”新しい未来をともに”最先端のがん治療を追求するがん治療専門クリニック ”新しい未来をともに”最先端のがん治療を追求するがん治療専門クリニック

ステージ4stage4

乳がんは、日本で年間10万人を超える人が新たに診断されているがんです。国立がん研究センターの統計によると、2023年には乳がんと診断された人が10万3,424人、そのうち女性は10万2,592人でした。また、2024年には1万6,005人が乳がんによって亡くなっています。女性にとって罹患する機会が多く、決して珍しい病気ではありません。

乳がんステージ4と診断されると「もう治療できないのではないか」「どのくらい生きられるのか」「完治する可能性はあるのか」と、不安を感じる人は少なくありません。ステージ4は、乳房やその周囲のリンパ節だけでなく、骨、肺、肝臓、脳など離れた場所へがんが広がった状態です。一般に根治は難しく、薬物療法によって病気の進行を抑えながら、症状を和らげ、できるだけ長く日常生活を保つことが治療の中心になります。

国立がん研究センターの全国がん登録によると、2018年に診断された女性乳がん全体の5年相対生存率は89.7%でした。この数字には早期に発見された患者さんが多く含まれています。一方、院内がん登録の2014~2015年診断例では、女性乳がんステージ4の5年純生存率(ネット・サバイバル)は39.8%でした。両者は診断年、対象集団、計算方法が異なるため直接比較できません。また、39.8%という数字は個人の余命を示すものではありません。

乳がんステージ4には、骨だけに転移している人、肝臓や肺など複数の臓器へ転移している人、初めて乳がんと診断された時点で転移が見つかった人、過去の治療後に再発した人が含まれます。さらに、ホルモン受容体陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといったサブタイプによって、使用できる薬や治療成績も大きく異なります。

近年は、内分泌療法や抗HER2薬に加え、分子標的薬、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などの選択肢が増えています。一般には薬物療法によって病気の進行を抑え、症状を和らげながら生活を維持することが治療の中心ですが、サブタイプや転移部位に合った治療によって、長期間病気をコントロールできる患者さんもいます。

この記事では、乳がんステージ4とはどのような状態なのかを整理したうえで、サブタイプ別の薬物療法、骨・肺・肝臓・脳への転移に対する治療、生存率や余命の受け止め方、完治の可能性について解説します。統計の数字だけで将来を決めつけず、自分の病状に合った治療を考えるための参考にしてください。

参考:がん種別統計情報 乳房|国立がん研究センター がん情報サービス

  • 乳がんステージ4では、サブタイプに合った薬物療法が治療の中心
  • 骨、肺、肝臓、脳など、転移した部位によって症状と治療が異なる
  • 乳がんステージ4の5年純生存率は39.8%(女性、2014~2015年診断例・国立がん研究センター院内がん登録)

乳がんステージ4とは

乳がんステージ4とは、がん細胞が乳房や周囲のリンパ節を越え、骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器へ転移している状態です。医学的には「遠隔転移がある乳がん」とされ、乳房内の腫瘍の大きさや腋窩リンパ節転移の数にかかわらず、遠隔転移が確認されればステージ4に分類されます。

転移先にできた腫瘍は、転移した臓器そのもののがんではありません。たとえば、乳がんが骨へ転移した場合も「骨がん」ではなく、乳がん細胞による骨転移として扱います。そのため、治療を選ぶ際には、転移した臓器だけでなく、乳がんのホルモン受容体やHER2などの性質を確認する必要があります。

初めて診断された時点で転移がある場合と、治療後に再発する場合

乳がんステージ4には、最初に乳がんと診断された時点ですでに遠隔転移が見つかっている場合と、早期または局所進行乳がんの治療後に遠隔転移が見つかる場合があります。

前者は「初発ステージ4乳がん」、後者は「遠隔再発乳がん」や「転移再発乳がん」と呼ばれます。どちらも遠隔転移を伴う乳がんですが、これまで受けた治療や病気の経過が異なるため、治療の組み立ても同じではありません。

初発ステージ4では、これまで乳がんに対する薬物療法を受けていないことが多く、現在のサブタイプや転移の広がりを確認して、最初の治療を選びます。一方、再発乳がんでは、過去に使用した抗がん剤、内分泌療法、抗HER2薬、手術や放射線治療の内容が、次の治療選択に影響します。

再発までの期間も重要です。治療終了から長い期間がたって再発した場合と、治療中または治療終了後の早い段階で再発した場合とでは、同じ薬を再び使用できる可能性や、薬への抵抗性の考え方が異なります。

なお、早期乳がんとして治療を受けた後に遠隔転移が見つかっても、最初に診断された病期そのものを書き換えるというより、診療上は「再発・転移乳がん」として現在の病状を評価します。再発時には、転移部位、過去の治療歴、現在のサブタイプを改めて確認し、新たな治療方針を決めます。

乳がんが転移しやすい主な部位

乳がんの遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などにみられます。転移した場所によって現れやすい症状や緊急性が異なるため、「転移があるか」だけでなく、どこに、どの程度広がっているのかを確認することが大切です。

骨転移

骨転移は乳がんで比較的よくみられる転移の一つです。背中、腰、骨盤、肋骨、腕や脚などに持続する痛みが現れることがあります。骨が弱くなると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。

脊椎への転移によって神経が圧迫されると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。こうした症状は脊髄圧迫の可能性があるため、次の診察日を待たずに医療機関へ連絡する必要があります。

骨転移があっても、すぐに生命へ影響するとは限りません。薬物療法、骨を保護する薬、放射線治療などによって、痛みや骨折リスクを抑えながら長期間生活できる患者さんもいます。

肺・胸膜転移

肺転移では、病変が小さいうちは症状がないこともあります。病気が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れる場合があります。

肺を覆う胸膜へ転移して胸水がたまると、肺が十分に広がりにくくなり、息苦しさが強くなることがあります。症状がある場合には、薬物療法だけでなく、胸水を抜く処置や、胸水が再びたまりにくくする治療を検討します。

肝転移

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には自覚症状がみられないことがあります。病変が増えると、右上腹部の違和感、食欲低下、強い倦怠感、黄疸、腹水などが現れる場合があります。

肝機能が急速に低下している場合には、臓器の機能を守るため、腫瘍を早く縮小させる治療が必要になることがあります。治療の選択では、サブタイプだけでなく、肝機能や全身状態も重視されます。

脳転移

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉が出にくい、物が二重に見える、性格や意識状態の変化などが現れることがあります。

症状の出方は病変の場所によって異なります。新しい神経症状が現れた場合には、脳MRIなどで確認し、必要に応じて手術、定位放射線治療、全脳照射、薬物療法を組み合わせます。

皮膚や遠隔リンパ節への転移

乳房や胸壁の皮膚に、硬いしこり、赤み、潰瘍、出血、浸出液などが現れることがあります。鎖骨周囲や首、胸の内部、腹部など、乳房から離れたリンパ節へ転移する場合もあります。

皮膚病変は痛みや出血だけでなく、臭いや衣服の汚れによって外出や人との交流へ影響することがあります。薬物療法に加え、放射線治療や創傷ケアによって症状の軽減を目指します。

治療の順序

同じステージ4でも、病気の進み方には大きな幅があります。骨に限られた転移がゆっくり進行している患者さんと、肝臓や肺の機能が短期間で悪化している患者さんでは、治療の緊急性が異なります。

治療方針を決める際には、転移している臓器と病変の数、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓、肺、骨髄などの機能、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、過去に受けた治療とその効果、現在の日常生活と体力、本人が治療で優先したいことを総合して確認します。

とくに、肝臓や肺など生命維持に関わる臓器の機能が急速に悪化している場合には、一般的な治療の順序よりも、腫瘍を早く縮小させることを優先する場合があります。反対に、病気の進行が比較的緩やかで症状も少なければ、副作用を抑えながら長く続けられる治療を選択しやすくなります。

原発巣と転移巣のサブタイプ

乳がんでは、最初に乳房から採取したがん細胞と、後から見つかった転移巣とで、ホルモン受容体やHER2の検査結果が異なることがあります。

たとえば、以前はホルモン受容体陽性だった乳がんが、再発時には陰性となる場合や、HER2の評価が変わる場合があります。過去の病理結果だけで治療を決めると、現在の病気に合わない薬を選んでしまう可能性があるためです。

安全に採取できる転移巣があれば、再び組織を採取して現在のサブタイプを確認することがあります。再生検が難しい場合には、以前の病理結果、画像検査、病気の経過、血液を使った遺伝子検査などを組み合わせて判断します。転移性乳がんでは診断時の評価と治療方針を患者さんと共有して決めることが重視されています。

乳がんステージ4は、遠隔転移があるという共通点はあっても、転移部位、サブタイプ、過去の治療、病気の進行速度によって状態が大きく異なります。そのため、ステージ4という名称だけで治療内容や余命を判断することはできません。

乳がんステージ4でも治療を行う理由

乳がんステージ4は、一般に手術だけで病気をすべて取り除くことが難しい状態です。それでも治療を行うのは、がんの進行を抑えることで、生存期間を延ばし、痛みや息苦しさなどの症状を軽減しながら、日常生活をできるだけ長く保てる可能性があるためです。

治療の中心となるのは、乳房だけでなく全身のがん細胞へ作用する薬物療法です。ホルモン受容体やHER2などの性質に応じて、内分泌療法、分子標的薬、抗HER2薬、抗がん剤、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などを選びます。治療の効果が弱くなった場合には、病状やそれまでの治療歴を確認し、作用の異なる薬へ切り替えることがあります。

治療の中心は病気の進行をできるだけ長く抑えること

ステージ4では、画像で確認できる病変が複数の臓器に存在していることがあります。乳房や一つの転移巣だけを手術で取り除いても、ほかの場所に残っているがん細胞へは十分に対応できません。そのため、まずは全身に作用する薬物療法によって、病変全体を抑えることが基本になります。

治療によって腫瘍が小さくなる場合もあれば、大きさはあまり変わらなくても、一定期間進行せずに保たれる場合もあります。ステージ4の治療では、腫瘍を完全に消すことだけが効果ではありません。病気が広がる速度を遅らせ、臓器の機能を守りながら、次の治療へつなげることにも大きな意味があります。

乳がんでは、最初に使用した薬が効かなくなっても、別の仕組みを持つ薬へ変更できることがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんやHER2陽性乳がんでは、複数の治療を順番に使いながら、長期に病気をコントロールできる患者さんもいます。ただし、どの薬がどの程度効くかには個人差があり、サブタイプ、転移部位、過去の治療、全身状態によって治療の見通しは異なります。

症状を和らげ臓器の機能を守る

治療の目的は、生存期間を延ばすことだけではありません。骨転移による痛みや骨折、肺・胸膜転移による息苦しさ、肝転移による倦怠感や黄疸、脳転移による頭痛や麻痺などを抑えることも重要です。

たとえば、骨転移に対する放射線治療は、病変を完全に取り除くためではなく、痛みを軽くし、骨折や脊髄圧迫の危険を減らす目的で行われることがあります。胸水がたまって呼吸が苦しい場合には、胸水を抜く処置によって症状の改善を目指します。脳転移では、病変の数や大きさに応じて、手術や定位放射線治療、全脳照射などを組み合わせます。

このような治療は、がん全体を治すものではなくても、食事、睡眠、移動、仕事などの日常生活を保つうえで重要です。症状が強くなってから対応するより、軽い段階で医療者へ伝えた方が、重症化を防ぎやすい場合があります。

目標は日常生活を保ちながら治療を続けること

乳がんステージ4の治療は、数か月ではなく、年単位で続くことがあります。そのため、腫瘍を抑える効果だけでなく、副作用や通院頻度が生活へ与える影響も考えなければなりません。

効果が高い治療でも、強い倦怠感、下痢、白血球減少、しびれなどによって日常生活が大きく制限される場合があります。反対に、腫瘍を急速に縮小させる必要がない状況では、副作用が比較的少なく、長く続けやすい治療が選ばれることもあります。

治療方針を決める際には、次のような希望も医師へ伝えることが大切です。

  • 仕事や育児をできるだけ続けたい
  • 通院回数を減らしたい
  • 脱毛やしびれの影響を抑えたい
  • 痛みや息苦しさを優先して改善したい
  • 腫瘍を早く小さくする治療を希望したい

医学的に使用できる治療が複数ある場合には、治療効果だけでなく、患者さんが何を大切にしたいかも選択に影響します。転移性乳がんの診療では、医療者が一方的に治療を決めるのではなく、効果、副作用、通院方法、生活上の希望について話し合いながら方針を決めることが重視されています。

参考:国立がん研究センター「乳がん 治療」、NCI「Metastatic Breast Cancer」

手術や放射線治療を追加する場合

乳がんステージ4では薬物療法が中心ですが、手術や放射線治療を行わないわけではありません。乳房の腫瘍による出血、痛み、潰瘍、感染などがある場合には、症状を抑えるために手術や放射線治療を検討することがあります。

転移が一つまたは少数に限られている場合には、転移巣へ手術や定位放射線治療を行うこともあります。このような状態はオリゴ転移と呼ばれることがありますが、局所治療によってすべての患者さんが完治できるとは確立されていません。サブタイプ、病変の数や位置、ほかの部位への広がり、薬物療法への反応などを確認し、選択された患者さんで検討されます。

診断時から乳房の腫瘍と遠隔転移がある患者さんに対して、乳房の手術を先に行えば生存期間が延びるとは限りません。原発巣による強い症状がなければ、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。乳房の手術を行うかどうかは、症状、薬物療法の効果、転移の状態を踏まえて個別に判断します。

緩和ケアや支持療法も治療の一部

緩和ケアは、抗がん治療を終了した後だけに受ける医療ではありません。乳がんと診断された時点から、薬物療法や放射線治療と並行して受けることができます。国立がん研究センターも、乳がんでは診断時から心身のつらさを和らげる緩和ケアや支持療法を利用できると説明しています。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや吐き気、しびれ、食欲低下などへの対応だけでなく、不安、不眠、仕事、治療費、家族との関係も相談の対象です。副作用を我慢して体力を失うと、予定していた治療を続けられなくなることがあります。早い段階から症状を伝え、薬の量や治療間隔を調整することは、治療を長く続けるためにも重要です。

乳がんステージ4の治療では、がんを小さくすること、生存期間を延ばすこと、症状を和らげること、日常生活を守ることを同時に考えます。どれを優先するかは、病状によっても患者さんの希望によっても変わります。一度決めた目標が固定されるわけではなく、治療効果や体調の変化に応じて見直していきます。

乳がんステージ4の治療方針を決める検査

乳がんステージ4の検査では、単に「転移があるか」を確認するだけではありません。治療方針を決めるためには、主に次の3点を明らかにする必要があります。

1つ目は、がんがどの臓器へ、どの程度広がっているか。2つ目は、現在のがん細胞がホルモン受容体やHER2など、どのような性質を持っているか。3つ目は、肝臓や腎臓、骨髄などが治療に耐えられる状態かという点です。

乳がんでは、同じステージ4でもサブタイプや遺伝子の特徴によって使用できる薬が大きく変わります。そのため、画像検査だけでなく病理検査やバイオマーカー検査の結果が治療選択の中心になります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

画像検査の目的

乳がんの遠隔転移を調べる際には、造影CT検査が基本的な画像検査の一つになります。胸部や腹部などを撮影し、肺、胸膜、肝臓、リンパ節、骨などに病変がないかを確認します。

骨の痛みがある場合や骨転移が疑われる場合には、骨シンチグラフィー、CT、MRI、PET-CTなどを使用します。脊椎転移による脊髄圧迫が疑われるときにはMRIが重要です。足に力が入りにくい、急に歩きにくくなった、排尿や排便が難しくなったといった症状がある場合は、画像検査を急ぐ必要があります。

脳転移が疑われる場合には、造影MRIを行います。新しく現れた頭痛、けいれん、手足の麻痺、言葉の出にくさ、視覚の異常などが検査のきっかけになります。脳転移の症状がない患者さん全員へ、同じ頻度で脳MRIを行うわけではありません。サブタイプ、病状、症状などを踏まえて必要性を判断します。

PET-CTは全身の病変を確認するのに役立つことがありますが、すべての患者さんに必ず必要な検査ではありません。CTやMRIだけでは病変の性質を判断しにくい場合や、局所治療を検討するために全身の病変を詳しく確認したい場合など、検査の目的に応じて選択されます。

血液検査で分かること

血液検査では、白血球、赤血球、血小板などの血球数に加え、肝機能、腎機能、カルシウム値などを確認します。これらの数値は、病気が臓器へ与えている影響を調べるだけでなく、どの薬をどの程度の量で使用できるかを判断する材料になります。

たとえば、肝転移によって肝機能が低下している場合には、薬の種類や投与量を調整しなければならないことがあります。骨髄への転移や過去の治療の影響で血球数が低下していれば、治療を開始する前に原因を確認し、必要に応じて治療内容を変更します。

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。治療中に数値が低下すれば効果を考える参考になり、上昇が続けば病状の変化を疑う材料になります。ただし、腫瘍マーカーだけで治療効果や病気の進行を判断することはできません。がんが進行していても数値が上がらない患者さんがいる一方、がん以外の理由で上昇することもあるため、画像検査、症状、診察結果と併せて判断する必要があります。

転移巣の再生検でがんの性質を確認

過去に乳がんの手術を受け、その後に骨や肝臓、肺などの病変が見つかった場合には、可能であれば転移巣の一部を採取して病理検査を行います。これを再生検といいます。

再生検には、見つかった病変が本当に乳がんの転移なのかを確かめる意味があります。乳がんの治療後に別の臓器へ腫瘍が見つかっても、必ずしもすべてが乳がんの転移とは限らないためです。

もう一つの重要な目的は、現在のホルモン受容体とHER2の状態を調べ直すことです。乳がんは治療や時間の経過によって性質が変化することがあり、原発巣と転移巣で検査結果が一致しない場合があり、過去の病理結果だけをもとに治療すると、現在のがんに合わない薬を選んでしまう可能性があります。そのため、安全に組織を採取できる病変があれば、転移巣の再生検が検討されます。

ただし、脳や肺の奥深くなど、組織を採取する危険性が高い病変に無理な生検を行うわけではありません。骨転移では、組織の処理方法によって検査結果へ影響が出ることもあります。生検によって得られる情報と、出血や痛みなどの負担を比較して判断します。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

ホルモン受容体とHER2が治療の分かれ道

乳がんでは、採取した組織を使って、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2などを調べます。この結果によって、治療は大きく分かれます。

検査項目 検査で分かること 主な治療上の意味
ER・PgR 女性ホルモンの影響を受けて増殖するか 陽性なら内分泌療法が治療の中心になる
HER2 がん細胞がHER2をどの程度持つか 陽性なら抗HER2療法を検討する
Ki-67 細胞が増殖している程度 増殖の速さを考える参考にする
HER2の低発現 HER2陽性ではないものの、
少量のHER2が確認されるか
条件により一部の抗体薬物複合体の対象になる
PD-L1 免疫療法が効く可能性を判断する目印 主にトリプルネガティブ乳がんで治療選択に使う

ERまたはPgRのどちらかが陽性であれば、ホルモン受容体陽性乳がんとして内分泌療法を検討します。HER2陽性であれば、HER2を標的とする薬が治療の中心になります。ER、PgR、HER2がいずれも陰性の場合は、トリプルネガティブ乳がんに分類されます。

Ki-67は、細胞分裂をしているがん細胞の割合を示し、増殖の活発さを考える際の参考になります。ただし、Ki-67の値だけで治療の必要性や病気の進行速度を判断するものではありません。ホルモン受容体、HER2、転移部位、症状、過去の治療歴などと併せて総合的に評価します。

参考:NCI「Tests for Breast Cancer Biomarkers」

HER2検査

HER2検査では、まず免疫染色と呼ばれる方法で、がん細胞の表面にHER2タンパクがどの程度あるかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+で判断がつかない場合には、HER2遺伝子の増加を確認する追加検査を行います。

従来は、抗HER2療法を使える「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に大きく分けていました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、少量のHER2が確認されるHER2-lowやHER2-ultralowという評価が、一部の抗体薬物複合体を使用できるかどうかの判断に関係します。

ただし、HER2-lowは、ホルモン受容体陽性やトリプルネガティブと同じ意味での独立した病気の分類とは限りません。HER2の発現量を治療選択へ結び付けるための考え方であり、検査時期や採取した組織によって評価が変わることもあります。過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ書かれている場合には、IHCの具体的な点数を確認することがあります。

遺伝子やバイオマーカー検査

ステージ4乳がんでは、ホルモン受容体とHER2以外の検査結果が、二次治療以降の薬剤選択に関わることがあります。ただし、すべての検査を診断時に一度に行うわけではありません。サブタイプ、これまで受けた治療、病気が進行した時期に合わせて追加します。

検査する主な項目 主に関係する乳がん 治療上の意味
BRCA1・BRCA2 HER2陰性乳がんなど PARP阻害薬の候補になるかを判断する
PIK3CA・AKT1・PTEN HR陽性・HER2陰性 PI3K/AKT経路を標的とする治療の候補を判断する
ESR1 HR陽性・HER2陰性 内分泌療法への耐性と、次の内分泌治療を考える
PD-L1 トリプルネガティブ 免疫チェックポイント阻害薬の対象を判断する
NTRK融合遺伝子など サブタイプを問わず一部の患者 がん種を越えた分子標的薬の候補になる場合がある

BRCA1・BRCA2の検査には、がん細胞だけに起きた変化を調べる検査と、生まれつき持っている変化を血液などから調べる遺伝学的検査があります。生まれつきの病的な変化が見つかった場合には、本人の治療選択だけでなく、血縁者の乳がんや卵巣がんなどのリスクにも関係する可能性があります。そのため、検査前後に遺伝カウンセリングを提案されることがあります。

ESR1やPIK3CAなどの検査は、同じホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの中から、特定の治療が適する患者さんを見つける目的で行います。検査結果が陽性でも、すぐにその薬を使用するとは限りません。過去の治療内容、病気の進行状況、日本での承認条件などを確認して治療の順番を決めます。

参考:National Cancer Institute「BRCA Gene Changes: Cancer Risk and Genetic Testing」

血液を使った遺伝子検査(リキッドバイオプシー)

遺伝子変化を調べる方法には、転移巣から採取した組織を使う方法のほか、血液中へ流れ出したがん由来のDNAを調べる方法があります。後者はリキッドバイオプシーやctDNA検査と呼ばれます。

採血だけで行えるため、転移巣の組織を採取しにくい場合や、治療中に新しく生じた遺伝子変化を調べたい場合に役立つことがあります。ESR1やPIK3CAなど、治療標的となる変化を探す目的で使用される場合があります。

一方、血液中へ十分ながん由来DNAが出ていない患者さんでは、実際には遺伝子変化があっても検出できないことがあります。血液検査で「変異なし」と判定されても、がん細胞に変異が存在しないと断定はできません。治療選択に重要な検査が陰性だった場合には、保存されている組織や新たに採取した組織で調べ直すことがあります。

がん遺伝子パネル検査の役割

がん遺伝子パネル検査は、多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる変化がないかを探す検査です。ER、PgR、HER2など、乳がんの治療開始前に行う基本的な検査とは役割が異なります。

標準治療の選択肢が少なくなった場合や、希少な遺伝子変化に対応する薬や治験を探す場合に検討されます。ただし、検査を受けても、治療へ直接つながる遺伝子変化が必ず見つかるわけではありません。候補となる薬が見つかっても、日本では未承認であったり、治験の参加条件に合わなかったりすることがあります。

そのため、検査を受ける前に、結果が出るまでの期間、自己負担、治療へつながる可能性、遺伝性腫瘍に関する情報が見つかる可能性について説明を受けます。

治療前に心臓や全身状態も確認

検査はがんの性質を調べるためだけに行うものではありません。治療による負担に体が耐えられるかを確認することも必要です。

抗HER2薬など、心臓の機能へ影響する可能性のある薬を使用する場合には、心臓超音波検査などで心機能を確認します。抗がん剤では血球数、肝機能、腎機能を確認し、骨を保護する薬を使用する場合には腎機能や歯の状態も確認します。

また、閉経前か閉経後かによって、ホルモン受容体陽性乳がんで使用する内分泌療法の組み合わせが変わります。閉経前の患者さんでは、卵巣からの女性ホルモン分泌を抑える治療が必要になることがあります。

治療方針を決める際には、検査結果だけでなく、年齢、持病、過去の副作用、現在の日常生活、本人の希望も含めて判断します。検査で使用可能と分かった薬が、必ずしもその患者さんにとって最初に選ぶべき治療とは限らないためです。

検査結果は定期的な見直しを行う

ステージ4乳がんの検査は、治療を始める前に一度行って終わりではありません。治療中は画像検査、血液検査、症状の変化を定期的に確認し、薬が効いているか、副作用が許容できる範囲かを評価します。

病変が大きくなった場合には、全身で進行しているのか、一部の病変だけが進行しているのかを確認します。一部だけが進行していれば、その病変へ放射線治療などを行い、現在の薬物療法を継続できることもあります。全身で進行していれば、バイオマーカーの再評価や次の薬への変更を検討します。

治療方針の説明を受ける際には、次の点を確認すると、検査結果と治療の関係を理解しやすくなります。

  • 現在のER、PgR、HER2の結果はどうなっているか
  • 過去の原発巣と転移巣で結果が変わっていないか
  • HER2のIHCスコアはいくつか
  • 今後必要になる遺伝子検査はあるか
  • 検査結果によって、どの薬が候補になるのか
  • 画像検査で最も注意すべき転移はどこか
  • 治療効果を何で、どの時期に判定するのか

検査結果を一つずつ理解する目的は、専門用語を覚えることではありません。自分の乳がんがどの治療に反応する可能性があり、現在の病状では何を優先すべきかを判断するためにあります。

乳がんステージ4の治療全体像

乳がんステージ4では薬物療法が治療の中心になります。手術や放射線治療も行われますが、主な役割は特定の病変による症状を軽くすることや、少数の転移を局所的に抑えることです。国立がん研究センターも、骨や肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法を原則とし、症状や臓器への影響に応じて転移部位への治療を追加すると説明しています。

治療は、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、転移した臓器、病気の進行速度、過去に使用した薬、現在の体力をもとに組み立てます。最初からすべての薬を同時に使用するのではなく、一つの治療で効果が得られ、副作用も許容できる間は継続し、効果が弱くなった場合や負担が大きくなった場合に次の治療へ変更するのが基本です。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

サブタイプ別の治療組み立て

乳がんステージ4の薬物療法は、大きく分けると次のように組み立てます。

乳がんの主なタイプ 治療の中心 治療選択で確認する主な点
ホルモン受容体陽性・HER2陰性 内分泌療法+分子標的薬 閉経前後、過去の内分泌療法、ESR1・PIK3CAなど
HER2陽性 抗HER2薬+抗がん剤など 過去に使った抗HER2薬、脳転移、心機能
トリプルネガティブ 抗がん剤、免疫療法、ADCなど PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤
HER2-low/ultralow 条件によりADC ホルモン受容体、HER2の発現量、治療歴

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がん

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、肝臓や肺などの機能が急速に悪化していなければ、内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が中心です。ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の増殖を長く抑えられる可能性があり、抗がん剤よりも生活への影響を抑えながら継続できる患者さんもいます。

HER2陽性乳がん

HER2陽性乳がんでは、HER2を狙う薬を抗がん剤などと組み合わせます。複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体があり、過去に使った治療や脳転移の有無を確認しながら、順番に使用します。HER2を標的とする薬の登場によって、HER2陽性転移性乳がんの治療は大きく変化してきました。

トリプルネガティブ乳がん

トリプルネガティブ乳がんでは、内分泌療法や通常の抗HER2療法は使用できません。抗がん剤が基本となりますが、PD-L1の条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されます。BRCA1/2の病的な変化があればPARP阻害薬、一定の治療後には抗体薬物複合体が候補になることもあります。

HER2-low/HER2-ultralow

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性には該当しないものの、がん細胞にわずかなHER2発現が確認される状態です。独立したサブタイプとして一律に治療を決めるのではなく、ホルモン受容体の状態やそれまでの治療歴と合わせて、一部の抗体薬物複合体を使えるかどうかを判断します。

参考:National Cancer Institute「Treatment of Breast Cancer by Stage」

病気の進行が速い場合

薬物療法を選ぶ際には、サブタイプだけでなく、治療をどれほど急ぐ必要があるかも重要です。

骨だけに限られた転移がゆっくり進み、自覚症状が少ない場合には、副作用を抑えながら長く継続できる治療を選びやすくなります。一方、肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が短期間で悪化している場合には、腫瘍を早く小さくできる可能性のある治療を優先します。

このように転移によって重要な臓器の機能が急速に損なわれる危険がある状態は「内臓クリーゼ」と呼ばれることがあります。単に肝臓や肺へ転移があるだけではなく、臓器機能が実際に悪化し、早急な対応が必要な状態を指します。

ホルモン受容体陽性乳がんであっても、内分泌療法の効果を待つ余裕がない場合には、抗がん剤など、より速い縮小効果を期待する治療を選ぶことがあります。治療の強さはステージだけで決めるのではなく、病気の進行速度と臓器の状態から判断します。転移性乳がんの抗がん剤治療では、病気の進行速度、持病、患者さんの希望などが治療選択に影響し、急速な進行や臓器機能への危険がある場合には併用療法が検討されることがあります。

閉経による治療方針の変化

ホルモン受容体陽性乳がんでは、閉経前か閉経後かによって治療の組み立てが異なります。

閉経後は、主に副腎や脂肪組織などで作られる女性ホルモンを抑える治療を選びます。閉経前は卵巣から多くの女性ホルモンが分泌されているため、内分泌療法や分子標的薬の効果を得るには、注射薬などで卵巣機能を抑える治療を組み合わせる必要があります。

閉経前の患者さんでも、卵巣機能を抑えたうえで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法や分子標的薬を使用できる場合があります。月経が止まっていても、抗がん剤や年齢の影響による一時的な変化の可能性があるため、年齢や血液検査などをもとに閉経状態を確認します。

薬の変更について

ステージ4乳がんでは、現在の治療が効いているかを、症状、血液検査、画像検査などから定期的に確認します。腫瘍が縮小していなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、治療効果が得られていると判断することがあります。

治療を変更する主な理由は、病変が明らかに増えた場合、新しい転移が現れた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、または副作用によって治療を続ける利益より負担が大きくなった場合です。

腫瘍マーカーが上昇しただけで、直ちに薬を変更するとは限りません。測定値には変動があり、がん以外の影響を受けることもあるためです。画像検査や症状が安定している場合には、数値の推移を見ながら次の検査まで治療を続けることもあります。

反対に、画像上の変化が小さくても、痛みや息苦しさが強くなり、生活が大きく制限されている場合には、治療内容を見直す必要があります。検査結果だけでなく、患者さんが実際に感じている症状や生活への影響も治療効果を判断する材料です。

一部の病変だけが進行した場合

薬物療法によって大部分の病変が抑えられていても、一つまたは少数の病変だけが大きくなる場合があります。これを「オリゴプログレッション」と呼ぶことがあります。

たとえば、全身の病変は安定しているものの、骨や脳の一部だけが進行した場合には、その病変へ放射線治療や手術を行い、現在の薬物療法を継続できることがあります。効果が続いている薬をすぐにすべて変更せず、進行した場所だけを局所的に治療する考え方です。

ただし、複数の臓器で病変が増えている場合には、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

手術の目的

診断時から遠隔転移がある初発ステージ4乳がんでは、乳房の腫瘍を手術しても、すでに全身へ広がったがん細胞をすべて取り除くことはできません。そのため、乳房に強い症状がなければ、まず薬物療法を行うことが一般的です。

乳房の腫瘍によって出血、痛み、感染、潰瘍、強い臭いなどが生じている場合には、生活の負担を軽減する目的で手術や放射線治療を検討します。また、薬物療法によって全身の病変が長期間安定し、転移がごく限られている患者さんでは、乳房や転移巣への局所治療について個別に検討されることもあります。

一方、症状のない初発ステージ4乳がんに対し、乳房の手術を早期に加えても、薬物療法だけの場合と比べて全生存期間が延びなかった臨床試験があります。乳房の病変自体は抑えやすくなりましたが、手術をすべての患者さんへ行う根拠にはなっていません。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)|Surgical Treatment for Metastatic Breast Cancer(E2108試験)」

放射線治療の目的

放射線治療は、骨転移の痛み、骨折や脊髄圧迫の危険、脳転移、乳房や胸壁からの出血などを抑える目的で行われます。

全身へ作用する薬物療法とは異なり、放射線治療は照射した範囲の病変を局所的に抑える治療です。全身の病気を一度に治療することはできませんが、痛みや神経症状を改善し、歩行や睡眠などの日常生活を保つために重要な役割があります。骨、肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法が原則ですが、症状や全身状態への影響がある場合には、転移した臓器への治療が併用されます。

緩和ケア・支持療法は薬物療法と同時に行う

薬物療法を続けるためには、吐き気、下痢、白血球減少、しびれ、関節痛などの副作用を適切に管理する必要があります。副作用が強い場合には、予防薬や治療薬を追加するほか、投与量を減らす、治療間隔を延ばす、原因となる薬だけを休むといった調整を行います。

薬の量を減らすことは、治療を諦めることではありません。限界まで副作用を我慢して体力を失うよりも、生活を維持できる量へ調整し、治療を継続する方が適している場合があります。

緩和ケアや支持療法は終末期だけの医療ではなく、がんと診断された時点から薬物療法などと並行して受けられます。体の症状だけでなく、不安、仕事、家族、経済的な問題も相談の対象です。

乳がんステージ4の治療は、「最も新しい薬」や「最も強い薬」を一度選べば終わるものではありません。サブタイプ、臓器の状態、過去の治療、副作用、生活上の希望を確認し、その時点で利益が期待できる治療を選び直していきます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの治療

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは、がん細胞がエストロゲンなどの女性ホルモンを利用して増殖するタイプです。ステージ4であっても、肝臓や肺の機能が急速に悪化している状態でなければ、最初から抗がん剤を使うのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬を組み合わせる治療が中心になります。

内分泌療法は、抗がん剤のように細胞を直接攻撃するのではなく、女性ホルモンの作用を抑えることで乳がんの増殖を遅らせる治療です。効果が得られれば、外来で治療を続けながら仕事や家事を維持できる患者さんもいます。ただし、副作用がない治療ではなく、ほてり、関節痛、倦怠感などが生活へ影響することもあります。

内分泌療法で使用する薬

内分泌療法は、女性ホルモンの作られ方や、がん細胞がホルモンを受け取る仕組みに作用します。

内分泌療法の種類 主な働き 主に注意すること
アロマターゼ阻害薬 閉経後に体内で作られるエストロゲンを減らす 関節痛、骨密度低下、ほてり
選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD) がん細胞のエストロゲン受容体を減らす 注射部位の痛み、吐き気、倦怠感など
選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM) エストロゲンが受容体へ結合するのを妨げる 血栓症、ほてりなど
卵巣機能抑制療法 閉経前の卵巣からのホルモン分泌を抑える 更年期症状、骨密度低下

どの薬を選ぶかは、閉経前か閉経後か、過去に受けた内分泌療法、治療終了から再発までの期間によって変わります。閉経前や閉経期の患者さんでは、卵巣機能を抑える注射などを組み合わせたうえで、内分泌療法を行うことがあります。

CDK4/6阻害薬との組み合わせ

CDK4/6阻害薬は、がん細胞が分裂するときに使う仕組みを抑える分子標的薬です。内分泌療法だけで治療する場合と比べ、病気が進行するまでの期間や生存期間を延ばす効果が示されており、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がんにおける基本的な治療の一つとなっています。国内では、パルボシクリブやアベマシクリブなどが内分泌療法と組み合わせて使用されます。

CDK4/6阻害薬はいずれも内服薬ですが、副作用の現れ方は同じではありません。白血球、とくに好中球が減少しやすい薬もあれば、下痢が起こりやすい薬もあります。肝機能異常、倦怠感、食欲低下などがみられることもあるため、定期的な血液検査が必要です。

発熱や悪寒がある場合には、好中球減少による感染症の可能性があります。下痢が続く場合も、脱水によって体力を失う前に連絡することが大切です。薬の量を減らしたり、一時的に休薬したりしても、治療の失敗を意味するわけではありません。副作用を抑え、効果のある治療を長く続けるための調整です。

閉経前の治療について

閉経前の患者さんは卵巣からエストロゲンが分泌されているため、アロマターゼ阻害薬などを単独で使用しても十分な効果が得られません。卵巣機能を抑える注射や、卵巣を手術で摘出する方法を組み合わせることで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法を受けられる場合があります。

卵巣機能を抑えると、ほてり、発汗、気分の変化、膣の乾燥、骨密度低下など、急な更年期症状が現れることがあります。若い患者さんでは、治療が仕事、性生活、将来の妊娠への希望に与える影響も大きいため、症状だけでなく生活上の悩みも医療者へ相談することが重要です。

病状が急速に悪化している場合

ホルモン受容体陽性であっても、すべての患者さんに内分泌療法を優先するわけではありません。肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が急速に悪化している場合には、内分泌療法の効果を待つ時間がないことがあります。

このように、転移によって重要な臓器の機能が差し迫って損なわれる状態では、腫瘍を早く縮小させる目的で、抗がん剤や抗体薬物複合体などを検討します。単に肝臓や肺へ転移しているという理由だけで抗がん剤が必要になるのではなく、臓器機能がどの程度悪化しているかが判断の基準になります。

内分泌療法が効かなくなる理由

内分泌療法によって病気を抑えられていても、時間の経過とともに、がん細胞が薬の影響を受けにくくなることがあります。これを内分泌療法への耐性と呼びます。

耐性が生じる仕組みの一つが、ESR1という遺伝子の変化です。ESR1はエストロゲン受容体に関係する遺伝子で、変異が生じると、女性ホルモンが少ない環境でもがん細胞が増殖しやすくなることがあります。このほか、PIK3CA、AKT1、PTENなどの変化が、治療選択へ関係する場合があります。

検査結果 治療上の主な意味
ESR1変異 別の仕組みで受容体へ作用する内分泌療法を検討する
PIK3CA変異 PI3K経路を標的とする薬が候補になる場合がある
AKT1変異・PTEN異常 AKT経路を標的とする薬が候補になる場合がある
BRCA1/2病的バリアント PARP阻害薬が候補になる場合がある
HER2-low/ultralow 治療歴などの条件によりADCが候補になる

検査結果が陽性でも、直ちに対応する薬を使用するとは限りません。これまで受けた治療、症状、転移部位、日本で承認されている使用条件を確認して、治療の順番を決めます。

ESR1変異に対する新しい治療法

従来は、画像検査で病気の進行を確認してから次の内分泌療法へ変更するのが一般的でした。しかし、血液中のがん由来DNAを定期的に調べることで、画像上は病気が進行していない段階からESR1変異を検出できる場合があります。

2026年には国内でも、アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬による一次治療を一定期間受け、ctDNA検査でESR1変異が確認された患者さんに対し、画像上の進行前にアロマターゼ阻害薬から経口SERDのカミゼストラントへ切り替え、CDK4/6阻害薬を継続する治療が承認されています。対象条件は細かく定められており、すべてのホルモン受容体陽性乳がんに行う検査や治療ではありません。

この治療は、腫瘍が大きくなってから薬を変更するだけでなく、耐性の兆候を血液検査で見つけ、早い段階で治療を調整する考え方を示しています。ただし、ctDNA検査が陰性でもESR1変異が絶対にないとは断定できず、検査の時期や病変量によって結果が変わることがあります。

参考:PMDA「カミゼストラント(エトカマ錠)適正使用ガイド」

病気が進行した場合

最初の内分泌療法とCDK4/6阻害薬で病気が進行した場合でも、臓器機能が安定していれば、別の内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が候補になります。

ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果や、過去に使用した薬を確認し、作用の異なる内分泌療法へ切り替えます。遺伝子変化に対応する薬がない場合でも、mTORという経路を抑える薬を内分泌療法へ組み合わせる方法などがあります。NCIも、ホルモン受容体陽性乳がんに対し、CDK4/6阻害薬、PI3K経路を標的とする薬、mTOR阻害薬などを内分泌療法と組み合わせる治療を示しています。

内分泌療法を変更しても短期間で進行を繰り返す場合、肝臓や肺などの機能に影響が出ている場合、内分泌療法の効果を期待しにくいと判断された場合には、抗がん剤や抗体薬物複合体へ切り替えます。

化学療法後の抗体薬物複合体も選択肢になる

内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなり、進行・再発乳がんに対する化学療法を受けた後には、抗体薬物複合体(ADC)も候補になります。ダトポタマブ デルクステカン(ダトロウェイ)は、化学療法歴のあるホルモン受容体陽性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんに国内で承認されている治療です。TROPION-Breast01試験では、無増悪生存期間中央値がダトロウェイ群6.9か月、医師選択の化学療法群4.9か月でした。ただし、これまで受けた化学療法の種類や回数などを踏まえて使用を判断します。

この薬はTROP-2を目印に抗がん剤成分を届ける薬で、口内炎、吐き気、眼の異常、間質性肺疾患などに注意が必要です。ホルモン受容体陽性・HER2陰性であれば、化学療法を受ける前から一律に使用するという意味ではありません。

参考:PMDA「ダトロウェイ 電子添文|効能・効果、TROPION-Breast01試験」

生活への影響も確認

内分泌療法は、抗がん剤より負担が軽い治療として説明されることがありますが、関節痛、ほてり、倦怠感、不眠、気分の落ち込み、膣の乾燥などが毎日続けば、仕事や外出、性生活へ影響します。CDK4/6阻害薬による下痢や血球減少も、生活の予定を立てにくくする原因になります。

症状が軽く見えても、長期間我慢すれば治療継続が難しくなることがあります。服薬時間の調整、鎮痛薬や下痢止めの使用、運動、休薬や減量などによって負担を減らせる場合があるため、診察では検査数値だけでなく、日常生活で困っていることも具体的に伝えます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法を一つ使って終わるのではなく、CDK4/6阻害薬や遺伝子変化に対応する薬を組み合わせながら、複数の治療を順番に使用します。抗がん剤へ切り替える時期も一律ではなく、内分泌療法への反応、転移した臓器、病気の進行速度、生活への負担を合わせて判断します。

HER2陽性乳がんの治療

HER2陽性乳がんは、がん細胞の表面にHER2というタンパク質が多く発現し、その働きを利用して増殖するタイプです。以前は進行が比較的速い乳がんと考えられていましたが、HER2を狙う薬が複数登場したことで、治療を順番に使用しながら長期間病気を抑えられる患者さんも増えています。

ステージ4では、抗HER2薬を治療の中心とし、抗がん剤や内分泌療法を組み合わせます。どの薬から始めるかは、過去に受けた抗HER2療法、治療終了から再発までの期間、脳転移の有無、心臓や肺の状態などによって変わります。

抗HER2薬の種類

HER2陽性乳がんに使われる薬は、同じHER2を標的としていても、作用の仕組みが異なります。

治療の種類 主な働き 主に注意すること
抗HER2抗体薬 がん細胞表面のHER2へ結合し、増殖の信号を抑える 心機能低下、点滴・注射時の反応
抗体薬物複合体(ADC) HER2を目印として、抗がん剤成分をがん細胞へ届ける 間質性肺疾患、吐き気、骨髄抑制など
HER2チロシンキナーゼ阻害薬 がん細胞内部のHER2の信号を抑える 下痢、肝機能障害、薬の飲み合わせなど
抗がん剤との併用 抗HER2薬と異なる仕組みでがん細胞を攻撃する 脱毛、白血球減少、しびれ、手足症候群など

治療名を覚えることよりも、現在使用している薬がどの種類で、どの副作用へ注意すべきかを把握することが大切です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

HER2陽性乳がんの一次治療

進行・再発乳がんに対する抗HER2療法をまだ受けていないHER2陽性の患者さんでは、トラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン系抗がん剤(THP療法)が従来から使用されてきました。さらに、2026年9月16日にはトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)+ペルツズマブの併用療法が国内で承認され、一次治療から選択できるようになりました。

承認の根拠となったDESTINY-Breast09試験では、進行・再発乳がんに対するHER2標的療法を含む化学療法歴のない患者さんなどを対象に、無増悪生存期間中央値がエンハーツ+ペルツズマブ群40.7か月、従来のTHP療法群26.9か月でした。これは病気が進行するまでの期間に関する試験結果であり、個人の余命を表すものではありません。エンハーツでは間質性肺疾患などの重大な副作用もあるため、治療歴、肺の状態、心機能、通院や副作用の負担を比較して選びます。

ただし、術前・術後治療で抗HER2薬を使用した患者さんや、治療終了から短期間で再発した患者さんでは、一次治療の選択が異なることがあります。DESTINY-Breast09試験でも、術前・術後のHER2標的療法が終了してから進行または転移が見つかるまでの期間などに参加条件が設けられました。「一次治療」とは進行・再発乳がんに対して最初に行う治療であり、早期乳がんの段階で受けた薬物療法歴を無視して決めるものではありません。

従来のTHP療法では、タキサン系抗がん剤を腫瘍の縮小と副作用の状態を見ながら一定期間後に中止し、トラスツズマブとペルツズマブによる維持療法へ移る場合があります。この説明はTHP療法の治療経過に関するもので、エンハーツ+ペルツズマブの投与方法と同一ではありません。薬を減らすことは治療を終了するという意味ではなく、効果と副作用のバランスを考えた調整です。

トラスツズマブとペルツズマブには、それぞれを点滴する方法のほか、両剤を一つにまとめた皮下注射製剤もあります。皮下注射製剤は抗体の働きが異なる治療ではなく、投与方法を簡略化したものです。通院時の投与時間や患者さんの希望、施設の体制を踏まえて選択します。
参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|2026年9月改訂・DESTINY-Breast09試験」

ホルモン受容体が陽性の場合

HER2陽性乳がんの中にも、ホルモン受容体陽性の患者さんがいます。この場合は、抗HER2療法に加え、内分泌療法を利用できる可能性があります。

腫瘍を早く縮小させる必要がある時期には、抗HER2薬と抗がん剤成分を含む治療が中心です。トラスツズマブ・ペルツズマブとタキサン系抗がん剤を組み合わせる治療では、タキサン系薬を終了した後の維持療法として、抗HER2薬と内分泌療法を続けることがあります。

病気の進行が緩やかで抗がん剤による負担を避けたい患者さんでは、抗HER2薬と内分泌療法を組み合わせる方法が検討される場合もあります。ただし、肝臓や肺の機能が急速に悪化している場合には、縮小効果を優先するため、抗がん剤を含む治療が必要です。

HER2陽性乳がんの二次治療以降

一次治療後に病気が進行した場合には、以前どの抗HER2薬を使用したかに応じて次の薬を選びます。従来のTHP療法後などでは、トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)の単剤療法が重要な候補になります。一方、一次治療ですでにエンハーツ+ペルツズマブを使用した患者さんでは、同じ薬を自動的に二次治療でも使うのではなく、作用の異なる抗HER2薬や抗がん剤などを病状に応じて検討します。

2026年9月改訂の国内電子添文では、エンハーツはHER2陽性の手術不能または再発乳がんに対し、ペルツズマブとの併用療法として使用でき、化学療法歴のある患者さんでは単剤投与も可能とされています。したがって「エンハーツは必ず二次治療で初めて使う薬」とは限りません。どちらの方法が適するかは、前治療歴と国内の適応条件を確認して判断します。

この薬では、吐き気、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や赤血球の減少などがみられます。なかでも特に注意が必要なのが間質性肺疾患です。初期には、乾いた咳、息切れ、発熱、酸素飽和度の低下などが現れます。症状が軽くても、次の診察日まで様子を見るのではなく、速やかに治療施設へ連絡する必要があります。

国内電子添文では、治療開始前に胸部CTと問診を行い、治療中も症状や画像を確認することが求められています。間質性肺疾患は重症化すると命に関わるため、早い段階で薬を中止し、必要な治療を開始することが重要です。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)点滴静注用100mg 電子添文」

トラスツズマブ デルクステカン後の治療候補

トラスツズマブ デルクステカンの効果が弱くなった場合にも、過去の治療歴や脳転移の有無に応じて、別の抗HER2療法を検討します。

2026年には日本でも、ツカチニブ、トラスツズマブ、カペシタビンを組み合わせる治療が使用できるようになりました。ツカチニブはHER2の細胞内の働きを抑える内服薬で、国内では「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がん」が適応です。単独では使用せず、トラスツズマブとカペシタビンを併用します。

ツカチニブを含む治療は、脳転移のある患者さんでも候補になります。脳転移を手術や放射線治療で局所的に抑える必要があるかを確認しながら、脳以外の病変を含めた全身治療を組み立てます。

副作用としては、下痢、肝機能障害、カペシタビンによる手足症候群などへ注意が必要です。ツカチニブにはほかの薬の血中濃度へ影響する作用もあるため、処方薬だけでなく、市販薬や健康食品を含めて医師や薬剤師へ伝えます。国内では2026年4月に販売が開始された新しい選択肢であり、使用する順序はそれまでの治療と病状から個別に判断します。

参考:PMDA「ツカイザ錠(一般名:ツカチニブ エタノール付加物)50mg/150mg 適正使用ガイド」

このほか、トラスツズマブ エムタンシンなどの抗体薬物複合体や、抗HER2薬と抗がん剤を組み合わせる治療が検討される場合もあります。使用できる薬や治療の順序は、これまでに受けた薬物療法、その効果と副作用、脳転移の有無などによって変わります。特定の薬をすべての患者さんに同じ順番で使用するわけではなく、国内での承認条件と現在の病状を確認して判断します。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

脳転移がある場合

HER2陽性乳がんでは、治療経過中に脳転移が問題となることがあります。脳転移が見つかったからといって、全身の薬物療法をすべて中止するとは限りません。

頭痛、麻痺、けいれんなどの症状がある場合や、脳の病変が周囲の組織を圧迫している場合には、手術や放射線治療によって早期に症状を改善する必要があることがあります。一方、脳以外の病変が薬物療法で抑えられている場合は、脳への局所治療と全身薬物療法の継続・変更を組み合わせて検討します。どの方法を選ぶかは、脳転移の大きさ、数、症状、これまでの治療歴などに応じて決めます。

