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がん治療 2026.7.29

乳がんステージ4でも治療はできる?生存率・余命・完治の可能性について解説

乳がんステージ4でも治療はできる?生存率や余命、完治の可能性や最新治療について

乳がんは、日本で年間10万人を超える人が新たに診断されているがんです。国立がん研究センターの統計によると、2023年には乳がんと診断された人が10万3,424人、そのうち女性は10万2,592人でした。また、2024年には1万6,005人が乳がんによって亡くなっています。女性にとって罹患する機会が多く、決して珍しい病気ではありません。

乳がんステージ4と診断されると「もう治療できないのではないか」「どのくらい生きられるのか」「完治する可能性はあるのか」と、不安を感じる人は少なくありません。ステージ4は、乳房やその周囲のリンパ節だけでなく、骨、肺、肝臓、脳など離れた場所へがんが広がった状態です。一般に根治は難しく、薬物療法によって病気の進行を抑えながら、症状を和らげ、できるだけ長く日常生活を保つことが治療の中心になります。

乳がん全体の5年相対生存率は92.3%ですが、この数字には早期に発見された患者さんが多く含まれています。遠隔転移のあるステージ4に限ると、2014~2015年に診断された患者さんの5年生存率は39.8%でした。ただし、39.8%という数字をそのまま個人の余命と考えることはできません。

乳がんステージ4には、骨だけに転移している人、肝臓や肺など複数の臓器へ転移している人、初めて乳がんと診断された時点で転移が見つかった人、過去の治療後に再発した人が含まれます。さらに、ホルモン受容体陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといったサブタイプによって、使用できる薬や治療成績も大きく異なります。

近年は、内分泌療法や抗HER2薬に加え、分子標的薬、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などの選択肢が増えています。一般には薬物療法によって病気の進行を抑え、症状を和らげながら生活を維持することが治療の中心ですが、サブタイプや転移部位に合った治療によって、長期間病気をコントロールできる患者さんもいます。

この記事では、乳がんステージ4とはどのような状態なのかを整理したうえで、サブタイプ別の薬物療法、骨・肺・肝臓・脳への転移に対する治療、生存率や余命の受け止め方、完治の可能性について解説します。統計の数字だけで将来を決めつけず、自分の病状に合った治療を考えるための参考にしてください。

参考:がん種別統計情報 乳房|国立がん研究センター がん情報サービス

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  • 乳がんステージ4では、サブタイプに合った薬物療法が治療の中心
  • 骨、肺、肝臓、脳など、転移した部位によって症状と治療が異なる
  • 乳がんステージ4の5年生存率は39.8%(国立がん研究センター 2024~2015年診断例)

目次

乳がんステージ4とは

乳がんステージ4とは、がん細胞が乳房や周囲のリンパ節を越え、骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器へ転移している状態です。医学的には「遠隔転移がある乳がん」とされ、乳房内の腫瘍の大きさや腋窩リンパ節転移の数にかかわらず、遠隔転移が確認されればステージ4に分類されます。

転移先にできた腫瘍は、転移した臓器そのもののがんではありません。たとえば、乳がんが骨へ転移した場合も「骨がん」ではなく、乳がん細胞による骨転移として扱います。そのため、治療を選ぶ際には、転移した臓器だけでなく、乳がんのホルモン受容体やHER2などの性質を確認する必要があります。

初めて診断された時点で転移がある場合と、治療後に再発する場合

乳がんステージ4には、最初に乳がんと診断された時点ですでに遠隔転移が見つかっている場合と、早期または局所進行乳がんの治療後に遠隔転移が見つかる場合があります。

前者は「初発ステージ4乳がん」、後者は「遠隔再発乳がん」や「転移再発乳がん」と呼ばれます。どちらも遠隔転移を伴う乳がんですが、これまで受けた治療や病気の経過が異なるため、治療の組み立ても同じではありません。

初発ステージ4では、これまで乳がんに対する薬物療法を受けていないことが多く、現在のサブタイプや転移の広がりを確認して、最初の治療を選びます。一方、再発乳がんでは、過去に使用した抗がん剤、内分泌療法、抗HER2薬、手術や放射線治療の内容が、次の治療選択に影響します。

再発までの期間も重要です。治療終了から長い期間がたって再発した場合と、治療中または治療終了後の早い段階で再発した場合とでは、同じ薬を再び使用できる可能性や、薬への抵抗性の考え方が異なります。

なお、早期乳がんとして治療を受けた後に遠隔転移が見つかっても、最初に診断された病期そのものを書き換えるというより、診療上は「再発・転移乳がん」として現在の病状を評価します。再発時には、転移部位、過去の治療歴、現在のサブタイプを改めて確認し、新たな治療方針を決めます。

乳がんが転移しやすい主な部位

乳がんの遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などにみられます。転移した場所によって現れやすい症状や緊急性が異なるため、「転移があるか」だけでなく、どこに、どの程度広がっているのかを確認することが大切です。

骨転移

骨転移は乳がんで比較的よくみられる転移の一つです。背中、腰、骨盤、肋骨、腕や脚などに持続する痛みが現れることがあります。骨が弱くなると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。

脊椎への転移によって神経が圧迫されると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。こうした症状は脊髄圧迫の可能性があるため、次の診察日を待たずに医療機関へ連絡する必要があります。

骨転移があっても、すぐに生命へ影響するとは限りません。薬物療法、骨を保護する薬、放射線治療などによって、痛みや骨折リスクを抑えながら長期間生活できる患者さんもいます。

肺・胸膜転移

肺転移では、病変が小さいうちは症状がないこともあります。病気が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れる場合があります。

肺を覆う胸膜へ転移して胸水がたまると、肺が十分に広がりにくくなり、息苦しさが強くなることがあります。症状がある場合には、薬物療法だけでなく、胸水を抜く処置や、胸水が再びたまりにくくする治療を検討します。

肝転移

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には自覚症状がみられないことがあります。病変が増えると、右上腹部の違和感、食欲低下、強い倦怠感、黄疸、腹水などが現れる場合があります。

肝機能が急速に低下している場合には、臓器の機能を守るため、腫瘍を早く縮小させる治療が必要になることがあります。治療の選択では、サブタイプだけでなく、肝機能や全身状態も重視されます。

脳転移

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉が出にくい、物が二重に見える、性格や意識状態の変化などが現れることがあります。

症状の出方は病変の場所によって異なります。新しい神経症状が現れた場合には、脳MRIなどで確認し、必要に応じて手術、定位放射線治療、全脳照射、薬物療法を組み合わせます。

皮膚や遠隔リンパ節への転移

乳房や胸壁の皮膚に、硬いしこり、赤み、潰瘍、出血、浸出液などが現れることがあります。鎖骨周囲や首、胸の内部、腹部など、乳房から離れたリンパ節へ転移する場合もあります。

皮膚病変は痛みや出血だけでなく、臭いや衣服の汚れによって外出や人との交流へ影響することがあります。薬物療法に加え、放射線治療や創傷ケアによって症状の軽減を目指します。

治療の順序

同じステージ4でも、病気の進み方には大きな幅があります。骨に限られた転移がゆっくり進行している患者さんと、肝臓や肺の機能が短期間で悪化している患者さんでは、治療の緊急性が異なります。

治療方針を決める際には、転移している臓器と病変の数、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓、肺、骨髄などの機能、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、過去に受けた治療とその効果、現在の日常生活と体力、本人が治療で優先したいことを総合して確認します。

とくに、肝臓や肺など生命維持に関わる臓器の機能が急速に悪化している場合には、一般的な治療の順序よりも、腫瘍を早く縮小させることを優先する場合があります。反対に、病気の進行が比較的緩やかで症状も少なければ、副作用を抑えながら長く続けられる治療を選択しやすくなります。

原発巣と転移巣のサブタイプ

乳がんでは、最初に乳房から採取したがん細胞と、後から見つかった転移巣とで、ホルモン受容体やHER2の検査結果が異なることがあります。

たとえば、以前はホルモン受容体陽性だった乳がんが、再発時には陰性となる場合や、HER2の評価が変わる場合があります。過去の病理結果だけで治療を決めると、現在の病気に合わない薬を選んでしまう可能性があるためです。

安全に採取できる転移巣があれば、再び組織を採取して現在のサブタイプを確認することがあります。再生検が難しい場合には、以前の病理結果、画像検査、病気の経過、血液を使った遺伝子検査などを組み合わせて判断します。転移性乳がんでは診断時の評価と治療方針を患者さんと共有して決めることが重視されています。

乳がんステージ4は、遠隔転移があるという共通点はあっても、転移部位、サブタイプ、過去の治療、病気の進行速度によって状態が大きく異なります。そのため、ステージ4という名称だけで治療内容や余命を判断することはできません。

乳がんステージ4でも治療を行う理由

乳がんステージ4は、一般に手術だけで病気をすべて取り除くことが難しい状態です。それでも治療を行うのは、がんの進行を抑えることで、生存期間を延ばし、痛みや息苦しさなどの症状を軽減しながら、日常生活をできるだけ長く保てる可能性があるためです。

治療の中心となるのは、乳房だけでなく全身のがん細胞へ作用する薬物療法です。ホルモン受容体やHER2などの性質に応じて、内分泌療法、分子標的薬、抗HER2薬、抗がん剤、抗体薬物複合体、免疫チェックポイント阻害薬などを選びます。治療の効果が弱くなった場合には、病状やそれまでの治療歴を確認し、作用の異なる薬へ切り替えることがあります。

治療の中心は病気の進行をできるだけ長く抑えること

ステージ4では、画像で確認できる病変が複数の臓器に存在していることがあります。乳房や一つの転移巣だけを手術で取り除いても、ほかの場所に残っているがん細胞へは十分に対応できません。そのため、まずは全身に作用する薬物療法によって、病変全体を抑えることが基本になります。

治療によって腫瘍が小さくなる場合もあれば、大きさはあまり変わらなくても、一定期間進行せずに保たれる場合もあります。ステージ4の治療では、腫瘍を完全に消すことだけが効果ではありません。病気が広がる速度を遅らせ、臓器の機能を守りながら、次の治療へつなげることにも大きな意味があります。

乳がんでは、最初に使用した薬が効かなくなっても、別の仕組みを持つ薬へ変更できることがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんやHER2陽性乳がんでは、複数の治療を順番に使いながら、長期に病気をコントロールできる患者さんもいます。ただし、どの薬がどの程度効くかには個人差があり、サブタイプ、転移部位、過去の治療、全身状態によって治療の見通しは異なります。

症状を和らげ臓器の機能を守る

治療の目的は、生存期間を延ばすことだけではありません。骨転移による痛みや骨折、肺・胸膜転移による息苦しさ、肝転移による倦怠感や黄疸、脳転移による頭痛や麻痺などを抑えることも重要です。

たとえば、骨転移に対する放射線治療は、病変を完全に取り除くためではなく、痛みを軽くし、骨折や脊髄圧迫の危険を減らす目的で行われることがあります。胸水がたまって呼吸が苦しい場合には、胸水を抜く処置によって症状の改善を目指します。脳転移では、病変の数や大きさに応じて、手術や定位放射線治療、全脳照射などを組み合わせます。

このような治療は、がん全体を治すものではなくても、食事、睡眠、移動、仕事などの日常生活を保つうえで重要です。症状が強くなってから対応するより、軽い段階で医療者へ伝えた方が、重症化を防ぎやすい場合があります。

目標は日常生活を保ちながら治療を続けること

乳がんステージ4の治療は、数か月ではなく、年単位で続くことがあります。そのため、腫瘍を抑える効果だけでなく、副作用や通院頻度が生活へ与える影響も考えなければなりません。

効果が高い治療でも、強い倦怠感、下痢、白血球減少、しびれなどによって日常生活が大きく制限される場合があります。反対に、腫瘍を急速に縮小させる必要がない状況では、副作用が比較的少なく、長く続けやすい治療が選ばれることもあります。

治療方針を決める際には、次のような希望も医師へ伝えることが大切です。

  • 仕事や育児をできるだけ続けたい
  • 通院回数を減らしたい
  • 脱毛やしびれの影響を抑えたい
  • 痛みや息苦しさを優先して改善したい
  • 腫瘍を早く小さくする治療を希望したい

医学的に使用できる治療が複数ある場合には、治療効果だけでなく、患者さんが何を大切にしたいかも選択に影響します。転移性乳がんの診療では、医療者が一方的に治療を決めるのではなく、効果、副作用、通院方法、生活上の希望について話し合いながら方針を決めることが重視されています。

参考:患者さんのための乳がん診療ガイドライン|一般社団法人日本乳癌学会

手術や放射線治療を追加する場合

乳がんステージ4では薬物療法が中心ですが、手術や放射線治療を行わないわけではありません。乳房の腫瘍による出血、痛み、潰瘍、感染などがある場合には、症状を抑えるために手術や放射線治療を検討することがあります。

転移が一つまたは少数に限られている場合には、転移巣へ手術や定位放射線治療を行うこともあります。このような状態はオリゴ転移と呼ばれることがありますが、局所治療によってすべての患者さんが完治できるとは確立されていません。サブタイプ、病変の数や位置、ほかの部位への広がり、薬物療法への反応などを確認し、選択された患者さんで検討されます。

診断時から乳房の腫瘍と遠隔転移がある患者さんに対して、乳房の手術を先に行えば生存期間が延びるとは限りません。原発巣による強い症状がなければ、全身の病気へ作用する薬物療法を優先することが一般的です。乳房の手術を行うかどうかは、症状、薬物療法の効果、転移の状態を踏まえて個別に判断します。

緩和ケアや支持療法も治療の一部

緩和ケアは、抗がん治療を終了した後だけに受ける医療ではありません。乳がんと診断された時点から、薬物療法や放射線治療と並行して受けることができます。国立がん研究センターも、乳がんでは診断時から心身のつらさを和らげる緩和ケアや支持療法を利用できると説明しています。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みや吐き気、しびれ、食欲低下などへの対応だけでなく、不安、不眠、仕事、治療費、家族との関係も相談の対象です。副作用を我慢して体力を失うと、予定していた治療を続けられなくなることがあります。早い段階から症状を伝え、薬の量や治療間隔を調整することは、治療を長く続けるためにも重要です。

乳がんステージ4の治療では、がんを小さくすること、生存期間を延ばすこと、症状を和らげること、日常生活を守ることを同時に考えます。どれを優先するかは、病状によっても患者さんの希望によっても変わります。一度決めた目標が固定されるわけではなく、治療効果や体調の変化に応じて見直していきます。

乳がんステージ4の治療方針を決める検査

乳がんステージ4の検査では、単に「転移があるか」を確認するだけではありません。治療方針を決めるためには、主に次の3点を明らかにする必要があります。

1つ目は、がんがどの臓器へ、どの程度広がっているか。2つ目は、現在のがん細胞がホルモン受容体やHER2など、どのような性質を持っているか。3つ目は、肝臓や腎臓、骨髄などが治療に耐えられる状態かという点です。

乳がんでは、同じステージ4でもサブタイプや遺伝子の特徴によって使用できる薬が大きく変わります。そのため、画像検査だけでなく病理検査やバイオマーカー検査の結果が治療選択の中心になります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

画像検査の目的

乳がんの遠隔転移を調べる際には、造影CT検査が基本的な画像検査の一つになります。胸部や腹部などを撮影し、肺、胸膜、肝臓、リンパ節、骨などに病変がないかを確認します。

骨の痛みがある場合や骨転移が疑われる場合には、骨シンチグラフィー、CT、MRI、PET-CTなどを使用します。脊椎転移による脊髄圧迫が疑われるときにはMRIが重要です。足に力が入りにくい、急に歩きにくくなった、排尿や排便が難しくなったといった症状がある場合は、画像検査を急ぐ必要があります。

脳転移が疑われる場合には、造影MRIを行います。新しく現れた頭痛、けいれん、手足の麻痺、言葉の出にくさ、視覚の異常などが検査のきっかけになります。脳転移の症状がない患者さん全員へ、同じ頻度で脳MRIを行うわけではありません。サブタイプ、病状、症状などを踏まえて必要性を判断します。

PET-CTは全身の病変を確認するのに役立つことがありますが、すべての患者さんに必ず必要な検査ではありません。CTやMRIだけでは病変の性質を判断しにくい場合や、局所治療を検討するために全身の病変を詳しく確認したい場合など、検査の目的に応じて選択されます。

血液検査で分かること

血液検査では、白血球、赤血球、血小板などの血球数に加え、肝機能、腎機能、カルシウム値などを確認します。これらの数値は、病気が臓器へ与えている影響を調べるだけでなく、どの薬をどの程度の量で使用できるかを判断する材料になります。

たとえば、肝転移によって肝機能が低下している場合には、薬の種類や投与量を調整しなければならないことがあります。骨髄への転移や過去の治療の影響で血球数が低下していれば、治療を開始する前に原因を確認し、必要に応じて治療内容を変更します。

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。治療中に数値が低下すれば効果を考える参考になり、上昇が続けば病状の変化を疑う材料になります。ただし、腫瘍マーカーだけで治療効果や病気の進行を判断することはできません。がんが進行していても数値が上がらない患者さんがいる一方、がん以外の理由で上昇することもあるため、画像検査、症状、診察結果と併せて判断する必要があります。

転移巣の再生検でがんの性質を確認

過去に乳がんの手術を受け、その後に骨や肝臓、肺などの病変が見つかった場合には、可能であれば転移巣の一部を採取して病理検査を行います。これを再生検といいます。

再生検には、見つかった病変が本当に乳がんの転移なのかを確かめる意味があります。乳がんの治療後に別の臓器へ腫瘍が見つかっても、必ずしもすべてが乳がんの転移とは限らないためです。

もう一つの重要な目的は、現在のホルモン受容体とHER2の状態を調べ直すことです。乳がんは治療や時間の経過によって性質が変化することがあり、原発巣と転移巣で検査結果が一致しない場合があり、過去の病理結果だけをもとに治療すると、現在のがんに合わない薬を選んでしまう可能性があります。そのため、安全に組織を採取できる病変があれば、転移巣の再生検が検討されます。

ただし、脳や肺の奥深くなど、組織を採取する危険性が高い病変に無理な生検を行うわけではありません。骨転移では、組織の処理方法によって検査結果へ影響が出ることもあります。生検によって得られる情報と、出血や痛みなどの負担を比較して判断します。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

ホルモン受容体とHER2が治療の分かれ道

乳がんでは、採取した組織を使って、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2などを調べます。この結果によって、治療は大きく分かれます。

検査項目 検査で分かること 主な治療上の意味
ER・PgR 女性ホルモンの影響を受けて増殖するか 陽性なら内分泌療法が治療の中心になる
HER2 がん細胞がHER2をどの程度持つか 陽性なら抗HER2療法を検討する
Ki-67 細胞が増殖している程度 増殖の速さを考える参考にする
HER2の低発現 HER2陽性ではないものの、
少量のHER2が確認されるか
条件により一部の抗体薬物複合体の対象になる
PD-L1 免疫療法が効く可能性を判断する目印 主にトリプルネガティブ乳がんで治療選択に使う

