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乳がんは、日本人女性で最も多く診断されているがんです。2023年には女性102,592人が乳がんと診断され、生涯で乳がんと診断される確率は11.8%、およそ8人に1人と推計されています。

「乳がん」という一つの病名だけで治療内容や再発リスクは判断できません。乳房の中にとどまる非浸潤がんなのか、周囲へ広がる浸潤がんなのか、リンパ節やほかの臓器へ転移しているのかに加え、ER・PgRなどのホルモン受容体、HER2、遺伝子・バイオマーカーの結果によって治療は大きく変わります。

現代医学では、手術で取り除く範囲だけを考えるのではなく「手術前に薬物療法を行うべきか」「再発を防ぐためにどの薬を追加するか」「長期間の治療と仕事や育児をどう両立するか」まで含めて治療計画を立てます。

さらに乳がんの薬物療法はこの数年で大きく変化しています。HER2陽性乳がんだけでなく、これまでHER2陰性とされていたHER2低発現・超低発現乳がんにも治療選択が広がり、HR陽性乳がんではCDK4/6阻害薬や新しい内分泌療法、AKT経路を標的とする薬などが使われるようになっています。

この記事では、乳がんの症状や原因だけでなく、検診と受診の違い、病理・遺伝子検査、ステージと再発リスク、サブタイプごとの治療、治療が仕事・妊娠・外見・日常生活へ与える影響まで、2026年時点の診療に沿って整理します。

参考:最新がん統計|国立がん研究センター がん統計

  • 乳がんの治療はステージ+がんの性質で決める
  • 2026年は遺伝子・バイオマーカーに応じた治療選択がさらに拡大
  • 生存率・再発リスクだけでなく、治療後の生活まで考える

乳がんとは何か

乳がんは、乳房にある乳腺の組織から発生する悪性腫瘍です。乳腺は、母乳をつくる小葉と、母乳を乳頭まで運ぶ乳管から構成され、乳がんの多くは乳管から発生します。一部は小葉などから発生します。

乳がんでは、しこりの大きさだけを見るのではなく、「どこまで広がっているか」と「どのような性質のがんか」の両方を調べることが治療選択につながります。

たとえば同じ2cmの乳がんでも、ホルモン受容体陽性・HER2陰性なのか、HER2陽性なのか、トリプルネガティブ乳がんなのかによって、手術前後に使用する薬や治療期間が変わることがあります。

非浸潤がんと浸潤がんでは転移の考え方が異なる

病理検査では、まずがん細胞が乳管や小葉の中にとどまっている非浸潤がんと、その外へ広がっている浸潤がんを区別します。

分類 状態 治療を考えるうえでの意味
非浸潤がん がん細胞が乳管や小葉の内部にとどまり、周囲の組織へ入り込んでいない 原則として遠隔転移を起こす段階ではなく、乳房内の病変を適切に治療することが中心
浸潤がん がん細胞が乳管や小葉の外へ出て周囲の組織へ広がっている リンパ液や血液を介してリンパ節やほかの臓器へ転移する可能性があり、再発予防を含む全身治療を検討する

国立がん研究センターでは、非浸潤がんを乳管内または小葉内にとどまるがん、浸潤がんを乳管や小葉を越えて周囲へ広がったがんと説明しています。

非浸潤がんは一般にステージ0に分類されます。一方、浸潤がんでは腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遠隔転移などからステージを判断し、さらに病理学的な性質を組み合わせて治療を決めます。

参考:乳がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんはホルモン受容体とHER2によって治療が大きく変わる

浸潤性乳がんでは、病理検査でER(エストロゲン受容体)、PgR(プロゲステロン受容体)、HER2などを調べます。

これらは単に乳がんを分類するための項目ではなく、どの薬が治療候補になるかを判断するための情報です。

主なタイプ 特徴 治療選択の例
HR陽性・HER2陰性 ERやPgRなどのホルモン受容体が陽性で、HER2は陽性ではない 内分泌療法を基本に、再発リスクや治療段階によってCDK4/6阻害薬、化学療法、その他の標的治療などを検討
HER2陽性 HER2タンパク質の過剰発現やHER2遺伝子増幅がある 化学療法とHER2標的治療を、病期や治療前後の反応に応じて組み合わせる
トリプルネガティブ乳がん ER、PgR、HER2のいずれも治療標的として陽性ではない 化学療法を中心に、病期やPD-L1などによって免疫療法、BRCA1/2などによってPARP阻害薬などを検討

HER2陽性乳がんについては、以下の記事で検査方法や抗HER2治療を詳しく解説しています。

トリプルネガティブ乳がんについては、以下の記事で早期・進行期の治療を詳しく解説しています。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

HER2陰性の中にもHER2低発現・超低発現がある

現在は、HER2を単純に「陽性」と「陰性」だけに分けて考えない場面もあります。

HER2陽性の基準を満たさない乳がんの中には、HER2タンパク質が少量発現しているHER2低発現(HER2-low)や、さらに発現量が少ないHER2超低発現(HER2-ultralow)があります。

日本乳癌学会は2025年9月、ホルモン受容体陽性かつHER2低発現またはHER2超低発現乳がんに対するトラスツズマブ デルクステカンの適応拡大について公式ステートメントを発出しています。

参考:HER2低発現・超低発現に関するステートメント|日本乳癌学会

HER2低発現・超低発現は、HR陽性・HER2陽性・トリプルネガティブと並ぶ新しい「分子サブタイプ」と考えるよりも、進行・再発乳がんなどでADC(抗体薬物複合体)の適応を判断するためのHER2発現分類として理解すると分かりやすいでしょう。

このため、過去に「HER2陰性」と説明されていても、進行・再発時には以前の病理標本や新たに採取した組織を見直し、HER2の発現程度が次の治療選択に関係する場合があります。

乳がんの原因とリスク

乳がんは「この原因があったから発症した」と一つに決められる病気ではありません。女性ホルモンの影響、遺伝的な体質、生活習慣など、複数の要因が発症リスクに関係します。

リスク要因を持つ人が必ず乳がんになるわけではなく、目立ったリスク要因がない人にも乳がんは発生します。そのため、発症後に食生活や出産歴などから原因を探し、自分を責める必要はありません。

女性ホルモンに関連する要因

乳腺は、エストロゲンなどの女性ホルモンの影響を受ける組織です。

初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、初産年齢が高い、授乳経験がないことなどは、乳がんの発症リスクと関連すると考えられています。また、エストロゲンを含む経口避妊薬の使用や、閉経後の長期間のホルモン補充療法もリスクに関係します。

これらの多くは、本人が乳がん予防のために自由に変えられるものではありません。「出産しなかったから」「授乳期間が短かったから」と、個人の選択を発症原因として捉えるべきではありません。

飲酒、閉経後の肥満、運動不足

生活習慣では、飲酒、閉経後の肥満、運動不足などと乳がんとの関連が知られています。

とくに閉経後は、脂肪組織でもエストロゲンがつくられるため、体重増加が乳がんリスクに関係すると考えられています。

乳がんを確実に防げる生活習慣はありませんが、飲酒を控える、適正体重を保つ、無理のない範囲で身体活動を続けることは、乳がんを含む生活習慣病の予防にもつながります。

参考:乳がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)

乳がんの一部には、生まれつき持っている遺伝子の変化が発症に関係するものがあります。代表的なのが、生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントによる遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)です。

BRCA1/2の病的バリアントを持っていると、乳がんや卵巣がんなどを発症するリスクが高くなります。ただし、病的バリアントを持つすべての人が必ず乳がんを発症するわけではありません。

遺伝学的検査を検討するきっかけには、次のようなものがあります。

  • 若い年齢で乳がんを発症した
  • 両側乳がんや複数の原発性乳がんを発症した
  • トリプルネガティブ乳がんと診断された
  • 本人または血縁者に卵巣がん、膵がん、男性乳がんなどがある
  • 血縁者にBRCA1/2病的バリアントが確認されている
  • PARP阻害薬など、治療薬を選ぶために検査結果が必要になる

家族に乳がん患者が多いことは検査を考える材料の一つですが、家族歴が目立たなければHBOCではない、と判断することはできません。

BRCA1/2の検査結果は、自分の治療だけでなく、反対側の乳房や卵巣などの将来のがんリスク、血縁者にも関係する情報です。検査を受ける場合は、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、結果が分かった後にどのような選択肢があるのかまで確認します。

参考:乳癌患者に対するBRCA遺伝学的検査|遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!

リスクが低そうでも検診は必要

乳がんのリスク要因は「検診を受ける人と受けなくてよい人」を分けるためのものではありません。

家族に乳がん患者がいない、出産・授乳経験がある、運動をしているといった場合でも乳がんになることがあります。

一方、BRCA1/2病的バリアントなどによって乳がんの発症リスクが非常に高いことが分かっている人では、一般的な乳がん検診とは異なる方法や間隔で経過をみる場合があります。

一般的な乳がん検診と、症状がある場合の受診を混同しないことが必要です。

乳がん検診と症状がある場合の受診

乳がんを早期に見つける方法を考えるときは、「症状のない人が受ける検診」と「症状がある人が受ける診療」を分けることが大切です。

日本の対策型乳がん検診では、40歳以上の女性に2年に1回のマンモグラフィが基本です。

状況 取るべき行動
症状がない40歳以上の女性 原則として2年に1回、マンモグラフィによる乳がん検診を受ける
検診で「要精密検査」となった 症状がなくても精密検査を受ける
しこりや乳頭分泌などの症状がある 次回の検診を待たず、乳腺外科などの医療機関を受診する
遺伝的に高リスクと判断されている 一般検診とは別に、専門医から提示された検査方法・間隔に従う

参考:乳がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

症状がある場合は検診を待たない

乳がん検診は、基本的に症状のない人を対象としています。

以前にはなかったしこり、乳房の皮膚のひきつれ、乳頭の変化、血液が混じるような乳頭分泌などがある場合は「もうすぐ会社の健診があるから」「今年は自治体検診の年だから」と待つのではなく、医療機関を受診します。

40歳未満でも同じです。乳がん検診の対象年齢に達していないことは、症状があるときに受診しなくてよいという意味ではありません。

受診後は、年齢や症状に応じてマンモグラフィ、超音波検査などを行い、必要であれば組織検査へ進みます。

「要精密検査」は乳がん確定という意味ではない

マンモグラフィ検診で要精密検査となっても、その時点で乳がんと診断されたわけではありません。

乳腺の重なり、良性のしこり、石灰化などによって精密検査が必要になることもあります。反対に、症状がなくても精密検査を受けた結果、早期の乳がんが見つかることがあります。

「怖いから結果を確認したくない」と受診を先延ばしにすると、検診を受けた意味が薄れてしまいます。要精密検査の通知を受けた場合は、乳腺を専門とする医療機関で確認します。

高濃度乳房だから全員に超音波検診を追加するわけではない

マンモグラフィでは、脂肪は黒く、乳腺と乳がんは白く写ります。乳腺の割合が多い高濃度乳房(デンスブレスト)では、白い乳腺の中に病変が隠れ、マンモグラフィで見つけにくいことがあります。

診療として超音波検査を行うと、マンモグラフィでは分かりにくい病変の評価に役立つことがあります。

ただし、高濃度乳房であることだけを理由に、症状のないすべての人へマンモグラフィと超音波の両方を定期検診として行うことが、現在の対策型乳がん検診の標準になっているわけではありません。

現在の対策型検診ではマンモグラフィが基本です。症状、マンモグラフィの所見、乳がんリスクなどに応じて、診療では超音波検査を追加します。

日頃から自分の乳房の状態を知っておく

ブレスト・アウェアネスとは、決められた方法で毎月自己検診を行い、しこりを探し続けることではありません。日頃から自分の乳房の状態を知り、着替えや入浴などの際に以前との違いへ気づけるようにする生活習慣です。

国立がん研究センターでは、次の4点を示しています。

  • 自分の乳房の状態を知る
  • 乳房の変化に気を付ける
  • 変化に気付いたら速やかに医師へ相談する
  • 40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける

毎日不安になりながら乳房を触り続ける必要はありません。「普段の自分と何か違う」と感じたときに、その変化を放置せず受診につなげることがブレスト・アウェアネスの目的です。

次の章では、乳房のしこり、皮膚や乳頭の変化など、乳がんでみられる症状と受診の目安を詳しく解説します。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんの初期症状

乳がんで最も気づきやすい症状は乳房のしこりですが、すべての乳がんでしこりを触れるわけではありません。乳房の皮膚や乳頭の変化、乳頭からの分泌物などをきっかけに見つかることもあります。

また、乳がんの早期には自覚症状がないこともあります。そのため、「症状がないから乳がんではない」と判断するのではなく、症状がないときは定期検診、変化に気づいたときは医療機関での診察と使い分けます。

乳房のしこり

乳がんでは、乳房に以前はなかったしこりや硬さを感じることがあります。

しこりがあるからといって乳がんとは限りません。乳腺症や線維腺腫などの良性疾患でもしこりは生じます。国立がん研究センターによると、乳腺症では月経前にしこりや痛みが強くなり、月経後に軽くなることがあり、線維腺腫では触ると動きやすいしこりとして感じることがあります。

ただし、触った感覚だけで良性と悪性を区別することはできません。

  • 以前にはなかったしこりや硬さに気づいた
  • 片側だけに新しい変化がある
  • 同じ場所の硬さが続いている
  • 脇の下にも腫れやしこりを感じる

このような場合は、次回の乳がん検診を待たずに乳腺外科などを受診します。

参考:乳がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

乳房の皮膚のくぼみ・ひきつれ

乳がんが周囲の組織へ影響すると、乳房の皮膚が内側へ引っ張られ、えくぼのようなくぼみやひきつれとして見えることがあります。左右の乳房の形が以前と比べて非対称になる場合もあります。

着替えや入浴の際には、しこりを探すことだけに集中するのではなく、片側だけ皮膚がへこんでいないか、乳房の形が以前と変わっていないか、腕を上げたときに一部だけ皮膚が引きつれていないか、といった見た目の変化にも目を向けます。

体重変化や加齢などでも乳房の形は変わるため、左右差があること自体が乳がんを意味するわけではありません。「以前の自分と比べて新しく生じた変化か」が受診を考える手掛かりになります。

乳頭や乳輪の変化

乳がんでは、乳頭や乳輪のただれ、乳頭の形の変化などがみられることがあります。湿疹のように見える変化は皮膚炎などでも起こりますが、片側の乳頭・乳輪だけに変化が続く場合は乳腺外科で確認します。

また、以前は出ていた乳頭が新しく引き込まれるようになった場合なども、病変によって乳房内部の組織が引っ張られていないか調べることがあります。

乳頭からの分泌物

授乳中ではないのに乳頭から分泌物が出る場合も、乳腺疾患を調べるきっかけになります。乳がんでも乳頭分泌がみられることがあります。

とくに片側の乳房からだけ出る、一つの乳管から繰り返し出る、血液が混じるような色をしている、しこりや乳頭の変化を伴っている、といった場合は原因を確認するために受診します。

乳頭分泌がある場合には、診察や画像検査に加え、必要に応じて分泌物に含まれる細胞を調べることがあります。

脇の下のしこりや腫れ

乳房のリンパ液は、主に脇の下にある腋窩リンパ節へ流れます。乳がんがリンパ節へ広がると、脇の下のリンパ節が腫れて触れる場合があります。

ただし、リンパ節は感染症や炎症などでも腫れるため、脇にしこりがあるだけで乳がんの転移とは判断できません。

乳房の変化とともに脇のしこりがある場合や、原因が分からない腫れが続く場合は、乳房とリンパ節をあわせて超音波検査などで評価します。超音波検査は、乳房のしこりだけでなく、脇の下など周囲のリンパ節を確認するためにも用いられます。

痛みがないから乳がんではないとは限らない

「がんなら痛いはず」と考える人もいますが、乳がんの代表的な症状はしこりや皮膚・乳頭の変化であり、痛みの有無だけで乳がんを判断することはできません。反対に、乳房の痛みには月経に伴う乳腺の変化など、乳がん以外の原因もあります。

痛いか痛くないかではなく、新しいしこりや皮膚・乳頭の変化を伴っていないか、片側の同じ場所に変化が続いていないかを確認します。

乳房以外の症状から見つかることもある

乳がんが進行し、ほかの臓器へ転移している場合は、乳房以外の症状が現れることがあります。

たとえば骨、肺、肝臓などは乳がんが転移することがある臓器です。ただし、腰痛、咳、倦怠感などは日常的にも起こる症状であり、それだけで乳がんの転移と判断することはできません。

すでに乳がんの治療を受けたことがある人で、これまでになかった症状が続く場合は、次の定期診察まで待つべきか担当医へ確認します。

転移・再発乳がんの症状や現在の治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージ4乳がんについては、以下の記事も参考にしてください。

症状に気づいたら「次の検診まで待つ」のではなく受診する

乳房に変化があったとき、「痛くないから様子を見る」「40歳未満だから乳がんではない」「去年の検診が正常だったから大丈夫」と自己判断することは避けます。

乳がん検診は症状のない人を対象としたものです。症状がある場合は検診ではなく、乳腺外科などの医療機関を受診し、診察と必要な画像検査を受けます。国立がん研究センターも、気になる症状がある場合には乳腺科・乳腺外科などを受診するよう案内しています。

一方で、しこりや乳頭分泌があっても良性疾患であることはあります。症状だけで悪性・良性を決めるのではなく、マンモグラフィや超音波検査、必要に応じた病理検査で確認することが、次の判断につながります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がんの検査と診断

乳がんが疑われた場合は、マンモグラフィや超音波検査で病変の位置・形を確認し、必要に応じて針生検などで組織を採取して診断を確定します。画像だけで乳がんと断定することはできません。

乳がんでは、がんがあるかどうかを確認するだけでなく、診断後にER・PgR、HER2、組織学的グレードなど「どのような性質の乳がんなのか」を調べます。この結果が、手術前後の薬物療法や進行・再発時の治療選択につながります。

参考:乳がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

マンモグラフィと超音波検査は得意な病変が異なる

マンモグラフィは乳房専用のX線検査です。乳房を圧迫して撮影し、しこりだけでなく、乳がんに伴ってみられることがある微細な石灰化を確認できます。

一方、超音波検査では、乳房のしこりの形や内部の状態、大きさ、脇の下のリンパ節などを確認します。被ばくがなく、高濃度乳房ではマンモグラフィで分かりにくい病変の評価に役立つ場合があります。

検査 主に確認すること
マンモグラフィ しこり、乳房構造の乱れ、微細な石灰化、病変の広がり
超音波検査 しこりの形・大きさ・内部の性状、周囲のリンパ節

検診ではマンモグラフィが基本ですが、症状がある人の診療では、年齢や乳房の状態、マンモグラフィの所見などをもとに必要な検査を組み合わせます。

乳房MRIは病変の広がりを詳しく調べる

乳房MRIは、磁気と造影剤などを使って乳房内を詳しく調べる検査です。

すでに乳がんと診断された人では、マンモグラフィや超音波検査だけでは分かりにくい病変の広がりや、乳房内にほかの病変がないかを確認するため、手術前などに行うことがあります。

たとえば、乳房温存手術が可能か検討するとき、病変が乳房内のどこまで広がっているか確認するとき、複数の病変が疑われるとき、術前薬物療法の前後で病変を評価するとき等に利用します。

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントを持つなど、遺伝的に乳がんリスクが高い人では、一般的な乳がん検診とは別に、造影乳房MRIを用いたサーベイランスが検討されます。

乳房MRIも、画像だけでがんを確定する検査ではありません。新しい病変が見つかった場合には、必要に応じて超音波検査などで位置を確認し、組織を採取します。

乳がんの確定診断には病理検査が必要

画像検査で乳がんが疑われた場合は、病変から組織を採取し、顕微鏡で調べる病理検査を行います。乳がんかどうかを確定するだけでなく、がん細胞が乳管や小葉の中にとどまる非浸潤がんなのか、周囲の組織まで広がった浸潤がんなのかも病理検査で判断します。

合わせて、どのような組織型の乳がんなのかを確認し、浸潤がんではER・PgRなどのホルモン受容体やHER2の状態も調べます。これらは単なる診断項目ではなく、内分泌療法やHER2標的治療など、手術前後にどの治療を組み合わせるかを決める材料になります。

そのため、手術前に薬物療法を行う可能性がある場合は、治療を始める前の生検で乳がんの性質を十分に評価しておく必要があります。

病理検査では「がんの性質」と治療標的を確認する

乳がんの病理結果には多くの項目が記載されます。すべての用語を覚える必要はありませんが、「この結果が治療にどう関係するのか」を知っておくと治療方針を理解しやすくなります。

検査・病理所見 主な意味
ER・PgR ホルモン受容体。内分泌療法による効果を期待できるか判断する
HER2 HER2タンパク質の発現や遺伝子増幅を調べ、HER2を標的とする治療の適応を判断する
Ki-67 がん細胞がどの程度増殖しているかを考える材料の一つ
組織学的グレード がん細胞の形や増殖の特徴から悪性度を評価し、再発リスクを考える材料とする

これらの結果と、腫瘍径、リンパ節転移、年齢、閉経状況などを組み合わせて、手術だけでよいのか、手術前後に薬物療法を追加するのかを判断します。

進行・再発時には追加のバイオマーカー検査を行うことがある

ER・PgRやHER2は多くの乳がんで早い段階から確認しますが、すべての遺伝子・バイオマーカー検査を、初回診断時に全員へ行うわけではありません。

とくに進行・再発乳がんでは、サブタイプやこれまでの治療内容に応じて、追加の検査結果が次の薬を選ぶ材料になります。

検査 主に治療へ関係する場面
BRCA1/2 生殖細胞系列病的バリアントがある場合、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の評価やPARP阻害薬などの治療選択に関係する
ESR1 主にHR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんで、内分泌療法後の治療選択を考える材料になる
PIK3CA/AKT1/PTEN HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんなどで、AKT経路を標的とする治療の適応判断に用いる
PD-L1 主に転移・再発トリプルネガティブ乳がんで、免疫療法の適応を考える材料になる
HER2低発現・超低発現 HER2陽性ではない進行・再発乳がんで、ADCの適応判断に関係する場合がある

検査によっては、以前採取した乳がん組織を使用できる場合と、新たな生検や血液検査を検討する場合があります。

転移・再発した乳がんでは、原発巣と転移巣でER・PgRやHER2などの性質が変化していることもあるため、治療方針が変わる可能性がある場合には転移巣を生検して再評価することがあります。

BRCA1/2検査は通常の腫瘍遺伝子検査とは意味が異なる

生殖細胞系列BRCA1/2検査では、血液などを使い、生まれつき持っている病的バリアントがないかを調べます。

結果は乳がんの薬を選ぶだけでなく、反対側の乳房や卵巣などの将来のがんリスク、家族にも関係する情報となります。国立がん研究センターも、BRCA1/2の遺伝子変化が分かった場合には、治療薬やリスク低減手術などの選択に関係すると説明しています。

そのため、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用し、「検査結果が陽性だった場合に自分と家族へ何が変わるのか」を理解したうえで検査を受けます。

CT・PET/CT・骨シンチグラフィは転移の評価に用いる

乳がんと診断された後は、病期や症状などに応じてCT、PET/CT、骨シンチグラフィなどを使い、肺、肝臓、骨などへの遠隔転移を調べることがあります。

これらの検査を、早期乳がんと診断されたすべての人へ一律に行うわけではありません。腫瘍の大きさ、リンパ節転移の可能性、症状などを踏まえて、治療方針を決めるために必要な検査を選びます。

転移が確認された場合はステージ4となりますが、治療は転移の有無だけで決まりません。HR・HER2、遺伝子・バイオマーカー、転移している臓器、症状などによって薬物療法や局所治療を組み合わせます。

検査結果を聞くときに確認したいこと

病理結果には多くの情報が記載されるため、数値をすべて覚える必要はありません。診察では、次の内容を確認すると治療とのつながりを整理しやすくなります。

  • 非浸潤がんと浸潤がんのどちらか
  • ER・PgRは陽性か陰性か
  • HER2はどのように判定されているか
  • 組織学的グレードやKi-67は再発リスクを考えるうえでどう評価されているか
  • 手術前に薬物療法を行う理由があるか
  • BRCA1/2など追加で必要な検査があるか
  • 進行・再発した場合、現在の病理標本で必要なバイオマーカーを確認できるか

検査結果がそろった後は、腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遠隔転移からステージを判断します。さらに病理学的な性質や再発リスクを組み合わせることで、手術の方法や手術前後に必要な薬物療法を決めていきます。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんのステージ分類

乳がんのステージ(病期)は、がんが現在どこまで広がっているかを表します。単に「しこりが何cmあるか」だけで決まるものではなく、乳房内での広がり、リンパ節転移、骨・肺・肝臓・脳などへの遠隔転移を組み合わせて判断します。

乳がんではステージ0からステージ4まであり、その基本となるのがTNM分類です。Tは原発腫瘍、Nは所属リンパ節、Mは遠隔転移の状態を表します。

分類 何を表すか 主に確認すること
T 原発腫瘍 浸潤がんの大きさ、胸壁や乳房の皮膚への広がり
N 所属リンパ節 腋窩、内胸、鎖骨周囲などのリンパ節へどこまで広がっているか
M 遠隔転移 骨、肺、肝臓、脳など離れた臓器への転移があるか

T分類は腫瘍の大きさだけではなく、胸壁・皮膚への広がりも表す

T分類では、乳房に発生した原発腫瘍の状態を評価します。

非浸潤がんはTisと表されます。浸潤がんでは、最大径が2cm以下ならT1、2cmを超えて5cm以下ならT2、5cmを超える場合はT3に分類されます。T1はさらに大きさによって細かく分類されます。

一方、T4は「非常に大きな乳がん」という意味ではありません。腫瘍が胸壁へ広がっている場合や、乳房の皮膚に潰瘍、むくみ、衛星皮膚結節などを生じている場合は、腫瘍径にかかわらずT4に分類されます。乳房の広い範囲に発赤や浮腫を生じる炎症性乳がんもT4に含まれます。

そのため「しこりが小さいから必ず早期」とは限りません。乳がんの広がり方まで含めてT分類を判断します。

T分類 大まかな状態
Tis 非浸潤がん
T1 浸潤がんの最大径が2cm以下
T2 2cmを超え、5cm以下
T3 5cmを超える
T4 大きさにかかわらず胸壁や皮膚へ広がっている。炎症性乳がんも含む

N分類ではリンパ節転移の場所と広がりを確認する

乳房から流れるリンパ液は、主に脇の下にある腋窩リンパ節へ向かいます。そのため、乳がんでは腋窩リンパ節が代表的な転移先となりますが、胸骨の近くにある内胸リンパ節や、鎖骨の上下にあるリンパ節へ広がる場合もあります。

N分類では「リンパ節転移があるか、ないか」だけではなく、どのリンパ節へ、どの程度広がっているかを評価します。

N0は所属リンパ節転移を認めない状態です。N1では主に同じ側の腋窩リンパ節への比較的限られた転移、N2ではより多くの腋窩リンパ節や内胸リンパ節への広がり、N3では鎖骨下・鎖骨上リンパ節を含むさらに広い所属リンパ節への転移などが該当します。

N分類は、画像や診察で判断する場合と、手術で採取したリンパ節を顕微鏡で調べる場合で、さらに細かな基準が設けられています。

乳がん手術では、センチネルリンパ節生検などによって、最初にがん細胞が流れ着く可能性が高いリンパ節を調べることがあります。画像でリンパ節転移が明らかでなくても、病理検査で微小な転移が見つかる場合があるため、手術後にN分類が確定または変更されることがあります。

M1なら腫瘍の大きさにかかわらずステージ4になる

M分類では、乳房や所属リンパ節から離れた場所へ転移しているかを確認します。

遠隔転移が確認されない場合はM0、骨、肺、肝臓、脳などに遠隔転移が確認された場合はM1です。M1であれば、乳房の腫瘍が小さくても、リンパ節転移がなくてもステージ4に分類されます。

このため、ステージ4は「乳房のしこりが非常に大きくなった状態」という意味ではありません。乳がんが乳房から離れた場所へ広がっているかどうかによって決まります。

TNMの組み合わせによってステージ0~4が決まる

T・N・Mをそれぞれ評価した後、その組み合わせからステージを決めます。

たとえば、乳房内の小さな腫瘍でリンパ節転移がなければ早期のステージになります。一方、腫瘍そのものは小さくてもリンパ節転移が広がっていればステージは上がります。また、遠隔転移が確認されればT・Nにかかわらずステージ4です。

国立がん研究センターが示す解剖学的な病期分類を大まかに整理すると、次のようになります。

ステージ 大まかな状態
ステージ0 がん細胞が乳管などの内部にとどまる非浸潤がん
ステージ1 主に小さな浸潤がんで、リンパ節への広がりがない、または非常に限られている段階
ステージ2 腫瘍がやや大きい、または腋窩リンパ節などへ限られた転移がある段階
ステージ3 胸壁・皮膚へ広がっている、または所属リンパ節への転移が広範囲に及ぶ局所進行乳がん
ステージ4 骨、肺、肝臓、脳などへの遠隔転移がある

ステージ2は2A・2B、ステージ3は3A・3B・3Cなどにさらに分かれます。細かな分類ではTとNの組み合わせを用いるため「腫瘍が3cmだからステージ2」のように腫瘍径だけから判断することはできません。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

治療前のステージと手術後のステージが異なることがある

乳がんでは、ステージを「いつ評価したか」も確認する必要があります。

治療を始める前に、診察、マンモグラフィ、超音波、MRI、CTなどから評価したものを臨床病期といいます。TNMではcT、cNなどと表すことがあります。

手術を行った場合は、切除した乳房の組織やリンパ節を顕微鏡で詳しく調べます。その結果を反映したものが病理病期で、pT、pNなどと表されます。臨床的にはリンパ節転移がないと考えられていても、センチネルリンパ節生検で転移が見つかるなど、手術前後で評価が変わることがあります。臨床TNMは治療前、病理TNMは手術で得られた情報を加えて評価する分類です。

一方、HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんなどでは、手術前に薬物療法を行うことがあります。この場合は、治療前の病変の広がりと、治療後の手術標本にどの程度がんが残っているかを分けて評価します。

手術前の治療によって画像上のしこりが消えたり、手術標本で浸潤がんが確認されなくなったりしても、「もともと乳がんではなかった」という意味ではありません。治療前にどこまで病変が広がっていたかと、治療にどの程度反応したかは、それぞれ別の情報としてその後の治療を考える材料になります。

ステージだけでは治療法は決まらない

ステージは治療方針を決める基本情報ですが、同じステージの患者さんが同じ治療を受けるわけではありません。

乳がんでは、ER・PgR、HER2などの病理結果、閉経状況、年齢や全身状態なども治療選択に関係します。たとえば同じステージ2でも、HR陽性・HER2陰性乳がん、HER2陽性乳がん、トリプルネガティブ乳がんでは、手術前後に行う薬物療法が異なることがあります。

したがって、自分の病状を確認するときは「ステージはいくつか」だけでなく、TNMがそれぞれどう評価されているのか、乳がんがどのような性質なのかまで確認すると、その後の治療方針を理解しやすくなります。

参考:乳癌取扱い規約 第19版・乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がん治療の全体像

乳がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法があります。これらは単独で選ぶのではなく、乳房やリンパ節にある病変を治療する局所治療と、体の中に存在する可能性があるがん細胞へ作用する全身治療を、病状に応じて組み合わせます。

手術と放射線治療は主に局所治療にあたり、乳房や周囲のリンパ節にあるがんを取り除いたり、局所での再発を防いだりする役割があります。一方、内分泌療法、細胞障害性抗がん薬、HER2標的治療、免疫療法などの薬物療法は全身に作用し、手術後の再発を減らす目的や、進行・再発した乳がんを抑える目的で使用します。

遠隔転移のない乳がんでは、手術によって病変を取り除くことが治療の大きな柱になります。ただし、現在の乳がん治療は「診断されたらまず手術」と決まっているわけではありません。HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がん、腫瘍が大きい場合などでは、手術より先に薬物療法を行い、その反応を確認してから手術することがあります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ0|乳房内の病変を治療することが中心

ステージ0の代表的な病変である非浸潤性乳管がん(DCIS)は、がん細胞が乳管の内部にとどまっている状態です。そのため、浸潤がんのように全身の微小転移を想定して抗がん薬を行うのではなく、乳房内にある病変を適切に治療することが中心になります。

病変の大きさや乳房内での広がりを確認し、乳房部分切除術または乳房全切除術を選びます。乳房部分切除術を行った場合は、原則として残った乳房への放射線治療を組み合わせ、乳房内で再発する可能性を下げます。ホルモン受容体陽性で乳房部分切除術を受けた場合には、再発を減らす目的で術後の内分泌療法を検討することがあります。

一方、通常のDCISに対して、浸潤性乳がんと同じような細胞障害性抗がん薬やHER2標的治療を一律に行うわけではありません。ステージ0と浸潤性乳がんでは、薬物療法の考え方を分けて理解する必要があります。

ステージ1~2|手術を軸に、必要な全身治療を組み合わせる

ステージ1~2では、多くの場合、根治を目指して手術を行います。ただし、治療の順番は乳がんの大きさだけで決まるわけではありません。

比較的小さく、そのまま切除できる乳がんでは、手術を先に行い、切除した乳房やリンパ節の病理結果を確認したうえで術後治療を決めることがあります。術後には、ER・PgR、HER2、リンパ節転移、腫瘍径、組織学的グレードなどをもとに、内分泌療法、化学療法、HER2標的治療などを必要に応じて追加します。

一方、手術可能な乳がんであっても、最初に薬物療法を行うことがあります。これを術前薬物療法といいます。

術前薬物療法には、腫瘍を小さくして手術しやすくするだけでなく、実際にその乳がんへ薬がどの程度効いているかを手術前に確認できるという意味があります。とくにHER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんでは、手術時にがんが残っているかどうかが、その後の薬物療法を選ぶ材料になることがあります。

「手術できるのに、なぜ先に薬を使うのか」という疑問に対しては、単に乳房を温存しやすくするためだけではなく、治療への反応を確認し、その結果を術後治療へつなげるためという理由もあります。

ステージ3|薬物療法を先行し、手術・放射線治療へつなげることが多い

ステージ3は、所属リンパ節への転移が広範囲に及んでいる、乳房の皮膚や胸壁へ広がっているなどの局所進行乳がんを含みます。

この段階でも遠隔転移がなければ、病状によっては根治を目指した治療を行います。ただし、最初から手術するのではなく、薬物療法を先に行って乳房やリンパ節の病変を縮小させ、その後に手術と放射線治療を組み合わせることが多くなります。

どの薬を術前に使用するかは、HR陽性・HER2陰性、HER2陽性、トリプルネガティブといった乳がんの性質によって異なります。また、薬物療法後に手術標本を調べ、乳房やリンパ節にどの程度がんが残っているかを確認します。その結果によって、手術後に使用する薬を追加・変更する場合があります。

ステージ3だから全員が同じ順番で治療するわけではありません。腫瘍とリンパ節の広がり、サブタイプ、治療への反応などを見ながら、手術・放射線治療・薬物療法を組み合わせます。

ステージ4|薬物療法を中心に病状を長くコントロールする

ステージ4では、骨、肺、肝臓、脳などへの遠隔転移が確認されています。この場合、乳房だけを手術しても体のほかの場所にある乳がんを同時に治療することはできないため、基本となるのは全身へ作用する薬物療法です。

治療薬は、HR、HER2などの病理結果に加え、これまでに受けた治療、転移している臓器、症状、遺伝子・バイオマーカー検査などをもとに選びます。

ステージ4では、すべてのがんを手術で取り除くことだけを目標にするのではなく、薬物療法によってがんの進行を抑えながら、症状を軽減し、できるだけ生活を維持することが治療の大きな目的になります。

ただし、手術や放射線治療を行わないという意味ではありません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合は、その部位への放射線治療や手術などを組み合わせることがあります。

ステージ4乳がんについては、以下の記事で治療の考え方や予後を詳しく解説しています。

同じステージでも治療の順番が異なる理由

乳がんでは、ステージが同じでも治療の順番が異なることがあります。

たとえば、同じステージ2でも、HR陽性・HER2陰性乳がんでは手術を先に行い、その病理結果をもとに術後の薬物療法を決めることがあります。一方、HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんでは、病変の大きさやリンパ節転移などによって、薬物療法を先に行うことがあります。

ここで治療方針を分けているのは、単純な「進行している・していない」という違いではありません。その乳がんにどの薬が効く可能性が高いのか、術前治療への反応を術後治療の判断に利用できるのか、乳房をどの程度切除する必要があるのかなどを合わせて考えています。

治療説明を受ける際には「手術をするか」だけでなく、なぜ手術が先なのか、あるいはなぜ薬物療法を先に行うのかを確認すると、治療全体の流れを理解しやすくなります。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんの手術

遠隔転移のない乳がんでは、手術によって乳房内のがんを取り除くことが治療の中心になります。主な術式は、がんを含む乳房の一部を切除する乳房部分切除術(乳房温存手術)と、乳房全体を切除する乳房全切除術です。

どちらを選ぶかは、単に「しこりが何cmあるか」だけでは決まりません。病変が乳房内のどこまで広がっているか、複数の病変が離れた場所にないか、切除後に十分な乳房を残せるか、術後に放射線治療を受けられるか、遺伝的な乳がんリスク、本人が乳房の温存と再建をどのように考えているかなどを踏まえて判断します。

乳房部分切除術は「しこりだけを取る手術」ではない

乳房部分切除術では、がんだけをくり抜くのではなく、周囲の乳腺組織を含めて切除します。手術後には切除した組織の端である「切除断端」を病理検査で確認し、がん細胞が切除面まで及んでいないかを調べます。

十分に切除できていれば、原則として残った乳房へ放射線治療を行います。乳房部分切除術と術後放射線治療を組み合わせることで、乳房内で再発する可能性を下げます。適切な患者さんに乳房部分切除術と術後放射線治療を組み合わせた場合、乳房全切除術と比べて生存率に明らかな差はないことが示されています。

そのため「乳房を全部取った方が必ず治りやすい」とは限りません。反対に、乳房を残すことだけを優先すればよいわけでもありません。がんを十分に切除でき、その後に必要な放射線治療まで行えることが、乳房温存療法を成立させる前提になります。

乳房を温存できるかは、腫瘍径だけでは決まらない

乳房部分切除術を検討するときは、腫瘍そのものの大きさだけでなく、乳房全体との大きさのバランスや病変の広がりを確認します。

腫瘍径そのものはそれほど大きくなくても、乳管内に病変や石灰化が広く分布している場合や、乳房内の離れた場所に複数の病変がある場合は、部分切除では十分な切除が難しくなることがあります。反対に、診断時には部分切除が難しい大きさでも、術前薬物療法によって病変が縮小し、温存手術を検討できるようになる場合があります。

したがって「2cmだから温存できる」「3cmを超えたから全切除」といった一つの数値だけで術式を決めることはできません。MRIやマンモグラフィ、超音波検査などで乳房内の病変範囲を確認し、実際にどこまで切除する必要があるかを考えます。

乳房全切除術が適している場合

乳房全切除術では、乳腺を広い範囲で切除します。乳がんが乳房内に広く分布している場合や、離れた場所に複数の病変がある場合など、部分切除ではがんを十分に取り除くことが難しいと考えられるときに選択されます。

また、医学的には乳房温存手術が可能でも、本人が再手術の可能性や術後放射線治療、乳房の形の変化などを考えたうえで全切除を希望する場合があります。逆に、全切除が検討される病状でも、術前薬物療法への反応などによって術式を再検討できることがあります。

ここで比較したいのは「小さい手術と大きい手術のどちらがよいか」ではありません。がんを取り切れる可能性、その後に必要な放射線治療、整容性、再建の希望などを含めて、自分にとってどの方法が適しているかを考えます。

センチネルリンパ節生検で腋窩リンパ節への転移を調べる

乳がんの手術では、乳房だけでなく脇の下にある腋窩リンパ節をどこまで手術するかも決めます。

乳房から流れ出たがん細胞が最初に到達すると考えられるリンパ節をセンチネルリンパ節といいます。診察や画像検査で明らかな腋窩リンパ節転移がない場合などには、手術中にこのリンパ節を採取してがん細胞がないか調べるセンチネルリンパ節生検が行われます。

センチネルリンパ節に転移がなければ、腋窩リンパ節を広く切除する必要性を減らすことができます。これは単に手術を小さくするためではなく、腋窩リンパ節郭清に伴う腕のむくみや感覚障害、肩の動かしにくさなどの負担をできるだけ避けながら、必要な治療を行うためです。

リンパ節転移が見つかっても、必ず腋窩郭清を行うわけではない

以前は、センチネルリンパ節に転移が見つかれば、その先の腋窩リンパ節を広く切除する腋窩リンパ節郭清へ進むことが一般的でした。しかし現在は、センチネルリンパ節への転移の程度、乳房の術式、術後に行う放射線治療や薬物療法などによっては、追加の腋窩郭清を省略できる場合があります。日本乳癌学会も、センチネルリンパ節生検と腋窩リンパ節郭清を別の手術として患者向けに説明しています。

したがって「リンパ節転移あり=脇のリンパ節をすべて取る」と考える必要はありません。

一方、診断時から腋窩リンパ節への転移が明らかな場合や、転移の広がりによっては腋窩リンパ節郭清が必要になります。術前薬物療法を行った患者では、治療前のリンパ節の状態と治療後の反応も踏まえて、どのようなリンパ節手術を行うか判断します。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

切除断端にがんが残っている場合は追加手術を検討

乳房部分切除術では、切除した組織の断端を病理検査で確認します。

断端にがん細胞が認められた場合は、乳房内に病変が残っている可能性を考え、追加切除を検討します。残っていると考えられる範囲によっては部分的な追加切除で乳房を温存できることがありますが、病変が広い場合には乳房全切除術へ変更することもあります。

術前の画像で病変範囲を詳しく調べるのは、最初の手術で適切な範囲を切除し、できるだけ再手術を避けるためでもあります。

乳房再建は全切除を決めた後で考えるものとは限らない

乳房全切除術を行う場合には、乳房再建を希望するかどうかも手術計画に関係します。

乳房再建には、自分の腹部や背中などの組織を用いる方法と、人工物を用いる方法があります。また、乳がん手術と同時に行う一次再建と、乳がん治療後に時期を改めて行う二次再建があります。

どの方法が適しているかは、乳房の切除範囲だけでなく、術後放射線治療の必要性、体格、持病、希望する乳房の形、手術回数や回復に使える時間などによって変わります。そのため再建を希望する可能性がある場合は、乳房全切除術を終えてから初めて相談するのではなく、乳がん手術の術式を決める段階から乳腺外科と形成外科に相談すると治療全体を考えやすくなります。

BRCA1/2病的バリアントがある場合は手術の選択にも関係する

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントが確認されている場合は、今回発生した乳がんだけでなく、将来同じ乳房や反対側の乳房に新たな乳がんが発生するリスクも含めて手術方法を検討することがあります。国立がん研究センターも、手術前にBRCA遺伝子の病的な変化が分かっている場合には手術の選択肢が変わることがあると説明しています。

ただし、BRCA1/2病的バリアントが見つかったからといって、一つの術式が自動的に決まるわけではありません。年齢、今回の乳がんの広がり、今後の発症リスク、再建の希望などを踏まえて選択します。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

手術方法を決めるときは「何を残したいか」も相談する

乳がん手術では、医学的に可能な術式が一つとは限りません。

乳房をできるだけ残したい人もいれば、再手術や乳房内再発への不安を減らしたい人、放射線治療の通院負担を考えたい人、再建を含めて外見を整えたい人もいます。仕事への復帰時期や育児・介護など、治療後の生活も選択に関係します。

診察では「温存できますか」だけではなく、なぜその術式が勧められているのか、温存した場合と全切除した場合でその後の治療がどう変わるのか、リンパ節をどこまで手術する予定なのか、再建を希望する場合はいつ相談するのかまで確認すると、手術後の生活を含めて判断しやすくなります。

参考:乳癌治療に関連する説明動画|日本乳癌学会

乳がんの放射線治療

乳がんの放射線治療は、高エネルギーの放射線を乳房や胸壁、周囲のリンパ節などへ照射し、その場所に残っている可能性がある微小ながん細胞を減らすために行います。

手術で目に見える病変を取り除いても、顕微鏡でなければ分からないほど小さながん細胞が周囲に残っている可能性があります。そのため放射線治療は、手術で取り切れなかった大きな病変を補う治療というより、手術した乳房や胸壁、周囲のリンパ節で再発する可能性を下げるための局所治療として位置づけられます。

必要性は、乳房部分切除術を受けたのか乳房全切除術を受けたの

か、リンパ節転移がどの程度あったのか、腫瘍がどこまで広がっていたのかなどによって変わります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

乳房部分切除術後は原則として放射線治療を行う

乳房部分切除術では、がんを含む乳房の一部を切除しますが、乳腺そのものは残ります。その残った乳房内で再発する可能性を下げるため、乳房部分切除術後は原則として温存した乳房へ放射線治療を行います。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでも、ステージ1~2の浸潤性乳がんだけでなく、非浸潤性乳管がん(DCIS)に対して乳房温存手術を行った場合も、全乳房照射が標準治療とされています。術前薬物療法によって病理学的完全奏効が得られた場合でも、乳房温存手術後の全乳房照射は標準治療です。

これは「手術でがんが取れなかったから放射線を追加する」という意味ではありません。乳房温存療法は、適切な部分切除と術後放射線治療を組み合わせて成立する治療です。

年齢や病理所見などから乳房内再発の可能性が非常に低い一部の患者では、放射線治療を省略できるか検討される場合がありますが、誰でも省略できるわけではありません。通院の負担だけを理由に自己判断で外すのではなく、照射を行わなかった場合に乳房内再発の可能性がどの程度変わるのかを確認して判断します。

放射線治療は「5~6週間通う治療」とは限らない

乳房への放射線治療は、1回にすべての線量を照射するのではなく、複数回に分けて行います。この1回ごとの照射を「分割」といいます。

従来は、1回の線量を小さくして25回前後に分け、4~5週間ほどかけて照射する方法が広く用いられてきました。一方、現在は1回あたりの線量をやや増やして、全体の治療期間を約3週間に短縮する寡分割照射(かぶんかつしょうしゃ)が標準的な選択肢になっています。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでは、乳房温存術後の全乳房照射について、寡分割照射を従来の分割照射と同等の治療として推奨しています。日本人患者を対象としたJCOG0906試験でも、寡分割照射の安全性が確認されています。

そのため「放射線治療を受ける=平日に1カ月以上毎日通院する」と決まっているわけではありません。実際の回数や期間は、照射する範囲、リンパ節への照射の有無、施設で採用している方法などによって決まります。

仕事や育児、介護などで連日の通院が難しい場合は、治療を諦める前に、予定している照射回数と期間を確認しておくとよいでしょう。

参考:The Japanese breast cancer society clinical practice guidelines for radiation treatment of breast cancer, 2022 edition|日本乳癌学会

乳房全切除術を受けても放射線治療が必要になることがある

乳房をすべて切除すれば、すべての人が放射線治療を受けなくてよいわけではありません。

乳房全切除術後でも、リンパ節転移が多い場合や、腫瘍が胸壁・皮膚まで広がっていた場合などでは、胸壁や周囲のリンパ節に再発する可能性を下げるため、乳房切除後放射線療法(PMRT)を行います。