脳転移が複数ある場合や、局所治療後にも病変が進行する場合には、脳内の病変にも効果を期待できる抗HER2療法を選びます。トラスツズマブ デルクステカンやツカチニブを含む治療などが候補になりますが、病変の大きさ、症状、過去の放射線治療、脳以外の病状を含めて判断します。

脳転移の詳しい治療については、後の「脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療」の章で解説します。

抗HER2療法では心機能を確認

トラスツズマブやペルツズマブなどの抗HER2薬は、心臓が血液を送り出す機能を低下させることがあります。そのため、治療前と治療中に心臓超音波検査などを行い、左室駆出率と呼ばれる心機能の指標を確認します。

心機能が低下しても自覚症状がない場合があります。動いたときの息切れ、むくみ、急な体重増加、横になると息苦しいといった症状があれば、心不全の可能性もあるため医療者へ伝えます。

心機能が低下した場合には、抗HER2薬を一時的に休み、循環器内科と連携して治療を行うことがあります。数値が回復すれば再開できる場合もあり、心機能の変化だけで抗HER2療法を永久に中止するとは限りません。

副作用の調整について

HER2陽性乳がんでは、抗HER2療法を長期間続けることがあります。そのため、腫瘍の縮小効果だけでなく、毎日の生活へ与える負担も考える必要があります。

点滴日の吐き気や倦怠感、下痢、しびれ、脱毛、皮膚症状などが仕事や家事へ影響することがあります。薬によっては、抗がん剤だけを終了して抗HER2薬を継続したり、投与量を減らしたり、治療間隔を調整したりできます。

副作用を医師へ伝えることは、治療を中止するためではありません。症状が軽いうちに対応することで、効果のある治療を継続しやすくなります。診察では、検査結果だけでなく、食事、睡眠、仕事、外出がどの程度できているかも伝えることが大切です。

一次治療に新たに承認された併用療法がある

HER2陽性の進行・再発乳がんでは、2026年9月16日にエンハーツ+ペルツズマブの一次治療への適応追加が国内承認されました。現在の国内電子添文には、ペルツズマブとの併用療法と、化学療法歴のある患者さんへの単剤療法が区別して記載されています。

この併用療法は、すべてのHER2陽性乳がん患者さんに従来の治療より優先されるという意味ではありません。特に間質性肺疾患をはじめとする副作用、術前・術後の治療歴、心臓や肺の機能、治療を受ける患者さんの希望などを評価し、従来のTHP療法と比較して選びます。また、HER2陽性の進行・再発乳がんへの適応と、早期乳がんの術前・術後に使用する適応は同じではありません。

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|効能・効果、用法・用量、DESTINY-Breast09試験」

HER2陽性乳がんでは、最初の抗HER2療法が効かなくなっても、抗体薬物複合体や内服のHER2阻害薬など、異なる仕組みを持つ治療へ進める可能性があります。過去に使った薬、脳転移、心臓や肺の状態、副作用を確認しながら、抗HER2療法を途切れさせずに次の治療を組み立てていくことが基本です。

HER2-low/HER2-ultralow乳がんの治療

乳がんは長く、HER2を多く発現する「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に分けて治療されてきました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、がん細胞の表面に少量のHER2が確認される患者さんに対し、HER2を目印とする抗体薬物複合体を使用できる場合があります。

この治療選択に使われる分類が「HER2-low(HER2低発現)」と「HER2-ultralow(HER2超低発現)」です。HER2陽性乳がんとは使用する薬の順序や治療の考え方が異なり、ホルモン受容体の状態や過去の治療歴を含めて適応を判断します。

HER2の検査結果

HER2は、乳がん組織を免疫染色するIHC検査で、がん細胞の表面にタンパク質がどの程度発現しているかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+の場合にはISH検査を追加してHER2遺伝子の増幅を確認します。

HER2検査の結果 一般的な分類  治療上の主な意味
IHC 3+  HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 2+かつISH陽性 HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性 HER2-low 条件を満たせば抗HER2抗体薬物複合体が候補になる
IHC 0のうち、ごく弱い不完全な膜染色がある HER2-ultralow ホルモン受容体陽性などの条件を満たせば治療候補になる
IHC 0で膜染色が確認されない HER2発現なし HER2-low/ultralowを対象とする治療の対象にはならない

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|HER2低発現・超低発現の定義と適応条件」

HER2-lowは、IHC 1+またはIHC 2+かつISH陰性と定義されます。HER2-ultralowはIHC 0に分類される中でも、腫瘍細胞の一部にごく弱い膜染色が確認される状態です。日本の電子添文では、HER2-ultralowについて「腫瘍細胞の10%以下に、かすかな、またはかろうじて認識できる不完全な膜染色がある状態」とされています。

HER2-lowはHER2陽性乳がんと同じ病気ではない

HER2-lowやHER2-ultralowという言葉から、「HER2陽性乳がんの軽いタイプ」と考える人もいるかもしれません。しかし、これらは従来のHER2陽性乳がんとは異なります。

HER2陽性乳がんでは、HER2ががん細胞の増殖を強く促すため、トラスツズマブやペルツズマブなど、HER2の働きを抑える治療が中心になります。一方、HER2-lowやHER2-ultralowでは、HER2そのものが病気を大きく動かしているとは限りません。

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性乳がんとは区別されます。HER2の発現量が比較的少ない場合でも、HER2を目印に抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体が、病状や過去の治療歴によって候補になることがあります。治療を考える際には、HER2の検査結果だけでなく、ホルモン受容体が陽性かどうかや、これまでの治療内容も引き続き重要です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

HER2を目印に抗がん剤成分を届ける

HER2-low/ultralow乳がんで使われる代表的な薬が、トラスツズマブ デルクステカンです。この薬は、HER2へ結合する抗体と、強い抗がん剤成分を一つにつないだ抗体薬物複合体です。

抗体部分がHER2を持つがん細胞へ結合すると、薬が細胞内へ取り込まれ、内部で抗がん剤成分が放出されます。HER2の発現量がHER2陽性乳がんほど多くなくても、わずかなHER2を目印として薬を届けられることが、この治療の特徴です。

通常の抗HER2抗体薬とは役割が異なり、HER2の信号を抑えることだけが目的ではありません。抗がん剤成分を腫瘍へ運ぶ仕組みを持つため、吐き気、骨髄抑制、脱毛など、抗がん剤に近い副作用もみられます。

参考:PMDA「エンハーツ 電子添文|HER2-low/ultralowの適応と投与上の注意」

エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)の適応拡大

日本では2025年8月、ホルモン受容体陽性かつHER2-lowまたはHER2-ultralowの手術不能・再発乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンの適応が拡大されました。

承認の根拠となった試験は、転移・再発乳がんに対する内分泌療法を受けた後、抗がん剤への移行が適切と判断された患者さんを対象としています。対象となったのは、主に次のような患者さんです。

  • 内分泌療法を複数受けた後に病気が進行した
  • 内分泌療法とCDK4/6阻害薬を開始して早い段階で進行した
  • 進行・再発乳がんに対する細胞障害性抗がん剤をまだ受けていない
  • ホルモン受容体陽性で、HER2-lowまたはHER2-ultralowが確認されている

これまでは、内分泌療法の効果が乏しくなった後、カペシタビンやタキサン系薬などの抗がん剤へ進むのが一般的でした。現在は条件を満たす患者さんでは、通常の抗がん剤を始める前に、トラスツズマブ デルクステカンを選べる可能性があります。

ただし、内分泌療法が効かなくなったすべての患者さんへ、直ちにこの薬を使用するわけではありません。ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどに応じた内分泌療法や分子標的薬がまだ候補になる場合もあります。病気の進行速度、転移部位、副作用、これまでの治療を比較して順番を決めます。

臨床試験の結果

適応拡大の根拠となったDESTINY-Breast06試験では、内分泌療法歴があり、進行・再発乳がんに対する抗がん剤治療歴のない、ホルモン受容体陽性のHER2-low/ultralow乳がんが対象となりました。

HER2-lowの患者さんでは、無増悪生存期間中央値がトラスツズマブ デルクステカン群13.2か月、医師が選択した抗がん剤群8.1か月でした。HER2-ultralowの患者さんでは、それぞれ13.2か月と8.3か月でした。これらは無増悪生存期間の指標であり、全生存期間や個人の余命を表すものではありません。

ただし、これらの中央値は個人の効果が続く期間を予測する数字ではありません。また、HER2-ultralowはHER2-lowより対象人数が少なく、結果の不確実性が比較的大きい点にも注意が必要です。HER2-ultralowであれば誰にでも同じ効果が得られるという意味ではなく、ホルモン受容体、治療歴、臓器機能などを含めた適応判断が必要です。

抗がん剤治療後のHER2-low乳がんでも候補になる

HER2-low乳がんでは、すでに進行・再発乳がんに対する抗がん剤を受けた患者さんにも、トラスツズマブ デルクステカンが使用されます。この適応には、ホルモン受容体陽性乳がんだけでなく、ホルモン受容体陰性のトリプルネガティブ乳がんの一部も含まれます。

DESTINY-Breast04試験では、1~2種類の抗がん剤治療を受けたHER2-lowの転移性乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンが従来の抗がん剤より病気が進行するまでの期間と全生存期間を延長しました。ホルモン受容体陽性集団の無増悪生存期間中央値は10.1か月に対し5.4か月、ホルモン受容体陰性例を含む全体では9.9か月に対し5.1か月でした。

一方、2026年10月時点の国内電子添文では、HER2-ultralowに対する適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としています。トリプルネガティブ乳がんでIHC 0のHER2-ultralowが確認されても、それだけを理由に同じ適応で使用できるわけではありません。

検査結果を確認し直す意味

過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ記載されていても、実際にはIHC 1+やIHC 2+かつISH陰性で、HER2-lowに該当している可能性があります。また、IHC 0であっても、ごく弱い膜染色があればHER2-ultralowと評価される場合があります。

そのため、治療候補を検討するときには、単に陽性・陰性だけではなく、次の点を確認します。

  • HER2のIHCスコアはいくつだったか
  • IHC 2+の場合、ISH検査は陽性か陰性か
  • IHC 0の場合、膜染色が全くなかったのか
  • 原発巣と転移巣のどちらを検査したのか
  • 検査を行った時期はいつか

HER2の発現量は、原発巣と転移巣、治療前と治療後で変わることがあります。また、IHC 0と1+の境界は非常にわずかであり、標本の状態や判定によって結果が異なる可能性があります。治療選択へ影響する場合には、保存されている標本の再評価や、可能であれば転移巣の再生検が検討されます。

日本の適正使用ガイドでも、HER2-low/ultralowは、十分な経験を持つ病理医または検査施設で、承認された検査方法によって確認することが求められています。

トラスツズマブ デルクステカンの副作用

間質性肺疾患

トラスツズマブ デルクステカンで最も注意すべき副作用の一つが、間質性肺疾患です。肺の組織に炎症が起こり、重症化すると呼吸不全や死亡につながる可能性があります。

初期に現れやすい症状は、新しく始まった乾いた咳、階段や歩行時の息切れ、発熱、息苦しさ、酸素飽和度の低下などがあり、風邪や体力低下に似た症状であっても自己判断で次の診察まで待たず、治療施設へ連絡する必要があります。

症状のない軽度の肺障害であっても、原則として薬を中断します。症状を伴う場合には投与を中止し、必要に応じてステロイド治療を行います。早く見つけるほど重症化を防ぎやすいため、患者さん本人だけでなく家族も初期症状を知っておくことが大切です。

その他の副作用

トラスツズマブ デルクステカンでは、吐き気、嘔吐、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や好中球の減少、貧血などがみられます。DESTINY-Breast06試験では、吐き気、疲労、脱毛、好中球減少などが比較的多く報告されました。

通常は3週間に1回の点滴で、初回は90分かけて投与します。問題がなければ、2回目以降は30分まで短縮できる場合があります。吐き気は点滴当日だけでなく、数日続くことがあります。予防的な吐き気止めを使い、食事を少量ずつ分けるなどの対応を行います。倦怠感が強い日を把握しておくと、仕事や外出の予定を調整しやすくなります。

白血球減少時の発熱や悪寒、貧血による息切れや動悸がある場合には、早めの連絡が必要です。副作用が強いときには、休薬や減量によって治療を続けられる場合があります。

HER2-low/ultralow分類の意義

HER2-lowやHER2-ultralowが見つかったからといって、乳がんそのものが軽い、あるいは重いと判断できるわけではありません。また、HER2陽性乳がんへ変化したという意味でもありません。

この分類の意義は、これまでHER2陰性として扱われていた患者さんの中から、HER2を目印とする抗体薬物複合体の効果が期待できる人を見つけられるようになったことです。

ホルモン受容体陽性乳がんでは、内分泌療法や分子標的薬をどこまで使用したか、抗がん剤へ進む時期かどうかを確認します。トリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤なども含めて治療の順番を考えます。

病理報告書に「HER2陰性」と書かれている場合でも、IHCの具体的な点数を確認することで、新たな治療候補が見つかることがあります。治療変更を考える段階では、過去の検査結果をもう一度確認し、必要に応じて病理標本の再評価について主治医へ相談することが大切です。

トリプルネガティブ乳がんの治療

トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも通常の内分泌療法や抗HER2抗体療法の標的にならない乳がんです。抗がん剤や、適応を満たす場合の免疫チェックポイント阻害薬、抗体薬物複合体などを組み合わせて治療を組み立てます。2026年9月には、免疫療法が適さない一部の患者さんに対する新たな一次治療も国内で承認されました。

ただし、トリプルネガティブ乳がんだから全員が同じ薬を受けるわけではありません。PD-L1の発現、生まれつき持っているBRCA1/2遺伝子の病的な変化、HER2のわずかな発現、過去に使用した抗がん剤などを確認することで、免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できる場合があります。治療を始める前に必要な検査を済ませておくことが、選択肢を狭めないために欠かせません。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」

PD-L1検査

手術不能または再発したトリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1検査が最初の治療を選ぶうえで大きな意味を持ちます。日本では、PD-L1の発現を示すCPSが10以上で、転移・再発乳がんに対する全身薬物療法をまだ受けていない患者さんに対し、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブと抗がん剤の併用が検討されます。

併用する抗がん剤には、パクリタキセル、nab-パクリタキセル、ゲムシタビンとカルボプラチンなどがあり、過去の治療歴や副作用、病状に応じて選びます。

承認の根拠となったKEYNOTE-355試験では、CPSが10以上の患者さんにおいて、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、ペムブロリズマブと抗がん剤を併用した群で9.7か月、抗がん剤だけの群で5.6か月でした。この数字は個人に効果が続く期間を示すものではありませんが、PD-L1の条件を満たす患者さんでは、抗がん剤へ免疫療法を加える意義が示されています。

参考:NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」、ClinicalTrials.gov「KEYNOTE-355試験」

PD-L1検査では、がん細胞だけでなく周囲の免疫細胞に現れているPD-L1も含めてCPSを計算します。CPSが10未満であれば、転移性トリプルネガティブ乳がんに対するペムブロリズマブと抗がん剤の併用対象にはなりません。また、過去の早期乳がん治療でペムブロリズマブを使用していた場合は、治療終了から再発までの期間なども考慮する必要があります。

免疫療法の注意点

ペムブロリズマブは、免疫細胞にかかっているブレーキを解除し、がん細胞を攻撃しやすくする薬です。そのため、白血球減少や脱毛といった併用抗がん剤の副作用に加え、活性化した免疫が正常な臓器を攻撃する「免疫関連副作用」が起こることがあります。

たとえば、甲状腺や副腎の機能が低下すると、強い倦怠感や食欲低下、寒がり、めまいなどが現れます。肺に炎症が起きれば、咳や息切れ、発熱がみられ、腸に炎症が起きると下痢や腹痛が続くことがあります。肝機能障害や、急激に血糖値が上がる1型糖尿病が起こる可能性もあります。

症状が治療直後に現れるとは限らず、数週間から数か月たってから、あるいはペムブロリズマブを中止した後に出ることもあります。風邪や疲労に見える変化でも、免疫療法を受けていることを伝えたうえで治療施設へ相談する必要があります。副作用が疑われる場合には、投与を休み、免疫反応を抑えるステロイドなどを使用します。早く対処できれば回復する場合がありますが、我慢して重症化すると治療の継続だけでなく臓器機能にも影響します。

参考:PMDA「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)電子添文」

PD-L1陰性の場合

PD-L1の条件を満たさない場合や、免疫療法を使用しにくい持病がある場合には、抗がん剤のほか、適応を満たせば2026年9月に国内承認された抗体薬物複合体も一次治療の候補になります。どの薬が使えるかは、免疫療法の適否、これまで受けた薬物療法、がんの進行速度を踏まえて決めます。通常の抗がん剤を使用する場合は、病状を早く抑える必要がある場合を除き、複数の抗がん剤を一度に使用するよりも、一剤ずつ使用して効果と副作用のバランスを取ることが多くなります。

選択される薬には、タキサン系薬、カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、ビノレルビンなどがあります。プラチナ製剤を使用することもあり、病気が急速に進んでいる場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンなど複数の薬を組み合わせて、腫瘍の縮小を優先することがあります。

どの薬を選ぶかは、以前の術前・術後治療で何を使用したか、その治療から再発までどれくらいの期間が空いているかによって変わります。過去のパクリタキセルで強いしびれが残っていれば、再び末梢神経障害を起こしやすい薬を避けることがあります。内服薬を希望していても、食事が取れない、下痢が続いている、肝機能が大きく低下しているといった状態では、別の治療が適する場合があります。

抗がん剤を選ぶ際には、腫瘍がどれほど縮む可能性があるかだけでなく、脱毛、しびれ、下痢、口内炎、血球減少などが仕事や食事、外出へどの程度影響するかも確認します。治療効果が同程度と考えられる薬が複数ある場合には、通院回数や投与方法を含め、生活に合わせて選択できます。

免疫療法が適さない場合の一次治療:ダトロウェイ

2026年9月16日、ダトポタマブ デルクステカン(ダトロウェイ)が、ホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能または再発乳がんに対して国内で適応追加承認されました。TROP-2というタンパク質を目印に抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体(ADC)です。

承認の根拠となったTROPION-Breast02試験は、転移・再発乳がんに対する化学療法歴がなく、PD-1/PD-L1阻害薬による治療に適さないトリプルネガティブ乳がんを対象としました。PD-L1の発現条件を満たさない患者さんのほか、早期乳がん治療で免疫療法を受けたなどの理由で免疫療法が適さない一部の患者さんも含まれました。

試験では、無増悪生存期間中央値はダトロウェイ群10.8か月、医師が選択した抗がん剤群5.6か月、全生存期間中央値はそれぞれ23.7か月、18.7か月でした。これらの数値は試験集団の結果であり、個々の患者さんの生存期間を予測するものではありません。

ダトロウェイでは、口内炎、吐き気、ドライアイや角膜障害、間質性肺疾患などに注意が必要です。特に新たな咳や息切れ、発熱、見え方の異常が出た場合には、速やかに治療施設へ相談します。なお、すべてのトリプルネガティブ乳がん患者さんが最初からこの薬を使用するわけではなく、免疫療法の適否や過去の治療歴を確認したうえで選択します。

参考:PMDA「ダトロウェイ 電子添文|2026年9月改訂・TROPION-Breast02試験」、厚生労働省 臨床研究情報ポータル「TROPION-Breast02試験」

BRCA1/BRCA2遺伝子の病的な変化

トリプルネガティブ乳がんの患者さんでは、生まれつき持っているBRCA1またはBRCA2遺伝子の病的な変化が見つかることがあります。BRCA1/BRCA2は、傷ついたDNAを修復する働きに関係する遺伝子です。この働きが低下しているがん細胞に対しては、別のDNA修復経路を妨げるPARP阻害薬が効果を示す場合があります。

日本では、がん化学療法歴があり、生殖細胞系列のBRCA遺伝子変異が確認されたHER2陰性の手術不能・再発乳がんに対し、オラパリブやタラゾパリブが治療候補になります。ホルモン受容体の有無を問わないため、条件を満たすトリプルネガティブ乳がんにも使用できます。

オラパリブ・タラゾパリブの副作用

どちらも内服薬ですが、負担が軽い治療とは限りません。とくに貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が起こりやすく、強い倦怠感や息切れが貧血のサインになることがあります。定期的に血液検査を行い、必要に応じて休薬や減量を行います。

BRCA1/2の遺伝学的検査は、使用できる薬を調べるだけの検査ではありません。生まれつきの病的な変化が確認された場合、本人の卵巣がんなどのリスクや、子ども、きょうだい、親など血縁者の健康管理にも関係する可能性があります。検査を受ける前後には、結果をどこまで知りたいか、家族へどのように伝えるかも含めて、遺伝カウンセリングを受けることがあります。

参考:PMDA「リムパーザ(一般名:オラパリブ)電子添文」
参考:PMDA「ターゼナ(一般名:タラゾパリブ)電子添文」

抗体薬物複合体

サシツズマブ ゴビテカンは、TROP-2というがん細胞の表面にあるタンパク質を目印として、抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体です。日本では、化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能・再発乳がんに使用できます。

この薬は21日間を一つのサイクルとして、1日目と8日目に点滴します。毎週通院する週と休薬する週が生じるため、仕事や家族の予定を調整する際には、投与日だけでなく副作用が出やすい時期も確認しておく必要があります。

サシツズマブ ゴビテカンの副作用

特に注意する副作用は、好中球減少と下痢です。好中球が大きく減った状態で発熱すると、重い感染症につながる可能性があります。38度前後の発熱や悪寒、強いだるさがあれば、解熱薬だけで様子を見ずに治療施設へ連絡します。下痢が続けば、水分や電解質が失われ、脱水や腎機能低下を起こすことがあります。

回数が増えた段階で下痢止めの使用方法を確認し、水分を取れない、尿が少ない、立ちくらみがするといった変化があれば早めの受診が必要です。脱毛や吐き気、倦怠感も比較的みられ、生活への負担に応じて休薬や減量を行います。

参考:PMDA「トロデルビ(一般名:サシツズマブ ゴビテカン)電子添文」

HER2-lowの治療候補

トリプルネガティブ乳がんの中にも、HER2検査がIHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性となるHER2-lowの患者さんがいます。化学療法歴などの条件を満たせば、トラスツズマブ デルクステカンが治療候補になる場合があります。

この治療はHER2陽性乳がんだけのものではなく、少量のHER2を抗がん剤成分の届け先として利用します。ただし、HER2-lowであれば必ずサシツズマブ ゴビテカンより先に使用するという決まりではありません。過去の治療、腫瘍の進行速度、脳転移、肺の状態、予想される副作用などを比較して順番を決めます。

トラスツズマブ デルクステカンでは間質性肺疾患が治療判断に大きく関わります。新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には、風邪だと自己判断せず治療施設へ連絡します。もともと肺に病気がある患者さんや、過去に薬剤性肺障害を起こした患者さんでは、使用の可否をより慎重に検討します。

一方、2026年10月時点の国内電子添文では、HER2-ultralowの適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としており、トリプルネガティブ乳がんでごく弱いHER2発現があるだけでは、同じ条件で使用できるとは限りません。病理報告書の「HER2陰性」という記載だけで判断せず、IHCスコアと現在の国内適応を確認する必要があります。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)電子添文」

治療の順番は一つに固定されていない

トリプルネガティブ乳がんでは、ホルモン受容体陽性乳がんのように、内分泌療法を何段階も順番に使用することはできません。一方で、PD-L1高発現なら免疫療法、免疫療法が適さず初回の薬物療法を選ぶ場合にはダトロウェイなど、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬、HER2-lowで治療歴などの条件を満たせばトラスツズマブ デルクステカンというように、検査結果と治療歴によって道筋が分かれます。すべての薬を同時に使用するわけではありません。

最初の治療が効かなくなったときには、病気が全身で進行しているのか、一部の転移だけが進行しているのかを確認します。脳や骨の一部だけが進行している場合には、放射線治療などを追加し、全身では効果が続いている薬を維持できることもあります。複数の臓器で進行していれば、未使用の抗がん剤、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などへ切り替えます。

治療効果を追求するだけでなく、その治療を受けることで食事や睡眠、仕事、外出をどの程度保てるかも判断材料です。副作用が強い治療を短期間だけ続けるより、減量しながら長く続ける方が適する場合もあります。検査で使用可能と分かった薬をすべて使うのではなく、現在の病状に対して利益が見込める順番を考えることが、ステージ4の治療では求められます。

乳がんステージ4の抗がん剤治療

乳がんステージ4では、サブタイプや病状に応じて抗がん剤を使用します。トリプルネガティブ乳がんでは治療の中心となり、HER2陽性乳がんでは抗HER2薬と組み合わせます。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでも、内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなった場合や、肝臓・肺などの機能を守るために腫瘍を早く縮小させる必要がある場合には、抗がん剤が候補になります。

抗がん剤を始めることは、治療の選択肢がほとんど残っていないという意味ではありません。ステージ4乳がんでは、効果と副作用を確認しながら、作用の異なる薬を順番に使用します。現在の薬が効きにくくなった場合にも、未使用の抗がん剤、抗体薬物複合体、分子標的薬などへ進めることがあります。

なお、トラスツズマブ デルクステカン、ダトポタマブ デルクステカン、サシツズマブ ゴビテカンなどの抗体薬物複合体も、がん細胞へ抗がん剤成分を届ける治療です。ただし、使用条件や特有の副作用が異なるため、本章の一覧には含めず、各サブタイプの章で解説しています。

乳がんステージ4で使われる主な抗がん剤

薬剤・薬剤群 主に検討される場面 投与上の主な特徴 注意したい副作用と生活への影響
 タキサン系薬(パクリタキセル、ドセタキセル、nab-パクリタキセル) トリプルネガティブ乳がん、抗HER2薬との併用、腫瘍の縮小を早く得たい場合など 点滴で使用し、毎週または数週間ごとなど治療法によって間隔が異なる 手足のしびれ、白血球減少、脱毛など。しびれが進むと、箸を使う、ボタンを留める、歩くといった動作へ影響する。ドセタキセルでは浮腫にも注意する
カペシタビン 通院点滴の負担を抑えたい場合、複数の治療後、ほかの薬との併用など 自宅で服用する内服薬。服用期間と休薬期間を繰り返す 手足症候群、下痢、口内炎、骨髄抑制など。手足の痛みや皮膚の亀裂により、家事や歩行が難しくなることがある
エリブリン タキサン系薬やアントラサイクリン系薬などの治療後を含む進行・再発乳がん 一定の間隔で点滴し、休薬期間を設ける 好中球減少、倦怠感、脱毛、食欲低下、しびれなど。発熱時には感染症を疑って早めに連絡する
ビノレルビン・ゲムシタビン 過去の治療歴や残っている副作用に応じて選択 単剤で使う場合と、ほかの薬と組み合わせる場合がある 白血球減少、貧血、倦怠感、吐き気など。投与日や休薬期間は治療法によって異なる
アントラサイクリン系薬(ドキソルビシン、エピルビシンなど) 過去に使用していない場合や、再使用による利益が期待できる場合 点滴で使用し、生涯に投与できる総量を考慮する 骨髄抑制、吐き気、脱毛、心機能低下など。過去の投与量と心臓の状態を確認する必要がある
プラチナ製剤(カルボプラチンなど) トリプルネガティブ乳がん、免疫療法との併用、腫瘍の縮小を優先する場合など ほかの抗がん剤と組み合わせることがある 血球減少、吐き気、腎機能への影響など。併用薬によって副作用の出方や強さが変わる

表は代表的な特徴をまとめたものであり、実際の投与方法や副作用は、薬の組み合わせ、投与量、患者さんの臓器機能によって変わります。タキサン系薬では末梢神経障害、カペシタビンでは日常生活を制限する手足症候群、ドセタキセルでは骨髄抑制や浮腫、エリブリンでは血球減少などが治療継続の判断に関わります。

病状が安定している場合

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、病気の進行が比較的緩やかで、臓器機能も保たれている場合、一種類の薬を使用する単剤治療が選ばれることが多くあります。

複数の抗がん剤を組み合わせると、腫瘍が縮小する割合や縮小までの速さが高まる場合があります。一方で、副作用も強くなりやすく、単剤を順番に使用する場合より生存期間が明確に延びるとは限りません。そのため、併用療法は、病気が短期間で進行している場合や、肝臓・肺などの機能が差し迫って悪化し、腫瘍を早く小さくする必要がある場合を中心に検討します。

たとえば、肝臓に転移があるという理由だけで、必ず複数の抗がん剤を使用するわけではありません。黄疸や肝機能低下が急速に進んでいるのか、画像上は転移があっても臓器機能が安定しているのかによって、必要な治療の強さは異なります。

抗がん剤の選び方

抗がん剤を選ぶ際には、乳がんのサブタイプだけでなく、術前・術後治療を含めて過去にどの薬を使ったかを確認します。同じ薬でも、治療終了から長い期間が空いていれば再使用できる場合がありますが、治療中や終了直後に再発した場合には、別の作用を持つ薬が優先されることがあります。

以前の治療によるしびれが残っていれば、タキサン系薬を追加すると手の細かな作業や歩行がさらに難しくなる可能性があります。アントラサイクリン系薬を過去に使用していれば、それまでの総投与量と心機能を確認します。腎機能が低下している場合や、骨髄の回復が遅い場合にも、使用できる薬や投与量が限られることがあります。治療法は、病気の進行速度、持病、過去の副作用、本人の希望を含めて選択します。

内服薬であるカペシタビンは、通院点滴の時間を減らせる利点がありますが、副作用が軽いとは限りません。自宅で服用するため、決められた服用期間を管理し、症状が強くなったときには自分で休薬の必要性を判断せず、治療施設へ連絡することが大切です。カペシタビンの電子添文では、手足症候群が日常生活を制限する程度に応じて評価され、症状に合わせた休薬や減量が定められています。

参考:PMDA「カペシタビン錠 電子添文」

副作用への対処について

抗がん剤の副作用は、点滴や服薬をした当日にすべて現れるわけではありません。吐き気やだるさが数日後に強くなることもあれば、白血球は治療後しばらくしてから減少します。しびれや倦怠感は、治療を重ねるうちに少しずつ蓄積する場合があります。

仕事や家事を続ける場合には、治療日だけでなく、何日目に体調が悪くなり、いつ頃回復するのかを記録すると予定を立てやすくなります。診察では医師に「しびれがあります」と伝えるだけでなく、箸を落とすようになった、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が弱く階段が怖いなど、困っている動作を具体的に説明すると、減量や薬剤変更の必要性を判断しやすくなります。

脱毛、爪の変化、皮膚の乾燥なども、命に直接関わる副作用ではないからと我慢する必要はありません。外出や仕事、人との交流へ影響している場合には、ウィッグ、帽子、爪や皮膚のケアなど、治療前から対策を相談できます。

特に注意すべき兆候

好中球が減少している時期の発熱は、重い感染症の兆候である可能性があります。治療施設から示された体温の基準を超えた場合や、悪寒を伴う場合には、市販の解熱薬だけで様子を見ずに連絡します。

下痢や嘔吐が続き、水分を取れない、尿が極端に少ない、立ち上がるとふらつくといった状態では、脱水や腎機能低下が進んでいる可能性があります。口内炎によって食事が取れない場合や、手足症候群によって歩行が難しくなった場合も、服薬を続けながら次の外来を待つのではなく、休薬が必要かを確認します。

新しい息切れ、むくみ、短期間での体重増加がある場合には、貧血だけでなく、心機能低下や体液貯留が関係していることもあります。特にアントラサイクリン系薬やドセタキセルなどを使用している場合は、症状を早めに伝える必要があります。

減量や休薬は治療の失敗ではない

抗がん剤は、最初に決めた量を変えずに続けることだけが正しい治療ではありません。副作用が強ければ、投与量を減らす、一時的に休む、投与間隔を延ばす、別の薬へ変更するといった調整を行います。

減量によって腫瘍への効果がなくなるとは一概にいえません。副作用を我慢して食事や睡眠が保てなくなり、体力や臓器機能が低下すれば、現在の治療だけでなく、その後の治療も受けにくくなります。治療効果と日常生活の両方を確認し、継続できる量へ調整することが、長期にわたるステージ4乳がんの治療では重要です。

画像検査で腫瘍が完全に消えていなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、現在の治療を続ける意味があります。反対に、腫瘍が縮小していても、副作用によってほとんど食事が取れない、外出できない、転倒するほど足の感覚が低下している場合には、治療の利益と負担を見直さなければなりません。

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、薬の強さだけでなく、何を目的として使うのか、どの副作用なら受け入れられるのか、生活をどの程度維持できるのかを考えます。候補となる薬を比較しながら、その時点の病状と本人の希望に合う治療を選び、必要に応じて量や投与方法を調整していきます。

乳がんの骨転移に対する治療

骨は、乳がんが遠隔転移しやすい部位の一つです。乳がんが骨へ転移した場合も、骨から発生した「骨がん」へ変わったわけではなく、乳がん細胞が骨の中で増殖している状態です。そのため、治療の基本は乳がんのサブタイプに応じた内分泌療法、抗HER2療法、抗がん剤などの全身薬物療法になります。そのうえで、痛みや骨折、神経の圧迫を防ぐために、骨修飾薬、放射線治療、手術などを組み合わせます。

骨転移が見つかっても、直ちに歩けなくなったり、すぐに命へ関わったりするとは限りません。一方で、病変の位置や骨の壊れ方によっては、骨折や脊髄圧迫などを突然起こすことがあります。痛みが軽い段階でも画像を確認し、どの骨にどの程度の負担がかかっているのかを評価することが大切です。

骨転移による痛み

骨転移による痛みは、背中、腰、骨盤、肋骨、腕、脚などに現れます。初期には体を動かしたときだけ痛む場合がありますが、進行すると安静時や夜間にも痛みが続き、睡眠や歩行へ影響することがあります。これまでなかった場所に痛みが続く場合や、鎮痛薬を使っても強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せずに伝える必要があります。

痛みの強さと画像上の病変の大きさが必ず一致するわけではありません。小さな病変でも体重のかかる大腿骨や脊椎にあれば生活への影響が大きくなり、広い骨転移があっても痛みが少ないこともあります。治療を考える際には、画像だけでなく、歩行、寝返り、着替え、階段の上り下りなど、具体的にどの動作が難しくなっているかを確認します。

骨折する前に手術が必要になることも

骨転移によって骨の強度が低下すると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、骨折後に手術を行うよりも、骨折する危険が高い段階で金属製の器具などを使って補強した方が、歩行能力を保ちやすい場合があります。

痛みがあるからといって、運動をすべて中止する必要があるとは限りません。ただし、骨折リスクが高い場所へ自己判断で強い負荷をかけるのは危険です。整形外科やリハビリテーション科が画像を確認し、体重をかけてよい範囲や、杖・歩行器の必要性、安全に行える運動を判断します。

薬物療法でがんを抑えることと、骨を物理的に補強することは役割が異なります。抗がん治療が効く可能性があっても、骨折の危険が差し迫っていれば、手術や放射線治療を先に行うことがあります。

足の脱力や排尿障害は脊髄圧迫の可能性

脊椎の転移が大きくなったり、転移によって背骨がつぶれたりすると、脊髄や神経が圧迫されることがあります。脊髄圧迫では、背中や腰の痛みに続いて、脚のしびれ、力の入りにくさ、歩行の不安定さ、感覚の低下などが現れ、進行すると排尿や排便を自分で調節できなくなる場合があります。

こうした神経症状は、数日待って次の外来で相談するものではありません。圧迫が長く続くほど、治療後も麻痺や排尿障害が残る可能性があるため、突然歩きにくくなった、両脚に力が入らない、股の周囲の感覚がおかしい、尿が出にくいといった変化があれば、速やかに治療施設へ連絡します。

検査では緊急にMRIなどを行い、ステロイド薬、手術、放射線治療を組み合わせます。どの治療を優先するかは、圧迫の原因、背骨の安定性、神経症状の進み方、全身の病状によって異なります。

骨修飾薬の併用について

骨転移がある患者さんでは、がん細胞によって骨が壊される働きを抑える骨修飾薬が使われます。代表的な薬には、皮下注射で投与するデノスマブと、点滴で投与するゾレドロン酸があります。これらの薬は、乳がんそのものを全身から消す薬ではなく、病的骨折、脊髄圧迫、骨病変への放射線治療や手術が必要になる事態を減らす目的で、乳がんへの薬物療法と併用します。

骨修飾薬の副作用

デノスマブでは、血液中のカルシウムが低下することがあります。PMDAの電子添文では、投与前と投与後にカルシウムなどを確認し、原則としてカルシウムとビタミンDを補充しながら使用することが求められています。手足や口の周囲のしびれ、筋肉のけいれん、強い倦怠感などが現れた場合には、低カルシウム血症の可能性もあるため、医療者へ連絡します。特に腎機能が大きく低下している患者さんでは、慎重な管理が必要です。

ゾレドロン酸では、投与前後の腎機能の確認が欠かせません。腎機能が低下している場合には投与量を調整し、治療中に悪化した場合には休薬などを検討します。点滴後に発熱、筋肉痛、関節痛など、インフルエンザに似た症状が一時的に現れることもあります。

参考:PMDA「ランマーク(一般名:デノスマブ)電子添文」
参考:PMDA「ゾレドロン酸点滴静注 電子添文」

骨修飾薬を始める前には歯科受診を行う

デノスマブやゾレドロン酸では、まれではあるものの、あごの骨が壊死したり感染を起こしたりする薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎が問題になることがあります。特に、むし歯や歯周病がある状態で抜歯などの処置を受けると、発症リスクが高まります。PMDAでは、治療開始前に必要な歯科治療を済ませ、治療中も定期的な歯科受診と口腔ケアを続けることを勧めています。

骨修飾薬を使っている間に歯科治療が必要になった場合も、自己判断で薬を中止したり、乳がんの担当医へ伝えずに抜歯を受けたりしてはいけません。歯科医師には骨転移の治療薬を使用していることを伝え、乳腺科と歯科で処置の時期や方法を相談します。

歯やあごの痛み、歯茎の腫れ、歯のぐらつき、抜歯した場所が治りにくい、歯茎から膿や骨のような硬いものが出るといった変化は、顎骨壊死・骨髄炎の兆候となることがあります。放置せず、早い段階で歯科医師と治療担当医へ相談します。

参考:PMDA「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」

放射線治療が有効な場合

痛みのある骨転移には、放射線治療が有効な場合があります。放射線を病変へ当てることで腫瘍を局所的に抑え、痛みを軽減します。照射回数は一律ではなく、1回で終える方法と、数回から複数回に分ける方法があります。病変の位置、骨折リスク、過去の照射歴、全身状態、通院の負担などから決めます。NCIは、骨転移による痛みに対し、1回照射でも複数回照射と同程度の鎮痛効果が得られる場合があると紹介しています。

放射線治療を受けても、痛みがその日のうちに消えるとは限りません。効果が現れるまでに時間がかかることがあるため、鎮痛薬を併用します。照射直後に一時的に痛みが強くなる場合もあり、事前に対応方法を確認しておく必要があります。

定位放射線治療のように病変へ高い線量を集中させる方法が検討されることもありますが、すべての骨転移へ適するわけではありません。脊髄との距離、骨の安定性、病変数、これまでの放射線治療などを評価して選びます。

参考:National Cancer Institute「Radiation for Controlling Pain from Bone Metastases」

高カルシウム血症に注意

骨が広い範囲で壊されると、骨の中のカルシウムが血液中へ流れ出し、高カルシウム血症を起こすことがあります。初期には口が渇く、尿の量が増える、便秘になる、食欲が落ちる、吐き気がするといった変化がみられます。進行すると、強い眠気、意識の混乱、脱水、腎機能低下などを起こし、緊急の治療が必要になります。

体調不良や抗がん剤の副作用と区別しにくい症状ですが、水分を取れないほどの吐き気、急に反応が鈍くなった、会話がかみ合わないといった変化がある場合は、早急に受診します。治療では点滴による補液を行い、病状に応じて骨吸収を抑える薬などを使用します。

痛みを我慢せず、生活を保てる治療を組み合わせる

骨転移の治療では、画像上の病変を小さくすることだけでなく、痛みを抑え、歩行や睡眠を保ち、骨折や麻痺を防ぐことが重要です。鎮痛薬を使用することは、病気が最終段階に入ったという意味ではありません。痛みを抑えることで体を動かしやすくなり、筋力や食欲を保ちやすくなる場合があります。

痛み止めを使っても夜に眠れない、動くたびに鋭い痛みがある、急に歩きにくくなったといった変化は、薬の量を増やすだけでなく、骨折や神経圧迫が起きていないかを確認するきっかけになります。乳腺科だけでなく、放射線治療科、整形外科、歯科、緩和ケア、リハビリテーション科が連携することで、抗がん治療と日常生活の両方を支えます。

骨転移がある患者さん全員に、同じ行動制限が必要なわけではありません。安全な範囲で体を動かすことは、筋力や移動能力を保つうえで役立ちます。どこまで体重をかけてよいか、避けるべき動作があるかを画像に基づいて確認し、過度に安静にすることも、危険な負荷をかけることも避けます。

脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療

乳がんステージ4では、転移した臓器によって現れやすい症状や治療の緊急性が異なります。ただし、脳や肝臓、肺に転移が見つかったからといって、その臓器への手術や放射線治療だけで治療を完結させるわけではありません。基本となるのは、乳がんのサブタイプに合った全身薬物療法です。そのうえで、症状を早く改善する必要がある場合や、限られた病変だけが進行している場合に、手術、放射線治療、胸水を抜く処置などを組み合わせます。

脳転移の治療

乳がんが脳へ転移すると、頭痛、吐き気、けいれん、手足の脱力やしびれ、歩きにくさ、言葉の出にくさ、視界の変化などが現れることがあります。本人より先に家族が、反応が鈍くなった、性格が変わった、会話がかみ合わないといった変化に気付く場合もあります。脳転移の症状は病変ができた場所によって異なり、小さな病変では自覚症状がないこともあります。診断には、脳の細かな病変や周囲のむくみを確認しやすい造影MRIが主に用いられます。

突然けいれんを起こした、片側の手足に力が入らない、言葉を話せない、意識が朦朧とするといった変化は、次回の診察まで待つ症状ではありません。脳転移だけでなく、脳出血や脳梗塞など別の病気の可能性もあるため、速やかな医療機関への連絡や救急受診が必要です。

局所治療

脳転移によって神経症状が生じている場合は、病変の数や大きさ、位置、全身の病状などを確認し、手術や放射線治療を検討します。大きな病変が周囲を圧迫している場合には手術が選択肢となり、病変の位置や大きさによっては、放射線を集中的に照射する定位放射線治療が候補になります。広い範囲に病変がある場合には、全脳照射が検討されることもあります。

放射線治療には病変の進行を抑えたり症状を軽減したりする役割がありますが、正常な脳組織への影響にも注意が必要です。治療後も新たな転移が現れる可能性があるため、定期的な画像検査を続けます。局所治療と全身薬物療法の組み合わせは、脳以外の転移の状態も踏まえて判断します。

支持療法

脳転移の周囲にむくみが生じている場合には、ステロイド薬によって頭痛や神経症状を和らげることがあります。けいれんを起こした患者さんには、再発を防ぐための抗けいれん薬を使用します。これらは脳転移そのものを消す治療ではなく、局所治療や薬物療法へ安全につなげるための支持療法です。

薬物療法

HER2陽性乳がんでは、脳転移を有する患者さんにも使用が検討される薬物療法があります。ただし、頭痛や麻痺などの症状が強い場合には、薬の効果を待つだけでなく、手術や放射線治療の必要性を早急に判断します。脳以外の転移が抑えられている場合でも、全身薬物療法を続けるか切り替えるかは、脳転移の治療後の経過や副作用、これまでの治療歴を踏まえて決めます。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」

肝転移の治療

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には症状が現れないことがあります。病変が広がると、食欲低下、強い倦怠感、右上腹部の違和感、腹部の張り、黄疸などがみられる場合があります。乳がんの肝転移によって黄疸や腹部の腫れが起こる可能性は、NCIの患者向け情報でも示されています。

治療方針を決める際には、CTなどで病変の数と広がりを確認するだけでなく、ビリルビン、AST、ALT、アルブミンなどの血液検査から、肝臓がどの程度機能を保っているかを評価します。画像上は肝転移が多くても肝機能が安定している患者さんがいる一方、短期間で肝機能が悪化し、早急な治療が必要になる場合もあります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

全身薬物療法

肝転移に対しても、サブタイプに合った全身薬物療法が治療の中心です。ホルモン受容体陽性乳がんで肝転移があっても、臓器機能が保たれ、病気の進行が緩やかであれば、内分泌療法と分子標的薬を選べる場合があります。一方、黄疸が進む、食事が急に取れなくなる、肝機能が短期間で低下するといった状態では、腫瘍をより早く縮小できる可能性のある抗がん剤や抗体薬物複合体を優先することがあります。

局所治療

肝臓の病変が一つまたは少数に限られている場合には、手術、焼灼療法、定位放射線治療などの局所治療を専門施設で検討することもあります。ただし、乳がんの肝転移では、画像に見える病変だけを治療しても、体内の別の場所に微小ながん細胞が存在する可能性があります。局所治療を行えば誰でも完治できるわけではなく、全身薬物療法に代わる一般的な治療でもありません。病変が限られているか、ほかの転移が長く安定しているか、局所治療によってどのような利益を期待できるかを、多職種で慎重に判断します。

肺転移/胸膜転移の治療

肺転移は、小さいうちは症状がなく、定期的な画像検査で見つかることがあります。病変が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れます。肺を覆う胸膜へがんが広がり、肺の周囲に胸水がたまると、肺が十分に広がらなくなり、呼吸が苦しくなることがあります。

ただし、治療中に息苦しくなったからといって、必ずしも肺転移が進行したとは限りません。胸水のほか、肺炎、肺血栓塞栓症、貧血、心不全、放射線や薬による肺炎など、複数の原因が考えられます。特に、トラスツズマブ デルクステカンや免疫チェックポイント阻害薬など、肺障害を起こす可能性のある治療を受けている場合には、がんの進行と副作用を区別する必要があります。

急に息苦しくなった、安静にしていても呼吸がつらい、胸の痛みや発熱を伴う、意識が遠のくように感じるといった場合には、次回の外来まで待たずに医療機関へ連絡します。息苦しさの原因によって治療法が大きく異なるため、CT、胸部X線、血液検査、酸素飽和度などを確認します。

肺や胸膜の転移に対しても、乳がんのサブタイプに応じた薬物療法が基本です。薬が効いて病変が小さくなれば、咳や息苦しさ、胸水が改善する可能性があります。一部の病変が気管支を圧迫している場合や、限られた肺転移だけが進行している場合には、放射線治療や手術などを個別に検討することもあります。

胸水が多い場合

胸水によって肺が圧迫されている場合には、細い針や管を胸へ入れて水を抜く胸腔穿刺を行います。胸水を抜くことで肺が広がりやすくなり、短期間で息苦しさが改善することがあります。採取した胸水を調べ、乳がん細胞が含まれているか、感染など別の原因がないかを確認する意味もあります。

胸水を一度抜いても、短期間で再びたまることがあります。繰り返し胸腔穿刺が必要になる場合には、胸の中へ細い管を留置して自宅などで定期的に排液する方法や、肺と胸壁の間を癒着させ、胸水がたまる空間を減らす胸膜癒着術を検討します。どの方法が適しているかは、肺が排液後に十分広がるか、胸水がたまる速さ、通院の負担、全身状態などによって変わります。

胸水を抜く治療は、乳がんそのものを全身から減らす治療ではありません。しかし、呼吸を楽にし、食事や睡眠、歩行を改善することで、次の薬物療法を受けやすくする役割があります。症状を和らげる処置と抗がん治療を対立するものとして考えず、必要に応じて同時に行います。

一部の病変だけが進行した場合

全身薬物療法によって大部分の病変が抑えられているにもかかわらず、脳、肝臓、肺などの一部だけが大きくなることがあります。このような場合には、進行した病変へ手術や放射線治療を行い、全身では効果が続いている薬を維持できる可能性があります。

反対に、複数の臓器で病変が増え、症状や臓器機能も悪化している場合には、局所治療だけでは全身の進行を抑えられません。サブタイプや遺伝子検査の結果を改めて確認し、作用の異なる薬物療法へ切り替えることが中心になります。

脳、肝臓、肺への転移は、転移があるという事実だけで治療法や見通しが決まるものではありません。症状の有無、臓器機能、病変の数と位置、脳以外・肝臓以外の病変が抑えられているかを確認し、全身薬物療法と局所治療の役割を分けて考える必要があります。

緩和ケア・支持療法

乳がんステージ4の治療では、がんを抑える薬物療法と同時に、痛みや息苦しさ、吐き気、倦怠感、不安などを和らげる緩和ケア・支持療法を行います。緩和ケアは、抗がん治療をやめた後にだけ受ける医療ではありません。国立がん研究センターは、がんと診断された時点から、治療と並行して受けられるものと説明しています。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

支持療法は、抗がん剤による吐き気や白血球減少、下痢、しびれなどを予防・軽減し、治療を安全に続けるための医療です。緩和ケアはさらに広く、がんそのものによる症状、気持ちのつらさ、仕事や家族の問題、療養場所への不安なども支援の対象とします。両者は明確に切り分けられるものではなく、患者さんができるだけ普段に近い生活を続けられるよう支えるという点で重なっています。

緩和ケアは、薬物療法などの抗がん治療と並行して利用できます。痛みや息苦しさ、吐き気、不眠などの身体症状だけでなく、不安、治療方針への迷い、仕事や家族の問題も相談の対象です。必要な支援は患者さんごとに異なるため、症状や生活への負担を早めに主治医や看護師へ伝え、緩和ケアチームなどへの相談を検討します。

参考:NCI「Palliative Care in Cancer」

痛みのケア

乳がんステージ4では、骨転移、乳房や胸壁の病変、神経の圧迫などによって痛みが生じることがあります。手術や抗がん剤による神経障害、関節痛など、治療が原因となる痛みもあります。痛みが続くと睡眠や食欲が低下し、歩くことや通院も難しくなるため、痛みを取る治療は生活を楽にするだけでなく、抗がん治療を続ける体力を保つことにもつながります。