ERまたはPgRのどちらかが陽性であれば、ホルモン受容体陽性乳がんとして内分泌療法を検討します。HER2陽性であれば、HER2を標的とする薬が治療の中心になります。ER、PgR、HER2がいずれも陰性の場合は、トリプルネガティブ乳がんに分類されます。

Ki-67は、がん細胞がどの程度活発に増殖しているかを示す参考値です。ただし、測定方法や評価のばらつきがあり、すべての患者さんに共通する明確な境界値があるわけではありません。Ki-67だけで抗がん剤の必要性や病気の進行速度を決めるのではなく、サブタイプ、転移部位、症状などと併せて判断します。

参考:ESMO「Clinical Practice Guidelines: Breast Cancer」

HER2検査

HER2検査では、まず免疫染色と呼ばれる方法で、がん細胞の表面にHER2タンパクがどの程度あるかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+で判断がつかない場合には、HER2遺伝子の増加を確認する追加検査を行います。

従来は、抗HER2療法を使える「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に大きく分けていました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、少量のHER2が確認されるHER2-lowやHER2-ultralowという評価が、一部の抗体薬物複合体を使用できるかどうかの判断に関係します。

ただし、HER2-lowは、ホルモン受容体陽性やトリプルネガティブと同じ意味での独立した病気の分類とは限りません。HER2の発現量を治療選択へ結び付けるための考え方であり、検査時期や採取した組織によって評価が変わることもあります。過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ書かれている場合には、IHCの具体的な点数を確認することがあります。

遺伝子やバイオマーカー検査

ステージ4乳がんでは、ホルモン受容体とHER2以外の検査結果が、二次治療以降の薬剤選択に関わることがあります。ただし、すべての検査を診断時に一度に行うわけではありません。サブタイプ、これまで受けた治療、病気が進行した時期に合わせて追加します。

検査する主な項目 主に関係する乳がん 治療上の意味
BRCA1・BRCA2 HER2陰性乳がんなど PARP阻害薬の候補になるかを判断する
PIK3CA・AKT1・PTEN HR陽性・HER2陰性 PI3K/AKT経路を標的とする治療の候補を判断する
ESR1 HR陽性・HER2陰性 内分泌療法への耐性と、次の内分泌治療を考える
PD-L1 トリプルネガティブ 免疫チェックポイント阻害薬の対象を判断する
NTRK融合遺伝子など サブタイプを問わず一部の患者 がん種を越えた分子標的薬の候補になる場合がある

BRCA1・BRCA2の検査には、がん細胞だけに起きた変化を調べる検査と、生まれつき持っている変化を血液などから調べる遺伝学的検査があります。生まれつきの病的な変化が見つかった場合には、本人の治療選択だけでなく、血縁者の乳がんや卵巣がんなどのリスクにも関係する可能性があります。そのため、検査前後に遺伝カウンセリングを提案されることがあります。

ESR1やPIK3CAなどの検査は、同じホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの中から、特定の治療が適する患者さんを見つける目的で行います。検査結果が陽性でも、すぐにその薬を使用するとは限りません。過去の治療内容、病気の進行状況、日本での承認条件などを確認して治療の順番を決めます。

参考:National Cancer Institute「BRCA Gene Changes: Cancer Risk and Genetic Testing」

血液を使った遺伝子検査(リキッドバイオプシー)

遺伝子変化を調べる方法には、転移巣から採取した組織を使う方法のほか、血液中へ流れ出したがん由来のDNAを調べる方法があります。後者はリキッドバイオプシーctDNA検査と呼ばれます。

採血だけで行えるため、転移巣の組織を採取しにくい場合や、治療中に新しく生じた遺伝子変化を調べたい場合に役立つことがあります。ESR1やPIK3CAなど、治療標的となる変化を探す目的で使用される場合があります。

一方、血液中へ十分ながん由来DNAが出ていない患者さんでは、実際には遺伝子変化があっても検出できないことがあります。血液検査で「変異なし」と判定されても、がん細胞に変異が存在しないと断定はできません。治療選択に重要な検査が陰性だった場合には、保存されている組織や新たに採取した組織で調べ直すことがあります。

がん遺伝子パネル検査の役割

がん遺伝子パネル検査は、多数の遺伝子を一度に調べ、治療につながる変化がないかを探す検査です。ER、PgR、HER2など、乳がんの治療開始前に行う基本的な検査とは役割が異なります。

標準治療の選択肢が少なくなった場合や、希少な遺伝子変化に対応する薬や治験を探す場合に検討されます。ただし、検査を受けても、治療へ直接つながる遺伝子変化が必ず見つかるわけではありません。候補となる薬が見つかっても、日本では未承認であったり、治験の参加条件に合わなかったりすることがあります。

そのため、検査を受ける前に、結果が出るまでの期間、自己負担、治療へつながる可能性、遺伝性腫瘍に関する情報が見つかる可能性について説明を受けます。

治療前に心臓や全身状態も確認

検査はがんの性質を調べるためだけに行うものではありません。治療による負担に体が耐えられるかを確認することも必要です。

抗HER2薬など、心臓の機能へ影響する可能性のある薬を使用する場合には、心臓超音波検査などで心機能を確認します。抗がん剤では血球数、肝機能、腎機能を確認し、骨を保護する薬を使用する場合には腎機能や歯の状態も確認します。

また、閉経前か閉経後かによって、ホルモン受容体陽性乳がんで使用する内分泌療法の組み合わせが変わります。閉経前の患者さんでは、卵巣からの女性ホルモン分泌を抑える治療が必要になることがあります。

治療方針を決める際には、検査結果だけでなく、年齢、持病、過去の副作用、現在の日常生活、本人の希望も含めて判断します。検査で使用可能と分かった薬が、必ずしもその患者さんにとって最初に選ぶべき治療とは限らないためです。

検査結果は定期的な見直しを行う

ステージ4乳がんの検査は、治療を始める前に一度行って終わりではありません。治療中は画像検査、血液検査、症状の変化を定期的に確認し、薬が効いているか、副作用が許容できる範囲かを評価します。

病変が大きくなった場合には、全身で進行しているのか、一部の病変だけが進行しているのかを確認します。一部だけが進行していれば、その病変へ放射線治療などを行い、現在の薬物療法を継続できることもあります。全身で進行していれば、バイオマーカーの再評価や次の薬への変更を検討します。

治療方針の説明を受ける際には、次の点を確認すると、検査結果と治療の関係を理解しやすくなります。

  • 現在のER、PgR、HER2の結果はどうなっているか
  • 過去の原発巣と転移巣で結果が変わっていないか
  • HER2のIHCスコアはいくつか
  • 今後必要になる遺伝子検査はあるか
  • 検査結果によって、どの薬が候補になるのか
  • 画像検査で最も注意すべき転移はどこか
  • 治療効果を何で、どの時期に判定するのか

検査結果を一つずつ理解する目的は、専門用語を覚えることではありません。自分の乳がんがどの治療に反応する可能性があり、現在の病状では何を優先すべきかを判断するためにあります。

乳がんステージ4の治療全体像

乳がんステージ4では薬物療法が治療の中心になります。手術や放射線治療も行われますが、主な役割は特定の病変による症状を軽くすることや、少数の転移を局所的に抑えることです。国立がん研究センターも、骨や肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法を原則とし、症状や臓器への影響に応じて転移部位への治療を追加すると説明しています。

治療は、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプ、転移した臓器、病気の進行速度、過去に使用した薬、現在の体力をもとに組み立てます。最初からすべての薬を同時に使用するのではなく、一つの治療で効果が得られ、副作用も許容できる間は継続し、効果が弱くなった場合や負担が大きくなった場合に次の治療へ変更するのが基本です。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

サブタイプ別の治療組み立て

乳がんステージ4の薬物療法は、大きく分けると次のように組み立てます。

乳がんの主なタイプ 治療の中心 治療選択で確認する主な点
ホルモン受容体陽性・HER2陰性 内分泌療法+分子標的薬 閉経前後、過去の内分泌療法、ESR1・PIK3CAなど
HER2陽性 抗HER2薬+抗がん剤など 過去に使った抗HER2薬、脳転移、心機能
トリプルネガティブ 抗がん剤、免疫療法、ADCなど PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤
HER2-low/ultralow 条件によりADC ホルモン受容体、HER2の発現量、治療歴

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がん

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、肝臓や肺などの機能が急速に悪化していなければ、内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が中心です。ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の増殖を長く抑えられる可能性があり、抗がん剤よりも生活への影響を抑えながら継続できる患者さんもいます。

HER2陽性乳がん

HER2陽性乳がんでは、HER2を狙う薬を抗がん剤などと組み合わせます。複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体があり、過去に使った治療や脳転移の有無を確認しながら、順番に使用します。HER2を標的とする薬の登場によって、HER2陽性転移性乳がんの治療は大きく変化してきました。

トリプルネガティブ乳がん

トリプルネガティブ乳がんでは、内分泌療法や通常の抗HER2療法は使用できません。抗がん剤が基本となりますが、PD-L1の条件を満たす場合には免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されます。BRCA1/2の病的な変化があればPARP阻害薬、一定の治療後には抗体薬物複合体が候補になることもあります。

HER2-low/HER2-ultralow

HER2-lowやHER2-ultralowは、従来のHER2陽性には該当しないものの、がん細胞にわずかなHER2発現が確認される状態です。独立したサブタイプとして一律に治療を決めるのではなく、ホルモン受容体の状態やそれまでの治療歴と合わせて、一部の抗体薬物複合体を使えるかどうかを判断します。

参考:National Cancer Institute「Treatment of Breast Cancer by Stage」

病気の進行が速い場合

薬物療法を選ぶ際には、サブタイプだけでなく、治療をどれほど急ぐ必要があるかも重要です。

骨だけに限られた転移がゆっくり進み、自覚症状が少ない場合には、副作用を抑えながら長く継続できる治療を選びやすくなります。一方、肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が短期間で悪化している場合には、腫瘍を早く小さくできる可能性のある治療を優先します。

このように転移によって重要な臓器の機能が急速に損なわれる危険がある状態は「内臓クリーゼ」と呼ばれることがあります。単に肝臓や肺へ転移があるだけではなく、臓器機能が実際に悪化し、早急な対応が必要な状態を指します。

ホルモン受容体陽性乳がんであっても、内分泌療法の効果を待つ余裕がない場合には、抗がん剤など、より速い縮小効果を期待する治療を選ぶことがあります。治療の強さはステージだけで決めるのではなく、病気の進行速度と臓器の状態から判断します。転移性乳がんの抗がん剤治療では、病気の進行速度、持病、患者さんの希望などが治療選択に影響し、急速な進行や臓器機能への危険がある場合には併用療法が検討されることがあります。

閉経による治療方針の変化

ホルモン受容体陽性乳がんでは、閉経前か閉経後かによって治療の組み立てが異なります。

閉経後は、主に副腎や脂肪組織などで作られる女性ホルモンを抑える治療を選びます。閉経前は卵巣から多くの女性ホルモンが分泌されているため、内分泌療法や分子標的薬の効果を得るには、注射薬などで卵巣機能を抑える治療を組み合わせる必要があります。

閉経前の患者さんでも、卵巣機能を抑えたうえで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法や分子標的薬を使用できる場合があります。月経が止まっていても、抗がん剤や年齢の影響による一時的な変化の可能性があるため、年齢や血液検査などをもとに閉経状態を確認します。

薬の変更について

ステージ4乳がんでは、現在の治療が効いているかを、症状、血液検査、画像検査などから定期的に確認します。腫瘍が縮小していなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、治療効果が得られていると判断することがあります。

治療を変更する主な理由は、病変が明らかに増えた場合、新しい転移が現れた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、または副作用によって治療を続ける利益より負担が大きくなった場合です。

腫瘍マーカーが上昇しただけで、直ちに薬を変更するとは限りません。測定値には変動があり、がん以外の影響を受けることもあるためです。画像検査や症状が安定している場合には、数値の推移を見ながら次の検査まで治療を続けることもあります。

反対に、画像上の変化が小さくても、痛みや息苦しさが強くなり、生活が大きく制限されている場合には、治療内容を見直す必要があります。検査結果だけでなく、患者さんが実際に感じている症状や生活への影響も治療効果を判断する材料です。

一部の病変だけが進行した場合

薬物療法によって大部分の病変が抑えられていても、一つまたは少数の病変だけが大きくなる場合があります。これを「オリゴプログレッション」と呼ぶことがあります。

たとえば、全身の病変は安定しているものの、骨や脳の一部だけが進行した場合には、その病変へ放射線治療や手術を行い、現在の薬物療法を継続できることがあります。効果が続いている薬をすぐにすべて変更せず、進行した場所だけを局所的に治療する考え方です。

ただし、複数の臓器で病変が増えている場合には、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

手術の目的

診断時から遠隔転移がある初発ステージ4乳がんでは、乳房の腫瘍を手術しても、すでに全身へ広がったがん細胞をすべて取り除くことはできません。そのため、乳房に強い症状がなければ、まず薬物療法を行うことが一般的です。

乳房の腫瘍によって出血、痛み、感染、潰瘍、強い臭いなどが生じている場合には、生活の負担を軽減する目的で手術や放射線治療を検討します。また、薬物療法によって全身の病変が長期間安定し、転移がごく限られている患者さんでは、乳房や転移巣への局所治療について個別に検討されることもあります。

一方、症状のない初発ステージ4乳がんに対し、乳房の手術を早期に加えても、薬物療法だけの場合と比べて全生存期間が延びなかった臨床試験があります。乳房の病変自体は抑えやすくなりましたが、手術をすべての患者さんへ行う根拠にはなっていません。

参考:To Operate or Not in De Novo Stage IV Breast Cancer: Is That Still a Question? | ACS

放射線治療の目的

放射線治療は、骨転移の痛み、骨折や脊髄圧迫の危険、脳転移、乳房や胸壁からの出血などを抑える目的で行われます。

全身へ作用する薬物療法とは異なり、放射線治療は照射した範囲の病変を局所的に抑える治療です。全身の病気を一度に治療することはできませんが、痛みや神経症状を改善し、歩行や睡眠などの日常生活を保つために重要な役割があります。骨、肝臓、肺、脳などへの遠隔転移では薬物療法が原則ですが、症状や全身状態への影響がある場合には、転移した臓器への治療が併用されます。

緩和ケア・支持療法は薬物療法と同時に行う

薬物療法を続けるためには、吐き気、下痢、白血球減少、しびれ、関節痛などの副作用を適切に管理する必要があります。副作用が強い場合には、予防薬や治療薬を追加するほか、投与量を減らす、治療間隔を延ばす、原因となる薬だけを休むといった調整を行います。

薬の量を減らすことは、治療を諦めることではありません。限界まで副作用を我慢して体力を失うよりも、生活を維持できる量へ調整し、治療を継続する方が適している場合があります。

緩和ケアや支持療法は終末期だけの医療ではなく、がんと診断された時点から薬物療法などと並行して受けられます。体の症状だけでなく、不安、仕事、家族、経済的な問題も相談の対象です。

乳がんステージ4の治療は、「最も新しい薬」や「最も強い薬」を一度選べば終わるものではありません。サブタイプ、臓器の状態、過去の治療、副作用、生活上の希望を確認し、その時点で利益が期待できる治療を選び直していきます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの治療

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは、がん細胞がエストロゲンなどの女性ホルモンを利用して増殖するタイプです。ステージ4であっても、肝臓や肺の機能が急速に悪化している状態でなければ、最初から抗がん剤を使うのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬を組み合わせる治療が中心になります。

内分泌療法は、抗がん剤のように細胞を直接攻撃するのではなく、女性ホルモンの作用を抑えることで乳がんの増殖を遅らせる治療です。効果が得られれば、外来で治療を続けながら仕事や家事を維持できる患者さんもいます。ただし、副作用がない治療ではなく、ほてり、関節痛、倦怠感などが生活へ影響することもあります。

内分泌療法で使用する薬

内分泌療法は、女性ホルモンの作られ方や、がん細胞がホルモンを受け取る仕組みに作用します。

内分泌療法の種類 主な働き 主に注意すること
アロマターゼ阻害薬 閉経後に体内で作られるエストロゲンを減らす 関節痛、骨密度低下、ほてり
選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD) がん細胞のエストロゲン受容体を減らす 注射部位の痛み、吐き気、倦怠感など
選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM) エストロゲンが受容体へ結合するのを妨げる 血栓症、ほてりなど
卵巣機能抑制療法 閉経前の卵巣からのホルモン分泌を抑える 更年期症状、骨密度低下

どの薬を選ぶかは、閉経前か閉経後か、過去に受けた内分泌療法、治療終了から再発までの期間によって変わります。閉経前や閉経期の患者さんでは、卵巣機能を抑える注射などを組み合わせたうえで、内分泌療法を行うことがあります。

CDK4/6阻害薬との組み合わせ

CDK4/6阻害薬は、がん細胞が分裂するときに使う仕組みを抑える分子標的薬です。内分泌療法だけで治療する場合と比べ、病気が進行するまでの期間や生存期間を延ばす効果が示されており、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がんにおける基本的な治療の一つとなっています。国内では、パルボシクリブやアベマシクリブなどが内分泌療法と組み合わせて使用されます。

CDK4/6阻害薬はいずれも内服薬ですが、副作用の現れ方は同じではありません。白血球、とくに好中球が減少しやすい薬もあれば、下痢が起こりやすい薬もあります。肝機能異常、倦怠感、食欲低下などがみられることもあるため、定期的な血液検査が必要です。

発熱や悪寒がある場合には、好中球減少による感染症の可能性があります。下痢が続く場合も、脱水によって体力を失う前に連絡することが大切です。薬の量を減らしたり、一時的に休薬したりしても、治療の失敗を意味するわけではありません。副作用を抑え、効果のある治療を長く続けるための調整です。

閉経前の治療について

閉経前の患者さんは卵巣からエストロゲンが分泌されているため、アロマターゼ阻害薬などを単独で使用しても十分な効果が得られません。卵巣機能を抑える注射や、卵巣を手術で摘出する方法を組み合わせることで、閉経後の患者さんと共通する内分泌療法を受けられる場合があります。

卵巣機能を抑えると、ほてり、発汗、気分の変化、膣の乾燥、骨密度低下など、急な更年期症状が現れることがあります。若い患者さんでは、治療が仕事、性生活、将来の妊娠への希望に与える影響も大きいため、症状だけでなく生活上の悩みも医療者へ相談することが重要です。

病状が急速に悪化している場合

ホルモン受容体陽性であっても、すべての患者さんに内分泌療法を優先するわけではありません。肝転移によって黄疸や肝機能低下が進んでいる場合や、肺・胸膜転移によって呼吸状態が急速に悪化している場合には、内分泌療法の効果を待つ時間がないことがあります。

このように、転移によって重要な臓器の機能が差し迫って損なわれる状態では、腫瘍を早く縮小させる目的で、抗がん剤や抗体薬物複合体などを検討します。単に肝臓や肺へ転移しているという理由だけで抗がん剤が必要になるのではなく、臓器機能がどの程度悪化しているかが判断の基準になります。