日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでは、腋窩リンパ節転移が4個以上ある場合にはPMRTが標準治療とされています。また、1~3個のリンパ節転移がある場合にも、ほかの再発リスクを踏まえてPMRTを検討します。リンパ節転移がなくても、T3~4の大きな腫瘍や切除断端にがんが及んでいる場合などには照射を検討することがあります。

つまり、全切除術と部分切除術の違いだけで放射線治療の有無を決めるのではありません。手術前の病変の広がりと、手術後に分かった病理結果が判断に関係します。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳房だけでなくリンパ節まで照射する場合がある

乳がんの放射線治療では、乳房または胸壁だけではなく、鎖骨の上や胸骨の内側などのリンパ節領域を照射することがあります。これを領域リンパ節照射といいます。

どこまで照射するかは、リンパ節転移の個数や場所、腫瘍の位置、手術でどこまでリンパ節を切除したかなどから判断します。

たとえば腋窩リンパ節転移が多い場合は、乳房または胸壁に加えて鎖骨上リンパ節などを照射することで、その領域で再発する可能性を下げます。一方、リンパ節転移がない早期乳がんで、全員に広範囲のリンパ節照射を行うわけではありません。

照射範囲を広げれば治療できる範囲も増えますが、肺や心臓など周囲の正常組織へ放射線が当たる範囲も変わります。そのため、再発を減らせる利益と正常組織への影響を比較して照射範囲を決めます。

手術した場所へ追加照射する「ブースト照射」を行うことがある

乳房部分切除術後では、乳房全体への照射に加え、もともと腫瘍があった部分へ放射線を追加するブースト照射を行う場合があります。

乳房内で再発する場合、もともとがんがあった周辺に生じることがあるため、年齢や病理所見などから局所再発のリスクが高いと考えられる場合には、その部分へ線量を追加します。

一方、追加照射を行うと治療回数が増えたり、乳房の硬さや形への影響が強くなったりする可能性もあります。すべての人が同じ回数の照射を受けるのではなく、再発リスクと治療後の乳房への影響を踏まえて決めます。

薬物療法と放射線治療の順番も治療計画の一部

手術後に化学療法と放射線治療の両方が必要な場合は、一般に化学療法を先に行い、その後に放射線治療へ進みます。日本乳癌学会の放射線療法ガイドラインでも、術後化学療法が必要な場合には化学療法を終了してから放射線治療を行うことが示されています。

一方、内分泌療法は放射線治療と同じ時期に行うことが可能とされています。HER2標的治療についても放射線治療と並行して行うことがありますが、とくに左乳房への照射では心臓への線量を抑えることも考慮されます。

このため、手術後に複数の治療を勧められた場合は、それぞれを別々に考えるのではなく「どの治療から始まり、放射線治療はいつ行い、薬物療法はいつまで続くのか」という全体の予定を確認すると、仕事や家庭生活の調整もしやすくなります。

放射線治療による皮膚症状や乳房の変化

乳房への放射線治療では、照射期間中から終了後にかけて、皮膚が赤くなる、ひりひりする、かゆくなるなど、日焼けに似た皮膚症状がみられることがあります。治療後には、乳房が腫れたり、時間がたって少し硬くなったり、形が変化したりする場合もあります。

照射する範囲によっては、まれに肺炎や心臓への影響などが問題になることもあります。とくに左乳房では心臓が乳房の近くにあるため、現在は治療計画を立てる段階で心臓や肺に当たる放射線量をできるだけ抑えるよう調整します。

副作用については、皮膚症状の名前を覚えるだけではなく、治療中に仕事を続けられるのか、衣服が皮膚に当たって痛くならないか、治療終了後にどのくらいで症状が落ち着くのかなど、日常生活への影響まで確認しておくことが役立ちます。

転移した乳がんでも症状を軽減するために放射線治療を使う

放射線治療は、手術後の再発予防だけに使う治療ではありません。

乳がんが骨へ転移して痛みがある場合には、転移部位への放射線治療によって痛みを和らげることができます。脳転移では、転移の数、大きさ、場所などによって定位放射線治療や全脳照射などを検討します。

この場合の目的は、乳房周囲の再発予防とは異なります。痛みや神経症状を軽減し、骨折や神経障害などによって生活が大きく損なわれるのを防ぐことが治療の目的になります。

転移・再発乳がんの治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

放射線治療の有無や照射範囲は、「部分切除か全切除か」だけでは決まりません。診察では、どこへ照射する予定なのか、照射によってどの再発を減らそうとしているのか、何回・何週間の治療になるのかを確認すると、自分に放射線治療が勧められている理由を理解しやすくなります。

乳がんの薬物療法

乳がんの薬物療法は「乳がんにはこの抗がん薬を使う」という一つの治療ではありません。ER・PgRなどのホルモン受容体とHER2の結果を基本に、早期乳がんなのか、手術前後の治療なのか、手術不能・再発乳がんなのかによって使用する薬が変わります。

進行・再発した場合には、これまでに受けた治療に加えてESR1、PIK3CA/AKT1/PTEN、BRCA1/2、PD-L1、HER2の発現程度などが次の治療選択に関係することもあります。

薬物療法を理解するときは薬剤名だけを見るのではなく「自分の乳がんは何を標的にできるのか」「今の治療は再発予防なのか、進行した乳がんを抑える治療なのか」「次の薬を決めるために追加検査が必要か」という順序で考えると整理しやすくなります。

HR陽性・HER2陰性乳がん|内分泌療法を軸に治療を組み立てる

ERやPgRが陽性のHR陽性乳がんでは、女性ホルモンであるエストロゲンの働きを抑える内分泌療法が治療の中心になります。

早期乳がんでは、手術後にタモキシフェンアロマターゼ阻害薬などを用いて、体内に残っている可能性がある乳がん細胞の増殖を長期間抑えます。閉経前か閉経後かによって選択する薬が異なり、閉経前では卵巣機能抑制を組み合わせる場合もあります。

ただし、HR陽性だから「ホルモン療法だけ」と決まるわけではありません。腫瘍径、リンパ節転移、病理学的な性質などから再発リスクが高いと考えられる場合には化学療法を追加することがあり、HR陽性・HER2陰性で再発高リスクの早期乳がんでは、内分泌療法にCDK4/6阻害薬のアベマシクリブを追加する術後治療も国内で承認されています。

一方、手術不能・再発のHR陽性・HER2陰性乳がんでは、すぐに細胞障害性抗がん薬へ進むのではなく、内分泌療法とCDK4/6阻害薬などを組み合わせて病勢を抑える治療が行われます。治療が効かなくなったときには「内分泌療法がもうすべて効かない」と考えるのではなく、乳がん細胞に新たな治療標的が生じていないかを調べることが次の選択につながります。

ESR1変異は内分泌療法を選び直す材料になる

ESR1は、エストロゲン受容体に関係する遺伝子です。HR陽性乳がんでは内分泌療法を続ける過程でESR1遺伝子変異が確認されることがあり、その結果が次の内分泌療法の選択に関係するようになっています。

2025年には、内分泌療法後に増悪したESR1遺伝子変異陽性のHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、経口SERDであるイムルネストラントが国内承認されました。

さらに2026年6月には、内分泌療法中にESR1遺伝子変異が確認され、まだ疾患進行が認められていないHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、カミゼストラントが国内承認されています。承認された用法ではCDK4/6阻害薬と併用します。

これは、画像上で明らかにがんが大きくなってから治療を変更するだけではなく、治療中の遺伝子変化を調べ、その結果によって内分泌療法を見直すという考え方が実際の治療に入ってきたことを意味します。

PIK3CA・AKT1・PTEN変異があればAKT阻害薬が候補になる

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんでは、PI3K/AKT経路に関係する遺伝子を調べることがあります。

国内では、内分泌療法後に増悪したPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに対して、AKT阻害薬のカピバセルチブがフルベストラントとの併用で承認されています。

この治療は、HR陽性乳がんの全員に行うものではありません。内分泌療法後の病状と遺伝子検査の結果を組み合わせ、「現在の乳がんにAKT経路を標的とする理由があるか」を確認して選びます。

BRCA1/2病的バリアントはPARP阻害薬の選択にも関係する

生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の評価だけでなく、乳がん治療にも関係します。

BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性乳がんでは、治療段階に応じてPARP阻害薬が候補になります。国内ではオラパリブに、化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんだけでなく、BRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性で再発高リスクの乳がんに対する術後薬物療法の適応があります。またタラゾパリブにも、化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんの適応があります。

このためBRCA1/2検査は、「遺伝する乳がんかを知る検査」という意味だけで捉えず、治療薬の選択に必要になる場面があることも理解しておく必要があります。

HER2陽性乳がん|HER2標的治療を手術前後で使い分ける

HER2陽性乳がんでは、HER2を標的とする薬を化学療法などと組み合わせることが治療の柱になります。

早期乳がんでも、腫瘍の大きさやリンパ節転移などによっては手術を先に行うのではなく、トラスツズマブやペルツズマブなどのHER2標的治療と化学療法を手術前に行います。術前治療には、腫瘍を縮小させるだけでなく、HER2標的治療へどの程度反応する乳がんなのかを手術標本で確認する意味があります。

この「手術後に何が残っていたか」が、その後の治療に直接つながります。術前にトラスツズマブとタキサン系薬剤による治療を受けても乳房やリンパ節に浸潤がんが残り、病理学的完全奏効が得られなかったHER2陽性乳がんでは、術後治療としてADCであるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)を使用できます。

手術不能・再発HER2陽性乳がんでは、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)などを含む複数のHER2標的治療が使われます。さらに2026年には、化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能・再発乳がんに対して、HER2チロシンキナーゼ阻害薬のツカチニブが国内承認されました。承認された治療ではトラスツズマブとカペシタビンを併用します。

HER2陽性乳がんの治療順序については、以下の記事でも詳しく解説しています。

トリプルネガティブ乳がん|早期と転移・再発で免疫療法の条件が異なる

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、ER・PgRが陰性で、HER2陽性でもない乳がんです。HR陽性乳がんのような内分泌療法や、HER2陽性乳がんに対するHER2標的治療を基本としないため、化学療法が治療の重要な土台になります。

ただし、現在のTNBC治療を「化学療法だけ」と説明することもできません。

再発リスクが高い早期TNBCでは、手術前に化学療法と免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブを併用し、手術後もペムブロリズマブを継続する治療があります。ここでは「PD-L1陽性であること」は適応条件になっていません。一方、手術不能または再発TNBCに対してペムブロリズマブと化学療法を使用する場合には、PD-L1の発現が治療選択に関係します。

「TNBCではPD-L1陽性なら免疫療法、陰性なら使わない」と一括して覚えると、早期乳がんの治療を誤解します。早期高リスクTNBCの周術期治療と、転移・再発TNBCの治療では、PD-L1の意味が異なります。

また、BRCA1/2病的バリアントが確認されればPARP阻害薬が治療候補になることがあり、治療歴のある手術不能・再発TNBCではADCのサシツズマブ ゴビテカンなども選択肢になります。サシツズマブ ゴビテカンは国内で、化学療法歴のあるHR陰性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんに承認されています。

トリプルネガティブ乳がんについては、以下の記事でも詳しく解説しています。

ADCは乳がん治療で重要な薬剤群になっている

近年の乳がん薬物療法で治療選択を大きく広げているのが、抗体薬物複合体(ADC:Antibody-Drug Conjugate)です。

ADCは、がん細胞の表面にある特定のタンパク質を認識する抗体と、細胞を傷害する薬剤を組み合わせた治療薬です。抗体によって標的となる細胞へ近づき、抗がん作用を持つ薬剤を届ける仕組みを利用します。

HER2陽性乳がんではT-DM1やトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)が使われていますが、ADCはすでに「HER2陽性乳がんだけの治療」ではありません。

日本乳癌学会は2025年9月、HR陽性かつHER2低発現またはHER2超低発現乳がんに対するT-DXdの適応拡大について公式ステートメントを公表しています。これにより、HER2陽性の基準を満たさない乳がんでも、HER2がどの程度発現しているかを確認する意味が大きくなっています。

また、TROP-2を標的とするADCも治療に入っています。ダトポタマブ デルクステカンは、アントラサイクリン系またはタキサン系薬剤による治療歴があるHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんに国内承認されています。

サシツズマブ ゴビテカンについても、当初のHR陰性・HER2陰性乳がんに加え、2026年3月には化学療法歴のあるHR陽性・HER2陰性の手術不能・再発乳がんへ国内適応が拡大されています。

このため、進行・再発乳がんでは「最初にHR陽性、HER2陰性と言われた」という情報だけで将来の治療候補が決まるわけではありません。治療歴や病理結果を確認し、HER2低発現・超低発現、遺伝子変異なども含めて次の薬を検討します。

新しい薬が増えても、細胞障害性抗がん薬の役割はなくなっていない

分子標的薬、免疫療法、ADCなどが増えていますが、アンスラサイクリン系、タキサン系、プラチナ製剤などの細胞障害性抗がん薬は現在も乳がん治療の重要な部分を占めます。

HER2陽性乳がんではHER2標的薬と化学療法を組み合わせ、TNBCでは周術期治療の土台として化学療法を使用します。HR陽性・HER2陰性乳がんでも、早期乳がんで再発リスクが高く化学療法による上乗せ効果が期待できる場合や、進行・再発例で内分泌療法だけでは病勢を抑えにくい場合などには化学療法を検討します。乳がんの薬物療法を新しい薬と従来の抗がん薬に分けて考えるのではなく、病状に応じてそれぞれの役割を組み合わせます。

進行・再発したときは「次の薬」だけでなく「次に何を調べるか」を確認する

乳がんの薬物療法は、最初に決めたサブタイプだけを頼りに同じ系統の薬を順番に使う治療ではなくなっています。

HR陽性・HER2陰性乳がんで内分泌療法が効かなくなった場合にはESR1やPIK3CA/AKT1/PTEN、BRCA1/2などが治療選択に関係する可能性があります。HER2陽性ではこれまでに使用したHER2標的薬と治療への反応が次の薬を決める材料になります。TNBCでは治療段階によってPD-L1やBRCA1/2などの情報が必要になる場合があります。HER2陽性ではない乳がんでも、HER2低発現・超低発現がADCの適応判断に関係します。

そのため治療を変更する場面では、単に「次はどの抗がん薬ですか」と聞くだけでなく、現在の病理結果や過去の検体で、次の治療に必要なバイオマーカーを確認できているかを相談することが、治療の選択肢を整理する助けになります。

乳がんのステージ別生存率

乳がんの予後を調べると、「5年生存率」「10年生存率」という数字を目にすることがあります。ただし、生存率は個人の余命を示す数字ではありません。同じステージでも、乳がんの性質、年齢、全身状態、治療への反応などは一人ひとり異なるため、統計上の数字をそのまま自分に当てはめることはできません。

国立がん研究センターの院内がん登録では、ステージ別の5年・10年ネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 98.9% 93.7%
ステージ2 94.6% 85.4%
ステージ3 80.6% 63.8%
ステージ4 39.8% 17.0%

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された女性乳がん患者、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された女性乳がん患者を対象とした別々の集計です。そのため、たとえば「ステージ2では5年時点の94.6%から10年時点で85.4%へ低下した」というように、同じ患者集団を5年から10年まで追跡した数字として比較することはできません。

一方で、10年生存率をあわせて見ることには意味があります。乳がんでは、診断から5年を超えても長期的な治療や経過観察が必要になる場合があり、国立がん研究センターも、乳がんでは病期によって5年以降も長期的なフォローアップが必要になることを10年生存率集計から指摘しています。

参考:院内がん登録生存率集計|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルとは

ネット・サバイバルは、がん以外の死亡による影響を統計学的に調整し「乳がんだけが死因となる状況」を仮定して推計した指標です。

「ステージ3の10年ネット・サバイバルが63.8%だから、自分が10年後に生きている確率も63.8%」という意味ではありません。多くの患者をまとめて乳がんによる生存への影響を評価した集団の統計として読みます。

5年と10年では診断された年代が異なる

生存率を見るときは、何年後の数字かだけでなく、患者がいつ診断されたのかも確認する必要があります。

今回掲載している5年値は2014~2015年診断例、10年値は2012年診断例です。現在の乳がん治療では、その後にCDK4/6阻害薬、免疫療法、ADC、新しいHER2標的治療や内分泌療法などが導入され、治療選択肢が増えています。

したがって、これらの数字は現在治療を受ける患者の将来をそのまま予測するものではありません。とくにステージ4や再発乳がんでは、統計の対象となった時期以降に薬物療法が大きく変化しています。

10年生存率を見る意味は「5年たてば再発しない」とは限らないことにある

乳がんでは、早期に治療を受けた後も再発の可能性が長期間続くタイプがあります。とくにホルモン受容体陽性乳がんでは、診断から年月が経過した後に再発する晩期再発がみられることがあります。

そのため、乳がんでは「5年間再発しなかったから、その後は再発しない」と一律には考えません。内分泌療法を何年間続けるのか、治療終了後にどのように経過をみるのかも、乳がんの性質や再発リスクを踏まえて決めます。

この点でも、乳がんの記事では5年生存率だけでなく10年生存率まで示しておく方が、長期的な経過を理解しやすくなります。

生存率だけでは自分の再発リスクは分からない

ステージ別の5年・10年生存率を見ても、「自分自身がどのくらい再発しやすいのか」までは分かりません。

根治を目指して治療した乳がんでは、ステージだけではなく、腫瘍径、リンパ節転移、HR・HER2、組織学的グレード、術前薬物療法後の残存病変などを組み合わせて再発リスクを考えます。HR陽性・HER2陰性の一部では、多遺伝子アッセイが治療選択の判断材料になることもあります。

乳がんの再発リスクは何から判断するのか

ステージ別生存率は、多くの患者さんをまとめて追跡した集団の統計です。一方、手術などによって根治を目指した治療を受けた後に、「自分の乳がんがどの程度再発しやすいのか」を考えるときには、ステージだけではなく、手術や病理検査から分かった複数の情報を組み合わせます。

乳がんでは、腫瘍が大きいほど、またリンパ節への転移が多いほど再発リスクを高く考える傾向があります。しかし、同じ大きさ、同じリンパ節転移の患者さんでも、その後の経過が同じになるわけではありません。組織学的グレード、ER・PgR、HER2、Ki-67など、がんそのものの性質も再発リスクや術後治療の選択に関係します。国立がん研究センターでも、病理学的グレードが高いほど転移・再発の可能性が高くなり、Ki-67は増殖能をみる指標の一つであると説明しています。

そのため「ステージ2だから再発率は何%」と一つの数字で考えるのではなく、病変の広がりと乳がんの性質を合わせて評価することが基本になります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

手術後の病理結果は、術後治療を決める材料になる

手術を先に行った乳がんでは、切除した乳房とリンパ節を詳しく調べることで、画像検査だけでは分からなかった情報が得られます。

実際の浸潤がんの大きさ、リンパ節転移の有無や広がり、組織学的グレード、ER・PgR、HER2などを確認し、手術だけで治療を終えられるのか、再発を減らすために薬物療法を追加する必要があるのかを判断します。乳がんの薬物療法は、ステージだけではなく再発リスクに応じて術前・術後に行われます。

ここでいう再発リスクは、将来を正確に予言するためのものではありません。「治療を追加した場合に得られる利益が、その負担に見合うか」を考えるための情報です。

術前薬物療法を受けた場合は「どの程度がんが残ったか」も見る

HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんなどでは、手術前に薬物療法を行うことがあります。この場合には、治療前のステージや病理所見だけでなく、薬物療法を行った後の手術標本もその後の治療を考える材料になります。

画像上でしこりが小さくなったかだけを見るのではなく、切除した乳房やリンパ節に浸潤がんが残っているかを病理検査で確認します。術前薬物療法には、腫瘍を小さくするだけでなく、実際にその薬がどの程度効いたかを確認し、その反応を術後薬物療法の選択に利用する目的があります。

そのため、術前治療を受けた患者さんでは「手術前に何cmだったか」だけでなく、治療後の手術標本にどの程度の病変が残っていたかも確認する必要があります。

前の薬物療法章で解説したように、HER2陽性乳がんでは術前治療後の残存病変によって術後HER2標的治療を変えることがあり、トリプルネガティブ乳がんでも術前治療とその後の病理結果を踏まえて術後治療を考えます。再発リスクの評価が、そのまま次の治療選択につながる場面の一つです。

HR陽性・HER2陰性では多遺伝子アッセイを使うことがある

HR陽性・HER2陰性の早期乳がんでは、腫瘍径やリンパ節転移、グレードなどを見ても「内分泌療法に加えて化学療法を行う利益がどの程度あるのか」を判断しにくい場合があります。

そのようなときに検討されるのが、乳がん組織にある複数の遺伝子の発現を調べる多遺伝子アッセイです。

国内では、HR陽性・HER2陰性の早期浸潤性乳がんで、リンパ節転移陰性、微小転移、またはリンパ節転移が1~3個の場合を対象として、腫瘍組織の21遺伝子のRNA発現から遠隔再発リスクを評価し、化学療法を行うかどうかの判断に利用する乳癌悪性度判定検査が保険診療に位置づけられています。

この検査は、乳がん患者全員に行うものではありません。また、「高リスクと出たから必ず再発する」「低リスクだから絶対に再発しない」と判定する検査でもありません。

病理所見だけでは化学療法を追加する利益が判断しにくい患者さんで、化学療法を行うことで得られる可能性のある利益と、副作用や生活への負担を比較するための材料として使います。

乳がんのタイプによって再発しやすい時期も異なる

再発リスクは、診断から時間がたてば全員同じように低くなるわけではありません。

ER陽性乳がんでは、内分泌療法を5年間受けた患者でも、その後長期間にわたって遠隔再発がみられることが大規模解析で示されています。腫瘍径やリンパ節転移は、こうした長期的な再発リスクとも関係します。

このため、HR陽性乳がんでは「5年再発しなかったから、その後はもう考えなくてよい」とは限りません。内分泌療法を何年間続けるかについても、再発リスクと長期治療による負担を踏まえて判断します。

一方、トリプルネガティブ乳がんでは、過去の患者集団を調べた研究で、再発リスクが診断後の比較的早い時期に高く、その後低下していく特徴が報告されています。

ただし、こうした傾向は集団としてみた再発パターンです。「HR陽性なら遅く再発する」「TNBCなら数年以内に再発する」と個人の経過を決めつけることはできません。また、現在はそれぞれのサブタイプで術前・術後治療が進歩しているため、古い患者集団の再発率を現在の患者さんへそのまま当てはめることもできません。

再発リスクを調べる目的は、必要な治療を選ぶこと

再発リスクについて説明を受けると、「私は何%の確率で再発しますか」という数字に意識が向きやすくなります。しかし、臨床で再発リスクを評価する主な目的は、将来を一つの確率で言い当てることではありません。

再発リスクが低ければ、効果の上乗せが小さい治療を避けられる可能性があります。反対に再発リスクが高ければ、化学療法、内分泌療法、HER2標的治療などを適切に組み合わせ、治療後に残っている可能性がある微小ながん細胞を抑えることを考えます。

そのため自分の再発リスクを確認するときは、単に「高いですか、低いですか」と聞くだけではなく、どの病理所見からそのように判断しているのか、その評価によって術後治療がどう変わるのかまで確認すると理解しやすくなります。

再発した場合には、初回治療時のサブタイプやステージだけで治療を決めるのではなく、再発した場所、現在のHR・HER2などの性質、これまでに使用した薬、追加のバイオマーカー検査などを踏まえて次の治療を選びます。転移・再発乳がんの治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

乳がん治療後の経過観察と再発・転移

乳がんの初期治療が終わった後も、体調や乳房の状態、治療による長期的な影響を確認するために定期的な経過観察を続けます。

経過観察の目的は、毎回できるだけ多くの検査を行って再発を探すことではありません。診察で新しい症状がないかを確認し、残っている乳房や反対側の乳房に新たな病変がないかをみながら、必要な検査を選びます。

国立がん研究センターでは、初期治療後3年間は3~6カ月ごと、4~5年目は6~12カ月ごと、5年目以降は年1回程度の問診・診察が勧められています。乳房部分切除後では、手術した乳房と反対側の乳房について年1回程度のマンモグラフィが推奨されています。

一方、症状がなく経過が順調な患者さんに対して、再発を早く見つけるためだけにCT、PET、腫瘍マーカーなどを頻回に行うことが、その後の生存期間を延ばすとは確認されていません。必要な検査は、もともとの病状や治療内容、新しく生じた症状などに応じて追加します。

参考:乳がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

治療後の症状をすべて「再発かもしれない」と考える必要はない

乳がん治療後には、手術した側の胸や腕の違和感、内分泌療法による関節痛、治療後の疲労など、再発以外の原因による症状も起こります。そのため、体調が変わるたびに再発と結び付ける必要はありません。

ただし、これまでになかった症状が続く場合や、徐々に強くなる場合には、次回の定期診察まで我慢せず担当医へ相談します。

骨転移では持続する骨の痛み、肺転移では咳や息切れ、脳転移では頭痛や神経症状などが現れることがありますが、これらは乳がん以外の病気でも起こる症状です。症状だけで再発と判断せず、必要に応じて画像検査などで原因を確認します。

「何日続いたら再発を疑う」と自分で線を引くよりも、普段とは違う症状が続いている、生活に支障が出るほど強くなっている、といった変化を担当医へ伝える方が実際的です。

局所・領域再発と遠隔再発では治療の考え方が異なる

乳がんの再発は、大きく局所・領域再発遠隔再発に分けて考えます。

局所・領域再発は、手術した乳房、胸壁、周囲の皮膚、所属リンパ節などに再び乳がんが現れる状態です。一方、遠隔再発は、骨、肺、肝臓、脳など、乳房から離れた臓器に乳がんが転移して見つかる状態です。

この区別が必要なのは、治療の目的が異なるためです。

局所・領域再発だけで遠隔転移が認められず、病変を切除できる場合には、再び治癒を目指して手術を行うことがあります。乳房温存手術を受けた乳房内に再発した場合は、通常、乳房全切除術を検討します。以前に放射線治療を行っていない場所であれば、手術後の放射線治療を組み合わせる場合もあります。

一方、骨や肺などへの遠隔再発では、体の一部だけを手術しても全身に存在する可能性のある乳がんを治療できないため、薬物療法が治療の中心になります。痛みのある骨転移や脳転移などに対しては、症状を改善したり合併症を防いだりするために放射線治療や手術を組み合わせることがあります。

再発したときは、最初の乳がんの情報だけで治療を決めない

再発時の治療を考えるときには、最初に乳がんと診断されたときのER・PgR、HER2などの結果や、それまでに使用した薬を確認します。

ただし、初回診断時の情報だけでその後のすべての治療を決めるわけではありません。

再発部位から安全に組織を採取でき、それによって治療方針が変わる可能性がある場合には、再発した病変の病理検査を検討します。進行・再発乳がんでは、HER2の再検査が治療選択に関係する場面もあり、日本乳癌学会でもHER2低発現乳がんに対するHER2再検査について情報を示しています。

さらにHR陽性・HER2陰性乳がんではESR1やPIK3CA/AKT1/PTEN、トリプルネガティブ乳がんではPD-L1、乳がんのタイプによってはBRCA1/2など、追加のバイオマーカー検査が次の治療選択に関係する場合があります。

前の薬物療法章で解説したように、2026年現在は治療標的となる情報が増えているため、「10年前にHR陽性・HER2陰性と言われたから、その情報だけで治療する」とは限りません。

遠隔再発では「一つの薬で治し切る」以外の治療目標も考える

遠隔再発乳がんでは、多くの場合、薬物療法を変更しながら長期的に病状をコントロールすることを考えます。治療の効果が得られ、副作用が許容できる間は同じ治療を続け、病状が進行した場合や副作用の負担が大きくなった場合には、次の治療へ変更します。

このときの治療目標は「画像上のがんを小さくすること」だけではありません。進行をできるだけ長く抑えること、痛みや息苦しさなどの症状を軽くすること、臓器の働きを守ること、治療を受けながら仕事や家での生活を続けられる状態を保つことも治療の一部です。

治療を変更するか迷う場面では、画像の変化だけでなく、現在困っている症状、これまでの副作用、通院の負担、次の治療で期待できることを一緒に整理します。

腫瘍マーカーだけで再発の有無を判断しない

乳がんではCEAやCA15-3などの腫瘍マーカーを測定することがあります。再発・転移した後には、治療効果をみるための参考情報として使われる場合があります。ただし、腫瘍マーカーが正常だから再発がないと断定できるわけではなく、反対に数値が上昇しただけで再発と確定することもできません。

症状、診察、画像検査、必要に応じた病理検査などと合わせて判断するため「腫瘍マーカーが少し上がった=再発した」と一つの数値だけで結論を出さないことが大切です。

再発後も、治療以外の生活を含めて方針を考える

再発と説明された直後は、「次の薬は何か」「あとどのくらい生きられるのか」ということだけに意識が向きやすくなります。しかし、長期間治療を続ける可能性がある乳がんでは、仕事、育児、介護、通院時間、食事、睡眠、外見の変化なども治療方針に影響します。

治療効果が期待できる薬でも、副作用によって日常生活をほとんど維持できなければ、支持療法を追加したり、休薬やスケジュールを調整したりする必要が出てくることがあります。

次の章では、乳がん治療で起こりやすい副作用を、単なる症状の一覧ではなく、仕事、家事、食事、睡眠、妊娠・妊孕性、外見など日常生活への影響と合わせて解説します。

乳がん治療の副作用と生活への影響

乳がん治療の副作用は、使用する薬や手術・放射線治療の内容によって異なります。同じ薬を使っても症状の出方には差があり「副作用があるか、ないか」だけでは治療の負担を十分に表せません。実際の生活では、食事が取れるか、眠れるか、通勤できるか、指先を使う仕事を続けられるか、子どもの世話ができるかといったことが治療継続に大きく関係します。

乳がんでは数カ月で終わる治療だけでなく、内分泌療法のように長期間続ける治療もあります。副作用を我慢し続けるのではなく、治療効果を保ちながら日常生活への影響を減らせる方法を医療者と調整していくことが必要です。

化学療法では「治療日のつらさ」だけでなく数日後の変化も考える

細胞障害性抗がん薬では、吐き気、食欲低下、倦怠感、脱毛、骨髄抑制などが起こることがあります。症状は点滴を受けた当日だけに現れるとは限らず、数日後に疲労や食欲低下が強くなることもあります。

白血球、とくに好中球が減少すると感染症を起こしやすくなります。治療中に発熱した場合は、市販の解熱薬だけで様子を見るのではなく、あらかじめ治療施設から示された体温や症状の基準に従って連絡します。

乳がんでよく使用されるタキサン系薬剤では、手足のしびれや感覚低下などの末梢神経障害が問題になることがあります。ボタンを留めにくい、箸を使いにくい、文字を書きにくい、歩くと足裏の感覚がおかしいといった変化は、日常生活や仕事に直接影響します。

アンスラサイクリン系薬剤では心機能への影響にも配慮します。治療前後に心臓の検査を行うことがあり、息切れやむくみなど、それまでなかった症状が現れた場合には確認が必要です。乳がんでは薬剤ごとに特徴の異なる副作用があるため、国立がん研究センターも薬の種類や患者の状態に応じて治療を選択するとしています。

内分泌療法は長く続けるからこそ生活への影響を調整する

HR陽性乳がんでは、内分泌療法を長期間続けることがあります。抗がん薬のような強い吐き気や脱毛が起こりにくいため「負担の軽い治療」と思われることがありますが、毎日の生活に影響する症状が長く続くことがあります。

タモキシフェンでは、ほてりや発汗などの更年期に似た症状が現れることがあります。また、血栓症などにも注意が必要です。

アロマターゼ阻害薬では、関節痛やこわばりによって朝起きたときや歩き始めに動きにくさを感じることがあります。骨密度が低下する可能性もあるため、治療期間や年齢、骨折リスクなどに応じて骨の状態を確認します。

「命に関わる副作用ではないから」と症状を我慢し続けると、服薬を続けること自体が難しくなる場合があります。痛みやほてり、睡眠への影響が強い場合には、症状への治療や薬剤の変更を含めて相談します。

CDK4/6阻害薬は薬によって副作用の特徴が異なる

HR陽性・HER2陰性乳がんで使用されるCDK4/6阻害薬では、好中球減少、下痢、肝機能障害などが問題になることがありますが、どの副作用が起こりやすいかは薬剤によって異なります。

そのため「CDK4/6阻害薬の副作用」と一括して考えるより、自分が使っている薬では血液検査で何を確認するのか、下痢が起きた場合はどの段階で連絡するのかを知っておく方が実際の治療には役立ちます。

内服薬の場合、自宅で治療が続くため、点滴の日だけ医療者が状態を確認する治療とは異なります。食事が取れない、下痢が続く、強い疲労で仕事や家事が難しくなるといった変化も診察時に伝えます。

HER2標的治療では心機能と薬剤ごとの副作用を確認する

トラスツズマブなどのHER2標的治療では、心機能への影響を確認しながら治療を続けることがあります。自覚症状がない段階で変化を捉えるため、治療前や治療中に心エコーなどを行うことがあります。

一方、同じHER2標的治療でも、ADCでは別の副作用にも注意が必要です。

トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、エンハーツ)では、間質性肺疾患が重大な副作用として知られています。PMDAも患者向けの間質性肺疾患に関する安全性情報を用意し、現在も適正使用のための注意喚起を行っています。

治療中に新しく乾いた咳が出る、息切れがする、呼吸しづらい、発熱するといった症状があれば、「風邪だろう」と次回の診察まで待たず、治療を受けている医療機関へ連絡します。間質性肺疾患は早い段階で評価し、必要に応じて治療を中断することが重要な副作用です。

参考:各医薬品添付文書・患者向医薬品ガイド|医薬品医療機器総合機構(PMDA)

カピバセルチブでは下痢・高血糖・皮膚症状にも注意する

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんで使用されるカピバセルチブでは、下痢、高血糖、皮疹などが問題になることがあります。PMDAも患者向け情報として、高血糖、重度の下痢、多形紅斑などについて特に注意すべき副作用として案内しています。

高血糖は、必ずしも自分ではすぐに分かるとは限りません。そのため血液検査を行いながら治療し、強い喉の渇き、多尿、著しい倦怠感など普段と異なる症状がある場合には相談します。

下痢についても「薬を飲んでいるから仕方がない」と我慢するのではなく、回数が増えたり水分が取れなくなったりした場合には早めの対応が必要です。

PARP阻害薬では貧血などが生活に影響することがある

BRCA1/2病的バリアントなどをもとに使用するPARP阻害薬では、貧血をはじめとする血球減少や、吐き気、疲労などが問題になることがあります。貧血が進むと、階段で息切れする、立ち仕事がつらい、これまでと同じ時間働けないといった形で生活に現れることがあります。

血液検査の数値だけを見るのではなく「今までできていたことがどの程度できなくなったか」を医療者へ伝えると、治療の負担を評価しやすくなります。

免疫療法では通常の抗がん薬とは異なる副作用が起こる

トリプルネガティブ乳がんなどで使用する免疫チェックポイント阻害薬では、免疫機能が過剰に働くことで、自分の臓器に炎症が起こる免疫関連有害事象があります。

肺、腸、肝臓、甲状腺などの内分泌臓器をはじめ、さまざまな臓器に症状が現れる可能性があります。発症する時期も一定ではないため「点滴直後に何もなかったから大丈夫」とは限りません。

新しい息切れや咳、長引く下痢、強い倦怠感など、普段とは違う症状が現れた場合には、免疫療法を受けていることを医療者へ伝えます。乳がんでもTNBCに免疫チェックポイント阻害薬が用いられる場合があります。

治療による閉経症状や性生活への影響も相談してよい

乳がん治療では、卵巣機能の低下や内分泌療法によって、ほてり、発汗、気分の変化、腟の乾燥などが現れることがあります。

腟の乾燥や粘膜の萎縮によって性交時に痛みが出ることもあります。国立がん研究センターも、化学療法や内分泌療法によって女性ホルモンの働きが抑えられ、腟の乾燥や性交痛が生じることがあると説明しています。

こうした症状は治療効果とは直接関係しないため、診察で話題にしにくいかもしれません。しかし、長期間の内分泌療法では性生活やパートナーとの関係もQOLの一部です。相談できる対処法があるため、困っている場合は乳腺科や婦人科などへ伝えます。

参考:乳がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

将来妊娠を希望する場合は治療を始める前に相談する

化学療法などは卵巣機能に影響し、妊娠するための力である妊孕性が低下したり失われたりする場合があります。影響の程度は、年齢や使用する薬、治療内容などによって異なります。

将来、子どもをもちたいという希望がある場合には、できるだけ治療開始前に担当医へ伝えます。必要に応じて生殖医療の専門医と相談し、未受精卵子や胚などの凍結保存を検討することがあります。国立がん研究センターも、妊孕性温存を考える場合は主治医へ相談し、生殖医療専門医と連携して検討するよう案内しています。

乳がん治療後に妊娠・出産を希望する場合も、薬によって妊娠を避ける必要がある期間が異なります。治療を自己判断で中止せず、再発リスクや治療期間を含めて担当医と相談します。日本乳癌学会も2026年6月に「乳がん治療後に妊娠・出産をお考えのかたへ」という患者向け説明動画を追加しています。

参考:乳癌治療に関連する説明動画|一般社団法人 日本乳癌学会

脱毛や乳房の変化は「見た目だけの問題」ではない

化学療法による脱毛、手術による乳房の形の変化、放射線治療後の皮膚や乳房の変化は、外見だけの問題として片付けられません。仕事で人と会うことへの抵抗、子どもから病気について聞かれる不安、更衣室や温泉を避けるようになることなど、社会生活にも影響します。

ウィッグ、帽子、乳房補整具、再建などを利用するかどうかに正解はありません。「できるだけ以前と同じ見た目にしたい」という希望も、「特に補整は必要ない」という希望も、治療後の生活を考えるための情報です。

休薬や減量は「治療に失敗した」という意味ではない

薬物療法では、副作用の程度によって治療を一時的に休む、投与量を調整する、投与間隔を変更する、別の薬へ変更するといった対応を行うことがあります。なお、副作用への対応は薬によって異なり、免疫チェックポイント阻害薬では通常、投与量を段階的に減らすのではなく、重症度に応じて休薬・中止し、必要に応じて副腎皮質ステロイドなどで治療します。

治療計画どおりの量を一度も変更せず続けること自体が目的ではありません。副作用によって食事や水分が取れない、歩けない、眠れない状態になれば、そのまま治療を続けることが適切とは限りません。

とくに長期治療では、治療効果だけでなく、その治療を続けながらどのような生活ができているかも定期的に確認します。2026年版乳癌診療ガイドラインにもQOLの章が新設されており、治療では科学的根拠だけでなく患者の希望や益と害のバランスを踏まえることが示されています。

治療中に新しい症状が出たときは、「この程度なら我慢するべきか」と一人で判断するのではなく、次回の診察まで待ってよい症状なのか、当日連絡すべき症状なのかを治療開始時に確認しておくと安心です。

参考:乳癌診療ガイドライン2026年版|日本乳癌学会

乳がんの緩和ケア・支持療法|治療と生活を続けるための支え

緩和ケアという言葉から「治療ができなくなったときに受けるもの」「終末期のための医療」と考える人もいるかもしれません。しかし、緩和ケアはがんが進行してから始めるものではありません。

乳がんと診断されたときから、痛みや吐き気などの身体的なつらさ、不安や落ち込み、仕事や家庭への影響などに対応し、がん治療を続けながら生活の質を保つために利用できます。国立がん研究センターも、緩和ケアを診断時からがん治療と並行して受けることができるものとしています。

支持療法は、がんそのものによる症状だけでなく、手術・放射線治療・薬物療法による副作用や後遺症を予防したり軽減したりするための治療やケアです。そのため、早期乳がんで再発予防の治療を受けている人にも、転移・再発乳がんの治療を続けている人にも関係します。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みは「がんが進んだから仕方がない」と我慢しない

乳がんでは、手術後の傷や肩周囲の痛み、薬物療法による関節痛など、治療そのものによって痛みが生じることがあります。転移・再発乳がんでは、骨転移などが原因で痛みが続く場合もあります。

痛みの原因によって対処法は異なります。鎮痛薬を調整するだけでなく、骨転移による強い痛みに対しては放射線治療を行うことがあり、骨折の危険が高い場合には整形外科的な治療を検討することもあります。乳がんの骨転移では、痛みや骨折のリスクを減らす目的で薬物療法を追加する場合もあります。

強い痛みに対して医療用麻薬を使用することもありますが「医療用麻薬を使う=終末期」という意味ではありません。痛みを十分に抑えることで、眠る、食べる、歩く、仕事や家事を行うといった日常生活を保ちやすくすることが治療の目的です。

「痛みはあるが何とか我慢できる」という段階でも、睡眠や動作に影響し始めているのであれば相談する意味があります。

腕のむくみや動かしにくさには早めに対応する

乳がんの手術後には、肩や腕を動かしにくくなったり、手術した側の腕にリンパ浮腫が起こったりすることがあります。

とくに腋窩リンパ節郭清を受けた場合や、リンパ節領域へ放射線治療を行った場合にはリンパ浮腫が起こる可能性があります。リンパ浮腫は手術直後だけではなく、何年もたってから現れることもあります。

腕が重く感じる、左右で太さが違う、指輪や袖がきつくなったと感じる場合には、むくみが強くなってから相談するのではなく、早い段階で担当医や看護師へ伝えます。

すでにリンパ浮腫がある場合には、状態に応じて弾性着衣による圧迫、運動、スキンケアなどを組み合わせます。自己流の強いマッサージを始めるのではなく、専門的な評価を受けたうえで方法を確認します。国立がん研究センターも、リンパ浮腫への圧迫や運動について医療者へ相談するよう案内しています。

参考:リンパ浮腫Q&A|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさや強い倦怠感は原因を確認してから対処する

転移・再発乳がんでは、肺や胸膜への病変などによって息苦しさが現れることがあります。一方、治療中の息切れは、貧血、感染症、心機能への影響、薬剤性の間質性肺疾患などでも起こります。「がんが進んだから息苦しい」と決めつけず、まず原因を確認します。

前章で説明したように、T-DXdなど間質性肺疾患に注意が必要な薬を使用している場合、新しい咳や息切れは早めの評価が必要です。HER2標的治療やアンスラサイクリン系薬剤を使用している場合には心機能の評価が必要になることもあります。

強い倦怠感についても、がんそのものだけでなく、貧血、感染症、内分泌機能の変化、睡眠不足、痛み、気分の落ち込みなど複数の原因が重なることがあります。症状だけを我慢するより、原因を分けて考えることで対処できる場合があります。

食欲低下や体重減少は「食べる努力」だけで解決しない

化学療法による吐き気、口内炎、味覚の変化、便秘や下痢などがあると、治療中の食事量が減ることがあります。進行乳がんでは、がんそのものや治療の影響によって食欲が低下し、体重や筋力が落ちることもあります。

このようなときに「栄養を取らなければ」と無理に食事量だけを増やそうとしても、かえって食事が負担になることがあります。

まず、吐き気や痛み、便秘、口腔内の問題など食べにくくなっている原因がないか確認します。必要に応じて制吐薬などを調整し、管理栄養士と相談しながら、一度に食べる量を減らす、食べやすい時間帯を利用するなど、その時点で取りやすい方法を考えます。

体重だけでなく、歩ける距離が短くなった、階段がつらくなった、家事を続けられなくなったといった筋力や活動量の変化も治療を続けるうえで参考になります。

不安や落ち込みも治療の対象になる

乳がんと診断されたときには、「治るのか」「再発するのではないか」「家族にどう話せばよいのか」など、多くの不安が生じます。

治療が終わった後にも、診察や検査の前になると再発への不安が強くなることがあります。転移・再発を告げられた場合には、これからの生活や家族のことを考えて眠れなくなったり、何も考えられなくなったりすることもあります。こうした反応をすべて自分だけで処理する必要はありません。

緩和ケアでは身体症状だけでなく、心理的・社会的なつらさも対象になります。担当医や看護師だけでなく、心理職、ソーシャルワーカー、緩和ケアチームなどと相談することができます。国立がん研究センターも、緩和ケアは体の痛みだけでなく、診断時から生じる不安や落ち込みなどの心のつらさを含めて支援するものとしています。

仕事やお金の問題も医療と切り離さなくてよい

乳がんでは、外来で長期間治療を続けながら働く人もいます。しかし、化学療法の日程、術後の回復期間、放射線治療への通院、長期に続く内分泌療法の副作用などによって、これまでと同じ働き方が難しくなることがあります。

病気になった直後に「もう仕事は続けられない」と退職を決める必要はありません。まず治療期間や通院頻度、体調が変化しやすい時期を確認し、短時間勤務、休職、業務内容の調整などを利用できないか検討します。

医療費や生活費が不安な場合も、担当医だけで解決しようとする必要はありません。社会福祉士などを通じて、利用できる制度や職場との調整について相談できます。がん相談支援センターでは、治療や副作用だけでなく、仕事、お金、家族との関係などについても無料で相談できます。自分が通院している病院以外の相談支援センターを利用することも可能です。

参考:「がん相談支援センター」とは|国立がん研究センター がん情報サービス

転移による症状には、薬物療法以外の治療も組み合わせる

転移・再発乳がんでは全身に作用する薬物療法が治療の中心ですが、症状の原因となっている転移部位へ局所治療を追加することで、生活を保ちやすくなることがあります。

たとえば骨転移による痛みには鎮痛薬や放射線治療を行い、骨折の危険が高ければ整形外科的な治療を検討します。脳転移では、病変の数や場所などに応じて放射線治療や手術を行うことがあります。

ここで局所治療を行う目的は、必ずしもすべての転移をなくすことだけではありません。痛みを抑える、歩ける状態を保つ、神経症状を防ぐなど、日常生活への影響を小さくすることも治療目的になります。

緩和ケアを相談する時期に「早すぎる」はない

痛みが非常に強くなってから、治療を中止してからでなければ緩和ケアを利用できないわけではありません。

痛みで眠りにくい、治療の副作用で食事が取れない、再発への不安が頭から離れない、家族へどう説明すればよいか分からない、仕事や医療費について困っているといった段階でも相談できます。緩和ケアは、がん治療と並行して受けることができます。

通院が難しくなった場合には、地域の医療機関や訪問診療などと連携して、自宅で症状の治療やケアを続けられる場合があります。全国のがん診療連携拠点病院では、外来・入院のいずれでも緩和ケアを利用でき、必要に応じて地域と連携する体制があります。

治療を続けるかどうかだけではなく、治療を受けながらどのような状態で生活したいのかを医療者へ伝えることも、乳がん治療を考えるための情報になります。

参考:乳がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

乳がん治療が効きにくくなったときに確認したいこと

乳がんでは、最初に選んだ治療をずっと続けられるとは限りません。進行・再発乳がんでは、薬が効いている間は治療を続け、病状が進行した場合や副作用の負担が大きくなった場合には、次の治療へ切り替えていきます。

このとき「標準治療が効かなかったから、もう標準治療ではできることがない」とは限りません。乳がんでは、サブタイプやこれまでに使用した薬によって複数の治療選択肢があり、さらに再検査によって次の治療につながる標的が見つかる場合があります。