痛みの治療では、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬であるオピオイド鎮痛薬などを、痛みの強さや原因に応じて使用します。一定時間ごとに使う薬で普段の痛みを抑え、急に強くなる痛みに対しては頓服薬を併用することがあります。骨転移による局所的な痛みには、鎮痛薬だけでなく放射線治療が有効な場合もあります。

医療用麻薬を使うと依存症になるのではないか、薬を早く使うと後で効かなくなるのではないかと心配する患者さんもいます。しかし、がんによる痛みに対して医師の指示に沿って適切に使用する場合、依存への不安から必要な鎮痛を避ける必要はありません。むしろ、痛みを限界まで我慢すると、体力を消耗し、睡眠や食事、治療への意欲にも影響します。

鎮痛薬を使用しても夜に眠れない、予定より早く痛みが戻る、頓服薬を使う回数が増えた場合には、薬の量や種類を見直します。痛みを数字だけで伝えるのが難しいときは、「寝返りができない」「階段を上れない」「痛くて食事に集中できない」など、生活で困っている動作を伝えると治療調整につながります。

参考:痛み|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさ

乳がんステージ4で息苦しさが生じる原因は、肺・胸膜転移や胸水だけではありません。肺炎、貧血、心不全、血栓、薬剤による肺障害、不安などが関係することもあります。原因によって必要な治療が異なるため、酸素飽和度、血液検査、胸部画像などを確認します。

胸水が多い場合には水を抜く処置、貧血が強い場合にはその原因への治療、肺炎には抗菌薬、心不全には循環器系の治療を行います。薬剤性肺障害が疑われる場合には、原因薬を休止し、必要に応じてステロイド薬を使用します。病気そのものを短期間で改善することが難しい場合でも、姿勢の調整、室内の風、酸素療法、薬物療法などによって呼吸のつらさを軽減できることがあります。

新しく始まった息切れが急速に悪化している、安静にしていても苦しい、胸痛や発熱を伴う、会話を続けられないといった場合には、次回の外来まで待たずに治療施設へ連絡します。呼吸困難は、がんの進行だけでなく、感染症や血栓など緊急性の高い状態でも起こるためです。

倦怠感

倦怠感は、眠っても回復しないだるさ、集中力の低下、何もする気が起きない感覚などとして現れます。がんそのものだけでなく、貧血、痛み、不眠、感染症、脱水、栄養状態の悪化、電解質異常、気分の落ち込みなど、複数の原因が重なっていることがあります。

原因が見つかれば、貧血や感染症の治療、鎮痛薬の調整、不眠や不安への対応などによって改善できる可能性があります。抗がん剤の投与後に一定の周期で強くなる場合には、治療量や投与間隔の調整も検討します。

倦怠感があるときに、すべての活動を中止して長時間寝て過ごすと、筋力が低下し、さらに動きにくくなることがあります。骨折や転倒の危険がなく、体調が許す範囲では、短時間の歩行やストレッチなどが倦怠感の軽減に役立つ場合があります。活動できる時間帯に必要な用事をまとめ、つらい時間帯には休むなど、体力を配分する考え方も有効です。

参考:倦怠感(だるさ)|国立がん研究センター がん情報サービス

食欲低下

食欲低下は、抗がん剤による吐き気や味覚変化、口内炎、便秘、痛み、気分の落ち込みなどによって起こります。肝転移や腹水、高カルシウム血症、感染症が原因となることもあるため、食べられない状態が続くときには、単に栄養指導を受けるだけでなく原因を調べます。

食欲が少ないときは、決められた時間に通常量を食べることへこだわらず、体調のよい時間に少量ずつ取る方法があります。においで吐き気が強くなる場合には冷たい食品を選ぶ、口内炎があれば刺激の少ない柔らかい食品にするなど、症状に合わせて工夫します。管理栄養士へ相談すると、現在の症状や治療内容に合った食事方法を検討できます。

一方、がん悪液質が進むと、食事量を増やすだけでは体重や筋肉量を十分に回復できないことがあります。本人が食べられないことを責めたり、家族が無理に食べさせようとしたりすると、食事の時間そのものが負担になる場合があります。何をどの程度食べられるかだけでなく、吐き気や痛み、便秘を減らし、食べられる時間をつくることが大切です。

参考:食欲がない・食欲不振|国立がん研究センター がん情報サービス

吐き気や便秘

抗がん剤による吐き気は、症状が出てから対処するだけでなく、治療前から吐き気止めを使用して予防します。薬の種類や過去の吐き気の程度によっては、点滴後の数日間も予防薬を続けます。水分も取れない状態が続く場合には、脱水や腎機能低下につながるため、次回の診察を待たずに連絡します。

便秘は、オピオイド鎮痛薬、吐き気止め、活動量の低下、食事や水分量の減少などによって起こります。がん治療中の便秘は生活習慣だけで改善しにくく、慢性化することもあるため、予防的に下剤を使用する場合があります。腹部の張りや吐き気を伴う便秘では、腸閉塞などが隠れている可能性もあり、自己判断で下剤だけを増やさないことが大切です。

参考:便秘|国立がん研究センター がん情報サービス

不安や気分の落ち込み

ステージ4と告げられた後には、死への恐怖、治療が効かなくなる不安、家族や仕事への心配などが繰り返し現れることがあります。検査結果を待つ時期や治療を変更する時期に、不眠や動悸、食欲低下が強くなる人もいます。

不安や落ち込みは、本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。担当医や看護師、心理士、精神科・心療内科などへ相談し、カウンセリングや薬物療法を受けることができます。眠れない状態が続く、何をしても楽しめない、自分を責め続けるといった状態は、早めに相談する理由になります。

緩和ケアでは患者さん本人だけでなく、家族も支援の対象です。介護を担う家族が疲れ切っている場合や、本人へどのように病状を伝えればよいか迷っている場合にも、緩和ケアチームやがん相談支援センターへ相談できます。

仕事や経済的な問題

治療が長期化すると、通院日の確保、休職、収入の減少、医療費などが負担になります。体調が比較的安定していても、治療スケジュールが仕事と合わず、退職を考える患者さんもいます。

治療を始める前や変更する際には、点滴に必要な時間だけでなく、何日目に副作用が出やすいか、通院頻度を変更できるかを確認します。医療ソーシャルワーカーやがん相談支援センターでは、高額療養費制度、傷病手当金、障害年金、介護保険、就労支援などについて相談できます。制度を利用することは治療を諦めることではなく、治療と生活を両立するための支援です。

リハビリテーションはがんと診断された直後から受けられる

がんのリハビリテーションは、手術後だけに行うものではありません。骨転移がある場合の安全な歩き方、筋力低下の予防、むくみへの対応、しびれによる転倒予防、呼吸を楽にする姿勢など、ステージ4でも多くの役割があります。

骨折の危険がある場所に強い負荷をかけることは避けなければなりませんが、必要以上に安静にすると筋力が低下し、入浴やトイレ、外出などが難しくなります。画像を確認したうえで、理学療法士や作業療法士と安全な活動範囲を決めます。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

療養場所は選びなおせる

緩和ケアは、抗がん治療を受けている外来、入院中の一般病棟、緩和ケア外来、緩和ケア病棟、自宅などで受けられます。自宅療養では、訪問診療や訪問看護を利用し、痛みや呼吸症状の管理、薬の調整などを受けることができます。

緩和ケア病棟へ相談したからといって、直ちに抗がん治療を中止し、入院しなければならないわけではありません。将来体調が変化した場合に備えて、利用できる施設や条件を早めに確認しておくこともできます。また、一度決めた療養場所を変えてはいけないわけでもありません。自宅で過ごしていても症状の管理が難しくなれば入院し、症状が落ち着けば再び退院できる場合があります。

緩和ケア・支持療法の目的

ステージ4乳がんでは、治療の効果と体への負担が時間とともに変化します。そのため、治療を続けられるかどうかだけでなく、患者さんが何を大切にしているかを繰り返し確認します。

できるだけ長く仕事を続けたい、強い眠気が出る治療は避けたい、自宅で家族と過ごす時間を優先したいなど、希望は人によって異なります。体調や家庭の状況が変われば、以前と考えが変わることもあります。こうした希望を家族や医療者と共有しておくことは、治療を諦めるためではなく、本人の価値観に合った治療を選ぶための準備です。

緩和ケア・支持療法の目的は、苦痛を完全になくすことだけではありません。症状を少しでも軽くし、食事、睡眠、移動、仕事、家族との時間を保ちながら、必要な抗がん治療を続けられる状態をつくることにあります。痛みや不安を我慢するほど治療に前向きであるということではありません。現在困っていることを早めに伝え、薬物療法、リハビリテーション、心理・社会的支援を組み合わせることが、ステージ4乳がんと長く付き合うための治療の一部です。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの生存率は、診断された時点のステージによって大きく異なります。一般にステージが早いほど、手術や放射線治療によって局所のがんを取り除ける可能性が高くなります。一方、ステージ4では乳房から離れた臓器にもがん細胞が広がっているため、薬物療法によって全身の病気を長く抑えることが治療の中心です。

ただし、生存率は多くの患者さんをまとめて計算した統計であり、一人ひとりの余命や治療効果を示すものではありません。数字を見る際には、対象となった患者さんの診断年、生存率の計算方法、診断時のステージを基準にしているのかを確認する必要があります。

乳がんのステージ別5年・10年純生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの院内がん登録では、女性乳がんについて、UICC TNM分類によるステージ別の5年純生存率と10年純生存率が公表されています。

診断時のステージ 5年純生存率 10年純生存率
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

※5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象とした別々の集計です。同じ患者集団の5年後と10年後を比較した数値ではありません。

ここで使われている純生存率(ネット・サバイバル)とは、乳がん以外の死因による影響を統計的に除き「乳がんだけが死因になると仮定した場合の生存率」を推計したものです。国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年の5年生存率集計から、従来の相対生存率に代わって純生存率(ネット・サバイバル)が採用されています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター

同じ患者集団の追跡結果ではない

表を見ると、ステージ4の生存率が5年時点の39.8%から10年時点の17.0%へ低下しているように見えます。しかし、この二つは同じ患者集団を10年間追跡した結果ではありません。

5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象としています。診断年だけでなく、対象となった施設や患者構成も異なるため「5年後に生存していた39.8%の患者さんのうち、10年後には17.0%になった」と解釈することはできません。

ステージが進むにつれて生存率が低くなる背景には、治療の目的の違いがあります。乳房や近くのリンパ節に病変が限られている段階では、手術や放射線治療によって根治を目指せる可能性があります。一方、遠隔転移のあるステージ4では、画像に見えないがん細胞も含めて全身を治療する必要があり、病気を長期間抑えることが治療の中心になります。

ステージ4の39.8%は「5年しか生きられない」という意味ではない

5年純生存率39.8%とは、ステージ4と診断された患者さん一人ひとりに「5年間生きられる確率が39.8%ある」と伝える数字ではありません。年齢や患者背景の異なる大人数のデータをまとめ、統計的に算出した集団の指標です。

また、5年は生存率を集計するための区切りにすぎません。5年が過ぎた直後に病状が急に悪化するわけではなく、薬物療法を変更しながら10年以上生活する患者さんも含まれています。反対に、診断後の早い段階で臓器機能が悪化する患者さんもいるため、中央値や生存率だけでは個人の経過を予測できません。

NCIも、生存率は大きな患者集団から算出されたものであり、個々の患者さんに何が起こるかを正確に予測することはできないと説明しています。乳がんの見通しは、ステージだけでなく、サブタイプ、年齢、全身状態、転移部位、過去の治療、治療への反応などによって変わります。

現在の患者さんへそのまま当てはめることはできない

ステージ4の10年純生存率17.0%は、2012年に診断された患者さんのデータです。国立がん研究センターも、2012年は院内がん登録を開始して間もない時期で登録精度に課題があり、現在とはがん治療の状況も変化しているため、数値の解釈には注意が必要だとしています。

参考:院内がん登録 2012年10年生存率集計|国立がん研究センター

2012年以降、ホルモン受容体陽性乳がんではCDK4/6阻害薬などの分子標的薬が広く使われるようになりました。HER2陽性乳がんでは複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体が登場し、トリプルネガティブ乳がんでも免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などを使用できる患者さんがいます。

これらの治療を受ける現在の患者さんの長期経過は、2012年診断例を基にした10年生存率には十分反映されていません。ただし、治療が進歩しているからといって、現在のステージ4の10年生存率を推測して別の数字へ置き換えることもできません。17.0%は過去の公的な実績として示し、現在の個人の見通しとは区別して受け止める必要があります。

統計は診断時のステージが基準

院内がん登録のステージ別生存率は、乳がんと診断された時点のステージを基準にしています。

最初はステージ1~3と診断され、手術や術後治療を受けた後に遠隔再発した患者さんは、原則として最初に診断されたステージで登録されます。ステージ4の39.8%や17.0%は、最初から骨や肺、肝臓などへの遠隔転移が見つかった「初発ステージ4」の患者さんが主な対象であり、遠隔再発したすべての患者さんの経過を表しているわけではありません。

初発ステージ4と遠隔再発では、それまでに使用した薬や治療への耐性、再発までの期間などが異なります。遠隔再発後の生存期間を扱う研究では、再発した日から期間を計算することもあるため、診断日から計算したステージ4の生存率とは出発点が異なります。

ステージ4の中でも見通しには大きな差がある

ステージ4乳がんの見通しを考えるうえでは、ホルモン受容体やHER2によるサブタイプが大きく関係します。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法と分子標的薬によって長期間病気を抑えられることがあります。HER2陽性乳がんでは、複数の抗HER2療法を順番に使用できるようになっています。

トリプルネガティブ乳がんは進行が速い場合がありますが、PD-L1、BRCA1/2、HER2-lowなどの検査結果によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できることがあります。

転移部位も見通しに影響します。骨だけに転移がある場合と、肝臓や肺の機能が急速に低下している場合では、治療の緊急性が異なります。ただし、肝転移や肺転移があるだけで、直ちに短い余命を意味するわけではありません。臓器機能が保たれ、薬物療法がよく効いていれば、長期間安定する可能性があります。

診断時には経過を正確に予測できなくても、治療後に腫瘍がどの程度縮小したか、症状や臓器機能が安定しているかを確認することで、その時点から先の見通しを評価し直せます。

生存率ではなく、現在の病状と次の選択肢を確認

主治医へ見通しを尋ねる際には「5年生存率が39.8%なら、自分はどちらに入るのか」と質問しても、明確な答えを出すのは困難です。統計上の生存側と死亡側を、診断時に分けることはできないためです。

今後の生活や治療を考えるためには、現在の治療が効いているか、肝臓や肺などの機能は保たれているか、病気の進行は速いか、次に使える薬があるかを確認する方が具体的です。症状が安定し、次の治療選択肢も残っている場合と、臓器機能が急速に悪化している場合では、同じステージ4でも医師から説明される見通しは異なります。

乳がんステージ4の5年純生存率39.8%、10年純生存率17.0%は、病気全体の傾向を理解するための公的なデータです。しかし、これらは過去の異なる患者集団から算出された数字であり、個人の余命を示すものではありません。サブタイプ、転移部位、臓器機能、治療への反応を確認しながら、その時点での見通しを医療者と共有することが必要です。

乳がんステージ4の余命

乳がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんが知りたいのは「実際には何か月、何年くらい生きられる可能性があるのか」という具体的な数字です。

前章で示した5年純生存率や10年純生存率は、ステージ4乳がん全体の傾向を知るうえで役立ちます。一方、臨床試験では、特定のサブタイプや治療歴を持つ患者さんを対象として、治療開始後の全生存期間中央値が報告されています。

これらの数値は、現在の治療を受けた患者さんがどの程度の期間生存したかを知るための参考になります。ただし、対象患者や治療を始めた段階が試験ごとに異なるため、そのまま個人の余命として受け取ることはできません。

代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値

乳がんステージ4の治療成績を示した代表的な第Ⅲ相試験では、次のような全生存期間中央値が報告されています。

乳がんのタイプ・主な対象 臨床試験・治療段階 試験で行われた治療 全生存期間中央値
ホルモン受容体陽性・HER2陰性。進行乳がんに対する全身治療を受けていない閉経後患者 MONALEESA-2・一次治療 リボシクリブ+レトロゾール 63.9か月
HER2陽性。転移性乳がんに対する抗HER2療法や抗がん剤を受けていない患者 CLEOPATRA・一次治療 ペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル 56.5か月
トリプルネガティブ、PD-L1高発現。進行・再発乳がんに対する全身薬物療法を受けていない患者 KEYNOTE-355・一次治療 ペムブロリズマブ+抗がん剤 23.0か月
HER2-low。転移性乳がんに対して1~2種類の抗がん剤治療歴がある患者 DESTINY-Breast04・二次治療以降 トラスツズマブ デルクステカン  23.4か月

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Pembrolizumab Improves Survival in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」、PMDA「エトカマ錠 電子添文(リボシクリブは本邦未承認との注記)」

なお、KEYNOTE-355試験のPD-L1高発現はCPSが10以上の患者さんを指します。また、MONALEESA-2試験で用いられたリボシクリブは、日本では未承認の薬剤です。表は海外を含む臨床試験の生存期間データを紹介するものであり、記載された薬のすべてが国内で使用可能という意味ではありません。

これらは治療を受けた患者さんの実際の経過を表す数値ですが、乳がんステージ4のタイプ別平均余命を示した表ではありません。

全生存期間中央値の意味

全生存期間中央値とは、対象患者の半数が生存していた期間です。NCIは、診断日または治療開始日から、対象集団の半数が生存している期間と定義しています。

たとえば、全生存期間中央値が23か月だった場合、すべての患者さんが23か月前後で亡くなったわけではありません。約半数は23か月より短い期間で亡くなり、残りの半数はそれより長く生存しています。中には、中央値を大きく超えて数年間治療を継続した患者さんも含まれます。

中央値は「治療を受けた人の典型的な経過を一つの数字で表すための統計」です。患者さん一人ひとりに与えられた期限ではありません。

表の数字をサブタイプ別の余命として比較することはできない

表だけを見ると、ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは63.9か月、HER2陽性乳がんは56.5か月、トリプルネガティブ乳がんは23.0か月と読み取れます。しかし、これらの数字を並べて、サブタイプごとの余命を直接比較することはできません。

MONALEESA-2、CLEOPATRA、KEYNOTE-355は、主に進行・転移性乳がんに対する一次治療の試験です。一方、DESTINY-Breast04は、転移性乳がんに対してすでに1~2種類の抗がん剤を受けた患者さんを対象としています。

DESTINY-Breast04に参加した患者さんは、試験開始前にも転移性乳がんとして治療を受けています。そのため、23.4か月は「ステージ4と診断されてからの全期間」ではなく、試験治療を開始してからの生存期間です。

また、試験ごとに閉経状態、PD-L1、HER2の発現、過去の治療、脳転移の状態、全身状態、肝臓や腎臓などの機能に関する参加条件が設けられています。臨床試験へ参加できる患者さんは、一定の体力と臓器機能を保っている場合が多いため、表の数値がステージ4乳がん患者全体をそのまま表しているわけでもありません。

数値は試験の追跡期間によって変わる

全生存期間中央値は、試験開始時から固定された数値ではありません。追跡期間が延びて新たな生存状況が確認されると、解析結果が更新されることがあります。同じ臨床試験でも、異なる時点で報告された中央値が一致しない場合があります。

例えばCLEOPATRA試験について、この章の表ではNCIが掲載する全生存期間中央値56.5か月を採用しています。臨床試験の結果を読む際には、試験名だけでなく、対象集団と解析時点を併せて確認することが重要です。

診断された日からの余命ではない

臨床試験の全生存期間は、多くの場合、患者さんが試験へ登録され、治療群へ割り付けられた時点から計算されます。最初に乳がんと診断された日や、遠隔転移が見つかった日から数えた期間とは限りません。

初発時からステージ4だった患者さんと、早期乳がんの治療から数年後に遠隔再発した患者さんでは、試験治療を開始するまでの経過が異なります。さらに、二次治療や三次治療の試験では、すでに転移性乳がんとして一定期間治療を受けた患者さんが対象です。

したがって、表の23か月や64か月を「ステージ4になってから生きられる期間」と解釈することはできません。全生存期間中央値は、その試験の対象条件と計測開始時点を合わせて読む必要があります。

治療への反応によって見通しは更新される

診断直後には、その乳がんが薬へどの程度反応するか分からないため、医師が説明できる見通しにも幅があります。治療後に腫瘍が縮小し、症状や臓器機能が安定していれば、診断時よりも長い経過を期待できる可能性があります。画像上で腫瘍が消えていなくても、大きくならずに安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

最初の治療が効かなかった場合でも、直ちに余命が短いと決まるわけではありません。ホルモン受容体、HER2、PD-L1、BRCA1/2などを確認し、作用の異なる薬へ変更することで、再び病気を抑えられることがあります。

一方、複数の薬を使用しても短期間で進行し、臓器機能の低下によって次の治療を安全に受けにくくなった場合には、医師からより厳しい見通しが説明されることがあります。余命の予測は診断時に一度決められるものではなく、治療への反応と体の状態に応じて繰り返し見直されます。

余命は数字ではなく幅を確認する

今後の仕事、家族との時間、財産や療養場所について考えるために、見通しを知りたい患者さんもいます。その場合は「あと何年ですか」と一つの数字だけを求めるより、現在の病状が数か月単位で変化する可能性が高いのか、年単位で安定する可能性があるのかを尋ねる方が、現実的な説明を受けやすくなります。

現在の治療が効いた場合と効かなかった場合の違い、次に使用できる薬が何種類あるか、今後特に注意すべき臓器や症状について確認することも、生活を考える助けになります。

すべての患者さんが詳細な予測を知りたいとは限りません。数字を知ることで準備しやすくなる人がいる一方、強い不安につながる人もいます。どの程度まで知りたいのか、家族にも同じ内容を伝えてよいのかを、あらかじめ医療者へ伝えることができます。

見通しが厳しくても受けられる医療はある

有効性を期待できる抗がん治療が少なくなった場合でも、痛み、息苦しさ、吐き気、不眠、不安などを軽減する治療は続けられます。胸水を抜く処置、骨転移への放射線治療、鎮痛薬の調整、訪問診療や訪問看護などによって、生活の負担を軽くできる場合があります。

新しい抗がん剤を使わないことと、治療を何もしないことは同じではありません。抗がん治療の負担が利益を上回る段階では、症状を抑え、食事や睡眠、家族との時間を保つことが医療の中心になります。

表の数字は、現在の治療によってどのような経過が報告されているかを知る参考にはなりますが、個人の期限ではありません。現在の病気の進行速度、治療への反応、臓器機能、次に使える治療を確認しながら、自分自身の見通しを主治医と共有することが大切です。

乳がんステージ4が完治する可能性

乳がんステージ4では、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器にもがんが広がっています。そのため、一般には手術によってすべてのがんを取り除き、治療を終了することを目指す病期ではありません。乳がんのサブタイプに合った薬物療法を続け、病気の進行を抑えながら、症状や臓器機能、日常生活を保つことが治療の中心です。

ただし、「ステージ4では絶対に病変が消えない」という意味ではありません。治療によって画像上の病変がすべて見えなくなり、その状態が長期間続く患者さんもいます。ここでは、画像上の完全奏効と医学的な完治を区別して考える必要があります。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

乳がん治療では、検査で確認できる病変がすべて消えた状態を「完全奏効」または「完全寛解」と呼びます。NCIは完全奏効を、治療によってがんの徴候がすべて消失した状態と定義していますが、同時に、それが必ずしも治癒を意味するわけではないと説明しています。

用語 主な意味
完全奏効・完全寛解 画像検査などで確認できる病変が消えた状態
部分奏効 病変が一定以上縮小した状態
安定 病変が明らかに縮小してはいないものの、大きくもなっていない状態
NED 検査で病気の存在を確認できない状態
完治・治癒 治療後にがんが再び現れる可能性が十分低く、病気が治ったと判断される状態

完全奏効やNEDは、現在の検査でがんを確認できないことを表しています。一方、完治は、将来も再発しないと判断できる状態を意味します。ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えても、一般には完全奏効や長期寛解と表現し、すぐに完治とは判断しません。

参考:NCI「Dictionary of Cancer Terms|Complete Response」、NCI「Metastatic Breast Cancer」

画像で病変が消えても再発する可能性があるのはなぜか

CTやMRI、PETなどの画像検査には、確認できる病変の大きさに限界があります。治療によって大きな病変が消えても、画像では捉えられない少数のがん細胞が体内に残っている可能性があります。

薬物療法によって多くのがん細胞が死滅しても、一部の細胞が活動を弱めた状態で残り、時間がたってから再び増殖することがあります。治療に反応しやすい細胞が減る一方で、薬の影響を受けにくい細胞が残る場合もあります。

血液検査や腫瘍マーカーが正常になった場合も同様です。腫瘍マーカーは病気の動きを判断する補助にはなりますが、正常値だからといって、がん細胞が体内に一つも存在しないことを証明する検査ではありません。そのため、画像で病変が見えなくなっても、定期的な診察や検査を続け、必要に応じて薬物療法を継続します。

長期間病気が見えない状態を保つケース

転移性乳がんでも、薬物療法によって病気が長期間にわたり抑えられ、年単位で生活を続けられる患者さんがいます。治療への反応が良好で、画像検査で病変を確認できなくなる場合もあります。ただし、検査でがんの徴候が見られなくなった「完全奏効」は、そのまま治癒を意味するものではありません。

長期的な経過には、乳がんのサブタイプ、転移した臓器、治療への反応、副作用や全身状態などが関係します。特定の患者さんがどれだけ長く病気を抑えられるかを、治療開始前に正確に予測することはできません。病変が見えなくなった場合にも、治療の継続と経過観察について主治医と話し合う必要があります。

参考:NCI「Metastatic Breast Cancer」、NCI「Dictionary of Cancer Terms: complete response」

局所治療を検討するケース

転移が一つまたは少数の病変に限られている状態は、オリゴ転移と呼ばれます。転移性乳がんの治療は全身に作用する薬物療法が基本ですが、病変の場所や症状によっては、手術や放射線治療などの局所治療を組み合わせることがあります。例えば、転移による痛みや神経の圧迫がある場合には、その症状を和らげる目的で局所治療を検討します。

転移巣が少ない患者さんに対し、すべての病変を対象とする手術や高精度の放射線治療を追加することで、生存期間が延びるかどうかは、現在も臨床試験で検証されています。転移の数が少ないことだけを理由に、局所治療で完治できると判断することはできません。

局所治療を考える際には、乳がんのサブタイプ、転移部位、過去の治療、薬物療法への反応、治療に伴う負担などを総合的に検討します。全身薬物療法を続ける利益と局所治療を追加する目的を、主治医と具体的に確認することが大切です。

参考:NCI「Breast Cancer Treatment(PDQ)」、NCI「Adding Surgery and Radiation to the Usual Treatment for HER2-Positive Breast Cancer that had Already Spread at Diagnosis」

画像上の病変が消えても治療は続く

ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えた場合でも、現在の薬物療法が病気を抑えている可能性があるため、すぐに治療を終了するとは限りません。

たとえば、HER2陽性乳がんでは、抗がん剤を一定期間で終了しても、トラスツズマブなどの抗HER2療法を維持療法として続けることがあります。ホルモン受容体陽性乳がんでも、病変が見えなくなった後に内分泌療法や分子標的薬を続ける場合があります。

治療を中止できるかどうかについて、すべての患者さんへ当てはめられる明確な基準はありません。完全奏効後に薬を中止しても長期間再発しない患者さんがいる一方、中止後に病気が再び現れる可能性もあります。HER2陽性転移性乳がんの完全寛解後に、抗HER2療法をどれくらい継続すべきかについても、医学的に確立した答えはありません。

治療を続ける利益だけでなく、心機能低下、間質性肺疾患、血球減少、下痢、倦怠感などの副作用や、通院による生活負担も考慮します。病変が見えない状態が長期間続いている場合には、治療の継続、減量、休薬について個別に話し合うことがありますが、自己判断で薬を中止することは避けなければなりません。

がんを完全に消すことだけが治療の成功ではない

ステージ4乳がんでは、完全奏効だけが治療成功の基準ではありません。画像上で病変が残っていても、大きさが変わらず、症状や臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

がんを完全に消すことだけを目標にすると、より強い治療を続けることで副作用が増え、食事や睡眠、仕事、外出が難しくなることがあります。長期間病気を抑える治療では、腫瘍の縮小だけでなく、治療を続けられる体力と生活を保つことも重要です。

現在の薬で病変が小さくならなくても、進行せず安定している場合には、すぐに別の薬へ変更する必要はありません。反対に、画像上では縮小していても、副作用によって生活が大きく制限されている場合には、投与量や治療内容を見直します。

「完治できますか」と尋ねるときに確認したいこと

主治医へ完治の可能性を尋ねる際には、単に「治りますか」と質問するだけでなく、現在の治療で何を目指しているのかを確認すると、より具体的な説明を受けやすくなります。

画像上の病変がすべて消える可能性があるのか、病気を長期間安定させることを目指しているのか、病変が限られていて局所治療を追加する意味があるのかを確認します。完全奏効が得られた場合には、薬をどの程度続けるのか、どのような検査で再発を確認するのかも治療計画に関わります。

乳がんステージ4では、一般に治癒を前提とするのではなく、薬物療法を続けながら病気を長期間抑えることを目指します。一方で、治療によって画像上の病変が消え、長期寛解を保つ患者さんがいることも事実です。

ただし、完全奏効や長期寛解は、将来も再発しないことを保証するものではありません。「完治できるか、できないか」の二択だけで考えるのではなく、現在の治療で病変がどこまで抑えられているか、その状態をどの程度維持できているか、生活を保ちながら治療を続けられるかを確認することが大切です。

標準治療で効果が乏しくなった場合

乳がんステージ4では、一つの治療を続けているうちに、薬の効果が弱くなることがあります。しかし、現在の薬で病気が進行したことと、乳がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。

ホルモン受容体、HER2、PD-L1、遺伝子変化、これまでに使用した薬を見直すと、作用の異なる標準治療が残っている場合があります。進行した病変の再検査や、がん遺伝子パネル検査によって、新たな治療候補や臨床試験が見つかることもあります。まず病気がどこで、どの程度進行しているのかを確認し、受けられる治療を整理することが基本です。

全身の治療を変更する必要があるか確認

腫瘍マーカーが上昇しただけでは、直ちに現在の薬を中止するとは限りません。腫瘍マーカーは病気の動きを確認する補助的な指標であり、数値の変動だけで治療効果を判断できないためです。

治療変更を考える際には、CTやMRIなどの画像検査、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓や肺を含む臓器機能を確認します。複数の臓器で病変が増えていれば、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

一方、大部分の病変は抑えられているものの、骨や脳などの一部だけが進行している場合には、進行した病変へ放射線治療や手術を行い、全身では効果が続いている薬を維持できることがあります。すべての進行が、直ちに薬の全面変更を意味するわけではありません。治療の変更は、病変の増え方と臓器への影響を見て判断します。

ホルモン受容体やHER2を調べ直す

乳がんは、治療を受ける中で性質が変化することがあります。また、最初に採取した乳房の腫瘍と、後に進行した転移巣で、ホルモン受容体やHER2の結果が一致しない場合もあります。

安全に組織を採取できる病変があれば、再生検を行い、現在のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2などを確認することがあります。HER2陽性への変化やHER2-lowへの該当が確認されれば、以前は候補にならなかった抗HER2薬や抗体薬物複合体を検討できる可能性があります。ホルモン受容体の状態も、その後の内分泌療法を選ぶ材料になります。乳がんのバイオマーカー検査は、治療方針を決めるために行われます。

ただし、再生検には出血や痛みなどの負担があり、脳や骨など、組織を安全に採取しにくい場所もあります。検査結果が変わっても治療方針に影響しないと考えられる場合には、無理に生検を行わないこともあります。

組織の採取が難しい場合には、血液中のがん由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが選択肢になることがあります。血液検査であれば体への負担を抑えられますが、がん由来DNAが十分に血液へ流れていない場合には、実際に存在する遺伝子変化を検出できないことがあります。陰性という結果だけで、対象となる変化が絶対にないとは判断できません。

未使用の標準治療が残っていないかを整理

「標準治療が効かなくなった」という表現は、一つの薬が効かなくなった場合と、ガイドラインで推奨される複数の治療をすでに受けた場合の両方に使われることがあります。次の治療を考える際には、これまで使った薬を時系列で整理し、まだ使用していない標準治療がないかを確認します。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果に応じ、作用の異なる内分泌療法や分子標的薬を選べる場合があります。内分泌療法の効果を期待しにくくなった後も、抗がん剤やHER2-low/ultralowを対象とする抗体薬物複合体が候補になります。

HER2陽性乳がんでは、一つの抗HER2薬で進行しても、異なる仕組みを持つ抗体薬物複合体やHER2阻害薬などへ進める可能性があります。トリプルネガティブ乳がんでも、PD-L1、BRCA1/2、HER2-low、過去の抗がん剤治療によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などの候補が変わります。転移性乳がんでは、サブタイプや過去の治療に応じて、複数の薬物療法を順番に使用します。

同じ系統の薬を使用したことがあっても、別の作用機序を持つ薬まで無効とは限りません。一方、理論上は使用可能でも、間質性肺疾患、心機能低下、強いしびれ、骨髄抑制などが残っていれば、安全性の面から選びにくい治療もあります。病気に効果が期待できるかだけでなく、現在の体がその治療を受けられる状態かを確認します。

がん遺伝子パネル検査で治療候補を探す

乳がんで推奨される標準治療が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査を検討することがあります。この検査では、がん組織や血液を使って多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験がないかを探します。

日本の保険診療では、標準治療がない固形がんや、標準治療が終了した、または終了が見込まれる局所進行・転移性の固形がんで、新たな薬物療法を希望する患者さんなどが主な対象です。検査結果は、がんゲノム医療に関わる複数の専門家によるエキスパートパネルで検討され、使用可能な薬や臨床試験の情報が担当医へ返されます。

がん遺伝子パネル検査を受けても、必ず新しい治療が見つかるわけではありません。治療に関係する遺伝子変化が見つからない場合や、変化が見つかっても国内で使用できる薬がない場合があります。対応する臨床試験があっても、実施施設、過去の治療、全身状態などの参加条件を満たせないことがあります。

また、検査によって、乳がんの治療選択とは別に、生まれつきがんを発症しやすい遺伝子の変化が疑われることがあります。その結果は血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを事前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

検査結果が出るまでには一定の時間がかかります。体調や臓器機能が急速に悪化してから検査を始めると、結果が出た時点で新しい治療や臨床試験を受けにくくなっていることもあります。標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、検査を行う時期について主治医へ相談しておくことが大切です。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター

臨床試験や治験も治療選択肢の一つ

臨床試験では、まだ標準治療として確立していない新しい薬や、既存薬の新たな組み合わせについて、効果と安全性を調べます。治験は、臨床試験のうち、薬や医療機器の承認を得ることを目的として行われる試験です。現在の標準治療も、過去の臨床試験によって効果と安全性が確認され、確立されてきました。

臨床試験は、効果が保証された特別な治療ではありません。期待した効果が得られない可能性や、これまで知られていない副作用が起こる可能性があります。参加には、乳がんのサブタイプ、使用した薬、遺伝子検査の結果、臓器機能、全身状態など、試験ごとに定められた条件があります。希望しても必ず参加できるわけではなく、実施している医療機関への通院が必要になる場合もあります。

臨床試験への参加を考える場合には、試験の目的、期待される利益、分かっている副作用、追加で必要になる検査や通院、費用、参加しなかった場合の標準治療を確認します。参加への同意後でも、本人の意思で中止できます。

標準治療が終了してから初めて探すのではなく、次の治療を検討する段階で、該当する試験がないか担当医へ尋ねる方法もあります。国内で実施されている乳がんの臨床試験は、国立がん研究センターのがん情報サービスから検索できます。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

臨床試験と自由診療は区別して考える

標準治療で効果が乏しくなると「最先端治療」「個別化治療」「副作用の少ない治療」などを掲げる自由診療に関心を持つことがあります。しかし、新しいという言葉が、標準治療より効果が高いことを意味するわけではありません。

臨床試験は、倫理審査や法律に基づき、治療の効果と安全性を科学的に評価する仕組みです。一方、自由診療の中には、乳がんに対する有効性が十分に証明されていない治療も含まれます。自由診療では治療費だけでなく、診察、検査、入院、副作用への対応も全額自己負担になる場合があります。

自由診療を検討するときには、どの臨床試験でどの程度の効果が示されたのか、乳がん患者を対象とした比較試験があるのか、治療によって寿命や生活の質が改善した根拠があるのかを確認します。「標準治療ではないから効果がない」と一律に決めつけるのではなく、研究段階の医療として適切に評価されているかを見分けることが必要です。

セカンドオピニオンで治療方針を確認

治療選択肢が少なくなったと説明された場合や、がん遺伝子パネル検査・臨床試験を検討したい場合には、乳がん薬物療法やがんゲノム医療を専門とする医師からセカンドオピニオンを受ける方法があります。

セカンドオピニオンは、現在の主治医を変更するための制度ではなく、診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、自分が納得して治療を選ぶための仕組みです。別の標準治療や臨床試験が見つかることもありますが、現在の治療が妥当だと確認されることもあります。

相談時には、病理報告書、画像検査、これまで使用した薬とその効果、副作用、遺伝子検査の結果などが必要です。特に、薬の名称だけでなく、いつからいつまで使用し、なぜ中止したのかが分かる治療経過は、次の選択肢を判断する重要な資料になります。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

抗がん治療を続けるかは利益と負担を比べて判断

新しい薬が存在しても、その治療を受けることが常に最善とは限りません。腫瘍を縮小できる可能性が低い一方で、強い倦怠感、感染症、下痢、しびれなどによって、食事や睡眠、家族との時間が大きく損なわれる場合があります。治療を続けるかどうかは、薬が残っているかだけでなく、期待できる効果、その効果が現れるまでの時間、副作用、現在の臓器機能、本人が大切にしたい生活を含めて判断します。

抗がん治療による利益が乏しくなった場合でも、痛みや息苦しさを抑える薬、骨や脳転移への放射線治療、胸水を抜く処置、緩和ケア、訪問診療などは続けられます。抗がん剤を使わない選択は、医療を何も受けないという意味ではありません。

標準治療で効果が乏しくなったときには、すぐに「治療法がない」と結論づけるのではなく、病理とバイオマーカー、未使用の標準治療、がん遺伝子パネル検査、臨床試験を順番に確認します。そのうえで、治療によって得られる利益と生活への負担を比較し、現在の自分に合う選択を考えることが大切です。

乳がんステージ4の治療選択肢は増えている

乳がんステージ4の治療では、サブタイプや過去の治療歴に応じて、複数の薬を順番に使用します。近年は新しい薬が承認されただけでなく、従来は治療対象にならなかった患者さんにも選択肢が広がっています。

たとえば、以前はHER2陰性とまとめられていた乳がんの中でも、HER2-lowやHER2-ultralowに該当すれば、抗体薬物複合体を検討できる場合があります。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの遺伝子変化を調べ、内分泌療法が効きにくくなった仕組みに応じて薬を選べるようになっています。HER2陽性乳がんでは、脳転移への効果も検討された薬が国内で使用できるようになりました。

また、がん細胞の表面にあるHER2やTROP-2を目印として抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も増えています。2026年9月には、HER2陽性乳がんの一次治療にエンハーツ+ペルツズマブ、免疫療法が適さない一部のトリプルネガティブ乳がんの一次治療にダトロウェイという新たな国内承認の選択肢が加わりました。一方、間質性肺疾患、骨髄抑制、眼障害、口内炎など、薬ごとに注意すべき副作用があります。新しい薬だから副作用が少ないとは限りません。

新薬が承認されても、すぐに治療を変更するとは限らない

現在の治療で病気を抑えられ、副作用も許容できている場合には、新薬が登場したという理由だけで治療を変更する必要はありません。効果のある薬を早く中止すると、その治療によって病気を抑えられる期間を十分に生かせない可能性があります。ステージ4乳がんでは、現在の治療効果を保ちながら、次に使える薬を残しておくことも治療計画の一部です。

画像検査で病変の増大が確認された場合や、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって現在の治療を続けにくくなった場合には、次の選択肢を検討します。その際は、新薬の名称だけでなく、現在のホルモン受容体やHER2の状態、遺伝子変化、これまでに使用した薬を改めて確認します。

初回診断時の病理検査から長い期間が経過している場合や、病理報告書に「HER2陰性」としか記載されていない場合には、保存されている組織の再評価や、転移巣の再生検によって新しい治療対象に該当すると分かることもあります。

遺伝子検査や臨床試験も治療候補を探す方法

標準治療の選択肢が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査によって、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験を探すことがあります。ただし、遺伝子変化が見つかっても、対応する薬が国内で承認されているとは限りません。臨床試験があっても、過去の治療、臓器機能、全身状態などの参加条件を満たせない場合があります。

血液中のがん由来DNAを調べるctDNA検査も、治療選択に利用され始めています。一部のホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、画像上の進行が起こる前にESR1遺伝子変異を確認し、内分泌療法を変更できる場合があります。ただし、ctDNA検査が画像検査や組織検査に置き換わるわけではなく、現在のところ利用できる対象や治療条件は限られています。

「最新の治療」と「自分に適した治療」は同じではない

臨床試験で高い効果が報告された薬でも、対象となった患者さんのサブタイプや治療歴が自分と異なれば、同じ効果を期待できるとは限りません。海外で承認された薬が、日本でも同じ条件で保険診療として使用できるとは限らない点にも注意が必要です。

最新治療を検討するときには、国内で承認されているか、自分のサブタイプや治療歴が適応条件に合っているか、現在の治療よりどのような利益を期待できるかを確認します。副作用、点滴や服薬の負担、通院回数、次に残る治療まで含めて判断することが必要です。

転移・再発乳がんで新たに使用できるようになった薬、治療選択に必要な検査、抗体薬物複合体、ctDNA、臨床試験・治験については、以下の記事で詳しく解説しています。

新しい治療が見つからない場合や、現在の治療を続けるべきか判断しにくい場合には、これまでの病理検査、使用した薬、治療効果、副作用を整理したうえで、主治医や乳がんを専門とする医師へ相談します。

乳がんステージ4でよくある質問

乳がんステージ4では、治療法だけでなく、治療がいつまで続くのか、入院が必要なのか、仕事や食事をどうすればよいのかといった疑問も生じます。実際の対応は、使用する薬、転移している臓器、症状、全身状態によって異なります。ここでは、患者さんや家族から寄せられることの多い疑問について解説します。

乳がんステージ4の治療はいつまで続きますか?

ステージ4の薬物療法には「必ず○回で終了する」という共通の治療期間はありません。現在の薬で病気を抑えられ、副作用による負担が許容できる間は、同じ治療を継続することがあります。

画像検査で病変が増えた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって治療を続けにくくなった場合には、減量、休薬、薬の変更を検討します。抗がん剤を一定期間で終了した後も、内分泌療法や抗HER2薬などを維持療法として続ける場合があります。

転移性乳がんでは、病気を長期間抑えることが治療目標の一つです。一つの薬が効かなくなっても、サブタイプや治療歴に応じて別の薬へ変更できることがあります。治療期間は最初に一度決めるのではなく、効果と負担を確認しながら見直されます。

参考:乳がんの治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療には入院が必要ですか?

乳がんステージ4の薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。内服薬は自宅で服用し、点滴や注射も決められた日に通院して受ける方法が一般的です。

ただし、すべての治療を外来で受けられるわけではありません。強い痛みや呼吸困難がある場合、感染症や重い副作用が疑われる場合、肝機能などの臓器機能が急速に悪化している場合には、入院して検査や治療を行うことがあります。

骨折や脊髄圧迫、症状のある脳転移、胸水による強い息苦しさなどに対して、手術、放射線治療、胸水を抜く処置が必要なときも、入院を検討します。入院の有無はステージ4という病期だけで決まるものではありません。治療方法、症状、安全に通院できるか、自宅で副作用へ対応できるかを踏まえて判断します。

参考:薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

仕事を続けながら治療できますか?

治療と仕事を両立している患者さんはいます。通院日や副作用が現れやすい時期を考慮し、勤務時間、仕事内容、在宅勤務、休暇の取り方を調整することで、仕事を継続できる場合があります。

一方、点滴後の倦怠感、下痢、吐き気、しびれ、集中力の低下などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることもあります。体調が安定している日とつらい日の差があるため、治療開始前から復帰時期や勤務量を固定しすぎず、実際の経過を見て調整する方が現実的です。

国立がん研究センターは、がんと診断された直後に仕事を辞めることを急がず、治療内容や体調の見通しを確認したうえで働き方を考えるよう案内しています。がん診療連携拠点病院などのがん相談支援センターでは、就労形態にかかわらず、治療と仕事の両立について相談できます。

参考:がんと仕事:働き方を考える|国立がん研究センター がん情報サービス

食べてはいけないものはありますか?

乳がんステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食べ物はありません。医師から特別な指示がなければ、エネルギーやタンパク質などが不足しないよう、無理のない範囲でバランスよく食べることが基本です。

吐き気や味覚の変化、口内炎があるときには、栄養バランスだけを優先して無理に食べる必要はありません。食べられるものを少量ずつ取り、症状に応じて温度、硬さ、味付けを変えます。体重の減少が続く場合には、主治医や管理栄養士へ相談します。

食事内容だけで乳がんを治したり、進行を止めたりする方法は確立していません。極端な糖質制限や特定の食品だけを取る食事療法は、体力や栄養状態を低下させ、薬物療法を続けにくくする可能性があります。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

サプリメントや健康食品の中には、治療薬の効果や副作用に影響するものがあります。食品として販売されていても、薬との相互作用がないとは限りません。

「免疫力を上げる」「がんを小さくする」などと宣伝されていても、サプリメントや健康食品が標準治療の代わりになることは証明されていません。特定の成分を大量に取ることで、肝機能障害や出血などが起きたり、薬の血中濃度が変化したりする可能性もあります。

利用したいものがある場合は、商品名だけでなく、成分や摂取量が分かる容器や資料を医師、看護師、薬剤師へ見せて確認します。すでに使用している場合も、医療者に伝えずに続けたり、急に中止したりせず、治療との影響を確認してください。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

運動してもよいですか?

体調が安定していれば、歩行や軽い体操など、無理のない範囲で体を動かすことは、筋力や日常生活動作を保つ助けになります。がんのリハビリテーションは、診断後の早い時期から、治療中や緩和ケアを受ける時期まで検討できます。

ただし、骨転移がある場合には、病変の場所や骨折の危険性によって避けるべき動作があります。脳転移によるふらつき、強い貧血、息切れ、感染症などがある場合も、自己判断で運動量を増やすべきではありません。

運動を始める前に、歩いてよい距離、持ってよい重さ、避けるべき姿勢について、主治医やリハビリテーションの担当者へ確認します。運動中に痛み、息苦しさ、めまい、動悸が現れた場合は中止し、医療機関へ相談してください。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

どのような症状が出たら早めに病院へ連絡すべきですか?