内分泌療法が効かなくなる理由

内分泌療法によって病気を抑えられていても、時間の経過とともに、がん細胞が薬の影響を受けにくくなることがあります。これを内分泌療法への耐性と呼びます。

耐性が生じる仕組みの一つが、ESR1という遺伝子の変化です。ESR1はエストロゲン受容体に関係する遺伝子で、変異が生じると、女性ホルモンが少ない環境でもがん細胞が増殖しやすくなることがあります。このほか、PIK3CA、AKT1、PTENなどの変化が、治療選択へ関係する場合があります。

検査結果 治療上の主な意味
ESR1変異 別の仕組みで受容体へ作用する内分泌療法を検討する
PIK3CA変異 PI3K経路を標的とする薬が候補になる場合がある
AKT1変異・PTEN異常 AKT経路を標的とする薬が候補になる場合がある
BRCA1/2病的バリアント PARP阻害薬が候補になる場合がある
HER2-low/ultralow 治療歴などの条件によりADCが候補になる

検査結果が陽性でも、直ちに対応する薬を使用するとは限りません。これまで受けた治療、症状、転移部位、日本で承認されている使用条件を確認して、治療の順番を決めます。

ESR1変異に対する新しい治療法

従来は、画像検査で病気の進行を確認してから次の内分泌療法へ変更するのが一般的でした。しかし、血液中のがん由来DNAを定期的に調べることで、画像上は病気が進行していない段階からESR1変異を検出できる場合があります。

2026年には国内でも、アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬による一次治療を一定期間受け、ctDNA検査でESR1変異が確認された患者さんに対し、画像上の進行前にアロマターゼ阻害薬から経口SERDのカミゼストラントへ切り替え、CDK4/6阻害薬を継続する治療が承認されています。対象条件は細かく定められており、すべてのホルモン受容体陽性乳がんに行う検査や治療ではありません。

この治療は、腫瘍が大きくなってから薬を変更するだけでなく、耐性の兆候を血液検査で見つけ、早い段階で治療を調整する考え方を示しています。ただし、ctDNA検査が陰性でもESR1変異が絶対にないとは断定できず、検査の時期や病変量によって結果が変わることがあります。

参考:PMDA「カミゼストラント(エトカマ錠)適正使用ガイド」

病気が進行した場合

最初の内分泌療法とCDK4/6阻害薬で病気が進行した場合でも、臓器機能が安定していれば、別の内分泌療法と分子標的薬を組み合わせる治療が候補になります。

ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果や、過去に使用した薬を確認し、作用の異なる内分泌療法へ切り替えます。遺伝子変化に対応する薬がない場合でも、mTORという経路を抑える薬を内分泌療法へ組み合わせる方法などがあります。NCIも、ホルモン受容体陽性乳がんに対し、CDK4/6阻害薬、PI3K経路を標的とする薬、mTOR阻害薬などを内分泌療法と組み合わせる治療を示しています。

内分泌療法を変更しても短期間で進行を繰り返す場合、肝臓や肺などの機能に影響が出ている場合、内分泌療法の効果を期待しにくいと判断された場合には、抗がん剤や抗体薬物複合体へ切り替えます。

生活への影響も確認

内分泌療法は、抗がん剤より負担が軽い治療として説明されることがありますが、関節痛、ほてり、倦怠感、不眠、気分の落ち込み、膣の乾燥などが毎日続けば、仕事や外出、性生活へ影響します。CDK4/6阻害薬による下痢や血球減少も、生活の予定を立てにくくする原因になります。

症状が軽く見えても、長期間我慢すれば治療継続が難しくなることがあります。服薬時間の調整、鎮痛薬や下痢止めの使用、運動、休薬や減量などによって負担を減らせる場合があるため、診察では検査数値だけでなく、日常生活で困っていることも具体的に伝えます。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法を一つ使って終わるのではなく、CDK4/6阻害薬や遺伝子変化に対応する薬を組み合わせながら、複数の治療を順番に使用します。抗がん剤へ切り替える時期も一律ではなく、内分泌療法への反応、転移した臓器、病気の進行速度、生活への負担を合わせて判断します。

HER2陽性乳がんの治療

HER2陽性乳がんは、がん細胞の表面にHER2というタンパク質が多く発現し、その働きを利用して増殖するタイプです。以前は進行が比較的速い乳がんと考えられていましたが、HER2を狙う薬が複数登場したことで、治療を順番に使用しながら長期間病気を抑えられる患者さんも増えています。

ステージ4では、抗HER2薬を治療の中心とし、抗がん剤や内分泌療法を組み合わせます。どの薬から始めるかは、過去に受けた抗HER2療法、治療終了から再発までの期間、脳転移の有無、心臓や肺の状態などによって変わります。

抗HER2薬の種類

HER2陽性乳がんに使われる薬は、同じHER2を標的としていても、作用の仕組みが異なります。

治療の種類 主な働き 主に注意すること
抗HER2抗体薬 がん細胞表面のHER2へ結合し、増殖の信号を抑える 心機能低下、点滴・注射時の反応
抗体薬物複合体(ADC) HER2を目印として、抗がん剤成分をがん細胞へ届ける 間質性肺疾患、吐き気、骨髄抑制など
HER2チロシンキナーゼ阻害薬 がん細胞内部のHER2の信号を抑える 下痢、肝機能障害、薬の飲み合わせなど
抗がん剤との併用 抗HER2薬と異なる仕組みでがん細胞を攻撃する 脱毛、白血球減少、しびれ、手足症候群など

治療名を覚えることよりも、現在使用している薬がどの種類で、どの副作用へ注意すべきかを把握することが大切です。

参考:ESMO Living Guideline「HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

HER2陽性乳がんの一次治療

これまで進行・再発乳がんに対する抗HER2療法を受けていない患者さんでは、一般にトラスツズマブとペルツズマブという2種類の抗HER2抗体薬へ、タキサン系抗がん剤を組み合わせる治療が検討されます。HER2の異なる部分へ作用する2剤を併用し、抗がん剤とともに腫瘍を抑える治療です。

ただし、術前・術後治療で同じ薬を使用していた患者さんや、治療終了後の早い時期に再発した患者さんでは、別の治療から始めることがあります。一次治療は「ステージ4で最初に使う薬」という意味であり、過去の乳がん治療を含めて初めて使う薬とは限りません。

抗がん剤は、腫瘍の縮小と副作用の状態を見ながら、一定期間後に中止する場合があります。その後も効果が続いていれば、抗HER2薬を維持療法として継続します。抗がん剤を外すことは治療の終了ではなく、しびれや白血球減少などの負担を抑えながら、HER2を標的とする治療を続けるための調整です。

トラスツズマブとペルツズマブには、それぞれを点滴する方法のほか、両剤を一つにまとめた皮下注射製剤もあります。皮下注射製剤は抗体の働きが異なる治療ではなく、投与方法を簡略化したものです。通院時の投与時間や患者さんの希望、施設の体制を踏まえて選択します。

ホルモン受容体が陽性の場合

HER2陽性乳がんの中にも、ホルモン受容体陽性の患者さんがいます。この場合は、抗HER2療法に加え、内分泌療法を利用できる可能性があります。

腫瘍を早く縮小させる必要がある時期には、抗HER2薬と抗がん剤を組み合わせる治療が中心です。抗がん剤を終了した後の維持療法として、抗HER2薬と内分泌療法を続けることがあります。

病気の進行が緩やかで抗がん剤による負担を避けたい患者さんでは、抗HER2薬と内分泌療法を組み合わせる方法が検討される場合もあります。ただし、肝臓や肺の機能が急速に悪化している場合には、縮小効果を優先するため、抗がん剤を含む治療が必要です。

HER2陽性乳がんの二次治療

一次治療後に病気が進行した場合には、トラスツズマブ デルクステカンという抗体薬物複合体が重要な治療候補になります。HER2へ結合する抗体に抗がん剤成分をつなぎ、がん細胞へ薬を届ける仕組みを持っています。

2026年7月時点の国内電子添文では、化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がんが対象とされ、トラスツズマブとタキサン系抗がん剤の治療歴がない患者に対する有効性と安全性は確立していないと記載されています。そのため、国内では過去の治療歴を確認したうえで使用します。

この薬では、吐き気、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や赤血球の減少などがみられます。なかでも特に注意が必要なのが間質性肺疾患です。初期には、乾いた咳、息切れ、発熱、酸素飽和度の低下などが現れます。症状が軽くても、次の診察日まで様子を見るのではなく、速やかに治療施設へ連絡する必要があります。

国内電子添文では、治療開始前に胸部CTと問診を行い、治療中も症状や画像を確認することが求められています。間質性肺疾患は重症化すると命に関わるため、早い段階で薬を中止し、必要な治療を開始することが重要です。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)点滴静注用100mg 電子添文」

トラスツズマブ デルクステカン後の治療候補

トラスツズマブ デルクステカンの効果が弱くなった場合にも、過去の治療歴や脳転移の有無に応じて、別の抗HER2療法を検討します。

2026年には日本でも、ツカチニブ、トラスツズマブ、カペシタビンを組み合わせる治療が使用できるようになりました。ツカチニブはHER2の細胞内の働きを抑える内服薬で、国内では「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がん」が適応です。単独では使用せず、トラスツズマブとカペシタビンを併用します。

ツカチニブを含む治療は、脳転移のある患者さんでも候補になります。脳転移を手術や放射線治療で局所的に抑える必要があるかを確認しながら、脳以外の病変を含めた全身治療を組み立てます。

副作用としては、下痢、肝機能障害、カペシタビンによる手足症候群などへ注意が必要です。ツカチニブにはほかの薬の血中濃度へ影響する作用もあるため、処方薬だけでなく、市販薬や健康食品を含めて医師や薬剤師へ伝えます。国内では2026年4月に販売が開始された新しい選択肢であり、使用する順序はそれまでの治療と病状から個別に判断します。

参考:PMDA「ツカイザ錠(一般名:ツカチニブ エタノール付加物)50mg/150mg 適正使用ガイド」

このほか、トラスツズマブ エムタンシンと呼ばれる別の抗体薬物複合体や、抗HER2薬とほかの抗がん剤を組み合わせる方法などがあります。トラスツズマブ デルクステカンを使用できない場合や、副作用、過去の治療歴によっては、より早い段階で候補になることもあります。ESMOのガイドラインでも、トラスツズマブ デルクステカンを使用できない場合には、トラスツズマブ エムタンシンを二次治療の選択肢としています。

参考:ESMO Living Guideline「HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

脳転移がある場合

HER2陽性乳がんでは、治療経過中に脳転移が問題となることがあります。脳転移が見つかったからといって、全身の薬物療法をすべて中止するとは限りません。

頭痛、麻痺、けいれんなどの症状がある場合や、大きな病変によって脳が圧迫されている場合には、手術や定位放射線治療などの局所治療を優先します。脳以外の病変が現在の薬で抑えられていれば、脳転移だけを局所治療し、同じ全身治療を続けることもあります。ESMOも、局所治療が必要な活動性脳転移では手術や放射線治療を検討し、脳以外で進行していなければ現在の全身治療を続ける考え方を示しています。

脳転移が複数ある場合や、局所治療後にも病変が進行する場合には、脳内の病変にも効果を期待できる抗HER2療法を選びます。トラスツズマブ デルクステカンやツカチニブを含む治療などが候補になりますが、病変の大きさ、症状、過去の放射線治療、脳以外の病状を含めて判断します。

脳転移の詳しい治療については、後の「脳転移・肝転移・肺転移への治療」の章で解説します。

抗HER2療法では心機能を確認

トラスツズマブやペルツズマブなどの抗HER2薬は、心臓が血液を送り出す機能を低下させることがあります。そのため、治療前と治療中に心臓超音波検査などを行い、左室駆出率と呼ばれる心機能の指標を確認します。

心機能が低下しても自覚症状がない場合があります。動いたときの息切れ、むくみ、急な体重増加、横になると息苦しいといった症状があれば、心不全の可能性もあるため医療者へ伝えます。

心機能が低下した場合には、抗HER2薬を一時的に休み、循環器内科と連携して治療を行うことがあります。数値が回復すれば再開できる場合もあり、心機能の変化だけで抗HER2療法を永久に中止するとは限りません。

副作用の調整について

HER2陽性乳がんでは、抗HER2療法を長期間続けることがあります。そのため、腫瘍の縮小効果だけでなく、毎日の生活へ与える負担も考える必要があります。

点滴日の吐き気や倦怠感、下痢、しびれ、脱毛、皮膚症状などが仕事や家事へ影響することがあります。薬によっては、抗がん剤だけを終了して抗HER2薬を継続したり、投与量を減らしたり、治療間隔を調整したりできます。

副作用を医師へ伝えることは、治療を中止するためではありません。症状が軽いうちに対応することで、効果のある治療を継続しやすくなります。診察では、検査結果だけでなく、食事、睡眠、仕事、外出がどの程度できているかも伝えることが大切です。

一次治療の選択肢は今後変わる可能性がある

HER2陽性乳がんの治療は変化が速く、一次治療や二次治療の位置付けが今後変わる可能性があります。

トラスツズマブ デルクステカンとペルツズマブを組み合わせ、HER2陽性の進行・転移性乳がんへ一次治療から使用する方法も開発されています。日本では2025年10月に適応追加の申請が行われましたが、2026年7月時点の国内電子添文には、一次治療としての適応は記載されていません。したがって、海外の承認情報や臨床試験の結果だけを見て、日本でもすでに保険診療として受けられると判断しないことが重要です。

参考:第一三共「トラスツズマブ デルクステカン+ペルツズマブの国内一部変更承認申請」

HER2陽性乳がんでは、最初の抗HER2療法が効かなくなっても、抗体薬物複合体や内服のHER2阻害薬など、異なる仕組みを持つ治療へ進める可能性があります。過去に使った薬、脳転移、心臓や肺の状態、副作用を確認しながら、抗HER2療法を途切れさせずに次の治療を組み立てていくことが基本です。

HER2-low/HER2-ultralow乳がんの治療

乳がんは長く、HER2を多く発現する「HER2陽性」と、それ以外の「HER2陰性」に分けて治療されてきました。しかし現在は、HER2陽性には該当しなくても、がん細胞の表面に少量のHER2が確認される患者さんに対し、HER2を目印とする抗体薬物複合体を使用できる場合があります。

この治療選択に使われる分類が「HER2-low(HER2低発現)」と「HER2-ultralow(HER2超低発現)」です。HER2陽性乳がんとは使用する薬の順序や治療の考え方が異なり、ホルモン受容体の状態や過去の治療歴を含めて適応を判断します。

HER2の検査結果

HER2は、乳がん組織を免疫染色するIHC検査で、がん細胞の表面にタンパク質がどの程度発現しているかを調べます。結果は主に0、1+、2+、3+で示され、2+の場合にはISH検査を追加してHER2遺伝子の増幅を確認します。

HER2検査の結果 一般的な分類  治療上の主な意味
IHC 3+  HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 2+かつISH陽性 HER2陽性 HER2陽性乳がんとして抗HER2療法を行う
IHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性 HER2-low 条件を満たせば抗HER2抗体薬物複合体が候補になる
IHC 0のうち、ごく弱い不完全な膜染色がある HER2-ultralow ホルモン受容体陽性などの条件を満たせば治療候補になる
IHC 0で膜染色が確認されない HER2発現なし HER2-low/ultralowを対象とする治療の対象にはならない

参考:HER2病理診断ガイドライン|一般社団法人日本乳癌学会

HER2-lowは、IHC 1+またはIHC 2+かつISH陰性と定義されます。HER2-ultralowはIHC 0に分類される中でも、腫瘍細胞の一部にごく弱い膜染色が確認される状態です。日本の電子添文では、HER2-ultralowについて「腫瘍細胞の10%以下に、かすかな、またはかろうじて認識できる不完全な膜染色がある状態」とされています。

HER2-lowはHER2陽性乳がんと同じ病気ではない

HER2-lowやHER2-ultralowという言葉から、「HER2陽性乳がんの軽いタイプ」と考える人もいるかもしれません。しかし、これらは従来のHER2陽性乳がんとは異なります。

HER2陽性乳がんでは、HER2ががん細胞の増殖を強く促すため、トラスツズマブやペルツズマブなど、HER2の働きを抑える治療が中心になります。一方、HER2-lowやHER2-ultralowでは、HER2そのものが病気を大きく動かしているとは限りません。

この分類は、HER2をがん細胞へ薬を届けるための「目印」として利用できるかを判断する意味が強いものです。そのため、HER2-lowやHER2-ultralowを独立した乳がんのサブタイプとして治療するのではなく、ホルモン受容体陽性かトリプルネガティブかという従来の分類を保ったまま、追加の治療候補を検討します。ESMOもHER2-lowを、従来のサブタイプ分類とは別に、抗体薬物複合体の効果を予測するための治療上の指標として位置付けています。

参考:ESMO「Definition, Diagnosis and Management of HER2-low Breast Cancer」

HER2を目印に抗がん剤成分を届ける

HER2-low/ultralow乳がんで使われる代表的な薬が、トラスツズマブ デルクステカンです。この薬は、HER2へ結合する抗体と、強い抗がん剤成分を一つにつないだ抗体薬物複合体です。

抗体部分がHER2を持つがん細胞へ結合すると、薬が細胞内へ取り込まれ、内部で抗がん剤成分が放出されます。HER2の発現量がHER2陽性乳がんほど多くなくても、わずかなHER2を目印として薬を届けられることが、この治療の特徴です。

通常の抗HER2抗体薬とは役割が異なり、HER2の信号を抑えることだけが目的ではありません。抗がん剤成分を腫瘍へ運ぶ仕組みを持つため、吐き気、骨髄抑制、脱毛など、抗がん剤に近い副作用もみられます。

参考:PMDA「エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)適正使用ガイド」

エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)の適応拡大

日本では2025年8月、ホルモン受容体陽性かつHER2-lowまたはHER2-ultralowの手術不能・再発乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンの適応が拡大されました。

承認の根拠となった試験は、転移・再発乳がんに対する内分泌療法を受けた後、抗がん剤への移行が適切と判断された患者さんを対象としています。対象となったのは、主に次のような患者さんです。

  • 内分泌療法を複数受けた後に病気が進行した
  • 内分泌療法とCDK4/6阻害薬を開始して早い段階で進行した
  • 進行・再発乳がんに対する細胞障害性抗がん剤をまだ受けていない
  • ホルモン受容体陽性で、HER2-lowまたはHER2-ultralowが確認されている

これまでは、内分泌療法の効果が乏しくなった後、カペシタビンやタキサン系薬などの抗がん剤へ進むのが一般的でした。現在は条件を満たす患者さんでは、通常の抗がん剤を始める前に、トラスツズマブ デルクステカンを選べる可能性があります。