そのため治療を変更する場面では、新しい薬を探すことだけに意識を向けるのではなく、現在までに何を調べ、どの治療を使い、次の選択に必要な情報がそろっているかを整理することが先になります。

「標準治療」は古い治療という意味ではない

標準治療とは、科学的根拠に基づいて有効性と安全性が検討され、現時点で多くの患者さんに勧められる治療です。国立がん研究センターも、標準治療を「現在利用できる最良の治療であることが示され、多くの患者に行うことが推奨される治療」と説明しています。

「標準」という言葉から、平均的な治療、昔から変わっていない治療という印象を持つかもしれません。しかし、乳がんでは新しい薬の効果と安全性が臨床試験で確認されると、その薬を含む治療が新しい標準治療になることがあります。

実際、乳がんではCDK4/6阻害薬、ADC、免疫チェックポイント阻害薬、新しい内分泌療法などが治療体系に加わってきました。そのため、「標準治療か最新治療か」という二択で考えるのではなく、現在の自分の病状に対して、医学的根拠のある治療として何が推奨されているかを確認します。

治療を変更するときは、次の薬に必要な検査が済んでいるか確認する

前の薬物療法の章で説明したように、2026年現在の乳がん治療では、最初に調べたER・PgR・HER2だけで、その後の治療がすべて決まるわけではありません。

HR陽性・HER2陰性の進行・再発乳がんでは、治療経過によってESR1やPIK3CA/AKT1/PTENなどの結果が次の薬を選ぶ材料になります。生殖細胞系列BRCA1/2病的バリアントがあればPARP阻害薬の適応に関係する場合があります。以前は「HER2陰性」と判断されていた乳がんでも、HER2低発現・超低発現の評価がADCの選択に関係するようになっています。

治療変更の説明を受けるときは「次はどの薬を使いますか」だけではなく、過去の病理標本で必要な検査ができているのか、新しい組織を採取する意味があるのか、血液を使った検査で確認できる情報があるのかまで聞いておくと、治療候補を整理しやすくなります。

再発した病変をもう一度調べることが治療につながる場合がある

再発した乳がんでは、最初に診断されたときの病理結果と、再発した病変の性質が完全に同じとは限りません。

安全に組織を採取でき、結果によって治療方針が変わる可能性がある場合には、再発部位を生検してER・PgR・HER2などを再評価することがあります。

これは「最初の診断が間違っていた」という意味ではありません。治療を受ける過程で、がん細胞の中で治療に反応しやすい細胞と反応しにくい細胞の割合が変わるなど、再発時には治療標的となる情報が変化している可能性があるためです。

とくに現在は、HER2の発現程度や遺伝子変異によって使用できる薬が変わるため、以前の検査結果だけで次の治療候補を狭めないことが重要になっています。

転移・再発乳がんにおける治療順序については、以下の記事で詳しく解説しています。

臨床試験は「最後の手段」ではない

標準治療以外の選択肢として、臨床試験治験への参加を提案されることがあります。

臨床試験は、効果や安全性がまだ十分に確立していない新しい治療を評価し、将来の標準治療をつくるために行われる研究です。現在行われている標準治療も、過去の臨床試験の積み重ねによって確立されてきました。

臨床試験を「すべての標準治療がなくなった後に受ける特別な治療」と考える必要はありません。病状や治療歴によっては、治療の途中で臨床試験への参加を提案される場合があります。

一方、新しい治療だから標準治療より優れていると決まっているわけでもありません。臨床試験は、その新しい治療が本当に有効なのか、安全に使用できるのかを確認するために行われます。標準治療と新しい治療を比較する試験では、どちらの治療を受けるかを自分で選べない場合もあります。

参加を検討するときは、何を明らかにするための試験なのか、自分が受ける可能性のある治療は何か、これまでにどの程度の効果と副作用が分かっているのか、通院や検査の回数、費用負担などを説明文書で確認します。

「新しい治療」「先進医療」「自由診療」の意味

インターネットで乳がん治療を調べていると、「最新治療」「先進医療」「自由診療」「免疫療法」などさまざまな表現が見つかります。

しかし、これらをまとめて「標準治療より進んだ治療」と捉えることはできません。国立がん研究センターも、新しい治療が標準治療より優れているかどうかは臨床試験の結果が出るまで分からないと説明しています。

先進医療は、公的な制度のもとで安全性や有効性などを評価する医療であり、一般に「先進的に見える治療」を指す言葉ではありません。また、自由診療は公的医療保険を使わずに受ける診療の仕組みを指すため、自由診療で提供されていること自体が治療効果の高さを示すわけでもありません。

保険診療以外の治療を検討するときは「新しいかどうか」ではなく、どの患者を対象に、どの研究で、何と比較して、どの程度の効果と副作用が確認されているのかを見る必要があります。とくに「標準治療では治らない」「抗がん薬は必要ない」「この治療なら副作用なくがんを消せる」など、標準治療を一律に否定しながら特定の治療だけを勧める説明には慎重な確認が必要です。

セカンドオピニオンは「病院を変えること」ではない

治療方針を提示されたものの、ほかの選択肢がないか確認したい場合には、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の主治医から別の病院へ転院することではありません。現在の診断や検査結果、提示されている治療方針について、別の医師から意見を聞き、その後の治療を考えるための制度です。国立がん研究センターも、がん診療連携拠点病院ではセカンドオピニオンを受けるための支援体制が整備されていると説明しています。

乳がんでは、乳房温存と全切除のどちらを選ぶか、術前薬物療法を行うか、再発後にどの順序で薬を使うかなど、複数の選択肢について判断する場面があります。

「主治医を信用していないから受けるもの」と考える必要はありません。治療を開始する前に別の専門医の意見を聞くことで、現在提案されている治療の理由に納得できる場合もあります。ただし、治療開始を急ぐ必要がある病状では、セカンドオピニオンによってどの程度まで治療を待てるのかも主治医へ確認します。

治療について迷ったときに確認したいこと

乳がんの治療選択肢が増えるほど「もっと新しい薬があるのではないか」「今の治療を選んで後悔しないか」と迷う場面も増えます。そのようなときは、治療の名前だけを比較するよりも、現在の治療で何を目指しているのかを確認します。

手術前なら、腫瘍を縮小させることなのか、術後治療の判断に反応を見ることなのか。手術後なら、再発する可能性をどの程度下げるための治療なのか。転移・再発乳がんなら、病状をどの程度コントロールできる可能性があり、その代わりにどのような副作用や通院負担があるのかを整理します。

そのうえで、自分にとって仕事を続けること、育児や家族との時間を保つこと、脱毛などの外見変化をできるだけ抑えること、治療効果をできるだけ優先することなど、何を大きく損ないたくないのかを医療者へ伝えます。

治療の選択は「医学的に最も強い治療」を探す作業ではありません。医学的な利益と負担を理解したうえで、自分が何を期待し、どこまでの負担なら受け入れられるのかを含めて決めていきます。

治療内容やセカンドオピニオン、臨床試験についてどこへ相談すればよいか分からない場合には、がん相談支援センターを利用できます。がん相談支援センターでは、治療、セカンドオピニオン、臨床試験・先進医療、生活上の問題などについて相談できます。

まとめ|治療だけでなく、これからの生活も一緒に考える

乳がんと診断されると「治るのか」「乳房を残せるのか」「再発しないだろうか」といった病気への不安だけでなく、仕事を続けられるのか、家族にどこまで頼るのか、外見が変わることをどう受け止めるのかなど、生活についても多くの迷いが生じます。

すべてを一度に決める必要はありません。治療を選ぶときには、効果や副作用だけでなく「できるだけ仕事を続けたい」「子どもとの時間を保ちたい」「将来妊娠したい」「乳房を残したい」「通院の負担を抑えたい」といった希望も医療者へ伝えてください。

治療が始まった後に、体調や考え方が変わることもあります。副作用が想像以上につらかったとき、仕事との両立が難しくなったとき、再発への不安が強くなったときには、その時点で治療や支援の方法を相談できます。

乳がんと向き合う時間のすべてを、病気のためだけに使う必要はありません。医療者や家族、相談支援サービスなどの力を借りながら、自分がこれからも続けたい生活や大切にしたい時間をできるだけ保てる方法を考えていきましょう。

肺がんは、気管支や肺胞などの細胞から発生するがんです。2023年に国内で新たに肺がんと診断された人は12万3,989例、2024年に肺がんで死亡した人は7万5,569人でした。

2018年に診断された15歳以上の肺がん患者における5年生存率は39.6%と報告されています。ただし、この数字は非小細胞肺がんと小細胞肺がん、すべてのステージを合わせた全国統計であり、個人の治りやすさや余命を示すものではありません。

肺がんは、早期には症状がほとんど現れないことがあります。咳、痰、血痰、息切れ、胸の痛みなどがきっかけで見つかる場合もありますが、症状の強さと進行度は必ずしも一致しません。肺の奥にできた小さながんでは症状が出ない一方、気管支の近くにできたがんでは、比較的早い段階から咳や血痰が現れることがあります。

肺がんの治療を決めるうえでは、ステージだけでなく、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか、腺がんや扁平上皮がんなどの病理型、がん細胞の遺伝子異常、PD-L1発現、呼吸機能、全身状態を確認します。同じステージでも、これらの結果によって選ばれる治療が異なります。

この記事では、肺がんの種類、原因とリスク、検診、症状、検査、ステージに加え、非小細胞肺がんと小細胞肺がんの治療の違いを解説します。遺伝子・バイオマーカー検査、手術、放射線治療、薬物療法、治療の副作用、ステージ別の生存率についても、検査結果を治療選択へどうつなげるかという視点から整理します。

参考:肺|国立がん研究センター がん統計
参考:2018年全国がん登録5年生存率報告|厚生労働省

  • 肺がんは、非小細胞肺がんと小細胞肺がんで治療方針が大きく異なる
  • 早期には症状がないことがあり、症状の強さだけでは進行度を判断できない
  • 治療はステージ、病理型、遺伝子異常、PD-L1、呼吸機能などから決める

肺がんとは何か

肺がんは、気管支や肺胞などの細胞ががん化し、制御されずに増殖する病気です。がんが大きくなると、気管支を狭くしたり、正常な肺組織を圧迫したりして、咳、血痰、息切れ、肺炎などを引き起こすことがあります。

さらに進行すると、胸膜や胸壁、縦隔など肺の周囲へ広がるほか、リンパ液や血液の流れに乗って、脳、骨、肝臓、副腎などへ転移する場合があります。

肺がんは、顕微鏡で確認したがん細胞の形や性質によって、非小細胞肺がん小細胞肺がんに大きく分けられます。この区別は名称の違いだけではなく、進行の速さ、転移のしやすさ、手術の適応、薬物療法や放射線治療への反応が異なるため、治療方針を決める出発点になります。

参考:肺がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

非小細胞肺がん

非小細胞肺がんは肺がん全体の約80〜85%を占め、主に腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどに分けられます。

腺がんは肺の奥にある肺野に発生しやすく、非喫煙者にもみられます。小さいうちは咳などの症状が出にくく、検診やほかの病気の検査で偶然見つかる場合があります。EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子など、治療対象となる遺伝子異常が見つかることがあるため、進行例では遺伝子検査が特に重要です。

扁平上皮がんは、肺の入り口に近い太い気管支に発生することがあり、喫煙との関連が強い病理型です。気管支が狭くなることで、咳、血痰、息切れ、同じ場所に繰り返す肺炎などが現れる場合があります。

非小細胞肺がんの治療は、切除可能な早期・局所進行例では手術を中心に考え、必要に応じて手術前後の薬物療法を組み合わせます。切除できないステージ3では化学放射線療法など、ステージ4・再発では遺伝子異常やPD-L1発現などに応じた薬物療法が中心になります。

肺がんステージ4の病状、遺伝子検査、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

小細胞肺がん

小細胞肺がんは非小細胞肺がんより頻度は低いものの、増殖が速く、早い段階からリンパ節やほかの臓器へ広がりやすいという特徴があります。喫煙との関連が強く、診断時にすでに胸部の広い範囲や遠隔臓器へ病変が及んでいる場合もあります。

治療方針を決める際はTNM分類によるステージに加え、病変が一つの放射線照射範囲に収まる限局型と、それを超えて広がっている進展型という分類が広く使われます。

ごく早期でリンパ節転移がない一部の患者さんでは手術を検討しますが、多くの限局型では薬物療法と胸部放射線治療を組み合わせます。進展型では、プラチナ製剤とエトポシドへ免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる薬物療法が主な選択肢です。

小細胞肺がんは薬物療法や放射線治療によって大きく縮小することがある一方、再発しやすい性質もあります。限局型・進展型の治療、再発時の治療、放射線治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

非小細胞肺がんと小細胞肺がんでは、標準となる治療の組み立てが異なります。診断を受けた際には、「肺がんです」という説明だけでなく、病理型、ステージ、手術の可否、治療選択に必要な遺伝子・バイオマーカー検査について確認することが大切です。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

肺がんの原因とリスク

肺がんは、一つの原因だけで発症する病気ではありません。年齢を重ねる中で細胞の遺伝子に変化が蓄積し、喫煙、受動喫煙、職業上の有害物質への曝露、慢性の肺疾患などが重なって発症すると考えられています。

肺がんの最も重要な危険因子は喫煙です。喫煙本数が多いほど、また喫煙を続けた期間が長いほど、肺がんの発症リスクは高くなります。国立がん研究センターによると、喫煙者は非喫煙者と比べ、男性で4.4倍、女性で2.8倍、肺がんになりやすいとされています。

ただし、肺がんは喫煙者だけが発症する病気ではありません。たばこを吸ったことがない人にも肺がんは発生し、とくに肺腺がんでは非喫煙者の患者さんもみられます。喫煙歴がないことだけを理由に、長引く咳や血痰などの症状を放置しないことが大切です。

参考:肺がん 予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

受動喫煙や職業・環境による曝露

周囲のたばこの煙を吸い込む受動喫煙も、肺がんの発症リスクを高めます。国立がん研究センターでは、受動喫煙によって肺がんのリスクが2~3割程度高くなるとしています。

そのほか、アスベスト、シリカ、ディーゼル排気、金属や化学物質などへ仕事を通じて長期間さらされた場合にも、肺がんのリスクが高くなることがあります。屋外・屋内の大気汚染も、肺がんの危険因子の一つです。

過去に建設、解体、造船、断熱材の施工、鉱業、金属加工などに従事していた場合は、喫煙歴だけでなく、どのような粉じんや化学物質を扱っていたかも医師へ伝えます。喫煙とほかの有害物質への曝露が重なると、リスクがさらに高まる可能性があります。

慢性の肺疾患や家族歴

慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、肺結核などの肺疾患がある人では、肺がんの発症リスクが高くなることが報告されています。もともと咳や息切れがあると、肺がんによる変化に気付きにくいこともあるため、症状の悪化や画像の変化を定期的に確認します。

肺がんになった血縁者がいることも、リスクを考える材料の一つです。ただし、家族歴には遺伝的な体質だけでなく、喫煙や受動喫煙など共通する生活環境が影響している場合もあります。家族に肺がん患者がいるからといって、必ず発症するわけではありません。

危険因子がある人すべてが肺がんになるわけではなく、明らかな危険因子がない人にも発症します。肺がんと診断された理由を一つに決めつけたり、喫煙歴だけを理由に本人を責めたりすることは適切ではありません。

禁煙は肺がん予防と治療の両方に関係する

肺がんを予防するうえで最も有効な行動は、たばこを吸わないことと、現在吸っている場合に禁煙することです。禁煙を始めた後もリスクがすぐに非喫煙者と同じになるわけではありませんが、喫煙を続ける場合と比べて徐々に低下します。

すでに肺がんと診断された後でも、禁煙には意味があります。治療中の呼吸器合併症を減らし、手術後の回復や呼吸機能を保つためにも、できるだけ早く禁煙を始めます。自力での禁煙が難しい場合は、禁煙外来などの支援を利用できます。

参考:Lung Cancer Prevention|米国国立がん研究所
参考:Lung Cancer|国際がん研究機関

肺がん検診と症状がある場合の受診

肺がんは早期には自覚症状がないことがあるため、症状のない人が定期的に検診を受けることには意味があります。一方、すでに咳や血痰などの症状がある人は、がん検診ではなく、医療機関で診断を目的とした検査を受ける必要があります。

40歳以上は年1回の肺がん検診が推奨

日本の対策型肺がん検診は、症状のない40歳以上の男女を対象に、年1回行われます。基本的な検査は問診と胸部X線検査です。

50歳以上で、現在または過去の喫煙指数が600以上の人には、胸部X線検査に加えて喀痰細胞診(かくたんさいぼうしん)を行います。喫煙指数は、次のように計算します。

喫煙指数=1日に吸うたばこの本数×喫煙した年数

例:1日20本を30年間吸った場合は、20×30=600となる。

検診結果が「要精密検査」となった場合は、症状がなくても必ず精密検査を受けます。もう一度胸部X線検査を受けて異常がなければよい、というものではありません。必要に応じて胸部CTなどで確認します。

参考:肺がん検診について|国立がん研究センター がん情報サービス

症状がある場合は検診を待たない

血痰、長引く咳、胸の痛み、声のかれ、息切れなどがある場合は、次の検診を待たずに呼吸器内科などを受診してください。がん検診は、原則として症状のない人から肺がんの可能性がある人を見つけるためのものです。

胸部X線検査で異常なしと判定されても、肺がんを完全に否定できるわけではありません。症状が続く場合や、過去の画像と比べて変化が疑われる場合には、診察を受け、胸部CTなどが必要かを相談します。

低線量CT検診は全国一律の検診ではない

低線量CTは、通常の診断用CTより放射線量を抑えて肺を撮影する検査で、重喫煙者の肺がんを早期に発見する方法として検討されています。

2026年度から、重喫煙者を対象とした低線量CT肺がん検診の実証事業が、一部の地域で行われています。ただし、現時点で全国すべての自治体に導入された対策型検診ではありません。対象条件や実施地域は限られているため、住んでいる自治体や医療機関へ確認します。

低線量CTは胸部X線より小さな結節を発見しやすい一方、がんではない影が見つかって追加検査が必要になることや、経過観察が長く続くこともあります。検査を受ける際は、利益だけでなく、偽陽性、過剰診断、放射線被曝などの不利益についても説明を受けます。

参考:低線量CT肺がん検診|日本肺癌学会

肺がんの主な症状と受診の目安

肺がんは、早期には症状がないことも多く、検診やほかの病気の画像検査で偶然見つかる場合があります。一方、がんができた場所によっては、比較的小さい段階から咳や血痰などが現れます。

肺がんの主な症状は、咳、痰、血痰、胸の痛み、動いたときの息苦しさ、動悸、発熱、声のかれなどです。ただし、これらは肺炎、気管支炎、COPDなどでも起こるため、症状だけで肺がんかどうかを判断することはできません。

国立がん研究センターでは、原因が分からない咳や痰が2週間以上続く場合、血痰が出た場合、発熱が5日以上続く場合には、早めに医療機関を受診するよう案内しています。

参考:肺がんについて|国立がん研究センター がん情報サービス

がんができた場所によって症状は異なる

太い気管支の近くにがんができると、気道が刺激されたり狭くなったりするため、咳、痰、血痰、喘鳴などが現れやすくなります。気管支がふさがれると、その先の肺に空気が入りにくくなり、同じ場所に肺炎を繰り返すこともあります。

一方、肺の奥にある肺野にできたがんは、ある程度大きくなるまで症状が出ないことがあります。肺を包む胸膜や胸壁まで広がると胸の痛みが現れ、胸水がたまると息苦しさが強くなる場合があります。

症状が軽いことは、がんが早期であることを意味しません。反対に、咳や胸の痛みがあるからといって、必ず進行肺がんであるとも限りません。症状の程度ではなく、画像検査や病理検査によって病状を確認します。

胸部の周囲へ広がったときに現れる症状

肺がんや胸部リンパ節の病変が周囲の神経、気管、食道、血管などを圧迫すると、次のような症状が現れることがあります。

  • 声のかれ:声帯を動かす神経が影響を受けた場合
  • 飲み込みにくさ:食道が圧迫された場合
  • 強い息苦しさ:気管や太い気管支が狭くなった場合
  • 顔、首、腕の腫れ:上半身から心臓へ戻る血液の流れが妨げられた場合
  • 肩から腕にかけての痛みやしびれ:肺の上部にあるがんが神経へ広がった場合

とくに、顔や首、片側または両側の腕が急に腫れる、首や胸の表面の血管が浮き出る、頭が重い、息苦しいといった症状は、上大静脈症候群の可能性があります。病変によって太い静脈の流れが妨げられていることがあるため、早急な診察が必要です。

転移した場所によって肺以外の症状も現れる

肺がんは、脳、骨、肝臓、副腎などへ転移することがあります。最初に現れる症状が咳や息切れではなく、転移した臓器による症状である場合もあります。

脳転移では、頭痛、吐き気、ふらつき、物が二重に見える、けいれん、片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい、性格や行動が変化するなどの症状が現れることがあります。

骨転移では、背中、腰、肩、肋骨などの痛みが続くことがあります。骨が弱くなると、軽い動作や転倒で骨折することもあります。脊椎への転移が脊髄を圧迫すると、足のしびれや脱力、歩行困難、排尿・排便障害が現れる場合があります。

肝転移では、初期には症状がないこともありますが、病変が広がると、食欲低下、強いだるさ、腹部の張り、黄疸などが現れることがあります。

ステージ4肺がんの転移部位、治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

予約日を待たずに相談・受診する症状

次の症状がある場合は、通常の診察予約日まで様子を見ず、治療中の医療機関や救急医療機関へ連絡してください。症状が強い場合や急激に悪化している場合は、救急車の要請を検討します。

  • まとまった量の血を吐く、血痰が止まらない
  • 急に強い息苦しさが現れた、会話が難しいほど呼吸が苦しい
  • 顔、首、腕が急に腫れた
  • 新たにけいれんが起きた、意識がぼんやりする
  • 片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい
  • 足の脱力や歩行困難に、排尿・排便の異常を伴う
  • 発熱とともに咳や息苦しさが急に悪化した
  • 薬物療法中に、新しい空せきや息切れが現れた

薬物療法中の空せきや息切れは、感染症、肺がんの進行、肺血栓塞栓症などに加え、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などによる薬剤性肺障害の可能性があります。軽い症状でも、治療を受けている医療機関へ連絡し、薬を継続してよいか確認します。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:免疫療法 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

以前からある症状の「変化」も受診の手がかりになる

喫煙歴がある人やCOPDのある人では、以前から咳や痰、息切れが続いていることがあります。その場合は、症状があるかないかだけでなく、次のような変化を確認します。

  • 咳の回数や強さが増えた
  • 痰の色や量が変わった、血が混じった
  • 同じ場所の肺炎を繰り返している
  • これまでできていた歩行や階段昇降で息切れするようになった
  • 声のかれや胸の痛みが続く
  • 食欲や体重が理由なく低下している

症状が続く場合は、自分で肺がんと決めつける必要はありませんが、「喫煙のせい」「年齢のせい」「風邪が長引いているだけ」と判断して放置しないことが大切です。診察では、症状が始まった時期、悪化しているか、血痰や発熱を伴うか、生活のどの動作で息苦しくなるかを具体的に伝えます。

肺がんの検査と診断

肺がんが疑われたときの検査には、異常を見つける検査、肺がんかどうかを確定する検査、がんの広がりを調べる検査、治療を安全に受けられるか確認する検査があります。

それぞれ目的が異なるため、胸部CTで影が見つかっただけでは、肺がんの種類やステージ、適した治療まで確定したことにはなりません。

検査の目的 主な検査 確認すること
病変の検出 胸部X線、胸部CT 肺に結節や腫瘤、胸水などがあるか
確定診断 気管支鏡、生検、胸水細胞診など がんかどうか、非小細胞肺がんか小細胞肺がんか、病理型は何か
病期診断 胸腹部造影CT、FDG-PET/CT、脳MRI、リンパ節生検など リンパ節や脳、骨、肝臓、副腎などへ広がっていないか
治療可能性の評価 呼吸機能、心機能、血液検査、全身状態の評価 手術や薬物療法、放射線治療を安全に受けられるか

胸部X線と胸部CTで病変の位置や性状を調べる

咳や血痰などの症状がある場合や、検診で異常を指摘された場合は、胸部X線検査や胸部CT検査を行います。

胸部X線では、肺に大きな影がないかを広く確認できますが、心臓や骨と重なる場所、小さな病変、すりガラス状の病変などは分かりにくいことがあります。胸部X線で肺がんが疑われる場合や、症状が続く場合には、胸部CTで詳しく確認します。

CTでは、病変の大きさ、形、内部の状態、気管支や血管との位置関係、胸膜への広がり、胸水、リンパ節の腫れなどを確認できます。

ただし、画像だけで肺がんと確定することはできません。感染症、炎症、良性腫瘍などでも肺がんに似た影が現れるためです。小さな結節では、形や大きさ、以前の画像からの変化、喫煙歴などを考慮し、すぐに生検を行わずCTで経過を確認する場合もあります。

CEA、CYFRA、SCC、ProGRP、NSEなどの腫瘍マーカーを測定することもありますが、腫瘍マーカーだけで肺がんの有無を確定したり、正常値だから肺がんではないと判断したりすることはできません。診断後の治療効果や経過を確認する補助として用いることがあります。

組織や細胞を採取して肺がんを確定する

肺がんの確定診断には、病変から採取した組織や細胞を顕微鏡で調べる病理・細胞診断が必要です。

病理検査では、肺がんであるかどうかに加え、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか、腺がんや扁平上皮がんなどのどの病理型に当たるかを確認します。治療方針を決めるためには、遺伝子検査やPD-L1検査に使用できる量の検体を確保することも重要です。

組織や細胞を採取する方法は、病変の位置や大きさ、リンパ節の状態、体への負担などから選びます。

気管支鏡検査

気管支鏡検査では、鼻または口から細い内視鏡を入れ、気管支の内側を観察しながら、がんが疑われる部分の組織や細胞を採取します。

太い気管支の近くにある病変だけでなく、超音波やナビゲーションを併用することで、肺の末梢にある病変から組織を採取できる場合もあります。

検査後には、一時的な発熱や血痰がみられることがあります。まれに出血、肺炎、肺から空気が漏れる気胸などが起こる可能性があるため、検査後に息苦しさや胸痛、出血の増加がある場合は医療機関へ連絡します。

CTガイド下生検

肺の外側に近く、気管支鏡では届きにくい病変では、CTで位置を確認しながら、胸の外側から針を刺して組織を採取する経皮的針生検を行うことがあります。

病変から直接組織を採取できる一方、気胸や肺からの出血が起こる可能性があります。肺気腫が強い場合や、病変が重要な血管に近い場合などは、ほかの検査方法を検討することがあります。

EBUS-TBNAによるリンパ節検査

肺門や縦隔のリンパ節が腫れている場合は、超音波気管支鏡ガイド下針生検であるEBUS-TBNAを行うことがあります。

気管支鏡の先端に付いた超音波でリンパ節の位置を確認し、気管支の壁を通して針を刺して細胞や組織を採取します。肺がんの確定診断だけでなく、リンパ節転移の有無を調べてステージを決める目的でも行われます。

胸水細胞診や胸腔鏡検査

肺の周囲に胸水がたまっている場合は、針を刺して胸水を採取し、がん細胞が含まれていないか調べます。胸水から十分な情報が得られない場合には、胸腔鏡で胸膜や肺、リンパ節などの組織を採取することがあります。

最初の検査で診断がつかない場合でも、直ちに肺がんではないと判断することはできません。病変の場所によっては組織を採取しにくいため、別の方法による再検査や、手術による生検を検討する場合があります。

参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

胸腹部造影CT、PET/CT、脳MRIで広がりを調べる

肺がんと診断された後は、TNM分類に基づいてステージを決めます。病期診断では、肺の病変だけでなく、胸部リンパ節や離れた臓器への転移を調べます。

胸腹部造影CTでは、肺や胸部リンパ節に加え、肝臓、副腎などへの転移を確認します。造影剤アレルギーや腎機能の低下がある場合は、検査方法を調整することがあります。

FDG-PET/CTでは、糖に似た薬剤が集まる場所を画像化し、胸部リンパ節や骨、ほかの臓器への転移が疑われる部分を調べます。ただし、炎症や感染症にも薬剤が集まることがあり、反対に小さな病変や一部の肺がんでは集まりにくいこともあります。

そのため、PET/CTでリンパ節に強い集積があることと、病理検査でリンパ節転移が証明されたことは同じではありません。

リンパ節転移の有無によって手術や根治的放射線治療の方針が変わる場合は、必要に応じてEBUS-TBNAや経食道的超音波内視鏡検査、外科的なリンパ節生検などで確認します。

脳MRIでは、脳転移の有無を調べます。小さな脳転移は症状がないこともあるため、頭痛や麻痺がない場合でも、病期や病理型に応じて検査を行います。PET/CTだけでは脳転移を十分に評価できないため、脳はMRIなどで別に確認します。

骨の痛みがある場合やPET/CTを行えない場合などには、骨シンチグラフィや骨のMRIなどを追加することがあります。

ステージ4と診断された場合でも、転移している臓器、病変の数、症状の有無によって治療の目的や選択肢は異なります。

参考:肺癌の診断|肺癌診療ガイドライン2025年版

治療を安全に受けられるか評価する

肺がんの治療方針は、がんを切除できるかどうかだけでなく、治療後に呼吸や日常生活をどこまで保てるかを含めて決めます。

手術を検討する場合は、呼吸機能検査で肺活量や1秒量などを測定し、必要に応じて肺を切除した後に残る呼吸機能を予測します。COPDや間質性肺疾患がある場合は、手術や放射線治療、薬物療法による肺への影響も考慮します。

心電図などによる循環機能の評価、血液検査による腎機能・肝機能・血球数の確認も行います。シスプラチンなどの薬物療法は腎機能や聴力、全身状態によって使用しにくいことがあり、検査結果に応じて薬の種類や投与方法を検討します。

また、パフォーマンスステータスと呼ばれる指標を用いて、歩行、身の回りの動作、仕事や家事などをどの程度行えるかを評価します。年齢だけで治療の可否を決めるのではなく、呼吸機能、臓器機能、持病、認知機能、栄養状態、本人の希望などを組み合わせて判断します。

検査結果の説明で確認したいこと

肺がんの検査結果は、「肺がんだった」「ステージ3だった」という結論だけでなく、その根拠を確認することが治療選択につながります。

  • 非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらか
  • 腺がんや扁平上皮がんなど、病理型は何か
  • ステージを決めた病変やリンパ節はどこか
  • リンパ節転移は画像上の疑いか、組織検査で確認されているか
  • 脳MRIやPET/CTなど、追加の病期診断が必要か
  • 遺伝子・PD-L1検査に使える検体が確保されているか
  • 手術後に予測される呼吸機能はどの程度か

非小細胞肺がんでは、病理診断と病期診断に加え、治療薬を選ぶための遺伝子・バイオマーカー検査が必要です。次の章で、検査する遺伝子と治療との関係を詳しく解説します。

参考:非小細胞肺癌の外科治療|肺癌診療ガイドライン2025年版

肺がんのステージ分類|TNM分類第9版

肺がんのステージは、がんの大きさだけではなく、周囲の臓器への広がり、リンパ節転移、離れた臓器への転移を組み合わせて決めます。

日本では2025年1月から、肺癌取扱い規約第9版に基づくTNM分類が使用されています。TNMは、次の3つの要素を表します。

要素 意味 主に確認すること
T 原発腫瘍 腫瘍の大きさ、気管支・胸膜・胸壁・縦隔などへの広がり、同じ肺内の別病変
N 所属リンパ節 肺内、肺門、縦隔、鎖骨上などのリンパ節へ転移しているか
M 遠隔転移 反対側の肺、胸膜、脳、骨、肝臓、副腎などへ広がっているか

T・N・Mの組み合わせによって、ステージ0からステージ4までに分類します。正確なステージは組み合わせが細かいため、腫瘍の大きさだけを見て判断することはできません。

参考:肺癌の分類・TNM病期分類|肺癌診療ガイドライン2025年版

Tは原発腫瘍の大きさと周囲への広がりを表す

T分類は、肺にある原発腫瘍の状態を表します。

小さながんは、最大充実成分径などに応じてT1a、T1b、T1cに分けられます。腫瘍が大きくなる場合のほか、胸膜、胸壁、心膜、横隔膜、縦隔、気管などへ広がっている場合や、同じ肺葉内・別の肺葉内に別の腫瘍結節がある場合にもT分類が上がることがあります。

画像に写る病変全体の大きさと、ステージ判定に使用される充実成分の大きさが異なる場合もあります。とくに、すりガラス状の部分を含む肺腺がんでは、CT画像のどの部分を測定した数値かを確認する必要があります。

Nはリンパ節転移の場所と広がりを表す

N分類は、肺がんの周囲にある所属リンパ節への転移を表します。

  • N0:所属リンパ節転移がない
  • N1:がんと同じ側の肺内、気管支周囲、肺門リンパ節などへの転移
  • N2:がんと同じ側の縦隔リンパ節、または気管分岐部下リンパ節への転移
  • N3:反対側の縦隔・肺門リンパ節、または鎖骨上窩などのリンパ節への転移

TNM分類第9版では、N2がさらに次の2つに分けられました。

  • N2a:縦隔リンパ節のうち、単一のリンパ節領域への転移
  • N2b:複数の縦隔リンパ節領域への転移

縦隔リンパ節転移が一つの領域だけにある場合と、複数の領域に広がっている場合では、病状や治療の組み立てが異なる可能性があるためです。

CTやPET/CTでリンパ節が腫れている、または薬剤が集まっているだけでは、必ずしも転移が確定したとはいえません。リンパ節転移の有無によって手術や根治的放射線治療の方針が変わる場合には、EBUS-TBNAなどで組織を採取して確認することがあります。

Mは胸部以外を含む遠隔転移を表す

M分類は、肺がんが離れた場所へ転移しているかを表します。

  • M0:遠隔転移がない
  • M1a:反対側の肺の腫瘍、胸膜・心膜の結節、がん細胞を含む胸水・心嚢水など
  • M1b:胸部以外の一つの臓器に、単発の遠隔転移がある
  • M1c1:胸部以外の一つの臓器に、複数の遠隔転移がある
  • M1c2:胸部以外の複数の臓器に遠隔転移がある

たとえば、脳に一つだけ転移がある場合と、脳や骨、肝臓など複数の臓器に転移がある場合は、いずれもステージ4に含まれますが、検討できる治療や見通しは同じではありません。

限られた数の遠隔転移では、全身薬物療法に加え、手術や定位放射線治療などの局所治療を組み合わせる場合もあります。ステージ4は「治療法が一つしかない状態」ではなく、病理型、遺伝子異常、PD-L1、転移部位と病変数、症状、全身状態によって治療を組み立てます。

ステージ4肺がんの分類、転移部位、薬物療法、局所治療については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージ0から4はどのような状態か

TNMの組み合わせは細かく分かれますが、ステージごとの大まかな捉え方は次のとおりです。

ステージ 大まかな状態
ステージ0 がん細胞が上皮内にとどまり、周囲へ浸潤していない上皮内がん
ステージ1 主に肺の中にとどまり、リンパ節転移が認められない段階
ステージ2 腫瘍が大きい、周囲へ広がっている、肺門リンパ節などへ転移している段階。一部のT1・N2a症例を含む
ステージ3 縦隔リンパ節や鎖骨上リンパ節、胸部の重要な臓器などへ広がった局所進行段階
ステージ4 反対側の肺、胸膜・心膜、脳、骨、肝臓、副腎などへ遠隔転移している段階

この表は病状の概要を理解するためのものであり、表だけから手術の可否や治療法を決めることはできません。

たとえばステージ2でも、縦隔リンパ節への転移を伴う場合があります。ステージ3には、手術を組み合わせられる可能性がある病状から、手術が難しく化学放射線療法を中心に考える病状まで含まれます。

臨床病期と病理病期は異なることがある

治療前のCT、PET/CT、脳MRI、生検などから判断するステージを臨床病期といいます。

手術を行った場合は、切除した肺やリンパ節を詳しく調べ、実際の腫瘍の広がりを確認します。この結果から決めるステージが病理病期です。

画像検査では転移がないように見えても、手術後の病理検査で小さなリンパ節転移が見つかることがあります。反対に、画像では転移が疑われても、病理検査ではがん細胞が確認されない場合もあります。

そのため、手術前に説明されたステージと、手術後に確定するステージが変わることがあります。術後に薬物療法が必要かどうかは、病理病期、腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遺伝子異常などを踏まえて判断します。

小細胞肺がんでは限局型と進展型も用いる

小細胞肺がんにもTNM分類を用いますが、治療方針を考える際には、限局型と進展型という区分も広く使われます。

  • 限局型:病変が片側の胸部を中心に存在し、許容できる一つの放射線照射範囲に収まる状態
  • 進展型:病変が限局型の範囲を超えて広がっている状態

限局型と進展型は、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応する分類ではありません。胸部放射線治療を安全に行える範囲かどうかも含めて判断します。

小細胞肺がんの限局型・進展型の治療や再発時の選択肢については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージだけで治療は決まらない

肺がんの治療方針を決めるには、ステージに加えて、次の情報が必要です。

  • 非小細胞肺がんか小細胞肺がんか
  • 腺がん、扁平上皮がんなどの病理型
  • 病変を完全に切除できる可能性
  • 呼吸機能や心機能、全身状態
  • EGFR、ALKなどのドライバー遺伝子異常
  • PD-L1発現
  • 転移の場所、数、症状

次の章では、非小細胞肺がんと小細胞肺がんを分け、ステージごとの標準的な治療方針を解説します。

参考:肺癌取扱い規約第9版発刊のお知らせ|日本肺癌学会
参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

非小細胞肺がんのステージ別治療

非小細胞肺がんの治療は、ステージだけでなく、病変を完全に切除できるか、手術後に十分な呼吸機能を保てるか、リンパ節転移の範囲、遺伝子異常、PD-L1発現、全身状態などから決めます。

同じステージ3でも、手術を含む集学的治療を検討できる場合と、切除不能として化学放射線療法を行う場合があります。とくに縦隔リンパ節転移を伴う症例では、呼吸器外科、呼吸器内科、放射線治療科、病理診断科などによる検討が必要です。

病状 治療の中心 治療前に確認すること
ステージ1 手術。手術が難しい場合は定位放射線治療など 腫瘍の大きさ・位置、呼吸機能、手術後に残る肺機能
ステージ2~切除可能なステージ3 手術と周術期薬物療法 リンパ節転移、病理型、EGFR・ALK、PD-L1、術前治療の適応
切除不能ステージ3 化学放射線療法と、その後の薬物療法 放射線の照射範囲、全身状態、肺疾患、EGFR遺伝子変異
ステージ4・再発 分子標的薬、免疫療法、細胞障害性抗がん薬など 遺伝子異常、PD-L1、病理型、転移部位、全身状態

参考:肺がん 非小細胞肺がん 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ1は手術による完全切除を目指す

ステージ1の非小細胞肺がんでは、手術に耐えられる呼吸機能と全身状態があれば、がんを完全に取り除く手術が治療の中心です。

標準的な手術では、がんがある肺葉を切除する肺葉切除と、周囲のリンパ節を切除または採取するリンパ節郭清を行います。ただし、小型で肺の末梢にある一部のがんでは、肺葉の一部分を解剖学的に切除する区域切除を選べる場合があります。

区域切除は、単に体への負担が小さい手術というだけではありません。腫瘍の大きさ、すりガラス成分と充実成分の割合、病変の位置、十分な切除断端を確保できるかなどを確認して選択します。

呼吸機能の低下、重い心疾患、間質性肺疾患などによって手術が難しい場合には、定位放射線治療を検討します。定位放射線治療は、小さな肺がんへ多方向から放射線を集中させ、根治を目指す治療です。

医学的には手術が可能であっても、本人が手術を希望しない場合に放射線治療を選ぶことがあります。ただし、手術と放射線治療では病理診断の確実性、リンパ節評価、局所再発の評価方法などが異なるため、それぞれの利益と不利益を確認します。

ステージ2・切除可能なステージ3では手術前後の薬物療法を組み合わせる

ステージ2や一部のステージ3では、画像に写る病変を手術で切除できても、目に見えない微小ながん細胞が体内に残っている可能性があります。そのため、手術だけでなく、再発リスクを下げるための薬物療法を組み合わせます。

治療には、手術後に行う術後補助療法と、手術前から行う術前・周術期療法があります。

プラチナ製剤を含む術後補助化学療法

完全切除されたステージ2~3では、シスプラチンなどのプラチナ製剤を含む術後補助化学療法を検討します。

術後補助化学療法は、画像で確認できるがんを治療するのではなく、再発の原因となる可能性がある微小ながん細胞を減らすことが目的です。手術後の病理病期、リンパ節転移、全身状態、腎機能、聴力などを踏まえて、期待できる再発予防効果と副作用を比較します。

一部の早期肺腺がんでは、病理病期や腫瘍径などの条件に応じて、テガフール・ウラシル配合剤を使用することがあります。

EGFR変異陽性では術後オシメルチニブを検討する

完全切除後の非小細胞肺がんで、EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異が確認された場合は、病理病期などの条件を満たせば、術後にオシメルチニブを内服する治療を検討します。

オシメルチニブは細胞障害性抗がん薬の代わりとして一律に選ぶ治療ではありません。病期によっては、まずプラチナ製剤を含む術後補助化学療法を行い、その後にオシメルチニブを使用します。

治療期間が長くなるため、発疹、下痢、爪の炎症、間質性肺疾患、心機能への影響などを確認しながら継続します。

ALK陽性では術後アレクチニブを検討する

ALK融合遺伝子陽性の完全切除例では、病理病期などの条件を満たす場合に、術後アレクチニブを検討します。

EGFRやALKの検査はステージ4の薬を選ぶためだけの検査ではありません。現在は、手術後の再発予防治療にも関係するため、切除可能な段階でも治療前または手術後に検査します。

条件を満たす場合は免疫療法を手術前後に行う

ステージ2から一部のステージ3では、プラチナ製剤を含む抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬を手術前に併用する治療や、手術前後に免疫療法を行う周術期治療を検討する場合があります。治療薬によって、術前のみ行うか、術後も継続するかが異なります。

また、完全切除と術後補助化学療法の後に、PD-L1発現などの条件を踏まえて、アテゾリズマブなどによる術後免疫療法を検討する場合もあります。

免疫療法が適しているかは、病期やPD-L1だけでは決まりません。EGFRやALKなどの遺伝子異常、自己免疫疾患、間質性肺疾患、臓器移植歴、手術までの予定なども確認します。

手術前の治療には、病変を縮小させ、体内の微小ながん細胞を早い段階から治療できる可能性があります。一方、治療中に病状が進行する、副作用によって手術が延期されるなどの可能性もあります。

術前治療を提案された場合は、何回治療した後に手術を行う予定か、どのような変化があれば手術方針を見直すのかを確認します。

ステージ3は手術で切除できるかを多職種で判断する

ステージ3には、腫瘍が周囲の臓器へ広がった状態、縦隔リンパ節へ転移した状態、鎖骨上リンパ節へ転移した状態など、さまざまな病状が含まれます。

一部では、術前薬物療法や化学放射線療法と手術を組み合わせることがあります。一方、複数領域の縦隔リンパ節転移や広い範囲への浸潤などがある場合は、手術ですべてを取り切ることが難しくなります。

「ステージ3だから手術できる」「ステージ3だから手術できない」と一律に判断することはできません。

手術の可能性を考える場合は、画像だけでなく、EBUS-TBNAなどによるリンパ節の病理診断、必要となる肺の切除範囲、術後に予測される呼吸機能を確認します。治療方針は、呼吸器外科医だけでなく、呼吸器内科医や放射線治療医を含むチームで検討します。

切除不能ステージ3では同時化学放射線療法を行う

切除不能の局所進行非小細胞肺がんで、全身状態が良く薬物療法を受けられる場合は、プラチナ製剤を含む薬物療法と胸部放射線治療を同じ時期に行う同時化学放射線療法が標準的な選択肢です。

放射線治療と薬物療法を同時に行うことで治療効果が高まる一方、食道炎、肺炎、血球減少、食欲低下などの副作用も強くなる可能性があります。

年齢だけで同時治療の可否を決めるのではなく、全身状態、照射範囲、呼吸機能、腎機能、肺疾患などから判断します。同時治療が難しい場合は、薬物療法と放射線治療を順番に行う方法や、放射線治療単独を検討します。

化学放射線療法後のデュルバルマブ

同時化学放射線療法によって病状が制御され、重い肺障害などがない場合は、免疫チェックポイント阻害薬のデュルバルマブによる地固め療法を検討します。

地固め療法は、化学放射線療法で小さくなった病変だけを治療するのではなく、その後の再発や進行を抑えることが目的です。治療中は、咳、息切れ、発熱など、放射線肺臓炎や免疫関連の肺障害を疑う症状に注意します。

EGFR変異陽性では化学放射線療法後のオシメルチニブを検討する

切除不能ステージ3で、EGFR遺伝子のエクソン19欠失またはL858R変異があり、化学放射線療法後に病状が進行していない場合は、オシメルチニブによる維持療法を検討します。

そのため、EGFR検査はステージ4だけでなく、切除不能ステージ3の治療後の選択にも関係します。化学放射線療法を開始する段階で、遺伝子検査の結果を確認できるよう検体を確保しておくことが望まれます。

参考:ステージ3非小細胞肺がんの治療|肺癌診療ガイドライン2025年版

ステージ4・再発では遺伝子異常を確認して薬物療法を選ぶ

ステージ4・再発非小細胞肺がんでは、薬物療法が治療の中心です。ただし、すべての患者さんに同じ抗がん剤を使用するわけではありません。

EGFR、ALK、ROS1、BRAF V600E、MET exon14スキッピング、RET、KRAS G12C、HER2、NTRKなど、治療対象となるドライバー遺伝子異常が確認された場合は、原則として対応する分子標的薬を検討します。

対象となるドライバー遺伝子異常が確認されない場合は、PD-L1発現、腺がんか扁平上皮がんか、全身状態などに応じて、免疫チェックポイント阻害薬の単独療法、細胞障害性抗がん薬との併用療法などを選びます。

PD-L1が50%以上であっても必ず免疫療法単独になるとは限らず、症状の強さや腫瘍量、病理型などから抗がん剤との併用を選ぶ場合があります。反対にPD-L1が低い場合でも、抗がん剤との併用によって免疫療法を使用できる場合があります。

転移が脳や副腎など限られた場所に少数だけ存在する場合には、全身薬物療法に加え、手術や定位放射線治療などの局所治療を組み合わせることがあります。

ステージ4の遺伝子別治療、脳・骨転移への治療、薬が効かなくなった場合の選択、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

治療方針の説明で確認したいこと

  • 現在の病変は手術ですべて切除できると考えられているか
  • 手術前または手術後の薬物療法は、何を目的に行うのか
  • EGFR、ALK、PD-L1など、周術期治療に必要な検査が行われているか
  • 治療を先に行うことで、手術が延期・中止になる可能性はあるか
  • ステージ3の場合、手術を含む治療と化学放射線療法のどちらが提案されているか
  • 切除不能ステージ3では、化学放射線療法後にどの薬を使用する予定か
  • ステージ4では、遺伝子検査の結果を待ってから治療を開始できるか