乳がんステージ4の治療中は、予定された診察日を待たずに相談した方がよい症状があります。

急に強くなった息苦しさ、新しく現れた咳や発熱、意識や話し方の変化、けいれん、片側の手足の動かしにくさ、急激に悪化する痛みなどは、転移による症状や治療の副作用が関係している可能性があります。黄疸や腹部の張り、骨の強い痛みや骨折も、転移部位の状態を確認する必要があります。

嘔吐や下痢が続いて水分を取れない、強い倦怠感で起き上がれない、薬を服用できないといった変化も、脱水や感染症、臓器機能の低下につながる場合があります。

連絡すべき体温や症状の基準は治療薬によって異なります。治療開始時に、夜間や休日の連絡先、どのような症状ならすぐに連絡するのかを確認しておくことが大切です。

乳がんステージ4では、治療を生活へ合わせるだけでなく、生活を守るために治療内容を調整する視点も必要です。副作用や仕事、食事の悩みを我慢し続けるのではなく、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどへ相談することで、治療を続けやすくなる場合があります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

納得できる治療を選ぶために

乳がんステージ4では、同じサブタイプであっても、転移している臓器、病気の進行速度、これまでに受けた治療、臓器機能、副作用によって適した治療は異なります。新しい薬や効果の高い薬を選ぶことだけが、納得できる治療につながるわけではありません。

まず確認したいのは、現在の治療で何を目指しているかです。病変を早く縮小させる必要があるのか、進行を長く抑えることを優先するのか、症状を軽くして生活を保つことが中心なのかによって、選ぶ治療は変わります。

治療効果は、画像上の縮小だけでは判断できません。病変が残っていても大きくならず、痛みや息苦しさ、臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられていると考えられます。反対に、病変が縮小していても、副作用で食事や仕事、睡眠が大きく損なわれている場合には、減量や休薬、治療変更を検討することがあります。

新薬を検討するときは、自分のホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、過去の治療歴が適応条件に合っているかを確認します。現在の治療が効いている場合には、すぐに新薬へ変更せず、次の選択肢として残しておく考え方もあります。

治療方針には患者さん自身の希望も関わります。できるだけ長く仕事を続けたい、通院回数を減らしたい、多少の副作用があっても腫瘍の縮小を優先したいなど、大切にしたいことを医療者へ伝えることで、治療を選びやすくなります。

治療方針に迷う場合には、セカンドオピニオンを利用する方法もあります。現在の治療が妥当だと確認できることも、納得して治療を続けるための大切な判断材料です。

乳がんステージ4の治療では「最も新しい治療」ではなく、現在の病状に合っているか、期待できる効果と負担のバランスを受け入れられるかを考えることが重要です。病状や希望は治療中に変化するため、その都度主治医と治療目標を確認しながら、自分にとって納得できる選択を重ねていきましょう。

「ステージ4の大腸がんです。」

診察室でそう告げられた瞬間、多くの患者さんやご家族は「もう治療法はないのではないか」「余命はどれくらいなのだろう」と強い不安を感じるでしょう。大腸がんのステージ4とは、大腸から離れた臓器や遠隔リンパ節へがんが転移した状態を指します。ただし、ステージ4と「終末期」「治療法がない状態」は同じではありません。転移の場所や広がりによって、治療の目的や選択肢には大きな違いがあります。

抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬に加え、転移した病変を切除する外科治療も進歩しており、ステージ4であっても、原発巣と転移巣をすべて切除できる一部の患者さんでは根治を目指せる場合があります。肝臓や肺への転移が限られていれば、薬物療法で腫瘍を縮小させた後に切除し、長期間再発なく生活できる患者さんもいます。たとえ診断時に手術が難しいと判断されても、治療への反応によって切除の余地が生まれることがあるため、「ステージ4だから手術はできない」と最初から決まっているわけではありません。

一方で、すべての患者さんが同じ治療を受けるわけでもありません。近年では、転移の部位や数だけでなく、RAS遺伝子やBRAF遺伝子の変異、MSI(マイクロサテライト不安定性)の有無、HER2の発現なども調べたうえで、一人ひとりに適した治療法を選択します。「大腸がんステージ4」という診断名は同じでも、実際の治療内容や期待できる治療効果は患者さんによって大きく異なります。

生存率や余命についても、インターネット上にはさまざまな数字が掲載されていますが、それだけで将来を決めつけることはできません。新しい薬剤が次々と登場しているため、過去の統計には現在の治療成績が十分に反映されていない場合もあります。

この記事では、大腸がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、治療の流れ、生存率や余命、完治の可能性、最新治療、標準治療以外の選択肢まで、現在の医学的根拠に基づいて詳しく解説します。診断されたばかりの方、治療中で今後の選択肢を知りたい方、ご家族として情報を整理したい方が、治療を考える際の判断材料として使える内容をまとめました。

  • 大腸がんステージ4でも肝転移や肺転移を含めて切除できる一部の患者では根治を目指せる
  • 切除できない場合は遺伝子・免疫の特徴に応じた薬物療法が中心
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は18.3%だが、経過には大きな幅がある

大腸がんステージ4とは

大腸がんのステージは、がんがどこまで広がっているかを表す指標です。早期のステージⅠではがんは腸の壁の浅い部分にとどまっていますが、病気が進行すると腸の外側へ広がり、周囲のリンパ節へ転移するようになります。そして「大腸から離れた臓器や遠隔リンパ節へ転移した状態がステージ4」です。

医学的にはTNM分類によって決定され、「M(遠隔転移)」が認められた場合はステージ4に分類されます。

ここで重要なのは「ステージ4=全身へ無数に転移している状態」とは限らないということです。例えば、肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんも、肝臓・肺・腹膜へ複数の転移が広がっている患者さんも、同じステージ4に分類されます。しかし、実際の治療方針や予後は大きく異なります。

近年の大腸がん診療では「ステージ4」という分類だけではなく、転移した臓器、転移の個数、腫瘍の大きさ、手術で切除できるか、遺伝子変異の有無、全身状態(Performance Status)などを総合的に評価し、一人ひとりに適した治療方針を決定します。

大腸がんの主な転移先

大腸がんで最も多い転移先は「肝臓」です。大腸から流れ出る血液は門脈を通って肝臓へ集まるため、がん細胞も肝臓へ運ばれやすくなります。実際、大腸がんステージ4患者さんの多くで肝転移が認められます。

次に多いのが「肺転移」です。直腸がんでは骨盤内の静脈を経由して肺へ転移することが多く、結腸がんとはやや異なる転移パターンを示します。そのほかにも、腹膜播種、遠隔リンパ節転移、骨転移、脳転移などがみられることがあります。

転移先によって異なる症状

転移した場所によって症状も異なります。肝転移では初期にはほとんど症状がありませんが、病気が進行すると倦怠感や黄疸が現れることがあります。肺転移では咳や息切れがみられることもありますが、健康診断やCT検査で偶然見つかるケースも少なくありません。腹膜播種では腹水がたまり、お腹の張りや食欲低下、腸閉塞などが問題になることがあります。

このように、大腸がんステージ4といっても転移した部位によって症状や治療方法は大きく変わります。

大腸がんはステージ4でも根治を目指せる

他の多くのがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術が難しくなることが少なくありません。

しかし、大腸がんでは肝転移や肺転移が限られた範囲にとどまっている場合には、転移巣も含めて切除できる可能性があります。さらに近年では、最初は切除できないと判断された患者さんでも、薬物療法への反応などを踏まえ、選択された患者では『コンバージョン手術』が検討されます。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「ステージ4=延命治療だけ」という考え方ではなく、「根治を目指せる可能性があるかどうか」を最初に評価することが、近年の大腸がん診療では非常に重要になっています。

大腸がんステージ4でも治療を行う理由

大腸がんステージ4の治療では「がんを完全になくすこと」だけが目標になるわけではありません。病気の進行を抑えながら生活の質を維持すること、つらい症状を改善すること、そして患者さんによっては根治を目指すことまで、病状に応じて複数の目標を持ちながら治療を進めていきます。

他のがんでは、遠隔転移が見つかった時点で手術による根治が難しくなることも少なくありませんが、大腸がんでは肝臓や肺への転移が限られている場合、転移巣も含めて切除することで長期生存や根治を期待できる患者さんがいます。診断直後から「治療の目的は延命だけ」と決めつけることはできません。

一方、診断時には切除できない、または切除できるかどうかの判断が難しい場合には、薬物療法で病気をコントロールし、その治療効果を慎重に評価しながら、手術を含む次の治療へつなげられるかを繰り返し検討します。

根治を目指せる可能性の見極め

大腸がんステージ4と診断された患者さんの中には、診断時には切除が難しいと判断されるケースも少なくありません。しかし、その判断が治療開始後も変わらないとも限りません。

近年は抗がん剤や分子標的薬を組み合わせることで、診断時には切除できないと判断された肝転移や肺転移でも、腫瘍が縮小して手術可能になる場合があります。このように、薬物療法によって切除可能な状態へ移行し、根治を目指した手術につなげる治療戦略を「コンバージョン治療」と呼びます。

もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。転移の数や部位、全身状態などを総合的に判断する必要がありますが、「現在は手術できない」という診断が、そのまま将来まで変わらないとは限らないことは知っておくべきでしょう。

だからこそ、大腸がんステージ4では治療開始時だけではなく、薬物療法の途中でも画像検査を繰り返し行い、切除の可能性が生まれていないかを定期的に評価することが重要になります。

生活の質を保つことも治療の大切な目的

すべての患者さんが根治を目指せるわけではありません。転移が広範囲に及んでいる場合や、切除が難しい部位へ病変が広がっている場合には、病気と付き合いながら長く生活していくことが現実的な目標になります。

大腸がんでは、腸が狭くなることで便が通りにくくなったり、腸閉塞を起こしたりすることがあります。また、出血による貧血や腹膜播種による腹水などが日常生活へ影響することもあります。こうした症状を改善し、食事や睡眠、外出など、これまでの生活をできるだけ維持できるよう支援することも、ステージ4治療の重要な役割です。

場合によっては、人工肛門(ストーマ)の造設や腸閉塞を防ぐための手術、内視鏡によるステント留置などを行い、まず生活しやすい状態を整えてから薬物療法を開始することもあります。このような治療は「根治を諦めたから行う治療」ではありません。患者さんがその後の治療を安全に続けるためにも、大切な意味を持っています。

治療の目標は経過とともに変わることがある

大腸がんステージ4の治療では、診断された時点で最終的な治療方針が決まるわけではありません。薬物療法が予想以上によく効けば、当初は難しいと考えられていた手術が可能になることがあります。逆に、副作用や病気の進行によって治療内容を見直した方がよい場面もあります。

近年の診療現場では「最初に決めた治療を最後まで続ける」という考え方ではなく、その時々の病状や治療効果を評価しながら、最も適した選択肢へ切り替えていくことが基本になります。この柔軟な治療戦略こそが、大腸がんステージ4診療の特徴です。

治療開始時には延命を主な目的としていた患者さんが、その後コンバージョン手術を目指せるようになることもありますし、根治を目指していた患者さんが、生活の質を優先した治療へ切り替えることもあります。大切なのは「ステージ4だからこうする」と一律に考えるのではなく、現在の病状と治療への反応を踏まえながら、その時点で最善と考えられる選択を積み重ねていくことです。

治療方針を決める検査

大腸がんステージ4の検査には、診断を確定するだけでなく、その後の治療方針を組み立てる役割があります。最初に確認するのは、原発巣と転移巣をすべて切除できる可能性があるかどうかです。同時に、がん細胞の遺伝子や免疫に関わる特徴を調べ、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のうち、どの治療が適しているかを判断します。

日常生活をどの程度送れているか、肝臓や腎臓が薬物療法に耐えられる状態か、食事や栄養を維持できているかも含めて評価するため、同じステージ4でも検査後に提示される治療は一人ひとり異なります。

画像検査は転移の有無だけでなく「切除できる配置か」を確認

CT検査

胸部・腹部・骨盤部の造影CTは、肝臓や肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの転移を確認する基本的な検査です。肝転移が見つかった場合には、個数や大きさだけでなく、肝臓の左右どちらに分布しているか、重要な血管へどの程度近いか、切除後に十分な肝臓を残せるかまで確認します。

MRI検査

CTだけでは小さな病変の評価が難しい場合や、肝切除を具体的に検討する段階では、造影MRIを追加して転移の範囲をより詳しく調べることがあります。

直腸がんでは骨盤MRIの役割も大きく、原発巣が骨盤内の周囲組織へどこまで広がっているか、肛門を残せる可能性があるか、放射線治療を組み合わせる必要があるかを評価します。

PET-CT

PET-CTはすべての患者さんに必須の検査ではありませんが、通常の画像検査だけでは判断しにくい病変がある場合や、肝転移・肺転移を切除する前にほかの遠隔転移がないことを確認したい場合に検討されます。検査の目的は転移を数えることではなく、局所治療によってすべての病変を制御できる余地があるかを見極めることにあります。

大腸内視鏡検査

大腸内視鏡検査では原発巣の位置や大きさを確認し、採取した組織によって大腸がんであることを病理学的に確定します。腸管が狭くなって内視鏡を奥まで通せない場合には、画像検査も組み合わせながら別の病変がないかを確認します。

便がほとんど通らない、出血が続いている、腸閉塞が近いと判断される場合は、薬物療法の内容を決める前に、ステント留置や人工肛門造設、原発巣切除などの対応が必要になることもあります。

RAS・BRAF・MSI/MMRの結果が薬剤選択を変える

切除不能な大腸がんでは、病理組織を用いてRAS遺伝子、BRAF遺伝子、MSIまたはMMRの状態を調べます。

RAS遺伝子

RAS遺伝子に変異がある大腸がんでは、セツキシマブやパニツムマブといった抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくいため、別の治療を検討することになります。RAS野生型なら抗EGFR抗体薬が候補ですが、それだけで薬剤が決まるわけではありません。原発巣が右側結腸にあるか、左側結腸から直腸にあるかによっても期待される効果が異なるため、一次治療では腫瘍の発生部位まで含めて治療方針を組み立てます。

BRAF V600E変異

BRAF V600E変異は、病気が進行しやすい性質を示す予後因子であると同時に、BRAFを標的とした治療へつながる情報でもあります。2025年以降は、BRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、エンコラフェニブとセツキシマブを含む治療を一次治療から用いる選択肢も加わり、診断時にBRAFの状態を把握する意味がさらに大きくなっています。

MSI-H/dMMR

MSI-HまたはdMMRと判定された大腸がんでは、DNAの複製ミスを修復する機能が低下しており、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。このタイプでは、従来の抗がん剤よりも免疫療法を先に検討する場合があるため、治療開始前の検査結果が初回治療そのものを変えます。

MSI-H/dMMRはリンチ症候群を疑う手がかりにもなり、発症年齢や家族歴などによっては、遺伝カウンセリングや追加の遺伝学的検査が提案されます。

HER2やKRAS G12Cなど、二次治療以降につながる検査もある

標準的な検査で治療方針が固まった後も、病状や治療歴に応じて追加のバイオマーカー検査を行うことがあります。

HER2の遺伝子増幅やタンパク質の過剰発現が確認された大腸がんでは、HER2を標的とする薬剤が治療候補になります。KRAS G12C変異陽性例では、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が選択肢となり、極めてまれではあるもののNTRK融合遺伝子などが見つかれば、がんが発生した臓器を問わず使える分子標的薬へつながる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査

遺伝子変異を一つずつ調べるのではなく、複数の遺伝子をまとめて解析するがん遺伝子パネル検査が検討されることもあります。検査を受ければ必ず新しい薬が見つかるわけではありませんが、標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、治験や適応可能な薬剤を探す手がかりになります。

組織の量が不足している場合や再生検が難しい場合には、血液中の腫瘍由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが利用できることもありますが、血液検査で異常が検出されなかったからといって、腫瘍に遺伝子変異がないとは断定できません。

治療を安全に続けられるかも検査で確認

薬物療法を選ぶ際には、腫瘍の情報だけでなく、患者さんの体が治療に耐えられる状態かを確認します。

血液検査/腫瘍マーカー検査

血液検査では白血球や血小板、貧血の程度に加え、肝機能や腎機能、電解質、栄養状態を評価します。CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーは、それだけで治療効果を判定できるものではありませんが、治療前の値を基準として、その後の変化を画像検査とともに追う際に役立ちます。

イリノテカンを含む治療が候補になる場合には、UGT1A1遺伝子多型を調べることがあります。特定の型を持つ患者さんでは、重い白血球減少や下痢が起こりやすいため、開始時の投与量や治療中の観察方法を調整する判断材料になります。

パフォーマンスステータス(PS)評価

日常生活をどの程度自立して送れているかを示すPerformance Status、体重減少や筋肉量、心臓や肺の持病なども治療強度を決めるうえで欠かせません。医学的には使用できる薬であっても、現在の体力や臓器機能によっては、薬剤や投与量を変えた方が安全に長く治療を続けられることがあります。

治療中も定期的に検査を行う

検査結果は一度確認して終わりではありません。診断時には切除不能だった肝転移や肺転移が薬物療法で縮小し、手術や局所治療の対象へ変わることがあるため、治療中も定期的に画像を撮影して切除可能性を見直します。原発巣と転移巣の位置関係、遺伝子検査の結果、薬物療法への反応を、消化器内科、外科、放射線科、病理診断科などが共有して検討することで、手術へ切り替える時期を逃しにくくなります。

大腸がんステージ4の検査は、単に病状の悪さを確認するために行うものではありません。根治を目指せる余地があるのか、最初にどの薬を選ぶべきか、治療をどの程度の強さで始められるかを明らかにし、その後の選択肢をできるだけ多く残すために行われます。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 検査」、国立がん研究センター「大腸がん 治療」、National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」

大腸がんステージ4の治療全体像

大腸がんステージ4の治療方針を決める際、最初の分岐になるのは、原発巣と遠隔転移巣をすべて切除できるかどうかです。

肝臓や肺に転移があっても、病変の数や位置が限られ、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、転移巣を含めた切除によって根治を目指せる可能性があります。遠隔転移が見つかった時点で一律に薬物療法へ進むのではなく、まず外科的に病変を取り切れる余地がないかを検討する点は、大腸がんステージ4の大きな特徴です。

切除可能な場合は手術が検討される

切除可能と判断された場合には、大腸の原発巣と肝転移や肺転移の手術が検討されます。すべてを一度に切除する方法もあれば、患者さんの体力や手術範囲を考慮し、複数回に分けて行う方法もあります。肝臓に多数の病変がある場合でも、切除する順番を工夫したり、残す予定の肝臓をあらかじめ大きくしたりすることで手術を目指せることがあります。

手術の可否は単に転移の個数だけで決まるものではなく、血管との位置関係、切除後に残る臓器の量、原発巣の状態、ほかの臓器への転移の有無まで含めて判断されます。

切除できなくても薬物療法によって手術を目指せる場合がある

診断時には切除不能であっても、薬物療法によって腫瘍を十分に縮小させれば、手術へ移行できる可能性があります。これがコンバージョン治療です。肝転移が重要な血管へ近接している、多数の病変が肝臓の両側に広がっているといった理由で手術が難しい場合でも、抗がん剤と分子標的薬によって病変が縮小すれば、切除可能という判断へ変わることがあります。

コンバージョン治療では、腫瘍を小さくすること自体が最終目的ではありません。薬物療法が効いている間に、すべての病変を取り切れる時期が来ていないかを定期的に確認する必要があります。治療を長く続け過ぎると、薬剤による肝障害や全身状態の低下によって、かえって手術が難しくなることもあります。画像上の変化を腫瘍内科だけで判断するのではなく、大腸外科や肝胆膵外科、呼吸器外科などの専門医が早い段階から評価へ加わることが、手術へ切り替える機会を逃さないために重要です。

切除不能例ではバイオマーカーに応じた薬物療法が中心

遠隔転移が広範囲に及び、すべてを切除することが難しい場合、治療の中心は薬物療法です。一次治療の組み立てを大きく左右するのが、MSI-High/dMMRかどうかという点です。MSI-High/dMMRであれば、免疫チェックポイント阻害薬が一次治療から有力な選択肢になります。これに対し、MSI-High/dMMRではない場合には、FOLFOXやCAPOX、FOLFIRIなどの細胞障害性抗がん薬を土台とし、RAS・BRAFの状態や原発巣の左右、患者さんの全身状態・臓器機能を踏まえて分子標的薬を組み合わせます。

薬物療法は一つの治療を最後まで続けるものではありません。一定期間ごとにCTやMRIで効果を確認し、病気が抑えられていれば継続し、進行が確認された場合には作用の異なる薬剤へ切り替えます。

副作用が強いときには投与量を調整したり、原因となる薬だけを一時的に休薬したりしながら、治療効果と生活への負担のバランスを取ります。一次治療の時点から二次治療以降を見据え、将来使える薬剤を残しながら順番を考えることも、長期的な病勢コントロールにつながります。

原発巣による症状が強い場合は、腸の状態を整える治療を優先

遠隔転移が切除できない状態でも、大腸の原発巣が腸閉塞や出血、穿孔を起こしている場合には、原発巣への対応が必要です。便やガスが通らないほど腸管が狭くなっていれば、内視鏡で金属製ステントを留置して通過を確保したり、人工肛門を造設して便の流れを変えたりします。出血が続いて重い貧血を起こしている場合や、腸に穴が開く危険が高い場合には、原発巣の切除を検討することもあります。

これらの処置は、遠隔転移を治すために行うものではありませんが、食事や排便ができる状態を取り戻し、その後の薬物療法を安全に始めるために欠かせないことがあります。一方、原発巣による症状がなく、遠隔転移を切除できない場合には、予防的に大腸を切除するより、全身治療を優先することが一般的です。大きな手術によって薬物療法の開始が遅れたり、術後合併症で体力が落ちたりする可能性もあるため、原発巣切除によって得られる利益を慎重に見極めます。

直腸がんでは放射線治療を組み合わせる場面もある

結腸がんと直腸がんでは、局所治療の考え方が一部異なります。直腸は骨盤の深い位置にあり、膀胱や生殖器、肛門にも近いため、腫瘍が周囲へ広がると痛みや出血、排便障害が問題になりやすい部位です。そのため、症状を和らげる場合だけでなく、骨盤内の病変を小さくして切除可能性を高めたい場合にも、放射線治療や化学放射線療法が選択肢になります。

肝転移や肺転移に対しても、手術だけが局所治療ではありません。病変の大きさや位置、患者さんの体力によっては、ラジオ波焼灼療法や定位放射線治療などが検討されます。どの方法が適しているかは病変ごとに異なり、薬物療法との順番まで含めて治療計画を組み立てます。

大腸がんステージ4の治療は、手術か薬物療法かを一度だけ選んで終わるものではありません。切除可能性を繰り返し評価し、病気の広がりや薬物療法への反応が変われば、治療の目標と方法も見直します。切除不能から根治手術を目指す方向へ進む患者さんもいれば、症状を抑えながら薬物療法を長く続けることを目標とする患者さんもいます。最初の方針に固執せず、その時点で得られている検査結果をもとに治療を組み替えていくことが、ステージ4の診療を支える基本的な考え方です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん 治療」、National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」

抗がん剤治療 ― FOLFOX・CAPOX・FOLFIRIはどう使い分けるのか

大腸がんステージ4の薬物療法では、一種類の抗がん剤だけを投与するのではなく、作用の異なる複数の薬を組み合わせる治療が基本になります。中心になるのは、5-FUまたはカペシタビンといったフッ化ピリミジン系薬剤に、オキサリプラチンまたはイリノテカンを組み合わせる方法です。治療効果を高めるため、バイオマーカーの結果に応じて分子標的薬を追加することも多く、抗がん剤は薬物療法全体の土台として使われています。

どの組み合わせを選ぶかは、単純に「最も強い治療はどれか」で決まるものではありません。転移巣を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えながら生活を維持したいのかによって、必要な治療強度は変わります。手足のしびれや腎機能低下、下痢を起こしやすい持病、過去に受けた抗がん剤、通院方法や仕事の都合も薬剤選択へ影響します。大腸がんの抗がん剤治療では、腫瘍への効果と治療後の生活を切り離さずに考える必要があります。

FOLFOXとCAPOXはオキサリプラチンを使う代表的な治療

FOLFOX(フォルフォックス)

FOLFOXは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを組み合わせる治療です。国内ではmFOLFOX6と呼ばれる方法が広く使われており、一般的には2週間を一つの周期として投与します。

点滴当日だけで終わるわけではなく、携帯型ポンプを使って5-FUを約46時間かけて持続投与するため、多くの施設では中心静脈ポートを留置します。ポンプを装着したまま自宅で過ごす時間が生じますが、通院日と体調の波を把握できれば、仕事を続けながら治療を受けることも可能です。

CAPOX(カポックス)/XELOX(ゼロックス)

CAPOXは、オキサリプラチンの点滴と、カペシタビンという内服薬を組み合わせます。XELOXと呼ばれることもあり、一般的には3週間を一つの周期として、治療初日にオキサリプラチンを投与し、その後一定期間カペシタビンを服用します。

持続点滴用のポンプを必要としない点は生活上の利点ですが、毎日の服薬管理が必要であり、食事や水分を十分に取れない患者さん、腎機能が低下している患者さんでは別の治療が適することもあります。FOLFOXより簡単な治療、あるいは弱い治療という意味ではなく、同じオキサリプラチン系治療を異なる方法で行う選択肢と考える方が正確です。

オキサリプラチンの副作用について

オキサリプラチンで特徴的なのが、冷たい物へ触れた際に起こるしびれや痛みです。投与後しばらくは、冷たい飲み物で喉が締め付けられるように感じたり、冷蔵庫の物へ触れた手が強くしびれたりすることがあります。

治療を重ねると、温度に関係なく手足のしびれが残り、ボタンを留める、文字を書く、箸を使うといった動作へ影響する場合もあります。末梢神経障害は累積投与量とともに悪化しやすいため、症状が強くなる前にオキサリプラチンを休薬し、ほかの薬だけで治療を続ける判断も行われます。

参考:オキサリプラチン 添付文書|医薬品医療機器総合機構

FOLFIRI(フォルフィリ)ではイリノテカンを組み合わせる

FOLFIRIは、5-FUとレボホリナートにイリノテカンを加えた治療で、FOLFOXと同じく2週間ごとに行う方法が一般的です。

FOLFOXとFOLFIRIはいずれも転移性大腸がんに対する主要な治療であり、一方がすべての患者さんに優れているわけではありません。治療歴がない段階からFOLFIRIを選ぶ場合もあれば、最初にFOLFOXやCAPOXを使用し、病気が進行した後にオキサリプラチンからイリノテカンへ切り替える場合もあります。反対に、FOLFIRIから治療を開始し、二次治療でオキサリプラチン系へ変更する流れもあります。

イリノテカンの副作用

イリノテカンでは下痢と骨髄抑制が問題になりやすく、下痢は投与直後に現れるタイプと、数日後から続くタイプに分かれます。遅れて起こる下痢を放置すると脱水や腎機能低下につながるため、排便回数が急に増えた場合や、水分を取れない状態が続く場合には早い対応が必要です。白血球、とくに好中球が低下すると感染症の危険が高まり、発熱を伴う場合には緊急の診察が必要になることがあります。

イリノテカンの分解にはUGT1A1という酵素が関わっており、特定の遺伝子型を持つ患者さんでは重い好中球減少や下痢が起こりやすいことが分かっています。治療前にUGT1A1遺伝子多型を調べ、その結果や年齢、肝機能を踏まえて開始量を調整することがあります。検査で特定の型が見つかってもイリノテカンを必ず使えないわけではなく、副作用を避けるために投与方法を慎重に決めるための情報として利用されます。

腫瘍を大きく縮小させたい場合にはFOLFOXIRI(フォルフォキシリ)が検討

FOLFOXIRIは、5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカンを組み合わせる治療です。ベバシズマブとの併用を含め、体力が保たれた切除不能進行・再発例で、病勢を強く抑えたいときに候補となります。

目的は一律ではなく、大きな腫瘍縮小を重視する場合もあれば、診断時には切除できなかった肝転移などを縮小させ、手術へつなげることを狙う場合もあります。一方、FOLFOXやFOLFIRIより多くの薬を同時に使うため、好中球減少、下痢、口内炎、末梢神経障害などの負担は大きくなりやすく、治療強度に耐えられるかを慎重に見極める必要があります。

体力が保たれ、主要な臓器機能に問題がなく、強い治療を行う医学的な理由がある患者さんが主な対象です。高齢であることだけを理由に一律に除外されるわけではありませんが、持病や日常生活の状態を含めて慎重に適応を判断します。薬剤の数が多いほど良い治療ということではなく、治療強度を上げることで得られる利益が、副作用による不利益を上回るかを見極めなければなりません。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

副作用に合わせた減量や休薬は治療の失敗ではない

5-FUやカペシタビンでは、口内炎、下痢、食欲低下、骨髄抑制などが起こることがあります。カペシタビンでは、手のひらや足の裏に赤み、痛み、ひび割れが現れる手足症候群にも注意が必要です。初期の段階で保湿や摩擦の回避、休薬などの対応を行えば重症化を防ぎやすいため、日常動作へ影響が出るまで我慢する必要はありません。

抗がん剤の量を減らしたり、投与日を延期したりすると「治療効果がなくなるのではないか」と心配する患者さんもいます。しかし、副作用によって体力を大きく失い、治療を続けられなくなる方が、その後の選択肢を狭めることがあります。

安全に継続できる量は患者さんごとに異なり、減量や休薬は治療を長く続けるための調整です。発熱、強い下痢、食事や水分を取れない状態、急速に悪化するしびれなどがあれば、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡する必要があります。

参考:重篤副作用疾患別対応マニュアル 手足症候群|厚生労働省

同じ薬を最後まで続けるとは限らない

抗がん剤治療中は、一定の間隔でCT検査や腫瘍マーカー、全身状態を確認し、効果と副作用の両方を評価します。腫瘍が縮小して手術可能になれば、薬物療法を続けるのではなく、外科治療へ切り替える時期を検討します。切除を目的としない場合でも、治療効果が保たれている一方でオキサリプラチンによるしびれが蓄積してきたときには、オキサリプラチンだけを外し、フッ化ピリミジン系薬剤と分子標的薬を残す維持療法へ移行することがあります。

病気が進行した場合には、それまで使用していなかった作用機序の薬へ切り替えます。オキサリプラチン系から始めた患者さんではイリノテカン系を、イリノテカン系から始めた患者さんではオキサリプラチン系を次に使うことが基本的な考え方の一つです。後の治療ではトリフルリジン・チピラシルなど別の抗がん剤が候補となることもあり、最初の治療だけで全経過が決まるわけではありません。

大腸がんステージ4の抗がん剤治療では、強い薬を限界まで続けることより、効果が得られる治療を安全につなぎ、必要な時期に手術や次の薬へ移れる状態を保つことが大切です。使用する抗がん剤の骨格が同じでも、組み合わせる分子標的薬はRASやBRAFの遺伝子変異、原発巣の左右によって変わります。

分子標的薬 ― 遺伝子変異と原発巣の位置によって使う薬が変わる

大腸がんに使われる分子標的薬には、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬、がん細胞の増殖に関わる受容体を遮断する薬、特定の遺伝子変異を直接狙う薬があります。いずれも抗がん剤とは異なる仕組みで作用しますが、単独で使用するとは限りません。一次治療ではFOLFOXやCAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどを土台に分子標的薬を組み合わせ、病気が進行した後は、それまでの治療歴と遺伝子検査の結果を見ながら作用の異なる薬へ切り替えていきます。

薬剤選択には、腫瘍の広がりだけでなくRAS、BRAF、HER2、KRAS G12Cなどの状態が関わります。抗EGFR抗体薬では原発巣が大腸の右側にあるか左側にあるかも治療効果へ影響するため、遺伝子変異がないという結果だけで薬が決まるわけではありません。どの分子標的薬を使うかは、腫瘍を縮小させて手術へつなげたいのか、病気を長く抑えたいのか、副作用をどこまで許容できるのかまで含めて判断されます。

ベバシズマブは、腫瘍へ栄養を送る血管が作られるのを抑える

ベバシズマブは、血管内皮増殖因子であるVEGFの働きを抑える抗体薬です。がんは増殖するために周囲へ新しい血管を作り、酸素や栄養を取り込もうとします。ベバシズマブはこの血管新生を妨げることで、抗がん剤の効果を補います。RAS遺伝子の変異の有無にかかわらず使用を検討でき、原発巣が右側にある大腸がんや、抗EGFR抗体薬の対象にならない患者さんにも広く用いられています。

一次治療ではFOLFOX、CAPOX、FOLFIRI、FOLFOXIRIなどと組み合わせます。病気が進行した後もVEGF経路を抑える治療を続ける考え方があり、ベバシズマブを別の抗がん剤と組み合わせて継続するほか、FOLFIRIへラムシルマブまたはアフリベルセプトを加える治療が候補になります。どの薬を選ぶかは、一次治療で使用した薬剤、副作用、病気の進行速度、肝臓や腎臓の状態などを踏まえて決めます。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」

ベバシズマブの副作用

抗VEGF薬では、高血圧、たんぱく尿、出血、血栓症などに注意が必要です。まれではあるものの、消化管穿孔や傷の治りにくさが問題になることもあります。手術を予定している患者さんでは、薬の投与と手術の間隔を適切に空けなければなりません。コンバージョン治療によって肝切除や肺切除を目指す場合には、腫瘍の縮小だけでなく、最後にベバシズマブを投与した時期まで含めて手術日程を組みます。

抗EGFR抗体薬は、RAS野生型の左側大腸がんで特に重要

セツキシマブとパニツムマブは、がん細胞の表面にあるEGFRへ結合し、増殖の信号を遮断する抗体薬です。効果を期待するには、少なくともRAS遺伝子が野生型、すなわち治療効果を妨げる変異が確認されていないことが前提になります。RAS変異がある腫瘍では、EGFRを遮断してもその下流で増殖の信号が流れ続けるため、これらの薬を使っても十分な効果は期待できません。

RAS野生型でも、原発巣の位置によって薬剤の選び方が変わります。下行結腸、S状結腸、直腸などの左側大腸がんでは、一次治療として抗EGFR抗体薬を抗がん剤へ加える治療が有力な選択肢です。

日本で行われたPARADIGM試験では、RAS野生型の左側大腸がんに対するmFOLFOX6との併用で、パニツムマブ群の全生存期間中央値は37.9か月、ベバシズマブ群は34.3か月でした。5年生存割合も32%対21%となり、左側原発では抗EGFR抗体薬を最初から用いる意義が示されています。

参考:世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認|国立がん研究センター

盲腸、上行結腸、横行結腸などの右側大腸がんでは、抗EGFR抗体薬による生存利益が左側ほど一貫していません。一次治療ではベバシズマブを組み合わせることが多いものの、肝転移を大きく縮小して手術へつなげたいなど、腫瘍縮小を強く求める状況では抗EGFR抗体薬が検討されることもあります。左右差だけで機械的に決めるのではなく、切除可能性や病気の勢いも含めた判断が必要です。

抗EGFR抗体薬の副作用

抗EGFR抗体薬で多い副作用は、顔や胸、背中に現れるにきびのような発疹、皮膚の乾燥、爪の周囲の炎症、低マグネシウム血症です。皮膚症状が悪化してから対応するより、治療開始時から保湿剤や日焼け止めを使用し、必要に応じて抗菌薬を併用する方が重症化を防ぎやすくなります。発疹が出たことだけを理由に薬が効いていると判断することはできませんが、皮膚障害を早く管理できれば治療を継続しやすくなります。

BRAF V600E変異には、BRAFとEGFRを同時に抑える治療を行う

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、進行が速く、従来の抗がん剤だけでは治療が難しい傾向があります。BRAFだけを阻害すると、がん細胞がEGFR経路を使って増殖の信号を再び活性化させるため、BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる必要があります。化学療法後に病気が進行した患者さんには、エンコラフェニブとセツキシマブの併用が標準的な選択肢として用いられてきました。

2025年11月には、日本でもBRAF V600E変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、一次治療からエンコラフェニブ、セツキシマブ、FOLFOXを組み合わせる治療が承認されました。根拠となったBREAKWATER試験では、奏効率が従来治療の40.0%に対して60.9%、無増悪生存期間中央値は7.1か月に対して12.8か月でした。BRAF V600E変異は予後不良因子として知られていますが、診断時に変異を確認することで、初回治療からその性質を直接狙う選択肢を持てるようになっています。

この治療では、抗EGFR抗体薬による皮膚症状に加え、下痢、悪心、倦怠感、肝機能異常などが現れることがあります。複数の薬剤を組み合わせるため、副作用がどの薬に由来するのかを見極め、休薬や減量を調整しながら続けます。

参考:PMDA「ビラフトビカプセル 医療用医薬品情報」

KRAS変異があっても、G12C型では標的治療を選べるようになった

長い間、RAS変異陽性の大腸がんは抗EGFR抗体薬が効きにくく、遺伝子変異を直接狙う治療もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという特定の型に対する阻害薬が開発され、治療の考え方が変わっています。KRAS G12Cは大腸がん全体では少数ですが、該当する患者さんにとっては治療選択を左右する情報です。

日本では2025年、フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなどを含む治療後に増悪したKRAS G12C変異陽性の切除不能進行・再発大腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。KRAS G12C阻害薬だけではEGFR経路が再活性化して効果が弱まりやすいため、パニツムマブを同時に用いて二つの経路を抑えます。

「RAS変異があるから分子標的治療はない」という説明は、すべての患者さんには当てはまらなくなっています。ただし、対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られ、ほかの変異型へ同じ治療を用いることはできません。

参考:PMDA「ルマケラス錠120mg 医療用医薬品情報」

HER2陽性大腸がんでも治療の選択肢が広がっている

一部の大腸がんでは、HER2遺伝子の増幅やHER2タンパク質の強い発現が認められます。HER2陽性はRAS野生型の腫瘍に多く、抗EGFR抗体薬への抵抗性に関わることもあります。頻度は高くありませんが、標準治療後の次の選択肢を考えるうえで、HER2検査の意味は大きくなっています。

2026年3月には、トラスツズマブ デルクステカンが「HER2陽性の進行・再発の固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」へ適応拡大されました。大腸がんでも、承認された検査でHER2陽性が確認され、標準的な治療が困難など所定の条件を満たす場合には治療候補となり得ます。

この薬はHER2を目印に抗がん剤成分を腫瘍細胞へ届ける抗体薬物複合体です。肺に炎症を起こす間質性肺疾患が重症化することがあるため、咳や息切れ、発熱が現れた場合には速やかな評価が必要です。HER2の判定方法やこれまでの治療歴によって適応が異なるため、検査結果を専門医が確認したうえで使用を判断します。

参考:PMDA「エンハーツ点滴静注用100mg 医療用医薬品情報」

分子標的薬は検査結果だけで決まるわけではない

同じRAS野生型でも、原発巣が左右どちらにあるか、腫瘍をどの程度縮小させたいか、手術を予定しているかによって、抗EGFR抗体薬と抗VEGF薬のどちらを選ぶかは変わります。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2陽性では専用の治療が候補になりますが、治療を行う時期や、すでに受けた薬との関係まで確認しなければなりません。分子標的薬は「遺伝子に合う薬を一つ選べば終わり」という治療ではなく、抗がん剤との組み合わせや治療の順番まで含めて設計する医療です。

治療中に新たな遺伝子変異が現れ、以前効いていた薬へ抵抗性を持つこともあります。病気が進行した際には、保存してある組織を調べ直したり、再生検やリキッドバイオプシーを行ったりすることで、次の治療につながる変化が見つかる場合があります。初回の検査結果だけを固定的に見るのではなく、病気の変化に合わせて治療標的を再評価する視点も必要です。

分子標的薬によって大腸がんの薬物療法は細分化され、従来なら選択肢が限られていた遺伝子変異にも専用の治療が加わっています。さらに、MSI-HまたはdMMRの大腸がんでは、がん細胞を直接狙う分子標的薬とは異なり、患者さん自身の免疫を利用する治療が中心になることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬

免疫チェックポイント阻害薬は、ステージ4大腸がんの患者さん全員に使用する治療ではありません。

主な対象になるのは、MSI-HまたはdMMRと呼ばれる特徴を持つ大腸がんです。切除不能な進行・再発大腸がんのうち、このタイプが占める割合は約4%と決して高くありませんが、該当する場合には、従来の抗がん剤ではなく免疫療法を最初の治療から選べることがあります。数としては少なくても、検査結果によって治療の組み立てが大きく変わるため、MSI/MMR検査はステージ4大腸がんで欠かせない検査の一つです。

MSI-H・dMMRとはどのような状態か

細胞が増えるときにはDNAが複製されますが、その過程では小さなコピーの間違いが生じます。正常な細胞には、その間違いを見つけて修復する仕組みがあります。修復機能がうまく働かなくなった状態がdMMRであり、その結果として特定のDNA配列に多くの異常が蓄積した状態がMSI-Hです。検査方法や見ている対象は異なるものの、治療選択では互いに近い意味を持つ指標として扱われています。

DNAの異常が多く蓄積したがん細胞は、免疫から見つけられやすい特徴を持ちます。しかし、がん細胞は免疫へブレーキをかけ、攻撃を逃れる仕組みも備えています。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキを解除することで、患者さん自身の免疫細胞が再びがんを攻撃できる状態へ導く薬です。がん細胞を直接壊す抗がん剤とは、治療の仕組みそのものが異なります。

ペムブロリズマブ単剤と、ニボルマブ・イピリムマブ併用が主な選択肢

MSI-HまたはdMMRの切除不能進行・再発大腸がんでは、ペムブロリズマブを単独で使用する治療が、一次治療から選択肢になります。

KEYNOTE-177試験では、ペムブロリズマブを使用した患者の無増悪生存期間中央値は16.5か月で、抗がん剤を中心とした標準治療群の8.2か月を上回りました。これは臨床試験に参加したMSI-H/dMMR患者全体の結果であり、個人の余命を示す数字ではありませんが、免疫療法の効果が長く続く患者がいることを示しています。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、PMDA「キイトルーダ点滴静注100mg 医療用医薬品情報」

もう一つの選択肢が、ニボルマブとイピリムマブを組み合わせる治療です。ニボルマブとイピリムマブは、免疫にかかる異なるブレーキへ作用する薬であり、併用することでより幅広い免疫反応を引き出すことを目指します。

CheckMate 8HW試験では、MSI-High/dMMRの転移性大腸がんに対し、ニボルマブ+イピリムマブ併用療法が抗がん剤を中心とした治療より病気の進行を抑える結果を示しました。日本でも2025年に適応が拡大され、一次治療から検討できるようになっています。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、PMDA「オプジーボ点滴静注 医療用医薬品情報」、PMDA「ヤーボイ点滴静注液 医療用医薬品情報」

単剤と併用療法のどちらが適しているかは、病気の進行速度だけでなく、年齢、持病、自己免疫疾患の有無、副作用への対応力なども含めて判断します。二つの薬を組み合わせれば誰にでも有利になるわけではなく、免疫が過剰に働く副作用も増える可能性があるため、期待できる効果と体への負担を比べながら選ぶ必要があります。治療歴によっては、ニボルマブ単剤が候補になる場合もあります。

MSI-H・dMMRでも、すべての患者に効くわけではない

免疫療法が長く効く患者さんがいる一方で、治療開始後も腫瘍が縮小せず、早い段階で別の治療へ切り替えなければならないこともあります。MSI-HまたはdMMRであれば必ず効果が得られるわけではなく、定期的なCT検査や血液検査、症状の変化を通じて治療効果を確認します。十分な効果が得られない場合には、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤、RASやBRAFの状態に応じた分子標的薬へ移ることになります。

大腸がんの大部分を占めるMSSまたはpMMRでは、免疫チェックポイント阻害薬を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、一般的な標準治療にはなっていません。免疫療法という名称だけを見て、「抗がん剤より新しいから自分にも適している」と判断することはできません。MSI/MMR検査の結果を確認し、その治療が自分の大腸がんに合う医学的な根拠があるかを見極める必要があります。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用

免疫チェックポイント阻害薬では、抗がん剤でよくみられる強い吐き気や脱毛、白血球減少が比較的少ない一方、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃する免疫関連有害事象が起こることがあります。甲状腺や副腎の機能低下、大腸炎、肝炎、肺炎、皮膚障害、1型糖尿病など、影響を受ける臓器は一つに限られません。投与中だけでなく、治療を終えた後に症状が現れる場合もあります。

強いだるさが続く、下痢の回数が急に増える、咳や息切れが出る、皮膚や白目が黄色くなる、異常に喉が渇いて尿の回数が増えるといった変化は、免疫関連有害事象のサインかもしれません。一般的な体調不良に見える症状もあるため、次の診察日まで様子を見るのではなく、治療施設へ連絡して評価を受けることが大切です。早い段階で発見できれば、休薬やステロイド治療などによって重症化を防げる可能性があります。

免疫チェックポイント阻害薬は、対象となる患者さんが限られる一方、効果が長く続けば大腸がんステージ4の経過を大きく変え得る治療です。MSI-H/dMMRかどうかを治療開始前に確認し、単剤と併用療法の違い、副作用への備えまで理解したうえで選択する必要があります。

手術・放射線治療・局所治療

大腸がんステージ4がほかの多くのがんと異なる点の一つは、肝臓や肺へ転移していても、原発巣と転移巣をすべて取り除けると判断された一部の患者さんでは、手術による根治を目指せることです。

ただし、転移があるだけで手術の対象になるわけではありません。転移の場所や数、重要な血管との位置関係、手術後に十分な肝臓や肺の機能を残せるか、ほかの臓器に制御できない病変がないかを詳しく確認し、体力や持病も含めて判断します。

手術が可能かどうかは、最初の検査だけで確定するとも限りません。診断時には切除できなかった病変が、抗がん剤や分子標的薬によって縮小し、後から手術の対象へ変わることがあります。反対に、画像上は小さな転移でも、位置によっては安全に切除するのが難しい場合があります。転移の個数だけではなく、すべての病変を取り切れるかどうかが治療方針を分けます。

肝転移では切除後に十分な肝臓を残せるか確認

大腸がんが最も転移しやすい臓器は肝臓です。肝転移の手術では、転移巣を取り除くことに加え、手術後も肝臓が十分に機能できる量を残す必要があります。病変が肝臓の左右に複数あっても、すぐに手術不能と決まるわけではなく、切除する順番を工夫したり、薬物療法で腫瘍を縮小させたりすることで、手術を目指せる場合があります。

原発巣と肝転移を同時に切除することもあれば、体への負担を考えて複数回に分けることもあります。大腸の手術を先に行う方法、肝転移を先に治療する方法のどちらが適しているかは、原発巣による腸閉塞や出血の有無、肝転移の広がり、薬物療法を急ぐ必要性などによって変わります。大腸外科だけでなく、肝胆膵外科や腫瘍内科も交えて計画を立てる必要があるのは、このように複数の治療順序が考えられるためです。

肝転移をすべて切除できれば、長期生存や治癒を期待できる患者さんもいますが、手術後の再発は決して珍しくありません。画像上の病変を取り切れたことと、体内にがん細胞が一つも残っていないことは同じではないためです。手術後も定期的なCT検査や血液検査を続け、病状によっては薬物療法を組み合わせます。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」

肺転移でも病変が限られていれば手術を検討できる

肺転移では、転移巣を切除しても呼吸機能を十分に保てること、ほかの病変が制御されていること、手術に耐えられる全身状態であることなどを確認します。

肺に複数の転移があっても切除を検討できる場合がありますが、取り除く範囲が広くなれば、残る肺の機能への影響も大きくなります。病変の数だけでなく、左右どちらの肺にあるのか、肺の奥か表面に近いか、過去に肺の手術を受けているかまで含めた評価が必要です。

肝転移と肺転移の両方があっても、すべての病変を安全に治療できると判断された患者さんでは、薬物療法と複数回の手術を組み合わせることがあります。ただし、手術による利益が期待できるのは選択された患者さんに限られます。「転移を切除できる」という情報だけで手術を急ぐのではなく、全身の病気がどの程度制御されているかを確認してから判断します。

手術が難しい場合には病変だけを狙う治療が候補になる

病変の場所や体力の問題で手術が難しい場合には、転移巣へ針を刺して熱で焼くラジオ波焼灼療法やマイクロ波凝固療法、放射線を病変へ集中させる定位放射線治療などが検討されます。小さく数の限られた肝転移や肺転移が主な対象で、手術の代わりに行う場合もあれば、切除と組み合わせてすべての病変を治療する場合もあります。

これらの局所治療は、体を大きく切開せずに行える可能性がある一方、どの病変にも手術と同じ効果を期待できるわけではありません。腫瘍の大きさや位置によって治療できる範囲が限られ、処置した場所に再びがんが現れることもあります。手術が可能な患者さんでは、切除が優先されることが多く、局所治療は外科手術が難しい理由や病変の特徴を踏まえて選ばれます。

放射線治療は、直腸がんが骨盤内で周囲へ広がっている場合や、骨転移による痛み、脳転移による症状を抑える場面でも使われます。結腸がんでは放射線治療が中心になることは多くありませんが、病変の場所を限定して治療できるため、薬物療法だけでは改善しにくい症状を和らげる役割があります。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment(PDQ)」

腹膜播種では手術の対象を慎重に選ぶ

腹膜播種は、お腹の内側を覆う腹膜へがん細胞が散らばった状態です。病変が広く分布している場合には、すべてを切除することが難しく、薬物療法が治療の中心になります。一方、腹膜以外に転移がなく、播種の範囲が限られ、目に見える病変を取り切れると判断された患者さんでは、専門施設で減量手術が検討されることがあります。

腹膜の病変を切除した後、お腹の中へ温めた抗がん剤を流すHIPECという治療を目にすることもありますが、すべての腹膜播種に行う標準治療ではありません。手術そのものの負担が大きく、HIPECを追加する利益が明確でない場合もあるため、実施経験のある専門施設で適応を慎重に判断する必要があります。自由診療として紹介されることもありますが、「腹膜へ直接薬を入れるから全身の抗がん剤より効く」と単純に考えることはできません。

参考:Sommariva A, et al.「Colorectal Cancer with Peritoneal Metastases: The Impact of the Results of PROPHYLOCHIP, COLOPEC, and PRODIGE 7 Trials on Peritoneal Disease Management」

原発巣による腸閉塞や出血には症状を改善する治療を行う

遠隔転移をすべて切除できない場合でも、大腸の原発巣が便の通り道を塞いだり、出血や穿孔を起こしたりしているときには、原発巣への処置が必要です。内視鏡で金属製のステントを入れて腸を広げる方法、人工肛門を造って便の流れを変える方法、問題となっている腸を切除する方法などから、緊急性と患者さんの体力に合うものを選びます。

これらは遠隔転移を根治する治療ではありませんが、腸閉塞や感染を防ぎ、食事や排便を安定させたうえで薬物療法へ進むために行われます。原発巣による症状がない場合には、予防目的で大腸を切除するよりも、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。大きな手術を受けることで治療開始が遅れたり、術後の体力低下によって薬物療法を受けにくくなったりする可能性があるためです。

大腸がんステージ4に対する手術や局所治療は、転移があるから行えない治療でも、希望すれば誰でも受けられる治療でもありません。病変をすべて制御できる見込みと、治療後に保てる臓器機能、手術による負担を比較しながら判断します。完全に切除できた場合でも再発の可能性は残るため、手術後の経過観察と必要に応じた薬物療法まで含めて一つの治療計画として考える必要があります。

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けながら日常生活を支える医療

緩和ケアという言葉から、抗がん剤などの治療を終えた後に受ける医療を想像する人は少なくありません。しかし、緩和ケアは終末期だけのものではなく、がんと診断された時点から、手術や薬物療法と並行して受けることができます。痛みや吐き気といった身体症状だけでなく、将来への不安、仕事や治療費、家族との関係など、病気によって生じるさまざまな負担を和らげることが目的です。

抗がん剤の副作用を抑える制吐薬や下痢止め、栄養管理、ストーマケアなども含め、治療を無理なく続けるための医療全体を支持療法と呼びます。

大腸がんステージ4では、病気そのものによる症状と治療による副作用が重なり、日常生活へ影響することがあります。転移巣があっても体調が安定している時期には、仕事や外出を続けながら通院治療を受けられる患者さんもいますが、腸の狭窄による排便の変化、腹膜播種による腹部の張り、薬物療法による下痢やしびれが生活を制限する場合もあります。症状が悪化してから対処するより、軽いうちに医療者へ伝えた方が治療内容を調整しやすく、重症化を防げることもあります。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

腸閉塞を疑う症状は早めの連絡が必要

大腸の原発巣や腹膜播種によって腸が狭くなると、便やガスが流れにくくなり、腸閉塞を起こすことがあります。便秘だけでなく、お腹の張りや波のある腹痛、吐き気、嘔吐、ガスが出ないといった症状が重なっている場合には、次の診察日まで待たずに治療施設へ連絡してください。完全に腸が詰まっている状態で自己判断によって下剤を増やすと、症状が悪化する可能性もあります。

腸が狭くなっている患者さんでは、食物繊維の多い食品を積極的に取ることが、かえって便の通過を妨げる場合があります。一般的な便秘対策としては食物繊維が勧められますが、大腸がんによる狭窄がある場合は事情が異なります。

食事内容や下剤の使い方は病変の位置や狭窄の程度によって変わるため、担当医や看護師、管理栄養士の指示に合わせる必要があります。ステント留置や人工肛門造設によって便の通り道を確保した方が安全と判断されることもあり、症状を落ち着かせることで薬物療法へ進みやすくなる場合があります。