ただし、内分泌療法が効かなくなったすべての患者さんへ、直ちにこの薬を使用するわけではありません。ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどに応じた内分泌療法や分子標的薬がまだ候補になる場合もあります。病気の進行速度、転移部位、副作用、これまでの治療を比較して順番を決めます。

臨床試験の結果

適応拡大の根拠となったDESTINY-Breast06試験では、内分泌療法歴があり、進行・再発乳がんに対する抗がん剤治療歴のない、ホルモン受容体陽性のHER2-low/ultralow乳がんが対象となりました。

HER2-lowの患者さんでは、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、トラスツズマブ デルクステカン群で13.2か月、医師が選択した抗がん剤群で8.1か月でした。HER2-ultralowの患者さんでは、それぞれ13.2か月と8.3か月でした。

ただし、これらの中央値は個人の効果が続く期間を予測する数字ではありません。また、HER2-ultralowはHER2-lowより対象人数が少なく、結果の不確実性が比較的大きい点にも注意が必要です。HER2-ultralowであれば誰にでも同じ効果が得られるという意味ではなく、ホルモン受容体、治療歴、臓器機能などを含めた適応判断が必要です。

抗がん剤治療後のHER2-low乳がんでも候補になる

HER2-low乳がんでは、すでに進行・再発乳がんに対する抗がん剤を受けた患者さんにも、トラスツズマブ デルクステカンが使用されます。この適応には、ホルモン受容体陽性乳がんだけでなく、ホルモン受容体陰性のトリプルネガティブ乳がんの一部も含まれます。

DESTINY-Breast04試験では、1~2種類の抗がん剤治療を受けたHER2-lowの転移性乳がんに対し、トラスツズマブ デルクステカンが従来の抗がん剤より病気が進行するまでの期間と全生存期間を延長しました。ホルモン受容体陽性集団の無増悪生存期間中央値は10.1か月に対し5.4か月、ホルモン受容体陰性例を含む全体では9.9か月に対し5.1か月でした。

一方、HER2-ultralowについては、2026年7月時点の国内適応はホルモン受容体陽性乳がんを対象としています。トリプルネガティブ乳がんでIHC 0のHER2-ultralowが確認されても、それだけを理由に同じ適応で使用できるわけではありません。

検査結果を確認し直す意味

過去の病理報告書に「HER2陰性」とだけ記載されていても、実際にはIHC 1+やIHC 2+かつISH陰性で、HER2-lowに該当している可能性があります。また、IHC 0であっても、ごく弱い膜染色があればHER2-ultralowと評価される場合があります。

そのため、治療候補を検討するときには、単に陽性・陰性だけではなく、次の点を確認します。

  • HER2のIHCスコアはいくつだったか
  • IHC 2+の場合、ISH検査は陽性か陰性か
  • IHC 0の場合、膜染色が全くなかったのか
  • 原発巣と転移巣のどちらを検査したのか
  • 検査を行った時期はいつか

HER2の発現量は、原発巣と転移巣、治療前と治療後で変わることがあります。また、IHC 0と1+の境界は非常にわずかであり、標本の状態や判定によって結果が異なる可能性があります。治療選択へ影響する場合には、保存されている標本の再評価や、可能であれば転移巣の再生検が検討されます。

日本の適正使用ガイドでも、HER2-low/ultralowは、十分な経験を持つ病理医または検査施設で、承認された検査方法によって確認することが求められています。

トラスツズマブ デルクステカンの副作用

間質性肺疾患

トラスツズマブ デルクステカンで最も注意すべき副作用の一つが、間質性肺疾患です。肺の組織に炎症が起こり、重症化すると呼吸不全や死亡につながる可能性があります。

初期に現れやすい症状は、新しく始まった乾いた咳、階段や歩行時の息切れ、発熱、息苦しさ、酸素飽和度の低下などがあり、風邪や体力低下に似た症状であっても自己判断で次の診察まで待たず、治療施設へ連絡する必要があります。

症状のない軽度の肺障害であっても、原則として薬を中断します。症状を伴う場合には投与を中止し、必要に応じてステロイド治療を行います。早く見つけるほど重症化を防ぎやすいため、患者さん本人だけでなく家族も初期症状を知っておくことが大切です。

その他の副作用

トラスツズマブ デルクステカンでは、吐き気、嘔吐、倦怠感、食欲低下、脱毛、白血球や好中球の減少、貧血などがみられます。DESTINY-Breast06試験では、吐き気、疲労、脱毛、好中球減少などが比較的多く報告されました。

通常は3週間に1回の点滴で、初回は90分かけて投与します。問題がなければ、2回目以降は30分まで短縮できる場合があります。吐き気は点滴当日だけでなく、数日続くことがあります。予防的な吐き気止めを使い、食事を少量ずつ分けるなどの対応を行います。倦怠感が強い日を把握しておくと、仕事や外出の予定を調整しやすくなります。

白血球減少時の発熱や悪寒、貧血による息切れや動悸がある場合には、早めの連絡が必要です。副作用が強いときには、休薬や減量によって治療を続けられる場合があります。

HER2-low/ultralow分類の意義

HER2-lowやHER2-ultralowが見つかったからといって、乳がんそのものが軽い、あるいは重いと判断できるわけではありません。また、HER2陽性乳がんへ変化したという意味でもありません。

この分類の意義は、これまでHER2陰性として扱われていた患者さんの中から、HER2を目印とする抗体薬物複合体の効果が期待できる人を見つけられるようになったことです。

ホルモン受容体陽性乳がんでは、内分泌療法や分子標的薬をどこまで使用したか、抗がん剤へ進む時期かどうかを確認します。トリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1、BRCA1/2、過去の抗がん剤なども含めて治療の順番を考えます。

病理報告書に「HER2陰性」と書かれている場合でも、IHCの具体的な点数を確認することで、新たな治療候補が見つかることがあります。治療変更を考える段階では、過去の検査結果をもう一度確認し、必要に応じて病理標本の再評価について主治医へ相談することが大切です。

トリプルネガティブ乳がんの治療

トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも治療標的にならない乳がんです。ホルモン受容体陽性乳がんに使う内分泌療法や、HER2陽性乳がんに使う一般的な抗HER2療法は効果を期待できないため、抗がん剤を基本として治療を組み立てます。

ただし、トリプルネガティブ乳がんだから全員が同じ薬を受けるわけではありません。PD-L1の発現、生まれつき持っているBRCA1/2遺伝子の病的な変化、HER2のわずかな発現、過去に使用した抗がん剤などを確認することで、免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できる場合があります。治療を始める前に必要な検査を済ませておくことが、選択肢を狭めないために欠かせません。

参考:ESMO Living Guideline「Triple-negative Breast Cancer」

PD-L1検査

手術不能または再発したトリプルネガティブ乳がんでは、PD-L1検査が最初の治療を選ぶうえで大きな意味を持ちます。日本では、PD-L1の発現を示すCPSが10以上で、転移・再発乳がんに対する全身薬物療法をまだ受けていない患者さんに対し、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブと抗がん剤の併用が検討されます。

併用する抗がん剤には、パクリタキセル、nab-パクリタキセル、ゲムシタビンとカルボプラチンなどがあり、過去の治療歴や副作用、病状に応じて選びます。

承認の根拠となったKEYNOTE-355試験では、CPSが10以上の患者さんにおいて、病気が進行せずに過ごせた期間の中央値は、ペムブロリズマブと抗がん剤を併用した群で9.7か月、抗がん剤だけの群で5.6か月でした。この数字は個人に効果が続く期間を示すものではありませんが、PD-L1の条件を満たす患者さんでは、抗がん剤へ免疫療法を加える意義が示されています。

参考:KEYNOTE-355試験 トリプルネガティブ乳癌 | MSD Connect

PD-L1検査では、がん細胞だけでなく周囲の免疫細胞に現れているPD-L1も含めてCPSを計算します。CPSが10未満であれば、転移性トリプルネガティブ乳がんに対するペムブロリズマブと抗がん剤の併用対象にはなりません。また、過去の早期乳がん治療でペムブロリズマブを使用していた場合は、治療終了から再発までの期間なども考慮する必要があります。

免疫療法の注意点

ペムブロリズマブは、免疫細胞にかかっているブレーキを解除し、がん細胞を攻撃しやすくする薬です。そのため、白血球減少や脱毛といった併用抗がん剤の副作用に加え、活性化した免疫が正常な臓器を攻撃する「免疫関連副作用」が起こることがあります。

たとえば、甲状腺や副腎の機能が低下すると、強い倦怠感や食欲低下、寒がり、めまいなどが現れます。肺に炎症が起きれば、咳や息切れ、発熱がみられ、腸に炎症が起きると下痢や腹痛が続くことがあります。肝機能障害や、急激に血糖値が上がる1型糖尿病が起こる可能性もあります。

症状が治療直後に現れるとは限らず、数週間から数か月たってから、あるいはペムブロリズマブを中止した後に出ることもあります。風邪や疲労に見える変化でも、免疫療法を受けていることを伝えたうえで治療施設へ相談する必要があります。副作用が疑われる場合には、投与を休み、免疫反応を抑えるステロイドなどを使用します。早く対処できれば回復する場合がありますが、我慢して重症化すると治療の継続だけでなく臓器機能にも影響します。

参考:PMDA「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)電子添文」

PD-L1陰性の場合

PD-L1の条件を満たさない場合や、免疫療法を使用しにくい持病がある場合には、抗がん剤が治療の中心です。乳がんの治療では、病状を早く抑える必要がある場合を除き、複数の抗がん剤を一度に使用するよりも、一剤ずつ使用して効果と副作用のバランスを取ることが多くなります。

選択される薬には、タキサン系薬、カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、ビノレルビンなどがあります。プラチナ製剤を使用することもあり、病気が急速に進んでいる場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンなど複数の薬を組み合わせて、腫瘍の縮小を優先することがあります。

どの薬を選ぶかは、以前の術前・術後治療で何を使用したか、その治療から再発までどれくらいの期間が空いているかによって変わります。過去のパクリタキセルで強いしびれが残っていれば、再び末梢神経障害を起こしやすい薬を避けることがあります。内服薬を希望していても、食事が取れない、下痢が続いている、肝機能が大きく低下しているといった状態では、別の治療が適する場合があります。

抗がん剤を選ぶ際には、腫瘍がどれほど縮む可能性があるかだけでなく、脱毛、しびれ、下痢、口内炎、血球減少などが仕事や食事、外出へどの程度影響するかも確認します。治療効果が同程度と考えられる薬が複数ある場合には、通院回数や投与方法を含め、生活に合わせて選択できます。

BRCA1/BRCA2遺伝子の病的な変化

トリプルネガティブ乳がんの患者さんでは、生まれつき持っているBRCA1またはBRCA2遺伝子の病的な変化が見つかることがあります。BRCA1/BRCA2は、傷ついたDNAを修復する働きに関係する遺伝子です。この働きが低下しているがん細胞に対しては、別のDNA修復経路を妨げるPARP阻害薬が効果を示す場合があります。

日本では、がん化学療法歴があり、生殖細胞系列のBRCA遺伝子変異が確認されたHER2陰性の手術不能・再発乳がんに対し、オラパリブやタラゾパリブが治療候補になります。ホルモン受容体の有無を問わないため、条件を満たすトリプルネガティブ乳がんにも使用できます。

オラパリブ・タラゾパリブの副作用

どちらも内服薬ですが、負担が軽い治療とは限りません。とくに貧血、好中球減少、血小板減少などの骨髄抑制が起こりやすく、強い倦怠感や息切れが貧血のサインになることがあります。定期的に血液検査を行い、必要に応じて休薬や減量を行います。

BRCA1/2の遺伝学的検査は、使用できる薬を調べるだけの検査ではありません。生まれつきの病的な変化が確認された場合、本人の卵巣がんなどのリスクや、子ども、きょうだい、親など血縁者の健康管理にも関係する可能性があります。検査を受ける前後には、結果をどこまで知りたいか、家族へどのように伝えるかも含めて、遺伝カウンセリングを受けることがあります。

参考:PMDA「リムパーザ(一般名:オラパリブ)電子添文」
参考:PMDA「ターゼナ(一般名:タラゾパリブ)電子添文」

抗体薬物複合体

サシツズマブ ゴビテカンは、TROP-2というがん細胞の表面にあるタンパク質を目印として、抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体です。日本では、化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能・再発乳がんに使用できます。

この薬は21日間を一つのサイクルとして、1日目と8日目に点滴します。毎週通院する週と休薬する週が生じるため、仕事や家族の予定を調整する際には、投与日だけでなく副作用が出やすい時期も確認しておく必要があります。

サシツズマブ ゴビテカンの副作用

特に注意する副作用は、好中球減少と下痢です。好中球が大きく減った状態で発熱すると、重い感染症につながる可能性があります。38度前後の発熱や悪寒、強いだるさがあれば、解熱薬だけで様子を見ずに治療施設へ連絡します。下痢が続けば、水分や電解質が失われ、脱水や腎機能低下を起こすことがあります。

回数が増えた段階で下痢止めの使用方法を確認し、水分を取れない、尿が少ない、立ちくらみがするといった変化があれば早めの受診が必要です。脱毛や吐き気、倦怠感も比較的みられ、生活への負担に応じて休薬や減量を行います。

参考:PMDA「トロデルビ(一般名:サシツズマブ ゴビテカン)電子添文」

HER2-lowの治療候補

トリプルネガティブ乳がんの中にも、HER2検査がIHC 1+、またはIHC 2+かつISH陰性となるHER2-lowの患者さんがいます。化学療法歴などの条件を満たせば、トラスツズマブ デルクステカンが治療候補になる場合があります。

この治療はHER2陽性乳がんだけのものではなく、少量のHER2を抗がん剤成分の届け先として利用します。ただし、HER2-lowであれば必ずサシツズマブ ゴビテカンより先に使用するという決まりではありません。過去の治療、腫瘍の進行速度、脳転移、肺の状態、予想される副作用などを比較して順番を決めます。

トラスツズマブ デルクステカンでは間質性肺疾患が治療判断に大きく関わります。新しい咳や息切れ、発熱が現れた場合には、風邪だと自己判断せず治療施設へ連絡します。もともと肺に病気がある患者さんや、過去に薬剤性肺障害を起こした患者さんでは、使用の可否をより慎重に検討します。

一方、HER2-ultralowについては、2026年7月時点の国内適応は主にホルモン受容体陽性乳がんを対象としており、トリプルネガティブ乳がんでごく弱いHER2発現があるだけでは、同じ条件で使用できるとは限りません。病理報告書の「HER2陰性」という記載だけで判断せず、IHCスコアと現在の国内適応を確認する必要があります。

参考:PMDA「エンハーツ(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)電子添文」

治療の順番は一つに固定されていない

トリプルネガティブ乳がんでは、ホルモン受容体陽性乳がんのように、内分泌療法を何段階も順番に使用することはできません。一方で、PD-L1陽性であれば免疫療法、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬、HER2-lowであれば特定の抗体薬物複合体というように、検査結果によって治療の道筋が分かれます。

最初の治療が効かなくなったときには、病気が全身で進行しているのか、一部の転移だけが進行しているのかを確認します。脳や骨の一部だけが進行している場合には、放射線治療などを追加し、全身では効果が続いている薬を維持できることもあります。複数の臓器で進行していれば、未使用の抗がん剤、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などへ切り替えます。

治療効果を追求するだけでなく、その治療を受けることで食事や睡眠、仕事、外出をどの程度保てるかも判断材料です。副作用が強い治療を短期間だけ続けるより、減量しながら長く続ける方が適する場合もあります。検査で使用可能と分かった薬をすべて使うのではなく、現在の病状に対して利益が見込める順番を考えることが、ステージ4の治療では求められます。

乳がんステージ4の抗がん剤治療

乳がんステージ4では、サブタイプや病状に応じて抗がん剤を使用します。トリプルネガティブ乳がんでは治療の中心となり、HER2陽性乳がんでは抗HER2薬と組み合わせます。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでも、内分泌療法や分子標的薬の効果が乏しくなった場合や、肝臓・肺などの機能を守るために腫瘍を早く縮小させる必要がある場合には、抗がん剤が候補になります。

抗がん剤を始めることは、治療の選択肢がほとんど残っていないという意味ではありません。ステージ4乳がんでは、効果と副作用を確認しながら、作用の異なる薬を順番に使用します。現在の薬が効きにくくなった場合にも、未使用の抗がん剤、抗体薬物複合体、分子標的薬などへ進めることがあります。

なお、トラスツズマブ デルクステカンやサシツズマブ ゴビテカンなどの抗体薬物複合体も、がん細胞へ抗がん剤成分を届ける治療です。ただし、使用条件や特有の副作用が異なるため、本章の一覧には含めず、各サブタイプの章で解説しています。

乳がんステージ4で使われる主な抗がん剤

薬剤・薬剤群 主に検討される場面 投与上の主な特徴 注意したい副作用と生活への影響
 タキサン系薬(パクリタキセル、ドセタキセル、nab-パクリタキセル) トリプルネガティブ乳がん、抗HER2薬との併用、腫瘍の縮小を早く得たい場合など 点滴で使用し、毎週または数週間ごとなど治療法によって間隔が異なる 手足のしびれ、白血球減少、脱毛など。しびれが進むと、箸を使う、ボタンを留める、歩くといった動作へ影響する。ドセタキセルでは浮腫にも注意する
カペシタビン 通院点滴の負担を抑えたい場合、複数の治療後、ほかの薬との併用など 自宅で服用する内服薬。服用期間と休薬期間を繰り返す 手足症候群、下痢、口内炎、骨髄抑制など。手足の痛みや皮膚の亀裂により、家事や歩行が難しくなることがある
エリブリン タキサン系薬やアントラサイクリン系薬などの治療後を含む進行・再発乳がん 一定の間隔で点滴し、休薬期間を設ける 好中球減少、倦怠感、脱毛、食欲低下、しびれなど。発熱時には感染症を疑って早めに連絡する
ビノレルビン・ゲムシタビン 過去の治療歴や残っている副作用に応じて選択 単剤で使う場合と、ほかの薬と組み合わせる場合がある 白血球減少、貧血、倦怠感、吐き気など。投与日や休薬期間は治療法によって異なる
アントラサイクリン系薬(ドキソルビシン、エピルビシンなど) 過去に使用していない場合や、再使用による利益が期待できる場合 点滴で使用し、生涯に投与できる総量を考慮する 骨髄抑制、吐き気、脱毛、心機能低下など。過去の投与量と心臓の状態を確認する必要がある
プラチナ製剤(カルボプラチンなど) トリプルネガティブ乳がん、免疫療法との併用、腫瘍の縮小を優先する場合など ほかの抗がん剤と組み合わせることがある 血球減少、吐き気、腎機能への影響など。併用薬によって副作用の出方や強さが変わる

表は代表的な特徴をまとめたものであり、実際の投与方法や副作用は、薬の組み合わせ、投与量、患者さんの臓器機能によって変わります。タキサン系薬では末梢神経障害、カペシタビンでは日常生活を制限する手足症候群、ドセタキセルでは骨髄抑制や浮腫、エリブリンでは血球減少などが治療継続の判断に関わります。