非小細胞肺がんでは、病期だけでなく遺伝子・バイオマーカーの結果が、手術前後、切除不能ステージ3、ステージ4のすべてで治療選択に関係します。次の章では、検査する遺伝子と治療薬との関係を整理します。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

小細胞肺がんの限局型・進展型治療

小細胞肺がんは、増殖が速く、早い段階からリンパ節やほかの臓器へ広がりやすい一方、薬物療法や放射線治療が効きやすいという特徴があります。

治療方針を決めるときはTNM分類によるステージに加え、胸部放射線治療を行える範囲かどうかを基準に、限局型と進展型へ分けます。

病型 病変の範囲 治療の中心
限局型 主に片側の胸部を中心とし、許容できる一つの放射線照射範囲に収まる状態 薬物療法と胸部放射線治療。ごく早期の一部では手術
進展型 限局型の範囲を超え、反対側の肺、胸水、脳、骨、肝臓などへ広がっている状態 免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法

限局型と進展型は、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応するものではありません。胸部の病変がどこまで広がっているか、放射線を安全に照射できる範囲か、胸水や遠隔転移があるかなどから判断します。

参考:小細胞肺癌の治療方針|肺癌診療ガイドライン2025年版

ごく早期の限局型では手術を検討する

小細胞肺がんで手術の対象になる患者さんは多くありません。ただし、TNM分類第9版で臨床ステージ1~2Aに当たり、リンパ節転移がないN0の症例では、手術を含む治療を検討します。

手術を行う場合は、肺葉切除とリンパ節郭清が基本です。小細胞肺がんは画像に写らない微小な転移が残っている可能性があるため、完全切除できても手術だけで治療を終了せず、プラチナ製剤とエトポシドなどによる術後薬物療法を行います。

画像上はN0に見えても縦隔リンパ節転移が隠れている場合があります。手術を検討するときは、PET/CTや脳MRIに加え、必要に応じてEBUS-TBNAなどで縦隔リンパ節を調べます。

呼吸機能や持病などの医学的理由で手術が難しい早期N0例では、定位放射線治療と薬物療法を組み合わせる方法を検討する場合があります。

多くの限局型では同時化学放射線療法を行う

手術の対象にならない限局型小細胞肺がんで、全身状態が保たれている場合は、薬物療法と胸部放射線治療を同じ時期に行う同時化学放射線療法が治療の中心です。

薬物療法には、シスプラチンまたはカルボプラチンなどのプラチナ製剤とエトポシドを組み合わせます。放射線治療は、可能な場合には薬物療法の早い時期から開始します。

放射線の照射方法には、1日2回照射する加速過分割照射と、1日1回照射する通常分割照射があります。治療施設の体制、照射範囲、通院の可否、年齢や全身状態などを踏まえて選択します。

同時治療は、薬物療法と放射線治療を別々の時期に行う方法より高い治療効果を期待できる一方、次のような副作用が重なる可能性があります。

  • 白血球や好中球の減少による感染症
  • 食道炎による飲み込みにくさや胸の痛み
  • 吐き気、食欲低下、体重減少
  • 放射線肺臓炎による咳、発熱、息切れ
  • 腎機能低下や聴力への影響

食事や水分を取れない、発熱がある、新しい空せきや息切れが現れた場合は、治療予定日まで待たずに医療機関へ連絡します。

化学放射線療法後はデュルバルマブを検討する

同時化学放射線療法を終えた後、病状が進行しておらず、全身状態が良好な限局型小細胞肺がんでは、免疫チェックポイント阻害薬のデュルバルマブによる地固め療法を検討します。

地固め療法の目的は、化学放射線療法で確認できる病変が小さくなった後に、再発や進行をできるだけ長く抑えることです。2025年版肺癌診療ガイドラインでは、PS 0~1の患者さんに対する標準的な選択肢とされています。

デュルバルマブは通常4週間ごとに投与し、病状の進行や継続できない副作用がなければ、最大2年間行います。

免疫療法では、肺、腸、肝臓、甲状腺などに免疫による炎症が起こることがあります。とくに化学放射線療法後は、放射線肺臓炎と免疫療法による肺障害の区別が難しい場合があります。新しい咳、発熱、息切れがあるときは、自己判断で治療を続けずに相談します。

参考:限局型小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

進展型では薬物療法が治療の中心になる

進展型小細胞肺がんでは、胸部だけに治療を行っても、ほかの場所にあるがん細胞を十分に治療できません。そのため、全身へ作用する薬物療法が中心になります。

全身状態が良好な場合の一次治療では、次のいずれかを使用することが一般的です。

  • カルボプラチン+エトポシド+アテゾリズマブ
  • シスプラチンまたはカルボプラチン+エトポシド+デュルバルマブ

プラチナ製剤とエトポシドを通常4サイクル行い、病状の進行がなければ、アテゾリズマブまたはデュルバルマブの単独投与を維持療法として継続します。

小細胞肺がんの一次治療では、非小細胞肺がんのようにPD-L1の数値が一定以上であることを免疫療法の必須条件にはしません。年齢だけで治療の可否を判断することはありませんが、全身状態、腎機能、骨髄機能、感染症、間質性肺疾患などによっては、免疫療法を使用しない方法や、薬の種類・投与量を調整した方法を選びます。

病気によって全身状態が悪化している場合には、薬物療法で病変が縮小することで生活動作が改善する可能性があります。一方、臓器機能が大きく低下している場合には、治療による感染症や治療関連死の危険が高くなるため、利益と負担を慎重に比較します。

胸部や転移部位への放射線治療を追加する場合がある

進展型でも、薬物療法によって全身の病状がよく抑えられ、胸部に病変が残っている場合は、患者さんの状態に応じて胸部放射線治療を検討することがあります。

脳転移、骨転移、気道の狭窄などによって症状がある場合は、病変の縮小や症状の軽減を目的として放射線治療を行います。脳転移では、転移の数、大きさ、場所、症状、全身の病状に応じて、全脳照射や定位放射線治療などを検討します。

参考:進展型小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

予防的全脳照射は利益と負担を比較する

小細胞肺がんは、初回治療で胸部の病変がよく縮小しても、その後に脳転移が起こることがあります。画像で脳転移が確認されていない段階に脳全体へ放射線を照射する治療を、予防的全脳照射といいます。

限局型で初回治療後に完全寛解が得られた場合には、脳転移の危険を下げる目的で予防的全脳照射を検討します。

一方、頭痛、吐き気、脱毛、倦怠感などの早期副作用に加え、時間がたってから記憶力や認知機能へ影響する可能性があります。年齢、もともとの認知機能、治療効果、定期的な脳MRIを受けられるかなどを踏まえ、利益と負担を比較します。

進展型では、日本の診療ガイドライン上、薬物療法後の予防的全脳照射は原則として推奨されていません。脳MRIを定期的に行い、脳転移を早期に発見して治療する方針が選ばれます。

再発時は再発までの期間と全身状態から薬を選ぶ

小細胞肺がんは初回治療によって大きく縮小しても、再発することがあります。再発時の治療は、初回治療がどの程度効いたか、治療終了から再発までの期間、以前の副作用、全身状態などから選びます。

初回治療終了から比較的長い期間がたって再発した場合は、以前に使用したプラチナ製剤を含む治療をもう一度行う場合があります。治療中に進行した場合や、治療終了後早期に再発した場合は、異なる薬を検討します。

再発時に用いられる薬には、アムルビシン、ノギテカン、イリノテカンなどがあります。どの薬を選ぶかは、再発までの期間、血球減少、腎機能、これまでの治療歴などによって異なります。

再発小細胞肺がんに対するタルラタマブ

がん化学療法後に病状が増悪した小細胞肺がんでは、全身状態などの条件を満たす場合にタルラタマブを検討します。

タルラタマブは、小細胞肺がんの細胞に発現するDLL3と、免疫を担うT細胞のCD3の両方に結合し、T細胞をがん細胞へ誘導する二重特異性抗体です。

投与後にはサイトカイン放出症候群が起こることがあります。発熱、低血圧、頻脈、息苦しさ、低酸素状態などが主な症状です。また、意識の変化、言葉が出にくい、手の震え、けいれんなどを伴う神経系の副作用が起こる場合があります。

とくに治療初期は院内での観察や、治療施設の近くでの待機などが必要になることがあります。通院方法や家族の付き添いを含め、投与後の観察体制を治療前に確認します。

参考:再発小細胞肺癌|肺癌診療ガイドライン2025年版

小細胞肺がんでは遺伝子検査の役割が異なる

非小細胞肺がんでは、多数のドライバー遺伝子異常を調べ、結果に対応する分子標的薬を選びます。

一方、小細胞肺がんでは、現時点でEGFRやALKなどの遺伝子異常を日常診療で幅広く検査し、一次治療の薬を選ぶ方法は確立していません。限局型・進展型、全身状態、初回治療への反応、再発までの期間が、治療選択の主な判断材料になります。

小細胞肺がんの症状、検査、限局型・進展型の治療、再発時の治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

肺がんの遺伝子・バイオマーカー検査

非小細胞肺がんでは、がん細胞の遺伝子異常やPD-L1発現によって、効果を期待できる薬が異なります。そのため、薬物療法を検討する場合は、病理型やステージを調べるだけでなく、治療選択に関係する遺伝子・バイオマーカーを治療開始前に確認することが重要です。

検査結果は、ステージ4・再発肺がんの一次治療だけに使うものではありません。EGFRやALKなどは、手術後の再発予防治療や、切除不能ステージ3の化学放射線療法後の治療選択にも関係します。

ドライバー遺伝子異常とは

ドライバー遺伝子異常とは、がん細胞の増殖を促す原因となっている遺伝子の変化です。対応する分子標的薬がある場合は、その遺伝子異常を狙った治療を検討できます。

肺がんで調べるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などの多くは、がん細胞に後天的に生じた体細胞変異です。喫煙、受動喫煙、アスベストなどの発症リスクとは性質が異なり、検査で遺伝子異常が見つかったからといって、本人が生まれつきその変化を持っている、または家族へ遺伝するという意味ではありません。

また、ドライバー遺伝子異常は、たばこを吸ったことがない人にも見つかります。非喫煙者だから遺伝子検査が不要ということではなく、反対に喫煙歴があるから遺伝子異常がないとも限りません。

非小細胞肺がんで調べる主な遺伝子とPD-L1

2025年版肺癌診療ガイドラインでは、薬物療法を検討する非小細胞肺がんに対して、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2の遺伝子検査とPD-L1検査を行うことが強く推奨されています。

検査項目 確認する主な異常 治療との関係
EGFR エクソン19欠失、L858R、エクソン20挿入など 異常の種類と病期に応じてEGFR阻害薬を検討。術後治療や切除不能ステージ3の治療にも関係する
ALK ALK融合遺伝子 ALK阻害薬を検討。条件を満たす完全切除例では術後治療にも関係する
ROS1 ROS1融合遺伝子 ROS1阻害薬を検討
BRAF 主にBRAF V600E変異 BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用を検討
MET METエクソン14スキッピング MET阻害薬を検討
RET RET融合遺伝子 RET阻害薬を検討
KRAS 主にKRAS G12C変異 治療歴などの条件に応じてKRAS G12C阻害薬を検討
HER2 HER2遺伝子変異 治療歴などの条件に応じて抗HER2薬を検討
NTRK NTRK融合遺伝子 がんの発生臓器を問わず、条件を満たす場合にTRK阻害薬を検討
PD-L1 がん細胞などに発現するPD-L1タンパク質の割合 免疫チェックポイント阻害薬を単独または抗がん剤と併用する際の判断材料

PD-L1は遺伝子異常ではなく、がん組織を免疫染色して調べるタンパク質です。一般に、腫瘍細胞のうちPD-L1が発現している割合をTPSとして示します。

治療方針を検討するときは、PD-L1 TPSを50%以上、1~49%、1%未満などに分けます。ただし、PD-L1が高ければ必ず免疫療法が効く、低ければ使用できないという検査ではありません。

ドライバー遺伝子異常の有無、腺がんか扁平上皮がんか、病変の広がり、自己免疫疾患や間質性肺疾患、全身状態なども含めて、免疫療法単独または細胞障害性抗がん薬との併用を検討します。

参考:分子診断|肺癌診療ガイドライン2025年版

遺伝子は一つずつではなく同時に調べる

肺がんの遺伝子検査では、EGFRが陰性だったら次にALK、その次にROS1というように、一つずつ順番に調べる方法もあります。しかし、検査のたびに組織を使用すると、途中で検体が不足する可能性があります。

ALK、ROS1、BRAF V600E、METエクソン14スキッピング、RET、KRAS G12C、HER2などは、それぞれ見つかる頻度が高くありません。一つずつ検査すると、すべての結果がそろうまで時間がかかり、頻度の低い遺伝子異常を調べる前に組織がなくなることもあります。

そのため日本肺癌学会は、検査項目に優先順位をつけず、複数の遺伝子を同時に調べることを強く推奨しています。複数の遺伝子を一度に解析する検査を、マルチプレックス遺伝子検査またはマルチ遺伝子検査と呼びます。

PD-L1検査も、遺伝子検査とは方法が異なりますが、薬物療法を決める段階で遺伝子検査と並行して行います。

治療を急ぐ必要がある場合でも、検査結果を待たずに免疫療法を始めると、後からドライバー遺伝子異常が見つかった際の治療順序や副作用管理へ影響することがあります。

病状が許す場合は、必要な遺伝子・PD-L1の結果がいつそろうかを確認し、結果を踏まえて一次治療を決めます。

参考:肺癌バイオマーカー各種検査の手引き|日本肺癌学会

腺がん以外でも遺伝子異常が見つかることがある

治療対象となるドライバー遺伝子異常は肺腺がんで見つかることが多いものの、扁平上皮がんや肉腫様がんなど、腺がん以外の非小細胞肺がんに見つかる場合もあります。

とくにMETエクソン14スキッピングは、肺扁平上皮がんや肉腫様がんでも確認されることがあります。病理型だけを理由に検査対象を狭めず、薬物療法を検討する非小細胞肺がんでは、必要な分子診断が行われているか確認します。

組織や胸水を使って検査する

遺伝子検査には、気管支鏡検査、CTガイド下生検、手術などで採取したがん組織を使用します。胸水に十分ながん細胞が含まれている場合は、胸水から作製した検体を使用できることもあります。

一つの検体から、病理診断、免疫染色、PD-L1検査、複数の遺伝子検査を行うため、採取できた組織を計画的に使用する必要があります。

検体に含まれるがん細胞が少ない、組織が古い、保存状態が適していないなどの理由で、検査が成立しない場合もあります。「陰性」と「検査不能」は意味が異なります。

検査不能の場合や、必要な遺伝子の一部しか調べられていない場合は、次の対応を検討します。

  • 残っている組織で別の検査を行えるか確認する
  • 胸水など、ほかの検体を利用できないか確認する
  • 安全性を検討したうえで再生検を行う
  • 血液を用いた遺伝子検査を行う

血液中に流れるがん由来のDNAを調べる方法は、リキッドバイオプシーと呼ばれます。組織を採取しにくい場合や、治療後に新たな遺伝子変化を調べる場合などに利用されます。

ただし、血液中へ放出されるがん由来DNAの量が少ないと、実際には遺伝子異常があっても検出されないことがあります。血液検査で異常が見つからなかった場合に、組織検査での確認を検討することがあります。

参考:肺がん 検査|国立がん研究センター がん情報サービス

治療が効かなくなったときに再検査する場合がある

分子標的薬を使用している間に、がん細胞へ新たな遺伝子変化が生じ、薬が効きにくくなることがあります。これを薬剤耐性といいます。

病状が進行したときは、進行した場所、以前の検査結果、使用してきた薬などに応じて、組織の再生検や血液を使った遺伝子検査を検討します。

再検査の目的は、最初の検査が間違っていたかを確認することだけではありません。治療後に新しく生じた耐性の仕組みを調べ、次に使える薬や臨床試験がないか検討するために行います。

MSI・TMBを調べる場合もある

肺がんでは頻度が高くありませんが、MSI-HighやTMB-Highが確認された固形がんに対し、一定の条件で免疫チェックポイント阻害薬を検討できる場合があります。

MSIやTMBは、PD-L1とは異なるバイオマーカーです。検査結果だけで治療が決まるわけではなく、肺がんに対する標準治療、これまでの治療歴、国内の承認条件、全身状態などを確認します。

初回のマルチ遺伝子検査とがん遺伝子パネル検査は目的が異なる

肺がんの薬物療法を選ぶ際に早い段階で行うマルチ遺伝子検査は、現在の標準治療に直結するEGFR、ALK、ROS1などを調べることが主な目的です。

これに対し、がん遺伝子パネル検査では、がん組織または血液を使い、数十から数百の遺伝子を一度に解析します。標準治療では使われていない薬や臨床試験を含め、新たな治療の手掛かりを探すために行います。

保険診療によるがん遺伝子パネル検査は、原則として、標準治療がない、または標準治療の終了が見込まれる固形がんなど、一定の条件を満たす場合が対象です。また、検査を受けても、実際に使用できる薬や参加できる臨床試験が見つからない場合があります。

参考:がん遺伝子パネル検査とは|国立がん研究センター C-CAT

検査結果の説明で確認したいこと

  • どの遺伝子とバイオマーカーを調べたか
  • 検査項目の一部だけでなく、必要な項目がすべて測定できたか
  • 結果は陰性なのか、検体不足などによる検査不能なのか
  • 見つかった遺伝子異常に対応する国内承認薬があるか
  • その薬は一次治療から使うのか、前の治療後に使うのか
  • PD-L1の数値と、免疫療法の選択へどう影響するか
  • 病状が進行した場合に再検査が必要か
  • がん遺伝子パネル検査や臨床試験を検討する時期はいつか

ステージ4肺がんでの遺伝子別治療、分子標的薬が効かなくなった場合の治療、脳転移への効果については、以下の記事で詳しく解説しています。

肺がんのステージ別生存率

肺がんの予後は、診断された時点のステージだけでなく、非小細胞肺がんと小細胞肺がんのどちらかによって大きく異なります。

非小細胞肺がんでは、早期で完全切除できる場合には根治を目指しやすい一方、遠隔転移がある場合は薬物療法を中心に病状の長期的な制御を目指します。小細胞肺がんは薬物療法や放射線治療が効きやすい反面、増殖が速く、早い段階から再発・転移しやすい性質があります。

国立がん研究センターの院内がん登録では、2014~2015年に診断された患者さんについて、次の5年ネット・サバイバルが公表されています。

ステージ 非小細胞肺がん
5年ネット・サバイバル
小細胞肺がん
5年ネット・サバイバル
ステージ1 82.2% 43.2%
ステージ2 52.6% 28.5%
ステージ3 30.4% 17.5%
ステージ4 9.0% 2.2%

ネット・サバイバルとは、肺がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、肺がんだけが死亡原因になると仮定して算出した生存率です。死因を問わず、実際に生存していた人の割合を示す実測生存率とは異なります。

たとえば、非小細胞肺がんのステージ1における実測生存率は74.6%ですが、ネット・サバイバルは82.2%です。高齢者が多い肺がんでは、心臓病や脳血管疾患など、肺がん以外の死因による影響もあるため、使用する指標によって数値が変わります。

異なる指標で算出された数値を、同じ生存率として比較することはできません。

参考:非小細胞肺がん5年生存率|院内がん登録生存率集計結果閲覧システム
参考:小細胞肺がん5年生存率|院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

肺がん全体の39.6%とは対象と計算方法が異なる

記事冒頭で紹介した肺がん全体の5年生存率39.6%は、2018年に診断された全国の肺がん患者さんを対象にした数値です。非小細胞肺がんと小細胞肺がん、すべてのステージが含まれています。

一方、表の数値は、全国のがん診療連携拠点病院などで2014~2015年に診断された患者さんを、非小細胞肺がんと小細胞肺がん、ステージ別に分けた5年ネット・サバイバルです。

対象となる診断年、医療機関、患者集団、計算方法が異なるため、肺がん全体の39.6%と表の数値を直接比較することはできません。

現在のステージ分類とは完全には一致しない

表の患者さんは2014~2015年に診断されており、当時使用されていたTNM分類に基づいてステージが登録されています。

一方、現在は2025年1月からTNM分類第9版が使用されています。第9版では、縦隔リンパ節転移を単一領域と複数領域に分けるなど、ステージの組み合わせが一部変更されました。

そのため、表に掲載したステージ1~4と、現在のTNM分類第9版で診断された患者さんの病状は、完全に同じ集団ではありません。病期別の大まかな傾向を知る資料として使用し、現在のステージを表の数値へそのまま当てはめないことが大切です。

参考:最新がん統計|国立がん研究センター がん統計

公表値には現在の治療が十分反映されていない

2014~2015年の診断後、肺がんの薬物療法は大きく変化しました。

非小細胞肺がんでは、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2、NTRKなどに対応する分子標的薬が増えています。免疫チェックポイント阻害薬も、ステージ4・再発だけでなく、手術前後や切除不能ステージ3の治療に用いられるようになりました。

小細胞肺がんでも、進展型に対するPD-L1阻害薬、限局型の化学放射線療法後のデュルバルマブ、再発時のタルラタマブなど、表の集計当時には一般診療で使用されていなかった治療が加わっています。

現在使用されている分子標的薬や免疫療法による長期的な治療成績は、この表へ十分に反映されていません。

ただし、新しい薬が増えたからといって、すべての患者さんが表より良好な経過をたどると断定することもできません。遺伝子異常、PD-L1、治療への反応、全身状態などによって、得られる効果は異なります。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

ステージが同じでも見通しは一人ひとり異なる

生存率は、同じ病理型・ステージの多数の患者さんを集計した統計であり、個人の余命を示す数字ではありません。

非小細胞肺がんのステージ1でも、腫瘍の大きさ、病理型、肺の切除範囲、手術を受けられるかによって経過は異なります。ステージ3には、手術を組み合わせられる可能性がある病状から、切除不能として化学放射線療法を行う病状まで含まれます。

ステージ4では、さらに病状の幅が大きくなります。転移が一つの臓器に限られている場合と、脳、骨、肝臓など複数の臓器へ広がっている場合では、検討できる治療や見通しが異なります。

遺伝子異常に対応する分子標的薬があるか、PD-L1発現、脳転移の有無、呼吸機能、治療前の全身状態、薬物療法への反応なども経過へ影響します。

ステージ4肺がんの分類、完治を目指せる可能性、治療、生存率の受け止め方については、以下の記事で詳しく解説しています。

小細胞肺がんは限局型・進展型も含めて考える

小細胞肺がんの表はTNM分類のステージ別に集計されていますが、実際の治療選択では限局型と進展型という区分も用います。

限局型か進展型かは、TNM分類の特定のステージと完全に一対一で対応するものではありません。胸部の病変を一つの許容できる放射線照射範囲へ収められるかなども含めて判断します。

そのため、小細胞肺がんの見通しを確認するときは、ステージだけでなく、限局型と進展型のどちらか、化学放射線療法を行えるか、初回治療へどの程度反応したか、治療終了から再発までどの程度の期間があったかを確認します。

小細胞肺がんの限局型・進展型治療、再発時の治療、生存率については、以下の記事で詳しく解説しています。

生存率を治療の価値や余命へ置き換えない

生存率が高いステージでも再発の可能性がなくなるわけではなく、生存率が低いステージでも治療を受ける意味がないわけではありません。

進行肺がんでは、病変を完全に消すことが難しい場合でも、薬物療法や放射線治療によって進行を抑え、咳や痛みを軽減し、食事、歩行、仕事などを長く保てる場合があります。

自分の見通しを確認するときは、表の数字だけではなく、次の点について説明を受けます。

    • 肺がんの病理型と現在のステージ
  • 病変を完全に切除または根治的に照射できるか
  • 治療対象となる遺伝子異常やPD-L1発現があるか
  • 転移している臓器と病変の数
  • 現在の治療がどの程度効いているか
  • 呼吸機能や全身状態を保てているか
  • 今後どのような変化があれば治療を変更するか

次の章では、手術後の息切れ、薬物療法や放射線治療の副作用など、治療が日常生活へ与える影響と、医療機関へ連絡すべき症状を解説します。

肺がん治療の副作用と生活への影響

肺がん治療の副作用は、手術、放射線治療、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬で異なります。同じ治療を受けても、症状の種類や強さ、現れる時期には個人差があります。

副作用を評価するときは、検査値だけでなく、食事や水分を取れるか、歩行や入浴を続けられるか、眠れているか、仕事や家事にどの程度支障があるかを確認します。

症状を早い段階で伝えることで、支持療法、休薬、投与日の延期、薬の変更などによって、安全に治療を続けられる場合があります。

手術後は息切れや胸の痛みが続くことがある

肺の手術後は、肺を切除したことや胸部の傷の影響により、歩行や階段昇降で息切れしやすくなることがあります。咳や深呼吸をしたときに胸が痛む、話をすると咳が出る、疲れやすいといった症状が続く場合もあります。

手術直後に痛みを避けて呼吸が浅くなり、痰を十分に出せない状態が続くと、無気肺や肺炎につながることがあります。鎮痛薬を適切に使用しながら、深呼吸、排痰、歩行などを段階的に行います。

退院後は、無理のない範囲で散歩などの軽い運動から始めます。速く歩く、坂道を上る、重い物を持つといった動作は、平地歩行より息切れしやすいため、休憩を入れながら少しずつ活動量を増やします。

肺葉切除や片肺全摘など、肺を切除した範囲が大きい場合は、手術前と同じ活動量へ戻りにくいことがあります。COPDや間質性肺疾患などがある場合は、もともとの肺機能も術後の生活へ影響します。

仕事へ戻る時期は、傷の大きさだけでなく、次の内容から判断します。

  • 歩行や階段昇降でどの程度息切れするか
  • 胸の痛みによって動作が制限されていないか
  • 仕事で重量物を扱うか、高所作業や長距離運転があるか
  • 通勤中に休憩や酸素療法が必要か
  • 術後薬物療法を行う予定があるか

急に息苦しくなった、高熱や膿のような痰が出る、片脚だけが腫れる、胸の痛みが急に強くなった場合は、肺炎、気胸、血栓症などの可能性があるため、医療機関へ連絡します。

細胞障害性抗がん薬では感染症や食事量の低下に注意する

細胞障害性抗がん薬では、骨髄抑制、吐き気、食欲低下、口内炎、便秘、下痢、脱毛、だるさ、しびれなどが起こることがあります。使用する薬の組み合わせによって、現れやすい副作用は異なります。

白血球・好中球の減少

白血球や好中球が減ると、感染症にかかりやすくなります。血液検査を受けるまで自覚症状がない場合もありますが、発熱、悪寒、咳、痰、排尿時の痛みなどが感染症の手掛かりになります。

38℃以上、または治療施設から指定された体温以上の発熱がある場合は、解熱剤だけで様子を見ず、夜間・休日を含めて指定された連絡先へ相談します。

感染を完全に防ぐことはできませんが、手洗い、口腔ケア、食事前後の衛生管理を行い、好中球が少ない時期には人混みや感染症患者との接触をできる範囲で避けます。

吐き気・食欲低下・体重減少

シスプラチンなどを含む治療では、吐き気や嘔吐が問題になることがあります。現在は予防的に複数の制吐薬を使用しますが、治療当日だけでなく、数日後に吐き気が強くなる場合もあります。

食事を一度に取れないときは、少量を複数回に分け、においが少なく食べやすい物を選びます。食事内容を完璧に整えることより、水分と最低限のエネルギーを確保することを優先する時期もあります。

水分を取れない、尿量が減った、短期間で体重が低下した、処方された吐き気止めを使用しても嘔吐が続く場合は、点滴や薬の調整が必要になることがあります。

薬ごとに異なる臓器への影響

プラチナ製剤のうち、シスプラチンでは腎機能低下、聴力低下、強い吐き気などに注意します。治療前後に点滴を行い、水分を確保して腎臓への負担を減らす場合があります。

カルボプラチンでは、腎臓への負担がシスプラチンより少ない傾向がある一方、血小板などの血球減少が問題になることがあります。

パクリタキセルなどでは、手足のしびれや筋肉痛、関節痛が現れる場合があります。箸を使いにくい、ボタンを留めにくい、足の裏の感覚が鈍い、つまずくといった変化があれば、生活への影響が大きくなる前に伝えます。

薬によっては腎機能、聴力、末梢神経への影響が治療後も残ることがあります。血液検査が許容範囲であっても、日常動作に支障が出ている場合は治療量の調整を相談します。

分子標的薬では薬ごとに異なる副作用が現れる

分子標的薬は、対応する遺伝子異常を持つがん細胞へ作用しますが、標的となる分子は正常な細胞にも存在するため、副作用が起こります。

EGFR阻害薬では、顔や胸、背中などの発疹、皮膚の乾燥、爪の周囲の炎症、下痢、口内炎などがみられます。発疹は見た目だけの問題ではなく、人に会うことが負担になる、指先の痛みで家事や仕事が難しくなるなど、生活へ影響することがあります。

ALK、ROS1、MET、RETなどを標的とする薬では、薬によって、むくみ、肝機能障害、便秘、下痢、視覚の変化、脈拍低下、高血圧などが起こる場合があります。HER2を標的とする薬では、血球減少や吐き気、肺障害などにも注意します。

分子標的薬は内服薬が多いものの、副作用が軽い治療という意味ではありません。治療開始後は血液検査、心電図、心臓超音波検査などを、薬の特徴に応じて行います。

発疹や下痢などが強い場合は、症状を抑える薬を使用するほか、休薬や減量を検討します。飲み忘れた分をまとめて服用したり、自己判断で服用回数を変更したりしないでください。

薬剤性肺障害では新しい空せきや息切れが手掛かりになる

細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬のいずれでも、肺に炎症が起こる薬剤性肺障害や間質性肺炎が生じることがあります。

肺がんそのもの、細菌・ウイルス性肺炎、心不全、肺血栓塞栓症、放射線肺臓炎でも似た症状が現れるため、自分で原因を判断することはできません。

次の症状が新しく現れた場合は、軽い段階でも治療施設へ連絡します。

  • 痰を伴わない空せき
  • 以前は問題なかった歩行や階段での息切れ
  • 安静にしていても息苦しい
  • 原因の分からない発熱
  • 血液中の酸素飽和度が普段より低い

薬剤性肺障害が疑われる場合は、原因と考えられる薬を中止し、胸部CT、血液検査、酸素状態などを確認します。重症度によっては入院し、副腎皮質ステロイドなどによる治療を行います。

「肺がんがあるから咳や息切れは仕方がない」と考え、次の診察まで待たないことが重要です。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス

免疫チェックポイント阻害薬では免疫関連副作用に注意する

免疫チェックポイント阻害薬では、活性化された免疫が正常な臓器を攻撃し、肺、腸、肝臓、皮膚、甲状腺、下垂体、副腎、膵臓、心臓、神経、筋肉などに炎症が起こることがあります。

症状が現れる臓器や時期を予測することは難しく、治療開始直後だけでなく、治療を長く続けた後や、治療終了後に現れる場合もあります。

次のような変化がある場合は、治療との関係がなさそうに見えても医療機関へ伝えます。

  • 新しい咳、息切れ、胸の痛み
  • 下痢、排便回数の増加、腹痛、血便
  • 皮膚や白目が黄色い、尿の色が濃い
  • 強いだるさ、食欲低下、頭痛、めまい
  • 異常な喉の渇き、尿量の増加、急な体重変化
  • 動悸、脈の乱れ、胸部の圧迫感
  • 手足に力が入らない、歩きにくい、物が二重に見える
  • 意識がぼんやりする、言動が普段と異なる

免疫チェックポイント阻害薬の副作用への対応は、細胞障害性抗がん薬とは異なります。

細胞障害性抗がん薬や一部の分子標的薬では減量する場合がありますが、免疫チェックポイント阻害薬では通常、投与量を段階的に減らす方法は取りません。重症度に応じて休薬または中止し、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬などを使用します。

ほかの医療機関や救急外来を受診するときも、現在または過去に免疫チェックポイント阻害薬を使用していたことを伝えます。

参考:免疫療法 もっと詳しく|国立がん研究センター がん情報サービス

放射線治療では食道炎と放射線肺臓炎が生活へ影響する

胸部放射線治療では、照射範囲に食道が含まれると、治療開始から数週間後に飲み込みにくさや胸の痛みが現れることがあります。

熱い物、辛い物、硬い物が刺激になる場合は、冷ましたスープ、やわらかい麺、豆腐、ゼリーなど、飲み込みやすい食品を選びます。水分も飲めない、体重が急に減った、痛みで食事を取れない場合は、鎮痛薬、粘膜保護薬、補液、栄養支援などを検討します。

放射線肺臓炎は、照射中よりも治療終了後の数週間から数カ月後に現れる場合があります。空せき、発熱、息切れなどが主な症状です。

薬物療法を併用または継続している場合は、放射線肺臓炎と薬剤性肺障害の区別が難しいことがあります。症状が現れた時期、照射した範囲、CT画像、使用薬などから判断します。

副作用による休薬や減量は治療の失敗ではない

肺がんの薬物療法は、予定された量を一度も変更せずに続けることだけが目標ではありません。

副作用によって呼吸機能や臓器機能が低下すると、その後に必要な治療を受けられなくなる可能性があります。症状や検査結果に応じて、投与を延期する、薬を減量する、原因となる薬だけを中止する、治療法を変更するといった対応を行います。

分子標的薬では、副作用を抑えながら長く治療を続けるために減量する場合があります。免疫チェックポイント阻害薬では、前述のとおり、通常は減量ではなく休薬・中止で対応します。

治療を調整するときは、次の内容を確認します。

  • 今回の調整は、どの副作用や検査異常が理由か
  • 休薬後に同じ薬を再開できる可能性があるか
  • 減量によって期待される効果と副作用はどう変わるか
  • 中止した場合に、次に選べる治療があるか
  • 症状が改善するまで自宅で何を記録すればよいか

仕事や家事は治療日に合わせて調整する

薬物療法の副作用は、投与直後だけでなく、数日後に強くなる場合があります。治療前に「投与後何日目に吐き気や血球減少が起こりやすいか」を確認すると、仕事や家事の予定を組みやすくなります。

点滴治療では、診察や採血を含めて長時間の通院が必要になる場合があります。胸部放射線治療では、平日の通院が数週間続くことがあります。内服の分子標的薬では通院回数が少なくても、毎日の服薬管理と副作用の観察が必要です。

息切れやだるさがあるときは、すべてを治療前と同じように行おうとせず、活動を小分けにします。調理や入浴の前に休む、座ってできる作業へ変える、移動時にエレベーターを使うなど、消費する体力を調整します。

車の運転については、眠気、視覚障害、めまい、手足のしびれ、鎮痛薬の使用などがある場合に制限が必要なことがあります。使用薬ごとの注意事項を医師や薬剤師へ確認します。

呼吸リハビリと栄養管理で治療を続ける力を保つ

肺がんや治療によって息切れがあると、動くことを避け、筋力が低下し、さらに息切れしやすくなる悪循環が起こることがあります。

病状が安定している場合は、医師や理学療法士の指導のもと、歩行、下肢の筋力訓練、呼吸法などを行います。運動量は酸素状態や息切れを確認しながら調整し、急に強い運動を始めないようにします。

食欲低下や飲み込みにくさがある場合は、体重が大きく減る前に栄養士へ相談します。筋肉量の減少は、歩行能力や治療への耐えやすさにも影響します。

治療中は、次の内容を記録しておくと診察時に伝えやすくなります。

  • 体温と酸素飽和度
  • 咳、痰、息切れの変化
  • 食事量、水分量、体重
  • 下痢や排便回数
  • 発疹、むくみ、しびれ
  • 歩行、入浴、仕事などで困ったこと
  • 症状が治療後何日目に始まったか

副作用は、我慢できるかどうかだけで評価するものではありません。生活のどの動作ができなくなったかを具体的に伝えることが、治療の安全性と継続可能性を判断する材料になります。

参考:肺がん 療養|国立がん研究センター がん情報サービス

肺がんの緩和ケア・支持療法

緩和ケアは、抗がん治療を終えた後だけに受ける医療ではありません。肺がんと診断された時点から、手術、放射線治療、薬物療法と並行して利用できます。

支持療法は、肺がんによる症状や、治療に伴う副作用・合併症を予防、軽減するための治療です。緩和ケアでは身体症状だけでなく、不安、仕事、家族関係、治療費、療養場所などの問題も扱います。

とくに進行・再発肺がんでは、息苦しさ、咳、痛み、食欲低下などが治療の継続や日常生活へ直接影響します。症状が強くなってから相談するのではなく、生活に支障が出始めた段階で原因を確認し、早めに対処することが大切です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

息苦しさは原因によって対処法が異なる

肺がん患者さんの息苦しさには、さまざまな原因があります。

  • がんによる気管や気管支の狭窄
  • 胸水や心嚢水の貯留
  • 肺炎などの感染症
  • 肺血栓塞栓症
  • 貧血や心不全
  • 放射線肺臓炎や薬剤性肺障害
  • COPDや間質性肺疾患などの持病
  • 筋力や体力の低下
  • 不安や緊張による呼吸の乱れ

原因によって治療が異なるため、息苦しさがあるからといって、すぐに酸素吸入だけを行えばよいとは限りません。診察、酸素飽和度、胸部画像、血液検査などによって原因を確認します。

血液中の酸素が不足している場合は、酸素吸入を行います。ただし、酸素飽和度が保たれていても強い息苦しさを感じることがあります。その場合は、姿勢や呼吸法の調整、薬物療法などを組み合わせます。

息苦しさが強い場合には、症状を和らげる目的でモルヒネなどの医療用麻薬を少量から使用することがあります。医療用麻薬は痛みだけに使用する薬ではありません。医師が症状や全身状態を確認し、眠気、吐き気、便秘などへ対応しながら量を調整します。

胸水がたまった場合は排液や再貯留を防ぐ治療を検討する

肺を包む胸膜の間に水がたまる状態を胸水といいます。胸水が増えると肺が十分に広がらず、息苦しさ、咳、胸の圧迫感などが現れることがあります。

症状がある場合は、針やチューブを胸腔へ入れて胸水を抜く胸腔穿刺・胸腔ドレナージを行います。排液によって息苦しさがどの程度改善するかも、その後の治療を考える材料になります。

胸水を一度抜けば再びたまらないとは限りません。排液後にどの程度の期間で再貯留したか、肺が十分に広がるか、全身状態、今後の薬物療法などを踏まえて方針を決めます。胸水が繰り返したまる場合には、胸膜を癒着させて水がたまる空間を減らす胸膜癒着術や、留置カテーテルなどを検討することがあります。

気道が狭い場合は放射線治療や気管支鏡治療を検討する

肺がんが気管や太い気管支を狭くすると、強い息苦しさ、喘鳴、肺炎、血痰などが起こることがあります。

病変の位置や広がりに応じて、薬物療法や放射線治療で腫瘍を縮小させるほか、気管支鏡を使って病変を取り除く処置、レーザーなどによる焼灼、気道を広げるステント留置を検討する場合があります。

どの方法が適するかは、狭窄している場所、緊急性、肺の先に感染や無気肺があるか、今後の全身治療などから判断します。

息苦しさが急に悪化した、会話が難しい、横になると呼吸できないなどの場合は、通常の予約日を待たずに医療機関へ連絡します。

参考:肺癌の緩和ケア|肺癌診療ガイドライン2025年版

咳や痰は性質を確認して治療する

咳は、腫瘍による気道刺激、感染症、胸水、薬剤性肺障害、放射線肺臓炎、COPDなどによって起こります。

診察では、痰を伴うか、乾いた咳か、血が混じっているか、発熱や息切れを伴うかを確認します。咳が強い場合は、一般的な鎮咳薬に加え、コデインやモルヒネなどを使用する場合があります。痰が粘って出しにくい場合は、去痰薬、水分摂取、加湿、排痰法などを組み合わせます。

痰がたまると気道が狭くなり、肺炎の危険も高くなります。理学療法士や看護師から、痰を出しやすい姿勢や呼吸方法の指導を受けることがあります。

薬物療法中に新しい空せきや息切れが現れた場合は、単なる肺がんの症状と考えず、薬剤性肺障害の可能性を確認します。

喀血や血痰は量と呼吸への影響で緊急度を判断する

少量の血が痰に混じる血痰が繰り返す場合は、出血している場所や原因を調べます。

大量の血を吐く喀血では、出血そのものだけでなく、血液によって気道がふさがり、呼吸できなくなる危険があります。まとまった量の血が出る、出血が止まらない、息苦しさを伴う場合は、救急受診が必要です。

出血している場所に応じて、気管支鏡による止血、出血する血管を塞ぐ気管支動脈塞栓術、放射線治療などを検討します。

出血があるときは、服用している抗凝固薬や抗血小板薬についても医療者へ伝えます。自己判断で薬を中止せず、処方した医師を含めて対応を確認してください。

参考:呼吸困難・咳・痰|国立がん研究センター がん情報サービス

痛みは原因と生活への影響を伝える

肺がんでは、胸膜や胸壁への広がり、骨転移、手術後の神経痛などによって痛みが生じることがあります。

痛み止めは、痛みの強さや原因に応じて、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬、医療用麻薬、神経障害性疼痛に対する薬などを組み合わせます。

医療用麻薬を使うことは、病状が終末期であることを意味しません。強い痛みを抑え、睡眠、食事、歩行などを保つために、治療中から使用できます。

骨転移の痛みには、放射線治療が有効な場合があります。骨折や脊髄圧迫の危険がある場合は、整形外科的な固定術や骨を支える薬なども検討します。

診察では、「痛い」と伝えるだけでなく、次の点を説明すると治療を調整しやすくなります。

  • どこが、どのように痛むか
  • いつから始まり、何をすると強くなるか
  • 夜眠れるか、歩行や食事へ影響しているか
  • 痛み止めを飲んで、どの程度・何時間楽になるか
  • しびれ、脱力、排尿・排便障害を伴っていないか

食欲低下と体重減少は早めに対処する

肺がんや治療の影響により、食欲低下、味覚の変化、飲み込みにくさ、吐き気、息苦しさなどが重なり、食事量が減ることがあります。食事量が低下すると体重だけでなく筋肉も減り、歩行や呼吸に必要な力が低下します。息切れによって動かなくなり、さらに筋力が落ちる悪循環が起こることもあります。

呼吸が比較的楽な時間帯に食べる、一度の量を減らして回数を増やす、調理のにおいが少ない食品を選ぶなど、症状に合わせて工夫します。

放射線治療による食道炎や腫瘍による圧迫で飲み込みにくい場合は、食形態の調整だけでなく、痛み止め、粘膜保護薬、補液などが必要になることがあります。

短期間で体重が減った、食事や水分をほとんど取れない、むせが増えた場合は、医師、看護師、管理栄養士などへ相談します。

不安や気持ちの落ち込みも緩和ケアの対象になる

肺がんと診断された後は、病状、治療、副作用、家族、仕事、経済面など、さまざまな不安が生じます。息苦しさへの恐怖によって外出や入浴を避け、生活範囲が狭くなることもあります。

不安や抑うつは本人の気持ちの弱さによって生じるものではありません。症状、睡眠不足、薬の影響、先の見通しを理解できないことなどが重なっている場合があります。

担当医や看護師に相談するほか、必要に応じて心理職、精神科・心療内科、医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センターなどの支援を利用します。

家族も、介護や治療方針への迷い、仕事との両立などで負担を抱えることがあります。緩和ケアでは、患者さん本人だけでなく家族の相談にも対応します。

自宅で受けられる支援を早めに確認する

肺がんの治療中でも、訪問診療、訪問看護、在宅酸素療法、介護保険サービスなどを利用しながら自宅で生活できる場合があります。

在宅医療は、抗がん治療をやめた人だけが利用するものではありません。通院で薬物療法を受けながら、自宅で症状管理や生活支援を受けることもあります。

病状が急に変化してから準備を始めると、希望する療養環境を整える時間が不足することがあります。次の内容を早めに確認しておくと、本人と家族の負担を減らしやすくなります。

  • 夜間や休日に症状が悪化した場合の連絡先
  • 訪問診療や訪問看護を利用できるか
  • 酸素や医療用麻薬を自宅で管理する方法
  • 家族が行うケアと、医療者へ任せられること
  • 緊急時に入院できる病院があるか
  • 自宅、病院、緩和ケア病棟など、希望する療養場所

参考:在宅緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

緩和ケアを相談する目安

緩和ケアは、症状が非常に強くなるまで待つ必要はありません。次のような状況では、担当医や看護師へ相談しましょう。

  • 息苦しさ、咳、痛みなどで眠れない
  • 症状のために食事、入浴、外出が難しい
  • 治療を続けたいが、副作用や体力低下が不安
  • 治療の目的や今後の見通しを整理したい
  • 本人と家族で治療への考え方が異なる
  • 仕事、治療費、介護、子育てなどに困っている
  • 通院が負担になり、在宅医療について知りたい

緩和ケアを受けることは、がんに対する治療を諦めることではありません。症状と生活上の問題を軽減し、必要な治療を受け続けるための支援でもあります。

次の章では、標準治療で効果が不十分になった場合を含め、治療の利益と負担をどのように比較し、セカンドオピニオンや臨床試験を検討するかを解説します。

肺がんの治療を選ぶときに確認すること

肺がんの治療は、ステージだけで決まるものではありません。非小細胞肺がんか小細胞肺がんか、遺伝子・バイオマーカー、病変を切除できるか、呼吸機能、全身状態、持病などによって選択肢が変わります。

治療法を比較するときは、薬や治療の新しさだけでなく、何を目指す治療なのか、どの程度の利益が期待できるのか、生活へどのような負担が生じるのかを確認します。

治療の主な目的には、次のような違いがあります。

  • 手術や化学放射線療法によって根治を目指す
  • 手術後の再発リスクを下げる
  • 病変を縮小させ、手術や局所治療につなげる
  • 進行を抑えて生存期間を延ばす
  • 咳、息苦しさ、痛みなどの症状を軽減する

同じ薬物療法でも、再発予防を目的とする場合と、ステージ4・再発肺がんの進行を抑える場合では、治療効果の評価方法や治療期間が異なります。

治療を受ける場合と受けない場合を比較する

副作用が心配なときは、治療を受ける危険だけでなく、治療を行わない場合や開始を遅らせた場合に起こり得ることも確認します。

たとえば、術後薬物療法では、再発リスクをどの程度下げることが期待されるのか、治療を行わなかった場合と比べてどのような違いがあるのかを尋ねます。

切除不能ステージ3では、化学放射線療法を受けられる時期を逃すと根治を目指す治療が難しくなる可能性があります。一方、ステージ4では、遺伝子検査の結果を待ってから治療を決めた方がよい場合もあります。

治療を急ぐ必要があるか、検査結果やセカンドオピニオンを待つ時間があるかは、病状によって異なります。治療開始の期限を具体的に確認します。

次の薬を選ぶ前に検査結果を見直す

進行・再発非小細胞肺がんで治療効果が不十分になった場合は、未使用の承認薬が残っていないか、これまでに行った遺伝子検査が必要な項目を網羅しているかを確認します。

初回診断時にEGFRとALKだけを調べていた場合は、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2、NTRKなどが未検査の可能性があります。検体不足で検査できなかった項目がないかも確認します。