人工肛門は治療を続けるために必要になることがある

人工肛門は、腸の一部をお腹の表面へ出し、便の出口を新たに作る処置です。ストーマとも呼ばれ、一時的に造設して後から閉鎖する場合と、その後も継続して使用する場合があります。直腸がんで肛門を残せない場合だけでなく、ステージ4大腸がんで腸閉塞を避け、早く薬物療法を始める目的で造設されることもあります。人工肛門を勧められたからといって、治療の手段がなくなったという意味ではありません。

ストーマを造設した後は、お腹へ装具を貼り、袋の中へ便をためて処理します。排便の時刻を完全に調整することは難しいものの、装具には防臭対策が施されており、状態が安定すれば仕事や旅行、入浴、無理のない運動も可能です。便漏れや皮膚のかぶれを防ぐには、体形や便の状態に合った装具を選び、正しい交換方法を身に付ける必要があります。皮膚・排泄ケア認定看護師などの支援を受けながら慣れていくことで、日常生活の負担を減らせます。

参考:大腸がん Q&A|国立がん研究センター がん情報サービス

食事は「がんに効くもの」より、体力を保てるものを優先

特定の食品や食事療法だけでステージ4大腸がんを治せるという科学的な根拠はありません。食事で重視したいのは、治療を続けるためのエネルギーやタンパク質、水分を確保し、急激な体重減少や筋力低下を防ぐことです。食欲が落ちている時期には、栄養バランスを完璧に整えようとして無理に一人前を食べるより、食べられるものを少量ずつ複数回に分けた方が負担を抑えられます。

下痢が続いているときは脱水に注意し、水分と塩分を補いながら、冷たい飲み物や脂肪の多い食品など、症状を悪化させるものを一時的に控えることがあります。口内炎や味覚の変化があれば、柔らかい料理や刺激の少ない味付けに変えることで食べやすくなることもあります。

口から十分な栄養を取れない場合には栄養補助食品を利用し、病状によっては経管栄養や点滴からの栄養補給を検討します。食べられないことを本人の努力不足と考える必要はなく、病気や治療による症状として早めに相談することが大切です。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや副作用は我慢せず、治療内容を調整

がんによる痛みには、一般的な鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの強さや原因に合わせた薬を使用します。医療用麻薬は終末期だけの薬ではなく、がんによる痛みを抑えて睡眠や食事、外出をしやすくするために使われます。医師の指示どおりに使用する限り、依存を過度に心配して痛みを我慢する必要はありません。痛む場所や時間帯、薬を飲んだ後にどれくらい改善したかを記録しておくと、薬の種類や量を調整しやすくなります。

薬物療法による吐き気、下痢、手足のしびれ、皮膚症状、強い倦怠感も、治療を続けるために対処すべき症状です。副作用を伝えると薬を中止されるのではないかと心配する人もいますが、早めに申告することで、予防薬の追加、投与量の調整、一時的な休薬などを行いやすくなります。限界まで我慢して体力を失うより、生活への影響が小さい段階で調整した方が、その後の治療選択肢を保ちやすくなります。

心配事や生活上の問題も相談対象

ステージ4と診断された後は、病気や治療のことだけでなく、仕事を続けられるか、医療費をどう負担するか、家族へどのように伝えるかといった問題も生じます。こうした悩みは治療と切り離されたものではありません。眠れない状態や強い不安が続けば食欲や体力にも影響し、通院や服薬が負担になることがあります。

病院では、担当医や看護師に加え、緩和ケアチーム、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーなどが支援に関わります。がん相談支援センターでは、治療中の生活、仕事、経済的な制度、在宅療養などについて、患者さん本人だけでなく家族も無料で相談できます。

緩和ケアは外来や入院中だけでなく、訪問診療や訪問看護を整えることで自宅でも受けられるため、通院が難しくなってから初めて考えるのではなく、早い段階から希望する生活について相談しておくこともできます。

大腸がんステージ4の治療では、腫瘍を小さくすることと同じように、食事や排便、睡眠、移動といった日常生活を保つことが重要です。つらさを我慢せず、症状がいつからどのように現れ、生活のどこへ影響しているかを伝えることで、治療と生活の両方を支える方法を検討しやすくなります。

参考:がん相談支援センターとは|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんステージ4の生存率 ― 5年・10年の数字の受け止め方

大腸がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が最初に知りたいのは「治療によってどれくらい長く生きられるのか」ということでしょう。生存率はその疑問を考えるための重要な資料ですが、一つの数字だけで個人の将来を予測できるものではありません。

大腸がんでは、肝臓や肺の転移をすべて切除できる患者さんと、複数の臓器へ病気が広がっている患者さんが同じステージ4に含まれるため、実際の経過には大きな幅があります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、大腸がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。ネット・サバイバルとは、ほかの病気による死亡の影響をできるだけ除き、大腸がんが生命へ与える影響を推計した生存率です。

病期 5年ネット・サバイバル 10年ネット・サバイバル
ステージI 92.3% 79.2%
ステージII 85.5% 70.7%
ステージIII 75.5%  61.6%
ステージIV 18.3% 11.6%

※5年生存率は2014~2015年診断例、10年生存率は2012年診断例を対象とした院内がん登録の集計です。異なる時期に診断された別の患者集団であり、18.3%から11.6%へ同じ集団の生存率が低下したことを示す表ではありません。また長期の統計ほど新しい薬物療法や手術技術の影響が十分に反映されていない可能性があります。
参考:国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

表を見ると、ステージⅠからⅢまでは5年後にも多くの患者さんが生存している一方、遠隔転移を伴うステージⅣでは数字が大きく低下しています。

ただし、ステージ4の5年ネット・サバイバルが18.3%だからといって、診断された患者さんの余命が一律に決まるわけではありません。この数字には、転移を切除できた患者さん、薬物療法だけを受けた患者さん、体力の低下によって積極的な治療が難しかった患者さんなど、病状の異なる人がすべて含まれています。

結腸がんと直腸がんでも集計結果に違いがある

大腸がんは、結腸がんと直腸がんを合わせた呼び方です。2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルを見ると、ステージⅣの結腸がんは15.8%、直腸がんは23.1%でした。数値には差がありますが、この結果だけから「直腸がんの方が治りやすい」と判断することはできません。患者さんの年齢、転移の場所、手術を受けた割合、治療内容など、集計対象となった患者背景が異なるためです。

自分の病状を考える際には、大腸がん全体の数字よりも、原発巣が結腸と直腸のどちらにあるのか、どこへ転移しているのか、転移巣を切除できる可能性があるのかを確認する方が、治療方針の理解につながります。

参考:国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

転移をすべて切除できる場合、全体統計より良好な経過を期待できる

大腸がんステージ4の生存率を大きく左右するのが、原発巣と転移巣をすべて取り除けるかどうかです。肝臓や肺への転移が限られ、手術によって病変を完全に切除できる患者さんでは、ステージ4全体の18.3%という数字より良好な長期成績が報告されています。一部では10年以上再発なく経過し、治癒に近い状態へ至る患者さんもいます。

ただし、手術を受けた患者さんの生存率は、最初から病変の数や位置、体力などの条件が良く、切除可能と判断された人だけを集めた結果です。ステージ4全体の統計と単純に比較し「手術をすれば誰でも生存率が上がる」と受け取ることはできません。手術による利益が期待できるかは、病変をすべて制御できる見込み、残せる肝臓や肺の機能、ほかの臓器への転移の有無を確認したうえで判断します。

診断時には切除不能でも、抗がん剤や分子標的薬によって転移巣が縮小し、後から手術できる状態へ変わることがあります。治療中も定期的に画像検査を行うのは、薬が効いているかを調べるだけでなく、根治を目指す治療へ切り替えられる時期が来ていないかを確かめる意味もあります。

病気が広がっている範囲と治療を続けられる体力も経過へ影響する

同じステージ4でも、肝臓だけに転移している状態と、肝臓、肺、腹膜など複数の場所へ病気が広がっている状態では、治療の難しさが異なります。腹膜播種によって腸閉塞や腹水が起きている場合には、食事や栄養を維持しにくくなり、薬物療法を予定どおり続けられないこともあります。肝転移が広範囲に及び肝機能へ影響している場合にも、使用できる薬や投与量が限られる可能性があります。

日常生活をどの程度自分で送れているかを示すPerformance Statusや、体重、筋肉量、肝臓・腎臓の機能も治療選択に関わります。体力が保たれていれば、一次治療の後に二次治療、三次治療へ進みやすく、病気を長くコントロールできる可能性が高まります。年齢だけで治療の可否が決まるわけではなく、現在の生活状態や持病を含めて、治療による利益と負担を評価します。

遺伝子や免疫の特徴によって治療成績が変わる

大腸がんの一部には、MSI-HまたはdMMRという特徴があり、免疫チェックポイント阻害薬が長期間効く患者さんがいます。BRAF V600EやKRAS G12C、HER2などが確認された場合にも、それぞれを標的とする薬が治療候補になることがあります。これらの患者さんは大腸がん全体の中では少数ですが、従来は選択肢が限られていた病状にも専用の治療が加わり始めています。

一方で、標的となる遺伝子変異が見つからなくても、FOLFOXやFOLFIRIなどの抗がん剤と分子標的薬を順番に使用しながら、何年にもわたって病気をコントロールできる患者さんもいます。バイオマーカーだけで経過が決まるわけではなく、治療への反応、副作用を管理できるか、次の治療へ移れるかといった要素も重なって生存期間が変わります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

5年生存率が18.3%という数字は、5年後に18.3%の人だけが生きられると個人へ宣告するものではありません。過去の一定期間に診断された患者集団をまとめた結果であり、現在利用できるすべての治療や、これから登場する薬の効果まで反映しているわけではないからです。また、ステージ4と診断された時点で病変を切除できる人と、広範な転移を伴う人の数字も一緒に集計されています。

生存率は病気の厳しさを理解するために欠かせない情報ですが、自分の経過を考えるには、転移を切除できるか、病気がどこまで広がっているか、どの薬を使えるか、現在の体力を保てているかを併せて見る必要があります。統計を軽視するのでも、数字だけで将来を決めつけるのでもなく、自分がどの患者群に近いのかを主治医へ確認することが現実的です。

大腸がんステージ4の余命

大腸がんステージ4と診断された患者さんやご家族にとって、「あとどれくらい生きられるのか」は避けて通れない疑問です。インターネットでは「余命○年」と断定する情報も見られますが、実際の診療で使われるのは、個人の余命ではなく、臨床試験に参加した患者集団の『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』です。

大腸がんステージ4の経過は、転移を切除できるか、どの薬を使用できるか、治療開始時の体力が保たれているかによって大きく変わります。まずは、代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値を見てみましょう。

主な臨床試験で報告された全生存期間中央値

臨床試験 主な対象・治療段階 治療内容 全生存期間中央値(OS)
TRIBE試験 未治療の転移性大腸がん FOLFOXIRI+ベバシズマブ 29.8カ月
PARADIGM試験 RAS野生型・左側原発の一次治療 mFOLFOX6+パニツムマブ 37.9カ月
SUNLIGHT試験 標準治療後に病気が進行した患者 トリフルリジン・チピラシル+ベバシズマブ 10.8カ月

※それぞれ対象患者、治療を始めた段階、遺伝子・免疫の特徴が異なるため、数値を横並びにして治療の優劣を判断することはできません。いずれも原則として臨床試験の治療を開始した時点から数えた全生存期間であり、大腸がんと診断されてからの余命を示す数字ではありません。

一次治療の臨床試験では、患者背景やがんの分子学的特徴によって、全生存期間中央値が30カ月を超える患者集団も報告されています。一方、複数の標準治療をすでに受けた患者を対象としたSUNLIGHT試験では10.8カ月でした。

この違いは、単純に一方の治療が優れ、もう一方が劣っていることを意味しません。治療を受ける段階や、それ以前に受けた治療、がんの性質、患者の全身状態が異なるためです。

MSI-High/dMMR大腸がんでは免疫チェックポイント阻害薬が長期間効果を示す患者もいますが、こうした患者は大腸がん全体では少数です。前述したKEYNOTE-177でも、ペムブロリズマブは従来の抗がん剤中心の治療より無増悪生存期間を延長しています。そのため、一般的な大腸がんの生存期間中央値をそのまま当てはめることはできません。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、国立がん研究センター「世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認」、Frontiers in Oncology「Current and emerging anti-angiogenic therapies in gastrointestinal and hepatobiliary cancers」

全生存期間中央値は「平均余命」ではありません

全生存期間中央値が37.9か月だった場合、37.9か月で全員が亡くなるわけではありません。治療を受けた患者を生存期間の短い順に並べたとき、中央に位置した人の期間を表しています。半数はそれより短い一方、残る半数は37.9か月を超えて生存していたことになります。

中央値が使われるのは、少数の長期生存者がいる場合でも、患者集団のおおまかな傾向を示しやすいためです。平均値は5年、10年と長く生存した患者の影響を強く受けますが、中央値はその影響を比較的受けにくくなります。それでも、中央値は個人の未来を予測する数字ではなく、同じ条件で治療を受けた患者集団を理解するための指標にすぎません。

もう一つ見落としやすいのが、数字を数え始める時点です。

これらの臨床試験の全生存期間は、原則として試験治療を開始した時点から計測されています。再発する前に過ごした期間や、別の薬を受けていた期間まで含めた「診断からの残り時間」を示す数字ではありません。たとえばSUNLIGHT試験の10.8カ月も、複数の治療を受けた後にこの治療を始めてからの中央値であり、ステージ4と診断されてから10.8カ月という意味ではありません。

同じステージ4でも数字が大きく違うのは、対象となる患者が異なるため

TRIBE試験のFOLFOXIRIは複数の抗がん剤を同時に使う強度の高い治療であり、治療に耐えられる体力と臓器機能を持つ患者が主な対象でした。すべての患者さんへ同じ治療を行えるわけではありません。

PARADIGM試験の37.9か月という数字も、大腸がんステージ4全体を示すものではありません。RAS遺伝子に治療を妨げる変異がなく、原発巣が左側にある患者に限った結果です。抗EGFR抗体薬の効果が期待しやすい条件を満たした患者集団であるため、ほかのタイプの大腸がんへそのまま当てはめることはできません。

MSI-High/dMMRのように免疫療法が効きやすい特徴を持つ大腸がんでは、一般的な抗がん剤中心の患者集団とは異なる経過をたどることがあります。そのため、生存期間の数字を見る際には、治療名だけではなく、自分のがんがその臨床試験の対象条件に近いかを確認することが重要です。

転移を切除できる患者は当てはまらない

表に挙げた試験の多くは、原発巣と遠隔転移をすべて切除することが難しく、薬物療法を中心に治療する患者を対象としています。肝転移や肺転移が限られ、すべての病変を手術で取り除ける患者では、治療の目標も期待できる経過も異なります。

薬物療法で腫瘍が縮小し、後から根治切除へ移行できた場合にも、診断時の切除不能例をまとめた生存期間中央値だけで将来を考えることはできません。薬物療法を続けることだけでなく、治療中に手術可能な状態へ変わっていないかを確認する意味がここにあります。

一方、複数の臓器へ病気が広がっている場合や、腸閉塞、腹水、肝機能低下などによって体力が大きく落ちている場合には、臨床試験の結果より厳しい経過になることもあります。多くの臨床試験では、一定の体力と臓器機能を保ち、決められた治療を受けられる患者が対象となるためです。

自分の余命を考えるときは「どの数字に近いか」を確認

主治医へ余命を尋ねても、明確な年数を答えられないことがあります。それは説明を避けているからではなく、診断時点では治療への反応や、その後に手術へ進めるか、二次治療以降を受けられるかまで分からないためです。

数字について相談するときは「これは診断時からの数字ですか、それとも現在の治療を始めてからの数字ですか」「自分はどの臨床試験の患者に近いですか」「肝転移や肺転移を切除できる可能性はありますか」と確認すると、統計と自分の病状を結び付けやすくなります。治療を始めた後は、画像上の縮小率、腫瘍マーカーの推移、食事や日常生活を維持できているかといった情報が加わり、見通しも少しずつ具体的になります。

大腸がんステージ4の余命は、ひとつの平均値で表すことができません。切除不能例の一次治療では2年半から3年以上の中央値が報告され、特定のタイプではさらに長い経過が示される一方、治療歴や全身状態によっては短くなることもあります。数字を曖昧にする必要はありませんが、どの患者集団から得られた数字なのかを理解せず、自分の余命として受け取ることも避ける必要があります。

大腸がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

大腸がんステージ4は遠隔転移を伴う状態ですが、肝臓や肺などの転移を原発巣とともにすべて取り除ける一部の患者さんでは、根治を目指した治療が可能です。大腸がんステージ4全体の完治率を示す統一された数字はありませんが、特に切除可能な肝転移では、治療後10年以上にわたって再発せず、医学的にも治癒に近いと考えられる患者さんが実際に存在します。

ただし、これはステージ4の患者さん全体に当てはまる話ではありません。長期生存に関する多くのデータは、転移が限られ、すべての病変を安全に切除できると判断された患者さんを対象にしています。複数の臓器へ病気が広がっている場合や、切除しても十分な肝臓・肺の機能を残せない場合には、薬物療法による病勢コントロールが治療の中心になります。

転移を切除できた場合、どの程度の長期生存が報告されているか

根治を目指した治療の成績は、転移した臓器や病変の広がりによって異なります。以下の数値はいずれも、手術を受けられる条件を満たした患者さんの結果であり、ステージ4全体の生存率とは直接比較できません。

病状・治療 報告されている主な長期成績 数字を見る際の注意点
切除可能な肝転移の手術 5年生存率 25~40% 原発巣と肝転移を切除できると選択された患者が対象
肝転移を完全切除した患者の長期追跡 4,112人の研究で推定10年生存率 30% 完全切除できた高度選択例で、患者・腫瘍の条件によって成績は大きく異なる
肺転移に対する手術 選択例で長期生存は報告されるが、手術による生存期間の上乗せには不確実性が残る ランダム化比較試験が小規模で、適応は個別に判断する必要がある
切除不能から薬物療法後に切除可能となった肝転移 当初から切除可能だった患者に近い5年成績が得られる場合がある 薬物療法が奏効し、完全切除へ進めた患者に限られる

肝転移の手術後、10年以上生存する患者もいる

大腸がん肝転移を完全切除した4,112人を対象とした国際研究では、推定10年全生存率は30%でした。

ただし、10年生存率は患者によって一様ではありません。この研究では、年齢、原発巣の場所やリンパ節転移、肝転移の数や大きさ、肝臓以外への転移、切除断端、KRAS・BRAF変異など複数の要因によって長期成績が異なり、リスク群別の10年生存率には大きな幅がありました。

そのため「肝転移を切除すれば30%が治る」という意味ではありません。一方で、適切に選択され完全切除できた患者の中には、10年以上生存する患者が一定数存在することを示すデータです。

参考:Buisman FE, et al.「Predicting 10-year survival after resection of colorectal liver metastases; an international study including biomarkers and perioperative treatment」

R0切除ができても、再発の可能性は残る

画像で確認できる病変をすべて切除できても、体内に検査では確認できないほど小さながん細胞が残っている可能性があります。そのため、R0切除がそのまま完治を保証するわけではありません。

再発した場合でも、病変が肝臓や肺の限られた範囲にとどまっていれば、再び局所治療を検討できる場合があります。手術、薬物療法、焼灼療法などを組み合わせながら繰り返し治療し、長期生存につながる患者もいます。

肺転移では、手術の利益を慎重に判断する

大腸がんの肺転移でも、病変が限られ、原発巣やほかの転移が制御され、十分な呼吸機能を残せると判断された患者では手術が検討されます。

一方、肺転移切除に関する多くの良好な生存成績は、病変が少なく、体力が保たれた患者を選択して手術した観察研究から得られています。ランダム化比較試験のPulMiCCでは、肺転移切除による明確な生存期間の上乗せを示すには十分な結果が得られませんでした。

そのため「肺転移を切除できる=必ず手術した方が長く生きられる」と一律に考えることはできません。病変の数や位置、肺以外の病変、全身状態、ほかの治療選択肢などを踏まえて適応を判断します。

参考:National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」、Treasure T, et al.「Pulmonary Metastasectomy versus Continued Active Monitoring in Colorectal Cancer (PulMiCC): a multicentre randomised clinical trial」

最初は切除不能でも、後から根治手術へ進めることがある

肝転移が多い、重要な血管へ近い、切除後に残る肝臓が少ないといった理由で、診断時には手術できないと判断されることがあります。その後、抗がん剤や分子標的薬によって病変が縮小し、すべて切除できる状態へ変われば、コンバージョン手術を検討します。NCIは、このように薬物療法後に切除可能となった肝転移患者では、当初から切除可能だった患者に近い5年生存率が得られる場合があると説明しています。

ただし、腫瘍が縮小しただけで手術へ進めるわけではありません。画像上見えなくなった病変が本当に消失したとは限らず、肝臓の奥に微小ながんが残っている可能性もあります。薬物療法を続けることで肝機能が低下し、手術の負担が増すこともあるため、治療開始時から外科医が画像を確認し、手術へ切り替える時期を見極めることが大切です。

薬物療法だけで病変が消えた場合は「完治」と言えるのか

抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬によって、画像上すべての病変が消える『完全奏効』が得られる患者さんもいます。ただし、完全奏効は「検査で確認できるがんがなくなった状態」であり、体内からがん細胞が完全に消えたことを証明するものではありません。治療を中止できるか、どの程度の期間再発がなければ治癒と考えられるかについても、すべての患者さんへ共通する基準はありません。

MSI-H/dMMR大腸がんでは免疫療法が長く効く患者さんがいますが、これも長期の病勢コントロールと完治を同じ意味で捉えることはできません。病変が見えなくなった後も、定期的な画像検査や血液検査を続け、再発の有無を確認していきます。

大腸がんステージ4で完治を目指せる可能性が最も高いのは、原発巣と遠隔転移をすべてR0切除できる患者さんです。なかでも肝転移切除後には、10年以上病気のない状態を保ち、治癒したと考えられる患者さんが一定数存在します。その一方で、手術後の再発は多く、肺転移切除の成績には患者選択の影響も含まれています。「手術できるかどうか」だけではなく、すべての病変を取り切れるのか、手術後も十分な臓器機能を保てるのか、再発した際に次の治療を行えるのかまで含めた評価が必要です。

標準治療以外の選択肢 ― 治験・遺伝子パネル検査・自由診療

現在受けている薬が効かなくなったと言われても、それだけで大腸がんの治療がすべて終わるわけではありません。

大腸がんステージ4では、作用の異なる薬を順番に使う治療が一般的であり、一次治療の後には二次治療、三次治療、さらにその後の治療が残っている場合があります。最初の薬が効かなくなった時点で自由診療を探すのではなく、まず承認された標準治療の中に未使用の薬がないか、病変を局所治療できる余地がないか、遺伝子や免疫の検査結果から新たな候補が見つからないかを整理します。

医療でいう標準治療は「一般的で古い治療」ではありません。臨床試験によって効果と安全性が確認され、その時点で多くの患者さんに勧められる最良の治療です。「最新治療」という名称だけで標準治療より高い効果が期待できるわけではなく、新しい治療が標準治療になるには、従来の方法を上回る利益を臨床試験で示す必要があります。

参考:標準治療と診療ガイドライン|国立がん研究センター がん情報サービス

薬が効かなくなった理由と、病気の進み方を確認

画像検査で腫瘍が大きくなった場合でも、全身の病変が一斉に進行しているとは限りません。多くの病変は抑えられているものの、肝臓や肺の一部だけが大きくなっている場合には、その病変へ手術や放射線治療、焼灼療法などを行い、全身治療を継続できることがあります。反対に、複数の臓器で新しい病変が増えていれば、作用の異なる薬へ切り替える判断が中心になります。

病気の進行ではなく、副作用によって現在の治療を続けられない場合もあります。このときは、投与量を減らす、原因となる薬だけを外す、別の薬へ変更するといった調整が可能です。「今の治療を中止すること」と「治療そのものを諦めること」は同じではありません。治療効果が乏しいのか、体が薬に耐えられないのかによって、次に選ぶ方法は変わります。

RAS、BRAF、MSI/MMR、HER2、KRAS G12Cなどの検査が十分に行われていない場合や、診断時から時間がたち、病気の性質が変化している可能性がある場合には、保存されている組織の再検査や新たな生検、血液を使った検査が提案されることもあります。すでに標準治療として使える薬が見つかることもあれば、治験を探す手がかりになる場合もあります。

「治験」は効果と安全性を確かめている研究段階の治療

治験は、承認前の薬や新しい治療の組み合わせについて、効果と安全性を確認する臨床試験です。「標準治療がなくなった人だけの最後の手段」とは限らず、一次治療や二次治療の段階から参加できる試験もあります。大腸がんでは、新しい分子標的薬、免疫療法、抗体薬物複合体、既存薬の新しい組み合わせなどが研究されています。

参加できるかどうかは、遺伝子変異、これまで受けた治療、転移の状態、年齢、全身状態、肝臓や腎臓の機能などの条件で決まります。希望する薬の治験が見つかっても、条件に合わなければ参加できません。比較試験では治療群が無作為に決められることもあり、必ず新薬を受けられるとは限らないため、試験の目的と治療内容を理解したうえで参加を判断します。

国内のがん臨床試験は、国立がん研究センターの検索サービスから調べることができます。ただし、掲載情報が更新される前に募集が終了している場合や、実施施設が表示されていない試験もあります。自分で見つけた試験へ直接申し込むのではなく、試験情報を主治医へ見せ、病状や検査結果が参加条件に合うかを確認する進め方が現実的です。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

治験には全身状態や臓器機能の基準が設けられることが多いため、治療選択肢がほとんどなくなり、体力が大きく低下してから探し始めると参加が難しくなる場合があります。現在の治療が効きにくくなった段階で、次の標準治療と並行して治験の可能性を確認しておくと、選択肢を比較する時間を取りやすくなります。

がん遺伝子パネル検査で多数の遺伝子をまとめて調べることがある

がん遺伝子パネル検査は、一度に100以上の遺伝子を調べ、治療につながる遺伝子変化がないかを探す検査です。大腸がんで最初から調べるRASやBRAF、MSI/MMRなどの検査とは役割が異なり、標準治療がない、または終了した・終了が見込まれる進行がんなど、一定の条件を満たす場合に保険診療で検討されます。結果は複数の専門家による会議で評価され、使用できる薬や参加可能な治験がないかを確認します。

参考:がんゲノム医療 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

検査を受けても、自分に合う薬が必ず見つかるわけではありません。遺伝子変化が確認されても、国内で使用できる薬がない、治験の参加条件に合わない、実施施設へ通えないなど、治療へ結び付かない理由はいくつかあります。つまり、がん遺伝子パネル検査の役割は「薬を必ず見つけること」ではなく、標準治療がない、または終了した・終了が見込まれる進行がんなどで、次の治療や治験につながる可能性を探ることにあります。

参考:がんゲノム医療 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

多数の遺伝子を調べる過程で、現在の大腸がんの治療とは別に、生まれつきがんになりやすい体質が示唆されることもあります。本人だけでなく血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを検査前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

先進医療や患者申出療養は、自由に未承認薬を使える制度ではない

「先進医療」という名称から、標準治療より進んだ優れた治療を想像する人もいますが、制度上は将来の保険適用に向けて評価されている医療技術です。対象となる治療や実施施設はあらかじめ定められており、患者さんが希望し、医師が必要性と合理性を認めた場合に実施されます。先進医療に当たる部分の費用は全額自己負担となり、通常の診察や検査など保険診療と共通する部分には保険が適用されます。

参考:先進医療の概要について|厚生労働省

患者申出療養は、国内で承認されていない薬や適応外の治療について、患者さんの希望をきっかけに臨床研究として実施する制度です。一定の安全性や有効性が確認され、将来の保険適用を目指せる治療が対象となり、専門家による審査を受けます。希望した治療を必ず受けられる制度ではなく、申請や検討に時間がかかることもあり、保険適用外の薬や研究に必要な費用は自己負担となる可能性があります。

参考:厚生労働省 患者申出療養制度

これらの制度を利用できるか知りたい場合は、治療を受けたい施設へ直接連絡するより、まず主治医やがん相談支援センターへ相談し、対象となる治療の科学的根拠、実施施設、費用、申請に必要な期間を確認します。

自由診療は「保険外だから効果が高い」という意味ではない

自由診療とは、公的医療保険を使わず、原則として費用を患者さんが負担する診療です。海外では承認されているものの日本では未承認の薬を使用する治療から、免疫細胞療法、がんワクチン、サプリメントや食事療法まで、内容は大きく異なります。自由診療という区分そのものは、その治療の有効性や安全性を保証するものではありません。

検討する際には、その治療を受けた患者数、比較対象を置いた臨床試験の有無、腫瘍が縮小した割合だけでなく生存期間が延びたか、重い副作用がどれくらい起きたかを確認します。「学会で発表した」「大学と共同研究している」「症例報告がある」という説明だけでは、標準治療を上回る効果が証明されたことにはなりません。治療費についても、薬剤費だけでなく検査、診察、副作用が起きた際の対応、交通・宿泊、治療を継続した場合の総額まで確認しておく必要があります。

標準治療を中断して自由診療だけへ切り替える場合は、特に慎重な判断が求められます。効果が確立していない治療を受けている間に病気が進行し、後から標準治療へ戻ろうとしても、体力や臓器機能の低下によって受けられなくなる可能性があるためです。健康食品やサプリメントであっても、抗がん剤の作用を弱めたり、予期しない副作用を起こしたりすることがあるため、使用前に治療担当医や薬剤師へ内容を伝える必要があります。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

次の選択肢は、順番を付けて確認

現在の治療が効かなくなったときには、まず未使用の標準治療と局所治療の可能性を確認し、必要ならバイオマーカーの再評価を行います。そのうえで、参加できる治験やがん遺伝子パネル検査を検討し、患者申出療養や自由診療は、科学的根拠と費用を十分に確認してから判断します。複数の選択肢がある場合には、セカンドオピニオンを利用し、標準治療を続けた場合と新しい治療を選んだ場合の利益と不利益を比較する方法もあります。

標準治療で期待した効果が得られなかった経験は、患者さんやご家族にとって大きな落胆につながります。しかし、そこで焦って「最も新しい」「最も高額な」治療を選ぶ必要はありません。病気の状態、残されている標準治療、治験の条件、検査結果、生活で大切にしたいことを整理し、その時点で根拠と現実性のある選択肢を比較することが、次の治療へ進むための出発点になります。

大腸がんステージ4の最新治療

大腸がんの「最新治療」には、すでに日本で承認され、条件を満たせば保険診療で受けられる治療と、治験によって有効性や安全性を確かめている研究段階の治療が混在しています。新しい薬が次々と報道されると、標準治療より優れた方法がすぐに受けられるように感じるかもしれませんが、研究段階の治療は効果が確立しているわけではなく、参加できる患者さんにも細かな条件があります。

執筆時点での大きな変化は、以前は専用の薬がなかった遺伝子変異に対する治療が増え、複数の標準治療を受けた後にも選べる薬が広がっていることです。一方、免疫療法が効きにくいタイプへの新しい治療や、血液検査によって再発や薬剤耐性を早く見つける方法については、まだ研究が続いています。

治療・技術 2026年10月時点の位置付け 主に関係する患者さん
BRAF V600Eを標的とする治療 国内承認済み。一次治療から選択可能 BRAF V600E変異陽性
KRAS G12Cを標的とする治療 国内承認済み。標準的な薬物療法後に検討 KRAS G12C変異陽性
HER2を標的とするADC 条件を満たせば国内で使用可能 HER2陽性で標準治療が難しくなった患者
フルキンチニブ 国内承認済み。複数の治療後に検討 バイオマーカーを問わず、一定の治療歴がある患者
ctDNAによる血液検査 遺伝子変異を調べる目的では一部で実用化。微小残存病変に基づく治療変更は研究段階 組織採取が難しい患者、手術後の再発リスクを詳しく調べる患者
MSS/pMMRに対する新しい免疫療法 治験段階 一般的な免疫療法が効きにくいタイプ

BRAF V600E変異では、最初の治療から遺伝子変異を狙えるようになった

BRAF V600E変異を持つ大腸がんは、病気の進行が比較的速く、従来の抗がん剤だけでは十分な効果を得にくいタイプとして知られてきました。以前は、一次治療の後に病気が進行してからBRAF阻害薬を使用するのが一般的でしたが、2025年11月、日本でもエンコラフェニブ、セツキシマブ、フルオロウラシル・オキサリプラチンを含む治療を一次治療から使用できるようになりました。

BREAKWATER試験の更新解析では、エンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6群の無増悪生存期間中央値は12.8カ月、対照群は7.1カ月でした。さらに、全生存期間中央値は30.3カ月対15.1カ月、奏効率は61%対40%で、一次治療からBRAF V600E変異を標的とする意義が確認されています。これらは臨床試験に参加した患者集団の結果であり、個人の余命を示す数字ではありません。

参考:厚生労働省「医薬品医療機器等法上の効能・効果等の変更に伴う留意事項の一部改正等について」、FDA「FDA grants traditional approval to encorafenib for metastatic colorectal cancer with a BRAF V600E mutation」

KRAS変異の一部にも専用の治療が加わっている

RAS遺伝子に変異がある大腸がんでは抗EGFR抗体薬の効果が期待しにくく、長い間、変異そのものを狙う薬もありませんでした。しかし、KRAS変異の中でもG12Cという型については、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が選択肢になっています。

日本では2025年9月、がん化学療法後に増悪したKRAS G12C変異陽性の治癒切除不能な進行・再発結腸・直腸がんに対し、ソトラシブとパニツムマブの併用が承認されました。フッ化ピリミジン系薬、オキサリプラチン、イリノテカンなどによる治療歴を踏まえて検討される後方治療で、対象になるのはKRAS変異全体ではなくG12C型に限られます。

参考:厚生労働省「医薬品医療機器等法上の効能・効果等の変更に伴う留意事項の一部改正について」、National Cancer Institute「Colon Cancer Treatment (PDQ®)」

HER2陽性大腸がんでは、抗体薬物複合体が治療候補になる

一部の大腸がんでは、がん細胞にHER2というタンパク質や遺伝子の異常が認められます。HER2を標的とする治療には複数の選択肢がありますが、2026年3月には抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカンが、HER2陽性の進行・再発固形がんへ適応拡大されました。

抗体薬物複合体は、がん細胞の目印へ結合する抗体に抗がん剤成分をつなぎ、標的となる細胞へ薬を届ける仕組みです。大腸がんでも、承認された検査でHER2陽性が確認され、標準的な治療が困難など所定の条件を満たす場合には治療候補となり得ます。

重い間質性肺疾患を起こす可能性があるため、治療中に新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には速やかな評価が必要です。

参考:PMDA「エンハーツ点滴静注用100mg 医療用医薬品情報」

複数の標準治療後にも、経口薬の選択肢が増えている

遺伝子変異に対応する薬だけでなく、バイオマーカーを問わず検討できる後方治療も増えています。フルキンチニブは、がんが新しい血管を作る際に使うVEGF受容体の働きを抑える飲み薬で、日本では2024年に承認されました。フッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカン、分子標的薬など、複数の標準治療を受けた後に病気が進行した患者が主な対象です。

国際共同第Ⅲ相試験FRESCO-2では、フルキンチニブを開始してからの全生存期間中央値が7.4カ月、プラセボ群では4.8カ月でした。これはステージ4と診断されてから7.4カ月という意味ではなく、複数の治療を受けた後に試験治療を始めた時点からの数字です。高血圧、手足症候群、倦怠感などに注意しながら使用します。

参考:FDA「FDA approves fruquintinib in refractory metastatic colorectal cancer」、PMDA「フリュザクラカプセル 医療用医薬品情報」

ctDNA検査は、治療標的を探す目的などで利用されることがある

がん細胞から血液中へ流れ出したDNAを調べる検査を、ctDNA検査またはリキッドバイオプシーと呼びます。腫瘍組織の採取が難しい場合や、治療後にがんの性質が変化した可能性がある場合など、血液から遺伝子変異を調べる手段として利用されることがあります。

採血で繰り返し調べられる点は利点ですが、血液中へ放出される腫瘍DNAが少ないと、実際には変異があっても検出できないことがあります。陰性だったとしても、腫瘍に遺伝子変異がないとは言い切れず、必要に応じて組織検査を組み合わせます。

手術後のctDNAから、画像に映らない微小残存病変や再発リスクを推定しようとする研究も進んでいます。2026年に公表された国内第III相ALTAIR試験では、術後ctDNA陽性で画像上の再発が確認されていない大腸がん患者に対し、ctDNA陽性をきっかけにトリフルリジン・チピラシルを早期投与しても、無病生存期間の有意な改善は確認されませんでした。一方、大腸がん肝転移切除後の国内データでは、術後ctDNA陽性例のうち術後補助化学療法を受けた患者で、再発リスクが低い傾向が示されています。ただし探索的解析の結果であり、すべての患者に共通する治療基準が確立したとまでは言えません。

こうした結果を踏まえると、2026年10月時点では、ctDNAの結果だけを根拠に、根治切除後の抗がん剤を増減・中止することは、すべての大腸がん患者に対する標準診療として確立していません。ctDNAは病期、病理所見、画像検査、腫瘍マーカーなどと組み合わせて解釈する情報の一つであり、治療変更にどう生かすかは現在も検証段階です。

参考:国立がん研究センター「大腸がん術後ctDNA陽性例に対する早期治療の有効性を検証」、国立がん研究センター「大腸がん肝転移切除後のctDNAと術後治療に関する解析」

免疫療法が効きにくいタイプへの研究も続いている

免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示しやすいのは、MSI-HまたはdMMRという特徴を持つ少数の大腸がんです。大腸がんの多くを占めるMSSまたはpMMRでは、免疫療法を単独で使用しても十分な効果が得られにくく、この壁を越えることが研究上の大きな課題になっています。

研究では、免疫療法へ抗がん剤や血管新生阻害薬を組み合わせる方法、一つの薬で免疫と血管新生の両方へ作用する二重特異性抗体、免疫細胞をがん細胞へ近づける抗体などが検討されています。RAS経路をより広く抑える次世代薬や、HER2以外の目印へ抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も治験段階にあります。研究が行われていることと、効果が確立していることは同じではなく、MSS/pMMRの患者さんへ一般診療として勧められる新しい免疫療法はまだ限られています。

最新治療を調べるときは「承認済みか、治験段階か」を確認

最新治療という言葉だけでは、その治療を実際に受けられるかどうかは分かりません。日本で承認され保険診療として使える薬なのか、海外だけで承認されているのか、治験で効果を検証している段階なのかによって、利用条件や費用、予測できる副作用は大きく異なります。自分が対象になるかを判断するには、遺伝子検査の結果だけでなく、これまで受けた治療、病気の広がり、全身状態、治験を実施している施設へ通えるかまで確認する必要があります。

大腸がんの最新治療は、すべての患者さんへ同じ新薬を追加する方向ではなく、がん細胞の特徴を細かく分け、それぞれに合う治療を選ぶ方向へ進んでいます。以前は予後が厳しいと考えられていたBRAF V600E変異や、専用薬がなかったKRAS G12C変異にも治療が加わり、標準治療後の選択肢も広がりました。その一方で、研究段階の治療を過度に期待せず、現在利用できる標準治療を逃さないことも同じくらい重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 大腸がんステージ4でも手術を受けられますか?

受けられる場合があります。肝臓や肺への転移があっても、大腸の原発巣と転移巣をすべて切除でき、手術後に十分な臓器機能を残せると判断されれば、根治を目指した手術が検討されます。診断時には切除できなくても、薬物療法で腫瘍が縮小した後に手術へ進めることもあります。

手術の可否は、転移の個数だけでは決まりません。病変の位置、重要な血管との関係、肝臓や肺に残せる機能、ほかの臓器への転移、患者さんの体力まで含めて判断します。手術の可能性がある場合は、大腸外科だけでなく肝胆膵外科や呼吸器外科など、転移先の手術を専門とする医師にも評価してもらうことが重要です。

Q2. 肝転移や肺転移があっても完治できますか?

一部の患者さんでは、原発巣と転移巣を完全に切除し、長期間再発しない状態を目指せます。大腸がんでは、選択された肝転移や肺転移の患者さんに対して、手術が根治の可能性を持つ治療になります。

ただし、手術を受ければ必ず完治するわけではありません。画像で確認できる病変をすべて切除しても、体内に微小ながん細胞が残っている可能性があり、手術後に再発する患者さんもいます。再発した病変が再び切除できる場合もあるため、手術後も定期的な画像検査と血液検査を続けます。

Q3. ステージ4と診断されたら、必ず人工肛門になりますか?

必ず人工肛門になるわけではありません。人工肛門が必要になるのは、主に腫瘍によって便の通り道が塞がれている場合、腸に穴が開く危険がある場合、直腸がんの手術で肛門を残すことが難しい場合などです。腸閉塞を避け、早く薬物療法へ進む目的で一時的な人工肛門を造ることもあります。

人工肛門には、一時的に造設して後から閉鎖できるものと、継続して使用するものがあります。装具の扱いに慣れ、状態が安定すれば、仕事、旅行、入浴、無理のない運動も可能です。食事にも原則として一律の禁止はありませんが、便の状態や腸の狭窄に合わせた調整が必要になる場合があります。

Q4. 食事で大腸がんを小さくできますか?

特定の食品や食事療法だけで、ステージ4大腸がんを縮小させたり治したりできるという信頼できる根拠はありません。標準治療の代わりに極端な糖質制限や断食、健康食品だけへ頼ると、体重や筋肉量が低下し、予定していた治療を受けにくくなるおそれがあります。

治療中の食事で優先したいのは、十分なエネルギー、水分、タンパク質を確保し、体力を保つことです。食欲がないときは少量を複数回に分け、食べられる食品を利用します。ただし、腸が狭くなっている場合には、一般には健康的とされる食物繊維の多い食品が腸閉塞の原因になることもあります。病変の状態に応じて、担当医や管理栄養士へ具体的な食事内容を確認してください。

Q5. 治療を受けながら仕事を続けられますか?

病状と仕事内容によりますが、外来で薬物療法を受けながら仕事を続けている患者さんもいます。治療日と副作用が強く出やすい日を把握し、在宅勤務、時差出勤、勤務時間の短縮などを利用することで、退職せずに治療を続けられる場合があります。

診断直後に仕事を辞めるかどうかを決める必要はありません。治療を始めてから体調の波を確認し、必要な配慮を勤務先と相談する方法もあります。病院のがん相談支援センターや医療ソーシャルワーカーでは、休職制度、傷病手当金、職場への伝え方などについて相談できます。2026年度からは、事業主による治療と仕事の両立支援が努力義務として位置付けられています。

参考:厚生労働省「治療と仕事の両立について」

Q6. お酒は飲んでもよいのでしょうか?

大腸がんになったからといって、すべての患者さんが必ず禁酒しなければならないわけではありません。ただし、抗がん剤による吐き気や下痢、脱水、肝機能障害がある時期には、飲酒によって症状が悪化する可能性があります。手術前後や治療直後も、飲酒を控えるよう指示されることがあります。

飲酒できる量は、治療内容、肝臓の状態、服用している薬によって異なります。以前と同じ量を飲んでよいとは限らないため、治療中は担当医や薬剤師へ確認してください。下痢が続いている場合には、アルコールが腸を刺激して症状を強めることもあります。

Q7. 運動や旅行をしても大丈夫ですか?

体調が安定し、主治医から制限を受けていなければ、散歩や軽い筋力運動などを続けることは可能です。無理のない運動は筋力や体力の維持に役立ち、治療中の生活を保ちやすくします。ただし、骨転移がある場合、手術直後、貧血や発熱がある場合には、運動内容を調整しなければなりません。

旅行も一律に禁止されるものではありませんが、治療日程、副作用が出やすい時期、緊急時の受診先を確認してから計画します。人工肛門があっても旅行は可能です。装具を多めに持参し、長距離移動では脱水や血栓を防ぐため、可能な範囲で水分補給と体を動かす時間を確保します。

Q8. セカンドオピニオンはどの時点で受けるべきですか?

治療方針の説明を受けたものの、肝転移や肺転移を切除できる可能性について確認したい場合、複数の治療選択肢が提示されて迷っている場合、治験を含めた次の治療を知りたい場合には、セカンドオピニオンが役立ちます。大腸がんステージ4では、転移巣の切除可能性やコンバージョン治療の判断に複数分野の専門性が必要になるため、専門施設の意見を聞く意味があります。

セカンドオピニオンは、転院を前提とした診察ではありません。現在の検査画像や病理結果を別の専門医に見てもらい、診断や治療方針について意見を聞く制度です。治療開始前だけでなく、薬が効かなくなり次の方針を考える時点も利用しやすいタイミングです。ただし、治療を急ぐ病状では時間的な制約があるため、いつまでに決める必要があるかを主治医へ確認しておきます。

Q9. 大腸がんは家族へ遺伝しますか?

大腸がんの多くは、親から子へ直接遺伝する病気ではありません。一方、ごく一部にはリンチ症候群や家族性大腸腺腫症など、生まれつき大腸がんになりやすい体質が関係するものがあります。若い年齢で発症した場合、血縁者に大腸がんや子宮体がんなどの患者さんが複数いる場合、複数のがんを経験している場合には、遺伝性腫瘍の評価が提案されることがあります。

治療選択のために調べるRASやBRAFなどの遺伝子変異は、多くの場合、がん細胞の中だけに生じた変化であり、そのまま家族へ遺伝するものではありません。MSI-H/dMMRが見つかった場合にはリンチ症候群が隠れている可能性もあるため、必要に応じて遺伝カウンセリングや血液を使った遺伝学的検査を行います。

Q10. 標準治療が効かなくなったら、もう治療法はありませんか?