病状が安定している場合

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、病気の進行が比較的緩やかで、臓器機能も保たれている場合、一種類の薬を使用する単剤治療が選ばれることが多くあります。

複数の抗がん剤を組み合わせると、腫瘍が縮小する割合や縮小までの速さが高まる場合があります。一方で、副作用も強くなりやすく、単剤を順番に使用する場合より生存期間が明確に延びるとは限りません。そのため、併用療法は、病気が短期間で進行している場合や、肝臓・肺などの機能が差し迫って悪化し、腫瘍を早く小さくする必要がある場合を中心に検討します。

たとえば、肝臓に転移があるという理由だけで、必ず複数の抗がん剤を使用するわけではありません。黄疸や肝機能低下が急速に進んでいるのか、画像上は転移があっても臓器機能が安定しているのかによって、必要な治療の強さは異なります。

抗がん剤の選び方

抗がん剤を選ぶ際には、乳がんのサブタイプだけでなく、術前・術後治療を含めて過去にどの薬を使ったかを確認します。同じ薬でも、治療終了から長い期間が空いていれば再使用できる場合がありますが、治療中や終了直後に再発した場合には、別の作用を持つ薬が優先されることがあります。

以前の治療によるしびれが残っていれば、タキサン系薬を追加すると手の細かな作業や歩行がさらに難しくなる可能性があります。アントラサイクリン系薬を過去に使用していれば、それまでの総投与量と心機能を確認します。腎機能が低下している場合や、骨髄の回復が遅い場合にも、使用できる薬や投与量が限られることがあります。治療法は、病気の進行速度、持病、過去の副作用、本人の希望を含めて選択します。

内服薬であるカペシタビンは、通院点滴の時間を減らせる利点がありますが、副作用が軽いとは限りません。自宅で服用するため、決められた服用期間を管理し、症状が強くなったときには自分で休薬の必要性を判断せず、治療施設へ連絡することが大切です。カペシタビンの電子添文では、手足症候群が日常生活を制限する程度に応じて評価され、症状に合わせた休薬や減量が定められています。

参考:PMDA「カペシタビン錠 電子添文」

副作用への対処について

抗がん剤の副作用は、点滴や服薬をした当日にすべて現れるわけではありません。吐き気やだるさが数日後に強くなることもあれば、白血球は治療後しばらくしてから減少します。しびれや倦怠感は、治療を重ねるうちに少しずつ蓄積する場合があります。

仕事や家事を続ける場合には、治療日だけでなく、何日目に体調が悪くなり、いつ頃回復するのかを記録すると予定を立てやすくなります。診察では医師に「しびれがあります」と伝えるだけでなく、箸を落とすようになった、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が弱く階段が怖いなど、困っている動作を具体的に説明すると、減量や薬剤変更の必要性を判断しやすくなります。

脱毛、爪の変化、皮膚の乾燥なども、命に直接関わる副作用ではないからと我慢する必要はありません。外出や仕事、人との交流へ影響している場合には、ウィッグ、帽子、爪や皮膚のケアなど、治療前から対策を相談できます。

特に注意すべき兆候

好中球が減少している時期の発熱は、重い感染症の兆候である可能性があります。治療施設から示された体温の基準を超えた場合や、悪寒を伴う場合には、市販の解熱薬だけで様子を見ずに連絡します。

下痢や嘔吐が続き、水分を取れない、尿が極端に少ない、立ち上がるとふらつくといった状態では、脱水や腎機能低下が進んでいる可能性があります。口内炎によって食事が取れない場合や、手足症候群によって歩行が難しくなった場合も、服薬を続けながら次の外来を待つのではなく、休薬が必要かを確認します。

新しい息切れ、むくみ、短期間での体重増加がある場合には、貧血だけでなく、心機能低下や体液貯留が関係していることもあります。特にアントラサイクリン系薬やドセタキセルなどを使用している場合は、症状を早めに伝える必要があります。

減量や休薬は治療の失敗ではない

抗がん剤は、最初に決めた量を変えずに続けることだけが正しい治療ではありません。副作用が強ければ、投与量を減らす、一時的に休む、投与間隔を延ばす、別の薬へ変更するといった調整を行います。

減量によって腫瘍への効果がなくなるとは一概にいえません。副作用を我慢して食事や睡眠が保てなくなり、体力や臓器機能が低下すれば、現在の治療だけでなく、その後の治療も受けにくくなります。治療効果と日常生活の両方を確認し、継続できる量へ調整することが、長期にわたるステージ4乳がんの治療では重要です。

画像検査で腫瘍が完全に消えていなくても、大きくならず、症状や臓器機能が安定していれば、現在の治療を続ける意味があります。反対に、腫瘍が縮小していても、副作用によってほとんど食事が取れない、外出できない、転倒するほど足の感覚が低下している場合には、治療の利益と負担を見直さなければなりません。

乳がんステージ4の抗がん剤治療では、薬の強さだけでなく、何を目的として使うのか、どの副作用なら受け入れられるのか、生活をどの程度維持できるのかを考えます。候補となる薬を比較しながら、その時点の病状と本人の希望に合う治療を選び、必要に応じて量や投与方法を調整していきます。

乳がんの骨転移に対する治療

骨は、乳がんが遠隔転移しやすい部位の一つです。乳がんが骨へ転移した場合も、骨から発生した「骨がん」へ変わったわけではなく、乳がん細胞が骨の中で増殖している状態です。そのため、治療の基本は乳がんのサブタイプに応じた内分泌療法、抗HER2療法、抗がん剤などの全身薬物療法になります。そのうえで、痛みや骨折、神経の圧迫を防ぐために、骨修飾薬、放射線治療、手術などを組み合わせます。

骨転移が見つかっても、直ちに歩けなくなったり、すぐに命へ関わったりするとは限りません。一方で、病変の位置や骨の壊れ方によっては、骨折や脊髄圧迫などを突然起こすことがあります。痛みが軽い段階でも画像を確認し、どの骨にどの程度の負担がかかっているのかを評価することが大切です。

骨転移による痛み

骨転移による痛みは、背中、腰、骨盤、肋骨、腕、脚などに現れます。初期には体を動かしたときだけ痛む場合がありますが、進行すると安静時や夜間にも痛みが続き、睡眠や歩行へ影響することがあります。これまでなかった場所に痛みが続く場合や、鎮痛薬を使っても強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せずに伝える必要があります。

痛みの強さと画像上の病変の大きさが必ず一致するわけではありません。小さな病変でも体重のかかる大腿骨や脊椎にあれば生活への影響が大きくなり、広い骨転移があっても痛みが少ないこともあります。治療を考える際には、画像だけでなく、歩行、寝返り、着替え、階段の上り下りなど、具体的にどの動作が難しくなっているかを確認します。

骨折する前に手術が必要になることも

骨転移によって骨の強度が低下すると、転倒していなくても骨折する病的骨折を起こすことがあります。特に大腿骨など体重を支える骨では、骨折後に手術を行うよりも、骨折する危険が高い段階で金属製の器具などを使って補強した方が、歩行能力を保ちやすい場合があります。

痛みがあるからといって、運動をすべて中止する必要があるとは限りません。ただし、骨折リスクが高い場所へ自己判断で強い負荷をかけるのは危険です。整形外科やリハビリテーション科が画像を確認し、体重をかけてよい範囲や、杖・歩行器の必要性、安全に行える運動を判断します。

薬物療法でがんを抑えることと、骨を物理的に補強することは役割が異なります。抗がん治療が効く可能性があっても、骨折の危険が差し迫っていれば、手術や放射線治療を先に行うことがあります。

足の脱力や排尿障害は脊髄圧迫の可能性

脊椎の転移が大きくなったり、転移によって背骨がつぶれたりすると、脊髄や神経が圧迫されることがあります。脊髄圧迫では、背中や腰の痛みに続いて、脚のしびれ、力の入りにくさ、歩行の不安定さ、感覚の低下などが現れ、進行すると排尿や排便を自分で調節できなくなる場合があります。

こうした神経症状は、数日待って次の外来で相談するものではありません。圧迫が長く続くほど、治療後も麻痺や排尿障害が残る可能性があるため、突然歩きにくくなった、両脚に力が入らない、股の周囲の感覚がおかしい、尿が出にくいといった変化があれば、速やかに治療施設へ連絡します。

検査では緊急にMRIなどを行い、ステロイド薬、手術、放射線治療を組み合わせます。どの治療を優先するかは、圧迫の原因、背骨の安定性、神経症状の進み方、全身の病状によって異なります。

骨修飾薬の併用について

骨転移がある患者さんでは、がん細胞によって骨が壊される働きを抑える骨修飾薬が使われます。代表的な薬には、皮下注射で投与するデノスマブと、点滴で投与するゾレドロン酸があります。これらの薬は、乳がんそのものを全身から消す薬ではなく、病的骨折、脊髄圧迫、骨病変への放射線治療や手術が必要になる事態を減らす目的で、乳がんへの薬物療法と併用します。

骨修飾薬の副作用

デノスマブでは、血液中のカルシウムが低下することがあります。PMDAの電子添文では、投与前と投与後にカルシウムなどを確認し、原則としてカルシウムとビタミンDを補充しながら使用することが求められています。手足や口の周囲のしびれ、筋肉のけいれん、強い倦怠感などが現れた場合には、低カルシウム血症の可能性もあるため、医療者へ連絡します。特に腎機能が大きく低下している患者さんでは、慎重な管理が必要です。

ゾレドロン酸では、投与前後の腎機能の確認が欠かせません。腎機能が低下している場合には投与量を調整し、治療中に悪化した場合には休薬などを検討します。点滴後に発熱、筋肉痛、関節痛など、インフルエンザに似た症状が一時的に現れることもあります。

参考:PMDA「ランマーク(一般名:デノスマブ)電子添文」
参考:PMDA「ゾレドロン酸点滴静注 電子添文」

骨修飾薬を始める前には歯科受診を行う

デノスマブやゾレドロン酸では、まれではあるものの、あごの骨が壊死したり感染を起こしたりする薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎が問題になることがあります。特に、むし歯や歯周病がある状態で抜歯などの処置を受けると、発症リスクが高まります。PMDAでは、治療開始前に必要な歯科治療を済ませ、治療中も定期的な歯科受診と口腔ケアを続けることを勧めています。

骨修飾薬を使っている間に歯科治療が必要になった場合も、自己判断で薬を中止したり、乳がんの担当医へ伝えずに抜歯を受けたりしてはいけません。歯科医師には骨転移の治療薬を使用していることを伝え、乳腺科と歯科で処置の時期や方法を相談します。

歯やあごの痛み、歯茎の腫れ、歯のぐらつき、抜歯した場所が治りにくい、歯茎から膿や骨のような硬いものが出るといった変化は、顎骨壊死・骨髄炎の兆候となることがあります。放置せず、早い段階で歯科医師と治療担当医へ相談します。

参考:PMDA「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」

放射線治療が有効な場合

痛みのある骨転移には、放射線治療が有効な場合があります。放射線を病変へ当てることで腫瘍を局所的に抑え、痛みを軽減します。照射回数は一律ではなく、1回で終える方法と、数回から複数回に分ける方法があります。病変の位置、骨折リスク、過去の照射歴、全身状態、通院の負担などから決めます。NCIは、骨転移による痛みに対し、1回照射でも複数回照射と同程度の鎮痛効果が得られる場合があると紹介しています。

放射線治療を受けても、痛みがその日のうちに消えるとは限りません。効果が現れるまでに時間がかかることがあるため、鎮痛薬を併用します。照射直後に一時的に痛みが強くなる場合もあり、事前に対応方法を確認しておく必要があります。

定位放射線治療のように病変へ高い線量を集中させる方法が検討されることもありますが、すべての骨転移へ適するわけではありません。脊髄との距離、骨の安定性、病変数、これまでの放射線治療などを評価して選びます。

参考:National Cancer Institute「Radiation for Controlling Pain from Bone Metastases」

高カルシウム血症に注意

骨が広い範囲で壊されると、骨の中のカルシウムが血液中へ流れ出し、高カルシウム血症を起こすことがあります。初期には口が渇く、尿の量が増える、便秘になる、食欲が落ちる、吐き気がするといった変化がみられます。進行すると、強い眠気、意識の混乱、脱水、腎機能低下などを起こし、緊急の治療が必要になります。

体調不良や抗がん剤の副作用と区別しにくい症状ですが、水分を取れないほどの吐き気、急に反応が鈍くなった、会話がかみ合わないといった変化がある場合は、早急に受診します。治療では点滴による補液を行い、病状に応じて骨吸収を抑える薬などを使用します。

痛みを我慢せず、生活を保てる治療を組み合わせる

骨転移の治療では、画像上の病変を小さくすることだけでなく、痛みを抑え、歩行や睡眠を保ち、骨折や麻痺を防ぐことが重要です。鎮痛薬を使用することは、病気が最終段階に入ったという意味ではありません。痛みを抑えることで体を動かしやすくなり、筋力や食欲を保ちやすくなる場合があります。

痛み止めを使っても夜に眠れない、動くたびに鋭い痛みがある、急に歩きにくくなったといった変化は、薬の量を増やすだけでなく、骨折や神経圧迫が起きていないかを確認するきっかけになります。乳腺科だけでなく、放射線治療科、整形外科、歯科、緩和ケア、リハビリテーション科が連携することで、抗がん治療と日常生活の両方を支えます。

骨転移がある患者さん全員に、同じ行動制限が必要なわけではありません。安全な範囲で体を動かすことは、筋力や移動能力を保つうえで役立ちます。どこまで体重をかけてよいか、避けるべき動作があるかを画像に基づいて確認し、過度に安静にすることも、危険な負荷をかけることも避けます。

脳転移・肝転移・肺・胸膜転移への治療

乳がんステージ4では、転移した臓器によって現れやすい症状や治療の緊急性が異なります。ただし、脳や肝臓、肺に転移が見つかったからといって、その臓器への手術や放射線治療だけで治療を完結させるわけではありません。基本となるのは、乳がんのサブタイプに合った全身薬物療法です。そのうえで、症状を早く改善する必要がある場合や、限られた病変だけが進行している場合に、手術、放射線治療、胸水を抜く処置などを組み合わせます。

脳転移の治療

乳がんが脳へ転移すると、頭痛、吐き気、けいれん、手足の脱力やしびれ、歩きにくさ、言葉の出にくさ、視界の変化などが現れることがあります。本人より先に家族が、反応が鈍くなった、性格が変わった、会話がかみ合わないといった変化に気付く場合もあります。脳転移の症状は病変ができた場所によって異なり、小さな病変では自覚症状がないこともあります。診断には、脳の細かな病変や周囲のむくみを確認しやすい造影MRIが主に用いられます。

突然けいれんを起こした、片側の手足に力が入らない、言葉を話せない、意識が朦朧とするといった変化は、次回の診察まで待つ症状ではありません。脳転移だけでなく、脳出血や脳梗塞など別の病気の可能性もあるため、速やかな医療機関への連絡や救急受診が必要です。

局所治療

症状のある脳転移では、全身薬物療法だけに頼らず、手術や放射線治療などの局所治療を行うことが推奨されています。大きな病変が脳を圧迫している場合や、組織を採取して診断を確かめる必要がある場合には、手術が検討されます。病変が小さく、数や位置が治療に適していれば、病変へ放射線を集中させる定位放射線治療が候補になります。複数の病変が広い範囲にある場合には、脳全体へ放射線を当てる全脳照射を検討することもあります。

定位放射線治療は、周囲の正常な脳への照射を抑えやすい一方、治療していない場所に新しい転移が現れる可能性があるため、治療後も定期的な脳MRIが必要です。全脳照射では広い範囲を治療できますが、治療後の記憶力や集中力への影響も考慮しなければなりません。病変の数だけで機械的に治療法を決めるのではなく、大きさ、位置、症状、全身の病状、今後予定している薬物療法を踏まえて判断します。

支持療法

脳転移の周囲にむくみが生じている場合には、ステロイド薬によって頭痛や神経症状を和らげることがあります。けいれんを起こした患者さんには、再発を防ぐための抗けいれん薬を使用します。これらは脳転移そのものを消す治療ではなく、局所治療や薬物療法へ安全につなげるための支持療法です。

薬物療法

HER2陽性乳がんなどでは、脳内の病変にも効果が期待される薬物療法が増えています。ただし、頭痛や麻痺などの症状がある場合には、薬の効果を待つより局所治療を優先することがあります。脳以外の病変が現在の薬で抑えられ、脳の一部だけが進行した場合には、脳転移を手術や放射線治療で抑えたうえで、同じ全身薬物療法を継続する選択肢もあります。

参考:ASCO・SNO・ASTRO「Treatment for Brain Metastases Guideline」

肝転移の治療

肝臓は機能に余裕のある臓器であるため、転移があっても初期には症状が現れないことがあります。病変が広がると、食欲低下、強い倦怠感、右上腹部の違和感、腹部の張り、黄疸などがみられる場合があります。乳がんの肝転移によって黄疸や腹部の腫れが起こる可能性は、NCIの患者向け情報でも示されています。

治療方針を決める際には、CTなどで病変の数と広がりを確認するだけでなく、ビリルビン、AST、ALT、アルブミンなどの血液検査から、肝臓がどの程度機能を保っているかを評価します。画像上は肝転移が多くても肝機能が安定している患者さんがいる一方、短期間で肝機能が悪化し、早急な治療が必要になる場合もあります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

全身薬物療法

肝転移に対しても、サブタイプに合った全身薬物療法が治療の中心です。ホルモン受容体陽性乳がんで肝転移があっても、臓器機能が保たれ、病気の進行が緩やかであれば、内分泌療法と分子標的薬を選べる場合があります。一方、黄疸が進む、食事が急に取れなくなる、肝機能が短期間で低下するといった状態では、腫瘍をより早く縮小できる可能性のある抗がん剤や抗体薬物複合体を優先することがあります。

局所治療

肝臓の病変が一つまたは少数に限られている場合には、手術、焼灼療法、定位放射線治療などの局所治療を専門施設で検討することもあります。ただし、乳がんの肝転移では、画像に見える病変だけを治療しても、体内の別の場所に微小ながん細胞が存在する可能性があります。局所治療を行えば誰でも完治できるわけではなく、全身薬物療法に代わる一般的な治療でもありません。病変が限られているか、ほかの転移が長く安定しているか、局所治療によってどのような利益を期待できるかを、多職種で慎重に判断します。

肺転移/胸膜転移の治療

肺転移は、小さいうちは症状がなく、定期的な画像検査で見つかることがあります。病変が広がると、咳、息切れ、胸の痛みなどが現れます。肺を覆う胸膜へがんが広がり、肺の周囲に胸水がたまると、肺が十分に広がらなくなり、呼吸が苦しくなることがあります。