分子標的薬を使用した後に病状が進行した場合は、薬剤耐性に関係する新たな遺伝子変化を調べるため、組織の再生検や血液を用いたリキッドバイオプシーを検討することがあります。ただし、再検査を行えば必ず次の薬が見つかるわけではありません。検査の目的、組織採取の危険、結果が治療へ結び付く可能性について説明を受けます。

標準治療は効果を保証する治療ではない

標準治療とは、臨床試験などの結果から、現時点で有効性と安全性のバランスが優れていると判断され、広く推奨されている治療です。

「一般的な治療」「古い治療」という意味ではなく、新しい薬が標準治療へ組み込まれることもあります。一方、標準治療であっても、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。

標準治療で病状を抑えられなくなった場合も、直ちに受けられる医療がなくなるわけではありません。未使用の承認薬、局所治療、再検査、臨床試験、症状を軽減する緩和ケア・支持療法などを検討します。

臨床試験は効果が確立した治療ではない

臨床試験は、新しい薬や治療法の効果と安全性を調べ、将来の標準治療をつくるために行われる研究です。

参加条件には、肺がんの病理型、ステージ、遺伝子異常、これまでに使用した薬、臓器機能、全身状態などが定められています。条件を満たしているように見えても、詳しい検査の結果によって参加できない場合があります。

また、新しい治療を受けられる臨床試験だけではありません。標準治療と新しい治療を比較する試験では、無作為に治療群が割り付けられ、本人や担当医が治療法を選べない場合があります。

臨床試験を検討するときは、次の内容を確認します。

  • 試験の目的と現在の開発段階
  • 標準治療と比べて何を確認する試験か
  • 治療法を本人が選べるか、無作為割り付けがあるか
  • 予想される副作用と、まだ分かっていない危険は何か
  • 検査や通院の回数、入院の必要性
  • 治療費や検査費、交通費などの負担
  • 参加しない場合に選べる標準治療は何か
  • 途中で参加を中止した場合、その後に受けられる治療は何か

臨床試験への参加を断ったり、途中で参加を取りやめたりしたことを理由に、通常必要な医療を受けられなくなることはありません。

参考:肺がん 臨床試験|国立がん研究センター がん情報サービス

自由診療を検討するときは標準治療との関係を確認する

自由診療には、国内で肺がんに対する有効性と安全性が確立していない治療も含まれます。「先端的」「免疫を高める」「副作用が少ない」といった説明だけでは、治療効果を判断できません。

検討するときは、治療名を具体的に確認し、肺がんのどの病理型・ステージを対象とした臨床試験があるのか、標準治療と比較して生存期間や病状の進行を抑える効果が示されているのかを確認します。

また、自由診療を受けることで、標準治療や臨床試験を受ける時期が遅れないか、薬の相互作用や副作用によって後の治療へ影響しないかも確認します。

セカンドオピニオンは転院を決める場ではない

提案された治療に迷う場合や、ほかに選択肢がないか確認したい場合は、セカンドオピニオンを利用できます。

セカンドオピニオンは、現在の担当医から診療情報の提供を受け、別の医師の意見を聞く仕組みです。必ずしも転院を前提とするものではありません。別の医師の意見を聞いた後、現在の医療機関で治療を続けることもできます。

肺がんでは、次のような場面で利用を検討できます。

  • ステージ3で、手術と化学放射線療法のどちらを選ぶか迷っている
  • 肺の切除範囲や術後の呼吸機能について別の意見を聞きたい
  • 遺伝子検査が十分に行われているか確認したい
  • 希少な遺伝子異常が見つかり、治療経験のある施設へ相談したい
  • 治療変更を提案された理由や、残っている選択肢を確認したい
  • 臨床試験や再生検について専門施設の意見を聞きたい

病理標本や画像データが必要になる場合があるため、紹介状だけでなく、CT・MRI・PET/CTの画像、病理診断書、遺伝子・PD-L1検査の結果、これまでの治療歴などを準備します。

参考:セカンドオピニオン|国立がん研究センター がん情報サービス

がん相談支援センターも利用できる

がん診療連携拠点病院などに設置されたがん相談支援センターでは、治療、副作用、セカンドオピニオン、臨床試験、がんゲノム医療、緩和ケア、仕事や治療費などについて相談できます。

その病院へ通院していない人や家族も、無料で相談できる場合があります。相談員が特定の治療法を決定することはありませんが、情報を整理し、どこへ相談すればよいかを考える支援を受けられます。

参考:がん相談支援センターで相談できること|国立がん研究センター がん情報サービス

診察で確認したい質問

  • この治療は、何を目標に行うのか
  • 自分と近い病状では、どの程度の効果が期待されるか
  • 治療を受けない場合や開始を遅らせた場合、何が起こり得るか
  • ほかに標準治療として選べる方法があるか
  • 治療効果は、いつ、どの検査で評価するか
  • どのような変化があれば治療を変更するか
  • 現在の治療を変更する理由は、病状の進行、副作用、臓器機能の低下のうち、どれに当たるか
  • 追加の遺伝子検査や再生検は必要か
  • 臨床試験やセカンドオピニオンを検討する時間があるか
  • 治療によって仕事、家事、通院へどのような影響があるか

治療を選ぶときは、すべての情報を一度に理解する必要はありません。説明を受けた内容をメモし、分からない点を再度質問したり、家族や身近な人に同席してもらったりする方法があります。

治療の医学的な利益と危険に加え、本人が保ちたい生活や避けたい負担を医療者へ伝えることが、納得できる治療選択につながります。

参考:肺癌診療ガイドライン2025年版|日本肺癌学会

まとめ|治療とこれからの生活について

肺がんと診断されると「治るのか」「仕事を続けられるのか」「家族にどこまで頼ればよいのか」など、治療以外の不安も生じます。検査や治療の説明を一度ですべて理解し、自分だけで正解を決める必要はありません。

治療を選ぶときは、効果や副作用だけでなく、仕事、家事、通院、食事、趣味など、今後もできるだけ保ちたい生活を医療者へ伝えてください。「長く生きたい」「苦痛を減らしたい」「働き続けたい」「家で過ごす時間を大切にしたい」といった希望も、治療方針を考えるための大切な情報です。

分からないことがある場合は、現在の病状、治療の目的、生活に予想される影響、困ったときの連絡先を一つずつ確認します。治療中に希望や体調が変わったときは、その都度方針を話し合うことができます。

肺がんと向き合うことは、病気だけを中心に生活を組み立てることではありません。医療者や家族、相談支援サービスの力を借りながら、自分が大切にしたい時間をできるだけ保てる方法を探していきましょう。

大腸がんは、結腸または直腸の粘膜から発生するがんです。2023年に国内で新たに大腸がんと診断された人は15万4,039例で、男女を合わせた部位別の罹患数では最も多いがんとなっています。2024年の死亡数は5万4,416人で、決して珍しい病気ではありません。

大腸がんの5年相対生存率は71.4%(2009~2011年診断例)です。ただし、この数字はすべてのステージを合わせた統計であり、個人の治りやすさや余命を示すものではありません。がんが大腸の壁のどこまで入り込んでいるか、リンパ節やほかの臓器への転移があるかによって、選ばれる治療や見通しは大きく異なります。

大腸がんは、早期には自覚症状がほとんどないことがあります。進行すると、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感、腹痛、貧血などが現れますが、これらは痔やほかの腸の病気でも起こるため、症状だけで大腸がんかどうかを判断することはできません。また、症状が現れたからといって、必ずしも進行がんとは限りません。

症状がない40歳以上の人は、年1回の便潜血検査を受けることが推奨されています。一方、血便や排便習慣の変化などがある場合は、次の検診を待つのではなく、消化器内科などを受診して原因を調べることが大切です。

この記事では、大腸がんの症状、原因、検査、ステージ分類に加え、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療について解説します。結腸がんと直腸がんの治療の違い、治療選択に関わる遺伝子・バイオマーカー検査、ステージ別の生存率も取り上げ、検査結果をどのように治療判断へつなげるかを整理します。

参考:大腸[国立がん研究センター がん統計]

  • 大腸がんは男女計の罹患数が最も多く、早期には症状が乏しい
  • 血便などの症状があれば検診を待たず、医療機関を受診する
  • 治療はステージ、発生部位、遺伝子異常によって変わる

大腸がんとは何か

大腸がんは、大腸の粘膜に発生するがんで、発生した場所によって結腸がんと直腸がんに分けられます。大腸がんの多くは腺がんです。

大腸は、小腸から送られてきた内容物から水分を吸収し、便を形成して排出する臓器です。大腸に腫瘍ができると、粘膜から出血したり、便の通り道が狭くなったりするため、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感などが現れることがあります。ただし、早期には症状がほとんどない場合もあります。

大腸がんには、腺腫と呼ばれる良性のポリープが段階的にがん化するものと、正常に見える粘膜から直接発生するものがあります。ポリープがすべてがんになるわけではありませんが、内視鏡検査で腺腫を見つけて切除することは、将来の大腸がんを防ぐことにもつながります。

大腸の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層・漿膜などで構成されています。がんが粘膜または粘膜下層にとどまるものは早期がん、固有筋層より深く入り込んだものは進行がんと呼ばれます。

この深さは、内視鏡で切除できるか、リンパ節郭清を伴う手術が必要かを判断するうえで重要です。ただし、内視鏡切除後の追加手術は、深さだけでは決まりません。切除した組織の詳しい評価については、内視鏡治療の項目で解説します。

結腸がんと直腸がんでは、同じステージでも治療方法が異なることがあります。とくに直腸がんでは、がんと肛門との距離、周囲の臓器への広がりなどによって、肛門を温存できるか、手術前の治療が必要かを検討します。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの原因とリスク

大腸がんは、特定の食品や一つの生活習慣だけで発症する病気ではありません。年齢を重ねる中で細胞の遺伝子に変化が蓄積し、生活習慣、持病、家族歴などが重なって発生すると考えられています。

大腸がんとの関連が指摘されている主な要因には、喫煙、飲酒、肥満、運動不足があります。赤肉や加工肉の摂取量との関連も報告されていますが、これらを食べたことが直接の原因になるわけではありません。また、潰瘍性大腸炎やクローン病など、大腸に長期間炎症が続く病気がある人では、大腸がんのリスクが高くなることがあります。

一方、運動習慣を持つことは大腸がんの予防に役立つことがほぼ確実とされ、禁煙、飲酒を控えること、適正体重を保つこと、偏りの少ない食事を続けることも、発症リスクを下げるための基本になります。

ただし、生活習慣を整えていても大腸がんになる人はいます。反対に、危険因子がある人すべてが発症するわけでもありません。「不摂生をしたからがんになった」と自分を責めたり、生活習慣に問題がないから検査は不要だと考えたりしないことが大切です。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)予防・検診|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの遺伝的要因

大腸がん患者の約30%には、家族内での発症の集積または何らかの遺伝的素因があるとされています。ただし、家族に大腸がんの人がいることと、原因遺伝子が特定される遺伝性大腸がんであることは同じではありません。遺伝性大腸がんは、大腸がん全体の約5%とされています。

代表的な遺伝性大腸がんには、家族性大腸腺腫症(FAP)リンチ症候群があります。

家族性大腸腺腫症では、大腸に多数の腺腫性ポリープが発生します。典型的なFAPでは大腸がんを発症する危険性が非常に高いため、若い時期から定期的な内視鏡検査を受け、ポリープの数や状態に応じて手術の時期を検討します。

リンチ症候群では、FAPのように多数のポリープが目立たないことがありますが、大腸がんを比較的若い年齢で発症したり、複数回発症したりすることがあります。子宮内膜がんなど、大腸以外の関連するがんが家族内にみられることもあります。

次のような場合は、遺伝性大腸がんの可能性について主治医や遺伝診療部門へ相談するきっかけになります。

  • 若い年齢で大腸がんと診断された
  • 大腸がんを複数回発症した、または多数の大腸ポリープがある
  • 近親者に若年発症の大腸がんや、子宮内膜がんなどの関連がんが複数ある

遺伝性が疑われる場合は、年齢、本人と家族の病歴、ポリープの数、腫瘍組織の検査結果などを基に、遺伝学的検査を検討します。家族歴だけで診断することはできず、家族にがん患者がいない場合でも遺伝性大腸がんが見つかることがあります。

遺伝学的検査の結果は、本人の検査計画だけでなく、血縁者の健康管理にも関係します。検査で分かることと分からないこと、家族へ伝える範囲、心理的・社会的な影響について説明を受け、必要に応じて遺伝カウンセリングを利用したうえで判断します。

参考:遺伝性大腸癌診療ガイドライン2024年版|大腸癌研究会

大腸がんの主な症状と見逃されやすさ

大腸がんは、早期には自覚症状がほとんどないことがあります。進行すると、血便、便秘や下痢、便が細くなる、残便感、腹痛、腹部の張りなどが現れます。腫瘍から少量の出血が続くことで、貧血、息切れ、めまい、倦怠感をきっかけに見つかる場合もあります。

これらの症状は痔、過敏性腸症候群、感染性腸炎などでも起こるため、症状だけで大腸がんかどうかを見分けることはできません。とくに血便は痔と考えて受診を先延ばしにしやすい症状ですが、血の色や付き方だけで出血源を正確に判断することは困難です。痔がある人でも、大腸の病変が同時に存在する可能性があるため、自己判断で済ませないことが大切です。

がんができた場所によって症状の出方が異なる

盲腸や上行結腸など右側の大腸では、腸の内容物がまだ液状に近く、腫瘍が大きくなっても便の通過が妨げられにくい傾向があります。そのため、目立った便通異常がないまま出血が続き、鉄欠乏性貧血、疲れやすさ、息切れなどから発見されることがあります。腹部のしこりがきっかけになる場合もあります。

下行結腸やS状結腸など左側の大腸では、便が固形に近づいているため、腫瘍によって腸管が狭くなると、便秘と下痢を繰り返す、便が細くなる、腹部が張るといった変化が現れやすくなります。直腸がんでは、血便、粘液の混じった便、排便後も便が残っているように感じる残便感などがみられることがあります。

ただし、これはあくまで一般的な傾向です。右側の大腸がんでも血便や腹痛が起こることがあり、左側の大腸がんでも症状が乏しい場合があります。症状の種類だけから、がんの場所や進行度を判断することはできません。

症状がある場合は検診ではなく医療機関を受診する

血便、便の形や回数の変化、腹痛などがある人は、便潜血検査による検診を待つのではなく、消化器内科や胃腸科、肛門科などを受診してください。がん検診は、基本的に症状のない人から大腸がんの可能性がある人を見つけるためのものです。症状がある場合は、診断を目的とした検査が必要です。

一度の出血や一時的な便通異常が、必ず大腸がんを意味するわけではありません。しかし、血便を繰り返す、排便習慣の変化が続く、貧血を指摘された、原因不明の体重減少がある場合は、年齢にかかわらず受診を検討します。

また、強い腹痛や腹部の張りに加えて、便やガスが出ない、嘔吐を繰り返すといった症状がある場合は、腫瘍によって腸が塞がる腸閉塞の可能性があります。通常の外来日まで待たず、速やかに医療機関へ相談する必要があります。

症状がない40歳以上の人は、年1回の便潜血検査を受けることが推奨されています。一方、症状がある人は、便潜血検査が陰性であっても大腸がんを完全には否定できません。症状が続く場合は、検診結果だけで安心せず、診察を受けて必要な検査を相談してください。

参考:大腸がん検診について|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの検査と診断

大腸がんの検査には、がんの可能性がある人を見つける検査、がんかどうかを確定する検査、がんの広がりを調べる検査があります。すべての検査を一度に行うわけではなく、症状や便潜血検査の結果などに応じて順番を決めます。

血便や排便習慣の変化がある場合には、問診や診察に加えて、大腸内視鏡検査などを検討します。直腸に近い病変が疑われるときは、医師が肛門から指を入れて、直腸内のしこりや出血の有無を確認する直腸指診を行うこともあります。

便潜血検査

便潜血検査は、便に目では確認できない微量の血液が含まれていないかを調べる検査です。症状のない人を対象とした大腸がん検診では、通常、2日分の便を採取する方法が用いられます。

陽性になっても、必ず大腸がんがあるわけではありません。ポリープ、痔、炎症などによる出血でも陽性になることがあります。一方、大腸がんがあっても常に出血するとは限らないため、陰性であれば大腸がんを完全に否定できるわけでもありません。

2日分のうち1日だけでも陽性になった場合は、大腸内視鏡検査などの精密検査を受けます。「もう一度便潜血検査をして陰性なら様子を見る」という方法は、精密検査の代わりにはなりません。血便、腹痛、便が細くなる、便秘や下痢が続くなどの症状がある場合は、便潜血検査の結果だけで判断せず、医療機関を受診してください。

大腸内視鏡検査と病理診断

大腸内視鏡検査では、肛門から内視鏡を挿入し、直腸から盲腸までの大腸の内側を観察します。病変の位置、大きさ、形、表面の血管や構造などを確認し、必要に応じて拡大観察や画像強調観察を行います。

ポリープやがんが疑われる病変が見つかった場合には、病変の一部を採取する生検を行い、顕微鏡で調べる病理診断によって、がんかどうかを確定します。小さなポリープなどでは、検査と同時に病変全体を切除できる場合もあります。

内視鏡で病変が見つかっただけでは、最終的な治療方針は決まりません。病理検査では、がんの組織型や分化度などを確認します。内視鏡で病変全体を切除した場合には、切除断端、がんの深さ、リンパ管・静脈侵襲、簇出などを調べ、追加手術が必要かを判断します。

検査には下剤による前処置が必要で、まれに出血や腸に穴が開く穿孔が起こることがあります。病変による狭窄などで大腸全体を観察できない場合には、CTコロノグラフィなど別の検査を組み合わせることがあります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)検査|国立がん研究センター がん情報サービス

CT・MRIでがんの広がりを調べる

病理診断で大腸がんと確認された後は、主にCT検査を行い、がんが大腸の周囲へどこまで広がっているか、リンパ節、肝臓、肺、腹膜などに転移がないかを調べます。

直腸がんでは、骨盤内のMRI検査によって、直腸の壁の外への広がり、周囲のリンパ節、肛門や隣接する臓器との位置関係などを詳しく確認することがあります。これらの情報は、手術方法や術前治療の必要性を判断するために使われます。

PET検査は、すべての患者さんに必ず行う検査ではありません。CTやMRIだけでは転移や再発の判断が難しい場合などに検討されます。

血液検査や遺伝子検査も治療判断に用いる

血液検査では、貧血、肝機能、腎機能、栄養状態などを確認します。CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーも測定することがありますが、数値が正常でも大腸がんを否定することはできず、高値であっても大腸がんとは限りません。

腫瘍マーカーは、診断を確定する検査というより、治療前の基準値を確認し、治療効果や再発の可能性を画像検査などと合わせて評価するために使われます。

進行・再発大腸がんでは、治療薬を選ぶために、RAS、BRAF、MSI/MMR、HER2などを調べることがあります。どの検査をどの段階で行うかは、がんのステージや予定している治療によって異なります。具体的な検査結果と薬物療法との関係は、後の「大腸がんの遺伝子検査」で詳しく解説します。

大腸がんの診断では、内視鏡で病変を確認し、病理検査でがんかどうかを確定したうえで、画像検査によって広がりを評価します。それぞれの検査は目的が異なるため、一つの検査結果だけではなく、複数の結果を組み合わせてステージと治療方針を決めます。

大腸がんのステージ分類

大腸がんのステージは、がんが大腸の壁のどこまで入り込んでいるかを示す「T」、領域リンパ節転移を示す「N」、肝臓や肺などへの遠隔転移を示す「M」の組み合わせで決まります。

ステージ 主な状態 治療の基本的な考え方
ステージ0 がんが粘膜内にとどまる 内視鏡治療で取り切ることを目指す
ステージ1 がんが粘膜下層または固有筋層まで広がり、リンパ節転移はない 病変の深さや病理所見に応じて内視鏡治療または手術を行う
ステージ2 がんが固有筋層を越えて広がっているが、リンパ節転移はない 手術が中心。再発リスクが高い場合は術後補助化学療法を検討する
ステージ3 領域リンパ節への転移がある 手術と術後補助化学療法を組み合わせることが基本となる
ステージ4 肝臓、肺、腹膜、遠隔リンパ節などへの転移がある 転移巣を含めて切除できるかを評価し、手術や薬物療法などを組み合わせる

ステージは治療前の内視鏡検査や画像検査から判断しますが、手術を受けた場合は、切除した腸管やリンパ節の病理検査によって最終的なステージが確定します。そのため、手術前と手術後でステージが変わることもあります。

ステージ別の治療方針

ステージ0と一部のステージ1では、リンパ節転移の可能性が低く、病変を一括して切除できると判断された場合に内視鏡治療を行います。ただし、切除後の病理検査でリンパ節転移の危険が認められれば、追加手術を検討します。

ステージ1のうち内視鏡治療の対象にならない場合と、ステージ2・3では、がんがある腸管と周囲のリンパ節を切除する手術が中心です。ステージ3では、画像に写らない微小転移による再発を抑えるため、体の状態などを確認したうえで術後補助化学療法を行います。ステージ2でも、がんによる腸閉塞や穿孔、深い浸潤など、再発リスクが高い場合には術後補助化学療法を検討します。

ステージ4では、原発巣と肝転移・肺転移などをすべて切除できるかが、治療方針を決める大きな分岐点になります。完全切除が可能と判断されれば、ステージ4でも根治を目指して手術を検討します。切除が難しい場合は、遺伝子・バイオマーカー検査の結果や全身状態に応じた薬物療法が中心です。治療によって転移巣が縮小し、後から手術を検討できる場合もあります。

ステージ4の切除可能性、薬物療法、遺伝子検査、生存率や余命については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージだけで治療が自動的に決まるわけではありません。同じステージでも、結腸がんか直腸がんか、病変の位置、切除可能性、再発リスク、遺伝子変異、年齢や全身状態によって治療内容は変わります。診察時には、自分のステージだけでなく、「根治を目指す治療か」「術後治療が必要か」「治療によって何を防ぐのか」を確認することが大切です。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会

大腸がん治療の全体像

大腸がんの主な治療には、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療があります。がんの深さや広がり、切除できるかどうか、結腸がんと直腸がんのどちらかによって、これらを単独または組み合わせて行います。

内視鏡治療と手術は、がんを取り除くための治療です。薬物療法は、手術後の再発を防ぐ目的で行う場合と、切除できないがんの縮小や進行抑制を目的に行う場合があります。放射線治療は主に直腸がんの術前治療や、転移・再発による痛みや出血などの症状を和らげるために用いられます。

また、痛み、吐き気、下痢、しびれなどを軽減する緩和ケア・支持療法は、抗がん治療を終えた後だけでなく、治療中から利用できます。

以下では、それぞれの治療について、選ばれる条件、治療の目的、治療後の生活への影響を順番に解説します。

大腸がんの内視鏡治療

内視鏡治療は、肛門から挿入した内視鏡を使い、大腸の内側から病変を切除する方法です。開腹手術や腹腔鏡手術と比べて体への負担が少なく、腸管を切除せずに治療できる可能性があります。

ただし、内視鏡で病変を取り除けても、リンパ節にあるがんまでは治療できません。そのため、リンパ節転移の可能性が極めて低く、病変を一括して完全に切除できると判断された早期大腸がんが主な対象になります。

内視鏡治療の適応は深さと切除のしやすさから判断する

内視鏡治療は、がんが粘膜内にとどまる場合や、粘膜下層への浸潤が軽度と考えられる場合に検討します。一般的には、粘膜下層への浸潤が1,000μm未満で、リンパ節転移を疑う所見がなく、一括切除できる病変が対象です。

治療前には、通常の内視鏡観察に加え、拡大観察や画像強調観察などを用いて、病変の深さ、形、大きさ、位置を評価します。ただし、内視鏡による深さの診断には限界があるため、内視鏡治療だけで治療を終えられるかどうかは、切除した組織の病理検査を受けて最終的に判断します。

内視鏡治療には複数の方法がある

内視鏡治療の方法は、病変の形や大きさ、深さ、一括切除の必要性などに応じて選びます。

治療法 治療の特徴
ポリペクトミー 主に茎のある病変へ金属製の輪をかけて切除する方法
EMR 病変の下へ液体を注入して浮かせ、金属製の輪で切除する方法。水中で病変を切除するUEMRが選ばれることもある
ESD 粘膜下層を専用の器具ではがし、比較的大きな病変を一括切除する方法

大きな病変では、複数に分けて切除すると病理診断が難しくなり、局所再発の危険も高くなることがあります。そのため、正確な病理評価が必要な病変では、時間がかかってもESDによる一括切除を検討する場合があります。

切除後の病理検査で追加手術の必要性を判断する

内視鏡治療後は、切除した組織から、切除断端、がんの深さ、組織型、リンパ管・静脈への侵襲、簇出などを確認します。

がんが深部の切除断端まで達している垂直断端陽性の場合は、がんが残っている可能性があるため、外科手術の追加を検討します。また、次のいずれかが認められた場合も、リンパ節転移の危険を考え、リンパ節郭清を伴う腸切除を検討します。

  • 粘膜下層への浸潤が1,000μm以上ある
  • リンパ管または静脈への侵襲がある
  • 低分化腺がん、印環細胞がん、粘液がんなどの組織型である
  • 浸潤先進部の簇出がBD2またはBD3である

ただし、粘膜下層への浸潤が1,000μm以上という所見だけで、必ずリンパ節転移がある、あるいは全員に追加手術が必要と決まるわけではありません。ほかの病理所見、病変の位置、年齢、持病、手術による負担、本人の希望を踏まえて判断します。

病変を分割して切除した場合や、がんが水平方向の切除断端に達している場合は、切除した場所に病変が残る危険があります。この場合は、追加の内視鏡治療や早めの再検査を検討します。リンパ節郭清を伴う手術が必要かどうかとは、分けて考える必要があります。

出血や穿孔は治療後にも起こることがある

内視鏡治療の主な合併症は、出血と穿孔です。出血は治療直後だけでなく、帰宅後に起こる場合もあります。穿孔によって腸に穴が開くと、強い腹痛、発熱、腹部の張りなどが現れ、内視鏡による処置や手術が必要になることがあります。

治療後に血便が続く、腹痛が強くなる、発熱や吐き気がある場合は、次回の受診日を待たずに治療を受けた医療機関へ連絡してください。食事、飲酒、運動、入浴、仕事への復帰時期は、治療方法や切除した病変の大きさによって異なるため、退院・帰宅前に確認します。

内視鏡治療で一括切除され、切除断端にがんがない場合でも、別の場所に新たな腫瘍ができる可能性があるため、定期的な大腸内視鏡検査が必要です。分割切除や水平断端陽性の場合、または追加手術を行わず経過観察する場合は、内視鏡検査に加えて、CT検査や腫瘍マーカーなどを組み合わせることがあります。

参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版 Clinical Questions|大腸癌研究会

大腸がんの手術

内視鏡治療でがんを十分に切除できない場合や、リンパ節転移の可能性がある場合には手術を行います。手術では、がんがある部分だけでなく、周囲の腸管とリンパ節を切除し、がんを体内に残さないことを目指します。周囲の臓器へ直接広がっている場合は、完全切除が可能であれば、その臓器の一部を一緒に切除することもあります。

手術には、開腹手術、腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術があります。腹腔鏡下手術やロボット支援下手術は創が小さく、術後の痛みや回復の面で利点が期待できますが、すべての患者さんに適しているわけではありません。がんの位置と広がり、腸閉塞の有無、体格、過去の腹部手術、医療機関や術者の経験などを踏まえて選びます。

ロボット支援下手術は、直腸がんでは標準的な手術方法の選択肢の一つとなり、結腸がんでも行われています。ただし、ロボットを使うこと自体が治療成績の向上を保証するわけではありません。手術方法の新しさではなく、がんを安全に取り切れるかを優先して判断します。

結腸がんでは発生した場所に応じて腸管を切除する

結腸がんの手術では、がんがある場所に応じて、回盲部切除、結腸右半切除、横行結腸切除、結腸左半切除、S状結腸切除などを行います。がんとともに、転移する可能性のある周囲のリンパ節を切除する処置をリンパ節郭清と呼びます。

切除後は、残った腸管同士をつなぐことが一般的です。ただし、腸閉塞や腸管穿孔がある、全身状態が不安定である、腸管を安全につなげられないといった場合には、一時的または永久的な人工肛門を造ることがあります。切除できない腫瘍によって便が通らない場合は、腸の迂回路を造るバイパス手術を行うこともあります。

手術後は、一時的に便が軟らかくなる、排便回数が増える、便秘と下痢を繰り返すといった変化が起こることがあります。切除した範囲によって影響は異なりますが、食事の取り方や整腸薬などを調整しながら、徐々に生活のリズムを整えていきます。

直腸がんでは根治性と機能の温存を両方考える

直腸は骨盤の奥深くにあり、周囲には肛門括約筋、膀胱、生殖器、排尿や性機能に関係する神経があります。そのため直腸がんでは、がんを取り切ることに加え、肛門、排便、排尿、性機能をどこまで保てるかも治療選択の重要な要素になります。

早期で限られた病変では、肛門側から病変だけを切除する局所切除を検討することがあります。より深く広がったがんでは、がんのある直腸と周囲の直腸間膜を切除し、残った腸管をつなぐ前方切除術などを行います。

肛門に近いがんでも、十分な切除範囲を確保でき、術後の肛門機能を保てると判断されれば、低位前方切除術や括約筋間直腸切除術によって肛門を温存できる場合があります。一方、がんが肛門括約筋へ及んでいる場合などは、直腸と肛門を切除する直腸切断術を行い、永久的な人工肛門を造ります。

肛門を残せることと、手術前と同じように排便できることは同じではありません。直腸を大きく切除すると、便をためる機能が低下し、排便回数の増加、突然の便意、便失禁、短時間に何度も排便する症状などが現れることがあります。これらは低位前方切除後症候群(LARS)と呼ばれ、食事や薬の調整、骨盤底筋の訓練などが必要になる場合があります。

下部直腸がんでは、骨盤側壁のリンパ節へ転移することがあります。腫瘍の下端が腹膜反転部より肛門側にあり、筋層を越えて広がっているcT3以深の場合には、側方リンパ節郭清を検討します。ただし、郭清範囲が広くなると排尿機能や性機能へ影響する可能性があるため、MRIなどの画像所見と局所再発の危険を踏まえて判断します。

局所再発の危険が高い直腸がんでは、手術前に薬物療法や放射線治療を行うことがあります。薬物療法と放射線治療を手術前にまとめて行うTNTや、治療後にがんが確認できなくなった場合に手術を行わず経過を見る非手術管理も研究されていますが、国内ですべての患者さんに共通する標準治療ではありません。適応は専門医による慎重な評価が必要です。

人工肛門には一時的なものと永久的なものがある

人工肛門(ストーマ)は、腸管を腹部へ出して便の出口を造る方法です。直腸の低い位置で腸管をつないだ場合には、つなぎ目へ便が流れるのを一時的に避けるため、保護目的のストーマを造ることがあります。この場合は、つなぎ目が治った後にストーマを閉じられる可能性があります。

肛門を含めて切除した場合や、肛門を残しても排便機能を保つことが難しい場合には、永久的なストーマが必要になります。診察では、ストーマが必要になる可能性、一時的か永久的か、閉鎖できる場合はいつごろかを確認します。

ストーマがあっても、装具の扱いに慣れれば、仕事、外出、入浴、軽い運動、旅行などを続けることが可能です。一方、皮膚トラブル、装具からの漏れ、服装、性生活などに不安を感じることもあります。手術前から皮膚・排泄ケア認定看護師などへ相談し、ストーマの位置や術後の管理方法について説明を受けることが大切です。

手術後の合併症と生活への影響

手術後には、腸管をつないだ部分から内容物が漏れる縫合不全、創部や腹腔内の感染、腸閉塞、出血などが起こることがあります。縫合不全は、肛門に近い位置で腸管をつなぐ直腸がんの手術で起こりやすく、重い場合には再手術や人工肛門の造設が必要です。

退院後に、発熱、強くなる腹痛、腹部の張り、繰り返す嘔吐、便やガスが出ない、創部から膿や腸液が出るといった変化があれば、次回の診察を待たずに医療機関へ連絡します。

長期的には、排便回数の増加や便失禁だけでなく、排尿しにくい、尿が残る、勃起や射精が難しくなる、性交時に痛みがあるといった症状が現れることもあります。とくに直腸がんでは、治療前に予想される機能障害と対処法について説明を受ける必要があります。

手術方法を検討するときは、がんを取り切れる可能性だけでなく、切除する腸管とリンパ節の範囲、肛門温存の可否、人工肛門の可能性、術後に予想される排便・排尿・性機能への影響、仕事へ戻る時期まで確認すると、治療後の生活を具体的に考えやすくなります。

参考:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2026年版|大腸癌研究会
参考:大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版 Clinical Questions|大腸癌研究会

大腸がんの薬物療法

大腸がんの薬物療法には、手術後の再発を防ぐための術後補助化学療法と、切除できない進行・再発大腸がんを抑えるための治療があります。同じ薬を使用する場合でも、治療の目的や続ける期間、効果の確認方法は異なります。

使用する薬は、がん細胞の増殖を抑える細胞障害性抗がん薬、特定の分子を狙う分子標的薬、免疫の働きを利用する免疫チェックポイント阻害薬に分けられます。進行・再発大腸がんでは、がんの遺伝子やタンパク質を調べ、その結果に応じて治療を選ぶことが重要になっています。

手術後の再発を防ぐ術後補助化学療法

術後補助化学療法は、手術で確認できるがんをすべて切除した後に、体内に残っている可能性がある微小ながん細胞を抑え、再発の危険を下げるために行います。

主にステージ3が対象となり、ステージ2でも、がんが大腸の壁を深く越えている、腸閉塞や穿孔を伴っている、十分な数のリンパ節を調べられていないなど、再発リスクが高い場合に検討します。ただし、すべてのステージ2で薬物療法が必要になるわけではありません。

主な治療には、次のものがあります。

治療法 使用する主な薬と特徴
CAPOX 内服薬のカペシタビンと、点滴薬のオキサリプラチンを組み合わせる。通院で治療しやすい一方、手足症候群や末梢神経障害に注意する
FOLFOX 5-FU、レボホリナート、オキサリプラチンを組み合わせる。携帯型のポンプを使い、一定時間かけて5-FUを投与することがある
フッ化ピリミジン単独療法 カペシタビンなどを使用する。オキサリプラチンの併用が難しい場合に検討される

治療期間は、再発リスクと使用する薬を踏まえて、3カ月または6カ月を検討します。一般に、再発リスクが比較的低い場合は、CAPOXを3カ月行うことで、オキサリプラチンによる蓄積性の末梢神経障害を減らせる可能性があります。一方、再発リスクが高い場合やFOLFOXを選ぶ場合は、6カ月の治療を検討することがあります。

ただし、治療期間を短くすればよいとは限りません。再発リスクをどこまで下げられる可能性があるかと、しびれなどの副作用が将来の仕事や日常生活に残る危険を比較して決めます。

高齢であることだけを理由に治療を行えないわけではありませんが、体力、腎機能、持病、認知機能、服薬管理、家族の支援などを確認します。オキサリプラチンを使用せず、内服薬などによる治療を選ぶ場合もあります。

切除不能・再発大腸がんでは複数の薬を組み合わせる

遠隔転移や再発病変をすべて切除することが難しい場合は、薬物療法によってがんを縮小させ、進行を抑えることを目指します。治療によって病変が十分に縮小した場合は、肝転移や肺転移などを手術で切除できるか、あらためて検討することもあります。

治療の土台となる主な組み合わせには、次のものがあります。

  • FOLFOX:5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン
  • CAPOX:カペシタビン、オキサリプラチン
  • FOLFIRI:5-FU、レボホリナート、イリノテカン
  • FOLFOXIRI:5-FU、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカン

これらへ、ベバシズマブなどの血管新生を抑える薬や、セツキシマブ、パニツムマブなどの抗EGFR抗体薬を組み合わせます。

どの治療を選ぶかは、がんをできるだけ小さくして手術を目指すのか、長期間の病勢コントロールを目指すのか、症状を和らげることを優先するのかによって変わります。年齢だけでなく、全身状態、肝臓や腎臓などの機能、転移の場所、これまでの治療、副作用への不安も判断材料になります。

抗EGFR抗体薬は、基本的にRAS遺伝子に変異がない場合が対象です。さらに、原発巣が右側か左側かによって期待できる効果が異なるため、RAS野生型で左側に発生したがんでは、抗EGFR抗体薬を含む治療が検討されやすくなります。

MSI-HighまたはdMMRの大腸がんでは、一次治療から免疫チェックポイント阻害薬を検討します。ペムブロリズマブのほか、ニボルマブとイピリムマブを組み合わせる治療も選択肢です。

BRAF V600E変異がある切除不能大腸がんでは、従来の細胞障害性抗がん薬だけでなく、BRAF阻害薬のエンコラフェニブ、抗EGFR抗体薬のセツキシマブ、mFOLFOX6を組み合わせる一次治療が選択肢に加わっています。

参考:MSI-High/dMMR切除不能大腸がんに対する免疫療法|大腸癌研究会

一次治療の効果が低下した場合は、使用していない薬へ変更します。後方の治療では、トリフルリジン・チピラシルとベバシズマブの併用、レゴラフェニブ、フルキンチニブなどを、これまでに使用した薬と全身状態に応じて検討します。

一次治療、二次治療という言葉は、がんの重症度を表すものではなく、薬を使用する順番を表しています。副作用で治療を変更した場合も、次の治療が前の治療より弱いとは限りません。

ステージ4における転移巣の切除、薬物療法から手術へ切り替える判断、治療の見通しについては、以下の記事で詳しく解説しています。

遺伝子・バイオマーカー検査が薬の選択につながる

進行・再発大腸がんでは、がん組織や血液を使って遺伝子・バイオマーカーを調べます。検査は、がんになりやすい体質を調べる遺伝学的検査とは目的が異なり、主に現在のがんへ使用できる薬を選ぶために行います。

検査・異常 治療選択との主な関係
RAS 変異がある場合は、セツキシマブやパニツムマブなどの抗EGFR抗体薬による効果を期待しにくい
BRAF V600E BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬を含む治療の対象になる
MSI-High/dMMR 免疫チェックポイント阻害薬の効果を期待できる可能性がある。リンチ症候群を疑う手がかりにもなる
HER2陽性 抗HER2療法を検討する材料になる
KRAS G12C 治療歴がある場合、KRAS G12C阻害薬のソトラシブとパニツムマブの併用を検討できる
NTRK融合・RET融合 頻度は低いが、融合遺伝子を標的とする薬の対象になる可能性がある
TMB-High がん種を問わない免疫チェックポイント阻害薬の適応を検討する材料になる

これらを最初から一つずつ調べる場合もあれば、複数の遺伝子を同時に調べるがん遺伝子パネル検査を検討する場合もあります。パネル検査は、標準治療が終了した、または終了する見込みのある人などが主な対象ですが、検査を受けても治療につながる遺伝子異常が見つからないことがあります。

検査結果の説明を受ける際は、何を調べた検査なのか、結果によって現在の治療が変わるのか、将来の治療や臨床試験の候補になるのか、遺伝性の可能性を示す結果ではないかを確認します。

薬の効果と生活への負担を一緒に評価する

薬物療法は、決められた量を休まず続けることだけが目標ではありません。副作用が強い場合には、休薬、減量、薬の変更を行いながら、治療を続けられる状態を保つことも大切です。

治療中は、CTなどによる病変の変化、腫瘍マーカー、症状、体重、血液検査、副作用を組み合わせて効果と負担を評価します。がんが小さくなっていても、強い副作用によって食事や歩行、仕事が難しくなっている場合は、治療内容の調整が必要になることがあります。

診察では、治療の目的、使用する薬を選んだ理由、予定している期間、効果を確認する時期、どのような副作用で連絡すべきか、効果がなくなった場合の次の選択肢を確認します。

治療薬ごとの副作用と仕事・食事・外出への影響については、後の「治療の副作用と生活への影響」で詳しく解説します。

大腸がんの放射線治療

放射線治療は、がんへ放射線を照射し、がん細胞の増殖を抑える局所治療です。大腸がんの中でも、主に直腸がんの骨盤内再発を抑える治療や、進行・再発がんによる症状を和らげる治療として用いられます。

結腸がんでは、腸管が腹部の中で動きやすく、周囲に放射線の影響を受けやすい小腸などがあるため、放射線治療が初回治療の中心になることは多くありません。一方、直腸は骨盤内で位置が比較的固定されているため、病変の範囲を定めて照射しやすく、手術や薬物療法と組み合わせる場合があります。

直腸がんでは局所再発の危険を踏まえて術前治療を検討する

局所進行直腸がんでは、手術前に放射線治療と薬物療法を組み合わせる化学放射線療法を検討することがあります。がんを小さくして切除しやすくすることや、骨盤内での再発を減らすことが主な目的です。

ただし、国内では、切除可能な直腸がんのすべてに術前放射線治療を行うわけではありません。日本では、直腸間膜切除や必要に応じた側方リンパ節郭清を含む手術が治療の基本となっており、術前放射線治療は、がんが周囲へ広がっている、切除断端が近くなる可能性がある、局所再発の危険が高いといった場合に検討されます。

治療を選ぶ際には、骨盤MRIなどから、がんの深さ、リンパ節転移、直腸間膜筋膜との距離、肛門との位置関係を確認します。術前治療によってがんが縮小しても、必ず肛門を温存できるわけではなく、手術を行わずに済むことが保証されるわけでもありません。

薬物療法と放射線治療を手術前にまとめて行うTNTや、治療後にがんが確認できなくなった場合に手術を行わず経過観察する非手術管理も検討されています。ただし、国内では対象となる患者さんの選び方や長期的な安全性に未確立の部分があり、経験のある医療機関で慎重に判断する必要があります。

進行・再発がんでは症状を和らげる目的でも行う

進行・再発大腸がんでは、がんを完全に治すことではなく、症状を軽くして生活を保つ目的で放射線治療を行うことがあります。

対象となる主な症状には、次のようなものがあります。

  • 骨盤内の再発や直腸の腫瘍による痛み、出血、便通障害
  • 骨転移による痛みや骨折の危険
  • 脳転移による頭痛、吐き気、めまい、神経症状
  • 肺や気管支周囲の転移による出血や気道の狭窄

症状緩和を目的とする場合は、根治を目指す照射よりも短い期間で治療することがあります。効果が現れるまでの期間や、どの程度の症状改善が期待できるかは、照射する部位、病変の大きさ、全身状態によって異なります。

放射線治療を提案されたときは、根治、局所再発予防、がんの縮小、症状緩和のどれを目的としているのかを確認することが大切です。

放射線治療の副作用と生活への影響

放射線治療の副作用は、放射線を照射した範囲に現れやすく、治療中から直後に起こる早期の副作用と、数カ月から数年後に現れる晩期の副作用があります。

骨盤へ照射する場合は、治療が進むにつれて、下痢、腹痛、頻回の排便、肛門周囲の痛み、排尿時の痛み、皮膚炎、倦怠感などが現れることがあります。薬物療法を併用する場合は、食欲低下や血球減少などが加わることもあります。

下痢や頻回の排便が強くなると、通勤や外出が難しくなったり、夜間に何度もトイレへ行って睡眠が妨げられたりします。治療は平日に繰り返し通院して行うことが多いため、治療期間、通院回数、1回の所要時間を事前に確認し、仕事や家族の支援を調整しておくことも必要です。

治療終了後しばらくたってから、腸管や膀胱からの出血、潰瘍、腸閉塞、頻回の排便、まれに穿孔や瘻孔などが起こることがあります。血便が増える、強い腹痛が続く、便やガスが出ない、排尿時の痛みや血尿があるといった場合は、治療から時間がたっていても医療機関へ相談してください。

副作用の程度によっては、整腸薬や止瀉薬、皮膚の処置、食事内容の調整、治療の一時中断などを行います。症状を我慢して予定どおり照射を続けることが常に最善とは限らないため、生活への影響も含めて放射線治療科へ伝えることが大切です。

大腸がんの免疫療法は適応と治療根拠を確認する

免疫療法は、免疫の働きを利用してがんを攻撃する治療の総称です。ただし、「免疫療法」と呼ばれる治療が、すべて同じ仕組みや治療効果を持つわけではありません。

大腸がんで有効性が確認され、保険診療で使用されている免疫療法の中心は、免疫チェックポイント阻害薬です。主に、MSI-HighまたはdMMRと確認された切除不能・再発大腸がんが対象となり、ペムブロリズマブや、ニボルマブとイピリムマブの併用療法などを検討します。

ニボルマブとイピリムマブの併用療法は、2025年8月に、MSI-Highの治癒切除不能な進行・再発結腸・直腸がんに対して、一次治療から使用できるようになりました。ただし、併用療法では免疫に関係する副作用が増える可能性があるため、単独療法との使い分けは、全身状態、持病、副作用の危険などを踏まえて判断します。

また、標準治療後など一定の条件を満たすTMB-Highの固形がんでは、ペムブロリズマブを検討できる場合があります。どの治療を使用できるかは、検査結果だけでなく、これまでに受けた治療や国内で承認された適応条件によっても変わります。

一方、大腸がんの多くを占めるMSSまたはpMMRでは、現在の免疫チェックポイント阻害薬による十分な効果は確立していません。免疫療法を希望する場合は、まず自分のMSI/MMRやTMBの検査結果を確認する必要があります。

参考:MSI-High切除不能進行・再発大腸がんに対するニボルマブ+イピリムマブ併用療法|大腸癌研究会

自由診療の免疫療法とは区別して考える

自由診療では、がんワクチン、樹状細胞療法、活性化リンパ球療法などが「免疫療法」として紹介されることがあります。これらは、承認された免疫チェックポイント阻害薬とは、治療の仕組み、対象となる患者さん、効果を裏付ける臨床試験、費用負担が異なります。

自由診療であることだけを理由に治療を否定することはできませんが、大腸がんに対して有効性が確立した標準治療であるかのように受け取らないことが大切です。「免疫を高める」「副作用が少ない」「末期でも受けられる」といった説明だけでは、治療効果を判断できません。

治療を検討する際は、次の内容を確認します。

  • 国内で大腸がんに対して承認されている治療か
  • 自分のMSI/MMRやTMBなどの検査結果が適応条件を満たすか
  • 効果はどの段階の臨床試験で確認されているか
  • 標準治療と比較して、生存期間や進行抑制への利益が示されているか
  • 主な副作用と、重い副作用が起きた場合の対応体制はあるか
  • 費用の総額、治療期間、予定する投与回数はどの程度か
  • 受けることで標準治療の開始や継続へ影響しないか

免疫療法という名称ではなく、どの薬や治療法を、どの検査結果に基づいて、何を目標に行うのかを確認します。標準治療以外の選択肢を探している場合も、治療を開始する前に、薬物療法の残された選択肢、がん遺伝子パネル検査、参加可能な臨床試験について主治医やセカンドオピニオンで相談すると、比較したうえで判断しやすくなります。

参考:免疫チェックポイント阻害薬の最適使用推進ガイドライン|医薬品医療機器総合機構

治療の副作用と生活への影響

大腸がんの薬物療法では、使用する薬によって副作用の種類や現れる時期が異なります。同じ治療を受けても症状の強さには個人差があり、すべての副作用が現れるわけではありません。