現在の薬が効かなくなっても、作用の異なる標準治療へ切り替えられる場合があります。特定の病変だけが進行しているなら、手術や放射線治療を追加して、全身治療を続ける方法も検討されます。バイオマーカーを再評価し、BRAF V600E、KRAS G12C、HER2などに対応する治療が候補になることもあります。

標準治療の選択肢が少なくなった段階では、治験やがん遺伝子パネル検査も検討できます。ただし、自由診療を含む「最新治療」が標準治療より優れているとは限りません。現在残されている保険診療、治験の参加条件、期待できる効果と副作用を整理したうえで、次の選択肢を比較することが大切です。

大腸がんステージ4と向き合うために

大腸がんステージ4は、原発巣から離れた臓器や腹膜、遠隔リンパ節などへがんが広がった状態であり、決して治療が容易な病期ではありません。しかし、ステージ4という診断だけで治療の目的や将来が一つに決まるわけでもありません。

大腸がんステージ4の治療を考えるとき、最初に確認したいのは「一番強い薬は何か」ではなく、「すべての病変を切除できる可能性があるか」という点です。肝転移や肺転移を切除できるかどうかは、単純な個数だけでは判断できません。初回の診断だけで「生涯手術できない」と決まるものではない一方、腫瘍が小さくなっただけで必ず手術できるわけでもなく、完全に取り切れる見込みがあるかを慎重に判断する必要があります。

生存率や全生存期間中央値は、病気の厳しさや治療の進歩を理解するうえで欠かせない情報です。しかし、それらは一定の条件を満たした患者集団の結果であり、個人の余命をそのまま示すものではありません。数字を見ないようにする必要はありませんが「自分はその統計のどの患者群に近いのか」「数字は診断時から数えたものか、特定の治療を始めてから数えたものか」を確認しなければ、実際以上に悲観したり、反対に過度な期待を抱いたりすることがあります。

治療方針に迷いがある場合、セカンドオピニオンを利用することもできます。別の専門医へ相談することは、現在の担当医を否定する行為ではありません。今の方針が妥当であることを確認し、納得して治療へ進むためにも利用できます。ただし、腸閉塞や出血など急いで対応しなければならない病状では、意見を聞くために治療開始を長く遅らせないよう、相談できる期限を主治医へ確認しておく必要があります。

大腸がんステージ4は、根治を目指せる患者さんと、病気を長くコントロールすることを目標とする患者さんが同じ病期の中に含まれています。治療開始時の方針が途中で変わることもあり、一度の選択ですべてが決まるわけではありません。切除可能性を繰り返し評価し、遺伝子や免疫の特徴に合った薬を選び、副作用や生活への影響を調整しながら、その時点で現実的な選択を積み重ねていくことが大切です。

「胃がんのステージ4です。」

医師からその言葉を告げられた瞬間「もう治療はできないのではないか」「余命はあとどれくらいなのだろう」「家族には何と伝えればいいのか」と頭が真っ白になった方も多いのではないでしょうか。

インターネットで「胃がん ステージ4」と検索すると「末期がん」「余命」「腹膜播種」「治らない」といった不安をあおるような言葉が並び、さらに気持ちが落ち込んでしまうことも少なくありません。しかし、現在の胃がん診療は以前とは大きく変わっています。

かつて、ステージ4胃がんの治療は抗がん剤による延命治療が中心であり、治療の選択肢は限られていました。しかし近年は、HER2陽性胃がんに対する分子標的薬や、免疫チェックポイント阻害薬、さらにCLDN18.2を標的とした新しい治療薬の登場によって、患者さん一人ひとりのがんの特徴に合わせた治療が行われるようになっています。

ステージ4と一口に言っても、その病状は決して同じではありません。腹膜播種が中心の人もいれば、肝臓だけに転移している人もいます。HER2陽性の人もいれば、MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が見つかる人もいます。転移の部位や数、がん細胞の性質、全身状態によって選択できる治療は大きく異なり、その後の経過も一人ひとり違います。

薬物療法が非常によく効き、原発巣と転移巣を含めてすべての病変を切除できる可能性が生じた一部の患者さんでは、コンバージョン手術を再検討することがあります。ただし、ステージ4胃がんに対して広く確立した標準的な治療手順ではなく、手術による生存期間の上乗せがすべての患者さんで証明されているわけではありません。

もちろん、ステージ4胃がんは依然として治療が難しい病気であることに変わりはありません。しかし「何もできない病気」ではなくなっていることも、現在の医学が示している事実です。

この記事では、胃がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、生存率や余命の考え方、現在受けられる標準治療、分子標的薬や免疫療法、最新治療、完治の可能性、さらに保険診療以外の選択肢まで、現在の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

診断直後に知っておきたい基本的な知識だけでなく、これから治療方針を考えるうえで判断材料となる情報も、できるだけ分かりやすくまとめました。この記事が、不安の中で情報を探している患者さんやご家族にとって、現状を冷静に理解し、納得できる治療を選択するための一助になれば幸いです。

  • 胃がんステージ4は遠くの臓器や腹膜などへがんが転移している状態
  • 胃がんステージ4の5年ネット・サバイバルは6.3%(国立がん研究センター、2014~2015年診断例)
  • 進行胃がんの治療成績は新しい薬剤の登場によって少しずつ改善している

胃がんステージ4とは

胃がんステージ4は、原発巣の大きさや胃壁への深さにかかわらず、肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの遠隔転移が確認される状態です。TNM分類では遠隔転移をM1と表し、T分類やN分類にかかわらずステージ4になります。ただし、「ステージ4」と「終末期」は同じ意味ではなく、全身状態や治療への反応によって病状と治療選択には幅があります。

現在の胃がん治療では、どこへ転移しているのか、転移はどの程度広がっているのか、そしてがん細胞がどのような特徴を持っているのかまで詳しく調べたうえで、一人ひとりに合わせた治療方針が決められます。同じステージ4という診断であっても、治療内容や期待できる効果、生存期間は患者さんによって大きく異なります。

TNM分類

胃がんの進行度は、国際的に用いられているTNM分類によって決定されます。Tは胃壁への深達度や周囲臓器への浸潤、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を表しており、この三つを組み合わせて病期(ステージ)が決まります。このうち、ステージ4へ分類される最大の理由は「M」、つまり遠隔転移です。

胃から離れた臓器へ転移している場合だけでなく、腹膜へがん細胞が散らばる「腹膜播種」も遠隔転移として扱われます。そのため、肝臓や肺などに転移がなくても、腹膜播種が確認されればステージ4と診断されます。

参考:胃がん 治療・病期分類|国立がん研究センター がん情報サービス、Gastric Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

胃がんステージ4でも病状は一人ひとり大きく異なる

肝臓に小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜全体へがん細胞が広がり腹水がたまっている患者さんでは、同じステージ4であっても病気の性質や治療方針は大きく異なります。転移の部位だけではなく、HER2陽性やMSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)、CLDN18.2陽性など、がん細胞が持つ特徴によって使用できる薬剤も変わります。

そのため「ステージ4だから○○という治療を行う」という考え方ではなく、「その患者さんの胃がんには、どのような特徴があるのか」を詳しく調べたうえで治療方針を決定します。「ステージ4」という診断は治療のスタートラインであり、その後どのような治療を選択できるかは、これから行う詳しい検査によって決まっていくのです。

胃がんステージ4の腹膜播種とは

胃がんステージ4を理解するうえで、最も重要なキーワードの一つが『腹膜播種(ふくまくはしゅ)』です。

肺がんや大腸がんでは肝臓や肺への転移が中心になることが多い一方、胃がんでは腹膜播種が非常に高い頻度でみられます。実際、ステージ4胃がんの患者さんでは、腹膜播種が治療方針や予後に大きく影響するケースが少なくありません。

腹膜とは

腹膜とは、お腹の中にある胃や腸、肝臓などの臓器を包んでいる薄い膜です。胃がんが胃の壁を深く越えて進行すると、一部のがん細胞が胃の外へこぼれ落ち、腹腔内を漂うようになります。そして腹膜へ付着・増殖し、小さながんが無数に広がっていく状態が腹膜播種です。

血液やリンパ液の流れに乗って転移する肝転移や肺転移とは異なり、腹膜播種は「お腹の中にがん細胞が散らばる」という特徴的な広がり方をします。そのため、CT検査でははっきり確認できないほど小さな病変が多数存在していることも珍しくありません。

腹膜播種で現れる症状

腹膜播種が始まったばかりの段階では、自覚症状がほとんどないこともあります。しかし、病変が増えてくると、お腹全体にさまざまな症状が現れるようになります。

腹水

代表的なのが、腹水です。腹膜へ広がったがん細胞が炎症を引き起こすことで、お腹の中へ水分がたまりやすくなります。腹水が増えると、お腹が張るような感覚や圧迫感が強くなり、食事を少し食べただけでもすぐ満腹になることがあります。さらに腹水が大量になると、横になるだけで息苦しさを感じたり、歩くことが難しくなったりすることもあります。

腸閉塞(イレウス)

もう一つ注意したい症状が『腸閉塞(イレウス)』です。腹膜播種が腸の表面へ広がると、腸の動きが悪くなったり、一部が狭くなったりすることがあります。すると、食べたものや消化液が正常に流れなくなり、腹痛や吐き気、嘔吐、便やガスが出にくくなるといった症状が現れます。

イレウスは緊急の対応が必要になることもあるため「お腹の張りが急に強くなった」「何度も吐いてしまう」「数日間便が出ない」といった症状がある場合には、早めに主治医へ相談することが重要です。

その他の症状

腹膜播種では、このほかにも体重減少、食欲低下、全身のだるさなどが少しずつ進行することがあります。これらは胃がんそのものによる症状だけではなく、腹膜播種によって食事量や栄養状態が悪化することも大きく関係しています。

腹膜播種があると治療はできないのか

以前は、腹膜播種が見つかった時点で手術は難しく、治療の選択肢も限られていました。しかし近年の診療では、その考え方も変わりつつあります。

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法によって腹膜播種が縮小し、症状を長期間コントロールできる患者さんも増えています。薬物療法が非常によく効き、腹膜播種が画像上あるいは腹腔鏡検査でほとんど確認できなくなった一部の患者さんでは、コンバージョン手術が検討されることもあります。

もちろん、これはすべての患者さんに適応される治療ではありません。腹膜播種の広がり方や薬物療法への反応、全身状態などを慎重に評価したうえで判断されます。それでも「腹膜播種があるから何もできない」という時代ではなくなってきたことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つといえるでしょう。

参考:胃がん|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4でも治療を行う理由

胃がんステージ4は遠隔転移を伴う進行した状態であり、早期胃がんのように手術だけで治癒を目指せるケースは多くありません。しかし、ステージ4と診断されたからといって、治療の選択肢がなくなるわけではありません。

薬物療法によって病気の進行を抑え、生存期間の延長や症状の改善を目指せる場合があります。また、出血や食べ物の通過障害などに対して、内視鏡治療や放射線治療などを組み合わせることもあります。

一方、全身状態や持病、患者さん自身の希望によっては、抗がん剤などの薬物療法を行わず、症状の緩和を中心とした医療を選択する場合もあります。重要なのは、治療を受けること自体を目的にするのではなく、期待できる効果や体への負担を理解し、何を大切にして治療を進めるかを考えることです。

胃がんステージ4の治療目的

ステージ4胃がんに対する治療の最も大きな目的は、がんの増殖をできるだけ抑えながら、生存期間の延長を目指すことです。

現在の薬物療法は、単に腫瘍を小さくするだけではありません。がんの進行を遅らせることで、食事や会話、仕事、趣味など、これまでの生活をできるだけ長く維持できるよう支援することも重要な役割になっています。

実際、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が使用できる患者さんでは、以前より長期間にわたって病気をコントロールできるケースも増えてきました。すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありませんが、治療を開始することで病気の勢いを抑えられる可能性がある以上「ステージ4だから何もできない」と考える必要はありません。

食べられる状態を維持する

胃がんでは「食べられること」を守ることも重要な治療目的になります。

胃がんは、食べ物の通り道そのものにできるがんです。そのため、病気が進行すると腫瘍が胃の出口や食道とのつなぎ目を狭くし、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腹膜播種によって腹水が増えたり、腸の動きが悪くなったりすると、食欲低下や吐き気、早期満腹感などが強く現れることもあります。

食事量が減れば、体重だけでなく筋肉量も減少し、全身状態が悪化します。すると、予定していた抗がん剤を十分な量で続けられなくなったり、新しい治療を受けられなくなったりする可能性もあります。「食べられる状態を維持すること」は、生活の質だけではなく、その後の治療を続けるためにも重要なのです。

胃がんステージ4では、薬物療法だけではなく栄養管理や支持療法も治療の重要な柱になります。

出血や通過障害などの症状を改善する

胃がんが進行すると、腫瘍から出血したり、胃の出口が狭くなったりすることがあります。慢性的な出血では貧血が進行し、強い倦怠感や息切れの原因になります。一方、胃の出口が狭くなると、食べ物が十二指腸へ流れにくくなり、食後の吐き気や嘔吐が続くことがあります。

このような症状に対しては、薬物療法だけではなく、患者さんの状態に応じて内視鏡によるステント留置、胃空腸バイパス術、止血処置、放射線治療などを組み合わせることがあります。これらは胃がんそのものを根治する治療ではありませんが、「食べられるようになる」「出血を止める」「痛みを和らげる」といった症状改善を目的とした重要な治療です。

症状が改善することで体力が回復し、その後の薬物療法を継続できるようになるケースも少なくありません。

薬物療法がよく効けば、新たな治療選択肢が生まれることも

以前は、ステージ4胃がんでは手術はほとんど行われませんでした。しかし現在では、薬物療法によって腫瘍や転移巣が大きく縮小し、遠隔転移が十分にコントロールされた患者さんに対して「コンバージョン手術」が検討されることがあります。

これは最初から手術を予定する治療ではなく、薬物療法の効果を慎重に評価した結果「根治切除が可能」と判断された場合に選択される治療です。もちろん、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも「最初は手術できない状態だった患者さんに、新しい選択肢が生まれる可能性がある」という点は、現在の胃がん治療を理解するうえで重要な変化といえるでしょう。

次の章では、こうした治療方針を決定するために行われる検査について詳しく解説します。現在の胃がん診療では、転移の有無だけではなく、HER2やCLDN18.2、MSI、PD-L1などのバイオマーカー検査が治療選択に大きく関わるため、それぞれの検査がどのような意味を持つのかを理解しておくことが重要です。

胃がんステージ4と診断された後に行われる検査

胃がんステージ4と診断された後は、病気の広がりやがん細胞の特徴、患者さんの全身状態などを確認し、治療方針を検討します。どの治療が適しているかを判断するためには、画像検査や病理検査、バイオマーカー検査などが重要になります。ただし、出血や食べ物の通過障害、腸閉塞など、緊急性の高い症状がある場合には、詳しい検査と並行して症状への対応を優先することもあります。

以前の胃がん治療では、転移の有無や患者さんの体力を中心に治療方針が決められていました。しかし現在は、がん細胞そのものの特徴まで詳しく調べ、一人ひとりに合った薬剤を選択する時代へ変わっています。そのため、診断後に行われる検査には「病気がどこまで広がっているか」を確認する検査と、「どの薬が使えるか」を調べる検査という二つの役割があります。

転移の広がりを正確に把握する画像検査

治療方針を決めるうえで最初に重要になるのが、がんがどこまで広がっているのかを正確に確認することです。

CT検査では、胃の周囲だけでなく、肝臓や肺、リンパ節などへの転移を評価します。胃がんは肝転移やリンパ節転移を起こしやすいだけでなく、腹膜播種を伴うことも多いため、お腹全体の状態を丁寧に確認することが欠かせません。

必要に応じてPET-CTが追加されることもありますが、胃がんではすべての病変がPET-CTで描出されるわけではありません。特に腹膜播種や小さな転移巣では検出が難しいこともあるため、CTや内視鏡検査の結果と合わせて総合的に判断されます。

画像検査だけでは判断が難しい場合には、腹腔鏡検査を行うことがあります。腹部に小さな穴を開けてカメラを挿入し、腹膜を直接観察する検査です。CTでは確認できなかった小さな腹膜播種や腹水中のがん細胞が見つかることもあり、治療方針を決めるうえで重要な情報になります。

がん細胞の特徴を調べる病理検査

胃がん治療で近年特に重要になっているのが、病理検査です。内視鏡検査などで採取した組織を詳しく調べることで、胃がんの種類だけでなく、分子標的薬や免疫療法が使用できる可能性も評価します。

HER2検査

代表的なのはHER2検査です。HER2というタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、トラスツズマブなどHER2を標的とした治療が第一選択になることがあります。胃がん全体では約15~20%前後がHER2陽性とされており、治療方針を左右する重要な検査の一つです。

MSI検査

MSI検査も重要です。MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)が確認された胃がんでは、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。頻度は高くありませんが、治療戦略が大きく変わる可能性があるため、現代では標準的に調べられることが増えています。

PD-L1検査

免疫チェックポイント阻害薬を検討する際には、PD-L1というタンパク質の発現状況を調べることがあります。胃がんでは、がん細胞だけでなく周囲の免疫細胞も含めて評価するCPS(Combined Positive Score)という指標が用いられ、ニボルマブやペムブロリズマブなどの治療を選ぶ際の判断材料になります。

一方、2026年に胃がんへの使用が国内で承認されたチスレリズマブ(テビムブラ)では、TAPという別の評価指標が用いられます。PD-L1の検査結果は、すべての薬剤で同じ方法や基準によって判断されるわけではありません。使用する薬剤ごとの適応条件を確認することが重要です。

CLDN18.2検査

2024年からはCLDN18.2(クローディン18.2)の検査も注目されています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を含む治療が新たな選択肢となりました。これまで使える薬剤が限られていた患者さんでも、検査結果によって治療の幅が広がる可能性があります。

がん遺伝子パネル検査が勧められることもある

標準治療が終了した後や、次の治療を検討する段階では、がん遺伝子パネル検査が提案されることがあります。これは一度に数百種類の遺伝子異常を調べ、治験や適応となる薬剤がないかを探す検査です。すべての患者さんが対象になるわけではありませんが、従来の検査では分からなかった遺伝子異常が見つかり、新しい治療へつながる可能性もあります。

この検査だけで治療法が決まるわけではありません。しかし、標準治療の選択肢が少なくなった段階では、今後の方針を考えるための重要な情報になることがあります。

ここまで紹介したように、現在の胃がん診療では「胃がん」という診断だけで治療を決めることはほとんどありません。転移の広がりに加え、HER2、MSI、PD-L1、CLDN18.2など複数の情報を組み合わせることで、一人ひとりに適した治療法を選択しています。

参考:ゲノム医療について|厚生労働省

胃がんステージ4の治療全体像

胃がんステージ4と診断されると「抗がん剤しか方法はないのでしょうか」と質問されることがよくあります。薬物療法はステージ4胃がんの中心となる治療です。しかし、一つの治療だけで経過をみることはほとんどありません。

胃がんは、病気の進行によって起こる症状が患者さんごとに大きく異なります。食事が通りにくくなる人もいれば、腹膜播種による腹水が問題になる人もいます。肝転移が中心の人もいれば、リンパ節転移だけで比較的全身状態が保たれている人もいます。

胃がんステージ4の治療は「どの薬を使うか」だけで決まるものではありません。薬物療法を軸にしながら、必要に応じて手術や放射線治療、内視鏡治療、栄養管理、緩和ケアを組み合わせ、一人ひとりの病状に合わせて治療計画を組み立てていきます。

薬物療法が治療の中心

ステージ4胃がんでは、全身へ広がったがん細胞を一度に治療する必要があります。手術で胃を切除しても、腹膜や肝臓、リンパ節などへ転移した病変まですべて取り除くことは難しいため、まずは全身へ作用する薬物療法が治療の中心になります。

薬物療法といっても、現在は単純に抗がん剤を使用するだけではありません。HER2陽性であれば分子標的薬を組み合わせることがありますし、PD-L1の発現状況やMSI-Hであるかどうかによって免疫チェックポイント阻害薬が加わることもあります。さらにCLDN18.2陽性では、新たな分子標的薬を使用できるようになり、治療の組み合わせは以前よりも複雑になっています。

同じステージ4胃がんでも、検査結果によって第一選択となる治療が変わるため「誰もが同じ抗がん剤を使う」という時代ではなくなっています。

治療は段階的に組み立てられる

薬物療法は、一度開始したら最後まで同じ薬を使い続けるわけではありません。治療を始めた後は、CT検査や血液検査を定期的に行い、腫瘍が縮小しているのか、変化がないのか、それとも大きくなっているのかを確認します。

十分な効果が得られている間は同じ治療を継続し、病気が進行した場合や副作用が強くなった場合には、次の治療へ切り替えることになります。これを二次治療、三次治療と呼びます。

近年は使用できる薬剤が増えたことで、一つの治療だけで終わるのではなく、複数の治療を順番に受けながら病気をコントロールしていく考え方が一般的になっています。治療開始時だけでなく「次にどの治療を選択するか」まで見据えて計画を立てることも、現在の胃がん診療では重要になっています。

薬物療法以外の治療を優先することもある

すべての患者さんが、診断直後から抗がん剤を開始できるとは限りません。例えば、胃の出口が狭くなり、水分さえ十分に飲めない状態では、まず食事が通るようにする治療を優先することがあります。腫瘍から出血が続いている場合には止血処置が必要になることがありますし、腹水によって呼吸が苦しい場合には腹水を抜く処置を行うこともあります。

病状によっては胃空腸バイパス術やステント留置術が選択されることもあり、これらによって食事が可能になった後に薬物療法を開始するケースも少なくありません。胃がんでは、病気そのものだけではなく、病気によって生じる症状を改善することも治療の重要な役割になります。

治療目標が途中で変わる場合も

治療を始めた時点では「病気の進行を抑えながら生活を維持すること」が目標になる患者さんがほとんどです。一方で、薬物療法が予想以上によく効き、転移巣が大きく縮小した場合には、当初は考えられなかった選択肢が見えてくることがあります。

代表的なのが、コンバージョン手術です。最初は切除できないと判断された胃がんでも、薬物療法によって根治切除が可能と判断されれば、手術を検討できる場合があります。逆に、治療を続ける中で体力の低下や副作用が問題となり、治療内容を調整した方がよい場面もあります。

治療の目標は最初から最後まで変わらないものではなく、病気の変化や生活の状況に合わせて見直されていきます。診断直後の時点で将来を決めつける必要はありません。治療に対する反応を一つひとつ確認しながら、その時点で最も適した選択を積み重ねていくことが、胃がんステージ4の診療では何よりも大切になります。

参考:胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

胃がんステージ4の抗がん剤治療

胃がんステージ4の治療では、薬物療法が中心になります。その中でも、最も基本となるのが抗がん剤治療です。胃がん治療の標準的な抗がん剤は一つではありません。年齢や体力、転移の広がり、HER2やPD-L1、CLDN18.2などの検査結果を踏まえて治療内容が決められます。

現在は、複数の薬剤を組み合わせた治療を基本とし、必要に応じて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を追加する方法が標準治療になっています。

一次治療ではフッ化ピリミジン系とプラチナ製剤の併用が基本

切除不能・進行・再発胃がんでは、フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ製剤を組み合わせた化学療法が基本的な治療の一つです。ただし2026年現在は、HER2、PD-L1(CPS)、MSI、CLDN18.2などの結果と全身状態・治療歴によって、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を最初から併用する治療も選択されます。

具体的には、S-1とオキサリプラチンを組み合わせたSOX療法や、カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせたCapeOX療法、5-FUとオキサリプラチンを併用するFOLFOX療法などが広く用いられています。これらの治療は、がん細胞のDNA合成や細胞分裂を妨げることで増殖を抑えることを目的としています。

どの治療法が選択されるかは、患者さんの年齢や腎機能、通院頻度、内服薬を継続できるかどうかなども考慮して決定されます。S-1は内服薬であるため自宅で服用できますが、食事が十分に取れない患者さんでは点滴中心の治療が選択されることもあります。一方、オキサリプラチンは比較的高い治療効果が期待できる反面、手足のしびれが長期間残ることがあるため、副作用の程度を確認しながら投与量を調整していきます。

参考:胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Gastric Cancer Treatment(PDQ)|NCI

HER2陽性では分子標的薬を併用する

HER2陽性の切除不能・進行・再発胃がんでは、フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ製剤を含む化学療法に、抗HER2抗体トラスツズマブを併用する治療が基本的な選択肢になります。PD-L1の発現が国内で承認された方法により確認されるなどの適応条件を満たす場合には、ペムブロリズマブをさらに併用する治療も国内で承認されています。実際の併用の可否はPD-L1 CPS、治療歴、全身状態、国内電子添文を確認して判断します。

ToGA試験では、HER2陽性進行胃がんに対して抗がん剤へトラスツズマブを追加することで、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、HER2検査は現在の胃がん診療で欠かせない検査の一つとなっています。

さらに近年では、HER2陽性胃がんに対する抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)も使用できるようになり、HER2陽性患者の治療選択肢は大きく広がっています。同じ抗がん剤治療でも、HER2の結果によって組み合わせる薬剤は大きく変わります。

参考:Gastric Cancer Treatment(PDQ):ToGA試験|米国国立がん研究所(NCI)、胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター、エンハーツ|PMDA

抗がん剤だけで治療する患者は以前より少なくなっている

胃がん治療は、この数年で大きく変化しました。以前は抗がん剤単独が標準だった患者さんでも、現在では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を併用するケースが増えています。例えばPD-L1 CPSが一定以上の患者さんでは、ニボルマブを追加することが標準治療になっています。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)を組み合わせた治療も選択肢になります。

現在の抗がん剤治療は「抗がん剤だけで戦う治療」ではなく「抗がん剤を土台として複数の薬剤を組み合わせる治療」へ変わっています。

副作用が管理しやすくなっている

抗がん剤に対して「吐き気がひどい」「何も食べられなくなる」「髪がすべて抜ける」といったイメージを持っている人も多いでしょう。確かに副作用は避けて通れませんが、副作用を予防する薬剤や支持療法が大きく進歩しています。

吐き気には複数の制吐薬を組み合わせて使用し、白血球減少にはG-CSF製剤を使用することがあります。下痢や口内炎、末梢神経障害についても早い段階から対策を行い、必要に応じて休薬や減量を行いながら治療を継続していきます。

副作用が出ること自体は珍しくありませんが、「我慢しながら治療を続ける」のではなく「副作用を管理しながら治療を続ける」という考え方が現在の標準になっています。気になる症状があれば早めに医療スタッフへ伝えることで、重症化を防ぎやすくなります。

抗がん剤は「効かなくなるまで続ける」わけではない

「一度始めた抗がん剤は、一生続けるのでしょうか」と質問されることがあります。実際にはそのようなことはありません。治療中は定期的にCT検査や血液検査を行い、腫瘍が縮小しているか、副作用が強くなっていないかを確認します。十分な効果が得られている間は治療を継続しますが、病気が進行した場合や副作用によって生活への影響が大きくなった場合には、薬剤の変更や休薬を検討します。

近年は二次治療、三次治療まで見据えて治療を組み立てることが一般的になっています。最初の抗がん剤が効かなくなったからといって、そこで治療が終わるとは限りません。病状やこれまでの治療経過に応じて、新しい薬剤や分子標的薬、免疫療法へ切り替えられる可能性もあります。抗がん剤治療は、一つの薬剤だけで完結するものではなく、その後の治療へつなげていくための重要な第一歩でもあります。

分子標的薬 ― 胃がんの特徴に合わせて治療を選ぶ時代へ

胃がんの薬物療法は、長い間「抗がん剤」が中心でした。しかし近年は、がん細胞が持つ特定の分子や遺伝子異常を標的とした『分子標的薬』が次々に登場し、治療の考え方は大きく変わっています。

分子標的薬は、すべての胃がん患者さんが使用できるわけではありません。HER2やCLDN18.2など、がん細胞に特定の特徴が確認された場合に使用される薬剤であり、事前に行う病理検査やバイオマーカー検査が治療方針を決める重要な鍵になります。そのため「どのタイプの胃がんなのか」を見極めたうえで治療を組み立てることが基本になっています。

HER2陽性胃がんでは分子標的薬が第一選択

最も広く使用されている分子標的薬が、HER2を標的とした治療です。HER2は、がん細胞の増殖に関わるタンパク質の一つで、このタンパク質が過剰に発現している胃がんでは、通常よりも増殖する力が強くなることがあります。HER2陽性は進行胃がん全体の約15~20%に認められるとされており、診断時にはHER2検査を行うことが標準となっています。

HER2陽性と判定された場合には、抗がん剤にトラスツズマブ(ハーセプチン)を組み合わせた治療が第一選択になります。トラスツズマブはHER2へ選択的に結合し、がん細胞の増殖を抑えるだけでなく、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくする働きもあります。

トラスツズマブを含む治療後に病状が進行したHER2陽性の治癒切除不能・進行・再発胃がんでは、抗体薬物複合体(ADC)トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)が治療選択肢になります。国内電子添文では胃がんに対する一次治療での有効性・安全性は確立していないため、最初から使用する薬というわけではありません。また、重篤な間質性肺疾患が起こる場合があるため、新しい咳、発熱、息切れが出た場合には早急な評価が必要です。

国際共同第III相試験であるDESTINY-Gastric04試験では、トラスツズマブを含む治療後に病状が進行し、HER2陽性が再確認された患者さんを対象に、トラスツズマブ デルクステカンと従来の二次治療が比較されました。

その結果、全生存期間中央値はトラスツズマブ デルクステカン群で14.7か月、ラムシルマブ+パクリタキセル群で11.4か月となり、統計学的に有意な生存期間の延長が確認されました。HER2陽性の進行胃がんに対して、二次治療から新しい治療を選択できる可能性を示した重要な結果です。

参考:胃がんに対する二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが生存期間を有意に延長|国立がん研究センター

CLDN18.2陽性胃がんでは新しい標準治療が始まっている

近年、胃がん領域で最も大きな話題の一つとなっているのが『CLDN18.2(クローディン18.2)』です。CLDN18.2は胃粘膜に存在するタンパク質ですが、一部の胃がんではがん細胞の表面に強く発現しています。このタンパク質を標的とする薬剤が「ゾルベツキシマブ(ビロイ)」です。

SPOTLIGHT試験では、CLDN18.2陽性・HER2陰性進行胃がんに対し、標準的な化学療法へゾルベツキシマブを追加することで、無増悪生存期間と全生存期間の改善が確認されました。これを受け、日本でも新たな治療選択肢として使用できるようになっています。

ゾルベツキシマブ(ビロイ)は、CLDN18.2陽性かつHER2陰性の治癒切除不能な進行・再発胃がんで、承認された検査などにより適応を確認して使用します。一次化学療法と組み合わせる治療であり、HER2陽性の患者さんや、CLDN18.2発現の基準を満たさない患者さんに一律に使用できるわけではありません。悪心・嘔吐などが問題になることがあるため、制吐療法を含む副作用対策も重要です。

参考:クローディン18.2陽性胃がんに対するゾルベツキシマブと化学療法併用による長期の生存延長効果を公表|国立がん研究センター、ビロイ|PMDA

血管新生を抑える分子標的薬も使用されている

胃がんは、成長するために新しい血管を作りながら栄養を取り込んでいます。この血管新生を抑える目的で使用されるのが『ラムシルマブ(サイラムザ)』です。ラムシルマブはVEGFR2という受容体を標的とし、腫瘍へ新しい血管が作られるのを抑えることで、がんの増殖を遅らせます。

一次治療終了後の二次治療では、パクリタキセルとラムシルマブを組み合わせた治療が広く行われています。RAINBOW試験では、この併用療法がパクリタキセル単独と比べて生存期間を延長することが示され、現在も世界各国のガイドラインで推奨されています。

参考:Gastric Cancer Treatment(PDQ):RAINBOW試験|NCI

分子標的薬は「使える人」が決まっている

分子標的薬は非常に高い治療効果が期待できる一方で、「胃がんなら誰でも使える薬」ではありません。HER2陽性でなければトラスツズマブやエンハーツは使用できませんし、CLDN18.2が確認されなければゾルベツキシマブの適応にはなりません。

逆に言えば、これらの検査を行わなければ、本来受けられる治療を見逃してしまう可能性もあります。だからこそ、進行胃がんでは診断時にHER2、PD-L1、MSI、CLDN18.2などのバイオマーカー検査を十分に行うことが重要となります。

免疫チェックポイント阻害薬 ― 免疫の力でがんと闘う新しい治療

胃がん治療は分子標的薬の登場だけでなく「免疫チェックポイント阻害薬」によっても大きく変わりました。これまでの抗がん剤は、がん細胞そのものを攻撃することが目的でした。一方、免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身が持つ免疫の働きを回復させ、免疫細胞ががんを攻撃しやすい状態を作る治療です。この仕組みが従来の抗がん剤とは大きく異なるため、効果の現れ方や副作用にも違いがあります。

免疫療法は「誰にでもよく効く治療」ではありません。効果が期待できる患者さんと、そうでない患者さんがいることが分かっており、治療を始める前にはいくつかの検査結果を参考にして適応を判断します。

一次治療から免疫療法を併用するケース

切除不能・進行・再発胃がんでは、HER2陰性の患者さんに対して、ニボルマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬と化学療法を組み合わせる治療が選択肢になります。治療によって得られる利益はPD-L1の発現状況などで異なるため、HER2、PD-L1、MSIなどの検査結果や全身状態、国内での適応条件を踏まえて判断します。

さらに2026年6月には、チスレリズマブ(テビムブラ)も、治癒切除不能な進行・再発胃がんに対して国内で追加承認されました。HER2陰性の患者さんを対象に、化学療法と組み合わせて使用する薬剤です。効果はPD-L1の発現状況によって異なる傾向が示されており、TAPという評価指標も参考にしながら治療の適否を検討します。

一方、HER2陽性の患者さんでも、PD-L1の発現など国内の適応条件を満たす場合には、トラスツズマブ+化学療法+ペムブロリズマブの併用が選択肢になります。どの免疫チェックポイント阻害薬を使用するかは、がん細胞の特徴や治療歴によって異なり、すべての患者さんに同じ組み合わせが適しているわけではありません。

国際共同第Ⅲ相試験である「CheckMate 649試験」では、HER2陰性進行胃がん・食道胃接合部がん患者を対象に、化学療法へニボルマブを追加した群で、生存期間の延長が確認されました。この結果を受け、日本でも条件を満たす患者さんでは、一次治療からニボルマブを併用することが推奨されています。

以前は「抗がん剤が効かなくなってから検討する治療」という位置付けでしたが、現在では診断直後から使用されることも珍しくありません。

参考:Gastric Cancer Treatment(PDQ):CheckMate 649試験|NCI

PD-L1検査は治療方針を決める重要な材料

免疫チェックポイント阻害薬を検討する際に重要になる検査の一つが、PD-L1検査です。PD-L1は、がん細胞や免疫細胞などに発現するタンパク質で、その発現状況が治療効果を予測する判断材料になります。

胃がんでは、CPS(Combined Positive Score)と呼ばれる指標が広く用いられていますが、チスレリズマブではTAPという異なる評価指標が用いられます。一般に、PD-L1の発現が高い患者さんほど、一部の免疫チェックポイント阻害薬による利益が大きい傾向があります。ただし、薬剤ごとに評価方法や臨床試験で確認された効果が異なるため、検査結果の数値だけで治療を決めることはできません。

ただし、「PD-L1が低いから免疫療法はまったく効かない」という意味ではありません。PD-L1はあくまでも判断材料の一つであり、年齢や全身状態、転移の状況、ほかのバイオマーカーなども総合的に考慮したうえで治療方針が決められます。検査結果だけで治療が決まるわけではありませんが、今では欠かせない情報の一つになっています。

MSI-H胃がんでは高い治療効果が期待できる

免疫チェックポイント阻害薬との関係で重要なのが、MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)という特徴です。MSI-Hとは、DNAの複製時に生じる誤りを修復する仕組みなどの異常によって、DNA中の特定の繰り返し配列に多くの変化が認められる状態を指します。

この特徴を持つがんでは、遺伝子の変化によって生じた異常なタンパク質が免疫細胞に認識されやすくなる場合があり、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあります。すべてのMSI-H胃がんに同じ効果が得られるわけではありませんが、治療方針を考えるうえで重要な検査結果の一つです。

胃がん全体から見るとMSI-Hは多くありませんが、該当する患者さんでは治療方針そのものが変わる可能性があります。そのため、進行胃がんではMSI検査も重要な検査として位置付けられています。

抗がん剤とは異なる副作用

免疫療法は副作用が少ない治療というイメージを持たれることがあります。実際には吐き気や脱毛などは抗がん剤より少ない傾向がありますが、免疫療法には『免疫関連有害事象(irAE)』と呼ばれる特有の副作用があります。これは、活性化した免疫が正常な臓器まで攻撃してしまうことで起こる副作用です。

皮膚の発疹やかゆみ、甲状腺機能異常、肺炎、大腸炎、肝機能障害、副腎機能低下など、さまざまな臓器に影響する可能性があります。多くは早期に発見して適切な治療を行えば改善しますが、「少し息苦しい」「下痢が続く」「強いだるさがある」といった症状を軽く考えず、早めに主治医へ相談することが重要です。

免疫療法は長く効果が続く場合もある

免疫チェックポイント阻害薬の特徴の一つが、効果が現れた患者さんでは長期間病気をコントロールできることがある点です。

もちろん、すべての患者さんに同じ結果が得られるわけではありません。治療を開始しても十分な効果が得られない場合もありますし、途中で病気が進行することもあります。一方で、免疫療法がよく効いた患者さんでは、病気を長期間抑えながら日常生活を維持している例も報告されています。こうした治療成績が積み重ねられたことで、免疫チェックポイント阻害薬は現在の進行胃がん治療に欠かせない選択肢となりました。

抗がん剤、分子標的薬、免疫療法は、それぞれ役割が異なります。胃がん診療ではそれらを単独で考えるのではなく、患者さんの病状やバイオマーカーに応じて最適な組み合わせを選択することが標準になっています。

手術・放射線治療・内視鏡治療

胃がんステージ4では薬物療法が治療の中心になりますが、それだけで対応できるとは限りません。

胃は食べ物を一時的にため、十二指腸へ送り出す役割を担っています。そのため、がんが大きくなると食べ物の通り道が狭くなり、食事が十分に取れなくなることがあります。また、腫瘍から出血が続けば貧血が進行し、腹膜播種が広がれば腹水や腸閉塞などの症状が現れることもあります。こうした症状が強くなると、薬物療法を始めたくても体力が追いつかず、予定どおり治療を進められないことがあります。

胃がんステージ4では「がんを小さくする治療」と並行して、「食べられる状態を維持する治療」や「症状を和らげる治療」も重要になります。

胃を切除する手術が検討されるケース

ステージ4胃がんでは、遠隔転移を残したまま胃の原発巣を切除しても、必ずしも生存期間が延びるわけではありません。REGATTA試験では、非治癒因子が一つある進行胃がんに対して、最初に胃切除を追加しても化学療法単独を上回る生存利益は示されませんでした。一方、出血や通過障害の対応として胃の手術やバイパス術が必要になることはあります。薬物療法後にR0切除の可能性が生じて行うコンバージョン手術とは、治療目的と対象を区別して考えます。

しかし、例外があります。薬物療法によって原発巣と転移巣が大きく縮小し、画像検査などで根治切除が可能と判断された場合には、「コンバージョン手術」が検討されることがあります。この手術は、最初から予定されているものではありません。薬物療法にどの程度反応したかを慎重に評価したうえで、「切除することによって長期的な病勢コントロールが期待できる」と判断された患者さんに限って行われます。適応となる患者さんは多くありませんが、胃がん治療の進歩によって、以前は手術が不可能と考えられていた症例でも新たな選択肢が生まれるようになっています。

食事が通らないときは、食べられる状態を取り戻す治療を優先

胃がんでは、腫瘍が胃の出口や食道との境目を狭くし、食事や水分が十分に通らなくなることがあります。食べられない状態が続けば、体重や筋力は急速に低下し、抗がん剤を続けることも難しくなります。こうした場合には、内視鏡で金属製のステントを留置して通り道を広げたり、胃と小腸をつないで食べ物の流れを確保する「胃空腸バイパス術」を行ったりすることがあります。

これらの治療は胃がんを根治するものではありませんが、栄養状態を改善し、その後の薬物療法へつなげるという重要な役割を担っています。「まず食べられるようにする」という判断が、結果的に治療全体の継続につながることも少なくありません。

放射線治療の目的

胃がんでは、放射線治療が第一選択になることは多くありません。一方で、腫瘍からの出血が続いている場合や、骨転移による強い痛みがある場合には、放射線治療が大きな効果を発揮することがあります。

特に出血性胃がんでは、輸血を繰り返さなければならないほど貧血が進行することもあります。そのような状況では放射線によって出血を抑えられる場合があり、患者さんの負担軽減につながります。また、骨転移による痛みや神経の圧迫症状に対しても、放射線治療は生活の質を維持するための重要な治療法として位置付けられています。

薬物療法だけでは改善しにくい症状に対して局所治療を組み合わせることで、日常生活を送りやすい状態を維持できることも少なくありません。

参考:胃がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Gastric Cancer Treatment(PDQ):出血・通過障害などに対する治療|米国国立がん研究所(NCI)、切除不能進行胃がんに対する胃切除の意義に関するREGATTA試験|国立がん研究センター

緩和ケア・支持療法 ― 治療を続けるために欠かせない医療

「緩和ケア」と聞くと、「もう治療ができなくなった人が受ける医療」というイメージを持つ人は少なくありません。しかし、その考え方は既に大きく変わっています。緩和ケアは終末期だけに行われるものではなく、診断された早い段階から標準治療と並行して取り入れることが推奨されています。

緩和ケアの大きな役割は、がんによる痛みや吐き気、食欲低下、精神的な不安を和らげながら、抗がん剤や免疫療法を無理なく続けられるよう支えることです。治療そのものと対立するものではなく、治療を支える医療と考える方が実際の診療に近いでしょう。

緩和ケアの考え方

胃がんステージ4では、がんそのものよりも、病気によって起こる症状が日常生活へ大きな影響を及ぼすことがあります。例えば、腫瘍によって食べ物が通りにくくなれば十分な栄養を取ることができず、腹膜播種が進行すれば腹水による腹部膨満感や食欲低下が現れます。こうした症状が続くと体力や筋力は急速に低下し、本来受けられるはずだった薬物療法を続けられなくなることもあります。そのため、症状を我慢しながら治療を続けるのではなく、症状を積極的に改善しながら治療を継続するという考え方が基本になっています。

栄養管理

胃がんでは栄養管理が治療成績を左右することも珍しくありません。胃は食べ物を一時的にため、消化を助ける重要な臓器であるため、病気が進行すると少量しか食べられなくなったり、食後すぐに満腹感を覚えたりすることがあります。さらに腹膜播種や腹水が加わると、胃が十分に広がらず、以前と同じ量の食事を摂ることが難しくなります。

このような状態では、一度に多く食べようとするよりも、一日の食事回数を増やして少量ずつ栄養を補う方が体への負担は少なくなります。必要に応じて栄養補助食品や経腸栄養、点滴による栄養補給を組み合わせることもあり、管理栄養士が食事内容を調整しながら治療を支えるケースも増えています。

腹水への対応

腹膜播種を伴う患者さんでは、腹水への対応も重要になります。腹水が増えると、お腹の張りだけでなく呼吸のしづらさや食欲低下、歩行時の疲れやすさなど、日常生活のさまざまな場面へ影響が及びます。薬物療法によって腹水が減少することもありますが、症状が強い場合には腹水穿刺によって水分を排出し、苦痛を軽減する処置が行われることもあります。

腹水は「抜けば終わり」というものではなく、栄養状態や腎機能とのバランスを考えながら対応する必要があるため、病状に応じた個別の判断が欠かせません。

痛みのコントロール

痛みのコントロールも緩和ケアの重要な役割です。がんによる痛みは我慢するものではなく、適切に治療することで生活の質を大きく改善できる症状です。現在はアセトアミノフェンなどの鎮痛薬から医療用麻薬まで、痛みの程度に応じてさまざまな薬剤が使用されています。医療用麻薬に対して不安を抱く患者さんもいますが、医師の管理のもとで適切に使用すれば、依存を過度に心配する必要はありません。痛みを抑えることで睡眠や食事が改善し、その結果として体力を維持しやすくなることも少なくありません。

精神的な負担のケア

胃がんステージ4では、身体的な症状だけでなく、将来への不安や家族への心配など精神的な負担も大きくなります。こうした悩みに対しても、医師だけではなく看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー、公認心理師など、多職種が連携して支援を行います。

治療を続けるかどうかという大きな判断だけではなく、「今食べられない」「夜眠れない」「家族へどう伝えればよいか」といった日常の困りごとについて相談できることも、緩和ケアの大切な役割です。

緩和ケアは自分らしい生活を続けられるように支える医療

緩和ケアは、治療を諦めるための医療ではありません。治療によって得られる効果を最大限に引き出し、患者さんが自分らしい生活をできるだけ長く続けられるよう支える医療です。胃がんステージ4では、薬物療法と同じくらい重要な柱として考えられており、症状を我慢せず早い段階から医療スタッフへ相談することが、結果として治療の継続や生活の質の向上につながります。

胃がんステージ4の生存率

胃がんは、早期に発見されれば手術だけで根治できる可能性が高いがんです。一方、遠隔転移を伴うステージ4では治療の目的が大きく変わるため、生存率にも大きな差が生じます。

国立がん研究センターの院内がん登録では、5年・10年の生存状況が集計されています。ただし、同じ「生存率」でも、実測生存率とネット・サバイバルは指標が異なり、5年と10年では診断年も異なります。本記事では指標の混同を避けるため、後述の表にネット・サバイバルの数値を統一して掲載します。

公表された病期別統計では、胃がんは進行度が高くなるほど生存率が低下する傾向があり、とくに遠隔転移を伴うステージ4は治療の難しい病期です。ただし、過去の患者集団についての統計であり、2026年現在の個々の患者さんの余命をそのまま示すものではありません。

この統計は過去に診断された患者さんの治療成績を示したものです。当時もトラスツズマブなど一部の分子標的薬は使用されていましたが、その後に登場した免疫チェックポイント阻害薬、CLDN18.2標的薬、新しいHER2標的薬などの効果は十分に反映されていません。

現在は、がん細胞の特徴に応じて使用できる薬剤が増えており、長期間病気をコントロールできる患者さんもいます。ただし、過去の生存率から現在の治療成績がどの程度改善したかを正確に計算することはできず、患者さん個人の余命を判断することもできません。

ステージ別の5年・10年ネット・サバイバル

国立がん研究センターの院内がん登録に基づく胃がんの病期別ネット・サバイバルは、以下のとおりです。5年値は2014~2015年に診断された患者さん、10年値は2012年に診断された患者さんの集計です。

病期 5年ネット・サバイバル
(2014~2015年診断例)
10年ネット・サバイバル
(2012年診断例)
ステージ1 92.8% 79.1%
ステージ2 67.2% 52.0%
ステージ3 41.3% 29.3%
ステージ4 6.3% 3.9%

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

5年値と10年値は別々の患者集団です。同じ人たちを5年目から10年目まで追跡した変化と解釈したり、2026年に治療を始める患者さん個人の余命に当てはめたりすることはできません。

国立がん研究センターが公表している「ネット・サバイバル」でも、遠隔転移を伴う胃がんは、限局がんや領域リンパ節転移に比べて生存率が低いことが示されています。ネット・サバイバルとは、胃がん以外の死亡要因を統計学的に補正し「胃がんだけが原因だった場合の生存率」を推計した指標です。

この統計ではステージ4の5年ネット・サバイバルは6.3%です。ただし、5年・10年とも、現在の免疫療法やCLDN18.2標的治療が十分普及する前の患者集団の成績であり、患者さん個人の予後や現行治療の効果を直接示す数字ではありません。

同じステージ4でも病状には幅がある

「ステージ4」という診断名は同じでも、病状には大きな幅があります。肝臓へ小さな転移が一つだけ見つかった患者さんと、腹膜播種が広範囲に広がり腹水を伴っている患者さんでは、病気の進行速度も治療方針も異なります。同じステージ4でも、分子標的薬や免疫療法が高い効果を示す患者さんでは、これまでより長期間病勢をコントロールできることがあります。

「ステージ4の5年生存率は約6%」という数字は、あくまでも多くの患者さんを平均した結果であり、個々の患者さんの予後を示すものではありません。

生存率を左右するのは「ステージ」だけではない

現在の胃がん診療では、ステージよりも細かい情報が治療成績へ影響することが少なくありません。

HER2陽性ではトラスツズマブを含む治療が選択できますし、治療経過によってはトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)という新しい薬剤も使用できます。MSI-Hでは免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示すことがあり、CLDN18.2陽性ではゾルベツキシマブ(ビロイ)が新たな選択肢になります。

腹膜播種が主体なのか、肝転移が主体なのかによっても経過は異なります。腹膜播種では腹水や腸閉塞による栄養状態の悪化が問題になりやすい一方、肝転移が限局している患者さんでは薬物療法が奏効し、長期間病勢をコントロールできるケースもあります。

このように、生存率を決める要素は「ステージ4」という一つの診断名だけではありません。

生存率は過去の患者集団の治療成績を示す数字

統計を見ると不安になるのは当然です。しかし、生存率は過去の患者さんの集計結果であり、「あなたがあと何年生きられるか」を示す数字ではありません。治療開始後すぐに病気が進行する患者さんもいれば、複数の薬物療法を受けながら5年以上仕事や日常生活を続けている患者さんもいます。近年は新しい薬剤の承認が相次いでおり、診断された時点では存在しなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

生存率は現実を知るための大切な指標ですが、それだけで将来を決めつける必要はありません。現在受けられる治療を正しく理解し、自分の病状に合った選択肢を一つずつ検討していくことが、これからの治療を考えるうえで何より重要になります。

胃がんステージ4の余命 ― 平均余命や中央値の考え方

胃がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族が気になるのが「余命」です。

しかし、医学では「余命○年」と一律に表現することはほとんどありません。実際の臨床では『全生存期間中央値(Overall Survival:OS)』という指標が用いられます。これは臨床試験に参加した患者さんのうち、半数が生存していた期間を示すものであり、一人ひとりの余命を予測する数字ではありません。

近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって治療成績が改善しており、どの治療を受けられるかによって全生存期間にも違いがみられるようになっています。

まずは、現在の胃がん治療を代表する主要な臨床試験の結果を見てみましょう。

主な臨床試験で報告されている全生存期間中央値

臨床試験 主な対象 治療内容 全生存期間中央値(治療群/比較群)
ToGA試験 HER2陽性 トラスツズマブ+化学療法 13.8か月/11.1か月
CheckMate 649試験 HER2陰性・PD-L1発現スコア5以上 ニボルマブ+化学療法 14.4か月/11.1か月
SPOTLIGHT試験 CLDN18.2陽性・HER2陰性 ゾルベツキシマブ+化学療法 18.2か月/15.6か月
RATIONALE-305試験 HER2陰性・PD-L1発現率(TAP)5%以上 チスレリズマブ+化学療法 17.2か月/12.6か月

※ 全生存期間中央値は、それぞれの臨床試験で報告された結果です。比較群はいずれも分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を追加しない化学療法を基本とする群です。試験ごとに対象患者、治療方法、解析時期が異なるため、異なる試験の数値を直接比較して治療の優劣を判断することはできません。
参考:Gastric Cancer Treatment(PDQ):ToGA・CheckMate 649試験|NCI、SPOTLIGHT試験・GLOW試験の統合解析|国立がん研究センター、テビムブラ(RATIONALE-305試験の成績)|PMDA

この表では、それぞれの臨床試験において、化学療法へ分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を追加した治療群と、比較対象となった化学療法群の全生存期間中央値を示しています。いずれの試験でも、対象となった患者集団において、薬剤を追加した治療群で生存期間の延長が確認されました。

ただし、異なる臨床試験で報告された生存期間を比較して、どの治療が最も優れているかを判断することはできません。HER2陽性、CLDN18.2陽性、PD-L1の発現状況など、対象となる患者さんの特徴が異なるためです。

また、表に示した数値は、臨床試験に参加した患者集団の結果であり、個々の患者さんがその期間までしか生きられないという意味ではありません。重要なのは、自分の胃がんの特徴や全身状態に合った治療を主治医と検討することです。

「全生存期間中央値」の意味

全生存期間中央値という言葉は「その期間しか生きられない」と誤解されることがあります。

例えば全生存期間中央値が14.4か月と報告されている場合、それは14.4か月で全員が亡くなるという意味ではありません。その時点より前に亡くなった患者さんもいれば、中央値を超えて長く生存している患者さんもいます。

全生存期間は、病気が進行するまでの期間を示す「無増悪生存期間」とは異なります。また、中央値は特定の患者集団について計算されたものであり、一人ひとりの生存期間を予測する数字ではありません。

中央値とは、患者さんを生存期間の短い順に並べたとき、ちょうど真ん中の患者さんが生存していた期間を表す統計学上の指標です。そのため、個人の余命を判断する数字として使うことはできません。

余命を左右するのは治療だけではない

同じ薬剤を使用していても、患者さんによって経過が異なるのは珍しいことではありません。年齢や持病、体力だけでなく、腹膜播種の有無、腹水の量、食事が十分に取れているかどうか、治療開始時の全身状態(Performance Status)など、多くの要素が予後へ影響します。

胃がんでは栄養状態が特に重要です。食事量が減って体重や筋肉量が大きく低下すると、予定していた治療を十分な量で継続できなくなることがあります。一方、症状を早期からコントロールし、栄養状態を維持できれば、二次治療や三次治療まで進める可能性が高まり、その結果として生存期間が延びることも期待できます。

余命は「がんの大きさ」だけでは決まりません。病気とどのように付き合いながら治療を続けられるかも、大きな要素になります。

新しい治療によって長期生存例も増え始めている

近年は、従来であれば難しいと考えられていた長期生存例も国内外から報告されています。

HER2陽性胃がんで分子標的薬が長期間奏効した症例、免疫チェックポイント阻害薬によって病勢を数年間コントロールできた症例、薬物療法によって転移巣が大きく縮小し、コンバージョン手術へ進んだ症例など、その内容はさまざまです。

もちろん、これらはすべての患者さんに当てはまるものではありません。しかし、「ステージ4だから余命は○か月」と断定できない理由も、このような症例が少しずつ増えていることにあります。新しい薬剤は現在も開発が続いており、診断された時点では利用できなかった治療が、その後の治療中に選択肢へ加わることもあります。