ただし、治療中に息苦しくなったからといって、必ずしも肺転移が進行したとは限りません。胸水のほか、肺炎、肺血栓塞栓症、貧血、心不全、放射線や薬による肺炎など、複数の原因が考えられます。特に、トラスツズマブ デルクステカンや免疫チェックポイント阻害薬など、肺障害を起こす可能性のある治療を受けている場合には、がんの進行と副作用を区別する必要があります。

急に息苦しくなった、安静にしていても呼吸がつらい、胸の痛みや発熱を伴う、意識が遠のくように感じるといった場合には、次回の外来まで待たずに医療機関へ連絡します。息苦しさの原因によって治療法が大きく異なるため、CT、胸部X線、血液検査、酸素飽和度などを確認します。

肺や胸膜の転移に対しても、乳がんのサブタイプに応じた薬物療法が基本です。薬が効いて病変が小さくなれば、咳や息苦しさ、胸水が改善する可能性があります。一部の病変が気管支を圧迫している場合や、限られた肺転移だけが進行している場合には、放射線治療や手術などを個別に検討することもあります。

胸水が多い場合

胸水によって肺が圧迫されている場合には、細い針や管を胸へ入れて水を抜く胸腔穿刺を行います。胸水を抜くことで肺が広がりやすくなり、短期間で息苦しさが改善することがあります。採取した胸水を調べ、乳がん細胞が含まれているか、感染など別の原因がないかを確認する意味もあります。

胸水を一度抜いても、短期間で再びたまることがあります。繰り返し胸腔穿刺が必要になる場合には、胸の中へ細い管を留置して自宅などで定期的に排液する方法や、肺と胸壁の間を癒着させ、胸水がたまる空間を減らす胸膜癒着術を検討します。どの方法が適しているかは、肺が排液後に十分広がるか、胸水がたまる速さ、通院の負担、全身状態などによって変わります。

胸水を抜く治療は、乳がんそのものを全身から減らす治療ではありません。しかし、呼吸を楽にし、食事や睡眠、歩行を改善することで、次の薬物療法を受けやすくする役割があります。症状を和らげる処置と抗がん治療を対立するものとして考えず、必要に応じて同時に行います。

一部の病変だけが進行した場合

全身薬物療法によって大部分の病変が抑えられているにもかかわらず、脳、肝臓、肺などの一部だけが大きくなることがあります。このような場合には、進行した病変へ手術や放射線治療を行い、全身では効果が続いている薬を維持できる可能性があります。

反対に、複数の臓器で病変が増え、症状や臓器機能も悪化している場合には、局所治療だけでは全身の進行を抑えられません。サブタイプや遺伝子検査の結果を改めて確認し、作用の異なる薬物療法へ切り替えることが中心になります。

脳、肝臓、肺への転移は、転移があるという事実だけで治療法や見通しが決まるものではありません。症状の有無、臓器機能、病変の数と位置、脳以外・肝臓以外の病変が抑えられているかを確認し、全身薬物療法と局所治療の役割を分けて考える必要があります。

緩和ケア・支持療法

乳がんステージ4の治療では、がんを抑える薬物療法と同時に、痛みや息苦しさ、吐き気、倦怠感、不安などを和らげる緩和ケア・支持療法を行います。緩和ケアは、抗がん治療をやめた後にだけ受ける医療ではありません。国立がん研究センターは、がんと診断された時点から、治療と並行して受けられるものと説明しています。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

支持療法は、抗がん剤による吐き気や白血球減少、下痢、しびれなどを予防・軽減し、治療を安全に続けるための医療です。緩和ケアはさらに広く、がんそのものによる症状、気持ちのつらさ、仕事や家族の問題、療養場所への不安なども支援の対象とします。両者は明確に切り分けられるものではなく、患者さんができるだけ普段に近い生活を続けられるよう支えるという点で重なっています。

ASCOのガイドラインも、進行がんの患者さんに対し、通常のがん治療と専門的な緩和ケアを並行して提供することを推奨しています。とくに、痛みや息苦しさなどの症状が十分に抑えられていない場合、治療方針への迷いが強い場合、家族を含めた心理的・社会的な負担が大きい場合には、早い段階から緩和ケアチームへ相談する意義があります。

参考:ASCO「Palliative Care for Patients With Cancer: Guideline Update」

痛みのケア

乳がんステージ4では、骨転移、乳房や胸壁の病変、神経の圧迫などによって痛みが生じることがあります。手術や抗がん剤による神経障害、関節痛など、治療が原因となる痛みもあります。痛みが続くと睡眠や食欲が低下し、歩くことや通院も難しくなるため、痛みを取る治療は生活を楽にするだけでなく、抗がん治療を続ける体力を保つことにもつながります。

痛みの治療では、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬であるオピオイド鎮痛薬などを、痛みの強さや原因に応じて使用します。一定時間ごとに使う薬で普段の痛みを抑え、急に強くなる痛みに対しては頓服薬を併用することがあります。骨転移による局所的な痛みには、鎮痛薬だけでなく放射線治療が有効な場合もあります。

医療用麻薬を使うと依存症になるのではないか、薬を早く使うと後で効かなくなるのではないかと心配する患者さんもいます。しかし、がんによる痛みに対して医師の指示に沿って適切に使用する場合、依存への不安から必要な鎮痛を避ける必要はありません。むしろ、痛みを限界まで我慢すると、体力を消耗し、睡眠や食事、治療への意欲にも影響します。

鎮痛薬を使用しても夜に眠れない、予定より早く痛みが戻る、頓服薬を使う回数が増えた場合には、薬の量や種類を見直します。痛みを数字だけで伝えるのが難しいときは、「寝返りができない」「階段を上れない」「痛くて食事に集中できない」など、生活で困っている動作を伝えると治療調整につながります。

参考:痛み|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさ

乳がんステージ4で息苦しさが生じる原因は、肺・胸膜転移や胸水だけではありません。肺炎、貧血、心不全、血栓、薬剤による肺障害、不安などが関係することもあります。原因によって必要な治療が異なるため、酸素飽和度、血液検査、胸部画像などを確認します。

胸水が多い場合には水を抜く処置、貧血が強い場合にはその原因への治療、肺炎には抗菌薬、心不全には循環器系の治療を行います。薬剤性肺障害が疑われる場合には、原因薬を休止し、必要に応じてステロイド薬を使用します。病気そのものを短期間で改善することが難しい場合でも、姿勢の調整、室内の風、酸素療法、薬物療法などによって呼吸のつらさを軽減できることがあります。

新しく始まった息切れが急速に悪化している、安静にしていても苦しい、胸痛や発熱を伴う、会話を続けられないといった場合には、次回の外来まで待たずに治療施設へ連絡します。呼吸困難は、がんの進行だけでなく、感染症や血栓など緊急性の高い状態でも起こるためです。

倦怠感

倦怠感は、眠っても回復しないだるさ、集中力の低下、何もする気が起きない感覚などとして現れます。がんそのものだけでなく、貧血、痛み、不眠、感染症、脱水、栄養状態の悪化、電解質異常、気分の落ち込みなど、複数の原因が重なっていることがあります。

原因が見つかれば、貧血や感染症の治療、鎮痛薬の調整、不眠や不安への対応などによって改善できる可能性があります。抗がん剤の投与後に一定の周期で強くなる場合には、治療量や投与間隔の調整も検討します。

倦怠感があるときに、すべての活動を中止して長時間寝て過ごすと、筋力が低下し、さらに動きにくくなることがあります。骨折や転倒の危険がなく、体調が許す範囲では、短時間の歩行やストレッチなどが倦怠感の軽減に役立つ場合があります。活動できる時間帯に必要な用事をまとめ、つらい時間帯には休むなど、体力を配分する考え方も有効です。

参考:倦怠感(だるさ)|国立がん研究センター がん情報サービス

食欲低下

食欲低下は、抗がん剤による吐き気や味覚変化、口内炎、便秘、痛み、気分の落ち込みなどによって起こります。肝転移や腹水、高カルシウム血症、感染症が原因となることもあるため、食べられない状態が続くときには、単に栄養指導を受けるだけでなく原因を調べます。

食欲が少ないときは、決められた時間に通常量を食べることへこだわらず、体調のよい時間に少量ずつ取る方法があります。においで吐き気が強くなる場合には冷たい食品を選ぶ、口内炎があれば刺激の少ない柔らかい食品にするなど、症状に合わせて工夫します。管理栄養士へ相談すると、現在の症状や治療内容に合った食事方法を検討できます。

一方、がん悪液質が進むと、食事量を増やすだけでは体重や筋肉量を十分に回復できないことがあります。本人が食べられないことを責めたり、家族が無理に食べさせようとしたりすると、食事の時間そのものが負担になる場合があります。何をどの程度食べられるかだけでなく、吐き気や痛み、便秘を減らし、食べられる時間をつくることが大切です。

参考:食欲がない・食欲不振|国立がん研究センター がん情報サービス

吐き気や便秘

抗がん剤による吐き気は、症状が出てから対処するだけでなく、治療前から吐き気止めを使用して予防します。薬の種類や過去の吐き気の程度によっては、点滴後の数日間も予防薬を続けます。水分も取れない状態が続く場合には、脱水や腎機能低下につながるため、次回の診察を待たずに連絡します。

便秘は、オピオイド鎮痛薬、吐き気止め、活動量の低下、食事や水分量の減少などによって起こります。がん治療中の便秘は生活習慣だけで改善しにくく、慢性化することもあるため、予防的に下剤を使用する場合があります。腹部の張りや吐き気を伴う便秘では、腸閉塞などが隠れている可能性もあり、自己判断で下剤だけを増やさないことが大切です。

参考:便秘|国立がん研究センター がん情報サービス

不安や気分の落ち込み

ステージ4と告げられた後には、死への恐怖、治療が効かなくなる不安、家族や仕事への心配などが繰り返し現れることがあります。検査結果を待つ時期や治療を変更する時期に、不眠や動悸、食欲低下が強くなる人もいます。

不安や落ち込みは、本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。担当医や看護師、心理士、精神科・心療内科などへ相談し、カウンセリングや薬物療法を受けることができます。眠れない状態が続く、何をしても楽しめない、自分を責め続けるといった状態は、早めに相談する理由になります。

緩和ケアでは患者さん本人だけでなく、家族も支援の対象です。介護を担う家族が疲れ切っている場合や、本人へどのように病状を伝えればよいか迷っている場合にも、緩和ケアチームやがん相談支援センターへ相談できます。

仕事や経済的な問題

治療が長期化すると、通院日の確保、休職、収入の減少、医療費などが負担になります。体調が比較的安定していても、治療スケジュールが仕事と合わず、退職を考える患者さんもいます。

治療を始める前や変更する際には、点滴に必要な時間だけでなく、何日目に副作用が出やすいか、通院頻度を変更できるかを確認します。医療ソーシャルワーカーやがん相談支援センターでは、高額療養費制度、傷病手当金、障害年金、介護保険、就労支援などについて相談できます。制度を利用することは治療を諦めることではなく、治療と生活を両立するための支援です。

リハビリテーションはがんと診断された直後から受けられる

がんのリハビリテーションは、手術後だけに行うものではありません。骨転移がある場合の安全な歩き方、筋力低下の予防、むくみへの対応、しびれによる転倒予防、呼吸を楽にする姿勢など、ステージ4でも多くの役割があります。

骨折の危険がある場所に強い負荷をかけることは避けなければなりませんが、必要以上に安静にすると筋力が低下し、入浴やトイレ、外出などが難しくなります。画像を確認したうえで、理学療法士や作業療法士と安全な活動範囲を決めます。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

療養場所は選びなおせる

緩和ケアは、抗がん治療を受けている外来、入院中の一般病棟、緩和ケア外来、緩和ケア病棟、自宅などで受けられます。自宅療養では、訪問診療や訪問看護を利用し、痛みや呼吸症状の管理、薬の調整などを受けることができます。

緩和ケア病棟へ相談したからといって、直ちに抗がん治療を中止し、入院しなければならないわけではありません。将来体調が変化した場合に備えて、利用できる施設や条件を早めに確認しておくこともできます。また、一度決めた療養場所を変えてはいけないわけでもありません。自宅で過ごしていても症状の管理が難しくなれば入院し、症状が落ち着けば再び退院できる場合があります。

緩和ケア・支持療法の目的

ステージ4乳がんでは、治療の効果と体への負担が時間とともに変化します。そのため、治療を続けられるかどうかだけでなく、患者さんが何を大切にしているかを繰り返し確認します。

できるだけ長く仕事を続けたい、強い眠気が出る治療は避けたい、自宅で家族と過ごす時間を優先したいなど、希望は人によって異なります。体調や家庭の状況が変われば、以前と考えが変わることもあります。こうした希望を家族や医療者と共有しておくことは、治療を諦めるためではなく、本人の価値観に合った治療を選ぶための準備です。

緩和ケア・支持療法の目的は、苦痛を完全になくすことだけではありません。症状を少しでも軽くし、食事、睡眠、移動、仕事、家族との時間を保ちながら、必要な抗がん治療を続けられる状態をつくることにあります。痛みや不安を我慢するほど治療に前向きであるということではありません。現在困っていることを早めに伝え、薬物療法、リハビリテーション、心理・社会的支援を組み合わせることが、ステージ4乳がんと長く付き合うための治療の一部です。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの生存率は、診断された時点のステージによって大きく異なります。一般にステージが早いほど、手術や放射線治療によって局所のがんを取り除ける可能性が高くなります。一方、ステージ4では乳房から離れた臓器にもがん細胞が広がっているため、薬物療法によって全身の病気を長く抑えることが治療の中心です。

ただし、生存率は多くの患者さんをまとめて計算した統計であり、一人ひとりの余命や治療効果を示すものではありません。数字を見る際には、対象となった患者さんの診断年、生存率の計算方法、診断時のステージを基準にしているのかを確認する必要があります。

乳がんのステージ別5年・10年純生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの院内がん登録では、女性乳がんについて、UICC TNM分類によるステージ別の5年純生存率と10年純生存率が公表されています。

診断時のステージ 5年純生存率 10年純生存率
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

※5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象とした別々の集計です。同じ患者集団の5年後と10年後を比較した数値ではありません。

ここで使われている純生存率(ネット・サバイバル)とは、乳がん以外の死因による影響を統計的に除き「乳がんだけが死因になると仮定した場合の生存率」を推計したものです。国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年の5年生存率集計から、従来の相対生存率に代わって純生存率(ネット・サバイバル)が採用されています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター

同じ患者集団の追跡結果ではない

表を見ると、ステージ4の生存率が5年時点の39.8%から10年時点の17.0%へ低下しているように見えます。しかし、この二つは同じ患者集団を10年間追跡した結果ではありません。

5年純生存率は2014~2015年診断例、10年純生存率は2012年診断例を対象としています。診断年だけでなく、対象となった施設や患者構成も異なるため「5年後に生存していた39.8%の患者さんのうち、10年後には17.0%になった」と解釈することはできません。

ステージが進むにつれて生存率が低くなる背景には、治療の目的の違いがあります。乳房や近くのリンパ節に病変が限られている段階では、手術や放射線治療によって根治を目指せる可能性があります。一方、遠隔転移のあるステージ4では、画像に見えないがん細胞も含めて全身を治療する必要があり、病気を長期間抑えることが治療の中心になります。

ステージ4の39.8%は「5年しか生きられない」という意味ではない

5年純生存率39.8%とは、ステージ4と診断された患者さん一人ひとりに「5年間生きられる確率が39.8%ある」と伝える数字ではありません。年齢や患者背景の異なる大人数のデータをまとめ、統計的に算出した集団の指標です。

また、5年は生存率を集計するための区切りにすぎません。5年が過ぎた直後に病状が急に悪化するわけではなく、薬物療法を変更しながら10年以上生活する患者さんも含まれています。反対に、診断後の早い段階で臓器機能が悪化する患者さんもいるため、中央値や生存率だけでは個人の経過を予測できません。

NCIも、生存率は大きな患者集団から算出されたものであり、個々の患者さんに何が起こるかを正確に予測することはできないと説明しています。乳がんの見通しは、ステージだけでなく、サブタイプ、年齢、全身状態、転移部位、過去の治療、治療への反応などによって変わります。

現在の患者さんへそのまま当てはめることはできない

ステージ4の10年純生存率17.0%は、2012年に診断された患者さんのデータです。国立がん研究センターも、2012年は院内がん登録を開始して間もない時期で登録精度に課題があり、現在とはがん治療の状況も変化しているため、数値の解釈には注意が必要だとしています。

参考:院内がん登録 2012年10年生存率集計|国立がん研究センター

2012年以降、ホルモン受容体陽性乳がんではCDK4/6阻害薬などの分子標的薬が広く使われるようになりました。HER2陽性乳がんでは複数の抗HER2薬や抗体薬物複合体が登場し、トリプルネガティブ乳がんでも免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などを使用できる患者さんがいます。

これらの治療を受ける現在の患者さんの長期経過は、2012年診断例を基にした10年生存率には十分反映されていません。ただし、治療が進歩しているからといって、現在のステージ4の10年生存率を推測して別の数字へ置き換えることもできません。17.0%は過去の公的な実績として示し、現在の個人の見通しとは区別して受け止める必要があります。

統計は診断時のステージが基準

院内がん登録のステージ別生存率は、乳がんと診断された時点のステージを基準にしています。

最初はステージ1~3と診断され、手術や術後治療を受けた後に遠隔再発した患者さんは、原則として最初に診断されたステージで登録されます。ステージ4の39.8%や17.0%は、最初から骨や肺、肝臓などへの遠隔転移が見つかった「初発ステージ4」の患者さんが主な対象であり、遠隔再発したすべての患者さんの経過を表しているわけではありません。

初発ステージ4と遠隔再発では、それまでに使用した薬や治療への耐性、再発までの期間などが異なります。遠隔再発後の生存期間を扱う研究では、再発した日から期間を計算することもあるため、診断日から計算したステージ4の生存率とは出発点が異なります。

ステージ4の中でも見通しには大きな差がある

ステージ4乳がんの見通しを考えるうえでは、ホルモン受容体やHER2によるサブタイプが大きく関係します。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、内分泌療法と分子標的薬によって長期間病気を抑えられることがあります。HER2陽性乳がんでは、複数の抗HER2療法を順番に使用できるようになっています。

トリプルネガティブ乳がんは進行が速い場合がありますが、PD-L1、BRCA1/2、HER2-lowなどの検査結果によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体を使用できることがあります。

転移部位も見通しに影響します。骨だけに転移がある場合と、肝臓や肺の機能が急速に低下している場合では、治療の緊急性が異なります。ただし、肝転移や肺転移があるだけで、直ちに短い余命を意味するわけではありません。臓器機能が保たれ、薬物療法がよく効いていれば、長期間安定する可能性があります。

診断時には経過を正確に予測できなくても、治療後に腫瘍がどの程度縮小したか、症状や臓器機能が安定しているかを確認することで、その時点から先の見通しを評価し直せます。

生存率ではなく、現在の病状と次の選択肢を確認

主治医へ見通しを尋ねる際には「5年生存率が39.8%なら、自分はどちらに入るのか」と質問しても、明確な答えを出すのは困難です。統計上の生存側と死亡側を、診断時に分けることはできないためです。