副作用は、単に我慢できるかどうかだけでなく、食事を取れるか、眠れるか、仕事や家事を続けられるか、安全に外出できるかという生活面からも評価します。早い段階で症状を伝えることで、支持療法、休薬、減量、薬の変更などによって治療を続けられる場合があります。

オキサリプラチンではしびれと冷たい刺激に注意する

FOLFOXやCAPOXに含まれるオキサリプラチンでは、手足や口の周りのしびれ、感覚の低下などの末梢神経障害が起こることがあります。

投与後には、冷たい飲み物を口にしたときや冷たい物に触れたときに、手指や口の周りがしびれる、喉が締め付けられるように感じるなど、冷たい刺激によって誘発される症状が現れることがあります。投与後しばらくは、冷たい飲食物を避け、冷蔵庫内の物を触るときは手袋を使うなどの対策を取ります。

治療を重ねると、冷たさとは関係なくしびれが続くことがあります。箸を使いにくい、ボタンを留めにくい、文字を書きにくい、物を落とす、つまずきやすいといった変化があれば、日常生活への影響が大きくなる前に伝えてください。

しびれは治療を終了した後も残ることがあるため、強くなってからではなく、症状が現れた段階で治療量や期間を調整できるか相談することが大切です。

イリノテカンでは下痢と好中球減少が問題になる

FOLFIRIやFOLFOXIRIに含まれるイリノテカンでは、下痢と好中球減少が代表的な副作用です。

下痢は投与中や投与直後に起こる場合と、数日たってから起こる場合があります。水分を十分に取れないほど続くと、脱水、腎機能低下、体重減少などにつながり、通勤や外出、睡眠にも影響します。

排便回数、便の状態、腹痛、飲水量を記録し、処方された下痢止めの使用方法をあらかじめ確認しておきます。下痢が続く、血便を伴う、水分を取れない、強い腹痛や発熱がある場合は、自己判断で様子を見ずに医療機関へ連絡します。

好中球が減少すると感染症にかかりやすくなりますが、血液検査を受けるまで自覚症状がないこともあります。38℃以上の発熱、または医療機関から指定された体温以上の発熱、悪寒、強いだるさがある場合は、夜間や休日を含めた連絡方法に従って相談してください。

カペシタビンでは手足症候群や下痢が起こることがある

CAPOXなどで使用するカペシタビンは、内服する細胞障害性抗がん薬です。主な副作用には、下痢、口内炎、食欲低下、血球減少のほか、手足症候群があります。

手足症候群では、手のひらや足の裏に、赤み、腫れ、ヒリヒリする痛み、感覚の変化などが現れます。悪化すると、歩く、靴を履く、包丁を使う、パソコンを操作するといった日常動作が難しくなることがあります。

治療開始時から保湿を行い、熱い風呂、長時間の歩行、強い摩擦などを避けます。痛みや水ぶくれが現れた場合は、次の診察まで我慢せず、服用を続けてよいか医療機関へ確認してください。

内服薬は自宅で治療できる利点がありますが、飲み忘れた分をまとめて服用したり、副作用が強いまま自己判断で続けたりしないことが大切です。服用方法を間違えた場合や、薬を飲めない状態が続いた場合も、医師や薬剤師へ相談します。

抗EGFR抗体薬では皮膚と爪の症状が現れやすい

セツキシマブやパニツムマブなどの抗EGFR抗体薬では、顔や胸、背中などにニキビのような発疹が現れるざ瘡様皮疹、皮膚の乾燥、かゆみ、爪の周囲の炎症などが起こることがあります。

ざ瘡様皮疹は治療開始後の比較的早い時期に現れやすく、皮膚の乾燥や爪囲炎は治療を続ける中で目立つことがあります。見た目だけの問題ではなく、顔の症状によって人に会うことが負担になったり、指先の痛みで家事や仕事が難しくなったりする場合があります。

治療開始時から保湿剤や日焼け止めを使用し、必要に応じて抗菌薬や外用薬で予防・治療します。皮膚症状があるから薬が効いている、または症状がないから効いていないと、自分で判断することはできません。

抗EGFR抗体薬では、血液中のマグネシウムが低下することもあります。強い倦怠感、筋肉のけいれん、しびれ、動悸などがある場合は、血液検査の結果と合わせて確認します。

ベバシズマブでは血圧や出血、血栓などを確認する

ベバシズマブでは、高血圧、蛋白尿、出血、血栓、消化管穿孔、創傷治癒の遅れなどが起こることがあります。高血圧や蛋白尿は自覚症状がない場合もあるため、治療中は血圧測定や尿検査を行います。

突然の強い腹痛、胸の痛みや息苦しさ、片側の手足の腫れ、ろれつが回らない、片側の手足に力が入らないなどの症状がある場合は、消化管穿孔や血栓症などの可能性があるため、速やかな連絡・受診が必要です。

ベバシズマブは傷の治りに影響することがあります。手術、抜歯、内視鏡的な処置などを予定している場合は、薬を使用していることを担当医へ伝え、投与を休む期間を確認します。

免疫チェックポイント阻害薬では治療後の症状にも注意する

免疫チェックポイント阻害薬では、免疫が正常な臓器を攻撃することで、肺、腸、肝臓、皮膚、甲状腺などの内分泌器官、神経や筋肉などに炎症が起こることがあります。副作用が起こる場所や時期を正確に予測することは難しく、治療中だけでなく、治療終了後に現れる場合もあります。

次のような症状がある場合は、軽く見えても治療を受けている医療機関へ相談します。

  • 新しく現れた咳、息苦しさ、胸の痛み
  • 下痢、排便回数の増加、強い腹痛、血便
  • 皮膚や白目が黄色くなる、尿の色が濃くなる
  • 強いだるさ、頭痛、めまい、急な体重変化
  • 動悸、異常な喉の渇き、尿量の増加
  • 手足に力が入らない、歩きにくい、物が二重に見える

免疫に関係する副作用では、早期に治療を中断し、ステロイドなどによる治療を始める必要がある場合があります。ほかの医療機関を受診するときも、免疫チェックポイント阻害薬を使用している、または過去に使用していたことを伝えてください。

副作用による休薬や減量は治療の失敗ではない

薬物療法は、予定された量を一度も変更せずに続けることだけが目標ではありません。重い副作用によって体力や臓器機能が低下すると、その後の治療を受けられなくなる場合があります。

症状や血液検査の結果に応じて、投与を延期する、薬の量を減らす、原因となる薬だけを中止する、別の治療へ変更するといった調整を行います。副作用を抑えながら、必要な治療を安全に続けるための調整と考えることができます。

治療中は、次の内容を記録しておくと診察時に伝えやすくなります。

  • 症状が始まった日と、治療後何日目に強くなったか
  • 体温、排便回数、食事量、体重の変化
  • 仕事、家事、睡眠、歩行などで困ったこと
  • 処方された薬を使用して症状が改善したか

副作用がつらいときは、「まだ我慢できる」と考えるのではなく、生活のどの場面に支障が出ているかを具体的に伝えます。治療を継続する利益と負担を定期的に見直し、現在の病状と生活に合った治療量や治療間隔を相談することが大切です。

参考:免疫療法の副作用|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:患者向医薬品ガイド|医薬品医療機器総合機構

大腸がんのステージ別生存率

大腸がんの予後は、診断された時点のステージによって大きく異なります。がんが大腸の壁にとどまっている段階では根治を目指しやすい一方、リンパ節や離れた臓器へ広がるほど、治療後の再発や進行の可能性が高くなるためです。

国立がん研究センターの院内がん登録では、ステージ1〜4の大腸がんについて、5年・10年ネット・サバイバルが公表されています。ステージ0は同じ集計で独立した数値が公表されていないため、以下の表には含めていません。ステージ0はがんが粘膜内にとどまる段階で、内視鏡治療などによって完全に切除できれば、根治を目指せる場合が多いと考えられます。

ステージ 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 92.3% 79.2%
ステージ2 85.5% 70.7%
ステージ3 75.5% 61.6%
ステージ4 18.3% 11.6%

ネット・サバイバルとは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、がんだけが死亡原因になると仮定して算出した生存率です。実際に診断された患者さんのうち、何%がその時点で生存していたかを単純に示す実測生存率とは異なります。

表の5年と10年の数値は、同じ患者さんを5年後と10年後まで追跡して比較したものではありません。5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例を対象としており、診断年、対象施設、患者集団が異なる別々の統計です。

そのため、たとえばステージ4の数値が5年の18.3%から10年の11.6%へ低下したと単純に計算することはできません。それぞれ、異なる患者集団における5年後と10年後の傾向を示す数字として受け止める必要があります。

記事冒頭で紹介した71.4%は、2009~2011年診断例を対象に、すべてのステージを合わせて算出した5年相対生存率です。表の数値とは対象となる診断年、患者集団、計算方法が異なるため、直接比較することはできません。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージが同じでも見通しは一人ひとり異なる

生存率は、同じステージと診断された多くの患者さんの経過を集計した統計であり、個人の余命を示す数字ではありません。同じステージ2でも、がんが大腸の壁を越えた程度、腸閉塞や穿孔の有無、脈管侵襲などによって再発リスクは異なります。ステージ3でも、転移したリンパ節の数や場所、がんの深さによって見通しは同じではありません。

ステージ4では、さらに病状の幅が大きくなります。肝臓や肺への転移が限られ、原発巣と転移巣をすべて切除できる場合と、複数の臓器へ広がり切除が難しい場合では、期待できる治療効果が異なります。遺伝子・バイオマーカー、薬物療法への反応、年齢、全身状態、持病も見通しに影響します。

表の対象は2014~2015年に診断された患者さんです。その後に使用できるようになった薬物療法の治療成績は、この統計に十分反映されていません。一方で、新しい薬が増えたからといって、すべての患者さんの経過が表の数値より良くなると断定することもできません。

ステージ4の切除可能性、薬物療法、完治の可能性、生存率の受け止め方については、以下の記事で詳しく解説しています。

ステージが上がるほど再発の可能性も高くなる

大腸がんは、手術によって確認できるがんを取り切れても、画像に写らない微小ながん細胞が残り、後から再発することがあります。

国立がん研究センターでは、大腸がんの手術後の再発率について、ステージ1で約5%、ステージ2で約15%、ステージ3で約30%としています。ステージは再発リスクを考える重要な目安ですが、同じステージの中でも、病理検査の結果や術後補助化学療法の有無によって再発の可能性は異なります。

再発する場合、その85%以上は手術後3年以内、95%以上は5年以内に見つかるとされています。そのため、治療後は一般に5年間を目安として、血液検査、腫瘍マーカー、CT検査、大腸内視鏡検査などによる経過観察を受けます。

大腸がんが再発しやすい場所は、肝臓、肺、手術した場所の周辺、腹膜、リンパ節などです。経過観察中に、血便、便通の変化、長引く咳、息苦しさ、腹痛、背中や骨の痛み、原因不明の体重減少などが現れた場合は、定期検査の日まで待たずに医療機関へ相談します。

生存率だけで治療の価値を判断しない

生存率が高いステージでも再発の可能性がなくなるわけではなく、生存率が低いステージでも治療を受ける意味がないわけではありません。

ステージ4では、病変を完全に消すことが難しい場合でも、薬物療法によって進行を抑え、食事、排便、仕事や家事などの日常生活を長く保てることがあります。転移巣が縮小し、手術を検討できる状態へ変わる患者さんもいます。

自分の見通しを確認するときは、生存率の数字だけでなく、がんをすべて切除できるか、再発リスクはどの程度か、どの遺伝子・バイオマーカーがあるか、治療がどの程度効いているか、体力や臓器機能を保てているかについて説明を受けることが大切です。

参考:院内がん登録生存率集計結果閲覧システム

標準治療で効果が得られないときの考え方

標準治療とは、単に広く行われている治療ではなく、臨床試験などの科学的根拠から、現時点で有効性と安全性のバランスが優れていると判断された治療です。ただし、標準治療であっても、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。

進行・再発大腸がんでは、薬物療法を続ける中でがんが再び大きくなる、副作用が強くなる、体力や臓器機能が低下して治療を続けにくくなることがあります。このような場合は、単に「治療が効かなかった」と考えるのではなく、治療を変更する理由を明確にすることが、その後の選択につながります。

効果が不十分になった場合は、これまでに使用していない承認薬が残っていないか、遺伝子・バイオマーカー検査の結果から選べる治療がないかを確認します。必要な検査がまだ行われていない場合や、以前の検査後に新たな治療選択肢が加わった場合には、検査結果をあらためて見直すこともあります。

標準治療として推奨される薬を一通り使用した場合は、がん遺伝子パネル検査や臨床試験が選択肢になることがあります。ただし、検査を受けても治療へ結び付く遺伝子異常が見つからない場合があり、臨床試験も参加条件を満たせば必ず治療を受けられるわけではありません。

治療方針に迷う場合は、別の医療機関でセカンドオピニオンを受ける方法もあります。セカンドオピニオンは転院を前提とするものではなく、現在の診断や治療方針について別の医師の意見を聞き、選択肢を整理するために利用できます。

抗がん治療の選択肢が少なくなった場合でも、受けられる医療がなくなるわけではありません。痛み、吐き気、便通障害、食欲低下、不眠、不安などを軽減する緩和ケア・支持療法や、必要に応じた放射線治療、手術、ステント治療などによって、症状と生活への影響を抑えられる場合があります。

診察では、次の内容を確認すると、現在の状態と次の選択肢を整理しやすくなります。

  • 現在の治療を変更・終了する理由は、がんの進行、副作用、体力低下のどれか
  • 使用していない承認薬や、検査結果に対応する治療が残っているか
  • 手術や放射線治療など、薬物療法以外の治療を検討できる病変があるか
  • がん遺伝子パネル検査や臨床試験の対象になる可能性があるか
  • セカンドオピニオンを受けることで確認したい内容は何か
  • 症状と生活を保つために、今から利用できる緩和ケア・支持療法は何か

新しい治療や自由診療を検討する場合は、「新しい」「先端的」という表現だけで判断せず、標準治療と比べた効果と安全性がどこまで確認されているかを確認します。臨床試験で検証中の治療は、標準治療より優れていることが確定した治療ではありません。

参考:標準治療と診療ガイドライン|国立がん研究センター がん情報サービス

大腸がんの治療を選ぶときに確認すること

大腸がんの治療は、ステージや遺伝子・バイオマーカーの結果だけで決まるものではありません。治療によって何を目指すのか、期待できる利益はどの程度か、治療後の生活にどのような負担が生じるかを確認し、本人が重視することも含めて方針を決めます。

たとえば、手術にはがんを取り切って根治を目指す目的がありますが、合併症や排便機能への影響が生じる可能性があります。術後補助化学療法は再発の危険を下げるために行いますが、再発を完全に防ぐ治療ではなく、しびれなどが治療後も残る場合があります。

切除不能・再発大腸がんの薬物療法では、病変を小さくして手術を目指すこと、進行を遅らせること、症状を軽減することなど、病状によって治療の目的が異なります。同じ薬物療法でも、何を成果とするかによって、効果の評価方法や治療を続ける条件が変わります。

治療を受ける場合と受けない場合を比較する

治療を選ぶときは、副作用の危険だけでなく、治療を受けなかった場合や開始を遅らせた場合に起こり得ることも確認します。

たとえば、手術を受けなければ腸閉塞や出血が起こる可能性があるのか、術後補助化学療法を行わなければ再発リスクがどの程度変わるのか、薬物療法を休むことでがんが進行する可能性はどの程度あるのかを、現在の病状に即して説明してもらいます。

病状によっては、治療を急いで開始するよりも、追加検査の結果を待つ、体力や栄養状態を整える、複数の治療法を比較するといった時間を取れる場合があります。治療をいつまでに始める必要があるかも確認します。

主治医に次の内容を尋ねると、治療の利益と負担を整理しやすくなります。

  • この治療は、根治、再発予防、病気の進行抑制、症状緩和のどれを目指すのか
  • 自分と近い病状では、治療によってどの程度の利益が期待できるか
  • 起こりやすい副作用と、長期間残る可能性がある後遺症は何か
  • 治療を受けない場合や開始を遅らせた場合、どのような危険があるか
  • ほかに選べる治療や、治療を行わず経過を見る選択肢があるか
  • どのような検査結果や症状があれば、治療を変更・終了するのか

術後補助化学療法については「再発率が下がる」という説明だけでなく、自分の再発リスクが治療によって何%程度変わると見込まれるかを確認します。数字を示せない場合には、その治療を強く勧める理由となっている病理所見を尋ねます。

進行・再発大腸がんでは、腫瘍の縮小率や生存期間だけでなく、食事、排便、歩行、仕事、家事などをどこまで保てるかも治療を評価する材料です。画像上で病変が残っていても、進行を抑えながら日常生活を維持できていれば、治療による利益が得られていると考えられる場合があります。

家族と本人で重視することが異なる場合もあります。本人が仕事や育児の継続を優先したい、人工肛門を避けたい、通院回数を減らしたいと考えている場合は、その希望を早い段階で医療者へ伝えます。ただし、希望する治療が医学的に安全でない場合や、期待する効果が得られにくい場合もあるため、選べる範囲と理由について説明を受けます。

治療方針に迷う場合は、セカンドオピニオンを利用できます。セカンドオピニオンは転院を前提とするものではなく、診断や提案された治療について別の医師の意見を聞き、現在の方針を理解するためにも利用できます。

納得できる治療を選択するために

大腸がんは、早期には症状が乏しく、血便や便通異常が現れても痔や体調の変化と区別しにくい病気です。症状がない40歳以上の人は年1回の便潜血検査を受け、血便や排便習慣の変化などがある場合は、検診を待たずに医療機関を受診します。

大腸がんと診断された後は、ステージだけでなく、結腸がんと直腸がんのどちらか、病変を切除できるか、病理検査でどのような再発リスクが認められたか、治療選択に関係する遺伝子・バイオマーカーがあるかを確認します。

治療法には、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線治療があります。症状や治療の副作用を軽減する緩和ケア・支持療法は、病気が進行した後だけでなく、診断時や治療中から利用できます。治療を受けた後も、再発や新たな大腸病変、治療による合併症を確認するため、定期的な診察と検査が必要です。内視鏡治療後は主に大腸内視鏡検査、手術後は血液検査、CT検査、大腸内視鏡検査などを、ステージや治療内容に応じた間隔で受けます。

治療を選ぶときに確認したいのは、治療名の新しさや知名度ではありません。現在の病状で何を目指す治療なのか、その効果をどのように評価するのか、生活へどのような影響があるのか、効果が不十分だった場合に次の選択肢があるかを理解することが、納得できる判断につながります。

説明を受けても判断が難しい場合は、質問をメモして再度説明を求めたり、家族に同席してもらったり、がん相談支援センターやセカンドオピニオンを利用したりする方法があります。すぐに結論を出すことだけを優先せず、治療を開始する期限を確認したうえで、自分に必要な情報を整理しましょう。

27肝臓がんがステージ4と診断されると、「もう治療はできないのではないか」「余命はどのくらいなのか」「完治する可能性はないのか」と不安になる方は少なくありません。

本記事で主軸とするUICC TNM分類では、肝細胞がんのステージ4は、領域リンパ節へ転移しているか、肺や骨など離れた臓器へ転移している状態です。領域リンパ節転移があり、遠隔転移がない場合はステージ4A、遠隔転移がある場合はステージ4Bに分類されます。

ステージ4は早期の肝臓がんより治療が難しくなりますが、ステージ4と診断されたことだけを理由に、すべての治療ができなくなるわけではありません。肝機能と全身状態が保たれていれば、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法を検討できます。肝臓内の病変や転移による症状に対して、カテーテル治療や放射線治療などを組み合わせる場合もあります。

肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能がどの程度残っているかが治療選択を大きく左右します。リンパ節転移や遠隔転移が限られていても、肝硬変や肝不全によって肝予備能が低下していれば、治療の負担で肝機能がさらに悪化する可能性があります。そのため、ステージ番号だけで治療の可否や今後の見通しを判断することはできません。

この記事では、肝臓がんステージ4Aと4Bの違い、治療を受けられる条件、完治を目指せる可能性、生存率や余命の数字の受け止め方、薬物療法や局所治療の選び方を順番に解説します。

  • 肝細胞がんステージ4でも、肝機能や全身状態に応じて治療を検討できる
  • 根治を目指せる可能性は、病変の範囲や肝予備能、治療反応で変わる
  • ステージ4の5年生存率(ネット・サバイバル)は4.4% ※2014~2015年診断例

肝臓がんステージ4とは

肝細胞がんのステージは、原発腫瘍の状態、領域リンパ節転移、遠隔転移を組み合わせて決めます。本記事では、国立がん研究センターの院内がん登録との対応を考慮し、UICC TNM分類に基づいてステージ4A・4Bを説明します。UICC第9版は2026年1月からの使用が推奨されていますが、2026年7月時点の国内院内がん登録実務資料は第8版準拠です。生存率についても過去の版による登録症例が含まれるため、該当箇所で分類時期の違いを補足します。

UICC分類では、肝臓内で腫瘍が高度に進行していても、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければステージ3Bです。肝臓内の腫瘍数が多い、腫瘍が大きい、主要な血管へがんが広がっているという理由だけで、必ずしもステージ4になるわけではありません。

本記事で扱うのは「肝細胞がん」

肝臓から発生する原発性肝がんには、主に肝細胞から発生する肝細胞がんと、肝臓内の胆管から発生する肝内胆管がんがあります。

さらに、大腸がん、胃がん、膵がん、乳がんなどが肝臓へ転移したものは、転移性肝がんと呼ばれます。転移性肝がんは、肝臓から発生した肝細胞がんではなく、もともと発生した臓器のがんとして治療します。たとえば、大腸がんの肝転移であれば、大腸がんの病期分類と治療基準に沿って方針を決めます。

同じように「肝臓にがんがある」「肝臓がんのステージ4」と説明されても、病名によってステージの決め方や治療法は異なります。病理診断書や診療情報提供書で、肝細胞がん、肝内胆管がん、転移性肝がんのどれに該当するのかを最初に確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝細胞がんのステージを決めるT・N・Mとは

UICC TNM分類では、原発腫瘍の状態を「T」、領域リンパ節への転移を「N」、遠隔転移を「M」で表し、三つを組み合わせて最終的なステージを決めます。

「T」はTumour(チューモア/トゥモール)の頭文字で、肝臓内にある腫瘍の個数や大きさ、血管への広がり、隣接する臓器への浸潤などを示します。「N」はNode(ノード)の頭文字で、肝臓の周囲にある領域リンパ節への転移の有無を表します。「M」はMetastasis(メタスタシス)の頭文字で、肺や骨など肝臓から離れた部位への転移の有無を表します。

T1~T4は原発腫瘍の進み具合を表す分類であり、ステージ1~4と同じ意味ではありません。たとえば「T4」と判定されても、それだけでステージ4になるわけではなく、NとMを組み合わせて最終的なステージを判断します。

T分類 UICC分類における原発腫瘍の状態
T1a 腫瘍が一つで、最大径が2cm以下
T1b 腫瘍が一つで、最大径が2cmを超え、血管への侵襲がない
T2 2cmを超える単発腫瘍で血管侵襲がある、または複数の腫瘍があるものの、いずれも5cm以下
T3 複数の腫瘍があり、そのうち少なくとも一つが5cmを超える
T4 門脈・肝静脈の主要な枝へ進展している、胆のう以外の隣接臓器へ直接浸潤している、または肝臓表面の腹膜を破っている

T4は肝臓内で高度に進行した状態ですが、領域リンパ節転移と遠隔転移がなければ、UICC分類ではステージ3Bです。ステージ4Aとなるのは、T分類にかかわらず領域リンパ節転移がある場合です。

遠隔転移が確認されると、T分類やリンパ節転移の有無にかかわらずステージ4Bとなります。

UICCステージ分類 T・N・Mの組み合わせ 病状の概要
ステージ3B T4・N0・M0 肝臓内では高度に進行しているが、領域リンパ節転移と遠隔転移はない
ステージ4A すべてのT・N1・M0 領域リンパ節転移があるが、遠隔転移はない
ステージ4B すべてのT・すべてのN・M1 肺や骨などへの遠隔転移がある

診察でステージの説明を受ける際には、「4Aです」「4Bです」という病期名だけでなく、T・N・Mがそれぞれどのように判定されているかを確認すると、肝臓内の進行、リンパ節転移、遠隔転移を分けて理解できます。

参考:UICC TNM分類|国立がん研究センター がん情報サービス
参考:NCI「Primary Liver Cancer Treatment」

日本肝癌研究会の分類ではステージ4Aの範囲が異なる

日本国内では、UICC分類とは別に、日本肝癌研究会が定めた病期分類も使用されています。日本肝癌研究会分類では、腫瘍が一つだけであること、最大径が2cm以下であること、脈管侵襲がないことの3項目によってT分類を判定します。

この3項目を一つも満たさないT4であれば、リンパ節転移と遠隔転移がなくてもステージ4Aになります。そのため、同じT4・N0・M0の患者さんでも、日本肝癌研究会分類ではステージ4A、UICC分類ではステージ3Bと判定される場合があります。

分類によってステージ番号が異なっても、病気そのものが変わるわけではありません。本記事ではUICC分類を基準にステージ4A・4Bを説明し、日本肝癌研究会分類との違いが判断に関係する箇所で補足します。診断時には、どちらの分類によるステージなのかを確認することが必要です。

ステージ4と末期は同じ意味ではない

ステージ4は、がんがどこまで広がっているかを表す病期です。一般に「末期」や「終末期」という言葉は、がんや肝不全が進行して治療による病状改善を期待しにくくなり、生命予後が短くなっている時期を指して使われます。両者は同じ意味ではありません。

肝機能と全身状態が保たれていれば、ステージ4でも全身薬物療法を受けられる場合があります。治療によってがんが縮小したり、進行しない状態を長く保てたりする患者さんもいます。

その一方で、肝細胞がんでは、がんの広がりだけでなく肝硬変や肝不全も経過に影響します。画像上のがんがそれほど大きくなくても、腹水、黄疸、肝性脳症などがあり、肝予備能が大きく低下していれば、積極的な薬物療法を安全に受けにくいことがあります。

「ステージ4だから末期である」「ステージ4だから治療できない」と判断するのではなく、リンパ節転移や遠隔転移の状態と、肝機能・全身状態を分けて評価する必要があります。

ステージだけで治療方針を決められない理由

肝細胞がんでは、がんがどこまで広がっているかに加えて、正常な肝臓がどの程度働けるかが治療の安全性を左右します。

肝細胞がんになった患者さんの中には、慢性肝炎、肝硬変、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患など、がんが発生する前から肝臓の病気を抱えている方がいます。がんを治療するときには正常な肝組織にも一定の負担がかかるため、肝機能が低下しているほど、治療後に肝不全を起こす危険性が高くなります。

治療方針を決めるときには、領域リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、Child-Pugh分類などで評価する肝予備能、日常生活を送れる全身状態を総合して評価します。

同じステージ4Aでも、肝臓内の病変が限られ、肝機能が保たれている患者さんと、主要な門脈へ進展し、腹水や黄疸がある患者さんでは、選べる治療や見通しが異なります。ステージ4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と複数の臓器へ広がっている場合、薬物療法を安全に継続できる場合と肝機能が大きく低下している場合では、同じように判断できません。

ステージは治療を考える重要な情報ですが、ステージだけで治療の可否や余命が決まるわけではありません。自分の状態を理解するには、T・N・Mの内容とともに、肝予備能や全身状態についても説明を受けることが必要です。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんのステージ4Aと4Bの違い

UICC分類では、ステージ4Aは領域リンパ節転移があるものの遠隔転移はない状態、ステージ4Bは肺や骨などへの遠隔転移がある状態です。両者の違いは、がんが肝臓周囲のリンパ節までにとどまっているか、肝臓から離れた臓器まで広がっているかにあります。

ただし、ステージ4Aと4Bは、肝臓内の腫瘍の大きさや数を直接表す分類ではありません。4Aでも肝臓内の病変が比較的限られている場合と、肝臓全体に多数の腫瘍がある場合があります。4Bでも、遠隔転移が一つだけの場合と、複数の臓器に転移している場合では、病状や治療の難しさが異なります。

ステージ4Aではリンパ節転移を含めて治療を考える

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節にがんが広がっているため、肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、病気全体を十分に抑えられない可能性があります。そのため、肝機能と全身状態が保たれていれば、全身薬物療法を中心に治療を検討します。

遠隔転移は確認されていないため、肝臓内の病変やリンパ節転移が限られ、薬物療法によって十分に縮小した場合には、放射線治療や手術などの局所治療を追加できる可能性があります。ただし、どの患者さんに局所治療を加えると長期生存や根治につながるかについて、すべての状況に共通する基準が確立しているわけではありません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心になる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療するのではなく、全身に作用する薬物療法が治療の中心になります。

ただし、遠隔転移があるからといって、局所治療を行わないわけではありません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。薬物療法で全身の病変を抑えながら、一部の病変だけが増大した場合に、その部位へ局所治療を追加することもあります。

4Aか4Bかだけでは治療の見通しは決まらない

一般には遠隔転移のある4Bの方が病気の広がりは大きいと考えられますが、4Aなら必ず経過がよいとは限りません。4Aでも、肝臓内の腫瘍量が多い、主要な門脈へがんが広がっている、肝機能が低下しているといった場合には、治療が難しくなることがあります。

反対に、4Bでも遠隔転移が限られ、肝臓内の病変が安定し、肝機能と全身状態が保たれていれば、薬物療法によって長期間病気を抑えられる場合があります。実際の治療方針や見通しを考える際には、4A・4Bという病期名に加えて、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移部位、肝予備能、日常生活を送れる体力を確認する必要があります。

診察では、リンパ節転移と遠隔転移がそれぞれどこにあるのか、肝臓内の病変が肝機能へどの程度影響しているのか、現在の治療で何を目指すのかを確認すると、病状と治療方針を整理しやすくなります。

肝臓がんステージ4で現れる症状

肝細胞がんは、進行するまで目立った症状が現れないことがあります。肝臓は、正常に働く部分が残っていれば機能を補いやすいため、ステージ4であっても、検査を受けるまで大きな異変を感じなかった患者さんもいます。

一方、肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍による症状だけでなく、もともとの肝硬変や肝機能低下による症状、遠隔転移した部位に応じた症状が現れることがあります。症状の強さだけからステージ4Aと4Bを区別したり、がんの広がりを判断したりすることはできません。病期はCTやMRIなどの画像検査を基に判定します。

肝臓内のがんによる痛みや圧迫感

肝臓内の腫瘍が大きくなると、右上腹部やみぞおちの圧迫感、張り、鈍い痛みなどが現れることがあります。肝臓の内部には痛みを感じる神経が多くありませんが、腫瘍によって肝臓を覆う膜が引き伸ばされたり、周囲の組織が圧迫されたりすると痛みを感じます。

肝臓が腫大すると、腹部にしこりを触れる、少量の食事で満腹になる、食欲が低下するといった変化が起こることもあります。

ただし、腹痛や食欲低下だけで、がんが進行したとは判断できません。腹水、胆管の閉塞、感染症、便秘、治療の副作用などでも似た症状が起こります。新しい症状が現れた場合や、これまでの痛みが急に強くなった場合には、画像検査や血液検査で原因を確認します。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)について|国立がん研究センター がん情報サービス

黄疸・腹水・むくみは肝機能低下のサイン

肝細胞がんの患者さんには、慢性肝炎や肝硬変を伴っている方が少なくありません。肝臓の働きが低下すると、皮膚や白目が黄色くなる黄疸、おなかに水がたまる腹水、足のむくみ、皮膚のかゆみ、強い倦怠感などが現れることがあります。

腹水が増えると、おなかが張って食事を取りにくくなったり、横になると息苦しくなったりします。むくみが強くなると、靴が履きにくい、短期間で体重が増える、歩くと足が重いといった生活上の変化も生じます。

黄疸や腹水は、必ずしも腫瘍が急に大きくなったことだけを意味しません。肝硬変の悪化、門脈へのがんの進展、胆管の閉塞、感染症、脱水、薬の影響などが関係している場合があります。

肝臓がんでは、画像上の腫瘍が大きく変化していなくても、肝機能が低下することがあります。腹囲や体重が短期間で増えた、尿量が減った、皮膚や白目が黄色くなった、食事が取れなくなった場合には、次の定期受診を待たずに治療施設へ相談します。

意識や性格の変化は肝性脳症の可能性

肝機能が大きく低下すると、本来は肝臓で処理される物質が体内にたまり、脳の働きへ影響することがあります。これを肝性脳症と呼びます。

初期には、昼夜が逆転する、計算や会話に時間がかかる、注意力が落ちる、普段と性格が違って見えるなど、はっきりしない変化として現れることがあります。進行すると、手が羽ばたくように震える、場所や日時が分からなくなる、呼びかけへの反応が鈍くなる、意識を失うといった状態になる場合があります。

肝性脳症は、便秘、感染症、脱水、消化管出血、薬の影響などをきっかけに悪化することがあります。本人が変化に気付きにくいため、家族が「受け答えが遅い」「いつもと様子が違う」と感じたときには、早めに医療機関へ連絡します。

参考:肝硬変診療ガイドライン|日本消化器病学会

ステージ4Bでは転移した部位に応じた症状が現れる

ステージ4Bでは、肺、骨、副腎、脳などへの遠隔転移が確認されます。ただし、遠隔転移があっても、病変が小さい段階では自覚症状がないことがあります。

肺転移では、病変の数や大きさによって、長引く咳、息切れ、胸の痛み、血の混じった痰などが現れる場合があります。呼吸器の症状は感染症や心臓病でも起こるため、症状だけから肺転移と判断することはできません。

骨転移では、同じ場所に続く痛み、体を動かしたときに強くなる痛み、夜間も治まらない痛みなどがみられます。骨が弱くなると、転倒などの大きな衝撃がなくても骨折することがあります。

背骨への転移によって脊髄や神経が圧迫されると、手足のしびれ、筋力低下、歩きにくさ、排尿・排便の異常が起こる可能性があります。神経障害が進むと回復しにくくなるため、足に力が入らない、歩けない、尿が出にくいといった変化があれば、速やかな評価が必要です。

脳転移では、頭痛、吐き気、けいれん、言葉が出にくい、片側の手足を動かしにくい、意識がぼんやりするといった症状が現れる場合があります。

これらの症状がないからといって、遠隔転移がないとは限りません。遠隔転移の有無や広がりは、胸部CTや症状に応じたMRIなどの画像検査で確認します。

すぐに医療機関へ連絡したい症状

肝臓がんの患者さんに現れる症状の中には、肝不全、消化管出血、感染症、脊髄圧迫など、早急な対応が必要な状態を示すものがあります。

吐血、黒い便、急な意識の変化、呼びかけへの反応低下、突然の強い息苦しさ、けいれん、手足の麻痺、立てない・歩けないほどの背中や腰の痛みがある場合には、速やかに医療機関へ連絡します。

発熱、強い腹痛、急に増えた腹水、尿量の減少、食事や水分をほとんど取れない状態も、感染症や肝機能悪化が関係している可能性があります。

症状が出たときに判断に迷わないよう、夜間や休日を含めてどのような変化があれば連絡するのか、治療を始める前に医療機関の連絡先とあわせて確認しておくことが大切です。

治療方針を決めるために行う検査

肝臓がんステージ4の検査には、肝細胞がんの診断を確かめるだけでなく、リンパ節転移や遠隔転移を調べて病期を判定し、どの治療を安全に受けられるかを判断する役割があります。

本記事で基準とするUICC第8版では、領域リンパ節転移の有無がステージ4A、遠隔転移の有無がステージ4Bの判定に関わります。ただし、病期が分かるだけでは治療方針を決められません。肝臓が治療に耐えられる機能を残しているか、日常生活を送れる体力があるかについても、あわせて評価します。

造影CT・MRIでがんの広がりを調べる

肝細胞がんが疑われる場合には、造影剤を使用したCT検査やMRI検査を行います。これらの検査では、肝臓内の腫瘍の個数・大きさ・分布、門脈や肝静脈への脈管侵襲、周囲の臓器への広がりなどを確認します。

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも動脈から多くの血液が流れ込むという特徴があります。造影剤を注入した直後と、時間が経過した後の画像を比較することで、肝細胞がんに特徴的な血流の変化を調べます。

ステージ4が疑われる場合には、肝臓だけでなく胸部なども含めて撮影し、領域リンパ節や肺などへの転移がないかを確認します。領域リンパ節転移があり遠隔転移がなければUICCステージ4A、肺や骨などへの遠隔転移があればステージ4Bです。骨の痛みや神経症状がある場合には、症状に応じて骨や脳の画像検査が追加されることがあります。

造影CTやMRIは、ステージを決めるためだけの検査ではありません。肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲の範囲、症状の原因となっている病変を確認することで、全身薬物療法にカテーテル治療や放射線治療を組み合わせられるかを検討します。

AFP・PIVKA-IIは診断と経過観察の補助に使う

肝細胞がんでは、血液検査でAFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを測定します。

腫瘍マーカーは、診断の補助や治療後の経過観察に使われます。肝細胞がんがあっても数値が上がらない場合があり、慢性肝炎や肝硬変など、がん以外の理由で高くなる場合もあります。腫瘍マーカーの値だけで肝細胞がんの有無やステージを判断することはできません。

治療後に数値が低下すれば、治療が効いている可能性を示す材料になりますが、数値が変わらなくても画像上は腫瘍が縮小している場合があります。反対に、画像の変化に先立って腫瘍マーカーが上昇することもあります。一回の測定値だけを見るのではなく、過去からの推移と画像検査、肝機能、症状を組み合わせて判断します。

血液検査で肝予備能を評価

肝予備能とは、肝臓が本来の働きをどの程度保っているかを示す考え方です。肝細胞がんでは、同じステージ4でも肝予備能によって受けられる治療や副作用の危険が異なります。

肝予備能の評価には、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類や肝障害度などが用いられます。Child-Pugh分類では、血液中のアルブミン、総ビリルビン、プロトロンビン時間に加え、腹水と肝性脳症の状態を点数化し、合計点によってA・B・Cに分類します。

Child-Pugh Aは肝機能が比較的保たれている状態、Bは中等度に低下している状態、Cは高度に低下している状態です。ただし、同じ分類内でも肝機能には幅があります。Child-Pugh Aでも、腹水の既往や血小板減少などがあり、治療に注意を要する場合があります。

薬物療法やカテーテル治療を受けた後に肝機能が低下し、Child-Pugh分類が変わることもあります。肝細胞がんの治療では、目の前の腫瘍を抑えるだけでなく、次の治療を受けられる肝機能をできるだけ残すという視点も欠かせません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

腎機能・血球数・感染症も治療前に確認

血液検査では、肝機能だけでなく、腎機能、白血球・赤血球・血小板の数、血液凝固、電解質、炎症反応なども確認します。血小板が少ない場合や血液が固まりにくい場合には、カテーテル治療や生検など、出血を伴う可能性のある処置を行いにくくなることがあります。腎機能が低下していれば、造影剤の使用や薬物療法の選択、投与量にも影響します。

免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を始める前には、治療前の検査値を記録し、治療後の変化と比較できるようにします。B型・C型肝炎ウイルスの感染状態も確認し、必要に応じて肝炎の治療や再活性化への対策を行います。

内視鏡検査で食道・胃静脈瘤を調べる

肝硬変が進むと、肝臓へ流れ込む門脈の圧力が高くなり、食道や胃に静脈瘤ができることがあります。静脈瘤が破れると大量出血につながる可能性があるため、薬物療法を始める前に上部消化管内視鏡検査を行い、食道・胃静脈瘤の有無や出血の危険性を調べる場合があります。とくに出血リスクへ影響する薬を使用するときは、治療前の確認が治療選択に関わります。

出血の危険が高い静脈瘤が見つかった場合には、内視鏡治療などを先に行ったり、出血への影響が異なる薬物療法を検討したりします。薬の効果だけでなく、現在抱えている合併症を踏まえて安全性を判断します。

パフォーマンスステータスで全身状態を確認

パフォーマンスステータスは、患者さんが日常生活をどの程度自分で送れているかを0から4で表す指標です。

0は発症前と同じように活動できる状態、1は激しい活動には制限があるものの、歩行や軽い仕事を行える状態です。2では身の回りのことはできても仕事は難しくなり、3では日中の半分以上をベッドや椅子で過ごします。4は身の回りのことができず、ほぼ寝たきりの状態です。

肝細胞がんの主要な薬物療法の臨床試験は、肝機能が比較的保たれ、パフォーマンスステータスが良好な患者さんを中心に行われています。全身状態が大きく低下している場合には、臨床試験と同じ効果を期待しにくく、副作用によって生活機能がさらに低下する可能性もあります。

年齢だけで治療の可否を決めるのではなく、食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるか、日中をどのように過ごしているかを含めて判断します。

参考:パフォーマンスステータス|国立がん研究センター がん情報サービス

組織検査を行わずに診断する場合がある

肝細胞がんは、慢性肝炎や肝硬変などのある患者さんに特徴的な画像所見が確認された場合、病変の組織を採取する生検を行わずに診断することがあります。一方、画像だけでは良性・悪性の区別が難しい場合や、肝内胆管がん、転移性肝がんなど、肝細胞がん以外の病気が疑われる場合には、生検を検討します。診断によって使用する薬や治療方針が変わるためです。

肝生検には、出血や、がん細胞が針の通り道へ広がる危険などがあります。そのため、すべての患者さんへ一律に行うものではありません。組織を調べることで治療方針が変わるか、安全に採取できるかを考えて判断します。

肝臓がんステージ4でも治療はできる?

肝臓がんがステージ4でも、肝機能と全身状態が保たれていれば、治療を受けられる可能性があります。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、一般には全身へ作用する薬物療法を軸に治療を検討します。ただし、同じステージでも、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、転移の範囲、肝予備能によって選べる治療は異なります。

「ステージ4に使用できる薬がある」ことと「現在の患者さんがその治療を安全に受けられる」ことは同じではありません。治療を始められるか、どの程度の強さで行うかは、がんの広がりだけでなく、肝臓の機能と日常生活を送れる体力を踏まえて判断します。

ステージ4Aでは全身薬物療法を軸に治療を検討

ステージ4Aでは、肝臓周囲の領域リンパ節へがんが広がっています。肝臓内の腫瘍だけを手術やカテーテル治療で治療しても、リンパ節にある病変を含めて病気全体を十分に制御できない可能性があるため、全身薬物療法を軸に治療を検討します。

ただし、ステージ4Aでも病状は一様ではありません。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、腫瘍が多発し、門脈や肝静脈への脈管侵襲を伴っている場合もあります。肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療などを検討することがあります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が大きく縮小し、一定期間進行しない状態を保てた場合には、手術や放射線治療などの局所治療を追加できるか再検討することもあります。ただし、このような治療が長期生存や根治につながる患者さんの条件は、まだ十分に統一されていません。

ステージ4Bでは全身薬物療法が治療の中心

肺や骨などへの遠隔転移があるステージ4Bでは、血液を通じて全身に作用する薬物療法が治療の中心です。画像で確認できる転移が一つだけでも、ほかの場所に小さながん細胞が存在する可能性があるため、特定の病変だけを局所的に治療して、病気全体を制御することは難しくなります。

現在の肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む治療や分子標的薬が、切除不能な進行肝細胞がんに対する全身薬物療法として使用されています。主に肝機能と全身状態が保たれている患者さんが対象となります。

遠隔転移があっても、局所治療を行わないとは限りません。骨転移による痛みや骨折の危険、脳転移による神経症状などがある場合には、症状を和らげて生活を守るために放射線治療や手術を加えることがあります。

薬物療法によって全身の病変が安定している一方、一つの転移や肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、その病変へ局所治療を追加できるか検討することがあります。ただし、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、症状や臓器障害を防ぐものなのかを分けて考える必要があります。

参考:肝細胞がんの全身薬物療法|国立がん研究センター がん情報サービス

Child-Pugh Aでは標準的な薬物療法を検討しやすい

Child-Pugh Aは、肝機能が比較的保たれている状態です。日常生活を送れる全身状態も保たれていれば、ステージ4でも標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。

ただし、Child-Pugh Aであれば、すべての薬を同じように使用できるわけではありません。食道・胃静脈瘤からの出血リスク、高血圧、腎機能や心機能、自己免疫疾患、臓器移植歴などによって、選びにくい治療があります。

同じChild-Pugh Aでも、合計点が5点のA5と6点のA6では肝予備能に差があります。アルブミン値、血小板数、腹水の既往なども確認し、治療を続けられる肝機能がどの程度残っているかを判断します。

Child-Pugh Bでは利益と肝機能悪化の危険を慎重に比べる

Child-Pugh Bは、肝機能が中等度に低下している状態です。患者さんの状態によっては薬物療法や局所治療を検討できる場合がありますが、主要な薬物療法の臨床試験は、主にChild-Pugh Aの患者さんを対象に行われています。そのためChild-Pugh Bでは、臨床試験と同じ効果や安全性を期待できるとは限りません。治療によって腫瘍を抑えられても、肝機能の悪化によって治療を続けられなくなる可能性があります。

Child-Pugh Bの中でも、7点に近い患者さんと9点に近い患者さんでは状態が異なります。腹水を薬で調整できているか、黄疸や肝性脳症がないか、食事を取れているか、日常生活をどの程度送れているかを確認します。治療を行う場合には、薬剤や投与量、投与間隔、休薬基準を個別に決め、血液検査や症状を通常より短い間隔で確認することがあります。

Child-Pugh Cでは積極的な抗がん治療が難しくなる

Child-Pugh Cは、肝機能が高度に低下している状態です。腹水、黄疸、肝性脳症などを伴っていることもあり、薬物療法やカテーテル治療の負担によって肝不全が進む危険が高くなります。

ステージ4では領域リンパ節転移または遠隔転移があるため、通常は肝移植の適応にはなりません。Child-Pugh Cでは、がんを積極的に攻撃する治療よりも、腹水、黄疸、肝性脳症、痛み、食欲低下などへの対応を優先する場合があります。

これは治療を何も行わないという意味ではありません。腹水を減らす治療、肝性脳症や感染症への対応、痛みや息苦しさを和らげる薬、栄養管理、リハビリテーション、在宅医療など、症状と生活を支える医療は続けられます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん)治療|国立がん研究センター がん情報サービス

合併症を整えてから抗がん治療を始める場合がある

診断時に腹水、感染症、消化管出血、脱水、肝性脳症などがある場合には、すぐに薬物療法を始めるよりも、まず体の状態を整えることがあります。

たとえば、食道・胃静脈瘤から出血する危険が高ければ、内視鏡治療などを先に行う場合があります。感染症や脱水を治療し、腹水を調整して食事を取れる状態まで回復させることで、薬物療法を安全に受けられる可能性が高まることもあります。

抗がん治療の開始が数日から数週間遅れると、不安を感じるかもしれません。しかし、重い合併症を抱えたまま治療を始めると、治療を早期に中止しなければならなくなる可能性があります。先に体調を整えることが、その後の治療機会を守ることにつながる場合があります。

抗がん治療が難しくても受けられる医療はある

肝機能や全身状態によって積極的な抗がん治療を行いにくい場合でも、受けられる医療がなくなるわけではありません。

痛み、腹水、むくみ、黄疸、かゆみ、息苦しさ、食欲低下、不眠、不安などを和らげる緩和ケアや支持療法は、病期や抗がん治療の有無にかかわらず受けられます。緩和ケアは終末期だけに行うものではなく、診断時から薬物療法などと並行して利用できます。

治療を検討するときには、「使用できる薬があるか」だけでなく、その治療で病気をどの程度抑えられる可能性があるか、肝機能や日常生活を保てるか、治療による負担が利益を上回らないかを確認します。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4は完治できる?