余命は「未来を決める数字」ではなく「治療を考えるための目安」

余命の数字は、これからの生活や治療について考えるための参考になります。一方で、その数字だけで将来を決めつける必要はありません。現在の胃がん治療は、HER2やCLDN18.2などの分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、さらに今後実用化が期待される新しい治療によって、少しずつ治療成績が改善しています。

大切なのは「平均は何か月か」という一点だけを見ることではなく、自分の胃がんにはどの治療が適しているのか、今後どのような選択肢が残されているのかを主治医と確認しながら、一つずつ治療を積み重ねていくことです。

次の章では、「胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか」という疑問について、コンバージョン手術や長期生存例、現在の医学的な考え方をもとに詳しく解説します。

胃がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

「ステージ4でも完治することはありますか。」

これは、生存率や余命と並んで、患者さんやご家族から最も多く寄せられる質問の一つです。結論から言えば『胃がんステージ4が完治する可能性はゼロではありません。』しかし、早期胃がんのように手術だけで根治が期待できる病気とは異なり、その可能性は決して高くありません。一方で「ステージ4=絶対に完治しない」と断言することも、現在の医学では正確ではなくなっています。

近年は薬物療法の進歩によって、転移巣が画像上ほとんど確認できないほど縮小したり、切除不能と考えられていた胃がんが手術可能になったりする症例が報告されるようになりました。

まずは「完治」という言葉が医学的にどのような意味を持つのかを理解しておくことが大切です。

画像でがんが見えなくなることと治癒の違い

一般的には「がんがなくなれば完治」と考えられることが多いでしょう。しかし、医学では「画像検査でがんが見えなくなったこと」と「再発する可能性がほとんどなくなったこと」は区別して考えます。

例えば、抗がん剤や免疫療法によってCT検査で腫瘍が見えなくなったとしても、体内には画像では確認できないごく少数のがん細胞が残っている可能性があります。

そのため、医療現場では「完全奏効(Complete Response:CR)」という表現を用いることはあっても、「完治」と断言することはほとんどありません。特にステージ4胃がんでは、一度遠隔転移が確認されている以上、治療後も慎重な経過観察が必要になります。

薬物療法後に手術を再評価する「コンバージョン手術」

切除不能なステージ4胃がんでも、薬物療法が非常によく効き、胃の原発巣と遠隔転移を含めてすべての病変を切除できる見込みが得られたごく一部の患者さんでは、コンバージョン手術を検討することがあります。ただし、ステージ4胃がん全体に確立された標準治療ではなく、手術を受けた患者さんが長期生存したという観察研究だけでは、手術そのものが生存期間を延長したと断定できません。

例えば、肝転移が少数に限られている症例や、リンパ節転移が薬物療法によって著しく縮小した症例では、胃と転移巣を切除することで長期間再発なく経過する患者さんも報告されています。

もちろん、この治療を受けられる患者さんは限られています。腹膜播種が広範囲に広がっている場合や、複数の臓器へ転移している場合には適応が難しいことも少なくありません。さらに、R0切除が達成できても、再発リスクがなくなるわけではありません。それでも「ステージ4だから最初から手術は不可能」と考えられていた時代と比べると、治療の可能性は確実に広がっています。

腹膜播種でも手術を目指せるケース

胃がんステージ4では、腹膜播種を伴う患者さんが少なくありません。以前は、腹膜播種が確認された時点で根治手術はほぼ不可能と考えられていました。しかし近年では、薬物療法によって腹膜播種が著しく縮小し、腹腔鏡検査でも活動性がほとんど認められなくなった患者さんに対して、コンバージョン手術が行われるケースも報告されています。

実際には非常に慎重な判断が必要であり、すべての患者さんが対象になるわけではありません。それでも、「腹膜播種がある=治療は緩和ケアだけ」という時代ではなくなったことは、現在の胃がん診療における大きな変化の一つです。

長期生存例の特徴

国内外から報告されている長期生存例を見ると、いくつか共通する特徴があります。

一つは、薬物療法が非常によく効いたことです。HER2陽性胃がんではトラスツズマブを含む治療によって長期間病勢をコントロールできた症例が報告されていますし、近年では免疫チェックポイント阻害薬やトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)が著効した症例も報告されています。

もう一つは、手術によって「R0切除」が達成されたことです。R0切除とは、手術後に肉眼的にも顕微鏡的にも、がんの遺残が認められない状態を指します。

コンバージョン手術によってR0切除が達成された患者さんでは、長期間再発せずに経過する場合もあります。ただし、画像検査や病理検査で確認できない微小ながん細胞が体内に残っている可能性までは否定できず、R0切除が達成されても再発することがあります。そのため、手術後も慎重な経過観察が必要です。

もちろん、これらは一部の患者さんで得られた結果であり、すべての患者さんへ当てはまるものではありません。

「完治」を目標にするか「長く病気をコントロールするか」はケースバイケース

現在の胃がんステージ4治療では、「完治だけ」を唯一の目標にしているわけではありません。病気をできるだけ長くコントロールしながら、自分らしい生活を続けることを重視する患者さんも多くいます。実際、分子標的薬や免疫療法によって数年間仕事や家庭生活を続けながら治療を受けている患者さんもいます。一方で、薬物療法への反応が非常によく、コンバージョン手術を目指せる患者さんもいます。

どちらが正しいということではなく、病気の状態や患者さん自身が大切にしたいことによって、治療の目標は変わります。「ステージ4だから何もできない」という考え方ではなく、「今の病状ならどこまで治療を目指せるのか」を一人ひとり検討することが重要になっています。

標準治療以外の選択肢 ― 自由診療・治験・先進的な治療について

胃がんステージ4の治療を続けていると「標準治療が効かなくなったら、もう方法はないのでしょうか」という不安を抱く患者さんは少なくありません。インターネットで情報を調べると「最新治療」「自由診療」「海外では新しい治療が受けられる」といった情報が数多く見つかりますが、その内容は玉石混交であり、科学的根拠が十分に示されていないものも含まれています。

まず知っておきたいのは、最初の薬物療法が効かなくなったことと、すべての標準治療が終了したことは異なるという点です。胃がんでは、一次治療で十分な効果が得られなくなった場合でも、二次治療や三次治療として有効性が確認された別の薬剤を使用できることがあります。

利用できる標準治療を一通り受けた場合や、全身状態などの理由で標準治療を続けることが難しい場合にも、病状によっては治験やがん遺伝子パネル検査などを検討できます。ただし、すべての患者さんに新たな薬物療法が見つかるわけではありません。自由診療を考える前に、現在利用できる標準治療、研究段階の治療、症状を和らげるための医療を整理し、それぞれの目的と負担を理解することが大切です。

治験は新しい治療を受けられる可能性の一つ

治験という言葉に「ほかに治療法がなくなった人だけが参加するもの」という印象を持っている方もいるかもしれません。しかし実際には、新しい薬剤や治療法の有効性・安全性を検証するため、さまざまな段階の患者さんを対象に実施されています。

胃がん領域では、HER2やCLDN18.2などを標的とした新しい薬剤、二重特異性抗体、免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた治療など、さまざまな治療法の研究が行われています。研究によっては、すでに結果が公表されているものや、実施を終了・中止したものもあるため、現在参加できる治験とは区別する必要があります。

治験への参加によって、一般診療ではまだ使用できない薬剤や治療法を受けられる可能性があります。ただし、参加できるかどうかは、病状、過去の治療歴、バイオマーカーの検査結果、全身状態など、各試験で定められた条件によって異なります。具体的な募集状況については、主治医や治験を実施する医療機関へ確認することが重要です。

治験は研究の一環であり、必ず高い効果が得られることを保証するものではありません。期待した結果が得られない可能性や、予測されていない副作用が現れる可能性もあります。参加する際には治療内容だけでなく、期待できる利益と考えられるリスクについて十分な説明を受け、自分自身が納得したうえで判断することが重要です。

参考:胃がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療を検討するときに重要なこと

自由診療には、公的医療保険が適用されない治療が含まれます。なかには海外では承認されている薬剤を国内で自費診療として使用するケースや、自由診療だからこそ受けられる検査や治療を提供している医療機関もあります。一方で「がんが消える」「標準治療より優れている」といった表現で十分な科学的根拠が示されていない治療が紹介されていることもあり、慎重な判断が必要です。

自由診療というだけで効果が高いわけではありませんし、標準治療より優れていることが証明されているわけでもありません。治療を検討する際には「どのような臨床試験で効果が確認されているのか」「医学論文として公表されているのか」「国内外のガイドラインでどのように位置付けられているのか」を確認することが欠かせません。

費用面についても十分に理解しておく必要があります。自由診療では数十万円で済むものもあれば、治療を継続することで数百万円以上の費用がかかる場合もあります。期待できる効果と経済的負担の両方を踏まえ、家族や主治医とも相談しながら検討することが大切です。

腹膜播種に対する新しい治療の研究が進められている

胃がんステージ4で特に課題となる腹膜播種については、現在も新しい治療法の研究が続けられています。

胃がんの腹膜播種では、腹腔内へ抗がん剤を投与する治療や温熱化学療法などの研究が行われています。国内の第III相PHOENIX-GC試験では、腹腔内パクリタキセルを含む治療の可能性が検討されましたが、主要評価項目の全生存期間について、事前に設定された統計学的な有意差は示されませんでした。したがって、腹腔内化学療法やHIPECを「標準治療より優れることが確立した治療」と紹介することはできません。実施を検討する場合は、研究段階の位置づけ、治験・臨床研究の条件、副作用、保険適用の有無を確認する必要があります。

参考:腹膜播種を伴う胃がんに対する腹腔内化学療法の評価資料(PHOENIX-GC試験を含む)|厚生労働省、Gastric Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

標準治療を土台に考えることが後悔の少ない治療選択に繋がる

新しい治療へ期待を持つことは決して悪いことではありません。しかし、標準治療には長年の臨床試験によって有効性と安全性が確認され、多くの患者さんで利益が証明されてきたという大きな強みがあります。日本や欧米のガイドラインでも、まずは標準治療を基本とし、そのうえで治験や新しい治療の可能性を検討することが推奨されています。

標準治療が思うような結果につながらなかった場合でも、次の薬剤への変更や治験への参加、新しい分子標的薬の適応確認など、検討できる選択肢が残されていることは少なくありません。「標準治療か自由診療か」という二者択一で考えるのではなく、その時点で利用できる医学的根拠のある治療を一つずつ整理し、自分に合った選択肢を見極めていくことが、納得できる治療につながります。

胃がんステージ4の最新治療 ― 今後期待されている新しい治療法

胃がんの治療は、この10年ほどで大きく進歩しました。以前は、進行胃がんに対する治療といえば抗がん剤が中心で、一つの薬剤が効かなくなると選択肢は限られていました。しかし治療の進歩によって、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が標準治療として定着し、患者さんのがん細胞の特徴に応じて治療を選択する時代へ変わっています。

2026年現在、胃がんでは抗HER2抗体、免疫チェックポイント阻害薬、CLDN18.2標的薬、ADCなど、国内承認済みの治療選択肢があります。一方、これらにさらに薬を加える三剤・四剤併用や、新しい標的分子に対する薬剤などは、臨床試験で有望な結果が報告されても、日本の保険診療で直ちに使用できるとは限りません。承認状況、対象患者、治療歴、バイオマーカーの条件は区別して紹介する必要があります。

抗体薬物複合体(ADC)は胃がん治療を大きく変えつつある

近年、最も注目されている治療の一つが『抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate:ADC)』です。

ADCは、分子標的薬の「狙った細胞へ結合する力」と、抗がん剤の「がん細胞を攻撃する力」を組み合わせた薬剤です。標的となるタンパク質を持つがん細胞へ選択的に薬剤を届けることで、正常な細胞への影響をできるだけ抑えながら高い治療効果を目指します。

胃がんでは、HER2陽性の患者さんに使用されるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)が代表例です。DESTINY-Gastric04試験では、トラスツズマブを含む治療後に病状が進行したHER2陽性の進行胃がん患者さんを対象に、トラスツズマブ デルクステカンが従来の二次治療よりも全生存期間を有意に延長することが確認されました。

ただし、使用できる患者さんには適応条件があり、間質性肺疾患など重篤な副作用にも注意が必要です。薬剤の有効性だけでなく、治療歴や全身状態、副作用のリスクも含めて適応が判断されます。

現在はHER2以外にも、新たな標的分子に対するADCの開発が進んでおり、今後さらに治療の幅が広がることが期待されています。

分子標的薬は「HER2だけ」の時代ではなくなった

胃がんの分子標的治療は、HER2を中心に発展してきました。しかし近年は、それ以外の分子を標的とする薬剤も相次いで登場しています。その代表が『CLDN18.2』です。CLDN18.2陽性胃がんでは、ゾルベツキシマブ(ビロイ)が標準治療へ加わり、SPOTLIGHT試験では全生存期間の延長が報告されました。

新たな治療標的として研究されてきたものに、FGFR2bというタンパク質があります。FGFR2bは一部の胃がんで高く発現しており、これを標的とするベムマリツズマブ(Bemarituzumab)の臨床開発が行われてきました。

ただし、2026年10月時点では、国内で登録された主な臨床試験であるFORTITUDE-101は研究終了、FORTITUDE-103も中止を経て研究終了となっています。ベムマリツズマブは、日本で胃がんの標準治療として承認された薬剤ではありません。研究対象となった薬剤を、現在一般診療で受けられる治療と混同しないことが重要です。

現在の胃がん診療では、HER2やCLDN18.2などのバイオマーカーに応じた治療が実際に行われています。一方、FGFR2bなど新しい標的については、臨床試験の結果や開発状況、国内での承認の有無を確認したうえで、標準治療と区別して考える必要があります。

参考:FORTITUDE-101試験|臨床研究等提出・公開システム(jRCT)、FORTITUDE-103試験|臨床研究等提出・公開システム(jRCT)

免疫療法も新しい組み合わせが研究されている

免疫チェックポイント阻害薬は、すでに一次治療の標準となっていますが、研究は現在も続いています。

PD-1阻害薬と新しい免疫調節薬を組み合わせる治療や、分子標的薬との併用療法など、多くの国際共同試験が進行しています。HER2陽性胃がんでは、抗HER2療法と免疫療法を組み合わせることで治療効果をさらに高められる可能性も報告されており、今後の結果が注目されています。

免疫療法は「単独で使う治療」から、「他の治療と組み合わせて効果を高める治療」へ発展しつつあります。

がんゲノム医療によって新しい治療へつながる可能性もある

標準治療の選択肢がなくなった患者さんや、標準治療の終了が見込まれる患者さんなどでは、がん遺伝子パネル検査が提案されることがあります。この検査は複数の遺伝子の変化をまとめて調べ、治験や新たな薬物療法につながる可能性があるかを検討するものです。

ただし、検査を受ければ必ず治療に結び付くわけではありません。保険診療で検査を受けるための条件や、検査結果を治療へ活用できる可能性について、事前に主治医と相談することが重要です。

現時点では、胃がん患者さん全員が新しい治療へ結び付くわけではありません。それでも、従来であれば治療選択肢が限られていた患者さんに対して、新たな可能性を見つける手段として期待されています。がんゲノム医療は「現在使える薬を探す検査」であると同時に、「これから受けられる可能性のある治療」を探す検査でもあります。

最新治療は根拠を確認することが重要

新しい治療法が次々と報道されると「最新治療の方が標準治療より優れているのではないか」と感じる方もいるでしょう。しかし、医学では「新しい治療」であることと「効果が証明されている治療」であることは同じではありません。

現在の標準治療になっている薬剤も、長い年月をかけた臨床試験によって有効性と安全性が確認されたからこそ、多くの患者さんへ使用されるようになりました。これから登場する新しい薬剤も同じです。有望な結果が報告されていても、さらに大規模な臨床試験で有効性が確認されなければ標準治療にはなりません。

最新治療を検討する際は「新しい治療だから受けたい」と考えるのではなく、その治療がどの段階まで研究され、どのような患者さんを対象としているのかを確認することが重要です。

胃がん治療は今も進歩を続けています。数年前には存在しなかった薬剤が現在では標準治療となり、現在研究段階にある薬剤が数年後には新たな選択肢になっている可能性もあります。新しい情報を正しく理解し、標準治療と最新治療の位置付けを整理しながら治療方針を考えることが、納得のいく選択につながるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 胃がんステージ4でも手術を受けられることはありますか?

はい、患者さんの病状によっては手術が検討されることがあります。一般的に、遠隔転移を伴うステージ4胃がんでは薬物療法が治療の中心ですが、薬物療法によって原発巣や転移巣が大きく縮小し、根治切除(R0切除)が可能と判断された場合には、コンバージョン手術を検討することがあります。

ただし、コンバージョン手術はステージ4胃がんのすべての患者さんに対して確立された標準治療ではなく、対象となる患者さんも限られています。手術によってどの程度の利益が期待できるか、再発の可能性や手術の負担も含めて慎重に判断する必要があります。

Q2. 胃がんステージ4でも仕事を続けることはできますか?

病状や治療内容によって異なりますが、仕事を続けながら治療を受けている患者さんも少なくありません。最近の抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬は外来で受けられるものも多く、副作用をコントロールしながら通院治療を続けられるケースが増えています。

一方で、体力や栄養状態によっては勤務時間の調整や休職が必要になることもあります。無理を続けるよりも、主治医や勤務先と相談しながら働き方を見直すことが、長く治療を続けるためには重要です。

Q3. 食事で気を付けることはありますか?

特定の食べ物だけで胃がんを治せるという科学的根拠はありません。大切なのは、患者さんの体調や食べられる量に合わせて、必要な栄養をできるだけ維持することです。

胃がんステージ4では、一度に多くの食事を取ることが難しくなる場合があります。そのようなときは、一日3食にこだわらず、少量ずつ食事の回数を増やすと負担を減らせることがあります。ただし、腸閉塞や強い通過障害がある場合には食事の取り方に制限が必要になることもあります。食欲低下や体重減少、吐き気などが続く場合には、無理に食べようとせず、主治医や管理栄養士へ相談してください。

Q4. セカンドオピニオンを受ける意味はありますか?

あります。特にステージ4では、HER2、CLDN18.2、MSI、PD-L1などの検査結果によって治療方針が変わることがあります。また、治験を実施している施設や、コンバージョン手術を積極的に検討している医療機関など、病院によって対応が異なることもあります。

現在の治療に納得したうえで前向きに治療を受けるためにも、セカンドオピニオンは有効な選択肢の一つです。

Q5. 抗がん剤が効かなくなったら、もう治療法はないのでしょうか?

必ずしもそうではありません。最初の薬物療法が効かなくなっても、患者さんの状態によっては二次治療や三次治療へ進める場合があります。これまで使用した薬剤や、HER2などのバイオマーカーの検査結果によって、別の治療を選択できることもあります。

利用できる標準治療が少なくなった場合には、治験への参加やがん遺伝子パネル検査を検討することもあります。ただし、新しい薬が必ず見つかるわけではなく、全身状態によっては薬物療法の負担が大きくなる場合もあります。次の治療に期待できる効果と副作用、症状を和らげるための医療も含めて、主治医と相談しながら方針を考えることが大切です。

Q6. 禁煙や禁酒をすると治療効果は変わりますか?

喫煙は手術後の回復を遅らせるだけでなく、抗がん剤治療中の合併症や肺炎などのリスクを高めることが知られています。また過度の飲酒は肝機能へ影響し、治療の継続が難しくなる場合もあります。

禁煙や節酒だけで胃がんが治るわけではありませんが、治療を安全に続けるためにも生活習慣を見直すことは大切です。

Q7. 胃がんステージ4でも旅行や外出はできますか?

病状が安定しており、主治医から制限を受けていなければ、旅行や外出を楽しんでいる患者さんもいます。ただし、抗がん剤投与直後や体調が不安定な時期は無理をせず、旅行先で医療機関を受診できるかどうかも事前に確認しておくと安心です。

生活をすべて我慢するのではなく、体調と相談しながら自分らしい時間を過ごすことも、治療を続けるうえで大切な要素になります。

胃がんステージ4でも自分に合った治療を選択することが大切

胃がんステージ4は、遠隔転移を伴う進行した状態であり、決して簡単に治療できる病気ではありません。しかし、現在は抗がん剤だけでなく、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの登場によって、治療の選択肢は以前より大きく広がっています。

さらに、HER2やCLDN18.2などのバイオマーカーに応じて治療を選択する個別化医療が進み、一部の患者さんではコンバージョン手術による長期生存も期待できるようになってきました。新しい薬剤や治療法の研究も世界中で続いており「ステージ4だから何もできない」という時代ではなくなっています。

一方で、インターネットにはさまざまな情報があふれており、すべてが科学的根拠に基づいているとは限りません。治療を選択するときは、生存率や余命といった数字だけを見るのではなく、自分の病状や遺伝子・バイオマーカーの特徴、生活で大切にしたいことなども含めて、主治医と十分に相談しながら判断することが重要です。

胃がんステージ4の治療は、一つの治療法だけで完結するものではありません。その時々の病状に合わせて最適な選択肢を積み重ねていくことが、長く病気と向き合うための第一歩になります。不安や疑問を一人で抱え込まず、必要に応じてセカンドオピニオンも活用しながら、自分にとって納得できる治療を選択していきましょう。

「ステージ4の肺がんです。」

医師からそう告げられた瞬間、頭の中が真っ白になったという人は少なくありません。「もう治療できないのではないか」「命はどれくらいなのか」「家族には何と伝えればいいのだろう」「仕事は続けられるのか」「本当に他に方法はないのか」診断直後はこのような疑問や不安が一度に押し寄せます。

インターネットで「肺がん ステージ4」と検索すると、「末期がん」「余命」「生存率」といった言葉が数多く並び、不安がさらに大きくなってしまうこともあります。しかし、現在の肺がん診療は、こうした情報だけでは語れないほど大きく変化しています。

肺がんステージ4と診断されると、以前は抗がん剤による延命治療が中心でした。しかし現在では、遺伝子異常に応じた分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、治療の選択肢は大きく広がっています。患者によっては病気を長期間コントロールしながら仕事や日常生活を続けている人もおり、「ステージ4=すぐに治療ができなくなる」という時代ではなくなりました。

同じステージ4という診断であっても、病気の広がり方や遺伝子変異の有無、全身状態などによって治療方針は大きく異なります。肺だけに病変がある人と、脳や骨へ転移している人では治療の考え方が違いますし、EGFR遺伝子変異がある人とない人でも、最初に選択される薬は変わります。「ステージ4」という言葉だけでは、その人の病状や将来を判断することはできません。

この記事では、肺がんステージ4とはどのような状態なのかをはじめ、生存率や余命の考え方、現在受けられる標準治療、最新の薬物療法、完治の可能性、さらには標準治療以外の選択肢まで、現在の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

診断直後に知っておきたい基本的な知識だけでなく、治療を選択する際に判断材料となる情報もできる限り分かりやすくまとめています。この記事が、不安の中で情報を探している患者さんやご家族にとって、冷静に状況を整理し、今後の治療について考えるための一助となれば幸いです。

  • 肺がんのステージ4は、反対側の肺や胸膜・心膜、離れた臓器などへの広がりが認められる状態
  • 肺がんステージ4の5年ネット・サバイバルは8.0%(国立がん研究センター 2014~2015年診断例)
  • ステージ4の余命はどの治療を受けられるかによって大きく変わる

肺がんステージ4とは

肺がんのステージ4は、がんの広がりが遠隔転移(M1)に分類される状態です。脳・骨・肝臓など肺から離れた臓器への転移だけでなく、反対側の肺にがんの結節がある場合や、胸膜・心膜へのがんの広がり、がん細胞を伴う胸水・心嚢水が認められる場合なども含まれます。したがって「必ず肺以外の臓器に転移している状態」とは限りません。

肺がんの進行度を評価するTNM分類では、Tが肺の原発巣の大きさや周囲への広がり、Nがリンパ節への転移、Mが遠隔転移を表します。ステージ4に分類されても、転移が限られた範囲にとどまる場合と、複数の臓器に広がっている場合では、病状や治療方針が異なります。また、非小細胞肺がんと小細胞肺がんでは治療の考え方が異なるため、病期だけで治療内容や予後を決めることはできません。

診断後は、がんの組織型、転移の場所と数、遺伝子異常の有無、全身状態などを総合的に評価し、それぞれの患者さんに適した治療を検討します。ステージ4という診断は重要な情報ですが、それだけで「治療できない」「余命が決まっている」と判断するものではありません。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

肺がんが転移しやすい部位

遠隔転移が起こりやすい部位としては、脳、骨、肝臓、副腎が代表的です。例えば脳へ転移した場合には頭痛や手足の麻痺、けいれんなどが現れることがありますし、骨へ転移すると腰痛や背部痛、骨折の原因になることもあります。ただし、転移が見つかったからといって必ず症状があるとは限りません。現在ではPET-CTやMRIなど画像診断の精度が向上したことで、自覚症状がない段階で転移が見つかる患者も少なくありません。

ⅣA期・ⅣB期|TNM分類第9版による違い

肺がんのTNM分類第9版では、ステージ4をⅣA期とⅣB期に分けます。区別の中心になるのは、転移した場所と病変の数を表すM分類です。

ⅣA期(M1a・M1b):反対側の肺に転移結節がある場合、がんによる胸膜・心膜の結節や胸水・心嚢水がある場合、または胸腔外の単一の転移病変がある場合など。

ⅣB期(M1c1・M1c2):胸腔外に複数の転移病変がある場合。転移が一つの臓器に複数ある状態をM1c1、複数の臓器に広がる状態をM1c2と分類します。

つまり、転移が一つの臓器に限られていても、その臓器に複数の転移があればⅣB期に分類される場合があります。一方、胸腔外の転移が一つだけの場合は、原発巣やリンパ節の状態にかかわらずⅣA期に含まれます。

ただし、ⅣA期とⅣB期だけで余命や治療法が決まるわけではありません。非小細胞肺がんと小細胞肺がんの違い、遺伝子異常、転移した臓器、症状、全身状態などを総合して治療方針を検討します。

参考:Lung (ICD10 C34) – TNM 9th edition|NHS England(Contains information from NHS England, licenced under the current version of the Open Government Licence)、肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

オリゴ転移

近年、特に注目されている考え方が『オリゴ転移(Oligometastasis)』です。これは転移がごく限られた数にとどまっている状態を指します。例えば肺に原発巣があり、脳へ一つだけ転移しているようなケースでは、肺の病変と転移巣の両方へ積極的な局所治療を行うことで、長期生存が期待できる患者もいることが分かってきました。一部では治癒を目指した集学的治療も検討されます。

EGFR遺伝子変異・ALK融合遺伝子

さらに重要なのが、肺がんは病気の広がりだけではなく、がん細胞の性質そのものも治療方針を左右するという点です。

例えばEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などが見つかった患者では、従来の抗がん剤ではなく分子標的薬が第一選択となることがあります。またPD-L1というタンパク質の発現状況によっては、免疫チェックポイント阻害薬を中心とした治療が選択される場合もあります。

そのため現在の肺がん診療では「ステージ4でした」という説明だけでは十分ではありません。実際にはその後、遺伝子検査や病理検査、画像検査などを組み合わせながら、「この患者に最も効果が期待できる治療は何か」を慎重に検討していきます。

ステージ以外の要素も含めて総合的に評価

ステージ4という診断は、確かに病気が進行していることを意味します。しかし、それだけで「治療ができない」「余命が短い」と決めつけることはできません。現在の肺がんは、転移の状況、遺伝子異常、全身状態など、多くの要素を総合的に評価して初めて治療方針が決まる病気になっています。

そのため診断直後は、ステージという一つの情報だけで将来を判断するのではなく、自分の肺がんがどのような特徴を持っているのかを正しく理解することが、その後の治療を考える第一歩になります。

ステージ4でも治療する理由

「ステージ4まで進行しているなら、もう治療をしても意味はないのではないか。」肺がんと診断された患者さんやご家族から、このような声を聞くことは少なくありません。実際「ステージ4=治療できない」「延命しかできない」というイメージを持っている人も多いでしょう。しかし、この考え方は必ずしも当てはまりません。

もちろん、ステージ4はがんが遠隔転移に分類される広がりを示した状態であり、早期肺がんのように手術だけで完治を目指せるケースは多くありません。だからといって治療の目的が「何もできない」になるわけではありません。近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、病気を長期間コントロールできる患者が増えており、診療の考え方そのものが大きく変わっています。

その変化を理解するためには、まず肺がん治療の目的を知る必要があります。

肺がん治療の目的

早期肺がんでは、治療の第一目標は「がんを完全に取り除くこと」です。一方、ステージ4では病気が全身へ広がっているため、目に見える病変だけを切除しても、体内のどこかに残っているがん細胞まで取り除くことは困難です。そのため現在の治療では「すべてのがんをなくすこと」だけではなく、「病気をできるだけ長くコントロールしながら生活を維持すること」が重要な目標になります。

ここで誤解してはいけないのは「コントロールする」という言葉が「ただ延命するだけ」という意味ではないことです。

例えば、肺がんによる咳や息苦しさ、痛みなどの症状が改善すれば、これまで難しかった外出や仕事、趣味を再開できる患者もいます。分子標的薬がよく効いた患者では、腫瘍が大きく縮小し、普段と変わらない生活を数年間続けられることもあります。治療の目的は寿命を延ばすことだけではなく「その時間をどのように過ごせるか」を守ることにもあるのです。

こうした考え方が広がった最大の理由は、肺がん治療そのものが大きく進歩したことにあります。

肺がん治療の進歩

かつてステージ4肺がんの薬物療法は、細胞障害性抗がん剤が中心でした。抗がん剤によって腫瘍が縮小する患者もいましたが、効果が続く期間には限りがあり、副作用とのバランスも大きな課題でした。

その後、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子など、肺がんの増殖に深く関わる遺伝子異常が次々と明らかになり、それぞれを標的とする分子標的薬が開発されました。さらに、患者自身の免疫機能を利用してがんを攻撃する免疫チェックポイント阻害薬も登場し、治療成績は以前と比べて大きく改善しています。

同じステージ4でもEGFR遺伝子変異が見つかった患者では、分子標的薬が第一選択となることが一般的です。一方で、遺伝子変異がなくPD-L1の発現が高い患者では、免疫チェックポイント阻害薬が中心になる場合があります。さらに、これらに当てはまらない患者では、抗がん剤と免疫療法を組み合わせた治療が検討されます。このように現在は「どの薬を使うか」ではなく、「その患者の肺がんにはどの治療が最も適しているか」を考える時代になっています。

抗がん剤以外の選択肢が増えている

ステージ4だからといって全身治療だけが行われるわけではありません。

例えば脳へ一つだけ転移している場合には、定位放射線治療によって転移巣を治療しながら、肺の原発巣に対して薬物療法を続けることがあります。骨転移による強い痛みがある場合には、その部位へ放射線を照射して症状を和らげることもあります。さらに、転移がごく限られているオリゴ転移では、肺の病変と転移巣の双方へ局所治療を組み合わせることで、長期生存が期待できる患者も報告されています。

もちろん、すべての患者が同じように治療へ反応するわけではありません。治療効果には個人差がありますし、副作用との兼ね合いから薬剤を変更することもあります。しかし、以前のように「抗がん剤が効かなくなったら終わり」という時代ではなくなりました。新しい薬剤への切り替えや、遺伝子異常に応じた治療、局所治療との組み合わせなど、状況に応じて次の選択肢を検討できる場面が増えています。

一人ひとりの肺がんに合わせた個別化医療が標準

ステージ4と診断された時点で最も重要なのは「治療できるかどうか」を心配することではありません。

まずは自分の肺がんがどのような特徴を持ち、どのような治療が選択できるのかを正確に知ることです。そのために必要なのが、診断直後に行われる詳しい検査です。肺がんでは、病気の広がりを調べるだけでなく、遺伝子異常や免疫の状態まで詳しく調べることで、最初に選ぶべき治療が決まります。

現在の肺がん診療は「ステージ4だから同じ治療を受ける」という時代ではありません。一人ひとりの肺がんの性質を詳しく調べ、その結果に合わせて治療を選択する個別化医療が標準となっています。そして、その出発点となるのが、次に紹介する各種検査です。

各種検査

肺がんステージ4と診断されると、多くの患者は「すぐに抗がん剤が始まるのだろう」と考えます。しかし、実際にはそのような流れになることはほとんどありません。診断がついた後、まず行われるのは「どの薬を使うか」を決めるための詳しい検査です。

これは、特に非小細胞肺がんでは、がんの組織型や遺伝子異常、PD-L1発現などによって最初に選ぶ治療が大きく異なるためです。ただし、小細胞肺がんでは治療方針の決め方が異なります。また、呼吸状態の悪化など緊急性が高い場合は、必要な処置や治療を優先することもあります。病状が許す範囲で治療選択に必要な検査を進めることが大切です。

病理検査

最初に行われるのは、肺がんであることを確定する病理検査です。

気管支鏡検査やCTガイド下生検などによって採取した組織を顕微鏡で調べ、がん細胞の種類を確認します。肺がんには大きく非小細胞肺がんと小細胞肺がんがあり、この違いだけでも治療方針は大きく変わります。さらに非小細胞肺がんの中でも、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなど組織型によって使用できる薬剤が異なるため、病理診断はすべての治療の出発点になります。

遺伝子検査

病理診断が終わると、次に重要になるのが遺伝子検査です。

近年の肺がん診療では「どこに転移しているか」と同じくらい、「どのような遺伝子異常を持っているか」が重要視されています。特に非小細胞肺がんでは、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF V600E変異、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子、HER2変異、KRAS G12C変異など、治療薬が存在する遺伝子異常が次々と見つかっています。

遺伝子検査で治療の標的となる異常が見つかった場合には、その種類に応じた分子標的薬を検討します。EGFR遺伝子の特定の変異やALK融合遺伝子などでは、分子標的薬が初回治療の中心となることがあります。

一方、KRAS G12C変異やHER2遺伝子変異に対応する薬剤など、初回治療ではなく、それまでの治療歴に応じて使用を検討する薬剤もあります。遺伝子異常が見つかれば、すべての患者さんに同じ順番で分子標的薬を使うわけではありません。可能な範囲で治療前に必要な検査結果をそろえ、病状と治療の緊急性を踏まえて選択します。

さらに現在では、一つずつ遺伝子を調べるだけではなく『次世代シークエンサー(NGS)』を用いたマルチプレックス遺伝子検査も広く普及しています。一度の検査で複数の遺伝子異常を同時に調べられるため、患者への負担を抑えながら、より多くの治療選択肢を検討できるようになりました。

参考:肺がん 非小細胞肺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス、Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|NCI、肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

PD-L1検査

進行・再発非小細胞肺がんでは、遺伝子検査と並んでPD-L1検査が重要です。小細胞肺がんでは、非小細胞肺がんと同じ基準でPD-L1発現により一次治療を選択するわけではありません。

PD-L1は、がん細胞の表面に発現するタンパク質の一つで、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測するための重要な指標です。PD-L1の発現割合が高い患者では、免疫チェックポイント阻害薬を単独で使用することが検討される場合があります。一方、発現が低い場合でも、抗がん剤との併用によって効果が期待できるケースもあるため、この結果だけで治療法が決まるわけではありません。それでも、現在の肺がん診療では欠かすことのできない検査になっています。

CT・PET-CT・MRI検査

病気の広がりを正確に把握するための画像検査も重要です。

胸部から腹部までのCT検査では、肺の病変だけでなく、リンパ節や肝臓、副腎などへの転移の有無を確認します。さらにPET-CTでは、全身のがん細胞が活発に活動している部位を一度に調べられるため、CTだけでは分かりにくい転移を発見できることがあります。

また、肺がんでは脳転移が比較的多いため、症状がなくても頭部MRIを行うことが一般的です。脳転移はCTでは小さな病変を見逃すこともあるため、より精度の高いMRIが推奨されています。脳転移の有無は、薬物療法だけでなく放射線治療の必要性を判断するうえでも重要な情報になります。

骨転移が疑われる場合には、PET-CTのほか、病状によって骨シンチグラフィやMRIを追加することもあります。骨転移は痛みや骨折の原因になるだけでなく、治療方針にも影響するため、必要に応じて詳しく評価されます。

全身状態を評価

さらに見落とされがちですが、患者自身の全身状態を評価することも、治療選択では非常に重要です。

肺がん診療では『Performance Status(PS)』という指標を用いて、日常生活をどの程度自分で送れているかを評価します。同じステージ4であっても、仕事や家事を問題なく行えている患者と、ほとんどベッド上で生活している患者では、体へかけられる治療の強さが異なります。治療方針は画像や検査結果だけでなく、患者の体力や生活状況も含めて決定されます。

早く治療を始めるよりも大切なこと

検査が続くと、治療開始が遅れるのではないかと心配になることもあるでしょう。進行非小細胞肺がんでは、組織型や遺伝子異常、PD-L1発現などによって適した薬物療法が異なるため、可能な範囲で治療前に必要な検査結果を確認することが重要です。

例えば、EGFR遺伝子変異がある患者さんでは、変異の種類に対応した分子標的薬が治療選択肢となります。一方、遺伝子異常の検査結果を待たずに治療を始めたとしても、それだけで将来の分子標的薬の使用が一律に不可能になるわけではありません。また、呼吸状態の急激な悪化など、治療や症状緩和を急ぐ必要がある場合には、検査の完了を待たずに対応することもあります。

大切なのは、検査の必要性と治療開始の緊急性を、患者さんごとの病状に応じて判断することです。 いつまでにどの検査結果が得られる見込みなのか、結果を待つ間に必要な治療はあるのかについて、担当医に確認するとよいでしょう。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)医療者向け|NCI

肺がんステージ4の治療全体像

肺がんステージ4の治療は、一つの方法だけで完結することはほとんどありません。現在の診療では、薬物療法を中心に据えながら、必要に応じて放射線治療や手術、緩和ケアなどを組み合わせて病気をコントロールしていきます。どの治療を選択するかは、前章で説明した遺伝子検査やPD-L1検査、画像検査などの結果を踏まえて決定されます。

治療法は大きく分けると「全身へ作用する治療」と「特定の病変を治療する局所治療」の二つに分けられます。

全身治療

全身へ作用する治療の中心となるのが薬物療法です。

現在の肺がん診療では、薬剤の適応につながる遺伝子異常と治療条件が確認された患者には分子標的薬、免疫療法が適した患者には免疫チェックポイント阻害薬、それ以外の患者には細胞障害性抗がん剤や免疫療法との併用療法など、病気の特徴に合わせて治療が選択されます。近年は新しい薬剤が次々と登場しており、以前と比べて選択肢は大きく広がっています。

局所治療

放射線治療や手術は局所治療に分類されます。

ステージ4というと「全身に病気が広がっているから局所治療は意味がない」と思われることがありますが、実際にはそうではありません。脳転移による神経症状を改善したり、骨転移による痛みを和らげたりするために放射線治療が行われることがありますし、転移が限られている患者では原発巣や転移巣に対して局所治療を組み合わせることで、より長期の病勢コントロールが期待できる場合もあります。

緩和ケア

肺がん治療では緩和ケアも欠かすことができません。緩和ケアというと終末期医療をイメージする人が少なくありませんが、現在では診断された早い段階から取り入れることが推奨されています。痛みや息苦しさ、不安、不眠などを軽減しながら治療を継続できるよう支援することも、肺がん治療の重要な役割の一つです。

それぞれの治療で期待できる効果は異なる

このように現在の肺がんステージ4では、一つの治療法だけで病気に対応することはほとんどありません。薬物療法を軸としながら、放射線治療や局所治療、緩和ケアを適切なタイミングで組み合わせることで、一人ひとりの病状に合わせた治療が行われています。

それぞれの治療には、期待できる効果や適応となる患者、副作用が異なります。ここからは現在の肺がん診療で中心となっている各治療法について、それぞれの特徴や選択される理由を詳しく見ていきましょう。

分子標的薬 ― 肺がん治療を大きく変えた新しい治療

肺がんステージ4と診断された患者の中には「分子標的薬が使えるかもしれません」と説明を受ける人がいます。しかし、初めて耳にする言葉だけに「普通の抗がん剤とは何が違うのか」「自分にも使える薬なのか」と疑問を持つ人は少なくありません。

現在の肺がん診療において、分子標的薬は最も大きな進歩の一つといわれています。その理由は、従来の抗がん剤とは治療の考え方そのものが異なるからです。これまでの抗がん剤は、細胞分裂が活発ながん細胞を攻撃することで腫瘍を小さくする治療でした。しかし、正常な細胞にも影響が及ぶため、脱毛や吐き気、白血球減少などの副作用が起こりやすいという課題がありました。

一方、分子標的薬は、がん細胞の増殖や生存に関係する特定の分子を標的として作用します。例えば、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などによって活性化した増殖シグナルを抑える薬剤があります。対象となる遺伝子異常が確認された患者さんでは高い効果が期待できる場合がありますが、正常な細胞にも影響が及ぶことがあり、皮膚障害、下痢、肝機能障害、間質性肺炎など薬剤ごとの副作用に注意が必要です。

参考:Targeted Therapy to Treat Cancer|米国国立がん研究所(NCI)

ドライバー遺伝子変異

すべての肺がん患者が分子標的薬を使用できるわけではありません。

肺がんでは、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子など、がんの増殖に深く関わるドライバー遺伝子異常が確認された場合、それぞれに対応する分子標的薬が治療選択肢となります。ただし、分子標的薬のすべてが特定の遺伝子異常を標的とするわけではなく、薬剤によって作用の仕組みや適応条件は異なります。実際に使用できる薬は、遺伝子異常の種類、組織型、治療歴、国内の適応などを踏まえて選択します。

EGFR遺伝子変異

最もよく知られているのがEGFR遺伝子変異です。

日本人の肺腺がんでは比較的頻度が高く、特に喫煙歴の少ない患者や女性に多くみられることが知られています。EGFR遺伝子変異が見つかった場合には、オシメルチニブ(タグリッソ)をはじめとしたEGFR阻害薬が第一選択となることが多く、腫瘍が大きく縮小したり、症状が改善したりする患者も少なくありません。

ALK融合遺伝子

一方で、ALK融合遺伝子が確認された患者では、アレクチニブやロルラチニブなどALK阻害薬が選択されます。ALK陽性肺がんは患者数としては多くありませんが、薬剤がよく効く患者では長期間病状をコントロールできることもあり、肺がん治療を大きく変えた分子標的薬の代表例の一つです。

その他の遺伝子

さらに現在では、ROS1融合遺伝子、BRAF V600E変異、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子、HER2変異、KRAS G12C変異など、治療薬が存在する遺伝子異常が次々と見つかっています。以前であれば一括して「肺がん」と治療されていた患者も、遺伝子異常ごとに異なる薬剤を選択する時代になりました。

こうした変化によって「肺がん」という一つの病気は、実際には複数の異なる病気の集まりとして考えられるようになっています。

例えばHER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんに対しては、2025年9月にゾンゲルチニブ(ヘルネクシオス)が国内承認されました。ただし、対象はがん化学療法後に増悪した切除不能な進行・再発例であり、遺伝子異常が見つかれば初回治療から必ず使用できる、という意味ではありません。

参考:ヘルネクシオス錠60mg 医療用医薬品情報|PMDA

参考:Biomarker Testing for Cancer Treatment|NCI、肺がん 検査|国立がん研究センター

分子標的薬の課題

分子標的薬にも課題があります。最も大きな課題が耐性です。治療開始当初は高い効果が得られていても、時間の経過とともにがん細胞が薬剤へ適応し、効きにくくなることがあります。これを耐性獲得と呼びます。

しかし、耐性が生じたからといって、すぐに治療手段がなくなるわけではありません。例えばEGFR遺伝子変異では、耐性が生じた原因を再び遺伝子検査で調べ、新たな遺伝子異常が確認されれば、それに対応した薬剤への変更を検討することがあります。また、薬剤を変更したり、抗がん剤や免疫療法へ切り替えたりしながら病気をコントロールしていくことも珍しくありません。

近年では、治療開始時だけでなく、病気が進行したタイミングでも再度遺伝子検査を行うことが増えています。これは、肺がん細胞が治療によって性質を変化させることがあるためです。現在では血液を用いて遺伝子異常を調べるリキッドバイオプシーも実用化されており、患者への負担を抑えながら耐性の原因を調べられる場面も増えています。

分子標的薬の副作用

副作用についても、従来の抗がん剤とは特徴が異なります。

脱毛や強い吐き気は比較的少ない一方で、皮膚の発疹、爪の異常、下痢、肝機能障害、間質性肺炎など、それぞれの薬剤に特有の副作用があります。特に間質性肺炎は頻度は高くないものの重症化することがあるため、息切れや咳が悪化した場合には早めに医療機関へ相談することが重要です。

分子標的薬は、自宅で内服を続けられる薬剤が多く、治療を受けながら仕事や日常生活を維持している患者も少なくありません。しかし、「飲み薬だから軽い治療」というわけではなく、定期的な画像検査や血液検査を行いながら、効果と副作用の両方を確認していく必要があります。

治療標的となる遺伝子異常が見つからなかった場合

EGFRやALKなど、特定のドライバー遺伝子異常に対応する分子標的薬は、原則としてその異常が確認された患者さんが対象です。一方、分子標的薬には、血管新生を抑える薬など、特定の遺伝子異常の有無だけでは使用を決めない薬もあります。

そのため、治療標的となる遺伝子異常が見つからなかった場合でも、肺がんの治療選択肢がなくなるわけではありません。

進行・再発非小細胞肺がんでは、PD-L1発現、病理型、全身状態、これまでの治療歴などに応じて、免疫チェックポイント阻害薬、細胞障害性抗がん剤、これらを組み合わせた併用療法などを検討します。次の章では、免疫チェックポイント阻害薬の働きと注意点を詳しく解説します。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|米国国立がん研究所(NCI)

免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)

肺がん治療について調べていると「免疫療法」という言葉を目にする機会が増えています。しかし、免疫療法という名称だけでは、「体の免疫力を高める治療なのだろうか」「サプリメントのようなものなのだろうか」とイメージしにくい人もいるでしょう。

現在、肺がんの標準治療として行われている免疫療法は、免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる薬剤を用いた治療です。これは健康食品や民間療法で使われる「免疫療法」とは異なり、臨床試験で有効性が確認され、進行・再発非小細胞肺がんや進展型小細胞肺がんなどの治療に使用されている薬物療法です。ただし、適応は肺がんの種類や遺伝子異常、治療歴などによって異なります。

免疫の仕組み

この治療を理解するためには、まず私たちの免疫の仕組みを知る必要があります。本来、人の体では免疫細胞が毎日異常な細胞を見つけて排除しています。がん細胞も例外ではなく、発生した直後の小さながん細胞は免疫によって消えていると考えられています。

しかし、がん細胞は生き残るために巧妙な仕組みを身につけています。その一つが、免疫細胞へ「自分は攻撃しなくてよい細胞です」という信号を送り、攻撃を避ける仕組みです。この信号に関わる代表的な分子がPD-1とPD-L1です。

免疫チェックポイント阻害薬は、この信号を遮断することで、免疫細胞が再びがん細胞を認識し、攻撃できる状態をつくり出します。つまり、薬そのものががん細胞を直接攻撃するのではなく、患者自身が本来持っている免疫機能を回復させる治療と考えると理解しやすいでしょう。

肺がんで使用される免疫チェックポイント阻害薬

肺がんで使用される代表的な免疫チェックポイント阻害薬には、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)、ニボルマブ(オプジーボ)、アテゾリズマブ(テセントリク)、デュルバルマブ(イミフィンジ)などがあります。

薬剤ごとに適応は異なりますが、現在では進行・再発非小細胞肺がんの治療に広く使用されており、患者の状態によっては最初から免疫療法を中心とした治療が選択されることもあります。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment|NCI

PD-L1検査の重要性

治療方針を決める際に重要になるのが、前章でも触れたPD-L1検査です。PD-L1は、がん細胞の表面に発現するタンパク質で、その発現割合が高い患者では免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示す可能性があります。そのため診断時には病理検体を用いてPD-L1発現率を測定し、その結果を参考に治療方針を決定します。

ただし、PD-L1の数値だけですべてが決まるわけではありません。

例えばPD-L1が50%以上であれば免疫チェックポイント阻害薬単独療法が選択されることがありますが、患者の全身状態や病気の進行速度によっては抗がん剤との併用療法が適している場合もあります。また、PD-L1の発現率が低くても、免疫療法と抗がん剤を組み合わせることで十分な治療効果が期待できる患者もいます。

「PD-L1が高いから免疫療法」「低いから使えない」という単純な判断ではなく、さまざまな情報を総合して治療法を決定しています。

効果が長期間持続

免疫療法が肺がん診療を大きく変えた理由は、効果が長期間持続する患者がいることです。

従来の抗がん剤では、一度効果があっても時間とともに病気が進行することが少なくありませんでした。一方、免疫チェックポイント阻害薬では、治療開始後に腫瘍が縮小し、その状態が数年間維持される患者も報告されています。すべての患者に同じような効果が現れるわけではありませんが、この「長期生存」という新しい可能性は、肺がん治療に大きな変化をもたらしました。

免疫療法の注意点

免疫療法には特有の注意点もあります。抗がん剤のような脱毛や強い吐き気は比較的少ないものの、免疫が活性化し過ぎることで、自分自身の正常な臓器を攻撃してしまう『免疫関連有害事象(irAE)』が起こることがあります。

例えば、甲状腺機能異常、間質性肺炎、大腸炎、肝機能障害、副腎機能低下、1型糖尿病などが知られています。頻度は決して高くありませんが、重症化すると治療の中止や入院が必要になることもあるため、早期発見と早期対応が非常に重要です。特に肺がん患者では、間質性肺炎に注意が必要です。

息苦しさや空咳、発熱などは肺がんそのものでも起こり得る症状ですが、免疫関連有害事象による肺炎が原因である場合もあります。放置すると重症化することがあるため、「少し様子を見よう」と自己判断せず、気になる症状があれば早めに主治医へ相談することが勧められます。

参考:免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象対策マニュアル|厚生労働省

免疫療法の効果判定は慎重に行う

免疫チェックポイント阻害薬の効果は、治療開始後のCTなどの画像検査に加え、症状や全身状態、副作用などを合わせて評価します。治療開始直後に効果の有無が必ず分かるわけではなく、効果が現れる時期にも個人差があります。病状の進行が確認された場合には、画像や臨床症状、次に使用できる治療を踏まえて継続・変更を検討します。