今後の生活や治療を考えるためには、現在の治療が効いているか、肝臓や肺などの機能は保たれているか、病気の進行は速いか、次に使える薬があるかを確認する方が具体的です。症状が安定し、次の治療選択肢も残っている場合と、臓器機能が急速に悪化している場合では、同じステージ4でも医師から説明される見通しは異なります。

乳がんステージ4の5年純生存率39.8%、10年純生存率17.0%は、病気全体の傾向を理解するための公的なデータです。しかし、これらは過去の異なる患者集団から算出された数字であり、個人の余命を示すものではありません。サブタイプ、転移部位、臓器機能、治療への反応を確認しながら、その時点での見通しを医療者と共有することが必要です。

乳がんステージ4の余命

乳がんステージ4と診断されたとき、多くの患者さんが知りたいのは「実際には何か月、何年くらい生きられる可能性があるのか」という具体的な数字です。

前章で示した5年純生存率や10年純生存率は、ステージ4乳がん全体の傾向を知るうえで役立ちます。一方、臨床試験では、特定のサブタイプや治療歴を持つ患者さんを対象として、治療開始後の全生存期間中央値が報告されています。

これらの数値は、現在の治療を受けた患者さんがどの程度の期間生存したかを知るための参考になります。ただし、対象患者や治療を始めた段階が試験ごとに異なるため、そのまま個人の余命として受け取ることはできません。

代表的な臨床試験で報告された全生存期間中央値

乳がんステージ4の治療成績を示した代表的な第Ⅲ相試験では、次のような全生存期間中央値が報告されています。

乳がんのタイプ・主な対象 臨床試験・治療段階 試験で行われた治療 全生存期間中央値
ホルモン受容体陽性・HER2陰性。進行乳がんに対する全身治療を受けていない閉経後患者 MONALEESA-2・一次治療 リボシクリブ+レトロゾール 63.9か月
HER2陽性。転移性乳がんに対する抗HER2療法や抗がん剤を受けていない患者 CLEOPATRA・一次治療 ペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル 57.1か月
トリプルネガティブ、PD-L1 CPS 10以上。進行・再発乳がんに対する全身治療を受けていない患者 KEYNOTE-355・一次治療 ペムブロリズマブ+抗がん剤 23.0か月
HER2-low。転移性乳がんに対して1~2種類の抗がん剤治療歴がある患者 DESTINY-Breast04・二次治療以降 トラスツズマブ デルクステカン  23.4か月

参考:Hortobagyi GN, et al.「Overall Survival with Ribociclib plus Letrozole in Advanced Breast Cancer」
参考:Swain SM, et al.「Pertuzumab, Trastuzumab, and Docetaxel for HER2-Positive Metastatic Breast Cancer: End-of-Study Results from CLEOPATRA」
参考:Cortés J, et al.「Pembrolizumab plus Chemotherapy in Advanced Triple-Negative Breast Cancer」
参考:Modi S, et al.「Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Low Advanced Breast Cancer」

これらは治療を受けた患者さんの実際の経過を表す数値ですが、乳がんステージ4のタイプ別平均余命を示した表ではありません。

全生存期間中央値の意味

全生存期間中央値とは、対象患者の半数が生存していた期間です。NCIは、診断日または治療開始日から、対象集団の半数が生存している期間と定義しています。

たとえば、全生存期間中央値が23か月だった場合、すべての患者さんが23か月前後で亡くなったわけではありません。約半数は23か月より短い期間で亡くなり、残りの半数はそれより長く生存しています。中には、中央値を大きく超えて数年間治療を継続した患者さんも含まれます。

中央値は「治療を受けた人の典型的な経過を一つの数字で表すための統計」です。患者さん一人ひとりに与えられた期限ではありません。

表の数字をサブタイプ別の余命として比較することはできない

表だけを見ると、ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんは63.9か月、HER2陽性乳がんは57.1か月、トリプルネガティブ乳がんは23.0か月と読み取れます。しかし、これらの数字を並べて、サブタイプごとの余命を直接比較することはできません。

MONALEESA-2、CLEOPATRA、KEYNOTE-355は、主に進行・転移性乳がんに対する一次治療の試験です。一方、DESTINY-Breast04は、転移性乳がんに対してすでに1~2種類の抗がん剤を受けた患者さんを対象としています。

DESTINY-Breast04に参加した患者さんは、試験開始前にも転移性乳がんとして治療を受けています。そのため、23.4か月は「ステージ4と診断されてからの全期間」ではなく、試験治療を開始してからの生存期間です。

また、試験ごとに閉経状態、PD-L1、HER2の発現、過去の治療、脳転移の状態、全身状態、肝臓や腎臓などの機能に関する参加条件が設けられています。臨床試験へ参加できる患者さんは、一定の体力と臓器機能を保っている場合が多いため、表の数値がステージ4乳がん患者全体をそのまま表しているわけでもありません。

数値は試験の追跡期間によって変わる

全生存期間中央値は、試験開始時から固定された数字ではありません。追跡期間が延び、死亡した患者さんの数が増えると、中央値が更新されることがあります。

DESTINY-Breast04では、主要解析時の全生存期間中央値は23.4か月でしたが、その後の長期追跡では22.9か月と報告されています。これは治療効果が後から悪化したという意味ではなく、追跡期間が延びてデータが成熟したことで、中央値の推定値が変化したものです。

臨床試験の数字を参考にする場合には、どの解析時点の数値なのかを確認する必要があります。本章の表では、治療効果が最初に明確に示された主要解析または最終解析の代表値を掲載しています。

診断された日からの余命ではない

臨床試験の全生存期間は、多くの場合、患者さんが試験へ登録され、治療群へ割り付けられた時点から計算されます。最初に乳がんと診断された日や、遠隔転移が見つかった日から数えた期間とは限りません。

初発時からステージ4だった患者さんと、早期乳がんの治療から数年後に遠隔再発した患者さんでは、試験治療を開始するまでの経過が異なります。さらに、二次治療や三次治療の試験では、すでに転移性乳がんとして一定期間治療を受けた患者さんが対象です。

したがって、表の23か月や64か月を「ステージ4になってから生きられる期間」と解釈することはできません。全生存期間中央値は、その試験の対象条件と計測開始時点を合わせて読む必要があります。

治療への反応によって見通しは更新される

診断直後には、その乳がんが薬へどの程度反応するか分からないため、医師が説明できる見通しにも幅があります。治療後に腫瘍が縮小し、症状や臓器機能が安定していれば、診断時よりも長い経過を期待できる可能性があります。画像上で腫瘍が消えていなくても、大きくならずに安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

最初の治療が効かなかった場合でも、直ちに余命が短いと決まるわけではありません。ホルモン受容体、HER2、PD-L1、BRCA1/2などを確認し、作用の異なる薬へ変更することで、再び病気を抑えられることがあります。

一方、複数の薬を使用しても短期間で進行し、臓器機能の低下によって次の治療を安全に受けにくくなった場合には、医師からより厳しい見通しが説明されることがあります。余命の予測は診断時に一度決められるものではなく、治療への反応と体の状態に応じて繰り返し見直されます。

余命は数字ではなく幅を確認する

今後の仕事、家族との時間、財産や療養場所について考えるために、見通しを知りたい患者さんもいます。その場合は「あと何年ですか」と一つの数字だけを求めるより、現在の病状が数か月単位で変化する可能性が高いのか、年単位で安定する可能性があるのかを尋ねる方が、現実的な説明を受けやすくなります。

現在の治療が効いた場合と効かなかった場合の違い、次に使用できる薬が何種類あるか、今後特に注意すべき臓器や症状について確認することも、生活を考える助けになります。

すべての患者さんが詳細な予測を知りたいとは限りません。数字を知ることで準備しやすくなる人がいる一方、強い不安につながる人もいます。どの程度まで知りたいのか、家族にも同じ内容を伝えてよいのかを、あらかじめ医療者へ伝えることができます。

見通しが厳しくても受けられる医療はある

有効性を期待できる抗がん治療が少なくなった場合でも、痛み、息苦しさ、吐き気、不眠、不安などを軽減する治療は続けられます。胸水を抜く処置、骨転移への放射線治療、鎮痛薬の調整、訪問診療や訪問看護などによって、生活の負担を軽くできる場合があります。

新しい抗がん剤を使わないことと、治療を何もしないことは同じではありません。抗がん治療の負担が利益を上回る段階では、症状を抑え、食事や睡眠、家族との時間を保つことが医療の中心になります。

表の数字は、現在の治療によってどのような経過が報告されているかを知る参考にはなりますが、個人の期限ではありません。現在の病気の進行速度、治療への反応、臓器機能、次に使える治療を確認しながら、自分自身の見通しを主治医と共有することが大切です。

乳がんステージ4が完治する可能性

乳がんステージ4では、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器にもがんが広がっています。そのため、一般には手術によってすべてのがんを取り除き、治療を終了することを目指す病期ではありません。乳がんのサブタイプに合った薬物療法を続け、病気の進行を抑えながら、症状や臓器機能、日常生活を保つことが治療の中心です。

ただし、「ステージ4では絶対に病変が消えない」という意味ではありません。治療によって画像上の病変がすべて見えなくなり、その状態が長期間続く患者さんもいます。ここでは、画像上の完全奏効と医学的な完治を区別して考える必要があります。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

乳がん治療では、検査で確認できる病変がすべて消えた状態を「完全奏効」または「完全寛解」と呼びます。NCIは完全奏効を、治療によってがんの徴候がすべて消失した状態と定義していますが、同時に、それが必ずしも治癒を意味するわけではないと説明しています。

用語 主な意味
完全奏効・完全寛解 画像検査などで確認できる病変が消えた状態
部分奏効 病変が一定以上縮小した状態
安定 病変が明らかに縮小してはいないものの、大きくもなっていない状態
NED 検査で病気の存在を確認できない状態
完治・治癒 治療後にがんが再び現れる可能性が十分低く、病気が治ったと判断される状態

完全奏効やNEDは、現在の検査でがんを確認できないことを表しています。一方、完治は、将来も再発しないと判断できる状態を意味します。ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えても、一般には完全奏効や長期寛解と表現し、すぐに完治とは判断しません。

参考:ESMO「Clinical Practice Guideline:Metastatic Breast Cancer」

画像で病変が消えても再発する可能性があるのはなぜか

CTやMRI、PETなどの画像検査には、確認できる病変の大きさに限界があります。治療によって大きな病変が消えても、画像では捉えられない少数のがん細胞が体内に残っている可能性があります。

薬物療法によって多くのがん細胞が死滅しても、一部の細胞が活動を弱めた状態で残り、時間がたってから再び増殖することがあります。治療に反応しやすい細胞が減る一方で、薬の影響を受けにくい細胞が残る場合もあります。

血液検査や腫瘍マーカーが正常になった場合も同様です。腫瘍マーカーは病気の動きを判断する補助にはなりますが、正常値だからといって、がん細胞が体内に一つも存在しないことを証明する検査ではありません。そのため、画像で病変が見えなくなっても、定期的な診察や検査を続け、必要に応じて薬物療法を継続します。

長期間病気が見えない状態を保つケース

転移性乳がんで完全奏効が得られ、その状態が何年も続く患者さんは実際に報告されています。とくに、薬物療法への反応が良好なHER2陽性乳がんでは、トラスツズマブを含む治療によって数年間の長期寛解を得た患者群が報告されています。

参考:PubMed「Long-term Tumor Remission Under Trastuzumab Treatment for HER2-positive Metastatic Breast Cancer」

過去の完全奏効例を集めた研究でも、転移性乳がんに対する治療後、長期間再発を認めなかった患者さんが一部含まれていました。

参考:PubMed「Characterisation of Complete Responders to Combination Chemotherapy for Metastatic Breast Cancer」

ただし、このような患者さんは転移性乳がん全体の中では限られており、どの患者さんが長期寛解を得られるかを治療前に正確に予測することはできません。また、長期間病変が現れなかった症例報告があることと、一般的な治療で完治を期待できることは分けて考える必要があります。

長期的に病気を抑えやすい条件としては、薬物療法への反応が深く長く続いていること、転移している臓器や病変数が少ないこと、臓器機能と全身状態が保たれていることなどが考えられます。しかし、これらの条件がそろっていても、治癒を保証するものではありません。

局所治療を検討するケース

転移が一つまたは少数の臓器や病変に限られている状態は、オリゴ転移と呼ばれます。病変がごく限られている患者さんでは、全身薬物療法に加えて、転移巣への手術や定位放射線治療などを行い、長期的な病気の制御を目指すことがあります。

乳がんのオリゴ転移に対する局所治療では、長期生存や長期間の病勢制御を得た報告があります。とくに、ホルモン受容体陽性で、最初の乳がん治療から転移までの期間が長く、病変数が少ない患者さんでは、良好な経過を示した研究があります。

参考:PubMed「Navigating Breast Cancer Oligometastasis and Oligoprogression」
参考:PubMed「Long-term Disease Control and Survival After SABR for Oligometastatic Breast Cancer」

一方、これまでの研究には後ろ向き研究や小規模試験が多く、局所治療を受けたから長く生存したのか、もともと進行が緩やかな患者さんが選ばれていたため長く生存したのかを区別しにくいという問題があります。近年のレビューでも、乳がんのオリゴ転移に対する手術や定位放射線治療について、良好な報告がある一方、すべての患者さんへの有効性を支持しない試験もあり、結論は確立していないとされています。

現在も、乳がんのオリゴ転移に対して、サブタイプ別の薬物療法へ転移巣治療を加えることが予後を改善するかを検証する臨床試験が行われています。

参考:PubMed「Randomized Controlled Trial of Metastasis-directed Therapy for Oligometastatic Breast Cancer」

したがって、転移が少なければ手術や放射線治療で必ず完治できるわけではありません。局所治療を行う場合には、転移の数や場所だけでなく、サブタイプ、薬物療法への反応、ほかに見えない病変が存在する可能性、治療による負担を含めて判断します。

画像上の病変が消えても治療は続く

ステージ4乳がんでは、画像上の病変が消えた場合でも、現在の薬物療法が病気を抑えている可能性があるため、すぐに治療を終了するとは限りません。

たとえば、HER2陽性乳がんでは、抗がん剤を一定期間で終了しても、トラスツズマブなどの抗HER2療法を維持療法として続けることがあります。ホルモン受容体陽性乳がんでも、病変が見えなくなった後に内分泌療法や分子標的薬を続ける場合があります。

治療を中止できるかどうかについて、すべての患者さんへ当てはめられる明確な基準はありません。完全奏効後に薬を中止しても長期間再発しない患者さんがいる一方、中止後に病気が再び現れる可能性もあります。HER2陽性転移性乳がんの完全寛解後に、抗HER2療法をどれくらい継続すべきかについても、医学的に確立した答えはありません。

治療を続ける利益だけでなく、心機能低下、間質性肺疾患、血球減少、下痢、倦怠感などの副作用や、通院による生活負担も考慮します。病変が見えない状態が長期間続いている場合には、治療の継続、減量、休薬について個別に話し合うことがありますが、自己判断で薬を中止することは避けなければなりません。

がんを完全に消すことだけが治療の成功ではない

ステージ4乳がんでは、完全奏効だけが治療成功の基準ではありません。画像上で病変が残っていても、大きさが変わらず、症状や臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられている状態です。

がんを完全に消すことだけを目標にすると、より強い治療を続けることで副作用が増え、食事や睡眠、仕事、外出が難しくなることがあります。長期間病気を抑える治療では、腫瘍の縮小だけでなく、治療を続けられる体力と生活を保つことも重要です。

現在の薬で病変が小さくならなくても、進行せず安定している場合には、すぐに別の薬へ変更する必要はありません。反対に、画像上では縮小していても、副作用によって生活が大きく制限されている場合には、投与量や治療内容を見直します。

「完治できますか」と尋ねるときに確認したいこと

主治医へ完治の可能性を尋ねる際には、単に「治りますか」と質問するだけでなく、現在の治療で何を目指しているのかを確認すると、より具体的な説明を受けやすくなります。

画像上の病変がすべて消える可能性があるのか、病気を長期間安定させることを目指しているのか、病変が限られていて局所治療を追加する意味があるのかを確認します。完全奏効が得られた場合には、薬をどの程度続けるのか、どのような検査で再発を確認するのかも治療計画に関わります。

乳がんステージ4では、一般に治癒を前提とするのではなく、薬物療法を続けながら病気を長期間抑えることを目指します。一方で、治療によって画像上の病変が消え、長期寛解を保つ患者さんがいることも事実です。

ただし、完全奏効や長期寛解は、将来も再発しないことを保証するものではありません。「完治できるか、できないか」の二択だけで考えるのではなく、現在の治療で病変がどこまで抑えられているか、その状態をどの程度維持できているか、生活を保ちながら治療を続けられるかを確認することが大切です。

標準治療で効果が乏しくなった場合

乳がんステージ4では、一つの治療を続けているうちに、薬の効果が弱くなることがあります。しかし、現在の薬で病気が進行したことと、乳がんに対する治療がすべて終了したことは同じではありません。

ホルモン受容体、HER2、PD-L1、遺伝子変化、これまでに使用した薬を見直すと、作用の異なる標準治療が残っている場合があります。進行した病変の再検査や、がん遺伝子パネル検査によって、新たな治療候補や臨床試験が見つかることもあります。まず病気がどこで、どの程度進行しているのかを確認し、受けられる治療を整理することが基本です。

全身の治療を変更する必要があるか確認

腫瘍マーカーが上昇しただけでは、直ちに現在の薬を中止するとは限りません。腫瘍マーカーは病気の動きを確認する補助的な指標であり、数値の変動だけで治療効果を判断できないためです。

治療変更を考える際には、CTやMRIなどの画像検査、痛みや息苦しさなどの症状、肝臓や肺を含む臓器機能を確認します。複数の臓器で病変が増えていれば、現在の薬が全身的に効きにくくなっている可能性があり、別の薬物療法へ切り替える判断が中心になります。

一方、大部分の病変は抑えられているものの、骨や脳などの一部だけが進行している場合には、進行した病変へ放射線治療や手術を行い、全身では効果が続いている薬を維持できることがあります。すべての進行が、直ちに薬の全面変更を意味するわけではありません。治療の変更は、病変の増え方と臓器への影響を見て判断します。

ホルモン受容体やHER2を調べ直す

乳がんは、治療を受ける中で性質が変化することがあります。また、最初に採取した乳房の腫瘍と、後に進行した転移巣で、ホルモン受容体やHER2の結果が一致しない場合もあります。

安全に組織を採取できる病変があれば、再生検を行い、現在のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2などを確認することがあります。HER2陽性への変化やHER2-lowへの該当が確認されれば、以前は候補にならなかった抗HER2薬や抗体薬物複合体を検討できる可能性があります。ホルモン受容体の状態も、その後の内分泌療法を選ぶ材料になります。乳がんのバイオマーカー検査は、治療方針を決めるために行われます。

