像検査を行ったところ、完全切除を期待できる限局した再発病変が見つかるといった状況もあり得ます。「CA125だけで抗がん剤を開始しない」ことと、「CA125の上昇を無視する」ことを区別して考える必要があります。
数値が上昇した場合には、その推移と現在の症状を確認し、必要に応じて画像検査などを行ったうえで次の治療が必要かを判断します。
新しい症状があれば次の定期検査まで待たない
定期検査の予定が3カ月後だからといって、それまで何があっても待つ必要はありません。
治療後に、以前にはなかった腹部膨満、おなかや骨盤の痛み、食欲低下、すぐに満腹になる、便秘、吐き気、息苦しさ、急激な腹囲増加などが続く場合には、予定されている次回受診より前でも医療機関へ相談することができます。
また、手術後の腸閉塞やリンパ浮腫など、再発ではない合併症が原因の可能性もあります。
「再発だったら怖いから次の検査まで待とう」と症状を我慢するのではなく、新しく出た症状や悪化している症状は、それ自体を受診理由として考えることが大切です。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』、Rustin GJS, et al. Early versus delayed treatment of relapsed ovarian cancer (MRC OV05/EORTC 55955). Lancet. 2010.
治療を選ぶときに確認したいこと
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんでは、「ステージはいくつか」だけを確認しても、自分の治療方針を十分に理解できないことがあります。
診断直後、手術後、初回化学療法後、再発時では、確認すべき情報も変わります。
治療の説明を受ける際には、次のような項目を整理しておくと、「なぜ自分はこの治療なのか」が分かりやすくなります。
| 確認したいこと | 確認する意味 |
|---|---|
| 正確な原発部位 | 卵巣がん、卵管がん、原発性腹膜がんのどれと診断されているかを確認する |
| 組織型・異型度/グレード | 高異型度漿液性、低異型度漿液性、明細胞、類内膜、粘液性などによって性質や治療上の判断が異なる |
| FIGO進行期 | Ⅰ~Ⅳ期だけでなく、ⅠC1・ⅢC・ⅣAなど細分類まで確認すると病状を理解しやすい |
| 最初にPDSかNACか | 最初に腫瘍減量手術をするのか、術前化学療法後にIDSを予定するのか、その理由を確認する |
| 手術後の残存腫瘍 | 肉眼的完全切除だったのか、腫瘍が残ったのかは、その後の治療や予後を考える重要な情報になる |
| BRCA1/2 | PARP阻害薬などの治療選択だけでなく、HBOCや血縁者への影響を考える情報にもなる |
| HRD | 主に進行がんの初回治療後に、PARP阻害薬などの維持療法を検討する材料になる |
| 維持療法の目的と期間 | なぜオラパリブ、ニラパリブ、ベバシズマブなどを使うのか、期待できる効果と副作用を確認する |
| 再発までの期間とプラチナ治療歴 | 再びプラチナ製剤を使うことで効果を期待できるかを考える重要な判断材料になる |
| 過去のPARP阻害薬・ベバシズマブ使用歴 | 同じ「再発」でも、これまでどの維持療法を受けたかによって次の治療選択が変わる |
| PIK3CA | 卵巣明細胞がんでは、化学療法後に増悪した場合、PIK3CA遺伝子変異がリソバリシブによる治療選択につながることがある |
| FRα・MSI/MMR・CGP | 主に再発・進行時に、次の治療候補を探す目的で検討する。FRα標的薬などは国内の最新承認状況も確認する必要がある |
| 妊孕性・更年期・生活への希望 | 妊娠希望、仕事、介護、しびれなど、治療後の生活で何を大切にしたいかも治療選択に関わる |
すべてを患者さん自身が医学的に判断する必要はありません。
大切なのは「この治療が標準だから受ける」という説明だけで終わらせず、「自分のどの情報を根拠としてこの治療が選ばれたのか」を理解することです。
たとえばNACから始めるのであれば、なぜPDSではないのか。PARP阻害薬を使うのであれば、BRCA・HRDの結果とどのようにつながっているのか。再発時に以前とは違う薬を使うのであれば、前回の治療歴や再発までの期間がどのように影響したのかを確認できます。
治療法が複数あり、メリットと負担のどちらを優先するかによって選択が変わる場合には、別の婦人科腫瘍専門医から意見を聞くセカンドオピニオンを利用する方法もあります。
なお、この表はガイドラインに掲載された表を転載したものではなく、2025年版ガイドラインと2026年時点の治療体系をもとに、患者さんが診察時に確認しやすいよう治療判断に関わる情報を整理したものです。。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』
まとめ|病名だけでなく「組織型・ステージ・手術結果・遺伝子情報」を確認する
卵巣がん・卵管がん・原発性腹膜がんは、発生する場所は異なりますが、特に上皮性・漿液性がんでは病気の性質や治療に多くの共通点があります。一方で、「3つをまとめて扱う=すべて同じがん」という意味ではありません。
治療を考えるうえでは、病名やステージだけでなく、何という組織型なのか、手術で腫瘍をどこまで取り除けたのか、BRCA・HRDなどの検査結果はどうかといった情報も重要です。再発した場合には、これまでに受けた治療や再発までの期間、新たに確認できるバイオマーカーなども次の治療選択に関わります。
また、治療効果だけでなく、副作用や妊孕性、更年期症状、仕事や日常生活への影響についても相談しながら治療を続けることができます。緩和ケアや支持療法も、抗がん治療が終わってから利用するものではありません。
生存率は病気の見通しを知る参考になりますが、個人の余命をそのまま示す数字ではありません。
病名やステージを知ることは治療を理解する出発点ですが、それだけが答えではありません。自分が今どの治療段階にいて、どの情報を根拠に治療が選ばれているのかを確認していくことが、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療を理解する助けになります。
参考:国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がんについて」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」、国立がん研究センター「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 療養」、日本婦人科腫瘍学会『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2025年版』