肝臓がんがステージ4まで進行すると、一般に、手術や局所治療だけで体内にあるすべてのがんを取り除くことは難しくなります。多くの場合は、がんの進行を抑えながら肝機能と日常生活をできるだけ長く保つことが治療の主な目標になります。局所にとどまる肝細胞がんでは手術や焼灼療法などによる根治を目指せますが、リンパ節転移や遠隔転移を伴う場合は、全身の病変を考慮した治療が必要です。

ただし「ステージ4では完治する可能性がまったくない」と一律に断定することもできません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、限られた病変を手術や放射線治療などで治療できる状態へ変化する場合があります。しかし、このような経過はすべての患者さんに期待できるものではなく、ステージ4の標準的な治療結果として保証されるものでもありません。

ステージ4Aではすべての病変を治療できるかを検討

UICCステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、リンパ節に病変が残れば根治にはつながりません。根治を目指す可能性を検討するには、肝臓内の病変とリンパ節転移の両方を治療できるかを考える必要があります。

薬物療法によって肝臓内の腫瘍とリンパ節転移が十分に縮小し、新しい病変が現れず、すべての活動性病変を局所的に治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか再検討することがあります。

一方、リンパ節転移が限られていても、肝臓内に多数の腫瘍がある、主要な門脈や肝静脈へがんが進展している、切除後に十分な肝臓を残せないといった場合には、根治を目指す治療は難しくなります。ステージ4Aという病期名だけではなく、肝臓内とリンパ節にある病変をすべて治療できるか、治療後も肝機能を保てるかが判断の分かれ目になります。

ステージ4Bでは局所治療だけによる根治は難しい

ステージ4Bでは、肺や骨など肝臓から離れた部位へがんが広がっています。画像で確認できる転移が一つだけでも、画像には映らない小さながん細胞がほかの場所に存在する可能性があるため、転移した病変だけを切除すれば完治できるとは限りません。転移性肝細胞がんは、一般に手術だけですべて取り除くことが難しく、全身薬物療法を含む治療が必要になります。

薬物療法によって肝臓内と肝臓外の病変を長期間抑えられる患者さんもいます。遠隔転移が限られ、薬物療法によって病変が消失または十分に制御され、残った病変をすべて局所治療できると判断された場合には、手術や放射線治療などを追加できるか検討することがあります。

ただし、遠隔転移が縮小したことだけで根治を期待できるわけではありません。治療後に再び病変が現れる可能性もあるため、局所治療を加える目的が、根治を目指すものなのか、病気をより長く抑えるものなのか、症状を和らげるものなのかを確認する必要があります。

薬物療法後に根治を目指すコンバージョン治療

最初は切除できないと判断されたがんが、薬物療法などによって縮小し、手術や焼灼療法などによる根治を目指せる状態へ変化することを、一般にコンバージョン治療と呼びます。

肝細胞がんでも、免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法がよく効き、局所治療を再検討できる状態になる患者さんがいます。しかし、画像上で腫瘍が小さくなったという理由だけで、コンバージョン治療を行えるわけではありません。

肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を治療できること、治療していない場所に新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝機能と全身状態が手術などに耐えられることが必要です。一定期間にわたって病気が制御されているかも判断材料になります。

コンバージョン治療を行う患者さんの選び方や、薬物療法から局所治療へ切り替える時期については、すべての医療機関に共通する基準が確立しているわけではありません。肝臓内科、肝胆膵外科、放射線科などが画像と肝機能を確認し、治療によって得られる利益と負担を検討します。

完全奏効と完治は同じ意味ではない

治療後の画像検査で、確認できる腫瘍がすべて消えた状態を「完全奏効」と呼びます。

完全奏効は治療がよく効いたことを示す結果ですが、体内にがん細胞が一つも残っていないことを証明するものではありません。CTやMRIでは確認できない小さな病変が残り、時間がたってから再び大きくなる可能性があるためです。

画像上で病変が消失した後も、薬物療法を継続したり、定期的にCTやMRI、腫瘍マーカーを確認したりする場合があります。「画像から消えた」「完全奏効になった」「治療を終了できる」「完治した」は、それぞれ同じ意味ではありません。

治療効果の説明を受けた際には、現在は画像で病変が確認できない状態なのか、薬物療法を続ける必要があるのか、治療終了を検討できるのか、どのような方法で再発を確認するのかを尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

長期間病気を抑えることも治療の成果になる

ステージ4では、病変を完全に消すことだけが治療の成果ではありません。画像上でがんが残っていても、大きくならない状態が続き、肝機能、食事、歩行、仕事や家事などの日常生活を保てていれば、治療によって病気を制御できていると考えられます。

腫瘍をさらに小さくするために強い治療を続けても、副作用や肝機能低下によって生活が損なわれたり、次の治療を受けられなくなったりする場合があります。一方、腫瘍が残っていても、現在の治療で進行を抑えられ、負担を調整できていれば、同じ治療を続ける意味があります。

根治を目指せる可能性があるのか、長期的な病勢の安定を目指すのか、症状を和らげることを優先するのかは、病変の広がり、治療への反応、肝予備能、全身状態によって変わります。治療の目的を主治医と共有し、効果だけでなく肝機能と生活への影響も含めて判断することが大切です。

肝臓がんステージ4の治療方針

肝臓がんステージ4の治療方針は、4A・4Bという病期名だけでは決まりません。肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移のうち、どの病変が病気の進行や症状に強く影響しているかを確認し、肝予備能と全身状態を踏まえて治療を組み立てます。

肝細胞がんでは、腫瘍を小さくすることだけを優先すると、治療によって肝機能が低下し、その後の薬物療法を受けられなくなることがあります。そのため、現在の病変を抑える効果だけでなく、治療後に肝機能を保てるか、効果が不十分だった場合に次の治療へ進めるかまで考えて方針を決めます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4Aでは肝臓内とリンパ節の病変をまとめて考える

ステージ4Aでも肝臓内の状態は患者さんごとに異なります。肝臓内の腫瘍が限られている場合もあれば、多数の腫瘍や脈管侵襲を伴い、肝機能へ強く影響している場合もあります。

肝臓内の一部の病変が大きくなり、血管や胆管を圧迫している場合には、薬物療法に加えて放射線治療やカテーテル治療を検討することがあります。リンパ節転移が限られ、薬物療法によって病変が十分に縮小した場合には、局所治療を追加できるか再評価することもあります。

一方、肝臓全体に腫瘍が広がっている状態で広範囲のカテーテル治療を行うと、正常な肝組織にも負担がかかります。局所治療を行えるかだけではなく、その治療によって薬物療法を続けるための肝機能を失わないかを確認する必要があります。

ステージ4Bでは全身薬物療法を中心に病気全体を抑える

ステージ4Bでは肝臓以外にも病変があるため、原則として全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の腫瘍だけをTACEや放射線治療で小さくしても、肺や骨などにある病変には十分な効果を期待できないためです。

ただし、全身薬物療法だけですべての問題に対応できるわけではありません。骨転移による強い痛みや骨折の危険、背骨の転移による脊髄圧迫、脳転移による神経症状などがある場合には、放射線治療や手術を加えることがあります。

この場合の局所治療は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことを目的とするものではありません。痛みや麻痺を防ぐ、歩行を保つ、出血や臓器障害を避けるなど、生活への影響を抑える目的でも行われます。

薬物療法によって大部分の病変を抑えられているものの、一部の転移や肝臓内の病変だけが増大している場合には、その部位へ局所治療を追加することがあります。局所治療を加えることで現在の薬物療法を継続できる可能性があるか、別の薬物療法へ変更した方がよいかを比較して判断します。

脈管侵襲がある場合は部位と広がりを確認

門脈や肝静脈などの血管内へがんが入り込んでいる状態を「脈管侵襲」と呼びます。脈管侵襲があると、肝臓内でがんが広がりやすくなるだけでなく、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能が低下する可能性があります。

治療への影響は、脈管侵襲があるかどうかだけでは判断できません。肝臓の末梢にある細い血管へ限られているのか、門脈本幹や主要な枝まで及んでいるのかによって、病状の緊急性や選べる治療が異なります。

門脈本幹などが腫瘍によって狭くなると、腹水や食道・胃静脈瘤が悪化し、肝機能低下が進む場合があります。このような状態では、全身薬物療法を基本としながら、病変の位置や肝予備能に応じて放射線治療や肝動注化学療法などを検討することがあります。

局所治療によって血流を保てる可能性がある一方、治療する肝臓の範囲が広いと、正常な肝組織を傷つける危険もあります。脈管侵襲を治療できるかだけではなく、治療後も肝臓が機能を保てるかを確認します。

肝予備能によって治療の内容と強さが変わる

肝臓がんでは、画像上の病変が同じでも、肝予備能によって受けられる治療が異なります。

肝機能が比較的保たれたChild-Pugh Aでは、標準的な全身薬物療法を検討しやすくなります。必要に応じて局所治療を組み合わせる場合もありますが、治療後の肝機能低下を見越して治療範囲や順番を決めます。

Child-Pugh Bでは、がんを抑える利益と、治療によって肝機能が悪化する危険を慎重に比較します。同じBでも状態には幅があるため、腹水や黄疸、肝性脳症、食事量、日常生活の状態などを確認し、薬の選択や投与量を個別に調整します。

Child-Pugh Cでは、積極的な抗がん治療の負担が利益を上回ることが多くなります。腹水、黄疸、肝性脳症、痛みなどを和らげ、食事や睡眠、在宅生活を支える治療を優先する場合があります。

治療の順番は肝機能と次の選択肢を考えて決める

ステージ4の治療では、一つの治療を限界まで続けてから、次の治療を考えるとは限りません。治療を始める段階から、現在の治療が効かなかった場合や、副作用で続けられなかった場合に、どの治療へ移れるかを考えておきます。

たとえば、TACEによって肝臓内の腫瘍を一時的に小さくできても、肝機能が大きく低下すれば、その後の全身薬物療法を受けられなくなる可能性があります。反対に、肝予備能が保たれている段階で薬物療法へ移ることで、より長く病気を抑えられる場合があります。

薬物療法を先に行い、肝臓内と肝臓外の病変が縮小した後に、残った病変へ放射線治療やカテーテル治療、手術などを追加することもあります。最初に選んだ治療方針を固定するのではなく、画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状を確認しながら組み替えていきます。

治療を提案された際には「なぜこの治療を最初に行うのか」「この治療でどの病変を抑えようとしているのか」「効果が不十分な場合には何を選べるのか」「治療によって肝機能が低下する危険はどの程度か」を確認すると、治療全体の見通しを理解しやすくなります。

全身薬物療法

全身薬物療法は、血液を通じて肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移へ薬を届ける治療です。ステージ4A・4Bでは、手術やカテーテル治療などの局所治療だけで病気全体を制御することが難しいため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法を治療の軸として検討します。

現在の肝細胞がんでは、免疫の働きを利用する免疫チェックポイント阻害薬、その作用を組み合わせた併用療法、がんの増殖や血管新生に関わる分子を抑える分子標的薬などが使われています。

ただし、どの治療が適しているかは、ステージ4Aか4Bかだけでは決まりません。静脈瘤や出血の危険、自己免疫疾患、心臓・腎臓の状態、脈管侵襲、腫瘍を早く縮小させる必要性、通院方法などを踏まえて選びます。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

初回の薬物療法は効果だけでなく安全に続けられるかで選ぶ

これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が主要な候補になります。一方、免疫療法を使用しにくい患者さんでは、分子標的薬などを検討します。

主な治療には、次のようなものがあります。

主な治療 治療選択で特に確認すること
アテゾリズマブ+ベバシズマブ 食道・胃静脈瘤、出血、高血圧、蛋白尿
デュルバルマブ+トレメリムマブ 自己免疫疾患、免疫関連副作用へ対応できるか
ニボルマブ+イピリムマブ 免疫関連副作用のリスク、肝機能・全身状態
デュルバルマブ単独 併用療法の負担を避けたい事情があるか
レンバチニブ・ソラフェニブなど 免疫療法を選びにくい理由、高血圧や手足症候群など

これらの治療に単純な優劣があるわけではありません。治療効果だけでなく、出血リスク、自己免疫疾患、心臓や腎臓の状態、通院間隔、予想される副作用を基に選びます。

治療を選ぶ際には、臨床試験で報告された腫瘍縮小率や生存期間だけを単純に比較することはできません。試験ごとに対象患者の肝機能、全身状態、脈管侵襲や肝外転移の割合、比較した治療が異なるためです。

腫瘍によって血管や胆管が圧迫され、短期間で肝機能が悪化する危険がある場合には、腫瘍を縮小させる可能性を重視することがあります。病状が比較的安定している場合には、重い副作用の危険、通院間隔、仕事や家庭生活への影響も含め、長く続けやすい治療かを考えます。

アテゾリズマブとベバシズマブの併用

アテゾリズマブは免疫チェックポイント阻害薬で、免疫細胞ががんを攻撃する働きを促します。ベバシズマブは、腫瘍が新しい血管を作る働きを抑える薬です。異なる作用を組み合わせ、肝臓内と肝臓外の病変を全身的に治療します。

治療選択で特に問題になるのが出血の危険です。肝硬変によって食道や胃に静脈瘤がある患者さんでは、ベバシズマブの作用によって出血の危険が高まる可能性があります。そのため、治療前に上部消化管内視鏡検査を行い、出血しやすい静脈瘤があれば先に治療することがあります。

治療中は、高血圧、蛋白尿、出血、血栓症、傷の治りにくさなどにも注意します。血圧が十分に管理されていない場合、最近大きな手術を受けた場合、現在も出血が続いている場合には、別の治療を選ぶことがあります。

アテゾリズマブによる免疫関連副作用も起こり得るため、肝機能の悪化、息苦しさ、下痢、強い倦怠感などが現れたときには、肝細胞がんの進行や肝硬変だけでなく、薬による臓器障害も含めて評価します。

参考:テセントリク(一般名:アテゾリズマブ)適正使用ガイド|PMDA
参考:アバスチン(一般名:ベバシズマブ)適正使用ガイド|PMDA

デュルバルマブとトレメリムマブの併用

デュルバルマブとトレメリムマブは、異なる免疫チェックポイントを標的とし、免疫によるがんへの攻撃を促す治療です。ベバシズマブを含まないため、出血の危険などから抗VEGF薬を使用しにくい患者さんで候補になることがあります。

一方、免疫の働きが強くなることで、正常な臓器に炎症が起こる免疫関連副作用に注意が必要です。肝炎、間質性肺疾患、腸炎、皮膚障害のほか、甲状腺、下垂体、副腎などの内分泌器官に障害が起こることがあります。

肝細胞がんの患者さんでは、治療前から肝機能の数値が高いこともあるため、治療中に数値が悪化した際には原因を分けて考える必要があります。腫瘍の進行、肝硬変の悪化、感染症、薬による免疫関連肝障害のどれが影響しているかを調べ、休薬や治療を判断します。

参考:イミフィンジ(一般名:デュルバルマブ)医薬品情報|PMDA

ニボルマブとイピリムマブの併用

ニボルマブとイピリムマブも、異なる免疫チェックポイントを標的とする治療です。国内の切除不能肝細胞がんに対する用法では、最初の一定期間は二つの薬を併用し、その後はニボルマブを継続します。

二剤で免疫を活性化するため、肝炎、間質性肺疾患、腸炎、内分泌障害、皮膚障害など、複数の臓器に免疫関連副作用が現れる可能性があります。重い副作用は、投与直後だけでなく、治療を開始してからしばらく経過した後や、投与を終了した後に起こることもあります。

自己免疫疾患がある患者さんや、過去に重い免疫関連副作用を経験した患者さんでは、治療による利益と悪化の危険を慎重に比較します。咳、息苦しさ、下痢、発熱、強いだるさ、意識の変化などがあれば、次の受診日を待たずに治療施設へ連絡します。

参考:オプジーボ(一般名:ニボルマブ)医薬品情報|PMDA
参考:ヤーボイ(一般名:イピリムマブ)医薬品情報|PMDA

デュルバルマブ単独が候補になる場合

患者さんの年齢、合併症、全身状態、副作用リスクなどから併用療法を選びにくい場合には、デュルバルマブ単独療法が候補になることがあります。単剤であっても免疫関連副作用は起こり得るため、単純に「負担の軽い治療」と考えることはできません。

また、併用療法と同じ効果を期待できるとは限りません。治療によって期待できる利益と、副作用によって肝機能や生活が損なわれる危険を比べて選びます。

「年齢が高いから単剤にする」と単純に決めるのではなく、自分で歩けるか、食事を取れているか、持病が安定しているか、異変が起きた際に早く受診できるかなども判断材料になります。

免疫療法を使用しにくい場合には分子標的薬を検討

活動性の自己免疫疾患がある場合や、臓器移植後で拒絶反応が懸念される場合などには、免疫チェックポイント阻害薬を使用しにくいことがあります。その際には、レンバチニブやソラフェニブなどの分子標的薬を検討します。

分子標的薬は、がん細胞の増殖や腫瘍へ血液を送る血管の形成に関係する複数の酵素を抑える内服薬です。点滴治療ではないため自宅で服用できますが、治療の負担が小さいとは限りません。

高血圧、手足の皮膚症状、下痢、食欲低下、倦怠感、蛋白尿などによって、仕事、歩行、食事、睡眠に影響が出ることがあります。副作用が強くなってから中止するのではなく、早い段階で休薬や減量を行い、治療を続けられる状態へ調整することが大切です。

自宅では血圧、体重、食事量、排便回数、手足の痛みなどを記録すると、診察時に薬の量を調整しやすくなります。

最初の治療後は中止した理由と肝機能を基に次の薬を選ぶ

最初の薬物療法でがんが進行した場合や、副作用によって治療を継続できなくなった場合には、別の全身薬物療法を検討します。

次の治療の候補には、ソラフェニブ、レンバチニブ、レゴラフェニブ、カボザンチニブ、ラムシルマブなどがあります。ラムシルマブは、血清AFP値などの条件を満たす患者さんが対象となります。

薬が承認されていることと、現在の患者さんが安全に使用できることは同じではありません。前の治療でがんが進行したのか、治療は効いていたものの副作用で中止したのかによって、次の選択は異なります。

免疫療法による副作用が続いている状態で、別の免疫療法を始めることは難しい場合があります。高血圧、下痢、食欲低下などが回復していなければ、分子標的薬をすぐに開始できないこともあります。

画像上では次の治療が必要でも、肝機能が大きく低下していれば、その治療による利益を得にくくなります。次の薬を選べるかどうかを左右するのは、薬の種類だけでなく、前の治療後も肝予備能と全身状態を保てているかです。

画像上の変化だけで治療を変更しない場合がある

薬物療法の効果は、CTやMRIによる画像検査、腫瘍マーカー、肝機能、症状などを組み合わせて判断します。

画像上で一部の病変がわずかに大きくなっても、ほかの病変が縮小し、肝機能や全身状態が保たれている場合には、すぐに治療を変更しないことがあります。反対に、腫瘍の大きさがほとんど変わっていなくても、黄疸や腹水が悪化し、安全に治療を続けられない場合には中止や変更が必要です。

一つの病変だけが増大している場合には、その部位への放射線治療などを加え、現在の薬物療法を続けられるか検討することもあります。病変全体が薬に反応しなくなっている場合には、別の薬物療法へ切り替える方が適切なことがあります。

治療を変更する際には、がんが進行したためなのか、副作用や肝機能低下によって継続できないためなのかを確認します。この違いによって、その後に選べる薬や治療の目的が変わります。

薬物療法を提案されたときに確認したいこと

薬物療法には複数の選択肢がありますが、すべての患者さんに共通する一つの最良の治療があるわけではありません。

診察では、なぜその治療が第一候補なのか、自分の場合にはどの病変への効果を期待しているのかを確認します。候補にならなかった治療についても、出血リスク、自己免疫疾患、肝機能など、選ばなかった理由を聞いておくと判断しやすくなります。

さらに、どの副作用が起きたら連絡するのか、どの程度の肝機能低下で休薬や中止を考えるのか、効果が得られなかった場合に次の治療が残っているのかも確認します。

薬の名前だけでなく、治療によって何を目指すのか、どのような状態まで続けるのか、生活への負担をどう調整するのかまで共有することが、納得できる治療選択につながります。

TACE・肝動注化学療法などのカテーテル治療

カテーテル治療は、足の付け根や手首などの動脈から細い管を入れ、肝細胞がんへ血液を送る肝動脈まで進めて行う治療です。代表的な方法として、肝動脈化学塞栓療法(TACE)や肝動注化学療法があります。

どちらも肝臓内の病変へ集中的に作用させる治療ですが、ステージ4A・4Bの病気全体を、カテーテル治療だけで制御できるわけではありません。UICC分類の4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝機能と全身状態が保たれていれば全身薬物療法が治療の軸になります。

そのうえで、肝臓内の病変が肝機能や症状へ強く影響している場合や、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている一方、肝臓内の一部だけが増大している場合に、カテーテル治療を追加できるか検討します。

TACEは腫瘍への血流を減らして治療する

肝細胞がんの多くは、正常な肝組織よりも肝動脈から多くの血液を受け取っています。TACEでは、カテーテルを腫瘍の近くまで進め、細胞障害性抗がん薬と造影剤を注入した後、血管を塞ぐ物質を投与します。

腫瘍へ抗がん薬を集中的に届けるとともに、栄養や酸素を運ぶ血流を減らして、がん細胞を傷害する治療です。抗がん薬を使用せず、塞栓物質によって血流を減らす方法は肝動脈塞栓療法(TAE)と呼ばれます。

TACEは一般に、肝機能がある程度保たれ、手術やラジオ波焼灼療法の対象にならない複数の肝細胞がんに用いられます。国立がん研究センターでは、Child-Pugh分類AまたはBで、3cmを超える1~3個の腫瘍、または大きさにかかわらず4個以上の腫瘍があり、手術や穿刺局所療法が難しい場合などを主な対象として説明しています。

ただし、これは主に、がんが肝臓内にとどまっている患者さんに対する治療選択の考え方です。腫瘍が多いという理由だけでUICCステージ4になるわけではなく、このTACEの適応基準を、そのままステージ4Aの定義として扱うことはできません。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4AでTACEを行う目的

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移があるため、肝臓内の腫瘍だけをTACEで治療しても、リンパ節にある病変には十分な効果を期待できません。そのため、全身薬物療法を軸に病気全体を治療することが基本になります。

一方、肝臓内の一部の腫瘍が急速に増大し、正常な肝組織や血管、胆管を圧迫している場合には、肝臓内の腫瘍量を減らす目的でTACEを追加することがあります。薬物療法によってリンパ節転移を含む病変全体が安定しているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合も検討の対象になり得ます。

この場合、TACEの目的は、必ずしも体内のがんをすべてなくすことではありません。肝機能の悪化を防ぐ、症状の原因となる病変を小さくする、現在の薬物療法をより長く続けられる状態をつくるなど、どの利益を目指すのかを明確にします。

肝臓内の病変が広範囲に及んでいる場合には、すべてを塞栓しようとすると正常な肝組織への負担も大きくなります。治療できる病変があるかだけではなく、TACE後も肝予備能を保ち、全身薬物療法を継続できるかを考える必要があります。

ステージ4Bでは肝外転移の状態も踏まえて判断

ステージ4Bでは肺や骨などへの遠隔転移があるため、全身薬物療法が治療の中心です。肝臓内の病変だけをTACEで小さくしても、肝臓外の病変へは直接作用しません。

それでも、遠隔転移が薬物療法によって安定している一方、肝臓内の一部の腫瘍だけが増大している場合には、TACEを追加できるか検討することがあります。肝臓内の病変が痛み、胆管閉塞、肝機能低下などの原因となっている場合も、局所的な制御に意味がある可能性があります。

ただし、肝外転移のある患者さんへTACEを追加することは、すべての患者さんに共通する一律の標準治療ではありません。TACEを行うことで全身薬物療法を続けやすくなるのか、それとも薬物療法そのものを変更した方が病気全体を抑えられるのかを比較して判断します。

肝機能低下や広範囲の病変がある場合は慎重に判断

TACEでは腫瘍へ向かう動脈を塞ぐため、治療した範囲にある正常な肝組織にも一定の負担がかかります。治療範囲が広いほど、肝機能が悪化する危険も高くなります。

肝臓の両側に細かな腫瘍が多数広がっている場合や、正常に働く肝組織が少なくなっている場合には、広範囲の塞栓によって肝不全が進む可能性があります。黄疸や治療で調整しにくい腹水がある場合、肝予備能が大きく低下している場合にも、TACEの負担が利益を上回ることがあります。

門脈の主要な部分へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液がすでに減っていることがあります。その状態で肝動脈も広く塞ぐと、肝組織への血流がさらに低下する可能性があるため、脈管侵襲の位置と範囲を確認し、放射線治療、肝動注化学療法、全身薬物療法などと比較します。

「カテーテルを入れられるか」だけで適応を判断するのではなく、どの範囲を塞栓するのか、治療後に肝機能がどこまで低下する可能性があるのか、次の治療へ進める状態を保てるのかを確認します。

効果が不十分なTACEを繰り返さないことも大切

TACEは、一度の治療で肝臓内のすべての病変を制御できるとは限らず、複数回行われることがあります。しかし、回数を重ねるたびに正常な肝組織にも負担がかかります。

国立がん研究センターは、TACEを2回行っても効果が不十分である、または肝臓内に新しいがんが現れた場合、脈管侵襲や遠隔転移が生じた場合、腫瘍マーカーが持続的に上昇する場合などには、治療法の変更を勧められることがあると説明しています。これは機械的な回数制限ではありませんが、同じ治療を続ける利益があるかを見直す目安になります。

TACE後の画像検査では、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分が残っているかを確認します。治療した病変が十分に壊死しているか、新しい病変が増えているか、治療前の肝機能まで回復しているかを踏まえ、再びTACEを行うか、薬物療法を開始・変更するかを判断します。

腫瘍を一時的に小さくできても、その代わりに肝機能を大きく損なえば、その後に受けられる治療が限られます。TACEを繰り返すこと自体を目標にせず、病気全体を長く抑えるうえでどの時点で治療を切り替えるべきかを考えます。

参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

肝動注化学療法が検討される場合

肝動注化学療法は、肝動脈へカテーテルを留置するなどして、肝臓内のがんへ細胞障害性抗がん薬を集中的に投与する治療です。TACEとは異なり、腫瘍へ向かう血管を塞がずに薬を注入する方法があります。

肝臓内の病変が病状を強く左右している進行肝細胞がんや、門脈への高度な脈管侵襲を伴う場合などに、国内の一部の医療機関で行われています。ただし、使用する薬剤、投与方法、カテーテルやリザーバーの管理方法には複数の方式があり、全身薬物療法との優先順位や併用方法が、すべての施設で統一されているわけではありません。

UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝動注化学療法だけでは肝臓外の病変を十分に治療できない可能性があります。肝動注を提案された場合には、全身薬物療法ではなく肝動注を選ぶ理由、肝外病変をどの治療で管理するのか、期待している効果が腫瘍縮小・肝機能維持・症状改善のどれなのかを確認します。

治療のために入院が必要か、通院の頻度はどの程度か、留置したカテーテルやリザーバーをどのように管理するかも、生活への負担を判断する材料になります。

TACE・肝動注化学療法の副作用と生活への影響

TACE後には、塞栓した腫瘍や周囲の組織で炎症が起こり、発熱、右上腹部痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。これらは塞栓後症候群と呼ばれることがあります。国立がん研究センターも、TACE後の副作用として、発熱、吐き気、腹痛、食欲不振、肝機能障害などを挙げています。

治療範囲が広いほど症状が強くなりやすく、肝機能の数値が一時的に悪化することもあります。治療後の数日間は食事量が減ったり、仕事や家事を続けにくくなったりするため、退院後の生活や復職時期を事前に確認しておきます。

肝動注化学療法では、使用する薬剤によって、吐き気、食欲低下、倦怠感、血球減少、肝機能障害などが起こることがあります。カテーテルの詰まりや位置のずれ、感染など、投与経路に関係する問題にも注意が必要です。

多くの症状は鎮痛薬、吐き気止め、解熱薬、点滴などで対応しますが、高熱が続く、腹痛が急に強くなる、黄疸や腹水が増える、尿量が減る、意識がぼんやりするといった場合には、感染症や肝不全などを除外する必要があります。

退院後にどの程度の発熱まで自宅で様子を見られるのか、食事・入浴・運動・仕事をいつから再開できるのか、どの症状があれば夜間や休日でも連絡するのかを、治療前に確認しておくことが大切です。

手術・局所療法・放射線治療が検討される場合

ステージ4の肝細胞がんでは、肝臓内の腫瘍だけでなく、領域リンパ節転移または遠隔転移も含めて治療する必要があります。そのため、手術、ラジオ波焼灼療法、放射線治療など、一つの場所を対象とする局所治療だけで病気全体を制御することは一般に困難です。

しかし、局所治療がまったく行われないわけではありません。薬物療法によって病変が大きく縮小し、残ったすべての病変を治療できる可能性が生じた場合には、根治を目指して手術などを検討することがあります。痛み、出血、骨折、神経障害、血管や胆管の閉塞を防ぐために、症状の原因となる病変へ放射線治療などを行う場合もあります。

同じ局所治療でも、根治を目指すのか、病気を長く抑えるのか、症状や臓器障害を防ぐのかによって位置付けが異なります。治療を受ける際には、どの病変を対象にし、何を目的としているのかを確認する必要があります。

ステージ4では最初から手術を行うことは難しい場合が多い

肝切除は、肝臓内の腫瘍とその周囲の肝組織を取り除く治療です。一般には、がんが肝臓内にとどまり、切除後も十分な量と機能を持つ肝臓を残せる場合に検討されます。

国立がん研究センターは、肝切除は多くの場合、肝臓内の腫瘍が3個以下で、肝機能が保たれている患者さんに行われると説明しています。腫瘍が大きい場合や脈管侵襲がある場合でも切除できることはありますが、腹水がある場合には術後肝不全の危険が高く、通常は別の治療が検討されます。

ただし、これらは主に肝臓内に病変がとどまっている場合の考え方です。UICC分類のステージ4Aでは領域リンパ節転移、4Bでは遠隔転移があるため、肝臓内の腫瘍だけを切除しても、体内にほかの病変が残る可能性があります。

技術的に肝切除が可能であっても、それだけで手術が適切とは限りません。肝臓内と肝臓外にある活動性病変をすべて治療できるか、手術後に新しい病変が短期間で現れる可能性が高くないか、薬物療法を続ける方が病気全体を制御しやすくないかを比較します。

薬物療法後に手術を再検討する場合

最初は切除不能と判断された肝細胞がんでも、薬物療法によって肝臓内の腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移が大きく縮小し、手術を含む局所治療を検討できる状態へ変化することがあります。

ただし、画像上で腫瘍が小さくなったことだけでは、手術の適応にはなりません。肝臓内と肝臓外にあるすべての活動性病変を切除または別の局所治療で制御できること、新しい病変が現れていないこと、切除後に十分な肝臓を残せること、肝予備能と全身状態が手術に耐えられることが必要です。

薬物療法を始めてすぐに腫瘍が縮小した場合でも、一定期間にわたって病気を制御できるかを確認してから手術を判断することがあります。短期間で新しい転移が現れる場合には、目に見える病変だけを切除しても再び進行する可能性が高いためです。

薬物療法後に局所治療を加えることは、肝細胞癌診療ガイドライン2025年版でも検討課題として扱われていますが、どの患者さんに行えば長期的な利益が得られるかは、すべての状況で確立しているわけではありません。

そのため、手術を再検討するときには、肝臓内科、肝胆膵外科、放射線科などが画像、肝機能、薬物療法への反応を確認し、手術の利益と再発・肝不全の危険を総合して判断します。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

ラジオ波焼灼療法は小さく限られた病変が対象

ラジオ波焼灼療法(RFA)は、皮膚から肝臓内の腫瘍へ針を刺し、熱によってがん細胞を死滅させる治療です。

標準的には、肝機能が比較的保たれ、肝臓内にある腫瘍が3cm以下かつ3個以下の場合などが主な対象です。腫瘍の数が多い場合や、肝臓内に広く分布している場合には、すべての病変へ安全に針を刺して治療することが難しくなります。そのため、ステージ4の患者さんへ最初からRFAだけを行い、病気全体の根治を目指すことは一般的ではありません。

一方、薬物療法によって多くの病変が消失または安定し、肝臓内に小さな活動性病変だけが残った場合には、その病変へRFAを追加できるか検討することがあります。ほかの病変が薬物療法で抑えられているものの、肝臓内の一部だけが増大している場合にも、現在の薬物療法を継続するための局所治療として検討されることがあります。

腫瘍が大きな血管や胆管、腸管、横隔膜などに近い場合には、周囲の臓器を傷つける危険や、腫瘍全体へ十分な熱を加えられない可能性があります。大きさと個数だけでなく、位置や周囲の臓器との関係も適応を左右します。

肝臓内の病変や脈管侵襲へ放射線治療を行う場合

肝細胞がんに対する放射線治療は、すべての患者さんへ一律に行う標準治療ではありません。ただし、手術や穿刺局所療法が難しい病変、門脈や肝静脈などの脈管内へ進展した病変に対して、X線による放射線治療が行われることがあります。

門脈内の腫瘍が大きくなると、正常な肝臓へ流れる血液が減り、腹水や肝機能低下が進む可能性があります。放射線治療によって脈管内の腫瘍を小さくし、血流の悪化を抑えることが治療目的になる場合があります。

領域リンパ節転移が限られているステージ4Aや、全身薬物療法でほかの病変を抑えられている患者さんでは、増大しているリンパ節や肝臓内の病変へ放射線を照射できるか検討することもあります。

ただし、放射線を当てる正常な肝組織の範囲が広いと、治療後に肝機能が悪化する可能性があります。病変へ十分な線量を照射できるかだけでなく、正常な肝臓をどの程度温存できるか、もともとの肝予備能で治療に耐えられるかを確認します。

薬物療法と放射線治療を同時期に行う場合には、副作用が重なる可能性もあります。薬を継続するのか、一時的に休薬するのか、放射線治療後にいつ再開するのかについても事前に確認します。

骨転移への放射線治療は痛みや骨折を防ぐために行う

骨転移への放射線治療は、体内の肝細胞がんをすべてなくすためではなく、痛みを和らげ、骨折や神経障害を防ぐことを主な目的として行います。肝細胞がんの骨転移による痛みに対する放射線治療は、国立がん研究センターでも勧められる治療として説明されています。

骨転移による痛みは、同じ場所に持続する、夜間にも治まらない、立つ・歩くなど体重をかけたときに強くなるといった特徴を示すことがあります。鎮痛薬だけで我慢するのではなく、骨がどの程度弱くなっているかを画像検査で確認します。

背骨への転移によって脊髄が圧迫されると、足のしびれ、筋力低下、歩行困難、排尿・排便障害などが現れることがあります。神経障害が進んでからでは回復しにくい場合があるため、症状があれば緊急性を判断し、放射線治療や手術などを早く行う必要があります。

放射線治療後も、骨折の危険が高い部位では、安静の程度、装具の使用、整形外科的な固定手術などを検討することがあります。痛みが軽くなっただけで、骨の強度がすぐに元へ戻るとは限らないためです。

脳転移では神経症状を守るために局所治療を検討

脳転移では、病変の数、大きさ、位置、脳以外の病変の状態、全身状態などを踏まえて放射線治療や手術を検討します。肝細胞がんの脳転移に対する放射線治療も、一般に勧められる治療として位置付けられています。

頭痛、吐き気、けいれん、言葉の出にくさ、片側の手足の動かしにくさなどがある場合には、脳転移そのものだけでなく、病変の周囲に生じたむくみが症状へ影響していることがあります。必要に応じて脳のむくみを抑える治療を先に行い、その後に局所治療を検討します。

脳転移への治療は、神経症状を改善し、会話、歩行、食事などの日常生活をできるだけ保つことが主な目的です。神経症状が現れた場合には、予定された診察日まで待たずに治療施設へ連絡します。

陽子線・重粒子線治療は病気全体を見て適応を判断

陽子線治療や重粒子線治療は、病変の深さに合わせて放射線量を集中させやすく、正常な肝臓や周囲の臓器へ当たる線量を抑えながら治療できる可能性があります。

国立がん研究センターは、大きく手術が難しい肝細胞がんで陽子線・重粒子線治療を受けられる場合がある一方、実施できる施設は限られていると説明しています。肝細胞癌診療ガイドライン2025年版でも、体幹部定位放射線治療と粒子線治療の適応が検討項目に含まれています。

ただし、正常組織へ放射線が当たる範囲を減らせることと、ステージ4の病気全体を治療できることは別の問題です。肝臓外に制御されていない転移が複数ある場合には、肝臓内の一つの病変へ粒子線治療を行っても、病気全体の進行を抑えられない可能性があります。

粒子線治療を検討するときには、通常のX線治療ではなく粒子線を選ぶ理由、治療する病変以外をどのように管理するのか、全身薬物療法を中断する必要があるのか、治療後も肝機能を保てるかを確認します。

局所治療を提案されたときは目的を確認する

ステージ4で行う局所治療には、根治を目指す治療、病気の進行を遅らせる治療、症状や臓器障害を防ぐ治療が含まれます。同じ手術や放射線治療でも、患者さんによって目的は異なります。

治療前には、どの病変を治療するのか、その病変を治療することで何が改善すると考えられているのか、治療しない病変は薬物療法でどのように管理するのかを確認します。局所治療によって薬物療法を長く続けられる可能性があるのか、反対に治療の負担で肝機能が低下する危険があるのかも判断材料です。

「局所治療を受けられる」という説明を、そのまま「完治を目指せる」と受け取らず、治療の目的と期待できる効果、再び進行する可能性まで含めて理解することが大切です。

治療の副作用と生活への影響

肝臓がんステージ4の治療中に体調が変化した場合、その原因が薬の副作用とは限りません。がんの進行、肝硬変や肝不全の悪化、感染症、脱水などでも、倦怠感、食欲低下、下痢、むくみ、肝機能検査値の悪化といった似た変化が起こります。

症状だけから原因を決めつけると、副作用への対応が遅れたり、反対に効果のある治療を必要以上に中止したりする可能性があります。症状が現れた時期、治療との時間的な関係、血液検査や画像検査の結果を組み合わせ、治療の継続、休薬、減量、支持療法の追加などを判断します。

副作用が現れる時期は治療によって異なる

副作用は、治療を受けた直後だけに現れるものではありません。

点滴中や投与直後には、発熱、悪寒、発疹、息苦しさ、血圧の変化などが起こることがあります。点滴中に違和感があれば、終了するまで我慢せず、その場で医療者へ伝える必要があります。

分子標的薬では、治療開始後の比較的早い時期から、血圧上昇、下痢、食欲低下、倦怠感、手足の皮膚症状などが現れることがあります。軽い症状でも服用を続けるうちに悪化し、歩行や食事、仕事に影響する場合があるため、次の診察まで様子を見るのではなく、早い段階で相談します。

免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連副作用は、治療開始から数週間から数カ月後に現れることがあり、治療を終了した後に発症する場合もあります。点滴を終えて時間がたっているからといって、治療との関係を否定することはできません。別の医療機関を受診するときにも、免疫チェックポイント阻害薬を使用している、または過去に使用していたことを伝えます。

TACE後には、治療直後から数日程度に発熱、腹痛、吐き気、食欲低下、倦怠感などが現れることがあります。多くは治療した腫瘍や周囲の組織に炎症が起こることで生じますが、症状が長引く場合や一度軽くなってから悪化した場合には、感染症、胆管障害、肝膿瘍、肝不全なども考えて評価します。

参考:最適使用推進ガイドライン|PMDA
参考:肝臓がん(肝細胞がん) 治療|国立がん研究センター がん情報サービス

副作用と肝機能悪化を症状だけで見分けることは難しい

強い倦怠感、食欲低下、吐き気、むくみ、腹部の張りなどは、薬の副作用でも肝機能の悪化でも起こります。肝機能検査値が悪化した場合も、薬による肝障害、がんの進行、胆管の閉塞、感染症、肝硬変の悪化など、複数の原因が考えられます。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中にASTやALTが上昇した場合には、免疫関連肝障害の可能性があります。一方、ビリルビンの上昇、アルブミンの低下、腹水や肝性脳症の出現は、肝予備能が低下していることを示す場合があります。原因によって必要な治療が異なるため、血液検査、画像検査、症状の経過を基に判断します。

治療前にはなかった黄疸、腹水、むくみが現れた場合や、尿量が減った場合、会話の反応が遅くなった場合には、単なる薬のだるさとして様子を見ないことが大切です。

治療後の検査値が一時的に悪化しても、その後に回復する場合はあります。しかし、次の治療へ進む際には、症状が軽くなったかだけでなく、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、腎機能などが十分に回復しているかを確認します。

仕事は治療後の体調の周期を見て調整

治療中も仕事や家事を続けられる患者さんはいますが、治療を受けた日だけでなく、その後の数日間に体調が低下することがあります。

点滴後に倦怠感が強くなる場合や、TACE後に発熱や食欲低下が続く場合には、通院日だけ休むのでは足りないことがあります。実際に症状が出やすい曜日や期間を確認し、勤務日、会議、外出予定などを調整します。

分子標的薬による手足の痛みがあると、立ち仕事、長時間の歩行、パソコン操作、細かい手作業が難しくなることがあります。下痢が続く場合には、通勤や長時間の会議が負担になります。体調が低下してから退職や長期休職を決めるのではなく、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討する方法があります。

副作用の現れ方が分からない治療開始前に、これまでと同じ働き方を維持できるとも、仕事を続けられないとも断定できません。最初の数回の治療で体調の周期を確認し、必要に応じて医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センター、勤務先の産業医などへ相談します。

食事量と体重の低下を放置しない

治療中は、吐き気、下痢、口内炎、味覚の変化、腹水による腹部の張りなどによって、食事量が減ることがあります。

数日間ほとんど食べられない状態が続くと、体重だけでなく筋肉量も減少します。筋力が落ちると、歩行や身の回りの動作が難しくなり、薬の副作用にも耐えにくくなる可能性があります。

腹水やむくみがある患者さんでは塩分の調整が必要になる場合がありますが、食欲が低下している状態で一律に厳しい食事制限を行うと、必要なエネルギーやたんぱく質まで不足することがあります。現在は腹水の管理を優先するのか、体重と筋肉を保つことを優先するのかを、主治医や管理栄養士へ確認します。

体重については、減少だけでなく短期間の増加にも注意が必要です。食事量が少ないのに体重や腹囲が増えている場合には、腹水やむくみが関係している可能性があります。毎日または決められた頻度で、同じ時間帯と条件で測ると変化を把握しやすくなります。

下痢や嘔吐が続いて水分を取れない場合には、脱水によって腎機能や肝機能が悪化する可能性があります。便の回数、嘔吐の回数、水分摂取量、尿量を伝え、点滴、症状を抑える薬、休薬などが必要か判断してもらいます。

外出は副作用が起こりやすい時期を避けて計画する

治療中も体調が安定していれば、買い物、散歩、旅行などの外出が一律に禁止されるわけではありません。ただし、下痢、強い倦怠感、手足の痛み、腹水、息切れなどがあると、長時間の移動が負担になります。

外出を計画するときは、点滴やTACEの後に体調が低下しやすい時期を避け、途中で休める場所やトイレを確認します。内服薬の時間、緊急時に連絡する医療機関、旅行先で受診が必要になった場合の対応も考えておきます。

骨転移があり骨折の危険を指摘されている場合には、痛みが軽くても長時間の歩行や重い荷物を持つことを控える必要があることがあります。体力を保つための適度な活動は大切ですが、運動量は骨の状態、肝機能、貧血、腹水などに合わせて決めます。

眠れない・昼夜が逆転する場合は原因を確認する

治療中の不眠は、痛み、かゆみ、腹部の張り、下痢などの身体症状だけでなく、治療への不安や生活リズムの変化によって起こることがあります。

免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺、副腎、下垂体などの機能障害でも、強い倦怠感、動悸、頭痛、気分の変化、睡眠の異常が現れる場合があります。単なる疲れや不安と決めつけず、ほかの症状や血液検査とあわせて確認します。

一方、昼間に眠り続けて夜に起きている、会話の反応が遅い、普段と性格が違うといった変化は、肝性脳症の初期症状である可能性があります。本人が気付きにくいため、家族から見た変化も医療者へ伝えます。

睡眠不足が続くと、食欲、体力、気分、服薬管理にも影響します。我慢して市販の睡眠薬や健康食品を追加するのではなく、原因を確認したうえで治療を受けます。

自宅では症状の時期と変化を記録する

診察時には「体調が悪かった」という説明だけでなく、どの症状が、いつから、どの程度続いたかを伝えると、治療との関係を判断しやすくなります。

治療日を基準に、体温、血圧、体重、食事量、便の回数、尿量、痛み、息苦しさ、皮膚症状などを記録します。すべてを細かく記録する必要はありませんが、自分が受けている治療で特に注意する項目を医療者へ確認しておくとよいでしょう。

高血圧や蛋白尿に注意が必要な治療では、自宅で測った血圧や尿の変化が判断材料になります。分子標的薬を服用している場合には、手足の赤みや痛み、下痢の回数、食事量を記録します。腹水がある場合には、体重と腹囲、尿量の変化が役立ちます。

症状が起こったときに写真を撮る方法もあります。発疹、手足の皮膚症状、むくみなどは、受診時には軽くなっている場合があるためです。

休薬や減量は治療の失敗ではない

副作用が現れた場合には、治療法に応じて、一時的な休薬、投与量の減量、投与間隔の調整、副作用を抑える薬の追加などを行います。免疫関連副作用では、治療を休止して副腎皮質ステロイドなどによる治療が必要になる場合もあります。

決められた量を無理に続けることが、必ずしも最も良い治療とは限りません。重い副作用によって肝機能や全身状態を損なうと、現在の治療を続けられないだけでなく、次の治療を受ける機会も失う可能性があります。

反対に、症状が怖いからと自己判断で薬の量を減らしたり、中止したりすると、十分な効果を得られないことがあります。症状が現れた時期と程度を伝え、どの程度で休薬するのか、いつ再開するのかを医療者と相談します。

副作用を完全にゼロにすることだけを目指すのではなく、肝機能と生活を保ちながら、治療による利益を得られる状態へ調整することが重要です。

予定された受診日を待たずに連絡したい症状

副作用の中には、対応が遅れると重症化し、治療の継続だけでなく生命に影響するものがあります。

新しく現れた息苦しさや空せき、胸の痛み、強いまたは持続する下痢、血便、激しい腹痛、繰り返す嘔吐、急に強くなった倦怠感、意識や性格の変化がある場合には、早めに治療施設へ連絡します。

吐血、黒い便、血の混じった痰、止まりにくい出血、突然の強い頭痛、けいれん、片側の手足の動かしにくさなどは、緊急性の高い症状です。

黄疸や腹水が急に悪化した、尿量が減った、水分を取れない、発熱や悪寒が続く場合も、肝機能悪化、脱水、感染症などが関係している可能性があります。

どの症状で夜間や休日にも連絡するのか、発熱は何度を基準にするのか、連絡がつかない場合にどの医療機関を受診するのかは、治療開始時に確認しておきます。副作用の種類や重症度は治療によって異なるため、一般的な情報だけで判断せず、自分が受けている治療に合わせた連絡基準を把握することが大切です。

治療効果はどのように判断する?