ただし、再生検には出血や痛みなどの負担があり、脳や骨など、組織を安全に採取しにくい場所もあります。検査結果が変わっても治療方針に影響しないと考えられる場合には、無理に生検を行わないこともあります。

組織の採取が難しい場合には、血液中のがん由来DNAを調べるリキッドバイオプシーが選択肢になることがあります。血液検査であれば体への負担を抑えられますが、がん由来DNAが十分に血液へ流れていない場合には、実際に存在する遺伝子変化を検出できないことがあります。陰性という結果だけで、対象となる変化が絶対にないとは判断できません。

未使用の標準治療が残っていないかを整理

「標準治療が効かなくなった」という表現は、一つの薬が効かなくなった場合と、ガイドラインで推奨される複数の治療をすでに受けた場合の両方に使われることがあります。次の治療を考える際には、これまで使った薬を時系列で整理し、まだ使用していない標準治療がないかを確認します。

ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの結果に応じ、作用の異なる内分泌療法や分子標的薬を選べる場合があります。内分泌療法の効果を期待しにくくなった後も、抗がん剤やHER2-low/ultralowを対象とする抗体薬物複合体が候補になります。

HER2陽性乳がんでは、一つの抗HER2薬で進行しても、異なる仕組みを持つ抗体薬物複合体やHER2阻害薬などへ進める可能性があります。トリプルネガティブ乳がんでも、PD-L1、BRCA1/2、HER2-low、過去の抗がん剤治療によって、免疫療法、PARP阻害薬、抗体薬物複合体などの候補が変わります。転移性乳がんでは、サブタイプや過去の治療に応じて、複数の薬物療法を順番に使用します。

同じ系統の薬を使用したことがあっても、別の作用機序を持つ薬まで無効とは限りません。一方、理論上は使用可能でも、間質性肺疾患、心機能低下、強いしびれ、骨髄抑制などが残っていれば、安全性の面から選びにくい治療もあります。病気に効果が期待できるかだけでなく、現在の体がその治療を受けられる状態かを確認します。

がん遺伝子パネル検査で治療候補を探す

乳がんで推奨される標準治療が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査を検討することがあります。この検査では、がん組織や血液を使って多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験がないかを探します。

日本の保険診療では、標準治療がない固形がんや、標準治療が終了した、または終了が見込まれる局所進行・転移性の固形がんで、新たな薬物療法を希望する患者さんなどが主な対象です。検査結果は、がんゲノム医療に関わる複数の専門家によるエキスパートパネルで検討され、使用可能な薬や臨床試験の情報が担当医へ返されます。

がん遺伝子パネル検査を受けても、必ず新しい治療が見つかるわけではありません。治療に関係する遺伝子変化が見つからない場合や、変化が見つかっても国内で使用できる薬がない場合があります。対応する臨床試験があっても、実施施設、過去の治療、全身状態などの参加条件を満たせないことがあります。

また、検査によって、乳がんの治療選択とは別に、生まれつきがんを発症しやすい遺伝子の変化が疑われることがあります。その結果は血縁者にも関係する可能性があるため、結果をどこまで知りたいかを事前に確認し、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けます。

検査結果が出るまでには一定の時間がかかります。体調や臓器機能が急速に悪化してから検査を始めると、結果が出た時点で新しい治療や臨床試験を受けにくくなっていることもあります。標準治療の選択肢が少なくなってきた段階で、検査を行う時期について主治医へ相談しておくことが大切です。

参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター

臨床試験や治験も治療選択肢の一つ

臨床試験では、まだ標準治療として確立していない新しい薬や、既存薬の新たな組み合わせについて、効果と安全性を調べます。治験は、臨床試験のうち、薬や医療機器の承認を得ることを目的として行われる試験です。現在の標準治療も、過去の臨床試験によって効果と安全性が確認され、確立されてきました。

臨床試験は、効果が保証された特別な治療ではありません。期待した効果が得られない可能性や、これまで知られていない副作用が起こる可能性があります。参加には、乳がんのサブタイプ、使用した薬、遺伝子検査の結果、臓器機能、全身状態など、試験ごとに定められた条件があります。希望しても必ず参加できるわけではなく、実施している医療機関への通院が必要になる場合もあります。

臨床試験への参加を考える場合には、試験の目的、期待される利益、分かっている副作用、追加で必要になる検査や通院、費用、参加しなかった場合の標準治療を確認します。参加への同意後でも、本人の意思で中止できます。

標準治療が終了してから初めて探すのではなく、次の治療を検討する段階で、該当する試験がないか担当医へ尋ねる方法もあります。国内で実施されている乳がんの臨床試験は、国立がん研究センターのがん情報サービスから検索できます。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

臨床試験と自由診療は区別して考える

標準治療で効果が乏しくなると「最先端治療」「個別化治療」「副作用の少ない治療」などを掲げる自由診療に関心を持つことがあります。しかし、新しいという言葉が、標準治療より効果が高いことを意味するわけではありません。

臨床試験は、倫理審査や法律に基づき、治療の効果と安全性を科学的に評価する仕組みです。一方、自由診療の中には、乳がんに対する有効性が十分に証明されていない治療も含まれます。自由診療では治療費だけでなく、診察、検査、入院、副作用への対応も全額自己負担になる場合があります。

自由診療を検討するときには、どの臨床試験でどの程度の効果が示されたのか、乳がん患者を対象とした比較試験があるのか、治療によって寿命や生活の質が改善した根拠があるのかを確認します。「標準治療ではないから効果がない」と一律に決めつけるのではなく、研究段階の医療として適切に評価されているかを見分けることが必要です。

セカンドオピニオンで治療方針を確認

治療選択肢が少なくなったと説明された場合や、がん遺伝子パネル検査・臨床試験を検討したい場合には、乳がん薬物療法やがんゲノム医療を専門とする医師からセカンドオピニオンを受ける方法があります。

セカンドオピニオンは、現在の主治医を変更するための制度ではなく、診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、自分が納得して治療を選ぶための仕組みです。別の標準治療や臨床試験が見つかることもありますが、現在の治療が妥当だと確認されることもあります。

相談時には、病理報告書、画像検査、これまで使用した薬とその効果、副作用、遺伝子検査の結果などが必要です。特に、薬の名称だけでなく、いつからいつまで使用し、なぜ中止したのかが分かる治療経過は、次の選択肢を判断する重要な資料になります。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

抗がん治療を続けるかは利益と負担を比べて判断

新しい薬が存在しても、その治療を受けることが常に最善とは限りません。腫瘍を縮小できる可能性が低い一方で、強い倦怠感、感染症、下痢、しびれなどによって、食事や睡眠、家族との時間が大きく損なわれる場合があります。治療を続けるかどうかは、薬が残っているかだけでなく、期待できる効果、その効果が現れるまでの時間、副作用、現在の臓器機能、本人が大切にしたい生活を含めて判断します。

抗がん治療による利益が乏しくなった場合でも、痛みや息苦しさを抑える薬、骨や脳転移への放射線治療、胸水を抜く処置、緩和ケア、訪問診療などは続けられます。抗がん剤を使わない選択は、医療を何も受けないという意味ではありません。

標準治療で効果が乏しくなったときには、すぐに「治療法がない」と結論づけるのではなく、病理とバイオマーカー、未使用の標準治療、がん遺伝子パネル検査、臨床試験を順番に確認します。そのうえで、治療によって得られる利益と生活への負担を比較し、現在の自分に合う選択を考えることが大切です。

乳がんステージ4の治療選択肢は増えている

乳がんステージ4の治療では、サブタイプや過去の治療歴に応じて、複数の薬を順番に使用します。近年は新しい薬が承認されただけでなく、従来は治療対象にならなかった患者さんにも選択肢が広がっています。

たとえば、以前はHER2陰性とまとめられていた乳がんの中でも、HER2-lowやHER2-ultralowに該当すれば、抗体薬物複合体を検討できる場合があります。ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、ESR1、PIK3CA、AKT1、PTENなどの遺伝子変化を調べ、内分泌療法が効きにくくなった仕組みに応じて薬を選べるようになっています。HER2陽性乳がんでは、脳転移への効果も検討された薬が国内で使用できるようになりました。

また、がん細胞の表面にあるHER2やTROP-2を目印として抗がん剤成分を届ける抗体薬物複合体も増えています。通常の抗がん剤とは異なる効果を期待できる一方、間質性肺疾患、骨髄抑制、下痢、口内炎など、薬ごとに注意すべき副作用があります。新しい薬だから副作用が少ないとは限りません。

新薬が承認されても、すぐに治療を変更するとは限らない

現在の治療で病気を抑えられ、副作用も許容できている場合には、新薬が登場したという理由だけで治療を変更する必要はありません。効果のある薬を早く中止すると、その治療によって病気を抑えられる期間を十分に生かせない可能性があります。ステージ4乳がんでは、現在の治療効果を保ちながら、次に使える薬を残しておくことも治療計画の一部です。

画像検査で病変の増大が確認された場合や、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって現在の治療を続けにくくなった場合には、次の選択肢を検討します。その際は、新薬の名称だけでなく、現在のホルモン受容体やHER2の状態、遺伝子変化、これまでに使用した薬を改めて確認します。

初回診断時の病理検査から長い期間が経過している場合や、病理報告書に「HER2陰性」としか記載されていない場合には、保存されている組織の再評価や、転移巣の再生検によって新しい治療対象に該当すると分かることもあります。

遺伝子検査や臨床試験も治療候補を探す方法

標準治療の選択肢が少なくなった場合には、がん遺伝子パネル検査によって、遺伝子変化に対応する薬や臨床試験を探すことがあります。ただし、遺伝子変化が見つかっても、対応する薬が国内で承認されているとは限りません。臨床試験があっても、過去の治療、臓器機能、全身状態などの参加条件を満たせない場合があります。

血液中のがん由来DNAを調べるctDNA検査も、治療選択に利用され始めています。一部のホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんでは、画像上の進行が起こる前にESR1遺伝子変異を確認し、内分泌療法を変更できる場合があります。ただし、ctDNA検査が画像検査や組織検査に置き換わるわけではなく、現在のところ利用できる対象や治療条件は限られています。

「最新の治療」と「自分に適した治療」は同じではない

臨床試験で高い効果が報告された薬でも、対象となった患者さんのサブタイプや治療歴が自分と異なれば、同じ効果を期待できるとは限りません。海外で承認された薬が、日本でも同じ条件で保険診療として使用できるとは限らない点にも注意が必要です。

最新治療を検討するときには、国内で承認されているか、自分のサブタイプや治療歴が適応条件に合っているか、現在の治療よりどのような利益を期待できるかを確認します。副作用、点滴や服薬の負担、通院回数、次に残る治療まで含めて判断することが必要です。

転移・再発乳がんで新たに使用できるようになった薬、治療選択に必要な検査、抗体薬物複合体、ctDNA、臨床試験・治験については、以下の記事で詳しく解説しています。

新しい治療が見つからない場合や、現在の治療を続けるべきか判断しにくい場合には、これまでの病理検査、使用した薬、治療効果、副作用を整理したうえで、主治医や乳がんを専門とする医師へ相談します。

乳がんステージ4でよくある質問

乳がんステージ4では、治療法だけでなく、治療がいつまで続くのか、入院が必要なのか、仕事や食事をどうすればよいのかといった疑問も生じます。実際の対応は、使用する薬、転移している臓器、症状、全身状態によって異なります。ここでは、患者さんや家族から寄せられることの多い疑問について解説します。

乳がんステージ4の治療はいつまで続きますか?

ステージ4の薬物療法には「必ず○回で終了する」という共通の治療期間はありません。現在の薬で病気を抑えられ、副作用による負担が許容できる間は、同じ治療を継続することがあります。

画像検査で病変が増えた場合、症状や臓器機能が悪化した場合、副作用によって治療を続けにくくなった場合には、減量、休薬、薬の変更を検討します。抗がん剤を一定期間で終了した後も、内分泌療法や抗HER2薬などを維持療法として続ける場合があります。

転移性乳がんでは、病気を長期間抑えることが治療目標の一つです。一つの薬が効かなくなっても、サブタイプや治療歴に応じて別の薬へ変更できることがあります。治療期間は最初に一度決めるのではなく、効果と負担を確認しながら見直されます。

参考:乳がんの治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療には入院が必要ですか?

乳がんステージ4の薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。内服薬は自宅で服用し、点滴や注射も決められた日に通院して受ける方法が一般的です。

ただし、すべての治療を外来で受けられるわけではありません。強い痛みや呼吸困難がある場合、感染症や重い副作用が疑われる場合、肝機能などの臓器機能が急速に悪化している場合には、入院して検査や治療を行うことがあります。

骨折や脊髄圧迫、症状のある脳転移、胸水による強い息苦しさなどに対して、手術、放射線治療、胸水を抜く処置が必要なときも、入院を検討します。入院の有無はステージ4という病期だけで決まるものではありません。治療方法、症状、安全に通院できるか、自宅で副作用へ対応できるかを踏まえて判断します。

参考:薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

仕事を続けながら治療できますか?

治療と仕事を両立している患者さんはいます。通院日や副作用が現れやすい時期を考慮し、勤務時間、仕事内容、在宅勤務、休暇の取り方を調整することで、仕事を継続できる場合があります。

一方、点滴後の倦怠感、下痢、吐き気、しびれ、集中力の低下などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることもあります。体調が安定している日とつらい日の差があるため、治療開始前から復帰時期や勤務量を固定しすぎず、実際の経過を見て調整する方が現実的です。

国立がん研究センターは、がんと診断された直後に仕事を辞めることを急がず、治療内容や体調の見通しを確認したうえで働き方を考えるよう案内しています。がん診療連携拠点病院などのがん相談支援センターでは、就労形態にかかわらず、治療と仕事の両立について相談できます。

参考:がんと仕事:働き方を考える|国立がん研究センター がん情報サービス

食べてはいけないものはありますか?

乳がんステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食べ物はありません。医師から特別な指示がなければ、エネルギーやタンパク質などが不足しないよう、無理のない範囲でバランスよく食べることが基本です。

吐き気や味覚の変化、口内炎があるときには、栄養バランスだけを優先して無理に食べる必要はありません。食べられるものを少量ずつ取り、症状に応じて温度、硬さ、味付けを変えます。体重の減少が続く場合には、主治医や管理栄養士へ相談します。

食事内容だけで乳がんを治したり、進行を止めたりする方法は確立していません。極端な糖質制限や特定の食品だけを取る食事療法は、体力や栄養状態を低下させ、薬物療法を続けにくくする可能性があります。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

サプリメントや健康食品の中には、治療薬の効果や副作用に影響するものがあります。食品として販売されていても、薬との相互作用がないとは限りません。

「免疫力を上げる」「がんを小さくする」などと宣伝されていても、サプリメントや健康食品が標準治療の代わりになることは証明されていません。特定の成分を大量に取ることで、肝機能障害や出血などが起きたり、薬の血中濃度が変化したりする可能性もあります。

利用したいものがある場合は、商品名だけでなく、成分や摂取量が分かる容器や資料を医師、看護師、薬剤師へ見せて確認します。すでに使用している場合も、医療者に伝えずに続けたり、急に中止したりせず、治療との影響を確認してください。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

運動してもよいですか?

体調が安定していれば、歩行や軽い体操など、無理のない範囲で体を動かすことは、筋力や日常生活動作を保つ助けになります。がんのリハビリテーションは、診断後の早い時期から、治療中や緩和ケアを受ける時期まで検討できます。

ただし、骨転移がある場合には、病変の場所や骨折の危険性によって避けるべき動作があります。脳転移によるふらつき、強い貧血、息切れ、感染症などがある場合も、自己判断で運動量を増やすべきではありません。

運動を始める前に、歩いてよい距離、持ってよい重さ、避けるべき姿勢について、主治医やリハビリテーションの担当者へ確認します。運動中に痛み、息苦しさ、めまい、動悸が現れた場合は中止し、医療機関へ相談してください。

参考:がんとリハビリテーション医療|国立がん研究センター がん情報サービス

どのような症状が出たら早めに病院へ連絡すべきですか?

乳がんステージ4の治療中は、予定された診察日を待たずに相談した方がよい症状があります。

急に強くなった息苦しさ、新しく現れた咳や発熱、意識や話し方の変化、けいれん、片側の手足の動かしにくさ、急激に悪化する痛みなどは、転移による症状や治療の副作用が関係している可能性があります。黄疸や腹部の張り、骨の強い痛みや骨折も、転移部位の状態を確認する必要があります。

嘔吐や下痢が続いて水分を取れない、強い倦怠感で起き上がれない、薬を服用できないといった変化も、脱水や感染症、臓器機能の低下につながる場合があります。

連絡すべき体温や症状の基準は治療薬によって異なります。治療開始時に、夜間や休日の連絡先、どのような症状ならすぐに連絡するのかを確認しておくことが大切です。

乳がんステージ4では、治療を生活へ合わせるだけでなく、生活を守るために治療内容を調整する視点も必要です。副作用や仕事、食事の悩みを我慢し続けるのではなく、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどへ相談することで、治療を続けやすくなる場合があります。

参考:National Cancer Institute「Metastatic Breast Cancer」

納得できる治療を選ぶために

乳がんステージ4では、同じサブタイプであっても、転移している臓器、病気の進行速度、これまでに受けた治療、臓器機能、副作用によって適した治療は異なります。新しい薬や効果の高い薬を選ぶことだけが、納得できる治療につながるわけではありません。

まず確認したいのは、現在の治療で何を目指しているかです。病変を早く縮小させる必要があるのか、進行を長く抑えることを優先するのか、症状を軽くして生活を保つことが中心なのかによって、選ぶ治療は変わります。

治療効果は、画像上の縮小だけでは判断できません。病変が残っていても大きくならず、痛みや息苦しさ、臓器機能が安定していれば、治療によって病気を抑えられていると考えられます。反対に、病変が縮小していても、副作用で食事や仕事、睡眠が大きく損なわれている場合には、減量や休薬、治療変更を検討することがあります。

新薬を検討するときは、自分のホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、過去の治療歴が適応条件に合っているかを確認します。現在の治療が効いている場合には、すぐに新薬へ変更せず、次の選択肢として残しておく考え方もあります。

治療方針には患者さん自身の希望も関わります。できるだけ長く仕事を続けたい、通院回数を減らしたい、多少の副作用があっても腫瘍の縮小を優先したいなど、大切にしたいことを医療者へ伝えることで、治療を選びやすくなります。

治療方針に迷う場合には、セカンドオピニオンを利用する方法もあります。現在の治療が妥当だと確認できることも、納得して治療を続けるための大切な判断材料です。

乳がんステージ4の治療では「最も新しい治療」ではなく、現在の病状に合っているか、期待できる効果と負担のバランスを受け入れられるかを考えることが重要です。病状や希望は治療中に変化するため、その都度主治医と治療目標を確認しながら、自分にとって納得できる選択を重ねていきましょう。

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・本記事は、がん治療や予防に関する一般的な情報を提供するものであり、医師による診断・治療の代替とはなりません。
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