免疫療法では、まれに治療開始後の画像で一時的に病変が大きく見える「偽増悪」が起こる場合もあります。ただし、画像上の増大を安易に偽増悪と判断して治療変更を遅らせることも適切ではありません。効果判定には主治医による慎重な評価が必要です。

すべての患者が対象になるわけではない

免疫チェックポイント阻害薬は、現在の肺がん治療を支える重要な柱の一つです。しかし、すべての患者が対象になるわけではなく、また万能な治療でもありません。遺伝子異常の有無やPD-L1発現率、病気の進行速度などを総合的に評価し、その患者に最も適した形で使用することが重要になります。

そして、分子標的薬も免疫療法も適応にならない患者、あるいはこれらの治療後に病気が進行した患者では、現在でも細胞障害性抗がん剤が重要な役割を担っています。次の章では、現在の肺がん診療における抗がん剤治療の位置付けと、以前とは大きく変わった副作用対策について詳しく解説します。

抗がん剤治療 ― 現在でも肺がん治療を支える重要な選択肢

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、肺がん治療は大きく進歩しました。そのため、「今はもう抗がん剤の時代ではない」と考える人もいるかもしれませんが、そのようなことはありません。

現在でも抗がん剤は、進行肺がんに対する標準治療の重要な柱であり、多くの患者が治療を受けています。特に、分子標的薬の対象となる遺伝子異常が見つからない患者や、免疫療法だけでは十分な効果が期待できない患者では、抗がん剤が治療の中心になります。また、分子標的薬や免疫療法の効果が弱まった後に、次の治療として抗がん剤が選択されることも少なくありません。

肺がんで使用される抗がん剤

「抗がん剤」と一言でいっても、肺がんの組織型や治療歴、全身状態などによって、複数の薬を組み合わせる場合と、一種類の薬を使う場合があります。

肺がんの薬物療法にはさまざまな組み合わせがあります。進行非小細胞肺がんでは、シスプラチンやカルボプラチンなどのプラチナ製剤に、組織型や治療計画に応じてペメトレキセド、パクリタキセル、ナブパクリタキセル、ゲムシタビンなどを組み合わせる治療があります。現在は免疫チェックポイント阻害薬との併用療法も重要な選択肢です。また、ドセタキセルは治療歴に応じて使用することがあり、小細胞肺がんでは別の薬剤の組み合わせが選択されます。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|NCI

肺がんの組織型で異なる

使用する薬剤は、肺がんの組織型によっても異なります。

例えば、非小細胞肺がんの中でも腺がんではペメトレキセドが使用されることが多い一方、扁平上皮がんでは別の薬剤が選択されることがあります。小細胞肺がんではさらに治療法が異なり、エトポシドやイリノテカンなどを組み合わせた治療が標準となっています。「肺がんだからこの抗がん剤」という考え方ではなく、組織型やこれまでの治療歴、全身状態などを踏まえて薬剤を選択することが一般的です。

抗がん剤と免疫療法の併用、単剤治療を使い分ける

進行非小細胞肺がんの初回治療では、がんの性質や全身状態に応じて、抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる場合があります。一方、以前の治療後にがんが進行した場合や、併用療法が適さない場合などには、抗がん剤の単剤治療も選択肢です。

例えば、免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤を組み合わせることで、それぞれ単独で使用するよりも高い治療効果が期待できる患者がいます。このような併用療法は現在の進行非小細胞肺がんでは標準的な選択肢の一つとなっており、「抗がん剤だけを続ける」という治療から、「他の治療と組み合わせる」という治療へ変化しています。

抗がん剤の副作用と支持療法について

もちろん抗がん剤には副作用があります。多くの人が最初に思い浮かべるのは、脱毛や吐き気でしょう。確かに以前は、副作用が強く、治療そのものが大きな負担になることもありました。しかし現在では、副作用を予防・軽減するための支持療法が大きく進歩しています。

例えば吐き気については、高性能な制吐薬をあらかじめ使用することで、以前より強い症状が出にくくなっています。白血球が減少し感染症のリスクが高くなる場合には、G-CSF製剤を使用して骨髄機能をサポートすることもあります。貧血や食欲低下、便秘、口内炎などについても、それぞれ症状に応じた治療が行われます。

現在は「副作用を我慢しながら治療を続ける」という考え方ではなく、「副作用をコントロールしながら治療を継続する」という考え方が基本になっています。それでも、副作用が全くなくなるわけではありません。

抗がん剤は正常な細胞にも影響するため、倦怠感や味覚の変化、末梢神経障害、爪の変化など、治療を続ける中で日常生活へ影響する症状が現れることがあります。副作用の種類や程度は薬剤によって異なるため、治療開始前にはどのような症状が起こり得るのかを確認し、体調の変化があれば早めに医療スタッフへ伝えることが重要です。

抗がん剤はいつまで続けるのか

抗がん剤の投与期間は、使用する薬剤と治療の組み合わせによって異なります。進行非小細胞肺がんの初回治療でプラチナ製剤を含む併用化学療法を行う場合は、一般に4回前後の投与を行って効果と副作用を評価し、その後の治療を検討します。病状や治療計画によっては最大6回程度まで行う場合もありますが、同じ多剤併用療法を無期限に続けることが標準というわけではありません。

一定の効果が得られた場合には、ペメトレキセドなど一部の薬剤による維持療法や、併用した免疫チェックポイント阻害薬の継続が検討されることがあります。また、病状が進行した場合や副作用が強い場合には治療の変更や中止を判断します。治療期間を確認するときは、「最初の併用療法を何回行うか」「維持療法へ移行する予定があるか」「治療を見直す条件は何か」を担当医に確認するとよいでしょう。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|NCI(初回化学療法と維持療法)

患者の病状に応じて最適な組み合わせを選択する

抗がん剤は分子標的薬や免疫療法に取って代わられた存在ではありません。それぞれの治療には役割があり、患者の病状に応じて最適な組み合わせを考えながら治療が進められています。

そして、薬物療法だけでは十分な効果が得られない場面では、放射線治療や手術が重要な役割を果たすことがあります。特に脳転移や骨転移、オリゴ転移では局所治療を組み合わせることで、症状の改善や病状の長期コントロールが期待できる場合があります。次の章では、ステージ4肺がんにおける放射線治療と手術の役割について詳しく解説します。

放射線治療・手術 ― ステージ4での局所治療の重要性

「肺がんがステージ4まで進行しているなら、手術や放射線治療はもう受けられない」そのように考えている人も少なくありません。実際、がんが全身へ広がっている以上、肺だけを治療しても意味がないと思うのは自然なことです。しかし、この考え方も変わりつつあります。

確かにステージ4では、薬物療法が治療の中心になります。分子標的薬や免疫療法、抗がん剤によって全身に存在する可能性があるがん細胞へ働きかけることが基本です。一方で、それだけでは十分ではない場面があります。

転移部位の症状改善

例えば、脳転移によって手足の麻痺や言葉が出にくいといった症状が現れている場合、薬物療法だけでは改善まで時間がかかることがあります。そのようなときには、脳転移に対して放射線治療を行うことで、症状を早く改善できる可能性があります。

骨転移も同様です。肺がんは骨へ転移しやすいがんの一つで、背骨や骨盤、肋骨などへ転移すると、強い痛みや骨折の原因になることがあります。骨転移による痛みは生活の質を大きく低下させますが、放射線治療によって痛みが軽減する患者は少なくありません。また、脊椎への転移で神経が圧迫されている場合には、麻痺などを防ぐために早期の放射線治療が重要になることもあります。

このように放射線治療は「がんを治すためだけの治療」ではありません。症状を改善し、合併症を予防し、その後の薬物療法を継続しやすくすることも大切な役割です。だからこそ診断直後から放射線治療医が治療方針の検討に加わることも珍しくありません。

放射線の照射技術の進歩

近年は放射線を照射する技術も大きく進歩しています。

以前は広い範囲へ放射線を照射することが一般的でしたが、現在では定位放射線治療(Stereotactic Body Radiation Therapy:SBRT)や定位放射線照射(SRS)によって、小さな病変へ高線量の放射線を正確に集中させられるようになりました。

特に脳転移では、病変が限られている場合にガンマナイフやサイバーナイフなどを用いた定位放射線治療が選択されることがあります。正常な脳への影響をできるだけ抑えながら病変を治療できるため、従来よりも治療後の生活への影響を軽減できる可能性があります。

参考:Radiation Therapy for Cancer|NCI

オリゴ転移

肺がんでは近年「オリゴ転移」という考え方が重要になっています。オリゴ転移とは、遠隔転移があっても病変の数が限られている状態を指します。例えば肺に原発巣があり、脳へ一つだけ転移している場合や、副腎へ単発の転移がある場合などがこれに該当することがあります。

こうした患者では、薬物療法だけではなく、肺の原発巣や転移巣へ放射線治療や手術を追加することで、病気をより長期間コントロールできる可能性があることが報告されています。そのため以前のように「ステージ4だから局所治療は意味がない」と一律に判断されることは少なくなりました。

肺がんステージ4で手術が検討されるケース

では、手術はどのような場合に検討されるのでしょうか。一般的に、肺がんステージ4で最初から手術が選択されることは多くありません。しかし、薬物療法によって腫瘍が十分小さくなり、病変が限られた部位だけに残っている場合には、原発巣や転移巣を切除することが検討されることがあります。

例えば、副腎や脳へ単発転移がある患者では、薬物療法で全身の病状をコントロールしたうえで局所治療を追加し、長期生存につながった例も報告されています。もちろん、すべての患者が対象になるわけではありませんが、局所治療が治療戦略の一部として組み込まれるケースは以前より確実に増えています。

放射線治療や手術は、薬物療法と競合するものではありません。薬物療法で全身の病気を抑え、局所治療で症状の原因となる病変や限られた転移巣へ対応することで、より長い病勢コントロールを目指すことができる場合があります。

治療を続けることだけが目的ではない

忘れてはならないのが、治療を続けることだけが目的ではないという点です。

肺がんステージ4では、症状を軽減し、呼吸を楽にし、痛みを和らげ、これまでどおりの生活をできるだけ長く続けられるようにすることも、治療の大切な目標です。その意味で放射線治療や局所治療は、生存期間を延ばすためだけではなく、生活の質を守るためにも重要な役割を担っています。

こうして肺がんステージ4では、薬物療法と局所治療を組み合わせながら病気と向き合っていきます。その一方で、治療そのものによる負担や、がんによる症状をできるだけ軽くしながら生活を支える医療も欠かすことができません。次の章では「緩和ケアは終末期医療ではない」という現在の考え方も含め、肺がん治療を支える支持療法について詳しく解説します。

緩和ケア・支持療法 ― 「治療を続けるための医療」という考え方

「緩和ケア=終末期医療」というイメージは今でも根強く残っています。しかし、この考え方は大きく変わっています。緩和ケアは治療をあきらめた患者のためだけに行われる医療ではありません。

現在では、肺がんと診断された早い段階から標準治療と並行して行うことが推奨されています。その目的は、がんそのものを治療することではなく、病気や治療によって生じるさまざまな症状を軽減し、できるだけ普段の生活を維持できるよう支えることにあります。

病気による症状と治療の副作用を軽減

肺がんステージ4では、病気そのものによる症状と、治療による副作用の両方へ向き合わなければなりません。腫瘍が気管支を圧迫すると咳や息苦しさが続くことがあります。胸膜へがんが広がれば胸水がたまり、少し歩いただけでも息切れを感じるようになることがあります。骨転移では痛みが強くなり、睡眠や歩行に影響することもあります。

治療による副作用も生活へ少なからず影響します。抗がん剤による倦怠感や食欲低下、免疫療法による内分泌障害、分子標的薬による皮膚障害や下痢などは、命に直接関わらない症状であっても、日常生活の質を大きく低下させることがあります。支持療法は、こうした症状をできるだけ軽減しながら治療を継続できるよう支える医療です。

痛み

例えば、痛みに対しては、原因や程度に応じてアセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、医療用麻薬などを組み合わせながらコントロールします。「医療用麻薬」と聞くと依存を心配する人もいますが、がん性疼痛に対して適切に使用する場合、医療者の管理のもとで安全に使用できる薬剤です。痛みを我慢し続けることは体力や食欲を奪い、その後の治療継続にも影響するため、現在では早めに痛みをコントロールすることが勧められています。

呼吸苦

呼吸苦への対応も、肺がんでは重要な課題です。息苦しさの原因は一つではありません。腫瘍による気道狭窄、胸水、肺炎、間質性肺炎、貧血などさまざまな原因が考えられます。そのため、まずは原因を確認したうえで、胸水を排液したり、放射線治療を行ったり、必要に応じて酸素療法や薬物療法を組み合わせながら症状を軽減していきます。

食欲低下・体重減少

食欲低下や体重減少も、多くの患者が経験する症状です。肺がんでは、がんそのものの影響や治療による副作用によって十分な食事が摂れなくなることがあります。栄養状態が悪化すると筋力や体力が低下し、予定していた治療を継続できなくなることもあります。そのため現在では、医師だけではなく管理栄養士も加わり、一人ひとりの状態に合わせた栄養管理を行う施設が増えています。

精神的な負担

肺がんでは精神的な負担も決して小さくありません。診断された直後の不安だけではなく、画像検査の結果を待つ時間や、画像で病状が変化していないか確認するたびに緊張する人もいます。仕事や家族の将来への心配から眠れなくなったり、気分の落ち込みが続いたりすることも珍しくありません。こうした心の負担に対応することも、緩和ケアの大切な役割です。

専門的緩和ケア

現在では、緩和ケア医、がん看護専門看護師、公認心理師、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフなど、多職種が協力しながら患者と家族を支える体制が整えられています。身体だけではなく、仕事や経済的な問題、介護サービスの利用、在宅療養の準備などについて相談できることも少なくありません。

実際、早い段階から緩和ケアを導入した患者では、生活の質が改善するだけでなく、結果として治療を継続しやすくなり、生存期間にも良い影響を与えたという報告があります。緩和ケアは、がんと診断された早い段階から薬物療法などと並行して受けることができます。症状だけでなく、気持ちのつらさや日常生活の困りごとも相談の対象です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス、Palliative Care in Cancer|NCI

緩和ケアは生活を支えるための土台となる医療

緩和ケアは「治療を終えた人のための医療」ではありません。標準治療を受けながら、できるだけ痛みや苦しさを少なくし、自分らしい生活を維持するための医療です。分子標的薬や免疫療法、抗がん剤、放射線治療と並行して行われるからこそ、本来の力を発揮します。

肺がんステージ4では、病気そのものだけでなく「どのように生活を続けていくか」も治療の重要なテーマになります。緩和ケアや支持療法は、その生活を支えるための土台となる医療と考えると理解しやすいでしょう。

ここまで、現在行われている治療法について見てきました。では実際に肺がんステージ4と診断された場合、どのくらいの治療成績が期待できるのでしょうか。次の章では、多くの患者が最も気になる「生存率」について、統計の見方や近年の治療進歩も踏まえながら詳しく解説します。

肺がんステージ4の生存率

肺がんステージ4の生存率は、国立がん研究センターの院内がん登録などで公表されています。生存率を読むときは、どの時期に診断された患者さんを対象としているのか、どの種類の肺がんを含むのか、生存率をどの方法で集計したのかを確認することが大切です。個人の余命を示す数字ではなく、患者集団の経過を表す統計だからです。

国立がん研究センターの2014~2015年診断例の集計では、肺がん全体(非小細胞肺がんと小細胞肺がんを含む)の病期別5年ネット・サバイバルは、次のとおりです。

病期 5年ネット・サバイバル
ステージⅠ期 81.5%
ステージⅡ期 51.0%
ステージⅢ期 28.6%
ステージⅣ期 8.0%

参考:肺がん(全体)・2014~2015年診断例の5年生存率|国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

※肺がん全体、男女計、全年齢、手術の有無を問わない集計です。ネット・サバイバルは、がん以外の死因による影響を統計的に除いて推計する指標です。10年生存率は5年生存率と診断年が異なるため、同じ表で単純比較しないよう省略しています。

この結果を見ても、ステージ4で5年以上生存する患者さんがいる一方、患者さん全体では予後が厳しいことが分かります。ただし、この集計は2014~2015年に診断された患者さんのデータであり、2026年に治療を始める患者さん個人の生存確率を表してはいません。

その後、肺がんでは遺伝子異常に応じた分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、薬物療法の選択肢が増えてきました。生存率を理解するときは、診断時期と治療の進歩を区別するとともに、組織型、遺伝子異常、転移の状況、全身状態などをあわせて考えることが重要です。

同じステージ4でも生存率が大きく異なる理由

現在の肺がん診療では「ステージ4」という病期だけで予後を予測することはできません。実際には、がんの性質や患者さん自身の状態によって、生存率は大きく変化します。最も大きな要因の一つがドライバー遺伝子変異です。

ドライバー遺伝子変異

EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子などが見つかった患者では、それぞれに対応した分子標的薬を使用できます。これらの薬剤は従来の抗がん剤では得られなかった高い奏効率を示し、病気を数年間コントロールできる患者も珍しくありません。そのため「どの遺伝子異常を持つ肺がんなのか」が生存率を左右する重要な要素になっています。

転移先の部位

転移の部位も予後へ大きく影響します。例えば脳転移が見つかった場合でも、病変が限られていれば定位放射線治療や分子標的薬によって長期間コントロールできることがあります。骨転移も適切な薬物療法や放射線治療を組み合わせることで、症状を抑えながら生活を維持できる患者が少なくありません。

一方で、肝転移は一般的に予後不良因子の一つと考えられており、複数の臓器へ広範囲に転移している場合は治療が難しくなる傾向があります。ただし、これも個人差が大きく「肝転移があるから必ず短期間で進行する」という意味ではありません。

転移の数

転移の数も重要です。近年ではオリゴ転移という概念が広まり、転移がごく限られている患者では、薬物療法に加えて放射線治療や手術などの局所治療を組み合わせることで、長期に病気をコントロールできる可能性があることが分かってきました。

パフォーマンスステータス

また『Performance Status(PS)』も重要な予後因子です。

日常生活を問題なく送れている患者は積極的な治療を受けやすく、新しい薬剤への切り替えもしやすくなります。一方で、体力が大きく低下している場合には治療の選択肢が限られることもあるため、同じステージ4でも経過に違いが生じます。

その他の要因

さらに年齢や喫煙歴、肺がんの組織型なども予後へ影響します。

特に女性や非喫煙者ではEGFR遺伝子変異が見つかる割合が比較的高く、その結果として分子標的薬による治療効果が期待できるケースもあります。このように、生存率は一つの要素だけで決まるものではなく、さまざまな条件が重なり合って決まります。

肺がんステージ4でも5年以上生きる人はいるのか

肺がんがステージ4と診断されても、5年以上生存する患者さんはいます。ただし、その割合は肺がんの種類、病気の広がり方、治療を受けた時期や内容などによって異なります。集計された生存率は患者さん全体の経過を示す数字であり、一人ひとりの生存期間を予測するものではありません。

国立がん研究センターの「がん情報サービス」では、院内がん登録に基づく肺がんの生存率を公表しています。また、特定の条件を満たす進行非小細胞肺がんの臨床試験では、免疫チェックポイント阻害薬によって5年以上生存した患者さんが確認されています。こうした結果は長期生存の可能性を示しますが、臨床試験の対象患者と肺がんステージ4の患者さん全体は同じ集団ではない点に注意が必要です。

治療の見通しを考える際には、統計上の生存率だけでなく、組織型、遺伝子検査の結果、転移の状況、全身状態、治療への反応をあわせて確認することが大切です。

参考:肺がん 患者数・生存率|国立がん研究センター がん情報サービス、Denault MH, Melosky B. Immunotherapy in the First-Line Setting in Wild-Type NSCLC(Current Oncology, 2021)(CC BY 4.0)

生存率は「未来を予測する数字」ではない

インターネットには「肺がんステージ4の5年生存率は○%」という数字だけが紹介されている記事も少なくありません。しかし、生存率とは同じような病状だった多くの患者をまとめて集計した結果です。

そこには、自分がこれから受ける最新の治療、自分の遺伝子異常、自分の体力、治療への反応といった個別の情報は含まれていません。生存率は将来を断定する数字ではなく「同じ病気を持つ患者全体では、このような傾向がある」という参考資料として受け止めることが大切です。

近年では新しい分子標的薬や免疫療法、抗体薬物複合体(ADC)などが次々と登場し、治療成績は少しずつ改善しています。統計は重要な情報ですが、それだけで希望や選択肢まで決めてしまう必要はありません。

では、多くの患者が生存率と並んで気になる「余命」はどのように考えればよいのでしょうか。次の章では、余命という言葉の意味や、医師がどのような情報をもとに経過を判断しているのかについて詳しく解説します。

肺がんステージ4の余命

肺がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が気になるのが「あとどれくらい生きられるのか」という点でしょう。しかし、ステージ4という診断だけから余命を一律に示すことはできません。非小細胞肺がんでは、がんの組織型や遺伝子異常、PD-L1発現、全身状態などによって選択できる治療が異なり、その後の経過にも大きな違いが生じます。

現在の薬物療法の治療成績を理解するために、進行・転移性非小細胞肺がんを対象とした代表的な臨床試験の全生存期間中央値を紹介します。いずれも、特定の条件に合う患者さんを対象に実施された試験の結果です。

治療法(臨床試験) 主な対象患者 全生存期間中央値
オシメルチニブ(FLAURA試験) EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異がある未治療の進行非小細胞肺がん 38.6か月
ペムブロリズマブ単独(KEYNOTE-024試験) PD-L1発現率50%以上で、EGFR感受性変異・ALK融合遺伝子がない未治療の進行非小細胞肺がん 26.3か月
ペムブロリズマブ+化学療法(KEYNOTE-189試験) EGFR感受性変異・ALK融合遺伝子がない未治療の転移性非扁平上皮非小細胞肺がん 22.0か月

これらの数値は、異なる臨床試験で得られた結果です。 患者さんの条件、比較対象、実施時期などが異なるため、38.6か月、26.3か月、22.0か月という数字を直接並べて、治療法の優劣を判断することはできません。また、これは「現在のすべての患者さんに当てはまる余命」でも「2026年時点で利用できる治療法を網羅した成績」でもありません。

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などによって長期生存が可能となる患者さんがいる一方、病気の進行が速い場合や治療が難しい場合もあります。余命について考えるときは、統計の数字だけでなく、現在の病状と利用できる治療について担当医と相談することが重要です。

参考:非小細胞肺がんの治療成績(FLAURA試験)|NCI、Denault MH, Melosky B. Immunotherapy in the First-Line Setting in Wild-Type NSCLC(KEYNOTE-024・KEYNOTE-189試験の解析値)(CC BY 4.0)

「中央値」は平均余命ではない

ここで注意したいのが「全生存期間中央値」という言葉です。例えば、オシメルチニブの38.6か月という数字は「38.6か月で亡くなる」という意味ではありません。中央値とは、多くの患者さんを生存期間の短い順に並べたとき、ちょうど真ん中に位置する患者さんの生存期間です。

実際には、数か月で病気が進行する患者さんもいれば、5年以上病気をコントロールしながら生活している患者さんもいます。つまり中央値は、一人ひとりの余命ではなく「その治療を受けた患者集団全体の傾向」を示した統計です。

なぜ同じステージ4でこれほど余命に差が生まれるのか

その理由は、肺がんが一つの病気ではなくなったからです。現在では、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、MET遺伝子異常、RET融合遺伝子など、さまざまな遺伝子異常が見つかっています。これらの異常が確認された患者では、それぞれに対応した分子標的薬を使用できます。一方で、遺伝子異常が見つからなくても、PD-L1発現率が高ければ免疫チェックポイント阻害薬が第一選択となる場合があります。

つまり現在は「肺がんステージ4」という診断名よりも、「どのタイプの肺がんなのか」がその後の経過を左右する重要な要素になっています。

同じステージ4でも実際の経過は大きく異なる

例えば、60代でEGFR遺伝子変異が見つかり、全身状態も良好な患者さんでは、分子標的薬によって長期間病気をコントロールできることがあります。治療を受けながら仕事や家庭生活を続けている患者さんも少なくありません。

一方で、病気の進行が速く、複数の臓器へ転移している患者さんでは、病状の変化も早くなることがあります。また、高齢で体力が低下している場合には、積極的な薬物療法が難しくなることもあります。このように「ステージ4」という同じ診断名でも、余命は患者さんごとに大きく異なります。

余命を調べるときに知っておきたいこと

インターネットには「肺がんステージ4の余命は○か月」と断定的に書かれた記事も少なくありません。しかし、その数字の多くは、治療法や遺伝子異常を区別せず多くの患者さんをまとめて集計した統計です。現在では、分子標的薬や免疫療法の登場によって、こうした数字だけでは実際の経過を説明できなくなっています。

そのため「余命○年」という数字を見るときには、そのデータがいつ集計されたものなのか、どのような患者さんを対象としているのかまで確認することが大切です。

余命は「治療の可能性」を考えるための参考情報

余命は多くの患者さんにとって避けて通れないテーマです。しかし、余命という数字だけに目を向けるのではなく「自分にはどの治療が使えるのか」を確認することの方が重要です。

新しい分子標的薬が使える可能性はあるのか。免疫療法の対象になるのか。次の治療へ切り替えられる選択肢は残されているのか。こうした情報によって、その後の経過は大きく変わる可能性があります。余命は未来を決める数字ではなく、治療方針を考える上での一つの参考情報として受け止めることが大切です。

次の章では、「肺がんステージ4でも完治する可能性はあるのか」という、多くの患者さんが最後に抱く疑問について、現在の医学的な考え方と最新の治療成績を踏まえながら詳しく解説します。

肺がんステージ4でも完治する可能性はあるのか

肺がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんやご家族が知りたいのは「治療法があるか」だけではありません。本当に知りたいのは「完治する人はいるのか」「長く生きられる人はどのような人なのか」「治癒に近い状態とは具体的に何を指すのか」という点でしょう。

まず前提として、肺がんステージ4の「完治率」を明確な数字として示すことは困難です。ステージ4は遠隔転移を伴う状態であり、画像上すべての病変が消えたように見えても、微小ながん細胞が体内に残っている可能性を完全には否定できません。そのため、医療現場ではステージ4肺がんに対して「完治」という言葉を慎重に使います。一般的には、完治率を何%と示すよりも、完全奏効、無増悪生存期間、全生存期間、長期生存例といった指標で治療成績を評価します。

「完治が難しい=長期生存ができない」では無い

ステージ4の肺がんでは、治療によって病変が小さくなったり、画像検査で確認できなくなったりしても、それだけで再発の可能性がなくなったとは判断できません。しかし、完治が難しいことと、長期間生存できないことは同じではありません。

特に非小細胞肺がんでは、遺伝子異常に対応する分子標的薬や、条件に応じた免疫チェックポイント阻害薬によって、長期に病気をコントロールできる患者さんもいます。

こうした長期生存のデータを読む際には、「全生存期間」「無増悪生存期間」「5年全生存率」が異なる指標であることを理解する必要があります。以下の数値は、いずれも対象患者を限定した臨床試験の結果であり、ステージ4の肺がん全体の完治率を示すものではありません。

分子標的薬の長期生存データ

EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異がある未治療の進行非小細胞肺がんを対象としたFLAURA試験では、オシメルチニブ群の全生存期間中央値は38.6か月、比較対象となった従来のEGFR阻害薬群では31.8か月でした。これは、対象患者において生存期間の延長が確認された結果ですが、一定期間で完治した患者さんの割合を示すものではありません。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|NCI

免疫チェックポイント阻害薬の長期生存データ

PD-L1発現率が50%以上で、EGFR感受性変異やALK融合遺伝子のない未治療の進行非小細胞肺がんを対象としたKEYNOTE-024試験では、5年全生存率はペムブロリズマブ群で31.9%、化学療法群で16.3%と報告されています。この数字は、条件を満たした患者集団における長期生存の割合を示すものです。すべてのステージ4肺がん患者さんに同じ効果が期待できるという意味ではありません。

参考:Denault MH, Melosky B. Immunotherapy in the First-Line Setting in Wild-Type NSCLC(Current Oncology, 2021)(CC BY 4.0)

ALK阻害薬の長期生存データ

ALK融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺がんを対象としたCROWN試験の5年追跡では、ロルラチニブ群の5年無増悪生存率は60%、クリゾチニブ群では8%でした。これは「5年間、がんが進行せずに生存していた割合」を示したもので、5年全生存率や完治率ではありません。ALK融合遺伝子が確認された患者さんでは、遺伝子異常に応じた治療によって長く病気を抑えられる可能性があることを示すデータです。

参考:Lorlatinib Effective as Initial Treatment of ALK-Positive NSCLC|NCI

「治癒に近い状態」とは

では「治癒に近い状態」とは何を指すのでしょうか。医学的には明確な単一定義があるわけではありませんが、一般には、画像検査で病変が確認できない状態が長期間続く、治療後に再増悪なく生活できている、または限られた転移に対して薬物療法と局所治療を組み合わせ、長期間無病状態に近い経過をたどるような場合を指して使われることがあります。

特にオリゴ転移では、薬物療法に加えて原発巣や転移巣へ定位放射線治療や手術を行うことで、通常の全身治療だけでは得にくい長期コントロールを目指せるケースがあります。

病変が消えた=完治ではない

ここで注意したいのは「病変が消えた」「長く効いている」「5年以上生存している」という状態と「再発の可能性が完全になくなった」という意味での完治は同じではないという点です。

肺がんステージ4では、どれだけ治療がよく効いても、定期的な画像検査や血液検査を続けながら慎重に経過を見る必要があります。治療をやめられるか、どのタイミングで変更するか、どこまで局所治療を加えるかは、病状や治療反応によって個別に判断されます。

肺がんステージ4でも長生きできる可能性はある

この章で最も伝えたいことは「完治するかどうか」を二択で考えないことです。肺がんステージ4では、完治率を明確に示すことは難しい一方で、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、局所治療の組み合わせによって、5年以上生存する患者や、長期間病気を抑えながら生活する患者が実際に存在します。大切なのは、自分の肺がんに治療標的があるのか、免疫療法が期待できる状態なのか、転移が限られているのか、局所治療を組み合わせる余地があるのかを確認することです。

「完治できますか」という問いに対して、簡単に「できます」とは言えません。しかし「長く生きる可能性はありますか」「治癒に近い状態を目指せる場合はありますか」という問いであれば、条件によっては十分に検討できる時代になっています。

保険診療以外の選択肢 ― 自由診療や先進医療について

肺がんステージ4と診断され、標準治療について調べていくと、多くの患者さんが次に目にするのが「自由診療」や「先進医療」、「最新治療」といった言葉です。

「標準治療以外にも治療法はありますか」
「海外ではもっと新しい薬が使われているのでしょうか」
「自由診療なら治る可能性が高くなるのでしょうか」

こうした疑問を持つことは自然なことです。しかし、インターネット上には科学的根拠が十分ではない情報も少なくありません。治療の選択肢を広げるためにも、まずは「保険診療」「先進医療」「自由診療」「臨床試験」がそれぞれ何を意味するのかを理解しておくことが重要です。

標準治療とは

非小細胞肺がんのステージ4では、遺伝子異常やPD-L1発現、組織型、全身状態などに応じて、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、細胞障害性抗がん剤などの薬物療法が検討されます。

また、脳転移や骨転移などに対する放射線治療や、転移が限られている患者さんへの局所治療を組み合わせる場合もあります。標準治療とは、現時点で有効性と安全性に関する科学的根拠があり、専門家によって推奨される治療のことです。具体的な選択肢は肺がんの種類や患者さんの病状によって異なります。

参考:Non-Small Cell Lung Cancer Treatment(PDQ)|NCI

一方、標準治療だけが唯一の選択肢というわけではありません。例えば、新しい薬剤を評価する『治験(臨床試験)』があります。

治験(臨床試験)とは

治験とは、新しい薬剤や新しい治療方法が本当に有効で安全なのかを確認するために実施される臨床研究です。現在も肺がん領域では、次世代の分子標的薬、新しい免疫療法、抗体薬物複合体(ADC)、二重特異性抗体など、多くの治験が国内外で行われています。

標準治療が終了した患者さんや、現在使用できる薬剤が限られてきた患者さんにとっては、治験への参加が新たな選択肢になる場合があります。

もちろん、治験には参加条件があります。

治験の参加条件

遺伝子異常の種類、これまで受けた治療、全身状態、臓器機能など細かな基準が設定されており、希望すれば誰でも参加できるわけではありません。また、有効性を検証する段階の治療であるため、期待した効果が得られない可能性や未知の副作用が生じる可能性もあります。

それでも、現在標準治療となっている多くの薬剤も、過去には治験を経て実用化されてきました。特に肺がんは新薬開発が活発な分野であり、大学病院やがん診療連携拠点病院では継続的に新しい治験が行われています。

参考:研究段階の医療(臨床試験、治験など)基礎知識|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療とは

「自由診療」という言葉は非常に幅広い意味で使われています。自由診療とは、公的医療保険を使用せず、患者さんが治療費を全額自己負担する医療です。しかし「自由診療=最新治療」という意味ではありません。

実際には、自由診療の中には科学的根拠が十分に蓄積されている治療もあれば、有効性が十分に検証されていない治療も含まれています。そのため「保険適用ではないから最先端」「高額だから効果が高い」と考えることは適切ではありません。

例えば近年では、樹状細胞ワクチン療法、活性化リンパ球療法、がんペプチドワクチンなど、免疫細胞を利用した自由診療を提供する医療機関もあります。これらの治療については、研究が進められているものもありますが、現時点では肺がんステージ4に対する標準治療として推奨できる十分なエビデンスは確立されていません。薬剤の承認や比較試験によって有効性と安全性が確認された標準治療と同等の効果があると判断することはできません。

先進医療とは

また「先進医療」という言葉も誤解されやすい言葉です。先進医療とは、厚生労働省が定めた制度の一つであり、有効性や安全性を評価しながら保険診療との併用を認める医療技術を指します。一般に「最先端医療」と混同されることがありますが、自由診療とは制度上の位置付けが異なります。

現在、肺がんステージ4で検討される治療では、「先進医療」よりも、保険診療として承認された新薬や治験の方が現実的な選択肢となるケースが多くみられます。

参考:先進医療の概要について|厚生労働省

自由診療を検討する価値

では、自由診療を検討する価値はないのでしょうか。そのように一概には言えません。

標準治療が終了した後、新たな治療を希望する患者さんにとっては、自由診療が一つの選択肢になることもあります。ただし、その際には「この治療によってどの程度の効果が期待できるのか」「どのような論文や臨床試験があるのか」「副作用や費用はどの程度なのか」を十分に確認することが重要です。

特に数百万円単位の費用が必要となる治療では「最新だから」「海外で行われているから」という理由だけで判断するのではなく、客観的な医学的根拠を確認したうえで検討することが勧められます。

根拠のある治療の選択肢を増やすことが重要

近年は新しい治療法が次々と登場しています。その一方で、「新しい治療」と「効果が証明された治療」は必ずしも同じではありません。本当に患者さんに利益をもたらす治療かどうかは、大規模な臨床試験によって初めて評価されます。そのため、保険診療以外の選択肢を検討する場合も、標準治療を担当している主治医と十分に相談しながら判断することが大切です。

肺がんステージ4では「選択肢を増やすこと」と「根拠のある治療を選ぶこと」の両方が重要になります。焦って決断するのではなく、それぞれの治療のメリットと限界を理解したうえで、自分にとって納得できる治療を選択していくことが望まれます。

最新治療の現状 ― 肺がん治療はどこまで進歩するのか

肺がん治療は、この20年で最も大きく進歩したがん治療の一つといわれています。

かつては進行肺がんに対する治療といえば抗がん剤が中心であり、選択できる薬剤も限られていました。しかし現在では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって治療成績は大きく改善し、これまで治療が難しかった患者さんの中にも、数年間にわたって病気をコントロールできる人がいます。

そして現在も、新しい治療法の開発は世界中で続いています。新聞やインターネットでは「画期的新薬」「夢の新治療」といった見出しを目にすることがありますが、実際には研究段階のものから、すでに保険診療で使用できるものまで、その位置付けはさまざまです。最新治療を理解するには「すでに実用化されている治療」と「これから実用化が期待されている治療」を分けて考えることが重要です。

抗体薬物複合体(ADC)|承認済み薬と研究段階の薬

近年、肺がん治療で特に注目されているのが『抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate:ADC)』です。

抗体薬物複合体(ADC)とは

ADCは「抗体」と「抗がん剤」を組み合わせた薬剤です。

通常の抗がん剤は全身へ広く作用しますが、ADCはがん細胞の表面にある特定の分子を目印にして薬剤を運ぶため、より効率的にがん細胞を攻撃できる可能性があります。

トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)

抗HER2抗体薬物複合体のトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)は、日本で2023年8月に「がん化学療法後に増悪したHER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」に対する効能・効果が追加承認されました。さらに、2026年3月には「HER2陽性の進行・再発の固形がん(標準的な治療が困難な場合に限る)」への効能・効果も追加されています。HER2遺伝子変異、遺伝子増幅、タンパク質発現は同じ検査結果ではなく、承認された適応と使用条件を確認する必要があります。未治療のステージ4肺がん全体に一律に使用できる薬ではありません。

抗体薬物複合体は抗体と細胞障害性薬剤を組み合わせた治療法ですが、副作用がないわけではありません。エンハーツでは、重篤な間質性肺疾患が起こる可能性があるため、投与中の息切れ、咳、発熱などの症状には特に注意が必要です。

参考:エンハーツ点滴静注用100mg 医療用医薬品情報(2026年3月改訂を含む)|PMDA、2026年3月2日 薬事審議会医薬品第二部会議事録|厚生労働省

パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd)

HER3を標的とする抗体薬物複合体(ADC)として、パトリツマブ デルクステカン(HER3-DXd)の臨床開発が進められてきました。この薬剤は、特にEGFR遺伝子変異陽性の進行非小細胞肺がんを対象として、複数の臨床試験で検討されています。

ただし、2026年10月時点で、HER3-DXdは日本において肺がんに対する承認済みの標準治療薬ではありません。研究段階の薬剤については、臨床試験で有効性が検討されていることと、通常の保険診療で使用できることを区別する必要があります。

臨床試験の実施状況や参加条件は試験ごとに異なります。新しい薬剤を検討する際は、承認状況と治験の募集状況を確認し、担当医と相談することが大切です。

参考:HERTHENA-Lung01 臨床試験情報|米国国立がん研究所(NCI)、HERTHENA-Lung02 治験登録情報|厚生労働省 臨床研究情報ポータルサイト

「治療標的がない肺がん」を減らす研究も進んでいる

以前は、EGFRやALKなどの遺伝子異常が見つからない肺がんでは、治療の選択肢が限られていました。しかし近年は、KRAS G12C変異、MET exon14 skipping変異、RET融合遺伝子、NTRK融合遺伝子など、新たな治療標的が次々に見つかっています。

つまり「遺伝子異常がない肺がん」が減っているのではなく、「これまで見つけられなかった遺伝子異常を検出できるようになった」と考える方が正確です。そのため現在では、一度の検査で数十種類以上の遺伝子異常を同時に調べる『がん遺伝子パネル検査(NGS)』が広く利用されるようになりました。

今後さらに新しい標的薬が承認されれば、「使える薬がない」と考えられていた患者にも、新しい治療選択肢が生まれる可能性があります。

リキッドバイオプシーは治療を変える可能性がある

肺がん治療では、リキッドバイオプシーも急速に普及し始めています。従来は、遺伝子異常を調べるためには肺や転移巣から組織を採取する必要がありました。しかし、病変の場所によっては生検が難しいこともあり、患者さんへの負担も少なくありませんでした。

リキッドバイオプシーでは、採血によって血液中に流れている腫瘍由来DNA(ctDNA)を解析し、遺伝子異常を調べます。

もちろん、すべての遺伝子異常を血液だけで検出できるわけではありませんが、組織生検が難しい患者や、分子標的薬が効かなくなった原因を調べる場面では、すでに実臨床でも重要な役割を担っています。今後さらに解析技術が進歩すれば、再発をより早く発見したり、薬剤耐性を早期に把握したりできる可能性も期待されています。

参考:リキッドバイオプシー活用でがんの克服目指す|国立がん研究センター

免疫療法も次の世代へ進んでいる

免疫チェックポイント阻害薬は、現在の肺がん治療を支える重要な柱となりました。しかし研究はそれで終わりではありません。現在は、PD-1やPD-L1だけではなく、TIGITやLAG-3など、別の免疫チェックポイント分子を標的とした薬剤の開発が進められています。

また、一種類の免疫療法だけではなく、複数の免疫療法を組み合わせたり、ADCや分子標的薬と組み合わせたりすることで、より高い治療効果を目指す研究も行われています。「免疫療法が効かなかったら終わり」ではなく、その次の治療戦略が次々と開発されていることも、現在の肺がん研究の特徴です。

AIやゲノム医療も治療選択を支えている

最新治療というと新薬に目が向きがちですが、診断技術も急速に進歩しています。AIを活用した画像診断支援では、CT画像から小さな肺結節を検出したり、病変の性質を評価したりする研究が進んでいます。

また、ゲノム医療の発展によって、一人ひとりの遺伝子異常や薬剤耐性を詳しく解析し、その患者に最も適した治療を選択する「個別化医療」も急速に進歩しています。将来的には、AIとゲノム解析を組み合わせることで、現在よりさらに精度の高い治療選択が可能になると期待されています。

「最新治療」という言葉だけで判断しないことが大切

ここまで見ると「最新治療なら標準治療より優れている」と感じる人もいるかもしれません。しかし、そう単純ではありません。現在研究が進められている治療の中には、将来標準治療になる可能性があるものもありますが、途中で十分な効果が確認できず開発が中止される薬剤もあります。

新しい治療という理由だけで選択するのではなく、臨床試験でどの段階まで有効性が確認されているのか、日本で承認されているのか、自分の肺がんに適応があるのか、を確認することが重要です。

肺がん治療は今もなお進歩を続けています。数年前には存在しなかった薬剤が標準治療となり、これまで治療が難しかった患者に新しい選択肢をもたらしています。だからこそ、治療を続ける中で新しい薬剤や治験の情報を定期的に確認し、その時点で利用できる選択肢を主治医と相談しながら考えていくことが、これからの肺がん診療ではますます重要になるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 肺がんステージ4でも仕事を続けることはできますか?

可能です。

実際に、仕事を続けながら外来で治療を受けている患者さんは少なくありません。特に分子標的薬は内服治療が中心であり、体調が安定していれば普段どおりの生活を送れるケースもあります。また、免疫チェックポイント阻害薬も数週間ごとの通院で治療を継続できるため、働きながら治療を受けている患者さんもいます。

一方で、抗がん剤では治療直後に倦怠感や食欲低下が強く出ることがあり、仕事内容によっては勤務時間の調整や休職が必要になる場合もあります。大切なのは「仕事を続けるか辞めるか」を診断直後に決めてしまわないことです。現在は治療法によって生活への影響が大きく異なるため、まずは治療を開始し、副作用や体調の変化を見ながら働き方を調整するという考え方が一般的になっています。

Q2. 肺がんステージ4でも旅行はできますか?

体調が安定していれば旅行そのものは禁止されていません。治療の合間を利用して旅行を楽しんでいる患者さんもいます。ただし、旅行を計画する際には、次回の治療日程や血液検査の予定を確認し、主治医へ相談しておくことが大切です。また免疫療法中や抗がん剤治療中は感染症へ注意が必要になることもあります。

飛行機を利用する場合は、呼吸機能が低下している患者さんや在宅酸素療法を受けている患者さんでは事前の手続きが必要になることもあります。「安全に旅行するには何に注意すればよいか」という視点で考えることが重要です。

Q3. 食事だけで肺がんステージ4は改善しますか?

現在の医学では、特定の食品や食事療法だけで肺がんステージ4が改善することを示した信頼できる科学的根拠はありません。インターネットでは「○○を食べればがんが消える」「糖質制限で治る」といった情報も見られますが、これらを標準治療の代わりに行うことは推奨されません。

一方で、十分な栄養を維持することは非常に重要です。体重減少や筋力低下は治療継続にも影響するため、食べられるものを無理なく摂取し、必要に応じて管理栄養士の支援を受けることが勧められます。

Q4. サプリメントや健康食品は飲んでもよいのでしょうか?

一概に「飲んではいけない」というわけではありません。しかし、一部のサプリメントは抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の効果へ影響を与える可能性が指摘されています。

また「がんに効く」と宣伝されている健康食品の多くは、十分な臨床試験によって有効性が証明されているわけではありません。新しいサプリメントや健康食品を始める前には、必ず主治医や薬剤師へ相談することが勧められます。

Q5. 禁煙することで治療効果は変わりますか?

はい。肺がんステージ4であっても、禁煙することには大きな意味があります。「もう肺がんになったのだから、今さら禁煙しても意味はない」と思われる方もいますが、そのようなことはありません。

喫煙を続けると、肺や気管支の炎症が続き、肺炎などの合併症が起こりやすくなるほか、手術や放射線治療、薬物療法を予定どおり継続できなくなる可能性があります。診断後に禁煙した患者では、生存期間の延長や治療成績の改善が期待できることも報告されています。

禁煙によって肺がんそのものが治るわけではありませんが、治療を受けやすい体を維持し、治療効果を最大限に引き出すための重要な取り組みと考えられています。禁煙が難しい場合は、一人で抱え込まず主治医や禁煙外来へ相談するとよいでしょう。

Q6. セカンドオピニオンは受けた方がよいのでしょうか?

治療方針に疑問や不安がある場合には、有効な選択肢の一つです。セカンドオピニオンを受けたからといって、必ず転院しなければならないわけではありません。特に肺がんでは、遺伝子パネル検査の適応、治験への参加可能性、新しい薬剤の使用経験など、医療機関によって対応できる内容が異なることがあります。

現在の治療方針を確認する目的でも利用できるため、不安がある場合は遠慮せず相談してみるとよいでしょう。

Q7. 肺がんステージ4は家族へ遺伝しますか?

肺がんの多くは遺伝性ではありません。喫煙や加齢、環境要因など、さまざまな要因が重なって発症すると考えられています。一方で、ごく一部には遺伝性腫瘍症候群との関連が疑われるケースもありますが、肺がん全体から見ると非常にまれです。

治療で調べるEGFR遺伝子変異などは「がん細胞に生じた変化」であり、通常は家族へ遺伝するものではありません。家族内に肺がん患者がいるからといって、必ず同じ病気になるわけではありませんが、喫煙を避けることや定期的な健康診断を受けることは予防の観点から重要です。

Q8. 肺がんステージ4では、どの病院を選べばよいのでしょうか?

最も確実なのは「肺がん診療の経験が豊富で、多職種による診療体制が整っている医療機関」を選ぶことです。がん遺伝子パネル検査、放射線治療、呼吸器外科、呼吸器内科、病理診断、緩和ケアなどが連携している施設では、一人の医師だけではなく、複数の専門家が治療方針を検討するカンファレンスが行われることも少なくありません。

治験へ参加できる可能性や、新しい治療薬へのアクセスという点でも、がん診療連携拠点病院や大学病院が選択肢になることがあります。現在通院している病院だけで判断せず、必要に応じてセカンドオピニオンを活用しながら、自分が納得できる医療機関を選ぶことが大切です。

Q9. 肺がんステージ4でも希望を持ってよいのでしょうか?

「希望を持ってください」という言葉だけでは、不安を抱えている患者さんの助けにはならないかもしれません。一方で「ステージ4だから何もできない」という考え方も、現在の医学とは一致しません。

本記事で紹介してきたように、肺がん治療はこの十数年で大きく進歩しました。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬によって、長期間病気をコントロールしながら生活している患者さんも増えています。さらに、新しい薬剤や新しい治療法の研究も世界中で続けられています。

もちろん、治療効果には個人差があります。しかし「ステージ4」という診断だけで将来を決めつける必要はありません。まずは自分の肺がんの特徴を正しく知り、現在受けられる治療や今後の選択肢について主治医と十分に話し合うことが、納得できる治療への第一歩になります。

肺がんステージ4と向き合うために大切なこと

肺がんステージ4と診断されると、多くの患者さんやご家族は「もう治療法はないのではないか」「余命はどれくらいなのか」と大きな不安を抱えます。しかし、本記事で見てきたように、現在の肺がん治療は大きく進歩しています。

分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、放射線治療、支持療法などを組み合わせることで、病気を長期間コントロールしながら生活を続けている患者さんも少なくありません。ステージ4という診断だけで将来が決まる時代ではなくなり、一人ひとりの遺伝子異常や全身状態、治療への反応に応じて、治療方針を柔軟に組み立てる時代へ変わっています。

一方で、現在受けている標準治療が期待したような効果を示さないこともあります。分子標的薬では耐性が生じることがありますし、免疫チェックポイント阻害薬や抗がん剤も、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。しかし、それは「そこで治療が終わる」という意味ではありません。

現在の肺がん診療では、薬剤耐性が確認された場合には別の薬剤への切り替えを検討し、新たな遺伝子異常が見つかれば、それに対応した分子標的薬が選択できる場合もあります。病状によっては局所治療を追加したり、治験への参加を検討したりすることも選択肢になります。現在の治療だけで将来を判断するのではなく「次にどのような選択肢があるのか」という視点を持つことが大切です。

疑問や不安があれば一人で抱え込まず、主治医へ相談し、必要に応じてセカンドオピニオンを利用することも検討しましょう。現在の治療方針を確認するだけでも、新しい選択肢が見つかったり、今の治療に安心して取り組めたりすることがあります。

肺がんステージ4は決して簡単ながんではありません。しかし、「何もできない病気」でもありません。現在は、患者さん一人ひとりの病状に合わせて治療を組み合わせ、病気をコントロールしながら生活の質を維持することを目指せる時代になっています。そして医学は今も進歩を続けており、新しい薬剤や治療法が次々と実用化されています。

この記事が、肺がんステージ4という診断と向き合う患者さんやご家族にとって、病気を正しく理解し、数ある情報の中から自分に合った治療を考えるための一助となれば幸いです。