肝臓がんステージ4の治療効果は、腫瘍の直径が小さくなったかだけでは判断できません。造影CTやMRIで病変の大きさと広がりを確認し、腫瘍内の血流、腫瘍マーカー、肝機能、症状、日常生活の状態を組み合わせて評価します。

画像上では腫瘍が縮小していても、肝機能が大きく低下して治療を続けられなければ、十分な利益が得られているとはいえません。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能と日常生活を保てていれば、現在の治療を継続する意味があります。

評価の目的は、治療が効いているかを確認するだけではありません。現在の治療を続けるのか、一部の病変へ局所治療を加えるのか、別の薬物療法へ変更するのかを決めるために行います。

CT・MRIで病変全体の変化を確認

薬物療法やカテーテル治療を始めた後は、造影CTやMRIを定期的に行います。検査の時期は治療法、病気の進行速度、肝機能、症状などによって異なります。

画像検査では、肝臓内の腫瘍が縮小または増大しているかだけでなく、新しい病変が現れていないかを確認します。門脈や肝静脈への脈管侵襲、領域リンパ節、肺や骨などの転移についても、治療前の画像と比較します。

肝細胞がんのステージ4Aでは、肝臓内の病変と領域リンパ節転移の両方を評価します。肝臓内の腫瘍が縮小していても、リンパ節転移が増大していれば、病気全体が十分に抑えられているとは判断できません。ステージ4Bでも、特定の転移だけを見るのではなく、肝臓内と肝臓外にある病変をまとめて評価します。肺転移が縮小していても、肝臓内に新しい病変が現れた場合には、治療方針の見直しが必要になることがあります。

腹水の増加、胆管の閉塞、正常な肝組織の減少なども確認します。腫瘍径の変化が小さくても、血管や胆管の圧迫が進み、肝機能へ影響している場合には早めの対応が必要です。体調が急に悪化した場合には、予定された検査日を待たずに画像検査を行うことがあります。黄疸、腹水、強い痛み、息苦しさ、神経症状などが現れた場合には、検査予定にかかわらず治療施設へ相談します。

肝細胞がんでは腫瘍内の血流も評価

一般的ながんの画像評価では、腫瘍の直径の変化を基に判定するRECIST(レシスト)が用いられます。

一方、肝細胞がんでは、腫瘍の大きさだけでなく、造影剤によって濃く映る活動性のある部分を評価するmRECIST(モディファイド レシスト)が使われることがあります。肝細胞がんは血流が豊富な腫瘍であり、治療によって腫瘍細胞が傷害されると、腫瘍全体の大きさがすぐに変わらなくても、造影される部分が減る場合があるためです。

TACE後には、治療した腫瘍が残って見えても、内部の造影効果が消失していれば、腫瘍の多くが壊死している可能性があります。分子標的薬などでも、腫瘍径より先に内部の血流が低下することがあります。反対に、腫瘍全体の大きさがあまり変わっていなくても、造影される部分が増えている場合には、活動性のあるがん細胞が増えている可能性があります。

RECISTとmRECISTのどちらを重視するかは、治療法や評価の目的によって異なります。検査結果を聞く際には、「腫瘍の直径はどう変化したか」だけでなく、「造影される活動性のある部分は減っているか」を確認すると、治療効果を理解しやすくなります。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン|日本肝臓学会

完全奏効・部分奏効・安定・進行の意味

画像検査による治療効果は、一般に「完全奏効(CR)」「部分奏効(PR)」「安定(SD)」「進行(PD)」の四つに分けて評価されます。

これらは、治療が効いたかどうかを共通の基準で表すための判定です。ただし、判定に使う基準によって、腫瘍全体の大きさを見るのか、造影される活動性のある部分を見るのかが異なります。

RECIST 1.1では、主に測定対象とした腫瘍の直径の変化を評価します。一方、肝細胞がんで用いられるmRECISTでは、動脈相で造影される、生きた腫瘍と考えられる部分を測定します。そのため、同じ画像でもRECISTとmRECISTで判定が異なる場合があります。

完全奏効(CR)

完全奏効は、画像上で治療対象となる病変が確認できなくなった状態です。

RECIST 1.1では、測定対象としたすべての病変が消失した場合に完全奏効と判定します。mRECISTでは、肝細胞がんの大きさそのものが残っていても、すべての対象病変で動脈相の造影効果が消失していれば、完全奏効と判定されることがあります。

ただし、完全奏効は、画像で活動性のある病変を確認できないという判定です。治療を終了できるかどうかは、リンパ節や遠隔転移を含むほかの病変、肝機能、再発の危険なども踏まえて決めます。

部分奏効(PR)

部分奏効は、病変が一定以上縮小したものの、完全には消失していない状態です。

RECIST 1.1では、測定対象とした腫瘍の直径の合計が、治療前と比べて30%以上減少した場合が基本的な判定基準です。mRECISTでは、動脈相で造影される活動性のある腫瘍部分の直径の合計が、治療前より30%以上減少した場合に部分奏効と判定します。

部分奏効は治療による縮小効果が確認された状態ですが、病変は残っています。効果が続いているか、新しい病変が現れていないかを定期的に確認しながら治療を継続します。

安定(SD)

安定は、完全奏効や部分奏効と判定できるほど縮小していない一方、進行と判定されるほど増大していない状態です。

「安定」は「治療が効いていない」という意味ではありません。ステージ4では、腫瘍を大きく縮小できなくても、増大や新しい転移の出現を抑え、肝機能と日常生活を保てていれば、治療による利益が得られている可能性があります。

とくに、治療前には短期間で病変が増大していた患者さんで、その進行が止まっている場合には、安定を維持すること自体に意味があります。副作用を調整でき、肝機能も保たれていれば、同じ治療を続けることがあります。

進行(PD)

進行は、病変が基準以上に増大した場合や、新しい病変が現れた場合に判定されます。

RECIST 1.1では、治療開始後に記録された最も小さい腫瘍径の合計と比べて20%以上増大し、さらに絶対値で5mm以上増えている場合などが基準です。新しい病変が確認された場合も、原則として進行と判定されます。mRECISTでは、造影される活動性のある腫瘍部分が、治療開始後の最小値と比べて20%以上増加した場合などに進行と判定します。

肝臓内の腫瘍が縮小していても、新しいリンパ節転移や遠隔転移が現れれば、病気全体として進行と判断されることがあります。反対に、一つの病変だけが増大し、ほかの病変が抑えられている場合には、増大した病変へ局所治療を加えて、現在の薬物療法を継続できるか検討することがあります。

奏効率と病勢コントロール率の違い

臨床試験では、「奏効率」や「病勢コントロール率」という言葉が使われます。

奏効率は、完全奏効と部分奏効になった患者さんの割合です。腫瘍が明確に縮小した患者さんがどの程度いたかを示します。病勢コントロール率は、完全奏効、部分奏効、安定を合わせた割合です。腫瘍が縮小した患者さんだけでなく、進行を抑えられた患者さんも含まれます。

奏効率が高い治療が、すべての患者さんにとって最も良い治療とは限りません。生存期間、副作用、肝機能への影響、効果が続いた期間などもあわせて比較する必要があります。

画像上の判定だけで治療方針を決めるわけではない

完全奏効や部分奏効であっても、強い副作用や肝機能低下があれば、休薬や治療変更が必要になることがあります。反対に、安定であっても、肝機能と生活を保ちながら病気の進行を抑えられていれば、同じ治療を続ける意味があります。

進行と判定された場合も、すべての病変が増大しているのか、一部の病変だけが増大しているのかによって、その後の対応は異なります。別の全身薬物療法へ変更する場合もあれば、増大した病変へ局所治療を追加する場合もあります。

画像検査の説明を受ける際には、完全奏効・部分奏効・安定・進行のどれに該当するかだけでなく、RECISTとmRECISTのどちらで評価したのか、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどう変化したのかを確認することが大切です。

参考:RECIST 1.1、Lencioni R, Llovet JM. Modified RECIST Assessment for Hepatocellular Carcinoma.

AFP・PIVKA-IIは一回の数値ではなく推移を見る

肝細胞がんでは、AFP、AFP-L3分画、PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーを治療後の経過観察に用います。

治療前に高かった腫瘍マーカーが継続して低下していれば、治療が効いている可能性を示す材料になります。数値が繰り返し上昇している場合には、肝臓内の腫瘍の増大や、新しいリンパ節転移・遠隔転移がないかを画像で確認します。

腫瘍マーカーが正常のまま進行する肝細胞がんもあります。慢性肝炎、肝硬変、ビタミンKの状態など、がん以外の影響によって数値が変化する場合もあります。また、薬物療法を始めた直後などに、一時的な変動が起こることもあります。一回の上昇だけで治療が効いていないと判断せず、過去からの推移、画像検査、肝機能、症状を組み合わせます。

腫瘍マーカーが低下していても、画像上で新しい病変が現れていれば、病気全体が抑えられているとはいえません。反対に、数値が十分に低下していなくても、画像上の病変が縮小または安定している場合には、現在の治療を続けることがあります。

参考:腫瘍マーカー検査とは|国立がん研究センター がん情報サービス

肝機能を保てているかも治療効果に含めて考える

肝細胞がんでは、腫瘍を抑える効果と、正常な肝臓へ与える負担を同時に評価する必要があります。

血液検査では、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間などを確認します。腹水、黄疸、むくみ、肝性脳症が新たに現れていないかも、肝予備能の変化を判断する材料です。

画像上は腫瘍が縮小していても、腹水が増え、食事が取れず、Child-Pugh分類が悪化している場合には、同じ治療をそのまま続けることが難しくなります。治療の一時休止、投与量の調整、治療法の変更などを検討します。反対に、腫瘍が完全には消えていなくても、進行が抑えられ、肝機能も安定していれば、治療による利益が得られていると判断して継続することがあります。

肝機能の悪化が必ずしも治療の副作用とは限りません。腫瘍による門脈や胆管の圧迫、感染症、脱水、肝硬変の進行などが関係している場合もあります。原因によって必要な対応が異なるため、血液検査と画像検査から判断します。

症状と日常生活の変化も評価

検査上の変化だけでなく、治療前と比べて患者さんがどのように生活できているかも確認します。

治療前にあった腹痛や息苦しさが軽くなった、食事量が増えた、夜に眠れるようになった、歩ける距離が伸びたといった変化は、治療によって病状が改善している可能性を示します。画像上では腫瘍が縮小していても、強い倦怠感、下痢、食欲低下、手足の痛みなどによって一日の多くを横になって過ごすようになった場合には、治療による利益と負担を見直します。

診察では、食事量、体重、歩行、仕事や家事、睡眠、外出への影響を具体的に伝えます。「つらい」「だるい」だけでなく、何ができなくなったのかを伝えると、休薬、減量、支持療法の追加などを判断しやすくなります。

症状が改善しない原因が、がんの進行なのか、副作用なのか、肝機能低下なのかを分けて考えることも必要です。検査結果が安定していても生活への負担が大きい場合には、薬の量や治療間隔を調整することがあります。

検査結果の説明で確認したいこと

治療効果の説明を受ける際には、腫瘍が小さくなったかだけでなく、肝臓内、リンパ節、遠隔転移のそれぞれがどう変化したかを確認します。

造影される活動性のある腫瘍部分が減っているか、新しい病変が現れていないか、肝機能は治療前と比べて保たれているかも重要です。

さらに、現在の治療を続ける利益は何か、増大している病変へ局所治療を加える余地があるか、どのような変化があれば次の治療へ移るのかを聞いておくと、その後の見通しを持ちやすくなります。

検査結果を「効いた」「効かなかった」の二つだけで捉えず、病気全体の制御、肝機能、症状、生活への影響を含めて理解することが、次の治療を判断するうえで大切です。

肝臓がんステージ4の生存率

肝臓がんステージ4の生存率を調べるときは、肝臓に発生するがん全体ではなく、肝細胞がんを対象とした病期別統計を確認する必要があります。

生存率には、診断から5年後の状況を示す5年生存率だけでなく、10年後の状況を示す10年生存率もあります。肝細胞がんは、がんそのものに加えて、背景にある肝硬変や慢性肝炎、治療後の再発なども長期的な経過へ影響するため、5年と10年の両方を見ることには意味があります。

ただし、現在公表されている5年と10年の数値は、同じ患者さんを5年後と10年後まで追跡して比較したものではありません。診断年、対象施設、患者集団が異なる別々の統計です。この違いを理解したうえで見る必要があります。

肝細胞がんのステージ別生存率(ネット・サバイバル)

国立がん研究センターの「院内がん登録生存率集計」では、全国のがん診療連携拠点病院などから集めたデータを基に、肝細胞がんの病期別ネット・サバイバルが公表されています。

現在公表されている2014~2015年診断例の5年ネット・サバイバルと、2012年診断例の10年ネット・サバイバルは、次のとおりです。

病期 5年ネット・サバイバル
2014~2015年診断例
10年ネット・サバイバル
2012年診断例
ステージ1 63.0% 36.3%
ステージ2 45.2% 21.6%
ステージ3 16.0% 7.1%
ステージ4 4.4% 1.9%

5年の数値と10年の数値は、診断年も対象患者も異なる別々の集計です。4.4%だった同じ患者集団が、その後10年目に1.9%まで低下したことを示す表ではありません。

5年ネット・サバイバルは2014~2015年に診断された患者さんを診断から5年間、10年ネット・サバイバルは2012年に診断された別の患者さんを診断から10年間観察して算出しています。

したがって、表の横方向に数字を比較して「5年から10年の間に何%低下した」と計算することはできません。それぞれ、異なる年代の患者集団における5年後と10年後の傾向を示す数字として受け止めます。

参考:院内がん登録生存率最新集計値|国立がん研究センター がん情報サービス

ネット・サバイバルとは何を表す数字?

ネット・サバイバルは、がん以外の病気や事故などによる死亡の影響を統計的に調整し、肝細胞がんだけが死亡原因になると仮定した場合の生存率を推計した指標です。

実際に診断された患者さんのうち何%が生存していたかを示す「実測生存率」とは異なります。高齢の患者さんが多いがんでは、心臓病、脳血管疾患、ほかの病気などによる死亡も起こるため、がんそのものによる影響を比較する目的でネット・サバイバルが用いられます。

たとえば、ステージ4の10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、2012年にステージ4と登録された患者さんのうち、実際に1.9%だけが10年後に生存していたという単純な意味ではありません。ほかの死因の影響を調整して算出された統計上の推計値です。

生存率を見るときには、実測生存率、相対生存率、ネット・サバイバルのどの指標が使われているかを確認する必要があります。異なる方法で計算された数字をそのまま比較することはできません。

現在のステージ4とは完全には一致しない

本記事では、現在の国立がん研究センターの一般向け情報に合わせ、UICC第8版を主な病期分類として説明しています。

一方、表の5年ネット・サバイバルは2014~2015年診断例、10年ネット・サバイバルは2012年診断例を対象としています。院内がん登録でUICC第8版が使用されるようになったのは2018年診断例からです。

そのため、表に掲載したステージ4は、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんだけを集めた数字ではありません。以前の病期分類に基づいて登録された患者さんの統計です。

病期分類の版が異なるからといって、生存率の数字に意味がないわけではありません。進行した肝細胞がん全体の長期的な傾向を知るための参考にはなります。ただし、現在のUICC第8版でステージ4Aまたは4Bと診断された患者さんへ、4.4%や1.9%をそのまま個人の見通しとして当てはめることはできません。

参考:院内がん登録症例集計|国立がん研究センター がん情報サービス

ステージ4A・4Bの生存率について

国立がん研究センターの院内がん登録生存率集計では、肝細胞がんの病期別生存率はステージ1~4まで公表されています。しかし、現在のUICC第8版に基づいて、ステージ4Aと4Bを分けた全国規模の5年・10年ネット・サバイバルは公表されていません。

したがって「UICC分類のステージ4Aの5年生存率は何%」「ステージ4Bの10年生存率は何%」という全国共通の数字を示すことはできません。病院や研究論文から4A・4B別の治療成績が報告されることはありますが、使用された病期分類、対象患者、肝機能、治療内容、診断された年代などが異なります。

日本肝癌研究会の第21回全国原発性肝癌追跡調査には、第16回から第21回までに新規登録された2000~2011年の症例を統合して算出した累積生存率が掲載されていますが、手術を受けられるほど病変の範囲、肝機能、全身状態などの条件が良かった患者さんだけを対象とした、強く選択された集団の数字となっているので注意が必要です。

公表値には現在の薬物療法が十分に反映されていない

5年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2014~2015年、10年ネット・サバイバルの対象となった患者さんは2012年に診断されています。その後、進行肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法など、当時は一般診療で使用されていなかった治療が導入されました。

現在使用されている薬物療法による長期的な治療成績は、この表へ十分には反映されていません。現在の治療によって、表の集計当時より長く病気を抑えられる患者さんがいる可能性があります。一方、新しい治療が増えたからといって、すべての患者さんが公表値より良好な経過をたどるとは限りません。主要な薬物療法は、肝機能と全身状態が比較的保たれている患者さんを中心に検討されます。

肝予備能が大きく低下している場合には、承認された薬があっても安全に使用できないことがあります。治療の進歩が見通しへどの程度影響するかは、現在の肝機能、病変の広がり、全身状態、治療への反応によって異なります。

生存率は個人の余命を示す数字ではない

ステージ4の5年ネット・サバイバルが4.4%、10年ネット・サバイバルが1.9%であることは、現在ステージ4と診断された患者さん一人ひとりの生存可能性が、それぞれ正確に4.4%、1.9%であることを意味しません。

これらの統計には、肝機能が保たれていた患者さんと大きく低下していた患者さん、薬物療法を受けられた患者さんと受けられなかった患者さん、病変が限られていた患者さんと複数の臓器へ広がっていた患者さんが含まれています。また、診断時点から計算した統計であるため、すでに治療を受け、一定期間病気を抑えられている患者さんの、その時点から先の見通しとは異なります。

個人の見通しを考える際には、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、栄養状態、治療への反応などを確認します。治療後も肝機能と全身状態を保ち、次の治療へ進めるかどうかも、その後の見通しを左右します。

生存率は、肝細胞がんの病期による全体的な傾向を理解するための統計です。自分の余命を決める数字としてではなく、現在の病状と治療によって見通しがどのように変わる可能性があるかを、主治医へ確認するための参考情報として受け止める必要があります。

肝臓がんステージ4の余命はどのくらい?

肝臓がんステージ4と診断されても、余命を病期だけから一律に示すことはできません。

同じステージ4でも、肝予備能、肝臓内の腫瘍量、脈管侵襲、リンパ節転移や遠隔転移の範囲、全身状態、治療への反応によって経過は異なります。肝細胞がんでは、がんの進行だけでなく、肝硬変や肝不全が生命へ影響することもあります。

前章で示した5年・10年ネット・サバイバルは、多数の患者さんを集計した長期的な統計です。一方、薬物療法の臨床試験では「全生存期間中央値」という指標が治療成績を示すために使われます。どちらも個人の余命を直接示す数字ではないため、意味を分けて理解する必要があります。

全生存期間中央値は余命の期限を示す数字ではない

全生存期間は、治療の開始や臨床試験への登録など、あらかじめ定められた時点から患者さんが生存していた期間を表します。

全生存期間中央値とは、対象となった患者さんの半数が生存していた時点です。たとえば、全生存期間中央値が16カ月だった場合、すべての患者さんが16カ月前後で亡くなったという意味ではありません。16カ月より前に亡くなった患者さんがいる一方、16カ月を超えて生存した患者さんもいます。治療が長く効き、数年以上生存する患者さんが含まれることもあります。

臨床試験の全生存期間は、通常、がんと診断された日ではなく、試験へ登録・無作為化された日などから計算されます。そのため、臨床試験で報告された中央値を「診断からの余命」として使用することはできません。

参考:Median overall survival|米国国立がん研究所(NCI)

一次治療の臨床試験では1年以上の中央値が報告されている

進行した切除不能肝細胞がんに対する一次薬物療法の臨床試験では、全生存期間中央値が1年を超える治療成績が報告されています。

HIMALAYA試験では、これまで全身薬物療法を受けていない切除不能肝細胞がん患者を対象に、デュルバルマブとトレメリムマブの併用療法とソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、デュルバルマブとトレメリムマブの併用群で16.4カ月、ソラフェニブ群で13.8カ月でした。

参考:最適使用推進ガイドライン(肝細胞癌)|PMDA

CheckMate 9DW試験では、全身薬物療法を受けたことのない切除不能肝細胞がん患者を対象に、ニボルマブとイピリムマブの併用療法と、レンバチニブまたはソラフェニブが比較されました。全生存期間中央値は、ニボルマブとイピリムマブの併用群で23.7カ月、レンバチニブまたはソラフェニブ群で20.6カ月でした。

参考:Yau T, et al. Nivolumab plus ipilimumab versus lenvatinib or sorafenib as first-line treatment for unresectable hepatocellular carcinoma(CheckMate 9DW)

これらの結果は、切除不能肝細胞がんでも、薬物療法によって長期間生存する患者さんがいることを示しています。ただし、二つの試験は、患者背景、比較した治療、登録条件、観察期間が異なります。16.4カ月と23.7カ月を単純に比較して、数字が長い方の治療がすべての患者さんに優れていると判断することはできません。

臨床試験の数字はステージ4だけの成績ではない

HIMALAYA試験とCheckMate 9DW試験は、いずれも切除不能肝細胞がんを対象とした試験ですが、UICC分類のステージ4の患者さんだけを集めた試験ではありません。

切除不能となる理由には、リンパ節転移や遠隔転移だけでなく、肝臓内の腫瘍の数や位置、脈管侵襲、肝機能なども含まれます。そのため、試験で報告された全生存期間中央値を、そのまま「ステージ4の平均余命」と表現することはできません。また、主要な臨床試験では、肝機能が比較的保たれ、日常生活を自立して送れる患者さんが中心となっています。

CheckMate 9DW試験では、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア5または6で、ECOG(イーコグ)パフォーマンスステータス0または1の患者さんが主な対象でした。強い黄疸、調整しにくい腹水、繰り返す肝性脳症などがある患者さんへ、同じ中央値を当てはめることはできません。

臨床試験の数字を見る際には、自分の病期だけでなく、肝機能、全身状態、過去の治療歴が試験参加者とどの程度近いかを確認する必要があります。

肝臓内の病変が肝機能へ与える影響も確認する

ステージ4A・4Bの違いだけでは、病気の進行速度や見通しを十分に説明できません。

肝臓内の腫瘍量が多い場合や、主要な門脈・肝静脈へがんが進展している場合には、正常な肝臓へ流れる血液が減り、肝機能低下が進みやすくなることがあります。胆管が腫瘍によって塞がれれば黄疸が強くなり、食事や薬物療法の継続へ影響する場合もあります。これらはUICC分類におけるステージ4Aの定義ではありませんが、ステージとは別に見通しを左右する重要な要因です。

肝臓外の病変が比較的安定していても、肝臓内の腫瘍によって肝不全が進めば、抗がん治療を続けにくくなります。反対に、肝機能が保たれ、リンパ節転移や遠隔転移を薬物療法で長く抑えられていれば、ステージ4でも治療を継続できる場合があります。

見通しを考える際には、4A・4Bという病期名だけでなく、肝臓内と肝臓外の病変がそれぞれどの程度進行し、治療によってどこまで制御されているかを確認します。

全身状態と栄養状態も治療を続けられるかに関わる

食事を取れるか、自分で歩けるか、身の回りのことを行えるかといった全身状態も、治療の効果と安全性に関係します。食欲低下や筋肉量の減少が続くと、感染症、転倒、寝たきりなどの危険が高まり、薬の副作用にも耐えにくくなることがあります。

ただし、全身状態が低下している原因が、すべてがんそのものとは限りません。痛み、腹水、下痢、吐き気、感染症、脱水などが原因であれば、それらを治療することで食事や活動量が改善し、抗がん治療を再開できる場合があります。

年齢だけで余命や治療の可否を判断することはできません。同じ年齢でも、肝機能、持病、栄養状態、日常生活の自立度には差があります。

治療を始めた後の反応によって見通しは変わる

診断時の検査だけで、その後の経過を正確に予測することは困難です。実際の見通しは、治療を始めた後の反応によって変化します。腫瘍が縮小する、造影される活動性部分が減る、AFPやPIVKA-IIが低下する、肝機能が安定するといった変化が続けば、診断時に想定されたよりも長く病気を抑えられる可能性があります。

画像上で大きな縮小がなくても、病勢安定が長く続き、肝機能と生活を保てていれば、治療による利益が得られていると考えられます。反対に、最初の治療中に複数の新しい転移が現れる、脈管侵襲が急速に広がる、肝機能や全身状態が低下するといった場合には、治療方針と見通しを見直します。

余命についての説明は、診断時に一度示されたら変わらないものではありません。治療効果、肝機能、症状の変化に応じて更新される見通しです。

次の治療へ進める状態を保てるかも見通しに影響する

進行肝細胞がんでは複数の薬物療法を選べますが、すべての患者さんがすべての薬を順番に使用できるわけではありません。

最初の治療後も肝機能と全身状態を保てていれば、別の薬物療法へ進める可能性があります。がんが進行する前に肝機能が大きく低下すれば、未使用の薬が残っていても安全に投与できないことがあります。そのため、現在の治療で最大限の腫瘍縮小を目指すことだけが、長く治療を続けるための方法とは限りません。

副作用が強い場合に早めに休薬や減量を行う、効果が乏しいTACEを繰り返さない、局所治療の範囲を必要な部分へ絞るなど、肝予備能を守ることも長期的な治療計画に含まれます。

現在の治療が効かなくなった場合に、次にどの治療を検討できるのか、その治療を受けるためにどの程度の肝機能を保つ必要があるのかを確認しておくことが大切です。

医師から余命を伝えられたときに確認したいこと

医師から「余命は数カ月程度」などと説明された場合には、その期間を確定した期限として受け取るのではなく、何を根拠に示された見通しなのかを確認します。

がんの進行が主な理由なのか、肝不全が強く影響しているのかによって、今後行える治療や症状への対応が異なります。その見通しが、抗がん治療を受ける場合を想定したものか、治療が難しい場合を想定したものかも確認します。

医師へは、次のような点を尋ねると、現在の状態を理解しやすくなります。

  • がんの進行と肝機能低下のどちらが強く影響しているか
  • 示された期間にはどの程度の幅があるか
  • 治療が順調な場合と悪化した場合で見通しはどう変わるか
  • 感染症、脱水、腹水など改善できる問題が残っていないか
  • 現在受けられる抗がん治療や局所治療があるか
  • 今後起こる可能性のある症状と、連絡すべき変化は何か
  • 通院が難しくなった場合に利用できる在宅医療や緩和ケアはあるか

余命を尋ねることは、治療を諦めることではありません。治療の希望、仕事、家族との予定、療養場所、受けたい医療を考えるために必要な情報です。

統計上の生存率や臨床試験の中央値だけから、自分で余命を決めつけることはできません。現在の画像、肝機能、全身状態、治療への反応を把握している主治医と、病状の変化に応じて見通しを確認することが大切です。

肝機能が低下した場合の治療と緩和ケア

肝臓がんステージ4では、がんの進行、もともとの肝硬変、治療の影響などによって肝機能が低下することがあります。肝機能が低下すると、黄疸、腹水、むくみ、肝性脳症などが現れ、これまでの抗がん治療を続けにくくなる場合があります。

しかし、肝機能の悪化が直ちに治療の限界を意味するわけではありません。胆管閉塞、感染症、脱水、消化管出血、薬による肝障害など、治療によって改善できる原因が隠れていることがあります。血液検査や画像検査を行い、原因を確認してから治療方針を判断します。

腹水・黄疸などには原因に応じて対応する

腹水やむくみには、塩分摂取を調整しながら利尿薬を使用します。薬で十分に改善しない場合には、腹水穿刺や腹水濾過濃縮再静注法(CART)を検討することがあります。

利尿薬を強くしすぎると、脱水や腎機能低下を起こす可能性があります。体重、尿量、血圧、腎機能などを確認しながら調整します。腹水に加えて発熱や腹痛がある場合には、感染症の可能性があるため早めの受診が必要です。

黄疸は、肝臓全体の機能低下だけでなく、腫瘍によって胆管が塞がれることでも起こります。胆管閉塞が原因であれば、内視鏡などで胆汁の通り道を確保することで、黄疸が改善する場合があります。一方、肝臓全体の機能低下が原因の場合には、胆管の処置だけでは改善しません。

肝性脳症や静脈瘤出血には早い対応が必要

肝性脳症では、意識がもうろうとする前に、昼夜逆転、反応の遅れ、書字や計算の間違い、性格の変化などが現れることがあります。

治療では、腸内で有害物質が作られたり吸収されたりするのを抑える薬を使用します。便秘、脱水、感染症、消化管出血などが悪化のきっかけになっている場合には、その原因にも対応します。

また、肝硬変や門脈侵襲によって食道・胃静脈瘤ができ、破裂すると大量出血を起こす可能性があります。吐血や黒い便がある場合には、夜間や休日でも緊急受診が必要です。

参考:肝硬変診療ガイドライン|日本消化器病学会

肝機能が低下したときは抗がん治療の利益と負担を見直す

感染症、脱水、胆管閉塞、薬の副作用などが原因であれば、いったん抗がん治療を休み、原因を治療してから再開できる場合があります。一方、がんの進行や肝硬変によって肝機能の回復が難しい場合には、抗がん治療による利益よりも、肝不全や副作用の危険が大きくなることがあります。

治療を続けるかどうかは、検査値だけでは決まりません。肝機能低下の原因を改善できるか、治療によってがんを抑えられる可能性があるか、食事や歩行などの日常生活を保てているかを踏まえて判断します。

抗がん治療を休む、または終了することになっても、医療そのものが終わるわけではありません。腹水、痛み、吐き気、かゆみ、不眠などを和らげる治療は続けられます。

緩和ケアは抗がん治療と並行して受けられる

緩和ケアは、抗がん治療ができなくなった後だけに始めるものではありません。薬物療法やカテーテル治療を受けている時期から利用できます。

痛みや息苦しさ、腹部の張り、吐き気、食欲低下、不眠などの身体症状だけでなく、病気や家族、仕事、経済面への不安も相談できます。症状を早く整えることで、食事や睡眠を保ち、抗がん治療を続けやすくなる場合もあります。

通院が難しくなった場合には、訪問診療や訪問看護を利用し、自宅で症状の管理や薬の調整を受ける方法があります。自宅療養を選んでも、必要に応じて病院での処置や入院治療を受けることは可能です。治療の継続が難しい場合も、どの症状を改善できるか、緩和ケアや在宅医療をいつから利用できるかを主治医と相談することが大切です。

参考:緩和ケア|国立がん研究センター がん情報サービス

肝臓がんステージ4の最新治療と臨床試験

肝細胞がんの薬物療法は、この数年で免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法が増え、治療の選択肢が広がっています。

国内で承認されている主な治療は「全身薬物療法」の章で説明したため、ここでは同じ薬を繰り返し紹介せず、現在研究されている治療と臨床試験を判断する際の注意点を解説します。

「最新治療」という言葉には、国内ですでに承認されている治療、臨床試験で効果を調べている治療、研究結果は発表されたものの承認されていない治療が混在しています。新しいという理由だけで、現在受けられる標準治療とは限りません。

参考:肝細胞癌診療ガイドライン2025年版|日本肝臓学会

全身薬物療法と局所治療を組み合わせる研究

肝細胞がんでは、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの全身薬物療法と、TACEや放射線治療などの局所治療を組み合わせる研究が行われています。

薬物療法で病気全体を抑えながら、肝臓内で進行しやすい病変を局所的に治療することが主な目的です。ただし、どの患者さんに、どの順番で組み合わせれば長期的な利益が得られるかは、病状によって異なります。

LEAP-012試験では、レンバチニブとペムブロリズマブをTACEへ追加する治療が検討されました。無増悪生存期間中央値は併用群で14.6カ月、TACEのみの対照群で10.0カ月となり、病気の進行を遅らせる効果が示されましたが、その後の解析では、全生存期間について統計学的に有意な改善は確認されませんでした。重い副作用も併用群で多くみられており、進行を遅らせる効果だけでなく、生存期間、肝機能への負担、副作用を含めて評価する必要があります。

また、LEAP-012試験の対象は、遠隔転移がなく、TACEを行える肝細胞がんで、肝機能がChild-Pugh A、全身状態が比較的良好な患者さんです。UICC分類のステージ4を対象とした試験ではなく、ステージ4A・4Bの標準治療としてそのまま当てはめることはできません。

参考:LEAP-012試験|PubMed

薬を使う順番には未確立の部分が残っている

一次治療に使える併用療法は増えましたが、最初の治療が効かなくなった後に、どの薬を選ぶと最も効果的かは、十分に確立していない部分があります。

これまで二次治療の根拠となってきた臨床試験には、ソラフェニブを使用した後の患者さんを対象としたものが多くあります。一方、現在広く使われる免疫療法を含む併用療法後の治療順序については、実際の診療データや新しい臨床試験の結果を蓄積している段階です。

次の治療を選ぶときには、承認されている薬の一覧だけでなく、前の治療を効果不十分で変更するのか、副作用で中止したのか、肝機能と全身状態がどこまで保たれているかを確認します。新しい薬が発表されても、現在の治療で病気を抑えられている場合には、すぐに変更せず、将来の選択肢として残すこともあります。

臨床試験の探し方

臨床試験には、標準治療を受けた後の患者さんを対象とするものだけでなく、一次治療同士を比較する試験や、標準治療へ新しい薬を追加する試験、局所治療との組み合わせを調べる試験などがあります。

参加条件は、ステージだけでなく、肝機能、パフォーマンスステータス、脈管侵襲や肝外転移の状態、過去に使用した薬、感染症、自己免疫疾患などが細かく定められています。

国立がん研究センターの「がんの臨床試験を探す」では、がんの種類や薬の名前、地域などから国内の臨床試験を検索できます。ただし、掲載後に募集状況が変わっている可能性があるため、検索結果だけで参加できるとは判断せず、試験情報を主治医へ示して確認します。

参考:がんの臨床試験を探す|国立がん研究センター がん情報サービス

厚生労働省の臨床研究等提出・公開システム(jRCT)でも国内の臨床研究を検索できます。研究名や対象疾患だけでなく、現在の募集状況、実施施設、主な参加条件を確認します。

参考:臨床研究等提出・公開システム(jRCT)|厚生労働省

研究段階の治療と承認済み治療を区別する

学会や報道で良好な結果が発表されても、直ちに一般診療で受けられるとは限りません。

臨床試験で効果が示された後も、承認申請、PMDAによる審査、厚生労働大臣の承認などを経る必要があります。海外で承認された治療でも、日本では未承認または適応外となっている場合があります。

治療情報を見るときには、国内で承認されているのか、承認申請中なのか、臨床試験の段階なのかを分けて確認します。

自由診療で「最新の免疫療法」と説明される治療も、国内で承認された免疫チェックポイント阻害薬や、適切に管理された臨床試験と同じとは限りません。比較試験で効果が確認されているか、重い副作用へ対応できる体制があるか、標準治療を受ける機会を失わないかを確認する必要があります。

肝臓がんステージ4でよくある質問

治療はいつまで続きますか?

全身薬物療法は、あらかじめ終了回数が決まっているとは限りません。がんを抑えられ、副作用や肝機能への影響が許容できる間は継続することがあります。

画像上で病気が進行した場合、肝機能が悪化した場合、副作用を調整しても続けられない場合には、休薬、減量、別の治療への変更を検討します。治療開始時に、どのような結果なら継続し、どの変化があれば変更するのかを確認しておくことが大切です。

治療には入院が必要ですか?

点滴や内服による薬物療法は、外来で行われることが多くなっています。一方、TACE、肝動注化学療法、手術などでは入院が必要です。

薬物療法でも、初回投与時、肝機能が不安定な場合、重い副作用や出血、感染症、肝性脳症などがある場合には入院を提案されることがあります。

仕事を続けながら治療できますか?

肝機能と全身状態が保たれ、副作用を調整できれば、仕事を続けながら治療を受けられる場合があります。

ただし、点滴後の倦怠感、下痢、手足の痛み、TACE後の発熱などによって、治療後の数日間に仕事が難しくなることがあります。治療前に退職を決めるのではなく、体調が変化する周期を確認し、時短勤務、在宅勤務、仕事内容の変更、休暇制度などを検討します。

参考:がんと仕事|国立がん研究センター がん情報サービス

食事や飲酒で注意することはありますか?

ステージ4だからという理由だけで、すべての患者さんに共通して禁止される食品があるわけではありません。腹水やむくみがある場合には塩分の調整が必要になることがありますが、食欲や体重が低下している状態で厳しい食事制限を行うと、栄養や筋肉が不足する可能性があります。

現在の肝機能、腹水、腎機能、糖尿病などに合わせ、主治医や管理栄養士へ確認します。

肝細胞がんや肝硬変がある状態では、アルコールが残された肝機能へ負担をかける可能性があります。とくにアルコール性肝障害が背景にある場合には禁酒が基本です。「少量なら安全」と自己判断せず、主治医の指示に従います。

参考:がんと食事|国立がん研究センター がん情報サービス

サプリメントや健康食品を使ってもよいですか?

健康食品やサプリメントが、肝臓がんを縮小させたり、標準治療の代わりになったりすることは証明されていません。

成分によっては肝障害を起こしたり、治療薬の効果や副作用へ影響したりする可能性があります。使用を希望する場合は、商品名だけでなく、成分と一日の摂取量が分かる容器や資料を医師・薬剤師へ見せて確認します。

参考:がんと民間療法|国立がん研究センター がん情報サービス

腹水が増えたらどうすればよいですか?

腹囲や体重が短期間で増えた、食事が取れないほどおなかが張る、横になると息苦しいといった場合には、腹水が増えている可能性があります。

利尿薬を自己判断で増減すると、脱水や腎機能低下を起こす危険があります。体重、尿量、むくみの変化を医療者へ伝え、薬の調整や腹水穿刺が必要か判断してもらいます。

発熱、腹痛、意識の変化を伴う場合には、腹水の感染や肝機能の急激な悪化も考えられるため、早めの受診が必要です。

どのような症状ならすぐ病院へ連絡すべきですか?

吐血や黒い便、急な意識の変化、けいれん、片側の手足の麻痺、強い息苦しさは、緊急性の高い症状です。

発熱を伴う腹痛、急速に増える腹水、黄疸の悪化、尿量の減少、強い下痢や嘔吐で水分を取れない場合も、予定された診察日まで待たずに相談します。

免疫チェックポイント阻害薬の治療中または治療後に、空せき、息切れ、持続する下痢、強い倦怠感などが現れた場合は、軽く見えても免疫関連副作用の可能性があります。

具体的な体温や症状の連絡基準は治療によって異なるため、治療開始時に夜間・休日の連絡先とあわせて確認しておきます。

納得できる治療を選ぶための考え方

肝臓がんステージ4の治療は、病期だけでなく、肝機能、全身状態、これまでの治療、本人が大切にしたい生活によって変わります。「最も新しい治療」や「最も強い治療」を探すだけでなく、現在の治療が何を目指しているのかを確認することが出発点です。

主治医には、この治療で期待できる効果、治療を続ける条件、変更を考えるタイミング、次に残されている選択肢を尋ねてみましょう。腫瘍を縮小させることだけでなく、進行を抑えながら肝機能や日常生活を保つことも、治療の大切な目的になります。

説明を聞いても判断に迷う場合や、ほかの治療法がないか確認したい場合には、セカンドオピニオンを利用する方法があります。別の治療を見つけるためだけでなく、現在の方針に納得して治療を続けるためにも役立ちます。

まずは次の診察で「今の治療の目的は何か」「どの結果になれば治療を続けるのか」「効かなくなった場合に次の選択肢はあるか」の三つを確認してみてください。病状や希望は治療中にも変わるため、その都度話し合いながら、自分が納得できる選択を重ねていくことが大切です。

乳がんの中でも、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、ホルモン受容体やHER2を標的とする治療が使いにくく、治療の選択肢が限られやすいタイプです。標準治療を続けても再発や進行が心配な方、次の一手を探している方も少なくありません。

がん中央クリニックグループでは、こうしたトリプルネガティブ乳がんに対して、細胞の増殖に関わるNucleolin(ヌクレオリン)という分子に着目したアプタマー核酸医薬による治療に取り組んでいます。

本ページでは、トリプルネガティブ乳がんの特徴と、Nucleolinを標的とするアプタマー治療がどのような考え方に基づくのかを、できるだけわかりやすく解説します。治療を検討されている方やご家族が、いまの状況に合う選択肢を整理するための一助となれば幸いです。

  • トリプルネガティブ乳がんは、ホルモン受容体・HER2を標的とする治療が使いにくく、選択肢が限られやすいタイプです。
  • Nucleolin(ヌクレオリン)は増殖の速いがんや血管新生の盛んながんで多くみられ、がん細胞の表面にも現れることが報告されています。
  • 当グループでは、Nucleolinに加え、MUC1やHeparanaseを標的とするアプタマーとの組み合わせにも取り組んでいます。

トリプルネガティブ乳がんとは

乳がんには、ホルモン受容体(ER・PR)やHER2を標的とする治療があります。トリプルネガティブ乳がんは、ER陰性・PR陰性・HER2陰性という特徴を持ち、これらを標的とする分子標的薬やホルモン療法が使いにくいタイプです。

そのため治療は抗がん剤(化学療法)が中心になりやすく、再発しやすい、増殖の速い症例が多いといった課題が知られています。

関連記事:トリプルネガティブ乳がん(TNBC)について解説。初期症状や新しい治療法は?完治は可能なのか

Nucleolin(ヌクレオリン)とは

Nucleolinは、細胞の増殖やタンパク質の合成に関わる分子です。増殖の速いがん、浸潤性の高いがん、血管新生の盛んながんで多くみられることがあります。

本来は細胞の内側ではたらく分子ですが、一部のがんではがん細胞の表面にもNucleolinが現れることが報告されており、この点ががんを狙う手がかりのひとつとして研究されています。

Nucleolinを標的とする「アプタマー」とは

アプタマーとは、特定の分子だけを狙って結合するように設計された人工の核酸です。抗体医薬と似たはたらきを持ちますが、より小さく、設計の自由度が高いことが特徴です。

Nucleolinを標的とするアプタマーとしては、AS1411という物質が長く研究されてきました。当グループで用いるアプタマーは、AS1411の研究をふまえつつ、修飾塩基(人工的に安定性を高めた核酸)を用いることで、血中での残存時間を延ばす工夫を重ねたものです。

実際の治験で「著効例」が存在した

Nucleolinを標的とするアプタマーAS1411については、これまでにヒトを対象とした臨床試験が行われています。腎細胞がん(腎臓のがん)を対象とした第II相試験では、多くの患者様で効果は限定的でしたが、35名中1名で腫瘍の大きさ(標的病変の径の合計)が約84%縮小し、その後およそ24か月間、進行を認めなかった症例が報告されています。

これは単一の症例であり腎細胞がんですので、まだすべての患者様に同じ結果が得られるものではありませんが、条件が合えば強い抗腫瘍効果につながる可能性がある点は、Nucleolinという標的を考えるうえで注目される結果だと考えています。

また、AS1411ががん細胞に取り込まれた後にはたらく仕組みについても研究が進められており、がん細胞に特有の取り込み経路を過剰に刺激し、細胞死につながる仕組みが報告されています。一度腫瘍が小さくなっても、その後再び増大することは少なくありません。

そうしたなかで、アプタマー治療によって、長期間病勢が安定した可能性が示唆された点は非常に興味深い結果であり、「効く条件が揃えば、強い抗腫瘍効果を示す可能性を持つ治療」であると考えています。

参考:
A phase II trial of AS1411 (a novel nucleolin-targeted DNA aptamer) in metastatic renal cell carcinoma|Investigational New Drugs
Mechanistic studies of anticancer aptamer AS1411 reveal a novel role for nucleolin in regulating Rac1 activation|Molecular Oncology

なぜトリプルネガティブ乳がんに着目するのか

当グループがトリプルネガティブ乳がんでNucleolinに着目するのは、次のような特徴があるためです。

増殖の速さ

TNBCは増殖の速さを示すKi-67が高い症例が多く、増殖に関わるNucleolinとの関連が期待されます。

血管新生の盛んさ

Nucleolinは腫瘍の血管にも関わるとされ、血流の豊富な腫瘍との関連が研究されています。

浸潤性の高さ

Nucleolinは、がん細胞の移動や浸潤にも関わる可能性が報告されています。

MUC1・Heparanaseを標的とするアプタマーとの組み合わせ

当グループでは、Nucleolin単独だけでなく、MUC1やHeparanaseを標的とするアプタマーとの組み合わせにも取り組んでいます。それぞれ、がんに対して異なる役割を持つと考えられています。

  • Nucleolin:がんの増殖や血管新生に関わる
  • MUC1:がん細胞の生存に関わるシグナルに関わる
  • Heparanase:浸潤・転移や、腫瘍の周囲の環境づくりに関わる

複数の標的に同時に働きかけることで、がんの逃げ道を減らしながら、多方向から抑えることを目指す考え方です。抗がん剤や放射線治療との併用による相乗的な効果も、理論的には期待されています。

今後の課題

一方で、検討すべき課題も残されています。どのような患者様で効果が得られやすいのか、がん細胞表面のNucleolinの量とどう関係するのか、他の治療との最適な組み合わせはどうか、単独でどこまでの腫瘍縮小が得られるのか。こうした点は、今後さらに検討していく必要があります。

しかし、「効く患者様では劇的に効く可能性」が示唆されている点は非常に重要だと考えています。

まとめ:トリプルネガティブ乳がんの治療選択肢を検討するには

トリプルネガティブ乳がんは、いまも治療の選択肢が限られやすい難治性のがんです。そのなかで、NucleolinやMUC1、Heparanaseを標的とするアプタマー治療は、標準治療とは異なる角度からがんに働きかける選択肢のひとつと考えています。

どの患者様に、どの組み合わせが適しているかは、病状やこれまでの治療経過によって異なります。がん中央クリニックグループでは、標準治療の状況もふまえたうえで、患者様お一人おひとりの病状に合わせた治療方針を検討し、ご提案しています。トリプルネガティブ乳がんの治療でお悩みの方は、一度ご相談ください。

本ページで紹介するアプタマー核酸医薬による治療は、公的医療保険が適用されない自由診療であり、国内で医薬品としての承認を受けていない未承認の治療を含みます。治療内容・費用・想定される副作用やリスクについては、診察時に十分にご説明します。効果には個人差があり、すべての方に同様の結果を保証するものではありません。